サーモンハンバーグ
13 件の小説ピンクの空
恋人と連絡が取れなくなった。全ての連絡先が『unknown』の表示になり、アイコンは真っ黒。わたしは絶望した。 頭が真っ白のまま、空を見上げる。空も雲も鮮やかなピンク色。 周りを見渡す。景色の全てがピンクの濃淡で構成されている。 私は恐怖を覚えた。それでも、ピンクは私を逃さない。ピンク、ピンク、ピンク…… 私は叫んだ。叫び続けた。自らの甲高い叫び声が頭に響く。 やがて、世界は明けた。白い天井が視界に入る。LEDの鮮烈な光。もう、どこにもピンクの空はない。
灰色の肉じゃが
その肉じゃがには色がありませんでした。ごろごろとした大きなじゃがいもの入った、つゆがたっぷりの、色のない肉じゃがです。にんじんやいんげんさえも、悲しい灰色でした。 ドアの一つだけある白い大きな部屋の真ん中に、ぽつんとダイニングテーブルがひとつ。私はそこについて肉じゃがを眺めていました。 私は、なんの疑問も持たずそれを食べ始めました。味はするような、しないような。ともかくそれは、肉じゃがでした。 私はそれを、正面に座っている女性と一緒に食べていました。彼女の肉じゃがにも同様に、つゆがたっぷりと入っていました。 私は、灰色の肉じゃがを黙々と食べ進めました。 彼女は食べるのが早く、私がちびちびじゃがいもを突いている間に、肉じゃがを食べ終わってしまいました。 正面から、バシャンという音が聞こえました。私は肉じゃがをつまみつつ、ちらりとそちらを見やりました。 女性が、灰色の肉じゃがの残り汁に顔面を突っ込んでいました。はじめはぼこぼこと空気の泡が、彼女の鼻から口から出ていましたが、やがてそれもなくなりました。 そして、彼女は動かなくなりました。 彼女は、灰色の肉じゃがに顔面を突っ込み、溺れ死んだのです。 私の肉じゃがはまだ残っています。私は、灰色の肉じゃがを黙々と食べ進めます。 彼女の溺死体は、列をなして部屋に入ってきた七人のお医者様によって運ばれて行きました。 私は直感で、彼女の遺体が酷い目に遭うであろうことがわかりました。 私はそれを眺めながら、最後のひとかけらを口に運びました。
寒い国のチュチュとヒョウ 【メルヘンBL】
ここは、寒い寒い北の国。一年中雪が降り積もっていて、一面が銀世界。 移動手段は、そりとトナカイ。背の高いもみの木がたくさん植っている森の中の小さな家に、チュチュは生まれました。 母親譲りのきれいな金髪に、長いまつ毛。チュチュはとても綺麗な少年に育ちました。 チュチュの母親は彼を産んだすぐ後に、病気で亡くなってしまいました。ですからチュチュは、母親がどんな顔をしていたのか、写真でしか知りません。 彼の父親は、チュチュを養うために、一生懸命働きました。彼の仕事は、木を切って薪を売ることです。その仕事はあまり稼げませんでしたが、それでも彼は一生懸命木を切り続けました。 今年、チュチュは十歳の誕生日を迎えました。いつも働き詰めの父親もその日ばかりは仕事を休み、彼の誕生日を祝います。 しかし、楽しい誕生日も一日でおしまい。次の日からまた父親は仕事に行き、チュチュは一人で家にいなければなりませんでした。 チュチュはとてもとても寂しくて、一人ベッドの上で泣いていました。わんわんと声に出して泣いていました。 暖炉の火が、彼をそっと照らしています。 そんな時です。こんこんと、誰かがドアを叩く音が聞こえました。 チュチュは涙で濡れた顔を袖でごしごしと拭き、ベッドから降りました。はあい、と言って扉を開けると、そこには男の子が立っていました。 不思議なほどに青白い肌をした男の子です。 歳はチュチュより少し上くらい、クセのある真っ青な髪に氷のように綺麗な水色の瞳。その頬には、チュチュと同じように涙の跡が。 「俺は、ヒョウ。ずっと森に一人で暮らしている。一人は、とても寂しかった。そうしたら、遠くで泣き声が聞こえた」 そう言って彼は僕の目をじっと見つめました。 「俺は、友達が欲しかった。だから、声をたどってここに来たんだ」 そう言うと彼は、チュチュの手をぎゅっと握りました。その手は不思議なほどに冷たく、まるで氷に触れているようでした。 「僕でよかったら、お友達になろうよ」 お父さんが帰ってくるまでの間、チュチュはいつもひとりぼっちでした。ですから、チュチュもお友達が欲しかったのです。 チュチュとヒョウはすぐに仲良しになりました。一緒に森を冒険したり、凍った湖を滑ったり。 ずっと一人で遊んでいたチュチュにとっては、今までに経験したことのないくらいに楽しい時間でした。 夕方になったら遊ぶ時間はおしまいです。チュチュはおうちへ帰ります。 「ヒョウのおうちはどこにあるの?」 別れ際、チュチュはヒョウに尋ねました。チュチュはヒョウのおうちを知らなかったのです。 「俺のおうちは森」 そう答えると、ヒョウは森の奥に走り去って行きました。 森にあるおうちは、チュチュの家だけのはずです。チュチュは、このことを不思議に思いました。 チュチュは、ぶっきらぼうな、だけど本当は優しいヒョウのことが大好きでした。それはヒョウも同じでした。 チュチュはまだ『好き』に種類があることを知りません。 森の夜は静かで、とても寒いです。チュチュは、厚手のセーターを着て、暖炉の前に手をかざしながらお父さんに尋ねました。 「お父さんは、お母さんが好きなの?」 「ああ、大好きだよ」 チュチュがふと視線を上げると、暖炉の上に飾ってある、お父さんとお母さんの『結婚式』の写真が目に入りました。 「お母さんが好きだから、結婚したの?」 「ああ」 お父さんは悲しそうな顔をして答えました。しかし、チュチュはそのことに気が付きませんでした。 結婚は、好きな人とするのか。 結婚するなら、ヒョウがいい。そう、チュチュは思いました。 だって、チュチュはヒョウのことが大好きでしたから。 次の日、ふたりはトナカイに乗って遊んでいました。ヒョウが手綱を引き、後ろにチュチュが乗っています。 揺れるトナカイの背の上で、落ちてしまわないよう、チュチュはぎゅっとヒョウの背中に抱きつきました。 「そんなにくっつくな」 ヒョウは前を向いたまま言いました。 「どうして?」 「どうしても」 チュチュはなんだか納得がいかないまま、回した腕の力を緩めました。 青白いはずのヒョウの耳が、わずかに赤くなっています。 しばらくトナカイの背に乗って森を歩いていると、チュチュは昨日のお父さんとの会話を思い出しました。 「僕ね、ヒョウと結婚するの。だって、君のこと大好きだから」 ヒョウは、しばらく何も返事をしませんでした。黙って手綱を引くヒョウの背中を見て、チュチュは不安になってしまいました。 「本当に言ってるのか」 「本当だよ。だって僕、君のこと大好きなんだもの」 相変わらずヒョウは背中を向けたままです。怒っているのか、そうでないのかもわかりません。 ヒョウはトナカイを止め、地面に降りました。チュチュも、一緒に地面に降りました。 二人は向かい合いました。ヒョウは、何も言わずにチュチュの目をじっと見つめています。 冷たい風が、二人の間を通り抜けました。 「ヒョウ、どうしたの……?」 こんなことは初めてだったので、チュチュは不安でしかたがありません。 「本当に、俺のことが好きなのか」 ヒョウがようやく口を開きました。その目は、いつになく真剣です。 「うん、好きだよ。大好き」 チュチュは、はっきりとそう答えました。 「好きってことは、こういうことなんだぞ」 ヒョウの顔がチュチュに近づきました。そして彼は自分の唇を、チュチュの唇へそっと重ねました。 チュチュは、突然のことに驚いてしまいました。 これは、チュチュにとって初めてのキスだったのです。 「ごめん。ごめん、チュチュ」 ヒョウは、申し訳なさそうな表情をして、目を伏せました。 「どうして謝るの?」 チュチュは、なぜヒョウが謝るのかわかりません。彼は、なにも悪いことをしていないというのに。 「嫌じゃ、なかったのか……?」 ヒョウは恐る恐るといった様子で、チュチュの表情を伺いました。 「嫌なんかじゃないよ。だって僕、君のことが大好きだから」 強張っていたヒョウの表情が、少しだけ柔らかくなりました。 「よかった。ありがとう、チュチュ」 そう言ってヒョウは、もう一度キスをしました。 それから二人は、毎日唇を交わすようになりました。そして、しばらくの時が過ぎました。 いつものように二人で、遊んだ後のことです。手のひらに乗ったヒョウを見て、チュチュは言いました。 「ねえ、ヒョウ。君はどうしてそんなに小さくなってしまったの」 チュチュと出会った時には、彼の背はチュチュより高かったのに、今では彼は、チュチュの手のひらほどしかありません。 「それは、俺が氷だからだ。俺の体は、どんどん溶けている」 ヒョウは答えました。ヒョウは、体が氷でできた、氷の精だったのです。 チュチュは、今までヒョウが人間の男の子だと思っていましたから、そのことに大変驚きました。 「どうして溶けてしまうの。こんなに寒いのに、どうして。僕は、君が溶けたら嫌だよ」 チュチュは、泣きそうな顔で言いました。チュチュの住む国は、夏でも寒く、氷が溶けるような温度には決してなりません。 「それは、お前のことが好きだからだよ。きっと俺はもうすぐ溶けきって、この世から消えてしまう」 彼は、チュチュのことを思うたびに、チュチュとキスをするたびに心が熱くなり、そのせいでどんどん体が溶けているのでした。 ヒョウの体をよく見ると、この会話の合間にも、ヒョウの体はどんどん溶けています。 「溶けたら嫌だよ、ねえ。いなくなっちゃうなんて言わないでよ」 チュチュはぼろぼろと涙を流しています。手のひらのヒョウは腕を伸ばし、その小さくなってしまった手で必死に涙を拭います。 「それは無理だ。だって俺は、チュチュのことを愛しているから」 チュチュが涙を流すたび、少しずつ少しずつ、ヒョウの体は溶けてゆきました。 チュチュのヒョウへの想いが伝わり、またヒョウの心が熱くなっているのです。 「俺は、もうじき溶け切ってしまう。だから、溶け切る前に、もう一度だけキスをしよう」 滅多に涙を見せないヒョウの目が、潤んでいます。チュチュは、両手で彼を包み込みました。 「嫌だよ、キスをしたら本当に君は溶け切ってしまう。少しでも長く、君と……」 ヒョウの目から、一粒の涙がこぼれ落ちました。 「俺はどのみち消えてなくなる。だからその前に……お願いだよ、チュチュ。最後にお前とキスをしたいんだ」 ヒョウは、どんどん小さくなってゆきます。チュチュへの想いが、溢れ出てくるのです。 チュチュはその様子を、泣きながら見つめています。拭っても拭っても涙が溢れてきて、まともに話すことができません。 「お願いだ、チュチュ」 これが最後、という表情で、ヒョウが言いました。 とうとうチュチュは目を瞑り、彼の唇に自分の唇を重ねました。冷たかったはずの彼の唇は、ほんの少しだけ温度を持っていました。 「ありがとう、チュチュ。大好きだよ、世界でいちばんだ。さようなら、チュチュ」 こう言い残すと、彼は全て溶け切ってしまいました。チュチュの手のひらには、かつてヒョウだった水だけが残されています。 チュチュは、声を上げて泣きました。 「ヒョウ! 返事をしてよ! ヒョウ!」 しかし、返事はありません。それでもチュチュは、何度も彼の名前を呼びました。 大好きな彼は、もうこの世のどこにもいません。
ピンクのカバ
私はベランダでひとり、しゃがんで何も植っていない鉢を覗いていました。直径30センチほどの丸くて浅い、プラスチック製の鉢植えです。中には縁のぎりぎりまで、土が入っています。 晴れのような、曇りのような、はたまた雨のような非常に奇妙な天気の日でした。 私はただ、土だけの入った鉢を覗いています。 土の中で、何かが蠢いています。私はじっ……と、鉢の中を見つめています。 土から、一頭のカバが出てきました。 全長3センチほど、グミのようにぷるぷるとした質感の、透明なピンクのカバです。 カバは鉢を降り、ベランダを歩いて行きます。 私は、鉢の中を覗いています。 また、一頭のカバが出てきました。前のカバに続いてベランダを歩いて行きます。 それでも私は、鉢の中を覗いています。 そして気がつくと、鉢の中の土は全てぷるぷるとした透明なピンクのカバに変わっていました。彼らは鉢の中にびっちりと詰まって、もぞもぞと蠢いています。 その数は、百や二百ではありません。五百、いや、千頭の小さなカバたちが、それぞれに動いています。 うごうご、うごうご…… それでも、私は鉢の中を見つめています。 鉢の中を。鉢の中の、小さなピンクのカバたちを。
総務ヶ原の戦い
誰もいない、定時後数時間経ったオフィスの中で、俺は同期である鈴木と共に残業に励んでいた。 彼とは向かいの席なので、嫌でもお互いの疲れた顔が見える。せめて、鈴木が可愛い女の子だったら、と何度思ったことか。 時は二十二時過ぎ。昨日も一昨日も残業、しかも昨日は終電を逃して会社に泊まり。睡眠不足の俺たちの疲れはピークに達していた。 「田中ぁぁぁぁぁぁ、終わりそうかぁぁ」 もうすでにおかしくなりかけている鈴木は、裏声を使い甲高いオペラ調で俺に話しかけてきた。 「終わんねーよ」 「ああん、田中冷たい」 そう言って体をくねらせる鈴木のなんと腹立たしいことか。俺は彼を無視して、再び白い無機質な画面を睨んだ。 エナジードリンクを一気飲みし、なんとかパソコンを打ち続ける。卓上には、空のエナジードリンク缶が四本。どう考えても飲み過ぎだ。 鈴木の机には、俺の机と同様に缶コーヒーの空き缶が群れをなしていた。 飲み物の飲み過ぎでトイレが近くなった俺は、席を立ち男子トイレへと向かった。 チャックを下ろし、用を足す。もちろん社会の窓はきちんと閉めた。必要最低限の電気しかついていない寂しい廊下を歩き、自分の席に戻る。 正面を見ると、そこに座っているはずの鈴木がいない。俺と入れ違いで、トイレにでもいったのだろうか。 椅子に腰を下ろした瞬間、向かいの机から鈴木が飛び出してきた。 「田中! お命頂戴致す!!」 そう言って彼は俺に何かを向けてきた。それは、支給品のださい、金属製のペーパーナイフだった。 「ハイヤー!」 鈴木が俺に切りかかってきた。思わず自分のペーパーナイフを取り出し、応戦する。 鈴木に当てられて、とうとう俺もおかしくなってしまった。オフィスで真剣に戦う二人。スーツで動いたせいで上がった体温がこもり、額にはうっすらと汗が滲んでいた。 どかっと大きな音を立てて、鈴木が倒れた。 「鈴木、覚悟!」 倒れた鈴木にとどめを刺そうとした、その瞬間。 「…………」 入り口に誰かが立っている。 警備員の佐藤さんが、なんとも言えない表情でこちらを見つめていた。 俺たちの戦いは即座に中止された。その場に気をつけ、の姿勢で立ち尽くす。 「いや、これは……」 俺が言い訳を考えていると、佐藤さんはスッ……と、懐から警棒を取り出した。 「えっ」 俺と鈴木が声を合わせた瞬間、警棒を構えて彼は叫んだ。 「貴様ら悪人は、まとめて成敗致す!」 彼の目の下をよく見るとひどいクマができている。彼も、寝不足で頭がおかしくなってしまったようだ。 「ここは一旦共闘だ、田中ァ!」 こうして、再び戦いが始まった。 そして俺たち三人は終電を逃し、会社でお泊まり会をすることとなった。 仕事は、終わらなかった。
推しのパンツを錬成する方法
私は、櫻井敦司氏が大好きである。彼は、ロックバンド『BUCKーTICK』のボーカルであり、私のいわゆる『推し』である。 彼はもう五十を過ぎているというのに、その美貌を全く崩さない。その姿は、さながら魔王のようであり…… などとあまり彼について語り過ぎると、ただの気持ちの悪いオタクになってしまうので、彼についての説明はこのくらいにしておく。興味のある方は、ぜひあとでググっていただきたい。 まあともかく、私は彼が大好きなのだ。DVDを見た後なんかは意味もなく 「櫻井敦司! 櫻井敦司!」 と彼の名前を連呼する。当然だが、呼んだところで彼は来ない。しかし呼ばずにはいられない。頭の中が、櫻井敦司氏でいっぱいなのである。 「櫻井敦司! 櫻井敦司!」 言語すら彼に犯され、私の語彙力は急速に低下する。もはやBOTである。 その日私は彼の画像をにやにやと、そう、まるでカーテンの隙間から女性の着替えを覗くおっさんのように眺めていた。 そして、たまたま某知恵袋サイトのこんな質問を目にした。要約すると、 「櫻井敦司さんの使っている香水を教えてください」 ほう! 香水とな。そりゃ、あれだけいい男だ。香水の一つや二つつけているであろう。私は彼の使っていた香水に興味を持った。 回答者によると、今使っているものはわからないが、昔は『アランドロンのサムライ』をつかっていたらしい。 「アランドロンのサムライ!」 私は興奮し、香水名を意味もなく連呼した。 私はあまりにも嬉しくて、母にアランドロンのサムライ、彼の匂いが嗅げる、櫻井敦司の使っていた香水、と説明したが彼女は 「ふーん」 という冷たい反応をよこした。 数日後、母と共にジャスコ(イオンという言い方に慣れないだけで、決して名前が変わったのを知らないわけではない)に買い物に行ったところ、化粧品売り場では香水のワゴンセールを行っていた。 私はたいして期待せず、ワゴンの中の商品を眺めた。そして、すぐに見つけた。 「アランドロンのサムライ!!」 偶然にも、アランドロンのサムライがセール品の中に含まれていたのだ。 私はそれをすぐさまレジに持っていった。が、お金が足りなかった。目線で母に助けを求め、お金を借りる。 こうして私はアランドロンのサムライ、櫻井敦司の香りを手に入れた。 うちへ帰り、私は早速私物のメンズワイシャツの首元に香水を振りかけた。 「これは櫻井敦司のシャツ、これは櫻井敦司のシャツ……」 こうぶつぶつ呟いて、自分に暗示をかける。そして、シャツを抱きしめおもむろに匂いを嗅ぎ出した。 「んはぁぁー、すぅぅぅー。ふぅ、ふぅ、ふひぃ、ふごふご……」 鼻息荒く、彼の匂いを体いっぱいに吸い込む。そう、わたしの肺は今、彼で満ちているのだ。その事実は、私を恍惚とさせた。 自分のシャツを貪るように嗅ぎ続ける女。シャツの中に危ない粉を隠して吸ってんじゃないかと思われるレベルの必死さだ。 そして、思いついてしまった。男物のパンツにこの匂いをつければ、櫻井敦司氏のパンツが手に入るのでは、と。そして私は、父の衣装棚へと目を向けた。 さすがに、これはやっちゃいけない気がする。パンツだぞ、パンツ。しかも、本当は父のパンツである。 結局私は本当にいろいろなことを考えた末に、『櫻井敦司のパンツ錬成計画』を中止した。彼の立場になって考えてみたのだ。 「自分のパンツだと思いながら香水をかけて匂いを嗅ぐファンがいたら、どう思うか」 その答えは気持ちが悪い、である。 推しを不愉快にさせてはならない、これはオタクの鉄則である。まあ、パンツを嗅いだところで、彼にそのことが伝わる可能性はほぼゼロであるが。 その数年後、私には仲の良い彼氏ができた。彼と泊まった日の朝、ラブホテルのベッドの上。 「あへぇ、えへへ……」 そこには、彼氏のパンツを頭に被りげへげへと喜ぶ私の姿があった。 ちなみに、櫻井敦司氏のことは今も大好きである。彼は、私の一生の推しであろう。 そして、櫻井敦司氏本人の目にこれが止まらないことを願う。こんな気持ちの悪いオタクがいるなんて、知らない方がいい事実である。
暗黒魔境⭐︎地獄の高校生活
私の高校時代は、実に暗黒魔境。魔王もびっくり仰天するほどに暗いものだった。 まず入学式の時点で学校に対する違和感を感じ、式典が苦手というのも相まって、ストレスからか、私は制服のボタンを引きちぎるなどという奇行に走った。 教室に戻ってからも、イライラのあまり頭を抱えているような状態で、担任の話など全く耳に入らない。 あまりのストレスから、休み時間に、ラウンジで教科書を思い切りぶちまけたりしていた。 そんな状態なので、当たり前だが友達は一人もできない。私はここから、三年プラス留年して一年、合計四年間も孤独な日々を過ごすことになる。 絵画が好きだったので美術部に入るも、そこはオタクの巣窟。美術系の私は、美術部なのに浮いてしまった。 浮いてはいたが、画材が使い放題だったため、意地でも美術部に居座った。お陰で絵は上達したように思う。 大勢で受ける通常授業も当然苦痛で、授業中に走って逃走したりもした。塀を乗り越えて脱走していたら、翌年から塀の上に柵が設置された。あれはおそらく、私のせいだと思われる。 こんな感じだったので、四年間ずっと単位は超絶ギリギリ、常に崖っぷちであった。し、一回落ちて留年した。 そんな私の話し相手は、もっぱら先生方であった。中でも、一年と三年の担任の先生二人はは、とりわけ仲が良かった。 一年の時の担任の先生は、クラスで浮いている私に気を遣ってくれていたのだろう。私は先生といろいろな話をして盛り上がった。 谷崎潤一郎の好きな私に、『痴人の愛』の文庫版をくれたり、美術館のお土産に缶入りのチョコレートをくれたりと、結構良くしてくれたように思う。 私はその先生のことが大層気に入り、その先生の顔を元にしたオリジナルキャラクターまで制作し、さらにはグッズまで作っていた。そして、教室に展示していた。先生の同人グッズを制作、展示するなんて。今考えると、なかなかクリエイティブな生徒だと思う。 もう一人、三年(留年で二回経験)の担任も、非常に良くしてくれた。放課後、一緒にバドミントンをしたり、またグッズを制作してプレゼントをするなど、様々な思い出がある。クリスマスパーティーと称して、家庭科室でケーキを作ったのは、いい思い出だ。 私は先生が大好きすぎて、家では意味もなく彼の名前を連呼したりしていた。その度に、 「呼んでも来ないよ!」 と母に冷たく言われていたが、私はめげずに彼の名前を連呼した。もはや口癖である。 しかし、二年の半ば、私にもたった一人だけ友達ができる。クラスの男子、田中くん(仮名)である。彼は私と同じくらい変わり者ではあったが、リーダーシップのあるタイプで私よりはクラスに馴染んでいた。 そして、ぼっち号泣、地獄のイベントである修学旅行。当然私は余り、わたしの唯一の友達である田中くんのグループに混ぜてもらうこととなった。そこは、なんというか、いわゆる『余り物寄せ集め』グループであり、おおよそ学校生活に馴染めない者たちの集まり(全員男)であった。 しかし、私はそこが心地よかった。いわゆる『普通の人』の集団に属するから、私は浮いてしまうのであって、『浮いている人だけ』の集団の中では、私は浮かなかった。だって、みんな浮いているから。 しかし、ホテルの部屋は女子と一緒だったので苦痛だった。たいして知らない女子たちの部屋に放り込まれた私は、あまりのストレスに耐えられず、お気に入りのぬいぐるみを持って部屋を飛び出した。 その後、施錠の時間になり、私は締め出された。結局その晩、私は明け方までぬいぐるみを片手にホテルを徘徊し続けた。 もし今そのホテルで、ぬいぐるみを持った女の子が深夜になると現れる、などという怪談があるとしたら、それは紛れもなく私である。決して、ホテルで家族心中した女の子の幽霊などではない。 というわけで、ぼっちの私はホテルでの滞在時を除き、案外修学旅行を楽しんだ。ちなみに、母へのお土産は観光中に拾った松ぼっくりである。そのことを友達に伝えたところ、トトロかよ! とツッコミが入った。 暗い、暗いと初めに書いたが、こうして文章にしてみるとなかなか面白いし、言うほど暗くも無かった。先生の同人グッズ制作など、それなりに学校生活を楽しんでいたように思う。 もちろんキラキラした青春なんてものはない、むしろくそくらえだバカヤロウといった具合であるが。 学校を卒業して、私は現在ニートをしている。学校に行かない、という日々をしばらく過ごしてみて気が付いた。 私、学校というシステム自体が苦痛だったんだなぁ、と。 確かに、高校時代はイカれた方向で面白いこともあったが、戻りたいかと聞かれれば、絶対に戻りたくない。 学校というストレスがなくなったことで、精神も以前よりだいぶ安定するようになった。 この先何をするかはわからないが、私は学校という場所にはもう行くことはないだろう。 辛い思いをしてまで学校に行かなくても、他にも道は必ずある。それを今、私は模索している。
壊れかけのピンクローター
結婚して一ヶ月。新婚ほやほやの私たちは、毎晩のように体を交わらせている。 たまに使う道具の一つに、ピンクローターがある。とは言っても色は薄紫色なので、正確にはパープルローターだ。 壊れかけで、時々動作のおかしくなるピンクローター。 「綾香はこれが好きだよね」 そう言ってローターを手に持つ彼は、意地悪そうな、でも嬉しそうな顔をしている。 私はマゾの気質があるので、そんな彼の表情が好きだった。わざと反抗して、やり返されるのにたまらなく興奮するのだ。 事が終わり、二人ベッドに横たわる。深夜一時。明日も仕事の夫は、わたしを腕に抱いたまま夢の世界へとダイブしてしまった。 ベッドの端に転がるピンクローター。これには、夫には決して言えない秘密がある。 このローターを手に入れたのは、数年前。当時夫とはまだ出会っておらず、私はフリーだった。 そんな時期だ。義博(よしひろ)と出会ったのは。その出会いは非常に陳腐なもので、当時多く広告を出していたマッチングアプリだった。 それを始めた理由は、なんとなくだった。男の人と出会う機会もあまりなかったので、いい人がいれば、くらいの気持ちで登録したのだ。 そこで初めにマッチしたのが、義博(よしひろ)であった。私より三つ年上の当時二十ニ歳。 黒髪マッシュで奥二重の魚顔。背はそんなに高くなくて、身が細い。しかもフリーターでバンドマン。 いかにもという典型的なダメ男だった。 しかし、そんな男に私は会いにいってしまった。好きなバンドのボーカルに少しだけ雰囲気が似ていたから。そして、まんまと彼にはまった。 彼の口から吐かれる甘く優しい言葉。惜しみなく降り注ぐ甘いキス。タバコを持つ、白く骨張った手。 「好きだから家に呼ぶんだよ。どうでもよかったら、ホテルで済ませる。家になんて絶対呼ばない」 なんて言って彼は、都合のいいときに私を呼んだ。 事が終わると一緒に風呂に入り、抱き合ってキスをする。彼がまたしたくなったときには、そのまま口を使ったりもした。 一人暮らしなはずの彼の部屋のベッドはダブルで、押し入れには箱買いの避妊具。冷蔵庫には、女の人の字で書かれたメモが貼ってあった。 彼には、彼女がいた。それがわかったうえで、私は彼の元に通い続けた。毎回これが最後だ、と思い続けて。 結局その関係は、一年ほど続いた。そして、終わった。私が今の夫と付き合い始めたのだ。 十二月の終わり、彼の部屋のエアコンは壊れていて、私たちは裸のまま布団に包まっていた。 彼の腕の中で、私は彼に言った。 「私、彼氏ができたからもう会えません」 「ふうん、わかった」 勇気を出していった私の言葉に対する彼の返事は、非常にあっさりしたものだった。 ベッドには、結婚した今と同じようにピンクローターが転がっていた。彼が時々私に使っていた、薄紫色のおもちゃ。それを見て、私は言った。 「あの……そのローターくれませんか?」 なぜそんなことを言ったのかは、わからない。彼が私に何かをくれたことは一度も無かった。 今の夫が現れてもう好きじゃなくなった、なんて考えていたけれど、どこかで彼を失うのが惜しいと思っていたのかもしれない。 せめて彼がいたという証拠に、なにか形のあるものが欲しかったのだろうか。 「べつにいいよ、あげる」 そう言って彼は腕を伸ばし、ローターを手にして私に渡した。 その日は、いつもより少しだけ彼の家に長くいて、結局家に着いたのは深夜だった。 それから彼の連絡先を全て消し、私は晴れて自由の身になった。 が、このローターだけは何故か手放すことはできず、結婚した今も私のクローゼットの端に置いてある。 夫には、 「自分で買ったものなの、初めて買ったおもちゃなんだ」 と伝えた。 でも、本当は違う。これは、義博からもらった、彼がたしかにいた、という証拠品だ。 私の胸のどこかには、今も彼がいる。 もちろん、夫のことは愛しているけれど、義博に吐かれた甘い言葉は、今も私の中で眠っているのだ。 壊れかけのピンクローターを見るたびに、彼の吸っていたタバコの香りが私の鼻を掠める。
彼を食む【純文学BL】
その日僕は、彼の一部を食べました。 もし彼がそのことを知ったら、きっと彼は僕のことを気持ちが悪いと思い、嫌いになるでしょう。 僕は、彼に恋をしていました。当時私は、まだ未成熟で透明な子供でした。ゆえに、友情と愛情を履き違えていたのです。 それが恋愛感情ではないと気がついたのは、随分と後の話になります。 六十を過ぎた今でも彼との親交は続いており、僕は何もないような顔をして、彼と話しています。 生涯、このことを人に言うことはないでしょう。いわば、墓まで持っていく秘密です。 でも、秘密をずっと抱えているというのは辛いものです。ですから、この手帳にその時の出来事を書いていこうと思います。 これは、僕が中学校二年生、十四歳の夏の話です。 その日、僕と彼は数学の先生が出した、沢山の課題を解いていました。夏休みも半ばに差し掛かった頃で、一番暑さが体に堪える時期です。 その日は非常に暑い日であり、クーラーのない彼の部屋で、僕ら二人は額に汗が滲ませながら、シャープペンシルを動かしました。 扇風機が回ってはいましたが、高い湿度と気温のために生ぬるい風が起こるだけで、涼しくも何ともありません。 からからという古い扇風機が回る音がします。アブラゼミの嬌声も気にならないほどに、僕は課題に集中していました。 「問の二十、わからないな。國彦君、わかるかい?」 彼が僕に聞きました。文武両道、背も高く顔も整った彼が唯一苦手だったのが数学です。そんな彼に教えを乞われたことが嬉しくて、僕は思わずにやり、と笑いました。 「和博君、これはだね……」 僕は数学が大の得意でしたから、調子に乗って、まるで先生のような物言いで彼に公式の応用方法を教えてやりました。 そんな偉ぶった態度だったにも関わらず、彼は笑顔で 「ありがとう」 と、僕に礼を言ったのです。僕は、彼のそんなところが大好きでした。 彼は剣道部に所属し、毎日稽古に明け暮れていました。女子生徒からも人気があり、大会に出るとあれば、大勢のファンが体育館へ詰め掛けました。 しかし彼は、彼女たちにでれでれとした態度を取るでもなく、ただただ竹刀を振るうのです。 僕は彼の親友という、なんとも良いポジションを手に入れました。ですから、一緒に帰るから、と言って練習が終わるまで彼をじっと眺めていることができたのです。 僕は彼と一緒にいる間、よくできた彫刻のように美しい彼の横顔をよく盗み見ていました。少し癖のある漆黒の髪からは、当時の女の子の間で流行りのシャンプーの匂い。 今思えば、彼には姉がいましたから、彼女が使っているものを一緒に使っていたと推測されます。当時の僕にそこまで考える頭はなく、ただただ良い匂いがするな、なぜ彼は男だというのにこんなに良い匂いがするのだろう、と思っていました。 当時は制汗剤などなく、クラスの他の男子たちは皆、汗に塗れて嫌な臭いをさせていたものでしたから。 課題を早々に済ませた僕は、彼の綺麗な手をじっと眺めていました。細すぎない指と関節。ほんの少しだけ見える青い血管。 筋ばり具合も絶妙で、しなやかだけれども、けして女の手ではない。そんな手です。 文字を書くたびに手首の骨が僅かに浮き出たり、また引っ込んだり。その様子を僕は夢中で見つめていました。 そして、気がつきました。 「和博君、指の爪が伸びているよ」 いつも深爪の彼の爪が伸びていました。 「ああ、本当だ。切らないと」 うちの学校は校則が厳しく、少し爪が伸びていただけでも注意を受けます。 彼は夏休みで気が緩んでいたのか、爪を切るのを忘れていたようでした。 彼は座卓の前から立ち上がると、部屋の角にある勉強机の三番目の引き出しから、少し錆びた古い爪切りを取り出しました。 左手の小指から順に、ぱちん、ぱちんと彼は爪を切っていきました。 彼は右利きでしたから、右手の爪切るときには手が震えて、断面が少しがたついてしまっていました。切った爪も粉々で、オフホワイトの細かな破片が机に散っていました。 それとは対照的に、切られた左手の爪はみな三日月型で、爪の形をそのまま残しています。 彼は爪を全て切り終わると、それを手で集めて屑籠へ捨てました。 僕は、その様子をただじっ……と眺めていました。 そして、彼はまた課題を解き始めました。いつのまにか日は沈みかけていて、窓からはオレンジ色の光が差し込んでいます。 やがて彼の課題も終わり、僕らは他愛もない会話を始めました。内容は嫌な教師の悪口から、将来の希望まで。僕らはさまざまな話をしました。 「ちょっと、お手洗いに行ってくるよ」 そう言って彼は立ち上がり、部屋を出ました。 僕は、座卓のすぐそばに置いてあるくず籠を見ました。 そこに入っている、彼の爪を。 僕は手を伸ばし、彼の体の一部であった爪を、手に取りました。そして僕は、彼の爪をそっとポケットに忍ばせたのです。 先ほどいた位置に戻り、彼の帰りを待ちました。 「待たせたね。どうする? 今日はこのままうちで夕食をとっていくかい?」 「いいや、僕はもう帰るよ。お誘いありがとう」 こうして僕は、家に帰りました。母が夕食を勧めましたが、僕はまだいらない、と言って二階の自室へと向かいます。 そして、勉強机に向かい、母や妹が部屋に入ってきていないのを確認するとポケットから彼の爪を取り出しました。 かつて彼の一部だった、彼の体から生成された白いかけら。鼻に近づけ、匂いを嗅いでみるも、なんの匂いもしません。 僕は、もしかしたら彼は爪まで良い匂いなのでは、なんて思っていたのです。 何を思ったか、僕はその爪を一つ、そっと口に入れました。彼を自分の中に取り込みたい、と思ってしまったのです。 口の中のそれはまるで、魚の骨のような感覚でした。 「これが、彼の味」 何の味もしませんでしたが、僕は確かに彼の味を感じました。 そして、それをゆっくりと噛み締めました。彼の体から生成された物質を、僕は今口に含んで飲み込もうとしている。 その事実だけで、僕はとても幸せな気持ちになりました。一部ではあるものの、大好きな彼を、食べることができたのです。 こうして僕は、彼の一部を食べました。彼の爪は僕の中で消化され、やがて排泄されていったのです。 しばらく経って、僕はとてつもない罪悪感に襲われました。親友の爪を持ち帰り、食べてしまうなんて。 いくら彼のことが好きでも、そんなことをしてはいけない。このことを知れば、彼はきっと僕を嫌う。 こうして僕は、決して人には言えない秘密を抱えることになりました。 来週、僕は彼とのお酒を飲む約束をしています。実に一年ぶりの再会です。僕は、あんなことをしておいて、親友として彼に会いに行くのです。 僕たちはきっと、自分の家族の話や仕事の話に花を咲かせるでしょう。 時折僕は、もしかしたら僕の体の中にはまだ彼の爪が残っているのかもしれない、と思います。 このことを思い出すたびに、胃がちくり、と痛むのですから。
俳句の詠めない女【エッセイ】
私は、俳句にあまり向いていない。 別に、俳句の世界が嫌いなわけではない。むしろ、決まった文字数の中で自分の言いたいことを伝えている俳人の方々を私は尊敬している。 以前、俳句を読んでいる母親に自分の小説を読んでもらったことがある。彼女の感想は、 「くどい」 というものだった。最近は気をつけているが、どうも、私の小説は描写がくどいらしい。確かに、誰が発言したかわかるように誰々が、誰々はという言葉を多く入れるし、情景も細かく描写する。文字数もあまり気にしない。 不必要な表現を削って十七音という定型におさめる俳句とは真逆のスタイルだ。 中学生の時、『おーいお茶』が主催する俳句のコンテストに参加したことがある。私が自ら進んで参加したのではない。国語の授業で皆強制的にやらされたのだ。 私は、頭を抱えた。十七音では、私の言いたいことは到底表せない。せめて百音は欲しい。 頭の中に映像は浮かぶのだが、それを十七音に表すのはとても難しかった。私は母に泣きつき、一緒に俳句を考えた。 そして、私が提出した俳句の一つがこれである。 「美少年 大きくなったら 美青年」 実に当たり前である。そりゃ、美しい少年が成長したら美青年だ。そもそも、季語がない。 当時私は『ポーの一族』のような美少年ものの少女漫画にハマっており、美少年の成長をテーマに俳句を詠みたかったのだ。 ちなみに母は途中から私に呆れ、何も言ってくれなくなったので、実質一人で考えた。 結果は、当然不採用であった。こんな俳句が『おーいお茶』のパッケージに載ったら、世も末である。 この出来事をきっかけに、私は俳句が苦手になった。もっと頭が良くなれば、素敵な俳句を詠めるようになるのだろうか。しかし、私の頭が賢くなる予定はないので、俳句は生涯苦手なままであろう。