七宮叶歌

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七宮叶歌

恋愛ファンタジーな連載と、ファンタジー、時々現代なSSを載せています。エッセイも始めました。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 他サイトでは、小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYSで投稿しています。Prologue も始めました。 NSS、NSSプチコン優勝者、合作企画関係の方のみフォローしています*ᵕᵕ お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 小説の著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でも良いのでコメント下さい。 2025.1.23 start Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako お題でショートストーリーを競い合う『NSSコンテスト』次回2025.9.1.開催予定です。 優勝者  第1回 ot 様 NSSプチコンテスト 優勝者  第1回 黒鼠シラ 様

ある世界の記録書――ニーナの記憶

 今日も、神である私の部屋にある本棚の一冊に手を伸ばす。これはもう存在しない少女の記録である。  * * *  空に虹がかかった。太陽のような光の精霊が舞踊り、晴れを告げる。 「ニーナ、ベチャベチャになっちゃったね」 「雨いっぱい降ったもん! 楽しかったぁ」  私の心は幸福感で満たされている。ルークや村の友だちと一緒に、あぜ道を駆け回った。畑から顔を覗かせた大地の精霊も、恵みの雨に満足そうだ。  家に帰り着くと、母が呆れたような笑顔を向けてくる。 「ニーナ、派手に遊んだねー。お風呂に入っておいで」 「はーい」  泥だらけになった足で、廊下を駆ける。その後を、仔竜の姿をした水の精霊が追いかけてくる。適当に身体を洗い、湯船に浸かった。 「温かーい……」  水遊びの後のお風呂も至福の時間だ。ちゃぷちゃぷと音を立て、水の精霊は湯船で遊ぶ。 「せいれいさんとも話せたら良いのになぁ」  水の精霊は私の顔を見詰め、小首を傾げた。私のこの言葉が通じているのか、聞こえているのかすら分からない。何しろ、精霊たちは皆、言葉を発しないのだ。  精霊の鼻に人差し指を当ててみる。精霊は首をすくめると、小さなくしゃみをした。可愛らしい姿に、思わず笑ってしまう。 「また雨が降ったら、いっぱい遊ぼうね」  精霊の青いつぶらな瞳は、私ではない遠くの何かを見ているようでもあった。  * * *  こんなにも小さな子どもたちまで、私が創造した世界から消え去ってしまったのだ。悲劇は食い止められなかったのだろうか。悔いながら、本をぱたりと閉じた。

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ある世界の記録書――ニーナの記憶

追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅴ

「もう一回、出来る?」 「う、うん。大きさは今くらいで良い?」 「うん」  手を重ねたままなので、顔が近い。青色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。  気持ちを切り替えよう。今は先生と生徒――静かに深呼吸をし、息を整える。  精神を研ぎ澄まし、すっと瞼を閉じた。瞬間、手の温もりを強烈に感じ取ってしまった。  魔法は暴発し、巨大な岩壁となって前方を遮る。  水の魔法も放たれたけれど、威力が足りない。水流は二手に分散し、岩を砕くことはなかった。 「えっ?」  呆気に取られたクラウの声が耳に残る。 「ミユ、今のは大き過ぎない?」 「ご、ごめんなさい……」 「いや……これはこれでやってみよう」  クラウが手に力を込めると、今度は激流が飛び出した。岸壁は水に飲まれ、轟音とともに崩れ去る。小道ではなく、太い川が通ったような跡が残った。 「これくらいの威力か……。結構、体力削られる……」  言葉の割に、クラウの息は乱れていない。体力お化けだ。  一方で、私の息は若干上がっている。 「ちょっと休憩しよっか」 「うん」  クラウは手を離すと、大きな溜め息を吐いた後、大の字に寝転んだ。 「実戦だと、今くらいの魔法を連発しなきゃいけなくなるかもしれない」  言われ、百年前の戦いの記憶を引き出してみる。影は自在にワープを使いこなし、ことごとく私たちの魔法を避けていた。体力戦になることは目に見えている。 「私、大丈夫かなぁ。動けなくなりそう」  言った後でまずいと思った。昨日のあの調子だ。体力づくりのために、何か行動を起こされるかもしれない。 「走り込み三十分、休憩三十分ってとこかな」 「えっ?」 「それを一日三時間。魔法の練習の前に組み込もう」  嘘だ。提案を聞いた瞬間、頭が真っ白になっていった。 「そんなの、悪魔が考えることだよぉ」 「戦いに負けるよりは良いじゃん?」 「それは……そうだけど……」  反論の余地がない。このまま受け入れるしかないのだろう。泣きたくなってくる。  しかし、泣き言を言える場でもなく、クラウの隣に寝転がった。 「こうなったらさ、アレクとフレアも巻き込もう。アレクはともかく、フレアだって体力が持たないよ」 「賛成してくれると思う?」 「フレアはどうかな。アレクは賛成してくれそうだけど」  そこはアレクも反対して欲しいところだ。  私の憂鬱な感情を知る由もなく、空は雲一つない晴天が広がっている。 「ミユにはさ、家族っている?」  唐突な質問だった。あまり考えもせず、口を開く。 「うん、両親と妹が一人」 「そっか」  クラウは目を細め、一呼吸置く。 「俺にも、両親と姉さんがいる。それに、友人も。その人たちの命が俺にかかってるって思ったら、どうしようもなく怖いんだ」  言われて初めて気がついた。三人は、この世界に家族がいるのだ。それに、見知った人も。何故、そんなにも普通なことに気づけなかったのだろう。   「怯えてる俺の姿を見たら、きっと笑うんだろうな」 「そんなことないよ」    命を張って世界を守ろうとしている人が笑われるなんて、絶対にそんなことはない。笑う人がいるのなら、それこそ本物の悪魔だ。   「絶対、クラウのことを笑う人なんていないよ」 「ありがとう。やっぱりミユは優しいな」  優しいだなんて。私はまだ、クラウ以上の優しさはあげられていない。首を横に振って見せると、クラウは微笑んでくれた。  やはり、こんなところで弱音なんて吐いていられない。自分にも救える命があるのなら、やれるだけのことはやってみよう。 「休憩終わり」  クラウはゆっくりと起き上がり、腰を上げた。後れを取らないように、私もそそくさと立ち上がる。その時に気がついた。クラウのマントに草原の葉っぱが付着している。染みになったら大変だ。 「ちょっと動かないで」 「えっ?」  振り返りそうになるその背中を追い、マントをパンパンと片手で払った。三枚の葉っぱは衝撃ではらはらと落ちる。 「葉っぱがついてたから」 「ありがとう。ミユの頭にもついてるよ」  言い終わると、大きな手が伸びてきた。そのまま私の頭の葉っぱを摘まんだようだ。 「ありがとう」  思わず笑みが零れる。それにつられたのか、クラウも笑ってくれた。  この日の午前も体力が底をつくまで、魔法に明け暮れたのだった。  * * *  魔法の練習を始めてから二週間が経ち、クラウとの魔法も向上している。結局、走り込みにはアレクが賛同し、午前に取り入れられた。最初は文句を言っていたフレアも、今となってはやって良かったと言っている。  勿論、私だってやって良かったと思っている。集中力も、持久力も養われたからだ。 「そろそろ良いんじゃねーか?」  私とクラウの魔法を見たアレクは笑顔で頷く。フレアも拍手を送ってくれた。  一戸建ての家一軒分の岩が水の力で粉砕され、激流となったのだ。これで褒めてくれないのならどうしようと思った。 「オレらも大分、仕上がったんだ。それで、だ」  アレクは私たちの目を一人ひとり見、真顔を作る。 「明日からミユの呪いを解く方法探しをしようと思う。それぞれの国に散って、各々文献を頼るなり、人に聞くなり、出来ることは沢山ある筈だ。出来るか?」 「出来るかって言われてもさ。俺たち、外に出れないじゃん。本なら城の図書室に行けば良いんだろうけど、それだって許可が下りるか――」 「それはこれから使い魔に頼み込むんだ。一人が駄目なら、二人で協力するまでだろ? オレらならやれる」  その自信がどこから来るものなのかは分からない。でも、私たちが行動するには少しでも制約を取っ払いたい。 「頑張って使い魔を説得しよう。それしかあたしたちに出来ることはないもん」  同じ考えに至ったのか、フレアも語気を少し荒げる。フレアも私を助けるために動いてくれることが素直に嬉しかった。 「皆、ありがとう。そしてごめんなさい」 「ミユが謝んじゃねぇ。謝らなきゃいけねーのはオレらなんだからよ。百年前は死なせちまって、申し訳ねぇ」  それもアレクたちが謝ることではない。原因の全ては影なのだ。この時、私の心の中にアイリスの名前が挙がらなかったことが意外で、驚いてしまった。 「使い魔たちは会議室にでもいるだろ。早速行くぞ」 「うん」  決意を胸に、練習場となった草原を足早に後にした。

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追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅴ

追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅳ

 もう一度、視界を閉ざす。代わりに、岩が氷柱を貫く場面をイメージした。 「そこ」  呟き、魔法を放出する。瞼を開けてみると、岩は氷柱の一歩手前まで迫っていた。  もう少しでいける。確信を持ち、続けて魔力を放った。氷の割れる音と共に、今まで氷柱があった所には岩の柱が立っていた。 「やった!」 「やったじゃん!」  私よりもクラウの方が喜んでくれたようだ。弾けんばかりの笑顔と共に、ハイタッチを求められた。  私もやれば出来る子だ。クラウの右手に自身の手を合わせる。 「じゃあ、もう一回ね」 「え~っ!?」 「これでへこたれるようなら影は倒せないし、バテるようなら体力が足りない」 「そんなぁ……」  途端にクラウのことが鬼教師のように思えてくる。小さく吐いた溜め息さえ、クラウは見逃さない。 「溜め息吐かない。次、行くよ」  有無を言わさず、先程交わした手は氷柱を生み出す。  結局、正午になるまで氷柱との鬼ごっこは続いた。  * * *   「もう駄目~……」  アリアに連れられて会議室に戻ってきた時には、既に体力は限界を迎えていた。ワープした先で、そのままへたり込む。 「おい、ミユ。大丈夫か?」 「全然、大丈夫そうじゃないでしょ」  疲れ切った私の代わりに、フレアが答えてくれた。クラウはやり過ぎたと言わんばかりに頭を掻く。 「おい、どーしてくれんだ。これじゃー、午後から使いもんにならねーじゃねぇか」 「ごめん、こんなにクタクタになるなんて思ってなくてさ」  二人とも、私を物扱いしないで欲しい。思わず目を吊り上げると、クラウは私の機嫌を取りにかかる。 「ミユ、ごめんね」  言いながら、私の頭を撫でる。  そんなことをされては、許さない訳にもいかないではないか。小さく頷くと、横でフレアがふふっと笑った。 「午後は休息の時間だね」 「昼飯は食べれるか?」 「食べる。お腹空いた~……」  体力を消耗したせいで、胃の中は空っぽだ。お腹が鳴ってしまいそうになる。  腹部をさする私に、アリアは微笑んでみせる。 「今日のお昼はサーロインステーキですよ。皆さん腹ぺこかと思いまして」 「ステーキ!?」  昼からステーキを食べられるなんて。思わぬご馳走に、口の中には涎が溜まっていく。 「お席へどうぞ」  使い魔たちが次々と料理を運んでくるので、言われるがまま、私たちもいつもの席に着いた。ステーキとオニオンの香ばしい匂いが漂ってくる。 「いただきます」  小さく呟くなり、ポテトサラダを横目にサーロインステーキとライスをがっついた。程良いミディアムレアで、ジューシーな肉汁が口の中に広がった。 「そんなに急がなくても、ステーキはどこにも行きませんよ?」 「だって~」  美味しいし、空腹を満たせるしで最高なのだ。アリアに膨れると、七人全員に笑われてしまった。  満腹になれば眠気も訪れるものだ。例に漏れず、今日の私もそうだった。 「ご馳走様でした~」  眠気まなこで呟くと、ケーキが運ばれてきたのにも気づかずに部屋へ戻ってしまった。ケーキの存在に気づいたのは、西日が傾いてからのことだった。  ベッドの上で目を覚ますと、うーんと伸びをする。 「良く寝たぁ」  まるで緊張感がない。先日、影に襲われたばかりだというのに。  影のことを考えると、気持ちがマイナスな方へと傾いてしまう。それに、現実を素直に直視は出来ない。  今はアリアがいるから大丈夫だと、自分を落ち着けるしかなかった。  体力は昼寝のお陰か少し回復したように思う。それでも、無暗に魔法は使わないでおこう。心に決めた時、アリアの声が聞こえた。 「ケーキ、お好きでしたよね?」    横たわりながら、窓辺に佇むアリアの方へと目を向ける。 「うん。どうして?」 「お昼に召し上がらないで、眠ってしまったので」 「ケーキあったの?」 「はい」  頷くアリアに、一気に心が沈む。  嘘だ。ケーキは私の好物なのに。誰か教えてくれても良かったではないか。理不尽なことは分かっているけれど、若干の怒りを覚える。 「もうないよね」 「ありますよ」  言われ、跳ね起きた。しかし、時計の針は五時を回っている。この時間にケーキを食べてしまっては、夕食が入らなくなるだろう。 「夜ご飯の後で食べたい」 「分かりました」  アリアは口に手を当て、小さく笑った。  * * *  次の日も魔法の特訓は行われた。昨日と同じ場所に立ち、クラウと顔を見合わせる。 「今日は、いよいよ協力魔法だよ」 「うん」  火照る顔を気にしながら、大きく頷く。 「説明するより、やってみよう」  クラウがその場にしゃがむので、私もつられてしゃがみ込む。 「この先に岩を出してもらっても良い? 大きさは無理のない程度で」 「うん」  昨日の三倍くらいの大きさで良いだろうか。多分、無理のない程度だ。  地面に右手をつき、意識を集中させる。数メートル先に岩の柱が出来るのを見届けた直後だった。  クラウが私の手に自身の手を重ねたのだ。一気に顔が火を噴いた。  流水音と共に、岩が水によって砕かれる。その勢いは止まらず、前方に茶色の一本道が出来上がった。 「うん、こんな感じ」  クラウは好感触を得たようで、何度か小さく頷く。

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追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅳ

追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅲ

 その日はアリアの付き添いで就寝し、夜が明けた。私が起きた時にはすでにアリアは起床し、忙しなく動いていた。ぼんやりとした頭でアリアを眺め、口を開く。 「おはよう」 「おはようございます」 「何してるの?」  目を瞬かせていると、アリアは腕で額を拭った。 「部屋の掃除です。何日もお掃除されてないでしょう?」  言われてみると、今まで掃除をする余裕なんてなかったように思う。それにしても、こんなに朝早くから掃除をしなくても、と溜め息が漏れる。 「ミユ様はいつも通りにお過ごし下さい。掃除は私がやっておきますので」  アリアはテーブルに置いてあった茶羽根の埃たたきを手にし、洋箪笥へと向かう。 「ありがとう。そうさせてもらうね」  欠伸を一つし、ようやく身体を起こした。  見られて恥ずかしい物と言えば日記くらいだし、アリアは他人の日記を見るような悪趣味な事はしないだろう。クロゼットの中から一着の白い普段着を取ると、着替えに取りかかる。 「アリア」 「何ですか?」 「魔法の練習には一緒に来てくれるの?」  もし、アリアとカイルも一緒なら、緊張は緩和されるかもしれない。そう思っての質問だった。私が着替え終わるのを待ち、アリアは首を横に振る。 「私は行きませんよ。百年前と同じなら、私たちは何の役にも立てませんし。練習の足手まといになるだけです」 「そっか」  頼りにしていた人物に断られ、肩を落とす。丁度その時、ドアが三度ノックされた。 「ミユ、アリア。朝ごはん食べよう?」  声のした方には、ニコッと笑うフレアの姿があった。  * * * 「んじゃ、この蔦からこっちがオレら、あっちがオマエらの練習場な」  私とクラウ、アレクとフレアが、先日私が魔法で出した蔦を境に向かい合わせで立つ。私たちが素直に頷くと、アレクはにかっと笑った。 「正午には使い魔たちが呼びに来ることになってるからな。お互い頑張ろーぜ」  手を振り合うと、アレクはフレアを顧み、私たちに背を向けた。鼓動は速いけれど、影との戦い本番に比べればなんてことはない。言い聞かせながら振り返り、一度深呼吸をする。   「じゃあ、俺たちも行こっか」 「うん」  小さく頷き、クラウの若干後ろを歩く。   「あのさ」  小さな呟きに、速足で横に並んだ。 「何~?」 「いや……何でもない」  何を言いかけたのだろう。気になり過ぎる。それなのに、聞く勇気がない。  心の中で「う~ん」と唸り声を上げ、小首を傾げる。 「それより、呪いが解けて、影を倒せたら、ミユは何がしたい?」  微笑まれ、顔が一気に熱くなる。  真っ先に思い浮かんだのは、クラウと一緒にいたい、だった。でも、流石にそれを本人に伝えることは出来ず、少しだけ考えてみる。 「皆とのんびりしたい」  昼下がりに他愛もない話をして、皆で仲良く過ごしたい。  答えを聞くと、クラウの笑顔が僅かに曇った気がした。 「そっか。きっと叶えてみせよう」 「うん」  恐らく、望んだ答えが返ってこなかったからだろうな、と思う。素直になれない自分がもどかしい。   「そろそろ良いかな。こっちに向かって魔法を使えば、アレクとフレアを巻き込む心配はないし」  クラウが小さく頷いたのを合図に、揃って足を止めた。 「じゃあ、最初に的当てから始めよっか」 「的当て?」 「うん。ちょっと待ってて」    クラウは深呼吸をすると、地面に向かって右手を翳す。一呼吸置き、前方五十メートルというところだろうか、その辺りに人の背丈ほどの氷柱が姿を現した。 「あれに岩を当ててみて。ただし、あの氷柱と同じ大きさまでの岩で、ね」  みるみるうちに自信が消失していく。今まで岩の大きさまでコントロールしたことはない。ただがむしゃらに魔法を放っていただけだ。  安易に魔法を使うことが出来ず、両手を握り締める。 「大丈夫。イメージを膨らませてみたら良いよ。あの氷柱を岩が貫くところ」    岩が氷柱を貫く――瞼を閉じ、頭をフル回転させる。  多分、出来る。  目を開けると同時に、右手を地面に翳した。地鳴りのような音が響く。  岩は氷柱を貫くことはなく、数メートル手前でそそり立った。しかも、岩はイメージしたものよりも二倍も大きかった。 「嘘~……」  外した。その事実が酷くショックだ。 「まだコントロールが難しいのかな。ここから少しずつ近づけよう」  そう、今はまだ練習だ。何度だってやり直しは出来る。大きく頷き、もう一度、頭の中で想像してみる。  今度こそ上手くいきますように。祈るような気持ちで魔法を使う。不安な気持ちが魔法に伝わってしまったのか、岩は控えめに出現した。場所は氷柱よりも奥になってしまった。 「難しい……」  果たして、魔法を使いこなせるようになる時は来るのだろうか。明るい未来がなかなか見えてこず、膝を抱えてしゃがみ込む。 「諦めちゃ駄目だよ。ミユの魔法は特別なんだ」 「特別?」 「うん。俺たちの中で唯一、命を咲かせられるから。あの蔦だってそうだよ」  クラウが振り向いた先には、天にも届きそうな程の高さの蔦が生えている。  自信を持っても良いのだろうか。しゃがんだままで、今一度、氷柱に狙いを定める。地面が鳴いたのは、先程出した岩と氷柱の中間地点だった。近づいている。  もう少し頑張ってみよう。そう思わせるには十分だった。

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追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅲ

追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅱ

「アレクの馬鹿〜っ!」  力の限り声を振り絞り、罵る。何故かフレアが吹き出した。 「ミユ、もっと違う言い方があるでしょ?」 「ううん、これが精一杯」  火照る顔を気にも留めず、アレクを睨みつける。他人より怒りを覚えた回数が少ないのか、罵声の浴びせ方がいまいち良く分からない。 「あんま怖くねーな」 「む〜っ!」  アレクも煽るから、私の怒りは加速していく。感情に任せて拳を作り、アレクの胸板を叩く。 「あんま痛くねーな」 「む〜っ!」 「あんまりからかわないであげて。ミユは必死だよ?」    心配とも呆れとも取れる表情で、フレアは腕を組む。先程は笑ったくせに。何故か怒りの矛先が彼女にも向いてしまう。  駄目だ、フレアに罪はない。代わりにもう一発だけ、アレクを叩いた。 「今の八つ当たりじゃねーか?」 「違うもん」 「三人で何してるの?」  アレクでも、フレアでもない声に、はっと我に返る。振り向いてみると、不思議そうにこちらを見るクラウの姿があった。 「コイツがな、オレのことを馬鹿にしてただけだ」 「なんだ、もっと言ってやっても良いよ」 「クラウも煽らないの」  フレアがピシャリと言うと、クラウは不服そうに肩をすくめる。 「でも、俺を殴ったのは事実だし」 「オレの暴力は正当だろ? 文句があるとは言わせねぇ」  暴力に正当も不当もあるものか。一触即発の二人の間に割って入り、アレクに向かって首を振る。 「ミユに感謝するんだな」  アレクは大きく息を吐き出し、長い前髪を掻き上げる。 「全員集まったんだ。これからどーするか話そーぜ」  今までのことがなかったように、アレクの表情には緊張感が増していく。指定席にどかりと腰かけると、気怠そうに腕を組む。フレア、そしてクラウがアレクに続くので、私も駆け足で指定席へと駆け寄り、ちょこんと腰を下ろした。 「オレ、考えてみたんだけどよー」  アレクはすっとフレアの瞳を見詰めると、私、クラウと視線を移動させる。 「例えば、だからな。もし、光の矢が駄目になっちまって、魔法で戦わなくちゃならなくなったら、だ。二手に分かれた方が、魔法の相性良くねぇか?」 「誰と誰?」 「オレとフレア、クラウとミユだ。オレらは風で炎の勢いを強められるし、オマエらは水と岩が混ざって威力が増す」 「その手があるね……」  クラウとフレアは何度か頷いてみせる。  魔法の原理が良く分からない私は、一人で小首を傾げた。 「威力が増す?」 「うん。自然現象に例えてみれば良いよ。俺たちの魔法が土石流で、アレクたちは火災旋風」  どちらも実際に見たことはないので、その威力は想像に過ぎない。ただ、とんでもない魔法が出来そうなことは分かった。  納得したように、アレクは口角を上げる。 「成功するかは分からねぇ。でも、やってみる価値はあるだろ?」 「うん」 「んで、オレとミユ、クラウとフレアはなるべく離れた方が良い。互いの魔法を打ち消し合うからな」  地は風を遮るし、火と水は元より相性が悪い。  何度か頷くと、アレクの次の言葉を待った。  数秒、間が空く。 「オマエらからは何もねぇのか?」 「全部アレクに言われた」 「おい……」  アレクは肩を落とし、盛大に溜め息を吐いた。その後、咳払いをし、その場を取り繕う。 「とりあえず、明日から分かれて特訓な。他に何かあるか?」 「ない」  ということは、明日からの魔法の特訓は、クラウと二人きり――。  次第に顔は熱くなる。頭から湯気が出てしまいそうな程だ。 「ミユ、大丈夫か?」 「へっ? あっ……うん」  まずい。この顔は見られたくない。かと言って、隠す場所もない。仕方なく、俯くしかなかった。  三人の小さな笑い声が耳に残る。その奥で、扉の開く蝶番の音が聞こえた。 「皆様、お食事が出来ましたよ」 「今日はカレーにしてみました」  この声はカイルとアリアだ。  異世界でカレーが食べられるなんて。スパイスの香りに顔を上げると、切り分けられたバケットと深皿に盛られたカレールーが運ばれてきた。異世界のカレーはどんな味なのだろう。 「冷める前に食べよーぜ」 「いただきます」  誰かが食べ始めるのを待たず、バケットをちぎる。それをカレールーに付けると、パクリと頬張った。 「美味し〜」  揚げたパンではないので、カレーパンとは少し食感が違う。それに、このルーは家庭的な味ではなく、本格的な欧風カレーの味だ。  美味しさに顔を綻ばせると、またしても三人はクスクスと笑う。 「ミユの顔を見てると、作り甲斐があるよな」 「そうなんです。いつも喜んで下さるので、運ぶ私も嬉しくなります」  美味しいものは美味しいのだ。感想を伝えなくては、作ってくれた人に申し訳ない。 「今日はサラが料理長ですよ」 「カレーだもんな」  視線を浴びたサラは気まずそうにそっと俯き、フレアに小瓶を渡した。 「これ、唐辛子?」  フレアの問に、サラはこくりと頷く。フレアはサラに微笑みかけ、小瓶の中身をカレーへと注いだ。  そんなに唐辛子を入れても大丈夫なのだろうか。少し心配になりながらも、ゆっくりとカレーを食べ進めた。  今日の食事も満足だ。腹八分目で、量も丁度良い。ナプキンで口の周りを拭い、小さく息を吐く。  食べ終わったのは、私が最後になってしまったらしい。既に、アレクとフレアは楽しげに話をしている。 「これからも、こんな日が続けば良いな」  仲間と楽しく団欒し、のんびりとした時を過ごす。今の私にとって、この穏やかな時間が異常になりつつある。受け入れ難い事実だ。 「ずっと続かせてみせよう?」 「うん……」  励ましてくれるクラウの顔も見ず、睫毛を伏せる。 「俺たちなら大丈夫だよ」  ふわりと掛けられた言葉と共に、柔らかなものが頭に触れた。 「大丈夫」  まるで子守唄のようだ。一気に心が温かくなる。 「もーそろそろオレらは部屋に戻るけど、オマエらはどーすんだ?」 「明日もあるしね。早めに戻るよ」 「そーだな」  アレクとクラウの会話で、一気に現実に引き戻される。こんなにもしばしの別れが早いなんて。ガッカリしてしまう。  私の気持ちを悟ったかのように、クラウは目を細めた。 「また明日も、明後日も、その先だってあるからさ」  そうは言われても、確約されていない未来だ。生き残れる保証はどこにもない。 「私がいるのをお忘れですか?」  声のした方を振り向いてみると、アリアが若干、目を吊り上げている。元々円な目なので、親しい間柄でないと表情の差は分からないだろう。  頼って欲しいのだろうか。疑問には思ったけれど、口にはしなかった。 「アリアもいるなら大丈夫そう」  クラウとアリア、それにカイルの四人で笑い合った。

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追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅱ

追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅰ

 身体がゆらゆら揺れている。誰かが私の名を呼んでいる。  こんなことが昔もあったな、などとぼんやり考えながら薄目を開けた。 「ミユ!」  ぼやける視界には、うっすらとクラウの顔が映る。もしかして、私は好きな人に抱かれているのだろうか。一気に眠気は覚めていった。 「何があった?」  その左頬は腫れているし、右眼の下部には痣だって出来いる。それなのに、クラウのことは気に掛けてあげられず、思いのままにその胸へ飛び込んだ。 「怖い夢を……見たみたい」 「夢?」 「うん。あれが現実なら、私は……」  恐らく、殺されていただろう。ぎゅっと瞼を瞑り、クラウの服を握り締める。 「夢じゃねぇだろ。周り見てみろ」  アレクの声が聞こえるけれど、私にそんな勇気はない。首を振り、顔を埋める。 「魔法の特訓なんてしてる時間ある?」 「今回はただの脅しだ。じゃなかったら、ホントにアイツはミユを殺してただろ。誰も見てねー絶好の機会だったからな」  逆を言えば、本気になればいつでも私を殺せるのだろう。フレアの言う通り、時間はないと思う。 「私、やだ」  何も出来ずにただ殺されるのが、本気で嫌だ。時間がないのなら、やるしかない。誰かに意見を求める訳でもなく、思いのままにダイヤの外へとワープした。膝をつき、両手を大地に向ける。  轟音と共に、前方の大地がそそり立つ。とてつもなく嫌だ――。  恐怖と怒りをぶつけるように、更に魔法を放った。先に出来た大地の壁を割り、蔦が立ち上る。それでも感情は収まらない。 「嫌ぁ!」  目を瞑り、もう一度、魔法を放とうとした時だった。 「ミユ、止めるんだ!」  クラウの叫びにも似た声が聞こえ、身体がふわりと宙に浮く感覚がした。  疲れた。体力がごっそりと持っていかれ、もうほとんど残っていない。意識を手放す事も叶わず、倒れ込んで天を仰いだ。頭をぶつけずに済んだのはクラウのお陰だろうか。  息が苦しい。心臓が激しく鼓動している。身体の悲鳴ではなく、心の悲鳴に合わせて涙が溢れる。 「大丈夫だから。今度こそ、俺が何とかするから」  頭を撫でられ、晴天に向かって号泣した。  どうやって部屋に戻ってきたのかは覚えていない。部屋は何ごともなかったかのように整頓されいた。椅子に座り、ココアの入ったマグカップを握る。ココアの温かさが心に染みる。  ぼんやりと窓の外を眺めると、先程、私が出した蔦が天高くそびえていた。 「落ち着いた?」  返事も出来ず、対角に座った声の主へと視線を向ける。アレクとフレアの姿はない。 「その顔の怪我、どうしたの?」 「えっ? うーん……」  私の小さな問いに、クラウは声を詰まらせる。 「いや……」  何か言えない理由でもあるのだろうか。小首を傾げると、クラウは私から顔を逸らした。 「昨日、アレクに殴られた」 「えっ?」  アレクが言っていたことが思い返される。黙らせたとは、やはりこういうことだったのか。昨日、怒っておけば良かった。 「痛そう……」  堪らずに右手を伸ばす。その拍子にネックレスがずれ、カノンのリングが横に揺れた。青色の瞳も同時に動く。 「そのリング……」 「えっ? あっ……」  かあっと顔が熱くなる。咄嗟にリングを両手で握り、口を結んだ。  私の想いが伝わってしまっただろうか。そう心配する前に、クラウの右目から雫が溢れ落ちる。 「クラウ?」  私が泣かせてしまったのだろうか。あたふたしていると、とうとうクラウは両手で顔を覆った。嬉しかったのか、驚いたのか、それは分からない。でも、心を揺さぶったのは確かだ。  いてもたってもいられず、クラウの傍らへと移動した。横からその身体を抱き締める。背中を撫でると、彼は声を上げて泣き始めてしまった。  どれくらいの間、そうしていたのだろう。私はただ、今までクラウから貰った優しさを返したい。切に願っただけだった。  * * *  魔法の特訓は二日後から行われることになった。それもこれも、私が無茶な魔法の使い方をし、体力を回復しなくてはいけなくなったせいだ。もう、絶対にこんなことはしないと心に誓った。  それともう一つ。使い魔たちがダイヤにやって来たのだ。理由は簡単で、私が奇襲を受けたせいだ。各国を留守にしてでも、私たちの安全を確保するためだった。  食事の準備は全て使い魔が行ってくれた。夕食の一時間前には誰からともなく会議室に集まり、これからの作戦を練る。私が扉を開けた時には、既にアレクとフレアが何やら話し合っていたようだ。 「よう、ミユ」 「もう大丈夫?」 「うん。心配かけてごめんなさい」  窓際に立ち、こちらを見る二人に、ぺこりと頭を下げてみる。 「混乱するなって方が無理な話だからな」 「あたしたちは全然気にしてないよ」  良かった。ほっと一安心し、トコトコと二人の元へと駆け寄った。 「クラウはまだ来てないの?」 「あぁ、そのうち来るだろ」  あまり緊張感なく話すこの人がクラウを殴ったのだ。今のうちに一言文句を言っておこう。 「ねえ、アレク」 「何だ? ……なんか怒ってるのか?」 「うん。何でクラウを殴ったの?」  多分、理由を聞いても許せはしない。言い分は聞いてあげよう。一応、だ。 「ごちゃごちゃうるかったからだって言ったよな?」 「うるさいだけで殴る?」 「あぁ」  この人はまるで反省をしていない。自分が悪いと思っていない。怒りがふつふつと沸いてくる。

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追憶の名残〜green side story〜 第17章 特訓Ⅰ

ある世界の記録書――雨の日

 リブリス――それは魔法に満ちた世界、人々は精霊に感謝をし、今を確かに生きていた。世界の外にいる者は、その存在すら知らないのだろう。それでも彼らはここに生きていた。  ある者は精霊と戯れ、ある者は魔法よりも科学を選び、ある者は歴史を読み解いた。これは終わりを迎えた世界の、そんな人々の日常を綴った記録書である。  * * *  その日は雨が降っていた。雨の日は水の精霊たちが当たりを飛び回る。子どもたちは一緒に遊ぼうと、虹を作りながら泥だらけになるまで駆ける。風邪を引いてしまわないかひやひやするが、水の精霊の加護なのだろうか。雨のせいで熱を出す者は、一年に一人いるかいないかというところだ。 「ルーク、あんまり遅くならないようにね!」 「分かってるー!」  家の前を通りかかった青い仔竜の姿の精霊を追いかけ、私の息子――ルークも外へ飛び出した。子どもたちの笑い声が響く村の片隅で、火の魔法を使いながら料理を手際良く済ませてしまう。  私もあんな頃があったんだな。幼馴染のハンクの幼き笑顔を思い返しながら、ふふっと笑い声を漏らす。  そんな時、玄関のドアが開く音が聞こえた。 「アンナ、ただいま」 「おかえり」  今は夫となったハンクは、あどけない笑顔で外を見やる。 「ルークは外か?」 「うん。皆ではしゃいでる」  こんな日々がずっと続けば良いな、とピラフを食卓に置いた。  * * *    世界を終えてもなお、私の手には記録書として残っている。次の世界はもっとより良くしていかなくては。それが神たる私の使命なのだ――。

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ある世界の記録書――雨の日

追憶の名残〜green side story〜 第16章 意思表明Ⅳ

 「ふぅ⋯⋯」と吐息を吐き、フルートをテーブルへと戻した。呪いが解かれた訳ではない。それでも、良い方向へと進んでいる気がする。ほんわりと胸が温かくなり、思わず笑みが溢れた。  それからはのんびりと過ごした。日記を書いて今の気持ちをぶつけたり、部屋にあったオルゴールを流したり。そんなことをしていたからか、段々と眠くなってしまった。 「昼寝、しちゃおうかなぁ」 “明日からは魔法の特訓でしょ? 休める時に休んどいた方が良いよ” 「うん」  カノンの後押しを受け、ベッドへと向かう。その時、背後から視線を感じたのだ。  振り返ってみても、誰もいない。ただの勘違いだろうか。それにしても、ゾッとするような気配だった。  もしかして、これが皆が揃って言っていた『異変』なのだろうか。時間は思う程無いのかもしれない。眠気なんて吹き飛んでしまった。誰かと一緒にいたい。でも、一体誰と――。  クラウとフレアは、今はそっとしておいた方が良いだろう。となると、アレクしかいない。手に嫌な汗をかきながら、ドアノブを回す。向かった先は、やはりアレクの部屋だ。ノックをし、様子を伺う。  数秒も経たずにドアは開かれた。 「オマエか。どーした?」 「私、怖くて……」 「何があった?」 「嫌な視線を感じたの。きっと、影……」 「入れ」  返事をする間もなく背中を押され、部屋へ招き入れられた。アレクは急いでドアを閉めると、部屋の中を見回す。 「大丈夫だ。今はまだ、アイツは襲って来ねぇ。ただの挑発だろ」  そうであって欲しい。何度か頷くと、胸の前で両手を握り締めた。 「でも、どうして今は襲って来ないって?」 「襲うなら、オマエが覚醒する前の方が手っ取り早いからな。あの時に襲って来ねぇんなら、まだ猶予はある」  あくまでも予想の範疇だろう。確定は出来ない。しゃがみ込み、震える身体を抱いた。 「なんか温かいもの持ってきてやるから、そこの椅子に座ってろ」 「うん……」  正直言って、アレクには部屋から出ていって欲しくはない。しかし、引き留める口実が思い浮かばず、もたもたしている間にアレクは部屋から出ていってしまった。  お願いだから、早く戻ってきて。その場から動く事が出来ず、瞼をぎゅっと瞑る。  恐らく、アレクは二、三分で戻ってきたのだろう。私の体感では十分以上あったように思われる。 「大丈夫か?」  ふるふると首を横に振ると、アレクはそっと肩を抱いてくれた。そのままの状態で椅子へと向かう。 「殺されるかもしれねぇって時に、落ち着いてらんねぇよな。とりあえず、これでも飲んでくれ」  ティーカップからは湯気が立ち上っている。この香りはラベンダーだろうか。液体の色は紅茶と変わらない。  アレクが用意してくれたものだから、大丈夫だ。震える手でカップを持つと、ゆっくりと口に運んだ。ちょっぴり苦い。  カップの横に置いてあった角砂糖をひと粒入れ、スプーンで掻き混ぜる。砂糖はほろほろと解れ、消えていった。 「ヤツの目的は、オレらの恐怖と混乱、だろーな。このままじゃ、ヤツに呑まれるぞ」 「そんなこと、言われても……」 「呑まれたら最後だ。オレらは終わる」  だから、気をしっかり持て、と言いたいのだろう。私だって、この恐怖心が消え去るならどんなに良いだろう。足手まといにはなりたくない。 「世界とかでっかい話されてもピンと来ねーだろ? 影を倒したところで、オレらは普通に外には出れねーし、オマエだって元の世界には戻れねーかもしれねぇ。でもな、大事なヤツと一緒に、のんびり過ごせるんだ。幸せじゃねーか」  今まで、呪いにばかり囚われていて、影を倒した先の未来なんて考えたことがなかった。のんびり、変わらず平穏に――寄り添う私とクラウの姿を想像し、顔が熱くなる。  それを見たのか、アレクはハハハと笑った。 「世界のためとかじゃねぇ。オレらは、自分自身の未来を守るために戦うんだ」 「私たちの未来……」 「そーだ」  アレクは腕を組み、うんうんと頷く。 「だから、そんなに気負う必要はねぇんだ。『生きたい』を実現すれば、オレらの勝ちだからな」  なんだか、少しだけ肩の荷が降りた気がする。呪いが解けた訳ではないのに、勝った気になってしまった。 「顔色も元に戻ったな」 「ありがとう」 「なんてことねぇよ」  アレクは時計を見遣ると、「あっ」と声を上げた。 「五時半か。そろそろ夕食の準備しなきゃな」 「私も手伝う?」  と言うか、手伝わせて欲しい。一人になる時間を極力減らしたいのだ。 「オマエなんか作れんのか?」 「う〜ん、レシピ見ながらなら作れるんだけど……ないなら、パスタ茹でたり、果物の皮剥いたりくらい、なら」 「頼りねぇな」 「む〜」  膨れると、アレクは面白そうに笑う。 「冗談だ。ついてこい」 「うん」  アレクの後を追い、キッチンへと向かう。私が想像するレストランの厨房のように立派なキッチンだ。  今日のメニューはリゾットと温野菜らしく、私は野菜と林檎の皮剥きしか出来なかった。それなのに、アレクは私を邪魔にする訳でもなく、傍に置いてくれた。  夕食の時にクラウと話せるかもしれない。そんな思いはことごとく崩れ去った。クラウは今日も一人で食事を摂りたいらしく、姿を現さなかったのだ。  大して賑やかになる訳でもなく、淡々と食事は終わった。アレクとフレアが恋人同士だと分かった今、二人きりになれる時間を邪魔したくはない。と言うよりも、三人でいるのは気まずい、と言った方が正しいだろうか。 「私、部屋に戻るね」 「大丈夫か?」 「うん。二人のお陰で、だいぶ気が紛れたから。おやすみなさい」 「おやすみ」  食器を下げ、会議室を後にする。何もないことを祈ろう。  部屋へ戻ると、指を鳴らす。それを合図にして部屋の明かりが灯った。これも魔法の一つだ。  昼寝も出来なかったことだし、今日は早めに寝てしまおう。ナイトドレスに着替えてから、ベッドへと潜り込む。すると、疲れがどっと押し寄せてきた。瞼が重くなる前に、さっと明かりを消した。  ふと瞼を開ける。まだ部屋は闇の中だ。何故、目が覚めてしまったのだろう。それにしても、喉が渇いた。  明かりはつけよう。次に洗面所へ向かうべくベッドから起き、スリッパを探す。  のそのそと部屋の中央まで行くと、欠伸をひとつした。  テーブルの上のグラスを掴み、何とか足を動かす。その時だ。  目の前に、あの赤黒い目が二つ。顔は黒いし、こんなものは影しか――。  完全に油断していた。こんな夜中に襲われるなんて思わなかった。  ショックで気絶するように、その場に倒れ込んだ。  この出来事は夢か現実か、判断はつかない。

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追憶の名残〜green side story〜 第16章 意思表明Ⅳ

追憶の名残〜green side story〜 第16章 意思表明Ⅲ

 この時点で、証言の信用性が高いのはフレアだ。だからと言って、私が見たものを消せる訳でもない。  私はどうすべきなのだろう。 「もし、カノンが見間違えをしたんだとしたら……私、大変なことをしたよね」 「でも、あたしの記憶が百パーセント正しいとは言えないから……」 「カノンを殺した可能性はある?」 「それは絶対にない」  フレアは言い切ると、赤色の目を潤ませる。  これ以上、アイリスを――フレアを疑う必要はあるのだろうか。フレアの行動を見てみれば、自ずと結論は出てくる。私が過去を思い出すまでは、優しく接してきてくれた。その手を私が振りほどいたのだ。  フレアを許す口実を作りたい。 「さっき水の塔に来たのは、私が心配だったから? それとも、ただ怒ったから?」 「勿論、心配だったからだよ」  フレアは両手を握り締め、まっすぐに私を見る。 「でも、私がフレアのことを避けてるのは知ってたよね? それなのに、どうしてあそこに来れたの? なんて言われるか分からないのに」 「それは……」  苦しげに言葉を探す姿に、こちらの胸まで痛くなってくる。 「もう、悲しむ二人は見たくないから。あたしは嫌われてても構わない。でも、黙って見てるだけなんて嫌だから。あたしやアレクもついてるって言うことを忘れて欲しくなかったの。だから――」 「もう良い!」  フレアの気持ちは十分伝わってきた。今まで苦しんできたのはフレアも一緒だったのだろう。これからも互いに苦しみ続ける理由はない。  勿論、疑いは完全に消えた訳ではない。それでも――。  私、決めた。 「私はフレアを許す。カノンの記憶が間違ってたことにする。だから、今度は私に謝らせて欲しいの。ずっと疑っててごめんなさい」  フレアは口を開け、瞳を揺らす。そして、大粒の涙がポロポロと零れた。 「その代わり、カノンの記憶が本物だったら、もう二度と貴女を許せないと思う。それだけは覚悟しといて」  私の言葉を噛み締めるように、フレアは何度か頷く。そのまま両手で顔を覆い、声を上げて泣き出してしまった。  どれ程のプレッシャーが伸し掛っていたのだろう。こんな苦しみを百年間も背負っていたなんて。立ち上がり、フレアの元へ歩み寄ると、その身体を優しく包み込んだ。 「ごめんね」 「ううん。あたしの言葉を信じてくれて、ありがとう」  信じよう、これで良かったのだと。  フレアは泣き止む気配がなく、結局、彼女の部屋へ送り届けることにした。隣の部屋なので、道のりは長くはない。「また後でね」と声をかけ、そっとドアを閉じた。  今日はどっと疲れてしまった。一度ソファーで一休みし、頭をカラにする。  そうだ、なにか気分転換をしよう。テーブルに目をやると、端に追いやられたフルートに気づいた。  そういえば、過去を思い出してから吹く機会がなかった。久し振りに吹いてみようと、フルートを手に取ってみる。パカパカとキーを押す感覚が懐かしい。  ドー、シー、ラー、ソー――ロングトーン練習をしてから、ゆったりした曲調であるG線上のアリアをひと吹きした。アンブシュアがいまいち安定していない。 “それ、なんて言う曲?” 「えっ? G線上のアリアだよ」 “アリアかぁ。もう少し、ちゃんと話がしたかったなぁ”  そうだ。カノンとアリアは「さようなら」を言う間もなく別れてしまったのだ。カノンの感情が移ってしまったのか、寂しさが募る。  思いを馳せて窓を見遣った時、ドアを三回ノックする音が聞こえた。 「ミユ?」 「あっ……」  また騙された。今度こそクラウが来たと思ったのに。  私の心を読んだかのように、アレクは意地悪そうに笑う。 「今、あからさまにガッカリしただろ」 「そんなことないもん」  絶対に分かっているくせに。  口をへの字に曲げてみせると、アレクはにかっと笑った。 「もう大丈夫なの?」 「何がだ?」 「クラウと話しに行ったでしょ?」 「あぁ」  一瞬だけ、アレクの表情が曇ったように見えた。しかし、瞬きをする間に、元の表情に戻っていた。 「アイツごちゃごちゃうるせぇから、オレが黙らせた」 「えっ!?」  黙らせたとは、何をしたのだろう。暴力的なことでなければ良いのだけれど。  おろおろしていると、アレクは「それでよー」と話を切り出した。 「このまま何もしねーで影を迎え撃つ気はねぇ。オマエの呪いを何とかしなくちゃな」 「アレクも動いてくれるの?」 「当たり前だろ。仲間じゃねーか。影の好き勝手に殺らせる気はねぇよ」 「ありがとう……」  私が一人でなくて良かった。こんなにも頼もしい人たちが一緒にいてくれるなんて。  感動に声を震わせると、アレクは照れたように頭を搔いた。 「それで、だ。今のオマエを一人でエメラルドに帰すのは危険過ぎる。だから、明日から四人で魔法の特訓だ」 「特訓……」  確かに、まだ私の魔法は下手くそだ。この機会に、影と互角に戦えるまでに成長しておきたい。 「よろしくお願いします」  ぺこりと頭を下げた。恐らく、私以外の三人は魔法をきちんと使いこなせているだろう。この場を設けてくれるのは、とてもありがたい。 「んなにかしこまんな。それと」  一旦言葉を区切ると、アレクはいつもとは違い優しく笑った。 「フレアのこと、ありがとな」 「フレアに聞いたの?」 「あぁ」  アレクに礼を言われるようなことは何もしていない。むしろ、今まで蔑ろな対応をして申し訳なく思っているのだ。 「んじゃ、夕食の時に呼びに来るからな。ゆっくり休んどけよ」 「うん」  アレクがヒラヒラと片手を振るので、私も手を振り返した。ドアが静かに閉まる。

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追憶の名残〜green side story〜 第16章 意思表明Ⅲ

追憶の名残〜green side story〜 第16章 意思表明Ⅱ

 それからどれくらいの間、魔方陣の上に居座っていたのかは分からない。ただただ悔しくて、意地でも動いてやるものかと歯を食いしばる。 “実結”  カノンに優しく名を呼ばれても、上手く反応が出来なかった。 “そろそろ帰ろう? 実結がダイヤを抜け出したこと、バレてる頃合だよ” 「駄目。神様から何も聞けてないもん」  既に私の頭の中から、抜け出したことがバレてはいけないという考えは消え去っていた。神から直接謝罪があるまで、いつまでも居座る覚悟だ。 “何言ってるの! 実結まで皆に心配かけてどうするの?” 「だって、悔しいんだもん」 “それは分かるけど……”  声から覇気が消えたカノンに、もう言うべきことはない。  いつまで黙りを決め込むつもりなのだろう。神にとって、私はちっぽけな存在なのだろうけれど、あまりにも酷い。  もう一言文句を言ってやろう。そう思った時だ。誰かの足音が聞こえてきたのだ。こちらに近づいてくる。この甲高いヒールの音、そんな筈は――。  まさかと思い、はっと顔を上げた。その瞬間、左頬に衝撃と痛みが走る。その原因になった人物を見上げ、キッと睨みつけた。 「何しに来たの?」 「それはこっちの台詞だよ! 何でこんな所にいるの!?」  薄暗がりで表情は分からない。それでも、フレアの声は震えていた。怒りのせいか、憎しみのせいか、その両方のせいなのか――。  次の瞬間、予期していない事態が起きた。フレアはしゃがみ込み、私の身体を優しく抱いたのだ。 「お願いだから、一人で無茶しないで」  あまりの事に、身体が動かない。ただ、怖い、と思ってしまった。  前世で私を殺したかもしれない人だ。私も殺そうとするかもしれない。  咄嗟にフレアの身体を突き飛ばし、身を縮めた。フレアは小さな悲鳴を上げると、そのまま蹲ってしまった。拒絶されても尚、彼女は口を開く。 「帰ろう? アレクにもクラウにも心配かけたくないから」 「二人とも、フレアがここにいることを知らないの?」 「うん。二人とも、それどころじゃないみたいだから」 「だったら、放っておいて。神様と話したいことがあるの」  きっぱりと言い切ると、今度はフレアが目をつり上げた。 「アレクに言われたよね? 絶対に水の塔には行くなって」 「言われたけど、そんなの三日も前の話だもん」 「仲間の期待を裏切るの?」  これは流石に頭にきた。両手でぎゅっと拳を作る。 「仲間を裏切ったのはアイリスでしょ!? 自分のことを棚に上げたりしないで!」 「あたしは……アイリスは、仲間を裏切ったことなんてない!」  何を言っているのだろう。カノンを殺しておいて。  しかし、それを言ったとしても、した、していないの水掛け論になってしまう。互いに感情は収まらないだろう。  フレアのせいで、真面に神の話を聞ける状態ではなくなってしまった。ここにいる意味はない。 「神様、良かったね。私、神様どころじゃなくなっちゃった。今日はね」  荒々しく言い捨てると、ゆらりと立ち上がった。 「帰る」  天に一瞥をくべ、魔法を発動した。  瞼を開ければ、そこは私の部屋の前だ。一歩足を踏み入れたなら、そこは自分だけの空間だ。一度、気持ちを落ち着けよう。  ドアノブを回し、さっとドアを開ける。 「待って!」  声と共に何かとぶつかり、よろめいてしまった。そのまま部屋へとなだれ込む。後方でドアが閉まると、鍵が締まる音がした。  私の横にはフレアがいた。四つん這いで互いの顔を見る。  ――やられた。この鍵はフレアの魔法だ。魔法でかけられた鍵は、魔法を使った本人しか開けることは出来ない。  密室で一番会いたくなかった人と二人きり――何があるか分からない。心臓が妙に脈打ち、嫌な汗までもが滲んでくる。 「フレア、よく私と二人きりになれるね」 「疑いを晴らすためには、こうでもしないと駄目だって分かったから」 「疑い?」  私にとっては、疑いではなく確信に近い。 「あたしたち、エメラルドの湖の近くで仲直りした筈でしょ? どうしてあたしがカノンを殺す、になるの?」 「湖で仲直り? なんのことを言ってるの?」 「えっ? ヴィクトとリエルが魔法対決してた時、あたし謝ったよね?」  ううん、違う。私の記憶では、夜にアイリスと二人で会う約束をしただけだ。  首を横に振ると、フレアは怪訝そうな表情をする。 「何で? あたしとミユで、記憶が⋯⋯違う?」 「えっ?」  記憶が違う――そんなことが有り得るのだろうか。もし、フレアが事実を言っていて、私の記憶が間違っていたなら、ううん、その逆だってある。  私の頭の中は混乱状態だ。正常な判断が出来るとは思えない。 「ごめん。フレア、ちょっと頭を整理させて」 「あたしも……分からなくなってきちゃった」  私はベッドに、フレアは椅子に腰掛ける。顔を合わせることなく、自分自身と向き合う。  私の記憶では、アイリスと二人で会う約束をした。しかし、アイリスは現れることなく、影に呪いをかけられた。その時にようやく、憎らしい笑みを浮かべたアイリスと対面する。  フレアの記憶では、アイリスは今までことを謝罪し、カノンと仲直りをした。その後のことは、まだ分からない。 「ちょっと確認させて。アイリスはあの夜、何してたの?」 「えっ? あたしは、ふっと目が覚めたらカノンの姿がなくなってたから、外まで探しに行ったの。そしたら突然、森の方で爆発音が聞こえて……。そこに行ったら、カノンが倒れてた」  またしても記憶が食い違う。カノンがテントを抜け出した時には、既にアイリスもいなくなっていた筈だ。 「それを証明出来る人は?」 「サラ。あたしについてきてくれたから」  使い魔が証人になるかと問われると疑問は残る。とは言え、アイリスの行動を見ていた人物はいたのだ。  一方で、カノンが目撃したことを証明出来る人物は私しかいない。

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追憶の名残〜green side story〜 第16章 意思表明Ⅱ