にゃの桜

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にゃの桜

本が好きで自分でも小説を書けるかなと思いアプリを入れました! 上手な事関係なく、楽しくやって行けたらと思っています!

第六話「テスト勉強ってどうやるんですか?」

放課後の保健室。
小花は教科書と睨めっこしながら、すでに何度目か分からないため息をついた。 「ダメだ、全然分からない……範囲が広すぎて頭に入ってこない……」 ぽすん、と机に額をつけて項垂れる。
その横では、珍しく真面目に書類に目を通している吉田先生の姿があった。 「先生、やっと教師やってるんですね」 皮肉たっぷりにそう言うと、吉田先生はペンをくるくる回しながらふふんと笑う。 「花子よ、こう見えても私だってやる時はやる女さ」 なぜか謎のキメポーズをとる吉田先生。
一瞬イラっとしたが、小花は黙ってノートに「吉田、うざい」とだけ書いた。(もちろん後で消したけど) 「はぁ……先生なら暇だと思って来たのに、やっぱりどの先生もテスト前は殺伐としてますよね」 「まぁ、職員室の空気は戦場だな。みんな目が血走ってる。終わった瞬間の解放感で飲み会やるのが恒例なんだけど、私はあれが苦手なんだわ」 「え、先生って速攻で帰ってYouTubeでパチンコ動画漁ってるタイプじゃないんですか?」 「よく分かってるな。天才かお前」 「褒め言葉に聞こえません」 そう言い合ってるうちに、小花は歴史の教科書をバサッと机に出した。 「で、花子は今どこが分からないんだ? 英語? 数学?……保体?」 「保体にテストはありません。あと、歴史です。明治維新あたりが全然頭に入ってきません」 「ふむ、明治維新な。あれだ、坂本龍馬が出てきてドンパチして、あれやこれやで新しい国になったってやつだろ?」 「雑!!!」 「いやいや、でも要点は掴んでるって。あとは“なんかエモい感じ”で覚えとけ」 「そういうのが一番困るんですよ!」 そう言いつつも、小花はふっと笑う。
こんな風にくだらない会話をしながらも、少しずつ心がほぐれていくのが分かった。 「でもな、小花。テスト勉強ってのは“頑張る練習”なんだよ」 「頑張る練習……?」 「そう、結果は二の次。“私、がんばった”って胸張れたらそれで合格だ。……私はそれに気づくのに10年かかったけどな」 「……それは、ちょっとだけいい話っぽいですね」 「だろ? たまに真面目モード入れるんだわ、私」 日が落ちて、保健室の窓がオレンジ色に染まる頃、
小花のノートにはやっと「一問目の答え」が書かれていた。 ……その横に、ふざけた落書きで「吉田、爆発しろ」とも添えられていたが、それは内緒だ。

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第六話「テスト勉強ってどうやるんですか?」

第五話「少しだけ忘れよっか」

放課後の保健室。
夕方の光がカーテン越しに差し込んで、室内は静かだった。 小花はベッドの上で毛布にくるまりながら、ぼんやりと天井を見ていた。熱のせいか、身体も頭もだるい。
その横で吉田先生は、いつも通りタバコをくわえながら窓辺に立っていた。 「先生は……知ってますか?」 小花が静かに口を開いた。
吉田先生は振り返りもせず、手元のタバコを見つめたまま応える。 「なんだ、花子。もう寝てたほうがいいぞ。そろそろ中間テストだろ?」 「……それより、先生。前から言おうと思ってたんですけど、学校でタバコ吸うのって、どうかと思いますよ。しかも病人の前で」 小花の言葉に、吉田先生は仕方なさそうに肩をすくめ、タバコをポケットに戻す。 「それを言うなら、花子。お前、頑張りすぎだよ」 風が窓から吹き込み、カーテンがふわりと揺れる。
吉田先生の顔が一瞬、影に隠れた。 「詰めすぎるのは良くない。しんどくなるだけだぞ」 その言葉が、どこか遠くから聞こえるように感じた。
でも小花には、不思議とちゃんと届いた。 「でも……頑張らなきゃって思うんです。出来る子にならなきゃ、って……それしか分からなくて」 熱のせいじゃない。小花の声は震えていた。
胸の奥がずっと重くて、テストのことを考えると呼吸も浅くなる。
でも、誰にも言えなかった。 吉田先生は少しの沈黙のあと、フッと笑った。 「私なんてさ、高校のときなんて毎回赤点だったぞ。で、先生から逃げ回って、それが青春の全部だった」 「……そんな人が、今先生やってるの、奇跡ですね」 「お褒めにあずかり光栄だよ、花子」 吉田先生はベッドの縁に腰を下ろし、寝ている小花に背中を預けた。 「でもまあ、そんな赤点常習犯でも生きてるんだから、人生そこまでクソじゃないってことだよ。むしろ、クソなのが普通かもしれないけどな」 「それ……全然安心できませんけど」 それでも、小花は笑った。
肩の力が抜けて、張り詰めていた糸が少しだけ緩んだ。 「ほらほら、寝な。熱あるだろ。とりあえず生きてるだけで、今日は合格ってことでいいんじゃないの?」 「……じゃあ、そういうことにしておきます」 いつの間にか、瞼が重くなってきた。
ベッドに寄りかかる吉田先生の、どこか懐かしいようなタバコの匂いが、ほんの少しだけ安心できる香りに変わっていた。 「……先生って、ほんとに変ですよね。あと、クズですし」 「そのうち、私の良さがわかるよ、花子」 「……多分、一生わからないです」 冗談まじりのやりとりのまま、小花は眠りに落ちた。
吉田先生はそのままベッドの横で座って、小さく寝息を立てる少女をそっと見守っていた。 静かな時間が、ゆっくりと流れていった。

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第五話「少しだけ忘れよっか」

番外編 「花子って誰ですか先生」

放課後の保健室。 吉田先生は、また机に足を乗せながら缶コーヒー片手にくつろいでいた。
その隣には、やる気ゼロの灰皿(※使ってないと言い張る)と、コンビニの袋からはみ出たパチンコ雑誌。 「おい花子、早く来な」 「……誰ですか、“花子”って」 「小花って、なんか名前が可愛すぎて私のキャラに合わないから、今日から“花子”でいいや」 「え、適当すぎません?ってか嫌です」 「いいじゃんいいじゃん。花子って名前、昔から“地味だけど根性ある女”のイメージあるし。あんたにピッタリ」 「それ褒めてますか? 先生の中で“地味で根性”って褒め言葉なんですか?」 「褒めてるに決まってるでしょ? 私があだ名つけるなんて滅多にないのよ。うち、昔に飼っていたペットにも番号で呼んでるんだから」 「それはそれで問題では…」 先生の机の上には、昼食代わりに買ったらしいコンビニの焼きそばパンとチューハイ(※当然ノンアルコール)が置かれていた。
そしてその脇に、タバコの箱。 「……またですか、そのタバコ。学校ですよ?」 「吸わないよ?吸うけど……なんか、“持ってるだけで落ち着く”ってあるじゃん?お守りみたいなやつ。これは……“人生が終わった気分”の時に見て安心する用」 「安心できる要素がゼロなんですけどそれ」 小花――いや、花子(仮)は、無言でタバコの箱を引き出しにしまった。 「花子、ほんと私の保護者みたいだよなぁ」 「はいはい。じゃあ、その“落ち着くお守り”とやらを奥にしまって、今日はカウンセリングの時間にしましょう」 「あーいはいはい。今日は何?学校でまた誰かに『ワケあり花子』とか言われた?」 「……言われましたけど、もう気にしません」 「強くなったなぁ……私が育てた花子」 「だから、誰が育てたんですか…」 その日、小花はいつもより落ち着いていた。
誰かに勝手に噂されても、もう先生との“しょうもない会話”があれば、何となくバランスが取れる気がしていた。 吉田先生はグズで適当で、時々何考えてるのかわからないけれど――
それでも、自分をちゃんと見てくれてる。 「先生。今日もありがとうございました」 「どういたしまして、花子」 「……もうそれでいいです」

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番外編 「花子って誰ですか先生」

第四話「サイコロと、ほんの少しの本音」

「ほい、ルーレット回して!小花ちゃん、人生の岐路だよ!」 「いや、そんな大げさな……」 保健室のちゃぶ台(なぜか存在する)には、人生ゲームが広げられていた。
小花と吉田先生が向かい合い、ボードの上には結婚して職業も決まり、順調に家を建てた小花のピンクの車と、何度転職しても無職を引き当て続ける吉田先生の緑の車が並んでいた。 「はぁ……また転職ですか、先生」 「クソ……なんで私だけこんな仕打ち……。誰か私の人生にDLC入れてくれ……」 「現実逃避がすぎますよ」 そう言いつつも、小花はルーレットを回した。数字は「5」。
マスを進めた先には「家族旅行」のマス。 「うわ、何これ……“家族で沖縄旅行、幸福度+10万”……」 「いいなぁ小花ちゃん……先生なんてね、さっき“火事で家全焼、借金-2千万”だったよ。もう笑うしかないよね!」 「そんな人生ゲームあります?」 小花が笑っていると、吉田先生がふと真面目な顔をした。 「でも、小花ちゃんは家族旅行とか、実際どうなん?」 「……え?」 「いや、なんかさ、こういうイベント見ると、ちょっとリアルが見えるじゃん。小花ちゃんは家族とどこか行ったりする?」 突然の質問に、小花はルーレットを持つ手を止めた。
少し考えてから、小さく首を振る。 「……まぁ、ないですけど。でも別に、旅行が全てじゃないですし」 「ふーん……“家族で過ごす時間は、かけがえのない思い出になります”って、イベントマスには書いてあるけどねぇ」 「そこ、読み上げないでください。なんか嫌味っぽいです」 吉田先生は肩をすくめ、にやりと笑った。 「ま、ゲームの話だしね。――でも、ほら。そういうの、本当はどっかで求めてるかもしれないよ」 「……」 小花は黙って、再びルーレットを回した。
「3」の目が出て、「昇進!収入+20万」のマスに止まる。 「よし、小花ちゃん出世!リアルでは絶対先生より稼げるタイプだな」 「なんか素直に喜べないんですが」 笑いながら言ったそのとき、吉田先生がポツリと呟いた。 「小花ちゃん、あんたさ……周りの人と、上手くやれてる?」 「え、いきなり何ですか」 「いや、何となく。ずっとこうして二人で喋ってるけどさ、他の友達の話ってあんまりしないなぁって」 小花は少し目を伏せた。
そして、照れ隠しのように言う。 「べ、別に……友達はいますよ。ええ、いますとも」 「それ、“ゲームの中”の友達とかじゃなくて?」 「うるさいですね……」 ふいに、吉田先生はいつもの軽さで話を戻した。 「まぁまぁ、これも人生さ。サイコロ振って、止まった先で考えりゃいいの」 「……そういうもんですかね」 「そういうもんだよ、花子」 「またそのあだ名使いましたね」 そんなやり取りをしながら、ちゃぶ台の上では、ピンクの車と緑の車がゴールを目指して転がっていく。 小花は気づかない。
吉田先生が、ときどき混ぜる質問が、さりげなく小花の“内側”に触れていることを。 そして吉田先生も気づかない。
小花が、それを知っていて、あえて乗ってあげていることを。 保健室に、今日も夕陽が差し込んでいた。

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第四話「サイコロと、ほんの少しの本音」

満たされない心

例えば、水がコップにいっぱいだったとする。 それは満たされているのか? >はい、それは満たされています。 きっとそうなんだろう。 いっぱいになれることほど、嬉しいことはない。 でも、水が半分しか入っていないコップは、どうだろう。 ヒビの入ったコップは? いつの間にか、ぽとり、ぽとりと、 何かがこぼれていく。 ただ揺れて、待つだけ。 呆然として。 時間も、感情も、通り過ぎていく。 こぼれ落ちる一粒一粒は、 かつて大切にしていたもの。 …何だっけ? もう、覚えていない。 じわじわと染み出すように、またひとつ消えていく。 指先に残った温度も、やがて消える。 満たされない心は、 もう何も受け止められない。 水は入ってきても、どこかで漏れていく。 だから、空っぽのままなんだ。 全部でいっぱいになれたら、 私は満足できるんだろうか。 満たされるんだろうか。 ――いや。 この空虚こそが、私なんだ。 許されることのない、欠けたままの私。 それでも、生きている私の“元”になるもの。

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満たされない心

第三話「人生なんてクソゲームと一緒」

六限目のチャイムが鳴り終わると、教室は一気にざわつき始めた。
部活に向かう生徒たち、友達と連れ立って下校する生徒たち――その中で、野林小花は一人、鞄を持ち直して静かに教室を出る。
彼女の放課後は、決まって“例の場所”だ。 この学校には、珍しく二人のカウンセリング担当がいる。
が、実質、吉田先生の方にはほとんど誰も行かない。理由は簡単。「まともに聞く気がない」からだ。 ――にも関わらず、小花だけは、なぜかそこに通っている。
いや、もはや通わされているという方が近い。 「さて、今日も地獄かな……」 夕陽が差し込む保健室の前で深く息を吸い、小花はドアをそっと開ける。 「……はぁ~~~……」 中では、椅子にもたれて沈み込む吉田先生の姿があった。
片手にはタバコ、机の上には……ボードゲーム? 「……先生、それは?」 「見ての通り……“絶望”だよ、小花ちゃん……」 「いや、何がどう絶望なんですか」 吉田先生は視線を泳がせながら、机の上に置かれた人生ゲームを指差した。 「こちとら昼休みに職員室で“人生ゲームやろうぜ!”ってノリで始めたのにさ……毎回、私だけ借金まみれ。-10億って、なんだそれ!」 「逆にどうやったらそんなに負けるんですか……」 「人生もゲームもクソだよ、ク・ソ!提案者の私が最下位ってどういうこと!?なぁ小花ちゃん!」 突然肩を掴まれた小花は、静かに言った。 「……私は一応、カウンセリング受けに来てるんですけど…。」 「うん、知ってる。でも今はそういう時間じゃない。ほら、愚痴の時間。カウンセリングっぽいでしょ?」 「全然っぽくないです」 吉田先生はタバコの煙を軽く吐き出しながら、肩を落とす。 「小花ちゃん……私、今日の運勢占いで“大吉”だったんだよ……それなのに……!」 「むしろ“大凶”に見舞われてません?」 「……人生ってさ……クソゲーだよね」 そう言って机に突っ伏す吉田先生に、小花は肩をすくめた。
――もう慣れた。いつものことだ。 「じゃあ……一回だけ、先生と人生ゲームやります。ちゃんと今日の分の“カウセリング”として記録しておきますから」 「ほんと!?小花ちゃん!……結婚してくれ!」 「……はい、通報案件」 小花は、ほんの少しだけ笑いながら人生ゲームのルーレットを回した。
いつの間にかこの保健室が、彼女にとって落ち着ける場所になっていた。 タバコの匂いも、しょうもない愚痴も、
“クソゲー”な日々の、ちょっとした救いになるなら――それも悪くないかもしれない。

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第三話「人生なんてクソゲームと一緒」

第ニ話「カウンセリングって、なんだっけ?」

「でさ、ぶっちゃけ小花ちゃんはさ、学校とか家とかどう? まぁまぁ? イラつく? それとも“無”?」 カウンセリング開始5分。
小花は既に、ノートに書こうとした相談内容を3回丸めてゴミ箱に捨てていた。 (なんなの、この人…) 机の向かい、足を椅子に乗せてふんぞり返っている吉田先生は、どう見ても真面目な大人には見えなかった。
グレーのパーカーに、コーヒー染みのついたカーディガン。
それでも、どこか“壊れてない”空気を纏っているのが不思議だった。 「私、最近……夢が変なんです」 小花は、意を決して口を開いた。
吉田先生はスマホの画面を伏せ、ようやくまともな姿勢になった。 「お、聞こうじゃん。夢って、寝る方? 人生の方?」 「……寝る方です」 「だよねー、人生の夢なんて語るような歳じゃないよねぇ。はい、続けてどうぞ」 小花は言葉を選びながら、最近毎晩見る“同じ夢”の話をした。
暗い部屋。 誰かが怒鳴り合っている声。
何故か泣いている私。 「……それで、目が覚めるとすごく苦しくて、心臓がドクドクして、しばらく動けなくなるんです」 言葉にすると、まるで作り話みたいだった。
でも吉田先生は真面目な顔で頷いた。 「……夢ねぇ。あたしも前、毎晩バスに轢かれる夢見てたわ。あれマジで痛かった」 「は……?」 「いやほんと。しかも、バスのナンバーが元カレの誕生日でさ、あ〜これはもうダメだって思って、速攻別れた」 「カウンセラーの話じゃないですよね、それ」 「でも結局、夢ってさ、“心が見せる嘘”でもあるから」 吉田先生の声が、ふと真面目になる。
その声のトーンに、小花はびくりとした。 「大事なのは、“その夢を見て、どう感じたか”だよ。怖かった? 寂しかった? 誰かに助けてほしかった?」 しん、と音が消える。
時計の針だけが静かに動いていた。 「……怖かった。というか、悲しかった」 小さな声で、小花は答えた。
それは、心の奥にずっとしまっていた本音だった。 「そっか。じゃあ、今日はそれが分かっただけで、もう充分じゃん」 吉田先生は笑って言った。
ゆるくて雑でグズなその人が、ほんの少しだけ“大人”に見えた気がした。

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第ニ話「カウンセリングって、なんだっけ?」

第1話「グズなカウンセラーに出会った日」

中学二年の野林小花は、いつも通り、ため息をつきながら保健室の前に立っていた。
四限目の授業が終わると同時に廊下を抜けて、もう何度目になるか分からない“放課後の約束”へと向かう。 「またこの時間か…はぁ」 扉の前には、彼女の名前が書かれたカウンセリングの予定表が貼られている。
理由なんて、簡単だった。彼女は少しだけ心が疲れやすいタイプで、学校に設置された“特別カウンセリング枠”の対象生徒になっていた。 そうして扉をノックして開けた、その瞬間だった。 「おっ、小花ちゃんか。来たか〜……ごめんちょっと待ってね、今さ、メダル交換のレート見ててさ」 パチンコの攻略サイトをスマホで見ていたカウンセラー、吉田先生は、机に肘を突いてダラけた格好のまま、小花を迎えた。 「……あの、先生って、本当にカウンセラー……なんですか?」 疑念を隠す気もない小花の声に、吉田先生はケラケラと笑った。 「んー? 一応国家資格持ってるけどね。人生ってのは、肩の力抜いてた方がうまくいくんだよ。で、小花ちゃんは今日はどんな気分? 落ち込み気味? それとも、マジで死にたい?」 「質問が雑すぎます」 「いいねぇ、返しが冷静で。そういうの、わたし好きだわ」 カウンセリングとは一体なんなのか。
小花の中で芽生えていた「信頼」というものは、出会って三秒で崩れ去っていた。 でも、それでもなぜか部屋から出ようとは思わなかった。
むしろ――この先生の“底”を、もう少し見てみたいと、ほんの少しだけ思ってしまったのだ。

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 第1話「グズなカウンセラーに出会った日」

綺麗な世界を見せたくて

魔王を討ち倒し、長く続いた旅が終わった。 かつて数多の村や国を襲い、人々の希望を喰らった魔王は、勇者たちの手によって沈黙した。 だが、その勝利の実感は不思議なほど静かだった。王都へ戻る前の一日を使って、勇者一行は森の中の小さな広場で野営をとることにした。 火を囲んで、仲間たちは談笑していた。 「帰ったらまずは風呂だな!ぜってぇに背中の泥、根まで落とす」 ごつい剣士が火に薪をくべながら笑う。 「また服もボロボロになっちゃったし。王都の仕立屋さん、まだ営業してるかな?」 僧侶が肩をすくめて笑うと、盗賊がニヤリと口を歪めた。 「お前の鎧、見てて冷や冷やしたぞ。あんな重そうなのに、よく逃げられるなって」 わはは、と火の揺れに負けないくらい大きな笑い声が木々に広がる。 だが——その輪から、ひとりだけ少し離れた場所に座る者がいた。 勇者の少女は、じっと焚き火を見つめていた。 笑い声には小さく頷くが、目は虚空を見ているようで、遠い景色を思い出しているようだった。 誰もがその様子に気づいていたが、あえて口には出さなかった。 しばらくして、僧侶がふと話題を変える。 「そういえば、みんなこれからどうするの? 王都に戻ったら」 「俺は実家に戻る。親父が鍛冶屋の跡継ぎを泣いて喜んでたからな」 剣士が腕を組んでうなずく。 「私はもう少し旅を続けたいな。世界って、思ってたよりずっと広かったし」 僧侶が微笑みながら空を見上げる。 盗賊は肩をすくめて言った。 「俺は酒場に戻るかな。のんびりしたい。もう命賭けるの、飽きた」 そうして視線が自然と、焚き火の向こうの少女に集まった。 「なあ、勇者。お前は、どうするんだ?」 一瞬の沈黙。 焚き火の火は、風に揺られて小さくなっていた。 少女はその光を見つめながら、ぽつりと口を開いた。 「……昔のことを、思い出してた」 皆が意外そうに顔を見合わせる。 「まだ私が小さかった頃。孤児だった私は、山奥の小さな村の孤児院に引き取られたの。 そこの暮らしは悪くなかった。食べるものも寝る場所もあって、先生も優しかったし。 それなりに幸せだったと思う」 少しずつ、語られる過去に皆は静かに耳を傾けていた。 「ある日、下の子たちが遊んでたボールが森の中に転がって行っちゃって……私は、それを追いかけたんだ。 でも、どんどん奥に入っちゃって、どこまで探しても見つからなかった」 声が少しずつ震え出す。 「もう帰ろうと思った時、木陰で——小さな男の子が倒れてるのを見つけたの。 ぐったりしてて、意識もなかった。私は……怖かったけど、でも見捨てられなくて。 子供ながらに必死で背負って、自分の“秘密基地”だった洞窟に連れて行った」 僧侶が驚いたように口に手を当てた。だが、勇者はそのまま語り続ける。 「水筒の水で濡らしたハンカチを彼の額に当てて、怪我がないかも確認した。 幸い、大きな外傷はなかった。少しして彼は目を覚ましたの。最初はすごく警戒してたけど…… 私のハンカチを見て、謝ってくれた。“ごめん、ありがとう”って」 焚き火の火がぱち、と音を立てて弾ける。 「でも、名前も言わなかったし、自分から去ろうとした。 私はそれを止めて、“もう少し休んでいきなよ”って言ったの。 ……強引にね」 勇者の口元に、かすかな微笑が浮かぶ。 「男の子は、何も話さなかった。けど、ぽつりぽつりと独り言みたいに呟いてた。 “この世界は汚れてる”って。“でも、それでも……誰かに綺麗な世界を見せてあげたい”って」 その声にはもう涙が混じっていた。 「それが、ずっと心に残ってたの。私、きっとあの時——魔王と出会ってたんだよ」 仲間たちは言葉を失っていた。 「魔王の最後の笑顔が、その男の子にそっくりだった。 ……あれは、誰かを恨んだ顔じゃなかった。 ただ、安心したみたいに……綺麗な世界を見て、眠るみたいな顔だった」 沈黙の中で、誰かが焚き火に薪を一つくべた。 「私は、あの子を——魔王を倒してしまった。 彼は、全部を背負って、悪になってくれた。 私は、希望として……彼を終わらせる役目だった」 勇者はゆっくり立ち上がる。 夜明け前の空が、薄く紫色に染まりはじめていた。 「王都に戻ったら、お墓を建てたい。名前も何も知らないけど、 ……この世界のどこかに、生きていたって証を残したい」  勇者が「私はその後……」と呟いたその時。 一筋の涙が彼女の頬を伝い、焚き火の赤に消えていった。 誰も、言葉を発さなかった。 ただ、しんとした沈黙がその場を包んだ。 けれど、それは空白ではなかった。 まるで誰かに祈るような——世界のどこかにいる大切な人に、静かに語りかけるような、深い沈黙だった。 しばらくして、剣士がポツリと呟いた。 「……俺、気づいてたよ。お前の力が、少しずつ弱くなってるのを」 勇者は驚いたように目を上げる。 「でも、だからこそ思ったんだ。 お前と一緒に、まだ見ていない世界を見なくちゃいけないって」 その言葉に、僧侶も続く。 「魔王——あの子が見切れなかった景色、まだきっとたくさんある。 だから、私たちが……見に行こうよ。その全部を」 盗賊が火の棒で地面をつつきながら笑う。 「だな。俺ら、まだ何にも知らない。この広い世界を、あいつの代わりに歩いてみたい。 ……お前も一緒にな」 勇者は驚きと涙の混じった顔で、仲間たちを見つめた。 焚き火の火は消えかけていたが、 その代わりに、彼らの胸の中には確かに火が灯っていた。 ——世界は、まだ終わっていない。 彼の見たかった「綺麗な世界」は、これから旅の先に広がっている。 そして、勇者は小さく笑った。 「……うん、行こう。みんなで」 朝日が地平線を越え、紫からピンク、オレンジへと空を染めてゆく。 その光に包まれながら、勇者一行はまた歩き出す。 これは、 “綺麗な世界”を夢見た魔王と、 その想いを胸に、旅を続ける勇者たちの物語。    

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綺麗な世界を見せたくて

あの日、私達は消えていった 第一話

あの日、私達は屋上に立っていた。 何となくおったのだ、何故かと聞かれても私も分からない。 ただ、消えてしまいたくて、心がずっとそう叫んでいる。 私はただの普通の女子高校生だ。 だからこそ何も出来ない、普通の子。 『本当にいいのか、このまま終わってしまっても』 そう尋ねる彼女は私の空想上の友達でありもう一つの私の人格であるルナだった。 ——彼女と出会ったのは私が小学三年生の時だった、心が壊れる寸前に生まれてきたもう一人の私自身。彼女のおかげでその時はまだ生きていく希望を少しだけ持っていた。—— 「ルナ、なんだかもう疲れてしまったの。だから消えてしまったら楽になれそうな気がする」 虚な目に見えるのは、アスファルトしか見えていなかった。 寂れた柵を乗り越えて、下の覗く。 三階建ての校舎は、転落するにはちょうど良い高さだった。 「このまま転落死すれば、きっと。楽になれる」 もしもこの高さでも無理だったらどうしよう。 何度も同じ事を繰り返しては大きな怪我が増えるばかりで先生や親戚の人達は目を光らせて私を見張っていた。 『まだ希望はある、少しでも生きていればきっと…。いつかは』 ルナは私を止めようと何度も生きることに対しての素晴らしさを唱えて来る。 だけど、今の私の心は崩れてしまっているから無意味なのに。 『本当にやってしまうのか、主を守る為に私は生まれて来たのに』 空想上の友達でも私は彼女の考え方や感情がわかる。 誰にも見えない私の友達は、私と一つなのだ。 心がスダズタに引き裂かれそうな思いを胸に私に対して必死に生きようと説得をしてくる。 何と健気で素敵なのだろうか。 「ごめんね、ルナ。こんな私と一緒で」 いつもルナは私と一緒だった、誰にも見えない空想上の私の友達は私だけの話し相手でまあった。 いつも、明るい話題を振ってくれたり、どうでも良い事を話したり、毎日そばにいてくれて話しかけてくれた。 それだけでも、私は心底嬉しくて、毎日と色々と話した記憶が今になって蘇って来る。 『主はそんなに息苦しい?』 尋ねて来るルナは少し困りながら私の様子を見て来る。 「なんだかね、ちょっと息苦しいかな…。現実に生きていける自信がないの、これからも先あの環境で生きていけるかと聞かれたら、多分、無理っぽいわ」 虚な私の瞳は光すら飲み込もうとしていた。 何にも見えない、景色全てが白黒に見える。 「あぁ、神様。どうか消えていけますように」 私はそう願って、落ちていった。 固いアスファルトに血が染み込んでいく。 今日とて私は生きていくしかない人生にまた絶望した。

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あの日、私達は消えていった 第一話