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どうもUと申す者です。あんまり小説は得意じゃないのですが、頭の中にどうしても物語が生まれてきてしまうので、このアプリで書いていきたいと思います。気軽に読みに来てくれたら嬉しいです。また、大変勝手なんですが不定期投稿とさせていただきます。(恐らくたまに失踪します)

第40話「傲慢の化身」

 土煙が立ち込め、視界を濁らす。もうすっかり、夜には月が出ていた。 「ゲホッ……ゲホッ……!」 「王。無事ですか⁈」 「うん、何とか……」  突然、母さんの家が何者の力によって跡形もなく吹き飛ばされた……。 「おじさん! 母さん!」  ぼくは両親の安否を確認するため、大声で叫ぶ。 「ここだ!」  返事が返ってきた方に振り向くと、母さんが防御魔法を瞬時に展開したらしく、おじさんはその中で護られていた。 「あなた、怪我は⁉︎」 「大丈夫だ」 「良かった……」  何者だ。ぼくへの刺客か。いや、今までそんなことは一度もなかった……。  ──ということは……。  徐々に視界が晴れていき、僕達はその正体を目視する。  灰色の体躯に、竜人族とは似ても似つかない翼、廃れたコート、赤い瞳と青色の髪をした青年。  それはまさしく……悪魔であった。  上空に済ました顔で浮かび、こちらを見下している。 「ふむ……今ので死なんか……。流石は“進化種族”達だな……」  その、抑揚のない淡々とした声に、ぼくは吐き気を覚えた。 「おいおい、悪魔自らお出ましなんて、聞いてねぇぞ」  おじさんは苦笑いしつつ、剣を抜いて構える。  僕も瞬時に剣を抜こうとするがレイナによって止められる。 「ここは私にお任せを」  彼女はそう言い残し、腰の剣を抜いた。 「ほう……。我に挑むか。愚者達よ。どうやら、我を知らんようだな……。我はルシファー。“傲慢”を司る悪魔なり……。我ら悪魔は理にあらず。よって、貴様ら愚物に勝算なき。諦めろ」  傲慢の……悪魔。本物……か。 「んなもんっ、やってみなけりゃ分かんねぇだろぉが!」  おじさんはそう吐き捨て、両足に風魔法を付与させる。そして、地面をはち切れんばかりに踏み込み、一気に悪魔の間合いに飛んだ。 「剣技・風輪(ふうりん)!」  剣に風を纏わせて振り切る。放たれた斬撃は輪となって広がり、悪魔に届く。しかしルシファーはバリアを張り、斬撃を止めた。 「チッ……」  おじさんはすぐに気流を発生させ、そのまま宙で体勢を整える。 「加勢します!」 「ああ、助かる」  レイナもおじさんに続き、魔法を放つ。 「炎魔法・フレイムアウト」  炎魔法の下位互換魔法だが、エルフ族が使うことにより、その威力は何倍にも跳ね上がる。レイナはその魔法を剣先に溜め込み、数弾の弾にして発射させる。しかし、すべての火の弾は、ルシファーの張るバリアには届かなかった。 「くっ」  レイナは思わず歯を噛み締める。 「どうした? こんなものか?」  ルシファーは全能感に浸り、笑みをこぼす。その目は、僕達を下等生物とも見做さない、とても冷淡で、冷酷で、感情的な瞳であった。  彼は今のところ、自分の間合いにバリアを展開する動作しか見せていない。言ってしまえば、力の四分一も出していない計算になる。剣聖と名高いおじさん剣技、そして聖国騎士団の中でも魔法の扱いに関して最高位に位置するレイナの魔法。この二つを、たった一つのバリアで無効化した。  ──この化け物が、あと六体もいるのか……?  絶望という言葉が何度も頭をよぎり、焦燥という感情が何度も胸の奥を締め付ける。  だが、その次の瞬間、彼の漆黒の翼を、二つの小さな風の刃が切り落とした。 「ッ!」  彼は今まで空を泳いでいた翼を失い、まさに堕天するように、バランスを崩して落下した。 「な、何故だ⁈ エルフの剣士も、人の剣士も、魔法を使うモーションは取っていなかったはず……!」 「──私をお忘れで?」  そう言い放ったのは、母さんだった。 「今の魔法、もしかして母さんの?」 「ええ、単なる風の下位互換魔法だけどね」  ルシファーは何一つすることができず、崖の下に落ちていった。 「これで、少しは時間稼ぎになるでしょう」 「流石だよ! 母さん!」 「ま、まあね」  母さんは腰に手を当て、ふふんと鼻を鳴らしているが、頬はとても赤くなっている。久々に会った息子に褒められるのが、何よりも嬉しいのだろう。 「お、おい! あれ……」  未だに風魔法で空に留まっているおじさんが、崖の先に景色に指を差した。  僕達は目を凝らしておじさんが指した方向を見る。そこには火柱のようなものが微かに確認できた。 「火事……のようですね」 「そう……だね」  何かおかしい。この母さんの家は最南端に位置する場所。聖国は地球の中央に位置している大国。よって、この場所からでも、微かではあるが、聖国は確認することができる。地平線に、ほんの少し見えるかどうかの位置であるのだが……。  待てよ。  つまりは……。 「−−聖国が燃えてる?」 「ああ」  僕の呟きに、おじさんはさらに低い声で答える。 「これは、まずいわね。悪魔の仕業よ。クルド。今、聖国にはどのぐらいの戦力があるの?」 「騎士団はほとんど残してある。だけど隊長は別任務で主張中だし、ええと、つまり−−」  今すぐにでも、僕が戻る必要がある。レイがいない今、エルを信用していないわけではないが、王と王妃が揃っているというだけで、民の士気は大幅に上がるするはずだ。  だが、こちらには先程の悪魔がいる。今は母さんが羽を切り落としただけであり、竜人族や神ビト族のような回復能力が備わっていれば、即座に攻撃に出てくるだろう。  どうする……、どうすれば良い? どちらが正解だ……? 「クルド」  僕が葛藤していると、母さんに名を呼ばれた。そして、頬を平手打ちで叩かれる。 「ルーナ⁈」 「母様⁈」  おじさんもレイナも驚きを隠せないようだ。 「−−母さん?」  それは、僕も同じであった。 「しっかりなさい。あなたは今、王なのよ? それなら、優先すべきは私たちか、国か、分かるでしよう?」 「……でも」 「──王は、国と民を守る責任がある」 「!」 「それは貴方が、一番わかっているはずよ? それに、貴方には本当に失いたくない人達がいるでしょう? わかったら行きなさい。さっきの悪魔なら、私達で倒せるわ」  母さんはそう言って、優しく微笑んだ。そして、首につけていたネックレスをちぎり、一本の杖に変えると、僕の足元に魔法陣を展開させた。 「行ってらっしゃい。クルド」  ──母さんは、いつもお見通しだ。 「うん、行ってくる」  そして、僕は聖国に一瞬で転移したのだった。  平和な象徴である国は、業火の中に包まれていたのだった。 「また……か」  僕はそう呟きつつも、すぐさまに城に向かった。              

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第39話「最南の魔女」

 肩ほどまである大きなつばを持ったクロッシェに、黒いマントを羽織った白髪緑眼のエルフ。彼女こそ、僕の義母にあたるルーナだ。  ルーナは、最南の魔女と言われるほど、エルフ族の中でも魔法に精通しており、魔力も生まれつき高い。よって自分の容姿、肉体年齢も好きに変えることができ、今は20代後半の肉体年齢がお気に入りらしい。どうも、おじさんと出会った時の容姿で居たいのだとか。  しかし、その規格外な魔力を授かったからか、彼女はエルフ族特有の千里眼を持っていない。だが、彼女は魔法を占いがわりに利用し、近い未来の出来事なら暗示できる。  正直、エギルの千里眼と五十歩百歩だ。 「久しぶりね。クルド」 「うん。会えて嬉しいよ。母さん」  僕と母さんは再開するなり抱き合った。 「よ、元気にしてたか? ルーナ」 「あなた……。また随分と男前になったわね……」 「お前は相変わらず変わらねぇな。ま、ずっと出会った時のままって言うのも、味があって良いけどよ」 「お望みなら、今のあなたと同じぐらいの年齢にできるけど?」 「いや、そのままで良いよ。生きててくれれば……な」 「あなた……」 (相変わらずのバカップルだ……)  おじさんも久しぶりに母さんに会えて、ご満悦そうだ。 「ああ、そうだ。紹介するよ。こちら、今日の僕の護衛を務めてもらってるエルフ族のレイナ」  僕は念のため、レイナのことも紹介しておいた。 「紹介に預かりました。聖国騎士のレイナと言います!」 「同じエルフ族? 嬉しいわ〜。美人ちゃんだし、仲良くしましょうね?」 「はい!」  そう言って笑う母さんに、レイナは相変わらずのポーカーフェイスで答えた。 「それじゃ、上がって上がって」  母さんに連れられ、僕達は家に通された。家には様々な実験器具や薬品が置かれており、壁一面に解読不可能な数式がびっしりと書かれている。大変狭く、入ってすぐにリビングのようなスペースがあり、あとは研究室のようだった。家のあちこちに魔法の研究室に使う植物が置かれており、木製の家ということも相まって居心地は悪いわけではない。  そう。何を隠そう、魔物の討伐を確認するために用いる“探知青石”や“連絡青石”を開発したのは彼女なのだ。魔獣が出没するようになってからと言うもの、聖国政府だけでは収集がつかず、彼女の依頼を要請したことは何度もある。  それ程、母さんの持つ知恵と力は断りの外にあるのだ。 「ごめんなさいね。紅茶しかなくて」  母さんはそう申し訳なさそうに紅茶を三人分持ってきてくれた。 「あ、私は騎士なので……」  案の定、レイナは断ろうとするが、「良いから、良いから」と言う母さんの誘導に押されている。チラッとこちらに助けを求めてきたので、僕は笑いながら了承した。 「さて、それじゃ早速本題に入るが、ルーナ。俺達を読んだのは何でだ?」  おじさんが放ったその一言で、場の空気が急激に重くなった。  母さんも表情を暗くし、顔を下にして俯いた。 「母さん……?」 「−−これから話すことを聞けば、三人は絶望する。でも、この事実が分かった今、話しておかないわけにはいかないから。大変心苦しいけど、どうか疑わずに聴いてほしい」  その前置きは、僕達に強烈な緊張感を与えた。何故なら、彼女の目は本気の目であったからだ。先程までのような嘘を言う目ではなかったからだ。これから先の話は、恐らく、本当に僕達を絶望の底への追いやる……。 「魔獣の正体が分かったの……」 「!……本当なの?」  僕の問いに、彼女は無言で頷く。 「奴らは、別の生命体から生み出された超獣。“冥府”から地球に意図的に放たれている化け物」 「その、別の生命体って何なんだよ? それに“冥府”って…………まさか」 「流石、あなた。察しが良いわね」 「いや、でも待てよ。それはただの御伽話じゃ……」 「でも、私の研究ではそこに行き着いたの。魔獣の体内構造を調べ、核である魔石を調べ、そうしてたどり着いたのは、魔獣が呪法によって形作られていること。呪法を使うのは、彼らしかいないわ」  僕とレイナは二人の話に思考が追いつかなかった。魔獣が何者かによって作られたもの……。そこまでは理解できる。聖国が誕生してから丸一年は魔獣などと言う概念は存在しなかった。何者かがタイミングを見計らい、意図的に魔獣を地球に生み出しているとしか考えられないのだ。 「じゃあ……結局魔獣を生み出しているのは誰なの?」 「−−“悪魔”よ」  背筋が凍るようだった。 「あく……ま……?」  悪魔。  それは、“冥府”と言う死者の国を支配する種族のこと。  彼らは、“七つの大罪”と言う人の罪が具現化したものとされており、文字通り、厄災として恐れられている。そして、悪魔は神と等しい存在であるとも、言われている。  しかし、これらは全て、大昔の書物などから読み解いた話だ。そう、御伽話。作り話であるはずだ。そうでなければいけないのだ。 「これから、魔獣の脅威がさらに増加する前に、地球の兵力で、必ず悪魔と対峙することになる。それも、七体も」  色欲、強欲、傲慢、怠惰、憤怒、嫉妬、暴食……。これらの罪を形作る悪魔達七体。その全てが厄災にして、神に等しい存在……。  二年前、神から力を分け与えられた神ビト族とは戦いでさえ、地球には未だ拭えない傷跡が残っている。そこに、さらに悪魔達による傷が増えれば、地球は今度こそ、崩壊しかねない。 「何か、手はないの? 母さん」 「……一つ、あるわ」 「それは?」 「冥府に赴いて、七体の悪魔全てを倒すこと。彼らの目的ははっきりしないけれど、地球に魔獣を放っている以上、敵意があることは確かよ。だから、こっちから彼らを殺しに行くの」 「し、しかし、一体どうやって冥府に向かうのですか?」  今まで黙り込んでいたレイナは真剣な目つきで母さんに聞いた。 「私の開発した“転移魔法”なら、可能よ」   −−そんな魔法も使ったのか……。 「でも条件があっ……」  その時、僕らの視界は真っ白になった……。  

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第38話「母」

「それじゃあ、留守はお願いします。セバスチャン」  聖国の国境門。東西南北にそれぞれ設けられているそのうちの、最南端に僕は馬車を引いていた。  城の何人かは見送りに出向いてくれており、担当執事であるセバスチャンに、僕は留守を頼んでいた。セバスチャンは50代のヒト族の男性だ。聖国が開国してから、元老の審査を介して雇われ、その腕は一流と言っても何ら差し支えない。武術も嗜んでおり、襲撃時には戦闘も可能な万能執事だ。 「はい。承知いたしました」  彼は黒いスーツの左胸に手を当て、軽くお辞儀をして答える。歳に似つかない整った顔立ちを、彼は優しく綻ばせた。 「それと、ルルカさん。使用人達に少し休暇を取るように言っておいて下さい。僕が居ない分、彼女達を労う時間は必要だと思いますし」  僕は続けてセバスチャンの横に立つ黒髪の使用人に声をかけた。使用人長を務める彼女は、使用人全員の支持役を担当してくれている。彼女もセバスチャン同様、建国時に元老を通して城にやってきてきた。ボブショートの黒髪に、黄色い目がよく似合うヒト族の女性だ。  一つ欠点があるとすれば……表情筋が乏しいことだろうか。 「分かりました。使用人達には私から伝えておきます」 「うん。宜しく」  僕が一通り指示を出し終えると、聖国騎士が二名ほど近づいてきた。 「王。母君の元へ向かわれるのですよね? ぜひ我々をお供に!」  そう言ってきたのは、聖国騎士団の一人であるエルフ族の少々、レイナ。 「折角の再会に、魔獣なんかが水を差すのはフェアじゃねぇだろ? 俺たちがアンタを守ってやるから。な? 良いだろ!」  少々口調が厳ついのは、獣人族の騎士、グルガ。 「グルガ。王の前ですよ。分を弁えなさい」 「へ! お前はいつも硬ぇんだよ」 「何を! 大々、あなたをいつもいつも……」 「はいはーい! ストップストップ!」  この二人は、戦闘センスに関しては非の打ち所がないのだが、正確に少々難がある。レイナは僕を崇めすぎているし、逆にグルガは問題児並みに忠誠心がない。僕としては、二人の中間あたりが理想なのだが、自分の理想を押し付けるのは、僕の思い描く国王像に反する。よって僕は、どんな相手でも誠心誠意接するのだ。 「二人の気持ちはよーーーーく分かった! ありがとう。それじゃあ、護衛をお願いしても良いかな?」 「そーこなくちゃな!」 「全く……調子良いんだから」 「あ?」 「は?」  ああ、ダメだ。二人の目から発せられる火花が激しくぶつかっている……。どうしてこんなに仲悪いんだろ……。 「クルド……」  その時、後ろから声をかけられた。  振り返ると、エルドラが寂しそうにこちらを見て、袖を握っていた。 「やっぱり、寂しいよ。私も一緒に行く」 「エル……。ごめん。流石に王城に聖国両陛下のどちらかが居ないと、何かあった時に大変だらさ? 元老の人たちは相変わらずブラックそうだし。レイさんは別任務で遠くに行ってるから。寂しいのは僕も同じだけど、すぐに戻ってくるから……」  僕はしがみ付いて話さないエルを必死に宥めた。と言うのも、これから僕は、おじさんと共に、母の元に向かう。母はこの大陸の最南端に家を構えており片道だけでも最低三日はかかる。そんな場所に国王と国王妃が出向いてしまっては聖国の政策維持が困難になる。  とても名残惜しいが、エルとは少しの別れとなるのだ。 「うぅ……でも……」  エルは涙を浮かべてこちらを見てくる。エルは王妃になってからと言うもの、城のマスコット的存在になっている。使用人たち曰く「小柄な体格なのにツンデレなのが最高!」ということらしい。  −−まぁ、否定はしないが。と言うか、僕にツンは無いけど。 「もし寂しかったら“連絡青石”でいつでも連絡して良いから……ね?」 「……ほんと?」 「うん」 「それじゃ……頑張る」 「ありがとう、エル」  最後に僕は彼女の頰に軽く口づけし、馬車に乗り込んだ。  すでに馬車にはおじさんが乗っており、エルのことを軽くいじって来たので腹パンを二発ほど決めておいた。  そしてすぐに馬車は出発し、僕とおじさんは聖国を後にしたのだった。  四日後−−。  馬車の中に陽が零れ落ち、僕の目を覚まさせる。向かい側ではおじさんが腕を組んで仮眠をとっていた。 「王。母君の家につきました」  馬を引いていたレイナが窓から顔を覗かせ、そう教えてくれた。 「ありがとう、レイナさん。ほら、おじさん! おーきーて‼︎」  僕が二、三度肩を揺らすと、おじさんはすぐに目を覚ました。 「お、着いたか?」 「うん、降りよう」  僕とおじさんが馬車を降りると、そこは崖の真下であった。断崖絶壁のゴツゴツときた岩肌が、僕達を見下ろしている。 「−−相変わらず、凄いところに住んでるよね。母さん」 「ま、仕方ねぇわな。魔法が使える前提だし」 「おじさんは良いよね。母さんから魔法教わって」 「クルドだって、四属性の基本はできるじゃねぇか」 「戦闘ではほぼ使わないけどね……」  颯太愛もない会話をしつつ、僕とおじさんは、風魔法で足に上昇気流を発生させ、崖の上まで登った。 「レイナさんも一緒にお願いします。グルガさんはそこで見張りを」 「仰せのままに!」 「へーい」  二人はそれぞれ個性的な返事を返し、すぐさま行動に移った。レイナはエルフ族なので、魔法は一通り扱える。それに、流石に一人は騎士を連れた方が、安心というものだ。  僕とおじさん、そしてレイナは崖の頂上に降り立った。  そこには、複雑に植物が絡まり、木で簡易的に建てられた一軒家があった。煙突のようなものが三角屋根に取り付けられており、もくもくと赤色の煙が上っている。  僕達が中に入ろうとした途端、家の扉が開き、そこから艶やかな白髪を垂れ流した一人のエルフが姿を現した。  そして彼女は僕達に優しく微笑みかける。 「おかえり。手紙読んだわよ。クルド」 「うん」  −−ただいま、母さん。  

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第37話「再び幕が降りる時」

 遠く、遥か遠くに見えるのは、“聖国”と言う名の大国。この地球上で文明を保全し、人々を導いている唯一の国。  その国の王は、私のとても身近な人物だ。  −−最後に会ったのは、もう何年も前のことだが。  あの村から、リュウが連れ帰ってきた少年が、まさかここまで力をつけるなんて。 「手紙、しっかり読んだわよ。クルド」  私はそう呟いて立ち上がり、魔杖をついて歩き出す。  ここは、遥か南に位置する崖の上。  そして私は、そこにポツリと佇むただのエルフの魔女だ……。  森の中を、俺は“風の聖槍”を担いで突き進む。追っているのは、ここ最近聖国の安全区域を脅かしている魔獣だ。  大きい角を生やした、紫色の鱗を纏う大蛇。すでに幼児達が何人も犠牲になっている。 「ドルギール・バースト!」  俺は無我夢中で聖槍の力を解放した。濃緑色の風が刃を包み込み、力を生む。俺は槍投げの要領で、風を纏った槍を飛ばし、魔獣の体に突き刺した。 「グルアァァァァ!」  大蛇はこの世のものとは思えない奇声をあげる。  俺はすかさず跳ね上がり、蛇の鱗に突き刺さった槍に手をかけ、そのまま深く押し込んだ。  大蛇は身を捩り、必死に痛みに耐えている。  だが、その時、大蛇がこちらに向けて毒ガスを吐いてきた。  −−まずい。今の体勢では交わすことは困難だ……。  しかし、その体躯と同じ濃紫のガスは、俺の焦りを募らせるかのように目の前に充満していく。  その時であった。  バシャバシャと安らぎを与える水音が響いたのは。 「大丈夫ですか? ガルさん」  それはウミの“水の聖杖”から生み出された水砲であった。 「ウミ⁉︎ 何故此処へ?」 「エレナさんから助けに行くように言われたんです。流石、エルフの千里眼ですね」  ウミはそう言いながらも、水砲を大蛇に飛ばし、攻撃を続ける。俺はその隙に大蛇の体から槍を引き抜き、再び飛び跳ねると、宙で身を捻りながら、風の斬撃を降らせた。  斬禍は大蛇の体を刻み、ダメージを確実に与えていく。 「ドドメです」  そして、畳み掛けるようにウミが水の刃を大蛇の口へと放った。刃は細長く変形し、大蛇の体を貫いた。  大蛇は停止し、その場に緑色の血を流しながら息絶えたのだった。    騎士団が魔獣討伐に向かってから数時間後。大蛇の角を持ってガルとウミが帰還した。  僕はすぐに王座の間に向かい、二人を出迎える。無論、隣にはエルも一緒だ。 「ただいま戻った。クルド」 「これが“千角の大蛇”の角です」  特に目立った外傷はなく、二人は折ってきたという大蛇の角を見せてくれた。 「二人とも、ご無事で何よりです!」  僕は立ち上がり、ウミさんから角を回収すると、エルに渡した。 「エル。お願い」 「任せて」  エルは笑顔て答えると、“探知青石”を角にかざした。青く輝くその色に、黒く濁りが生じる。間違いない。これは“千角の大蛇”のものだ。 「うん。間違いなく“千角の大蛇”の角だよ」  エルはそう言って、僕に向けて首を縦に振る。 「そっか、ありがとう。確認が取れました。討伐ありがとうございます。ガルさん。ウミさん」 「いえ。聖国騎士団として当然の責務ですから。あとでエレナさんにお礼を言いに行かなければですね。危うく、ガルさんが毒ガスに倒れてしまうところでしたから」 「あんな攻撃……俺一人でどうにかできた」 「あらあら、強がっちゃって。可愛いですね」 「ちょ、やめろ。頭を撫でるな!」  そう言いつつも、ガルは灰色の尻尾をブンブンと振っている。  あれ? 確かガルさんって狼の獣人だよね? 子犬に見えるんだけども……。 「それでは、私達はこれで失礼しますね」 「あ、はい」  二人は深々と僕とエルに頭を下げて、王座の間を後にした。二人が閉めた扉の外からも、からかうウミの声と、反発するガルの声が聞こえて来る。 「ねぇ、エル。ガルさんとウミさんって付き合ってたりするの?」  僕は気になったので、エルに聞いてみることにした。僕は王の執務であまり王戦メンバーと話す機会は無いのだが、エルは騎士団や王室の従者達の人気者となっており、よく話をするそうだ。  僕が未だ知らない情報を持っているの違いない。 「うん。騎士団結成の時から付き合ってたよ」 「……え? それって二年ぐらい前じゃ……」 「うん。あれ? もしかしてクルド知らなかったの? エレナが一発で言い当てたんだよ?」  王になったばかりでそこまで気が回らなかったです、はい。 「そっか……。でも、なんだか嬉しいよ。最近は何かと物騒だし。少しでも明るい話題が増えて」 「そうだね」  そうして僕とエルは、互いに笑い合った。  聖国誕生から二年。  政治や経済は順調に進み、聖国は全種族の合併の平和な国となっていた。無論、種族間同士の多少の争いや、神ビト族との戦いのトラウマを背負っている人もいるが、それぞれが前を向いて進んでいる。  そんな中で、ある脅威が迫ってきていた。“魔獣”と言われる新たな怪物達だ。神ビト族が使役していた神獣とは異なり、意志を持たず、他の生命を駆逐することのみを目的として行動している巨大生物だ。詳細は未だにわからず、エギルに千里眼を使って見て貰ったが、エルフ族の千里眼が効力を発揮しないと言う異例の事態が起きていた。  だが、先程の、エレナがガルの危険を察知したように、千里眼を使うことはできる。ただ、魔獣のことについて調べようとすると、どうにも千里眼がうまく働かないらしい。 「千里眼が使えないんじゃ、魔獣のことはどうすれば良いかな?」  僕が王城の廊下で考えあぐねていると、肩をポンと叩かれた。振り向くと、そこにはリュウが立っていた。 「おじさん?」 「よう」 「どうしたの? 元老が表に出て来るなんて、珍しいね。業務多いのに」 「ホントだよ。たく、何でもかんでも押し付けやがってよう!」 「うーん、業務管理してるのは僕じゃなくてシャドウさんだから。文句はシャドウさんにお願いね」 「あー、責任転嫁だー。いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに言ってヤロー」  僕はスルーし、話を続ける。 「それで、どうしたの?」 「え、冷たい……。まさか、これが、反抗期?」 「あ、ごめん。僕用事あるから行くね」 「ダー! ごめんごめん。悪かったって。許して、ふざけすぎたの反省するカラァ!!」 「はぁ、で、なに?」 「実はな……」  −−母さんから連絡が入った。    

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優炎

 沈んでいく 壊れていく    今日も檻の中  衰えていく 朽ちていく  明日も夢の中  願っていた いつかの君を  壊れないように  ただ ありがとう      赤く染まる 私の日々は  燻んで 廃れて  古びてく  君は 僕を見つめるけれど  今じゃなんにもないな  空白の文字 帯を成す切り傷が  僕の中に ただ ただ 残った    ユラユラと 轟くノイズ  僕が生まれ変わるまで  クタクタと 笑った声を  君は掴んで 離さない  青く灯る 私の日々は  歪んで 溢れて    消えていく  君は 旅に出るんだろ  これじゃなんにもないな  妖の紅絹(もみ) 千を超える刺し傷が  僕の中で ただ ただ 寄り添った      ユラユラと 轟くノイズ  僕が君と巡るまで  クタクタと 笑った声を  僕は掴んで 離さない       シトシトと 泣いた声は    藍色の中に 佇んだ  ただ ありがとう ありがとう  君に ありがとう    ただ    ユラユラと 優しく揺れる  いつかのあの日に灯ってる  君がくれた この炎  僕は 僕は 離さない    僕は 君を 離さない                              優炎    

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Episode5「Rook’s night」

 ──それは、それは、感心しませんねぇ。  その時、地下一階に掠れた声が響いた。  同時にモニタリングルームに黒いモヤが現れる。それは渦を巻いて肥大化していき、やがて平均的な男性の体格に形を成した。  パキンっと軽快な破裂音が響くと、表面のモヤが剥がれ、黒いタキシードをきた道化師が現れた。 「折角の取引先なんですから、丁重に取り扱って貰わないと……」  顔に白粉を塗ったくり、ギザギザの尖った歯をギラつかせて笑う謎の男。  私はその男が“チェス”の構成員であると一瞬で直感した。  奴には、これまでの吸血鬼とは桁外れな、体にしつこく纏わりつくような不快感を帯びている。 「ちょうど良い所にきた。我々を助けてくれ! ルーク!」  ルーク。男の名であろうか。  一人の科学者が彼の足を掴み、鬼気迫る顔で助けを懇願している。 「そうですねえ……。仕方がありません」  ルークは呆れた顔でため息を吐くと、黒の白のコントラストを模した手袋を手にはめ、両手の指を鳴らした。  その刹那、私は何百体もの吸血鬼の気配を察知した。  いや、正しくは察知ではない。“認識”だ。ルークが指を鳴らした途端、トレーニングルームに何百体もの吸血鬼が顕現したのだ。まるで操り人形のように、唸り声を上げてクネクネと蠢いている。意思は微塵も感じられず、白目を剥いて涎を垂らしている。  それはまるで、生きた屍のようだった。 「ここは私の“城”となりました。さぁ、踊り狂うが良いです! お前たち!」  奴の声に応じて、操り人形達は一斉に私達に向かってくる。 「……っ!」  私は体を動かそうとするが、麻痺している為、うまく動かすことができなかった。 「大丈夫。君は休んでいて。コイツらは僕がやる」  カナトはそう言って黒ローブを脱ぎ捨てた。 「紅血武装・B10」  彼は銃を持たないもう片方の手に血を集めていく。そして、一丁の拳銃に変化させた。ロボットを撃ち抜いた拳銃と大差ないが、銃口の顎に鋭い刃が付属している。  そして、カナトは両手に二丁の拳銃を握り、何百体もの吸血鬼と対峙する。  引き金を引き、ユラユラと動く吸血鬼の頭、人中、鳩尾、丹田、心臓など、遠間から確実に急所を射抜いていく。  水流ように攻撃を交わし、確実に仕留めるその戦法に、私は魅了された。  しかし、吸血鬼は異能を用いる。それは操り人形の彼らも例外ではない。  案の定、カナトの前に上髄のある吸血鬼が立ちはだかり、地面に拳を突き入れた。それは大きな幹となり、カナトの真下に飛び出した。  カナトはそれを飛び跳ねて交わすと、すかさず両手の拳銃で異能主の頭の撃ち抜く。  だが、背後に羽を広げた吸血鬼が突進を仕掛けていた。 「っ!……カナト! 後ろ!」  私は思わず声を荒げた。  彼はすぐに振り返り、回し蹴りを吸血鬼の横腹に命中させ、そのまま下方に蹴り飛ばした。  吸血鬼は勢いよく地面に叩きつけられ、砂埃が立ち込める。  カナトは、その隙に幹を滑り落ちながら、吸血鬼達を射殺していく。  −−吸血鬼の数はあっという間に激減した。  あと残っているのは、四十体。  カナトは一気に攻撃のスピードを加速させた。飛びかかってきた一体の吸血鬼を、B10の刃で切り刻み、蹴り飛ばす。  瞬時に標的を切り替え、吸血鬼の体躯に弾丸を何発も打ち込むと、その死体を盾にしながら、他の吸血鬼の異能を跳ね除けて仕留めていく。  さらに、モニタリングルームの出入り口のカードキー認証システムを破壊することで、科学者達の逃げ場を無くした。  そうしていくうちに、何百体と存在した吸血鬼は全滅した。 「な……」  科学者達は思わず声を漏らしている。 「ふむふむ。噂には聞いていましたがこれ程とは。私のマリオネットを瞬殺だなんて、流石ですね。コード01」 「番号呼びは辞めて下さい。虫唾が走る」 「そうですかそうですか。それは失礼」   カナトは血を浴びて、白髪を真っ赤に濡らしながら、ルークや科学者のいるモニタリングルームを睨んだ。 「チェス構成員のルークですね。貴方は今回の作戦の対象ではありませんが、どっち道殲滅する相手です。今ここでやりますか?」 「そんなとんでもない。私ただ少し遊びに来ただけですよ。では、ここで失礼致します」  ルークは顔色ひとつ変えることなく、笑顔でその場を立ち去ろうとした。 「ま、待ってくれ! 俺たちはどうなるんだ⁉︎」  しかし、再び科学者達に引き止められる。 「私達がいなければ、お前達は裏社会に名を馳せられない! 私達が今までどれだけお前達に尽力したと思っている!」 「そうだ! それに、私達を吸血鬼にする約束はどこにいったんだ⁉︎」  科学者達は口々に命乞いを始める。  なるほど。自分たちも吸血鬼になろうとしていたのか。  私は、これまで絶対的な信頼を置いてきた彼らの為体を目の当たりにし、私は酷く絶望した。 「全く、貴方達は本当に……。はっきり言わせてもらいますが、貴方達はもう不要なんですよ。分かったら、死ぬなり捕まるなりして下さい」  ルークはそう言い捨て、再び黒いモヤと化すと、跡形もなく消え去っていった。        

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Episode4「Promise rescuing you」

「−−もう良い」  私が泣き崩れる中、科学者はそう無惨に言い放つ。そして、モニタリングルームの操作スイッチを押した。それは、トレーニング用ロボットを操るためのものだ。 「君は、廃棄だ」  私は立ち上がることが出来なかった。謎の身体の不調もそうだが、何より、失格の烙印を押されたという事実、思い出した感情の数々が重りとなっている。  私はされるがままに、ロボットに足を持ち上げられ、トレーニングルームのガラス壁に頭を叩きつけられる。トレーニングルームのガラスは防弾用であり、並の銃弾ならば弾き返す。何層も重なっているガラスは皮肉にも私を傷つけた。  頭の皮膚が切れ、そこから血が浸る。脳震盪が起こり、意識も遠のいていく。しかし、スイッチを押されたロボットは攻撃の手を止めることはない。  私は壁、床、天井に幾度も叩きつけられた。  痛い……。そうか。これが痛み。  今まで様々な実験を施されたが、これ程体に響くことはなかった。  このまま抵抗せずにいれば、私は、死んでしまうのだろうか。  組織によって生み出されてから、科学者達の指示に従ってきた。意思を持つことを罪だと定義し、仲間が死んでも無心を貫いてきた。    −−私の人生は、砂利のようだった。    そんな私を嘲笑うように、ロボットは平然と頭を掴み、私の体躯を持ち上げる。体に装着していた装置は破損し、電撃を帯びて機能停止している。  今、この場の全ての事象が、私が痛めつけられる様を楽しむ観客のように思えた。  ロボットは、アームを脱着し、腕の刀を見せつける。そして私の腹に刃先を沿わせていく。金属の冷たい感触が神経をほとばしり、私の感情をもしばむ。  ゆっくり、ゆっくりと刃は私の体内に押し込まれていく。徐々に血が体外に溢れ出ていく。    −−死ぬ。  そう、確信した。  その時、天井が破られ、黒ローブを纏った人影が現れた。意識が朦朧としていてはっきりと眼識出来なかったが、体格から見て男性であろう。彼は、一丁の拳銃を所持しており、その銃でロボットを脳天から撃ち抜いた。  弾丸はロボットの装甲を貫き、そのまま床に着弾した。拳銃の弾丸とは思えないスピードとパワー。  まるで、紅血武装のような……。  ロボットは内部の機械を破壊されたことで機能を停止し、後方に倒れた。その拍子に私の体内から刃が外れ、私は宙に放り投げられる。  しかし、私が地面に落ちることは無かった。感覚神経が鈍り、正確には感じられないが、何かに支えられている感触がある。 「大丈夫?」  その正体は、ロボットを撃ち抜いた男だった。フードを深く被り、顔はよく見えなかったが、白髪が覗き、青く染まった優しい瞳が私を包んだ。 「あなた…………は?」 「僕はカナト。君を助けに来たんだ」 「私……を…………?」 「うん。少し待っててね」  彼は私を床に寝かせた。コンクリートの無機質な床には、彼が破った天井の瓦礫が散乱している。まるで、小さな世界が跡形もなく崩壊したようだった。  彼は黒ローブの内ポケットから瓶に入った山吹色の液体を取り出した。  そして、ゆっくりと瓶を私の口に近づけ、液体を垂れ流す。 「これは解毒薬なんだ。これで楽になるよ」 「解毒……薬?」 「その装置は体に毒を注入する為のものなんだ。僕もつけたことがあるから、辛さはよく分かる。ミクロレベルの毒針がいくつも仕込んであるから、普通に付けていれば気が付かないんだ」 「え……?」  −−体に、毒を注入する為の装置……?  確かに、体の不調はこの装置を取り付けてから起きた。  何故、どうして?  −−最初から、私を殺害しようとしていた?  そんな、そんなことっ……。 「何故だッ‼︎」  その時、モニタリングルームの五人のうち、一人の科学者が怒号をあげた。 「上には“兵”が何万といたはずだ! まさか、それを全て倒してきたのか? コード01‼︎」  コード01……?  まさか、この男が、一番目のDNA結合実験成功個体……。そして、VCOから脱走したと言われている半吸血鬼。  本当に実在したなんて……。 「あなたが……コード01?」 「……うん」  男は少しの沈黙の後、首を縦に振った。  男は、コード01は立ち上がり、モニタリングルームの科学者達を睨みつけた。 「上の兵? 格好つけずに言ったらどうですか? 自分たちの取引先の吸血鬼ですって」 「え?」  私は思わず声を漏らした。 「−−VCOなんて組織は、存在しない。そう、国の平和の為に吸血鬼を取り締まろうなんて組織は、初めから存在していないんだ。VCOは、“チェス”って言う犯罪吸血鬼組織と科学者達の取引によって設立された組織。目的は、チェスが裏社会のトップに君臨する為に、邪魔な吸血鬼を殲滅対象として、殺害すること。半吸血鬼はその為に開発された道具だ」  コード01は淡々とVCOの真実を語り始める。しかしそれらの話は、不思議と、喉を潤す水のように、するりと私の中に入ってきた。 「デ、デタラメだ! 裏切り者の話など信用するな! コード42!」  そして、これまで絶対的な信頼を置いてきた科学者の言葉は、ただの雑音のようにしか思えなかった。  自分でも摩訶不思議であった。まだ出会って数十秒しか経っていない人物の話を、ここまで信用できるなんて。 「彼女を殺そうとしておいて、よくそんな口が聞けますね? どうせ、この設備は捨てて、チェスの本部に向かう気だったけど、何も知らない彼女が邪魔だった。だから消そうとした。違いますか?」 「ッ! お、お前に何が分かる⁉︎」 「−−分かりますよ。アンタ達のどうしようもない頭の悪さは。もうこれ以上、好きにはさせない。VCOは−−」  −−僕がぶっ潰す。      

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Episode3 「sadness and crying 」

「うむ……これは中々手強いのぅ……」 「Dr.エル。裏門、いけそうですか?」  僕は車の後部座席でパソコンに向き合っている小柄の女性に問いかける。鮮やかな茶色の髪に、宝石のような緑の瞳。そしてその体格に似つかない白衣を見に纏った彼女、Dr.エルは、僕達三人をVCOから解放してくれた唯一の科学者だ。また、自らの手でVCOを裏切り、僕達の味方になってくれた人物でもある。  そんな彼女は、VCOのネット回線にアクセスし、裏門の解錠を試みている。 「流石はエキスパート集団じゃな。システムが何重にも張り巡らされておる……! じゃが、元同僚を舐めないことじゃな!」  彼女はネットワークをハッキングし、プログラムを上書きしていく。パソコンの黒画面に緑色の英文羅列がアートのように打ち込まれていき、最後に力強くエンターキーを押すと、ガチャッという解除音が聞こえてきた。 「あ、開いたよ! ドクター!」  裏門が開いたことを確認した舞が声を上げた。 「ふぅ……。これでワシの出番は終わりじゃな」 「ありがとうございます。Dr.エル」 「うむ。案ずるな。お前達はやるべきことをしっかり全うして来い。でないと−−−−」  −−コード42は殺される。    僕達三人は黒ローブを羽織り、フードで頭を隠すと、裏門から施設へと侵入を開始した。施設の中は相変わらず迷路のように複雑な構造をしており、夜ということも相まって移動が極めて困難だ。僕達は半吸血鬼の身体能力を生かし、施設内を俊敏に駆けていく。 「何者だ! 止まれ!」  予想よりも遥かに早く、二、三人の警備員に見つかってしまった。前方の彼らは銃を構えて威嚇の意思表示をし、こちらを睨みつける。 「任せろ」  咄嗟の判断で佑作が走り出し、警備員達に手刀を打ち込んで気を失わせた。僕達は流れ作業でそのサイクルを繰り返し、施設の奥へと進んでいく。  しばらくして、僕達は大きく開けたロビーに出た。しかし、既にそこには何万人もの“吸血鬼”達が配置されていた。 「おいおい。奥の手を出すのが早すぎるだろ。連中、どれだけ俺たちのこと嫌いなんだよ?」 「ホント。十年ぶりの再会なのに」  佑作と舞はそれぞれ愚痴を吐き捨てる。  VCO。吸血鬼を取り締まる立場にいる彼らが、何故吸血鬼達を保持しているのか。その理由は、VCOが、ある犯罪吸血鬼集団との密約によって作られた組織であるからだ。その集団が日本の闇社会を支配する為に、VCOが他の吸血鬼達を殺すことを交渉条件として。  僕達半吸血鬼は、その為に生み出された、ただの道具だった。  僕も舞も佑作も、その事実を成り行きで知ってしまい、VCOから決別した。しかし、僕達が脱走した後も、VCOは懲りる素振りを見せず、半吸血鬼を生み出し続けた。そして、吸血鬼を狩る為だけに残酷な実験の数々を彼らに施し、半吸血鬼達は死んでいった。無論、吸血鬼との戦闘で命を落とした個体も存在するが、ほとんどの個体は過度な人体実験によって命を落としている。  次第に僕達は組織に底知れぬ憎悪を持つようになった。  だからこそ、コード42。最後の生き残りだけは、絶対に救わねばならないのだ。 「この数は流石にキツイかも……。カナト。先に行って。私と佑作は後から追いかけるから」 「ああ、名案だな。行け、カナト」  大勢の吸血鬼に囲まれた中で、舞と佑作は冷静に思考し、僕を先に行かせる判断をしてくれた。  確かに、奴らに足止めされてタイムロスが増えては命取りだ。 「ありがとう、二人とも。絶対に助けてくるから!」  僕は二人を背に走り出した。    大勢の吸血鬼以外に、下から微弱な吸血鬼の気配を感じる。  なるほど、地下一階か……。  恐らく、科学者達は僕達の侵入を見越して、地下一階に逃げ込んだのだろう。地下一階に行くには、一回のセンターロビー、つまり先程の大勢の吸血鬼達を突破していかなければならないことになる。それでこそ、時間がかかる。  かくなる上は……。 「紅血武装−−−−!」  おかしい……。  明らかに不調だ。身体に針金を入れられているような感覚だ。動きが鈍重になっていき、体に力が入らなくなってきた。視界に見えるトレーニング用ロボットが徐々にぼやけ始めている。 「……っ」  そして視界が何重にも展開し、目まぐるしく回転する。私はそれらに絶えることができず、攻撃を停止し、膝から崩れ落ちた。 「どうした、コード42。戦闘を継続しろ」  モニタリングルームから指示が入る。 「すみません。少し身体に不調が……。一度、専門医に診察を受ける許可を……」 「ダメだ。いいから戦闘を続けろ。データが取れん」  科学者達は皆、まるで使い古されたガラクタを見るように私を睨みつける。無慈悲に言い放たれた言葉は、私の胸の中にナイフのように刺さり、感じたことのない感情を植え付けた。  動悸が治らず、息も荒くなる。そして、ついには紅血武装を維持できなくなってしまった。 「何をしている」 「申し訳……ありません」  ああ、そうか。これが“惨め”というものか。ロクに指示された任務をこなすこともできない半吸血鬼など、組織にとってはゴミ同然だ。 「はあ。お前は、他のゴミとは違うと思ったんだが……。私達の勘違いか……」  科学者はモニタリングルームから、わざと口元にマイクを近づけ、私に聞こえるように呟く。  体の不調、任務をこなせなかったという事実、科学者達を失望させたという恐怖などが体の中で入り乱れ、紙屑のようにグシャグシャになり、私を襲った。  視界がこれまでにないほどぼやけ、眼球から水分がこぼれ落ちた。  これは……涙、というやつか。  今まで一度も流した事が無かった。感情が不要だと思っていたから。無意識に自分の中で押し殺していた。  −−そうだ。  本当は、私以外の半吸血鬼が死んだ時、私は悲しかった。それを、奴らは無能だから死んだのだと冷酷に思い込み、自分の根底から湧き上がってくるどうしようもない悲しみを抑え込んだ。  そうだ。そうだ。そうだった……。      −−私は、寂しかったんだ。

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Episode2「raid」

「活動報告は以上です」  私は本部に戻り、管理官にエリア125にて殲滅した吸血鬼との戦闘を事細かに報告した。 「触手型の刃か……。吸血鬼の持つ異能は、これまでに類を見ないほど進化している。このままいけば、我々でも手の施しようが無くなるな……」  私の管理官である立花透は、そう呟いて喉を唸らせる。VCOの科学者たちによって作られた半吸血鬼には、一人一人管理官と言う役職の者がつく規則がある。半吸血鬼は、その高い身体能力から、人間に仇なせば、簡単に蹂躙が可能だ。そのような暴走を引き起こさせないというのが目的であるらしい。  尤も、私は組織の人間を殺す気はないが……。 「まぁ、考えても仕方のないことは考えないに限る。よし、報告ご苦労。ルームに戻って良し」 「了解しました」  私は管理室に頭を下げ、管理室を後にした。  VCO所属の半吸血鬼には、一人一人に“ルーム”という個人スペースが設けられている。そこで休息を取り、次の吸血鬼殲滅活動に備える。そのサイクルを繰り返す。  今日も、明日も、明後日も−−。  私は“コード42”と記された部屋の扉をカードキーをスキャンして解錠した。無機質な扉は自動でスライドし、私が中に入ったことをセンサーが確認すると、再び扉が閉まった。  私のルームには必要最低限のものしか備わっていない。眠るためのベットに、何か作業を行うための机と椅子、そしてゴミ箱だけだ。任務に当たる為に障害なるものは必要ない。  私は作られた命だ。  その命は、創造主たちのために使うのが当たり前だ。  吸血鬼殲滅を始めて、早二年。私以外の半吸血鬼達は、皆吸血鬼に殺されていった。VCO内で生き残っている半吸血鬼は、もう私一人だけになってしまった。  悲しみ、苦しみ、孤独感。そういった感情はない。そもそも、吸血鬼を狩るためだけに生かされている私に、感情なんてものすら、不要である筈だ。  私はベットに横になり、そのまま眠りについた。  翌日、私は普段通り吸血鬼狩りを終え、施設に戻った。今日も、一日が終わる。淡々とすぎる日々は、私の中に何一つ残らないカセットのようだった。 「報告は以上です」 「コード42。悪いが、今日は少し“実験”に付き合ってもらう」 「承知しました。どこに移動すればよろしいですか?」 「施設地下一階のトレーニングルームだ。そこに科学者達が装置を準備している。ルームに寄らず、すぐに向かってくれ」 「はい」  私は言われるがまま地下一階に向かった。地下一階のトレーニングルームは全方位がガラスに覆われた特殊な設備であり、天井の装置から吸血鬼に見立てたロボットを落とし、戦闘訓練を受けられる。無論、使用許可を取る必要があるが、同時にロボットに対する大幅な破損攻撃が認められる。 「失礼します」  私はエレベーターで地下一階に降り、科学者達がいるモニタリングルームにやって来た。 「来たかコード42。急な呼び出しですまないが、今日はこの装置を体に装着し、ロボットと戦闘してほしい。紅血武装展開時に、身体の血液割合がどれほど減少するのかデータを取りたくてね」  そう言って眼鏡をかけた科学者の一人が、腕や胴体に装着する装置を手渡してきた。  私は言われるがまま装置を体に装着した。両腕、腹回り、背中につけた機械は赤いライトを点滅させ、私に大きな負荷を与えた。まるで、鉛玉を四肢に乗せているかのようだ。  −−不調……であろうか。  私は違和感を覚えつつも、トレーニングルームに入室した。 「では、ロボットを落とす。すぐにデータを取り始めるので、迅速に戦闘を開始すること」  マイクによってトレーニングルームのスピーカーから指示が出される。そしてモニタリングルームにてスイッチが押されると、天井が開き、そこから一体のロボットが落とされた。 「戦闘、開始!」  科学者の合図に、私は紅血武装を展開し、ロボットに向かっていった。  舞の運転によって、車はVCOの建物の裏門に止まった。 「到着っと。二人とも、血液補給オッケー?」 「ああ、オッケー」と、佑作が返答し、「僕も」と続けた。 「よし! それじゃ、助けに行きますか! コード42ちゃん!」   僕達は車から降り、VCOの施設を見上げる。まるで日本全土に企業を展開しているような大型の建造物。  化学、物理学、心理学、生物学……。様々なエキスパート達が何人も集まっている。  DNA結合実験を行う為だけに……。  この施設の、いや、この組織との因縁はここで終わらせなければならない。もうこれ以上、犠牲者を出さない為にも。僕達のような……醜い命を。 「舞。血液補給できた?」 「うん。なんとか間に合った!」 「よし、それじゃ行こう。二人とも」  僕の呼びかけに二人はコクリと頷く。 「VCOを−−潰す」            

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Episode1「beginning」

 ──吸血鬼。  それは、他種の生き血を喰らうことで、異能を発現させる人型の怪物。その容貌から人間社会に溶け込み、闇夜に紛れて人を殺す。  なんて、本能的で、残忍的で、それでいて単的なのか。  わたしには到底理解できない。恐らく、一生────────。 「こちらコード42。エリア125に到着。指示を求む」  私は左耳に取り付けてある小型無線通信機に語りかける。この通信機は“本部”に繋がっており、指示を仰ぐことが可能だ。 「了解。吸血鬼探索を随時開始せよ」  発信機からは聞き慣れた男性の声が響く。この通信機にはカメラが搭載されており、“本部”から、私が見ている視界をモニターでチェックするという仕組みになっている。 「了解」  私は返答し、吸血鬼探索を開始する。この日本という国には、吸血鬼という化け物が蔓延っている。彼らは昼間は人間社会に溶け込み、夜に行動を開始する。そのため、彼らがどこに潜んでいるかを探知しやすくする為に、エリアを設置している。私が今探索しているエリア125はあるショッピングモールの大型駐車場のことである。  私は目を閉じ、センサーを用いて吸血鬼の気配を探る。空間がモノクロに変化し、ありとあらゆる物体が透過していく。そして、ある一点の場所に黒いモヤが集中して始める。  そこか……。  私は目を開け、黒いモヤが集まっていた場所に出向く。そこには大型車が駐車しており、エンジンがかかっていた。  そして、次の瞬間、大型車が猛スピードで私に直進して来た。  私はボンネットに手をつき、そのまま宙返りして車を交わし、後方に着地する。  車はすぐにブレーキをかけたが、あまりの猛スピードであった為止まることができず、そのまま正面のコンクリートに激突した。  ボンネットから炎が上がり、ボンっと重奏な音を立てて爆発した。  私は車を運転していた者が吸血鬼であると断定していた。しかし、車本体が爆発してしまっては、本体が生存しているかどうかはわからない。私がそう身構えていると、車の上部から刃の付いた触手が飛び出して来た。一つ、二つ、三つ……。合計して四つの触手。そしてそれらは車のルーフを破壊し、一つの体躯を持ち上げた。  私はその体躯こそが吸血鬼であると察知した。四本の触手が、彼の背中から生えていたからだ。 「折角優雅に女の血を吸ってたのに……。僕の食事を邪魔して……どうしてくれる? お前を轢き殺そうかと思ったら、逆に俺の車がこの有様だ……。女も丸焦げだし。最悪だよ」  モジャモジャとしてパーマ気質の髪、おぼつかない雰囲気を纏う猫背の男。一見すればただの人に見えるが、背中から生えた四本の触手と、赤く光る瞳が、それを化け物だと訴えている。 「対象を確認。これより、殲滅を開始します」 「了解」  本部から淡々と返答が返ってくる。 「ねぇ、僕の話、聞いてる?」  彼はねっとりとした声色で、表情ひとつ変えることなく、私に触手を飛ばして来た。 「−−紅血武装」  僕は人の話を聞かない奴が大嫌いだ。あの女だって、僕が吸血鬼だって知ったら取り乱して、全然僕の話を聞かなかった。  僕は吸血鬼でも、あの人間のことだけは愛していたのに。  話を聞かなかったのが悪いんだ。だから、僕は苛立って、それでっ……。  血を吸った……。  とても優雅なひと時だった。人間の絶望する顔を拝みながら飲む生き血が、こんなにも肉体をたぎらせるなんて……!  僕達吸血鬼だけが知ることのできる。最高の快楽だ……!  それなのに……。  あの吸血鬼は僕の邪魔をした。それに、さっきから僕の話を聞く素振りがない。お前も、彼女と同罪だよ。  だから僕は背中の触手で串刺ししてやろうと思った。 「−−紅血武装・白影」  触手が彼女の鳩尾に到達しうるかという時、彼女は謎の言葉を吐いた。  紅血……武装?  初めて聞く言葉だ。奴の異能か?  彼女がその言葉を吐いた途端、体から血が溢れ出し、意思を持つかのように奴の左腰に集まっていく。  そして、彼女が納刀体勢を取ると、集まった血は一本の長刀に変化した。  先程までただの液体であったのに、本物の金属に物質変化した。  ありえない……!  そして素早く抜刀したかと思うと、僕の触手を切り落とした。  神経を通して、痛みが僕の体に流れ込んでくる。 「っ! 何なんだよ、お前」  僕は慌てて他の三本の触手を全て飛ばした。彼女は駐車場の柱を縦にしながら、それを交わしていく。 「待て!」  僕は必死に触手を伸ばして彼女を追いかける。しかし、同時に三本の触手を伸ばしていたので、触手は柱に引っかかり、絡まってしまった。  彼女はそれを見逃さず、咄嗟に絡まった結び目を切り落とし、そのままスライディングとして僕の懐に潜り込むと、真っ白とした刀身で僕の体を斬った。 「ガッ……」    一撃で彼の体は崩壊し、その場に倒れた。そして細胞分裂が傷口から広がっていき、彼は砂となって消えた。  私の刀、白影。これには吸血鬼の体に活性的に細胞分裂を促すことができる。だが、促すだけだ。細胞一つの成長はさせない。それによって限度を超えて細胞が増え続けた体は、キャパシティを超えて崩壊を起こす。  いや、少し語弊があるか。正しくは“私の刀”ではなく、“私の血”の効力だ。  半吸血鬼。  私の血には、Ac細胞という吸血鬼の細胞分裂を促進させる特殊な細胞が含まれている。  その私の血を武器にすれば、大抵の吸血鬼は容易に仕留めることができるというわけだ。 「こちらコード42。対象を殲滅」 「了解。以上でエリア125の吸血鬼殲滅を終了する。コード42は速やかに本部に戻るように」 「了解」  私は本部と連絡を交わし、大型駐車場を後にしたのだった。              

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