ナナシ

10 件の小説

ナナシ

今日も静かに生きてます。 prologue様にも出没し、極々たまに小説を投稿してます。

偽りの星々に願う

 来るつもりなんて無かったが出席日数を先生に盾に取られた俺は泣く泣く学年行事で県内の自然博物館に来ていた。 しかし、犯罪者の息子と連む酔狂な奴はクラスに居ないため皆そそくさと何処かへと消えてしまい絶賛ぼっちである。まぁ、慣れてるからいいけど。  「とりあえず、科学館で学んだ事をしおりに書かなきゃならんし、この暑さだからな……さて、どこ行くか」 この学年行事ではそれぞれが自由に行動して何かを学び、しおりに学んだことを記載する事になっている。 その為、カンカンと照り差す日差しに額から汗が噴き出てくるのを感じながら俺は木陰に移動して施設内のマップを開いてみた。 1番近くて冷房が効いていそうな場所を探してみれば丁度良いところにプラネタリウムなんていうものがあった。  「しおりの内容も星座とか、星の由来とか書きゃいいだろうし……よし、ここにしよう」 そうと決まれば俺はそそくさとプラネタリウムがある場所へと向かった。 ーーー  「「あ………」」 プラネタリウム入り口に来てみれば見覚えのある金髪のギャルと互いに目が合って気がつけばそう口に出していた。 「どうして最上がここに……」 「そういう、速水こそ……てか、いつものメンバーは?」 「逸れちゃって……」 「あぁ、そう……つか、あっつくね?早く入ろうぜ」 速水にそう促せば彼女も「そうね」と頷いて大人しくついてきた。  館内に入ればそこは外とは違う別世界が広がっていた。 蒸し暑い外とは比べ物にならないくらい快適に涼しく、内装はほど暗く点々と灯りがある状態で、宇宙空間を思わせた。 俺は、おぉ、すげぇなと思いながら館内を進もうとしたのだが、くいっと服の裾を掴まれ先に進めない。 ふと、後ろを見てみれば服の裾を掴んできたのは速水だった。  「どうした?早く進もうぜ」 「………う、うん」 どこかぎこちなく返事をする速水にそういえばこいつ暗いところダメなんだったと思い返して、仕方なくその手を掴んでやる。  「ほら、手握っててやっから」 「………ありがとう」 「どういたしまして」 昔は同じくらいの手の大きさだった速水の手は今は小さくて柔らかかった……それに俺のがさついた手と違ってサラサラで指も細い。  (………って俺変態みたいじゃねえか) 速水の手の感触にドキッとしながら頭を振って雑念を追い払っていると「……?どうしたの恭ちゃん」と速水が懐かしい呼び方で俺に話しかけて来た。  「……んでもねぇよ」 久方ぶりに呼ばれたその名前に俺の胸が早鐘を打つが、当の速水はキョトンとしている。  「つーか、恭ちゃんってまた随分と懐かしい呼び方してくれてんじゃねえか……涼ちゃんよ」 揶揄うようにそう呼んだが、意外なことに速水は怒らず少し嬉しそうに笑って「そうだね」と返してきた。  「恭ちゃんとこうして2人でゆっくりお話しするの懐かしい」 「中学校以来だな……つか、速水こそなんでギャルになったんだ?中学の頃は真面目ちゃんだったろう?」 親が暴行罪で捕まり罪人の息子というレッテルを貼られた俺とは違って、こいつは真面目で優しい大和撫子の様な子だった筈だが、一体いつから髪を金色に染めて、制服も着崩す様になったのだろうか。  「そ、それは…」 速水が口を開きかけたその瞬間『プラネタリウムの公演を上演しております、宜しければご観覧下さい』とアナウンスが入り「やべ、早く行うぜ」と俺は彼女の手を引いて上演フロアへと向かった。  上演フロアに駆け込んだ俺達だが、どうやら他の来客は居ないみたいで俺達が来るまでずっと無観客の状態で上演を行っていたようだ。  『……座の説明は以上です。これ以降は5分間天体観測をお楽しみ下さい』 しかし、丁度星座説明の公演は終わってしまったらしく後はただただ星を眺めるだけとなってしまった様だ。  「マジか……速水、他の場所に行くぞ。少しでも旅のしおりに書く内容広めないと……」 「やだ、もう少しここに居ようよ」 ぎゅっと、手を握られて上目遣いで俺を見る速水。 ギャルになったとはいえども速水が持つ可愛らしさは無くなった訳ではなく、俺はその可愛さに負けて仕方なく上演フロアの席に座った。  ゆっくりと暗い部屋の中を流れていく星々を見つめていたが、星座も分からなければ星の名前も分からない俺には余りにも退屈であったので速水の方を盗み見た。  すると、そこには人工的に作られた星々をキラキラとした眼差しで真面目に見つめる速水の姿があって、俺はやはりこの子の事が好きだと再認識したのであった。  でも、俺は罪人の子。きっと俺のこの思いは彼女の幸せを邪魔してしまうからこの胸の中に留めて置くと決めた。  (でもどうかこの時間だけは彼女の事を愛おしく見つめる俺を許して下さい) そう偽りの星々に願いながら俺は彼女を見つめ続けた。

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透明な血が流れ出る

 胸に刃が突き刺さった。 熱くて熱くて苦しくて、涙がボロボロ流れていきます。  貴方はそんな私を前にしても構うことなく何度も何度も刃を振るいます。 その度にボロボロと滝のように涙が流れていきました。  「お前はどうしてこんな簡単な事も出来ないんだ!」 頭ごなしに怒声を上げて顔を赤くする貴方にかつての面影はありません。 優しくて気遣い出来る素敵な男性はそこには居ません。 私の前にいるのは不味いと食器ごと床に放り投げた暴君です。 そして、私はそんな暴君に虐げられる奴隷といったところなのでしょう。  「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」 私には呪文のように謝罪を口にする事しか出来ませんでした。 こうなったこの人に何を言っても無駄なのはわかっています。 なのでただ、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ子供のように呪文を唱えるのです。  「お前はパートだろ!?何で俺よりも早く帰ってきた奴がこんな簡単な料理、しかもクソ不味い物しか作れないんだ!?手抜きしてんじゃねぇよコラ!!!」 しかし、今日の彼は大分荒ぶっているようで祝詞のようにいくら謝罪を口にしても怒りが収まる気配がありません。  「掃除も適当、洗濯も適当、料理も適当……本当、こんな女だって分かってたら結婚なんてしなかったのにっ!」 ならば離婚すればいいじゃないと思いましたがけして口にはしません。ここで彼を怒らせて暴力にでも出てこられたら今の私ではなす術もないからです。 怒鳴る彼の声を右から左に受け流しながら私は大きく育ったお腹を両腕で守るように抱き締めました。  (お腹の子だけは守らなきゃ……) 静かに静かに耐え続ける私を前にやがて怒り疲れた夫は風呂に行くと言い、私に床に散らばったものの掃除と後片付けを命令してお風呂場へと去っていきました。  (どうしてこんなことになってしまったのでしょう?付き合っていた頃は優しかった貴方がどうしてこんな風になってしまったの……?) 身重の妻を冷たいフローリングに放置して、目に見えない鋭く研ぎ澄まされた悪意ある言葉で私の胸を傷つけるあの人に私は愛を見出せなくなっていました。 ジクジクと今も胸が痛くて堪りません。 拭っても拭っても両目から涙が溢れて止まらず、ぽたぽたとフローリングに落ちて溜まっていく様子に透明な血みたいだと私は自嘲しました。  「………頑張って作ったんですけどね」 つわりで気持ち悪くなるのを我慢して彼が好きだと言ってくれたミートドリアを料理し、まだかな、まだかなと眠いのも我慢して夫が帰ってくるのを待っていました。  しかし、少しでも夫が喜んでくれればいいなと思ってお洒落に装飾したリビングテーブルも無残な姿にされ、今日という特別な日のために愛を込めて作った料理は投げ捨てられて私はもう諦めました。  「結婚記念日………薔薇の花束をくれた貴方は死んだのね……」 私の呟きは誰の耳に入る事なく部屋に響いて消えていき、私はいそいそと片付けを行なっていくと前もって準備していたものを用意して、覚悟を決めました。  「おーい、朝飯は?………おーい……ん?なんだよこれ……」 翌朝目を覚ました愛する事を忘れた暴君の手には妻の記載部分が埋められた離婚届。 そしてテーブルの上には彼がまだ愛する心を持っていた時に送った結婚指輪と、妻直筆の手紙があった。 『いつか優しい貴方に戻ってくれると信じていましたが我慢の限界です……新しい彼女様とお幸せに』

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暴れ女と旋風

 それは宛ら風の様で在ったと戦場から帰って来た父が静かに語った。 敵という敵を旋風の如く切り裂いていったと云ふその人は、自分と同年代の青年で在ったそうな。  その人が単身戦場を駆け抜け道を切り開いていったことで我が国は勝利を掴む事が出来たが、旋風のその人が敵であったらきっと我が国は負けていたであろうと淡々と語る父に、私はその人はどこの国にも属していないのか?と聞いた。  日銭を稼ぐ為に傭兵として戦場を駆ける者達の多くが国に属していないのを知っているが、そこまで腕の良い武士であれば何処かの国が勧誘していても可笑しくはない。  父は私の問いに是と答えた。 そして懐かしむ様にあの御人は金や女では釣れぬ気高い御人だと静かに静かに語るので在った。  そんな父が家臣の裏切りによって亡き者にされ、私は父を闇討ちした下手人として仕立て上げられ国から追われる身の上となった。  逃げ惑う道中、母も殺されてしまった。 他勢に無勢であった私はただただ逃げることしか出来なかった。  しかし、必ず………必ずや父と母の仇を討つと心にしかと刻み、仇を討つ為に生き永らえなければならぬと痛手を負った身体に鞭打ちながら追手を退けた。  だが、気力だけでこの状況がどうにかなる事はない。 手持ちの兵糧も底をつき、深い傷を負った身体は熱を持ち歩くこともままらぬ。このままここで朽ち果てるものかと気力だけでどうにかなっていたが、言う事を聞かぬ身体に保っていた気力も底をつきそうであった。  「見つけたぞ!ここで果てるが良い!」 「くっ!!」 運の悪い事に追手に見つかり追手から放たれた矢が右肩に深く突き刺さる。 酷い痛みに握っていた得物を落としてしまい、迫り来る刃を前に私は走馬灯を見た。  父と鹿狩りに出た時の事や、母が父に内緒で菓子をくれた事、家臣から裏切られ首を飛ばされた父の姿、逃げる道中無数の刀に体を貫かれた母の姿。  もはや、ここまでかと志半ばで生を諦め瞠目した……その時であった。 「助太刀致す!」 年若き男の声が空より聞こえて来た。 そして、私の眼前にまで迫っていた敵の刃は私に届く事なく声の主の手によって弾かれ、剣筋も見えぬ速さで敵は斬り伏せられていた。 生暖かい血が降り注ぐ中私はただただ朦朧とする意識の中で、次々と敵を屠っていく若き武士の姿を見つめる事しか出来なかった。 それは父が語っていた旋風の如く敵を捩じ伏せていく武士の様であった。  剣戟の音、叫び声、悲鳴、やがて静寂が舞い降り全ての敵が倒れた事を示した。  「すけ、だち……かんしゃ、する」 「無理に話すな、気を保たれよ……おい!おいっ!!」 青年が肩を揺らし声をかけて来るがギリギリまで保っていた意識ももはや為す術もなく闇へと沈んでいった。  パチパチ、と何かが爆ぜる音に私の深く沈んでいた意識は浮上し、鼻をつく香ばしい匂いに目を開けてみればそこは意識を失った森の中ではなく見知らぬ民家の様であった。  「気が付いたか」 「お主は………くっ!」 「これ、あまり体を動かすな傷が開く」 「……ここは?」 青年の言葉に甘えてござの上で寝たまま聞けば「ここは某の隠れ家だ雪代殿」と淡々と答える。  囲炉裏で焼かれる鮎の塩焼の状態をじっと見つめる青年に「何故私の名を?」と再び質問をする。 「主の御父君から良く話を伺っていた……しかし、気の良い御仁であったのに、誠に残念だ」 「………あぁ、本当に良き、人達を失った」 私はみっともなく泣き出しそうになるのを堪え唇を固く固く食いしばる。 母を失い、父を失い、信頼していた者からは裏切られ、私は精神が参っていたようだ。ぼろぼろと勝手に涙が頬を伝っていく。  「………暴れ女と聞いていたが、こうしてみると普通の娘御だな………いや、しかしあの多勢に単身で乗り切ろうとしていたからな、やはり普通ではないか」 だいぶ失礼な物言いに「お主先から聞いていれば失礼だな」と悲しみよりも怒りが前に出た。 「おお、怖や怖や……して、鬼女になりつつあるお主を宥める為に良い塩梅で鮎が焼けたようだぞ?」 目の前にずいと差し出された塩焼きの鮎に腹は素直に鳴り響き私の怒りの炎が鎮まった。  「………い、戴こう」 「はっはっ!腹が減っては戦は出来ぬからな!ほら、起き上がってたんと食え」 優しく体を起こすのを手伝う青年の様子に悪い奴では無さそうだが、中々に人をおちょくるのが好きな様だというのがわかった。  そして、彼と共に腹拵えをして父や母の仇を討つ為に味方を増やす旅をするのだが、それはまた今度語る事にしよう。

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君を愛してる

 僕は君を愛してる。 だからこそ言うことを聞いてほしい。 いやだ!やめて!だなんて悲しいことを言わないで……僕は君に酷いことしたくないんだ。  さぁ、早くその部屋に入って。 彼等に気づかれてしまう。 大丈夫ここには食料も十分あるし、1ヶ月は外に出なくても生きていけるよ。 あぁ、そんなに泣かないで……可愛い顔がぐしゃぐしゃになっちゃうよ?ほら、笑って………うん、そう……ちゃんと笑えていい子だね。  ここでいい子に待ってるんだよ………。  「おとうさま!いや!!!ひとりにしないで!!!」 「あぁ、カナリア」 あぁ、まだ幼い我が娘よ。 お前だけは………お前だけは生きてくれ。 お前を1人にする事を許しておくれ。 可愛いカナリア、愛する人の忘れ形見よ。  幼い我が娘を堅く抱きしめる。 この離れの倉庫にいればきっと大丈夫……身形も平民と同じ格好をさせているから、誰かに見つかっても閉じ込められた下女だと思われるだろう。  「国王は見つかったか!!」 「見つけ出せ!!」 あぁ、反乱軍の声が近くにまで来ている。 時間がないことを察した私は愛娘の抱擁を解き、「いや!いやよ!おとうさま!!!」と縋ろうとする娘の腕から逃げるように身を翻した。  「カナリア、愛してるよ……キースが迎えに来るまで待ってるんだよ」 私は愛娘がいる倉庫に閂をして、少しでも娘がいる倉庫から離れようと森の中へと走った。  案の定森の中にも多くの反乱軍の姿があり、私は彼等の目をワザとこちらに引きつけた。 反乱軍が娘の方に行かぬように、必死になって形振り構わず走り続けた。  森を抜けるとそこにも反乱軍の姿があって私の体は無数の刃に貫かれた。  あぁ………キースは無事に娘を連れ出してくれるだろうか………カナリアは幸せに生きれるだろうか………。 薄れていく意識の中、私はただただ娘の行先に幸せがあることを静かに願った。  死んだ若き国王の首が街に晒された。 税金を跳ね上げ民衆を苦しめた罪としてその首は一年中晒され、カラスがその肉を掻い摘んで食っていく様を見てお祭り騒ぎのように笑っていた。  民衆は知る由もない。 若き国王は国の重鎮であった古狸達にいいように使われていただけと言う事実も、妻を失いながらも娘を愛していた優しい心根をしていたという事も彼等は知らない……。    「さぁ、カナリア姫一緒に逃げよう!」 「お、おとうさまは?」 「大丈夫、国王陛下は無事だよ……さぁ早く」 カナリア姫の手を引き倉庫から連れ出したキース少年は、ズンズンと森の中へ進んでいく。 そして、森を抜けた先には黒い立派な馬車が停まっておりキース少年はそちらに向かって進んでいく。  幼いカナリア姫は知らなかった。 黒い馬車に書かれた紋章が隣国の紋章である事を、無垢で無知な姫は知らなかった。  「キース王子、その娘は?」 「ん?あぁ、国王の娘、可愛いだろ?連れ帰って面倒見る」 死んだ国王は知らなかった。 まさか娘を託したキース少年が隣国の王子で、古狸に甘言を囁きこの国を貶める為にやってきたスパイであることも、王子が娘に一目惚れをして娘を奪う為に国を貶めたという事も、国王は知る由もなかった………。  「さぁ、カナリア姫、これからはずっと一緒だよ…………ずっと、ずっとこの日を待ってたんだ」 ガタガタと揺れる馬車の中疲れ果てて眠る姫の柔らかな髪を愛おしそうに梳きながら、キース王子はうっとりと小さなその耳に囁いた。 「君を愛してる………」

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山の恵みを感じていたかった

 美味しい実を実らせる木が沢山沢山その山にはありました。 木々の根元には食べてはならないものもあるけれど美味しいキノコも生える場所がありました。  人が近づかない森の中、ゆったりとした時間が過ごせるその場所に私達は家を建て、切った木々の数だけ花や木を植えてきた。  しかし、静かな時間を過ごせたのは本当に束の間だった。 ガタガタガタガタ!ウィーーーン!がっしゃん!  静かだった森の中に響く機械音。 私達の家の真向かいの土地が買われて、その土地を買った人が木々を伐採していきます。  美味しい実を実らせる木々も、キノコも彼等にとって邪魔なものでしかないのでしょう。みるみる内に更地になっていきました。  1ヶ月も経つと真向かいの土地は綺麗さっぱり何も無くなってしまって、私は悲しみを覚えました。 美味しい実を実らせる木々が生える真向かいの土地に良く小鳥や獣達がやってきて憩う姿を観察できたというのに、これではもう彼等の姿を観察する事なんて出来ません。  広い土地を更地にした彼等は別荘として休みの日にしか来ないというのに、何故ここまで土地を開拓したのだろうかと思っていると、答えはそれから1年後に発覚した。  「キャンプ場………」 大きな大きな看板が立ったのを見て私は何も言えなくなりました。 わざわざ………そう、わざわざキャンプ場を作る為に広大な動物達の居住地を奪い土地を更地にしたのかと思うと悲しくなりました。  彼等が切った分の木々を植える姿は見受けられません。きっとこの先何十年と経ってもあの地には何も実らない事でしょう。  父も母も、兄達も皆がっくりと項垂れました。静かに過ごしたかっただけなのに……と皆が思いました。  私達は山に住まわせて貰っているという感謝を込めてこの地に来て、家を建てさせてもらったが、真向かいのあの家族はきっと土地を買ったのだから好きにしても構わないだろうという考えを持っているのでしょう。  木々を切り、動物達の居住地を奪って、県外からの客がその地にテントを張る様子に私は一体何が楽しいのか分からなくなりました。  自然を感じる為にキャンプをするのでしょうがその自然を壊してまでキャンプをする地を作らねばならないのでしょうか?  私達は自然を愛し、山の恵みを感じていたかったのに………無念でなりません。  今日もわいわいと真向かいさんが賑わっております。 自然豊かな山を壊したその場所で………。

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後に文豪という渾名になった

 何も書ける気がしない。 真っ白の紙を前にして私は飾り立ての鉛筆を立てながら何を書けばいいのか分からずに絶望した。  文字を書く事は得意だ。 昔から………そう小学校の頃からずっと物語を書いてきたから想像したものを文章にする作業は得意だった。  しかし、文章以外の方法………それも絵でもって表現をする事は私は大の苦手である。 「………あなたまだ何も書けてないの?提出期限は明後日ですよ?」 先生が呆れた様にそう言ってくるのを右から左に受け流しながら「えぇ、すみません」と心にない謝罪を口にする。 先生には申し訳ないが私は絵を描く事………風景画や模写ならまだ何とかなるが、人物画は大の苦手なのだ。  写真を撮ってその写真通りに模写をすれば何とかなるかもしれないが、それでも書き上げたものはどこか歪になる。 何故私が人物画を描く事が苦手なのかと言えば、小学校一年生の女の子に私の絵を描いてとおねだりされて、仕方なく………本当に仕方なく絵を描いてあげた事があった。 その頃から人物画を描く事がすこし苦手だという意識があったので、何故私に頼むのだ…………と絶望したのは記憶に新しい。  そして、何とか書き上げたその絵を女の子に見せて私こんなんじゃないもん!!馬鹿ぁあああ!!!!と号泣されたのだ。 以来私は人物画を描く事が大の苦手……というよりもトラウマになった。  「…………先生、自分には人物画は無理です………どうしても、どうしても無理です………」 何とか鉛筆でデッサンしようとするがどうしてもあの女の子の泣き声を思い出してしまって、腕が止まってしまう。  「仕方ないですね………それなら手や腕のデッサンを描いて提出しなさい、それなら出来ますよね?」 「ありがとう、ございます………」  先生が妥協案を出してくれた事でようやく………そうようやく私は真っ白な紙に鉛色を走らせる事ができた。 自分の手を見て紙に絵を描くそのワンシーンを書いていく。 そして、白紙の紙のままでは面白くないから私は原稿用紙をそこに模写して、自分の頭の中にある物語をその絵の中に封じ込めていき、2日後の提出期日にやっと提出する事が出来たのであった。  「え…………全員分張り出すとか、聞いてない」 提出してから翌日学校の玄関口の黒板に晒されたクラス全員の絵の中に私の絵もあった。 周りが全て人物画である中で原稿用紙に向かって執筆する絵というものが一枚だけあるという違和感に、学校の生徒達がこぞって私の絵を見ていく。  (いや、やめてくれ………頼むから見ないでくれ) 絵の中にある原稿用紙に書かれた物語を口にして読まれるという羞恥に、私は自分の絵だけを剥がして捨ててしまいたい気分になったが、それをしてしまえばこれを書いたのが私である事が白日の元に晒されてしまう訳で、私はただただその羞恥に耐えることしか出来なかった。  しかし、ふらふら、とぼとぼと教室に赴いた私に更なる絶望が待ち受けているだなんてその時の私は知る由も無かったのであった。

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執着

 「あれ?陽君さっきまで使ってたハサミ何処にやったっけ?」 困った顔でそう問いかけをしてくる幼馴染の春に僕は平静さを保つ為に少し息を整えながら答える。 「………そこの箪笥の上から2段目の引き出しに仕舞ってある」 「えぇ〜………あ、あった!流石陽君!記憶力がいいよね〜いつもありがとう!」 「………ただ君が忘れっぽいだけだろ」 ついさっき使って仕舞ったハサミの場所を忘れるだなんて忘れっぽいを通り越して馬鹿なのかと思うが、学生時代の成績はそこそこ良く、お気に入りの物や人の事は忘れてはいないみたいなのでどうでも良い物に関しては本当にただただ忘れっぽいだけなのだろう………つい先月までは本当にそう思っていた。  春が僕の足の腱を切り二度と歩けない様にし、両腕も切断してここに監禁するまでは。  「むーーー!むーーーー!!!」 口をガムテープで塞がれて手足をインシュロックという結束バンドで縛られ床に転がされている女の人が非難する目で僕達を見ていた。  年齢は20代後半。 最低限の灯りしかない地下倉庫にいるので彼女の容姿の詳細は分からないが、多分1週間前僕に話しかけてきた人だろう。 そう、春にわがままを言って車椅子で外に連れ出されたあの日に、僕はこの女性に助けを求めたのだ。  「あぁ〜もう、煩いなぁ………私の陽君に粉かけようとした小蝿の分際でさ!!」 女の人の腹を蹴り上げる春はいつもの笑顔ではなく無表情だった。 お腹を蹴られた痛みに悶絶し体をくの字に曲げる女の人。 僕はそれをただただ見つめる事しか出来なかった。  「さぁ〜て、煩い小蝿は退治しなきゃ………私の陽君は誰にも奪わせないわ。私だけの………私だけの陽君だもの奪う奴らは………みんな敵よ」 手に持ったハサミを春が振り翳す。 躊躇いなく振り下ろされたハサミは女の人の腹に突き刺さった。 くぐもった悲鳴を上げ続ける女の人に春は何度も何度もハサミを突き刺し、女の人から悲鳴が聞こえなくなるまでそれを続けた。  「やっと………害虫が死んだわ………陽君今日で何匹殺したかしら?」 「…………6匹だよ」 薄暗い地下倉庫の床に転がる6つの死体。 いずれも僕に話しかけてきたり、僕を気遣ってきてくれた優しい人達だった。 そう、僕を助けようとしてくれた優しい人達だった。しかし、皆この悪魔の様な幼馴染の手で屠られてしまった。  きっとこの狂った幼馴染は朝を迎えれば自分がやった事をけろりと忘れ、明日もごくごく普通な顔で話しかけてくるのだろう。 そして、そんな幼馴染に狂愛されている僕は、明日も救いの手を求めて誰かに縋ってしまうのだ………差し伸べられた救いの手は全て幼馴染の手によって破壊されてしまうというのに………。  「大丈夫だよ、陽君………君の事は私がぜーんぶ面倒見てあげる。ずっと………ずっと一緒だよ」 車椅子に座る陽君は私が殺した小蝿に少し悲しそうな目を向けていた。 死んでも尚そんな目を向けられるあの小蝿に私は内心イライラしていたけど、すぐに陽君が私を見てくれたからどうでも良くなった。 陽君が………そう、陽君が私を愛してくれるだけで私は満足なの。  「春は………僕をどうしたいの?」 いきなりそんな事を言ってきた陽君の質問の意図が分からなくて私は首を傾げた。 「僕の手も、足も奪った君は僕のことをどうしたいの?」 「どうしたいって………私はただ陽君とずっと居たいだけだよ?どうしていきなりそんな事を言うの?」 少しだけ雰囲気が変わった陽君に嫌な予感がした。いや、でも、だって陽君が今更何かできる訳じゃないのに………。  「そう………わかったよ」 そう言った陽君は漸く普通の陽君に戻って「早く車椅子押してくれる?血生臭いここから早く離れたいよ」と私にお願いしてくれる。  そう、私が求めていたのはコレなんだ。 陽君の全てを私が管理して陽君がやりたい事全てを叶える事こそが私の幸福。 「うん、ごめんね陽君行こっか」 私はウキウキと真新しい車椅子を押してこの小汚い部屋を後にし、ご飯も要らないから寝かせてという陽君のお願いに従って私は彼をベッドに寝かせた。  「おやすみ、陽君また明日ね」 「おやすみ春」 いつもの夜の挨拶をして陽君の隣で私も眠った。愛してる人の隣で眠れる事に幸せを感じながら………。  「さようなら、春」  朝目が覚めたら陽君は冷たくなっていた。 手も足もないから舌を噛み切って窒息死したみたい……。  「陽君の嘘つき………ずっと一緒って約束したのに………嘘つき!」 陽君の遺体に八つ当たりしても心は晴れなかった。 もう、全てがどうでも良くなって私は今までしてきた事を警察に連絡して、冷たくなった陽君の隣で私も彼と同じ方法で死ぬ事にした。 だって、ずっと一緒って約束したもの。 絶対に…………逃がさない。

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社畜は今日も仕方なく仕事に行く

 目覚ましとして設定している曲が耳元に置いてあるスマホから鳴り響いて目を覚ます。 そして、対して役に立たない裸眼視力を強制的に向上させる為にベッドボードに置いてあるメガネケースから眼鏡を取り出して装着する。 人並みに良くなった視界が今日の天気を映し清々しい青空を見て、思わず深い溜息が溢れ出た。  「めっちゃ天気いいのに仕事とかマジ萎えるわ………」 とはいえ、今日は残念なことに作業やら何やらがフィーバーしているので休む事もできず、やれやれと思いながら仕方がなく寝巻きから白っぽい灰色の作業着へと着替える。  所々油汚れや土汚れが目立つのでそろそろ替え時かなぁと思いながらもついつい汚い作業着を着てしまう。だって新しい作業着汚したくないんだもの。  着替え終わってリビングに降りて行けば、ソファ前のテーブルに一つの写真立てとほかほかと湯気を登らせる自分のマグカップが置かれているのが目に入った。 ソファに腰掛けて程よい温度にぬるくなった墨汁色のそれを啜ると口の中に程よい苦味が広がり、寝ぼけていた頭を少しだけクリアにする。  「相変わらず眠そうな顔ね」 「はは、これは眠いんじゃなくて怠いんだよ」 母の言葉にそう返しながらふぁあと欠伸を凝らす。 今日が休みだったらなぁと思いながらしかし、作業があるしなぁという自分の責任感がジクジクと良心を突き刺してくるので眠くて仕方がないが諦めて仕事に行く事にする。  珈琲を飲み終わったところで洗面所へと赴き歯を磨き顔を洗って髪の毛を整えていく。 しかし、いくら櫛を通しても自己主張が激しい頭髪は纏まらず仕方がないので諦めて後ろで一つに括った。  身嗜みを整えたところで出発の時間になったので母が拵えてくれた弁当を持とうとしたのだが、今日は弁当を作るのを忘れてしまったのかダイニングテーブルには兄の弁当しかなかったので今日はコンビニ飯だなぁと思いながら家を出る。 「行きたくないけど行ってきまーす、行きたくないけど」 昔は素直に行ってきまーすと言えていたのに大人になってからは素直にそれすらも言えなくなってしまったので心が汚れたなぁと自嘲する。 外に出ればやはり非常に天気が良くて、こんな日に仕事しなきゃならないなんてと悲しくなった。 しかし、そう嘆いたところで仕事がなくなる訳ではないので大人しくとぼとぼと歩いて会社へと向かうのであった。  自宅から歩いて30分ほどの会社に着いたら普段賑わっている事務所がなんだかとても静かで気味が悪かった。 おまけに自分の書類だらけのデスクに盛り塩が置かれていてなんかの嫌がらせかなぁと少ししょんぼりする。  「あ、野田さんおはよーっす」 隣の席の無口な野田さんに挨拶をするが相変わらず挨拶は返って来なかった。 まぁ、こればかりは仕方がないと思うのでパソコンを起動したのだが、野田さんが「うわぁ!!」と叫ぶと徐に立ち上がって青ざめた顔をしながらどこかに行ってしまった。 お腹が痛かったのだろうか?少し心配になる。  そして、やけに白けた事務所内が途端に騒がしくなって事務所にいた人達は全員野田さんと同じくどこかに行ってしまった。 今日は災害訓練でもやる予定が入っていただろうかと思って卓上のスケジュールカレンダーを見てみたが特に予定はなかった。 自分だけ知らされていないみたいだからこれはパワハラに値するなぁと少しだけ悲しくなった。事務所の人達と仲良くしてたと思ったのに……。  1人事務所でしょんぼりしていると黒い袈裟を着たお坊さんが入ってきた。 ご来客かな?と思って事務員さん達も皆出て行ってしまったから対応しようと席を離れる。 「おはようございます!今日はどの様なご用件でしょうか?」 「あぁ………貴方、まだ分かっていないのですね………」 「え?」 突然意味のわからない事を言われて面食らった。 そして、懐から取り出されたその新聞記事を見て漸く………漸く理解する事が出来たのであった。  私に一つお願い事を託して天へと昇っていった佐伯さんに手を合わせ、私はお願い事を叶えるべく沢山の書類が積み上げられた佐伯さんのデスクに向かいました。 そして、その引き出しの中からあるものを取り出して事務所を後にしました。  事務所の外には従業員の方々がおられ、私に連絡を取ってきた社長さんもおりました。  「黒川さん、佐伯は……佐伯は無事に成仏出来ましたか!?」 「えぇ、浅井社長。佐伯さんは成仏しましたよ」 「ほ、本当ですか……よかったです」 そう安堵の息を漏らす浅井社長でしたが私がある物を取り出してそれを起動すると表情が一変した。 そう、私が取り出したのは社長が数々の暴言を吐く音が録音されたボイスレコーダー。  自殺した佐伯さんは最後にこれを社員全員に聞かせて欲しいと願って天へと旅立ったのでした。

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私の可愛い子

 可愛いあの子は本当に時々にしか甘えてこない。 基本的に1人が好きみたいで、一人で日向ぼっこしたりお昼寝をしたりするのが日課だ。  それでもやはり寂しい時は寂しいのだろう。 人が本を読んでいたり、小説を書いていると気がついたらぺとっと人の側に寄り添っていてその頭を撫でてあげると嬉しそうに目を細める。  頭を撫でるのを途端に止めるとなんで止めるの!?とばかりに睨んできてもっと撫でてと頭を手に擦り寄せるのだ。 それが可愛くて可愛くてついつい構ってしまうのだが、あの子は自分が満足するともういいとばかりに自分から離れてしまい、少し寂しさを覚えたりする。  可愛い可愛いあの子は実は私なんかよりも一番上の兄に懐いていて、兄を見つけると一目散に飛んでいく。 微笑ましいなぁと思う反面少し悔しいなぁと思いを抱く私に、兄が勝ち誇ったような笑みを浮かべるのがこれまた腹立たしい。  まぁ、3日勤務して3日休みという普段の人よりも休みが多い兄だから、一番あの子と接する時間が長いというアドバンテージがあるからあの子も懐いているんだろうなぁという事が分かる。  「本当にこの子可愛いよねぇ……」 「本当なぁ……あ、羽が抜けた」 「みょ?」 兄の肩の上にいるあの子は残像が見える程の速さで足を使って頭をかき、ふわりと小さな羽が抜けた。 「あ、指近づけたらカキカキしてって来た……まじ癒されるわぁ」 体長20センチもない可愛い可愛い愛鳥は兄の指に頭を寄せてなされるがままうっとりとしている。 しまいには溶けたアイスみたいにでろーーんとしてしまって家族皆で笑った。 「みょ!みょ!!」 笑うなぁ!とばかりに少しばかり大きな声で鳴く愛鳥だが、可愛いだけで迫力があまり無い。  「あぁ〜あ、不貞腐れちゃった」 不貞腐れた愛鳥がケージの上に飛んでいき、一羽でお気に入りのおもちゃの側にぺちょっと体をくっつける。  そして、各々自分のやりたい事をし始めると寂しくなったのか、私の肩に飛んできて私がいじっているスマートフォンのケースを噛んだり、指を甘噛みしたりするのであった。  「構ってほしいの〜?しょうがないなぁ〜」 スマートフォンを置いてさぁ構ってやろうと指を近づけた瞬間バタバタとテーブルの下へと飛んでいってしまい、私はがっくりとうな垂れた。 一応飼い主なんだけどなあ………兄ちゃんだけじゃなくて私にも懐いて欲しいんだけどなぁ………とほんの少しだけ涙するのであった。  「ペットは飼い主によく似るって言うけど本当だね」 「うっせぇ、ばーか」 一応言わせて貰うが私は捻くれ者であってけしてツンデレではない。

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負の連鎖

 優しかったあいつはやはり己の優しさのせいで死んだ。 困っている人を見殺しに出来ないと言って大荷物を持ったご老体がそこにいれば駆けつけて荷物を持ってやったりしていたし、転んで膝を擦りむいた子供がいれば治癒魔法を使って治してやったりしていた。  なんでそんな無意味なことをするんだ?と俺が聞けばあいつは無意味なんかじゃないと少しだけ憤慨したように俺に言った。 『優しさが伝われば優しさが返ってくる!だから私は困ってる人がいたら助けたいんだ!』 偽善者の言い分に反吐が出そうになった。 どうせ、俺達が何をしてやったところで俺達は化け物であいつらは俺達を迫害するだけだというのに。意味がわからなかった。  『大丈夫!いつかルカにも分かる時が来るさ!』 そう笑顔で言ったアイツだったが、結局人間達は俺達を化け物として扱った。 ただただ人よりも長生きで、魔術なんていう物が使えるだけだというのに人間は魔族だ何だのといって俺達を殺しにかかってきた。  殺しにかかってきた人間の中にはアイツが助けてやっていた人間の姿もあって、やはりアイツが行ってきた事は無意味だったんだと思うと何故か胸の奥が痛かった。  『ルカ!逃げて!』 一瞬の隙を見せた俺は人間が放つ矢に気がつかなかった。 そして、矢にいち早く気が付いたアイツは俺を押しのけるとその矢によって心臓を貫かれて死んだ。 呆気なく、本当に呆気なく230年と生きたアイツは死んだのだ。  矢を放った奴は転んで膝を擦りむいて泣いていた小僧だった。その目には憎しみしかなかった。 アイツの優しさは人間に何にも伝わらなかったのだと思い知らされた瞬間だった。  「だから言っただろう!人間なんて信用するなって!優しくしたところでアイツらにとって俺達は魔族で化け物なんだって!」 なにも言わなくなったアイツの亡骸を腕に抱きながら俺は天に吠えた。  おしゃべりだったアイツはもう何も語らない。  お節介だったアイツはもう何も俺に助言しない。  幸せにしてやりたかったアイツは………俺の代わりに死んでしまった。  苦しくて悲しくて辛くて仕方がなかった。 諦めていた筈だったのに人間と仲良く出来やしないって諦めていた筈だったのに、底抜けに優しいアイツがあんな事を言うから少しだけ期待してしまった。  その結果がこれだ。 愛した人は二度と目を覚さない。 俺を取り囲む人間達は俺達を憎々しげに見て武器を構えている。  俺達がお前達に一体何をしたと言うんだ! 俺はともかくアイツはお前達の助けになっていた筈だろうが!! 何でこんな目に遭わなきゃならないんだ!  理不尽な扱いに俺は無意識のうちに魔力を放出していた。 それによって青々としていた空にどんよりとした雲が集まり、ポツリポツリと雨が降り出した。 そうだ、この悲しみは雨によって流してしまえばいいのだ、原因となった奴ら諸共。  「人間よ!滅びてしまえ!!」  突如降り出した大雨によってそこそこ大きかった村は土石流に巻き込まれて地図上から消えた。 そして、それを皮切りに人間と魔族との戦いが激しくなり、愛していた人を失った青年魔族は魔王となって人間達を滅ぼすために立ち塞がるのであった。  愛する者を失い心を壊してしまった魔王は気が付かない。 己もあの人間達と同じ事をしているということに。 罪のない人間を手に掛けているということに魔王となった青年は勇者によって倒されるまで気がつく事はなかった………。

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