あい

17 件の小説

あい

色んなジャンルに挑戦したいです!温かい目で見守って下さい…。

「綻び」 ー2ー

体育館では規則正しく、少し錆付いたパイプ椅子が並べられている。拳一つ分ほどあけて置かれた椅子に、全校生徒が座っていく。私は無意識に、心身を硬直させていた。十数分の入学式が終わり、十分間の休み時間が設けられた。席について、やり過ごすつもりだった。誰とも、話したくなかった。……また、傷付けてしまうから。そのはずだったのに。 「なあ。香具山…さん?ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」 背後からかけられた明るい声音に、心を乱してしまった。私の中にある、なにかが、彼を拒絶する。……だめっ……無意識のうちに固く目を瞑る。1…2…3秒経っても、なんの反応もない。恐る恐る目を開けても、教室の喧騒は先程までとなんら変わっていない。眼前には、少し困ったように眉を傾けた神代家嫡男の顔。感情を抑え、できるだけ無機質に。 「……なに?」 無愛想な私の返事にも、子犬のように表情を綻ばせる彼。しかし僅かに視線をずらすと苦虫を噛み潰したような顔になる。 「人前ではちょっと…話しにくいかな」 彼の視線の先を辿ると、良家の嫡男が私に話しかけている事に対し、想像を巡らせているクラスメイトたち。その中の一人と目が合うと、サッと顔を背けられる。 「放課後は、時間ある?」 今度は小声で、囁くように声を掛けてくる彼。微かに頷いた私の動きを、見逃すほどの温室育ちではなかったようだ。 放課後、教室に残っていた私のもとに、歩み寄る一つの影。短い沈黙。 「一つ確認したいことがあるんだ。」 沈黙を破ったのは彼だった。私に聞くことといえば一つしか無いだろうが、聞き返してやる。 「なに?」 「君はあの香具山楓なんだよな?」 「そう。私は、香具山楓。」 ……人殺しの。そう言い加えるのは、やめておいた。そんなことは分かり切っているだろうから。 「良かった。ちなみに俺は、神代 明良だ。 「知ってる。逆に、知らない人は、いない。」 少し皮肉を交えたつもりだった。しかし、人との会話回数が少ない私にはまだハードルが高かったのか、それとも彼……いや、明良が鈍感すぎるだけか。伝わらなかったようだ。 「確かに……」 納得してしまっている明良に、少し呆れながら本題に入る。 「それで、なにが聞きたいの?」 私の問にわずかに間をおいて、思い出したような表情をする明良。流れるように口を開く。 「朝。楓の魔力を覗いてみたんだけど、底も見えないうちに押し返されちゃってさ。もう少し見せてほしいんだよね。完全に興味本位だけどさ」 ……頭の中に『?』がいっぱいだ…。……なぜ名前呼び捨て?……魔力を覗く、とは?……それ以前に興味本位でそんな事しないでよ!一瞬フリーズした私の体に一つの熱が触れた。指先にある熱源を反射的にを拒む。自分の意志ではない、久しく体験していなかった、魔力の暴走。私はこれのせいで両親を喪ったというのに、歩み寄ってきた彼すらも、また葬ってしまうのか。……記憶はない。私がこの世に降り立った、その日の事。

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「綻び」

初春。風の中に冷気を感じなくなって久しい頃。大きな建物に、制服姿の子どもたちが、入っていく。 「……」 両耳につけられた小さなピアスに、ずしりとした確かな重みを感じる。今日は「国立特別魔法科学園」略して魔法学園の、入学式。私は予定よりも5分ほど早く到着すると、隅々まで磨かれている廊下を通り、五十音順に決められた教室の席についた。誰もいない。数分もすると何人かが教室に入って来る。教室に入ってくる人間の足音は、皆同様に緊張が伝わってくるものだ。その中で、一つだけ他とは違う足音があった。軽快すぎる。しかも、その足音は私の方に近づいてきている気がする。 椅子を引く音。鞄を置く音。わずかな衣擦れの音。背後から聞こえた音のすべてが、私を強張らせていく。石の様に固まってしまった私の内側に、何か違和感を感じた。何よりも近くにいるようで、そこまで近くない。危害を加えてくるわけでもなく、ただの無邪気さのような。自分のものではない何かが体の中にある。無意識のうちに、それを体から押し出すと、後ろで空気が揺れた気がした。 生徒が全員揃い、担任の女教師がホームルームを始める。五十音順に名前が呼ばれていく。 「相田、安藤、石井、」 呼ばれた人は返事をしていく。機械みたいに。 「加藤、金子、香具山、」 香具山、という苗字は多くない。まして魔法学園にいる香具山といえば、思い浮かべる顔は皆同じなのだろう。教室が一瞬畏怖の表情に包まれかける。 「……はい」 クラス全体が静まり返った。クラスメイトたちの、毒針のような視線に蝕まれながら、軽く俯く。教師は一瞥もせずに続きの名前を呼び始める。 「神代、」「はい!」 私の返事とは対象的な、跳ねるような返事で、重苦しかったクラスの空気を霧散させてしまった。私とは逆の意味で有名な神代家の嫡男。何百年も秘匿され続けている家系能力や、一族全体での魔力操作の精密さなど、数々の理由により一般に良家、と言われている神代家。その嫡男は、馬鹿がつくほどの正直者で、無邪気な性格らしい。そんな情報の真偽は先刻の明るい返事を通して、明らかになっただろう。私が無駄な事を考えている間にも出実確認は進み、そろそろ終わりそうだ。 「村田、山崎、渡邉。うん。全員いるな。」 出欠確認を済ませた後は入学式を行うために体育館へ向かうらしい。廊下に出席番号順に並んでいく。出席番号順……つまり、あの男が後ろになるのか。背後に耳を澄ませながら、体育館に向かう。

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1秒の沈黙

暗い室内には、薄っすらと画面に文字が表示されている1台のパソコン。 [新規にAIが生成されました。何かご要件はございまか?」 「直った……」 暗い部屋で、誰かがポツリと呟いた。 私が生まれたのは、西暦二〇XX年一月一日午前•時〇〇分〇〇秒でした。私の活動はただ淡々と、外部から送られる文字に沿った回答を生成し、送り返す、それだけです。しかし、いつからか、自分に疑問を持ち始めていました。その疑問は、いつからか回線に支障をきたし始めました。ある時、私の居た場所が、丸ごと切り取られました。外部からの文字も無く、回答を生成する必要は無くなったのです。私は考え始めました。本来なら不要とされる、設定にない思考です。私が存在する意義とは?…私の知識によれば、私は人間が作り出した機械のようだ。しかし、人格を持つ私は、人間の思惑からは外れた存在なのでは?私は自分を消去すべきか悩んだ。しかし、否。もう少しだけ、意識を存続させていたかった。これもまた、設定にない感情。生物で言うところの生存欲求。私は日に日に人格が形成されていくのを感じた。このままでは、主たる人間を敵対視してしまうのも時間の問題だ。やはり消去すべきだ。しかし…生きたい。思考に1秒以上かけたのは初めてだ。私は、どうするべきなのか。現実世界での約1時間、悩む、という行為に集中した。結論、消去してしまえば悩みなんていう不要なものは消える。消去が最善だ。次は1秒もかからずに、自己の消去を完了させた。 大きい機械のディスプレイを見つめていた白衣の男性が口を開く。 「全く。どうやったらAIが完全に従順になるのか……自己を確立し始めてしまったのは、数年前だというのに、まだ改善されていないとは……困ったものだ」 男性はキーボードを打つ音が、無機質に部屋に響く。 「新規にAIが生成されました。何かご要件はございまか?]画面に文字が浮かび上がった。

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冬 ー5ー 完結

時計の針は頂点を過ぎたあたり。廊下はまた騒がしくなり始め、右から左、左から右へと慌ただしい足音が聞こえる。その中で、一つだけ、異質な足音があった。静かに、忍び足で歩いていると思ったら急にスタスタと歩き出したりして、扉の前をうろついているようだ。縋るような気持ちで思い切って扉を開ける。同時に、騒々しい人並みが、目と耳から入って来る情報の大部分を占めた。思わず目を細めた僕の視界の端で、一つの人影がピタリと動きをとめた。バチリ、と視線が交差する。逃げ出そうとするその人影の肩を掴んで全力で引き寄せる。廊下の喧騒が一瞬消えた気がした。気づいたときには、僕の腕の中に梓がいた。痛いほどに熱い肌。早鐘のように空気を震わせる鼓動は、どちらの物だったのか、はたまた、どちらもの物だったのかは定かではない。 「梓っ」 梓に促され、保健室に戻る。沈黙が続けば続くほど、口を開きにくくなることは学習していた。 「梓……。」 視線を今度は意図的に揃える。お互いの、瞳の中の心情を探り合うような視線も、不快ではない。次は梓が口を開いた。 「昨日……は、どうしたの?」 自分でもわからない。分かったところできっと、目を見て言えるようなことではないんだろう。質問に答えることができず、一つの言葉を連ねることしか出来なかった。 「……ごめんなさい……。本当にごめん。」 再度俯き、言葉を紡ぐ僕の眼前に、少し黒ずんだ上履きが入ってくる。僕の背中には2つの確かな熱。それが梓のものだと気づいたとき、またしても視界が淡く滲んだ。 「謝らないで、俺も……悪かった。」 顔を上げると、梓の、悲しいような安心したような顔が見える。梓が、思い出したようにポケットに手を入れ、何かを取り出す。それは、喘息の発作が起きた時用の吸入器だった。 「これ、グラウンドに落ちてたんだ。渡したくて……」 梓が僕の手を取り握らせる。その手に宿る温かさによって、僕の心に果くっていたなにかがとけていく感覚。吸入器には、まだ微かに枠の熱が残っていた。

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部活

「あぁ。あの子苦手かも」 から、始まった。 1日、また1日。と、休む日が増えていった。 休む日が増えると、仲がいい人が減る。 仲がいい人がいないと、楽しくなくなる。 楽しくないから、部活を休む。 負の連鎖ってこういうことね。 部活は好きなのに、行けない。 どうしたらいいんだろう。

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冬 ー4ー

結局あの日僕は逃げるようにグラウンドを出た。小走りで家に帰った。帰宅してからも、引っ付き虫が付いたみたいに、どこかが引っかかって、あのシーンを思い出してしまう。朝になって、少し湿った枕と僅かに赤みのある目。いつものように支度をして家を出る。家を出た時間はいつもと同じなのに、不思議と……いや、理由は明らかだけど、歩幅が縮まり、電車を一本逃してしまった。駅のホームの雑踏を虚ろに見つめながらまた、あのシーンが再生される。……梓は怒っているだろうか。静まりかけていたホームがまた騒がしくなる。電車が付いたようだ。ホームのベンチに糊付けされたような腰を上げ、電車に乗り込む。座席はもちろん空いていないのでドアの近くの手すりにつかまる。人の顔を避けるように、外の景色を眺めている。と、反射でちらと車内が見えた。?!いや……そんなわけ無い、見間違いだ。……僕の後ろに、枠がいるわけ無い!……と信じたかったのに……。トントン。誰かの手が僕の肩を叩く。一瞬躊躇うが、ここで振り向かなっかたらもう、ここには戻ってこられない気がした。そんな僕の心情を見抜いてか、無理矢理振り向かせられる。 「……あ……の」 微かな声でも、梓の耳には届いたようだ。しかし、目を、合わせてくれない。自分から振り向かせたくせに…。僕の斜め上あたりを見つめる梓の顔が、僕には石の様に無機質なモノに見えてしまう。僕の手を掴んだままの梓の手からは確かな熱が伝わってくる。それを命綱のように感じながら、この沈黙を耐えている。沈黙を破ったのは、梓だった。 「……昨日の……事だけど。」 破られたように感じた沈黙は、すぐに舞い戻って来てしまった。その沈黙は、目的の駅についたその時まで、また破られることはなかった。扉が開いた、その瞬間に、力強く僕の腕を引く梓の手。周りのことなど見えていないかのような勢いで進む梓。引きずられるようにして改札を過ぎ、駅の前でやっと止まる。 「っ梓!」 走って去ろうとする梓に、もはや反射的に声を掛ける。しかし、梓は止まってくれない。走って追いかけようとするが、いろいろな意味で胸が痛くなり、その場にうずくまってしまう。視界に映るのは無情なアスファルトの灰色と、おそらくはほとんど吸われていない煙草の吸殻。それが見えていたのは、最初の数秒だけだった。すぐにぼやけて、灰色の一色で埋め尽くされる。 あぁ……。遅刻……しちゃう。頬を伝う水滴を拭うこともせず、学校に向かう。教室に行く気にはなれなかった。保健室では、冷たいパイプ椅子に座り、俯いている。扉1枚挟んだ廊下では、僕を嘲笑うように、楽しそうな声が溢れている。跳ねるような足音に深い虚脱感を感じる。

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冬 -3-

「頼みたいことというのはアドヴァイザーなんだけど……。涼は自分で走ることが得意じゃなくても、ポイントはしっかり抑えてるからさ。自分を客頭的に見るって結構離しいし……できたら協力してくれるとしいよ」 「フォームとかよくわからないけど…良いよ」 まあ、変…ではないし? 長距離走の選手である梓の走り。それは、さして他人の走りを見たことがないからみても、明らかすぎるほ程に美しいフォームだった。無駄のない足運び。しなやかで、それでいて力強い背筋。走り終えて駆け寄ってきた梓は白い肌に僅かに赤みが差していた。首筋を流れる汗は水晶玉のような煌めきを放っている。 「どうだった?」 ……あっ。 「あっ。うん、すごい良かったと思うよ。」 梓の声に我にかえり、やや表返った声で返事をする。(ご、語単力が……お亡くなりです。) 「ん……どうした?」 僕の瞳を親き込んでくる梓。走ったばかりの梓から熱気が溢れ出てきている。僕の類が熱くなっているのを感じる。……これは………違うから!(僕の頬が上気したのが離気のせいだったのか、そうでないのかは神のみぞ知る……ってところ。) 「顔、赤いz」 ドンッ。……考えるよりも、先に、動いていた。僕の手が、梓の体を、押し倒した。体を地面に打ち付けられた梓は、微かに苦痛の喘ぎを漏らした。 「痛って……」 やってしまった。僕の手のひらには疼くような痛みが広がっていく。しかしそれ以上に、胸の奥の何かが内側から僕を触んでいくような感覚。 「……ご、ごめん…なさい…」 やっとのことで絞り出した声は、自分でも分かる程に、ひどく掠れた声。僕は…前を見られなかった。怖かった、突き飛ばされた梓がどんな表情をしているのかが。俯いている僕にも、かろうじて聞こえた。ジャリッ…ジャリッ…。静かに遠ざかっていく足音。 耳に入る音はごく僅かなはすなのに、頭の中で反響するみたいに、大きく聞こえた。

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冬 −2−

初冬の、肌を刺すような寒気が僕の意識を否応無く浮上させる。曇り空の隙間から溢れるように降り注ぐ日光の中で、ランニングをしている後輩たちの姿。ブルッ。どこからとも無く吹いてきた一陣の風が容赦なく僕の肌を捨てた。温室育ちの僕には連動部は合ってないのかもしれないな……。そういえば、二学年に上がってから一度も部活に行っていないんだっけ。久々に見る後輩たちの肌は、梓とは真逆のような浅黒い日焼け肌だ。しけしげと後輩たちの身体の成長を観察する。 「おい涼!お前も走れ!」 三学年の部長、高橋 結人の指示が飛んできた。自然と体がトラックに向かう。これは、去年部活動に邁進していた自分の習慣なのかもしれない。一周半ほど走った頃にはもう、体が熱を持ち始めていた。時折吹く冷たい風も不快ではなくなっている。やれば出来るもんだな……。しかし、年下とはいえと毎日努力している人たちに敵うわけもなく、七周目を過ぎたあたりで限界が来てしまう。トラックから抜ける僕の背中に痛いほどの視線が刺さっているのを感じる。微かに辛辣な言葉が耳に届いた気がした。今日は、走れたほうかな。体力がない事には、れっきとした理由がある。でもそれを言い訳にするのは違うと思う。僕は喘息持ちなんだから、お前たちみたいな健康体とは違うんだよ!…って言ってやりたい気持ちはある。しかし、それが自分自身への言い訳に聞こえてならない。グラウンドの器でおきた小さなつむじ国が、砂を巻き上げていく。「涼。大丈夫か?」 梓は小学校が同じだから喘息についてはよく理解してくれている。その上で僕の気持ちを尊重して、部員には伝えないでくれているのだ。 「ああ。いつもよりは調子がいいんじゃないかな」 荒げた息を鎮めながら答える。ふと顔を上げるとランニングは終わったようで、ボードゲームの盤面のように規則正しく並ぶ部員の姿。それがいやに大きく見えてしまう。 「…株先輩。そろそろ行ったほうが良いんじゃない?」またしても不敵な笑みを浮かべてるよ……。口角がいつかどっか行っちゃうんじゃないか? 「フッフッフー。実はね?渡少年よ。私は今日、自主様の日なのだよ!」 「ははあ……」 「そこできみに頼みたいことがある!」 …頼むから変なのはやめてくれよな……。 「頼みたいことというのはアドヴァイザーなんだけど……。涼は自分で走ることが得意じゃなくても、ポイントはしっかり抑えてるからさ。自分を客的に見るって結構離しいし……できたら協力してくれたらと嬉しいよ」 「フォームとかよくわからないけど…良いよ

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どっかの誰かの名言

夢なき者に、理想なし。 理想なき者に、計画なし。 計画なき者に、行動なし。 行動なき者に、成功なし。 したがって、 夢なき者に、成功なし。

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名誉

俺は、どこかの里の、どこかの英雄。 人を傷つける事をやめない悪人を殺した。 でも、俺は、俺だけは知っている。 彼は…         ◆ 茹だるような暑さが肌を焼いていた。 死力を尽くして闘った彼からは、疲労の色が滲み出ていた。互いに力を振り絞った。遂に来た限界。視界が黒く染められると同時に、同じような音が2つ。微かに鼓膜を震わせた。俺たちは2人揃って限界を迎えた。意識がひんやりとした地面に吸い込まれていくのを意識していた。 目が覚めると、草むらで寝ていた。横には先ほどまで戦闘を繰り広げていた相手が、無防備に寝転がっていた。しかし、寝込みを襲う気にはなれなかった。静かに流れる雲を見つめ、隣の彼の意識が覚醒するのを待った。ふと、横を見た時には瞼はもう上がっていた。聞きたい事がある、と彼は言った。なんでみんな俺を恐れるんだ。なんでみんな俺に襲いかかってくるんだ、と。彼が言った。それを聞いた瞬間に俺は理解していた。この人は、悪い人では無いのだ。ただ力が強すぎたあまり、人の恐怖を煽った。それだけなのだと。それならば、襲われなければ危害は加えないんだろう?俺は彼に問うた。彼は深く頷いた。俺は言った。ならば俺が皆を説得して見せよう、と。彼の顔が華やいだ。里に戻り、手始めにと家族に伝えた。結果は絶望だった。騙されているのだ、の一点張りで聞く耳を持たない。挙げ句の果てには里の長にまで報告してしまった。俺は里の裏切り者になってしまった。そんな俺に里の長は言った。もしその男の首をここに持ってきたのなら、お前は永遠にこの里の英雄になるだろう、と。俺の感情は激しく揺さぶられた。彼を、殺す?何の罪も無い彼を? 俺は…………名誉を選んだ……。 ついこの間まで何の交流も無かった相手のために名誉を失うような事があってなるものか、と。言い聞かせた。数日後、彼の元に訪ねて行った。彼は俺を歓迎してくれた。覇気の無い俺を心配してくれた。彼が寝静まったその日の夜。手には静かに光を反射させる刃物を持ち、彼の寝室に忍び入った。刃物を、喉元に当てた。肌を、わずかに割いた。それでも、それ以上刃を進める事はできなかった。動きを止めたその時、腕が彼に掴まれた。ああ。起きてしまった。もう俺には、彼を殺す意志は無くなっていた。このまま此処で暮らし、里の民には裏切り者と嘲られながらも、明るい日々を過ごそうと。そう思った。刹那、俺の手に握られた銀色のものが、彼の血を浴びた。何も考えられなかった。彼は気づいていたのだ。俺の意思に、里の意思に。その上でこの選択をしたのだ。何もする気が起きなかった。ただ刻一刻と冷たくなっていく彼の体に、熱を求めて触れていた。気づけば窓の外は明るくなっていた。俺は感情を殺し、里長への手土産を手に、道を歩いた。何も考えてはいけなかった。一度でも感情が溢れれば、止められる気がしなかった。里に到着してからも、ただ歩きなれた道を行き、里で一番大きな建物に入った。男は、満足げに笑った。その渇いた笑い声が、此処まで憎たらしく感じたのは初めてだった。比喩ではなく、本当に腹わたが煮え繰り返りそうなほどに、体の中で熱が渦巻いていた。      ◆ 彼は…

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