のりたま
9 件の小説突発的妄想劇場 第九話
西暦二〇XX年… 国民数の減少による税収低下にあえぐ政府は、若年層を主とするネット動画配信者…いわゆる◯ーチューバーの納税対策に乗り出した。 彼らの活動は総じて個人的であり、その労働力が国家に還元されることは無い。 にもかかわらず極めて低予算な動画制作で夥しい収益を上げ、あまつさえ世間的には定職に着いていないことを理由に納税義務を怠り、稼いだ金はほぼ全てをネットショッピングやネットカジノで散財するなど、ネット世界のみの生活に終始している。 ネット業者はその大半が海外に拠点を置き、故に潤沢な資金は全て海外流出…と著しい悪循環をみせていた。 そこで政府は納税の対象年齢を大幅に引き下げ、さらに家の外に一歩も出ない生活を送る者には『非屋外活動税』を新設して多額の課税を迫るなどの対策を講じた。 対象者の多くは、それでも面倒な社会生活を送らずに済むならと素直に応じたが、一部は暴徒化し、各地で過激な抗議活動を繰り返した。 これらの違反者は英語で引き篭もりを指す『シャットイン』と『パラサイト』を合成した造語『パジャマリスト』と呼称された。 『パジャマリスト』を摘発・処刑するため、治安当局は非合法脱税者対策処理班…通称『ブレードダイバー』を組織した。 ◇ 大気汚染により昼夜を問わず薄暗い空が広がり、酸性雨が絶えず降りしきる近未来。 エアカーはまだそれほど飛んでないが、宅配ドローンは無数に見当たる…そんな大都会。 ピラミッドを彷彿とさせる巨大社屋の最上階に社内放送が響き渡る。 《次の調査対象者は李恩小悪助、廃棄物分別処理業務担当…》 やや遅れて、小会議室のドアを遠慮がちにノックする音があった。 「入りたまえ」 ブランド品の高級スーツに身を包んだ調査官が、パイプを燻らせながら高圧的に呼びかける。 「…………」 挨拶もせずのっそり部屋に入ってきたのは、一見国籍不明な猫背の男。調査官の態度もあってか酷く怯えた様子だ。 「フッ…遠慮せず掛けたまえ」 調査官はパイプを手放さず、テーブルを挟んだ向かいの椅子へと着席を促した。 この時代に喫煙とはなんて無礼な…と思うだろうが、中身はいわゆる解毒剤だ。『パジャマリスト』の中には激昂して毒物を散布し、共倒れを狙う者も少なくはなく、その毒物はネット経由で安価に出回っている。 男が席に着くと、調査官はさっそく分析機器のスイッチを入れる。対象者がクロか否かを高確率で見分ける一種の嘘発見機だが、その作動には調査官による専門的な『尋問』が欠かせない。 「そう緊張しないで。これからいくつか質問をするよ?」 優しく語りかける調査官に、しかし男はなおも落ち着かない様子でしきりと頷き返す。 だがこれは極めて一般的な反応であり、調査上問題はないと判断した調査官は自分も座席にふんぞり返るなり、矢継ぎ早に尋問を開始した。 「…キミが砂漠で動画撮影をしていると…」 「砂漠に亀だって!?」 男の反応はのっけからピーキーだった。心拍数が急上昇する様が分析機器のモニター画面に表示され、要注意認定された。 が、もちろん男からは見えない。 「そう興奮しないでくれ。砂漠というか砂地に亀は居るよ、ガラパゴスゾウガメとか」 「そうじゃない、なんで砂漠なんだ!? 俺はインドア派だからそんな暑い場所にはいかないし、だいいち砂地で撮影なんてしたら機材に砂が入り込むわ、輻射熱で焼けるわであっという間にオシャカじゃないか! 砂漠ナメんなっ!」 沸点が低すぎる上に逆鱗がどこにあるのか判らない。これだけでも何かと情緒不安定ぶりが際立つ『パジャマリスト』の特徴が顕著に表れている。 だが完璧主義者の調査官は尋問を継続し、もっと決定的な証拠を掴もうとしていた。 「じゃあ次の質問。キミが満を持して制作した動画が大コケして…」 「俺の動画が大コケだとぉ!? あり得る訳ないだろそんなコトッ!!」 「例え話だよ! キミ達の感情を刺激するように出来てるんだ」 既に機器の判定結果はレッドアラートだったが、このまま男を取り押さえようとすれば逃走を図って他の社員に危険が及ぶ可能性がある。 調査官はとにかく男を宥めることに努めたが、相手の興奮状態はなかなか治らない。 「そのくだらない質問はアンタが考えたのか!?」 「…まだ質問が残ってるんだが、協力してくれるかね?」 男は釈然としない様子で頷き返し、なんとか着席に応じた。その態度に思わず安心してしまったのが調査官の命取りだった。 それでも彼は密かに本部への応援要請を送りながら、尋問を続けるフリをした。 「ではこれで最後だ。キミがカノジョの家に求婚に訪れ、職業は◯ーチューバーだと明かすと彼女の両親は難色を示した。そこでキミは…」 「その質問の答えは…コレだ!!」 男がテーブルの下で構えていた大型拳銃が火を噴いた。 手ぶらで入室した男の様子にボディーチェックを怠った調査官のミスだが、後の祭りだった。 罪と罰の〜ぉ〜♩ ◇ 《新天地があなたを待っている! 待望の超大作VRMMO『2049』ベータテスト公開受付中!》 街の上空を舞う広告飛行船が、新作ゲームのCMを大音量でがなり立てている。 無限に用意された様々な職業が選べるのが売りらしいが…俺の仕事は不人気すぎて存在すらしないようだな。 俺は警官…そして殺し屋…『ブレードダイバー』…。 「…お客さんイラッシャーイ♩」 おっと、順番待ちをしていた蕎麦屋の店主がカタコトで俺を呼んだ。ここは日本で、俺はどこから見ても日本人で、日本食店なのに何故? ともかく、暇つぶしに読んでいた競馬新聞を傘がわりにして店のカウンター席へと向かう。 「らっしゃい、何にいたしましょう?」 気のいい店主が注文を伺うが、俺の答えはメニューを見るまでもなく決まっている。というかそもそもメニューが一種類しかない。 「アー…ソッヴァ、フォー。」 「!? 二つで充分ですよ!」 「ノォ、フォー! ツー、ツー、フォー!」 「二つで充分ですよっ!!」 「…アンド、ウローン。」 「うちは蕎麦屋! わかってくださいよっ!」 そして俺もなぜ英語なのか? まあお約束とゆーことで。 別れた女房にも言われたっけ。アンタは大食いすぎて安月給じゃやっていけないって…。 おかげですっかり愛想が悪くなってしまった店主が差し出した丼を手繰り寄せて、割り箸を割ってささくれを削ぎ落としたところで…不意に肩を小突かれた。 振り向いた俺に、奇妙キテレツな服装の無国籍風な髭野郎が、意味不明な言語でしきりと話しかけてくる。 さっぱり理解できないが、その背後に停車中のパトカーが目に入った途端、猛烈に嫌な予感がした。 「アンタはブレードダイバーだって彼が言ってる。本当かい?」 チッ…バレちまったじゃねーか。 「ああ、そういうこった。スマンな」 ズドンッ。 俺はすかさず懐から銃を取り出し、店主が身構える間もなく射殺。 慌てふためく髭野郎にも身分証を提示して手短かに説明する。 この店主は自らも裏で動画配信を行うクロで、『パジャマリスト』に違法に飲食を提供している容疑で内定捜査が進んでいた。 『パジャマリスト』にはもはや更生は見込めず、対策を講じるだけ税金の無駄遣いだ。 よって市民権が剥奪され、すなわち国民とはみなされないため人権も無く、殺処分が可能となる。 そんな彼らを匿う連中にも脱税容疑者が多いことから同罪となり、肩入れしすぎはこんなふうに命取りになる。 早い話が、税金を納めない者には生きる資格も価値もないという訳だ。 納税は大切にネ♩ 「…で? お前はなんで邪魔した?」 「ショチョサン、ヨンデル。」 チッ、所長からの呼び出しか。急ぎの仕事が入ったようだな。 万年人手不足だからって俺を知らないようなド新人を使うからこうなるんだ。 「解ったよ、行こう」 俺は食いかけの丼を持ったままパトカーに乗り込む…と、 「ア、ソレチゴー。ワターシ、メンキョナイデス。ケイサツ、スグソコ。」 歩きかよ!? まあ確かに目と鼻の先だけどな。 「アト、ドンブリモッテク、ドロボー、ダメゼッタイ。」 くそっ、食いっぱぐれちまったじゃねーか! 俺は腹いせに店主の死体の頭に丼ごと蕎麦をぶっ被せると、髭を連れ立って最寄りの署へと向かった。 …まさかコレ、続くのか?
突発的妄想劇場 第八夜
「チキュウジン ヨ… センソウ ノ ジカン ダ!」 ある日、外宇宙の何処ぞから忽然と飛来し、地球人類に一方的に戦線布告した異星人。 後に『EGGY(エギー)』と呼称される彼らは、全身が卵の殻状の外骨格に覆われた、犬猫ほどのサイズの異形の生命体だった。 その殻の強度はまさしく卵のように脆く… 当然のごとく、彼らは激弱だった! どうしてこれで地球に戦いを挑もうと思ったのか定かではないが… 赤道付近に飛来した、まさに巨大な卵のような彼らの母船はあっさり撃墜されて超巨大なスクランブルエッグと化し… 母星に帰還する手段を失った数十億名もの彼らは、なす術なく地球人類の奴隷と化した。 こうして地球人類対EGGYの全面戦争は、わずか数日で終結した。 《ギャッツビー三分間クッキング♩ 今日のお料理はエギーの親子丼です。 ご用意いただくのは近所で捕獲したエギーの親子。別に親子でなくても構いませんが、その方が殺戮の悦びを存分に楽しめます。 まずは、母エギーのドタマを…金槌でカチ割ります☆》 ゴシュぱきょっ! 「ドッッッギャアァーッス!?」 「カアチャンッ、カアチャーンッ!?」 《そして子供も同様に処理しましょう。子供の殻は柔らかいので簡単に割れますが、放っておくと泣き喚いて五月蝿いので早めの処理がオススメです。 中身が飛び散らないように注意して、ひと思いに…!》 グチャぶちゅっ! 「ォゴぺバッ!?」 《殻が入らないように注意して、エギーの中身をミキサーに放り込んだら…程よく撹拌されるまで回し続けましょう♩》 ズゴォ〜〜〜〜ぐっちゃぶっちゅねっちゃげっきょ… 《この際入り込む目玉はエギーの脳味噌も兼ねており、滋養強壮成分が豊富ですが、ミキサーでは潰れないほど硬いのでお好みで取り除いてもよろしいでしょう。 お召し上がりになる場合は一旦取り出してから…鈍器でメッタ打ちに☆》 ドンごんズシャばきょゴシャぐちょっ! 《こんなチンケな脳味噌で我々人類に戦いを挑んだなんて、まさに愚の骨頂ですね〜♩ 所詮、アタマ悪い弱者は強者に食い潰されるしかないのです。お料理番組なだけに!》 《尚、エギーは何処にでも蔓延り、油断すると瞬く間に繁殖するので気をつけましょう。 一匹見かけたら付近に三十匹は潜んでいると思ってください》 「…いたぞー! エギーの親子だ!」 「お〜お〜こりゃまた…少なく見積もっても百匹近くはいるぜ?」 「よし、水攻めだ。巣穴に水を流し込んでガキどもを溺死させろ!」 「這い出てきた親は火炎放射器で卵焼きにしろ!」 ブシャァ〜! ゴォ〜! ギニャアーッ!? かくして戦争終結後しばらくはエギーへの虐殺行為が続いた。 戦争は勝てば官軍、負ければ地獄。 人類に無謀な喧嘩を売った身の程知らずな連中は速やかに抹殺するのが美徳とされ、子供でも簡単に殺処分可能なため学校行事でもエギー狩りが推奨された。 しかし時が経てば、次第に敵の擁護派が増加するのはいつものこと。エギーに対しても人類のお人好しパワーは炸裂した。 そもそも地球人の言葉を理解するほど高度な知能の持ち主なのに、今まで誰も和平的な会話を試みようとしなかったのが不思議ではあるが、そこは一方的に戦線布告したエギー側にも多分に非はある。 駆逐派と和平派が歪み合うなか、初の国際的な人類とエギーの対談が催され…その場で、彼らがなぜ地球に侵攻したのか、その理由が明らかになった。 彼らエギーは我々と同じ銀河系の、地球とはほぼ対岸側に位置する辺縁から数万年もの時を掛けて飛来した。 かつては人類同様、恒星を中心とする星系内の惑星で平和に暮らしていたエギーだったが… ある日突然、恒星が謎の地殻変動により高温化。このままでは全エギーがゆで卵と化してしまう一歩手前で超巨大移民船を建造した彼らは、繁殖を繰り返しつつ宇宙じゅうに散らばり… そのうちの一隻が我々の太陽系に到達。彼らの居住に適した地球に目を付けた。 しかし観測の結果、地球上には既に我々人類が何十億人も生息しており、惑星リソースの大半を使い果たしていたことが判明。 この上彼らエギーが移住を申し入れたところで、到底受け入れられないだろうと判断した首脳部は、数十億名もの搭乗員達の期待を裏切る訳にもいかず、やむなく人類を殲滅して地球を乗っ取ることを決意した。 だが、長きに渡る彼らの歴史においても、他の知的生命体との戦闘行為は一度として経験したことがなく、まったく勝算が見込めないまま見切り発車的に戦線布告に及んでしまった…というのが事の真相だった。 その悲劇的な経緯を知った人類の間には、エギーの移住を認めてやっても良いのではないかという気運が強まった。 ただし、対等の立場ではなく…あくまでも人類に隷属する存在として。 前述のように彼らの黄身…いや内臓は卵に酷似して大変美味であり、さらに目玉は滋養成分に飛んで様々な医薬品の素材に最適だった。 尚、地球上の生物の卵は、その大きさが増すほど殻の厚みや強度も増すのが常識だが、エギーの外殻がそれとは比較にならないほど脆いのは、長期間の宇宙生活でカルシウム分が減少したまま常態化したためと分析された。 宇宙に長く滞在した宇宙飛行士の骨格から短時間でカルシウムが喪失するのは有名な話である。 また彼らに雌雄の区別はなく、繁殖には生殖行為も必要ない。産卵期に産みつけられた卵がごく短期間で孵化し、わずか数年で成体となる稀有な生態系を有していた。 つまり…よほどの事態でもなければ絶滅の恐れはない。 そこで地球政府はダメ元で、彼ら全体の三割を食糧として提供することを移住条件として提案。 そして驚くべきことに、彼らはこの提案を無条件に受け入れた。どうやら我々人類とは倫理観がかなり異なるらしい。 そうしてスタートした人類とエギーの共存生活は、最初のうちこそ衝突が絶えなかったものの、時間を経て少しずつ当然のように受け入れられていった。 ある者はその圧倒的な個体数を活かして人類が嫌うあらゆる労働に従事し… またある者は犬猫のようにペットとして飼い慣らされることに悦びを覚え… さらには日夜大量に産卵された仲間を食糧として売買する者も出てくるなど、エギー達は新天地で逞しく生き抜いた。 …そうこうして数世紀を経た頃には、そろそろ彼らを人類と同一視しても良いのではという機運が高まる。 この広い宇宙で、現状発見されている知的生命体は人類とエギーのわずか二種のみ。しかも互いに言葉が通じる相手だ。 それなのに我々はいったい何時まで互いを認め合わないのか、と。 言葉が理解できるなら感情も理解できる。 感情が解れば愛情だって深まる。 もはや我々は孤独ではない。互いに信頼し合えるかけがえのない友人を得たのだ…と。 無論、そうした考えを断じて認めようとしない層も厚く、やがて人類を二分した永遠とも思える戦いに発展していく。 そして我々は遂に、人類でもエギーでもない第三勢力の誕生をみる。 生物学的に不可能とされた両者の生殖行為が、『遺伝子融合』という新技術にていよいよ可能となったのだ。 人類特有のしなやかな筋力と、地球上の豊かなカルシウム分をふんだんに取り込んだエギー譲りの強靭な外骨格…これだけでも我々『古来種』はもはや太刀打ちできない。 さらには…お忘れだろうが、エギーは梅干し大の眼球兼大脳で外宇宙に進出できるほどの高性能な宇宙船を建造し、地球上に数え切れないほど存在する人類の言語を容易く理解するなど、元々高性能すぎる頭脳の持ち主だった。 その脳幹が人類並みの容積を得たとなれば…もはや人智の及ぶところではない。 やがて二大古来種に向けて反乱を起こした『新人類』は、地球の衛星軌道上に超巨大な重力レンズ兵器を建造。 それを介して収束された高出力の太陽光エネルギーにて古来種の本拠地を根こそぎ焼き払う『オペレーション:サニーサイドアップ』、別名『虫メガネ作戦』を発動した新人類は、瞬く間に古来種を屈服させ、新たなる地球の支配者として君臨した。 そして古来種には引き続き地球上での共存を許可する代わりに、年間三割の人口を食糧として提供するよう条件を突きつけた。 彼らにとってはエギーの黄身同様、人類の身体を構成するタンパク質も大変な美味だったのだ。 《エンジェル三分間クッキング♩ 今日の献立は人類の挽肉とエギーの卵黄を使った滅多打ちハンバーグです。 まずは界隈で捕獲した人類とエギーを用意してください。人類は首を刎ねて逆さ吊りにし、よぉ〜く血抜きして生臭みを消しましょう》 《近頃、古来種の乱獲を心配する声もありますが…なにしろ古来種は両方合わせて数百億匹も存在しますから、当面絶滅の恐れはないでしょう。 人類種のプリプリしたタンパク質の歯応えと、エギー種の濃厚な黄身の旨みを存分に堪能しましょう♩》
突発的妄想劇場 第七夜
今宵の話は小説ではなく、まさしく作者の突発的妄想エッセイ劇場であーる! お題は『浦島太郎』。 数ある日本の童話の中で、この主人公だけは桃太郎や金太郎や一寸法師のようなスーパーヒーローではなく、いたって普通の人間… であるかに見せかけて、話の冒頭をよくよく思い出して欲しい。 その存在がいかに異質であるか、お解り頂けるかと。 ◇ まずは…浜辺に打ち上げられた亀が子供達にいじめられているのを、たまたま通りかかった浦島太郎が助けたのが、このお話のそもそものきっかけだ。 この時点で早くも幾つかの重大な疑問が生じる。 まず第一の疑問…「太郎は何を根拠に、亀がいじめられていると判断したのか?」 舞台が浜辺であるからには、子供達は皆、漁師の家柄であると推察できる。 そして亀は何故だか話の冒頭から被害者扱いされているが…口に入るものなら何でも食糧たり得た時代、亀はその他の海産物同様、漁師達にとってはフツーに獲物であり食糧だったはず。 そんな存在が子供達によってたかって羽交締めにされていようとも、漁師である大人達の目線からすれば、通常ならば子供達が「遊びながら漁を学んでいる」と判断するところではなかろうか? にもかかわらず、よりにもよって「いじめられている」などと甚だしい誤認をした「浦島太郎は、果たして本当に漁師だったのだろうか?」 …これが第二の疑問だ。 そして第三の疑問…「亀はいったい何の用事で地表付近に現れたのか?」 絵本に描かれているイラストから察するに、亀の種類は海亀…近年ではタイマイと呼称されるものであろうか。 このタイマイは手足がヒレ状になっていることから判るように、基本的には海原に棲まう種族であり、亀でありならヒレが大き過ぎて甲羅内に収納することは不可能。 代わりに日頃は海中に潜むことで外敵からの攻撃を回避し、肺呼吸なので酸素を取り込むため時折り海面に現れる以外は姿を見せることはない。 例外的に、産卵のため浜辺に上陸することはあるが、言うまでもなく卵を産めるのはメスのみ。 ところが、物語ではこの亀はオスとして描かれることが多く、すなわち産卵のために浜辺に現れたのではない。 では一体、何のために…? そして第四にして最大の疑問…「なぜ浦島太郎と亀の会話が成立しているのか?」 太郎に助けられた亀は、唐突に「助けて頂いてありがとうございます」と礼を述べる。 そして太郎も別段驚いた様子もなく、淡々と会話に応じている。傍から見れば実に奇妙な光景だ。 この時の言語は果たして亀語だったのか、それとも人語だったのか? 異種族間で会話が成立するのは、一方が他方に歩み寄ろうとして言語を習得した場合に限られる。 従ってこのとき、亀が人語を話したため人間の太郎に通じたのであれば、亀は明らかに当初から人間に近づく目的だったと推察される。 逆に太郎が亀語を理解できたとするなら、彼は意思疎通が出来る相手を食糧ならびに売買目的の獲物として延々狩り続けてきた極悪人となる。 いずれにせよ、異種族同士の彼らの会話は見事に成立し、太郎は亀の誘いを受けて竜宮城へと招待される。 ここにも疑問が。竜宮城などといういかにもアヤシイ、しかも海の底などというトンデモネー場所に拉致られようといているのに、彼がよく了承したものだ。 あるいは「浦島太郎は竜宮城が如何なる場所か、既に知っていたのか?」 これが第五の疑問だ。 だとすればあっさり同行したのも頷けるが。 ◇ 以上の疑問点を総合するに…この物語をより合理的に構成しようとすれば、一つの仮説が導き出される。 すなわち…海底深くに、地上侵攻を目論む一大海底帝国『竜宮王国』が存在したのであ〜る!! ①いじめられていたのは亀ではなかった。 だから太郎はソレがいじめられて困っているとすぐに判断できた。 そして子供達も通常の亀ではないことに気づいたからこそ執拗に構っていたのだ。 ②浦島太郎は漁師ではなかった。 亀の正体を知っているとすれば当然のように亀の仲間であり、漁師は世を偲ぶ仮の姿…。 果たしてその実態は、竜宮王国が地上へと派遣した工作員だったのだ! ③亀は当初から浦島太郎との接触が目的だった。 つまり、地上で何らかの任務を果たした太郎を、彼らの本拠地に連れ戻すために現れた搬送役だったのだ。 ④仲間同士なのだから言葉が通じて当然。 二人が喋っていた言語は人語ではなく亀語…つまりは彼らだけが理解できる共通言語『竜宮語』だったのだ。 ⑤そして二人は本拠地への帰還を果たした。 単に亀にまたがっただけではなく、海中へ行くために潜水艇のような手段を用いたため、海中でも呼吸が可能だった訳である。 ◇ さて、物語の舞台はここで第二幕である海中の竜宮城へと劇的に様変わりする。 これまた摩訶不思議な場所であり、物語通りに読み進めると辻褄が合わない点だらけだ。 疑問その一…「乙姫とは何者か?」 文字通りに解釈すればうら若き女性で、姫というからにはそれなりに着飾った身分の高い者だろう。すなわちキャリア組で太郎の上司だ。 あるいは王族で、本物の姫君という線もあるが…それほどの者が、たかだか一工作員に過ぎない下っ端の太郎を自らもてなすだろうか? もしくは、太郎に課せられた任務はそれほどまでに重要だったのだろうか。 疑問そのニ…「鯛やヒラメの舞い踊り」 太郎は乙姫からご馳走を振る舞われ、鯛やヒラメなどの高級魚が惜しげもなく舞い踊るレセプションを受けている。まさしくパーリィピーポーだ。 さてここで、文字通り鯛やヒラメが舞い踊っていたとすれば、水生生物がいるような水中で地上人型の太郎が接待を受けたことになる。 しかし普通に飲食できていることから考えても水中ではなく、地上同様に空気が満たされた空間だったと考えるべきだろう。 ならば、ここでいう高級魚はいわゆる高級娼婦の暗喩だとする説もあるが…乙姫自身も若い女性でしかも上司だというのに、そのようないかがわしい場所に同席するだろうか? あるいは、以前より想いを寄せていた太郎とそのような仲になるために、わざわざそんな雰囲気を演出したのだろうか? いずれにせよ、上司の丹精込めた催しへの参加を拒める部下などそうそういまい。 そして太郎はまんまと乙姫にこまされた。 しかしやがて、地上が恋しくなった太郎は乙姫から玉手箱なるアイテムを受け取り竜宮城を後にする。 ここで疑問その三…「乙姫はなぜ玉手箱を手渡したのか?」 既に前説で太郎は海底人だったことが明らかになっているが、その彼がなぜ地上を恋しがるのか? 最も手っ取り早い邪推としては「女の存在」が挙げられる。太郎は工作のため訪れた地上で、現地の女性と懇意になった。 故に工作に失敗したが、上司である乙姫にはなかなか事実を打ち明けられぬまま接待を受け続けた。 太郎の工作の失敗は、彼を迎えに行った亀をいじめていた地上人の子供達を始末しなかったことで裏付けられる。 たとえ子供であれ、仲間のピンチならば殺害もしくは攻撃を加えて救出するのが常識だろう。 しかし太郎は子供達を根気よく説得し、話によっては金品を受け渡してまで亀を救っている。 その経緯を亀からの報告で知った乙姫は、太郎の裏切りに気づいた。そして接待の席上で彼をそれとなく問い詰めるうち、地上の女性の存在を突き止めたのだ。 太郎に好意を寄せていた乙姫からすれば、二重三重の裏切り行為だ。通常なら即座に太郎を処刑しても不思議はない。 だが、乙姫は胸に秘めた想いのあまり、ついに太郎の殺害には至れなかった。そこで玉手箱を手渡した上で、彼の希望通り地上へと追放したのである。 件の玉手箱の効果については、ご存知のように太郎を老化させる作用があった。何故そのような回りくどい処刑法に至ったのかは次項にて。 さて、再び太郎が地上に戻ると、そこでは既に数百年の時が流れ、世界はすっかり様変わりしていた。 懇意にしていた女性も既に亡くなり、途方に暮れた彼は玉手箱を開けて老人と化してしまう。 竜宮城と地上で時の流れが大きく異なることから、城は実は光速移動する宇宙船の類だったとの説もあり、そこから派生した『ウラシマ効果』なる造語もある。 だが実際に時の流れが違うならば、太郎が地上へと派遣されてから帰還するまでに相当老け込んでいるはず。しかし太郎は帰還しても若いままだった。 また彼を出迎えに地上へと出向いた亀も老いるはずであり、単なる送迎役としては非常にリスキーだ。 以上のことから鑑みて…実は、竜宮城と地上との時間の流れに大差は無かった、とする方が自然だろう。 時間の流れが同じならば、その差はどこで生じるのか? 結論から言えば…長寿な海底生物に比較し、地上生物の寿命は非常に短命だったのだ。 一般的にも水生生物が比較的長寿なことは有名だろう。 玉手箱にはそうした両者の差を埋めるため、太郎を老化させる機能があったことは前出の通り。それでも数百年の差を覆すまでには至らず、太郎は老化するだけで済んでしまったのだ。 『浦島太郎』の物語はここで唐突に終わる。 あたかも映画『猿の惑星』のラストシーンのような、実にやるせない虚しいオチだ。 ◇ 以上のような解析を踏まえて、この摩訶不思議な物語をもう一度紐解いてみよう。 海底人の工作員として地上へと派遣された浦島太郎は、そこで現地人の女性に魅了された挙げ句、任務に失敗する。 亀型送迎機によって海底へと帰還した彼は、上司の乙姫に裏切り行為を見抜かれ、再び地上へと追放されてしまう。 舞い戻った地上はすっかり様変わりしており、ある意味では救世主だった彼を落胆させた。 失意のうちに玉手箱を開けて老化した彼は、地上人として生涯を閉じた。 なんとも物哀しい物語である。 さて最後に残った疑問…「海底人とは何者なのか?」 おそらくは、かつて地上を支配していた原初人類の成れの果てだ。ムー大陸人でも良いが。 非常に高度な文明を誇った彼らは、かつて地上を襲った天変地異、あるいは最終戦争から逃れ、比較的変化の少ない海底に移り住む。 そして変わり果てた地上を再び自分達の居住にふさわしい環境に戻すため、自分達に似せた地上人を造り出した。「神は自分達に似せて人間を創り賜うた」という聖書の記述とも一致する。 時折り復興を軌道修正すべく、太郎のような工作員を派遣し自分達の意のままに操っていたが、彼の裏切りに遭い計画は頓挫した…のか? それくらい大きなエピソードでもなければ、こんな意味不明な物語をわざわざ残そうとは思うまいて。 …以上でQ・E・D。 天変地異や戦争行為が著しい昨今、いずれ人類は住み慣れた地上を捨て去り、またもや海底や宇宙空間に新天地を望むのだろうか?
突発的妄想劇場 第六夜
結局、前回からの続きです。 警官を焼き殺した挙げ句、公爵の愛人宅を全焼させ多数の家人を殺傷した可哀想なマッチ売りの少女は、這う這うの体でアジトに逃げ帰りました。 「ケッ、ようやく帰ってきやがったか。ちったぁ稼いできたんだろーなア゛ァ゛?」 さっそく親方が寄ってきて、少女の今夜のアガリを毟り取ります。 「…をぇ。んだこりゃ? こんなはした金で無駄メシ食わせろってのかテメーは、ヴォッ!?」 案の定メチャクチャ怒られました。 ホストあがりで無数のご婦人を騙くらかした挙げ句カタギではいられなくなり闇堕ちした彼は金銭感覚が麻痺した半グレなので、この程度のカネは一晩で飲み潰してしまいます。 「お願いです、何か食べさせてください。色々あってクタクタのヘロヘロなんです…!」 懇願する少女に下衆野郎はニヤリとほくそ笑み、 「どーしても食いたきゃ、まずはテメーを俺に食わせろや。わーってんだろゴルァ?」 「…わかりました」 見た目的には逆のような気もしますが…観念した少女は服をたくし上げて下半身を露出します。 今夜の下衆親方はこれでもかなり機嫌がいい方なので、使い込みすぎて勃たなくなったフニャ◯ン咥え込んだだけで飯が当たるなら安いものです。 しかし… 「…をぅえ、しっかりヤラせてんじゃねーか? なのになんで稼ぎがこれっぽっちなんだよ、計算合わねーだるぉ? さてはテメー、使い込みやがったなァッ!?」 あらぬ嫌疑をかけられてしまいました。やはり乙女の柔肌は不用意に見せびらかすものではありませんね。 「ちっ違いますっ、ちょっとサービスしただけで…」 「一万も値引きする奴がどこに居んだよアホかテメーはぁ!? そんなんじゃやっぱメシ抜きだなクソがッ!」 そうは言われても、高額商品の場合はそれくらい差し引かないと費用対効果が弱過ぎます。 百円の商品を九十八円なんて些細な値引きで売りつけられて喜ぶのはオツムが弱いクセに自分は頭がイイと思い込み、財布の紐が固い割には通信費用に糸目をつけないおバカさんだけですから。 そもそもホストあがりの金銭感覚で価格設定するから逆が寄り付かないのです。今どき三万も払う客がどこにいるでしょうか? どうせなら最初に五万円程を要求してから、三十分以内のお電話で半額、その上送料サービス…とでもしておけばチョロい客が入れ食いなのに。 …などと胸中で反論した少女のような超が付くほどのお人好しが生きていけるような世界は古今東西どこにもあり得ません。 「そ、そんなぁ…お願い許して…!」 少女が親方にすがりつこうとした矢先、にわかにアジトの外が騒がしくなり、 「…いたぞ!!」 入り口の扉を蹴破って室内に雪崩れ込んできた衛兵が、少女を見るなり叫びました。 その後からも続々と兵士が突入し、二人はあっという間に包囲されてしまいました。 「な、なんで兵隊が!?」 通常、売春程度の犯罪では兵は動きません。ということは… 「さてはテメーなんかヘマして着けられやがったなァ!?」 ヘマどころか重大犯罪をやらかしていようなどとは、さすがの親方も知る由もありません。 少女の犯行現場を直接目撃した者は皆無でした。 が、その直前に少女と関係を持つため、見ず知らずの中年リーマンを襲ってカネを奪った容疑で即日逮捕されたあの男性客の証言と… 現場に落ちていた大量のマッチ棒の萌えカス等の状況証拠… そして街中に無数に設置された防犯カメラの映像分析から、すぐに少女に足がついたのでした。 絶対バレない犯罪などあり得ません。 「おっ俺はなんも知らねーよ!? コイツが勝手に」「やかましいッ! 貴様などに用はないわァッ!!」 すぱっ。くちゃ♩ すべてを少女になすりつけて身の潔白を訴え、実際潔白だった親方は、うるさかったので兵士の長剣で真っ二つにされました。 民衆の暮らしを守る警察とは違い、兵士の仕事は国の治安維持です。チンピラごとき寄生蟲に構っている余裕などありません。 叩き切られた親方の傷口から飛び出したハラワタを見て、空腹の少女は無性にモツ焼きが食べたくなりました。 「連行しろッ!!」「キリキリ歩けッ!!」 衛兵達は少女を腹ペコのまま問答無用で小突きます。 なんだか怖い人達ですが、散々自分を苦しませてくれた親方を懲らしめてくれたのだから、きっとイイ人に違いありません。 「あっあのっ…何か食べさせて貰えますか? 出来れば焼肉で」 「こんな時にまでメシの心配か? フッ、最後の晩餐くらいはさせて貰えるだろうぜ」 「じゃあ行きます♩」 自分のように人畜無害でいたいけな子供にまでタダ飯を奢ってくれるだなんて、やっぱりイイ人だ…と少女は思いました。 どんな富も名誉も正義や巨悪ですらも、空腹と睡眠不足には敵いません。 少女は素直にしょっ引かれていきました。 ◇ 衛兵に連行された少女は城に通され、公爵の前に引きずり出されました。 自分の愛人をこんがりローストしてくれちゃった犯人に、公爵様はおかんむりでした。 「キサマが噂のひょっこり放火少女か!?」 今どきマッチ棒などを大量に携帯して街中を徘徊する少女の存在は、意外やとっくに有名にでした。 「私はしがないマッチ売りの少女ですっ。アレはちょっとした出来心で…っ」 「ちょっとしたことで何十人も焼き殺せるかこの売女がァーッ!?」 当然のように激怒して少女に詰め寄った公爵でしたが、その顔をよくよく見るなり「むぅっ!?」と呻いたまま硬直してしまいました。 そして衛兵たちを全員部屋から追い払うと、二人きりになった少女に洩らしました。 「お前の顔を見た途端、懐かしい感情に囚われた。 娘よ…あいむ・まい・ふぁーざー…!」 「…のー…!?」 思わずマッチ棒を握りしめて身構えた少女を、公爵は優しく諭します。 彼は無類の女好きで、国中の美女を口説き落としては孕ませまくっていやがりました。 少女と同様の子供たちが、国内外にあと数十名はいるそうです…ってオイ。 トンデモネークソ野郎でした。 それならあり得るかー。少女は納得しました。 「お前の顔には特に見覚えがある。今は亡き母親の面影に瓜二つだ…!」 少女は物心ついた頃にはお婆さんに引き取られていたので、母親の想い出はありません。 公爵によれば、その母親は当時もっとも人気が高かった歌姫だったそうです。 彼女が王宮に招待された折、その美貌に一目惚れした公爵は彼女を口説き落として食いました。 そして一発で満塁ホームランを決めました。 それを快く思わなかったのが、当時すでに公爵の愛人だった放火殺人の被害者でした。 子供ができない身体だった彼女は少女の母親を妬んだ挙げ句、濡れ衣を着せて投獄させてしまいました。 獄中で病死した彼女はその直前に少女を産み落とし、側仕えの一人だったお婆さんに託したのでした。 つまり、少女は自分でも知らないうちに母親の仇打ちを果たしていたのです。 めでたしめでたし。 ◇ …などと丸く収まるようなお話ではありませんでした。 何故ならこのお話の作者はヒネクレ者だったからです。 「ではすべて貴方が悪いのですね?」 「うん。」 「じゃあ死んで。」 ぷすっ。少女は公爵の目玉にマッチ棒を突き刺して殺害した後、火を掛けて死体を燃しました。 いきなり父親だと申し出られても思い入れなど何もなく、ただただムカつくだけですから、こんなもんでしょう。 そして駆けつけた衛兵たちに、我こそが彼の正統後継者であると宣言しました。 こうして爆誕した『炎の女帝』は、その美貌と長年培ってきた色仕掛けで国家の重鎮たちを次々に陥落させ、国を乗っ取りました。 そして国中にお触れを出し、自分と同じ公爵の子供達を探し出して手駒に加え、『炎の軍団』を結成。 逆らう者はすべて燃やし尽くし、瞬く間に世界を牛耳りました。 その間に葬られた犠牲者数は夥しい数に上りますが…なぁに、どうせ人間など放っておけばネズミ算式に増え続けます。 燃やされたくなければ従えば良いだけの簡単なお話です。 シンプル・イズ・ベスト! さすがにもう続くまい。
突発的妄想劇場 第五夜
「マッチ…マッチを買ってください」 寒い寒い雪の中で… 今夜も少女は街角に立っていました。 手にした籠に山盛りのマッチ箱を積んで。 でもマッチはなかなか売れません。 「お願いです、マッチを買ってください!」 少女は懸命に通りを行き交う人々に呼びかけますが、 「マッチなら要らないね。ライター持ってるから」 「ごめんねぇ、うちはIHなの」 技術革新の昨今、人々はマッチなどには見向きもしません。 ですが時々、 「お嬢ちゃん可愛いねぇグヘヘ。一箱いくらだいゲヘヘ?」 マッチではなく、あからさまに少女目当てな下賤の輩が寄ってきます。 それでも少女は嫌な顔一つせず、それまで被っていた頭巾を脱いで、その下に隠れていた美しい素顔を覗かせます。 「ありがとうございます。一箱一万円になります」 高っ!? けれども男は慌てず騒がす、 「今日は懐具合が少々厳しくてねぇ…半箱だけ貰えるかいデヘヘ?」 「半分ですか…わかりました。それでは五千円ですね。前金でお願いします」 男の身勝手で中途半端な注文にも、少女はめげずに代金を受け取りました。 でもマッチは渡しません。 少女が売っていたのは、実はマッチではありませんでした。 「ではお客さん、こちらへ…」 「ムヒョヘヘヘ♩」 少女は男を路地裏の物陰へと誘うと、おもむろに上着のボタンを外して胸元をはだけました。 「五千円だとお触りまでですね。それ以上は追加料金を頂きます」 「フヒョヘヘわかっとるわかっとる。 お嬢ちゃんええカラダしとるのぉ。思った通りの上玉だったぜフヒャハーッ♩」 興奮した様子の男は、少女の胸元に無遠慮に手をこじ入れて、柔肌を揉みしだきました。 「んんっ…お客さん、指遣いお上手…っ」 「ハァハァ嬢ちゃんココがエエのかエエのんか〜? デヒョヒョぢゅるるっ♩」 不意に男のもう一方の手が少女の下腹部に延びました。 「あんっ!? そ、そこはダメ…そちらは別料金に…」 「ハヘハヘチキショーたまんねぇぜ! なあ、もうちょっとまからねぇのか? そしたらもっともっと気持ち良くしてやるぜぇ〜?」 「…最後までしっぽりコースは通常マッチ三箱分ですけど、お客さんお上手だから二箱でいいですよ。あと一箱半ですね」 「クッソォーッ大幅値引きでも遥かに届かねぇ! どっかにカネは転がってねーのかよ!?」 男は辺りをキョロキョロ見回しますが、もちろんそんなに都合のいい話はありません。 …とそこへ、会社帰りの中年リーマンが千鳥足で路地を横切って行きました。 「…フヘヘッ。お嬢ちゃん、ちょっと待ってな!」 男はそう言い置いて、中年男性の後をつけて行きました。 程なくして、通りの向こうでくぐもった悲鳴が上がり、さらにしばらくして男が戻ってきました。 「ゼェハァ嬢ちゃんカネだカネ! キッチリ一箱半分あるぜ…!」 そういう男が鷲掴んだクシャクシャの紙幣は、確かに料金分きっかりでした。端っこに若干血糊が付いているような気もしますが、気にしてはいけません気にしたら負けです。 「承りました。それでは…どうぞ」 少女がスカートをたくし上げると、男の興奮は最高潮に達ました。少女が下着を何も身に付けてなかったからです。 「ヒィハァーーーーッ!!」 男、入りまーす。 「アハーソお客さんステキよォ〜〜ッ!!」 入りました。 少女の桃色吐息が夜のしじまにこだましました。 ◇ 真夜中になり、人通りが途絶えたところで少女は仕事を終えました。 結局、今夜の稼ぎは先程の二万円ぽっきり…これではまた親方にどやされてしまいます。 アジトに帰るに帰れず、途方に暮れた少女は何処ぞの御屋敷の軒先に身を潜めました。 せめてもの暖を取るため、売り物…に見せかけたマッチを擦ります。 火薬の香りとともに小さな火が灯り、少女の心を安堵させました。 「…お婆さん…」 こんなときに思い出すのは決まって、今は亡き優しかったお婆さんのことです。 お婆さんは少女のように身寄りのない子供たちを集めて、暖かい家とお腹いっぱいの食事を与えてくれました。 その代わりに仕事をこなす必要はありましたが、こんな寒い夜に街中を彷徨う必要もなく、誰にでも出来る簡単なお仕事でした。 お部屋で待機していると色んな男の人が入ってきて、少女を脱がせて身体のあちこちにお触りします。 大抵はお金持ち風のご年配の殿方なので、それだけで大満足し、なすがまま、されるがままですぐに終わります。 ときどき乱暴な怖い人もいて、痛い思いをすることもありましたが、そんな時は畳の目…はこの国には無いので、天井の木目を数えているだけでいつの間にか時間が過ぎました。 むしろその木目がだんだん人の顔に見えてきて、かえって怖いくらいでした。 そして、そんな思いをした直後には、お婆さんがわざわざお風呂を沸かしてくれました。 「大変だったろう。ささ、汚れた身体を洗いな。隅々まで…奥の奥までよぉ〜っく洗い流すんだよ?」 そして自ら優しく少女を洗い清めてくれたのでした。 少女はその家にいた子供達の中でも飛び抜けた器量良しだったので、お婆さんもいちばん可愛がってくれました。 それはとてもとても穏やかで楽しい日々でした。 ◇ …けれども、そんな日常にもやがて終わりが訪れました。 しかも、ある日突然に。 「警察だ! 全員動くなっ!」 その夜、いつものように迎え入れた客の一人が突然、懐から『捜査令状』と書かれた紙切れを取り出して皆に突きつけました。 すると家の戸口や窓を蹴破って大勢の警官隊が突入してきたのです。 「ガサ入れだよ!! 早くお逃げ!!」 お婆さんが叫ぶなり、子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。 少女も警官達に取り押さえられそうになりながらも、身近にあった燭台を掴んで警官の目を突き、顔を抉り、ハラワタを引きずり出させて、なんとか逃げ延びました。 …お婆さんを見たのはそれが最後でした。 風の噂では『売春斡旋禁止法違反』で逮捕され投獄されましたが、寄る年波には敵わず不遇の獄中死を遂げた…とのことです。 ◇ 再び天涯孤独となった少女は、今宵のように街中を彷徨い続けた挙げ句、親方に拾われて現在の仕事に就いたのでした。 …それが地獄の日々の始まりとも知らず。 「…認めたくはないわね。若さ故の過ちというものを…」 今でも充分若いのに大人びた少女の手の中で、燃え尽きたマッチが脆くも崩れ落ちます。 辺りは再び闇に閉ざされ、より一層の孤独感が少女の身体と心を凍えさせます。 「もっと燃やしたら…もっともっと、お婆さんに逢えるかな?」 灯火の中の幻想に救いを求めた少女が、新しいマッチを取り出した…その時でした。 「そこで何をしているッ!?」 唐突に怒鳴られて慌てて振り向けば…そこには巡回中の警察官が立っていました。 「こんな真夜中にそんなモノを持って…さては貴様、放火魔だなっ!?」 こちらの言い分も訊かず一方的に決めつける警官に、少女はブルブル震えるだけで何も言い返せません。 あの日以来、彼女の中で警官はトラウマと化してしまっていたのでした。 「現行犯逮捕だ! こっちに来いッ!!」 叫びながら少女の手首を鷲掴んだ警官に、彼女の恐怖は極限に達しました。 少女は反射的にマッチ箱を手にすると、中身をすべて擦って警官に投げつけました。 大量の火種に見舞われた警官は瞬く間に火だるまとなり、悲鳴を上げて転げ回りました。 それでもなかなか火は消えず…やがて力尽きて倒れ込んだ御屋敷の戸板に延焼すると、そこからどんどん燃え広がります。 呆然自失の少女は、しばらくその光景に見惚れていましたが… そのうち辺りが騒然となったのを見て、コッソリ現場からズラかりました。 後に判ったことですが、その御屋敷は公爵の愛人宅でした。 物理的に燃え上がった愛の炎は御屋敷中を包み込み全焼。愛人を含む家人数十名の命を奪う大惨事となりました。 それが後々、少女の人生に様々な影響を及ぼすことになろうとは…その当時の彼女は知る由もなかったのでした。 続く…かも?
突発的妄想劇場 第四夜
「お願い、お兄ちゃん…シて?」 赤らんだ顔の妹が俺を見つめる。 俺は…心底呆れた。 「お前、中学生にもなってまだ一人で出来ないのか?」 学校から帰ってきた途端、先に家で待ってた妹の第一声がコレだ。 お互いまだ着替えもせず制服のままだし、親もまだ会社から帰ってきてはいない。 「だ、だって…」 妹はますます頬を紅潮させて、 「あんなトコに挿れるだなんて…怖くて出来ないんだモン!」 やれやれ…。もっと小さい頃は手持ち花火すら怖がって一人じゃ出来なかった奴だからな。仕方ないか。 「要は慣れだよ、慣れ。俺なんて毎日毎晩ゴリゴリ掻きむしってるぞ?」 「それはさすがにヤリ過ぎじゃない? 掻きすぎるとバカになってお猿さんになっちゃうってゆーよ?」 そりゃ〜昼夜を問わずにヤリまくってる奴はそれ以前からおバカだろうとは思うが、進化の法則的に原始退行はしないだろ? 「…でもそんだけ上手なら、あたしにも出来るでしょ?」 うーん藪蛇だったか。しょうがない…。 「ホラ、とっとと済ませるからこっち来い」 リビングのソファーに腰掛けて、膝の上をパンパンはたいて埃を払うと、 「あ、ちょっと待って?」 妹はおもむろに制服を脱ぎ出した。 「って、なんでやねん。脱がなくても出来るだろ、こんなモン」 ちょっと穴に挿れて引っ掻き回すだけだろーが? 「だって、制服汚したりシワになったりしたらお母さんに怒られちゃうし…」 「だからってそこまでしなくたって…」 「大丈夫、ちゃんと下に体操服着てるから♩」 何が大丈夫で何がちゃんとなのか皆目不明だが、妹はパパッと制服を脱ぎ散らかして体操服姿になった。 今年で中二のはずだが、いささか成長が遅い妹はまだまだお子様然としたつるんぺたんな身体つきで…それだけになおさらヤバい。 てゆーか俺は今年で義務教育卒業だから、来年からは街中でコイツに不用意に声など掛けようもんなら事案が発生してしまう。 にもかかわらず… 「えへへ〜、お兄ちゃんの膝枕♩」 妹は子供のときのまんまな笑顔で、俺の膝にぴょこんと飛び乗った。身体が小さくて軽いからそれほどの衝撃はないけど、さすがにいくらかは成長したのか、結構な重さが伝わる。 「ったく…ちょっと待ってろ」 俺は制服のズボンをまさぐって得物を手に取る。妹が邪魔であちこち引っ掛かり、なかなかうまく取り出せなかったが、なんとか引っ張り出すことに成功した。 「わ…なんか、いつもと違くない?」 俺が手にした得物を目にした妹が、目をまん丸に見開く。 「そうか? いつもとあまり変わんねーと思うけど…」 しれっと答えてはみたが、実は普段家で見せびらかしてるモノとは明らかに別物で、太くて長くて色も濃くて、先端も肥大してる。 もちろん基本的には同じモノだが、家の外では人目に触れると何かと気恥ずかしいものなので、手早く済ませられるようにカスタマイズしてあるのだ。 「そんなに大っきいの…ホントに入るの?」 「おいおい、今さら怖気付いたのか? 初めてって訳でもないだろ?」 にわかに不安がる妹を焚き付けてみたものの、彼女はますます縮こまって、 「初めてだよぉ! いつもは先っちょまでだもん。穴の淵っこをクリクリなぞって貰うだけで…!」 「そっか。じゃあ…俺が初めての男になるんだな」 俺の言葉に妹はお目々をパチクリしてから、意を決したように、 「じゃあ…我慢、する…!」 俺の上で身体をすべて投げ出した。 体育の授業の後もそのまま着用していたのか、体操服からは若干汗ばんだ匂いが漂って… それだけでもイケナイ関係を共有してるかのような背徳感に見舞われる。 「いい心がけだな。じゃあ、頭はこっちで、お尻はこっちに…」 「こ、こぉ?」 俺がやり易いように指示すると、妹は言われた通りにモゾモゾ身体を動かした。 「よぉし。手もとが狂うと危ないから、そのまま動くなよ? う〜ん…やっぱり支えてないと安定しないな。背中に手を回してもいいか?」 「え? う、うん…」 許可を得られたので背中に手を押し当てる。 …ブラ紐やホックはおろか肌着の感触すらない。素肌の上にそのまま体操服を着ているようだ。 道理で胸の先端がぽっちりと…。 生地も薄いし、これじゃあ何も着てないのと同じじゃないか。 「…お前なぁ」 「な、何?」 「…何でもねーよ」 どうせ言ったところで無駄だろうし、いま言うべきタイミングでもないだろう。 そんなコトより穴の方が重要だ。 周辺に覆い被さっていた余分なモノをどかし、密林のように生い茂った毛髪を掻き分けて…可愛らしい穴を露出させる。 「…キレイじゃん。本当に自分じゃ触ったコトないんだな?」 「…そんなコトしないモン」 という訳だからたいして汚れてはいないが、埃が体内に入ったら大変だからと、フウッと息を吹きかける。 「ひぅ…っ!?」 妹は背中を仰け反らせて腰を跳ね上げた。 「コラ動くなっつったろ!」 ほとんどまな板みたいな貧乳でも、何も覆われていない先端が強調されて目の毒だからやめて欲しい。 「だ、だってくすぐったいんだモン!」 まだ何もしてない内からもうこの有り様か。先が思いやられるな。 今度こそ動けないようにしっかり身体を固定してから…俺のモノの先端を穴の淵に充てがう。 「なんかドキドキする…」 俺もだよ。こんなに可愛いところを俺のでメチャクチャにしてしまうのかと思うと、呼吸が乱れて仕方がない。 そんな胸の内を悟られないように息を止めて、少しずつ、少しずつモノを沈めていく…。 「んあっ…入ってくる…穴の壁が全部こすれて…っ!? や、やっぱり無理だよぉ!」 そうは言っても、今さら引き返す訳にもいかない。慌てて引っこ抜いたりするとかえって内壁を傷つけかねない。 「我慢しろ…もう少しだから…っ」 「ひうぅ…っ」 妹は涙を滲ませながらも必死に恐怖に耐え抜いている。充分に注意してやってるから、さほど痛みは無いはず…ここさえ通過できれば…! …ちゅぽんっ。 ささかな抵抗が急に無くなって、先端が何か硬いモノにコツンと当たる感覚。 無事に肉壁を通り抜けて、穴の奥底に到達したようだ。 「…全部入ったの?」 「ああ、そうみたいだな。 …お前の初めては貰ったぜ」 顔の横でそう囁きかけてやると、妹は恥ずかしそうに…そしてどこか嬉しそうに目元を潤ませた。 慎重に慎重を重ねて押し込んだから、幸いどこも傷付かなかったらしく血も出ていない。 これなら動いても大丈夫そうた。 「さて、それじゃあ…」 「えっ…まだ何かするの?」 「当たり前じゃないか。これからが本番だろ?」 と、穴の奥を軽くツンツン小突いてやると、妹はあっあっと顔を歪める。 「…痛いか?」 「痛くない…けど…なんか変な感じ」 息を荒げて応える妹。初めてだってのにもう快感に目覚めてしまったらしい…イケナイ娘だな。 「じゃあ…動かすぞ?」 「う、動くの? そんなの無理…」 「動かさなきゃ出せないだろ? ゆっくりするから大丈夫だって」 「じゃあ…お願い」 そして覚悟を決めたように目をキュッと閉じる。カワイイ奴だぜまったく。 では早速…最初は周辺の肉壁を撫でるようにゆっくりと… 次第に力を込めて、水槽の周りの水垢をこそぎ落とす要領でスコスコ、スコスコスココッ… 「あふっ…な、なんかムズムズするぅ…♩」 「コラ、動いていいのは俺だけだって! お前は動くなよ!」 「そ、そんなの我慢できる訳ないよぉ…っ」 と、モジモジ腰を揺らし始めた妹のせいで、俺の得物の先端がほどよく刺激され… よりにもよってこのタイミングで、ズシンッと大きな手応えが襲ってきた。 「まっ待て、マジでいま動くな…キタコレ。 大っきいのが…出そうだ…っ!」 「ふえっ!? ま、待って…中はダメ…っ」 「だーから、それがイヤなら動くなって! 俺もなんとか外に出せるように頑張ってんだから…!」 「で、でもでもっ、そんなコト聞いちゃったら、ますます我慢できなくなっちゃう…っ!」 と次第に忙しなく動き回る妹の尻を、 「だから動くと危ねーって…言ってんだろォッ!」 俺は思わず、怒りに任せてスパァーンッと引っ叩いた! 「わひゃあッ!?」 しまった!と思った時には既に手遅れ。妹の身体が跳ね上がるのを見て、俺は慌てて得物を引っこ抜いたが…少し間に合わなかった。 ゴリッと音を立てて妹の肉壁に接触した得物の先端が、穴の淵を抉る感覚が伝わってきた。 「痛ぁーいッ!?」 悲鳴を上げてその場を飛び退く妹。 傷口を押さえた彼女の指の隙間から、ごく僅かながら鮮血が滲み出す。 それを目の当たりにした俺は、自身の思慮の浅はかさを呪ったが…今さらすべて手遅れだ。 「…お兄…ちゃん?」 「…悪りい。結局、破れちまった…」 苦渋の表情で頭を下げる俺と、自分の指先に付着した鮮血とを交互に見つめて… 不意にその瞳にじわりと浮かぶ…大粒の涙。 「ふ…ふえぇ…っ」 「わ、悪かったよ本当に。この責任は…どう取ればいい?」 妹の涙に敵うものがあるというなら是非教えて欲しい。しどろもどろで謝罪する俺に、彼女は涙をゴシゴシ擦って、 「じゃあ…これからも、あたしがシタいって言ったらすぐにシテ。」 健気にも、そして意地悪っぼく笑ってみせた。 やれやれ、いま痛い目に遭ったばかりだってのに…ひょっとして一生俺に任せる気か? 「だって、お父さんやお母さんにもして貰ったけど…お兄ちゃんのが一番キモチイイんだもん♩」 あーさよけ、この節操無しが。 でも確かに相性ってのは大事だけどな、デリケートな部分なだけに。 「ところで…ちゃんと出た?」 「ん? あぁ、えーっと…」 問われた俺は改めて、さっきまで妹の頭が載っていた自分の膝の周囲を探り… 「…あった。ちゃんと取れてたぞ、ホラ!」 嬉しさのあまり、興奮気味にソレを指し示した。 こんなモノが詰まってて、今までよく物音が聴こえていたものだと呆れるほどバカデカい… …妹の耳垢を。 「ゔゔ…なんか恥ずかしいから、片付けて」 「へぇへぇお嬢様っと」 妹君の指図通りに耳垢をティッシュで包んでゴミ箱に放る。 「…お兄ちゃん、本当に掻き過ぎだと思うよぉ? 病気になっちゃう前に、程々にネ♩」 ゴミ箱に山積みになっていたティッシュの山を見て、妹は呆れ半分に俺を気遣った。 「この耳かきも、お前にはもっと小さいヤツの方が向いてるみたいだな?」 俺は掻き慣れてるし、一度にゴッポリ取れる大きめなコレが気に入ってるが、妹の耳の穴には大きすぎたようだ。 「それからな…お前、やっぱそろそろブラ着けろ。目の前でチラチラ気になって仕方ねーよ」 耳かきの快感に興奮したのか、薄手の体操服を突き上げてツンと自己主張している妹のむねの先端を指先で弾いてやると、 「きゃふぅっ!? い、いま擦れて痛いから、あえてこーしてるのに…お兄ちゃんのエッチ!!」 今さらのように胸を両手で覆い隠した妹は、これ以上ないほど顔を真っ赤に染め上げて、 「お兄ちゃんこそ、妹のあたしでそんなになっちゃうなんて…変態ッ!!」 俺の股間をズビシィッ!と指差すと、足下に落ちていた制服を鷲掴んで逃げるようにリビングから出て行った。 やれやれ、今頃二次性徴の真っ最中かよ…せいぜいボインボインになってお兄ちゃんを楽しませておくれ♩ それはさておき、何を根拠に俺を変態呼ばわりするのか?と、自分の股間に目をやれば… これ以上ないほどおっきしてた。 そりゃバレるわな、ココに頭置いてたら。 親が帰ってくる前で良かった…。 ◇ その後、やっと勢揃いした家族全員で夕飯を摂り、風呂に入り、心ばかりの一家団欒を楽しんでから就寝のため自室へと向かったが… あれだけ濃ゆい時間を共に過ごした後だからか、俺と妹の仲はぎこちないままだった。 明日もこのまんまならちと困るなーと思いつつ目を閉じて… …親たちが寝静まった時刻。 部屋の外に人の気配を感じて目を覚ました。 ふむ…やっぱり来たか。 「…なんか用か?」 眠い目を擦りつつ部屋のドアを開けると… そこにいたのは案の定、夜の暗がりの中でもハッキリ判るほど真っ赤な顔をした妹だった。 ほとんど下着にしか見えない、素肌にぴっちりフィットした寝巻きを着た妹は、そそくさと部屋に入ってきて… 「あの…ね? お願いが…あるの」 「何だよ、また耳かきか?」 すると彼女は太ももをモジモジ擦り合わせて、 「それも…あるんだけど…ね?」 たぶん続かない!!(笑)
突発的妄想劇場 第三夜
先日、あたしは海で溺れかけた青年を助けた。 天気は良かったけど風が強くて、海沿いの港町には波浪警報が出ていた。 そんな状況下でノコノコ船遊びに出たその白痴な青年は、案の定高波にさらわれ船から落っこちて、あっという間に海の藻屑になりかけた。 海辺でその様子を目撃した人間たちはみんな尻込みしたけど、あたしは泳ぎだけには自信があったから、ささっと泳いで行ってパパッと彼を助け出した。 「…キミは…?」 疲労困憊の彼に名を訊かれて、あたしは困惑した挙げ句、 「…名乗るほどの者ではありません」 とだけ答えて、そそくさとその場から立ち去った。 なぜって、せっかくセットした髪は濡れてベタベタ、服も透け透けで恥ずかしかったし… 一刻も早くその場から離れなければ、魔法の効果で人間のような二本足に変化していた下半身が、元通りの魚に戻ってしまうから。 …そう、あたしは人魚。 名前を答えなかったのは教えたくなかったからじゃなく、人間の言葉では発音出来なかったから。 人間の町に憧れて、人間に化けて遊びに行った当日、早々にあんな事故に巻き込まれてしまうだなんて…不運以外の何物でもなかった。 こんなことならあんなバカ、放っとけば良かったのに。 でもアイツ…顔だけはカッコ良かったんだよなぁ〜。 てゆーか人魚のオスってみんな顔が魚だから、誰が誰だか見分けがつかないし。 ◇ 「…とゆー訳で、こうして会いに来たよ♩」 数日後…青年は再びあたしの前に現れた。 …人魚の姿になって。 「え…なんであたしが人魚だって判ったの?」 「僕は町中の女の子の顔を一人残らず憶えてるんだ。その僕がまったく見覚えもない子なんてあり得ないから、こりゃ人魚に間違いないなーって」 うげっ、自分が節操ナシのナンパ野郎だって公言してるし。だから難破するんだよ(人魚ギャグ)。 「で、その足は?」 「町の魔術師から人魚になる魔法薬を買った。 結構高くてね、愛馬を売ったお金でなんとか工面できたよ」 軟派な上にアホだコイツ。自分が魚になるなんてヤッバいお薬のために愛馬売っ払って、たっかい末端価格支払って! …って、ちょほいと待ちなは? そんなにお高い危険ドラッグが買えるほどのお馬さんに乗ってただなんて…コイツ、もしかして金持ち? こないだ乗ってた船もけっこー豪華な造りだったし…沈んじゃったけど。 「あのー失礼ですけど…アンタ、何者?」 「ああ、僕はこの国の王子やってます」 王族!! 大金持ちっつーか大権力者だった! 「よ、よく人魚になるなんて許して貰えてましたね?」 「言ってないし。机の上に『人魚になります。探さないでください』って書置き残して出てきたけど」 探すよそりゃ!! 王子が消えたんだぞ!? 今ごろ国中大騒ぎだよっ! 下手すりゃ人間と人魚間の戦争勃発じゃん! 「いや、僕は第三王子だから、王位継承権なんてもともと有って無いようなものさ。母上は側室だしね」 とか言ってる奴に限って、往々にしてちゃっかり玉座に居座ったりするし。 何処ぞの世界の北の将軍様みたいに。 「父上…国王が母上にベタ惚れで、僕も散々可愛がって貰ったけどね。お蔭で兄さん達にはしょちゅう謀殺されかけて大変だったよ♩」 ハイ戦争ケテーイ☆ 「それにしても…なんとも目のやり場に困る格好だね。これだけでも人魚になった甲斐があったってものサ♩」 そう言って照れてみせる割には、彼の目はあたしの主に上半身に釘付けになってる。 みんなそうだから気にしたことも無かったけど、人魚は基本的に胸まる出しだ。 絵本によく出てくる貝殻ブラなんて擦れて痛いモン、誰が着けるかい! ありゃあ絶対、オンナを知らない童貞野郎が考えた代物だな。 「そう言うそっちは…なんてゆーか…つまんなくなっちゃったね」 人魚のオスは、メスのあたし達とは真逆に頭が魚で、その下は人間そのもの。しかもフリチン。 けど、この青年は余計なコトをしたばかりに、下半身があたしと同じ魚になってる。 つまり…おトゥィントゥィンが無い。 これでどーやってヤルの!? こちとら年頃の生娘なんだそっ! 顔がイイだけで満足できるかいっ!! 「…参考までに、その…ソレでどーやってるの、人魚のオスとメスって?」 知らんがなっ、まだ教えてもらってねーし! 海ん中じゃコウノトリも飛んで来ねーしキャベツも生えねーしッ!! 「じゃあ、これから二人でその答えを探しに行こうよ♩」 爽やかに言ってのけてるけど、要はヤリたいだけだよな!? てゆーか何であたしとお前が付き合う流れになってんだ! あたしにだって選択肢ってものが… 「まあまあそー言わずに、僕に全部任せて♩」 「ちょっ、勝手に胸触んなっ! そんなトコ摘ま…んんっ!?」 嗚呼ダメ…コイツ、アホなのにテクニックだけは天才的だわ。 イソギンチャクの触手のように巧みに蠢くその指捌きには、もぉ抗えない…! あっあっ、そんなにされたら、あたし…産卵期もまだなのに… 出ちゃう…卵が溢れ出ちゃう〜っ!! ◇ …後日。 浜辺に打ち上げられたソレを見て、地元の漁師たちは肝を潰した。 「こいつは珍しい、人魚の死骸だぜ!」 「いやメスのほうはそうだろうけど…コレはオスなのか? 長いこと漁師やってるけど、こんな奴ァ見たこと無ぇぞ」 「…なんか、行方不明になったって王子に似てねーか?」 「そーかぁ? 顔がむくんでてよく判らん。水死体なんざ皆そんなもんだけどよ」 「なんで死んだんだ?」 「この周りに散らばってんのは魚卵だな…産卵したからじゃねーか?」 「産卵だぁ? 今は次期外れもいいところだぜ?」 「まーそのへんはよくわかんねーけど… 見ろよ、コイツらのこの死に顔を」 「ああ…とても幸せそうにくたばってやがるぜ…」
突発的妄想劇場 第二夜
ふとした事故で昏倒した男。 気がつくと薄暗い洞窟のような場所にいた。 見渡す限り岩壁しかない殺風景なところだが、どこまでも果てしなく広がっているようで足音が反響しない。 洞窟なら光源などあるはずもなく真っ暗なのが普通だが… 薄暗いと書いたのは、至る所に巨大な蝋燭が灯っており、辺りを煌々と照らしているからだ。 蝋燭の長さや太さはまちまちで、灯り火の勢いも千差万別。勢いよく赤々と燃え盛っているものもあれば、今にも消え入りそうな蛍の光ほどのものもある。 …ふと、その足下部分に小さな文字で何か書かれているのを見つけた。 読んでみると…男の名前だった。 あ〜なんか昔話で聞いたヤツだなコレ。 この蝋燭は人それぞれの生命の輝きそのもので、太さが健康度を示し、長さはそのまま寿命を表す。 いかに余命が長くとも、健康を害して痩せ細った蝋燭は自らの熱で折れ曲がり、そこで命が尽きる。 逆に病気知らずな太くて長くて逞しくてアハ〜ソ♩な人でも、生活が派手で華々しく燃え盛り続けると、そのぶん燃え尽きるのも早い。 はてさて、男の蝋燭は…太さは申し分ないが、いかんせん長さが心許ない。これでは巷の女性を満足させられまい。 あまつさえ他の蝋燭よりは幾分燃え方が激しい。このままではそう長くは持つまい。 ふぅむ…と考え込みながら隣の蝋燭に目をやれば、ちょうど同じほどの太さで長さは倍以上。 「あ、コレい〜〜ね♩」 ためらいなくへし折って、自分の蝋燭に継ぎ足した。 「…よし。」 「よし。じゃねーよオメーなに勝手やらかしてくれちゃってんの!?」 いきなり怒鳴られて振り向けば、いつの間にか背後に鬼が立っていた。 どこから見ても完全無欠に、昔話によく出てくるようなモロ鬼だった。トレードマークの角に獣柄のパンツにごっつい金棒とフル装備だし。 その割には口調がいかにも今風なのが気になるが、まあどこの世界もそんな御時世なんだろう。 そもそも寿命蝋燭が立ってるような場所なら間違いなくこの世じゃないだろうから、鬼がいても何ら不思議はあるまい。 「今お前が折ったの、アレお前の息子のだぞ!?」 「ああ知ってるよ。名前見たから」 「じゃあなんで折ったの!? お前の息子、丁度いま死んじゃったよバイク事故で。死にたてのホヤホヤだよ。全部オメーのせいだよ!」 「だろうね。でもここんとこ反抗期で微塵も可愛げナッシングだったし、前妻との子だから、別に良くね?」 「この人でなしがァーッ!!」 鬼に人でなし呼ばわりされても説得力皆無だから、男の胸にはまるで響かない。 そんなことより…蝋燭を強引に継ぎ足したせいで若干傾きが増して、どうにも不安定だ。 そばにある蝋燭にふと目を移せば、余命は自分とどっこいどっこいだが図太さがハンパなく、燃え盛り方もムカつくほど激しい。 名前を見れば…なるほどムカつく訳だわ。 つい反射的に回し蹴りを喰らわせて、真ん中ほどでへし折ってやった。 「ちょおーっ!? なんで折ったの今!? 今ちゃんと名前見てからヤッたよな!? 自分の奥さんのだって判っててヤリやがったよなッ!?」 「うん知ってた。いいじゃんクソ生意気な後妻のだし。飲み屋でやたらと絡んできたホステスでな。 世話好きなイイ女だな〜って結婚してみりゃ、家ではなーんもせずにふんぞり返ってるだけだし、秘書どもはべらせて夜な夜な遊び歩いてやがるしで…やっぱ売女はダメだな。 んで、死んだ?」 「死んだよものの見事に! その秘書を連れ込んだホテルのベッドの上で、盛ってる最中に首絞められて死んだよ!」 「あーやっぱデキてやがったかアイツら。俺が気づいてないとでも思ってたのかよ? …その秘書のは?」 「どっかそばにあんだろ? お前らの関係者のは全部まとめて近くに群生してるよ。そーゆー法則なんだよ!」 なるほどなーと頷きつつ近辺を見て回れば…あった。裏切り秘書めーっけ! 問答無用で叩き割ってやった。 「これで死んだか?」 「あ〜死んだ死んだ。オメーの奥さんぶっ殺しちまったショックで、ホテルの窓から飛び降りて死んだよ。高層階だったから花火みたいにドバッと大輪の花が咲いたよ!」 たーまや〜♩ 長年勤めてくれた筆頭秘書だったが、いささかカネ使いが荒くて経費も使い込んでやがったから、いっか?と男は開き直った。 「後はさっきの女房の蝋燭を土台にして、俺のを継ぎ足して…と。おお、安定感バッチリだな! これで我が政権はあと十年は闘える!」 「ったくよぉ…なんでこんなクズが現役の首相様なんだ、日本間違ってんだろ?」 鬼にまで言われるようになっちゃーおしまいだな。元々どうしようもないほど病んでた国だし、今さら自分がどう頑張ったところでどうにもならんよ…と男はふてくされた。 そういえば、自分と関係が深い人間の蝋燭は隣り合って生えてるって話だったな。 言われて見てみれば…お〜いるいる、閣僚連中だの対立候補だの、よりどりみどりだ。 「んで、とりあえずこの辺が野党の連中か…。 鬼ちゃん、ちょっと金棒貸して?」 「おかんが近所の兄ちゃん呼ぶように気軽に呼ぶなし! どーすんだよ?」 顔は怖いし口も乱暴だが割と気前が良かった鬼は、言われるままに金棒を男に手渡した。 「こーする。」 言うが早いか、男はごつい金棒をバットのように振り回して野党連中の蝋燭を一本残らず薙ぎ払った。 あまりの事態に我が目を疑った鬼は、しばし放心した後、 「…よく振り回せたなソレ。かなり重いはずだぜ?」 男が持つ金棒を指差し、感心したように訊いた。目の前の大惨事から無意識に目を逸らそうとしたらしい。 「それなりに鍛えてるからな。学生時代は野球部だったし、政治活動は身体が資本なんだ。 国会議員ナメんな!」 誰にともなくキレる男の手から、そっと金棒を奪い取ろうとした鬼だったが… 男がヒョイッと金棒を肩に担ぎ上げてしまったために機会を逃した。 だってコイツ、なんか怖いんだモン。怒らせたら何されるか判ったもんじゃないって。 「で、どうなった?」 「あ、ああ。さっきテロリスト集団が議事堂を占拠して、格好つけて止めに入った野党議員を見せしめとして一人残らず射殺したよ…」 「口だけ達者な連中が出しゃばるからそーなるのさ。どうせ大して役に立たない邪魔なだけの奴らだから、テロ集団的には賢明な判断だな」 この首相、マジこっっっわ!! 「…あの…そろそろ金棒返して?」 「もうちょい待って。せっかくだから…!」 男は今度は、何を思ったか仲間の与党陣営に向かって金棒を振り下ろした。 「ちょっ…今度こそ何やってんだアータ!? 仲間だろ!? 仲間は大切にしろよッ!!」 さすがに慌てふためく鬼に、男はしれっと、 「国会議員なんて所詮は独りぼっち、周りは全部敵だらけだよ。互いの腹を探り合い、隙あらば踏み台にしてのし上ろうとする奴ばかりさ」 「その最たる者がアンタだろ!?」 「さーてどうだったかな? 他の奴のことなんか知ったこっちゃない感じでガムシャラに走り続けるばかりだったからなぁ…」 こんな日本に誰がした? 「…今の、議員本人だけじゃなく家族も含まれてたけど?」 「一家の大黒柱がくたばったら、残された女子供が可哀想だろ? だからまとめて始末してあげたのサ♩」 理路整然と男は語る。一見筋が通ってるようでいて、その実ただの皆殺し。とんだサイコパス野郎だった。 「ねえ返して? マジ返してください金棒、お願いですから!」 いい加減怖くなってきた鬼は、土下座してまで男に金棒の返還を迫った。 こんなヤベェ奴を放置しておいたら、閻魔大王にどやしつけられること確実。 そうなる前に取り返した金棒で、男の脚の一本もへし折って身動きとれなくしてから、仲間の鬼たちで寄ってたかって袋叩きにして殺処分するしかない。 てゆーかここは黄泉の国の入り口だから厳密には既に仮死状態なのだが、ここまでの下郎は細胞レベルで粉砕して、二度て復活こかないようにせねば! 「返せっつってんだろぉテメー返してくれよぉうわーーーーんっ!!」 「だからもうちょい待てって! 駄々っ子かよこの鬼!? うわ危ねってのッ!」 揉みくちゃになって金棒を取り合ううち、うっかり金棒が擦れた鬼の肌に大きな傷が付いたのを、男は見逃さなかった。 「ほほぉ? つまりコレさえあれば…鬼、殺っちゃえるんじゃね?」 顔に黒い影が差した男の満面の笑顔に、鬼がしまったと気づいたときにはもう手遅れだった。 男は鬼めがけて存分に金棒を振り下ろし、微細な肉片に至るまで、まさしく細胞レベルで鬼を滅殺し尽くした。 異状に気づいて群がってきた他の鬼どもも同様に始末し、その勢いで閻魔大王の居城に乗り込み、大王もろとも城を陥落させた。 生まれついてのガキ大将で、学生時代には公安相手に大立ち回りを演じた経験もある男はまさに天下無敵だった。 その経緯からカタギではいられなくなり、一時は知人の伝手で組事務所に身を寄せ、傍若無人な暴れっぷりから付いた仇名が『鬼畜のマサ』。 対抗勢力の拠点を壊滅させ、構成員全員を虐殺または半身不随にしたところで機動隊に取り押さえられ、何度目かの務所暮らしを送ったところで何もかもが虚しくなり改心。 以降は世のため人のために尽くそうと政治家に転身し、地元の有力者を騙くらかして地盤を固めてのし上がり続け、国のためにその身を捧げようと誓ったものの… いざ頂点を極めてみても、男の目に映ったのは人間というもののドス黒さのみ。 こんな下らないモノのために我が一生を費やそうとしていたのかと、何もかもが虚しくなったところで、選挙演説中に高齢ドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違えた車に追突され、取り巻いていた大勢の有権者を騙る某宗教団体の信者もろとも轢き潰された挙句… 気がつけば此処にいたことを思い出した。 はてさて、これからどうしたものか? 生き返るにはまずこの場所から脱出せねばならないだろうが、その方法がいまだに判らない。 こんなことなら鬼を何匹か残しておいて尋問すべきところだったが、うっかり全滅させてしまったからそれも叶わない。 とりあえず出口を探そうと彷徨い歩いてみたが、どこまで行っても似たような風景ばかりで完全に道に迷った。 だが幸い、周囲には寿命蝋燭が無限に生えている。こいつを叩き潰して目印にしながら歩いてみてはどうか?と思い立ち、手当たり次第に破壊して回った。 どうせ自分の支持率は過去最低だ。自分を応援しない国民など無用の長物。遠慮なくぶっ壊ぁーすッ! だが、国民が減り続ければ蝋燭の灯りも失われ続け、いずれ真っ暗闇になりはしないか? …心配無用だった。ある日忽然と地面から新しい蝋燭がヒョッコリ芽を出し、タケノコのようにスクスク成長していくのを見た。 つまり、これは赤ん坊だ。子供は放っておいても逞しく成長し続ける。そしてまた、勝手に新たな生命を育む。大自然の摂理だ。 …ならばもう、何も気に病むことはない。 男は以前にも増して蝋燭の群れを薙ぎ倒し続けた。 そうしてどれくらいの時間を此処で過ごしたのか判らないほどになって…ようやく見つけた。 『黄泉乃国 出口』 予想以上に小ぢんまりとした、流行らないテーマパークの受付のような有様だった。 今の今まで見つからなかった訳だ。 青い耳無しネコ型ロボットの秘密道具のようにチャチいトンネルを潜り抜けると… 拍子抜けするほどあっさりと生前の世界に舞い戻れた。 …そこには男の想像を絶する光景が広がっていた。 彼が昏睡状態に陥ってから数万年の後… 度重なる天変地異や最終戦争で人類の大半が死滅した後…この世を支配するのは、進化して知能を身につけた猿だった。 人類は言語を失い、家畜や奴隷として猿どもに飼い慣らされていた。 チョームカついたのでポリっと本気出して、猿どもを絶滅させた。所詮は猿知恵、男に敵う術はなかった。 こうして男は新たなる世界の指導者となった。 「愚民どもよ…フォローミー!!」 小高い丘の上から高らかに呼びかける男の声に、群衆の大歓声が轟いた。 そう、気に病むことなど何もない。 一人殺せば殺人者でも、百人殺せば英雄だ。 数えきれないほどの殺戮を成せば、それはまさしく『神』なのだから…。
突発的妄想劇場
見渡す限りの広大な砂漠のど真ん中を、二人の兵士が彷徨っていた。 南方戦線に駆り出された味方の部隊は全滅し、命からがら敗走を余儀なくされた。 炎天下と灼熱の砂に晒された通信機器は壊れ、連絡手段を失い、味方の救護は期待できない。 地図はまるで役に立たず、ここが何処なのかも判らない。 水や食料はとうに底を尽き、もう何日も飲まず食わずだ。 このままでは二人ともくたばるのは時間の問題…。 ならばいっそ二人で争い、勝った方が負けた方の血肉を喰らって飢えや喉の渇きを潤し、なんとか生き延びるしか方法はない… 互いに口には出さないが、彼らはそこまで追い詰められていた。 「…なんだ…アレは?」 漠然と砂を踏み締め続けていた一人が、やおら空の一角を指差した。 別の一人がつられて上空を仰ぎ見れば… 空の彼方から、何かがこちらめがけて飛んでくる。 鳥か? 飛行機か? 否、あのシルエットは、どう見ても…人だ! 明らかに人影と思しき物体が、手脚をまっすぐに伸ばし、背中のマントをひるがえし、凄まじい速度で飛行している。 もしや、アレが噂に名高いフライングヒューマノイドか? あんなモノが見え始めたということは…いよいよ自分達の最期も間近のようだ。 UMAだか何だか知らないが、いっそ一思いに殺してくれるなら有難い。助けてくれるならなお良いが、どう考えてもマトモじゃない相手に期待するだけ無駄だろう。 とにかく自分達の居場所を知らせるために、二人揃って力の限り手を振った。 「…なあ…何かおかしくないか、アレ?」 やがて、違和感を抱いた一人の問いかけに、もう一人も全面的に同意する。 空飛ぶ人影がこちらに近づくにつれて…その頭部が異様に巨大であることに気づいたのだ。 まるでUFOか、早期警戒管制機が背中に背負ってる大型レーダーのように平べったい円形の頭部だけで、全身長の半分にも達している。 そんな奇怪な生物は今まで見たことがない。 ということは…アレは生物ではないのか? …果たして、その予想はほぼ的中していた。 やがて彼らの眼前に降り立ったのは… 巨大なパンを頭部に持つ、真っ赤なスーツに褐色のマント、黄色い手袋に黄色いブーツ姿の奇妙キテレツな人物だった。 「やあ、大変だったね。でも、僕が来たからにはもう安心だよ!」 現場を支配する緊張感とは無縁な脳天気な口調で、巨大なパンがにこやかに語りかける。 笑っている…というよりは、そう見えるように成形されたパンだ。 なのに、そのパンが人間の言葉で流暢に喋っている。それだけでも信じ難い。 にもかかわらず、パン人間は突然、二人に向かって土下座すると、その巨大な頭部を突きつけて…さらに信じ難い言葉をのたまった。 「れっつ・いーと・まい・ふぇーす!」 なんで唐突に英語? 海外公演中のとにかく明るい安村か? 「オトナの事情で、有名なセリフを使うと足がつくから使えないんだ♩」 明るく言ってみせてる割にはさっそくヤバイ。 「キモっ!? そんなコトできるか!」 仲間の一人が当然の拒絶。 言葉を話せるということは発声器官があり、言語を司る頭脳があり、それに付随する視聴覚器官も存在するということだ。そんなモノにかじりつけと? そんな神への冒涜行為は… 「人の好意をムダにするなあああっっ!!」 突然、逆ギレしたパン人間が放ったストレートパンチが、仲間の頭部を直撃した。 まるでマンガのような、構えも何もなってない壁ドンのように稚拙なパンチだった。 それだけで仲間の頭部は水風船のように破裂し、詰まっていた中身を砂の大地にぶちまけた。 「へぇ〜、こっちは豆腐餡かぁ。 じゃあ…キミの餡こは何味なのかなぁ〜?」 広大な顔面積の割には小ぶりでつぶらな瞳がもう一人を捉えた。顔は笑っているが、その目に一切の感情は見受けられない。 あまりの恐怖に顔を背けようにも、黄色い鍋つかみのような手に頭をガッシリ鷲掴まれて目が逸らせない。 こんな恐怖の塊を食えと? しかし、命令に従わなければ自分も…目の前に変わり果てた姿で転がっている仲間のように、水風船にされてしまう…。 「わ、解った、食う、食うよ…!」 覚悟を決めた彼は、遠慮がちにパン男の頭の端に歯を立てた。 …柔らかい。普通にパンだ。 今さら、そして今だに信じられないことだが、普通のパンが普通に喋ってるんだ…! しかも…美味い。こんなに美味いパンはいまだかつて食べたことがない…! 最初は少しずつ食べ進めていたが、気づけば大口を開けてかぶりついていた。 と…おもむろにパン生地が途切れてポッカリ穴が開いた。 その内部に、何やら得体の知れない赤黒い詰め物が見える。 まさか、このパン男の脳み… 「…ああ、アンコは初めてなのかい?」 「アンコ?」 「小豆…レッドビーンズを砂糖で甘〜く煮詰めたものさ。食べてごらん、きっとオイシイよ♩」 豆を砂糖で煮込むだって? 兵士の祖国ではあり得ない調理方法だ。 思わず躊躇したが、断れば何をされるか判ったもんじゃないし…確かに、鼻腔をくすぐる甘ったるい芳香が漂っている。 試しに指先ですくい取って舐めてみた。 「う…む…んん。たしかに甘いね…けど、コレは…」 どんなに腹が空こうと越えられない一線がある。兵士にとってアンコの壁は、敵が築いたバリケードよりも強固だった。 「そうかぁ、お気に召さなかったかぁ。 …じゃあ仕方ないね」 意外にもパン男はあっさり納得し、かじられて欠けた頭をもたげて立ち上った。 「でも、お腹は充分膨れただろ?」 たしかにパン生地だけでもそこそこ食が進んだし、いろんな意味でお腹いっぱいだ。 「じゃ、そゆことでっ☆」 「ちょちょちょい待ちちょい待ち!」 来た時と同様、何の前触れもなく突然飛び去ろうとしたパン男のマントの裾を、兵士は慌てて鷲掴む。 「助けてはくれないのかい!?」 「助けたじゃないか、今?」 目が点になる兵士に、パン男は鍋つかみのような手の指を無理やり立たせて、 「僕の使命は世界中の飢えている人をお腹いっぱいにすること。それがアンクル・ジャムとの約束なんだ。 その他は知ったこっちゃないネ♩」 アンクル・ジャム…それがこのイカれたパン野郎をよこした奴のコードネームなのか? …なんか腹立つ! いつかきっと見つけ出してギッタンギッタンの大鶴義丹に…! 「砂漠なんて所詮はだだっ広いだけの砂場だから、ひたすらまっすぐ進めばそのうち出られるだろ?」 空を飛べるお前と一緒にすなっ! パン野郎の分際で、いったいどーゆー仕組みで物理法則に逆らってやがるんだ!? 「またお腹が空いたら…こっちのアンコを啜ればいいよ!」 パン男は足下の砂の中から何かを拾い上げて、兵士にポイっと手渡した。 …ザクロのように砕けて半分サイズになった仲間の頭だった。 「ゔぉえあ〜〜〜〜ッッ!!」 嘔吐する兵士を残し、パン男は何処へともなく飛んで消えた。 …実は、兵士の嘔吐の原因は他にもあった。 この炎天下を長時間飛び続けたパン男の頭部は、とっくに腐敗が進んでいたのだ。 そして兵士は死んだ。 アンクル・ジャムにトドメを刺すことなく。 終わり。