市丸あや@死花完結!!
665 件の小説市丸あや@死花完結!!
はじめまして。 初心者同人誌作家です。 主な出没イベントは文学フリマです。 夢は大阪進出(芸人かい) 代表作は「死花〜検事 棗藤次〜」 遅筆ですが、よろしくお願いします。 Xでは、創作情報の他に、くだらない日常、謎の萌え、ネコ画像など、無節操に垂れ流してます。 主な活動拠点はこちらですが、たまにエブリスタ等に浮気します。 感想やリクエストは、随時承っております!! 作品の2次創作も大歓迎です! 私の作品で楽しいひと時を過ごせたなら幸いです♪ より詳しい情報はコチラ↓↓↓ https://lit.link/neko2556
霧の向こうの灯り-第一話-③
「みっちゃん…」 「洋輔。」 名残りの雪がちらつき始めた空を見上げながら、本堂の裏でこっそり一服していたら、夫の洋輔が苦笑いを浮かべながらやって来たので、私は無言で、吸い殻を携帯灰皿に捨てる。 「別に吸うなって言うつもりなんてなかったんだけど?」 「ウソ。顔に書いてあった。女のくせにヤニ臭くなるなって。」 「ありゃ。バレたか。」 ヒヒッと喉を鳴らして笑う洋輔にタバコを没収されて不貞腐れていると、代わりに渡されたのは、私の好きな銘柄のブラックコーヒー缶だった。 「喪主、お疲れ様。」 「……別に。他にやる人間がいなかったからやっただけ。」 「その割には、キチンと形の整った素敵な式だったって、みんな言ってたよ?」 「そう…」 コーヒー缶のプルトップに指を掛けて開き、中身を呷って、そっと…飲み口についた薄紅色の口紅を指でなぞるようにして消していると、洋輔が隣に座ってきて、私から取り上げた煙草を口にして一服してきたので眉を顰めて睨みつけていると、彼はまたヒヒッと笑う。 「俺は良いの。みっちゃんみたいに煙草を精神安定剤にしてないから。」 「ハイハイ。」 見合い結婚だが、洋輔とはいわゆる幼馴染と言う腐れ縁で付き合いは長いし、なんなら初体験も学生時代にこの男で済ませた。 だからだろう。何故かこの男には頭が上がらないと言うか、依存したくなると言うか、端的に言ってしまえば、父母からもらえなかった優しさをもとめてしまう。 洋輔も、そんな私の心の渇きを分かってくれているのか、こうして私が煙草を吸っている…心が沈んでいる時は、必ずそばに居てくれる。 寄りかかりなよと言わんばかりに並んだ肩にそっと頭を預けると、優しく髪を撫でられ、ささくれていた心が僅かに潤いを取り戻していく感覚に身を任せていたら、洋輔がまた口を開く。 「親の葬式を立派に務め上げた。梓ちゃんみたいな親不孝にならなくてホントよかったって、親戚の誰もが言ってたよ。」 「馬鹿らしい。それに、立派なもんか。逆に覚悟を決めろと言われてるみたいで、息が詰まる。」 「そうだよね。だってこれで、中堂の血筋はみっちゃんだけだもんね。じゃあ婿養子の俺も、期待されてるのかなぁー」 参ったなぁと笑う洋輔。 昔からそうだった。 この男は私が悩んでいる事柄をなんでも瑣末な事だと笑い飛ばしては、柵で雁字搦めになってた私を救ってくれた。 そう。 姉と両親が居なくなり、独りになった今でも、 洋輔だけは、側にいてくれる。 それが私の、唯一の心の支えだった。 この前年に、最初の子供を流産した時も、その時に次の子は望めないと医者から言われた時も、 その支えがあったから、私は生きていけた。 前を向けた。 なのに神様は、私から支えを…洋輔さえも奪った。 皮肉なもので、私から取り上げ代わりに吸っていた煙草が原因の肺ガンで、見つかった時には、既に手遅れだった。 ーーごめんね。みっちゃん… 何を謝るのか。 何故あなたが謝らなければならないのだ。 謝るのは、あなたの優しさにただぶら下がっていただけの、私ではないか。 なのに、最期の最期まで、あなたは自分の事より、私の身の上を心配してくれていた。 だからだろう。 姉の死を知りたいと、決心したのは。 あの日、洋輔が最期に言った言葉が、これからの長い旅へと突き動かす、原動力となったのは… 「じゃあ、行ってくるね。洋輔…」 墓前に手を合わせ、とりあえず必要なものを詰めた旅行鞄を担いで、私は駅に向かった。 目指す場所は、富山。 姉が看護師として初めて赴任した、とある大学病院のある街。 そこで私を待っているのは、果たして… 第一話 了
死花〜検事 棗藤次〜−書き本編-最終話-終
「藤次?」 不思議そうに見つめる、1番の親友。 「なんだ?呆けた顔して。阿呆が更に阿呆に見えるぞ?」 口は悪いが、いつも側にいてくれた、戦友。 「オッさん!早よ茶ぁ淹れてーや!!」 感情的だが、同じ女性を思い合い辛さを共有してきた、弟分。 「どうかしたんかい?棗ちゃん?」 「棗ちゃん!早うお茶ご馳走してーや!」 「はいっ!レモンパイ!上手くできたんじゃけぇ、綺麗に取り分けてなー!」 広島に来て出来た、たくさんの人の輪。 脳裏に、父と絢音の遺言が浮かぶ… ー藤次さん。生きて…ー ー俺のようになるな。お前は、沢山の人に愛されて、看取られて死ね…ー フッと溢れた笑みと、上に上がった口角。 「しゃあないなぁ〜!!絢音直伝のめちゃ美味ハーブティー淹れたるから、楽しみにしとき!!」 そうして、精一杯の笑顔でかけがいのない人達に毒付き、再び給湯室に戻って、鏡に映る泣き腫らした顔の自分を見て、情けないと思いながらも藤次は口を開く。 「そやし、まだまだ人生捨てたもんやないから、もう少し頑張るさかい…心配かけるやろけど見ててや。親父、藤太、絢音…」 どうせいつか、人は死ぬ。 ならせめて、その時胸を張って、愛する人達に恥じぬ生き方をしたと堂々と言い切れる自分でいようと胸に決め、藤次は再び給茶に精を出し始めた。 事務所の片隅に設けられた藤次のデスクには、今はもうない南部家…家族の写真と、藤太の出産の時に初めて撮った…愛する絢音と育んだ短いがかけがえのない家族写真が、窓から差し込む春の陽の光に照らされ、まるで藤次の幸せを願うかのように、静かに穏やかに、輝いていた… 死花 了
死花〜検事 棗藤次〜−書き本編-最終話-⑩
不意に聞こえて来た藤司の声に瞬き、涙を拭って振り返った瞬間、目の前に突き出された菓子箱。 何だろうと受け取り開けてみると… 「あ…」 そこにあったのは、毎月22日のショートケーキの日だけに作られる、真っ赤な苺が眩しい…いつか絢音と呉を訪れた際、お気に入りだと教えてもらった菓子屋の特製ショートケーキだった。 「お前…なんで知って…」 「なんでて、ワシが世話になってた時にも一緒に祝いさせてくれたやん。毎月22日のショートケーキの日のパーティー。そん時絢音が…こっそり話してくれたんや。藤次さんの選んでくれるお店も素敵だけど、一番のお気に入りはここなのって。幸せそうに頬染めて…ああ、ホンマにこの人はオッさんが好きなんやなぁて痛感させられたわ…」 言ってボリボリと頭を掻いた後、藤司は握りしめた拳を藤次の胸板にトンと打ち付ける。 「いつまでもカッコつけるなや。辛いなら辛い。寄り添って欲しいなら欲しいって、ちゃんと言え。ワシも兄さんも谷原先生も、そないヤワな覚悟でアンタと一緒におるわけやない。アンタの背負ってるもん、カケラでも背負ってやりたい、分かち合いたいて思ってんねん!なにより、ワシは…ワシは絢音が好きや!本気やったんや!せやから、最後までアンタの幸せを願ってた思いを貫かせたい!その為にも、アンタには生きて幸せになってもらいたいんや…」 「相原…」 「別に忘れろとか再婚せえなんて言わへん。そやし、言われたんやろ?私の墓の前で泣かないでって。そやったら、いつまでもメソメソせんとしゃんとせいや。ド阿呆。」 「なっ!!何やとこの」 「パパー!!!」 「!?」 あまりにも言われっぱなしでカチンときたので、言い返してやろうと藤次が肺に息を込めた瞬間だった。 事務所の方から、元気な子供の声が響いたのは。 「この声、絢花《あやか》?!」 瞬く藤司と共に事務所に行くと、そこには小さな女の子…藤司の娘である絢花《あやか》の手を引いた妻の奈々子がいた。 「なんや2人ともどないしてん。いきなり。」 「ごめんなさい。近くまで来たら絢花がパパに会いたいって言うものだから…」 「せやかて、まだ仕事中…」 「まあ良いじゃない。ケーキもあるんだし、藤次が美味しいお茶淹れてくれたんだろ?一休みしよ?ねー!」 「わーい!ケーキ!!」 「せ、せやけど所長!こ、公私の混同は…」 「相変わらず、変なところで堅物だなお前。折角大事にしている家族が来てくれたんだ。ちゃんともてなしてやれ。」 「あ、兄さん〜」 「………」 狼狽する藤司と笑い合う真嗣と賢太郎と、どこか絢音と面差しの似た奈々子を見ていると、絢音と藤太と過ごした甘く幸せな家族の時間が頭をよぎり涙が溢れてきたが、それを拭い、藤次はポツリと呟く。 「あんなガキにまで心配させてもうてんや。きっとお前も、天国で藤太と呆れてるやろうな。絢音。そやし…」 そこまで言った時だった。 事務所の扉が、再び開いたのは。 「よう!先生方に棗ちゃん!!元気にしとるかいのー!!」 「ありゃ!相原さんちのお内儀に娘ちゃんもきちゃっとんかい!ちょうど良かったわー!!三原の実家から桃が送られてきたんよ!沢山あるから持ってかえりんさい!!」 「あとほら!ウチが作ったレモンパイ!美味しくできたから食べんさい!!良いじゃろ谷原先生!どーせこんな田舎なんじゃから、暇しとんじゃろー?」 「もー!相変わらず人が悪いなぁ米子《よねこ》さんはー!!皆さんこそ、こんなとこで油売ってていいの?お店潰れちゃうよー?」 「大丈夫大丈夫!それに、いざとなったら助けてくれるんじゃろー?センセイ?」 「もー…ホント調子良いんだから。藤次、悪いけど米子さんや源さん、紗代子さんの分もお茶頼めるー?」 「…………」
死花〜検事 棗藤次〜−書き本編-最終話-⑨
それから、季節は流れ巡り春。 広島は呉の雑居ビルの片隅に、小さいながらも確かな口コミで信頼を得ている『谷原法律事務所』の扉を、賢太郎と藤司は肩を並べて潜り抜ける。 「はっはーん!!今日も『勝ちケーキ』ゲットやー!!さっすがワシの見込んだ兄《あに》さん!頼りになるわーー!!!」 入室早々、高らかに菓子箱を掲げて声を上げる藤司に、真嗣はニコリと笑いかける。 「へぇ、じゃあ執行猶予取れたんだ。流石だね。相原君に楢山君!」 「いや所長、僕の手柄やありまへんて!全部兄さんの手腕の賜物!ホンマ、一緒に転職して正解やったわ!兄さんとやり合うなんて無理無謀!!」 「…お前、いい加減その『兄さん』呼び止めないか。そりゃ歳は上だが転職時期は同じだし雇われの身だから兄弁風吹かすつもりも俺はないと言うか…」 「えーー!!ええやないですか兄さん!!ワシ、ホンマに兄さんを尊敬してるんですから!!」 「いや、だから…」 「おー?なんやなんやー?随分賑やかやと思うたら、まぁた相原の兄さん自慢かぁ〜?羨ましなぁ『特捜部の楢山君』?」 「あ!藤次!!」 「ん?」 真嗣の声で賢太郎と藤司は背後を向くと、そこには栗色だった猫毛をすっかり白髪に変え、特徴的だった右目下の泣き黒子が、深く刻まれた皺に隠れ始めた…今年で還暦を迎える藤次の姿があった。 「お帰り。何か来てた?」 「おう。公文書から得体の知れんダイレクトメールまで盛りだくさんに入っとるで!商売繁盛結構結構!!ほら、両《《センセイ》》…楢山兄さんも、ドウゾ〜?」 ニシシと嗤いながら封書を渡して来る藤次に、賢太郎は渋い顔でそれを受け取る。 「気色悪い嗤い方をするな。大体、お前が面倒見てた弟分だろうが。責任持って教育しろ。」 「アホ言いなや《《兄センセイ》》。ワシ、もうなんのしがらみもないただの事務員やにゃもん。やったやられた惚れた腫れたは、もうたくさんや。ホラ、お茶汲みしたるから、さっさと食べてじゃんじゃん働きやー」 「おい棗」 そうして、呼び止めようとした賢太郎を振り切り、給湯室に消えていく藤次の背中を見つめながら、真嗣は眉を下げる。 「ホント、素直じゃないね。」 「全くだ。大体、バレてないと思ってるのか。毎月…月命日に墓参りに行っては泣き腫らした顔をして…いっそ辛いと言ってくれた方が、こちらも空元気を振り撒く事もないと言うのに…」 「だね。」 「………」 まあ、それが藤次なんだけどねーと苦笑う真嗣と賢太郎を余所に、藤司は何を思ったか、無言のままツカツカと給湯室に向かった。 * 「…………」 白い湯気を立て、クツクツと沸騰した湯をポットに淹れた瞬間、立ち込めた甘い苺の香りに、藤次の胸はギュッと締まる。 「(はい。今日もお疲れ様。藤次さん。)」 「絢音…」 ポロリと溢れた…いつまでも思いが色褪せない愛する人の名前と、枯れることのない涙… 酒好きで毎晩晩酌を欠かさなかった自分に、いつも決まって、〆に淹れてくれたイチゴのハーブティー。 最初は、こんなん女子供の飲むもんやと頭ごなしに突っぱねていたが、あんまり強く勧めてくるから、ある時その理由を聞いてみたら… 「(これね、イチゴはイチゴでもワイルドストロベリーって言ってね、抗酸化作用の他に腎臓や肝臓の機能を高めてくれる力があるの。だから、お酒沢山飲む藤次さんにちょうどいいかなって。焼け石に水かもしれないけど、何のかんので一日でも長生きして欲しいし…)」 「…あやね…」 どれだけ年月を重ねても、重ねても、逢いたい思いは募るばかりで、毎夜夢に見る彼女とのかけがえのない日々に、正夢であってくれと何度願って朝を迎えた事だろう。 その度に、自分の犯した罪が重く肩にのしかかり、全てが精算された今でも、あれが正解だったのか。本当の意味で彼女を幸せにしてやれたのかと、繰り返す自問自答の日々。 ただ一つ救いを挙げるなら、こんな自分を信じて寄り添ってくれる真嗣や賢太郎や藤司の存在だが、そんな彼等にさえ本音を…弱みを見せるのが怖くて、こうしてひっそり涙を流す自分は女々しいと項垂れていると… 「ほんっまに、素直やないなぁ〜。オッさん。」 「く、クソガキッ!!?」
死花〜検事 棗藤次〜−書き本編-最終話-⑧
「真嗣、楢山。そしてクソガキ。色々迷惑かけてもうたけど、ホンマ、おおきに。」 「そんな頭下げるなよ。友達じゃん。ね、楢山君。」 「まあ、な。だが、相原検事には巻き込んだ詫びはしないとな。本当に、すまなかったな。」 「せやな。ホンマに、お前には申し訳ない事したな。」 「ええておっさん。谷原弁護士の言う通り、そない白髪まみれの頭下げられても、困るだけや。それより、これからどないするんや?保護師のセンセ探すんか?」 「んん?ああまあ…それもやけどワシ…京都《ここ》離れよう思うてんねん。」 「えっ?」 審判から1ヶ月程経ち、ようやく自宅を整理して絢音を荼毘に付した自分の元を尋ねて来た友人達にそう告げると、藤次は寂しく笑う。 「だいぶ受け入れられるようにはなったんやけど、やっぱり生きて行く上で京都はな、思い出あり過ぎて辛いねん。そやから納骨を機会に広島に移住しよ思うてな。物価も安いから適当に事務仕事でも見つけて倹しく過ごそうかなと考えてん…」 「そっか。なら、僕も行くよ。広島。」 「おおきに。せやけど独り寡の引っ越しやからそんなに手はいらんで?」 「違う違う。そう言う意味じゃなくて。ね、楢山君。相原君。」 「まあ、そうだな。」 「せやな。そう言う意味やないな。」 「はあ?」 ほな何やねんと首を傾げる藤次に、真嗣はにっこりと微笑み、一枚の紙切れを差し出しながら口を開く。 「僕ら全員、君と一緒に広島に行くって事さ。」 「行くて…大体、何やこれ。お前の名刺?谷原法律事務所所長って、独立したんか?いつの間に。事務所京都のどこやねん。餞別に花くらいなら用意したるで?」 「京都じゃないよ。事務所。そしてたった今、君の言葉で決まった所さ。」 「ワシの言葉?そない重要な事、言うたか?」 目を白黒させる藤次に、真嗣はもうはっきり言ってしまえと口を開く。 「だから、独立して事務所探してるから一緒に広島に引っ越すって言ってんの!!流石に弁護士は無理だけど、事務員ならいくらいても困らないから、特別に雇ってやるって事だよ!!」 「はあっ?!!」 ようやく事態が掴めたのか、声を上げる藤次に、真嗣と賢太郎と藤司は苦笑いを浮かべる。 「な、ななっ、アホか!大体、真嗣はともかく楢山とクソガキは検察どないしてん!!!」 「なんだ?一丁前に他人《ひと》の心配か?検事が弁護士に転職なんてよくある話だろ?なあ、相原検事。いや、相原《《弁護士》》?」 「そうそう。よくある話や。なあ、楢山《《弁護士》》?」 「そ、そやしお前等…何でまた…」 惚ける藤次に、賢太郎と藤司は顔を見合わせる。 「まあ、なんだ。谷原見てたらさ、人を裁くより助ける方が良いなと思っただけさ。」 「せやせや。ま、それにワシは、ガチガチの柵だらけの検察《こうむいん》より、自由な自営業《べんごし》の方が向いてそやし。」 「そ、それにしたって…と言うか楢山!お前抄子ちゃんはどないすんねん!子供かて」 「だから、何ガラにもなく他人《ひと》の心配してるんだ。抄子には既に許可はもらってるし、子供なんて数年前に全員独立してる。何も問題ない。」 「そ、そやしお前…」 ただただ狼狽する藤次に、一同は優しく笑いかける。 やや待って、真嗣は握りしめた拳で、薄くなった藤次の胸元を小突く。 「京都でも広島でもない。僕らは望んで、君の《《ここ》》にいたいって決めたんだよ。だってそうだろ?君は僕たちにとってかけがえのない友人であり、共に戦い続けて来た、戦友なんだからさ…」 「真嗣…」 ポロポロと涙を流す藤次にもう一度笑いかけ、真嗣は心の中で呟いた。 今も昔もこれからも、君を愛してるよ。 と…
死花〜検事 棗藤次〜−書き本編-最終話-⑦
そうして、幾つもの季節が流れて行く時の中で、藤次は徐々に絢音のいない世界を受け入れるようになり、投げやりだった公判…罪に対して前向きな姿勢を取るようになった。 そして、真嗣は藤次の事件当日の精神状態を心神耗弱と主張し、精神鑑定を提案。検察…藤司と賢太郎もこれに同意して、争点は藤次の責任能力の可否に重きを置くようになって行った。 当初は精神鑑定に尻込みしていた真嗣だが、何かしらの情状酌量…もっと言えば無罪がつけばと言う思いからの提案だったが、藤次はそれでは納得いかないと言うので、被告人には贖罪の意思があるという主張で締め、裁判は結審した。 最終弁論では藤次も証言台に立ち、ただただ、彼女が願ったとは言え、その命を摘み取ってしまった事への贖罪の意思を述べ、背負って生きて行くと主張。傍聴席の誰もが、その痛々しい姿に涙を溢した。 そして、絢音の死から2年ほど過ぎ、マスコミが新しい醜聞に興味を移し始めた冬。京都地方裁判所321号法廷で、藤次の審判が密やかに執り行われた。 主文。 被告人を、懲役3年の刑に処す。 但し、この判決から5年間、刑の執行を猶待とする。
死花〜検事 棗藤次〜−書き本編-最終話-⑥
「藤次…」 件の裁判から一夜明けた夕刻、真嗣は藤次のいる拘置所を訪ねた。 自分の行いで、あれだけ心を乱し傷つけたのだ。きっと会ってはくれないだろうとたかを括っていたが、思いの外すんなりと会う事を許された為、何から話して良いか狼狽していると、先に藤次が口を開く。 「そないな顔するくらいなら、何であないな事したんや。ワシはもう別に、何も思うてへん。」 「けど…そんな泣き腫らした顔見せられたら、ごめんとしか言えないよ。」 「何言うとんや。大体、後悔なんてお前がそんな殊勝なタマかい。それにもう、あんな泣き虫のワガママ娘。こっちから願い下げや。頑固で意固地で、なんでもイヤイヤ言うて散々…困らせてばあで…」 「藤次…」 「…すまん。せやけど、ワシの事はもう、放っておいてくれんか。疲れたんや。何もかも。罪状もやけど、絢音が何を考えていたかも、何を思うてワシの側にいてくれたかも、もうこれ以上知りとうない。せやから、さっさと終わらせてくれ。刑期が明けたら何もかんも処分して、どっかの田舎で適当に女選んで、適当に死ぬわ。ワシみたいな男には、それが似合いや。」 そう言って虚しく笑う藤次を見た瞬間、真嗣の中で何が切れ、彼と自分を隔てるアクリル板に拳を打ち付ける。 「し、しん」 「そんな顔の人間に、分かったなんて言えるかよ!行けよ!どんなに拒まれても、あの世の果てまで追いかけて抱きしめろよ!それをもういいって…その程度の気持ちに、僕は負けたのかよ!ふざけんな!!」 「ふざけんなはこっちのセリフや阿保!!ワシかてこないな事言いとうない!!叶うならそうしたい!!せやけど、もうワシじゃあかんねや!ワシとおると、アイツは不幸に、辛い思い引き摺るだけなんや!!ワシは死んでまでアイツのそんな顔見たない!!アイツの為なんや!!」 「…何が絢音さんの為だ。結局、自分が苦しいだけだろ?いつもそうだ。他人に弱みは見せずに1人で抱え込んで、なんで一緒に背負って欲しいって、言えないんだよ。馬鹿野郎。」 「馬鹿で結構!!とにかく、同期の桜の最期の願いや。飲んでくれ。ほな、後始末頼むわ。」 言って席を立つ藤次に向かって、真嗣は更に声を上げる。 「それでいいのかよ!絢音さんが、最期の最期に君に生きて欲しいって願ったのは、そんな事じゃないだろ!誰よりもきっと、君の幸せを願って逝った彼女の心を、思いを受け入れずに、辛いからって尻尾巻いて逃げるのかよ馬鹿野郎!!」 「何が思いや!!お前にワシと絢音の何が分かる」 「分かるさ!!僕だって叶わなかったけど、ずっと君を愛してるから、好きだから!!だから、彼女の気持ちを代読して気づいたんだ。絢音さんの、ホントの思いを…」 「ほ、ホンマの、気持ち?」 戸惑いながらも耳を傾けて来た藤次に着席を促すと、真嗣は深く息をついた後、ゆっくりと噛み締めるように言葉を紡ぐ。 「藤次、いつか酒飲んで酔っ払った時に言ってたよね、お父さんが遺してくれた言葉、『お前は、沢山の人に愛されて、看取られて死ね。』って。絢音さんは、それを君に貫いて欲しかったから、生きる道を示してくれてるんじゃないかな?」 「貫くて…ワシが誰よりも看取られたかったんは、絢音ただ一人」 「それが絢音さんには哀しかったんだよ。自分との2人きりの小さな世界じゃなくて、もっと沢山の人に目を向けて欲しい。もっと沢山の人の愛に触れて、もっと広い世界に目を向けて、沢山笑って、沢山泣いて、これで満足だって笑って死ねる人生を…願ってたんじゃないかな?」 「そやし…ワシは絢音さえ居てくれれば満足やった!絢音ただ一人に見送らせて死ぬのが本望やった!せやから」 そう言った時だった。 ふと脳裏に、藤太が産まれて間もない時に彼女と交わしたやりとりが思い浮かんだのは… 「(この子も、いつかは手元を離れて、愛する誰かと共に歩んで行くのよね…)」 「(なんや。今からそない寂しい事考えんでもええやん。それに、お前にはワシがおるやろ?)」 「(そうだけど、私欲張りだから、死ぬ時は一人でも多くの人に見守られて死にたい。もっと言えば、許されるなら、あなたの腕の中で、あなたに愛されて、みんなに祝福されながら一緒に死ねたらって思っちゃう。遺される悲しみはもう、味わいたくないから…)」 「(絢音…)」 「(けど、もし何かの不幸で私が先に逝く事になったら藤次さん、あなたには、私のお墓の前で泣き続けないで、幸せになって欲しい。辛いけど、私を思って独りでいるより、沢山の人に囲まれて、笑っていて欲しい。だから約束して。生きるって。私の一生の…お願い。)」 「…何が一生のお願いや。お前のおらん世界が、どんなに辛いか。どんなに、苦しいか…分かれや。鈍チン…」 そう言って嗚咽を殺して泣く藤次に、真嗣は優しく笑いかけながら呟いた。 ホントに、バカなんだから…2人とも。 と…
死花〜検事 棗藤次〜−書き本編-最終話-⑤
「…それでも、それでも私は、あなたを愛そうと思った。あなたに愛される事を喜びに変え、同じくらい尽くして行こうと考えてきた。けどやっぱり、私なんかにって気持ちは募るばかりで、辛くて、辛くて、結局…あなたから逃げる事を選んだ私を、どうか許してください。最期に、本当にありがとう。さよなら。絢音…以上です。」 そうして絢音の遺書を読み切ると、真嗣は小さく息を吐き、裁判官に向き直る。 「以上が被害者の遺した声です。被害者は、棗絢音氏は、被告人を誰よりも愛していました。けれどそれ以上に、被告人を畏れていました。自らを愛するが故に変わって行く被告人と、どう向き合っていけば良いか、どう共に歩んでいけば良いのか、1人で抱え込み、悩んでいました。誰かに求められる。それは側から見れば幸せな悩みかもしれません。けれど、人一倍誰かに大切にされる事に慣れていなかった棗絢音氏には、死を決意させてしまうほどの悩みと辛さだったのかもしれません。」 「絢音…」 ふと、再び藤次の脳裏に浮かんだ、あの夜の光景。 愛する彼女から放たれる耳を疑いたくなるような言葉の数々に嫌気が差し、気がつけば自分は、彼女に馬乗りになり、その首を己の手で締め上げていた。 怒りとか憎しみとか、そんな感情からではなかった。 ただもう、聴きたくなかった。 自分を藤次さんと優しく呼んでくれていた同じ声で、自分を否定されるのが、堪らなく辛くて、苦しくて… 溢れる涙の数だけ、楽しかった思い出がこぼれ落ちていくようで、虚しさで心が空っぽになって行く中で、これが最期の一息とばかりに手に力を込めた瞬間だった。 「とうじ…さん…」 「えっ…」 不意に拭われた涙にハッとなると、絢音の白い手が、自分の頬と涙を撫でていた。 呆然と彼女を見下ろすと、苦しげだが幸せそうに微笑む、最愛の女《ひと》… 「絢音…ワシ…何を…」 我に返り、慌てて手を離そうとするその仕草を遮られ狼狽していると、何度も口付けてきた柔らかで小さな唇がゆっくりスローモーションのように動く。 声にならなかったが、確かに藤次には聞こえた。 …あい、して、る…… …と。 「絢音…絢音っ!!!」 力をなくして床に落ちた腕を掴み揺すっても、何度も名前を呼んでも、再び彼女が目覚めることはなく、安らかに静かに消えて行く温もりに、藤次はバタバタと涙を溢しながらも、静かに微笑む。 「ほら。やっぱり、嘘やったんや。お前が俺を嫌いやなんて、思ってる訳なんてないよな?今からそっち行くから、ちゃんとホントの気持ち…聞かせてや。」 そうして、用意されていた薬を服薬して、朦朧とする意識の中で浴衣の帯で互いを結んで横に寝そべり、死出の旅を決意した瞬間だった。 遺体になったとばかり思っていた絢音の唇がまた、ゆっくり動いたのは… い、き、て… 生きて… せん妄か、幻か… その時は分からなかったが、今なら分かる。 彼女は、絢音は… 「ワシに、自分を追いかける業の道をやめて、生きて新しい幸せを見つけろって事なんか?それなら何で、最期に愛してるなんて言うんや…そんなん言われたら、憎みたくても憎めんやん!!忘れたくても忘れられんやん!!一体お前は、ワシをどうしたいんや!!!!絢音!!!!!」 「被告人、静粛に!被告人!!」 錯乱して刑務官に取り押さえられながら退廷して行く藤次を見つめながら、真嗣は張り裂けそうな心をクッと堪えて口を開く。 「一時休廷を、弁護人は申請します…」
藤次ハッピーバースデー!(サムネイラスト見てねー)
まだギリ5月!! 藤次&私ハッピーバースデー!! 私は着実に歳を重ねるが、お前は永遠の四十五才恋する中年男子だよな!!(笑) ……… べ、別に羨ましくなんかないやいっ!!! まだギリお前より年下だもーん!!! へっへーん!!! それより、今回も神がかった絵師さんに描いてもらえて良かったな!! 散々ワガママ聞いてもらったもんな!! はっはっは!! いっつもスーツだから新鮮やったーって、お前ノリノリやったもんな!(笑) 私も知恵を絞った甲斐があったよ!! うんうん!! まあ、これからも仲良くやって行こうな! 戦友!!! 改めて、誕生日おめでとう!! 絵師のワカナさん、ありがとうございました!!
霧の向こうの灯り-第一話-②
姉はとにかく、母を崇拝していた。 母のようになりたいが口癖で、よく芸能事務所に履歴書を送って、自らを売り込んでいた。 だが、諄いようだが、私達は父のおかげで母のセール品。 とてもじゃないが、目の肥えた業界人が相手にするようなご面相ではない。 父も母もそれを理解した上で、姉のプライドを傷つけないようやんわりと諭していたが、姉の意思は固く、高校を卒業したら上京するとまで言い出した。 業を煮やした両親は、姉を業界入りさせる条件として、広島の看護大学への進学と正看護師になる事を提示した。 あくまで業界でやっていけなくなった時の滑り止めだと両親は言っていたが、恐らくは大学で学ぶことで考えを改めさせ、業界入りを諦めさせようと言う魂胆だったのだろう。 最初は渋っていた姉だが、広島と言う比較的開けた都会的な土地に行けるならと、その条件を飲んだ。 『絶対お母さんみたいになるから。』 大学の寮に入る前日、姉は私にそう言って、僅かな荷物と共に広島へと旅立って行った。 そして四年後の…まだ春雨の冷たい3月。 姉は正看護師の免状と『お世話になりました。』と言う短い手紙を残し、誰に行先を告げる事なく、私達家族の前から、姿を消した。 両親は方々を訪ね手がかりを探したが、姉の消息は一向に掴めず、警察に失踪人届も出したらしいのだが、応対に出た警察官に『自分の意思で居なくなったんならねぇ』と、刑事ドラマのお決まりの文句を言われたらしい。 そうして一年、また一年と時は経っていき、私が28歳で見合い結婚し披露宴を終えた一週間後の…雪深い冬のある日だった。 姉の消息を掴むために車で広島に向かっていた両親が、冬道でスリップ事故を起こし、亡くなったのは…