ハガキ職人探偵
バスを降りると、桜が満開であった。
もうそんな季節か、と不意の桜に目を奪われた。ある男と同じバスに乗り、男が降りたバス停で私も遅れて降りると桜並木が伸びていて、桜が咲き乱れていた。何年か振りに満開の桜を見たような気がする。そして私は今、ある男を尾行している。
話は一週間ほど前にさかのぼる。我が探偵事務所で、いつものようにスマホのアプリのタイムフリーでお気に入りのラジオを聴きながら、コンビニで買ったざる蕎麦をすすっていると、いつの間にか、おかっぱ頭の猫目の女が事務所の扉の内側に立っていた。ラジオのせいで扉の音に全く気づかなかったようだ。目が合うと女は「すいません、やってますか?」と閉店間際のレストランのウエイターにでも声をかけるかのように声を発した。私も思わず「いらっしゃいませ」と声を発していた。探偵事務所で「いらっしゃいませ」はないだろうと苦笑しつつも、女をいつもの相談席へ促した。女はタブレット端末を取り出して、男の写真を私に見せてくれた。彼女の話によるとその男について「普段何をしているのか?つがいの女(奥さんや彼女の事だろう)はいるのか?」などを調査してほしいようだった。よくある浮気調査か何かだと、その時は思っていた。
男から少し離れて後ろを歩く。左手に何やら観光地のような開けた場所があり、男はそこへ吸い込まれるように入っていった。私も男に続き、観光地のような所に入ると、あたり一面そば屋があり、不思議な気持ちになった。鬼太郎茶屋という看板の出ている店があり、もしかすると妖怪の仕業により、そば屋の迷宮に迷い込んでしまったのかもしれないと一瞬思ってから、あんまり面白くないなと別の冗談を探したが、特に浮かばなかった。妖怪「そばすすり」の仕業かな。と少し面白くなりそうな根っこをつかみ、「そばすすり」の見た目を想像した。たしか妖怪の中に「人が入った後のお風呂に進入して、垢をなめる」という「アカナメ」という妖怪がいた。人がすすった蕎麦をすすりに行く妖怪?すすった蕎麦は後に残るだろうか?と疑問が残ってしまうとあんまり面白くないので頭の中で「そばすすり」の単語だけ残してアカナメ案を却下していると、目の橋で追っていた男は、たくさんあるそば屋の内の一つに入っていった。
男の家から尾行しているのだが、有給かなにかで今日は働く様子もなく、かといって女に会いに行くような様子もない。今日は何もしっぽが出てきそうにない。私も同じ店に入り、男の後ろの席に座り、男の背中を見ながら蕎麦をすすった。男の丸くなった背中から美味そうにそばをすする音が聞こえる。そこで私が妖怪「そばすすり」であったなら、男のそばを吸う能力を奪えるのではないか、と考えた。そばをすすれなくなると、どうなるだろう?ずずず、という音が聞こえなくなり、くちゃくちゃと蕎麦を嚙みちぎるようになるだろうか?ここで、私はある結論に至った。そばをすすれなくした所で、なんなんだ。私にとって何のメリットがあるというのだ。男の不便を見て、ほくそ笑むくらいしか思い当たらない。と、そばすすりについて試案を重ねていると、ブブブと男のスマホが鳴った。
どうやらメールかラインが来て、それを確認しているようだった。私も男のスマホを見ようと身体を伸ばしてみたが、うまい具合に光が反射して、全く画面が見えなかった。くそう、こんな時、妖怪「そばすすり」なら、蕎麦の音を消せるのに。いや、だから、何の意味があるのか。蕎麦の音を消したところで、スマホの画面が見えるわけでもなしに。男がスマホに何か打ち込んでいたのをみて、やはり、私が妖怪「そばすすり」であったなら、蕎麦の音だけでも消せるのにと考えたところで、「だから意味ないって」と脳内で指摘した。ここまでの私の頭の中だけのやりとりは面白いかもしれないが、いざラジオに送るネタメールとなると、少し長い。それを考えると「そばすすり」は残しつつ、もっとコンパクトにしたい所だ。など考えていると、男はいつの間にかそばを食べ終えており、会計を済ませて、店を出るところだった。私も即座に会計を済ませて、店を出て、男を見失ってはいけないと、辺りを見渡した。今出た店の裏手から猫がこちらに向かってチャッチャッチャと音を立て角を曲がり、ものすごいスピードで走ってきた。横に避けようとすると、猫は目の前で止まり、ボワンと煙を吐き出すと、猫の姿が消え、目の前におかっぱ頭の猫目の女が立っていた。
「みゃう少し。みゃ、みょ、も、ゴホゴホ、もう少し真面目にやってもらえますか?」
「え?や?人が猫に?」
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カテゴリー: ファンタジー
投稿日時: 2025/10/16 14:04
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