倚吏

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倚吏

倚吏(より)です よろしくお願いします 受験期を無事終えてゆっくり執筆を再開中。

先生アテノ手紙

せんせいへ ひさしぶりですね。いかがおすごしでしょうか。 せんせいとわかれたひがきのうのようにおもえます。 わたくしはせんせいに“かな”をおしえてもらい、こうしててがみがかけるようになりました。 いまわたくしはあるおじいさんのもとでべんきょうをしています。 そのひとは“かんじ”をたくさんもっています。 まだちいさいわらべとばかにされます。でもわたくしもかんじをたくさんもてるようになってみかえしてやります。 せいいっぱいどりょくしますので、どうぞせんせいもおからだにきをつけて。 あなたをしたうせいとより ;;; 先生へ まえの手がみから一どきせつがめぐり、月日がたちましたね。みてのとうり、わたくしはかなりのかんじを知ることができました。先生はどれだけかんじをしっていて、もっているのでしょう。 まだわたくしはぜんぜんです。でももうすこしでもてそうです。つぎの手がみで先生にもおしえてさし上げますね。 あと、ししょうであるおじいさんの名まえは、びょうりんかねじ、というらしいのです。なにか知っているでしょうか。 先生からの手がみもまっております。 ほしうらのみなとまちにいるしょうじょより ;;; 先生へ 一年とは意外にも長いです。前のやくそくどうりに漢字を教えて差し上げます。 絆  これはきずなと読みます。でも、ほだしとも言うそうです。たちがたい人と人とのむすびつき、ごえんと言ういみなんです。けれどそれを反して人の心や行動の自由をそくばくするものでもあるらしいです。わたくしのししょうは人の世はほだしの方が多かったとおっしゃってます。それはなんだかかなしいです。だって、ごえんのことを、そくばくだなんて。でも、わたくしにも分かる日は来るのでしょうか。 どうか先生はわたくしたちのきずなをほだしだと思わないで。 また少し言の葉を知ったせいとより ;;; 先生へ ごきげんよう。今とっても楽しいです。今日基その漢字を覚えてほめられました。うれしいです。師匠は漢字を使い、裏も表の意味も知る事で自分だけの漢字が持てるようになるらしいです。 それにさいきん、しんゆうができました。恭ちゃんです。家事が得意な女の子です。きっといつか先生の所へいっしょにたずねに行きます。そうそう、近所の子たちの間で目かくしおにがはやっています。むつかしいですが、楽しいです。 ではまた一年後、お便りします。先生のお返事も楽しみにしていますね。 また会える日を待つ少女より ;;; 先生へ 大変な事になりました。一年を待たず十月で文を出す事をお許しください。 数週間前、いつものように近所の仲間で目隠し鬼をしている最中、私はある華族の方にぶつかってしまったのです。華族は気まぐれで大変大きな権力を持つと言いますね。なんせ國に十二家しか無い家元ですもの。私は元々孤児の身でしたし、どのような刑罰が下されるのかとても怖いです。若しくは便りはこれが最後やも知れません。もうすぐあの方の従者が尋ねてくるでしょう。 これだけは忘れないでください。私は先生の事をお慕いしている、と。 希望を待つ孤児より ; 応接間から声が響いて耳に入ってくる。 「ということで、あの少女を嫁にする事で代償とさせていただきたい。」 「あの子だけは駄目だ。わしの弟子だ。所詮子供が遊びの最中に誤ってしまっただけでしょう。何もそこまで……」 「喧しい。これは主人の指示である。それに一昔前では一刀されるくらいのものを……。清華家の嫁になれるのです、喜んでこそ普通の状況でしょう。」 「ならばわしの学匠の標や名誉を奪ってもらって良いのです。あの子はわしが大切に守ってきた……」 「学者だろうとただの老ぼれに価値は無い!そう頑なならば力ずくで……」 私がいる部屋の襖を勢いよく開けて清華家の従者が入ってきた。彼は私に合わせてかがみ込んだ。 「こんにちはお嬢さん。私は主人に頼まれて君を屋敷に招くよう遣わされたんだよ。一緒に来てくれるかい。」 大きな影と先程の口論と真逆の態度が恐ろしかった。 「い……嫌。」 その言葉を聞くと目が吊り上がったように細められ、腕を掴まれた。 「残念ながら拒否権はないのです。」 グッと引っ張られて馬車に押し込まれる。師匠が抵抗するも、力が弱くてなす術がない。 「さ、小夜ーーっっ!待て!」 師匠!と叫びたいけれど意識が遠のいていく。周りから聞こえるのはよくわからない喧騒だけ。誰か……助けて……。助けて……。 せ ん せ い ! 目を開けると見慣れない天井があった。私はベツトに寝かせられていて、ビロオドの毛布がかけられている。部屋は豪華で洋風の装飾品や花瓶が飾ってある。 すると背丈の高い青年がこちらに歩いてきた。 「お目覚めですか。体調は大丈夫そうですね。」 青年は綺麗な詰襟に磨かれた靴を履き、髪はさっぱりと整えられていた。本の挿絵に出てきそうな美青年だろう。そのまま私の横へベツトに座った。 「誰ですか。」 「僕は清華家の次男の政崇です。君は目隠し鬼で僕に当たった小夜子さんでしょう。」 「その節は、本当にすいませんでした。私、なんせ目隠しをしていたものだから、気づかないったら……」 窓から夕方の光が差し込んで、私の手元と政崇の顔を照らし出す。髪が光に当たって金色に燃えるようだ。 「ははは。本当に可愛らしいね。そんなに気に留めてはいないよ、おおごとにしてすまないね。」 真摯な態度に一瞬いい人ではないかと思った。 「そうあの時、君が目隠しをとってこちらを見た時僕は…………」 彼は指で私の頬を触りながらこちらを見つめてくる。何か悍ましい気持がしたが目は逸らすまいと見返した。 「触るの、嫌です。」 政崇は言葉を無視してさらに手を握った。 「そうだ小夜子、歳はいくつだい?僕は二十一だけれど。」 「十三です」 「十三!大人びて見える。そう言われないか?」 夕陽が金色の装飾に反射して部屋中に光の欠片が舞っていた。政崇の瞳が私を離さない。 「嫁入りの話ですが、私、あなたのものにはなれないのです。」 「理由を聞いていいかな。」 眉が少し寄せられて綺麗に顔を顰める。 「私は先生と約束したのです。毎年一通便りを送って、十回目を送る時――つまり十年後に必ず迎えに来てくれる、と。あと五年なのです。」 「別に何もない。再会した時にはここの大広間で宴でもしたらいいだろう。ね?」 「しかし…しかし私は、先生の事が……」 「…………僕を好きにはなれないというのか。」 顔を近づけて見つめ合う。 少しすると、政崇が笑を溢した。 「ああ、駄目だなあ、僕は。相当に君に魅入ってしまったようだ。五年待つことにしよう。」 「本当ですか!どうか、師匠にも」 「ああ、勿論君の師匠も優遇しよう。でも君はこの屋敷で暮らすんだ。面会はできるように取り計らう。」 私はほっと胸を撫で下ろした。住む所が変わる程度に済んで良かった。 「奇遇にも僕も暫くは政治や戦争について國の事をしなければならないからね。しかし五年後からは情けなど無いよ。君は妻だ。」 政崇はそう言い切って立ち上がった。 「僕の家と君の師匠とも話を詰めに行こうか。さあ、来て。」 並ぶと身長差がよく分かった。上から小夜と呼んでいい?と聞かれ腕を組まれる。しかし私は心ここにあらずだった。どうしようもない事態から結局逃れられなかった。どうすべきなんだろう。……先生………。 ;;; 先生へ ご機嫌いかがでしょうか。去年の手紙ではお騒がせしました。私はその後様々な事があり、清華家の屋敷で暮らすことになりました。何故か政崇さまが私を気に入ってしまわれたようなのです。しかし良かったと思う点もあります。以前より高度な学問を学べるよう取り計らって頂いたのです。師匠とも会えますし、政崇さまはお勤めが忙しく、月に一度帰ってくるか、という具合です。恭ちゃんにも合わせてくれます。 あとは早く先生と会えたらなんて良いのだろうと思うばかりです。きっと来て下さい。 再会を渇望するあなたの生徒より ;;; 先生へ お久しぶりですね。最近、鋲鱗の師匠が病に伏せられました。でも、政崇さまが精を尽くしてお医者さまを探してくだすって回復の兆しがあるようです。今回ほど政崇さまを頼りに思ったのは初めてです。屋敷の人とも次第に打ち解ける気がしています。 もうすぐ私は学生の集まりがあるそうなのでその宴――パーテイーと言うそうですね――に参加してほしいとお誘い頂きました。とても楽しみです。是非また報告しましょう。 先生は今は何処にいらっしゃるのでしょう。心寂しくは無いですか。悲しくは無いですか。いつだって私は待っています。 新たに歩き出すあなたの生徒より ;;; 先生へ こんにちは。昨年言っておいたパーテイーですが、凄く煌びやかでした。西洋の音楽が流れて、洒落た服装のお姉様方、本当素晴らしかったです。全国から選ばれた優秀な学生が集ってらっしゃって、皆凄く賢明でした。そのあと政崇様が不機嫌になっていらしてました。私が遠くに言ったようだ、と。可愛らしいと思ってしまいました。 最近植物学にも興味が出てきております。随分奥が深そうです。しかし先生から教えてもらった文学や言語学ほど面白い講義はそう無いです。あなたのゆったりとした低い声でお話をもう一度聞きたいです。七、八年も前のことでしょうとお思いですか?しかし私には瞼を閉じれば直ぐにでも思い出される気がするのです。ではまた。 小夜子 ; 「小夜、綺麗だね。真っ直ぐな髪が似合っている。それに今日は君にこれを買ってきたのだよ。」 政崇様がテーブルに小箱を置きました。 「今手紙を書いていたのに。突然入ってくるなんて驚いてしまうわ」 文句を言ってしまいましたが、とても気になって箱を開けました。 「なんでしょうかこれは……」 「知らないのかい。まあ鋲鱗の所にいたものだしね。これは紅だよ。後から白粉も届くだろうね。」 「へえ、これが化粧に使う……!」 女学生の間ではしばしば話で飛び交うものでしたが、高価な物なので皆日頃から使う人は僅かでした。陶器の蓋を開けると目にも鮮やかな赤が入っており、感嘆の息が出ました。 「小夜も十六だし、約束ももう後二年。化粧に興味が出てきたのではないかなと思ってね。」 「ありがとうございます。政崇様。」 首を傾げて私へ近づいた。 「様って言うのはやめないかい。今はむしろ僕らは友人のようなものでしょう。」 「身分ってものがあるでしょう。」 「駄目だ!僕は心で君とつながりたいと思うよ。会える時間も少ないものだし。」 「善処しますよ……」 「つれないなあ」 ;;; 先生へ 鋲鱗師匠と昨日、碁を指しました。負けてしまったけれども……。皆んな元気にやっております。先生が何時でも帰って来れるように。 そうそう、私もお化粧とやらをはじめてみました。とても難しいです。お姉様方はこんな事をしてらしたのか……と尊敬です。先生と会う時には私、凄く上手くなっているつもりですので、期待していてください。 話を聞いたところ、先生は外国へ渡ってらっしゃるとか。私、知らなんだのでもっとお手紙を書いてほしいです。でもきっと忙しいのでしょう?お土産話を下さい。少なくてもいいです。私に、聞かせて欲しいです。 どうやら今日は星が綺麗な新月です。天文学にも詳しくなりましたので、また語り合いましょう。 小夜子 ;;; 先生へ ご機嫌いかがでしょうか。今日は ; 「君は先生の何も知らないんじゃ無いかい。」 「どういうことですか」 食事を珍しく一緒に摂っていた時のことだった。 「名前、知ってるのか。歳は。」 「……知らないわ」 「そんな分からない男を十年も待っている必要はなく無いか。返事だって一度と返ってきたかいがない。」 「今日はやけに言うじゃない。」 「だって明日十回目の手紙を出すんだろう。」 「…………。」 「僕は君を……その、本当に想っているよ。先生なんてもう幻想じゃないか。だから僕のところへおいで。鋲鱗も答えてくれないし、ますます怪しいってものだ」 「……まだ分からないよ」 「そうかな。返事がないのに?これは一方的な愛…」 私は席を立って、習ったお作法も無視して、飛び出した。私の部屋の机には書きかけの手紙がある。そうだ。わかっていたのだ。書けなかったのだ。私が先生を疑い始めてしまった。もう会う資格なんて無いかもしれない。 「私、今になって解らなくなってしまった。先生って本当に帰ってくるのかしら。全部、今までが何の為なのかも分からない!」 手紙は出さずに眠った。 ; 朝食を食べようと階段を降りた。私は政崇様と結婚するのだろうとぼんやり考えていた。 「小夜……。」 心配そうに隣にきて政崇が顔を覗き込む。 「政崇……。手紙、出さなかったの」 「そうか。僕を選んでくれたんだね。……嬉しい。小夜。」 むず痒い空気になった。 「政崇様」 メイドさんが階下から政崇を呼んだ。政崇は急いで階段を降りていった。 「あ、兄上。お勤めご苦労様です。随分久しぶりですね」 はっきり聞き取れないが誰かと話している。誰と話しているのかと目を凝らす と、 息が止まったかと思った。 ちょっと癖のある黒髪で、洋装で背がすらりと高く、脳に響く低い声。 いつものくたくたな着物じゃ無いけれど。遠くに見える後ろ向きの人影が……確かに記憶と同じだった。 先生がいた。 どうして何処かに行ってしまったの、とか。あなたの事をもっと知りたい、とか。私背が伸びたよ、とか。思いは溢れんばかりに湧き出した。どんな顔で振り向くんだろう。私に何と言って語りかけてくれるのだろう。足が動かない。 覚悟を決めて、息を吸って、心のままに。 「せんせい!」 今先生が振り向く。

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先生アテノ手紙

再来

 俺、川西トモキ!今日久しぶりに中学の友達と会えるってなってすっげえ嬉しい!夏休みの期間のこの時期ってほんとあちぃのな。まじクーラーないとやってけない。でもさ、今日はあんまり暑さを感じない。台風が迫って風が強いからかな?晴れ間が少しある曇り空を見上げる。友達が来るまでに、危うく空に飛ばされそうだぜ。    みんながポツポツと集まってきた。ユウとダイキとノゾミ、ショウタ。小学生の頃からの幼馴染。ユウはサッカー大好きで、ダイキは剣道で全国行ったんだよなあ。こいつら二人は成長していい筋肉ついてるな。羨ましいぜ!うわ、密かにノゾミをかけて戦ったことまであった親友のショウタが……やっぱイケメンになってるじゃねえか!髪型まで流行りのカンジかよ。でも俺の自慢の親友だけあるな。誇らしいぜ!ノゾミちゃんは……いうまでもなくかわいい!美脚!最高だなー。ユウが周りを見回して言った。 「みんな揃ったね」 「懐かしいよね〜この神社。木登りしまくってたよね」 ノゾミちゃん結構破天荒だったもんな……。 「あの日々を思い出すよな」 ダイキもそう呟くと、みんな思い出すように空を見上げた。 「ダイキ、そういや進路どうなった?」 「実はオリンピック選手を教えてた人に大会で見込んでもらってさ。マジの剣道の方進もうと思ってる。」 「すげー!」 「そう言うショウタは?」 「俺、高校でたら就職だよ。大学なんてやってけるかよ。自分で金貯めて、やりたい事全部やるんだ」 野心家のショウタらしい。頭をぐいっと撫でて言った。 「お前らしいな!」 ショウタは一瞬視線を彷徨わせてから言った。 「ノゾミとユウは偉いよな、大学行くんだから」 「私はただ昆虫の世界に浸りたいだけだよー」 ノゾミは昔から俺にとってきた虫を見せたり脅かしてたくらいだもんなー。知ってるか?虫について語るノゾミはすっげえかわいいんだぜ。 「俺はみんなと比べたら結構適当だよ。親に言われるがままって感じ。でもサッカーはサークルに入って続けたい」 「お前ら受験頑張れよ〜?」 「分かってるって、ショウタ」 「そういえばトモキって進路どうだったっけ?」 ノゾミちゃんに聞かれてトクイに答える。 「俺は専門学校を受験するんだ!!」 みんなのリアクションはほぼ無で俺は落胆した。もっとうおおお!とかないのかよー。ショウタが思い出したように言った。 「確か、俺といつか起業する時のために、専門学校は出とかないとみたいなこと言ってた気がする」 「て、照れるな……。なんだ、ちゃんと覚えてたのかよその約束!」 「トモキ、そうだったんだ。どんな会社作ろうとしてたんだろ」 「それは、秘密だっ!」 本当はこの五人で遊んだ時に思いついた事。もっと俺たちの思い出が続いたらいいのに……って言ったのがキッカケだった。思い出を残すための企業を作るのが俺の夢!それをショウタと実現して、三人に見せる時まで秘密なんだ! 「そろそろ、行くか」 「そうだなっ!」  夕暮れの道をゆっくり歩く。みんなほとんど無言で何かを思い思いに考えてるようだった。でもその静けさが心地良いぜ。大人っぽくなったみんなが、一瞬知らない人に見えた気がした。 「置いてくなよっ!」 少し遅れていたので、小走りしてみんなの元に駆け寄った。    「着いたね」 墓地だった。お盆だから、みんなでそれぞれの先祖にお墓参りしにきたのか。でも全員向かう先は同じようだった。 「久しぶり、トモキ」 「川西、きたぞ」 あ…………。 なあんだ、俺…………… 俺、死んでたんだ…………。 さっきまでの会話もよく思い返せば、俺への返事とか反応なんて無かった。それに、気づかないふりしてたんだ。暑さが感じなかったり、ショウタの頭を触った感触が無かったことも。 なのに。俺ずっと明日があるって思ってた。みんなとまた酒飲んだり、笑ったり、するんだって思ってた。 「トモキくん、ずっと私を笑わせてくれてたの。虫が好きな変な子っていじめられた時も、私が意地悪しても、そばに……。とっても好きだったのに」 希は、真珠みたいな涙をぼろぼろこぼした。 「アイツ、この約束の日に俺とひと勝負するって言ってたのに。俺は不戦勝なんて嫌だぞ」 悔しそうな顔をして大樹が空を睨む。墓石のそばに祐が花を丁寧に添えてくれた。 「俺一年前偶然川西と会って、あれが最後になるなんて、思ってなかった」 翔太は何も言わずに佇んでいる。 そして 「俺と一緒に頑張るって言ってたじゃん」 と呟いた。 ごめん。ごめん!叫んでも聞こえるわけなくて、雑木林のさざめきが響いている。夕暮れごろになく寒蝉や蜩の声が、台風の生暖かく強い風と混ざって夕空に抜ける。涙が出そうだった。 「俺さ、今日、みんなに会えるの楽しみにしてたんだよ。前から決めてた夏休みの、約束の日。」 夕日が消える瞬間、翔太と目が合った。 「また会いに行く」 「友紀………?」 その瞬間だけ俺は存在していた。 そしてその時、俺の頬を流れ落ちた涙が地面の土を柔らかく湿らせた。 夏の空気がすぐにそれを乾かしてしまったけれど。

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再来

私の疲れを癒すのは

 し ん ど い ! 心がずんと重くて、体が芯から凝り固まっているのを感じる。疲れている…。朝は5時に起きて、夕方まで。そこからまた夜も寝るギリギリまで今日の残りや次の日の分までの仕事に追われる。毎日がぼーっとしてるとすぐに終わってまた歳をとっちゃう。ジャネーの法則に乗っ取られる前に、私は新しい事を始めたい。けど、それをする元気が出ない。そこでとあるお店に出向くことにしたのだ。 〜  濃厚な味にどろりとした甘さ。そのあとからやってくる苦みが舌を絡めて、その香りは鼻腔までくすぐる。満足するまで堪能したら、もう一方を口にする。柔らかな甘味が滑らかに溶ける。回を重ねるごとに濃くなる風味が脳さえも痺れさせる気がする。 「はぁーー。糖分が足りてなかった!!」 無論、これは私のビターチョコレエトとホワイトチョコレエトの感想である。気落ちしたような気分をガラリと変えてくれる私の中で魔法の食べ物だ。そんな素晴らしいものを作っているのはご近所さんなのだ。家の近くに個人経営のチョコレエト専門店がひっそりとあるのをこの頃発見した。週に一回、そこに行くのをご褒美にしている。脳内でオーナーの声が甦る。 「いらっしゃい、赤木さん。」 趣がいい店内の装飾、穏やかなBGM。バニラの匂いと木造建築の木の匂いが全身を和らげる。オーナーはすっきりとした紳士を思わせる立ち居振る舞いで接客してくれる。そんなことを思い出しながら、お気に入りの小説の新刊を読みながら、アイスコーヒーを飲んだ。私の疲れを癒すのは……これしかないっ! 〜  忙しい!忙しい!いそがしい!!心を亡くすと書いてそうと読むべし。一旦月曜日が始まってしまうと、止まることは許されない。ノンストップ急行、まるで一週間が一日のような時間経過だ。社内の噂も、恋愛談もとても耳にできるもんじゃない。  そんなとある水曜、上司に呼ばれた。 「赤木さん、君は新人の中でも優秀だ。この部の重要事業に参加してくれないか」 有無を言わせない雰囲気だ。でも褒められたのは素直に嬉しい。 「了解仕りました」 「じゃあそうだね…白井君とバディで取り組んでくれ」 白井という人の机に向かうと人だかりがあった。もうすぐお昼休憩だからだろう。女性や男性問わず人気があるような人だなあと思った。 「す、すみません。白井さんですよね?」 「あ、どうかしました?」 私が来たことで人は捌けたが、遠くからの視線が痛い。 「次の事業のバディを先輩と組むことになりました、赤木です」 「君が赤木さんか〜。部長から話は聞いてるよ。よろしくね」 出会った初日早々、その殺人級スマイルに脳を撃ち抜かれたのは言うまでもない。 〜  本格的に仕事が動き出すのは来週かららしい。今までの倍は忙しくなるだろうと思われたけど、確信があった。白井さんがいるから毎日が癒しのパラダイスになる!、と。チョコレエト店のオーナーにその事を話すと、微笑みとため息を貰った。 「赤木さんが元気になるのは嬉しいですが、たまにはうちにも顔を出してくださいね」 「毎週行きますよ?」 「もっと仕事が増えるんでしょう。きっとそんなヒマも無くなりますよ」 「……、本当ですね……。」 「体を休める事も忘れないで。いつでもお待ちしてますから」 先の困難に気を揉みながら、オーナーの言葉を心の中で反芻させた。 〜  さっぱりとしたオフィス。に、白井さんと二人きりだ。他にも先輩たちや重役の方がこの事業に関わっている。ミスは許されない。だから指導役が最後にチェックをするのだ。ふんわーりとした白井さんが何故指導役に抜擢されたのか。しかしてそれは知らしめられた。 「違うよ、赤木さん」 「え?!すみません」 「ここ、よく見て」 「あ…ごめんなさい」 「ちょっと」 「は、はい」 細々とした事にも白井さんは注意してくれる。でも、数日が過ぎたが最近注意の後に不穏な空気を感じていた。本当はこんな単純なミスをして怒っている?そんな考えが立ちこめていた。 そしてこの仕事を始めて一週間後。白井さんは朝からストレスが溜まっているように見えた。綺麗な笑顔の底から恐ろしいオーラが見え隠れしているようなのだ。そして私は史上最悪に阿保過ぎるミスをした! 「赤木!」 「ひえ?!」 いつにもなく低い声がお腹の底から這い上がる。恐怖だ。 「ここの箇所、ちゃんと見てる?毎回俺に言われてるのに……全然分かってねえよな。俺の仕事増やしたいの?」 「い、いや…」 「どうせお前も、能力があるからっていいカオし過ぎ。やる事やれよ。あと俺の事そんなに見られたらしんどいんだけど。やめてくんない?」 別々で作業できるし自分の部署で仕事して?と言われて、先輩は部屋を出て行った。私は…唖然、だった。というか顔が良いのでチラチラ見てたの気づいてたのか。恥ずい。そして怒りが込み上げてくる。なんなのあいつ?!私は一生懸命やってるっていうのに!初めての仕事内容くらいわかんないよ!しかも些細なミスでそんなに怒らなくたって。 「おすすめのチョコください!」 仕事が終わり、夜の十時くらいにあのお店へ出向いた。オーナーに愚痴を聞いてもらうのも兼ねて。この時間は人がほとんど来ないので盛大にお喋りさせてもらった。 「なるほど…。白井さんも相当疲れているようですね。チョコをあげるのはどうですか?」 「えっ」 「そうそう、最近新作ができまして。焦がしミルクの風味を効かしたチョコで包み込んだビスコッティです。中には季節の果物が入っていて……」 「うわぁ…食べてみたいです!」 「試作品も合わせると作りすぎちゃって…おまけにするから白井さんにも……」 「うっ……。わ、分かりました。お裾分けしてみます。」 「ちゃんと仲直りするんですよ」 〜  もう来るなよ、と言われた会議室の扉を開ける。やはり白井さんはそこにいて、一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、昨日の怒りを思い出したのかふいと顔を背けられた。 「あの……昨日はすみませんでしたっ」 「……。」 「これからもっともっとこの仕事に慣れるよう努めます……」 「ふうん。それが何?」 「チョコ、食べません?」 「は?」 「えっと!私の行きつけのチョコレエト屋さんがあって、その新作で…」 包を開けていくと良い匂いと、チョコで包んだビスコッティが出てくる。見るだけで食欲がわんさと湧き上がるくらいだ。白井さんが隣でごくりと唾を飲み込む気配がした。 「……食べる」 一時作業を止めて、オーナーの新作を二人で食べる。 「ふふぁ〜!…美味しい!!流石オーナー!!」 「………!」 食べている白井さんは目を輝かせて、怒る時の険悪な目つきもストレスがありそうな表情も取り払われていた。 「う、美味いよ、これ!」 久しぶりの笑顔に脳みそがくらくらした。前のようなつくったモノではなく自然と湧き出た少年のような輝きが目に染みた。 「……ここ最近キツく当たっていてすまなかった。どうしても板挟みの状況と、今まで降り積もった疲労で自分しか考えていなかった。」 「白井さんも大変なんですね(もぎゅもぎゅ)」 「…赤木?もっと俺を責めていいんだ。ほんと、キャラ変わってただろ。前にも指導の時に担当した子、泣かせてしまったくらいで」 仕事の時の白井さんとは違って自信なさげに見える。困ったように下がった眉と伏せられた目が震えている。 「それって白井さんは悪くないですよ?」 「は?何を言って……」 「そういう状況を作った上司!もとい会社が悪いんですよ。白井さんが有能だからって押し付けすぎ。キャラ変わったって今もじゃないですか。別にそっちの方が私は本音を言ってくれてるみたいで安心できます。それに白井さんを今まで見てきて、本当に仕事素早くって尊敬しちゃうくらい……」 「まっ……待って」 元気づけるために、これから褒めまくっちゃおう作戦の割と序盤で白井さんが待ったをかけた。見ると耳が真っ赤で、褒められ慣れてないようだ。その表情が、可愛いと思ってしまった。いつもの貼り付けた笑みや、冷たい瞳と違った人間味が見える白井さんは………。 「照れてます?」 「違う!ただ……いや、うーん」 「私は仲直りできて嬉しいですよ。暫くはミス続くと思うんですが……すみません、お願いします。ってことで最後のやつは私が頂きますね」 「なっ……はっ?!だめだ。これはお前が俺に持ってきてくれたんだろう」 いろいろ混乱している白井さんが面白い。 「まあそうですけど……」 「……その、嬉しかった。初めてかもしれない。人に本音を言えたのは。心がすごい軽くなった。ありがとう赤木。」 真っ直ぐ見つめられると元の美形も相まって心臓がどきりと拍動する。私の疲れを癒すのは………。 「じゃ、半分こ」 オーナーのチョコ休憩が終わったら、仕事に取り掛かる。もういつものギスギスした空気ではないし、グッと心が近づいた気がする。 「白井クン、ちょっといい?」 「はい。赤木さん、しばらく次のデータをまとめといてくれないかな。すぐ戻るから」 やっぱり上司の前では以前のような口調になっている。ちょっと面白いけど。 〜  チョコレエト専門店に通うのが月二くらいのペースに落ちていた。白井さんとの仲直りをオーナーに話す。帰る前にオーナーの優しい言葉は、もはやご褒美になっている。しかし、よく頑張りましたね、の言葉を待っていた私には心外な言葉が待っていた。 「そう、とても仲良くなったんですか。でも仕事のミスをなくす方に力を入れる事も忘れてはダメですよ」 「えっ」 いつもにっこり笑って全肯定アンド見守ってくれるオーナーなのに、今日はなんだか素っ気ない。 「でもそれで、もっと白井さんの負担減らしてあげたいな〜って思って……」 カウンター越しにコーヒーを淹れる手を止め、オーナーは私の手に触れた。 「白井さんの事ばかり」 口の中で転がして食べていた小粒のチョコを危うく喉に詰まらせかける。 「私はあなたがもっと自分の事を優先して考えて欲しいんです。ほら、くまがある」 気にしないようにしていたけど、オーナーって男の人だった!と急に意識してしまう。でもこの癒し空間を失いたくないので、平静をとる。 「いや、そうだったらオーナーこそ私にばっかり構ってないでよ。自分の事とか他のお客さんについてとか……」 オーナーの握る手が両手になった。 「私は好きであなたにかまってるんです」 なんかいつも以上に頑固な気がする……。ど、どうするべき?!と思っていたら、電話が鳴った。夜にとは珍しい。でも私にはラッキーチャンスだ。 「もしもし?」 「あ、赤木さんよねえ」 大家さんからだった。その間もオーナーの視線が刺さる。 「大変なの。うちのアパート、放火魔にやられちゃって今火事になってるの」 「えええ?!」 電話はラッキーチャンスではなく、むしろ悪魔のようなものだった。 続

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私の疲れを癒すのは

【短編】しめわすれ

 よし、準備完了。忘れ物はないな。そう確認して靴を履いてドアを出る。僕は忘れっぽいので、こうしたらいいと同僚からアドバイスされた。うん。ドアも閉めた。ガスの元栓も、水道の蛇口も。クローゼットに金庫の扉も、この家の中全部、これでオッケーなんだ。ちゃんともとに戻しておくものはそうして、前と寸分違わないように。……絶対大丈夫。前は怒られて、上司に切れられたからなぁ。沢山モノの入った鞄を持ちなおした。すると家の中からドタバタと音が聞こえて、玄関のドアが開いた。 「俺を絞めるのを忘れていたようだな」 「あ」 男はそう言って僕の首を絞めてきた。しめ忘れたのを教えてくれて、おかげに僕の分までシめてくてるなんて。 「君、親切だね?」  そう言ってきちんと絞め忘れた分をポッケのナイフで片付けた。やっぱり小指が無いと手に力が入りにくいなと思いながら、男を家の中に押し込む。時間喰ったけど、締切に間に合うかな?証拠隠滅は諦める?まあいいか。生きてたら、危うく男のせいで組織の事が世間にバレてたかもしれない。それに口封じにアブナイ仕打ちを受ける運命だったかもしれないしね。僕みたいに。 「君、幸運だね」 モノの入った、重たあい鞄を持ち直して歩き出す。このお仕事にも慣れてきた。やっぱり僕も幸運かもしれない。

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【短編】しめわすれ

古典JKの恋 三

このもどかしさは昔からあると知ると少し、ほんの少しだけ前を向いていれる。 いえばえにいはねば胸にさわがれて心ひとつに嘆くころかな 昔、男がつれない女に慕う気持ちを詠んだ歌である。口に出して言おうとすれば言えず、言わなければ気持ちが落ち着かなくなって、私の心のだけで嘆くばかりのこの頃だ、と。とても共感できるのでは無いだろうか? 私が所属している白羽西高等学校、略して西高は指折りの進学校である。皆受験に重きを置いていて、そのために別れるカップルが多いらしい。そして今日、噂に精通しているAちゃんが衝撃事実を話した。 「Kくんとはるちゃんがさぁ、やっぱそろそろ受験だし、距離置くらしいよ。」 「ええ〜そうなの、亜美?はるちゃん達優等生だし乗り越えれそうだと思ってたけどなぁ」 琴美が不思議そうにする。Aちゃんーー亜美がずいと身を乗り出す。 「実は……はるちゃんが元カレに再燃らしいの!」 Kとはるちゃんが…。本当なのだろうか。私は噂は当てにしない派だ。なんなら直接本人に聞く派だ。しかしこういう自分に好都合の噂にはちょっと期待してしまう。そして恋愛感情というより、怒りが込み上げてしまう。何故Kに好いてもらえているのに、元カレに?誰かに好いてもらえる事がどれだけ貴重な事なのか分かってないのか?というはるちゃんに対して、の気持ちだ。一方的で、不確かな情報だけの噂だがそう思わずにはいられない。その様に悶々と考えていると教室に劇団員達が続々入ってきた。そう、今から学園祭の打ち合わせだ。そろそろ本番が近づいている。だいぶ皆と仲良くなれたので、解散が悲しく思われる。打ち合わせは順調に終わり、それぞれ帰路に着く折にKが来てくれ、と言った。稀に見る真っ直ぐな目だった。 「ちょっと相談したくてさ。」 空き教室に2人。西日が差し込む窓際の壁に持たれてKが言う。相変わらず顔立ちが整っている。私は適当な椅子に座って話を聞く。友達の恋愛相談で、聞き上手になった甲斐がある。 「はると付き合ってたんだ。でも、今……」 亜美が言っていた事と大差ない事実だった。そしてやはりKははるちゃんがどうして自分を捨てたのかと混乱している様だった。そして少なからず自尊心を傷つけられている様だ。 「……それでさ、もうすぐちゃんと別れるんだと思う。でもその時にはるが別のやつが好きだからっていう理由はイヤなんだ。お互い好きな人ができたから別れることにしたいんだ。」 「それは……」 余りにも自分勝手な恋心ではないか。 「だから」 「?」 「俺と付き合ってくれないか」 「……?!」 「実は、前から気になってもいたんだ。お試しでもいい、付き合ってたら好きになるかもしれない。」 ………………………。 嬉しい。 本心から最初に出た言葉はこれだ。脳ではKは自尊心を守るため私を利用していると、本当は、怒らなければいけないのに、やっぱり出てくる心の叫びは「嬉しい」だなんて…………。自分はつくづく馬鹿である。情けなくて声も震えそうだ。 「ちょっと………突然だし…。返事は、保留で」 好きがぶり返すって聞いていないではないか! はあぁぁ。こんな複雑な帰り道なんて今まで無いんじゃないか。大きすぎる溜息で魂まで抜けてしまいそうだ。とても間の抜けた顔で電車の窓を見ていると、窓にあの顔が反射して写っていた。Yだ!あの時以来二度と会えずじまいに、見ることもなかったのに。もう、これを逃したら。気づいた時には肩を叩いてYの名前を呼んでいた。と、同時に最寄り駅に着き、駅員のアナウンスが入った。しかもクシャミ込みだったのでアナウンスの爆音に声は悲しくもかき消されてしまった。しかしYはゆっくり振り向いて……ちょっと目を細めた。これが彼の笑い方だった。 「岬?」 覚えていた。涙が出そうなほど嬉しかった。 そのあと近くの公園で話した。 「覚えてないかと思った」 「俺、記憶力そんなに無いと思われてんだ?」 「え?いや、違くて……」 やばい、Yと話せているなんて夢にも思わなかっただろう。中学の時は意識しすぎて挙動不審に思われてたかもなあと感じる。身長は私を少し越すぐらいに伸びていて時間の移り変わりを感じた。 「はは、俺は時々駅でお前の姿見つけてたけどな。いっつも単語帳に夢中だったけど」 「そ、え、そうなの!?」 「俺やっぱそう言うマジメさが無かったから、お前と同じ西高に受からなかったのかもな…」 私のこと見ていたし、しかも同じ高校を意識してたのかもしれない意味深発言の連続投下。や、混乱というか混沌というか。気持ちが追いつかないというのをリアルで体験してしまった………。Yとは積もる話で会話がとても弾んだ。そうして、最近どう?というYの言葉で今日あったKとの事を思い出した。 「なんか思い詰めてんだな。ん………もう遅いし、連絡先交換してくれないか。」 確かにもう19時30分だ。 「いいけど……?」 「相談乗ってやる」 いつも相談を聞く側だったから、相談に乗ると言われるのがすごい嬉しくて新鮮だった。頼れる、という事はこんなに心が楽になるんだと。夜にYへ今日のことをLINEで伝える。すると直ぐにやめとけ、と返ってきた。それから親身にアドバイスしてくれた。最終的にはお前が決めるんだ、とも。いろんな事を考えてすぐに判断して結論が出せる回転の速さは前から変わってないなと実感した。それが尊敬する理由の一つでもある。それに、私の中でも気づけた事がある。それを明日、Kに伝えなければ。覚悟を決めた。 「返事、聞かせてくれる?」 屋上に続く階段で、Kと私は向かい合う。人通りが少ないこの場所なら誰かに聞かれる心配はないであろう。 「ごめん、無理だ。」 断られると思わなかったのか、Kの顔には不覚、と書いてある様に見える。 「昨日Kくんが言った事が事実なら、私をただ利用したいがための告白なんじゃない?」 「そんなこと…!」 「私もあなたが好きだったの」 「!…………。だった、か。本当なのか」 「あなたははるちゃんが元カレとまた付き合うのが嫌でそうするんでしょう?怒るのでしょう?そうするのは、好きが残ってるからなんだよ。ちゃんと自分の思いを全部はるちゃんに言って自分の中を解決するべきだ。その後に、したい様にしたらいいよ!」 ほとんど悲鳴だった。心の奥が震える。Yが強気でいけ、とアドバイスしてくれた事が唯一の支えだった。 「………。」 「大好きだったから本当の事を言ったよ………」 私が昨日気づけたこと。好きだったからこそぜんぶを言う。それが大事だと。 「…!岬っ!」 「みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れそめにしわれならなくに」 私は居た堪れなくなって、歌を残して走り去る。 * 岬に沢山言われたあと、ちゃんとはるに俺の全部を伝えた。好きだと。嬉しかったのは、はるも全力で本心を伝えてくれたことだ。元カレのRが好きだと。……正直辛い。恋に本気も適当もないけれど、真心の入った恋だった。それにも、ようやく区切りがつけた。青春に際限は無くて、何歳になってもこういう気持ちになれば青春してると言える気がする。気づかせてくれた岬には感謝と尊敬しかない。それにあの歌………。 岬のことを本当に気になり始めたことにまだ気付くよしも無かった。 * Iくんと琴美と中津くんで勉強会をよくする様になった。今日も市民会館で集まった。Iくんに教えてもらってからすごくわかる様になったので、また教えて貰おうという趣旨と、琴美と中津くんをいい感じにしようという趣旨がある。Iくんは初期に察した様で、一緒に作戦を立てる仲にもなった。意外とお茶目な面が垣間見れて幸福、眼福だ。 そうそう、結局Yとの連絡は続いていて、私が時々勉強を教える時なんかもありうる。好きだったことを今も伝えることはできていないが、きっと恋じゃ無かったんであろう。新しい出会いは直ぐそこにあるかもしれないじゃないか。遠い昔にもこんな気持ちになった人がいるのだろうか。歌をまた調べてみようか。いや、自分で詠んでみるのもいいかもしれない。 「ちょっと自販機にお茶買いに行くね」 「あ、いってらっしゃいー」 琴美と中津が一緒に買いに行った。 「ふふ。藤野さんと中津、いい感じだね。次の作戦をやらなくてもいいかもね」 「そうだね」 顔を見合わせてクスッと笑う。その時風が窓から吹いてきて岬のノートのページをパラパラと捲り上げる。Iが走り書きに気づく。 「この歌………」 「ん?」 「…いや、それよりさ、これ終わったらアイスでも食べに行かない?」 「うん!みんなで行こ!」 ノートの端には−− 憂きながら人をばえしも忘れねばかつうらみつつなほぞ恋しき                                            終 最後まで読んでいただきありがとうございます!最終話は長くなってしまいましたが……。和歌は結構現代に通ずるところがあるのがいいですよね。コメント欄に現代語訳がない和歌の解説貼っつけてます!

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古典JKの恋 三

香り、香る

あ、サイダーの香り。ある女の子が横をすり抜けてった。転校初日で廊下を彷徨ってた時だった。弾けるような感覚とほのかな甘さ。喉を通る時炭酸が少し苦しいような。あの子とまた会いたいな。 これ、恋かな。サイダーかな。青く透き通るラムネかな。 ◇ あ。やっちゃったー…。友達と馬鹿騒ぎしてたら手に持ってたサイダーを服にこぼしちゃった。しかも結構な量。ハンカチでとりあえず拭いてみる。 「わ、やべ。ごめん!ぶっかけるつもりは無かったんだけどさ」 急いで薫は自分の上着を私にかけた。ほわっといい匂いが包み込む。お花の香りかな。そういうの女子力無いからわかんないや。でもなんだろ。優しくて暖かくて…安心する。 「シャツ透ける…から早くなんか着替えてこいよ!」 「もう、言わなくてもそうするよ!」 廊下を走って保健室に行く。心臓のドキドキが私の足を速く回転させる。 これ、なんだろ。お花の香りのせいかな。昼下がりの魔法かな。 ◇ あ、懐かしい。電車で小さい赤ちゃんを連れた女の人が乗ってきた。俺は席を譲った。隣にいた違う学校の野郎も同時に席を譲ろうと立ち上がっていた。結局2人して吊り革を握ることになったが。その女の人からはお母さん独特の柔らかくて甘ったるくて、すぐ眠りにつけそうな匂いがする。赤ちゃんがお乳を飲む時期特有のやつ。昔の母を思い出す。弟を抱いて俺の頭を撫でてくれた母さんを。あの時の部屋は幸福とその匂いで満たされてた。もう母さんと弟は交通事故で死んだけど。伊月からLINEがきた。 「明日、サイダーぶっかけの詫びに何か奢ること!!」 こいつの明るさに昔から助けられた。そして今も。 これ、この関係、ずっと続くといいな。母さんと弟のこともこれから「悲しさ」から「心の支え」になるのかな。その時隣には伊月がいるのかな。 ◇ あ、またかよ。電車でも席を譲ろうとしたらシンクロするし、バイトでもシンクロかよ。よく顔怖いって言われるけど、バイト先は古本屋さんだ。店主が眼鏡をかけた笑顔のかわいいおじいさんなだけあって、俺が本棚整理してるの見ると怖がられんだよな。最近じいさんの調子が悪いらしいから店番もかなり頼まれる。それでシンクロっつーのは今…… 「あっごめんなさい!」 おんなじ本を同時に取ろうとしたことだ。ちびっこい身長の少年が「必殺・ボクシング道」という本を読みたがるとは。ほら、と本を渡してやった。 「どうやったら強くなりますか?」 目を輝かせて聞いてくる。……うーん。 「強くてもいいことばかりじゃ無いぜ」 自分の強さ(と強面)は人との距離を広げるだけ。喧嘩をしても恐れられ、活躍しても畏れられ、隣にいると怖れられる。 「僕はあなたのような心の強さに憧れます」 「……?!」 鼻の奥を本の匂いがついた。今まで自分を否定し、似合わないと思い続けてきたこの本屋の木の匂いと本の匂いに、今初めて気づいた。憧れてくれる人がいた。周りの世界が色づいた。 「…………ありがとう、少年。」 「え、僕22歳なんですが」 「へ」 これ、で、22歳?!やばい俺自信無くしてきたかも。まあ、これも、本が見つけたご縁かな。 ◇ ◇ ◇ 「あ、あのっ」 「みない顔だね。転校生?」 「うん。香野 仁と言います。」 「私は伊月 爽香。よろしくね」 「目黒 薫だ。」 「わあっ」 「ちょっと背後から脅かさないでよ。それで仁くんはなんで転校してきたの?」 「おじいちゃんが最近体調悪くて、実家で住もうってことになったんだ。」 「香野って香野書店の爺さん?」 「そ、そうだよ!よくわかったね!」 「あそこ、ちょっと怖めの店員さんがいるんだよね…」 「でもいい人らしいよ」 「ねえ、今からサイダー飲まない?全部薫の奢りで!」 「は?」 「サイダー…好きなの?」 「好きだよ」 この夏の暮れとサイダーと3人で歩いた田舎道の匂い、これが僕の青春だ。

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香り、香る

古典JKの恋  二

月日はあっという間に過ぎてしまいます。全てを置いて行って。 をしめども春のかぎりの今日の日の夕暮れにさへなりにけるかな  昔に、月日が過ぎて行くのを嘆く男が読んだ歌。名残惜しんでも、春の末の今日のこの日の、その上、夕暮れにもなってしまったなぁ、と。  私が昔思いを寄せていた男の子を2年ぶりに見かけて以来、気持ちがぐらりと傾いていた。分かりやすいように、彼とは夕暮れに出会ったのでYとしよう。 「覚えてる?」 と言っても 「誰?」 とかYは普通に言いそうだと予想がつく。言われたくないけど絶対そうにしかならないに決まっている。中学の時がそうだったのだ。あの綺麗な二重に見つめられると何も考えれなくなるに違いない。声をかけるのは諦めて姿を見つめるだけにしようかと思いが揺れる。いつかは仲良く話せたらいいのにと思いながら。 最近よく恋愛相談をされる。どれも仲のいい友達だ。特に一番よく一緒にいるCちゃんの恋愛についてよく相談にのる。好きな人は幼馴染のNくんで、「どうしたら意識してくれるかな??」というお悩みだ。私は今までに読んだ恋愛小説の知識をフル動員して対応している。なにしろ私はこんな可愛げのない性格だ。身長も高校生になっても男子とおんなじくらいという高身長。髪もショートだから恋愛の話なんて縁が無い。好きという気持ちもはっきりと分かってないが、親友の恋路を見守るのは好きだ。誰かに一生懸命になれるのは凄いし、そんなCちゃんはキラキラ輝いているように見えるのだ。私のNくんに対する印象は、ちょっと素っ気なく、リーダーの素質があって、面倒くさがり屋というものだ。しかし、Cちゃん曰く、励ましてくれたり、家まで送ってくれたり、気遣ってくれたり……Cちゃんには優しい面を見せているようなのだ。流石に私も凄くいい奴じゃんと思わずにはいられまい。なんだか羨ましくもなってしまった。優しい人に恋してたら苦しくなかったんじゃ無いのか?そもそもYは既に彼女もできているだろう。 「藤野、これ言ってたやつ。後さ、主任面談と委員の会議被ってるよな?」 「中津、ありがとー。あ!確かに!被ってるの気づかなかった……じゃあ先生に言わなきゃ」 「あー・・・それさ、もう俺西野先生に言った。」 「え!っと…………ありがとう」 「いや、まあ。じゃな」 お昼休みにCちゃんと話してたらNーー中津がCちゃんーー藤野琴美に連絡を伝えにきていた。 「私が気づかなかったのに、中津が先生に言って気にかけてくれるってどういう事?!照れるっていうか嬉しすぎる!!」 「なんかもうこの境地は夫婦の域なんじゃ無いの??いっつも息ぴったりだし、さっきも中津、満更でもなさそうだったよ」 教室にいる中津の方をチラッと見る。と、今好きな人ーーKとバチリと目が合った。そうだ、Kは中津と親友だったのだ…。この時脳裏に目が合ったら3秒見つめたらいいという何処かで見た知識が頭に流れ込んでくる。そらせない…! 「ぅ…………」 「ねえ岬、後昨日こんなことがあってさ!」 琴美の声で視線の交錯から解放された。私はなんで目を逸らせなかったのだろうか?実際1秒経ったくらいなのだが凄く重く感じられた。……衝撃だ。琴美との話も生返事しか返せなかった。 先生の気分が良かったので席替えをすることになった。くじを引いていくやつである。新しい席は……はっきりいうと最悪。一番前でも無いし、エアコンの風が当たらないところでも無い。先生によく当てられる位置でも無い。日当たりのいい後ろのあたりの席で、斜め前にKがいるだけだ。しかしそれがいけないのだ。 「よろしくねっ?」 前の席のKの彼女が挨拶する。……つまりKの隣が噂の彼女であった。どうしようか。ずっとKと彼女のやり取りを見ていたら気持ちが落ち着けることさえできない。憂鬱である。 劇団練習でチームとしてのまとまりが強くなってきた。Kとの距離もいい感じに一定を保っている。意外だったのは私のジョーク的発言が結構皆に評判だった事だ。やっぱりこういう和やかな雰囲気が好きだ。 演劇部の顧問が指導に来てくれるのだが、厄介な人であった。クセがあり、細やかすぎる指摘に少し面倒がってる人も多い。その人にKがやばい演技をさせられていた。驚き、歯向かうシーンなのだが、その仕草が大袈裟過ぎて面白い。舞台上ではそれくらいしなければならないだろうが、笑いが堪えきれない。先生が帰った後、皆んなで大爆笑した。 「お前よく耐えたよなあ!」 「いやー、マジであの先生やばい。」 「あはは!本番もあれで頑張れよっ!」 キッツ!ふざけんなって!と盛り上がっている。そうして練習が終わった。解散した後にKに呼ばれた。 「今回の演技さ、岬さんの冗談思い出して頑張ってみたらできたんだよな。だからサンキュ!また面白い話聞かせてな?」 「そうなの?お役に立てて嬉しいよ。ネタ探しとくね」 まさか私の話が役に立ってたなんぞ夢にも思わなかった。嬉しい…というよりさっきの面白さがかってしまう。お疲れ様、と手を振り合う時にKの顔に赤い夕日が差した。その瞬間に分かってしまった。こいつは友人として最高な奴だな、と。何故か一緒に過ごす時間が長くなって好きになると思ったけれど、友情が逆に芽生えるとは。刹那の間にどんな化学反応が起きたのか知らないが、好きという感情は気持ちいいほどなくなっている事に気づいた。先ほど会話をした時もどうやって次Kを笑わせてやろうかという事しか思い浮かばなかった。劇団をする上でその方が都合がいいし、気持ちなんて移り変わるものなのだろう。 感情は全てを置いていって変化する。時間と同じように。 「はい」 ぺこり。後ろの席にプリントを渡す時のIくんとのやり取り。Iくんは学年きっての秀才だ。本当に賢い……。テストは全部最高点を叩き出し、先生達からも一目置かれている。それとは裏腹に仕草が可愛くて自慢するでもなく、優しい。ジェントルである。日々Kと彼女の会話でダメージを食らっている目にいい保養にもなっている。Kへの感情は一区切りついたが、彼女のはるちゃんに対してダメージがまだあるようだ。はるちゃんはやわらくて可愛くて笑い声が綺麗………女子の魅力の化身のようである。そこを自分と比べてしまっているらしい。最近のトレンドも知らん、髪型にも拘らない、美味しいカフェも贔屓の服屋もない。自分は自分なんて保ってられるのは公の場では無に等しい。 今日も配布物を後ろに渡した時だった。Iくんが問題集を解いていた。毎回努力してるなぁと思う。すると、開いているページが全然分からなかった授業の時の所だった。邪魔だろうか……と思いつつも好奇心が止まらず聞いてみた。 「あの…ここの問題、全く分からなかったんだ。もしよかったら教えてくれないかな?」 Iくんはちょっと驚き…いや結構驚いてる様子だ。申し訳ない………!! 「別にいいけど…。昼休みだし今からでいい?」 「いいの?!」 「ああ、うん。どういったとこを説明して欲しい?」 「えと…かなり最初からなんだが……」 落ち着いた声が耳をくすぐる。一つの参考書を覗き込んでるだけでIくんの事がちょっと分かったような気分になる。 その私たちをKが見ていたことを知る由もなかった。

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古典JKの恋  二

心の地下室

 私はここに地下があるって信じてる。ここって言うのは今私が立っている体育館の裏っ側の倉庫の辺りよ。周りは手入れがして無い草がいい感じにかもふらーじゅになっていて、如何にも秘密の場所なのよね。こういう所って私大好き。誰もいない、私だけの空間みたい。小学生ってやっぱりコドモっぽい。クラスの子たちは私が意見を言うたびコソコソ、ちらちら、クスクス。こんな時に限って団結力が高まるのはどういう事?って思うの。だから私こんな場所が好き。  体育館の裏の話だけど、この前声が聞こえたわけ。地底の奥から響いてくるような感じね。その時は、まあ、年相応に怖くなって家に帰っちゃったけれどね。私は本をたくさん読んでいるので、こんな仮説を立てたわ。 ①あそこには地下帝国と地上を結ぶ階段がある。 ②地下牢獄があり、その窓から誰かが助けを求めている。 ③地下に発電システムが埋め込まれている。異常事態時になる音が聞こえていた。 現実的な仮説も立てることで、きゃっかんせいを持って事実を受け入れられると思わない?私は年の割にオトナだからねっ。それを確かめるべく、金曜日の放課後にここに来た。  僕はクラスのみんなが、嫌いだ。毎日小学校からぼろぼろで帰る。え?見た目は全然ぼろぼろじゃないって?そうさ、心が痛くて千切れかけてるんだ。見えないの。先生に言えってよくあるよね。でもね、先生も切り裂く側なんだよ。お母さんには、そんな僕じゃ情けなさ過ぎて言いたくないんだ。これは唯一のプライドかもしれない。そんな中救いが二つあった。飼ってる猫のミケ丸助。どんな時でもあったかくて、心を繋ぎ止めてくれるんだ。一番大事に思っている。もう一つはマリカちゃんだ。クラスの中で自分を傷つけない女の子。少し浮いてしまっている時も自信を持って行動している。僕は彼女を尊敬している。僕もこれくらいの勇気が欲しいなと。  最近ミケ丸助が帰ってこなくなった。食いしん坊だから必ず帰ってくるのに。僕は放課後、ミケ丸助を探すことにした。人がいないような所を毎日巡っていた。 「あれ?!」 体育館の裏側に来た時、マリカちゃんがコンクリートの段差みたいなところで寝っ転がっていた。 「あら、何しに来たのよ」 「えっと、えっと」 マリカちゃんの周りにはノートや虫眼鏡や色々あった。 「ミケ丸助…猫を探してるんだ。三毛猫でこれくらいの…見なかった?」 「………知らないわ。ここらに猫は来てないと思う」 「そっか………。ありがとう」 どうやらいないようだ。しかしマリカちゃんに何をしているのか聞かずにはいられない。 「マリカちゃんは何してるの?」 「?捜査よ。ここに地下があるはずなの。」 そう言っていろいろ見せてもらった。なるほど。そして今は前に聞こえた声を待っているらしい。 「僕は地底人がいると思うなあ!」 「ま、まあまあの仮説ね。一応書いておくわ。」 カリコリとノートに書きつける。真面目だなと思う。思わず見た横顔が近くって、可愛らしい顔立ちで心がドキドキと波打つ。それを打ち消すように立ち上がって、地底人に聞こえるように言った。 「ミケ丸助を見つけてーっ!いるんだったら返事しろーっ」 さわさわと風に揺れる草木の音が後に続く。 「ミケ丸助はここだ」 「「え」」急に低くこだまする様な声が聞こえた。 「ここだ」 僕らはお互いの手を取り合った。寒気が走る。だってここには誰もいないじゃないか!マリカちゃんの手から鉛筆キャップが滑り落ちて、鉄の網がかかった暗く深そうな溝に落ちた。 「痛って!」 声の主は溝……地下からだ!と同時に猫の鳴き声が聞こえた。 「ミケ丸助!!」 「返す」 キャップは投げられて帰ってきたけど、猫は網の隙間には通らない。 「学校の近くに橋があるだろ。あの麓にこいつを置いておくから、取りにこいよ」 「ねえあなた誰なの?」  まさかほんとに地下があるなんて。この人は色々としたけれど信ぴょう性が無いわ。 「そこは地下牢獄?それとも世界を繋ぐ階段なの?」 「んー……そうだなあ。心の地下室、かな」 私には理解が難しい。心の?どういう事なの? 「マリカちゃん……だよね」 「!?」 名前を教えてないのに、知っている。テレパシー?怖くなってショウくんの手を握る。でも二人とも暗い溝を覗き込む事をやめられない。 「最後に話せて良かったよ……。ショウ…くんも二人とも、じゃあね」 それっきり声は消えてしまった。水が滴る音がこだましていた。  それから無事、ミケ丸助はあの場所で見つかり、マリカちゃんと良く話す様になった。僕は勇気の扱い方を知ったし、マリカちゃんは笑う事を知った。僕が笑わせた時の笑顔が最高に可愛かった。僕らは高校生になっていた。僕は心が切れ切れになることはなかった。とても毎日を楽しんでいた。その後、ミケ丸助は老衰で亡くなった。まるで僕の心が大丈夫なら役目を果たしたという様に。僕は泣いた。  でもそれ以上に悲しいことがあった。それは、マリカちゃんが死んでしまったことだ。交通事故だと聞いた。その日、会って告白しようと決めていた日だった。どうしようもない事に涙が止まらない。いつも支えてくれた、ちょっと気の強い女の子。もう一度でいいから話したい。話したかった……。  ある昼下がりに、昔ミケ丸助を見つけた橋の麓に行った。するとそこには居ないはずのミケ丸助がいた。酷く動揺した。当時は気づかなかったが、橋の下には大きな地下水路の入り口があった。ミケはそこに入って行った。僕は泣きながら着いて行った。迷宮の様に思える地下水路は端が歩ける様になっていて、時々地上の明かりが上にある溝の隙間から降り注ぐ。ある一角にミケ丸助は住み着いていて、僕もマリカちゃんの事で心を落ち着ける時によくここにくる様になった。ここでは何もかもばら撒いて、整理するための心の裏側の様だった。ある日、いつもの様に水路で本を読んだりしているとマリカちゃんの声が聞こえた気がして、思わず愛してると呟いた。水路の中で響いて消えてしまった。 次の日は、 「ミケ丸助を見つけてーっいるんだったら返事しろーっ」 ミケ丸助は勿論僕の側にいて、目が合った。 「ミケ丸助はここだ」 ミケ丸助が三日月みたいに笑った気がした。

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麗しの蝶の君

 ーねえ知ってる?あそこにいる女の子。 確かに向こう側の校舎に、いた。スラリとした立ち姿に長い黒髪を伸ばして、目を伏せている。逆光も相まってとても儚く見える。顔を上げて彼女は再び歩き出した。驚くほど端正で麗しいという形容詞が似合う顔だった。すうーと滑るように優雅に歩いて校舎の影に消えてしまった。 ーあの子ね、蝶々なんだよ。 そう言われても驚きはなかった。ぼんやりとそうだろうなぁ、そうに違いないと納得させる節があった。 「は?どうゆう事?」 しかしそう思ったのは数ナノ秒程度のことで直ぐ問い返した。 「あの子は蝶なんだよって話。」 「………人間じゃん?」 こいつは何を戯けているのか、友人の三波という奴は……。 「本当は蝶なんだよ。いつも保健室に行っているらしいんだけどね、そこで蝶の本性を出すんだって」 信じられない。そんなお伽話みたいなメルヘンチックな展開は今までなった事がない。 「結構みんなが言ってる噂だよ。見た人もいるんだって〜」 あほらし。でも脳裏にはありありとあの子の姿が焼き付いている。かわいいというより美しすぎて眩しい。心を奥の方から全部あの子の近くに掻っ攫われたようだ。そう思った後、三波を見て言った。 「興味ないよ」 翌日、ズル休みをした。5時間目は心地よい午後の陽気でほわりとした気持ちになる。勢いで抜け出してしまったが、足は保健室へ向かう。中庭に面した窓からそおっと覗くと先生はおらず、彼女−−噂の蝶の君がベットからスッと立ち上がっていた。暑いのか、シャツを脱着始めた。その姿がまるで羽化する蝶だった。エロい気持ちは微塵もなかったと自信を持って言えるだろう。それほどの神秘にも思えたのだった。よりほっそりとした手や首が露になり、鎖骨のラインが綺麗だ。スカートにキャミソールという出立で冷蔵庫を開けた。きっと誰も見てないと思ってるに違いない。冷蔵庫には「今日の分あります」と紙が貼ってあった。 彼女はそこから透明な液体の入ったグラスに口を付けてコク、コクと飲んでいる。俺は今世界で一番透明で透き通る気持ちになった。美味しそうに美味しそうにゆっくりと飲み干した。その視線は窓へ滑った。 「誰?」 大きく見開いた目はガラスのようで……じゃない、俺は今、覗きをしていたんだ………! 「いや、まあ……その………」 「君は、誰?」 全く怒る様子もなく柔らかく微笑みかけてきてくれた。窓越しに距離が縮まる。 「凄く、美味しそうに飲むね」 自分でも何を言ってるのか分からなかった。くすっと笑って言った。 「明日も冷蔵庫に入ってるはずだから飲んでみてよ。私、明日は学校に行かないから。」 行けないの方が正しいかなと呟いた。そして俺の名前は古結だと言った。彼女は藤花というらしい。眠りたいからまた今度話を聞かせてと言ってベットに戻った。その後ろ姿には白い肌には似合わない大きなあざがくっきりと見えた。疑問を感じたがすぐさま明日に液体の正体を突き止めることに思考が傾いた。寝息が聞こえるまで側にいた。 翌日、昨日と同じ時間に保健室に行った。蝶の君はもちろんいなくて、先生も偶然いなかった。冷蔵庫に手を伸ばした。グラスに昨日のような液体が入っていて、口を付けるのも躊躇われたので指先を突っ込んで舐めてみた。 甘い………これは、砂糖水、だ。 そのあとの記憶は曖昧になってしまった。自分の中の何かを大きく揺さぶっていたからだろう。そのまま保健室にいたら、先生がやってきた。 「藤花さんは……?」 先生は顔面蒼白だった。出張から戻ったようだった。今日来なかったのね……と言った。その後、今一度として藤花さん−−蝶の君に会っていない。 先生からその後に聞いた話によると、藤花さんは家庭が貧しく、それにかなり家庭内暴力を受けていたようだ。あの時あざだと見えたものは内出血で赤黒く腫れていたためなのだ。きっとお腹にも沢山ついていたことだと言っていた。そして本当に食べる物に困っていた為保健室の先生がせめてものエネルギー源になるようにと砂糖を水に溶かしてあげていたそうなのだ。 あの日は父親が帰ってくる日で、家にいれば殴って蹴られてしまう。それで先生は父親に気づかれないように朝一で学校に来なさいと言った。しかし来なかった……。 もう一度でもいい。会って話をして、今の彼女の状況から救いたかった。恋をしていた………。 蝶について調べる時があった。観賞用に飼う人がいるらしい。中でも目を引いたのは−− 蝶は砂糖水を飲む ああ噂は本当だったんだ。彼女は人間であり同時に蝶だったのだ。とても悲しい理由を持っている、羽を痛めた蝶に。今はどこにいるのだろうか。あらゆる檻から解放されているだろうか。もっと早くに知り合えていたらどんなによかったことだろう?あのほんの少しだけの非日常が舞い込んできた夏とも秋ともつかない日を、俺は今も時々思い出す。でもいつか再会できる気がしている。 そうでしょう、ああ麗しの蝶の君。

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麗しの蝶の君

古典JKの恋

昔から身分に合う恋をするのが良いといいます。 あふなあふな思いはすべしなぞへなくたかきいやしき苦しかりけり 昔に身分違いの恋に悶える男が詠んだ歌である。その実私も似合わない恋をしている。意識するまではなんとも思っていなかったのに、今では過敏になってしまう。その人に自然と目がいく。この胸が踊る感覚や世界の終わりみたいな絶望感のサーフィンが退屈な日々を魔法みたいに変えてくれる。 でも、恋してはならない相手だった。きっかけは多分フォークダンスだろう。よくあるような事だろう。手と手を強制的に握るものだから、我ながら単細胞すぎて馬鹿らしい。私は長身なのだが彼はそれよりも高く、やはり良いと思う。学校の大体の男子は私と同じくらいか低いくらいで、視線を見上げる事に新鮮さを感じる。他の魅力は声の低さだろうか。聞いていて心地いい低音が頭の中で響く時こそ幸せだ。そんなこんなで毎日を過ごしていたのだが、ある噂を耳にした。 彼は同じクラスの人と付き合っているというのだ。本当なのか分からないがかなり真実らしいのだ。何故少しいいなー…と気になっていた人に限ってお付き合いをしているのか。しかもお相手様は去年に違う人と付き合っていたという事も聞いている。不思議な気持ちになってしまった。まだ恋とはっきり言っていい気持かも自覚しておらず、混乱の極みであった。それから私は前に慕っていた子に思いを馳せた。その子とは受験を機に別れてしまい、全く会えないのだが。短髪でさっぱりとした人であった。普段は無表情で何を考えているのか分からない所が見受けられた。しかしそれを考える事が楽しみ、そして刹那に綻ぶ笑みこそが最高なのであった。だが私は臆病なので、それは恋ではないと決めつけて気丈に日々を過ごしていた。避けれない別れが来て、少し経ってからようやく、もう少し近づきたかったという本望がとどめなく溢れてくるのだ。 現在、どうしようもない場所で宙ぶらりんである。側から見れば滑稽極まりない。悶え死ぬと言う言葉を先人が作ったことに感謝したい。このような感情は言葉にでもしない限り本当に精神が参ってしまいそうになるのだ。物語の恋はここで親身で恋愛上級者の友人や場を揺り動かすハプニングが起こるようなものだ。だが現実は自分から動かねば誰も物語のページを捲ってくれはしないのだ。私はギリギリの範疇の努力を最近してみた。学園祭の演劇に出ると言う決断だ。そうは行っても彼は主役を務めるが、私は接点がない最初に一度しか出てこない脇役だ。それでも行動できたことによかったと思っている。 「これ、」 日常で必要最低限のやり取り。それが増えた。演劇の練習でそこは嬉しい所である。私の役はセリフも少ないので練習開始3日目からすでに暇人と化した。同じ町娘役の子と主演陣の練習風景を眺める。シリアスな展開が続いているのだが、いつもは見れない表情を演技で見れて至福のいたりだ。すると驚くほど急に目が合う時があった。こう言う時は嬉しいより戸惑いと羞恥が勝るので、顔を効果音が付くような速さで背けてしまう。私の耳は赤くなってるかもしれない。だが世界はそんな事には構わずにもっと大きな事を中心に回る。 帰り、いつもとはかなり違う時間帯の電車に乗った。周りの大人や学生の顔ぶれも見慣れない。電車の心地よい揺れにずっと浸っていたい。終点まで乗って、また折り返しの電車に乗るのを繰り返したら乗り放題だ、いつかしたいと思う。人から離れる事って大切だと歳を取るにつれ分かってきた。元々一匹狼で他者とやってきたのだが。直ぐ最寄りに着いて、ドアの開閉ボタンに手を伸ばす……と、ある人も手を伸ばしてきた。慌てて引っ込める。手が触れ合ってあっ!みたいな展開はフラグが立っても自ら潰してしまう自分が残念だ。ちらと横顔を見るとその人は男子学生のようであった。ネクタイをしていて私の学校とは違うところの人だ。短髪で、日に焼けた肌でまつ毛が長く、どこを見てるのかわからない死んだ魚の目…… 「あ……!」 昔思いを寄せていた人だ。確信の稲妻が走った。でも自然を装い振る舞わなければならない。ここは公共の場なのだから。そのまま何も声をかけることはできなかったが、二年ぶりに顔を見れて狂喜乱舞だ。今違う人に思いを寄せているのに跳ねる心は誰にも止められない。薄く鋭い三日月が青とも黒ともつかない空に溶けているのが見えた。また会いたいと強く望んだ。 この単発小説を読んでいただき感謝です 続き読みたいって方はコメントしてくれたら続きを書きます!..

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古典JKの恋