夜桜 栞
12 件の小説私を見て(最終話)
雫は、目を閉じて部屋の壁にもたれかかっている花の隣に並んで腰を下ろした。 花の表情は穏やかで、苦しそうには見えなかった。 「良かった。」 雫はそう思った。 眠っているように目を閉じている花の姿は、雫にとって受け入れてくれているように思えたからだ。 雫は、花に語りかけた。 「私、幼い頃にも似たような事があったんだよ。大好きで大好きでたまらなかった子がいたの。あの頃は私も子供だから、真正面から自分の想いを伝えていたのね。そしたら………怖いって言われて、避けられて、挙句の果てには引っ越して行っちゃった。酷いと思わない?」 雫は問いかけたが、花からの返事は無い。 雫は構わず続けた。 「それから、何だか悲しくなっちゃって、誰とも関わらないようにしてたんだ。そしたら、中学生になった時にいじめを受けた。そんな時に、花に出会った。花に助けられて、仲良くなって。…………あの時の二の舞にはしたくなかったから、花が私だけを見るように頑張ったんだよね。結局、こうしないと私の花にはならなかったけれど。でも………嬉しいなぁ。これからは、そんな心配をしなくても済むんだもんね。」 雫は立ち上がると、手を思い切り伸ばして先程のナイフを拾った。 そして、花と寄り添うように並ぶと、花の手を握った。 花は握り返してくれなかったけど、仕方がない。先に行ってしまったのだから。 雫はナイフを持ち替えて、刃先を自分の心臓に向けた。 「あんまり待たせても駄目だから、すぐに済ませるね。花………これからもずっと、ずうっと、一緒だよ。」 そう言うや否や、雫はナイフを思い切り自分の胸に突き刺した。 これで、やっと………私を見てくれる。 雫は幸せに包まれた笑顔を浮かべて、ゆっくりと目を閉じた。
私を見て(第十一話)
「雫ちゃん………。」 私はそれ以上言葉が出てこなかった。 しばらくの沈黙の後、雫は突然口調を荒げた。 「なのに!無視されてても花の関心は私だけに向かないし!頑張って乗り越えようとしているし。私がどんなに繋ぎ止めようとしても、花はちっとも振り向いてくれない!」 「雫ちゃんも大切。春奈ちゃんも大切。………それじゃ駄目なの?」 私が呟くように言うと、雫は何度も何度も首を横に振った。 「そんなの、駄目。私は花だけなのに、花は私だけじゃないなんて、そんなのおかしい。」 「そんな事言われたって………。」 私が困り果てて何も言えずにいると、雫は顔を曇らせてぶつぶつと呟いた。 「………どうしたって花は私の手を振りほどこうとするんだね。」 「……ごめん。」 「…………なら、仕方ないね。花の返事次第では、最後の手段は使わないでおこうと思ってたのに。」 そう言うや否や、雫は机の引き出しからナイフを取り出した。 「雫……ちゃん?一体…何する気?」 「強制的に私だけの花にするんだよ。大丈夫。安心して。すぐに私も追いかけるから。」 口元だけ笑顔を浮かべながら、ナイフを持った雫がジリジリと近寄ってくる。 「待って!やめてよ!こんな事したって、意味ない。死んだら、何もかも終わりなんだよ?」 「仕方ないじゃない。私を見てくれないんだもん。花が悪いんだからね。だから……………死んで?」 そう言うと、雫は私の心臓を目掛けてナイフを突き立ててきた。随分前から雫はこうなる事を予想していたようで、そのナイフはしっかりと私の胸を貫いていた。 少しして、私は自分の身体が傾いて倒れていくのを感じた。 床に倒れ込んだ私を、雫が支えて壁にもたれかけさせた。 うっすらと目を開けると、雫が満面の笑顔で私の事を見ていることが分かった。 「これで、ずーーーっと一緒だね。」 その言葉を最後に、私は意識を手放した。
私を見て(第十話)
春奈が帰ったその日のうちに、私は雫にLINEをした。「聞きたいことがあるから、近々会える?」と。 okの返事はすぐに来た。しばらくの間、LINEも電話も無視していたことに対して文句のひとつでも言われるかと思っていたが、それについて雫は何も言わずに、「明日会おう。」とだけ送ってきた。 私は、了解と書かれたスタンプを送り、ベッドに入った。 翌日。昼食をとった私は、何も入っていない鞄に無造作にスマホを放り込むと、すぐに家を出た。久しぶりに感じる外の空気だ。 今日は雫の家に呼ばれているので、徒歩十分程で着く。これくらいの距離なら、自転車も不要だろう。 雫の家に着くと、私は意を決してインターホンを鳴らした。少し待っていると、扉が開いた。出てきたのは雫だった。 雫の両親は共働きであまり家に居ないので、雫は普段1人で過ごしているらしい。 「いらっしゃい。さぁ、上がって上がって。」 雫は上機嫌で私を部屋に招き入れた。 雫の部屋はベッドやクローゼットなどの必要最低限の家具しかない。一見すると、趣味が全く無さそうな淋しい部屋だった。 「……早速だけど、聞いてもいい?」 私が早速本題に入ると、雫は私をじっと見つめた。 「何でもどうぞ。」 「春奈ちゃんに私を無視するように言ったのは、本当なの?」 「そうだよ。普通にお願いしただけじゃ聞かなかっただろうから、春奈ちゃんの身辺を調べたのよ。中々大変だったんだから。」 当然の事のように雫は言った。 「一体どうして?私達、仲良かったじゃない。雫ちゃんは………そうじゃなかったの?」 「えぇ?何でそんな風に思うわけ?私、花が大好きよ。いつも言ってるじゃない。親友だって。」 「ならどうして、そんな事をしたの?無視なんてさせてたら、普通は嫌いだと思うじゃない。」 私は、雫の意図が全く分からずにいた。すると、雫は突然笑いだした。 「あぁ、そういう事ね。私が花の事を嫌いになったから、春奈ちゃんを使って無視させようとしたんじゃないかって、そう思ってたのね。」 「…………違うの?」 「違うわ。寧ろその逆。」 「逆………?」 私が聞き返すと、雫は急に笑顔をやめて少し低いトーンで言った。 「私がいじめられていた時、花が助けてくれたよね。」 「……そうだね。」 「あの日から、私の全てが花になったんだよ。だけど花は、違った。花の周囲にはいつも沢山の友達がいた。高校生になって学校が別になると、花は春奈ちゃんばっかりになって、私との時間が減った。本当は、私を……。私だけを見て欲しかったの。私だけの花、花だけの私にしたいって。」 私は、何度も首を横に振った。 「そんなの………。出来ない。……出来ないよ。みんな私の大切な友達だったんだから。」 思えば、雫はやたらとお揃いに拘っていた。それも、雫だけの私にしたかったからだったのか。 私が首を横に振るのを見た雫は、にっこりと笑った。 「それは知ってる。花は本当に、本当に優しい。優しいから、寄ってくる人達を無下には出来なかったんだもんね?」 「………そういう事じゃ。」 みんなが大切だから、誰か1人には絞れない。 私がそう言おうとする前に、雫が遮ってきた。 「もしも、花が孤独になれば、私しか居なくなる。私だけを見てくれる。……だから、無視させたんだよ。私だけの花になるように。」
私を見て(第九話)
「実は、私が花ちゃんを無視していたのは………。雫ちゃんが原因なの。」 春奈のその言葉に、私は酷く動揺した。 けれど、心の片隅に「やっぱり…。」と思う自分がいた。 「………どうして雫ちゃんは、私を無視するように言ったの?」 私が尋ねると、春奈は首を横に振った。 「分からない。………あのね、今日は………。無視してしまったことを謝りに来たの。何度も何度も、無視するように言われて、逆らえなくて……。でも、このままじゃないけないって思って…。そしたら、花ちゃんが学校に来なくなったから、私のせいだって思って…。」 春奈はポロポロと涙を流しながら、話を続けた。 「本当にごめんなさい。謝って済むことじゃないけど…。でもっ…。」 「いいよ。多分……春奈ちゃんは悪くない。………ねぇ、雫ちゃんには、何を言われたの?」 「え…?」 「脅されてたんでしょ。私に何が出来るか分からないけど、教えてほしい。」 私が春奈をじっと見つめると、春奈はおずおずと話し始めた。 ある日の帰り道、1人で歩いていると突然 呼び止められたの。 「あなたが、今井春奈さん?」 「そう……ですけど。どなたですか?」 「私は舞原雫。花の……。牧野花の親友なの。」 「………花ならもう帰ったと思いますけど。」 「知ってるわ。そうじゃなくて、あなたに会いに来たの。」 「どうして?」 そう尋ねると、雫はとても楽しそうに言ったわ。 「明日から、花のことを無視してほしいの。もちろん、クラス全員でね。あなたはクラスの中心人物なんだし、出来るでしょ?」 「無視…?え、なんで?花ちゃんとは親友なんじゃないの?」 「細かいことは気にしないで。とにかく、私の言う通りにしてよ。」 「嫌よ。そんないじめみたいなこと。……承諾されると思ってるんだとしたら、あなたおかしいよ。」 「もちろん承諾されるとは思ってないよ。だから私、とっておきがあるのよ。」 そう言うと、雫ちゃんはポケットから一枚の紙を取り出すと、淡々と読み始めたの。 「今井春奈。両親と弟の4人家族。」 「父は今井隆俊さん。母は今井幸奈さん。弟は今井俊哉君。でしょ?」 私はどんどん体が冷えていったわ。 他にも、雫ちゃんは私の家の電話番号や住所まで読み上げ始めたから、怖くてたまらなかった。 「ねぇ、どうしてそんなに知って……。」 「凄いでしょ?全部自分で調べたんだぁ。」 「一体、何をする気なの………?」 「さぁ?どうすると思う?……家族に危害を加えたくなかったら、私の言う通りにすることね。」 「…………。」 「ちゃあんと、見張ってるから。………よろしくね?春奈ちゃん♪」 「………分かっ……た。」 「ありがとう。分かってくれて嬉しいわ。じゃあ、またね。」 「こんなやり取りが数回あって……。私はずっと逆らえなかったの。本当にごめんなさい。」 春奈は何度も「ごめんなさい。」を繰り返している。 私は言葉を失った。雫はいつからそうなってしまったのだろう。私、ずっとずっと嫌われていたのだろうか。「親友」だと、上辺ではそう言いながらずっと憎まれていたというのか。 「私、雫ちゃんに会ってくる。どうしてそんな事をするのか。会って聞いてくる。嫌われてるかもしれないけど………。」 「………私も行こうか?」 「大丈夫。1人で行ってくるよ。これでも、最初は間違いなく友達だったんだから。」
私を見て(第八話)
その日を境に、私は雫からのLINEや電話に応じないようにした。 朝起きてスマホを確認すると、沢山の不在着信の連絡とLINEが入っている。そんな事が続いたせいで、LINEを開くことすら億劫になっていた。 ある日の休日。自分の部屋で勉強をしていると、母の声がした。 「花ー。雫ちゃんが来てるわよ。約束してたのならちゃんと言ってくれなきゃ困るわ。」 「え…?ま、待って。入れないで。」 私は慌てて部屋を出た。 雫がうちに…?私がLINEを無視していたから? いや、それよりも…。 「お母さん、私今留守にしてるって伝えて。」 「えぇ?いつも仲良くしてるじゃないの。喧嘩でもしたの?」 「いいから。お願い。」 「仕方ないわね。じゃあ、部屋に居なさいね。」 そう言うと、母は不思議そうな顔をしながら玄関に向かった。 しばらくして、玄関から母の声が聞こえてきた。 「ごめんなさいね。今留守にしてるみたいなの。…………行先?いえ、分からないわねぇ。何も言わずに外出しちゃってたのよ。」 その言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。 しかし、それだけでは終わらなかった。 雫は毎日うちにやって来るようになったのだ。 鳴り止まないスマホの着信音も相まって、私は外出するのが怖くなってきた。 もし出かけた先で雫に出会ったらどうしようか。そう考えてしまうのだ。 母も雫の異様な雰囲気を察したのか、私に確認を取ること無く追い返してくれるようになった。 私は母に甘えさせてもらい、しばらく学校を休むことにした。 私が家に引きこもり初めて数日が経った頃、またチャイムが鳴った。毎日毎日、本当にいい加減にしてほしい。 しかし、今日は母が私に確認を取りにきた。 「お母さん!雫ちゃんは入れなくていいから…。」 「それが、今回は違うのよ。今井春奈さんという子が来てくれてるの。……会う?」 「春奈ちゃんが……?」 私はすぐに、春奈を部屋に招き入れた。 春奈は部屋に来るなり、深々と頭を下げた。 「ごめんなさい!私、雫さんが怖くて、それで……」 「落ち着いて。私なんとも思ってないから……。順番に、聞かせてくれる?」 「うん………。」 私が椅子に座るように促すと、春奈は「ありがとう。」と言って腰を下ろした。そのタイミングで、母がお茶とお菓子を持ってきてくれた。 「ごめんなさいね。これくらいしか無くて。」 「いえ……。ありがとうございます。」 「ゆっくりしていってね。」 それだけ言うと、母はすぐに部屋を出ていった。 「それで…雫ちゃんとは何があったの?」 私が話を振ると、春奈はゆっくりとした口調で話し始めた。 「実は、私が花ちゃんを無視していたのは………。雫ちゃんが原因なの。」
私を見て(第七話)
翌日。 私は居ても立っても居られず、そわそわとしながら放課後が来るのを待っていた。 こんな日は、時間が過ぎるのが特に遅い。 数分置きに時計の針の進み具合を確認していると、春奈と目が合った。彼女は何か言いたげな表情で私を見ていたが、すぐに逸らされてしまった。 私から春奈にあの日のことを聞く予定だったが、彼女も話そうとしてくれているのだろうか。 放課後になると、春奈が教室を出たタイミングを見計らって私は席を立った。 彼女の後を追うように歩いていると、人気のない廊下で春奈が立ち止まった。 「あの…。春奈ちゃん。」 私が声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。 「花ちゃん。………雫ちゃんには、気をつけた方がいいよ。」 春奈はゆっくりと念を押すように言った。 「え……。」 「それだけ。ほんとに…それだけだから。」 春奈は、誰かに言い訳をするような口調で話すと、逃げるように立ち去ってしまった。 私は訳が分からず、その場に立ち尽くした。 雫は、無視を止めるように話したと言っていた。 雫が私に、嘘をついたというのだろうか? 一体何のために? 私には分からなかった。 その日の夜、静かな部屋でスマホをぼんやりと眺めていると、突然LINE通話がかかってきた。 画面を見ると、『雫』と表示されている。 私は何故か電話に出ることが出来ず、鳴り止まないスマホを見つめていた。 ようやく音が鳴り止むと、今度は雫からLINEが届いた。 『花?どうしたの?もう寝ちゃった?』 私がLINEを開かずにいると、次々に文章が送信されてきた。 『普段なら、この時間起きてるよね。どうして返事くれないの?』 『おーい。花?』 『ねぇ、返事してってば。』 1分おきに送られてくるメッセージに怖くなってきた私は、慌てて返事をした。 『ごめん。しばらく忙しいかも。』 この書き方はまずかっただろうか。 そう思っていると、送られてくるLINEが増えてしまった。 『どうして?いつもすぐに返事くれるじゃない。』 『この間、春奈ちゃんと話したからなの?』 『ねぇ、どうして無視するの?どうせLINE見てるんでしょ?』 『早く返事してよ。私、毎日のLINE凄く楽しみにしてるの知ってるでしょ。』 『ねぇ、どうしてこんなことするの?』 『………流石に怒るよ?』 『って言っても、返してくれないんだ。』 次々に送られてくるLINEに段々怖くなってきた私は、スマホの通知を切って遠くに置いた。 ずっとLINEが届いているだろうが、私は全く見る気になれなかった。 今はただ、雫が怖い。 私は、雫と距離を置くことにした。
私を見て(第六話)
「雫ちゃん………?」 私が問いかけると、雫は驚いて振り向いた。 しかしそれは一瞬のことで、すぐにいつもと同じ笑顔を私に向けた。 「花?奇遇だね。あぁ、もしかして、春奈ちゃんに用事があったの?」 「え、あ…。特にないけど…。」 私が思わず言葉を濁すと、雫は満面の笑みで私の腕に手を絡めてきた。 「もしかして、私を見つけて来てくれたの?」 「あー。……うん、そうだね。」 咄嗟に雫を探していたことにしてしまったが、嘘を付いた訳ではないので問題ないだろう。 私が言葉を選んでいることに気づいているのか定かでは無いが、雫はとても嬉しそうだった。 「そっかぁ。親友が探してくれたのなら行かなきゃね。……じゃあ、春奈ちゃん。また……。話そうね。」 「う、うん。また……。」 春奈はぎこちない笑みを浮かべながら頷いた。 雫と並んで歩き出そうとした私は、ちらっと春奈に視線を向けた。 少し怯えたような、何か言いたげな様子だった。しかし、雫を放っておくことも出来ないので、仕方なくその場を後にした。 少し離れた所まで歩くと、私は雫の手を解いて尋ねた。 「雫ちゃん……。春奈ちゃんと知り合いだったの?」 「うん。最近ね。」 「私の学校に知り合いがいるなら、教えてくれれば良かったのに。」 「まぁ、そうなんだけど………。あの子なんでしょ?花を無視するクラスメイトって。」 その言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。 「そう…だけど。何で知って…。」 「私、花のことなら何でも分かるもの。」 「何でも……?」 「そう。あの春奈って子が発端で無視が始まったことも、何でも。」 雫は真剣な表情だったが、どこか楽しそうに見えた。 私は、恐る恐る尋ねた。 「………じゃあ、さっきは何で春奈と会ってたの?」 「えぇ?そんなの………。無視を止めるようにお願いしていただけよ。花はこの間頑張るって言ってたけど、どうしても放っておけなくて。でも前もって花にそれを伝えたとしても、止められる気がしたから。」 雫は必死で言葉を並べているが、どこか言い訳のように思えてならなかった。 私は、そう思ってしまっていることを悟られないように言葉を選んだ。 「…そっか。気にかけてくれてありがとう。」 「どういたしまして♪」 嬉しそうな雫を前に、私は作り笑いを浮かべた。 その言葉を、その気持ちを信じてあげたいと思った。 しかし、その一方で、拭うことのできない不信感が確実に生まれていた。
私を見て(第五話)
「花ー?」 雫の声ではっと我に返った。 スマホの時計は、午後六時半になっている。そろそろ帰る時間だ。 雫は不思議そうに私を見つめている。 「どうしたの?ぼーっとしてた?」 「あぁ、えっとね。雫ちゃんと仲良くなった時のことを思い出してて。」 私がそう言うと、雫は呆れ笑いをした。 「今ー?……あぁ、そっか。あの頃は今の逆だったもんね。」 「………そうだね。」 それきり2人とも何も言わなかった。 今その話をして楽しい雰囲気を壊したくなかったし、雫にも思い出させたくは無かった。 雫が同じ気持ちでいるのか分からなかったが、彼女も話しかけては来なかった。 隣に並ぶ雫に目をやると、彼女は黙ったまま真っ直ぐ前を見つめて歩いていた。 中学生の頃の雫は、もっと頼りなくて、悲しげで…。助けてあげたいと思った。私が守らなければいけないと思っていた。 一体いつから、こんなにも自信に満ちた表情をするようになったのだろうか。 立ち並ぶお店のガラス窓に映る今の私は、こんなにも暗く、沈んで見えるというのに…。 駅に着くと、改札の少し手前で立ち止まった。 雫とは乗る電車が違うので、ここでお別れになる。 「じゃあ、またね。花。」 「うん。………ねぇ、雫ちゃん。」 「どうしたの?」 「雫ちゃんは今、幸せ?」 「うん。」 雫は、力強く頷いた。私はほっとして雫に笑顔を向けた。 「私も、頑張るね。何で無視をされているのか分からないけど…。ちゃんと話を聞いてみるよ。」 「…………そうだね。………うん。花ならできるよ。」 雫は口ではそう言ってくれたものの、どこか歯切れの悪い返事だった。 その日はそのまま別れたが、何故か私の心は晴れていなかった。 3日後の放課後。 私はため息を着いて教室を出た。 今日も何の進展も無く、いつもと同じ独りの時間が終わった。 トボトボと廊下を歩きながら、ふと窓の下に目をやると、学校の敷地外の道に春奈の姿が見えた。 幸い、下校中では無く立ち止まっていたので、私は慌てて廊下を走った。 校舎から出て春奈が居た道までくると、彼女の姿が見えた。どうやら、別の学校の誰かと話しているらしい。 私が春奈を呼ぼうと口を開きかけた時、一緒にいる女の子と目が合った。 「!!」 私は目を見開いた。一緒にいる女の子とは、私がよく知る人物だったからだ。 私は、その女の子の名前を口にした。 「雫ちゃん………?」
私を見て(第四話)
私と雫が出会ったのは、中学校の入学式だった。その頃はたまたま同じクラスになった同級生のうちの一人に過ぎず、お互い関心など無かったように思う。 そんな私と雫の関係に変化が訪れたのは、あることが原因だった。 中学一年生の夏頃、雫へのいじめが始まった。 中学校での生活にも慣れ、クラスが退屈を感じ始めていた頃、一日のほとんどを一人で過ごしていた雫は格好のターゲットになってしまったのだ。標的が雫になってしまったのに深い理由は無い。ただ暗くて浮いた存在だったから。本当にそれだけが原因だったのだ。 雫へのいじめは、今私がされている無視のような生易しいものでは無かった。 靴を隠されたり、教科書やノートがビリビリに破られていたり、わざとぶつかられて怪我を負わされたり…。本当に典型的で、陰湿なものだった。 どうしても見ていられなかった私は、その度に雫を庇っていた。 ある日、教室の床を固く絞った雑巾で掃除している雫に、クラスの男子達がほうきを持って近づいてきた。 「うわ!ここに大きいゴミが落ちてるぞ。」 「本当だ。これは掃除しないとな。」 そう笑いながら、雫の体にグイグイとほうきを当てている。 私は慌てて男子からほうきを奪った。 「ちょっと!雫ちゃんはゴミじゃないんだからやめなさいよ。こんなことして、馬鹿じゃないの?」 「毎回毎回邪魔するなよ!友達でもないくせに偽善者ぶるなよな。」 「友達じゃないからって、庇わない理由にはならないじゃない!」 このままでは埒が明かないので、私は雫の手を引いて教室を出た。 人気の無い廊下まで来ると、私は手を離した。 「ごめんね。遅くなって。」 私が謝ると、雫は俯いたまま首を横に振った。 「………いつも助けてくれて、ありがとう。」 消え入りそうな小さな声で雫は言った。 いじめが始まる前の雫は、一人で過ごしてはいたもののここまで不安げな人では無かった。いじめはする側もされる側も、悪い意味でこんなにも人が変わってしまうのか。それをすごく実感した。 「ねぇ、いじめの事…。先生や家族に言わないの?このままじゃ何も変わらないよ。」 そう言うと、雫は何度も首を横に振るだけで黙ったままだった。 私は心の中でため息をつくと、再び口を開いた。 「それなら、何かして欲しいことはある?出来ることは限られているけど……。」 すると、雫は本当に小さな声で呟いた。 「友達………。友達になってほしい。」 その言葉に、私はすぐに頷いた。 「いいよ。今日から、友達ね。」 その日から卒業まで、私達はずっと一緒にいた。相変わらずいじめは続いたけれど、少しずつ明るくなっていく雫が見られることがとても嬉しかった。 いつからか、雫は私のことを「親友」と呼ぶようになった。お揃いに拘り始めたのもこの頃だったように思う。
私を見て(第三話)
土曜日の午前十時前。 電車から降りた私の足取りはとても軽かった。すぐにでも走り出しそうな浮かれた足取りで、改札へと向かう。 鞄からICカードを取り出してから前を向くと、視線の先に雫の姿が見えた。私は控えめに手を振ると、急ぎ足で改札を出た。 今日は、雫と一緒に街で買い物をする予定だ。この間無視されていることを打ち明けた後に、会う日時を決めていたのだ。きっと私のことを気遣って時間を作ってくれたのだろう。一緒に過ごせることは勿論だが、その心遣いが何よりも私を嬉しくさせた。 「雫ちゃんは行きたいお店ある?」 私がそう尋ねると、雫は少し間を置いてから答えた。 「今日は特に何も決めてなかったんだ。花の行きたい所について行くよ。あ、でも…。せっかくだからお揃いのものが欲しいかな。」 「…………いいよ。今日私髪飾り買う予定だったから、お揃いで買う?」 「いいね。そうしよう。髪飾りだったら、色違いでもいいかも。」 そんな他愛のないやり取りをしながら、アクセサリーショップへと向かった。道中には可愛らしいお店が沢山並んでおり、つい足を向けてしまう。そのお陰で、中々目的のお店まで辿り着かなかった。 ようやく目当てのお店に入ると、私と雫は真っ先に髪飾りが並べられているコーナーへと向かった。私がリボンを眺めていると、雫が嬉しそうに近寄ってきた。手には青と赤のシュシュが握られている。 「可愛いの見つけたんだ。これはどう?」 「あー。うん。良いんじゃないかな。」 私は曖昧な返事をした。 「良かった!じゃあ、私が赤で……。はい。花は青ね。」 雫はそう言うと、私の手の上に青色のシュシュを置いた。正直なところ、シュシュよりリボン。青よりも赤やピンク系の色が好きなのだが……。私は何も言わなかった。 「ありがとう。」 私はそれだけ言うと、雫と一緒にレジへと向かった。 レジに並んでいる間、少し暇になった私はチラッと雫を見た。 お揃いの服に、お揃いのスカート。お揃いの靴に、お揃いの靴下。全て今日の私の服装の色違いだ。雫はやたらとお揃いに拘りを持っていて、今日のように買う色を指定してくる。そして、一緒に遊ぶ日には同じコーデになるように決まって打ち合わせをするのだ。 私は特にお揃いであることに拘りは無いのだが、雫の喜ぶ顔が見られることが嬉しくて、つい合わせてしまっている。だからと言って、不満がある訳では無い。むしろ、クラスメイトから無視をされている今の私にとっては、こうして一緒に過ごせるだけで十分だ。 それに、雫は私のことを親友だと言ってくれている。今の私にとって、こんな贅沢なことはない。だから、この関係を崩したくは無いのだ。 「そういえば…。雫と出会ったばかりの頃は、今と真逆だったね。」 ふと、私が思い出したように口を開くと、雫はうつむき加減で少しだけ微笑んだ。 「そうだったね。あの時の花は、とても強くてかっこよくて…。私の憧れだったんだよ。」