判虹彩

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判虹彩

はじめまして!ばんこうさいと申します。よろしくお願いします。 「忘れがたき炎の物語」ご感想などいただけると嬉しいです!

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第1話「奇妙な街」 クァン・トゥー王国の首都「サーティマ」 賑やかな市場の路地裏を進むと、ひっそりと佇む一軒の酒場があった。 「ヴァンの酒場」という寂れた看板が、苔むした壁に掲げられている。古びたランプが垂れ下がる薄暗い店内には、二、三人の客が静かに酒を飲んでいた。その中でも一際目立つ男がカウンターに座り、サーティマの北方ツォーホク地方産の葡萄酒に舌鼓を打っていた。 男が何故目立つのかと言えば、洗練された白布のブリオーを着用し、王国では、王に認められた者しか扱うことを許されない獅子の頭をあつらったサーベルを腰に下げているということであろう。 その男は、「勇者アマダーン」その人であった。 店主のアレックスは、かつての勇者の戦友であった。彼がひっそりと経営する酒場に、時折り顔を出しては、何やら考え事をしながら酒を飲むのが彼の日課であった。 店主は、アマダーンに話しかけた。 『アマン…最近見なくなったと思えば、ここ1週間くらい毎日うちに来てるな。こんなに荒れてるお前を見るのは、あいつが隊を離れた時以来だ…』 アマダーンは、葡萄酒が入ったカップを見つめてはふっと笑い、葡萄酒を一口グイッと飲み干した。 『また離隊志願者か?』 アレックスは、勇者英雄隊から離隊したいという人間に対しては、何とも思わないアマダーンという人となりをよく知っていた。ただ一人を除いては。 だが、今回のはおそらく違うことで、彼は悩んでいるのであろうとも思った。だから、あえて的外しな質問を投げかけたのだ。 『違う…俺は去る者は追わずだ』 アマダーンは店に入って数時間経つが、始めて口を開いた。 アレックスは、プライドが高い彼が思い悩んでいることを知っていたが、彼がやっと口を開くまで待つということの忍耐力は持ち合わせていた。 時に人間というのは、話す必要のない時は黙って見守ることの方が大事な時がある。 その一言を聞いてアレックスは、少し安堵した。内容が間違っていようがいまいが彼には関係はなかった。ただ、やっとこの誇り高く孤独な男が、会話のきっかけを掴むことが出来たのが良いのである。 『じゃあ、女か?ふん、女ならお前は掃いて捨てるほどいるだろうに』 『違う、アレックス…俺は、今、その、考えてるんだ』 『何を考えてる?お前は富と地位を手に入れた。隣国ももう敵ではない。すべてを手に入れた男が何を悩んでいるんだ?』 アマダーンは、カップに葡萄酒を注ぎながら話し始めた。 『俺は今まで、アングラ様にひたすらに仕えてきた。俺の恩人だし、育ての父親みたいなもんだからな…』 アレックスは、アングラという名が出たことに驚いた。 『任務を失敗したのか?』 『いや、任務は成功した。俺は勇者だ。なんだってやるさ、命をかけてるんだ』 ーーーそれは約1週間前のことであった。 エルフの国「トト」からドラゴンのオーブを奪い取ったアマダーンは、ドラゴンの巫女アズィールと共に、サーティマのクローン城へと辿り着いた。 アズィールは、ドラゴンの姿からエルフの姿に戻り、アマダーンの後について城へと入った。 『英雄隊は?』 アマダーンは、兵士の一人に尋ねた。 兵士は答えた。 『フリン様とチド様は、北方遊牧民討伐へ。フルシアン様、アントニー様は、西方神聖ナナウィア帝国へ交渉へ赴いております!』 『他の英雄隊は不在か…』 勇者英雄隊とは、王国直属の精鋭中の精鋭の集まりであり、勇者を中心とした部隊である。遥か昔に、この世界を魔王の手から救った英雄「勇者」にあやかり、その名が付けられ、各国にそのような勇者と隊が存在している。敵国の王を魔王と称し、「聖戦」という大義を掲げて戦う。単独で動く場合や、軍を率いて攻めたりもする。時に、戦闘以外の交渉毎などにも当たる。クァン・トゥー王国の勇者英雄隊は、他国の同隊よりも頭一つ抜けており、世界最強という噂もあった。 アマダーンが帰還したことを受け、アングラは、トレント王と共に玉座の間で迎えた。 『おお!よくぞ戻った!でかしたぞ!さすがは我が国の勇者だ!』 トレント王は、両手を広げ、興奮気味にアマダーンを称えた。 アマダーンは王の前に跪き、深く敬礼した。 『このアマダーン、一度引き受けた任務、必ずや成し遂げるとお約束致しました』 アマダーンは後ろを振り向き、オーブを抱えたアズィールを指した。 『エルフの国のオーブにてございます』 アングラは、オーブを抱えているアズィールに目をやった。 『アマダーンよ。このエルフの女性は?』 アズィールはオーブを抱えたままお辞儀をし、アマダーンが答えた。 『この女は、エルフのドラゴン、アズィールでございます。サーティマ平原奥の沼地にて遭遇し、仲間になりました』 『な、なんと!!エルフのドラゴンと申すか!!そなた、オーブを奪うどころか、ドラゴンをも味方につけるとは!』 トレント王とアングラは感嘆し、勇者の偉業を心から称えた。 そしてその夜、勇者の帰還と、オーブ奪還を祝してクローサー城で晩餐会が開かれた。 貴族達や、街の有力者達など、様々な人物が集い、宴に酔いしれた。 アマダーンはアズィールの隣に座り、歓迎を受けた。 『凄いわね。エルフの国とはまったく違うわ』 アズィールは、他国の晩餐会に呼ばれたのは初めてであった。 『エルフの国では、あまり宴をやらないのか?』 『そうね、エルフはあまり騒ぐことが好きじゃないもの。時に歌ったり楽器を演奏したりするけど…』 その時、アマダーンとアズィールの背後から何者かが近付いてきた。 『これはこれは、勇者様。お待ちしておりました』 アマダーンは振り返り、その人物に声を掛けた。 『これはボンジオビ博士。例の伝導装置はいかがかな?』 その男の名は、ボンジオビ・ジオン。クァン・トゥー王国における学術者であり、アングラと共に古代魔導王朝の技術を研究している男である。小柄で白髪に白い髭を蓄え、厚いレンズの眼鏡の奥に鋭い眼光が光っている。 ボンジオビは、髭を触りながら笑顔でアマダーンに答えた。 『開発は順調に進んでおります。あとは、装置の起動に関するところでもう少しお時間をいただければと…おや、このお美しいお方はどなたで?』 アズィールは、答えた。 『はじめまして。私はエルフのドラゴン、アズィールと申します。このような素敵な晩餐会にご招待いただき、光栄に存じますわ』 ボンジオビは、アズィールの手に軽くキスをし、葡萄酒が入ったグラスを手渡した。 『ようこそ我が国へ。エルフの竜の巫女殿。これはお近づきの印でございます』 『ありがとう』 アズィールは、グラスを受け取り葡萄酒を口にした。 その時、アマダーンは英雄隊の誰かが帰還したとの報告が入り、席を立った。 『失礼、わが隊の一人が帰還したようだ。出迎えてくる』 アマダーンはアズィールにそう言った。しかし、アズィールは、頭を抑えて目を閉じ、眉間に皺を寄せながら何やらブツブツと呟いていた。 『おい、どうした?』 アマダーンはアズィールの様子がおかしいと思い、肩に手を置いた。その途端、アズィールは椅子から崩れ落ちるように倒れてしまったのだった。 晩餐会は騒然とした。兵士たちがアズィールを抱え、急いで奥へと運んでいった。アマダーンは、戸惑いながらもアズィールの元へと向かおうとした。しかし、そこにアングラが急に目の前に現れた。 『アマン、少し話がある』 アマダーンは眉をひそめ、怪訝な顔をしたが、アングラはアマダーンをバルコニーへと誘導した。 アングラはバルコニーにいる兵士に奥に入れと告げ、あたりをキョロキョロ見回した。そして少し小声でアマダーンに話しかけた。 『アマンよ。心して聞け。伝導装置が完成したのだ。』 『?先程、ボンジオビはあと少しであると言っておりましたが…』 アングラはアマダーンの肩に手を回し、葡萄酒が入ったグラスを片手に話を続けた。 『ふふふ…伝導装置は、実は既に完成していたのだよ。だがしかし、装置を起動させるに肝心な物が足りないことが判明したのだ』 『…それは何です?』 アングラはグラスの葡萄酒を一口グイッと飲み、言った。 『ドラゴンの血だよ』 アマダーンは、少し間をおいて考えた。そして、ハッと思いアングラに言った。 『ま、まさか…!』 アングラは、満面の笑みでアマダーンに答えたが、口の前に人差し指を立て、アマダーンの声を絞るような仕草をした。 『オーブの伝導装置は、完成していたが、うまくいかなかった。しかし、文献をさらに紐解いていくとだな、やはりドラゴンの霊力が最適であると書かれていたのだ。だが、その霊力の源は血であることが分かった。分かるか?しかもその血を使い、深層意識と結びつけさえすれば、人間種の脳でもうまく起動する算段が立ったのだよ』 「オーブの伝導装置」とは、古代魔導王朝の技術を応用し、オーブが持つ生命体への干渉力を増幅させる為に作られた装置である。本来オーブは、ドラゴンの霊力によって作用するとされているが、アングラたちは人間種の持つ僅かな霊力でも作動するように設計した。しかし、理論上作動可能な装置であったが、やはりドラゴンの霊力が必要であると結論が出されたのである。 このことを知っているのは、アングラとボンジオビ博士、そしてトレント王と勇者アマダーンのみであった。 『アマンよ、その事実が判明したのは、お前がトトへ向かった2週間あとであった。しかし、使者を送る前に、お前はドラゴンそのものを連れてきてしまった。ははは!さすがにこれは、奇跡と言える。いや、お前だからこその功績であるな。トレント王にも報告させてもらった。これはかなりの褒美を期待して良いぞ!』 アングラは興奮気味に話したあと、グイッと葡萄酒を飲み干した。それを見てアマダーンは言った。 『もしや、その為にアズィールを…』 アングラは、アマダーンの反応が思っていたのと違い、怪訝な顔をした。 『ん?どうした?まさかお主、あの巫女に何やら思い入れがあるのではあるまいな?』 『あ、いや、滅相もございません。して、今アズィールはどこに?』 アングラはアマダーンをクローサー城地下の研究所へと案内した。 そこには、銅で出来た大きな「窯」のような物が置いてあった。そこからいくつもの配管やバルブ、そして、その中央前方に椅子があり、その左隣りには、小さな台座の上に置かれたオーブ、さらに右隣には台の上に人が寝かされていた。 そして、その寝かされた人物をよく見ると、アズィールであった。アズィールは気を失っており、手足や頭を金属の輪で固定されている。そして、何やら大きな釜から出てきた配管に繋がっている管が、台の上に固定されていた。 アマダーンはその様子を見た時、不思議な感覚に襲われた。何かどことなく心が苦しい気がする。胸が締め付けられるような不快感がするのである。今までどんな胸糞悪くなるような任務を淡々とこなしていった彼にとって、この程度の出来事は意に介さない自信もあった。アズィールは沼地で出会ったとき、好奇心の裏に秘められたどこか寂しそうな表情をしていた。そして、ドラゴンとしての虚しい生き方をアズィールから聞いたアマダーンは、彼女を哀れに思ったのであった。 彼自身、戦争孤児から死にものぐるいで手にした勇者という地位にいる人生であるがゆえに、何にもなく、ただ生きているという空虚な人生程虚しいものはないと思っていた。 「空虚な人生を送るなら、燃え尽きて死ぬ方がまし」 それは彼の人生の教訓であった。 装置の奥からボンジオビ博士が出てきた。 『これはアングラ様、アマダーン様。さっそく準備に取り掛かるとしますか』 ボンジオビ博士は、装置を作動させ、寝ているアズィールの両手首の内側に管を刺した。その時、アズィールの体が少しビクン!と動いた。 そして、台座の上のオーブに何やら銅製の椀のような物を被せた。そして、中央の椅子にアングラが座った。アングラも頭の上に銅製の帽子のような物を乗せた。それらは管で中央の窯に繋がっている。 『よし、準備が出来たぞ』 アングラはボンジオビに伝えた。 そしてボンジオビは、窯に付いているバルブを少しずつ緩め始めた。 すると、窯が揺れ始め、窯の上部に付いている小窓が光始め、その横に付いている穴から蒸気がプシューと出てきた。ゴウンゴウンという音が大きくなっていく。その時、アズィールの体がビクビクと動き始め、管から血液が装置の中に入っていく。アズィールは、苦しそうな表情になり、顔が真っ青になっていく。 『あああああ!!!!!』 アズィールは断末魔の叫びをあげ、目は白目を剥き、口からは泡を吹いた。 アマダーンは、アズィールの様子を見てはいられなくなり、目を逸らした。 その時、中央の椅子に座っていたアングラの様子がおかしくなった。 『ああっ!これはダメだ!』 アングラは、ガタガタと体が震え出し、鼻から血を出した。 『ボンジオビ!止めてくれ!』 咄嗟にボンジオビは、装置を止めた。ゴウンゴウンという音が次第に小さくなっていく。 すぐにアングラは被っていた銅製の帽子を外した。 『…申し訳ございません。もう少し調整が必要ですな』 『だが、何か掴めそうだ。やはりドラゴンの血を使うのは正解だと思う』 アングラは椅子から起き上がり、少しフラフラとしながら、アマダーンの肩に手を乗せた。 『道のりは険しいが、大きな一歩だぞ。なに、あと3日もすれば完全に起動するであろう』 アマダーンは、アズィールを見た。 『アズィール…あのドラゴンの巫女は死んだのですか?』 アングラはアズィールに目をやると、ふっと笑いアマダーンに言った。 『巫女は生きておる。なに、死なせはせんよ。ただ生かしもせん。このまま装置として使っていく』 この一言は、アマダーンにとって衝撃であった。 「ああ、そうか。古代魔導王朝の技術復活の為の礎となったのだ。彼女の人生はまさに誉れであるな」と思い聞かせたが、心の底は、揺れ動いていたのである。 アングラは、アマダーンに長旅の疲れを癒す為に休暇を取らせ、自分は引き続き研究を続けるといい、研究所に籠ったのであった。 それから約1週間後…アマダーンの心は揺れ動いたままであった。 アズィールをオーブの呪縛から解放し、また再びオーブに縛られてしまうという結末。あたかもアマダーンが彼女を騙し取ったかのような結果であった。 ヴァンの酒場を出たアマダーンは、アルコールで意識が朦朧としていたが、頭の中は冴え渡っていた。 このまま彼女を見殺しにするのか?それとも、人々の平穏の為、平和の為に伝導装置を起動させるのを見守るのか?アマダーンは、自らの忠誠心と彼女への思いに揺れていた。彼女なしに伝導装置を起動する方法は無いのであろうか? その時であった。突然頭が割れるように痛くなったのである。視界が狭まり、足元がフラフラし、膝をついた。 酒を飲み過ぎたかと思っていたが、どうやら違うようだ。アマダーンは、辺りを見回すと、道ゆく人々がすべて頭を抱えて苦しんでいる。子供は泣き喚き、老人は苦しみながら道に倒れ込んでしまった。 『な、何だこれは…!?』 まさかとは思ったが、アマダーンはすぐに察しがついた。 『装置が…完成したのか!』 アマダーンは、魔法効力を無力化する魔法を自分にかけた。 『ヴァイパス!』 完全ではないが、多少頭痛はおさまった。 すると、次第にあたりから笑い声が聞こえてきたのである。先程泣きじゃくっていた子供は、笑いながら踊り、大人たちも笑い合っている。倒れていた老人は、倒れたまま笑っているのである。 これは普通ではない。何か尋常ではないことが起きているとアマダーンは思った。オーブの効果であろうが、街中に笑い声が溢れ、それは異様な光景であった。 アマダーンは、クローサー城へ向かおうとした。アングラにこの異様な光景を伝えるべきであると思ったのだ。 その時、勇者の姿を見た婦人がアマダーンに笑いながら近付いてきた。 『あはは、ゆ、勇者様、ど、どうかお助けください!あはは!何やら笑いが止まらないのです!今朝病気の主人が亡くなったというのに!あはは!』 笑ってはいるが、婦人の目には涙が浮かんでいた。 これがアングラの望んだ世界なのであろうか、いや、まだ実験段階であろう。アマダーンは、すぐに装置を止めるよう嘆願せねばなるまいと思ったのである。 クローサー城が目の前に見えたその時である。 空から何やら大きな影が飛んで来た。それは二つ、いや三つ、無数に増えていくのであった。 その影が次第に大きくなり姿かたちが分かるようになってきた。 『…あいつら!』 その影は、シルバードラゴンと、ホワイトドラゴン、そして空を飛ぶ馬に乗ったエルフたち、即ちエルフの国トトが誇るペガサス騎馬隊と、エズィール、セレナである。ペガサスにガラたちも乗っていた。 『オーブを奪還せよ!!』

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第8話「勇者アマダーン」 クァン・トゥー王国最強の戦士「勇者アマダーン」 彼は、元々南方砂漠の国「サーバス」出身であった。現地の呼び名では「アマンダール」とも「アマン」とも呼ばれている。恐るべき剣術の強さと、得意な強化魔法で、目の前の全ての敵を圧倒する強さを誇っていた。 かつてクァン・トゥー王国とサーバス王国は、長い間、戦争状態にあった。民の間では「50年戦争」ともいわれ、互いの民や、国土は疲弊し切っていたのである。 辣腕トレント2世は、サーバスと和平交渉をし、友好を築いた。 その頃、戦争孤児としてクァン・トゥーに保護されたアマダーンは、母国にかえることなく、そのままクァン・トゥーの国民として、成長していった。 剣術において天才的な才能を発揮した彼は、クァン・トゥー王国の兵士に志願し、名を馳せていった。 そこで、勇者英雄隊に引き抜かれたのである。 アングラは若き才能に目を付け、彼を最強の戦士として育て上げていった。剣術だけでなく、魔法や様々な学問、政治や哲学なども身に付けさせていった。勿論、彼自身の野望でもある、古代魔導王国復活の夢も語っていったのである。 アマダーンは、アングラの懐刀として、重宝されていった。ありとあらゆる任務を淡々とこなし、時には目を覆う様な汚れ仕事をも難なくこなしていった。勇者となり、隊を率いてからもその勢いは止まるところを知らなかった。 ほとんどの隣国を滅ぼし、クァン・トゥーにとって脅威はなくなっていった。 もはや他国にとって、「勇者アマダーン」は恐怖の存在としてその名を轟かせていったのである。 「アマダーンが来たぞ」 これは、アマダーンへの恐怖によって、他国では子供たちを言い聞かせる文句として広まった言葉であった。 ガラはその男の強さ、冷徹さ、そして恐ろしさを嫌というほど知悉していた。味方でありながら、彼は絶対に敵にはしたくないと思っていたのである。 実は、勇者隊を離れた理由の一つでもあった。一つの戦争を終わらせた後、再び報復によって戦争が始まり、また尊い命が犠牲になる。 人間は、憎悪によって自らを滅ぼす。その真理を彼は肌で感じていた。 しかしながら、アマダーンという男は、アングラから受けたありとあらゆる任務を難なくこなしていく。時に目を覆いたくなるほどに残酷なものもあった。 「我が国に刃向かうとこうなる」 というメッセージを込めて、村一つ滅ぼしたこともあった。勿論、他国とはいえ、何の罪もない人々であった。女子供も容赦しなかった。 穏やかな片田舎で育った純朴な戦士には、あまりにも酷な仕事であった。精神的にも限界に来ていた。そして、その引き金が、妻の死である。 隊を離れる覚悟を決めた時、アマダーンは言った。 『ガラよ。お前は優し過ぎる。時に、人間は非情でなければ真の目的は達成されることはないのだ。力がなければ食い殺される。正義は強くなければならない。この世は修羅の世界なのだ』 その言葉はガラの耳朶から離れることはなかった。 『アマダーン!久しぶりだな。まさかこんなところで会うとは…どうしたんだ?観光でもしてるのか?』 アマダーンは、昔の戦友の顔を見て少し穏やかな表情になった。しかし、それはほんの一瞬であった。 アマダーンは、ゆっくりと口を開いた。 『ガラ…炎のガラ…。俺の心は今、悲しさと虚しさ、そして怒りでいっぱいだ』 ガラは、アマダーンから目を逸らさず、唾を飲み込み、出来うる限りはっきりと穏やかに話し始めた。 『…アマンよ。俺は、お前のことはよく知ってるつもりだ。お前は一度引き受けた任務は、何があっても必ずやり遂げる男だ』 『…その通りだ』 アマダーンは静かに答えた。 『だが、今回のやつは…オーブは、ひとつの国の為に持ち出すもんじゃねえんだ。それはドラゴンでないとうまく機能しない。つまり…』 ガラがうまく伝えようと苦心しているところに、エズィールが助け舟をだした。 『オーブは、ドラゴンの霊力によってのみ効果がもたらされるのだ。そう作られておる。過去にも古代の知恵を付けた人間が、悪用した例はいくつかあった。しかし、それは世の中の理(ことわり)を歪める原因を作ってしまう。歪みは、深淵に結びついてしまう。つまり、魔王の眠りを覚ますことになってしまうのだ』 アマダーンは、眉を上げた。 『魔王だと?深淵…?』 エズィールは続けた。 『今の世の中の「魔王」ではない。真の「悪」であり、破壊と殺戮の根源。そなたも沼地や山で見たであろう。そこら辺の魔物とは違う。だが魔王に比べたら、あれはほんの「上澄み」だ。ドラゴンの民は、4人の英雄らとともに、奴を眠らせたのだ。完全に抹殺することは出来ない。』 アマダーンは、目を閉じた。 『…なるほど。それがお前らの論理か。よく分かった』 ガラはアマダーンに言った。 『頼む。これはもはや一国の利益の為にする行動じゃねえんだ。アマンよ。ここは手を引いてくれ!』 ドロレスが続けて言った。 『あたしからも頼む!コンパルサで、魔導士が言ってたこと。あんたらも平和を望む為にこれを使うんだろ?だが、オーブを使うのはリスクが大き過ぎる!』 アマダーンは、アズィールに目をやった。 『俺は、勇者だ。とはいえ、クァン・トゥーの一兵士に過ぎん。アングラ様は敬愛しているし、あのお方のお考えが的を外したことは一度もない。それに俺は一度引き受けた任務は全うしなければならない…それが勇者という者の使命なのだ』 そして、続けて言った。 『ガラよ。俺はお前たちよりも早くここに着いていたのだ。オーブを奪うなら既に奪えた。だが、何故ここにいるか分かるか?何故お前たちのことをわざわざ待っていたと思うか?』 ガラの額から汗が滴り落ちた。 『お前の裏切りは、俺が責任を持って処する。お前も、お前の仲間もな』 アマダーンの言葉に、ドロレスは言った。 『あんたは、アングラが死ねと言えば死ぬのか?そんなのただの操り人形じゃないか!自分の任務さえ果たせれば、世界なんてどうでも良いのか?』 アマダーンはドロレスを見つめた後、アズィールに目を向けた。 『俺は、このエルフのドラゴンの娘には、沼地で会った。向こうから近付いて来たのだ。彼女は、苦しんでいた…ドラゴンとしての生き方に。オーブを守護するという使命に生まれたドラゴンは、世の中を知ることもなく、ただただそこにいてオーブを守るだけの運命なのだと…』 エズィールは厳しい目をアズィールに向けた。 そしてそれはどこか切なくも見えた。 アマダーンはエズィールに言った。 『エズィール…エルフのドラゴンよ。どうか、彼女を解放してやってくれ』 『シルバードラゴンの娘も同じ気持ちであろう。ならば俺が、オーブの呪縛から解放してやる』 アマダーンは、セレナに目を向けた。 アレサが叫んだ。 『なりません!さらに強大な魔物も出て来ます。それは、あなた方の国にとっても不利益のはず!』 アマダーンはアレサに言った。 『元老院よ。そなたは我が国の反逆者を連れて何をしているのだ?自らの行動を棚に上げ、我を批判するのは、筋違いではないか?』 『そ、それは…』 アレサは口篭った。 『彼らは私の庇護下にあります。わが国のドラゴンの危機を救いにこの場に来ていただきました』 『アズィールがここを出るかどうかは本人次第であろう。それともエルフは彼女の意志を聞き入れず、再びオーブの下に縛りつけるのであるか?』 その時、マコトが前に出た。 『勇者殿!拙者は東方エイジアより参ったリュウモン・マコトと申す。そなたのお国に対する忠義、誠に天晴れである!そして、エルフの竜の巫女よ!そなたの要望も納得の致すところである!しかしながら、この問題、どうかお国の為より、またご自身の自由より、どうか大局でお考え改めていただきたい。そなたらの行動は、世界全体の破滅に繋がる。これは長い目で見れば、そなたらにも必ず災いとなって降りかかること、火を見るより明らかである!どうか!』 マコトは正座をし、三つ指を立てて深く土下座した。 アマダーンは、マコトを見て言った。 『東洋人よ。頭を上げるがよい。俺はお前たちの考えは充分に分かった。…しかし、俺は俺の生き方がある。俺は主人を裏切れない。』 アマダーンは、ガラたちを見回し、言い放った。 『我はクァン・トゥーが勇者アマダーン。もはや双方譲れぬとみた。ならば剣で決着と行こうではないか!』 アマダーンは腰に差している獅子をあつらったサーベル“ナラヤン“を引き抜いた。 『クソッ!』 ドロレスは悔しがったが、ガラたちもそれぞれ武器を手にして構えた。 アズィールは漆黒のドラゴンへと変身し、セレナは銀色のドラゴンへと変身した。 エズィールとアレサは神殿の前まで下がった。そこをエルフの護衛たちが囲んだ。 エルフの森「サイモン森林」に爽やかな風が降り注いだ。木々が揺れ、葉が擦れる音が聞こえる。 アマダーンは、目を閉じてナラヤンを円を描くように振った。 その瞬間であった。 あっという間に、アマダーンは、ガラの目の前に近付き、ガラに一閃を浴びせる。しかし、ほんの紙一重でガラのメタリカが防ぐ。 「キィン!」 ドロレスとマコトは、そのあまりにものスピードに絶句した。 『な、なんだ今のは!?』 そしてアマダーンは、ガラに向けて物凄い速さで剣撃を繰り出す。ガラは防ぐのがやっとである。横からマコト、反対側からドロレスが攻撃を開始したが、同時によけられる。 『は、速い!』 その時、シュパッという音と共に、ドロレスの左腕から血が吹き出した。 『ぐあっ!』 ドロレスはよろけた。 そして、またしてもシュパッという音と共に、マコトの腿(もも)から血が吹き出したのである。 『見えない!』 マコトも足を押さえ、崩れた。 ガラの頬にもピッと刃が触れ、血が流れた。 『くそっ!』 アマダーンは3人を相手にしながら、圧倒的なスピードと正確さでガラたちを圧倒した。 『なんという速さと正確さだ!』 マコトは驚嘆した。 『あの蜘蛛野郎が可愛く見えるな!』 ドロレスはガラに言った。 『やつは何重にも自分に強化魔法をかけてる。普通の人間と思うな!』 ガラはアマダーンの前に手をかざした。 『ファズ!』 手から光球が飛び出し、アマダーンを襲う。 しかし、アマダーンはそれをナラヤンでかき消したのだ。 『俺に小細工は通用しない!』 『ふっ、やっぱりダメか…』 ガラはふっと笑った。楽観的な笑いではなく、絶望の淵に立った自嘲的な笑いであった。 『こいつに魔法は通じない。おそらくファイヤーハウスもな…』 ガラの言葉に、ドロレスは言った。 『くそっ!いざとなればそれを考えてたんだけどな!』 ガラたちの攻防の横では、セレナとアズィールがドラゴン同士の攻防を繰り広げていた。 アズィールの爪がセレナの顔面に当たり、セレナは苦痛でよろけるが、すぐさま尻尾を振り払い、アズィールの足元に強打させる。 そして、セレナは空に飛び上がり、それをアズィールが追う形で飛び上がる。 セレナはアズィールに炎を吹きかける。しかし、アズィールは氷の息でそれを相殺したのだ。 ブワッ!!という音と共に、大量の水蒸気が発生した。それは霧のように二匹のドラゴンの姿を隠した。 しかし、その霧からアズィールが突っ込み、セレナに体当たりを喰らわした。 セレナは苦しそうに、落ちていく。 しかし、すぐに体勢を立て直し、再び空に戻ってくる。 《あなた、なかやかやるじゃない…》 アズィールは、思念でセレナに語りかけた。 《オーブを奪うのも、私たちを攻撃するのも止めて!同じ人間同士、同じドラゴン同士、なぜ傷つけ合うの!?》 セレナはアズィールに訴えかけた。 《あなた、ほんっと馬鹿じゃないの!?あなたのところのオーブは誰が見てるのよ!まだあの老ぼれかしら?》 《ヴァノが守っている。竜族も近くで見守ってくれている!》 アズィールは、吐き捨てるように言った。 《オーブを見捨てたあなたに、私のことを言う資格なんてあるのかしら?》 セレナは少し黙ったあと、静かに言った。 《…分かってる。私もあなたと同じ。人間たちや外の世界が見たくなって外へ出た》 《…》 アズィールは、攻撃体勢を解除した。 《ヴァノは…多分、もうそんなに長く生きられない。私には分かるの。いつかは私がオーブを守らなきゃいけない。…だから、最後に私は外の世界を見ておきたかった。人間たちや、街… セレナは途中で黙った。そして、また話し始めた。 《でもあなたは、ずっと二人で守らなきゃいけなかったんだよね。私はあなたのことを責めることは出来ない…》 アズィールは、言った。 《私たちは似てるわね。ドラゴンとは悲しい生き物なのよ…》 しばらく無言が続いた。それは数十秒間、いや数秒間だったかもしれない。 突然アズィールは氷の息をセレナに吹きかけた。 『ぐわっ…!』 セレナは凍り付いたまま落ちていき、ズーン!という地響きと共に地面に埃が舞った。 『セレナ!』 エズィールは、上を見上げた。 アズィールは口から凍りついた水蒸気をゆらゆらと出しながら、ガラたちとアマダーンとの熾烈な戦いを見下ろしている。 アマダーンは、セレナが凍り付いて地面に落ちたのを見て、アズィールの名を呼んだ。 アズィールは、物凄い勢いで、アマダーンの方へ突っ込んでいき、口を開け、猛吹雪のような突風をガラたちに吹きかける。 その瞬間アマダーンは、さっと後ろに大きくジャンプした。 『し、しまった!』 なんと、ガラたちはその場に氷のように凝固されてしまったのであった。 それを見届け、アマダーンは、神殿の方へ歩き出した。アズィールもエルフの姿に戻り、後に続いた。 『皆のもの!何としても神殿の中へ入れてはいけません!』 アレサは護衛たちに指示を出し、エルフの護衛たちがアマダーンを囲んだ。 『何人かかろうと同じことだ…』 ズババッ!と音がしたあと、一瞬にして、護衛たちは全員その場で倒れた。 あまりにも速い動きで、エズィールとアレサは何が起きたのか分からなかった。 アマダーンは、神殿の入り口へと歩き出した。 エズィールは、アマダーンの目の前に立ちはだかり、両手を広げた。 『ならぬ!誰人にもオーブは渡さん!』 ズンッ! 気が付くと、アマダーンの刃がエズィールの腹を貫いていた。 『エズィール!』 『がはっ!』 エズィールは、血を吐きその場に崩れ落ちた。 すぐにアレサが駆け寄った。 アズィールは、目を逸らした。 『あなた!何てことを!』 アマダーンは、アレサにナラヤンの刃を向けた。 『これ以上、被害を増やしたくなくば、無駄な抵抗は止めることだ』 アマダーンとアズィールは、神殿の中へ入っていった。しばらくすると、白く光り輝くオーブを脇に抱えながら、アマダーンとアズィールは神殿から出てきた。 アズィールは、再びドラゴンの姿になり、アマダーンを背に乗せた。 『ではクァン・トゥーへ向かうとしよう!』 アズィールが飛び立とうとしたその時であった。 『いた!こいつらだ!』 ハーフリングのニコである。彼はアマダーンが現れた時、すぐにルカサに向かい、応援を呼んだのであった。 ニコの後ろから、エルフの護衛たちと、元老院でハイエルフのヴェダーが駆け付けた。 『待て!貴様!そこで何をしている!』 ヴェダーが叫んだ瞬間、アズィールは氷の息を彼らに吐いた。猛吹雪のような突風がニコたちを襲う。 『エアロスミス!』 ヴェダーは咄嗟に空気の半円状の膜のようなものを作りだし、ニコたちを包み込んだ。 猛吹雪はあっという間にニコたちを覆った。 そして、アズィールはアマダーンを乗せたまま飛び上がって行った。 次第に半円状の膜がパリンと割れ、中からニコたちが出てきた。 『ありがとう!助かったよ!』 ニコは間一髪でヴェダーに救われたのだ。 ヴェダーはアレサに気付き駆け寄った。 アレサはエズィールに白魔法をかけ手当てをしながら一部始終を話した。 『なんてことだ…アマダーンとアズィールが組んでいたなんて…!』 ヴェダーは、凍り付いたガラたちを見た。 『これは…アズィールの息か!これ程までに凍らせる力を持つとは!』 そして、凍り付いたまま横たわるセレナを見た。 その時、セレナの口元がぼんやりと光っているのに気が付いた。 『これは…竜の巫女か…巫女でさえも、凍らせるとは…うん?なんだ?口の中が光って… その瞬間であった。セレナの口が光輝き、顔の部分の氷が爆発したのだ。 ヴェダーは、その爆発に巻き込まれて後ろに吹っ飛んだ。 『ぐわーっ!』 セレナは自分の凍っている下半身に自ら炎を吐いて氷を溶かし、ガラたちにも炎を吐いて氷を溶かした。 次第にガラたちは氷が溶け、その場で倒れ込んだ。 『う、う…これは一体…』 ドロレスが目を覚ました。 『な、何をされたんだ…』 マコトは頭を抱えながらあたりを見回している。 アレサはガラたちに、アマダーンとアズィールがオーブを持って逃げたと伝えた。 ドロレスは、セレナの様子がおかしいことに気が付いた。 『セレナ!』 ドロレスがセレナに近付くと、セレナは人間の姿に戻り、涙を流し、うずくまっていたのである。 『うっ…うっ…私は…止められなかった!アズィールを止められなかった!』 ドロレスは、しゃがみ込みセレナを優しく抱きしめた。 『大丈夫だ。オーブはこれから取り返しに行けばいい。セレナはセレナだよ。あいつとは違うさ』 セレナは顔を上げ、ドロレスを見つめた。 『私には分かるの!アズィールの気持ちが!同じ気持ちが!でも…私もコンパルサを見捨てたんだ』 エズィールはその様子を黙って見つめていた。 『セレナよ。コンパルサではヴァノが守ってくれている。お前はアズィールとは違う。…だが、困ったもんだのう。例えオーブを持ち帰ったとて、アズィールが再びオーブを守護してくれるとは思えん…』 ガラはエズィールに言った。 『ともかく、今のままでは奴に勝てない。クァン・トゥーでは魔導士や憲兵もたくさんいるし、守りも堅い。作戦を練らないとな』 ヴェダーが後ろから皆に声を掛けた。 『やれやれ、飛んだことになったなぁ〜。俺はあの勇者を買っていたんだが、まさかこんなことになるとは…』 アレサがヴェダーに言った。 『初めから私たちは騙されていたのよ。これはエルフ全体を侮辱する行為よ!絶対に許せないわ!』 エズィールは、皆に言った。 『ともかく、これはまさに世界の危機だ。元老院をもう一度招集し、作戦を練らねばなるまい!』 ガラたちはもう一度ルカサに戻り、ことの顛末を伝えた。元老院たちは驚き、また怒りに打ち震えたのである。そして、エズィールの言う通り、魔王の復活という最悪のシナリオを想定し、隣国への協力要請を立案したのである。 一方その頃、アマダーンとアズィールは、サーティ平原からクァン・トゥーの首都「サーティマ」へ向かっていた。 《勇者様は、やっぱりお優しいのね》 『どういうことだ?』 アズィールは思念でアマダーンと語り出した。 《だって、はじめは彼らを処刑しようとしてたじゃない》 アマダーンは少し間をおいて言った。 『なぁ、彼らが言う魔王の復活とは本当なのか?』 《あら、勇者様も恐れを抱いているのかしら?》 アマダーンは、エズィールが言う魔王の復活というオーブの危険性を知り、心の中で少し葛藤が生まれていたのである。 アズィールは続けた。 《オーブを誤って使えば、確かに深淵に触れてしまう。それはとてもリスクが高いのよ。アングラとかいう男がどれ程オーブのことを知ってるか分からないけれど、私が知る限りうまくやれた人間はいないわ》 『…』 アマダーンはただ静かに何かを考えているようだった。 《着いたわ。サーティマよ》 第二章完。

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第7話「元老院」 エルフの都「トト」の美しさとは裏腹に、ガラとセレナの囚われている牢は、暗く陰鬱な空気が漂っていた。壁の上部にある小さな鉄格子から差す僅かな光が、斜めにじめっとした牢屋の床を照らしている。 ドラゴンの純粋な少女は、恐怖で涙を浮かべ、必死でガラに呼びかけていた。 ガラが目を覚ますと、セレナは心の底から安堵した。彼女は一体何が起きているのか分からなかった。先程まで美しいエルフの都を歩いていたはずなのに、あの建物に入ってからの記憶がないのである。それはガラも同じであった。 ガラはおそらく、何か強力な魔法を受けたのだと思った。いや、そもそもエルフの都自体が幻であったのではないかとも思えた。ガラは怒りに打ち震える心を必死で制しながら、冷静な分析をしようと心がけた。何故、エルフたちは我々がこの国に来ることが分かっていたのであろうか。 ガラは、マングー村を出てから今の今まで、魔導士たちの追っ手を一度も見なかったのである。あれ程までにオーブに執着していたアングラは、何を考えているのか。ハーフリングのニコが指摘した通り、本当に彼らもエルフのドラゴンを追っているのであろうか。 その時である。通路の奥から「コツン、コツン」と足音が近付いてきたのである。 門の近くで会ったハイエルフの男と、白い装束を身につけたエルフの男が二人歩いて来たのだ。 『てめぇ、何のつもりだ』 ガラは怒りを込めて静かに言った。 ハイエルフの男は表情をひとつ変えず、穏やかで冷たい笑みを浮かべながら静かに答えた。 『手荒な真似をしてしまって失礼しました。今のところあなた方は、我が国にとって「要注意人物」であるとの認識の上でのこと。ご容赦ください。』 『一体俺たちに何をした?ドロレスや他の皆は?』 セレナもハイエルフの男を睨みつけている。 『ご安心ください。ちょっとした魔法を込めたガスで寝ていただけです。彼らもご無事ですよ。違う牢屋に入っておいでです。何分狭い牢屋でして、二人入れるのがやっとでございます。』 そう言うと、彼はエルフの一人に指示をし、牢の鍵を開けた。 『これからあなた方を、元老院のいる評議会へ連行します。そこで尋問を受けていただきます。どうか無茶な行為だけは、お慎みください。あなた方の行為いかんによっては、再びこの場所に戻るか、極刑なんてこともあり得ますので。』 『尋問だと?俺たちが一体何をしたって言うんだ?』 ハイエルフの男は、人差し指を口に添えて静かに話した。 『何か言いたいことがあれば、評議会にて、ご発言なさってください。元老院たちがあなた方の処遇を決めますので』 そう言うと、ガラたちは手錠をかけられたまま、外にある馬車に乗った。 馬車は真っ黒で頑丈な鉄で出来た、檻のような馬車であった。馬車を引いている馬も黒く、白亜の建物が並ぶ美しいエルフの街並みにはまったく浮いた存在であった。ガラはふと後ろにも馬車が並んでいるのが見えた。馬車は3台並んでいる。前の馬車にハイエルフたちの乗る馬車、中央がガラとセレナ。後ろの馬車にはドロレスたちが乗っているようだ。 馬車は美しい街並みを進んでいった。 あまりにも目立つその馬車は、街ゆくエルフたちの目をひき、注目の的になっていた。しかし、決してそれが友好的なものに向ける眼差しではなかった。 何やら馬車に向かって悪態をつく者、軽蔑の眼差しを向ける者、子供のエルフたちは、ふざけ半分で馬車に向かって石を投げたりしていた。 『この国は、エルフ中心だからな、エルフ以外の人間には冷たいんだ』 ニコは、馬車に揺られながら外を見て言った。隣に座っているドロレスは、ふんと鼻を鳴らして言った。 『お笑い草だ。あたしのいたパンテラとまるで逆じゃないか。』 『人間とは愚かなものよ…』 マコトは目を閉じて嘆いた。 セレナは、この光景を見て胸が苦しくなった。 『人間は、複雑…ガラ前にも言ってたね』 ガラは、ため息混じりに言った。 『これが人間だ。嫌になるよな…』 セレナは黙ったまま、悲しみを湛えた目で外の光景を見つめていた。 森を通る時に見えた白亜の巨大な建物が目の前に現れた。エルフの元老院が居る議事堂である。 ガラたちは、エルフの兵士に連行され、巨大な螺旋階段を上がり、大きな部屋に案内された。 部屋の中央には柵があり、ガラたちはその前を横一列に並んだ。 目の前にはエルフの紋章が刻まれた台が置かれ、ガラたちを見下ろすように椅子が置かれている。 『元老院が入られます!』 エルフの兵士がそう言うと、奥の方のドアが開き、ぞろぞろとエルフたちが出てきて、椅子に腰掛けたのである。中央に座った女性のハイエルフが穏やかな声で話し出した。 『これより、ジャニス女王陛下の名の下、わが国トトの首都ルカサ評議会において、ガラ及び、竜の巫女、その仲間たちに対し、尋問を執り行う。』 『竜の巫女だと…?』 ガラはその表現をどこかで聞いた気がした。 『尋問だって?あたしたちが一体何をしたって言うんだ?』 ドロレスが反論した。 『私は元老院議会議長のラヴ。不用意な発言はどうかお控えいただきたい。我々はあくまで公正な立場であなた方を尋問します。』 ラヴは、非常に冷静な声でドロレスに伝えた。 『このどこが公正だよ』 ドロレスは手錠がかけられた両手を上げた。 『静粛に!我々はそなたらを危険人物と捉えている。武器を押収したのもその為だ。我が国に被害が及ばぬよう、配慮させてもらったのだ!』 ラヴの左隣りに座っているダークエルフの女性が言った。どこか高圧的な口調である。 ラヴは、ガラたちに言った。 『では、ガラよ。そなたに改めて聞こう。以下様な理由で我が国に入ったのであるか?』 ガラは低い声でゆっくりと話し出した。 『俺はまず、パンテラで、ドラゴン退治を引き受けた… ガラはセレナと出会ってから、現在に至るまで理路整然と話した。 『なるほど、よく分かった。では、コンパルサの老龍ヴァノによる直々の依頼であったと。では、それが真実であると言う証拠はあるか?』 その時、マコトが手を挙げた。 『議長殿。よろしいか?』 ラヴは、マコトに目を向けうなずいた。 マコトは一礼して話し始めた。 『拙者は、東方エイジアより参ったリュウモンマコトと申す。我が国も同じく、水龍雷麟よりお告げを賜り、そなたらの国へ参った次第。同じくエルフの竜に危機が迫っているとのことです。ガラ殿とは、マングー村にて出会い、双方時を同じくして、竜のお告げ通りに行動していると分かり、行動を共にしており申した。』 それを聞いたあと、左端に座るエルフの女性が、挙手した。 『私はドラゴンの神殿タンブの守護者アレサ。彼らの指摘する我が国のドラゴン、エズィールの危機。これはエズィールの双子、アズィールの失踪と捉えてよろしいかと。』 『双子だって?』 ガラは言った。 『アレサ。国家機密事項を漏らさぬ様、発言には充分注意を。確かに、我が国は太古よりドラゴンを認知しており、それは未だかつてない危機に瀕しておる。そなたらの指摘は当てはまっている。』 ラヴは、ガラたちに視線を注いだ。 その時、ラヴの右隣りのダークエルフの男が挙手をした。 『ガラよ。いや、元クァン・トゥー勇者英雄隊のガラ。我々はもう一つ重要な情報を得ている。それは、そなたらが、クァン・トゥーにおいて国家反逆の罪に問われているということだ。これは事実であるか?』 『でっちあげだ!』 ドロレスが叫んだ。 ダークエルフの男は続けた。 『しかも、そなたは竜の巫女をそそのかし、共にクァン・トゥーの旅団を襲った。しかも、クァン・トゥーにおける最強の魔導士も亡き者にしたと。』 『誰からの情報だ?』 ガラは静かに言った。 『そなたがよく知っている男だ。勇者アマダーンだよ。』 ダークエルフの男がそう言った瞬間、ガラの表情が強張った。 『何…だと!?』 勇者アマダーンが動いている。ガラの予感は的中した。なぜ魔導士たちが追って来ないのか、なぜ既に自分たちの入国を知らされていたのか。合点がいったのである。 その時、ダークエルフの男のさらに右隣りに座っているハイエルフの男が挙手をした。 『勇者アマダーンは、君たちの来る1週間ほど前に来たんだ。君たちの王からの親書を携えてね。我が国と国交を結びたいと。私は個人的には賛成だ。なんせこの国は今、危機に瀕しているからね。』 その時、ラヴの左隣りのダークエルフの女性が叫んだ。 『ヴェダー!貴様無礼であるぞ!』 『ドニータ。今更何を隠す必要がある?誰しもが思っている事実ではないか。魔物の増加で交易も憚られている。度重なる農作物の不作で、民は困窮している。トトは変わるべき時なんだよ。』 ラヴは、言った。 『ヴェダー、話がそれています。アマダーンの情報と、ガラたちの言い分には乖離があります。我々はあくまで中立な目で判断しなくてはいけない。ガラよ。もし、そなたらの主張が事実であるとするならば、我々も手を貸していただきたい。しかしながら、他国とはいえ、国家反逆の罪に問われている者に協力を仰ぐというのも、危険を伴います。』 その時、右端に座っているハーフエルフの女性が挙手をした。 『議長、彼らに質問があります。ガラよ。あなた方は、マングー村からサーティ平原を抜け、ポカロ山脈の坑道を通り、我が国へ入ったと。途中の魔物たちを退治したというのが、事実であれば、我が国に取っても有益なことです。』 ラヴの右隣りのダークエルフの男が挙手をした。 『それは見方を変えれば、大変に危険なことであるとも捉えられるのでは?そんな強大な力を持つ者が、我らのドラゴンのオーブを狙っていると。』 ドニータと呼ばれるダークエルフの女性も挙手をした。 『オーブを奪い、エルフの結界を解けば、彼らの思う壺です。この聖なる土地を奪われてしまう!』 ハーフエルフの女性が答えた。 『ストーン、ドニータ。私はハーフエルフとして、あなた方よりは色眼鏡で見てはいないつもりだ。魔物がいなくなれば、交易が復活します。それによって、再び我が国が豊かになり強固になるのでは?』 ドニータは不満そうな表情になった。 ラヴは言った。 『メリッサ。いずれにせよ証拠が必要です。ガラよ。そなたらの動機が信用出来る何か証拠はあるだろうか。それによっては、釈放し、我が国へ協力していただく。もし、信用足り得なければ、このまま幽閉し、場合によっては処罰の対象となります。』 『証拠はない。信じてもらうしかねえ…』 ガラは言った。 ダークエルフの男性ストーンが挙手をした。 『では、議長。調査隊をポカロ山脈へ派遣し、状況証拠を把握してはいかがでしょう。それまではこの者たちは幽閉、もしくは武器を没収したまま隔離しておく以外にないと思われます。』 その時であった。 ガラたちの後ろの扉が開き、声がした。 『その必要はない!』 皆がその扉の方へ目を向けると、一人のエルフの男が立っていた。エルフの男は、長く白い髪で、白い装束に身を包み、穏やかな笑みを浮かべていた。 その男を見て、アレサが叫んだ。 『エズィール様!』 ガラたちは、驚いた。 『エズィールだって!?』 エルフはゆっくりと歩き、ガラたちを背にして元老院の方へ向いた。そして、ゆっくりと話し始めた。 『わしはすべて見ておった。実際に彼らと行動を共にし、山を越えてきたのだ。彼らはまさに驚くべき知恵と勇気を兼ね備えた英雄である。信頼たるに充分であると言えよう。』 『な、なんだって?行動を共に?一緒にいたってのか?』 ドロレスはそのエルフに向かって言った。 その時、エルフはガラたちの方を振り向くと、ホホッと笑い、なんと、白と黒の毛を持つ犬に姿を変えたのだ。 ニコは叫んだ。 『ペイチ!お前!えっ?エズィールがペイチ?』 セレナは驚いて笑った。 ニコの小屋で初めてペイチに触れた時の違和感の正体はこれであったのだ。 『ワン!』 と一度吠えると、犬は再びエルフの姿に戻った。 『わしはドラゴンだが、変身は得意なのだよ。もっとも、この犬はお前さんが鉱山ではぐれた時、力尽きて倒れていたのを、わしが体だけ拝借したのだけれど。我の中でまだ生きておるぞ』 そして、エズィールは、ラヴに言った。 『議長、よろしいか?彼らは正当な理由があって遥々この国へ来た救世主じゃぞ』 ラヴは、少し穏やかな表情になり、ガラたちに言った。 『よろしい、では彼らを釈放することを許可する。しかしながら、クァン・トゥーの国家反逆という罪に対しての事実は未だ不透明。よって条件を付与させていただく。そなたらの身柄は全てアレサに全権を委ねる。アレサの庇護の元、エズィールの危機を救う為にご協力いただきたい。その働き如何によって、あなた方に対する処遇を再度検討します。 以上、これにて尋問を終了する!』 ガラたちの手錠が外された。 彼らはお互いに抱擁し合い、安堵した。 アレサとエズィールは、彼らに歩み寄って語りかけた。 『ガラ、セレナ、ドロレス、マコトよ。よくぞ来られた。わしが世界中のドラゴンたちに協力を依頼したのだ。これは、我が国だけの危機では最早ない。そなたらの協力なくしては、この危機は救えないのだ。』 『ガラ。あなたたちの武器は私が預かりました。これからあなた方をドラゴンの神殿「タンブ」に連れて行きます。どうか、この危機を救っていただきたいのです。』 ガラはアレサに言った。 『あいつは…アマダーンは今どこにいる?』 アレサは深刻な顔をして答えた。 『それが…分からないのです。親書を渡したあと、我々にあなた方の情報だけ伝え、去って行きました。』 ドロレスは嫌な予感がした。このアレサというエルフがドラゴンの神殿の管理者だとして、エズィールもここにいるということは、今、オーブが狙われるかもしれないと直感したからである。 ガラたちはすぐさま議事堂の外にある馬車に飛び乗り、ドラゴンの神殿「タンブ」へと向かった。 先程、ガラたちが幽閉されていた場所から乗って来た馬車とは違い、真っ白で黄金の飾りを施された豪華な馬車であった。中には向かい合う様に4人ずつ乗っている。 先頭の馬車にはガラ、ドロレス、アレサ、エズィール、後ろの馬車には、マコト、セレナ、ニコが乗っている。 ガラはアレサに言った。 『アマダーンが動いているということは、かなりヤバイ状況だ。あいつはきっとオーブを奪いに来る。いやもう既に奪われているかもしれない』 アレサは答えた。 『それには心配要りません。我がドラゴンの神殿では、強力な護衛たちがオーブを守っています。しかし何故です?そんなことをすれば国交など、もっての外、我が国を敵にまわします』 ドロレスは言った。 『ちがうよエルフのおねえさん。何故このタイミングで国交なんか結ぶんだ?ってことだよ。おかしいだろ?奴らの目的は他にあるのさ』 アレサは深刻な表情になった。 『そんな…はじめから国交なんか眼中に無かったなんて…舐められたものね。エルフは』 ガラは尋問の時、アレサが言っていた、双子のドラゴンについて尋ねた。 エズィールは、顎を触りながらゆっくりと話し始めた。 『アズィール…彼女はわしの双子のドラゴンだ。随分と長い間、二人でこの国のオーブを守ってきた。お主らの国とは違い、トトではエルフとドラゴンが互いに助け合いながら暮らしているのだ。しかし、アズィールは非常に好奇心が旺盛でな、エルフの姿で彼らと共に行動することが多くなっていった…』 エズィールによれば、アズィールの興味の先は、次第にエルフの国からさらに世界中へと向けられ、オーブを守護するというドラゴンの生き方に嫌気が差していたのだという。 そしてある日、アズィールは突然姿を消し、エズィールの元からいなくなったのである。今から約10年程前である。それは、トト周辺の魔物が強大化してきたのと一致する。おそらく、トトのオーブの力が半減した証拠であるといえよう。 エズィールは、このままではトトどころか世界の均衡が不安定になってしまうとの危機を世界中のドラゴンへと伝えた。そして、自ら姿を変え、ガラたちの到着を待っていたという。 ドロレスは、その話を聞いて思った。 『まるでセレナみたいだな…』 エズィールは言った。 『我々は元々二人で一つであった。一人の持つ霊力の割合が、他のドラゴンよりも大きいのだ。ヴァノやライリンは単独でも安定化させることが出来る。アディームも然りだ。だが、若いドラゴンが外に目を向けるのは、時代の流れというものなのか、はたまた何か違う理由があるのやもしれぬのう…』 エズィールはどこか寂しげな表情を浮かべた。 『もはやドラゴンのオーブに頼るという時代も終焉を迎えているのやもしれぬ…』 ドロレスはエズィールに言った。 『冗談じゃない!オーブが無くなったら、あのデカブツやぐちょぐちょやヌメヌメがそこらじゅうに湧いて出てくるってのか?そりゃ勘弁だ!』 ガラはエズィールに言った。 『アズィール消息の手掛かりとかはないのか?』 アレサが答えた。 『我々も捜索隊を結成し、世界中へ派遣しております。5年前、南方の砂漠の国「サーバス」で目撃情報があったと…しかし、それも雲を掴む程度の話です。実際に情報のほとんどは、何かの勘違いやデマなどです』 ガラは、考えを巡らせた。アマダーンがオーブを狙ってくるのを防ぎつつ、アズィールを見つけ出し、説得する。これは並大抵のことではない。 ガラはエズィールに聞いた。 『もし、オーブがある人間の手に渡り、悪用されるなんてことになったら、どうなると思う?』 エズィールは厳しい表情になり答えた。 『オーブを操るには、相当な霊力が必要だ。古代のドラゴンの民が生み出した秘術の中の秘術なのだ。ドラゴンという至極純粋な霊力の持ち主であるからこそオーブは安定する。中途半端な人間がオーブの力を使えば、必ずしっぺ返しをくらう。世の理を変えてしまうのだからのう。最悪のケースは…』 ドロレスはエズィールの方を向き、緊張した面持ちで聞いた。 『…最悪のケースだって?それは…な、なんだよ?』 『魔王復活だ』 『!?』 ガラとドロレス、アレサは戦慄した。 エズィールは額に汗を滲ませた。 『魔王は、かつて古代の勇者が葬ったとされている。しかしながら完全に消滅させることは出来ない。何故なら、正義と悪、陰と陽、生と死、それらは互いにバランスを取り、存在し得るもの。魔王を完全に滅するということは、勇者自身も滅することになる。それは「無」の到来だ。「無」が一番恐ろしいのだ。』 ガラは背筋が凍る様な気持ちがした。 エズィールは、さらに魔王について語り出した。 『魔王は、深淵に眠っている。だが常にこちらの様子を常に伺っている。ほんの少しでも「綻び」が現れれば、そこから顔を出すのだ。それは、お前たちが鉱山や沼地で会ったやつらだ。あれは魔王の仕業なのだ。だが、オーブを使って理をねじ曲げてしまえば、それは魔王に取ってまたとない好機を与えてしまう。おそらく魔王自身が現れるだろう』 ガラは、クァン・トゥーのアングラがそれを知っているとは思えなかった。 『アングラの手に渡らせたら終わりだな』 ドロレスは頷きながら答えた。 『アマダーンはどこにいるんだ?これを聞いたら手を引くんじゃないか?』 アレサが言った。 『そろそろタンブに着くわ』 ガラたちは、馬車を降りた。アレサは預かっていた武器をガラたちに返した。 「タンブ」 トトの首都ルカサの近くに位置するエルフのドラゴンの神殿。クァン・トゥーや他の国とは違い、エルフは太古よりドラゴンを認知し、共存してきた。双子のドラゴン「エズィール」と「アズィール」により、オーブの力で均衡を保っている。しかしながら、現在はエズィールが単独でオーブを守っている。 竜の神殿「タンブ」は、石で出来た数本の柱にドラゴンが彫られており、奥にある壁画にも太古よりいかにしてエルフと共存されてきたのかが描かれていた。中心に白く光輝くオーブが安置されており、ドラゴンと周りの屈強な護衛によって守られている。 アレサはガラたちを神殿の中へと案内した。 『オーブは無事ね。よかった』 そして、エズィールはアレサに向かって言った。 『奥にいるわしの幻影に気が付かぬとは、お前もまだまだよのう』 エズィールは、ペイチになっていた間、自らの幻影を作り出し、タンブに置いておいたのだ。 セレナはどこか懐かしい感じがした。コンパルサとは違うが、ドラゴンの霊力が溜まっている場所だからであろうか。 マコトはエズィールに向かって言った。 『アズィールの消息を辿らねばならぬ。エズィール殿。アズィールの特徴を教えていただきたい』 エズィールは、言った。 『我らエルフのドラゴンは羽毛に覆われておる。この幻影を見るといい。セレナやライリンは鱗であろう。わしらは羽毛なのだ。それに氷を吐く』 『なんと!氷!?それは恐ろしい!』 エズィールは続けた。 『人間の姿は、どれ、セレナより少し大人か、背丈も少し大きいな。黒髪のエルフだ』 ニコは言った。 『と、すると、あそこにいる女性のエルフのような感じかい?』 ニコは神殿の外にいる女性エルフを指差した。 エズィールは、指差した方を向くと、驚愕した。 『なんということだ…!』 『アズィール!』 なんと、アズィールが神殿に姿を現していたのである。 ガラたちは驚いた。アレサは涙を浮かべている。 アズィールは不適な笑みを浮かべながらエズィールの方にゆっくりと歩いてきた。 『お久しぶりね、エズィール。何やら楽しそうなお仲間じゃない?』 エズィールは答えた。 『心配かけおって!彼らはお前の為にわざわざ長旅をして来たのだぞ!』 ガラはアズィールに向けて言った。 『おやおや、向こうからお出ましとは。手間が省けた。おい、アズィールさんよ。あんたのおかげでこちとら何度か死にかけてる。頼むからここでオーブを守っていてくれねえかな』 ドロレスが続けた。 『今、エズィールからヤバい話を聞いた。あんたが勝手なことしてると、もっと恐ろしいことが起きるんだ。頼む。世界をまた元に戻してくれ』 アズィールはドロレスと、ガラに向けて笑顔を作ると言った。 『あなたたち人間は、本当に勝手な生き物だわね。私たちをこきつかってオーブに縛り付けて、エズィールも、よく懲りないわ。私たちは利用されてるのよ。こんなくだらない生き物の為にね!』 エズィールは怒りの表情を見せた。 『なんという冒涜!ドラゴンの使命を忘れたか!哀れな双子よ!』 アズィールは、ふとセレナに目を向けた。 『あなたもそうでしょう?私と同じ気持ち。分かるわよね。』 セレナはアズィールを睨みつけた。 『私は、人間が好きだ!ダメなところもいっぱいあるけど、人間が困っているのは我慢できない!』 アズィールは、セレナに笑いかけた。 『なに言ってんのかしら!あなた自分の棲む場所を離れて、こんなことを言いに来たっての?あなたは何故離れたのよ!?』 セレナはぐっと言葉を失った。 『そ、それは…』 と、その時であった。神殿の上から男の声がした。勇ましく、低く、よく通る声であった。 『アズィールよ、その娘をいじめるな』 神殿の上から飛び降り、すっと着地した男は、褐色の肌に黒髪をなびかせ、銀の胸当てを付けていた。腰には獅子の顔をあつらったサーベルを差している。 『アマダーン!』 ガラが叫んだ。

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第6話「トト」 ニコ・ネグィースは、思った。「俺は今、歴史上とても重要な出来事に遭遇しているのではないか。」と。 「後に伝説として語り継がれるような冒険譚に関わっているのではないだろうか。」とも。 それは、かなり誇張した表現と捉えられるかもしれない。大袈裟だと揶揄する人もあろう。 しかしながら、今、まさに目の前に繰り広げられている人智を超えた凄まじい戦いは、まるで神話の一節のようである。そしてそれは、現実として起こりうるんだということを、信じざるを得ないのであった。 一つ目の巨人「サイクロプス」が大きな穴から姿を現し、おびただしい数のトロルの群れが、それに続いて、ガラたちに向かってくる。それはまさに、この世の地獄の様相であった。そして、この上なく絶望的とも言える状況であった。 それであるにも関わらず、ガラやドロレスらは、臆することなく、勇敢にも武器を取り、立ち向かっていくのである。 ドロレスはメガデス(バトルアックス)を深く構えた。 『ロイヤル・ハント!』 勢いよく回転したメガデスは、地面すれすれを飛び、トロルたちに襲いかかる。 アンデッドの群れにおいては、その攻撃が最大の効果をもたらし、一瞬にしてそれを全滅に追いやったのである。しかし、トロルの条件反射は、予想を超えていた。なんと、ジャンプしたり、しゃがんだりしてかわしているのである。 『チッ!すばしこいやつらめ!』 ドロレスは、シュルシュルと音を立ててブーメランのように戻ってくるメガデスをガシッとキャッチした。 そして、攻撃方法を変え、直接一体一体を斬撃する方法に切り替えた。 『ガラ!こいつらすばしっこいよ!一体一体やらなくちゃダメだ!』 ガラはオーバードライブという剣に炎をまとわせる技で、トロルを次から次へと焼き切っていく。 『ああ、そうだな!気ぃ抜くと、一瞬にして囲まれるぞ!』 セレナは持ち前の身軽さを活かし、スキッドローで素早くトロルをやっつけていく。 マコトも女狐の切れ味は思った以上に素晴らしく、居合抜きで、素早く切り倒していく。 その時、マコトは何かに気付いた。 『皆のもの!気をつけよ!一つ目が動き出したぞ!』 サイクロプスは、足元の岩石を持ち上げこちらに向かって投げつけてきた。 『グオアーッ』 『よけろっ!』 ガラたちは一斉に岩石を避ける。 ドォーン!と物凄い勢いで岩石は壁にぶつかり、粉々に砕けた。 『坑道ごとつぶれるぞ!』 その破片が、ニコの方まで飛んできた。ニコはオーガたちと、広間の奥の方で、戦いの様子をただ見ているしかなかった。 オーガたちは、体は大きいが、性格は穏やかで臆病な種族である。 サイクロプスの攻撃に気を遣いつつ、トロルの群れを相手にする。それは並大抵の戦いではなかった。トロルは素早く噛み付いて来たり、飛びかかって来たりする、それをいなしていくが、サイクロプスに近づき過ぎると、足や手で潰されたり、岩石を投げ付けられたりする。実際に巻き添えを食らって踏み潰されているトロルもいる。 『こいつらキリがないな!』 『ハァハァ!こんなに居たのか!』 大きな穴から次から次へとトロルが出てくる。 ガラはこの状況を続けるのは非常にまずいことだと思った。何故なら、スタミナが切れていくと劣勢に立たされるのは、自明の理であるからだ。 実際に、ガラたちは段々と押されてくるのであった。トロルの斬撃が背中にヒットしたり、腕や足に噛みつかれたりして来ている。 ドロレスは、先程かわされた「ロイヤル・ハント」を再び繰り出そうとした。最早冷静な判断さえも出来なくなってきている証拠であった。 『ロイヤル・ハント!』 案の定、メガデスを放った瞬間、まわりにいたトロルたちが、ドロレス目掛けて飛びかかり、ドロレスを埋め尽くしてしまったのである。 『ぐあぁ〜っ!』 ガラは、すぐさまドロレスの状況に気付いたが、トロルが多すぎて、そこに行けない。 『ドロレス!』 セレナやマコトもそうである。一人に対し、五、六匹は相手にしている状況である。 その時であった。 『グオーッ!』 雄叫びと共に、あの二人のオーガたちが、トロルに飛びかかったのである。 オーガたちは、凄まじい怪力であった。まるで石ころのように、トロルたちを放り投げ、殴り飛ばしていく。 ドロレスに群がるトロルたちをオーガはあっという間に蹴散らした。 『ニンゲン!ダイジョブカ?』 中からドロレスがヨロヨロと立ち上がった。 『ああ、今のはヤバかった…助かったよ』 セレナはその様子を見てホッとした。 マコトはあたりの状況をもう一度見回し、何かが閃いたようである。 『ガラ殿!このままでは皆が危ない!拙者が一度トロルの動きを止める!その隙に、ドロレス殿がロイヤル・ハントで一掃してはどうか!』 『そうだな!だがどうやるんだ?』 ガラもだんだんと、息が上がってきている。 『あそこ、少し地面が高くなっている地点があろう!そこに一旦退かれよ!』 マコトは、広間の奥の方に、小高くなった場所を指差した。 『よし、みんな!あそこに向かうぞ!』 ガラたちはトロルをやっつけ、サイクロプスを交わしながら、そこへ向かった。 『登れ!』 ガラはジャンプし、そこに上がり、上からドロレスを引き上げた。セレナは持ち前の身体能力でサッとそこに上がった。 ニコとペイチ、オーガの二人もそこへ向かう。 全員がその上に行ったことを見送り、マコトは精神を集中させた。そして、女狐を地面に突き刺し、人差し指と中指を合わせ、眉間の前に構えた。 『雷光地走り!』 その瞬間、マコトの手から刀を伝わり、地面一帯に凄まじい電撃が走った。 ズバババ!という物凄い音と閃光である。 トロルたちは、動きがピタッと止まり、その場に一斉に倒れ込んだ。サイクロプスは、ドーンという衝撃と共に、膝から崩れ落ちた。 『今だ!ドロレス殿!』 ドロレスは、高い場所から飛び出し、下の地面に降り立った。 『よっしゃ!三度目の正直だ!ロイヤル・ハント!』 メガデスが再び高速で回転し、地を這うようにして、トロルたちに襲いかかる。電撃によって動きを止められたトロルたちは、案の定、次から次へと、メガデスによって切り刻まれていく。 その場にいたトロルたちは、あっという間に全滅したのである。 『いいぞ!あとはあの一つ目野郎だ!』 サイクロプスは、グッと立ち上がり、いきりたったように、ガラたちに襲いかかる。 その時であった。犬のペイチが突然、高い場所から飛び立ち、サイクロプスに向かって走り出したのである。 『ペイチ!やめろ!やられちまうぞ!』 ニコが叫んだ。 ペイチは、凄いスピードでトロルの死骸をすり抜け、サイクロプスの足元に近付いて行った。 サイクロプスは、足元にまとわりつく犬を掴もうとくるくるとその場を回り出す。 すると、ヨロヨロと足元がふらつき、とうとう尻餅をついたのである。 ズズーンという、地響きがする。 『よし、よくやった!』 ガラとセレナが、すぐさまサイクロプスに向けて走り出し、セレナはジャンプし、サイクロプスの顔の上に着地した。 そして、スキッドローをサイクロプスの目に突き刺したのだ。 『グオアアアア〜ッ!』 サイクロプスは悶絶している。 そこへすぐさまガラが飛びかかり、サイクロプスの首を一刀両断したのである。 遂にガラたちは、サイクロプスをも撃退したのであった。 『ふぅ、やったぞ!』 ドワーフの名刀“メタリカ“は思ってた以上に切れ味が鋭く、ガラ自身も驚いている。 『や、やりやがった…!』 ニコは、未だに体がガタガタ震えている。そこへ、ペイチが駆け寄り、ニコの顔を舐めた。 『お、お前、凄いな…』 オーガの二人も喜んでいる。ドロレスとセレナは抱き合い、マコトもガラとガッチリ握手した。 ヨロヨロとニコが歩み寄り、ガラたちに声をかけた。 『す、すげえな…とうとうやっちまったよ!本当に信じられない。なんて奴らだ。あのバケモン共を全滅させちまうなんて…!』 オーガの一人が言った。 『ニンゲン!スゴイ!トロルトヒトツメタオシタ!』 『ニンゲン!ヤッタ!アリガト!』 『あんたらも、ありがとな!よくやったよ』 ドロレスは、オーガたちの間に入り、肩をポンポンと叩いた。 『ワンワン!』 ペイチは吠えて走り出した。 セレナはペイチを見て言った。 『ついて来いって?』 『やれやれ、休ませてくれないか』 ドロレスたちは、笑いながらペイチについて行った。 広間の奥の坑道を進むと、何やら鉄で出来た二つの棒が並行に地面に敷かれ、かなり奥までそれが続いていた。さらにその上に木製の大きな箱があり、その箱の下には四つ鉄製の車輪が付いている。 鉄の棒の上に置いてある謎の箱を見て、ガラたちは不思議に思った。 『何だこれは?』 ドロレスは箱を除いたりしゃがんだりして観察した。 ニコは道具袋から、虫眼鏡の様なものを取り出し、その箱の鉄の車輪や、鉄の棒を色々と見ている。 『これはトロッコだ。鉱石とかをこれに入れて運ぶんだよ。人間も乗れる。…ちょっと待ってろ』 ニコは色々とトロッコを調べて、ガラたちに言った。 『よし、動きそうだ。みんなちょっと狭いがこれに乗ってくれ!』 『何だこりゃ?大丈夫か?』 『楽しそう!』 ドロレスは少し心配しているが、セレナは楽しそうである。ガラたちは何とかそれに乗ったが、オーガたちの入るスペースは無いようだ。 『ワレワレハココニノコル、ニンゲン、サラバダ』 ガラたちはオーガたちと別れ、トロッコを走らせた。ニコはトロッコの先頭でランプを前方に向けている。 ガーッという音と共に、トロッコは、坂を下るたびにスピードを増して走るが、ニコがうまくブレーキを使って調整している。 『結構速いな!』 『ああ、普段は鉱石を乗せてるからな!軽くてスピードに乗りやすい。気を抜くと脱線して皆、下に真っ逆さまだ。』 ドロレスは、トロッコから下を除いた。トロッコは、坑道の上を通ってるかと思いきや、谷底であった。どうやら、坑道が作れない場所に木々を組み立て、その上に鉄のレールを敷いているらしい。 『げっ!見なきゃよかった』 ドロレスは顔を青くして、トロッコの中でうずくまった。 その時、後ろの方からガーッという音が聞こえてきた。 マコトは後ろを振り返った。なんと、トロルたちがトロッコに乗って追いかけて来たのである。 『トロルだ!トロッコに乗ってるぞ!』 ガラは後ろを振り返った。よく見ると、ガラたちのトロッコのレールとは別の方向から伸びてきたレールにトロルたちがトロッコに乗ってやって来たのである。レールは並行して何本も走っていたのだ。 トロルたちのトロッコは、どんどん進んで、ガラたちのトロッコに追いつきそうだ。 『チッ!こいつらまたウジャウジャと!』 トロルは、ぎゃっぎゃっと騒ぎながら、トロッコの端に足をかけ、ガラたちのトロッコに飛び移ろうとしている。 バッとトロルがジャンプして飛び移ろうとした時、後方から岩が飛んできて、トロルに当たり、トロルは谷底へ落ちていったのである。 ガラは岩が飛んできた方向を見た。なんと、あのオーガたちがトロッコにのり、トロルのトロッコを追いかけて来たのである。 『ニンゲン!トロルハマカセロ!』 『モウユルサナイ!オーガモオコル!』 オーガたちは、勇気を出して、トロルに岩を投げつけている。うまい具合にトロルにそれが当たり、トロルは、一匹、また一匹と谷底に落ちていった。 『あいつらやるな!』 『ありがとう!助けてくれて!』 『ニンゲン!ブジニイケ!』 オーガたちのトロッコは、横の方に向かって走っていった。 ガラたちのトロッコはさらに進み、とうとう前方に明かりが見えて来た。 『見えて来たぞ!出口だ!』 ニコはブレーキに手をかけ、ゆっくり力強くそれを押して行った。 キキキキ〜ッ!と鉄が擦り合う音と共に、火花が散り、トロッコは徐々にスピードを下げていく。 出口から抜けた途端、視線は一瞬目が眩むほど明るく真っ白な光に包まれ、徐々に視界がハッキリとしてくる。 そこには、うっそうと生い茂る森林、奥の方には滝が流れる山や、谷も見える。そして、中央に聳える神秘的な白亜の建造物群が見える。 一行はとうとう、エルフの国「トト」に辿り着いたのであった。 『うわ〜!ここがトトか!遂に来たな!』 ドロレスは、腕を大の字にして広げ、喜びを表した。ガラは、いよいよこれからが本番だと心を引き締めた。 セレナは、ゼオ村での不思議な夢をもう一度思い出した。果たしてあの声は、何者なのであろうか。エルフのドラゴン「エズィール」なのであろうか。 そして、マコトはエルフの国が見渡せる崖に座り、目を閉じ精神を統一させた。 【山越ゆる エルフの地へと いざゆかん 深き使命を 果たす時ぞ 誠】 「トト」 エルフが統治する国家。エルフにとっては、聖地とされている。周囲を高い山脈に囲まれ、自然と調和しながら、穏やかな生活をしている。 首都はルカサ。女王ジャニスを中心に元老院からなる議会政治で、周辺国からも中立な立場で政治をしている。 ガラたちは山を降り、街道を通って、森林に入っていった。同じ森林であっても、セレナが暮らしていたコンパルサとはまた雰囲気の違った森林である。気温は比較的低く、針葉樹林が多いせいかもしれない。 セレナは、サーティ平原や沼地、鉱山で感じ取らられていた邪気が無くなっていることに気付いた。 『不思議だ。魔物の気配をまるで感じない』 ガラはそう呟いた。 『うん、何か不思議な力でこの森自体が守られてるみたい』 セレナがそう言うと、ニコは言った。 『エルフは1番魔法の力が強い人種だからな。多分魔法の結界みたいなやつで、この森全体を守ってるんだろうぜ』 『だよな。じゃなかったら、あの鉱山のトロルたちがウジャウジャ入ってくるはずさ』 ドロレスは鉱山の方を振り向いて言った。 街道を進むと、白亜の巨大な建造物が視界に入ってくる。トトの首都「ルカサ」の議事堂である。 そして、目の前に巨大な門が現れた。白い壁に、青銅のコントラストが美しい門である。その前に二人のエルフが立っていた。二人のエルフは白地に赤い刺繍が施された制服を着用しており、手には黄金の槍を持っている。どうやら門番のようである。 『ここからはエルフの国トトの領域である。通行証が無いものは中に入ることは出来ない』 門番のエルフがそう言うと、ニコは懐から銅板の「交易証」を取り出し、エルフに見せた。 『ほら、交易証だ。俺らは商人だ。ここを通してくれ』 ニコは少し緊張した面持ちで、交易証をエルフに見せた。エルフは交易証を手に取り、銅板に書かれている文字を読んだ。 『スィーゲ・ネグィースとある。スィーゲとはお前の名前か?』 『あ、いや、スィーゲは俺の親父さ。これは親父から譲り受けたんだ。』 銅板にはエルフの文字でスィーゲの名が刻まれていたのだ。ニコはその文字が読めなかったのである。 『お前たち、ゼオ村から鉱山を通って来たのか?』 『ああ、そうだ』 『トロルだらけじゃなかったか?よく通れたな』 エルフの門番は、怪訝な顔付きでガラたちを見つめた。 『ちょっと待ってろ』 そういうと、エルフの門番は、巨大な門の横にある横のドアから奥に入っていった。 何分間待たされたのか分からない。数十分間かもしれない。ガラ一行は緊張に包まれ、時間の感覚を失うほどであった。 ガチャッ ドアが開き、門番の男が出て来た。何やら神妙な面持ちである。 ニコは唾を飲み込んだ。 『…よし、通れ』 エルフの門番は、たった一言だけ言うと。さっと両脇にそれた。その時、青銅の巨大な門の扉が、ゴゴゴという大きな音を立てて開いたのである。 『やった…!』 ニコは大きな喜びを、小さな声で押し殺すようにして言った。ドロレスとセレナは見合って笑顔になった。マコトは終始エルフの国の美しさに見惚れている。ガラはまだ真顔である。 扉が開き、ガラたちはゆっくりと進んだ。エルフの国の首都「ルカサ」の姿が目の前に広がった。 白亜の巨大な建物は、堂々とそびえ立ち、輝いている。ふんだんな緑、透き通るような水路に噴水、整然とした石畳の道、エルフの銅像が至る所に飾ってある。 ガラたちはその圧倒的な美しさに息を飲んだ。 『こりゃ驚いたな…』 『わーお、あたしたちは御伽話の中に入ったのか?』 『きれい!明るい!』 『浮世離れしとるのう』 その時、どこからともなくガラたちに近付いてくる者たちがいた。先頭を歩いているのは、細身で白い肌、金髪、首も長く、耳も一際大きく、顔も小さい。白い制服に身を包み、制服に金のボタンがキラキラと反射している。どうやら、彼はハイエルフのようである。切長の目は笑顔であるが、眼光鋭くガラたちを見つめている。 その後ろに数名のエルフたちが続いてる。先程の門番と同じ格好である。 その集団は、ガラたちの目の前に近付き、ピタッと止まった。先頭のハイエルフがガラたちに話しかけた。 『ようこそ、炎のガラ様。わがエルフの都ルカサにようこそおいでくださいました。我々はあなた様のご入国を心よりお待ちしておりました。』 低く透き通るような声から、まったく予想していない言葉が出て来たのである。ガラたちは戸惑った。 『俺らが来ること知っていたというのか?』 ガラが言うと、ハイエルフの男は首をゆっくりと縦に振った。 『ガラ様。我が国は平和を愛する国であります。ゆえに、物騒なものはこちらの方でお預かりさせていただきたいと存じております。勿論、出国の際には、必ずお返しします。』 ハイエルフの男は、後ろの制服のエルフに合図をした。すると、二人のエルフが二人がかりで、真紅の布に金縁をあしらった大きな箱を持ってきた。 『…どうする?』 ドロレスは小声でガラに言った。 『仕方ねえだろ。従うしか』 ガラはここで、抵抗すれば、後々面倒になる。それは避けた方がいいと思った。 ガラたちは、その箱の中に各々の武器を入れた。 ハイエルフの男は、ニコッと笑い、ガラたちを大きな建物の中に案内した。 『では、どうぞこちらへ…』 ガラは、この状況を必死に考えた。何故エルフたちは、我々の入国を知っていたのか、一体何が起きているのか。 しかし考えがまとまるよりも早く、建物の中に入った。 建物の中は、暗闇であった。 ガラはその暗闇の中を進んだ。 暗闇の中で次第に目が慣れてきたガラは、周りを見渡した。 どこか懐かしい景色である。小さな家屋に、家畜。小さな池。うっすらと霧が立ち込めているが、ここは、ガラが生まれ育った村であった。 『ここは…ティマ村だ…』 『…俺は…なぜここにいるんだ?』 ガラは、ふと目の前に立っている女性に気が付いた。 『…!』 『ウラ!』 それはまさしくガラの亡くなった妻、ウラであった。ウラは月明かりに当たり、その優しく美しい顔でガラに微笑みかけた。 『ウラ!会いたかった!』 ガラは、涙を流しウラを抱きしめた。どれほどの長い間この温もりを求めていたか。 だが、次第にガラの意識がハッキリしてきた。 『俺は…エルフの国にいた…』 『ええ、そうよ』 ウラは優しくガラに微笑んだ。 『…夢か…』 ウラはゆっくりとうなづいた。 『覚めたくない…俺はずっと…ここにいる』 ウラはゆっくりと首を横に振った。 『ガラ…起きて…』 ウラは優しくガラの額にキスをすると、頬をそっと撫でた。 すると、ウラの顔は、次第にセレナに変わっていったのである。 ガラはそっと目を閉じた。 『ガラ!ガラ!起きて!』 ガラは、ハッと目が覚めた。 その瞬間、頭に割れる程痛みが走った。 『うっ!…こ、ここは?』 目の前には、セレナが居た。 セレナに手を向けた瞬間、ガラの両手には、頑丈な手錠がかけられていた。セレナも同様であった。 『ガラ!よかった!目が覚めた!』 セレナは目に涙を浮かべている。ガラは、すぐに状況を把握しようとした。 薄暗く、床は、じめっとした石の床である。周りは頑丈な鉄格子に囲まれた部屋であった。 どうやらここは牢屋のようである。 『俺は…あの建物の中に入ってからの記憶がない』 『みんなどこに行ったんだろう…』 セレナは声を震わせている。酷く怯えた様子だ。 ガラは何かとてつもなく嫌な予感がするのであった。 その時、鉄格子の前の通路の奥から足音が聞こえた。

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第5話「山の麓のニコ」 ゼオ村の北側からポカロ山脈の方向へ出ると、風景は打って変わり、青く美しい山々が視線いっぱいに広がる。道も徐々に傾斜し、木々も増え、山の麓へ近付いているのが分かる。 ガラたちは、ゼオ村で英気を養い、ジョン爺が教えてくれた、スィーゲの息子ニコに会いに、山の麓の小屋へ向かった。 山の上の方では、何やらギャアギャアと鳥のような鳴き声が聞こえてきた。 『なんだか変な声で鳴く鳥だな…』 ドロレスが呟くように言うと、ガラが答えた。 『いや、あれは鳥じゃねえ。ハーピーだ。』 『げっ!あんなにたくさんいるのか?』 ハーピーとは、山などに棲む魔物であり、鳥の翼、尾、足を持ち、上半身と顔は人間の女性の様な姿形をしている。悪戯が好きで、時々、旅人を襲ったり、食べ物を奪ったりするので、あまり近付かない方が良いだろう。 (「クァン・トゥー放浪記」より) 『まこちょん…あの姿に惑わされんなよ〜』 ドロレスは悪戯っぽくマコトに言った。 『せ、拙者、かような“もののけ“には興味ないでござる!』 マコトは鼻息を荒くして、先頭をズンズンと道を進んで行く。 その時、ハーピーの一匹が突然急降下してきた。 『マコト!気をつけろ!』 ガラが叫んだ。 ハーピーは足でマコトの肩をガシッと掴み、空へと飛び上がったのだ。 『わわわ〜!!』 『マコト!』 ドロレスはメガデスを構えて、ハーピー目掛けて投げた。 シュルシュルと飛んでいき、ハーピーの体を横に真っ二つにした。そのままマコトは地面へ落下した。 『ぐえっ!』 『気をつけろって!あいつらは旅人をああやってさらって行くんだ』 ガラは空を見上げながらマコトに忠告した。 ハーピーの上半身は地面に落ち、マコトはそれを見た。確かに女性の裸体だが、手は大きな鳥の翼のようであった。 『ぐぬぬ、不覚なり…!』 『ガラ、何かおかしいよ。魔物が多い気がする』 『確かにそうだな。さっきの沼地といい、本来ならハーピーは、こんな麓の方には現れないはずだ』 セレナとガラは異変を感じ取っていたのだ。 『ふん!またここにもデカい奴が出てくるんじゃないのか〜?』 ドロレスは少しヤケクソ気味に言い放った。 『もうあんなべちょべちょぐちょぐちょは、こりごりだけどな!』 ハーピーに警戒しつつ、一行は一軒の小さな小屋を発見した。 小屋には煙突があり、煙が立ち込めている。 壁に小さな窓があり、人が居そうな気配がする。 小屋の横には犬小屋もある。その中から黒と白の長い毛の犬が現れた。 『ワンワン!』 犬はガラたちを発見し、走ってきた。 ドロレスは、座って犬を撫でた。 『おーおー可愛いワンちゃん。お前さんの主人はニコってやつか?』 犬はドロレスにまとわりつき、尻尾を振っている。 『可愛い〜!』 セレナも犬を撫でようと犬に触れた。その時、セレナは不思議な感覚に襲われた。懐かしさと、愛おしさ。遠い記憶の断片であろうか。しかし思い出せない。セレナは気のせいだと思うことにした。 『ん?セレナどうかしたのか?』 『うん、いや何でもないよ』 その時、小屋のドアが開き、一人の男が出て来た。ハーフリングである。青黒い髪に、茶色い帽子、メガネを掛けており、革の前掛けをしていた。 『ペイチ!どうした?お客さんか?』 そのハーフリングの男は、ガラたちを見ると。メガネを少し外して言った。 『ああ、あんたらゴブリンじゃあないようだな…何か用かい?』 ガラは答えた。 『あんた、ニコ・ネグィースか?俺はガラ。トトに向かう為にあんたの力を貸して欲しいんだ。』 ハーフリングの男は肩をすくめ、身振りを大きくして言った。 『トトに?トトに行くって?どうやって?このハーピーやケツァルコアトルが、うようよしてる山を登るってのか?鉱山の中を通ったって、トロルやオーガもいるぞ!あんたら一体何考えてんだ?』 ハーフリングの男は、あしらうようにしてガラに言った。 『悪いことは言わない。帰った方がいいぜ!今の山は昔と違う。命が幾つあっても足りないぞ!』 ガラは言った。 『スィーゲ、スィーゲ・ネグィースは、あんたの父親だろ?ルワンゴってドワーフから手紙を預かってんだ』 『…なんだって?親父を?』 ハーフリングの男は怪訝な表情に変わり、ガラたちを見回した。 『ああ、とりあえず中に入ってくれ』 ガラたちは小屋の中へ入った。 『ああ、俺がニコさ。たしかガラだっけか。…残念だが、親父は数年前に死んだよ。』 ガラはジョン爺がこの小屋を尋ねろと教えてくれたと伝えた。 『ああ、とりあえず手紙を見せてくれ』 【数年ぶりに、手紙を書く。お前のことはもう忘れようと思っていたが、どうしても助けて欲しい友人がいる。それは、お前の目の前にいるガラという男だ。だがオラは人に恩を着せるのは好きじゃないことを分かって欲しい。 お前さんが鉱山でオラに命を救われ、お前が御礼をしたいと言っても、オラは何も要らないと言った。だが、オラの愛するマングー村を救ってくれたこの男が困っている時は話は別だ。ガラはトトに行き、エズィールていうドラゴンに会いたがってる。どうか力にやってくれないだろうか。詳しくはガラから聞いてくれ。よろしく頼む。ルワンゴより】 ニコは手紙を閉じた。 『ルワンゴってのは多分、オヤジの鉱山仲間だ。昔聞いたことがある。鉱山ではよく事故があって、何度か死にかけたって。このルワンゴて人が助けてくれたらしいな。ちなみに、ゼオのジョン爺は、その時の親方だったそうだぜ…』 ニコは手紙をガラの胸にポンと置いた。 『で?どうするって?ポカロ山脈を越えんのか?さっき言ったろ、命が幾つあったってあそこを越えんのは無理ってやつだぜ』 『ワン!』 その時、足元にいた犬が吠えた。ニコは犬の顔をわしゃわしゃ撫でた。 『どうか頼むよ。あたしたちはマングー村からやってきたんだ。トトのドラゴンが危ねえんだ』 ドロレスはニコに手を合わせてお願いした。 ニコは少し表情が強張った。 『マングー村だって?あんたらまさか、あの沼地を通ってきたって言うのか?』 ドロレスはいきさつを語った。ニコはしばらく考え、ふうっとため息を吐いた。 『はっ!あんたらがあの沼地のデカブツを倒したって?ドラゴン?一体何だそりゃ?俺にそんな話を信じろってのか?』 その時、ニコの足元にまとわりついている犬が急に吠え出し、外に出て行ってしまったのだ。 『おい!ペイチ!またお客さんか?』 ニコは外に出た。ガラたちも後を追って外に出た。 『ワンワン!』 犬は何かに向かって吠え続けている。 『ペイチ!一体どうしたってんだ?そんなに吠えたらハーピーが… と言いかけた瞬間、案の定ハーピーが犬目掛けて飛んで来たのだ。 『ああ!くそ!しまった!ペイチ!!』 『ワンワン!』 犬は瞬く間にハーピーに捕らえられ、空高く上がって行った。 『ガラ…』 セレナは服を脱いでガラに渡した。 『えっ?えっ?あんた何してんだ?』 ニコはそれを見て戸惑っている。 『ちょうどいいや、よく見とくといいよ!』 ドロレスはニコにそう言うと、セレナがドラゴンに姿を変えた。 『ぎゃああ〜ッ!!出た〜!!』 ニコは腰を抜かして泣き叫んだ。 セレナは犬を掴んだハーピーを追う。ハーピーは、驚き、犬を放して飛んで行った。落下する犬をうまくキャッチしたセレナは、バサッバサッとニコの小屋の前に降り立った。 セレナは人間の姿に戻った。 『はわわ…』 腰を抜かし、泣きながらセレナを見つめるニコに犬が駆け寄り頬をペロペロ舐めている。 『どうだい?今の話信じれるだろ?』 ドロレスは笑顔でニコの頭をポンと叩いた。 一行はニコの小屋の中に戻り、もう一度経緯を詳しく語った。そして、コンパルサの老龍の忠告により、エルフのドラゴンが危機であると。 『よく分かったよ。話はよく分かった。その…ドラゴンのオーブってのが奪われるとやばいってことだな。おそらく、クァン・トゥーの魔導士たちも狙ってくるかもな』 『話が分かるじゃんか』 ドロレスは椅子に座り、ニコに向かって笑顔を向けた。 『いや、俺がもしその魔導士なら、エルフのドラゴンに向けて兵を送り込むだろう。エルフの国ってのは、周りが山で囲まれてて、長い間戦争がなかった。だから平和ボケしてんだ。入るのは容易い。』 『トトの状況に詳しいようだな』 ガラが言った。 『ああ、実は何年も前だが、親父とよくトトへ出掛けてたのさ。鉱山で採れた石や、革細工なんかを売りにね。今は鉱山に入れないから、革細工を細々やってるが』 そういうとニコは部屋の奥の棚から何か取り出して、テーブルの上に置いた。 『この銅板みたいなのは何じゃ?』 マコトは不思議そうに見つめた。 『これは、トトとの交易証。まぁ通行証も兼ねてるが。これがあればトトに入れる。』 『やった!』 セレナは喜んだ。 しかしニコはセレナの前にすっと人差し指を立てて言った。 『いいか、さっきも言ったが、鉱山は魔物だらけだ。山を越えるより、坑道を進んだ方がはるかに早く山を抜けれる。しかし、今はオーガやトロルでウヨウヨしてるんだ。普通に通るのは難しいぜ』 ドロレスは、ふうっとため息混じりにガラに言った。 『ガラ、大丈夫!あたしはもう覚悟出来てる。もうオーガだろうがトロルだろうがハーピーだろうがケツァルなんとかだろうが何でも来いって感じだ』 『ふふっ、そうだね!皆で力を合わせれば何でも来いだね!』 『うむ、致し方あるまい。もとより覚悟のうえじゃ!』 ガラは一人一人の顔を見てから、ニコの方に顔を向けた。 『まぁ、そういうわけだ。魔物は俺たち任せろ。あんたは道案内だけしてくれればいい。』 ニコはそれぞれの顔を見ながら静かに行った。 『親父…俺、思ったよりも早くそっちに行きそうだぜ…』 その時、犬のペイチがニコの足に乗り、顔をペロペロ舐めた。 『分かった分かった。お前も連れてくよ。…仕方ない…いずれにせよ、鉱山が使えなきゃ俺だって困ってたんだ。トトへのルートが出来ればゼオや他の村だって助かるだろうしな。』 『よし!決まり〜!』 ドロレスはニコの肩をポンと叩いた。 一行はニコの小屋に泊り、翌朝早く鉱山へ向けて出発した。 「ポカロ山脈」 クァン・トゥー王国とトト王国の国境付近に位置している。3000メートルを超す高山が連なり、最高峰はドラゴンズピーク。別名「神龍岳」(約4400メートル)。山頂付近では山岳氷河も見られる。峡谷や氷河湖も各所にあり、それぞれに自然の美しさをみせる。最近は、ハーピーの異常発生に加え、ケツァルコアトル(羽毛に覆われた蛇のような魔物)や、ワイバーンなども見られる。クァン・トゥー王国からは危険地帯に指定されている。 『ここが入り口だ。』 ニコは犬のペイチを先頭にし、ガラたちを案内している。 『この犬は奇跡の犬なんだ。親父の生きてる時から生きてて、数年前に鉱山で行方不明になったんだ。でも、つい最近戻ってきて、老犬だったのに、前より若くなってるんだよ』 ペイチは鉱山の坑道をよく知っているらしい。 ガラとドロレスは武器に手を掛け、慎重に進んだ。 中に入ると、坑道は昔のままの姿のように所々にツルハシや、ピッケル、カンテラなどが捨ててあった。ニコは持ち前のランプを片手に、ペイチに続いて進んでいる。マコト、セレナも唾を飲み込みながら続いた。 相当な歴史のある坑道なのだろう、奥の方は見えないくらい長い距離のある坑道である。 しんと静まり返った中で、水のしたたる音が響いている。 『今のところは何も出て来ないな…』 ドロレスは警戒しながら進んでいる。 その時、ペイチが何かを察知したようだ。 『ウ〜…!』 『どうしたペイチ!』 ニコがランプを前方に向けた。 何やら目の前に立っている。 ガラとドロレスは武器を構えた。 『アンデッドだ!』 アンデッドとは、腐敗した死者に邪悪な魂が乗り移った魔物である。昔の墓場や、戦場の跡地などによく出没する。動きは鈍いが、呪いによって力は強い。 ガラは左手をかざした。 『ファイヤボール!』 左手から炎の球体が発射され、アンデッドに当たった。アンデッドは炎に包まれた。 『グアア…』 アンデッドは燃え尽きて倒れた。 『ガラ、普通の魔法も撃てるんだな』 ドロレスは、ガラに向かって言った。 『初級魔法ならな。ここでファズを撃ったら坑道が崩れちまうな』 坑道という狭い空間での戦いは、通常の屋外よりも行動範囲が制限される。使う武器や技、魔法なども、そういった状況を考慮しなければいけない。 ペイチがまたしても唸った。 『みんな!前を見てくれ!』 なんと、目の前にはおびただしい数のアンデッドが並んでいたのである。 『うわわっ!』 ドロレスは血の気が引いた。 『何と言う数だ!』 『おそらく、今までここで死んでいった奴らだろう』 ガラは思った。この付近の魔物の強さ、多さは、おそらく近くに強大な魔物が潜んでいる可能性が高い。なぜなら、あの時の沼地のベヒーモスなど、邪気が充満している空間では、下級の魔物が出没しやすく、沼地ではワームなどもそうである。何か強大な魔物が纏っている邪気に誘われるかのように、下級の魔物たちもおびき寄せられるのだろう。よって、このアンデッドの多さもそれを物語っているのではないかと。 『オーバードライブ!』 ガラは炎をメタリカにまとわせた。 『ガラ!ここは任せな!ロイヤル・ハント!』 ドロレスはアンデッドたちに向けてメガデスを放った。 ズバズバとアンデッドたちを切り裂いたままメガデスは飛んでいった。 あっという間にアンデッドたちは全滅した。 『なんてこった!あんたらホントに強いんだな!』 ニコは、興奮してガラたちに言った。 坑道をさらに進み、道は地下へと続いた。 『ここからどんどん下がるぞ。下がると大きな空間に出る。昔の遺跡の跡もある。』 『うう〜!』 『ドロレス、下を見るな』 『ふふっ、凄い場所だね!』 『中がこんなに広いとは!』 下に着くと、そこは広い広間のような空間が広がっていた。ニコの言う通り、古代遺跡の跡のような紋様が壁にあり、石像らしきモニュメントが崩れたような跡もあった。 『こりゃ坑道ていうより、地下遺跡だな』 『ワン!』 ペイチが吠えた。 『こっちだとさ』 ニコはガラたちを手招きした。 『しかし、賢い犬でござるな。』 マコトはペイチに関心を示した。 坑道はさらに奥へと続いている。下層では、広い空間と空間の間に坑道があるような作りとなっており、まさに掘っては遺跡にぶつかり、また掘っては遺跡にぶつかるように進められていったのだろう。 『だいぶ奥まで来たな』 ガラが坑道を通る時、またしてもペイチが何かに向けて唸っている。 『またアンデッドか?』 ニコが、ランプを前方に照らすと、そこには何やら大きな人影が見えた。 その人影は、こちらに近付いてきた。 『グルルル…』 ペイチは威嚇している。 ランプの灯りに照らされたその人影は、2メートル以上あり、頭から短い角が生え、口元から牙も出ている。腰には布のようなものを巻いており、手には棍棒のようなものを持っている。 『オーガだ!』 ニコはそう叫ぶと、ガラたちに逃げろと叫び、後ろに向かって走り出した。ガラたちもニコを追うように走るが、ニコは後方でも何かを発見したようだ。 『しまった!囲まれた!』 いつの間にか、オーガは後ろからも追いて来ており、ガラたちは前後方オーガに囲まれてしまった。 ガラたちは、ニコを囲むように、各々の武器を構えた。その時である。 『ニンゲン、ココアブナイ』 『ん?今何か言ったか?』 ドロレスは、オーガが何か言ってるように聞こえたようだ。 『ニンゲン、ココアブナイ、カエレ』 後ろから来たオーガもそう呟いた。かなり低くしゃがれた声である。 すると、一人のオーガが何かに気付いたように話しかけて来た。 『ン?スィーゲ!オマエスィーゲカ?』 『スィーゲ!スィーゲ!』 オーガたちはニコに向かって話しかけている。 『いや、俺はスィーゲの息子のニコだよ。スィーゲは死んだんだ』 ニコは震えながら答えた。 『スィーゲ…シンダノカ?』 その時、オーガは地面に膝から崩れ落ちるようにしゃがみ、泣き出した。 『ウオオオオオ!』 『一体何だ?何が起こってる?』 ガラはニコに向かって状況を確認している。 『わ、分からんが、俺を親父と勘違いしていたようだ』 一人のオーガは泣き叫ぶオーガに付き添っている。 『この人たちは敵意は無いみたいだよ』 セレナはそう言ってオーガに近付いていった。 『おい、気をつけろねえちゃん!』 ニコはセレナに忠告した。 セレナはオーガに話しかけた。 『私たちはこの山の魔物を倒して先に進みたいんだ。エルフの国に行くために』 オーガは泣き止み、セレナに向けて言った。 『コノサキ、トロルイル、ヒトツメイル、アブナイ!カエルニンゲン!』 『スィーゲノムスコ、カエル』 セレナはオーガたちに諭すように言った。 『大丈夫。私たちはとても強いの。私はドラゴンだ。あなたたちも魔物に困っているなら、私たちが倒してあげる』 『ドラゴン、スゴイ!ドラゴン!オマエタチホントツヨイナラタオシテ!』 『何だか見た目と違って臆病なんだな、オーガって』 ドロレスはガラに向かって言った。 『ああ、オーガは基本的に温厚な性格だ。中にはヤベェ種もいるらしいが』 ドロレスは、オーガたちに話しかけた。 『あたしたちに任せな!今までたくさんの魔物をやっつけてきたんだ。そいつらの居るところに案内してくれないか?』 2体のオーガは立ち上がり、坑道を進んだ。 『ツイテコイ、ニンゲン』 ニコはオーガたちに話しかけた。 『な、なぁ、俺の親父のこと、何で知ってる?』 オーガは答えた。 『スィーゲハ、ヤサシイ、オレタチニドウグ、ツクッテクレタ』 『スィーゲハ、トモダチ、ズットマエニココニキテ、ヤサシクシテクレタ』 ニコは、父親の過去を知って少し心が穏やかになった。 ニコ・ネグィースは、父親のスィーゲ・ネグィースとしばらく二人で小屋で過ごしていた。母親のスーリ・ネグィースは、ニコが子供の頃に亡くなっており、ニコはスィーゲから生きる術を教わった。山へ狩りに出掛け、獲物を獲っては、皮を取り、革細工に加工したり、鉱山で採れた鉱石などを、革細工と一緒にトトへ売りに行ったりもしていた。時折りスィーゲは、鉱山に出掛け、ニコはペイチと二人で留守番をし、父親の帰りを待っていた時もあった。おそらく魔物が増えてきたのをスィーゲは警戒し、息子を待たせていたのだろう。そこで出会ったのがオーガたちであった。 オーガたちはどんどんと坑道を進んでいる。 『なぁ、オーガはもうあんたら二人だけなのか?』 ニコはオーガに話しかけた。 『オーガノスミカニイル、デモスクナイ』 『マエハモットタクサンイタ。デモミンナトロルヤヒトツメニコロサレタ』 『そ、そうなのか…』 『トロルは分かるが、ひとつめってなんだ?』 ドロレスはふと疑問に思った。 ガラはその時、ピンと来た。 『おそらく、サイクロプスだ。だとしたら厄介だな…』 サイクロプスとは、伝説とされている巨人の魔物である。山奥や洞窟に棲むとされており、全長はおよそ20メートルから30メートルあり、岩石を投げて攻撃して来たりしてくるという。特徴は顔にある目が一つである。 『コノサキ、ヒトツメ、ヨクデル』 『ニンゲン、オネガイ、タオシテ』 オーガが指差した先は、一際大きな空間が広がっていた。鉱石が含まれている壁にはうっすらと光り、ぼやけてはいるが全体が見える程明るい。 『やや、これは広い!鉱山の奥にこんなところがあるとは!』 マコトはその神秘的な姿に息を呑んだ。 『まこちょん、今書くなよ』 ドロレスは、マコトが歌を詠みそうになったのを忠告した。 『こ、これは失礼!それどころではないな』 その時である、「ぎゃっぎゃっ」という声と共に、奥の大きく空いた穴からわらわらと走り出て来た。トロルである。トロルは全身を茶色い毛で覆われており、人間よりやや小さいが、二足歩行の獰猛な魔物である。強い腕力と鋭い牙で襲ってくる。 『トロル!タクサン!』 『よし、皆行くぞ!』 ガラは火をメタリカにまとわせた。 ドロレスはメガデスをクルクルと回し始めた。 セレナはスキッドローを構え、マコトは女狐を構えた。 その時、ズーンという地響きが聞こえてきた。トロルが出て来た場所からである。その音はどんどんと大きくなり、奥の大きな穴からその姿を表した。 穴のかなり上部に手がかけられた。顔がゆっくりと出てくる。青白い光に照らされ、ギロっとした一つ目がガラたちを睨みつけた。サイクロプスである。 『こいつは思ったよりデカいぞ』 ズーン!地響きと共にこちらへ向かってきた。トロルはその周りに群がり、ガラたちに気付いた様子だ。 『来るぞ!』

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第4話「ゼオ村」 霧に包まれたサーティ平原の広大な湿地帯は、伝説の魔物「ベヒーモス」の出現によって、人が立ち入ることの出来ない場所へと変貌していた。 古代史の文献にその存在が記されているが、実際にその姿を目にした者は、その圧倒的な巨大さと、禍々しさに、ただただ逃げるしかなかったという。 『…あ!あった!ここにあり申した!』 マコトは、ベヒーモスが現れる直前までガラが担いでいた荷物袋を見つけ出し、手にとった。 前足で吹き飛ばされた時に、見失ってしまっていたのである。 袋の中身を確認したドロレスは、天を仰ぐように失望した。なぜかというと、マングー村で貰った「マリルの特製ドリンク」が、ほとんど割れて中身が出てしまっていた為である。 かろうじて、一本だけが残っており、ガラたちはそれを4人で分けることにした。 『ふぅ、これでも無いよりはマシだな』 『あいたたた…元気になるけど、さすがに傷までは癒えないね』 『手足の震えが止まった。もう歩くのもやっとだったのに、かような飲み物があったとは…』 『美味しい!もっと飲みたい…』 ガラたちは、満身創痍であった。ガラは腕を脱臼しており、ドロレスは肋骨を数本折っている。セレナはベヒーモスの角の一撃を喰らって、腕が上がらない。マコトは、気力のほとんどを使い果たし、今にも倒れそうである。総じて泥と血で誰が誰だか分からない。 そして、沼地はまだ続いているのであった。 しかしながら、幸いなことに、あの立ち込めていた霧は次第に晴れてきており、所々木漏れ日さえ注いできたのである。 『なんか雰囲気が変わってきたような気がしないか?』 ドロレスは、あたりをキョロキョロと見回した。 『うん、きっとあのデカブツが原因だと思うよ!倒した瞬間、あの嫌な気配が消えたんだ』 セレナはベヒーモスから感じ取っていたおびただしい邪気が、すっかりなくなっていると感じた。 『あのイモムシ野郎も出てこなくなったな…』 ドロレスを飲み込んだワームもすっかり姿を見せなくなったのであった。 マコトはマリル特製ドリンクでびっしょり濡れた地図を手に取り、目を凝らして確認した。 『…あとしばらく行くと…結構大きい村に出ますぞ!』 『ほっ…よかった…てことは、医者や回復魔法使いいるかな…』 ドロレスは肋骨を押さえながら話すので、しっかり声が出せないようだ。 『よし、あと一踏ん張りだ。行くぞ!』 ガラは心の中で、「魔物よ出るな」と念じていた。最早ガラたちには、ワーム1匹すら倒すほどの力は残されていなかった。まさに、命からがらであった。 しばらくすると、次第に地面に踏ん張りがきくようになってきたのを感じた。とうとう、沼地から抜け出したのである。 しかし、辺りは日が暮れて次第に暗くなってきている。早く村に辿り着かなくては、いよいよ生死に関わってしまう。 その時、ガラたちは、目の前に柵のようなものを見つけた。 『ここじゃ!確か…「ゼオ村」であったな!』 マコトは地図を確認した。 その時であった。村の入り口に誰か立っている。ガシャガシャと何やら鉄のような物がぶつかったりこすれたりするような音がした。 『なんだ?おめえだぢ!なにしに来たど!?』 ガシャガシャと鳴っていたのは、その男が身に付けている甲冑であった。しかし甲冑というには、あまりにも歪な形をしている。まるで色々な種類の甲冑の部品を、無理矢理繋ぎ合わせたかのような歪さである。そして、今にも折れてしまいそうな槍を持って構えていた。 男はがっしりとした体躯であったが、顔付きはどこか幼い感じがする。 『ああ、あたしたちは旅人さ。トトへ向かってんだ。この村にちょいとばかり寄らせてもらえないかな?』 ドロレスは、脇腹を押さえながら必死で笑顔を作っている。 『おう?おまえだぢ沼地から来たのか?魔物の仲間じゃないのか?』 男は槍をグイッとドロレスに向けた。 ドロレスは槍を手でどけるようにして言った。 『魔物は倒したさ、見たら分かるだろう?それで皆怪我してんだ。この村は大きそうだな。どこかに医者や回復魔法師はいるかい?』 しかし、男は槍をドロレスに向けたままである。 『お、お、おまえだは、沼地から出てきたんだど!そんな人間みたこどないど!怪しいど!』 男はよく見ると体をガタガタ震わせている。 その時、村の奥から声がした。 『ボンゾ!ボンゾ!何してんだ?』 村の奥から出て来たのは、小柄の男である。どうやらハーフリングのようだ。 『ボンゾ!おっかさんが心配してたぞ!そろそろ暗くなるから帰って来いってさ』 そう言うと、ハーフリングの男は、ガラたちに気がついたようだ。 『やや!旅のお方だとは!失礼!こんな寂れた村に何の用で?』 ドロレスはここまでの経緯を話した。 『あたしたちマングー村から平原を越えて来たんだ。魔物たちとやり合ってこのザマさ。どこか休める場所はあるかい?』 ハーフリングの男は、慌てたように甲冑の男に言った。 『こうしちゃいられない!ボンゾ!このお方たちをおっかさんに見せてやれ!俺は村長さんを呼んでくる!』 そういうとハーフリングの男は村の奥へ走っていった。 甲冑の男はガラたちを村の奥へ案内した。地図上では大きな村であったが、村の中に入ってみると、崩壊して空き家になった家屋や、店の跡地などがほとんどであった。 そして、一軒の小さな家の前に着いた。甲冑の男はドアをドンドン叩く。 『かあちゃん!かあちゃん!おでだ!帰ってきたど!旅のしと連れてきたど!』 すると、ドアが開き、一人の女性が出て来た。50歳くらいで、ふくよかな体型に、エプロン姿である。どうやら料理の手を止めて出て来たようだ。 『こらボンゾ!夕飯の支度前に帰っておいでって、何度も言ってるじゃないか!暗くなると魔物が出て来て、食われちまうよ!』 ふと女性は、奥にいるガラたちに気が付いた。 『わっ!ビックリしたよ!ボンゾ!この人たちはどうしたんだい?』 『旅のしとだ!沼地から来たんだ!モビーが話して、かあちゃんに見せてやれって!』 女性は、どうやら甲冑の男の母親らしい。名前を「ペイジ」といった。甲冑の男は「ボンゾ」という。ゼオ村に二人で暮らしているそうだ。 ペイジは、ドロレスたちの様子を見て、すぐに家に招き入れた。湯を沸かし、体を拭くように勧めてくれた。 『ありがとう。助かったよ!あたしはドロレス、こいつはガラ、セレナにマコト。』 ドロレスは今までの経緯を話した。 ペイジは、うんうんと話に聞き入っていた。どうやらゼオ村に来る旅人は数年ぶりらしい。しかも、沼地を越えて来た者は、ここしばらくは誰一人としていなかったそうだ。 すると、ペイジの家のドアをノックする音が聞こえた。先程のハーフリングの男が村長を連れて来たという。 村長は人間種の女性であった。年齢は70歳くらいであろうか。しかし体付きはしっかりしており、高い身長に短い白髪、青いバンダナを首に巻いている。そして腰には短剣を差していた。 『これはこれは、旅のお方たち。ゼオ村へようこそ。あたしはプラント。この村の村長をやっているんだ。どうやらうちの村のボンゾとモビーがあんたらを入れたようだね。で、本当に沼地からやって来たのかい?』 『ああ、俺らはマングー村から平原を越えてきた。どうやらあの魔物たちのおかげで沼地を通る者は居ないようだな。』 村長のプラントは、何か話したそうだが、とりあえずガラたちに何か食べ物を持ってくるといい、家から出て行った。 ペイジは、ドロレスたちの様子を見て言った。 『あらあら、あなたたち、怪我してるみたいね。どれ、こちらにいらっしゃい。』 ペイジは少しゆったりした椅子にドロレスを座らせた。 『あたしゃこう見えてもね、昔は「ルカサ」で“宮廷魔術師“だったんだ。白魔術さ。』 ペイジはドロレスの脇腹に手をかざし、何やらぶつぶつと念じ始めた。すると、ドロレスの脇腹がぼんやりと白く光り始めた。 『…なんだか温かい…うわっ!あばらの痛みが消えた!』 『久しぶりにやってみたけど、うまくいったみたいね。さぁ、お次はどなた?』 ペイジは次にセレナを椅子に座らせた。またしてもセレナの腕に手をかざし、念じた。 『これは折れてるようだね。どら』 またしてもセレナの腕がぼんやりと光る。 『ああ!動く!全然痛くない!ありがとう!』 そして、ガラも同様に座らせた。 ガラの腕は脱臼している。ペイジは腕を掴むとグイッと、上に捻り上げた。 『これは魔法を使うまでもないよ。ほらっ』 ガキっと音が鳴ると、ガラは腕を動かした。 『いい腕だ。あんた医者もやってるのか?』 ペイジは笑いながら答えた。 『おほほ、ルカサではね。白魔法も医術もやってたよ。そこそこ評判の良い店だったのさ。』 ルカサとは、エルフの国トトの首都のことである。ペイジは肩を落とし、首を振りながら話した。 『だけどね、やっぱりあそこはエルフのお国さ、あたしら人間種にはやっぱりどこか冷たくてね、かつて宮廷でも実力でのし上がってやるって頑張ってたんだけど、嫌になって辞めちゃったの。』 ペイジはボンゾに甲冑を脱ぐように言うと、台所へと向かった。 『今はね、これだけがあたしの希望。あんたたちも食べて行くといいよ。』 ペイジはガラたちを食卓へ案内し、奥から出来立てほやほやのパイを持って来た。甘い香りがあたり食卓いっぱいに広がった。 『わ!かあちゃんのベリーパイだ!今日はついてるよおまえだぢ!』 ボンゾはシャツ一枚で椅子に食卓に座っている。両手にはフォークとナイフを持ち、パイを待ち構えるようにはしゃいでいる。やはり彼は思っているよりずっと若いようだ。 『これはね、クラウドベリーのパイだよ。昔はここゼオ村の名産だったのさ、今ではうちの苗木が最後だけどね。』 ガラたちは腹ペコであった。ありがたくペイジのパイをご馳走になったのである。甘酸っぱい味がパイ生地のバターとよく合う。 クラウドベリーは、主に沼地で栽培される種で、水々しい食感と程よい酸味が親しまれる果物である。 ドロレスは、ペイジの最後の言葉が気になったようだ。 『えっ?こんなうまいベリーがおばさんちしか採れないのか?』 『そうだね。昔は沼地で沢山栽培してたんだ。だけど、大きな魔物が現れてから、誰もやらなくなっちまったのさ。男たちは何度も魔物を退治しようとしてたけど、うちの旦那もね。とうとう、どうにもならなくてね…』 その時、ペイジの家にまた村長のプラントがやってきた。プラントは、獲って来たばかりの動物の肉と、何やら袋を持って来た。肉をペイジに渡すと、ペイジはさっそくその肉をまな板の上にのせ、料理し始めた。 プラントは食卓に座り、何やら物悲しげな表情でガラたちに話しかけた。 『旅のお方たち。いきなりだけど、仕事を引き受けて欲しいんだ』 その瞬間、ペイジは慌てた様子で台所へから出てきた。 『村長さん!いくら何でもそれは急過ぎるよ。この人たちはまだ来たばかりなんだ… その言葉を遮るようにプラントは言った。 『わかってるよペイジ。だけどもうあたしたちには時間なんて残されちゃいないんだ。もう作物も底を尽きたし、今年の冬は越せない。あんたも分かってるだろう?』 そう言うと村長は持っていた袋を食卓の上にどかっと置いた。 『これは村のみんなで貯めたお金。全部で100トレントある。あんたたち、身なりからすると賞金稼ぎか何かだろう?…お願いだ。沼地の魔物を退治してくれないか?』 村長によると、かつてこのゼオの村は、沼地で育てたクラウドベリーと、ポカロ山脈の鉱山の鉱夫たちで大変賑わっていたそうだ。ところが10年程前から、鉱山や沼地に大きな魔物が出現し、村人たちも手が負えなくなっていった。村の男たちは、沼地を迂回し、都市へ出掛けて行き、賞金稼ぎや傭兵を雇い、魔物退治を依頼していたが、誰一人として、その依頼に応えてくれる者はいなかったのである。資金が足りなくなった村人たちは、有志を募り魔物退治に駆り出したが、無惨にも魔物たちの餌食になっていったのである。ペイジの旦那や、村長の旦那もそうである。プラントは村長であった旦那に代わって、村長を勤めていたのであった。 そして、村からは次第に人が減り、今では村人は20人も居ないという。 『この子はね、ボンゾは父親を魔物に食われちまったんだ。それから昔の戦場の跡地に行っては、兜だの小手だの見つけてきて、こうやって自分で甲冑を仕立てて村を守ってくれてるのさ。勇敢な子なんだ。まだ17歳になったばかりなんだよ。』 『拙者より若いとは…』 マコトが呟いた。 『で、あんたたちも沼地を通って来たんなら見ただろう?馬鹿デカいワームに、あの牛のバケモンを』 村長がそう言うと、ガラたちはゆっくり話した。 『村長さん。もう心配いらないよ。そいつらはあたしたちがやっつけた。』 『ドロレスはちょっとだけ食べられたけどね』 『たしかにあれは普通の人間では倒せない“もののけ“よのう』 『ああ、あのベヒーモスがもう数体いるっつうなら、俺たちはお手上げだがな』 村長とペイジは絶句した。 『ちょ、ちょっと待ってくれ。今、もう倒したって…そう言ったのかい?』 『ああ、そうだよ。なんなら明日の朝確認しに行くかい?』 ドロレスはニコリと笑って言った。 ペイジは、涙を浮かべ、頬を紅潮させて言った。 『ああ神様!なんてこと!こんな日が来るなんて…』 ペイジは、夢中でパイに齧り付いているボンゾをぎゅっと抱きしめた。 『ボンゾ!この人たちは、あんたのおとっつぁんの敵を打ってくれたんだよ!』 ボンゾは食べるのを中断して、ぼーっとドロレスたちを見つめた。 『おとっつぁんの…おでの…わぁ〜!』 ボンゾは、急に泣き出し、ドロレスたちに抱きついた。 ガラは食卓に置いてある袋を持って、プラントに渡した。 『これは取っておいてくれ。これから村を盛り上げて行くのに使うだろうよ』 プラントの頬から涙が流れ落ちた。 その夜、ガラたちはプラントの家に泊めさせてもらった。 ドロレスは素朴だが、ゼオ村の人たちに触れ合い、心の中が穏やかになっていくのを感じた。 マコトは久しぶりの家の中で寝られることに感激している。ガラはメタリカを手入れしながら、考えた。何故ここまで魔物が強大化したのであろうか。エルフのドラゴンに危機が迫っているという老龍ヴァノの言葉が頭をよぎるのであった。 ーーー翌朝、ガラはボンゾと先程のハーフリングのモビーと共に、ベヒーモスの死骸を確認しに向かった。 村に帰ってくるボンゾは頭の上にベヒーモスの巨大な角を掲げていたのである。 村人たちは大喜びした。涙し、抱き合った。そして、ガラたちを出来うる限り最大限にもてなしたのである。ペイジは涙を流して言った。 『この御恩をどう返せばいいのか、分からないよ』 ドロレスは言った。 『おばちゃんのベリーを育てなよ。またしばらく経って来た時に、もっとたくさんのベリー料理を食わせておくれよ』 ドロレスはペイジを抱きしめた。 ガラはプラントに尋ねた。 『なぁ、この近くにスィーゲて人はいるか?』 ガラはルワンゴから預かった手紙を見せた。 プラントは手紙を見てしばらく考えた。 『ドワーフの友達かい?ドワーフは長生きだからね、あたしはよく知らないが、ジョン爺なら知ってるだろう』 プラントは村の外れにひっそりと暮らしているジョン爺という老人を紹介した。老人は、小さくボロボロの小屋に住んでいた。 『ジョン爺!聞こえるかい?あたしだ。プラントだよ!』 小屋の中から老人が出て来た。ドワーフの老人である。ドワーフの中でも小柄で、しわくちゃな顔に白髪と長く白い髭を生やしている。相当な年齢を重ねて来たのが伺える。 ジョン爺という老人は、ガラを見上げて何やら呟いた。 『こりゃたまげた。あんた火の民か?久しぶりに見たわい』 ドワーフという種族は、人のまとっているオーラを感じ取れるようだ。マングー村のルワンゴもそうであった。セレナを見て、見た目とは裏腹なオーラを感じ取っていたのだ。 ガラはスィーゲ・ネグィースのことを尋ねた。 ジョン爺はしばらく考えると、ゆっくりと語り出した。 『スィーゲはな…もうこの世にはいない。だが、息子のニコならおる。ここからさらに北の山の方へ行くと、小さな小屋がある。そこで暮らしとるよ。』 ガラはスィーゲの死去の知らせを聞いて、少し不安になった。しかし、今はトトへの入国の助けになる者は、藁をもすがる思いであったのだ。 『ありがとうよ爺さん。恩に着るよ』 ガラは手紙をしまい。スィーゲの息子、ニコを訪ねることにした。 村ではささやかな宴が行われていた。ゼオ村の復活を祝う宴である。 ガラはジョン爺から聞いた情報をドロレスたちに伝えた。 『よし、とにかく行ってみるしかないね』 その時であった。セレナが何やら神妙な顔をしてガラに言った。 『ガラ…私、昨日夢を見たんだ。何かが私を呼んでいる。でも、誰だか分からない。懐かしい感じがするんだけど、よく分からないんだ。とても悲しそうだった…』 ガラは言った。 『エルフのドラゴンか?』 セレナは分からないという。だが、その声が悲哀に満ちているのは確かなようだ。 一行はエルフのドラゴンに危機が迫っているという言葉を再び認識したのである。 『とにかく急がないとな。魔導士たちもトトへ向かってるかもしれない。』 一行は、ゼオ村を後にし、スィーゲ・ネグィースの息子、ニコが居るとされている小屋へ向かうのであった。

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第3話「沼地の魔物」 遠くの方で動物の鳴き声が聞こえる。 今夜は満点の星空である。 平原の気候は、降雨量が少ない為、乾燥しており、昼夜の寒暖差も激しい。夜は焚き火を絶やさず、クローク(マントのような毛布)にくるまっていないと凍えてしまう。 パチッと焚き木がはねた音で、ドロレスはふと目が覚めた。 ガラが起きている。見張り番をしているのだ。 『ん?目が覚めたか?交代にはまだ早えぞ』 『ん…寒っ』 古代遺跡の壁がちょうど風を凌いでくれているが、やはり夜は冷える。 『さっき、そこの小川で水汲んできたんだ。スープ飲むか?』 『うん…』 ガラはビッグホーンの骨から出汁を取り、胡椒を少々振りかけたスープをドロレスに渡した。 『ほっ…あったかい。サンキュ』 ドロレスは起き上がってスープを飲んだ。味は薄いが、温かさが身体に染み渡った。 『これ、懐かしいな。あの時飲んだやつだね』 『あ?…ああ、ケルピー退治の時だっけか?』 ドロレスはクロークにくるまりながら、スープが入ったカップを片手にガラの隣に座った。 『アーヴァンクだよ。忘れたのか?』 『ああ、そうだった。お前と初めて会った時だったな。』 ガラは、ドロレスと初めて会った時のことを思い出した。 今から数年前、ガラが勇者隊を離れてまだ間もない頃、貿易都市パンテラのギルドに顔を出した。彼は、とにかく旅費を稼ごうと、何か手っ取り早い仕事はないかと探していたのだ。 目に留まったのは「魔物討伐依頼」どうやら、サーティ川上流域の集落に最近魔物が現れ、住民を苦しめているそうだ。 ガラが“元勇者隊“ということは、ギルド連中では既に噂になっており、若干冷ややかな目で見られていた。 ドロレスは、当時既にギルド1の稼ぎ頭として名を馳せており、その討伐隊の頭であった。統率の取れた良い隊だとガラは思った。それはドロレスの実力によるものであるとも。 討伐隊は、サーティ川上流の魔物発生現場に到着し、野営を張った。しかし、その夜、突如大雨が降り、川が増水した。翌日早朝、雨が小康状態になった頃、討伐隊の一人が魔物の出現を確認した。 川辺に生息する魔物「アーヴァンク」である。青黒い毛皮で覆われた、大きなビーバーの様なその魔物は、鋭い鉤爪を持ち、獰猛な性格で高い知性も持っていた。数匹が現れ、集落を襲おうとしていたところだった。ドロレスたちは、すぐに駆けつけた。 ドロレスたちにとって、この依頼は“中の下“程の比較的簡単な仕事であった。 しかし、ミスというものは何気ないところに起きるものである。ドロレスは川辺に飛び移ろうと石に足を乗せたところ、苔で足が滑り、川に転落してしまったのだ。増水した川は水かさが増しており流れも速かった。ガラは咄嗟に川へ飛び込み、ドロレスの方に向かった。みるみるうちに二人は流されていく。 途中の流木に捕まり、ガラはなんとかドロレスを引っ張り上げることが出来た。しかし、そこは運悪くアーヴァンクの棲家の近くであった。わらわらと棲家からアーヴァンクが出てくる。しかもドロレスは、滑った時に足を負傷してしまっていた。 ガラはドロレスを庇いながらも、必死にアーヴァンクを撃退していった。 その様子を見ていた討伐隊の皆は、ガラに対する評価を一変させた。一躍英雄視されたのである。 ドロレスも、ガラによって命を救われたのであった。 『あの日、冷えた身体にあんたが作ってくれたスープが美味くてさ。これ飲んだら思い出したよ。』 ガラは少し照れくさそうにした。 『あの時は色々考える前に、気付いたら川に飛び込んでたな。今思えば無茶だった』 『だけど、あそこであたしを助けてくれなきゃ、あたしは多分ここにいなかった』 ドロレスはガラの肩を軽く叩いた。 『あれからずっと顔を出さないから心配してたんだ。王国から離れていったからね。あたしは何かに巻き込まれたんではないかと思ってたよ。』 ガラはふっと笑った。 『まぁ、実際に巻き込まれてるけどな』 『あはは、遅かれ早かれか…』 ドロレスはふと夜空を見上げた。 『なぁ…ガラ』 『…ん?なんだ?』 『あたしはね、あんたが好きだ。』 ガラはドロレスの方をふいと向いた。ドロレスは夜空を見たままだ。 『あ…』 『でもさ、あたしはセレナも大好きなんだ』 ガラはセレナの方を見た。ドロレスはゆっくりとセレナの方を優しい目で見つめた。 『…だからさ、二人が一緒にいて欲しいって思ってるんだ。これは嘘じゃなくてね。』 ガラは、ドロレスの方を無言で見つめた。 『たしかに、この子は今後どうするのか分からないよ。エルフのドラゴンを助けた後、またコンパルサに戻っちまうのか…多分本人もまだ分からないんだよ。』 『ああ、そうかもな…』 セレナはコンパルサの奥から、ガラに付いて行き、人間の世界へと飛び出した。刺激的な楽しみや愉快な仲間たちにも会えた。しかし、様々な問題にもぶつかった。それは偶然なのか、必然であったのか誰にも分からない。 セレナはドラゴンとして、またオーブを守る為に森に帰るのか。もしくは人間として、ガラと共に生きるのか。まだ彼女には答えは出ていないのかもしれない。 ドロレスは、素直な気持ちをガラに打ち明けたのだ。 『でもさ、セレナがあんたと一緒にいたいって言うなら、私はそうして欲しい。…ガラ、一人でいたって、人生つまんないよ。』 ガラは黙って、焚き火の揺らいだ火を見つめている。 『ご馳走様!じゃあ後は、あたしが見張りやるから、あんたは休みなよ!』 ドロレスはそう言って、ガラの背中をバンと叩いた。 ガラは静かに横になった。 夜空は時折り流れ星も瞬いている。静かで寒い夜であった。 ーーー夜が明けた。 朝日が丘の上から顔を出し、小川の方から鳥の鳴き声がする。 見張の番であったマコトは、刀に手を掛けながら頭をこっくりこっくり動かしている。 『ほら、まこちょん。朝だぞ』 セレナはマコトの頭をこんこんと小さく叩いた。 『んあっ!お、起きてますぞ!』 ぷっとセレナは笑った。 ガラたちは小川で水を汲み、馬にまたがり、さらに北西へと進んだ。 気温がぐんぐんと上がっていく。夜の寒さはどこへ行ったのか。燦々と降り注ぐ陽射しは、ガラたちの体力をじわじわと奪っていく。 『さすがに馬は速いな』 『だけど、馬も疲れてるよ。そろそろ休憩しよう!』 ドロレスは、小高い丘と丘の間の道を指差した。 マコトは地図を確認する。 『この道を抜ければ、沼地に出ますぞ。』 サーティ平原には、広大な湿地帯もある。そこを抜ければポカロ山脈まで後すぐである。しかし、その湿地帯こそが、サーティ平原で最も困難な道のりであるのだった。 馬の足取りが段々と悪くなっていく。 『馬を降りよう!』 ガラは皆に指示をした。足場が悪く、このままでは馬の体力の消耗が激しくなる。ガラたちはやむなく馬を置いていくことにした。 また、時折り、水たまりからウォーターリーパーが飛び出してくる。 『ちっ!このやろう!』 ドロレスはメガデスで払う。 ウォーターリーパーとは、沼地に生息する魔物である。小さいが、手足はなく、羽の様なヒレが付いている。魚のようだが、鋭い牙が生えており、水辺から飛び掛かってくるのだ。 『ガラ!ここはヤバいぞ!この沼地は避けた方がいいんじゃないか?』 ドロレスが提案するが、マコトは地図を見ながら言った。 『いや、ドロレス殿。この湿地帯を回り込むとすると、かなりの時間を無駄にしてしまいまする。』 『ああ、一気に抜けた方がいいだろう!』 『ガラ!なんだか先が見えなくなってきてる!』 セレナが指差した先は、霧がどんどん濃くなっていた。 『みんな視界が悪くなってくるぞ!あまり離れるな!』 『あ〜最悪だ!膝までぐっちょぐちょだよ』 『深みにハマるな!出れなくなるぞ!』 視界は既に5メートル程しか見えない状態である。 その時であった。 『うっ!』 ドロレスの叫び声がしたかと思うと、しーんと静まり返ってしまった。 『ん?ドロレス?どうした?』 ガラが振り返る。しかし返事は無い。 『ドロレース!そこにいるの?』 セレナも叫んだ。 『ドロレス殿!返事をされよ!』 マコトも声をかけるが反応は無かった。その時、ガラは叫んだ。 『みんな!ちょっと伏せてろ!』 ガラは後方のドロレスがいた付近の少し上あたりに手をかかげた。 『ファズ!』 ガラの手から光球が放たれ、閃光と共に爆発した。 その時である。爆発音と共に、沼から巨大なワームが姿を現した。10メートルはあるだろうか。ワームとは、沼地に生息する魔物で、真っ黒な体の巨大なミミズのような姿をしている。目は退化して無いが、ナマズのような触覚や口をしている。沼地に迷い込んだ動物や魚などを飲み込み、沼の中へ引きずりこむのだ。 『ギョオオオアーッ!』 ワームは鳴き声をあげた。その時、開いた口からドロレスの足が見えた。 『ドロレス殿!』 マコトは鞘から“女狐“を抜き、ワームの首目掛けて飛び上がった。そして、首元目掛けて振り抜いた。 「しゅぱっ!」と刀は一閃を描き、ワームに当たった。ギョオオーッとワームが叫ぶが、手応えは満足ではなかったようだ。 『まだ浅い!』 そして、ワームは再び、沼の中へ沈んでいった。 『くそっ!』 ガラはもう一度、ファズを放とうとする。 しかし、今度はガラの後ろからワームが飛び出したのだ。 『ギョオオオアーッ!』 『ちっ!』 ガラはすぐさま振り返った。 しかし、ワームは鳴き声を上げたまま、地面に倒れ込んだ。その時、ワームの頭から何か飛び出した。 『ドロレス!生きてるのか!』 ドロレスのメガデスがワームの頭を切り裂いて出て来たのだ。 セレナはスキッドローで、ワームの頭をさらに切り開く。 『ブハッ!ゲホッゲホッ』 中から泥と血まみれのドロレスが出てきたのである。 『ドロレス!よかった!』 セレナはドロレスに抱きついた。 『あ〜くそっ!最悪だ!生臭い!』 ワームの体の中から、たくさんの骨や人の衣服のような物が出てきた。おそらく旅人を襲っては、食べていたのだろう。 『ワームがこの湿地帯にいるとはな。』 ガラはかつてこの周辺を旅していた時、ワームなどは見かけなかったという。何か様子がおかしいとガラは思った。先程から魔物の出現率が高くなってきているのだ。 『ガラ、何か感じる!』 その時、セレナはドラゴン特有の超絶的な感覚で何かを感じ取ったようだ。 『またワームか?』 『違う…もっと恐ろしい何か…もっと大きな…』 ドロレスが奥の方を指差した。 『何か来るぞ!』 マコトは女狐を構えた。 その時、ズーンという地響きがなる。大地が震えるような感覚である。 『!?火山が噴火でもしたか?』 ドロレスは目を凝らす。 ガラは、体が震えた。 『おいおい、まさか…こいつは…』 『ベヒーモスだ!』 ガラが叫んだ。 『ベヒーモスだって?伝説の怪物じゃないのか?』 ドロレスが言った。 『伝説?実在しないはずの魔物ということであるか?』 マコトも声をあげた。 ベヒーモスとは、古代から存在が確認されており、巨大な象やカバのような生き物とされている。 ガラ自身、噂に聞いていた程度であったが、この沼地に生きているとは思えなかった。しかし、ワーム以上の大きさで、沼地に生息しているとすれば、ベヒーモスくらいしか思い浮かばなかったのである。 セレナは、既に服を脱ぎ始めている。 ガラは止めようとしたがセレナは聞く耳を持たなかった。 『グオオオオン!』 凄まじい咆哮と共に、銀のドラゴンが姿を現した。 『セレナ!』 ドロレスが見上げた。 『これが真の姿であるか!』 マコトは初めてドラゴンになったセレナを見たのである。 『セレナ!無理すんな!』 ガラはセレナに忠告した。セレナはこくりと頷き、飛び上がり、巨大な魔物に向かっていった。 『みんな!行くぞ!』 ガラは、ドロレスとマコトに声をかけた。 セレナは翼を羽ばたかせると、霧がだんだんと晴れていく。奥から巨大な魔物の全貌が段々と明らかになっていく。 牛の様な角、カバの様な口、飛び出した牙。濃い紫色の毛皮で覆われ、犀のような体と蹄(ヒヅメ)を持っていた。全長は30〜40メートルはあろうか。目はギロリと鹿のような横長の瞳孔である。 鼻から激しく息を吐きながら、ゆっくりとこちらへ向かってきている。 『ヴモオオオオオーッ!』 沼地一体に響き渡る声である。先程のワームが小さく見える程の大きさである。 『こいつはヤベェな!』 ガラはオーバードライブを発動し、メタリカに火をまとわせた。 ドロレスは、アックスを回している。 マコトは、女狐を持ち構えた。 ベヒーモスは角を振り回して、セレナを追い払おうとした。ブワッと突風が襲う。セレナはくるっと飛びながら角を回避した。 セレナは咄嗟に炎を吐いた。 ゴォーッという音と共に、ベヒーモスの顔の上部が燃えた。苦悩の表情をしながら、ベヒーモスは頭をブンブンと振り回した。 その時、ベヒーモスは前足を振り上げ、地面を激しく打ちつけた。地面がまるで地震のように震える。ガラとドロレスは、よろけて体制を崩した。 その時、マコトは回り込み、ベヒーモスの後ろ足から背中へよじ登ろうとしていた。 『まこちょん!いつの間に!』 マコトはベヒーモスの背中に辿り着いた。そして、女狐を手に、ベヒーモスの背中へ突き刺したのである。 『ヴモオオオオオ!』 ベヒーモスは暴れ出す。その隙にマコトは、すたっと地面に降り立つ。 『雷鳴よ!轟け!』 マコトは、人差し指と中指を揃えて眉間の前に立てた。 その瞬間である。 『ピシャーン!』 突然雷撃が、ベヒーモスの背中に刺さっている女狐に落ちたのである。 ベヒーモスは、さらに暴れ出した。 『いいぞ!まこちょん!』 ドロレスはメガデスを深く構えた。 『ロイヤル・ハント!』 メガデスが高速で回転し、ベヒーモスに向けて飛んでいった。 しかし、ベヒーモスの体に当たり弾かれてしまった。 『くっ!こいつめっちゃ硬いぞ!』 ガラはベヒーモスの下ろした前足を斬りつけた。 シュバッという斬撃と主に炎が巻き上がる。 しかし、すぐに火はおさまってしまった。 『こやつ!火も雷撃も斬撃も効かない!』 『さすが伝説のばけもんだぜ!』 『ガラどうする!?』 ベヒーモスの顔付近ではセレナが飛びながら火を吹き、懸命に戦っている。 その時、バシッという音と共に、セレナが落下してきた。ベヒーモスの角がセレナに直撃したようだ。 ズーンと、セレナが地面に着地する。肩あたりから血を流している。 『ロロロ…』 セレナは喉を鳴らして警戒している。 その時、ベヒーモスの前足がガラたちの目の前に飛び込んできた。 ガラたちは吹き飛んだ。 『ぐあーっ!』 『くそっ!肋骨が何本か折れちまった!』 ドロレスは体制を整えながらぶっきらぼうな笑みを浮かべた。 『あれ次食らったらヤベェぞ!』 ガラも自分の腕を押さえている。 その時ガラはマコトに言った。 『マコト!お前の刀は刺さったままか?』 『さよう!』 『もう一回あれ撃てるか?』 『拙者の幻術はあと2回と言ったところ!』 ガラは何か思いついたようだ。 『よし、セレナ!俺を持ち上げて飛んでくれ!』 『ガラ!どうする気だ?』 『あいつの口ん中に入って、ファズをお見舞いしてやる!』 『無茶だ!角で吹き飛ばされるぞ!』 『ドロレス!お前のアックスで目を狙うんだ!』 ドロレスは、不適な笑みを浮かべた。 『なるほどね!とにかくやってみるしかない!』 ベヒーモスは、前足を振り上げてガラたちの方に向かって来る。 『来たぞ!今だセレナ!』 セレナはガラを持ち上げて飛び上がった。 『今だ!ドロレス!目だ!』 ドロレスはメガデスを深く構える。 『よっしゃ!ロイヤル・ハント!』 メガデスがベヒーモスの目に目掛けて飛んで行く。 ズバッ!とベヒーモスの目に当たった。 ベヒーモスは、悶絶しながら動きを止めた。 『行けぇぇっ!マコト!』 マコトはまた眉間の前に指を立てる。 『雷鳴よ!轟け!』 ピシャーン!と雷撃がベヒーモスに落ちる。 ベヒーモスは前足をあげて悲鳴を上げた。 『ヴモオオオオオ〜ッ!』 その瞬間であった。ベヒーモスの口が大きく開いたのだ。 『今だ!セレナ!俺を口に放り込め!』 セレナはガラをベヒーモスの口目掛けて放り投げた。 『やったか!』 『入った!』 『ヴモオオオオオ…』 ベヒーモスは、鼻息を荒げて、姿勢を低くした。 『どうなんだ?』 ドロレスは、メガデスを構えている。 『動きが止まり申した!』 セレナは地面に降り立った。 数秒間経ったが、何も起こらない。 『ヤバい!ガラが!』 ドロレスは、咄嗟にベヒーモスに向かって走り出した。 『失敗したのであろうか?』 マコトも走り出した。 その時である。 ベヒーモスの体内からドンドンと音が響いてきたのである。 ドロレスは足を止めた。 『ガラが撃ってるぞ!』 ドンドンと何度も音が聞こえる。 その時、ベヒーモスは口を大きく開けた。その中から突然大量の液体が吹き出したのである。 ドバドバと、ドロっとした液体が勢いよく吹き出ている。その中から大きな塊が飛び出した。 その塊は、地面に落ち、ゴロゴロと転がった。 『ガラ!』 ドロレスは、その塊がガラだと分かったようだ。 その時、ベヒーモスは白目を剥いて、ぐらりとよろけ、地面に倒れ込んだのだ。 『よけろ!』 ドロレスは、皆に呼びかけ、マコトとセレナはさっとその場から離れた。 ズズーン!と物凄い地響きと共に、砂埃が巻き上がる。沼地の木々もバキバキと倒れる。 ベヒーモスは白目を剥いて動かない。息もしていないようだ。 『やった…やったぞ!ベヒーモスを倒した!』 『伝説の魔物を退治した!』 セレナは人間の姿に戻った。そして、ガラの元へ駆け寄り、肩を貸してガラを立たせた。 『ガラ!倒したよ!私たち!』 マコトもドロレスに肩を貸し、立ち上がらせた。 『みんなボロボロだな!あはは…イテテ!』 ドロレスは肋骨が折れている。 『ぐちょぐちょだね!あはは!』 セレナも笑った。 ガラたちは、ついに力を合わせ、伝説の魔物を打ち破ったのだ。 ガラたちのこの戦いが、後世に語り継がれる新たな伝説になろうとは、この時はまだ夢にも思っていなかったのである。

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第2話「サーティ平原」 『よし、荷物はこれで揃ったか?』 セレナは、ガラに言われた通り、リュックの中を確認した。 『ええっと、地図に、クローク(毛布)に、肉の塩漬けに、小麦に、玉ねぎに、水筒に、替えの靴底に、あと杖と…マリルの特製ドリンク!』 ドロレスは、セレナの格好を見て言った。 『ガラ、セレナの格好、コット(中世のワンピース)だろ?それじゃあ旅には不向きだと思うよ。』 確かに、これから平原に、山脈、森林を越えると思うと、あまりに軽装だとガラは思った。 ガラは、マリルが鍛冶屋ルワンゴの奥さんが、仕立てもやっているとの情報を伝えてくれたのを思い出した。 『服の仕立てか…あとたしか、お侍の武器もなかったよな』 マコトは、マングー村付近で盗賊にあい、身包みと刀も奪われてしまっていたのだ。 そして、一行は鍛冶屋に立ち寄った。 『おう!ガラよ!もう帰ってきたのか!』 奥から鍛冶屋の親方兼村長のルワンゴと、その息子トゥインゴが出てきた。 『お侍さん!元気になってよかったね!ガラと一緒に行くのかい?』 ガラはいきさつを語った。 『オラの嫌な予感が当たっちまったな。とにかく、無事で戻ってきて良かったよ。で、何か用があって来たんだろ?』 ガラは、セレナの服装と、マコトの武器を注文したいと伝えた。 『ドラゴンのお嬢さんか!確かにその格好じゃ旅には向いてねぇな。よしきた!“かかあ”を呼んできてやる。あと、そのお侍さんのは、せがれに聞いてみてくれ!』 トゥインゴは、エイジアから来た、マコトという侍に興味深々であった。それもそのはず、彼は、各地の武器や道具を調べる中で、遥か東方のエイジアの技術力の高さに心を奪われていたのだ。ガラに、“シュリケン“や“マキビシ“を作って与えたのもその影響であった。 『お侍さん。俺の作った東洋風の武器を見てくれるかい?見よう見まねだけどね。』 マコトは、トゥインゴの工房に案内された。 そこには、本棚にエイジアの文献や、それらを参考に作ったであろう武器や武具などが、多数壁一面に飾られていた。 『やや、これは素晴らしい!我が国の武具や武器をよくぞここまで再現されているとは!』 マコトは感嘆した。ドワーフの技術力は、自国のそれに追随するどころか、凌駕する勢いの高い品質を持っていたのである。 『さっき道端で倒れてた時、刀を盗られたって言ってたろ?もしよかったら、これを使ってみてくれないか?』 トゥインゴは、自作の刀を取り出し、マコトに渡した。マコトは驚愕した。そのあまりにも美しい刀は、模倣した品とは到底思えなかった。柄(つか)や鍔(つば)もドワーフ独特な模様ではあったが、まさに完璧な仕上がりであった。 『これは…素晴らしい仕事の物でござるな。』 トゥインゴは、少し照れたような表情で、目を輝かせた。 『お代は要らないよ。遠くはるばるここまで来て、大変だったろうし、マングー村のオラたちのことを思い出してくれれば』 マコトは、心の底から感激した。遥か遠くの国で、命を救われた上に、刀まで贈られるとは思っても見なかったのである。 『水龍守護地頭、龍門力之進が息子、龍門誠。このような勿体なき至高の刀、有り難くも頂戴致し、この上なき幸せでございます候。』 マコトは深々とトゥインゴにお辞儀した。 『あとは、この刀の名前なんだよな。お侍さん、名付け親になっておくれよ。』 マコトは顎を触りながら考えてみた。そこに、ドロレスがふと工房に入ってきた。 『うわ〜!すっげぇな!まるで芸術品だ!』 その時マコトは閃いた。 『女狐(めぎつね)にしようぞ!』 トゥインゴとドロレスはきょとんとした。 『え?お侍さん、そんな名前でいいのかい?』 『め…?この凄い刀の名前?…センスねぇな〜マコト…』 マコトは、この刀は自分の実力以上の代物であると思った。それはまさに、自分にとっての女性という存在のようであった。自らの成長を願い、この刀に相応しい武士になるとの決意を込めての名前だと説明した。 『ぷはっ!女狐をものにしようってか!ホント、お前は楽しい奴だよ!あはは!』 ドロレスとトゥインゴは笑っていたが、マコトは真剣であった。 《誠よ…刀に振られるな。刀身一体。手を使うが如く、刀を振るのだ。》 父親力之進の言葉が脳裏に浮かぶのであった。 一方その頃、セレナはルワンゴの妻ドミンゴに、服を仕立ててもらっていた。 『コットの生地を使って、チュニックにしてみたわよ。あとは、ブーツを履けば長旅でも安心よ。』 『わ〜!カッコイイ!ありがとう!』 セレナは嬉しくなって、くるくると回っている。 その横で、ルワンゴがドロレスのバトルアックスを持ち、色んな角度から眺めている。 『こりゃ相当傷んでるな〜。一体どう使ったらこんな風になるんだ?』 ドロレスは、ルワンゴに修理を依頼したが、あまりにも痛みが激しく、新調することにしたようだ。 『ほら、これはお前さんが使ってる奴に1番近いアックスだ。“メガデス“って名付けた。古いドワーフ語で“ぶっ潰し“て意味だ。これを持ってけ。』 『うおお!こりゃ軽くて使いやすいな!ありがとう!お代はガラが払うよ!』 ガラは思った。これから世界を救う旅に出るというのに、何とも楽しそうな面々だ。彼らはその重みを感じているのだろうか。頼もしくもあるが、いささか不安でもあった。 準備は整った。ガラ一行は、マングー村に一晩泊まり、翌朝まだ東の空が白くなりつつある頃に出発した。 「サーティ平原」 マングー村から北西へ数日進むと、広大なサーティ平原へ出る。なだらかな丘陵地帯や、湿地帯、湖などが点在し、古代帝国の遺跡などもあった。 しかしながら、動物や魔物も多く、決して簡単な道のりではない。クァン・トゥー王国とエルフの国トトの国交は無い為、街道なども整備されていなかった。 ガラたちの旅はまだ始まったばかりではあったが、さっそくその過酷さが牙を剥き始めたのである。 『とりあえず、ここら辺までは魔導士の追っ手はなかったな。』 『ガラ〜…もう疲れた〜休もうよ〜』 『お前…さっきからそればっかだな』 『もう1週間も歩いてんのに、ずっと同じ景色だしさ、ホントに進んでんのか?あたしたち』 ドロレスが不満を漏らしている。 『お前は、1番歳上だろ?もっとしっかりしろ』 『歳上はセレナだろ!ドラゴンだし!』 『ドロレス!じゃあ私が飛んで持って行ってあげようか?』 『いやそれだけは勘弁!』 ガラは、マコトがいないことに気が付いた。 『あれ?侍はどうした?』 ドロレスは、丘の上で正座しているマコトを指差した。 『あいつはさっきから、景色に見惚れては、ああやって座って何か書いてんだよ。ガラ!なんとか言ってやってくれ。あいつ自由過ぎるぜ!』 マコトは正座をし、目を閉じ、精神を統一している。そして、目を開くと、短冊と筆を取り出した。 【草むらや 仰ぎ見る空広きかな わが夢と同じ広さよ 誠】 よし!と一言いったあと、マコトはガラの元へ走って行った。 『おい、あんま離れると道分からなくなるぞ』 『いやすまなんだ!あまりにも美しい景色であったので!そういや、丘の上から何やら遺跡みたいなのが見え申した』 古代帝国の小さな遺跡であった。ガラはそこで休憩することにした。 『ちょうど休むにはいいな。よし、ここで休憩だ』 ドロレスはガラに言った。 『なぁ、ガラ。トトに着いたとして、どうやって中に入るんだ?何か策はあるのか?』 ガラは懐から何かを取り出した。 『ルワンゴにも言われたんだが、特にない。で、これをポカロ山脈の麓にいる奴に渡せと言われたんだ。』 ルワンゴは、国交の無い国へ入るのは、容易では無いとガラに忠告し、まずはポカロ山脈の麓の村に住んでいる「スィーゲ・ネグィース」という人物に、この手紙を渡してくれとガラに預けた。その人物は、ルワンゴが昔一緒に鉱山で働いていた時の友人らしく、何かと助けてあげた恩があるのだという。 『なるほどね。まぁ、何もないよりはマシか…』 その時であった。セレナが何やら慌てている様子だ。 『ガラ!ドロレス!大変だ!』 『セレナどうした?』 『食料がもう無い!』 保存がしやすく重宝する玉ねぎ、瓶に入れておいた肉の塩漬け、小麦もどうやら底をついたようだ。 ガラは人数が多くなる分、食料の減りも早いと思った。欲を言えば馬やロバなど、荷物をたくさん運べる動物が欲しいところだが、後の祭りである。 『思ったより早いな』 『セレナがうまいうまいって食い過ぎなんだよ!』 ドロレスが不貞腐れている。 『おい、まこちょん。何か捕まえてこいよ』 ドロレスはマコトに食料調達を支持した。 『ええっ!拙者が?』マコトはモジモジしている。 『どうした?女狐に相応しい男になるんじゃなかったのか?』 ドロレスな悪戯っぽい顔をしてマコトに言った。 『ぐぬぬ…』(女狐め…と呟きながらドロレスを見る) その時、セレナが立ち上がった。 『大丈夫だよ!私が食べ物獲ってくる!』 『まさか、ドラゴンになる気じゃねえだろうな?』 ガラはセレナに忠告した。サーティ平原に入ったとはいえ、魔導士の追っ手が、いつどこに現れてくるか分からない。 『このままで平気だよ!』というと、セレナは鼻をクンクンさせた。 『…あっち!ビッグホーンみたいな臭いがする!』 ビッグホーンとは、巨大な牛と鹿の合の子のような動物である。基本的に群れを成しているが、稀に単体で行動するオスもいる。大きい個体だと全長5〜6メートル程にも達するものもいる。 セレナは咄嗟にスキッドローを持ち、走り出した。 『おいおい、ビッグホーンて、あのデカブツかよ?ギルド連中は、ビッグホーンに出会ったら突っ込んで来るから、一目散に逃げろって言ってたぞ…』 ガラとドロレス、マコトは、セレナの後を追った。 小高い丘の上に立つと、一頭のビッグホーンを追いかけているセレナを発見した。追いかけているのは、最大級の大物である。 『うわ!あいつマジでやる気だ!』 『なんと!勇ましき女子(おなご)じゃ!』 追われているビッグホーンは、くるりと体制を変え、セレナと面と向かって対峙するかたちになった。前の片足で土を払っている。鼻息も荒いようだ。 『マズいな。あいつ吹き飛ばされるぞ』 ガラはセレナに叫んで忠告しようとした時、ビッグホーンが物凄い勢いでセレナに突進してきた。 『やばい!』 その瞬間、セレナはくるっと回り込むようにジャンプし、紙一重でビッグホーンの突進を交わし、首にスキッドローを突き刺した。 『うまい!』 『やった!』 突進した勢いで、ビッグホーンは地面に倒れ込んだ。 セレナは喜んでいる。 『やったー!』 その時であった。セレナの後方から、物凄いスピードで馬に乗った何者かがやってくる。 ガラは叫んだ。 『遊牧民だ!セレナ!逃げろ!』 遊牧民とは、平原や高原を移動しながら生きる者達のことである。家畜や動物の皮などを交易したり、略奪したりして生活している。ほのぼのとしたイメージがあるが、遊牧民たちは、生まれて間もない頃から馬を与えられ、馬と共に生きる。非常に馬術に優れた民族であり、弓矢や攻撃魔法の技術も優れている。戦いにおいては、異常なほど統率の取れた動きをし、あっという間に国を滅ぼす力を持っている。中世の世界では、まさに最強最悪の民族と言ってよい。 セレナに向かって二人の遊牧民が馬に乗って迫ってきた。セレナは気付く間も無く、縄で縛り上げられ、連れ去られてしまったのだ。 『しまった!追いかけるぞ!』 ガラたちは遊牧民の後を追った。しかし、あまりの速さの為、見失ってしまったのだった。 『セレナ〜!』 ドロレスは途方に暮れたが、少し考えたあと、ガラに言った。 『あいつ…変身しないかな…』 ガラはそう言われた後、少し考えた。 『ああ、有り得るかもしれん。』 ガラたちは、遊牧民が去って行った方向へと進み、「ゲル」と呼ばれる遊牧民の移動式住居に辿り着いた。 そこには、裸のセレナのまわりを沢山の遊牧民たちが囲んでいた。何やら泣き叫ぶ者や、喜んで天を仰ぐしぐさをする者、セレナに対し、地面に顔を付けてひれ伏す者もいた。 ガラはセレナに言った。 『お前、変身したろ』 『ごめん、だって私を食おうとするから!』 『食おうとしたんじゃない!我々は、この女を嫁にしたい!』 『は?』 ガラは遊牧民が何を言ってるか一瞬分からなかった。 『我々は子孫を残す為に、女が必要!色んな村から連れてきて嫁にする!』 『めちゃくちゃなこと言ってるぞ』 ドロレスは呆れた様子だ。 『よめ?よめって何だ?』 『あんたと結婚…つまり、一生一緒に生きていくってことだよ。』 ドロレスが説明した時、遊牧民の一人は、ドロレスに向かって言った。 『お前も美人!嫁に来ないか?』 『あ?な、何であたしが遊牧民なんかと!』 しかし美人と言われてドロレスは少し顔が赤くなっている。 マコトは後ろの方からセレナを見て目を隠した。 『ど、どうでもいいが、まず服を着られよ!セレナ殿!』 セレナは律儀にもちゃんと服を脱いでから変身したようだ。服を着ながらセレナは遊牧民に向かって言った。 『私はもうこの男の嫁なんだ!だからあんたたちの嫁にはなれない!』 セレナの指はガラの方を指している。 ドロレスは、ガラの方を見て言った。 『え?そうなの?』 『あ、いや、そんなことは言ってねぇが…』 ガラは少し顔を赤くした。 『ガラ!私は決めたの!あなたと一生一緒に生きて行くって!』 『え?え?』マコトとドロレスは面食らった顔をしている。ガラも同じくであった。 『だから、あんたたちが私を嫁にするなら、ドラゴンになってこの家を燃やしてやる!』 遊牧民は、恐れおののいて、引き下がった。 『分かった!竜の女よ!どうか気を鎮まれよ!』 その時、ドロレスは閃いたような顔をした。 『分かった!ならば、お前たちの馬を寄越せ!そうすれば許してやる!』 こうして、ガラたちは、馬を手に入れることが出来たのであった。 ゲルを離れ、再び先程の遺跡に辿り着いた。ガラはビッグホーンの肉も持ってきていた。 『よし、今日はここで寝るぞ』 ガラは焚き木を重ね、手から火を出した。 『お前それズルいな』 ドロレスが言った。 ビッグホーンの肉が焼けて、香ばしい匂いが漂ってくる。一行は、それを串に刺し、頬張る。 ジューシーな肉汁が口の中に広がる。 『ん〜!ンマいなぁ!セレナでかした!』 ドロレスは上機嫌だが、ガラはやれやれといった表情だ。 『今回は何とかなったが、遊牧民てのは、かなり厄介なんだ。下手したら魔物よりタチが悪い。奴等はたくさんの部族がいるから、また出くわす可能性があるぞ。中には魔法使ってくるやつもいるんだ』 セレナは少し複雑そうな顔をした。 『…ごめん。獲物を獲るのに集中し過ぎてた。』 マコトは肉を頬張りながらセレナに声を掛けた。 『ま、まぁセレナ殿も、皆の為を思ってやったこと。次から気を付ければ良いではないか』 セレナはマコトの方を見て笑顔になった。 「うっ!可愛い…」マコトは顔が真っ赤になった。 『で、セレナは一生ガラと一緒にいるのか?本当に?』 ドロレスはニヤニヤしながらセレナに言った。 『…それは分からない。あの時は、あいつらが諦めると思ってそう言っただけ。ガラだって色々あるだろうし…』 セレナはチラチラとガラの顔を見ながら恥ずかしそうに言った。 ガラはその時、亡き妻「ウラ」の笑顔を思い出していた。セレナはいい子だが、彼女はドラゴンとして生きる選択を捨てたのだろうか。旅がひと段落したら、またコンパルサに戻るのだろうか。 また、老龍ヴァノやジェズィたちもこのままずっとオーブを守っていられるのだろうか。魔導士たちが再び徒党を組んで攻め込んできた時どうするのか。ガラは、セレナの気持ちも嬉しい反面、現実的にこの先がどうなるのかまったく分からず、困惑していたのだ。 『セレナ、お前はまたいずれコンパルサに戻るのか?』 『それは…』 セレナは答えに困っている。 『バッカだなぁ!ガラ!お前は女心が分かってない!こう言えばいいんだよ!』 ドロレスは、立ち上がって、親指を立てて自分に向けて言った。 『お前は俺が守ってやる。黙ってついて来いってさ!』 セレナはぷっと吹き出した。 『ば、馬鹿野郎…』 ガラは少し顔を赤くして向こうをむいた。 マコトはその様子を微笑みながら見つめていた。 「なるほど…女心とな…」 マコトはその夜、一句詠んだ。 【ついて来い その一言に 笑顔する 女心の難しきかな 誠】 その夜… サーティ平原の夜空は、満点の星で埋め尽くされていた。

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第1話「侍」 街道を歩く旅人たちは、ある満月の夜、不思議な光景を目にした。深淵なる森「コンパルサ」の奥にあるドラゴンの洞窟の山が突如轟音と共に、噴火し、火柱が空高くまで上がったのだという。しかし、その後噴煙も発生せず、噴石や火砕流などもなかった。旅人たちは、「あれはドラゴンの怒り」であり、何か不吉なことが起こる前触れでないかと噂したという。(「クァン・トゥー王国紀」より) ーーー朝。 新たなる旅立ち。ガラとドロレスは、セレナの傷が癒えたのを見て、さっそくエルフの国「トト」へ向けての旅を開始したのである。 コンパルサの守り神「老龍ヴァノ」が再び100年の眠りにつく直前に言い残した言葉。 「エルフの龍に危機が迫っている。竜の娘と共に、救ってくれ。」と。 ガラは、貿易都市パンテラで、魔導士アングラの陰謀を知り、世界に危機が迫っていることを感じざるを得なかった。女戦士ドロレスと共に、これは何としても防がなくてはならないと思った。 もし、あの魔導士たちに、老龍ヴァノが守っていたオーブを奪われていたら。一体世界はどうなってしまっていたのだろう。 「世界の均衡を保つ」とされるドラゴンのオーブ。それは世界で四つあり、各地でドラゴンが守護している。魔導士の長でもあり、クァントゥー王国の宰相でもあるアングラは、古代魔導帝国の研究により、そのオーブの別の利用法を編み出した。それは、まさしく「人心」をコントロールすることである。人々の憎悪、エゴ、怠惰を抑制し、「平和」な世の中を実現しようとする計画をアングラは練っていた。 しかしガラは、その計画に対し、強烈な程の違和感を感じたのだった。勿論ガラ自身、沢山の戦争を経験し、人々の憎悪や報復の連鎖を嫌というほど見てきた。だからこそ、その連鎖から逃れようと、勇者の隊から離脱していたのだ。アングラの計画が真実であるとするならば、人々の「憎悪」や「エゴ」がなくなり、確かに平和な世の中にはなるだろうと思った。 だが、それを実行する彼らの行動理念は、どこか胡散臭く、事実としてパンテラのギルドマスターであるギリオスや、ガラ自身を亡き者にしてもその「平和」を実現しようとする姿勢は、自らの理念に対する妄信ともいえる。ガラはそういった他の人間の犠牲もやむを得ないという考え自体が、まさに「エゴイズム」以外の何者でもなく、大きく矛盾していると思ったのだ。人は、自らを「悪」とはみなさないものである。しかし、その「正義」が歪んでいれば、それは悪ともいえてしまうかもしれない。 いずれにせよ、コンパルサのドラゴンのオーブは、ガラたちの手により、守ることができたのである。今後は老龍ヴァノのそばには、ハーフドラゴンのジェズィが常に居てくれるそうだ。 またいつ魔導士たちが来るかどうかは分からないが、ガラは、それはすぐではないだろうと思った。老龍ヴァノはエルフの龍の危機を伝えてきた。自身よりもまずは、そちらを優先せよとのことなのだろう。しかしながら、エルフの国は、コンパルサから、徒歩で約1ヶ月間はかかる距離である。行先には、だだっ広く、魔物や遊牧民たちが数多く生息しているサーティ平原や、標高5千メートル級のポカロ山脈、そしてそれを越えると、深いサイモン森林が続く。その奥にあるのがエルフ国家「トト」である。 ガラは、これはかなりの過酷な旅になるであろうと思った。そしてまずは、旅に備え、物資を調達するのが先決だと考えた。 『ここから一番近い村は…マングー村か。』 『え!マングー村!やった!』 セレナはまたマングー村の温かい人々に会えると知り大喜びだ。また彼女は、何より温泉がとても気に入ったのである。ガラの中では、魔導士たちとのあの激しい戦いの後の体を、癒したいというのもあった。 コンパルサから出て北西に進むと、サーティ川の支流沿いの開けた道に出る。そこをさらに北西に進むと、広い農園地帯が見え、奥の方に鍛冶場の煙突が見える。そこがマングー村である。マングー村は、コンパルサからパンテラまでのちょうど中間の位置にある。 そして、今日も鍛冶場の煙突からは、もくもくと煙が出ている。 煙と共に、温泉の独特な硫黄臭がしてくる。セレナは、この村を訪れたのはほんの数日前である。しかし、この数日間はまさに激動であった。 『マングー名物、“薬の出で湯“か!あたしは子供の頃来た以来だよ!』 ドロレスもマングー村で体を癒したいようだ。 ドロレスは、元々戦争孤児だった。パンテラの孤児院に引き取られ、15歳まではそこで育った。その後、彼女は生き残る為に、様々な知恵や、喧嘩(それこそ近所の悪ガキと対等に渡り合える程度の)などを身に付けていった。またギルドに出入りしては、ゴロツキや賞金稼ぎの連中と親しくなったり、元々読書好きなこともあって、様々な知識を得たりしていた。マングー村には一度賞金稼ぎの連中に付いていった時、仕事の帰りに立ち寄った場所であった。 ドロレスは、かつてクァン・トゥー王国の“勇者英雄隊“に加入する話を受けたことがあった。ギルドではすっかり名が知れ渡り、ギルド1番の稼ぎ頭だった彼女は、その腕を買われたのだった。身寄りが無い彼女にとっては、またとない絶好のチャンスだった。世間では、勇者英雄隊に入れば、貴族同等の扱いを受け、王国の庇護のもと、贅沢な暮らしも約束される。また土地や家も与えられ、子々孫々までの地位が守られるのだ。しかし、彼女はその話を断った。彼女は、地位や名誉、必要以上の金などまったく興味がなかったし、ギルドでゴロツキや賞金稼ぎの連中と付き合っている今の生活で充分満足だったのだ。それに、クァン・トゥー王国に取り入っている魔導士連中も好きになれなかった。街中では“治安維持“の名目で、憲兵たちと共に幅を利かせていたし、影で怪しい動きをしているのも、何となく察知していたのである。そんな中、ギリオスの一件があり、ドロレスの“勘“は“確信“へと変わったのだ。 今となっては、あの生活には戻れない寂しさもあったが、今は王国、いや、世界の危機だという実感が彼女を動かしていた。 マングー村の入り口付近に来ると、村の奥から少女が駆け寄ってきた。 『セレナ?セレナだよね!』 温泉宿クスーツの女主人マリルの一人娘ルナである。セレナとルナは再会を喜び抱き合った。 『この子がルナって子かい?』 ドロレスは仲良さそうにしている二人を見つめて言った。 『そうだよ!私の初めての人間の友達なんだ!』 『初めての?…っとじゃあガラは友達じゃないんだ』 ドロレスはガラの方を見ていたずらっぽく言った。ガラは聞こえないふりをしている。 『ガラは…友達っていうか…なんだろう。…男?』 『男?彼氏って意味じゃないよな?だとしたら、ただの男か!あはは!』 ドロレスはお腹を抱えて笑った。ガラはドロレスを見て鬱陶しそうな顔をする。 セレナにとって、ガラは友達という言葉はどこか違う気がしたのだ。もっと近いようで遠い。だが、恋人でもない。家族でもない。近寄りがたいのもあるが、遠ざけたくもない。でも、とても大切な存在であることは確かであった。 セレナはルナからもらった首飾りを見せた。 『ルナのおかげで助かったんだよ。』 『え?このマングーのお守りが?』 ルナによれば、この首飾りは、祖母から受け継いだものだという。祖母はそのさらに祖母から代々受け継がれてきたそうである。この始まりが、老龍ヴァノとマングー村の少女であったという事実は、実に不思議な繋がりである。 温泉宿クスーツの奥から、女主人マリルが出てきた。 『おやおや、お早いお帰りじゃないか』 マリルは満面の笑みを湛えて、一行を迎えた。 ガラは今までのいきさつを伝えた。 『あなたがマリルさん?特製ドリンク物凄く助かったよ!ありがとう!』 ドロレスはマリルに抱きついた。 『なるほど、色々あって大変だったね。さあ、体も疲れてるだろうさ。ひとっ風呂浴びるといいよ!』 マリルは一行を温泉に案内した。 『あ、そうそう、先客がいるからあまり騒ぎすぎないようにね!』 ここで、マングー村温泉の効能を紹介しよう。 クスーツの湯は、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、切り傷、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、動脈硬化症、糖尿病、高血圧症などの効能がある。また、美肌効果も期待できる。 まさに“薬の出で湯“との愛称で、旅人から親しまれているのである。 ガラは脱衣所で装備を脱ぎ、湯場に向かった。 やはり先客がいて、一人湯に浸かっていた。後ろ姿だが、長髪を下ろし、体付きは小柄だが、引き締まった筋肉をしているようだ。その先客は、ガラに気付きこちらを向いた。 『どうもこんにちは!』 『…どうも』 意外にも礼儀正しくあいさつをしてきた先客に対し、ガラは少し驚いた。さらに先客は続けて話し出した。 『お初にお目にかかる。拙者名はマコト、姓はリュウモン、水龍雷麟様のお告げにより、遥か東の果ての国エイジアより、ここクァン・トゥーへは参ったで候。』 独特な言い回しである。ガラはその言い回しよりも、「エイジア」という名前に度肝を抜かれた。 『え、エイジアだって?あんたエイジアから来たのか?いや、実在するのか?』 その先客“マコト“は、からからと笑った。 『いやはや、驚くのも無理はなかろう。船に揺られること半年、大陸に降りてすぐに地図を奪われて道に迷った挙句、盗賊に身包み剥がされ、食う物も無く行き倒れていたところを、この村のルワンゴ殿に拾われたという始末でございまする。何ともあい恥ずかしいことです。』 マコトは恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。 どうやら本当らしいとガラは思った。そして、さっきの言葉の中に何やら興味深い言葉も入っていた。 『水龍?』 『おっ!そなた水龍と聞いて分かり申すか?ここに来てから、何人もの人に水龍のことを伝えても、てんで分からなんだ。たしか、この国では、どらごんと申したかな。まるで信じてもらえん。拙宅は先祖代々水龍雷麟(ライリン)様に仕える由緒正しき家系であるのに。親父は第17代水龍守護地頭、龍門力之進ぞ。』 『水龍…ライリンていうのか、そっちのドラゴンは。』 マコトはガラがドラゴンについて詳しそうだと少し表情が明るくなった。 『そなた、ドラゴンに詳しそうであるな!名は何と申されたかな?』 『ああ、俺はガラってんだ。よろしくな。』 湯気でよく見えなかったが、たしかにこのマコトという男は、堀も浅く切長の目で、ここら辺では見かけない異国の人間の顔付きであった。 エイジアは東の海「竜嵐海」を渡った後にある島国である。あまりに遠方な為、一部の冒険家たちにしかその存在が明らかにされていなかった。 ガラは異国の人間に会うのは、勇者の隊で世界中をまわっていた時以来だった。 『で、ドラゴンだけどよ… とガラが話し始めた時、隣の女湯から声が聞こえてきた。セレナとドロレスである。二人は楽しそうに話している。 『セレナ、お前結構いい体してるよな〜』 『ふふっ!ドロレスも胸大きい!』 『こら、触んな!くすぐったい!』 ガラはマコトが言った「水龍のお告げ」という言葉が気になった。 『なぁ、あんたんとこのドラゴンは何て言ってたんだ?』 しかし、マコトの様子がどこかおかしい。顔は赤くなり目は泳いでいて、何やらぶつぶつと小声で言っている。 『お、お、お、女子じゃあ…』 ガラはよく聞き取れなかったが、マコトの様子が急におかしくなり、心配になった。 その時である。ドロレスが女湯の方から声をかけてきた。 『ん?ガラ?誰かいるのか?知り合いなのか?』 ガラが返事をしようとした時、セレナが男女湯の仕切り板の上に身を乗り出してきた。 『ガラの友達?見たいぞ!』 マコトは女性が苦手であった。生まれてこの方、女性は母の龍門圭子と男勝りの妹、麟子くらいしか満足に見たことがなかった。ましてや女性の裸などは夢の中の産物でしかなかった。セレナの露わになった上半身を見たマコトの脳内は、温泉の熱による物なのか、自分自身の興奮による物なのか、分からないほど熱くなっていた。そして、段々と気が遠くなるのを感じた。 マコトの父親、第17代水龍守護地頭、龍門力之進(リキノシン)は、ある日の朝、水龍雷麟が屋敷の隣の湖のほとりに現れたのを見た。雷麟は普段湖の中に棲んでいるとされており、力之進自身、その姿を見たのは初めてであった。 『我が眷族よ。そなたに伝えねばなるまい。遥か北西、エルフの国トトへ向かわれよ。エルフの龍に危機が訪れようとしておる。どうかそなたの力でかの龍の危機を救っていただきたく、何卒お願い致したい。』 そう言うと、龍は再び湖の中に戻っていった。 あまりの突然な事態に力之進は、慌てて一家一族に招集をかけた。しかし、このお告げをどう捉えるか。領地中の猛者たちを集めて長旅をするのか、そもそも領地の者たちは、お告げを信じるであろうか。信憑性を疑いながら、そんな長旅について来れる者たちはいるであろうか。しかもエイジアは、王はいるが、専政国家ではなく、国内でもさらに領地をめぐり小さな争いが絶えなかった。今ここで軍勢を率いて領地を離れれば、その間領地を守るものはいなくなり、その隙に領地が奪われる危険性がある。力之進は悩みに悩んだあげく、息子の誠をたった一人で旅立たせることにしたのだ。無論、一族総出で反対であった。誠は17歳になったばかりであった。力之進は、誠を跡取りとして、立派な「武士」として育てたかった。 誠は父親の思いを聞き、それを素直に受け止めた。むしろ、誠はその思いに応えたかったのだ。 床の間に座す父親の正面に座り、誠は三つ指を付き、深く頭を下げて言った。 『父上、水龍様のお告げ、この誠しかと引き受け申した。父上に代わって、エルフの龍を救い、一人前の武士として帰って来ることをお約束いたします。』 力之進は、誠の潔さ、実直さに感動し、立ち上がり、代々伝わる「龍の舞」を舞って息子を送り出したのだ。 『うーん…父上…どうかご安心くだされ…』 マコトはクスーツの休憩所で目が覚めた。どうやら気絶していたらしい。目の前には、セレナが心配そうに誠を見つめていた。これは夢か現(うつつ)か、信じられない程美しい銀髪の美女が自分を見つめている。マコトはまだ頭がぼーっとしていた。 『なぁ、これ“ふぐり“だろう?ガラも付いてた。ガラのより小さいな!』 マコトは夢だと思った。しかし、ガラが現れて、セレナの頭を小突いた。 『バカ!何言ってんだ。』 マコトは驚いて飛び起きた。 『あー!!!』 ドロレスは、飲んでいたミルクを吹き出した。 『おいおい!どうしたんだよ?』 『わりぃな、こいつは元々ドラゴンでな。』 ガラは説明しようとしたが、マコトは混乱して涙を流しながら喚いている。 しばらくして落ち着いたマコトは突然、正座をし、目を閉じて深呼吸した。 そして、細長く固い紙を持ち、筆を取り出し、そこに書き出した。 【赤っ恥 湯けむり美人に ふぐりみせ】 『それ、どこから出したんだ?』 ドロレスが笑いながらマコトを見ている。 心が落ち着いたマコトは、衣服を着、髪を整え、ゆっくりと今までの経緯を語った。ガラは、エイジアのドラゴンも同じ危機を伝えていることに驚いた。セレナは、この不思議な若者に興味津々であった。ドロレスは、誠の頭の上に注目した。 『なぁ、その頭の上のとんがってる棒みたいなの何なんだ?髪の毛か?』 『これはちょんまげでござる。』 ドロレスは(ちょんまげ)という言葉に笑い転げた。マコトはムッとして、ドロレスに言った。 『そなたは、侍の魂を馬鹿にするか!』 と、腰に手を当てるが、刀を取られていることに気が付き、愕然とし手を床についた。 『しまった!盗賊にわが雷切丸(ライキリマル)を盗まれてしまっていたのだった!』 『ごめんごめん!悪かったよ。なぁ、ガラ。こいつ楽しいからさ、あたしたちの仲間にしようよ!』 ドロレスの提案に、マコトは一瞬驚いた。そして、チラチラとセレナの方を見て少し顔を赤らめてこう言った。 『元々は武者修行の一人旅であった。しかしながら、共に龍のお告げで、出会った者同士、これも何かの縁でござろう。ぜひお供に加えていただきたく存じまする候。』 と深くガラにお辞儀をした。ガラも確かにこれは不思議な縁だと思った。そして、遥か遠方から一人でここまで来たという事実が、彼の生存能力の高さを物語っていた。ガラは快く承諾した。 セレナは仲間が増えてとても楽しそうだ。 『マコちょん!よろしくな!』 『ま、ま、マコちょん…』 マコトは心の中で思った。女性は苦手であるが、いずれ自分も妻を娶る時が来るやも知れぬ。これも武者修行の一環であると。 18歳になった彼の頭の中には、セレナの白い肌が焼き付いて離れなかった。

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忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第一章「老龍編」

第7話「夜明け」 ーーー曙。 東の空から、朝日が顔を出す。キラキラと森を照らし、爽やかな風が頬を優しく撫でる。森の木々が風になびき目を覚ます。鳥たちがさえずり出す。 竜の洞窟は、ガラの渾身の技「ファイヤー・ハウス」によって、すっかり姿形を変えてしまった。天井は全て吹き飛び、洞窟の上部は爽やかな青空で広がっている。 ガラは地面に刺さった剣に手をかけたまま、力無く膝をつき俯いている。ドロレスは優しくガラの肩を抱き寄せた。 『ガラ…仕方なかったんだ。お前は悪くない。セレナは…オーブを守ったんだ。彼女は使命を果たしたんだよ。』 『ガラという、気高き炎の戦士よ。我が老龍を、ロンフォ(オーブ)を、よくぞ守ってくれた。竜の民を代表して心から礼を言う。本当にありがとう。』 ジェズィは、ガラに対して跪いて敬意を表した。 『いや、そもそも…元はと言えば、俺がドラゴンを倒しちまったからこうなっちまったんだ。あんたらも…本当にすまねえ…』 ドロレスは言った。 『ガラ、魔導士たちは古代の技術を研究して、どんどん力を付けてる。遅かれ早かれドラゴンのオーブはいずれこうなる運命だったのさ。』 『さよう、確かにドラゴンの霊力は失われつつある一方だった。危機が訪れることは、ヴァノから既に教えられていたのだよ。』 ジェズィは言った。 『シャキーラ…竜人である我が最愛の友も失ってしまった。だが、彼女は最後に竜族として誇り高き使命を遂げたのだ。セレナも同じく。』 その時、低く腹に響くような声がした。 『火の民の子よ…そなたに伝えねばならぬ…』 ヴァノが口を開いた。 『!?竜のじいさん!死んでなかったのか!』 『遥か北方…エルフの龍に危機が迫っておる…どうか…我が愛しき一族と共に…救ってあげてはくれぬだろうか…』 ガラはヴァノの方を向いて答えた。 『愛しき一族?このハーフドラゴンを連れてか?』 『否…そのものはここを守る定め…竜の娘だ…』 ドロレスは言った。 『竜の娘って、セレナはさっき… その時であった。 ジェズィは空を指差した。 『ん?あれは…』 ガラとドロレスが目を凝らして見上げる。 空に何やら黒い球体が浮かんでいる。 ふわふわと浮かんでいるその球体はしばらくするとやがて下降しだした。 『なんだあれは?』 ガラとドロレスはその球体の近くまで行った。 球体は地面に降り、ゴロンと転がった。 ドロレスは表面をよく見て、臭いを嗅いだ。 『焦げ臭いぞ。この黒いのは“焦げ“だ!』 ガラはそれに触れると、熱さを感じた。 『熱いな…まるで、さっきまで燃えていたような…』 ドロレスもそれに触れた。 『熱ッ!お前よく触れるな!これとんでもなく熱いぞ!』 『俺は火の民の血を引いてる。このくらい全然平気なんだ。しかし、これは何だ…』 『まさか!』 ドロレスとガラは、瞬間的にその球体から離れた。二人は、魔導士の不思議な古代技術か何かではないかと、咄嗟に感じた。 しかし、何も起こらない。ドロレスは、バトルアックスを持って、その球体を叩いてみた。 コン!というその音は、中が空洞であるかのような音だ。その瞬間、ピシピシと球体にヒビが入っていき、次第にバラバラと崩れていった。 その時、その球体のかけらの下から、白い手がだらんと垂れ下がった。 『…!?』 ガラはとっさに、そのかけらを手で払いのけた。 『セレナ!』 白い肌、銀色の髪、それはまさしくセレナだった。 『おい!しっかりしろ!』 セレナは体中、傷と火傷だらけだった。 その時、セレナの顔がかすかに動いた。 『う…う…』 『まだ息があるぞ!』 その時、ジェズィが叫んだ! 『セレナをこっちへ!』 ガラたちはセレナを抱き抱え、ジェズィの元へ運んで行った。ジェズィは、洞窟の通路を通り、地下水が湧き出ている場所へと案内した。 『ここは…俺がセレナに助けてもらった場所だ』 『よかった。まだ竜草が生えている。そこに寝かせておくのだ。』 ドロレスは泣きじゃくっている。 『うっ、うっ、よがっだ、よがっだよぉぉ〜!』 『まだ、気が抜けねえぞ!酷い火傷だ。それにあいつに刺された箇所が多い。』 確かに、大蜘蛛の長く鋭い爪に何度も刺されたその体は、無惨の一言だった。しかも、ファイヤーハウスの業火による火傷も凄まじかった。 おそらく普通の人間であればとっくに命を落としていたであろう。ドラゴンがゆえの脅威的な生命力と言ってよい。 『ガラよ。心配するな。この程度の傷なら竜草がたちまち治してくれようぞ。』 ジェズィはそう言うと、竜草を手ですり潰し、地下水と混ぜ、ペースト状にした。それをセレナの傷に、丁寧に塗っていく。 『これでよし、あとはしばらくここで休ませるが良い。お前たちも疲れたであろう。そこで休んでいなさい。』 ジェズィは、森の中に入っていった。 セレナは生きていた! その実感が、喜びが、安堵が、じわじわとガラの心の中から湧き上がってきた。 ガラの表情はまだ厳しかったが、涙が頬を伝うのは止められなかった。 ドロレスは、ガラの様子を見て、優しく抱擁した。二人は喜びを噛み締めあった。 一方その頃、クァン・トゥー王国の首都「サーティマ」その中心部に位置する「クローサー城」。 王宮内の玉座の間では、冷たい大理石の床を歩き回る一人の人物がいた。その人物は、若い男性で年齢は二十歳。豪華な金糸のマントをまとい、金の上に宝石が散りばめられた王冠を被っていた。しかしながら、体付きは華奢で小柄であり、その絢爛たる装いとは裏腹な、若干の頼りなさを感じざるを得ない。 その男の名は、“トレント・ダウンワード5世”その人である。 彼は、苛立っていた。というより、常に苛立っている。それは、3年前突如として亡くなった宰相「マンソン卿」が謎の死を遂げてからだった。 マンソン卿は、彼が物心ついた頃からの世話役でもあり、育ての父親的な存在でもあった。困ったことや、父親である王に叱られた時など、何でも相談に乗って励ましてくれる、心の柱のような存在であった。 先代の国王“トレント・ダウンワード4世“は、病で亡くなる直前に、まだ若き王位継承者である息子を支えて欲しいと、マンソン卿に宰相の地位を授けてこの世を去った。 王妃は既に病によりこの世を去っており、まさに若き国王は、マンソン卿を心の拠り所としていたのである。そして、そのマンソン卿が謎の死を遂げた。当初、暗殺などの陰謀が噂されたが、証拠などは一切出てこなかった。 クァン・トゥー王国は、王トレント・ダウンワード2世の頃、港や街道の整備、貨幣の創設など、様々な内政力を発揮し、小国を一代で大国と肩を並べる国へと成長させたのである。 しかしながら、血筋として病気がちな者が多く、祈祷や儀式など様々な祭事を司る「祭司官」というポストが重要視されていった。 そこへ現れたのが、アングラという男である。 アングラは片田舎出身の平民の出自であり、幼い頃から病気がちな子であった。外で遊ぶのを拒み、本ばかり読んでいて、周りから蔑まされて育った。母親との死別、父親からの暴力、継母からの嫌がらせなど、辛酸を舐め尽くした人生であった。唯一の人生からの逃避が本であった。物語や伝記、はたまた学術書など、様々な本を読み漁った。取り分け惹かれたのが、古代魔導帝国関連の書物であった。なぜ千年もの長きに渡る繁栄を築いたのか、なぜ崩壊したのか、謎が謎を呼び、益々没頭していくのであった。 気が付けば、彼は国のどの学者よりも古代魔導帝国について詳しくなっていた。座学では物足りなくなった彼は、実際に遺跡に入っては、遺物を発見し、独自の研究を重ねていくのであった。 また、古代魔導帝国の魔法も研究し、マスターしていった。斬新な魔法は、注目を浴び、彼に習おうと弟子入りしてくる若者も少なくなかった。 そんな中、クァン・トゥー王国が目を付け、祭司として引き入れたのである。祭司として、王族にまつわる祈祷や、儀式、冠婚葬祭など様々な諸行事を仕切っては、自分なりに解釈していき、古代帝国流にアレンジしていった。 若きトレント王にとって、祭司の存在は少し不気味で不思議な存在だった。マンソン卿の死によって、突如宰相の座が空いたのは悲劇であったが、王国の繁栄のために、最も勤勉で熱心だったのが、アングラであった為、彼が暫定的に宰相になるには充分な素質があると推薦されたのである。 トレント王は、アングラより常々古代魔導帝国について聞かされていた。熱を帯びて語る姿には、説得力があった。古代帝国の技術は、我が国の宝であり、これを復活させれば、他国の追随を許さない一大帝国を築けると。若き王は次第に魅了されていき、その壮大な計画に賭けてみたいと思った。そして、その鍵となる存在がドラゴンのオーブだったのである。 オーブ奪取計画は、着々と練られていった。しかし、それはガラという一人の男によって打ち砕かれてしまった。 若き王は、アングラを呼び出した。 玉座の間の絢爛たる扉が開かれた。 『トレント王よ。ご機嫌麗しゅう。』 『アングラよ。聞いたぞ!トーレスがやられたというではないか!我が国最強の魔導士だぞ?一体どうなっておる!』 『陛下。どうか落ち着いてくだされ。トーレスの敗北は誠に悲しきこと、すべて我が責任にありますゆえ。しかしながら、陛下。私はこれを逆に好機と捉えておりまする。』 『どう言うことだ?』 『ドラゴンの存在が明らかになった今、世界各国に伝説となっているドラゴンもまた実在すると。』 『うむ、続けよ。』 『例えば、北方エルフ国家トトのエズィール。東方の辺境国エイジアのライリン。そして南方砂漠の国サーバスのアディーム。そして我が国のヴァノです。』 『ほほう。』 『我が国のヴァノの存在は、正直誤算でした。数千年いや、それ以上長きに渡る生息記録が文献にあります。まさか未だにやつが生きてるとは思わなんだ。』 『それは驚いた。そいつにやられたのか?トーレスは?』 『さよう。ヴァノと結託したガラは、竜の巫女も味方に付け、また、かつて我が国の“勇者英雄隊“候補にもあがった女戦士ドロレス。かような猛者達を従え、トーレスら魔導士たちを亡き者にしたのです。』 『トーレスは悲運だったな。』 『勿体なきお言葉。ですが、彼らの尊き犠牲によって、今はまだヴァノが守護するオーブ奪取は時期尚早と判断出来たのでございます。』 『では、他国のオーブを頂こうと言うわけか。そう簡単に行くのか?』 『エルフ国家トトのエズィール。私はそこに目を付けました。』 アングラ曰く、エルフ国家(トト)は地理的に高い山々と深い森に囲まれている為、他国からの侵略も少なく、長年に渡る平和を築いてきた。よって、軍事力も最小限に抑えられており、入国も容易いという。 トレント王は、顎を触りながら言う。 『うむ、しかしながら、ここからトトまで約半月、いやそれ以上かかるやも知れぬ。そんな長旅をしながらオーブ奪取など並大抵のことではないだろう。一体誰がそれをやるのだ?』 アングラはニヤリと笑みをたたえた。 『かの者をここへ。』 アングラは家来に伝えた。 玉座の間の扉が開くと、そこには一人の男が立っていた。褐色の肌に黒髪、銀の胸当てを付け、腰には獅子をあつらったサーベルを下げている。 『勇者アマダーンでございまする。』 『なんと勇者!貴様、トトと戦争を起こすと申すのか?』 トレント王は驚いた。勇者を召喚したということは、その国最強の軍事力を持ってことにあたるということである。 『勘違いなさっては困りまする。むしろ狙いは逆にあります。』 アングラは、これを機にトトと正式に国交を結ぶというのである。勇者に親書を持たせ、エルフの王に渡す。その後ゆっくりと国を視察する。 『もちろん、視察という名の“偵察“ですが。そこでエルフのドラゴンの情報を調査、あわよくばオーブを奪取するという算段でございます。』 トレント王は頷いた。 『しかし危険すぎなしないか?』 『クク、それをやってのけるのが、この男でございます。』 アングラは勇者アマダーンをとても高く評価していた。どんな難易度の高い任務も淡々とこなす。時に目を覆うような非情な任務でさえも。彼の実力も凄いが、忠誠心だけは特にずば抜けていた。 『王よ。よろしいでしょうか?』 アマダーンは口を開いた。 『うむ、なんだ?』 『ガラは、かつての私の盟友でした。この度の彼の行動は、まさに国家への反逆。既にわが隊を離脱したとは言え、その責任の一端は私にもあります。もし仮に、再びガラとその一行が、我々の計画の邪魔をしてきた時、私が責任を持って彼らを処罰すると約束しましょう。』 『ほう、それは心強い。よし、そなたに任せるとしよう。』 こうして、クァン・トゥー王国最強の戦士、勇者アマダーンがエルフ国家「トト」へ向け出発したのである。 コンパルサ(深淵なる森)、ドラゴンの洞窟では、ガラとドロレス、そしてハーフドラゴンのジェズィが焚き火を囲み、休息を取っていた。 『エルフの都は何処にあるんだ?老龍は遥か北方と言っていたが。』 ジェズィはコンパルサから出たことはない。竜族たちはこの深淵なる森で、人間たちに見つかることなくひっそりと暮らしていたのだ。 『たしか、この森を抜けて、サーティ平原を抜ける。そのあと、ポカロ山脈に出て、そこを越えて、また森を抜けて…まぁ、ざっと1ヶ月ってとこかな。』 ガラはかつて勇者と共に様々な国々へ旅をしたことがあった。 『い、1ヶ月!?結構な長旅じゃないか!』 ドロレスは驚いた。 『ああドロレス、お前も来るだろ?どうせもう家には帰れんだろうからな。』 『そ、そうだけど…軽く言うなぁ。』 ドロレスはそう言うと、セレナの方を向いた。 『…まぁ、あんたがあの子にちょっかい出すことはないと思うが。女の子一人、しかも長旅となっちゃあ、色々不安だよなぁ…』 セレナはすやすやと寝ている。どうやら竜の薬草が効いているようである。 ガラはこれからの旅は、過酷な旅になるだろうと予想した。何故なら、クァン・トゥー王国から追われる身となってしまったからである。 何も起こらず、そのままトトに辿り着くとは思えなかった。内心、ドロレスの力は必要だと考えていたのだ。 『分かった!あたしも行くよ!そのエルフのドラゴンとやらを見てみたいし、武者修行と思って行くさ!…セレナも心配だしな!』 『よし!そうと決まればすぐにでも出発したいが…まずはセレナの回復を待って、その後物資を調達しねえとな。ここから確かマングー村が近いな。』 『おっ!温泉の村か!あたしはここ何年も行ってないな〜』 『お前…遊びに行くんじゃねえんだぞ』 そして、その夜。セレナが目を覚ました。 『…私、生きてる?どうして…?』 ドロレスは、意識が戻ったセレナに抱き付いた。 『セレナ!よかった!本当に!もう大丈夫だよ。あの蜘蛛野郎は死んだ。ヴァノもオーブも無事さ!』 『ドロレス…ガラは?』 『あいつは夕飯を獲りに行ってる。そろそろ帰ってくるんじゃないかな。』 ちょうどその時、ガラが帰ってきた。手にウサギや鳥などの獲物を持っている。ドロレスがセレナが目を覚ましたことを伝えた。 『セレナ…よかった。』 『ガラ…』 ガラは何かを言おうとした、その時。 セレナは起き上がり、ガラに抱き付いた。 『ガラ!ガラ!もう会えないと思った!』 『…そうだな。俺もそう思った。』 その二人を見つめ、ドロレスは涙した。そして、二人を優しく抱擁した。 その時、セレナのお腹がぐぅ〜と音を立てた。 ガラとドロレスはぷっと吹き出した。セレナは顔を赤くして笑う。「さ、食おう」とガラは食事を用意した。 改めて三人は、焚き火を囲みながら、生きていることを実感し、安堵した。 『しかし、セレナ。ガラのあのとんでもない技でよく生きてたな。なんだあの黒い玉は?セレナの隠し技か?』 『黒い玉?』 セレナは何も覚えていないようだ。 その時、またしても低く響く声がした。 『あれは…竜の魔除け…』 ガラとドロレスは驚いた。 『じいさん!急に話すなよ!ビビるぜ!』 『竜の魔除け?』 『さよう…お前達が生まれる遥か昔、近くの村の娘に我が授けたのだ…懐かしいな…』 『これのこと?』 セレナはマングー村で、ルナにもらった首飾りをぎゅっと握りしめていた。 『ドロレスがダガーを私に投げた時、ダガーに巻き付いてたんだ。それをずっと握ってた。』 ヴァノ曰く、マングー村の少女がある日、誤ってコンパルサに入り、道に迷ってしまった。ヴァノはその少女を助け、村へと案内してやった。少女はとても喜び、お気に入りのおもちゃをくれた。そのお返しに、竜の霊力を込めた魔除けを少女にあげたとのこと。魔除けは、魔物を遠ざけたり、魔法から身を守ってくれる効果があるそうだ。 『そんなすげぇもんなのか、その首飾りは…』 『ルナ、ありがとう』 セレナは再び首飾りを付けた。 ヴァノは、セレナに伝えた。 『我が愛しき一族よ…エルフの竜を危機から救うのだ…そして、かの竜はお前を新たな道へと導くであろう…』 そう言うと、ヴァノはゆっくりと目を閉じ、顎を地面に付けた。 『じいさん、死んじまったのか?』 『ううん。また長い眠りについただけ。ありがとうヴァノ…本当に良かった。無事で。どうか安らかにお眠り。』 セレナはヴァノの顔に抱きついてさすった。 ジェズィは言った。 『皆のもの。道中どうかご無事で。ここは私が守っているから安心するのだ。』 ドロレスはジェズィの肩を軽く叩いて言った。 『あんたには助けられたよ!あの時あんたが飛び出して来なきゃ、あたしたちは全滅だったからね!ここはよろしく頼んだよ!』 『これからはかなりキツイ旅になる。心して行くぞ。』 『おーっ!』 セレナが楽しげに拳を突き上げる。 『…なぁ。』 ドロレスは急に深刻な顔になった。 『?ドロレス、どうした?』 『またあたしを、“持ち上げ“たりしないよな?』 ガラは、ドロレスとセレナのドラゴンに抱えられて来たことを思い出した。 『ははっ!大丈夫さ。とりあえずここら辺は魔導士がまだいるかもしれん。基本的に徒歩で行くさ。心配すんな!』 『ほっ…よかったぁ〜』 高いところが苦手なドロレスを見て二人は笑った。 ーーーそして、朝が来た。 また新たな旅へと彼らは出発するのだった。 第一章完。

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忘れがたき炎の物語 第一章「老龍編」