夜ヶ咲

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夜ヶ咲

ファインダーの向こう側、ずっと君を探している。/140字小説とその下書き Twitter→ https://mobile.twitter.com/yorugasaki

サイダーブルーは君の色だ。

 サイダーブルーは君の色だ。青は遠い色だと知りながら、それに喩えた。  今更、透明な青さが鮮明になっていく。  例えば、思い出の君が一つも違わず描けたら。そんなことをいつも考えている。  枯れた桜の並木道に、無人駅のホームに、高架橋を抜けた道の先に。  記憶が多重露光のように淡く日常を彩っている。

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サイダーブルーは君の色だ。

たとえそれが錯覚でしかなくても、

 甘い香りに誘われて、オレンジ色の小さな星を探している時のことでした。  一際強く芳る木の下で彼を見つけた瞬間、夢から覚めたような感覚がしたのです。まるで今までの全ての記憶が霧散するような、それでいて忘れていた思い出が蘇ってくるような。  たとえそれが錯覚でしかなくても、私には十分でした。

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たとえそれが錯覚でしかなくても、

透明な君の証明。

 遠近感を失う程の澄んだ青だけで彩られた空に、飛行機雲を一筋見つけた。  例えば白昼の夢見。  或いは数瞬の奇跡。  青ければ青い程、思い出の遠さが鮮明になっていく。  だから僕は夕暮を待つしかなかった。  透明な君の証明。  即ち流星の軌跡。  あぁ、飛行機雲が溶けていく。  想像的な君の姿を残したままにして。

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透明な君の証明。

彼女はバスに乗らなかった。

 桜も落葉しきって、少し肌寒くなってきた朝方。  いつもの通り僕は小さな木造のバス停に行く。  いつもの通りそこには女性がいて、片手にサイダーを持っていた。  彼女が現れたのは丁度七日前。殆ど利用者のいないバス停だから、誰かがいるのは珍しくてよく覚えている。  いつもぼんやりと空を見上げている彼女は、雲のように白いワンピースを着ていて、凛と透き通った肌は風が吹けば溶けてしまいそうだった。  その姿を一目見た時、美しい、と思った。  一時間に一本程度しか来ないバスに、彼女は乗らない。待っているのは降りてくる誰かなのだろうか。  その日の夕暮れ時、帰りのバスから降りた僕は、やはりまだいる彼女に思い切って声を掛けてみた。 「誰かをお探しですか?」  彼女は驚いたように目を丸くすると、ぱちぱちと何度か瞬きをした。 それから微笑み、徐に口を開く。 「百日紅が咲くのを待っていました」  それだけ言って、赤らむ雲に溶けるように消えてしまった。  幽霊の彼女が見上げていた先には、昔、百日紅の木があったらしい。  何故だろうか、僕はその想像の中の風景に既視感を覚えていた。

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彼女はバスに乗らなかった。

彼女はバスに乗らなかった。

 僕がバス停に行くと、凛と透き通った肌の女性がいた。  彼女はバスに乗らなかった。待っているのは降りてくる誰かだろうか。  その夕、まだいた女性に声を掛けてみた。 「誰かをお探しですか?」  彼女は驚いたように目を丸くして、徐に 「百日紅が咲くのを待っていました」と言って赤らむ雲に消えてしまった。

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彼女はバスに乗らなかった。

太陽が水面に揺れている。

 太陽が水面に揺れている。  君の誕生日が迫っている、気がした。記憶は朧げだった。今ではその表情さえ、花が泳いで思い出せない。  想い出がひとつ、またひとつと溶け出していくようだ。それは恐ろしいことの筈なのに、体の芯まで冷えていく感覚が不思議と心地よかった。  そういえば、今日は夏に戻ったかのように暑かった。もう金木犀の香りも枯れ草に紛れる頃なのに。 「もうさ、こんな暑い夏からは逃げ出してしまおうよ」そう言った君の口元だけを思い出している。  そうだ、こんな暑い夏なんて投げ出してしまおうか。そう言いかかった口から泡ぶくが溢れた。  太陽が水面の向こうに消えていく。

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太陽が水面に揺れている。

太陽が水面に揺れている。

 太陽が水面に揺れている。  君の誕生日が迫っている、気がした。記憶は朧げだった。今では、その顔さえ夏草が邪魔をして思い出せない。 「こんな暑い夏からは逃げ出してしまおうね」そう言った君の口元だけを覚えている。  こんな暑い夏なんて投げ出してしまおうか。そう言いかかった口から泡ぶくが溢れた。

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太陽が水面に揺れている。

それでも、ただ君に、

 金木犀が香る頃、宛名のない手紙を書いていた。  元気で過ごしていますか。相変わらず泣き虫でしょうか。そんな言葉ばかり筆から零れる。  伝えたいことはなかった。  君はとっくに忘れているんだろ。  僕に勧めてくれた音楽も。 「忘れないでね」なんて言葉も。  それでも、ただ君に、またあの空を見せたかった。

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それでも、ただ君に、

君の吐いた花緑青が私の胸を締め付ける。

 君の言葉は時々解らない。作った詩も、残していった手紙も。  いつか全部分かったら、君の元へいこうと決めていた。  そうして、長い桟橋の先に辿り着いた。水底に君が眠っている。  一寸先は海、渡り、ふわりと落下。  君の吐いた花緑青が私の胸を締め付ける。  その時、 「前世で待ってる」  君の言葉は時々……。

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君の吐いた花緑青が私の胸を締め付ける。

遠く、透く、君を見つけた。

 夜隅で月を待っていた。  遠く、透く、君を見つけた。幽霊と見紛うほどに凛とした姿。  ノートにその風景を描いた。  ただ、君だけを描いていた。  夜を泳ぐような君を見失う前に。  不意に君は此方を見て、僕に向けたのは月明かりに照らされたような微笑み。  それからは、決まって記憶の片隅に溶けてしまうんだ。

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遠く、透く、君を見つけた。