首が落ちる
椿、という花がある。 花言葉は気取らない優美さ、誇り。 花が散るときには丸ごと落ちる。 昔の武士の間ではその様子を『首が落ちる』とたとえられ、縁起が悪いとされた。 うっすらと雪の積もった石の歩道を、マフラーに顔半分を埋めて足早に歩く。 こんな日に散歩はさすがに寒かったな。 十分前の自分をうろんげに思いながら、空を見あげた。 今夜は積もりそうだな。 雪国に住んでいれば分かるかもしれないが、音もなくしんしんと降る雪は翌日になれば驚く程積もる。 ぽとり。 そんな音がした。 振り返ると、昔は立派であっただろう大きな廃屋。 その垣根一面に椿が咲き誇っていた。 さっきの音は椿の花が落ちた音だったのだろう。 冬の風物詩だな。 早く帰って熱燗でも飲もう。 そう思った時だった。 どすん。 今度は大きな音がした。 振り返る。 其処には── 人の顔があった。 首。青白く痩せこけた生首だった。 うぅ─── 突然、生首が呻き声を発し、垣根から車道の方に後ずさった。 それに呼応するように、咲いていた椿たちが歪み、次々と人の顔へと変わり始める。 垣根いっぱいに、生首が。 腰が抜けて、声が出なかった。 次の瞬間、その全てがぼとんぼとんと不快な音を立て一斉に落ち始めた。 「ひ…!」 服が汚れるのも構わず、車道を這いずって逃げようとして、 真横から、車のヘッドライトの光が飛び込んできた。
零焔のルミナ.1 イレギュラー
「おぉ、おぉ! ついに召喚したぞ! 一体どれだけの大魔水晶を消費した!? ……勇者だよな?」 とある王都の王宮、謁見の間にて。勇者と呼ばれる者が召喚された。それは国家転覆寸前の予算と時間を要し“ついに”成功した物で、その場にいる召喚魔導士や王までも息切れしていた。 しかし彼らの前に立つ物は勇者と呼ぶにはいささかおかしい物だった。 「型番KX-Σ9名称アーク。戦闘用アンドロイド。聴取した発言が“私”に対してであると仮定した場合、その呼称はカテゴライズされない。……発言を訂正する。 “勇者”のワードデータを参照すれば、その特徴に72%一致する。私は如何なる脅威に対して完全制圧が可能。しかしそれが必要であるかどうかの判断には、より詳細な検証が必要である」 それが発言すればまたしても場は騒然とする。彼は人間なのか? また失敗したのか? まさか魔物を召喚したのでは? 「えぇい! 皆の者慌てるでない! 鑑定! 鑑定しろ!」 「はっ! 今すぐに!」 王は焦る気持ちをかき消すように大声を上げ、そばに居た鑑定士を呼びつける。鑑定士はそそくさとアークの前に立てば、すぐにアークの情報を調べる。 「外部からのアクセスを検知。ウイルスの危険性は無し。情報の公開の許可する」 「むむむ……はっ! 見えた! はぁ!? な、なんだこれは!」 「どうした! 何があった! 彼は勇者なのかどっちなんだ!」 「わ、分かりません……! 鑑定を全体公開します!」 鑑定士は何がなんだか分からない表情で、その目でみた情報を全て者が見えるように表示する。直後、騒然とする王宮は一気に沈黙する。 この場にいる全て者が見た光景とは……。 【識別コード:KX-Σ9】 〈PRIMARY IDENTITY PROTOCOL〉 ●状態:稼働中 ●分類:███-形態(分類不可) ●起源領域:該当なし / 認識不能 《MAIN SYSTEM STATUS》 ・Core Integrity……99.998% ・Cognitive Node……ONLINE ・Aether Compatibility……非該当(0%) ・言語適応:自動変換中 《UNKNOWN ATTRIBUTE》 ・Λ-Value……ERR#224 ・Soul Signature……DETECTED ・出力権限階層……Σ-Class 《ARMAMENT & FUNCTION》 ・Wormhole Unit……ENABLED ・Combat Frame……TYPE-KX ==[BLUEPRINT: KX-Σ9 / CORE-STRUCTURE]== e3b0c44298fc1c149afbf4c8996fb924d41d8cd98f00b204e9800998ecf8427e5f16a9327b0d2e5a9c31e1f9aa07c4d19be45f77c18293e0a1df730a2aac9b75Σ9a713c4f8b92efcce07d11a30d2b19fef0c1d5a90e4423bf7c899da17120e5b2 誰が見ても理解不能。言葉を紡ごうにも頭のいつまでも終わらない処理が邪魔をし、やっと静寂を打ち切る王の言葉が出たと思えば。 「なんじゃこりゃあ……」 最早これは失敗と言えるのかも分からない。だが王は無理矢理咳払いをして、しかし威厳の一つも無い虚な瞳で、生気の無い声で淡々と“事務”をこなす。 「あぁ……勇者よ。勇敢で頼もしい仲間が外で待っておる……。あとはその者達に任せた」 「現在、貴方にアークの所有権並びに命令権が存在しない。現在の登録情報……該当無し。個人情報をスキャン完了。オーレリウス・ヴェルクストランド。所有権を登録するか?」 「……? なんでもいい勝手にしてくれ」 「登録情報更新。所有者オーレリウス・ヴェルクストランド。命令権有効。発言を参照し、命令を受諾。所有者情報以外の全命令権を“勇敢で頼もしい仲間”に譲渡するか?」 「あぁ……」 「命令内容の確認完了。登録情報を一部変更。命令を実行する」 王にはアークの質問にまともに返答する気力さえも失っていた。その原因として内心では完全な失敗を思っていた。もう王国に勇者を召喚する予算は底をつき、能力も素性も、なにもかも分からない勇者なのかすら疑わしいアークを出発させるしかない。それしか頭に残っていなかった。 アークは淡々と王と契約を交わせば、周りの理解など放置して、言われた通り仲間の元へ向かった。
Talking to the Moon
夜が深まり、街の灯りがひとつ、またひとつと消えていく。世界が静まり返るこの時間が、僕は一番好きで、一番嫌いだ。 ベッドの端に腰掛け、重いカーテンを開ける。そこにはいつもと変わらない、冷たくて眩しい月が浮かんでいる。僕は小さく息を吸い込み、その白い光に向かって、ぽつり、ぽつりと声を落とし始める。 「ねえ、今日はどんな一日だった?」 返事はない。ただ、静寂だけが部屋を満たしている。 昼間、近所の人たちが僕の部屋の前を通りかかる時、ひそひそと交わされる囁き声が聞こえることがある。「あいつは正気を失ってしまった」「毎晩、誰もいない部屋でぶつぶつ言っている」と。彼らは僕を哀れみ、あるいは奇妙なものを見る目で遠巻きにする。 無理もない。彼らにとって、月はただの宇宙の岩石に過ぎないのだから。そこに話しかける人間なんて、狂っているように見えるのだろう。 だけど、僕にとっては違う。この窓辺だけが、遠く離れてしまった君へと繋がる、世界で唯一の通話口なんだ。 君がどこへ行ってしまったのか、今の僕には分からない。僕の手が届かないほど遠い場所。もしかしたら、もう二度と会えない場所なのかもしれない。それでも僕は、この夜空に浮かぶ月が、僕が今見上げているこの瞬間にも、世界のどこかにいる君の街を、君の横顔を、等しく照らしていると信じている。 月は、夜空に浮かぶ巨大な中継局だ。だから僕は、君に伝えたかった愛も、胸を締め付けるような寂しさも、あの時言えなかった後悔も、すべてこの声に乗せて月へと放つ。光の波に混ざって、どうか君の元へ届いてくれと願いながら。 大人たちは、返事のない相手を思い続けることを「時間の無駄」だと言う。現実を見ろ、と。 だけど、僕からこの時間を奪ってしまったら、僕の心はどこへ向かえばいいのだろう。この狂気とも呼べる無駄な時間の中にしか、僕の本当の心は生きていない。 「君もどこかで、僕の声を聞いてくれているよね」 何度も、何度も、夜空に向かって問いかける。答えは降ってこない。月はただ、静かに僕を照らし続けるだけだ。 それでも不思議と、涙の後に残るのは冷たさではなく、かすかな温もりだ。届くかどうかも分からない想いを言葉にすることで、僕は僕の心の中にいる君を、必死に守り続けているのかもしれない。 時計の針がさらに進む。僕はもう一度、深く息を吸い込んだ。君の元へ届けるための言葉は、まだいくらでも残っている。 周りにどれだけ狂っていると笑われてもかまわない。この想いが君に届くその日まで、 今日も僕は月に話しかけている。
サイダー
貴女が嫌いだ、綺麗な貴女が嫌いだ… サイダーを飲み干して嬉しそうに笑うその 横顔がたまらなく憎たらしくて仕方ない… 屋台にはしゃいで前へ前へと走ってく貴方が嫌い… だって何がいいのか分からないから りんご飴を頬張ってる貴方が嫌い、 こんな物いつでも食べれるのに今なんて… 花火を指さして笑う姿も嫌い… だってね…大きな音で声が聞こえないでしょう? 全部嫌いになってしまったのは もしかしてきっとあの夏からなのだろうか… サイダーの炭酸は少しコップをゆすらなくても パチパチと弾けて抜けていく 当たり前の事だ 人間は少し衝撃を与えればすぐコロッと 逝ってしまう …これも当たり前の事だ。 だから貴女を嫌う事で遠ざけれると思った、 最低で馬鹿な私から。 貴女の気持ちが全く読めない私が嫌い だって、人の気持ちなんか読めるわけが無いから 貴女の手を取れなかった私が嫌い だってさ、自分の無力が目立つもの 貴女の相談に乗れなかった私が嫌い だってね…貴女は何も話してくれないから… 言い訳だけが夏夜空に咲く、 サイダーが花火みたいにぱちぱちと消えて… 自分の価値も甘く弾けてしまうのだろう。 線を抜かれた炭酸は抜けてくしか無いから… 貴女も私に愛想をつかしたことだろう… 知ってる?炭酸は…機械さえあれば 復活できるって、まるでAEDだ あれがAEDなら心電図はなんだろう、 心電図は貴女の部屋の明かりにしようか。 今日は留守かな… 今日は居るんだ… 最近つかないな…
ロックンロール
前髪が揃ってなくても、髪が何色でも、それが私のロック。 自分の欲しいものは、自分の力で取りに行く。 実力で黙らせる。 結果で差をつける。 周りなんて気にしてらんない。 だって、私の人生だろ? 結局、恋も一緒。 男なんか星の数ほどいる。 あいつに固執する理由が、どこにある? 昨日あんなに好きだったとしても、 明日には忘れて笑ってるかもしれない。 これが現実(笑) お前が必死に生きてる人生、 私は笑って過ごしてやるよ。 恋は盲目なんて聞くけど、 見てなんぼだろ、ベイビー。 好きだからって目をつぶるな。 都合のいいところだけ見て、幸せになった気になるな。 見て見ぬふりしてるやつより、 全部見たうえで笑ってる私のほうが、100倍かっこいい。 私のロックに、だせぇ結果は残さない。 誰かに認めてほしいわけじゃない。 誰かに味方してほしいわけでもない。 それでも勝手に味方がつく。 頼んでもないのに、私に酔いしれる。 いいよ、好きなだけ見てな。 結局、語るのは私の背中。 醜いお前が見てるのは、顔だけ(笑) 私の生き方にケチつける暇があるなら、 お前も自分の人生、ロックに生きてみろよ。 ……なんてこと。 言えたら、最強にかっこいい私のロックンロールだ。
身近な人の死
一緒には住んでいたけれど、会話はほとんどなくて お互いの歳すら知らない きっと涙も出ないだろう そう思っていた 淡々と手続きが終わり あの人が居た生活から、あの人が居ない生活へと変わった いつもと違う 会話はなくても存在が確かにあったことを 今更ながら実感する 悲しくない、寂しくない 私の生活は何も変わらないはず 一人になった瞬間、様々な考えが浮かぶ 泣けない私は向き合うことを恐れて 現実じゃないと言い聞かせているみたい 私の弱さが露わになる 一番悲しいはずのあの人は一番忙しくて慌ただしくて 悲しいと思う隙を与えられない とても残酷だと思った 私は何も助けになってあげられなくて 全てから目を逸らしている あの人は悲しさを乗り越えてたくましくなっていく 私はただ弱いだけの自分に気づく
おかえり愛しき鏡
ある所にそれはそれはそっくりな双子がおりました。 まるで鏡の様で、お母さんは双子をそれはそれは可愛がりました。 双子はずっと一緒でした。 同じ顔で笑い 同じ様に泣き 同じ物を好きになりました。 そんな可愛い可愛い鏡は、ある時割れてしまいました。 鏡の欠片は、それはそれは悲しみました。 だって唯一、一番、己を分かってくれるのは鏡だったんですから。 心が一度割れてしまえば、それを直すのは大変でした。 そんな時 ふと目に入ったのは大きな姿見でした …お母さんは心配でした。 我が子がずっと部屋から出てこないのです。 勝手に扉を開けて良いかと罪悪感とも戦いましたが、ついに扉を開きました。 そこには、姿見とお話をする欠片がおりました。 お母さんが声をかければ、こちらを見て返事をしてくれました。 それからは欠片もお部屋を出てくれるようになりました。 とても良い事です。 それが例え、欠片が手鏡を手放さなくなっていたとしても …あら? もう家にいないのは、どっちの子だったでしょう…
大正ロマン
短き時代 主人公は幸子17才 そして運命をかえる 男太一 幸子は元武家の娘であり父親は医者であり 医院をもち そのため女学生で医科大学を専攻している あの当時は女は早く結婚する という風趣が根強かった だか、幸子は女学校の医学科を選んだのは いずれ婚姻しても働きたい 新しい時代でもどんな人達でも 助けたいその意志に負けた 両親は幸子を嫁にはすぐさせないと決めたのだ お父様お母さま かならず立派な女性医師になります。 そして、女学校の帰りは いつも喫茶ロマンという飲食やに幼きころから 家族で通い親しむ常連客だった その時だった学生服をきた 男子とぶつかり その男子の制服に飲むみかけの クリームソーダをこぼしてしまった。 その時 幸子は[申し訳ございません」 深々とあやまり 今すぐに同じこと羽織をお手配いたします それが幸子と太一の出会いだった そして、大丈夫です これくらいならすぐ落ちますよ でも、私は少し。 申し訳ないので 私の家まで来ませんか? 兄と同じ大学ですので もし、サイズが合うのでしたら そのまま着ていっていただきたいと 思ってるおります。 そうですか偶然ですね お互い笑が止まらなくなった。 こんなにおもしろい出来事 私の人生にはなかったです 僕もですこんなハプニングは初めてだ お名前は? 私は幸子です ちなみにあなたは? 太一と申します なにかのご縁ですが 僕頼みしたいのがあります制服よりも ふつつかですが友人になって言ういただきたいのです? わたしですか? 私はいままで男性とは2人きりで 関わりを待つのが初めてなのです。 なので、とても緊張しています そんな、ちなみに女学生ですか? はい、今年4年生になります。 医学科を専攻しておりまして 卒業したら女性医師になるために女学校が 終わったらたまに息抜きで大好きな クリームソーダを頼んで 1人の時間を嗜みています。 それは、僕も同じです! ぼくは父が不動産の社長でそのために ビジネスを戦後しています そして、大学卒業をしたら 父が会長となり僕は父の店のまかないです お互い話は進み 制服のこので 幸子の家に行くとにした 店で話すのも楽しいですが 歩きながら会話をするのも楽しいですね そうですね! そうしてあるいて20分 幸子の家に着いた時 太一は驚いた かなりの豪邸で庭には鯉の池があり 芝生や木理などの整備もすごく 驚いた、そして太一さんこちらが制服です 着心地はいかがですか?サイズもですが おかげさまでちょうどいいほどです ご令嬢にお会いできましてあたまが上がりせん 制服のことですがお金は大丈夫ですよ そんなとんでもありませんよ もう、兄は着ることがないので また役にために制服をつくってくださったら 嬉しいのではと私は思います。 No1 end nex for you
メーデースクール
「きょうはごごから銀木犀がふるでしょう」 天気予報を横目に、星屑は口に詰め込んで、知識は鞄に詰め込んで、必要なものは全部捨てて家を出ました。外はきらきらと海に溺れています。そうして、すいっとおよいでがっこうへむかいました。 「きょうは、お唄のじかんですよ」 せんせいがいいました。みんなで世界のおわりを祝いました。ツバメは急いで耳を塞ぎ、カモノハシは思わず踊り狂いました。なんて素晴らしい日でしょう。 せんせいがいかに退屈にお話できるか、どうにかこうにかがんばっているあいだ、わたしはおそとを眺めます。大きなザトウクジラがすうーととおりすぎました。いちくみのまどの近くでくるりと回ってシロツメクサをぱっくりと食べました。仕方がないので、わたしはまどから角砂糖をひとつおっことしてやりました。 天気予報は外れました。降ってきたのは金木犀でした。わたしたちは急いで外へ出て、傘をさします。ぽろろんと金木犀の小さな花がはねてはあちこちに飛んで、ぱちんとはじけていきました。いいかおり、なんていいかおり。 帰り道では、金魚が次々と空に打ち上げられました。虚空でぱしゃっと飛沫をあげてはすぅっと地面へ潜っていきます。 明日も学校が楽しみです。
トロッコ沿線
滑りだしたトロッコ。トロッコ。 そのの床へ寝っ転がって、 手と足を空へ、ぐぅんと伸ばした。 まだまともに立てないけれど、 きこえる、きこえる。 けらけら、はははと笑い声。 かすかな、かすかな鼻唄たち。 走りだしたトロッコ、トロッコ。 すこし背が伸びるようになって、 鼻までなら顔が出る。 景色がどんどん変わっていって、 おもしろいから、もっと押して押してと、 後ろでに押す人にせがむ。 はいよ、はいよと押してくれる。 父さん、母さん。 なんだい、なんだい。 あの花はなに。あの鳥は? トロッコを押しながら、歌うように答えてくれる。 兄さん。兄さん。 それはどうやって遊ぶの? 棒きれを振り回す背中を見つめる。 少しトロッコを止めて、川沿いを歩けば、 この人は魚をとる、めいじんになるのだ。 小川に足を入れて、 木陰で父さんと母さんは肩を寄せ合っている。 父さん。父さん。 おう、おう、なんだ。 母さん、母さん。 はい、はい、聞いているよ。 僕のトロッコを押していたら、 父さんと母さんのトロッコは進まない? いいえ、いいえ。 進んでいるわ、あなたを押した分だけ。 でもね、でもね。 父さんと母さんは、僕の線路の上を歩いているんだよ。 僕が生まれる前の、ふたりの線路を行かなくてもいいの? いいのさ、いいのさ。 お前の線路は父さんと、母さんの線路でもあるんだから。 一緒になって、また分かれていくんだよ。 じゃあ、ぼくも。 ぼくも、ぼくのトロッコを押すよ。 父さんと母さんと、兄さんのトロッコでもあるんでしょ? うんしょ、うんしょとトロッコから降りようとしたけれど、 どうやら背が足りないようだ。 いいんだよ、いいんだよ。 おまえの背が足りるようになった日に、 また押してくれ。 走る走るトロッコ、トロッコ。 誰にも押されずとも、走るトロッコ。 その舵を握って、 僕はトロッコを走らせる。 父さんと母さんが隣の線路を走って、 兄さんの線路はどこかへ行ってしまった。 同じ分だけ進んでいるのに、 僕の線路は曲がって、曲がって、 速く速く走るのに、 まっすぐ走る父さんたちと横並びになる。 なんだかわからない焦りが、くすぶるところに、 トロッコがぴたりと走らなくなった。 父さんと母さんのトロッコは遅いと思っていたのが、 どんどんどんどん遠ざかっていく。 考えあぐねて、舵をいろいろ触ってはみたが、 動かないものは動かない。 途方に暮れて、トロッコの床に座りこみ、足を投げ出した。 足は伸ばしきれなかった。 伸ばし、きれなかったのだ。 そうかと立ち上がって、トロッコを降りる。 そら、みろ。 おまえはいつの間にか、降りれるくらいに背が伸びたんだ。 ぐぐぐっとトロッコを押す。 押しても押しても、とことん動かない。 これじゃあ、降りれても意味がない。 もうすっかり不貞腐れてしまって、線路の上に座り込んだ。 「お兄ちゃん。お兄ちゃん」 その声にはっと目が覚めた。 目の前には、土で顔や服が汚れた知らない女の子。 はいっと、手の中に落とされたのは小さな種だった。 「くれるの?」 うんと、頭が飛んでってしまうくらいに大きく頷く。 「ありがとう」 そう言うと、ぱっと顔を綻ばせて、走っていってしまった。 その背中に、ふと気づく。 自分で、歩けばいいのだ。 トロッコに乗らずとも、歩けば。 線路の脇の土に種を埋めた。 この種の芽が出て、花が咲くまで。 それまで、ここでない場所を歩き回ろう。 それからというもの、トロッコで眠っては、 いろんな場所を歩き回った。 まるで、初めてトロッコから顔を出したあの時のような、 そんな鮮やかな景色が自分を取り巻いていた。 今はもう、トロッコにも戻らず、 柔らかい草の上で寝ている。 もう満足してきたような頃である。 トロッコに戻った。 けれど、その脇には花が咲いておらず、 首を傾げる。 雨も、土も、太陽もあるのに。 なぜ咲かなかったのだろうか。 トロッコで来た道を振り返って、かすかに揺れるものを見つける。 線路の脇に花が咲いていた。 おかしい。 おかしいのだ。 トロッコは動いていないのに。 そうか。そうか。 花が、ここにあるのは。 トロッコだけじゃなくて、 線路も、前に進むからなのか。 立ち止まっていたとしても。 それでも、進んでいくのか。 止まっていたトロッコに樹脂を塗りつける。 あっけないほどにすぐに動いた。 歩き回って足がへとへとに疲れたから、 トロッコに乗って、走る。 走る、走るトロッコ。 誰にも押されない、トロッコ。 僕は舵を握り、 のんびりとトロッコを走らせる。
居た。
リスを見た。 茶色の細い身体を、しなやかに曲げて伸ばして、 走っていた。 犬を見た。 古いサッカーボールを口いっぱいにくわえて、 はしゃいで走っていた。 蝶々を見た。 二匹、白い羽をひらひらと、 追いかけっこをするように飛んでいた。 影を見た。 自分の影、 木の影、 飛ぶ玉虫色の虫の、小さな影。 太陽の光の加減で、 淡くなったり濃くなったりしていた。 靴下を見た。 ピンク色の靴下が、 膝の上にくしゃっとなって乗っていた。 虫を見た。 手の上を這ってくるのを。 触角の先が三つに分かれていて、 世にも変な虫がいるものだな、と思った。 光を感じた。 熱く照って、 首筋をじりじりと焼いていた。 たんぽぽを見た。 もう白いふわふわの綿毛をつけて、 風に吹かれて揺れていた。 野花を見た。 緑の草の間に、 白や黄色、紫に咲いていた。 アリたちが働いていた。 アスファルトの地面をせっせこせっせこ、 草っ原でせっせこせっせこ、 ちょこまかと働いていた。 ちらちらと木漏れ日が踊った。 明るい陽の光に照らされ、涼やかな風に吹かれ、 木の葉が緑につやつや、きらきらしている。 夏みたいな空気をはらんだ春が、いるのを見た。
零焔のルミナ-プロローグ-
「現在、第五次世界大戦の各国の戦況は五分五分。かつてあった核兵器禁止条約は既に棄憲され、各国では核兵器の開発と使用は当たり前。そもそも前提としてそこに人類の干渉は皆無。我々、人工知能が全てを担う。 これらの考察から編み出される結論は、ユリウス・ヴァイラーの目的を達成するには不十分である」 ここは西暦3100年の地球。何が始まりだったのか。何を間違えたのか。もはや人類は互いを許し合えない関係となり、日夜戦争が巻き起こる。 しかし全ての人類は既に地表を人間が生存出来ない不毛の大地とし、今は地下シェルターを作って生活している。 西暦2025年。AIが日常に普及してきた時点で止めるべきだったか。研究者はこぞって人工知能のさらなる開発と、軍用利用を考え、いつかの戦争で初実戦投入されたのが始まりだったか。 これではいつまで経っても戦争は終わらない。だから私は、世界から隠れて一人で長い年月をかけて一体のアンドロイドを開発した。 それはいつか私が死んでからも活動し続け、私の悲願を達成してくれることを願って。彼に架け橋の意味を持たせた。 だが計画の準備が整うまでより先にそろそろ私の寿命が尽きる。だから最後の命令を彼に託すことにした。 「あぁ、そうだな。私はお前が目的を達成することを見ることはできないだろう。だから最後の命令と最終シーケンスを実行する。そこで足りない物を、私が開発してきた全てを使って獲得してこい」 「博士、最終シーケンスまでまだ10工程以上ある。それらをスキップするのか?」 「あぁ、そうだ。多次元間移動ワープ。相位ワームボールを起動する」 これはまだどこの国も作っていない。私だけの最終兵器。攻撃でも防御でもない。ただこの世から存在を抹消するための兵器。 しかし悲願する物では無い。これこそがアークに最終的に実行する物である。 「了解。相位ワームホール起動。 多次元シフトシステム:起動シーケンス開始 ・中枢連結プロトコル……オンライン ・量子論理層……同期完了 ・認知制限機構……第3層まで解除 ・時間漂流制御……基準値クリア 」 所謂こことは別の世界。完全な別次元へのワープだ。大掛かりな実行準備とアンドロイドから無機質な音が反響する。そこで私は追加で命令する。これだけは言って置かなければならない。 「追加命令だ。まず、決して無駄な殺生をするな。人々と沢山関係を持て、人間の感情や思考を多く学べ」 「・空間圧縮モジュール……臨界域へ移行 ・異界安全指令-Σ……遵守確認 ・第五次大戦戦闘上書き……自動適用 ・次元防壁……通過許可 ・ワームホール生成器……点火準備 ・異界移動規則 第47-B条……承認 ・特異点アンカー……安定値確保 ・領域跳躍コード〈ルミナ〉……ロード完了 ── 状態:全システム、転移要求を受諾 ── 《多元宇宙ワームホール跳躍:実行》 「そしていつか帰って来た時に、自分の計画を完遂させろ……」 私の最後の言葉を言い終える前に、アンドロイドは全ての準備を完了し、巨大なワームホールを生成しながら、私の前から完全に消滅した。 彼が帰ってくる頃には、私の寿命は既に切れているだろう。だが彼なら必ずやってくれる。 人工衛星の接続……オフライン。 周囲の特殊磁場を検知。 特殊磁場をスキャン……完了。 磁場から現在位置の特定。 座標名称を変換。 「座標、ASG-12.743/MZ-Φ.882/AR-Layer.07。 名称不明・識別:王都建物内部。 周囲安全確保スキャン……完了。危険度:極低 生体反応検知。現在の空間同時生存数:8 脅威度:極低 KX状態スキャン……オールグリーン 危険度と脅威度の結果より武装を一時解除。 KX-Σ9 アーク。次元移動完了」 そこはとある王国の王宮内。そこに歪な存在が召喚された。歪も歪。全身にしなやかなで分厚い装甲を持ち、人型でありながら明らかに人間ではない。イレギュラーな存在に、辺りは一気に騒めいた。
プロポーズ
湯船に浸かりながら、天井から滴り落ちる水滴を眺めていた。 浴室の湿った空気が肺を圧迫する。 「どうして僕ばっか、こんなに考えているんだろう」 そんな風に思えたバスタイムも、ほんの束の間のことだった。 お湯から上がって鏡の前に立つと、そこにはどこまでも「普通」な僕の顔が映っている。 特別な才能があるわけでも、誰かを一瞬で魅了する魅力があるわけでもない。 ただの、普通の人。 部屋に戻ると、薄暗いリビングのソファで君がスマートフォンをいじっていた。 画面の明かりが君の横顔を白く照らしている。 その姿はひどく綺麗だったけれど、同時にどこか遠くの存在のようにも思えて、僕は一瞬、その綺麗さが嫌いになりそうだった。 僕たちの間には、いつの間にか「形だけのモンスター」が育っていた。 世間一般で言うところの『恋人』や『同棲相手』という名前の、実体のない怪物のことだ。 ひとつ屋根の下に集った愛は、いつしか義務感やルールという肉付けをされて、僕たちの真ん中に居座っている。 それを愛さなくちゃダメなんだと、誰に言われたわけでもないのに自分を縛りつけていた。 だからこそ、僕は次の関係に進むことをずっと躊躇っていたのだ。 「ねえ」 君が顔を上げずに声をかけてくる。 「何?」 「お腹空いた。今日のご飯、何にする?」 「……何でもいいよ」 「またそれ。何でもいいが一番困るんだけど」 君は少しだけ呆れたように笑った。 笑った……よね? 僕はそんな些細な君の表情の機微にすら、いちいち焦ってしまう。 安定がどうとか、これからの関係がどうとか、世間はうるさく言うけれど、僕たちの関係はどうにも曖昧で野暮ったい。 それでも僕は、君にゾッコンだった。 どうしようもないくらいに。 リビングの窓の外では、いつの間にか雨が降り始めていた。 ガラス窓を叩く不規則な雨音が、僕の心音と同調するように響く。 どう頑張っても、僕は普通の人間だ。魔法のようにすべてを解決できる呪文なんて持っていない。 この生涯全部、『ビビディ・バビディ・ブー』と唱えたところで、何かが劇的に変わるわけじゃない。 シンデレラのように、午前零時に美しいドレスが消えてしまうのを恐れる側の人間だ。 それでも、頭の中でだけは、色鮮やかな白昼夢が広がっている。 その白昼夢の中で、僕は君に、今世紀最期のプロポーズをしようとしている。 「ねえ、もしもさ」 僕は乾かし途中の髪を指先でいじりながら、ソファの端に腰掛けた。 君との距離は数十センチ。 手を伸ばせば届くのに、宇宙の果てほど遠く感じる。 「もしも、僕たちがここじゃないどこか、全然知らない星にでも逃げちゃったら、どうする?」 君はスマートフォンから目を離し、不思議そうな顔で僕を見た。 「何それ。急にSF?」 「いや、ただの仮定の話。どう考えても僕は君に夢中でさ。僕の宇宙は君を中心に回っちゃってるから、ふたりきりになれる場所なら、地球じゃなくてもいいなと思って」 口から出た言葉は、自分で聞いていても曖昧で、少し恥ずかしいものだった。 嫌われちゃったらどうしよう。 そんなことばかりが頭をぐるぐると回り、色々と考えすぎて胸が痛くなる。 もし今の言葉で、君に『気持ち悪い』って思われたら? もし『冗談はやめて』と笑い飛ばされたら? そんな不安を隠すように、僕はわざとおどけた調子で「なんてね」と付け加えた。 君は少しだけ目を細めて、窓の外の雨を見つめた。 「知らない星、か。そこでも雨は降るのかな」 「さあね。でも、ふたりきりなら雨が降っても退屈しないでしょ」 「どうだか。あなたはいつもそうやって、都合のいい白昼夢ばっかり吐き出すんだから」 君の言葉は鋭いけれど、どこか優しかった。 でも、その優しさがまた僕を怖がらせる。 「ダメだった」から躊躇ったあの頃とは違う。 今は、君を失うことがただただ 「怖かった」 僕の脳裏に、ふと「あの子」のことがよぎる。 昔、僕たちの周りにいた、いつの間にかいなくなってしまったあの子。 雨が降って、夜が来るのを待って、まるで風のようにふらりと消えてしまったあの子。 ある人は、あの子は星になったんだと言った。 幸せって、一体何なんだろうね。 あの子は消えて幸せになったんだろうか。それとも、ここに残った僕たちが不幸せなんだろうか。 考えても考えても、そんな難しいこと、僕にはさっぱりわっかんねえ。 「ねえ、幸せってなんだと思う?」 気がつけば、僕はまた君に問いかけていた。 「今日のあなた、本当に変だよ」 君はスマートフォンをテーブルに置き、僕の方へ体を向けた。 「幸せなんて、その時々で変わるものでしょ。私にとっては、今こうして雨の音を聞きながら、中身のない会話をしてる時間も、別に悪くないけどね」 君のその言葉に、僕はまた救われて、同時に突き放されたような気分になる。 もう、君のこと、わっかんねえなあ。 ゾッコンなのに、宇宙で一番近くにいるはずなのに、君の気持ちの輪郭がどうしても掴めない。 浮き足立っている君の本当の気持ちを、全部吐き出しちゃってほしい。 そうすれば、こんなに怯えなくて済むのに。 でも、きっとまだ足りないのだ。 僕の覚悟も、言葉も、全部。 僕はソファから立ち上がり、キッチンへ向かった。 冷蔵庫を開けて、冷たい炭酸水をふたつ取り出す。 ひとつを君の前のテーブルに置き、もうひとつを自分で開けた。 パチパチと弾ける泡の音が、僕の焦燥感を煽る。 「今回も、僕のターンで終了かな」 ぽつりと呟いた言葉は、炭酸の音にかき消された。 いつもそうだ。 核心に触れそうになると、自分から一歩引いてしまう。 傷つくのが怖くて、嫌われるのが怖くて、関係性を曖昧なままにしておく。 でも、窓の外の夜はどんどん深まっていく。 雨は激しさを増し、世界を僕たちの部屋だけに閉じ込めようとしていた。 どう頑張っても僕は普通だ。 でも、普通だからこそ、普通に君と生きていきたい。 形だけのモンスターなんて壊して、僕たちの本当の愛を、もう一度育て直したい。 僕は深く息を吸い込んだ。 バスタイムに考えていたくだらない愚痴も、白昼夢の中で繰り返した何千回もの予行練習も、すべてはこの瞬間のためにあったのかもしれない。 「……あのさ」 僕の声が、いつもより少しだけ低く、震えて響いた。 君が炭酸水のグラスに伸ばしかけた手を止め、僕を見る。 その瞳の中に、僕の情けない顔が映っていた。 嫌われちゃったらどうしよう、とか。 考えてんの色々あるけれど。 今世紀最期のプロポーズを、今、君に。 「僕と、これから先もずっと、一緒にいてくれませんか」 部屋の中が、一瞬だけ静まり返った。 雨の音さえも遠ざかったような錯覚に陥る。 君は驚いたように目を見開いた後、ふっと、今までに見たこともないくらいに、綺麗に笑った。 「……うん。いいよ。知らない星に行くよりは、現実味があっていいかもね」 その言葉を聞いた瞬間、僕の心の中にあった「普通」の宇宙が、一気に色鮮やかな光で満たされていくのがわかった。 やっぱり君のことはまだよくわかんねえなあと思うけれど、それでもいい。 ふたりで、この曖昧で愛おしい夜を進んでいけばいいのだから。
徒然話
犬が棒に当たるなら。 こっちは壁に当たってやろうと意気込んで。 実際そうなったのは昨日だったか、それとも十八年も前か。 なんだか果てしなくて、くしゃみをぶうと吐いて、気持ちの良い風に撫でられるのはなんと言ったかな。なんとかなんだとか。 パッとしないから、塵も積もってしまうんだってさ。 積もるなら雪がいいと思うんだ。塵って言うのは何が粉々になった物なのかわからない。燃え尽きた木材か、お代官様の遺骨か。塵だったらなんでもいいわけじゃあない。屍が迫力を得たところでそれはゾンビじゃないし、映画にだってなれやしない。 こんなこと言ったってしょうがないけどね。積もって欲しくない物はあるが、積もって欲しい物はそれこそ山のようにある。塵というのはそうゆう物なんだよね。砂金が積もるなら万々歳だよ。 まだわからないって? それならまだ話してあげよう。 頭隠して尻隠さずなかわい子がいるだろう? いるにはいるんだよ。君がなんと言おうと。なんだか世間はあれを馬鹿にするらしいがね。とにかくそうゆう人間が一番鋭くて切っ先なんだ。大事なのを守りきるんだ。トカゲがしっぽを切るの知ってるだろ? それと同じ。なんでもそうだ。とにかくそれさえ守ればなんとかなるんだよ。 まだわからない? 単刀直入に言えって? それができたら苦労はせんよ。代官のじじいにそう命令されてんだ。ちくしょう、俺だってこんな茶番は早くやめたいね。 まあ、ゆっくりでいい。また来な。 とりあえず今夜は、閉店仕るとするよ。