紫陽花

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紫陽花

そこらへんに生えてる紫陽花です。 夢は漫画家、そのためにストーリーを練ってます。 小説や漫画はなんでも読みます。 バトル、ハートフル、ラブコメ、BL…なんでも御座れ!

第6回N1決勝 かみさまのじょうけん

 春の日差しが暖かく見守る始業式の日。春木ソウタ、高校最後の学校生活が始まろうとしていた。  彼が教室に入って席に座ると、それに気づいたソウタの親友でクラス長の榊原シゲモリが近づき、話しかける。 「おはよう、ところでソウタはどこの大学に行くか決まったのか?」 「俺は…」 ソウタが喋りかけると、勢いよく後ろから抱きつかれ、言葉が遮られた。 「ソウタは私と同じ、希望ヶ浜大学に行くの!」 ソウタの恋人の武元ハルカがソウタの頬を引っ張りながら話す。 「そう、そこに行くことにしたんだよ。」 明るい二人とは対照的に、シゲモリは少し不安そうな顔をして、二人の顔を見合わせる。 「…ちゃんと将来を見据えて考えた方がいいと思うが…」 「ちゃんと考えて調べた上でそこにしたんだよ。俺のやりたいことも、出来るみたいだし。」 「私もー!」 二人はシゲモリの不安を吹き飛ばすように、とびっきりの笑顔で話す。 「そうか、この心配は杞憂だったな」 そう言ってシゲモリは笑った。先生が教室に入ってくる音が聞こえると、二人は自分の席へと戻っていった。  スーツでビシッとキメた先生が、教室を見渡してから口を開く。 「それじゃ、今年度最初のホームルームを始めるぞー。起立、礼…」 「んっん〜…ハローハロー!皆の衆!」 窓の外から変な声が聞こえ、クラス内の全員が窓の外を向く。黒くて長い髪に長い髭を携えた、細身で色白の男が宙に浮かんで、こちらを見ていた。 「これより、神人類選別大会始めちゃうよ〜ん」 どこからともなく、クラッカーのような紙吹雪が男の周りを包むと、文字の書かれた大きな垂れ幕が空から降ってくる。 「しんじんるい…せんべつ…たいかい?…」 学校中の人達が窓の外にいる不審人物に目を向けていた。 「そうさ!神による神のための神になる為の新人類、『神人類』!その名誉をかけた大会なのであーる!」 男は訳もわからずキョトンとしている人たちと違ってイキイキと喋り続ける。まるで、ショーを楽しむ子どものように。 「先生、生徒、その他諸々の人々全員含めた第一レクリエ〜ション!…その名も、『はなしあい』だぁ!」 男が大声でそう宣言すると、新しく『はなしあい』と書かれた垂れ幕が空から降る。 「ルールは至って簡単、三時間ごとに部屋の中から一人処刑する人を決めるんだ。決め方は自由…話し合ってもいいし、暴力で解決してもいい。しかし、処刑のお時間になっても決められなかった場合、教室のみんながおっ死んじまうから気をつけろよぉ〜。」 教室のみんなは互いに顔を見合わせる。 「最後に、生き残っていて尚且つ、この俺に認められたら次のステージへ行けるぜぇ!」 一人だけ楽しそうにしている男を見て、先生が窓から身を乗り出し、声を荒げる。 「あなたが何者かはわからないが、こんなことを勝手にしていいと思っているのか!?」 先生の威勢のいい声は校庭に反響していた。それに続いて生徒も次々に文句を言い始める。 「あなたが誰かはわからないが、私たちは屈しない!」 「おうおう威勢のいい犬だこと…俺に逆らうならこうだぞ!」 男はそういうって指を鳴らす。その瞬間、先生の頭が吹き飛び、あたりに血が飛び散る。教室内でクラスメイトは泣き叫び、他のクラスも察したのか、急激に騒がしくなる。 「質問は受け付けねぇ、早速開始ダァ!」 騒がしい学校をよそに、男は呑気に開幕の宣言をすると指を鳴らす。すると、急に時計が高速回転し始め、3時を指す。異様な光景を見て静かになった教室に時計の音だけが鳴る。しかし、人々を煽るように反時計回りに秒針が動く。 「せ…制限時間だ…」 「早く3時間のうちに決めないと…」 「いやよぉ!死にたくない!」 生徒は再び騒ぎ始める。しかし、動揺と恐怖が場を支配しており、話し合いを始めるような空気ではなかった。そこで、窓際の生徒が自身の机を叩き注目を集める。 「やいのやいの騒ぎやがってよぉ!…弱え奴を処刑すりゃいいだろ!」 不良生徒の大きな声が動揺と恐怖を吹き飛ばし、場の空気を支配する。 「どうやって、弱い奴を決めるのさ。」 「俺と殴り合って、負けたら処刑だ。」 身勝手なルールに教室中から先ほどよりも大きな非難の声が飛ぶ。 「そ…そんなの卑怯じゃないか!」 「みんな負けるに決まってるだろ!」 「そんなことするなら、お前が処刑されろ!」 不良生徒の怒号とそんな彼を非難する声が教室中を飛び交う。そんな中、男の存在や教室の空気にも怯えたハルカがソウタの近くに寄る。 「ソウタ…怖い…」 ハルカはソウタの制服の裾を強く握った。それに応えるように、ソウタはハルカの手を強く握る。 「絶対に助かる方法を考えてやる…」 不良生徒とクラスメイトの喧騒がますます大きくなる。 「みんな、待つんだ!まずは落ち着くんだ!」 シゲモリは声を張って、強く何度も呼びかける。しかし、喧騒は一向に止まない。その時、ソウタは勇気を振り絞り、黒板の前に行くと教壇を叩いて注目を集める。大きく深呼吸をする。 「お前ら、静かにしろぉ!」 空気が揺れるほどの大きな声に驚き、みんなが静かになる。唖然としたクラスメイトの顔を見てから、ソウタはシゲモリに視線を送る。 「…ありがとう。」 ソウタの方を見て、一人でボソッと言ってから、クラスメイトの方に向き直し喋り始める。 「こんな馬鹿げたことで、仲間割れなんて場合じゃないだろう…三時間もあるんだ、このレクリエーションから逃げられるか一通り試してみよう。」 「でも…出れなかったら…」 「後から考えればいい。今はみんなで生き残れるように動かなければならない。」 困惑していたクラスメイトの目に光が宿り、それぞれ、窓や扉に近づいて必死になってこじ開けようと試し始める。 「扉…鍵しまってないのに開かない…」 「後ろも同じ!」 「んなの、力が弱えだけだろ!」 不良生徒が扉に集まる生徒を押し除け、扉に手をかける。しかし、どんなに力んでもビクともしない。 「クソッ!…どうなってんだよ!」 窓の方でも同じようにいくらやってもびくともしなかった。 「窓は傷一つもつかねぇ…」 「どこも開かねぇよ…」 「みんな、一旦そこを退いてくれ!」 ソウタとシゲモリは教卓を持ち上げて、窓に叩きつける。教室に金属のぶつかる音が響き渡る。 「絶対に諦めるな!そうすればいつか…」 「所詮はガラスなんだ…こんだけ叩きつければ…」 しかし、何度叩いてもヒビ一つ出来そうになかった。脱出方法が見つからないまま、無惨にも時間だけが過ぎていく。 「おい…もうやめろよ…」 近くにいた男子生徒がポツリと喋る。 「いつか…絶対…」 「もう、やめろって!」 彼はさらに語気を強めて言い放つ。ソウタとシゲモリは叩きつける手を止めて、彼の方を見た。 「わかってるだろ、何やってもここから出れねぇよ!」 ソウタは言い返そうとしたが、言葉が何も出てこず、感情をぶつけるように教卓の足を強く握る。 「あいつの言うとおりにしなくちゃいけないんだよ!」 「じゃあ、君は処刑されてくれるのかい?」 シゲモリは今までに見たことないような冷たい視線を男子生徒に送る。彼はその視線に慄き、たじろぐ。 「…それは嫌だよ…」 「それはみんな同じだ。みんなで生きて出る方法を考えるだ…」 シゲモリはもう再び教卓を叩きつける。何度やっても傷はつかないが、無常にも時間はどんどん過ぎていった。 大体、2時間半が過ぎた頃、クラスの雰囲気は険悪なものに戻りつつあった。 「もう時間がねぇんだぞ!」 「いやぁ!」 「みんな死ぬしかないんだぁ!」 時間が迫り皆が焦る中、ソウタだけはやけに落ち着いており、深呼吸していた。 「ソウタ…大丈夫?」 「…うん…大丈夫だよ、」 そして、最後に大きく息を吐くとゆっくりと手を上げる。 「お…俺が処刑されるよ、」 「ソウタッ!?…」 「お前何を!…」 シゲモリはソウタの肩を掴み、押し倒す。 「何言ってんだよ!…いい訳ないだろ!」 「でも誰か行かないと…」 「だからって…お前である必要性はないだろ!」 「このままじゃ、みんな死んじゃうだろ!」 シゲモリのソウタを抑える力が弱まる。 「誰もいかねぇんだもん…勇気出して俺が行くしかねぇだろ!…お前もハルカも皆も…誰も殺されたくねぇんだよ…」 クラスメイトはソウタの気迫に押され黙り込む。そんな静まり返った世界に男の拍手だけが響く。 「君、合格」 「…え?…」 思ってもいないことを言われたソウタは変な声が出る。 「だから、君が合格って言ってんだ!お前がこの学校の代表者だ!」 学校中の人たちが理解できずに、呆然と外の男を眺めていた。 「すんばらしい自己犠牲…やはり、神になるためには自己犠牲による救済、これができる精神が必要だよねぇ、」 「何を言ってんだよ!意味がわからねぇよ!」 「何って最初から言ってんじゃんか、神による神のための神になる為の新人類って…」 男は呆れたようにため息を吐きながら、口を開く。 「最初から神になれる逸材を探してんだよ。お前は神になれる精神を持っていた!」 「だからって、まだ途中だろ!終わってないだろ!」 「終わったよ。」 「は?…何言って…」 「ルールは最初に全部言ったぜ、何をしたら終わりなのかも言った。」 ソウタは男を睨みつける。しかし、男は臆せず、淡々と言葉を繋ぐ。 「最後の一人にまで生き残ったやつが次に進めるなんて言ってねぇ、生き残っていて尚且つ、この俺に認められたら次のステージへ行けるって言ったんだ。」 男はソウタを指で刺しながら、笑った。 「俺が認めたお前はまだ生きてるじゃんかよ〜!」 ソウタの顔は引き攣った。全身の血の気が引いていくのも感じた。男はソウタに向けて指で「こっちに来い」とジェスチャーをすると、ソウタの体が浮かび、窓をすり抜けて男の隣まで勝手に移動する。 「ソウタッ!…待って!…行かないで!」 ハルカは引き寄せられていくソウタに手を伸ばす。ソウタも助けを求めるように手を掴もうとする。しかし、二人の手はそれぞれ、空を切り繋がることはなかった。 「おまえ…離せよ!…教室に戻せよ!」 「ここのフィナーレを特等席で見せてやるよ。」 「…何言って…。」 男はソウタの方を向くと、今まで以上に不気味で醜悪な笑顔をソウタに見せつける。 「何ってわかってんだろ?…」 「…ま、まて…やめろよ、嘘だろ?…」 「俺はお前以外いらねぇよ。」 男は学校の方を向き直すと、無邪気な子供のように大きく手を振る。 「ほんじゃ、他のみんなは、ばはは〜い!」 男がそう言って指を鳴らすと、学校の窓一面が一瞬で真っ赤に染まる。ソウタはそれをみて固まっていた。何もかも全てが急すぎて、状況を飲み込めずにいた。 「さぁ、家に帰って体を休めるんだね、シーユーアゲイ〜ン!」 男はソウタを地面に下ろすと何処か遠くに消えてしまった。 「俺を…俺を…殺せよ…」 彼は誰もいない校庭でぼそりとつぶやいた。それを皮切りに親友も恋人も何もかも全てを失った、その喪失感がドッと襲いかかってきた。 「殺せよぉ!…俺を…俺を殺せよぉ!…」 やるせない怒りが沸々と湧き上がり、何度も地面を叩きつける。 「みんなと同じように殺せよ!…一人生きたって何も…」 涙がとめどなく溢れてくる。いくら叫べど、いくら叩けど、気持ちは落ち着かない。 「俺を…俺だけを残しても…何も楽しくねぇよ…いて欲しいやつがいない世界なんて…何も…」 広い校庭にたった一人の嗚咽だけが響いていた。

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第6回N1決勝 かみさまのじょうけん

第6回N1 恋は盲目と言うなれど

 ある中世の時代。町工場で働く男「アリゲッラ」には貴族の娘の「ディアマンティーヌ」という、それは美しい恋人がいた。  アリゲッラは木の枝のように太い指とまるで炭をかぶったように黒い髪が特徴的な筋骨隆々で背の高い男であった。ディアマンティーヌはそれと対照的で、軽く触れるだけで割れてしまうと思うぐらい細く、まるで本物の金のように輝く金色の髪が特徴的な背の低い華奢な女であった。そんな正反対な二人は身分の差はあれど仲睦まじく麗しい日々を過ごしていた。  だからと言って、いつも幸せなのではない。町工場の仕事は辛い時が多く、怪我をしてしまうこともあった。今日もアリゲッラは右手の甲を擦り切ってしまった。 「アリゲッラ様はいつも頑張りすぎですよ…」 「でも、オレはお前さんみたいに学があるわけでもねぇし、文字が読めるわけでもねぇ。明日の飯を食うには、力仕事を頑張るしかねぇんだ。」 ディアマンティーヌは、アリゲッラの手に包帯を巻きながら、心配したように言った。 「だからって無理は禁物ですよ!」 「…オレもビックリなんだがよぉ…」 アリゲッラは照れたように頬をかきながら笑うと、ゆっくりと口を開いた。 「お前さんの笑顔を思い浮かべるといくらでも頑張れちまうんだ…」 ディアマンティーヌは照れて顔を背けた。その顔はイチゴのように真っ赤になっていた。 「バカ言ってないで、たまには頑張らない選択肢も考えてください…じゃないと、もう笑いませんよ。」 「わ、悪かったよ…」 アリゲッラはまるで親と逸れた子犬のように悲しんでいると、ディアマンティーヌはそれを見て小さく吹き出す。 「…ふふふ…どれほど私を好きなのか分かりましたから、そんな顔しないでくださいよ。」 アリゲッラはどんなに辛いことがあったとしても、ディマンティーヌの笑顔が支えになっていたのだ。何があっても彼女が笑って待っている、そう考えるだけで力が湧き、何があっても頑張ろうと思えるのだ。  しかし、そんな日は長くは続かなかった。  それはディアマンティーヌの誕生日であった。昨日、溜め込んだ給料を使ってとびっきりのジュエリーを買ってあげると約束したアリゲッラは宝石店の前で彼女を待っていた。しかし、待てど暮らせど一向に来る気配がない。ついには日が暮れる時間まで来なかったので、彼は彼女の家に行くことにしたのだ。 彼女の家はとても大きく、威圧感のある大きな扉を前にして緊張する。呼吸を整え、大きくノックをする。ゆっくりと扉が動くと、その隙間から黒いスーツをきた老人が顔を出した。老人はアリゲッラの姿を見ると首を傾げて眉を顰める。 「すみませんが、名前をお伺いしてもよろしいですか?」 「オレは、アリゲッラ…と申すものです。」 その名前を聞くや否や、老人の顔は明るくなる。 「あぁ…お嬢様の恋人の…いつも話は聞いております。」 老人が深々と頭を下げると、それに合わせてアリゲッラも頭を下げる。 「私、執事長のサルナローネと申します。…それで今日はお嬢様と一緒じゃないんですか?」 「それが…会う約束はしていたものの一向にこないんですよ…」 サルナローネは顎に手をつけて頭を傾げた。 「とっくのとっくに、お嬢様は出かけてしまいましたが…」 アリゲッラは町中は探し回った。路地裏やお店の中、どこを探しても見つからない。何度も人に尋ねても、どこにいたかすらわからない。 「ディアマンティーヌ!…ディアマンティーヌ!…何処にいる!ディアマンティーヌ!」 彼の声は、彼女に届かずに残響した。どれほどの時間が経ったのであろうか。彼が力尽き、立ち止まった時には新しい日が昇ろうとしていたのだ。最愛のディアマンティーヌは跡形もなく消えてしまったのだ。 彼女はいくら探しても見つからない。そんな中、ディアマンティーヌの失踪から1年後の彼女の誕生日。月明かりすら無い新月の夜。あの日以来、魂が抜けたように無気力になってしまったアリゲッラは意味もなく、あの宝石店に向かっていた。それは偶然か必然か、背の高い男に手を引かれて、路地裏に連れて行かれるディアマンティーヌを見つけたのだ。 しかし、足はすぐには動かない。 「あれは…いや、違うかもしれない…しかし…」 アリゲッラは嫌な予感を感じた。か細い悲鳴が聞こえたような気がした。その瞬間、彼の決意は確かなものになった。路地裏に近づくと男の怒号が聞こえた。路地裏にそっと近づき中を覗くと、ディアマンティーヌの首を絞める背の高い男の姿があった。護身用の短剣を手に取ると、勢いよく男の脇腹にブスリと刺す。 「う…あがぁ!…」 男はよろめき、地面に倒れる。彼は離されたディアマンティーヌを素早く抱き抱える。 「ディアマンティーヌ…返事を…ディアマン…ティ‥」 彼女は冷たかった。氷のようにひんやりとした手を握ると涙が津波のように溢れ出す。 「ディアマンティーヌ…すまない…すまない…」 彼は男を睨んだ。地面に倒れる男は何かを決意したような顔をしていた。 「か…こにも…」 何かを言おうとしていたが、間髪入れずに短剣を刺す。何度も何度も何度も何度も、怒りに任せて。 我に帰ったアリゲッラは周りを見渡し、絶望すると同時にその短剣を喉元に向けた。その時だった。 「お前さん…それでいいのかい?」 後ろを振り向くと見窄らしい老人が立っていた。 「人生をやり直したくはないかい?…」 アリゲッラは静かに涙を流し、力無く膝をつく。 「オレはどうしたら…」 「これを飲みなされ」 老人は液体の入った小瓶を彼の目の前に出す。 「これを飲めば過去に戻れる。信じるも信じないもお前さん次第じゃ。」 彼は小瓶を受け取ると老人をじっと見た。 「お前は一体…それにどうして…」 「ただの錬金術師の気まぐれじゃよ。」 「…」 アリゲッラは小瓶をまじまじと見ると、コルクを取り、一気に飲み込む。そして、だんだん気が遠くなっていった。 目が覚めると、あの路地裏で横たわっていた。周りにディアマンティーヌと男の死体はなかった。しかし、これだけでは時が巻き戻ったとは、にわかには信じ難い。一度、路地裏を出て確認しようとした。その時、目の前をディアマンティーヌが横切ったのだ。彼は声に出さずに歓喜した。彼女が死ぬ前に戻れたのだと。すぐに声をかけようとしたが、今の状況を見て足を止めた。彼女の隣に背の高い男がいたのだ。彼はすぐに理解した。 「あいつか…あいつが誘拐したから誕生日来れなかったんだ…」 家があの男にバレている可能性を考えて、彼は持っていた金の半分を使い、ホテルの一室を一年ほど借りた。何日も仕事にいかず、彼女を救う準備を進めた。念入りに背の高い男を遠くから尾行し行動パターンを探った。偶然にも、アリゲッラと同じマンションに住んでおり、また、同じ町工場にも勤めていたのだ。 「同僚のやつか?…小賢しいことしやがって…運命なんか変えてやる…」 しかし、頭に血が昇っていたからか、準備にばかり時間を使い、男の情報についてはそれ以外調べなかった。  食事の時間も惜しんで準備していた為、痩せ細り人相も変わり、ひと目見ただけではアリゲッラとわからないほど別人になっていた。そんなある日、最終確認として男を尾行していた時、ふと独り言を耳にした。 「明日…とびっきりのジュエリーをプレゼントしよう。きっと喜んでくれるに違いない。」 それを聞いた途端、アリゲッラの脳内にあの日の冷たい手がフラッシュバックする。 「明日だ…明日が運命の日だ…」 アリゲッラはその日のうちに何処でディアマンティーヌを救うか作戦を立てた。そして、実際に救う場所でいつ来てもいいように、ずっと見張っていることにしたのだ。  次の日の太陽が天辺まで登った頃。運良く1人になっていたディアマンティーヌを見つけると、すぐさま近づき、抱きかかえて借りているホテルに急ぐ。 「ディアマンティーヌ、オレは君を助けに来た!」 しかし、想像とは裏腹に、ディアマンティーヌは大きな声で叫ぼうとする。それに気づいて咄嗟に口を塞ぐ。 「…どうして叫ぼうとしたの…どうして…」 ディアマンティーヌの目は今までに見たことがないほど怯えていた。  その後は誘拐犯に見つからないように、ホテルの一室に閉じ込めて、椅子に縛り付けて外に出ないようにしたのだ。 「此処は安全だ…あいつに見つかってないからな…やりかたが強引だが、暫くはここにいて欲しいんだ。」 「ここを出して…私を帰して!」 アリゲッラの頬に涙が静かに流れた。 「…お前さんはおかしくなってる。あいつに何かされたんだ。」 「おかしいのは貴方よ!」 「…早く手を打たないとな…」 「ちょっと!この紐を外しなさいよ!」 アリゲッラは玄関に向かうと、そのまま部屋を出ていってしまった。その日からディアマンティーヌは笑わなくなった。  何よりも彼女の笑顔が好きなアリゲッラは心底焦った。どうにかして、もう一度、彼女の笑顔を見たい。アリゲッラはできる限りのことをした。道化のようにおどけてみた。彼女の好きな果物を買ってきた。しかし、何をしても彼女が再び笑うことはなかった。さらには日に日に抵抗的な態度を見せることも無くなっていった。ついには無気力なまま、何処か遠くを眺めるだけになり、「家に帰せ」やら「縄を外せ」などの言葉すら言わなくなった。 「どうすれば…どうすればッ!…」 アリゲッラは無反応のディアマンティーヌを見て頭を抱えた。問題の男すら見つからない。ただ幸せをもう一度得たかっただけなのに、もう二度とその幸せは手に入らない。そう思うとあの男が憎くて憎くて仕方がなかった。それなのに何もできない現状に苦しむ中、彼はとあることを思い出した。 「…明日はディアマンティーヌの誕生日ではないか…」 最後の望みにかけて、あの日渡せなかったジュエリーを買ってあげよう。アリゲッラは藁にもすがる思いで急いで準備を進めた。 次の日の昼。眩しい太陽光が窓から漏れ、二人を照り付ける。 「今日はお前さんの誕生日だ。誰にも気づかれない夜にジュエリーを買いに行こう。」 ディアマンティーヌは戸惑いながらゆっくりと口を開く。 「…それは外に出してくれるの?」 「そうだね。一緒にとびっきりのジュエリーを選ぼう。」 そう言ってアリゲッラは最後の準備を整えた。 月の明かりすら無い新月の夜。二人はあの宝石店へと向かった。宝石店の前に着くと、アリゲッラは窓の外から宝石店の眩いジュエリーを眺めて始める。 「ここだよ、ディアマンティーヌ。とても輝かしいね…」 彼女の方を向くと、逃げ出そうとしている彼女の背中が見えた。アリゲッラは急いで彼女の腕を掴み、引き寄せる。 「何をしてる!」 「やめて!帰して!」 「お前の恋人はこのオレだぞ!」 「貴方じゃない!愛しの彼は貴方じゃない!」 そう言われて、アリゲッラの頭に血が上る。強引に腕を引き、彼女を近くの路地裏に連れ込む。 「きゃ!…」 小さな悲鳴があたりに響くが、お構いなしに怒りに任せて首を絞める。 「君はおかしくなっている!あの男に操られているんだ!」 「やめ…はなし…て…」 「うるさい、ディアマンティーヌはオレのなんだ、オレのものなんだ!」 アリゲッラは手を強める。ディアマンティーヌの抵抗が弱まる。 「逃げるなんてあり得ないんだ!しちゃいけないんだ!」 眉間に皺を寄せ、より手を強める。その時だった。いきなり、脇腹に鋭い痛みが走る。 「う…あがぁ!…」 アリゲッラは訳もわからず、よろめいて地面に倒れる。離された彼女を支えるその姿を見て驚いた。 「…オレだ…」 彼は気づいた。彼女が失踪したのも、亡くなったのも全て自分のせいなんだと。自分が過去に戻ったからなんだと。状況の整理がついた時、過去の自分がこちらを睨んでいることに気づいた。『もう二度とこの悲劇は起こしてはいけない。このオレで終わらせなければ』そう思い、残った力で警告しようと口を開いた。 「か…こにも…」 『過去に戻るな』、その警告は虚しくも聞かれることなく、アリゲッラは何度も刺されて意識を失った。

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第6回N1 恋は盲目と言うなれど

第十一話 何考えてるの、トイカケ様

「久しぶりだね、トイカケ…いや、魔女の飼い猫シュレディンガーと呼ぶべきか?」 「どっちでもいいニャー。好きな方で呼ぶといいニャー」 「そうか…わかったよ、トイカケ」 門番は、少女と逸れた後、トイカケ様に出会っていた。少女の時と変わらずトイカケ様の姿は見えない。 「この体は便利だニャー、一度に複数人の相手をできるニャー」 「今、あの少女は君に合っているのだな?」 「どうだろうかニャー?…ニャフフ…」 「…肯定と捉えておくよ」 門番の周りにある落ち葉がパリパリと音を鳴らして割れる。門番はそれに視線を合わせる。 「それで、用は何かニャ?」 「少女の記憶を探している、どうか知ってる情報をくれ」 門番は深々と頭を下げる。その途端、落ち葉が割れていくのが止まった。 「我輩に頭を下げた?」 門番はゆっくりと頭を上げる。 「お前のことはにわかには信じられない。魔女に使えているのは事実であり、お前は気分屋だ。私からしたら信じられない。」 「そうだろうさ、君にとって我輩の印象は最悪、そんなのわかりきってるニャ。」 落ち葉がパリパリと音を鳴らしたと思ったら、近くの木の枝が大きく揺れる。門番もそこに視線を合わせる。 「それでも、お前を信じたい。彼女を救う為に、」 「そこまでして、彼女は助ける必要があるのかニャ?」 「彼女は赤の他人だ…だが、懐かしい匂いがするんだ」 突如、先程揺れた木の枝が再び大きく揺れる。 「ニャーハッハッハ!…な、懐かしい匂いがするぅ?…これまた滑稽!…ニャーハッハッハ!」 「なんだ、悪いか?」 「いやいや、悪くはなニャい。」 同じ木の枝が大きく揺れると、落ち葉がまた割れる。 「まさか、あんニャこと言って気づいてニャいとは…君は面白すぎだニャ。」 「一体、なんのことだ?」 「いや、これは君自身が気づいて意味を成す。我輩が答えを言うべきではニャい。」 「そうか…」 「では、ついてきニャさい。少女の記憶の在処を教えるニャ。」 「そうか、ありがとう」 そう門番が言うと同時に目の前の落ち葉がパリパリと次々に割れる。門番それを追って歩き始めた。 「それよりも君に悪い情報があるニャ」 「そうか…聞いてもいいものか?」 「もちろん、悪い情報だが必要な情報だニャー」 「そうか…」 「そうだニャー…何でも、君の待ち人がここに、この世界に来てしまったのだからニャ」 門番はわずかの間足を止めた。落ち葉が割れるのも一緒に止まる。 「待ち人?…もしかして…」 「そのもしかしてだニャー。君の昔考えた万が一の未来が来てしまったニャー。」 「そうか…」 数秒してから、落ち葉が再びわれ始めると、それに合わせて門番も歩き始める。 「今、どこにいる?」 「詳しくは言えニャいけど、忘却の町には入ってったニャー」 「忘却の町に?」 「あぁ、だけども、無事通り抜けたようだニャ」 「そうか、よかった…」 門番は安心して歩きながら胸を撫で下ろす。 「それで、今は…」 「残念ながら、教えられニャいニャー」 「どうして…」 「どうしてもだニャー。気になるなら、自分で答えを出すべきだニャー」 門番は眉間に皺を寄せる。 「もちろん、いますぐ戻れば間に合うかも知れニャい…だが、それはあの少女を見捨てるということだニャ。今向かってる場所は忘却の町から離れているニャ。向こう側で合流してから戻ることは無理ではニャいが、無謀だニャ」 門番の歩く速さが見て取れるように遅くなる。 心臓の鼓動が絶え間なく鳴り響く。 「どっちを取るニャ?」 「私は…」 「わたしはぁ?」 「私は…少女についていく」 「待ち人は見捨てるのかニャ」 「そういうことではない」 門番は落ち着きを取り戻した様に歩く速さを元に戻す。 「今は少女を優先するだけ。この世界、そこまで広くない。きっと歩いてればアイツとも会えるはずさ。」 「そうかニャ、君ニャらそう言うと思っていたニャ」 その後は沈黙が続いた。ただ、ひたすらに青々とした森を黙々と歩いて行った。  数十分程歩くと、落ち葉が割れる音が聞こえなくなり、トイカケ様の声が響く。 「ついたニャ」 その先には木々が点々としており、いつもの真っ白でだだっ広い世界が広がっていた。そこにただ一人、万華鏡を二本持って門番を待つ人影があった。 「モンバンッ!」 先に待っていた少女は門番が見えると大きく手を振る。 「おぉ、よかった…」 「なんだニャ?我輩がニャにか悪いことでもすると思ったのかニャ?」 「いや、そう言うわけではないが…」 「フゥン…」 そんな声が響くと、森に戻っていくように落ち葉が割れる。逆に少女は門場に駆け寄ると万華鏡を片方渡す。 「おい、トイカケ。二本とも彼女のか?」 「いいや、違うニャ。今、渡された方はおまけ。少女の記憶は一本だニャ。」 「そう!おまけ!」 少女は嬉しそうにトイカケ様の言葉を反復する。 「すっごく嬉しいおまけ!」 「すっごく嬉しいおまけ?…トイカケ、これは誰のだ?」 「元に戻ると少女がすっごく喜ぶ人だニャ。まぁ、見た方が早い。」 声は溶ける様に小さくなっていった。 「おい!もっと詳しく…」 門番がそう言い振り返るとそこにはただの森の入り口が広がってるだけで、落ち葉は割れたまんまで止まっており、割れる音すら聞こえてこない。 「はぁ…」 「モンバン!早く!」 少女はワクワクしながら門番を急かす。門番は他人の記憶を覗くのに気が乗らないが、渋々覗くことにした。  目の前には花とともに青々とした匂いが広がっていた。しかし、よく見ると屋内であるようで、ここが花屋であることを理解するのにそう時間は掛からなかった。店内の花を一通り見渡すと、カウンターへと行き花束を作る準備をする。 『さて、早めに作らなくてはな…』 そういう声が聞こえたが、他に人はいない。きっと、この記憶の主の声だろう。 目線はカウンターに立ててある写真に移る。そこには50代前後の女性とその横に立つ門番の知ってる人が立っていた。その人とは、忘却の町の物知り「グラード」その人だった。 『妻が入院して1年が経ったのか…早く元気になるようにとびっきりのを作らなくてはな』 そう言って、歩き出すと、売り物の花を数本ずつ見繕ってカウンターへと持っていく。  そこで門番は見るのをやめた。 「これって…」 「そう!物知りさんの!」 「そうか…そうだったのか…」 少女は門番が持ってる万華鏡を指差して喋る。 「それ一本に、物知りさんの記憶が全部詰まってるんだって!」 そう言われ、門番はもう一度覗いた。万華鏡を回すたびに様々な記憶を見ることができた。幼少期の記憶に、妻との馴れ初め、そしてこの世界に来る直前の記憶まで。詳しくは見なかったがそこにグラードの記憶が全て詰まっているようだった。 「じゃあ、これを渡せば…」 「物知りさん、喜ぶね!」 「そうだな、喜ぶだろうね」 そういうと、門番はグラードの記憶を服のポケットに突っ込んだ。それから、少女の持つ記憶を指差す。 「それは見ないのか?」 「見るよ。門番が来るまで、待ってたの!」 少女は頬を膨らませる。 「そうだったのか…悪かった」 「別に怒ってないからいいよ」 少女は手に持ってる記憶を構えると門番の方を向く。 「じゃあ、見るね」 「あぁ、ゆっくり見るといいさ」 そうして、少女は記憶を覗いた。

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第十一話 何考えてるの、トイカケ様

第二節 きっとモナ・リザさえも敵わない

 木曜日の朝、僕は入部届の紙を担任の先生に渡した。書いた部活はもちろん美術部。少しガタイのいい担任の先生が、紙を見たまま喋る。 「美術部か…先生は運動部の方がいいと思うけどなぁ…身長もそれなりに高いんだし、バスケやバレーとかやればいいのに、」 余計なお世話だ。誰に何を言われても変えるつもりは無い。 「でも、美術部がとても魅力的に感じたので、入りたいなと思ったので、」 「青春を謳歌するなら、運動部だと思うけどなぁ…まぁ、止めないけどね」 どうでもいい。僕はこの青春を賭けても良いものを見つけたのだから。  次の週の月曜日。その放課後に新入部員の顔合わせを行い、それから美術部の活動が始まる。顔合わせを行う部室の美術室の前につく。そこにちょうど、エンドウ先生も現れた。 「顔合わせは全員揃ってから始めるから、廊下でちょっと待っててね。始める時に声かけるから。」 そういうと、先生は美術室へ入って行った。 自分が一番乗りのようで、周りに人はいなかった。  数分後、短髪で爽やかな印象の男子生徒が来た。他のクラスの男子で、顔はちらっと見たことあるが、名前は知らない。 「ねぇ、君も美術部に入るの?」 「まぁ、そうだよ」 「おぉ、同じだ!」 同じ部活で男子の仲間がいたからか、大きく喜ぶ。まぁ、無理もない僕も部活で男友達を作るのは無理だろうと考えていた為、少しホッとしている。 「俺はイガナイ マサト、これからよろしくね!」 輝かしいほどの笑顔で握手を求めてきた。 「僕はイチノセ ユウキ、これからよろしく」 僕は軽く自己紹介で返しながら、マサトの手を握る。彼の握る力が少し強かった。  握手をしてから数分後、髪型がロングの女子生徒が1人やってきた。彼女は静かにこちらを見つめると、ゆっこらと近づき話かけてくる。 「あの…美術室ってここであってますよね?…」 「うん、あってるよ」 「そうそう!ここが美術室だよ!」 彼女はホッと安堵したような表情をすると、あたりを見渡し、またこちらを見つめる。 「えっと…ここで待っていればいいんですか?」 「そうだね、ここで待って、始める時に先生が声をかけてくれるって」 「あ、ありがとうございます…」 彼女の声はか細く消えてゆきそうであった。しばらくの間、場を沈黙が支配する。その状態を破ったのはマサト君だった。 「君も美術部に入部する人だね。俺はイガナイ マサト、よろしく」 彼が軽く自己紹介してから、遅れて自分も自己紹介をする。 「僕はイチノセ ユウキ、これからよろしく」 彼女は少し驚くと、先ほどよりも小さい声で答える。 「わ、私はハルカゼ アキホです…よろしくお願いします」 「ハルカゼなのに、アキなんだ!面白い名前だね!」 「そうですよね、よく言われます、」 笑顔で喋りかける彼に対して、彼女は微笑んだ。その後、僕らはまるで先ほどの沈黙が嘘かのように話し合った。少し不安であったが、仲良くなれると思った。  お互いの自己紹介が終わってから数分後、ドアがゆっくりと開き、エンドウ先生が顔を出す。 「そろそろ歓迎会を始めるから、入って」 そう言うと、僕らを手招きする。少し緊張しながら、美術室へ入ると先輩方が拍手をして迎えてくれた。もちろん、あの先輩も。 全員が美術室に入ると、先輩が口を開く。 「改めて、ようこそ美術部へ! 私は部長のスズノキ ユウカ、よろしくね」 先輩は明るい笑顔でそう言った。僕はその笑顔でさらに先輩に惚れてしまった。そして、その笑顔を少ししかない美術知識をひり出して、例えようとしたが、その笑顔に敵うものは無かった。

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第一節 キューピットはイタズラに笑う

 まさしく、それは一目惚れだった。  中学一年生の春、僕はどこの部活動には入ろうか迷っていた。小学校卒業と共に父の転勤で引っ越した為、すごく仲のいい友達がいる訳でもなく、ましてや何か趣味らしいものがある訳でもない。かと言って、必ず部活動に入らなければならないので、帰宅部という選択肢は与えられてない。サッカーも卓球も合唱も文芸も、どんなに人気な部活動でも僕にとっては、どうにも決め手にかけるのだ。入学してから3日目、今日も今日とて何かハマる部活動を探しに部活動見学をしていた。今日は美術部を見てからバレーボール、その後にダンスと予定を立てていた。  美術部の活動場所は美術室。一年生から三年生までの教室がある北校舎とは反対の南校舎にある。僕は特に急ぐ用事でもないので、ゆっくり向かっていた。北校舎と南校舎をつなぐ渡り廊下はとても静かで、僕の足跡が響き渡り、校庭で走っている運動部の威勢のいい掛け声がかすかに聞こえる程度であった。美術部もこんな感じの空間なんだろうと思いながら、目的地へと向かう。別に特別絵が上手い訳ではないが、それなりに興味はあった。その為、ハマりそうならば入部しようかなんて思っていた。  美術室に近付いて行くと、だんだん僕の足音を掻き消すほどの話し声が聞こえてきた。他の部活動かと思ったが、間違いなく美術室から出ているものであった。その声によって、自分の中の絵に対するやる気がどんどん削がれておくのを感じた。美術室の扉の前に着く頃には見学する気すら無くなっており、軽く見たらバレー部に行こう、なんて思っていた。ため息をつきつつ、ノックする。中から優しい声で「はーい」と帰ってきた。気が乗らない手でゆっくりドアを開けると、ドアのすぐ近くの席に座っていた女子部員が笑いかけてきた。僕はその時、衝撃を受けた。まさしく、それは一目惚れだった。キューピットの矢が胸を突き刺した、そう表現するのが正しいほどに、一目惚れしたのだ。 「部活動見学の人?」 「え、あっ…はい…」 女子部員に促されるままに席に着く。場所はその女子部員の後ろ。少し嬉しくもあり、それと同時に「あぁ、自分はなんで愚かなのだろう」そう思った。 「うちは見学するほどの活動はしてないから、体験みたいな感じで絵を描いてもらってるの。よければ使ってね。」 そう言って、女子部員は自身の机の隣に準備してあった、色鉛筆と画用紙を僕の机の上に置き笑いかける。しっかり美術部なんだな、と再認識すると同時に、話し声が聞こえる窓側の席の方に目を向ける。先ほどよりも大きく鬱陶しい話し声の原因が6〜7人ほどいた。女子部員のように絵を描いている訳ではなく、くっちゃべりながら勉強しているようだった。 「やっぱり気になる?」 僕は女子部員の方を向くと小さく頷く。 「えぇ、少しは…」 「そうだよね、やっぱりそうだよね…」 そういうと、女子部員は小さくため息を吐く。いつも困っているのだろうか、「どうしたものか」という様に、もはや、顔にそう書いてあった。 「習い事や塾の関係で、普通の部活動に入れない人たちなの。しっかり勉強や部活動している時もあるけど、してない時はいつもこんな感じでね…」 女子部員はその人たちの方を向くと、頬を少し膨らませる。その顔も可愛いらしく、膨らんだ頬を突きたいと思い、すぐ様になんて自分は気持ち悪いんだろうとも感じた。 「まぁ、あまり気にしないで、悪い人たちではないから」 「でも…」 『でも、騒ぐのは良いことではない』そう言いかけて、飲み込んだ。自分と彼女以外に座っているのは彼らだけ。純粋な美術部員は彼女だけだったのだ。 小走りでこちらに向かってくる足音がしたと思ったら勢いよく扉が開く。 「ちょっと!昨日、静かにって言ったじゃない、」 優しそうなセミロングの先生が美術室に入ってそう言った。 「あ…すみません、先生」 騒いでいた中の一人が言う。 「まったくもう…」 そう言う先生の様子はまったく怒っておらず、微笑みながら窓際の生徒たちを見つめていた。そして、僕の存在に気づくとこちらに近づいてきて、女子部員の方を向く。 「この子、部活動見学?」 「ええ、そうです」 「あら、そうだったの…」 そう言うと、改めて先生は僕の方を向く。 「私は美術部顧問のエンドウ トモエ、何か質問があったら、彼女か私に遠慮せずに聞いてね。」 エンドウ先生はそう言って微笑んだ。 「ちなみに、どこの部活動に入るのか決まってたりするの?」 どんな質問なんだ、決まってないから見学してるんじゃないか、と思いながらもその言葉を飲み込んで答えた。 「いえ、まだです。」 嘘だ、さっき思った言葉も嘘だ。どの部活動に入部するのかは、すでに決まっていた。僕の気持ちはドアを開けた時に決まったのだ。

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第十話 こっちおいでよ、猫の森

 二人が三時間ほど歩くと目の前に青々とした森が広がっていた。 「これは何?」 「ここは『猫の森』だ。この世界の大賢者『トイカケ様』が住んでいる」 「トイカケ様?」 「あぁ、どこにでもいるがそこにはいない。そんな不思議な存在…実際に会ってみればわかるよ」 門番は少女を見つめると、続けて喋る。 「トイカケ様からは有益な情報が手に入るかもしれないが、如何せん見通しが悪く転びやすい。ここを避けて通ることもできるが、どうする?」 少女は俯いて悩み始める。しかし、数十秒立たないうちに顔を上る。 「ここを通ってトイカケ様に会う」 「そうか、じゃあ、行こう。決して逸れるんじゃないよ」 そうして、二人は森の中へと進んでいった。  森の中は静まりかえっていて薄暗く、気を抜くと門番と逸れてしまいそうだった。しかし、忘却の街のような恐怖はなく、逆に何処か安心感すら感じていた。 「ついてきてるかい?」 「大丈夫、まだ見えてるよ」 依然、少女は門番の後ろについて歩いており、何かが起きない限り逸れないだろう。しかし、数分歩けど、トイカケ様は来ず。まるで、森の中は誰も住んでいないように静まり返っている。 「ねぇ…」 ガサガサ… 少女が口を開いた矢先、左側の木が風によって揺れる。少女は左を少し見ると、門番の方に視線を戻す。しかし、そこには門番の姿なんて無くなっていた。 「も、モンバン?ねぇ、どこにいるの?モンバン⁉︎」 聞けど、喚けど、ただ声が響くだけ。門番の声など返ってこない。今度は右側の木が風によって揺れる。 「…そこに何かいるの?」 ただ風で揺れただけ、そうわかっていても、何かがいると感じさせる雰囲気がこの森にはある。 「もしかして…トイカケ様?」 そう聞くが、もちろん何も出ない。しかし、 「ゴロニャーゴロ…ニャーゴロゴロ…ニャフフ…」 どこからか猫の鳴き声も聞こえ、不安感を煽る。 「ゴロゴロ…ゴロニャーゴ!」 後ろから猫の声が聞こえ、少女は勢いよく振り向く。しかし、そこには何も無い。 「ニャーゴロゴロ…そっち向いても我輩はいないニャー」 右から聞こえども、姿はあらず。 「こっち向いていないニャー」 左から聞こえども、姿はあらず。 「どっち向いてもいないニャー」 確かに目の前から声が聞こえる。しかし、姿は見えない。 「あなたは誰?あなたはどこ?」 「『存在するだけ』の猫、巷ではトイカケ様って呼ばれているニャー」 「あなたがトイカケ様…」 「我輩は何処でもいるが、其処にはいない…そんな存在、だから何処にでもいるニャー」 「でも、そこにはいないんでしょ?」 「そうだニャー。今、君の目の前にいるけども見えない、だから、其処にはいないんだニャー」 「…よくわからない」 少女は首を傾げる。 「別にいいニャー。其処にいると信じれば其処に現れる。それが我輩。それだけわかればいいニャー」 少女は理解しきれていなかったものの、深く言及するのはしなかった。しかし、ふと不思議に思った。 「どうして、モンバンは呼ばなかったの?」 「ニャフゥ?モンバン?」 「うん、貴女のことを何でも知ってる大賢者って言ってたの。でも、そこにいると信じれば、そこに現れるんでしょ?最初っからトイカケ様を頼ればよかったんじゃないの?」 「あぁ…モンバンねぇ…」 そう言う声が響くと、地面に落ちた葉っぱや小枝が何かに踏まれたように割れる。 「あいつは我輩が嫌いなんだニャー。だから、極力我輩のことを頼りにしたくないんだニャー。信用しているが、嫌い。この気持ち解るかニャー?」 「う〜ん…難しい…」 少女はまた首を傾げる。どうも、この猫の話は少女にはまだ難しいらしい。 「まぁ、いつかわかるようになるニャー」 姿は見えないが、少女はトイカケ様がニヤニヤと笑っているのはわかった。 「イジワル…」 「真実はいつだってイジワルだニャー。最悪の結果だろうが、最高の結果だろうが関係ない。そこにあるのが真実。難しくても仕方のないものだニャー」 「わけがわからないよ」 「仕方ないニャー」 少女は納得するわけがなく、頬を膨らませる。また、少女の周りに落ちている葉っぱや木の枝がパリパリと音を立てて、立て続けに割れる。 「さて、君には何か目的があるんじゃないかニャー?」 「そういえば…忘れてた…」 「ゴロニャーン…それは忘れちゃいけないニャー…」 少女は周りを見渡しながら、トイカケ様に呼びかける。 「私、記憶を探してるの。私の記憶が落ちてる場所を知ってるなら教えて」 「もちろん、知ってるニャー」 「本当⁉︎」 「あぁ…本当だともニャー」 「どこにあるの?」 「我輩についてくればわかるニャー」 少女はまた首を傾げた。 「あなたの姿が見えないのに、どうやってついてくの?」 「足元の落ち葉を見ればいいニャー。姿が見えないといえど、存在はしている。存在している限りは、他の物体と関わりながら生きていくニャー…」 そう言うと、足元の落ち葉が割れていく。少女は割れていく落ち葉を目印に猫の森を歩いた。

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第十話 こっちおいでよ、猫の森

第九話 諦めてよ、黒霧の怪物

眩い光が二人を包む。 「ウ、ウガァ!光ダ光ダァ!」 その途端、ナニカの少女を掴む力が弱まり、苦しみ出す。 「うむ、自作の閃光弾だが…効いてよかった」 「まさか…光が苦手だとは…」 少女はこのする方をすぐさま見る。すると、そこには門番とロージアが手招きしながら、立っていた。少女は恐怖から解放され、泣きながら走り出す。 「怖がったよぉ!」 少女はそのまま門番に抱きつき、大きな声で泣く。 「すまない…すぐに助けられなくて…」 少女は首を横に振る。 「大丈夫…今、来てくれたから」 「そうか…」 門番は優しく少女の頭を撫でる。門番は少女が泣き止むと、顔を見て喋り始める。 「歩けるかい?」 「…ムリかも…」 「わかった、おんぶしていこう」 門番は背を屈めてから少女に背を向けると、少女はその背中に乗る。そして、ゆっくりと立ち上がる。 「ウガガ…許サヌ、許サヌゾ。肥エテイタ者ヨ、余カラマタ奪ウノカ?余ノ小サナ幸セヲ奪ウノカ?」 ナニカはよろけながも、ゆっくりと立ち上がる。 「ワシの閃光弾は残り1個しかない。無駄遣いはできん。死ぬ気で走れよ」 「わかってるよ」 「余ハ搾取サレルベキナノカ?否、否否否否否否否否否否、否ぁ!搾取スルノハ、コノ余ナリ!搾取サレルノハ貴様ラナリ!地獄ノ果テマデ追イカケマスル!」 門番とロージアが走り出す前にナニカが走り出す。遅れて二人も走り出す。 「姉君ガ、シュワルツシルト半径デアレバ、余モ同ジク、シュワルツシルト半径ナリ!綿埃、一ツトテ逃サヌ!」 まだ、閃光弾が効いているのかナニカはフラフラしているものの、すごい勢いで三人を追いかける。そのため、じわりじわりと距離が縮んでいる。 「ねぇ、あの怪物は何?」 走っている間、少女はふと、疑問に思った事を聞いた。門番は途切れ途切れに喋る。 「あれは、『黒霧の怪物』。ハーメルンとは別の、奪う者だ。光が苦手で、黒霧の中であれば、瞬間移動もできる、そうだろ?」 「あぁ、そうだ。逃げ切ることは、難しい。だが、今回は、やり遂げて見せよう!」 二人は全速力で走る。しかし、すぐ後ろには黒霧の怪物がいた。 「ヤハリ、余コソガ搾取スル者!姉君ノ為、捕マエマスル!」 「悪いがワシらは捕まらん。もう一回おねんねしてくれ」 ロージアはガマ口バックから閃光弾を出すと、後ろを見ずに黒霧の怪物に投げつける。光と共に、叫び声が響く。 「許サヌゾ、産業廃棄物ドモガァ!」 黒霧の怪物はフラフラしながらもすぐに立ち上がり、二人を追いかける。しかし、閃光弾を投げられる前ほどの速さは無く。距離は開く一方である。 「よし、上手く撒けそうだな」 「うぬ、油断は禁物じゃ。常に最善を尽くせ」 霧の怪物との距離は離れてはいる。しかし、未だ執着したままだ。 「姉君ノ為、ココデ全テヲ奪ッテミセマスル!」 黒霧の怪物が諦めるわけが無く、ほんの少しづつではあるがスピードが戻り始めている。 「確実ナル逃走経路ナド存在シナイ!ナノニ逃ゲ回ルトハ実二滑稽!阿保踊リモイイトコダ!」 「阿保かどうかは捕まえてから言ってほしいのぉ」 黒霧の怪物の速度は二人の走る速度と同じぐらいまで戻っており、気を緩めるとすぐに捕まりそうである。また、黒霧の怪物は二度も閃光弾を喰らっており、怒り心頭に発していた。 「醜ク汚ク逃ゲルヨリ、潔ク捕マルガイイ!サスレバ、苦シメズニ奪ッテヤロウ!安心シロ、貴様ラノ、ソノ最後ヲ看取ッテヤロウ!余ガ永遠ニ貴様ラノ生キタ証ヲ覚エテヤロウ!」 「僕には君よりも覚えてもらいたい人がいるんだ。だから、ここで果てるわけにはいかない」 「コシャクナァ!余コソハ、シュワルツシルト半径!誰モ逃サヌ、誰モ逃レヌ!故ニ、貴様ラノ夜ハ明ケヌ!」 黒霧の怪物は瞬間移動を使い、三人のすぐ後ろに移動する。手を伸ばせば捕まってしまう距離にある。 「この手は使いたくなかったが…しょうがない」 ロージアはバッグから古びたラジカセを取り出す。 「ロージアさん、それは何?」 「奴の『無くした声』だ」 ロージアはラジカセの再生ボタンを押す。すると、少年の声があたりに響く。 『サーナお姉ちゃん!これ見て!すっごく綺麗でしょ!』 「アァアアアア!ヤメロ!ヤメテクレ!余ハ声ヲ聞キタクナイ!ソノ声ハ遥カ遠ク光輝ク自ラ捨テタ超新星、触ッテハ成ラヌ禁句!アァ、真ニ恐ロシキ物品ナリ!アァアアアア!」 黒霧の怪物は耳を塞ぎ、倒れ込む。しかし、少年の声は絶えずあたりに響く。 「覚エテオレヨ、道化師ニ門番、花嫁…コノ借リハ必ズ返ス…姉君ト余ノ尊厳ノ為、必ズヤ全テヲ奪ツテミセマスル!」 黒霧の怪物の誓いに背を向け、三人は走り続けた。  黒霧の怪物から離れてから、一時間ほど立ったであろうか。夜は明けていたようで、黒い霧が晴れていたところを見つけた。 「ふぅ…なんとか逃げ切れたようじゃな…」 ロージアは黒い霧の晴れた場所に着くと、ラジカセを止める。門番は背負っている少女に話しかける。 「なぁ、怪我はないか?」 しかし、返事はない。 「ロージア、少女は寝ているのか?」 「あぁ、お嬢さんは泣き疲れて寝ているようじゃな」 「そうか…」 門番は少しホッとしたようだった。 「さて、ワシはそろそろ目的地に向かおう。また、会えたら、今度は楽しく話そうぞ」 「あぁ、またな」 そういうと、ロージアは霧の世界を歩き始めた。門番も少女を背負ったまま、ロージアとは反対方向に歩き始めた。

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第九話 諦めてよ、黒霧の怪物

「第3回N1」グレースケールの世界から、

 20XX年、世界は突如として「色彩」を失った。突然、空にヒビが入ったと思うや否や、灰色の人ならざる者が現れたのだ。数体ほど出ると各々が、未知の力で世界中の色を吸い取ってき、その体に吸い取った色がついていった。そして、今の白黒写真の様な世界に変わっていった。人々はその人ならざる者を「色災」と呼んだ。               「総天然色の黙示録【序章】より」 我々の世界はこの序章から数百年後。もはや、色がない世界が当たり前として受け入れられている。バラの色といえば濃い灰色だし、人間の手は薄い灰色。グレースケールの空が世界を覆っており、そこにかつてあったと言われる鮮やかな朝の青や吸い込まれそうな夜の藍などは無い。今ではそれが当たり前なのだ。人々から色彩と呼ばれるものは、最早、神話の様な何かという扱いである。私は今もどこかにそれがあると信じて研究を続けている。この本を読んでる君も旧世界の色に想いを馳せながら読んでもらいたい。      「『総天然色の黙示録』から見る本当の世界」から引用 -1- ある本に感化された高校2年生を迎えたばかりの僕は友達の目の前で堂々と宣言する。 「この僕は見つけるんだ!かつての色彩を!」 「そう、どうやって?」 「…ど、どうにかして!」 「ダメだね。計画性がなきゃ成功しないよ。そもそも、色彩なんてものは存在しないし。」 僕のメガネをかけた友達のトウマが「やれやれ」という様に首を振る。その目は「もう高校生なのに」と言ってるようで少しムカつく。 「でも、数百年前には色彩って物があって…」 「全部、神話の本の話だろ?」 「だけど、色災のヤローはいるだろ?」 「君も知ってるだろうけど、あいつらも同じ色だろ?この僕が何言いたいかわかるか?」 トウマはズレたメガネを左手でクイッと上げる。まるで、決め台詞を言う合図みたいにメガネが光る。 「…『証拠がない』って言いたいんだろ?」 「そうだ。色を吸い取ったやつらまで同じ色なんだ。そこが現実と神話でまるっきり違う。」 自分でもわかっていた矛盾点を突かれてぐうの音も出なかった。色災は現代でも存在していた。しかし、色を吸い取ってその色がついていったとされているが、実際は灰色の姿をした怪物。大暴れして被害は出すが、色なんてついてないし、吸いもしない。そもそも、この世界には吸う色なんて無いのだろうけど。 「そもそも、その色を吸った色災を見つけたとしてどうするのさ、戦って倒すのか?」 「…それは…」 「色災は人より遥かに強い。各国がそれぞれの厳しい試験を設けて、色災討伐軍を作るほどだ。篩に篩をかけたエキスパートの人たちでさえ、死ぬ可能性があるのに、一般人の君が勝てるわけないだろ?」 トウマに正論を言われ、言葉が出ない。色色彩を見つけれればそれでいいと考えていた。考え直せば、その色彩は(本当にいるかわからない)色のついた色災が持っているのだ。見つけた瞬間に死ぬ可能性が高い。 「もし仮に色彩があったとしても、見つけるのは諦めるんだな。あまりにも無謀すぎる。」 「でも…僕は…」 トウマは前屈みになり僕のことを指差して怒鳴る。 「いいか、現実は無情だ。夢だ希望だ言ったところで何も変わらない。無理なものは無理なんだ。諦めろ。」 僕は負けじと一歩踏み出し、歩み寄って大声で言う。 「そんなに強く言う必要ないだろ!」 トウマはボリュームを変えずに言い放つ。 「あのなぁ、僕は大切な友達を見殺しにできるほどバカじゃ無いんだよ!」 僕は予想していなかった言葉に唖然となる。 「いいか、僕は君が死に行くような事をしようとしてるから止めてるんだ。何よりも君の身を心配してるんだよ!」 僕とトウマの空間を沈黙が支配する。ただゆったりと、言われた言葉を反芻する時間が流れている。 「そうか…そうか!」 トウマの言葉を完全に飲み込むと、何故だか笑いが込み上がってきた。さっきまでムカついていた目が優しく見える。 「なんだよ、悪いかよ。」 「いや、全然。ただ、ちょっと勘違いしてたみたいでね。」 「何のこと?」 トウマは眉を顰めて僕の顔を覗く。 「いや、別に気にしないで。」 「…そう。じゃあ、詮索はしないさ。」 少し不満そうな顔をしたトウマは姿勢を直すとズレたメガネを左手で上げる。 「僕さぁ、決めた。」 「何を?」 「色災討伐軍に入軍する!」 「はぁ…」 トウマはもう一度「やれやれ」と言うように首を振った。 -2- あの頃から10年程が経った。僕は26歳で念願の色災討伐軍にできた。トウマはと言うと色災討伐軍の色災研究機関に僕よりも3年早く所属してたらしく、「遅すぎるよ。」と、言われてしまった。入軍後は着々と実力をつけていき、一部隊の隊長を任されるほど昇進していった。  ある日、僕の部隊に重大な指令が届いた。なんでも雪山の山頂で未確認の色災が発見されたとか。それでそれの情報収集をしてこいとのことだ。  真っ白な雪を踏み締めて、雪山を登って行く。 「隊長!この辺りが発見ポイントです。」 「そうか、ではこの辺りでベースキャンプを作ろう。」 「了解です!」 そう言うと、コヤマ隊員が後ろにいる隊員に指示を出し、キャンプを張る。僕は一番後ろにいるヤマガタ副隊長を手招きする。153cm程の小柄な男性が小走りで近づいてくる。 「隊長殿、何のようでしょうか?」 「副隊長は、この雪山をどう思う?」 「恐ろしくも美しい場所だと思います。」 「では、色がついていたら何色だと思う?」 「…色が、付いたら?」 ヤマガタ副隊長は僕の言葉の意味をわからないのか僕の方を向いて首を傾げる。 「どう言う意味でしょうか?」 「総天然色の黙示録って本は知ってるか?」 「ええ、それなりに」 ヤマガタ副隊長は一回小さく頷く。 「そこ綴られている色彩のある旧世界。その場合、この雪景色はどんな色だったんだろうかと思ってね。」 「あぁ…そう言う意味でしたか。」 ヤマガタ副隊長は一面に広がる雪景色に目をやる。それに合わせて、僕も雪景色を目に焼き付ける。 「私には想像もつきませんが…もしも、かつての世界も今と同じ白い雪山だったらいいなと思っています。」 「どうして?」 僕はヤマガタ副隊長の方を向きながら聞き返す。ヤマガタ副隊長は遠くの雪景色を眺めながら口を開く。 「色を奪われていても失われていない景色を共有できているのって、良いと思いませんか?」 ヤマガタ副隊長はそう言って僕の方を向いて微笑む。僕はもう一度、雪景色に目を向ける。自然の脅威を感じつつ、その中の美しさが見て取れる。後ろでキャンプを張っている隊員たちがヤマガタ副隊長を呼ぶ。その声に反応して、小さく「行ってまいります」と言って、駆け足で隊員たちの元に行く。 「失われていない景色…」 かつての世界では雪の景色を『銀世界』と言っていたらしい。そのため、『銀色』と言うものではないかと思っていた。しかし、かつての世界と同じ景色を共有できるのなら、それはそれでいいとも思った。まじまじと見たくなり、撮影機能のついたデジタル双眼鏡を手に持って覗く。 「…何だ…あれ?…」 僕は自分の目を疑った。何故なら、覗いた先に色災がいたのだから。しかも、普通の色災では無い。体色が違う。白でも黒でも灰色でも無い。グレースケールでは到底表せない未知の色。撮影機能を使いその色災の記録をとる。 「お前たち、キャンプを張るの中止だ!色災発見したぞ!」 急いで隊員たちの元に行き、双眼鏡を外に出ていたモニターに繋いで、撮った色彩の姿を見せる。各々、十人十色の反応を示す。あるものは驚き、あるものは慄き、あるものは恐れた。未知の色に未知の存在。どんな危険性があるかはわからないが、今までの色災とは比べ物にならない力を感じた。 「これから、この色災に近づく。張ってもらったところで悪いが、キャンプは急いで畳んで移動する準備をしろ。それと最悪、戦闘になってもいいように武器の準備もしろ。」 「了解です!」 僕も背負っているリュックから戦闘するための武器と簡易的な防具を取り、身につける。そして、モニターに映った色災の姿をもう一度だけ確認する。その姿は美しく、醜く、鮮やかで、悍しい。この色は旧世界の物なのか、はたまた、奪った上で改悪した物なのか、わからない。しかし、その色が何であれ、僕は進まなくてはならない。旧世界の色彩を見つけるために。 僕たちは身支度を整え、古くて新しいシキサイを追いかけて再び歩き出した。

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「第3回N1」グレースケールの世界から、

キラキラ キラキラ キラキラ

ほしがきらきら つきもきらきら まうえのいちばんぼしはとってもきらきら おそらできらきら おどってきらきら いつかほしになれたら わたしもきらきらになれるかな 少女は手を伸ばした。 けれど、その手は何も掴まなかった。 少女は懸命に手を伸ばした。 しかし、その手を誰も掴まなかった。 少女は助けを求めた。 されど、その手は何も掴まなかった。 少女は生きることを諦めた。 「やぁ、こんにちは」 「…ぁ…」 「大変だったね」 男は手を伸ばした。 けれど、少女はその男の手を恐れた。 男は優しく喋った。 しかし、少女はその男の語を恐れた。 男は少女を撫でた。 されど、少女はその男の動を恐れた。 男は手を伸ばした。 「…ね…」 「なんだい?」 「…辛い…」 「そうか…なら、僕が君を救おう」 炎がきらきら 煙もきらきら まうえの核弾頭はとってもきらきら 大地できらきら 殺してきらきら いつかほしになれたら わたしもお父さんとお母さんに会えるかな 飛行機きらきら 茸雲きらきら 皮でろでろ 皆ずるずる 子供えんえん 大人くよくよ 足どたどた 家どかどか 会いたい

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キラキラ キラキラ キラキラ

最後に笑うのは誰?

パシャパシャ… パシャ… ビル街の暗い路地に、シャッターの音が響く。 「ふふふ♪最高!  今日もいい写真が撮れた!」 そう独り言を漏らすカメラを持った女子高生、アリス。 その目線の先には、1人の女子高生と1人の40代のおじさん。 アリスと女子高生は同じ学校に通っているようで、同じ制服を着ていた。 「最高のゴシップ!スキャンダル!  うふふ♪どんな騒動が起きるでしょう♪」 あの女子高生がパパ活をしているなんて一目瞭然。 ー これがバレたら、あいつもたまったもんじゃないだろう。ー そんなことを思うと、胸が踊る。 パシャパシャ…パシャ… 再びシャッターの音が路地に響く… アリスは自室の机の上で、スマホをいじっていた。 Twitterに投稿しようとしているらしく、指は忙しく動く。 パシャ…パシャ… スマホの画面には、たった今打ち込んでいる文章と、さっきの女子高生の写真。 文章を打ち終わると、彼女の顔はみるみる内に紅くなり、満面の笑みで、 「送!信!しまーす!」 しばらくすると、徐々に『いいね』がつき始め、『いいね』が2桁をこえる頃には、彼女の息が荒くなり始めた。 「はぁ…はぁ…はぁ…  あぁ!この感じが堪らないぃ!  はあぁ…ヤバい…トリップしそう!」 早口でそういうと、ベットの上にうつ伏せになり、足を高速でバタバタさせる。 アリスの唯一の趣味である「他人の秘密をネットに晒すこと」 いや、正確には「他人の秘密をネットに晒して注目を集めること」 自分が上げたツイートを大勢の人が注目し、その大勢の人々が炎上を起こしたり、住所特定したり、etc… その結果、普通に暮らせなくなってしまった人も大勢いる。 ネットの中だけとはいえ、多くの注目を集め、大勢の人々を動かしている感覚は堪らないのだろう。 アリスはそれを生き甲斐とし、依存していた。 朝の電車内。 所々、話し声が聞こえるが、通勤、通学の人々が、静かに乗っている。 そんななかで、1人アリスは周りにも聞こえる声で独り言をもらしていた。 「今日もいい天気!  こんな時は写真がよく撮れそう!」 パシャパシャ… 投稿したツイートには多くの『いいね』がついらしく、その数は過去最高。そのため、いつもに増して機嫌がいい…というより、機嫌がいいを通り越して、興奮気味だ。 電車内の人々が彼女を迷惑そうにアリスを見るが、当の本人は気にしていない…いや、見えていない。 「さてさて!あいつはどうなったかな〜?」 先程と同じ声量でそう言い、Twitterを開くと… 住所や、顔写真、罵声の数々が画面を埋め尽くしている。 しかし、彼女の顔からは絶望しか感じられなかった。 先ほどまでの興奮は消えており、焦りと恐怖のみが残っていた。 それもそのはず、 住所や顔写真、罵声はパパ活の女子高生ではなく、それの人を吊るしたアリスに向けられたものだったからだ。 パシャ…パシャ… 彼女は急いで、何が原因だったのかを調べる。 文字を打つ時以上に、指が忙しく動く。 すると、一つのツイートに辿りつたようだった。 しかし、それをみた彼女は顔から生気を失ったように固まった。 まぁ、そうなるか。 そのツイートには、鮮明で高画質なアリスの写真…特に悪行の決定的瞬間を撮ったものが貼られていたのだ。 【今まで、人の秘密を晒し、社会的に陥れて、自分は悦楽にひたっていた、クソアマを逆に晒してやりまーす】という、文章と共に、 『まもなく〜終点  黒ヶ崎〜黒ヶ崎〜  この列車は回送列車になりますので、引き続きのご乗車はできません』 電車に乗っている人々が降りていく中、アリスのみ時間が止まったように、電車内に残っていた。 「お客さま!?大丈夫ですか!?  もう終点ですよ!お客さま!?」 駅員に揺さぶられているが、一向に動く気配がない。 さて、僕もそろそろ降りなければ… 最後に一言。 ざまぁみろ。

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