月影羽
25 件の小説孤独の世界
目の前に広がる、白い雲。広がっては消え、広がっては消えを繰り返す。 白い雲はとても温かかった。だというのに、透明な風は冷たく、その存在を主張するように耳を紅くする。 風は耳だけではなく、心臓も冷たくした。心臓は温かく紅いから、風は居場所を求めてそこに集まる。雲は目の前にしかいかないから、心臓には届かない。ヒューヒューと冷える心臓を温めてほしいのに、顔だけ温めてくるから熱を出したんじゃないかと思ってしまう。 心臓が冷える。心が冷える。雲は白いから、紅いところには行かない。風がそこに巣食うばかり。 そうだ、ならば桃色を当ててみよう。5本に伸びて桃色なら、風が寄ってくるかもしれない。桃色を当ててみる。そこから伝わる音は早歩きをしていた。 音は早歩きをするたびに、そこに巣食う風を余計に集める。耳からも、紅かったはずのそこからも。心は余計に冷えていく。目の前に広がる雲に、上から雨が溢れそうになっていた。どうやら桃色はダメだったらしい。ダメらしいから外したのだが、音は桃色が無くともその存在を主張する。嗚呼、今にも走りそう。 風が吹き、音が走ると、次第に体を抱きしめたくなる。でも自分では足りない。そう、まるでコアラになったようだ。コアラは何かに抱き着くんだ。家には何があるだろう、枕だろうか。枕を抱きしめる。枕は温かいが、何か足りない。そうだ、人は温かい。人の中は紅くて、アレに抱きしめられたら、寒い寒い心臓ごと温めてくれるだろう。 しかしどうしようか、ここには誰もいない。誰もいないのであれば、人もいない。人がいなくては抱きしめてもらえない。 そうだ、考えよう。雲は本物でも、風は結局偽物なんだから。冷たい偽物が作られるなら、温かい偽物も作れるはず。 考える。人は抱きしめてくれている。 考える。人は温めてくれている。 考える。人は風を取り除いてくれる。 だんだん、風が止んできて、音が歩き始める。同時に雲も広がる回数を減らして来たが、心は温かくなる。体も温かくなる、気がする。 寂しくない、寂しくない。私は寂しくないの。 石の階段に腰を下ろす。ここには神様だっているのだから。 寂しくない、寂しくないから。 だから、誰か私を抱きしめて。
だから、私は嘘つきじゃない
「嘘つき」 友達の女は、私にそう言った。 「貴方なんか友達じゃない。信じてたのに」 友達だった女は、そう言い残して消えた。その後何度メッセージを送っても既読が付かない。きっとブロックされたのだろう。 「嘘をついてる訳じゃないんだけどなあ」 通知が鳴り止んだスマートフォンを眺めて、そう呟く。こういったことは、別に初めてじゃない。 私は中学の時から、”第一印象だけは”良い女らしかった。自分から人に話しかけることはあまりないけど、話しかけられたら普通に会話をするし、相談されたらしっかり聞いてあげた。曰く、私に相談すると安心するそうで、所謂メンヘラを名乗る友達やらが、よく話しかけに来た。 しかし、当の私は別に、その子の為に話を聞いている訳でもないし、その子の助けになりたくて相談に乗っている訳でもない。ただ、特別相手を拒む理由も無いから聞いていただけだ。その子の話に、何か興味があった訳ではない。なんて適当な人間関係だろう。それだからか、いつかはそんな心の内がバレて、「嘘つき」なんて言われてしまう。 私は嘘つきじゃない。だって嘘はついていないもの。 あの子は言った。 「君は何でも肯定してくれる」 だって貴方に共感したのだもの。 あの子は言った。 「君は私の気持ちを分かってくれる」 だって貴方が自分で話してきたのだもの。 あの子は言った。 「君は私の欲しい言葉をくれる」 だって私が言いたいことと貴方が欲しい言葉が同じだったんだもの。 でも、あの子は言った。 「どうして今になって否定するの?」 「今まで気持ちを分かっているふりをしていたの?」 「どうして私が欲しくない言葉を言うの?」 「この、嘘つき」 だって、貴方が勝手に私を間違えて解釈していたんじゃない!
見知らぬ感情
「違う。これは違うの」 誰かに言い訳をするように、私は呟いた。母の腹から這い出て十七年と数ヶ月。大人達からすればたかが十七年、私にとっては一千年にも感じられた十七年。今まで生きていた中で、私の胸の中に初めて巣食ったその感情。友人に相談すると、すぐにその感情の正体が分かった。有名な感情だった。友人は笑っていたが、それは私が母の胎内に置き去りにしてきた筈のもの故に酷く狼狽した。 確かにその感情に心当たりが無いと言われれば嘘になる。初めて故に正確な判断が付かずとも、その特徴から、“これが俗に言うアレか”という予想は少なかずとも付いていた。 しかし、何かのプライドからか、はたまた見知らぬ物に対する恐怖心からか、私は冒頭のように、己にそう言って聞かせた。 「ははは、お前、それ恋だよ」 狼狽える私に、友人らは無慈悲にもそう言った。私は必死に否定する。具体的な根拠を持ち得た否定ではない。ただ、それを受け入れることが怖くて、見知らぬ自分を肯定することが怖くて、訳の分からぬ言葉を発しながら必死に否定するのだ。 友人らは笑う。 「まさかお前にも春がやってくるとはな」 私は怯える。もはや声も出ない。心の中で、違う、そんな訳がないと、届く筈もないのに友人らへ届かそうと必死に叫ぶ。 −−ここで皆にも言い訳をしておこう。 私は、今までに“恋愛感情”というのを抱いたことが無かった。女に生まれながら女として生きることを好まず、それ故か幼い頃から友人も男の方が多かった。周りが男ばかりの人生−−と言うと、些か誤解を生んでしまいそうだが、私はその人達を“男”という性別で見たことはなく、ただ気の合う人間にたまたま男が多かったとしか思っていない。(と言っても、便宜上から性別でカテゴライズされた表現は使っているが) つまり、幼い頃から共に遊ぶ友人が異性ばかりだったせいで、私は異性を“恋愛対象”として見ることが出来なくなっていたのだ。 また、私は一般的な恋愛の価値観について酷く嫌悪感を覚えていた。恋を育む中で生まれる、嫉妬などの相手を束縛しかねない感情。よく聞く、「人と付き合うなら異性との関係は望ましくない」とか「彼氏、彼女を第一優先べき」とか、聞いているだけで馬鹿馬鹿しく思えた上に、私は他人に己の行動を縛られることが嫌で仕方なかったので、そういった観点からも自分と恋愛は無縁なものだと思っていた。 しかし、しかしだ。或る日に、仲良くなった“女性”に、この様なメールを送られたのだ。(その女性とは距離感がかなり近く、互いに嫁、旦那とふざけて呼び合う仲であった) 内容は、嫉妬という感情を覚えてしまったといった様なことだ。(詳しい文章は、これを執筆している私が嫌忌してしまったので記述することは出来ない) 普段の私であれば、 「何を急に。嫁旦那の呼び名はふざけ合っているが故じゃないか。まさか本気と捉えていたのか? それで嫉妬を覚えるなんて、面倒なことだ」 と思い彼女から身を引いただろう。だというのに、だというのに、その時の私は、予想に反した、天も目を剥くようなことを思ったのだ。 「は? ……可愛過ぎやしないか?」 同時に、私は先に話した恐怖に身を包まれた。故に友人らへ相談を持ちかけたのだが、返って来た言葉がアレだ。何度も否定する私に、友人らは言った。 「良い加減認めたらどうだ、それは恋だ」 認められる訳がないだろう。だって私は自分の恋愛対象を男だと思っていたのだから。そしてその恋愛対象である男に対して恋愛感情を抱くことがほぼ不可能なのだから、もう恋心など宿らないと思っていたのだ。 確かに可愛いと思ってしまった相手は男ではなく女性だ。ならば私は女性にのみ恋愛感情を抱いたのか? 否、高校へ入学式それなりに同性の友人も増えて来たが、それに対して特別何か思うことは無かった。−−本当に性別など関係無しに、その人を好きになってしまったのか……? 友人らは笑う。私はもう一度その人とのメールでのやり取りを見返す。−−嗚呼、矢張り可愛い、可愛過ぎる。何故だか、その可愛いという文字が頭に浮かぶ度に、私はその人にならば己の行動が縛られることを許してしまいそうになっていた。いや、でもこれは恋なんかじゃ……。 「なら、もしその人が他の人と付き合ったらどうする?」 絶対に嫌だ。
三年間の告白
「嫌い、貴方が大嫌い」 嗚呼、言っちゃった。墓場まで持ってくって決めてた言葉。決めてたけど、今日言おう、今言おうって思って、ついに言っちゃった。 嫌いって言われる辛さは私がよく分かってる。どうでも良い人から、嫌いな人からの言葉でも、それは心臓をもぎ取ってしまうんじゃないかってくらい辛い言葉。 君が私のことを好きだったんじゃないかって、ずっと前から気付いてた。自惚れなんかじゃない。君にとって私は特別だった。私は君に色んな初めてをあげた。初めて一緒に本を作って、初めてバイト先に招いてあげて、初めて一緒にカフェに行って……流れちゃったけど、今度、初めて遊園地に行く予定だったね。 全部君から誘ってきた。 だからこそ、辛かったよね。私に「大嫌い」なんて言われて。聞くまでも無いかな。だって君は、その言葉を聞いて酷く傷付いた顔をしていたのだから。私はそれに気付いてた。気付いてなお、言葉を続けた。一緒に過ごした三年間の、恨みを全て、包み隠さず、オブラートも無くして言った。 ねえ、私も初めてだよ。誰かに嫌いって告白したの。最悪な形で、君に初めてをあげてしまったね。 ……君は勘違いしていたんだよね? 君は女の子の友達があまりいないから、距離感が分からなかったんだよね? それで私が君に優しくしたから、いけると思っちゃったんだよね? 何言っても私が笑ってるから、何言っても大丈夫って、信じちゃったんだよね? 君の中には、常に笑顔の私がいたんだよね? ……違うよ。全く違う。 確かにね、君と過ごした三年間、ずーっと君のことを考えてた。その理由は“好き”の類義語。“嫌い”だから。君が私のことを好きだった三年間、私は君のことが大嫌いだった。君と付き合ってるって噂が流れた一年生の頃、私は否定しながら笑ってた。だからかな、満更でも無いだろって更に噂だったの。良い友達同士って先生の間で言われてたのは一年生の頃だけじゃなくて、三年間言われてたよね。 ……本当に反吐が出るかと思った。 だからね、君が私の言葉で傷付いた顔を見せた時ね、私ね、私ね……! ……本当に、どうでも良かった。 どうでも良かったの。自分でもびっくりしちゃうくらい。君が私の言葉で傷付いている。それは分かったの。でも、それだけ。「嗚呼、傷付いてるなぁ」それ以外何も思わなかったの。びっくりだね。私ね、自分のこといじめてきた人に対しても、煽ってきた人に対しても、迷惑かけて来た人に対しても、私のことが嫌いな人に対しても、相手を傷付けないように言葉を選んで、精一杯気を遣って話していたの。それなのに、君にはそんな気、全く起きなかった。それ程君のことが嫌いだったんだね。 「挽回の余地はありますか? チャンスはありますか?」 君はそんなことを言ってきたね。それに対して、私は 「無いけど」 って言ったね。目も合わせずに、感情にもなく「お腹すいた」って言うように。 そしたら君は今までごめんって謝ってきたよね。でも私は、それに対しても興味を示さなかったね。 「別に怒ってないから、謝らなくても良いよ」 「そう……いやでも、ごめん」 「うん」 「君は俺のこと嫌いだったかも知らないけど……俺は君と過ごした三年間、楽しかったよ」 「そう、それは良かった」 ここで予鈴のチャイムが鳴ったから、私は「じゃあね」って言って、教室に戻って行った。 君はその後保健室に行って、授業には参加しなかったらしいね。 後でそれを知って、その時、初めて感情が動いたの。 「アイツ傷付いて保健室行ったとしたらおもろ」
それが許された世界
静かな空間。何も見えない、広いのか狭いのかも分からない、真っ暗な空間。誰の声も聞こえない、寂しい空間。どこが端とも真ん中とも言えない空間に、私は立っていた。 私は今上を向いているのだろうか、それとも下を向いているのだろうか。何も見えない、何も感じないこの空間では、私が自身でどんな体制をしているのかすら分からなかった。 そんな中、「ポツン」という音が私の耳を撫でた。 それは雨の雫でも落ちたかの様だった。 ポツン、ポチャン。 静かな空間で、それは唯一の音だった。何も無いと思われたこの場所は、音なら存在するのだろうか。そう思って、私は声をあげようとした。 しかし、それは「しようとした」に終わってしまった。何度も何度も声をあげようとした。あでも良い、いでも良い。何のためかも分からなかったが、ただ何か、何か声をあげたかった。 ポツン、ポチャン。 声も出せない空間で、その雫だけは音を許されていた。私はなんだか悲しくなった。悲しいのに声が出せないので、寂しくなった。 ポツン、ポチャン。 唯一音を許されているその雫が、私は羨ましくなった。同時に、寂しさでパリンと割れてしまいそうな私の心を、温かく抱きしめてくれる様な気もした。まるで涙が溢れる様なその音は、私の「悲しい」を代弁してくれるように感じた。 嗚呼、あの雫は何だろう。どうして音があるのだろう。 ____触れてみたい。 そう思うと同時に、体は動き出していた。何も見えない、何も感じないこの空間で、私は自分の体を動かせているのかすら分からなかったが、ただひたすらに音のある方へ進んだ。 進めているだろうか、近づいているのだろうか。____私は、自分を動かせているのだろうか。 音は段々と大きくなる。しかし、それが大きくなればなる程悲しくなる。なぜかなんて分からない。分からないけど悲しいのは確かで、音に近づく行為は、悲しいに近づく行為の様にさえ思えた。 しばらく進んでいると、なぜだろう。真っ暗な空間の中に、ポツンと白い小さな光が見えた。それはポツン、ポチャンという音に合わせて一筋、また一筋と動いている様に見えた。 嗚呼、アレが許された音だ。 悲しくて、羨ましくて、温かい音。それはまるでこの世界の涙だった。 世界、真っ暗な世界に、私とこの涙は存在する。暗くて悲しいこの世界に、私達は独りぼっち。でも、貴方が私の代わりに泣いてくれるから、寂しいも我慢できる気がした。 いつも笑顔で、ただニコニコ笑っているだけの私。口から出る言葉は嘘ばかりで、私という人間は、どこか真っ暗な世界に迷子になってしまったみたいだった。皆んなが望む顔をして、望む言葉を言う。 私という人間は、どこかの真っ暗な世界に涙を落としながら、声も出せずに眠っていた。
神様はおかしい。
もしも、人と人を恋人にする力があったら、貴方は誰の為に使う? 両片思いでウジウジしてるあの子達? 絶対に付き合わなそうなあの二人? 喧嘩別れしてしまったあの子達? でも、もし自分に好きな人がいたら、愛したい人がいたら、貴方は誰の為に使う?____自分の為でしょう?嗚呼、こんなことを言わずとも誰かの為に使うというのも、結局は自分の為なのかしら。 特別な力は自分の為に使いたい、試してみたい、そう思うことは普通のことでしょう。 そう、普通のこと。 普通のことだから、神様はおかしい。そうでしょう? だって神様は見返りも無く人間の願いを叶えているのだもの。
無力な神は神様なのか
“様”と言うのは、偉い立場のやつに使う物なんでしょ? なら、何で“神様”なんていうのかな。友達も皆んなそうだ。君付けで呼んでくれたり、呼び捨てだったりもあるけど、ぼくを“様”と呼んでくるやつもいる。まあ、友達に関しては偉いとか偉くないとか気にしないで何となくでそう呼んでいるんだろうけど。 でも、人間は必ず神を“様”と呼ぶ。 「神様お願いします」 「神様聞いてください」 神ってそんなに偉いものなのかな? 大昔からいるやつらは強いし偉いんだろうけど、だったらそいつらだけを“様”と呼べば良い。 人間だって、他の生き物から“人間様”なんて呼ばれないだろうし、動物のことを“動物様”なんて呼ばないだろう。 なのに、何故神は“神様”何だろう。 人間のお願いを叶えるから? それとも人間には出来ないことをするから? もしそうだったとしたら、おかしいと思う。だって、神は人間のお願いを聞きはするけど必ずしも叶えるわけじゃない。手合わせて目瞑るだけのやつは何をお願いしているのかすら分からないし、口に出したところで叶えるか叶えないかは結局願われた神の気分次第なんだから。むしろ、神なんかよりも機械とか、そっちの方がよっぽど役に立つだろう。 それに、人間に出来ないことをするって言ったって、そんなの神じゃなくてもいくらでもいるだろう。例えば鳥は自分の力で空を飛ぶし、アメンボは水の上を歩ける。でも人間は“鳥様”なんて呼ばないし、“アメンボ様”とも呼ばない。 別に“様”と呼ばれることが嫌なんじゃない。敬われることは素直に嬉しいし。ただ、困惑するだけ。 それはぼくが弱いから。 他の神よりも人間の為にならないぼくまで“様”と呼ばれてしまうと、何だか騙している様な、少し居た堪れない気持ちになる。 それとも、いくら神に生まれたからとて、何の力も持たないぼくは“神様”じゃないのだろうか。 それはそれで、疎外感を感じてしまうな。 ねえ、何で皆んなは“神様”と言うの?
道の無い神
直近で頂上の見える、小さな山。山脈の端に埋まる、小さな山。 麓にある看板にはその山の名が書いてあったのだろうが、大部分が酸化してしまっていた。名前も知られぬ、寂しい山。 その中腹、獣道の様な石の階段を登った場所。真っ赤な鳥居の奥に、陽の当たる小さな神社。参拝客のいない、寂しい神社。 そこへ住まうのは、何の力も持たぬ弱い神。名前を持たない、哀れな神。 八百万の神様は言った。 「可哀想に」 いつも一人ぼっちで可哀想、誰にも頼ってもらえず可哀想。弱くて可哀想。 八百万の神様は言った。 「怠け者め」 いつも一人ぼっちなんて努力が足りない、何の力も持たないなんて努力が足りない、名前が無いなんて努力が足りない。 哀れな神は首を傾げた。 「ぼくは一人じゃない」 友達だって沢山いる。今だって、小さな友達が空で歌っている。 哀れな神は首を傾げた。 「ぼくは誰かの役に立てている」 特別な力なんて無くても。今だって、取ってあげた木の実を小さな友達が美味しそうに食べている。 八百万の神は言った。 「お前は悲しい神だ」 だって幸せの枠にいないから。 哀れな神は言った。 「ぼくは幸せな神だ」 だってぼくがそう感じるから。 友達は言った。 「貴方の思うままに」 縁の結べぬ神は言った。 「貴方の道を行きなさい」
縁の結べぬ神
あの人に逢いたい、この人に逢いたい。逢いたい人がいるなら、逢えない人がいるなら、神様に頼れば良いのでしょう。 引っ越してしまったあの人に、名前も知らないあの人に、死んでしまったあの人に、逢いたいならば頼れば良い。魂を呼ぶ、神様に。 逢いたい人に会うことは、特に現代、苦ではない。徒歩、自転車、車、電車。それらを使って直接会いに行っても良いでしょう。手紙、電話、メールを使って待ち合わせるのも良いでしょう。でもその人と連絡が取れなくなってしまったら、それで引っ越してしまったら、死んでしまったら、頼る人は0ではない最後の神様。それを縁結びとは知らず、何に対してとも考えず、ただただ目を瞑ってお願いするのでしょう。 「お願い神様、あの人に逢わせてください」 神様は慈悲深いから、そのお願いが届いたならばきっと助けてくれるでしょう。街を歩いているとき、お店でご飯を食べているとき、それとも神社でお参りをしているときに、貴方は逢いたい人に逢っている。 逢いたい人に逢えたなら、もうその縁が切れることは無いでしょう。神様が貴方達を守ってくれるから。 もしも逢えなかったと言うのなら、それは貴方のせいなので、神様のせいにしてはならない。逢えているのに、目を逸らしてしまったか、気付いていないだけだから。 もしも神様のせいにしてしまったら、すぐに謝ると良いでしょう。後ろで見守る狛犬が、神様の機嫌を直してくれる筈だから。 神様に頼る必要は無いと言うのなら、狛犬の間を通る前に引き換えしなさい。さもないと、縁結びの神様に妬まれてしまうかも。狛犬の間を通る前ならば、狛犬達が貴方を神様から隠してくれるでしょう。見えない相手に、神様は嫉妬なんて出来ないから。 何で神様は機嫌を悪くするのだろう。 何で神様は貴方を妬むのだろう。 それはとても簡単な答え。 神様も大切なヒトがいるから。 でも、自分では____。
杞憂
嗚呼、どうしよう。嗚呼、嗚呼、嗚呼! 私はどうすれば良い! 何を喋れば良い! 口の開き方は? 手の動きは? 返答の仕方は? 尊敬している方に会うのだ。粗相は許されない。正しい私であらねば! 正しい私。そうなる為には矢張り当日の立ち回りを……。 いや、その前に、準備をせねばならない。持っていくものは何だったか。そう、小説だ。私なんかが書いた小説を、我が尊敬する小説家は読んでくれるのだろうか。持ち込みを許可されたとて、受け取ってくれるのだろうか! 私は首を振った! そんなことを考えても仕方ないのだ。私はただ己の本を渡す。ただそれだけだ。 大丈夫。きっと大丈夫。なぜなら私はこんなにも悩んでいるのだから。計画を立てているのだから、不測の事態に怯えることはない。 筈だったのに! 嗚呼、神よ! お恨み申し上げます! 貴女は意地の悪い! 私の困り果てる顔を見て喜ばれているに違いない。私は催し開始の三十分前には着く算段だったのだ。だと言うのに、何故であろうか! 私がそこへ着いたのは開始から三十分後! それもこれも、アレほど確認したと言うのに私が忘れ物をしてしまったからだ。何を忘れたって? そりゃあ「台詞」さ! 本を渡す時、私は彼の人に何を言えば良い。ただ読んでくださいか? 何と烏滸がましい。しかしそれを言わないとするなら、何を言って本を渡せば良い。一層の事本を渡さないと言う選択肢は無い。そんなことをすれば私は一生貴女を恨み続けるだろう! 嗚呼、そうこうしているうちに順番が来てしまった。 結局私は、名も名乗らず本を手前に出したのだ。神に手を引かれるように!