宮浦 透 Miyaura Toru

46 件の小説
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宮浦 透 Miyaura Toru

みやうらとおるです。小説書いてます。興味を持ってくれた方はアルファポリスや公式LINEにて他の作品も見れます。

秘密の色

 その色、なんの色。  それはきっと、赤い色。  でもたまに、青い色。  華のようで、泥臭いそれは  それは、多分きっと  いろんなのが混ざり合った  わたしだけの色。  秘密の色。

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秘密の色

夫、乗り換えキャンペーン

 「真緒、早く!陸斗に追いつけなくなる!」  葉っぱは赤や黄に色付いて、吹く風は段々と寒さを帯びていく。ベビーカーを押す夫と、その先を走る五歳の陸斗の背中に向かって、出せるだけの全力で足を運ぶ。  「あれ!次はあれ乗ろ!」  小さな身体で指を指したのは、大きな大きな観覧車。これで今日は何個目のアトラクションだろう。後ろを振り返りもしない陸斗は、きっと純粋な眼差しで観覧車を見上げている。  「待て待て陸斗、真緒がまだ息切らしてるから」  陸斗の頭を二回。撫でるように優しく手を乗せて、声を掛ける。そして陸斗がどこかへ走って行ってしまわないように手を掴んで、ベビーカーに座る一歳の隼斗の様子を確認して、次は私に飲み物を手渡してくれる。  「ありがとう。もう大丈夫。よし、観覧車乗ろっか!」  ベビーカーを預けて、家族四人。恐る恐る観覧車に足を踏み入れると、それは空気を受け少し揺れながらゆっくりと空高くに昇っていく。長男の陸斗は外の景色を見ながら我が家を探している。  「陸斗、家はどこか見つかった?」  「まだ!あっちの方だよね」  隼斗を抱き上げながら陸斗の輝く眼差しを覗き込む。目線のその先は、果てしなく遠くを見つめている。方向は合ってるけど、我が家はここから百キロも先にあることを陸斗は知らない。  そして今日は奮発して最高級の新幹線で遊園地までやって来たことも、忘れているんだろう。  「あ!あれじゃない?」  「陸斗は目が良いんだなぁ」  見えるはずもない我が家を見つけた陸斗を、夫が少し意地悪な笑顔をしながら褒める。家族初めての遊園地に、少なくとも私は心底幸せを感じているみたいだ。  この家族が出来たのは、一年と半年前─。  『知りませんでした。夫を、乗り換えられるなんて』  爽やかな笑み。女性、夫、それを含めて五人の家族。わずか十数秒のそれは、女性の新たな人生の在り方を提示するもの。  そんな不気味なコマーシャルを横目に、いつも通りの家事を済ませていた。  『全ての女性へ、新たな夫を。幸せな家庭を』  離婚が増えていく世の中の女性に、新たな夫を提供するという。遂にこの国は人権すらも捨てるような可笑しな国へと成り果てたのか。  『今ならなんと、キャッシュバック五百万円のキャンペーン中!』  そんな不気味な。諸々の費用を抜いても確実に新品の普通車が買える。馬鹿げた話だ。幾ら世界がイカれても、こんなものに頼る人間は居ないだろう。  しかし本当に、手元にそれだけの大金が残るなら。  この夫。いや、夫なんて思いたくもない。三歳になって間もない陸斗には勉強を無理強いさせ、少しの家事の不手際すら許さない。何か気に食わないことがあれば怒鳴りつける。  そんな人間と距離を置けて新たな夫を手にし、そして尚且つ五百万円も貰えてしまう。  夫は昔から完璧主義の人だった。昔は周りがミスをすれば助けてくれるほど優しかった。しかし陸斗が産まれると、少しずつ少しずつ態度が変わって行った。より良い大学と、就職をさせてあげたいという願いからなのだろう。  弱音を吐く暇すらなく文字の勉強をさせられている陸斗を横目に、私の頭には夫を乗り換える。という悪魔のような選択肢が浮かんで離れなかった。  「ねぇ陸斗。お父さんを変えちゃおっか」  気が滅入っていたんだと思う。何の幸せも味わえなかった、あの陸斗の顔を見た時。私の中の何かが吹っ切れて、力が抜けた気がした。  私のその言葉を聞いて陸斗は少し力の抜けたような顔で俯いた。それがどんな意味だったのかは当時の私にはよくわかった気がした─。  「ではでは。これを…」  蝉の声が微かに聞こえる店内で、手渡されたのはタブレット。個人情報が記載されているカードを読み込んで、私が私である証明をしていく。  「今の時代、離婚なんて当たり前なんてすから。それならば、今の夫から違う夫へ。乗り換えるのも当たり前にしちゃいましょう」  なんて恐ろしい、馬鹿げた話。嘘みたいな話をペラペラと喋り出す、ハイヒールと赤縁メガネを身につけたお局のような店員の、その奇妙に湧き出すような自信さえ無ければ。  「では、次は乗り換え先の夫を選んでいただきます」  陸斗の手を握りながら、理想の家族像や理想の性格。有りとあらゆる理想をタブレットが聞いてくる。  そんなの優しくて、格好良くて、家族を大切にしてくれれば何だって満点だ。かれこれ十五分にものぼる長いアンケートを終えて、出てきたのはとある男性の名前。  「アンケートの回答、ありがとうございます。貴女の乗り換えする上で相性がいいのは、この大輝と言う人です」  これが私の、新たな夫。陸斗を苦しめなくて、幸せな人生をこれから歩んでいける。この上ない選択肢。  「…この人に、します」  何故か迷いはなかった。悔いのない選択をした気がした。きっとこの人との相性が一番なのだろう。  「分かりました。それではこれから夫を乗り換えするにあたって注意点を話していきますので、終わり次第この誓約書にサインをお願いします。まずは…」  まずは私の旧姓がこの大輝さんに適応されること。今日までの私の夫はこの会社が回収すること。  今日から私の夫になる大輝さんはこの会社の社員であり、教育係という役職に就いている。これを大輝さんに詳しく言及することは禁止で、それは同時に会社の話を本人に持ち出すのも禁止と言うこと。  そして、有事の際は何があっても迅速に会社の指示に従うこと。  もしルールを破った場合は、キャンペーンの五百万は没収されるだけでなく、家族のこれからの人生を保証できないという。  それから二十分、三十分。早々に眠りについた陸斗を撫でながら、長い長い説明を淡々と聞き続ける。  それにしても、夫が変わるにしては簡単すぎる。型破りな現状に、どうしても多少の違和感を感じないことは出来なかった。  前夫に思い出補正なんて掛からない。大輝さんと私は一生を共にする。悔いのない選択を、している─。  「大輝。私、今人生で一番の幸せを味わっちゃってるかも」  五歳の陸斗と、大輝と私の一歳の隼斗が笑っている。それだけ、たったそれだけが私を幸せにしている。  「…良かったよ。僕も真緒を幸せに出来て幸せ」  「ねぇ!写真撮ろうよ!」  一目散に走り出した陸斗が、溢れんばかりの自信を持って連れ帰ってきたのは、大きなマスコットキャラ。やっぱりこの子は天真爛漫だ。  きっと爽やかな笑みをしていたと思う。私、大輝、それを含めて四人の家族。  この写真は間違いなく、家族にとって最高の宝物になるだろう。  マスコットの人にお礼をして、次なるアトラクションを探すためその場からまた歩き始まる。  「真緒、ちょっとトイレ行ってくるね」  大輝が陸斗を連れて消えていく二人。少しオレンジに色付いていく空をベンチから隼斗と見上げる。少し疲れて眠そうな様子の隼斗は、目を瞑ったり開けたりを繰り返している。  水を飲んで一息ついて、足に溜まる疲労を実感する。これは家に着いた途端に陸斗も寝ちゃって、お風呂に入るのが家族全員が面倒臭くなるのがオチだ。  そんなことを考えていると、スマホに一件のメールが着信音を鳴らした。  迷惑メールか、大して大事じゃない内容か。ヘンテコな予想をしながら、画面を開ける。  『【重要】商品回収のお知らせ』  これだけの端的なタイトルを発するこの会社は、つい一年と半年前にお世話になった会社。  何度確認しても、間違いない。私が夫を乗り換えた会社。  『商品の一部に異常な反応が見られましたので、商品を全て回収させて頂きます。つきましては、約一月後に同等価値の商品を郵送させて頂くか、五年後に同じ商品を修理に再提供させて頂くか、の二択とさせて頂きます』  この会社は大輝を渡せと、言いたいらしい。身勝手な理由を押し付けられて、大輝を簡単に手放すわけには行かない。そう思った矢先、私の頭に出て来たのは誓約書の内容だった。  『有事の際は、何があっても迅速に会社の指示に従うこと。そしてルールを破った場合は、キャンペーンの五百万は没収されるだけでなく、家族のこれからの人生を保証できない』  何か大きな不安が頭をよぎって、数十秒の間にこれから私たち家族が辿る人生の行方が、何だか半端なく傾いてしまいそうな予感がしてたまらなかった。  大輝もこのメールを見たのか、微かに聞こえていた二人の話し声も突如として消え去って。残ったのは空虚と化した夕陽が綺麗な遊園地。  パンクしそうな頭を頭痛がするほど動かして、何かを思い出したようにネットブラウザを開いた。するとそこは、まさしく地獄のような光景だった。先ほどのメールに疑問を投げる人、飛び交う憤怒の声、利用者を小馬鹿にするアンチユーザー。  『元々の夫がどうなったか知ってるか。会社に回収された後、顔も体も改造されて、性格も矯正される。乗り換え先の夫の職業の教育係ってのは、みんなの元々の夫を矯正する仕事をしてるんだ』  一つじゃない。数十個、数百個と、そんなコメントが蔓延っている。嘘だとしても、やけに辻褄が合いすぎている。  大輝の顔も性格も、全てが皮を被せられた嘘の存在だとしたら。  どうやら、狂っていたのは世界だけじゃなかったらしい。  「…ねぇ、真緒。ごめん…」  後ろからは大輝の細い声。何故だか振り返ることが出来ない。顔を見ることもできない。  そこでようやく私は、取り返しのつかないような、泥沼に浸かっていたことに気がついた。  夫の乗り換えキャンペーンだなんて、不気味なものに釣られてしまったのが全ての根源だ。  これが悔いのない選択じゃないことなんて、とっくに気付けていたはずだ。  そう考え始めた頃にはもう、私はボロボロと大粒の涙を流していた。  何も理解出来なくても心配して駆け寄って来てくれた陸斗を、強く強く抱きしめる。  「ごめんね。ごめんね…」  冷たい風が吹く夕方五時半。  私は何に謝っているのかも分からないまま、延々と出てくるだけの言葉で詫び続けた。

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讃美に悔いを

この世の条理ってのを知って、 世間体ってやつらに揉まれて、 日を数えるたび大人になって、 気付けば世界はこんなだって、 野垂れながらも生きて生きて。 世界に失望したら夢が消えて…。 幸せなんてなれやしないって、 知った時には生きる意味って、 なんなんだろうって絶望して…。 陽を追って生きてたはずなのに、 陰を避けるように、陰から逃げるようにして、 姑息に今日も息をする。 己れの瑕疵を世間に晒すなら、 この世に生を受けたこと。 ただ、それだけである。

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讃美に悔いを

涙のくちづけ(詩版)

 「ねぇ。あのさ」  「…一夜だけの、キスしようよ」  二人の間には夏風が吹き抜ける。  目と目が合う。  目の中のその恋色が瞳に映る。  「恋をしようよ。私と二人。何もかもから逃げて」  「もう可愛い恋なんて、柄じゃないの」  冷たかったコーラが段々と緩くなっていく。  時計は午前一時を指している。  心臓が跳ねている。  今にも逃げ出したくて。    先輩は色気を纏って、僕の肩を持つ。  まずい。自分が壊れていく。  ─だが、僕は先輩を突き飛ばした。  「僕は、先輩が好きでした。そんな、愛に溺れてるなんて、知りませんでした」  「…そっか」  月はいつ見ても綺麗だった。  いつかその綺麗さを取り戻すように。  バケットハットから微かに見える先輩は、  涙が頬を伝っていて、  口元にまで、辿り着いていた。

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タクシー

 「お願いします」  駅のロータリーで、何の前触れもなく扉を開けたのはきっと大学生ほどの年齢の青年。日を跨いだ直後、きっと夜まで遊びすぎて終電を逃したのだろう。五人目にして、今日の勤務最後のお客様だ。  「はい。どちらへ?」  「さぁ?とりあえずここから真っ直ぐ行ってください」  「さぁ…?」  あまりの猛烈な一言にとてもじゃないが困惑は隠せたものじゃない。地名ではなく、真っ直ぐだ。方角でもなく、真っ直ぐだ。  「では、ここから北東の方角へ向かいますね」  咳払いを挟み、この車の向いている方角、北東へと車を進めた。  「こんな遅い時間でもタクシーってやってるんですね」  「終電を逃した方々がご利用されますからね」  曇りの一切ない夜空には、都会からでも見えるほど大きな星が所々で台頭している。  ぼんやりと車窓を眺める青年は、何を考えているのかイマイチ掴めなかった。しかし、ふざけた注文をするとは思えないほどの丁寧な言葉遣いで青年との会話は進んでいく。  「最近、留年しちゃいそうなんです。何もかもが上手く行かなくなってきて」  親の診療所を継ぐために入った医大。元々興味のなかった分野に加え、心労にて思い描く大学生活と乖離する毎日。何かに酔いたくてやけ酒。  「もうこのまま、死んじゃおうとか考えたんです。でも今日のごはんは唐揚げって親からメールが来て」  恐らくこの青年は、何かに縋りたいんだろう。子を思う親を裏切れないのだろう。  「このタクシーをご利用いただきありがとうございます。待ってましたよ。今日貴方が乗車するのを」  酒気を纏った青年は、まだ車窓をぼんやりと眺めている。  「僕、覚えてます。昔、貴方のタクシーに乗ったことがあります。ここの傷、僕が付けた傷です」  十数年前、焦った親と少し怒った少年が乗車したことがある。その時、少年が手に持っていた何かで座席を叩いた。まだタクシー運転手を初めて間もなくて、初めての車への傷に悲しみを覚えた。  「あの時はすいませんでした。喘息気味で、少しのことでも親は心配しちゃって、大丈夫って言ってるに親は病院に連れて行こうと必死で。それに僕は怒っちゃったんです」  都会に家があり、救急車を呼ぼうとした矢先にタクシーが見えたからそちらに判断を変えたらしい。  「大丈夫でしたか?喘息は」  「はい。もう今となっては元気にお酒なんて飲んじゃってますよ」  時間の流れはどうにも早いらしい。  「親に期待されて、結果が出て、今があるんじゃないですか。人生、生きてれば何とかなりますよ」  車窓を眺める青年に、ルームミラー越しに言葉を送る。なんてことない、一言。  「そうですかね…」  「はい。また酒に酔ったら、このタクシーに傷でも付けに来てください。待ってますよ」  今思えば、北東の方向は、昔少年たち家族を乗せた場所がある。  「ここで。あとは歩いて帰ります」  お客様が歩くと決めたら、運転手の仕事はここまでだ。財布を出そうとする青年に、投げかける。  「お金、良いですよ」  あまりの猛烈な一言に、青年は困惑を隠せていなかった。これで良い仕返しになった。  「何も、お金を頂くだけが仕事じゃないんでね」  「…ありがとうございます。じゃあ次は、良い知らせと倍の金額を払いに来ますね」  なんともユーモア溢れる青年だ。きっと、これから良い大人になる。  「はい。ご乗車、ありがとうございます」  頭を下げてドアを閉める青年に少し笑って見せた。

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タクシー

僕らの恋模様

 出会いは単純だった。  ただ同じカフェラテを、全く同じ量の砂糖とガムシロップで。癖の強い飲み方を昔からしているものだから、真隣りで同じことをしている彼女を無視はできなかった。  横目で見た彼女は黒いコートをしていて、髪の毛はつい最近染めたような金色。それでいてサラサラとした髪質はボブより少し長い髪に、色気すら感じさせる。  それでも決して喋ることはなく、静かに一人のカフェを満喫する。そして勘定。全く同じタイミングで。お互い驚いて三秒間目が合う。そして逸らす。  「ねえ。ふざけてる?」  きっと心臓を貫かれた。癖の強いカフェラテを飲んだ後でも、彼女からイチゴの匂いが香ることだけは確信できる。  カフェを出た途端の寒さと彼女の切迫な顔はまるでカップルの別れ際の様に寒色だった。  「そんなことないんだ。たまたまと 同じものを飲んでいただけで」  横目で見た時は見れなかった、顔が目の前にある。多分アイドルとかには居ない、落ち着いた顔立ち。寒いのか、少し頬を赤らめて。  イルミネーションが飾られた大きな道の傍らで、恋をした。裏腹に、多分きっと嫌われてしまった。  話す気もなくなったのか。彼女はそっぽを向いてツカツカと歩き始めた。  一人イルミネーションの明かりに照らされる。きっとこれは振られた男の気持ちだと確信した。  ギターを持っていた。丸メガネをしていた。外に出たらマフラーもつけていた。背は低かった。きっと彼女に出来たら一番良い身長差。  後ろめたいことは何も気にならない。  また会えることがあれば、次はまともに会話をしてみたい。ただそれだけだった。  大学が終わって、一人になっては同じカフェに向かう。イルミネーションのアーチを掻い潜って、彼女と会える日を待って。  「ねえ。ちょっと」  落ち着いた顔付きからは微塵も想像の出来ない鋭い声。彼女は打って変わってギターは持っていないし、メガネもしてない。再び会えた奇跡の様な現実よりも、驚きが脳内を駆け巡る。  「ちょっと付き合って」  告白されたか。する側だと考えていたが。なんてふざけようとする雰囲気でもなく、大人しく事の末端を聴取する。  人数合わせの合コン。そのくせ人数は女子が一人多い。万が一にでも持ち帰られては他の子に悪いけど、余るのはプライドが許せない。しかし頼れる男もまともに居ないらしい。  身体に一切触れられていないのに、まるでリードを繋がれた様に言われるがまま歩き始める。恐らくきっと、言わんとすることは「私を持ち帰ってくれ」だ。多分きっと間違いない。  ふざけた脳内の思考を太陽は嫌がったのか、あっという間に月が顔を出す。  知らない奴らが継ぎ接ぎで集まった合コンで、初対面は当たり前。何故彼女がこんな所に居るのかも不思議なほど。しかしこれで合計人数はキリ良く八人。周りに合わせて程々に酒を浴びて、そこそこな会話をして。気の強そうな彼女は、そこそこの酒と、多少のカフェラテと大量のガムシロップ。皆が酔ってるからと鷹を括ってやりたい放題になっている。  まずは一組目が抜ける。続いて二組目。ここで彼女からの目配せがやって来る。そして三組目。彼女をお持ち帰り。天変地異の様な現状は、酒の力でただの幸せに成り果てた。  「ねえ。カラオケ行こうよ」  どうやらパーティーはこれかららしい。どうせ終電もないし。と言い放つ彼女に心ばかりの感謝として手を合わせた。早々と沈んでいった太陽が顔を出す頃まで遊び呆けて、自慢してやりたい。  「勘違いしないで。変なことしないから」  「まだ何も言ってないから」  歌って、合いの手を入れて、曲に合わせて踊って。酒で羞恥心が壊れていく。  夜中三時。もう明日の講義は飛んでしまおうか。なんて笑いあった。  「そんなことないんだ!って。なによあれ」  動揺していた時の返しをやけに気に入られたのか、ゲラゲラ笑い飛ばしながら繰り返しイジられる。この台詞を後から思い出して、合コンに連れてきても大丈夫と感じたらしい。多分その勘は信用ならない。  顔に反して気が強くて、酒に酔ったら明るくなる。随分と分かりにくい人だ。  日が登って、一応太陽に向かって自慢して、帰路を辿る時、彼女の最後は「また今度ね」だった。  あれから数日経って、カフェラテを飲みに行こう。と言い出したのは彼女だった。  ギターは持って、しかし丸メガネではなくて。黒が多めのコーデではなくて、可愛げある白いボアを着ていて。  会って全く口を開いてくれない現状でも、流し目をしているような態度を見ればわかる。  自信を持って、揚々とドアベルを鳴らす。  今はレディーファーストよりも、男のリードだ。  これまで何度も見た店員さんと目が合う。  「今度は二人でなんですね」  なんだか和やかな視線をくれる店員さんに、彼女は。  「違います」  疑問に身を任せ振り向くと、彼女は勢いよく目を逸らす。  やはり、彼女は難しいらしい。

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僕らの恋模様

普通に対して

 以下は小論文です。  僕は教育において、普通を知ることに重点を置きたい。  一般的に言われる普通の人と言うのは、そこから外れたことをする自覚のない人を注視する。例えばアメリカではチップを渡すのが普通であり、日本にはそんな文化はない。況して貰って同然のお金を一度は断ろうとして、中々受け取ろうとしないのが日本の現状である。しかし相違した二つともは互いにとって紛れもなく普通であり、歴史など様々な要因に由来する。  共通した要素を持つ事例は国内にも多く存在しており、特に大阪などは比較的その対象に上がりやすい。漫才の町である大阪はユーモア溢れた人ばかりと感じられることが多々ある。しかし実際は全員がユーモアばかりな人でもない。その実情を知っている人達は、大阪の人たちに無茶振りなんて強いない。これは、大阪の人はユーモア溢れることが普通と感じることが少なくなったからだ。  二つの例には場所と時代、文化とイメージなどの違いはあるが、各々が特定の場所に普通という観念を持っていることは確実である。例えば、アメリカ人が日本に来てチップを要求すれば気持ちよく受け入れられることは少なく、同様に他府県の方が大阪に来て近くを通っていた人に漫才を強要しても良い目は向けられないだろう。  つまり普通とは多々存在し、それを当人の普通だけで計り知るのは余りにも甚だしく合理性に欠ける。チップを強要して口論になることが頻繁にニュースに取り上げられないのには、日本にはチップ文化がなく日本ではこれが当たり前と言うことが多くの人に認知されたからだと感じている。  これは教室の中でも同じことが言え、多くの場合では普通でないことが問題なのではなく、普通ではないことを自覚できず、普通を分からないことが問題になるのである。よって教育現場で普通について向き合うならば、他府県、他国、他人などについて深く学ぶ機会を取り入れなければならない。

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官能動

 断崖絶壁を愛してしまったんだ。  一面の星、薄暗い空、虫の集る街灯、今、踏みしめている地面。あれもこれもこの僕はなびかない。僕の心にあるのは、君の、耳を当てればすぐにでも聞こえてきそうな鼓動を鳴らすその胸。  躍起になって君のその心を打ち鳴らせば、どう表情を変えるのだろう。風に吹かれ髪を気にする君は、少しは頰を赤らめるのだろうか。暑いと言ってシャツで飛び出してきたその姿は、まるでミケランジェロによるサン・ピエトロのピエタにも見てとれるほどに華々しい。  人一人とすれ違わない田舎道を、初々しく手も繋がず二人して歩幅を合わせた。目が合うたび首を傾げる君は、どうにも色気を隠せないらしい。  五つの姓を愛せるほどに器用ではない。それでも、君だけに溺れるには十分だと思う。  「どうしたの?さっきから」  痺れを切らした君の流し目は官能的で、不可抗力だ。  思いを飲み込んで、誤魔化す。そうやって僕は自販機を指差した。疑問符を浮かべながらも、君は飲み物を手渡されひと思いに大きくそれを口にした。真夜中の寝る前ですら完璧な容姿を保っている。きっとそれは努力と才能なんだと思う。  この街灯も少ない田舎だからこそ味わえる状況に、心底感謝した。そして、勇気を振り絞った自分を褒めた。  小さな君を今すぐにでも抱きしめたい。眠そうな君は、無理にでもついてきてくれて随分と可愛かった。  「隣のクラスのあいつら、やっと付き合えたらしいよ」  「そうなの?」  驚いた顔も大変眠そうだ。多分明日にはこんな話をしたことも覚えていないんだろう。  「告白できたんだってさ。一時はどうなることかと思ったよ」  「だね」  星の明かりが横顔を照らした。こんな田舎の学校で、噂になるくらいには顔が整っている。そんな君が、今は横にいるのだ。この状況がなんとも耐え難く嬉しいことだった。  「みんな恋愛に明け暮れてるねー」  眠い目を擦りながらも、ゆったりと口を開いてくれた。まるで自分は蚊帳の外だと言わんばかりの口調だ。  「必死なんだろうな。みんな恋人を作るのに」  一人は寂しくなるんだろう。好きな人が居ればそんなことはならないと思うが、それ以上を望んでしまうのが人として当然の流れだ。  「じゃあなんで別れるところは別れるんだろうね」  飲み終えた後の缶をゴミ箱に投げ込みながら君は疑問符を浮かべた。  「さぁ。なんなんだろうね」  「まぁけど」  再び吹いた風に呆れた君は、髪の毛を耳にかける。  「幼馴染の私たちには関係ない話だね」  夢のような時間も終わりを迎え、一人帰路に着いた。  官能的な君は僕に振り向かない。  僕はこれからも、寝ぼけた君を夜道に誘うだろう。

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世風を見て

みんなは人を見てて それは良いことだと思う これは僕の短い人生で得た価値観なんだけど 自分を愛せる奴ってのは 自分をしっかり見てるんだ 人を見て恨めしくなるよな みんなそうなんだ それでも日はみんなに等しく当たるし それでも影はみんなに等しく出来るんだ 大人だ、なんて大袈裟なこと言うけど そんな大人ってやつも ちょっと前までは子供だったんだ これは僕の短い人生で思ったことなんだけど これからは自分を見てあげようと思う 人から認められることだけが 自分の価値じゃないんだ でもだからって過信はダメだ やっぱり前進は必要だ 世界ってやつは酷くて そんな生き方を微塵も教えてくれないんだ それでもみんな生きていくんだ みんな苦労してるんだ それが、人生ってやつなんだと、思う

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世風を見て

ある日の命

 あなたはある日、その火の中へ消えていった。  「またね。また会う日まで」  少女は訳もわからずその火を見つめている。火、青空、涙。人は何かを失って生きていく。代わりに何かを得ていく。  果てしない昼と夜を繰り返して。そうやって人は大きくなっていく。  此の世に呼ばれて、帰っていく。盛大に呼ばれても、静かに帰っていく。  少女もいつかはこの涙達に気付く時が来るだろう。知って欲しくない。だが知って欲しい。人ってものは素晴らしいのだから。  一人になった僕は、海に涙を返しに向かった。気付けば夜が更けて、どれだけ嗚咽を投げかけたか分からない。  海はどれだけでも受け入れてくれる。この疑問も、後悔も、怒りも、悲しみも、涙となって溢れ出すもの達を。海の水は涙の味がするんだ。  あなたのあの日の、異変に気付けなかった。  何だって言い訳は無理だろう。何も言う気なんて微塵も無い。ただあなたの唯一の遺産、少女をこれからどう育てようか。あなたのような、涙を解ってあげられる人になって欲しい。  それでも、いつか少女もいつかは涙を流すことになるのか。解るだけじゃ、人生は終わらせてくれないのか。  「今日から僕は君の父親だ」  そう言い張って、今から少女は娘になった。  呆然とする娘に意を決してすっかり重くなった口を思いっ切り開いた。  「おかあさんは死んだ。ごめんね。ごめんね」  枯れたはずの涙がまたボロボロと流れ落ちる。もう娘の顔すらまともには見れなかった。段々とぐちゃぐちゃになっていく僕の顔を見て、娘は目尻から少し涙が落ちた。  もう一度だけあなたに会える時が来たら、僕たちの子は元気に、笑ってた。と伝えることにしよう。それは果たして何十年後になるかな。でも、それを伝える時は娘は泣いているかもしれないな。それだと少し嬉しい。ならあなたも少しは嬉しい思いをしてくれてるかな。  この子はあなたに似て綺麗な顔をしている。泣いてもぐちゃぐちゃな顔にならないなんて、羨ましい。  青空は今日も綺麗だ。  明日の、そのまた明日、そのまた明日には僕もこの子も笑えてるはずだ。鮮やかで、煌めくような嬉しさと、悲しさ。  何が何だか分からなくなってきて、膝から崩れ落ちた。  僕とこの子を、いずれあなたは優しく抱きしめてくれるだろう。でも今だけは僕に任せて欲しかった。  あなたが残したこの子をせめて大切にさせて欲しかった。あなたが火の向こう側でも笑ってくれるように。  落ちた涙は、僅かな輝きと煌めきに染まっていた。

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