新規ユーザー

14 件の小説

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ある人のまんじゅう怖い論

「おめぇさんは何が怖いんだい? そうだね、あたいはアリが怖い。 アリが怖いっておめぇ、なんであんな小さいもんが怖いんだい? だって、アリって集団で来るだろ、聞いた話じゃ、でっかい象も集団で食い散らかすって言うじゃない。あのアリに襲われたらって思ったら、おいら、世間的に抹殺された気がして体育すわりで家から一歩も出れねぇ。家でずっと、壁のシミを見続けるんだ。 何言ってんだ、おめえ」  よかった。受けた。ああ、今、私、落語中なんですね。客前で。今日はそこそこお客さん入っていて、ここのくだり、私好きなんですけどね、一番、セリフを練習したんです。だけども、何度も客前でやらしてもらって今日ようやく受けたんですね。この瞬間の為にずっと落語「まんじゅうこわい」を稽古してきてよかったな、とまだ落語は続くんですけど、ここが受けたら、私のアイデンティが救われたってもんです。ここのセリフはオリジナルなもんですから、まんじゅう怖いに「アリが怖い」ってくだりはあるんですけども、怖すぎて家に引きこもっちゃったらおもしろいんじゃないかな、って私付け足したんですよ。それが受けたら、あとはお客さんに合わせていくだけです。一度、受けたら、私の個性が多少わかるようになるみたいで、そんなに大した事を言わなくても、私が言うと、なぜか笑ってくれるんですよ。不思議なもんで。 だけどね、ここまでわかるようになるのに3年かな。4年はかかったかもしれやせん。いや、まだあんまりわかってないか。落語を始めた頃は、それまでそんなに落語を聴いてなくて、「まんじゅうこわい」というタイトルは知っていましたけども、中身はそんなに知らず。でもね、「まんじゅうこわい」を初めて聴いた時に私、おごっていたんだと思うんです。変にお笑いマニアではありましたからね。あれ、おもしろくないや、って。でも、これが話を覚えて、いざ人前でやると、最初は全く受けなかった。それは、そうですよね、素人がぼそぼそと声も張らずに面白いとも思っていない話を終わらせるために喋っているだけなんですから。で、やっぱり受けたくなるじゃないですか。私なりにアレンジして話の大筋は変えずに落語用語で「くすぐり」っていうみたいなんですけど、ギャグみたいな冗談みたいなものを自分なりにたくさん入れてみたんですね。 「栗まんじゅうに、水まんじゅう、それから毒まんじゅう」ていういろんなまんじゅうを選ぶセリフをね。全部「毒まんじゅう」にしたんですよ「毒まんじゅうに毒まんじゅう、あ、これ好きな奴、毒まんじゅう」って具合に。こういう感じの冗談を混ぜ込んだんですね。でも、これが、死ぬほど滑り倒しましてね。今から考えれば、それはそうですよ、元を知らないと笑いどころがないんですから。でもね、このくだり自信あったんですね、なぜか。それがいざ披露してみると、お客さんがニヤリともせず、じっとこちらを観ているだけなんすよ。 怖いですよ。一回、みんな経験してみたらいいんじゃないかなって。そう思いますよ。何十人いるお客が笑いに来ているのに笑えないんだから。そうすれば、もう少しみなさん芸人に優しくなれるんじゃないかな。なんてね。 で、練習している時に気がついたんですね。これそのままやった方がいいじゃないかって。「まんじゅうこわい」ってみんなが怖いものを発表している中一人だけ怖いもの言わなかっただけで、みんなが饅頭を食わせようとする、でしょ。で、その言わなかった人が皆を騙して、たらふく饅頭食べて、満足する話なんですけどね。私、この話の何が面白いんだろう?って思ってたんです。思ってたんですけど、よくよく考えたら、みんなが寄ってたかって、悪い奴だから懲らしめようとした奴が一枚上手で「何が怖いんだ?」と最後に聴かれて「今度はお茶が怖い」って最高のオチじゃないですか。世間の風潮に流されない男なんだ。と思ったらなんだか納得できたんですよ。でね、私がすごく好きな芸人さんのエピソードがありまして、ある時、道で、ファンに突然蹴られたんですって。それをなんて返したって思います。「ナイスキック」ですよ。 「お茶が怖い」とほぼ同じだな。って。そう思って、一旦、私が考えた冗談を一切入れずに、その人達の気持ちになって、なるべく受けようとか考えずに一生懸命やってみたんです。これが、受けようと思ってないのに、意外とお客さんが笑うんですね。いやはや、奥が深い。と、私思いました。でも、そのままやると今度は私が面白くなくなってきて、飽きちゃって。やっぱり、自分の冗談も入れたいな、と欲が出ちゃいましてね。それで、ちょっとずつ冗談入れ始めて、受けたり、受けなかったり、それはお客さん次第のとこもありますけどね。で、割と受けたものは残して、それから、私は好きだけど、もう一つ受けなかったな。という冗談も毎回試したんですね。で、今日初めて、「アリが怖い」が受けたんです。という事で、え、 「‥‥今度は、お茶が怖い。アマチュア落語クラブ『こわい家スベルノ」でございました。ありがとうございました」

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霧の神ゴブリン

いや~、霧がすごいんですよ。視界ゼロで、足元がどこだか分からない。服は湿って泥でベタベタ、靴底ツルツル。スマホを取り出すと、画面は明るいけど、通信はすぐに途切れ、Wi-Fiも4Gも死んだ。いや~、現実感ありすぎて笑えない。初めて行きましょう、配信番組『今日も元気に山歩き』♪(ドラクエのオープニングテーマを口ずさむ) 目を覚ますと、知らない木の天井。ランプは煤け、窓の外には麦畑と石造りの塔。扉が軋み、緑色の影。 「うお!誰?」 「外には出られんぞ」 「喋った!??」 「霧がある。その中に神ゴブリンがいる。すべてを知り、すべてを喰らう存在だ」 「なんの話?」 「霧の向こうに外がある。神ゴブリンがいて、出られない」 「外があるの?」 数日、私はこのゴブリンたちと暮らした。木を切り、釣りに出かけ、山菜を摘む。彼にも性格があり、赤と青のゴブリンは特に仲良くなった。赤はよく喋り、青は静かだが好奇心旺盛だ。赤と釣った魚を焼きながら笑ったり、青が私のスマホを覗き込み、手触りやスワイプ操作を楽しんだりしていた。 しかしある日、赤ゴブリンが「外に出る」と言い、霧に突入した。 青と私は止めたけれど。 霧の中、光線が四方八方に走り、噴煙が肌を焦がす。咳き込み、泥と湿気で足は滑り、地面はぐちゃぐちゃ。悲鳴は霧に飲まれ、麦畑に穴が開き、赤は一瞬で吹き飛ばされた。焦げる匂い、熱風が背中を撫でる。私達は立ち尽くす。 青ゴブリンは赤を追い討ちしようと突入する。背中に復讐心、胸に希望を抱き、霧を掻き分けて黒い板を探す。レーザーが腕を掠め、熱風で毛が焦げ、轟音が耳を突き抜ける。バキッ、ドーン、ヒュン!火花が飛び、煙が目を刺す。青もまた吹き飛ばされ、麦畑に倒れた。絶望。一旦、撤退だ。 村に帰り、残されたゴブリンたちは地面に打ちひしがれ、呻き、泥に顔を押し付ける。心は氷のように冷たく、恐怖に固まった。 その夜、私はスマホを取り出した。画面には霧の中で吹き飛ばされた赤と青、神ゴブリンの背中の黒い板が光る瞬間が録画されている。通信は途切れているのでリアルタイムではないけれど、画面の映像は仲間たちの目を光らせた。いつ間にかたくさんのゴブリン達が集まっていた。 「ねえ……あの板、触れば止められるかも」 「もしかしたら……外に出られるかもしれない」 希望が広がる。絶望に打ちひしがれていた彼らは、スマホの光に背中を押され、再び立ち上がった。 霧の中、15体のゴブリンが隊列を組んで突入する。光線が裂け目なく飛び、煙が肌を焦がす。咳き込み、皮膚が焼け、泥まみれの足は滑る。叫び声が霧に吸い込まれ、バキッ、ドーン、ヒュン!火花が跳ねる。次々に倒れ、全滅。 麦畑に焦げた穴。私は泥と血で息を荒くし、剣を握る。盾で光線を受け、背中の黒い板を目で追う。揺れた……わずかに揺れた!希望の光。 ⸻ 暗闇に紛れ、一人で霧の中へ。全身泥まみれ、手は震え、足は冷たい。神ゴブリンの巨体を目で追い、背中の黒い板が光る瞬間を狙う。レーザーが掠め、熱風が体を撫で、火花が散る。耳が鳴り、鼻が焼ける匂いで満たされる。 息を止め、手を伸ばす。 ——カチッ。 赤い光が消え、巨体が崩れ、霧はスーッと消える。身体が震えた。オフスイッチだった。本当に…… 霧が晴れ、見えたのは道路、標識、電線。千葉県境界防壁区域の看板。 私は現実に引き戻された。異世界ではなかった。ゴブリンたちが神と崇めた存在は、人間が設置した監視・防御用の機械だったのだ。 ⸻ 千葉県境界防壁区域での事件報道(朝目新聞) ゴブリン型監視装置停止、境界区域内で作動事故発生 2025年10月23日、千葉県境界防壁区域に設置された大型監視装置が何らかの理由で停止した。付近で作業中の目撃者によると、装置は霧状の発煙と光線を発し、付近の小型試験用ゴブリン型ロボット多数が破損した模様。 目撃者の男性(匿名希望)は、「四方八方からレーザーが飛び、逃げる暇もなかった」と語る。装置の制御系には外部からのオフスイッチが存在することが確認されており、最終的に手動で停止されたという。 県防災課は「装置は監視・防御目的で設置されたもので、誤作動の原因については現在調査中」と発表。事故により人的被害は報告されていないが、破損した試験用ゴブリン型ロボット多数は回収された。

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さんま、喋る猫

仕事終わり、今日は何となくいつもと違う帰り道を歩いていて、あら、こんなところにスーパーなんかあったかしらん、と見た事もない小さなスーパーに入った。たしか名前が「アニマルトーク」とか看板に書いてあったかなぁ。お店は小さいけど品揃えはそれなりにあって、新鮮だし、いいお店かも~。 そのお店では少し高めのサンマと大根を買って、ウキウキと店を後にした。さんまだ~!わーい! お家に着いて、風呂上り、ビールを飲みながら料理をするのが好きな私は、今日の仕事でムカついた事を延々と飼い猫のトッチャンに愚痴りながら、親の仇のように大根をおろし、魚焼きグリルにサンマを入れた。サンマの匂いにつられてトッチャンがグリルに近づいてきてじっと見ていた。「いい匂いだねぇ」と頭を撫でて、グリルを開けると、うまく焼けているじゃな~い。 私はグリルから皿にサンマを移し替え、大根おろしを添えた。トッチャンが私のサンマの皿に近づき、「みゃあみゃあ」と鳴いている。食べたいのかしら、とスマホで検索して猫が食べても大丈夫そうだ。と、トッチャン用のお皿にプレーンの骨のない身をほぐしたサンマを取り分けてあげた。 テーブルについて、サンマを前に「いただきます」と言うと、横から「おいしっ」と聞こえた。ん?と声のした方を見ると、トッチャンがサンマに貪りついている。 私は気にせず大根おろしに醤油をかけて、サンマと一緒に口に入れると、「んま~」と言った。「とてもおいしいです」とまた声が聴こえ、振り向くと、「いい秋刀魚買ってきましたね。身がプリプリしてて」とトッチャンが口を動かして声を出してた。 「いいい今、トッチャンが喋った?」 「はい、この秋刀魚を食べたら、なぜか声が出ました。あ、いつもお世話になってます」 それから、トッチャンと毎日話した。最初は驚いたけどね。そういえば、あのスーパーあれから見つけられなくなっちゃった。スマホで検索してもマップにも出てこない。 そして、トッチャンも時間が経つといつの間にか喋らなくなった。相変わらずサンマを焼くとおねだりはしてくるけれど。「なんだったんだろうね、トッチャン」と頭をポンと撫でた。  

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ハガキ職人探偵

バスを降りると、桜が満開であった。 もうそんな季節か、と不意の桜に目を奪われた。ある男と同じバスに乗り、男が降りたバス停で私も遅れて降りると桜並木が伸びていて、桜が咲き乱れていた。何年か振りに満開の桜を見たような気がする。そして私は今、ある男を尾行している。 話は一週間ほど前にさかのぼる。我が探偵事務所で、いつものようにスマホのアプリのタイムフリーでお気に入りのラジオを聴きながら、コンビニで買ったざる蕎麦をすすっていると、いつの間にか、おかっぱ頭の猫目の女が事務所の扉の内側に立っていた。ラジオのせいで扉の音に全く気づかなかったようだ。目が合うと女は「すいません、やってますか?」と閉店間際のレストランのウエイターにでも声をかけるかのように声を発した。私も思わず「いらっしゃいませ」と声を発していた。探偵事務所で「いらっしゃいませ」はないだろうと苦笑しつつも、女をいつもの相談席へ促した。女はタブレット端末を取り出して、男の写真を私に見せてくれた。彼女の話によるとその男について「普段何をしているのか?つがいの女(奥さんや彼女の事だろう)はいるのか?」などを調査してほしいようだった。よくある浮気調査か何かだと、その時は思っていた。 男から少し離れて後ろを歩く。左手に何やら観光地のような開けた場所があり、男はそこへ吸い込まれるように入っていった。私も男に続き、観光地のような所に入ると、あたり一面そば屋があり、不思議な気持ちになった。鬼太郎茶屋という看板の出ている店があり、もしかすると妖怪の仕業により、そば屋の迷宮に迷い込んでしまったのかもしれないと一瞬思ってから、あんまり面白くないなと別の冗談を探したが、特に浮かばなかった。妖怪「そばすすり」の仕業かな。と少し面白くなりそうな根っこをつかみ、「そばすすり」の見た目を想像した。たしか妖怪の中に「人が入った後のお風呂に進入して、垢をなめる」という「アカナメ」という妖怪がいた。人がすすった蕎麦をすすりに行く妖怪?すすった蕎麦は後に残るだろうか?と疑問が残ってしまうとあんまり面白くないので頭の中で「そばすすり」の単語だけ残してアカナメ案を却下していると、目の橋で追っていた男は、たくさんあるそば屋の内の一つに入っていった。  男の家から尾行しているのだが、有給かなにかで今日は働く様子もなく、かといって女に会いに行くような様子もない。今日は何もしっぽが出てきそうにない。私も同じ店に入り、男の後ろの席に座り、男の背中を見ながら蕎麦をすすった。男の丸くなった背中から美味そうにそばをすする音が聞こえる。そこで私が妖怪「そばすすり」であったなら、男のそばを吸う能力を奪えるのではないか、と考えた。そばをすすれなくなると、どうなるだろう?ずずず、という音が聞こえなくなり、くちゃくちゃと蕎麦を嚙みちぎるようになるだろうか?ここで、私はある結論に至った。そばをすすれなくした所で、なんなんだ。私にとって何のメリットがあるというのだ。男の不便を見て、ほくそ笑むくらいしか思い当たらない。と、そばすすりについて試案を重ねていると、ブブブと男のスマホが鳴った。  どうやらメールかラインが来て、それを確認しているようだった。私も男のスマホを見ようと身体を伸ばしてみたが、うまい具合に光が反射して、全く画面が見えなかった。くそう、こんな時、妖怪「そばすすり」なら、蕎麦の音を消せるのに。いや、だから、何の意味があるのか。蕎麦の音を消したところで、スマホの画面が見えるわけでもなしに。男がスマホに何か打ち込んでいたのをみて、やはり、私が妖怪「そばすすり」であったなら、蕎麦の音だけでも消せるのにと考えたところで、「だから意味ないって」と脳内で指摘した。ここまでの私の頭の中だけのやりとりは面白いかもしれないが、いざラジオに送るネタメールとなると、少し長い。それを考えると「そばすすり」は残しつつ、もっとコンパクトにしたい所だ。など考えていると、男はいつの間にかそばを食べ終えており、会計を済ませて、店を出るところだった。私も即座に会計を済ませて、店を出て、男を見失ってはいけないと、辺りを見渡した。今出た店の裏手から猫がこちらに向かってチャッチャッチャと音を立て角を曲がり、ものすごいスピードで走ってきた。横に避けようとすると、猫は目の前で止まり、ボワンと煙を吐き出すと、猫の姿が消え、目の前におかっぱ頭の猫目の女が立っていた。  「みゃう少し。みゃ、みょ、も、ゴホゴホ、もう少し真面目にやってもらえますか?」  「え?や?人が猫に?」  「真面目にやってもらえますか?あなたさっきからうわの空じゃない」  私は猫が人になったという不思議な出来事に驚くよりも先にムッとしてしまい、「真面目にやってますよ。ほら」と、スマホを見せた。そこには、男の写真が何枚か映っており、さっき男に来ていたメールの中身もくっきり映っていた。胸にボールペン型の小型カメラをさしていて、私はことあるごとに、写真を撮っていたのだ。小型カメラはスマホと連動していて、自動的に写真を保存できるようになっている。 「ほら、特におつきあいしている女性もいなさそうですよ」と、メールの文面を見せると、女性からメールが来てはいるが、「今日も来週もこの先ずっと予定がないの。(省略)ごめんなさい」というような内容の文面だった。男はどうやら今日は女性と二人で来る予定だったが、断られ、一人でやむなくやってきたのだろう。目の前のおかっぱの女はほっとしたような表情を浮かべ、私にお礼を言った。女は男を追いかけていって、神社の境内に入り、賽銭箱の行列の前で男に追いついた。どうやら、おかっぱの女と男は顔見知りらしく、遠くから見ると、つがいに見えなくもない。考えると、つがいって言葉を人間に対しても使うのだっけ?つがいの人間。なんだか、人間を食べる妖怪目線に見えなくもない。「つがいの人間。うまそうだな」とか「つがいの人間は久々だぁ」とか言いそうだ。つがいの妖怪という言い方はありそうだな。と、スマホで調べてみたら、男女の妖怪をつがいと言うようだ。逆にカップル妖怪というと、違和感があり、少し笑いそうになる。ジリリリと目覚まし時計が鳴り、「やっべ、こんな時間だ」とトーストをかじりながら、制服で走っていく男、妖怪そばすすり、曲がり角でぶつかり、頭の上で星がきらきらしている猫娘。二人の出会いは最悪だった。「今日は転校生を紹介する」と教室に入ってくる猫娘。それに気づいた妖怪そばすすりが「あ!朝の男みたいな女!」「誰が男ですって。立派なレディよ、私」とかなんとか始まるラブストーリーがあったんだろうなぁ、と境内の今日追いかけていた男。あいつはきっとそばすすりで、猫が化けたおかっぱの女、あいつは猫娘だ。と、私は思う。そばすすりと猫娘がベタな出会いしたこの話を、メールにしたためて、私のお気に入りのラジオ番組宛に送った。ラジオネームは、まだない。 

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昔の家を見に行く

「近所でお祭り?みたいだよ。今日」  と、朝、起きぬけに妻が喋っていた。もう冬もとっくに終わり、春が来て半ば、世の中は連休2日目に入っていた。今朝は気温もちょうどよく、外から陽光が差していて、なんてご機嫌な日か。  私はぼーとした頭で、朝の一服と起き抜けのタバコを一本くゆらせていた。陽の光に煙が溶けて行く。連休も始まったばかりで、私の心も少しばかり浮かれていて、祭りと聞いたら、これは行かずにおられませんな、とは思ったものの、私が今日行くべき場所は決まっていた。私は連休なのだが、妻はシフト制の仕事という事もあり、二人の休みが合う日は今日くらいしかないのだ。だが妻は近所の祭りへ行く気持ちでいるようだ。たしかに、町中に貼ってあるポスターの何月何日に「お祭り」のポスターが貼ってあり、そのポスターを見るたびに「あ、お祭りがあるんだ」とか「楽しみだ」など会話を交わしてはいた。 しかしながら、私はそういったものを一切無視して、タバコの火を消し灰皿につっこむと、「三鷹と深大寺の間くらいにあった昔住んでいた家に行きたい」とほぼ独り言のような形で言葉をヤニと共に吐き出していた。約十五年前に地元から出てきて初めて住んだ部屋に行きたいという衝動が急に湧いてきたのだ。妻に聴こえていたかどうかは、わからないまま冷蔵庫まで歩いていき、ペットボトルの水の蓋を開けて、飲んだ。目線の先に、我が家の飼い猫がいて、目が合う。この猫は私が結婚する前から一緒に暮らしていて、そろそろ10歳になろうかという年齢だ。子猫のころから飼いはじめ、今は見事にぼてっと太っている。私の目線の先で、ふてぶてしい顔をして私を見ていて、あくびをしていた。私の足元では2年ほど前に買い始めた小さめの猫がうろついていた。 「三鷹まで、乗り換え1回くらいじゃん」  と、急に話しかけられ、何のことを話しているのかわからなかったが、スマホの乗り換え案内のアプリを見せられて、妻も私が十五年前に住んでいた部屋に行く事を了承したらしい事がわかった。電車によっては、最寄駅から一本で行けたはずだけれども、機嫌を損ねてはいけないという思いと、乗り換えで行く方が電車の来る本数も多いから、特に言う事でもないし、とぐっと飲みこんだ。  「三鷹に行く。でいいの?」  「良いも何も行くんでしょう。何年前?住んでたの」  「たしか、二十五歳くらいの時に住んでたから、十五年前くらいかな」  「二十五くらいって、あなた今四十五でしょうに。二十年前じゃん」  「そう、十五年から二十年前かな。ついでに深大寺で蕎麦も食べよう」  「蕎麦、いいね。おっけい」 十五年前ではなく二十年前だった。記憶が曖昧だ。まだ四十歳になったばかりだと感覚的に思っていた。しかしながら、二十年も経っている気がしない。心の成長的に。 お金もなく童貞でもあった二十五歳のころに比べれば、多少お金に余裕はあり、結婚もしている。しかし、四十五歳という実感が自分にあまりにもない。昨日も連休初日とはいえ、妻が仕事でいないのをいい事に朝からテレビゲームにのめりこみすぎて、昼めしを食べ逃し、午後四時ごろにお腹いっぱいカップ焼きそばを食べて、夜ご飯をあまり食べれなかった。という大学生みたいな事をしてしまっていた。二十年前から同じような事を繰り返してしまっている気がする。 電車に乗る事だいたい1時間。結局、中野駅で乗り換えて、三鷹方面の電車に乗った。電車の中は連休中でやや混雑していたものの途中で座れて、スマホなどを見たり、景色を見たり、車内のポスターを眺めたりしているうちに三鷹駅に着いた。 20年前の記憶を頼ると、南口の方へ降りて道をまっすぐ行って、突き当たりを曲がった所の小道に入った先に昔住んでいたアパートがあったはずだ。記憶を頼りに、歩き始めた。しばらく進むと、妻から「何か昔と変わっているか?」と質問されて「確かここら辺のビルに、よく通ったネットカフェがあって」と指さした所がお洒落なワインバーになっていた。都心からやや離れていたので、そこのネットカフェは普通のカフェにパソコンが置いてあるだけで、特に時間で料金が変わる形態ではなく、コーヒー一杯で何時間でも居座れた。「この辺にレンタルビデオ屋とかあったんだけど、駐車場になってる」「あれぇ、でっかいスーパーなんか出来てる」「ここにスタバも出来たんだ」「二十年も経つと、色んな建物建ってんだな。昔はもっとさびれててさ」など説明しながら歩き、突き当りに辿り着いた。しかしながら、小道の記憶が違う。あれ、ここじゃないや。おかしいな。とスマホを取り出し、地図を確認した。スマホなど使わなくとも二十年前は毎日、家と駅を往復していたのだから、記憶で行けるだろうと、自分の記憶力を過信していた。スマホで地図を確認しておけばよかった。 「地図くらい確認しときゃいいじゃん」  と、妻に言われて、ああと不機嫌が出ないように答え、地図を確認すると、真逆の方向へ歩いていた。深大寺方面でなく武蔵野駅の方へ向かってしまっていたようだ。五月とはいえ、日差しが強く、暑くて、駅の方へ同じ道を戻るのがめんどうくさかったものの、電車で一時間かけてせっかく来たのだからと、三鷹駅まで戻り、そこから反対方向へ歩いた。こっち側の方が確かにしっくりくる。変わらずさびれているし、記憶とバチンとあっているような感覚がある。反対側に歩いて行くと、よく通っていたネットカフェの建物があり、中は不動産屋になっていた。レンタルビデオ屋はやはり跡形もなくなっていて、こちら側も同じく駐車場になっていた。けれどもビデオ屋の前の通りが記憶とガッチリ合った。こちら側には大きなスーパーもスタバも出来ていなかった。 「全然、違うじゃない。さっき得意げにネットカフェがここで。とかなんだったの?」 「何だったんだろうね。完全にこっちだわ、二十年前住んでたの」 「十五年前とか言ってたし、全然覚えてないじゃない」 「得意げに喋ってたな。ほぼ毎日通ってたんだけどな。記憶って信用できないねぇ。あ、あそこのコンビニでバイトしてたよ」 「ほんとに?」 「それは、さすがに本当だって」  突き当りまで来て、小道に入り、ああ完全にこっちだと思い、さらに奥に入っていくと、昔住んでいたアパートがまだ残っていた。 「あった!あれだ。たしか角部屋に住んでたから、端っこ。今誰か住んでるかな?」 「あれ、こっち側から中見えるよ」  と、アパートの端に出窓があり、そこから部屋の中が見渡せた。何も置いてなく、カーテンもなく、誰も住んでいない様子た。その部屋には折り畳み式のベッドが据え付けられており、折りたたまれた状態になっていた。そこで折り畳み式ベッド?はて?となり、記憶をたどると、ベッドのある部屋に住んだ記憶がない。もう少し出窓の奥に入ると、角部屋の隣の部屋のベランダが見えた。隣の部屋のベランダを見た途端、とても懐かしい気持ちになり、あれ、この感覚は。「あ、俺、住んでたのこっちだ」と、隣の部屋を指さした。「もう信じらんな~い」と、妻に言われているものの、懐かしさで、私は何とも言えない気持ちになっていた。あそこで初めて一人暮らしをした。自由と若さを満喫していたのだ、俺。あの頃はあの頃で楽しかった。お金がなくて、コンビニのバイトでもらった廃棄弁当だけで1年くらい過ごしたり、暇をつぶすのにタダだから図書館で借りた本を日がな一日読んだりしていた。ユニットバスだけど風呂があり、よくラジカセを持ち込んで、ラジオを聴きながら半身浴とかして、誰にも怒られない。自由を満喫していた。近所で多分ペット禁止なのに、猫を飼っている部屋があり、よく猫が私の部屋に来ていた。廃棄弁当の魚類をあげたりしていた。 目的も果たして、深大寺までバスで行き、そばを食べて帰った。帰りの電車で妻がぽつりと言った。 「家の近くのお祭り、行きたかったな」 「来年でも。再来年でも行こうじゃないの」 と私は言って、陽も落ちて外灯の明かりがつき始めた家路を歩き、猫待つ我が家へ帰っていった。  

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夕日の記憶

僕が覚えているのは、町が夕方に染まった道路だけだった。 僕が忘れてしまった記憶。部屋で夕焼けを眺めていたら、その記憶が不意に蘇ってきた。 夕方に染まった道路がどこまでも続いていた。ひたすらにお腹が空いていた。何か食べるものはないかと、ウロウロと歩いていると、大きな車が横を通り過ぎた。当時は車だと思えず、なんだか大きい鉄の塊が向かってきて、本能的に危ない感じがして、必死で避けた。 しばらく歩くと、「にゃーにゃー」と中から聞こえる家があった。僕も「にゃー」と返すと、「来るんじゃない」とその中の猫の一匹が忠告した。でも、せっかく仲間に会えたのに、と窓から中を覗くとたくさんの猫たちがいた。窓をトントンと叩き、「ねぇ食べるものある?」と聞くと、猫たちはこちらを振り返った。猫たちは僕以上にガリガリにやせ細り、あきらかに何も食べていないようだった。猫たちは僕を見つけるとこちらの窓の方へ群がってきた。「タベモノ、あるか?」と僕に聞く。「僕もタベモノ食べたい」と返すと「そうか、ないか」と奥へ戻った。「ねぇ、ここの人間は?」と聞くと、猫たちは視線を落とし、「いたけど。もういない」とつぶやくように言った。「中に入れてよ」と言うと、猫たちは猫用の入口を開けてくれた。 中に入ると、とても嫌なにおいがした。僕は一匹の死んでいる猫を見かけ、必死で猫用の入口に戻り、家を出て、ひたすら走った。あの人達、多分、仲間をたべてる。と必死で逃げた。 しばらくして、また車が横を通り過ぎた。車が通りすぎる時カランカランと音がして、そちらを見ると、人間が捨てたらしき缶詰が転がっていた。中を見ると、少し中身が残っている。サバだ。僕は貪り食った。やがて雨が降り出し、高架下で雨宿りをしつつ、まだ味のする缶詰をくわえていた。水たまりが出来て、水を飲もうと僕の顔を見ると、ガリガリの猫が映っていた。雨が上がり、どこまでも届きそうな夕焼けが広がっていた。 これが私の記憶。この人はそんなこと知らないと思うけど、無邪気に頭をなでてくる。僕もそれに応じる。幸せだ。いつでもごはんがあって、幸せだ。

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小人の人面瘡

「おはよう」 ある朝、目が覚めると小さな人のような形をした影が私の鼻の上に立っていた。「あ、起きた」とその小さな人が言うと、どこかへ走り去っていった。変な夢を見たなぁ。と起き上がって、布団をしまい、身支度をして会社へ出かけた。 翌朝、また「おはよう」と聴こえて目が覚めた。今度は「おはよう」に返事をするように「おはようございます」ともう一つの声が聴こえた。パッと目を開けると、私の鼻の上で、人型の小さな影が二つになっていた。 「いたんですね」 「ええ、ついさっき」 と何やら会話を交わしていた。今度ははっきりと小さな人が二人いた。 私は寝ころんだままの姿勢で「これは一体なんなんだ?」とその二人に訊ねると、その二人の小人は慌てて私の鼻の穴に入って隠れた。私は鼻息を勢いよくふーと吹くと、二人は私の体にくっついたまま鼻の穴からお腹のあたりまで滑っていった。なんだこれ、気持ち悪い、と私はお腹に移動した二人を眺めていた。お腹の上を走り回る小人の一人を指でつまむと「ぎゃ」と声をあげた。私も自分の体の感触を指先に感じて、余計に気持ち悪くなった。 「これ、なんだよ」とそのつまんだ小さな人に訊ねると「ぐぅぅぅ」と声を出せないようだったので、少し指先を緩めた。 もう一人の小人が私に祈るような格好で「あの、すいません。すいません」と言っていた。 「人面瘡ですよ」とつまんでいる側の腕のひじ辺りから声が聴こえた。もう一人いたようだ。ひじの辺りを見ると、小人が洋服を着て、眼鏡をかけていて紳士のような恰好をしていた。その紳士の小人が私のひじの辺りから、話しかけていた。 「我々は人面瘡というものらしいのです。あなたの記憶なのか、わからないけど、人面瘡だという事はわかっているのです」 「ちょっと待ってくれよ。人面瘡って、単体じゃないの?」 「なぜ単体でなく複数か?それについてはわたくしにも、検討がつきません。蕁麻疹のような感じで、たまたま複数なのかもしれません」 「どうして服を着ているの?」 「わたくしが念じると服を出せたり、本を出せたりするのです。あなたの細胞が変化して」 「なんだそりゃ。みんなそうなのかい?あと何人いるんだい?まだ増えるのかい?」 「はい。信じる力が強ければもっと大きいモノでも。信じる力には個体差はあるみたいですけれど。今はまだここにいる三人。けれども我々はまだまだ増えていきます。ほらそこにも」 まだ夢が続いてるのだろうか。人面瘡って。昔漫画で読んだ気はするけれども。増えていく前に医者に行こうと、家を出た。 医者に診てもらったものの、小人の奴らは隠れてしまい、何度説明しても、抗うつ剤が処方されるだけで、どうも要領を得なかった。それから、色んな病院へ足を運んだ。 「今回も残念でした」と紳士の小人に医者に行く度、言われた。 それから、数日が経ち、人面瘡はどんどん増えていった。いつの間にか五〇数人くらいは、いるようだ。また数日が経ち、ある日、私の腹の上の三か所にテントが出来ていた。今度こそ、と医者に行くも、医者に見せる時には、テントはなぜか引っ込んでしまう。私の細胞で出来ているからだろうか。皮膚の中に引っ込んでしまうのだ。写真を撮って、医者に見せても、「良く出来てますね」と言う返事のみで、合成写真か何かと思われてしまう。 やがて木造建築らしき建物が私の腹の上のあちこちに出来た。人々は道を作り、町中で抱き合うような奴も出てきた。「せめて家に帰ってからにしなさいよ」と私が言うと、彼らは恥ずかしそうに家の中に入っていった。翌日には、その小人カップルに子供のような小人が一人増え、三人が家から出てきた、なんて、かわいらしい。私はなんだか彼らに愛着を持ち始めてしまったようだ。毎日、小人たちなりの生活があり、いつの間にか、私はすべての人面瘡を愛おしく感じてしまっているようだ。元々、自分の細胞であるからかもしれないが。 ある日、私が立ち上がろうとすると、地震が来たかのような大騒ぎになり、小人たちの家が潰れ、小人の何人かも潰れて死んでしまった。先日の子供のいた小人の両親二人とも潰れ、その横で子供の小人は泣いていた。 小人たちは三日三晩泣き続け、私はひどい事をしてしまった。と私も泣き続けた。何人の小人の命を奪ってしまったのだろうと、ひどく後悔し、私は家族に助けを求めた。 私の食事や排泄は最初のうち父と母が面倒を見てくれていた。父と母は最初は驚き悲しんだし、他にも色々あったけれども、どうにか慣れてくれた。慣れてくると、私のお腹の上を楽しそうに眺めるようになった。そして、しばらくして私はまるで動けなくなってしまった。 やがて、小人たちはマンションのようなものを建て始め、コンビニやカフェ、ショッピングモールのようなものも出来ていった。鉄道のようなものや車のようなものも道を走り始め、大型ビジョンや看板が立ち並び、有名な小人も現れ始めたようだ。私のお腹の上に「文明」が生まれ、街が出来た。人面瘡の街が。 私は立ち上がることはもうできない。自分の意思で自由に動くことも、昔のように働くことも、散歩することすらできない。それでも、目を覚ますたびに、誰かが小さな声で「おはよう」と言ってくれる。誰かが私の腹の上で人生を営んでいる。 私は、神になった気分だった。 いや、もう、神なのかもしれない。

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ズボンの中の来訪者

朝、通勤で満員電車に乗っていた。満員電車ではあるけれども、車両の端っこの連結部の扉に寄りかかりつつ優先席の前に立っていた。スマホに有線のイヤホンを繋ぎ、ラジオを聴きながら、漫画を読むか、小説を読むか、ナンプレをしているかが大体の日課なのだけども、その日は確かkindleで小説を読んでいた様な…。 「ループ」というタイトルの「リング」「らせん」の続編。「リング」も「らせん」も原作は読んでいなく映画を数十年前に見た程度の記憶。100ページくらい読んだところで全然貞子が出てくる気配がなく、がん細胞と世界の長寿村と重力値みたいな話が延々と続いている。面白くなるのだろうか?と思いつつ、勃起した親父ががまん汁をシンクに付けてそれを主人公である息子が掬い取って顕微鏡で観察し、「これが僕の産まれたルーツなのか?」みたいなくだりに笑いそうになる。貞子の映画を観た時より狂気を感じてしまった。 ところで、電車に乗ってしばらくしてから、私の股間から数センチほど下の内股がなにやらチクチクする感じがあり、ズボンの上から触ってみると何かが蠢いていた。「ひっ」と声が出て、どうやら何かの虫がズボンの中にいる事に気が付いた。とりあえずズボンをばたつかせ、下に落ちて裾から出ていっただろうと、「ループ」の続きに戻ろうとしばらく読み進めていると、今度はモモの内側でなく外側がチクチクする。「うわぁぁぁぁ」と叫びたくなるくらい気持ち悪かった。 もう一度ズボンの布の上からその辺りをまさぐると、何か固いものに触れた。その固いものを握りしめ、ズボンの中で必死に下の方へちょっとずつ、ずらそうと苦心するも、私は有線のイヤホンを付けながら、リュックサックを前に抱えていて、ズボンの外側をつまんで握りしめながら下半身をくねくねさせつつリュックがずり落ちかけ、有線のイヤホンの有線が絡まったりしていた。 その虫をズボンの下の方へ移動させて、ズボンの裾から出したいのだけども、目の前に座っているおじさんがさっきからどうも怪しげに私を見ている。隣に立っている人もゴミを見るような眼で私を見つめていた。 いつの間にか虫を取る事に夢中になってるうちに不審者になっていたようだ。「違うんだってば、得体のしれない虫がズボンを蠢いているんだって!」と訴えたかったけど、その勇気は出なかった。 痴漢の被害者の気持ちが少しわかったような気がした。まじ気持ち悪いもの。得体の知れない虫に私いま痴漢にあってるんだもの。周りの視線が痛く、とりあえずズボンの布越しにその虫を握りしめた状態で、固まっていた。次の駅で降りようと決意し、次の駅に停車するまでの5分くらいその得体の知れない虫を布越しに固く握りしめていた。拳の中で爪が突き刺さらんばかりに。 ようやく駅に着き、電車の扉が開き、虫を逃がさないように気持ちゆっくり目に車両を降りた。後ろからどつかれつつも、がっしりとズボンを握りしめて、ホームへ出ると、一目散にトイレへ向かった。 トイレの個室に駆け込み、片手でベルトをなんとか外してズボンを下ろし、ズボンの中の虫を確認しようと脱いだズボンを裏返そうとしたら、緑色に輝くカナブンが落ちてきた。カナブンは床にポトリと落ちると、足をゆっくり動かしながら、息絶えた。カナブンで良かったとホッとした。Gでなくて本当によかったと同時に、気持ち悪さがこみあげてきて、トムとジェリーのようにつま先から震えが来て、頭の上まで震えが波打った。 「まじふざけんなよ、バーロー」とトイレの鏡に映る自分を殴りつけ、鏡にひびが入り、真っ赤な拳のまま次の電車に乗った。 しばらく、ズボンの中にまだ虫がいる気がして、ときおり血しぶきとともに手で払いながら、小説「ループ」を再び読み始めた

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家族のだんらん

引っ越し初日。私は段ボールを開けて、荷物を整理していると、隣から「マイちゃん~ご飯だよ~」「は~い」という母親らしき声と娘の声の様なやり取りが聴こえた。そういえばカレーの匂いが漂っている。私もお腹が空いてきて、コンビニへ出かけた。コンビニから戻ると三十半ばくらいの男の人が私の家の隣から出てくるところだった。私は「こんばんは」と声をかけると男の人は「こんばんは。あれ、お隣ですか?」と尋ねてきた。私は「あ、そうなんです。今日引っ越してきて、後日挨拶に伺おうかと思ってました」と話し終えると、男の人は「あ、そうなんですね。よろしくお願いします」と言って、階段を下りて行った。私は家に戻ると、隣の家族構成を浮かべた。お父さん、お母さん、娘さんの三人家族かしら、とぼんやり考えていたところで、ふと何も音がしない事に気が付いた。あれ、コンビニ行く前まで、すごい家族の音がしていたのに。と不思議に思ったけれど、その日はある程度、荷解きを済ますと寝てしまった。 翌朝、「マイちゃ~ん、食べな~。冷めちゃうよ~」という声で起きた。お隣さんだ。やはり音が筒抜けのようだ。「ジャム、やだ、あんこ」とマイちゃんらしき声が聴こえた。昨日の男の人はお父さんなのかな。あ、そうだ挨拶に行かなきゃ、と思い出し。朝の身支度を済ますと私は買っておいたフィナンシェの箱を持って、隣をたずねた。 ピンポ~ンと、隣のチャイムを鳴らすと、しばらくして男の人が出てきた。 「こんにちは、引っ越しの挨拶に伺いました」と男の人も「こんにちは。わざわざどうも」と返してくれて、ご家族も奥にいるのかな?と、気になり私は家の中へチラッと目線を泳がしたものの、特に姿は見えなかった。私は「今後ともよろしくお願いします」と言って踵を返すと、隣人の扉が閉まるか閉まらないかくらいで「お菓子~?」と子供の声が聴こえた。私は多分マイちゃんだろう、と自分の玄関の扉を開け家に入った。 家に入るとお父さんの声で「フィナンシェだね」と聞こえ、お母さんが「あら~、いいやつじゃない。私、フィナンシェ好きなのよ」と言い、マイちゃんが「ふぃなんちぇ?」とかわいらしい声を出していた。お父さんが「フィナンシェってのはね・・・」と説明を始めようとするとお母さんが「堅苦しい話しなくていいのよ。おいしいのよ、このお菓子、マイちゃんどうぞ」「ふぃなんちぇ~。おいしい~」「よかったわね」と聞こえてきて、私は満足した。それに微笑ましいわね。家族っていいかもしれないな、と独身が長く、結婚の願望がなく、彼氏すらいない私にはちょっと羨ましくも聴こえた。仲のいい家族なんだな。とフィナンシェひとつで盛り上がっている隣の家族の様子を聴いて思った。 お隣さんのお母さんが「出かけるわよ~」と言うとマイちゃんが「公園いく~」と返し、お父さんが「帰りね。寄ろうね」と言って、隣の家の扉のガチャンと言う音が響くと急に静かになった。もともと一人暮らしなのに、なんだか不思議と寂しくなった。 それから、私の引っ越しが落ち着き、新しい街にも慣れ始めて、日々の生活に追われると隣の家族の声が癒しになってきていた。隣のマイちゃんの声が聴こえると、私も一緒に生活をしていて、これからマイちゃんはどんな大人になっていくんだろう、と勝手な想像をしたりした。これが母性本能なのかしら?とか、勝手にマイちゃんの成長に参加している気すらしていた。ホントに勝手だけど。やがて大きくなって、彼氏とか連れてきたりするのかな。道で挨拶されて「おとなりさん」なんて紹介されて。私は最近、寂しくなくなった。 ある日、近所のファミレスで食事をしていたら、お隣のお父さんが4人掛けの席に一人で座っていた。「あ、お隣さんだ」と思わず声をかけてしまった。「こんばんは」とお父さんが言って私は「あれ、ご家族はおトイレですか?」とずけずけと聞いてしまってから、後悔した。お父さんは少し驚いたような顔をして、「あ~はい」となんだか気の抜けた返事をして遠くを見ていた。私は急に一家団欒におしかけて申し訳なくなり「あ、それじゃ、この辺で失礼します」とそそくさと立ち去ろうとした。 「マイちゃ~ん、早く食べなぁ」とお母さんの声がふいに聴こえた。立ち去ろうとしていた私はもう一度振り向いて、お父さんを見ると「もうおなかいっぱ~い」とマイちゃんの声が聴こえた。お父さんの口元がゆっくり動き「だぁめ。残さず食べなさい」とお母さんの声だ。確実に毎日聞いているお母さんの声だ。「たべれな~い」とはっきりとお父さんの口が動いているものの声はマイちゃんだ。私は何が起こっているのか信じられなくて、立ち止まったまま動けなくなってしまった。 お父さんはいつものお父さん声で「私、独身なんですよ。全部一人芝居で。いつの間にかこんな声も出るようになっちゃって」 次の日から隣人の家族の声に、私の声が混じって聴こえた。

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あるモブ

俺は今、猛烈にうんこがしたい。足がピンと伸びる。トイレの個室は埋まっている。ここを乗り切れば俺は漏らさずに済むが、さっきから頭の中で、カンナムスタイルが流れている。♪おつかれカンナムスタイル〜。てーよてててーよ。、おつばかんなむすたぶぉぉおおん。漏れるて。漏れるて。え。。怪獣?トイレの窓を見るとデカい目が俺を睨め付けていた。一目見てこれは死に関わる目だと察した。目が瞬きをした。俺は直感的に怪獣だ!と思った。なんで、本物?え?映画。オッパカンナムスタイルぶりぶりぶりぶり

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