平凡を望むバイオリニスト
初雪が降る頃、白い雪は彼女の成功を嘲笑うかのように降り始めた。ロンドン市街にある大きなコンサートホールに、天才バイオリニストが演奏にしていた。ミネス・ウォーカー。ロンドンの宝石とも呼ばれる彼女は憂鬱にふけていた。今日は位の高い貴族達に依頼され演奏を行ったところだった。彼女の出演が終わり舞台裏に行けば直ぐにお付きの者が彼女のバイオリンを丁寧に受け取り、ケースに丁寧に仕舞う。もう一人の召使いが彼女にコートを羽織らせて、出発の準備をする。この時間、三分二十三秒丁度。キッチリと、ピクリと表情一つ変えない彼等は五分以内に事を済ませる。まるで機械仕掛けの蝋人形のようだった。ウォーカー家の周りにいるのは、全て時間に厳しかった。時間通りに彼女を送り迎えをし身の回りの世話をしなくては、使用人達の働く場はロンドン市街には、もうないも同然だろう。ミネスはそんな、慌ただし日々が憂鬱で仕方がなかった。
ある日の公演後の事だった。いつも通りミネスは、使用人達の世話をなされていた。バイオリンはいつものように自分の命かのように丁寧にかつ迅速に仕舞われ、彼女も薄紅色のコートに腕を通される。すると、彼女のボタンを付けている召使いがボソッと独り言が聞こえた。
「桜色の綺麗な羽織物・・・。」
声のする方へ視線を落とすと、漆黒の髪の毛が綺麗な女性がミネスのボタンをつけていた。見たところ、自分より少し上の歳であろうその女性は、その独り言を述べた後また機械仕掛けのゼンマイのように黙々と私を車に乗せて行った。サクライロとはなんだろうと、車の中で自分らしくないことを考えた。いつもなら何も考えないで只只ぼーっと外を眺めるだけなのに。あの人は誰なのだろうか。いつもの使用人では無いのは見ればわかるが、あんな人間味帯びた人が此処に来るとは意外だと考えた。車が家へ到着すると、扉が丁寧に開かれる。車を出るのあの女の人がバイオリンケースを丁寧に持っていた。私はなんとなく、彼女に礼を述べた。
「お、恐れ入ります。」
彼女はよほど驚いたのか、目を大きく見開いて僅かながら手が震えて、そういった。自分が従者にお礼を言ったことに驚いている。いつものことをしてもらっているだけなのに、彼女にはなんだか御礼を言いたくなったのだ。部屋に入れば、従者が明日の日程をツラツラと述べている。明日は市民ホールで10分間の演奏を終えたあと、カジノでお偉いさんとの会談をする。それが終われば音楽ホールで来週から始まる音楽祭のリハーサルを始める。そこでの練習は一日の約半分費やすそうだ。窓の外をぼーっと覗きながら従者の話を流し聞していた。
「晩食には、御主人様が御一緒になるそうなので時間が近づき次第、従者がお嬢様の準備に参りますのでお時間までごゆっくりしてお過ごしください。」
「ありがとう」
彼に黒髪の彼女について聞こうと思ったが、本能がやめたほうがいいと囁いたからやめておいた。だが、知りたいと言う欲求は止まらない。彼女のことを知りたくて知りたくてしかたなかった。彼女は私が知らないものをたくさん知っているような気がした。
一時間後、私の準備をしに従者がきた。運がいいのか召付けの担当は黒髪の彼女だった。私は思い切って彼女のことについて聞くことにした。
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カテゴリー: ファンタジー
投稿日時: 2023/12/2 13:50
田中
心に残る小説を。