あいびぃ

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あいびぃ

初めまして、あいびぃです! 見つけてくれてありがとう♪ 私自身、生粋のアニオタ・漫画オタなのでファンタジーが多めになってます…多分。 詳しいことは「自己紹介」にて! まだまだ若輩者なので、応援よろしくお願いします! ※❤︎&コメはめちゃくちゃ喜びますので、私を喜ばせたい方は是非! 私の事が嫌いな方はオススメしません。

過去を売った女③

「なら、僕の“全部”をあげよう!それで彼女が助かるのなら、惜しむ事など無いからね。」 この男、マーティン・ウォールド・スミスは、晴れやかな表情でそう言いました。その笑顔には、少しの苦が滲んでいるように見えます。対するクロノスは、少し戸惑いを見せましたが、すぐにいつもの顔に戻りました。 「大賢者の“すべて”ですか。興味深いですね。それは勿論、知識も含まれるのでしょう?」 「ああ、勿論さ。君は人の記憶を盗む事ができる。なら、それも得られるはずだ。」 「全ては私の技量次第、という事ですか。それから私は盗んでなどいませんし、記憶ではなく時ですよ。」 「そうだね。完全に君次第になるよ。ていうかそれ、まだ気にしてたのかい?」 「ええ。何度でも訂正しますよ。」 「それで、ユシアを救ってもらえるかい?」 「…」 「僕は知ってるんだ。君がこんな事をしてる理由。君は、こんな事がしたくてやってる訳じゃない。沢山の人の欲に触れたからだ。そして怖くなった。あとは、世界の知識を得るためだ。君は、本当は知りたがりの普通の人間だったんだろう?」 その瞬間、クロノスの顔が険しくなりました。 「貴方に何が!何がわかると言うのです⁉︎」 「分かるよ、事実だけならね。だけど、君の気持ちはわからないさ。」 「私は、本当は賢者の、貴方の力が欲しかったのです。けれど、神様は私にこんなチカラをよこしました。こんな…!いらないですよこんな物!私のしたい事になど一切役に立たちませんし、そればかりか、権力を持った汚い大人に、欲にまみれた要求ばかりされるのです!だから私は、このチカラを欲する人の記憶から知識を奪おうとかんがえたのですよ!ほんと、奴らは馬鹿ばかりでした。すんなりと私に記憶をよこすんですから。」 「君はその力が嫌いだったんだろ?だったら、少しくらい罪悪感を持ったらどうだ!」 「持ちましたよ!奴らは馬鹿で単純で、全く役に立たなくて。それから何故か、愛おしかった。でも、もう戻れないのです!分かりますか?私の、この気持ちが。もう感情と呼べる代物は残っていませんが、それなのに!この胸はどうしようもなく苦しい…!」とうとうクロノスはたった一滴の涙を落としました。そして、初めて顔を歪ませました。 「それならいいキッカケじゃないか。僕の全てを奪ったら、君はそれを辞めたらいい。って、これさっきも言わなかったかな?」 「いえ、言っていました。あの女と似てしつこいですね。いいでしょう。これで私は、晴れて世界中の知識を得られますし、その後で貴方との約束は喜んで破らせていただきますよ。」 「約束を破られるのは困るな。けど、やる気になってくれたようで良かった。さあ!やってくれ。」 クロノスは静かに頷いて、マーティンの額に掌をかざしました。その瞬間、マーティンの意識は遠のき、黄金の砂となって風に吹かれ、やがて跡形もなく消えてゆきました。 マーティン・ウォールド・スミスの存在が、消えて無くなった瞬間でした。

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過去を売った女③

混浴ノクターン 下

プシュケは、ひどく赤面した。 これは決して、色恋に頬を染めたわけではない。普通にのぼせたのだ。隣にいる少女ネネル・デネヴによって。湯船の縁に肩を寄せ合って、プシュケとネネルは静かに湯けむりを眺めていた。 ふと、ネネルが湯の中で足を伸ばして、リラックスした声で言った。「ねえ、プシュケ。なんか変だよ?」プシュケはその言葉に少しドキリとしたが、あくまで平静を装う。 「え? そ、そうか…?」 プシュケはそっぽを向いたまま、胸の高鳴りを押さえようとした。 そのとき、ネネルが悪戯っぽく笑いながら、さらりと言う。 「もしかして、僕の顔に何かついてる?あ、可愛いって思ったとか?」 プシュケの顔が一瞬で真っ赤になり、しどろもどろしながら答える。 「え⁉︎……いや、別に違うけど。」 ネネルはふふっと笑い、そして、湯船から立ち上がった。「あれ?図星?まあ、でも可愛いと思ってくれてたんなら、よかったかな。」 バスタオルでさりげなく身体を隠しつつ、肩越しにこちらを見る。 「残念だけど、僕、男だよ。ほら、証明してあげようか?」 そう言って、くるりと回ってみせるネネル。プシュケは呆然としたまま、湯気の中で固まってしまった。 「……なんで、言わなかったんだよ」思わず漏れる声は、困惑と少しの安堵、それにどこか滑稽さが混ざっていた。 ネネルは悪戯好きな小動物のような笑みを浮かべて、プシュケの隣にまたちゃぽんと座る。 「だって、プシュケってば全然気づかないし、顔真っ赤にしちゃって、面白いったら!」 「ふざけるな!俺の緊張返せー!」 湯気の向こうで二人の笑い声が混ざった。この時、風呂場は湯の温度より、少し暑い気がした。 こうして、やっと風呂を上がれたプシュケは、ふらつきながらもゆっくりと脱衣所に向かい、その間ネネルにブツクサと文句を言っていた。 脱衣所に着いた時、ネネルのいう事は嘘ではないと確信した。それからやっと緊張が解けて、少しづつ前と同じような接し方が出来るようになって来た。 二人はロビーで寛ぎながら、着いてたミルク瓶を煽った。のぼせていたのもあって、それはとても美味しく感じた。甘い物好きのネネルも幸せそうであった。 「なあ、ネネル。お前の家系、みんなそうなのか?」 「そうって?」 「お前みたいに、女みたいな顔した小ちゃい男。」 「うん。まあ、そうだね。僕の家は暗殺家業の分家だから、こういう見た目の方が相手も油断してくれるし、色仕掛けにも使えて便利って事で、そういう遺伝子を積極的に取り込んでるよ。」ネネルは、飲みかけのミルク瓶を両手で持ちながら膝に乗せて、見下ろしながら言った。「い、色仕掛けって!」プシュケは純情少年である。この言葉が聞こえてからは、ずっとそっちに気が取られて何も頭に入ってこない。そして遂に、口に出てしまったのだ。「そうだよ?プシュケもドキドキしてたでしょ?」ネネルは悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。 それから暫く、プシュケのことを弄り倒したそうだ。 「ねぇ?ドキドキしてた?してたでしょ〜?」 「は?してねぇよお前なんかに!」 「本当にぃ?」 「本当だ!ただちょっと緊張してただけだよ!」 「でも顔赤くしてたよね?」 「それは…のぼせただけであって…!」 その日の夜、プシュケは目が冴えて眠れなかったらしい。

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混浴ノクターン 下

レッツ廃病院!

ー数日後、小西廃病院にて。 「さあ、行くよ! レッツ廃病院!」 ポニテールが勢いよく跳ね、まるでスキップをするかのような声が響いた。 「どんなのが出るのかなぁ?ワクワクするね!」 「私はどのような者が来ようと、ユッキー殿を護る所存である。」 震えている僕を護ると豪語する少年の横で、微チャイナが呆れつつ喝を入れる。 「馬鹿者!守り過ぎては今回の意味が無くなるじゃろうが。」 そう、今回の心スポ探検は僕の能力向上と、超能力開花を目的として来ており、その為には追い込まれる事が必要不可欠だと、この連中は考えている。即ち、護られていては目的の遂行は難しいのだ。実は『今回ばかりは、心を鬼にせねばならない』と言われていたのだが、これは、こういう事である。 目の前には、蔦に絡まれたそこら中ヒビだらけの白い廃病院が、ドドンと構えている。どう見ても悪い予感しかしないし、そこに居るだけで気持ちがどんよりする。 「なあ、ユッキー殿。先程は守ると言ったが、怒られてしまった。代わりと言ってはなんだが、腕に掴まってても良いぞ?」あらやだ何なのこのイケメン!顔よし、スタイルよし、センス良し!ちょっとくらい分けてくれよ。僕はとんだ甲斐性なしなんだが⁉︎そう思いつつ僕は喜んで大和くんの腕を掴み、病院に足を踏み入れた。 「そんな事ないよ〜!ユッキーはこれからカッコ良くなるんだもんね?だよね、リンリン?」 「もっちろんさ!ユッキーはこれからチカラをつけて、自信も湧いてもっともっとカッコよくなる事間違いんだから!」コイツラ…そんなわけねぇだろ!僕は生まれてこの方、泣かずにお化け屋敷を乗り切った事ないんだぞ! 「まあ、これから乗り切ってもらわないと困るんだけどねー!頑張りたまえよ、ユッキー!」 嫌だ。猛烈に嫌だー!廊下長い!怖い!死んだらどうするんだよ。そう思った瞬間、ネットリとした何かが僕の頬をつたい、一瞬にして空気が一変した。どんよりと、暗く重く恐ろしい空気だ。僕は手でそれを拭い、見た。 「う、ウワァァァ!ち、血だ!でたァァ!」僕は必死に叫んだ。 「皆の者!直ちに臨戦体制じゃ!」その瞬間に舞桜さんがみんなに指示を出した。すると、突然それは落ちて来た。奇妙な格好で着地を済ませると、おぼつかない足取りでトボトボと近寄ってくる。 「シし死死死死…ワ私、わ和ワワアアアアア!」 入院着を来た女、目はくり抜かれ、そこから血が垂れている。僕の頬に垂れて来たのは、奴の目の血なのだろう。きっとそうに違いない!こんなヤバい奴、絶対殺される!どうしよう…本当にこの人達で大丈夫なのか? そう思ったのも束の間、奴は口をあんぐりと、それはもう確実に、顎という概念を超越したかというほど、あんぐりと開けて何かを吐き出した。それは、赤黒い瘴気のようだった。 「オロロロロオォ!グガァガァッガッ!アアアアア!」奴はまた叫んだ。顎の痛みか、表情から苦痛が見て取れた。しかし何故か僕には、奴がほくそ笑んだように思えた。僕たちは瘴気に包まれ、最初にやられたのは大和くんだった。 大和くんは、「生まれて来てしまってごめんなさい」と震えた声で、何度も呟きだした。かと思えば急に叫び出し、狂ったように爆笑した後、今度は泣き出した。こんな喜怒哀楽を無限に繰り返し始めたのだ。まさに「情緒不安定」という状態である。 コイツは使い物にならない、と舞桜さんは真っ先に思った。そこで僕に、大和くんを後衛に引き摺り下ろすように命じたのだ。僕はその命におとなしく従って、こっそり休んだ。大和くんの様子を見ながら。ちょいちょい水を飲ませて、奴の瘴気を洗い流したりもした。僕だって、ただ休んでいるだけではないのだ。更に驚いたのは舞桜さんだ。さすが“精神操作”のチカラを持っているだけあって、瘴気が中々効かない。奴も体力と顎が限界を迎えそうである。 「ア、アガガガッ!グッグロオオオ!」 ほらね。顎が死ぬと叫ばれている気分である。そしてなんか戦線離脱してもうてますけど?いいの?これ。僕の戦闘強化が目的じゃなかったっけ。まぁ、僕としてはラッキーなんだけど。 僕の目の前には、三人の激闘がハッキリと映っている。多分これからこんな戦いを僕に求めてくるのだろう。 …めっちゃ怖い。

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レッツ廃病院!

第一回 人気投票!

皆さん久方ぶりです!あいびぃです! 前回の企画では、沢山の方々がご参加いただきまして、ほんとうにありがとうございました♪ まだまだ受付中ですので、まだの方も参加してみてね では、今回の企画を説明いたします 簡単に言うと、「みんなの推しを教えて!」って事ですね! まあ、勿論あいびぃの作品内にはなりますが。 完全に自己満です…ごめんなさい🙇‍♀️ ご参加される方は、今回はコメントだけでも大丈夫です 逆に言えば、コメントは絶対くださいね♪ 内容としては、好きな作品orキャラをコメントするだけです! 出来ることなら、その理由も付けてくれると、あいびぃが喜びます!もちろん、短くてもOKですよ! そして、企画なので勿論、結果はまとめてランキング化して投稿させていただきますのでお楽しみに! この企画は、好きな作品を見つけても中々コメントする勇気がない方もいるのでは?と思った事がきっかけなので、そういう方は大歓迎です! また、「こういう系の作品好きなので、もっと作って」とか「こういうキャラが好きなので。どこかで登場させてくれませんか?」というリクエストも、受け付けます! そういう方々も、好きなキャラとか作品があればついでにチョチョイと、お願いしますね🥺 では、ご参加お待ちしております! バイバイ👋

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第一回 人気投票!

鍵を無くした“俺”たちは

「ヤッッッベ…。」 俺はビリー。突然だが、大切な鍵を無くした。どれくらい大切かというと、無くしたとバレれば首チョンパされるくらいカナ…。いや、マジで。冗談でも比喩でも無くチョンパされちゃう。マジでどうしよう…。 え?正直に言え?馬鹿なのかオマエ。そんな事したら、俺に未来はない。文字通り、首が飛ぶ。ところでオマエ、名前は?…へぇ。変わってんな。“ユーザー”ってのか。なあユーザー、お前、手伝ってくれ! うわぁ露骨に嫌そうな顔すんじゃん。俺の命掛かってんのよ? 助けるっしょ、普通。 …お!やってくれる?ありがとー😭マジで助かるわ。命の恩人様、早速だが、俺の通った道を遡ってくれねぇか。まず俺は職場を出た。それから歩いて帰った。以上!だが、そのどっかで落としたか盗られた。盗られた場合は、尚更俺の首が飛ぶ。知ってるか?ヘマの大きさによっちゃあ、冷血な人の判断は早いんだぜ。だから、上司から連絡来る前に早いとこ見つけなきゃなんねぇ。 俺はビリー。鍵の管理人やってる。色んな鍵を持ってるが、今日に限って一番重要な“鍵”のメンテナンスでお持ち帰りの日なんだよな…。カバンに穴空いてる訳じゃねぇし、落ちるなんて事そうそうねぇ筈なんだがな。 え?知ってる?なんで? オマエ、手に持ってるソレ“時の鍵”じゃねぇか?どこで手に入れた?俺が管理してる一つだぞ、ソレ。 なんだよ、黙りこくっちゃってさ。まぁ、良いけど。まさかとは思うが、オマエ持ってたりしねぇよな? そうかよ。分かった。それで、鍵は? 「あっち」って言いたいのか?指差しただけじゃわかんねぇよ。って、ちょっと待て!その方向、管理局じゃねぇか?つまり、管理局に落っことしたって事なのか? え?首振って… 「…それは、違う。答えはオマエの中にある。」 は? 「ごめん…。もう、サヨナラだ。」 何言ってんのか、さっぱりなんだが。って、オマエなんか薄くなってんじゃん! 「そゆこと」 時の鍵を使った…? そう言えば、突然居たな。コイツ。 元の時代に帰るんだろ? 「…うん。オマエの中に答えはある筈。」 さっきから何だよそれ… 「ニセモノってこと。」 そう言って、アイツは消えた。アイツが居たとこには、時の鍵が輝いて落ちていた。 答え教えてくれたらいいんだがなぁ。 あ、そうだ。“こめんと”の鍵で干渉できたっけ。 今回のお題:鍵

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鍵を無くした“俺”たちは

君に会ッたら、先づ

君に会ッたら、先づ挨拶がしたい。 君におはやう、と言はれるだけで頑張る気力が湧くから だけどもそれが難しい。 だって君は異性だろう? 同性同士の仲間がいるのだから、近寄り難い 好機は二度も逃した。 最初は下駄箱。私は甲斐性無しであった。 二度目も下駄箱。友達と居たので、一層声が掛けられなかった。 君に会ッたら、先づ話がしたい。 君の柔らかい発想を聞けば、その手があったかと 灯台下暗しとはこの事と、思いつつ 私は君の発言に興奮冷めやらぬまま傾聴する。 だけれどこれは、勿論君にはヒミツである。 だって君は、そういうの照れちゃうだろ? 君の柔らかい発想を聞けば、私は楽しくなって仕方がない。 君に会ッたら、先づ挨拶から始めたい それから、君と議論し、私は君の案を褒めちぎるのだろう そんな日が来るように 君に会ッたら、先づ挨拶をしよう。

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君に会ッたら、先づ

【ノベルズ】World of Dorothy

0章 想像と変化の大陸 惑星コーネリアにある未知の大陸ノベルズ。それは、日々進化し続ける不思議な大陸。人々の想像や言葉が大陸の地形、生命、出来事、運命として具現化される、他に類を見ない創造の舞台と呼ばれる大陸だ。 この大陸は、はるか太古、「初めての物語の書き手」によって誕生したという伝説があり、今なお新たな物語(ノベル)が息づいている。 大陸には、“謎”や“未回収の伏線”が眠る伏線湖や、新しい物語やキャラクターが無数に“芽吹く”語源の森。そして、複数ジャンルの山々が連なり、冒険譚・恋愛譚・ホラー譚などジャンルごとに異なるプロット山脈。使われなくなった物語や設定が風化した砂となって積もるエピソード砂漠。更に、まだ誰にも語られていない“真っ白”な大地、プランク平野がある。 ノベルズ大陸は、それらによって進化し続けるため、いつ見ても景色は愚か、住民さえ、全くの別物となっている。そういう意味で、この大陸は永遠に“未知”の大陸なのだ。 今回はそこに住む少年が、一生をかけて紡いだ物語の、ほんの一部を紹介しよう。 一章 地球は回る、大陸は変化する 目覚めて外に目をやれば、満目、我が記憶とは似ても似つかぬ光景が広がっていた。昨日までの馴染み深き町は姿を消し、遥か地平まで未知の色が世界を覆い尽くす。寝床一つを隔てて、私はもはや別天地の住人であった。窓の外に広がる霧の中の緑が何よりの証拠と言えよう。何故こうなってしまっているのか、静かに目を閉じ、沈思黙考のうち、遠き昔の一コマを追憶する。ふと、母の言葉を思い出した。「リコリス、この世界にはワールドシフトというものがあります。度々に起こる事です。それが起きた時、お前の、この母は存在しない事でしょう。しかし前兆なら分かるはずです。それが見えたら、生まれ変わるか消えてしまうか、その覚悟をお決めなさい。悔いが残らないように、しっかりと来る日まで生きるのですよ。」ワールドシフトだ。きっとそうだ。ワールドシフトとは、一定の周期で起こる大異変の事を言う。母がよく話していた。それが起こるとどうなるか、答えは実に単純で、地形も住民も皆、単に生まれ変わり、或いは消える。例えば、ドロシーという女性がいて、彼女が世界(大陸)ごとシフトしたとしよう。この場合、よく言えば“転生”。悪く言えば“魂の使い回し”である。なので、多少は設定に違いが生じようとも、“ドロシー”という認識や存在は崩れない。では、世界が大きくは変わらず、設定のみ大きくシフトしたとしよう。この場合は、主人公などのメインキャラクターに変化が生じて、いる筈だったドロシーという存在が、魂ごと消滅することになる場合が多い。なので、この世界では“ドロシー”を知る者は居ない。今回の場合は後者だ。どちらにせよ、そうなってしまったらシフト前の記憶は、誰の頭にも残らない。唯一、シフト前を知れる手がかりもあるが、それはまた今度話す事にしよう。 とにかく、今ある情報は二つ。 ①ここはシフト後の世界である。 ②私はシフト前の情報を持っている。 ①は自然の摂理なので良いとして、②はオカシイだろ。本来、シフト前の記憶を持って書き換えられる人などいない筈なのに、何故私は記憶を保っている? あり得ない。 他と違う何かがあったのか? 前兆については私だけの知識ではないし、ワールドシフトに関してはむしろ、周りの方が敏感であったろう。ならばこれは違う。では、もとより優れた記憶力持っていた事が、何か作用したのだろうか。考えても一向にわかる気がしない。ただ、私がシフト前にリコリス・オリバーであった事と、母がここにいない事だけは確かだ。そして今は男になっている。リコリスという少女は、この大陸の書き手から見て用無しだったのだろう。性別が邪魔だったのか、リコリスという少女のキャラクター像が好ましくなかったのか。どちらにせよ、私の理解の及ぶところではない。 二章 私は一体何なのか。 ワールドシフトと呼ばれる現象に対する知識はこの大陸中の人々に行き届いている。親から子へ、或いは教師や友人から、幼い頃に教わるのだ。この大陸だけが、変化を遂げる。その理由は未だ解明されていない。しかし、シフト前の歴史を紐解く事はできた。それによって、ワールドシフトの前兆を導き出せたのである。歴史を紐解く鍵となるのは、『シフト前時代の遺物:アーカイブズ』だ。これらはシフト前時代の誰かの記憶や、物品、建造物のカケラなどが、シフトの際に生じる少しのバグ現象によって奇跡的に溜まる場所“哀愁溜まりの洞窟”で、研究者や専門のハンターの手によって掘り出される。前兆というのは正しく、そのアーカイブズを研究者が分析した事によって導かれたものだ。これまで何度も何度もワールドシフトが起きてきたが、それだけは最初に見つけた研究者が残した石碑『ハードディスク』に記され残されてきた。故に常識として、幾らワールドシフトを繰り返しても、人々の記憶に根付いていたのである。 その前兆とは、発生の数ヶ月前から起き始める。例えば、「世界の隙間にエラー音」「太陽が二重写しに見える」「流れてくる物語の声が重なり雑音になる」等の前兆が現れるのだ。 多分私は、それに気づけなかったのだろう。 では、私は一体誰なのか。情報の整理を今一度行おう。まず、名前はオルロ=ソルシエ。十七歳で、山奥の小屋で母と二人暮らし。背は百八十くらいで、伸びた黒髪を一つに束ねている。瞳の色は金、これはシフト前と同じである。 そう、シフト後の多くの人間は、シフト前の自分の特徴を持って書き換えられているのだ。更には、より多くの人々が、自分がシフトしたという認識を持っている。そんな人々が、状況を整理する為に行われる祭りがある。 その祭りが開かれるのは、シフト後一ヶ月以内。その名も“プロフィール・フェス”だ。先ほど、住民の多くが“認識”を持っているという話をしたので、詳しく説明しよう。極端な話になってしまうが、たとえばシフト前までは少女だった人が、シフト後には身に覚えのない赤子の母となっていたりする。それだとすごく混乱してしまう。シフト後は皆、その急に現れた光景と設定に馴染むまで、暫く混乱してしまうからだ。皆シフト前の記憶は勿論無いのだが、特徴も多少は残るし、“シフトした”という認識は一様に持っているので、急にそうなってしまったと言う感覚に変わりはないのである。では何故、シフトした認識を持っているのか。それは、シフト前の自分がどのくらいの年齢だったか、職についていたか等はやんわりと分かるからだ。毎度お馴染みドロシーの場合で説明しよう。ドロシーはシフト後、お告げという形で、シフト前の自分が十代という事と、恋人がいるものの独身で、仕事には着いていなかったという情報のみ渡される。これは、いわゆる“書き手”が、これ以上彼らにシフト前の事を探られたくないので、満足させるために行っているのだと言われている。よほど“哀愁溜まりの洞窟”に行かせたくないのだろう。それによって“書き手”が恐れている事。それは勿論、ストーリーの変更である。もし仮に、ハンターが掘り出した記憶に映る人物が、自分のシフト前の姿で、そしてそこに仲睦まじい様子の恋人がいたとしたら。元々関わるはずの無い二人が出逢い、その相手がヒロインだったりするかも知れない。そのヒロインともう一度恋に堕ちれば、ストーリーが変わる。バタフライエフェクトというやつだ。二人を応援する人々が増えれば、メインキャラクターがいつしか二人に変わっていくかも知れない。元々の主人公は、邪魔なライバル役になってしまうのだろう。そうなれば、“書き手の思い通りの話”にはならない。それが“書き手”が最も恐れる事態なのである。 三章 忘れられるという苦しみ 祭りは順調に進んだ。見覚えのある面々に出会え、身のある話をできた−と言いたいところだが、生憎見知った顔は微塵も無かった。けれど、それでも良かったような気もしている。親しい人が現れても向こうからすれば赤の他人になっている訳で、私だけが一方的に知っている形になってしまう。それは、なんだか少し寂しいのだ。 祭りも終盤に差し掛かる頃、漸く親しい人の影を見た。ブロンドのロングヘアに、目の下のほくろ。そして綺麗なエメラルドグリーンの瞳を持つ華奢な女性。間違いなく、私のシフト前の恋人であるクラッシュだった。髪もあれほど長く無かったし、身長も大きな男だったが、それ以外に然程の変化は無かった。故に、一目見て分かったのだ。そうして思わず、声をかけてしまった。 「クラッ「クララ、どこ行ってたの?」クララ?それがシフト後の彼の名前なのか。そりゃあそうだ。シフト前と同じ名前なはずが無いだろう。クララに話しかけた人は同い年くらいの女の子であった。その赤毛の少女は、クララと他愛のない会話を広げ、その中で、彼女は耳の裏を人差し指でカリカリとかいた。クラッシュの癖と同じだった。 「あ、困った時の奴。参ったなぁ、癖まで同じとか。」思わず声に出たが、祭りの騒音に掻き消されて彼女達には届かなかった。良かったとも思ったが同時に、届けば良かったのにとも思ってしまった。しかし、もし本当に彼女達の耳に届いたとしても、クララは私のことなど憶えていないのだろう。そう考えると、届いた時の方が虚しいのではないか。逆に、届いて、もし不思議そうに見られても少し会話ができるだけで、同じ空間を共有できるだけで、それはそれでかなり幸せな事だ。どちらにどう転んでも、結局は良くも悪くもなる。だが、私は後者に賭けたかった。故に、声をかけようとしたのだ。 “貴方はそれで良いの? これは貴方が望んだ結末なのよ。” 突然、脳内に少女の声が響いた。 四章 どこにもない空間 “それで良いの?”とはどう言う事なのか、そしてこの声の持ち主は誰なのか皆目見当も付かない。混乱も束の間、目の前が真っ白になり、光に包まれた。 目を覚ますとそこは、地平線の彼方まで行っても何もない、果てしない“無”の空間だった。自分と、そして目の前にいる少女だけの空間だ。しかし私にとっては、そんな事などどうでも良かった。何故なら衝撃的な事が目の前で起きているからだ。目の前にいる少女は白銀のストレートな長髪に金の瞳、ワンピースを身に纏い、紫陽花のような花飾りを付けていた。そう、その姿は、シフト前の私“リコリス・オリバー”に瓜二つだったのだ。しかし、その金色の瞳に光は無かった。 『ようこそ!《どこにもない空間》へ』 シフト前の私(仮)は両手を広げ、ニタリと微笑んだ。 「貴方は誰?ここは一体何なの!」私は思いのままに叫んだ。 『私は…そうね、ドロシーとでも呼んでちょうだい。貴方から生まれた貴方よ。そして、十数年後の貴方でもあるわ。要は、私は貴方という事なのね。そしてここは、さっきも言った通り《どこにもない空間》よ。私たちの住む世界の事。お分かり? つまり私は貴方だから、貴方の家でもあるの。という訳だから、寛いでくれても結構よ。』 ドロシー…それは私が例えで何気なく使った名前だ。偶然だろうか。いや、ドロシーは“私”だと言っていた。偶然ではない筈だ。 「ねぇ。《どこにもない空間》が私の家で、世界でもあるというのはどう言う事なの?」 『《どこにもない空間》は、文字通り空間なのよ。普通の家とは違う。だから、空間と呼ぶの。果てしなく広がる世界は惑星と呼べるけど、果てしなく広がる“無”の世界は空間としか呼べない。そして、ココに入るには私の許可、若しくは招待がいる。誰も見つけられないし、入れない。というか、そもそもこの大陸は愚か、世界中探しても“どこにもない”の。だから《どこにもない空間》なのよ。』 「じゃあ、どうして私はココに居るの?」 『私が招待したからよ。これを見て欲しかったの。』そう言うと、ドロシーは指を鳴らした。 五章 私と海と万年筆 すると瞬く間に、空間は真っ青な海に変化した。何が起きたか分からなかった。息ができる。突然水中にいる状態になったが、不思議と濡れている感覚はない。ただ、ヒヤリとするだけだった。『《どこにもない空間》は自由自在なの。だって“無”から“有”を生み出せるのが、《どこにもない空間》なんだもの。ここの管理者である私が合図を出せば、何にでも変化できるわ。』聞いた覚えは無いが、何かを察して教えてくれた。ドロシーは私の頬に両手を添えて、じっと私を見つめながら浮かんでいた。濡れる感覚がないとは言えど、水中にいるのだから、特有の無重力は存在するのだ。そして、ふと視界に原稿用紙のような紙が浮かんだ。ひらりはらりと、見渡せば何百枚もの紙が舞っている。暫くするとその中に、繊細な彫刻が成された万年筆が現れた。 『それは“創造の万年筆”といって、この大陸“ノベルズ”を書き換えられるのよ。そして、この紙は“大陸”なの。正確には、大陸のエリア毎に、そして住民毎に一枚ずつ存在する原稿用紙よ。それは最早“大陸”だから、私達はそう呼ぶの。』 「大陸を書き換える…それってもう、“書き手”じゃないの。」私は既に、言葉の選択を担う機関が働かなくなっていた。もうただ、思ったことを直接、“洗練”も“研磨”も“選別”もしないで伝える事しかできなかった。 『そうよ。私が見せたかったのは、コレなの。』言葉が出なかった。ドロシーは肯定したのだ。自分が“書き手”である事を。それは即ち、私が“書き手”であることを意味する。彼女は言った。『これは貴方が望んだ結末なのよ。』この言葉が今になって、私に鉛のように重くのしかかる。 『未来の貴方が言ったんじゃない。“私は愚かな自分を罰したい。そして何度でも、書き手になるという選択をさせないようにするのだ。私は書き手として崇められるには、余りにも汚れすぎている。”って。』私は自然に涙が出た。そうか。大好きだった母も、クラッシュも、私が“書き換え”によって殺したのだ。もうあのクラッシュは、クララであってクラッシュでは無い。母は存在ごと消えた。これから“書き手”になるのなら、もっと多くの人々を書き換えねばならない。 『それで、どうするの?今回の貴方は、“書き手”になるの? それとも止める?』私は声を振り絞って答えた。 「なるわ。“書き手”になって、母やクラッシュを救ってやるの。“書き手”なら、それができる筈だから。」どんなに苦しかろうと、私は私の大切な人を生かすためにやらねばならない。今はそんな決意が体に満ちていた。だけど、これは勢いなんかじゃなくて、きっとやり遂げ、未来の自分と同じ轍は踏まないという、明確な決意表明だ。 その瞬間、またもや私を白い光が覆い、気づけば目の前には“大陸”が、手には“創造の万年筆”があった。 オルロ=ソルシエを《どこにもない空間》に送ったドロシーは、一人何もないこの空間で、ポツリとこう呟いた。 『またか…。今回の“私”も失敗作ね。“最初の私(ママ)”の言いつけを守るためだもの。トライアンドエラーで頑張りましょう。次の“私”はどうかしら…』

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【ノベルズ】World of Dorothy

低身長 心の一句

友達と 遊びに行った 遊園地 小学生と 間違われたよ 易々と そう易々と ハイタッチ それ私には ハイすぎる 友達の 車に乗ったら 首当てが ちょうど頭に フィットの虚しさ

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低身長 心の一句

過去を売った女②

「ユシア…。アイツの所に行ったんだね。」 盲目の男が、質素な部屋に入って、そう呟きました。その目は何も見えていない筈なのに、どこか悲しみを帯びているようでした。その目線の先には、小柄な女がベットの上に座っています。 「…」 女はその大きな瞳で、じっと男を見つめています。男は、女を心配させまいと、破顔して見せました。そうすると、女はやっと口を開きました。 「ねえ、貴方は誰?ここはどこかしら。さっきもここに住んでるおばさんに聞いたのよ。だけど、その人すごく困った顔して、私が自分の娘だって言うの。きっと私は拾われっ子で、おばさんは気を遣ってくれてるのね。だって私、おばさんがお母さんだった記憶無いもの。」それを聞いて、男は絶句しました。彼女があの男の元へ行っていた事が、確かな物になったからです。 「ユシア…。僕だよ、マーティンさ。君の幼馴染で、大賢者って呼ばれてるんだ。…そうか、すると君はやっぱり、アイツと、クロノス・エンデと取り引きしたんだね。」マーティンは今にも泣きそうな顔で言いました。 「貴方はマーティンっていうのね。その、クロ…ノス?という人は知らないけれど、どうしてかしら。あなたのことは凄く大切な気がするの。」マーティンは涙を流し、ユシアの元にゆっくりと歩み寄りました。そうして胸の中に優しく包み込んでこう言いました。 「ありがとう…ユシア。こんなになっても僕の事を憶えててくれて。僕がなんとかするからね。」ユシアは困惑しました。 「あのねマーティン。私、あなたのこと憶えてないのよ? 大切な気がするだけなの。だからね、えっと。」しかしマーティンは、腕の中の愛おしいユシアから離れ、彼女の手をそっと握り、またこう言いました。 「ううん。ユシア、それは憶えてるのと同じなんだよ。お母さんの事を“おばさん”だと思ってるのに、僕の事は、なんとなくでも“大切”だと思ってくれている。そんなの僕を憶えてなきゃ起きない奇跡さ! それじゃあ、僕はクロノスを訪ねるからおとなしく待っているんだよ。」ユシアは最後までよく分からないまま、マーティンとお別れをしました。マーティンは決意に満ちた顔つきをして部屋を出て行きました。 それから暫くして、暗いくらい路地にマーティンは入ってゆきました。 「ッ!クロノスゥゥゥ‼︎」 そこには例の男、クロノス・エンデがいました。丁度、彼は別の男の子と取り引きをしている最中でした。クロノスは冷たい目をこちらに向けて、淡々とした声で言いました。 「なんです?今は取り込み中ですが。…あゝ、マーティン・ウォールド・スミスですか。」 「なんです?じゃないよ! 今、その子の時間を奪おうとしていだろ!」 「何かと思えばそんな事でしたか。そうですよ、私は彼の時間をもらって、そして与えてもいるのです。ですので“奪う”という表現は適切ではありませんね。これは正当な等価交換ですから。」 「ふざけるな!ユシアから時間を奪ってしまったのは君だろう!たしかに、ユシアはお前と取り引きをしたかもしれない。それはユシアの落ち度でもあり、僕の至らない所だ!だけど、君がやっている事は幸福を与えることなんかじゃ無い。今だって君は、正に彼の大切なものを奪おうとしているじゃないか。」取引をしようとしていた少年は、二人の喧嘩に驚いてそそくさと帰って行きました。 「大切な物? …あゝ、時間のことですか?それならご自分で言っていた通り、取り引きという形で済ましています。」 「違う!大切な物っていうのは、その人の記憶なんだ。記憶を奪うという事は、その人の大切な人を、その人の中から消す行為に等しい! 君がしているのはそういう事なんだよ!だから今すぐ、そんな事は止めるんだ!」 「いいえ、止めません。だってこの力を欲したのは、他ならぬ、あなた方ではありませんか。」 「だけど、君が僕たちの欲に従うというのなら、僕は今、君がその力を使わない事を欲している!」 「それでも、です。そのユシアとやらの時間を取り戻したいというのなら、貴方は私に同等の時間を払わねばなりません。それ以外にないのです。ならば、どちらにしても同じ事でしょう。私の力を嫌う貴方が、私の力によって大切な人を救う。これほど皮肉な事がありましょうか。実に滑稽ですよ。」クロノスは黒光りする長髪を、風に靡かせながら、嘲笑しました。 「僕は、その皮肉に甘んじようとしている自分が、悔しくてならない! 何故、君のことをユシアに伝えてしまったのか、何故力ずくでも彼女を止めなかったのか。後悔しか無いよ!」 「とうとう狂ってしまわれましたか。 見苦しいですね。」 クロノスはまたもや、マーティンを嘲笑いました。 「それでも僕は、ユシアの為に君に力を借りたい。それきりだ。君はそれきりで、その力を使う事をやめてくれ。」 「何を言っているのですか? 貴方が私を頼る分には問題などありませんが、止めるのは無理な話ですよ。」 「僕も分かっているよ。自分が勝手な事を言ってるって事くらい、分かってるんだよ! だけど、僕に免じて…お願いだ、クロノス。」 「嫌です。私にメリットがありません。」 マーティンは押し黙って、少し晴れやかになった顔つきで、こう言いました。 「なら、僕の“全部”をあげよう!それで彼女が助かるのなら、惜しむ事など無いからね。」

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過去を売った女②

さらば、愛しきゴーストライターよ

『夜の帳が降りきる刹那、沈黙はふいに裂け、未だ名づけられぬ光に灼かれる。』 私は恋をした。 なんとなく手に取った、ちょうど嵩張らないサイズと厚みの本。開いて目に入った文面に、私は恋をしたのだ。この一文を見た瞬間、衝撃を受けた。そして同時に、感化もされた。家に帰って早々に筆を握り、メモアプリで書いては保存し、書いては保存する毎日である。多少の自信はあれど、やはり不安が勝つもので、SNSに投稿することは流石にはばかられた。 かの作家の名は、天原千歳。年齢も出身も全て公開しているのに、何故か性別のみ非公開の一風変わった作家である。天原先生の本は、必ずタイトルが二字熟語か四字熟語で、表紙も単色無地という地味っぷりを発揮するも飽き足らず、嵩張る事を知らないあのサイズである。他の本よりも何回りか小さいので、奥に入り込んでしまって見つけにくい。そう考えると、私と『霹靂』の出会いは億分の一と言っても過言ではないのだろう。実に運命的な出会いである。 兎にも角にも、愛だの恋だの全く興味のない私に、これが恋だと直感的に感じさせた事は、とんでもない偉業だろう。それも初恋なのだから、罪な男(?)である。積もり積もった愛は、やがてファンレターという形となって現れる。そのファンレターの返事は、ちゃんと私の元に届く。しかし、その内容はごく僅か。 『ありがとう。頑張ります。次のお話も読んでくれると嬉しいです。』 これだけである。私がどれだけ熱量を、愛を込めて送ったものも悉く、この短文で返される。しかし、それでも返してくれるだけ幾分も素晴らしく、それだけで、胸がいっぱいになるのだ。そんな訳はないのだが、これはまるで文通のようである。 そんなある日、私はこんな内容を送った。 『この前も言った通りですが、私は先生に感化されて文章を書く様になりました。これを評価してもらいたいと思うのですが、やはり不安が勝ってしまっています。そう言うアプリを使うか否か、どうすれば良いでしょうか。』 するとこう返ってきた。 『ありがとう。良いのではないでしょうか。自分の書いたものを評価されるのは恐ろしいかも知れませんが、存外参考にもなるので。これまでの話が本当なら、あなたは相当な読書家です。きっと文章力もメキメキと成長していることでしょう。応援しています。私も頑張ります。』 初めてだった。先生が、こう何行も書いてくれる事は。ただその事実だけで、十分原動力となった。私は一瞬にしてアプリのインストールから、投稿までのすべてを終え、記念すべき第一作目を投稿した。評価は思っていたより良く、優しかった。“いいね”をつけられる機能もあり、いつも私の作品には一つか二つの“いいね”があった。最初は、読みにきてくれる人などほんの一握りで、十人も満たなかったが、その中でも一定の人が決まって読みにきている事実に、とても満足していた。 しかし、焦ってしまった。私は、早く天原先生に近づきたいと思うばかりに、AIに手をつけたのだ。そうすると、存外簡単に、天原先生に近づけた。AIを用いて、『天原千歳風の小説を何字以内で。』と言うだけで作ってもらえる。あとは少しアレンジすれば完成だ。こうして出来た作品は、自分で作った作品より遥かに人気があり、評価された。とても心地よかった。次々とやってくる好評のコメント。『凄い文章力ですね! 羨ましい限りです!』『貴方の文を見て、私もこのアプリでの投稿を始めました! 超ファンです!』嬉しい…筈だった。何故だろう。どうしても心が苦しいのだ。自分を認めてもらえたと言うのに、素直に喜ぶ事は出来なかった。欲しかった評価を得られて、心はとっくに満たされている筈なのに、何故か喪失感でいっぱいだった。しかし、それ以上に読者に愛想を尽かされ離れられる事の方が、よっぽど恐ろしかった。何度も何度も、自分の力で書こうとするも、投稿の直前に恐怖が襲う。もし、私本来の力で書いた作品で愛想を尽かされたならば、私はどうして良いかわからない。自分じゃない“ナニカ”が褒められて、勝手に私の株が上がって、それでもやっぱり、読者が離れていくよりは幾分かマシに思える。だから、私の中の“天原千歳”は中々消えない。だって私が離れたくないと思うのだから。 そうして、何ヶ月か時が過ぎて、優柔不断を断ち切り、漸く覚悟が決まった。一作だけ、一から十まで自分で作ったものを投稿する事を決めたのだ。これでもし、評価が低ければすぐにでも消してやろう。そうして、ほらやっぱりな!お前には文才など1ミリもありゃせんのだ!と自分の愚かさを笑ってやるのだ。 投稿した作品は、“ナニカ”の名声で沢山の人々の目に触れた。俗に言う再生回数は、いつも通り順調に伸びた。しかし、コメント数はいつもの半分以下であった。私は震える指先を吹き出しマークに近づけ、内心、どうか反応しませんようにと思いながら、恐る恐るコメント欄を開いた。きっとそこには、恐ろしいコメントが大量にあって、誰も私を評価しない地獄の様な空間が出来上がっている筈だ。 しかし、開いた先にあったコメントは思いの外暖かく、優しいものだった。 『なんだかいつもとは違いますが、文面が優しくて良いですね!』 『ギャップ萌え!こんなの書けたんですね!』 『面白かったです。また書いてください』 『キュンキュンしました!また読みたいです』 私は初めて、ほんの少し、“自分”が褒められた様な気がしたのだ。心が暖かくなって、その優しさに目頭がじんわりと熱くなった。その瞬間涙が溢れ出た。 それは、私の中の“天原千歳”が消えてなくなった瞬間だった。 しかしそれでも、読者が見ている“私”は“ナニカ”のままなので、正直に言おうと思っている。この先たとえ、どんな恐ろしい反応が待っていたとしても。だって存外、私の読者はすごく暖かくて、優しいんだから。私は正々堂々謝って、これからも投稿を続けていく。 一からまたスタートして、また読者を振り向かせてやる!

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さらば、愛しきゴーストライターよ