七宮叶歌
330 件の小説七宮叶歌
恋愛ファンタジーな連載と、ファンタジー、時々現代なSSを載せています。 フォロー、♡、感想頂けると凄く嬉しいです♩ 拠点にしていたNOVEL DAYSのサ終に伴い、ノベモア、solispia、caita、個人サイトに移転作業中です。 作業が終わるまで、なかなかNoveleeに投稿できないかと思います。 130万文字の移転頑張るぞ! NSS、NSSプチコン優勝者、合作企画関係の方のみフォローしています*ᵕᵕ お題配布につきましては、連載している『お題配布』の頁をご確認下さい。 小説の著作権は放棄しておりません。二次創作は歓迎ですが、掲載前に一言でもいいのでコメントください。 2025.1.23 start Xなどはこちらから↓ https://lit.link/nanamiyanohako お題でショートストーリーを競い合う『NSSコンテスト』第5回は2026.10.1開催予定です。 優勝者 第1回 ot 様 第2回 ot 様 第3回 除草機1号 様 第4回 黒鼠シラ 様 NSSプチコンテスト 優勝者 第1回 黒鼠シラ 様
第5回NSSコンテスト 1回戦 感想・アドバイス
出場者の皆様、お疲れ様です。 こちらに感想・アドバイスを載せます。 審査員名は伏せさせていただきます。 厳しいご意見もあるかもしれませんが、率直な感想ですので受け取ってください。 また、厳しいからと言って審査員を批難することはおやめください。 エントリーナンバー順に掲載します。 En No.1 ゆうりんちぃ 様 ・言葉が綺麗で話の余韻に浸れました。雨の表現が美しかったです。 ただ、改行を多用されていて、物語の波が平坦なせいか詩のように感じられたので、この点数となってしまいました。 緩急を意識してみると、一気に小説になるかと思います。 時間の移ろいが急で、頭の中での想像がついていかないところが惜しかったです。文字数の関係で難しいところもありますが、手のシワなどの情景描写が何かしらあれば想像しやすかったように感じました。 ・全体的に抽象的で、詩のような印象を受ける物語でした。起承転結はあるものの、正直わかりづらかったです。 詩と物語を隔てるのは、起承転結と背景の描写だと考えているのですが、本作は背景の描写が薄いなと思いました。 「雨が降ったら、また会おうね」と抽象的に始まるのは、インパクトがあって逆にいいと思うのですが、結末が会うことなのに、どうして会いたいのか、どうして足を運び続けるのか、それがあやふやでリアリティがなかったです。 普通に作品としてみれば、抽象的な故に想像力を刺激されて面白いなと思いました。が、詩禁止のコンテスト参加作品としては、話が一本の棒線のようで奥行きがありませんでした。 書き方のスタイルは全然いいと思うので、この雰囲気で今後も描いて行くなら、もっと意味深な描写を増やしたり、表現的な部分を伸ばして行くのがいいと思います。 En No.2 ツー 様 ・ラストが不穏なのが面白いです。青春ものとして楽しく読ませていただきました。主人公が無理に同級生に口で反抗しないのもいいです。 中高生の頃って、自分に謎の自信がありますよね。あるあるで笑ってしまいました。 どうしても気になってしまったのが☆の存在。文字数に限界はありますが、『先輩の笑顔から覗く歯が輝いて見えた』のような感じで、絵文字ではなく文字に置き換えられたのかな、と思ってしまいます。 台詞は分かるのですが、人物などをなかなか想像できませんでした。年齢を伝える描写や情景描写を省いてしまっているように感じられるので、文字数に対してだいぶ内容を詰め込んでしまったという印象を受けました。 ・序盤から中盤にかけてのハイテンションから、最後の少し怖い一言への落差が中々秀逸で面白かったです。「バンッ……なんてね」とコミカルな一言が、最後の一文へのちょうどいいクッションになっていて印象に残りました。 自分の好みの話になってしまうかもしれませんが、気になった点が文章にあります。本作は会話文や発言が多く、「!」や「★」が多く使われてます。これにより陽気な雰囲気は出せていますが、少し文章として違和感を感じてしまいました。テンポ感が出て話の内容とはマッチしてますが、小説というよりも漫画を読んでいるようでした。 短文なので難しいのはわかりますが、言い回しや描写で、間接的に雰囲気を出せたらより完成度が上がるかなと思いました。 En No.3 雨青 様 ・洗濯物の音というのが意外性があって面白かったです。切ない余韻が残りました。 ただ、改行が多く、起承転結か緩やかなので詩としての点数になってしまいました。 『思います』のところで引っかかりを感じました。また、会話文ではない擬音語には「」は使用しなので、気にされるといいかな、と思いました。 ・本作は、長編作品のプロローグのようだなと思いました。物語の土台はできているものの、特に何も起こらずに終わる。起承転結の起のみを読んでいるようでした。 序盤と中盤に出てくる「バサッ、バサッ」が彼女のいなくなる前と後の対比になっていたり、「取り込んだシャツを畳みながら」などの細かな描写でリアリティを出せていたところはよかったです。が、「素直に慣れずに」の誤字などひっかかる点もあり、惜しい部分が多いなという印象を受けました。 お題に対するアプローチは面白いなと思ったので、アイデアだけで行かず、起承転結を意識して一捻り加えていたら、かなり面白くなったと思います。 En No.4 除草機1号 様 ・サスペンスものとして面白く読ませていただきました。何度か作品を読ませていただいているのですが、話の構成は流石だなと思います。 波口が錯乱している理由が明かされないので、とても引きが強かったです。 小説を読み直してみると、意味が変わって読めるのも非常に良かったです。 面白かったのですが、気になった箇所もあります。粗探しになってしまった部分もあるのですが、視点が安定しておらず、一人称と三人称が混ざってしまっているように思いました。 また、最後から二番目の発砲音のパン。どうして、誰が撃ったのか書かれていなかったので、理解が追いつきませんでした。 あと、最後の会話文の「本谷」は「鷹島」の誤字かな? と思います。そこだけが惜しく感じられました。 ・アイデアや試みは面白かったです。しかし、狙っていない難解さというか、全体的に詰め込みすぎて読者を置き去りにしてしまっている印象でした。 要因としては、500文字に収まらないくらい濃い内容や、早すぎる展開、「調べている」「捜査している」などと文末が同じで少し読みづらくなってしまっている部分にあると思います。 この内容の濃さを500文字に落とし込めてるのは見事だと思いますが、文章に細かなディテールがなく、情景が想像しずらかった節もあります。これに関しては、例えば「波口と被害者が〜」の一文に、「夜の路地裏で」と場所の情報を入れたり、「防犯カメラに」と細かなことでも具体性を追加することで、リアリティを出せたのかなと思います。 また、最後の「そして本谷、お前は」の誤字(間違ってたらすみません)など、時間を置いて見直せば改善できた部分は多いと思います。 とはいえ、サスペンスとしてかなり面白かったです。応援してます。 En No.5 かきあげ 様 ・大胆に読者にラストの情景を委ねたな、と感心しました。私はこうかな? という想像はありますが、読者全員が同じではなくてもいいですもんね。タイトルも効いています。 雨が嫌いな理由も多く語られていないので、想像の余地があります。 誤字脱字もなく、言葉の引っかかりもないのでスラスラと読めました。 アドバイスを考えると粗探しになってしまうのですが、言葉の語尾の単調さが気になるかな? くらいでした。非常に面白く読ませていただきました。 ・かなり面白かったです。正直自分好みの話でした。 普通の神経質な人の話であれば、イライラや不快感で表現するところを、歯ぎしりという風に表す。面白いアイデアだなと思いました。 また、「シャワーを浴びることにした」で、シャワーは大丈夫なのか?と思った直後に「簡易的に雨を降らす機械」と、かなり面白い言い方で回収してて印象に残りました。 終わり方も、読者に想像の余地を与えていて面白かったです。また、個人的には何故だか少し不気味な終わり方だなと感じました。 テンポ感もちょうど良く、リアリティのある描写も場面を想像できるようになっていて良かったです。が、唯一欠点を挙げるとすれば、文末が単調だったかなと思います。「濡れた」「落ちた」「していた」と「〇〇た」で終わる文が多く、少し読みづらさも感じられました。それだけです。それだけで完成度がさらに上がると思います。 En No.6 キハミ(旧→キトリ) 様 ・雨と涙をかけているのは綺麗でいいな、と思いました。 ただ、ほぼ会話文のみで話が進んでいくので、主人公たちがどこにいるのか、性別はどれなのか、どれくらいの年齢なのかといった状況が全く分からず、主人公が二人のうちのどちらなのかも分かりませんでした。 物語というよりは、二人の会話だけを聞かされているように感じました。 また、「」の前に人物名を書いてしまうのは便利ではありますが、台本小説と呼ばれていて書きなれていない方がやってしまう失敗かな、と思います。まずは「」の前に名前を書くのをやめて、「」の後に『〇〇が言った』などと地の文を書き加えていってみてはどうかな? と思います。 お題ももう少し想像を膨らませてみると自然に書けるかもしれません。 ・気持ちの浮き沈みや、人生の苦しみなどの話をしているのにも関わらず、なんだかメルヘンチックな雰囲気なのが面白いなと思いました。人の心のネガティブさと前向きな気持ちが両立されていて、物語全体が優しい雨のようだなと感じました。 しかし、細かく紐解くと、小説というよりも台本のような文面や、句読点の少なさ、起承転結や背景描写の薄さなど、改善できる部分が多くあります。 第一に文面です。セリフの前に名前を書くスタイルは、小説ではなく台本のようです。なので、セリフに重点を置くのではなく、それがなくても話がわかるように、背景描写を付け足したり、例えば「彼女は顔についた水滴を拭いながら言った」など、細かな描写を書けるようになれば、かなり伸びると思います。心の話なのにセリフ以外に心情描写がないのは、正直かなり致命的だなと思いましたので、尚更伸び代を感じます。 今作特有の味があると思いますので、それを守りながら頑張ってください。
第5回NSSコンテスト 1回戦 結果発表
出場者の皆様、審査員の皆様、お疲れ様でした。 お時間が参りましたので、結果発表をしていきたいと思います。 3位、2位、1位の順で発表し、その後で下位の方の発表をしていきます。 第3位は En No.2 ツー 様(247.5点) 第2位は En No.4 除草機1号 様(365点) 第1位は En No.5 かきあげ 様(402.5点) 決勝へ進まれる皆様、おめでとうございます! 決勝戦も一回戦と同様のルールや審査基準で進行していきます。 優勝を目指して死力を尽くして下さい。 4位以下の発表です。 4位 En No.6 キハミ(旧→キトリ) 様(223点) ※提出期限18分の遅れにより、2点の減点としています。 5位 En No.1 ゆうりんちぃ 様(217.5点) 6位 En No.3 雨青 様(207.5点) 今回は出場要項を守っていただけずに失格になってしまった方がいらっしゃいました。次回から参加方法の簡素化を検討しています。挫けずに再チャレンジお待ちしています。 次は決勝戦についてです。 【お題発表】 今回は趣向を変えて、テーマではなく技法にしてみました。決勝戦ならではのお題です。 「ミスリード」 「視点変更」 「正体隠し」 この中から一つを選び、作品を作ってください。タイトルは自由に設定してください。今回はどのお題を選んだか、自作品のコメント欄に記載していただけると助かります(文字数制限の確認簡略化のため)。 無断無投稿、審査の放棄は今後出禁、投稿後の大幅な加筆修正は基本的に禁止でお願いいたします(バグ対応などはOK。コメントください)。 何か質問などありましたらコメントください。 審査員の方も引き続きよろしくお願いいたします。 投稿締切は10月13日21時までです。 タイトルに『第5回NSS決勝』とつけて投稿してください。募集には投稿しません。 それではスタート! ⇽(続きあります) ※エントリーナンバー順に、各審査員の点数を発表します。 En No.1 ゆうりんちぃ 様 黒鼠シラ 様 58点 七宮 29点 En No.2 ツー 様 黒鼠シラ 様 70点 七宮 69点 En No.3 雨青 様 黒鼠シラ 様 55点 七宮 28点 En No.4 除草機1号 様 黒鼠シラ 様 67点 七宮 79点 En No.5 かきあげ 様 黒鼠シラ 様 78点 七宮 83点 En No.6 キハミ(旧→キトリ) 様 黒鼠シラ 様 50点 七宮 40点 提出の遅れにつき2点減点
第5回NSSコンテスト 開催
こんにちは、七宮叶歌です。 やって来ました『第5回NSSコンテスト』。 本日から、出場者、審査員の受付を開始します。 企画の概要は、300文字以上、500文字以内の小説で、お題に対して皆さんの作品を募り、競い合おうというものです。 ただし、詩の参加、日本語以外の言語での参加は不可とします(Japanese only)。 詩とショートストーリーの区分けはしにくいかと思いますが、物語性、小説としての句読点の付け方、改行など、判断出来る材料はあるかなと思います。 出場人数が6名を超えましたら、上位3名で決勝戦を開催します。 決勝戦へ出場できるよう、死力を尽くしてください。 こちらは短期決戦です。1回戦は10月1日〜10月7日18時までが参加募集締切、同日21時までが提出期限、10月8日24時までを審査日、10月9日午前に結果発表とします。 決勝戦は10月9日〜10月13日21時までが提出期限、10月14日24時までを審査日、10月15日午前に優勝者発表という流れです。 審査が早く終わりましたら、結果発表・決勝戦開始の日時を早める可能性があります。ただし、決勝戦の提出期限の日時は変わりません。 基本的に未提出、辞退、棄権は認められません。 最後まで参加出来る方のみ、ご参加ください。 【出場者一覧】 現在6名 En No.1 ゆうりんちぃ 様 En No.2 ツー 様 En No.3 雨青 様 En No.4 除草機1号 様 En No.5 かきあげ 様 En No.6 キハミ(旧→キトリ) 様 【審査員一覧】 現在1名 黒鼠シラ様 +七宮叶歌 参加表明後の未投稿、審査の放棄は、今後出禁にさせて頂きます。 投稿後の大幅な加筆修正はしないでください(表示バグに対する対応はOKとします。報告はして下さい)。 【お題発表】 「BANG!(バン!)」 「DRIP(ポタポタ)」 「FLAP(バサバサ)」 三つの中から好きなもの一つをお題として作品を作って下さい。タイトルや内容はお題と全く関係ないものでなければ、どうなさっても構いません。 300文字よりも不足、または500文字を超過する毎に、1文字につき1点を引かせて頂きます。 この企画の違う所は、審査員の方にもう一つのお願いがあること。作品一つに対し、感想でも、アドバイスでも良いので、その点数を付けた理由を明記してください。 結果発表の際に、出場者様へお渡し出来たらと思っています。 甘めの感想・アドバイスをご希望の方は、出場表明と同時に甘めの感想希望である事をお伝えください。 また、審査の際にはDiscordに審査員室を設けたいと思います。初めて審査員をされる方は、審査員の希望コメントとは別にDiscordのユーザー名(英数字のもの)の記載をお願い致します。Discordの審査員室に入室が完了しましたら、ユーザー名のコメントは必ず削除してください。 審査員ご希望でDiscordが出来ない場合は仰ってください。代替を考えます。 参加小説を投稿する時には、タイトルの頭に『第5回NSS』と付けてください(数字・アルファベットは半角、漢字は全角)。ハッシュタグをつけられる方は同様に『第5回NSS』と入れてください。 検索をした時に必ず出てくるようにするためなので、全角・半角は間違えないようにしてください。 投稿後はここのコメント欄に報告をお願い致します。 新機能の『募集』にも告知を出します。そちらへの投稿をお勧めしますが、前回と同じでも構いません。また、募集への投稿の際にも『第5回NSS』とタイトルに付けてください。 【審査方法】 点数の付け方は 〜29点 詩では……? 〜49点 面白くない。 60点〜 面白い。小説として成り立っている。 80点〜 非常に面白い。緩急があり、読み応えがある。 90点〜 あなたプロの作家さんですか? レベルで面白い。 100点 今まで読んできた小説の中で一番面白い。 技術や文法など、あらゆる観点からの審査をお願い致します。 審査員の持ち点は1人につき100点満点。 審査員の方はMAX4名+七宮叶歌で、足りない場合は平均を出し、5名分として点数を付けます。 閲覧数、フォロワー増加数、♡もフォロワー数でばらつきが出てしまうため、加算はしません。 なので、出場者1人につき、500点満点で採点します。 また、決勝戦は予選の点数を持ち上がりで換算します。なので、決勝戦は予選500点+決勝500点の1000点満点です。予選から気を抜かず、創作に取り組んでください。 参加希望の方は、出場希望なのか、審査員希望なのかをここのコメント欄に明記して下さい。 概要を読んだことを確認するため、このページを必ずいいねしてください。 参加表明コメントに私からいいねが押されましたら参加決定です。 また、二大会続けて明らかに概要を読んでいただけない方が出たため、私から参加コメントにいいね、投稿された小説にいいね、投稿後のコメントにいいねがどれか一つでもつかない場合は参加要件を満たさないとして失格とします。 質問などありましたら、お気軽にコメント下さい。 参加者様同士のリスペクトは忘れずに! 皆様の健闘をお祈りしています。 それではスタート!
心の剣を貴方に
第3章 王都へ1 ノエルとリックスは馬車の中でも故郷の話題には触れなかった。二人なりに、私に配慮してくれているのだろう。その親切心が私の心に針を刺す。 車窓を見てみても、景色は変わり映えしない。草原がどこまでも続いている。王都まではずっとこの調子なのだろうか。 「王都の方まで来ても、寂れてるんだね」 「そりゃ、モンスターがいるからな。人は群れてないと襲われる」 「モンスターって、どこから湧いたんだろう」 「流石の俺も、そこまでは知らないな。三百年前の文献にはモンスターも載ってるらしいけど」 リックスとノエルの会話を流し聞きしながら、小さく息を吐いた。 モンスターがいるから、聖女なんてものが存在しているのだろうか。モンスターさえ消せば、私はただのオフィーリアに戻れるのだろうか。そこまで考えて、首を振る。モンスターを滅するなんて、私にできるはずがない。 「オフィーリア?」 「私は……この力で何ができるんだろう」 「それは……うーん」 リックスは天井を眺め、口を尖らせる。ノエルはリックスに呆れ顔を向け、片手で肩を小突く。 「考え込むなよ。オフィーリアは存在が光なんだ」 「光……?」 「ああ、魔法は人に希望を与えられる」 そう、なのだろうか。聖女になってからは嫌な目にしか遭っていないので、想像がつかない。小さく唸り声を上げてしまった。 ノエルは小さく笑い、その瞳に私の姿を映す。 「俺の希望でもあるから、そんなに悲しい顔をしないで――」 「お前ばっかり、いい所を持っていくなよ!」 リックスは意地悪そうに笑い、ノエルの肩を思い切り叩いた。 「痛いだろ!? せっかく、オフィーリアが治してくれたのに」 「自業自得だよ」 膨れっ面を向け合っていたものの、すぐに二人は笑い始める。昔からこうだ。喧嘩を始めても、数分で仲直りをしてしまう。仲の良さは誰にも負けないのだな、と私までもが小さく笑ってしまった。 草原は突然、終わりを告げる。前方には灰色の石を積み上げた城壁が立ちはだかっていたのだ。馬車とはここでお別れだ。 「ありがとうございました」 代金を支払おうとしても、御者は一切受け取ってくれない。私たちを強引に馬車から引き摺り下ろすと、荷物も置いて引き返していってしまった。御者のこの行動は優しさの裏返しなのだろうか。それとも、ただ関わりたくなかっただけだろうか。考えてもやはり分からない。唇を噛み締め、なんとか立ち上がる。 「オフィーリア、大丈夫か?」 「うん、平気」 実際は膝がじんじんと痛む。でも、泣き言は言えない。故郷を飛び出したのは私なのだから。微笑んでみせるとノエルは苦笑いをし、リックスは手を差し伸ばしてくれた。 「今度は俺がいい所を見せる番だ」 「ありがとう」 わざわざ口に出して言わなくてもいいのに。笑いながらリックスの手を取ると、ノエルは反対側の手を取る。 「……おい!」 「相変わらず、詰めが甘いな」 ノエルが涼しい顔を見せるので、リックスは口をへの字に曲げてしまった。これには大笑いしてしまった。こんなに素の自分を出せたのはいつ振りだろう。故郷を出てからたった数日しか経っていないのに、聖女じゃない私は遠い過去の存在だ。 「そこのお前たち」 突然の声に、一気に現実へと引き戻される。鎧が軋む音を響かせながら、二人の騎士がこちらへと近付いてくるのだ。 「入国を希望か?」 「はい」 「入国許可書は?」 そんなものは申請したことがない。三人で首を横に振ると、騎士たちは顔を見合わせ、馬車の停泊所を指差す。 「入国許可書がないんじゃ、入国は認められないな。帰ってくれ」 「そんな……。俺たち、帰る場所がないんです」 リックスが懇願の眼差しを見せても、騎士たちの表情は変わらない。 「そんなことを言われても、規則だからな」 なんとかならないのだろうか。私の居場所は故郷にはない。 「お願いします。仕事ならしますから」 「でも――」 「お願いします!」 叫ぶのと同時に、突風が騎士を包む。ようやく騎士たちが私たちのことを真剣に見てくれたような気がした。 「今のは……魔法か? いったい誰の……?」 「この中に聖者がいるのか?」 『聖者』という言葉に心臓が飛び跳ねる。『聖女』ではない。まだ私だと決めつけられていない。 三人で顔を見合わせてみたけれど、揺れる二人の瞳が待っているだけだった。 「三人とも、左手を見せてください」 騎士の声色には拒否権を持たせない威圧感がある。間を置いたものの、ノエルとリックスは左手を差し出す。仕方がないので、恐る恐る私もそれに倣った。 「聖女様でしたか。それなら話は変わるな。是非、国王陛下に謁見されて欲しい」 一気に騎士たちの表情は緩み、城門にかかるロープを引く。すると、ゆっくりと固い城門は開かれた。 「城の騎士には後で指示を出しておきます。明日には入城できるでしょう」 心臓が激しく鼓動を始める。国王に会えば、私の運命が決まるかもしれない。口の中に広がる唾液を一気に飲み込んだ。 ノエルとリックスの後に続き、確実に城門をくぐる。私たちが大通りへ出たのを見届けたように、城門の閉まる音が辺りに響いた。
心の剣を貴方に
第2章 足止め 3話 その緑の瞳には、静かな軽蔑も混ざっているようだった。 「俺たちを非難する声ばっかりで、自分からオフィーリアを守ろうなんて言い出す奴はいない。皆、他人任せだ」 言われるまでもない。私も昨夜、実感したではないか。悔しくて拳を強く握る。 「じっとしてるわけにもいかないのに。オフィーリア、ごめんな」 ノエルは唇を噛み、リックスは視線を落とす。 それ以上の会話はなく、重たい空気に沈む。しばらくすると、ノエルとリックスは再び眠りへと落ちていった。 自分の部屋に戻る気にもなれず、二人の部屋で宿屋の主人が入れてくれた紅茶を飲む。雑味が多く、飲み慣れた味だ。 これから私はどうすべきなのだろう。ここでノエルとリックスを置き去りにもできる。しかし、それでは二人の心に深い傷を残すことになるだろう。決断はできず、時間ばかりが過ぎていく。 そして、昼を過ぎた頃だ。一人の老女が部屋を訪れた。騒ぎを聞きつけて、町の端から歩いて出向いたらしい。 第一声は老女から発せられた。 「お嬢さん、左手を見せてくれないか?」 「それは……」 「隠すようなものでもないだろう」 私にとっては隠したいものなのだ。わけの分からない非日常に放り出された原因なのだから。大きく首を横に振ると、老婆は「やれやれ」と肩を竦めた。 「お嬢さん、回復魔法を使ったことは?」 「回復魔法? そんなものが……あるんですか?」 「書物の通りならね」 魔法のことを印した書物なんて存在するのだろうか。なにしろ、私以外に魔法を使ったことのある者を見たことがないのだ。 「その書物を見せてください」 「今は手元にないんだよ。済まないねぇ」 老婆はにこりと微笑むと、ノエルとリックスに目を遣った。 「二人は回復にどれくらいかかる?」 「……二ヶ月だそうです」 「じゃあ、試す価値はあるねぇ」 私たちの弱みを握られているようだ。ここからすぐに発たなければ、故郷の町の人が――母が私たちの居場所を突き止めてしまうかもしれない。その前に、ここを離れたいのは事実だ。 「貴女は何者……ですか?」 「元『図書の国』の司書だよ」 その国の名は聞いたことがある。世界中で発行されている本を結集させた国だと。その司書をしていたのなら、魔法のことを知っているのも頷ける。 賭けに乗るしかない。私たちには時間がないのだから。 「おばあさん、見ててくれますか?」 「ああ、もちろんだよ」 回復魔法が成功したら、二人は喜んでくれるだろうか。「オフィーリア、凄いよ」と褒めてくれるだろうか。 失敗なんて、自分自身が許さない。左手をノエルとリックスの方へと掲げた。淡い光が二人に向かってほとばしる。身体に触れたかと思うと、二人は目を見開いた。身をよじり、絶叫が辺りに響く。 咄嗟に手を引っ込めようとした。けれど、老婆は私の左手を掴んで離さない。 「続けるんだ」 「でも!」 「いいから」 こんなもの、本当に回復魔法なのだろうか。二人を傷付けているようにしか思えない。 「骨を動かして、細胞も再生させるんだ。痛みを伴わないわけがない。これが『回復魔法』さ」 苦しむ二人の姿なんて見ていられない。視線を床に落としても、叫び声が頭に反響する。こんな目に遭わせてごめんなさい。涙が溢れて止まらなかった。 気付いた時には、老婆の姿は消えていた。 * * * 二人はその日、目を覚まさなかった。痛みでよほど体力を消耗したのだろう。二人のベッドは、まるで水をしみこませたように湿っていた。 そして夜が通り過ぎた後、二人は身体の異変に気付く。 「あれ? 痛くない……」 「痣も消えてるよ」 ナイトウエアを捲りながら、自身の身体に触っている。昨日感じた激痛は覚えていないのだろうか。二人の絶叫を思い出し、身震いしてしまう。 「昨日は酷いことをしてごめんなさい」 「酷いこと?」 「オフィーリアは何もしてないじゃん」 ノエルは首を傾げ、リックスは苦笑いをする。やはり、昨日の出来事は彼らの中から消えているらしい。 それでも私は分かってしまった。回復魔法なんて、もうこれ以上使えない。全力で盾職を探すしかないだろう。 決意に満ち、小さく頷いてみる。 その行動がよくなかったのかもしれない。リックスは閃いたようにして目を開く。 「もしかして、オフィーリアが傷を治してくれたの?」 「えっ?」 「きっとそうだ。そうに決まってる」 ノエルは確信に満ちた瞳で私を見詰め、涙を滲ませる。 「ありがとう」 感謝の言葉なはずなのに。心に刃が突き刺さる。私は感謝されるようなことはしていない。ごめんなさい。頬に涙が伝う。 ノエルとリックスは顔を見合わせ、あたふたと立ち上がる。二人に抱きとめられる前に、床に崩れ落ちてしまった。 夕食が出される前に、三人で荷物をまとめる。町の人たちが馬車の工面をしてくれたらしい。早く王都へ行って啓示を受けろという意味なのか、ここから出ていってくれという意味なのか、真意は掴めない。どちらにしても、私たちは厄介者なのだろう。 まあ、故郷からは予想以上に早く離れられる。それだけは前向きに捉えよう。 闇に紛れて勝手口から宿を飛び出した。人だかりは正面玄関の方にできている。こちらに気付かれはしないだろう。 「王都までよろしくお願いします」 三人揃って御者に一言添える。御者は何も言わず、ただ顎をしゃくった。早く乗れ、という意味なのだろう。 私たちは自分の気持ちを整理する時間も与えられないのだ。慌てて馬車に乗り込むと、座る間もなく馬車は蹄の音を響かせ始めた。 王都ではどんな目を向けられるのだろう。考えてしまうものが理想とかけ離れており、悲観するしかなかった。
心の剣を貴方に
第2章 足止め 2話 その場にしゃがみ込み、道の傍らに咲いていた小さな白い花をそっと撫でて茎の根元を摘まむ。ごめんね、と心の中で呟きながら、そのまま二輪だけを摘んだ。 小さい頃に熱を出すと、ノエルとリックスは花を持って見舞いに来てくれた。そのお返しのつもりだ。 踵を返し、来た道を戻る。町の人たちのざわめきが大きくなってきても無視を決め込む。 誰にも見付からないようにそっと駆け出し、宿屋の勝手口に手を掛けた。 ドアが開いた音を気にしながらも素早く中へと身を翻し、ドアを閉める。 街の中を一人で歩いただけなのに、酷く疲れた。誰も居ない宿屋の廊下で、一人息を吐く。 ノエルとリックスの部屋の前で口を引く。二人を起こしてしまわないようにゆっくりとドアノブを回し、中へと入った。ノエルの寝息とリックスの小さな呻き声だけが聞こえてくる。 飲料水である水差しの水をコップへと移し、そこへ花を生けた。足音を立てないように二人のベッドの間に置いてあるスツールにそのコップを置く。 一瞬、リックスの寝息が静かになって肝を冷やしてしまった。しかし、すぐに寝息は再開された。 ほっと胸を撫で下ろし、部屋を後にする。おやすみなさい。と、心の中で囁きながら。 自分の部屋に戻ると、ベッドに入る気にもなれずに椅子に座り、テーブルに突っ伏した。町の人の声は未だに聞こえてくる。 何故、いきなりこんなことになってしまったのだろう。左手首を爪の跡が残る程に握り締める。 私が二人を守らなければいけなかったのに。何も出来なかった。声を上げることすらできなくなってしまった二人を、ただ無力に見詰めるだけ――もう、二人を傷付けさせたりはしたくない。こんな思いは二度としたくない。 涙は頬を伝うことなく、直接テーブルに水溜まりを作っていった。 水分を取ることも忘れ、息を殺して泣き続ける。いつの間にか重たくなった瞼は視界を閉ざした。 * * * 「……聖女様。聖女様」 声と共に身体がゆさゆさと揺さぶられる。無理矢理瞼を抉じ開けると、茶色の木目が目に入った。 「お願いですから、ベッドでおやすみを」 「うん……」 窓からは朝日が差し込み、外からは鳥と大勢の人の声が聞こえる。 瞼を擦りながら、昨晩にフロントで見た女性の心配そうな顔を見上げた。 「質素で申し訳ないのですが、朝食をお持ちいたしました」 「ありがとう」 長い金の髪を掻き上げ、視線を落とす。ロールパンとチキンステーキ、野菜サラダが小気味のいい音を立ててトレーごと目の前に置かれた。 「従者のお二人はもうお目覚めのようで――」 「従者じゃない! 大事な仲間なのに……!」 「あっ……。申し訳ございません」 申し訳なさそうに、女性はへこへことお辞儀をする。私たちとはあまり関わりたくないのか、そのまま足早に部屋から去っていってしまった。 食欲がない。食べたいとも思わない。それよりも、ノエルとリックスが心配で堪らない。 体力のことを考えると食べないわけにもいかず、朝食を喉に押し込める。なんとか 朝食を終え、二人の部屋へと走った。 「ノエル! リックス!」 ドアを開くなり、二人が座るベッドの前で土下座をした。真面に二人の顔を見ることが出来ない。 「ごめんなさい! 私が無力なせいで、二人に大怪我をさせてしまった……!」 詫びるだけで済む事態ではないことくらい分かっている。それでも謝らずにはいられない。 あの状況では二人が生きているのが奇跡だ。 「オフィーリア。頭を上げるんだ」 「未熟だったのは俺たちも同じだよ」 「でも……」 私は責められるべきだ。ううん、責められなくてはいけない。 「オフィーリアがいなきゃ、俺たちは死んでたよ」 「うん、感謝してもしきれない」 感謝なんてされるべきではないのに。初めてゆっくりと顔を上げた。二人の慈愛に満ちた瞳が私を見詰めている。 「心配を掛けてごめんね、オフィーリア」 リックスは痛みも見せず、微笑んでみせた。それに対し、激しく首を横に振る。私が謝られるなんて間違っているのだ。 堪らずに一粒の涙が零れ落ちた。 「オフィーリアを泣かせたな」 「それはノエルだって同じだろ?」 ちょっとだけ意地悪そうに笑うノエルと、若干の焦りを見せるリックス――一昨日までの日常にいた日々を思い起こさせられる。私たちはいつも三人一緒にいて、二人はよく互いを茶化して笑っていた。その話題の中心に居るのはいつも私だった。 頬を右掌で拭い、小さな吐息を吐く。 「これからは、こんな経験なんて絶対にしたくない。でも、私たちが強くなるには時間がかかる。それで……」 「ああ、言いたいことは分かる」 「多分、俺たちもオフィーリアと同じことを考えてる」 三人で顔を見合わせ、頷き合う。 「私たちには攻撃だけじゃなくて、防御が必要だと思うの。仲間を一人増やしたい。だから、二人が動けるようになるまで、ここで人を探そうと思うの」 最後まで話を聞くと、ノエルとリックスは顔を見合わせる。視線がこちらに戻ってきた時には、二人は少し困った様な、複雑な表情に変わっていた。 「この町じゃ無理だと思うよ」 「えっ?」 「外で話してる町の人の声を聞いた?」 ざわめきなら今でも聞こえてくる。勢いのままにと頷いてみせると、リックスは窓の外を顧みる。
第10回N1 昼の空にある月
「『あ』はそなたのものにあらず」 幼き頃に、父から言われた言葉だ。父は縁側で優雅に扇子を顎に当てながら、遠くを見て呆けていた。 当時の私には、その真意が分からなかった。だって、『あ』は私を見てくれていたのだから。一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に転んでは立ち上がる。そんな幼少期を過ごしていた。 ところが、事態は変わっていった。私が十四の時、『あ』の婚姻が決まったのだ。相手は私ではない。私の父よりも位の高い、月城の姫君だ。 最近、懇意となった姫君――くれなと貝合わせをしていても、身が入らない。 「はなの、どうなさいました?」 「いえ、お気になさらず」 笑みを浮かべられない私の異変に気づいたのだろう。くれなは首を傾げる。 「ただ、焦がれた殿方が遠くに行ってしまいそうなのです」 私が視線を下げると、くれなは遠くを見る。まるで、あの時の父のように。 「早々に忘れるべきなのでしょう。ですが……心は思う通りにいかないものですね」 くれなに小さく頷いてみせる。忘れられたらどんなに楽だろう。私にとって、『あ』と過ごした日々は忘れ難き思い出なのだ。些細な一瞬でさえも、覚えていたいと思ってしまう。 「忘れることは……ないでしょう」 小さな呟きは、春の風に掻き消えた。 * * * 祝言の場には行かなかった。招かれてはいたのに、勇気が出なかったのだ。父と母に、代わりに『あ』の美しき姿を目に焼き付けてもらおう。私は熱で伏せっていると、『あ』には嘘をついた。縁側で『あ』の屋敷のある方角を見詰めながら、手に力を入れる。 胸騒ぎがして止まない。私の想いとは裏腹に、祝言の成功を祈ってしまう。 茂みの奥から、ふと灰色の煙が上がったような気がした。しかし、それは思い違いではなかったのだ。 「はなの様、大変でございます……!」 一人の女房が、私の元へと血相を変えて走り寄ってきた。 「なにごとがあったのです?」 「祝言のお屋敷から……火の手が……!」 「えっ……!?」 女房を押し退け、袿姿のままで縁側から屋敷へと飛び出していた。顔に煤がついた者とすれ違いながら、『あ』の屋敷へと駆ける、駆ける。 どうか、みなが無事でいてください。祈りながら、息を切らす。 屋敷の前には人集りができていた。避難した者や、ただの野次馬――そのどちらもが炎を上げる屋敷を見詰めていた。 「はなの! こちらです!」 「私たちは無事じゃ」 声のする方を見てみれば、華やかな装束を着た両親が立っていた。装束や顔のところどころに黒がある。 「父上、母上……! あの方は……!?」 「案ずるな。一緒に逃げてきておる」 その後方で、束帯姿の『あ』が消火の指示をしていた。会いたいのに、会いたくなかった。でも、声を掛けて無事を確かめたい。 「ご無事ですか!?」 私の声だと分かったのか、煤まみれの『あ』はこちらに振り向く。元々つぶらな瞳は、さらに丸くなる。 「はなの……か? 私は無事じゃ。しかし、熱を出して寝込んでいたのではなかったのか?」 「そのようなことを申しておる場合ではございませぬ!」 『あ』が無事だった喜びと、祝言を壊した炎への憎しみで、自然と涙が溢れてしまう。 「泣くこともないではないか。まあ、これも世の摂理よ」 そう言いながら、『あ』の隣には静かに涙を流す月城の姫君がいた。『あ』はその背中を撫でながら、そっと彼女に微笑みかける。 貴方の隣に立つのは私でありたかったのに。涙は悲哀も混じり、止まることはなかった。 * * * 『あ』の屋敷の火事は不審火――噂は風に乗って、私の元へとやってくる。今日もくれなと貝合わせをしながら、穏やかな時を過ごそうとしていた。 「聞きました? 先日の火事は不審火らしいのです」 私がそう切り出すと、くれなが持つ二つの貝が音を立てる。 「私も聞きました。どなたが、あのように正気を失ったようなことをしたのやら……」 くれなは歯切れの悪そうな物言いをし、ぐっと口を噤む。 「月城の姫君の花嫁道具が焼けてしまったことが、私の心を一番に掻き乱すのです」 『あ』が危険に晒されたことではなく、月城の姫君の胸中を案じていることに驚いた。 くれなは私の言葉を聞くと、はっと小さく口を開けた。 「……そう、ですね。門出を壊された憎しみ、いかばかりでしょ う」 くれなも月城の姫君に思いを馳せたのかもしれない。その眼が潤んだように見えた。 翌日、その翌日と、くれなが姿を現すことはなかった。その知らせが届いたのは、日が傾き始めた頃だ。縁側で母と談笑をしていると、女房が走り込んできた。 「大変でございます! くれな様が……!」 女房は切らした息を整えようと、何度か深呼吸をする。 「くれな様が……不審火の罪で捕らえられました……!」 悲鳴が出るよりも、否定が頭を支配する。女房は嘘を申しているのだ。くれなはそのような女子ではない。誰にでも笑顔を向けられる、心優しい女子だ。人を傷つけるような真似なんて――。 脇目も振らずに立ち上がり、縁を飛び降りた。 「はなの、待ちなさい!」 遠くで母の声も聞こえるけれど、止まれはしない。 全速力でくれなの屋敷を目指す。そこには罵声を浴びせたり、石を投げつける者の姿があった。 「なんてこと……」 女房の言葉は本当だったのだ。こんな状態では、くれなの屋敷には近づけない。しばらくの間、木陰に身を隠して涙を流すしかなかった。 くれなは公衆面前のもと、火あぶりとなった。くれなは最後まで己の罪を認めていたらしい。 刑罰の後、こんな噂が立った。 『火をつけた女子は、懇意の姫君の恋を助けたかっただけだと』 『若君が姫君の恋心を無下にしたらしい』 まるで、その罪が私にあるかのような噂だった。 その話が真ならば、私がくれなを殺したことになる。私が『あ』と月城氏を苦しめたことになる。全てが私のせいだ。 もう『あ』には会わない方がいい。一人で結論を出し、私は他の殿方の縁談を受けることにした。顔合わせで会ったその人はキツネ顔の涼やかな男性――『あ』とは似ても似つかぬ人だった。 * * * 歳月は流れ、私にも二人の子ができた。私の名『はなの』と私の夫『好秋』の頭文字を取り、『好朝』と『はやか』と名付けた。仲睦まじい私たちのようになって欲しいと願いを込めたのだ。 「なあ、はなの」 「どうなさいました?」 縁側で星空を見上げながら、好秋は細い目をさらに細める。 「三人目の子はどちらだろうな」 「私は女子だと思っております」 私の腹には、三人目の子が宿っている。もう、腹を蹴ってくれるまでに成長した。この胎動なら、女子だろうか。 「名はどうする?」 「好秋様、それは気が早うございます」 「早くはないだろう? あと数日もすれば産まれてくる」 「それもそうですね」 では、どんな名がよいのだろう。一瞬、『あ』の名前が頭を過ぎった。あの方の名前は、どんな者でも光に照らしてくれそうな力強さがある。そこからいただいても――いいのだろうか。 「『あかり』は……どうでしょうか」 「何故、あかりと?」 「明かりは闇を照らしてくれます。どんな者にも明かりを灯してくれるような……そんな子になって欲しいのです」 好秋は少しだけ考えたものの、笑顔で大きく頷いてくれた。 「いい名だ。女子が産まれたら『あかり』にしよう」 「はい」 二人で小さく笑い合い、私の腹を擦る。すると、あかりが腹を蹴ったのだ。驚くと同時に、私たちの愛情に応えてくれたのだろうか、と心が温かくなった。 「これは元気に産まれてきそうだ」 「そうですね」 早くあかりに会いたい。願いは日に日に強くなっていった。 七回、日が昇り、昼時を迎えた頃だった。腹部に違和感を覚えたのだ。 「陣痛……でしょうね」 今までの経験からして、恐らくそうだ。慌てて女房を呼び、産室へと急ぐ。 「はなの、気を強う持て。私も共におるからな」 「はい」 まだ笑う余裕はある。好秋を産室から遠ざけると、いよいよ私の戦いの時だ。 下腹部を締め付けるような痛みが波のように、強さを増して襲ってくる。これは予想通りだと思っていた。しかし、全てが思い通りにはいかないらしい。 「……逆子にございますな」 産婆が声を上げる。その一言で、部屋の空気が変わった。この子だけでも、どうか無事に産まれてきておくれ。襲い来る痛みと共に、息を止める。 「大丈夫にございます。私が取り上げますゆえ」 私の手を握る産婆に、目を潤ませながら何度も頷いた。 何度か意識が遠のく。その度に、好秋と『あ』の顔が交互に浮かんでくる。 「好秋様……。明光様……」 何度か、うわ言のように呟いていたらしい。産婆や女房たちは、何も聞かなかったかのように振る舞ってくれた。彼女たちが黙っていてくれるなら、好秋に知られることはないだろう。 それでも、罪悪感は湧いてくる。 三歳になったあかりは同い年の男子とよく遊んでいる。その光景が、私と『あ』を見ているようだった。 「『あ』はそなたのものにあらず」 好秋が男子に呟いた。男子は小さく首を傾げる。 確かに、『あ』は私のものではない。そうだとしても、『あ』は私の中で輝いている大切な存在だ。 幼いこの子たちに幸がありますように。そう願って止まない。
心の剣を貴方に
第2章 足止め 1話 星空の下、小さな街は騒然となった。 ノエルとリックスはすぐに宿屋に担ぎ込まれ、医者の手当てを受けた。今は二人とも静かに眠っている。 二階にあるこの宿屋の窓から外を見てみれば、街中の人と言っていい程の人数がこちらに押し寄せてきていた。その話声は壁を通り越して僅かに聞こえてくる。 「どうなってるんだ!?」 「聖女様に仕える者があんなに弱くてどうする! それなら俺が仕えた方がマシだ!」 「そんなこと、無闇に言うもんじゃないよ! あんたに自分が犠牲になる覚悟があるのかい!?」 罵声なんて聞きたくない。耳を塞いでしまいたい衝動に駆られる。 こういう時、二人ならどうするのだろう。声が耳にこびりついてしまい、冷静に考えられない。 もう、窓の外の様子に気を揉むのはやめよう。踵を返し、椅子に腰かける。 テーブルの上には冷めたパンと具沢山のスープが置かれている。食欲もなく、スプーンに手を伸ばしてはいない。それよりも、私だけが食事を摂るのは申し訳ない。なんだか涙が出てくる。 誰かに見られるわけでもないのに両手で顔を覆い、さめざめと涙を流す。 「痛っ……!」 突如として上げられた声に振り返ると、ノエルが身体を捩り、苦悶の表情を浮かべていた。 「ノエル!」 慌ててベッドへと駆け寄り、その手を握り締める。 「ここは……? 何で俺、こんな所に……?」 「ここはアストアの宿屋。肋骨折れてるから、動かない方がいいよ」 はだけてしまったタオルをノエルの身体に掛け直し、椅子をベッドの傍へと移動させた。そこに腰掛け、私たちに起こったことを話していく。ノエルは口を挟むことも、相槌を打つこともない。ただ黙って聞いていた。 「リックスは?」 「まだ目が覚めないの」 「そうか……」 ノエルはそっと睫毛を伏せたと思ったものの、すぐに私を見詰め返す。 「オフィーリア。それで泣いてたのか?」 「えっ?」 嫌だ。顔が濡れていただろうか。両手で顔を擦り、涙の跡を消す。 「自分のためには泣かないのに、仲間のためには泣けるんだな。もっと自分を大事にしなきゃ駄目だぞ?」 どうせ滅ぶ私ではなく、これからを生きる仲間を思って何が悪いのだろう。首を大きく横に振る。 「大事な人を泣かせるなんて。これじゃあ、用心棒だけじゃなくて、幼馴染も失格だな」 「そんなことない!」 この街の人たちと同じことを言わないで欲しい。感情的に反論すると、ノエルは「あはは」と笑い、痛みのせいかすぐに顔を歪める。 「痛っ……」 「ノエル……!」 「ごめん、また心配掛けてるな」 謝られることなんて何もしていないのに。首を振り、手を握り直した。 「今日はもう休んで」 「そうさせてもらう……」 ノエルは深く息を吐き出す。 「オフィーリアも寝るんだぞ?」 「うん」 ノエルから手を離し、そっと立ち上がった。スープの置かれたテーブルを横目に、広くはない部屋を一度省みる。 「おやすみ、ノエル、リックス」 「おやすみ、オフィーリア」 危ない目に遭わせてしまってごめんなさい。そっと心の中で呟き、部屋を出た。 このまま自分の部屋へ戻っても絶対に眠れない。少し夜風に当たりたい。でも、宿屋の出入口から外へ出れば街の人と鉢合わせしてしまう。それは絶対に避けなくては。 先に一階のフロントへと向う。そこには三十代くらいの女性の姿があった。 「あの」 「あっ……聖女様! 何か御用でしょうか?」 もう、彼女の中で私は『聖女様』で定着してしまったらしい。絶望感がじわじわと心を侵食する。 「外に出たいんです。でも、外には人集りができてるから」 扉の向こうでは未だに街の人たちが何かを話しているのだろう。ガヤガヤとした声が聞こえてくる。 「そういうことなら」 女性に案内され、フロントの奥の扉の向こう側へと通された。なるべく居住スペースは見ないように勝手口へ向かう。 「お帰りになりましたら、ご自由にお部屋へお戻りください」 「ありがとう」 丁寧語でこてこてだな、と思いながらも、指摘はできなかった。 勝手口を開けると、春特有の少し肌寒く、それでいて清々しい風が私の身体を包み込む。その風に逆らい、歩を進める。 やはり、街の人たちは話に夢中で、出入口とは真逆に居る私の存在には全く気付きもしない。 見付からないように、駆け足でその場を離れると、隣接する広場の噴水も通り抜け、私たちがこの街へとやってきた街と草原の境を目指す。 本来ならば夜行性のモンスターと出くわさないように街の外へ出ないのが鉄則である。今は、本当に少しだけ。街の灯りが届かないような場所には行かないつもりだ。 石造りの家々に目を遣ることなく、ただひたすらに石畳の道を駆け抜けた。 「ここら辺で……いいかな」 街の門に寄り掛かり、息を整えてから深呼吸をする。新鮮な空気が肺へと行き渡り、気持ちを落ち着かせてくれる。 ぎらつく目、哀れみの目、好奇の目――故郷だけではなく、隣町でまでこんな目に遭うなんて。私はどこまで逃亡すればオフィーリアでいられるのだろう。
心の剣を貴方に
第1章 旅立ち 2話 「浮かれてる場合じゃないぞ。案外、モンスターが出てきたりして」 ノエルは苦笑いをしながら、無邪気なリックスを窘めた。その証拠に、ノエルとリックスは剣を携えている。 歩き始めて数十分が経っただろうか。雑草の丈は腰ほどまでになった。モンスターが出てきても直前まで気付けないかもしれない。 ノエルは道の右側を、リックスは左側を警戒しながら前へ進む。草原には次第に木々が増え、森へと変貌していった。 木々の葉に隠れてしまい、僅かな空が見えない。太陽の傾き加減が全く分からない。 リックスは私の顔を覗くように見る。 「オフィーリア、疲れてない?」 「うん、大丈夫」 これくらいで疲れていては、これからの旅が思いやられる。それなのに。 「俺は少し疲れたかな。ノエル、休もう」 リックスは休憩を願い出る。 「そうだな」 一人でも疲れてしまったのなら仕方ないだろう。 丁度、切り株と腰かけに最適な大きさの岩がある空間で休憩を取ることにした。水筒の限りある水をちびちびと飲み、一息吐く。 自分では疲れていないつもりだったけれど、尖らせっぱなしだった神経は擦り切れていたらしい。気を抜くと頭が空っぽになる。リックスは私の体調も鑑みてくれたのだろうか。 そこへ何者かが草を踏みしめる音が聞こえてきたのだ。もしや――。 「こんな時にモンスター……!?」 三人で頷き合い、そろりと立ち上がった。ノエルとリックスは剣を手に取り構える。 しかし、現れたものに腰を抜かしそうになった。 「えっ……? 野兎……?」 飛び出してきたのは、なんと可愛らしい茶色の野兎だったのだ。 「あは……。あはは……」 なんて間抜けな光景だろう。ノエルとリックスなんて、剣を放ってしまった。 「それにしても驚いたな」 「いや、野兎でよかったよ。これでゴブリンなんて出てきたら――」 リックスが言いかけて、話は止まった。何故なら、ゴブリンなんかではない、人間でもない、もっと大きな巨大な物の気配を感じたのだから。すぐに木漏れ日が遮られ、岩のような身体のモノがぬっと現れた。 「何で……こんな所に……!?」 赤い瞳は光を放ち、私たちを睨みつける。 「駄目……!」 ノエルとリックスは今、すぐには攻撃できない。剣を拾い上げる隙を作るため、咄嗟に片手を伸ばした。途端にゴーレムは火に包まれる。 ゴーレムは怯みもしない。 「何で……!?」 「オフィーリア! 魔法は駄目だ!」 ノエルは地面に転がっていた剣を拾い上げ、切り付けにかかる。刃が効くとは思えないモンスターなのに。私は武器なんて持っていない。 出遅れたリックスも震える手で剣を拾い、雄叫びを上げながらゴーレムへと向かう。 ゴーレムは、まるで蝿を払うように二人を弄ぶ。ただ、剣が岩に弾かれる音だけが周囲に響く。 「……うわぁっ!」 遊び飽きたかのように、ゴーレムはノエルを指で弾き飛ばす。彼はそのまま身体を木にぶつけた。 「ノエル……!」 「くそぉっ! ……うっ!」 今度はリックスがゴーレムに蹴飛ばされ、岩に叩き付けられる。 「リックス……!」 このままでは二人が殺されてしまう。二人だけでなく、私も殺されてしまう。伝承通り、己の破滅だ。 「お願い……止めて……」 ゴーレムに執拗に痛め付けられる二人に、私は何もできないのだろうか。形だけの聖女ではないか。 無力感に苛まれ、涙が頬を伝う。 「止めてーっ!」 無意識のうちに叫んでいた。 左手の魔法陣が光り出し、ゴーレムの後頭部を照らし始める。何故か、ゴーレムの動きが止まった。 「えっ……?」 振り返ったゴーレムは、ゆっくりと私に近付いてくる。 標的を私に変えたのだろうか。今度こそもう駄目だ。ぎゅっと瞼を閉じる。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。 ゆっくりと目を開けてみる。そこには岩の手と、握られた白い花があった。 「どういうこと……?」 赤い瞳は静かに私を見詰めている。 聖女はモンスターの敵で、倒されるべき相手ではないのだろうか。花を受け取らずにいると、ゴーレムは器用に私の金の髪に花を差した。 「私はあなたの敵じゃないの?」 ゴーレムは身動ぎ一つしない。 もし、敵意じゃなく、好意を持ってくれているのだとしたなら。二人が倒れている方へと目を向けてみる。ゴーレムは静かに首を傾げる。 「二人を……助けて……」 駄目元でゴーレムの瞳を見詰め、懇願した。 ゴーレムはゆっくりと動き出し、二人を両手で担ぎ上げる。そのまま次の目的地――出発した村の隣町へと歩き出す。 私はただただゴーレムの後ろを歩き続けた。ゴーレムは野兎が飛び出して来ると道を譲り、モンスターである角突きラビットが出てくれば蹴散らしていく。その光景を何もすることが出来ずに眺めていた。 道の先がやっと明るくなってきた。森の出口が近いのだ。 「あなたは、どうして私たちを助けてくれたの?」 返事は期待せず、ゴーレムに話し掛けていた。 「エスメ……ラルダ……」 「えっ?」 エスメラルダ――地鳴りのような低い声で、確かにそう言った気がする。いや、ただ風の音と聞き間違えたのだろうか。 森を抜け、草原へと出る。ゴーレムはノエルとリックスをそっと地面に下ろした。日は傾き、空の色はオレンジ色に変わっている。 ゴーレムは踵を返し、森へと帰っていく。それを呆然と見詰めていた。 「……ノエル! リックス!」 はっと我に返り、二人の身体を揺さぶってみる。二人は呻き声を上げるばかりで、目覚める気配がない。 前方には立ち並ぶ二階建ての家々が見て取れる。 もう、助けを呼びに行くしかない。ごめんねと言い残し、街へ向かって駆け出した。二人の命を助けたい。それ一心で。 「お願いします! 誰か……誰か助けて!」
心の剣を貴方に
第1章 旅立ち 1話 赤、黄色、白、青――色とりどりの花が咲いている花畑で鎧姿の騎士に抱き着く。その感触は固く、冷たい。 「王女殿下――」 「そんな他人行儀に呼ばないで。名前で呼んで」 「エスメラルダ様。私は貴女には相応しくない」 「そんなことはありません! 私には貴方しかいないのです!」 頬に温かいものが伝う。この人から身も心も離れたくない。そんな感情までもが芽生える。 「貴女は明日には隣国の王太子妃だ。私には、もう……」 「ここから逃げましょう? まだ時間はありますから」 「どうやって? 行く当ては?」 「それは……」 逃げる方法も行く当ても思いつかず、小さく首を振る。 騎士は微笑み、私の瞼に唇を落とす。 「貴女に出会えた。私はそれだけで十分だ。貴女は隣国へ行く。私はこの地で果てよう。それもまた運命」 運命なんてこの世に存在しない。そんなものがあるのなら、こんなに残酷なものか。愛する者同士が結ばれない運命なんて、私は認めない。 それをこの人は認めるのだろうか。心の奥にあった悲しみは静かに絶望へと変わっていく。 「それなら、私は命を賭してこの世界を呪いましょう。貴方のいない人生なんて必要ない」 「エスメラルダ様――」 「それが嫌なら、今、この場で私を殺しなさい」 もしもの時のために、王家秘蔵の魔導書を読んでおいてよかった。心にどす黒いものが流れ、私を闇に沈める。広げた両手には魔法陣が浮かび上がり、大地に根付く草花が枯れていく。 「エスメラルダ!」 * * * はっと瞼を開ける。私はエスメラルダなんかではない。ただのオフィーリア――そう、昨日までは。 十八の誕生日に、左手の甲に謎の魔法陣が現れたのだ。その瞬間、誕生日パーティに集った町の人たちは私にひれ伏した。何度、洗っても擦っても魔法陣は取れはしない。私がそうであるはずがないのに。呪われた聖女だなんて。 この世界には伝承がある。『印を持つ者は悪を滅ぼす』と。それと同時に、『悪を滅ぼせば、己の身も滅ぼす』と。 皆の誤解を解くために手を翳すと、手の平からつむじ風が舞った。そんなはずがないと涙を流すと、足元から水が溢れ出した。それが根拠となり、私は聖女だと完全に祭り上げられてしまったのだ。 もう、この町にはいられない。朝日が昇る前に逃げるように荷物をまとめ、朝食も摂らずに部屋から飛び出した。 皆、寝静まっているだろう。凛とした空気が肌を刺し、上り始めた太陽に目を細める。 「オフィーリア!」 不意にかけられた声に、肩を震わせた。こんなに朝早くに誰が。と、考えるまでもない。私の幼馴染である、ノエルとリックスだ。ノエルはいつもと変わらずクールな顔で、茶髪を掻き上げる。リックスは呑気に腕を組み、にこっと笑った。その焦げ茶の長髪を風が靡かせる。 「二人とも、どうしてここに?」 「オフィーリアを監視してたんだ」 「町を出てくのかなってノエルと話してたら、やっぱりね」 私の考えは二人には筒抜けらしい。 「お母さんはいいのか? もう思い残すこともないのか?」 ノエルの言葉にぐっと口を結ぶ。母は私が聖女になってしまえば、一緒にいても落ち着かないだろう。昨日はずっと涙を流していたのだ。思い残すことだって、ありはするけれど――それよりも不都合なことの方が多い。私を放っておいてくれる人なんて、誰もいなくなってしまったのだから。 町に馴染む小麦畑や牛たちの牧場を一望すると、そっと目を伏せる。 「私、この町にはいられない」 「だよな」 リックスは分かっていたよと言わんばかりに大きく頷く。その横で、ノエルは小さく息を吐き出した。 「俺たち、オフィーリアの護衛隊になろうと思ってさ」 リックスは白い歯を見せると、私に手を差し出した。それも取らず、私は小さく首を傾げる。 「護衛隊? 何それ」 「オフィーリアの旅に意地でもついていく」 二人は私が気味悪くはないのだろうか。特別視もしていないのだろうか。 私が目を瞬かせていると、リックスは大きく笑った。 「ちょっ……静かに」 私は眉間にしわを寄せ、ノエルも口をへの字に曲げる。リックスは「ごめんごめん」と舌を出した。 「とにかく……オフィーリアが何て言おうと、俺たちは一緒に行くから」 一向に手を取らない私が不服だったのか、リックスは無理やり左手を握り締めた。その手は不気味な魔法陣が浮かんでいるというのに。 気がついた時には、リックスの横で草が火を伴って燻っていた。顔から血の気が一気に引いていく。 「駄目……!」 思わず叫ぶと、どこからか小さな滝のような水が降り注いだ。一気に鎮火し、ほっと胸を撫で下ろす。 「私といたら、どれだけ危険か分かるでしょ? 諦めて帰って――」 「絶対に帰らない」 それまでは聞き役に徹していたノエルが声を張った。二人の決意はもう揺るがないのだろう。 「……いつでも私を見捨てていいから」 それだけを呟くと、二人に、町に背を向ける。もう、誰が起きてきても遅くはない時間になっているだろう。一刻も早く町を去りたい。 「見捨てないよな」 「うん、絶対に」 小さく呟く二人の声が背後から聞こえた。 馬車に乗る勇気も持てず、町の名を掲げる看板の下をくぐる。リックスは私の手からトランクを奪い取った。 「……リックス! 何するの?」 「荷物なんて重たいだけだろ? 俺が持つよ」 いつの間にかノエルとリックスは私の隣に並んでおり、ノエルはうーんと両腕を伸ばす。 「こうやって、三人で旅行するのなんて初めてだよな」 ノエルのアイスブルーの瞳には、明るい未来が見えているのだろうか。私には見えなくなってしまったものだ。 「旅行じゃ……ないんだから」 私にとっては立派な逃亡だ。土道を踏み締める自分のつま先を見てみる。私の沈む心なんて、二人にはどこ吹く風のようだ。 「運がよければ野兎に会えるかもな」 ノエルとリックスはいつもの調子を崩すことはない。リックスなんて、緑の瞳を輝かせている。