テディベア

10 件の小説
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テディベア

詩を長年書いてます。詩では銀色夏生さん。小説では江國香織さんが好きです。あまり固苦しくなく、気軽に読めるものが好きです。

宝物

愛の言葉を聞くたびにどうしてふたりのことを思い出してしまうのだろう。 地下室に眠った埃まみれの宝箱を私はじっと見つめていた。 冷たい湿った空気と共に押し込められた思い出は語りかけてくる。 いつも希望と絶望という明かりを灯して。 午後。玄関のチャイムが鳴った。 彰だ。ランチを食べる約束をしていた時間だ。 しばらく、私の頭の中はリセットする。 その間、きちんと思い出たちはお利口に整列して微笑んでいるというのに。 彰はバゲットを買って来ていた。 最近、通りの隅にできたばかりのベーカリー屋だ。 私は幼少期、母親が病弱だったため自慢じゃないが料理には自信がある。彰に手伝ってもらいながら私はサンドウィッチに入れるトマトを切った。 ふいに思い出は現れる。 どうして記憶という化け物はいつまでもいい思い出ばかりを残してしまうのか。 情熱的で優しさの詰まった彰と冷静でリアルを大切にして人情味ある優二。 ふたりをどうして無意識に比べてしまっているのだろう? 「何考えてるの?」「何も」ふざけた笑顔で振り返る私に怪訝顔な彰。そんな彰のことが私は好きだ。クシャクシャにして笑う顔。ちょっと風変わりなアイデアを持っているところ。優しく心にキスしてくれるところ。 もっと夢中にさせて困らせたい。 いつもの悪い病気がでてしまう。  半ば後ろめたい気持ちを抱えたまま私はパンにバターを塗った。 何回も言うが私は彰が好きだ。 好きなものにはカギをかけて閉じ込めていたい。 大人になれない私は愛情の詰まった感情を埃まみれの宝箱にまたそっと忍ばせるのだった。 (お題)地下室

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地下室の魔術師

ひんやりと冷たい階段を下りる。 そこには満ち足りた、また、芳醇な世界が広がっている。 窓のない静けさの中で私は目を凝らす。 手探りで電灯のスイッチを探し当て、貞節を守っているそれを私は愛おしく思う。 上品で行儀よく、そして、情熱的で人の人生を狂わす。 夜。それは時々時空を越えて現れる。 部屋の隅っこから過去も現在も未来も自由自在に。 私はそれから空を飛ぶ。 宙を浮く自分の体を感じながら。 恋人も昔の記憶も全部忘れて。揺れる。 制御不可能な脳も体も遠くへ消える。 私はそれを楽しむ。限界すれすれになるまで。 この無表情で冷たい地下空間で酔いしれる。 (地下室にあるワインとの物語)

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空き缶

彼女は決定的に欠落している。 人並みという言葉が適していない。 特別に何が特化しているわけという事ではないのだが。捨てられた空き缶のように。 緑には恋人もいるし友達もいる。 なのに何故だろう。いつも孤独感が付きまとう。 ある日の夕方、いつものようにふらっと恋人は現れる。年代もののワインを持って。 「お待たせ」恋人は言う。「退屈だったわ」。 緑は恋人の首に腕を回してキスをする。 ワインを飲んでふたりでじっくり愛し合う。 愛している。なのにどうしていつもメインディッシュを食べた後のように充実感がないのだ。 お腹いっぱいになってくると次がまた食べたくなる。賞味期限が切れないうちに。 眠っている恋人を愛おしく思いながら、冷蔵庫の灯りを頼りに緑は空になった缶詰をゴミ箱に捨てた。

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ギフト

風の強い夜だった。雫は窓を打つ風の音に耳を傾けた。 まるでそれは夜の魔物が荒れ狂う様に似ている。 その魔物が暴れて襲われないうちに雫は悠一の肩にそっともたれかかる。 幼子を慰めるように悠一は雫の透き通る髪に、頬に、唇にキスをした。 雫は悠一の熱を帯びた夜明けを感じさせる唇が好きだ。 この世界に生まれて初めて産ぶ声をあげるセックスに似ている。 悠一に会ったのは奇跡的だと思うからだ。これはデジャヴ。いや、神様からのギフトだと。

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真夏の夢

太陽はいつもよりジリジリと光を発している。 恵は幼馴染の宗一郎と帰る約束をしていた。 校庭の屋根の下でベンチがある場所がいつもの待ち合わせ場所だ。 15才の私たちには付き合うとも付き合わないともどちらからもいい出さず自然の成り行きでいつも一緒に帰っていた。 そんな宗一郎が珍しく誘ってきた。 「今日は今から暇?」別に予定のない恵は「いいけど」と言うと近くに置いてある自転車に乗った。夏の風も手伝って15才のいわゆる男の香りがした。 閑静な住宅街を抜けると宗一郎の自宅に着いた。「あがって」宗一郎は続けざまに「何か飲む?」と言ってきた。「コークハイ」恵は気軽な気持ちで言った。 カーテンが揺れていて生温い風が同時に入ってきた。辺りはシンとしている。 宗一郎はなかなか帰って来なかった。 恵は不審に思うと宗一郎が帰ってきた。 飲みものもそこそこに宗一郎は恵を抱きしめた。突然の出来事に恵は息を飲んだ。 白いワンピースのジッパーを外されて恵はキャミソール一枚になった。 宗一郎の指が恵の肩を抱き、キャミソールの紐を中指で落とした。 真夏のせいではなく、体が熱い。 初めての出来事に恵は成せるがままにされていた。 天井の白い模様がまるで初めての経験を笑っているかのように思えた。 これは夢なんだ。失っていく記憶が遠のいて薄らいでいくのを恵は感じていた。  

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アゲハ

揺れる彩りの花はロマン 雫下垂れて舞い降りる 朝露の消えない街で 街灯は儚しく灯る 些細な日常の片隅で ひとはいつしか愛を知る 失ってまた拾われて 見失ったものに出会う この広い世界の中で 何千万の愛し方で たったひとつの愛と向き合い 私は紺青の蝶となり あなたの元へと飛ぶでしょう

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アカルイミライ

背中合わせの未来をいつも感じてる。 最高の幸せを充電してるあなたへの想い。 100%でないと満たされないから。 知らず知らずのうちにあなたへと堕ちていく。 響いているのは私の鼓動。 生まれたての恋のように、まだ産ぶ声をあげ たばかり。

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キッチン

空気は凛としていて澄んでいる。 窓を開けると斜めごしに朝日が差し込んできた。「コーヒー飲む?」春美は隆に尋ねた。 「うん」と隆は短く答えた。 引き立ての豆の香ばしい匂いがとても心地よい。とりわけ何が足りないというわけではないが、この部屋には会話がない。 ペットボトルに水滴が残ったようにポツリポツリとだ。 春美はとても料理が上手い。隆も他人には言えないが春美は自慢の妻だ。 言葉数は少ないまでも今どきにない古風なところが好きだ。 春美は時々考える。隆は私のどこが好きで結婚したのだろう? 林檎を剥きながらふと手を止めた。 辺りを見回すと引き出しにはペティナイフ。チェストの上には昨日友人から貰った花束の飾られた花瓶。 こんな物で殺せるはずないのに。隆を永遠に自分のものにできるのなら。 そんな欲望が湧き上がってくる衝動を押さえながらニッコリと微笑んで剥いた林檎を隆に渡すのだった。 部屋には冷蔵庫のコンプレッサーの音が鈍く響いていた。

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たい焼き

美和はいつも思うのである。回転焼きとたい焼きの違いについて。餡にチョコ。カスタードにキャラメル。ただ違いと言えば外見だ。 人間もたい焼きみたいだったらいいのに。 どんな男も中身が違うのに、たい焼きはズルい。ある男はしっかりとした頭脳明晰派。 ある男は女に纏わりつくチャラ男。 美和はいつもたい焼きを買う時に尻尾をよく見て選ぶのだ。男も美和好みのタイプに合ったものを選びたい。そう思ってたい焼きにほうばりついた。

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キャンドル

その人は朴訥としていた。手はすらっと長く美しい。おそらく小学生の頃は秀才だったに違いない。眼鏡を鼻にかけるその手に嫉妬してしまう程だった。すれ違いざま挨拶をすると殆んどの医者は返さないのに。 彼は律儀に「おはようございます」と返すのだった。ネームプレートが揺れて名前がよく見えない。 しかし、私は今日から彼のことを朴訥くんと呼ぶことに決めた。だが、私に宿った恋の炎も長くは持たなかった。彼の美しく長い左の薬指には指輪があった。私のときめいた心の炎は一瞬にして消え去った。

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