大福五木
50 件の小説鉄蜘蛛の城 第四十八話 “Weather forecast”
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」 「や、やめて…!!やめて…くだ…さ…」 「この子だけは…!!この子だけはぁ!!!」 今、核露(かくろ)が傍観している光景。それは、“地獄”としか言えなかった。 美羽街が血に染まった。 謎の五体の黒い影がビルを壊し、そして無差別に人々を殺し続けている。 聞こえるのは、悲鳴と血飛沫が飛ぶ音と建造物が崩壊する轟音。 核露は不意に後ろを振り返る。そこには数多の無惨な亡骸である。その中には、“城の住人”の姿もあった。 胸に大きな鉄骨が刺さった灰月(はいげつ)。 両腕がぐちゃぐちゃになった蛾瘍(がよう)。 上半身と下半身が輪切りにされた紫綿(しめん)。 自身の愛用している長ドスで首を切られた目夢(もくくら)。 両目を抉り取られた豪呉(えらご)。 顎が無くなった刀騎(とうき)。 他の住人やガーディアンたちも、今のように無惨な骸と化していた。 核露はただ黙って、今起こっている地獄を見渡していた。 その時、何者かが核露の耳元まで顔を寄せて、こう言った。 「嵐が来る。」 「核露くん!」 聞き覚えのある声と共に核露は飛び起きた。息苦しそうに呼吸をし、汗を流しながら辺りを見渡す。自分はソファの上で寝ていたようだ。 目に映るのは正真正銘、さっきの地獄とは大違い。彼らが泊まったホテルの一室だった。雨はまだ止んでいないらしい。 「汗すごいね核露くん。私が拭いてあげるね♪いや、それか…」 「やめろ凪姫(なひめ)。それ以上は。」 何故か舌を出して核露に急接近してくる凪姫とその行動を阻止する豪呉。 さっきの悪夢のような酷い骸の姿ではない。これが現実だということに安堵し、核露はため息を吐く。 「ホントに、大丈夫か?尋常じゃない汗だぞ?」 「わ…悪い…。少し悪夢を見た…。」 「昨日の戦いで疲れてんだよきっと。それより、紫綿にお礼言っとけよ。あの大怪我を治してくれたんだ。」 核露は自身の両手を見る。あの時、静狼(せいろう)との殺し合いでできた傷は、何もなかったように消えていた。 紫綿が黒武人(くろぶじん)の能力を使い、彼を治療したのだろう。 「紫綿は…」 核露がそう聞こうとした時だった。ドアが開く音が鳴る。彼がふと見ると、見覚えのある女性が部屋に入ってきた。 「起きたのね。」 無表情のまま、紫綿が核露にそう言った。そして核露はソファから降りて、 「紫綿…!」 と彼女を呼ぶ。凪姫は後ろで鬼の形相で紫綿の顔を睨みつけ、「ガルルルル」と唸り声をあげていた。 「その…悪かった…。そしてありがとう…。俺の傷を治してくれて…。」 核露はそのまま紫綿に頭を下げた。紫綿は少し驚いたのか、ほんの数秒だけ目を大きく見開いた。だが、すぐに元の無表情の顔に戻る。 「…みんな本当に心配したんだから。でも、もう心配はもう消えたわ。あなたがこうして、“生きているんだから”。」 無表情ながらもその言葉には、暖かさがあった。 「なぁ。核露。」 豪呉が彼を呼びかける。 「お前は、なんでも一人でやることが多い。今回だってそうだ。でもよ、」 豪呉はそこで言葉を止め、核露の方に優しく手を置いた。 「俺らをもっと頼ってくれよ。すげぇ足手纏いかもしれないが、俺は、ずっと誰か一人に任せっきりは嫌なんだ。」 目夢もそうだった。全部一人で抱え込んでしまう。だが、蛾瘍や廃月に、一人で抱え込まず、仲間の助けも必要だと言うことを学んだ。 あの時の出来事を、豪呉の発言を聞いて、核露は思い出した。 「私は核露くんのお嫁さんになる存在だから!私をもっと頼ってね❤︎」 凪姫は笑顔でそう言った。核露は頷く。そして、 「…心配をかけて本当にすまなかった…。俺はもう…大丈夫だ…。」 真剣な表情から笑みが溢れる。 「帰ろう…。城へ…。」 「派手にやったな。」 医療室のベッドの上で横になっている静狼を外から見ていた華紋(かもん)と陽狩(ひかり)、蛇道(じゃどう)。 命に別状は無いが、あの戦いでの体力の消耗が激しかったせいか、しばらくは目を覚さない状況へ陥ってしまった。 「核露ってやつを気に入ったんだなぁあいつは。でもまさかここまでなんてな。」 「あいつのことだ。すぐに目を覚ます。それより、もうそろそろ訓練の時間だ。行くぞ。」 華紋はその場を去ろうとした。 「おいおい。同僚の見舞いはもう終わりかよ。」 「悪いな。私は時間に厳しいんだ。」 彼女は出口であるドアから出ようとし、ドアノブを手に取ろうとするが、 〔ガチャッ〕 「あら?」 入ってきたのは、“ツインテールの女性”だった。軍服を見る限り、階級は静狼、華紋たちと同じ“ビショップ”。同じ階級だったら顔見知りも多いはずだが、 誰も彼女を“見たことがなかった”。 「ビショップ?だが、お前は誰だ…?」 「初めまして。静狼さんはいますか?」 「え、あの、」 女性は華紋を無視してそのまま歩き出すと、 「まぁ!ここにいたのね!可哀想に…。こんなに傷だらけになっちゃって。」 静狼を見つけ、ピョンピョンと子供のようにはしゃぐ女性。他の三人は彼女の行動の意味がわからず、唖然としていた。 「ポジティブなやつだ。狂ってないか?」 「お前が言うな陽狩。それとアンタは誰なんだ?」 女性は振り返り、そしてこう言った。 「“カイメ”。今日ポーンからビショップに昇格したの。これからよろしくお願いしますね。」 カイメという女性はそう言うと、陽狩に握手をした。 「ふふん。よろしくなおチビさん。」 「貴方が陽狩さんね。人の骨を折ることが好きだって聞いたけど、今みたいに握手をしても骨を折らないのはなんで?」 「お前は俺に握手を求めた。つまり、俺の仲間だ。」 そう言って陽狩は親指をぐっと上げた。 「単純だな…。」 「とすると、この人が蛇道さんね。能力は持ってないけど、生身で黒武人、ジェミニと対等に戦えることができる。興味深いわね?」 「ほう。嬢ちゃん試してみるか?」 「わぁ!華紋さんね!」 「無視すんなよ…。」 いつの間にかカイメは華紋の方まで近づいていた。 「元婦警なのね。なんでチェスに入ったかは…ごめん、聞かなかったことにするわ!」 「あ、あぁ。わかった。」 「そして!」 カイメはビシッと静狼へ指をさした。 「静狼さん!!私の目標であり!私の“初恋相手”!!」 『はぁぁぁ!!!?』 「ついにカイメちゃんを昇格させたのね。」 イゴーとシュブ、そして黒武人に変身したミ=ゴが戦艦の外で立っていた。 「不満か?」 「いいや。むしろ良いんじゃない?総統の目的を達成する“手がかり”を持ってるんだし、それと私、結構お気に入りだから。良い子だし。」 すると、ミ=ゴが会話に割り込んできた。 「彼女が静狼にこだわるのは何故だ?」 「カイメちゃんは、任務でテロを起こした静狼に親を“殺された”。でも、あの子は元々親から虐待を受けていたらしいの。それで苦しみから解放してくれた彼を王子様と捉えるようになったらしいわ。」 「ほう。王子様か。女という生き物はすぐそう言うメルヘン思考になりがちなのだな。」 「はぁ!!?何アンタ女舐めてたらぶっ飛ばすわよ!!ホントキレそうだわ!!」 いつも通り怒鳴り散らかすシュブの背後に謎の“黒い水溜り”のような何かが現れる。三人はそれに気づき、振り返ると、 「イゴー上官。“ナイアルラトホテップ”様がお呼びです。本を読破したとのことです。」 水溜りの中からヌルッと出現するザイクロトル。 「そんなことだろうと思ったよ。悪いな二人とも。雑談はまた明日だ。」 そう言って、イゴーとザイクロトルは去っていった。すると、 「ねぇ。」 シュブが口を開いた。 「あいつが戻ってきたってことは…またあれを起こすの?」 「だろうな。しばらく帰ってこなかったのはそのせいだろうな。」 シュブがスマホを取り出し、ニュースの記事のサイトを開く。そして、真っ先に出てきたのは、 “インド、ムンバイにて死者634万人 チェスの犯行か” 「正直、寒気が立つわ。」 「誰の邪魔も入らない。N部隊だけの娯楽。」 シュブは空を見上げる。ポツポツと自身の手に滴る小さな雨粒。それはだんだん強くなっていき、やがて豪雨へと変化した。 「“スコール”が起こる。」 本棚に囲まれた黒く無機質な部屋にただ一人。スーツを着た男が椅子に座って下を向いていた。 テーブルの上のマグカップからコーヒーの匂いが漂い、同時に、男の周りに“クリオネ”のような物体が浮遊していて、それらはぐるぐるとこの部屋を回っていた。 〔ゴォッ〕 今日は豪雨と同時に、落雷も起こるそうだ。 「良い通り雨だ。天気予報は当たりだな。昨日は晴れだと表示されていたのに、土砂降りだったからなぁ。」 男がそう呟くと、ドアから何者かが入ってきた。それを見ると男は、 「おぉイゴー!待ちくたびれたぞぉ。」 イゴーが一冊の本を持ち、部屋に入ってきた。 「もう読み終わったのか?“ナイ”。」 この男こそ、“ナイアルラトホテップ”、通称ナイだ。 ナイは一冊の本をイゴーに渡す。それはアガサ・クリスティのオリエント急行殺人事件だった。 「やはり彼女は天才だ。面白かったぞ。また虜になってしまうところだった。」 「これ以上“能力”を強化させてどうする?お前は今あのクトゥグアと同等の力を持っているんだぞ?」 「なぁに。私はただ本を読み続けたいだけだ。それより早く新しいやつをくれ。コーヒーが冷めないうちに読みたいんだ。」 イゴーはそのままナイに本を渡した。 「芥川龍之介。杜子春だ。」 「ほう、久しぶりに芥川の作品が読めるとは。イゴー。お前ってやつは俺の好みがわかるもんだなぁ。」 「良いから早く読め。私は静狼の様子を見に行く。」 その時、クリオネに似た物体がイゴーの前に現れる。 「また、“スコール”を起こしたい。次はどこだ?」 イゴーはナイの方へ振り返る。そこには、ナイの他に、さっきまでいなかった“男女”が四人、彼の後ろに立っていた。そして、ナイの顔は謎の黒い四角で隠れていた。 「お前ら。スコールは遊びじゃないんだぞ?総統、いや、“クイーン”のための仕事なんだからな。」 「俺たちチェスにとって、仕事、殺しは遊戯だ。そうだろう?」 〔バンッ〕 訓練室にて一人、シュブが自身の能力である木の根を操り、それを壁に思い切り叩きつけた。 「はぁ…!はぁ…!」 その瞬間、彼女の脳裏に過去の記憶が過ぎる。 数年前のこの訓練室。そこには、ボロボロになって倒れ込むシュブ、そしてそれに歩み寄る一人の男。そして、男はシュブの顎を持ち上げた。 「…はは…殺すなら殺しなさいよ…。ホント…キレそうだわ…。」 彼女がそう言うと、男はなぜかシュブを離し、こう言った。 「ナイアルラトホテップは棄権する。ナイトの資格はソフィア嬢、いや、シュブ=二グラスに相応しい。」 その言葉の後に、二人の戦いを見ていたポーンたちの群衆がざわつき始めた。そして、その群衆の中から現れたアウグスが問う。 「何故そうしたのかい?君は彼女に勝てればナイトに君臨するんだぞ。」 すると、ナイはニヤリと笑い、 「なんとなくだ。」 「くそがぁ!!!」 シュブはそう叫びながら床に手を叩きつけた。本当なら、彼女ではなくナイがナイトに昇格するはずだった。 だがしかし、彼は傷も一つ付かなかった。にもかかわらず、彼はわざと棄権をし、シュブへナイトの資格を譲った。 自身を侮辱したナイの記憶を思い出して、怒りが収まらず、彼女は叫びながら床に手を叩き続ける。 「クソがクソがクソがクソがクソがクソが…!!!!」 「もう一度聞く。次はどこでスコールを起こせばいい?」 その質問に、 イゴーはこう答えた。 「“美羽街”という日本の街だ。 第四十八話 完 第四十九話に続く…。
鉄蜘蛛の城 第四十七話 “Immortal”
「核露(かくろ)!?お前…!!生き…」 豪呉(えらご)、紫綿(しめん)、凪姫(なひめ)は驚愕する。直で受けたウィッカーマンによる強力な一撃。あの時、誰もが思った。 “核露は死んだ”と。 「その斧はなんだ!?貴様!!何か能力を隠していたのか!!?」 静狼(せいろう)はまだ知っていなかった。今核露が握っている“軻遇突智”(かぐつち)のことを。核露は静狼の鉤爪を押し切り、弾き飛ばす。そして、 「はぁぁぁぁっ!!!」 静狼に向けて軻遇突智を振り下ろす。刃が地に落ちた瞬間、轟音、砂埃、風圧、全ての“衝撃”が黒き炎と共にそこから溢れ出す。 「はぁ…はぁ…はぁ…」 間一髪。静狼は回避しなければ、おそらく静狼は死んでいた。今自身の心の中に溢れている感情。それは焦りと困惑だ。だが、そこへ理解という感情が浮かび上がる。そして、一つの結論が浮かび上がった。 “ジェミニ”。 「ジェミニか!?いつそれを習得した!?ウィッカーマンでの攻撃か!?」 その質問を返す前に、核露は静狼を睨みつける。 「ルリム・シャイコースとの戦いでこの力に目覚めた…。」 核露はゆっくり、ゆっくりと、静狼に歩み寄る。 (何故だ…!?何故だ!?) 静狼はここで、自身の“情けなさ”を味わう。 (何故俺は…!!怯えているんだ!!!?) 核露がこちらに歩み寄ると、静狼は一歩下がっていった。今目の前にいる男から感じる圧倒的恐怖によって。 「この斧は…俺の痛みを力に変える能力を持っている…。」 回答し、軻遇突智の説明を少しして、静狼の目の前で足を止める。もう片方の握り拳には、これまでかと言うほど血管が見える。力を込み上げすぎている。 「この戦い…俺にはいくらでもぶつかってもいい…。殴り…蹴り…切り刻むなり好きにするがいい…。だが…!!」 核露は拳を振りかぶる。そして、 静狼の顔面を思い切り殴った。 「俺の“仲間”には指一本触れるんじゃない!!!」 その顔は怒りに満ちていて、額からは血管が浮き出ている。これほどまで怒りを表すほどの形相はないだろう。 「あの攻撃は痛かったぞ…!!だがおかげでこの斧によって…お前を叩く力がどんどん湧き上がってくる…!!」 核露は軻遇突智を構え、黒武人に変身した。 「良い“特訓”じゃないか!!俺とお前は成長し続けるんだ!!!」 静狼はすぐに立ち上がる。ブツブツと何かを呪文のように呟きながら。そして黒い煙が集まり、更には背後にウィッカーマンも現れた。 「核露くんが私を守ってくれた❤︎幸せぇ❤︎」 「今死にそうな状況でときめいてんじゃねぇよ!!核露!!大丈夫か?その力はネムさんにあまり使うなって言われてるんだろ?」 豪呉は続ける。 「それにお前、さっきのデカいやつの攻撃をモロに受けたじゃねぇか!それに傷も…」 「豪呉…。」 核露が豪呉の発言を止める。 「もう静狼は俺にしか眼中にない…。特訓どころか…むしろ俺を本気で殺しにくる…。」 核露は静狼がいる方へ顔を向ける。 「三人とも…駆けつけてくれてくれたんだな…迷惑をかけてすまなかった…だが…ここは俺に任せてくれないか…?」 豪呉が反論しようとしたが、凪姫がそれを止め、首を横に振った。 「豪呉さん。核露くんとの約束があったでしょ?」 「そうだけど…!!」 「今は、核露くんに任せよう。私も、好きな人が傷つくのは嫌。でも、私は核露くんを信じてるの。」 豪呉は何か言おうとした。だが、もう止めた。彼は立ち上がり、核露の肩に手を置いた。 「核露。負けんじゃねぇぞ。」 「あぁ…。ありがとう…。豪呉…凪姫…。」 そして、豪呉と凪姫はそのまま走り去っていった。残ったのは紫綿だ。顔を下に向いて、何も言わずに去っていった。だが、彼女もずっと黙っているわけではない。 「そのボロボロの体で、あいつと戦うの?」 「…あぁ…。」 「…もう…何を言っても無駄っぽいわね…でも…これだけは言わせて…。」 容赦なく降る雨の中、紫綿は顔を上げる。彼女の目からは、少し涙が溢れていた。 「死なないで…!」 そう言うと、紫綿はその場を後にした。核露は紫綿の泣いた顔を見るのは初めてだった為、少し驚いた。だが、すぐに切り替え、黒武人化した静狼に歩み寄る。 核露はあの三人に約束を言った。三人はあの約束を守ってくれたため、約束を守ることにした。 “生きて帰る”と言う約束を。 「待たせたな…。」 目の前には、爪をギラギラと鳴らす静狼がいた。 「仲間との団欒は楽しかったか?まぁもうお前はあいつらには会えないだろうが。」 「勘違いするなよ…?約束は守るものだ…。」 核露は軻遇突智を振り下ろし、そこから黒い炎を爆散させた。 「俺は死なない…!」 その瞬間、静狼が踏み込んだ。それと同時にウィッカーマンの腕も襲いかかる。核露はそれを回避し、黒い炎を放つ。炎は一つ一つが強力だ。ジェミニの影響で力が増しているのだろう。 ウィッカーマンの腕が炎を防ぐ。だが、 「ぐぅぅっ!!」 防御をしてもダメージが蓄積されていく。静狼は空気の斬撃を放ち、遠距離攻撃を止める。 「シャアッ!!!」 炎を止めた核露に向けて鉤爪で引き裂こうとする静狼。軻遇突智でそれを防ぐ。軻遇突智を蹴り、ウィッカーマンの腕で核露へ攻撃。そしてよろけた所を静狼が核露の背後に一瞬で周り、鉤爪で腹を貫き、最後に蹴りと共にウィッカーマンの拳を繰り出す。ぶっ飛ばされる直前に核露も炎を放ち、静狼へ直撃させた。 「かはっ!!」 だが静狼はすぐに空気を弾丸のように飛ばす。 核露は地に着く前に飛翔し、そして軻遇突智を振り上げ、降下すると共に軻遇突智を床に叩きつけた。そこから炎と共に大きな床のかけらも散らばる。大きなかけらを持ち上げ、静狼が放つ空気を防御した。その直後、核露はその大きなかけらを片手で持ち上げ、静狼に向けて投げ飛ばす。おまけだと言わんばかりの炎をありったけ放ちながら。 静狼は足の速さを武器に炎と瓦礫を全て避けた。 「どうした!?もっと撃ってこいよ!!」 静狼は核露の目の前まで移動した、襲いくる鉤爪。核露はそれを自身の腕で受け止めた。 「ぐっ!!」 爪は核露の腕を貫いた。同時にウィッカーマンの腕も襲いかかる。 「この…!!」 核露は静狼の腕を掴む。「ググググ」と鈍い音が腕から唸るように鳴る。 「ッ!?」 静狼は思わず鉤爪を引き離した。軻遇突智の力により、核露の身体能力が大幅に上がっているため、握力もえげつなく上がっているのだろう。だが彼の真上にはウィッカーマンの拳が迫っていた。 ウィッカーマンの腕をギリギリで回避する核露。だがその一瞬に、静狼の空気の斬撃が核露に容赦なく降り注ぐ。 「ぐぅ!!」 それを耐えても、静狼が再び飛びかかってきた。核露は軻遇突智を床に付け、そして振り上げる。そこから黒い炎と黒い煙が溢れ、静狼へと降りかかる。 「くっ!目眩しか!?」 その背後には、核露の影。彼はあの目眩しを使い、いつの間にか背後へ回っていたようだ。 「はっ!?」 核露は静狼に向けて軻遇突智を振り下ろす。静狼はウィッカーマンの腕でそれを防ごうとしたが、軻遇突智の刃はウィッカーマンの腕を“斬り破った”。 「ッ!!?」 静狼はギリギリで回避することに成功したが、軻遇突智の刃は、静狼の腕を捉えていた。彼の腕は抉られていた。静狼は思わず腕を押さえる。尋常ではない痛みだ。腕の肉が燃えるように熱い。痛みで声を上げることすら不可能だった。 「まだ終わっていない…!!」 核露がもう一度軻遇突智を静狼に向けて振るう。今度は完全に回避することに成功した。だが容赦なく、核露が黒い炎を投げつけた。 「グハァッ!!!」 静狼は黒い炎を喰らってしまい、そのまま床に叩きつけられた。核露は着地し、静狼に向けて踏み込む。静狼を守るようにウィッカーマンが現れた。しかも先ほど核露によって斬られた腕が“再生”していたのだ。 「馬鹿な…!」 そしてウィッカーマンの腕が核露に襲いかかり、彼も吹っ飛ばされた。静狼は立ち上がり、核露を睨みつける。 「俺も!!ウィッカーマンも貴様が死ぬまで止まらない!!」 静狼の両手に空気が集まる。彼は攻撃の為に纏ったのだ。それはまるで強固な鎧のように。 「終わらせてやるよ。ここからは特訓でもなんでもない。ただの殺し合いだ。」 核露はゆっくりと立ち上がり、軻遇突智を構える。 「一つ問うぞ…。お前は…黒武人のことを“紛い物”と蔑んでいたな…。それは何故だ…?お前も…黒武人なのに…。」 咄嗟に口からこぼれた質問、静狼は聞く耳も持たなかった。だが、何を思ったのか、ニヤリと笑う。 「死ぬ前に教えてやるとするか。」 静狼は拳をギュッと握ると、 「俺の親父は、“黒武人”だった。元から性根の腐った人間で、母親に暴力を振るっていたが、奴が黒武人の力に目覚めると、暴力は激化し、最終的に、親父は母親をバラバラにして殺した。 俺の目の前で。 ガキだった俺はそれでこう思った。“黒武人というのは、人を傷つけるクズばかりしかいない”と。」 「まさか…お前…父親を…!?」 「そうさ。殺した。母親を殺してすぐに、俺に矛先が向いた。殺意と悔しさと悲しみがごちゃごちゃになっていた。それで俺は、黒武人になり、この力で親父を殺した。」 「…なるほどな…。俺も…チェスの男に目の前で両親を焼き殺された…。」 「ふん。傷の舐め合いでもするつもりだったのか?俺たちは確かに、大切な存在を目の前で殺された境遇は同じだ。だが、お前と一緒にされても困る。」 その時、静狼の背後にいたウィッカーマンは咆哮した。 「おしゃべりは終わりだ。そろそろお前を沈めるとするか!!」 静狼とウィッカーマンはいつでも核露を殺せる体勢に入った。 「全力でぶつかろうじゃねぇか!!!俺の“切り札”(ウィッカーマン)と!!お前の“切り札”(軻遇突智)で!!!」 静狼の叫びで、核露も覚悟を決めた。 「そうだな…!その方が手っ取り早い…!!この意味の戦いなんぞさっさと終わらせて…!!」 核露は、今自分の気持ちを思いっきり叫ぶ。 「俺は!!!“みんな”のもとへ帰るんだッ!!!!」 双方、ただぶつかり合うことだけを考え、前に進み始めた。降り注ぐ豪雨の中、雄叫びを上げながら走る。 そして核露の軻遇突智と静狼の鉤爪、ウィッカーマンの拳がぶつかった。鳴り響くは轟音。策も無く、二人はただ自分のありったけの力を叩き込んでいた。 『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』 双方の両腕から血が吹き出し、手からは避けるように傷ができ、そこからも血飛沫が飛んだ。 この状況でも、何故か二人は笑っていた。まるで戦いを楽しむかのように。 少しずつだが、黒武人の変身も解けていた。 これは目の前で大切な人を殺された同士の戦いだ。一人は両親の仇を討つため、そしてチェスから人々を守るために戦い、もう一人は黒武人を憎み、そして全てを引き裂く為に一歩ずつ歩む者だ。二人は同じ悲劇を背負ったものの、身につけたものが違った。 雄叫びは止まらない、この豪雨の中、聞こえるのは雨音でもなく、二人の雄叫びと轟音だけだった。 そして、 {ドゴォッ} 軻遇突智から溢れでる大量の黒い炎、そして鉤爪とウィッカーマンの拳から噴き出る空気が衝撃を発し、そこから大爆発が起こった。 二人はその衝撃の影響で吹き飛び、地面に叩きつけられた。ウィッカーマンもいつの間にか姿を消していた。 特訓、いや、“戦い”は終わりを迎えた。 「核露くん!!」 「おい!!大丈夫か!!?」 紫綿たちが核露に急いで駆け寄ってきた。紫綿は倒れた核露の目の前で足を止めた。 「あんなになるまで…!」 彼の両腕はとても痛々しい状態になっていた。血が流れ、静狼の空気の影響か、抉られたように割れていた。 「紫綿さん?」 凪姫が呼ぶと、紫綿は我に返った。豪呉が核露を担いでいた。 「ごめんなさい。すぐに安全な場所に…」 「見事だった。」 イゴーの声が聞こえ、三人は後ろを振り返る。そこには、静狼を担いだミ=ゴとイゴーが立っていた。 「その力があれば、次に来る“嵐”の予防にもなるな。」 「嵐?お前ら何言ってんだよ!!」 「時期にわかるさ。」 そう言うとイゴーは黒武人化したミ=ゴの甲虫の背中に乗った。鉄のベールで作った空間は消え去り、イゴーたちも飛翔した。 「我々も、お前たちも、成長していく。それも、その“嵐”が来ることによって。」 第四十六話 完 第四十七話に続く…。
鉄蜘蛛の城 第四十六話 “WickerMan”
「核露がジェミニの力を?」 その頃、飛虎那(ひこな)ダウン、亜丸(あまる)は空港にて、アイマンを帰国させる準備をしていた。ダウンは電話越しに、目夢(もくくら)と話していた。核露(かくろ)がジェミニの力を得たことを報告したのだ。 「ルリム・シャイコースとの戦いで、彼はジェミニの力に目覚め、軻遇突智(かぐつち)という斧を扱えるようになって、さらにそのおまけに自分の痛みを力に変える能力もある。ただ、それを使うと体力がおかしいほど消耗するデメリットがある。」 「二つの力を使えるようになった…か。」 ここで、目夢は頭の中に、黒武人(くろぶじん)とジェミニ、二つが共通していることを思い出す。“感情”。どちらも感情が最高に高ぶることで取得する。 「核露はルリムとの戦いで、何を思ったのだろうか。どんな“感情”が強く動いたのか。」 「今は静狼ってやつと核露くんは戦ってる。それは戦いが終わってから彼と話してみるよ。」 「期待外れとは言わせないぞ…!!悪魔が…!!」 その光景を見ていた城の住人の三人は言葉を失っていた。赤く光るあの鋭く、そしてどこか恐怖を感じる目。まるで核露ではないようだった。炎の衝撃により、煙が生じていた。そして、その煙の中から飛びかかってくる静狼。 「シャアッ!!」 その動きは俊敏で、攻撃の隙が無かった。核露は静狼(せいろう)が繰り出す猛攻をただ防ぐことしかできなかった。長い爪が核露の顔に襲いかかる寸前、 (ここだ…!) 僅かな隙が生まれた。彼はそれを狙い、カウンターを狙う。だが、 {ドゴォッッ} 「グッ…!!?」 静狼は左手に空気の塊を握っていた。そして、「パンッ」という破裂音が響き渡る。抉った空気を破裂させて、核露の腹部に衝撃波を与えたのだ。だが静狼の攻撃は止まらない。 彼は核露の腹部を殴り続けていた。鈍く、そして痛々しい音を鳴らしながら。 しかし核露は静狼に向けて頭突きをした。 「かはっ!!?」 そのやり返しか、核露は彼の腹部を殴り返す。二、三発殴った後、彼は静狼の顔面を蹴る。静狼のこめかみから血飛沫がとぶ。 「グッ…!!」 思わず静狼は痛みにより、動きを止めてしまう。その隙が仇となり、 「はっ!」 核露の蹴りを喰らってしまい、体が地面に叩きつけられてしまった。この時、静狼は元の姿に戻っていた。 「二人の実力は互角。だが、今のところ核露が上手なのかもしれんな。」 観戦していたミ=ゴが言う。その発言にイゴーが問う。 「なぜそう思う?」 「核露は一つ一つの攻撃に重みがある。静狼は一つ一つの動きが素早い。静狼の攻撃は、空気を素早く切り裂いてそれを利用して相手に打ち込む。空気を使用した衝撃波こそ強力だが、パワー、そして炎の威力こそ、核露が上だろう。まぁ、静狼は特訓と称して核露に戦いを挑んだ。奴は強くなるだろう。」 それを聞いたイゴーは「フン」と笑った。 「何がおかしい?お前が鼻で笑うのを見るのは久しぶりだぞ。」 「まぁな。だがミ=ゴ。あまり静狼を甘く見ないで欲しいな。」 イゴーは見ていた。こめかみから溢れ出す血を床に溜まった雨水で流す静狼を。 「奴の腕に付いている機械。あれはバーストから貰った黒武人変身時の暴走を抑制する“トラペゾヘドロン”と言うらしい。あれが外れた時の黒武人化した静狼の凶暴さ、そして強さは計り知れない。静狼には申し訳ないが、あの機械を付けずに戦えば、“確実に核露に勝てる”のだがな。」 核露は自身の左手に炎を纏わせていた。いつこちらに向かってくるかわからない静狼に警戒していたのだ。 「…ハハハ…。なんだよ…!?」 静狼はそれを見て笑っていた。 「来ないのかよ!?お前から来い!!ビビってんのかぁおい!!?」 「お前から向かってくると思っていたのだが…。」 核露は望み通り、静狼に向けて走り込む。容赦なく炎を投げつける核露。なんと静狼はその炎をわざと受けたのだ。 「ギィ!!」 「なんだと…?」 核露は勢い余って静狼に攻撃する。静狼は素早く回避し、そして、 {ダンッ} 「コホォッ!!」 核露の胸には“穴”が開いていた。そこから血飛沫が飛び、吐血もする。 「核露くん!!」 凪姫は叫ぶ。紫綿は何が起こったのかわからず、呆然としていた。 「見えなかった…!あの野郎、今の一瞬で撃ちやがった!」 豪呉が言う。そう。先ほどの音は銃の発砲音だった。静狼は驚異的なスピードで核露の胸に風穴を開けたのだ。 「グッ…!!」 核露は咳き込みながら倒れ込んだ。それも血を勢い良く吐き出しながら。 「この銃弾には少し細工をしてある。そうだな。コンクリートをも貫通できる程の威力だ。お前の“仲間”にも一度、これを使った。」 その仲間とはおそらく“灰月”(はいげつ)のことだろう。彼は一度、静狼と接触したことがある。その時に使用されたのだろう。 そして静狼は容赦なく、核露を一方的に蹴り続けた。 「グハッ!!ガァ!!」 「癌舵(がんだ)はこのぐらいでは怯みもしない。お前は良い特訓相手だったよ!だから頼む。」 静狼は蹴り続けながら、そう言い、そして“笑い始めた”。 「俺は成長したという実感をくれ!!お前も超え、いずれはアヴァターラ、癌舵を超え、虐げられた俺を見向きもしなかった奴らを、世界を、俺たちチェスが味わった苦しみを感じてもらおう!!俺が喰らった痛みはこれぐらいでは済まないぞ核露ぉ!!!」 三人はその光景を見ることしかできなかった。核露の約束を破らないためだった。だが、豪呉(えらご)も思わずリフトから飛び降りそうだった。今にも核露に駆け寄り、手助けをするところだった。しかし豪呉はそれを堪えた。 「チクショウ…!!」 紫綿(しめん)もその気持ちは同じだった。そしてその気持ちは誰よりも、凪姫(なひめ)の方が上だった。 「凪姫ちゃん。貴女の気持ちは痛いほどわかる。でも、ここは耐えて。」 「わかってる…!でも…!」 凪姫の体はプルプル震えていた。目からは涙が溢れていた。 「好きな人が目の前で傷つけられるのをただ黙って見るのは…本当に辛いの…!!」 凪姫の目の前は絶望的だった。静狼はただ核露を蹴り、鉤爪で切り裂き、そして蹴り続けていた。彼女も元チェスの構成員だ。自身が静狼と同じチェスにいたと思うと、吐き気が止まらなかった。思いたくも無かった。 やがて静狼は蹴るのをやめた。そして、 「死んだか?」 咳き込んでいた核露ももう動かなくなっていた。元の姿に戻った核露の姿はなんとも痛々しい姿だった。彼が吐いた血は雨水によって薄まっていき、白黒の床の一部は彼の血によって赤く染まっていた。 「良い、特訓相手だったよ。」 そして静狼は鉤爪をぎらつかせ、核露の頭部に向けて突き刺そうとした。 その時だった。 「ッ!?」 核露の右手は静狼の鉤爪を寸前で掴んでいた。そして、 {バリィッ} 静狼の鉤爪をへし折った。 「お前…!!?」 静狼は反射で核露の頭部を蹴ろうとした。核露は素早く起き上がり、蹴りよりも早く、静狼の頭部目掛けて頭突きを繰り出す。 「ぐあぁっ!!!」 そして核露は静狼を蹴り飛ばした。そして核露は床に溜まった雨水を片手ですくい、それを飲んだ。 「口の中が気持ち悪かったもんでな…。水を飲みたかったのに…お前が殴る蹴るを続けて中々飲めなかったじゃないか…。」 凪姫は核露を応援した。 「核露くん!!大好き!!」 「お前ぶれねぇな。」 豪呉が言う。彼は核露に心配の言葉をかけた。 「大丈夫か?核露!」 「安心しろ…。この程度では死なない…!」 蹴り飛ばされ、苦しそうに腹部を抑える静狼を核露は睨みつける。立ちあがろうとする静狼。しかし、 「成長したのは俺だけではない…!」 核露は立ちあがろうとした静狼目掛けて走り、顔面をもう一度蹴った。 「がはぁ!!?」 静狼はバタンと倒れ、頭を抑える。 「俺はお前の仲間のクトゥグアという男に…両親を目の前で殺された…!お前だけが被害者ぶるなよ…!俺も…お前と同じ痛みを背負って…ここまで這い上がってきたんだよ…!!」 自身の情けなさに腹が立つ静狼。この程度、彼が殺しあった者に今まで何度も受けてきた攻撃だった。しかし、核露は違った。一つ一つの攻撃が重い。先ほどの蹴りで軽く脳震盪が起こったのだ。 「こんな…奴に…!!こんな奴に!!俺は…!!」 その時だった。 『ッ!?』 静狼以外の全員が何かを見つけた。先に気づいたのは、一番近くにいる核露だった。静狼は疑問に思い、思わず後ろを振り向く。 「…こいつは…!?」 それは、“落書きのような奇妙な顔をした赤い半透明の体をした巨人”が立っていた。 「黒武人?なのか!?あいつ…!」 豪呉はあの巨人の異様さに恐怖する。どこからともなく現れ、口が裂けそうなほど口角を上げて笑い、瞳はどこを向いているのかわからなかった。 「もう一つの能力なのかもしれないわね。でも、静狼はあいつを“知らなそう”にしてるわ。」 「そうだ。静狼はあの巨人について一切知らない。」 イゴーが紫綿の発言に割り込んできた。 「奴が出るのは二年ぶりか?いや、奴が黒武人の力を初めて使用した時に現れた存在だ。彼は元々、黒武人に変身すると、変身後に黒武人に関する記憶が全て消去されるという特異体質だった。」 そして、その巨人は自身の両手を静狼に寄せる。巨人の体は“赤い粒子”へと分解されていく。その粒子は静狼を覆うように、彼に纏わり付いた。 「ぐ…が…あぁ…!!」 静狼は突然、ひどい頭痛に襲われ、頭を強く押さえた 「お前…何か変だぞ…?」 核露は身構える。あの巨人を警戒し、一度黒武人に変身し、静狼から離れた。そして、 赤い粒子は静狼から離れていった。だが、もう静狼は頭を押さえていなかった。それに、歯を見せて笑っていた。 「あの巨人は、私たちで無力化させるのも時間がかかった。下手すれば、核露は“死ぬ”。」 イゴーがそう言うと、ミ=ゴが続ける。 「私の友人は、あの巨人のことをこう名付けた。」 その瞬間、静狼は片手を核露に向けて突き出す。その片手から先ほどの“巨人の手”に似た大きな手のような半透明な何かが見えた。 「“ウィッカーマン”。」 {ドゴォンッッ} 「グゥハァ!!」 核露はウィッカーマンの手に捕まり、壁に思いっきり叩きつけられた。その追撃として、静狼が空気を切り裂き、それによる斬撃を容赦なく浴びせる。核露は全身を切り刻まれた後、静狼に胸ぐらを掴まれる。 「これは良い!!体も軽ければ、疲れも全く感じない!!」 静狼は飛翔し、そのまま核露を振り落とす。そしてウィッカーマンの手で核露を叩きつける。 「ガァ!!」 しかし、核露は床に着くギリギリで体勢を整え、静狼に向けて炎を投げまくる。ウィッカーマンによる手を避けるため、静狼の周囲を旋回しながら炎を飛ばす。しかし、静狼はその炎をウィッカーマンの手か空気の斬撃で掻き消していた。 「ウィッカーマンの力を使った静狼は誰にも止められない。弱点も存在しない。静狼が満足するまでそれは暴れ続ける。」 ミ=ゴの発言に驚愕する豪呉。 「弱点が無い…!?それじゃあ、突破口は無いんじゃ!?」 「このままだと本当に死んじゃうよ核露くん!!!早く助けに…」 凪姫がそう言った瞬間、核露が叫ぶ。 「やめろ!!お前たちは何もするな!!俺一人で…」 静狼が容赦なく、ウィッカーマンの手で核露をはたき落とした。そして、 「助けは必要無いんだろう!?お前一人でどうにかしてみせろ核露ぉ!!」 空気の斬撃、衝撃波が今降っている雨のように核露に降りかかる。そして最後にウィッカーマンの両手で核露を叩きつけた。砂埃が辺りに舞う。核露の姿は見えなかった。 「“死んだな”。」 その瞬間、紫綿がリフトから飛び降り、核露に駆けつける。彼女の背後には豪呉、凪姫もついて来ていた。三人には焦り、怒りなどの感情が混ざり合っていた。 (ごめん核露…!こればっかりは私たちも動かずにはいられないの!!) 紫綿は黒武人に変身し、スピードを上げる。静狼はそれを見つけると、ニヤリと笑う。 「なんだ?お前たちも特訓相手になってくれるのか?なら早々に叩き潰してやるよ!!見ればわかる!!お前たちは核露よりも劣っている!!!」 その瞬間、静狼の背後からウィッカーマンが現れる。ウィッカーマンは奇妙な笑い声のような雄叫びを上げ、両手に何かを集める。おそらく静狼と同じで空気を集めているのだ。そして、ウィッカーマンは両手を突き出し、溜め込んでいた空気を衝撃波へと変えた。 「アモルブラスト!!」 凪姫はジェミニの力を使い、アモルブラストを放った。しかし、それはウィッカーマンが放つ空気の衝撃波によりかき消される。 「避けろ!!」 豪呉が叫ぶ。衝撃波を回避するために三人はその場から散らばる。空気が轟音を響かせて爆散。その衝撃か、なんとベールで作った空間が崩壊していった。 「私たちも離れるぞイゴー!」 ミ=ゴは焦りながらイゴーに言う。しかし彼は通常通り、冷静だった。黒武人の翼を生やしたイゴーはリフトから飛び降りた。 そしてイゴーは不意に、先ほど静狼が核露を叩き潰した場所を見る。そこで、 「ほう…。」 “何かに気づいた”イゴーはニヤリと笑った。 砂埃、落ちてくる瓦礫、豪雨。崩れゆくこの空間はカオスに等しかった。 「まずい!崩れるぞ!」 「瓦礫が落ちてくるわ!あいつが追ってくる前にせめて核露を!意識が無くてもあいつを探し出すわよ!」 紫綿がそう言うと、凪姫が真っ先に動いた。 「凪姫ちゃん!?」 凪姫は目を血走らせ、涙を探しながら崩れゆくこの空間を駆け回った。核露を探すために、たとえ彼が死んだとしても。 「キャッ!」 凪姫は雨に濡れた床によって足を滑らせてしまった。そして絶望的なことに、 「よぉ。裏切り者。」 目の前には黒武人の変身を解いた静狼がいたのだ。背後にはウィッカーマンの両腕があった。彼はゆっくりと凪姫に近づく。反射的にアモルブラストを放つ凪姫。しかし、それは空気を纏ったウィッカーマンの両腕で弾かれてしまう。そして、 「何も言う事は無いな?」 静狼は鉤爪をぎらつかせ、凪姫に飛びかかる。それを見て全速力で駆けつける豪呉と紫綿。 『やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』 だが、もう間に合わない。静狼は凪姫のすぐ近くまで来ていたのだ。凪姫はもう諦めたのか、目を瞑り、悔しそうに拳を握った。 「死ね。」 「お前がな…!」 何故か、静狼は爪を突き刺す体制で止まっていた。何故なら、何者かがそれを阻止しているのだから。 「死に損ないは、お前のために作られた言葉なのか?」 静狼の爪先には、赤い刃。ギリギリと羽音を立てそれを止めていた。 軻遇突智を使い、凪姫の前に現れたのだ。 第四十五話 完 第四十五話に続く…。 あとがき ウィッカーマンのモデルはクトゥルフ神話、ナイアルラトホテップの化身。“ウィッカーマン”。サムネには、お遊びで赤くした黒武人化した静狼とウィッカーマンが写っています。
鉄蜘蛛の城 第四十五話 “Devil and monster”
翌日。城の黒武人たちはイギリスのホテルにて一泊していた。 あれから石崎たちの手伝いもあり、被害者、元構成員たちは無事に帰ることが出来た。ルリムが経営していたカジノはもう撤去する準備に入っているらしく、警察曰く、準備室には大量の蛆が散らばっていたという。 そしてドリームランドについてだが、主催者、アルベルがルリムによって殺されたことにより、組織は崩壊。数名のメンバーは逮捕されたが、残りのメンバーは今も逃走を図っているとのことだ。 同時にこの雨が降る日、核露(かくろ)は静狼(せいろう)と戦うことになる。ホテルの室内にて、核露は昨日の出来事を思い出していた。 それは核露が静狼の誘いに乗った時だった。 「今でもお前を殺したいところだがお前は、ルリム・シャイコースとの戦いで疲れているな?体力が少なくなっている状態のお前と今戦っても面白くはない。そうだな、明日の朝、この海岸に来い。万全の準備を整えて、俺にぶつかれ。ヴィシュヌの奴らもおそらく、万全の準備をして、我々を迎え撃つのだから。」 痛みはもう消えた。万全の準備なら、もうとっくに出来ていた。 「君はあまり、ジェミニの能力を使わない方がいい。」 ホテルのロビー前にて、核露とダウンが話していた。ついでに核露の腕に抱きつく凪姫(なひめ)も。 核露はルリムとの戦いで、ジェミニの力を手に入れた。軻遇突智(かぐつち)と言う斧を生み出し、更には自身が受けた痛みを強大な力に変える能力だ。 「何故だ…?」 「ジェミニの力に目覚めてルリムと戦った時、君は傷だらけだった。あの傷、君はわざと受けた。凪姫ちゃんにもお願いして、背中をぱっくりやっちゃったじゃん。君の生命力はすごい。けど、ルリムを倒したあと、君はぶっ倒れた。」 ダウンは話しながら口に咥えていたタバコにライターで火をつける。 「きっと、その力にはデメリットがある。力を使い終わった直後、今まで受けた傷の痛みが自分に跳ね返ってくるんだろう。」 核露自身、それに気づいていた。自身の能力は強力で、危険だと。 「でも君は、“あいつ”と戦うことになった。その能力は使う気でいるの?君自身の選択だから、ボクは何も言わない。ただ、これだけは言っておくよ。あのジェミニの力に頼りすぎると、君が死ぬ確率が上がる。」 ダウンは言った。核露の傍にいた凪姫は彼の顔を見る。彼はいつもと変わらず、無表情だった。だが、 「忠告感謝するぞ…。問題ない…。必ず生きて戻ってくる…。」 「核露くん。でも…。」 「凪姫…。大丈夫だ…。付いてくるなら来てもいい…。だが助けはいらない…。」 彼の片手には黒い炎が小さく燃えていた。 「“もうそろそろ時間だ”…。行ってくる…。」 核露は凪姫から離れ、ホテルを離れた。 「俺を信じてくれ…。必ず戻ると…。」 彼は振り返らずにそう言うと、親指を立て、雨の中走り去っていった。 「うわーん!!核露くんとデートしたかったのにぃ!!」 「いつも通りだね君は。」 泣き喚く凪姫の背後のドアが開く。 「もう、行っちまったのかよ…。」 二人は振り返ると、飛虎那(ひこな)を含めた城の住人たち、そしてアイマンがいた。 「彼一人では危険です!僕も…」 「ダメだよ。」 凪姫は亜丸の発言を止めた。 「何でだよ凪姫!何で止める必要があるんだよ!」 「核露くんを信じてるからだよ。静狼はものすごく強いけど、核露くんも、ジェミニの力を身につけるほど強くなってる。彼はどんな敵を相手にしても、みんなの前に戻ってきた。私は、核露くんがまたみんなの前に現れるって信じてる!」 凪姫のその顔は真剣そのものだった。彼への愛は重いが、同時に、彼に絶対的な信頼も持っている。ダウンも続ける。 「付いてきて良いけど、助けるなと言われたよ。彼、もっとボクらを頼ってもいいと思うんだけどなぁ。でも、彼なら確かに、一人でも凄い力を発揮するんだよね。どう?みんなも信じてみない?」 亜丸と豪呉は黙り込んだ。二人は不安だった。しかし、凪姫とダウンが言っている言葉は、正解なのかもしれない。二人は顔を見合わせる。亜丸は頷いた。これは彼女らの言葉に乗ったと言う確信だ。豪呉はそれを見ると、笑みを浮かべた。 「あいつなら、大丈夫か。でもよ、せめて見守ることは許してくれるんかなぁ?」 「そうだね。でも、とりあえずはアイマンだ。彼の面倒は石崎さんが見てくれる。まずは…。」 核露はこの雨の降るイギリスを飛んで目的地に向かっていた。海岸まではもうすぐだ。核露は一つ、疑問に思うことがあった。 何故静狼は、黒武人を“紛い物”と称すのか。そう呼ぶ程彼は黒武人を毛嫌いしていることになる。 (奴の過去に何かあったのか…?それも…黒武人に関係しているのだろうか…。) だが、核露は考えるのをやめた。今はひたすら、目的地へと向かっていた。 海岸に到着し、黒武人の変身を解く。海は昨日と違って荒波だった。おそらくこの雨と風のせいだろう。そしてしばらく海岸を歩くと、 「来たか。」 そこには静狼が立っていた。だが彼だけではない。背後には、変身したミ=ゴ。そして“イゴー・ロナク”まで来ていた。 「なんだ…?後ろの二人も戦うのか…?」 その質問には代わりにイゴー・ロナクが答えた。 「違う。まぁこの戦いを観戦しに来ただけだ。手出しはせん。」 「そうか…。なら丁度いい…!」 核露の右手は黒武人の腕になっていた。同じく静狼も鉤爪をぎらつかせる。 「飯は食ったか?快便だったか?昨日の傷は癒せたか?」 「準備なら万全だ…。で…その特訓とやらは始まるのか…?」 その時、核露の背後から“羽音”のような音が聞こえ、振り向く。そこには、豪呉、紫綿(しめん)、凪姫が来ていた。凪姫はどうやら岩基(いわもと)から借りたリンフォンを使い、ここに来たようだ。 「お前たち…?」 「他はアイマンを石崎さんに会わせるために帰国の準備をして空港にいる。俺らは、悪いな核露。やっぱ心配でな…。でもよ、お前の言う通り、俺らは助けねえよ。だが、頼む。死なないでくれ。」 豪呉の次に紫綿と凪姫が言う。 「一様この戦いが終わったら、貴方ボロボロになるでしょ?ゲームと同じで、ヒーラーが必要不可欠。ボロボロになった貴方を回復する要員できたわ。」 「核露くーん!あんな奴に負けないで!核露くんなら大丈夫!」 イゴー・ロナクは目を細める。 「裏切り者に、あの時の沖縄で会った奴らじゃないか。観戦者が増えたな。」 核露はその三人を見て、少しだけ口角が上がった。これは自分自身の戦いのため、助けは必要ないが、いざ仲間がいると安心感があった。 「仲間の為にも帰らなければならない…。やるなら早くしてくれ…。」 「…良いだろう。」 ミ=ゴがそう言うと、彼の奇妙な手から小さな黒い塊が出現する。その塊は徐々に消えていき、塊の中にあった物が見えてきた。 “鉄のベール”。おそらく戦う場所は、この海岸ではないと核露は悟った。ミ=ゴはベールを握りつぶした。その時、核露、静狼以外は謎の白黒の柄の“リフト”に乗った状態になった。 「何だこれ!?」 「観戦席だ。これだけではなく、戦場も作る。」 続いて、核露と静狼がいた場所も変化が訪れる。そこは海岸ではなく、チェスの盤面のような白と黒の床に変わり、彼らの周囲には大きなチェスの駒がバラバラに置かれていた。空が変わらず雨雲で、雨も降っていたのは少し奇妙だったが、“戦場”は完成したようだ。 だが、まだ終わらないようだ。 「っ!?」 核露の背後には、“黒い人間”の形をした存在が数十人並んでいた。ふと静狼を見ると、同じく、色は白だが、同じような存在が並んでいた。リフトに乗ったイゴーが言う。 「チェスもヴィシュヌも構成員を従えている。二人はまず、ウォーミングアップとして、お互いの人型を全て倒せ。お前たちがぶつかるのはそれからだ。」 「…助けはいらないとは言っていたんだがな…。」 核露は黒武人に変身した。静狼は特訓と称していたが、向こうは自信を殺す気でいる。 「始めろ。」 イゴーのその言葉と同時に、お互いの人型が踏み込む。黒の人型たちは静狼へ。白の人型は静狼へと。 (始まった!) 紫綿は息を呑む。お互いの人型は人並み以上の強さを有している。彼奴等の動きはまるで修羅。 だが、二人はそう簡単にやられない。核露は人型たちに向けて黒い炎を投げて打破し、近づけば強力な打撃を与えた。人型の顔面を殴り、腹に蹴りを入れ、そして背後から近づく人型の腰を掴み、 「うおぉ!!」 飛翔し、そのまま急降下してスープレックスを喰らわせた。その風圧により何体かの人型は体勢を崩し、それらは核露に一気に踏み込まれ、黒い炎により一網打尽にされた。 一方、静狼は黒武人の力を使っていなかった。自身の鉤爪、そして完璧な銃の腕前によって人型は圧倒されていた。 {パァンッッ} 静狼はこの人型をヴィシュヌの構成員と捉えている。奴らはチェスを侮辱した命知らずだ。静狼はあれから、ヴィシュヌへの怒りが現れ、今すぐにでも消したいところだ。だが、あの時、癌舵の部下に簡単にやられてしまった。彼の攻撃一つ一つには、憎しみのようなものが込められている。今放った銃弾も、鉤爪の切り裂きも、一つ一つ。人型はそれにより、腕が粉砕され、頭部には穴が開き、腹部は抉られていた。 「な、なんて奴だよあいつ!」 豪呉は驚嘆した。黒武人に変身せず、見知らぬ怪物を蹴散らしていた。 この戦いが始まって、まだ一分も経っていない。静狼を襲っていた数十体の人型の軍勢は、もうあと“一体”だけだ。 最後の一体は腹部を蹴られ、倒れた時に頭部目掛けて銃を撃った。しかし、核露も同じく、人型を倒しきっていた。彼もまた、昨日のルリムとの戦いを経て、成長している。 「準備運動にもならん…!」 「じゃあ、もういいか?」 静狼が言うと、核露はニヤリと笑う。 「俺を殺しに来い…!!」 その言葉と同時に静狼が踏み込み、黒武人に変身した。 「おおおおおおおお!!!」 静狼は咆哮し、鋭利な爪で核露を切り掛かる。核露はそれを腕で受け止めた。 「チィ!!」 「どうした!?そんな物かぁ!?」 核露がそう叫び、静狼の顔面に向けて拳を喰らわせ、腹を殴る。静狼は一時的に後ろに下がり、自身の爪をギラギラと音を鳴らし、空間を切った。 「うぉらああああっ!!!」 静狼は飛翔し、何もない所を爪で切り続ける。切った箇所から透明で鋭利な物が核露に襲いかかる。 「ッ!?」 核露はそれらを回避し、自身も飛翔した。羽音と共に痛々しい音がこの空間中に鳴り響く。殴り、蹴り、切り裂き、突き落とす。 腹を切り裂かれても尚核露は攻撃をやめなかった。 その時、静狼の左手は空を切る速さで核露の腹を突く。そこから透明な何かが集まり、核露を吹っ飛ばした。 「がはっ!!」 吐血する核露。静狼は再び空間を切り裂き、透明な何かを核露に浴びせた。彼は防御の体勢に入るが、それらに容赦は無く、 「ぐぅぅぅっ!!」 核露を一方的に切り続けた。 「核露くん!!」 凪姫が叫ぶ。紫綿は静狼の能力について調べていた。 (何もない所から刃物、衝撃波を放つ…。なんであいつはさっきから何もない場所を切り続けるんだろう…。) その時、紫綿に一つの答えが浮かび上がった。 「“空気”…!あいつ、空気を切り裂いたり抉ったりして操っているんだわ!切り裂いた空気は斬撃に、抉った空気は衝撃波として利用してるんだ!」 空気こそ静狼の武器だ。静狼は先ほどの攻撃で怯んだ核露に踏み込んだ。 「くそっ…!」 核露は静狼に向けて黒い炎を投げた。命中しても尚こちらによってくる。そして、 「はあ!!」 静狼は鋭利な爪で核露を突き刺そうとした。だが間一髪で避けられ、静狼は背後から黒い炎を纏った拳で殴られる、 はずだった。 「オラァ!!」 それは一瞬だった。大きく、そして鋭い静狼の爪は、核露の腹を“貫いていた”。 「そ、そんな…。」 「嘘でしょ!核露くん!!」 城の住人たちは驚愕と共に、恐怖が襲いかかる。爪を引き抜かれた核露は血を吐き出し、そのままバタンと倒れたが、なんとか片手で体勢を保っている。 「どうした?そんな物か?」 静狼は先程言った核露の言葉をそのまま返した。雨に濡れた白黒の床は核露の血で染まり、雨水がその血を薄めている。水面に映る静狼の顔は、“悪魔”に見えた。 だが、 「ッ!?」 核露はさっきの体勢から急に飛びかかる体制に瞬時に変わり、静狼の顔を掴んだ。そして静狼の顔を床に叩きつけたと同時に彼を蹴り飛ばし、追撃として黒い炎を三発喰らわせた。 「核露…。」 紫綿は小さく呟いた。そこにいたのは確かに核露だ。だが、どこか違う。誰かを守るために戦う勇敢な男ではない。 それは非常に鋭く、赤い目をした凶暴な“化け物”にも思えた。 「期待外れとは言わせないぞ…!!悪魔が…!!」 第四十五話 完 第四十六話に続く…。 「あとがき」 Xにて、静狼の黒武人時の姿のイラストも投稿する予定です。ビジュのこだわりとしては、とにかく凶暴な見た目にしたかったため、トゲトゲが多めです。 Xのアカウント→オーク(大福五木)
鉄蜘蛛の城 第四十四話 “Sound of death”
「これはこれは総統閣下…。」 「まぁそこの椅子に座って話そうじゃないか。」 核露(かくろ)はアウグスに従い、足を開いて椅子に腰掛けた。 「今度は何の用だ…?ルークを三人失って怖気付いたのか…?」 「この前言ったじゃないか。夢の中でまた語ろうって。」 「これはお前の能力か…?」 「そんなところかな。話すと少し長くなる。それより、」 アウグスは自身の両手を組む。 「本題に入ろう。私はこの前、“君たちに悲惨な出来事を迎えるかもしれない”と言った。」 「…そんなことを言っていたな…。」 「君たちはもう少し、いや、今まさにその悲惨な出来事を迎える“段階”に入っている。」 アウグスの目つきが変わる。核露はここで、何故か彼の言っていることが冗談ではないと言うことを感じた。 「脅しじゃあ無さそうだな…。」 「数多の血に飢えた者たちが君たちを殺しにくる。そして、街を食い尽くす。一度世界を“清らかにするために”。」 アウグスの言う言葉に核露は疑問を持った。 「その前に、君は黒武人はただの人間に知られてはいけない理由は知っているか?」 「香麟(こうりん)だったか…?確か…実験体にされると…。まぁ詳しくは聞いていないが…。」 「そうか。寂眞(しずま)か誰かに一度聞いてみるといい。」 「それと悲惨な出来事と何が関係がある…?」 アウグスは両肩をすくめ、「まぁ一様ね。」と言う。その時、核露は突然自身の体に“重み”を感じた。 「…?」 「目覚めの時のようだ。」 アウグスはそう言うと、椅子から立ち上がり、核露に背を向けて歩き始めた。 「悲惨な出来事を遮ることはできない。君たちには乗り越えなければならない大きな壁としてそれは立ち塞がる。その壁を乗り越え、君は誰かを守るために強くなりなさい。もし君が強くなった時は、私たちが全力で叩き潰してあげよう。」 チェスの総統閣下の姿が消えていき、核露の視界は少しづつ暗くなり、やがて、真っ暗になった。 「っ!!」 核露は目を覚ました。どうやら氷の上では無く、海岸のようだ。不意に横を見ると、凪姫(なひめ)が抱きついていた。 「あ、起きた!寂しかったよー!」 凪姫の抱きつく力が強くなった。周りを見てみると、紫綿(しめん)、ダウン、そして飛虎那(ひこな)などの仲間たちもいるようだ。 「治療にすごく時間がかかったわよ。そんな傷でよく戦えたわね。」 紫綿が核露に駆け寄ると、凪姫が唸り声を上げた。 「あの後、凪姫ちゃんとダウンさん、そして倒れてる貴方をボートに乗せて、この海岸に来たの。氷がバキバキに崩れてたから貴方はもう少しで沈んでたわよ。」 「そうか…。ともかく…被害者たちは助かったみたいだな…。」 核露は立ち上がった。飛虎那をふと見ると、その横に少年の姿が見えた。核露は確信した。彼が“サ・タ”なのだと。 「アンタがサ・タか…。」 「核露さん。この子の名前はサ・タではございませんよ。自己紹介、できますか?」 飛虎那が言うと、サ・タが手を差し伸べる。 「“アイマン”です。飛虎那さんの仲間なんだよね?俺や、被害者たち(この人たち)を助けてくれて、ありがとう、ございます。」 「無事でよかった…。」 二人は握手を交わした。 「アンタはこれからどうする…?また空を飛び続けるのか?」 「その必要は無い?」 その声は、アイマンでも飛虎那の声でもなかった。飛虎那は片手にスマホを持っている。液晶画面にはビデオ通話中と書かれていて、何者かが写っていた。写っていたのは、石崎ほうかの姿だ。 「石崎…!」 「この子は俺たちが預かることにした。アイマンは助けてくれたお礼をしたいらしいんだ。」 石崎が言う。 「俺はみんなみたいに力は強く無いけど、せめてサポートをしたいんだ!石崎さんみたいに機械は強く無いけどな。」 「なるほどな…。良いじゃないか…。で…」 核露は横を見る。そこには、亜丸(あまる)に助けられた元チェスの構成員たちがいた。 「何故こいつらがここにいる…?」 「この人たちは悪い人ではありませんよ。」 側にいた亜丸が言った。 「核露さん、この人たち、“ナイト”のことについて知っているそうです。」 「何…!?」 「お話しできますか?」 亜丸が元構成員たちに言うと、彼らはうんうんと頷く。 それから彼らは、ナイトの一人、“あの悪魔”の事を核露に話した。彼奴は凶暴であり、構成員に苦痛を与えて強制的に黒武人に変身させる事を。彼らの話は、飛虎那、ダウンたちも聞いていた。 「なるほどな…。」 「器官を移植させて変身させず、わざわざ拷問するなんて…!」 凪姫はあの悪魔の所業に恐怖した。亜丸はこう言った。 「核露さん。心当たりは?」 核露は首を横に振った。だが、彼は質問をすることにした。 「そいつの名前と能力は覚えているか…?」 元構成員の一人は答えた。 「そいつの名は“クトゥグア”。黒武人の能力は確か、“炎を使った”能力だったような…。」 『っ!?』 核露の両親の死因は、チェスの構成員によって生きたまま焼き殺されたのだ。クトゥグアの能力である“炎”。両親の死因と辻褄が合う。 「顔や容姿は…?黒武人変身時の姿は…?」 「直接見たことはないが、顔に大きな火傷を負っていて、すごく背が高いらしい。黒武人になった姿は、“炎が燃え盛ってた”って話は聞いたことある。」 核露の記憶が蘇る。両親を焼き殺した者は確かに、非常に背が高かった。彼はニヤリと笑う。 「そいつだ…!そいつで間違いない…!!」 その時だった。上空から“羽音”のような音が聞こえることにその場にいる全員が気づく。「危ない!!」と紫綿が叫ぶ。 突然、“黒い煙に包まれた正体不明の物体”が勢いよく落下した。それは黒い煙をプシュプシュと放ちながら少しづつ動いている。かなりの大きさだ。城の黒武人たちは身構える。 「敵か!?もうこれ以上面倒をかけられるのは嫌だぜ!」 豪呉が言う。その物体を包んだ黒い煙は薄れていき、どんどん物体の正体が明らかになっていく。 『っ!?』 正体は、長身で褐色、震災刈りの半裸の男だった。その男の肌の所々に“手術跡”のような痕跡があり、気持ち悪い程口角を上げていた。「ヒヒッ」と笑うと、彼は核露たちを見つめた。 「何者だ…!?」 核露は問うが、その男はまるで聞いていなかった。 「このひとたちが、わるいひとなのかなぁ?ぜんぜんそうはみえないけど。」 (口調、仕草が幼い。それに、なんだあの奇抜な格好は!?) 豪呉だけでなく、ここにいる周囲の皆が彼の奇妙さに怯えた。 「凪姫…。奴は…?」 「…」 凪姫は怯えながらも、目の前にいる男について話し始めた。 「あいつは…チェスの“ナイト”の一人、“狂殺医”、“ミ=ゴ”…!」 男はチェスのナイトの一人だった。ミ=ゴという男は城の黒武人たちに笑顔で手を振った。 「豪呉さん、紫綿さん。アイマンくんと被害者たち、そして元構成員の方々を安全な場所へ。」 『はい!』 二人は飛虎那の指示に従い、アイマン等を安全な場所へ連れて行った。 「ねぇねぇ!きみたちが“パパ”が言ってた悪い人なの?ぼく、そう見えないからさ、お友達に…」 「その必要はない。」 誰の者でもない声が聞こえた。その声が聞こえた方向はミ=ゴからだ。その時、ミ=ゴの背中から“化け物のような顔の男”が羽化するように現れた。 『っ!?』 「っはぁぁ。ルリム・シャイコースを殺したのは貴様らだな?大したもんだな。」 その光景は、異様の一言に尽きた。男の背中から人間が突き破り出てきたのだ。風の時に見る夢にも見える。化け物のような顔の男は言う。 「チェスのナイトを務めている。“私たち”はミ=ゴと呼ばれているが、正式に言うと、この私自身がミ=ゴであり、この男ではない。こいつは、私の“息子”である“エクスペリ”だ。」 どうやら化け物のような顔の男がミ=ゴだそうだ。しかし、それどころではない。異様すぎる光景に、ミ=ゴ、エクスペリ以外の皆が黙っていた。 「ふん。どうやら、理解できていないようだな。確かに、人間の背中から人間が出てくるなど、夢でしか見た事がないだろう。」 「それはお前の黒武人かジェミニの能力なのか…?」 核露が問う。 「察しが良いな少年。だが、A +まではいかないな。名前は?」 「佐嘉巳核露だ…。」 ミ=ゴは核露の名を聞くと、目を大きくした。 「なるほどな。貴様が核露か。何かとこちらで話題になってるんだ。城の黒武人の話の中で特にな。そうだなぁ。どうだ?私は趣味で脳に関する“研究”をしていてな。その研究の協力をしてくれないか?報酬は弾むぞ?」 ダウンが煙の弾丸を放った。彼女はわざと外した。 「悪いけど、うちの仲間を勝手に勧誘するのはやめてくれないかな?」 「パパ。ボク、このひとたちとおともだちになりたいんだけど。」 エクスペリがミ=ゴを見上げる。 「ここからは大人の話し合いだ。悪いが、“変身”して少し寝てくれないか?」 「わかったよパパ。」 その時、エクスペリの横腹から“巨大な虫の脚”が破り出てくると、彼の体全身から血飛沫が噴き出す。ミ=ゴの体はエクスペリに吸い込まれると、二人は黒い煙に包まれた。その煙は少しづつ大きくなっていく。飛虎那は気づく。 「どうやら黒武人に変身するようですね。」 「安心しろ。戦いはしない。息子は“ジェミニの力”を持っているのだが、力を使うと、息子は一時的に“睡眠状態”に陥る。こうでもしないと、息子が落ち着かないんだ。」 煙は薄れていき、出てきたのは、“魔物そのもの”だった。 ミ=ゴたちは四つの虫の羽、奇怪な両手、そして脳がむき出しになったトカゲのような頭を持つ黒武人の下腹部に“巨大な甲虫”が繋がっている奇怪な魔物へと変貌していた。その異様な姿に城の黒武人たちは驚愕する。 「なんだ…!?こいつは…!?」 「“竜の黒武人”?いや、彼の息子はジェミニって言ってたから、こいつらは実質、“黒武人とジェミニのキメラ”みたいなものかな?」 皆が驚愕する中ミ=ゴは淡々と喋り始めた。 「さて改めて、何故私たちが貴様らに会いにきたのか、その理由を二つ話そう。一つは、エクスペリが君たちに会いたがっていた。この子は今年で十七歳だが、知能はまだ四、五歳程度でな。何にでも興味深々のため、貴様らがどんなものかを確かめたかったそうだ。そしてもう一つ、私たちが貴様らのもとへ向かう寸前に、ビショップの男が私に尋ねてきた。“同行”させて欲しいとな。その男の目的は…。」 ミ=ゴは奇怪な右手で誰かを指差す。指先は“核露に向いた”。 「核露。君に会いたいらしい。」 その時、上空から何かが猛スピードで皆が居る海岸に落下した。 「なんだ!?」 「準備するとは言っていたが、かなりかかったな。ところで核露。」 落下した何かの正体は“黒武人”だった。その黒武人はなぜか変身を解き、少しづつ、元の姿が見えてくる。核露は気づく。 「お前…まさか…!?」 「この男と君は、“知り合いか”?」 黒い煙から出てきたのは、“仮面を外した静狼(せいろう)”だった。核露はまだ彼を黒武人だと知っていなかったため、驚愕した。 静狼はニッと笑うと、核露に飛びかかり、鉤爪での斬撃を繰り出すが、凪姫が核露の前に出て斬撃を弾き返し、仕返しとして回し蹴りを繰り出す。だが、静狼はそれを軽やかに躱した。 「久しぶりだなぁ!!佐嘉巳核露ぉ!!お前を殺しにきたぞぉぉぉ!!!」 「黒武人(俺たち)のことをあんなに嫌っていたのにお前も変身できるんだな…?よかったじゃないか…!!お前も紛い物の仲間入りだぁ!」 核露は黒い炎を静狼に投げつけた。しかし、静狼は黒武人に変身したと同時に禍々しい左手の爪で虚空を切り裂き、三日月状の空気の弾丸で防ぐ。炎と空気がぶつかった途端、強風が生じた。それと同時に、空から轟音が鳴り響く。 「チェスの飛行船だ!!」 安全な場所にいた豪呉が叫ぶ。飛行戦艦からポーンたちがパラシュートを用いて瞬時に降りてくる。ポーンたちはアイマン等に銃を向けた。 「佐嘉巳核露!お前に戦いを申し込む!一年後の春、我々チェスはヴィシュヌのクズ共と戦争することが決まった。その為に俺は強くなりたい。お前を殺すことになるかもしれない戦い、いや、トレーニングに付き合え。断ると言うのならそこにいるガキと元商品共を皆殺しにする。さぁどうする!?YESかNOか!!」 これは核露への宣戦布告だ。断ればアイマンや被害者たちが殺される。しかし、核露の選択肢は一つ。決まりきっていた。いや、最初から決まっていた。核露の右半身は黒武人となっていた。 「YESだ…!!」 第四十四話 完 第四十五話に続く…。
鉄蜘蛛の城 第四十三話 “Blizzard”
核露(かくろ)とルリムが激突した。軻遇突智(かぐつち)と氷の刃の剣先が交差する。凪姫(なひめ)が応戦としてジェミニの力の鎌で斬撃を繰り出した。愛するものが傷つけられた怒りは強く、その斬撃は風のように早かった。双方。自身が所持しているジェミニの力で生まれた武器を強く振り下ろす。ルリムは両手で氷を生成してそれを防いだ。 「くっ…!」 「なんなのですか貴方は!?黒武人(くろぶじん)がジェミニの力に目覚めるなんて、心底気持ち悪いですわ!!」 ルリムがそう罵倒した瞬間、二人を氷で押し返し、そして彼女が両手を交差し、強く突き出す。核露と凪姫の頭上に女性のヒールを履いた脚の形を模した巨大な氷が雨のように降り注ぐ。二人はそれらを回避しながらルリムへ近づこうとした。しかし、ルリムはそれを阻止するかのように大きく振りかぶり、掌から氷塊を放った。豪球の如し氷塊が凪姫に激突するかに思えた刹那、彼女の前に一人の黒武人がそれを斧で粉砕した。 核露だ。 「核露くん、ジェミニの力を使えるようになったんだね!私がチェスにいた頃は器官を移植させてジェミニになった人が多いんだけど…。でも、ジェミニは黒武人と同じで、感情が今まで以上に激しくなると生まれるんだよね!何かあったの?核露くん。」 「…。」 「今は…話せそうにないかな?」 「悪いな凪姫…。また後で話す…。今は…目の前にいる敵を倒す為に…お前の力を貸して欲しい…。」 「っ!!?」 凪姫は息を呑んだ後、恍惚の表情を浮かべた。 「えへへへ❤︎核露くんが私を頼ってる❤︎これはもう結婚案件だよぉ❤︎」 その瞬間、二人の背後から轟音が響いた。振り返ると、巨大なヒールを履いた脚の形をした氷が二人に向けて倒れてきたのだ。しかし、 「“ラッキーストライク”。」 何者かがそう言った途端、その氷は赤と黄色が混ざった煙の玉を放ち、氷を粉砕した。 「悪いねぇ遅れて。この形と同じ氷がボクを足止めしててね。」 ネム・ダウンが駆けつけたと同時に再び脚の形の氷が襲いかかるが、それはダウンの煙の弾丸によって打ち破られた。 「っ!」 ダウンは背後から気配を感じ、「離れて!」と二人に警告した瞬間、ルリムが現れ、巨大な氷の“塔”を出現させた。 「ダウン!」 核露が叫ぶ。その瞬間、核露は突然鋭い痛みを感じた。自身の腹部、腕などにつららのようなものが刺されていた。 「核露くん!大丈夫!?」 「問題ない…。ん…!?」 二人は前を見る。そこには、“人間の形をした氷”が数十体、二人に向けて氷柱を放つ体勢で立っていた。 「あの女…。氷を操って兵士まで作れるのか…。」 「私の氷は貴方たちのような邪魔者を確実に消せるのですわ!」 どんどん高くなり、そして変形していく氷の塔の上からルリムの声が聞こえた。そして、 「危ない!!」 人型の氷が氷柱を核露に放ったことで、凪姫が核露を守るように前に出る。大砲を構え、アモルブラストを人型の氷たちに向けて放った。今の攻撃によって六体ほど粉砕した。しかし、 「っ!」 人型の氷たちが両手を交差した刹那、足元から巨大な氷がどんどん突き破ってきた。それらは二人を串刺しにするように、二人の動きを追尾するように足元から出現する。 核露はその氷を躱しながら、ある“疑問”を抱いていた。 自身の体が傷だらけにも関わらず、“無傷の状態よりパワーとスピードが上がっている”ことだった。 核露の行手を塞ぐように氷が現れるが、斧を軽く振っただけでその氷は粉々になり、人型の氷が攻撃を繰り出す刹那、瞬時に目の前まで移動し、人型の氷を撃破した。背後から氷柱が彼の背中に突き刺さり、核露は血反吐を吐く。だが、さっきよりも途轍もなく早いスピードで人型の氷に近づき、人型の氷の体を二つにした。 自身が受けたルリムから受けた大量の刺突の痕、そして人型の氷から受けた氷柱。この傷の量なら、黒武人、ジェミニでも動けないほどかもしれない。しかし、核露は無傷の状態よりも軽やかに動けることができた。むしろ、痛みを感じないほどだった。 「まさかとは思うが…。」 核露は自身が今、手に持っている軻遇突智を見つめる。彼は「なるほどな…。」とニヤリと笑う。 彼は近くで人型の氷と戦っていた凪姫に声をかけた。 「凪姫…。ちょっと来てくれるか…?」 「君のためならどこへでも!どうしたの?」 核露は彼女に“ルリムを倒せるかもしれない策”を打ち明けた。 「え!?無理だよぉ!核露くんのお願いでも、そんな酷いことできないよぉ!」 「頼む…!」 凪姫は困惑していたが、数秒後、 「でも、核露くんはこの提案を成功させる気がする…!でも、本当にきついと思うよ?」 「構わない…。」 一方その頃、氷の塔はどんどん変形していた。ダウンとルリムを覆うように、天井の氷はドーム状に変化していた。その外では数十個の氷壁が塔を守るように立っていた。 ルリムが踏み込み、ダウンの体に刺突を繰り出す。刺突は蹴りで弾き返され、ダウンは煙の弾丸を放った。ルリムは氷の上を滑り、襲いくる弾丸を壁、天井に滑りながら回避していた。 彼女はダウンに攻撃すると見せかけたフェイントをかけ、Uターンをし、背後のダウンを氷で斬りつける。ダウンは弾丸を放つ手でそれを防いだ。氷がパキパキとヒビが入る音が響く。 人を突き刺すほどの鋭い氷が目の前にあるというのに、彼女はケロッとしていた。 「その余裕な態度に腹が立つのですわ!」 「悪いね。そう見えるかい?」 ダウンがそう言った刹那、ルリムの氷を脚で砕いた。 「っ!?」 「“ウィンストン”。」 ダウンは二つの黄色の煙を放った。その煙は場に止まって、一切動くことはなかった。しかし、ルリムがダウンに斬りかかろうとした瞬間、その煙は黄色の“レーザー”へと変貌した。一つの煙は命中しなかったが、もう一つの煙がルリムの肩に命中する。 「くっ!!」 痛みに屈せず、ダウンが右腕を挙げ、そして右手を突き出す。ダウンの周囲から人間の脚を模した氷が彼女に倒れ掛かる。彼女はスライディングし、 「“セブンスター”!」 襲い掛かる数十個の脚を模した氷に四発、そしてルリムに向けて三発の煙を放つ。爆破、そして氷は粉々に砕ける。しかし、ルリムは巻き込まれなかった。 「僕は一つ一つの攻撃を必殺技として捉えてる。そんでもって名前もつけてるんだよ。どうかな?」 「私にとってはどうでもいいことですわ。でも、私にも貴方の言う“技”のようなことができますわ。」 その時、ルリムの付近の氷の壁の一部が突然鋭く張り出し、彼女はその先端を左手で折る。その氷は弓矢を模した形状に変化する。ルリムは右手で矢を引いた。 「ここにある氷は私の武器そのものですわ!!」 ルリムがそう叫んだ刹那、次々とダウンに向けて無数の氷の矢を放った。ダウンは先ほど粉砕された氷の一部を両手で掴み、矢を防ぐ盾として使用した。しかし、矢の速度、そして夥しい数の力の影響か、徐々に氷にヒビが入り始めた。すると、 「ふん!」 ダウンは突然氷を離し、脚でルリムに向けて蹴り飛ばした。彼女は予想外だったのか、弓矢を止めて避ける。ルリムは振り返ると、蹴り飛ばされ壁に激突した氷の部分が破裂し、壁の一部が欠損する。もう一度弓矢を構えるが、前にダウンの姿が無い。 「“ラッキーストライク”。」 いつの間にかダウンは彼女の背後まで移動し、ラッキーストライクを放った。ルリムは氷の剣を生成し、それを防いだ。「ガリンッ!!」と言う音が氷の塔中に響きわたる。ラッキーストライクの力により剣先が粉砕され、 「かはッ!!」 ルリムの腹部に命中した。彼女は腹部を押さえ、「カヒュッカヒュッ」と苦しそうに息を吐いた。口からは血も吐き出していた。その時、プシューッと言う音が聞こえた。 「ちょっと使いすぎたかな。」 ルリムは前を見る。そこには、“黒武人の変身が解けた”ダウンが立っていた。 「貴女、何故今変身を…?」 「僕は必殺技を使いすぎると、自動的に変身が解ける仕組みになってるんだ。でもタバコを一本吸えば元に戻る。」 ルリムはニヤリと笑った。黒武人の変身が解けた目の前の敵はもはや無力同然と思い込んだのか。氷の剣を生成し、ダウンに向けて踏み込んだ。 「殺せる!!今ならこの女を…」 その時だった。ルリムの背後の壁が斜めに切断され、轟音と共に壁が崩れていった。 「良いタイミングだね。」 壁を切断した正体は、“背中に深い切り傷を負った核露”だった。おそらく、手に持っている斧で切断したのだろう。彼からは先ほどよりも凄まじい恐ろしさをルリムは感じた。 「ヤァ…。お嬢様野郎…。お前に罰を与えに来たぞ…。」 すぐさま両手を下の氷に叩きつけた。その時、氷の塔は音を立てて崩れ、ルリムは氷の剣を持って核露に飛びかかった。しかし、核露の軻遇突智は氷の剣を切断した。 「そんな!?」 「残念だったな…。」 核露はそう言うと、ルリムの腹部を殴った。 「グハァ!!!」 ルリムは数百メートルの高さから突き落とされた。だが体が氷に叩きつけられる瞬間に体勢を立て直し、足場を作った。しかし、先ほどの核露が繰り出したのはただの打撃にすぎない。だが、今まで彼が繰り出した攻撃とは思えないほど強大だった。 「凪姫ぇ!!お前は手を出さないでくれ!!俺が止めをする!!それと俺の提案に乗ってくれたことを感謝するぞ!!」 核露は下にいる凪姫に聞こえる声で感謝を伝えた。 「核露くん♡私たち最高の二人だね♡」 凪姫は幸せそうに呟いた。 「核露くん、そんな背中の傷で動けるかい?血がドバドバ出てるじゃないか。」 ダウンは心配したが、「問題ない…。」と核露が返す。彼は続けた。 「それに…この軻遇突智の“能力”がわかったんだ…。おそらくだが…“自身が受けた痛みと負荷を力に変える能力”だ…。人型の氷と戦っている時に傷を負っている方が戦いやすいことに気づいたんだ…。この背中の傷は…凪姫のジェミニの鎌によってできた傷だ…。とても深い…。だが…これのおかげで力が上がった気がするんだ…。」 「うーん。でもあんまり無茶しちゃダメだよ。自分の命も大切にしなきゃ。」 「わかっているさ…。それと…アンタも手出しはしないでくれないか…?奴によって虐げられた被害者たちの苦しみは俺が終わらせる…。」 ダウンはタバコの煙を吐き、笑みを浮かべた。 「健闘を祈る。」 ダウンは崩れ行く氷の塔から飛び降り、黒武人に変身して飛翔した。核露も飛び降り、ルリムに辿り着くため、氷の上を走った。数百メートル下のルリムは憤怒の表情を浮かべていた。 「殺してやるわ!!!もう邪魔はさせないのですわ!!!」 ルリムは両手を交差する。核露の行手を塞ぐように脚を模した氷が次々と立ちはだかる。それに続いて、大量の氷柱が彼に襲いかかった。核露はそれらを回避し、あるときは軻遇突智で粉砕し、黒い炎で溶かしていた。 「こんな物かぁ!!?この程度なら今すぐお前に辿り着くぞぉぉぉ!!!」 「強がりも程々にするのですわ邪魔者がぁ!!!」 ルリムは最後の力を振り絞り、彼を近づけさせないために巨大な氷を生成し、核露に放った。先端には棘が大量に付いていて、電車のような形状をしていた。そして脚を模した氷を大量に操り、核露を確実に殺そうとしていた。ここで抵抗しなければ殺される。ルリムは殺意と共に恐怖を感じた。だが、核露は巨大な氷を軻遇突智で切断しながら前に進み、脚を模した氷達は回避し続けていた。 「嫌だ!!私はこんなところで終わるわけにはいかない!!死にたくない!!死にたくない!!死にたくない死にたくない死にたくない!!!死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」 ルリムの変身が少しづつ解け、怒りに満ちた鬼女の目から涙が溢れた。そして核露はついに最後の関門を退け、ルリムまですぐ近づける距離まで辿りついた。 「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 ルリムは叫び、脚を模した氷を放ち続けた。だが、核露には無意味だ。全て壊される。そして、 核露はルリムの目の前に現れ、軻遇突智でルリムの体を真っ二つにした。彼女の上半身は数メートルまで飛び、ボトンと倒れ、下半身は立ったままだった。 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 鼓膜が破けるような叫び声が海に響き渡る。核露は腕に刺さった氷を抜き、上半身と下半身に分けられたルリムに向けてゆっくり歩み寄る。 「大丈夫かい?核露くん。」 背後にタバコを咥えたダウンと心配そうな顔の凪姫が立っていた。核露は変身を解く。だが、斧は消えていなかった。 「動けている…。問題ない…。」 彼はそう言い、ルリムの側まで着くと足を止めた。 「まだ“息”があるとはな…。」 ルリムはまだ呼吸をしていた。この状態でも生きていたのだ。 「死に…たく…ない…。」 「何故お前はそう思う…?地獄に行くのが怖いからか…?地獄を恐れて死を拒もうとする人間に悪事を働く資格は無い…。」 「ふっふふふふふ…。」 ルリムは笑った。 「確かに私は悪事を働いた…。私は貴女達にとって人を攫い売り飛ばし、お金に目がないクソ野郎…。地獄に落ちて当然だわ…。貴方…私たちのような下衆を殺してヒーロー気取りのつもりなのかしら…?悪いけど…貴方は下衆どもの命を多く奪った…。貴方も私と同じ…地獄に落ちる定めなのですわ…。」 「ルリム・シャイコース…。貴様は地獄に行くという選択肢を恐れたにもかかわらず罪無き人々を弄んだ…。俺は地獄に行く覚悟があるからこそ下衆を屠っている…。俺は裁かれて当然の“殺人鬼”だと知っている…。」 ルリムはそれを聞くと、フッと笑った。 「せいぜい足掻くが良いのですわ…。地獄から貴方の死に様がどんなものなのかを確かめさせてもらいますわ…。」 ルリム・シャイコースという名の鬼女はそう言うと、身体中から冷気を発して死んだ。核露の持っている軻遇突智は消えていった。 その時だった。 「グゥ!!?」 核露は突然、謎の“激痛”に襲われた。彼はその激痛に耐えきれず、その場に倒れ込んだ。 『核露くん!!』 「お疲れ様。」 核露は目を開ける。周囲を見渡すと、見知らぬ空間にいた。いや、核露はこの場所を“知っている”。 何故なら目の前に、“アウグス・ゲルマニクス”がいたのだから。 第四十三話 完。 第四十四話に続く…。
鉄蜘蛛の城 第四十二話 “Love and Madness”
一方、凪姫(なひめ)はチェスの構成員たちと交戦中だった。彼女は並みの構成員たちなら軽々と倒していくが、その中に一人、芋虫のような姿をした黒武人(くろぶじん)の構成員に手を焼いていた。凪姫の蹴りはその気になれば人間の頭を吹き飛ばすほどの威力だ。そんな強烈な蹴りを受けても、他の構成員とは違い、その黒武人だけは蹴りを受けてもびくともせず、気色が悪いほどギザギザな歯を見せて笑う。 「裏切り者の凪姫。貴様の蹴りは強烈だ。残念だが、この“ポリプ”には貴様の蹴りなどで傷は付かない。」 「チィ!」 凪姫はジェミニの力で生成した鎌で切り刻もうとするが、ポリプは魚が泳ぐような動きを見せて回避する。ポリプは尾を振り回し、凪姫に数発攻撃を繰り出し、最後にギザギザした歯を使い噛みつこうとした。それは凪姫の鎌によって防がれた。 「このまま真っ二つに…!」 「無駄だ。」 ポリプは滑らかに彼女の背後へと回るが、凪姫は見逃さずに回し蹴りを繰り出したが、当然命中しなかった。 「オフオフオフオフぅ!!このポリプには貴様の攻撃など当たらぬわ!!」 奇妙な笑い声を発しながらポリプは這い寄ってくる。 「私に触れていいのは、核露(かくろ)くんだけ。」 ポリプによる攻撃を回避し続ける凪姫。海上の氷にヒビが入った。凪姫は距離を取り、氷の破片を鎌で掘り起こし、そしてその大きな破片をポリプに向けて蹴り飛ばす。ポリプはその破片を拳で砕いた。 「浴びせてやれお前たち!この裏切り者に弾丸をぉ!!」 構成員たちは機関銃を構え、凪姫に向けて集中放火する。凪姫は素早い動きで弾丸を避け、構成員たちの間合いを取り、鎌で斬り倒した。機関銃を撃つ構成員たちはまだ残っている。それに、音もなく近づいてくるポリプの攻撃のおかげで、彼女にとってはかなり厳しい状況だった。その時、 「ぐっ!!」 一発の銃弾が凪姫の肩を貫いた。痛みにより体が一瞬止まった。それが命取りとなってしまう。凪姫がポリプによって胸ぐらを掴まれてしまった。 「がぁっ!!」 「銃撃を止めろ。この裏切り者はこのポリプが始末する。お前たちはルリム様の援護に行け。特に、“核露”という男は容赦せずに殺せ。例え四肢を失ってもな。」 構成員たちはポリプと同じく、黒武人に変身し、核露、ダウンがいる方向へ向かった。 「っ!?やめろ!!私の永遠の婚約者(核露くん)に手を出すな!!離せ!!離して!!」 「動くな。おい動くな。ちっ。仕方がない。」 ポリプの尾に付いた“口”は棒のような物を吐き出した。 それは“鉄のベール”だった。 「鉄のベールよ。この裏切り者の粛清にうってつけの空間を作りたまえ。」 彼は自身の尾でベールを破壊した。すると、ベールは暗い拷問部屋を作り出した。周囲には電気椅子、アイアンメイデンなどが置かれていた。ポリプは凪姫の首を掴み、壁へ投げ飛ばした。 「かはっ!!」 凪姫にぶつかった壁から“手錠”が出現し、彼女の手足を捕らえた。武器を咄嗟に離してしまったことで、彼女はジェミニの力を解いてしまった。 「そんな!?」 「オフオフオフ。裏切り者の凪姫、うーん、いい響きだぁ。チェスを裏切ったゴミムシにうってつけ。さすがはこのポリプ!!我ながらいいネーミングセンスだ。」 凪姫はもがき続けるが、無駄だった。そんな彼女の前にポリプが這い寄ってくる。 「さぁどうやって殺されたい?あのアイアンメイデンを使って全身を貫いて死ぬか?一枚一枚皮を剥がされてから死ぬか?いや、 “死ぬ前に天国を見たいか?”貴様はあの核露という男に恋をしているようだが、天国を見て、その恋を私に乗り換えて死ぬ?オフオフオフおフゥゥゥぅぅぅぅぅ!!そうだ!!それでぇ!!それがぁ!!良いぃぃぃぃぃひひひヒヒィぃぃ!!所詮あんな“陰気臭いドブ男”のことなどぉ!!お前はどうでも良いかぁ!!オフオファファフフフフ!!」 その時、凪姫の中で何かが“切れた”。 「今、なんて言った?」 「オフ?」 ポリプは凪姫の顔を見た瞬間、これまで感じたことのない恐怖に襲われた。彼女の瞳には光が無かった。どす黒い瞳の奥にある怒りを表すような真っ赤な丸が恐怖を煽る。 「もう一回言うね。今、なんて言った?」 凪姫の手足を捕らえていた手錠は、彼女がグッと力を入れた途端、崩壊した。 「なっ!?」 凪姫はポリプにゆっくりと歩みよる。ポリプは横に置いてあった巨大なノコギリを拾い、「死ねぇ!!」と叫び、振り下ろす。だが、凪姫はそのノコギリを蹴りで粉砕する。 「なんだと…!?」 「私にははっきりと聞こえたよ。“陰気臭いドブ男”ってね。私の核露くん、私だけの愛しの核露くんを、私の運命の人にそんな汚い言葉を…!!」 「…ひふふふ!!オフオフオフ!!想い人のために貴様はチェスをやめたのか!!純粋だなぁ貴様はぁ!!」 ポリプはヌルヌルと動きながら凪姫に襲いかかる。 「そんなにキレてもこのポリプに貴様の攻撃は効かんぞぉ!!」 凪姫はジェミニの力を解放し、もう一度武器を生成した。 「でも、貴方に効く攻撃が“一つだけある”。」 「は?」 彼女はそう言うと、ポリプに向けて大砲を向ける。 「こいつまさか!?勘付きやがった…」 砲口から溢れる赤い煙、次の瞬間、 (“アモルブラスト”!!) 砲口から赤い光線がポリプに向けて発射した。彼はその激痛によって絶叫する。 「貴方に効かない攻撃、それは“物理”。黒武人の能力かわからないけど、貴方には物理攻撃が一切効かなかった。でも、今私が繰り出してる“特殊攻撃”は効くんだよね!」 光線を止め、凪姫は満身創痍のポリプに歩み寄る。 「そうだ。私の愛しい核露くんがね、ナイトの誰かに親を殺されたんだ。私、まだナイトのことは、三人しか分かってないんだ。全員の名前、教えてくれる?その中に、核露くんを悲しませたクズがいるかもしれないから。」 「こ…殺す…!!ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」 ポリプは聞く耳を持たず飛びかかってきたが、凪姫はもう一度アモルブラストを放った。 「ぎゃああああああああああああああ!!!!」 「聞かないならもういい!!私の核露くんの悪口を言ったことをあの世で後悔しろぉぉぉぉぉぉ!!!」 彼女はアモルブラストの勢いを強め、ポリプの体を粉々にした。そして、鉄のベールが生成した空間も消え、元の氷上に戻ることに成功した。 「凪姫…?」 凪姫は振り返る。そこには核露がいた。どうやら彼女が鉄のベールで閉じ込められていたことに勘付き、駆けつけてくれていたようだ。 「核露くん!!さっきの奴らは!?」 「全員ダウンと片付けた…。お前もよくやった…。」 「わーい!!核露くんに褒められちゃったぁ♡」 凪姫が喜んでいるのも束の間だった。頭上から巨大な氷の塊が落下した。 『っ!?』 「ポリプ、やられたのですわね。」 黒武人に変身したルリムが浮遊していた。彼女は巨大な氷の棘を使った投擲攻撃、そして冷気を放つ遠距離攻撃を二人に繰り出す。二人は全速力で走り、回避し続ける。核露が飛翔し、炎を拳に纏わせた打撃を喰らわせる。回避。そして冷気を放ち、核露の両手を凍らせ、彼の下から巨大な氷の棘を出現させて串刺しにしようとする。その氷の棘は凪姫の鎌で粉砕された。凪姫は襲いくる氷の攻撃を蹴り、鎌で粉砕し、ルリムの元へ辿りつこうとする。ダウンが横から援護射撃として煙の砲弾を放つが、双方の攻撃をルリムは強力な冷気を放ち、吹っ飛ばした。ダウンは構わず素早い身のこなしで攻撃を躱し、煙の弾丸を撃ち続ける。ルリムは氷の壁を生成し、弾丸を防いだ後、氷の壁を自ら粉砕し、その破片を操ってダウンに攻撃を仕掛ける。破片はダウンが放つ煙の弾丸によって破壊された。 「ちぃ!!?邪魔くさいですわ!!!」 ルリムは浮遊し、両手に冷気を包む。 「先にあの核露から殺すのですわ。貴女達は邪魔です。」 彼女はそういった瞬間、両手から強力な冷気を凪姫とダウンに放つ。二人の周囲から巨大な氷の壁が立ち塞がる。それを破壊しようとダウンは煙の弾丸を放つ。しかし、弾丸は氷の壁を 貫通しなかった。 「なんだって?」 「冷気を最大出力まで上げましたので、その氷は破壊されることなどありませんわ!永遠に氷の中に…」 背後から核露の黒い炎がルリムの頬を掠る。彼女は振り返ると、核露が右手に黒い炎を放つ体勢に入っていた。 「貴方から凍らされたいのですわね!!」 ルリムは氷の棘を数十発、核露に向けて放った。彼は棘を回避し続けるが、最後の一発の棘は彼の腹部を貫いた。 「がぁ!!?」 『核露くん!!』 ダウンが救助に向かおうとするが、ダウンと凪姫の二人は完全に強固の氷の壁に閉じ込められてしまった。外にいたルリムは核露がいる方へ体を向けた。 「邪魔者がいなくなりましたわ。覚悟はよろしくて?」 「一対一の戦いか…?お仲間のポーンは呼ばなくて良いのか…?俺とダウンが殲滅したが…。」 「私一人で十分ですわ。それに、タイマンというのも悪くはないでしょ?さ、構えなさい。」 核露は両手に炎を纏わせ、身構える。おそらく彼女からこちらに突撃してくるだろう。彼はそれを迎え撃つ準備は出来ていた。 このタイマンを“罠”と知らずに。 その刹那、核露の背後から巨大な氷が出現する。思わず核露は振り返ってしまったその隙に、ルリムは自身の手を鋭い氷の棘を纏わせ、核露の身体を刺し続けた。 「ぐああああああ!!!」 「あっはははははは!!まんまと引っ掛かってくれましたわねぇ!!貴方の死体と臓器はバラバラにして売ってあげますわぁ!!!」 核露はルリムの右腕を何とか捕らえたが、彼女は左腕で核露に打撃を与えた。 「ぐっ!!」 核露はそのままバタンと倒れた。彼は身体中穴だらけになっていて、そこから血液が流れる。 「あらあら。もう死んだも当然ね。残念。」 ルリムはダウンと凪姫が閉じ込められている氷の壁に向かって歩き出した。しかし、 「まだだ…!」 核露は再び立ち上った。しかし、黒武人の姿ではなく、元の姿に戻っている。 「貴方、そろそろ諦めたら?その姿だと、もう黒武人の力は体力の限界で使えないでしょ?」 核露は苦しそうに呼吸をする。彼の両手は黒いままだった。 (こいつ…シャンタクとは比にならない程の強さだ…。こいつが言った通り…俺の体力にはもう限界が近づいている…。) ルリムは右手に氷の棘を纏わせ、核露にゆっくりと近づく。 (それがなんだ…!?俺はまだ…戦えるはずだ…!戦…える…筈…) 自身の両親を殺したチェスの構成員を復讐する。その目的を果たすためには、こんな所で敗北してはならない。しかし、目の前にいる敵に彼は押されていた。彼女はあと少しで核露の目の前だ。 (俺は…こんな所で…あの二人も守れないで…チェスから人を守れないで…復讐もできないまま…こいつにやられるのか…?) 核露の両手の炎はどんどん小さくなっていく。そして、核露は心の中で、今の自分を理解した。 (俺は…“弱い”…。) 目の前にはルリムが自身を刺し殺そうとする様子が見えた。 核露の中には、“悔しさ”という感情が“今まで以上に強くなっていた”。 その時だった。 核露の右手から突然、“血飛沫”が飛んだ。 その血飛沫は変化し、“黒い斧”となり、核露の右手に支えられた。 「なっ!?」 核露は無意識にその斧を振り下ろした。ルリムは間一髪で斧を回避した。 「これは…!?」 見たことがある。血飛沫、それから生成された斧。 彼は、“ジェミニ”の力を手に入れることに成功したのだ。 それと同時に、凪姫とダウンを閉じ込めていた氷がついにアモルブラストによって破壊された。先に飛び出してきたのは凪姫で、ルリムに飛びかかった。 「私の核露くんに手を出すなぁぁぁぁぁ!!!」 ルリムと凪姫はそのまま戦闘に入った。ルリムは浮遊し、凪姫はそれを追った。 「核露くん、ごめんね。何もできなくて。」 ダウンが核露に駆け寄る。彼女は目を大きく開いた。 「核露くん…それ…!」 核露は黒武人に変身し、ニヤリと笑った。 「あぁ…。俺は…ジェミニの力を得たらしい…。」 「ホントかい!?ジェミニも感情から生まれるとは聞いたことがあるけど、まさか君、黒武人とジェミニの力を両方使えるようになったってことか。」 「らしいな…。」 ダウンは興味深そうに核露の斧を見る。 「それ良いねぇ。名前とかはつけないの?せっかくなら付けてみないかい?」 「名前…か…。」 核露は自身の斧を見て、何の名前にするかを考えてみた。色々な名前を思いついたが、すぐに決まった。 「“軻遇突智”(カグツチ)…だな…。」 彼はその斧に軻遇突智と名付けた瞬間、突然力が湧いてくる感触に気づいた。ルリムに滅多刺しにされた傷も痛まなかった。 「傷だらけだけど、大丈夫そ?」 「あぁ…。問題ない…。」 核露はニヤリと笑った瞬間、ルリムと凪姫がいる方へ飛翔した。 凪姫はルリムが生成した氷の槌によって振り落とされる。氷に背中を叩きつけられた。 「死になさい!!」 ルリムが氷の棘で彼女を串刺しにしようとしたその時だった。 凪姫の前に軻遇突智を持った核露が氷の棘を粉砕する。 「っ!?」 ルリムは核露を睨みつけた。 「このぉ…!!」 核露は歯を見せて笑った。 「感謝するぞ…ルリム・シャイコース…。」 彼は軻遇突智を向け、左手に黒い炎を纏わせた。 「俺にこの力を目覚めさせてくれた礼として…俺の受けた痛み…商品として売り出された人々が味わった苦しさ…そして…“サ・タに与えた絶望”…彼らが受けた苦しみを兆倍にして返してやろう…。」 第四十二話 完 第四十三話に続く…。
鉄蜘蛛の城 第四十一話 “Don’t let it get dirty”
客船では、亜丸(あまる)とチェスのビショップの一人、“ガグ”と戦闘中だ。亜丸は“ルリム”が生成した巨大な氷のフィールド、“氷の要塞(イイーキルス)”に驚愕していた。 「なんて能力だ。まだこんな隠し玉を持っていたなんて…!」 「おい。」 ガグがドスの効いた声で呼びかける。 「何ですか?」 「お前、“俺が怖いか”?」 突然の質問により、亜丸はポカンとした。 「まぁ、ノコギリも持っていますしね。とっても怖いですよ。」 「ほほほぉ!!?そうかぁ!!俺は人間から怖いと思われるのが好きなんだよなぁ。映画のシリアルキラーに憧れて、馬鹿どもを殺しまくった甲斐があった。なぜ俺がこの質問をしたと思う?この質問をした直後、お前はもっと俺を怖いと思うからなぁ。」 突然、ガグは自身の口をノコギリで切り裂き、「ふぉ!!」という奇声を発した直後、彼に黒い靄が集まり始める。黒武人に変身する気なのだろう。亜丸はそれを阻止しようとするが、客船の上にいた構成員たちが足止めする。亜丸も黒武人に変身し、構成員たちを装甲で殴り倒す。だが、 「ははははは!!は!!ははぁ!!俺を!!俺をぉ!!もっト怖ガれぇ!!!」 客船が揺れるほどの足踏みと共に、黒い靄の中からそれは現れた。“それは体長三メートル、毛むくじゃらで腕が四本あり、口は花のように奇妙な形をした一つ目の黒武人”。この悪魔のような黒武人がガグの変身した姿だった。 「…!」 その異様で恐怖的な姿を見た亜丸は恐怖する。その油断が命取りとなった。ガグは片手を突き出す。掌から謎の“穴”が開いた。 「俺の掌は“何でも吸い込み、捕食する”!!」 ガグの掌の穴から強風が吹き始めた。亜丸はその強風と共に、何故か掌に吸い込まれそうになった。彼だけではなく、倒れていた構成員が先に吸い込まれた。 「ご、ご勘弁ください!!ガグ様ぁ!!」 構成員の一人が吸い込まれ、掌に捕まる。そして、ガグの巨大な口が構成員の一人を“食いちぎった”。他の構成員たちはその光景を見て恐怖し、逃げ出そうとする。 「ふざけるんじゃない!!俺たちは味方のはずだぞメタボ野郎!!」 構成員の一人がガグに罵声を浴びせた。 「味方…?俺、人の顔を覚えんの苦手なんだよ。それに俺頭悪りぃし。まぁ、このアルマジロみてぇな奴殺せってルリム様にも言われてるし、ほら。言うだろ。俺でも覚えてる。“戦いに犠牲はつきもの”だってな。」 ガグは四本同時に手を突き出し、亜丸、構成員を吸引しようとする。亜丸は走り続けるが、構成員たちが先にガグの餌食となった。構成員たちの断末魔が聞こえる。 「ぷはぁ。口ん中がキモイぜぇ。」 亜丸は魔の手から逃れるための方法が一つあった。亜丸は装甲を纏い、アルマジロの如く、ガグの方向へ全速力で転がった。 「何だ?」 「僕の装甲は簡単に砕けない!!」 亜丸はガグに突進を繰り出した。 「グゥ!!?」 亜丸は装甲で包んだ体を回転し続ける。摩擦と装甲の硬度により、ガグの体はどんどん削られ続ける。 「こんのぉ!!」 ガグは亜丸を引き剥がそうとするが、 「無駄だ!」 亜丸が自分から離れ、そしてもう一度体当たりを繰り出し、バックステップでガグから離れた。 「痛ぇ!!このクソガキがァ!!」 亜丸はもう一度突進を繰り出すため、ガグに向けて全速力で転がった。だが、ガグも亜丸に向けて走る。 「楽しそうだなぁ!!俺もそれとおんなじことをするぜ!!」 双方突進を繰り出した。ガグの強靭な二本の腕と亜丸の装甲がぶつかる。力の押し合い。ガグはもう二本の腕をぐわっと突き出し、先ほどの回転を防ぐために四本の腕で亜丸を掴む。そして、ガグは亜丸を客船の中へ放り投げた。壁を突き破り、亜丸は壁に叩きつけられた。投げた先はオークションの会場だった。 「奴はあの中だ。お前らも降りてこいよ。」 どうやら他の構成員が客船上に数人残っていたらしい。その構成員たちに呼びかけるが、 「む、無理だ…!あ、あんた、仲間を喰ったじゃねぇか!!」 構成員たちは怯えていた。ガグの行った悪虐極まりない行為に。 「は?それがどうした?戦いに犠牲はつきものだろ?」 「もう耐えられない!これ以上血を見るのもたくさんだ!!俺たち以外のポーンはみんな“あの男”のせいでイカれて、人を殺すだけ、テロ行為をするだけの兵器になって、黒武人って力を引き出す為の方法の一つで“あの男”から“死にかけるくらいの痛みを与えられて”…ああああ!!」 一人の構成員は泣き崩れた。またある一人の構成員は、 「チェスに入ったのが間違いだったわ!!私たちは“あの男”に無理やり連れてこられただけなのよ!!なのに、こんな仕打ちをされるのは嫌よ!!」 涙を流しながら、自分がチェスに入ったことを後悔していた。 「お前ら、戦うの初めてか?泣いてないでこっちに来い。これから慣れる筈だ。」 ガグは彼らの気持ちを一切気にしていなかった。構成員たちはただ後悔を味わっていた。 「もう…やめてくれ…。戦いたくない…。家族に会わせてくれ…。妻と娘が帰りをずっと待ってるんだ…。」 「死にたくねぇよぉ!!」 「そうよ!!私だって人殺しはしたくないの!!」 ガグは四本の腕を構成員たちの方向へ向けた。 「もう良い。お前ら邪魔だ。俺以上に馬鹿だよ。泣きべそかいてる奴らはチェスにはいらねぇ。それに、“あの方”の素晴らしさがわからねぇとはな。」 ガグはその構成員たちに向けて、吸引しようと両手を突き出す。 「死ね。役立たず共。」 その時だった。先程の突き破れた壁から亜丸が飛び出した。 「っ!?」 亜丸は装甲を腕に纏わせ、ガグに向けて強烈な打撃を繰り出した。 「ごぉ!!?」 ガグは数メートルまで吹き飛んだ。亜丸は構成員たちを見る。 「また、一つ任務が出来ましたね!それは、貴方たちを助けることです!今は安全な場所に隠れてください。」 構成員たちは言われた通りにどこかへ隠れた。亜丸は構える。 「手を汚すのは僕ら(城の住人たち)だけでいい。あの人たちにまた人殺しを強要するなら、僕はお前を容赦しない!!」 ガグは起き上がり、奇妙な一つ目をギョロリと亜丸の方へ向けた。 「おい!!俺とまた真っ向勝負しろ!!」 「何故です?」 「決まってるだろ!!お前をまたぶん投げてやるからだ!!」 ガグは亜丸に向けて走り出した。力の押し合いがまた始まろうとしていた。亜丸の体から黒い煙が吹き出し、彼も走り出す。そして、二人の黒武人がぶつかる。ガグは四本の腕で亜丸の装甲をガシリと掴んだ。 「うおぉ!!?」 だが先程のように、亜丸を持ち上げることが出来なかった。ガグの手の力はどんどん強くなっていき、最終的には、その四本の手から血が吹き出す。 「クソォ!!何故だ!!何故こんなに“重い”!!?」 そう。亜丸の体は重くなっていた。その重さはまるで人間が持てるものではなかった。亜丸の装甲からは黒い煙がふき続ける。 「まさか…!?」 亜丸は顔だけを元の状態に戻し、ニヤリと笑みを浮かべた。 「気づきましたか?」 「お前、“もう一つの能力”を!?」 「僕はこの時を待っていた。脳筋の貴方はパワーが命。さっきこんなに重い装甲を持った僕を投げ飛ばした程の怪力の持ち主だ。ざっと、“軽自動車一台分の重さ”です。僕の能力を教えてあげます。」 亜丸はそう言うと、ガグの四本腕を弾いた。 「僕は黒武人変身時、怪力と装甲が手に入る。そして、アルマジロのように丸まり、転れる。さっき、お前は僕を物凄い力で投げ飛ばした。かなり痛かったですよ。 “かなり僕にダメージを与えてくれた”。」 亜丸は装甲に身を包み、ガグを上へ投げ飛ばした。 「げふぅ!!」 「僕のもう一つの能力、“相手から受けたダメージを僕の体重に加える代わりに、更なる怪力を手に入れることが出来る”!!相手からダメージを与えられ続けるほど、僕は強くなる!!」 亜丸は今までの痛みをパワーに変え、装甲を覆った自身の体をガグに向けて強烈な一撃を加えた。ガグは口から黒い液体を吐き出し、そのまま生き絶えた。 「長文、失礼しました。おしゃべりな性格でしてね。」 亜丸は黒武人の変身を解いた。その瞬間、亜丸は膝から崩れ落ちるも、両手を客船の床に着け、体勢を整える。 「まぁ…その分、戦い終わった後はかなり疲れますがね。もう大丈夫ですよ。出てきてください。」 亜丸は隠れていた構成員たちに呼びかける。構成員は恐る恐るガグの死体に近づく。 「本当にやりやがった…!?」 「た、助けてくれるんですか?」 亜丸は首を縦に振った。 「お約束です。まず、僕ら黒武人のことはチェスをやめたら忘れてください。黒武人を全世界に知らされると、厄介ですからね。それと、この戦いが終わったら、僕に付いてきてください。いつチェスの応援が来るのか、わかりませんからね。良いですか?」 構成員たちは首を縦に振り続ける。すると、一人の構成員が泣き始めた。 「本当に…怖かった…。本当に…ありがとう…助けてくれて…ありがとうございます…!」 他の構成員たちも亜丸にお礼を言った。 「アンタは命の恩人だ!」 「なんてお礼を言ったらいいか…。」 亜丸は少し顔を赤くした。 「いやいやそんな、僕はただ…。」 その時、亜丸は何か思い出した。この構成員たちの発言の中に、気になることがあった。 “あの方”。亜丸はガグに吹き飛ばされて、起き上がった時に、ガグと構成員たちの言葉の中に、この“あの方”という言葉が数回出ていた。 「一つ、皆さんに質問させてください。先ほど、ガグと皆さんが話していた時、“あの方”と言う言葉が出てきていましたが、それは誰ですか?」 構成員たちは黙り出した。 「愚問…でしたか?」 「いや、俺たちはあの方、いや、“あの悪魔”のことを思い出すと背筋が凍りそうになるんだ。でも、アンタには助けてもらった。教えるよ。」 構成員の一人は怯えつつ、“あの方”について喋り始めた。 「チェスはボードゲームのチェスに因んで、階級がある。ポーン、ビショップ、ルーク、ナイト、そしてツートップのキングとクイーンの五つだ。 “あの悪魔は四人しかいないナイトのうちの一人だ”。」 「ナイト…!?」 ナイトという階級は、核露(かくろ)たちも接触した“イゴー=ロナク”、“シュブ=二グラス”もその階級に属している。彼らの言うあの悪魔はナイトの一人。亜丸はあの悪魔をすぐに強敵だと確信した。 「ポーンたち、ビショップたちに黒武人がいる理由もあの悪魔が原因だ。黒武人は、喜怒哀楽などのどれか一つの感情が爆発的になると生まれる。だが、黒武人になれない人間もいるんだ。だけど、ポーンやビショップが黒武人の力をどうしても手に入れたかったことを知ったあの悪魔は、ある提案を奴らに教えた。」 構成員の手が震えていた。 「“死にかける程の拷問を受け、苦しみという感情を爆発的にさせ、黒武人の力を得させてやろう”と。 おかしな発想だよ。耐えて黒武人の力を得たやつもいたが、半数は死んだ。どうなったらあんな悪魔が出来上がるのかわからないよ。あの悪魔は凶暴すぎる。暴力を振いたくて仕方が無いらしく、何もしていない構成員を痛ぶって殺すことが趣味らしい。女の構成員も容赦せず、口の中に熱した鉄の棒を入れて拷問していたらしい。」 その人物が悪魔と言われる原因がわかった。おそらく、ガグもその悪魔と言われる人物からの拷問を耐えた一人なのだろう。 「警告しておくよ。もし、アンタ達があの悪魔と出会ってしまったら、“手足をもがれても、地の果てまで逃げ続けるんだ”。俺たちはこの目で、悪魔の恐ろしさを見てしまった。」 構成員たちは顔を真っ青にしていた。チェスの悪魔。まさにその人物は、暴力と破壊の権化だ。 その時、客船の外から“氷が崩れる音”が聞こえた。おそらく、核露、ダウン、凪姫(なひめ)がルリムたちと戦闘しているのだろう。そして、上空からチェスの小型戦艦が浮上していた。 「今から僕の仲間を呼びます!来るまで今は安全な場所へ!」 「じゃあ、始めようか!!」 ダウンがそう言うと、核露はルリムに向けて黒い炎を数発放った。ルリムは氷の壁を生成し、炎を防ぐ。氷の壁が破裂し、その破片を操り、核露、ダウンに向けて攻撃を仕掛けた。ダウンは煙の弾を撃ちながら破片を回避した。ルリムも煙の弾を氷で防ぐ。その間に核露は間合いを詰めていた。周囲から構成員たちの銃撃が襲いかかるが、間合いを詰めるために必死の彼は気にせず、ただ走り続ける。 「くそ!弾が命中しない!」 「構わん!撃ち続け…」 時すでに遅し。構成員たちの頭上にはダウンがいた。彼女の背中の煙突のような翼の穴から黒い煙が上がる。そして、構成員たちに煙の弾を七発撃つ。だが、どれも構成員に命中しなかった。しかし、 「“セブンスター”。」 氷の上に落ちた七つの弾が“爆発”し、構成員たちは吹き飛んだ。 「まぁ、ボクが生み出した必殺技だね。」 他の構成員たちの狙いがダウンに変わり、銃を発砲した。だが、ダウンは銃弾を回避しながら煙の弾で構成員たちを命中させた。 「焦ってたら銃は当たらない。銃ってのは、冷静に考えて撃つべしだ。ボク、君らみたいに悪いやつと戦うと、結構冷静になるんだよ。」 ダウンは喋りながら攻撃を続ける。 「まぁ、気分次第なんだけどね!君らが冷静になろうが焦ろうが、どんなハプニングが起ころうが、ボクらが勝つことは決定事項だ。」 一方、ルリムの間合いを詰めた核露は彼女に向けて打撃を繰り出す。それをルリムは脚で防ぎ、核露の顔目掛けて拳を喰らわそうとするが、彼は間一髪で回避し、ルリムに炎を投げつけた。 「ぐぅっ!!」 ルリムは腕を上に強く上げ、氷を生み出して反撃した。核露は氷を回避するも、最後にルリムは核露に向けて氷を纏った拳を繰り出した。極寒の氷の床に叩きつけられる核露。それを狙いに槍状の氷を投げるルリム。だが、彼はそれを回避した。 「いい動きですわね。だけど、このままでは終わらないのですわ。」 ルリムの体は黒い靄に包まれ、彼女黒武人に変身した。“虫の目を模した黒いマスクと氷のスカートを身につけた”バレリーナのような黒武人へと変貌した。 「シャル・ウィ・ダンス?」 核露は返事をするように歯を見せて微笑み返す。 「返事はイェスだ…!」 第四十一話 完 第四十二話に続く…。
鉄蜘蛛の城 第四十話 “Despair and Hopes”
豪呉(えらご)と紫綿(しめん)、そして被害者たちを乗せたモーターボートを追うのは黒武人(くろぶじん)にチェスの構成員たち。モーターボートの目的地は岸。だが、まだ距離がある。紫綿は自身の能力である紫色の煙を操り、襲い掛かってくる構成員たちを追い払う。 「豪呉!まだ着かないの!?」 「スピードはこれでも最大なんだ!悪いが辛抱してくれ!」 その時、遠くから爆音が響いた。しかもその先は、飛虎那(ひこな)がイタクァと戦闘していた場所だ。 「飛虎…!」 「安心しろ紫綿。飛虎那さんがなんとかやってくれてる。」 「でもあの人、体弱いんじゃないの!?」 「そうだな。でも、体は弱くても、飛虎那さんの人を思う気持ちは強い。信じてみようぜ!」 一方その頃、サ・タを捕まえているイタクァと飛虎那が対立していた。 「その子を離しなさい。」 「離す、か。それはできないのだよ。貴様らが現れたせいで、白蛆(しろうじ)、ルリム様のお楽しみが消えてしまった。計画は狂ってしまったが、私のイライラが治らない。だから、この小僧と貴様を殺そうと思った。」 サ・タはもがいていた。もがけばもがくほどイタクァの手の力は強くなっていく。彼自身が黒武人に変身しようとしても変身ができない。それほど体力に限界が来ているのかもしれない。 「もう一度言います。その子を…」 飛虎那の真横に何かが横切る。一瞬の出来事だった。そして、彼は自分の頬に痛みを感じた。頬に触れる。指には血が付いていた。自身の頬に擦り傷ができていた。イタクァは笑い声を上げた。 「そうだなぁ。私の気が変わらないうちに条件をやろう。二分だ。二分以内に俺を倒してみろ。そうすれば、このクソガキを譲ってやる。」 「飛虎那さん…!」 サ・タが掠れた声で飛虎那を呼ぶ。彼はサ・タを心配かけないよう言葉をかけようとしたが、 「ッ!?」 もう条件が始まっていた。飛虎那は海から突然出現した謎の“白い塊”に囲まれていた。 「これは…!?」 白い塊が飛虎那に激突する直前、彼は飛翔した。間一髪で回避する。水飛沫が上がった。それは、謎の“白い塊”が飛虎那に襲いかかり、その塊が海にぶつかる。塊同士がぶつかった音は轟音に近かった。飛虎那はイタクァに捕まってしまったサ・タを助けるために奮闘する。彼の能力、身体強化の鎖を持ち、そして黒い鎖を操りながら塊を粉砕する。 「飛虎那さん!!」 「小僧。貴様は黙っていろ。」 イタクァの手に捕まったサ・タの顔は絶望を味わった表情だった。数十メートルはあるだろう巨体の怪物と化したイタクァ。それに対し、黒武人に変身せず、黒い翼を生やして生身で戦う飛虎那。この戦いには圧倒的な“差”がある。それは“大きさ”だ。黒武人化したイタクァは巨人であり、そして謎の白い塊を操ることができる。蟻が像に勝てる訳ない。巨人が並の人間に勝つことは不可能だ。無謀すぎる。サ・タの心は絶望によってキュッと縛り付けられた。 「ふはははははははは!!!攻めてこい!!まだ三十秒だ!!」 飛虎那がイタクァに突撃を仕掛けようとした時、正面から白い塊が襲いかかってくる。だが、飛虎那は自身の鎖で身体を強化し、塊を粉砕した。 「なっ!?」 「セイヤァ!!」 飛虎那の閃光の如く早い拳がイタクァの顔面に直撃した。彼は拳に鎖を纏わせていた。 「グフゥ!!」 イタクァは思わずサ・タを捕らえていた手を離した。飛虎那はサ・タを抱き抱えた。 「もう大丈夫ですよ。」 しかし、 『ジャリィッ!!!』 飛虎那の背中に白い塊が突き刺さった。 「そ…そんな…!!」 サ・タの目から涙が溢れる。そして、その頭上には、 「バカめ。」 イタクァが白い塊に乗って浮遊しているのが見えた。そして、彼は塊から飛び降り、飛虎那を海へ叩き落とそうと殴りかかる。だが、それは鎖によって防がれた。 「くっ!」 飛虎那は吐血しながらもサ・タを死守した。イタクァの首に鎖を纏わせ、逆に飛虎那はイタクァを海へと叩き落とした。水飛沫と共に、バシャンという音が鼓膜を破けかけた。 「飛虎那さん、あのムキムキな人から聞いたよ。体、弱いんだろ…?大丈夫なのかよ!?」 「ゴホッゴホッ…ご安心を。確かに私は体は弱い。ですが、この肉体は、人々を守るためにある。もちろん、貴方を助けるためでも…」 「違う。言ったろ。俺を助けても無駄だよ。俺は、こんな傷だらけじゃ、救いの神を見つけることも、生まれ変わることもできない。まともに生きることも、もうこの体じゃ黒武人にも変身できなくなってしまった。俺はもう、“希望”がない。今俺にあるのは、“絶望”だよ。俺はどうしようもない人間なんだ。」 サ・タの涙は止まらなくなった。過去に住んでいた村には化け物扱いされ、更には自身の目的も叶わない。そして、自分のせいで、今目の前にいる“聖職者”が傷だらけだ。彼にはもう、前向きな気持ちなど残っていなかった。 その時だった。 「え?」 飛虎那の腹部から何かが飛び出した。“白い塊”だ。飛虎那は吐血し、腹部から飛び出た血飛沫がサ・タの顔をビシャビシャにした。そして、サ・タは別の白い塊に捕まり、どこかへ連れて行かれた。飛虎那は微動だにせず、そのまま海面へ落下していった。サ・タは恐る恐る下を見る。そこには、あの“巨人の悪魔”(イタクァ)が愉快に笑ってこちらを見ていた。サ・タは恐怖のあまり、叫び出した。 「そうだ!!そうだぞクソガキ!!お前には希望もない!!奇跡も残らない!!あるのは絶望!!そして生き地獄!!待てよ…うん、よし。決めた!!」 イタクァは白い塊を消し、サ・タを捕まえた。 「私の先輩に“ツァトゥグァ”という方がいてね。その方は蛾を操る黒武人の女に殺された。彼は女の指を食うという趣味があったんだ。少し違うが、私はその方を真似てみようと考えたんだ。出た結論はこれだ。」 サ・タはもう何も聞こえなかった。底知れぬ絶望が大きくなっていた影響で、全てがどうでも良くなっていた。 「“お前を食おう”。私も、人間の味を確かめたい。」 その狂気的な言葉もサ・タは聞こえなかった。イタクァはサ・タを自身の口の中へと運ぼうと大きな口を開けた。 だが、その絶望は“希望”へと変わった。 イタクァは突然、巨大な“何かに”殴り飛ばされた。 「ぐおぉぉぉ!!?」 イタクァはサ・タを掴んでいた手を離してしまった。巨大な何かがサ・タを支えた。 「“ドラゴン”…?」 サ・タを支えたのは“巨大な人型の竜”だった。その竜は“前髪で左目を隠し、肩から鎖で繋がった鍵穴を二つぶら下げていて、肩と翼には赤い十字架の紋章が書かれていた。”サ・タはその竜の正体が誰なのか、すぐにわかった。 「“飛虎那”さんなの…?」 竜は頷いた。飛虎那は死んでいなかった。飛虎那は香麟(こうりん)やサ・タと同様、竜に変身することが可能だった。 「貴方にあるのは、絶望ではない。たくさんの希望です。その希望を守ること、そして、傷ついている子供を守ること。それが、私たち大人の役目です。」 背後から何かしら音が聞こえる。サ・タは背後を見る。そこには、モーターボートに乗った豪呉と紫綿が駆けつけてきた。紫綿は心配そうに、 「飛虎那さん!竜に変身して大丈夫なのですか!?」 しかし、飛虎那は、 「今はサ・タ(この子)が最優先です。被害者が乗っていない…その様子だと、他の被害者たちは助かったようですね。この子を、岸へ。あとは、私に任せて。後ほどそちらへ向かいます。」 飛虎那はサ・タをモーターボートへ乗せた。 「飛虎那さん!」 サ・タは叫んだ。飛虎那は振り返る。 「助けてくれてありがとう。」 飛虎那は微笑み返した。 「さぁ、行ってください。」 サ・タを乗せたモーターボートは岸へと向かった。飛虎那の背後から大量の黒い鎖が出現する。突然、海面からあの白い塊が飛虎那に襲いかかるが、背後の鎖が一掃する。 「その白い塊の正体は“塩”ですね?先ほど、あの攻撃を受けた時、塊の一部が飛び散り、私の口に入りました。貴方の能力は、“塩を自由自在に操れる能力”で間違いありませんね?」 海面からイタクァが飛び出す。 「よくわかったな。そうだ。私の武器は塩だ。海水には塩が含まれている。いくら貴様が竜に変身していようと、海という私のステージから、貴様は逃れられない!!」 イタクァが拳を突き出す。飛虎那は腕に鎖を纏わせ、拳を防御する。弾き返す。そして、イタクァの腹部に拳を叩き込んだ。追撃に黒い鎖がイタクァの腹部を貫く。飛虎那の背後から塩の塊が現れる。飛虎那は飛翔する。塩の塊は彼を追う。自身の尻尾で塊を粉砕するが、イタクァが飛虎那の背後を取る。 「死ねぇ!!」 飛虎那はイタクァに体を掴まれ、海へと叩き落とされた。イタクァも海へ潜り込み、飛虎那に塩の塊を繰り出す。だが、それらは軽く回避される。海の中だとは思えないほどの身のこなし。気づいた頃には、飛虎那はイタクァの目の前まで来ていた。 「ッ!?」 飛虎那はイタクァの顔面に蹴りを繰り出す。 『グルォッ』 首の骨が折れた音だ。 「私は貴方を許さない。あの子になんて目を…!」 イタクァは自身の首をゴリゴリと鳴らした。 「貴様!!殺すぅ!!!貴様の首!!寄越せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 イタクァは塩の塊と共に飛虎那に殴りかかった。 「はぁぁぁぁぁぁ!!!」 飛虎那は塩の塊を自身の拳で粉砕する。そして、尻尾でイタクァの巨体を海上へ投げ飛ばす。浮上するイタクァ。それに目掛けて飛翔する飛虎那。 「このままでは終わらん!!魚の餌にしたやるよぉぉぉ!!!」 イタクァは海面から塩の塊を出現させ、飛虎那を串刺しにしようとした。だが、もう遅すぎた。飛虎那は最後に、イタクァの腹部目掛けて力のこもった拳を喰らわせた。 「かは…」 イタクァは落下し、自身が出現させた塩の塊の串刺しになった。塊も崩れ始め、イタクァの亡骸は海の底へと沈む。巨体の悪魔はもう、海から上がってくることはなかった。飛虎那は自身の勝利を表すように雄叫びをあげた。そして、サ・タ、豪呉、紫綿がいる岸へと向かった。 「見ろ!帰ってきたぞ!」 豪呉が声を上げた。竜と化した飛虎那は岸へ着地する。だが、竜はその場へ倒れ込み、元の姿へ戻った。紫綿、被害者たち、そしてサ・タが心配そうに駆け寄る。 「大丈夫ですか!?」 「問題…ありません。久しぶりに竜に変身したものでしてね…」 飛虎那はサ・タを見る。 「…」 サ・タは涙を流していた。痛々しい頬からは血液が流れている。飛虎那は立ち上がり、サ・タに歩み寄る。 「無理しない方が…」 紫綿が飛虎那を止めようとするが、豪呉が首を振った。 「行かせてやれ。」 飛虎那はサ・タの頭を撫でた。 「もう、無理はしなくて結構です。貴方に…辛いことは起きませんから。」 サ・タは飛虎那に抱きつき、泣いた。 「あり…がとう…!俺なんかを…たす…けてくれて…」 飛虎那は微笑んだ。 「傷は痛みませんよ。とにかく、貴方が無事でよかった。」 少年の心にあった絶望が、希望へと塗り替えられていく。聖職者と同様、少年も、もう傷の痛みは感じなかった。今感じているのは、感謝、そして、希望だった。 海の向こうから音が聞こえる。豪呉が望遠鏡を覗き込む。そこには、氷上で核露たちが戦っている様子が見えた。 (あとは頼んだぜ。みんな。) 「竜…か。悪くねぇじゃねぇか。あの神父様も。」 別の海岸から、何者かがその様子を見ていた。“クリシュナ”だ。ヴィシュヌの者たちも、イギリスに来ていたのだ。 「奇襲をかけますか?」 構成員が問う。 「いや、しなくていい。データも取れたしな。」 クリシュナはポケットから何かを取り出した。それは、癌舵(がんだ)がアウグスに見せた“鱗”だった。 「この鱗はあのガキ(サ・タ)のだったのか。最近話題にU M Aの正体が、竜の黒武人だったとはな。」 すると、クリシュナは海岸を去った。 「クリシュナ殿。どちらへ?」 「昼飯だよ。お前も食おうぜ。海の幸も良いが、イギリスといえばフィッシュアンドチップスだ。それがある店に向かおうぜ。」 お調子者の修羅はその場を去った。 第四十話 完 第四十一話に続く…。 追記 久しぶりに小説を書きました。投稿ペースが遅くなると思います。日々精進します。
鉄蜘蛛の城 第三十九話 “Heavy smoker”
客船は“氷漬け”になっていた。逃げていた男女もルリム・シャイコースによって氷を巻き添えくらい、同じく氷漬けになっていた。廊下にて、“ノコギリを持ったピンク色の服を着た男”が外股で歩いてきた。すると、男は以前、ルリムを口説こうとしていた氷漬けになった不男を見る。男はノコギリを大きく振り上げ、そして不男の首目掛けてノコギリを振り下ろす。不男の首はスパッと切断された。男は生首を持った。すると、“首を覆っていた氷が溶けた”。 「あれ?殺すのってどいつだっけ?」 男はキョロキョロと辺りを見渡す。 「まぁいいや。とりあえずオークションの会場に行くか。」 その時、奥の方から足音が聞こえてきた。 「おい!“ガグ”!!」 「あ?」 “イタクァ”だ。彼はどこか焦った表情でノコギリを持った男、“ガグ”を呼び、駆け寄った。 「何だよイタクァ。汗かきやがって。」 「愚か者!!今どういう状況かわかっているのか!?城の黒武人がこの客船に乗り込んできたのだ!!しかも商品の人間共を全員連れていってしまったのだぞ!?」 「城の黒武人?あぁ!殺すのってそいつだったな!」 「貴様の脳は腐っているのか!?さっさとお前はルリム様をお助けしろ!!」 「イタクァはどうするんだ?」 「商品を持っていった奴らを殺しに行く。わかったら早く行け!!」 ガグは舌打ちをしてオークション会場に向かった。イタクァは鬼の形相を浮かべていた。 「ルリム様の邪魔をするとは…!!なんとも許せん!!許せるものかぁぁぁぁ!!!」 その時、イタクァは何かを見つけた。海の上を走る“モーターボート”だ。 「そこかぁ…!!」 イタクァの体は黒い靄に包まれた。 一方その頃、オークションの会場にて。核露(かくろ)、ダウン、凪姫(なひめ)、亜丸(あまる)の四人はルリムと対峙していた。ルリムの両手から冷気が溢れ出ていた。ダウンはタバコに火をつけ、口に咥えた。 「結構キレてるね。ボクは、君のにっこり笑顔の方が好きかな。」 「お黙りなさい。この客船は私のテリトリーですわ。アナタたちなんてすぐに氷漬けにできるわ。」 そう言うと、ルリムは何かを見つけると、目を大きく開いた。 「あら?“凪姫ちゃん”じゃない。」 凪姫は身構えた。 「裏切り者を見つけてしまったわ。これはこれは。なら“早急に殺さないと”。」 凪姫の前に、核露が彼女を守るように前に出た。そして、核露は黒武人に変身した。それを見た凪姫はときめく。 「あぁ素敵♪私の核露くん♪」 「核露?」 ルリムは核露の名前を聞いた時、何かを思い出した。 「まさか、貴方が“総統閣下”の言っていた核露?」 「そうだ…。佐嘉巳(さがみ)核露だ…。」 「あらぁ!裏切り者の有名人と話題の有名人!二人も有名人がいるじゃない!これは良い儲け話の予感!あの二人の首を総統閣下に渡せば、私はもっと上に上がれる!!」 ルリムは狂気的な笑みを浮かべた。すると、凪姫は突然、ジェミニの力を解放した。 「凪姫…?」 「私はともかく、核露くんの首を…?そうはさせないわ。私の婚約者は殺させはしない!!」 それを見た亜丸は汗をかいていた。 「な、凪姫さんは核露さんのことになるとすごいですね。」 その時、ルリムのポケットにあったトランシーバーが鳴った。彼女はそれを取った。 「こちらルリム・シャイコースですわ。」 ピーという音が聞こえた後、何者かの声が聞こえてきた。 『こちら“イタクァ”。ルリム様。城の黒武人たちに商品を“奪われてしまいました”。」 「っ!?」 『サ・タの姿もありません。おそらく奴も連れて行ったと思われます。私はこれからモーターボートに乗っている黒武人と商品を追います。ポーンも要請しました。数分後にこの客船に応援に来るとのことです。』 「…わかったわ。」 ルリムはトランシーバーの無線を切った。そして、そのトランシーバーは“氷漬け”になった後、彼女はそれを“握り潰した”。 「どうやらアナタ達は、人をイライラさせる天才のようですわね。」 その時、オークションの会場の入り口に人影が現れた。 「おぉおぉ!!こいつらが殺す奴だな!!」 「“ガグ”。この黒武人を殺しなさい。」 「わかったゼェ!!」 ガグはノコギリを構えた。 「ダウンさん!あの男は僕に任せてください!」 亜丸は構えた。 「オッケー!頼んだよ!」 ダウンは親指を上に立てた。ガグは背中から黒い煙を発しながらどこかへ走って行った。亜丸はそれを追った。 「亜丸一人で大丈夫なのか…?」 「うん!あの子はかなりの実力の持ち主だからね。」 ダウンはタバコの煙を吐き出す。だが、そのタバコの煙の色は白ではなく、“黒”だった。その黒い煙は、ダウンの片手に集まった。 「変身するのか…?」 「違うよ。まぁ、“第一形態”ってとこかな。」 ダウンの片手に集まっていた黒い煙は消えた。 「っ!?」 その手は、まさに異様だった。“三つの穴が空いた大きく膨らんだ手”になっていた。 「これが、ボクみたいな“極度のヘビースモーカーにしか扱えない最大の武器”さ。」 それを見たルリムはニヤリと笑う。 「そのおもちゃで私を楽しませてくれるのね。それじゃあ、これより、邪魔者の処刑ショーを始めますわ!!」 ルリムはいきなり三人に向けて氷を放った。 「させるか…!」 核露は両手から黒い炎を放ち、氷を受け止めた。しかし、氷が中々溶けず、三人に迫ってくる。 「核露くん!」 「心配いらない…!!うおぉぉぉぉ!!!」 核露はギリギリで氷を溶かした。だが、同時にルリムが襲いかかったきた。彼女の回転蹴りをダウンが防いだ。 「核露くん、凪姫ちゃん。とりあえずばらけようか。」 二人は頷き、その場から離れた。核露はルリムに向けて炎を三発投げた。ルリムは氷を放ち、炎を防ぐ。そして氷の礫(つぶて)を生み出し、ダウンに命中させ、バックジャンプをして離れた。ダウンは氷の礫を受けて怯んでいなかった。 「じゃあ、ボクの番だね!」 ダウンは異様な手をルリムに向けて突き出す。すると、三つの穴から“砲弾のような物”が飛び出してきた。 「っ!?」 ルリムはその砲弾を間一髪で避けれた。その背後から凪姫が鎌で斬りかかろうとしているのが見えた。ルリムは氷の壁を作り、凪姫の行手を塞いだ。 「それが能力かしら?」 ルリムはダウンに問う。ダウンはタバコの煙を吐き出す。その煙は丸の形になった。 「当たり!ボクは“タバコにかかる負荷をエネルギーに変えることができる”。ニコチン、タール、アンモニア、ホルムアルデヒド、なんぼのもんじゃで全部へっちゃら!!ボクはタバコを愛し、タバコに愛された人間さ!さっきの砲弾は、そのエネルギーだよ。」 ダウンはジャンプしながら砲弾を放った。ルリムは氷の上を滑りながら砲弾を回避した。背後には氷の壁から抜け出した凪姫と核露がこっちに近づいてくるのが見えた。ルリムはそれに気づき、氷の上を素早く回転する。そこから大量の氷の礫が飛び散った。核露と凪姫は何発か氷の礫を喰らってしまった。 「二人とも、大丈夫?」 「問題ない…!凪姫は…?」 「平気!」 核露は氷の礫を破壊しながら間合いを詰める。すると突然ルリムは回転を止めて核露に襲いかかる。しかし、ダウンが放った砲弾がルリムに命中した。 「ぐはっ!!」 「今だよ核露くん!」 核露はルリムの腹部に手を当てた。そこから黒い炎が爆発した。ルリムは吹っ飛び、壁に勢いよく叩きつけられた。 「くっ!!」 ルリムは首を鳴らすと、何かに気づいた。外から“音”が聞こえてくる。その音は、核露たちも気づいていた。 「この音は…?」 ルリムは何かに気づいた。 「どうやら、“応援が来たみたいね”。」 一方その頃、船の外では黒武人に変身した亜丸とガグが戦っていた。亜丸は自身の鎧の塊のような体を活かした強力な突進を何度も繰り出しているが、ガグはまるで怯まない。それどころか、口から血を吐き出して笑いながらノコギリで斬りかかってくる。まるで戦いを楽しんでいるかのように。 「うおらぁ!!!」 ガグはノコギリを振り落とす。亜丸はそれを鎧で防ぎ、弾き返す。 「チィ!!」 その時、二人は空から“轟音”が聞こえてくるのに気がついた。亜丸は慌てて空を見上げた。 「あれは!?」 それは、“チェスの戦艦”だった。 「どうやらイタクァが要請したポーンが来たようだな。」 「応援だと…!?」 「この音は、チェスの戦艦だ!」 真っ先に気づいたのは凪姫だった。それに気づいたルリムはニヤリと笑い、突然外へ出ていった。 「待て!!」 三人はルリムを追った。 ルリムはチェスの戦艦を見ていた。数十人のポーンがパラシュートを使って降りてくるのが見えた。 「場所を移しましょう。」 すると突然、ルリムは客船から飛んだ。彼女の両手から冷気が出てくる。そして、 「はぁ!!」 両手を突き出して海に向かって冷気を放った。すると、その海上がだんだん“凍っていった”。次第に、その凍った会場は数百メートルまで凍った。 「ここに降りてきなさい。ここなら、あの会場よりも戦いやすいと思うわ。」 ルリムは氷に両手をつける。凍った会場の範囲はどんどん広がり、巨大な氷の塊が氷山のように連なってどんどん現れる。その上に、ポーンたちは着地する。 核露たちもその会場の上に着地した。 「大層な会場だな…。」 「もうそろそろ、アナタたちも終わりですわ。これが私の最終奥義、“氷の要塞(イイーキルス)”でしてよ!!」 ルリムは地面に両手を叩きつけた。そこから巨大で鋭利な氷が三人に向けて襲いかかった。三人は回避するが、核露が右腕を掠ってしまった。 「ぐあぁぁぁ!!!」 『核露くん!』 核露は右腕を抑えた。 「はぁ…はぁ…」 掠っただけにも関わらず、血が大量に出ていた。凪姫が駆け寄る。 「大丈夫!?核露くん!!」 「問題な…グゥ!!?」 傷口から“冷気”が溢れてくる。 「佐嘉巳核露!!貴方の血が凍れば、確実に貴方は死ぬのですわ!!」 凪姫は怒りの表情を浮かべながらルリムに飛び掛かる。 「貴様ぁぁぁぁぁ!!!!」 凪姫は鎌で切り掛かるが、ルリムの前に巨大な氷の壁が彼女の行手を阻んだ。そして、大量のポーンが凪姫を囲んだ。そのうち、一人のポーンが黒武人に変身した。それは“多数の顔がついた芋虫のような下半身をした隻腕の大男”のような黒武人だった。 「裏切り者に鉄槌を食らわせてやろう!!」 凪姫は核露を助けに行こうとするが、 「凪姫…!俺のことは良い…。」 「ダメだよ!!そんな傷じゃ…」 その時、核露は右腕に巨大な黒い炎を纏っていた。そして、その巨大な黒い炎を氷の壁に向かって放り投げた。氷の壁は砕けた。 「俺は…この程度の傷で死ぬ男じゃない…!!」 それも見たダウンと凪姫は笑みを浮かべた。砕けた氷の壁の外からルリムの姿が見えた。 「腹が立つわね。まだそんなに戦う力が残っているなんて。この氷の要塞(イイーキルス)からは逃れられるなんて思わないことね。」 ルリムの両手から冷気が溢れていた。ダウンはタバコの煙を吐いた。 「ねぇ。一つ良いかい?ボクは元チェスの構成員だ。」 「あら?そうだったのね。」 「ボクは罪のない人間たちが殺されるのが嫌でチェスを抜け出した。チェスの目的は、“自分たちの苦しみを全世界に思い知らせる”、だっけ。でも、ボクがそこにいた頃は人を殺すのが好きなイかれたやつの方が多かった。君もそのうちの一人か?」 「ほざくな!!確かにチェスの中にはそんな人たちもいるけど、私は違う!!平和でぼーっと暮らしてる奴らを見るとイラつくのよ!!私は元々“貧乏”だった!!そんな貧乏な私を見て見下してきた人間どもに!!今ものうのうと生きている無知な人間どもに!!私の受けた苦しみを思い知らせてやるのですわ!!!」 ダウンはもう一度タバコの煙を吐いた。 「人間はそんなことをしなくても、分かり合えることはできるさ。ボクは女なのに女の子が好きっていうのを理由にいじめられてたさ。でも、人を殺さなくてもボクの気持ちをわかってくれる人がいた。城の住人たちがわかってくれたりしていた。どう?今すぐチェスを辞めて平和に暮らさない?正直言うと、ボクは女の子が血を流すところをあまり見たくないんだ。」 ルリムの目は血走っていた。 「黙れ!!!今すぐに粉々に砕け散るがいいわ!!!」 「…ダメか。なら、ぼくも少し“本気”出そうかな。」 その時、ダウンはタバコを“飲み込んだ”。 「なっ!おい…!」 「大丈夫だよ!」 ダウンは歯を見せてニヤリと笑みを浮かべる。 「イリワ!!(こっちに来てくれ!!)ポカ!!」 ダウンの背後からポカが現れた。その時、ポカの体が“破裂”して、ダウンの体を黒い靄が覆った。 「黒武人…!」 どうやら彼女はタバコを飲み込み、ポカを呼ぶことで黒武人に変身することができるようだ。 次第に黒い靄が消えていき、中から出てきたのは、“煙突のような翼、そして三つの穴が空いた片手、そして虎に似た被り物を被った黒武人”だった。 「それが、アナタの真の姿なのね。」 ルリムはニヤリと笑った。ダウンは構えた。 「じゃあ、始めようか!!」 一方その頃、モーターボートにて、豪呉が運転し、紫綿が捕まっていた人々の様子を見ていた。 (煙で眠らせて、傷を治療したけど、全員ほんとぐっすりね。) 飛虎那はサ・タと共にいた。傷は紫綿に治療してもらったので、彼の体はもうボロボロではなかった。サ・タは飛虎那に全てを話した。自身の過去、そして、他の捕まっている人たちに黒武人のことを話してしまったことを。 「なるほど。」 「俺、約束を破っちゃったよ。黒武人として、俺は最低だ。」 「そんなことはありませんよ。貴方の気持ちを理解してくれる人が増えたじゃありませんか。“ゴイスー”ですよ。」 「ゴイ…なんて?」 「あぁ失敬。私は若者の流行りに興味を持っていましてね。」 サ・タはふふっと笑った。 「よかった。貴方が笑顔になって私は嬉しい限りです。」 「うるさい。ん?」 サ・タは何かに気づいた。同時に、紫綿も。 「まずい!!“追手”だわ!」 そう。チェスの小型戦艦が飛んでいたのが見えた。そして、数名の黒武人に変身したチェスの構成員たちがこちらに近づいてくるのが見えた。サ・タは飛虎那の後ろに隠れた。 「げっ!もう匂いを嗅ぎつけてきたのかよ!!」 豪呉はモーターボートのスピードを早めた。その時、海面に違和感を感じた。まるで、何かが“浮き上がってくるように”。 その時だった。 「ぐあぁ!!?」 飛虎那は慌てて振り向く。サ・タが“白い塊のようなものに捕まっていた”。 「サ・タさん!!」 それと同時に、海面から何かが水飛沫を上げて飛び出してきた。それは“空洞のような目と赤い歯をもった不気味な顔の巨大な黒武人”だった。 「まずい!」 豪呉はモーターボートを止めた。サ・タはもがいていた。 「離せ!離せよ!!」 「絶対に離すものか!!よくもルリム様の邪魔をしてくれたな!!この“イタクァ”が貴様らを捻り潰してくれるぞ!!」 巨大な黒武人の正体は、変身した“イタクァ”だった。飛虎那の目はとても鋭かった。 「豪呉さん。紫綿さん。先に岸へ行ってください。ここは私に任せてください。」 飛虎那の背中から黒い翼が生えた。 「どうかご無事で!」 モーターボートは向こうに去っていった。構成員たちがイタクァの方へ集まる。 「お前たちはボートを追え。」 イタクァの命令により、構成員たちがモーターボートを追う。 「飛虎那…さん…!!」 サ・タは苦しそうにしていた。飛虎那の両腕を黒い鎖が覆った。 「さぁ、断罪の時間です。」 第三十九話 完 第四十話に続く…。