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7 件の小説ズボンの中の来訪者
朝、通勤で満員電車に乗っていた。満員電車ではあるけれども、車両の端っこの連結部の扉に寄りかかりつつ優先席の前に立っていた。スマホに有線のイヤホンを繋ぎ、ラジオを聴きながら、漫画を読むか、小説を読むか、ナンプレをしているかが大体の日課なのだけども、その日は確かkindleで小説を読んでいた様な…。 「ループ」というタイトルの「リング」「らせん」の続編。「リング」も「らせん」も原作は読んでいなく映画を数十年前に見た程度の記憶。100ページくらい読んだところで全然貞子が出てくる気配がなく、がん細胞と世界の長寿村と重力値みたいな話が延々と続いている。面白くなるのだろうか?と思いつつ、勃起した親父ががまん汁をシンクに付けてそれを主人公である息子が掬い取って顕微鏡で観察し、「これが僕の産まれたルーツなのか?」みたいなくだりに笑いそうになる。貞子の映画を観た時より狂気を感じてしまった。 ところで、電車に乗ってしばらくしてから、私の股間から数センチほど下の内股がなにやらチクチクする感じがあり、ズボンの上から触ってみると何かが蠢いていた。「ひっ」と声が出て、どうやら何かの虫がズボンの中にいる事に気が付いた。とりあえずズボンをばたつかせ、下に落ちて裾から出ていっただろうと、「ループ」の続きに戻ろうとしばらく読み進めていると、今度はモモの内側でなく外側がチクチクする。「うわぁぁぁぁ」と叫びたくなるくらい気持ち悪かった。 もう一度ズボンの布の上からその辺りをまさぐると、何か固いものに触れた。その固いものを握りしめ、ズボンの中で必死に下の方へちょっとずつ、ずらそうと苦心するも、私は有線のイヤホンを付けながら、リュックサックを前に抱えていて、ズボンの外側をつまんで握りしめながら下半身をくねくねさせつつリュックがずり落ちかけ、有線のイヤホンの有線が絡まったりしていた。 その虫をズボンの下の方へ移動させて、ズボンの裾から出したいのだけども、目の前に座っているおじさんがさっきからどうも怪しげに私を見ている。隣に立っている人もゴミを見るような眼で私を見つめていた。 いつの間にか虫を取る事に夢中になってるうちに不審者になっていたようだ。「違うんだってば、得体のしれない虫がズボンを蠢いているんだって!」と訴えたかったけど、その勇気は出なかった。 痴漢の被害者の気持ちが少しわかったような気がした。まじ気持ち悪いもの。得体の知れない虫に私いま痴漢にあってるんだもの。周りの視線が痛く、とりあえずズボンの布越しにその虫を握りしめた状態で、固まっていた。次の駅で降りようと決意し、次の駅に停車するまでの5分くらいその得体の知れない虫を布越しに固く握りしめていた。拳の中で爪が突き刺さらんばかりに。 ようやく駅に着き、電車の扉が開き、虫を逃がさないように気持ちゆっくり目に車両を降りた。後ろからどつかれつつも、がっしりとズボンを握りしめて、ホームへ出ると、一目散にトイレへ向かった。 トイレの個室に駆け込み、片手でベルトをなんとか外してズボンを下ろし、ズボンの中の虫を確認しようと脱いだズボンを裏返そうとしたら、緑色に輝くカナブンが落ちてきた。カナブンは床にポトリと落ちると、足をゆっくり動かしながら、息絶えた。カナブンで良かったとホッとした。Gでなくて本当によかったと同時に、気持ち悪さがこみあげてきて、トムとジェリーのようにつま先から震えが来て、頭の上まで震えが波打った。 「まじふざけんなよ、バーロー」とトイレの鏡に映る自分を殴りつけ、鏡にひびが入り、真っ赤な拳のまま次の電車に乗った。 しばらく、ズボンの中にまだ虫がいる気がして、ときおり血しぶきとともに手で払いながら、小説「ループ」を再び読み始めた
家族のだんらん
引っ越し初日。私は段ボールを開けて、荷物を整理していると、隣から「マイちゃん~ご飯だよ~」「は~い」という母親らしき声と娘の声の様なやり取りが聴こえた。そういえばカレーの匂いが漂っている。私もお腹が空いてきて、コンビニへ出かけた。コンビニから戻ると三十半ばくらいの男の人が私の家の隣から出てくるところだった。私は「こんばんは」と声をかけると男の人は「こんばんは。あれ、お隣ですか?」と尋ねてきた。私は「あ、そうなんです。今日引っ越してきて、後日挨拶に伺おうかと思ってました」と話し終えると、男の人は「あ、そうなんですね。よろしくお願いします」と言って、階段を下りて行った。私は家に戻ると、隣の家族構成を浮かべた。お父さん、お母さん、娘さんの三人家族かしら、とぼんやり考えていたところで、ふと何も音がしない事に気が付いた。あれ、コンビニ行く前まで、すごい家族の音がしていたのに。と不思議に思ったけれど、その日はある程度、荷解きを済ますと寝てしまった。 翌朝、「マイちゃ~ん、食べな~。冷めちゃうよ~」という声で起きた。お隣さんだ。やはり音が筒抜けのようだ。「ジャム、やだ、あんこ」とマイちゃんらしき声が聴こえた。昨日の男の人はお父さんなのかな。あ、そうだ挨拶に行かなきゃ、と思い出し。朝の身支度を済ますと私は買っておいたフィナンシェの箱を持って、隣をたずねた。 ピンポ~ンと、隣のチャイムを鳴らすと、しばらくして男の人が出てきた。 「こんにちは、引っ越しの挨拶に伺いました」と男の人も「こんにちは。わざわざどうも」と返してくれて、ご家族も奥にいるのかな?と、気になり私は家の中へチラッと目線を泳がしたものの、特に姿は見えなかった。私は「今後ともよろしくお願いします」と言って踵を返すと、隣人の扉が閉まるか閉まらないかくらいで「お菓子~?」と子供の声が聴こえた。私は多分マイちゃんだろう、と自分の玄関の扉を開け家に入った。 家に入るとお父さんの声で「フィナンシェだね」と聞こえ、お母さんが「あら~、いいやつじゃない。私、フィナンシェ好きなのよ」と言い、マイちゃんが「ふぃなんちぇ?」とかわいらしい声を出していた。お父さんが「フィナンシェってのはね・・・」と説明を始めようとするとお母さんが「堅苦しい話しなくていいのよ。おいしいのよ、このお菓子、マイちゃんどうぞ」「ふぃなんちぇ~。おいしい~」「よかったわね」と聞こえてきて、私は満足した。それに微笑ましいわね。家族っていいかもしれないな、と独身が長く、結婚の願望がなく、彼氏すらいない私にはちょっと羨ましくも聴こえた。仲のいい家族なんだな。とフィナンシェひとつで盛り上がっている隣の家族の様子を聴いて思った。 お隣さんのお母さんが「出かけるわよ~」と言うとマイちゃんが「公園いく~」と返し、お父さんが「帰りね。寄ろうね」と言って、隣の家の扉のガチャンと言う音が響くと急に静かになった。もともと一人暮らしなのに、なんだか不思議と寂しくなった。 それから、私の引っ越しが落ち着き、新しい街にも慣れ始めて、日々の生活に追われると隣の家族の声が癒しになってきていた。隣のマイちゃんの声が聴こえると、私も一緒に生活をしていて、これからマイちゃんはどんな大人になっていくんだろう、と勝手な想像をしたりした。これが母性本能なのかしら?とか、勝手にマイちゃんの成長に参加している気すらしていた。ホントに勝手だけど。やがて大きくなって、彼氏とか連れてきたりするのかな。道で挨拶されて「おとなりさん」なんて紹介されて。私は最近、寂しくなくなった。 ある日、近所のファミレスで食事をしていたら、お隣のお父さんが4人掛けの席に一人で座っていた。「あ、お隣さんだ」と思わず声をかけてしまった。「こんばんは」とお父さんが言って私は「あれ、ご家族はおトイレですか?」とずけずけと聞いてしまってから、後悔した。お父さんは少し驚いたような顔をして、「あ~はい」となんだか気の抜けた返事をして遠くを見ていた。私は急に一家団欒におしかけて申し訳なくなり「あ、それじゃ、この辺で失礼します」とそそくさと立ち去ろうとした。 「マイちゃ~ん、早く食べなぁ」とお母さんの声がふいに聴こえた。立ち去ろうとしていた私はもう一度振り向いて、お父さんを見ると「もうおなかいっぱ~い」とマイちゃんの声が聴こえた。お父さんの口元がゆっくり動き「だぁめ。残さず食べなさい」とお母さんの声だ。確実に毎日聞いているお母さんの声だ。「たべれな~い」とはっきりとお父さんの口が動いているものの声はマイちゃんだ。私は何が起こっているのか信じられなくて、立ち止まったまま動けなくなってしまった。 お父さんはいつものお父さん声で「私、独身なんですよ。全部一人芝居で。いつの間にかこんな声も出るようになっちゃって」 次の日から隣人の家族の声に、私の声が混じって聴こえた。
あるモブ
俺は今、猛烈にうんこがしたい。足がピンと伸びる。トイレの個室は埋まっている。ここを乗り切れば俺は漏らさずに済むが、さっきから頭の中で、カンナムスタイルが流れている。♪おつかれカンナムスタイル〜。てーよてててーよ。、おつばかんなむすたぶぉぉおおん。漏れるて。漏れるて。え。。怪獣?トイレの窓を見るとデカい目が俺を睨め付けていた。一目見てこれは死に関わる目だと察した。目が瞬きをした。俺は直感的に怪獣だ!と思った。なんで、本物?え?映画。オッパカンナムスタイルぶりぶりぶりぶり
ある試合
ガキの頃から、ずっと待ち焦がれていた。この瞬間を。この試合に出場するために生きてきたと言っても過言じゃあない。この国を巻き込んだ大きな試合だ。この試合の活躍によっちゃあ一躍スターダムにのし上がる奴もいる。だが負けたら地獄だ。SNSで罵詈雑言の嵐が飛び交い。テレビじゃボロクソに言われ、街を歩けば白い目で見られる。ひどい時には生卵を投げつけられた奴もいるとかいう噂だ。 と言っても俺はスタメンじゃなかった。スタメンじゃなかったものの。ハーフタイムで監督に呼ばれ、「行けるか?」と聞かれた。俺は心が弾むのを抑えて監督に「行きます!」と即答した。監督のプランでは俺を後半二十分過ぎに交代で出すと言っていた。俺は後半が始まるとピッチサイドでウォームアップを始めた。前半からずっと相手チームに押されていて、俺たちのチームは勢いを失っていた。走り込みをピッチサイドで続けていると「わぁ!」と歓声があがった。俺はゴールネットが揺れているのを見て、監督を見た。先制されたんだ。早く俺を出せ。今出てるあいつ、太田の野郎。何回も決定機を外しやがって、「俺を早く出せ」と監督をグっとにらんだ。監督も「わかってる」と俺に目配せをして、ボールがラインを割った。俺は監督に呼ばれる前にすでにピッチサイドへ駆け出した。ビブスを脱ぎ捨てて、ライン際で飛び跳ねた。交代ボードに俺の背番号が点灯した。やっと来た。俺の出番だ。俺が点を取るんだ。俺が何点も決めて、この国を勝利に導く。得点だ。得点が必要だ。審判の笛が鳴り、試合が再開された。得点、得点。得点、特典。購入特典。 俺は全速力で相手のボールに向かい、棒立ちの相手からボールをなんなく奪った。俺のスピードに敵は泡を食っているようだった。観客も総立ちだ。行ける。3千円。俺のスピードは通用する。相手のボールを奪うと、そのままボールを持ち運び、前から来た敵が滑り込んできたのが見え、俺はその場に急停止した。敵はそのまま俺の前を滑り抜け、俺は逆側へ一気に加速。通用している。そのまま俺は猛スピードでゴールへ向かいキーパーの反対側へシュート。バスン。ネットが揺れる。俺は勢い余って、観客席に飛び込んでしまったが、そのまま胴上げされる形でピッチへ戻された。スタジアムが歓喜に包まれた。「たまらねぇ。これだ」俺の生き様が、ようやく実った。最高だ。このまま逆転弾を決めてしまえば、俺は一躍この国のスターだ。英雄だ。購入特典だ。そう、このスピードは購入特典だ。課金した俺のスピードについてこられる奴など、いない。俺のスピードでこの購入特典のスピードで相手をぶっちぎり、二点目を決める。俺の課金はスピードまで。そして今なら、購入特典として「ブースター+」が着いてきた。このスピードをさらに加速させるスーパースピードを1試合で三回までは使用可能にしてくれる購入特典だ。さっき相手のボールを奪う時に一度使ってしまったから、後2回。オーケーだ。あと2回も使えばたやすく逆転できる。俺にパスが来て、2回目のブーストを発動し、ボールを運んだ。逆転だ。得点だ。特典だ。購入特典で英雄だ。—ドン。 鈍い音が俺の全身を駆け巡り、空が回転して、ゴロゴロと俺の体はフィールドを転がった。目を開けると俺を見下ろしている奴がいた。肩に巨大なパットをつけ黄金に光り輝いていた。肩パッドの真ん中には「極+」と刻まれていた。そいつは「月額いくらだ?」と叫ぶと、すぐに前線へパスを送った。俺に向き直り、「月額いくらだ?」と改めて俺に聴いているようだった。「3千円」と答えると、そいつはニヤニヤと笑って「なんだ、初心者かよ。俺は月額1万のプレミアム会員だ。お前だけだと思うなよ、課金」と、黄金の肩パッドを携えて、彼は悠然と走り去っていった。 「カウンター」という掛け声が聴こえ、俺は「ここだ」と3回目のブースターを使った。誰も俺に追いつけない。ボールが俺の前方のスペースに飛んできてゴール前に走りこむ。しかし、一人残っている。ボールをトラップしてノーマルそうなあいつをかわせば、さっきの黄金肩バットも近くにいない今がチャンスだ。ボールをトラップして一気にゴール前へ走った。「戻れ」と言う掛け声が聴こえた。意味がわからねぇ。これで逆転だ。 ・・・あれ、ボールがない。 振り向くとさっきのゴール前にいた奴がボールを前線に出していた。「取られた?なんだ、あいつも課金勢か?」いや、違う。特に特別な効果は出ていないようだ。基本に忠実にパスを止め、パスを出し、的確に動き出し、俺たちのチームを混乱に陥れている。サイドから黄金肩パッドが駆け上がり「虹色クロス」をあげた。その虹色に輝きながら飛んできたボールに完璧なタイミングで走り込み。角度、姿勢、入射角。思わず見とれる程、完璧だった。ゴールに吸い込まれるようにボールは軌道を描きゴールネットを揺らした。 実況が叫ぶ。 「決まった~。同点に追いつかれたものの一気に逆転!決めたのはなんと無課金の男、無課金ライアン!」
善意クエスト
山下はバイトを終えて、帰りの電車の中、自分の格安スマホでSNSを開くと「お金が欲しい…」と切実な思いを投稿した。一人暮らしの家に帰り、SNSを開くとダイレクトメッセージが来ていた。「善意で高額報酬。マウスボーイ㈱。詳しくはこちら↓」とアドレスが書かれていて、山下は迷惑メールを疑ったが、高額報酬の言葉に釣られてアドレスを押してしまった。サイトを開くと、ゲームアプリのような画面が出てきて、「善意クエスト」と画面いっぱいに文字があり、下の方に「会員登録」のボタンがある。どうやら会員登録をしなければ、これ以上は進めないようだ。山下は迷いつつも会員登録の文字をタップして、名前や電話番号、住所を登録していった。親の名前と住所と電話番号も登録する欄があり「変なの」と、思いつつ山下は親の名前や住所も書きこんでいった。メールアドレスに仮登録のサイトのアドレスが来て、メールからサイトへ入り、もう一度、ログインし直すと、ネズミをデフォルメしたようなキャラクターが出てきて、吹き出しに「高額報酬が入るかもよ~!?」と、書かれていた。吹き出しでネズミが何か色々と喋っていたけど、早送りのような形で山下はスキップしていった。しばらく進むと、画面に「クエストを選択」「設定」「遊び方」と文字がポップな感じで並んでいて、山下は早くゲームをやりたい気持ちがはやり「クエストを選択」を選び、画面をタップした。飲食店のお品書きのようにクエストらしきものが左から順に並んでいた。 「麻薬王を倒そう 百万円」 「偽宝石屋からお金を奪え 四十万円」 「臓器を運べ! 五万円」 のようなクエストが並んでいて、山下は一番面白そうなタイトルだな、と思い「麻薬王を倒そう 百万円」を選んだ。「クエストを受け付けました」という画面が出て、見たことがない老夫婦の写真と、その下に「ターゲット」と書かれいてた。横に「ターゲットの情報」と書かれていて、それをタップすると「麻薬を製造した金で富を得た極悪夫婦。人身売買にも手を染めているらしいぞ」という紹介文と富岡夫妻という名前と共に住所が書かれていた。画面に「武器を選んでください」という項目が増えて、そこをタップすると「バール」「結束バンド」「ナイフ」「バット」とあり、やけに生々しい武器だな、と思いつつ山下はバットを選んだ。「戦闘へ」という画面上にあった灰色のボタンが光を灯し、そこを押すと、操作していたスマホに突然、非通知の着信が来た。。 山下は急な着信に驚き、つい通話ボタンを押してしまった。「山下さんの携帯電話でしょうか?」とオペレーターのような女性の声が聴こえた。山下は慌てて「は、はい」と答えると、その女性は「この度は善意クエストにご登録いただきまして誠にありがとうございます」と言った。山下は今まさにプレイ中のゲームから連絡が来たことについて、何か問題になるような事をしでかしてしまったのかもしれない。とプレイ中の記憶を思い返していたが、女性は構わず続けた。 「山下さんが選んでいただいたクエストでございますが、『麻薬王を倒そう』でお間違いないでしょうか?ええ、ええ。お間違いないようですね。こちらご応募が多数ございまして、当日5人ほど一緒にクエストを実行していただく同行者がございます。マップの方とターゲットのお写真を改めて、メールさせていただきます。それで、実行のお時間なんですけども明日の正午十二時に○○駅に一度集合していただきまして、その時に我々のスタッフより山下様ご所望の武器をお渡しさせていただきます。また、武器が…」とそのオペレーターのような女性は淡々と説明を続けていた。山下は「ちょ、ちょっと待ってください」と話を遮り、女性は「ご質問でしょうか?山下様」と言った。山下は「あの、本物のバットを渡されるんですか?」と聞くと、女性は声質が変わらないまま「左様でございますが、武器の変更をご所望ですか?」と答えた。山下は不安を覚えつつも「これなんですか?クエストって本当の人を襲うんですか?ゲームじゃないんですか?」と聞いた。女性は「クエストでございますが、なにかご不明点ございますでしょうか?」と当たり前のように話を進めた。山下は恐る恐るオペレーターの女性に聞いた。 「バットで知らない夫婦を襲うって、犯罪じゃないんですか?」 「いいえ、とんでもない。クエストでございます。ターゲットの富岡夫婦は警察も手を出せず、困っている人がたくさんおりまして、それをわたくし共が善意で討伐して差し上げるという立派なクエストです。わたくし共は山下様含めた善意クエストにご参加の皆様に善意の百万円を差し上げ、そして富岡夫妻のせいで困っている人々もお救いしようという、善意しかないクエストなのです。それから、富岡夫妻は麻薬で得た財産を貯めこんでおりまして、総額にして二億。報酬は富岡夫妻から支払われるのです。ですので百万円、クエストが成功いたしましたら、山下様へ明日の夜にはお渡しいたします。それにその二億のうち、報酬として5名へ支払われる額はせいぜい五百~六百万円くらいになりますので一億九千四百万円程余ります。そのお金も今現在困っている子供たちへ還元されるのです。ですから、決して犯罪ではございません。むしろ善意でしかございません」 山下はまだ疑問が残り「でも、人を襲うんでしょう?」と聞くというより、もはや独り言のように声を発していた。オペレーターの女性は聞こえていないのか、聞こえているのか、山下からは判別がつかなかったがオペレーターの女性は話を続けた。 「山下様、ご登録の際にご両親のご住所とお電話番号をご登録いただいて…」 山下はしぶしぶ「わかりました」と答えた。オペレーターの女性が「それでは明日、お待ちしております」と言い、電話は切れた。山下の格安スマホに「件名:麻薬王を倒そう」とメールが届いた。 数日後、テレビのニュースでは「また郊外で強盗、闇バイトか」のテロップと容疑者山下の字幕とともに山下のやり切った顔がテレビ画面に映っていた。
カンザシ
カンザシを カンザスと聴き 間違えた 瞬間的な 大陸移動
時計
カチコチと 秒針を刻む 人生訓には なりそうにない ただの一度も