いかのこ
32 件の小説私にもなにか特別を
かつての偉人たちが才能と同時に異常を持ち合わせていたように、私の異常にも意味があると、無駄などないと、受け入れられるべきだと、信じて疑わなかった。 そのために文を書き画を描き歌を歌い、楽器に触れ自然を尊び人の心を見た。 しかし全て意味がなかった。 駄作であった。 私は虚ろなものだった。
高望み
私は死んだことがある。 幼い頃から誰かの1番になりたいと常に望み続け、しかし自身の性格の癖の強さのせいか1番になったことは多分今まで一度もなく、それどころか嫌われることも少なくはなかった。それでも周囲への愛情が人一倍強かった私は、皆を愛せている今のうちに死んでしまおうと考えたのだ。欲を言えば、死ぬことでみんなの中で私が一瞬でも1番になればいいと。つまり愛されるために死んだのである。 しかしみんなの反応は思っていたものではなかった。 驚く者こそいたものの、皆は泣くことも後悔することも後を追うこともせず、私がいないこと以外は今までと何も変わらない毎日を過ごしていた。 私は勘違いしていた。1番にはなれずとも、もう少しくらい愛されているだろうと本気で思っていた。死ねば愛されると思っていた。しかしどうやら現実はそうはいかないらしい。愛されていないものは、とにかく愛されていないらしい。どうしようもない事実らしい。 私は自分の価値以上のものを求めていた。
虚像
貴方ではない貴方を見ている自覚はあった。そんな貴方への愛をどれだけ大事に育てたところで、いつか失礼なほど身勝手な失望によって簡単に死んでしまうことも分かっていた。しかし、だからといって愛するのをぴしゃりとやめられるほど、私は自分を操ることはできないのであった。 初めて貴方の存在を認識したとき、なんて自己愛の強い人なんだろうと思った。平気で嘘をつくし、人にお金を借りることにも躊躇がなく、よく後輩に奢ってもらっている貴方を、私はあまり好かなかった。しかし何故だか、貴方と話してみたいと、貴方を知ってみたいという欲が、奥の方で波を立てずにそこにいたのである。 初めて貴方と話した時は、やっぱりなんて無鉄砲な人なんだろうと思った。人を傷つけることをさらっと言ってしまうし、後先考えず嫌いな相手にボールを蹴って、相手の後頭部に当ててしまい脳震盪を起こさせてしまっていたときは、本当に呆れた。 しばらく貴方を見ていて、実はすごくストレスに弱い人なのだと知った。抱えなければいけない問題が多すぎて、頭を抱えて蹲っていた貴方を見て、私は抱きしめたいと思ってしまった。そこから私は、違う貴方をつくりはじめた。 貴方が好き。貴方を支えたいし支えられたい。 どんなに辛いことでも共感してくれるであろう貴方が。 どこまでも自分の夢を追うであろう貴方が。 今にでも消えてしまいそうな、死にたいなんて言ってしまいそうな貴方が。 何があっても私を嫌わないでくれるであろう貴方が。 それどころか、私をどろどろに深くて重くて、苦しいくらいに愛してくれているであろう貴方が。 きっと本当は人の苦しみを誰より分かっていて、温かい人なんだろう。 そんな虚像の貴方に、私は恋をしている。
信念
駅から海へと向かう途中。 呑気な救急車が私を追い越していく。 自転車を漕ぐ警察官は私をちらりと見て、また目を逸らした。 知らないおばあさんは、いい天気だねと優しく笑いかけながら言った。 通り過ぎていった知らない人は、遠くにいる誰かを見つめていた。 私がこれから死ぬとも知らずに、そんな人間の横を救う側の人間が通り過ぎ、またある人は誰かを想う。そんな世界が心地よかった。心配事は何も無かった。 「生きていれば幸せなこともある」「辛いことばかりじゃない」それはもちろん、楽しいと思えることは毎日のように、幸せだと感じられることも時々、確かにあった。しかしそれではだめなのだ。どうしても自分を受け入れられなかったのだ。楽しいと思う回数と同じくらい死にたいと思うことが増え、幸せだと感じられても死のうとしていた。 たとえ何かに救われてみても、この苦しみが一生続くのだと考えてみれば、それならもう死んだ方が楽なのだ。生きることに利点はあっても、意味は無い。この考えが変わることは、きっと金輪際ないだろう。
貴方からの愛
冷めないスープはないどころか、息を吹きかけ自らスープを冷ましてしまう。そんな生き方をしてきた。そんな生き方しか出来なかった。 誰かが愛してくれる。誰かが作ったばかりのスープをくれる。全て飲み干してしまいたくなるほど、全部を独り占めしたくなるほど魅力的なスープを。 しかしそれに毒が入っていないか、火傷してしまわないか、本当はすごく味が薄いんじゃないかとばかり気にしては、戸惑い息を吹きかけ味を足す。 そんなことをしているうちに、スープは煮え切り蒸発したり、「いらないなら貰うね」なんて言いながら、誰かが取っていってしまうのだ。 私には、そんな生き方しか出来なかった。
無理難題
「あいさつさえ出来れば」「コミュニケーションさえとれれば」それさえ出来れば生きていけるって、多くの人が口を揃えて言う。 それがどれほど難しいことか。私にとってはファンタジーなのだ。空を飛ぶのと同じくらい難儀なことなのだ。 廊下に聞こえるおはようの声も、笑顔でする接客も、申し訳なさそうな顔で上司に叱られるのも、しっかり返事をするのも、私には全て漫画の中の話だった。しかし大きくなるにつれて、それが現実で、社会に出る上で必要最低限なことなのだと知らされていく。つまり私は生きていけないらしい。つまり私は社会には出られないらしい。そんな現実を見せられてしまっては、もう生きるための努力なんて到底出来るはずがなくて。皆にはない足枷を抱えながらも必死について行こうとしていた私の足は、既に棒になってしまっていた。地面に突き刺さって動けなくなってしまっていた。 同じファンタジーの中の話なんだから、ヒーローだって登場してくれていいのに。
愛されるのが怖い
愛されるのが怖い。 自分は人に愛を向けるくせに、相手から愛を向けられた途端怖くて仕方がなくなる。愛された途端、自分に価値が生まれてしまうのを知っているから。生きる責任が、プレッシャーが生まれることを知ってしまっているから。 自分の少しの行動で嫌われてしまったらどうしようか。きっとそのときはもう立ち直れなくなってしまう。愛されるのが更に怖くなってしまう。「好きな人なら何をしていても愛おしい」だなんて、全ての人に当てはまる訳では無い。現に私は当てはまらない。だからこそ、愛なんて簡単に無くなるものだと分かっているからこそ、愛されることがそもそも怖いのだ。
幸せな死
瞼の裏に映し出される。 田舎の端っこの方、森が騒ぎ、すぐ側には妙に現実味のある、お世辞にも綺麗とは言えない海があった。雨が降ったあとなのか砂浜は少し湿っていて、ひんやりとしている。木々はざあざあと、波はじゃらじゃらと鳴る。こんなところが本当にあったら、私はどうしようか。 まずは森の中で虫も気にせず一日を過ごそう。 横にもなって木にも登って、たくさん新鮮な空気を吸おう。 そうしているうちに夜になる。 夜になったら満点の星空を木々の隙間から眺めて、これから先の人生の夢を見よう。泣いてしまうほど謙虚で綺麗な夢を。 空が少しずつ明るなっていく。 太陽が出る方をじっと見つめる。 優しい色の太陽がきっと昇ってくるはずだ。 息を飲んでしまう程綺麗な朝日を見てみたかったんだ。 そうしたらその朝日と見つめ合いながらおはようを言うんだ。人生にさよならを言うんだ。 ゆっくりと、砂浜の感触を感じながら、冬の海の冷たさに心臓が止まりそうになりながら、水の中へ身を埋めよう。 そんなに深くまでは行かなくていい。だって深い海は怖いから。 浅瀬の方で、肺いっぱいに海水を注ごう。 咳き込んだって気合いでいれちゃえばいいのさ。 そのまま、お世辞にも幸せとは言えない人生を思い出しながら、幸せだったななんて思いながら、一生を終えよう。
愛されてはいけない
愛されたかった。愛されたいはずだった。なのに今私は、あの人に愛されたくなくて恐ろしくなっている。いつかはあんなに話してみたいと望んだほどの相手なのに。 見られたくなくて仕方がない。愛してくれているはずなのに、それが怖くて仕方ない。愛してくれているということは、性的な目で見られているということな気がしてならない。それが気持ち悪くて寒気がする。 あんなに愛されたいと思っていたのに、愛されていなさすぎて、もしくは愛されているのに気がついていなかったせいで、愛を受け止める器が未熟すぎるのだ。小さくて脆くて軟らかいのだ。
河清
嗚呼、もうやめだ。全て辞めてしまおう。私は誰かを救いたいと思っていた。人知れず苦しんでいる人にとっての1番の拠り所になりたいと思っていた。だから曲を作り小説を書き詩をうたった。しかし全て無意味であった。 歌詞を書いても文を書いても言葉を吐いても、苦しい人は救われない。辛い現状は変わらない。そう身をもって知ってしまった。少し息がしやすくなったとて、また現実の惨いありさまに喉を切られるだけなのだ。一時だけの救いに、意味などあるのか。いや、私にとっては無かった。 だから私は筆を置いた。