七宮叶歌
270 件の小説七宮叶歌
恋愛ファンタジーな連載と、ファンタジー、時々現代なSSを載せています。エッセイも始めました。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 他サイトでは、小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYSで投稿しています。 NSS、NSSプチコン優勝者、合作企画関係の方のみフォローしています*ᵕᵕ お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 小説の著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でも良いのでコメント下さい。 2025.1.23 start Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako お題でショートストーリーを競い合う『NSSコンテスト』次回2026年1月1日開催予定です。 優勝者 第1回 ot 様 第2回 ot 様 NSSプチコンテスト 優勝者 第1回 黒鼠シラ 様
ある世界の記録書――魚を追って
「ルーク、今日は魚釣りに行こう」 「さかなつり? なにそれー」 話しかけてきた父に首を傾げる。 「命をいただくんだよ」 良く意味が分からない。まあ、楽しいならそれで良いか。大きく頷くと、父の優しい緑の瞳が細められた。手を引かれるがまま家を出て、小さなせせらぎ沿いを歩く。 「良いか、ルーク。俺たちは小さな命をいただいて、今を生かされてるんだ」 「うーん?」 「ルーク、魚は好きか?」 うん、と大きく首を縦に振る。特に、父が持ち帰る川魚の塩焼きが大好きだ。 「あの魚はな、こうやって針の先に虫を付けて釣ったものなんだよ」 父は針のついた糸を木の棒に括りつけ、その針に小さな芋虫を突き刺した。 「気持ち悪いー」 「ははは。こいつも立派な命なんだぞ」 豪快に笑う父は、僕の頭を愛おしそうに撫でる。その後、芋虫のついた針をせせらぎの中へと垂らした。 何が起こるのだろう。興味津々でせせらぎと父の顔を見比べる。 魚がかかり、水の精霊がせせらぎから飛び跳ねた。糸を手繰り寄せる父と、くねくねと動く魚――僕が食べている魚は、こうやって家へと運ばれているらしい。 「触ってごらん」 草の上に上げられた魚は、パクパクと口を動かしている。おっかなびっくりその頭に触れると、ぬるりとした感触が伝った。 「お魚ヌルヌルしてるー」 「それが魚だよ。ルーク、釣り竿を持ってみないか? お父さんも手伝うから」 「うん!」 この魚が焼かれて、料理となり、僕たちが生きる燃料となる。何となく理解し、釣り竿を握った。 * * * 書物に埋もれながら、まだ希望を捨てたりはしなかった。私にもこの子たちを幸せに出来る力がある。それを証明してみせる。ドレスを握り締め、眼下に広がる荒野を睨みつけた。
存在の定義 第6章 使い魔Ⅲ
横にいるアリアはカイルの腕を掴み、何やら怒っているようだ。 「そんな危険かもしれない方法を教えても良いの?」 「でもアリア、オパール様はクラウ様に接触を図ったんだよ? もしかしたらオニキス様だってミユ様に──」 「でも!」 「仕方ないじゃないか、魔導師様方は本気だよ」 アリアは私の顔を不安げに見ると、サラの方へと視線をずらす。サラは、そんなアリアの頭を撫でるのだった。 「オニキス様は闇の神様です。スティアのどこかの離れ小島に闇の塔が残っている筈です。その証拠に」 カイルは小さく生唾を飲み込む。 「夜が明けない島が、北の端に一つだけあるんです。物は試しと思って行ってみて下さい」 「オニキスに会える確証はあんのか?」 「ありませんが、思いつくのはそれしか……」 「そーか、仕方ねぇ」 アレクは右手で拳を作り、左の手のひらにぶつけた。乾いた音が部屋に響く。 「オマエら、明日にでも行ってみるしかねぇ。ミユには負担かけちまうけどよー、分かってくれ」 「アレク様、申し訳ありません。準備のために五日ほどいただいても良いでしょうか」 「あ? しょうがねぇな」 目を伏せるロイに、アレクはバツが悪そうに頭を掻いてみせる。 「私なら、いつでも大丈夫だから」 「ありがとうございます」 カイルがにこやかに笑う一方で、未だにアリアは不満そうに頬を膨らませていた。 「アリア、私は大丈夫だから」 アリアに笑ってみせると、無言で揺れる瞳だけが返ってきた。 不意に、頭に大きくて柔らかく、温かい物が乗る。隣を見てみると、目を伏せ、何とも言えない表情をしているクラウの姿があった。 「ごめん、今回は俺、何も出来なくて……」 「ううん、塔まで着いてきてくれるだけでも心強いよ。ありがとう」 微笑んでみせると、クラウも僅かに笑みを見せてくれた。 「では、私たちは準備に取り掛かります。塔に行かれる時には、私たちが魔法陣を出しますので」 「あぁ、頼む」 「それでは」 ロイが立ち上がり、扉へと向かうと、呼応するかのようにサラ、アリア、カイルの順でそれに続く。 使い魔が出ていった途端、緊張の糸が切れた。 「はぁ……。疲れた〜……」 テーブルに突っ伏し、クラクラしそうな頭を何とか休める。 「まさか聞いた事もねぇ闇の塔とやらに行くことになるとはなー」 「使い魔だけで話が終わらないなんて思わなかった……」 間が開き、誰かが息を吐き出す音が聞こえた。 「みんな、ごめん」 「何でクラウが謝るの?」 「俺が使い魔に聞こうなんて言い出したからさ」 三人の会話が流れていく。 「それはたまたまだよ。クラウが言わなくても、誰かが言い出してたから」 「でも、ミユに全部任せることになって、俺……」 「少しはミユを信じろ」 三人の視線をやたらと感じる。何とか顔を上げてみると、やはり三人は私を見詰めていた。クラウとフレアは心配そうな顔で、アレクは少し意地悪そうな顔で。 そんな顔をされると困ってしまう。戸惑っていると、フレアが「ぷっ……」と吹き出した。 「それもそうだね」 「でもさ……!」 「じゃあ、ミユはクラウが手伝わないと何も出来ない子なの?」 「そんなんじゃないもん!」 頬を膨らませて「む〜……」と唸っていると、横から腕が伸びてきた。クラウは私を自身の身体に引き寄せる。そのままその手で肩をポンポンと軽く叩き始めた。 「ごめんね、そうだよね、ミユは立派な大人だ」 クラウも何とか納得してくれたようで、彼の口から笑みが零れた。 「そういえばさ、王に謁見したんなら、ミユも正装着たんだよね?」 「正装?」 「ほら、ドレスみたいに豪華な真っ白い衣装」 フレアが補足をしてくれた。それには身に覚えがある。 「うん。コルセットまで着けたんだよ~。あんなの、ただの拷問だよ~」 思い出すだけでも苦しくなってくる。ムスッと膨れた私を見て、フレアは大きく笑った。 「あれは淑女の嗜みだからね。仕方ないよ」 「そんなぁ……」 では、私が魔導師でいる限り、コルセットを着ける日がまたやってくるかもしれないのだろうか。考えるだけでも憂鬱になってくる。 「俺はミユの正装、ちゃんと見てみたいけどね」 「え~?」 「絶対、綺麗じゃん」 頬が高温を発する。好きな人に『綺麗』と言われて嬉しくない女性なんて存在しないと思うのだ。 私の反応に満足したのか、クラウは笑顔で私の頭にポンポンと触れる。そこへアレクの小さな笑い声が響いた。 「いや、悪ぃ。これがオマエらの普通なんだよな。オレは普通が何かも忘れちまってたらしい」 はっと我に返る。今のアレクの言葉が、どれ程クラウを傷つけたのだろう。 クラウは私の頭に乗せていた手を私の肩に持っていき、自身の身体へと引き寄せる。「ごめん……」と呟きながら。 アレクは小さな溜め息を吐き、頭を掻く。 「……済まねぇ」 私たちに暗い影を落とす。 「そんなにしんみりしてたら、せっかくの雰囲気もぶち壊しでしょ? クッキーでも持ってくるから、ちょっと待っててね」 フレアは「もう……」と言いながら、あたかも平気なふりをして部屋を出ていった。フレアの目尻に光るものが滲んでいたのを、私は見なかったことにした。
存在の定義 第6章 使い魔Ⅱ
「私、てっきりスティアの神様だとばっかり……」 「あぁ、オレもだ」 私とアレクが話をしていると、クラウとフレアもうんうんと頷く。 「神様じゃないんだとしたら、他に誰がいると思う?」 まだ情報が少なすぎる。聞いたとしても、答えは返ってこないだろう。そう思っていたのだけれど。 「……まさか、オパール?」 クラウが小さく呟いたのだ。 「オパールってーと、異世界の神だったか?」 「うん。スティアの神様の仲間だったって言ってた」 クラウの返事に、フレアが首を傾げる。 「ってことは、オパールも元はスティアの神様だったってこと?」 「それは……」 クラウは「うーん……」と唸り声を上げて考え込み始めてしまった。 「ホントにオパールだと思うか?」 「そんなの分からないよ」 アレクとフレアも疑心暗鬼になってしまったのだろう。 そうこうしている間に、使い魔たちの話し合いが終わったらしい。四人とも真剣な面持ちでこちらに来て、床に膝を着いた。 「正直に申し上げます」 アリアの凛とした声が会議室に響く。 「口止めをなさっているのはオニキス様なのです」 「オニキス?」 その名を聞いた瞬間、室温が僅かに下がったような気がした。 オニキスという名に、全く心当たりがない。ただ、嘘を吐いていないことは使い魔たちのまっすぐな瞳から感じ取れた。 「オニキスって誰?」 「それは……」 ここまで言っておきながら、アリアは口ごもる。はっきり言ってしまえば良いのにと思っていると、クラウが「あっ!」と声を上げた。 「俺、オパールと話した時に、その名前聞いたよ」 『オパールと話した』という言葉に、使い魔たちは驚いたように顔を上げる。 「クラウ様、オパール様にお会いになったのですか!?」 「うーん、そんなとこかな。それで、オニキスっていうのはオパールと仲間だったってことくらいしか、俺は知らない」 「他にはオパール様と何を話したんですか? どんな話をされていましたか?」 「質問してるのはオマエらじゃねぇ! オレらだ!」 アレクが痺れを切らしたのだろう。ピシャリと言って退けると、使い魔たちは「申し訳ありません」と言いながら項垂れる。アレクは気まずさを払うように「あー……」と漏らし、小さく咳払いをした。 「で、そのオニキスってヤツが、何でオマエら使い魔に口止めしてんだ?」 「魔導師様の根幹に関わる重要事項だからだそうで」 そんなことまで言われては、好奇心を刺激されない筈がない。前のめりになり、口を開いていた。 「根幹に関わることって?」 「ですから、私たちの口からは、そのようなことはお伝え出来ないんです。命令されたとしても、それだけは無理なんです」 「……使い魔って何?」 会話の合間を縫い、クラウがぼそりと呟いた。 「俺たちに仕えてる筈だよね? でも、それは仮の姿で、本来の主はオニキスってこと?」 クラウは「うーん」と深く唸る。私までもが思考の渦に捕らわれていく。オニキスに口止めされているから、私たち魔導師には伝えられない。私たちが命令をしたとしても、それは覆らない。ということは、私たちの上にオニキスという存在があるということになる。 「使い魔は……何者?」 追い打ちをかけるかのように、クラウは質問を重ねる。 「私たちは、私たちは……」 口ごもるアリアの瞳は大きく揺れていた。 「はっきり言ったらどう?」 今まで黙っていたフレアも、流石に苛立ちを隠せない様子だ。声に棘がある。 使い魔も覚悟を決めたのだろう。ぐっと拳を握り締め、信じてと訴えかけるように私たちを見詰める。最初に切り出したのはロイだった。 「私たちは……オニキス様に創られた者、なのです」 「ただ一言、『魔導師を守護しろ』とだけ命令されました」 続けてカイルが説明を加える。 「オニキスは何者だ」 「元はこの世界であるスティアの神様で、今は異世界である地球の神様をなさっています」 「そいつも鳥なのか?」 「鳥……?」 使い魔たちはきょとんとした表情でアレクを見る。 「魔導師様たちの中で、そうなっているのかも」 「話を合わせよう」 カイルとロイの密話は、こちらまで筒抜けだ。アレクは眉をしかめ、拳を握る。 「鳥じゃねぇってことだな」 しまったと言わんばかりにカイルは口に手を当て、ロイは天を仰ぎ見る。 「……まぁ、これ以上は詮索しねぇ。その異世界の神であるオニキスが、何でオレらを守ろうとした?」 「……何かよからぬ事態を察知したらしいです。詳細は私たちからお伝えするよりも、オニキス様が説明される方が的を得ているかと」 「どーやってオニキスに会えってんだ」 「それは……」 使い魔たちは口ごもる。その中でロイだけが私をじっと見詰めていた。 「何?」と聞こうとしたのだけれど、それよりもロイが口を開く方が早かった。 「ミユ様なら……異世界にもスティアにも関わっていらっしゃる。もしかしたら」 「へっ?」 確かに、私は地球で生まれ、今はスティアで生きている。それは否定しようがない。 「でも、私、どうやってオニキスに──」 「一つだけ方法があります」 私の言葉を遮ったのはカイルだった。
存在の定義 第6章 使い魔Ⅰ
夕食の知らせを届けてくれたアレクを意味ありげに見詰めた。 「ミユ、どーした?」 「アレクは王様から何か聞かなかった?」 小首を傾げてみせると、アレクは苦々しげに顔をしかめる。 「上手くはぐらかされた。『話せることは何もないよ。それより、魔導師としての生活を聞かせてよ』だとよ。腹が立って、途中で玉座の間から出てきちまった」 「そうだったんだ……」 私以上に何かを聞き出せていたら良かったのに。残念な思いが心を占めていく。 「でも、ミユは成果があったんだよね」 そこでクラウが救いの手を差し伸べてくれた。 「うん。詳しくは使い魔も呼んで話したいの」 「なんで使い魔なんだ?」 「俺たちだけじゃ、いくら考えても分からない問題なんだ。何万年も生きてる使い魔なら、何か知ってるかもしれないじゃん?」 私も一緒にうんうんと頷いてみせる。アレクは唸り声を上げはしたものの、賛同してくれたようだ。 「内容が分かんねぇから、下手なことは言えねーけど……。オマエらがそー言うならそーしてみようぜ」 アレクは口角を上げ、親指を立てる。 「でもその前に夕飯な。落ち着いてから使い魔を呼ぶからな」 「うん」 クラウと顔を見合わせ、微笑み合う。何かが進む。そんな予感がした。 * * * 満腹になった腹部を手で擦る。今日の夕食はミートドリアとオニオンスープ、ローストビーフだった。久しぶりに食べ物をしっかりと味わった気がする。どれもが美味しかった。 四人でいつもの席に座り、談笑を始める。 「やっと平和って感じだなー」 アレクは遠い目をしながら、にこりと微笑んだ。その隣で、フレアは軽く両手を合わせる。 「あっ、そうだ。ミユって暇つぶしの仕方、笛しかないでしょ」 「うん。本も読んでみたいけど、文字が分かんないし……」 「じゃあ、一緒に刺繍してみようよ。明日からでも良いから」 「刺繍?」 刺繍といえば、小学生の頃に授業で教わったくらいだ。やり方なんて、とっくに忘れてしまっている。 「私、出来るかなぁ」 「やってみれば、案外うまくいくよ」 「う~ん」 自信はないけれど、せっかくのフレアからの提案だ。暇つぶしになるなら、やるだけやってみよう。 「教えてください」 「そんなにかしこまらないで」 頭を下げると、フレアに苦笑いされてしまった。 「あたしも久しぶりだから、腕が鳴るなぁ。明日までに道具を準備しておくね」 「うん、ありがとう」 「刺繍かー。オマエら、女子力たけぇな」 アレクは特段興味もなさそうに、小さく言葉にした。 「上手く出来たら、俺にも見せてね」 「うん!」 見せるだけではない。いつかプレゼントしてあげたい。いつの間にか、そんな希望も沸いてきた。 アレクは話を一旦区切るように、勢い良く両手のひらを合わせる。その音を合図に、空気が少しだけ重くなった。 「んじゃ、そろそろ使い魔を呼ぶぞ。ロイの所に行ってくるから、オマエらは待ってろ」 「分かった」 いよいよ、真相に近付くことが出来る。希望と不安で高鳴る鼓動を気にし、アレクがワープするのを見届けた。 「ねぇ、使い魔に何を聞くの?」 「今は聞かない方が良いよ。混乱するだけだから」 小首を傾げるフレアに、クラウは口をへの字に曲げた。気になるのに聞けない。聞く相手がいない。フレアはそんな状況なのだろう。不服そうに口を尖らせる。 ロイと話をつけたであろうアレクは、意外とすぐに戻ってきた。再びいつもの席に腰かけると、腕を組んでにかっと笑う。 「使い魔全員連れてくるように頼んできた。すぐに来んだろ」 そこへフレアが文句を言いたげにアレクを見詰めた。 「アレクは気にならないの? ミユとクラウが何を聞き出そうとしてるか」 「気になるけどよー、使い魔が来たら話してくれんだ。急ぐことはねぇよ」 フレアは小さく「もう」とだけ呟くと、目を伏せて黙り込んでしまった。 そうこうしている間に、サラ、カイル、アリア、ロイの順番で、立て続けにワープを果たす。何を言うでもなく、静かに私たちの横に腰を下ろした。アレクは全員の顔を見回し、静かに口を開く。 「ミユとクラウから、オマエらに聞きたいことがあるんだとよ」 「聞きたいこと、ですか?」 カイルは小首を傾げ、アレクを見る。 「あぁ」 「話はちゃんと俺たちからするよ。ミユ、話せる?」 「うん」 返事をしたものの、どこから聞いていけば良いのだろう。気を落ち着けて、整理してみよう。王族の『愚かな行為』については、使い魔に聞く必要はない。王が神に会えない事実を伝えても、ああそうですか、で終わらせられそうだ。残るは一つ――。 「私たちの名前の『デュ』の意味って何?」 その私の発言だけで、使い魔たちの表情は凍りついた。アリアは眉をひそめ、カイルはあたふたし、ロイは腕を組み、サラは顔色が悪い。 「『デュ』の名の意味……? んなの、ただの称号だろ?」 「王様の話だと、そうでもないみたいなの」 アレクと淡々と話している間でさえ、使い魔たちは伏し目がちだ。 「オズ陛下……余計なことを言ってくださいましたね」 アリアは唇を噛み、視線を流す。 「じゃー、やっぱり使い魔はその意味知ってんのか?」 「私が話します。こうなった原因はエメラルド王にありますから」 全員の視線がアリアに集中する。 「『デュ』の意味は、私たちからお伝えする訳にはいかないんです。神様のお許しが出ないことには」 「スティアの神様?」 「……はい」 少しの間が、アリアに対して不信感を募らせる原因となる。更にアリアは不安そうな顔をこちらに向け、生唾を呑み込む。 アレクも一連の行動に不信感を抱いたのだろう 「アリア。オマエ、ウソ吐いてるだろ」 「えっ……?」 アレクはアリアの瞳をまっすぐに見る。眼力が思いの外強く、口元に当てられたアリアの手は小刻みに震えていた。 「あっ……アリアは嘘なんか吐いてません! 信じて下さい!」 「あのなぁ、カイル。それがウソ吐いてないヤツの言い方か? 明らかに声震えてるだろ」 「えっ……!」 カイルは誰もいない左側を向く。その様子にクラウが頭を抱えた。 「申し訳ありません、私たちに少しだけ時間を下さい。話をまとめてきます」 「ウソを塗り固めるための時間稼ぎ、じゃないだろうな」 「……はい」 アリアは他の三人の使い魔に目配せすると、使い魔たちは立ち上がり、部屋の奥の片隅で相談をし始めた。
ある世界の記録書――羊と駆ける
柵を開け、走り出した羊たちを見送る。空は雲ひとつなく澄み渡っている。胸いっぱいに深呼吸をし、今ある幸せを噛み締めた。 俺には両親がいない。いや、出ていった、の方が正確だろうか。母は四年前に病気を拗らせて亡くなった。その一年後、父が王都へ向かって以来、その姿を見ていない。 置いていかれたのがこの村で良かった。まだ十歳だった俺を、村の人は見捨てなかった。すぐに異変を察して、王都へ見回りに行ってくれた程だ。それなのに、父は見つからなかった。 「セレノ! 今日はサンドイッチ持ってってあげるね!」 声に振り向いてみると、道を挟んで向こうから茶髪でウサギを思わせるような可愛らしい顔立ちの幼馴染――エミリが手を振っている。 「ありがとう! お礼はいつかするから」 「そんなのいらないよ。頑張りすぎちゃ駄目だからね」 エミリは小さく笑うと、バケットが覗くバスケットを手に道の奥へと行ってしまった。 あの笑顔は昼まで見納めか。少し残念に思いながら、愛犬と共に羊を追いかけた。 * * * 「どうすれば、この子たちを蘇らせられる……?」 書庫にある文献を片っ端から読み漁る。他の世界を束ねる神々の記録にまで手を出した。それなのに、蘇生術らしきものは見当たらない。 神ですら、蘇生なんて禁忌なのだろうか。いや、諦める訳にはいかない。消えた夢を叶えるためにも、この記録書の続きを書くためにも。何日も、何年も文献を読んでは惨敗し、溜め息に沈んでいた。
追憶の名残〜blue side story〜 第5章 始まりの疾風Ⅳ
それが良くなかったらしい。目的の部屋へワープし、ミユをベッドに寝かせる俺に、アレクとフレアは目を丸くした。 「オマエ、何で泣いてんだ?」 「……ミユ、温かいんだ」 小さな幸せに、より一層涙が零れる。 「最後にカノンを抱いた時、凄く冷たかったからさ。もう、そうじゃないんだって思ったら……」 尚更、涙が止まらない。 アレクとフレアは小さく笑う。直後、何かが思い切り俺の肩を強く叩いた。 「痛っ!」 「今更じゃねーか、んなこと」 じんじんと痛む肩を擦っていると、アレクはにかっと笑う。 「今度こそ、しっかり守ってやれよ」 「……うん」 絶対に、カノンと同じ目に遭わせたりはしない。胸に誓い、ようやく涙を拭った。 「アレク、お茶持ってきて?」 「何でオレなんだ?」 「女の子の部屋に男二人だけで置いとけないでしょ?」 「それもそーか」 アレクは頭を掻くと、文句も言わずに部屋を後にした。 フレアは早速、椅子を移動させようとするので、急いで止めに入る。 「俺がやるから」 「そう? ありがとう」 微笑むフレアはどこか憂いを帯びているようでもある。 三脚の椅子をベッドの傍へと移動させ、どちらともなくそれに腰かける。 ミユはまだ目覚めない。アレクが紅茶を持ってきても、それが冷めきっても、飲み干しても目が覚めない。 このまま目覚めなかったらどうしよう。そんな不安が脳裏を掠めた。ティーカップをきつく握り締める。 「大丈夫。大丈夫だから」 そんな俺を見かねてか、フレアは優しく呟いた。 その時、ようやくミユの瞼がゆっくりと開いた。何度か瞬きをし、何が起こったのかを確認しているようだ。 瞳の色はエメラルドグリーン――。 いや、見違いだったかもしれない。思わず声を上げそうになった時には、もう焦茶色に戻っていたのだから。 「あれ……?」 「ミユ、混乱してない?」 「う~ん……」 ミユは眉をしかめると、掛け布団を頭からすっぽりと被った。 「今見たものが過去? 影のことが何か分かるんじゃなかったの?」 ミユのくぐもった声が聞こえる。 「それは、もう少し先だ」 「じゃあ、また過去を見なきゃいけないの?」 「ああ、あと三つだな」 アレクが答えると、ミユは唸り声を上げる。 「ミユ、頭、痛む?」 「うん」 「ちょっと我慢しててね」 フレアの行動は早かった。返事を聞くや否や椅子から立ち上がり、何も言わずに部屋から飛び出していった。 小さな音を立ててドアが閉まるその光景を、ただぼんやりと眺めていた。 「痛っ!」 突如としてミユの悲鳴が上がる。 「大丈夫!?」 「ミユ、布団捲るぞ」 身体が反応したのはアレクの方が早かった。 布団を捲ると、頭を抱えるミユの顔があった。痛みが若干和らいだのか、瞼は開いており、揺れる瞳はこちらを見ていた。 「まだ痛む?」 「うん、ちょっと」 「フレアが水嚢持ってきてくれるからな。もう少し我慢してくれ」 アレクは苦笑いをすると、ミユの頭へと手を伸ばす。そのまま撫で回し始めた。 こんなにも辛そうなのに、代わってあげられない。記憶を手放してあげたいのに、俺の心が許さない。 「ごめん」 呟き、俯いたところで、気持ちが晴れ渡ることはない。 「そんな顔すんな。余計にミユが不安になっちまうぞ?」 「うん……」 何とか気持ちを切り替えなくては。軽く頬に両手を当て、息を吐き出した。 その空気を変えたのはミユだった。 「私、どうしてここに?」 「風の塔の中で倒れちまったからよー、コイツがここまで運んできたんだ」 「クラウが?」 「あぁ」 アレクの肘が俺に当たる。 泣き顔をミユに見られなくて良かった。と同時に、あの時のミユの温もりが蘇り、自然と顔が熱を持ち始める。 「ごめんね」 消え入りそうなミユの声が聞こえた。 この言葉は俺に向けられたのだろうか。謝ることなんてないのに。大きく首を横に振ってみせた。 「あれを見せられて、倒れない人なんていないんだ。だから謝らないで」 「うん……」 返事の仕方、小さな吐息、恐らく納得はしていないのだろう。 そうこうしている間にフレアが戻ってきた。水嚢をミユの額にセットし、黒い横髪を耳に掛けながら、その顔を覗き込む。 「これで少し良くなればいいけど」 フレアは息を吐き、アレクの顔を見上げる。 「七日間くらい様子見てみよーぜ。急かしても良いことはねーだろーしな」 「そうだね、ゆっくり行こう」 影がすぐに襲ってこないことを願うしかない。両手で握り拳を作る。 「ミユ、お腹空いてない?」 フレアが聞くと、ミユは首を横に振る。 「腹空いたら言えよ」 「うん」 ミユが笑顔で大きく頷くと、部屋の緊張が少し緩んだ気がした。 時計の鳴る音が部屋に反響する。静まり返った状況に耐えきれなかったのかもしれない。 「こんな時に何だけど、ミユって異世界に好きな人っていたの?」 本当に『こんな時に』だ。フレアがミユにとんでもないことを聞き始めたのだ。 ミユは不思議そうに首を傾げる。 「いないけど……?」 「そっかぁ。じゃあ、女の子同士の恋バナはまだ出来ないかぁ」 「恋バナ……」 ミユは呟くと、頬を赤く染めた。 「ホント、女ってそーいうの好きだよな」 ちらりとアレクがこちらを見た気がする。 そんなのはどうでも良い。 そもそも、リエルとカノンが恋人同士だったからと言って、俺とミユがどうにかなる、という問題でもないのだ。いざ考えようとすると混乱してしまう。 ひたすらカノンを追い求めてきたものの、このままミユを追っても良いのだろうか。俺のこの気持ちは、本当に俺のものなのだろうか。分からない。 気持ちの決着もつかず、ミユの頭痛が完全に治まるまでには、三日間を要した。
追憶の名残〜blue side story〜 第5章 始まりの疾風Ⅲ
罪悪感を噛み締めながら、塔の入り口をくぐる。中はほの暗く、何も置かれてはいない。床を見ても、黄色のモザイク模様が広がっているだけだ。 そこへアレクが声を張る。 「地の魔導師を連れてきた」 “そうか。地の魔導師、そこの魔方陣の中へ” 空気を振動させる男性の声――姿はなくとも、とてつもない存在感だ。 床のモザイクが黄色く光りだし、魔方陣の形を作り上げていく。 ミユを不安にさせる訳にはいかない。 「ミユ、行っておいで」 「過去を覗けるチャンスだぞ」 ミユの背中を押したい衝動を抑え、何とか声をかける。 ミユも小さく頷いてくれた。 「行ってくるね」 儚い微笑みを残し、一瞬にしてミユは魔方陣の向こう側へと行ってしまった。 残された三人で顔を見合わせ、表情を曇らせる。 「オレは羽根を取ってくる。もしオレよりも先にミユが帰ってきたら、ミユを頼んだぞ」 「そんなの分かってる」 乱暴に返すと、アレクはニッと笑った。 「じゃーな」 アレクはこちらに背中を向けると、右手をひらひらと振る。まるで緊張感がない。 そのまま魔方陣の円を踏むと、瞬く間に光の奥へと消えていった。 ミユは大丈夫だろうか。今頃アレクとの――いや、ヴィクトとの記憶を見ているのだろうか。心配は尽きない。頭がパンクしそうだ。 「ミユ……」 呟きながら、床に崩れ落ちた。 「もう、だらしないんだから」 後方にいたフレアは俺の隣に来るとすとんと腰を下ろす。 「こうなるのは分かってたでしょ?」 「分かってたけどさ、なんて言うか……」 「何?」 「覚悟が足りなかった」 声と同じように、気持ちまでもが萎んでしまう。 フレアは大げさに溜め息を吐いた。 「アレクもクラウも、ちゃんと先のことを考えて欲しいな」 「考えたよ。これ以上、良い選択肢はなかった」 「そう」 フレアはこちらを見ずに、遠くの方を眺める。 そうだ、悩んだ結果が今なのだ。唇を嚙み、目線を床に向けた。 「でも、ミユにはそんな顔を見せたら駄目だからね。不安にさせちゃうだけだから」 「うん、今だけにしとく」 フレアの吐息を吐く音だけが塔に響く。 そうして何も喋れなくなってしまった。フレアも何も喋ろうとはしない。 それなのに、大して気まずくはなかった。俺が心配や不安を膨らませ過ぎたせいかもしれない。アレクが帰ってきたことにも気づけなかった。 「おい」 肩を叩かれ、顔を上げる。 呆れた様子のアレクの顔があった。 「そんなに思い詰めなくても、ミユは無事に帰ってくるだろ」 「そうかもしれないけどさ」 ミユの過去が酷いものだけに、どうしても心配になってしまう。 「オレはカノンと何かあった訳じゃねぇ。何かあったのはリエルとアイリスだ。風の塔だけは心配要らねぇよ」 励ましのつもりかもしれないが、これでは先のことが更に心配になってしまう。それに、過去の自分を恨む原因にも。 溜め息を吐くと、アレクは自分の言った失敗に気づいたのか、「済まねぇ」とだけ口にした。 「カノンは……何でアイリスを恨んでたんだろう……」 フレアはか細い声を絞り出す。 その問いに答えられる者は、この場にはいない。ミユだけだ。 「ミユが思い出したら聞けば良い。そんなに思い詰めんな」 「うん……」 アレクはフレアの肩を抱き、そっと慰める。 「アレクは羽根を手に入れられたの?」 「あぁ。ワープした先に浮かんでたな」 「そっか」 いくら俺がぼんやりしていたとしても、それ程時間は経っていない筈だ。それに比べてミユは――。 どうしても気持ちがミユの方へと行ってしまう。 「これからのことはミユの試練が終わってからにしよーぜ」 「試練、か」 誰が、何のために好き好んでこんなことを。思わずせせら笑うと、アレクは眉をひそめる。 「何だ?」 「意味はないよ」 こんなにも辛い過去なのに、忘れていた方が良かったなんて思えなかった。彼女を愛した記憶が消滅するなんて、想像したくもない。 考えごとをしていると、魔方陣が目が眩むほどの光を放ち始めたのだ。ミユが帰ってきたのだろう。口よりも身体が先に動いていた。地面を蹴り、魔方陣の光を突き破る。途端に光は弾け去った。 「ミユ!」 中央にはミユの身体が横たわっていた。慌ててしゃがみ込み、その体を揺する。 反応はない。瞼は閉じられ、穏やかな表情だ。呼吸も落ち着いている。 「眠ってる、のかな」 「記憶を引き出された時のオマエもそんな感じだったぞ」 それならば、大事はない、ということだろうか。気が緩み、両手を地面についた。 魔方陣の先での出来事はあまり覚えていない。ミユも酷い扱いをされていないことを願うばかりだ。 「帰ろう?」 「そーだな」 フレアとアレクの声が聞こえた。 その後、数分間の沈黙が続く中、アレクの足音だけが塔に響く。恐らく、ミユが帰るための魔方陣を描いているのだろう。 「出来たぞ」 足音が止まると、アレクが盛大に息を吐き出した。 「ミユ、帰るよ」 返事が来ないことを分かっていながら、そっと微笑みかけてみる。壊れ物に触れるように、そっとその身体を抱いた。 温かい。ミユに初めて触れた感想がそれだった。涙が頬を伝う。 「先に行ってるからな。オマエもすぐ来いよ」 僅かに憂いを帯びた声が聞こえたと思うと、アレクとフレアの気配が掻き消えた。 顔を見られなくて良かった。頭を何度か軽く振り、気持ちを切り替える。涙を拭うこともせず、そのまま魔方陣へと足を踏み入れた。
追憶の名残〜blue side story〜 第5章 始まりの疾風Ⅱ
そんなことをしている間に、すぐにミユの部屋の前へ到着してしまった。三人揃って足を止めると、フレアはドアをノックする。 「ミユ? 起きてる?」 返事はない。 まだ寝ているのだろうか。 少し心配になりながらも、部屋に入るのは躊躇われた。何より、こちらを見るフレア目が「入るな」と言っているようなのだ。 「ミユ?」 やはり返事はない。 「二人はここで待ってて」 頷くしかなく、フレアが一人で部屋に入っていくのを見守った。 「ミユ、そろそろ行かないと」 恐る恐る部屋の中を覗いてみると、ベッドには眠っているミユの姿があった。こちらに背を向け、すやすやと寝息を立てている。 無事で良かった。 小さな不安は徐々に消えていき、ほっと胸を撫で下ろす。 「ミユ! ミユってば!」 フレアの声色が強まっても、起きた気配はない。 「ミユ!」 何度か呼ぶと、ようやくミユの寝息が消えた。 「そろそろ行くよ。着替えて」 「えっ? うん」 「着替えたら廊下に出てね。あたしたち、そこにいるから」 「うん」 そのやり取りをぼんやり眺めていると、左腕を強く引っ張られた。 「何するのさ!」 思わず声を上げると、アレクは顔を顰める。 「静かにしろ。ミユに覗いてんのバレるぞ」 はっと気づき、慌ててドアの方を顧みた。ドアが閉まる音と共に、フレアが眉をしかめ、溜め息を吐いている所だった。 「ごめん……」 申し訳なくなってしまい、謝ってみる。居心地が悪い。 俯いている所に、アレクがひそひそと口を開いた。 「ま、気持ち切り替えよーぜ。これからミユが過去を見るんだ。気ぃ引き締めないとな」 「そうだね」 返事をするのと同時に頷いていた。 そうだ、俺がしっかりしなければ。 拳を握り締めると、部屋のドアが勢い良く開けられた。ミユが来たのだ。心臓がとくりと跳ねる。 ミユは俺たちの顔を見ると、思い切り頭を下げる。 「遅刻しちゃってごめんなさい」 「ううん、気にしないで。あたしも遅刻することだって結構あるし」 フレアはにこっと笑い、俺とアレクを見る。遅刻とは言うが、俺にはピンとこない。 「そもそもさ、集合時間なんて決めてたっけ?」 「いや、決めてねーな」 「じゃあ、遅刻とかないじゃん」 ミユに微笑みかけると、彼女はもう一度頭を下げた。 フレアはアレクに目をやり、口を開く。 「もう会議室に行く必要もないし、ここでミユのための魔方陣作っちゃったら?」 「あぁ、そーだな」 アレクは頷くと、前方へ右手をかざす。身長と変わらない長さの、木製の杖を出したのだ。どういう訳か、先端を床に向けると、勝手に魔方陣が描かれていく仕組みになっている。アレクも躊躇うことなく、魔方陣を作り始めた。 「これ、何の魔方陣?」 ミユはその光景を不思議そうに眺めている。 「風の塔に繋がる魔方陣だよ」 「ワープは使えないの?」 俺が答えると、ミユはこちらを見てちょこんと首を傾げる。それが小動物のようで、とてつもなく可愛らしい。 「俺たち、一回でも行った事がある場所じゃないとワープ出来ないんだ」 「えっ? でも、私――」 「出来たぞ」 ミユが何かを言いかけたところで、アレクの声に遮られてしまった。 先を聞きたかったが、アレクの方が言葉を紡ぐのが早かった。 「ミユ、魔方陣の中に立つんだ」 優しい声で、何とか促そうとしている。 しかし、ミユはスカートを両手で握り締め、気持ちを隠そうとはしない。 「怖い……」 「大丈夫、あたしたちもついてるから」 フレアがミユの背中を一撫ですると、その強張っていた顔は若干緩んだように見える。 「絶対について来てね」 「うん、安心して?」 フレアに同調するように、俺とアレクも笑顔を作ってみせる。 ミユは小さく頷くと、ゆっくりと一歩ずつ、足を前へと運んでいく。魔方陣の端に触れた瞬間、黄色い光が魔方陣から溢る。あまりの眩しさに、腕で庇を作って顔を背けた。 ミユは風の塔に行き着いたのだろう。 光が収まると、慌てて俺たちも風の塔へと向かった。 これで風の塔を見るのは二度目――ミユと同じく、過去を思い出すために足を踏み入れて以来だ。天にまで届きそうな程に高い、黄色い石造りの塔だ。若干乾いた風が周囲を荒らし、砂埃を発生させる。剝き出しの黄色い岩が転がり、足場は悪い。 振り返ると、ミユが不安いっぱいな表情で俺たちを見ていた。 「ミユにはここにいるヤツと会ってもらう。ソイツが過去を知ってる筈だ」 「それは誰?」 「オレらには分からねぇ」 声は聞こえるものの、姿を現さないのだ。ただ、「行ってこい」と言われるがまま、声の主と話をしたところ、過去を見せられ、魔法を使えるようになっていた。 的を得ない回答に、ミユは眉をしかめる。その様子に、アレクはガハハと大きく笑う。 「心配すんな! 誰もソイツに危害を加えられたヤツはいねぇからな」 ミユは明らかにがくりと肩を落とす。 「オレらもついてくからよー、心配すんな」 「行こう」 ここで話をしていても、何も進まない。 声をかけると、塔を目指して一斉に歩き出した。 俺のエゴのために、魔法を得ることになるのを、どうか許してほしい。ミユ、ごめん――。
追憶の名残〜blue side story〜 第5章 始まりの疾風Ⅰ
いつの間にか眠っていたらしい。 あんなことがあったのに眠れるとは。眠れない日々が続いたから、仕方がないのかもしれないが。 大きく溜め息を吐き、もう一度瞼を閉じる。 そう言えば、今は何時だろう。薄目を開け、時計を確認してみる。七時半、か。もう一眠り出来るだろうか。そう考えていた間もあまりなく、廊下から足音が聞こえ始めた。それは段々と近付いてくる。 「起きてるか?」 ノックもなく、ドアノブの音が響く。 「もう少し寝かせて」 「やっぱ眠れなかったのか?」 「ううん、今日は眠れた」 「じゃー、少し付き合え」 嫌々視線を声の方へと向けると、アレクがにっと笑ってこちらを見下ろしていた。 ミユが関係しているのなら、俺だけ寝ていることなんて出来ない。 むくりと身体を起こすとアレクを追い出し、ナイトウェアを脱ぎ捨てた。着替え終わって部屋のドアを開けると、腕を組んで待ち構えていたアレクの姿があった。 「フレアも待ってんだ。行くぞ」 「ミユは?」 「まだ寝てんじゃねーか? フレアが見に行った時には寝てたらしいぞ」 どうやら、まだミユには会えないらしい。 肩を落としたものの、数時間後には大変な目に遭うのだ。今は眠らせてあげた方が良い。 廊下を歩きながら頭を掻くと、アレクが小さな咳払いをした。 「んで、オマエに相談なんだけどよー」 「何?」 「フレアに何か起きたら、オレはミユよりもフレア優先するからな。それだけ断っとこうと思ってよー」 そんなことは言われなくても分かっている。 神妙な表情をしたアレクに頷くと、その緊張感は緩んでいった。 「済まねーな」 「ううん、それは当たり前だから」 そんなことを話しているうちに、会議室へと到着していた。 扉を開けると、愁いを帯びた表情でフレアは窓の外を眺めていたようだ。はっとこちらに顔を向けると、微笑んでみせる。 「おはよう」 「おはよう。早速だけどさ、話あるんでしょ?」 「そんなに焦んな。まだ時間はあるだろーし」 話があるなら早く終わらせて、ミユの所に行きたいのに。なかなか自分が思う通りには、ことは運ばないらしい。 フレアは手持無沙汰じゃ寂しいだろうと気を遣ってくれ、紅茶を今この場にいる人数分用意してくれた。 この甘い香りは、ガーネットの南の地域のものだろう。フルーティーな味が口いっぱいに広がる。 それに反して、気ばかりが急いてしまう。両手を握り締め、ことの行方を見守る。 「あたしはまだ反対だよ」 「過去を見ることか?」 「そうだよ。今からでも遅くないから、ホントのことを言おう?」 「それでミユが止めちまったらどーするんだよ」 フレアは無言のまま、アレクを睨みつける。 これでは昨日の繰り返しだ。 「俺は……過去を見て欲しい」 見かねて、本心を呟いてみる。 「いずれは見なきゃいけない過去なら、今でも良いと思う。先延ばしにして、危険に身を晒すくらいなら、辛い思いをしでても自分の身を守れる方が良い」 「それは……そうだけど……」 返す言葉をなくしたのか、フレアは俯いてしまった。 しかし、納得はしていないようで、険しい表情をしている。 「今のところ、反対はフレアだけだ。何か意見はあるか?」 「あたしは……」 フレアは小さく首を横に振った。 「ミユが過去を思い出すのが怖いのかもしれない。あたし、多分何かをカノンに勘違いされてたから、ミユにも憎まれるんじゃないかって、やっぱりどこかで考えちゃって……」 言い終わると、ぎゅっと口を結ぶ。 アレクはフレアの頭を何度か撫で、優しく微笑む。 「ミユがオマエを憎んだとしても、オレとコイツはオマエを信じる。けど、それじゃーオマエも辛ぇよな」 「うん……」 「辛くなったら、全部オレにぶつけろ。泣きたい時には泣くんだ。いつか誤解は解ける筈だ」 遂にフレアは一粒の涙を溢した。何度か頷くと、そのまま俯く。 何とも言えない――悲しいとも違う、哀れみとも違う、複雑な空気をまとった時間は刻々と、確実に過ぎていった。 朝食も摂る気にもなれず、ミユの到着を待つ。ところが、とんでもない事実に気づいたのだ。 「ミユ、この会議室の場所、分からないかもしれない」 「あ?」 「過去を思い出してもいないし、昨日、道順を覚えてないかもしれないし」 「ワープは出来んだろ?」 ワープが出来たとしても、ワープの存在を忘れてしまっては意味がない。 首を何度か横に振り、勢い良く立ち上がった。 「ミユの様子を見てくるよ」 「駄目だよ、相手は女の子だもん。あたしが見てくる」 「大丈夫か?」 俺を遮ったものの、決心はつかないのかもしれない。アレクに問われると、フレアは再び俯いた。 「オレらもついてくからよー、駄目だったら言うんだぞ?」 「うん」 「じゃ、行くぞ」 アレクとフレアものそりと立ち上がり、俺を置いて会議室の扉を押し開けた。 こんな調子だと、やはり、溜め息を吐きたくなってしまう。我慢することはせず、頭を搔いた。 それに気づいたのか、アレクとフレアは小さく振り向く。「ごめんね」と小さな声も聞こえた。 謝るくらいなら、もう少し俺のことも気遣って欲しいものだ。
ある世界の記録書――薬草の知識
村から離れ、コスモスが咲く花畑を通り過ぎる。私たちの目的は薬草――熱を出した祖父のために、解熱草を煎じるのだ。 「この前、ニーナとルークが花粉まみれの精霊を連れて帰ってきたの知ってる?」 「知ってるよ。子供は無邪気だからねぇ」 白髪混じりの祖母はコスモスに目を落とし、ふふっと笑う。 「そんな呑気なこと言ってられないよ。花粉なんてついたら、洗濯大変なんだから」 「ピリピリするほどのことじゃないよ。あの笑顔を見られるならね」 私はどうも祖母の楽観的な考えには賛同出来ずにいる。用心するに越したことはないのに。そう思ってしまう。 「解熱草があるのはこの辺かな」 祖母は草むらの脇にしゃがみ込み、皺のある白い手で草を分けて葉を見比べる。 「これは……整腸草だね。こっちは抗炎症草」 「どう違うの?」 「葉の形と色、葉脈だよ。この違いが分かれば、エミリも薬草博士になれるね」 祖母はまた小さく笑う。 私には夢がある。病気の人たちを治し、健康にしてあげる夢が。その一端となるなら、薬草の選別が出来ても良いかな、とは思う。 「薬草なんて古臭いけど……考えとくね」 家に帰ったら、薬草の勉強でもしてみよう。私も祖母へ、にこやかに笑ってみせた。 * * * その夢が叶うことはなかった。私が不甲斐ないばかりに。私がもっと『混沌をもたらした者』に対抗出来ていれば、こんなことにはならなかったのに。痛む胸を押さえつけると、記録書をはらりと落としてしまった。床に落ちる前に、魔法で本を受け止める。 「次の世界で、新しい命として必ず呼び戻してみせるから」 呟きは決意へと変わり、波紋のように部屋へと広がっていった。