ナナミヤ
185 件の小説ナナミヤ
ファンタジー、時々現代なSSと、恋愛ファンタジーな連載小説を載せています。 SSは気まぐれ更新、連載小説はストックがあるので毎日更新しています。第一部、第二部ともに一度完結したものを改訂しています。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 連載小説は他所でも投稿しています(エブリスタ、小説家になろうは最新話更新中)。 アイコンはフリーアイコン、表紙はAI生成アプリを使用しています。 必ずフォロバする訳ではありませんので、ご了承下さい*ᵕᵕ 情景描写が美しい方、心情表現の丁寧な方、尊敬します⟡.· お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でも良いのでコメント下さい。 Novelee 2025.1.23〜 Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako
追憶の名残〜green side story〜 第27章 戦いの果てにⅡ
二人は何かを話しているらしい。いつの間にか爆発音が鳴り止んでいた。 魔法も限界を迎えたのだろうか。 クラウは剣の切っ先をルイスに向け、声高らかに宣言する。 「お前は、俺が殺す!」 二人はゆらりと剣を水平にすると、大地を蹴り、突進を開始した。殺気と狂気に満ちた異様な空気が辺りを支配する。 「うわあぁー―!」 クラウの咆哮が木霊した。 駄目だ、見ていられない。目を背けたいのに、見入ってしまう。 先に剣を振るったのはクラウだった。大きく振り被ると、ルイス目掛けて重い一撃を食らわせる。それをルイスは野球のバッターのように弾き返した。 クラウはよろめき、体勢を崩す。 その隙を見て、ルイスは剣で一突きしようと試みる。しかし、それは当たらなかった。僅差で身体を捻り、回避する。 「お願いだから、もう止めて……」 世界を破壊するなどという馬鹿げた企みは捨て、今からでもやり直す事は出来ないのだろうか。オリビアや、エメラルドに根付く数多の命は確かに消えた。その罪を背負って、一緒に生きてはいけないのだろうか。 こんな事になって尚――ううん、こんな事になってしまったからこそ、考えてしまう。 「何で……お互いに平和に暮らせないの……?」 人間に転生出来たのなら、影の遺志を継ぐ必要なんて無い筈なのに。 「ミユ、甘い考えは捨てろ」 「でも……!」 「アイツに『平和』なんて言葉は無いんだろ」 では、クラウがどうなっても良いと言うのだろうか。今、真面に戦っているのはクラウしか居ないのに。 ルイスは剣を振り被ると、縦に斬撃を放つ。避けきれず、クラウの右腕に赤い筋を残した。クラウは顔を顰め、攻撃の俊敏さにたじろぐ。 「駄目……!」 何も出来ない自分が歯痒くて仕方がない。 体に纏わり付いている靄を見ると、ようやく半分が解けたようだ。残り半分――クラウは持ち堪える事が出来るだろうか。 私が岩を放てば、まだ反撃の機会がある筈だ。たとえ、私が斬られようとも。 どの道、私の呪いは解けていない。ルイスが殺されれば、私は死ぬ。それならば、少しでも生き残れる方を生かした方が良いと思うのだ。 「フレア、まだ!?」 「ごめんね、急いでるんだけど」 「もっと強くしても大丈夫だから!」 「分かった」 キリキリと痛む右腕を気にしながらも、痛いとは言わずにフレアを急かす。 少しくらいの痛みなんてどうって事はない。それでクラウが、三人が助かるのならそれで良い。 視線を戦場へと戻す。ルイスは未だにクラウに食い下がっている。まさに、草食動物を狩る獣のような眼だ。 クラウが一閃を放ったかと思うと、ルイスは剣を一回転させて華麗に躱す。 そこで、ルイスは何かを話しているようだ。声は微かに聞こえるのに、言葉は聞き取れない。それにクラウも反応しているようだった。攻撃の手が一瞬止んだ。 「ミユ、解けた!」 フレアの言葉を聞くや否や、身体は反応していた。ルイスの足元へと岩柱を放つ。気配を察知されたのか、ルイスは後退し、その攻撃は僅かに外れてしまった。しかし、そこへ流水が雪崩れ込む。 水の勢いによって岩は砕かれ、激流となってルイスを襲う。 今度こそ、成功した筈だ。漆黒の人影は、その濁流の中へと姿を消した。 「やった……!」 宿敵を倒せたかもしれない。喜びは一瞬にして絶望へと変わる。 ルイスはクラウの眼前に姿を現し、その身体に剣を突き刺す。クラウも何故か刀身の色を緑へと変えた剣を振るったけれど、ルイスの脇腹を掠っただけだった。 「ぅあッ……!」 「くッ……!?」 クラウの身体からは赤が、ルイスの脇腹からは光が滲み出す。そのまま二つの剣は二人の手から離れ、緑色の剣は大地に転がった。漆黒の剣はクラウの胸に刺さったままだ。彼らは揃って大地に崩れ落ちた。 「嫌ぁぁー―っ!」 何故、どうして。嫌だ、嫌だ、嫌だ――。 アレクとフレアを置き去りにし、脇目も振らずにクラウの元へとひた走る。ルイスに構っている暇なんて無い。このままではクラウが死んでしまう。 息を切らし、涙もボロボロと溢れている。私が魔法を放ったせいだろうか。嫌な考えまでもが浮かび上がる。 足が縺れそうになりながらも、なんとかクラウの元へと辿り着いた。それは良いのだけれど、どうすれば良いのかが分からない。 兎に角、抱きかかえる。 瞼は閉じられ、呼吸は荒い。剣が抜けていないのが幸いだ。しかし、漆黒の剣が柄の先から次々と光となり、上空へと消えていくのだ。このままではいつ刀身も消えてしまうか分からない。 一人焦っていると、右足首にヒヤリとしたものが触れた。 「ミユ」 底冷えするようなルイスの声だ。背中に冷や汗が流れる。 絶対に殺される。身構え、瞼を固く瞑る。 けれど、予測した事態は起きなかった。確かに魔法は放たれた。闇ではなく、温かな光の球だ。 「フフッ……。ハハハ」 恐ろしい筈の笑みには、力が籠っていない。 ルイスは横たわりながら額に右手を添える。その身体は淡く光り輝いていた。 「解呪の剣を使うとは。やってくれる」 言いながら漆黒の目を吊り上げると、にたりと笑う。 解呪の剣とは、あの緑色の剣の事だろうか。分からない。 「私を倒したとしても、王たちが愚かな行いを止めない限り、次なる私が生まれるぞ。必ずだ」 言い終えると、その姿は閃光へと変わる。瞬きをしている間に、跡形も無く消え去っていった。
第6回N1 偽りの正直者
俺は物心がついた頃から嘘が吐けずにいた。 性格的な問題ではない。嘘を吐いてしまうと、不思議な現象が起こるのだ。 「蒼汰、此処にあったチョコ食べた?」 「ううん、食べてなーい」 幼い頃の俺は、夕暮れが進む中で、ゲームをしながら呑気に嘘を吐いた。 すると、ゲームの中で切っていた筈の木が逆再生されるかのように猛スピードで元に戻っていく。勿論、俺は何も操作していない。それも数秒で終わる。切った筈の木は整然と立ち並んでおり、操作キャラは棒立ちをする。 驚いて周りを見回してみると、母が冷蔵庫を開けようとしているところだった。 「蒼汰、此処にあったチョコ食べた?」 先程の声色で、同じ台詞が繰り返される。 「……うん、さっき食べちゃった」 「駄目でしょー? 夜ご飯、食べられなくなるんだから」 「ごめんなさい……」 こうして真実を言えば、巻き戻り現象は繰り返されないのだ。 何故、こんな事が起きるのか、俺にも分からない。周りに聞いたとしても、不審がられるだけだろう。 俺だけ嘘が吐けないなんて、不公平な世界だ。 悲観しながらも、何とか生きてこれたのは幼馴染のお陰だった。彼女だけは、どんな真実を言っても受け入れてくれた。 照れ隠しすら許されない俺に、彼女はにっこりと笑う。 「私も好きだよ、蒼汰」 俺の手を握る小さな手は、成長するにつれてしなやかで柔らかな手へと変わっていった。 高校まで同じ学校に進学し、一緒に通った。好奇の目で見られた事もあったが、彼女がそれを許さなかった。垢抜けて、目鼻立ちも整っている。そんな彼女は心までもが清らかだったのだ。 「どうして由衣は俺と一緒に居てくれるの?」 帰り道で、何気なく彼女に聞いてみた。こんな俺と一緒に居るくらいなら、優しい嘘や冗談の言える男の方が良い筈だ。顔を曇らせると、彼女はきょとんと首を傾げる。 「一緒に居たいから」 「それ、答えになってないよ」 「そんな事言われても、本当の事だからなぁ」 彼女は照れたように笑うと、頬を桜色に染める。 「それより、早く映画観に行こ! 上映時間になっちゃうよ」 「えっ? あっ……」 テコテコと走り出した彼女は、振り返りながら俺を見遣った。その笑顔が本物の桜のように可憐だったので、紅葉が進む中で、今は春なのではないかという錯覚を起こしてしまった。 冬が去り、春が訪れる。 大学の進学と共に、とうとう彼女と離れ離れになってしまった。俺は地元の大学を、彼女は都会の大学を選んだのだ。互いの夢を叶える為には仕方の無い事だった。 今、俺はペンギンの群れの中に居る。 「ほら、おいで。魚あげるから」 イワシの入ったバケツを手に、ペンギンたちの体調管理を怠らない。 「毛並み良し、目の色も良し」 頷きながら、イワシを一匹ずつ投げてやる。 動物は良い。彼らに嘘なんて必要が無い。嘘を吐かなければならない瞬間すら訪れない。気を張らなくても自然に居られる。 俺は孤独を好むようになっていた。嘘も方便とはよく言ったものだ。方便すら使えない俺に、やはり周囲は『気配りが出来ない奴だ』と白い目を向ける。俺だって気配り出来る人間である筈なのに。 あの不思議な現象は今も続いているのだ。 嘘を吐けるのかどうか、何度試したか分からない。その度に時間は巻き戻され、繰り返される。その度に心が折れ、疲弊していった。 正直者は救われるなんて嘘だ。 嘆いても、何も始まらない。溜め息を吐き、ペンギンたちに手を振った。舎を出れば、直ぐに同級生たちと出くわしてしまった。 「蒼汰、今日の夜にでも飯食いに行かねー?」 「うーん、今日は止めとく。疲れたから」 「つまんねー奴」 冷めた笑いを向ける彼らに、一瞥をくべる。 どうせ、俺はつまらない人間だ。自分を嘲笑いながら着替えを済ませ、早々に帰宅した。 スマホに一本の知らせが届いたのは、その日の夜の事だった。差出人は由衣――彼女の名前になっている。慌てて画面を開き、内容を確認した。 『ゴールデンウィークに、そっちに帰るから。ちゃんと出迎えてね』 モノクロだった俺の心に色彩が戻った瞬間だった。また、彼女に会える。俺のありのままの心を受け入れてくれる彼女に。 『待ってる。俺も会いたかったんだ』 返信をすると、直ぐに『やった!』の文字が入ったペンギンのスタンプが送られてきた。俺が今、ペンギンの世話をしているのを知っての事だろう。こんな些細な事が幸せで堪らない。 目頭に込み上げるものを堪え、ベッドの中へと潜り込む。今日は四月二十日、ゴールデンウィークまで、あと九日――。 いつも通りの朝だった。春風に吹かれながら、磯の香りを嗅ぎ、列車へと乗り込む。今日は十時半からの講義だ。ギリギリ間に合うだろう。 窓際の座席で一つ欠伸をし、転寝を始める。その微睡みが、突然の激痛によって打ち破られた。 「った……!」 心臓の鼓動がおかしい。脈打つたびに、左胸が悲鳴を上げる。堪らず両手で左胸を押さえ付け、呻き声を上げた。 乗客たちが集まってくるのが、霞む視界の中でも分かる。助けを求めたいのに、声がきちんと出てくれない。 由衣、ごめん。出迎えは出来ないかもしれない。遠のく意識の中で、脳裏に彼女の笑顔が揺らいだ。 完全に暗転すると、その笑顔も掻き消えた。 「あのさぁ」 暗闇の中で声だけが聞こえる。持ち主は小さな子供のようだ。 「どれだけ嘘吐こうとしてるの」 怒っているようで、呆れているようで。表情が分からない為、どちらとも言えない。 「嘘吐きは長生き出来ないよ?」 「それ、どういう意味?」 「どういうも何も、君が陥ってるこの状況だよ。巻き戻る前の時間だって、君の寿命の一部なんだ。ゆうに百歳は越えてるだろうね」 「は?」 突然の宣告に言葉を失ってしまった。こいつは何を言っているのだろう。 「百歳? そんな馬鹿な話が――」 「ある訳ないって? 逆戻り現象を体験してる君が言う?」 何も言い返す事が出来ない。悔しくて、唇を噛み締める。 「残り僅かな余生を楽しんでね」 「待て! 俺はどうしたら……!」 「恨むんなら僕じゃなくて、そんな運命を決め付けた神様を恨んでよね」 小さな笑い声と共に、世界に色が戻っていく。眩む程の光に導かれながら瞼を開けていった。 「蒼汰……!」 白い天井に響く彼女の声――何故、此処に由衣が居るのだろう。訝りながら首を傾げると、泣き腫らしたまま椅子に座る彼女の姿があった。 「どうして此処に居るか分かる?」 「確か、胸が痛くなって……」 「そうだよ。もう、心配させないでよぉ」 十分泣いたであろう筈なのに、更に涙を重ねる。そのまま両手で顔を覆ってしまった。 大学の顔見知りは、姿を見せていないらしい。薄情だな、と思いながらも、由衣と二人きりになれて良かったとも思う。 「由衣、俺は……」 どうやら長くは無いらしい。信じられない夢の話なのに、現実味を帯びている。 俺は散々嘘を吐いてきた。逆戻りする時間が楽しくて、何度も嘘を吐いた。由衣に良いところを見せたくて、嘘で塗り固めてみたりもした。そのどれもが無かった事になったと思っていた。それなのに、どうしてこんな事に。 口が裂けても、あの夢の話は伝えられない。 時間が巻き戻るのを覚悟で口にした。 「俺は大丈夫だよ」 言った瞬間、眩暈がした。時が秒で巻き戻っていく。やはり、駄目だった。 成す術はない。 「俺は……何?」 「もう……」 軽く首を横に振る。 「なんで……! こんな時くらい、嘘吐いてくれたって良いのに……!」 泣き崩れる彼女に、申し訳なさだけが残った。どうか、俺なんか忘れて、素敵な人と出逢って。最初で最後の、彼女への切実な願いだ。 俺に残された時間はたった三日間だった。病室でベッドに横たわり、由衣と楽しく会話をする。その間、彼女が心の底から笑ってくれた事は無いだろう。常に焦げ茶の瞳は哀愁を漂わせていた。 潮風が香る街で、こんな不遇な男が必死に生きていた事を頭の片隅にでも置いておいて欲しい。せめて、由衣だけでも。死の色濃い強烈な眠気の中で、彼女の手を握り締める。 「ありがとう。蒼汰の正直な所、大好きだよ」 そう思ってくれていて良かった。意識が途切れる前に、そっと彼女に微笑んでみせた。
追憶の名残〜blue side story〜 第9章 連鎖するモノⅡ
突き付けられた未来があまりにも過酷で、しばらくミユから手を離せずにいた。離してしまえば、また直ぐに居なくなってしまうような──そんな気がしてくるのだ。 ようやくミユが落ち着いてきた頃、気持ちとは裏腹にそっと身体を離した。ふと目を落とした時に、ミユの足が目に映った。右脛に傷が出来ており、そこから細く赤が流れている。 「手当しなくちゃ」 自然と口から零れていた。 「えっ?」 「足、怪我してるじゃん?」 ミユは視線を右脛の方へと移すと、目を伏せる。 「これくらい、放っておいても大丈夫だよ」 血が流れているのに、放っておいて良い筈が無い。肯定は出来なかった。 「傷の跡が残るよ?」 「でも……」 「良いから、此処に座ってて。鏡の欠片を踏んだら大変だから」 幼子を諭すように言い、ゆっくりと腰を上げた。気落ちしてしまったミユに、なんとか微笑みかけてみる。そのままくるりとミユに背を向け、廊下を目指した。この時に、既に涙が溢れていた事は、おそらくミユには気付かれていないだろう。 背中でドアを閉め、唇を噛み締める。 ミユはこれからどうなるのだろう。このまま影が現れれば、また彼女を死なせてしまうのだろうか。 そんなのは絶対に嫌だ。 居る筈もない影を睨み付け、負けるな自分、と心を奮い立たせる。 取り合えず、今は怪我の手当てだ。包帯やガーゼは倉庫にある。キッチンの向かい側が倉庫となっている。 通り慣れた廊下を歩き、声を殺して咽び泣く。こんな所、アレクに見られようものなら堪ったものではない。 運が良かったのか、倉庫内から救急箱を取り出し、ミユの部屋へと戻るまで誰にも出くわさずに済んだ。涙を左腕でごしごしと拭い、深呼吸をする。充血してしまったかもしれない目は気付かれない事を祈ろう。 ドアを開けると、変わらずミユはそこに座り込んでいた。頭を膝に乗せている為、表情は見えない。 歩み寄り、その傍へとしゃがむ。救急箱を置き、ミユに微笑みかけた。 「触るよ。痛くない?」 声を掛けると、ミユはそのままの状態で小さく頷いた。 今一度、傷へと目を向けてみる。血の量に対して、傷は深くはないようだ。 救急箱からガーゼと包帯を取り出し、傷に当てる。その瞬間、ミユの身体が小さく震えた気がした。僅かに手が止まったものの、此処で止める訳にもいかない。気付かないふりをして、手当てを進めた。最後に留め具で包帯を固定する。 この小さな身体に、どれ程の恐怖を抱えているのだろう。俺の比ではない筈だ。いたたまれず、ミユの頭を撫でた。 「鏡も直しておくよ」 此方も片付けなくては、また怪我をしてしまう。鏡の枠へと手を翳し、直れと念じる。鏡の欠片はカタカタと震えながら宙に浮き、枠の中へと納まっていく。最後にヒビまでもが消え、すっかり元通りの形となった。 この魔法を使って、ミユの身体の傷も、恐怖も取り除けたならどれ程良いだろう。残念ながら、俺はその術を知らない。 せめて、俺だけは味方だし、恐怖の捌け口である事は伝えよう。 ミユの隣へと移動し、腰を下ろした。揺れる緑色の瞳が此方を向く。 「やっとこっち見てくれた」 少しでも、ミユの顔を見る事が出来て良かった。にこっと微笑んでみせる。微笑み返してくれなかった事は、気にしていない。 顔を正面へと向け、視線を落とした。 「辛くなったら、全部俺に言って良いから。その気持ち、全部受け止めるから」 「私、辛いの我慢出来る程、強くないよ。もう弱音吐いてるし……」 「そっか……」 やはり、ミユはカノンとは違う。自分の気持ちに正直でいてくれて良かった。 それは良いのだが、この状況で話題が見付からない。時計が時を刻む音だけが部屋に響いている。頭がぼんやりとする。 先に口を開いたのはミユだった。 「色々ありがとう。でも、ごめんね。一人で考えたい事があるから」 恐らく、これは方便だ。俺を追い出したいのだろう。 今、此処で素直に部屋を出て良いものだろうか。いや、カノンのリングだけは渡してしまおう。この状況だから、余計に。 「……分かった。でも、これだけは言わせて欲しい」 「えっ?」 一瞬だけミユに背を向け、ネックレスからリングを取り外し、右手に握る。 ミユの正面に回り込むと、片膝を床について彼女の右手を取った。その小さな掌にカノンのリングを乗せ、ぎゅっと握らせた。 「これ、ミユが持ってて。今の俺には必要ないから。もう俺に返さないでね」 少し遠回しな言い方だが、これくらいが丁度良いだろう。あまりに直接的だと、更にミユを困らせてしまう。 もう、カノンみたいな目には遭わせないから。そう心に誓う。 これ以上、此処に居る必要はない。踵を返し、スタスタと進み、ドアを開閉させた。胸元では、飾り気のなくなったシルバーのチェーンだけが寂しそうに揺れている。 俺が為すべき事は何だろう。どうすれば、ミユを危険から遠ざけられるのだろう。疑問ばかりが俺の頭を占拠する。 自室へ辿り着いても思考は纏まらず、椅子に座って頭を抱えていた。
追憶の名残〜green side story〜 第27章 戦いの果てにⅠ
爆発音が鳴り響く中、クラウに背を向けて地面を蹴る。私の意志ではない。カノンがやっているのだ。 「カノン、戻って!」 “駄目。ミユを殺らせに行くようなものだもん” 「お願いだから!」 “駄目” ルイスの魔法を私が光に変えられるのなら、この状況を変えられるのも私だけである筈なのだ。それなのに、カノンは考えを曲げる素振りを見せない。 このままではクラウが殺されてしまうかもしれない。恐怖が私を飲み込んでいく。 “あの二人は何処?” カノンの声に反応するように、首が左右を見回す。すると、左方向に二つの人影を見付けたのだ。 “カノン、こっち!” “オレらは此処に居る!” この声はヴィクトとアイリスだ。あの二人も前世を宿していたなんて。と、呑気にそんな事を考えている場合ではない。 足は勝手にアレクとフレアを目掛けて突進を開始した。そちらに行きたいのではないのに。どうして。溢れ出す涙を止められなかった。 二人の元には直ぐに到着し、座り込む二人へと滑り込んだ。アレクは数十メートル離れたクラウとルイスが居る方へと険しい顔を向ける。フレアは私の頭を撫でてくれたけれど、心地良さなんて感じられなかった。 「あの馬鹿、先走りやがった……!」 アレクは歯を噛み締め、苦悶の表情を浮かべる。 いつの間に持ってきたのか、クラウはシルバーのロングソードを携えていた。そして、ルイスの手にも漆黒のロングソードが見える。 これでは、いつ決着がついても可笑しくはない。 フレアは焦りを露にし、アレクを見遣る。 「どうしよう。状況を変えないと」 「動けるのはミユしか居ねぇ。けど、ミユをあっちに向かわせるのはリスクが高すぎる」 アレクはしばし考えた後、私を真っ直ぐに見た。 「ミユ、魔法でアイツの援護を頼めるか?」 「それは出来るよ。でも」 もし、ルイスが反撃に転じた場合は、此方の対処が出来ない。 「皆をまた危険な目に遭わせるかもしれない」 「フレア、まだ魔法は使えるか?」 「うん、少しなら」 「防御はフレアに頼めば大丈夫だ。だから、頼む」 そういう事なら、私も力になれる筈だ。大きく頷き、先に居るルイスを見詰める。 クラウとルイスは剣を取り出したとは言っても、まだ刃は交えていない。氷の球と闇の球で攻防を繰り広げている状態だ。ルイスに岩の柱を当てさえすれば、クラウは有利になるだろう。 魔法の特訓で氷柱を追いかけた、あの時間を思い出す。ルイスが攻撃する隙を狙えば――いける。 やり合う二人を観察し、狙いを定める。クラウが氷の球を放ち、ルイスが避けたその瞬間を狙って、岩の柱を出現させた。 何が起きたのか分からなかったのだろう。ルイスは避け損ね、右足を掠った。その傷口から、小さな光の球が無数に溢れ出す。 その瞬間、ルイスの姿が消えた。 「えっ?」 しまった、ルイスは瞬間移動を使えるのだ。思い出すや否や、その姿は私たちの目の前に現れる。 「邪魔をするな」 狂った笑顔のまま言い放つと、私に向けて掌を翳す。 駄目だ、殺されるかもしれない。呪いを受けた時にも似た絶望感が沸き起こる。 「ミユ!」 クラウの声が遠くで聞こえる。 アレクとフレアが庇ってくれるのよりも早く、私の上半身に靄のような紐が幾重にも巻き付いた。不快感と閉塞感を覚える。 「何、これ!」 足掻いても、魔法を使おうとしても解ける事は無い。それどころか、体力を失う一方だった。頭がくらくらとする。漆黒の瞳を覗いても、その表情は変わらない。 「魔法を使おうとすればする程、体力を削るぞ。君は黙って見ていろ」 舐めるように私たちを見下ろすと、ルイスは戦場へと舞い戻る。 私たちの作戦は、逆に相手を刺激しただけで終わってしまった。ルイスは標的を変える事は無いだろう。 駄目だ、このままではクラウが危ない。どうしよう。焦りばかりが先に出てしまい、どうにか靄を外そうと腕を動かしてみる。それなのに、靄は緩む気配すら無い。 「ミユの魔法は、闇を光に変えるんだよね? それなら、あたし、ミユの魔法の欠片を拾ってくる」 「オマエ、足を怪我してるだろ」 「でも、誰かがやらなくちゃ」 「オレが拾ってくる」 返事を待たず、アレクはふらふらと飛び出した。あの怪我だ。貧血を起こしていても可笑しくはない。 「アレク!」 堪らずにフレアが叫ぶと、あの声が聞こえた。 “フレア、大丈夫だよ。ヴィクトが付いてるから” 「でも……!」 “あたしが間違いを言った事があった?” アイリスの穏やかな声に、フレアは首を横に振る。 その時、戸惑いの感情が小さく湧いた。 “アイリス” カノンが声を上げたのだ。 アレクは私が魔法を放ったであろう場所に着くと、しゃがみ込む。 “何?” “今までの事、ごめんね” “もう良いよ。疑いは晴れたんだから” 百年越しに和解が出来たとしても、私にはそれを気にしてあげられる余裕は無い。アレクは無事に戻ってこられるだろうか。そして、クラウの命は無事であるだろうか。クラウとアレクを交互に見て、その身を案じる。 アレクは拳大の岩の欠片を数個抱えると、此方へと戻ってきた。息を切らし、力なく岩を大地へと落とす。 「これで足りるか?」 「やってみる」 ゼイゼイと呼吸を繰り返すアレクに、フレアは頷いてみせる。すぐさま彼女は岩を一つ手に取り、私の身体へと向けた。 「ミユ、痛かったりしたら言ってね」 「うん」 フレアは岩を靄へと擦り付ける。その部分から淡い光が漏れ、浮遊していく。どうか、上手く行って。祈りながら、クラウとルイスを見遣った。
追憶の名残〜blue side story〜 第9章 連鎖するモノⅠ
結局、きちんと眠れたのかは分からない。夢は見なかった。重たい瞼を開け、時計に目を遣ってみれば時刻は七時過ぎだ。ミユは目覚めただろうか。複雑な心境に、唇を噛み締める。 胸元に手を伸ばし、おもむろに首に掛かるチェーンを取り出した。いつものように、先端ではカノンのリングが揺れている。カーテンの閉め切られた薄暗い部屋でも、僅かな光を反射させて輝いている。 今日こそはミユも俺の事を受け入れてくれるだろうか。きちんと話が出来るだろうか。取り留めの無い思いが次から次へと浮かび上がっては消えていく。 そうしている間に、リングを持ち上げている腕がだるくなってしまった。リングごと腕を胸の上に乗せ、溜め息を吐いた。 今日、機会があればミユにこのリングを渡そう。俺が本当に必要としているのはカノンと歩んだ過去ではなく、ミユと紡いでいく未来なのだから。 なんて格好の良い事を考え付いてみるが、実際、リングを持たせる事でミユを繋ぎ止めておきたいだけなのかもしれない。もう二度と俺の元から離れてしまわないように。失ってしまわないように。 ミユの気持ちを知りもしないのに、自分勝手だな、などと軽く悪態を吐いて嘲てみる。 部屋の中へ光を取り入れるため、朝だと言うのに重たい身体をベッドから引きずり出した。 カーテンを一気に開けて、全身で朝日を浴びる。 窓に映っているのは真っ白で柔らかそうな雲と抜けるような青空、風で波打つ草原だ。こんなにも清々しい景色なのに、何故、俺の心は晴れ晴れとしないのだろう。 小さな溜め息を吐き、視線を下に落とした。 いつまでもこんな事をしてはいられない。ミユの様子を見に行かなくては。 踵を返し、クローゼットへと向かう。適当に白色の服を選んで、着替えに取り掛かった。 「クラウ様、起きてらっしゃいますか?」 ドアの向こう側から聞こえたのは、カイルの声だ。急いで服に袖を通し、ドアを開ける。 カイルは一礼をし、畏まった様子を見せた。 「どうしたの?」 「アレク様に帰るように言われたので、ご挨拶だけでも、と」 「そっか」 ミユが魔法を使えるようになった今、厳重な護衛は必要ないだろう。いつまでもサファイアを留守に出来る訳でもない。 「カイル、ありがとう」 「いえ、とんでもありません」 カイルは首を横に振る。 「それでは、次にお会いする時まで」 「うん」 カイルはにこっと微笑むと、青色の中型犬の姿へと変わった。垂れた耳に円らな瞳、愛らしい姿も見慣れたものだ。 微笑み返し、光の中へと身を置くカイルに軽く手を振った。 俺も今、出来る事をしなくては。そのままえんじ色に伸びる廊下を歩き、ミユの部屋へと向かう。目的の場所には、既にアレクとフレアの姿が見えている。 二人は此方に気付くと、手を振って迎えてくれた。それなのに表情は晴れ晴れとしていない。 「おはよう」 三人の声が重なった。駆け寄りながら、ミユの部屋のドアを見遣る。 「眠れたか?」 「全然」 「だろーな」 当然の事のように答えたせいか、アレクに苦笑いをされてしまった。 「魔法の特訓で倒れんじゃねーぞ。その時は置いてく――」 「嫌あぁっ!」 アレクの声を遮り、部屋の中からミユの金切り声が聞こえたのだ。 「ミユ!?」 何があったのだろう。思うよりも早く身体が動いていた。ドアを力のままに押し開け、部屋の中へと押し入った。 ミユは窓の傍で蹲っていた。テーブルクロスを胸元で掴み、怯えた緑色へと変化した目を此方に向ける。その周辺にはガラスの破片が散乱していた。ガラス片の一つ一つが太陽の光を乱反射させ、不気味に輝いている。 「ミユ! 何があった!?」 アレクの問いにも答えようとはしない。 「ミユ?」 嫌な間が開く。お願いだから、何か答えてくれ。無事なら無事だと、それだけ答えてくれれば良い。 ミユは力なく首を横に振る。 「鏡、割っただけか? あんま驚かせんなよ」 鏡を割っただけで、あんな悲鳴を上げるだろうか。アレクの安堵に疑問が湧く。 ヒントはミユの手元にあった。テーブルクロスを握り締める手が、傍から見ても分かる程に震えているのだ。何か隠したいのではないのだろうか。 胸元――浮かび上がった嫌な疑惑に、はっと息を呑む。そんな事があってはならない。ある筈がない。疑念を確認するために、ミユの元へと一歩一歩近付く。 「ミユ、その手を下ろしてみて?」 疑念がただの思い過ごしであるのなら、手を下ろすくらい出来る筈だ。 それなのに、ミユは首を横に振り、視線までもを落とす。 「頼むから。じゃないと……」 乱暴な真似はしたくない。 答える気配を見せず、ミユは瞼を固く閉じた。 仕方ない。 「ごめん」 「えっ?」 こうなったら、力づくで確かめるしかない。頼むから、ただの思い過ごしであってくれ。 ミユの両手を掴み、無理やりに引き剥がしにかかる。 「やめて!」 ミユの力は弱く、叫んだ時には胸元を隠すものは取り除かれていた。テーブルクロスはたわんで彼女の膝の上に落ちる。 そんなものはどうでも良い。 恐れていた事が現実になってしまったのだから。 「嘘……だ……」 目を背けたいのに、ミユの胸元から目が離せなくなってしまった。もう、立っている事すら難しい。膝ががくりと折れ、床に打ち付けた。 「クラウ? ミユ?」 状況を理解していないのか、フレアは小声で問い掛ける。アレクとフレアの足音も聞こえる。それもパタリと止まった。 「嫌ぁっ!」 「……フレア!」 『それ』に気付いたのだろう。慌ただしく此処を離れていく二人の叫びを、なんとなく聞いていた。 ミユの胸元に現れていたのは、カノンの命を奪い去っていったモノ、長い嘆きの始まりとなったモノ、円をいくつも組み合わせたような赤黒い痣──忌々しい呪いの印だった。 こうなると分かっていたなら、過去を見せる事なんてしなかったのに。何故、運命はこんなにも残酷で惨いのだろう。何故、再び苦しまなくてはいけないのだろう。ようやく彼女と再会出来たのに。ささやかな幸せも、あっさりと俺の手の中から零れ落ちていく。 「うわぁぁ~っ!」 酷く泣き出してしまったミユの身体を抱き寄せる。今の俺はこれくらいしか出来なかった。 「怖い……! 私も、殺されちゃうのかな……。やだぁっ……」 「あんな目には遭わせないから! 絶対……!」 カノンと同じ目に遭わせてなるものか。死なせて堪るものか。遂に俺の目からも、つうっと涙が零れる。 胸が焼けるように熱く、痛い。どうする事も出来ずにミユの頭に手を回し、更にきつく抱き寄せた。 「もう、失うのは……嫌なんだ……」 ミユの方が辛い筈なのに、そんな言葉まで漏れてしまう。 自分勝手かもしれないが、それが俺の本心だった。
追憶の名残〜green side story〜 第26章 貴方に逢うためⅡ
その目も、徐々に吊り上げられていく。 「ミユ、なんで教えてくれなかったのさ」 「だって、言う必要は無いって思ったし、クラウだって教えてくれなかったし」 「それは……そうだけどさ」 一方的に責められても困ってしまう。しゅんとしていると、クラウの勢いも衰えていく。 まさか、私以外にも自分の中に前世が住み着いている人が居るなんて、思ってもいなかった。それに、他の人にもカノンの声が聞こえるなんて想像もしなかったのだ。 だから、誰にも教えなかったし、聞かなかった。 此処で、ふと閃いたのだ。こうして考えてみると、誰かが近くに居る時にはカノンは話し掛けてこなかった。それどころか、二人で話している時に誰かが近付いて来ると、カノンは途中で会話を止めてしまっていた。きっと、自分の声が皆にも聞こえるという事に気付いていたのだろう。 それならそうと、早く言ってくれれば良いのに。 顔には出さないように、心の中でカノンに悪態を吐いてみる。 そこへ殺気が近付いてきた。 「しぶとい奴だ! また殺られに来たのか!?」 たちまちに氷の壁が立ち上り、漆黒の球を防いだ。氷の破片がパラパラと私たちに降り注ぐ。 「邪魔をするな!」 クラウは怒鳴り、ルイスを制する。 それに臆する事なく、カノンも声を上げる。 “殺されに来た筈が無いでしょ!? 私、身体無いから殺られないもん!” 怯む事も無く言い返す。 言っている事は尤もなのだけれど、何だか間抜けだ。 カノンは更に話を続ける。 “それに、実結も殺させないもん! 私、頑張って地球に行ったんだから!” カノンが興奮するにつれて胸が熱く、苦しくなっていく。涙まで溢れてくる。 カノンの気持ちが私に移ってしまったのだろうか。 “世界を、時を超えてでも、早くリエルに逢って謝りたかったの! くだらないなんて言わせないんだから!” 私が泣いているせいか、カノンも涙声になっている。それに、カノンが怒りに任せて声を荒げるせいか、私の体温は上昇する。 “千年も生まれ変われないなんて……知らなかったけど……” たった百年で生まれ変わって来られたのは、カノンのお陰だったのだ。私が地球に生まれたのも、カノンが望んだ結果だったのだ。そう知ると、全ての事柄が腑に落ちる。 クラウは一気に私の身体を抱き寄せた。間近には氷の障壁が出来ている。 「ミユ」 “カノン” 腕に数滴の涙が落ちる。これは私の涙ではない。 “カノンが謝る事は無いよ。謝らなきゃいけないのは、俺の方だから……” ほんの少し、私を抱く手に力が加わる。 「ごめん」 “ごめん” クラウやリエルも涙声になっている。 私たちよりも二人の方がずっと辛い思いをしてきた筈なのに。百年間も私を探して、寿命まで縮めて、それなのに。何故、その二人が謝らなくてはいけないのだろう。こんなのは間違っている。 思い切り首を振った。 “何で謝るの!? 酷い事をしたのは私なのに……!” カノンの言葉に同意し、何度かコクコクと頷いてみせる。 「ごめんね」 “ごめんね” そして、待っていてくれてありがとう。思いを込め、私もクラウを抱く手に力を入れた。 轟音が鳴り、氷の障壁が崩れ去る。その向こうには、苛立ちを隠せない様子のルイスが立っていた。 「くだらないものをくだらないと言って何が悪い! 早く消え去れ!」 「話はまだ終わってない!」 クラウが叫ぶと、再びドーム状の氷の壁が現れた。私たちとルイスを隔てる。 間を置き、クラウは小さく息を吸った。 「リエル。手伝って」 囁く声がいつもよりも低い。 “やるの?” 「うん」 “……そっか” なんの話をしているのか全く分からない。身体を離し、小首を傾げてみせる。 クラウは優しく微笑むばかりだ。 「ミユ、神様に何か貰わなかった?」 「羽根の事? それなら、さっきルイスに……」 思い出すだけで涙が出そうになる。 しかし、クラウは首を横に振る。 「違うよ。なんて言ったら伝わるかな。……そうだ、ビー玉みたいな石」 「えっ?」 何故、クラウがその石の存在を知っていたのだろう。神に言われたから、その石は常に胸のポケットに入れて持ち歩いていた。 訝りながらも石を取り出そうと試みる。すると、ポケットの中で、その石が淡い緑色の光を放っていたのだ。 「ひゃっ」 思わず小さな声が漏れる。 何が起きているか分からず、震える手で石を弄り出した。そのまま掌の上に転がすと、クラウはそれを食い入るように見詰める。 少しの間、時間が止まったように感じられた。 「ミユ」 私の名前を囁くクラウの声はこれまでに無い程優しく、甘い。突然の事に対応出来ず、顔は熱くなり、声が出せなかった。 「愛してる」 なんとクラウの顔が一気に近付き、強引にキスをされてしまった。ほんの数秒の間だったけれど、私の思考力を消し去るのには十分だ。 私が固まっている間に、クラウは緩んでしまった手の中から緑色の玉を奪い取る。 次の瞬間には鼓膜が破れそうな程の爆音が鳴り、ルイスとの壁は消し去られてしまった。強風が吹き止むまで、目を瞑って耐え忍んだ。 眼前には花畑ではなく、荒れ果てた大地が広がるばかりだ。魔法の凄まじさを物語っている。 クラウはゆらりと立ち上がると、ルイスを睨み付けた。ルイスにも劣らない殺気を放っている。 「お前は俺が殺す。ミユは殺させない」 「勝手に息巻けば良い。私を殺せばミユは死ぬぞ?」 「まだ決まった訳じゃない」 「何を根拠に」 ルイスは鼻で笑い、軽くあしらう。 「ミユ、下がってて。あいつの相手は俺がする」 「えっ? でも――」 「良いから」 嫌だ、離れたくない。何か胸騒ぎがする。縋り付きたいのに、身体が言う事を聞いてくれない。 “実結、行こう” カノンが囁くと身体が勝手に動き出す。足が地に着き、身体が持ち上がり、クラウを置いて後退を始めた。 「やだ。やだ……!」 クラウの背中はどんどん遠ざかっていく。手を伸ばしてみても、もう届かない。 二人の絶叫を合図に、戦闘は開始されてしまった。
追憶の名残〜blue side story〜 第8章 過去へ繋がる森Ⅴ
必要以上に考えてしまっているのは分かっている。その思考を止められないのだ。「うーん」と唸り声を上げ、思考を別の方向へと持っていこうとするがその方向性が分からない。口を尖らせてみても同じだ。 フレアだって恐怖を抱えている筈なのに、気丈に笑う。 「取り合えず、座ろ! クッションも無い、冷たい床だけど」 拒否する理由も無いので、頷き、そのままアレクの隣に腰を下ろした。良い会話が思い浮かばない。会話よりもミユを気にしてしまう。今頃、塔の主に会っているのだろうか。影を倒す最終手段である羽根を与えられているのだろうか。過去を見去られているのだろうか。 無事に魔法を得る事は出来るだろうか。無事に戻ってきてくれるだろうか。心配は尽きない。 「フレア、大丈夫だ。百年前みたいな事にはならねぇよ」 「うん」 頷くフレアの頭をアレクがクシャクシャと撫で回す。フレアは嫌がる素振りを見せず、ただ撫でられている。 考え過ぎなのはフレアも同じではないか。思わず溜め息が漏れてしまう。 それを合図に、アレクの狙いは俺に変わったようだ。頭を撫で回される感触が心地悪い。 「何するのさ」 「オマエら、良い加減、前を向け。呪いなんか無い未来を見ろ」 アレクの腕を掴み、頭を捻る。呪いの無い未来――。 ミユとフレアが仲直りを果たし、昼下がりには四人で紅茶でも嗜んで会話に花を咲かせる。影の脅威も退け、笑い合う。そんな未来が来るのだとしたら。泣きそうな程に、平和な時間だろう。 いや、先行し過ぎただろうか。先ずは、その影の脅威を退けるのが先だ。 どちらにせよ、影が未来にちらついたままでは駄目だ。必ず、今度こそ誰も欠ける事は無く、幸せな未来をもぎ取ってみせる。 アレクから手を放し、自分の柔らかな金の髪を整えた。 「ミユが魔法を使えるようになったら、魔法の特訓だな。もし、羽根が使えなくなっちまったら、影に対抗出来る手段が無くなっちまうからな」 「うん」 攻撃の為だけに魔法を使う事は、羽根の攻撃を除いては俺たちですら経験が無い。何か攻撃魔法を編み出す方法が見付かれば幸いだ。 アレクに頷いてみせると、意地悪そうな笑みが返ってきた。 そういえば。ふと、今日の出来事が蘇る。悔いが残る結果に気が付いた。 「俺、今日ミユと話してない」 「あ?」 「一言も、話し掛けられてない」 最悪だ。今日こそは挨拶以外にも話をしよう。そう意気込んでいたのに。 大きな溜め息を吐き、肩を落とす。 「それくらい何だ? オレなんか、フレアの覚醒前は……は?」 アレクの目線が魔方陣の方へと行く。まだ、ミユが此処から離れてから、それ程経ってはいない。それなのに。 この強い緑色の光は、ミユが帰ってきた証だ。 その名を呼ぶよりも早く、足が動いていた。光の消えた魔方陣に辿り着くと、中央にはやはりミユの姿があった。その目尻には涙が溜まっている。 「ミユ、ごめん」 辛い思いをさせているのは俺のせいだ。 冷たい床に寝かせておくのは忍びなく、その身体を抱き寄せた。温かな体温が俺の心を浮き足立たせる。 「帰ろっか」 見えている筈も無いのに、ミユに微笑みかけてみせた。 「クラウ、帰り道は出来てるぞ!」 「ありがとう」 端的に会話を終わらせ、早々に地の塔から退場した。 * * * 後はミユの目覚めを待つだけだ。もう、俺たちに出来る事は何もない。カイルとアリアに見張りを任せ、眠れもしないのにベッドへと寝ころんだ。 全てを思い出したミユは、何を思うのだろう。呪いを解けなかった俺たちを恨むのか、はたまた自分の過去を憂うのか。 瞼を閉じ、自分の時はどうだったのかと思い出す。 俺は絶望した。こんなにも自分に力が無いのかと。運命を変える事は叶わないのかと。 もうカノンには逢えないとも覚悟した。 俺は幸せ者だ。諦めていた想い人にも巡り合えた。となれば、彼女を守り切るのみだ。 「リエル。ミユは……大丈夫だよね?」 “うん。あの子はまだ影とは接触してない。あの子が一人きりにならないように見張っていれば、勝機はある” リエルの主張には難がある。まるでミユにストーカーでもするかのような言い草だ。そんな事をすれば好意は裏返され、敵対相手となってしまう。 「嫌われるような事はしたくないけど……」 “なにも、一人でやれなんて言ってないよ。三人で協力すれば良い” 「フレアを頼れると思う?」 “それは……” リエルは言葉を濁し、喋らなくなってしまった。 カノンはアイリスに殺されたと勘違いをしている。それはミユも変わらないのだろう。ミユがフレアを頼るなど、ましてや信用するなど短時間では実現不可能だ。それどころか、今生で仲直りできるかも怪しい。 兎に角、アレクと協力して、また影がミユに呪いをかけようとするのなら阻むだけだ。いや、呪いをかける前に此方から仕掛け、倒してやる。カノンの復讐心ですらも沸き起こってくる。 駄目だ、このままでは徹夜してしまう。瞼を閉じたままで、思考を追い払い、闇の中へと身を置いてみる。 眠気も無いので、直ぐに眠れる訳がなかった。眠っているのか眠っていないのか分からない微睡みの中で、何度もミユの笑顔を思い浮かべた。
お花見
私はミモザの花を見た事が無い。ソメイヨシノの花も同様に見た事が無い。この北の地では、寒さに耐え切れず、枯れてしまうのだ。 此処では、春の訪れはエゾヤマザクラという桜が知らせてくれる。 五月のゴールデンウィークの終わりに咲き始めていた桜が、最近では四月の末に咲き始める。暖かくなるのが早くなったものだ。 「長閑だねぇ」 陽の当たる、窓際のソファーに座り、シワシワになった手で三毛猫を撫でる。此処から桜を眺めるのは何度目だろう。 「たまも桜が咲いて嬉しいかい?」 膝の上で寛ぐたまは、大きな欠伸をした。きっと、嬉し過ぎて眠くなってしまったのだろう。 ふふっと笑い、桜を見上げる。 あと何回、桜を眺める事が出来るのだろう。腰が曲がった今となっては、季節の流れが凄まじく早く感じる。 仏壇を見遣ると、夫が此方に笑っていた。小さな遺影だ。 「私が居なくなったら、たまが困るかね」 私には子供が居ない。頼る者も死んでしまった。 孤独な身ではあるが、寂しさは感じない。 たまも居る。それに、夫が植えてくれた、エゾヤマザクラの木があるからだ。 「来年は、空の上から桜を眺めたいものだねぇ」 とはいえ、疲れてしまった。身体も痛むし、長生きなんてするものではない。 溜め息を吐くと、たまが一声鳴いた。 「怒ってるのかい?」 聞くと、たまは膝の上から飛び降りる。 「大丈夫だよ。人間はしぶといからねぇ」 春の日差しを受け、微睡みが訪れる。 目を閉じる前に、エゾヤマザクラの隣で夫が笑っているのを見た気がした。
追憶の名残〜green side story〜 第26章 貴方に逢うためⅠ
ルイスは憎しみを籠めた瞳を私に向ける。 その真意が分からない。千年とはどういう意味だろう。 まさか、新たな呪いを私に加えようとしているのだろうか。そんなのは嫌だ。 恐怖に苛まれていると、ルイスは右腕を振るった。と同時に、クラウの身体が離れ、目の前に氷の壁が出来上がる。何発かの鋭い音が聞こえたかと思うと、氷は粉々に砕け散った。欠片一つ一つにルイスの狂気に満ちた顔が映る。 「油断しちゃ駄目だよ」 クラウの強い眼差しに頷き、再び戦闘態勢へと入る。 「フレアは?」 「足を怪我して、動けなくなった。命には関わらないから大丈夫」 取り合えず、安心して良いのだろうか。 胸を撫で下ろしていると、ルイスの視線が私から外れた。新たな獲物を見付けたように、目が光る。 「ミユの前に、クラウ、君の動きを封じておこう。君は確実に私の枷となるだろうからな」 ルイスは身体をぬらりと揺らがせると、姿を消す。そして、クラウの眼前に移動した。クラウにだけ聞こえるように何かを呟くと、すぐさま間合いを取る。 青色の瞳は怒りと憎しみを宿し、ルイスを睨み付けた。 「俺の事は何とでも言って良い! でも、流石に今のは許せない!」 「間違った事を言ったつもりはないが」 「お前に人の心は無いのか!?」 「そんなものは、とっくの昔に捨てた」 ルイスは吐き捨て、冷めた瞳をクラウに向ける。 「……いや、ある事にはあるな。負の感情だけだが。君たちには分からないだろう。その負の感情が、どれほど根深いのかを」 「そんなもの、知って堪るか!」 「まあ良い。地の魔導師が千年の眠りに就くのならな」 又だ。また、千年という言葉が出てきた。自然と口から言葉が漏れ出す。 「千年ってどういう意味? 私には、訳が――」 「君たちは、影の最期の言葉を覚えていないのか?」 言われ、記憶の中を穿り返してみる。ところが、戦闘中という異常事態が私の脳を鈍らせる。駄目だ、思い出せない。 首を振り、唇を噛む。 「良いだろう。一度だけ、だ。『その呪いは千年続く。そして、永遠に回り続ける』」 頭にはてなが浮かぶ。その言葉は意味を成していない。 「呪いが千年続く? 永遠に回る? 矛盾してない?」 「いや、影の言い回しが悪いだけだ。正確には……」 ルイスは息を吸い込むと、悪魔のような笑みを浮かべた。 「その呪いは、千年間、転生する事を許さない。そして、それが永遠に回り続ける」 ルイスから殺気が放たれる。それは矢に変わり、私たちに襲い来る。 岩の壁を出したお陰で、矢との接触は避けられた。しかし、敵の攻撃力は増しているようだ。岩は光を放ちながら、脆くも崩れ去る。 衝撃とともに、再び浮かんだはてなに小首を傾げた。 「でも、私は百年で転生出来たよ? どうして――」 「千年だろう!」 今度は漆黒の球体が此方目掛けて飛んでくる。対応が間に合わない。 クラウが水球でガードしようと試みる。力は互角だったようで、触れた瞬間に双方が破裂し、身体が爆風に吹き飛ばされてしまった。 背中から地面に激突し、痛みに唸り声を上げる。 「ミユ!」 顔を顰めながら、なんとか立ち上がらなければと腕に力を入れる。それなのに、左腕が痛んで地面に足を付けるには時間が掛かってしまった。その間も、氷の激しく砕ける音が何回か聞こえた。 「君の魂が、時間が十倍の速さで進む異世界に転生したのだ! 異世界で千年を過ごし、此処に戻ってくるとは! 笑わせてくれる!」 もう一回、漆黒の球が放たれ、守りに入った氷が打ち砕かれる。 そうだ、すっかり忘れていた。だから、日本には帰れないと宣告されたのに。 地球とこの世界では、時間の流れそのものが違うのだ。 「君が余計な事をしてくれたお陰で、僕の計画は狂ってしまった! さっさと消えろ!」 「お前の相手は俺だ!」 標的を私に変えていたルイスに、クラウは声を荒げる。冷静さを失った狂気の目はクラウを捉え、細められる。 「オマエのくだらねぇ計画のせーで、コイツらがどんな想いしたと思ってんだ!?」 「そうだよ! 許せない!」 いてもたっても居られなくなったのだろう。遠くからアレクとフレアの声が聞こえた。下手に口出しをしては、ルイスに攻撃されかねないというのに。 「駄目だよ! 話に入って来ちゃ駄目!」 魔法が使えないのでは、ルイスの攻撃を真面に受けてしまう。標的が変わらないように祈りながら、アレクとフレアを垣間見る。 ルイスも二人を蔑んだ瞳でちらりと見ると、つまらなさそうに口を開いた。 「そんな想いの方がくだらない。意味が無い。死にたくなければ、そこで黙って行く末を見ていろ」 これには私の感情も揺り動かされた。私たちの想いがくだらないなんて。意味が無いなんて。愛情を知らない人には言われたくない。 胸が熱くなる。 ”ふざけるな~っ! ……あっ” 予想外の声に、私も唖然としてしまった。 カノンは何故か気まずそうな声を上げ、それ以上、話そうとはしない。 間を置かず、考えもしていなかった人物が口を開く。 ”カノン!?” ”えっ!? リエル!” カノンと同じように、姿は全く見えない。でも、声はリエルだ。 驚いてクラウの顔を見てみると、クラウも目を丸くして私を見詰め返すばかりだった。
追憶の名残〜blue side story〜 第8章 過去へ繋がる森Ⅳ
気持ちの決着がつき、俺の目的も定まった。同じ轍は踏まない。必ず、ミユに忍び寄る魔の手を退けてみせる。 地の塔へと向かう三日後は、直ぐにやってきた。ミユに会いたい気持ちと、どう思われているのか分からない不安な気持ちがせめぎ合い、なかなか彼女と真面に会話する事が出来なかった。食事を運んだとしても、挨拶だけだ。 今日は違う。そう意気込んでミユの部屋の前へと来たのに。いざ部屋の前まで来てみると、どうしても意識してしまう。 「クラウ様、おはようございます」 「おはよう」 カイルとアリアに何となく挨拶を返し、周りを見渡してみる。朝日が降り注ぐ廊下には、まだアレクとフレアの姿は無い。居なくて良かった。紅潮しているであろう頬を冷ますようにして、両手を当ててみる。 こんな状態で大丈夫だろうか。 いや、大丈夫である事を信じよう。 アレクとフレアも間もなく揃って姿を現した。二人の表情に笑みは無い。ミユが地の塔を巡れば、百年前に起きた事を全て思い出すからだ。 フレアは拒絶されるだろう。俺だって、どう思われるか分からない。好意なのか、羞恥なのか。前者であれば、俺が求め続けてきたものが返ってくる事になる。後者であれば、フレアとともに拒絶されるだろう。 緊張のあまり、考えるだけで溜め息を吐きたくなってくる。 「よ」 「おはよう」 アレクとフレアはこの時だけの微笑みを見せた。 「おはよう」 対して、俺は上手く笑えてはいないだろう。近付いてくる彼らはミユの部屋のドアを見遣る。 「ミユは起きてんのか?」 「分からない」 男の俺がミユの部屋の中を見てしまうのは気が引けてしまう。着替えの最中であったなら以ての外だ。 首を横に振ると、フレアは深呼吸をし、ドアの前へと立った。小さな拳を作り、軽くノックをする。 「ミユ、入るよ」 フレアの横顔はドアの影へと入る。 「準備出来てるみたいだね」 フレアの登場を待って良かった。ほっと胸を撫で下ろし、アレクと一緒におずおずと部屋の中を覗いてみる。 ミユは白い衣服に着替え、テーブルの前で口をもごもごと動かしている。何か食べたのだろう。 フレアはミユに手招きをする。 「ミユ、こっち来て」 「うん」 ドアを閉め、部屋の入口に四人で移動した。ミユに微笑んでみせたものの、見てもらえたかは定かではない。 フレアは続けて説明に入る。 「今日はミユが自分で魔方陣を描かなきゃいけないから」 「どうやって?」 「こう、手を伸ばしてみて」 フレアはミユの隣に移り、前方へと手を伸ばす。すると、ミユもその真似をした。 「うん、そのままね。目を瞑って、地の塔に行きたいって頭の中で唱えてみて」 ミユは素直に瞼を閉じる。数秒後、彼女の傍には杖が現れた。 「目を開けて」 フレアが再び声を掛けると、ミユも素直に応じる。ミユは一瞬、驚いた表情を見せたが、その杖に手を触れた。無言で杖が魔方陣を描いていく様を見届ける。 これで本当に良かったのだろうか。今更そんな事を言っても遅いのに。どうしても考えてしまう。 瞬く間に魔方陣は完成し、緑色の強い光を放った。 「あたしたち、先に行ってるね。決心がついたら付いて来て」 「うん」 アレクは軽く俺の肩を叩く。「行け」とでも言うように。そのまま従うのは癪に障るが、仕方が無い。 ミユよりも一歩早く、あの鬱蒼とした森を思い浮かべ、魔法を使った。 此処も何も変わっていない。くるぶし丈の生い茂る野草に、所々に木漏れ日の伸びる、一面が新緑色の木々――その中で、世界樹でもあるかのような程に太い幹を持つ木が地の塔だ。幹には大人一人がゆうに入る事の出来る大穴が開いており、そこが入口となっている。 アレクとフレアも直ぐに到着したようだ。 俺がくよくよしていては駄目なのに。こうなって欲しいと願ったのは自分自身なのに。 しっかりしろ、自分、と鼓舞し、奥歯を噛んだ。 「行こう?」 不意に後方からミユの声が聞こえ、振り返った。 ミユの微笑みが崩れない事を願うばかりだ。 「そーだな。行くか」 アレクが返事をすると、ミユは先頭を切って塔を目指す。もう彼女を止められる者は、この場には居ない。 考える事を放棄したように、なんとなくミユの後姿を眺めながら歩を進める。塔の入り口を潜ると、これまでの塔と同じような景色が目に映るばかりだった。床にはモザイク模様で魔方陣が描かれている。 休む間もなく、ミユは声を張る。 「行ってくるね」 決心が鈍らないようにする為なのか、振り向く事すらしない。 見えていない事は分かっている。それでも、頷かずにはいられなかった。 ミユが踏んだ一際強く光る魔方陣に向かって、「ごめん」と小さく呟いた。 その声がアレクとフレアには届いてしまったのだろう。 「謝る必要なんかねーんじゃねぇか? 同じ失敗を繰り返さなきゃ良いだけだからな」 魔方陣を見詰めたままで、アレクもまた呟く。 「それでも、呪いを解けてたら、あんな過去にはならなかった筈だから」 「ああだったら、こうだったら、なんて考えてたらキリが無いよ? 考えないよりは良いけど、考え過ぎも駄目」 フレアは腕を組み、瞼を閉じた。