夜ヶ咲
24 件の小説夜ヶ咲
ファインダーの向こう側、ずっと君を探している。/140字小説とその下書き Twitter→ https://mobile.twitter.com/yorugasaki
サイダーブルーは君の色だ。
サイダーブルーは君の色だ。青は遠い色だと知りながら、それに喩えた。 今更、透明な青さが鮮明になっていく。 例えば、思い出の君が一つも違わず描けたら。そんなことをいつも考えている。 枯れた桜の並木道に、無人駅のホームに、高架橋を抜けた道の先に。 記憶が多重露光のように淡く日常を彩っている。
たとえそれが錯覚でしかなくても、
甘い香りに誘われて、オレンジ色の小さな星を探している時のことでした。 一際強く芳る木の下で彼を見つけた瞬間、夢から覚めたような感覚がしたのです。まるで今までの全ての記憶が霧散するような、それでいて忘れていた思い出が蘇ってくるような。 たとえそれが錯覚でしかなくても、私には十分でした。
透明な君の証明。
遠近感を失う程の澄んだ青だけで彩られた空に、飛行機雲を一筋見つけた。 例えば白昼の夢見。 或いは数瞬の奇跡。 青ければ青い程、思い出の遠さが鮮明になっていく。 だから僕は夕暮を待つしかなかった。 透明な君の証明。 即ち流星の軌跡。 あぁ、飛行機雲が溶けていく。 想像的な君の姿を残したままにして。
彼女はバスに乗らなかった。
桜も落葉しきって、少し肌寒くなってきた朝方。 いつもの通り僕は小さな木造のバス停に行く。 いつもの通りそこには女性がいて、片手にサイダーを持っていた。 彼女が現れたのは丁度七日前。殆ど利用者のいないバス停だから、誰かがいるのは珍しくてよく覚えている。 いつもぼんやりと空を見上げている彼女は、雲のように白いワンピースを着ていて、凛と透き通った肌は風が吹けば溶けてしまいそうだった。 その姿を一目見た時、美しい、と思った。 一時間に一本程度しか来ないバスに、彼女は乗らない。待っているのは降りてくる誰かなのだろうか。 その日の夕暮れ時、帰りのバスから降りた僕は、やはりまだいる彼女に思い切って声を掛けてみた。 「誰かをお探しですか?」 彼女は驚いたように目を丸くすると、ぱちぱちと何度か瞬きをした。 それから微笑み、徐に口を開く。 「百日紅が咲くのを待っていました」 それだけ言って、赤らむ雲に溶けるように消えてしまった。 幽霊の彼女が見上げていた先には、昔、百日紅の木があったらしい。 何故だろうか、僕はその想像の中の風景に既視感を覚えていた。
彼女はバスに乗らなかった。
僕がバス停に行くと、凛と透き通った肌の女性がいた。 彼女はバスに乗らなかった。待っているのは降りてくる誰かだろうか。 その夕、まだいた女性に声を掛けてみた。 「誰かをお探しですか?」 彼女は驚いたように目を丸くして、徐に 「百日紅が咲くのを待っていました」と言って赤らむ雲に消えてしまった。
太陽が水面に揺れている。
太陽が水面に揺れている。 君の誕生日が迫っている、気がした。記憶は朧げだった。今ではその表情さえ、花が泳いで思い出せない。 想い出がひとつ、またひとつと溶け出していくようだ。それは恐ろしいことの筈なのに、体の芯まで冷えていく感覚が不思議と心地よかった。 そういえば、今日は夏に戻ったかのように暑かった。もう金木犀の香りも枯れ草に紛れる頃なのに。 「もうさ、こんな暑い夏からは逃げ出してしまおうよ」そう言った君の口元だけを思い出している。 そうだ、こんな暑い夏なんて投げ出してしまおうか。そう言いかかった口から泡ぶくが溢れた。 太陽が水面の向こうに消えていく。
太陽が水面に揺れている。
太陽が水面に揺れている。 君の誕生日が迫っている、気がした。記憶は朧げだった。今では、その顔さえ夏草が邪魔をして思い出せない。 「こんな暑い夏からは逃げ出してしまおうね」そう言った君の口元だけを覚えている。 こんな暑い夏なんて投げ出してしまおうか。そう言いかかった口から泡ぶくが溢れた。
それでも、ただ君に、
金木犀が香る頃、宛名のない手紙を書いていた。 元気で過ごしていますか。相変わらず泣き虫でしょうか。そんな言葉ばかり筆から零れる。 伝えたいことはなかった。 君はとっくに忘れているんだろ。 僕に勧めてくれた音楽も。 「忘れないでね」なんて言葉も。 それでも、ただ君に、またあの空を見せたかった。
君の吐いた花緑青が私の胸を締め付ける。
君の言葉は時々解らない。作った詩も、残していった手紙も。 いつか全部分かったら、君の元へいこうと決めていた。 そうして、長い桟橋の先に辿り着いた。水底に君が眠っている。 一寸先は海、渡り、ふわりと落下。 君の吐いた花緑青が私の胸を締め付ける。 その時、 「前世で待ってる」 君の言葉は時々……。
遠く、透く、君を見つけた。
夜隅で月を待っていた。 遠く、透く、君を見つけた。幽霊と見紛うほどに凛とした姿。 ノートにその風景を描いた。 ただ、君だけを描いていた。 夜を泳ぐような君を見失う前に。 不意に君は此方を見て、僕に向けたのは月明かりに照らされたような微笑み。 それからは、決まって記憶の片隅に溶けてしまうんだ。