夜の祝福あれ☾·̩͙⋆

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夜の祝福あれ☾·̩͙⋆

絵を描いたり、小説を書いたりするのが趣味な高校生。夜行性なので、夜に書くことが多いです。 現在は、「書く習慣」にも生息してます。名前も同じなので良かったら探してみて下さい

夜明けの交差点

新宿駅東口。ネオンが瞬き、終電を逃した人々が雑踏の中をさまよう。午前2時、交差点の信号が青に変わると、ひとりの高校生が歩き出した。 彼の名前は神谷悠人(かみや ゆうと)、17歳。制服姿のまま、誰にも告げず家を出てきた。ポケットにはスマホと、折りたたまれた一枚の紙。そこには、こう書かれていた。 「午前2時、新宿東口交差点。君の“記憶”を返す。」 悠人はそのメッセージを、学校の下駄箱に入っていた封筒で受け取った。差出人は不明。だが、彼には心当たりがあった。 一年前、悠人は事故に遭い、記憶の一部を失った。特に、ある一人の少女の記憶だけがぽっかりと抜け落ちていた。写真も、名前も、すべて消えていた。ただ、彼の心には、彼女の声だけが残っていた。 「また、会えるよ。夜明けの交差点で。」 その言葉が、ずっと頭から離れなかった。 交差点の向こうに、ひとりの少女が立っていた。黒いコートに、白いマフラー。顔は見えないが、悠人は確信した。 「君……なのか?」 少女は微笑んだ。 「覚えてる? 私の名前。」 悠人は首を振った。 「ごめん……思い出せない。でも、君の声は、ずっと覚えてる。」 少女は静かに歩み寄り、悠人の手に小さな箱を渡した。 「これは、君が私に預けたもの。開けて。」 箱の中には、古びた鍵と、手紙が入っていた。 『悠人へ。もし君がこの手紙を読んでいるなら、私はもういないかもしれない。でも、君が記憶を失っても、私たちの約束は消えない。新宿の旧図書館の地下室。そこに、私たちの“記憶”がある。鍵は君が持っている。』 悠人は震えながら、少女に尋ねた。 「君は……誰なんだ?」 少女は答えなかった。ただ、手を差し出した。 「行こう。記憶を取り戻す旅に。」 二人はタクシーに乗り込み、新宿の外れにある旧図書館へ向かった。廃墟のような建物。誰も使っていないはずの扉に、鍵穴があった。 鍵を差し込むと、重い音を立てて扉が開いた。地下へ続く階段。壁には、二人の写真が貼られていた。制服姿の悠人と、笑顔の少女。 「これ……俺たち?」 少女は頷いた。 「私の名前は、朝倉澪(あさくら みお)。君の幼なじみで、初恋の人。」 悠人の頭に、断片的な記憶がよみがえる。夏祭りの夜、手を繋いで歩いたこと。図書館で一緒に勉強したこと。雨の日に傘を忘れて、二人で濡れて帰ったこと。 「思い出した……澪……!」 澪は涙を浮かべて微笑んだ。 「よかった。これで、約束は果たされたね。」 だが、次の瞬間、彼女の姿がふっと消えた。 「澪……? どこに……!」 悠人は叫んだ。だが、地下室には彼ひとりしかいなかった。壁の写真も、鍵も、すべて消えていた。 スマホの画面に、ひとつの通知が届いていた。 『記憶の再生完了。朝倉澪:2019年6月12日、事故により死亡。』 悠人は崩れ落ちた。 彼女は、もうこの世にいなかった。だが、彼の記憶の中で、澪は生きていた。夜明けの交差点での再会は、彼の心が生み出した最後の奇跡だった。 外に出ると、空が白み始めていた。新宿の街が、静かに目を覚ます。 悠人は空を見上げ、呟いた。 「ありがとう、澪。俺は、もう大丈夫だ。」 そして、彼は歩き出した。記憶を取り戻した少年の、新しい朝が始まった。

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夜明けの交差点

消えた放課後

第一章:放課後の失踪 新宿区にある私立高校「東都学園」。秋の文化祭を控え、生徒たちは準備に追われていた。そんなある日、2年生の男子生徒・佐藤悠真が、放課後に忽然と姿を消した。 「昨日の放課後、悠真と話してたんだよ。普通だった。なのに、今朝から誰も連絡が取れない。」 そう語るのは、彼の幼なじみであり、同じクラスの女子生徒・橘ひなた。彼女は、悠真の失踪に違和感を覚え、独自に調査を始める。 第二章:鍵は“図書室” ひなたは、悠真が最後にいた場所が図書室だったことを突き止める。そこには、彼が借りたまま返していない一冊の本があった。 タイトルは『東京の地下に眠るもの』。都市伝説や未解決事件をまとめた奇妙な本だった。 「悠真は、何かを調べてた……?」 本の中には、1970年代に新宿駅地下で起きた“未解決失踪事件”の記録があった。悠真はその事件に異常な興味を持っていたらしい。 第三章:地下通路の先に ひなたは、悠真のスマホの位置情報を頼りに、新宿駅の地下通路へと向かう。そこには、一般には知られていない旧通路が存在していた。 「ここ……誰も使ってないはずなのに、足跡がある。」 通路の奥には、古びた扉があり、そこに悠真の学生証が落ちていた。扉を開けると、そこはかつての防空壕跡地。壁には、過去の失踪者たちの名前が刻まれていた。 そして、そこに悠真はいた。 「ひなた……来てくれたんだな。」 彼は無事だったが、何かに怯えていた。 「俺、知ってしまったんだ。あの事件の真相を。ここには、誰にも知られてはいけない“記録”がある。」 第四章:記録と選択 悠真が見つけたのは、旧都庁が極秘に保管していた“都市封印計画”の資料だった。新宿の地下には、かつて封印された“何か”が眠っているという。 「もしこれが世に出たら、東京は混乱する。でも、真実を知ることは、俺にとって意味があるんだ。」 ひなたは悩む。真実を暴くか、悠真を守るか。 「悠真、あなたが選ぶなら、私はその道を一緒に歩く。」 彼らは記録を封印し、誰にも話さないことを選んだ。そして、悠真は学校に戻った。 エピローグ:静かな放課後 数週間後。文化祭の日。ひなたと悠真は、図書室で静かに話していた。 「放課後って、何気ない時間だけど……あの日から、少しだけ特別になった気がする。」 窓の外には、秋の夕陽が差し込んでいた。

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消えた放課後

星降る夜の約束

第一章:星の落ちた村 遥か北の山間に、「ルミナ村」と呼ばれる小さな集落があった。村は四方を深い森に囲まれ、空には年に一度、星が降るという不思議な夜が訪れる。村人たちはそれを「星祭り」と呼び、星が落ちた場所に願いを捧げることで、奇跡が起こると信じていた。 主人公の少女・ミナは16歳。父を早くに亡くし、母と二人で暮らしていた。彼女には幼い頃から不思議な力があった。夜になると、星の声が聞こえるのだ。 「ミナ、今年の星祭りは特別よ。星が“選ばれし者”を導くって、長老が言ってたわ。」 母の言葉に、ミナは胸騒ぎを覚えた。 第二章:星の声と古の書 星祭りの夜。空から一筋の光が落ち、村の外れにある古井戸のそばに星が降り立った。ミナはその光に導かれるように歩き、星の欠片を手にする。 その瞬間、彼女の頭に直接語りかける声が響いた。 「星の継承者よ。封印された“時の扉”を開け、世界を救え。」 村の長老は驚き、古の書を開いた。そこには、かつて世界を闇に包もうとした“影の王”と、それを封じた“星の継承者”の物語が記されていた。 「ミナ、お前はその継承者かもしれん。だが、旅は危険だ。影の王の眷属が目覚めつつある。」 ミナは決意する。「私が行く。星がそう言ってる。」 第三章:仲間との出会い 旅の途中、ミナは三人の仲間と出会う。 • リュウ:剣士。かつて影の王に家族を奪われた青年。 • セラ:風を操る魔法使い。星の研究者。 • トト:獣人の少年。森の精霊と会話できる。 彼らはそれぞれの理由で影の王を倒すことを望んでいた。ミナは星の力を使い、仲間と共に“時の扉”を探す旅に出る。 第四章:闇の試練 旅の果て、彼らは“忘却の谷”に辿り着く。そこには影の王の眷属が待ち構えていた。ミナは星の力を使い、仲間と共に戦うが、リュウが重傷を負ってしまう。 「ミナ……星の力は、お前だけのものじゃない。俺たちの絆が、星を輝かせるんだ。」 その言葉に、ミナは仲間の想いを星に託し、力を解放する。眷属は消え、時の扉が現れる。 第五章:時の扉と最後の選択 扉の向こうには、影の王が封印されていた。だが、封印を解くには、星の継承者が“記憶”を代償にしなければならない。 「記憶を失えば、仲間のことも、母のことも忘れてしまう……それでも、世界を救えるなら。」 ミナは扉に手をかける。星が輝き、影の王は消滅する。 彼女は記憶を失ったが、仲間たちは彼女を守り続けた。そして、星祭りの夜、空に輝く星が一つ、ミナの頭上に降りた。 「ミナ、君は忘れても、僕たちは忘れない。」 プロローグ:星の継承者 数年後、ミナは村に戻り、星の研究者として生きていた。記憶は戻らなかったが、星の声は今も彼女に語りかける。 「君は、世界を救った英雄だ。」 そして、星祭りの夜。空には、かつてないほどの星が降り注いだ。

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星降る夜の約束

月の図書館

第一章:見知らぬ路地 高校二年生の遥(はるか)は、放課後の帰り道、ふとした気まぐれでいつもと違う道を選んだ。夕暮れの街は静かで、風の音だけが耳に残る。 細い路地に差し掛かったとき、遥は奇妙な違和感を覚えた。そこだけ空気が澄んでいて、まるで時間が止まっているようだった。 路地の奥に、古びた建物がひっそりと佇んでいた。木製の扉には銀色の文字でこう書かれていた。 『月の図書館』—読む者に、忘れられた物語を。 第二章:図書館の司書 扉を開けると、静かな鈴の音が響いた。中は広く、天井まで届く本棚が並び、月光が差し込む窓辺には一人の人物が立っていた。 「ようこそ、遥さん。」 その声に遥は驚いた。司書と名乗る青年は、白銀の髪と琥珀色の瞳を持ち、どこか人間離れした雰囲気を纏っていた。 「ここは、物語が記憶になる場所。あなたの物語も、すでに一冊の本になっています。」 青年が差し出した本には、こう書かれていた。 『遥の物語』 第三章:未来の記憶 ページをめくると、そこには遥がまだ経験していない出来事が綴られていた。 ・見知らぬ少年との出会い ・選ばれる“鍵守”という役割 ・月の扉を開く使命 「これは…私の未来?」 司書は静かに頷いた。 「この図書館は、月が満ちる夜にだけ現れます。そして、選ばれた者に“物語の続き”を見せるのです。」 第四章:鍵守の使命 翌日から、遥の周囲に変化が起こり始めた。転校生の少年・蒼(あおい)との出会い。彼もまた“鍵守”の一人だった。 「君も見たんだね、月の図書館。」 蒼は、遥と同じ本を持っていた。二人は運命に導かれるように、月の図書館の謎を追い始める。 やがて彼らは知る。図書館には“封印された物語”があり、それを解く鍵が、彼ら自身の記憶と感情にあることを。 第五章:封印の扉 満月の夜、再び図書館が現れた。遥と蒼は、司書に導かれ、最奥の“封印の扉”へと向かう。 「この扉の先には、世界の“忘れられた真実”が眠っています。」 二人が扉を開くと、まばゆい光とともに、彼らの過去と未来が交錯する。遥が幼い頃に失った記憶、蒼が抱えていた孤独——それらが物語として形を成し、彼らに問いかける。 「あなたは、物語の続きを選びますか?」 第六章:選択と再会 遥は答えた。 「私は、自分の物語を生きたい。誰かが書いた未来じゃなく、自分で選ぶ未来を。」 その瞬間、図書館の本棚が揺れ、無数の本が光を放った。封印は解かれ、図書館は静かに消えていった。 翌朝、路地は再び姿を消していた。けれど、遥と蒼の手には、それぞれの物語が刻まれた一冊の本が残っていた。 そして、彼らの物語は、まだ始まったばかりだった。

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月の図書館

君の声が届くまで

第一章:沈黙の旋律 高校二年の春、咲良(さくら)は事故で声を失った。医師は「機能的には問題ない」と言ったが、彼女の声帯は沈黙を選び続けた。言葉を失った世界は、色を失ったように感じられた。 そんなある日、学校の音楽室から聞こえてきたピアノの音に、咲良は足を止める。そこにいたのは、三年生の奏人(かなと)。彼はかつて音楽コンクールで注目された天才だったが、今は誰にも聴かせることなく、ひとりで弾いていた。 「……君、聴いてたの?」 奏人は驚いたように言ったが、咲良はただ頷いた。声は出ない。でも、心は動いた。 それが、二人の物語の始まりだった。 --- 第二章:手話と旋律 咲良は手話を覚え始めた。奏人は、彼女の手の動きに合わせて音を紡いだ。言葉がなくても、音と手のひらで会話ができた。 ある日、奏人は言った。 「僕は、音楽をやめるつもりだった。誰かに聴かせるのが怖くなったから。でも、君が聴いてくれるなら、もう少しだけ弾いてみようかな」 咲良は、涙をこらえながら頷いた。彼の音は、彼女の沈黙を優しく包んでくれた。 --- 第三章:君の声が届くまで 文化祭の日、奏人はステージに立つことを決めた。咲良のために書いた曲「君の声が届くまで」を演奏するために。 ステージの上で奏人は語った。 「この曲は、声を失った少女のために書きました。でも、彼女は僕に教えてくれた。声がなくても、心は届くって」 演奏が始まると、咲良の胸に何かが溢れた。音が、言葉になっていく。涙が頬を伝い、彼女は小さく口を開いた。 「……ありがとう」 それは、事故以来初めての声だった。小さく、震えていたけれど、確かに届いた。 奏人は、ピアノの音を止めて、静かに微笑んだ。 「君の声、ちゃんと届いたよ」

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飛び込んだ先には

第一章:静寂の水面 春の終わり、大学を卒業したばかりの遥(はるか)は、東京の片隅でぼんやりと未来を見つめていた。就職活動はうまくいかず、周囲の友人たちは次々と新しい生活を始めていく。自分だけが取り残されているような感覚に、遥は焦りと孤独を抱えていた。 そんなある日、彼女は偶然見つけた「地域留学プログラム」の募集広告に目を留める。行き先は、人口わずか800人の海辺の町・青波(あおなみ)。「何かを変えたいなら、飛び込むしかない」——そう思った遥は、勢いで応募し、数週間後にはその町に降り立っていた。 第二章:青波の風 青波町は、東京とはまるで違う時間が流れていた。朝は漁師の船の音で目覚め、夜は星の海に包まれる。最初は戸惑いながらも、遥は地元の人々との交流を通じて少しずつ心を開いていく。 特に、地元の高校で美術を教える青年・蒼(あおい)との出会いは、彼女の世界を大きく揺さぶった。蒼は、かつて東京で画家を目指していたが、ある理由で故郷に戻ってきたという。彼の静かな情熱と、絵に込められた想いに、遥は惹かれていく。 第三章:波の向こうへ ある日、遥は蒼のアトリエで一枚の絵を見つける。それは、海に飛び込む少女の姿を描いたものだった。「これは、君だよ」と蒼は言った。「飛び込んだ先には、きっと君だけの答えがある」 その言葉に背中を押され、遥は自分の夢と向き合う決意をする。東京に戻るか、青波に残るか——その選択の先にある未来を、自分自身で描いていくために。

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飛び込んだ先には

白の牢獄

僕はここに囚われている。 目を開けると、白い部屋だった。壁も床も天井も、すべてが白。家具もない。窓もない。音もない。あるのは、僕自身だけ。 どれくらいここにいるのか分からない。時間の感覚はとうに失われた。時計もない。日差しもない。眠って、目覚めて、また眠る。それだけの繰り返し。 最初は叫んだ。誰かに届くと思っていた。けれど、声は壁に吸い込まれ、反響すらしなかった。 次に歩いた。部屋の端から端まで、何度も。だが、どこにも出口はなかった。白い空間が、ただ無限に続いているように思えた。 やがて僕は考えるのをやめた。過去も未来も、ここには存在しない。名前も、記憶も、意味を失っていった。 それでも、時々、夢を見る。 誰かが笑っている。手を伸ばしてくれる。僕の名前を呼ぶ声がする。けれど、目覚めると、また白い部屋。 夢が現実なのか、現実が夢なのか、もう分からない。 ただ一つだけ確かなことがある。 僕はここに囚われている。 そして、誰も僕を見つけてくれない。 だから僕はまだ眠る。

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檻の中の花

彼女は、彼の部屋に閉じ込められていた。 窓は開かない。ドアには鍵がかかっている。けれど、部屋は美しく整えられていた。花が飾られ、絵画が壁を彩り、毎日違う紅茶が用意される。 「君のために、世界を完璧にしたんだ」 彼はそう言って微笑む。その笑顔は優しく、どこか哀しげだった。 彼女はかつて、彼の恋人だった。別れを告げたのは彼女の方。理由は単純だった。「重すぎる」と感じたから。彼の愛は、常に彼女を囲い込もうとした。行動を監視し、交友関係を制限し、未来を決めようとした。 「愛してるからだよ。君を守りたいだけなんだ」 彼はそう言っていた。 別れた後、彼女は自由を手に入れた。けれど、ある日突然、彼の部屋で目を覚ました。記憶は曖昧だった。眠っていたのか、連れ去られたのか——分からない。 「ここは君のための楽園だよ。誰も君を傷つけない。僕だけが、君を愛してる」 彼女は抵抗した。叫び、暴れ、泣いた。だが彼は、ただ静かに見守っていた。 「そのうち分かるよ。外の世界がどれほど君を傷つけていたか。僕だけが、君を本当に理解している」 時が経つにつれ、彼女は次第に静かになった。紅茶を飲み、花を眺め、絵を描くようになった。彼は喜んだ。 「やっと、君は僕の愛を受け入れてくれたんだね」 彼女は微笑んだ。 けれど、その笑顔の裏で、彼女は少しずつ、部屋の構造を覚えていた。鍵の位置、窓の隙間、彼の行動パターン——すべてを記憶していた。 彼女は、檻の中で咲く花ではなかった。 彼女は、檻を壊すために咲いた花だった。

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零時の重なり

午前零時、古びた時計塔の鐘が静かに鳴った。 その瞬間、時計の針がぴたりと重なり、街の時間が止まった。 誰も気づかない。けれど、彼女だけは知っていた。 「また来たのね」 時計塔の下、白いワンピースを揺らしながら少女はつぶやいた。彼女の前に現れたのは、灰色のコートを着た青年。彼は、毎月満月の夜、時計の針が重なる瞬間にだけ現れる。 「君に会えるのは、この一瞬だけだ」 青年は微笑む。彼の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。 少女は彼の手に触れようとするが、指先はすり抜ける。彼はもうこの世界の人間ではなかった。事故で亡くなった恋人。彼女はその事実を受け入れられず、時計塔に通い続けていた。 「時間が重なるとき、僕は君の記憶の中に戻ってこられる。けれど、針が離れれば、僕も消える」 「それでもいい。あなたに会えるなら、何度でもここに来る」 青年はそっと彼女の髪に触れるふりをした。風が吹き、彼女の髪が揺れる。 「ありがとう。君が僕を忘れない限り、僕はここに来られる」 鐘が二度目の音を鳴らす。針がずれ、時間が再び動き出す。 青年の姿は、夜の闇に溶けて消えた。 少女は静かに目を閉じた。 「また、来月ね」 時計の針が重なるその瞬間に、彼女は永遠の一秒を生きていた。

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零時の重なり

鏡の向こうの君

鏡の中の自分が、瞬きしなかった。 それに気づいたのは、朝の支度をしていたときだった。いつものように髪を整え、ネクタイを締め、鏡に映る自分を確認する。だがその日は、鏡の中の「僕」が、ほんの一瞬、僕よりも早く動いた。 「……気のせいか?」 そう思って仕事へ向かったが、違和感は消えなかった。電車の窓に映る自分、ビルのガラスに映る自分——どれも微妙に、何かが違う。表情が硬い。目が冷たい。まるで、僕を見ているのではなく、観察しているようだった。 その夜、鏡の前に立った僕は、意を決して話しかけた。 「君は……誰だ?」 鏡の中の僕が、口を開いた。 「やっと気づいたか。僕は“君”だよ。別の世界の。」 言葉を失った僕に、鏡の中の“僕”は語り始めた。そこは、僕が選ばなかった選択肢で構成された世界。大学を辞めた世界。恋人と別れなかった世界。夢を追い続けた世界。 「君が捨てた可能性で、僕は生きている。だけど、最近、君の世界が気になって仕方がない。君は、僕より幸せに見える。」 「そんなこと……」 「交換しよう。少しだけ。君の世界を、僕に見せてくれ。」 鏡の中の“僕”が手を伸ばす。僕は、なぜかその手を取ってしまった。 次の瞬間、世界が反転した。 目の前に広がるのは、見慣れた部屋。でも、写真の中の恋人は違う人。スマホの中の連絡先も、知らない名前ばかり。仕事は、夢だったはずの小説家。机の上には、出版されたばかりの本が置かれていた。 「これが……僕の、もう一つの人生?」 その夜、鏡の中には、僕がいた。元の世界の僕が、静かにこちらを見ていた。 「どうだい? そっちは。」 僕は答えた。 「まだ分からない。でも、少なくとも——君の世界も、悪くない。」

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