Zeruel
33 件の小説#15
茂みを掻き分け闇の濃くなる森を進む。 この森は帝国と共和国国境の付近の帝国側に位置し、名をグレイ大森林という。大森林の名に恥じぬ巨大さでその広さは帝都が丸々三つほど入るほどだ。奥へ進めば進むほどそこは人智の及ばぬ秘境が広がっている。アルトが滞在していたサライズ村はその外縁に位置する大森林に近い村だった。おおかた魔獣や獣の群れに淘汰されたのだろう。 数分ほど歩くと水場へと出た。湖というには小さく池というには大きい場所だ。昼間にはこのような水場には多くの獣が集まるが、夜の暗闇を嫌うのは人と同じらしい。時折吹く風が木々の葉擦れの音を届けるだけだった。 アルトはマジックポーチから水筒を出し、あるだけ水を汲んでその水場を後にした。 「ん…。」 明けの宵星が目を開けると目に入った。森の木々の上に覗く空は淡い赤に染まっている。やがて太陽が顔をのぞかせるだろう。 寝床にしていた廃墟から起き上がり、アルトはこれから進む先を眺めた。見渡す限り木どころか雑草の緑すら見えない荒れた大地が広がっている。食料調達に3日を要したのはこのためだった。 共和国と帝国の国境、その共和国側にはこちらも大森林ほどに広大な、荒野が広がる。その荒野の名前を共和国に足を踏み入れたことのないアルトはまだ知らない。 マジックポーチに寝袋をしまい寝床の跡を消す。焚き火はしていないからこれだけで追跡は困難になるはずだ。 「さて。行くか」 アルトは目の前に広がる荒野へと一歩、足を踏み出した。 危機はいつも唐突に訪れるものだ。これはゴスペルを持つアルトが一番よく知っている。 最初はただの遠い地響きから始まった。それがやがてこちら側へと近づいてくるのを察知しアルトは剣を抜いた。と同時に轟音と共に足がなくなった芋虫のような魔獣が姿を現す。芋虫といってもその大きさはそんなに可愛いものではない。ゆうに見える部分でも10mは超えるその巨躯はしかし、その先が地中に隠れているため全貌を把握することができない。だが相当に大きいのは確かだ。 アルトはその芋虫をゾイルワームと呼ぶことにした。 ゾイルワームは頭と思しき先端についている口を大きく広げアルトと相対した。その口にはフグのような鋭く巨大なドス黒い牙が一対ついており、それが開いた様は並の人間では腰を抜かすほどの恐ろしさをひけらかしている。 刹那、ゾイルワームが動いた。口を大きく広げたままアルトめがけての突進。直線的な攻撃であるが故にアルトには簡単に躱されてしまう。 標的から外れたその曲は土と岩を噛み砕き押しのけながら地中へと進む。 その時にやっと尾を見ることができた。ゆうに30mは超えている。 「大きいどころの騒ぎじゃないな…」 アルトが剣を構え直した、その時。真下に轟音。 刹那アルトは跳躍した。元いた地面が盛り上がったかと思うと大きな口が現れ、その勢いのままその巨躯は天をつくように屹立した。 相手は地面に潜る。頭と思しき場所から下は硬い鱗のようなもので覆われている。これで荒野の硬い大地を削り取っているのだろう。柔らかい頭を叩くには地面から出てきて自分の位置を把握するその一瞬の隙を見て斬り込まなければならない。そう判断したアルトはそこへと踏み込んだ。 「次出てくるのは・・・あそこかッ!」 刹那地面が隆起する。 そしてそれとほぼ同時に、背後に黒い影が落ちる。アルトが振り向いた瞬間、ゾイルワームの尾がアルトめがけ振り下ろされた。
#14
「そろそろここを動かないとな」 アルトがサライズ村に留まり3日ほどすでに経過していた。主な目的は狩猟による食料の備蓄と聖杯−ゴスペルの実験のためだった。 ゴスペルは村でのドラグニルとの戦闘以降力を発揮することはなかったが、鈍い紅色を放つ魔石はガードの中央でいまだにぼんやりとした光を放っている。 この5年である程度の戦闘経験を獣を相手に積んできたおかげで立ち回りと剣筋は成長したが、あの時のような、考えるまでもなく身体が動くような感覚はなかった。例の鍛冶屋でさえもこれには首を捻っていたのだ。これは伝承にはないことなのだろう。 アルトが目指すのはスパルジア帝国の滅亡。 しかし力がなければそれはなし得ない。であるから、他国へと渡り剣技と知識を身につけるつもりだった。当面の目的は、隣国『ユーグラシア共和国』を目指すつもりだ。帝国の帝王が君臨する政治とは違い、共和国の名の通り国民による政治が行われているという。アルトは足を踏み入れたことがないが故にその全貌を深く知ることはできなかったが、それはこれから学べばいいことである。 考えをまとめるとアルトは梁の上から飛び降り、森の方へと足を向けた。 森の暗闇。その静寂にはしかし、確かに命の気配を感じることができる。たまに風にざわめく木々の音に紛れ、極小音の足音で近づいてくるのはすらっとした四本の足と大きく広がる角を持った茶色の体毛の獣だった。名をガウルという。 ガウルは軽やかに跳ね回ることもできるしなやかな筋肉を持ち、その肉は備蓄食料にしても味の落ちない優れものだ。 アルトは気配を殺し獲物が狙った位置へと歩いてくるのを待つ。吐く息すら極々小さく抑え、殺気を感じ取られぬように目線は下に向ける。生まれ持った身体能力と五年間で培った経験により、足音により大体の位置はわかる。 ガウルが跳躍の間合いに入った瞬間、鋭い呼気と共にアルトは飛び出した。 ゴスペルの一閃によりガウルの足は一瞬で枯れ枝のように折れた。バランスを崩したガウルはその場で頽れる。足を先に切ったのは、生半可な攻撃で逃した際にすこしでも逃げられないようにするためであった。 ゴスペルを腰にしまったアルトは頽れるガウルを直視し、その喉元に石を削り出して作ったナイフを当てがった。 音にならない悲鳴が、静寂の森に一陣の風となって響き渡った。 「これで当面の食料問題は解決だな。あとは飲料水の調達か」 昔ながらの生活で命を奪うことに慣れていたアルトは、その手を地に染めることを厭わなかった。それに加え、今のアルトは復讐者である。慈悲のためにここで足を止めるわけにもいかなかった。 ガウルを解体し、その肉は街で手に入れたマジックポーチに収納する。マジックポーチとはその袋の見た目にそぐわずまあまあの量を中に押し込むことができる。ついでに売れば金が手に入るガウルの角と毛皮も入れておく。 そしてアルトは水場へと体を向け進み始めた。
#13
5年後。スパルジア帝国最西端。 街から遠く離れ、森のそばにひっそりと佇む廃墟にアルトはいた。 薄く陽の光を受け淡くオレンジを被ったその色は、もう埃の被った孤児院で見た夕焼けの記憶を思い出させた。 陽はすでに西に傾き、廃墟は陽の光から逃げるかのように影を伸ばしている。 すでに人の姿もなく崩れかけた廃墟の林立するこの村は、ただそこにあった。 もとは国境沿いで細く食い繋いでいた村だったのだろう。村の名前はここに入るときに偶然立て看板を見つけ知っていた。 「−サライズ村−」 五年間、アルトは放浪していた。道中は道に現れる獣を狩っていた。野営の仕方は故郷であったあの村を出て一月ほどで覚えていた。 街や村、たまにサライズ村と同じく荒廃した村を通り、ときには大森林を抜けてここへとたどり着いたのだった。 廃墟の露出した木製の梁に腰掛け、顕になったそらを見上げながらアルトは物思いにふける。 今でも夢で思い出す、あの兵士を切り伏せた感覚。あの時眩い光を放った剣は今もアルトの腰のベルトに収まっている。 道中の街で落ちていた新聞には、故郷の村は反逆したが故に帝国のドラグニルによって焼かれたと記されていた。アルトはそれを見ても心は凪いだままだった。 ここに辿り着くまでに剣に関しても調べることは続けていた。街の裏通りの鍛冶屋、そこは裏のルートで戦争している国へ武器を流している鍛冶屋だった。その鍛冶屋はアルトの持つ剣について知っていた。 この剣の名は『ゴスペル』 そして、この剣こそが、ドラグニル達がアルトの村を襲った元凶、聖杯だった。村を焼く元凶となった聖杯である剣の名前がゴスペル(神の福音の意)とは、なかなかに皮肉なものだとアルトはその時思ったものである。 聖杯とは元来、この世に危機が訪れた際に現れる神の権能の力の凝縮体のようなものであった。その神の権能を手にした者を人々は『ユグドラシル』と呼んでいた。過去形なのは、ソルトレイア帝国が建国された際の呼び名であり、もはやその名で呼ぶものは今や数がだいぶ少なくなったからである。聖杯は全てで七本あり、世界各地に散らばっている。ユグドラシルの前に現れる時はワープのような力を使うからであり、災厄の訪れない時期は秘境の奥でひっそりと、剣先を深く地に刺し佇んでいるらしい。 ユグドラシルには必ず大きな災難に見舞われる傾向があり、アルトの村焼きもその一種に近いものだと思われた。大きな力は人の目を惹きやすい。神の権能を手にした代償に、ユグドラシルは大事なモノを失う。それは人の悪意がなし得ることであり、不可侵であることを忘れた人の愚かさが引き起こすユグドラシルにとっての災厄だった。 取り戻せないならば元凶にこそ復讐を遂げようとアルトは決意した。 スパルジア帝国の滅亡。 アルトの目標はここに立つこととなった。
Ep-0
夜闇の中、スマホの通知音が響きそれと共についた灯りが質素な部屋の天井を照らす。 「突然だが、面白い話を持ってきたぞ。」 メッセージを投稿したのは「The ELK」 「Blue Rabbit」がそのメッセージに反応を示した。 「なんだ?そんなに興奮して。らしくないな。」 それについで「Red Fox」も反応を返した。 「エルクの持ってくる情報、大体がすごいのは確かだが今回はやけに興奮してるな。」 エルクはだいぶ興奮した様子で返す。 「サンディエゴ、あの航空基地にイカれたマシンが2台ある。」 「どうイカれてるっていうんだ?今のところお前が一番イカれてる。」 ラビットのそれなりに強い返しに、しかしエルクは興奮と狂喜を纏った雰囲気をもって返した。 「俺よりもイカれてるさ。なんせ最高速が550キロも出るからな。」 その瞬間、グループチャットの雰囲気が一変した。 「「「ご・・・550キロ?!」」」 それまで黙っていた「多分純孤」、通称「狐」まで反応を示した。 エルクはその反応に満足したかのように続ける。 「こんなイカれてるマシン、手元にきたら最高だと思わないか?だから、奪いに行こうぜ。」 「というか、なんであんた航空基地にいるのよ。」 興奮した様子のエルクにラビットが言う。 「俺も他の情報屋から聞いたことだ。今、それを確かめるために潜入してたってわけさ。まあまだそのマシンにお目にかかれたわけじゃないがな。」 「あんたのその行動力には脱帽だわ。」 「まったく同感だ。」 ラビットの感じたことを狐も感じたらしい。 「それじゃあ、俺はまたここにくる。またな。」 エルクはそう言い残しチャットルームを退出していった。いざという時、スマホを見られて仕舞えばこのチャットルームも目についてしまう。そうなれば仲間も危険に晒し、敵には情報が漏洩する。それを防ぐための行動だった。 エルクの消えたチャットルームにしばらく沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは狐だった。 「550キロ・・・か。気になるな。」 ラビットが反応する。 「気にはなるがトゥアタラストライカーの時よりも危ない橋を渡ることになりそうだな・・・。俺は考えさしてもらおう。」 「あら?今回は乗り気じゃないのね。」 フォックスがラビットの様子を見て意外そうな反応を示す。 「550キロという驚異的な速度が出るとはいえ、所詮は車だ。命はかけられん。」 「珍しいな、そこまで乗り気じゃないお前は。俺はなんとしてでも手に入れるぞ。」 狐はだいぶ前のめりに考えていた。先走りそうな狐をラビットが制した 「とりあえずはエルクの報告を待ってからだな。とりあえず狐。お前は先走るなよ。」 「大丈夫さ、わかってる。」 エルクが新しい知らせを持ってきたのは、それから一週間後だった。
空島~エデンの園~
空に浮かぶ島。そこには人が望む、考えうる全てのものがあるともっぱらの噂であった。人々はそれをエデン(楽園)と呼んだ。 エデンは大海の上に浮かんでいると言うのが世界の通説で、その島へ辿り着ければこの世の全てが得られるという。 数多の船が海へと旅立ち、エデンを見つけられず、激しい波に揉まれて帰ってこない者たちは後を立たなかった。 荒波に揉まれる流星雨の夜。一隻の大きな帆船は大きな波に揉まれ海進んでいた。この船もやはりエデンを目指していた。 月明かりは波を照らす。月光は淡く紫に輝き、その美しくも荒く壮絶な波の様相を露わにしていた。 先に見えるは宙に浮かぶ島、エデン。 この船はすでに先人たちの記憶や経験からエデンの位置を調べ、その足元まで近づいていた。 船は荒波に揉まれながらも進んでいく。 やがて上にエデンが見えるほど帆船はエデンに近づくことができた。 ここで必要になるのは古の魔法。 これも故人の記憶から知ったことだった。 流星雨と荒波に揉まれ、船に乗る一人の男は呪文を唱えた。と、その時。 流星の一欠片が船に向かって飛来してきた。 防御もままならずかけらが直撃し、船は沈みはじめ る。 しかし男は動じず呪文を唱え続ける。 古の、神に祈る言葉を並べ、そこに強い意志の力を織り交ぜる。 沈みゆく船の上で、ひたすら、男は神に祈る。 仲間達が沈む船に目の前で巻き込まれようと、一人、また一人と荒波に落ちていこうと、男は神への祈りを唱え続けた。 無我夢中で、周りの景色など目にも入れずに。 目に入れて仕舞えば、共に長い航海を経て堅き友情にて結ばれた友たちが落ちる様を見て仕舞えば、きっと心が無事でいられないだろうから。 ふと、男の体が光を放ち始めた。 呪文を唱え終わり、男が周りを見渡してみると、眼下にあったのはただ荒く月光を反射し砕けていく波と船の名残の木片のみであった。 男は浮いていた。 友たちは男に全てを託して、大海へと散っていったのだ。想いを無駄にはできぬと、男は上を目指し、飛び始めた。 エデンに辿り着いた男は言葉を失った。流星雨を後ろにに月明かりを受けた壮麗な城は、男を見下ろしその門を開いた。 男は門をくぐり、城を歩いた。 玉座の前に辿り着いた時には広すぎる城に疲れ果てていた。 その玉座には一人の男が座っていた。 「願いを、一つだけ叶えよう。」 その男は言った。 重く、苦しくなる声だった。 男は願った。 長い時間を共に過ごした、かけがえのない日々を分かち合った友たちと、もう一度船に乗りたいと。 男はもう何もいらなかった。 全てを捨てて航海に出たのだ。もはや残されるのは友との記憶のみ。 このまま、残りつづけるのは嫌だった。 玉座の男は船をどこからともなく創り出すと、それに乗るよういった。 男は船に乗り込み、船は宙を進み始めた。 エデンを抜け出て、そのまま上へと。 流星に混じり船は飛び続ける。 やがて、男の意識は溶け、友のところへと旅立っていった。 今もなお、友たちと男の船は空を飛び続けていると言う。
#12
「なんの真似だ⁈」 目を手で覆い兵士は叫ぶ。 どうやら剣が現れた時の光で目がやられたらしい。アルトは瞬時に判断した。 自然と体は流れるように答えた。剣先を床面ギリギリに斜め下に向けて構え、右足を半歩引き半身で構える。思考が冷える。 一つ大きく息を吸い、アルトは半歩下げていた右足を前に踏み込んだ。構えた時と同じように、流れるように体が動いた。 床面から右上に振り上げられた剣は兵士の左腕を付け根から跳ね飛ばした。 そのままの勢いで右足を軸に体を捻り一回転。 今度は水平に振られた剣が兵士の首を刎ねた。 兵士は声の発する間も与えられることはなかった。溢れ出る兵士の血が足元を濡らし、あっという間に血溜まりが作られる。 それまで一瞬硬直していた兵士の体は、膝から崩れるように倒れた。アルトの服に最後の抵抗というには弱々しい血の跡を残し、完全に兵士は息絶えた。 初めて人を殺した、その感覚がアルトを包み込む。思考は変わらず冷え、目の前から色が消える。アルトの手のひらには人の皮膚を切り裂く感覚が色濃く残っていた。それは怖気立つような感覚であるとともにどこから懐かしさを感じさせる感覚でもあった。 前に目を向ける。目に入るのは家族同然の仲間と、愛した者の跳ね飛ばされた首。しかしアルトの目は動じることなく、それをただ捉え続けた。瞳は暗く闇を宿し、またその眼はこれからの道を見失った迷子の子供のような眼でもあった。 ふと腰に目をやればいつのまにか腰に鞘がつけられていた。仕舞えばするっと剱はさやに収まった。剱のガードの中央に嵌め込まれた紅い魔石と思しき玉はほのかに熱を放ち輝いていた。 そのときふと、階上から足音がしたのをアルトの敏感な耳はとらえた。くぐもった兵士たちの声も聞こえる。できるだけ遭遇しないように、アルトは外に出ることにした。ちょうど外に出るための隠し戸がこの地下室にはある。アルトはそこに体を向け、重い足を引き摺りながら外への道を歩きはじめた。
窓ー清き色ー
黒き窓に映ろうは 映えることなき黒き空 見える全てを黒が呑み 我が身一つが遺される 赤き窓に映ろうは 真紅に染まりし我が身のみ 手に取るもの全てが鈍く輝き やがて真紅への道開かれる 青き窓に映ろうは 藍色散りばむ花の園 どれだけ愛を育てようとも やがて全ては捨てられる 白き窓に映ろうは やつれ細れた我が身のみ どれほど激しく呼ぼうとも 聞かれることなき我が叫び 清き窓に映ろうは 私の望みし安らぎと 手を取る愛する親の顔 ただ欲しかった愛情と 痛みと恐怖の連続が 私の根に深く刻まれ ただ悲しみと後悔が 過ち指摘し叫び続ける 私はどうすれば良かったのだろうが 正解はどこにある 教えてくれ 君たちの目には なにが移ろう
淵の後
くらいくらい夜の道 相対するはもう一人の自分 どこまでできるか どこまでやれるか どこまでなら死なないか 思考は暗く沈んでいき やがて死の淵へと舞い降りる まぶしいまぶしい昼の道 相対するはまだ見ぬ他人 笑顔をつくれ ながれを汲み取れ 空気を読めねば堕ちるのみ 周りは明るいはずなのに 思考は止まらず繰り返し やがて死の淵へと舞い降りる 等しく平らにと謳いつつ 世の不条理から目を背け 助けを求める声はただ 遠く響いてこだまする 世界は変わらず明るいが 時はとまらず変わりゆく 流れは留まることいざ知らず やがて死の淵へと舞い降りる 手にできぬものを憂いても いくら待とうと足掻こうと それを大人たちが邪魔をする 周りは止まらず歩きゆき 我が身一つが残されて 流れ一つに身を任せ ゆらゆら漂う陸の果て つかれた想いは留まり続け やがて死の淵から一つ踏む
#11
次々に自分の記憶ではない映像が流れ込んでくる。しかしそれははっきりと馴染み、アルトの記憶ととけて結びつき合う。 この記憶はある時は荒野に、ある時は草原に、ある時は高く険しい山に、ある時は戦野に飛んだ。 しかし変わらず同じ剣−炎を模したかのようなガードの中央、紅く鈍く輝く魔石がはめ込まれている、両刃の剣だった−を携えていた。 瞬く間に記憶が駆け抜ける。もしくはアルトが記憶の中を駆け抜けているのかもしれない。しかしそのうち記憶のスピードが遅くなり、黒髪の女性が多く映るようになった。 笑顔を向けるその顔はまごうことなき。 「……リサ…?」 黒髪だったがアルトは確信した。リサは手を前に伸ばし、アルトに触れようとした。 こちらに差し伸べられた手を取ろうとアルトが手を伸ばした刹那。 戦野に場面が切り替わり、目を覆いたくなる光景が飛び込んできた。 あたりは血の海。転がっている死体は一体味方だったものなのかそれとも刃を切り結んだ敵のものだったのか判別がつかなかった。 見渡す限り死…死…死…。 その目線の先、アルトの目を釘付けにするものがそこに立っていた。 ゆらりとこちらに近づ苦影があった。 血に汚れた黒髪をだらりと垂らし、白い服は紅く染まり、血走った眼光は鈍い光を殺意とともに湛えていた。 剣を構える記憶の中の自分の手は震えていて、しかしそれは恐怖にではなく悲しみからなのだとアルトは理解した。 ソルトレイア帝国の滅亡。 それは目の前の、人々にとっては悪夢で、だけど剣をとる自らにとっては最愛の人がもたらした厄災だった。 一つ大きく息を吸って吐くと、記憶の中の自分は震えを無理やり抑えた。 過去との決別を意味するかのようにゆらりと無機質に、しかし美しく構えられた剣は、次の瞬間瞬きもする間もなくリサの喉元を抉った。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼︎」 叫んでいるのが自分だとアルトはすぐに気づけなかった。 光の柱を前に立ち尽くし、最愛を手にかけたその瞬間を噛み締めアルトは叫んでいた。 息が切れて叫ぶことができなくなった。 それでも無音の絶叫を放ち続けた。 何をするべきか身体に染みついてしまった記憶が教えてくれた。 光の柱に手を伸ばし、一歩前に進む。 そのまま光に手を突っ込むと、アルトは中心にある棒らしいものを思い切り握りしめた。 刹那、光はほどけ無数の線となった。 光の中から紅い炎を模したガードとボロボロの布が巻かれた持ち手が現れた。その中心にはガードよりも真紅に染まった魔石が輝いていた。 光がガードの先に収束し剣の形をとる。そのまま光が輝きを失ったかと思うとそこには立派な剣身が現れていた。 それは記憶で見た通りの、ソルトレイア帝国の滅亡の元凶を殺した、あの剣であった。
#10
扉を潜るとひんやりとした冷気がアルトを包んだ。地下室への道は長く、灯りもないので真っ暗である。 その先に人がいるとは思えないほど静かで、その静寂にアルトは少し縮こまった。足を踏み出しても音が壁に吸い込まれて音が立たない。今だけはそれが幸いだった。 満身創痍の身体を引きずって肩で息をしながら進んでいくと明かりがちらちらと見え始めた。 扉の隙間から漏れる灯りのようだ。また少し歩くスピードをはやめる。 そのまま扉の前に着くと手をかけて引く。軋む音を残して扉は外側に開いた。 「あ…。あぁ………。」 アルトの目の前に広がっていたのは血の海だった。目を上げ血の流れの源を辿る。源はソラとレインの腹だった。ソラとレインに向き合って立っているのはアキナを殺したあの兵士で、血に塗れた剣を手に、獰猛な光を目に宿していた。 周りに目を向けると、脚が斬られすでに意識のないツルキが目に入った。 「…あ………。」 アキナから託されたというのに −守れなかった。 兵士が振り向いた。 「ふむ。お前はまだ生きていたのか。しぶといな。」 そこでアルトは一つ気づいた。一人足りない。 リサがいない。 「リサは…。女の子はどこだ…?」 兵士は笑って手を振りながら答えた。 「ああ、あの金髪の少女か。こいつらを置いて逃げたぞ。」 その言葉に一瞬安堵したアルトだったが、兵士が腕を上げた瞬間絶句した。 その腕に掴まれていたのは、リサの頭だった。 アルトの表情を見て兵士はニヤッとした。 「まあ捕まえて足を切りおとしてやったらすぐに意識を失ってな。面白みがなくなったから首を切り落としてガキどもに見せてやった。面白かったぞ?ガキどもは生首を見た瞬間絶叫して向かってきたが。」 兵士はニヤついたまま両手を振り上げる。リサの金髪が揺れた。 「まあ全員この有様だがな。弱いくせに天下のドラグニルに立ち向かおうなんてするからだな。 まあ逃げたところで…。」 アルトの鼻先に顔を近づけ囁くように言う。 「…必ず殺してやったんだけどな?」 アルトは硬直した。 「あ…あぁ…ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼︎」 頭が真っ白になった。 ただ叫ぶことしかできなかった。 目の前の兵士の形をした虐殺者をただ苦しめて殺したかった。 同じ苦しみ、それ以上の苦しみを与えて命乞いをさせてやりたかった。 しかしアルトに力はなかった。行き場のない感情の奔流が絶叫となってアルトの口から流れ出た。 −力が…欲しい…! 大事なものを守れるくらいの、目の前の兵士を殺せるくらいの、もう二度とこんな気持ちを味合わないための、力が。 「うるさいなぁ、黙らせてやろう。」 兵士が一歩近づいてきた。 そのとき突如目の前に光の柱が現れた。 眩く輝くそれは兵士とアルトの間に立ち、兵士がそれ以上歩を進めるのを拒んだ。 アルトの視界が暗転し瞬時、別のシーンが流れ込んだ。