母の手

 母の手は冷たかった。  思えば母が座っている姿を見たことがなかった。いつも朝早くから台所に立ち、包丁とまな板と音を奏でていたり、鍋とにらめっこしたりしていた。  天気がよければ畑や田んぼの世話をして、雨なら繕いものや家の掃除など。母はまさしくこまねずみのように何かしら動いていた。  子供の頃からそんな姿を見ていた私は、ある日母に趣味はなにかと聞いてみたことがあった。  そのとき草むしりをしていた母は、手を止め地面から目線を外し数秒考えた。そして、草むしりかなと答えて、また黙々と草むしりに集中した。  私は丸まったその背中を見ながら悲しくなった。母はいつも家族のために働いてばかりで、自分の好きなことはないのかしないのか。  母の手は赤紫蘇で染まったり、あかぎれで切れていたりしていた。爪は土のような汚れが詰まっていた。それでも私は母の手が好きだった。母は冷え性だから触れるとひんやりとするのだが、それも含めて好きだった。  最後に触れる母の手。動かなくなった重なった両手をなぞる。  細く、骨張っていて、いつものように冷たかった。

十五夜のハロウィン少女

かぼちゃのハロウィンコスプレを見るたびに思い出すのはあの女の子と食べた豚骨ラーメンだ。汚くて、お世辞にも美味しいラーメンではなかったが、今まで食べた中で一番楽しい食事だった。俺の貧弱な人間関係の中でも最も大切にすべき大事な思い出だ。 深夜十時半、自分の最寄駅のプラットホームに降り立つ。極寒の秋風が吹き荒れていた。 改札の前に立っていたカップルがイチャイチャしていて腹が立つ。 「今日って十五夜らしいよ」 と女の子が云う。 優しそうな顔をしている。 「まじかーてかそんな月丸くなくね?」 男の方が空に浮かぶ月を目を細めて見ていた。 確かに左側が少し欠けている。 「丸いじゃん!よく見て見なってぇー」可愛い声を出して「本当に丸いもん!」と云った。 今日は年に一度の十五夜の日だ。十五夜とは旧暦で言う八月十五日にススキと月見団子、そして秋の名産品を並べて月に向かって感謝する日だ。有り体にいえばハーベストフェスティバル。旧暦に従っている為に必ずしも十五夜が満月である必要は無く、一昨日が満月だった。 カップルは手を繋いで駅の外に歩いて行った。 暖かそうだった。 俺の心に何故か温もりが芽生えて、片手を見ると俺は誰の手も握っていなかった。 「気のせいか、、、、」 心なしか声が震えている気がする。 いや、彼女なんて俺には必要ない。俺は医学部に絶対に入ると決めたんだ、女は勉強の邪魔だ。 心を平静に保とうとする。 俺だってモテない訳じゃない。 作らないだけだ。 カップルの女の子の方を思い出す。短いスカート、男と話していて嬉しそうな顔、薄く化粧した姿。 男の方は印象が薄くて、スポーツ刈りだったことくらいしか覚えていない。 「侑斗くん!待ってたよー」 誰かが言った。 俺は自分の名前を呼ばれて振り返った。 ゆうと、それが俺の名前。しかし、後ろには改札があるだけで誰もいなかった、 「幻覚か、、」 そう、俺は幻覚を見るまで彼女を欲していたが年齢=彼女がいたことない歴の自分にとって彼女をどうやって作るのかわからない。彼女が何処からか生えてくるものではないのは知っているが、校舎裏に呼び出して「付き合ってください」とラブレターを渡すようなベタな告白くらいしかわからなかった。でも友達の中には彼女がいる奴も多い。総じて奴らは幸せそうだ。俺も欲しい、女の子の前だと何故か淡白に振る舞ってしまうのだ。 木枯らしが吹いて身を震わせる。葉は紅葉して駅前の道路を紅く染めた。俺は落ちていたイチョウを一枚拾って砂をはたいて指先で遊ぶように回す。暫く歩くともみじがあった。もみじも拾うと子供の手みたいだと思った。「もみじのような手」という表現が日本には古来からある。 俺は家に向かって歩いている。学ランの襟を寄せて「寒くなったな」と呟いた。 もう日が沈むのが早くなってきている。辺りは暗く、大通りを通る車は総じて渋滞気味にゆっくりと走る。道路は車のライトを受けて光っているみたいだ。過剰に受けた光は行き先を失って俺のほうにやってきた。俺は目を逸らして路地に入る。今日は車のライトが眩しくて大通りを通る気になれなかったからだ。一本裏手に入ると一気に閑散とする。車の走る音が遠ざかって、音が無くなる。偶に夕飯の匂いがして、閑静な住宅街にカレーとか焼き魚の匂いがする。 公園が見えてきた。この道の街灯は優しい光をしていて、最低限の光源は保ちつつ、目に優しいから好きだった。静かな道、優しい光。偶に俺はこの道を通ると夢を見ているような感覚に襲われる。単に疲れて眠い日に限ってこの道を通っているに過ぎないのだが、この道を特別な道として扱ってもいいんじゃないかと思っている。俺がふわふわとしながら歩いていると、泣き声が聞こえた。 真っ暗な公園から聞こえてくるその声は絞り出すような悲壮な声だった。 気になって、公園の入り口をくぐる。 「今日はハロウィンじゃないよ」 つい言ってしまった。 何故なら公園の中で泣いていたのはかぼちゃのコスプレをした女の子だったからだ。 ベンチに座っているらしい。女の子は俺のほうを見ている。 真っ暗な陰から覗いている。 「ーハロウィンだもん、、」 「今日は十五夜ですよ。まだ一ヶ月近くある。」 女の子は再び泣き始める。 俺は隣に座った。 「どうしたんですか?理由なら聞きますよ」 女の子は顔を上げる。 「聞かなくていいよ。どうせ『気にし過ぎ』って言われるだけだし」 「そんなことない」 俺は断言した。 こんなところで泣くんだ、それなりの理由があるに決まっている。 女の子は十月三十一日の渋谷に居そうな、オレンジを基調にした丸いシルエットのスカートを履いていた。かぼちゃを模しているのかスカートも前部分には黒い布で顔が縫い付けられている。首の広いオレンジ色の半袖に、黒いフリルの付いたエプロンを掛けて、頭にはかぼちゃのオレンジ色の帽子を被る。帽子のかぼちゃと目が合った。女の子はファンシーでツインテールで髪を纏めていた。 「何で仮装をしてるんですか?」 女の子はピクリと反応した。 俯いて、答えようか迷っているようだった。 「ハロウィンパーティーをしていたの。」 「ハロウィンパーティー?」 早くないか? ダイソーでやっと季節商材が並び始めたというのに。 「気が早いと思ったでしょ」 「うん。思った」 「それでね、私の親友がドイツの学校に入学するって言って、明後日に日本を発っちゃうの」 話が見えてきた。 彼女は親友と別れるのが悲しくて泣いているんだ。 顔を覆った大きなかぼちゃの帽子を揺らして顔を上げる。 俺の目も暗闇に慣れてきた。 女の子と目が合った。 彼女は可愛かった。泣きぼくろの印象的な女の子で、美人というよりも愛らしい、服装のせいか子供っぽくてなぐさめてあげたいような、印象だった。 女の子は続ける。 「だから、最後にお別れ会も兼ねてさっきまで二人でハロウィンパーティーをしていたんだけど、こうして悲しくて深夜の公園で泣いてたの」 「寂しいよな。俺も親友が引っ越して悲しかったな。毎日一緒に遊んでたのに突然、北海道に引っ越しだって言われて、悲しくってそいつと喧嘩しちゃったんだ」 「喧嘩別れだったの?」 「いいや?すぐに仲直りできたよ。喧嘩別れだと後味が悪いだろ?」 女の子は驚いた顔をした。 「こういう話のオチって喧嘩別れで終わるものだと思ってた」 心底意外だ。 俺が怒った理由なんて「明日から誰と遊べばいいんだ」っていう身勝手な理由だったから、頭を冷やせば誰のせいでもないのが分かるのに。引っ越す親友が悪い、その原因を作った親が悪い、その親に転勤を勧めた会社が悪い、まあ、親が転勤するのは俺の推測だが。 「仲直りできて良かったね」しんみりとして女の子は言った。「今でも連絡は取っているの?」 「取ってるわけないだろ」 へえーと呟いて女の子と俺の間に静かな沈黙が流れる。 「ていうか君敬語じゃないね?」 「え、まあ、はい」 眉をひそめる。 「さっきまで敬語だったじゃん」 「いや、なんか堅苦しすぎるかなって」 「君、高校生だよね?」 「はい」 「私大学生なんだけど!」 大上段に構えて女の子は言う。 年上には見えなかった。 「すいませんでした」 俺は少し驚いて女の子の顔を見た。仮装のせいもあるが年下に見えるくらいだった。 「よく大学生に見えないって言われるの。馬鹿にされて困るわ」 「馬鹿にされそうですもんね」 「はぁ?君まで馬鹿にして!やめてよね、」 「すいません」 表情がすぐに変わる人だった。 風が吹いた。 俺と女の子の間を冷たい風が吹き抜けて、女の子は身を震わせた。俺は自分のマフラーを整える。女の子は半袖に膝丈のもふもふを敷き詰めたスカート(パニエ)を履いているだけだった。 「さむっ」 女の子は云う。 俺は何をすればいいのか分からなくて「寒いですね」と相槌を打つ。 「友達とハロウィンパーティーをした帰りなんだけど、友達が別の友達に呼び出されて友達が行っちゃったの」 「公園でパーティーをしていたの?」 「そんなわけないでしょ、友達の家で。それで私は仕方ないから帰ろうとしたんだけど、涙が出てきちゃって」 鼻水を啜る音がする。 「これ良ければ使ってください」 僕はティッシュをポケットから取り出す。「ありがとう」と云って女の子は受け取った。 「私は、、そう、、あの子と離れ離れになるのが悲しかったんじゃ無くて、私が軽く扱われたのが嫌だったの。二人で過ごせる最後の日だったのにあの子は別の友達のほうに行っちゃった。」 「そうなんですか、、」 確かにそうかもしれない。唯一無二の親友だと思っていた人に別の親友が居たら嫉妬する。僕はお腹が空いていたから、女の子の話をもっと聞いてあげたかったけど、もうアドバイスできるような脳みそではなく、身体も今にも倒れそうだった。 女の子は悲しそうに、お世辞にも上品ではなかったけど鼻を噛んで、俺にティッシュを返却してきた。 「返さなくて大丈夫です。でも、お腹空きませんか?」 「君はお腹が空いたの?」 「そりゃもちろん、俺、近所にある美味しいラーメン屋知ってるんですけど一緒に来ますか?」 女の子は俺のほうに顔を上げた。 迷ってる顔だ。 「お金持ってないの」 「奢りますよ」 俺はキメ顔でそう云った。 少し心がときめいて?俺は「ささ、立って」と慇懃無礼に言って女の子を立たせる。 「ありがとう」 秋風が強く吹き荒れ、女の子の声もうまく聞こえない。しかし、俺は並んで歩く女の子が何か呟いたことに気がついた。 「何か言いました?」 声を張って風にかき消されないように云った。 「?なんでもないよ」 いっぽ女の子は前を進んでくるりと華麗に一回転した。パニエの入ったオレンジ色ののパンプキンスカートが揺れる。半袖で寒そうだった腕を抱える。回ると絶対に寒いはずなのに、またぐるぐるとスカートを回して遊んでいる。 「寒そうですね」 「寒いよー」 街灯の下で振り向いた女の子の目の周りが赤く腫れていた。 暗い公園では見えなかったけど、相当泣いていたようで、頬を伝った一筋の涙がキラキラと光っていた。 「マフラーで良ければ貸しますけど」 「大丈夫だよ」 少し悲しい。 何だか俺が汚いと言われたみたいだ。 でも、俺と女の子の距離なんてそんなもんだ。 くるくると女の子は回転して、僕の前を歩く。オレンジ色のスカートに縫い付けられたジャックオランタンと完全に目が合った。まるで女の子の守護神みたいだった。 僕はマフラーを巻き直し、「もうすぐ着きます。そこの角を右手に曲がったらラーメン屋です」と云った。 女の子は角を曲がった。姿が見えなくなる。少し焦って、早足に俺も角を曲がる。 「あったでしょう?」 女の子の顔がすぐ目の前にあった。 鼻が当たりそうだ。 ニカっと腫れた目元で笑う。 「ラーメン楽しみだね」 と云った。 俺はドキドキする以前にびっくりした。心底驚いて、少し経ってから耳を触る。 よかった、耳は赤くないらしい。 「何のラーメンがおすすめのお店なの?」 女の子はラーメン初心者みたいで住宅街にある低いラーメン屋の暖簾を珍しそうに見ている。店内からラーメンの暖気が漏れ出して手をかざすと暖かい。 店の戸に手をかけて、建てつけが悪いのを無理やりこじ開けると店内の暖かい空気がやってきた。 「生き返るー」 「あったかいですね」 女の子は抱えていた腕を離した。カウンター席に着いて俺に隣に座るように指示する。 店内は外から想像するよりも広くて、初めて来る人はいつも驚く。入り口から見えるカウンター席の奥に厨房を挟んで向かい側に四人がけの大きなテーブルが三つ並んでいる。奥の四人がけのテーブルに四人家族がいて、その幼い兄弟がこちらのほうを見る。不思議そうな顔をしている。俺は一瞬、自分のほうを見ているのかと思ったが直ぐに女の子のことだと思い直した。 「とんこつラーメンふたつ」 俺は女の子に注文を聞かないで店主に食券を出す。このラーメン屋には学生ラーメンがあって、俺はいつもそれを食べているが女の子は大学生と言うし、食べているラーメンの値段が違うというのもおかしな話だから、どうせ奢りだ、俺は学生ラーメンより高い普通のとんこつラーメンを注文した。 この店の売りはとんこつラーメンだ。 「たのしみだね。ラーメン屋さんなんて久しぶりに来たよ」 女の子はカウンターに置かれた割り箸をまだラーメンが出てきてもないのに手に取って弄っている。 「よく父がここに連れてきてくれたんです」 別に親父は死んでいる訳ではないが控えめに笑った。 「へぇー良いお父さんだったんだね。私のお父さんはファミレスによく連れて行ってくれたよ」 割り箸を割った。 ばきりと根元がくっついたまま割れた。 下手だった。 俺も割り箸を手に取って割る。 「ラーメンばっかり連れてこられて、俺も偶にはファミレスに行きたかったです」 女の子は「へぇ」と興味なさそうに相槌を打った。 ラーメン屋の大将が麺の硬さとニンニクの量を聞いてきた。 俺は答えて、どうする?と女の子に問うた。「わかんない」と困惑した様子で俺のほうを向く。 「俺のと同じで」 と返して、大将は鷹揚に頷いて笑った。 いつもこの笑顔には慣れない。 ここに誰かの居場所を作ろうとしているのかもしれない。誰かにとっては必要とされる笑顔。 「近所に住んでいるの?」女の子は割り箸で遊びながら聞いた。 「この先の北大通りを右に曲がると高校があるじゃないですか、」 「『じゃないですか』って言われたってわかんないよ、この辺に住んでないんだから」 「ええーと、電車で来たんですか?」 「まあね、」 女の子は答えた。 入り口から新しい客が入ってきた。 「お願いなんだけどさ、途中まで送って行ってくれないかな?」 小首を傾げて精一杯笑っていた。 俺はしばらく考えるふりをする。 女の子ははにかんでいた。視線が怖い。 「ちょっとだけですよ」 「ありがとうー」 安心したように緊張が解けて軽薄そうに笑った。 白濁したラーメンが女の子の前に置かれて、大きな器の中には白くて細い麺が入っていた。 「おいしそー!」 俺の前にもラーメンの器が置かれた。 大将がニカッと笑って俺のほうを冷やかすように見ている。 「何か言いたいことでもあるんですか?」 俺は大将に向かって言った。 「ゆうとがまさか女の子連れて来ると思わないだろ?あんなにちっさかったのに、」不躾に女の子の服を見る。 「連れて来るに決まってるじゃないですか」 「決まってるのかぁ?お前絶対モテないと思ってたのになぁ、こんなに可愛くて、、」 「私、こいつの彼女じゃないです!」 強く反発した。 「ただの知り合いですって」 知り合い以下だ。まだ会ってから三十分も経っていない。 「まあいいや、楽しめよ」 そう云って大将は厨房に入っていった。 俺らは顔を見合わせて、彼氏彼女に見える、ということに疑問を投げかける。 不思議そうな顔をして「えー」と呟いた女の子。 「いただきます。」 俺は無視して手を合わせる。 それを見て女の子も手を合わせた。 「いただきます」 具の少ないとんこつラーメンの麺束をかき回して一掴みの麺を箸で持ち上げた。麺は白い湯気をあげて、俺の顔にも湯気がかかった。女の子は冷まそうと、しばらく空中に麺を持ち上げて一口食べた。 「おいしい?」 女の子は俺のほうに視線をやって、「美味しいよ」と言うように頷いた。 俺も麺を持ち上げる。湯気が舞って、熱いまま食べた。 そういえば、自分がすごくお腹が減っていたことを思い出した。腹の底が暖かくなった。マフラーをつけたままだったから脱いで、汚れないように膝の上に畳んでからかける。女の子を見ると美味しそうに食べていて、俺はちょっと救われた気がした。「おいしくない」なんて言われたらどうしようかと思ったから、安心して自分のラーメンを食べられる。具はトッピングで、別に食券を買わないとついてこない。俺はいつもほとんど具なしラーメンを食べていたから、気にしていなかった。そもそも華奢な女の子がどれだけ食べられるのか分からない。 「そういえば君、名前なんだっけ」 隣で女の子が言った。 「岡崎 侑斗です」 「ゆうとって言うの?へぇー漢字は?」 「岡崎、、は流石に分かりますよね?」 「分かるよ?ゆうとっていっぱいあるよね。優しく、でも悠久、でも、裕福とか色々ある」 「にんべんに有ると書いて北斗七星の斗です」俺は空に指で侑を書くふりをする。「良い名前じゃないですか?」 「珍しい字を使うね」 「結構いると思うんですけど」 女の子は汁を飲んだ。 「名前は?そっちも教えて下さいよ」 俺は女の子のことを何と呼んだらいいのか分からなくてわざと避けた。君、あなた、あんた、先輩、、 「ええーどうしよっかなー?」 そんなことを言い始めた。 「え!教えてくれないんですか!?僕もう何て呼べばいいのか分からないんですけど」 新しく客が入ってきて、俺たちの会話にぎょっとしたようにしてから、奥の一番端のカウンター席に座った。 「いやさ、ほら、号泣してるところ見られちゃったから、恥ずかしいなーって」 「名前だけで何処の誰かなんて分かりませんよ」 「でも、、、いいや教えないっ」 「じゃあインスタ」 「だめっ」 「LINEは、」 「もっとだめっ」 顔の前でばつ印を作って拒絶する。傷ついた。 俺は何を言えばいいのか分からなくて、最後の麺をすくった。 「じゃあ先輩って呼んでもいいですか?」 女の子は心底意外だったという表情をした。 「勝手に名前をつけてくれてもよかったけどね」 「そんな妖怪みたいな、、」 白濁したラーメンを見つめている先輩。俺も残り少ないラーメンの汁を見る。 先輩はレンゲで一口ずつ丁寧にすくってスープを飲んでいる。 俺は散り散りになった細かな麺を割り箸で追いかける。掴んだ麺をちびちび食べると苦い割り箸の味がした。 テーブル席の家族が立ち上がって、店を出て行く。幼い兄弟が大きな目で先輩の服をじろじろ見る。 先輩はポケットに手を入れて、何かを探している。 「ラーメンを奢ってくれてありがとう、これお礼なんだけど」 先輩がポケットから取り出したのは、二つのホームパイ。 「あ、ありがとうございます」 「ラーメン代にはならないけど、気持ちだよ」 ホームパイは包装がハロウィン仕様になっていて、中身がかぼちゃ味なのか、普通のホームパイなのか分からなかった。ホームパイを二つ、掌のうえに置いた。 僕と先輩はラーメンを食べるでもなく、話すでもなく、二人でぼーっとしていた。 ぼーっとしていたのは身体が暖かくなったからでも、炭水化物を食べて低血糖になったからでもない。俺は「そろそろ行きますか?」の一言が言えなかったからだ。 口火を切ったのは先輩だった。 「友達がドイツに行くって話したじゃん」 「そうらしいですね」 「ドイツの学校ってね、九月始まりが多いんだけど、私の友達はちょっと遅めの十月始まりの学校に入ったの」 だからこの季節に入学なのか。 「何でドイツに行くのー?って聞いたら『ドイツに好きなアーティストが居るの』って言われちゃって、好きなアーティストの近くに住みたいから留学しに行くんだって、羨ましいね」 「羨ましいですね」 ちょっとしんみりした空気が流れた。 俺はドイツに行くことになる同級生がいたのを思い出した。ドイツの大学ではないが、ドイツの高校にこの秋入学する人、その人の名前は、何だっけ? 「俺にもドイツに行く知り合いが一人いますよ」 先輩は「え」と云って反応した。 先輩はちょっと焦ったみたいだ。 「でも、俺と同い年の高校生ですよ、たぶんドイツでも合わないでしょうね進学するのは高校だから」 先輩は驚いていた。 顎に手を当てて、少し考えるようにした。 「そろそろ行く?」 言われてしまった。 店内を見渡して、客が少なくなっていることに気がついた。 でもまだこの店は閉まらない。深夜まで人が来て食べて行く。こんなに外からでもいい匂いがするのにクレームが来ていないか気になるくらいには。 「お客さん減りましたね」 「うん」 「行きますか。」 「うん」 俺と先輩は席を立った。先輩は店内を見渡していた。 「食券制なのでお会計は済んでますよ」 先輩は振り返って俺のほうを 見る。図星だったらしい。 「そんなこと知ってるよ」 俺は店の扉を開けた。 冷たい風が顔に当たる。でも、さっきよりも凍てついた寒さじゃなかった。 「ちょっとあったかくなったかな?奢ってくれてありがとうね」 と先輩が云った。 「どういたしまして。美味しかったですか?」 「美味しかったよ」 お腹がいっぱいになって幸せだった。でも少し悲しかった。 風が強く吹いて枯葉がくるくると回転する。枯葉は深夜の街灯に照らされて地面に突っ伏した。また風が吹いた、仲間の落ち葉が積み上がって道を作り、僕らはその上を歩く。ご機嫌に先輩は葉とともに踊る。ジャックオランタンが俺の目と合って、笑っていた。先輩は俺の一歩前を歩く。俺は先輩の後ろで今日のラーメン代を計算していた。ラーメンは他の外食に比べて比較的安いし、美味い。たぶんここに先輩を連れてきたのは正解だ。ファミレスよりもよっぽど面白いだろう。先輩を駅のほうに案内する、そう遠い訳ではないが忙しなく帰宅の車が道路を通ってうるさいし、車のライトが明るすぎて目がチカチカする。先輩は偶に自分のほうを振り返ってついてきているか確認する。人通りの多い北大通りに出てからはくるくる回るのをやめた。水分の多いイチョウしか落ちていないからだろうか。 「やっぱり寒いからマフラー貸してくれない?」 気まずそうに先輩は言った。 「いいですけど」 びっくりしたけれど黒いマフラーを先輩に手渡す。 「今日は助けられてばっかりだ。お礼できないけどありがとうね」 「じゃあ、今度同じような人を助けてあげてください」 「どっかで聞いた話なんだよなぁそれ」 ひとりで先輩は笑った。とても大学生には見えない。背が低いから贔屓目に見ても高校生に見える。 駅が見えてきた。 ボロボロで小さな改札しかない俺の最寄り駅。 「ああーラファンパンだ」 「ラファンパン?何ですかそれ?」 「ラファンパンっていう妖精がいて、その妖精は金貨を入れる袋を作ってもらった代わりに回復魔法をかける時間を長くしてくれるの」 先輩は駅の改札の前で立ち止まった。 「それで私はラファンパンってワケ」 「先輩が?」 自分を回復魔法をかける妖精に例えた先輩はニカッと笑った。ラーメン屋の大将の顔が浮かんだ俺は目を逸らす。あのとんこつラーメンを食べるとああなってしまうのか。 「ラファンパンは定期的の金貨を月に捧げないと身体が小さくなって、最終的に消滅しちゃうの!」 「先輩はだから金欠なんですか?」 そうだよ、と笑って先輩は「マフラー貰っていっていい?」と聞いた。 「良いですよ」と俺は答えた。 先輩は改札にSuicaをタッチした。 じゃあね、と手を振る。 「今日はありがとうね、ほんとうに、今度会ったらラーメンでも奢るよ」 そう云って先輩はホームに降りて行った。 俺は手を小さく振って、先輩が見えなくなると手を下ろした。 駅の階段を降りて、空を見上げる。 十五夜の少し欠けた月が空に明るく光っていた。 「云う」と「言う」は意識して使い分けています。会話文のすぐ後に来る「いう」は「云う」、その他は「言う」。若干ニュアンスが違うつもりです。 「こと」は基本的にひらがな。 「付く」は「つく」 尾崎侑斗は岡崎体育のつもりでつけた。小説家にいっぱいいるでしょ、尾崎。 わざと侑斗くんの敬語は崩したりしてます。 天気の子ってヒロイン実は年下だったよね。 ラファンパンは「斎藤さん、異世界に行く」って漫画。面白いよ。 どうしても一人称を俺にするとラノベっぽく見えるのはどうしたら良いでしょうか?諦めて僕にすべきですか?

愛されるのも愛すのも怖くて

人を愛するって、どうしてこんなに難しいんだろう。 好きになればなるほど不安になる。 相手の何気ない一言が気になったり、 返信が少し遅いだけで胸が苦しくなったり、 昨日まで当たり前だった優しさが、 今日はどこか遠く感じたりする。 本当は信じたい。 疑いたいわけじゃない。 束縛したいわけでもない。 ただ、失うことが怖いだけなんだ。 自分が思っているほど、 相手は自分を必要としていないんじゃないか。 自分がいない時間も、 何も変わらず笑っているんじゃないか。 そんなことを考えている自分が嫌になる。 愛するということは、 自分の心の一部を誰かに預けることなのかもしれない。 だからこそ、相手の言葉ひとつで救われるし、 相手の態度ひとつで壊れそうにもなる。 不思議なことに、 大切な人ができると幸せが増える一方で、 怖いものまで増えてしまう。 嫌われること。 忘れられること。 飽きられること。 自分より大切な誰かができること。 好きという感情の裏側には、 いつだって失う恐怖が隠れている。 だけど、愛されることだって簡単じゃない。 優しくされると申し訳なくなる。 大切にされると、その期待に応えなきゃと思ってしまう。 こんな自分でいいのだろうか。 もっと魅力的な人間だったら。 もっと余裕のある人間だったら。 もっと相手を幸せにできる人間だったら。 そんなふうに考えてしまう。 誰かに愛されたいと願っていたはずなのに、 いざ愛情を向けられると、 その愛情を受け取ることさえ怖くなる。 いつか終わってしまうくらいなら、 最初から期待しない方が楽なんじゃないか。 そんな臆病な考えが頭をよぎる。 でも、本当は分かっている。 愛されるために完璧になる必要なんてないことも、 誰かを愛するために自分を犠牲にする必要なんてないことも。 頭では分かっているのに、 心だけがどうしても追いついてくれない。 人間は勝手な生き物だ。 寂しいときにはそばにいてほしいと願うくせに、 近づかれすぎると自分の居場所を探してしまう。 愛してほしいと願うくせに、 愛されることに慣れていない。 離れたくないと伝えたいくせに、 重いと思われるのが怖くて言葉を飲み込む。 そして、何でもない顔をして、 ひとりになった夜に後悔する。 もっと素直になればよかった。 もっと好きだと伝えればよかった。 もっと一緒にいたいと言えばよかった。 いつからだろう。 愛情を伝えることよりも、 嫌われない方法を考えるようになったのは。 本当は、恋愛に駆け引きなんていらないのかもしれない。 会いたいなら会いたいと言えばいい。 寂しいなら寂しいと言えばいい。 好きなら好きだと伝えればいい。 それなのに、たったそれだけのことが、 どうしてこんなにも難しいんだろう。 きっと誰もが、 自分の愛し方が正しいのか分からないまま、 誰かを大切にしようとしている。 不器用な愛情をぶつけて、 すれ違って、傷つけて、傷ついて。 それでもまた誰かを好きになる。 愛されるのも愛すのも辛くて、 もう誰も好きになりたくないと思う夜がある。 それでも心のどこかでは、 自分のことを何も飾らずに愛してくれる人を探している。 強がらなくてもいい人。 無理して笑わなくてもいい人。 何かを証明しなくても、 ただ隣にいることを喜んでくれる人。 そんな人と出会えたら、 きっと愛することも、愛されることも、 今より少しだけ怖くなくなるのだろうか。 でも、ひとつ忘れたくないことがある。 誰かを幸せにするために、 自分が不幸になってしまったら意味がない。 誰かに愛されるために、 自分を嫌いになってしまったら意味がない。 恋愛は、自分をなくしてまで続けるものじゃない。 相手を大切にするのと同じくらい、 自分の心も大切にしていい。 寂しいときは寂しいと言っていい。 不安なときは不安だと伝えていい。 弱いところを見せたからといって、 愛する資格がなくなるわけじゃない。 完璧じゃない二人が、 完璧じゃないまま一緒にいる。 それが本当の愛情なのかもしれない。 愛されるのも愛すのも辛くて、 何度も心を閉ざしたくなった。 それでも、もう一度だけ信じてみたい。 誰かを好きになることを。 誰かに好きだと言われることを。 そして、そんな自分自身のことも。 愛することに疲れた人が、次に必要なのは、もっと誰かを愛する努力じゃない。 自分も愛されていい人間なんだと、心から信じられる日なのかもしれない。

足音

 黄色い声は、悪魔のキミ  好きだよ、ずっと  壊れた世界で  待つのよ、ずっと  流し目ラインで  あれは微かに  絶望に酔ってて  あれは確かに  羨望が置かれて  夜が明けた地球を  きりりと睨んで  古ぼけた苦痛を  他力と見捨てて  ハンサムさんには  お仕置き必要  寒暖差の庭  恋の日有料  労働の三権  養老乃瀧に  全くもってけしからん話  歩くの勝手無理からぬ習い  よほどの事だわ  あんな事やら  蚊ほどの脳だわ  こんな事まで  それは如何にも  それらしい訳で  ノリがどうにも  狂おしいラテで  言いたい事は、住んだらみやこ  塗りたい黒は、論より証拠  青い葡萄の森の中  幼な子の足音が囁くの  トト様どーこ カカ様恋し       紅い鳥舞う森の中  足音はもう聞こえない  トト様どーこ カカ様恋し              

ライターになりたい

ライターになりたい。 別にこの願いはおかしくなんかないと思う。 歌手になりたいとか、画家になりたいとか、そんな類のものとほとんど変わらない。 それなのに、おかしいと笑われてしまうのは、それだけこの道は厳しいということに他ならない。 安定した職を求める方が効率的で、尚且つしっかりした考えだと思う。 逆に、あえて自ら不安定な環境下に足を踏み入れるのは、この世で言うところの、バカな人達がする事で。 時に昔の文豪たちは、そんなバカが多かった。 学業や就職に目もくれず、本を読み続けるバカ。 就職したはいいものの、一年くらいで出勤しなくなり、職場をやめていくバカ。 仕事が嫌すぎて、逃げるバカ。 履歴書の職業履歴の欄に、「詩生活」とだけ書くバカ。 面接の時に、「私の過去の職を知ったところで、意味などありますか?」と言ったバカ。 もう、とにかく、バカばかりだ。 かくゆう私も、そんなバカなのかもしれない。 いやこんなことを言ってしまうと、すごく嫌だ。 自分は特別だと自分で言ってしまったとても悲しい人に見えてしまうから。 私はどうにも、朝起きるのがダメらしい。 朝起きるのがダメな人はこの世にごまんといる。 特に現代は、夜行性が多くなり、必然と遅く起きてしまう人が増えた。 眠らない街東京という言葉は、本当にその通りだと思う。あそこは、人も建物さえも眠らない。眠っているのは、良心だろう。 朝起きるのがダメなのは、毎日それを続けることがダメなんだ。 毎日、6時に起きて、時には5時に起きて、30分で準備して会社へ向かう。 この前、たまたま朝の5時に目が覚めた時があった。まだ寝ようと思ったその時、薄れゆく意識の中で、前の私はこの時間に起きて、仕事に行ってたのかと気付いて恐ろしくなった。 朝の5時に起きて仕事に行くことに幸せはない。 こんなことに、気力と精神力と体力を費やしていたんだと思うと、正直な話、返して欲しいと抗議したくなる。 人間はやはり、せめて朝の7時に起きるのが理想だと思う。(私の中では、9時起きが理想) ライターになりたい。 私の願いは、単に物語を書いて、食っていきたいという思いだけではない。普通に働くのが少々難しいので、せめて、迷惑かけないように、自分の拙い能力を全て注ぎ出して、この世に貢献しようという思いもある。 ライターになる素質は、正直いうとない気はする。 でも、正社員になる勇気はない。 狭間で揺れる、今日この頃です。

『午前零時、存在しない駅で』

 午前零時。  終電を逃した僕は、見知らぬ駅に迷い込んだ。  駅名標には、『忘却駅』と書かれている。 「ここは、人生で一度だけ過去をやり直せる駅です」  駅員は一枚の切符を差し出した。 「ただし、代償として最も大切な記憶を失います」  僕は迷わず切符を受け取った。  もう一度、妹に会いたかったから。  目を覚ますと、三年前の雨の日だった。 「お兄ちゃん、どうしたの?」  目の前には、亡くなったはずの妹、美咲がいた。  僕は美咲を抱きしめた。 「ごめん……あの日、ひどいことを言って」 「……もう怒ってないよ?」  美咲は笑った。  その笑顔を守るためなら、何だって失っていい。  僕は美咲を家へ連れて帰った。  三年後。  美咲は元気で暮らしていた。  けれど、僕は時々、胸に穴が空いたような気持ちになる。  ある夜、僕は再び忘却駅を訪れた。 「僕は何を失ったんですか?」  駅員は静かに答えた。 「妹さんとの思い出です」  僕は息を呑んだ。 「あなたは、彼女を救うために、彼女と過ごした記憶を代償にしたのです」  涙がこぼれた。  それでも、僕は後悔していなかった。  記憶がなくても、僕は美咲を大切にしている。  その理由が、今なら分かる気がした。  翌朝。 「お兄ちゃん、今日はどこに行くの?」  美咲が笑う。 「……二人で、思い出を作りに行こう」 「うん!」  僕たちは手を繋いで歩き出した。  過去は戻らない。  失った記憶も、きっと戻らない。  それでも。  僕たちには、これからの未来がある。  午前零時。  忘却駅の時計が、静かに動き始めた。

竜女子ちゃんは眠りたい

「冬眠休暇?」 後輩の女性社員に言われ、そんなのあるのかという顔をしてしまった。 「は、はい」 件の女性社員─竜と人間のハーフである彼女は頷いた。 頭の上に生えた、ふたつの羊にも似た角。 ネイルをしているかのような鋭く尖った爪。 大きく自由自在に動く尾。 …ざっといえば、竜人とはそんな感じだ。 少なくとも彼女はそう。 「冬眠休暇って…必要なのか」 言った瞬間、彼女の表情が曇る。 ああ、こういうのもパワハラになるのだろう。 「いや、ごめんごめん!」 慌てて取り繕う。 「私、南の出身の竜なので…すみません」 縮こまる、彼女。 少し気になって聞いてみる。 「冬眠休暇って何してるんだ?」 あ。 こういうのも聞いちゃいけないのか…!? 「あ、えっと…」 恥ずかしそうにする彼女は少しづつ切り出す。 「布団に閉じこもってごろごろしたり、です」 「…コタツとか?」 「はい。コタツとか、暖かい格好して眠る感じです」 いいなぁあ!? 何それ! 人間の俺にも欲しいよ!

欠陥品

 唐揚げにレモンをかける派。  ではない。  私はかけない。  何のためにかけるのか。  サッパリとしたいからレモンをかけるのだ。  それは知っている。  だが、唐揚げの良さを潰してしまっている感じがするので私はレモンをかけない。  テキーラを飲んだ後、私はレモンを齧らない。  というかそもそもテキーラを飲まないので齧らない。  「レモンを齧るためにテキーラを飲んでいる。」  そう言った奴がいた。  ちょっと何言ってるか分からない。  レモンが嫌いなわけではない。  レモンティーとか飲むし。  レモンケーキとかあれば食べるし。  炭酸水のレモンのヤツも飲むし。  少し話は変わるが、アメリカにはこんな諺があるらしい。  『When life gives you lemons, make lemonade.』  『人生にレモンを与えられたらレモネードを作れ』  つまり、「生きていて困難や壁にぶち当たったりしたら、それを利用して上手いことやっちゃえばいいじゃん。」  という解釈でいいのだろうか。  なるほど。  良い諺だと思う。  もう一つ雑学。  『Lemon』という言葉には『欠陥品』という意味もあるそうだ。  どゆこと?  なぜそんな意味を含むようになったのか、諸説あるようだが明確な理由は不明らしい。  可哀想なLemon。  お前は欠陥品なんかじゃないよな。  だって唐揚げを食べたいけど、油のしつこさが苦手な人のために唐揚げをちょっとサッパリさせてくLeるmonな。  テキーラでクワァーってなった口の中をリセットさせてくLeるmonな。  だから、欠陥品なんかじゃなくて、補助的存在?  マイナス要素をプラスに持っていく?みたいな?  あ、さっきの諺の意味みたいだな。  だから、ああいう諺が出来たのか。  やるじゃんレモン。  やるじゃんアメリカ。  つまり、レモンは『欠点はあるが何かと合わせて本来の力を発揮するヤツ。』  『単体だと酸っぱくて食えたもんじゃねーけど、他のクセの強いヤツと一緒にすると他のクセの強いヤツを上手く打ち消して、むしろ引き立てていい感じにするヤツ。』  いいね。  そんな人に、私はなりたい。  というわけではない。  私は単体でもいける人になりたい。

『既読がつかなくなった日』

 美咲とのLINEは、呼吸みたいなものだった。  「眠い」  「わかる」  「今日の英語むずくない?」  「それな」  中身なんてない。意味もない。なのに、気づけば一日の終わりはいつもそのやり取りで締めくくられていた。  高校三年の春。席替えで隣になってから、自然と会話が増えて、いつの間にかLINEを交換して、いつの間にか毎日連絡を取るようになった。  話題はほとんど美咲から振ってきた。俺は返すだけ。それでも会話は続いた。続けてくれていた。  その夜も、いつも通りだった。  「明日の小テストやばい」  「もう諦めた」  「はや」  「おやすみ」  「また明日な」  それが、俺の最後の送信だった。  既読は、つかなかった。  最初は気にもしなかった。寝落ちだろう、くらいに思っていた。美咲はよく、寝落ちするタイプだったから。  次の日の朝も未読のまま。学校に来ていなかった。  「体調悪いんじゃない?」と友達が言った。俺もそう思った。  その次の日も、そのまた次の日も、美咲は来なかった。LINEも未読のまま。電話も出ない。SNSの更新も止まっている。  少しだけ、嫌な予感がした。  けど、どこかで思っていた。  そのうち「ごめん寝てたー」って、いつもみたいに返信が来ると。  当たり前が、当たり前すぎたから。  暇つぶしに、トーク履歴を遡った。  なんとなく、スクロールしただけだった。  でも、指が止まった。  話題を振っているのは、ほとんど美咲だった。  「今日元気ない?」  「なんかあった?」  「無理してない?」  「ちゃんと寝なよ」  俺が既読をつけるのが遅いと、いつも向こうから気にしていた。  俺が「だるい」と送った日は、やけに長く話してくれていた。  俺はただ、返していただけだった。  続けてくれていたのは、美咲だった。  その事実が、やけに胸に刺さった。  数日後、担任に呼ばれた。  職員室の空気は、妙に静かだった。  「朝倉のこと、聞いているか?」  首を横に振ると、先生は少し迷ってから話し始めた。  美咲は数ヶ月前から入退院を繰り返していたこと。  クラスの誰にも言わないでほしいと、本人に頼まれていたこと。  最近、容体が急変したこと。  頭の中が、真っ白になった。  そんな素振り、一度も見せなかった。  いつも通り笑って、いつも通り話して、いつも通りLINEして。  「心配かけたくないから、って言ってたよ」  先生の言葉が、やけに遠く聞こえた。  帰り道、スマホを開いた。  未読のままのトーク画面。  俺が最後に送った言葉。  『また明日な』  その“明日”が、もう来ないかもしれないことを、ようやく理解した。  指が震えた。  初めて、長い文章を打った。  今まで言わなかったこと。  気づかなかったこと。  ありがとうも、ごめんも、全部。  送信ボタンを押す。  既読は、つかない。  それでも、初めてちゃんと美咲に話しかけられた気がした。  数日後、訃報を聞いた。  涙は出なかった。現実味がなかった。  家に帰って、ベッドに寝転んで、またLINEを開いた。  未読のままの画面。  スクロールすると、いつものやり取りが並んでいる。  どうでもいい会話。意味のない言葉。  でも、その全部が、今はどうしようもなく愛おしかった。  最後のメッセージの下に、自分の長文がある。  読まれることのない文章。  それでも、そこに確かに気持ちが残っている。  俺はスマホを胸に押し当てた。  もし、既読がついていたら。  もし、あの時もう少し気づけていたら。  考えても仕方のないことばかり浮かぶ。  だけど、ひとつだけ分かったことがある。  あの「どうでもいい会話」は、  どうでもよくなんかなかった。  あれが、俺にとっての大切な時間だった。  美咲がくれた、かけがえのない毎日だった。  未読のままの画面を見つめながら、俺は小さく呟いた。 「また明日な」  今度は、返事が来ないと分かっていながら。      

そうだ、人間ドックに行こう。 

アラフォーですが、まだまだ未経験なものがたくさんあります。 公務員6年から専業主婦と、今まで社会経験も少ない自分です。 勤めていれば、会社で健康診断を受けられるのですが、なにぶん働いていなかったので今まで受けておりませんでした。 30過ぎたあたりから、人間ドック受けてみたいなとは思いつつも、 まず受診できるところを探し始めないといけなくて、 なおかつお金もかかるし、 予約するのも日にちを決めなければいけないし…… と思って、ずるずると結局なんにもせず過ごしておりました。 夫もそろそろ身体を気にする歳だから受けたらいいのにと後押しはしてくれていたのですが…… なんだかんだで特に問題なく過ごせていたので、気にはなりつつも面倒が勝っていたのでした。 ……ところが。 数ヶ月前に実家に帰ったとき。 えらく母に心配されまして。 なんかすごい痩せてない?? ご飯食べてるの?? 前に健康診断行きたいって言ってたけど、行ってる?? と、めっちゃ身体のこと気遣われてしまって。 子どものころは食べるの大好き! ぽっちゃり体型の自分だったので、余計に心配したようで。 自宅に帰ってからも、メールで心配されました。 ということで、やっっっと、おんもたい腰をどっこいしょ!と持ち上げてようやく人間ドックを受けてみようかというところまで至りました。 これでまだ決意の段階。 続きはまた。

【アンソロジー企画】mizu no tanbun 第2弾

ご無沙汰しております。otです。 この度、かねてよりやろうと考えていたアンソロジー企画の第二弾、開催させていただこうと思います。 こちらは、みんなで一つのテーマに沿って物語を書き、アンソロジーとして投稿しませんか? という募集になります。興味を持っていただけた方は、是非次ページをご覧下さい。 【企画説明】 『みんなで作るアンソロジー(作品集)』です。 僕がテーマを指定するので、それに沿って作品を書いていただきます。そしてそれを、僕がアンソロジーとして投稿します。 明確なジャンルや形式は決めません。詩でも物語でも、なんでもオッケー。指定の文字数、テーマを守っていただければ、なんでもです。 【ルール】 今回のルールです。 ・文字数は50〜1500以内。そして今回は、まとめ作業の簡略化のため、『−、…、()、“”』の使用を可能な限り控えるようお願いいたします。 ・形式(物語、詩、エッセイ等)は問わない。作品としては必ず仕上げること。 ・面倒事を起こさない(一般常識があればOK) ・必ず他の参加者の作品一つには感想を書く。 【テーマ発表】 今回皆さんに書いてもらう作品のテーマを発表します。 あまり事細かくは決めないので、皆様の考え方、文体、それぞれが思う自分の良さなどなど、たくさん詰めていただければなと思います。 今回のテーマは…… 『夕日と終幕に向かう街』 です。 これに沿って作品を書いていただきます。色んな作品を書いていただければと思います。それとなくテーマをイメージできる作品であれば、全ては書き手である皆さんの自由です。 【その他】 作品は、できる限り募集の方で投稿してください。 投稿したら、ここのコメント欄で、タイトルと共に報告してください。 参加いただいた作品は、後日僕の方でまとめて、『mizu no tanbun』として投稿しようと思うので、確認のためタイトルは必ず教えてください。 募集は今から十一月の中頃までです。十二月までには色々まとめて、アンソロジーとしての投稿をします。お楽しみに。 ここまで読んでくれて、尚且つ参加したい! という方は、この投稿にいいねと、コメント欄に参加希望の旨をお伝えください。僕からのいいねがつき次第、参加完了といたします。まあ別にしなくてもいいです。していただけると僕が飛んで喜びます。それでもしよろしければ、呟きの方で拡散もしていただけるととても嬉しいです。 多くの枠組みに囚われない皆様の素敵な作品、首を長くしてお待ちしております! 不明な点があればコメント欄まで。 また、前回のも投稿しておりますので、良ければお読みになってみてくださいね。『mizu no tanbun』で検索! 以上です。御精読ありがとうございました! 次ページより参加者一覧です。 【参加者】 1 ot(主催) 2 ゆうりんちぃ 様 3 藤塚太陽 様 4 ひるがお 様 参考 『kaze no tanbun(柏書房)』

レモン

レモンはあなたの手の中 あなたはレモンの手触りを知っている 表面の凹凸 皮の厚み 張りのある指触り 手のひらに収まる楕円を あなたは知っている あなたはレモンの香りを知っている 外皮の向こう 輪切りの断面 鼻を抜ける 爽やかな柑橘の匂いを あなたは知っている あなたはレモンの味を知っている みずみずしい果汁 果肉の粒の感触 口の中に広がる酸味に 唾液が溢れるのを あなたは知っている だけど レモンは レモンであることを 知らないかもしれない リモネ リモン シトロン シトルーン ツィトローネ あらゆる国で根付いている 私はそれをレモンと呼び あなたに手渡した あなたが欲しいと思う時に いつでも手に取れるように 私からあなたへ レモンはいま、あなたの手の中