七宮叶歌
297 件の小説七宮叶歌
恋愛ファンタジーな連載と、ファンタジー、時々現代なSSを載せています。エッセイも始めました。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 他サイトでは、小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYSで投稿しています。 NSS、NSSプチコン優勝者、合作企画関係の方のみフォローしています*ᵕᵕ お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 小説の著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でも良いのでコメント下さい。 2025.1.23 start Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako お題でショートストーリーを競い合う『NSSコンテスト』次回2026年1月1日開催予定です。 優勝者 第1回 ot 様 第2回 ot 様 NSSプチコンテスト 優勝者 第1回 黒鼠シラ 様
今後の投稿について
こんばんは、お久しぶりです。 ちょっと今後の投稿についてお話しておこうかなと思います。 正直に言いますと、Noveleeでのモチベがダダ下がり状態です。フォロワーさん以外の呟きが見れないだけで、こんなに閲覧していただけないものなのか、と困惑もしています。 なので、『追憶の名残〜blue side story〜』、『存在の定義』、『ある世界の記録書――リブリス短編集』の更新を一度ストップさせていただきます。アプリの状況次第では、更新再開も有り得ます。 また、他サイトでの兼ね合いもあるため、『優しすぎる王太子に妃は現れない』は削除という形を取らせていただきました。 読んでくださっている方には申し訳ないのですが、私の気力が持ちません。『追憶の名残〜blue side story〜』、『存在の定義』は他サイトで完結しているため、そちらで読んでいただけたら嬉しいです。『優しすぎる王太子に妃は現れない』も他サイトで更新中です。 主催している『NSSコンテスト』につきましては、これまで通り行う予定です。そして、他の方が主催の企画、合作には参加する予定です。よろしくお願い致します。 少し長くなりましたが、現状報告でした。ご一読くださり、ありがとうございました。
存在の定義 第9章 招待状Ⅲ
この世界の文字は、アルファベットを崩したローマ字のような文章だった。文字さえ覚えてしまえば、文の構成などはこちらのものだ。アレクに書いてもらったアルファベット表と睨めっこしながら、文章を綴ってみる。 「これ、読める?」 「ん? 貸して?」 苦心しながら書いたそれを、クラウに預けてみる。 「みんなを動物に例えると、クラウは犬。……俺、そんなに犬っぽい?」 「うん」 特に、人懐っこくて穏やかな所は犬にそっくりだ。 「うーん……」 クラウは唸り声を上げ、眉をひそめる。納得いかなかったのだろうか。 しかし、すぐに切り替えて紙を見る。 「ま、良いや。フレアはヒョウ」 「ヒョウ? カッコいい動物だね」 カッコいいというよりも、しなやかで美人なのだ。満足したように、フレアはふふっと笑う。 「アレクはライオン。……ライオン?」 「なんか文句あんのか?」 「なんで俺よりアレクの方がカッコいい動物なのさ」 クラウは何故か私ではなくアレクに膨れっ面を向ける。 「ミユ、分かってんな」 「ライオンって、狩りの成功率が低いの知ってる? そういう抜けてるところもアレクにそっくりなの~」 「はぁ? 前言撤回だ。ミユは分かってねぇ」 「え~?」 素直な感想を言っただけなのに。今度はアレクが膨れてしまった。それをフレアが笑い飛ばす。 「でも、よく頑張ったね。こんなに短時間で読み書き出来るようになるなんて」 「えへへ……」 これが凄いことなのかどうなのか、自分では分からない。カノンの記憶があったから、完全なる初心者という訳でもなかったのだ。ただ嬉しくて、自分の頭に手を当ててみる。 「よし。キリが良い所で、飯でも作ってくるかな。頑張った分、ご褒美も作ってやる」 「ホント? やった~!」 今日の昼食はケーキ付きだろうか。今から楽しみだ。 「一時間ぐらい待ってろ。んじゃ、行ってくる」 アレクが片手でヒラヒラと手を振るので、私も振り返してみる。ドアは静かに閉まり、空気が重くなったように感じた。 「……あたし、ヴィクトがそんな最期を迎えてたなんて、思いもしなかった」 「俺もだよ」 クラウとフレアは項垂れ、顔を歪める。 私だってそうだ。アレクやヴィクトの明るい部分しか見ようとはしなかった。仲間なのに、知ろうとすらしなった。 「……俺、アレクに最低なことを言った」 クラウはぎゅっと握り拳を作る。 「ミユの呪いを解いた『解呪の剣』をもらった時、アレクに言ったんだ。俺が早死にしても、アレクは見慣れてるだろうって。そんな筈ないのに、アレクの気持ちも知らないでさ……」 クラウの瞳から涙が零れ落ちる。 「どうしよう。俺、アレクになんてこと……」 私のために、こんなにもつらい重荷を背負っていたなんて。クラウの拳にそっと触れた時、フレアは優しく囁いた。 「後悔、してるんでしょ?」 赤い瞳はまっすぐにクラウを見詰め、儚げに微笑む。 「その時の二人の会話は、あたしは知らない。でも、後悔してるなら、それで良いと思うの」 「良いことなんて、なにもない」 「そうかなぁ。いつか、アレクにその気持ちが届くかもしれないでしょ?」 「『いつか』なんて、来るかも分からないのに」 フレアは小さく声を出して笑う。 「分からないなら、分からないままで良いよ」 フレアが言いたいことは私にも伝わる。ただ単に、クラウがアレクへの後悔の念を持つことに意味があるのだ。首を傾げるクラウに、今度は私が言葉を繋げる。 「私も一緒に背負うから。後悔も、感謝も、全部」 「そんなこと、させられないよ」 「私はさせて欲しい。だって、三人を苦しめたのは私なんだもん。こんなこと聞かない? 二人でいたら、喜びは二倍、苦しみや悲しみは半分って」 クラウはぐっと押し黙る。 「四人でいたら、喜びは四倍、つらいのは四分の一だよ? 凄いと思わない?」 「……うん。確かに凄い」 「でしょ? だから、そんなに泣かないの~!」 自分の目だって潤んでいるのに、それを隠すようにしてクラウに飛びついた。私は信じている。これからも四人の絆はずっと切れないと。 * * * 「やっぱり、しんみりしてやがった」 しばらく経って戻ってきたアレクの第一声はこれだった。 「だから、ヴィクトの最期の話はしたくなかったんだ。オレのせいでしんみりされんのが一番嫌だからな」 アレクは溜め息を吐くと、頭をポリポリと掻く。 「会議室に行くぞ。せっかく出来た料理が冷めちまう」 三人で苦笑いをしながら、アレクに続いて部屋を出る。振り返った時にちらりと見えたアレクの顔がいつものように意地悪く笑っていたので、心のどこかで安心していた。 会議室に入ると、バケット、ステーキと唐辛子のソース、ポテトサラダ、オレンジのケーキと、見事に四人の好物が揃っていた。これはワクワクしかない。美味しいに決まっている。つんとした唐辛子の香りと湯気にそそられながら、目を輝かせて揃って席に着いた。 「いただきます」 クラウと二人で手を合わせ、早速ステーキにありつく。唐辛子のソースをかけなくても、しっかりと塩と胡椒が効いている。顔を綻ばせながら、ふふっと笑ってしまった。 「ミユ、可愛い」 不意にクラウが優しく囁くので、喜びの声が漏れる。 「フレアは可愛いっていうより、キレイだな。所作が上品だ」 「そう? 嬉しい」 アレクの素直な反応に、フレアもまんざらではなさそうに目を細める。 この笑顔がずっと続きますように。たとえ、この後に鬼のダンスの特訓が待っていようとも、この瞬間を大事にしたい。そう思えた。
存在の定義 第9章 招待状Ⅱ
「凄いよ、ミユ! 初めて文字を書いたなんて、全然思えないよ!」 「私も驚きました」 「私もビックリしてるの。身体が覚えてるって言ったら良いのかな。勝手にペンが進んで……書けちゃった」 「えへへ……」と照れ笑いしてみる。 とは言え、読み書きが出来るようになったかと聞かれると、不安が残る。今後、手紙や招請などをいつ受け取るか分からない。 この機会だ、勉強をしておいた方が良い。せめて午前中の間だけでも、読み書きの練習は出来ないだろうか。 「フレア」 「何?」 「午前中はスティア語の読み書きの練習したいの! ダンスは午後からしっかり練習するから! お願い!」 顔の前で手を合わせて懇願してみる。フレアは「はぁ……」と溜め息を吐き、右手を頬に当てた。 「ミユは言い出したら聞かないから。しょうがないなぁ」 「やった〜!」 思わずガッツポーズをしてしまった。それがいけなかったのかもしれない。その場にいる全員に笑われてしまった。 「じゃあ、俺が例文を書くから、読んでみて?」 笑いながらもカイルから大量の紙束をもらい、クラウは何やら書き始めた。私以上にやる気満々だ。 「ロイ、オマエらはもう帰って良いぞ。後はオレらで何とかなるからな」 「分かりました」 今度こそ、使い魔はここでの役目を終えてお辞儀をし、会議室から出ていく。アリアは「頑張って下さい」とだけ言い残し、私の傍から離れた。四人だけになった部屋で、語学の特訓が始まる。 「はい。じゃあ、読んでみて?」 クラウから紙を渡され、そこに書いてある文字を穴が空くほど見詰めてみる。まるで童話が書かれているようだった。 「昔々、あるところに……二人の男女がいました。合ってる?」 「うん、大丈夫だよ」 クラウが優しく目を細めるので、続きも声に出して読んでいく。 「想い合っているのに、相手に届かない。そんな日々が過ぎていきました。やがて、脅威が現れます。そいつは女性に死の呪いをかけました。何も知らない男性は指輪に想いを託しましたが、次の日に女性は呪いのせいで死んでしまうのです」 これはカノンとリエルの過去だ。自分のことである筈なのに、実感があまりない。それほどまでに、今を必死に生きているのだろう。 この文章にはまだ続きがある。目を通すと、クラウがアレクに口止めをした筈であった内容が書かれていた。読んでしまって良いのだろうか。じっと青い瞳を見詰めてみると、儚げな笑顔が返ってきた。 「続き、読んで?」 クラウにとって、触れられたくない過去であるに決まっているのに。流石に声に出す勇気は沸いてこず、心の中で読み上げる。 それから、男性にとっては地獄の日々が続きます。命を削って女性の墓前に何度立っても、彼女が甦ることはないのです。愛おしいのに触れられない。悲しみの海に沈みながら、男性も静かに死んでいきました。 クラウからのリエルの最期を伝えられた、初めての瞬間だった。視界は滲んでいき、切なさに溢れた雫が便箋を濡らす。 「こんな伝え方でごめんね。声に出しては、伝えられそうにないから」 ああ、こんな過去なんて、存在しなければ良いのに。便箋をテーブルに置き、両手で顔を覆った。 「オマエ、勉強中にミユのこと泣かせてどーすんだよ」 「だってさ」 「リエルの最期なら、ミユはとっくに知ってるぞ?」 「なんで?」 ほんの少し、間が開く。 「オレが言っちまったからな」 「は……?」 アレクは意地悪のつもりで私に過去を暴露したのではない。私があまりにも自分の気持ちに鈍感だったから、本心を気づかせるために言ってくれたのだ。 アレクを責めるのは間違っている。そう口にしようと思ったのだけれど、涙が止まってくれない。ことの行く末を見守るだけに留まってしまった。 「俺が今までどんな気持ちで隠してきたか分かってる!? 何考えてるのさ!」 「悪かったとは思ってんだ。詫びになるか分かんねーけどよー、一つ、オレの隠しごとも教えてやる」 「そんなので、詫びになんか――」 「ヴィクトの最期は……自死だ」 聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。驚きすぎて、涙も止まる。 フレアの顔からも血の気がさっと引いていった。 「アレク、今、なんて……?」 「こんな話はやめよーぜ。それよりミユ、アルファベットの書き方は分かるか?」 「なんと……なく……」 「Aはこうだ。んで、Bはこう」 アレクはクラウの傍にあった紙を一枚奪い、アルファベットを順番に書いてくれているようだった。まるで、何ごともなかったかのように。 「何ぼーっと見てんだ。オマエも書いてみろ」 「う、うん……」 心が衝撃を受け止め切れずにいる。心臓はバクバクと鼓動しているし、手には汗も滲んでいる。仲間の過去の一部を聞いただけなのに。その発端は、私の――カノンの死であることに違いはないのだから。 「ごめんなさい」 意思とは関係なく、口から零れた。 「なんで謝ってんだ」 「だって、カノンが――」 「今日は前世の名前を出すのは禁止な。変な空気にしちまって、こっちこそ済まねぇ」 肯定も否定も出来ず、自分で書いた歪んだ字が並ぶ紙に視線を落とす。 それでも勉強は再開される。クラウを見てみると、やりきれなさが滲んだ切ない表情でアレクをぼんやりと追っていた。フレアを見てみると、叫びたい衝動を抑えるような潤んだ瞳が待っているだけだった。
存在の定義 第9章 招待状Ⅰ
夜会なんて、日本にいては体験出来なかっただろう。高鳴る胸に、期待と不安が同時に広がる。私たちは王に呼び出されるようなことなど何もしていない。しかも、全国王主催の夜会なんて、仲間たちの口から聞いたことがない。 「オレ宛ての手紙の内容と同じだな」 「あたしも同じだよ」 「うん、俺も。……ミユ宛のは、文末に余計な一文が書いてあるけど」 クラウは膨れてそっぽを向いてしまった。余計な一文とは、私と会えるのを楽しみにしている、という言葉だろうか。 「クラウ、これはオズのリップサービスだよ〜! 気にしないの!」 「でもさ!」 一瞬は私を見てくれたものの、クラウはすぐに視線を外す。その様子に、フレアはクスクスと笑い始めてしまった。嫉妬してくれているのが分かるから、可愛らしいとは口が裂けても言えない。 それにしても、王から私たちに接触を図ってくるなんて。もしかして、人々の闇の心を取り去るなんて考えを改めてくれたのだろうか。私はもう寿命を縮めなくても良いのだろうか。推測の域を出ないのだけれど、期待はしてしまう。ドキドキしながら、読めもしないのにもう一度手紙に目を通した。 しかし、アレクは違ったようだ。深く息を吐き出すと、自分宛ての手紙をテーブルに叩きつけた。 「あんま期待しねー方が良いぞ。この百年間で、王の方からオレらに接触しようとしたことはねぇ。何か嫌なことが起きたに決まってる」 淡い期待は一瞬で打ち消されてしまった。俯いてスカートを握り締めている所に、クラウの大きな手が乗った。 「用心するに越したことはないけど……決めつけも良くないよ。もしかしたら、ラッキーな報告があるかもしれないし」 顔を上げると、微笑みをたたえたクラウと目が合い、ウインクまでしてみせる。瞬間、心臓がトクンと跳びはねた。頬まで熱くなる。 クラウの話を受け入れ難いのだろう。アレクは渋い顔をし、眉間には皺まで寄せている。 フレアは小さく咳ばらいした。 「今、そんなことを話しててもしょうがないでしょ? 当日になってみないとね。それより……」 フレアは真剣な眼差しで、私を見詰める。 「ミユ。夜会の経験はあるの?」 十八年の間、日本で生活していた私に、夜会の経験なんてない。スティアに来てからだって、そんな機会は全くなかった。 「じゃあ、ダンスの経験は?」 ダンスの経験だって、体育で多少嗜んだくらいだ。上品なダンスとは言えず、「ううん」と首を振る。 そんな私を見て、フレアは溜め息を吐いて頭を抱えた。 「テーブルマナーも大事だけど、一番重要なのはダンスだよ。基本はワルツ。それに、カドリール、ガロップ、ポルカ……」 フレアは顔を上げ、もう一度強い瞳で私を見詰める。 「アレクとクラウは良いとして……。ミユ。七日で全部覚えてもらうからね」 「えっ!?」 突然の宣言に、身体が固まる。運動神経の鈍い私が、七日という短期間で、これだけの種類のダンスを覚えきれるのだろうか。出来る筈がない。私の落胆と困惑をよそに、フレアは椅子から立ち上がる。 「早速、練習始めるよ。アレクとクラウ、少し手伝って」 「分かった」 クラウとアレクも頷き、私も立ち上がろうかというところだった。アリアはダンスとは別の話があったらしい。 「あの、フレア様」 「何?」 「皆様、王様へのお返事を書いていただかないといけません」 「あっ、あたしったら……。忘れてた」 アリアの横にいたサラは、早速ペンと便箋をフレアに手渡す。それを受け取ると、彼女は一気に手紙を書き上げた。 「はい、よろしくね」 「かしこまりました」 可愛らしい、鈴の音のような声が響く。直後に、唐突にアリアに呼ばれ、身体がピクリと反応してしまった。 「ミユ様」 「何?」 「ミユ様にもオズ陛下への返事を書いていただきたいのですが……」 そう言われても困る。私はこの世界の文字を読み書き出来ないのだ。こんなことになるなら、もっと早くに文字を書く練習をしておけば良かった。 「アリアが書いてくれたら――」 「私の字はオズ陛下にバレています」 アリアはぴしゃりと言って退ける。 どうしようと思案に暮れていると、クラウが横から最良の提案をしてくれた。 「ミユ、どういう風に返事を書きたい? それを俺が書いて、ミユが真似すれば良いじゃん?」 「あ〜!」 アリアとカイルも思いつかなかったのだろう。二人も胸の前で拳を作り、歓声を上げる。 「う〜んとね……」 オズの名前を書き、最初の一文は夜会に招かれたことへの礼だろう。 「オズ・ロワ・エメラルド陛下。夜会にお招きいただき、ありがとうございます。七日後の十八時、クリスタルにての夜会、承知いたしました。必ず参上いたします。ミユ・デュ・エメラルド。……こんな感じで良いかな?」 考えながら、文章としてまとめてみる。アリアも頷いてくれたので、内容に問題はないだろう。クラウは私の文言を聞きながら、サラサラと一枚の紙に丁寧に書いてくれた。 「これをそのまま便箋に写して」 「うん」 アリアからペンと便箋を受け取り、一字ずつ見比べながら必死になって書いていた――それが、まるで母国語を書くかのような感覚になっていく。スラスラと言葉が文字に変わる。カノンの記憶のおかげだろうか。横で見ていたアリアとクラウも目を見張る。
追憶の名残〜blue side story〜 第8章 過去へ繋がる森Ⅴ
必要以上に考えてしまっているのは分かっている。その思考を止められないのだ。「うーん」と唸り声を上げ、思考を別の方向へと持っていこうとするが、その方向性が分からない。口を尖らせてみても同じだ。 フレアだって恐怖を抱えている筈なのに、気丈に笑う。 「とりあえず、座ろ! クッションもない、冷たい床だけど」 拒否する理由もないので、頷き、そのままアレクの隣に腰を下ろした。良い会話が思い浮かばない。会話よりもミユを気にしてしまう。今頃、塔の主に会っているのだろうか。影を倒す最終手段である羽根を与えられているのだろうか。過去を見せられているのだろうか。無事に魔法を得ることは出来るだろうか。無事に戻ってきてくれるだろうか。心配は尽きない。 「フレア、大丈夫だ。百年前みたいなことにはならねぇよ」 「うん」 頷くフレアの頭をアレクがクシャクシャと撫で回す。フレアは嫌がる素振りを見せず、ただ撫でられている。考え過ぎなのはフレアも同じではないか。思わず溜め息が漏れてしまう。 それを合図に、アレクの狙いは俺に変わったようだ。頭を撫で回される感触が心地悪い。 「何するのさ」 「オマエら、良い加減、前を向け。呪いなんかない未来を見ろ」 アレクの腕を掴み、頭を捻る。呪いのない未来――。 ミユとフレアが仲直りを果たし、昼下がりには四人で紅茶でも嗜んで会話に花を咲かせる。影の脅威も退け、笑い合う。そんな未来が来るのだとしたら。泣きそうな程に、平和な時間だろう。 いや、先行し過ぎただろうか。まずは、その影の脅威を退けるのが先だ。どちらにせよ、影が未来にちらついたままでは駄目だ。必ず、今度こそ誰も欠けることはなく、幸せな未来をもぎ取ってみせる。 アレクから手を放し、自分の柔らかな金の髪を整えた。 「ミユが魔法を使えるようになったら、魔法の特訓だな。もし、羽根が使えなくなっちまったら、影に対抗出来る手段がなくなっちまうからな」 「うん」 攻撃のためだけに魔法を使うことは、羽根の攻撃を除いては俺たちですら経験がない。何か攻撃魔法を編み出す方法が見つかれば幸いだ。 アレクに頷いてみせると、意地悪そうな笑みが返ってきた。 そういえば。ふと、今日の出来事が蘇る。悔いが残る結果に気がついた。 「俺、今日ミユと話してない」 「あ?」 「一言も、話しかけられてない」 最悪だ。今日こそは挨拶以外にも話をしよう。そう意気込んでいたのに。大きな溜め息を吐き、肩を落とす。 「それくらい何だ? オレなんか、フレアの覚醒前は……は?」 アレクの目線が魔法陣の方へと行く。まだ、ミユがここから離れてから、それ程経ってはいない。それなのに。この強い緑色の光は、ミユが帰ってきた証だ。 その名を呼ぶよりも早く、足が動いていた。光の消えた魔法陣に辿り着くと、中央にはやはりミユの姿があった。その目尻には涙が溜まっている。 「ミユ、ごめん」 辛い思いをさせているのは俺のせいだ。 冷たい床に寝かせておくのは忍びなく、その身体を抱き寄せた。温かな体温が俺の心を浮き足立たせる。 「帰ろっか」 見えている筈もないのに、ミユに微笑みかけてみせた。 「クラウ、帰り道は出来てるぞ!」 「ありがとう」 端的に会話を終わらせ、早々に地の塔から退場した。 * * * 後はミユの目覚めを待つだけだ。もう、俺たちに出来ることは何もない。カイルとアリアに見張りを任せ、眠れもしないのにベッドへと寝ころんだ。 全てを思い出したミユは、何を思うのだろう。呪いを解けなかった俺たちを恨むのか、はたまた自分の過去を憂うのか。 瞼を閉じ、自分の時はどうだったのかと思い出す。 俺は絶望した。こんなにも自分に力がないのかと。運命を変えることは叶わないのかと。もうカノンには逢えないとも覚悟した。俺は幸せ者だ。諦めていた想い人にも巡り合えた。となれば、彼女を守り切るのみだ。 「リエル。ミユは……大丈夫だよね?」 “うん。あの子はまだ影とは接触してない。あの子が一人きりにならないように見張っていれば、勝機はある” リエルの主張には難がある。まるでミユにストーカーでもするかのような言い草だ。そんなことをすれば好意は裏返され、敵対相手となってしまう。 「嫌われるようなことはしたくないけど……」 “なにも、一人でやれなんて言ってないよ。三人で協力すれば良い” 「フレアを頼れると思う?」 “それは……” リエルは言葉を濁し、喋らなくなってしまった。 カノンはアイリスに殺されたと勘違いをしている。それはミユも変わらないのだろう。ミユがフレアを頼るなど、ましてや信用するなど短時間では実現不可能だ。それどころか、今生で仲直りできるかも怪しい。 とにかく、アレクと協力して、また影がミユに呪いをかけようとするのなら阻むだけだ。いや、呪いをかける前にこちらから仕掛け、倒してやる。カノンの復讐心ですらも沸き起こってくる。 駄目だ、このままでは徹夜してしまう。瞼を閉じたままで、思考を追い払い、闇の中へと身を置いてみる。眠気もないので、すぐに眠れる訳がなかった。眠っているのか眠っていないのか分からない微睡みの中で、何度もミユの笑顔を思い浮かべた。
追憶の名残〜blue side story〜 第8章 過去へ繋がる森Ⅳ
気持ちの決着がつき、俺の目的も定まった。同じ轍は踏まない。必ず、ミユに忍び寄る魔の手を退けてみせる。 地の塔へと向かう三日後は、すぐにやってきた。ミユに会いたい気持ちと、どう思われているのか分からない不安な気持ちがせめぎ合い、なかなか彼女と真面に会話する事が出来なかった。食事を運んだとしても、挨拶だけだ。 今日は違う。そう意気込んでミユの部屋の前へと来たのに。いざ部屋の前まで来てみると、どうしても意識してしまう。 「クラウ様、おはようございます」 「おはよう」 カイルとアリアに何となく挨拶を返し、周りを見渡してみる。朝日が降り注ぐ廊下には、まだアレクとフレアの姿はない。いなくて良かった。紅潮しているであろう頬を冷ますようにして、両手を当ててみる。 こんな状態で大丈夫だろうか。いや、大丈夫であると信じよう。 アレクとフレアも間もなく揃って姿を現した。二人の表情に笑みはない。ミユが地の塔を巡れば、百年前に起きたことを全て思い出すからだ。 フレアは拒絶されるだろう。俺だって、どう思われるか分からない。好意なのか、羞恥なのか。前者であれば、俺が求め続けてきたものが返ってくる事になる。後者であれば、フレアとともに拒絶されるだろう。 緊張のあまり、考えるだけで溜め息を吐きたくなってくる。 「よ」 「おはよう」 アレクとフレアはこの時だけの微笑みを見せた。 「おはよう」 対して、俺は上手く笑えてはいないだろう。近づいてくる彼らはミユの部屋のドアを見遣る。 「ミユは起きてんのか?」 「分からない」 男の俺がミユの部屋の中を見てしまうのは気が引けてしまう。着替えの最中であったなら以ての外だ。 首を横に振ると、フレアは深呼吸をし、ドアの前へと立った。小さな拳を作り、軽くノックをする。 「ミユ、入るよ」 フレアの横顔はドアの影へと入る。 「準備出来てるみたいだね」 フレアの登場を待って良かった。ほっと胸を撫で下ろし、アレクと一緒におずおずと部屋の中を覗いてみる。 ミユは白い衣服に着替え、テーブルの前で口をもごもごと動かしている。何か食べたのだろう。 フレアはミユに手招きをする。 「ミユ、こっち来て」 「うん」 ドアを閉め、部屋の入口に四人で移動した。ミユに微笑んでみせたものの、見てもらえたかは定かではない。 フレアは続けて説明に入る。 「今日はミユが自分で魔法陣を描かなきゃいけないから」 「どうやって?」 「こう、手を伸ばしてみて」 フレアはミユの隣に移り、前方へと手を伸ばす。すると、ミユもその真似をした。 「うん、そのままね。目を瞑って、地の塔に行きたいって頭の中で唱えてみて」 ミユは素直に瞼を閉じる。数秒後、彼女の傍には杖が現れた。 「目を開けて」 フレアが再び声をかけると、ミユも素直に応じる。ミユは一瞬、驚いた表情を見せたが、その杖に手を触れた。無言で杖が魔法陣を描いていく様を見届ける。 これで本当に良かったのだろうか。今更そんなことを言っても遅いのに。どうしても考えてしまう。 瞬く間に魔法陣は完成し、緑色の強い光を放った。 「あたしたち、先に行ってるね。決心がついたらついて来て」 「うん」 アレクは軽く俺の肩を叩く。「行け」とでも言うように。そのまま従うのは癪に障るが、仕方がない。 ミユよりも一歩早く、あの鬱蒼とした森を思い浮かべ、魔法を使った。 ここも何も変わっていない。くるぶし丈の生い茂る野草に、所々に木漏れ日の伸びる、一面が新緑色の木々――その中で、世界樹でもあるかのような程に太い幹を持つ木が地の塔だ。幹には大人一人がゆうに入ることの出来る大穴が開いており、そこが入口となっている。 アレクとフレアもすぐに到着したようだ。 俺がくよくよしていては駄目なのに。こうなって欲しいと願ったのは自分自身なのに。しっかりしろ、自分、と鼓舞し、奥歯を噛んだ。 「行こう?」 不意に後方からミユの声が聞こえ、振り返った。ミユの微笑みが崩れないことを祈るばかりだ。 「そーだな。行くか」 アレクが返事をすると、ミユは先頭を切って塔を目指す。もう彼女を止められる者は、この場にはいない。 考えることを放棄したように、なんとなくミユの後ろ姿を眺めながら歩を進める。塔の入り口を潜ると、これまでの塔と同じような景色が目に映るばかりだった。床には緑のモザイク模様で魔法陣が描かれている。 休む間もなく、ミユは声を張る。 「行ってくるね」 決心が鈍らないようにするためなのか、振り向くことすらしない。 見えていないことは分かっている。それでも、頷かずにはいられなかった。 ミユが踏んだ一際強く光る魔法陣に向かって、「ごめん」と小さく呟いた。 その声がアレクとフレアには届いてしまったのだろう。 「謝る必要なんかねーんじゃねぇか? 同じ失敗を繰り返さなきゃ良いだけだからな」 魔法陣を見詰めたままで、アレクもまた呟く。 「それでも、呪いを解けてたら、あんな過去にはならなかった筈だから」 「ああだったら、こうだったら、なんて考えてたらキリがないよ? 考えないよりは良いけど、考え過ぎも駄目」 フレアは腕を組み、瞼を閉じた。
追憶の名残〜blue side story〜 第8章 過去へ繋がる森Ⅲ
正直に言うと、ここまで拒絶されるとは思っていなかった。気を失う程にショックを与えてしまうとは思ってもいなかった。 そのせいか、自分が受けた衝撃も大きい。 「ミユ! ミユ!」 何度名前を呼んでも、肩を揺さぶってみても目を覚まさない。俺はどうすべきだったのだろう。 成す術もなく、膝から崩れてしまった。 「ごめん……」 ベッドに置いたままの拳を力強く握り締める。 「ここはオレに任せとけ。オマエらはここにいない方が良い」 アレクに退室を促されたものの、なかなか動くことが出来ない。俯いたままの俺の肩に、温かくて柔らかな何かが触れた。 「あたしは先に、会議室に行ってるから。クラウも落ち着いたら来てね」 フレアの声に、なんとか頷く。続いて聞こえたのは遠ざかっていくヒールの音だった。 このまま居座っていては、目覚めた時にミユを困惑させてしまう。何しろ、前世では恋人同士だったのだ。その事実を知ってしまえば、良い意味でも、悪い意味でも意識せずにはいられないだろう。分かっているのに。いや、分かっているからこそ、後が怖い。 思い悩んでいると、アレクの声が空気を振動させた。 「行け。邪魔だ」 いつもなら、邪魔なんて言われようものなら腹を立てていただろう。しかし、今は返って清々しい。 心の中でアレクに礼を言い、なんとか立ち上がった。その顔も見ずに、ふらふらと廊下へと向かう。先にはカイルとアリアもいたが、会話することもなくその場を去った。 これからどうなるのだろう。あれ程、過去を思い出して欲しいと願ったのに。いざ現実を突きつけられると、頭が追いついていかない。不甲斐ない自分が嫌になる。 会議室の扉を開ける前に、大きな溜め息を吐いてみる。立ち塞がるそれを押すと、蝶番の鈍い音を響かせながら、部屋の中が露わとなった。 フレアは窓辺で外を眺めているようだった。その表情は虚ろで、物悲しい。 何となく隣に行き、同じように窓の外を見遣った。空は雲一つなく澄み渡っており、風が地平線まで続く草原を波のように靡かせている。 今の俺たちには広大過ぎる景色だ。 吐息を吐き出すと、ガラス窓が白く曇る。リエルに似過ぎた俺の姿を隠してくれているかのようだった。 「あたし、やっぱり怖いよ。ミユに憎まれるのが怖い。折角、仲良くなれるかもしれなかったのに」 どう返答してあげるのが最適なのか、いまいち分からない。変に返事をして、フレアを傷つけてしまいたくはなかった。 「前世で自分を殺したかもしれない相手を受け入れるなんて、あたしには無理だもん」 小さく呟くと、フレアは押し黙ってしまった。 時計の針の動く音が耳に残る。その音だけが時間の経過を表していたが、それを気にする心の余裕はなかった。 「俺は、分からない」 「何が?」 「自分の気持ちが……分からない」 愛しいと思うこの気持ちが、リエルのものなのか、自分のものなのか。そして、カノンに対するものなのか、ミユに対するものなのか。ミユと出会って数週間が経過しているのにも関わらず、未だに分からない。 軽く首を横に振る。 「クラウは、ミユのことが大事じゃないの?」 「大事だよ。大事だけど……それってホントに俺の気持ちなのかな」 何度も転生してきたが、こんな気持ちは初めてだ。自分の心を疑う日が来るとは思ってもみなかった。 フレアは小さく息を吐き出す。 「リエルの気持ちをなくせっていうのは無理がある。あたしだって、アイリスの気持ちを引きずってないって言ったら嘘になると思う。でも、それは恋とは無関係だよ。クラウはミユのどんな所に惹かれる?」 「それは……。可愛い声だし、臆病な所もあるけど根はしっかりしてて、控えめで、小動物みたいで見てて飽きないし……」 「それ、全部カノンに当て嵌まる?」 言われて、はっと気がついた。ミユはカノンと似ているようで似ていない。声だってミユの方が若干高い。カノンは臆病で控えめと言うよりも大胆だった。小動物のようで可愛らしいのは変わらないが、似て非なるものだ。 「逆に考えてみて? クラウはリエルと同じ人格として見られても、納得出来る?」 納得出来る筈がない。俺は過去にリエルだったかもしれないが、リエルは俺ではない。全く別の人間だ。 逆の立場に置き換えれば分かる筈なのに、何故、そうしなかったのだろう。自分が恥ずかしくなってくる。 俺はカノンではなく、ミユのことが好きなのだ。それに、俺のこの気持ちは俺のものだ。 「確かに、分からなくなる時だってある。でも、自分の気持ちを全部前世のものにしちゃったら駄目だよ。自分が可哀想。それに、相手を前世と重ねても駄目。ミユはカノンじゃなくて、ミユなんだから」 「……うん」 「分かったら、そんなにしょげないの」 フレアは盛大な音が鳴る程に俺の背中を叩いた。 「痛っ!」 「大袈裟なんだから」 ふふっと笑うフレアに、僅かに目を吊り上げてみる。 大袈裟なんかではない。患部はじんじんと痛んでいる。まあ、自分の気持ちを確認出来た代償と言えば、安いものなのだろうか。 「ちゃんと感謝してね?」 「うん。ありがとう」 目を細めるフレアに、痛む背中を撫でながら笑みを返した。
追憶の名残〜blue side story〜 第8章 過去へ繋がる森Ⅱ
「それ……」 鈴の音のような声に、肩が震える。 「ちょっとね」 しまった。見られてしまったものは取り消せない。 胸元にネックレスを仕舞い、ミユの顔も見ずにフォークと皿を取り上げた。そのまま廊下へと進む。 このリングは君のものなんだよ。そう言えたなら、どれ程楽だっただろう。 重たいと思われたくなかっただけではない。このリングの存在を知らないミユの反応を見て、自分自身が傷つくのが怖かったのだ。だから、毎日身に着けていたとしても、人目に晒すことはなかった。 やはり、傷口が抉られたように、胸がズキズキと痛む。 ドアが静かに閉まると、カイルとアリアが目を丸くして俺を見ていた。 「クラウ様、どうなさったんですか?」 「何でもない」 フォークを握る左腕で零れ落ちそうになる涙を拭い、キッチンへと急いだ。 * * * あの光景は一生忘れないだろう。 水の塔へ行ったその日のことだ。ミユが一時だけ目覚める数十分前、何の予兆もなく薄ピンクの花弁がブワっと部屋中を舞った。この花弁には見覚えがある。カノンを探し回る中で、エメラルドで見た儚い花だ。風や雨ですぐに散ってしまうその花は、『桜』と言う名だった筈――。 俺たちに、床に、家具の上にはらはらと舞い降り、部屋をピンク色に染め上げる。 「またミユの魔法か!?」 「それしか考えられないよ」 「こんな魔法を使っちまったら……頭痛が酷くなるかもしれねぇ」 アレクは顔をしかめると、部屋から出て行ってしまった。 ミユはまだ穏やかな表情で眠っている。この顔がまた苦痛で歪むのだと思うと、やりきれない気持ちが湧いてくる。 どうか、今だけは耐えてくれ。そう祈ることしか出来ない。 いてもたってもいられずに、ミユの左手を布団の中から探し当て、強く握った。 「ミユ……」 「大丈夫だよ。クラウの時だって大変だったんだから」 「そうかもしれないけどさ……」 はっきり言って、俺が塔を回った当時の大変さはよく覚えていない。あまりにも前世の記憶の衝撃が強かったためだ。カノンの身体から溢れる赤に塗れた自分を鮮明に覚えている。自分の無力さを思い知らされた、あの時を。 叫びたくなる衝動を、喉に込み上げるものをどうにか抑える。 「あたしたちだってついてるんだよ?」 二人には分からない、俺だけの辛さを背負っているのに。勝手に同じ気持ちだと思い込まないで欲しい。横に振りたくなった首を、小さく縦に振った。 アレクとフレアはいつもそうだ。俺のことを分かったつもりになって、干渉してくる。俺が前世でカノンを探し続けていた時も、『カノンが転生したら魔導師になる筈だ』と言って、俺を止める真似しかしなかった。『一緒に探す』と言われたことなんて一度もない。 それもそうだ。ただの仲間としか見ていないカノンのことを、寿命を縮めてまで探すなど、彼らは望んで行わないだろう。二人はただ現在を悲観して、嘆いて、目を背けて――そんな風にしか俺は思えなかった。 いつの間にか二人は恋人同士になり、俺から距離を置き、傷の舐め合いをして、俺が立ち入る隙すらなくなってしまった。そんな二人に、恋人を殺された俺の気持ちは分からない。 朝から嫌なことを思い出してしまった。モーニングコーヒーを自室で飲みながら、ほっと一息吐き出す。 今日は少しだけ寝坊してしまったのだ。時計を見てみれば、朝の九時を回っている。他の三人は、各自で朝食を摂ってしまった後だろう。さて、俺はどうしよう。 会議室へと様子を見に行っても良いが、先程、嫌な考えに至ったせいで、アレクとフレアとは顔を合わせにくい。 朝食は諦めよう。小さく欠伸をし、窓の外の空を眺める。青空を覆うように、鱗雲が広がっていた。 ちょっと窓を開け、空気の入れ替えをしよう。気分転換もしよう。椅子から徐に立ち上がり、バルコニーへと続く窓を開けた。草原を撫ぜていた、爽やかな風が部屋の中へと吹き込む。 その時、ドアがノックされた。 「クラウ、いるか?」 この声はアレクだ。何も考えずに頷く。 「うん」 「ミユが、どうしても過去を見る理由を知りたいらしいんだけどよー、もう話すしかねぇと思うんだ」 「それは良いけど、俺は……」 「どうした?」 アレクは不思議そうに俺を見て、小首を傾げる。 「俺の口からは伝えられそうにないから。出来るならアレクに任せたい」 「あぁ。元からそのつもりだ」 アレクはリーダー気質だ。嫌なことでも、躊躇いながらも仲間に伝えることが出来る。俺以外には気遣いも出来ている、と思う。アレクは親指でドアの方を差し、若干早口で話をまとめる。 「フレアとミユが待ってんだ。すぐ行くぞ」 「分かった」 残っていたコーヒーを一気に飲み干し、アレクの後に続いた。この時、舌を若干火傷してしまったのは秘密だ。 ミユの部屋に入ると、フレアは既にベッドの傍に佇んでいた。そのベッドには、上体を起こしたミユがちょこんと座っている。 アレクはちらりとこちらを見て、すぐさまミユへと視線を戻す。 「良いか? ミユ、話すぞ」 「うん」 アレクは息を吐き出し、背筋を伸ばす。遂に、ミユが過去の秘密を知る時が来たのだ、嫌でも心臓の鼓動は速まるし、手には汗だって握る。 「簡単に言う」 口を出すのも躊躇われ、不思議そうにアレクを見るミユの瞳を見てみる。 「あの『過去』はオレらの中にある『記憶』だ。つまり、あの『記憶』に出てくる百年前のアイツらは、オレらの『前世』だ。だからよー、影に殺られた地の魔導師は、オマエ自身なんだ」 アレクが言った瞬間、ミユは目を見開いた。彼女がどう考え、心の中でどう反応したのかは分からない。 ミユの左目からはらりと涙が零れ落ち、その上半身は段々と後ろへと傾いていく。 「ミユ!」 そう叫んだ時には、ミユはベッドの上で気を失っていた。
追憶の名残〜blue side story〜 第8章 過去へ繋がる森Ⅰ
あれから無情に時間だけが流れていった。今日で、もう四日目だ。解決策も出ず、三人で途方に暮れる。 夕食にはアレクがカルボナーラとグリーンサラダを用意してくれたが、味はたいして分からない。ミユに拒絶されてから、味覚がおかしくなってしまったのではないかと言う程だ。 「美味しくない」 「残すなよ」 小さな呟きもアレクに反応され、思わず溜め息が漏れる。 会議室で食事を摂っていても、会話は殆ど無い。みんなが頭でっかちになって、自分の中だけで思考を完結させてしまっている。 俺もそうだ。考えても、考えても、ミユに前世の全てを思い出して欲しい。魔法を得て欲しい。その結論にばかり辿り着く。では、どうすればミユは素直に従ってくれるだろう。結論は出ている筈なのに、その結論を回避しようとしてしまう。ありのままを全て話せば良い。見せられている過去は前世の記憶だと言ってしまえば良い。そうする勇気が、心構えが、俺には足りないのだ。 グリーンサラダにフォークを突き刺し、乱暴に口へ押し込んだ。 「美味しかったよ」 「オマエ、美味しくないって言っただろ」 「そうだっけ」 味の感想など、どちらでも良い。アレクに適当に返すと、大袈裟に溜め息を吐かれてしまった。 「ま、良いか。とりあえず、ミユの皿を下げに行ってもらって良いか?」 「うん、良いけど」 曖昧に返事をすると、神妙な顔でアレクとフレアは顔を見合わせる。何か二人で話したい事でもあるのだろう。要するに、厄介払いだ。 頭を掻き、空になった皿を手にして椅子から離れる。 これからどうすれば良いのだろう。やはり、ミユに正直に全てを伝えるしかないのだろうか。考えながら、キッチンに皿を置き、ミユの部屋へと向かう。出来ればこんな状態でミユと顔を合わせたくはない。結論を出してから、晴れ晴れとした表情を彼女に見せたかった。それも俺の独りよがりだ。また、溜め息を吐いてしまった。 廊下の角を曲がると、カイルとアリアの姿が見えた。二人は俺に気づくと、ぺこりと頭を下げる。 二人のうちどちらかに、皿を片付けてきてもらえるように頼むことは出来た。 しかし、ミユには二人がここに来ていることを知らせていない。カノンを殺した影がこの辺をうろついているかもしれないなどと、ミユに伝えることなんて出来なかったのだ。 カイルとアリアをちらりと見遣り、拳を作る。しんと静まり返った廊下に、三回ノックをする音が響いた。 「ミユ、入るよ?」 声を張り、ドアノブを握る。ドアは何の違和感もなく、するりと開閉した。 ミユはテーブルの前に座っていた。丁度、夕食を食べ終わったタイミングなのだろうか。 やはり、ミユはこちらを向いてはくれない。スカートを握り締めてもいる。近づくのも躊躇われるのだが、目的をやり遂げなくては。 軽やかに、とはいかない足取りでテーブルへと近付き、ミユの顔色を窺う。 「お皿片づけるけど、良い?」 声をかけると、頷いてはくれた。このままそっと立ち去ろう。そう思っていた。 ところが、不意にミユがこちらを振り向いたのだ。 「あの!」 それだけを言うと、揺れる焦茶の瞳で見詰めてくるだけだった。 「何?」 「えっと……その……」 ミユの声は萎んでいく。何か言いにくいことなのだろうか。焦らせないように、微笑んでみせる。 「みんなを追い出した時……アレクが言いそびれたことが気になって……」 アレクが言いそびれたこととは何だろう。今一度、ミユと仲違いした時の出来事を思い返してみる。アレクはミユに、このまま過去を見続ければ魔法を使えるようになることを伝えた。そして、他にも話がある、と言いかけていた筈だ。 他の話なんて、過去の出来事は前世の記憶である、ということしか思い当たらない。先程も思ったが、それを伝える勇気も、心構えも、俺には足りていない。 「うーん……」 唸ってはみるものの、やはり思いが言葉になって出てきてくれることはない。 「もっとミユを混乱させかねないから。ちゃんと心の準備が整ったら、また聞いて欲しい」 そう言い返すので精一杯だった。 納得が出来ないのか、ミユは不服そうに頬を僅かに膨らませる。 この純粋な瞳を見続けることは、俺には不可能だった。視線を逸らし、口を開く。 「俺も、ミユに伝える為の心の準備が出来てないんだ。ごめん」 言い訳じみた言葉しか出てこなかった自分に、唇を噛む。ただ、これだけは言える。 「ただ、過去に出てくる人たちは、俺たちと何か関係がある。どんな関係かは……今はミユの想像に任せるよ」 これで、何かを察してくれれば良い。もしかすると、余計にミユの混乱を招いたかもしれない。 心の中で「ごめんね」と呟き、なんとか微笑んでみせる。 「じゃあ、片づけちゃうね」 「うん」 ミユが頷いたのを確認し、皿を取ろうと手を伸ばす。その時に、服の袖にフォークの柄を引っ掛けてしまったのだ。弾みでフォークはテーブルから滑り落ちた。 ゆっくりとしゃがみながら、フォークを拾おうと試みる。その時に、嫌な感触がした。服に隠していたネックレスが不意に勢い良く傾き、飛び出したのだ。トップにはあの、カノンの結婚指輪がぶら下がっているというのに。 カノンの事を思い出していないミユには見られたくない。全てを思い出した時に、重たいと思われたくはない。咄嗟に右手でリングを握り締めた。
存在の定義 第8章 糸で紡ぐものⅣ
次の日になっても、雪合戦の会場は残されていた。雪合戦では絶対に魔法は使わないという誓約書を書かされる始末だ。しょぼくれたクラウと、膨れたアレクとフレアの顔が思い返される。その会場の隣には、平屋の民家ほどの高さはある雪だるまが並んでいた。罪滅ぼしという訳ではないのだろうけれど、クラウが魔法で出したのだ。にっこりと笑うその雪だるまの顔が、逆に悲しく感じてしまう。 止めなかった私にも責任はあるので、後でアレクとフレアに謝りに行こう。でも、流石に今日はフレアと二人きりになる勇気はないので、刺繍は一人でやろう。溜め息を吐き、今一度、窓の外の風景を眺めてみる。 良いことがないかなと思っていると、ドアがノックされて隙間が空いた。 「ミユ」 その向こうには、しょんぼりとしたクラウの姿があった。 「入って」 「うん」 慰めてあげる前に、クラウの闇を払わなくては。ゆっくりと部屋に入ってきた彼に飛びつき、その胸に片手を当てる。瞬時に緑の光が溢れ、鼓動が速まる。駄目だ、倒れる訳にはいかない。大丈夫だからと自分を奮い立たせ、何度か瞬きをする。 「ミユ?」 「何~?」 「今日、体調悪い?」 「ううん、大丈夫だよ」 にこっと口角を上げてみせると、クラウは私の頬に手を当てた。 「何かあったら、すぐに言って」 「うん」 嘘を吐き続けるしかない。知られる訳にはいかない。クラウを救うためには、他の選択肢は残されていないのだから。 いつまでも重いものを引きずっていても仕方がないので、気持ちを切り替え、クラウの顔を見上げた。 「アレクとフレアに謝りに行こう?」 「うん。多分、二人ともアレクの部屋にいると思う」 手を取り合い、早速アレクの部屋に向かう。罪悪感からなのか、緊張からなのか、会話はない。廊下をまっすぐに進み、アレクの部屋の前でクラウがドアをノックする。 「何しに来た?」 どすの効いたアレクの声に、思わず肩が震えた。クラウと顔を見合わせ、頷き合う。 「ごめんなさい」 言いながら、二人で深々と頭を下げる。ドアの開く音が聞こえたかと思うと、フレアの小さな苦笑いが聞こえた。 「アレク、そろそろ許してあげよう?」 「でもなぁ」 「悪気はそんなになかっただろうし。あたしは二人とも許すよ」 「ミユは知らねーけど、クラウに悪気はあっただろ」 頭を上げてみると、アレクは明らかに不服そうな顔をしていた。そんなに意地悪をしなくても良いのに。思ってはみるけれど、口には出せない。悪いのは明らかに私たちなのだ。 それでも、なんとか許してもらいたくて、フレアの顔を懇願するように見詰めてみる。 「いつまでもギスギスしてたら、お互いに居心地悪いでしょ? 謎だっていっぱい残ってるのに」 「まぁ、そうなんだけどよー」 アレクは頭を掻き、大袈裟に溜め息を吐き出す。 「いや、そのことは置いといてだ。とりあえず、オマエらも中に入れ」 黄色の目はちらりと私たちを見ると、部屋の中へと消えていった。多分、完全には許されていないのだろう。でも、事態は改善した。残されたフレアに小さく「ありがとう」を伝え、部屋の中へと足を踏み入れた。 アレクの部屋の家具は、オレンジに近い黄色だった。やはり、家具の配置は私のものと同じだ。ちょっとした薄気味悪さを感じながら、四人で椅子へと座った。 何から切り出せば良いのだろう。目を泳がせていると、フレアが口を開いた。 「『デュ』の謎とか、『魔導師に留まる器でもない』話とか、あたしたちだけで考えてても、絶対に答えなんて出ないと思うの」 私たちから逸らすことはない赤い瞳に、その決意のほどが窺える。 「王様が駄目なら、神様。その逆だってある。もう、他に頼るしかないよ」 「聞いたところで、答えてくれると思うか?」 「分かんないよ。だって、まだ聞いてないんだもん」 フレアは珍しく腕を組み、アレクを見る。 「だから、片っ端から聞いてみよう? 一人で行って駄目なら、みんな揃って行けば良いんだから」 そのフレアの言葉には、どこか説得力がある。的を射ていない筈なのに、不思議な感覚だ。 「だったらさ、今日は神様に会いに行ってみようよ。俺たちに魔法を与えた神様が、答えに一番近い気がするんだ」 クラウの声の向こうで、慌ただしく誰かが駆け回る音が聞こえる。それは段々と近づいてきて、あらゆるドアを開けているようだ。 そして、この部屋のドアも開かれる。 「皆様……!」 登場したのは、使い魔の四人だった。誰もが血相を変えていて、封筒らしきものを手にしている。 「大変です! 王様から、皆様にお手紙が……!」 「はっ?」 それぞれの使い魔が主の元へと走り寄る。アリアも私の元へと手紙を運んできた。しかし、便箋をまじまじと見てみても、何が書かれているか分からないのだ。何しろ私はこの世界の文字が読めないのだから。 「アリア。これ、なんて書いてあるの?」 「親愛なる地の魔導師殿。エメラルド国王、オズ・ロワ・エメラルドの命により、貴女を全国王主催による夜会へ招待する。日時は七日後の十八時、場所はクリスタルで執り行う。服装は正装とする。またミユに会える日を楽しみにしているよ。……だそうです」 「どうして、今更?」 どういう風の吹き回しなのだろう。しかも、四カ国全ての王が魔導師に手紙を送りつけるなんて。使い魔から封筒を受け取ったクラウとアレク、フレアも、食い入るようにそれを見詰める。 「どーなってんだ……!?」 その問に、誰も答えることが出来ない。部屋中が騒然となった。