寸志

16 件の小説
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寸志

はじめまして 恋愛小説を書くことが多いです。

クリスマスローズ

彼女の庭に、クリスマスローズが咲いていた。 冬の終わり、うつむくように。 幼なじみの彼女はいつも僕の隣にいた。 それが当たり前で口にしなくてもいいと思っていた。 彼女に婚約者ができたという報告を聞いたのはそれを知った朝だった。 花言葉は一つだけ。 「私を忘れないで」 伝える理由は、もうどこにもない。 そう思ったはずなのに、 気づかぬうちに、僕は彼女のもとへ走っていた。

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クリスマスローズ

その字

 押し入れから見つかった黄ばんだノート。  その隅には、子どもの頃に見慣れていた、少し丸い字の返事が眠っている。  あの頃、私は毎日そのノートを机にそっと置いていた。  すると翌日には、知らない誰かが返事を書いて戻してくれた。  名前も、顔も知らない。でもその字を見るだけで胸が弾んだ。  「つぎはきみのばんだよ」  その一行が、当時の私をワクワクさせていた。  けれどある日を境に、返事は突然止まった。  ページは白いまま、時間だけが先に進んでしまった。  ノートには、幼い私が最後に書いた一文が残っている。  「あしたも、かえしてね。」  今読み返すと、その字は薄れかけて風のようだけれど、なぜか胸の奥だけが温かくなる。  名前も知らないあの子に、もう一度だけ。  続きを書いてみたかった。

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十年前の君

古い机の引き出しの奥で、茶色く変色した封筒を見つけた。 差出人は、高校時代の彼だった。 震える指で封を切ると、10年前の日付と彼の不器用な文字。 「最後の日、ちゃんと話せなくてごめん。」 胸がぎゅっと痛くなった。 当時届いていたはずなのに、私は気づかなかった。 思わず返事を書き、ポストに投函した。 数日後、封筒は赤いスタンプとともに戻ってきた。 《宛先人不在(死亡)》 涙が一粒、床に落ちた。 もう返事は届かない。 でも、10年前の手紙が教えてくれた。 彼は最後まで、私を嫌っていなかった。 そっと封筒を抱え、私は歩き出す。 夕焼けが街を赤く染めて、胸の痛みを優しく包んだ。

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前の席

中学の頃、私はあの子のことがずっと好きだった。 席は私の前。授業中、ノートを覗き込むと、ふとした仕草で髪をかき上げたり、小さな笑い声をこぼしたりするのが見えた。 でも、あの子に彼氏ができたことが学年中に広まったあの日から、あの子は学校に来なくなった。 最初の頃は、まだ戻ってくるだろうと信じていた。 月日が経ったある日、教室に入ると、前の席には当たり前のように誰かの荷物が置かれていた。 その瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられた。 あの笑顔も、あの仕草も、もうここにはない。 教室の空気は、あの子がいないだけで微妙に冷たく感じた。 私は席に座り、空っぽの前の机をぼんやり見つめながら、ただ悲しくなった。 何年も経った今でも、ふと思う。 あの子は今、どこで何をしているのだろうか。 幸せにしてるかな。笑ってるかな。 あの頃のまま、元気でいるといいな、と、ただそう思う。 あの席は今も空っぽだけど、私の中には、ずっとあの子の笑顔が残っている。

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見るための月

放課後の教室は、いつもより少し静かだった。 先生の背中が夕焼けに染まり、揺れる輪郭を見つめるだけで胸がざわつく。 「先生って、夜空の月みたいです。」 先生が振り返る。 「……急にどうしたの?」 「毎日見えるのに、どんなに手を伸ばしても届かないんです。」 「届いちゃいけないからね。」 優しい声が胸に刺さる。 でも、その痛みが、好きだという気持ちをはっきりさせた。 「月は、見るためにあるんだよ。触るためじゃなくて。」 指さした窓の外には薄い月。 手を伸ばしても届かない光。 それでも私は、見ているだけで胸がいっぱいになる。 たとえ、永遠に手に入らないことを分かっていても。

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見るための月

一行ずつ

放課後の教室は、すっかり静かになっていた。 僕は一人机に向かい、ノートの上を鉛筆がすべる音だけが、小さく響いている。 問題を解いているというより、ただ文字の上をなぞっているような感覚だった。 ふと、窓の外に視線が向く。 校庭の端で、彼女が笑っていた。 隣には彼がいて、二人はゆっくり歩きながら話している。 声は届かない。それでも、楽しそうだということだけは分かった。 もう一度ノートに目を落とす。 数字の列は静かで、何も求めてこない。 ただ、そこにあるだけだ。 忘れたいとか、諦めたいとか、そういう言葉は浮かばない。 胸が痛むというより、ページの白さが少しだけ眩しく感じるだけだった。 風が少し吹いて、窓の隙間から冷たい空気が入ってくる。 その流れにのって、彼女の笑い声が聞こえそうになった瞬間、僕は咄嗟にペンを持ち直し、問題の続きを書き始めた。 一行、また一行。 ただ前に進めるように。 それだけでいい。 それだけで、今日はもう十分だった。 いつの間にか、ノートの端に落ちた雫がにじんでいた。 自分が泣いていることに、僕はそこでようやく気づいた。

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返信

彼に別れを告げた。 あの送信音がまだ耳の奥で微かに響いている。 スマホの画面は、夜を映したまま通知はひとつも鳴らない。 返信は来ないで欲しい。もし彼から言葉が届いたら、また心が揺れてしまうから。 それでも、私が彼からの返信を待っているのは 彼のことが好きだからなのか。 それとも 彼を想う自分が好きだからなのか。 そんなことを思いながら私は光らない画面を見つめている。 夜の静けさに息をひそめながら。

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甘いプリン

久しぶりに立ち寄った喫茶店は、少しだけ古びていた。 それでも、カウンターの奥から漂うコーヒーの香りは、あの頃と変わらない。 高校の帰り、いつも彼女と並んで座っていた。 彼女は甘いものが大好きで、特にこの店のプリンがお気に入りだった。 僕は甘いものが苦手だったけれど、彼女が「一口食べてみて」と差し出すスプーンを断れず、 少しだけ舌を慣らしたものだった。 「ねえ、見て。カラメルがハートになってる」 彼女はそう言って笑いながら、スプーンの先で僕の手の甲を軽く突いた。 僕は苦笑いしながら、コーヒーでごまかす。 「甘いの、ちょっと苦手なんだよね」 でも、彼女の笑顔を見ると、嫌な気持ちはどこかへ消えていった。 テーブルに置かれていたメニューを開く。 “自家製プリン”の文字はまだ残っている。 値段が少しだけ上がっていたけれど、 その小さな違いが、過ぎた年月の重さを教えてくれる。 彼女は、もうこの世にはいない。 春の雨の日、突然の知らせが届いた。 信じられなくて、駅までの道を何往復もした。 何かを探すように、何も見つからなかった。 店員に声をかけ、プリンをひとつ注文する。 運ばれてきた皿の上で、カラメルが光っていた。 スプーンを入れると、甘い香りがふわりと立ちのぼる。 「……やっぱり、甘いな」 思わずつぶやき、少し笑った。 胸の奥で、小さな痛みとあたたかさが同時に広がる。 この味も、この甘さも、 たぶん、彼女と分け合った時間の中にしかない。 外を見ると、薄い陽が差し込み、カップの縁を照らしている。 コーヒーを一口飲み、僕は静かに息を吐いた。

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甘いプリン

妖精

森の奥で、僕は小さな光に出会った。 七歳の夏、蝉の声が遠くで溶けていく午後。 光の粒のような髪。 透き通る声。 彼女の笑顔は、陽だまりそのものだった。 「泣かないで」 ひんやりとした指先が、僕の頬に触れた。 耳には雫の形の小さな石の耳飾り。 「これは、風の音を閉じこめたの」 そう言って、彼女は僕の前からふわりと消えた。 あの日から、世界は変わった。 建物が増え、道が延び、人の声が森を覆っていた。 けれど、心の奥の小さな森だけは、あの夏のまま残った。 光と声が、そっと揺れている。 そしてある日、帰り道の落ち葉の間に、銀色の光を見つけた。 雫のような耳飾り。 手に取ると、風が囁いた。 蝉の声、光の粒、森の香り… 時間を越えて、あの夏がよみがえる。 あの夏が、まだここにいる。

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少女

その店は、満月の夜だけ現れる。  看板も灯りもないのに、迷っている人だけがたどり着けるのだという。  扉の奥に広がるのは、瓶の並ぶ静かな部屋。 瓶の中には“目に見えないもの" 言えなかった言葉、忘れたい記憶、もう一度会いたい人の気持ちが詰められていた。  店主は言う。  「ここでは、“言えなかった想い”を売っています。ただし、何か大切なものを置いていってもらうのが決まりです」  その夜、ひとりの少女が現れた。  「妹に“ごめんね”って伝えたいんです。あの日、ケンカしたまま……」  店主は少し考え、棚からひとつの瓶を手に取った。中には淡い光が揺れている。  「これを飲めば、夢の中で一度だけ言葉を伝えられます。その代わり、あなたの“笑顔の記憶”を一つ、預かります」  少女はうなずき、瓶のふたを開けた。  光がふわりと広がり、店内の空気が少しだけあたたかくなる。  夜が明けるころ、少女は目を覚ました。  頬を伝う涙をぬぐいながら、静かに笑った。  「ちゃんと伝えられました。ありがとう」  店主は微笑み、ドアを開けた。  朝の光が差し込み、少女の背中を包む。  彼女が出ていくと、店はすっと霞のように消えていった。  残された棚の瓶がひとつ、月光を受けて淡く輝いていた。

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