俳句の詠めない女【エッセイ】
私は、俳句にあまり向いていない。
別に、俳句の世界が嫌いなわけではない。むしろ、決まった文字数の中で自分の言いたいことを伝えている俳人の方々を私は尊敬している。
以前、俳句を読んでいる母親に自分の小説を読んでもらったことがある。彼女の感想は、
「くどい」
というものだった。最近は気をつけているが、どうも、私の小説は描写がくどいらしい。確かに、誰が発言したかわかるように誰々が、誰々はという言葉を多く入れるし、情景も細かく描写する。文字数もあまり気にしない。
不必要な表現を削って十七音という定型におさめる俳句とは真逆のスタイルだ。
中学生の時、『おーいお茶』が主催する俳句のコンテストに参加したことがある。私が自ら進んで参加したのではない。国語の授業で皆強制的にやらされたのだ。
私は、頭を抱えた。十七音では、私の言いたいことは到底表せない。せめて百音は欲しい。
頭の中に映像は浮かぶのだが、それを十七音に表すのはとても難しかった。私は母に泣きつき、一緒に俳句を考えた。
そして、私が提出した俳句の一つがこれである。
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カテゴリー: 日記・エッセー
投稿日時: 2021/10/13 3:34
最終編集日時: 2021/10/13 11:56
サーモンハンバーグ
小説やらを書散らす、自称小娘です。
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