七宮叶歌
327 件の小説七宮叶歌
恋愛ファンタジーな連載と、ファンタジー、時々現代なSSを載せています。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 拠点にしていたNOVEL DAYSのサ終に伴い、ノベモア、solispia、caita、個人サイトに移転作業中です。 作業が終わるまで、なかなかNoveleeに投稿できないかと思います。 130万文字の移転頑張るぞ! NSS、NSSプチコン優勝者、合作企画関係の方のみフォローしています*ᵕᵕ お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 小説の著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でもいいのでコメントください。 2025.1.23 start Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako お題でショートストーリーを競い合う『NSSコンテスト』第5回は2026.10.1開催予定です。 優勝者 第1回 ot 様 第2回 ot 様 第3回 除草機1号 様 第4回 黒鼠シラ 様 NSSプチコンテスト 優勝者 第1回 黒鼠シラ 様
心の剣を貴方に
第3章 王都へ1 ノエルとリックスは馬車の中でも故郷の話題には触れなかった。二人なりに、私に配慮してくれているのだろう。その親切心が私の心に針を刺す。 車窓を見てみても、景色は変わり映えしない。草原がどこまでも続いている。王都まではずっとこの調子なのだろうか。 「王都の方まで来ても、寂れてるんだね」 「そりゃ、モンスターがいるからな。人は群れてないと襲われる」 「モンスターって、どこから湧いたんだろう」 「流石の俺も、そこまでは知らないな。三百年前の文献にはモンスターも載ってるらしいけど」 リックスとノエルの会話を流し聞きしながら、小さく息を吐いた。 モンスターがいるから、聖女なんてものが存在しているのだろうか。モンスターさえ消せば、私はただのオフィーリアに戻れるのだろうか。そこまで考えて、首を振る。モンスターを滅するなんて、私にできるはずがない。 「オフィーリア?」 「私は……この力で何ができるんだろう」 「それは……うーん」 リックスは天井を眺め、口を尖らせる。ノエルはリックスに呆れ顔を向け、片手で肩を小突く。 「考え込むなよ。オフィーリアは存在が光なんだ」 「光……?」 「ああ、魔法は人に希望を与えられる」 そう、なのだろうか。聖女になってからは嫌な目にしか遭っていないので、想像がつかない。小さく唸り声を上げてしまった。 ノエルは小さく笑い、その瞳に私の姿を映す。 「俺の希望でもあるから、そんなに悲しい顔をしないで――」 「お前ばっかり、いい所を持っていくなよ!」 リックスは意地悪そうに笑い、ノエルの肩を思い切り叩いた。 「痛いだろ!? せっかく、オフィーリアが治してくれたのに」 「自業自得だよ」 膨れっ面を向け合っていたものの、すぐに二人は笑い始める。昔からこうだ。喧嘩を始めても、数分で仲直りをしてしまう。仲の良さは誰にも負けないのだな、と私までもが小さく笑ってしまった。 草原は突然、終わりを告げる。前方には灰色の石を積み上げた城壁が立ちはだかっていたのだ。馬車とはここでお別れだ。 「ありがとうございました」 代金を支払おうとしても、御者は一切受け取ってくれない。私たちを強引に馬車から引き摺り下ろすと、荷物も置いて引き返していってしまった。御者のこの行動は優しさの裏返しなのだろうか。それとも、ただ関わりたくなかっただけだろうか。考えてもやはり分からない。唇を噛み締め、なんとか立ち上がる。 「オフィーリア、大丈夫か?」 「うん、平気」 実際は膝がじんじんと痛む。でも、泣き言は言えない。故郷を飛び出したのは私なのだから。微笑んでみせるとノエルは苦笑いをし、リックスは手を差し伸ばしてくれた。 「今度は俺がいい所を見せる番だ」 「ありがとう」 わざわざ口に出して言わなくてもいいのに。笑いながらリックスの手を取ると、ノエルは反対側の手を取る。 「……おい!」 「相変わらず、詰めが甘いな」 ノエルが涼しい顔を見せるので、リックスは口をへの字に曲げてしまった。これには大笑いしてしまった。こんなに素の自分を出せたのはいつ振りだろう。故郷を出てからたった数日しか経っていないのに、聖女じゃない私は遠い過去の存在だ。 「そこのお前たち」 突然の声に、一気に現実へと引き戻される。鎧が軋む音を響かせながら、二人の騎士がこちらへと近付いてくるのだ。 「入国を希望か?」 「はい」 「入国許可書は?」 そんなものは申請したことがない。三人で首を横に振ると、騎士たちは顔を見合わせ、馬車の停泊所を指差す。 「入国許可書がないんじゃ、入国は認められないな。帰ってくれ」 「そんな……。俺たち、帰る場所がないんです」 リックスが懇願の眼差しを見せても、騎士たちの表情は変わらない。 「そんなことを言われても、規則だからな」 なんとかならないのだろうか。私の居場所は故郷にはない。 「お願いします。仕事ならしますから」 「でも――」 「お願いします!」 叫ぶのと同時に、突風が騎士を包む。ようやく騎士たちが私たちのことを真剣に見てくれたような気がした。 「今のは……魔法か? いったい誰の……?」 「この中に聖者がいるのか?」 『聖者』という言葉に心臓が飛び跳ねる。『聖女』ではない。まだ私だと決めつけられていない。 三人で顔を見合わせてみたけれど、揺れる二人の瞳が待っているだけだった。 「三人とも、左手を見せてください」 騎士の声色には拒否権を持たせない威圧感がある。間を置いたものの、ノエルとリックスは左手を差し出す。仕方がないので、恐る恐る私もそれに倣った。 「聖女様でしたか。それなら話は変わるな。是非、国王陛下に謁見されて欲しい」 一気に騎士たちの表情は緩み、城門にかかるロープを引く。すると、ゆっくりと固い城門は開かれた。 「城の騎士には後で指示を出しておきます。明日には入城できるでしょう」 心臓が激しく鼓動を始める。国王に会えば、私の運命が決まるかもしれない。口の中に広がる唾液を一気に飲み込んだ。 ノエルとリックスの後に続き、確実に城門をくぐる。私たちが大通りへ出たのを見届けたように、城門の閉まる音が辺りに響いた。
心の剣を貴方に
第2章 足止め 3話 その緑の瞳には、静かな軽蔑も混ざっているようだった。 「俺たちを非難する声ばっかりで、自分からオフィーリアを守ろうなんて言い出す奴はいない。皆、他人任せだ」 言われるまでもない。私も昨夜、実感したではないか。悔しくて拳を強く握る。 「じっとしてるわけにもいかないのに。オフィーリア、ごめんな」 ノエルは唇を噛み、リックスは視線を落とす。 それ以上の会話はなく、重たい空気に沈む。しばらくすると、ノエルとリックスは再び眠りへと落ちていった。 自分の部屋に戻る気にもなれず、二人の部屋で宿屋の主人が入れてくれた紅茶を飲む。雑味が多く、飲み慣れた味だ。 これから私はどうすべきなのだろう。ここでノエルとリックスを置き去りにもできる。しかし、それでは二人の心に深い傷を残すことになるだろう。決断はできず、時間ばかりが過ぎていく。 そして、昼を過ぎた頃だ。一人の老女が部屋を訪れた。騒ぎを聞きつけて、町の端から歩いて出向いたらしい。 第一声は老女から発せられた。 「お嬢さん、左手を見せてくれないか?」 「それは……」 「隠すようなものでもないだろう」 私にとっては隠したいものなのだ。わけの分からない非日常に放り出された原因なのだから。大きく首を横に振ると、老婆は「やれやれ」と肩を竦めた。 「お嬢さん、回復魔法を使ったことは?」 「回復魔法? そんなものが……あるんですか?」 「書物の通りならね」 魔法のことを印した書物なんて存在するのだろうか。なにしろ、私以外に魔法を使ったことのある者を見たことがないのだ。 「その書物を見せてください」 「今は手元にないんだよ。済まないねぇ」 老婆はにこりと微笑むと、ノエルとリックスに目を遣った。 「二人は回復にどれくらいかかる?」 「……二ヶ月だそうです」 「じゃあ、試す価値はあるねぇ」 私たちの弱みを握られているようだ。ここからすぐに発たなければ、故郷の町の人が――母が私たちの居場所を突き止めてしまうかもしれない。その前に、ここを離れたいのは事実だ。 「貴女は何者……ですか?」 「元『図書の国』の司書だよ」 その国の名は聞いたことがある。世界中で発行されている本を結集させた国だと。その司書をしていたのなら、魔法のことを知っているのも頷ける。 賭けに乗るしかない。私たちには時間がないのだから。 「おばあさん、見ててくれますか?」 「ああ、もちろんだよ」 回復魔法が成功したら、二人は喜んでくれるだろうか。「オフィーリア、凄いよ」と褒めてくれるだろうか。 失敗なんて、自分自身が許さない。左手をノエルとリックスの方へと掲げた。淡い光が二人に向かってほとばしる。身体に触れたかと思うと、二人は目を見開いた。身をよじり、絶叫が辺りに響く。 咄嗟に手を引っ込めようとした。けれど、老婆は私の左手を掴んで離さない。 「続けるんだ」 「でも!」 「いいから」 こんなもの、本当に回復魔法なのだろうか。二人を傷付けているようにしか思えない。 「骨を動かして、細胞も再生させるんだ。痛みを伴わないわけがない。これが『回復魔法』さ」 苦しむ二人の姿なんて見ていられない。視線を床に落としても、叫び声が頭に反響する。こんな目に遭わせてごめんなさい。涙が溢れて止まらなかった。 気付いた時には、老婆の姿は消えていた。 * * * 二人はその日、目を覚まさなかった。痛みでよほど体力を消耗したのだろう。二人のベッドは、まるで水をしみこませたように湿っていた。 そして夜が通り過ぎた後、二人は身体の異変に気付く。 「あれ? 痛くない……」 「痣も消えてるよ」 ナイトウエアを捲りながら、自身の身体に触っている。昨日感じた激痛は覚えていないのだろうか。二人の絶叫を思い出し、身震いしてしまう。 「昨日は酷いことをしてごめんなさい」 「酷いこと?」 「オフィーリアは何もしてないじゃん」 ノエルは首を傾げ、リックスは苦笑いをする。やはり、昨日の出来事は彼らの中から消えているらしい。 それでも私は分かってしまった。回復魔法なんて、もうこれ以上使えない。全力で盾職を探すしかないだろう。 決意に満ち、小さく頷いてみる。 その行動がよくなかったのかもしれない。リックスは閃いたようにして目を開く。 「もしかして、オフィーリアが傷を治してくれたの?」 「えっ?」 「きっとそうだ。そうに決まってる」 ノエルは確信に満ちた瞳で私を見詰め、涙を滲ませる。 「ありがとう」 感謝の言葉なはずなのに。心に刃が突き刺さる。私は感謝されるようなことはしていない。ごめんなさい。頬に涙が伝う。 ノエルとリックスは顔を見合わせ、あたふたと立ち上がる。二人に抱きとめられる前に、床に崩れ落ちてしまった。 夕食が出される前に、三人で荷物をまとめる。町の人たちが馬車の工面をしてくれたらしい。早く王都へ行って啓示を受けろという意味なのか、ここから出ていってくれという意味なのか、真意は掴めない。どちらにしても、私たちは厄介者なのだろう。 まあ、故郷からは予想以上に早く離れられる。それだけは前向きに捉えよう。 闇に紛れて勝手口から宿を飛び出した。人だかりは正面玄関の方にできている。こちらに気付かれはしないだろう。 「王都までよろしくお願いします」 三人揃って御者に一言添える。御者は何も言わず、ただ顎をしゃくった。早く乗れ、という意味なのだろう。 私たちは自分の気持ちを整理する時間も与えられないのだ。慌てて馬車に乗り込むと、座る間もなく馬車は蹄の音を響かせ始めた。 王都ではどんな目を向けられるのだろう。考えてしまうものが理想とかけ離れており、悲観するしかなかった。
心の剣を貴方に
第2章 足止め 2話 その場にしゃがみ込み、道の傍らに咲いていた小さな白い花をそっと撫でて茎の根元を摘まむ。ごめんね、と心の中で呟きながら、そのまま二輪だけを摘んだ。 小さい頃に熱を出すと、ノエルとリックスは花を持って見舞いに来てくれた。そのお返しのつもりだ。 踵を返し、来た道を戻る。町の人たちのざわめきが大きくなってきても無視を決め込む。 誰にも見付からないようにそっと駆け出し、宿屋の勝手口に手を掛けた。 ドアが開いた音を気にしながらも素早く中へと身を翻し、ドアを閉める。 街の中を一人で歩いただけなのに、酷く疲れた。誰も居ない宿屋の廊下で、一人息を吐く。 ノエルとリックスの部屋の前で口を引く。二人を起こしてしまわないようにゆっくりとドアノブを回し、中へと入った。ノエルの寝息とリックスの小さな呻き声だけが聞こえてくる。 飲料水である水差しの水をコップへと移し、そこへ花を生けた。足音を立てないように二人のベッドの間に置いてあるスツールにそのコップを置く。 一瞬、リックスの寝息が静かになって肝を冷やしてしまった。しかし、すぐに寝息は再開された。 ほっと胸を撫で下ろし、部屋を後にする。おやすみなさい。と、心の中で囁きながら。 自分の部屋に戻ると、ベッドに入る気にもなれずに椅子に座り、テーブルに突っ伏した。町の人の声は未だに聞こえてくる。 何故、いきなりこんなことになってしまったのだろう。左手首を爪の跡が残る程に握り締める。 私が二人を守らなければいけなかったのに。何も出来なかった。声を上げることすらできなくなってしまった二人を、ただ無力に見詰めるだけ――もう、二人を傷付けさせたりはしたくない。こんな思いは二度としたくない。 涙は頬を伝うことなく、直接テーブルに水溜まりを作っていった。 水分を取ることも忘れ、息を殺して泣き続ける。いつの間にか重たくなった瞼は視界を閉ざした。 * * * 「……聖女様。聖女様」 声と共に身体がゆさゆさと揺さぶられる。無理矢理瞼を抉じ開けると、茶色の木目が目に入った。 「お願いですから、ベッドでおやすみを」 「うん……」 窓からは朝日が差し込み、外からは鳥と大勢の人の声が聞こえる。 瞼を擦りながら、昨晩にフロントで見た女性の心配そうな顔を見上げた。 「質素で申し訳ないのですが、朝食をお持ちいたしました」 「ありがとう」 長い金の髪を掻き上げ、視線を落とす。ロールパンとチキンステーキ、野菜サラダが小気味のいい音を立ててトレーごと目の前に置かれた。 「従者のお二人はもうお目覚めのようで――」 「従者じゃない! 大事な仲間なのに……!」 「あっ……。申し訳ございません」 申し訳なさそうに、女性はへこへことお辞儀をする。私たちとはあまり関わりたくないのか、そのまま足早に部屋から去っていってしまった。 食欲がない。食べたいとも思わない。それよりも、ノエルとリックスが心配で堪らない。 体力のことを考えると食べないわけにもいかず、朝食を喉に押し込める。なんとか 朝食を終え、二人の部屋へと走った。 「ノエル! リックス!」 ドアを開くなり、二人が座るベッドの前で土下座をした。真面に二人の顔を見ることが出来ない。 「ごめんなさい! 私が無力なせいで、二人に大怪我をさせてしまった……!」 詫びるだけで済む事態ではないことくらい分かっている。それでも謝らずにはいられない。 あの状況では二人が生きているのが奇跡だ。 「オフィーリア。頭を上げるんだ」 「未熟だったのは俺たちも同じだよ」 「でも……」 私は責められるべきだ。ううん、責められなくてはいけない。 「オフィーリアがいなきゃ、俺たちは死んでたよ」 「うん、感謝してもしきれない」 感謝なんてされるべきではないのに。初めてゆっくりと顔を上げた。二人の慈愛に満ちた瞳が私を見詰めている。 「心配を掛けてごめんね、オフィーリア」 リックスは痛みも見せず、微笑んでみせた。それに対し、激しく首を横に振る。私が謝られるなんて間違っているのだ。 堪らずに一粒の涙が零れ落ちた。 「オフィーリアを泣かせたな」 「それはノエルだって同じだろ?」 ちょっとだけ意地悪そうに笑うノエルと、若干の焦りを見せるリックス――一昨日までの日常にいた日々を思い起こさせられる。私たちはいつも三人一緒にいて、二人はよく互いを茶化して笑っていた。その話題の中心に居るのはいつも私だった。 頬を右掌で拭い、小さな吐息を吐く。 「これからは、こんな経験なんて絶対にしたくない。でも、私たちが強くなるには時間がかかる。それで……」 「ああ、言いたいことは分かる」 「多分、俺たちもオフィーリアと同じことを考えてる」 三人で顔を見合わせ、頷き合う。 「私たちには攻撃だけじゃなくて、防御が必要だと思うの。仲間を一人増やしたい。だから、二人が動けるようになるまで、ここで人を探そうと思うの」 最後まで話を聞くと、ノエルとリックスは顔を見合わせる。視線がこちらに戻ってきた時には、二人は少し困った様な、複雑な表情に変わっていた。 「この町じゃ無理だと思うよ」 「えっ?」 「外で話してる町の人の声を聞いた?」 ざわめきなら今でも聞こえてくる。勢いのままにと頷いてみせると、リックスは窓の外を顧みる。
第10回N1 昼の空にある月
「『あ』はそなたのものにあらず」 幼き頃に、父から言われた言葉だ。父は縁側で優雅に扇子を顎に当てながら、遠くを見て呆けていた。 当時の私には、その真意が分からなかった。だって、『あ』は私を見てくれていたのだから。一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に転んでは立ち上がる。そんな幼少期を過ごしていた。 ところが、事態は変わっていった。私が十四の時、『あ』の婚姻が決まったのだ。相手は私ではない。私の父よりも位の高い、月城の姫君だ。 最近、懇意となった姫君――くれなと貝合わせをしていても、身が入らない。 「はなの、どうなさいました?」 「いえ、お気になさらず」 笑みを浮かべられない私の異変に気づいたのだろう。くれなは首を傾げる。 「ただ、焦がれた殿方が遠くに行ってしまいそうなのです」 私が視線を下げると、くれなは遠くを見る。まるで、あの時の父のように。 「早々に忘れるべきなのでしょう。ですが……心は思う通りにいかないものですね」 くれなに小さく頷いてみせる。忘れられたらどんなに楽だろう。私にとって、『あ』と過ごした日々は忘れ難き思い出なのだ。些細な一瞬でさえも、覚えていたいと思ってしまう。 「忘れることは……ないでしょう」 小さな呟きは、春の風に掻き消えた。 * * * 祝言の場には行かなかった。招かれてはいたのに、勇気が出なかったのだ。父と母に、代わりに『あ』の美しき姿を目に焼き付けてもらおう。私は熱で伏せっていると、『あ』には嘘をついた。縁側で『あ』の屋敷のある方角を見詰めながら、手に力を入れる。 胸騒ぎがして止まない。私の想いとは裏腹に、祝言の成功を祈ってしまう。 茂みの奥から、ふと灰色の煙が上がったような気がした。しかし、それは思い違いではなかったのだ。 「はなの様、大変でございます……!」 一人の女房が、私の元へと血相を変えて走り寄ってきた。 「なにごとがあったのです?」 「祝言のお屋敷から……火の手が……!」 「えっ……!?」 女房を押し退け、袿姿のままで縁側から屋敷へと飛び出していた。顔に煤がついた者とすれ違いながら、『あ』の屋敷へと駆ける、駆ける。 どうか、みなが無事でいてください。祈りながら、息を切らす。 屋敷の前には人集りができていた。避難した者や、ただの野次馬――そのどちらもが炎を上げる屋敷を見詰めていた。 「はなの! こちらです!」 「私たちは無事じゃ」 声のする方を見てみれば、華やかな装束を着た両親が立っていた。装束や顔のところどころに黒がある。 「父上、母上……! あの方は……!?」 「案ずるな。一緒に逃げてきておる」 その後方で、束帯姿の『あ』が消火の指示をしていた。会いたいのに、会いたくなかった。でも、声を掛けて無事を確かめたい。 「ご無事ですか!?」 私の声だと分かったのか、煤まみれの『あ』はこちらに振り向く。元々つぶらな瞳は、さらに丸くなる。 「はなの……か? 私は無事じゃ。しかし、熱を出して寝込んでいたのではなかったのか?」 「そのようなことを申しておる場合ではございませぬ!」 『あ』が無事だった喜びと、祝言を壊した炎への憎しみで、自然と涙が溢れてしまう。 「泣くこともないではないか。まあ、これも世の摂理よ」 そう言いながら、『あ』の隣には静かに涙を流す月城の姫君がいた。『あ』はその背中を撫でながら、そっと彼女に微笑みかける。 貴方の隣に立つのは私でありたかったのに。涙は悲哀も混じり、止まることはなかった。 * * * 『あ』の屋敷の火事は不審火――噂は風に乗って、私の元へとやってくる。今日もくれなと貝合わせをしながら、穏やかな時を過ごそうとしていた。 「聞きました? 先日の火事は不審火らしいのです」 私がそう切り出すと、くれなが持つ二つの貝が音を立てる。 「私も聞きました。どなたが、あのように正気を失ったようなことをしたのやら……」 くれなは歯切れの悪そうな物言いをし、ぐっと口を噤む。 「月城の姫君の花嫁道具が焼けてしまったことが、私の心を一番に掻き乱すのです」 『あ』が危険に晒されたことではなく、月城の姫君の胸中を案じていることに驚いた。 くれなは私の言葉を聞くと、はっと小さく口を開けた。 「……そう、ですね。門出を壊された憎しみ、いかばかりでしょ う」 くれなも月城の姫君に思いを馳せたのかもしれない。その眼が潤んだように見えた。 翌日、その翌日と、くれなが姿を現すことはなかった。その知らせが届いたのは、日が傾き始めた頃だ。縁側で母と談笑をしていると、女房が走り込んできた。 「大変でございます! くれな様が……!」 女房は切らした息を整えようと、何度か深呼吸をする。 「くれな様が……不審火の罪で捕らえられました……!」 悲鳴が出るよりも、否定が頭を支配する。女房は嘘を申しているのだ。くれなはそのような女子ではない。誰にでも笑顔を向けられる、心優しい女子だ。人を傷つけるような真似なんて――。 脇目も振らずに立ち上がり、縁を飛び降りた。 「はなの、待ちなさい!」 遠くで母の声も聞こえるけれど、止まれはしない。 全速力でくれなの屋敷を目指す。そこには罵声を浴びせたり、石を投げつける者の姿があった。 「なんてこと……」 女房の言葉は本当だったのだ。こんな状態では、くれなの屋敷には近づけない。しばらくの間、木陰に身を隠して涙を流すしかなかった。 くれなは公衆面前のもと、火あぶりとなった。くれなは最後まで己の罪を認めていたらしい。 刑罰の後、こんな噂が立った。 『火をつけた女子は、懇意の姫君の恋を助けたかっただけだと』 『若君が姫君の恋心を無下にしたらしい』 まるで、その罪が私にあるかのような噂だった。 その話が真ならば、私がくれなを殺したことになる。私が『あ』と月城氏を苦しめたことになる。全てが私のせいだ。 もう『あ』には会わない方がいい。一人で結論を出し、私は他の殿方の縁談を受けることにした。顔合わせで会ったその人はキツネ顔の涼やかな男性――『あ』とは似ても似つかぬ人だった。 * * * 歳月は流れ、私にも二人の子ができた。私の名『はなの』と私の夫『好秋』の頭文字を取り、『好朝』と『はやか』と名付けた。仲睦まじい私たちのようになって欲しいと願いを込めたのだ。 「なあ、はなの」 「どうなさいました?」 縁側で星空を見上げながら、好秋は細い目をさらに細める。 「三人目の子はどちらだろうな」 「私は女子だと思っております」 私の腹には、三人目の子が宿っている。もう、腹を蹴ってくれるまでに成長した。この胎動なら、女子だろうか。 「名はどうする?」 「好秋様、それは気が早うございます」 「早くはないだろう? あと数日もすれば産まれてくる」 「それもそうですね」 では、どんな名がよいのだろう。一瞬、『あ』の名前が頭を過ぎった。あの方の名前は、どんな者でも光に照らしてくれそうな力強さがある。そこからいただいても――いいのだろうか。 「『あかり』は……どうでしょうか」 「何故、あかりと?」 「明かりは闇を照らしてくれます。どんな者にも明かりを灯してくれるような……そんな子になって欲しいのです」 好秋は少しだけ考えたものの、笑顔で大きく頷いてくれた。 「いい名だ。女子が産まれたら『あかり』にしよう」 「はい」 二人で小さく笑い合い、私の腹を擦る。すると、あかりが腹を蹴ったのだ。驚くと同時に、私たちの愛情に応えてくれたのだろうか、と心が温かくなった。 「これは元気に産まれてきそうだ」 「そうですね」 早くあかりに会いたい。願いは日に日に強くなっていった。 七回、日が昇り、昼時を迎えた頃だった。腹部に違和感を覚えたのだ。 「陣痛……でしょうね」 今までの経験からして、恐らくそうだ。慌てて女房を呼び、産室へと急ぐ。 「はなの、気を強う持て。私も共におるからな」 「はい」 まだ笑う余裕はある。好秋を産室から遠ざけると、いよいよ私の戦いの時だ。 下腹部を締め付けるような痛みが波のように、強さを増して襲ってくる。これは予想通りだと思っていた。しかし、全てが思い通りにはいかないらしい。 「……逆子にございますな」 産婆が声を上げる。その一言で、部屋の空気が変わった。この子だけでも、どうか無事に産まれてきておくれ。襲い来る痛みと共に、息を止める。 「大丈夫にございます。私が取り上げますゆえ」 私の手を握る産婆に、目を潤ませながら何度も頷いた。 何度か意識が遠のく。その度に、好秋と『あ』の顔が交互に浮かんでくる。 「好秋様……。明光様……」 何度か、うわ言のように呟いていたらしい。産婆や女房たちは、何も聞かなかったかのように振る舞ってくれた。彼女たちが黙っていてくれるなら、好秋に知られることはないだろう。 それでも、罪悪感は湧いてくる。 三歳になったあかりは同い年の男子とよく遊んでいる。その光景が、私と『あ』を見ているようだった。 「『あ』はそなたのものにあらず」 好秋が男子に呟いた。男子は小さく首を傾げる。 確かに、『あ』は私のものではない。そうだとしても、『あ』は私の中で輝いている大切な存在だ。 幼いこの子たちに幸がありますように。そう願って止まない。
心の剣を貴方に
第2章 足止め 1話 星空の下、小さな街は騒然となった。 ノエルとリックスはすぐに宿屋に担ぎ込まれ、医者の手当てを受けた。今は二人とも静かに眠っている。 二階にあるこの宿屋の窓から外を見てみれば、街中の人と言っていい程の人数がこちらに押し寄せてきていた。その話声は壁を通り越して僅かに聞こえてくる。 「どうなってるんだ!?」 「聖女様に仕える者があんなに弱くてどうする! それなら俺が仕えた方がマシだ!」 「そんなこと、無闇に言うもんじゃないよ! あんたに自分が犠牲になる覚悟があるのかい!?」 罵声なんて聞きたくない。耳を塞いでしまいたい衝動に駆られる。 こういう時、二人ならどうするのだろう。声が耳にこびりついてしまい、冷静に考えられない。 もう、窓の外の様子に気を揉むのはやめよう。踵を返し、椅子に腰かける。 テーブルの上には冷めたパンと具沢山のスープが置かれている。食欲もなく、スプーンに手を伸ばしてはいない。それよりも、私だけが食事を摂るのは申し訳ない。なんだか涙が出てくる。 誰かに見られるわけでもないのに両手で顔を覆い、さめざめと涙を流す。 「痛っ……!」 突如として上げられた声に振り返ると、ノエルが身体を捩り、苦悶の表情を浮かべていた。 「ノエル!」 慌ててベッドへと駆け寄り、その手を握り締める。 「ここは……? 何で俺、こんな所に……?」 「ここはアストアの宿屋。肋骨折れてるから、動かない方がいいよ」 はだけてしまったタオルをノエルの身体に掛け直し、椅子をベッドの傍へと移動させた。そこに腰掛け、私たちに起こったことを話していく。ノエルは口を挟むことも、相槌を打つこともない。ただ黙って聞いていた。 「リックスは?」 「まだ目が覚めないの」 「そうか……」 ノエルはそっと睫毛を伏せたと思ったものの、すぐに私を見詰め返す。 「オフィーリア。それで泣いてたのか?」 「えっ?」 嫌だ。顔が濡れていただろうか。両手で顔を擦り、涙の跡を消す。 「自分のためには泣かないのに、仲間のためには泣けるんだな。もっと自分を大事にしなきゃ駄目だぞ?」 どうせ滅ぶ私ではなく、これからを生きる仲間を思って何が悪いのだろう。首を大きく横に振る。 「大事な人を泣かせるなんて。これじゃあ、用心棒だけじゃなくて、幼馴染も失格だな」 「そんなことない!」 この街の人たちと同じことを言わないで欲しい。感情的に反論すると、ノエルは「あはは」と笑い、痛みのせいかすぐに顔を歪める。 「痛っ……」 「ノエル……!」 「ごめん、また心配掛けてるな」 謝られることなんて何もしていないのに。首を振り、手を握り直した。 「今日はもう休んで」 「そうさせてもらう……」 ノエルは深く息を吐き出す。 「オフィーリアも寝るんだぞ?」 「うん」 ノエルから手を離し、そっと立ち上がった。スープの置かれたテーブルを横目に、広くはない部屋を一度省みる。 「おやすみ、ノエル、リックス」 「おやすみ、オフィーリア」 危ない目に遭わせてしまってごめんなさい。そっと心の中で呟き、部屋を出た。 このまま自分の部屋へ戻っても絶対に眠れない。少し夜風に当たりたい。でも、宿屋の出入口から外へ出れば街の人と鉢合わせしてしまう。それは絶対に避けなくては。 先に一階のフロントへと向う。そこには三十代くらいの女性の姿があった。 「あの」 「あっ……聖女様! 何か御用でしょうか?」 もう、彼女の中で私は『聖女様』で定着してしまったらしい。絶望感がじわじわと心を侵食する。 「外に出たいんです。でも、外には人集りができてるから」 扉の向こうでは未だに街の人たちが何かを話しているのだろう。ガヤガヤとした声が聞こえてくる。 「そういうことなら」 女性に案内され、フロントの奥の扉の向こう側へと通された。なるべく居住スペースは見ないように勝手口へ向かう。 「お帰りになりましたら、ご自由にお部屋へお戻りください」 「ありがとう」 丁寧語でこてこてだな、と思いながらも、指摘はできなかった。 勝手口を開けると、春特有の少し肌寒く、それでいて清々しい風が私の身体を包み込む。その風に逆らい、歩を進める。 やはり、街の人たちは話に夢中で、出入口とは真逆に居る私の存在には全く気付きもしない。 見付からないように、駆け足でその場を離れると、隣接する広場の噴水も通り抜け、私たちがこの街へとやってきた街と草原の境を目指す。 本来ならば夜行性のモンスターと出くわさないように街の外へ出ないのが鉄則である。今は、本当に少しだけ。街の灯りが届かないような場所には行かないつもりだ。 石造りの家々に目を遣ることなく、ただひたすらに石畳の道を駆け抜けた。 「ここら辺で……いいかな」 街の門に寄り掛かり、息を整えてから深呼吸をする。新鮮な空気が肺へと行き渡り、気持ちを落ち着かせてくれる。 ぎらつく目、哀れみの目、好奇の目――故郷だけではなく、隣町でまでこんな目に遭うなんて。私はどこまで逃亡すればオフィーリアでいられるのだろう。
心の剣を貴方に
第1章 旅立ち 2話 「浮かれてる場合じゃないぞ。案外、モンスターが出てきたりして」 ノエルは苦笑いをしながら、無邪気なリックスを窘めた。その証拠に、ノエルとリックスは剣を携えている。 歩き始めて数十分が経っただろうか。雑草の丈は腰ほどまでになった。モンスターが出てきても直前まで気付けないかもしれない。 ノエルは道の右側を、リックスは左側を警戒しながら前へ進む。草原には次第に木々が増え、森へと変貌していった。 木々の葉に隠れてしまい、僅かな空が見えない。太陽の傾き加減が全く分からない。 リックスは私の顔を覗くように見る。 「オフィーリア、疲れてない?」 「うん、大丈夫」 これくらいで疲れていては、これからの旅が思いやられる。それなのに。 「俺は少し疲れたかな。ノエル、休もう」 リックスは休憩を願い出る。 「そうだな」 一人でも疲れてしまったのなら仕方ないだろう。 丁度、切り株と腰かけに最適な大きさの岩がある空間で休憩を取ることにした。水筒の限りある水をちびちびと飲み、一息吐く。 自分では疲れていないつもりだったけれど、尖らせっぱなしだった神経は擦り切れていたらしい。気を抜くと頭が空っぽになる。リックスは私の体調も鑑みてくれたのだろうか。 そこへ何者かが草を踏みしめる音が聞こえてきたのだ。もしや――。 「こんな時にモンスター……!?」 三人で頷き合い、そろりと立ち上がった。ノエルとリックスは剣を手に取り構える。 しかし、現れたものに腰を抜かしそうになった。 「えっ……? 野兎……?」 飛び出してきたのは、なんと可愛らしい茶色の野兎だったのだ。 「あは……。あはは……」 なんて間抜けな光景だろう。ノエルとリックスなんて、剣を放ってしまった。 「それにしても驚いたな」 「いや、野兎でよかったよ。これでゴブリンなんて出てきたら――」 リックスが言いかけて、話は止まった。何故なら、ゴブリンなんかではない、人間でもない、もっと大きな巨大な物の気配を感じたのだから。すぐに木漏れ日が遮られ、岩のような身体のモノがぬっと現れた。 「何で……こんな所に……!?」 赤い瞳は光を放ち、私たちを睨みつける。 「駄目……!」 ノエルとリックスは今、すぐには攻撃できない。剣を拾い上げる隙を作るため、咄嗟に片手を伸ばした。途端にゴーレムは火に包まれる。 ゴーレムは怯みもしない。 「何で……!?」 「オフィーリア! 魔法は駄目だ!」 ノエルは地面に転がっていた剣を拾い上げ、切り付けにかかる。刃が効くとは思えないモンスターなのに。私は武器なんて持っていない。 出遅れたリックスも震える手で剣を拾い、雄叫びを上げながらゴーレムへと向かう。 ゴーレムは、まるで蝿を払うように二人を弄ぶ。ただ、剣が岩に弾かれる音だけが周囲に響く。 「……うわぁっ!」 遊び飽きたかのように、ゴーレムはノエルを指で弾き飛ばす。彼はそのまま身体を木にぶつけた。 「ノエル……!」 「くそぉっ! ……うっ!」 今度はリックスがゴーレムに蹴飛ばされ、岩に叩き付けられる。 「リックス……!」 このままでは二人が殺されてしまう。二人だけでなく、私も殺されてしまう。伝承通り、己の破滅だ。 「お願い……止めて……」 ゴーレムに執拗に痛め付けられる二人に、私は何もできないのだろうか。形だけの聖女ではないか。 無力感に苛まれ、涙が頬を伝う。 「止めてーっ!」 無意識のうちに叫んでいた。 左手の魔法陣が光り出し、ゴーレムの後頭部を照らし始める。何故か、ゴーレムの動きが止まった。 「えっ……?」 振り返ったゴーレムは、ゆっくりと私に近付いてくる。 標的を私に変えたのだろうか。今度こそもう駄目だ。ぎゅっと瞼を閉じる。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。 ゆっくりと目を開けてみる。そこには岩の手と、握られた白い花があった。 「どういうこと……?」 赤い瞳は静かに私を見詰めている。 聖女はモンスターの敵で、倒されるべき相手ではないのだろうか。花を受け取らずにいると、ゴーレムは器用に私の金の髪に花を差した。 「私はあなたの敵じゃないの?」 ゴーレムは身動ぎ一つしない。 もし、敵意じゃなく、好意を持ってくれているのだとしたなら。二人が倒れている方へと目を向けてみる。ゴーレムは静かに首を傾げる。 「二人を……助けて……」 駄目元でゴーレムの瞳を見詰め、懇願した。 ゴーレムはゆっくりと動き出し、二人を両手で担ぎ上げる。そのまま次の目的地――出発した村の隣町へと歩き出す。 私はただただゴーレムの後ろを歩き続けた。ゴーレムは野兎が飛び出して来ると道を譲り、モンスターである角突きラビットが出てくれば蹴散らしていく。その光景を何もすることが出来ずに眺めていた。 道の先がやっと明るくなってきた。森の出口が近いのだ。 「あなたは、どうして私たちを助けてくれたの?」 返事は期待せず、ゴーレムに話し掛けていた。 「エスメ……ラルダ……」 「えっ?」 エスメラルダ――地鳴りのような低い声で、確かにそう言った気がする。いや、ただ風の音と聞き間違えたのだろうか。 森を抜け、草原へと出る。ゴーレムはノエルとリックスをそっと地面に下ろした。日は傾き、空の色はオレンジ色に変わっている。 ゴーレムは踵を返し、森へと帰っていく。それを呆然と見詰めていた。 「……ノエル! リックス!」 はっと我に返り、二人の身体を揺さぶってみる。二人は呻き声を上げるばかりで、目覚める気配がない。 前方には立ち並ぶ二階建ての家々が見て取れる。 もう、助けを呼びに行くしかない。ごめんねと言い残し、街へ向かって駆け出した。二人の命を助けたい。それ一心で。 「お願いします! 誰か……誰か助けて!」
心の剣を貴方に
第1章 旅立ち 1話 赤、黄色、白、青――色とりどりの花が咲いている花畑で鎧姿の騎士に抱き着く。その感触は固く、冷たい。 「王女殿下――」 「そんな他人行儀に呼ばないで。名前で呼んで」 「エスメラルダ様。私は貴女には相応しくない」 「そんなことはありません! 私には貴方しかいないのです!」 頬に温かいものが伝う。この人から身も心も離れたくない。そんな感情までもが芽生える。 「貴女は明日には隣国の王太子妃だ。私には、もう……」 「ここから逃げましょう? まだ時間はありますから」 「どうやって? 行く当ては?」 「それは……」 逃げる方法も行く当ても思いつかず、小さく首を振る。 騎士は微笑み、私の瞼に唇を落とす。 「貴女に出会えた。私はそれだけで十分だ。貴女は隣国へ行く。私はこの地で果てよう。それもまた運命」 運命なんてこの世に存在しない。そんなものがあるのなら、こんなに残酷なものか。愛する者同士が結ばれない運命なんて、私は認めない。 それをこの人は認めるのだろうか。心の奥にあった悲しみは静かに絶望へと変わっていく。 「それなら、私は命を賭してこの世界を呪いましょう。貴方のいない人生なんて必要ない」 「エスメラルダ様――」 「それが嫌なら、今、この場で私を殺しなさい」 もしもの時のために、王家秘蔵の魔導書を読んでおいてよかった。心にどす黒いものが流れ、私を闇に沈める。広げた両手には魔法陣が浮かび上がり、大地に根付く草花が枯れていく。 「エスメラルダ!」 * * * はっと瞼を開ける。私はエスメラルダなんかではない。ただのオフィーリア――そう、昨日までは。 十八の誕生日に、左手の甲に謎の魔法陣が現れたのだ。その瞬間、誕生日パーティに集った町の人たちは私にひれ伏した。何度、洗っても擦っても魔法陣は取れはしない。私がそうであるはずがないのに。呪われた聖女だなんて。 この世界には伝承がある。『印を持つ者は悪を滅ぼす』と。それと同時に、『悪を滅ぼせば、己の身も滅ぼす』と。 皆の誤解を解くために手を翳すと、手の平からつむじ風が舞った。そんなはずがないと涙を流すと、足元から水が溢れ出した。それが根拠となり、私は聖女だと完全に祭り上げられてしまったのだ。 もう、この町にはいられない。朝日が昇る前に逃げるように荷物をまとめ、朝食も摂らずに部屋から飛び出した。 皆、寝静まっているだろう。凛とした空気が肌を刺し、上り始めた太陽に目を細める。 「オフィーリア!」 不意にかけられた声に、肩を震わせた。こんなに朝早くに誰が。と、考えるまでもない。私の幼馴染である、ノエルとリックスだ。ノエルはいつもと変わらずクールな顔で、茶髪を掻き上げる。リックスは呑気に腕を組み、にこっと笑った。その焦げ茶の長髪を風が靡かせる。 「二人とも、どうしてここに?」 「オフィーリアを監視してたんだ」 「町を出てくのかなってノエルと話してたら、やっぱりね」 私の考えは二人には筒抜けらしい。 「お母さんはいいのか? もう思い残すこともないのか?」 ノエルの言葉にぐっと口を結ぶ。母は私が聖女になってしまえば、一緒にいても落ち着かないだろう。昨日はずっと涙を流していたのだ。思い残すことだって、ありはするけれど――それよりも不都合なことの方が多い。私を放っておいてくれる人なんて、誰もいなくなってしまったのだから。 町に馴染む小麦畑や牛たちの牧場を一望すると、そっと目を伏せる。 「私、この町にはいられない」 「だよな」 リックスは分かっていたよと言わんばかりに大きく頷く。その横で、ノエルは小さく息を吐き出した。 「俺たち、オフィーリアの護衛隊になろうと思ってさ」 リックスは白い歯を見せると、私に手を差し出した。それも取らず、私は小さく首を傾げる。 「護衛隊? 何それ」 「オフィーリアの旅に意地でもついていく」 二人は私が気味悪くはないのだろうか。特別視もしていないのだろうか。 私が目を瞬かせていると、リックスは大きく笑った。 「ちょっ……静かに」 私は眉間にしわを寄せ、ノエルも口をへの字に曲げる。リックスは「ごめんごめん」と舌を出した。 「とにかく……オフィーリアが何て言おうと、俺たちは一緒に行くから」 一向に手を取らない私が不服だったのか、リックスは無理やり左手を握り締めた。その手は不気味な魔法陣が浮かんでいるというのに。 気がついた時には、リックスの横で草が火を伴って燻っていた。顔から血の気が一気に引いていく。 「駄目……!」 思わず叫ぶと、どこからか小さな滝のような水が降り注いだ。一気に鎮火し、ほっと胸を撫で下ろす。 「私といたら、どれだけ危険か分かるでしょ? 諦めて帰って――」 「絶対に帰らない」 それまでは聞き役に徹していたノエルが声を張った。二人の決意はもう揺るがないのだろう。 「……いつでも私を見捨てていいから」 それだけを呟くと、二人に、町に背を向ける。もう、誰が起きてきても遅くはない時間になっているだろう。一刻も早く町を去りたい。 「見捨てないよな」 「うん、絶対に」 小さく呟く二人の声が背後から聞こえた。 馬車に乗る勇気も持てず、町の名を掲げる看板の下をくぐる。リックスは私の手からトランクを奪い取った。 「……リックス! 何するの?」 「荷物なんて重たいだけだろ? 俺が持つよ」 いつの間にかノエルとリックスは私の隣に並んでおり、ノエルはうーんと両腕を伸ばす。 「こうやって、三人で旅行するのなんて初めてだよな」 ノエルのアイスブルーの瞳には、明るい未来が見えているのだろうか。私には見えなくなってしまったものだ。 「旅行じゃ……ないんだから」 私にとっては立派な逃亡だ。土道を踏み締める自分のつま先を見てみる。私の沈む心なんて、二人にはどこ吹く風のようだ。 「運がよければ野兎に会えるかもな」 ノエルとリックスはいつもの調子を崩すことはない。リックスなんて、緑の瞳を輝かせている。
悲しみの行く末
私は捨てられた。家事を全てこなし、お金だって、給料のほぼ全てを納めていた。それが全て彼のためになると信じて疑わなかった。 でも、今なら分かる。好意を無下に利用されたのだ。 もう、人生でいいことはないかもしれない。彼の家から私物を持ち出す余裕もなく、着の身着のままで雨の住宅街を歩く。家庭を持っている人は、夕食を囲んで一家団欒を楽しんでいるのだろう。 私はこんなところで何をしているのだろう。自分を嘲り、ふらりと横断歩道を渡る。ふと視線を上げると、赤信号だ。 小説やアニメなら、ここで車に轢かれて異世界転生、なんて話になるのだろう。しかし、ここは現実だ。車なんて一台も通っていない。 「もう、いっそ轢いてくれればよかったのに……」 悔しくて、視界が滲んでしまう。私はどこへ帰ればいいのだろう。 溜め息を吐き、再び歩き出す。 その時、スマホが鳴ったのだ。画面を見てみると、母からの着信だ。 絶対に馬鹿にされる。そうは思うのに、通話ボタンを押してしまっていた。 「……もしもし」 「もしもし、夏海? 最近さっぱり電話に出ないから、何やってんのかと思ったらさぁ」 母の口調は相変わらずだ。 私が何も言えずにいると、母はこう切り出した。 「またなんかやらかしたの? 馬鹿だねぇ」 通話口から溜め息の音が漏れる。 「こっちに帰ってこれるんでしょ?」 帰れるなら、とっくに帰っている。財布も持っておらず、スマホアプリの残高も百円あまりだ。 「……お金がない」 「あんた何してんのさぁ! どこにいるの?」 「K市M町の二条通り」 「分かった、そこで待ってるんだよ」 母は車の免許を持っていない。それでも迎えに来てくれるのだろうか。 身体が雨で冷え、鳥肌が立つ。僅かに震えてもいる。 私を見つけたタクシーが目の前に停車した。窓からは母のぎこちない笑顔が覗いていた。 「ごめんなさい」 意外にも、顔を合わせるとこんな言葉しか出てこない。 「早く乗りなさい! 風邪引くよ!」 相変わらず、母は不器用だ。
怒りの向こう側
俺の恋人を奪ったやつはこう言った。 「金にだらしないあの女が悪いんだ。じゃなかったら殺さなかった」 全ての罪を彼女に擦り付け、自分は逃げようと言うのだろうか。 やつの裁判も全て傍聴した。しかし、やつが謝罪の言葉を述べることはなかった。 判決は禁固十年――人の命を奪っておいて、納得できる刑罰ではない。 殺意には死を。今でも俺はやつの極刑を望んでいる。 雨の降る夕方にビニール傘をさし、一人でコンビニに向かう。雨音も、しっとりと濡れる靴も、あの日のことを思い出させる。 コンビニの前で、ある男性とすれ違った。髪型も違うし、髪色も明るい。だが、彼の纏う雰囲気が少しだけやつに似ていた。一瞬にして怒りが沸き起こる。 いや、彼は別人であって、やつではない。何とか理性を保ち、拳を握るしかなかった。 それからやつに手紙を書いた。一生許さない。今でもお前の死を望んでいる。恨みつらみを乱暴に書きなぐり、ポストへ入れた。 その日の夜、ニュースで予想外の出来事を見たのだ。やつが刑務所の中で喧嘩の末に頭を打って死亡――。 「やつが……死んだ?」 俺はやつの死だけを願って生きてきた。それなのに、人はこんなにもあっさり死ぬのだろうか。罪さえも償わずに。 怒りはさらに膨らみ、俺の心を支配する。その先には、永遠に続くかのような絶望だけが待っていたのだった。
自己紹介
この機会に、改めて自己紹介をしてみます。 ①ノベリー始めてどれくらい? 去年の一月に始めたので、一年五ヶ月くらいです。 ②ノベリーを始めたきっかけは? 色々な投稿サイトに投稿しても納得できず、辿り着いたのがノベリーでした。ノベリーは書き手さんと読み手さんの距離感が良くて、雰囲気も穏やかで好きです。 ③読むジャンル ミステリーものを読みます。ファンタジーも好きです。 綾辻行人の『十角館の殺人』面白かったです。ミステリー小説で推しを作るもんじゃない、という教訓ができました。 ファンタジー小説で一番印象に残っているのは宮部みゆきの『ICO』です。ゲームの方はやっていないので分かりませんが、この話は感情に来るものがあります。 ④書くジャンル 恋愛ファンタジーものばかり書いていましたが、恋愛要素なくてもいけるのでは……? と最近は思っています。でも、バトルファンタジーは難しくて書けないですね。 ⑤苦手なジャンル 自己啓発本……。 ⑥活動場所 主にノベリーとカクヨム、NOVEL DAYSです。今年から公募に挑戦しているので、公募応募作品はカクヨムでしか公開できないのが結構辛いですね。 ⑦名前の由来 ほぼほぼ画数で決めました。あとは雰囲気。 ⑧活動目標 ノベリーでは楽しく活動できれば言うことなしです! いつか新人賞に入賞できたらいいなぁ。 Webに向かない文章を書くせいか、小説家になろうやカクヨムといった大手サイトではあまりコメントいただけないのですが、ノベリーは本当に皆さん温かいです。 こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。 読んでくださり、ありがとうございました!