あいびぃ
145 件の小説あいびぃ
自己紹介カード 発動!!! 【レベル】15 【属性】ちゅー学生 【習性】投稿頻度不安定、定期的に更新不可になる、フォローもフォロバも気分次第、❤︎とコメントくれる人を好む、困ったら募集に参加 【特性】どんな作品にもファンタジーが香る 【メッセージ】 初めまして、あいびぃです! 見つけてくれてありがとう♪ 私自身、生粋のアニオタ・漫画オタなのでファンタジーが多めになってます…多分。 詳しいことは「自己紹介」にて! まだまだ若輩者なので、応援よろしくお願いします!
共犯
今日、私は最高に生きている。“生”とは、“死”と表裏一体であり、さればこそ、“死”を意識することは“生”を意識することと言える。これを定説とするならば、間違いなく、私は今最高に“生きている”のだろう。 今、君の瞳に映る私は、喜びに満ちた顔をしているに違いない。いつも輝いている君に、負けないくらい輝く瞳を持って、このコンクリートの地面を踏んでいる。なのに、どうして。どうして君はそんなにも苦しそうなのだろうか。その大きく黒く、丸い瞳から溢れる雫は、何を意味しているのだろうか。 「ねえ、泣かないで。泣かないでよ。」 「だって〜…えっぐひっく」 「君は私で、私は君なんだよ。忘れちゃった?」 「ううん。でも、でもこんなのってないよ。」 「そう? これは私なりの落とし前。君がいるなら、私の残機は二機だから大丈夫。」 「でも、それは例えで…」 「私は例えで終えるつもりはないよ。本気で、君が私で私が君だと思ってる。だからここにいるの。」 俯く君に影が落ちる。飛行機が上を飛んで、エンジン音が聞こえる。影が暗く覆っても、君の涙は輝き滴る。君はワンピースの裾を硬く握った。 「私に、貴方のいない人生を送れと言うの? 自分だけが逃げて、私のためとか言うんでしょ? 本当に私の為だってんなら、生きて証明しなさいよ!」 「…」 「…出来ないんでしょう。ならなんで、一緒に逝こうって言ってくれないの?」 息が荒く、白くなって、風が髪を靡かせる。肩で息をする必死さが、虚しくも愛らしくもある。そんなに叫ばなくても聞こえるのに。それだけ必死ということか。 「君には関係ないことなんだよ。」 「何言ってるの? 共犯でしょ、私達。」 「私だけだよ。」 「違う!」 「何も違わないよ。君の母親を、禁書を使って殺したのは、私。」 「それは私を救う為だったし、元はと言えば私が貴方に頼んだから!」 「だから、共犯?」君は小さく頷いた。 「実行犯は私。ほら、大書庫から無くなった禁書を探しに、グリズが血眼だ。君は逃げて。」 「嫌よ。今更、貴方を説得しようと言うんじゃないの。逃げようとか、やめようとか言いたいわけじゃないの。一緒がいいのよ! 」君は涙ぐんで、声を震わせて言う。 「ねえ、カフナ。恩人が大犯罪者と邪険にされる世界で、私に生きろと言うの? あんまりだわ。貴方が私の母を殺したのは、母が狂人化したからよ。私が母を殺してと頼んだの。身の危険を感じたから。ただ衝動に駆られて考えなしに、なんて殺人鬼みたいな動機じゃないわ。」 「だが、こうするほかなかったとは言え、勝手に禁書を使った私を世界は許さない。私が死ねば、やっと、君も普通に生活できるだろう。」 「普通に生活なんて出来ないの。貴方が邪険にされる世界で、普通になんて出来ない。禁書でなければ葬れないほど進行するまで、行動に移せなかった私も、貴方に頼んだ私も。どっちも悪いわ。考え直せとは言わない。一緒に逝ってくれないのなら、どのみち私は貴方が逝ったあとを追う。止めても無駄ね。」 「…そうか。分かった。」もう、それ以上は言うまい。そう思った。 「カフナ、今“最高”って顔してる。」 「そうかな。」 「うん、そうだよ。ねえカフナ、来世も出逢おう。出逢って、また友達になるの。」 「そうだね。そうなるといいね。来世に賭けようか、私達は。」 「うん。こうしてれば、最後まで顔を見ながら逝けるよ。」 君はそう言って私の手を握る。私は絡むように握り直した。 「ふふ。恋人繋ぎじゃん。」 こうやって君とオワリを迎える事を、ずっと夢に見てたんだ。ありがとう。君が私に依存するように、私も君が愛おしい。多分、君も気づいているよね。 「バレたか。」
バレッタお婆さんの薬(前編)
「何か、お困りかい?」 バレッタという老婆が俺に話しかけてきたのは、孤独の香りがする秋の夕暮れ。四時半のメロディチャイムが流れる公園だった。「夕焼け小焼け」のメロディが、俺の孤独感をより一層際立たせる。そろそろ、子供達の元気な笑い声もフェードアウトしてくる頃、彼女が現れた。 「何か、お困りだろ?」 「…」 「無視するんじゃないよ!」 腰の丸い暖かそうな服装の老婆が、俺の脛を自前の杖で突っついた。痛みが俺の意識を覚醒させた。思わず顔を上げる。 「…誰ですか?」 「人のこと散々無視しておいて、開口一番がそれかい。質問に答えるべきだろう。まあいいさ。あたしゃバレッタってんだ。バレッタ婆さんとお呼び。」 「バレッタ…婆さんが、なんのようですか?」 「アンタが困ってそうだから声かけたのさ。困ってんだろ?」 困っていると言えば、困っているのだろう。最近は益々、死にたいとか仕事を辞めたいとか思う事が増えた。ただただ生きているだけの自分に、嫌気が差す。家に帰るのも億劫で、だからこうしてイチョウの絨毯に囲まれたベンチに、一人座っているのだ。 「……まあ、はい。」 「やっぱりね。何か悩みがあるんだろう?」 「ええ、まあ。ちょっとした自己嫌悪ですよ。」 「自己嫌悪…ね。アンタのその目、生きる意義を欲している目だ。」 「生きる意義…確かに、そうかも。」 「やっぱりね。なら、この薬をやろう。あたしゃ薬売りをしていてね。」 そう言うと、バレッタ婆さんは上着の腰ポケットから、小さめの瓶を取り出した。中身は液体だった。 「…危ない薬ですか?」 俺がそう言うと、バレッタ婆さんはまた杖で俺の脛を突いた。 「アンタ目が腐ってんのかい? こんな幼気なババアが命懸けの仕事するわけないだろう。」 「じゃあそれはなんなんですか?」 「これは“経験薬”さ。」 「経験薬?」 「アンタに今最も必要な経験をプレゼントしてくれる、素敵なお薬さね。ただ、一人で一本飲み干す事。これは守りなさい。さもなくば、これから自然にやってくる筈の経験が、その良し悪しに関わらず、全て消えて無くなってしまうよ。」 なんて恐ろしい、そして魅力的な薬だろうか。バレッタ婆さんの嘘かも知れない。そんな疑念は拭い去れないが、これに賭けてみても良い、一応やるだけやってみようと思った。 「分かりました。いただきます。」 「そう、それで良いんだよ。じゃあ、ここに名前を書いとくれ。書けなかったら、口頭でいいさ。」 「はい。」 俺は、差し出された紙にサインした。契約書みたいなものだった。 「ありがとうね。おや、正義って書いて“まさよし”と読むのかい。大層な名だ。じゃ、また会おう。」 バレッタ婆さんは、それだけ言うと、霧の中に消えていった。何もない方向に向かって歩いて、そのまま身体が消えたのだ。俺はその様子に釘付けだった。目を見開いて暫くその方向を見続け、暫くして席を立ち、帰路についた。 鍵穴に鍵を差し込んで回す。カチャリと、虚しく音が響いた。 「ただいま。」 妻と娘が交通事故で亡くなってから、久しく言ってこなかった言葉だ。今日はなんとなく、気が向いた。帰っても誰もいない一人には広すぎる一軒家。まだ妻や娘の私物は片付いていない。ソファに一直線に向かって、どかっと座り、テレビをつける。特に見たいものもないので、そのままドキュメントを見る。時間が流れ、ようやく気が向いて、帰りにセブンで買った袋に手をかける。冷凍ピラフとカップ麺の調理方法を確認して、ピラフをレンジに入れ、そのままの足でお湯を沸かした。ソファに戻るのも怠いから、キッチンからテレビを見る。ふと“経験薬”の事を思い出した。ポケットから取り出して、数秒見つめて飲む決心をした。 瓶の蓋を回し開けて、グビッと飲んだ。甘ったるいのに、苦味が何処かで顔を出している。そんな味だ。子供の時に飲んだシロップ薬の味がする。 「うえっ…マズっ」 顔を顰めながら、瓶と蓋を捨てた。確か明日が、カン・ビンのゴミ捨ての日だった筈だ。俺はその袋を忘れないように玄関に置いた。ご飯食べて、風呂入って、そのまま布団に入るとすぐに眠った。俺は昔から寝付きだけは良かった。 翌朝は、特に夢も見ず、それでいて特段スッキリもしない寝起きだった。いつものことだ。歯を磨きながら、なんとなく歯磨き粉の裏の説明を読む。顔を洗って、髪をセットして、スーツを着てパンを食べる。ほったらかしてた昨夜のビール瓶は、玄関の袋に入れて、手に持って出勤がてらゴミ出しをした。 昼休み、行きつけの喫茶店に入った。小さいが、雰囲気も味も良く、人気店である。この辺では有名で、すぐ人も埋まるのだから、そろそろ増築か移転かすべきだと、思わなくもない。 「こちらへどうぞ。あ、いつものコーヒーでよろしかったですか?」 「ああ、はい。お願いします。」 「では、すぐにお持ちしますね。こちらメニューです。」 店員さんは、茶色い革風カバーのメニューを机に置くと、厨房に向かって行った。その後ろ姿を見送ったあと、俺はメニューに視線を戻す。何にしようか。お手軽さと美味さと、それらを考慮すればサンドウィッチだが、チョコレートケーキも捨てがたい。 「すみません。」 「はーい。ご注文お伺いします。」 「サンドウィッチを一つお願いします。」 「承知いたしました。すぐにお持ちします。それで、あの、今ですね、見ての通り店内混み合っておりまして、もし御迷惑でなければ、他のお客様との相席をお願いしたいのですが…。ご案内してもよろしいですかね?」 店員は、申し訳なさそうに言った。 「大丈夫ですよ。」 俺がそう答えると感謝を述べ、「では、直ぐに御案内しますね。」と言って去って行った。少し待つと、店の入口付近に立っていた女性が、店員に促されながらやって来た。 「あの、すみません。よろしくお願いします。」 「よろしくお願いします。」 そのあと、すぐに女性はメニューを見始めた。それからは気不味い沈黙が流れる。 「あ、あの…」 「どうしましたか?」 「すみません。これ、なんて書いてあるんでしょうか。」 女性は申し訳なさそうに、メニューにある文字を指差した。 「それは…ナポリタン、ですね。」 「ああ、ナポリタン! なるほど。私好きなんですよ、ナポリタン。ケチャップが好きなので。…えっと、私これにします。ありがとうございました。」 「いえいえ。決まったようで良かったです。」 女性が注文している間、俺はなんとなく店内を見回した。全体的にモダンで、これぞ喫茶店という感じでいながら、非常に温かみと落ち着きのある雰囲気だ。コーヒーの香りが店中を漂う。その香りにときめいていると、女性が落ち着きなくソワソワし始めた。俯いたかと思えば、口をパクパクさせて向き直るので、話し出すのかと思ったが、また俯き、キョロキョロと周囲を見た。そのあと握り締めたズボンの布が、彼女の決意を物語っていた。 「あ、あの……さっきは教えてくださってありがとうございました。ご迷惑をお掛けしてすみません。それでえっと、その、実は、私、読み書きを習い始めたの去年からなんです。だから、お恥ずかしながら、平仮名しか出来なくて、カタカナは怪しくてですね。その、やっぱり気になられたかなと。」 彼女はそう言って、微笑んだ。 普通は驚くところなんだろうが、俺は、そうか、としか思わなかった。世界は広い。どんな人がいてもおかしくないし、俺だって特殊かもしれない。でもそうか。こんな狭い島国の日本にさえ、変わった境遇の人は身近にいるものなのか。はたまた、寧ろ狭いからこそなのか。 「いや、まあ、はい。いやでも、全然。確かにどうして聞くのかなとは思いましたけど、特に気にしてませんよ。迷惑とか一切思ってないんで、そちらも楽になさってください。」 なんだよ、全然って。本心なのに気遣ってるみたいじゃねーか。もっと気の利いた言葉掛けてやれよ、俺。 「ありがとうございます。ウチは貧乏父子家庭で、ほんとうに学ぶ機会というものが無くて。」 「でも、義務教育があるんじゃ。」 「そうなんですけど、私、壊滅的に目が悪くて、貧乏だから眼鏡なんて買えないし、そしたら小学校の黒板読めないので授業も理解できず、そのまま中卒です。父が工房を営んでいたもので、中学を不登校になった時点で、私は職人道まっしぐらでした。父も、算数と家事さえできれば生きられると言って聞かず、実際工房は読み書きとは無縁の世界でしたし何も不自由なかったんですけどね。でも眼鏡を買ってから、学びたいという思いは強まって、父が亡くなったので、やっと去年から始めたんです。」 「…」 「聞いてくれてありがとうございました。貴方みたいに親切に教えてくれる方は、初めてで、凄く嬉しかったんです。だから、言おうと思って。」 「こちらこそ、教えていただいて有難うございます。相当に勇気のいることでしたよね。」 「ええ、まあ。でも、こちらも恩返しになるかは分かりませんが、親切にしてくれた方のモヤモヤを取り払うくらいはしなきゃって。だから緊張はしましたけど、不安はなかったです。それに、近頃は読めるものが増えてきて、街で看板やポスターの文字を読むのが、今は密かな楽しみなんです。教えていただければ、それを覚えられる。これもまた楽しくて、だから余計に嬉しかったんです。」 女性はそう言うと、はにかんだ。その表情が、妻に重なった。あの時、プロポーズをした時の顔だ。俺は動揺を隠すため、平静を装ってコーヒーを口に含んだ。 「そうだ、コーヒー。コーヒーは頼まれましたか?」 「はい。」 「ここって来るの初めてですかね?」 「はい。美味しいって聞いて。」 「そうなんですよ。ここのコーヒーは丁寧に作られていて、味も香りも素晴らしいんです。因みに、俺が飲んでいるのはマスターブレンドのブラックです。マスターのこだわりが詰まった、柔らかくて深い味わいなんですよ。」 「そうなんですか。それも美味しそうですね。私は、友人にお勧めされたやつで、クリスマスホットを頼みました。」 クリスマスホットというのは、常連からは“慌てん坊ブレンド”とも言われているコーヒーで、マスターが何故か残暑あたりから売り始めるから“慌てん坊”である。ほのかな甘味のブラックチョコレートと滑らかなクリーム、高品質なコーヒー豆の黄金比が際立つ、老若男女誰でも飲みやすい事で知られる逸品だ。 「ああ、それも美味しいですよね。特に疲れた時に、甘さが染みるんですよ。」 「へぇ〜。物知りなんですね。教えてくれてありがとうございます。楽しみになりました。」 そんなことを話して盛り上がっていると、俺のサンドウィッチと女性のクリスマスホットが運ばれてきた。女性は、手元のコーヒーカップを持ち、息を吹いて冷ますとゆっくり口に運んだ。その瞬間、女性の顔が明るくなったのが微笑ましかった。 「こ、これ、すっごく美味しいです!」 「それは良かったですね!」 「最近は、小学生かよってくらい新たな発見にはしゃいで、ワクワクして楽しんでるんですけど、これはここ数ヶ月で一番かも!」 「行きつけの店なので、そこまで喜んでくれるとこちらも嬉しいですね。」 そう言いながら、俺もサンドウィッチを頬張る。焼き加減と程良い塩味が最高だ。この食パン、ほのかに甘いのが良いんだよな。 「それも美味しそうですね。今度来たら頼んでみようかな。」 「ぜひぜひ!」 「はい! いやあ、今日は貴方に会えて良かったです。そうだ、また今度、色々教えてくださいませんか?」 「勿論です。あ、俺はこういうものです。」 俺は名刺を渡した。 「あ、平仮名で振り仮名が振られてますね。良かった。えっと…“みねたまさよし”さん。」 「はい。峯田です。」 「私はこういうものです。ひらがなだけの名刺で読みにくいとは思いますが。」 「いえいえ。えーと、“はなむら ゆいか”さん。意外と近いんですね、工房。」 「はい。だから最近は、休憩がてら冒険してるんです。良い店ないかなーって。」 「楽しそうですね。」 「ええ、とっても。」 それからも昼休みギリギリまで会話を楽しんで、俺たちは其々の仕事に戻った。彼女とは、また必ず会える気がしている。 続く 【今回のお題】薬
【タイトル例】夜は、四字熟語のために。
これは企画の見本です。 「四字熟語」を選んだ四字熟語として説明します。 この部分は物語になります。何字でも可。 【四字熟語】漢字四字で構成される熟語、成句。
遅刻魔、またの名を怪物
「そういや、アイツまたいねぇじゃん。」 十傑が集い、着席する会議室。全員が揃っているかのように思えたが、一人足りない。これを赤毛の刈り上げ男が指摘した。 「ったく…いつになったら時間に間に合うようになるのやら。新人とはいえ、流石に酷いな。」 ディアボロが呆れたように言った。 「あ、あのぅ…彼は西門の担当ですし…その、何かあったんじゃ…。す、すみません。僕なんかの推測なんて当てになりませんよね…忘れて下さい。」 見るからに不健康そうな男が、ビクビクと怯えながら発言すると、ディアボロは、そうかも知れないな、とだけ言って向き直り、こう続ける。 「取り敢えず、あと少しだけ待とうか。」 一方その頃、西門にて。砂混じりの乾いた風が二人の男に吹いている。門の外、白いローブを着た天使が一人。立ちはだかる悪魔が一人。悪魔は少年の姿をしており、少し色素の薄い髪と瞳を持っている。栗色というべきか。とにかく、無邪気な笑顔が愛らしい少年である。 「こんにちは、天使さん。僕は十傑“蠢王”ピューリ・スクアトゥラ。君は?」 「悪魔に名乗る名などない!」 「そっかあ。残念だなぁ…名前も知れずに殺さなきゃならないなんて。でもまあ、君は僕の名前を知ってるもんね。君は後悔なく逝けるのかあ、良かった!」 ピューリはまた無邪気に微笑んだ。すると天使が睨みつけ、歯を軋ませる音がした。 「貴様ァ、まるで私が負けるかのような口ぶりだな!」 「そうだね。だって君は、僕に負けてみんなのご飯になるんだから! 」 するとピューリの右半身にあった大蛇のタトゥーが動き下から這い出て、幾千もの小さな蛇に分裂した。 「みんな、ご飯だよ!いーっぱい食べなぁー!」 これは、“魔蛇大行進”というピューリのフェイトによる力の一部だ。魔蛇は天使の体を這い、包み込み、蝕む。全ての魔蛇が、天使を喰らう。天使の呻き声や、蛇の咀嚼音を聞いても、ピューリの顔色は一つも変わらず、寧ろ、ペットが美味しそうに食べる姿に、ご満悦なようであった。 「ば、バケ…モノがぁ!」 「失礼だなあ…バケモノだなんて。この力、十傑では地味で有名だし、他のみんなの方が、僕なんかより、ずっとバケモノだよ。って、もう聞こえてないか。」 ピューリは無邪気に微笑むと、身を翻して去っていく。蛇はまた、彼の右半身へと帰っていった。 そして時は僅かに流れ、会議室。扉が勢いよく開いて、静寂を破った。 「遅くなりましたー!」 「何があった?」 「西門に、アポピスの餌があったんだあ!だから早めの朝ご飯!」 無邪気にはしゃぐピューリに周りが呆れる中、ディアボロは睨みつけた。その理由に気付いたのか、付け足す。 「…です。」 「はぁ…つまり、天使が居たんだな。それでそいつを倒してたから、遅れたと。」 「はい!」 「なるほどなー、通りでなんかツヤツヤしてたわけだ。」 赤毛が椅子を後脚だけで立たせながら言った。それを聞いて、ピューリは両手で自分の頬をユサユサと触る。 「ほぅひょだぁ〜!」 「だっはは!目ぇ輝いてんぞ!」 「とぅゆとぅゆ、ふゆもふぃぃ〜!」 「それは元からだろーが!」 赤毛が愉快そうにピューリの相手をしていると、ディアボロは乗り出した身を戻し、今一度席に着いた。 今日も遅刻魔を叱れぬ宰相ディアボロであった。
マーメイド・シンドローム
今から二千年前。太平洋のどこかに、下半身が魚で上半身が人間という、所謂人魚と呼ばれる者達の集落があった。そこの長の末娘アリエルは、人間の世界に憧れを持ち、足を欲した。 ある夜、海面に映る鮮やかな光に誘われて顔を出すと、そこには、見目麗しい男が楽しそうに酒を酌み交わす姿があった。その男に惚れたアリエルは、魔女と密かに会い、自らの鈴のような美しい声と引き換えに、足を得た。 足を得たアリエルは陸に上がり、初めて知る砂の感触や、足で歩く感覚に胸を躍らせた。するとそこで、溺れる人影を見る。その正体は、あの男だった。アリエルは男を助けるが、その後やってきた女性が恩人であると勘違いした男は、そのまま彼女を妃にし、人魚アリエルの恋は敗れた。 失恋したアリエルは、魔女との誓約通り、泡となって消えたのだった。 この話は、今や保健は勿論、社会や、道徳の題材になる事も多い有名なものだ。その理由は、近年多発している、ある奇病が関係している。 「マーメイド・シンドローム」という奇病がある。日本語に直訳すると「人魚症候群」だ。この病にかかると、まず声帯が潰れる。声が出なくなるのだ。だがそれだけではない。下半身が水や湿気などの水分を含む凡ゆる物に触れると、皮膚が硬化し、鱗のような物が現れる。これは単なる肌荒れという話ではない。本当にしっかりとした鱗が現れるのだ。それこそ、人魚のような。そして、悪化してくると今度は、皮膚の薄皮が皮膚呼吸の時に吐くことを拒んで、膨らみ、そして弾ける。すると皮膚の細胞は死んでしまい、回復に長い時間を要する。最終的には、心臓でも同じような事が起き続けて、その末に弾けて死ぬ。そのため、遺体の心臓は爛れ、ズタズタになっている事が多いらしい。 この「マーメイド・シンドローム」にかかった患者は、古くから差別をよく受けてきた。まるで魚だ、妖との子に違いないと。だが、発言の自由や団結権などなどが認められ始めると、患者本人やその家族などが大規模な抗議デモを行ったり、支援団体を結成するなどして世間に訴えかけた。欧米諸国なんかは、我が国より遥かに早くその状態に陥っていた。もしかすると、他国の現状を知った当事者達は、彼らの行動に背中を押されたのかも知れない。こうした事件や人権的な問題が度々社会や道徳の教科書に出る。 そもそも、この病はどこからきたのか。答えはヨーロッパである。人魚の集落があった場所が干上がり、彼らの集落の遺跡が現れたのは百年前。その遺跡にはアリエルの手記があった。人間的な暮らしに憧れがあった彼女ならではの趣味と言える。その手記と、ヨーロッパの古代王国の王城に残された宰相の手記によって、導き出された。 アリエルの手記には、魔女と会った事や、そこで声を奪われたこと。人間の王子に恋をしたことなどが書かれており、宰相の手記には、王妃が「マーメイド・シンドローム」と思しき症状の病にかかって亡くなったことや、それが子の代になっても暫く続いていることなどが書かれていた。ただの童話だった「人魚姫」が、実在する話であることが裏付けされたのであった。 そのため、この病の原因は、人魚の泡であるとされている。実際に、ウイルスの形は球状で、体内に入り込むと膨らみ、泡のように弾けて、血液などを介して身体中に回る。その際に人間の体がその泡を拒絶するのだ。大抵の症状はそれが原因である。感染経路は食事だ。主に魚や海藻になるが、人魚の泡が溶け込んだ海水を食した微生物を、小魚が食べ、その小魚を…という形で循環し、遺伝する。それを食べた人間は、発症する場合と、しない場合、また感染しない場合の三パターンがあり、しない場合も子に遺伝してしまう可能性はゼロではない。 不治の病である「マーメイド・シンドローム」だが、かく言う私も、実はそれに侵されている。 人々はこの病を「人魚姫の怒り」と呼ぶ。助けた自分ではなく、たまたま通りかかっただけの女が、想い人と結ばれたこと。これへの怒りが、王家を祟り、そのトバッチリを我々世界は受けたのだと。実際、それによって、王子の国の民は酷い迫害を受けた。とあるファシズム国家の手によって。恐らく、民衆を誘導するのに利用されたのだろうが、その名残は簡単には無くならない。今も差別に苦しむ人々がいる。 さて、私は、己の身体を蝕む「マーメイド・シンドローム」を「人魚姫の悲しみ」だと思っている。「怒り」ではない。声を失ってまで追いかけた男と結ばれず、挙句泡となってその人生を終えたのだ。無論、怒りが無いとは思えないが、王子の幸せそうな顔を見ると、抑えるしか無い。こんな哀れな事があるだろうか。その苦しみは、さぞ壮絶なものであったろう。 私の足も、そろそろ動かなくなるだろう。手は鱗で自由を失い、最期には身体が溶けて泡となって消えるのだろう。自分より前に入院した優しい中年女性も、同時期に入院した隣のベッドの女性も。次々と一直線の高音を響かせて、泡と消えた。その寂しさは、何度繰り返しても慣れない。今度はもう、誰がいなくなったとか、寂しくなるとか話せる者は周りにいない。これがより、苦痛を増して感じさせる。 しかしいつか、人魚姫の悲しみが報われて、一刻も早く、この病がなんてことないものになる日が来ることを切に願っている。 ※この話に出てくる「マーメイド・シンドローム」はオリジナルです。仮に実在したとしても、この話には一切関係ございませんのでご容赦ください。
愛の伝道師 ペトラ、静かなる怒り アージエスタ
「ありゃあ? ルシナっちも居るぅ!」 「ご無沙汰しております、ペトラ様。」 遅刻した為に複数人に殴られているゲヘナを無視して、ルシナは前へ進む。席の手前に座る少女は、ペトラ・サラフィーナ。エメラルドグリーンの大きな瞳とボブヘアが印象的なピッチピチの二万歳である。 「うんうん。久しいねー、ルシナっち!」 「はい!あれ…ティアマトは置いてきたんですか?」 「んー?いやいや、ここに居るよぉ?私がティアマトだし!」 「あ、そうでしたか。因みに今って…。」 「うん! 今はアガペーだよ。」 ペトラは元気いっぱいにそう言った。先ほどから“ティアマト”だの“アガペー”だのと何の話か分からないだろうから、説明しよう。 悪魔のみが持つ力であるフェイトは、特殊かつ強力なもの。力に目醒めた多くの悪魔は、その力に気づく時、名に気づくと言う。何やら近頃やけに運が良いとか悪いとか、不思議な夢を見るとか。その兆しは人それぞれであるが、完全なる覚醒の時は、皆決まって「ふと名前が脳裏に浮かんだ。」と言うのだ。その名を呼ぶと、何かが返事を返してくれて、それが目の前に現れる。その姿も性格も、人によって違う。そもそとフェイトとは、前世で神を憎み、ヘルに堕とされた魂がヘルに生まれ変わる時に、分離しても尚くっついてきた、前世からの神への怨みその物なのだ。だから、前世の魂と言っても間違いではない。 ペトラのフェイトは“ティアマト”という。ティアマトは普段、人形に憑依していて、戦いになるとペトラに乗り移る。故に“置いてきた”である。ティアマトの怨みは、家族を見殺しにした神への怒りである。故に、彼女の力は幾つもの愛に分類される。 • エロス(情欲的な愛) • フィリア(深い友愛) • ルダス(遊びとゲームの愛) • アガペー(無償の愛) • プラグマ(永続的な愛) • フィラウティア(自己愛) • ストルゲー(家族愛) • マニア(偏執的な愛) そして、もとより多重人格者であった為、偶然にも其々の人格とこれらの愛が完全に一体化し、一つずつの力と性格を受け継いだ。例えばアガペーの状態であれば、アガペー固有の力を使える状態であるということだ。主人格はストルゲーの力を持ち、ペトラとして生きている。 「ということは、ペトラ様が眠っていらっしゃるということですよね。会議があるのに、大丈夫なんですか?」 「うーん?まあいけるでしょー❤︎」 アガペーは、なんとも楽観的な返事をした。本当に大丈夫だろうか、とルシナは心配になった。 「そのような軽い気持ちで来られては困るな、アガペー殿。」 ペトラの隣に座る女性が、穏やかながら、女性にしては少し太いような声を発した。 「ありゃあ? 人格の操作は出来ないって、知ってるでしょお? アージェちゃん。」 「ああ。知っているとも。だが、真面目に参加するか否かは、各人格で決められる事だ。違うかな?」 ペトラの隣に座る女性。名をアージエスタ・ズハイール。六本の腕を持ち、筋骨隆々。女性にしては少々大柄で、褐色の肌に赤毛の結い髪。民族風のボディペイントとフェイスペイントがあり、いつも穏やかでどっしりとしている。彼女もバリバリの二万歳弱である。 「むぅ。私は口調が軽いだけだもぉん!」 「…ちゃんとやってくれるなら、アタシとしては文句はないさ。」 「あのぅ…そう言えば、ゲヘナがいつも被ってるローブなんですけど、あれって天使のものですよね?」 ルシナは空気を変えようと、前々から気になっていた事を聞いてみた。 「ああ〜!あの白いローブかぁ…確かになんでだろうねぇ。」 「あのローブは、ただの天使のものじゃあないさ。上級天使、セラフィムとも呼ばれる連中の一人が着ていたものだ。かつてゲヘナが殺した、な。」 「あ、ほんとだ〜! あの背中の金の紋様、セラフィムのだね!」 ペトラは目を凝らし、殴られて揉みくちゃになっているゲヘナの背中を確認した。そこには、輪っかに翼が描かれたロゴのようなものがあった。 「自分が殺した相手が着ていたものを着るなんて、そうとう趣味が悪いと思うが。」 「ん〜、でもゲヘナっちなりの理由があるんだろうねー。」 「…敵に敬意を払って、とかですかね。」 「いーや、無いと思うなぁ!」 「ああ、無いな。」 そんな事を話していると、向こうでゲヘナを蹴る足が止まった。ディアボロがボコボコのゲヘナを引きずっている。 やがて、全員が席に着いた。 ディアボロがゲヘナの襟首を掴み直しつつ、みんなを一瞥した。室内に重苦しい静寂が流れる。 「さて。そろそろ始めようか。」 ディアボロの声で、より一層、空気が引き締まる。ボコボコのゲヘナが小さく呻いた。 「…暴力…反対……」 全員が、ため息混じりに小さく笑った。
冬じみた秋は、誰のせい?
「起きて!起きなさいってば!」 扉を叩く音がする。何度も何度も、大きく叩く音。うるさい。秋はそう思った。 「あんたが起きないと私、一生働かないといけないのよ! 」 本当なら仕事を終えて、今頃長期休暇に入っているはずの夏が、かなり御立腹である。 「…春は?」 「いるわけないじゃないの! まだ休暇中でしょ、あの子!」 「いたら少しくらい代わってもらえたかもしれないけどねぇ。二人って似てるしぃ?私が出ちゃったら、一気に冷えるものぉ。」 だからワンクッションいるのぉ。と冬は言う。己ほどではないが、いつもゆったりとしていて、話し方が鈍間だから嫌いだ。人はこれを同族嫌悪とか言うらしい。 「…。」 「ッチ! まったく憎らしいったらないわ。アンタが起きにくいの知ってて、まだ顔すら出さないんだからあのお気楽女!」 「春さん、今は避暑地に居るらしいですねぇ。なんでも、この国ならまだ桜見れるんだぁ!やっほーい!らしいですよぉ?」 「どんだけ自分が好きなのよ、アイツ。ほんと自信家よね!」 「…うるさい。」 秋は、眠りの妨げとなる二人の愚痴を静止しようと、ようやく口を開いた。 「うるさいじゃねーよクソが! 私だって避暑地行きたいの!冬はカニパしたいし、秋は焼き芋食べたいの!春は七草粥にアチアチしたいのよ!」 「…」 「だいたい、誰のせいで私の休暇減ってると思ってるのよ毎年毎年!」 「そうですよぉ、そのせいで私も早くに出ないといけないんですからぁ。」 「…二人で働いたらぁ、足して2で割ってぇ、良い感じになるんじゃなーい?」 「「は?」」 眠そうな声で言う秋に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。 夏は思いっきり扉を蹴破り、秋を引き摺り出した。冬は、家中の隙間という隙間から、凍えるほど冷たい隙間風を思いっきり吹かせた。 「アンタの任期、もう既に1ヶ月切ってんのよ! それすらも働けなかったら何? 夏の後すぐ冬来たら体調不良なるでしょうが!」 「急な温度の落差はぁ、防がないといけないってぇ、神様も言ってましたしぃ。その為にある程度の任期設定されてるじゃないですかぁ。神様に逆らうんですかねぇ? 叛逆の意思と取っていいんですかねぇ?」 秋の胸ぐらを掴んでブンブン揺らす夏。その後ろで大きな圧を持って迫る冬。 思いっきり首を横に振る秋。これはヤバいと気づき、一気に血の気が引いた。 「おぉ、もう眠そうにないわね。じゃあ…冬の監視の元、この1ヶ月不眠不休で働け!」 「任せてよぉ! 背中に若干寒いくらいの冷風吹かせておくからぁ!」 「ぴいっ…!」 こうして、秋と冬と夏の攻防は幕を閉じ、日本列島にようやく、冬じみた秋が到来したのであった。
千紗子
戦闘開始から随分経った。まだ舞桜さんは耐えてるが、二人はヤバそうだ。 「生まれてしまってごめんなさい…ごめ…なさ…あ、ああああ!」 そう言ってうずくまるのは詩織、腹を抱えて笑うのは佐久間だ。 「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ…グスッ、うううううううう…えーん!」 情緒不安定ここに極まれりだな。本物のカオスだ。 因みに大和くんは復活して、今は舞桜さんを援護してる。 「妾の力では、彼奴らの精神を狂い切らないようにするしかできぬ。カルトが封じられたのは痛手じゃ。凡才、念僧の正気を戻させたように、彼奴らをどうにかせよ。」 「わ、分かった。」 僕は呆然と止まっていた手を慌てて動かした。水を飲ませ、ハンカチなどで口や鼻を軽く抑える。下を向かせたりして時々呼吸をさせてやり、隙を見ては窓を開けて換気を試みた。 「グアアア…ア…許…ユル…セナイ…ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ!」 突然、バケモノが荒ぶり始めた。元々荒ぶってはいたが、明らかに様子がおかしい。頭を抱え、左右にゆらゆらと移動し、僕らの方に向かってくる。 「念僧!念力で三人を守るのじゃ!」 「応!」 大和くんがこちらに走って来て、僕らの前に立って手を翳した。すると、待合室にあるような長椅子が三つほど目の前に、重力を無視して並んだ。 「大和くん、それ!」 「ああ。私の念力で浮かしている。事前に触れておいたのだ。」 「グアッ!」 バケモノが長椅子にぶつかり、一瞬怯んだ。 「幽霊って、こういうのすり抜けるんじゃ?」 「幽霊の中にも、意志が強い者がある。彼らがポルターガイストなどで物理干渉ができるならば、逆に彼らも物に触れられるということだ。一時的な物だが、一瞬の隙を作るのには有効打である。さあ逃げよ。」 大和くんは淡々と答えた。 「分かった。」 僕は言われるがままに、二人を引きずりながら可能な限りの距離を取った。しかし、バケモノはその10秒後くらいに、すぐにすり抜け、僕を追ってくる。そう、僕を。 「ユルサナイユルサナイユルサナイッ!コロスゥゥ!」 「ひっ!」 バケモノが、僕に触れた。その瞬間、僕の中に、存在しない筈の誰かの記憶が流れた。 春の陽気な光が差し込み、風がカーテンを靡かせる。白く、明るい病室のベッドの上に年若い女性がいた。肩甲骨くらいの黒髪も、同じように靡いている。 病室の扉が開いた。腰が曲がり、杖をついている年行った老婆が、静かに歩いて入って来た。病室にあるもう使われていない花瓶に、自前の花束を入れる。老婆はゆっくりと、ベッドの前の椅子に腰掛け、女性に微笑んだ。女性も、嬉しそうに微笑んだ。 「ちぃちゃん、大丈夫かい?」 「大丈夫よ、お婆ちゃん。多分、きっと…治るわ。」 「だと良いわねぇ。お婆ちゃん、孫に先越されるのは嫌だからね、せめて、お婆ちゃんが極楽に逝ってから、こっちおいでね。」 「…うん。ねえ、お婆ちゃん。」 「うん?なあに?」 「私、 前にもこの病気になったことあったでしょう?」 女性は少し俯き気味に、話した。 「そうだったかしら?」 「そうだったのよ。でね、その時は治ったの。」 「あら、良かったわねぇ。」 「うん。その時すごく嬉しかったの。やったー!もう、苦しくないんだって。でもね、後遺症が残って…顔が半分引き攣って、もう半分はパーツが異常に大きくなったの。そのせいで片目は機能しなくなったし、肌も荒れて、もう元の私じゃなくなった…!私って醜いみたいよ。」 女性は瞳に涙を溜めて、零さぬよう、必死に堪えて言った。それを聞いた女性の祖母はニコリと微笑んでこう言った。 「そう…。でも、ちぃちゃんは自慢の孫よ。だってこんなに頑張ってるんですもの。こんなに、可愛いんですもの。」 「ふふっお婆ちゃんは見えてないだけでしょ?」 女性は瞳に溜まった涙を拭い、握ってくれていた祖母の手を優しく握り返す。祖母もまた愛しい孫の手の甲を撫でた。 「そうね。でも、見えていてもきっと同じ事を言うわよ。」 祖母は緑内障を早くから患い、女性が中学生の頃には既に、もう殆ど見えていなかった。 女性は顔が醜く変形した自分を、自分自身が愛せなかった。さらに、後遺症によって少しずつ変形していく娘の顔を見て、両親は彼女を拒絶し、邪険に扱った。挙げ句の果てに、見舞いにも滅多に顔を出さず、ようやく来たと思えば、暴言を吐く。お陰で彼女は精神までも病んでしまっていた。 祖母が帰ってから数時間後、母も来た。母は机の上にバッグを置いて、中身を漁り、小さなキーホルダーを取り出した。そして、それを女性の手の中に置いた。大事にしていた推しのキーホルダーだった。 「それ、アンタのでしょ。家を整理してたら偶々出て来てね。邪魔だったから渡しに来たの。」 「…ありがとう。お母さん。」 「お母さんって呼ばないでちょうだい!ほんと気持ち悪いわね。」 母は軽く怒鳴った。女性はビクリと体を震わせた。 「ごめん…なさい。」 「…そういえば、あの人来てたんでしょ。お義母さん。」 「…うん。」 「やっぱりね。あの人もどうかしてるわ。こんな可愛くない子に、あの不自由な体でわざわざ会いにくるなんて。」 「…。」 「この花も、あの人が持って来たんでしょう。こんなもの、誰も世話しないのにね。」 女性が黙って俯いていると、母は蔑むような目で見てため息をつき、バッグを持って出る準備を始めた。そして、花瓶の中の花束を掴んで取り出した。 「千紗子、これは私が持って帰るわね。ここに飾られているのは、何か癪だわ。」 「待って!それをどうするの?」 「どうって、捨てるに決まってるじゃない。あの人が買った、それもアンタの為の花なんて誰が欲しいのよ。私はただ、アンタがその花見て一丁前に微笑む姿想像したら、腹が立っただけよ。」 「そんなっ…!」 「じゃあね、千紗子。もう永遠に来ないから。」 母は花束を握って、激しく扉を閉め、出ていった。それ以降、母は宣言通り、二度と来なかった。 しかし、祖母は一週間に一度は来た。介護士に部屋の前まで送ってもらっているそうで、椅子に座るまでは手伝ってもらっていた。でも、そんな祖母との幸せな時間も長くは続かず、このわずか一ヶ月後に亡くなった。 死因は心停止だった。当時担当したという医師は、こう言った。 「お婆さんは、自宅で急な心停止に陥ったそうで、あなたのお母さんから通報を受けて病院に搬送されました。しかし、お母さんは直ぐには心臓マッサージをしなかったようで、その時既に通報から十分弱掛かっておりましたので、ほぼ心肺蘇生の成功率は低い状態でした。そして、搬送先の病院で死亡が確認されたのです。我々も、ちゃんと心臓マッサージをするよう伝えておきました。心肺蘇生の方法も。本人も酷く落ち込んだ様子でしたので、お母さんをあまり責めないようにしてあげてください。」と。 女性は「分かりました。」と返事をしたが、内心穏やかではなかった。あの母が、“酷く落ち込んでいる”はずがない。賢い母が、心肺蘇生の方法を知らないはずがない。わざとだ。今頃きっと、祖母の一人息子である父に遺産が相続されて、飛び上がって喜んでいるはずだ。あそこには、私と違って容姿端麗な妹もいる。私の闘病生活が終わって数年後に生まれた、今三歳の妹。彼女は私のことなど知らずに生きていくのだろう。女性はそんなことを考えて、余計に精神を病み、容体を悪化させた。 そんなある日、恐ろしい地震が病院を襲い、点滴が抜け、周りのものが何度も何度も女性にぶつかって、彼女は出血多量で呆気なく死んだ。血が大量に出て、顎の骨が取れて、何往復めかのテレビと電気、カーテンによる殴打の末、彼女の視界は暗転した。 「…殿!ッキー殿!ユッキー殿!」 大和くんの声がする。 「っは!大和くん…。ごめん。」 「どうしたんだ一体…。泣いて…いるのか?」 「え?」 僕は慌てて目を擦った。あれ、なんで泣いてるんだろう。 「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ…ゥゥ…ユルセナイ!」 そうか、彼女が、千紗子ちゃんなのか。この記憶は、千紗子ちゃんのもの。大好きなお婆ちゃんを死なせた母が、母に何も言わずに病気でもなく地震で死んだ自分が、どうしようもなく憎いんだよな。 僕は立ち上がって、彼女のもとに歩いた。 「くそっ!ユッキー殿も催眠にかかったのか!」 「凡才!」 僕は、彼女に触れた。なんとなく、そうした方がいい気がした。そうしてゆっくりと抱きついた。 「ねえ、千紗子ちゃん。君はこんなになっても、魅力的でとっても可愛いね。」 安心していいよ。ここに君の憎い人は居ない。お婆ちゃんを殺す奴も、君を脅かす人もいないから。
八畳間のシンデレラ
母が亡くなり、父が亡くなり、継母と二人の義姉と三人暮らし。 いじめにいじめられ、当主の実の子でありながら、使用人のような扱いを受けた娘 シンデレラ。 彼女は、まあ何やかんやあって、王子様と結婚し、幸せに暮らしましたとさ。 ーー結婚から1週間後、寝室にて 「シンデレラ〜、そろそろ慣れようよ。」 王子は呆れ気味に、愛する妻に話しかけた。 「無理よ!」 「無理と言われても…。」 「無理なものは無理なのぉ!」 シンデレラは手で顔を覆い、崩れ落ちた。 「でも、いい加減慣れて貰わないと、メイドの仕事無くなるんだよ!」 「だって私、幼い頃から一人で何でもやって来たのよ⁉︎ それが急に何でもしてもらう側になるなんてっ!」 「うーん、よし分かった。着替えは社交会とかが無い限り、無理にメイドには命じないよ。それでゆっくり慣れていこう。」 「ありがとうダーリン。ほんと助かる。」 安心するのも束の間、王子は更なる問題に気づいてしまった。まだまだ問題は山積みだ。 「でもね、シンデレラ。流石にアレはどうかと思うよ。」 王子はそう言って、部屋の端を指差した。 「…仕方ないじゃない。この部屋、実家の継母の部屋より広いのよ。落ち着かないの。」 「それこそ慣れて貰わないと困るよ、ほんとに。」 「ダメよ。指一本たりとも触れさせないんだから。アレは私の立派な生活スペースなのよ。」 「ネコのリリーの部屋と、同じくらいの広さじゃないか。」 そう言って、王子はまた部屋の端を何度も指差した。そこには部屋中の家具で出来たバリケードがあり、その奥には八畳ほどの空間が広がっていた。 「私がここにくる前、住んでた屋根裏の部屋はこのくらいの狭さだったの。だからあそこにいると落ち着くわ。」 「君の気持ちも分かるんだが、次期王妃として、こういう暮らしに慣れて貰わないと…。」 「でも、どうしても私には広すぎるのよ。屋根裏暮らしだった私には、とても慣れられない…!」 「けど…!」 「寝る時は一緒に寝てるんだから、くつろぐ為の空間ぐらい許してくれてもいいじゃないの!」 シンデレラは大きな瞳に涙を溜めて、頰を膨らませた。王子にはそれすら愛おしいのだが、幼い頃の狭い反省部屋にトラウマがある若干閉所恐怖症気味の身としては、妻と長く過ごすリラックス空間が、これほど狭いと少々リラックスできる自信がない。これは由々しき事態である。妃教育にも申し分なくついていけて、所作も気品があり、非常に美しいと評判高い妻。そんな妻でも、長年暮らして来た環境からは、簡単には抜け出せないらしい。 「じゃ、じゃあもう少し。もう少しだけ、あの空間を広げてくれないか。そしたら許す。」 「分かったわ。じゃああと少しだけね。」 そう言って、シンデレラは手前のバリケード、またの名をクローゼットに手をかけた。しっかりと腰を落とし、めいいっぱいに引っ張る。次期王妃とは思えない、物凄い顔と姿で引っ張っている。 「し、シンデレラ、手伝うよ。」 見ていられなくなった王子も参戦し、二人はテキパキと空間を広げた。 そして、やっと出来上がった空間は十二畳くらい。二人で中に入って腰を掛けると、何だか暖かい気持ちになった。
思想
何処の国はこうらしい。 だけど我が国はああだから、 こうなんだ。 何処の国はそうらしい。 だから気をつけなね。 だいたい、そういう人が多いからこうなる。 やっぱり、我が国はこうすべきなんだよ。 『ねえ、貴方もそう思うでしょ?』 もう、どうだっていい。 どうだっていいよ、そんなこと。 人は国じゃない。 国民性というのは否めないけど、 歴史なんて、こちらも歪めてる可能性あるでしょ。 治安だって、悪いとこは悪いし。 何処の国の人だからとか、そんなのないよ。 問題になるのは、全部悪い事だから 表に出るのも悪いことしかないから そう感じるだけでしょ。 違うの、善い事言おうとしてる訳じゃないの。 正義感とかじゃなくて、本心で 考え方は人それぞれでいい。 でも、押し付けないで。 私ね、時々怖いんだよ。 某巨人アニメの、ジー◯みたいな 主人公のパパ(幼少期)みたいな そんな気持ちになって、 洗脳されるんじゃないかというくらい 時折、恐ろしくなるの。 少しは共感できるけど、 『私、貴方が怖いです。』 そう、はっきり伝えられたらいいのにな。