じゃらねっこ

12 件の小説
Profile picture

じゃらねっこ

ねこじゃらしが好きなので、じゃらねっこです。

薄っぺらい好きだけど

カサカサカサ ペタッ スー ペラペラ 「紙は薄っぺらくて、すぐ破れてしまうし、とても弱い。こんなぺらぺらの存在は無意味だ。そうだろ?」 作り途中の折り紙を、袖の中にそっと隠した。 薄っぺらいって、何を基準に決めているんだろう。紙の中でもその紙は特段薄く作られているんだろうか?それとも、石版とでも比べているのか。紙なんて、元々他の物と比べれば薄いのが当たり前で、それだから紙なんだ。その薄さや、扱いやすさが素晴らしくて、簡単に壊れてしまうけれど、だからこそ生かせるところも多いじゃないか。そんな紙が、僕は─ 「うん、そうだね」 好きなん、だけどな。 「やっぱりお前もそう思うだろ?あんなものに心酔する奴の気が知れないよ。本当に、薄っぺらい連中だ。あんなもの、全くもって無意味だと思うね」 くしゃっ。袖の中で、嫌な音がした。 「本当、そうだよね」 精一杯の作り笑い。折り紙より脆い仮面で取り繕った僕の笑顔は、吹けば飛ぶ程に危うくて、それでも、僕はその仮面を必死に抑えるしかない。だって、そうしなきゃ、嫌われるんだから。 「やっぱりお前は話が分かるな。そうだよな、皆そう言ってる。それが普通なんだよ」 そう言い終えて、彼は笑顔で去っていった。 見えなくなるまで見送って、さっと袖から取り出すと、一部が折れて潰れてしまっている。落ち着かない呼吸にため息が混じって、誰にも届かず息を潜めた。そのつもりだったけれど、いつの間にかどこかの風車を回してしまったようで、カラカラと音が聞こえてきた。 「ねぇ、何してるの?」 「ひゃあっ!」 いつの間に傍に来ていたんだ、全く気が付かなかった。というか、不味い。これは完全に見られてしまった。どう言い訳をしようか。 「あっ、えと、これは」 薄っぺらな仮面は、突然の出来事に簡単に飛ばされてしまった。必死に手で紙を隠す僕の姿は、多分、紙よりもずっと弱々しくて、滑稽だ。 「それ、もしかして折り紙?」 あぁ、最悪だ。きっと、おかしいと思われたんだろうな。 「う、うん。そうだよ」 僕の折り紙を素早く手に取って、目を輝かせる。 「凄いね!折るの上手いんだー!折り紙、好きなの?」 予想外の言葉に、目を見開いた。でも、 「いや、違うよ。ただの暇つぶしだから。もう捨てようと思ってたんだ」 これでいい。だって、こんなものが好きだなんておかしいんだから。 「そっか、あっ、突然ごめんね!それじゃあね!」 そう言うと、振り向いて素早く駆け出した。ほっと、胸を撫で下ろした瞬間 「でも、私は好きだよ!」 ドキリと心臓が跳ねた。 なんだよ、その薄っぺらな感想。 ふぅ、と一息ついて、頬杖をつく。 カサカサカサ ペタッ スー ペラペラ 校門を出る前に、教室の窓を見上げると、ひとつの紙飛行機が飛んでいて、それを見た私は、薄っぺらい感想だけど、でもやっぱり、こう思った。 やっぱり、好きだ。

0
0
薄っぺらい好きだけど

この飴が腐るまで

すっかり埃を被った飴玉を、口に入れて転がした。広がる不快感に、顔を歪める。喉が異物感を訴えて、思わず吐き出しそうになる。口中に砂のような埃がへばりついて、水分が失われていく。それでも必死に転がし続けて、そのうち目には涙が浮かんでいて、時も忘れてただ舐め続けていた。いつの間にか、口の中には唾液がたまっていて、あるはずも無い喉仏をごくりと上下させると、口中の唾液を飲み込んだ。そうすると、気が付いた。甘い味。埃の先の飴玉は、まだ甘くて、美味しくて、そうするうちに涙は引っ込んで、いつの間にか、夢中になって舐めていた。舌が、喜びに打ち震えている。惜しみなく流れ出る唾液が、ぽとりと地面に落下して、じんわりと広がっていく。口から伸びる透明な筋が、飴を味わう彼女の表情が、息を飲むほどに、色っぽい。 大丈夫、この飴はまだ、腐っていない。 ─ 青い飴 ─ 雲ひとつ無い大空を、飴玉越しに眺めてみる。微かに色が変わっただけで、何も起きない。そんな馬鹿なことをしている私の手をそっと掴んだ彼は、私の手を口へと近付ける。もう、届く。その瞬間、一筋の陽光に照らされた飴玉が、どうしようも無く綺麗に光っていて、そしてその光は、彼の口の中へと沈んでいった。飴を転がしながら、にたりと笑う彼は、そんな陽光を忘れさせるほどに、綺麗だった。私も同じ飴を舐めてみる。この飴は、こんなにも甘かっただろうか。 ─ 白い飴 ─ 初めてだった、甘くない飴を食べたのは。初対面の私達。彼の手には飴入りの袋があって、その中身を渡された。受け取って食べた飴は全然甘くなくて、驚いた私の顔を見て、彼はくしゃりと笑っていた。それで私はムッとして、そんなに笑うことはないじゃないかって、心の中で少し怒ったけど、そのうち馬鹿みたいに思えてきて、気が付いたら笑ってた。彼も一緒に笑ってて、冷めた味の飴とは裏腹に、顔はいつの間にか熱くなっていた。この日、私は初めての味を経験した。 ─ 黄色い飴 ─ 涙を流す私を見守って、彼はずっと傍に居てくれた。遠くの橋を並んで見つめる私達は、日が暮れるまで動かずに居た。その時の私は気が付かなかったけれど、橋の上を通る電車を見た彼の横顔は、驚くくらいに寂しげで、涙を堪えているように見えた気がした。しばらく話して、いつの間にか泣き止んだ私に、彼は袋を取り出して中の飴を渡してくれた。笑って頬張る彼を横目に、私も飴玉を口に入れた。それは、胸を締め付けられるほどに、酸っぱかった。 ─ 赤い飴 ─ 夕暮れの中、私は電車を見送った。多分、また泣いていたのかもしれない。泣き腫らした私の目は、多分すごく赤くて、彼はなんでもなさそうに笑っていたけれど、彼の目も赤かった。電車を待つ間、彼に飴の袋を渡した。中には一通の手紙を入れた。彼は嬉しそうに受け取ると、もう食べようとしたので、止めた。残念がる彼は、すぐに立ち直ると袋を取り出して、中の飴を私にくれた。二人して転がして、笑いながら話して、後半は泣いていて、それでも、最後は笑っていた。 ─ 桃色の飴 ─ 離れて行く彼女を窓から見て、どうしようも無く切なくなったのを覚えている。新しい土地で、心細くなった俺は、あの日貰った袋を開けた。中には手紙が入っていて、しばらく読むか悩んだけれど、意を決して読んだ。 その飴玉と手紙は、大切に、大切に保管した。少し埃は被ってしまったけれど、それでもこの飴は腐っていない。あの日以来、この笑顔を彼女に向けたのは初めてだ。上手く笑えているか分からない。もしかしたら涙が出ているかもしれない。それでも全力で笑って、飴玉を渡した。彼女は嬉しそうに受け取って、口に入れて転がした。 『この飴玉が腐るまで、私はあなたを忘れない。もしこの飴が腐ってしまったら。私を忘れて捨てて欲しい。もしまた会えたなら、あの頃のように、二人でこの飴を分け合いたい。』

2
0
この飴が腐るまで

ことわざ成敗

石橋を叩いたら崩れ落ちた。 腹が立ったので、石の上の人間を蹴り飛ばした。三年も待って何になる。そんなのは焼け石に水だろう。ぶつくさ言いながら歩いていると、雨が降ってきた。試しに石を観察してみたが、雨垂れが石を割る気配は全くない。そんな途方も無い時間を待っていられるか。鶴は千年亀は万年と言うが、そんなにあいつらは生きないし、人間の寿命はせいぜい百が限界だろう。干天の慈雨なんて嘘っぱちだ。お陰様で俺はずぶ濡れ、余計に腹が立ってきた。急がば回れなどと言っている場合では無い、このままでは風邪をひく。さっさと近道をして帰ろう。あの石橋さえ渡れていれば、こうはならなかったのに。犬も歩けば棒に当たるとはこのことか、だけど俺は犬なんかじゃない。考えているうちに、雨も晴れてしまった。これだけ濡れて、今更晴れたってどうにもならない。替え着なしの晴れ着なし。これは晴れ着でも無いが、他に変えだって無いんだぞ。雨降って地固まるだとか馬鹿げている。地面が固まったって俺は濡れたままだ。全く、こんな日に出歩いた俺が馬鹿だった。いや、違う。どれもこれも不運のせいだ。 舌の根も乾かぬうちにまた文句を言い始めると、後ろから声をかけられた。 「そんなにずぶ濡れで、何をしているんだい?」 突然の言葉に泡を食ったが、すぐに言葉を返した。 「先人達の間違いを探していたのさ」 老婆はぱちくりと目を瞬きさせて、心底分からないという表情で言った。 「そりゃ、寝耳に水なお話だね」 全く、どいつもこいつも馬鹿だな。 「おいおい婆さん、あんたの耳は濡れちゃいないぜ?」 すると老婆は笑って言った。 「そりゃ当たり前だろう。それがことわざってもんさ」 あっけらかんとした様子で言われて、とても癪に触った。だから言ってやった。 「それはつまらない話だ。なんだか水を刺された気分だよ」 完璧だ。やはり俺は正しいのだと思うと、少しは気も晴れたような気がする。 「それはそうとね、あんたさっき地蔵を蹴っただろう。そういうことはするもんじゃないよ」 藪から棒に、しかもあまりにもくだらない説教に、開いた口が塞がらない。普通なら二の句が継げない所をこう言ってやった。 「そりゃ、石地蔵に蜂ってところだな。そんなもん、俺には関係ねぇよ」 あぁ、いい気分だ。先人の教えなんぞくだらない。快感に打ち震えていると、突然寒気が来た。 「へっくしゅん!」 風邪でも引いたのか、くしゃみが止まらない。見かねて老婆はこう言った。 「触らぬ神に祟りなし。自業自得だよ。罰当たりの小僧め」 あーもう!ことわざなんてクソ喰らえだ!

8
2
ことわざ成敗

頭洗えば髪生える

シャワーを浴びながら考える。やはり、何度考えても理解出来ない。浴びている内に、自然と考えるのも辞め、流れ落ちる水の中に身を任せていた。排水溝に、白い泡が流れて行く。その光景は、自分にとっては当たり前で、それに対して特に何を思うことも無かった。つい最近までは… カラカラと、小気味良い音を立てて小皿が埋まっていく。毎日必ず、忘れずにそうする。そうした日課の最中に、家のチャイムが押された。誰だろうかと、右手で頭を掻きながら玄関に向かい、ドアを開けた。出迎えたのは、見覚えの無い顔で、思わず怪訝な表情を浮かべる。第一声は、その男からだった。 「初めまして。先日隣の部屋に越してきました」 なるほど、引越しか。心の中で安心していると、シャンプーを差し出された。 「ささやかなものですが。私、結構シャンプーにはこだわっていまして」 見た事は無いが、どうやら良い品のようだ。しかし、今私が引っかかっているのはそこでは無い。意識しない内に、どうやら視線が動いてしまっていたようで、何かを察した男は、笑いながら語り始める。 「貴方が何を思っているのかは、分かります。この通り、僕には髪がありませんから。なのにどうしてシャンプーにこだわるのか、疑問に思うでしょう。勿論、この頭は自分で刈った訳ではありま せんよ。僕には元々髪が生えていませんので、自然と髪が生えることはありません。では、何故シャンプーにこだわるのかと言いますと。まず、髪を洗うという行為は、髪がある人がすることでしょう。ですから、『髪を洗う人には、髪の毛がある』ということです。つまり、髪を洗えば髪の毛があることになるということではないでしょうか。それに 気が付いた僕は、その日からシャンプーにこだわり、毎日頭を洗っています」 一通り聞いた私が、まず思ったのは、こいつは一体何を言っているのか。という事だ。いくら頭を洗おうが、髪が無いものは無い。だが、初対面の相手に、ここまで語られてしまうと、私は何も言えず、満足した男は挨拶をして去ってしまった。 椅子に腰をかけ、もう一度冷静に考えても理解できない。掃除の行き届いた部屋の中、しばらく時間を忘れて考えていた。何故そこまで考えてしまうのか、大したことでも無いだろう。ふと時計を見れば、もう昼になる。小皿の中身を捨て、空にした後、また私はそれを満杯にした。またその日の夕方も、明日も、明後日も、また空にして、満杯にした。 あの日受け取ったシャンプーボトルを眺めながら、また考える。どれだけ頭を洗おうが、髪が生えていることにはならないし、それはどう足掻いたって無駄なことだ。全くもって理解に苦しむ。本当に、理解出来ない。言い聞かせるように、何度も否定を繰り返し、窓の外に視線を投げ出すと、シャンプーボトルを机に置いた。 何度洗っても消えない思い出は、何度満杯にしたって戻っては来ないようで、部屋の隅には、よく見覚えのある抜け毛が、まだ残っている。

1
0
頭洗えば髪生える

反転望遠鏡

ある男が突然壇上に立ち上ると、演説を始めた。この男の言うことは、あまりにも衝撃的で、突然現れた男を民衆は不審に思っていたが、次第に人は増え、耳を傾け始めた。そうして間もないうちに、ゴミ袋が沢山必要になっちまった。一体、この男は何を言ったと思う? 多分、世界は間違っている。だから、皆一様にその間違いから目を逸らして、それでいて、この世界に生きているんだ。 『反転望遠鏡』これが、この世界で生きる為の必需品だ。この望遠鏡は生まれた時に与えられて、全ての人は一生これと暮らして行く。一生を共にするこの望遠鏡は必ず、レンズの大きい方を覗き込むように使用する。これが世間一般の皆様が、信じて疑わないこの望遠鏡の正⃝し⃝い⃝使⃝い⃝方⃝だ。私だって疑わなかった。この望遠鏡はそのためにあると思っていた。まさか、そうじゃないなんて思いもしなかった。 ある時、とある私の友人が、一言言ったんだ。「最初からこの使い方で作られた代物なら、この望遠鏡の名前は何故『反転望遠鏡』なんだ」ってね。その時は、そんなこと大した事だなんて思いもしなかった。でも、その友人は違った。そう、私も突然のことに心底驚いた。何をしたかって、覗き込んだのさ。それも、小さい方の穴をね。でも、私が一番驚いたのはそれじゃない。正直言って、そんなことよりもっと驚くことは他にあった。だって、突然雨が降ったんだ。彼女がそのレンズを震わせて。察しが悪いようだから言ってやる。そいつはさ、泣いていたんだよ。それはもう、心の底から、感動した様子でね。そんなもんを見せられちゃあ、私だって覗きたくなる。多分その場に居たら、誰だってそうしただろうさ。手っ取り早く結論から言ってしまえば、私は覗いて、そして見た。この世界の正しい姿をね。だからさ、あんたもまず、疑いなよ。この世界の当たり前をさ。 そうして女は、俺の望遠鏡に手をかけた。 俺の望遠鏡が動き出して、レンズが移り変わって、そして起きた。これは夢だ。自然と握られた手には、自分でも意外な程に力がこもっていた。手をゆっくりと開くと、中にあった望遠鏡に汗がべっとりと付着している。俺の世界を変えたあの日から、俺の手の中には望遠鏡がある。 『反転望遠鏡』なんてものは始めから存在していなかった。これはただの望遠鏡で、ただのレンズに過ぎないってことだ。世間一般の皆様と、少し世界を疑った二人の女が勘違いして疑い切れなかった。それがその望遠鏡の正⃝し⃝い⃝使⃝い⃝方⃝だ⃝。だから、全て取っ払って見た俺はこう思う。 多分、この世界は間違ってなんていなかった。間違っているのは、この世界に生きる奴らの解釈だ。だから、皆一様にこの世界をまともに見られない。その癖に、この世界の中に生きている。所詮、井の中の蛙で、望遠鏡の中で逆立ちしちまってる連中なんだ。だから俺が見せてやることにした。この世界の正しい姿をな。 俺は壇上に登ると、演説を始めた。何を言ったかといえば、こうだ。 「お前ら、そのくだらないレンズを外せ」

2
0
反転望遠鏡

星屑のなる畑

あまり手入れの行き届かず、周囲に大した光源も見当たらない。荷台の星屑達は揺れに揺れ、天地が逆さになる様に、一回転してまた荷台に収まった。まだ星でないこの子らは、手を借りずして宙に浮くことは出来ない。これから採星場へと運ばれて、選別の後に星になる。大抵、ひとつの星は星屑二から三個程で生まれるが、時には非常に大きく、十を超える星もある。未だ宙を知らないこの子らは、一体どんな星になるのか。実に楽しみでしょうがない。 黒い岩を砕いてならし、そこに星の砂を混ぜ込めば、星屑畑の下地は完成だ。この星の砂は余った星屑を砕いて作る。そして、輝く礫をここに撒けば、後は星屑達を待つだけだ。大体、前に生まれた星が寝て起きる頃には、新しい星屑が顔を出す。そうすると、畑全体が緋色に輝き、とても温かくなる。そうして、新しい星屑達が生まれるのだ。 生まれてからは、しばらく熱が収まるまでその場に置かれ、光も収まる頃にやっと採集される。採集された時、必要な量から溢れると、その子らは砕かれて砂になる。それはとても悲しいけれど、新しい命になるのだから、私は畑を耕し続ける。今回も、また新しい子たちを見送った。 やっとして周囲が確認出来る程度の光源が現れた。揺れも収まり、心地の良いノイズだけが、しばらくその場を支配する。その静寂は、急激な停止に伴う慣性と、停止音に遮られた。道を遮断する停止看板に、夜行用の光が当たってキラキラと輝いている。今回も相変わず星採場前は通行止め。手馴れた手つきで向きを変え、荷台を解放した。星屑が摩れる乾いた音と、塵となって燃える光だけが、悲鳴のようにその場に残り続けた。 最近、畑作業をしていると、綺麗な朱色の流れ星が流れていく。畑作業の合間にそれを眺めて、また頑張る。そんなルーティンだ。きっと、星達が励ましてくれているんだろうと思うと、より頑張れる。最近は星達も代わり映えが無かったので、そのサプライズにはとても心を救われた。私ももう歳だ、畑は耕せても運ぶのには他の人の手を借りざるを得なくなった。本当は、育てた子達は自分の手で最後までしてあげたい。でも、こうやって育てた子達を眺めるだけでも、私は十分だ。 ─ あぁ、次はどんな子達が生まれるのかなぁ。

2
2
星屑のなる畑

全世界に称賛されるSNSサービス

〔あなたは晴れてこのサービス利用者の一員となりました。おめでとうございます!〕 「おめでとう!」「ようこそ!」「歓迎するよ!」「これからよろしく!」 次々と飛んで来る称賛や歓迎のコメント ページを更新する度に違ったアカウント名へと変わって行く。それだけの人達が、今私を祝ってくれている。あぁ、なんて充足感だろうか。特に何かを成した訳でも無いけれど、こうやって称えられるなんて、最高に気持ちがいい。 その日以来、あの快感が忘れられないでいる。このSNSサービスは最近立ち上げられたばかりだが、その異様な特性に多くの人がすぐに興味を持ち、僅かな期間で利用者数を獲得した。その特別な特性とは、『新規登録者は無条件に全世界から称賛を受ける』というものだ。このSNSサービスには、それ以外の機能が備わっていない。例えば、日々の出来事や、愚痴の呟きは出来ないし、誰かの発言に反応を付けることも出来ない。それに、アカウントに対するフォロー機能すら備わっていない。本当に、新しい利用者が現れた時に称賛を送るという機能のみのサービスなのだ。そして、一定期間登録者に対する称賛を行わないとアカウントは抹消され、二度と同一人物がアカウントを作ることが出来ない。これがこの画期的なサービスの全容である。このサービスは、とても手軽に忘れられない快感を味わうことが出来るし、全世界と喜びを共有出来る。故に、皆が幸せになれるシステムだとして、世界的注目を浴びているのだ。 しかし、なんて最高の気分なんだろうか。恍惚の表情を浮かべつつ、新しい登録者に称賛を送る。きっと、今送られた人も快感を感じているに違いない。あぁ、本当に最高だ。でも、初めて登録して以来、自分自身はなんの反応も貰えていない。そう考えると、心のどこかが、自意識を訴えかけてくるような、そんな感覚がする。足りない、もっと欲しい。とにかく、誰かに認められたい。気付けば、新しい端末を取り寄せて、サブアカウントを作っていた。高鳴る胸の鼓動。しかし、新規登録を済ませようとした瞬間、システムによってその期待は打ち砕かれた。 〔利用規約に違反する行動を確認致しました。このアカウントの登録は認められません。〕 どうして、端末は違っているはずだ。何故分かった。額に流れる汗を感じつつ、アカウントを確認する。 〔アカウントは抹消されました。〕 あまりにも無情な表示に、思わず端末を落としてしまった。自らの欲望の為に、私は幸せの輪への参加権を失ったのだ。正直、終わりだと思った。 しばらくの間、喪失感に苛まれ、仕事にも身が入らないでいた。寝転び、生気を失ったような目でネットニュースを眺めていると、とある記事が目に入った。【速報!話題のSNSサービス突然の暴落か!?】どうやら、全世界で携帯電話等の売れ行きが劇的に上昇したこと。そして、あのSNSサービスの登録者アカウントが、急速に抹消されていることが取り上げられているようだった。それを見て、無駄に増えた端末を眺めながら、私は呆然としていた。 「なにやってんだろ、私」

0
2
全世界に称賛されるSNSサービス

カーテン

─ ふわり ふわふわ ふわふわり 美しく、透き通った白い裾。透かして見える青空が、今日も今日とて輝かしい。 その眩しさに、目を細めた。 教室の、窓際席に腰掛ける。隣を見遣れば彼がいて、今日も今日とて笑顔になる。 その横顔で、つい火照る。 雨凌ぎ、二人並んで晴れを待つ。雨が遮り途切れる声、今日も今日とて揺らされる。 その心から、漏れてしまう。 水遊び、二人揃って身を揺らす。水気混じりに漏れ出る声。今日も今日とて日が昇る。 その湿度から、乾いてしまう。 控え室、鏡の前に腰掛ける。扉を見遣れば開いていて、今日も今日とて彼が居る。 その笑顔で、また火照る。 美しく、透き通った白い裾。透かして見える彼の顔、今日はなんだかより嬉しい。 その嬉しさに、目を細めた。 ─ ふわり ふわふわ ふわふわり 揺れるカーテン模様替え。甘く優しい口付けを。

0
0
カーテン

これは誰の物語か

煤色の路地、濁りを混じえた水溜まりは静かにそこに存在している。そして、その静寂は破壊された。荒い呼吸、不格好な姿勢で、必死に進む女の腕には、一人の赤子が抱えられている。抱え走る女の瞳は、未だ輝きを失っていない。まるで、その先に大きな希望でもある様に。あるいは、その希望を託す様に。 光の中に影が二つ、無情にもそれは女を捉えた。残酷な運命に逆らう術は無く、女の弱い灯火は、影を照らすに値しない。だが、決してそれはここで潰えるものでは無かった。 倒れる女の腕の中に、あの赤子は居ない。 ─ これはこの女の物語だ。 降りしきる雨の中、ある男を見下ろしていた。やけに雨音がうるさいので、つい耳を塞ぎそうになってしまう。しかし、塞ごうとする手の中には、拳銃が。そう、拳銃。雨のうるささが、私の思考を掻き乱す。あぁもう、うるさいな。うるさい… うるさい─ うるさい─ うるさい─ 拳銃に、一筋の雫が伝っていく。 うるさい─ うるさい─ うるさい─ うるさい─ ピシャリ。一滴が、地に落ちた。 あぁ、そうだ… 私が殺した。これが私の仕事、そして生きる術だ。だから、行かなければ。だから、行くのだ。とある少女は、迷いをそこに置くように、雨跡を散らした。 ─ これはこの少女の物語だ。 恨めしい程の陽光、炯々と光る眼光は、その陽光にも劣っていない。この瞳の輝きは、十七年前のあの日から、受け継がれたものだ。何の為に、生きてきたか。今更、そんな問いは必要ない。この日、この為に、この為だけに生きてきた。両親を殺された、あの日から。俺の目的はただ一つ。たった一つの目的の為。 復讐だ。 あまりの陽光のため、全身に汗が滲んでいる。その不快感に、顔を歪める。鍛えられた肉体には、汗がよく映える。それが復讐の為だとしても、誰もそれを否定しない。そしてこれから、それを果たしに行くが、誰もそれを止めはしない。託された未来を、いや、あの日潰えた物語の延長線上を、ここで果たす。とある青年は覚悟を固める様に、汗を拭った。 ─ これは、この青年の物語だ。 幸せだった。愛する彼と結ばれて、決して楽な暮らしで無くても、逃げながらの暮らしであっても、それは幸せに違い無かった。大変な暮らしの中で、宝を一つ授かった。この時が、どれ程幸せであったか、忘れることは無い。 幸せだった。愛する彼女と結ばれて、楽はさせられないし、逃げながらの暮らしであったとしても、それは幸せに違い無かった。幸せな暮らしの中で、宝を一つ授かった。この時が、どれ程幸せであったか、忘れることは無い。 私達の愛しいこの子を、絶対に死なせない。この子だけは、守り通す。だから、生きて欲しい。 ただ、自身の幸せの為に。 自身の物語を紡いで欲しい。 ─ これは、この男女の物語だ。 初めて人を殺した日を、私は覚えている。未熟であった私は、殺した男の前で、立ち尽くしていた。あの日、自分の生き方を決めたのだ。後悔は無い。あの日濡らした拳銃も、今では良く手に馴染んでいる。しかし、何故今、私は命を狙われ、あの日の事を掘り返されているのだろうか。私の物語はここで終わるのか、あの日終わらせたはずの物語は、まだ続いていたのか。 今、俺は人を殺そうとしている。あの日、殺された両親の無念を晴らす為。目の前の女の物語を、ここで終わらせる。きっと、二人もこの時を望んでいたはずだ。爛々と燃える青年の瞳は、女を鋭く見つめている。ここで、全ての物語は終わるだろう。 この瞬間を、生きようとする者、殺そうとする者、生きた者、殺した者、生かされた者、殺させられた者、託した者、託された者。そして、この瞬間が終わった後に生きる者。 この物語は一体誰の物語か。 ─ きっと、これは全ての人の物語だ。

0
0
これは誰の物語か

読んでないけど、面白い。

「この本最近話題でさー」 携帯画面に表示された表紙をチラリと見る。 「へぇ、そうなんだ」 「興味なさそー、でも読まなくても面白そうなんだよね!」 まぁ、実際興味無いし。というか読めや。 「読んでから言えって」 「でも最近時間無いんだよー…」 パンッ! 顔の前に両手を合わせる友人 「お願い!この通り!代わりに読んで感想聞かせてー!」 「えぇ、どうして…」 「どうしても気になるんだよー!今度ご飯奢るからさぁ!」 ご飯という言葉に釣られ、気持ちが傾く。 「はぁ…仕方ないなぁ」 我ながら甘いなと思う。だが、まぁ面白い作品なら良いかと気持ちを切り替える。 「で、それなんて言うんだっけ?」 結局本屋に寄って買ってしまった。 風呂上がりの濡れた頭にタオルを引き下げベットに腰をかける。 「はぁ…我ながら甘いなぁ」 今度は口に出てしまった。 どれどれ、とタイトルを見る。確かに、読まずともなんだか面白そうなタイトルである。それに、皆口を揃えて「面白そう!」「面白かった!」なんて言っていたし。 よく考えてみたら、私が読まなくてもいいんじゃないだろうか。 多少の期待と、自責の念…いや、それなりの期待はしていたかもしれない。 まぁそんな感じでページをめくっていく。 一ページ 一ページと紙をめくる。その度に私の顔から期待は消え去る。 「これ、読めば読むほど面白くないな」 自分で呟いて、はっとした。 あぁ、なるほどね。今更分かった。他の皆も読んでいるのに私に読ませた理由が…他の人は私みたいに『読んで』無いんだ。適当に文字だけ追ってそれっぽい雰囲気を感じ取ってるだけ。周りが面白いって言うから自分もそうだと勘違いをしているだけ。 「はぁー…上手いこと使われたなぁー」 ばたりと身を投げ出して、無造作に本を置き、携帯電話を取り出す。 通話ボタンを押して、私を使った張本人に電話をかけた。 ワンコールもしないうちに通話に出た。こいつ本当は暇なんじゃないのか? まぁいいや。 「はいはーい!もう読んだの?相変わらず早いねぇー」 「うっさい」 「で、感想は?」 「あー、うんまぁ…読まなかったら面白いかもね」 「何それ、どういう意味よ」 通話越しでも怪訝な表情なのはわかる。でも私自身そうとしか言えないのだ。 「言った通りだよ。気になるなら読めば?」 「うーん、いいかなぁ」 「【読まなくても面白い本】だしね!」 なんだそれは…私は読み損ではないのか。 「あっそう、まぁ勝手にして」 それじゃ、とさっさと通話を切ってやった。まったくもう、腹立たしい。これだったら、読まない方が面白かったかもなぁ。 投げ出した本をもう一度拾い直して、表紙を見つめる。 「ふふっ」 馬鹿らしくなって、つい笑ってしまった。そういえば、この本で初めて笑ったかもしれない。 これは… 確かに【読まなくても面白い本】だなぁ

3
2
読んでないけど、面白い。