七宮叶歌

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七宮叶歌

恋愛ファンタジーな連載と、ファンタジー、時々現代なSSを載せています。エッセイも始めました。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 他サイトでは、小説家になろう、カクヨム、NOVEL DAYSで投稿しています。 NSS、NSSプチコン優勝者、合作企画関係の方のみフォローしています*ᵕᵕ お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 小説の著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でも良いのでコメント下さい。 2025.1.23 start Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako お題でショートストーリーを競い合う『NSSコンテスト』次回2026年1月1日開催予定です。 優勝者  第1回 ot 様  第2回 ot 様 NSSプチコンテスト 優勝者  第1回 黒鼠シラ 様

空を渡る王女 第11章 暴かれる

 ここを出るまでに雨は上がるだろうか。あいにく、傘は持ってきていない。  考え事をしている間に、イルカはプールへ戻っていた。三頭揃って、天井からぶら下がっている大きな輪をジャンプして潜る。 「セシル、気付いてる?」 「ん?」 「外、雨が降ってる」  そこで、ようやくアルフレッドも窓を見たらしい。顔色が若干青くなり、唇を噛んだ。 「帰る頃に止んでることを祈るしかないな……」  二人でヒソヒソ話をしているのは、流石に伝わっただろう。ゼインはこちらを見て、一度だけウインクをする。 「水族館の傘を借りれば大丈夫ですよ」  貸し出し傘なんてあるのだろうか。とりあえずゼインの言葉を信じるしかなく、口をへの字に曲げながらも頷いた。  イルカたちは尾びれを使って立ち泳ぎでバックしたり、揃ってジャンプをしたり、鼻先に玉を乗せたりする。雨さえ降っていなければ――アルフレッドの髪色が水で落ちる心配がなければ、華麗なイルカたちのショーを楽しめたのに。  そこへ、イルカたちが最前列の観客に向かってヒレで水を飛ばした。可愛らしい悲鳴と歓声が会場内に響く。 「最前列に行かなくて良かったな」 「ですね」  アルフレッドはほっとしたように肩を沈ませる。それを見ると、私の心も少し安心してしまった。鼓動も元の速度に戻り、イルカのショーを観る余裕も出てくる。  しかし、水飛ばしがショーのピークだったようだ。気付けば、またイルカたちはステージ上でヒレを振っていた。 「ママー。楽しかったねー」 「また来ようね」  長閑な親子の会話が耳に届く。  また次に来た時に思いきり楽しむしかない。楽しみは未来に取っておこう。いつか、アルフレッドと一緒に来られるだろうか。  アルフレッドの顔を見上げてみると、不思議そうな顔をされてしまった。 「最近、ティアとよく目が合うな」 「そう?」  後ろでゼインが「鈍感め……」と小さく呟くのを聞き逃さなかった。 「さ、行こー」  私がゼインの言葉を振り切って一歩を踏み出すと、二人も追って来た。館内にはウミガメがいたり、サメがいたり、エイがいたり――海の生き物なんてお目にかかること自体が難しいので、圧倒されてしまう。   「どうやって、海の魚を連れてきてるんだろう」  深海魚を眺めながら、独り言を呟いてみる。 「魚に命を懸ける人もいるってことですよ」  ゼインが遠回しに説明してくれたものの、よく分からない。私も説明を求めたわけではないので、聞き流すことにした。  館内も一周し、お土産コーナーに立ち寄る。魚のマスコットがついたキーホルダーやイルカのネックレスなど、ここでしか買えないものが溢れかえっている。私も一つくらいお土産にしたい。  アルフレッドがクラゲのキーホルダーを手に取ったので、私もつられて同じものを摘まみ上げてみる。 「うん、綺麗だ」 「私、これ買っちゃおうかなぁ」  アルフレッドに聞こえるように、少しだけ声を張って言ってみる。すると、アルフレッドの視線がこちらを向いた。 「お揃いにするか。新婚……いや、繋がっていたいからな」 「えっ?」  ボソボソというので、聞き間違えたかと思った。しかし、そうではなかったらしい。アルフレッドの頬は僅かに赤く染まっていた。  アルフレッドにキーホルダーを預け、会計を済ませてもらう。 「ほら」  丁寧に渡してくれたそれを、手のひらで受け取った。正式に私の物となったキーホルダーを、天井の照明に翳してみる。水槽の中で漂っていたクラゲと同じような透け感で、見るだけでうっとりしてしまう。 「大事にしような」 「うん」  アルフレッドとお揃いの物を持てた。そのことを素直に喜ぼう。寂しさを心の奥に閉じ込め、キーホルダーを握り締める。アルフレッドに手を引かれながら、『ありがとうございました』と掲げられた看板の下をくぐった。黒い自動ドアが開き、雨雲の下に晒される。 「あ」  三人の声が重なった。傘を借りるどころの話ではない。一瞬でずぶ濡れだ。アルフレッドのヘアカラーは見る間に落ち、銀髪が露わとなる。傘を差す人はまばらだけれど、いない訳ではない。一人にでも通報されれば命取りだ。 「ティア、レイン、走るぞ!」 「はい!」  アルフレッドも慌てたのだろう。私から手を放し、両手で頭を隠しながら走り出していた。それにゼインも続く。出遅れた私は、雨で見通しの悪くなった道を唖然と眺めてしまった。帰宅する人々の何人かの目は、確実にこちらを向いている。 「待ってよぉ!」  駄目だ、騎士に見つかって真っ先に殺されるのは私だ。弾かれるように駆け出し、アルフレッドとゼインを追いかける。 「ティア! 早く!」  アルフレッドの声だけが聞こえる。泣きそうになりながら、縺れる足を前に出すと、誰かが私の肩を抱いた。 「きゃっ……!」 「俺だ、セシルだ」    アルフレッドの横顔が一気に私を安心させる。怖かった。死ぬかと思った。泣きそうになりながらも、何とかホープ号に辿り着くことは出来た。風邪を引いてはいけないからと、離陸を待たずにシャワールームへと押し込まれる。 「ゆっくり温まるんだぞ。俺たちは平気だからな」  アルフレッドは優しい笑みのまま、静かにドアを閉めた。  肩を抱かれた時の温かな感触が今も肌に残っている。初めての感覚に、顔は火照っていった。

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空を渡る王女 第11章 暴かれる

空を渡る王女 第11章 暴かれるⅡ

 ゼインからチケットを受け取ると、アルフレッドと手を繋いだまま赤レンガ造りの城のような建物の中へと入る。薄暗く、ねっとりとした湿気のある室内では、巨大な水槽だけがライトアップされている。色とりどりのサンゴに纏わりつくように、熱帯魚たちが顔を出す。可愛らしく、いつまでも眺められてしまう。 「これ、なんていう魚?」  オレンジと白の縞模様になっている小魚を指差し、アルフレッドに首を傾げてみる。 「ミナミノツノカクシだな」 「物知りだねぇ」 「そこに書いてある」  アルフレッドの指差す方には、イラストと共にでかでかと魚の名前が記されているプレートがライトアップされていた。恥ずかしすぎる。顔を赤らめていると、後ろでゼインが「ぷっ」と吹き出した。 「笑わないでよー」 「……すみません」  謝っておきながら、ゼインの笑いは止まらない。なんだか、怒っている私の方が馬鹿らしくなってしまう。アルフレッドにまで笑いが伝染してしまい、収拾がつかなくなった。 「もう良いよー」  ちょっぴり拗ねながら、魚に目を凝らす。他にも青や赤、黄色の小魚がいて、見ていて飽きない。  ようやく二人の笑いも止まり、アルフレッドが目元を拭う。 「そろそろ次の水槽に行こう」 「えー?」 「ずっとここにいても閉館するだけだぞ?」  確かに、他にも水槽はたくさんあるだろう。後ろ髪を引かれながら、次の円柱になっている水槽へと向かった。青い水槽で、半透明の白いクラゲがシャボン玉のようにぷかぷかと漂っている。 「綺麗……」  他の何にも形容しがたい、神秘的な美しさを纏っている。 「こう、持ち歩きたい美しさだな」 「持ち歩きたい?」 「ああ。肌身離さず身につけて、いつでも眺められるようにしていたい」  不思議なたとえをするのだな、とアルフレッドの顔を見上げてみる。空色の瞳はクラゲの白を反射し、キラキラと輝いている。私としては、アルフレッドの瞳の方が『持ち歩きたい美しさ』だ。これで髪が黒ではなく銀だったら、余計に心はときめいていただろう。 「ティア様、セシル様の顔は展示物じゃありませんよ?」  心の声が覗かれていたようで、肩がびくついた。アネモネと会話をしてから、ゼインのツッコミが鋭くなった気がする。 「わ、私はクラゲを見てたよ?」 「そうですか?」  振り返らなくても分かる。絶対にゼインはニヤニヤしている。徐々に顔は熱くなっていく。アルフレッドがこちらを向くと同時に、クラゲへと視線を移した。 「素直じゃないですねぇ」  ゼインが呟く。その時、水槽の明かりが一瞬だけ揺らいだ気がした。外で雷でも鳴っているのだろうか。 「今、明かりが……」   「……次に行こ! 次!」  アルフレッドの呟きを無視し、次の水槽へと向かう。雷に不安がない訳ではない。不安だからこそ、追及出来ないのだ。そこへ追い打ちをかけるかのような言葉がアルフレッドの口から飛び出した。 「さっき、ティアは俺を見てたのか?」  ああ、嫌になる。恥ずかしすぎて答えられるはずがない。ホープ号に戻ったらゼインに説教をしよう。心に決めた時だった。  そこへアナウンスが入る。 「ご来場の皆様にお知らせです。間もなく、イルカショーが始まります。ご観覧希望の方は、二階のイルカショーステージへお越しください。間もなく――」 「イルカショー?」 「観に行きましょう!」  私とアルフレッドが首を傾げている間に、ゼインは階段の方へ行こうとする。イルカがどんな生き物かも分からないので、あまりワクワク感はない。 「うーん、私はここで魚を見てても良いんだけど」 「後でイルカを見たら、ショーを観なかったことを後悔しますよ」  ゼインは語気を強めて言い、グッドサインを送る。そこまで言うのなら、観てあげても良いだろうか。アルフレッドと見詰め合い、唸り声を上げる。 「行ってみるか」 「うん」  結論はすぐに出た。駆けていくゼインの後を、私たちもなんとなく追う。水族館で一番はしゃいでいるのは私ではなく、ゼインではないだろうか。そう思ったけれど、楽しそうなら、まあ良いか。ゼインのこれまでの苦労を思い返し、一人納得した。  ショーステージに辿り着くと、客という客が押しかけていた。館内にこれだけの人がいたのかというほどだ。最前列には透明シートが用意されている。水除け用、なのだろうか。 「まさか、水が飛んでくるわけじゃないよね?」  アルフレッドのヘアカラーが気になってしまい、眉間にしわを寄せた。 「念のため、後ろの席に座ろう」  アルフレッドは最後列を指差す。 「最後列に透明シートがないなら、水は飛んでこないんだろう」  心配よりも好奇心が勝ったらしい。アルフレッドからも、ゼインからも撤退という言葉は出なかった。最後列の席に座り、イルカの登場を待ちわびる。  そこへ、飼育員の女性が一人登場した。何やら手で合図を送ると、三匹のイルカたちがプールからステージへと飛び出す。 「みなさーん、こんにちはー」 「こんにちはー!」  飼育員の挨拶に、子供たちの可愛らしい声が反応する。すると、イルカもヒレをパタパタと振ってくれるのだ。 「何このイルカ! 可愛いー!」  思わず声を上げていた。ゼインは頷き、誇らしげに腕を組む。 「そうでしょ? ティア様なら気に入ると思ったんですよ」  アルフレッドの方を見てみると、彼もまた無言で目を輝かせるのだった。こちらも可愛い。無意識のうちに拳を握る。  そこで気付いてしまった。プールの後ろにある窓に、雨が打ち付けているのを。

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空を渡る王女 第11章 暴かれるⅡ

歪んだ視界

 眠すぎる。瞬きを何回しても視界が歪んでいる。先ほど飲んだ眠り草が効いてきたのだろうな、とベッドに寝転んだ。部屋に置かれたテレビは、もう電源すら入らない。  珍しく愛猫が布団の中に潜り込み、私と一緒に暖を取る。一つあくびをすると、そっと瞼を閉じた。  一人の女友達以外、私を訪ねてくるものはいない。その人以外の声を聞いたのは何年前だろう。  眠ろうとすると余計に頭が冴えてしまい、考えもまとまらない。  駄目だ、一度起き上がろう。身体に力を入れようとしてみる。ところが、全く動いてくれない。寝返りすら打てない。  自分の身体に何が起こっているのだろう。先ほどまで遊びに来ていた女友達のにこやかな笑みを思い出し、身震いをした。  この倦怠感は眠り草の薬効なんかではない。友人は言っていた。 「明日、起きられたら、海にでも行こうよ」  『起きられたら』――まるで、私がそう出来ないことを知っていたような口振りだ。連絡を取って確認したいけれど、連絡手段は手紙しかない。家族のいない私にとって、この状況は死活問題だ。  段々と苦しくなる呼吸に、涙が溢れる。視界は益々歪んでいく。  次の日、私は自分の身体を見下ろしていた。何が起きたかすぐに理解し、友人に憎しみが湧く。拳を握り締めて上空から探すと、その姿は砂浜にあった。 「ごめんね。貴女を一人置いて、私は逝けない。こうしないと、私が狂っちゃいそうだったの」  友人は一人呟き、海に身を沈める。  地球で最後に残されたその人は、私だけでは満たされなかったのだろう。

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歪んだ視界

空を渡る王女 第11章 暴かれるⅠ

 朝一番でデッキに出てみると、アルフレッドとゼインが談笑していた。結びきれなかった横髪を押さえながら彼らに近付き、挨拶を交わす。 「おはよう」 「おはようございます」  アルフレッドはいつもと変わらない笑顔で接してくれた。しかし、ゼインの瞼は腫れていて、少し恥ずかしそうだ。身体の前で手を組んでいる。 「いやー、昨日、寝そびれちゃったんですよ。嬉しくて、つい」  その声は掠れている。ベッドで崩れるゼインを想像するだけで、胸がぎゅっと押し潰されそうだ。 「そうだろうと思ってた」  私が小さく笑ってみせると、ゼインは肩を竦めて頭を掻く。アルフレッドも口角を上げ、ゼインに向き直る。 「言っただろ? ティアもお前をからかわないって」 「はい。その通りです」  ゼインは土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。そんなことをしなくて良いのに、と慌ててゼインに向かって手を振る。 「レイン、頭を上げて」  思わず叫ぶと、ゼインは素直に従ってくれた。アルフレッドは何かを思い出したように、腕を組んだ。 「そうだ。今まで、散々『伝手』だって言ってたのは誰なんだ?」 「ルーヴェン王国の伯爵家の友人です。手紙を送り合ってる仲なんですよ」  なるほど、そういうことなのか。貴族なら偽名で国境の通行許可証も作れるし、国境付近の島の事情も把握出来るだろう。時間がなかったとはいえ、通行許可証くらいグライゼル侯爵が何とか出来なかったのかと考えてしまう。 「ルーヴェン王国では友人がいなかったのかと思ったが……安心した」  アルフレッドがにこやかに微笑むと、ゼインも照れたように「えへへ」と笑った。 「これでも公爵家の血が混ざってますからね。親には蔑ろにされても、周りは蔑ろに出来ないでしょ」 「それはそうだ」  貴族の世界には疎いので、私には良く分からない。もっと貴族とも交流を持っておいた方が良かっただろうか。そこまで考えて、貴族を王宮島まで呼ぶ手段が私にはなかったことに気付く。堪らずに口をへの字に曲げた。 「ティア、どうした?」 「ちょっと暗いですねぇ」  二人でじっと私の顔を覗き込む。いつの間に、表情に出ていたのだろう。もっと早くアルフレッドと出会っておきたかったという思いは胸に閉じ込め、笑ってその場を取り繕った。 「もしかして、僕の心配でもしてくれました?」 「そうじゃないだろ」  相変わらず、ゼインのボケとアルフレッドのツッコミは健在だ。それだけでどこか安心してしまう。小さく笑うと、二人の顔にも笑みが戻っていった。 「次はどんな島に降りられるかなぁ」  どうせ降りるなら、楽しめる場所が良い。昨日までいた飲み屋街だって良いし、公園でも良い。欲張れば遊園地や動物園があれば最高だ。  雲のかかる空を見上げながら胸をときめかせていると、ゼインは顎に手を当てた。 「次は、そうですね……。水族館がある島にしましょうか」 「水族館!?」 「はい。食べられる魚も、食べられない魚も泳いでますよ」  やった、また楽しめる島だ。心の中でガッツポーズを決め、水族館に思いを馳せる。ロゼリアの話では、水族館はデートスポットだと聞いたことがある。 「デートスポット? ん……?」  あらぬ方向に想像が及んでしまい、ぼっと頬が熱を持つ。アルフレッドだけではない。ゼインも一緒にいるのだから、告白だなんてそんなことは――。  そもそも、アルフレッドも私のことを恋愛対象として好きでいてくれているのか、はっきりしない。私が勝手に好きになって、気持ちを閉じ込めているだけなのだから。それでも、どこかで期待してしまう。  ゼインがアルフレッドのことを肘で小突いているようだけれど、それを気にしている余裕はない。 「どんな魚がいるか、楽しみだなぁ」  咄嗟に震える声を出してしまったので、気付かれるかもしれないと冷や冷やしてしまう。アルフレッドの頬もどことなく赤く見えるのは気のせいだろうか。 「お二人とも若いですねぇ」  ゼインがにやにやと言うので、手に汗まで掻いてしまった。これ以上冷やかさないで欲しいな、とゼインに口を尖らせる。アルフレッドは俯いたまま、なかなか目を合わせてくれなかった。  いっそのこと、想いを態度に出してアルフレッドに告白されるのを待った方が良いのだろうか。そう考えたけれど、態度に出すやり方が分からない。もっと素直に生まれてくれてたら良かったのにな、と自分の性格に文句をつけてみるのだった。  * * *  待っていたようで待っていなかった水族館へ行く日は、ぼんやりと空を眺めているうちにやってきた。今日はあいにくの曇り空だ。建物に入ってしまえば天気なんて関係ないのだけれど、どうせなら晴れが良い。  ラジオでは雨は降らないと言っていたから、まあ良しとしよう。 「セシル様、ティア様。お二人は新婚で、僕は付き人です。その設定を忘れないで、思いっきりデレデレしてくださいね」  散々アルフレッドの手を握ってきたのに、恋を自覚するだけで、それさえも躊躇ってしまうなんて。自分が分からなくなる。  隣にいるアルフレッドを見上げてみると、彼もまた揺れる瞳を私へと向けてくれた。その表情は硬い。 「今のお二人には簡単でしょう?」  簡単なはずがないではないか。それなのに。 「ああ、やってやる」  アルフレッドは決意に満ちた瞳をゼインに向ける。ゼインは硬直する私を気にも留めず、チケット売り場へと行ってしまった。  私はどう振る舞えば良いのだろう。必死に回らない頭を働かせていると、アルフレッドがピタッとくっついてきたのだ。鼓動は最高潮に早くなっている。そのまま倒れるのではと思うほどだ。  アルフレッドの手が私の手に触れ、指を絡めてくる。   「設定だ、設定」 「分かってるよぉ」  これは世界を欺く作戦だ。アルフレッドもそれに乗っているだけで、深い意味はない。汗ばんだ手を握られたくなくて、離す言い訳を考えてしまう。  思考に夢中になってもたもたしている間に、段々と雲が暗い色になってきた。嵐や雷雨なんて起きなければ良いな、と不安が募る。

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空を渡る王女 第11章 暴かれるⅠ

第3回NSSコンテスト 1回戦 感想・アドバイス

出場者の皆様、お疲れ様です。 こちらに感想・アドバイスを載せます。 審査員名は伏せ、順不同で掲載させて頂きます。 厳しいご意見もあるかもしれませんが、率直な感想ですので受け取って下さい。 また、厳しいからと言って審査員を批難する事はおやめ下さい。 エントリーナンバー順に掲載します。 En No.1 黒鼠シラ様 ・音色を『色』として描写する観点が流石だな、と思いました。主人公が思い描く色をそのまま想像出来るようで、読んでいて楽しかったです。 一点だけ、最後の音色タワーは雨音とイコールにしてしまって良いのかな? という疑問が残りました。 ・発想が良く、文章に自然に引き込む力があります。最後、虹色になるのは美しいです。 ただ雰囲気で読ませている部分があるので、もう少し、雨を色づかせたかったのか音符を色づかせたかったのか説明が欲しかったです。 En No.2 除草機1号様 ・率直に、非常に面白かったです。流星群と聞けば綺麗な流れ星の光景を思い浮かべそうなところを、地球側と小惑星側の親子の対比で見せるというどんでん返しが上手かったです。文句なしでこの点数です。 ・2家族の対比が面白く、宇宙人に観察される発想もよかったです。 オーナーも何者なのかも想像が膨らみましたが、ちょっと最後のオチが予想しやすかったです。 En No.3 ot 様 ・空気感の危うさ、流星群と繋がれた手の対比が魅力的だと思いました。 流星群を石ころと表現するのもよかったんですが、表題はふたご座流星群じゃなくてもよかったんじゃないかなと思ってしまいました。 ・人恋しさを募らせる味わい深い小説ですね。「居眠り運転」で笑ってしまいました。流れ星を石ころと言えてしまう大胆さが上手いです。言葉選びは流石だな、と思いました。 En No.4 叶夢 衣緒。様 ・切なさの残る、面白い小説でした。兄との距離感が良いです。ボディータッチはしないけれど、言葉だけで仲の良さが伝わってきます。しかも、この台詞の少なさで主人公の心中を描写で表現出来ているのが強いと思いました。 ・切ないながらも絆が伝わってくる過程と、読後感がよかったです。 冒頭がやや説明的なので、そこさえ工夫すればもう少し読みやすくなるのではないかなと思います。 En No.5 はるきち 様 ・最初に、私がファンタジーに慣れすぎているので厳しめになってしまうかもしれないことをご了承ください。 主人公のテンションの上がり具合に笑ってしまいました。そこからのクマへの落差。面白すぎます。 ただ、異世界に飛ばされる=異世界転移(生きたまま異世界に飛ばされる)のイメージが強いのですが、本文は異世界転生(一度死んで別の世界に生まれ変わる)も使われていてちょっと混乱してしまいました。 ・オチが面白く、現代の良さを表現しているところが良かったです。 コメディタッチで読みやすい作品です。 ただ、転移と転生を間違えたのかな、と捉えてしまったのでそこが惜しいと思いました。 En No.6 高梁ガニ様 ・序盤で薄暗い雰囲気が漂い、最後の前向きな描写が際立ちました。 ただ先生が足音を立てているため、幽霊と自称しているのか本当に幽霊なのかが気になってしまいました。 そこをもう少し踏み込んでも良かったかもしれません。 ・読み終えると、不思議な感覚になりました。昼間は幽霊の教師が見えていたりするのでしょうか。ひと目見ただけで先生と断言していたので、初対面ではないのかな? と。どんな曲を弾いているのかの描写がなかったので、音を想像するのが難しかったです。 En No.7 白猫やまと 様 ・最後にショパンの名前が出たことで、ああ、この人のことを書いていたんだと腑に落ちました。文章も綺麗で読みやすいです。 ただ、読んでいると小説というよりも伝記という感覚が強いんですよね。もっと会話を切って、地の文で白猫やまとさんらしさを全開に出来れば、伝記と差別化出来るかな、と思いました。 ・先生の亡くなる前のセリフ回しが長く感じてしまいました、もう少し弱々しい描写を挟んでもよかったかもしれません。 オチの一言で全てがわかるのがよかったです、思わず背景や曲を調べたくなりました。 En No.8 Tentomushi 様 とても可愛らしい小説でほっこりしました。モーブ色だけどんな色か分からずに調べてしまいましたが、それ以外はぱっと頭で想像出来る、楽しい文章でした。漢字開きも出来ているので、読みやすかったです。 ・素朴で読みやすいながらも印象に残るファンタジーでした。 2つのセリフだけで他にも音楽草があることが読み取れ、色々と想像を膨らませて楽しむことができる最後でした。  * * *  審査員の中でも、レベルが高い分、辛口になってしまうという声が上がっていました。  500文字という短文ながらも詰め込みすぎていると感じられる作品はなく、非常にレベルの高い大会でした。

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第3回NSSコンテスト 1回戦 感想・アドバイス

第3回NSSコンテスト 1回戦 結果発表&決勝戦のご案内

 出場者の皆様、審査員の皆様、お疲れ様でした。  お時間が参りましたので、結果発表をしていきたいと思います。  3位、2位、1位の順で発表し、その後で下位の方の発表をしていきます。  第3位は  En No.1 黒鼠シラ 様(400点)  第2位は  En No.2 除草機1号 様(410点)  第1位は  En No.8 Tentomushi 様(415点)  決勝へ進まれる皆様、おめでとうございます!  決勝戦も一回戦と同様のルールや審査基準で進行していきます。  優勝を目指して死力を尽くして下さい。  4位以下の発表です。  4位  En No.4 叶夢 衣緒。 様(397.5点)  同率4位  En No.5 はるきち 様(397.5点)  6位  En No.3 ot 様(387.5点)  7位  En No.7 白猫やまと 様(360点)  8位  En No.6 高梁ガニ 様(342.5点)  今回は非常にレベルの高い大会でした。個人的に80点を超えている方でも決勝戦に進出出来ないという事態が発生しています。決勝戦に進めなかったからといって、自信はなくさないでください。  次は決勝戦についてです。 【お題発表】 「白い苺」 「魔法の言葉」 「雪道に残る足跡」  この中から一つを選び、作品を作って下さい。お題はタイトルにしても構いません。内容はお題が分からなくなるほどでなければどうなさっても構いません。  無断無投稿、審査の放棄は今後出禁、投稿後の大幅な加筆修正は基本的に禁止でお願い致します(バグ対応などはOK。コメント下さい)。  何か質問などありましたらコメント下さい。  審査員の方も引き続きよろしくお願い致します。  投稿締切は1月12日21時までです。  タイトルに『第3回NSS決勝』とつけて投稿してください。募集には投稿しません。  それではスタート!  ⇽(続きあります) ※エントリーナンバー順に、各審査員の点数を発表します。 En No.1 黒鼠シラ 様  高嶋 様 81点  七宮   79点 En No.2 除草機1号 様  高嶋 様 79点  七宮   85点 En No.3 ot 様  高嶋 様 75点  七宮   80点 En No.4 叶夢 衣緒。 様  高嶋 様 83点  七宮   76点 En No.5 はるきち 様  高嶋 様 77点  七宮   82点 En No.6 高梁ガニ 様  高嶋 様 65点  七宮   72点 En No.7 白猫やまと 様  高嶋 様 67点  七宮   77点 En No.8 Tentomushi 様  高嶋 様 85点  七宮   81点

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第3回NSSコンテスト 1回戦 結果発表&決勝戦のご案内

空を渡る王女 第10章 誓うⅢ

 ゼインと対峙しているのは、赤いドレスに艶やかな長い焦げ茶の髪、銀の瞳を持つ女性だ。オレンジから紫に変わり始めた空を背景に、二人は見詰め合う。 「アネモネ……だよな?」 「そうです」 「どうしてここに?」 「伯爵のお食事会に招かれて」  そこまで話すと、二人は俯いてしまった。夕暮れでも分かるほどに、二人の横顔は赤い。   「……本当は違うんじゃないのか?」 「えっ?」 「食事会だけじゃ、そんなに着飾らないだろ?」  言われてみると、確かに女性――アネモネはネックレスやイヤリング、赤いリボンなどを身に着けている。食事をするだけなら邪魔になるほどだ。  アネモネは気まずそうに口を引き締める。 「……伯爵令息との顔合わせです」 「だよな」  ゼインは意気消沈し、唇を噛み締める。そのままアネモネとすれ違おうとしてしまった。 「待ってください」  ゼインはアネモネに背を向けたまま、顔だけを上げる。 「私は……まだ、貴方を――」 「駄目だ」  アネモネの声を遮り、ゼインは振り返った。その緑の目はまっすぐにアネモネを捉えている。 「僕はあの時、アネモネを連れ出せなかった。また、そんなことになったらと思ったら……怖いんだ」 「それでも良いのです」  アネモネの必死な叫びにも、ゼインは首を横に振る。何故、そんなに頑ななのだろう。好きなら抱き締めてしまえば良いのに。  アルフレッドの手が私の手に触れ、ぎゅっと握り締めてくれる。 「どうして、今を大事に出来ない? 伯爵令息が待ってるんだろ? 僕はもう、貴族でも何でもない」 「私は未来を大事にしたいのです。今よりも、もっと大事な……ゼイン様との未来を」  そうだ、その意気だ、アネモネ、とどうしてもアネモネ目線に立ってしまう。ゼインも私たちに想いを吐露するくらいなのだから、アネモネに告白くらい出来るはずなのに。  それなのに、やはりゼインは目を伏せてしまった。髪をクシャリと握り締める。 「僕はアネモネのことを永遠に忘れられないと思う。でも、幸せになっちゃ駄目なんだ。兄さんの結婚をぶち壊して――」 「お兄様は……セオドア様は、今は幸せそうに暮らしていらっしゃいます」  その答えで、ゼインの目が見開かれた。  ゼインの行為が報われたのだ。ゼインはもう、自分を呪う必要はない。アネモネの言葉に、何故か私の目から涙が出そうになる。 「レイン、もう良い……」  アルフレッドの呟きが聞こえた。 「勘当されたままの貴方で構いません。私もいっしょに堕ちる覚悟です。貴族の身分なんて捨てます」 「アネモネ……」  ゼインの手がアネモネへと伸びる。しかし、触れることはなかった。既のところでピタリと止まり、また落ちる。 「本当に良いのか……?」 「はい」 「後悔しないか?」 「はい」  アネモネはぐっと口を結ぶ。ゼインは何かを言いかけて、口を動かしている。言葉として発せられた時には数分が経過しているように感じられた。 「僕は今、ある人たちの逃亡を手伝ってる。その逃亡が成功するまでは、アネモネのところには行けない。それでも、待っててくれるか?」 「当たり前じゃないですか」  アネモネはにこりと微笑む。ゼインの目が潤んだように見えた。  ここで泣いては駄目だ。男としてカッコよく去った方が良い。我慢するんだ、とゼインに向けて空いている手で拳を作ってみる。 「必ず迎えに行く。だから、僕のことは忘れないでいて欲しい」 「絶対に忘れません」  それでも、ゼインはアネモネを抱き締めない。  私とアルフレッドは、目を吊り上げながら二人の行く末を見守っていた。このまま別れてしまう流れなのだろうか。そう思ったところで、アネモネがゼインに駆け寄った。ゼインの首に手を回し、ほんの一瞬のキスをする。まるで、風も、音も、時さえも止まっているかのような感覚だった。  アネモネは身体を離すと、幸せそうに微笑んだ。その勢いのまま、街の方へ向けて駆けていく。それをゼインはただ黙って眺めていた。 「アネモネ……」  小さな呟きは私の耳までしっかりと届く。 「出会えた。出会えちゃった……」  この調子だと、ゼインは放心状態だろう。騎士がいないことを確認し、アルフレッドと二人でゼインの元へと駆け寄った。ゼインは腰をストンと落とす。 「……泣いても良いですか?」 「ホープ号に戻ってからな」  アルフレッドはゼインの肩をポンポンと叩くと、優しい笑顔に変わった。ゼインはその場で咽び泣き、顔を両手で覆う。こんな恋はしたくないな、とゼインに申し訳なくなりながらも、静かに拳を握った。  * * *  真夜中に飛び立ち、安定飛行に切り替わったホープ号のデッキをアルフレッドと静かに歩く。船首に辿り着くと、星が煌めく空を一望出来た。  先ほどの余韻に浸り、アルフレッドの手を握り締める。 「私、幸せって何なのか、少し分かった気がする」   「そうだな」 「一緒にいたいと思える人と一緒にいられることが、一番の幸せじゃないのかなって」 「俺もそう思った」  アルフレッドも大きく頷き、空を見上げた。  私はきっと、一番にアルフレッドと一緒にいたい。彼が私の傍を離れるなんて絶対に嫌だ。遠くへ行ってしまうなんて想像もしたくない。  こう思えるということは、やはり私はアルフレッドのことが好きなのだろう。やっと自分の気持ちを認められた。これもゼインのお陰だろう。 「今はこうして寄り添ってるだけだが、いつかは……」 「何?」 「いや、なんでもない」  アルフレッドは儚く笑い、私を見る。アルフレッドの気持ちも私に向いてくれていれば良いな、と期待してしまう。 「今まで頑張ってきたけど、もう、孤独は感じたくない。私は、私なりに、しっかり後をついていきたい」 「誰の後だ?」   「……それは言えない」  今回の出来事は、私の心に残り続けるのだろう。それで良い。誰かが救われた瞬間なんて、そうそう見られるものではないのだから。貴重な経験をしてしまった。礼を言ってはゼインが恥ずかしがるだろうから、感謝の気持ちはそっと胸にしまっておこう。心に決め、私も眩い星空を見上げた。

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空を渡る王女 第10章 誓うⅢ

空を渡る王女 第10章 誓うⅡ

 そうして、日が傾いて空が黄色に変わってきた頃だ。三人で人が疎らな通りを歩いているのは良いのだけれど、自然と私の足は止まっていた。  小さな段ボール箱に、これまた小さな白い毛玉が丸まっていたのだ。『可愛がってください』なんて一言が添えられている。それならば、元の飼い主が責任と愛情を持って育てなさいよ、と文句を言いたくなった。  頬を膨らませながら、気付けばその白猫を抱き上げていた。 「この子、連れて帰ろう? 独りぼっちは嫌だもんね」  クリクリの青い瞳はまっすぐに私を見詰めてくる。 「駄目だ。俺たちは飛空船で生活してるだろう。この子には狭すぎる。可哀想だ」  出しかけた手を引っ込め、アルフレッドは口をへの字に結ぶ。   「戻しなさい」  アルフレッドは私に一歩近付き、眉間にしわを寄せる。私には首を横に振る以外の選択肢は残されていなかった。 「参ったな……」  アルフレッドが頭を抱えようとした時、ゼインが何か閃いたように口を開いた。 「もしかしたら、解決するかもしれません」 「どうやってだ?」 「ここの領主の伯爵に託すんです。温厚で猫好きな方として知られていますから」  良い話のはずなのに、アルフレッドは眉をひそめた。 「レインはその伯爵には顔を知られてないのか?」 「幸いなことに。この島へ来るのは、いつも父と兄と義母だけでしたから」  ほっと胸を撫でおろしたように、アルフレッドは息を吐き出す。それも束の間、怪訝そうに首を傾げる。 「レインは?」 「……さ、行きましょ!」  ゼインは何事もなかったかのように、先頭を歩き始めた。その背中は過去を今でも引き摺っているようだ。  胸に鋭い痛みが走り、子猫をきつく抱き締めていた。子猫は小さく「にゃー」と鳴く。 「痛かったかな? ごめんね」  その頭を撫で、ゼインの背中を眺めた。 「……俺たちも行くか」 「うん」  晴れ晴れとしない顔で、アルフレッドと一緒に一歩を踏み出す。ゼインが振り返らなくて良かった。今の私はきっと笑ってあげられないだろう。  気まずい空気を悟られないようにするためなのか、アルフレッドはわざとらしい明るい声で話す。   「伯爵の家はどこなんだ?」 「この本通りをまっすぐ、まーっすぐ行ったところに、小さく屋敷が見えるじゃないですか。あれです」  目を凝らしてよく見てみると、霞がかかった先に、本当に小さく屋敷が見える。距離を考えただけでも足が棒になってしまいそうだ。 「歩いて行くの?」 「いえ、流石に馬車を使いましょう。この先に停留所がありますから」  ゼインが指さす方には、二台の馬車が停留していた。良かった。安心してしまい、子猫が手の中から飛び出してしまいそうになる。 「おっとと」  慌てて子猫を抱き直す。よく見てみると、この子の瞳は昔、ロゼリアが連れてきた白猫の瞳に似ている。親子かな、とも思ったのだけれど、ここは異国だからそんなはずもない。 「他人の空似、かな?」  頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細めるので、私も嬉しくなってしまった。    停留所から馬車に乗って十五分、といったところだろうか。揺られてゼインの顔が青くなっていくのを感じながら、「ごめんね」とは言えずにいた。アルフレッドとだけ話す気分にもなれず、ただ街の風景を眺めていた。立ち並ぶログハウスは夜に見るものとは違い、可愛らしい。吹き抜けていく風も穏やかで気持ちが良かった。 「ティアは優しすぎる。子猫まで見捨てられないなんて、将来、苦労するぞ?」 「そうかな?」    苦労しようと、小さな命だとしても見捨ててはいけない。これは亡くなった母の教えだ。曲げる訳にはいかなかった。それ以上に、この子には私のように寂しい思いをさせたくはない。  伯爵邸の前で馬車を停めてもらい、子猫を抱いて意を決する。 「ここで待ってて」 「分かりました」  御者に帰りの移動もお願いし、準備は万端だ。先に一歩前へと出たのはゼインだった。 「じゃあ、ドアノッカー叩きますよ」 「……いや、俺にやらせてくれ。猫の保護を反対したのは俺だからな」  アルフレッドはゼインを押し退けるようにして前へ進み、ドアノッカーに手を掛けた。重たい音が三回響き、扉は開けられる。現れたのは年配の執事だった。 「どちら様でしょうか?」 「すまない、この猫を保護してもらいたい」  アルフレッドは振り返り、私の腕の中の猫へと目配せをする。すると、執事はすぐに屋敷内へと消えていった。 「大丈夫かな」  不安になり、呟いてしまう。 「話すだけ話してみるさ」  アルフレッドがにこっと笑って親指を立ててくれるので、その優しさに賭けてみることにした。呼吸が僅かに浅くなった時、白髪交じりの紳士が姿を現した。 「猫を連れてきたのは君たちかな?」  伯爵は口ひげを触りながら、穏やかに対応してくれる。 「はい、その子なんですが」 「おお、可愛らしい白猫じゃないか」  笑いながら、嬉しそうにこちらを見た。 「こっちに来て、よく見せてみなさい」 「はい」  きっと、この人なら大丈夫だ。私の中にある勘がそう告げる。アルフレッドに並び、子猫を差し出していた。伯爵は子猫を受け取ると、愛おしそうに撫で始める。 「目もガラス玉みたいだな。可愛いな、君ー」  その様子は、すっかりデレデレな親のようだ。子猫も気持ち良さそうに頭を伯爵の胸に擦り付けている。 「保護してくださいますか?」 「勿論だ」  あまりにも即答で、託したこちらも清々しい。伯爵は笑い合う私たちを見て、更に顔を綻ばせる。 「せっかくだ、君たち、少し茶でも飲んでいかないか?」 「いえ、俺たちは急いでいますので」  アルフレッドは会釈をし、伯爵ににこっと微笑みかける。とその時、伯爵の眉がピクリと動いたのだ。 「ん……?」  伯爵はそのままアルフレッドの顔を覗き込む。 「どこかで見たことがある顔のようだが……」  その一言に肝が冷える。手には汗が滲み始めた。伯爵が思い出してしまえば、アルフレッドは確実に捕まる。咄嗟にアルフレッドの腕を掴み、踵を返していた。お願いしていた通り、伯爵邸の前にはまだ馬車がいる。急げば乗せてくれるかもしれない。 「ティア?」 「その子をお願いします!」  乱暴に言い放つと、アルフレッドの手首を引っ張って、走り出していた。きっとゼインもついてくるだろう。 「あーっ!」  叫ぶ伯爵の顔はもう見られない。あともう少しで馬車に辿り着く。足が縺れそうだ。 「まさか……!」 「出発して!」  三人で馬車に飛び乗り、震える声を絞り出す。怯えた御者は何度も手綱を叩く。 「おい、逃がすな! 捕らえろ!」  その声を合図に、いななく馬は猛発進を遂げたのだった。  騎士を呼ばれるのは時間の問題か。肩を抱きながら、荒々しく走る馬車に身を隠す。途中でゼインの顔色が青く変わったけれど、気にしてあげられる余裕はない。馬車の中で吐かなかったことだけが救いだろう。  停泊所前で馬車を止め、運賃代わりに砂金を数粒置いてきた。転がるようにホープ号を目指す。 「ティア、大丈夫か!?」 「なんとか!」  考えずに返事をし、息を切らす。その時に、ドレスを着た女性とすれ違った気がしたのだ。その視線をずっと感じていた。 「ゼイン様……?」  大きすぎる呟きは、ゼインの足を止めさせる。 「アネモネ……?」  ゼインを置いてはいけない。でも、立ち止まる訳にもいかない。どうしようか考えていると、アルフレッドに手を引っ張られた。 「こっちに隠れよう!」  木箱と停泊してあった飛行船の間に滑り込み、身を潜めた。

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空を渡る王女 第10章 誓うⅡ

空を渡る王女 第10章 誓うⅠ

 ゼインは涙目で腹部を擦っていた。昨日の酒の香りが、まだ部屋に残っているような気がする。 「気持ち悪い……」  言いながら、ベッドの中で眉をひそめる。 「おえぇ……」 「吐くならトイレに行けよ」  アルフレッドは頭を掻きながら小さな溜め息を吐く。  私がアルフレッドに呼ばれてゼインの部屋に来てから、ずっとこの状態だ。私はゼインの手を握り、アルフレッドはゼインの背中を撫でている。昨日のゼインはビールをジョッキで二杯程度しか飲んでいないはずだ。酒に強い部類ではないらしい。 「昨日の僕、何かとんでもないことを暴露した気がするんですけど……」 「気じゃないよ。してたよ」 「してたな」 「はあぁぁ……」  ゼインは頭を抱え、大きく息を吐いた。 「何を言っちゃってくれてるんですか、僕の口」 「自分で突っ込んでどうする」 「今日もセシル様は手厳しいですね」  ゼインが苦笑いをすると、アルフレッドはやれやれと首を横に振った。馴染んだ日常が戻ってきた気がして、笑い声が漏れてしまう。  しかし、すぐにゼインは顔をしかめる。 「トイレ……」  ゼインはゆっくりと身体を起こすと、背中を丸めたまま、のそのそと部屋から去っていった。  テーブルに置いてある空のグラスが目に入り、自ら立ち上がる。 「私、今のうちに水汲んでくるね。酷い脱水になったら大変だから」 「ああ、頼んだ」  アルフレッドと微笑み合い、グラスを手に部屋を出る。向かうは倉庫にある小さなキッチンだ。数十歩ほどで着いてしまい、水の蛇口をひねる。  戻る途中、トイレの前でゼインの苦しそうな呻き声が聞こえた。これは聞かなかったふりをするべきだ。ゼインの苦しそうな顔を想像してしまい、拳を握っていた。  部屋に戻ると、椅子に座って感傷に浸っているアルフレッドの姿があった。彼はちらりとこちらを見遣った後、テーブルに頬杖をつく。 「昨日のレインの話を思い出しててな」  頷くのも躊躇われ、アルフレッドの隣に立つだけに留まった。アルフレッドは何も言わずに、すっと椅子から立ち上がる。振り返るとドアの先を見詰めるので、私の視線もそれを追っていた。 「『何もなくなっちゃった』って言ってたのが引っかかってな」  アルフレッドは視線を落とし、小さく口を開く。 「レインは幸せ……なんだろうか」 「えっ?」 「俺の執事をしているのが……幸せなんだろうか」  きっと、ゼインと出会ってから今までのことを思い返していたのだろう。彼が幸せかどうか、私には分からない。ただ、幸せかどうか質問したとして、幸せじゃないと答えることはないだろう。 「セシルはレインといて幸せ?」 「俺か? 俺は……」  アルフレッドは視線を落とし、しばし考える。 「幸せかどうかは分からないが、気持ちは楽になった」 「きっと、それが答えだよ」  アルフレッドははっと顔を上げて、私を見た。 「レインもそう思ってくれてると良いな」  口元を緩め、柔らかな表情に変わる。  そこへゼインが戻ってきた。締まりけのない私たちの顔を見比べると、口を尖らせる。 「僕が大変な目に遭ってる時に、この二人は……」 「それはビールをあおったレインが悪いだろ?」 「ぐうの音も出ません」  ゼインはしょんぼりと頭を垂れ、ベッドに戻っていった。顔色は青ざめている。 「レイン、水飲んで」  グラスをゼインに手渡すと、彼は上体を起こして水を浴びるように飲み干した。よほど喉が乾いていたのだろう。 「おかわりいるよね? ちょっと待っててね」 「ありがとうございます……。もう、ティア様は天使です」  それは言い過ぎだ。涙ぐむゼインに、空笑いをしてしまった。  部屋を出てドアを閉め、歩きながら考える。私の幸せとは何だろう。過去の私は、自由になれればそれで良かった。望む人と結婚出来るならそれで良かった。  王宮ではたまに会いに来る従妹のロゼリア以外、遊び相手はいなかった。常に私の傍にいたのは父王だけ――父王の優しい眼差し、頭を撫でる温かな感触、着替えをたくさん買い集めたたった一つの可愛らしいドール――私はそれでは満足できなかった。幸せなんかではなかった。  では、死人扱いされている今の私はどうだろう。  常にアルフレッドやゼインが一緒にいてくれる温かさ、会話出来る安心感、冗談を言い合える楽しさ――それが私の幸せなのだろうか。  自由に外へ出られない。本名ですら呼び合えない。騎士に見つかれば追いかけられる。私の考える幸せとはかけ離れている。  結局、何も分かっていない。無意識のうちにキッチンで蛇口を捻り、止めどなく流れる水をぼんやりと眺めていた。  出発出来ない焦りと苛立ちを何とか隠し、昼食をアルフレッドと二人で、倉庫で摂る。ゼインには後でお粥を持っていってあげるのだ。食卓には豚の角煮と、アルフレッドが危険を承知で買ってきてくれた肉まんが、湯気を立てて並んでいる。王宮では食べたことのない食べ物だ。嗅いだことのない匂いもする。胸の奥から漏れるワクワク感が止まらない。 「美味しいの?」  味が想像出来ず、首を傾げてみる。 「ティアは肉まんは初めてか?」 「うん」 「餡はしょっぱいのに、皮は甘いんだ」 「えっ!?」  甘い皮なんて、中の餡の塩味と合うのだろうか。一気に怪しくなってきた。  早速、アルフレッドは肉まんに手を伸ばす。一口頬張ると、一瞬で幸せそうな表情に変わった。 「美味しいの?」 「ああ。凄くな」  私も勇気を出して食べてみよう。アツアツの肉まんを手に取ると、小さい口で齧りついた。餡まで辿り着かなかった分、皮のほのかな甘みだけが口に広がった。 「なあ、ティア」 「何?」 「レインの体調が良くなったら、散歩にでも行かないか?」 「行きたい」    即答していた。私たちだけではなく、ゼインの気分転換にもなってくれたら良いな、と希望を抱く。 「せっかく、着陸してるんだ。地面を踏まないのは勿体ない」  揺れていないとはいえ、狭い船内に閉じこもっていては心も塞ぐというものだ。 「レインも連れて、外の空気思いっきり吸おう!」 「そうだな」  二人で笑い合い、束の間の休憩を堪能しようとしていた。

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空を渡る王女 第10章 誓うⅠ

空を渡る王女 第9章 近付くⅢ

 ゼインの右目から、はらりと雫が零れ落ちる。 「アネモネぇ……」  優しすぎる呟きは、ホールの騒音にかき消された。そして、ゼインは二杯目のビールを一気に飲み干す。 「ビール、なくなっちゃったじゃ……ないですか」 「そりゃ、飲んだらなくなるだろ」  ちょっと言葉はきつく聞こえる。突然のゼインの涙に困惑したのかもしれない。しかし、すぐにアルフレッドはゼインの背中を撫で始めた。ゼインが掴むジョッキは揺れながらテーブルに小刻みにぶつかっている。 「まだ……飲み足りません」 「やめておけ」 「飲んでるのに……全っ然っ……楽しくないんですよぉ」 「……楽しい話なんかしてないからな」  アルフレッドは眉間にしわを寄せ、何かを言いかけたものの、綺麗にまとめてしまった。間を置き、アルフレッドは兄弟のようにゼインへ温かな眼差しを向ける。ゼインはぎゅっと瞼を閉じた。 「兄さんくらい……幸せになってもらわないとっ。僕が報われませんよー。僕は帰る家を失って、好きな人も失って……何も、なくなっちゃったのに」 「気持ちは……分かるぞ」  ゼインは声を詰まらせて気持ちを紡ぐ。アルフレッドは同調するように何回も頷いた。これが男の友情というものなのだろうか。  存在をアピールしたい訳ではない。ただ、ゼインが痛々しいほどに愛を叫ぶので、私もいたたまれなくなってしまった。 「レイン、今まで頑張ってきたねぇ」  未だに空のグラスを握るゼインの手に、自分の手を重ねる。 「ティア様ぁ」  ゼインは赤くなってしまった目をこちらに向けると、鼻を啜った。 「聞いて……答えが返ってくるなんて、思ってません。でもー……」  ゼインは爪が白くなるまで拳を握り締める。 「アネモネはっ……どこにいるんでしょう。もうひと目くらい、会わせてくれたって……良いのに。神様はっ……意地悪ですよねー」  私も静かに頷いてみせる。  家を捨てたところしか、私とゼインの共通点はない。でも、それがどれほど勇気がいることなのか、私でも想像がつく。胸がしくしくと痛む。完全にはゼインの気持ちを理解出来ないけれど、私まで涙してしまった。  アルフレッドは私を見て、小さく苦笑いをする。 「どうしてティアまで泣くんだ」 「だってー」  理由を言う方が不躾だと思うのだ。片手で目元を拭い、アルフレッドに膨れてみる。 「アネモネは……春風みたいに、優しい子なんです。他の男に悲しい思いをさせられるっ……なんて、想像したくないですよー」  ゼインは叱られた子犬のように縮こまってしまった。アルフレッドの前だ。ゼインの頭を撫でたくなる衝動をなんとか抑える。 「それにしても、レインが泣き上戸だったとはな。俺も知らなかった」 「違いますよー……。今日は、特別……なんです」 「どうだかな」  アルフレッドはくすりと漏らし、ステーキを頬張るゼインに微笑んだ。 「俺たちも食べてしまおう。冷めちゃったけどな」 「うん」  ここに留まるのは得策ではないのはアルフレッドに同意だ。いつ、どこでゼインが酔った勢いで、何かを暴露するとも限らない。  こんなに切ない人が目の前にいたなんて。しかも、とびきり明るく見える人が。人は見かけによらないものだな、と喉に悲しい何かがこみ上げるのだった。  * * *  店を出ると、涼しい夜風にあたりながら、街灯やネオンが煌めく道を歩く。 「明日は……何を食べましょっかー」  アルフレッドに担がれたゼインの涙は完全に引っ込んだようだ。ゼインが酔った目でにこにこと微笑んでいるのに、安心出来ないのは何故だろう。胸騒ぎを感じながらも、明日の料理に思いを馳せる。 「私、またお肉を食べたい」 「肉か」  アルフレッドは「うーん」と小さく唸り声をあげる。 「明日の夜は、ローストビーフでもどうだ?」 「賛成!」  思わず叫んでいた。ゼインはこちらを見ると、口角を上げる。 「豚の角煮も……良いですよねー。あとは……鳥の唐揚げもっ……」 「分かった。それも買ってやる」  アルフレッドは苦笑し、ゼインを担ぎ直す。  そうか、ゼインを見て不安になるのは、いつか彼が壊れてしまうのではないだろうか。そんな懸念がじわじわと広がっていくからだろう。  店に入ってテイクアウトをし、私の両手は買い物袋で塞がっている。アルフレッドは申し訳なさそうに口角を下げた。 「すまない、荷物持ちなんかさせて」 「ううん、気にしないで」  心の中でアルフレッドにグッドサインを送り、にこっと笑ってみる。すると、彼もまた静かに笑ってくれた。  ゆっくりと停泊所を目指す。大きな飛空船に紛れて片隅に停まるホープ号を見つけると、我が家に返ってきた感が強くなる。タラップをゆっくりと上り、ゼインの部屋へと向かう。既にゼインは半分眠っているようだ。首で船を漕いでいる。  アルフレッドはゼインをベッドに寝かせると、私の方に振り向いた。 「今日は楽しかった……のか?」 「終わりよければ全てよし!」  この言葉が今の私たちには一番しっくりくる。空いたアルフレッドの両手を握り、ブンブンと振り回した。 「楽しい食事の思い出は、また今度、作れば良いんだから」 「……そうだな」  すぐにゼインのイビキが部屋の空気を振動させ始める。アルフレッドはゼインを見て、目を伏せた。 「俺の弟も……デイビッドも、あんな気持ちで俺を庇ってくれてたんだろうか」  カードゲームをしながら顔を歪めるアルフレッドの顔が思い返される。あの自己嫌悪が崩れかけている気がした。 「きっとそうだよ。仲の良い兄弟なら、余計に」  兄弟のいない私にとっては予想に過ぎない。でも、兄を庇うなんて『愛』以外の何物でもないと思うのだ。二人で微笑み合い、そっと部屋を抜け出した。  翌日、ゼインが二日酔いになったのは言うまでもない。

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空を渡る王女 第9章 近付くⅢ