判虹彩

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はじめまして!ばんこうさいと申します。よろしくお願いします。 「忘れがたき炎の物語」ご感想などいただけると嬉しいです! Xアカウント↓ @Pinchoconyaas

忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」

第3話「吸血鬼」 その男は、つばのおおきな羽付き帽子を被り、青のローブを身につけ、足の先が尖って上に向いた靴を履いていた。目付きは自信に満ち溢れ、帽子の下は艶のある黒髪である。年齢は20代後半くらいの人間種である。 彼の名は「アントニー・キールズ」 クァン・トゥー王国の勇者英雄隊であり、世界屈指の魔法使いである。 「ああ…フリン!フリン!お前は一体ここで何をしてるんだ?こんな危険なところに、俺のような“大魔法使い“でもいなきゃ、命が幾つあったって…」 そこまで言うとアントニーは、フリンの顎を持ちクイっと上げた。 「足りないぞっ」 フリンは、ふうとため息をつき、アントニーのとんがった靴の上、即ち足の甲あたりを力強く踏ん付けた。 「まったく!相変わらずだなお前は!心配したこっちが損した!」 アントニーは、足を押さえて悶絶している。 「ぐおおおああ!相変わらず冗談の聞かん奴だ!」 サンボラがアントニーに歩み寄り言った。 「久しいなアントニー、無事で良かった。フルシアンはどこだ?」 アントニーは、サンボラを見上げて言った。 「ん?ブラインド・ガーディアンの長が何でフリンと一緒にいるんだ?」 エズィールも歩み寄ってきた。エズィールは、自己紹介しようとしたが、アントニーが制止した。 「待て!ここは危険だ!俺について来い!」 アントニーは、くるっと振り返ると走り出した。 フリンたちはアントニーの後を追った。 神聖ナナウィア帝国の首都アイウォミの都市は、路地が入り組んでおり、かなり複雑な構造であった。灌漑設備や排水設備も整備されており、至る所に水路も通っている。 アントニーは、いくつかの路地を曲がり、水路を飛び越え、地下通路に通じる川沿いの薄暗い小屋の中へ入っていった。 「ここは何の小屋だ?アントニーが寝泊まりしてるのか?」 フリンはアントニーに尋ねたが、アントニーは人差し指を口に当て、床に敷いてあった薄汚れたカーペットを剥がした。 ぶわっと埃が舞い、床が剥きだにしなった。しかし、その床にはよく見ると、鉄で出来た取手のようなものが付いていた。 アントニーは取手を持ち、「よっと」と声を出して床を開けた。床には四角い穴が空いており、そこから梯子がかけられ、地下に通じていたのである。 アントニーは、さっと梯子を伝い下に降りていった。 「足元気を付けろよ」 アントニーはただ一言を発し降りていった。 フリンたちも彼に続いて梯子を降りていった。 梯子を降りると、地下通路があり、そこを通ると少し開けた空間に出た。そこまで来るとアントニーは振り返ってようやく口を開いた。 「大丈夫か?誰かにつけられてないか?」 サンボラは答えた。 「ああ大丈夫だ。後ろを見ていたが、誰も来る気配はない」 「それはよかった。何せこの国は今や“戒厳令“の様な状態なんでね。誰かに見られちゃあっという間にお縄になっちまう」 アントニーは、エズィールを見て話しかけた。 「俺の見間違えかもしれんが、あんたさっきドラゴンになってなかったか?」 エズィールはニコリと笑って答えた。 「さよう、わしはエルフのドラゴン。エズィールだ」 アントニーは、エズィールを見て言った。 「ドラゴンか、凄いな!本当に居るんだな!変身能力があると聞いたが本当だったとは」 アントニーは、エズィールの肩をパンパンと軽く叩くと、さらに奥の通路へと歩き出した。フリンたちも後を続いた。歩きながらアントニーは話し出した。 「で?なぜここにフリンとサンボラ隊長とドラゴンがいるんだ?」 エズィールは事の顛末を語り出した。 「なるほど…通りでサーティマから何の音沙汰も無かったわけだ。とはいえこちらも色々と“ゴタゴタ“があってな」 アントニーは、スレイヤ城にいた従者の言っていた通り、貿易協定が暗礁に乗り上げ、途方に暮れていたところに、ある人物から手紙を受け取ったのだという。 「手紙?あたいらと同じじゃないか」 フリンは、城の外で謎の女性から手紙を受け取ったことを話した。 「ああ、“ぼっちゃま“からの手紙だろ?それは俺も受け取ったさ。外国からの使者に手当たり次第に渡してんのさ。まったく…バレたら自分の身が危ういってのにな」 アラヤ王は、使いを通して手紙をすべての国の使者に渡していた。ケリー公爵の言っていた例の法律が制定されてからは、アントニーがその手紙を回収し、事なきを得ていたというのである。 「なぜ回収を?アントニーは王様の言う通り王妃を助けないのか?」 フリンは首を傾げたが、アントニーは話を続けた。 「ああ、勿論そのつもりだぜ。だが今すぐって訳じゃない。今騒がれちゃせっかくの“計画“がパーてことになるからな」 サンボラが言った。 「“計画“とは?」 その時、通路の先に頑丈な扉が現れた。 コンコンとアントニーが扉をノックすると、扉の小窓が開き、ギョロっとした目が覗いた。すると低い声がした。 「合言葉を…」 アントニーは、静かにゆっくりと話した。 「自由の天地」 すると、扉の奥からガチャリと音が聞こえ、ギギギと軋む音を立てて扉が開いた。 扉の奥から黒装束を見に纏った男が現れた。 「アントニーか。してそちらの方々は?」 アントニーは男に言った。 「彼らはクァン・トゥーからやってきた使者だ。シャーデはいるか?もしくはシイルでもいい」 男は低い声で答えた。 「シイルが奥にいる」 扉を通り、奥へと進むと、洞窟のような大きな空間が目の前に広がった。壁は木枠で補強され、整然と灯りが灯されていた。 十数名の男女が黒い装束に身を包み、何やら地図を広げて話し合ったり、剣や弓矢を整備したりしていた。 するとその中の一人がアントニーたちに気付き、近寄ってきた。 「アントニー!さっきまた魔法を使ったのか?ストリゴイたちが大慌てで逃げてったぞ!…おや?そちらの人たちは?」 アントニーは、軽く咳払いするとフリンに言った。 「フリン、俺は彼からもう一通の手紙を受け取ったんだ。その“おかげで“今ここにいるのさ…」 「へ?」 フリンはその声の主を見た。 その男は爽やかな笑みをたたえ、茶色の髪を後ろで束ねており、黒いレザーアーマーを身に付けていた。腰には剣を差している。年齢は30歳くらいであろうか、長身だが細身でしなやかな体つきである。 アントニーは、その男にフリンたちを紹介した。そして、その男はフリンに手を差し伸べ、握手をした。 「ようこそ!“ランドオブザフリー(自由の天地)“へ!俺の名はシイル。よろしく!」 エズィールとサンボラも彼と握手をした。 「“ランドオブザフリー“?」 シイルは爽やかな笑顔で答えた。 「アハハ!そう!我らこそ神聖ナナウィア帝国を憂い、救おうとしている自由の戦士たちだ!ハハハ!」 アントニーは、吹き出しそうな顔をしてフリンに言った。 「こいつ、ひたすら爽やかだろ?笑っちまうよな!まぁ、いわゆる“レジスタンス(抵抗運動)“ってやつだ」 アントニーの話によると、シイル率いるレジスタンスは、ケリー公爵の圧政が活発化した時に結成されたそうだ。 彼はハンネ王妃と内通し、皇室の内部事情を詳しく把握していた。 当初ケリー公爵は、ハンネ妃とアラヤ王を陰ながら支える立場で皇室に居たそうだが、突如隠居していたはずのランディー伯爵が現れ、ケリー公爵こそ真の皇位継承者だと主張した。ケリー公爵は、次第にその主張に踊らされ、アラヤ王とハンネ妃を失脚させようと画策し始めたそうである。シイルは続けた。 「おかしいのは、ランディー伯爵がなぜ今ここに現れたのかなんだ。彼は既に90歳を過ぎた老人だ。トゥームーヤ皇帝が亡くなったと同時に皇室の教育係を引退したはずなのにな…」 シイルは、そこで一枚の肖像画を取り出し、フリンたちに見せた。その肖像画に描かれているのは、白髪で顔に皺をたくさん刻んだ老人であった。目も虚ろで、白い髭も垂れ下がっている。 「これは誰だ?」 サンボラが尋ね、シイルは答えた。 「これは引退する日の記念に描かれたランディーの肖像画だ。ハンネ妃から譲り受けたんだ」 フリンたちは驚いた。先程城で会ったランディー伯爵は、背筋がすらっと伸び、白髪だが髭は凛々しく、話し方もしっかりしていた気品ある初老の男性といった印象であった。とてもその肖像画に描かれているのが同一人物とは思えなかったのである。 シイルはさらに続けた。 「不審に思った妃が、我々に調査を依頼したんだ。そこで偶然出会ったのが、アントニーたちだった」 アントニーが話し出した。 「俺とフルシアンは、確かにそのランディーとかいうやつが裏でケリーを操っているのではないかと直感していたんだ。俺たちの協定が突然破談にされたんだからな。そして、城の外でシイルに手紙を渡された俺たちは、ここへ案内された。そこでその肖像画を見てさらに疑念が湧いた。フルシアンは、レジスタンスのもう一人『シャーデ』と共にランディーの家を尋ねた…」 すると、フリンたちの後ろから声がした。 「…すると家には何も無かった。いや、それどころか使用人すら一人も居なかった。娘や息子たち、家族さえもな…」 フリンは振り返った。そこには、ハーフエルフの男性が立っていた。その後ろには、赤い髪の女性が立っている。 「フルシアン!」 フリンは、そのハーフエルフに抱きついた。 彼は、勇者英雄隊の弓の名手「フルシアン・スロヴィアク」であった。 フルシアンは、比較的若いハーフエルフであり、アントニーと同じくらいの年齢であった。身長はさほど高くなく、フリンと同じくらいである。長く濃い緑色の髪の毛を後ろで束ね、背中には獅子の頭の飾りが付いた弓矢を背負っていた。 その後ろの女性は、シイルと共にレジスタンスを率いているリーダーの一人「シャーデ」である。 彼女は、人間種の女性で年齢は20代後半くらい、赤い髪だが男性のように短く切られており、シイルと同じ黒のレザーアーマーを着用している。腰にはレイピア(細身の剣)を差している。 フルシアンは、フリンたちに話を続けた。 「久しぶりだな。で、さっきの続きだけど…」 フルシアンは、ランディー伯爵の家の様子を語った。 元々ランディー伯爵の家は、広大な農地を所有しており、小麦や、葡萄、オリーブなど沢山の農作物を栽培していた。使用人も数多く、家族は妻、娘が一人、息子が二人いたという。 フルシアンは、まず荒れ果てた果樹園や畑を目にした。使用人は一人も居らず、それどころか、まるで突然どこかに連れ去られたかのような状況であったという。何故ならば、家のテーブルには食事が並べられ、使用人が干したであろう洗濯物も掛けられたままだったというのである。 「おかしいのは、腐敗した食事があるのにも関わらず、ネズミ一匹居ないってことなんだ。不気味だろ?そこで、ある地下室の出入り口を見つけたんだが、そこで何者かの気配を感じたんだ」 シャーデが話を続けた。 「家での調査はそこで終わり。その後私たちは近くの集落へ行き、聞き取り調査をしてみたの」 シャーデの話によれば、ある日突然ランディーの家から灯りが消え、昼間は誰も外に出なくなったという。しかも、夜中にその家の近くを通った多くの人が「ある者」を目撃しているのだというのだ。 「それは、何だ?」 エズィールは尋ねた。シャーデは、胸元から一つの紙を取り出した。そこには、真っ黒な人影と、赤く光る二つの目が描かれていた。 「これは、目撃者に描いてもらったその者の姿よ」 エズィールは、それを聞いて顎を触って考えた。 そして、口を開いた。 「うーむ、ランディー伯爵の邪気の強さ。そしてその不可解な自宅の様子。どうもこれはおそらく吸血鬼の仕業ではないかのう。しかも上位の吸血鬼だな」 フルシアンは、エズィールを見て言った。 「上位の吸血鬼…」 「たしか、古い伝記には“ヴァンパイア“とかいう名前であったかのう。だとすると合点がいくが…」 シイルは頷いてエズィールに言った。 「やはりな。我々もそうだと思っている。ランディー伯爵はヴァンパイアになって、家族や使用人たち、また家畜やネズミでさえも食い尽くした。 しかもあのストリゴイたちを手懐け、高い知能を持ってケリー公爵を操れる魔物といえば、ヴァンパイアくらいしか思いつかないんだ」 シャーデが続けた。 「だが、何故なの?ランディーがヴァンパイアならば何故今なの?トゥームーヤがいる時に出て来てもおかしくはなかったはず…」 サンボラが話し出した。 「やはり魔王の影響なのか、しかしトゥームーヤ皇帝が亡くなったのは、魔王が復活するだいぶ前だな…」 エズィールが言った。 「おそらくランディー伯爵は、その肖像画が描かれたあとにヴァンパイアになったと思う。何者かによってランディー伯爵は、ヴァンパイアにされてしまったと考えた方が自然だな」 ヴァンパイアは、高い知能を兼ね備えた上位吸血鬼の一種であり、“不死性“があると言われている。即ち人類史が始まってから生きている伝説の存在であり、人間や動物の生き血を吸って生きている。また、自らの血清を人間の体内に注入すれば、ヴァンパイアとして生まれ変わらせることもあるという。 フリンが言った。 「じゃあ一体なぜこの国にヴァンパイアが現れて、ランディー伯爵を操ってるんだ?」 「うーむ…」 エズィールは、顎を撫でながら考えている。 その時、シイルはエズィールに尋ねた。 「さっき言っていた魔王って何だ?詳しく話を聞かせてくれないか?」 エズィールは、魔王の復活と、なぜ今ここにいるのかを彼らに伝えたのである。 シャーデがその時語り出した。 「これはこの国に伝わる伝説…いや、噂の一つなのだけれど、過去にストリゴイを放ってこの国を混乱に陥れた謎の組織があったの…」 シャーデはストリゴイが大量に現れ、神聖ナナウィアの存亡の危機を招いた事件があったことを伝えた。それはかつてサンボラが神聖ナナウィア帝国にいた時代の話であった。シャーデは、その時まだ子供であったそうだが、親やまわりの人たちの噂を耳にしたのだという。 その謎の組織は、古来からの邪神を信仰の対象とし、時折り不気味な儀式などをして住民から忌み嫌われていたが、ストリゴイの集団が現れた時に、その出所がそこであったのが発覚したのだという。 「たしか、その組織の名前は“エニグマ“…」 エズィールは、その名前を聞いて目を開いた。 「エニグマだと!?」 フリンはエズィールを見た。 「何なのさ?そのエニなんとかって…」 エズィールはゆっくりと口を開いた。 「それはかつて魔王が名乗っていた名前の一つだ…」 「な、何だと!?ではその組織は魔王と深く関係しているのでは…」 「ランディー伯爵がヴァンパイアにされたことにも繋がってくるかもしれんの…」 シイルは、改めてフリンたちに話した。 「いずれにせよ、この国はヴァンパイアの手によってこんな有様になってしまった。クァン・トゥーの英雄隊の皆よ。そしてエルフのドラゴン、エズィール殿。どうか我々に力を貸して欲しい!」 シイルはそう言うと、フリンたちの前で跪(ひざまず)いた。シャーデやまわりのレジスタンスの人間たちもその場で跪き、胸に手を当てたのである。 「にゃにゃっ!?」 フリンは困惑している。その時、エズィールがゆっくりと話し出した。 「実は先程の話だが…我々もどうかそなたらに力を貸して欲しいのだ」 シイルは顔を上げた。 「どうか、そなたらと共に土の民を救い出したい。北の収容所に入れられておるそうだ。魔王封印するには彼らの力が必要なのだ」 シイルはゆっくりと立ち上がって言った。 「なるほど、確かにエズィール殿の言う通り、これはもはや我が国だけの問題ではないな。魔王の影響が深く関わっているかもしれん!いいだろう!我々もそなたらに手を貸そう!」 シャーデは立ち上がり、フリンたちに話しかけた。 「では、双方協力体制を取りましょう!二手に分かれるのよ!」 シャーデの提案により、レジスタンスとフリンたちを二手に分けての作戦が練られた。 一つは、ランディー伯爵の暗殺及び、アラヤ王とハンネ妃の救出。この部隊にはフリン、フルシアン、シイル、サンボラを中心に構成された。 そしてもう一つ、北の収容所にて土の民の救出である。そこには、アントニー、シャーデ、エズィールを中心に部隊が構成されたのである。 事態は一刻を争う。幽閉されているハンネ妃も、北の収容所に収監されている土の民たちも、いつ殺されるか分からないからである。 シイルは、この作戦名を、神聖ナナウィア帝国の言葉で“希望の砦“という意味の「ガンマ・レイ」と名付け、入念な作戦が練られたのである。 ーそして、作戦決行の日を迎えたのであった。 魔王の群勢が再び襲来するであろう残りの期間は、およそ残り14日間である。 この日は、サーバス王国にガラたちが到着する前の日であった。

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忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」

忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」

第2話「伏魔殿」 『魔王がここにいる』 フリンとサンボラは、耳を疑った。 たった今、エズィールが口走ったその名は、今までの長旅の苦労を水の泡にしかねない程の衝撃であった。 「そ、そんな…」 「エ、エズィール…今、『魔王』って、そう言ったのか?…ま、まさか、この城の中に?」 サンボラの声は、ワナワナと震えている。 ー魔王が復活したその日、サンボラはクァン・トゥー王国クローサー城壁付近にて、エズィール率いるペガサス騎馬隊と衝突していたのである。 エズィールと騎馬隊が退却した後、城内が騒がしくなり、サンボラは城内に戻ろうとした。 しかしその時、城の上階、アングラの寝室付近が大爆発を起こし、城の壁が屋根ごと吹き飛んでしまったのである。吹き飛んだ壁の中から、真っ黒い煙と共に、あの魔王が姿を現した。 魔王が黒紫色の両手をばっと広げる仕草をすると、グラグラと大地が揺れ、地面が割れた。 そしてその底から夥(おびただ)しい数の魔物が這い出てきたのである。 サンボラは、何が起きているのか理解出来なかった。そして、アングラの寝室があった崩れた壁の奥からボンジオビとブライが出てきた。サンボラは彼らに駆け寄り、状況を知った。 「とにかく、ここは危険だ!すぐに退却しよう!」 サンボラがボンジオビに肩を貸し、走り出そうとした時、目の前に大きな影が現れた。獅子と山羊の頭、蛇の尾を持つ“キメイラ”である。 「サンボラ!ここは俺に任せろ!ボンジオビ博士を連れて逃げるんだ!」 ブライはサンボラとボンジオビを庇い、キメイラに立ちはだかった。 サンボラは、一目散に走り、城壁を越えたあたりで、ブライの叫び声が耳に入った。助太刀しようと、振り返ったが、ぞっとした。いつの間にかクローサー城の中は魔物で溢れかえっていたのである。この数ではブライはもう助からないであろう。 今はとにかく逃げなければならないのだと、心を鬼にし、何とか馬を見つけ、その場を離れることに成功したのである。 サンボラは、逃げる途中に様々か考えが浮かんだ。 彼は、かつて神聖ナナウィア帝国の魔法使いであった。しかし、自身の魔法使いとしての能力に限界を感じ、武者修行の旅に出たのである。 その時、クァン・トゥー王国のアングラの使う古代魔導帝国の魔法の噂を耳にした。そして、それを目にした瞬間、従来の魔法とはまったく違うアプローチの手法に彼は魅了され、アングラの弟子として仕えるようになった。 アングラはとても勤勉で真面目であった。常に向上心を持ち、エネルギッシュであった。また彼は、城の中の他の大臣たちのように、決して娯楽などに走ることはなく、日夜魔導帝国の研究に勤しんでいたのである。そんな彼のストイックさに、周りの人間たちは、彼を極端に嫌うか、狂信的に気にいるかのどちらかに分かれた。 サンボラは、アングラを信じて真剣に付き従っていた。古代魔導帝国の技術は、世界に大きな衝撃を与え、クァン・トゥー王国こそが、真の平和な世界を築ける人類の希望であると確信していたのである。 そして、彼のようにアングラに付き従うものたちは、常に世の中からの偏見に晒されていた。 新しい技術や思想は、時として旧来のそれとの間に、摩擦を生み出し、無理解の者たちからの攻撃に合うものである。サンボラたちクァン・トゥーの魔導士は、いつしかこの理想を、必ず現実のものにしてやるという野望が芽生えはじめていた。そこには、多少の軋轢も致し方ない。自分たちの理想を築いた時に、我々が正しかったのだと分かれば良いという考えで生きてきたのである。 そして、実際にその効果は目を見張るように現れていった。アマダーンをはじめとする勇者隊は、力を付け、他国を圧倒し始めた。国内にあっては、アングラの勤勉実直な姿が、貴族たちの信頼を勝ち取り、とうとう宰相の地位まで登り詰めたのである。アングラは、自分たち古代魔導帝国の技術に懐疑的な連中を次々と粛清、または追放した。 時に非道に映るが、これもまた人類の真の平和への尊き犠牲であると、自らに言い聞かせたのである。集団の意識というのは、ともすれば世間との隔たりさえも盲目にしてしまうものである。 サンボラら魔導士たちは、既にアングラの思想に完全に支配されていた。 サンボラは、ボンジオビから深淵の魔王の復活の事実を知った時、アングラが掲げていた理想の世界像が、音を立てて崩れていく感覚に襲われたのである。 一体どこで間違っていたのか。そもそも最初から正しい道を歩んでいたのであろうか。 魔王復活の日から彼は、常にその考えに悩まされていた。実際にクァン・トゥーを離れてしまった魔導士たちも何人かいた。 サンボラ自身、ここを離れ、神聖ナナウィア帝国に帰るという考えもよぎった。しかし、それは彼にとっての今までの人生に対する否定のような気がして、踏みとどまったのである。 次第に彼は、自らの過去の過ちを受け入れ、認めるようになっていった。狂信的な考えであった自分を責め、一からやり直そうと模索をし始めた。 しかしながら、確かに古代魔導帝国の技術は素晴らしい。これは揺るぎない事実であるし、クァン・トゥー王国の誇るべき遺産である。要は、これをいかに現代の社会へと実装するかが大事なのである。アングラには、技術革新の陰に隠れていた己の野望があった。行き過ぎた野望は、自己中心的になり、排他的な思想に繋がる。それこそが、戒めなくてはならない点であったのだ。 ボンジオビとは、毎晩のように語り合った。 ボンジオビは、トレント王の計らいで罪を免れたどころか、新たに古代魔導帝国の技術を未来に活かせとの命令を受け、心を入れ替えたのである。 サンボラとボンジオビは、共に古代魔導帝国の技術を研究を再開し、さらに改良を進めた。 そして、再びの魔物襲来の時、それを最大限に活かせるよう、念入りに準備をしていった。 それはまるで、今までの自らの過ちを償うようでもあった。 あの「パンテラの戦い」は、死力を尽くして戦い抜いた。他の魔導士たちもそれは同じであった。 サンボラは、自らの過ちによって復活してしまった魔王の封印を、人生の新たな目標と定めた。 二度と民が苦しむことのない世界を取り戻す為に、彼は再び歩み出したのである。 ーそして今、彼はエズィール、フリンと共に神聖ナナウィア帝国に辿り着いたのである。 サンボラは、この時ばかりはエズィールの予感が外れるように祈った。今この場で魔王に再び出会ってしまえば、到底勝ち目はない。 城内はしんと静まり返っていた。 案内人と彼らの足音だけが、高い天井の広間に響き渡っていた。 神聖ナナウィア帝国の城は、クァン・トゥーやサーバスに比べて、質実剛健で、比較的質素な印象であった。王家の経済状況も決して豊かではなかったが、文化的にもシンプルなものを好む習慣があった。 王の間までは、案内人についてしばらく歩かなくてはいけなかった。奥に進むにつれ、エズィールの感じていた不穏な邪気は次第に解像度が上がっていったのである。 「これは…一体…何だ?」 「何がどうだって?」 エズィールは、眉をしかめながら神経を研ぎ澄まし、何やらぶつぶつと呟いている。サンボラとフリンは、エズィールの様子が気がかりだった。 エズィールはその時、前を行く案内人に声をかけた。 「失礼、この城には最近何かおかしなことがあったかな?…例えば、魔物が入り込んだり…などといったような…」 案内人は50代くらいの小柄の人間種の男性であった。彼は細い目をギロリとエズィールの方に一瞬向けて、再び前を向いて話し出した。 「魔物?…ふん、何を言う。以前この城に来たのは、おたくらの同郷の使者たちだけですよ。それ以降は、ほとんど外国からの使者なんて来やしません」 「同郷…?アントニーたちか!」 フリンは、ハッとした。 案内人の話によると、英雄隊の二人、アントニーとフルシアンは、当初アラヤ王とハンネ妃に謁見し、貿易協定の継続について交渉を始めたそうである。そして一旦交渉は成功したかに見えた。 しかし、その直後ケリー公爵が現れ、協定の内容に難癖をつけ始めた。 そして、一度締結したかに見えた貿易協定は破談となり、暗礁に乗り上げてしまったのである。 英雄隊の二人は、抗議したが取り合ってもらえず、引き返したそうである。 その後の二人の行方は誰も知らないという。 案内人は、王の間の前へ到着した。 「さて、王の間ですぞ。先日の使者の様な高飛車な態度では困るぞ。どうか身分を弁えてお話しくだされ…」 「高飛車な」とは誰のことであろうか?フリンは、おそらく自信家で英雄隊の魔法使い「アントニー」 のことではないかと思った。 そして、案内人は、「クァン・トゥー王国より使者でございます」と言い、ゆっくりと扉を開けた。 重く大きな扉が開いたそこには、玉座に座る幼いアラヤ王、そして右隣に気品のある雰囲気の初老の男性、左の椅子には眉をしかめ、睨みつけるような目をしたケリー公爵が座っていた。部屋の両脇には近衛兵が立っている。 エズィールは、初老の男性をじっと見た。何かを感じ取ったらしいが、すぐに王を見て深くお辞儀をした。 続けてサンボラ、フリンも目線を落とし、お辞儀をした。 「神聖ナナウィア帝国、アラヤ王よ。ご機嫌麗しゅう。我々は、クァン・トゥー王国から来た使者でございます。緊急かつ重大な要件がございまして、殿下にぜひともお伝えしたく参りました」 ケリー公爵は、鼻でふんと息を吐きながら言った。 「何だ?またしてもクァン・トゥー王国の使者か?貿易協定を見直せと申したのだが、まさか、もう見直しは済んだというのか?」 ケリー公爵は足を組んだまま、エズィールたちに向けて高圧的に言い放った。手はテーブルの上に置いて指をコンコンと鳴らしている。明らかに苛立っている様子である。 アラヤ王は無表情で、エズィールたちを見つめている。初老の男性は、ケリー公爵に顔を向けて不気味な笑みを浮かべた。 「ほっほっ…公爵。彼らは先日来た使者とはまた別件で来られた方々でございますよ。どれ、その方ら、その緊急かつ重大な要件とは何であろうか?」 初老の男性は、低い声で冷静に話しかけてきた。身なりは地味だが、長身で白髪混じりの短髪、髭は先でくるんと巻いていて、気品を醸し出している。 サンボラは、胸元からトレント王から預かった書簡をその男性に手渡した。 「ランディよ、そなた眼鏡はどうしたのだ?書簡の文字は小さく、老眼では見えにくいであろう?」 ケリー公爵は、その初老の男性に対して言った。彼はランディ伯爵という。彼はケリー公爵と亡くなったトゥームーヤ皇帝の教育係でもあった。見た目よりもかなり年齢が上のようである。 「これはこれは…ほっほっほ、そうでした」 ランディ伯爵は、胸元から片目用のグラスを取り出し目に当て、書簡をばっと広げ、仰々しく読みあげた。 【神聖なるナナウィア帝国、アラヤ王及び諸侯各位へ 我がクァン・トゥー王国、トレント5世の名において、謹んでこの書簡を捧ぐ。 去る時、古の魔王が深淵より蘇り、その禍々しき力は我が国の心臓たるクローサー城を、サーティマの地と共に壊滅せしめた。 かかる災厄は、ただ我が国に留まらず、貴国を含む近隣諸国に甚大なる危害を及ぼすや必至なり。 今、我が国は貿易都市パンテラを暫定の王都とし、魔王を封ずるための秘策を急ぎ探求す。 火、風、水、土の四元素を司る民の探索、及び伝説に謳われし勇者の発見こそが、この災厄を終息せしめる唯一の希望なり。 されば、我がクァン・トゥー王国は、国の威信をかけてこの使命に全力を尽くす所存。 されど、この大業は我が国のみにて成し得るものにあらず。神聖なるナナウィア帝国アラヤ王、及び諸侯各位の英知と力ある協力なくして、魔王の脅威を退けることは叶わぬ。 ゆえに、貴国が我が国と志を共にし、共にこの闇に立ち向かうことを、衷心より請い願う。 この書簡を受け取られし後、我が国からの使者に、土の神の宮殿の立ち入り調査、及び土の民の末裔捜索の許可を求める。 貴国の決意と支援の形を我が国に示されたし。神々の加護と共にあらんことを。 トレント5世、クァン・トゥー王国の王 パンテラの暫定王宮にて記す】 ランディ伯爵は、片目のグラスを外し、ケリー公爵とアラヤ王に目をやって話し出した。 「なるほど、これは大変な事態でございますな。古の魔王の復活、我が国の土の民の捜索…困りましたなぁ…」 「困る…というのは?」 サンボラは不安そうに尋ねた。 ケリー公爵が、ランディに代わり話し始めた。 ハンネ妃の過去の不貞行為が発覚、幽閉され、ケリー公爵が、実質的な行政を担うことになった。そして、不安定な国政を狙い、国家転覆を図ろうとする勢力を抑えるために、新たに法律が制定された。フリンたちが助けた商人が言っていた通りである。 「そして、まさか土の民の中にも密告があってな…先日、彼らを収監したところなのだ」 エズィールの表情が強張った。 「しゅ、収監だと…?土の民の協力なくしては、魔王を封印することが出来ない!土の民は今どこにいるのか?」 ランディ伯爵は、表情ひとつ変えずに答えた。 「今残っている土の民の末裔は、20人程。北にある収容所に収監されている。まさか、我が国の反乱を助長するというわけではあるまいな?」 その時、フリンが背負っていた袋を前に出した。 「これを持ってきた!こいつが暴れて商人たちが困ってたんだろ?」 アラヤ王の目線がその袋にとまった。 フリンは袋からダークグリフォンの首を取り出した。アラヤ王は、目線をさっと逸らし、口を覆った。ケリー公爵とランディ伯爵は、驚きを隠せない表情であった。 「ま、まさか…そなたらあのダークグリフォンを仕留めたというのか?信じられん!」 確かにこの魔物のせいで、神聖ナナウィア帝国の貿易は大打撃を受けていたそうである。 エズィールは、このダークグリフォンの討伐の見返りとして、土の民との面会を願い出た。 ケリー公爵はその願いを受け入れ、土の民が収監されている北の収容所の入所許可を与えた。 しかも、多額の報奨金も彼らに与えたのである。 フリンたちは、王の間を後にした。辺りはすっかり暗くなり、街角に松明の火が灯されていた。 城門を越え、フリンは硬くなっていた身体をほぐしながら言った。 「ふぁあ…いつになってもどこへいっても、王の前ってのは、慣れないにゃあ…で、エズィール、あの邪気の正体はなんだったんだ?」 エズィールは、フリンたちに語った。 「あの、ランディ伯爵という男…彼から異様なまでの邪気が放たれていたのだと思う。しかし、我々を見た瞬間、嘘のように消えてしまった…あれは尋常ではないものだ。あの男、普通の人間ではないぞ…」 サンボラは、エズィールに言った。 「普通の人間ではないとすると…魔物の類いであろうか?人間のフリをした」 エズィールは、考えを巡らした。 「この国の一連の動き、わしの憶測に過ぎんが、何者かが裏で企んでおるのやもしれんの。しかし、今は緊急事態だからな、あまり深入りはせん方が良いだろう。ともかく、今日はもう遅い、どこか宿を借りて、明日の朝早く北の収容所へ向かうとしよう」 その時である。フードを被った一人の女性がフリンたちに駆け寄ってきた。 「はぁはぁ、クァン・トゥーの使者の方々!どうか!これをお受け取りください」 女性は、息を切らしながらも懐から一通の手紙を取り出し、フリンに無理矢理押し付けるように渡した。そして、すぐに通りの方へ走って行った。 「お、おーい!何だこれー?」 フリンは手紙を持ち女性に呼びかけたが、女性は、既に通りの陰の向こうへ去って行ったのである。 「フリンよ、あの女性は何者なのだ?」 「あたいが知ってるわけねーだろ」 フリンは手紙を開けて読み始めた。すると、「にゃっ!?」と驚いてサンボラとエズィールに見せた。 手紙にはこう書かれていた。 【クァン・トゥー王国の使者様。お願いです。どうか、我が母君、ハンネ妃を助けてください。母君はハメられたんです。ケリーおじさんは、恐ろしい化け物に操られています。土の民も同じです。きっとみんな皆殺しになる。どうかあの化け物、ランディ伯爵の皮を被った化け物をどうか殺してください。 アラヤ王より】 「この、たどたどしい筆跡…アラヤ王の直筆の手紙だというのか!?」 サンボラとエズィールはこの手紙を読み、絶望した。エズィールの予感は的中した。やはり、あのランディ伯爵は魔物であった。しかも、このままだと土の民もすべて殺されてしまうというのである。 「ふう、どうやら一筋縄では行かなくなってしまったのう…」 サンボラは、顎を触りながら考えた。 「土の民の救出に、ランディ伯爵に化けている魔物を殺せと…一体どうすれば…」 エズィールは、サンボラとフリンに提案した。 「こうなれば、土の民の救出も大事だが、幼きアラヤ王も哀れだのう。いずれにせよあの邪気は只者ではない。放っておけば、魔王と結託するやもしれん。いや、むしろ既に繋がっているのかもな…」 フリンは、その時何かを感じ取った。 「待って!何か近付いている!」 フリンは双剣を抜き、構えた。サンボラも杖を取り出し構えた。 エズィールもあたりを見回し神経を研ぎ澄ませた。 「ククク…」 不気味な笑い声と共に、夜空から何かが飛んできた。フリンは空を見上げた。 「コウモリ!?しかも大量に!」 無数のコウモリがどこからともなく飛んできて、フリンたちの周りを囲むように群がってきたのである。 サンボラは、手のひらをあげて詠唱した。 「みんな目を閉じよ!グランアクセプト!」 サンボラの手のひらから紫色の波動が物凄い勢いで放たれた。その瞬間、コウモリたちがばっと散り、離れて行った。 そして、コウモリが次第に一塊にまとまりだし、何やら一つの人影になっていった。 「このコウモリは、幻影の一つだ!今正体を暴く魔法を唱えた!」 不思議な鳴き声が人影から聞こえてきた。 「キシューッ!」 フリンは、双剣を向け目を凝らした。 その人影は、人にしては大きく、大きな耳とギロリと光る目、手足には鋭い爪が生えていた。 「ストリゴイか!」 ストリゴイとは、伝説に出てくる吸血鬼の化け物である。禁忌の魔法を使い、自らを呪いの化け物と化した「生けるストリゴイ」と、その呪いによって死者が蘇り復活した「死せるストリゴイ」がいる。 (「南方の伝説の魔物図鑑」より) サンボラは、杖を振りかぶり、再び詠唱を始めた。 「ストリゴイはかつて神聖ナナウィア帝国の厄災とも呼ばれた。大繁栄を極めた帝国が、衰退していった原因の一つともされている!私がかつてこの国の魔法使いをしていた時、全滅させたはず!」 エズィールも続けて話した。 「ただのストリゴイではない。こやつ、どうやらあのランディ伯爵の手下だ!似たような邪気を感じるぞ!」 その時、化け物が喋りだした。 「ククク…勘のいいやつ!確かに俺はあのお方に仕える者さ!だが良い、お前らを殺して生き血をすべていただくだけだからな!」 化け物は爪をカチカチと音を立ててフリンたちに近付いて来る。 しかし、その音がどうやら至る所から聞こえて来たのである。 フリンは、耳をくるくると動かしてその音を感じ取った。 「まずいよ!こいつだけじゃない!数匹に囲まれてる!」 フリンの言う通り、通りの陰や屋根の上から同じストリゴイと呼ばれる化け物が現れた。 そして、一斉にフリンたちに襲いかかってきたのである。 「キシューッ!」 まず目の前のストリゴイが、大きな爪をフリンに振りかぶってきた。フリンは、咄嗟に双剣をクロスさせるように、その爪を受け止めた。 そして、すぐさま体制をひらりと交わし、ストリゴイの両足に向けて斬りつけようとした。しかし、寸前でストリゴイも飛び上がり、斬撃を交わしたのである。 「へぇ、なかなか素早いじゃん…」 フリンは、双剣をくるくると回してトントンと軽く飛びながら言った。フリンは、自らの素早さと身の軽さだけは誰にも負けない自信があった。 サンボラは、通りの影から突っ込んできた二匹のストリゴイに紫色の光球を放った。 ボボっという音と共に、光球はストリゴイたちに向けて飛んで行ったが、あっさりと交わされてしまった。紫色の光球は、壁にあたり爆発した。 「チッ!普通のディストーンでは交わされてしまうか!」 サンボラは再び詠唱を始めた。 エズィールは、手から氷の刃を作り出し、屋根の上から飛んでくるストリゴイに向けて放った。 しかし、ストリゴイは空中で交わした。 「なるほど!やはり変身するしかないな!」 エズィールは、ドラゴンへと変身し、ストリゴイに襲いかかった。 エズィールの大きな爪はストリゴイの首に命中した。ギャーという叫び声と共に、ストリゴイは、落ちていった。 エズィールは、サンボラが相手をしている二匹のストリゴイに向けて飛び立ち、氷の息を吐いた。 ストリゴイたちは、凍りついて動きが止まった。 そこへ再びサンボラがディストーンを放ち、彼らを粉々に砕いたのである。 フリンは、先程のストリゴイと壮絶な斬撃を繰り広げている。どうやらこのストリゴイは、リーダー格のようである。 「随分やるじゃないか!あたいのスピードについて来れるなんて!」 キン!という音と共に火花を散らし、ストリゴイは、双剣を弾く。 「キキッ!こっちのセリフだ!貴様確かクァン・トゥーの英雄隊だったな!」 その時、フリンは一瞬の隙をつき、ストリゴイの腕を切り落とした。 ズバッという音と共に、ブシューッと血が吹き出した。ギャーという叫び声をあげ、ストリゴイは、高く飛び上がり、建物の屋根の上に乗った。 「こうなったら!」 リーダー格のストリゴイは、空に向けてカンカンと歯と爪を叩いて大きな音を出した。 すると、さらに多くのストリゴイが現れたのである。 「な、なんてこった!一体何匹いるんだ?」 カチカチと至る所から爪を鳴らしながら、ストリゴイの集団が再びフリンたちに襲いかかってきた。 その時である。ビュオーという大きな音と共に、大きな旋風(つむじかぜ)が起こったのである。それはみるみるうちに大きくなり、フリンたちの目の前に迫って来た。 「な、何だこれは!?」 エズィールは、エルフの姿に戻り、フリンのそばに寄った。 その大きな旋風は、さらに大きくなり、ストリゴイの集団を巻き込んでいった。ストリゴイは、上空にあっという間に飛ばされてしまった。 そして、次第に旋風は小さくなり消えていった。 フリンたちは一体何がどうなっているのか分からなかった。ポカンとしている彼らの後ろから近付いてくる人影があった。 「誰かと思えばお前かフリン。こんなにたくさんの吸血野郎は、俺のような“大魔法使い“でもいなきゃ、対処出来んよなぁ…」 フリンは、聞いたことのある声だと思い、後ろを振り向いた。 「アントニー!お前か!」

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忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」

忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」

第1話「予感」 ーあれは、まだあたいが剣の使い方を覚え始めた頃だった。 あたいは、獣人の国「フォークリーフ」で生まれ育った。 村のみんなは仲良くて、ウェアキャットの部族や、ウェアウルフ、ウェアタイガーの部族にもそれぞれ友達がいて、みんな仲良く暮らしてたんだ。中にはエルフも何人かいた。 フォークリーフの山は、昔から沢山の鉱石や宝石が取れるから、ある日クァン・トゥー王国の使いがやってきて、貿易協定ってのを結んだ。 クァン・トゥーからも沢山の商人や物が来て、村は一気に大きくなっていった。人も増えて、学校が出来て、そこであたいは色んなお勉強をして。 でも、チドやスロウたちと剣で戦いごっこしてる時の方が何倍も楽しかった。 そのはずだったんだけど… でも、本当の戦いは思ってた以上に嫌だった。 クァン・トゥー以外の国はとても強引で、武力であたいたちを脅し、人質を取り、物資を要求してきた。 王様が、兵士を連れてやっつけたけど、すぐに沢山の軍隊が来て、あたいの村や隣の村まで全部焼き払って行った。学校も。 あたいの家族も、チドの家族も、スロウもみんな死んじゃった。もう何もかも無くなっちゃったんだ。 そしたら、クァン・トゥーから「勇者英雄隊」っていう人たちがやってきた。 中でも一番強かったのは、「炎のガラ」だった。 他の国の軍隊が何人来ても、あっという間にやっつけて、追い払った。ガラたちは、しばらくフォークリーフに駐在して、何年かあたいたちの面倒を見てくれた。 チドは体が大きくて速くないから、いじめられてたけど、槍の使い方を教えてもらって、すぐに覚えた。いじめっ子も手を出せなくなった。 あたいは剣が好きだった。ガラは、お前なら双剣の方が向いてるって、あたいに小さな剣を二つくれたんだ。それが、あたいの双剣士としての最初だった。 ガラたちがクァン・トゥーに帰った後も、チドと一緒に朝から晩まで、ずっと腕を磨いた。いつかガラと一緒の隊に入って、悪い国々をやっつけていくんだって。 時が経って、あたいはチドと村から出た。 もうフォークリーフには、あたいたちより強い人間は居なくなってた。旅をしながらも、色んな国で腕試しをした。 そして、やっと辿り着いたクァン・トゥー王国。 さっそく、勇者英雄隊の試験を受けて、あたいとチドは入隊出来た。 とうとうガラに会える!って思ったら、ガラは奥さんを亡くしてて、元気がなかった。 あの頃の強さも無くて、一緒にいくつかの戦場に行ったけど、わざと負けるような戦い方をしたりしてた。 よくアマンと衝突してた。 ガラは人知れず悩んでた。もう、隊を抜けるって。遠くに行って、一人で暮らすって。 でもあたいは、何かガラに恩返しがしたくて、あたいとチドが生まれ育った村の家をガラにあげたんだ。フォークリーフの王様へ手紙を書いて。ガラは喜んでくれた。 そして、あの時、クァン・トゥーでガラに会えて、本当に嬉しかった。あたいもチドも、ガラは父親だったし、兄貴だったし… …ううん、あたいにはもっと… 「フリン…?さっきからずっと心ここにあらずだぞ」 エルフのドラゴン、エズィールは、背中に乗せているウェアキャットが、いつもの様子でぴょんぴょん飛び跳ねてくると予想していた。 しかし、この旅が始まってこの方、ずっと彼女は遠くを眺めたまま、静かに考え事をしている様であった。 「エズィールよ。さすがのお転婆も、世界を救う旅となれば、それはそれは真剣になるであろうよ」 クァン・トゥー王国魔道士部隊ブラインド・ガーディアン参謀長であったサンボラは、ペガサスに跨りエズィールを諭すように言った。 「ふほほ、本当にそう思うか?」 エズィールは、まるでフリンの心の中を透かして見ているようであった。それはエルフのドラゴンとしての超越的な長寿で得た感覚なのであろうか。彼はサンボラの推測は、的外れであると思っていた。 しかしフリンは、エズィールの声が聞こえてない振りをしているのである。 「ふん、おおかた彼女は、ガラと同行したかったのであろう。貧乏籤を引いたと思うとるよ」 フリンは、初めてその言葉に反応して尻尾を立てた。 「にゃっ!そ、そそ、そんなことないもん!あたいには、あたいの使命を全うするのみ!」 フリンは、エズィールの背中の毛をグイッと引っ張って抵抗した。 「あいたた!これフリン!強く毛を引っ張るな!地面に落ちてしまうぞ!」 エルフのドラゴンは、鱗ではなく、全身を羽毛で覆われている。セレナやアディームのようなドラゴンとはまた異なる種族であり、彼らは炎を吐くが、エズィールは、氷の息を吐き、対象物を一瞬のうちに氷漬けにしてしまうのだ。 それが故に、暑さには耐性が弱く、エルフの国のような寒冷型の気候に適している。 しかし、今彼らが向かっている「神聖ナナウィア帝国」は、日中の気温は30度を超え、亜熱帯に近い気候であった。暑さに弱いのは、フリンも同様であった。 唯一神聖ナナウィア帝国出身であるサンボラだけがこの気候に適していたのである。 「ねぇ、エズィール、そろそろ休憩しない?あたいもう喉がカラカラだよ!」 エズィールは、サンボラに合図を送り、小川の辺りで降りることにした。 フリンは小川の水をゴクゴクと勢いよく飲んでいる。 「さすがに暑くなってきたな。わしもフリンも、暑さに弱いからな。休憩を取らなければ体力が持たないわい」 サンボラは、地図を確認している。 「ふむ、あと半日も飛べば神聖ナナウィア帝国へ着く。…しかしながら、エズィール殿。例えトレント王の書簡を渡したところで、今の帝国では、すんなり受け入れてくれるとは思えなんだ」 エズィールは、エルフの姿に戻った。 「ふむ、それは確かに言えてるな。今帝国は、先代のトゥームーヤ皇帝が亡くなって、皇位継承争いの真っ只中だ。魔王復活とはいえ、他国で起きていることにいちいち関心を持ってくれるのか疑問だな」 サンボラは、腰を下ろし、水筒に小川の水を汲んだ。 「しかし、放っておけば、いずれ帝国といえど、魔王の軍勢にはひとたまりもないはず。それは何としても伝えねばならない…」 フリンは、岩に腰を下ろしながら、空を見上げて言った。 「いっそのこと、さらっと街を散策して、そぉーっと土の神殿に入るしかないじゃん?」 普段はフリンの適当な返事も、今回ばかりは、まんざらではないなとも思えたエズィールであった。 何にせよ、今は一刻一秒を争う事態である。一国のゴタゴタに巻き込まれて、捜索の時間を失えば、元も子もない。魔王の軍勢はまた、前回と同じくらいの数であるのか、はたまたさらに増えるのか、そして、本当に1ヶ月もの猶予はあるのか、まさにどれを取っても確信が得られず、雲を掴むような状況なのである。 ただ、何もせずに時間だけ過ぎ去ってしまえば、人類の存続自体が危うくなってしまう。 「状況を見極め、必要とあらば強行策に打って出るしかないな…」 エズィールは、再び竜の姿になり、フリンを背に乗せ飛び立った。サンボラもペガサスに跨り、後に続いた。 【神聖ナナウィア帝国】 およそ150年前、大陸のほとんどを支配していた「ナナウィア帝国」 肥沃で広大な領土を持ち、農業大国として栄えていたが、逆にそのあまりにも広大な土地が仇となり、地方国家が力をつけ始めた。そして分裂し、次第に現在の領土に落ち着いたのである。 (スルタン)とも呼ばれる皇帝トゥームーヤは、「賢帝(けんてい)」の異名を持ち、巧みな治世で地方国家を束ねた。彼は過去の栄光を取り戻そうと、国の名を「神聖ナナウィア帝国」と改めた。しかし、彼の死後、再び国は混乱に陥ってしまう。 首都は「クァン・シー」ナナウィア語で「西の都」という意味である。「東の都」という意味の「クァン・トゥー」は、かつてクァン・トゥー王国が、ナナウィアの領土であった時の名残である。 首都にある難攻不落の城「スレイヤ城」は、四方を運河で囲まれており、クァン・トゥー王国勇者隊が現れるまでは、誰一人としてこの城を落とす者はいなかったのである。 「トゥームーヤの息子、アラヤはまだ幼い。その母親のハンネ妃が実権を握ろうとしているが、彼女は、激しい性格がゆえ敵が多い。対するトゥームーヤの腹違いの弟ケリーは、サーバス王妃テイラー妃の実兄でもあり、彼もまた野心家である。お互いに一歩も譲らず、現在に至るというわけだ」 空を飛びながら、サンボラは神聖ナナウィア帝国の現状を伝えた。かつてクァン・トゥー王国宰相のアングラがスパイを通じて各国の様々な情報を掴んでいたのである。 「なるほど…では、ますます書簡を渡す必要性が疑われるな…」 エズィールは、益々この旅の困難さを痛感せざるを得なかった。 しかし、背中の上ではフリンがあくびをしながら伸びている。まったく呑気なものである。 「これ、フリンよ。お主はどう考える?神聖ナナウィア帝国に着いたら、まず何をしたら良いか?」 フリンは、ふわぁとあくびをもう一度しながら、サンボラに言った。 「ねぇ、そういえば他の英雄隊の二人は神聖ナナウィア帝国に交渉に行ったんだっけ?まだ難航してるのか?とはいえ、もうクァン・トゥーもあの様子じゃ、交渉どころではにゃいか…いや、ないか」 サンボラは、フリンの意見を聞くと眉をしかめた。 「…実はなフリン、それが心配なのだ。魔王の復活の後、トレント王は彼らを呼び戻そうと使いを何度か送ったのだが、一行に見つからないのだ。失踪…と言うべきか、何かに巻き込まれている可能性があるな…」 フリンはそれを聞いて驚いた。 「にゃっ!何でもっと早くそれを言わないんだ!エズィール!急げ!」 神聖ナナウィア帝国に交渉に向かっている英雄隊は、フルシアンとアントニーである。 フルシアンはハーフエルフの男性で弓の名手であり、アントニーは、人間種の男性ながらエルフ族を凌ぐ実力の魔法使いである。 彼らは、トゥームーヤ皇帝死後、クァン・トゥー王国と神聖ナナウィア帝国との間にある貿易協定を改めて見直す為の交渉に出向いていた。しかしながら、交渉は難航しており、期限を過ぎた今でもいまだに帰って来ないどころか、その足取りすら分からなくなってしまっていたのであった。 エズィールとサンボラは、さらに速度を上げた。 景色は次第に広大な田園地帯に移り変わった。見渡す限り田園である。神聖ナナウィア帝国が 農業大国であるという実態が目の前に広がっている。 「凄いなこれは…全部農地なのか?」 サンボラは頷いた。 「ああ、まさにこの大陸中の農作物がほとんど作られていると言っても過言ではない」 エズィールは、この土地の肥沃さは、普通の力ではない何かを感じ取っていた。 「うむ、この大地の肥沃さこそ、土の民の力なのであろう。この大地から普通ではない生命力を感じるな…」 サンボラはエズィールの言葉に納得した。 「この国で崇められている“土の神”は農業の神とも呼ばれ、大昔は土の民が中心となって祀られていたそうだ。しかし、それは俺がこの国を出る前の話だ。もう20年ほど前になるがな…噂では土の民は、ナナウィアの衰退に伴って散っていったか、もしくは滅ぼされてしまっている可能性がある…」 エズィールは首を振った。 「いや、サンボラよ。この大地のエネルギー、これぞまさしく土の民の力だ。まだ現存しているとわしは確信している!」 サンボラは前方を指差した。 「おっ、ようやく見えてきた。あの運河を辿って行けば、スレイヤ城、即ち神聖ナナウィアの首都クァン・シーだ」 その時である。フリンが突然後ろを振り向き、大声を張り上げた。 「後ろから何か来る!エズィール!サンボラ!気をつけろ!!」 エズィールとサンボラは、後ろを振り向こうとした瞬間、彼らの間を物凄い勢いで大きな物体がすり抜けていった。 その風圧で、エズィールはよろけ、サンボラの乗っているペガサスが驚き暴れ出した。 「くっ!落ち着け!どうどう…」 サンボラは何とかバランスを保ち、その影の方を向いた。 鷲の頭と大きな翼、獅子の体。グリフォンである。それも普通のグリフォンではなく、一回り大きく、漆黒の羽毛に覆われていた。 「ダークグリフォン!まさか、実在するとは!」 エズィールは、驚きの声をあげた。ダークグリフォンとは、神話に登場する怪物であり、グリフォンの王とも言われる。 「あたいからしたら、あんただって実在してんのかって思ってたよ!奴こっちに向かって来るよ!」 フリンはエズィールの背中をパンパンと叩き、こちらに向かってこようとしているダークグリフォンに向かって構えた。 「キェェェエーッ!」 ダークグリフォンは、金切り声をあげて翼を大きく広げ、エズィールたちを威嚇した。 そして、口を大きく開いたその時、炎が口から勢いよく吹き出し、エズィールを襲った。しかし、その瞬間、エズィールは、氷の息を吐いてそれを相殺した。 ブシューッと物凄い勢いで水蒸気が巻き上がる。 そして、その水蒸気の壁の真ん中を突き破るように、漆黒の影が突っ込んできた。 エズィールは、すかさずひらりと身を交わす。フリンは、真っ逆さまになっても平然とエズィールの背中に掴まっている。 「小癪な奴め!エルフのドラゴンを甘く見るなよ!」 エズィールは、ダークグリフォンに噛みつこうとするが、またしてもダークグリフォンは寸前で交わす。凄まじいスピードの攻防である。 伝説の幻獣同士の激突を見守りながら、サンボラはペガサスの上で杖を構え、詠唱を始めた。 そして、カッと目を見開いた時に叫んだ。 「エズィール!距離を取れ!」 エズィールは、サンボラの方を見て、さっと後退した。 「グランディストーン!」 サンボラの杖から特大の紫色に光る光球が放たれ、ダークグリフォンに向けて飛んでいった。 ダークグリフォンは、寸前でそれに気付き、交わそうとしたが、右半身に当たり大爆発を起こした。 ドォーンという爆音が空一面に響き渡る。 黒い羽が辺りに散り、グオオという叫び声と共に、ぐるぐると回りながら落ちていく。 「わお!サンボラ!今の凄いな!」 フリンはサンボラに向けて手を振った。サンボラは杖を振り、ふうとひと息吐いて言った。 「古代魔法の奥義の一つだ。とっておきってやつさ。…だが、寸前で避けられた。まともに当たってはいない!」 エズィールは、落ちたダークグリフォンの方を見ると、慌てたような声を出した。 「まだ奴は生きている!しまった!向こうから馬車が来る!このままだと襲われてしまう!!」 ダークグリフォンが落ちた地点は、ちょうど街道と重なった地点であり、その向こうから商人の馬車が近付いて来ていた。ダークグリフォンは、首をぶるぶると振り、体制を立て直していた。 ふと、ダークグリフォンがその馬車に気付き、走り出した。 「まずい!」 エズィールは、猛スピードで下降するが、ダークグリフォンが馬車に近付く方が速いようだ。 馬車に乗っている商人が、目の前から襲いかかってくるダークグリフォンに気付き、叫び声をあげた。 「うわぁ〜っ!な、何だあのバケモンは!?」 その時、エズィールの鼻っ面にフリンが足を乗せて、踏ん張った。 「フリン!?」 フリンは双剣を構え、ダークグリフォン目掛けて飛び出した。フリンはエズィールのスピードに乗せてさらに速いスピードでダークグリフォンに突っ込んで行った。 ダークグリフォンが、馬車にあと2、3メートルの地点でフリンの刃がダークグリフォンの首元に突き刺さった。 「ギャエェェェエーッ!」 ズーンという音と共に、ダークグリフォンは、頭から地面に倒れ込んだ。商人は慌てて手綱を引っ張り、馬車はダークグリフォンのほんの数センチのところで止まった。 フリンはダークグリフォンの首元から双剣を抜き取り、地面の上に飛び降りた。 「大丈夫だよ。もうこいつは倒した」 フリンは、双剣に付いた血を振り払い鞘に収めた。 商人は、驚いた様子で、フリンを見つめた。 「あわわ…い、一体何だこいつは!?あ、あんた凄いな…ありがとう!」 商人は上を見上げると、エズィールの姿に驚き、再び悲鳴をあげた。しかし、エズィールは、サッとエルフの姿に戻り、商人をなだめた。 「落ち着け!我々は敵ではない!」 サンボラが乗ったペガサスもゆっくりと降りて来た。エズィールとサンボラは、商人に挨拶をし、話しかけた。神聖ナナウィア帝国の現状を尋ねたのである。 「我々は、クァン・トゥーよりやってきた使者だ。この魔物を退治した見返りとして尋ねたい。神聖ナナウィア帝国の現状はどうなっているのかな?まだ皇位継承で揉めてるのか?」 商人は、エズィール、サンボラ、フリンの顔を一人ずつマジマジと見つめながら、汗を拭き答えた。 「あ、いや、皇室は…揉めてるどころの騒ぎじゃねえですぜ旦那。皇后と皇帝の弟が一触即発、最近は弟のケリー公爵の力が強く、実権を握っちまったんだ…」 商人は、段々と緊張がほぐれた様子で、饒舌になってきたようである。 彼の話によると、皇后の過去の不倫がばれ、裁判沙汰になり、不倫相手は斬首、弟のケリーが弱みを握る形で権力を握ったとのこと。しかも、ケリー公爵は、国の反乱分子を一掃するかのように、新たな法律を制定したそうである。 「そら、大変な世の中になったもんだ…隣人からの密告一つで死刑になっちまうんだからな。街中殺気立ってるよ。誰も外に出て来やしねえし、亡命するやつも後を絶たねえのさ。あんたらも悪く言わねえ、クァン・トゥーから何の用だか分からんが、この国に長くいちゃいけねえですぜ」 エズィールは、眉をしかめた。状況は予想以上に深刻である。サンボラも顎を触りながら考え込んでしまった。しかし、商人はフリンの顔を見て、ハッと思いついたような表情をしたのである。 「そうだ!そらエルフの旦那!その魔物!最近商人の馬車を襲うバケモンがいるって聞いたけど、そいつのことか…旦那!その首を掻っ切って、持っていけばいい!」 フリンは首をかしげた。 商人の話によると、帝国はここ最近、魔物の出現率の増加や、強大化により、貿易が深刻な打撃を受けているとのこと。魔物を討伐した証拠を持っていけば、皇室は話を聞いてくれるというのである。 「なるほど…」 「それは一理あるな」 エズィールは、これほどの強大な魔物が人里に近い場所で現れるといった状況は、魔王の復活の影響があると確信した。しかもそれを討伐してみせれば、帝国も味方になれるのではないかと思ったのである。 フリンは、ダークグリフォンの首を切り、商人からもらった麻袋に入れた。 「サンキュー!おっちゃん!いいアイディアだよ!」 フリンはニコッと笑い手を振った。商人は再び手綱を手に取り、馬車を進めた。 そして、彼らはついに神聖ナナウィア帝国の城「スレイヤ城」の門の前に辿り着いたのである。 サンボラは、トレント王から預かっている書簡を門番に見せた。そして、門番は城内に入り、しばらくすると門が開いた。 スレイヤ城の城門は、黒光りした鋼の門であった。厚さはほぼ1メートル程で、一体どれだけの鋼を使ったのかと思われる程の堅牢な門であった。 城門を越えると、城の本館まで長く広い通路が通っていた。両脇には広場があり、兵士たちが訓練をしていたり、休息を取ったりしていた。 「さすがは、難攻不落の城スレイヤだな…これほどの兵力を溜め込んでいるとは…」 サンボラはこの様子を見て感心した。 「まぁ、大したことなかったけどね〜」 フリンは、かつて英雄隊として、この城を落とした張本人であった。尻尾を振りながら上機嫌で歩くウェアキャットを見て、サンボラは、自国の英雄隊の恐ろしさが初めて分かったのであった。 その時、フリンはエズィールの様子が少しおかしいことに気が付いた。 「ん?エズィールどうした?」 エズィールは、眉に皺を寄せながら額に汗を滲ませている。 「いや、何か嫌な予感がするのだ…フリン、サンボラよ。油断するなよ…」 そして、門番の案内で本館の扉の前まで辿り着いた。門番が門に手をかけて扉を開けた時、エズィールがわなわなと震え出したのである。 「くっ!…この邪気…普通ではないぞ…」 フリンは、エズィールを見て表情が強張った。サンボラもその言葉を聞いて、一気に緊張が走った。 「一体何なんだ?どうしたっていうのさエズィール!」 エズィールは、本館の中をキョロキョロと見渡した。そして、ゆっくりと話し出した。 「この城に充満している邪気は、わしがかつてクァン・トゥーの城の中で感じたものに酷似しているのだ…!」 サンボラは、血の気が引いた。 「ま、まさか…そんな…!」 その後エズィールは、驚くべき言葉を口にした。 「魔王が、ここにいる…!」

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忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第9話「月夜とドラゴン」 砂漠の夜は冷える。 昼間の肌を刺すような攻撃的な陽の光は、夜になるとまったく嘘のように人を凍えさせる。 サーバスの中心都市「アイウォミ」の「パラノ城」では、外の寒さなどまったく意に介さないほど狂乱の宴が催されていた。 美女たちは踊り、男たちは裸になり、酒を飲み、肉を食らう。そして明け方まで歌い明かすのである。 ガラたちは、その宴の中にいた。それなのに彼らは、驚く程に神妙な顔付きで席に座り、考え込んでいた。 それは、その日の夕方に遡るー。 「我が国サーバスへようこそ!」 絢爛豪華なパラノ城の中に入ったガラたちは、まるでお伽話の中に迷い込んだような気持ちであった。この世の財宝のすべてがこの城にあるのではないかと思える程であった。 そして、ヴェダーは、王の広間にずらっと並んだ美女たちに目をやると「おお…」と感嘆の声を漏らした。それを見て従者の一人がヴェダーに言った。 「これはすべて、ギーザ陛下の妾(めかけ)の方々であらせられるぞ。国中の美女を集めておられるのじゃ。フォッフォッ…」 ギーザ王の“奔放な”性格はかなり有名で、世界中にその名が知れ渡っていた。 ヴェダーは、約80人の妾というそれが、噂ではなく真実であると認めざるを得なかった。 どれもこれも美女中の美女たちである。彼女たちの装いは、ほとんど裸であり、胸は何も付けておらず、透き通るような生地の腰布を着けてあるのみであった。 じっと見惚れているヴェダーの脇腹を肘で突き、ドロレスは、王に深々と頭を下げるよう、皆に指示をした。 「これは陛下、お初にお目にかかります。私はエルフの国トトのルカサ評議会元老院のヴェダーと申します。こちらは、元クァン・トゥー王国勇者隊のガラ。そして、こちらはクァン・トゥー一の女戦士ドロレス、そしてこちらが…」 そう言いかけた時、ギーザ王の表情が変わり、目を開いて立ち上がった。 「おお…これは!」 ギーザ王は玉座から立ち上がり、こちらへ歩いて来る。まわりの従者たちは、慌てるようにギーザ王の足元に花弁を散らし、マントの裾を持ち上げた。 ギーザ王は、セレナの前に立ち止まり、目を輝かせ、そして手を広げて言った。 「余はこれ程の美しい娘を見たことがない!…そなたよ、名は何という?」 セレナは、少し驚いた様子で王に言った。 「セ、セレナ…」 ヴェダーは、王に頭を垂れながら言った。 「クァン・トゥーの奥地にある“深淵の森“に棲むドラゴンの巫女でございます」 ギーザ王は、セレナの手を取り、セレナから目を離さずに答えた。 「ドラゴン…お主、ドラゴンなのか?」 セレナはニコッと微笑んで言った。 「そうだよ!」 ドロレスは、焦ってセレナの耳元ですぐさま囁いた。セレナは王の顔を見てもう一度言った。 「そ、そうです。王様」 王は、「信じられん」と言いながら、セレナの顔をまじまじと見つめた。そして、ドロレスの方を見た。 「そなたも美しいな。女戦士か…」 ドロレスは、ドキッとしてぺこりと頭を下げた。ガラはそんなドロレスを見て少しニヤけた。 そして、ヴェダーがギーザ王に向き直り、言った。 「恐れ多いですが、王様。先程私がお持ちしました、トレント王の書簡はご覧になられましたでしょうか?」 王はくるっと玉座の方へ振り返り、歩きながら言った。 「ああ、あれか、目を通したぞ。それが本当なら誠に驚きだ。魔王の復活とな?昨今の魔物の強大化も頷けるのう」 そして、玉座に座り、続けた。 「サンドワームにバジリスク…そして、グリフォンなどと言う…まるでお伽話のような化け物が突然現れおった。我が国へ来る行商人たちも気が気ではない。それが、ここ一ヶ月のうちに起きたという時期を考えても…なるほど魔王の復活とは、本当なのであろうな」 ヴェダーは、真剣な眼差しで王に訴えた。 「ではギーザ陛下、率直に申し上げます。事態は一刻を争うゆえ、まず我々にアディームの神殿への立ち入り許可、そして、古(いにしえ)の勇者の秘密を探る許可を頂けますでしょうか?」 ギーザ王は、足を組み、手をこめかみに当てて言った。 「よろしい、そなたらに許可を与える」 ガラたちは、表情がパッと明るくなった。 しかし、次に発する王の言葉によって、一気に神妙な顔付きになってしまったのである。 「ただし、条件を出す。その方ら、竜の巫女セレナ、そして女戦士ドロレスを余に献上せよ。我が妾としてな」 ドロレスは、驚いて思わず叫んだ。 「めめっ!妾っ!?」 ギーザ王はニヤッと笑い、パンパンと手を鳴らした。 「まずは、宴じゃ!はるばるサーバスへやってきた使者を労おうではないか!」 ヴェダーは、額に汗を滲ませた。ガラも困惑している。セレナはきょとんとしている。ドロレスは、セレナを見て肩を掴んだ。 「セレナ!大変だ!あんたとあたしが!妾になるって言われたぞ!」 セレナはドロレスに問いかけた。 「めかけってなに?」 ドロレスは、頭に手を当てて、セレナに分かりやすく伝えようと考えた。 「つまり、王様の…あれだ!子供を作るのさ!」 「子供?」 ドロレスは頭を捻り、さらに言い方を考えた。 「うーん…だから、もう一生ここにいるってことだよ!王様と!」 セレナは急に顔が強張り、ドロレスに言った。 「ぜったい嫌だ!」 ドロレスは、すぐにセレナの口を手で塞いだ。 そして、耳元で静かに言った。 (分かってる!あたしもごめんだ!何とかしてこれを断る理由を考えなきゃ…!) 王はにこやかに従者たちに指示を出し、部屋を後にした。ヴェダーには、「返事は宴の時に聞かせてくれ」と、残して…。 そして、盛大な宴が始まった。 ガラたちは豪華な客席に案内された。 縦に長いテーブルには、正面奥が王の席、両側奥から王の親族席、客席、貴族席と順になっており、テーブルいっぱいに食べ物や飲み物、果物などが並べられた。 ガラたちはそれぞれ離れて座っており、間の空いた席には客人をもてなす為の使いが座った。ガラとヴェダーには、とびっきりの美女たちが取り囲み、ドロレス、セレナのまわりには、筋骨隆々の美男子たちが囲んだ。 「う、ご、ごほん!」 ガラは顔を赤らめ、大人しく酒を飲んでいる。 しかし、ヴェダーはそれとは真逆に美女に囲まれ鼻の下が伸びきっていた。 「なんと美しい…楽園とはまさにこのことだな…」 そんなヴェダーの様子を見ながら、目くじらを立てていたのはドロレスである。美男子たちに目もくれず、夢中で肉に齧り付いている。 「あの野郎…ここは一旦、王の要件を飲めだと?お前が調査してる間に、あいつに何されるか分かったもんじゃねえっての!…おい!ちょっと!あたしに触んな!鬱陶しい!」 そして、セレナは何事もなかったかのように楽しそうに食事をしている。 「わぁ、凄い筋肉だね!あなたはガラより強いのか?」 そして、宴が一通り盛り上がったところで、王が立ち上がった。 その時、セレナとドロレスは従者に案内され、王の両脇に立たせられた。 「では、諸君!今宵は大変に良き日である。 遠路はるばるクァン・トゥー王国から、このサーバスへやってきた尊き使者たちを讃えようではないか!そして、彼らは尊き使命を果たすべくここへやってきたのだ!それは、あの伝説の魔王の復活に際し、我がサーバスの古(いにしえ)の勇者の復活を試み、そして魔王を封印すると言うのだ!」 場内から一斉に盛大な拍手が沸いた。 「そして、その見返りとして、この美しき竜の巫女セレナ!そして気高き女戦士ドロレスを我が妾として献上するとの約束を交わしたのである!」 さらに場内に割れんばかりの拍手が起きた。 「なっ!」 ドロレスは、目を開いてヴェダーを睨み付けた。 しかし、ヴェダーは、ドロレスにウインクをして拍手を送ったのである。 セレナは困ったような顔でガラを見つめた。ガラは酔い潰れてフラフラであった。 そして従者の案内で二人は奥の部屋へと案内されてしまった。 しばらくすると、部屋から二人が出て来た。その瞬間、場内からはおお〜というどよめきと共に、盛大な拍手が起きたのである。 セレナとドロレスは、上半身は裸に木の椀のようなと胸当てのみを付け、下半身は他の妾や踊り子が着用している透き通る生地の腰布に着替えさせられていた。 煌びやかな首飾りや耳飾り、頭には花飾りも付けており、顔には化粧もされている。 二人とも他の妾や踊り子たちに引けを取らぬどころか、際立って美しく、皆の目は釘付けになった。 「これはこれは…予想以上だな…」 ギーザ王は鼻息が荒くなった。目はギラギラと燃え上がっている。 その時、ドロレスの顔が歪んだ。 「う…おぇっ…」 ドロレスは、すぐに口を押さえ後ろに下がり嘔吐した。ギーザ王の興奮した顔と、自分のいやらしい出立ちに寒気がしたのだ。 「ぐはは!何もそう緊張せんでもよい!」 ギーザ王はセレナの腰に手をやり、ドロレスの手を引き、無理矢理自分の横に置いた。 ヴェダーは、その様子をニヤつきながら見ており、潰れているガラの肩を叩いて起こした。 「ガラ!ガラよ!こうして見ると、ドロレスはセレナの影に隠れていて、気付かなかったが、あれはあれで中々の上玉だと思わんか?」 ガラはよだれを拭き、目を擦りながらドロレスとセレナを見た。その瞬間、目は大きく開き、顔は真っ赤になった。 「お、おい!な、何だありゃ?」 ガラは頭を抱えて二人を見つめた。 ヴェダーの言っていた通り、二人は王の要件を飲み、妾として王の横に立っているではないか。ガラは一気に酔いが覚めたようである。 セレナは困惑した表情で頭の花飾りを触り、ドロレスは口を拭いながら物凄い形相で、ヴェダーとガラを睨み付けている。 「ヴェダーよ…こいつぁとんでもねぇことになったな…俺らが早く勇者の秘密を明かさねぇと、あいつらあの王にいいようにされちまうぜ!」 ヴェダーは、まわりの美女たちの肩に手を回しながら上機嫌で酒を飲み、セレナとドロレスを眺めている。 「ガラよ、二人のあんな姿は二度と見れんぞ!目に焼き付けておくがいい!ブハハ!」 ドロレスは、歯を食いしばり、ヴェダーに対して怒りに満ちた表情をしている。 そして、王の目の前に酒がいっぱい入った盃が渡された。列席している全員の目の前にも、同じく酒が注がれた盃が並べられたのである。 「ほほっ、用意がいいな!では乾杯といこう!」 ガラは、既に酒を飲みまくりこれ以上飲むのはやめたが、形だけの乾杯をした。ヴェダーは、美女に気を取られてよく聞いていなかったようである。 ギーザ王が盃に口をつけ酒を飲み干すと、列席していた者たちも同じように酒を飲み干した。 その時、ギーザ王は持っていた盃を落とした。 セレナとドロレスは、不思議そうにそれを見つめていたが、次第にギーザ王の体がガタガタと震え出し、口から泡を吹いた。 「ぐ、が、酒に…何を入れた…?」 そのままギーザ王は突っ伏して倒れてしまった。ドロレスは、何が起きたのか分からなかったが、ギーザ王の体を揺さぶって声をかけた。 「おい!王様!どうしたんだ!?」 セレナは周りを見渡すと、なんと盃を口にした全員が、一斉に口から泡を吹いて倒れている。 悲鳴と怒号が場内に響き渡り、あたりは騒然とした。ガラとヴェダーは、この異常事態に気付き、席から離れた。そして、ドロレスとセレナの元へ駆け寄った。 「おい!一体何がどうしたっていうんだ!?」 ガラはドロレスに聞いた。 ドロレスは、盃を見て言った。 「分からないが、多分この酒に毒が入っているんだと思う!二人は飲まなかったのか?」 ヴェダーは頷き、辺りを見回した。 その時である。祝宴の間の扉が開き、一斉にたくさんの武装した兵士が入って来たのである。場内にいたすべての人間は、ガラたちも含め、武装した兵士に囲まれてしまった。ガラたちはそれぞれ武器を事前に預けており、丸腰であった。 そして、さらに場内に一人の女性が入ってきた。煌びやかな衣装に身を纏い、お付きの者たちも従えている。 「愚かな宴はこれまでだ!兵士たちよ!生き残っている者を捕らえよ!」 ヴェダーは、その女性が誰であるのか分かった。 「あれは…王妃だ!」 「王妃!?王妃がクーデターを起こしたってのか?」 ガラは、かつて勇者隊として各国の情勢を調査していたことを思い返した。 サーバス王妃のテイラー皇后は、かつて神聖ナナウィア帝国の王女であった。政略結婚でサーバスの王に嫁いだ彼女は、若くして皇后となった。 テイラー妃は、王の奔放な行動に振り回されていた。妾を連れて来る度に、彼女は後宮に追いやられ、自分の存在価値を否定された気がした。 また、度重なる戦争によって、国の財政は逼迫しつつあるのにも関わらず、王は毎日のように宴を催し、贅沢三昧をしていた。その分、民に重税を課し、不満は募るばかりであった。 実際のところ、国の行政はほとんど彼女が裏で仕切っていたというのである。 ガラたちは手を縛られ、地下の牢獄へと連行されていった。宴の会場は城の上階にあり、いくつもの階段を下りなければならない。ガラとヴェダーは、この状況を打開する策を巡らせていた。 「チッ!こんな時に限って…」 階段には小窓があり、そこから月明かりが入り込んでいた。どうやら今夜は満月のようである。 ドロレスは外を見ると、満月の光が砂漠の木々や街を照らしていた。 その時、満月の光を一瞬何かが遮った気がした。コウモリかと思ったが、それにしては大き過ぎると思った。セレナもそれに気が付いたようだ。 「セレナ!見たか?今の!」 「うん!何か飛んでる!」 ヴェダーは、何を言ってるか分からなかったが、その時、バサッバサッと羽ばたく音がした。 何かとても大きな鳥のような羽音である。ガラも気付いたようだ。 そして、階段を下り切った彼らは、渡り廊下に出た。月明かりがさらに眩しく柱を照らし、廊下に整然と影が並んでいる。 さすがに兵士たちもこの大きな羽音に気付いたようである。皆外を眺めながらキョロキョロと見渡し始めた。 「何だ?この音は?」 その時である。空から割れんばかりの大きな鳴き声がした。 「グオオーン!」 あまりの声の大きさで、空気全体が振動しているようであった。ガラたちは身構えた。しかし、セレナだけは、この声がどこか懐かしく思えた。 兵士の一人が空を指差した。 「ああっ!何だあれは!?」 ガラたちが兵士が指差した方向を向くと、そこには月に照らされた巨大なドラゴンが飛んでいたのである。 「ドラゴンだ!」 兵士たちは恐れ慄き、逃げ出したり、ガラたちを放って散って行ってしまった。幸いにも、兵士の一人がガラたちの武器を持っており、それも捨てて行ったのだった。 ガラたちは手に縛られた縄を切り、武器を取り戻した。 そのドラゴンは、月明かりであるが、黄金の鱗に覆われ、額には大きな角が一本生え、緑色に光る目をしていた。 そして、ドラゴンはガラたちを見つめ、ゆっくりと口を開いた。 「よくぞ砂漠を越えてやってきた、火の民の子と風の民の子よ。そして竜の巫女、勇敢な女戦士よ。そなたらを待っていた。ここは危険だ。今すぐ我について来るのだ…」 ヴェダーは、ドラゴンに向けて話しかけた。 「アディームか?神殿に向かうのか?」 ドラゴンは、ヴェダーの方を向き頷いた。 「申し遅れた、我が名はアディーム。砂漠に眠るオーブを守護する竜なり。そして、勇者の秘宝を守護する竜なり」 「勇者の秘宝だと!?」 ヴェダーは、口笛を鳴らしペガサスを呼んだ。 セレナはドラゴンになり、ガラとドロレスを乗せて飛び立った。 月明かりに照らされ、ガラたちはパラノ城を後にした。 城を飛び立ち、しばらくすると、セレナが何かに気付いたようである。 《何か焦げ臭い!燃えてる臭いがする!》 ドロレスは、後ろを見て叫んだ。 「街が燃えてる!サーバスの城も!みんな燃えてるぞ!」 ヴェダーは、後ろを振り向き街を見た。 「あれは、神聖ナナウィアの旗だ!既に進軍していたっていうのか!?」 サーバスの敵国、神聖ナナウィア帝国は、一夜にしてサーバスの首都を陥落させてしまったのである。その裏で皇后が暗躍していたというのは、後になって分かったことである。 そして、パラノ城より南東へ向かうと、そこには三角錐の形をした不思議な建物が建っていた。それこそが、まさに古(いにしえ)の勇者の墳墓であり、アディームの神殿であった。 ガラたちは、神殿の前に降り立った。 そして、ヴェダーは、ドロレスとセレナに向けて言った。 「いや、しかし良かったな!これで心置きなく勇者の調査が出来るってわけだ!しかし、お前たち、その格好もなかなか良いぞ!」 ヴェダーがドロレスの肩に手を置いた瞬間、ドロレスの拳がヴェダーの腹にめり込んだ。 「はぐおっ!?」 ヴェダーは、腹を抑えてしゃがみ込んだ。 「お前、絶対に許さないからな!あたしたちを何だと思ってるんだ!」 セレナは人間の姿になった。そして、ガラはクロークをセレナにかけた。 「セレナ、大丈夫だったか?何かされなかったか?」 その時、セレナの拳がガラの顔面にヒットした。ガラは吹き飛び、倒れ込んだ。 「ガラしっかりして!私をちゃんと見ててよ!」 セレナは涙ぐんでいた。しかし、ドラゴンの力はあまりにも強く、ガラはフラフラと立ち上がるのがやっとであった。 「げ、げふっ!わ、わりぃ…酒飲み過ぎた…』 アディームは、人間の姿になり、セレナたちに再び語りかけた。 「改めて我が神殿にようこそ。さっそく、君たちに会わせたい人がいる!」 アディームは、ガラたちを神殿の中へと案内した。 神殿の奥は、地下へと繋がっており、長い階段を下りて行くと、そこにはとてつもなく大きな空間が広がっていた。そして、何やらその中央には、台座に置かれたオーブが輝いており、その光に照らされ、二人の人影が見えた。 その一人がガラたちに声を掛けた。 「遅かったな。やっと来たか」 ガラは聞き慣れた声だと思った。 その時、神殿の松明に一斉に火が灯され、空間全体が明るくなった。 そして、その声の主が誰だかすぐに分かった。 「アマン!何故お前がここに?」 クァン・トゥー王国の勇者アマダーンであった。ドロレスもセレナも、その顔と声はよく覚えていた。しかし、ドロレスは、アマダーンの影に隠れたもう一人の人間に気が付いたのである。 「その子は?」 ドロレスは、アマダーンに尋ねた。 「この子は、マーズだ…」 アマダーンは、マーズを自分の前に呼んだ。 そして、アディームが言葉を続けた。 「彼が勇者の末裔だ」 ガラたちは驚いた。あまりにも早く勇者の末裔が見つかってしまった。しかし、まだ幼い少年である。そして、それを連れているのが、かつての「勇者」である。 ガラは静かにアマダーンに語りかけた。 「アズィールは亡くなったみたいだな。残念だ…」 アマダーンは、少し頷き、マーズの頭を撫でて言った。 「お前たちは、これからどうするんだ?俺はこのアディームってやつにここに来いと言われたから来ただけだ。まさか、またあの魔王を倒しに行くんじゃないだろうな?」 ヴェダーが何か言おうとしたが、アディームがそれを遮り、語り始めた。 「皆の者よ、どうか聞いて欲しい。魔王が現れ、そして勇者も出現した。これは必然なのだ。しかし、これからが本当の勝負なのだ。我々は、一刻も早く、魔王の魔の手から、世界を救わねばならない。どうか、皆で力を合わせるのだ!」 ドロレスは、アディームに言った。 「ああ、あたしたちもそのつもりでここまで来たんだ。魔王を封印する方法を教えてくれよ!」 アディームは、オーブに手を当てると、空間に映像を浮かばせた。まるで宙に浮いた絵画のようである。その絵は、動いていた。4人の人間が、真ん中の影の周りを囲んでいる。 「いいか、これを見てくれ。魔王の周りを取り囲む四つの民だ。それぞれの力を使い、魔王の動きを封じ込める。そして、勇者の剣で、魔王の額に剣を突き刺す。そうすると、魔王は、この世界の体を失い、再び深淵に戻り、深い眠りに付くのだ」 ドロレスは、目をパチパチさせて言った。 「…って、え?それだけ?」 ヴェダーも思わず声を上げた。 「四つの力?魔王を封じ込めるだと?一体何をどうすればいいんだ?」 ガラも続けた。 「で、勇者の剣ってのは何だ?あのくそったれ野郎の額に突き刺せるほどの凄い剣なんだろうな?」 アマダーンは笑った。 「はっはっは!傑作だ!その剣とやらで魔王を突き刺すのが、この坊主なんだからな!貴様この子を殺す気か?」 ガラたちは、アディームに詰め寄った。 あまりにも単純な話で面を食らったとでも言おうか。 一体あの強大な力を持つ魔王にどうやって立ち向かって行くのか、力を封じ込めるのはどうしたらいいのか、勇者はどうすればその剣を手にするのか、それはまさに不安という言葉に支配された姿であった。 アディームは、ガラたちをなだめ、ゆっくりと説明しようとした。 「分かった!君たちの言いたいことはよく分かった。まずは、これを説明させてくれ!」 アディームは、オーブから少し離れて何やら呪文のようなものを唱え出した。 すると、オーブの光がさらに強くなり、その床に描かれている文字が緑色に光出したのである。 その時であった。 ドーンという音と共に、神殿全体が揺れたのである。パラパラと砂が天井から落ちて来る。 「な、何だ?」 ガラは、思わず声を上げた。 アディームは、呪文を中断した。ふっとオーブの光と、床の文字の光が消えた。 「しまった!神聖ナナウィア帝国が、ここまでやって来たようだ!」 アディームは、階段の上に目をやると、外から大勢の兵士たちの声がした。 その時、ヴェダーが叫んだ。 「まさか、連中ここの財宝を狙っているのか!?」 そして、アディームが叫び外へと走り出した。 「皆!武器を取れ!まずはこの神殿を守り抜くのだ!」 第三章完。

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第8話「砂漠の城」 セレナは落下したヴェダーの元へ、ゆっくりと森の中へ降りていく。 ガラと、ドロレスは、セレナの背から飛び降り、大声を出して、ヴェダーを呼んだ。 「おーい!ヴェダー!悪かった!合図を送ろうとしただけなんだ!」 「生きてるかー?」 セレナも辺りをキョロキョロと見渡し、彼を探している。 ヴェダーが落下した森は、大きな針葉樹林で、木の一本一本が恐ろしく大きく長い。まるでガラたちが小人になったかのようである。 すると、上の方から声がしてきた。 「貴様!許さんぞ!俺に不意打ちを喰らわすなんてな!」 ヴェダーは、木に引っかかって逆さまにぶら下がっていた。 「おっ!いたいた!いやぁごめんごめん!力の加減を誤った!あんたのペガサス速すぎるからさ、もう少しゆっくり飛んで欲しかったんだ!」 ドロレスは、ぶら下がっているヴェダーを見上げながら言った。 ヴェダーは、チッと舌打ちをし、引っかかっている木を何とか外そうとした。その時、バキバキと木の枝が折れ、ヴェダーが落下してきたのである。 「やばい!」 ドロレスは、咄嗟にヴェダーを受け止めようと落下地点までダッシュしたが、ヴェダーは一行に落ちてこない。ドロレスは、おや思って、上を見上げた。 すると、ヴェダーがフワフワとまるで羽毛のようにゆっくりと降りてきた。そして、そのままドロレスの目の前に着地したのである。 「なんだ?今の魔法か?」 ドロレスが言うと、ヴェダーは、体に付いた木の枝を手でパッパと払いながら言った。 「俺は風の民の末裔だ。常に俺の体は“風の祝福”を受けているのだ」 “風の祝福”とは、風の精霊が体のまわりを覆い、その人を守ってくれるはたらきである。 高いところから落ちたり、また高く飛んだりも出来る。ヴェダーのペガサスが速いのも、風の祝福により、空気抵抗を極力少なくしているからである。 ヴェダーは、苛立ちながらドロレスに言った。 「まったく!なんて強引な合図だ!もっと他にやり方があるだろう」 ドロレスは頭をかきながら答えた。 「ごめんごめんて!だってさ、お前のペガサスが速すぎてさ、あれだとセレナの体力が持たないよ!」 ヴェダーは、ぷいと空の方に振り向いて、ピッと口笛を鳴らした。 「いいか、これは遠足じゃないんだぞ。一刻一秒を争う正義と悪魔のレースなのだ!」 そう言うと、空からヴェダーのペガサスが舞い降りてきた。 そこでガラがヴェダーに声をかけた。 「だが、もうほぼ1日飛びっぱなしだ。さすがのセレナもへとへとだぜ。俺も腹減ってきたし」 セレナはいつの間にか人間の姿に戻り、服を着ている。そしてヴェダーに言った。 「ヴェダー腹減った!休もうよ!」 ヴェダーは、皆に目線を一人ずつやると、ふうとため息をついて言った。 「わかった、わかった。ではここらで休憩しよう…」 ガラたちは、テントを張り、食事を取った。 ドロレスは、ヴェダーに尋ねた。 「今どこら辺まで来てるんだ?」 ヴェダーは、串焼きの肉に齧り付きながら答えた。 「この森を抜ければ砂漠に入る。さらに南へ進むと、巨大な川とオアシスが見えてくる。そこの中心がサーバスだ。あと1日くらい飛べば着くだろう」 ガラはさすがに速いなと思った。 パンテラからサーバスまでは徒歩で三〜四ヶ月はかかる距離である。ヴェダーの時間短縮案は、確かに的を得ている。 移動時間が短縮されればされるほど、捜索の時間に割けるというわけだ。 「サーバスへ着いたら、まず神殿に向かうのか?」 ヴェダーは答えた。 「トレント王から書簡を預かっている。公式の文書だ。まずは、サーバスの王に会い、緊急事態ということをサーバスにも知らせよう。極力無駄な時間は避けたい。変に怪しまれて捕まるなんてもっての外だ。すぐ神殿へ案内してもらって、そこで調査開始だ」 ドロレスは感心した。 「さすがだな!準備万端じゃないか!」 ヴェダーは「はぁ」とため息をつきながらドロレスに言った。 「お前らな、何も考えずにサーバスに行こうとしてたのか?事は一刻一秒を争うんだ。やれることをあらかじめ準備しておかなければ、あっという間に一ヶ月なんて経っちまうぞ!」 ドロレスは、ふんと鼻をならし串焼き肉に齧り付いた。 【サーバス王国】 国土のおよそ8割が砂漠であり、東西にオズボン川が流れている。そのおよそ中央にオアシスがあり、首都「アイウォミ」がある。王である「ギーザ8世」は、奔放な性格で、妾が実に80名もおり、国中の美女を集めては、祭りや神事を頻繁に催していた。 外交的には、神聖ナナウィア帝国と対立しており、クァン・トゥー王国が勃興してくるまでは、ほとんどその二国間での争いが絶えなかった。 また勇者の墓であり、聖なる竜と崇められているアディームの神殿には、ドラゴンのオーブの他に、古代からの様々な財宝が眠っているとされている。歴史は古代魔導王朝よりも古く、起源はおよそ、5000年も前だとされている。 ガラたちは、その日は森の中のテントで一晩休み、翌朝早くに出発しようと決めた。 「近くに小川が流れてたから、水汲んできたよ」 「おう、ありがとな」 ドロレスは、桶いっぱいに水を汲み、ガラは夕食の準備をしていた。 「あれ?“風のあいつ“は?」 “風のあいつ”とはヴェダーのことである。 ガラとドロレスの間では、その名で語るようになっていた。 「ん?そこら辺にいないか?さっきまでそこで薪を割っていたんだがな…」 ドロレスはあたりを見回してみたが、誰もいる気配がなかった。 「セレナもいないぞ?」 ガラは、獲れたての獲物を捌きながら言った。 「セレナは小川で体を洗ってくるって言ってたぞ」 ドロレスは、ふーんと言いながら考えたが、ふと嫌な予感がした。このタイミングでセレナとヴェダーが居なくなるのはおかしい。 ドロレスは、ガラにちょっと二人を探してくると伝え、再び小川の方へ向かった。 森の奥深くを縫うように流れる小川は、下流へと進むにつれ水かさを増し、サラサラと水音を響かせながら、濃い青緑色の池へと静かに注ぎ込む。 そこでは、別の峰から滑り落ちる川が小さな滝を織りなし、銀の飛沫を散らして同じ池に集っていた。 セレナはその小さな滝の下で水浴びをしていた。彼女の白く透き通るような肌は、滝から落ちる飛沫を弾き、それが夕陽に照らされ、キラキラと輝いていた。 ドロレスは、セレナに声を掛けようと手を上げたその時、セレナがいる滝の上に人影が見えた。 「ん?あれは何だ?」 ドロレスは咄嗟に息を潜め、池の周りを忍び足でぐるっと回りながら、滝の上まで近付いて見ることにした。 ドロレスがその人影に近付いてみると、そこには、金髪で耳の尖ったハイエルフがしゃがみこんでおり、滝の下を覗いていたのである。 「うおお…なんと美しい…あれはまさしく女神、竜の女神だな…」 ドロレスは、そのハイエルフが誰なのかすぐに分かった。ドロレスは、ハイエルフの背後まで近付いたが、一向に気が付かれていない。 「おい…」 「うおお!この尻も目に焼き付けておかなければな…」 「おい」 「おおっ!こっちを向け!もっとこっちを…」 「おい!」 その声でハッと気付いたハイエルフは、ガバッと立ち上がり、くるっと振り向いた。 「どわっ!ド、ドドド、ドロレス!」 やはりそのハイエルフはヴェダーであった。 彼が振り向いたそこには、ドロレスが鬼の形相で腕を組んで立っていたのである。 「風の祝福を受けたいのか?」 「へっ?風の…」 ヴェダーは、意外なドロレスの言葉に、何を返したら良いか一瞬戸惑った。その数秒のうちに、既にドロレスの膝蹴りが、ヴェダーの股間に深くめり込んでいたのである。 「んぐぅふっ!?」 ヴェダーは、激痛が走る股間を抑え、悶絶しようとした。しかし、その刹那ドロレスの動作は既に次の段階へと入っていた。即ち、それはヴェダーの顎下から突き上げてくる拳のことである。 パキャッ! ヴェダーは、宙を舞った。 顎は大きく空に上がり、ヴェダーの体ごと川の水の飛沫が夕陽に照らされ、キラキラと輝きながら、そのまま滝の下へと落ちていったのである。その時、ヴェダーは、やっとドロレスの言葉の意味を理解したのである。 しかし、ヴェダーは、ドロレスに伝えたいことがあった。それは、“風の祝福”の効果は、何故か水面には適応しないということである。 ヴェダーはそのまま、真っ逆さまに滝壺へ落ちた。 セレナのすぐ背後であった。セレナが立っているところからすぐ背後は、数メートルの深みがあった。それが不幸中の幸いであった。もし、セレナの目の前に落ちていたら、命を失っていたのかもしれない。ドボーンという水飛沫にセレナは驚いた。 「きゃっ!」 セレナが上を見上げると、そこにはドロレスがおり、手を振っていた。 「セレナ〜!アホなエルフがいたから退治しといたぞ〜!」 そして、日が沈み、あたりは星空が一面に広がった。 「ぶふぇっくし!」 ヴェダーは、ガタガタと震えながら、焚き火に当たっている。焚き火の上には、びしょ濡れのエルフの装束が木に吊るされて干されている。 「まったく!あたしの嫌な予感が当たったな!やっぱりこのパーティーについて来て正解だったよ!」 ドロレスは、スープを飲みながら切り株に腰掛け、鼻息荒くヴェダーにわざと聞こえるような声で言った。 セレナはクスクスと笑っている。ガラは呆れた顔でヴェダーを見つめている。 「ゴホン…ま、まぁ、あれだな。ドラゴンの女というものがどういうもんなのか、見て確かめたかったんだ…その…学術的に…」 ヴェダーの弁解は、まるで大海原に石ころを投げ入れるかのように、何一つとして彼らの心には響かなかった様だ。 ドロレスは、ヴェダーの視線がチラチラとセレナの方を向いていたのは、前から薄々と感じていた。確かにセレナは、絶世の美女であり、心は生まれたばかりの赤子のように純粋である。 彼女の魅力に誰しもが惹かれるのは当然であろう。 無論ドロレス本人も、セレナのことが大好きであった。彼女は異性愛者ではあるが、セレナの美しさ、可愛さは放って置けないほど愛おしく、そして人間の嫌味のようなものがまったくない。 すべてを受け入れてくれる女神のような包容力は、一緒に居ると心から安堵する感覚があった。 だからこそ、この美しい娘に近付く“悪い虫”には目を光らせておかなければいけない。 ドロレスは、ガラに向けて言った。 「ガラ!あんたがハッキリしないと、この子は他の男に取られちまうぞ!」 ガラは困惑している。頭をポリポリと掻きながらバツが悪そうにスープを皿によそっている。 「あ、まぁ、あれだ、その…」 ガラもセレナに対して愛情はあった。セレナが自分に対して好意を持ってくれているというのも分かっていた。しかし、セレナのドラゴンとしての生き方を尊重すべきか、自分の気持ちを伝えて、彼女と一生共にするのか揺れていたのが事実である。 ドロレスは、ガラを見て、はぁとため息をついた。 「ったく、これだから男ってのは…」 ドロレスは、ガラの気持ちも実は分かっていた。だが、それも分かっていてもガラに強く当たってしまう自分にも、彼女は苛立っていたのである。 その時、セレナがすっと立ち上がり、ヴェダーの方へと歩いていった。 「ん、セレナ…どうした?」 セレナは腰を屈め、ヴェダーの唇にキスをした。 「んっ!なんで!?」 ヴェダーは、驚いて腰掛けから落ちた。 ガラとドロレスも驚いて立ち上がった。 「セ、セレナ!」 「お前…何を!?」 セレナはニコニコしながら、言った。 「はじめからこうすれば良かった。これで飛んでいても話が出来る!」 ドロレスは、頭をグシャグシャと掻きながら言った。 「セレナ〜!確かにそうだけど、今それをやると奴が勘違いしちまうよぉ〜っ!」 ガラは首を振って笑った。 ヴェダーは、すくっと立ち上がってセレナの両肩に手を置き、セレナの目をじっと見つめた。 「セレナ!好きだ!」 セレナはあははと笑い、ヴェダーの頭をポンポンと叩いた。 「私も好きだよ!ありがと!」 ドロレスもこの滑稽なやりとりを見て笑うしかなかった。 「こりゃ楽しい旅になりそうだ…」 ーそして、次の日の朝、まだ東の空が白み始めた頃、ガラたちは砂漠の国サーバスへと出発した。 深い針葉樹林を抜けると、広大な砂漠が目の前に広がった。気温はぐんぐんと上昇し、照りつける太陽の日差しがガラたちの肌に突き刺さる。 「こいつは、しんどいな…」 前を飛ぶヴェダーも徐々にスピードが落ちていく。その時、ヴェダーが東の方を指差し、ガラたちに何かを伝えている。 「セレナ、ヴェダーは何を言ってるんだ?」 ドロレスがセレナに聞くと、セレナは思念でヴェダーに尋ねた。 《東の空を見ろ。砂の嵐がやってくるぞ!って言ってる》 「な、何だって!?」 ガラは、目を凝らして東の空を見た。遥か向こうの地平線近くが何やら黒く“もや“がかかっている。 それは段々と近付いてきて、真っ黒な雲の塊が波のように押し寄せて来るのが分かった。 「うおお!何だあれは!?」 真っ黒い雲の中では、パッパッと稲光が見え、物凄い勢いで暴風が吹き荒び、渦を巻いているようであった。 その時、セレナがガラたちに伝えた。 《ヴェダーが、谷を見つけたみたい!そこに避難しようって!》 ヴェダーと、セレナは、大きく旋回し、岩山が谷のように割れている場所に降り立った。 既に彼らの上空は、ビュービューと暴風が唸っていた。 「目を開けるな!砂嵐が去るまでクロークを被ってじっとしてるんだ!」 セレナは人間の姿に戻り、ガラたちと一塊になってうずくまった。 風はどんどん勢いを増し、嵐が近付いてくるのを感じた。 「来たぞ!エアロスミス!」 ヴェダーは中心に立ち、手を上にあげて、風の魔法のシェルターを作り出した。 「凄いな、風の魔法か!」 「ああ、だが完全には防げんぞ!目を閉じて鼻と口を布で覆うんだ!」 ゴーゴーと勢いを増し、凄まじい暴風が谷の上を通過している。 ガラがクロークの中からヴェダーに聞いた。 「これも魔王の仕業なのか?」 「まさか!いや、これは砂漠にとっての“日常”だ。早く過ぎ去ってくれればいいが…」 幸いにも1時間程で砂嵐は去っていった。ヴェダーが懸念していた通り、時には一日中嵐が去らないこともあるという。 その時、ドロレスが少し笑いながら言った。 「あはは、分かったからもう離していいよセレナ。もう嵐は去ったから…」 セレナは、きょとんとしている。 「え?私何も掴んでないよ?」   セレナは両手をあげてドロレスに言った。 「え?だって、あたしの足を掴んでただろ?じゃあ、ガラか?」 ガラも両手をあげた。 「いや、俺はさっきから普通にしゃがんでただけだぜ」 ドロレスは、自分の足元を見た。 すると、何やら大きな触手のようなものが足に巻き付いていたのである。 「ゲッ!な、何だこれ!?」 その瞬間、無数の触手がびゅーっと伸び、ガラとセレナの足にも巻き付いてきた。 「ぐわっ!」 「きゃっ!何これ!」 ヴェダーは、何事かと振り向いた。 「しまった!ここはサンドワームの巣か!」 その瞬間、ガラ、ドロレス、セレナは、巻き付いた触手に谷の奥まで引き摺り込まれてしまった。 3人とも物凄い勢いで、引き摺り込まれていく。彼らの引き摺られた後を砂埃が舞う。 「くっ!どこまで引き摺ってくつもりだ!」 「この変なの取れない!凄い力!」 ヴェダーは、すぐに口笛でペガサスを呼び、彼らを追い掛ける。 「フライヴィ!」 ヴェダーの手から風の魔法の刃が放たれる。 シュバッ!とセレナの足元に絡みついている触手が切り離された。 セレナはゴロゴロと横に転がって止まった。 しかし、まだガラとドロレスは、引き摺られたままである。 ガラは、引き摺られながらも、手を触手へとかざし、狙いを定めた。 「ファズ!」 ガラの手から光球が放たれ、触手に当たり爆発した。 ドーンという音と共に、触手はちぎられ、ガラはズザーっと砂を滑り、そこで止まった。 「ドロレス!」 ドロレスは、未だに引き摺られているが、その先に何やら大きな穴が空いているのが見えた。 「ヤバい!このままではその穴に引き摺り込まれるぞ!」 セレナはドラゴンになり、足でドロレスの肩を掴んだ。 しかし、ドロレスに巻き付いた触手は、離そうとしない。 「ぐあああっ!足がちぎれそうだ!」 ドロレスは、苦しそうにもがいている。 ヴェダーは再びフライヴィを放ち、ドロレスの触手を切り飛ばした。 その時、穴から凄まじい鳴き声が聞こえてきた。 「ギャァース!!」 その時、ドーンという音と共に、穴から巨大なワームが姿を現した。 ガラたちがかつてサーティ平原の沼地で出会ったワームとは比べ物にならないくらいの大きさである。巨大なワームは天高く、太くて長い体を伸ばし、太陽の光を遮った。 「で、デカいぞ!」 セレナはすぐにガラとドロレスを掴み空高く飛び上がった。 ヴェダーも旋回し、ワームから遠ざかるように飛び上がる。 ある程度距離が離れると、サンドワームは再び穴に潜っていった。 「ふう、こんなデカいサンドワームは初めてみたな…」 ガラが呟くと、ヴェダーは言った。 「これはおそらく魔王の影響だろう。魔物の力が強まっている。早くサーバスへ向かわなくては…」 ガラ一行は、再びサーバスへと向かった。 しかし、広大な砂漠は、どこまでも続いているかのようであった。見渡す限り地平線が続き、太陽の光がまたしても彼らを襲った。 「も、もう限界だ…水も尽きたし…」 ドロレスは、ぐったりしていた。 セレナも段々とスピードが落ちていく。 《ドロレス…しっかり!》 ガラはドロレスにクロークを被せた。 「後少しだけ辛抱しろ。もう少しでオアシスが見えてくるはずだ」 「ったく、あんたは火の民だからいいよな。暑さなんて全然感じないんだろ?」 ガラは答えた。 「ん?まぁ、そんなに暑いと思ったことはねぇな…」 ドロレスは悔しさのあまり、後ろに乗っているガラに肘鉄をぶつけた。 「くそっくそっ!あたしも火の民になりたかった!」 その時、ヴェダーが前方を指差した。 《見えたって!オアシスだ!川もあるって!》 「うっひゃーっ!!水だ!緑だ!でっかい川だ!」 目の前に広がる広大な緑とオアシス。 そして、その中央付近に巨大な川が見えた。奥には黄金に光り輝く荘厳な城も見える。そしてその周りには小さな滝や湖が無数にあった。砂漠の渇いた空気に、オアシスの湿気が混じっているのが分かる。ドロレスは、先程の疲れが吹き飛んだように喜びを爆発させた。 「ついに来た!ここが、サーバスか!」 ヴェダーは、ペガサスを降ろした。 ガラたちは、オアシスの中へと進み、サーバスの首都「アイウォミ」にある「パラノ城」へと向かった。 オアシスの中は、ヤシの木やサボテン、シダの葉など様々な植物が生い茂り、聞いたことない鳴き声で鳴く鳥など、まるでジャングルのようであった。次第に住居がちらほらと見え、増えていく。そして、市場のように様々な店が立ち並ぶ通りに出た。 「うわ〜!こんな砂漠のど真ん中にこんな盛り上がってる場所があったなんてな!」 ドロレスとセレナは目を輝かせて、街をキョロキョロと見回した。 行き交う人々は、商人や農民、旅人など様々で、ガラたちに近寄ってくる物売りなどもいた。屋台からスパイスの効いた食べ物の匂いが漂い、そして、お香のようや心の安らぐ匂いもしてきた。 街の中には、金の像などの装飾も多く、煌びやかな雰囲気が所々に点在していた。 そして、ガラたちは、黄金の装飾が眩しいサーバスの城「パラノ城」の門の前に辿り着いた。 門番が出てきて、ガラたちに尋ねた。 「ここはサーバスの中心、アイウォミのパラノ城である。旅人よ、何の用で参った?」 ヴェダーは懐からトレント王からの書簡を出し、門番に渡した。門番は、書簡を受け取り城の中へと入っていった。しばらくすると門が開き、ガラたちは城の中へと入っていった。 「よし、ここまでは順調だな!」 ドロレスは、得意気に腰に手をやり、先頭をズンズンと大股で城の中に入ったが、急に立ち止まった。後に続くガラたちがドロレスにぶつかってしまった。 「っと!いきなり立ち止まんな… ガラがドロレスに注意しようとするのを遮るように、ドロレスはガラに手をぶんぶんと振り、上を見ろと指差した。 そこには、黄金に光り輝く星型の紋章のタペストリーが掲げられ、黄金の鎧などの装飾、幾何学模様柄の陶器、花崗岩の柱に大理石の床など、まさに贅の限りを尽くした絢爛豪華な大広間があった。 「こいつは凄い…!」 「サーバス…なんという財力だ…」 「おいおい、ここは天国かぁ〜?」 「キレイ!みんなキラキラしてる!」 そして、大階段の奥には、巨大な黄金の扉があった。両脇にいる兵士が扉を開けた。 「ぬおぉっ!」 ヴェダーは思わず声をあげた。 そこには、両側に沢山の美女が立っており、奥の玉座には、煌びやかな王冠を被り、艶のある髭を蓄えた恰幅の良い王の姿があった。 王の前に立っている従者が口を開いた。 「クァン・トゥー王国からの使者よ。よくぞ参られた。ここに座すのは、サーバス国王ギーザ8世陛下であらせられるぞ!」 ギーザ王は髭を触りながら豪快な笑顔でガラたちを出迎えた。 「ようこそ、我が国サーバスへ!」

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第7話「勇者だった男」 シーマ自治国のメインストリートには、多くの露店が立ち並ぶ。武器屋、防具屋、雑貨屋など、旅人がよく立ち寄る店が多いが、料理屋、青果店などもあり、旅人だけではなく、住人たちなどたくさんの人々で賑わっている。 “防具のランゴ” という看板の店のドアが開き、二人の人間が出てきた。一人は35歳くらいの人間種の男性、もう一人は10歳にも満たないこちらも人間種の少年である。どちらも褐色の肌で黒髪。親子であろうか。しかしどちらもボロボロの衣服を着用し、男性の左足は棒切れのような義足であった。 麻の袋を担ぎ、よたよたと歩いている。 少年は、男性の方を見上げながら呟くように声をかけた。 「また売れなかったね…」 男性は、苦虫を噛み潰したような顔をし、不貞腐れたように言った。 「とんだ誤算だ。どの店も獅子の紋章入りの胸当てなど受け付けぬそうだ…クァン・トゥーで売れば1,000トレントはくだらんというのに…」 少年は、寂しそうな顔で呟いた。 「ダン、お腹すいたよ…」 「分かってる!何とか金を作って、たらふく食わせてやるから待ってろ…」 その見窄らしい親子のような二人は、かつて世界最強の勇者と言われた男、アマダーン(今はダンと名乗っているが)と、伝説の勇者の末裔とされる少年マーズであった。 二人は、川沿いにポツンと立つ小屋で1週間ほど暮らしていたが、食糧が底をつき、やむなく町の方まで出てきたのであった。 もうかれこれ10店舗はまわっただろうか。 ダンは勇者の時身に付けていた銀の胸当てを売り、金を作ろうとしていたのだが、獅子の紋章といえば、悪名名高い「クァン・トゥー王国」の紋章である。誰もそんな物騒な代物は欲しくないという。 もしそんな物を店頭に並べた日には、すぐにドワーフ議会に通報が入り、憲兵たちに根掘り葉掘り聞かれるに決まっているからだ。また店頭に並べなくても、そんな代物を買う大金自体、どの店も持ち合わせていなかったのである。 【シーマ自治国】 シーマ自治国は、ドワーフが治める自治国家であり、王が存在しない。すべて選挙で決まる議員を中心とした議会が国を運営しており、国民は誰しもが自由に議員になれる権利を持っている。 しかし実際のところは、それは表向きで、経済力や、社会的地位があり、それらを地盤として持っていなければ、選挙をしても到底勝つことは出来ないのだ。 外交では、どの国にも属さない中立を保っており、ドワーフの国民性ともいうべき、高い技術力を活かし、他国への武器や技術者の供給で、その地位を担保している。ドワーフ国家といっても、約7割がドワーフで、あとは様々な人種が入り混じっている。 ダンは既に一度入った店に再度お願いしてみようかと思い、もう一度通りを戻ろうとした。 その時であった。 店と店の間の細い路地で、ごろつきたちが何かを囲んでいる。囲まれているのは、一人のドワーフのようだ。面倒なことに首を突っ込むほどの余裕がないダンは、気にかけることなく振り返って進もうとした。 しかし、ほんの一瞬であったが、ダンの姿を見たドワーフが、ダンに向けて叫んだ。 「そこのあんた!サーバスの人かい!頼む!助けてくれ!」 ダンはその路地の方を見た。 ごろつきたちがギロっとダンを睨み付ける。早くここを立ち去れと言わんばかりの顔つきである。 ダンは一瞬面倒臭そうだなと思ったが、一つの考えが閃いた。今、このドワーフを助ければ、幾らか謝礼を貰えるはずだと。 マーズはごろつきたちの顔を見て、怯えてダンの影に隠れた。ダンは、麻袋をグイッと持ち直し、ヨロヨロとその路地に向けて歩き出した。 ダンを呼び止めたドワーフは、彼の見窄らしい姿に失望の色を隠せなかった。ごろつきたちは、自分たちにおかまいなしにヨロヨロと歩きながら近付いてくる貧相なサーバス人を見て、嘲笑った。 「おいおい、兄ちゃんヨォ〜。お前さんこいつの知り合いかぁ?ちげぇよなぁ?なら、悪りぃこた言わねえ、その大きな荷物置いて、とっととけぇるんだな」 ダンはヨロヨロと近付くのをやめない。 「お、おい、おい!聞こえねぇのかよ!」 ごろつきの一人がダン目掛けてナタを振り上げた。マーズは思わず目を覆った。 マーズは、すぐに叫び声や、血の吹き出す音が聞こえると思った。しかし、何も聞こえてこない。それどころか、「え?」とか「おう?」とか変な声を出すごろつきの声がしてくるのであった。マーズはゆっくりと覆った指の隙間を開けてみた。 ごろつきは、何度も何度もダンにナタやナイフを突き刺したり、叩いたりしてるが、まったく傷が付かず、まるで鈍くて硬い粘土にぶつけるかのような音しか聞こえてこない。ダンは何事もなく、そのドワーフにヨロヨロと近付き、とうとう目の前まで辿り着いたのであった。 ごろつきたちの表情は、驚きから次第に恐怖へと変わっていくのであった。 その時、ダンはドワーフに声をかけた。 「よし、俺は今からお前を助けてやる。その代わり、なんかあの子に食わせてやってくれないか?」 ダンの動きには、まるでまったくごろつきが存在していないような感じであった。 ごろつきたちは、お互いの顔を見合わせて言った。 「な、なんだこいつは?なんで傷が付かないんだ?」 ダンはごろつきたちにその時初めて目線をやった。 「…2、3、4、…4人か」 と言った途端、ダンのすぐ両脇にいる二人のごろつきが吹っ飛び、壁にぶち当たった。 「ぐえっ!」 ダンは、拳を両側に伸ばしている。パンチを繰り出したのであろうか。しかし、誰もその起動すら見えていなかった。吹っ飛んだごろつきたちは、失神している。 残り二人のごろつきは、血相を変えて恐怖した。 「な、なんなんだおめぇは!?」 一人はナイフをダンに向けながら、ガタガタと震えている。もう一人はジリジリとダンから遠ざかっている。 ドワーフは、遠ざかるごろつきを見て言った。 「いかん!」 遠ざかったごろつきは、すぐさまマーズを掴み、グイッと自分の近くへ持ってきた。そして、ナイフをマーズの首元へ当てたのである。 「おい!お前!この子がどうなってもいいのか?」 マーズは怯えている。体もガタガタと震えている。その姿を見てダンはというと、表情一つ変えていない。それどころか、普段の会話のような声色で、マーズに話しかけた。 「よし!いいぞ!ほら、坊主。今だぞ。お前さんの真の力を出す時だ。ほら、出してごらん」 ごろつきは、ダンの言動に理解が出来なかった。それはマーズも同じであった。 だがダンは手を仰いで続けた。 「ほら、ほら!暴れてみろって!」 ダンは両手を広げてマーズをけしかけるように言った。 マーズは何のことなのか分かっていない。それよりも早く助けて欲しいと願っている。 「ほら!どうした坊主!」 「た、助けて!」 「なんだよ!ダメか?」 「だめ…」 「ホントにだめ?」 「だめ!」 ダンはマーズの言葉に落胆した。 「何だよ!それでも伝説の勇者かよ!?」 そんなやり取りをしながら、ごろつきやドワーフは、理解に苦しんでいる。 その時であった。ナイフをダンに突き付けていたごろつきの手からナイフが消えていたのだ。 「おっ!あ、あれ?」 ごろつきは自分の手のひらや裏をくるくるとまわしながら不思議そうに、なくなったナイフを探し出した。 そして、マーズの首元へナイフを突き付けていたごろつきの体が震え出した。 「ぐ、ぐえっ…」 なんと、そのごろつきの額に深々とナイフが刺さっていたのである。マーズを捕まえていたごろつきは、白目を剥いて後ろにばたんと倒れた。 「う、うわぁ!」 マーズはびっくりして、ダンの方へ駆け寄った。 ナイフを無くしたごろつきは、すぐさま逃げようとしたが、ダンに呼び止められた。 「おい、お前!そのドワーフから取ったものをそこに置いておくんだな」 ごろつきは、腰に付いている袋から金貨を幾つか出し、地面に置いた。そして、一目散に逃げて行ったのである。 ドワーフは、何が起きたのか信じられなかった。ダンの動作自体が見えなかったのである。ドワーフからしたら、ごろつきたちが勝手に吹っ飛び、勝手に倒れて、勝手に逃げ出したかのようにも見えたのである。 「あ、ありがとう…あ、あんた…すごいな…一体何もんなんだ…?」 ダンはマーズを近くに呼び、ドワーフに答えた。 「俺は…ダン。サーバスから来たんだ。これは息子のマーズ。頼む…何か食べ物を恵んでくれないか?」 ドワーフは、首を大きく縦に振った。 「あ、ああ!もちろんだとも!近くにうちがある。来るといい!」 ドワーフは、ダンとマーズを連れて、通りから少し離れた家に案内した。 マーズはダンを見上げて小さな声で言った。 「…息子?」 ダンは、マーズに小声で言った。 「ここではそういうことにしろ。誘拐や奴隷売買だとか疑われたら厄介だろ。幸い俺とお前はサーバス人だ。怪しまれたりはしない…」 ドワーフの家に到着し、ドアを開けた途端、ダンとマーズの目のには、壁一面にびっしりと並んだ甲冑が飛び込んできた。 「うわぁ!凄い数の甲冑だね!」 「こいつぁ驚いた…あんた甲冑職人か?」 ドワーフは、ニコニコしながら答えた。 「ああ、ここらでは甲冑職人のファンゴで通ってるよ。どら、奥から何か食い物を探してくるから、甲冑を見ていてくれ」 ファンゴは、家の奥へと入っていった。 壁にびっしりと並んでいる甲冑は、様々な形があり、どれも美しく光り輝いていた。ダンは、勇者時代から様々な甲冑を身に付けて来たせいか、ファンゴの腕が只者ではないことがすぐに分かった。止金の締まり具合、関節部分の細かさ、まさにこれは一級品である。 「こいつは凄まじいな…」 奥からファンゴが、たくさんの食べ物を持ってきた。フルーツやパン、肉の燻製や、ミルク。それらをどかっとテーブルの上に置いた。 「さ、命の恩人よ。好きなだけ食ってくれ」 ダンとマーズは、椅子に座り、無我夢中で貪り付いた。 ファンゴは、二人の様子をニコニコしながら見て、言った。 「まだ沢山あるからな。あ、そうだ。とっておきのシチューも作ってやるぞ」 ダンは命を助けたとはいえ、ファンゴの心意気に痛く感動した。ダンはここまで人の行いに感動したのは初めてだった。何故だろうか。ダンは自分自身の心の中に、今までは無かった感情が存在していることを認識せざるを得なかった。 「ところで、ファンゴ。あんた、なんであそこで絡まれてたんだ?」 ファンゴは、首を振りながら肩をすくめた。 「なぁに、オラは商会に歯向かってるからな。連中は何かとケチつけてくるのさ…」 「商会?」 ファンゴ曰く、シーマ自治国の商売を仕切っているのは「ブラックモアズ商会」という団体らしい。市場で商売するものは、すべて彼らの息がかかっている。物の値段はすべて彼らの言い値で決まり、噂では議会ですら裏で糸を引いてるというのである。 ファンゴは頑固な職人で、作るものはすべて原料から製法まで拘り抜いている。ある日、商会は彼に限界以上の安値で大量の甲冑を注文した。 しかし彼はそれを突っぱね、破談にしようとした。しかし、商会はそれを許さず半ば強引に取引を進めたのである。 「それから、毎日嫌がらせがあってな、仕方なく無理な注文を受けるしかなかったのさ…」 ファンゴは、店の裏から何やら一つの甲冑を持ち出し、ダンに渡した。 「ほら、これを触ってみな。連中が言う値段で、強引にこさえてやったしろもんだ」 ダンはその甲冑を触った途端、ペコペコと音がした。触るだけで凹むのである。甲冑は、限界まで薄く作ってあった。ふざけて作ったにしては、恐ろしいほどの、技術力である。 「これを奴らに送ったらよ。案の定奴らのお怒りを買っちまったというわけさ!がはは!」 ファンゴは、そう言うと、ふとダンの足元を見た。 「ところで旦那、その足は…」 ダンは、左足を持ち上げた。棒切れでお粗末に括り付けてある簡素な“義足”をファンゴに見せた。 「オラ、甲冑のかたわら義足や義手も作ってんだ。完全に予約制だがな。どら、さっきの御礼だよ。あんたにピッタリな義足を作ってやるよ」 ダンは目を開いた。 「それは本当か!とても助かる!」 ダンとマーズは、その日ファンゴの家に泊まらせてもらった。 二人ともあたたかいベッドの上で寝るのは、久しぶりであった。おかげでその日はぐっすりと眠れたのであった。 そして、次の日の朝… 「旦那、ほらよ。ざっとこんなもんだ」 ファンゴは、ダンに金属製の義足を手渡した。 金属であるが、恐ろしいほど軽く頑丈である。そして、足首は柔軟に曲がるようになっており、まるで人間の足のような形をしている。 「こいつは…なんてこった。凄いな…」 ダンは驚き過ぎて語彙力さえもなくなってしまった。 「ただの鉄製じゃねぇぞ。ラット鋼製だ。鋼より硬く、軽い。そして錆び知らずさ。そんで魔法石が組み込まれてるから、関節の曲がり具合を微調整してくれる。なぁに、3日も付けてりゃ、ほとんど自分の足みてぇになるぞ」 ダンはその義足をはめてみた。まるで付けていないかのような軽さである。そして、体重をかけてもまったくよろけない安定感がある。魔法石の効果であろうか。ダンは足首を失ってからはじめてまともに動けたである。 再びダンの胸の中から熱さが込み上げてきた。 人の心の温もりを彼はこの時、しっかりと感じることが出来たのである。ダンは思わずファンゴを抱きしめた。 「ありがとう!本当に感謝してもしきれん…」 昨日まで近寄りがたかった男が、顔を赤くし、涙を浮かべて喜んでいる姿に、ファンゴももらい泣きしてしまったようだ。二人とも涙を拭い、肩を叩き合った。 マーズは寝ぼけ眼でその様子を見ていた。 ダンの涙を初めて見た少年は、なんだか心が晴れていくような気がした。 そして、ダンはファンゴに銀の胸当てをあげた。 「これをもらってくれないか。俺がクァン・トゥーにいた時に使ってた物だ。売れば相当な金になる」 ファンゴは、胸当てを受け取った。 「おお、この獅子の紋章をうまく消せば、なんとか売れるだろう。こりゃあすげぇシロモンだぜ!ありがとよ!また近くに寄ったら来てくれ!」 そして、ダンとマーズは、ファンゴに別れを言い、その場を後にした。 マーズはダンに声をかけた。 「胸当てあげちゃっていいの?」 ダンはマーズの方に向いて言った。 「見てみろ、普通に歩けるぞ。お前はこの有り難さが分からないのか?ふふっ、まぁ、待て。俺に考えがあるんだ…」 ダンはニコッと笑い、通りを進んだ。 ダンは人伝に聞き、とある屋敷の前に着いた。 門の上には大きな看板が掲げられており、そこには“ブラックモアズ商会”と書かれていた。 「坊主、ちょっとそこでしばらく待ってろ」 ダンはマーズにそう言うと、一人で屋敷の中に入っていった。 マーズは待ちぼうけをくらった。1時間、いや2時間ほど待っていたであろうか。時折りダンに捨てられたのではないかと焦りもした。 そして、およそ3時間後、屋敷のドアがギイイと開いたかと思うと、ずっしりと大きな袋を抱えたダンが出てきた。少し息があがっているようだ。 「これでよし、待たせたな坊主。少し“お話“をつけてきたんだ…これは戦利品さ」 袋の中には何が入っているのであろうか、マーズはその時分からなかったが、大金と様々な通行証などであった。 そして、その後何故かファンゴに対する嫌がらせをするようなものは全く居なくなったという。 「これでしばらく楽に過ごせるな…とりあえず馬車に、ありったけの食料やら家具やら必要な物を買って帰ろう」 マーズは目をキラキラさせてダンを見つめた。 出会った時は、怖くて近寄り難い男だったが、その腕っぷしや行動力に、次第に憧れの眼差しを送るようになっていったのである。 「帰ったら特訓だ。お前に剣を教えてやる」 マーズは力強く頷いた。 「うん!僕頑張るよ!」 そして、再び彼らが市場に向かおうとした時である。 ダンは突然、マーズに路地裏にそれろと指示を出した。そして、路地裏に入った瞬間、ダンは後ろを振り向き、剣を取り出した。いつの間に剣を持っていたのであろうか?おそらく先程のブラックモアズ商会で“拝借”したのであろう。 そしてダンの後を追うように路地裏に入ってきた一人の男の胸ぐらを掴み、壁に押し当て、剣を喉元に当てがった。 「貴様。俺が気が付かないとでも思ったか?」 その男は、突然の出来事に、思わず手を挙げ、声を出した。 「い、いや、すまん!驚かすつもりはなかったんだ!剣をしまってくれ!」 そして、その男が次に放つ言葉に、ダンは驚いた。 「勇者アマダーンよ。わが眷族(けんぞく)を保護していただき、感謝する」 ダンは剣をさらにぐいっと押し込んだ。 「貴様!何故俺の名を知っている!」 男はおそらく、サーバス人であろうか。 ダンやマーズと同じく褐色の肌に艶のある黒髪。口髭を蓄えており、真っ白な装束に身を包んでいた。気品ある雰囲気は、貴族のようでもある。しかし、ここらの風土にはいささか場違いな感じもした。 温和な表情で、その目は透き通るように美しく、淡いグリーンの色をしていた。 「すまぬ。まず名乗るべきなのだろうな。私はアディーム。砂漠の国のドラゴンだ」 ダンは、一瞬耳を疑った。 そして、マーズはダン越しに見えたその男を見るなり、とても懐かしい感じがしたのである。そして、思わず声をあげた。 「父さん…?」 ダンはマーズの言葉にさらに驚いた。父親だと?一体何が起きているのか理解するのに必死であった。男は穏やかな口調で話し始めた。 「アマダーンよ。どうか聞いて欲しい。お願いだ。まずこの剣をどけてくれないだろうか」 ダンはゆっくりと剣を下ろした。 「すまない。ドラゴンと聞いて受け入れたな。分かるぞ。お前は既にドラゴンを知っているからな。その首に付けている石はまさしくドラゴンのオーブの卵だ。おそらくアズィールであろうか?」 ダンはアズィールの遺灰から取れた石の首飾りを握った。これは自分しか知り得ない真実である。まさにこの時、この男がアディームであると認めざるを得なかったのである。 「ドラゴンのオーブの卵だと?」 彼は毎晩のようにうなされた時、この石を見つめると不思議な落ち着きを取り戻していた。その秘密がまさにこれであったのだ。 アディームは続けた。 「アマダーンよ。ビョンセから託されたであろうその子はまさしく、伝説の勇者の末裔だ。 というより、正しくは“選ばれた者”であるのだがな。彼はビョンセが身籠った時には、ただの人間の子であった。しかし、死産になってしまった。魔王の復活の兆しを掴んだドラゴンの意志は、その赤子に再び命を吹き込んだのだ」 ダンはマーズを見つめた。そして、ビョンセの語っていた通り、死産の赤子が命を吹き返したことを思い出した。まさに彼女の言っていた通りである。 「分かった。で、そのドラゴンが俺に何の用なのだ?」 アディームはダンに言った。 「魔王が復活したのは知ってるであろう。魔王と勇者は、表裏一体。即ち陰と陽。その子には魔王を封印する尊き使命があるのだ。どうか、お願いだ。その子を連れてサーバスの神殿、即ち勇者の墓に向かうのだ。そこで火の民の子と風の民の子に出会え。そこでまた再び会おう」 そう言うとアディームは、煙のようにふっと姿を消したのである。 ダンは驚いてまわりをキョロキョロと見渡した。 「な、今のは何だ?幻か…?」 マーズはダンの服をぐいと引っ張った。 「ダン!あの人は誰なの?僕のお父さんなの?とても懐かしい気がした…」 ダンはマーズの言葉に、これは幻ではないと分かった。そして、ビョンセの言葉が真実であると再び痛感したのである。 「サーバスか…火の民の子だと…?」 ダンは、“火の民”と聞いて思い浮かぶ人間は一人しかいなかった。 「まさかな…」 ーサーバスに向けて、空を飛ぶ二つの影があった。一つは、翼の生えた駿馬。そしてもう一つは、大きなシルバードラゴンである。 「そろそろ慣れてきたか?ドロレス?」 シルバードラゴンのセレナの背に乗ったガラは、ずっとうずくまって目を閉じているドロレスに声をかけた。 「ううう〜!な、なぁセレナ…もう少しゆっくり飛んでくれないか?」 セレナは思念でドロレスに答える。 《ヴェダーのペガサスが速いの!追いかけるだけで精一杯!気を抜いたら見失っちゃう!》 ガラは、物凄いスピードで空を駆けるペガサスに目をやると、呟いた。 「あいつ…風の民の末裔だからな。他のペガサス乗りよりも数段上の速さだ」 ドロレスは、セレナに伝える。 「セレナ!ちょっと休憩しないか?ヴェダーの横につけてくれ!」 セレナはぐんとスピードを上げ、ヴェダーの横につけた。風の抵抗が凄まじく、ガラもドロレスも、少し体を前屈みにしてセレナにしがみ付いた。 ヴェダーは、横についたセレナに気が付いた。 「ん?どうした?何かあったのか?」 ドロレスは、必死で手を振り、ヴェダーに合図を送った。 しかし、ヴェダーは、笑顔で手を振りかえした。 「くそっ!奴に全然伝わってない!トレモラームがあれば!」 古代魔導遺物で離れても会話が出来るトレモラームは、パンテラからの距離が遠い為、使用出来ないのであった。 次第に再びグングンとヴェダーが遠ざかる。 「こ、こうなったら…」 ドロレスは、ゴソゴソと道具袋から、メガデス(彼女専用のバトルアックス)を取り出した。 「お、おい、それどうすんだよ?まさか…」 ガラは心配そうに見ているが、ドロレスは、グッとメガデスを構えた。 「大丈夫!ちょいと手加減して…ロイヤル・ハント!」 ドロレスは、ヴェダーの背中目掛けてメガデスを放った。 「ば、ばか!何やってんだ!」 ガラが言った瞬間、メガデスは、ヴェダーの背中にゴン!とぶつかった。しかし、衝撃が強過ぎたせいで、ヴェダーはバランスを崩して落馬してしまった。 「のわぁぁぁ〜っ!!」 「あ、いけね!力の加減間違った…」 ドロレスは、頭をかいた。 ヴェダーは、バタバタと手足を動かしながら落ちていく。 《大変!》 セレナは落ちていくヴェダーを追いかけるが、間に合わない。 ヴェダーは、下の森に落下した。 バリバリと木の枝がぶつかり、折れる音がする。 「や、やっちまったな…」 「やばい…」 ガラたちは顔が青ざめた。

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第6話「伝説」 「ハァハァ…こいつで最後か?」 ガラは、おそらく最後の1匹であろうバジリスクの首元に剣を突き立て、その場にしゃがみ込んだ。 懐から(古代技術の通信道具)トレモラームを取り出し、話し出した。 「こちらガラ。おそらく最後の1匹を仕留めた。そっちはどうだ?」 トレモラームから、ドロレスの声が聞こえる。 《ガラ!よかった!多分あんたのとこが1番多かったよ!お疲れ様!歩兵たちはどう?》 ガラは、辺りを見回した。 魔物の死骸の山が広がっているが、歩兵たちの死体もいくつかあった。遠くの方で何人かヨロヨロと歩いているのが分かる。 「こちらは、ほとんどやられちまったみてぇだな。俺以外は数名ってとこだ」 ヴェダーの声がする。 《ガラよ!よくやった!空から確認したが、やはりそれで最後のようだな。パンテラにやってきた魔物はもういない。》 エズィールの声も聞こえて来た。 《全体的に被害状況を把握している。およそ、半数が生き残っているな。よくやった!あの数をよく凌いだ!我々の勝利だ!》 魔王の復活から、およそ一ヶ月。人類は、未だかつてないほどの魔物の軍勢を討伐したのである。 暫定王国パンテラでは、怪我人の治療や、破壊された外壁の修理などが行われていた。 夜には、亡くなった兵士たちの追悼式がトレント王を中心に行われた。人々は、悲しんだが、絶望や恐怖よりも、戦って魔物たちを退けたことの喜びの方が大きかったのである。 ヴェダーがペガサス隊と共に、サーティマへ再度偵察に向かい、新たな魔物の出現がなくなったことを確認した。 そして、パンテラ領主の館では、軍法会議が行われた。エズィール、ヴェダーが被害状況を報告。また魔物の数や、種類、襲撃の形態など様々な状況も報告されていった。 そして、ボンジオビより、さらに報告があった。 「諸君、今回の戦いは、皆の団結と準備によってもたらされた勝利と言ってよい。本当に素晴らしいことだ。しかしながら、魔王は未だにどんな手を使ってくるか分からん。そこで再度、過去の文献を漁り、調査してみた。そうしたところ、一つの仮説を立てることが出来た」 ボンジオビの調査によると、魔王は魔物たちを生み出す時に、一定のエネルギーを要するという。そしてある程度の数を生み出した後、再び休息を取る必要があるという。 それが、今回復活からおよそ一ヶ月を要したことから、次の襲来はおそらく一ヶ月後である可能性が高いというのである。 「もちろん、この仮説を証明するのは、また一ヶ月間を待たねばならない」 パンテラ領主オジーが答えた。 「このままたった一ヶ月間では、次また魔物の軍勢が来たらもう勝ち目はないぞ。他国からの応援も間に合わんだろう」 ボンジオビはゆっくりと頷く。 「さよう、だがむしろこの仮説を信じたい。もし、明日また魔物が来たらもう終わりだ」 一同に緊張感が走る。そこで、ドロレスが発言した。 「その仮説、確かに的を得てると思うな。だって、もしそれが違うなら、魔王はもっと魔物を出して数で圧倒してくるはずだ。なぜまた静かになったのか説明がつかない」 ヴェダーが、続けた。 「であるならば、この一ヶ月が勝負だ」 ヴェダーが言う「勝負」とは、四つの民と、勇者の末裔の捜索、そして、魔王封印の秘密を解くことである。それを約一ヶ月で行わなければならない。 「ただ、一ヶ月まるまる捜索に費やすのはダメだ。準備が必要だからな。3週間で戻ってきて、1週間で準備し、最終決戦だ」 ヴェダーの提案に皆納得した。また、ヴェダーが言うところの「スピードが大事」というのもその通りである。 そして、捜索隊が割り振られる会議が始まった。 まず、水の民の捜索である。マコトが言った。 「これは、もともと拙者が親父から託された一人旅。武士の情けで、一人で帰らせていただきたい。ですが、捜索は必ず迅速に行い、水の民を連れて来るとお約束しよう」 よって、水の民の捜索は、マコトが単独で行うことになった。 そして、砂漠の国「サーバス」へ向かい、勇者の捜索をする人選である。それにはまずガラが選ばれた。火の民である彼は、暑さに強く、実力もある為である。また暑さが懸念される為、全身羽毛のエズィールよりも、セレナが選ばれた。 その時、ヴェダーが発言した。 「そこに俺も同行しよう!」 ガラはヴェダーを睨み付けた。ヴェダーは、咳払いして、話し出した。 「コホン、勇者の末裔の捜索と、封印の秘密を探るのは、二人だけだと何かと厳しいだろう。ここにはもっと人数を割くべきだ。本来なら知見のあるエズィールが行くべきだが、俺も勇者の文献は、昔読んだことがある。であるならば、俺しか適任はいないだろう?」 そして、フリンが手を上げた。 「はい!あたいもガラを手伝う!」 ヴェダーは、フリンを見て言った。 「子猫ちゃん、君はダメだ」 「えっ!なんでよ?」 ヴェダーは、フリンを見ながら言った。 「砂漠の国だぞ?そんな全身毛むくじゃらでは、暑さに耐えられんだろう。三人でよい」 フリンはその言葉を聞いて、憤慨したが、引き下がらざるを得なかった。何故なら、彼女は本当に暑さに弱かったのである。 「フリンには神聖ナナウィア帝国へ、エズィール、サンボラと共に行ってもらうのが良いだろう」 サンボラは、神聖ナナウィア帝国出身である為、外せない。エズィールの知見も利用したい。そこをサポートする役目である。 そして、体の大きなチドはパンテラに留まり、魔物の襲来に備え、防衛の責任を担うことになった。ドロレスは、空を飛ぶのが苦手だと言うこともあったが、パンテラ周辺の地理に詳しいとのことで、チドと共に防衛にまわったのである。 エズィールが言った。 「問題は、私がここを離れるということは、オーブから離れるということ。その期間、魔法の結界が解かれてしまうということであるな…」 ヴェダーは返した。 「エズィール、それは心配に及ばん。ペガサスで既にトトへ救援を要請してある。エルフの魔法使いたちが集結し、ここに結界を張ってくれる」 「へぇ、あんたやるじゃん」 ドロレスが感心した。ヴェダーは、ドロレスを見て言った。 「今頃気付いたのか?俺は完璧なんだよ」 その時、ヴェダーは、チラッとセレナの方を見た。しかし、ガラがヴェダーの方を睨み付けており、目が合った。ヴェダーは、すぐさま目を逸らした。 「よ、よし、皆の者、捜索隊はこれで文句はないな?」 その時、会議室のドアが開き、何人かの人間が入ってきた。 「はいはい、話はまとまったかい?これは、あたしたちからの差し入れだよ!」 その声を聞いたセレナとドロレスは、懐かしさと暖かさに包まれた。 「マリル!こっちに来てたのか!」 マングー村の温泉宿の女主人マリルと、ルワンゴたちである。彼らマングー村の住人たちも、魔物の襲来に備えて、パンテラへ避難していたのであった。セレナは再会を喜び、抱き合った。 マリルは、彼ら捜索隊の皆に「マリル特製ドリンク」をたくさん用意し、ルワンゴは、息子のトゥインゴと共に、捜索隊に新たな武器を用意してくれていたのである。 ー次の日の朝。 それぞれの旅立ちの朝である。 各々は、魔物が再び襲来するであろう、約一ヶ月という短期間で四要素の民と、勇者の捜索、また魔王封印の秘密を明かさねばならない。 まさにまったく勝ち目のないギャンブルのような任務であり、それに人類の未来がかかっている。しかし、人類はその賭けにのるしかないのであった。 パンテラの門近くには、彼らの旅立ちを見送る為、住民たちのほとんどが集まってきていた。物凄い群衆である。彼らはすっかり国の英雄になっていた。 「セレナ!」 セレナが振り向くと、群衆の中から一人の少女が駆け寄ってきた。マリルの一人娘ルナであった。セレナはルナに抱き付いた。 「必ず生きて帰ってきてね!約束!」 セレナはかたい握手をし、約束を誓った。 「ドラゴンねーちゃん!」 またセレナに駆け寄って来る子供たちの姿があった。彼らは獣人やエルフなど亜人種の子供たちであった。 「あっ!あなたたちは!」 彼らは、以前ガラと初めてパンテラに訪れた時、奴隷商人の旅団から救出した子供たちであった。 セレナは再会を喜び、彼らを温かく抱擁した。 ヴェダーは、そんなセレナの姿を目を細くしながら見つめている。 「なんと、人望もある素晴らしい女性なんだ…」 ガラは、そんなヴェダーの様子を見て先が思いやられる気がしたのである。 「さあ、皆!出発の準備はいいか?」 門に集まって来たのは、民衆だけではなく、トレント王、領主オジーなどもいた。まさに国をあげての送迎であった。 「皆のもの、神のご加護を!どうか無事であれ!」 マコトは、ペガサスに跨り、颯爽と空を駆けて行った。 「では、しばしの別れじゃ!行って参る!」 そして、エズィール、サンボラ、フリンたちも出発した。フリンはエズィールに乗り、サンボラはペガサスに跨った。 「必ずや、土の民を連れて帰るぞ!」 最後に、ガラたちである。 ドラゴンに変身したセレナにガラが乗り、ヴェダーはペガサスに乗った。 「よし、では行ってくる!チドよ!留守を頼む!」 ヴェダーがチドに向けて言うと、セレナがガラに思念で伝えた。 《あれ?ドロレスは?》 ガラは群衆を見渡した。 「おかしいな、見送りに来ないのか…」 その時、群衆の後ろから声がした。 「ま、待ってくれ〜!」 セレナとガラが声のする方へ目を向けた。 「ドロレス!」 ドロレスが、群衆をかき分けてやって来たのである。何やらドロレスは、革袋を背負っている。 「はぁはぁ、やっぱりあたしも行くよ!」 ガラは驚き、ドロレスに言った。 「行くって、お前、空は平気なのかよ?」 ドロレスは、ガラに言った。 「ああ、我慢する!あれからよく考えたんだ。これはあたしが行かないといけないってさ!」 ヴェダーは、ドロレスに言った。 「街の防衛は大丈夫なのか?」 ドロレスは、ヴェダーに向けて言った。 「ああ、チドだけで何とかなる。あと、街にはまだ魔導士や兵士たち、それにこれからエルフの魔法使いたちも来るんだろ?それよりも、このメンツの旅が1番重要だと思うんだ!」 ヴェダーは、ドロレスの言い分にあまり納得は行かなかったが、ドロレスは既にガラの前、セレナに乗っていたのである。 「セレナも嬉しいってさ」 ドロレスは、セレナの首をポンポンと叩いて言った。 「仕方ない、考えている暇はないか。では行くぞ!」 こうして、それぞれの使命の旅は開始されたのであった。 ーガラたちが旅立つおよそ一ヶ月ほど前。 ドワーフの統治する自治国家「シーマ自治国」 その外れに位置する川辺のほとりにある一軒の小屋。 そこには、かつてクァン・トゥー王国最強と謳われた戦士「勇者アマダーン」が居た。 しかし、もはやその男はかつての栄光とは程遠い姿で、静かにひっそりと暮らしていた。 「うぅっ…」 魔王に吹き飛ばされた左足首。エルフの回復魔法により、傷口は塞がったが、時折激痛に襲われ、眠れない夜が続いた。 生活するうえで、バランスを取らなくてはいけない為、木の枝で簡易的な義足を作り、革の紐で縛り付けていた。だがしっかり縛っていないとすぐに解けてしまう為、なるべくきつく縛らなくてはいけない。それにより、長時間履いていると、うっ血し、さらに痛みが酷くなるという有様であった。 「くそっ!なんという屈辱だ…」 そして、彼の眠れぬ夜の原因はそれだけではなかった。あの時、復活した魔王を目の前にし、赤子同然のようにあしらわれてしまった事、左足を失い、心を寄せていたエルフの竜アズィールをも失ってしまった日のこと。 あの日を境に、彼の栄光の日々は音を立てて崩れ去ってしまったのであった。 彼は夜になると、不安と孤独で心がずんと重くなり、涙が溢れて呼吸が乱れるのであった。なんと情けない姿であろうか。過去の自分がまるで今の自分を指差し、嘲笑っている気がした。情けないお前など、勇者失格であると、谷底に蹴落とされている気もした。 その時、アズィールの遺灰から拾った不思議な輝く石を見つめると、自然と心が落ち着き、ゆっくりと眠れるのであった。まるで、アズィールが彼に添い寝をし、頭を優しく撫でてくれているような感覚があった。 そんな日々を過ごしていたある日の朝、突然やってきた二人の母子により、彼の生活にまた少し変化が訪れたのである。 砂漠の国「サーバス」からやってきたという母子は、身なりはボロボロで、痩せ細っていたが、共に目には輝きがあり、何か信念を感じさせるものがあった。 母の名前は「ビョンセ」息子は「マーズ」といった。ビョンセはかつて宮殿に仕える魔法使いであったが、マーズを身籠った時に引退し、砂漠のドラゴン「アディーム」が祀られているという神殿で巫女として暮らしていたという。 サーバスでは、アディームを神聖なるドラゴンとして崇め、実際にその姿を見たものはいなかったが、神殿の地下に眠るオーブと共に、その伝承は大切に守られてきていた。 年に数回行われる祭事では、地下よりオーブが持ち出され、盛大に行事が行われていたという。 しかし、とある祭事の夜、ビョンセは突然の腹痛に襲われ、意識を失ってしまった。同時にお腹の中の子は、母の胎内から取り出されたが、息をしておらず、死産という悲しい結末を迎えてしまったのであった。 悲しみに明け暮れていたその日の夜、その子の亡骸の前に一人の男性が現れた。穏やかな笑みを浮かべ、うっすらと光輝くその姿を見たビョンセは、夢か幻を見ているのだと思ったが、まわりの巫女たちも同じようにそれを目撃しており、信じざるを得なかった。 男性はそっと赤子の亡骸に手を当てると、ふっと煙のように姿を消した。すると、突然赤子は息を吹き返し、ぎゃあぎゃあと泣き出したという。 ビョンセと巫女たちは涙を流して喜び、これはアディーム様の御計らいであると、感謝に打ち震えたのであった。 そして、その少年はサーバスの言葉で「勇気ある者」という意味の「マーズ」という名を付けられ、すくすくと成長していった。 その子が8歳の誕生日を迎えたその日の夜、ビョンセのもとに再びあの男性が現れた。 男性は、ビョンセに「マーズと共に、エルフのドラゴンの危機を救え」という言葉を伝えた。 ビョンセは何事が理解する前に、その男性は、ドラゴンへと姿を変え、空に飛び立っていったというのである。まさしくあれはアディームの姿であり、その言葉はお告げであるとビョンセは信じてやまなかった。 「わたくしは、この子を勇敢な勇者に育てようと必死でした。だって、あのお方が命を下さったのですもの。この子が特別でない理由などないではないですか」 アマダーン、今となっては「ダン」という名の男は、黙ってその話を聞いていた。そして、ビョンセに聞いた。 「その、少年…マーズの大いなる力とは何なのだ?」 ビョンセは語り出した。 サーバスの神殿から旅立った彼らには、当初護衛が二人にラクダも一頭ついていたそうだ。しかし、国境付近に差し掛かった時に、盗賊に襲われ、捕えられてしまったという。その時に、二人の護衛は殺され、ラクダも持っていた物もすべて奪われてしまったそうだ。 絶望の淵にいた時、マーズが突然暴れ出し、盗賊たちを一人残らず倒してしまったのだという。 「でもそのあと、この子は意識を失ってね。目が覚めたら、何も覚えてないって言うの。でも、私は確かにこの目で見ました。あれはまさに勇者よ」 ダンはにわかに信じ難かったが、勇者という言葉に最早何の縁もないと思っていた彼には、不思議な繋がりを感じていた。 「なぜ、勇者と分かる?その力の他には…」 ビョンセは、サーバスに伝わる勇者の伝説を話し出した。そして、アディームの神殿こそ、伝説の勇者の墳墓(ふんぼ)、即ち墓であるという。 「我々サーバスの民は、古来より古(いにしえ)の勇者と共にアディーム様を崇めていました。しかし勇者の血脈は途絶えており、今でいうところの勇者英雄隊こそ我が国にもありますが、それとはまったく別のものなのです」 確かに、ダンはかつて勇者英雄隊としてサーバスを攻め入った時に、サーバスの勇者を葬っていたのである。 「なるほど…ふん、名だけの勇者ということか…」 ダンは少し自嘲するような顔をした。 「我々アディーム様に仕える巫女は、勇者復活の予言を信じ、日々祈りを捧げてきました。そして、それがまさに起こったのです」 しかしダンは悲しげな顔をした。 「だか、エルフのドラゴンはこの世からなくなり、魔王が蘇った…」 ビョンセは、驚いた。 「な、何ですって!魔王が!」 その時、外からマーズの声がした。 川原で遊んでいるようだ。 ダンは、静かに自分のここまできた経緯を話した。本来なら彼は、自らの過去を他人に語ることなど決してしなかった。しかしなぜかこのビョンセという女性には聞いて欲しいと思ったのである。それは、自らの栄光ある過去を、自分という存在を、確かめたかっただけなのかもしれない。たった一人、目の前のこの女性でもいい。改めて自分が生きていることを証明したかっただけなのかもしれない。 ビョンセは、ダンの過去を知り、ほろほろと泣き出した。 「おいおい、何もそこまで同情せんでも…」 ビョンセは首を振った。 「いいえ。私は、確信したのです。この不思議な縁(えにし)こそ、勇者の伝説が真実であることの裏付けであります。ダン様。どうか、この子を、マーズを貴方様に託したいのです。どうか、貴方様こそがこの子に相応しい。身勝手だとは思いますが、どうか!お願い致します!」 ビョンセの突然の願いに、ダンは戸惑いを隠せなかった。 「な、何をいう!俺はもう何もかも失った男だぞ!」 ビョンセは、深く頭を垂れながら涙を流して訴えた。 「ダン様!私はもう、身も心もボロボロでございます。長旅で病を患い、最早命尽きる身。この不思議な縁こそ、すべて意味のあることなのです!」 ダンは考えたが、まだ答えは出なかった。 まさか自分の元に勇者の末裔が現れ、託されるとは。この子を育て上げ、あの魔王と戦わせろというのであろうか。ダンはこの運命の悪戯とも言うべき事態を飲み込むのに必死であった。 ダンは考えさせてくれと言い、母子を一晩泊めてやることにした。 そして、次の日の朝… ダンは、少年の泣き声で目が覚めた。マーズがビョンセに覆い被さり、泣き喚いているのである。 「どうした坊主。お母さんの具合でも悪いのか?」 ダンは眠っているビョンセの顔に触れた。 なんとビョンセは冷たくなり、そのまま息を引き取っていたのである。 マーズは泣きじゃくっていた。 ダンは昨晩のビョンセの言葉が脳裏に焼き付いて離れない。 ダンはビョンセの亡骸を燃やし、アズィールの墓の隣に埋葬した。 ダンは、泣きじゃくるマーズを見て言った。 「坊主、俺は父も母も知らない。たった一人で生きてきたんだ。お前もこれを乗り越えるんだ」 マーズはひくひくと震えながら、必死で涙を拭い、悲しみを堪えていた。 ダンはビョンセの願いに対して、はっきりとした回答を出せなかった。しかし、答える前に彼女はこの世を去ってしまったのである。 このままこの少年を放っておくにはあまりにも冷酷だとも思った。 その時、ダンは驚いた。 天涯孤独で生きてきた彼は、勇者として他国を攻め入った時、すべてを焼き払い、女子供も、容赦しなかった。 徹底的に他国の「魔王」を完膚なきまでに叩き潰していったのである。次第にまわりからは、鬼神だとか、修羅だとかと恐れられていた。そんな自分が、たった一人の少年のことを放っておけないと思ったのである。 自分にはまだそんな人の心が残されていたのかと驚いた。そして、その人の心を取り戻してくれたのが、アズィールであったと彼は思った。 アズィールとの旅は、ほんの一瞬のような出来事であったが、彼女と出会ってから確実に何かが変わったという実感があった。 「アズィールよ…」 彼の首に掛けられている不思議な石がぼんやりと光った気がした。 そして、ダンはマーズに話しかけた。 「坊主、俺はかつて勇者と言われていた男だ。お前は勇者のように強くなりたいか?」 マーズは、鼻をすすりながら、力強く頷いた。 ダンはニコッと笑い。マーズの肩に手をぽんと置いた。 「よし、これから俺がお前を鍛えてやる。覚悟しろよ!」 木漏れ日の中、爽やかな風が二人の間をすり抜けていった。

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第5話「激突」 魔王の復活から、およそ一ヶ月の月日が流れた。あれから依然として魔物たちの動向はなく、暫定王国パンテラでは、着々と外壁の強化や避難民保護区が作られていった。 魔物の襲撃にいくつかの集落も襲われたが、周辺でまだ生き残っている住民たちも避難させたのである。 ハイエルフのヴェダーは、ガラと共にペガサスでサーティマへ偵察へ向かった。 「こちら偵察隊、聞こえるか?」 ヴェダーは、かつて魔導士たちが使っていた古代魔導の遺物で、遠くからでも会話が出来る「トレモラーム」という装置を持っていた。 ボンジオビが、魔導士以外の人間でも使えるように、改良したのである。 装置からボンジオビの声がする。 《よく聞こえるぞ。だが、あまり使い過ぎるなよ。僅かだが使用者の霊力を使っているのだからな》 ヴェダーはそれに答える。 「了解。これよりクローサー城付近に着く」 ガラとヴェダーはそれぞれペガサスを操り、クローサー城の上空を旋回した。 「まったくもぬけの殻だな。魔物どころか、生き物自体一匹もおらん」 ガラがそう言うと、ヴェダーが答えた。 「ああ、だが油断するなよ。俺たちは4要素の民のうちの二つなんだからな、俺らがいなくなったら、魔王封印が遠のいてしまう」 二人は、まず城下町に降り立ち、街の様子を探ることにした。 昼間であったが薄暗く、街の中は一人も居なかった。野良猫や野良犬、鳥のさえずりすらなく、街は静まり返っていた。街並みは崩れた建物、崩れた石畳の道のあちこちから雑草が生え、瓦礫が散乱していた。クローサー城の城壁から吹き荒ぶ風がただビューと不気味な音を立てていた。 「なぁ、ガラ…」 ヴェダーは、街の家屋や店の中を覗きながら、ガラに話しかけた。 「あ?何だ?何か見つかったのか?」 「お前、セレナと付き合ってんのか?」 ガラは、突然予想だにしない質問に、思わず、ヴェダーの方を振り向いた。 「は?な、何言ってんだお前!」 ヴェダーは、言葉を続けた。 「ハッキリ言うが、俺はあの子に惚れた。ルカサ(トトの首都)評議会で、あの子を見た瞬間、こう、胸にグサっと刺さるのが分かったんだ」 アマダーンの策略により、ガラたちが一時トト評議会に捕えられ、尋問を受けた時である。 「俺は既に100年ほど生きているが、あんなに美しい女に会ったことはない」 「女っていうか、ドラゴンだがな」 ガラの鋭い指摘にも怯むことのないヴェダーは、至って真剣な目付きであった。 「ガラよ、正直に答えてくれ!お前とあの子は愛し合っているのか?」 ガラは少し黙って考えた。 ヴェダーは、真剣な眼差しでガラを見つめている。 「な、なぁ、どうなんだ?」 「べ、別にそういう仲じゃねえよ」 ガラは、キッとヴェダーを睨みつけた。 「お前、まさかこの話をする為にわざわざ俺を偵察隊に選んだのか?」 ヴェダーはキリッとした表情で答えた。 「ああ!その通りだ!だがこうでもしないと、こんなことあの場では聞けんだろう!」 ガラは手を目に当てて上を向いた。 「呆れた野郎だ!こんな一大事に…」 ヴェダーは怯まずにガラに尋ねた。 「だが、あの子がお前を見る目、経験上よく分かるぞ、あれは『恋する乙女の目』だ!」 ガラはヴェダーを無視しながら家屋を調べ始めた。 「な、なあ、ガラよ!あの子はお前に惚れている。それをお前は、分かってんのか?」 「…」 ガラは無視を続けている。 「俺が奪っていいか?」 ガラはピタッと動きを止めた。 「…ああ、奪えるもんならな」 ヴェダーは眉をしかめた。 「な、何だそりゃ!お前!何でそんなに余裕たっぷりなんだ?」 「うるせえな、何しに来たんだよ!偵察しに来たんじゃねえのか?」 二人はクローサー城の近くまで来た。 ヴェダーは、まだガラに質問をしている。 「…キスしたのか?」 ガラは、パンテラの地下道を走り、魔導士の追っ手から逃げていた時を思い出した。 川の土手に出てドラゴンに変身する際、思念で会話が出来るようにセレナがガラに口付けをしたのであった。 「ああ、したよ」 「なっ!貴様!」 ヴェダーは、激しく憤っている。 ガラは、少しいたずらな表情を浮かべた。 「俺と一生一緒に居たいんだとよ…」 サーティ平原で遊牧民に捕まった時、セレナはガラへの思いをぶつけていたのであった。 ヴェダーはカッとなって、トレモラームを地面に投げ付けた。 「っざけんな!チキショウ!!」 ガラは慌てた。 「おい!馬鹿!壊すな!」 ヴェダーはトレモラームを拾い、話し出した。 「ヴェダーだ。聞こえるか?」 《うん?どうした。少し聞き取りにくくなってるが、何とか分かるぞ》 「これから、城内を見回る」 装置を再び懐にしまい、ヴェダーは、ガラを睨みつけた。 「心配するな。まだ使えるぞ!…ガラよ!俺は決めたぞ!必ずあの子を、セレナを俺のものにしてみせる!」 ガラは、やれやれという表情で、城の中に入ろうとした。 その時であった。 崩れた城壁の内側からバッと何か大きな影が飛び出してきた。 「!?」 ガラはとっさに剣を引き抜き、上を見上げた。 「きぇぇーっ!!」 叫び声と共に、その影は突然ガラに襲いかかってきた。 ガキン!と剣がぶつかる音が響く。 そして、その影は素早く後ろに飛び、ずざっと地面に降り立った。 「魔物か!?」 ヴェダーも剣を抜き、ガラの方へ駆け寄る。 それは、城壁の影でよく見えなかったが、こちらにゆっくりと近付いてくる。次第に陽の光照らされると、その姿がはっきりと見えてきた。 それは、ウェアキャット(猫型獣人)の女戦士であった。 全身が猫のような茶トラの毛皮で覆われているが、姿形は人間の女性のように曲線美を描いている。長い尻尾がゆらゆらと揺れ、顔付きも、ちょうど人間と猫の合いの子のようであり、青く美しい瞳に、猫のようなヒゲを生やしている。 その女は鋼の胸当てを付け、両手に短剣を持ち、構えていた。 ガラは、剣を構えていたが、ウェアキャットの女は、何かに気付いたようだ。 「ん?ガラ?…お前ガラか?」 ガラはどこか懐かしい声を聴いた気がしたのである。 「ん?…あ、その声はフリンか!?」 ウェアキャットは、その声を聴いた途端、双剣を捨て、ガラに抱きついてきた。 「ガラ!久しぶりだな!会いたかった〜!!」 ガラは驚いて慌てた。 「うおっ!フリン!お前、一体ここで何してんだ!?」 彼女は、勇者英雄隊の一人、フリンであった。 クァン・トゥー王国の命により、最近力を増してきた北方の遊牧民討伐へと出掛けていたのである。見事遊牧民を退けた後、クァン・トゥーへ戻ったらこの有様であったという訳である。 「ガラ!一体何がどうなってるんだか、こっちが知りたいよ!チドと二人でクァン・トゥーに戻って来たら、街は空っぽ!何もない!あたいは夢でも見てるのかと思って、べそかきながらここを彷徨ってたのさ!」 フリンの様子を見て、ヴェダーは、わなわなと体が震え出した。 「ん?ガラ、何だこのエルフ」 フリンはガラに抱きつきながらヴェダーを指差した。 「ああ、こいつはトトからやってきたヴェダーだ。いい加減離れろって!」 ヴェダーは、ガラを睨みつけ、言った。 「おいおいおい、何だこの可愛い子猫ちゃんは…お前…なるほど…そういうことか…この子猫ちゃんが居るのを黙ってて、あの子をたぶらかしていたと言う訳か…!!」 ガラは呆れた顔で言った。 「あのな、こいつは元同僚だ。クァン・トゥーの勇者英雄隊だよ」 フリンはヴェダーを指差しながら言った。 「子猫ちゃんじゃない!あたいはフリンだ!お前、 ガラをいじめると、この鋭い爪で引っ掻くぞ!」 ヴェダーは、改めてフリンをマジマジと見つめた。 「なんと美しいウェアキャットだ…こんな美しいウェアキャットは、100年間今の今まで見たことがない…」 フリンは、ヴェダーの言葉に驚いて顔を真っ赤にした。 「ふ、ふえぇ?あ、あたいが美しいだって?……な、なんか、照れる!」 フリンはガラの陰に隠れたが、尻尾が物凄い勢いで動いて、ガラの体にバシバシと当たっている。 「おい、ガラよ。お前は、そこ子猫ちゃんとセレナ、どっちを取るのだ?」 ヴェダーは、ガラの顔をビシッと指差しながら言った。 「…どっちっつったってな…どっちも、俺のもんじゃねぇし…」 フリンはガラの後ろからヴェダーに向けてこう叫んだ。 「また子猫ちゃんて言った!ふんぬー!あたいはガラのもんだもん!」 そう言うとフリンはガラに体を擦り付けた。 そして、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。 「おい!猫みてえなことすんな!ったく、何年も会ってなかったのに、全然変わってねえなお前は!」 ガラはフリンの首の後ろを掴んで、グイッと持ち上げた。フリンは手とくるっと丸め、膝も丸めている。 「な〜ご…」 その様子を見て(ほとんど、猫じゃないか…)と、ヴェダーは思った。 その時、城の奥から大きな足音が聞こえて来たのである。人間にしては大き過ぎる、ガラはサイクロプス級の巨人が来たと、焦りながら剣を抜いた。 「あ!チドが来た!おーい!」 フリンは、ガラの後ろからぴょんと飛び、城壁の向こうへすたっと降りた。とんでもない跳躍力である。 すると、大きな影が現れた。それは、3メートルほどの巨大なウェアタイガー(虎型獣人)であった。 ウェアタイガーは、ポールアームという斧と槍が一体になったような長い肢の武器を肩に担いでおり、腰布を巻いている。よく見ると小さなメガネを掛けていた。 「な、なんだこのバケモンは!」 ヴェダーは剣を構え、震えた声を出した。 「やっぱりガラだ。何となく匂いで分かったよ。久しぶりだね!」 ウェアタイガーは穏やかに話し始めた。 その恐ろしい見た目とは裏腹な、何とも低く優しい声である。 「チド!お前も一緒だったか!久しぶりだな!」 ガラはそのウェアタイガーに抱き付いた。 ウェアタイガーは、ガラが見えなくなるくらい覆い被さるように抱きしめた。 「会いたかったよ、戦友!」 ヴェダーは、つぶやくように言った。 「こいつも英雄隊か…なるほど、世界最強と言われる訳だ…」 ガラは、今までの経緯をフリンとチドに伝えた。ヴェダーがなぜここにいるのかも。 「なるほど…それは大変だったね。で、アマンはまだ見つかってないの?」 フリンの問いかけにガラは無言で頷く。 チドは、ガラに城の中で凄いものを見たと、彼らを案内した。 「これだよ、これを見て!城がまるまる無くなって、そこにおっきな穴が空いてるんだ!」 ガラたちは、驚愕した。 クローサー城の中心部がそっくりそのまま消え去り、巨大な穴が出現していたのである。穴はとても深く、そこがまったく見えない。 「な、なんだこりゃ…!?城壁が高くて気が付かなかった…」 そして、チドは言った。 「僕は鼻がいいからよく分かるんだけど、この中、とても悪い臭いがするよ。たくさんの魔物の臭いが!」 ガラは、そっと穴の奥を覗き込んだー ーガラたちがサーティマへ偵察に向かう少し前、セレナは一度コンパルサ(深淵なる森)へ戻ってみることにした。 懐かしい森の香り、動物たち、竜族の仲間たち。何一つ変わらない姿を見て、セレナは心が落ち着いた。 竜の洞窟の中で魔導士を打ち破り、老龍ヴァノの進言通り、ガラとドロレスと共にここを旅立ってから数ヶ月が経っていた。まだたったの数ヶ月であるが、彼女にとってこの数ヶ月間は、今まで生きてきた中でもっとも激しく、辛く、楽しい数ヶ月間であった。彼女の実感として何年も経ったような気さえしたのである。 洞窟の前には、ハーフドラゴンのジェズィが立ってセレナの帰りを待っていた。 「お帰りセレナ…」 セレナはジェズィと抱擁を交わし、洞窟の中へ入っていった。 洞窟の中では、オーブの近くでヴァノが眠っている。 セレナは、ヴァノの顔にキスをし、優しく抱きしめた。 「ただいまヴァノ…」 その時、ヴァノはゆっくりと目を開けた。 「セレナよ…愛しきわが一族…辛く悲しい旅であったな…」 セレナは、ううんと首を振った。 「ヴァノの願い、エルフの竜は一人救えなかったけど、私は沢山の仲間に出会えた。悲しいけれど、何だかとても楽しかったよ…」 ヴァノは、ゆっくりと答えた。 「魔王は…やはり目覚めてしまったようだな…」 セレナはヴァノを見つめて、真剣な顔になった。 「ヴァノ、私たちはどうなるの?このまま滅びてしまうの?」 「…セレナよ…それは、お前が決めるのだ。滅ぶか滅びないかではなく…必ず勝たねばならない…」 セレナは涙ぐみ、語気を荒げた。 「あの勇者だって、叶わなかったんだ。私に勝てる訳ない!」 ヴァノは、ゆっくり目を閉じて言った。 「…この世は、正義と魔との永遠の闘争なのだ…ゆえに、我々は勝ち続けなければいけない… お前が、出会った仲間たちと団結し…智慧を出し…決して諦めることなく…戦い続けるのだ…」 セレナは、ヴァノからまさに厳愛の言葉を受け取り、涙が止まらなかった。セレナ自身が、心のどこかにヴァノに頼ろうとしている心を見透かされたようであった。 ヴァノは、自身の命がもう尽きようとしてることを知っていた。これから先は、次の者たちが何とかしなければならない。ヴァノは、セレナに後を託すしかなかったのである。 「セレナよ…お前も気付いているだろうが…我はもう長くない…おそらく、これが最期となろう…」 セレナは泣きじゃくった。 肩を震わせ、ヴァノの顔にたくさん涙の粒を落とした。生まれた頃から当たり前のように、自分や森や、皆を見守り続けていた存在が、今まさに命尽きようとしているのである。 ジェズィはセレナの肩に手を置いた。 セレナは、涙を拭い、ジェズィにこくりと頷いた。そして、すっとヴァノから離れた。 ヴァノはゆっくりと再び眠りについた。おそらくこれが最後の眠りであろう。 「ヴァノ…今まで本当にありがとう…」 セレナは目を閉じた。深く深呼吸すると、目を開いた。それはまさに、ドラゴンの少女が、自分自身の力で立ち上がる決意を込めた眼差しであった。 ジェズィは、セレナに竜草がたくさん入った袋を手渡した。 「セレナ、どうかお前の未来に祝福を…」 その時、遠くの方でゴゴゴと大きな地響きのような音がしたのである。 セレナはジェズィの目を見つめ、言った。 「行かないと!」 ジェズィは、こくりと頷き、セレナを送り出した。 竜の少女は、ドラゴンの姿へと変身し、また空に向けて飛び立った。 その姿は、以前の彼女とは違い、勇ましく、そして力強かった。 ーガラは、クローサー城があったであろう場所に大きく開いた穴を覗き込んだ。 「うん?なんだか奥の方が赤く光ってないか?」 その時である。 ゴゴゴという地響きが鳴り響き、地面が揺れ出したのである。 「あれを見てみろ!」 ヴェダーは穴の奥を指差した。すると、穴の奥から赤い光がどんどん強くなり、中から魔物たちが這い出ようと穴を登ってきているのが分かった。 「まずい!どんどん出てくるぞ!」 ヴェダーは、すぐさま口笛でペガサスを呼び、飛び乗った。 ガラも急いでそれに乗り、フリンもペガサスに乗せた。チドは叫んだ。 「クワンカ!」 遠くからとてつもなく大きなビッグホーンが走ってきた。口には、手綱を付けている。チドはそのビッグホーンにまたがった。 「チド!パンテラに迎え!そこで会おう!」 ドドドという足音と共に、チドはビッグホーン「クワンカ」に乗り、勢いよく飛び出した、 「出てきた!魔物が出てきたぞ!防衛体制を敷け!」 ヴェダーがトレモラームで指示を出す。 《な、何だと!いよいよ来やがったか!分かった!お前たちも早く戻ってこいよ!》 トレモラームをしまい、ヴェダーは手綱を取り、さらにスピードを上げた。 一方、パンテラでは、ヴェダーの一報を受け、急ピッチで防衛体制を整えだした。兵士、魔導士、エルフたちは、それぞれ持ち場に着き、魔物の襲来に備えたのである。 ドロレスが、空を指差し、叫んだ。 「セレナだ!戻ってきた!」 セレナがパンテラに降り立った。ドロレスは、セレナに駆け寄り、服や武器を渡した。 「セレナ、とうとう来たよ!魔物の軍勢が!」 セレナは力強く頷き、武器を手にした。 「ガラは?」 セレナが尋ねると、ドロレスはそろそろ着く頃だと伝えた。 「来た!ガラたちだ!」 ガラとヴェダーのペガサスが、降り立った。セレナは、ガラと一緒にペガサスに乗っているウェアキャットに気が付いた。 「ガラ!その人は?」 ガラは答えた。 「こいつは、英雄隊のフリンだ。クローサー城で会った」 セレナとフリンは数秒間見つめ合った。セレナはニコッと笑い、手を差し伸べた。 「私はセレナ。よろしくフリン!」 「よろしくセレナ…」 フリンは、セレナと握手を交わした。 門番が叫ぶ。 「チド様だ!英雄隊のチド様がやってきたぞ!」 門を開けた途端、巨大なビッグホーンに乗った巨大なウェアタイガーが現れた。 それを見た住民は驚き、泣き叫んだ者もいたが、あれは味方だとヴェダーが伝えた。 「こいつらが噂の英雄隊か…」 ドロレスは、ニヤリと笑い、その姿を見ていた。 そして、トレモラームを持ち、話し始めた。 「よし、皆帰ってきたな!いよいよ奴らが来るよ!各部隊、持ち場に着け!準備はいいか?」 各部隊から通信が入る。 《こちら、歩兵隊問題なし!》 《同じく魔導士部隊、大丈夫だ!》 《ペガサス騎馬隊、配置に着いたぞ!》 「マコト?そちらはどうだ?」 《上空にてエズィールと旋回中、今のところ、動きはないようですぞ!》 ガラは、その様子を見て思った。 何と頼もしい連中であろうかと。ついこの間まで歪み合っていたような人間たちが、互いに手を取り合い、団結しているのである。 まさかこんな日が来るとは思ってもいなかったが、それが今、厳然たる事実として起こっているのである。 ガラはこの戦いは、必ず勝たねばならないと身を引き締めるのであった。 その時、ドロレスのトレモラームに、マコトの叫ぶ声が聞こえてきた。 《来た!魔物を確認した!北東の方角だ!とんでもない数の魔物がすぐそこまで迫って来てるぞ!》 その一報を受け、全員固唾を飲んで備えた。 マコトは、魔物たちが一定の距離に近付くまで、エズィールに乗り上空に待機している。 パンテラの外壁の外側には、何本か大きな鉄の柱が立っている。その先は細く尖っていおり、ある一定の距離を保ちながら規則正しく並んでいるのであった。 そして地響きと共に、魔物たちが物凄い勢いで迫って来た。とんでもない数である。魔王が出現した直後のものとは比較にならないほどの数であった。 先程の鉄塔周辺にも魔物たちが集まって来た。 それを確認したマコトは、2本の指を眉間の前に立たせ、叫んだ。 「雷鳴よ!怒り轟け!」 その瞬間、上空から無数の稲妻が走り、鉄塔に落ちたのである。 ズドドドン!という大きな音とともに、稲妻が鉄塔を伝い、地面に走った。 周囲にいた魔物たちは、一斉に悶えながら倒れた。 そして、マコトはさらに目を閉じて神経を集中させた。 また向こうの方から魔物たちが、鉄塔付近に近付いては、さらに雷の一撃を落としていくのである。マコトはそれを数回繰り返した。 おびただしい数の魔物が倒れていく。 《まこちょん!さすがだな!今ので大分削れたんじゃないか?》 ドロレスの通信に、マコトが答える。 「かなりの数はやったが、まだまだやってくるぞ!拙者はひとまず退却する!」 エズィールに乗ったマコトは、胸を押さえながら、苦悶の表情を浮かべた。 「マコトよ。よくやったぞ!お前の術は素晴らしい。後はペガサス隊に任せるのだ!」 エズィールはマコトを讃え、街の中へと降ろした。 しかしさらに魔物の軍勢は、次から次へと押し寄せてくる。 外壁上空にペガサス騎馬隊が現れた。 騎馬隊は空から風の魔法“フライヴィ“を放った。別名「風の刃」とも呼ばれ、真空の刃を作り出し、対象をズタズタに切り刻むのである。 地上の魔物たちは、風の魔法で、体を切り刻まれて倒れていく。 その時、空から凄まじい金切り声と共に、魔物が飛んできて、ペガサスに襲いかかった。 羽毛に覆われ、身体は蛇の様に長く、大きな翼を羽ばたかせていた。 ケツァルコアトルである。 「ぐあっ!」 ペガサス隊の一人が、噛まれ落ちていった。 すぐさま、周りから援護射撃を受け、ケツァルコアトルの全身が切り刻まれていった。 さらに空からはケツァルコアトルに加え、コカトリスなども、襲いかかってきた。 しかし、セレナが炎の息で応戦する。 地上の魔物たちの構成は、小さいものはゴブリンからトロル、スケルトン、大きなものでは、バジリスクやサイクロプスなど、地上では見たことのない、伝説や昔話にしか存在しないとされていた魔物ばかりであった。 迎え打つのはサンボラ率いる魔導士部隊、チド、ガラ、ドロレス、フリンが率いる歩兵部隊である。 ガラはファズと剣劇を駆使し、次から次へと魔物を切り刻んでいく。 ドロレスは、お得意のロイヤル・ハントで一気に魔物たちを一掃する。 素早い魔物たちも、フリンのスピードには敵わない。舞を舞う様に双剣であっという間に魔物の死体の山を築く。 チドは巨人にも怯むことなく、ポールアームを振り回し、吹っ飛ばしていく。 各自がそれぞれの得意な戦い方で、魔物たちを一掃していくのであった。 そして、彼らは己の限界まで戦いを繰り広げ、またしても魔物の軍勢を退けることに成功したのである。 魔王復活より、人類との最初の激突である。 人々は、これを「パンテラの戦い」と呼び、後世まで語り継いでいくのであった。 (魔王生誕の歴史より)

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第4話「希望」 突如として、空を覆い尽くした暗雲はたちまち姿を消し、空には満天の星々が輝いていた。 先程の騒ぎがまるで嘘のようであった。 しかしながらセレナやエズィールたちドラゴンは、以前とは明らかに世界の理(ことわり)が変化しているのを感覚的に感じ取っていたのである。 これが魔王の存在する世界なのかと、改めて実感するのであった。 魔王が出現した後、しばらくガラたちはヴェダーと共にサーティマの住民たちの避難を手助けしたが、助けられた住民は、以前のわずか10分の1ほどであった。 そして、どうやら魔王は再び姿を消し、魔物の出現も小康状態になっていった。 そして、ガラたちは近くの都市、パンテラへ向けて住民たちを移動させることにしたのである。 セレナやエズィールなどドラゴンの姿に一時は住民たちも恐れていたが、彼らが勇敢に魔物たちと戦う姿を見て、どうやらドラゴンは味方であると認識したようである。 パンテラでは、サーティマからの不穏な状況が伝わっており、街の中はパニック状態になっていた。慌てて荷物をまとめて出ていく人々や、領主館に向けて説明を求めて集まる住民たちなどで溢れかえっていた。 ガラたちは領主に会い、状況を説明した。 領主は当初、突然やってきた見ず知らずの物騒な輩を相手にしなかったが、ドロレスの姿を見て、信じざるを得なくなったのである。ギルド一の稼ぎ頭であったドロレスは、パンテラでは一目置かれていたからである。 「いいかい、これは緊急事態なんだオジー、よく聞いてくれ。これからサーティマから避難民がどっと押し寄せてくる。彼らの住居と、食事が必要なんだ」 「オジー・ブラウン」パンテラの領主でもあり、ギルドマスター、ギリオス・ブラウンの実の弟でもある。しかしながら、兄弟関係は既に絶縁状態であった。 「まったく、ギリオスのクソ兄貴が死んだと同時にお前も姿を消して、一体何がどうなってんだか訳が分からねえ。そしたら、今度はお前さんがペガサスに乗って、エルフとドラゴンを連れてきて、サーティマの避難民を受け入れろだぁ?おいおい、俺の頭ん中はパニックだぞ!?」 オジーはギリオス殺害騒動の後、密かに調査を開始し、状況を調べていたが、ギルドの連中は口を揃えて魔導士の仕業であると言っていたそうである。 しかしながら、領主として常に魔導士の監視下に置かれている立場上、それは公にされないまま時間だけが過ぎていった。 ギルドは閉鎖され、街には失業者が溢れかえった。中には「闇ギルド」なるものを勝手につくり、商売を始める者まで現れていたそうである。 「魔導士連中は今何をしてんだ?」 ガラがオジーに尋ねた。 「連中は、何か古代の道具を使って向こうの状況がよく分かってるみたいだな。どうやらアングラは死んじまって、今は連絡が取れんらしい。あたふたしてるよ」 その時、領主の部屋に魔導士が入ってきた。上位魔導士のローブを着用している。 「失礼、領主殿。ガラ、ドロレスよ、また会ったな」 ガラとドロレスは、魔導士の顔をよく見た。 「あっ!お前はあの時の!」 「魔導士連合ブラインド・ガーディアン参謀長、サンボラだ。あの日の夜のことは、忘れてないぞ」 サンボラは、ガラとセレナが出会った頃、パンテラで指名手配中の彼らを捕まえようとした魔導士であった。 「領主殿、大変重要な客人が来たことを報告する」 サンボラがオジーにそう伝えると、領主の部屋のドアが開いた。 そこには、エズィールとセレナ、ヴェダー。その後ろにクァン・トゥー王国、トレント王とボンジオビの姿があった。 「な、なんと!国王陛下!」 その場にいたパンテラの人間たちが一斉に跪いた。 トレント王は、着の身着のままで来たのであろう、服装はほとんど部屋着のままであった。 「余の格好を見たら分かるであろう。どれほどの事がサーティマで、クローサー城であったか。あれはこの世のものとは到底思えん!アングラがあんな事になろうとは…」 そう言うとトレント王は、頭を抱えふらふらと倒れ込んだ、それをお付きの者が必死で支えた。 「何をしている!直ちに王の寝室を用意するのだ!」 お付きの者がそう指示を出そうとしたが王は静止した。 「よい、よいのだ。余からの願いである。 どうかパンテラ領主、オジー殿よ。わがサーティマの民を迎え入れてはいただけないだろうか。 同じ国民として、どうかこの願い、国王としてたっての願いである」 オジーは、跪き、目線を落としながら言った。 「滅相もございませぬ!王自ら願い出るなどと、そうさせてしまったことが、むしろ領主としてこの上なき恥にございます!全力を持って、迎え入れる所存でございます!」 そう聞くと、トレント王は、ガラたちやヴェダーの方に向き直し、言った。 「そして、炎のガラとその仲間たち、またエルフの国トトのドラゴン、エズィール殿と、エルフの精鋭たちよ。この度の騒動、国王として誠に恥ずべきもの。誠に申し訳ない。古代魔導王朝復活計画など、宰相の発案とはいえ、その計画を主導した身、謝罪してもし尽くせぬ。まさかこのようなことになろうとは…」 王は深く頭を垂れた。 ガラ、ドロレスは素直に驚いた。 『若き王は未熟でわがまま、贅沢三昧で浪費家』 そんな評判が国中で囁かれていたからである。 王は続けた。 「そして、トトの者たちよ。貴国のオーブを奪ってしまったこと、まさに貴国を侮辱した行為であり、万死に値する。にも関わらず、命をかけてわが国民を守ってくれた。この上なき深き感謝と御礼をせねばなるまい」 そして、その場でトレント王、パンテラ領主オジー、ガラ一行、エズィール、ヴェダーを中心に緊急対策会議が開かれたのである。 パンテラは、トレント王を中心とした暫定王国とされ、オジーは宰相に任命された。さらにパンテラに避難民保護区がつくられ、街の外壁の強化が急ピッチで行われることになった。 また、エズィールの発案により、ガラが持ち帰ったトトのオーブを使い、パンテラに魔法の結界が張られる事になった。 アングラと共に古代魔導王朝復活計画の中心者であったボンジオビは、王の計らいにより罪を免れた。それどころかむしろ古代魔導技術の研究をさらに進め、魔王を封印する計画の中心者に任命されたのである。 次から次へと矢継ぎ早に手を打つ王の姿に周囲はその認識を改めざるを得なかったのである。 トトのエルフたちは、ヴェダーを中心にパンテラの防衛を引き受け、ドニータらは事の詳細を報告する為、一旦トトへ戻る事になった。 「ドニータ、アマダーンとアズィールはどうなった?」 ヴェダーが尋ねた。ドニータは、少し沈黙したあと、鎮痛な表情で言った。 セレナが二人を野営へ連れて来たあと、治療を続けたが、アズィールは助からなかったと。 そして、ふと目を離した瞬間、アマダーンはペガサスを一頭奪い、アズィールの遺体と共に姿を消したというのである。 「な、何だと!?」 「すまない!もっと早く言うべきだった。だが、既に捜索隊は出している…」 二人の会話を近くで聞いていたエズィールは、二人に歩み寄って優しく語りかけた。 「ヴェダーよ、彼女を責めないでくれ。実は私は既に感じていたのだ。彼女の死を。しかしそれを言ったところで、どうすることも出来ない。避難民の救出こそ最優先だと考えたわが同胞を心から尊敬する。そなた達はエルフの誇りだ。今は捜索隊の報告を待とうではないか」 魔王の動向は未だに分からない。いつまた魔物の軍勢が押し寄せてくるのか、現場は依然として緊張状態が続いていた。 「ガラ、代わるよ」 「おう」 ガラとドロレスは、交代で外壁付近の防衛の番をしていた。 「…なぁ、ガラ。ちょっとだけ話さないか?」 ガラは、ドロレスの隣に腰を下ろした。 「ガラ、あいつさ、魔王って、どう思う?」 「…どうって?アマンが…あいつがあんな風にやられるなんてな…もう次元が違うなんてもんじゃねぇよ…」 ドロレスは、クローサー城内の塔での出来事を思い出していた。 「あたしは…確かにあいつは強過ぎだけど…なんか、意外だったんだ」 ガラも思い出した。 「ああ、『まったく悪の化身』て感じではないような気がしたな…まともに会話も出来るとは…」 「そうだろ?あたしの意見を少し聞いてたんだぜ。『お前は面白い』って…『勇気がある』なんて…不思議な感覚だった」 そして、ドロレスはもう一つの言葉も思い出した。 「火、風、土、水…か…一体古代の人間たちはあいつをどうやって封印したんだろうな…」 「ボンジオビがそれは調べてるはずだ。だが、何か伝説と違っている部分があるかもしれねぇな…」 星空の下では、魔物の気配一つ無かった。遠くの方では、フクロウの声がする。 「勇者が滅んだ…か…いや、待てよ。おい、ドロレス、エズィールの言葉、覚えてるか?」 ドロレスは、トトの首都ルカサからドラゴンの神殿タンブへの馬車の会話を思い出した。 「あっ!そうだ!エズィールは、魔王と勇者は無にはならないとか何とかいうやつだ!」 「魔王が出て来たってことは、勇者も出て来てるはず…なんて考え方は、楽観的過ぎるか?」 二人の会話から、僅かながらに希望の光が見えたのである。二人はその僅かな希望に賭けてみようと決意したのである。 ーそして、夜が明けた。 夜が白んできた頃、パンテラにドニータが放ったアマダーンの捜索隊がやって来た。 ヴェダーは、ドニータらと報告を受けた。 ガラたちは、パンテラの宿の一室に泊まっていたが、朝早くに叩き起こされたのである。 「一体何があった!?魔王の軍勢が!?」 急いで支度をしたガラたちは、領主館に召集された。 「いや、軍勢は一向にやって来ないのだが、捜索隊から報告を受けてな…」 ヴェダーが、真剣な面持ちで答えた。 報告によれば、アマダーンは依然として行方不明だが、捜索隊は、トトからアズィール捜索で派遣された隊と偶然出会ったというのである。 アズィール捜索隊のエルフたちは、アズィールの最期を知り、嘆き悲しんだが、彼らは、砂漠の国「サーバス」にて重要な情報を掴んだというのである。 「その重要な情報ってのは?」 ドロレスがヴェダーに尋ねた。ヴェダーが、話そうとした時、会議室のドアが開き、ボンジオビが入って来たのである。彼はやや興奮した感じで話し始めた。 「おっ!揃っているな皆の者!ふふっ、凄いことが分かったぞ!」 ボンジオビは、エルフの報告を受け、慌てて城から持ち出した手帳を開いた。 「その手帳は?」 ドロレスが尋ねると、この手帳はかつてボンジオビがアングラと共に古代遺跡の調査をしていた時、遺跡から発見された様々な遺物と共に、石板や壁画なども見つかった際、それらを詳細に記録した物だという。 「これを見てみろ!」 それは、壁画を画家に描かせたスケッチであり、出来うる限りそのままを写実的に描いたものだそうだ。その壁画には、四方に四人の人間が、描かれており、それぞれに違う紋章が刻まれていた。 「いいか、これが土、これが水、火に、風だ。この四つのエレメント(要素)を司る人たちの中にもう一人いるだろう?これが、『勇者』だ。この図は、四人のエレメントを持つ四人が勇者と共に魔王を封印したとされる図だ」 ドロレスとガラは、確かに魔王が「四つの民が揃わなければ自分に勝てない」と言っていたことを伝えた。それはセレナも聞いていた。 「だが、その伝説は昔から、ばあちゃんがそのまたばあちゃんから伝わって来たように、皆が知ってるお伽話だぜ?それが魔王本人から聞いたってだけだ。問題は、その方法だろ?」 「さよう、そこからが大事なのだ。エルフの報告によれば、サーバスに『勇者の墓』というものがあることが分かったのだ」 ドロレスは、目を大きく開けた。 「そこには、かつての勇者の秘密が隠されており、魔王封印の方法も伝えられているというのだ」 ガラたちは、いや、そこにいる皆の顔が一気に晴れた。 「そいつは凄い!…でさ、昨日あたしとガラが話したんだけど、エズィールが言っていたことを思い出したんだ。魔王と勇者は、陰と陽、二つで一つってやつさ!」 エズィールが口を開いた。 「その通り。正義と魔の闘争は、この世が始まってからずっと続いておるのだ。魔があるところに、必ず光が現れる。その逆もまた然りなのだ。魔王が現れた今、勇者は必ず姿を現す。いや、もう既に現れているのかもしれん」 ヴェダーが話しを続けた。 「ガラは火の民、俺は風の民の末裔なんだ。あと土の民と水の民ってのがいるはず。そいつらも探さないといけないな」 そこでマコトが口を開く。 「拙者、わが祖国エイジアにて、水の民の子孫の話しを聞いたことがあり申す。しからば、拙者、水の民を探しに再び故郷へ帰ろうと今決意をした!」 「いいぞ!あとは土の民か…」 ドロレスが顎を触りながら呟いた。 そこに、魔導士のサンボラが話し始めた。 「よろしいか、俺はかつて神聖ナナウィアにいた。そこは、土の神を祀っている神殿がある。そこなら土の民の情報が掴めるかもしれんぞ!」 おお!と一同が唸った。まさに団結の智慧とも言うべき姿であった。彼らの智慧と一念の結晶が、次第に希望を膨らませていったのである。 「問題は、スピードだ」 ヴェダーが言った。この計画を進めるには、気の遠くなるような時間を要する。しかしながら、未だ魔王の脅威は目前である。そこで、ヴェダーは、エズィールとセレナ、そしてペガサスのスピードを使うという案を出した。彼らの機動力を持てば、移動時間はぐっと縮む。 「それはいい案だ」 ガラが答えた。しかし、ドロレスは表情が曇った。 「ご、ごほん…あ、あたしはここに留まって街を守るよ!」 「空が苦手なだけでしょ?」 セレナが無邪気に声をかける。一同が笑い出す。 まさにこの世の終わりとも言うべき時に、一時の笑いが出るという光景は、不謹慎よりもむしろ、絶望から希望へと転じた彼らの心の変化を表していた。希望を失わない限り、人は前に進めるのである。 ー時を少し戻そう。 セレナがクローサー城から、アマダーンとアズィールを救出し、ドニータがいる野営地へと運び出したあと、アマダーンは、アズィールの最期を見届けた。 アマダーンは、しばらく彼女の元から動くことをしなかった。彼の頬を涙が伝い、僅かな時間ではあったが、彼は、沼地での出会いを思い出していたのだ。 サーティ平原の沼地では、アマダーンもあの巨大な魔物「ベヒーモス」と対峙していた。攻撃は跳ね返され、絶体絶命のピンチであった時、空から真っ黒なドラゴンが現れ、氷の息でベヒーモスを凍らせたのである。 彼女は、冷酷で生意気そうな雰囲気であったが、どこか寂しげで、孤独であった。 『孤独』 それは、アマダーン本人にも常に付きまとう憂鬱の種であった。 そのあまりにも強大な力がゆえの孤独。 裏切り裏切られの世界を生きてきた男の性(さが)であった。 勇者英雄隊は、皆互いに尊敬し合い、切磋琢磨する戦友ではあったが、そのあまりにも想像を絶する任務に耐えきれず、離隊していく者が常であった。しかしそれは致し方ないことである。そう言い聞かせ、彼はまた孤独を噛み締めるのであった。 目の前に現れたドラゴンの娘は、自らの生い立ちを話し始めた。 アマダーンは、彼女の半生は種類は違えど、お互いに「孤独」を抱えた者同士、何か通じるものがあると感じたのであった。 また時に無邪気に笑ったり、からかってきたりする姿は、人間の少女と何ら変わらない。 アマダーンの中に僅かながら「人の心」の温もりが蘇ってきたのである。それは、ガラがセレナと出会って感じたものと同じであった。 アマダーンは、オーブによって自らの命を費やすドラゴンの宿命に、憐れみを感じ、彼女をオーブの呪縛から解き放とうと思った。 しかし、それは叶えてあげることが出来なかったのであった。 「アズィールよ…許してくれ…」 アマダーンは、彼女の遺体を持ち上げ、無くなった左足の先を庇いながらヨロヨロと立ち上がった。野営地のキャンプの中には、いくつかの食料と、水があった。それらを持ち出し、エルフの目を盗んで、ペガサスを奪うことなど、彼には造作もなかった。 彼はペガサスにアズィールの遺体を乗せ、走らせた。ペガサスは風を切り、まるで風と一体になったかの様に、凄まじいスピードで飛んで行った。 「こいつは凄いな…」 あっという間に国境を渡り、ペガサスは、神聖ナナウィア帝国と、砂漠の国サーバスの間にあるドワーフの統治している「シーマ自治国」に辿り着いた。 森の中に小川が流れ、その脇に一軒の捨てられた小屋を見つけた。 彼はそこにペガサスを降ろし、アズィールを火葬した。そこに、簡易的な墓を建て、彼女を弔ったのである。 その時、彼女の遺灰から何か輝く石の様なものを見つけた。 「…なんだこれは?」 アマダーンはそれを拾い、彼女の形見として首飾りにして身に付けた。その石は不思議な輝きを放ち、それを見つめていると何やら穏やかな気持ちになっていくのであった。 小屋の中で、アマダーンはあの魔王のことを思い出した。 かつて世界最強と謳われた戦士が、まったく赤子同然のようにやられてしまった。しかも、自分に慕い、ついて来たドラゴンの女も奴に殺されてしまったのだ。 彼はその時、自らの非力と情けなさ、そしてまた孤独に包まれた。うずくまり、地面に伏し嗚咽をあげ泣き出した。 次第に夜は明け、朝陽が川面を照らし、反射したその光が小屋に入り、小屋の壁をキラキラと照らした。 彼はどれくらい眠っていたのであろうか。 壁に当たる光で目が覚めた。 彼は小屋から出て川の水で顔を洗い、食事をした。 ペガサスは、静かに寝ている。彼はペガサスを撫でて言った。 「不思議な馬だ。お前をアンジェラと名付けよう」 アンジェラとは、彼の故郷サーバスの言葉で「風の子」という意味である。 彼はサーバスにも戻る気もなかった。 元々戦争孤児として、クァン・トゥーに保護された身である。故郷に戻ったところで、彼の過去のことを知るものはまったくいないであろうし、勇者英雄隊として、サーバスにも攻め入ったことがある彼は、いつどこかで報復に遭うかもしれない。左足を失った彼にとって、それはリスクであったし、それはまた彼にとってどんな周辺国へ行くのも同じことであった。 シーマ自治国は、唯一攻め入ったことのない国であった。彼がここに来たのもそういった理由があったのだ。 このまま身元を隠しながらひっそりと暮らしていこう。彼はそう思い、この日を境に、名前を「アマダーン」から「ダン」へと改めた。 そして、数日が経過したある日のこと、彼のいる小屋に、二人の母子が訪れた。 「もし…よろしければ、この子に食べ物を恵んでやってはくださらないでしょうか?」 彼は驚いて小屋の戸を開けた。一人は褐色の肌に痩せ細った女性、もう一人も褐色の肌に、痩せ細った少年であった。共にサーバスから来たという。 彼はもっている食料を二人に分け与え、話を聞いた。 「ありがとうございます。本当に助かりました。何とお礼を言ったらよいか…どうか、お名前だけでもお聞かせください」 「俺は…ダンだ。サーバスから何をしにやって来たのだ?」 「私の名前は、ビョンセ。この子はマーズ。私たちは、砂漠のドラゴン、アディーム様のお告げにより、エルフのドラゴンを救う為、やって来ました」 ダンは驚愕した。砂漠のドラゴンのお告げとは、ガラたちの言っていたことと同じではないか。そして、エルフのドラゴンは… 「エルフのドラゴンは…残念ながら、先日埋葬したところだ。隣に墓があるだろう」 それを聞いて、ビョンセは嘆き悲しみ、墓の前で嗚咽をあげた。マーズも涙を浮かべている。 「しかしながら、お前たちがエルフのドラゴンを救うなどと、そんなことが出来るのか?もし生きていたとしても…」 ビョンセは、涙を拭い、立ち上がって言った。 「ええ、私は魔法が使えますけど、大した力もありませぬ。ですが、この子は…まだ9歳ですけれど、大いなる力を持っています。なぜなら、この子は…」 ビョンセは、少年の頭を撫でて言った。 「勇者の血を継いでいるからです」

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第3話「復活」 クローサー城から少し離れた森の中では、エルフのドラゴン、エズィールたちが野営を張り、夜襲の準備に取り掛かっていた。 「万が一に備えるのだ。そして、魔道士たちの攻撃にも充分注意せよ!」 その時、エルフの一人が何やら叫び出した。 「エズィール様!あの空をご覧ください!」 エズィールと、ドニータは、エルフが指差す城の方角へと目をやった。先程までに美しい夕陽に照らされていた城の上空が、みるみるうちに真っ黒な雲で覆われていたのである。 「な、何だあれは?」 「夕立にしてはおかしい…」 その時であった。エズィールの体に何やら強い悪寒がしたのである。 「ま、まさか…!」 ドニータは、エズィールの様子がおかしいのに気が付いた。 「エズィール殿!いかがなされたのです?」 エズィールは、わなわなと震え出し、膝をつき、頭を抱え込んでしまった。 「そ、そんな…とうとう最も恐れていた事態が起こってしまった…!奴等め!オーブを使ったな…!」 ドニータは察した。ここに来る前、エズィールから聞いていたオーブの秘密のことだと思った。 つまり世の理を捻じ曲げてしまったが故に、深淵にいる存在に気が付かれてしまったのである。 「まさか…!魔王が!!」 再び城の方を見ると、黒い雲が城の中心へと渦を巻いて集まっているような形になっていくのであった。 「このままではいけない!皆の者!すぐさま城に向かう!もう手遅れだ!オーブを奪い返しても無駄になった!すぐに皆を救出し、国へ帰るのだ!!」 エズィールはすぐにドラゴンへと変身し、ペガサス騎馬隊を引き連れ、城へと向かったのである。 一方、城下町や城内の人々は、異様な空の様子に目を奪われていた。ある者は叫び、またある者は興味津々でその様子を眺めていた。 クローサー城の地下牢には、ガラたちが捕えられていた。 「ううっ…」 マコトが頭を抱えながら目を覚ました。 「まこちょん!気が付いたか!」 「いてて…ん?…ここは?」 「この通り、捕まっちまったのさ…」 ドロレスは、その時城内が何やら騒がしくなっているのに気が付いた。 「ガラ?何か城の中が騒がしくないか?」 ガラは、先程から牢の看守の交代も来ないことに気が付いたのである。 「ああ、何かやべぇことが起きてる気がするな…」 「さっきの変な振動に関係があるのかな?」 その時、マコトは看守を呼んだ。 「すまぬが、そこの者!伝えておいて欲しいことがあるんじゃ!」 看守は、マコトを睨みつけて言った。 「何を!?犯罪者の分際で伝えることだと?」 「ああ、そうじゃ!言伝をお願いしてくれたら、そなたに金を差し上げようぞ!」 マコトは、懐から金で出来た楕円の薄い板のようなものを取り出し、看守に見せつけたのだ。 「なっ!?き、金だと!?お前いつの間にそんなもん持ってたんだ!?」 看守が慌てて近付き、牢の格子に手を触れた時、同じくマコトの手から小さく青白い閃光のようなものが出てきた。 パチッ!という音と共に看守は、体を硬直させて、その場に倒れ込んだのである。 マコトは、小さく強力な電流を瞬間的に格子に流し込み、看守を気絶させたのである。そして、腕を伸ばし、看守のポケットから、鍵の束を取り出した。 「おお!まこちょんさすが!」 ドロレスは、思わずマコトに抱き付いた。 その時、ドロレスの豊満な胸がマコトの頬に当たった。 「…あ、柔らかい…」 ドロレスはハッとしてマコトから離れた。 「ばっ!馬鹿!何言ってんだ!」 ドロレスはマコトの頭上に拳を打ち込んだ。 「ぐえっ!す、すまぬ…思わず心の声が出てしまい申した!」 そして、マコトは自分の頬をパンパンと叩いて、気合を入れ直した。 「これから名誉挽回じゃ!」 マコトはガチャガチャと鍵を見つけ出し、牢の門を開けた。 エルフたちも無事であった。そして、再び研究室の方へと向かったのである。 「おかしいな、さっきあれだけいた兵士がまったく見当たらん…」 ガラは周囲を見渡した。 ドロレスもそれは同感であった。しかしながら、今は一刻も早く研究室に行き、オーブとアズィールを救出しなければならない。 ガラたちは、驚くほどすんなりと研究室に着いた。 「何だ?まったくさっきと同じ状況じゃないか!」 嘘のように、その通りであった。彼らの武器も地面に落ちたままであった。 そして、ガラはオーブを取り出し、ドロレスはアズィールを背負って研究室を出たのである。 「もう一度地下から出るしかないな!」 その時、ドーンという音と共に、城内全体が大きく揺れたのである。 「な、何だ!?まさか夜襲が始まったのか!?」 「いや、にしてはまだ日没まで早過ぎる!」 ガラは嫌な予感がした。まさかとは思ったが、この城の中の様子からして異常事態であることは明らかであった。 地下道に続く倉庫に着き、ドロレスが格子を外そうと手をかけた時、何やら地下の方から動いているのが分かった。 「まずい!地下に何かいるぞ!」 その時、何やら声がしたのである。 「ガラ!ドロレス!俺だ!」 なんと、ハイエルフのヴェダーであった。 「地下までペガサスで飛んできたぞ!さぁ、こっちに来い!」 ガラとドロレス、マコトたちは地下に降りた。そこにはペガサスに乗ったセレナも居た。 「ガラ!ドロレス!まこちょん!良かった!」 ガラたちがペガサスに乗り、地下を再び進もうとした時であった。ドロレスに背負われていたアズィールが突然目を覚ましたのだ。 「…ああ!勇者様!」 一同驚いたが、ドロレスはアズィールに向けて言った。 「アズィールさんよ!勇者さまはあんたを置いて行っちまったぜ!あたしたちと一緒に逃げるんだ。いいな?」 アズィールは、意識が朦朧としていたが、何やらぶつぶつと呟いている。 「いけないわ!勇者様が危ない!助けなくては!」 突然、アズィールは、ドラゴンの姿に変身したのである。 「ちょ、ちょっと待て!うわぁぁ!」 もちろん地下通路の中である。そのままドラゴンに変身すれば、地下の天井を破壊してしまう。 ドロレスは転倒し、アズィールは、気にも留めず、再び地下道を戻り地下倉庫へと向かった。 サイズが大き過ぎるので、地下通路の壁にバンバンぶつかりながら、ヨタヨタと走り出したのである。 その時、至る所の壁が崩れ出し、落石が起こり、ドドドという音と共に、地下道の一部が崩壊してしまったのだ。 「まずい!逃げ道を塞がれるぞ!」 その予感は不幸にも的中してしまったのである。逃げ道が落石で塞がれてしまったのだ。 「ちっ!ファズを撃ったら今度は皆潰されちまうな!」 「仕方ない!再び上に上がろう!」 皆方向転換し、地下倉庫へと再び上がろうとした。アズィールがあまりにも勢いよく飛び出して行った為、地下倉庫の格子は格子ごと吹き飛ばされ、大きな穴が開き、ペガサスごと外に出ることが出来たのである。まさに不幸中の幸いであった。 「リスクが高いが、城門へ出て正面突破を仕掛けるしかない!」 ヴェダーが言うと、セレナが叫んだ。 「アズィールは!?彼女を助けなくては!」 ヴェダーは、上を向くと、アズィールが開けた大きな穴から城の外へと続いているのが分かった。 「一か八かだ!ここから一気に外に出るぞ!」 ガラたちはペガサスと共に、勢いよく地下から空へと飛び出した。 まだ日没までは時間がある。しかし、やはり何か様子がおかしい。先程まで城を照らしていた眩しいほどの夕陽が、一瞬にして暗雲立ち込める空へと変貌していたのである。しかも暗雲から何やら渦のようなものが城の中心に向けて伸びていっているのが分かった。 しばらくすると、わーわーと群衆の声が聞こえてきた。 どうやら兵士たちが集まっているようである。 兵士たちは皆何かと戦っているようである。ヴェダーは、一瞬エルフたちが城門まで駆け付けて来てくれたのかと思ったが様子が違うようだ。 ペガサスを飛ばし、城外の全貌が、明らかになってきた。 城中の兵士たちが戦っていたのは、魔物であった。それもおびただしい数である。髑髏の顔をした兵士や、ワニの顔をした魔物、巨大な蛇の様な魔物、はたまた巨人など、見たこともないような魔物の軍勢が、兵士たちを襲っていた。まさに地獄絵図である。 そしてその軍勢の中心付近には、白いマントを身に付けた男が戦っているのが見えた。そのすぐ後ろにアズィールがいた。 「アマダーン!アズィールもいたぞ!」 ガラたちはアズィールの近くで降りたった。 「アマン!一体これはどういうことだ!?」 ガラは魔物と戦っているアマダーンに声を掛けた。 「ガラか!ふん!お前の言う通り、最悪の事態を招いてしまったのさ!」 ガラはぞっとした。やはり予感は的中したのだ。ドロレスも絶望感に襲われた。マコトは、何やらペガサスに乗りながら眉間の前に指を立てている。 「勇者殿!飛び上がれよ!」 アマダーンは、マコトが何をしようとしてるのか一瞬で察知し、飛び上がった。 「雷鳴よ轟け!」 その時、マコトの指差す魔物の頭上に、大きな稲妻が当たった。その瞬間、周囲の魔物たちが一斉に倒れ込んだのである。 すたっと地面に着地したアマダーンは、ガラたちに向けて言った。 「魔王だ。アングラ様の体が魔王に乗っ取られてしまったのだ…」 そう言うと、ふいと向き直し、城の中へと入って行った。アズィールは、エルフの姿に戻り、アマダーンの後を追った。しかしアマダーンは アズィールの方を向いて叫んだ。 「お前は逃げろ!これは俺の責任でもある!」 アズィールは力無くその場にしゃがみ込んだ。 しかしガラはすぐにアマダーンを追った。 それにドロレスたちも続いた。 ガラはアマダーンに叫んだ。 「おいおい!何をしようってんだ?まさか勇者様が魔王を倒すってのか!?お前、「いつもの」魔王と違って、本物だぞ!?」 アマダーンは、ガラに向かって言い放った。 「アングラ様を救う!これは俺の問題だ」 「アマン!一体どうやって!?お前、個人的な問題じゃねえぞ!世界が危険に晒されちまうんだ!」 アマダーンは、立ち止まり、再びガラに向き直した。 「ならば手を貸せ!我々の手で魔王を葬る!!」 ガラは、一瞬躊躇したが、クソッと頭を掻いてアマダーンの方へ続いた。ドロレスとマコト、そしてヴェダー、セレナ、アズィールもそれに続いて行った。 アマダーンは、城の最も高い塔を登り、最上階へと進んだ。最上階は、屋根ごと吹き飛んでおり、上空の暗雲から続いている渦がそのまま最上階の「何か」へと集中しているのが分かった。 ガラたちは最上階へ着いた。渦が集中しているところからなにやら人の形の様なものが蠢いてるのが分かった。 アマダーンは、サーベルを「それ」に向け叫んだ。 「貴様!アングラ様に何をした!?今すぐアングラ様の体を返さなければ、容赦せんぞ!」 次第に渦は消えていき、一人の人間のような姿が現れて来た。 しかしながら、それは「人間」とは非なるものであることは明らかだった。その肌の色は、禍々しい紫色で、頭からは黒光りした角が2本生えている。目は黄色く、口から牙のようなものが生えている。 しかしその姿以上に何とも言えない恐怖感、絶望感、嫌悪感がビンビンと体の芯まで伝わってくる感覚がするのである。 そして、それは口をゆっくりと開いて言葉を話した。 「我は…何者なのか…分からない…名も忘れてしまった…」 その言葉が放たれた瞬間、ガラたち全員の背筋が凍るような感覚があった。 「くっ!こ、こいつが魔王か…」 ドロレスが言うと、魔王は目をドロレスの方に向けた。 「…魔王。懐かしい響きだな。そう、魔王と呼ばれていたこともあったな…お前たちは人間か?」 ガラは魔王に向けて言った。 「ああ、ちょいとした手違いがあってな、お前さんの眠りを覚ましちまったみたいだ。悪りぃな」 魔王は、ガラに目をやった。 「おお…お前は火の民か。そうそう、思い出したよ。火の民だ。そして…他のお仲間はいるのか?風…風もいるな」 魔王はヴェダーの方を指差した。 「火と風か…土と水は居ないようだな…どうした?全員揃わなくては、私には敵わんぞ?」 アマダーンは、怪訝な顔をした。 「火?風…だと?何のことだ?」 魔王は、アマダーンの言葉に耳を傾けず、セレナの方を向いた。 「竜…竜が居たな。フハハ!…だが、まだ足りんぞ?」 アマダーンは、サーベル“ナラヤン”を魔王に再び向けた。 「我が名は勇者アマダーン!貴様!訳の分からないことを言いおって!アングラ様を返すのだ!」 魔王はアマダーンに向き直し、静かに話し始めた。 「勇者…勇者と言ったな貴様…俺の最も忌み嫌う言葉だ…して、一体どこにおるのだ?貴様からは勇者の血など微塵も感じられんぞ?」 アマダーンの表情は強張り、怒りに満ちていた。 「何だと?貴様!なんと無礼な!」 アマダーンは、斬りかかろうとした。 「やめろ!」 ガラが叫ぶのと同時に、魔王がアマダーンに向けて手をかざした。 シュッ!という音と共に、あっという間にアマダーンの刃は、魔王に達していた…はずであった。 なんと、アマダーンの振りかざすサーベルを、魔王は素手で受け止めていたのである。 アマダーンは、必死にサーベルと外そうとするが、魔王は造作もなくアマダーンのサーベルを眺めている。 「ほう、人間にしては素早い…そして…何重か魔法を纏っているなお前…」 ドロレスと、マコトは何も出来なかった。 何が起こっているのか理解するのがやっとであった。目の前にいるのは、我々が絶対に手を出してはいけない存在なのだという圧倒的な絶望感が、体中を支配していたのである。 「ぐぐっ!き、貴様!」 アマダーンは、物凄い形相でサーベルを掴んでいる。 その時、魔王はもう一つの手をアマダーンの方へかざした。しかしアマダーンは、咄嗟にサーベルから手を離し、後ろへジャンプしようとした。 ボンッ!という音と共に、何かが破裂した。 アマダーンは、後ろへ飛んだが、着地せずどかっと倒れ込んだ。 「ぐああ!」 なんと、アマダーンの左足が足首ごと吹き飛ばされていたのである。 「…!?」 ガラたちは、一体何が起きたのか分からなかった。 ビシャビシャという血がアマダーンの周囲に降り注いだ。アマダーンは、自らの左足を押さえながら悶絶している。 「ぐおおああ!」 魔王は、少し口角を上げ、手にしてたサーベルをぱりんと割った。サーベルはまるで、「つらら」のように脆く崩れ去った。 「これが勇者だと?何かの冗談か?…おいおい、まさか勇者は滅んだのか?我輩が永き眠りについている間、一体何があったのだ?」 魔王は、キョロキョロとあたりを見回した。 「…うん、うん、竜の連中はまだいる様だな…だがやはり、勇者は滅んだようだ…くくくっ」 魔王は笑った。そして、何か考え始めた。 「ここにいるのは、人間たちの精鋭か?まさか、再び我輩を眠りにつかせようなどと思うまいな?」 ガラは、悶絶しているアマダーンに目をやるも、体がまったく動かないのであった。 しかし、すぐにアズィールが、アマダーンに駆け寄った。 「ああ!なんてこと!勇者様!」 アズィールは、アマダーンの左足にふっと氷の息を吹きかけた。左足の血は凍りつくように固まった。 「しばらくこれで我慢なさって!」 その時、ドロレスが口を開いた。 「な、なあ魔王さんよ…あんたは、何しにここに来たんだ?」 魔王は不思議そうにドロレスを見つめた。 「この世は既に勇者もいない。また、魔物だらけの世の中にするのか?」 魔王は少し考えて言った。 「うむ、そうだな…しばらくは様子を探ってみるのも悪くはないな…どれ、人間たちを見てみるか。しかし、お前は…面白いな…」 ドロレスは、意外な答えに面食らった。 かつて読んだことがある伝説では、魔王は純粋な悪の化身として描かれていたのである。まさかこんな返事が来るとは予想だにしていなかった。 「あんたは、何が欲しいんだ?世界か?金か?権力?」 魔王は静かに答えた。 「ククク…いかにも人間らしい考え方であるな。 …確かに我輩はかつて、この世界を魔物でいっぱいにしようとした。しかしながら、人間に邪魔をされたので、滅ぼそうとしたのだ。お前も邪魔をするのか?」 ドロレスは、答えた。 「いや、もしかしてだけど、魔物も人間も、共存出来る世の中にはならないのかなと思って…さ」 魔王は考えた。 「共存…」 ドロレスは話し続けた。 「そうだ。お互いに干渉せずに同じ世界の者同士ってことでさ、共に生きていけないかな?」 魔王は少し笑みを讃えて、ドロレスに言った。 「フハハ!お前は勇気があるな。だがそれは難しいと思うぞ」 ドロレスは、続けた。 「な…何で?」 その時、アズィールがドラゴンへと変身し、魔王に目掛けて氷の息を吹いたのである。 「ア、アズィール!やめ…!」 ドロレスは、アズィールを制止しようとした。しかし、アズィールはすぐさまアマダーンを抱えて飛び立とうとしたのである。 魔王は、一瞬体が凍りついたが、すぐに氷が吹き飛び、アズィールに向けて手をかざした。 「アズィール!危ない!」 セレナが叫んだ瞬間、ボンという音と共に、アズィールの胸に大きな穴が空いた。 アズィールは、アマダーンを抱えたまま、塔から落下してしまったのである。 「アズィール!」 セレナはドラゴンへ変身し、アズィールの元へ飛んで行った。 魔王は、手を下ろしドロレスにもう一度、話しかけた。 「見たであろう?この世界は残酷なのだよ…」 ドロレスは、悲しい表情で魔王に言った。 「そ、そんな!今のは違うんだ!分かってくれ!」 魔王はその言葉に耳を傾けることなく、くるっと振り返った。 「やはり、人間は滅ぼすに限る。この世は魔物のものであるのだ!」 ガラはすぐにドロレスとマコトの腕を引っ張り、塔の下へと走り出した。 「まずい!逃げるぞ!」 その時、ドーンという大きな音と共に、塔の最上階が爆発し、崩れ落ちて来たのである。 「やばい!崩れるぞ!」 ガラたちは急いで塔を駆け降りる。しかし、塔自体が崩れるのが早過ぎるようである。 その時、窓の外に何かが見えた。 「おーい!ガラよ!いるか!」 エズィールとペガサス騎馬隊である。 ガラは窓から大声を上げて、エズィールを呼んだ。 「こっちだ!」 ガラはドロレスたちに伏せろ!と言い、壁をファズで撃ち抜いた。 開いた穴から、ガラたちはエズィールとペガサスに乗り、外へと飛び出した。 外では、魔物が溢れかえり、城壁は崩れ、火の手が至る所で上がっていた。 ドロレスは、その時、崩れ落ちる最上階から、一瞬見えた魔王の姿が目に焼きついた。 魔王はドロレスの方を向いている様にも見えた。 「…」 ドロレスは、しばらく魔王の方を見つめていた。 ヴェダーは、アズィールの元へ駆け寄り、すぐに白魔法をかけた。アマダーンは、気を失っている様だ。セレナは目に涙を浮かべ、アズィールを見守っている。 「まずい!このままでは、ここにも魔物たちが来るぞ!」 マコトは、彼らに声をかけた。 セレナは再びドラゴンへ変身し、アズィールとアマダーンを抱えて飛び上がり、野営地に向かった。 ヴェダーは、ペガサスに乗り、ドロレスたちに声をかけた。 「まだ街に人々がいる!魔物が来る前に避難させよう!手を貸してくれ!」 ガラたちは、ヴェダーやエルフたちと共に、避難している住民たちを探すことにした。 「くっ!やはり既に街も魔物で溢れておる!」 マコトは悔しそうに叫んだ。 「どこかに避難している住人がいるかもしれん!探し出して救い出すしかない!」 ヴェダーは、すぐさま二手に分かれて住民救出を指示した。 ガラとマコトたちは、魔物がこれ以上街に侵入してこないよう城門付近に立った。 その間、ヴェダー、エズィール、エルフたちは、住民たちを避難させるという作戦である。 一方、野営地に降り立ったセレナは、すぐにドニータに声を掛けた。ドニータは、アズィールとアマダーンの治療に当たった。 そして、セレナは再びクローサー城へと飛んで行ったのである。 その時アマダーンが目を覚ました。 「うっ!…こ、ここは?」 「目が覚めたようだな。ここは野営地だ。セレナがお前を運んできたのだ」 ドニータがアマダーンに伝えた。 「アズィール!お、お前!」 アズィールは、エルフの姿になって横になっていた。 アマダーンは、アズィールの手を取り、話しかけた。 「す、すまない…俺は…お前を騙してしまった…」 アズィールは、かすかな息でアマダーンに声を掛けた。 「いいのよ、勇者様…私は…分かっているの…」 再びドニータがアマダーンに声を掛けた。 「ドラゴンは生命力が高いのだが、何故かアズィールにはほとんど血が残されていない。おそらく、このまま傷が塞がれなければ、アズィールは…」 アズィールは、アマダーンの頬に手を当てて言った。 「もっと…あなたと…世界を旅してみたかった…」 そう言うと、アマダーンの頬から彼女の手が離れ、力無く地面の上に落ちた。 「おおお…アズィール…!ゆ、許してくれ…」 アマダーンは、アズィールの手を取り、再び自らの頬に付けた。アズィールの手は既に冷たくなっていた。 その時、アズィールの手の甲に一滴の涙が流れ落ちたのである。 血も涙もないとされ、人々から恐れられていた勇者は、この時、人生ではじめて涙を流したのであった。

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忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」