切り株

 切り株の断面に座るロボットがある。  断面は、年輪が、密である。  ロボットにとって年輪の重要性は、縄文人にとっての1000年後の世界くらいであった。  世界は、亀の積み上がりの上にあると、縄文人は、想像したかどうかは、天国にリアリティの無い幽霊には、よくわからない。  天国の憂いの希薄は、ビートルズには、どうでも良い事だ。  それから、僕んちの猫は、ありもしない涅槃に送られるために、タップリ陀羅尼を聞かされた。  もちろん、死んでから。  生きているコテツに陀羅尼聞かせたら、飼い主は、正気を疑われる。  死んでからでもおんなじじゃあないのさ。  とても、とっても、そう思います。  坊さんの後ろで、猫に理解出来るんかいなと、人間も理解出来んのに、と、沢山のニャンコの骨に囲まれていた。  理解なんぞしなくても、ロボットに陀羅尼を送る世界が、来るかもしれんと、チョッピリ喜びは、芽生え始めた。  坊さんが、ロボットになり、涅槃へ送る確率が、上昇すれば、信者の数も安定するんでないのさ、なんて、隣の町会長のアルバチャコフは、言うかもしれないけど、僕は、否定したい。  アルバチャコフの生まれた星には、ロボットの減少は、多いに問題であったらしく、大量の量産型生物を輸入していた。  問題点は、その他、様々、存在はしていて、女子高生のスカートの短さが、強力な酩酊感に変換可能な哺乳瓶を大量に売り捌くマフィアなど、ジミヘンを神と崇めた准教授は、困り顔と笑顔の使い分けが、ままならなかった。  教授陣の趣味に関する拘りの奇抜さは、B'zとタマを同時にかけてトリップしていた中学生の俺とにたりよったりである事は、町内の秘密にしておきたくて、しばしば、近所のリコさんに愛を告げたり、コレも又、羞恥心が、隠せはしないのです。  秘密な呪文として、如来の女と、明王の乞食の織り成す秘め事のサウンドを録音して、FMで、流してみたいと心からの願いよりは、早めに夕飯作った方が良くないと、白けた様子の女の声は、鋭角に飛んだ。  ラジオのFMが、AMに取って代わられた職場では、パーソナリティの笑うたびに、イラっとしながら、女房の肢体を脳裏から離せぬ地獄に悶えて、切り株のロボットは、人類の軽薄など、概ね承知なのだろうなと、妙に安堵し欠伸した。

ハロウィンが背中を押してくれた恋

 「トリック・オア・トリート!」  ハロウィンの放課後、好きな人に声をかけられた。 「お菓子、持ってないよ?」 「じゃあ、イタズラしていい?」  いたずらっぽく笑う湊くんに、私は思わず頷いてしまった。  すると彼は、私の手をそっと握った。 「……好きって言ったら、困る?」 「えっ?」 「俺、小春が好き。お菓子より、甘い返事が欲しいな」  顔が熱い。きっと今、真っ赤だ。 「……私も、好き」  そう答えると、湊くんは嬉しそうに笑った。 「やった。じゃあ、もう一つお願い」 「な、なに?」 「来年のハロウィンも、一緒にいて?」  繋いだ手が、少しだけ強くなる。 「……来年だけじゃ、だめ?」  私がそう言うと、彼は驚いたあと、誰よりも甘い笑顔を見せた。 「もちろん。ずっと一緒にいようね、小春」

空と記す

学校の登下校中。 授業の合間や休憩中。 家にいる時、ふとした時。 私はよく、空を見ている。 特に意味は無いけれど、いつの間にか染み付いた習慣だった。 きっと始まりは、授業に飽きた、付き合いに疲れた、そんなこと。 そういう時、いつも必ずあったのが空だったから。 空は、いつどこからでも見える。 でも、いつどこから見ても表情が変わる。 まるで百面相で、そう思ったら面白くなって。 ある時から、空日記を書くようになった。 ふとした時に、見上げた空と気持ちを書く。 一日に何回も書く日も、全く書かない日もある。 だから、ルーティンとは言い難いけれど。 歩くのに疲れた登校中は、鮮やかな青に背中を押された。 授業が暇で退屈な時は、雲を数えて時間を流した。 部活が楽しくて仕方ない時は、紫の空に目を輝かせた。 家からふと窓を見た時、暗い雨雲に寂しくなった。 空が泣く、空が笑う。あながち間違いじゃないと、最近思う。 誰に見せるでもない、ただの独り言日記。 ただ空を見て、自分の気持ちを知るだけの時間。 でも、そういう時間が、ある意味特別なのかもしれない。

夜空さん

夜空さん。 夜空さん。   あなたがまとうドレスには。 キレイキレイな赤の星。 夜空さん。 夜空さん。 あなたが履いてるブーツには。 キレイキレイな青の星。 夜空さん。 夜空さん。 あなたがつけてるスカーフには。 キレイキレイな金の星。 あなたがつけてるペンダント。 みんなの希望が詰まってる。

片思い

あなたは死んだ。 もう戻らない。 帰ってこない。 生きたあなたはここにはない。 あなたはどこまでも清く、透き通ってしまった。 天国はあるだろうか。 そこにあなたはいるだろうか。 僕はそこへ行けるだろうか。 先立った後のあなたの巣は空っぽで、 埋めるものなど何もない。 あなたは文字通りの風になってしまったんだ。 僕はあなたの存在などに期待はしなかった。 しなかったが。 あなたが不在の今、 世界は酷く寒い。 温度がない。 僕に持ち合わせがないからか? 分からないが、一つ確かなのは 僕の全てはあなたであり、あなたの全てが僕の全てだったことだ。 愛しいあなた。 僕の感情の全てを司った人。 僕はあなた以外を目に入れることがきっと出来てはいなかったのだ。 あぁ、嫌だ嫌だ。 あなたは絵になってしまったのだ。 僕は絵が大嫌いだ。 無駄に脳内を美しく着飾りどこまでも研ぎ澄ましたみたいな、 それを美徳とするような佇まいが嫌いだった。 しかしあなたが絵を好きと言ったので僕は何も言わなかった。 それどころか好きになろうとさえした。 そんな時にあなたは去った。 そしてあなたはあなたの好きな絵になった。 きっと聡明なあなたなら僕の思いに気づいていただろうに。 なんと残酷で美しい人なのだろう。 僕は空っぽで仕方がない。 部屋を見回した。 そこにはあなたの好物が八割と、 生活の気配と僕のものが一割ずつあった。 高価な酒、きつい煙草、本、絵、そして筆とノート。 それから服、香水、化粧品。 あなたはあなたの形のために金を全てを費やした。 僕にはあなたが無条件に美しく映っていたが。 まぁ、あなたには分からないだろう。 あぁ、部屋は空っぽなんだ。 改めてそう思わされた。 品々に思いなどない。 ただ合理的な美への追求とゴミがあるだけだ。 僕は動けなくなった。 動けない僕には埃一つでさえ集中しなくてもはっきりと見えた。 僕は化石のようだ。 死んだのはあなたなのに。 狡い人だ。 悪い人だ。 最低な人だ。 ただ世界を見る目は乾くばかり。 悲しみや寂しささえ僕は持つことを許されない。 恋は、愛は、信用は情は、罪なのか。 罪悪なんだろうか? 僕に扉はもう存在しない。 消え失せたんだ。 僕の部屋には羽が散り乱れただけだ。 ここは鳥籠で、揺籠だ。 築いた全て、意味が消えたのだ。 僕はどうしようもないんだ。 もう治らない。 治らない僕は、あるかなきかの天国に、 いるか否かわからぬ人を想って眠りにつく。 苦しみはない。 僕には苦しみさえも贅沢品のようだから。 過ぎゆく一切は無情だ。 時は僕を引っ張るだけにすぎない。 僕に地面はない。 僕には天もない。 僕はただ、骨というものになるだけだ。

ドアが ○○○ます

私はどこへ行こうとしていたのだろうか そもそも、ここはどこなのだろう 何一つ思い出せない [ ドアが閉まります 。] 聞き馴染みのある声と電子音 体が浮遊間に包まれ、下っていく そうだ、、 ここは、"エレベーター"だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ どこまでも続くかのように感じる あれから、約二時間ほど経った 流石に異常である ボタンは全部で15個。 これは15階の建物のようだ …そのような事がわかっても何も分からないが その時、とあるボタンに目が留まった 非常ボタンだ ここがどこかわかるやもしれない 人間と話せるかもしれない 私は、ボタンを強く押した ノイズが数秒流れ、誰かの吐息が聞こえる どうやら繋がったようだ [あ、あの。聞こえますか] 返答があるか確かめるために、声をかける 、、、 [すいません あの] 「聞こえています 続けてください」 女性、、の声が聞こえる [……ありがとうございます。 聞こえているんですね] [あの、ここがどこなのか、 教えていただけませんか] [私は……どうやら、 エレベーターの中にいるようなのですが] [どこへ向かっているのかも、いつから乗っているのかも、何も思い出せないんです] [ボタンは全部で十五個あります。でも、二時間ほど経っても、一向に止まる気配がありません] [……すみません。自分でも、何を言っているのかわからなくて] 沈黙が流れる 吐息は流れ続けている 繋がってはいるようだ 大きく息を吸い女性が話し始める 「大丈夫です。 えっと、 、、、、」 ずっと感じていた 女性の声の違和感 ………もしかして [もしかして、子供ですか?] 「すいません、大人じゃなくて」 女性は申し訳なさそうに話す 再度聞くと、14から16歳の声に聞こえる [こちらこそ察せず申し訳ございません  周りに大人はいますか?] 話を聞くと、どうやら少女も 私と同じ状況下に置かれていた事がわかった [あなたは家に帰る途中で 止まってしまったのですね] わたしと違い、記憶は所持していること 「この建物も、15階なんです」 エレベーターの構造が酷似している事 知れば知るほど謎は増えていく そんな時だった 電話越しに聞こえていた少女の声が途切れる そして、一つの不安を抱えて、 エレベーターは動きだした [あの子は大丈夫だろうか] 、、 このエレベーターは止まらない 結構、わたしのことは何もわからなかった その時だった エレベーターが、止まった 扉が今開こうとしている。  外に出れ 違う これはわたしの業務外だ 出ることは許されていない わたしは、口を開いた いつもの  を言うために ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 電話が切れ、エレベーターが動きだす 「、、なんだったんだろう」 "あの、ここがどこなのか、 教えていただけませんか" あの音声は確かに、 聞き覚えがあった [ ドアが開きます 。]

夏の花を見た。

空に大きな花が咲くとき、手元の小さな花は散っていった。 それになぜか、秋の訪れを感じていた。  祭りに来ていた。大きな大きなおまつり。いつも大きくて広いだけの静かで厳かな雰囲気のある神社は、今夜だけは人で賑わって、灯りに満ちていた。 人につくられた小さな世界を泳ぐ金魚たち。冷たくて蒸し暑い夜を涼ませてくれる宝石のような氷の山。光るおもちゃを持って駆け回る子どもたちのはしゃぎ声。「あついね」と笑いながら人混みに流されて移動する人たち。 そんなガヤガヤと騒がしく、それぞれの時間を楽しんでいた時、この場にいる全員の世界がひとつになったのかと錯覚するほど、一気に人々の視線は空へ移った。  ばん。 人々の歓声が上がる。瞳いっぱいに映るキラキラとした光。 夜の空に、大きな大きな花が打ち上がった。 次々に色を、形を変えて空に大きく咲いては夜の空にとけるように散っていく花。 その数秒しか見られない一瞬を、人はその目に映す。  そんな人たちの中で、私はひとり小さな袋を片手に石段の一番下に立って、長い段の先の神社を眺めていた。祭りの会場から少し離れた、大きな神社とは違う。 きっと多くの人が忘れているだろう、山に囲まれて寂れた小さな小さな神社。 一段、また一段とゆっくり登るたびに空には大きな花が咲いて、暗い夜道を照らした。  鳥居をくぐって境内に入ると、夏の暑さなんてなかったかのようにひんやりとしていた。空高く伸びる木々に覆われた境内は、空に咲く大きな花の光を遮っていて、大きな音は風に揺れて歌う葉の音にかき消されていた。  手水舎から水を汲んで、境内の片隅にしゃがみこむ。地面にロウソクを立てる。マッチに火をつけてロウソクに灯せば、小さく揺らめく灯りがついて辺りを柔らかく照らした。  小さな袋から、一本の線香花火を取り出した。 ロウソクの火にそっと近づけて、花のつぼみがつくまでじっと待つ。ぱちぱちと音を立てて小さなつぼみが灯れば、ロウソクからそっと離れて、じっと動かず手元に灯ったつぼみを大切に大切に見つめた。  風は止んで、あたりは静寂に包まれる。ぱちぱち、とまた音を立てれば、火花が散って花びらをつけた。 だんだんと勢いを増す花は、小さくて儚くも人の心に強く残らせる。その花の一瞬の人生を、私はじっと見つめた。  空に大きな花が咲くとき、手元の小さな花は散っていった。 小さな花が散ったと同時に、息を吹き返したように木々は風に揺れて心地よい音を奏でる。私は立ち上がって、あと片付けを始めた。  神社を出て石段を下っている時に感じた風は、涼しくて。 その時初めて、秋の訪れを感じた。

とある午後のティータイム

私ってなんだかとっても狭量で ものすごい偏屈な人間な気がするわ 自分本位でワガママで 人の気持ちに寄り添えていない そんな気がするの でも私がそう言うと あなたは笑ってこう言ったわ 君は誰よりも傲慢で 何もかもを全部一人で解決できると思ってる この世界の罪を勝手にぜんぶ抱えて まるでアダムとイブの代わりに みんなを楽園に帰そうとしているみたいだ それってなんだかとっても馬鹿らしいよ 私が怒るとあなたはなおも笑ったままで ねえ、君 人の罪や業のことは一旦忘れなよ 誰かの悲しみや苦しみなんて 自分にはなんの関係もないと捨て置きなよ そうして身軽になってから もう一度誰かのことを考えてごらん 他人事として向き合ってごらんよ 君は人のことを考えすぎなんだよ みんなそんなことあんまり望んじゃいないんだ 大切なのは無頓着にすることじゃないよ おっかなびっくり気を遣うのはやめて 堂々と君がしたいようにいいことをしたらいい 君は傲慢でとんでもないお人よしなんだから それくらいでちょうどいいんだ あなたはそう言って、口を閉じて微笑んだ ふん、大きなお世話よ

Life is Romance

十月の東京は、いつだって冷たい雨がよく似合う。 夕暮れ時の渋谷。 スクランブル交差点を埋め尽くす色とりどりの傘は、上空から見ればきっと、どこか人工的で無機質なモザイク画のように見えるのだろう。 二十五歳の宮本蓮(みやもと れん)は、その交差点の片隅で、ずぶ濡れになりながら立ち尽くしていた。 「すみません、蓮さん。今回のプロジェクト、上層部の意向で別の方にメインを任せることになりました」 数時間前、勤務先のデザイン事務所で告げられた上司の言葉が、耳の奥で嫌なノイズのようにリフレインしている。 彼が数ヶ月間、睡眠時間を削って形にしてきた企画だった。 手柄はそっくりそのまま、世渡り上手な同僚のものになった。 「いつもこうだ」 蓮は小さく毒づき、コートのポケットの中で拳を握りしめた。 頭の中で、何かが囁く。「お前の努力なんて誰も見ていない」「どうせ何をやっても無駄さ」。 悪魔の囁きのような自己嫌悪が、じわじわと彼の心を蝕んでいく。 この都会は、あまりにも情報と数字、そして「効率」という名の偽物であふれ返っている。 誰もがスマートフォンに目を落とし、隣を歩く人間の体温にすら気づかない。 蓮はため息を一つ吐き出し、地下鉄のホームへと向かった。 満員電車に揺られながら、ふと思う。 自分は何のために生きているのだろう。 毎月の家賃を払うため? それとも、誰かに認められるため? 「みんなの人生に、何かが足りていない」 それが何なのか、その時の蓮にはまだ言語化できなかった。 ただ、胸の奥にある、冷え切った空洞を埋める何かが必要だと、それだけを強く感じていた。 最寄り駅を降りても、雨は止む気配を見せなかった。 いつもならまっすぐワンルームのマンションに帰るところだが、どうしてもあの狭い部屋で一人、天井を睨みつける気になれなかった。 蓮は導かれるように、普段は通らない古い商店街の路地裏へと足を向けた。 街灯の明かりが水溜まりに反射して、鈍く光っている。 その路地の突き当たりに、一軒の小さなジャズバーがあった。 『BLUE ROMANCE』 古びた木製の看板に、ネオン管でそう書かれている。 蓮は吸い込まれるように、重い扉を押し開けた。 カラン、と静かな鈴の音が響く。 店内は、都会の喧騒が嘘のように静かだった。 温かみのある琥珀色の照明。壁一面に並んだアナログレコード。 そして、スピーカーからは、切なくも心地よい、包み込むようなメロディーが流れていた。 「いらっしゃい。ずいぶん濡れてるね」 カウンターの奥から声をかけてきたのは、白いシャツにベストを纏った、初老のマスターだった。 「あ……すみません、傘を持っていなくて」 「いいさ。とりあえず、これを」 マスターは温かいおしぼりと、一杯のホット・ラムチャイを差し出してくれた。 スパイスの香りとラムの甘い香りが、蓮の冷え切った身体に染み渡っていく。 「いい曲ですね」 蓮が何気なく呟くと、マスターは愛おしそうにスピーカーを見つめた。 「そうだろう。昔の、泥臭いけれど情熱が詰まった曲さ。今の流行りの音楽みたいに洗練されてはいないが、これには『ロマンス』がある」 「ロマンス、ですか」 蓮はその言葉を口の中で繰り返した。 「ああ。今の世の中、みんな効率やお金、目に見える成果ばかりを追いかける。だけどね、お兄さん。人生から無駄なものや、理屈に合わない情熱を削ぎ落としていったら、最後には何が残ると思う?」 蓮は答えられなかった。 「何も残らないのさ。ただの『生存』だ。人生を『人生』たらしめるのは、目に見えない愛や夢、つまり『ロマンス』なんだよ」 マスターの言葉が、蓮の凍りついた心を、ゆっくりと溶かしていくようだった。 自分が苦しんでいた理由が分かった気がした。 自分は、都会の冷たいシステムの中で、自らの「ロマンス」を見失い、ただ生存することに必死になっていたのだ。 「素敵な言葉ですね」 背後から、鈴を転がすような澄んだ声が響いた。 蓮が驚いて振り返ると、カウンターの端に、一人の女性が座っていた。 いつの間にいたのだろう。 彼女は、深い緑色のニットを着て、スケッチブックを開いていた。 「こんばんは。私、ここのマスターの言葉のファンなんです」 彼女は悪戯っぽく微笑んだ。名前は「紬(つむぎ)」というらしい。 紬の瞳は、都会の雑踏で見かける誰よりも、まっすぐで、輝いていた。 彼女は近くの美大に通いながら、自分の絵の個展を開くという夢を追いかけているのだという。 「私の絵なんて、今の時代、AIですぐに描けちゃうようなものかもしれない。効率も悪いし、お金になるかもわからない」 紬は自分のスケッチブックを蓮に見せた。 そこには、温かいタッチで描かれた、この店の風景や、街の片隅で見つけた小さな花が描かれていた。 「でも、私がこの目で見聞きして、心が動いた瞬間を形にしたいの。それって、すごくロマンスがあると思わない?」 蓮は、紬の言葉に、そして彼女が放つ圧倒的なエネルギーに、強く目を奪われた。 「……羨ましいな」 蓮はぽつりと漏らした。 「僕、デザイナーなんです。でも、今日、何ヶ月もかけて作った企画を奪われました。自分が何のために作っているのか、分からなくなってしまって」 紬は蓮の言葉をじっと聞いていたが、やがて優しく首を振った。 「奪われたんじゃないよ。その企画を作った時の蓮さんの『情熱』は、誰にも奪えない。それは蓮さんだけのものだもの」 彼女の言葉は、まっすぐに蓮の胸の奥へと届いた。 「過去の失敗や、他人の冷たい言葉なんて、気にしなくていい。だって、蓮さんの人生の主人公は、蓮さんだけなんだから」 その瞬間、店内のスピーカーから流れる曲のテンポが、少しだけ明るくなったように感じられた。 蓮の中で、何かが弾けた。 頭の中の悪魔の囁きは消え去り、代わりに、心地よい、前を向くためのメロディーが流れ始めていた。 それから、蓮は変わった。 仕事での理不尽な扱いに怯えるのをやめた。 会社の評価がすべてではない。 自分が本当に美しいと思うもの、自分が魂を込められるデザインを、もう一度泥臭く追い求めようと決めたのだ。 失敗することもある。 相変わらず都会は冷たく、高い壁が目の前に立ち塞がることもある。 だけど、今の蓮には、心の奥に消えない灯火があった。 ある週末、紬の個展が、街の小さなギャラリーで開催された。 蓮は、一輪の薔薇の花を持って、そのギャラリーを訪れた。 会場の壁には、紬が描き溜めてきた、色彩豊かな絵が並んでいた。 どれもが、生きることの喜びや、日常に潜む小さな愛を表現していた。 そして、その中央に、一枚の大きな絵が飾られていた。 それは、雨の日の路地裏、小さなジャズバーの灯火に向かって、一人の青年が歩いていく後ろ姿だった。 青年の背中には、かすかに光る翼のような、情熱のオーラが描かれている。 「これ……僕ですか?」 蓮が尋ねると、いつの間にか隣に立っていた紬が、嬉しそうに微笑んだ。 「そう。あの夜、雨に濡れながらお店に入ってきた蓮さん。傷ついているはずなのに、どこか強い光を秘めていた。私には、蓮さんがすごくロマンチックに見えたんだよ」 蓮は胸が熱くなるのを感じた。 都会のノイズに揉まれ、自分を偽物だと思い込んでいた。 だけど、彼女の目には、自分の生き様が「ロマンス」として映っていたのだ。 「紬さん」 蓮は彼女の目を見つめた。 「僕、もう迷わない。この冷たい街から、いつでも逃げ出せる強さを持てた気がする。いや、逃げるんじゃない。僕たちの愛と夢を持って、新しい場所へ進むんだ」 紬は嬉しそうに瞳を潤ませ、小さく頷いた。 「うん。一緒に行こう、蓮さん」 二人は静かに手を繋いだ。 窓の外には、相変わらずせわしなく動き続ける都会の景色が広がっている。 だけど、今の二人には、それがまるで、これからの物語を祝福する華やかな舞台装置のように見えた。 失うものは何もない。 胸の中には、消えない愛と夢がある。 他人が何と言おうと、自分の人生を、自分の情熱で満たしていく。 Life is Romance 人生とは、ロマンスなのだ。

夢物語

輝く人の近くには輝けなかった人がいて 成功した人のすぐ側に努力しても報われなかった人がいる 何かに輝いて成功してもきっとそれは自分だけの力じゃない そんな人がいてようやく自分が人の上をいく 世界一嫌な立ち位置で私を輝かせてくれる誰かがいる 人の幸せは誰かにとっての不幸であることが多い みんなが幸せで誰一人嫌な思いはしない 誰もが想像する理想の世界 そんなものは夢物語 私はずっと夢を見る

『復活の日』

宣教師は、今日も歩いていた。 聖書を抱え、街から街へ。 ホテル、旅館、飲食店、本屋。 人の集まる場所を見つけては、そこに一冊の聖書を置いていく。 彼には、目的があった。 天国への到達。 欲望も、肉体も、すべてを捨てて、真の姿に生まれ変わる。 復活の日を夢見ていた。 かつて、宣教師は天啓を受けた。 心地よい声が頭に響く。 やがてあなたは天国に行く…… そのために…… 広めるのです…… そして迷える羊たちを導きなさい…… さすれば天界への門が開かれるでしょう…… その瞬間、背後から衝撃音が聞こえた。 振り返ると、大量の聖書が山のように積まれていた。 さらに声が響く。 「一冊の聖書を配るたび、ヘブンポイントが一ポイント貯まります」 「ヘブンポイント……?」 「そうです。配布された者が信者になれば十ポイント。その信者が新たな信者を紹介すれば、さらに十ポイント」 「そして、100万ヘブンポイント。それが、天国への到達に必要なポイントです」 宣教師は、その声を静かに聴いていた。 これは神が与えた、私への試練だ。 それから、彼の布教活動の日々が始まった。 そして、ある日。 空から再び声が聞こえた。 「宣教師……」 「聞こえますか? 宣教師……」 宣教師は空を見上げた。 「あなたの頑張りを、ずっと見ていましたよ」 宣教師の顔がほころぶ。 「ああ……」 「ありがとうございます……」 天の声は続けた。 「あなたの現在のランクは、ブロンズです」 「……ん?」 「次はシルバーを目指しなさい」 「え?」 それからだった。 宣教師の布教活動は、さらに激しくなった。 全国各地を駆け回り、聖書を配った。 ホテルの客室。 旅館のロビー。 飲食店のテーブル。 本屋の片隅。 ついには街頭に立ち、大勢の人々に向かって聖書を配り始めた。 「聖書はいかがですか!」 一冊。 また一冊。 ポイントは、日に日に増えていった。 やがてポイントは10万を超えた。 そのとき、再び天の声が聞こえた。 「宣教師」 「ヘブンポイント、かなり貯まりましたね」 「少し使ってみませんか?」 宣教師は驚いた。 「使う?」 「ええ」 すると、空中に光が集まり、一枚のカタログが現れた。 そこには、さまざまな天界グッズが並んでいた。 どんな場所にでも一瞬で行ける。 “天使の羽” 人をダメにする極上の座り心地。 “雲のソファ” 困ったときに吹けば、一度だけ天使が助けてくれる。 “天使のラッパ” どんな疲れも即座に吹き飛ぶ。 “天界温泉の素” 宣教師は目を輝かせた。 「……天国にも、こんなものがあるのか」 ページをめくる。 そのとき、一つの商品が目に入った。 宣教師の手が止まった。 「……これは?」 そこに書かれていたのは、 “一日天国体験チケット” 『50万ヘブンポイント』 一日だけ、天国を自由に体験できる。 雲の上を歩き、天使と食事をし、源泉の天界温泉に入ることもできる。 宣教師は考えた。 100万ポイントには、まだ遠い。 その日まで、自分は生きていられるのだろうか。 宣教師は、しばらく画面を見つめた。 そして、笑った。 「一日だけでもいい」 「私は……天国へ行ってみたい」 その日から、宣教師はさらに激しく布教を続けた。 聖書を配る。 ポイントが増える。 また聖書を配る。 いつしか宣教師にとって、聖書を渡すことは祈りではなくなっていた。 ポイントを確認するための行為になっていた。 天界のポイント制度には、さまざまなキャンペーンが用意されていた。 「宣教師! 宣教師! 本日はポイント二倍デーですよ!」 「……二倍!?」 「はい! ただし、ゴールドランク以上の会員様が対象です!」 「…………」 「明日も頑張ってくださいね!」 また、別の日。 「宣教師! シニア応援キャンペーンを実施中です!」 「どう言うことでしょうか?」 「60歳以上の方に聖書を配ると、獲得ポイントが五倍になります!」 「ごばっ……五倍!?」 「ええ! 人生経験豊富な方々にも、天界の魅力をお伝えください!」 宣教師は、静かに空を見上げた。 「……神よ、これは布教なのでしょうか」 だが、そんな彼に天界から新たな提案が届いた。 「宣教師、聞こえますか?」 「アプリをダウンロードしませんか?」 「アプリ?」 「ええ。いちいち私に聞かなくても、現在のランクとポイントを確認できる便利なアプリです」 「な、なんと! そんな便利なものが!」 「しかも、初回登録時には10,000ヘブンポイントが付与されますよ」 「……!?」 宣教師は驚いた。 「それはすごい!」 「ええ。ただし、まだ試作段階です」 「そこで、あなたにモニターとして特別に与えましょう」 すると、宣教師のスマートフォンに通知が届いた。 『おめでとうございます! 初回特典10,000ヘブンポイントを追加しました!』 「おおおおお!」 宣教師はスマートフォンを握りしめた。 「神よ……ありがとうございます!」 宣教師は、静かにスマートフォンをしまった。 そのとき、再び天の声が響いた。 「宣教師、あなたにもう一つの使命を与えましょう」 「使命……ですか?」 「ええ。若者に聖書を配るのは、至難の業です」 「……確かに」 「そこで、このアプリを広めなさい」 「アプリを?」 「そうです。聖書とアプリ、並行して布教すれば、天界への道はさらに近づくでしょう」 「おお……!」 宣教師は、スマートフォンを見つめた。 「分かりました! この使命、必ず果たしてみせます!」 「なお、アプリを一人に紹介するごとに、100ポイントを進呈します」 「ひゃ、100ポイント!」 宣教師の目が輝いた。 聖書を一冊ずつ配るより、はるかに効率がいい。 しかも、紹介された人が新たな利用者を連れてくれば、自分が直接布教しなくてもポイントが増えていく。 「これなら……これなら、天国に行ける!」 その日から、宣教師はアプリの普及に力を注ぐようになった。 「天界公式アプリはいかがですか!」 「今なら新規登録で10,000ポイント!」 「お友達紹介で、さらにポイントが貯まります!」 通行人は首をかしげた。 「……何のアプリ?」 「天国に近づけるアプリです!」 「……怪しいな」 「怪しくありません! 天界公式です!」 それから、宣教師のポイントは日に日に増えていった。 聖書だけでは到底届かなかったポイントが、アプリの普及によって驚くべき速度で増え始めたのだ。 一人が登録し、その人がまた別の人を紹介する。 紹介された人が、さらに別の人を紹介する。 気がつけば、宣教師が直接会ったこともない人々が、次々とアプリに登録していた。 宣教師は、毎朝スマートフォンを確認するのが楽しみになっていた。 『新規登録者が増えました!』 『紹介ポイントが付与されました!』 『ランキングが更新されました!』 かつては、街を歩き、一冊ずつ聖書を配っていた。 それが今では、寝ている間にもポイントが増えていく。 「これが……新しい布教の形なのか!」 しかし、アプリは便利すぎた。 ポイントの確認も、ランクの確認も、信者の紹介も、すべてスマートフォン一つで済んでしまう。 わざわざ聖書を手に取る必要など、なかった。 アプリが普及すればするほど、聖書を手に取る者は少なくなっていった。 宣教師は頭を抱えた。 「……これは、困った」 ポイントは増えている。 だが、聖書は配れなくなっている。 「ポイントを貯めるだけではだめだ……」 宣教師は、目の前に積まれた聖書の山を見つめた。 天啓を受けたあの日、背後に現れた大量の聖書。 あれから、どれだけ配っただろう。 それでも、まだ山のように残っている。 「この聖書の山も、どうにかしなくては……」 宣教師は、深いため息をついた。 そのときだった。 「あっ、いました! 今話題の人!」 突然、背後から声がした。 振り返ると、テレビカメラを構えた一団が近づいてきた。 リポーターだった。 「各地で聖書を配っているそうですが、何か目的があるんですか?」 宣教師は静かに答えた。 「……ふっかつ、です」 「復活?」 「布教活動、略して布活」 宣教師は空を見上げた。 「いずれ私は天国へ到達する」 「真の意味での復活なのです」 リポーターは苦笑した。 「……はは」 その直後、リポーターはポケットに違和感を覚えた。 「ん?」 何かが入っている。 「……え?」 取り出したのは、一冊の聖書だった。 「聖書!? 聖書なんで!?」 遠くを歩いていた宣教師が、こちらを振り返る。 そして、ほんの少しだけ笑った。 「布活……成功だ」 宣教師は、また歩き出した。 その後、宣教師の布教能力は、自分でも知らないうちに熟達していた。 すれ違う人々に、鮮やかな手つきで聖書を差し出す。 立ち止まった人間を見つければ、ビラ配りの要領で素早く手渡す。 「はい、どうぞ!」 「えっ、ちょっ……!」 気づいたときには、もう次の通行人へと向かっていた。 聖書の山は、少しずつ減っていった。 その様子を、天界モニターから天使たちが静かに見つめていた。 天使たちは画面を凝視する。 「今のシーン、巻き戻してください!」 映像が巻き戻される。 画面の中では、宣教師が通行人とすれ違っていた。 一瞬。 ほんの一瞬だった。 宣教師は、通行人に気づかれないほどの速さで聖書を渡していた。 「……恐ろしく速い布教」 「私でなければ見逃してしまう……」 「これは本当に布教活動なのか……?」 一方、宣教師本人は浮かれていた。 アプリのおかげで、ポイントは順調に貯まっていく。 それに、この聖書。 わざわざお願いする必要はない。 とにかく渡してしまえばいいのだ。 受け取ってもらえるかどうかなど、気にする必要はない。 一冊渡せば、一ポイント。 それだけは確実なのだから。 宣教師は、次々と聖書を配っていった。 通行人に。 店の客に。 街を歩く人々に。 誰が受け取ったのか。 誰が読んでくれるのか。 そんなことは、もうどうでもよかった。 スマートフォンが鳴る。 『ヘブンポイントを獲得しました!』 宣教師は画面を確認し、満足げに微笑んだ。 「……よし」 かつて、彼は人々を救いたいと願っていた。 聖書が誰かの心の支えになればいい。 そう思っていた。 だが、いつしかその願いは消えていた。 残ったのは、ポイントを貯めることへの執着だけだった。 宣教師は、次の聖書を手に取った。 そして、また歩き出した。 そのときだった。 「宣教師、宣教師」 聞き覚えのある声が、頭の中に響いた。 「聞こえますか? 宣教師」 宣教師は足を止めた。 「……はい。聞こえております」 天の声は、いつになく真剣だった。 「最近、あなたの布教活動について、天界でも議論されていますよ」 「……議論?」 「ええ」 「あなたは、どうしたいのですか?」 「……どう、とは?」 「人々に聖書を読んでもらいたいのですか?」 「それとも、ポイントを貯めたいのですか?」 宣教師は口を開きかけた。 しかし、言葉が出てこなかった。 やがて、宣教師は声を絞り出した。 「そんな……」 「そもそも、あなたが言われたのですよ?」 「ポイントを貯めろと」 「聖書を配れ、アプリを広めろ、と……」 天界は静まり返った。 やがて、天の声が響いた。 「この愚か者!!」 「……!?」 「誰が、そんなことのために聖書を配れと言いましたか!」 「私たちは、人々を導きなさいと言ったのです!」 「ポイントを貯めることだけに夢中になり、肝心の人々を忘れてどうするのです!」 宣教師は困惑した。 「し、しかし……ヘブンポイントが……」 「ヘブンポイント! ヘブンポイント!」 「あなたはそればかりではありませんか!」 宣教師は、何も言えなかった。 天の声は、さらに続けた。 「罰として、今まで貯めたポイントは没収します!」 「もう一度、自分が何のために布教活動をしているのか、頭を冷やして考えなさい!」 「そ、そんな……!」 スマートフォンが鳴った。 『天界ポイントサービスからのお知らせ』 『規約違反に伴い、保有ヘブンポイントを全額没収いたしました』 『現在の保有ポイント:0 HP』 宣教師は、画面を見つめたまま立ち尽くした。 あれほど必死に貯めたポイント。 何年も歩き続け、聖書を配り、アプリを広めてきた。 そのすべてが、一瞬にして消えてしまった。 「そんな……」 「私は、間違っていたのか……?」 手の中には、一冊の聖書が残っていた。 「私の今までの努力は、一体……」 それから、宣教師は自分を見つめ直す旅に出た。 スマートフォンをしまい、聖書を一冊だけ抱えて、街を離れた。 人里離れた静かな場所で、彼は腰を下ろした。 そして、長い間開くことのなかった聖書を、ゆっくりと開いた。 一ページ。 また一ページ。 彼は、聖書を読み進めた。 そこに書かれている言葉を、何度も読み返した。 宣教師は、目を閉じた。 「……私は、何のために歩いていたのだろう」 ポイントを貯めること。 ランクを上げること。 天国に近づくこと。 いつしか、そればかりを考えていた。 答えは、すぐには見つからなかった。 それでも彼は、聖書を読み続けた。 ポイントのためではなく。 誰かに褒められるためでもなく。 ただ、自分自身と向き合うために。 長い旅の中で、宣教師は少しずつ考えるようになった。 天国に行くことが、本当に目的だったのだろうか。 それとも、自分が誰かのためにできることを探していたのだろうか。 彼はまだ、答えを見つけてはいなかった。 だが、もう急ぐ必要はなかった。 スマートフォンが鳴ることもない。 ランクを確認する必要もない。 宣教師は聖書を閉じ、空を見上げた。 そして、再び歩き始めた。 やがて宣教師は、ある小さな町で一人の老人に出会った。 老人は、ボロボロになった聖書を抱えていた。 表紙は擦り切れ、ページの端は黄ばんでいる。 何度も読み返したのだろう。 老人は毎日、静かに神へ祈りを捧げていた。 その人生は、決して恵まれたものではなかった。 働いても報われず、苦労して築いたものを失い、晩年になっても豊かな暮らしとは縁がなかった。 それでも、老人は信仰を捨てなかった。 どんなに貧しくても、困っている人がいれば自分の分を分け与えた。 自分が苦しいときでさえ、誰かの幸せを願った。 そして、どんなに辛い出来事があっても、最後には必ず神に感謝した。 「今日も一日、生きることができました」 「ありがとうございます」 老人は、そう言って頭を下げた。 宣教師は、その姿を遠くから見つめていた。 なぜ、これほど報われない人生を送ってきた人間が、なおも感謝できるのだろう。 なぜ、自分の生活さえ苦しいのに、他人を優先できるのだろう。 そして、なぜ、この老人は見返りを求めないのだろう。 宣教師は、ふと自分の手を見た。 かつて、自分も聖書を抱えて歩いていた。 人々を助けたい。 迷える羊たちを導きたい。 そう願っていた。 だが、いつしか自分は、何かを得るために歩くようになっていた。 ポイント。 ランク。 天国への到達。 そのために、聖書を配っていた。 宣教師は、再び老人を見つめた。 そこにいたのは、特別な力を持つ人間でも、偉大な聖職者でもなかった。 ただ、信仰を胸に、懸命に生きている一人の老人だった。 それなのに。 宣教師には、その姿がまぶしく見えた。 老人の姿に、若き日の自分を見ていた。 宣教師は、老人のもとへ歩み寄った。 「あの……お願いがあります」 老人は顔を上げた。 「その聖書を、私にいただけませんか?」 老人は少し驚いたような顔をした。 だが、すぐに微笑み、快く聖書を差し出した。 「ええ、どうぞ」 宣教師は、両手でそれを受け取った。 そして、じっと見つめた。 表紙は擦り切れ、角は丸くなっている。 ところどころページは破れ、長年の使用で文字が掠れ、読めなくなっている箇所さえあった。 一体、どれほど読み続けたのだろう。 どれほどの祈りを、この一冊に捧げてきたのだろう。 宣教師は、言葉を失った。 やがて彼は、カバンから新品の聖書を取り出した。 「……これを、どうぞ」 老人は新品の聖書を見つめた。 そして、静かに首を横に振った。 「私には、もう聖書は必要ありません」 宣教師は、驚いて老人を見つめた。 老人は、自分の胸にそっと手を当てた。 「大切なことは、すべて私の中にありますから」 宣教師は、何も言えなかった。 老人は穏やかな顔で続けた。 「この本には、たくさんのことを教えてもらいました」 「苦しいとき、どう生きればいいのか」 「誰かを憎みそうになったとき、どうすればいいのか」 「自分が何も持っていないときでさえ、誰かに与えられるものがあるということも」 老人は、擦り切れた聖書を見つめた。 「私は、この本から多くのものをいただきました」 「だから今度は、私が誰かに与える番なのです」 その言葉に、宣教師は胸を打たれた。 ずっと忘れていた、大切なことを思い出した。 「私は……なんと愚かだったのか……」 宣教師は、老人から受け取ったボロボロの聖書を、そっと胸に抱えた。 そして、自分の聖書を老人に差し出した。 「これは……私の人生です」 「どうか、受け取っていただきたい」 宣教師は、深く頭を下げた。 老人はしばらく聖書を見つめていた。 そして、穏やかな笑顔でそれを受け取った。 「ありがとうございます」 その瞬間だった。 天から、懐かしい声が響いた。 「宣教師……」 「ずっと見ていましたよ」 宣教師は、ゆっくりと空を見上げた。 「あなたは、真の布活を成し遂げましたね」 そのとき、宣教師のスマートフォンが鳴った。 『おめでとうございます!』 『100万ヘブンポイントを追加しました!』 宣教師は、画面を見つめたまま固まった。 「……ひゃ、100万?」 天の声は、優しく告げた。 「ええ。あなたが本当に大切なものを取り戻した、その証です」 宣教師は、スマートフォンを見つめた。 かつてなら、飛び上がって喜んでいただろう。 何度もポイントを確認し、ランクを調べ、天国への到達を夢見ただろう。 だが、今は違った。 宣教師は、静かにスマートフォンをポケットにしまった。 そして、老人に向き直った。 「……ありがとうございます」 老人は、不思議そうに首をかしげた。 「何か、いいことがあったのですか?」 宣教師は、微笑んだ。 「ええ」 「とても大切なことを、思い出しました」 天の声が響いた。 「それでは、天国へ行きましょう」 「宣教師、準備はいいですか?」 宣教師は、しばらく考え込んでいた。 「……宣教師?」 「どうしました?」 「念願の天国ですよ?」 宣教師は、静かに口を開いた。 「私には……まだまだ、やらねばならぬことがあります」 天の声は問いただした。 「……それは?」 宣教師は、顔を上げた。 「それは……」 「布活です!!」 宣教師の顔に、笑顔が広がった。 彼は、真っ直ぐ前を向いた。 そして、ボロボロの聖書を抱え、 新たなる道へと歩き出した。 END

自己紹介します。あんま面白くないので期待しないで欲しいです。

 どうもこんにちは。自己紹介します。  名前 オルカ  年齢 十二歳  性別 女(?)  書くジャンル SF ファンタジー  好きな動物 シャチ 鯨類  好きな物 音楽 読書 図書館  好きな食べ物 焼き鱈子の皮剥いた奴 鱈 抹茶  嫌いな動物 なし(虫は例外)  嫌いな事 計算 勉強  嫌いな食べ物 餡子 茸 肉  好きなペン字 細字  好きなアニメ〜 鬼滅の刃 葬送のフリーレン  好きな漫画 NANA こどものおもちゃ   好きな小説 かがみの孤城 魔女だったかも知れない私 ハリーポッターシリーズ すずめの戸締り(ノベライズ) オオカミ子供の雨と雪(ノベライズ) まぁ基本本は全部好き。多くてすんません。  改めてよろしくお願いします。  

魔法使いのピアチェーレ

ここは色々の人が住まう魔法使いやいろんな人が集まった街、「クラルス」。クラルスの空を見ると手が届きそうなくらい大きな月がすぐ側にある。クラルスは月と下界を繋ぐ道のような役割をしている。青くて綺麗な海の上に街が浮かんでいる、そんなとこも魅力的である。これは、そんなクラルスのとあるカフェ、「パルシェ」で働く主人公たちの日常の話。 第一話 カフェ「パルシェ」 「いらっしゃいませ〜」 パルシェの店内は昼間なのもあってかたくさんの人で盛り上がっていた。パルシェの名物、パンケーキをいっぱい頬張る人もいれば、ハンバーグやオムライスを食べる人。みんな休んでいた。ここには、月から物を売りに来た商人や、月から魔法使いになりに来た魔法使い見習いにクラルスの商人やクラルスの魔法使いなどたくさんの人の憩いの場であり、たくさんの思いを繋ぐ場所。そんな場所で私、魔法使いのセレナ・グローリアは日々働いていた。 「よし、これで今日の分は終わり…メェメ、りんご狩り行く?」 笑顔でセレナが言うと、セレナの相棒であり友達の羊、メェメがにっこりと笑った。メェメは首に巻かれた大きな赤色のリボンを揺らしながら首をブンブンと縦に振っていた。 「メェメ、りんご好きだもんね。店長、店の裏の木って使っていいですか?」 セレナが聞くと、店長はメェメを撫でながらセレナよりもニコニコの笑顔で 「いいよいいよ!…今日は依頼も何も無いからね。あ、あとついでに薬草を取ってきてくれる?あれを新しい魔法に使いたいんだ」 そう言われてセレナは返事をすると、カフェのキッチン横にあるドアからサンルームに出るとさらにその先、カフェの裏にある大きな庭園へと出た。店長が庭を整えるのが好きなのもあり、庭園はすごく綺麗に整理をされていた。 「いつ見ても綺麗…夜でも綺麗なのはすごいよね…」 そう呟くと、大きな畑から月光ミントや星屑ハーブをこれでもかというくらい摘んでいた。カゴいっぱいになったのを見てセレナは満足気に頷くと、 「ここからが本題。メェメ、見ててね」 そう言うと、自分の身長よりも少し縦に長くて大きい、持ち手の部分がぐるんぐるんと渦巻いている、閉じた状態の不思議な黄色い傘を取り出した。魔法使いは自分に合った魔法道具を使う。セレナは自分の魔法道具が不思議な黄色の傘だった。 「ほっ」 りんごを取り出すとりんごを赤い傘で野球みたいに打った。すると、なんと不思議!まっさらで何も実っていなかった普通の木に、りんごがなったのである。 「よし、これも持って帰ろう。パルシェはアップルパイも人気だもんね!」 メェメと笑い合いながら店長の待つ、カフェのカウンターへと戻って行った。 ピアチェーレ:音楽記号では自由に、イタリア語で喜びという意味がある