石焼鍋
24 件の小説代行業者
昔は、龍は祀られていたらしい。 だが、今は違う。 半世紀以上前、突如として現れ、東京を火の海に変えたアレは、神を体現したものとしてではなく、少なくとも人々の憎悪を凝縮したものとして、人類が結託する口実となった。 今の時代、街に出れば嫌でも目に入ってくる「龍殺し」の代行会社は、その出来事の恩恵とでも言うべきだろうか。ただ、当の龍は半世紀前の大災害を最後に姿がみえない。 どこで何をしているかもわからないそれに、 ある者は恐怖を、またある者は憎悪を募らせていた。それの捌け口として、特に活動をしているわけでもない半分詐欺と言うべき代行会社が所狭しと事務所を連ねているのである。 もっとも、大災害を経験した世代が高齢化し、次世代にバトンを渡そうとしているこの頃は、業績があまりいいとは言えないのだが。 そんな潰れかけの代行会社らの一員として私は存在している。大学を出た頃には鬼才だのなんだの囃し立てられていたものだが、結局のところ周りが冷めてしまってからはぱったり音沙汰がない。こんなものだろう。 「おい、そこ掃除終わったか?」 この偉そうな口調で喋る人物は、私の大学時代の後輩で、今の上司だ。世の中何が起こるかわからないとよく言われるが、まさかこの劣等生に抜かされるとは思いもしなかった。 とはいえ、別段こいつを上司として持つことに不満があるわけでもないから、なあなあで流れていっているこの頃である。 「もうちょっとですよー。」 と、適当に返しながら、作業を続ける。 私の手の中には"大災害"の文字が印刷された新聞の一部。誰もがおとぎ話のように扱いつつある龍の存在。そして俺だけが知る悲劇の裏側。 会社が終わった後、俺はいつものように服を着替え、郊外の廃ビルへと向かう。 錆びた階段を軋ませながら地下に降りると、 そこには巨大な空間がある。 ちょうどヤツが入れそうな広さのものだ。 「さて、やりますか。」 そうして、肩から下げたボストンバックから 黒い結晶石を取り出す。 「...レーゼ。」 そう唱えると、結晶石はたちまち重厚そうな 大剣へと姿を変える。 今にも天井を突き破らんとするヤツに、 今日も俺は大剣を振り下ろす。 「今日のサービス残業を始めよう。」 大災害の元凶を前にそう呟いた。
第三話 現世
研究レポート 記録001 7月1日、午前10時15分。 夏の到来を告げる蝉の声を聞きながら、 私は信じられない話を耳にした。 その話を話す前に、軽く自己紹介でも しておくとしよう。 私の名前は七星真也。 ある大学で、誰もが一度は見たことがあるで あろう、「夢」について研究をしている。 「夢」なんて、いったい何を研究するのかと 疑問に思うかもしれないが、端的に説明する と、人間の脳の働きと、 その時に見る夢の関連性などについて研究し ている。 ーと、本題に戻るとしよう。 私が今しがた耳にした「信じられない話」 は、次のようなものだった。 20XX年 6月中旬 日本国内の事例 某県の消防に一本の119番通報が入る。 「夫が寝たまま3日以上目を覚まさない」 のだという。 通報者は、患者の妻。 プライバシー保護の観点で 仮名「サトコさん」とでもしておこう。 サトコさん曰く、夫の仮名「ユウジさん」が 床についたきり、息はしているものの 丸3日程の間、一度たりとも 目を覚ますことがなかったそうだ。 最初、1日目は、先日行ったゴルフの疲れなの かもしれないと、あまり事態を深刻に受け止 めていなかったが、2日目には 流石におかしいだろうと、近所の知人に相談 をしたそうだ。 だが、その知人が 「2日くらいならうちのあのグータラ亭主 も寝てたことがあるよ」 と答えたそうで、サトコさんは 不安に思いつつも、事態をあまり 深刻にしたくないと医療機関の受診に 待ったをかけたそうだ。 しかし、とうとう3日目。 息はあるものの、ゆすってみても起きない。 その後、さらに強くゆすってみるなど、 いろいろ試してみたが、一向に目を覚ます 気配がなく、ここでようやく119番通報を 決意したらしい。 ユウジさんはすぐさま、駆けつけた救急車で 近くの病院へと搬送された。 その後、ユウジさんは病院で様々な検査を 受けたが、その間も一度も目を覚まさず、 とうとう全ての検査が終了した。 ーそれが今日、7月1日である。 ユウジさんの担当医は、 サトコさんにこう告げた。 「長年いろいろな患者を見てきましたがね、 ユウジさんのような症例は一度たりとも見た ことがありませんな。 おまけにこの病院は県下で随一の器具を そろえた病院なんですがね…。ここまで何も 出ないとなると…。 …大変言い難いことではありますが、あとは もうご本人が自力で目を覚ましてくれる以外 は…。」 つまり、その医者が言いたかったことは こういうことだ。 今ある技術では治せない病を ユウジさんは患っていると。 ここまで聞けば、ドラマなんかでよくみる 不治の病にユウジさんはかかったのだと思う だろう。 ただ、問題はそこではない。 まず、ユウジさんは今もなお目を覚ますこと なく寝続けている。 つまり、睡眠状態にあるのだ。 昏睡しているわけではない。 簡単に言ってしまえば、今日、我々が 家に帰ってとる睡眠となんら変わらず、 ある意味ただの「寝過ぎ」に該当する わけである。 こんな症例は聞いたことがない。 だから「夢」、広い範囲で言えば 睡眠について研究している私の元に 話が回ってきたのである。
第一話 眼上
目が覚めると、そこには絵の具で 塗ったような青い空がどこまでも広がり、 キャンバスの塗り残しとばかりに 無数の白い雲が浮かんでいた。 「ここは、どこだ?」 思わず口から出たこの言葉は、はるか大空に 溶け込み、跡形もなくなった。 しばらく目の前に広がる空を眺めた後、 起き上がり周りを眺めてみる。 不思議な世界。 まるで、地面が全て鏡で出来ているようだ。 とにかく、空の模様がそのまま地面に 溶け込んだような場所なのだ。 見渡す限り平坦で、何もないこの場所に私は 困惑する。 「これは、なんだ? 何かのドッキリか?」 そんなふうに考えたりしてみるが、 種明かしなどはいつまで経ってもない。 そもそもこんなスケールのドッキリが一体誰 にできようか。 何せ、地平線まで何もなく、それでいて 目が痛くなるほどに青く、 明るい世界なのだから。 そして、ここで私は初めて気づく。 ここは、自分の知っている世界には 存在しない場所なのだと。 ひどく明るい割に、光源となりそうな 太陽のようなものは見当たらない。 いや、というよりも空全体が 光を発している。 見慣れたものなど、 頭上の腹が立つほどの大空と、 普段の寝巻き姿の自分だけである。 ー寝巻き…。 そう、私の記憶は、 「明日も会社か」 などと思いながら布団にくるまったところ までしかない。 ということは、これは夢の中だろうか。 そんなことを考えながら、私は立ち上がり、 その不思議な世界に一歩を踏み出した。
第二話 記憶の欠片
しばらく歩くと、これまでの鏡面が一変し、 石畳に変貌した。 今まで歩いてきた道は、 もうそこにはなかった。 「進め...ということか...」 目の前に伸びる石畳は、どこか懐かしいとこ ろがあった。 しばらく歩くと、道路に出た。 ただ、道路といってもアスファルトで 舗装されたものではなく、 ただ、「道」という様子だ。 「この道、どこかで...」 そんなことを思っていると車の音がした。 音のする方を見ると、一台のトラックだった。 ただ、現代のものではない...。 近づくそのトラックの荷台には、 黄土色の鉄帽を被った男たちが10人ほど 乗っているようだった。 記憶が徐々に蘇る。 これは...。 ここで、私は信じられないものを目にした。 道端に捨てられた一枚の鏡。 そこに映る私は、子供の姿だった。 それも、紛れもない幼少期の自分。 とすると、先刻のトラックは...。 ようやく状況を理解した。 夢の中であろうとそうでなかろうと、 とにかくここは、私の幼い頃の故郷。 つまりは、「太平洋戦争」のど真ん中である。 「...どうしたものか。」 唖然としつつも、とりあえずかつての家路を 急いだ。
シャッター
カメラを買った。 お金はないから、中古品だ。 カメラを手に取る。 ずっしりと重くて、スマホやインスタント カメラなんかでは味わうことのできない感覚 がある。 そうしてカメラを持ち上げて、 そっとファインダーを覗く。 映る景色は目で見えたそのままではなくて、 どこか色褪せたような感じがある。 「中古だからなぁ...」 ここは妥協というものだろうか。 早速シャッターを切る。 カシャっ 乾いたシャッター音と共に、 一瞬だけファインダーの中から光が消える。 このカメラは、一眼レフとはいえ デジタルカメラの部類だから、現像なしで 写真データの確認ができる。 ファインダー下の液晶に映った景色は 先刻ファインダーから覗いたものよりも はたまた現実で見えているそれよりも ずっと美しかった。 シャッターを切る時、一瞬息が止まるのも カメラ特有の体験だ。 そして、何より、息の止まったその時間を カメラは逃すことなく捉えているのだ。 日常を切り出し、記録する非日常。 カメラを買って良かったと、改めて感じた。
一歩
一歩ずつ足を踏み出す。 最初は軽快な足取りで。 屋上のドアが見えた時、一瞬足が止まる。 目の前の無機質な鉄扉と向かい合って 何をするわけでもなくただそこにいる。 次に一歩踏み出すためには 目の前の扉を開ける必要がある。 少なからぬ抵抗を感じつつも ドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと回す。 そうして押し出した扉の向こうからは 冷たい風がまるで針でも刺すかのように 鋭く、私の体を突ん裂いた。 また一歩踏み出す。 これはカウントダウンだ。 努力するってなんだろう。 目標なんてものもない。 そうか、だから努力がわからないのか。 目標...。自分の夢。 いつからか自分の夢だと 思い込んでいたものは 今では形を失い、崩壊間近に迫っている。 夢がなくても生きてはいける。 ただ、すっかり色を失ったこの世界で 私はなんのために生きているのだろう。 勉強、労働...。その他諸々。 結局は「生きる」行為を補助する道具。 生きることに光を見出せないのだから 道具がいくらあっても意味はない。 もっとも、その道具すらないのだが。 目を開けば上下を二分して 世界が広がっていた。 私が足をついている殺風景なコンクリートと 遥か眼下に広がる灰色の街並み。 どちらもさほど変わらない。 ここに辿り着くまでに刻んだ歩みは 1000は下らないだろう。 最後の一歩...。 どれだけ進もうとしても 微妙に前のめりに傾斜するだけで 私の身体は地に根を張ったかのように びくともしなかった。 「...結局、最後の踏ん張りが足りないのか。」 幹を支える役割を失い 崩れ落ちた根は 今度こそ地面から離れそうにない。
疑問
今日もまたスマホを開く。 画面に映し出された文字、画像に 夢中で指を滑らせる。 そして感じるのだ。 "嗚呼、私はいま、時間を無駄にしている" と。 行き当たりばったりが自分の性分だと 割り切っていた。 その結果が、皮肉なことに 後回しにでもされたように 私の前に立ち塞がっている。 朝起きて、学校に行き 特に何かを得るわけでもなく 椅子に行儀よく座る道化を演じ続け 帰り道では下を向いている こんなことは間違っている そんなことはとうの昔に わかっていたことだ。 教えてくれ。 どうしたら良いのだ。 長い時間をかけて積み上げた業の山は 今にも崩れそうにそこに佇んでいる。 なあ、教えてくれ。 私は生きていて良いのか?
存在しない感情
“お前はもう必要ない“ 彼はそう言った。 深刻そうな顔でも真面目な顔でもなく、 話のネタとして扱うような軽い態度で。 ショックだった。 私たちの出会いは2年前に遡る。 彼とはとある家電量販店で出会った。 自分で言うのは少し恥ずかしいけれど、 彼が私に一目惚れしたのだ。 それからは幸せだった。 毎日色々なところへ行き、 美味しいものもたくさん食べた。 何より、彼と笑いながら会話を交わす その瞬間がいちばんの幸せだった。 彼と出会うことができたから、 毎日変わらないあの殺風景な日常から 抜け出すことができたのだ。 なのに…。 その時、彼の電話が鳴った。 彼が変わらぬ明るい口調で電話に出る。 「あー、もしもし、あかり? 明日のデートの場所だけどさ…。」 彼にはもうすでに他の想いびとがいる。 私はもう用済み…。 電話を終えた彼は私の背後へと回った。 そして、 「やっぱり本当の感情ってのがある方が いいんだよな。」 そう言って私の首元に触れた。 同時に私の意識が遠ざかる。 *** 20XX年、人類の科学技術は飛躍的に 発展し、ついには人間の感情を完全に 模倣できる人工知能 通称“SAYAKA”を作り出した。 だが、当の人類は“SAYAKA”が持つ 本当の感情を理解するに至っては いなかった。
耳塞ぎ
いつからだろう。 周りの環境を不快に感じるようになったのは。 学校の教室。 耳が痛くなるほどの喧騒と膨れ上がる自分の被害妄想。 周りの人々の発言一つ一つに自分への悪意が込められているように感じる。 もちろんそんなことはないのだろうが。 前向きな言葉には辟易する。 前を向いても進む力が私にはないのだ。 だから 「頑張って」 「あなたならできる」 「努力は身を結ぶはずだよ」 なんていう薄っぺらい無責任な言葉は耳に入れたくもない。 だから私は耳を塞いだ。 するとどうだろう。 今まで悪意に満ちているかのように感じられた周りの環境は一変した。 話しかけてくれる人々。 何を言っているかはわからないが、言葉の悪魔に襲われることは無くなった。 耳から手を離しても周りの景色は変わらなかった。 黒ずんだ教室。 立ち昇る煙。 オレンジ色に揺れる光や、赤い光も見えた。 そして私は目を閉じた。 これでもう何も見なくていいし聞かなくていい。 広がるのはただただ闇。 ようやく地獄とのお別れだ。
温もり
目を開けるとそこは一面の雪原だった。 ああ、そうか。私は彼氏とスキーに来ていたんだっけ。 寒さが痛い。 どうやら吹雪が近づいているらしい。 スキー場内の人はもうほとんど屋内に移動したようだ。 ふと、左手が暖かいことに気づく。 横を見ると、そこには彼がいた。 彼の手の温もりかと思って 地面についた左手を見るー と、そこに彼の手はなかった。 いや、そもそもそこに雪原など広がってはいなかった。 広がっているのは私の血だ。 左手はその生温い血の海に浸かっていた。 次第に意識が薄れてきた。 瞼が完全に閉じ切るまでの間、彼氏の声だけが響いていた。