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28 件の小説
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夏の妖精

夏の朝。縁側から差し込む日光で目が覚めた。昨日畳で寝てしまった俺の体はどこもかしこも痛む。ずっと出しっぱなしの中学の制服。その横に掛けてあった半袖の制服を着て、ネクタイを締めて、適当にパンを口に突っ込みながら寝癖を治していると、勝手口の方から声がした。 『おーい、また寝坊ー?』 「ちげぇし、」 『何でもいいから早く行こー!』 この声を聞くとあぁ、もう夏も終わるのかなんて思う。 玄関から出ると、いつの間にか回り込んでいたこいつがやけに嬉しそうにニコニコ笑いながらその小さな身体を揺らす。 風に靡いた綺麗な茶髪がキラキラと輝いて見えた。 「で、今日はどこ行くよ?」 『もーやっぱサボる気満々なんじゃん』 そういうこいつも遠慮なく薄っぺらいスクールバッグを俺の自転車のカゴに入れている。ほんとに図々しいやつ。 「とりあえずアイスだろ?」 『ほんとお前最高っ!』 調子のいいことを言って荷台に乗っかったのを確認したら俺も自転車を漕ぎ出した。こいつが乗りやすいようにと何年も前に荷台に付けた木の板はもうささくれがでている。中学の頃から数センチしか伸びなかった俺の身長とそれからずっと同じ身長のこいつは、ほとんど変わらないはずのに、荷台にかかるこいつの体重だけは軽くて腹が立った。いつもこいつが歌う鼻歌を今日は俺の方が先に歌ってて。『その歌!俺が好きな歌!もう覚えたの?』なんて言われたけど、当たり前だろ、何回聞かされてると思ってんだ。 一番近くのコンビニについてすぐ、早足でアイスコーナーに吸い寄せられるこいつに置いてかれないようついていく。 『ねぇねぇ。イチゴとソーダどっちがいいかな?』 「そんなんどっちでもいいだろ、」 『そんな事言わないでさー俺、結構真剣に悩んでるんだよ?』 『もー分かったから、』 悩むこいつの手からイチゴもソーダも取ってレジに向かう。 『ちょっと待って!俺も自分で払うから!』 「いいって」 『いや、でも!』 「はい、ほんでどっちから食べんの?食べない方、一口やるから、」 『ほんとに!さすがイケメン!』 嬉しそうにイチゴを手に取って食べだすその笑顔は幼い頃からずっと変わらない。 『ほんと、今年も暑いねー!』 こんな時期に長袖のシャツ着てるからだろ、とは思ったけど仕方ないよな学校指定のシャツは長袖しか無かったんだし。 足を揺らして、幸せを体現するようなその仕草に言葉にはできない想いが溢れ出しそう。アイスが溶けないようにと必死にアイスに向かうその横顔が太陽の光を照らして反射する。何度見たってこいつの笑顔が眩しいのは俺のせいか。 「で、次はどこ行く?」 『んー久しぶりにいつものとこ行っちゃう?』 あぁもうこの時が来たか。でも、楽しそうに笑うこいつを見たらまだここに居ようなんて言えない。 コンビニの袋をカゴに投げて、また自転車を漕ぎ出した。 自転車で五分ほど行ったところにある人気の少ない川は幼い頃から二人で遊んだ秘密の場所。ここに来るのも一年ぶりになる。 『わぁ帰ってきたー!』 「そんなに走るなって!」 川に架かる橋に自転車を止めて、カゴからコンビニの袋を手に取り、雑草をかき分けて川に近づく。橋の下には何年経っても変わらない木製のベンチがあって、綺麗な花からもう枯れてしまった花までたくさんの花が咲いている。 ベンチに座ったこいつの右側に座るのもいつも通り。 『今年も夏が来たね、』 「当たり前だろ」 『そうだね、当たり前だね、』 『ねぇ、ちょっと川入ってきてもいい?』 「おい、もう行くのかよ」 『大丈夫だって、ちょっと涼みたいだけだから、』 毎年そう言うこいつを俺は毎年止められない。 水面から出た岩を伝ってどんどん遠くへ向かっていく。 「なあ、あんまり遠くに行くなって」 『大丈夫だよ、俺、ずっとそばに居るから。』 行って欲しくない。と思うのはいつも通りで、それをどうしようもできないのもいつも通り。 川の中間付近からこちらを見て手を振るあいつは、未だに中学の制服のまま。 『ねぇ!今年も遊んでくれてありがとう!』 『でも俺、そろそろ帰らなきゃ!』 そうだよな。心配性なお前の母さんが家で待ってるよ。 「おう、気をつけて帰れよ!また来年も遊んでやるから!」 『ありがとう、また来年!』 そう言った次の瞬間にはもうあいつは消えていなくなる。 涼しい川辺に蝉の声だけがうるさく響いていた。 四年前の夏。俺の幼馴染は死んだ。 学校からの帰り道、この川のすぐ側を通る時に『ちょっと涼みたいだけだから、』と言ったお前を置いて、俺は先に帰ってしまった。あの時、ゲームがしたいからと先に帰らなければ、お前は今も。思えばあの日が初めて一人で帰る帰り道だった。 家で夕飯を食べている時だった。お前が死んだと電話がかかってきたのは。川辺の中央、岩の隙間には綺麗な花が咲いていたらしい。 立ち上がったベンチを振り返って、持っていた花束を沢山の花の上に供える。満開に咲く花たちはあいつがどれだけ愛されていたかを物語っていた。 俺が持ってきた花はジニア。 『ねぇ、知ってる?』 『ジニアって、どれだけ夏が暑くてもずっと綺麗に咲き続けるんだよ、』 帰り道によく寄った公園で、花壇を見つけてそう話すお前の笑顔が本当に綺麗で。夏に妖精がいるならこんな笑顔をしてるのかなんて思った気がする。何も知らない俺に初めてを教えてくれたのはいつだってお前だった。 この花がさ、ずっと咲き続けるんなら俺の気持ちも同じだ。どんな暑い夏が来たってきっとお前のことを忘れることは無い。 狡いよ、神様。こんな夏の終わりの日にだけあいつを置いていって。返してくれよ、俺の夏の妖精を。 手に持ったコンビニの袋にはドロドロに溶けたイチゴ味のアイス。いつも悩むけどどうせイチゴを選ぶんだよな。 俺らの家の間の一つだけ抜いた柵も、出しっぱなしのあの頃の制服も、俺の自転車の荷台に付けた木の板も、お前が選ぶイチゴ味のアイスも、この暑さも、俺の想いだって。何一つ変わらないのに。お前がいた証だけ残ってて、お前だけいない。あんなに近くにいたのに、今は苦しくなるほど遥か遠い。そんなのどう考えたって狡いだろ。 それでもきっと来年もお前は帰ってくる。だから、 イチゴのアイスもベンチに供えて、ジニアの花束から一輪取り出す。あいつが歩いていった岩の上を渡って川の中間に辿り着いた。そのまま花を水面に浮かべる。川下へ流れていくジニアを見ながら『またね、』とあいつの声が聞こえて、あの花が咲いたみたいな笑顔を思い出した。 「また来年も遊ぼうな。」 ジニアの花言葉は、、、 暑い夏の終わりの日。夏の神様に連れ去られた幼馴染に教えられて、不器用な俺はまた一つ愛を知る。

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夏の妖精

さよなら、歌姫。

6限まであった大学の講義終わり、コンビニのバイトで遅くまで働いて、足をふらつかせながらアパートに帰る。 人生、今までなにもいいことはなかった。ただあまりにも平凡すぎる日々の中で、朝の満員電車に酔ったり、ただつまらない授業を聞いたり、バイトで客に怒鳴られたり。何もない日々の中のあとどれくらいの苦労を重ねればこの人生は終わるんだろうか。疲れた日にはこんな暗いことばかり考えてしまう。 帰り道の月は今の心情に反して欠けることのない円が眩しすぎるほど輝いていた。 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ベランダに出る。ため息を吐いても何も変わらなくて、ただこの丸いだけの光を眺めていた。 ボロい見た目のワンフロアに2部屋しかないこのアパートで隣の部屋から声が聞こえる。それはギターの音に乗せられた綺麗な歌声で。そういえば隣に誰が住んでいるかなんて考えたことがなかった。でもその声は酷いほど心に突き刺さって、心を掴んで離さない。 「歌姫、」 どこかの童話でしか聞いたことのないこの言葉もこの声の主にはぴったりに思えて。結局その声が聞こえなくなるまでベランダから動けずにいた。 次の日から、毎日バイトを終えると急いで帰って、ビールを用意して歌姫を待つ。綺麗な円だった月がどれだけ欠けていってその光を失っても歌姫のこの声があるだけで十分だった。きっとこの声が聞こえる限り、もうどんなことがあったって生きていけると思う。それほどに心酔しきった歌姫の声はもうこの心から離れることはない。 バイトで品出しをしている途中、昨日の夜歌姫が歌っていた曲を口ずさんでいることに気がついてにやけてしまった。顔を見たこともないような相手にここまで惚れ込むというのはバカみたいだけど、それでもあの声は真っ暗な夜のようなこの人生に月より輝く光を灯してくれたから。 品出しを終えて、客のこない店内を見渡しながらレジで待つ。あと30分もすれば仕事帰りのサラリーマンやバイト帰りか疲れた表情の学生やらで店は混雑するだろう。今日の夜のことを考えて、あと一息頑張ろうと顔を上げた時、ドアの外には身体より大きなギターを背負った学生風の美人となにか怒ったように美人に話しかけるスーツを着た女性がいた。女性が何度話しかけてもその美人は振り向かず、何かを決意したような表情で俯いている。あまり見ていると、顔を上げた美人と目が合ってしまったので、気まづくて急いで目を逸らした。 その日の夜、今日もベランダに出て歌姫を待つ。今日の夜空にはあともう一欠片で満ちるであろう大きな月が浮かんでいた。歌姫の声が聞こえてくる。いつもと同じ透き通る美しい歌声。切ない歌詞もその声にのせられて夜空へと響き渡る。いつも通り2、3曲聞いてギターの音が止まったら、今日ももう寝ようと思って部屋を振り返る。ドアを開けて中に入ろうとした時。 『あの、』 もうすっかり聞き慣れてしまったその声に引き留められる。 「えっ、」 『いつも聞いてくれてますよね。』 振り返って見えたその顔は月の光に照らされてあまり見えなかったけど、嫌そうな顔はしていないことが分かって安心する。 「あっ、はい。あまりにも綺麗で、あっ、迷惑でしたよね、すみません。」 『迷惑ではなかったですよ。いつも聞いてくれる人がいたから、歌いがいがあったし。』 「それなら、よかった。」 初めて歌声以外の歌姫の声を聞いていると思うと、声が震える。綺麗な歌姫にこんな汚い声を聞かせたくない。それでも夢のようなこの時間に酒の力も加わって頭がクラクラしてくる。 『明日ね、ラストライブなんです。』 「えっ、」 『もう歌えなくなるの、だからもう明日で最後。』 そう言い切った歌姫は、もう意志を固く決めているようで。 『ねぇ、明日のライブ来てくれない?』 「そんなの、いいんですか?」 『うん、あなたに来て欲しい。』 そう言われてしまえば、もう断る理由なんてなかった。 『待ってるから、』 翌日、ライブまでの時間をバイトで潰す。レジで待っていると昨日の美人が今日もギターを背負って店に来ていた。水を1本持ってこっちに来る。 「いらっしゃいませ、」 いつも通りの接客をして、その水にシールを貼る。お釣りを手渡した時、 『じゃあ、待ってるからね、ラストライブ』 そう言って微笑んでチケットを置いていったその声は昨日の夜初めて話した歌姫のものだった。 指定された時間にチケットを握りしめてライブ会場へ行く。クラブハウスのような小さな会場だが、そこには溢れんばかりの客が集まっていて、初めて見るけど歌姫の人気が伺える。なんとか人の流れに巻き込まれながら入った後は流されるままに会場の真ん中辺り、左端に行き着いた。周りのファン達は今か今かと歌姫の登場を待っている。その興奮には今日が最後だと悲しむ様子は見えなくて。歌姫はまだ伝えていなのだろうか。 しばらくして、流れていた音が大きくなって、歌姫の登場を知らせる。ステージを見上げた先に捉えたあなたを見て確信した。昨日の夜、ベランダで『もう歌えなくなる』と言ったあなたのその力強い声。誰にもその意志を変えさせるつもりのないその力強さで。あぁ、歌姫はまだ伝えていないんじゃない、今日が最後だと隠し通して、誰にも気づかれることがないように消えるつもりなんだ。プログラムに書かれた曲は4曲。1曲1曲歌っていく度に、会場のボルテージは上がっていく。ついに、最後の曲。 なぁ、歌姫。最後の曲だ。本当にその声が大好きだ。ギターを弾く動きと共に揺れるその髪も、マイクを掴むその爪も、僕を見つめて離さないその瞳も全部。 でもね、歌姫。その声を愛してる。今夜も凄く綺麗だね。 最後を歌いきってしまう。それが終わればどうしよう。きっと会場にはアンコールの声が響き渡る。 最後なんて言わないで、歌姫。でもきっとあなたのことだからアンコールなんかないんだろう。 未だステージの上で輝く歌姫を見つめる。 最後の4小節。あなたの歌声が響く。たくさんの人の心が動く。この心も動かされる。 でもね、歌姫。きっとあなたの心は動かないんだろう。 見事に歌いきった歌姫はたくさんの歓声に包まれてステージ袖へはけてしまう。最後までそれを見送った。 結局、アンコールはなくて。不満そうな顔のファンを押しのけて、急いで会場を出る。電車に乗って最寄り駅で降りて、コンビニでいつも飲む缶ビールをカゴに入れる。 走ってアパートにたどり着くと、2階のフロアの電気が付いて、歌姫が出てくるのが分かる。キャリーケースを持った歌姫。こんな日に完成してしまった満月が俯く歌姫を照らす。 あぁ、最後まで気づけなかった。あなたが曲の途中で声を詰まらせていたことも、月の光に照らされて泣いていたことも。気づけていたら。 さよなら、歌姫。歌うあなたが好きだった。

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さよなら、歌姫。

夏を教えて

春の風が吹き込む三階の教室。一番後ろの一つだけ列からはみ出した席を見つけた僕はその一つ前の机に腰掛け、机の上の花束と卒業生の花飾りを見つめる。少し開いた近くの窓からは今日で卒業する三年生の声と雲ひとつない青空が見えた。 そう言えば先輩と初めて会った日もこんな青空だった。 一年前の夏、僕は鍵の壊れた屋上に入り、フェンスに手をかけていた。どこまでも続く鮮やかな空の青とうるさいほどに響く蝉の声は僕の五感に突き刺さる。もうこんな吸い込まれそうな夏の日も二度と訪れないと思っていたのに、 『そこの君、何してんの?』 そこに居たのは一つ上の三年の先輩だった。こんな僕でも知っているくらい有名な人。生徒会に所属し、クラスではもちろん学級委員長。なんかの部活でキャプテンを務め、県大会一位にまで連れていった人らしい。そのどれもが全校集会で知ったことで、僕からすれば先輩はステージの上の人だった。言わずと知れた人気者。そんな人がどうして、 『もしかして飛び降りようとかじゃないよね?』 その言葉に上手く頷けない。 『それならやめた方がいい、この下なら高さが足りないから苦しみながら死ぬことになるって』 誰かから聞いた話なんだけど、と笑うその先輩の輝きはこの廃れた屋上と僕にあまりにも不釣り合いだった。 それから何度もこの屋上に来ては、先輩が現れる日々。いつしかもう死ぬのなんて諦めて先輩が来ることを期待して待っている自分がいた。何を話していたか覚えていられないほどどうでもいいことをずっと、先輩と二人だけの空間で、秋も冬も、 そのうち春が来て卒業の季節が近づいた。僕の隣で微笑む先輩へのこの想いには気づかないフリをして、迎えた卒業式の日。 先輩の席を見つめる僕を嘲笑うかのような春の風。 ここに先輩は来ない。 あの夏の日、先輩は僕より先に屋上に来て誰から止められる事もなく死んでいた。先輩の輝きに見惚れて気づけなかった運動部の叫び声と救急車のサイレン。ろくに教室にも行かず、全校集会にも出ていない僕には知らされなかったこの真実。あの日と同じ眩しすぎる青空と卒業生たちの声が僕の五感に突き刺さってくる。 今年、先輩の教えてくれた夏がまた来る。この青空と共に、 「ねぇ、先輩。夏を教えて、」

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夏を教えて

夜を超えて

ビルの隙間から吹き抜けていく風が髪をなびかせる。深夜2時。 「ねぇ、ほんとに良かったの?」 『何が?』 「こんな夜遅くに呼び出しちゃって、」 『夜遅くに外出ちゃ行けないような年齢でもないでしょ、俺ら』 そう言いながらバイクのミラー越しに私を見る。 「そうだけど、」 たまに、たまに眠れない夜が来る。そんな時は大抵、具体的でない、抽象的な、形を持たない“なにか”が私を襲う。“なにか”が怖くて、眠れなくて、私は夜から逃げたかった。 『俺に連絡くれたんでしょ?』 そんな夜から救い出してくれた感謝も伝えられず、ただ彼の腰周りの服をぎゅっと握る。 『俺もだから、』 「えっ?」 『俺も眠れなかったから、』 都会の灯りは、この夜がまだ終わらないことを告げるように光り続ける。 『だからさ、』 “今日はどこまで行こうか”

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夜を超えて

ヘビーローテーション

※以前投稿した『プリーズアスクミー』の世界線です。 前作、『エンドレスリピート』と一緒にお読みください。 あの日、あの卒業式の日に君と話したことを今でも思い出す。 季節は夏に変わり、あの日からもう四年も経った。卒業を意識しだしたこの時期は結局四年間忘れることの出来なかった君のことも思い出させる。 君の言葉を待っていたあの頃と、君の行動を待つ今。私は何か変わったのだろうか。 『好き』 その言葉に安心して、結局関係が変わることのなかったこの四年。一度も連絡をとっていない君の写真が手元にある。こんな我儘な私を君は覚えていてくれているんだろうか。 着信音が鳴る。心臓の音が聞こえる。なんの根拠もないただの勝手な希望を抱いて、この場所で待っていた。 「もしもし、」 聞こえた荒い呼吸と背後の気配に息が詰まる。 「ごめん、」 「何が?」 分かっているけど、今日もあえてしらけてみる。 「ずっと待たせた」 「うん」 夏特有の儚さに切ない感情が込み上げる。この夏もこの恋もいつか儚く終わってしまうのだろうか。それでも、 「好きだよ、俺とずっと一緒にいて」 その言葉に振り向いて君の優しい笑顔が私に向く。 ねぇ、聞いて?

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ヘビーローテーション

エンドレスリピート

※以前投稿した、『リピートアフターミー』の世界線です。 続編、『ヘビーローテーション』と一緒にお読みください。 あの日、あの卒業式の日にあいつと話したことを今でも思い出す。 季節は夏に変わり、あの日からもう四年も経った。卒業を意識しだしたこの時期は結局四年間忘れることの出来なかったあいつのことも思い出させる。 言葉にしようとしなかったあの頃と、行動しようとしない今。俺は何か変わったのだろうか。 『好き』 その言葉に安心して、結局関係が変わることのなかったこの四年。一度も連絡をとっていないあいつの番号が手元にある。こんな無責任な俺をあいつは覚えていてくれているんだろうか。 呼出音が鳴る。それと同時に走り出す。なんの根拠もないただの勝手な希望を抱いて、ただあの場所へと一直線に向かう。 「もしもし、」 聞こえた声と見えた姿に息が詰まる。 「ごめん、」 「何が?」 分かっているはずなのにしらけたことを言う君はあの頃と何も変わらない。 「ずっと待たせた」 「うん」 夏特有の儚さに切ない感情が込み上げる。この夏もこの恋もいつか儚く終わってしまうのだろうか。それでも、 「好きだよ、俺とずっと一緒にいて」 その言葉に振り向いたあいつの優しい瞳が俺に向く。 ねぇ、答えて?

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エンドレスリピート

線香花火

ふわふわとした風が顔を掠める感覚に目を覚ます。辺りを見渡そうとしても濃い霧がかかっていて何も見えない。気が付けば海辺の流木の上に座っていて、隣に誰かがいる。ふと顔を上げるとあなたがいて、それが分かるのに何故かその顔だけは霧に隠れて見えない。 「ーーさんどうして?」 自分の言葉なのに肝心の名前が聞き取れない。 『久しぶりに花火でもしない?』 そう言って手を取られて、二人で誰もいない海辺をかける。いつの間にか薄くなっていた霧もまだあなたの顔だけは隠している。 しばらくすると赤い提灯で囲まれた古い神社が見えてきて、記憶は無いのになんだか懐かしい気持ちになる。周りに屋台はなく、すれ違う人々は皆、仮面をつけている。その不思議な雰囲気に怖くなってあなたの手を強く握る。 『大丈夫。』 そう言って顔の見えないあなたは微笑んだ。 また気がつけば私たちは甚平と浴衣を着ていて、手には花火を持っている。周りには誰もいない。時間を忘れて次から次に花火を楽しんだ。最後の2本、線香花火を2人で持って「どっちが長く続くかな?」なんて笑いあう。線香花火の先が真っ赤に膨れていく。パチパチとまわりに散る火花に目を奪われて呼吸が止まる。顔を上げると目が合った。その瞬間、初めてあなたの顔が見えて体が震えた。それと同時に私の線香花火が落ちて、地面でジリジリと音を立てながらその赤が黒に変わっていく。 「待って、」 その言葉に『またね。』と微笑んだあなたを見て記憶が途切れた。 線香の香りで目が覚める。視界には夏の空とベランダから入る風で揺れるカーテン。手に当たるのは和室の畳だ。重たい体で起き上がって、急に思い出して部屋の隅のあなたを見遣る。線香の前に置かれたあなたの遺影は私の記憶の最後の笑顔と同じだった。 「おばあちゃーん!」可愛い孫の声が聞こえて我に返る。 何年経っても忘れられないあなたと何度も繰り返すあの夏の思い出を静かに抱きしめた。

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線香花火

星に願いを。

スマホに映ったあなたの番号を見る。 電話をかける勇気はない。 スマホを握りしめて立ち上がる。 窓辺に近づいて空を見上げると綺麗な星が見えた。 あなたもこの星を見ているのだろうか。 もう寝てしまっているだろうか。 夜空に輝く星に願いを込めた。 あなたが良い夢を見られますように。 あわよくば僕の夢を見てくれますように。

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星に願いを。

雨と青空

17時、なんとか仕事を定時で終わらせて会社から出る。今日はあいつも仕事が休みだから、早く帰って二人でゆっくりドライブでもして海に行こうと話していたのに。なのに今、俺の頭にはぽつぽつと雨が降っている。学生の時から慣れてはいるが、俺は雨男だ。俺が楽しみにしている予定がある日は大抵大雨。あぁ結局今日のドライブも中止だななんてあいつに申し訳なく思いながらカバンを雨避けにして帰ろうと思っていた。 なのにその瞬間、目に映ったのはガードレールの前で傘を持つお前。お前がこっちに気がついて手を振る。 「もう!今日雨が降るって天気予報で見なかったの!?」 いつもよりラフな格好で俺に傘を差し出すお前の笑顔は太陽よりも輝いている。 「こんなんじゃドライブは中止だねー」 残念なはずなのに俺もお前もなんだか楽しそうで。それはきっとこの雨のおかげで近づけたから。 「コンビニでも寄っていく?」 そう尋ねるお前はきっとチョコアイスを買う気満々だ。 「あれ、晴れてきた!」 そう言って傘を畳む。そういえばこいつは学生の時から晴れを呼んでいたな。いつもは嬉しいはずの晴れが今日はなんだかものすごく寂しい。その理由は俺でも分かっているから、傘を閉じたその手を掴む。素直に「手を繋ごう」なんて言えない俺なのに、お前はまた太陽みたいに笑ってて、さっきよりも嬉しそうに見えた。 雨が止んで青空が見える。虹がみたい、なんて思わないから。 ただ、この手が離れませんように。

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雨と青空

また夏が来る

波の音が大袈裟に聞こえる。 初夏にしては暑すぎるこの時期。 羽織っていた上着もサンダルも脱ぎ捨てて、海に足をつける。 1年ぶりの海を楽しむ私をあなたはまた遠くから見ている。 「ーーくんも来なよ!」 『俺、もう行かなきゃだから』 そう言って、私に微笑んでそのまま歩き出してしまう。 分かってる、お別れの時が来ることを。 でもまた来年、あなたがここに来てくれるかは分からないから。 急いで追いかけてそのまま後ろから抱きしめた。 私の両手は宙を切る。 それでもあなたに伝えたくて。 「待ってるから」 あなたが最後に振り返り、またその笑顔を見せて私の頭に手を置こうとする。 波の音が大きく聞こえて、現実に引き戻されるようで。 そこにはただ誰もいない早朝の砂浜に1人きりの私がいた。 あなたがいなくなって、春が終わって、そしたらまた、 夏が来る。

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また夏が来る