七宮叶歌
356 件の小説七宮叶歌
公募に挑戦中なので、更新停滞気味です。 公募に応募中の作品はカクヨムで読めます。『想刻師のいる辺境で』で検索♪ 恋愛ファンタジーな連載と、ファンタジー、時々現代なSSを載せています。エッセイも始めました。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 他サイトでは、小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYSで投稿しています。 NSS、NSSプチコン優勝者、合作企画関係の方のみフォローしています*ᵕᵕ お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 小説の著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でも良いのでコメント下さい。 2025.1.23 start Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako お題でショートストーリーを競い合う『NSSコンテスト』次回2026年5月1日~開催予定です。 優勝者 第1回 ot 様 第2回 ot 様 第3回 除草機1号様 NSSプチコンテスト 優勝者 第1回 黒鼠シラ 様
銀河の中の小さな星
この星は銀河の端にあるらしい。 ある天文学者は言った。 「銀河の端にあるからこそ、他の命ある星に侵略されずに済んでいるのだ。この星に辿り着く頃には、生命は寿命を迎えているだろう」 ある物理学者は言った。 「数字的に見ても、他の星に生物が生まれる確率は九十五パーセント以上。いつ侵略者が来てもおかしくはない」 ある生物学者は言った。 「寿命なんて、何年と決まっているわけではない。もしかすると、死を超越した生物だって存在するかもしれない。我々は侵略される前に侵略する他にはないのだ」 様々な立場の学者が論争を巻き起こし、世界を翻弄する。強国であるミラニア帝国は軍事力を強化し、ついに人類を宇宙へと飛び立たせた。しかし、一光年を渡るなんて程遠い。まだ隣の惑星までも辿り着けていないのだから。 錆びたプレハブ小屋が立ち並ぶ丘の上で、今日も宇宙へと向かうロケットを見上げながら思う。 そんなお金があるなら、私にくれてもいいのに。明日を生きるのも精一杯なのだから。私の世界は、この星よりもちっぽけなのだ。
小さな宇宙
私は今、小さな宇宙を作ることにハマっている。 宇宙の黒でもない、青でもない、紫でもない複雑な色をモールドに落とし、硬化する。これで下地は出来上がりだ。 次は肝心の星作りだ。人工オパールを液に沈め、銀の着色材で周りに渦を描く。これが意外と難しい。しかもやり直しが効かないので、一発勝負だ。 最後に半球同士を重ね、球体にする。 研磨してコーティングをして、ようやく完成だ。 「うーん……」 どこか納得がいかない。何故だろう。下地は問題ないし、人工オパールだって私の好きなピンクにした。渦だって綺麗に仕上がっている。自分で持っているのも勿体ない出来なのだ。 翌日、友人にあげることにした。登校中に渡したネックレスにした宇宙レジンは、友人の手の中で太陽の光を反射させる。 「綺麗だねぇ」 友人は食い入るように宇宙レジンを見詰める。しかし、友人も違和感を覚えたようだった。 「でもこれ、私がもらっちゃっていいの?」 「うん、自分で持ってるのは勿体なくて」 「そっかー、ありがとう」 言いながらも、小さく首を傾げる。 何かが違う。でも、それが何なのかは分からない。 次の日、ニュースでその正体を知ることになる。 「昨日、宇宙機関は地球に衝突するかもしれない彗星を発見しました。この彗星は撃ち落とすには小さすぎ、大気圏突入で消滅するには大きすぎ――」 つまり、地球に衝突する軌道に乗れば、回避は避けられない。その彗星はピンクの光を帯びており、銀の渦を纏っていた。
空を渡る王女 最終章 旅立つⅢ
ゼインはアネモネに会えなかった寂しさを埋めるように、アルフレッドに飛空船の操縦技術を教えるようになった。眼前の目標は、やはりゼインの独立だ。操縦席に座るアルフレッドの腕にも力が入る。 「左のレバーを倒したら着陸、引いたら離陸です」 「倒したら着陸、引いたら離陸……」 アルフレッドは復唱しながら、しっかりとメモに書き残す。今は停泊所で物資の補給中なのだ。エンジンを止めているため、計器を触ってもホープ号は動かない。 「一気に動かすと急上昇、急下降になっちゃいますからね。メヌエッタ様が悲鳴を上げますよ」 「分かった」 急に私の名を持ち出され、「ん?」と声を上げてしまった。緊張が緩み、二人の口から小さな笑い声が漏れる。 「それにしても、小型の飛空船を買えるだけのお給料を残しておくなんて、流石ゼインだよねぇ」 「メヌエッタ様、もっと褒めてください」 「調子に乗るな」 これは私も驚いたのだ。いっぱしの執事が飛空船を買えるだなんて、聞いたことがない。ただ私の見聞がなかっただけかもしれないけれど、素直に凄いと思う。 「でもな、そこが俺も一番引っかかってたから、クリアになって良かったな」 「はい。自分の貯金事情なんて、普通、喋りませんからね」 もしかしたらグライゼル侯爵が今後を見据えて、ゼインの給料を引き上げていた――なんて考えも浮かんだけれど、あまりにも無粋なので言うのはやめた。 「ゼインは独立したら、何の仕事をするの?」 「僕ですか? そうですねぇ」 ゼインは何故かアルフレッドを見て、にこっと笑う。 「航空士の卵を育成する仕事をしようかと」 アルフレッドも呑み込みが早い方だとは思う。それにしても、私も理解出来る教え方なだけに、ゼインも教官に向いているのだろう。もしかすると、上手い教え方によって航空事故も減らせるかもしれない。 「一人でも多くの命を救ってね」 「そっちですか」 ゼインはずっこけ、アルフレッドは盛大に笑う。変なことを言っただろうか。いまいち分からない。 「そうだ、補給が終わったら、アルフレッド様の操縦で離陸してみましょう」 「もうなのか!?」 「ここまで教えたんです。後は実践あるのみですよ」 アルフレッドは唸り声を上げる。ゼインが巣立つ前に、操縦技術は全て叩き込んでもらった方が良い。 「危なくなったらゼインが助けてくれるから大丈夫だよ」 「……危ない、イコール墜落、なんですけどね」 ゼインの苦笑いに、心臓が凍るような気がした。 「でも、僕がいるうちは墜落なんてさせませんよ。ホープ号も海に沈むのは嫌でしょうしね」 「ああ。心強い航空士を持って良かった」 アルフレッドはゼインとタッチし、口角を上げる。 補給も終わり、飛び立つ時はやってきた。アルフレッドの横にゼインが立ち、私はアルフレッドの真後ろに待機する。 「一度、深呼吸しましょう。吸って……吐いて……」 ゼインの言葉に合わせ、アルフレッドは呼吸を整える。おまけに私も深呼吸をした。 「エンジンボタンを押して……プロペラが回ってる音が聞こえますか?」 耳を澄ませると、微かにプロペラの羽音が聞こえる。 「ちゃんと回ってるな」 「じゃあ、レバーを引きますよ。ゆーっくりです」 私も呼吸を止めてしまいそうだ。アルフエッドの手がレバーを捉える。慎重に引いたつもりなのだろうけれど、私にとっては急上昇だ。思わず悲鳴が漏れ、膝を折ってしまった。 「出ました。メヌエッタ様の悲鳴一回目」 ゼインが茶化すものの、アルフレッドは緊張の最中にいる。反応なんて出来ないだろう。 そんなことをしていると、ホープ号が小さく揺れ始めた。その揺れは次第に大きくなる。そして、一瞬、落下するような感覚を覚えた。またしても悲鳴を上げる。 「怖い……!」 「メヌエッタ様の悲鳴二回目」 ゼインは怖くないのだろうか。アルフレッドには余裕がなさそうで、更にレバーを引いたようだ。今度は船体が急上昇する。一瞬、計器の明かりが消えた。 「それ以上、レバーは動かさないでください!」 流石のゼインも、これには焦ったようだ。いつもは穏やかな口調が、今回ばかりは荒々しくなる。 キャノピーに視線を移すと、ぐんぐん雲を追い抜いているのが見えた。この船を、今、まさにアルフレッドが動かしているのだ。 「上昇止めて。自動運転に切り替えです。自動モードボタンを押して、地図に出てる目的地を押してください」 アルフレッドが何やら操作をすると、ホープ号の飛行は一気に安定した。いつもの船の様子に、思わず安堵の息が漏れる。 「やったのか……?」 「成功ですよ」 「はあぁ……」 アルフレッドはゼインの一言で、操縦席に座りながら崩れ落ちた。 「手の汗が酷いな。心臓もバクバクだ。いつになったら慣れるのか……」 「すぐですよ。すぐ」 ゼインはアルフレッドの肩を軽く叩き、白い歯を見せる。 「こんな所じゃなんです。デッキに出ましょうよ」 「そうだな。頭がフラフラする……」 ゼインは操縦室を出て、アルフレッドはゆっくりと立ち上がる。その腕にしがみつき、満面の笑みを見せてみた。アルフレッドは眉尻を下げながらも、優しく微笑んでくれた。 デッキまで出ると船首に移動し、船が行く先を眺める。 「僕たちの未来は明るいんですかね」 「それは分からない。手紙配達の仕事だって、まだ軌道に乗ってないしな」 「まだまだこれからだよ」 三人で一列に並び、夏空の温い風を一身に浴びる。 「一つずつ、未来に誓いを立てましょうよ。僕は……アネモネに……やっぱりやめても良いですか?」 「お前が言い出しっぺだろ」 アルフレッドのツッコミに、ゼインは「まあまあ」と流す。 「これ以上すれ違いが続いたら、僕は失踪しちゃいますよ」 冗談では済まされないゼインの言葉に、苦笑いが漏れる。 「私は……そうだなぁ。お母様に顔向け出来るように、人生を遊び尽くしたい……かな?」 「……俺は……俺は、メヌエッタの笑顔を守り抜く」 思わずアルフレッドの顔を見てしまった。その瞳は前だけを見据え、揺るがない。この人についてきて良かった。そう思える人生しか見えないのだ。アルフレッドに初めて会った、あの頃が懐かしい。 「貴方……お待ちになってっ! 私をその船に乗せて!」 この一言がなければ、私たちはこうして空を飛ぶことなんてなかっただろう。小さく笑い声を上げると、アルフレッドとゼインが不思議そうな顔でこちらを向いた。 「どうした?」 「ただの思い出し笑い」 言いながらまた笑うと、二人も小さく笑ってくれた。 明日も、明後日も、私たちはドアノッカーを叩く。依頼者の想いを届けるために。 Fin
空を渡る王女 最終章 旅立つⅡ
アルフレッドは興味津々といった様子でゼインを見る。 「どんなことを伝えるんだ?」 「アルフレッド様が相手でも、そこまでは言えませんよ。流石に」 ゼインは首を横に振る。仲間だとしても、一つや二つ、言いたくないことはあるものだ。 「私たちはこっそり見てるから」 ゼインにグッドサインを送ると、何故か苦笑いをされてしまった。 そこへステーキが運ばれてくる。食欲をそそる音と香りにうっとりしてしまいそうになる。目の色を変え、ステーキと向かい合った。一口頬張るごとに、弾けんばかりの笑顔がこの場を満たす。この幸福がいつまでも続けば良いな、と願ってやまない。 今日の食事は満足だ。ステーキを完食し、ナイフとフォークを鉄板の上に置いた。ぽこんと膨れた腹が、幸せの何よりの証拠だ。 「じゃあ、伯爵の屋敷に訪問! ですね」 ゼインは会計を終わらせ、拳を握って意気込む。私とアルフレッドも首を縦に振って両手を握る。 「馬車は……いますね」 外はすっかり夜になっていた。店を出て、停留所を目指す。思い返せば、前回は御者に酷く怖い思いをさせてしまった。今回は、誰にも迷惑をかけずに役目を終えたいな、とネオンが輝く街並みを眺めた。 「すみませーん、伯爵邸までお願いします」 「はいよー」 馬車まで辿り着くと、御者はにこやかに代金を受け取ってくれた。蹄の音を響かせながら、馬車は私たちの気持ちを乗せて走る。街並みを見ていると、一軒だけネオンが寿命を迎えそうなのか、チカチカと点滅しているのだけが気になった。 十数分で伯爵邸の前へと到着する。ゼインがドアノッカーを叩くと、前回と同じ執事が現れた。 「貴方方は……!」 「はい、今日は手紙だけでも、と思いまして」 「その節は大変申し訳ございませんでした」 アルフレッドが一歩前に出ると、執事は平謝りをする。 「いや、俺たちは、謝っていただくために来た訳ではありませんので。メヌエッタ」 「うん」 こっそりと鞄に忍ばせていた封書を取り出し、執事に差し出した。 「これは?」 「伯爵に渡してください」 「お会いにはならないのですか?」 会うかどうか、私たちも少し悩んだのだ。しかし、ゼインが顔を合わせにくい、という結論に至った。 「私たちは、先を急いでいますので」 丁重に断り、執事に背を向ける。気持ちは既に次の目的地へと向かっていた。 馬車に乗り込み、停泊所へと急ぐ。振り返ってみると、扉の前で手を振っている伯爵の姿が見えた。私たちも手を振り返し、笑い合うのだった。 * * * 晴天は数日で曇り模様に変わり、雨粒を落とし始める。水滴がホープ号に降り注ぐ音色が心地良く船内に響く。 「見えてきましたよ。あそこがアネモネが住んでる屋敷です」 キャノピーから地上を見下ろしてみると、湖の畔に佇む赤レンガ造りの屋敷が目に映った。晴れていれば、青い湖が見られただろうに。今日はあいにく灰色だ。 「ゼイン、手紙は失くしてないか?」 「勿論、大事にしまってありますよ! ほら、ここに」 ゼインは胸ポケットから白い封書を取り出した。宛名は書かれているけれど、差出人の欄は空白だ。 「ちゃんと会って、伝えるんです」 その表情は綻んでいる、というよりは儚く揺れている。目元が優しいのは――いつものことか。 屋敷の隣にある一隻だけの停泊所へ、静かに着陸する。ここで異変に気付けば良かったのだけれど、誰も違和感を覚えなかった。 「傘は持ったか?」 「持ったよー」 「バッチリです」 アルフレッドは黒、ゼインは青、私は紫――三色の傘を差しながら、地上へと降り立った。 「緊張しますね……」 ゼインは言いながら武者震いをする。アルフレッドは一本の木を見つけ、私を手で呼び寄せた。 「俺たちはここで見てるからな。レイン、ファイトだ」 「おー」 ついゼインではなく、私が答えてしまった。三人揃ってひとしきり笑う。 ゼインは口を結び、鼻で大きく息を吸う。そのまま吐き出すと、肝を据えたらしい。一歩ずつ、門へと近付いていく。ドアノッカーが叩かれると、扉から一人の執事が顔を出した。 「何か御用でしょうか?」 「あの……アネモネ嬢に、会わせてください」 執事はゼインの身なりを目で一撫でし、眉をひそめる。 「アネモネ様は留守ですが」 「留守……?」 ゼインは目を開き、ぽかんと執事を見た。 「いつ戻りますか?」 「十日後とのことです」 「十日も……」 ゼインには申し訳ないけれど、流石に十日も待ってあげられない。以前、アネモネに会えたのも奇跡に近かった。唇を噛み締め、無常さに胸を痛める。 「では、これだけでもアネモネ嬢に渡してください」 「貴方は、どちら様で?」 「『レイン』と言えば……伝わると思います」 ここでゼインと名乗れないのが非常に悔しい。傘の取っ手をぎりぎりと握り締める。 「承知いたしました」 「よろしくお願いしますね」 ゼインは執事に頭を下げ、とぼとぼとこちらに戻ってくる。エントランスの扉は閉じられ、緊張の糸は一気に切れてしまった。 「……一生会えない訳じゃない。今回は特別だったんだ」 「そうでしょうか……」 アルフレッドの励ましにも、ゼインは無気力に答える。すっかり自信をなくしてしまったようだ。 「レインが意気消沈してたら、アネモネが可哀想だよ?」 「……そうですよね。全てが上手く行ったら……でも……。神様はやっぱり意地悪ですね」 ゼインは傘の隙間から空を見上げる。 「この空には、神様はいないのかもしれません」 静かな絶望が、雨音に掻き消されそうだった。
空を渡る王女 最終章 旅立つⅠ
ホープ号はルーヴェン王国へ向けて舵を切る。ゼインのアネモネへの想いを一緒に乗せて。 「アネモネぇ……!」 ゼインは自室で手紙をしたためているのだろう。アルフレッドの部屋にいても、ゼインの唸り声が聞こえてくる。変わらずに椅子をすすめてくれたアルフレッドはベッドに座り、ゼインの部屋の方へと目を向ける。 「想い込めすぎだろ。ボールペンが折れそうだな」 「それだけ伝えたいことがたくさんあるんだよ」 アルフレッドと顔を見合わせ、小さく笑った。そこで、先ほども気になった疑問をぶつけてみる。 「ねえ、本当にいないの?」 「ん?」 「手紙を送りたい相手」 アルフレッドは少しだけ考える素振りを見せ、小さく唸る。 「いることにはいるぞ? でもな」 何を迷っているのだろう。アルフレッドの顔をじっと見て、首を傾げた。 「名前も分からないんだ。今回の逃亡で出会った全ての人に、感謝は伝えたいんだけどな」 「それなら、一人だけ渡せそうじゃない?」 「誰だ?」 「白猫を託した伯爵」 名前は分からずとも、住まいは分かってる。あの時は重要指名手配犯として捕らえられそうになったけれど、今なら穏やかに話せるだろう。 「そうか、そうだな」 アルフレッドはおもむろに立ち上がり、便箋とボールペンを用意してくれた。一言でも良い。伯爵に気持ちが伝われば、それで良い。 テーブルに広げられた便箋を前にして、私も一緒にボールペンを持ちながら頭をひねる。 * * * 猫伯爵へ 白猫は元気にしているでしょうか。伯爵の愛情を一身に受け、すくすくと成長してくれることを祈っています。 これから夏に向けて日差しが強くなります。ご自愛ください。 メヌエッタ * * * そこで筆が止まってしまった。私は何と名乗るべきなのだろう。もうハルネイオ姓は使いたくない。それならば、アルフレッドのシャルレイ姓、なのだろうか。 「ねえ、アルフレッド」 「どうした?」 「私はこれから何姓を名乗るべきなんだろう」 アルフレッドは考える暇も見せず、にこっと微笑んだ。 「そうだな、シャルレイで良いぞ。通行許可証も、シャルレイになってるからな」 「でも、アルフレッドは家を捨てたでしょ?」 「だからだ。あんな家でも、俺と関わりがある。多少の皮肉のつもりだ」 アルフレッド笑顔が苦笑いに変わる。そういう考え方もあるのか。 私の名の隣にアルフレッドの名字が並ぶ。想像するだけで顔が沸騰してしまいそうだ。 震える手で最後にシャルレイと書き加え、ボールペンを置く。アルフレッドも丁度書き終えたようで、目線が合った。 「ぬおぉぉ……!」 微かにゼインの唸り声が聞こえてくる。 「ゼインもやる気に満ち溢れてるな」 この声はやる気の問題なのだろうか。少しズレている気がして、吹き出してしまった。 「……ちゃんとアネモネに会える、よね?」 ちょっとだけ不安になってしまい、アルフレッドの瞳を見上げる。彼は何も言わず、小さく頷くだけだった。 * * * アネモネの屋敷よりも猫伯爵の屋敷の方が近いらしく、船の進路は猫伯爵の方へと向いた。また、異国情緒溢れる料理が堪能出来る。楽しみで仕方がない。 国境は天候の関係で、三日間、最寄りの島での滞在を余儀なくされた。まあ、予定がずれるのも旅の醍醐味だ。急ぐ必要もないし、のんびりと街を楽しんだ。ただ、この晴天がいつまで続くのかは分からない。 私の死を悼んでいた人々は、既にどこ吹く風で笑顔を見せる。いつもの生活風景に戻って良かった。心底、安心したものだ。 他にも中継を挟み、更に数日かけて猫伯爵のいる島へと辿り着いた。デッキに出るだけで食べ物の色々な匂いが混ざり合った風が流れ込み、腹が空いてくる。 「最初に腹ごしらえしましょうか! 何食べます?」 「ステーキ!」 にこにこと笑うゼインに、間髪入れずに答えていた。 アルフレッドは若干、呆れ顔になる。 「ステーキは前に食べただろ?」 「あの時は味が分からなくなっちゃってたもん。今度こそ、味わって食べたいの」 「……それもそうだな」 アルフレッドも納得したように、口角を上げた。 「僕のことはレインって呼んでくださいよ? お二人の逃亡が終わっても、僕の勘当は終わってませんから」 ゼインは確認するように、小声で話す。すっかり頭から抜けていた。この一言がなければ、私は大声で『ゼイン』と呼んでいただろう。 「いっそのこと、レインに改名したらどうだ?」 「僕も考えたんですけどね。親からのたった一つの贈り物をなくすなんて、やっぱり寂しいじゃないですか」 それは私もなんとなく分かる気がする。ハルネイオ姓はあっさり捨てられたけれど、メヌエッタという名を捨てるには抵抗がある。 「僕としては、ルーヴェン国に留まる気は更々ありませんから、偽名なんて一時的なものなんですけどね」 ゼインは何度か頷き、満足そうに微笑んだ。 「そんなことより、ステーキですよね! 今日はお酒は自重しますから! いっぱい食べましょう!」 ゼインは先頭を切り、ログハウスが並ぶ大通りを闊歩する。逃亡者ではないだけで、こんなにも心の余裕が違うとは。両手を広げ、自由を満喫する。 その隣で、アルフレッドも両手を広げていた。清々しい表情が妙に印象的だった。 店に入ると、ウェイターに注文を通す。 「私はヒレステーキにする」 「俺はサーロインステーキだな」 「じゃあ、僕はリブロースステーキで」 メニューまで前回と同じだ。料理が来るのが楽しみで仕方がない。 先にオレンジジュースがテーブルに置かれ、三人揃ってストローで吸う。 「美味いな」 「生き返りますねー」 まるで冒険でもしてきたかのような台詞だ。 「僕、またアネモネに会えたら、しっかり伝えたいことがあるんですよね」 ゼインの目は輝いていて、希望と愛情に満ちているように見える。
空を渡る王女 第16章 零すⅢ
アルフレッドとゼインは自室に戻り、自分の荷物をまとめ始めた。私はすることがないので、アルフレッドの手伝いをする。男性の部屋を覗きまわって良いのか躊躇われたけれど、近い未来に夫となる人だ。気遣いは不要だったようだ。 「これは要る?」 引き出しの中を弄りながら、ボールペンを数本取り出した。 「要る」 「じゃあ、これは?」 虎眼の天然石のビーズで出来たブレスレッドを翳し、アルフレッドの返事を待つ。 「要らない」 「それなら、私がもらうね」 一時的でも、アルフレッドが身に着けたかもしれないものだ。屋敷に残しておくのは勿体ないし、何より私が欲しい。こっそりとポケットにしまい、それを撫でてみた。 アルフレッドは先ほどの話を全く蒸し返そうとはしない。吹っ切れたとも、絶望したのとも取れる表情だ。丁寧に畳まれた服を畳み直してから鞄に詰め込んでいく。まるで、生家での出来事をなかったことにするかのように。 「ゼインも荷物の整理進んでるかなぁ」 「ゼインは元々、私物が多くないからな。もうすぐここに来るかもしれないな」 アルフレッドの予告通り、数分も経たずに廊下から足音が近付いてくる。そして、ノックの音が響いた。 「アルフレッド様、手伝いましょうか?」 「ああ、頼む」 ひょこっと顔を覗かせたゼインの顔も見ずに、アルフレッドは淡々と作業をこなしている。 「やっぱり侯爵もデイビッド様も来ませんか。薄情者ですねぇ」 「考えたいことでもあるんだろ」 アルフレッドは気にしていない風を装い、手を止めることはなかった。 出立の準備も着々と進み、外は夕日が差し始めた。夜を迎える前に屋敷を出てしまおう。そういう運びになり、トランクを両手に抱えてエントランスへと向かった。 侯爵とデイビットだけではなく、使用人の姿すらない。ここまで跳ね除けられると、逆に清々しくなってしまう。 ホープ号の部屋の中は私たちの荷物で足の踏み場がないほどだ。徐々に片付けられれば良いか。一人で納得し、デッキへと上がった。空は今日も私たちを受け入れてくれる。 「上昇しますよー! 手摺りに掴まっててくださいね!」 階段の方から声が聞こえ、強風に備える。纏めた髪を押さえ付けたところで、船体がふわりと持ち上がった。オレンジの空が近付き、雲を追い越す。 「アルフレッドを苦しめた人たち……きっともう会うこともないでしょう」 眼下に広がる小さくなったグライゼル邸を目に、一人呟いた。侯爵家がどうなるのかは誰にも分からない。でも、私はそれで良いのだ。頷いたところで、二人の足音がこちらに近付いてくるのが分かった。 「メヌエッタ。これで、どこにでも自由に行けるぞ」 アルフレッドは月のように笑う。静かで、趣がある。吹く風に紛れて、息を吐いたのが分かった。頬がほんのりと熱を持っていく。 「ドラクシア国にだって、アエリオス国にだって、ルーヴェン国にだって行ける」 「通行許可証はあるの?」 「ああ、ばっちりな」 アルフレッドが苦笑いしながら言い切ると、ゼインが隣で頭を掻く。また彼の計らいなのだろうか。申し訳ないけれど、笑えてしまう。 「どこに行こうかなぁ」 小さく唸りながら、これからのことを考えてみる。そこで、ふと思ったのだ。 「アルフレッドとゼインは手紙を出したい相手っている?」 「俺はいないな」 「僕は……アネモネ?」 「じゃあ、アネモネに手紙を渡そうよ」 アルフレッドは微笑み、頷いてくれた。しかし、ゼインは釈然としない様子で首を傾げる。 「でも、すぐに迎えに行けないのに、手紙なんて渡しちゃって良いんでしょうか」 「え、まだ迎えに行かないの?」 その事実に、逆に驚いてしまった。逃亡生活は終わったし、迎えに行かない理由はないと思うのだ。 「だから、僕は独立したいんですよ。それまでは迎えに行けません」 「そんなことをしてたら、アネモネに見限られるぞ……?」 アルフレッドが呆れ顔を向けると、ゼインは口を負の字に曲げた。 「何でそんなに意地悪なことを言うんですかぁ」 その目は今にも泣きそうだ。しかし、私が言っている論点はそこではない。 「ゼイン、手紙は書くの? 書かないの?」 「……書きます! 書かせていただきます!」 ゼインは土下座をしそうなほどに頭を下げる。それなら決まった。 「じゃあ、次の目的地はアネモネの屋敷ね。ゼイン、舵を切って」 片手を腰に当て、もう片方の人差し指で前方を指し示す。 「え? 手紙は誰かに託すんじゃないんですか?」 「直接届けるの」 「えっ!? 僕はまだ、心の準備が……」 「心の準備をするには早すぎるだろ」 もじもじと手を合わせるゼインに、アルフレッドが即座に突っ込む。 「手紙って、配達員がいる訳じゃないでしょ? 庶民には文通なんて想像も出来ないと思うの。」 ゼインの友人からの伝手や、デイビッドからの手紙があったからこそ閃けた。 使用人がいるからこそ、王族や貴族は手紙の受け渡しが出来る。どうせ空を渡るなら、人の気持ちも乗せて渡りたい。旅はついで、という訳だ。 「私たちが生活していける範囲でお金をもらって、手紙を届けるの。って言っても、貴族からはちょっぴり高く、庶民からはちょっぴり低くね。それなら身分も関係なく、手紙をやり取り出来るから。自由になる船を持ってる庶民なんて、私たちくらいでしょ?」 「メヌエッタ様――」 「メヌエッタ、天才だ!」 アルフレッドはゼインを押し退け、私の両手を握った。褒められると私も嬉しくなる。 「父上を陰から見返して、国王陛下も認めさせような」 「うん!」 「それは流石に厳しいのでは……?」 小さく苦笑いをするゼインの声が聞こえた。
空を渡る王女 第16章 零すⅡ
ゼインがドアノッカーを叩くと、ほどなくして扉が開かれる。現れたのは執事ではなく、グライゼル侯爵本人だった。侯爵は冷めた目で私たちを見回すと、一言だけ放った。 「入りなさい」 有無を言わさぬ物言いに、一瞬たじろいでしまう。侯爵は一人で廊下の奥へと消えてしまった。しかし、ゼインだけは笑顔を絶やさない。 「ま、何とかなりますって」 言いながら、グッドサインを送る。 「そうだよね、うん。きっと大丈夫」 顔を曇らせるアルフレッドに、何とか笑って頷いてみせる。アルフレッドも決心してくれたようで、頭を縦に振ってくれた。どちらともなく手を繋ぎ、侯爵の後を追う。ゼインは後からついてくる。 リビングに入ると、やはりデイビッドも待ち構えていた。難しい顔をして、腕を組んでいる。 アルフレッドは気乗りしない表情で、半歩前に出る。 「物資の支給、ありがとうございました」 「逃亡成功だな。では、出立の準備をしなさい」 侯爵は息をつく間もなく、顎をしゃくる。せっかく報告をしに来た息子を、こんなに簡単に追い出すなんて。ゼインへの優しさは幻だったのだろうか。アルフレッドは俯き、唇を噛み締める。 「もっと労いの言葉はないのですか? アルフレッドは命を張って私を守ってくれたのです。それでも父親ですか?」 なるべく怒りを殺して、しかし唇を震わせながら声にする。 「メヌエッタ、良い。父上はこういう人だ」 「でも……!」 アルフレッドが良くても、どうしても納得がいかないのだ。 侯爵に目を吊り上げていると、意外な人物が声を上げた。 「父上、いい加減に素直になってください。どうして兄上には本音を言えないのですか?」 デイビッドだ。若干、呆れ顔で口を結ぶ。侯爵は顔色も買えず、何も言わない。代わりにデイビッドが口を開く。 「……もう良いです。俺はこの家を出ていきます」 「待って!」 部屋どころか屋敷まで飛び出していきそうなデイビッドを何とか言葉で引き留める。 「貴方は私のために、アルフレッドに家督を継ぐように言いましたね?」 「はい。確かに」 「私は全くそれを望んでいません」 「えっ?」 デイビッドは意表を突かれたように目を開く。 「私のことを何も知らない貴方が、どうしてそのようなことを言えるのです?」 「俺は、家族をあるべき姿に戻そうと――」 「それが間違っているのです」 デイビッドは何も分かっていない。それを示すように首を横に振ってみせた。 「勝手に決めつけないでください。俺だって、俺なりに兄上のプライドを守りたいのです。俺が代わりに傷つけば、兄上はこれ以上傷付かなくても良いでしょう?」 デイビッドは拳を握り締め、きつく口を引き締める。これでアルフレッドが黙っている訳もない。俯き加減で、「昔から」と声を震わせた。 「どうしてそんなに哀れな目で俺を見る? その間違った優しさが、俺を余計に傷付けるんだ」 歯を食いしばり、デイビッドを見る。黙って見ていたゼインは、もう我慢が出来ないと言わんばかりに数回手を叩いた。 「侯爵様、お二人を見ても何も感じないと?」 私たち四人の視線が一気にグライゼル侯爵へと向く。初めて侯爵の表情が揺らいだ。 「私は……何を間違ったのだ? いや、何も間違えてはいない、何も」 「僕に見せてくれた優しさを、アルフレッド様は知りません」 「それは……」 侯爵は項垂れ、髪をくしゃりと握る。 「何がそんなに侯爵様を怯えさせているのですか?」 「……一度、座ろう」 侯爵はくたびれた表情をしながら、ソファーに座り込む。侯爵の隣にデイビッドが、その対角上のソファーに私とアルフレッドが腰を下ろした。ゼインは執事然として座らず、私たちのやり取りを見守っている。 「妻は……セシリアは、あまりにも自由過ぎた」 侯爵は独り言のように口にする。 「好き勝手に遊び歩くし、政治にも口を出していた。だから……」 語尾は弱々しくなり、覇気もなくなる。 「それと何の関係が?」 言葉を繋ぐように私が問うと、侯爵はちらりとアルフレッドを見た。 「アルフレッドがセシリアのようになるのが怖かったのだよ」 「ただ、容姿が似ているというだけで?」 侯爵は答えず、首だけを動かす。あまりにも身勝手だ。自分の不安を解消するためだけに、息子に当たっていたなんて。 「それで、アルフレッドを追い出すのですか?」 「この家に捕らわれていたのでは、自由への渇望がアルフレッドを狂わせるかもしれない。そう思うとな」 侯爵は前かがみになり、両手で顔を覆う。その恐怖は私には理解出来ない。しかし、一方的に非難することも出来なくなっていた。歪みながらも、侯爵はアルフレッドを守ろうとしていたことが感じられたからだ。 「父上が俺を追い出さなくても、デイビッドが俺を引き留めても、俺はこの家を出ていく」 アルフレッドは膝の上で拳を握り、侯爵とデイビッドを鋭い目つきで見た。 「ほら、見たことか。やはり、本性は隠せないのだ」 「俺は自分のためではなく、メヌエッタのために出ていくのです。勘違いしないでください」 嘲笑する侯爵に、アルフレッドは語気を荒げる。 「こんな家に縛り付けても、メヌエッタに不自由しかさせない。何より」 アルフレッドは息を吸い込み、畳みかけた。 「俺がメヌエッタの泣く姿を、もう見たくはないのです」
空を渡る王女 第16章 零すⅠ
ホープ号に戻ると、アルフレッドとゼインは無言で私を迎え入れてくれた。あまりにも優しい笑顔に、涙が溢れそうになる。 離陸に合わせてデッキに出て、ロゼリアの屋敷を眺める。木々に囲まれた、青い屋根に白い壁の豪邸――私の気持ちがきちんと伝わってくれていれば良いなと願わずにはいられない。 「ロゼリア、元気でね」 最初で最後かもしれない、同性の私の友人だ。私の言葉は棘として残るかもしれない。でも、それを乗り越えて幸せになって欲しいな、と両手を握り締めた。 程なくして、廊下から人影が現れる。アルフレッドだ。ちょっとだけ気になっていた話題を振ってみることにした。 「アルフレッドは、ロゼリアを恨んでる?」 アルフレッドは考える素振りも見せず、首を横に振った。 「全然だな。見ず知らずの令嬢のすることなんて、いちいち気にかけてはいられない」 「でも、自分の未来を掻き回した子だよ?」 問い質してみても、アルフレッドの意見は変わらない。 「それでも、俺は自分のことで精一杯だ」 苦笑いをし、片方の肩を竦める。被害者とはそういうものなのだろうか。しんみりとしながら、今一度、遠ざかっていく豪邸を見詰めた。 安定飛行に入るとデッキにゼインも合流し、にぎやかな時間が戻る。グライゼル侯爵邸までは半日以上かかるのだ。その間に、デイビッドへの対応を考えておかなくては。 「デイビッドの申し出は断るんでしょ?」 「当たり前だ。俺は、メヌエッタの意思を尊重したい」 「私だけじゃなくて、アルフレッドの将来も考えてよ」 何故、そんなにも自分を棚の上に置くのだろう。少しずつ自分も大切にする癖を身につけさせなくては。 アルフレッドは困り顔になり、何かを考え始めた。 「俺は……そうだな、家に縛られてもそれなりの人生しか送れなさそう……ではあるな」 「アルフレッド様、何でそんなに自信がないんですか」 ゼインが眉をひそめると、アルフレッドは苦笑いをした。 「自分のことを真面目に考えたことはなかったからな」 言いながら、嘲笑する。その表情が空虚なものに見えて、心に突き刺さった。 「これからは、そんなことは許さないんだからね?」 私が腰に手を当てて頬を膨らませると、ゼインが大笑いをする。それも屋敷で暮らしていた頃からの絆があるからなのだろうな、と羨ましくなってしまう。 まあ、思い出はこれからたくさん作れば良いと割り切ろう。 「それで、ですよ」 ゼインは私たちの顔を交互に見て、真剣な顔つきになる。 「契約結婚の話は、予定通り受けるんですよね? ね?」 そうだ、緊急事態が続きすぎていて忘れかけていた。私はアルフレッドと一緒にいたい。断る理由はない。 でも、アルフレッドはどうなのだろう。成り行きでキスをしてしまったけれど、まだ本人の気持ちは聞けていない。顔をバラ色に染めるアルフレッドの顔を見上げ、高鳴る胸を押さえる。 「俺は受けたい。というか、受けさせて欲しい。メヌエッタは嫌か?」 「全然、嫌じゃない! 私はアルフレッドが好きなの!」 自分が発した言葉に違和感を覚える。こんなところで告白するなんて、私は馬鹿なのだろうか。キスをした時点で想いは伝わっているだろうけれど、恥ずかしすぎる。 「両想い成立ですね? 本当にここまで長かった……。二人が奥手すぎて」 ゼインはわざとらしく目に涙を滲ませる。目薬を仕込んだのではないかと疑うほどだ。 「ゼイン、からかってるだろ」 「主の恋愛成就を喜ばない執事はいませんよ?」 言葉とは裏腹に、ゼインはニヤニヤしている。アルフレッドが盛大に息を吐き出しても、「僕は嬉しいだけですよ?」とアルフレッドの怪我をしていない方の肩を軽く叩くだけだった。 「ゼインだって、いつアネモネを迎えに行くつもりだ?」 「ちょっと考えがあるんです。今すぐには、行動には移せませんけどね」 どんな考えなのだろう。 「頑張れば出来ること?」 聞いてみると、ゼインは溢れんばかりの笑顔に変わった。 「はい。必ず成し遂げてみせます。そのために」 ゼインは何度か頷き、自分の中で心を決めているようだった。 「時が来たら、僕を解放してください」 「……えっ?」 それは追い出せ、と言っているのだろうか。私はずっとゼインとも、アネモネとも旅をしたいのだ。私たちを見捨てないで欲しい。嘆願するようにゼインを見ても、視線は合わなかった。まっすぐにアルフレッドを見ている。 「独り立ちですよ、独り立ち」 「そんなことを言っても、ゼインがいなければ船は動かせないだろ?」 「操縦は僕が一から教えますって」 ゼインの決意は本物だ。教えてまで独り立ちをしたいなんて、ゼインなりの夢があるのだろう。ここは彼の応援をするべきなのだろうか。酷く寂しいけれど、彼なりに自分の未来を選びたいのだろう。 「アルフレッド、私も支えるから」 「……ちょっとだけ考えさせてくれ。最善の方法を考えたい」 アルフレッドは決断を急がず、思考を巡らせる。それが良いことなのか悪いことなのかは、私には分からない。ただ、ゼインにとっては苦痛の時間なのだろうな、と予想することは出来た。 定刻通りにグライゼル侯爵邸へと到着した。必ずデイビッドと決着をつけてみせる。意気込み、生唾を呑み込んだ。本題がグライゼル侯爵の優しさにあることなど、露ほど知らずに。
空を渡る王女 第15章 掲げるⅢ
自室に移り、王宮で最後の一夜を過ごす。隣の部屋にはアルフレッドが、その隣にはゼインが泊まることとなった。私の部屋に集うと、ゼインは部屋の豪華さに驚いたようだった。 「何ですか、このシャンデリア! こんなのが各部屋に付いてるんですか?」 「ううん、私とお父様の部屋だけだよ」 「何だ、キラキラの中で眠れるかと思ったんですけどねー」 ゼインはがっかりしたように肩を落とす。いや、キラキラは眠る時には消すものだ。内申でツッコミを入れてみる。アルフレッドも目を細め、苦笑いをした。 「それより、アルフレッド様。空を渡る考えって、何ですか?」 「ああ、それははったりだ。そうでもしないと、メヌエッタが自由にならなかったからな」 アルフレッドは迷いなく言う。てっきり何か考えがあると思っていただけに、開いた口が塞がらない。 「大胆なことをしますねぇ」 ゼインは「ほえー」と声を漏らす。その隙に、話をねじ込んでみる。 「明日、グライゼル侯爵邸に向かうでしょ?」 「ああ」 「その前に、ロゼリアの所に寄って欲しいの」 「構わないが」 アルフレッドはにこやかに頷いてくれた。それが気にくわないのか、ゼインは口をへの字に曲げる。 「屋敷に戻っても、デイビッド様に説得されるだけですって。それでも行くんですか?」 「ああ。このままじゃ、俺の気が収まらないからな。何か言い返してやりたいんだ」 その手紙の内容が脳裏を掠めた。無意識ではあるけれど、兄に家のこと全てを押し付けようとするのは目に見えている。私としては、屋敷には行かずに旅に出たいものだ。 「父上にも、一応、礼くらい言わないとな。助かったことには変わりない」 そう言われると、反発が出来なくなる。侯爵には私もお世話になったし、感謝も伝えたい。 「デイビッドに会わないのが一番良いんだけど……」 「それは不可能だと思って良い。帰ると手紙を書いてしまったからな」 「何でそんな余計なことするのぉ!」 「ついうっかり、な」 うっかりで済むことなのだろうか。アルフレッドも律儀すぎるな、と思いながら、頬を膨らませた。 ゼインはアルフレッドが持っていたカードを懐から取り出し、にこりと笑う。 「カードゲームでもしながら、夜を過ごそうじゃないですか。今日は寝かせませんよ」 「俺に勝てると思ってるのか? 神経衰弱だってボロ負けだっただろ」 「あれはたまたまです」 二人で語っているものの、ゼインの視線は私にも向けられている。完全に巻き込まれた。まあ一夜だけだから、夜更かししても良いのかもしれない。 「じゃあ、ババ抜きからね!」 「嘘が苦手なのにですか?」 「良いのー!」 ババ抜きは初めてアルフレッドの心に触れたゲームなのだ。正式に王女ではなくなった日に、また思い出を重ねたい。 アルフレッドはゼインからカードを受け取ると、軽快にシャッフルする。カードが擦れる音と私たちの笑い声は明け方まで続いたのだった。 * * * 楽しかった時間はすぐに終わり、現実が押し寄せる。朝日を浴びながら、母の墓前に手を合わせた。 「私、旅に出ることになりました。もう、国に守ってもらえないのはちょっと怖いけど」 手向けた百合の花は、静かに風に揺れている。母が「元気でね」と言ってくれているかのようだ。 「お父様が許してくれるなら、また会いに来るね」 「メヌエッタ! そろそろ行くぞ!」 「分かったー!」 振り向きざまに、アルフレッドに返事をする。 「お母様に会えなくなるのはつらいけど……行ってきます」 にこりと微笑み、足を踏み出した。その時、温かな風がふわりと身体を包み込む。 「お母様?」 まるで、誰かに抱かれているかのような感覚だった。胸に温かな明かりが灯る。 その気持ちのまま、ホープ号に乗り込んだ。この船も騎士たちが運んでくれていたらしい。褒めはしないが、感謝はしたくなった。 デッキで外の空気を吸うのはいつ振りだろう。あまりの爽快感に、心が浮足立つ。 ロゼリアが住む屋敷には、一時間程度で到着した。気持ちを切り替え、覚悟を決める。アルフレッドとゼインはホープ号で留守番だ。私の来訪を予期していなかった使用人たちは、慌てた様子で屋敷内を右往左往していた。 応接室に入ると、目を吊り上げてみる。数分も経たず、ロゼリアは姿を現した。長い茶髪を二つに結んだ清楚な出で立ちに、ラベンダー色の円らな瞳――可愛らしい雰囲気は変わっていない。しかし、瞼は赤く腫れあがっていた。 「メヌエッタ、ごめんなさい!」 間髪入れず、ロゼリアは頭を下げる。 「謝ったって、すぐには許せないよ。ロゼリアのせいで傷付いた人がいるの」 「それは……謝っても許されないことをしたって分かってる。本当にごめんなさい」 声が掠れている。私が逃亡していた間も、ずっと泣いていたのだろうか。 一度、ロゼリアの立場に立ってみる。出来心で文通を始め、想いを寄せた相手は従姉との結婚が決まる。その従姉は結婚を嫌がり、自分のせいで死亡したと聞かされる――とても堪えられたものではない。 だからと言って、今、ここで許してしまっても良いのだろうか。一瞬だけ言葉を飲み込み、それでも信念を声にしていく。 「私はもう、ロゼリアに会うことはないと思う。だから、覚えていて」 間を置き、息を吸い込む。 「貴女の油断が、こうやって人を死に追い込んだりするの。王妃になっても、忘れちゃ駄目だからね」 自分で言っておきながら、胸がきゅっと締まる。今は許しはしない。でも、一生許さない訳でもない。これを教訓にして生きていってくれるなら、私の本望だ。決して笑顔は見せず、ロゼリアの手を握る。彼女ははらりと涙を零した。
空を渡る王女 第15章 掲げるⅡ
脇目も振らず、アルフレッドの元へと駆け寄った。 「アルフレッド!」 「メヌエッタ、久しぶりだな」 アルフレッドがあまりにも優しく微笑むので、視界が滲んでしまう。 「肩は大丈夫?」 「ああ。ほとんどかさぶただ」 良かった。肩の荷が下りたようで、膝から崩れ落ちそうになる。私を庇っていなければ負わずに済んだ怪我だ。私のせいだと責めなかった日はない。 「お父様、貴方はこの方を傷つけたのです」 「そうか、すまないことをした」 「もっとこう、何か言葉はないのですか!?」 人としての感情はないのだろうか。父王はアルフレッドと目を合わせようとしない。それも気に入らないのだ。 「お父様は、正しいことをしようとしたのかもしれません。ですが、アルフレッドが傷ついたのは事実です!」 父王は無言のまま、俯いてしまった。これ以上の言葉を求めるのは間違っているのだろうか。 「アルフレッド、申し訳ございませんでした。この恩はいつまでも忘れることはないでしょう」 代わりに私がアルフレッドに声を掛ける。アルフレッドもそっと微笑み、小さく頷いてくれた。 自分を奮い立たせ、父王へと向き直る。一番伝えなくてはならない内容を、頭の中で反復させる。 「私はドラクシア国へは絶対に嫁には行きません」 これは私の決意であり、主張だ。今後一切、曲げることはない。 「私と共に歩いてくれるのは、アルフレッドしかいないのです」 アルフレッドの腕にしがみつき、目を吊り上げた。 「そのことだが……」 父王は気まずそうに目を逸らし、頭を掻く。 「どうやら私は勘違いをしていたようなのだ」 「勘違い……?」 言っている意味が分からず、訝しいながらも首を傾げてみる。 「メヌエッタは、ドラクシア国王子と文通はしていなかったのだな?」 「文通? 何のことです?」 全く身に覚えのない話だ。私の様子を見ると、父王は大袈裟に溜め息を吐いた。 「本当に何も知らないのだな」 父王は天を仰ぎ、頭を抱える。 「ロゼリアめ、最初から教えてくれたら良かったものを」 ロゼリアが何に関係しているのだろう。傾げていた首を、今度は反対側に倒す。 「ドラクシア国王子がメヌエッタと心を通わせたから、求婚を申し出たと言うのだ」 「それも身に覚えがありません」 首を横に振り、否定してみせた。 「ロゼリアがお前の名を騙り、文通していたらしいのだ。それで、ロゼリアをお前と勘違いしたドラクシア王子が……」 「結婚を迫った。なるほどですねぇ」 「納得するな」 話の隅に追いやられていたゼインが、腑に落ちた表情で手を合わせた。そこへアルフレッドが口を尖らせる。 つまり、父王のとんでもない勘違いの末に、私の人生は振り回されたらしい。 「それで、ロゼリア嬢はどうされているのです?」 アルフレッドが丁寧に聞くと、父王は困ったように眉を竦めた。 「嫁入りの準備をしている。メヌエッタには申し訳ないことをしたと泣きながらね」 泣くくらいなら、最初から自分の名を公にすれば良かったのに。そうは思うけれど、公爵令嬢の身分では他国の王子に手紙なんて書けなかったのだろうか。その辺は私が疎くて分からない。 ただ、これだけははっきりとしている。 「あとでロゼリアに文句を言わないと。ロゼリアのせいで、誰かが死んでいたかもしれないことは伝えないといけません」 これが私が王女であるうちにできる最後の仕事だ。ロゼリアには甘い父王に任せられない。自分が悪役になることを決め、口をへの字に曲げた。 ともかく、私がドラクシア国に行かなくても良いなら、なんだって良いのだ。清々しい気分になり、息をめいいっぱい吸い込んだ。 「メヌエッタ、お前はどうしたいのだ? 女王期待論も出ているが」 父王は腰に片手を当て、私をすっと見る。 「私は女王にはなりません」 「では、王女の座に居座ると?」 「王女でいる気もありません」 父王は眉をひそめた。 「アルフレッド卿の生家でお世話になるのか?」 「それもアルフレッドが望んでいません」 アルフレッドの腕を握る手に力を込める。訳が分からないと言いたげに、父王は首を振った。 「では、どうしたいのだ」 「私は……きっと」 結論が出た訳ではない。それでも、なんとなく心の方向は決まっている。 「空を渡りたいのです」 「空?」 「今回のことで、私は自由を知ってしまいました。海に落ちれば命はない、危険と隣り合わせなのは承知しています。でも、王族でいないことがどれだけ楽かを知ってしまいました。空は誰でも受け入れてくれることを知ってしまいました」 拒みをしないからこそ自由で、生きていくことが難しい。その境目が私には合っている。そう思ってしまったのだ。 「俺はメヌエッタの生き方を尊重します。家に縛り付けるような真似はしたくありません」 「まだ可能性は百ではありませんけどね」 「今、その話はするな」 アルフレッドは肘でゼインを突付く。ゼインは頭を掻くけれど、この緩んだ顔では反省していないな、と想像出来た。 「それで生きていけると思っているのか? お前はまだ何も知らない、ただの子供だろう」 「子供ではありません!」 「では、どうやって生きていく?」 「それは……」 逃亡中も資金はグライゼル侯爵家がなんとかしてくれていた。私たちだけで生きていくとなると、それも当てには出来ない。 言葉が出てこずに思考を巡らせていると、アルフレッドが口を開いた。 「それは俺に考えがあります。何も考えがない訳ではありません」 父王は唸り声を上げ、大きく息を吐く。 「……一度は死んだ身だ。勝手にしなさい」 あの父王が私の意見を通した。その事実に衝撃を受け、口を半開きにしてぽかんとしてしまう。 「反対……しないのですか?」 「反対しても、また逃げ出すだろう」 「……ありがとうございます」 礼をすることさえ忘れ、父王のラベンダー色の瞳をただただ見詰めていた。 その日のうちに、父王はラジオ局のスタッフを呼び出した。玉座の間に長テーブルが置かれ、マイクも無数に設置される。 準備が終わると、早速、収録は開始された。父王は神妙な面持ちでマイクと向き合った。 「ここに重大な報告をする。我が娘、メヌエッタは生きている。だが、彼女は今日より私の娘ではない。女王には就任しないし、王女でもない。これは決定事項である。反論は認めない」 私の死亡を伝えたときと同じように、淡々と、冷静な声が響く。しかし、伝え終えたその表情は柔らかく、どこか哀愁を漂わせるものだった。