罪
「ああどうしましょう、私は最低な人間です」
とある日の交番は、やけに騒がしい様子であった。冷ややかな悪寒を背に何事かと聞いてみれば、一人の男が騒いでいるという。ほうと胸を撫で下ろし、何やら好奇心が顔を出した私は家の前を横切る通りを抜け十字路へと身を乗り出すと、その右方に視線を向けた。すると、どうやら困った様子の警官と、黒髪の薄い男が揉めているようである。
「私は罪の無い命を潰してしまったのです。私は愚かな罪人です。どうか、お縄にかけてください。お願いします」
男は酷く真剣な様子で口を動かし続けている。しかし、それを窘める警官の頬には汗が滲み、時折手拭いでそれを拭き取りながら、困惑の表情を浮かべていた。どうやら、あの男は自首を申し出ているようだ。そのように眺めていると、薄い黒髪がはたと動き、視線と視線がぶつかった。
「あぁ、そこのお方。どうかあの方を説得して頂けませんか。お願いします。どうか」
詰め寄られた私は逃げ場を失い、とうとう話を聞くこととなってしまった。聞いた話の経緯は、どうやらこうらしい。
空も白み始めたばかりの時間、いつも通りに目を覚ました男は、日課である体操をしようと庭に赴いた。しかし、今の時代に見合わぬカセットテープを忘れた事に気が付き、取り出しに行こうと一歩を踏み出した時のこと。何やらおかしな感触が足裏をくすぐったのだ。何事かと視線を向けると、生き生きとした緑の芝の一端の、ちょうど踏みしめている辺りがおかしな色になっている。赤茄子でも踏み付けたのかと思ったが、そんなはずは無かった。その庭では何の家庭菜園もしていなければ、買い物袋を外に置き去りにすることも無かったからだ。答えの分からぬまま逡巡する思考をいつまでも続けていても仕方がないと考え、それに蓋をした男は、恐る恐る足を上げてみることにした。
日の出のようにゆっくりと足を上げる。少しずつ露になる姿に、嫌な感覚を覚え始めた。そしてとうとう薄ら眼でもそれが見えるようになった頃、そこに居たのは…いや、そこに“あった”のは、無情にも生命の輝きを失った一匹の鼠であった。灰と赤が混じり合い、初めの数秒は何かすら分からなかった。しかし、偶然にも原型を留めていた頭部が、それを辛うじて鼠であると認識させたのである。やけに黒い瞳が、男をジトリと見つめていたように思え、それを見た男は腰を抜かして尻餅をつき、そして、あわあわと言葉にならない声を発して後ずさった。しばらくの現実逃避の末に、とうとう堪えきれなくなった男は駆け出し、今に至るということである。
「私は罪のない命を奪った愚か者なのです。どうか、私を罰してください」
一通り話し終えた男は尚、そのような言葉を繰り返している。とうの警官はというと、疲弊した様子で返事を繰り返している。そんな埒が明かない様子を見ていた私の足は地を何遍も叩き、指先は落ち着かない様子を見せていた。日も高く登った頃、とうとう堪えきれなくなった私は、男に言葉を投げかけた。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2025/11/15 10:13
最終編集日時: 2025/11/16 0:59
注意: この小説には性的または暴力的な表現が含まれています
じゃらねっこ
ねこじゃらしが好きなので、じゃらねっこです。