寸志

12 件の小説
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寸志

はじめまして 恋愛小説を書くことが多いです。

見るための月

放課後の教室は、いつもより少し静かだった。 先生の背中が夕焼けに染まり、揺れる輪郭を見つめるだけで胸がざわつく。 「先生って、夜空の月みたいです。」 先生が振り返る。 「……急にどうしたの?」 「毎日見えるのに、どんなに手を伸ばしても届かないんです。」 「届いちゃいけないからね。」 優しい声が胸に刺さる。 でも、その痛みが、好きだという気持ちをはっきりさせた。 「月は、見るためにあるんだよ。触るためじゃなくて。」 指さした窓の外には薄い月。 手を伸ばしても届かない光。 それでも私は、見ているだけで胸がいっぱいになる。 たとえ、永遠に手に入らないことを分かっていても。

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見るための月

一行ずつ

放課後の教室は、すっかり静かになっていた。 僕は一人机に向かい、ノートの上を鉛筆がすべる音だけが、小さく響いている。 問題を解いているというより、ただ文字の上をなぞっているような感覚だった。 ふと、窓の外に視線が向く。 校庭の端で、彼女が笑っていた。 隣には彼がいて、二人はゆっくり歩きながら話している。 声は届かない。それでも、楽しそうだということだけは分かった。 もう一度ノートに目を落とす。 数字の列は静かで、何も求めてこない。 ただ、そこにあるだけだ。 忘れたいとか、諦めたいとか、そういう言葉は浮かばない。 胸が痛むというより、ページの白さが少しだけ眩しく感じるだけだった。 風が少し吹いて、窓の隙間から冷たい空気が入ってくる。 その流れにのって、彼女の笑い声が聞こえそうになった瞬間、僕は咄嗟にペンを持ち直し、問題の続きを書き始めた。 一行、また一行。 ただ前に進めるように。 それだけでいい。 それだけで、今日はもう十分だった。 いつの間にか、ノートの端に落ちた雫がにじんでいた。 自分が泣いていることに、僕はそこでようやく気づいた。

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返信

彼に別れを告げた。 あの送信音がまだ耳の奥で微かに響いている。 スマホの画面は、夜を映したまま通知はひとつも鳴らない。 返信は来ないで欲しい。もし彼から言葉が届いたら、また心が揺れてしまうから。 それでも、私が彼からの返信を待っているのは 彼のことが好きだからなのか。 それとも 彼を想う自分が好きだからなのか。 そんなことを思いながら私は光らない画面を見つめている。 夜の静けさに息をひそめながら。

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甘いプリン

久しぶりに立ち寄った喫茶店は、少しだけ古びていた。 それでも、カウンターの奥から漂うコーヒーの香りは、あの頃と変わらない。 高校の帰り、いつも彼女と並んで座っていた。 彼女は甘いものが大好きで、特にこの店のプリンがお気に入りだった。 僕は甘いものが苦手だったけれど、彼女が「一口食べてみて」と差し出すスプーンを断れず、 少しだけ舌を慣らしたものだった。 「ねえ、見て。カラメルがハートになってる」 彼女はそう言って笑いながら、スプーンの先で僕の手の甲を軽く突いた。 僕は苦笑いしながら、コーヒーでごまかす。 「甘いの、ちょっと苦手なんだよね」 でも、彼女の笑顔を見ると、嫌な気持ちはどこかへ消えていった。 テーブルに置かれていたメニューを開く。 “自家製プリン”の文字はまだ残っている。 値段が少しだけ上がっていたけれど、 その小さな違いが、過ぎた年月の重さを教えてくれる。 彼女は、もうこの世にはいない。 春の雨の日、突然の知らせが届いた。 信じられなくて、駅までの道を何往復もした。 何かを探すように、何も見つからなかった。 店員に声をかけ、プリンをひとつ注文する。 運ばれてきた皿の上で、カラメルが光っていた。 スプーンを入れると、甘い香りがふわりと立ちのぼる。 「……やっぱり、甘いな」 思わずつぶやき、少し笑った。 胸の奥で、小さな痛みとあたたかさが同時に広がる。 この味も、この甘さも、 たぶん、彼女と分け合った時間の中にしかない。 外を見ると、薄い陽が差し込み、カップの縁を照らしている。 コーヒーを一口飲み、僕は静かに息を吐いた。

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甘いプリン

妖精

森の奥で、僕は小さな光に出会った。 七歳の夏、蝉の声が遠くで溶けていく午後。 光の粒のような髪。 透き通る声。 彼女の笑顔は、陽だまりそのものだった。 「泣かないで」 ひんやりとした指先が、僕の頬に触れた。 耳には雫の形の小さな石の耳飾り。 「これは、風の音を閉じこめたの」 そう言って、彼女は僕の前からふわりと消えた。 あの日から、世界は変わった。 建物が増え、道が延び、人の声が森を覆っていた。 けれど、心の奥の小さな森だけは、あの夏のまま残った。 光と声が、そっと揺れている。 そしてある日、帰り道の落ち葉の間に、銀色の光を見つけた。 雫のような耳飾り。 手に取ると、風が囁いた。 蝉の声、光の粒、森の香り… 時間を越えて、あの夏がよみがえる。 あの夏が、まだここにいる。

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少女

その店は、満月の夜だけ現れる。  看板も灯りもないのに、迷っている人だけがたどり着けるのだという。  扉の奥に広がるのは、瓶の並ぶ静かな部屋。 瓶の中には“目に見えないもの" 言えなかった言葉、忘れたい記憶、もう一度会いたい人の気持ちが詰められていた。  店主は言う。  「ここでは、“言えなかった想い”を売っています。ただし、何か大切なものを置いていってもらうのが決まりです」  その夜、ひとりの少女が現れた。  「妹に“ごめんね”って伝えたいんです。あの日、ケンカしたまま……」  店主は少し考え、棚からひとつの瓶を手に取った。中には淡い光が揺れている。  「これを飲めば、夢の中で一度だけ言葉を伝えられます。その代わり、あなたの“笑顔の記憶”を一つ、預かります」  少女はうなずき、瓶のふたを開けた。  光がふわりと広がり、店内の空気が少しだけあたたかくなる。  夜が明けるころ、少女は目を覚ました。  頬を伝う涙をぬぐいながら、静かに笑った。  「ちゃんと伝えられました。ありがとう」  店主は微笑み、ドアを開けた。  朝の光が差し込み、少女の背中を包む。  彼女が出ていくと、店はすっと霞のように消えていった。  残された棚の瓶がひとつ、月光を受けて淡く輝いていた。

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正面

ふと気付くと私はいつも彼の横顔を見ている。 でも、彼の視線の先にはあの子しかいない。 1度だけ彼が隣の席になった。ほんの少しだけ期待をしてしまった自分がいた。 けれど、彼はこちらを少しも見ない。 彼が見ているのはずっとあの子。 私には見せない素敵な笑顔。 窓の外では、夕陽が傾いている。 教室の影が長く伸びて、彼の頬をかすめていた。 その横顔は、今日もやっぱり綺麗だった。 私は、この先もあなたの横顔しか見れないのだろう。 それでも、目を逸らすことができない自分がいる。 たぶん、それが恋というものなのだと思う。

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勿忘草

教室の一番後ろ、窓側の席が空いたままになっている。 新しい時間割が配られても、誰もその席のことを話さない。 「触れないでおこう」という空気が、日を追うごとに濃くなっていく。 あの日、帰り支度をしていた私に、彼女が話しかけてきた。 「ねえ、今日…ちょっとだけ、いい?」 プリントをしまいながら、私は彼女のことを見ずに言った。 「ごめん、今日ちょっと無理かも」 なんとなく、気が乗らなかった。ただそれだけだった。 次の日、彼女は私の前からいなくなった。ずっと一緒にいたのに。 みんなが何も言わずに日常へ戻っていく中で、私はあの言葉だけを繰り返して思い出す。 ──「ちょっとだけ、いい?」 いつの間にか教室には私一人だけだった。 今朝、駅前の花屋で勿忘草を一輪だけ買ったことを思い出した。 誰もいない教室。 私は、彼女の机の上にそっとその花を置く。 カーテンが揺れ、光が差し込む。 花がほんの少し揺れ、彼女が微笑み返してくれた気がした。

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初恋

銀木犀が香ると、決まって彼女を思い出す。 転校してきた秋、教室の隅で小さく笑った彼女に、なぜか惹かれた。 放課後の帰り道、風に揺れる髪からも、ほのかにあの香りがした。 「この花の名前、知ってる?」 彼女はそう言って、銀木犀のことを教えてくれた。 「金木犀とは違うの?」 「金木犀も良いけど、私は銀木犀が好きだな」 だけど、秋はすぐに終わる。 「ごめんね、急に引っ越すことになったの。だからお別れしよう」 それが彼女との最後だった。 僕はショックで笑えていたかも覚えていない。 あれから月日が経ったけれど、銀木犀の香りがすると彼女がそばにいる気がする。 よく、男は女の子から教えてくれた花の名前を忘れないと聞くが本当なのかもしれない。 僕の時間だけが、まだあの日のまま止まっている。 彼女がどこかで「久しぶり」と言ってくれるような気がして。

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初恋

好きなタイプ

僕は彼女と話すのが好きだ。 今日は珍しく向こうから話したいと話しかけてきた。 「歩道側を歩いてくれるところが好き」 「コーヒーに氷2個入れても、熱くて飲めないところが好き」 「私の方が年下なのに敬語なのも好き」 「感動する映画で泣いているのがバレていないと思って、全然泣いてないよって言っているところが好き」 「友達を大切にしているところが好き」 「落ちているゴミがあったら、絶対拾うところが好き」 「いつもはあんまり笑わないのに赤ちゃんと動物には自然と微笑んでいるところが好き」 「彼の笑顔はとても素敵なのを彼自身は気づいていないところが好き」 「私が好きなのは彼女を想う彼」 彼女は泣きながら言った。 「私の方が彼のことよく知っているのに、好きなのに、どうして私を選んでくれなかったの」 もう彼女を慰めるのは疲れた。 でも、彼女と話すのは楽しい。僕は心の中で彼女に言った。 「僕の方があなたをよく知っているし、好きなのに、どうして僕を好きなってくれないの」

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