綾紀イト
21 件の小説終わり
久々の投稿です、待っていた人がいるか分かりませんが、もし居たら申し訳ないですが悲しいお知らせです。 ほんの少しの間でしたが、創作活動はとても楽しかったです。 私が書く文章は上手くはないし、自分語りのようになっても自分の心を完全に救いきれない内容で、読んでいても、一瞬私の名前を見ただけでも、不快感を催してしまったかも知れないと思うと……ここに居ても迷惑だと自覚したので投稿停止します。 システム上としてコメントを封鎖出来なかったのはかなりキツかったです。 ハッキリと自分の弱点を突かれるのは辛かったですが、私の弱さゆえにそういう方に指摘されやすい人生を送っているため、我慢するしかなかったです。 私が創作をしていたのは、簡潔にまとめれば居場所が欲しかった。 ただそれだけですが、自分の持病や性質上どうしても人に好かれない人間なので、努力して治そうとしてもいつも失敗するので……最低限のリアルの付き合いで名前も覚えられないモブで居続けようと思います。 現在はモラハラ元彼がメンヘラ元彼に変化をして、今の人間関係がその人しか居ないので、もうこの人に一生を尽くそうと決めました。 多分、自分にお似合いの人生なんだと思います。誰かにとっての……主役とはいかなくても重要な人物になりたくても、家族にも友人にも恋人にも大事にされなかった人生です。 私が大事に思っても持病で上手く伝えられない、病気のせいにしなくても元々の性格が悪かったんでしょう。 私はどうあがいても、どうしようもない人間です。 絵を描くにも文章を書くにも中途半端で、生き方も中途半端です。自覚しているなら直せば良いと強いメンタルをお持ちの方は思うでしょうが、20数年この性格で生きるともう無駄だと思ってしまうのです。 私には姉が居ますが、私と同じように虐待を受けて育ちました。ですが姉は腐らずにいて友達も多くバイトもたくさんして大学に進学して、私がなりたかったカウンセラーの資格も持っています。 もうじき姉は結婚です、そんな中で私は仕事も恋愛も趣味も何もかも上手くいかずに、◯ぬ事ばかり考えています。 姉には劣等感と嫉妬心がありますが、尊敬の気持ちもあります。自分が虐待を受けていたから子ども達を救いたい、その気持ちに真っ直ぐと生きて素晴らしい人間だと思います。 私が虐待を受けた子どもを救いたいと思っていたのは、自分の幼少期を子どもに塗り重ねて、自分を救いたいだけでした。 だから私はこうやって、ひっそりとただ寿命が迎えに来てくれるのを待つだけです。 どうせ何をしても自分は活躍出来ませんし、誰かの心を救えません。そんな立派な人間になりたかったなと涙して、寿命を縮める行動を取るだけです。 せめて、最後にこんな人間が生きていた証を残したくて書きました。過去に書いた文章達も私が書きたかったものや、自分の心を救いたかったものがあり……消すのも憚れます。 ただ、こんな人間が今もひっそりと死にたがっても死ねないまま、無意味に命を消化している様子を想像して笑って下さい。 無名で何をしても報われないし評価なんて貰えなかったのは、まるで私の人生を表しているようですね。 純粋に面白いと思ってくれた人の評価があったらとっても嬉しいことですが、同情のほうが多いでしょう。 コメントや評価をくれた優しい有名な方々にはこのまま幸せに活動して頂きたいです、私はこのまま終わらせます。 最後まで読んでくれた人がいるか分かりませんが、もし居たら心配しないで下さい。死ぬつもりはありません、ただもう創作を辞めるだけです。 ある意味、私の心の自殺かも知れませんが自分を持ったまま生きるのは相当な強さと味方と安心できる環境がないと無理な話です。私には何もかもないし、得る事が出来ない性格と人生です。もう心を殺して、普通の人間に紛れるように生きる術を模索します。 ありがとうございました。
アマリリス 〜輝くばかりの美しさ〜
──アマリリス、それはとても大きく、可憐な花。 花言葉は【輝くばかりの美しさ】──。 私はそんな眩しいぐらいの花を、あえて日常の一コマに置いた。“日常に輝きは潜んでいる”という一言を添えて。 今思えば小っ恥ずかしい言葉だったが、その時は大切な……切磋琢磨し合える仲間がいた。その仲間達を励ましたくて描いた絵でもある。 この絵を小さな地域のアート展で披露したところ、まさかの最優秀賞を頂けた。仲間達が駆けつけて来てくれて、票を入れてくれたんだ。 他にもたくさん素晴らしい作品、例えば刺繍や服や美少女のイラストなどがあったが。 私はあの時、初めて──生きていて良かったと思えたんだ。信頼できるお婆さんからも高評価を貰えて、何より身近な人の評価が一番嬉しかった。 今は──もう、誰もいない。 あの絵は額縁から外されて、使われなくなった一室のチェストにしまわれたか。捨てられたか。 多忙さを言い訳に仲間達の元から離れて、誰からも連絡が来なくなったある日。 また連絡をしてみたんだ、そうしたら卒業式のようなパーティーをして貰えた。 その卒業式には、一番信頼できて何でも話せた同い年の親友……だと思っていた、Sくんは来なかった。 彼もその場から離れる時期だった、つい最近彼の卒業式があった。私も行かなかった。 Sくんはみんなのリーダー的立ち位置に見えて、とても繊細だった。だから真夜中でも通話して話し合ったり、仲間内でのトラブルも相談しあって解決したりした。 だけど彼は私より重い病気だった、酷い妄想に取り憑かれていて人間関係を何度も何度もリセットしていた。数週間すれば元には戻っていたが。 私がそのコミュニティにいたのは他者への依存症を治すためだったが、信頼できる親友みたいな掛け合いができたSくんを頼りすぎて。 「◯◯さんは良いですね、虐待されたから既成事実があるから親を悪く言っても可哀想に思われて。僕だって母親との関係は劣悪なのに虐待されてないから……虐待されて羨ましいです」 もっと長い文章だったと思う、同年代の仲間の中で一番信頼していた人に、私の辛い過去を羨ましいなんて言われた事が信じられなかった。 涙が止まらず、「親友だと思っていたのに、頼りすぎた結果なんでしょうね。ごめんなさいでも、いくら病状が重くても私はあなたのその言葉は許せません」なんてことを書いて連絡を絶った。 その後、仲直りしようとしたり色々あったが、やっぱり彼は私の卒業式に来てくれなかった。 とてつもないショックはまだあり、みんなそそくさとプログラムを終わらせたら、すぐに帰ってしまった。いつもは飲み会だなんだやっていたんだ。 ──ああ私はそんなに嫌われているんだと、Sくんのような酷い妄想に取り憑かれて、つい最近にあった彼の卒業式に顔を出せなかった。 本当は行くつもりだった、お互い色々話せてバカ話したり相談しあったり出来たことが、初めて出来た友達がいて私は幸せだったと伝えたかった──。 でも、一度離れた心は取り戻せない。 私は自分の過去に縋りついて、ずっとずっと母性を人の優しさを追い求めて、人に呆れられて嫌われて。 自ら友情も仲間も、居場所も失くしたようなものだ。 今の私に残っているのは過去の思い出と、深い絶望だけ。 ……だけど、過去の写真フォルダを眺めていたらこの美しい花のことを思い出したんだ。 この絵を描くのに2週間は掛かった。色んな案を出して仲間達にアドバイスを貰って、みんなで作ったような絵なんだ。 落ち込んでて辛い思いをしてるみんなに、輝いてる出来事は日常の一コマにある事を、私は真っ赤な情熱を持って描きあげたんだ。 本当は卒業式にSくんにあげたかった絵、今は私を励ますようにスマホの背景だ。 今日もまた、輝くばかりに美しい花の絵が、日常を彩り始める。
承認欲求モンスター トゥエンティファイブ
生まれた時から、ずっと人の目を気にしていた。 それは母の機嫌を探るため、おかしいと周りに笑われないために、ずっとずっと人目を気にしている。 人目を気にしても、気遣いをしても、普通になろうとしても、誰からも愛されない。本当の愛など貰えない。 満たされたい褒められたい、自分の存在を認められたい思いで、たくさん絵を描いた。たくさん投稿した、それでも私の評価は1もない。 うまくいかない現実から目を逸らし、誰でもいいから認めて貰いたくて……誰彼構わずに自分の趣味じゃない絵もなんとか言葉を振り絞って褒めちぎる。 それを素直に受け止めてくれてコミュニケーションを取ってくれる人もいる、だけど私の下心に気づき、無視や避けられる事なんかザラだった。 誰も見てくれない、誰も認めてくれない、誰も──愛してくれない。 下心で描く絵など、たくさん描いても上手くなるはずがない。色んな人の絵を見て吸収しようにも、私より絵の上手い他人への嫉妬が買ってしまう。だからといって相手を傷つける行為なんてした事はない、ただ未熟な自分の頭と腕を殴るだけだ。 毎日毎日虚しい日々だ、何もかもうまくいかない。 自分を投影するような絵を、醜い感情を昇華するための絵を描いたところで、私にとっては力作でも結局……評価は0だ。 私の存在価値と同じ、私は誰にも存在価値を認めて貰えない。 負の感情がエスカレートして日常生活もままならなくなった現実に視線を戻せば、遮光カーテンの真っ暗な部屋の中。 誰も私を慰めてくれる人などいない、母親はもう私を虐待した事も忘れて離婚後は幸せな再婚生活を送っている。あんな人が幸せで満たされていて、私だけがどんなに人に尽くしても見捨てられて嫌われて暴言を吐かれる日々。 仕事だって誰よりも量をこなして完璧に、時間ギリギリまで必死に働いたって、誰も褒めてなんかくれない。 大人になればこんな子供じみた承認欲求を発散できる場所など、どこにもない。 10年前、青い鳥のSNSに自分の感情や考えやイラストなんかも載せたって、反応があった。下手な絵でも情緒不安定でも、若い子を狙うおじさん達にたくさん褒めて貰えた。 数年すればそれも下心だと気づいた途端気持ち悪くなって、大人が大っ嫌いになった。 そんな私も、もう大人。普通の人みたいに生きたかったけど、持病から精神年齢が遅れているため、今更14歳ぐらいの精神なのに……実年齢は変わらない。 大人になっても満たされない思いを抱えた人間は、一生陽の当たらない真っ暗闇で生きていくしかない。 満たされない思いは自分で満たすしかないと分かっていても、実際に行動に移してもこの空虚は消えない。 いっそモラハラを受け続けながらでも、孤独にならないままのほうが良かったとすら思えてきて、毎晩モラハラ元彼が夢に出る。 周囲の人にモラハラの相談をすれば別れれば良いと言われたけども、ずっと私は私自身に懸念を抱いていた。 私の中にある酷い孤独感と、強い承認欲求。それを満たしてくれる、だけどモラハラ元彼から離れたら私はどうなるのか。生きていられないんじゃないか、そう先読みしていた通りに私は──深くて暗い渦の中に飲み込まれた。
理想のお母さん♂見つけました〜貴方と私だけの〜
ぬるま湯は放置すれば水になる、どんなに足していってもぬるま湯の温度は下がっていく。 お互い恋人がいる同士の、20歳を超えた異性同士の、二人っきりの部屋での食事。一緒に料理をしあって手が触れ合っても、固まる事もない。 ただ淡々と胃袋と、お互いの寂しさを埋めていく。 「草太くんは、大学院まで行くのかな。研究熱心なのは良い事だけど、綾ちゃんの寂しさにも気づいてあげて欲しいな」 「……そういえば知ってますか、草太がいた施設には美優さんが働いている事を。美優さんがいつも会っている友達が……草太だったりして」 食事中の話題にしては下世話すぎる内容に一瞬、山崎さんは凍りついた。持っていた箸が落ちそうになって、慌てた彼は味噌汁茶碗をひっくり返した。 彼のお手製の味噌汁が無惨に、彼のシャツとズボンを濡らした。 「ごめんなさい、冗談が過ぎましたね」と私は山崎さんの元に寄り、布巾で彼の体に触れた。私の手から布巾を取り、「だ、大丈夫だから」と味噌汁が熱かったのか真っ赤な顔で私から離れた。 「それより……◯◯施設に、そ、草太くんは本当にいたの……? 美優からは全然そんな話聞いた事ないんだけど」 「私は草太から聞きましたよ、とっても優しくてキレイなお姉さんにお世話になったと。でも高校生になって施設を移動したそうで、離れ離れになったお姉さんが恋しくて……そのお姉さんに、今もお世話になってるかも知れないですね」 「どうして……そんな、人を疑うの。僕だって寂しいし不安はあるよ、だけど人を疑い続けるのはお互い辛いはずだよ。綾ちゃんが不安なら僕が聞き出すよ」 そんな必要はない事を伝えるため、私はスマホから一枚の写真を見せた。そこには山崎さんの彼女である美優と、私の彼氏である草太が手を繋ぎ、白昼堂々とホテルに入っていくところだ。 「う、嘘だろ……美優がそんな、年下の子に……」 「そんな年下の子を、寂しいからって家に呼んでいる颯太さんも同じではないですか?」 「僕は断じてそんなつもりはないよ! でもなんで美優がホテルなんかに……あ、綾ちゃんは悲しくないの……?」 「悲しんでて何になりますか? 失われた愛情も、浮気された事実も変わりませんよ。悲しみより……胸に、穴が空いた気持ちなんです」 動揺している颯太さんの手を取り、自分の胸に触れさせた。ああ、あの憎い女としてる事は変わらないと気づいたところで衝動は収まらない。 そのままシャツの中に手を忍ばせる。 「ダメだよ、僕も君も付き合っている人がいるから……彼らと同じになってしまうし……僕は、そんな事したくない」 「……草太が言ってたんですよ、男は欲求不満な生き物だって。だからずっと自分の欲求を追い求めるんだと……颯太さんは欲求不満じゃないですか?」 まだ濡れたままのズボンに触れるが、強く肩を掴まれて「落ち着いてくれ」と真剣な眼差しを向けられた。 「当てつけな事をしても悲しいだけじゃないか。綾ちゃんが本気で僕を愛してるなら、こんな悲しみに流されてなんて事しないでくれ」 「そんなに……私が、嫌いですか」 「もちろん愛してるよ、だけど僕はこんな形望んでない」 強く突っぱねられて、どんなに理性を崩させようとしても壊れない彼に私はもう何を求めているんだか。自分で自分が分からなくなり、彼の胸の中で子どものようにわんわん泣いた。 山崎さんは、あの時のような優しい手で私の頭を撫で続けた。「僕は、“綾ちゃん自身を”愛してるよ」と優しい声で囁かれて、私の心はぐちゃぐちゃになった。 自己の形成をされるまでに他者への影響が強すぎた私の自我は、ほとんどないに等しい。私自身とは何か? 山崎さんは私の何を愛してるの? お互い彼女彼氏と別れても、傷を舐め合うように山崎さんは私の家に来た。いつもなら私が山崎さんの家に行くところ、あの家は美優さんの家だったとか。山崎さんの家は今、美優と草太の愛の巣らしい。 山崎さんは追い出されて、ホテルやら友人やらの家を行ったり来たりしてるそう。 「いっそのこと、一緒に暮らしませんか?」 いつも同様の食事中に切り出したら、山崎さんは相当生活に困っていたらしく……すぐさま了承した。私が彼を愛している事も忘れて。 狭い1Kの部屋は、どんなにベットと敷布団で分けていても同じ空間で寝ていることに変わりない。私はこんなにドキドキしているのに、敷布団からはすーすーと寝息が聞こえてくる。 相当私の事を信頼してくれているんだな、この人は本当に純粋で――良くも悪くも優しい人だ。 21歳でもう擦り切れて生きてきた私は、彼が憎らしくなった。私はそのまま音を立てずに、彼の布団に忍び込んだ。 そっと身を寄せて、横向きで寝ている彼の寝顔を眺める。すぐそこにある整った美しい顔。いつも前髪を上げているが、今の長い前髪は彼の幼さを引き立てる。 いつも撫でてもらってるお礼にと颯太さんの髪を指でといて、むき出しになったおでこにキスをした。 ――ああ、何やってるんだろう私と赤面したまま布団から出ようとしたが。腕を引っ張られた次の瞬間押し倒されて、寝ぼけた颯太さんに「美優……もう、どこにも行かないで……」と抱きしめられた。 「僕は……こんなにも、好き……なんだよ。年下の男が良いなら甘えてやる、すきすき、だい……すき……」 この人は私の前ではずっと優しく清く正しい大人だった、だけどそれは一面だけだった。長年ずっとこんな愛らしい姿を、あの女に隠されていたなんて。 そう思うと私のひび割れた心は完全に砕け散った。私は美優のフリをして「私のこと好きなら行動で示して」と高い声で言った。 「そっか、それだけでいいんだね……そう言ってくれれば……いくらでもしたのに」 颯太の柔らかい唇は私の唇に押し付けられ、「すきすき」と言いながら舌をねじ込まれて、絡ませて。体も絡み合うように、両手を恋人繋ぎ、足の間に片足を入れられて。 身動きは一切できない状態なのに、私は嬉しくてたまらなかった。たとえ彼の勘違いでも、やっと、繋がれる。想像しただけで甘い吐息が漏れた途端、颯太は不思議そうに私を見た。 「美優……どうしたの、いつも声出さないのに……珍しいね、……って、あ、あああ、綾ちゃん……?」 二人の情事なんて知らなかったためすぐにバレてしまい、完全に目が覚めた様子の颯太は驚きで固まっている。 「ごめん!! 僕こんなつもりじゃなかったんだ、ごめんねごめんごめん……」と、私の気持ちを覚えていたのか弄んでしまったと解釈したようで、彼は大慌てて何度も謝る。 「やっぱり僕、別の所で寝るよ。だからどうか今日のことは……」 「そんなに、私は美優さんと違って可愛くない? 女らしくない? そんなに……気持ち悪いの?」 「そうじゃない、そうじゃないんだよ!! ……君はとっても可愛いよ、可愛すぎるんだ。だから必死に理性で抑えて」 「私のこと可愛いって思ってくれるなら、続きをして……私、すごく……つらい」 赤面したまま涙目で訴えると、彼の吐息も荒くなって「もうっ、我慢できないよ」と私の首に噛み付くように激しいキスを落として、イキリ立つ興奮を曝け出すようにズボンを下ろした。 私のパジャマも脱がして、「綾ちゃんの体……ずっと想像してたんだ」と虐待の古傷も気にせず、むしろその傷の上に何度も何度もキスマークをつけて「僕が綾ちゃんを癒すから」と四年越しの思いが募った熱い夜は、朝まで続いた。
理想のお母さん♂見つけました〜貴方がいれば〜
嫌いという感情は、興味がないとは全く違う。興味があるから、嫌いだなんだと感情が湧くんだと知った。 山崎さんには、私は別の何かを求めていたのかも知れない。女がいるのを知ってから、彼の親切心が煩わしく感じて。それはまるで思春期の娘が父を嫌うように、私はどんどん腐っていった。 バイトの合間をぬってSNSを眺める、優しそうな尽くしてくれそうな男を探しては片っ端から声をかける。あの日私の中で何かが壊れて以来、月子とやっている事は変わらない。 興味のなかったオシャレやら男受けを意識して、虚しさを埋めるも余計に悲しくなるだけ。 定期的に近所に住む山崎さんが顔を見せるが、私の変化にはあまり触れず、男癖が悪くなっていく事を心配していた。 「綾ちゃん、何か悩みでもあるのかな。僕で良ければお話聞くから」 「……別に、どうでもいいよ。それより私の家に来たら、美優さん泣いちゃうんじゃない?」 「美優なら、今日も夜勤だったか残業だったかな。そうそう美優が、綾ちゃんから連絡返ってこないって心配してたよ。もし良かったらまた僕らの家に」 彼が善意で言ってる事は分かってる、彼女の美優と友達にさせたいのも。 私の事を大事に思ってくれてるのは伝わってきても、私の口から出る言葉「無理、忙しいから」と投げやりなものだった。 せっかくきてくれた山崎さんの背中を押して追い出し、玄関のドアを強く閉めた。そのままドアに背を預けて、しゃがみ込む。 報われない現実を直視すると涙が流れてしまうから、またスマホに目を落とす。 新しくマッチングした男は、山崎さんと同じ名前の発音の草太。19歳になって夢も希望もない私を、深く愛してくれる。同い年の彼は私と同じ施設育ち、今は大学で何かの研究をしているそう。 草太は私に生きる希望をくれた、何も知らない私に色んな事を教えてくれる。時々どうでも良い事まで教えてくれる。 ――私に必要な事はただ一つ、深く、誰かに……愛されること。 草太は名前の通り草食系のようで、私が誘わない限りデートにこぎつけない。付き合って1年経っても未だに受け身、むしろデートを断られる日も増えた。インテリを拗らせた研究大好きっ子なゆえ、研究に浮気される日々だ。 彼の態度がよそよそしくなっていくと、自然と山崎さんの家に顔を出すようになった。 「綾ちゃん、今日もお疲れ様。仕事は順調? お互い、いつも頑張ってるよね。だからね、今日は特別に……味噌汁も作ってみたんだ!」 「あ、今日も美優さん居ないんだ」 山崎さんの落ち着く家に入ってから、人懐っこい笑みで話しかけられても、私がいつも気にしているのは彼の彼女の美優の存在。 ここ最近は残業なんて嘘をつかず、「友達と遊んでくる」と家を空けているそうだ。その回数が増える度に、いけない事だと思いつつも、何故だか心が軽くなる。 山崎さん自身は、愛しの彼女がいなくて少し悲しそうだが。 「まあ、ね……美優は友達多いから。でも僕には綾ちゃんっていう、可愛い妹みたいな友達がいるし。綾ちゃんは美優と違って質素な料理……なんて言わないから」 「確かにシンプルですけど、山崎さんの手作りの温かさに気づけないなんて。美優さんはワガママすぎますよ」 「そんなこと言わないで、美優のお母さんは料理上手だったんだ。僕と違ってね……」 居た堪れなさそうに首を掻いて、山崎さんは猫を被っていた美優の正体に気づき始めているのか、見ないフリを貫きたいようで「それより! お味噌汁どうかな? 美味しい?」と作り笑いで話を変える。 私は彼をじっと見つめながら深く頷き、大人になって知った男を落とす最大限の愛らしい笑みを見せた。 「美味しいですよ、とっても。こんな温かい料理が毎日食べれるなら、ずっと山崎さんと一緒に居たいです。毎日、毎日……食べれる美優さんが羨ましいです」 「綾ちゃん……嬉しいなぁ、美味しいって言ってくれるの綾ちゃんだけだよ。毎日でも来ても良いよ、綾ちゃんの美味しそうに食べる姿……まるで小動物みたいでずっと見ていたいんだ」 お互い告白ともとれる言葉を平然と並べて、何でもないただの友人のような兄妹のような、そんなフリをする。こんなぬるま湯に浸かるのも悪くはないが――もっと、欲しい。 私は山崎さんの隣にぴたっと肩をくっつけて座り、彼を見上げた。「小動物みたいに思ってるなら、昔みたいに頭撫でて下さい」そう言って、彼の手を取り自分の頭の上に乗せた。 山崎さんは少し躊躇したが、いくら私がもう20歳になっても彼からすればまだ子どもらしい。「よしよーし」と穏やかな……下心が全くない笑みを浮かべる。 私はどんなに女を磨いても、山崎さんから女として見られない。一番見て欲しい相手には、見られない。 幼稚な悪巧みなど虚しく感じて、彼の手を払いのけて自分のカバンを持って立ち去ろうとしたが。玄関のドアノブに手をかけたところで、覆い被さるように抱きしめられた。 私の心臓は早鐘を打つが、出来るだけ冷静に淡々と彼に問いかけた。 「もう……やめましょう、こんなお互いの寂しさ埋めるようなこと」 「綾ちゃんの言いたい事は分かるよ、だけど……言ったじゃないか。僕も寂しいのは、1人になるのは嫌なんだって。友人……いや僕自身のワガママだと思って、あともう少しだけ一緒に居てくれない……かな?」 「……私の気持ちは無視ですか」 彼のほうに向き直り、顎を引いて睨みつけた。 山崎さんは、私の睨みの奥にある感情を読み取ろうと顔を近づけた。「君を傷つけたくはない、僕は君に幸せになって欲しいんだ」と悲しそうに眉を下げた。 「幸せになって欲しいなら……嘘でも、私のこと……愛してくれませんか」 「それは……綾ちゃんの心自身をもっと傷つける行為だよ。でも、僕は……下心なく、綾ちゃんを愛してるよ。友人として」 ――友人として――その言葉だけが頭の中をぐるぐると駆け巡り、私は涙を堪えて、今のままのぬるま湯に浸り続ける事を選んだ。
カレンダー
毎年会社から支給される、衛生品と手帳とカレンダー。タダほど良いものはないと思い、活用している。 毎日同じ仕事に誰もいない生活を繰り返していると、今日が何月の何日の何曜日かなんて覚えていられない。 そのためカレンダーは私にとって救世主。 毎日毎日、1日を終えたら、赤いペンで線を引いている。 斜線はその日が終わった証、横線は通院なり何か用事をした証。自分の出来た事を書いていくのは良い事だと、どこかで聞いた。 今日も終電ギリギリで帰ってきて、風呂に入る気力もないまま、重い足取りでカレンダーへと向かう。 ──質素で真っ白なクッション性の壁に立てかけられたカレンダーには、一面真っ赤な横線が引かれていた。 昨日も一昨日も、その前の前の前から、ずっと真っ赤な横線が何重にも引かれている。 今日は何月何日だっけ、ここはどこだっけ──。
モラハラ共依存から脱却するために【完】
──これは現在進行形でモラハラを受けて、それでも離れられない共依存状態になっている、孤独な私の日記だ。 まず最初に目的を書こう。 もちろんモラハラから脱却し、自分で自分を好きだと言えた自信を持っていた過去の自分に戻ること、自立する事だ。 モラハラと聞いてまず、何を想像する? モラハラする奴が悪いか、そいつに依存して「私(または俺)しか理解してあげられない」状態になっている人が悪いか。 昔の私でも加害者が完全悪だと思っていた。だけども……もちろん加害者は悪いが、状況や環境を変えるには被害者の努力が必要になる。 しんどくて疲れきっている日々毎日を送ってる中で、「逃げるなら自力で逃げろ」なんて、このアドバイスに悪意はなく、真意なんだ。 だから早い段階で逃げろと言う人は多い、体力と精神力と気力を吸い取られてからではもう、奴隷になるしかない。 それを悪く言えば、自分で選んだ選択になる。 長々と始まってしまったが、私は私のために書いている節はあれど、同じような境遇の人にとって背中をそっと押せるものになれば良いなと思っている。 ──ひとまずはモラハラに気づけたこと、逃げる計画を立て始めた自分に乾杯。 【今までのこと】 私が22歳の頃、6個上の彼氏と出会った。ここではNくんと仮名を使わせて頂く。 Nくんは、元彼のように私を1時間ずっと頭のてっぺんから爪先まで罵るタイプとは違って見えた。大らかで、見た目はフィリピン人のようで穏やかに見えたんだ。 そして4回目のデートで告白して貰えた。 正直言ってものすごく失礼だが私のタイプではなかった、身長差は4cmだしマッチョだし。 色白で細身で自分より10cm高い人が理想だったが、人に求める分を求められるのを知っていたから、私は私を愛してくれる人なら……毒親育ちで満たされなかった心を満たして欲しいと言う欲求で付き合った。 そんな下心は悪い結果を招く、最初は本当に共通の趣味は無いけどもお互い同じ持病を患っていて、その病気だけが共通点だった。 それは励まし合ったり共感し合ったり、最初は幸せだった。だけども、3年も付き合い半年も同棲すれば、同じ病気同士は重荷にしかならなかった。 もちろん、同じ病気同士で前向きに楽しく過ごしているカップルはいるだろう。じゃあ、なぜ上手くいくカップルとそうじゃないカップルがいるか。 それは病気を持っていなくても、お互いに許し合えるか、お互いに最低限は気を使えるかだと思う。 病気同士のケースだと、医療関係の人にもカウンセラーにも言われたが、医療関係以外の人……つまり親族や恋人や友人に病気の理解や改善を手伝って貰うのは難しいとのこと。 実際問題、共倒れしていくカップルは何組も見た。 ──付き合い始めた当初から、難しいところがあったんだと思う。 ちなみにだが、この3年と半年間で3回復縁している。 2回は彼から別れを切り出され、私が「持病を改善させていくから」と縋ったり、「分かりました、今までありがとうございました」と冷静に諦めたりしたが、その後数週間足らずで向こうから連絡が来る。 3回目は同棲する手前、もうこの人とやっていけない病状が重すぎて支えられる気がしないと思い、第三者の父を挟んで別れを切り出したが。 父のほうに連絡が来られて、家まで来られて手紙をポストに直で入れられて、手紙には「俺の悪いところ全て治すから」とまるで1回目の私のようだった。 別れを切り出した事の後悔や、これからの孤独や将来への絶望感で苛まれていた時の優しい言葉が綴られた手紙。 そんな時にそんなのが届いたら、あなたも私のように復縁してしまったんじゃなかろうか? それでも現実は厳しいものだ、目の前には彼の持病である症状から、片付けられない汚したままの尻拭い、帰ってからは疲労のストレスを私にぶつけるようにモラハラ発言。 私もそんな中で職場にて首切り宣告をされて、家事負担は9割(残りの1割は彼に私がまとめたゴミを捨ててもらうこと)、仕事の負担も増えていく。 あの人は私より収入があったため、収入差を突かれて「お互い平等に負担を背負うために」と家事9割。だけど私は専業主婦ではなく(もちろん専業主婦をバカにする意図はない)、仕事もあり持病の精神疾患もあり……もう耐えられなかった。 限界ゲージがあるとしよう、その限界ゲージを私は100%を超えて150%行ってしまった。 こんな状態が続けば我慢で押し切る事は無理だ、我慢をしても背中に起き上がれないほどの激しい痛みが出たり、今度は胸が息苦しくて激しい痛みが出た。 もう無理だと思って話し合いをした、平和的解決をしたかった。「俺変わるから」その言葉の効力は数週間で消える。 ネットでモラハラと調べれば、自分もそうなんじゃないか自分が悪いんじゃないかと、自分で自分を陥れる。 毎晩、ドタバタと物音を立ててギャルゲーを始める。ゲーム中の暴言が、私の毒親の記憶を呼び覚ます。 毎朝早くにドタバタと「あれがない」「これがない」「お前がまたどこかにやったんじゃないか」と分かりやすく整頓してもバサバサと崩され、食器は食べっぱなしの置きっぱなし。 無理だった、気持ち悪くてたまらなかった。3回目の復縁から情で付き合っていた、もうその情も無くなりそうな言動に私は逃げ出す決心をした。 【現状】 逃げ出そうと思えば早いものだった。 その日は朝から喧嘩してもう耐えられなくて帰省しようかなと私がこぼしたら「さっさと帰れよ!」と、怒鳴り声でパニックが起きてしまう事を何度も伝えていたのに、涙と絶望が止まらなかった。 自分のカバンを引っ張り出したら、引き留められたり「大好き」「愛してる」「さっきはごめんね」の言葉とハグをしようと迫ってくるが、いつもそのパターンだ。 謝っても何が悪かったかなんて分かっていない、ご機嫌を取れれば一生家政婦して貰えると思っているんだろうと捻くれた思考のまま、重かった腰がやっと動き出した。 いざ荷物をまとめ帰省の準備をして、物がどんどん減っていき、無視もされれば……彼はヘソを曲げてまたゲームの再開だ。 その様子を見ればやはりこの人は自分にとって都合の良い存在、自分の環境や心を気持ちよくしてくれる存在以外興味が無いんだなと、氷点下まで心は冷えた。 対面での最後の会話、大荷物を抱えた私がヘッドホンをしてまでゲームに没頭してる彼に「後日、今後について連絡するから」と言えば、「ああ」で終わる。 あの人にとって私は、その程度でしかなかった。 帰省後、私から別れを切り出してあの人から何回も引き留められても必要最低限の連絡しか取らず、特に泣もせずに引越しの手配に淡々と仕事をして家族と普通に談笑を……いや空元気だったと思う。 荷造りのためにちょくちょく行っては、カーテン閉めっぱなし冷蔵庫開けっぱなし酒瓶放り投げっぱなし、の家を見て胸が痛むも何かすればまた誤解を生む。 それが分かっているから、私は私のするべき事だけをした。 引越し作業も終えて最後の連絡も終えて、カギをあの人といた場所に置いて。今、虚しさしか残っていない。 緑色のSNSを開けば誰からも連絡なんかきていない、誰も私を必要としていない、いやこの状態が普通なんだと言い聞かせても──全てが終わってから涙が止まらなくなった。 人間はやはり孤独な生き物だと思う、自分を心の底から理解して、愛してくれるのは自分しかいない。自分を助けられるのも自分だけ、もちろん私は持病があるから病気の事は医療機関に頼るつもりだが。 まあ──こうやって書いてみれば、戻れる実家があり、片親になってしまったが親族はいる訳で、仕事も幸いなことに評価と理解を少しずつ得られている。 友人はいない、恋人もいない、両親も揃っていないけど、自分の足で色んな場所に行って人と関わる事は出来る。 それは病院でも、仕事でも、何でも良い。その中で傷つく事はあれど、それも人がいるから起こること、私は一人じゃない。 私が孤独だと言うのは驕りなのかも知れない、だけども傷心の傷はまだまだ癒えないだろう。でもそれもまた人生で、新品同様なキレイな生き方をしている人は少ないだろう。 私の好きな曲で「傷があるから人の痛みに寄り添える、優しい人になれる」という歌がある。 また都合の良い扱いをされるような誰にでも優しくなんてしたくはないが、必要な時に優しく出来る人間になりたいと思う。 もちろん、その優しさは自分にも向けていこうと、私はこの数年間の学びを得て思った。 【完】
秋の枯葉のように落ちてゆくだろう
私は秋生まれ、最近ではめっきり秋を感じる事はないけども。異常気象が憎たらしい、こんな綺麗な紅葉も数週間も持たずに枯れる。 ──私の心も季節のように移り変わりが早い。いつも陽の差さない部屋で独り、考えごと。 夜になれば彼氏様のお帰りだ、私より6個も上で賢く名門大卒。仕事は安定していて、持病を抱えている人達の中ではかなりの好待遇。 帰ってきて早々口を開けば社会情勢、歴史、外国の話ばかり。 正直言って彼より重い持病を抱えていながら働きつつ、収入差を突かれて家事全般をやり、「仕事に必要のない人との関わりは断て」との命を受け、孤独に苛まれてる私の話なんて聞く耳はない。 仕事場でも無理がたたって、体を壊して仕事が出来なくなれば「早く仕事して下さい」と、配慮が貰える職場に就職してもこのザマ。 職場の相談員に彼との同居でモラハラを受けている話をすれば、「引っ越せばいい」「シェルターに逃げれば良い」なんて簡単に言われるが、私の心身はギリギリで新しい環境に身を置ける状態じゃない。 ──どこかの、誰かに、救われたい── そんな甘えた気持ちは、この歳では通用しない。何もかも諦めるしかない、絶望に浸りながら首切り宣言で脅された重労働の仕事をこなして、家に帰ってもカジカジカジ。 いっぱい食べる彼のために食費をかからないように、私は断食。どんどん脳が萎縮していく感覚に溺れる。 仕事が出来なくなるから、たまに食べる自分の食事の味がしない。美味しいとも不味いとも思わないのに、いざ口に入れると暴食する手が止まらない。 見た目が劣化すれば、どんなに世の中の動きが変わろうとも、未だにルッキズムの世界は変わらない。職場でも、近所でも不審な目で見られる。 こんな孤独な私を、不器用ながらに愛してくれるのは、彼氏だけ。 キツい言葉を言われる、収入差と学歴の差でマウントを取られる、私の持病のパニックを起こしても鼻で笑われる。 それでも……こんな醜い甘えた私を愛してくれている、こんな私なんて彼以外誰も拾ってくれない。現実を直視すれば、お似合いのカップルだ。 酷い言葉を言われるのも全部、こんなバカで醜い私のせい。 ああ、脳みそが枯れていく──
鍋
家族で鍋を取り囲んだ事がない、私が初めて鍋を食べたのは20代に入ってから。 ──彼氏と初めて、もつ鍋を突っついた。 少しだらしない彼氏はネギをこぼしたり、汁をこぼしたり……そんな粗相を私は笑いながら拭いて、一緒に温かい鍋を食べた。 おっちょこちょいな彼氏だが、こう見えて鍋奉行である。モツは火を通すのが大変だと、カセットコンロと睨めっこ。 せっかちな私は待ち時間が退屈で、彼の鍋を見つめる真剣な表情を眺めていた。 真面目で賢い彼は、何もものを知らない私に色んな事を教えてくれる。 それはとても有り難いことで、いつも家事や食事や、直接的な感謝の言葉も伝えている。 ……だけども、ふとチラつく彼の見下したような目と言動は、いつになっても慣れない。 「こんな事も知らないの?」 「どうしてそんな感情的なの?」 「俺のほうが稼いでるんだから、家事全部やるのは当たり前だよね」 私と彼氏には精神の疾患がある、それは初めから伝え合っていたこと。だけど、いざ暮らすとこんなにも大変なんて……。 そんな思案を巡らせているうちに、三分の一程に減ってしまった鍋は、すっかり冷めてしまった。
堕天使と小さな幸せの日々 【5羽】
平日の朝、通勤通学の人達が減ってきた時間帯。駅前のゴミ拾いボランティアは始まった。ボランティアなんて名前ぐらいしか知らなかったため、周りの人に迷惑をかけつつ、教えて貰った。 ルシルはしばらくの間は静かに過ごしていたが、先日のお爺さんに会えたらしい。急に私を引っ張り出した。 「お爺さん、おはようございます。今日もいい天気ですね」 まるで普通の人間の世間話のように、ルシルは仏のような笑みを浮かべるお爺さんに話しかけた。 お爺さんはニコニコしたまま、ルシルに向き直り「おはようさん、天使さん。また会えたねえ」と目尻にシワを寄せて嬉しそうに笑う。 ルシルは堕天使だ、捻くれ者で減らず口。だけどもキレイな元天使だ、長い月日を生きたお爺さんからすれば、彼はまだ天使なのかも知れない。 ――ルシルにとって、天使として接して貰えるのは嬉しいのかな? ふと沸いた疑問など、2人は知らない。お爺さんとルシルは楽しそうに、世間話から社会情勢やスーパーの買い出しのテクニックまで話が広がっていた。 彼らのスピードに追いつけず、昔味わった仲間外れ感を覚えて片腕をさすっていると、お爺さんはやっと私を見た。 「あれまあ若い娘さん、この子は君の守護霊様かい? すまないねえ、天使さんとお話してると心が洗われてね。君の友達なら遠慮しないとなあ」 「いえ、まあ、守護霊……というか、なんというか。ただ……助け合って暮らしてる……みたいな?」 「お爺さん、悪い冗談はやめて下さいよ。僕は天使です、幽霊じゃないですよ。僕は堕とされて、居場所が無くて居座ってるだけですよ」 いつものような話し方なのに何故だか心がキリキリと痛む、確かに一緒に居るだけ。それ以上でも以下でもない、私が彼の事が見えるのも、彼が救いきれなかった人間達の懺悔からくるもの。 彼はただ……後悔から私と過ごしている、そんな当たり前の現実に気づいてしまった。 途端に、何だか力が出なくて、気づいたらまたお爺さんと話が盛り上がってるルシルを見ると、そこに居るはずなのに孤独を感じた。 ――私は何がしたいのだろう。彼は、私を救いきったら消えてなくなるのか? 出来ることなら、彼と……ルシルとずっと一緒にいたい――。 ルシルからすればいい迷惑な話だ、それでも自分の感情に嘘はつけない。彼と一緒に居続けるには、私は成長なんかしないほうが良いのではないか。そんな風にドンドンと、頭の中が暗雲に包まれた。 「……わ、私帰るね」 背を向けた瞬間、ルシルに腕を掴まれた。「待って下さい、どうしていきなり帰るなんか言うんですか。せめて理由を」そう問い詰められたって、私の心は暗く濁り始めていた。 「疲れたから……やっぱり私には働くの向いてないよ、私は家にいるほうが」 「お前さん、本当にそれで良いのかい?」 微笑みで目を細めていたお爺さんがカッと目を見開き、私に話しかけてきた。 「若いうちは何をしたって良いさ、だけどもねえ。何もしないという事は、もったいない事なんだよ。休んだって良いが、お前さんの足はウズウズしているように見える」 「そうですよ、あと十分ぐらいで終わるんです。せっかく、たくさんの人に色々教えて貰えたじゃないですか。その成果を見せずに……帰るんですか?」 お爺さんとルシルのタッグで説教されると、倍の力で心に重く責任がのしかかる。だけども、2人ともしっかり私を見ていてくれている事は、素直に嬉しかった。 少しの沈黙が流れたあと、片腕をさすっていた右手をゆっくりと下ろして、拳を強く握った。 「……分かった。今日は……今日だけでも、頑張ってみるね」 お爺さんは安堵したように先ほどの笑顔に戻り、ルシルも胸を撫で下ろして「まったく厄介な人間ですよ」なんて言いながら、最後まで付き合ってくれた。 「ふぅーー……さっすがに、疲れたぁ……」 「これぐらいで疲れるなんて、本当に運動不足ですね。今度はジョギングでも始めますか?」 「そんな、勘弁してよ!」 ボランティアを終えた私達は、駅前のベンチで背伸びをして程よい疲労感を味わっていた。なんだか達成感もあったが、ルシルはまだまだ私に何かをさせたいみたいで、隣に座る彼の肩を強く押した。 そんな私達の会話を、お爺さんは微笑みながら「若いってのは良いものだねえ」と何か勘違いしているような気がした。 「2人ともお手伝いよく頑張ったねえ、特にお前さん。初めてにしては手際が良いじゃないか、もし良かったらなんだけどねえ」 お爺さんは穏やかな口調で話を続けて、胸ポケットからシンプルな名刺を渡してきた。その名刺には、名の知れた会社の、代表取締役会長の肩書きの横に田中三雄と書かれていた。 私は驚きのあまり口を開いたままお爺さんを見ると「お前さんの手際の良さなら、先日空きが出た清掃員の仕事はどうかと思ってねえ。もちろん無理にとは言わないがね」と首を傾げて私の様子をうかがっている。 「こ、こんな大手の……!? 清掃は興味がありますが……やっぱり働くのが」 怖いと言おうとした私の肩を、ルシルはポンと叩いた。そのまま背中をさすり、なんだか私でも働ける……いや働いてみたい気持ちがより強く湧いてきた。 これはルシルの特別な力かも知れないそう思ったのも束の間、彼は私の手を強く握り「一緒に行きましょう、大丈夫です。僕がそばにいますから」と、天使の微笑みにやられてしまった。