あなたならどうしますか?

この小説を読んでいただきありがとうございますこれは私の人生を元にしたものです、不快にさせてしまいましたら申し訳ないです あなたはこの心霊スポットにいる霊です人間にをひどく嫌っていますでも殺しはしません。 いつも有名ユーチューバーや霊媒師が来ています。 今日も1人の男が来ています。 そしてあなたはいつも通り追い払おうとした時男が口を開きました 「ここに幽霊がいるんだろう俺を呪い殺してくれ」と言いました、 男 俺は才能もなければ特技もないくせに飽き性だから何かに熱中もできない家族からは暴行や暴言を浴びせられもううんざりなんだ! 俺は誰にも迷惑かけずに消えたいんだ今すぐにでも俺を呪い殺してくれ!と叫びました。ここの心霊スポットにはあなた1人の霊しかいません あなたならどうしますか? ここまで読んでくださりありがとうございました。どう感じましたか? これは夜中に作ったものなので変な部分がございましたら申し訳ありません

水槽と赤

 金魚をすくいました。夏祭りで、一回五百円だったんですが、わたしがあまりにへたくそで、屋台のお兄さんがおまけして、一匹だけ、もらいました。その日のうちに近くのホームセンターで、金魚鉢を買いました、思っていたより値段がして、壊さないように、割らないように、大事に抱えて帰りました。金魚鉢を洗って、水を入れて、水草を入れて、それから金魚を一匹、金魚鉢に入れました。金魚の赤が映えて、陳腐なもんですが、綺麗だな、なんて思いました。      金魚を飼うときは、毎日水を替えなければいけないようで、水替えのときに金魚を、避難させる鉢がない、と思って、あわててバケツを出してきました。金魚は思ったよりも繊細ないきもののようで、地に立ってから、がさつなわたしは、すぐに死なせてしまうんじゃないか、なんて少しだけ、不安になりました。どうやら、金魚鉢が大きければ、水替えで、金魚を避難させなくてもすむようなので、またホームセンターで、きのうよりも大きめな、ほとんど水槽のような、鉢を、買ってきました。その金魚鉢に移して、水草に加えて、砂利も入れます、なかなかに雰囲気があります。ただ、大きめともなれば、金魚の色が抑えめになります。寂しいな、お前も寂しかろう、そう思った私は、金魚を数匹、買って、鉢に入れました。綺麗な水に、天然の赤、よく考えられたものです、これは風流だろう、わたし好みの景色でした。    数日が経ちました。金魚鉢の水替えは毎日行っています。あれから不思議と、何をやるにしても金魚鉢を見ることを優先してしまうんです。わたしは昔から寂しがりやだったので、ペットみたいなやつができると、すぐに構いたくなるんだろう、と思っていました。ですが、仕事の休憩中にも、金魚鉢を観たくなるんです、あの色はどんなのだろう、ああ、今はどうだろう、なんて考えてしまいます。幸い、まだ仕事には支障はありません。金魚はいまだ綺麗な赤で、落としたエサに食いつきます。そのひとくちが愛らしく、いきものを飼っている、そんな感覚がします。    金魚を飼ってから数週間、経ったのでしょうか。金魚というのは儚いもので、わたしが想像していたよりもか弱いいきものです、今日、九月十日午前十時十二分三十五秒、わたしがはじめに飼った、屋台でもらった金魚が力なく沈みました。赤はそれでも綺麗でした。その金魚は、丁寧に沈めました。わたしは水槽を見ている時間が毎日少しずつ、増えていきました。水槽の水草は、少し汚くなったので、新しいものと入れ替えました。赤が少なくなったので、また金魚を入れました。水槽は、水の入れ過ぎで、少し膨らんだのでしょうか? たぶん気のせいだと思います。    数ヶ月、金魚の色を数えます。金魚は結構色を失った気がします。調べても、金魚の色が時間によって消えていく、なんて書いてありません。ただ、わたしの金魚がそうなのでしょうか、金魚の色はなくなります。ただ、新しい金魚の色は新鮮で、今のわたしでもわかるくらい赤く、綺麗な水とよくあいます。特に、水は金魚鉢に合わさって、淡い水色を残します。ひとつ残念なのは、金魚の色が三日、二日ともたないのです。これはかなり惜しいので、わたしは見える赤を水に入れ、見えない赤を水で溶かします。時計はまだ、十一時五十二分四十一秒でした。    水草です。金魚の色です。あの水槽です。金魚鉢はどうしたのでしょう、金魚色と変えたばかりの水の色が、今でも愛おしいのです。夏草が枯れたこがね火が、わたしのこころを金魚のように沈めていきます。それでもわたしは、金魚の鉢で、中の赤を取り出すこともせず、ただじっと、眺めを眺めていました。見苦しいほどの赤色と、それを奪っていく水草の緑。砂利を奪った見えない赤は、水草の赤に奪われて、新しい色を数えます。また一人、死にました。

憧れ

 僕の文章には、よく涅槃やら、陀羅尼やらが顔を出す。  これは、魔獣狩りという夢枕獏さんの小説の影響が、濃いのである。  空海をめぐる物語であるのだが、衝撃であった。  エロスとバイオレンスの容赦ない描写に奮えましたよ、中二の僕は。  その物語の中心に存在したのが、空海である。  圧倒的な天才。  魔術的魅力。  欲望の肯定。  脳にガツリと刻印されたのである。  空海になりたい。  魔獣狩りは、勿論フィクションだが、空海は実在した人間だ。  という事で、空海がもたらした密教を我流でやってみたのである。  様々な真言を片っ端から唱えまくった。  大日如来や不動明王など、『オン アビラウンケン バザラ ダト バン』  妖しさの満ちたサウンドに酔った。  空海は、虚空蔵菩薩の真言で覚醒したようなので、それも勿論やったよ。  やったんだけどさー。  全然天才になってない。  記憶力無いんだけど。  どういう事ー。  信じランなぁい。  アホみたぁい。  印は、組まなかった。  じっとするのが苦手なので。  座らなきゃ駄目なんだろうか。  下段蹴りじゃだめなのか。  まあ、悩みは、無くなったが。  元々、あんまり無いが。  大いに効果はあったとすべきか。  空海になり方を知っている方、おりませぬか。  おーい、おーい。  空海に憑かれた人間一匹、ここで悶々としとりますよー。  おーい。  

魔女の鬱蝉

魔女の鬱蝉 第十八話 私達が出会ったのは──三年前の事だった。 元々私は普通の学生だった。 幼い頃から自分が魔女であることは認識しており、普通の人とも生き方が違ったのも知っていた。 それだからか、私は昔から学校では人との関わりを極力避け続けていた。 私には普通の人のことが分かるはずも無かったから。 中学校は基本的に保健室登校だったし、高校は二年間通信制に通っていた。 友達なんて出来るわけも無かった。 でも、それでも構わないと思っていた。 人間は、本質的には孤独なんだと思っていたから。 魔女だってそこは同じだ。 寂しくも無ければ悲しくもない日常の中で──変化が起こったのは"この時"だった。 「『Under the spreading chestnut tree──』」 私は「あの歌」を聞いた。 美しくて、透き通る様な歌声。 思わず聴き入ってしまうこの歌に、私は導かれた。 歌声の主は、私と同い年くらいの女の子だった。 茶色の長い髪を持っており、とても凛々しい表情と佇まいで、歌を口ずさんでいた。 まさに歌姫だと私は思った。 だが同時に私はその人から"あるもの"を感じ取る。 するとその子と目が合った。 「あっ……その」 どうやって会話を切り出そうか悩み、私は口を開くが。 「……貴方は……魔女ですか?」 我ながら馬鹿すぎる質問をした。 彼女から微かに感じたのは"魔力"だった。 自分の身体《なか》にも流れている、魔女の"血"のようなもの。 私にはそれを感じた。 だからと言って馬鹿正直に聞くのは、我ながら浅はか過ぎた。 だけど、その子は一瞬目を見開いてクスリと笑った。 「そうだよ。もしかして貴方も?」 「え……随分あっさり言うんですね」 「まぁ。今の時代に魔女の事を知ってる人なんて、魔女くらいしかいないから。隠す事も無いでしょ」 彼女は軽いノリで言う。 私はその彼女の発言に困惑する。 「た、確かにそうですけど……」 「私の名前は、乙梨瀬玲奈《おとなしせれな》。貴方と同じ──五人の魔女の一人だよ」 これが瀬玲奈との初めての会話であり、私達魔女が繋がれたきっかけだった。 瀬玲奈とは直ぐに打ち解けられた。 というよりは、瀬玲奈のコミュニケーション能力が非常に高かった。 たった数時間後話しただけなのに、彼女の色んなことを知れた。 瀬玲奈は普通に学校に通えていること、学校ではかなり人気者なこと、そして──。 「んぐっ……! ケホッケホッ」 会話の最中、急に喉と口を抑えて咳き込んだ瀬玲奈に、私はつい声をかける。 「だ、大丈夫?」 「……大丈夫だよ。昔から喉を負傷しててね」 「そ、そうなんだ……でも歌声は綺麗だよね」 「ありがとう。あれは私の魔法のおかげなんだけどね」 「いや。それでもあれって音を増幅させてるだけでしょ? 素の歌声は本当に綺麗なんだよ」 私は本心で瀬玲奈に告げる。 彼女は少し照れくさそうに笑う。 「ありがとう。奈々の魔法も素敵よ」 瀬玲奈も純粋な笑みを私に向けた。 その顔を、私は一度たりとも忘れたことは無かった──。 続く

月は満ちて、言葉は欠けて

夏目漱石は、 「I love you」を 「月が綺麗ですね」と訳したという。 「愛している。」 たったそれだけの言葉では、 収まりきらない想いがあったのだろうか。 ……無責任な人。 月に想いを託すなんて。 そんな曖昧な言葉ひとつで、 誰かの心を揺らしてしまうのだから。 もしかしたら、意味のないものに意味を与えることで価値が生まれるのかな、、。 ねぇ、夏目漱石さん。 もし今もお会いできるのなら、 私に、言葉の使い方を教えてください。 この胸に溢れる想いを、 ひとつも取りこぼすことなく、 人に伝えられるような言葉を。 ……なんて。 きっと、あなたでさえ、 言葉にできない想いがあったのでしょうね。

君の『ヒロイン』になりたい

冬が来るたびに、テレビの向こうの気象予報士は「今シーズン一番の寒気」だの「今夜の初雪の可能性」だのを、どこか嬉しそうに語る。 街を行く人々はマフラーに顔を埋め、恋人たちは身を寄せ合い、世界はまるでイベントの始まりを待つように少しだけ浮き足立つ。 だけど、僕にとっての冬は、そんなロマンチックなものでは決してない。 冬は、僕にとって「君」という存在が、いよいよ看過できないほどに胸を支配し始める、ひどく残酷で、ひどく美しい季節だ。 最初に白状しておかなければならない。 これは、両想いになる未来なんて最初から用意されていない、完全な、救いようのない片思いの記録だ。 恋に落ちた瞬間を、ドラマのように鮮明に覚えているわけじゃない。気がついた時にはもう、手遅れだった。 天気予報で「明日は雪が降るでしょう」と言われたとき、僕が最初に思ったのは「傘を持っていこう」でも「防寒をしよう」でもなかった。 「君は、雪を見て喜ぶ人だったっけな」 それだけだった。 自分の生活や、自分の快適さなんてどうでもよくなってしまう。 自分の脳細胞の何割かが、完全に自分の意志とは関係なく、ひとりの人間のためだけに割かれてしまう。 それを人は恋と呼ぶのかもしれないけれど、僕にとっては、それはまるで質の悪い風邪の予兆のようだった。 一度引いてしまえば、自分の意志では熱を下げられない、あの不自由さに酷似している。 back numberの『ヒロイン』を聴いたとき、心臓を直接掴まれたような気がした。 「雪が綺麗と笑うのは君がいい。でも寒いねって嬉しそうなのも。」 というフレーズは、あまりにも綺麗で、そしてあまりにも僕たちの傲慢さを言い当てている。 片思いの何が苦しいかと言って、自分の世界がすべて「君」というフィルターを通してしか見えなくなってしまうことだ。 たとえば、夕暮れ時の空が信じられないくらい綺麗なグラデーションを描いていたとする。 普通の人間なら、スマホを取り出して写真を撮るか、ただ「綺麗だな」と感動して終わりだろう。 だけど、僕は違う。「この空を、君に見せたい」と思ってしまうのだ。 美味しいラーメン屋を見つければ「今度あいつを連れてきてあげたい」と思い、映画の予告編を観れば「あいつが好きそうなストーリーだな」と頭の中で勝手に君をキャスティングする。 僕が見るすべての景色、僕が聴くすべての音楽、僕が味わうすべての感情の先に、必ず君の幽霊が立っている。 君は僕の隣にいないのに。 僕がひとりで歩いている街の雑踏の中にも、ひとりで入ったカフェの窓際の席にも、君の残像がこびりついて離れない。 「綺麗だね」と君に言いたくて、でも言えなくて。 結局、僕は自分のスマホのカメラロールに、君に見せる予定のない景色の写真を溜め込んでいく。 何の意味もない、ただの自己満足の塊。 君というフィルターを通さなければ、僕はもう、世界を正しく美しいと認識することさえできなくなってしまったのだ。 世の中には「友達のままでいいから、一番近くにいたい」なんて殊勝なことを言う人がいる。 あれは嘘だ。少なくとも、僕にとっては綺麗な建前に過ぎない。 「何でも話せる親友」とか「困った時に真っ先に頼れる存在」とか、そういうポジションは一見すると特等席のように思える。 確かに、他の誰よりも君の笑顔を近くで見られるし、君の弱音を特等席で聴くことができる。 だけどその席は、君の「恋愛対象」というステージからは、最も遠く引き離された監獄でもある。 君が僕の前で、屈託のない笑顔を見せるたびに、僕の胸はすり減っていく。 なぜならその笑顔には、一切の「照れ」も「計算」も「恋の駆け引き」も含まれていないからだ。 完全に安心しきった、100%の「友達としての好意」。 それがどれほど僕を絶望させるか、君は知りもしないだろう。 一番きついのは、君が僕の目の前で、他の誰かの話をするときだ。 「最近、あの人がさ……」 そう言って、少しだけ瞳を潤ませたり、声を上ずらせたりする君を見る。 その瞬間、君の世界の「ヒロイン」の座に座っているのは、僕ではなく、僕の知らないどこかの誰かなのだと突きつけられる。 君が誰かを想って一喜一憂する姿を、僕は「良き相談相手」の仮面を被って見つめ続けなければならない。 「へえ、いいじゃん、頑張りなよ」 口から出る言葉は、1ミリの嘘偽りもない応援の形をしているけれど、僕の心の中は、ドロドロとした嫉妬と、情けなさで満たされている。 君の恋を応援する僕の優しさは、君に嫌われたくないという一心だけで保たれている、極めて我が儘で、脆いものだ。 もし僕がここで「そんな奴のこと、もう忘れなよ。僕じゃダメかな」と言えたなら、どれほど楽だろう。 だけど、言えない。 言った瞬間に、この「特等席」さえも奪われ、僕は君の世界から完全にサヨナラしなければならなくなることを、痛いほど理解しているからだ。 だから僕は今日も、世界一物分かりの良い友達のフリをして、君の隣で笑っている。 雪は、すべての汚れを白く覆い隠してくれる。 泥だらけのアスファルトも、放置されたゴミ箱も、雪が降ればすべてが均一に、美しく、純白の世界へと変わる。 だけど、僕の心の中にある君への想いは、そんなに綺麗なものじゃない。 もっと独占欲に塗れていて、泥臭くて、みっともないものだ。 『ヒロイン』の歌詞はこう続く。 「君の街に白い雪が降った時 君は誰に会いたくなるんだろう」 「雪が綺麗と笑うのは君がいい」 本当にその通りだと思う。 だけど、僕の本音はもっとその先にある。 君が誰の映画のヒロインであっても構わない、なんて、そんな聖人君子みたいなことは思えない。 君が他の誰かと幸せになるくらいなら、いっそその恋が上手くいかなければいいのにと、最低なことを願ってしまう夜がある。 君を泣かせるような男の元に行くくらいなら、僕が君を、僕の不器用な両手で抱きしめて、世界で一番甘やかしてあげたいと思ってしまう。 街のイルミネーションがどれだけ輝いていても、僕の隣にいる君の手を握ることができないのなら、そんな光は全部消えてしまえばいい。 世界中がどれだけ冬の美しさを讃えていても、君が僕を特別だと思ってくれないのなら、こんな季節は早く過ぎ去ってしまえばいい。 片思いとは、自分の無力さと、自分の醜さに、毎日直面させられる作業だ。 君の一言で天国に上り、君の既読スルーひとつで地獄に落ちる。 そんな感情のジェットコースターに振り回されている自分自身が、時々たまらなく嫌になる。 明日もきっと、世界は平然と回っていく。 君は僕の気持ちなんてこれっぽっちも気づかずに、「おはよう」と軽いトーンでLINEを送ってくるだろうし、僕はそれに、数分間泳がせてから、さも今気づいた風を装って「おはよ」と返すのだろう。 この片思いの結末がどうなるかは、最初から分かっている。 いつか君には本当に大切な人ができて、僕はその結婚式に呼ばれて、「本当におめでとう」と、人生で一番の大嘘をつきながら笑うのだ。 それ以外の結末なんて、今の僕には到底想像できない。 それでも。 もしも明日、本当に予報通りに雪が降るのだとしたら。 東京の、あの狭くて、冷たい空から、白い結晶がひらひらと舞い降りてくるのだとしたら。 僕はやっぱり、真っ先に君の顔を思い浮かべるのだろう。 「今、雪見てるかな」 「寒いって文句言ってるかな」 僕の世界が、どれだけ君一人のせいで不自由になろうとも、僕はきっと、この不自由さを愛している。 君を想うことでしか得られない、あの胸の奥がギュッと縮まるような痛みを、手放したくないと思ってしまっている。 君の物語の中で、僕がただの「背景のひとり」だとしても構わない。 せめて、君の歩む道の片隅に降る、ひとひらの雪のようでありたい。 君の手のひらに落ちて、触れた瞬間に消えてしまうような、それくらい儚くて、だけど確かにそこにいた証として。 今年もまた、僕の街に、冷たい、冷たい冬がやってくる。 君という名の、決して手に入らない、僕の美しい世界の冬が。

綺麗な人

夏の終わり頃、雨の降る道で傘もささずに歩く女の人が目に留まり、思わず足を止めた。 パーカーが細い肩に重たく垂れ下がり、長い髪が白い頬に張りついていた。前髪の隙間から覗く大きな瞳は、どこか少年のように凛々しかった。 綺麗な人だった。 あんな顔に生まれたら、どんな気分なんだろう。 彼女もこちらに気づいたらしく、少し笑った。 「そんなに変?」 突然声をかけられて、驚いた。 凛々しい顔立ちからは想像していなかった、柔らかくて可愛らしい声だった。少し幼さの残るその声が、彼女の儚げな雰囲気によく似合っていた。 「え?」 「傘さしてないの」 「あ、いや」 「変だよね」 そう言ってまた笑った。笑うと、声だけでなく顔まで幼く見えた。 「よかったら、入りますか」 彼女は私の傘を見た。 「それ、私のだ」 「え?」 「その傘。昔、使ってたの」 紺色の、何の変哲もない傘だった。 「でも、これ家から持ってきたんですけど」 「うん。知ってる」 彼女は持ち手のあたりを指さした。 「そこ、ちょっと欠けてるでしょ」 確かに、木製の持ち手の端が小さく欠けていた。 「落としたんですか?」 「ううん。噛まれたの」 「犬に?」 「さあ、どうだったかな」 彼女は笑った。 変な人だと思った。 でも、綺麗な人だから、変なことを言っても変に見えないんだと思った。これが私だったら、きっと気持ち悪がられる。 結局、彼女は私の傘に入った。 歩き出すと、彼女は自然に私の左側へ回った。 「高校生?」 「はい。二年です」 「いいね」 何がいいんだろう。 毎日同じ制服を着て、同じ人たちと同じような話をする。誰が誰を好きだとか、あの子が嫌いだとか。本当にどうでもいい。 でも、そう思っていることを知られたくないから、一緒になって笑う。 「学校、楽しい?」 「普通です」 「そっか。私、高校生には戻りたくないな」 「さっき、いいって言ったじゃないですか」 「うん。適当に言っちゃった」 彼女は悪びれずに笑った。 「友達は?」 「いますよ」 「いや、いるかどうかじゃなくて。好き?」 変な質問だった。 「普通に好きです」 嘘だった。 嫌いというほどではない。でも、みんな少しずつ嫌いだった。 「ふうん」 彼女はそれ以上聞いてこなかった。 しばらく、雨の音だけがした。 「私、高校のとき友達のこと嫌いだったな」 彼女が突然言った。 「いじめられてたんですか」 「全然。むしろ仲良かったよ」 「じゃあ、なんで?」 「馬鹿だったから」 あまりにもあっさり言うので、思わず彼女を見た。 「みんな?」 「うん。みんな」 彼女は少し考えてから付け足した。 「まあ、私も含めてね」 「どんなところが嫌だったんですか」 「なんだろ。いちいち大騒ぎするところとか。昨日まで嫌いって言ってた子と、次の日には仲良くしてたり。好きでもないものを流行ってるからって好きって言ったり」 わかる、と思った。 「でも、そういうのって普通じゃないですか」 「そうだね。普通だと思う」 「じゃあ、別にいいじゃないですか」 「うん。別にいいんだよ」 彼女は笑った。 なんだか、話が噛み合わない。 「じゃあ、なんで嫌いだったんですか」 「さあ。見てて恥ずかしかったのかな」 「恥ずかしい?」 「うん。黒歴史刻んでるなあって」 私は思わず笑ってしまった。 「わかります、それ」 彼女も笑った。 「でしょ。なんか、見てられないんだよね」 「わかります。なんであんなに何でも楽しそうにできるんだろうって思います」 「そうそう」 「あと、そういう人に限って、自分のことすごく好きじゃないですか」 「そうかな」 「そうですよ。自分のこと何もわかってないのに、堂々としてて」 言いながら、少し気持ちがよくなった。 普段は誰にも言えないことだった。言ったところで、性格が悪いと思われるだけだ。 でも、この人は違う。 「私、そういう人を見ると、なんか馬鹿だなって思っちゃうんです」 「へえ」 「でも、別に嫌いってわけじゃなくて。なんていうか」 「見下してるんだ」 彼女が言った。 一瞬、言葉に詰まった。 「……そういう言い方だと、嫌な感じですね」 「嫌な感じの話じゃないの?」 彼女は不思議そうに私を見た。 少し腹が立った。 自分だって同じことを言っていたくせに。 「でも、あなたもそうだったんですよね」 「うん。そうだったよ」 「じゃあ、わかりますよね」 「わかるよ」 彼女は少し笑った。 「だから嫌なんだよね」 何が嫌なのか、聞こうと思った。 でも、なんとなく聞けなかった。 「私も、友達といるときは普通に笑ってますよ」 代わりに、そんなことを言った。 「うん」 「別に、一人でいるのが好きなわけでもないし」 「うん」 「だから、みんなと同じことしてるんですけど」 「うん」 「でも、なんか違うんですよね」 彼女は黙っていた。 自分でも何が違うのかわからなかった。 みんなが楽しそうにしているとき、私も笑っている。面白いと思うことだってある。でも、帰り道になると、今日一日何が楽しかったのか思い出せない。 だからといって、一人になりたいわけでもない。 明日もきっと同じように学校へ行って、同じように笑う。 「つまんないんです」 言ってから、少し恥ずかしくなった。 「学校が?」 「……たぶん」 「そっか」 彼女はそれだけ言った。 もっと何か言ってほしかった。 こんなに綺麗な人なら、何か特別なことを知っている気がした。 「でも、私も高校のとき、そんな感じだったよ」 「そうなんですか」 「うん。毎日つまんなかった」 「友達、嫌いだったからですか」 「それもあるけど」 彼女は少し考えた。 「なんか、何もしてなかったんだよね」 「何も?」 「うん。部活も適当だったし、勉強も別に。何かやりたいことがあったわけでもないし」 意外だった。 こんなに綺麗な人なら、きっと何か特別なことをしていたんだと思っていた。 「でも、友達とは遊んでたんですよね」 「遊んでたよ。普通に」 「じゃあ、楽しかったんじゃないですか」 「楽しいときもあったよ」 彼女は少し笑った。 「でも、なんかずっと、こんなことしてていいのかなって思ってた」 私は黙って聞いていた。 「みんな馬鹿だなって思ってたんだよね。毎日あんなに騒いで、恥ずかしくないのかなって」 「はい」 「でも、今思うとさ」 彼女はそこで言葉を切った。 向こうから自転車が来たので、私は傘を少し傾けた。彼女の肩が濡れた。 「あ、ごめんなさい」 「いいよ」 彼女は濡れた肩を軽く払った。 「何でしたっけ」 「何だっけ」 二人で少し笑った。 「黒歴史の話です」 「ああ、そうそう」 彼女は思い出したように言った。 「みんなが黒歴史を刻んでる間、私は何も残さなかったんだよね」 私は彼女を見た。 「……でも、黒歴史なんてない方がよくないですか」 「そう思ってたんだけどね」 「今は違うんですか」 「うーん」 彼女は少し首を傾げた。 「別に、今も恥ずかしいことはしたくないよ」 「ですよね」 「でも、何もしてないのに、やればできたって思ってるのも、結構恥ずかしいなって」 胸のあたりが、少し嫌な感じになった。 「……それは、そうですね」 「私、ずっとそうだったから」 彼女は笑った。 「なんか、何でもできる気がしてたんだよね。本気出せば」 私もそうだった。 勉強だって、ちゃんとやればできる。部活だって、続けていればもっと上手くなれた。友達だって、本当はもっと気の合う人がいるはずだ。 そう思いながら、何もしなかった。 何もしなければ、できなかったことにもならないから。 「でも、まだ若いじゃないですか」 私は言った。 「そうだね」 「これから何でもできますよ」 「うん。そう思う」 彼女は笑った。 なんだか、つまらなかった。 せっかく私と同じ人を見つけたと思ったのに、この人はもう、私の知らないところにいる気がした。 「……今は、何かしてるんですか」 「何かって?」 「やりたいこととか」 「別に」 「え?」 「何もしてないよ」 彼女は何でもないことのように言った。 「結局、今もそんなに変わってない」 私は少し驚いた。 それから、なぜか安心した。 でも、同時に少しがっかりもした。 こんなに綺麗な人なのに。 そう思って、すぐに自分が嫌になった。 「なんか、残念そうだね」 彼女が言った。 「そんなことないです」 「そっか」 絶対に気づかれていた。 「嫌にならないんですか。自分のこと」 「なるよ」 「直そうとは思わないんですか」 「思うよ」 「じゃあ、なんで」 「なんでだろうね」 彼女は笑った。 少し苛立った。 何でも笑って済ませられる人なんだと思った。 「そんなに簡単に言えることじゃないと思います」 「そうだね」 「私、結構悩んでるんですけど」 「うん」 「……なんか、ずるいです」 彼女は少し驚いた顔をした。 それから、笑うのをやめた。 「ごめんね」 謝られるとは思わなかった。 「いや、別に」 「そうだよね。ずるいよね」 彼女は小さく言った。 その声が、さっきまでと少し違って聞こえた。 「私もさ、こうやって話せるようになるまで、結構かかったんだよ」 「……そうなんですか」 「うん」 彼女はそれ以上何も言わなかった。 聞けば話してくれたのかもしれない。 でも、聞かなかった。 知らないままの方がいいこともある気がした。 しばらく歩くと、見慣れた交差点に出た。 「こっち?」 彼女が左を指さした。 「はい。なんでわかったんですか」 「なんとなく」 彼女は笑った。 「そういえば、この傘、本当にあなたのなんですか」 彼女は傘を見上げた。 「ああ、それね。昔、知り合いにあげたんだよ」 「知り合い?」 「うん」 「誰ですか?」 「あなたも知ってる人」 足が止まった。 「え?」 彼女は私の顔を見て、少し困ったように笑った。 「覚えてない?」 私は首を横に振った。 「そっか」 雨が傘を叩いていた。 「誰なんですか」 「うーん」 彼女は少し考えた。 「忘れちゃったなら、別にいいよ」 「いや、気になります」 「そう?」 「はい」 彼女はまた笑った。 この人は、都合が悪くなると笑うんだと思った。 さっきまで可愛らしく見えていたその笑顔が、少しだけ嫌になった。 「雨の日だったかな。その日も」 彼女は傘の持ち手を見た。 「この傘、結構長く使ってるんだね」 「そうですね。小さい頃から家にあったので」 「そっか」 彼女は小さく頷いた。 それから、傘の外へ出た。 「あ、濡れますよ」 「大丈夫」 「まだ降ってますけど」 「うん。知ってる」 彼女は雨の中で振り返った。 「じゃあ、またね」 「……また?」 「うん」 彼女は手を振って歩いていった。 呼び止めようか迷った。 名前も聞いていなかったし、傘のことも結局よくわからなかった。 でも、追いかけなかった。 濡れたパーカーが背中に張りついていた。長い髪が揺れるたびに、白い首筋が見えた。 やっぱり、綺麗な人だった。 あんな顔に生まれたら、どんな気分なんだろう。 そう思って、少し笑った。 明日も学校がある。 きっと、いつもと同じ一日になる。 彼女に会ったことも、そのうち忘れてしまうのかもしれない。 でも、みんなが黒歴史を刻んでいる間、私は何も残さなかった、という言葉だけは、しばらく忘れられそうになかった。 交差点を渡ろうとして、ふと傘の持ち手を見た。 木製の端が、小さく欠けていた。 昔、母に聞いたことがある。 この傷、どうしたの、と。 何て答えていたんだっけ。 信号が青に変わった。 思い出せないまま、歩き出した。

正義の矛と盾

分かり合えない 分かり合えない 分かり合えない それでいい いいんだけど もどかしい 本音は分かり合いたい でも仕方ない 悪くない みんなそれぞれ 思うところがある 分かってる でも分かり合えない あなたの正論 正しい思想 分かってる 理解できる でもその矛先 向ける相手 刺すべき時 今じゃない ここじゃないと 思わない? そのお気持ち どうしても 今ここでぶつけるべきか どうなんだ そうなのか だとしたら 致し方ない あなたの選択 尊重するほかない でも私は、守りたい 刺さって欲しくないんだ あるがままでいて欲しい 忖度せず、過度に恐れず 思うがままに生きて欲しい 私が好きな人だから 私が応援したい人だから 庇うし、盾になる その矛先を向けるなら 私に向けろ 私を、刺せ だから どうかお願い この人を傷つけないで

ブラフマー

 よく思うのだけれど、平穏である事は、非常に有難い事である。  有難いのは、奇跡的状況にあるという事であり、状況を作ったのは、誰であろうかなどと、疑問は自ずと湧くのは、そりゃあ仕方の無い事なのです。  神ではないかと、説明されれば、支配するには、都合がよく、被支配に飽き飽きのシュードラは、来世に期待して寝床につくが、支配層の戯言は、それより何より無機質の波。  シュードラの恋は明るさを増し、青いガンジスに滔々流れ、ピアノの死骸は跳ねた光に、告げた睦言遠くへゆくわ。  流れの変化は、熱を孕んで、揺らいだ肉より絶望を深く、深く愛した女は吐息をまるで、まるで信じちゃいない生き物。  ディープなパープル爆破、爆破の芸術、ヨッパ谷の降下、ローマ字表記のアロマ、アラマと吃驚したら、帰っちゃダメよと接吻、策略の女は魅力、脳力の低下の始点、ハマり過ぎちゃって無理、中毒注意の鐘は、大晦日まで待てん。  待てん性よね、アンタもアタシも、ラテンのリズムに弱いのね、猫も杓子も、梵天観えたら言っといて、たまには人間やってみろ。  人間の関係性の複雑は、応接間より始まったのです。  嘘じゃないよ、ホントじゃないだけで、砕けた腰って、実は、なかなか砕けないよね、知ってるでしょ、甘ぁい夢へ行っといで、行った先には、煩悩まみれの人間いるから言っといて、たまにゃあ、梵天やってみろ。

【短編】豪運

運がいいとはどういうことだろう。 ただ低い確率を引き当てるということが、豪運ということになるのか? 俺は生まれつき運が悪い。 ジャンケンをしても十回に一回勝てるかどうかで、ガチャを引いても目当ての物が出るのは十数回目だ。どんな店やイベントでくじとか抽選とかをしても微妙なものしか引き当てられない。 だから数日前、ついこう願った。 「神様神様!もし俺が見えているのなら、どうか豪運を授けてください!一生のお願いです!」 なんて。 ほんの冗談のつもりだった。 だが驚くべきことに、ここ最近本当に運が良くなってきたのだ。 三日前、ソシャゲのガチャを引いたら10連でピックアップキャラが出た。今までは天井スレスレでしかお迎えできなかったのに。 二日前はネットの抽選に当たりクーポンが貰えたし、ちょっと前に無くしたサイフも散歩先で見つかった。 昨日なんて赤信号にも引っかからないわ外出た瞬間雨が止むわと例をあげたらキリがない。 俺はついに運を手に入れた。今までできなかったようなことはなんでもできるんだ。 今、俺は何者かに背中を刺され、動けもせず倒れている。 犯人の素性はわからない。心当たりもない。 ただでさえ人気のない通りなのに、朝ということもあり目撃者は猫一匹すらいない。 声を出そうにも傷口から血が溢れ力が出ない。 こうなるなんて運が悪かったな。 どこかで見た情報だが、日本で一年間で殺人に遭う確率は四十万分の一くらいらしい。 四十万人に一人。 運がいいとはどういうことだろう。 ただ低い確率を引き当てるということが、豪運ということになるのか?

【短編】生きる意味

※こちらは自殺に関係するストーリーです。作者の勝手な解釈も含まれますため苦手な方はスキップすることを推奨します。 朝の新鮮な空気を吸いに訪れたアパートの屋上。隅のフェンスの向こう側に、その女は立っていた。 髪はボサボサで服装もだらしなく、身体のやつれ具合は精神の疲労を物語っている。十中八九、ここから飛び降りるつもりなのだろう。 こういう時は率先して止めろと色々な所で教わってきた。だから僕はもちろん声をかけようとして──踏みとどまった。 世の中では自殺防止がよく語られる。自殺関与なんて罪もあるくらいだし、生きていたら楽しいことあるよとか、辛いことは何でも話してとかなんとか言って止めるのが正義なのだろう。 正直言って、その程度で自殺を踏みとどまるような人間は自分の力で精神を持ち直せるだろう。 人に裏切られたのか全てを奪われたのかは知る由もないが、本当に本当に人生に疲弊して早く楽になりたいような人間に「きっといい事あるよ」なんて無責任な事を言える自信なんて僕にはない。相手をろくに理解せず偽りの希望を抱かせるなんて残酷なことはしたくない。 顔を上げると、その女は宙に躍り出ていた。 早朝の風に揺られ、錆びたフェンスが軋む音だけが屋上に残された。心の奥のわだかまりを誤魔化すように、僕はそそくさと屋上を後にした。 仲の良い友人が死亡したとの知らせが入ったのはそれからしばらく経ってからのことだった。 話によると、飛び降り自殺した女性に頭から衝突し即死だったという。 発見された場所や時刻、女性の特徴を聞くうちに、嫌な汗が肌を伝った。 あの日あの場所から飛び降りた女…聞いた時間も容姿も、その女と完全に一致していた。 あの時女を止めていればあいつは死ななかったのか? これが生きる意味なのか? 「きっといい事あるよ」なんて言葉を信じていなかったのは、僕の方だったのか?

神様仏様、あのことだけは

西日の差し込む放課後の三階教室。 僕は机に顎を乗せたまま、開け放たれた窓の外をぼんやりと眺めていた。 視線の先、オレンジ色に染まる中庭で、数人の女子生徒が笑い声を上げている。 その中心にいるのが吉川だった。 彼女がポニーテールを揺らして笑うたび、僕の胸の奥がちくちくと痛む。 彼女は僕の斜め前の席で、いつも楽しそうに友達と話している。 僕と吉川は、クラスメイトという記号以上の関係ではない。 たまにプリントを回すときに目が合って、「ありがとう」と言われるくらいだ。 それでも、僕は彼女のプロファイラーになれるくらい、彼女のことを見ていた。 吉川の誕生日は十月十四日。 好きな食べ物はオムライスで、ケチャップは波型に塗る派。 犬派か猫派かで言えば、実家でトイプードルを飼っているから圧倒的に犬派。 そして、少しマイナーな単館系のフランス映画が好き。 全部、彼女が友達と話しているのを後ろから盗み聞きして覚えた、僕だけの秘密のコレクションだ。 「……何見てんだよ、ストーカー」 背後から、親友のタカシに頭を小突かれた。 「ストーカーじゃない。ただ、外の空気を吸ってただけだ」 「嘘つけ。吉川さんだろ。そこまで好きなら、いい加減話しかければいいのに」 「無理だよ。僕なんかじゃ、彼女の視界にすら入れない」 僕はため息をつき、机に突っ伏した。 世界中の誰よりも、彼女のことを考えている自信はある。 彼女が髪型を変えた日も、少し体調が悪そうな日も、誰よりも早く気づいているのは僕だ。 それなのに、僕のこの巨大な想いは、彼女の日常に一滴の波紋すら広げることができない。 もしも神様や仏様というものが本当にいるのなら、僕のこれまでの善行――落ちていたゴミを拾ったこととか、お年寄りに席を譲ったこととか――を全部かき集めて、彼女と話す勇気に変えてほしい。 いや、そんな贅沢は言わない。 せめて、彼女の視線の端に、僕が映り込む特権だけでもくれないだろうか。 そんな僕の情けない祈りが通じたのか、あるいは神様の気まぐれか。 翌日の放課後、事件は起きた。 提出物のレポートを出すために居残りをしていた僕は、静まり返った図書室の窓際の席で、一人でノートをまとめていた。 すると、トントン、と控えめに机を叩く音がした。 顔を上げると、そこにいたのは吉川だった。 「ここ、座ってもいい?」 「えっ、あ、うん。どうぞ」 心臓が肋骨を突き破るかと思うほど激しく脈打った。 吉川は僕の向かい側に腰を下ろすと、小さく息を吐いた。 「よかった、まだ残ってて。君、いつも遅くまで学校にいるよね。三階の窓から、よく外を見てるでしょ」 「え……気づいてたの?」 「うん。なんか、いつも遠くを見てる人だな、って思ってた」 恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなる。 まさか、自分が彼女を見つめていた姿を見られていたなんて。 吉川はクスッと笑うと、カバンから一枚のフライヤーを取り出して、僕の前に差し出した。 「これ、今週末から駅前のミニシアターでやる映画なんだけど……もしよかったら、一緒に見に行かない?」 それは、彼女が以前「見たい」と友達に話していた、フランスの恋愛映画だった。 「僕と……? なんで?」 思わず、間抜けた声が出た。 吉川は少し視線を落とし、はにかむように笑った。 「映画の趣味が合いそうな人が、クラスに君くらいしか思い浮かばなくて。……迷惑、だった?」 「そんなわけない! 行く、絶対行く!」 必死すぎる僕の返事に、吉川は「よかった」と嬉しそうに目を細めた。 約束の土曜日。 僕は人生で一番クローゼットの前で悩み、結局タカシに借りた小綺麗なシャツを着て駅に向かった。 待ち合わせの三分前。 駅の改札前に、吉川は立っていた。 いつもの制服ではなく、白いニットにチェックのスカート姿。 髪はハーフアップにまとめられていて、いつもより少し大人っぽく見えた。 「あ、お待たせ!」 「ううん、今来たところ。行こうか」 映画館までの道のり、僕は緊張のあまり、ロボットのような歩き方になっていた。 吉川はそれに気づいているのかいないのか、楽しそうに最近の学校のニュースや、新しく始まったドラマの話をしてくれた。 僕は彼女の言葉を一つも聞き漏らすまいと、必死に相槌を打つ。 上映された映画は、切ない大人の恋を描いた物語だった。 暗闇の中、僕の数センチ隣に吉川がいる。 それだけで映画の内容が半分も頭に入ってこなかったが、スクリーンの光に照らされた彼女の横顔があまりにも綺麗で、僕は何度も盗み見てしまった。 彼女の瞳が潤んでいるのを見て、僕は胸が締め付けられるような愛おしさを覚えた。 映画が終わり、夕暮れ時の街を二人で歩く。 駅へと続く歩道橋の上で、吉川がふと足を止めた。 オレンジ色の夕日が、彼女の輪郭を優しく縁取っている。 「楽しかったな。付き合ってくれてありがとう」 「こちらこそ。すごくいい映画だったね」 「うん。……ねえ、実はね」 吉川は歩道橋の欄干に寄りかかり、遠くの街並みを見つめた。 「私、学校にいるとき、ときどき息が苦しくなるんだ」 思いがけない言葉に、僕は言葉を失った。 「みんなに合わせて笑って、流行りの話についていって。嫌われないように、はみ出さないように、ずっと気を張ってて。……でもね、ふと後ろを振り返ると、君がいつも窓の外をぼんやり眺めてるのが見えて」 吉川は僕の方を向き、まっすぐな瞳で僕を見つめた。 「君の周りだけ、すごく静かで、自分の時間が流れてるみたいに見えたの。それを見てるとね、あ、私もあんな風に、自分のままでいていいんだって、すごく救われてたんだよ」 心臓が、ドクンと大きく跳ねた。 僕は、彼女の華やかな世界の引き立て役で、ただの背景の幽霊だと自分のことを思っていた。 でも、彼女は僕を見てくれていた。 僕の退屈な片想いの時間が、巡り巡って彼女の心を少しだけ軽くしていたなんて。 「だからね、今日は君とゆっくり話してみたかったの」 吉川は少しはにかんで、それから寂しそうに微笑んだ。 「もうすぐ卒業でしょ。だから、少しだけ勇気を出してみた」 彼女の言葉が、僕の胸の中に眠っていた臆病な感情を、一気に叩き起こした。 卒業。 その二文字が、僕たちの関係の終わりを告げるカウントダウンのように響く。 このまま「楽しかったね」で終わらせて、また月曜日から普通のクラスメイトに戻るのか? そんなの嫌だ。神様や仏様に祈っている場合じゃない。 自分の声で、自分の言葉で、今言わなきゃ、僕は一生後悔する。 僕は深く息を吸い込み、一歩、彼女に近づいた。 「吉川」 「ん?」 「僕は、君が思ってるような、かっこいい人間じゃない。ただの臆病者で、君と話す勇気がなくて、ずっと後ろから見てるだけだった」 吉川は驚いたように目を見開いた。 僕はもう、止まれなかった。 「君の誕生日も、オムライスのケチャップの形も、フランス映画が好きなことも、全部知ってた。ストーカーみたいで気持ち悪いって思われるかもしれないけど、どうしても君のことが知りたくて、ずっと耳を澄ませてたんだ」 夕風が、二人の間を吹き抜ける。 「世界中の誰よりも、僕は君のことが好きだ。みんなに合わせて無理して笑う君じゃなくて、誰も見ていないところで寂しそうにしている君も、全部ひっくるめて、僕は君が好きです」 言い切ると、頭が真っ白になった。 やってしまった。全部ぶちまけてしまった。 嫌われたかもしれない。気味悪がられたかもしれない。 沈黙が痛いほど長く感じられた。 吉川は俯いたまま、動かない。 やがて、吉川の肩が小さく震え始めた。 「……吉川?」 恐る恐る覗き込むと、彼女は顔を真っ赤にして、泣きそうな、でも今にも吹き出しそうな顔で僕を見ていた。 「もう……はやく言ってよ」 「え?」 「私、ずっと待ってたんだからね」 吉川は涙をためた目で、怒ったように、愛おしそうに笑った。 「君が私のこと見てるの、本当はとっくに気づいてた。目が合うと、いつも慌てて逸らすでしょ? プリント渡すとき、手が震えてるのも知ってた。……私だけが知ってる君の秘密だと思ってたのに、君の方が私のことたくさん知ってるなんて、ずるいよ」 彼女の目から、一滴の涙がこぼれ落ちた。 「私も、君のことが好きだよ。窓の外を見てないで、私を見てほしかったの」 世界が、一瞬で色鮮やかに弾けたような気がした。 神様、仏様。さっきの願いは全部キャンセルします。 僕にはもう、神頼みなんて必要ない。 僕はそっと手を伸ばし、夕暮れの光の中で、吉川の小さな手を握りしめた。 彼女の手は少し震えていて、でも、驚くほど温かかった。 「……じゃあ、次の休みも、映画行こう」 「うん。今度は君の好きな映画、教えてね」 歩道橋の下を、電車が大きな音を立てて通り過ぎていく。 その轟音さえも、僕たちの始まりを祝福するファンファーレのように、僕の耳には心地よく響いていた。

ドアが ○○○ます

私はどこへ行こうとしていたのだろうか そもそも、ここはどこなのだろう 何一つ思い出せない [ ドアが閉まります 。] 聞き馴染みのある声と電子音 体が浮遊間に包まれ、下っていく そうだ、、 ここは、"エレベーター"だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ どこまでも続くかのように感じる あれから、約二時間ほど経った 流石に異常である ボタンは全部で15個。 これは15階の建物のようだ …そのような事がわかっても何も分からないが その時、とあるボタンに目が留まった 非常ボタンだ ここがどこかわかるやもしれない 人間と話せるかもしれない 私は、ボタンを強く押した ノイズが数秒流れ、誰かの吐息が聞こえる どうやら繋がったようだ [あ、あの。聞こえますか] 返答があるか確かめるために、声をかける 、、、 [すいません あの] 「聞こえています 続けてください」 女性、、の声が聞こえる [……ありがとうございます。 聞こえているんですね] [あの、ここがどこなのか、 教えていただけませんか] [私は……どうやら、 エレベーターの中にいるようなのですが] [どこへ向かっているのかも、いつから乗っているのかも、何も思い出せないんです] [ボタンは全部で十五個あります。でも、二時間ほど経っても、一向に止まる気配がありません] [……すみません。自分でも、何を言っているのかわからなくて] 沈黙が流れる 吐息は流れ続けている 繋がってはいるようだ 大きく息を吸い女性が話し始める 「大丈夫です。 えっと、 、、、、」 ずっと感じていた 女性の声の違和感 ………もしかして [もしかして、子供ですか?] 「すいません、大人じゃなくて」 女性は申し訳なさそうに話す 再度聞くと、14から16歳の声に聞こえる [こちらこそ察せず申し訳ございません  周りに大人はいますか?] 話を聞くと、どうやら少女も 私と同じ状況下に置かれていた事がわかった [あなたは家に帰る途中で 止まってしまったのですね] わたしと違い、記憶は所持していること 「この建物も、15階なんです」 エレベーターの構造が酷似している事 知れば知るほど謎は増えていく そんな時だった 電話越しに聞こえていた少女の声が途切れる そして、一つの不安を抱えて、 エレベーターは動きだした [あの子は大丈夫だろうか] 、、 このエレベーターは止まらない 結構、わたしのことは何もわからなかった その時だった エレベーターが、止まった 扉が今開こうとしている。  外に出れ 違う これはわたしの業務外だ 出ることは許されていない わたしは、口を開いた いつもの  を言うために ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 電話が切れ、エレベーターが動きだす 「、、なんだったんだろう」 "あの、ここがどこなのか、 教えていただけませんか" あの音声は確かに、 聞き覚えがあった [ ドアが開きます 。]