田中

18 件の小説
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田中

心に残る小説を。

失恋した日

勉強を教えてくれた日 好きだと伝えた日 恋が実った日 遠距離でも 恋は叶うと思ってた 電話をしてくれた日 好きだと伝えてくれた日 おめでとうと伝えた日 毎日が 楽しかった あなたがいれば 喧嘩をした日 あなたの事で泣いた日 あなたがいれば 涙を流す事も 苦じゃない 貴方が別れを告げた日 それを受け入れなかった日 貴方だけいればよかったのに 別れを受けいれた日 。 貴方に沢山謝らせてしまった日 それから半年経っても 私は貴方がまだ好き 。 後悔を背負いながら 新たな恋を探す日と出会うまで 私はあなたを好きでいてもいいですか ?

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失恋した日

青空ダイブ

私は、今日死ぬ。隣にいるこの子と一緒に。数少ない友達の一人。風は音を立てて強く吹いていて、今にも吹き飛ばされそうな程だった。私達はただ無言でコツコツと屋上の端まで歩いていき、持ってきたペンチで亀甲金網をパチパチと切る。 「ねえ、怖くなった?」 彼女は不意に私に問いかける。怖くないと言うと嘘になる。だが、この現実を受け止められるほど私は強くない。私は首を振って切れた金網を屋上の中央へと投げる。2人は出来た小さい穴に体を小さくして屋上の外へと足を踏み入れる。 「ごめん、私やっぱり本当は怖い」 彼女が私の隣に立つと、少しばかり顔を強ばらせ足を竦ませてそういう。 金網が無くなった空の世界は驚くほど広く澄んでいてより鮮明に景色が目の中に飛び込んできた。風がさっきよりも優しく吹き、私たちを包み込んでくれるような感じで私は受け入れてくれてるのだと思っていた。すごくすごく、居心地がいい。このまま飛び込めばきっと、此処よりかはマシなところに行けるはず。違う、きっと受け入れてくれてるんだ、二人で幸せになれる。 「じゃあ、手を繋いで飛び込もう。大丈夫、一人じゃない。」 私は左手で彼女の僅かに震える右手を握り、優しく笑う。いつぶりに笑ったのだろうか。ここから居なくなれることより、彼女と二人で新しい世界に行けるのがよほど嬉しかったんだと思う。彼女は私の手を握り深呼吸を始めた。私も同じように深呼吸を始める。風が鼻の中に入り込んでは口から出ていく。うっすら目を開ければ空は曇りひとつ無くて、ただゼニスブルーの青い空が街を飲み込んでいる。今日も街は私たちを置いて騒がしく慌ただしい。車の音が耳障りなほど五月蝿くて、後ろでは電車がグルグルと山手線を走っている。気がつけば彼女の手は震えていなくていつもの微笑みが顔に貼り付けられていた。ただ何も言わずに真っ直ぐに私のことを見ていた。私もこれを最後にしようと思い、貼り付けられた微笑みを仕返しでやる。 「さ、いこうか。」 「うん、大空に向けて空にダイブしてやろうか。」 もう怖くない。私達は今から空へ帰るだけなのだから。  目を開くとそこは知らない天井だった。腕の違和感もあるし、体はずっしりと重たい。意識がハッキリした時、私は絶望した。真横にはピンクのカーテン、腕の違和感は点滴剤。体の各部には包帯がグルグルと巻かれている。   神様とはとても不公平だ。    どうやら、私だけ取り残されてしまったらしい。

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青空ダイブ

ママ、あのね。

ママ、あのね。今日ね、かけっこしたの。1等賞にはなれなかったけど、とっても頑張って走ったんだよ。   ママ、あのね。今日はね、発表会の練習をしたの。うさぎさんの役だからピョンピョンステージの上で飛んだんだ。そしたら、先生に怒られちゃった。ママも見に来てくれるかな?   ママ、あのね。 ママ、あのね、     ママ、あのね、ママの姿がどこにもないの。いつになったら私はママに会えるのかな? ママ、あのね。私、結婚します。ママがお空の住人だって事は、小さい頃パパに教えてもらいました。だけどママはずっと傍で私のことを見てくれてるよね。今日も、きっとママは私の傍で晴れ姿を見てくれてる。幸せになってきます。ママ。 ママ、あのね。私、ママになります。ママはおばあちゃんになりますよ。女の子なんだって、楽しみだね。元気な子供の声、ママに届いてくれるかな。私頑張るね。 ママ、あのね。私、ママの年齢まで追い付きましたよ。ママより美人にはなれなかったし、ママより頭も良くないけどママと同い歳だ。それでもママはいつまでも私の大先輩で私の大切なママだからね。   ママ、あのね。私の子供は元気に反抗期を迎えました。ババアだって。(笑)私もママが生きてたらそんな風に言ってたのかな。ううん、きっとママは優しくて完璧だから私みたいに失敗しないんだろうな。 ママ、あのね。私の子供が結婚しました。家の中は少しだけ静かで少し寂しくなりました。最近、物忘れが激しくなりました。 ママ、あのね。私、今日家に帰れることが出来なくなっていました。すごくすごく残念で悲しかったです。ママも今の私を見たら悲しくて泣いちゃうのかな? ママ、あのね。私、おばあちゃんになりました。小さな赤ちゃんが私の孫らしいです。可愛くて可愛くて仕方ないです。  ママ、あのね。  ママ、あのね。 ママ、見つけた。

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ママ、あのね。

私の綺麗な殺し方

   今日わたしは、自殺をする。今世とはサヨナラということだ。何で死ぬのかって?この世の中にわたしを必要とする人は、もういないからさ。彼氏には「必死すぎて怖い」って言われたの。母親は、わたしに関心がない。友達だっていないから、もういいかなって思ったの。  私は、まだ日が出ていない時間に目を覚まし準備をする。気温を見ると、マイナス十度。寒すぎる。私はブランケットを羽織りながら、着替えを済ませる。三途の川に行ったら服とか剥ぎ取られるんだっけ。なら、少しでも厚着していこうかな。家中にある服を何重にも着て場所を移動する。灯りもつけない中、私はグチャグチャの部屋の中をどうにかして移動し、キッチンへと行く。コーヒーを淹れて、トーストを焼く。たった一つ余ってた卵で目玉焼きを作り、見窄らしいが最後の朝食が完成した。何となくテレビをつけたが案の定この時間は何も面白いものが入っていない。携帯を開いて地図を確認する。もう使われていないトンネルまで行くのにどれくらい掛かるのかとか、最後の食事なのに我ながらとても物騒なことをしている。  朝食を食べ終えたら、出かける用意をする。今まで使ってきた部屋に感謝の一礼をして玄関にある練炭とバケツコンロ、車用のカーテンとガムテープを持って中古の愛車へ向かうべく外へと足を踏み入れる。外は案の定気温が驚くほど寒くて、頬に風があたる度刺さるように冷気を感じる。アパートの2階から持っているものを落とさないように慎重に物を運ぶ。車のエンジンはもう温まっていて、いつでも出発ができるようになっている。コツコツと階段を降りていく音が耳に残る。まだ、日すら登っていない空を見て、今日は自殺日和だと縁起でもないことをいう。  車に乗りこみ暖房の暖かさが身に染みて涙が出る。この短距離でも、寒さで肌は冷たくなっていてじんわりと暖房の温かさが体に溶けていく。車を発車させてしばらく国道を走る。目的地まで約二時間。人通りの少ないところでひっそりと死ぬには、そこまでの時間を費やさなければならない。音楽をかけて仕舞えば、後ろめたさが残るとおもったから、今日は音楽はかけず無音のまま車を走らせる。  二時間後、漸くというように日が登り始めた頃私は目的地に到着した。山の上ということもあり、ここからの眺めはまさに絶景そのものだった。朝日が眩しくて、目を擦る。擦った手には、水がついていたが構わず取り払った。よし、準備をしよう。バケツの中に練炭を入れる。車の窓には、カーテンをつけてしっかりと中が見られないようにガムテープで強化する。膝掛けをとって外に出てバンパーを塞ぐ。これは、よくわからないけどネットで見たからやってみただけ。寒い寒いって口にしながら、車に戻り練炭に躊躇なく火をつける。ポーチからは、大量の薬を取り出して。パチパチと小さく火花を立てる練炭を見ながら小さくため息を吐く。どうせなら、彼氏と円満でいたかったし家族からの関心も欲しかった。残念残念。今回はご縁がなかったということで締めましょうか。私はプチプチと薬を手に取り出し一気に口の中に入れようとした時だった。 「やっぱり此処だった。」 そう言って車のドアが開いた。ゼエゼエと激しい息切れをしている彼がそこにいた。彼は、私の手を掴んで薬を外へとばら撒く。練炭はすぐに消火して車の中にいる私を外へと連れて行き新しい空気を吸わせる。 「やめろよ、こんなことするなんて」 「重たいって言ったから、必死な私が怖いんでしょ」 朝日を見ながら、私たち恋人は静かに会話をする。頬に水が落ちてきたら、乱暴に振り払った。 「必死すぎて怖いよ。お前。それは本当だよ。だけど、本当によかった」 彼は、涙を堪えているように見えた。言ってることがよく聞き取れなかったし、あやふやでゴチャゴチャだった。だけど、心底ホッとしたような安心したような声色で私の生存を確認していた。 「さっさと車戻って帰るぞ。ついでに帰りにコメダでも寄ろうぜ」 私の頭をそっと撫でて彼は先に私の車へと戻っていく。きっとガムシャラになってタクシーでも使ったのだろう。自分だって車持ってるくせに。私はまた、生かされてしまった。  彼がいる限り、私はまだ死なせてはくれないらしい。

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私の綺麗な殺し方

白雪姫

 昔々、雪のように白くて可愛らしいお姫様がおりました。王様はその姫に「白雪姫」と名付けて大変可愛がりました。ですが、白雪姫が生まれて間もなくお妃様はこの世を去りました。白雪姫に母親という存在がいないのは、可哀想だと思い王様は新しい綺麗なお妃様を迎え入れます。新しいお妃様は白雪姫の美しさに嫉妬して白雪姫を殺すように家来に命じます。ですが、家来が白雪姫を殺すことはできませんでした。お妃様はそれに激怒し、自ら白雪姫を殺そうと試みます。長い長いマフラーで白雪姫の首を絞めて殺そうとしたり、毒林檎を食べさせて白雪姫を殺そうとしました。ですが、毒林檎を食べた白雪姫は、王子様の愛のキスで目覚めてハッピーエンドを迎えましたとさ。めでたしめでたし。  これは、誰もが知っている童話の白雪姫。本当のお話は誰も知らない。 昔々、ある貴族令嬢がいました。その令嬢は誰もが二度見するほど綺麗な人で高嶺の花と呼ばれるくらいの容姿を持っている人でした。それ故に誰も手を出すことが出来ずに、結婚の適年齢を等に越していました。そんな彼女に届いたのは、王様と結婚という名誉である命令状。家門からすれば、とても名誉で地位を確立できる絶好のチャンス。だけど、彼女にとっては自分と一回り以上違う男性との結婚。王様からすれば、彼女は娘と見られても可笑しくない歳の差の結婚だった。彼女はとてもない絶望に堕ちた。お妃となっても、きっと自分よりも年上の家臣からは下に見られ鼻で笑われる。侍女だって付けてはくれないだろう。なんて言ったって王様は「何も言わない可憐な花」を要求したのだから。令嬢の父は彼女を可哀想に思い魔法の鏡を一つ持たせて王様のところへ嫁入りへと行かせた。 だが、彼女にとって王様と結婚は悲しい話ではなかった。  彼女は、白雪姫と出会ったのだ。 雪のように白い肌の上には淡いピンクのほっぺた。クリンとした丸っこい目は、今にもこぼれ落ちそうなくらい大きくてその瞳の中は、サファイヤのような綺麗な青色が眠っている。彼女は、白雪姫に恋をしたのだ。お妃となった彼女は、白雪姫と仲良くするために頑張ります。お花を取って花冠を作ったり彼女の為に洋服を送ったり。お妃は、毎日のように鏡に訪ねます。 「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだあれ?」 『それは、白雪姫です』 真実を表す鏡は、毎日のようにそう答える。それを聞いたお妃は、大変喜んでまだ幼い白雪姫を可愛がりに行く。    白雪姫が、十五の歳になった。幼かった頃のかわいさは、その時よりも大きく上回り誰もが見惚れるプリンセスとなった。その頃、お妃は不安で仕方なかった。お妃は白雪姫を自分と同じ目に遭ってしまうのでは無いかと不安で不安で胸が張り裂けそうだった。鏡に聞いても「世界で一番美しいのは、白雪姫です」というばかり。それが、彼女の不安を大きくしたのだった。ついにお妃は、踏み出してはいけない一歩を踏み出してしまう。家臣に「白雪姫を森の奥へと避難させなさい」と命じる。彼女に取っては、美しい白雪姫を守る行動なのだ。お母様がいればいい。一生お母様が、貴女のことを守ってあげればいい。だから、安心してそこにいてね。と白雪姫を森の奥へと保護させたのだった。    寒い冬になった。お妃が鏡にする質問が増えました。白雪姫は何をしているのかと。シンシンに積もる雪を見てお妃は、白雪姫のことが不安になりました。そうだ。あたたかいマフラーを作ってあげよう。不器用な彼女は、慣れない手つきでマフラーを編み始めました。愛する白雪姫のことを思うとこれくらいへっちゃらです。出来上がった長い長いマフラーを持って彼女は、白雪姫の元へと行こうと思いました。ですが、自分の姿を見て白雪姫がびっくりしてしまうのかもしれない。そう思い始め彼女は、老婆の姿へと姿を変えました。  長い冬を超えて、春の心地よい風が吹いてきました。それとは正反対にお妃にとって王宮は、とても存在しづらい場所になっていました。どこを歩いてもヒソヒソと言われる陰口。家臣や貴族は自分のことをゴミのような目でこちらを見てくるようになりました。お妃は、すでに限界を迎えてしまいました。鏡の向こうの白雪姫はまだ静かに寝息を立てています。  ああ、愛おしい。もういっその事二人で心中をしよう。白雪姫もそれを望んでいる。 彼女は、一生懸命二人で心中するための毒を作り始めました。その時も白雪姫が安らかに楽に逝けるようにと考えていました。甘い甘い林檎に毒を塗りたくります。これなら白雪姫が毒を食べるのに苦しまないはず。お妃は、出来上がった林檎をカゴに入れて白雪姫の元へと伺います。  無事に白雪姫に毒林檎を渡し終えたお妃は、毒を飲む前に鏡に聞きます。 「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは、だあれ?」 鏡は答えます。 『それは白雪姫です』 お妃は、それを聞くと満足げに笑い一粒の涙を零し毒を飲み干し、この世をさってしまいましたとさ。 お妃が行き倒れている部屋の中で鏡がお妃を見てため息を吐きます 「誰にも愛されなかった哀れなお妃様。もし、来世があるのなら、貴女に最高の愛情を」

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白雪姫

10回目

 もう一回好きにさせるから  そう言ったものはいいもの、その病気の治し方なんて医者ですらわからないのだ。素人の私が治療法なんて知るはずがない。病室の彼は、酷く私のことをジロッと睨んで見ていた。彼が私に対してそんな目を送るだなんてたったの一度もなかった。だけど、その目にはやはりこれからの不安が入り混じっていた。 「できるわけないだろ、俺はもう愛華のことが好きじゃないんだから。」 彼から放たれた言葉は銃弾の鉛のように重く私の心を打ち抜いた。それはひどく痛くて涙が出るようだった。そのぶっきらぼうに言葉を放った後、彼は「寒いから出てけよ」と一言こぼし窓の外を見た。 「やり方なんて知らない。わかるはずがないでしょ。でも私は貴方のことが好きなんだから。しょうがないじゃない。」 私は、気づけば彼の元へ歩いていき、まっすぐ言葉を放つ。彼が好きな事に嘘偽りがないことは確かなのだ、これは確かな揺るぎ難い真実だった。私にできることといえば、彼に何度も振り向いてもらおうと努力し何億回も「好き」を伝えるしかないのだ。彼は私の方を向き直し、私の方を見る。もうあの愛おしそうに見てくれる視線は決して送ってはくれない。 「好きにすれば。」 それは、私にとってまた重たく響いた言葉だった。私が何をしても自分には関係ないと言っているようで。涙を堪えながら私はにっこりと笑う。こういう時は、ポジティブに捉える馬鹿にならなければならないのだ。 「ありがとう!じゃあ明日、お見舞い持ってまた来るね!」 私はポカンと口を開けている彼に手を振って「また明日ね」と笑い病室を出る。扉を閉め必死に鞄を抑えて病院内を走る。時刻は、二十一時。入院患者は就寝の時間になっている。私は患者が眠っている東棟を全速力で走り抜け正門がある中央棟へと向かう。途中視界が滲んで走りづらくて目を拭った。中央棟に付けば正門を通ろうと自動ドアに足を踏み込むが、ドアが開かない。よく考えれば当たり前のことだった。もう診察の時間は終わっているのに正門が開いているわけがない。我慢の限界だったのか、その場に座り込みポロポロと涙を流す。病院内だから、声だけは押し殺す。彼が私のところに戻ってくる保証はない。それでも待つのか私は。本物の馬鹿みたいじゃないか。大粒の涙は止まることを知らずに病院の床にピチャピチャと落ちていく。その涙が癪だから、ドンドンと叩きつけるようにして拳を床に下ろす。悲しくて悲しくて仕方がなかった。自分の頭にあるのは彼が与えてくれた愛情を素直に受け入れなかった自分を悔やみ怒るばかり。 その時だったフワッと毛布のような布が私の肩にかけられた。掛けた主は誠人だった。私が今一番涙を見せてはいけない人。知っているが涙は止まることを知らない。心に平気で嘘をつこうとしたが今、涙を否定してしまえば逆に変になり私を否定する事になるから、嘘をつくのはやめた。彼はまだ頭に包帯が巻かれていて私を冷たい目線で見下ろしていた。 「こうやって泣いている愛華を見ても何も起こらない。それでも待つのか?俺は別の誰かを好きになるのかもしれないんだよ」 私は、喋るとシャクリが出てしまうから涙を拭って子供のように大きく頷いた。彼は本当に辛そうな顔で私と同じ目線までしゃがみ込み「ごめんな」とだけ短く答えた。 「玄関まで送る。夜も遅くなるし、早く帰っとけ」 彼は立ち上がり、私の前に手を取り立ち上がらせる。一瞬だけグッと力強く握られたその手は、少し汗ばんでいたような気がして院内を走り回って私の事を探していたのだろう。そんな事を考えると余計に涙が出てくる。 「あー泣くな泣くな…泣いたらどうしていいか分かんないだろ。」 彼は毛布で私の涙を拭って、私の前を歩き始めた。ついこの前までは、後ろじゃなくて隣を歩いていた。出てきそうになる涙を必死に止めてパンっと自分の頬を強く叩く。大きな音だったからビックリして私の方を向く彼に向かって私は真っ直ぐと彼の目を向く。 「待っててあげる。」 「俺は忠告したからな」 彼は私の一言を聞いた時やはり躊躇したように感じた。だけど、先ほどと同じ事を言って歩き始めた。 「ねえ、なんで夜間の出入り口、誠人が知ってるの?」 「なんか女の人の隊員?みたいな人が教えてくれた。」 胡乃羽さんだなと真っ先に思った。そんなに彼を気にかけるのは彼女ぐらいしかありえないから。 「ここの玄関なら夜間も空いてるから。」 着いた先は正門から真反対の裏口のようなところだった。患者や利用者が使うと言うよりかは職員が出入りに使うための物のように感じる。現に、利用者である二人を見て上がりの看護師らしき女性が物珍しそうにコチラを見ている。だが、ここしか開かないのだろう。入院患者には精神病を患ってる人がいる。変に利用客が行き来をする玄関は開けないのだろう。 「ありがと、じゃあまた明日来るね。」 「来なくてもいいのに」 「好きだから行くのよ。」 「じゃあ、コーラ買ってきて。」 「分かったよ。またあしたね」 「ん。」 短いやり取りを交わした後、私は彼に小さく手を振って玄関を潜り外へと出る。中の方を見るが彼は私を気にも止めないように自分の部屋へと戻って行った。 私と彼はこの病と戦わなければならないのかと思うと足がすくむ。だけど女に二言は無く、彼の隣をもう一度歩けるその日まで必至に頑張ろうと思った。    取り敢えず、コンビニ行ってヤケ酒してこよ。

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10回目

12月14日

「知ってます?先輩。今日の深夜って紫の綺麗な満月なんですよ!」 「へー、そんな月あんのか。」 十二月十四日。時刻は二十三二時を回る頃、仕事が終わり、先輩と帰路に着く。やっと終わったかと思えば明日は開発会議があったり、外回り行って夜遅くなるまでパソコンでパチポチパチポチ・・・。普通に見えてヘトヘトになるような業務ばかり。これが毎日続くとなるとやめたくなるのも無理はない。だけど大好きな先輩と一緒に帰れるからそんな絶望的な仕事だって屁の河童。一緒に頑張って一緒に帰って終電乗って色んな話をする。先輩と一緒にいる時間は私にとって至福の時間そのものなのだ。 「じゃあ、河川敷にでも行って月でも見るか。コンビニでビールとツマミでも買って」 「いいですね!!!最高!」 そんな先輩からのお誘いに私は食い気味に賛同をした。先輩は「そんなにか」と笑ってコンビニに向かう。 「しかし、こんなオジサンと夜遅くまでいていいのか?」 コンビニで先輩はお酒をカゴに入れてそんなことを言う。二十九歳はオジサンではないと思いながらも 「そんなことないです!先輩と一緒で嬉しいです!」 と月見用にクシ付きの団子をカゴに入れて首をブンブンと振る。先輩は柔らかく優しく微笑みながら「物好きめ」と笑いレジへと行く。先輩曰く、「これくらい先輩として顔を立たせてくれないか」らしい。コンビニの前で待ってると先輩は「寒いだろ」って暖かいココアを買ってくれた。 「おーおー、ホントに紫なんだな。」 河川敷に着き、空を見上げると先輩は見とれているのかぼーっと空を見つめてポッと言葉にする。空は一面に星が散らばり紫色の満月が綺麗に空に君臨していた。 「そーですねー、宇宙って不思議。」 私たちは乾杯をする。ゴクッと飲めば、アルコールが喉を刺激して疲れを癒してくれる。先輩は幸せそうにビールを嗜んでいて愛おしいと感じる。 「・・・先輩、月が綺麗ですね」 自分の口から無意識に出た言葉に先輩はややびっくりした様子で私のことを見た。自分でもびっくりしている。自分の心の中にずっとしまおうとしていた思いはお酒と月と一緒に流れてしまったのだ。夏目漱石が愛を伝えるために作ったと言われているだとかの言葉。小学生でさえ知っているこの言葉は矢張り先輩も知っていたようだ。 終わった。明日どうやって仕事に行こうか。顔から火が出るくらい真っ赤になって先輩の方を向けない。 「死んでもいいわ。」 私の耳からは先輩が「死んでもいいわ」と答えたような気がした。「死んでもいいわ」は所謂OKサインの事だ。先輩の方をむくと先輩は幸せそうに笑って「オジサンだけどいいのか?」と首を傾げた。 「・・・地獄の底までずっと一緒じゃなくちゃ嫌ですよ!」 私は先輩をギュッと抱きついた。  今宵十二月十四日はパープルムーン。紫の月が妖艶に光り輝く時誰を思いますか?あなたはこの月を誰と見る?  ※今作品は、SNSで密かに噂されている紫の月について物語を書きました。作者自身、信じていますがデマの可能性があります。

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12月14日

一回目

「すきです」 「ありがとう」 このやり取りで、もう数えること記念すべき100回目。 彼に好意を伝えるのもこれで、100回目。悲しそうに申し訳なさでいっぱいの表情を精一杯我慢して微笑む彼を見て心臓が締め付けられるように痛い。それとは正反対に、好きという気持ちは限界という言葉を知らずにドンドンと湧き上がってくる。だけど、これは自分が犯してしまった過ちが帰ってきているのだ。どんなに謝ったとしても、彼は辛そうな表情を辞めないのだから。  事件が起きたのは、今から約三日前の出来事だった。それまではいつも通りだった。カフェで二人で座って珈琲とスフレチーズケーキを堪能しながら、来週末まで近づいた記念日旅行についての話をしていところだった。 「此処はどう?」 「ちょっと在り来りすぎない?」 「じゃあ、ここは」 「うーん・・・」 彼から曖昧な言葉が聞こえてくる。いつも、提案をしているのは私で最終決定権は彼にある。ふぅと溜息を一つ吐いてまた候補を探す。 「ねぇ、好き。」 「ありがと。」 選んでいる私を見て彼が愛おしそうに私の顔を覗く。幾万と聞いた愛の言葉は次第に捉え方も雑になる。彼は溜息を一つ大きく履いてブラックの珈琲を一口飲んだ。 「ここなんかいいんじゃな・・・い?」 私がスマホから目を離し彼に見せようとすると私の視界から彼が消えた。それと同時にバタンとパリンという二つの鈍い音が聞こえた。一つはコーヒーカップとソーサーが割れた音。もう一つは目の前の彼が椅子から倒れた音だった。 「誠人?誠人!」 時が止まったように感じた。だけど一瞬で私は現実に戻されて、此処が店の中だということを忘れてただただ叫んで彼の側へと座り様子を見る。コーヒーカップの割れた破片が足に刺さって血が出た。店員さんが何か言ってるが、何も聞こえない。耳に残るのは彼が倒れた鈍い音と、コーヒーカップがパリンと割れた甲高い音。その音も徐々にサイレンの音に掻き消されていく。救急隊員も何か言っているが何も聞こえなくて、私は最終的に彼らに抑え込まれて倒れた彼と一緒に救急車に乗った。車の中では彼への救命処置が行われていて、私の隣には女性の隊員が私の背中を擦り「大丈夫」と安心させるように連呼していた。  病院内、待合場所にてあっちに行ったりこっちに行ったりウロウロとする。手から頭から汗が流れてきた。さっきまでは元気だったのだ。好きと沢山私に言ってくれたのだ。それなのにいきなり倒れるだなんて、聞いてない。手が怖張り必死に利き手を締め付けるように抑える。耳からは、さっきの音が鮮明に聞こえてそんなに経たないうちに両手は耳を抑えていた。視界がボヤけてくる。綺麗になったかと思えば頬に水が流れて来て、怖くなる。 「愛華さん。誠人さん目が覚めましたよ。」 それを掻き消したのはさっきの女性隊員の一声だった。彼女はニコリと控えめに笑って「御様子見に行きますか?」と付け加える。私は必死に頷いて彼女の後ろを歩く。 彼は、端の小さな病室にいた。頭には包帯を巻かれていてただ一点を見つめていた。 「誠人、大丈夫?」 私は緊張して、彼の元への一歩が上手く歩むことが出来ずに病室のドアの前で立っていた。不安になり締め付けるように利き腕を握りしめる。不安が積もりに積もって、声が少し掠れる。 「愛華、別れよっか。」 彼は私の方を見て、生気の籠ってない目で私に重くズシンと響くようにそう告げた。次はこっちが倒れなそうなくらい、心臓にナイフが刺さったみたいに中心が深く刺さったかと思えば、ジンワリと痛みが全体に広がっていく感覚に走らされた。 「・・・え?なに、いきなり?なんで?」 素直に「はいそーですか、さようなら」なんて言えるわけが無い。私は彼の事が好きなのだから。愛情表現こそ少ないが、私は彼が大好きなのだ。 「別に、俺じゃなくていいじゃん。って思っただけ。」 「そんなわけないじゃん」 彼が次に口を開いた言葉は自分にとって、あまりにも残酷で酷く酷く深く傷ついた。だが、それと同時に彼をそんな気持ちにさせた自分に腹が立った。 「私、誠人のこと好きなんだよ、?私、ちゃんと誠人のために・・・」 「それが重いって言ってんだよ!」 何とか弁明をしようとした矢先、彼はピシャリと怒鳴り声を上げて私の方をみて睨んだ。なんどか、構ってあげなくてジトッと睨んだことはあったが、今回は本当に私の事を初めて睨んだ。重たい私でも愛してくれるって言ってくれたのは貴方なのに。大好きって微笑んでくれたのは貴方なのに。目の前にいる彼は嫌いな相手を見るかのような目で私のことを見るけど、どこか怯えているように感じた。 「お前のその、病み垢も全然俺の事理解してくれてない。限界なんだよ!とっと失せろ!!」 続けて彼は我慢の糸がプツリと切れたように私に怒声を浴びせる。目に涙が溜まり始めて片手がさらに締め付けられるように握りしめる。そんなに我慢をさせていたんだと色んな感情を持ちながらもどこにも動くことが出来なくて脳に色んな情報が入ってくる。 「どっか行けよ!二度と俺の前に顔あわせんな!」 重く酷く続く罵声は、私の頭をさらに混乱させる。病院内に響いたのか、さっきの女性隊員が心配で様子を見に来た。 「愛華さん、ちょっとお話しよっか。」 私の足が動くことが出来たのは彼女のそんな言葉だった。酷く申し訳なさそうで何かを打ち明けるようなそんな声だった。私は彼女の方をゆっくりと見て震える足を一生懸命に耐えながら後を歩いた。  私は彼女の指示に従ってロビーにある二人がけのソファに座った。「大丈夫?」隊員は、暖かいホットココアを私に差し出して隣に座る。軽くお礼を言った後にココアを受け取り「大丈夫じゃないですよ」と涙を堪えながらそういう。彼女は「そうだよね」と寂しそうに微笑んだ後口を開く。 「誠人さんの病状なんだけどね、簡単に言えば人を好きになることが出来ないの。」 何を言ってるんだ、この人は。巫山戯るのもいい加減にして欲しい。持っていたココアを近くの小さなテーブルに置いて「ありがとうごさまいました、」と何も見ずにその場を去ろうとした。 「待って。真剣な話なの」 彼女は私の利き手を掴んで止めようとしたが、その時の私の手を見たのだろう。強く掴まれていたから爪の後があって深い傷が出来ていた。彼女は直ぐに顔色を変えて、私の利き手じゃない方を掴み治療室へと引っ張って行った。  治療室は消毒の匂いが鼻を刺激するくらい強い匂いが私の鼻に刺さった。彼女は、「そこに座って待ってて」と椅子を指さして治療するための道具を持ってくる。このまま放置しとけば治るものなのにと思いながらも大人しく座った。 「どうして、こんなに強く握ってたの。」 彼女は隊員服の上から白衣を着ただけの雑な格好で治療道具を持ってきた。 「・・・分からないです。でも、気がついたらこうなってたんです。」 「そう」と短く答えて私の手当へと取り掛かる。消毒して薬を塗って、軽く麻酔をしてチクチク縫う。裁縫の作業の時、彼女は重たい口をやっとのことで開いた。 「誠人くんの病気はね、所謂奇病っていう稀な病気なの。世間にもあまり知らされてないから、愛華さんに分かるかしら。」 「・・・小説でなら見たことはありますけどそんな病気なんてあるわけないじゃないですか。」 いい加減にしてほしいと少し彼女を睨む。だけど彼女の様子は巫山戯ている様な冗談を言っているようには感じられなかった。 「担当医も初めての症状だって。治し方も何も分からないから慎重に事を運んでるらしい。」 私の頭の中を横切ったのは、治らないかもしれないという不安。 「だから、寄り添ってあげて。彼と」 彼女は裁縫が終わったのか私の方を真っ直ぐ見て、そう伝えた。本当に寄り添う相手が私でいいのか、彼の言葉は私の頭の中で暴れ回って出てってくれない。重たいって言われるのに私がそれでいいのだろうか。 「木場 胡乃羽。困ったらいつでも言って。」 胡乃羽は半ば強引に連絡先を交換させられた。「あ、二個下なんだね」なんて私のプロフィールを見て呑気にそういう。 胡乃羽は私の治療が終わったあと、またホットのココアを自販機で買ってくれて「誠人さんは何が好き?」と続ける。誠人が好きなのが自販機にはなかったから、何となく「ホットコーヒー」と短く答える。胡乃羽は小さく会釈してガチャンとホットコーヒーを私に押し付けてまた、強引に彼の病室まで私を運ばせた。  彼は横目で私の方を見ると「何しに来たんだよ。」と短く答える。その声は酷く低く感じ恐怖さえ覚えるが、どこか悲しさと申し訳なさと寂しさを感じるようなそんな声だった。 「好きです。」 言いたいことは山ほどあったのに彼を目にすると、ふとその一言しか出てこなかった。彼は短く「は?」と呆気を取られたがもう、どうにでもなれと思い本音を言う。 「私は誠人が好き。だから何百回何億回何億万回でも好きって言って、また付き合うから!だって誠人のこと好きだから!!」

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一回目

大好きだったから。

彼氏と別れた。たった4ヶ月されど4ヶ月。私にとっては大きくもあり小さくもあり幸せな4ヶ月だった。あなたの真ん丸な顔も笑う時の笑顔も、綺麗な歌声も。食べる時大きな口を開けてガバッと食べるところもあれば、綺麗に箸を使って食べるところも。涙が出るほど悔しくて、悲しくて辛くて。止まらなくて。だけど、前を向かないと生きてはいけなくて。でもどうすればいいかなんてわかるはずがなかった。 あの笑顔は私にはもう向けてくれない。だけど、どこか待ってる自分がいる。大好きな大好きな人が離れていくのを見れば、胸がキュって痛くなる。 五分後、胸がピークに達して痛い痛いって言う。張り裂けそうな重いは頑張って頑張って我慢をする。 十分後、爆発して別れたくないと連呼。子供のように駄々を捏ねて彼を困らせた。 十五分後、涙が止まらなくてどうにかして引き止めたくて、怖くなって手が震える。明日がとても怖くなる。 二十分経てば、もうそこに彼はいない。愛してくれる彼はいない。フリフリのワンピースを靡かせて彼を探すが、面影も見つからない。 入念に立てた、旅行の計画は全部が水に流される。クリスマスはもう目の前なのに、バレンタインも誕生日も、一緒にすごせなかった。 問題は私にあるのは知っていた。馬鹿みたいに重たい感情が彼を押し潰していた。大好きな彼はもうそこにはいない。ギュッと目をつぶれば、思い出と共に涙が流れる。サヨウナラなんて言わないで、いつも通り愛してるって言って欲しい。でも前に進まなくては、行けなかった。 大好きな大好きな彼へ。 今までごめんねと、最大限の愛してるをあなたに

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大好きだったから。

平凡を望むバイオリニスト

初雪が降る頃、白い雪は彼女の成功を嘲笑うかのように降り始めた。ロンドン市街にある大きなコンサートホールに、天才バイオリニストが演奏にしていた。ミネス・ウォーカー。ロンドンの宝石とも呼ばれる彼女は憂鬱にふけていた。今日は位の高い貴族達に依頼され演奏を行ったところだった。彼女の出演が終わり舞台裏に行けば直ぐにお付きの者が彼女のバイオリンを丁寧に受け取り、ケースに丁寧に仕舞う。もう一人の召使いが彼女にコートを羽織らせて、出発の準備をする。この時間、三分二十三秒丁度。キッチリと、ピクリと表情一つ変えない彼等は五分以内に事を済ませる。まるで機械仕掛けの蝋人形のようだった。ウォーカー家の周りにいるのは、全て時間に厳しかった。時間通りに彼女を送り迎えをし身の回りの世話をしなくては、使用人達の働く場はロンドン市街には、もうないも同然だろう。ミネスはそんな、慌ただし日々が憂鬱で仕方がなかった。  ある日の公演後の事だった。いつも通りミネスは、使用人達の世話をなされていた。バイオリンはいつものように自分の命かのように丁寧にかつ迅速に仕舞われ、彼女も薄紅色のコートに腕を通される。すると、彼女のボタンを付けている召使いがボソッと独り言が聞こえた。 「桜色の綺麗な羽織物・・・。」 声のする方へ視線を落とすと、漆黒の髪の毛が綺麗な女性がミネスのボタンをつけていた。見たところ、自分より少し上の歳であろうその女性は、その独り言を述べた後また機械仕掛けのゼンマイのように黙々と私を車に乗せて行った。サクライロとはなんだろうと、車の中で自分らしくないことを考えた。いつもなら何も考えないで只只ぼーっと外を眺めるだけなのに。あの人は誰なのだろうか。いつもの使用人では無いのは見ればわかるが、あんな人間味帯びた人が此処に来るとは意外だと考えた。車が家へ到着すると、扉が丁寧に開かれる。車を出るのあの女の人がバイオリンケースを丁寧に持っていた。私はなんとなく、彼女に礼を述べた。 「お、恐れ入ります。」 彼女はよほど驚いたのか、目を大きく見開いて僅かながら手が震えて、そういった。自分が従者にお礼を言ったことに驚いている。いつものことをしてもらっているだけなのに、彼女にはなんだか御礼を言いたくなったのだ。部屋に入れば、従者が明日の日程をツラツラと述べている。明日は市民ホールで10分間の演奏を終えたあと、カジノでお偉いさんとの会談をする。それが終われば音楽ホールで来週から始まる音楽祭のリハーサルを始める。そこでの練習は一日の約半分費やすそうだ。窓の外をぼーっと覗きながら従者の話を流し聞していた。 「晩食には、御主人様が御一緒になるそうなので時間が近づき次第、従者がお嬢様の準備に参りますのでお時間までごゆっくりしてお過ごしください。」 「ありがとう」 彼に黒髪の彼女について聞こうと思ったが、本能がやめたほうがいいと囁いたからやめておいた。だが、知りたいと言う欲求は止まらない。彼女のことを知りたくて知りたくてしかたなかった。彼女は私が知らないものをたくさん知っているような気がした。  一時間後、私の準備をしに従者がきた。運がいいのか召付けの担当は黒髪の彼女だった。私は思い切って彼女のことについて聞くことにした。 「ねえ、あなた名前は?」 いろんな人と交流してきただけあるのか、大人の対応というものは熟知しているはずだ。落ち着いたトーンでなんとなく気になったと思わせるような素振りで彼女にそう聞いた。 「えっと、黒川 桜 でございます。お嬢様」 「黒川、聞いたことがない苗字ね。どこの家出身なのかしら。」 私の家に使える従者たちはどこも名門家の令嬢や令息達が次期当主の座になる修行のために来ている者たちがほとんどだった。だから、人が辞める期間が他の家よりも短いのにはそのような理由もあるということだ。黒川というセカンドネームは、ロンドン市街にはそう聞いたことがないし珍しいものだったから、私は不思議に思ったのだ。 「あー私、日本から参りました。」 「日本?あの、黄金の国の?」 本で何度か、日本という国は何度か聞いたことがある。日出る国であり、黄金の国の日本。物語によれば、金銀財宝がザックザクだなんて描いてあった。私はそんな人たちに身の回りの世話をしてもらっていたのかと目を丸くしてそういういったが、彼女はブンブンと首を振って私の髪を解かしながら 「日本はそんな黄金国ではありません。黄金の国だなんて呼ばれているのは、小麦が金色に光っているように見えたからだと言われているのですよ」 私は、鏡越しに黒川を見た。猫のようなクリクリとした大きな吊り目に光の反射で黒髪がキラキラと輝いている。日本という国はこんなも美しい人たちがいる国なのかと見惚れていたら、視線に気づいた彼女が「照れてしまいます」と館では見られない人間らしい太陽のような微笑みを私に見せて私の身支度を進めていった。 「サクラ色って何かしら、黒川」 私にリボンをつけおおえた時。私は再度口を開いてそう聞いた。彼女はコートの色のことをサクラ色と言って少しばかり羨ましそうに見ていたのがいまだに印象的だったのだ。 「それはですね、日本の国の桜という花の色なのですよ、とっても綺麗なんです!」 意気揚々と彼女は私にリボンを付けようかヘッドドレスにしようか迷いながらも人間味のある声でそう言った。 「そうなのね……。サクラってあのコートたいな花のなのかしら」 私は、化粧台に座ったままコートを指さす。サクラ色のコートは、ベットに綺麗に畳まれて置いてある。彼女は、うーんというように 「少し、ピンクが過ぎますね…もっと厳密に言えば、お嬢様の頬の色のような綺麗な色です。」 黒川は、黒いリボンを持ってきてまた、微笑んだ。魅力的な女性だ。全ての所作が人形のように素晴らしく感じる。それなのに、彼女には人間味が溢れている。私は矢張り、彼女の虜になってしまったのだろう。たった一時間。私は今までの事を忘れて彼女との談笑を楽しんだ。  あの日から一週間が経った。黒川の姿が見えなくなった。最初は部署移動なのかと思ったが、どこを探しても鈴のなるような笑い声は聞こえないし、光が反射してキラキラ光る黒髪の姿は見られなかった。彼女の所在を聞くにも機械のような従者達はきっと話してはくれないのだろう。彼女のは、憂鬱な日々を送ることになり人形に戻ったのだ。  車に乗せられた彼女はまた何も考えずに窓の外を見る。今日の広場はいつも以上に人が多い。人が多いあまり、車も中々前には進めなかった。ミネスは人混みの中心をジッと見た。昨夜は十六夜だったから、恐らく誰かが切り裂きジャックの餌食にでもなったのだろう。だなんて他人事のように思いながら見ていると。見覚えのある黒髪がみネスの視線に入った。彼女は少しばかり目を見開いて思わず車のドアを開ける。「お嬢様!」と侍従が叫んでいるのすら、ほおっておいて只只その中心へと人混みの中へと走っていった。切に願っていた自分がいた。どうか彼女ではありませんようにと、あの笑顔をもう一度見たいと。 彼女の願いとは裏腹に悪い予感というものは当たるものだ。穏やかに黒川 桜はそこで寝ているかのように手足を縛られて倒れていた。彼女は絶望した。自分が普通の女の子のようにたった一日、笑っただけで彼女は殺されたのだ。自分が普通の子供のように、興味を持っただけで殺される人がいるのだ。誰かを恨み怒ることすら彼女にはもう何もできなかった。ただ、自分が普通を望んだのがとてつもなく腹が立ったのだ。そして彼女は、決心をしたのだ。    次の十六夜の日、館内は夜になるとシンと静まり返りミネスを除いた従者や主人は早速に床の間に入っている。彼女は窓を開け、ユラユラと長いカーテンを伝って地上へと地に足をつけた。広場へと足を動かして行ったのだ。空には雪がシンシンと降り始めて彼女は少しばかり、心が弱くなった。ここで帰ってしまえば、怒られずに済むのかもしれないと。だが、身体は広場へと向かっているのだ。裸足のせいか足が地面に触れる度に刺さる痛さが体を駆け巡る。息をすれば冷たさが喉に刺さり白い煙が出てくる。スーッと空を見れば白い雪が自分に降りかかりもっと上には月と星が何も知らぬかのように綺麗に光り輝いている。広場へあと一歩というところで彼女は方向を変えた。どうせなら彼処がいいと。彼女はペタペタと走りながら街を一望できる丘の上まで足を動かした。 「きょうは、此処に人が来るだなんて珍しいね。」 少年は丘の上の大木で腰を下ろしながら彼女を待っていたかのように街を見ていた。手にはナイフを持っていた。 「あなたがジャックね。」 「みんな言うけど、そんな大層な者じゃないよ。」 少年はよっこらしょっと腰を上げてナイフを構える。彼女は分かっているかのように大木に寄りかかって、目を閉じた。 グッと鈍い痛みが走る。彼女は目を瞑ったままそっと腹の部分を手で触った。ベットリとネバネバしたような生ぬるい感触が手からやがて全体に感じ渡り、ゾッとする。だが気持ちは穏やかだった。 「あぁ、これがサクラ色なのね。黒川。」 そっと目を開けると、彼女の目は血が出ていて彼女の視覚は恐らくもう機能はされていないのだろう。たまが、彼女はいつぞやかの従者のように太陽のような微笑みをしてそう言った。満足気にまた目を瞑ったのだった。 「機械はやがて壊れてしまうよね。その孤独と期待で。脆いもんだよ。どんなモノも」 少年は慣れた手つきでまた作業のように、彼女の血を吸い取り丘を後にした。  翌日、一面真っ白な雪景色の上に天才と呼ばれたバイオリニストは安らかな表情で街の子供たちによって見つかったらしい。

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