判虹彩
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忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第8話「鷹」 アラヤ王は、小さな肩を震わせ、フルシアンのそばで泣いている。フルシアンは、王を早く安全な場所へ避難させなければと思った。 目の前にいるランディー伯爵はケリー公爵に背後から斬りつけられ、憤怒の表情へと変わった。 「…おのれ、愚かな者どもよ!良いだろう!わしの真の姿を見て後悔するがいい!」 そう言うと、伯爵の目がさらに赤く光り、髪の毛は逆立ち、耳の先が尖り出した。 そして体はみるみるうちに大きくなり、ボタンが吹っ飛び、服が裂け、筋肉が盛り上がり、身長は2メートルを悠に超えた。爪は伸びて鋭さを増していった。 靴から爪が飛び出し、靴も裂けてしまうほど伯爵の足は巨大化していった。 カラン! ケリー公爵は、その姿を見て恐怖のあまり、剣を落として腰を抜かしてしまった。 「あ、あわわ!な、何と言うことだ…何なのだこいつは!?」 しかし、フリンは違っていた。 「ふん!大したことないじゃないか…!」 フリンは、先程アラヤ王に化けた怪物の女性がつけた短刀の傷跡がすっかり塞がったのを確認し、双剣を構えて再び立ち上がった。 「フリンよ…油断するな!これはストリゴイとは比べ物にならないほどの力を… サンボラがそう言った瞬間、ドン!という衝撃波が起き、彼を吹き飛ばした。 「…!!」 ドーン!という音と共に、サンボラはドアに衝突し、ドアごと壁を突き破ったのである。 「サンボラ!!」 伯爵は肉眼では追えないほど素早いスピードで、サンボラに体当たりし、吹き飛ばしたのである。 「な、何…!?まったく見えなかった!」 「ぐはっ…!」 サンボラはドアと壁の瓦礫の下敷きになったが、生きてはいるようである。 「サンボラ!大丈夫か!」 フルシアンはサンボラに声をかけた。 サンボラはヨロヨロと立ち上がった。 「ほう!…意外とタフではないか…」 伯爵の声は、明らかに人間の声帯ではなかった。その声はとても低く、耳から入り、背筋全体を振動するような声であった。 サンボラは言った。 「危なかった…これ程までのスピードとパワーだとは…あらかじめ補助魔法をかけていなければ確実にやられていたな…」 それを聞いてフリンは少しホッとした。 「サンボラ…ここはあたいがやる…さっきは油断したが、このままじゃ、あたいの腹の虫が収まらないんだ…!」 フリンは全身の毛が逆立ち、怒りに体を震わせ双剣をカチンと合わせて火花を散らした。 フルシアンは、フリンに向けて言った。 「だめだフリン!無茶するな!ここは一旦退くんだ!」 フリンはフルシアンをキッと見つめて言った。 「退く?…一体どうやってさ!あんたはアラヤ王を抱えながら、この吸血鬼野郎から逃げられるとでも思ってんのか?……大丈夫、心配すんな!あたいはスピードだけなら誰にも負けない!アマンにだって負けたことはないんだ。補助魔法なんか使わなくったってな!…あたいの本気を見せてやる!」 伯爵は、不気味な笑みを浮かべてフリンに言った。 「キキキキ…この子猫風情が!本気を出すだと?ふざけたことをぬかしおって!このワシに貴様如き敵うはずがなかろう…」 そう言った瞬間、伯爵は、フリンの懐に飛び込み、両手の爪をフリンの喉元目掛けて振り抜いた。 咄嗟にアラヤ王は目を瞑った。 ブンッ! しかし、その両手は大きな弧を描いて空を切ったのである。 「…!?」 伯爵は、一瞬フリンが消えたかと思った。しかし、その瞬間、フリンはくるくると伯爵の頭上で回転しており、そのまま双剣で彼の肩の後ろあたりを斬りつけた。 シュバッ! 伯爵の肩の後ろから血がバッと吹き出した。 「くっ!小癪なぁっ!」 伯爵は、振り向き様に再び爪をフリン目掛けて振り抜いた。 ブンッ!!! 再び爪は大きく空を切り、その音だけが部屋の中に響き渡った。 すると、今度はフリンは地面スレスレにしゃがみ込んでおり、ランディー伯爵の足元を斬りつけた。 シバッ!! 次は伯爵の左足首から血が吹き出たのである。 「…すごい!これは戦えるぞ!!」 フルシアンは、フリンの実力の進化に驚いた。 —彼は彼女としばらく会わない期間があった。 それはガラがドラゴンを退治する前のことである。彼はアントニーと共に神聖ナナウィア帝国へと交渉に向かい、フリンはチドと北方の遊牧民征伐へと向かったのであった。 遊牧民たちが次第に力をつけていることは前から分かっていたが、クァン・トゥー王国宰相のアングラは、それの対処よりも、「オーブ奪取計画」を優先させていた。 しかしながら、遊牧民もかなりの強敵である。そこでアングラはフリンとチド中心とした征伐隊を結成し、そこへ向かわせたのである。 アングラは征伐隊とはいえ、遊牧民たちを完全に制圧するに足る兵力ではないことは分かっていた。そこで彼らには「こちらに攻め込むには一筋縄ではいかないぞ」と思わせるくらいの抵抗を見せよと伝えたのである。 具体的には、サーティ川を挟んだ地点を前線を設定し、それ以上踏み込ませることがないようにと指令を下したのである。 フリンとチドは、前線へと向かい、野営を張った。しかし、そこで彼らが見たのは、想定以上の数の遊牧民部隊だったのである。それはおよそ想定の5倍程の戦力であった。 彼らは死に物狂いで戦った。 征伐隊もおよそ三分の一がやられてしまったが、まさに命からがら何とか前線を守りきったのであった。そういったギリギリの死地に身を置いたフリンとチドの実力は、彼ら自身が思っている以上に洗練され、圧倒的な戦闘力の向上を達成したのである。兵士たちは、彼らはまさに“鬼神”の如き姿であったと後に回想している。 —ストリゴイでさえ彼女の真のスピードには及ばずであった。フルシアンはこのフリンの真の実力に希望の一条を見た。 しかしながらサンボラとフルシアンは、フリンと伯爵の攻防があまりにも速過ぎるゆえに、ただただ見守っているしかなかった。そこで、フルシアンは徐々にアラヤ王を出入り口(ドアがあったが破壊され大きく開いた)付近に移動させていくことにした。 すると、ドンという音と共に伯爵の手元からフリンが吹っ飛んだ。 フリンはすかさず受け身を取り、再び攻撃を繰り出す。 フルシアンは、圧倒的なスピードを誇るフリンであっても、伯爵に僅かながら押されていると感じた。しかも、先程まで血が垂れていた伯爵の傷口は、しばらくすると塞がっていたのである。ヴァンパイアの特長である「不死性」というものであろうか。そしてまたさらに伯爵の一撃をまともにくらえば、あっという間に形勢は不利になると思った。 「一撃が重い…!フリンよ…もう少し持ち堪えてくれ!」 そして、何とか出入り口に差し掛かった時であった。 ズンッ! という音と共に、フリンが再び吹き飛ばされたのである。しかし、今度は受け身を取るのが上手くいかずフリンはザッと床に転がった。 そして、すたっと立ち上がった時、タタッと床に何かが垂れ落ちた。喀血したのである。 「かはっ!」 そして彼女は腹部を押さえていた。しかもその手からもじわっと血が滲んでいたのである。 「フリン!」 「いかん!」 伯爵の一撃がフリンの腹部にクリーンヒットしたようである。やはりフルシアンが懸念していた通りになってしまったのであった。 伯爵は、ニヤリと笑いながら自分の爪から滴り落ちるフリンの血をペロっと舐めた。 「ん〜…猫風情にしては中々であったぞ…しかしやはりわしの敵ではないな…」 その時サンボラが杖を掲げた。 「フリン!よくやった!おかげで時間が作れた!“ディストゾーン”!!」 その瞬間、サンボラの杖から無数の紫色の小さな光球が飛び出し、バッと伯爵の周りを囲んだのである。 そして、サンボラは杖を持っていない手を挙げ、グッと拳を握るような動作をした。 すると、無数の紫色の光球が一斉に中心にいる伯爵にぶつかっていったのである。一つの光球が衝突するとドンという音と共に爆発をして、ダメージを与える。それが無数に連続にぶつかっていった。ドドドン!という衝撃波が細かく断続的に起こった。 フリンとフルシアンは顔を覆った。 「グフアッ!!」 伯爵は思わずよろけた。 「いいぞサンボラ!効いてるようだ!」 しかしフルシアンがそう言った瞬間、伯爵は、その光球の隙間から脱出し、サンボラの目の前に急接近した。 「サンボラよけ…!」 ズブッ!! フリンは瞬間的に叫んだが、遅かった。 「いやぁぁぁーっ!!」 フルシアンは、すぐ横にいたはずのサンボラがあっという間に天井近くまで移動したと思った。しかし目線をそちらに向けた瞬間、悲しみと悔しさ、そして絶望感でいっぱいになった。 なぜならば、サンボラの体は伯爵の腕に貫かれたまま宙に浮いていたからである。 サンボラの手から杖が落ちた。 「…不思議な魔法を使う男よ…なかなか惜しかったぞ…」 そして伯爵はサンボラに突き刺さった腕を抜いた。 サンボラは力無く床に倒れた。 「ちきしょおおおお!!!」 フルシアンは、弓を素早く構え矢を放った。 —伯爵が変身するその少し前、シイルはハンネ妃を城の外まで誘導していた。 「さすが皇后陛下、このルートにほとんど兵はおりませんね!」 「あなた方の情報のおかげですわ。コツコツと兵士の交代場所や時間を調節し、最短ルートを見出したのよ」 ハンネ妃は、兵士の中でも彼女のことを慕っている者がおり、水面下で彼らの協力を得ていたのである。 そして二人は城を出て、城壁付近のある地点に辿り着いた。 「…お待ちを。確かここに…あった!」 シイルは、地面の芝生で微妙に色が違う場所を探すと、少し不自然に色が変わっている箇所を見つけ出した。そして芝生をべりっと剥がすと、そこには50センチ角程の木製の正四角形のフタが現れた。 そのフタには縦に数センチの穴があり、そこに手をかけて引っ張るとフタが開いて小さな階段が現れたのである。 その時、城の中央上階付近からドドドンと音がしたのである。シイルはふと城の方を見上げた。それを見たハンネ妃は、シイルに言った。 「シイルよ、ありがとう。ここからは私が一人で行くわ。あなたは彼らを助けに行くのです。」 「…ですが…!」 秘密の通路の出口には、おそらくランドオブザフリーのメンバーがハンネ妃を待っているであろう。しかし、一人で通路を通るのは危険だと思った。 しかし、ハンネ妃はどこからか途中で拾ったであろう剣を手にしていた。 「私の腕もまだまだ現役ですのよ。さあ、行きなさい!」 ハンネ妃は剣術の達人でもあった。シイルは頷き、城の中へ引き返したのであった。 —そして城の上階、アラヤ王の寝室では、フルシアンたちが絶対絶命のピンチを迎えていた。 普段は冷静沈着なフルシアンであったが、怒りに任せ、伯爵に矢を放ち続けていた。 「うおおおおお!!」 しかし伯爵は、なんの造作もなくすべて手で矢を払い落としていく。 「無駄じゃ無駄じゃあ!そんな矢などわしには通用せんぞ!」 そして、とうとう矢筒が空になってしまったのである。 「くそっ!くそっ!くそぉぉーっ!!」 フルシアンは弓を捨て、ナイフを取り出した。 フリンは普段の姿とは違うフルシアンを見て涙を浮かべた。そして腹の傷を押さえながら剣を握り締め、ヨロヨロと伯爵の方へ歩き出した。 「サンボラをよくも!」 叫び声と共にフルシアンは、伯爵に向かって走り出し、斬りつけようとした。 アラヤ王は、廊下の隅に体を寄せ、しゃがみ込んで目と耳を塞いでいる。 「…残念!これで終わりだっ!!」 伯爵はそう言うと、フルシアンの攻撃を難なく交わし、鋭い爪を振り抜き、彼の腕を切断したのである。 切断した衝撃で、腕は宙をくるくると回転し、床にどさっと落ちた。 「ぐぁぁあっ!!」 フルシアンは、腕を押さえて悶絶した。 「フルシアーーーン!!」 フリンは泣き叫んだ。 ケリー公爵は、あまりの恐ろしさに身動き一つ取れなかったが、勇気を振り絞り、再び剣を取った。 「お、おのれ…化け物め…!」 その時であった。 公爵は背後から何かが来る気配がしたのである。彼は何事だと思い振り返った。それは彼の背後よりも足元に近いことが分かった。なんとそこには床いっぱいに広がる黒い物体があったのである。 「うわわわ!な、何だこれは!?」 ケリー公爵は足がすくんで固まった。しかし、その黒い物体は、するするとケリー公爵の足元をすり抜けていっているようである。彼は目を凝らしてその物体をよく見た。そして再び声を上げた。 「うわわっ!ね、ネズミだ!!」 それは数え切れないほどのネズミの群れであった。びっしりと床一面ネズミだらけである。それが一斉に伯爵目掛けて走り抜けていったのである。 「いやっほーっ!!」 アラヤ王はその時、何やら聞き慣れた声がしたと思った。よく見ると、なんとその先頭のネズミにピクシーのフランクが乗っていたのである。 「仲間たちを連れてきたぜ!」 アラヤ王は目を見開いた。 フランクはネズミに乗ったまま伯爵を指差して叫んだ。 「よーしお前たち!あの怪物に噛みついてやれ!」 ネズミの大群は、伯爵の体によじ登っていった。 フリンは驚き、フルシアンに言った。 「な、何だこれは!?一体誰が!?フルシアンが呼んだのか!?」 フルシアンは腕を押さえながら、首を振った。 「い、いや俺じゃない…そんな余裕はなかった…」 伯爵はネズミの大群を振り払おうとするが、払っても払っても次から次へとネズミが伯爵の体を覆い尽くしていくのである。 それはまるで城中どころか、帝国中のネズミがここに集まっているかのようであった。 圧倒的なネズミの数で、伯爵の体は真っ黒になっているように見えた。 「ぐああっ!おのれ!こ、こいつら!何なのだ!」 フリンはこの隙にフルシアンに駆け寄り、ベッドのシーツを破り、彼の腕をぎゅっと縛り止血した。 そして、フランクはネズミに乗ったままアラヤ王の元へ駆け寄った。 「フランク!一体どこに行ったのかと思ったよ!」 アラヤ王がネズミに向けて話しているのを見たフルシアンは、(殿下も獣心眼(フェイシングジアニマル)を使えるのか?)と思った。 しかしアラヤ王はネズミに話しかけているのではなく、ネズミの上に乗ったピクシーに話しかけているのであった。ピクシーはアラヤ王にしか見えないのである。 そしてフランクは何やらアラヤ王に一つのアイデアを伝えた。そしてアラヤ王はうんうんと頷き、咄嗟に立ち上がると突然寝室の奥に駆け出した。 「なっ!ちょっと王さま!そっちは危ないって!」 フリンは驚いた。突然アラヤ王が伯爵の方に向かって走り出したように見えたのである。 しかし、彼はネズミだらけの伯爵の横をすり抜け、窓際に到達したのであった。 「よし今だ!」 アラヤ王が窓際に到達したのを見届けたフランクはパンパンと手を叩いた。 その瞬間、伯爵にまとわりついていたネズミたちがパッと離れたのである。 「今だぜ!王さま!!」 アラヤ王は頷くと、王の寝室の大きなカーテンを掴みながら走り出した。 すると、窓から一気にまばゆい陽の光が差し込んだのである。窓は東に向いており、東の空から朝日が昇っていた。夜が明けたのである。 フリンとフルシアンは、一瞬目が眩みそうになり、目を覆った。 すると、伯爵が叫び出した。 「ギャアァァァァーッ!!!」 伯爵の体はみるみるうちに焼け爛れ、真っ赤に腫れ出した。 「夜が明けたのか!」 フルシアンはヴァンパイアの伝説「ヴァンパイアは太陽の光に極端に弱い」ことを思い出した。 伯爵は顔を押さえて悶絶している。 そして、フランクはネズミに乗っかったまま、何やら長い棒のような物を持っていた。それはキラリと光るナイフであった。フランクはナイフをまるで騎士のスピアのように脇に抱えていたのである。 「突撃ぃぃ〜っ!!」 アラヤ王は、ネズミに乗ったピクシーが、まるで戦場を駆け巡る騎兵のように見えた。 その小さな騎兵は、勢いよく伯爵の体をよじ登っていき、頭のてっぺんに辿り着いた。 そして、伯爵の目玉にナイフを突き刺したのである。 「討ち取ったぞ〜っ!!」 伯爵は目を押さえてさらに悶絶した。 フルシアンは、実に不思議な光景だと思った。確かにネズミだけではなく、何かがネズミを指揮しているようにも見えたのである。 そして、フリンがその時叫んだ。 「ああっ!そうか!銀!銀だよ!フルシアン!!」 反射的にフルシアンもフリンと同時に何かが閃いたようである。 古き伝説によれば、ヴァンパイアの弱点は「太陽の光」と、「銀」であった。伝説ではヴァンパイアを退治した剣士が銀の剣を用いたとされていたのである。 確かに銀のナイフが突き刺さった目からは、煙のようなものが出ており、黒ずんでいるように見えた。通常の武器で斬りつけた傷跡は、すぐに復活してしまうのに対して、明らかに違う現象が起きていたのである。 すぐさまフルシアンは寝室奥の食器棚に駆け寄り、引き出しを開けた。そこにはたくさんの銀の食器が並んでいたのである。フォークにナイフ、スプーンにフルーツ用の串などであった。 フルシアンはそれらを持ち、投げナイフのように伯爵に目掛けて投げつけた。 「くらえ!」 グサグサと伯爵の体に銀の食器が次々と突き刺さっていく。そして、やはり伯爵に確実にダメージを与えているようであった。 伯爵は、あまりもの痛みで膝をついた。 「ぐおお!おのれ〜ッ!!」 その時である。 倒れていたサンボラがバッと起き上がり、叫んだ。 「皆!そこをどいてろ!ディストーン!!」 するとサンボラの手から紫色の光球が放たれ、伯爵めがけて飛んでいったのである。 フルシアンとフリンは、咄嗟にアラヤ王とケリー公爵を庇いながら床に伏せた。 光球は、伯爵にぶつかり大きく爆発した。 「のわっ!」 ドーン!という衝撃と共に、窓際へ吹っ飛んだ伯爵は、そのまま窓を突き破り、下へと落ちていった。 伯爵はそのままエントランスへ激突した。 階下では度重なる爆発音に、城中の者たちが集わらわらと集結していた。そこにシイルの姿もあった。 そして、ドタドタと大勢の人間たちがアラヤ王の寝室へと向かってきたのである。 「殿下!どうなされたのです!ケリー公爵!!」 「うわぁ!なんだこのネズミの大群は!?」 フリンは、アラヤ王を兵士に預け、サンボラの元へと駆け寄り、抱き起こした。 「サンボラ!大丈夫なのか!?」 しかしサンボラは既に虚な表情を浮かべて、血を吐いていた。 「フリン…いや、もうダメだ。魔法の効果で俺はまだ生きているが、効果が…なくなればすぐに死ぬだろう…」 「そんな!ダメだ!今、白魔法使いをよんでくるから!」 「いいんだ。フリンよ…これでやっと仲間たちに会える…良い死に場所だ…」 サンボラは、そう言うとフリンに一つのペンダントを渡した。 「…これを、パンテラにいるルーシー…ルーシー・ブラウンという女性に渡してくれないか…」 フリンはそれを受け取ると、泣きじゃくった。 「俺は…たくさんの過ちをおかしてきた…これでいいのだ…罪は償えると思わないが…みなを助けて死ねる…幸せだ…」 そう言うと、サンボラは静かに動かなくなった。 「サンボラ!サンボラ…!」 フリンはサンボラに抱きついて大声で泣き叫んだ。フルシアンもフリンの肩を抱きながら大粒の涙を流した。 その時、東の空を一羽の鷹が飛び立った。朝日に向かって、悠々と、そして雄々しく。
忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第7話「不屈」 「しまった!フラ…」 ピクシーのフランクは、ナリンチェ(白ワイン)に目がなかった。トゥームーヤと一緒にいた頃は、二人で明け方まで飲み明かしていたほどであった。 「も、もう我慢出来ない…何年も待ったんだ…この匂い…」 フランクはベッドの下に隠れているアラヤ王の手の届かない位置までフラフラと歩いて行き、ランディー伯爵の足元に転がるワインボトルへと近付いていってしまった。 ランディー伯爵は、床に寝転んでいるケリー公爵の体を持ち上げた。 「まったく世話のかかる男だ。子供の頃から何も変わっとらん。お前はこれから新たな皇帝になる男なんだぞ…少しは威厳を持ってもらわねば困る…」 アラヤ王はランディー伯爵が軽々とケリー公爵の体を持ち上げていることに驚いた。ケリー公爵は、それなりに体格が大きく、180センチ以上はある。 90歳を超えた老人がその体をひょいと持ち上げているのである。 (やっぱりおかしい…あのケリーおじさんを軽々と持ち上げてる…) アラヤ王はランディー伯爵の足元を見つめていたが、フランクのことをすっかり忘れていた。 フランクは自分の体以上に大きなワインボトルを持ち上げ、残りのワインを口に流し込むようにしていた。 「フガフガ…あともうちょい…」 その時、フランクはワインボトルを持ち上げている手が滑り、自分の体の上に倒れてしまったのである。 「ぐえっ!」 そして、ワインボトルがコトンと転がる音が響いてしまった。 「ん?」 ランディー伯爵は、その音に気付いた。 「…なんだ?」 ランディー伯爵は、床に転がるワインボトルに手を伸ばそうとした。 その時である。 アラヤ王の後ろからネズミが1匹現れ、ランディー伯爵の足元を走り抜けて行ったのである。 「なんだ…ネズミか…」 ランディー伯爵は、くるっと振り向きケリー公爵の寝室を出て行った。 アラヤ王は、ふうと息を漏らし、肩の力を抜いた。 「はぁ〜、危なかった…」 彼はそっとベッドの下から出て、ワインボトルにつぶされているフランクを助け出した。 「おいフランク!危なかったじゃないか!」 フランクは起き上がり、もう一度ワインボトルを担ぎ上げ、残りのワインを飲み干した。しばらくぶりにワインの味を堪能して上機嫌である。 「ぷはーっ!こいつはうまい!…なぁに、俺の姿はお前さんにしか見えないんだ。何も心配することなんてないさ」 フランクは、まだ飲み足りない様子で、ケリー公爵のワインラックの中に入っていこうとした。 しかし、アラヤ王は、彼の首根っこを掴んで言った。 「おいおい、僕は君が出してやるって言ったから寝室から出て来たんだぞ!酒を飲むなら後にしろよ」 フランクは不貞腐れた顔でアラヤ王に言った。 「ああ、確かに、俺はそう言った。お前さんは間違っちゃいねえぜ…ちきしょう…。よし、じゃあ城から出たら、たらふくワインをご馳走してくれよな!約束だぜ!」 アラヤ王はやれやれといった表情で頷いた。 「よし、じゃあここから出るぜ!待ってな」 フランクは再び廊下へと出て辺りを確認した。 「よし、ランディー伯爵も行ったようだ。出るぞ」 アラヤ王はそっとケリー公爵の寝室から出た。そして、フランクについて歩き出したのである。 しかしその時であった。 「これはこれは陛下。こんな夜更けにお散歩ですかな?」 背後から突然低くしゃがれた声がした。アラヤ王とフランクはぞっとし、背筋が凍りつくような気がした。恐る恐る振り向くと、そこにはニヤリと不気味な笑みを浮かべたランディー伯爵の姿があった。 「まさか…さっきは誰もいなかったはず…」 フランクは小さな声で言った。 アラヤ王は体が震えて声が出なかった。 彼はゆっくりと振り向き、ランディー伯爵の顔を見た… 一方その頃、地下牢では… ハンネ妃は、しばらく床に伏して絶望の淵にいた。涙が止まらなかった。しかし、その時にふと今は亡きトゥームーヤ皇帝の顔が浮かんだのである。 彼女は、トゥームーヤ皇帝と初めて会った時の頃を思い出した。彼女はサーバス王国との政略結婚によってトゥームーヤ皇帝の側室となったのである。まだ若干13歳であった。トゥームーヤは既に前皇后との間に子を授かっていたが、病の為、妻と子をほぼ同時期に亡くしてしまっていたのであった。 悲しみの淵にいた“賢帝”は公の場では、まったくその悲しみを晒すことなく、淡々と皇帝としての責務を果たしていた。 彼の中には、かつての帝国の栄華が赤々と燃え上がっていた。 一度落ちぶれた帝国を建て直そうと、必死に働いていたのである。まわりは彼がいつ起きていつ寝てるのかさえ分からなかった。“皇帝”という位ではあるが、今となっては、各国の王と権力の差はなく、主に外交的な手腕で各国をまとめ上げていたのである。 ハンネ妃にとってトゥームーヤ皇帝の姿は、思っていた姿とは全く違う姿であった。彼女は生まれながらにして、ナナウィア帝国に嫁ぐことが決められており、物心ついた時からトゥームーヤ皇帝のことを聞かされて育った。彼の好きな食べ物や趣味、また得意な狩りや、武芸などである。 しかしながら、彼女の中で“皇帝”というものがいかに雲の上の存在か知らされる度に、嫌気がさしていた。「どうせ、人を人と思わず、好き勝手に権力を振るっているに違いないわ」とさえ思っていた。 彼女は元来とても勝気の強い性格であった。剣の腕は師範も舌を巻くほどの実力を身に付け、学問においても興味があり、暇が空いては書斎に籠り、本を読み漁ったりしていた。自信たっぷりの彼女は、いつしか皇帝と対等になってやろうとさえ密かに思っていたのである。 しかし、13歳を迎え、ナナウィア帝国の庭園で彼の姿を見た瞬間、彼女の中の何かが大きく崩れた。トゥームーヤ皇帝の格好は、非常に軽装で素朴であり、膝や肘は布がほつれていた。また常に何かを考え、閃いたことを側近の人間に口述し、記録させていた。側近の一人が、遥々サーバス王国からハンネ妃(この時はまだであるが)が到着したと耳打ちした。 トゥームーヤは彼女を見てこう言った。 「これはようこそ、ハンネ。ここは君の自由に使っていい。どうか楽にしていてくれたまえ」 そう言うとまたふいとどこかへ行ってしまったのである。 ハンネ妃は呆気に取られた。偉ぶる素振りなど彼には微塵もなく、彼の顔は常に情熱に満ち溢れていた。彼女は、次第に彼のことが心の底から好きになっていった。 とは言うものの、トゥームーヤとハンネは親子程の年齢が離れていた。彼にとってハンネは妻というよりも、娘に近い感覚であった。彼はサーバス王国のギーザ王程ではないが、妾もたくさんもっていた。当初彼にとっては、ハンネ妃はあまり興味の対象ではなかったのである。 そしてハンネ妃が17歳になり、正式に側室となった。彼女は、トゥームーヤと行動を共にすることが多くなっていった。トゥームーヤの行っている外交や政策、時に出兵など様々な業務を身近で経験することが出来たのである。 ある日、まったく眼中になかった西方の地方国家が力を付け、“三国同盟”なるものを結び、ナナウィア帝国へ独立を認めるようにと使いを送ってきた。「ガニータ」「ヤーマン」「シズー・クァン」の三国である。 トゥームーヤは頭を悩ませた。拒否すればおそらく三国は力を合わせて攻め入ってくるに違いない。だが認めたとしても、将来的に同じ結末を迎えてしまう可能性がある。そして東方には宿敵サーバス王国があるのである。 ハンネ妃は、執務室で頭を悩ませるトゥームーヤ皇帝に対し、意を決して話しかけた。 「皇帝陛下。僭越ながら、このハンネめに一言お許しを。陛下のお力となるべく、申し上げたきことがございます」 その時、皇帝のまわりにいた側近たちがざわめいた。 「これは妃殿下。ここは政(まつりごと)の場。あなた様のようなお方には相応しくありませんな。いかがですかな、庭園などお散歩なされては…」 側近の一人がそう言うと、トゥームーヤ皇帝は側近の言葉を遮り、こう言った。 「ハンネ。君にはこの難局を乗り越える何か良いアイデアがあるのかい?どうか聞かせてもらえるかな?」 皇帝からの言葉にハンネは一礼した。そして彼女は、皇帝にこう進言した。 彼女曰く、過去の世界の歴史における同様なケースは数多くあったが、いずれも強硬的に解決しようとした国は、必ず結果的に滅んでいるというのである。 また現状のナナウィア帝国には、三国同盟を押さえつけるだけの軍事力もない。 しかしながら、資源にはまだ余力がある。ここで彼女は段階的に三国同盟の独立を認めるという案を出したのである。実質的には四国間の同盟という形ではあるが、結果的にナナウィア帝国を中心とした連邦のような関係を築いていくというのである。具体的には、各国間の貿易の自由化、貨幣の統一、軍事同盟などである。 彼女の案は実に現実的であり、何よりも帝国の現状把握が実に的確であった。 周りにいた側近たちは、言葉を失った。つい最近まで少女であったこの若き妃が、どの側近たちよりも的確な進言をしたのである。 しかし、トゥームーヤ皇帝だけは、ニコニコしながら彼女を見つめていた。 「なるほど、素晴らしい考えだ。そしてここにいる誰よりも我が帝国の現実を捉えておる。」 皇帝は拍手しながら彼女に言った。そして、全般的に彼女の案を採用したのである。現実を直視せずに、皇帝の機嫌ばかりを伺っている側近に、皇帝は辟易していたのである。 それから皇帝は、帝国の運営に関する会議に必ずハンネ妃を同席させたのである。 皇帝にとって、ハンネ妃の存在は次第に大きくなっていった。そして彼は、ハンネ妃を一人の女性としても見るようになっていった。 ハンネ妃は、トゥームーヤ皇帝を公私に渡り支え抜いた。そして、アラヤを身籠ったのである。 しかし、トゥームーヤ皇帝は、その時既に60歳を越え、病に冒されていた。 病の床で、彼はハンネ妃にこう伝えた。 「愛するハンネ…おそらく私の代では、この帝国を復活させることは出来ない…どうか、私に代わってアラヤを支え、私たちの帝国を…再び栄光に…」 ハンネ妃は大粒の涙を流しながらトゥームーヤ皇帝の手を取って言った。 「愛しの我が君…このハンネ、あなた様の理想郷を必ずや築いてみせますわ…」 —そして、彼女は今薄暗い地下牢でトゥームーヤ皇帝の言葉を何度も繰り返し呟いた。 「私たちの帝国を再び栄光に…」 「私たちの帝国を再び栄光に…」 彼女は涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。 その時である。 廊下の奥で何やら音がした。 ギギィーという音と共に、倉庫の重い扉が開いた。すると、中からシイルたち自由の天地(ランドオブザフリー)の面々が出てきたのである。 「シイル!来たのね!」 ハンネ妃は心から安堵した。涙が再び出てきたが、それはもう絶望の涙ではなかった。 シイルはハンネ妃を見つけると、すぐさま牢の前まで駆け寄った。 「皇后様!よかった!よくぞご無事で…!」 シイルは、あらかじめ隠し持っていた牢の鍵を使い、牢を開け、ハンネ妃を外に出した。 ハンネ妃は、シイルら全員と抱擁を交わした。 「何ということ!あなた方は本当にやってのけたのね!」 シイルはすぐにハンネ妃を外に連れ出そうとした。しかし、ハンネ妃は言った。 「シイルよ、どうか王を!我が息子アラヤ王をお救いくださいませ!私たちの計画は知られてしまいました…!」 シイルは愕然とした。 「な、何ですって!?」 「王の命が危ないわ!このまま私たちを殺して、ケリーを皇帝にする気だわ!」 するとサンボラが言った。 「よし、ではここで二手に分かれよう。シイルはハンネ妃を外へ連れ出すのだ。我々はアラヤ王の元へ向かう!」 シイルは頷いた。 「そうだな!ではあとは頼む!」 サンボラ、フルシアン、フリンは、アラヤ王の元へ向かうことにした。 「よし、予定ではアラヤ王の寝室は、玉座の間の上階に位置する。」 フルシアンは、ネズミに言った。 「君たち。とりあえずここで一旦お別れだ。また助けが必要な時に知らせる」 ネズミは名残惜しそうな顔をし、壁の隅の穴に入っていった。 フリン、フルシアンは数々の隠密作戦や、諜報作戦をこなしてきたスペシャリストである。物音一つ立てずに城を見渡し、最適なルートで城の上階へと向かった。 なるべく城の人間には見つからずにとうとう彼らはアラヤ王の寝室まで辿り着いたのである。 フルシアンは、懐から何やら“針金”のようなものを取り出し、アラヤ王の寝室の鍵を開けた。 「よし、これで開くぞ…」 三人は、ゆっくりとアラヤ王の寝室に入った。 寝室の中央には丸くて大きなテーブルがあり、たくさんの果物やお菓子が並べられていた。 そして、ベッドには綺麗にシーツが敷かれ、アラヤ王は、スヤスヤと眠りについていたのである。 フリンは、ゆっくりと近付いた。 「殿下…殿下…起きてください…」 フリンはアラヤ王の肩を優しく揺さぶって起こそうとした。 サンボラは寝室全体を見守り、フルシアンは寝室の外を見張った。 「う…ん…だぁれ?僕のことを起こすのは…」 アラヤ王は、眠い目を擦りながら目を覚ました。 「殿下、私のこと覚えるかにゃ?あの時、ダークグリフォンの首を持ってきたウェアキャットです」 フリンは王を刺激しないようにゆっくりと優しく話しかけた。 「え?あ、ああ、うん…覚えてるよ…す、すごかったね…」 「殿下、我々はハンネ妃…お母様の使いです。これから城の外へ連れ出します。我々と一緒に来ていただけますでしょうか?」 アラヤ王は、キョトンとした顔をした。 その時である。フルシアンの足元に、再びネズミが近付いてきたのである。 ネズミは何やらフルシアンに伝えたいことがあるようであった。 「うん?君はさっきの…どうしたんだい?」 サンボラは、何やらフルシアンがぶつぶつと言っていることに気が付いた。 「フルシアン…どうかしたのか?」 フルシアンは、血相を変えた。 「…な、何だと!?そんな…」 突然フルシアンは、寝室に飛び込み、フリンに叫んだのである。 「フリン!離れろ!そいつは王じゃない!」 すると、フリンの背中に負われていたアラヤ王の手には短刀が握られており、それをフリンの胸に突き刺したのである。 「グフッ!」 フリンは血を吐いて倒れ込んだ。 「クソッ!」 フルシアンはすぐさま弓を取り出し、矢を放った。 アラヤ王は、その瞬間、信じられないスピードで飛び上がり、矢を避けたのである。 「…何ッ!?」 サンボラは、杖を取り出し、念じた。 「貴様…正体を明かせ!アクセプト!」 サンボラの杖から紫色の波動が迸り、アラヤ王の体を包んだ。 「ぐああっ!」 アラヤ王は叫び、もがいた。 すると、たちまち王の体は不気味に変形し、召使いの格好をした女性に変わったのである。しかし、彼女の顔つきはうつろで目の色は白く、血の気のない真っ青な顔であった。 「貴様!何者だ!」 「キキキキ…」 その女性は不気味な笑い声を浮かべながら、短刀を持ち替えてサンボラに襲いかかった。 シュバッという音と共に、あっという間にサンボラの胸元までたどり着いた。しかし、寸前でフルシアンの弓矢が刃を防いだのである。 「このスピード!パワー!こいつ普通の人間じゃない!」 フルシアンは弓で防ぎながら、ナイフを取り出し、その女性を斬りつけた。 しかし、さっとそのナイフを交わし、女性は後ろに飛んだのである。 フルシアンは、ナイフを構えながら、フリンに目をやった。フリンは胸元を押さえながら苦しんでいる。 「サンボラ!フリンを!」 サンボラはフリンの元へ駆け寄り、傷口を見た。 「大丈夫だ!心臓には達してない!止血せねば!」 サンボラは、マントを破り、フリンの胸にギュッと縛り付けた。 そして、詠唱を始めた。 「白魔法ほどではないが、古代の回復魔法を…ナオロイン!」 すると、サンボラの手から青白い光が浮かび、フリンの傷を照らし出した。 フルシアンは弓矢を構え、ジリジリと召使いの女性と対峙している。 ヒュッと矢を放つと女性はすぐさまその矢を短刀で払い落とした。 そして、素早く矢を装填し、再び放った。 すると再び女性は払い落とした。至近距離であるのにも関わらず、常人離れしたスピードである。 フルシアンは、咄嗟に考えを巡らせた。すると彼の視線の中に、ランプが入ったのである。 フルシアンはおもむろにランプを掴むと、女性めがけて投げた。ランプが女性のちょうど頭上付近に達すると同時に、フルシアンは再び矢を放ち、ランプを破壊したのである。 すると、ランプのガラスが飛び散り、中からオイルが漏れ、女性の体にかかったのである。 「キキッ!」 女性は何事か分からずに、払い除けようとした。 すると、フルシアンは懐から何やら石を取り出したのである。そして、その石を再び女性に向けて投げつけた。 そして、また再び矢を放った。 「燃えろ!」 矢は石に当たり火花が散った。するとその火が女性の体にかかったオイルに引火したのである。 「ギャアァァァァァァーッ!!」 火は、女性の体を包み込んだ。火だるまになり、女性は必死にもがき苦しんでいる。 そして、フルシアンはもう一度弓を力いっぱい引き、女性の眉間目掛けて放った。 シュバッ!! 矢は女性の眉間に見事名中した。 「ギャウァァァァァァ〜ッ!!」 人間とは思えない断末魔の叫び声をあげ、女性は力尽きて倒れた。 「よし!やったか…」 フルシアンは、ふうと息を吐き、弓を下ろした。 その時である。 「…そこまでだ!」 寝室の窓際から声がした。全員その方向へ向くと、そこにはランディー伯爵が立っており、彼の目の前には、アラヤ王が立っていたのである。 ランディー伯爵は、アラヤ王の首元にナイフを突き付けていた。 「ランディー伯爵!アラヤ王!!貴様!!」 サンボラはフリンを抱えながら叫んだ。 「よくぞこの城に入ってきたな…貴様らは反政府組織の連中か?…うん?よく見るとどこかで見た覚えのある連中だな…」 ランディー伯爵は、鋭い眼差しと低くしゃがれた声で彼らに話しかけた。 「貴様らはクァン・トゥー王国の使者どもではないか…なんだ?我が城に侵入し、王を誘拐しようとするとは…これは我が帝国を敵に回すということになるぞ?」 ランディー伯爵の目が赤く光り出した。 「黙れ化け物め!貴様ランディー伯爵に化けてこの国をどうするつもりだ!」 フルシアンは叫んだ。そして弓を構えた。 「キキキキ…わしは紛れもなくランディー伯爵だ。何を言うか…おそらくハンネ妃の使いだろう。あの女め…わが計画を邪魔しおって…」 アラヤ王は、涙を流しながら耐えている。 「矢を放っても無駄だ。王に当たるぞ。貴様ら…王の命を守りたくば武器を捨てるのだ…」 サンボラ、フリン、フルシアンは悔しさを滲ませながら武器を捨てようとした。 その時である。 ランディー伯爵の背後から何者かが近付き、ランディー伯爵を剣で斬りつけたのである。 「グアアッ!」 その瞬間、アラヤ王を掴んでいた手が緩み、アラヤ王はすぐにフルシアンの元へ駆け寄った。 「よし!」 ランディー伯爵が物凄い形相で振り向くと、そこには剣を持ったケリー公爵が立っていたのである。 「この化け物め!」 「ケリー公爵!!」 サンボラは、驚いた。 「よくも私を…皆を騙しおったな…!許せん!」 ケリー公爵は、剣を持ちわなわなと震えている。 ランディー伯爵は、ケリー公爵を睨み付けた。 そして、不気味な笑みを浮かべた。 「よかろう…どうやら本気でわしを怒らせたいようだな…」
忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第6話「小さなおともだち」 「…!」 「…!」 アラヤ王は、寝室のベッドの中で震えていた。壁越しでは何を言っているか分からないが、廊下を挟んだ向かいのケリー公爵の寝室では、何やらケリー公爵が、召使いの女性を怒鳴りつけているようである。 彼は(ケリーおじさんがまたお酒を飲んで暴れてるんだ。)と思った。ここ最近は毎晩のように酒を飲み、召使いを叱りつけている。 そして、そろそろ女性が泣いて部屋から出てくるぞ、と思った。 「…」 バーン!バタム! タッタッタッ… アラヤ王は、今年で10歳になる。幼い王は、母親のハンネ妃が幽閉されてから毎晩寂しい夜を過ごしていた。 叔父であるケリー公爵は、ランディー伯爵の意のままに操られこの国を統治している。その統治の仕方は、民にとっては極めて厳しい圧政となり、さらに戒厳令のような法律が施行され、国内はしんと静まり返ったように閑散としていた。 それは城の中でも同じであった。召使いや従者、兵士や門番は、反国家思想を持っていると思われないように、互いに目を光らせていた。過去にケリー公爵やランディー伯爵のいないところで愚痴や文句を言った人間は、密告により処罰された。牢獄に入れられ、厳しい拷問を受け、ほとんどは生きたまま帰ってこなかった。 ハンネ妃は、地下の牢獄に幽閉され、かれこれ半月になる。彼女は過去の不貞行為が告発され失脚したとされているが、真相は誰にも分からなかった。ちなみに、今は亡き先代皇帝トゥームーヤは、ハンネ妃以外にもたくさんの妾をもっていたし、ハンネ妃と彼との年齢差も親子ほど離れていたのである。 彼女は、牢屋の格子越しに、城の様々な人間たちと密かに連絡を取り合っていた。ケリー公爵やランディー伯爵らに反感を持ちながら、ハンネ妃を慕う者たちが多くいたのである。反政府組織(ランドオブザフリー)のシイルやシャーデら城の外の人間たちとも内通し、情報を共有していた。 アラヤ王はまだ幼い。彼の為にも、この国を正常な国にしなくてはいけない。とハンネ妃はあらゆる策を練っていたのである。 勿論、シイルたちの“救出作戦”も彼女は知っていた。 「とうとうこの日が来たわね…大丈夫。準備は出来てる。」 ハンネ妃は、シイルたちがこの牢から救出してくれるのを心待ちにしていた。あとは、アラヤ王の寝室から彼を連れ出し、城壁近くの“秘密の出入り口”までの経路も確保してある。すべては作戦通りである。手紙によれば、彼らは城の周りの運河から地下へ侵入し、地下墓地からここへと来るはずである。 「コツン、コツン…」 地下牢の奥から足音が聞こえてきた。どうやら一人のようだ。彼女は予定よりも早いなと思った。 地下牢には、壁にかけられた燭台の灯りがぼんやりと灯っているだけで、とても薄暗く、気味が悪かった。通路の奥には階段があり、やってくる人影を通路の壁に映し出していた。 だがハンネ妃は、その人影を見ると少し嫌な予感がした。何故ならば、今彼女が最も会いたいとは思わない人物の姿かたちによく似ていたからである。 しかし、その予感は残酷にも的中してしまった。まさにその人影とは、ランディー伯爵のものだったのである。 ランディー伯爵は、片手にランプを持ちながら、階段を降り、彼女がいる地下牢まで一人でやってきたのである。 ハンネ妃は咄嗟に寝たふりをした。 「コツン…コツン…」 その足音は、彼女の牢の前で止まった。 「寝たふりをしても無駄ですぞ。儂には分かる。」 その低くてしゃがれた声を聞くと、彼女は鳥肌が立った。 「…何の用ですの?こんな夜更けに。」 彼女は、何事もないかのように振る舞った。 ランディー伯爵の顔を見ると、彼女はさらに血の気が引くほどの恐怖感に襲われた。ランプの灯りが彼の顔を下から照らし、化け物のように彼の顔を浮かび上がらせていたからである。 「妃殿下(ひでんか)こそこんな夜更けに起きていらっしゃるとは、健康にもよくありませんぞ…」 「何をおっしゃるの?あなたがこんな所に私を閉じ込めたんじゃない!」 彼女は、必死で恐怖心を押し殺し、彼に言い返した。 すると、ランディー伯爵は、物凄い形相で格子をガシッと掴み、強い口調で彼女に言った。 「黙るのだ!この薄汚い女め!貴様、一体何を企んでいる?」 「な、何のことかしら?」 「ククク…今朝、お前のことを慕う侍女が“そそう”をしてな。少しばかり拷問をしたらすぐに吐きよったわ。愚か者め!貴様ここから出ようとしているな!」 彼女は目の前が真っ白になった。計画がすべてバレてしまったと思った。彼女は力無く膝から崩れ落ちた。 「ククク…この儂に楯突くとどうなるか思い知らせてやるわ。して奴らはどこから来るのかのう?」 彼女は、涙を浮かべて叫んだ。 「必ず!必ずあなたには天罰が下るわ!」 ランディー伯爵はニヤリと笑いながら言った。 「地下墓地から来るとすれば…誠に残念だが、彼らはここに来ることはないであろう。」 「な、何ですって!?」 「地下墓地には沢山の英霊たちが眠っておる。そこを通るには、彼らが行手を阻むであろうからな。だが、そうそう…彼らとて腕に覚えのある連中ばかり。そんじょそこらの騎士とは実力が違うのでな。瞬く間に返り討ちにされるであろうなぁ…」 ハンネ妃は何を言ってるのか分からなかった。 「え、英霊?英霊が蘇るとでも言うの?あなた…何を言って………ハッ!」 その時、彼女はランディーの目が赤く光っているのが分かった。彼女は思わず口に手を覆って後退りしたのである。 「あ、あなた…何者なの!?ランディー伯爵じゃないわね!」 「何を仰る妃殿下。儂は紛れもなくランディー伯爵ですぞ。先代トゥームーヤ帝から代々支えてきたではありませぬか…」 「やはり、おかしいと思ったわ…あなた90をとうに越えているというのに、まるで老を感じないもの!あなた…悪魔にでも魂を売ったの!?」 ランディー伯爵はニヤリと笑いながら言った。 「いずれにせよ貴様も、アラヤも長くは生きられまい…ケリー公爵が即位すれば、この国は儂のものになる。」 ハンネ妃は愕然とした。まさに万事休すであった。自分の身どころか、息子のアラヤ王までも守ることが出来なかったと彼女は、地面に手をついて涙を流した。 「さてと…幼き王の様子でも見てくるかのう…」 彼女はワナワナと震えた。悪魔によって操られたこの国は、一体どうなってしまうのであろうか。彼女は、ただ涙するしかなかった。 「うぅっ…何てこと…神様…!」 一方その頃、アラヤ王の寝室では… アラヤ王はぐっと目を瞑りながらベッドの布団の中に潜り、早くケリー公爵のイライラが収まるようにと祈っていた。とてつもなく寂しく、悲しく孤独な夜であった。彼は涙を流した。ここのところ毎晩である。日中は謁見など公務の最中は、自らを殺すように、虚無な表情でただただ時が過ぎるのを待っていた。だが、夜になると堪えていた感情が爆発するのである。彼は今夜も絶望の夜を過ごさなければならなかった。 しかし、その時である。 「…」 何やら小さな声がしたのである。それはケリー公爵の寝室からでもなく、それを隔てる廊下からでもなく、紛れもなく自分の寝室の中から聞こえるような声であった。布団の中に潜ったままの彼は「おや?誰かが僕の寝室に入ってきたのかな?」と思った。そして、じっと耳を傾けてみた。 「…ザクロ、りんごにくるみ…か…どれもこれもシケたものしかないな…ああ、これなんか腐ってやがる!けっ! “バクラヴァ”や“ハルヴァ”はないのかぁ〜?湿気った謎のナッツしかねぇなぁ〜仕方ねぇ…これ食ってみるか…」 アラヤ王は、次第にその小さな声がハッキリと聞き取れるようになっていった。 「何だ?絶対にこの寝室の中に居るぞ!?…何者なのだ?入ってくる時のノックやドアの開ける音さえ聞こえなかったのに…!」 アラヤ王は、ゆっくりと布団を開けて覗いてみることにした。 寝室の中央に置かれたテーブル、その上には果物やお菓子などがたくさん並んでいた。それらは召使いたちが“王のお夜食用に”と、気を利かせて置いておいたものである。だが、同じテーブルの上で“何か”が動いているのが分かった。 “それ”はまるで小さな小人のようであった。暗がりでよく分からないが、アラヤ王は次第に目が慣れてきた。 この小人は体長5〜8センチくらいで、赤く小さな三角の帽子を被っており、布の小さなチョッキを着て、しっかりとズボンを履いている。それがテーブルの上の食べ物を漁っていたのである。 「(な、な、何だあれは?)」 アラヤ王は、目を丸くしてその小人を見つめた。いつの間にか彼は夢を見ているのかと思った。 「…うっ!オエッ!オエェェ〜ッ!マズっ!ゲロまずだなこれ!ぺっ!」 小人は先程食べた何かを吐き出している。 「…ったく、王宮もしょぼくれたもんだぜ!トゥームーヤの頃はもっとたくさん、色んなもんがあったのになぁ…」 小人はパタっとその場で仰向けになった。しかし口に何かを入れながらモグモグとしたままである。そして、ガバッと起き上がり、アラヤ王の方を向いたのである。 「んっ!?」 アラヤ王は咄嗟に布団を被った。 「(ば、バレた!)」 アラヤ王は、小人と目が合った気がした。でも夢かもしれない。彼は恐る恐るもう一度 布団をゆっくり開けて見ることにした。 その時— アラヤ王の開けた布団のすぐ目の前にその小人が立っていたのである。 「よっ!」 小人は笑顔でアラヤ王に手をあげて声をかけてきた。 「うっ!うわぁあああ〜っ!!」 アラヤ王は驚いて飛び起きた。 すると、寝室の警備をしていた兵士がドアをノックした。 「殿下!どうされましたか!?」 そして、兵士はドアをガチャっと開けたのである。 その瞬間アラヤ王は、反射的に枕を小人の上に被せて隠した。 「(うっぷ!フガフガ…!)」 兵士はアラヤ王に声をかけた。 「殿下!いかがなされましたか?」 「ああ、うん、何でもないよ。ちょっとうなされただけ!」 兵士はアラヤ王の顔を見てホッとしたようである。 「そうですか。何かあればすぐにお申し付けください…では」 兵士は部屋から出てドアを閉めた。 アラヤ王はゆっくり枕をどけた。 「ぷはぁっ!…おい!王とはいえ、このフランク様を枕で潰すとは!」 やはり夢ではなかった。アラヤ王は、まだ驚いている。この小人は一体何なのか、アラヤ王はかつてハンネ妃に妖精(フェアリー)が出てくる絵本を読んでもらったことがあるのを思い出した。 「…き、君は、フェアリー?」 小人は首を振った。 「はぁ?俺をあんな“おちゃらけた”連中と一緒にすんなよな!俺は“ピクシー”だ!ピクシーのフランクだ。よく覚えておけよ!…言っておくが、お前よりずっと歳上なんだぞ!」 小人はバタバタと動きながらアラヤ王を見上げて喚いている。 アラヤ王は、ふとフランクのほっぺを人差し指と親指で挟んでみた。 「うっぷ!おい!フガフガ!」 そして、手をさっと離した。 「…おい!お前!俺が小さいからってな、やっていいことと悪い事が…」 次にアラヤ王はフランクの首根っこを掴んで持ち上げた。 「おお、降ろせ!!」 そしてパッと降ろした。フランクは尻餅をついた。 「ぐあっ!…おい!くぉら!このガキがぁ!」 「あはっ…」 アラヤ王は、何だか面白くなってつい笑ってしまった。 「ごめん、ごめん、君は何者?何でここにいるの?」 ピクシーのフランクは、先代トゥームーヤ皇帝が少年の頃からこの王宮に棲みついたそうである。最初は誰も自分のことが見えなかったが、ある日トゥームーヤ皇帝が10歳の頃、彼の存在に気付いて親しくなったのだという。それから、彼の“秘密のお友達”として親しくなり、話し相手やチェスの相手、またはちょっとした悪戯などに手を貸していたというのである。 「まぁ、いつしか奴は“皇帝”とかいう偉いもんにになってよ、色んなことに目を向けなきゃいけなくなっちまったんだよな。だから次第に俺が見えなくなっていったんだよ。お前さんが生まれる頃には、もはや俺の存在すら忘れちまってたかもしれねえぜ…悲しいよな!」 そして、フランクはすくっと立ってアラヤ王をまじまじと見つめた。 「よお、お前さんはいくつだ?」 アラヤ王は答えた。 「え、僕?…あっ!明日で10歳になるよ!」 フランクは、にやりと笑った。 「やっぱり!お前さんのオヤジも、ちょうど10歳の頃、俺が見えるようになったんだぜ!不思議な力だな!」 そういうと、フランクは手を口に当てて少し声を抑えて言った。 「よぉ、お前さんよ。ちょいとお願いがあるんだよ」 アラヤ王は耳を傾けた。 「俺はよぉ、酒が大好物なんだ!頼むから向かいのケリー公爵の部屋にいって、酒をもらってきてくれないか?」 アラヤ王は首を横に振った。 「ダメだよ!そんなこと僕が言えるわけない!」 「ちっ!だってお前さんは王だろ?王は公爵よりも上なんだぜ?」 アラヤ王はまだ首を横に振っている。 「ダメだったらダメだ!僕が怒られる!」 その時である。何やら廊下の方から声がした。部屋の警備をしている兵士に誰かが話しかけているようである。 アラヤ王はさっと布団に被り寝たふりをした。 布団の中でフランクはこっそりとアラヤ王に話しかけた。 「誰だ?ちょっと見てくるぜ、待ってろ!」 すると、フランクはふわっと宙に浮いてドアをすり抜け、廊下へと出た。しばらくすると、またふっとドアをすり抜けてアラヤ王の布団の中に潜り込んだ。 「あいつ!あのジジイだ!お前さんよ、俺はピクシーとして忠告するぜ!あいつは“普通”じゃねえ。注意した方がいい。」 アラヤ王は言った。 「あいつ?あいつって誰のこと?」 「ランディー伯爵だよ!あれはランディー伯爵だが、もう“別もん”だぜ!俺の知ってるランディー爺さんは、もっとこうとぼけてて、穏やかでよ、優しかったんだ」 「…うん。僕もそう思うよ。あの人が来てからケリーおじさんはどんどん変わっていったんだ。」 ピクシーのフランクは頭をポリポリとかいて少し考えた。 「なぁ、良いこと思いついたぜ!俺がお前さんをここから出してやる!その代わりに… フランクはアラヤ王の耳元でヒソヒソと話した。そして、アラヤ王は言った。 「ええっ!?」 —スレイヤ城の地下墓地は、とても広くたくさんの棺桶が並んでいた。それはこの城が出来てから数百年間に渡る歴史の産物であった。神聖ナナウィア帝国のずっと前の王朝から存在していたのである。帝国の兵士たちや城の人間は、はなるべくここに立ち入りたくなかった。薄気味悪く、不気味な空気が立ち込めているし、何より夜な夜な変な音や人の声がすると言った噂が絶えなかったからである。 「…おい、今の聞いたか?」 「あ、ああ…お前も聞いたのか…」 「何かが爆発するような音だったな…ボンて」 「お前、見に行ってこいよ」 「俺が?お前が見に行けよ」 地下墓地への長い階段に通じる格子状の門のところで、見回りの兵士が二人話し合っていた。 二人は、恐る恐るその門を開け、下に降りてみることにした。 カツーン、カツーンと足音が階下に響き渡る。 すると、やはり何か物音がするのである。 「カチカチって…今の聞いたよな?」 「お、おう…何かが動いてる音だ…」 階段は長く下に続いている。兵士の一人が手に持っているランプを下の方にやってみた。 「あっ!しまった!」 その時、兵士はランプを誤って落としてしまったのである。 ランプは、ひゅーと落ちていって、地下墓地の地面にぶつかった。すると、ランプのオイルが飛び散り、辺りに火があがった。 「ああ!な、何だありゃ!?」 何とその火が照らし出していたのは、夥しい数の何かが立っている姿であった。 それは、鎧や兜、盾や剣などを持っているようである。だが、少し様子がおかしい。 「うおおっ!ありゃ人間じゃねえ!」 それはまさしく、肉体の朽ちた骨のみで動いている“スケルトン”であった。スケルトンとは、骨のみで動いている魔物であるが、意志は無いとされている。彼らを操る“ネクロマンサー”という闇の魔法使いがいるとされているが、スレイヤ城のスケルトンは、それらとはまた違ったタイプのスケルトンである。彼らは、生前に戦争で命を落とした英雄であった為、「英霊」として祀られていた。しかし、彼らが葬った人の数が圧倒的であり、それらが長い年月をかけて邪念となって彼らをさらに強力なものに変えていたのである。中には当時の記憶のまま動いている者もいる。 そして最悪なことに、その数体が兵士に気付いたようであった。 「やばいぞ!上がってくる!逃げろ!」 ガシャン、ガシャンと鎧がすれて歩いているような音が下から聞こえてきた。どんどん近くなっているようである。 兵士たちは、血相を変えて階段を駆け上がり、慌てて門を閉めた。 「ひゅーっ、一体何だありゃ?バケモンか?」 兵士は門に鍵をかけて、汗を拭き取りながら、もう一人の兵士の方に振り向いた。 「すげぇもんを見ちまったな」 その時、門の奥から伸びた剣の先が、門の前にいた兵士の腹をグサッと貫いたのである。 「ぐはっ!」 もう一人の兵士は腰を抜かし、叫んだ。 「わぁあああ!で、出たぁーっ!!」 兵士は慌てて上階に逃げていった。 スケルトンは、地下墓地中に溢れかえっていた。 彼らは何かに向かって歩いているようであった。 それは、まさしくハンネ妃とアラヤ王を救出する為に地下から城へ侵入してきた、フルシアンらの方向であった。 〈誰ぞ…我が領地を穢す者は…〉 〈我が剣で葬ってくれる…〉 スケルトンは、何やら怨念のようにぶつぶつと呟きながら歩いてくるのである。 「来たぞ!スケルトンだ!」 「うおっ!何という数!」 フルシアンは、獅子の紋章が刻まれた弓矢を手に取り、矢を放った。 スパン! 何と、スケルトンは飛んできたその矢を剣で払ったのである。 「こいつら、ただのスケルトンじゃないぞ…!」 フルシアンは言った。 「“生前”にかなり名の売れた戦士たちだろう!」 シイルも剣を構えた。 「ふん!あたいの腕がなるってもんだ!」 フリンは双剣をくるくると回しながら、とんとんと小さく飛んでいる。 カチカチという音が無数に重なり、ザッザッという足音も聞こえてきた。 サンボラは杖を構え、静かに詠唱を始めた。 「古代魔導の真髄を見せてやろう…」 フルシアンは、咄嗟にサンボラを制止して言った。 「ダメだ!魔法で一気にドカンとやる気か?そんなことしたら城中にバレちまう!」 「だが、この数を相手にするのは厳しいぞ?」 シイルが口を挟んだ。 フルシアンは、前にいるネズミがこちらを見ていることに気が付いた。 「…ん、待て。…そうか、なるほど…いい子だ」 「フルシアン?何してるのさ!奴らが来るよ!」 フリンは双剣を構えながらフルシアンに言った。 「こっちに別の道があるそうだ!彼が言ってる!」 サンボラは言った。 「“彼”とはそのネズミか?大丈夫なのか?」 フルシアンは言った。 「信じるしかないだろう?彼はここに住んでるんだぜ?」 フルシアンたちは、そのネズミについて行くことにした。幸いスケルトンたちは足が遅く、彼らのスピードには追いつけないようであった。 「…スケルトンが居るとしたら、どこかにネクロマンサーが居るはずなんだが…」 シイルがそう言うと、サンボラが答えた。 「…これは推測に過ぎないが、おそらくランディー伯爵の魔力によるものだと思う。あの数のストリゴイを操れる程の魔力の持ち主だ。スケルトンを操ることなど容易いだろう」 「なるほど…だが城の人間たちは大丈夫なのだろうな?周り中魔物だらけの城で…」 フルシアンは言った。 「ランディー伯爵が本当にヴァンパイアだとすれば、彼は昼間は活動出来ない。太陽の光に極端に弱いんだ。伝説では太陽の光に当たると焦げてなくなるそうだが、実際は分からない。だが、もしそうでないのなら、わざわざ普通の人間を操る必要なんかないはずだ。ケリーをヴァンパイアにすれば良い。」 フリンは確かにと思った。 「なるほど〜…みんなヴァンパイアになっちゃったら、昼間に動ける人が居なくなっちゃうし、それは一理あるかもにゃ…」 フルシアンの推測は的を得ていた。ランディー伯爵自身、昼間は真っ暗な部屋で静かにしているか、棺桶の中で眠っているしかないのであった。 フリンがエズィールたちと初めて会った時、既に日が沈み、暗くなり始めた頃であった。 ランディー伯爵は、実に狡猾にひっそりと城の中で動き、徐々に周りの人間を利用していたのである。 「帰りはここは通らない。城壁付近に秘密の出入り口がある。ハンネ妃とアラヤ王を救出したら、そこへ向かう!」 シイルが言った。 そして、彼らはネズミの案内通り、地下墓地から上階の地下牢へ向かった。 「よし、ここらに棺桶は無いな。すんなり行けたぜ!」 スレイヤ城は、最下層に地下墓地、さらにその上に地下牢や倉庫。そして地上へと繋がる構造になっていた。ちなみに、アラヤ王やケリー公爵がいる寝室は、城のかなり上部に位置している。 アラヤ王は、ピクシーのフランクの言う通り、ここから出られるものなら出たいと思った。 「君の言う通り、本当に出してくれるの?怒られたりしないかな…」 フランクは言った。 「あのランディー伯爵は化け物だ。お前いつか殺されちまうぜ!ここで俺と会ったことを幸運に思え!」 フランクはそ〜っとドアをすり抜け、アラヤ王の寝室の前にいる兵士を見た。フランクの姿はアラヤ王以外には見えないようである。 兵士は首をコクリコクリとしながらやっと立っているようである。 フランクは彼の耳元で声色を変えて話した。 「よし、交替の時間だ。」 「ふがっ?もうそんな時間か…?分かった…」 兵士は眠い目を擦りながらフラフラとその場を立ち去った。 そして、フランクは寝室の鍵を開けて、アラヤ王に言った。 「よし、今なら出れるぜ!」 アラヤ王は、部屋を出て辺りをキョロキョロと見渡し、恐る恐る部屋を出た。 すると、向かいのケリー公爵の寝室のドアが少し開いていて、彼の寝室の明かりが漏れていたのである。 ピクシーのフランクは、その部屋から漏れ出ている酒の匂いに反応した。 「うっ!…こ、これは…俺の大好物のナリンチェ(白ワイン)の匂い!」 フランクはフラフラとその部屋の方に飛んでいってしまった。アラヤ王は、慌ててフランクを捕まえようとしたが、部屋の中に入ってしまったのである。 「(フランク!待て!待てってば!)」 アラヤ王は、仕方なくそっとケリー公爵の寝室の部屋を覗いてみた。 するとそこには、酔い潰れて床に寝転ぶケリー公爵の姿があり、飲みかけたワインボトルやグラスが散乱していた。そして、それを立ったまま眺めているランディー伯爵の姿があった。 「やばい!」 しかし、ランディー伯爵はこちらに気付いていないようである。 アラヤ王は、フランクがフラフラと飛んでいるところをガシッと捕まえて、咄嗟に部屋を回り込み、ベッドの下に潜り込んだのである。 「おい!何をする!離せよ!」 フランクはアラヤ王の手の中でもがいている。 「(ダメだよ!じっとしてなきゃ!バレたら殺されちゃうよ!」 アラヤ王とフランクはベッドの下でじっと様子を見ることにした。 するとランディー伯爵が寝ているケリー公爵に話しかけた。 「ふん、夕方の報告がかなり堪えたようだな。小心者め!お前の妹の方がまだ勇敢だぞ…ふん、まあよいわ。お前も妹も、わが手駒に過ぎんのだからな…なぁに、明日の夜には我が軍がサーバスを手中におさめるだろうて…」 「(我が軍だって!?何を言ってるの?)」 アラヤ王は驚いた。だがその瞬間、フランクがアラヤ王の手をすり抜けて、床に転がっているワインのボトルの方へ歩いて行ってしまったのである。 「しまった!」
忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第5話「潜入」 「助けて!」 アイリスは、ストリゴイの手に蹴りを喰らわしたが、びくともしなかった。ストリゴイは、鼻息荒くアリアナを馬車から引き摺り下ろそうとしている。 その時、エズィールが馬車から飛び出した。 土の民たちは何が起きてるのか分からなかった。ただただ目の前の出来事に恐怖で怯え切っているのである。 エズィールがなぜ馬車から降りたのかも分からないが、土の民たちはアリアナの手を掴んで、何とか馬車の中へ引き戻そうとするが、物凄い力でじわじわと外に引き摺り出されそうである。アリアナは声をあげて泣き叫んでいる。 「痛い!痛い!助けて!」 その時、馬車の外から何やら大きな何かが羽ばたいているような音がした。 土の民の男性は何だと思い外を見ると、驚き叫んだ。 「わぁーっ!ド、ドラゴンが出たぞ!!」 馬車の外には巨大で真っ白なドラゴンが現れ、馬車の真上を飛んでいる。エズィールがドラゴンに変身したのである。馬車の中はパニックに陥った。 バクン! その時エズィールは、頭上からアリアナにしがみついているストリゴイの頭をがぶりと噛み、そのまま頭を引きちぎってポイと吐き出した。 アリアナの足を掴んでいたストリゴイの腕は、そのままばたっと力無く解け、体ごと地面に倒れてしまったのである。 そして、シャーデはさらに収容所の中から出てくるストリゴイやヘルハウンドをレイピア(細身の剣)と短刀の二刀流で切り刻んでいく。 「キリがないわ!いきましょう!」 シャーデは、くるっと馬車の方へ振り返り、走って馬車へ飛び乗った。 アントニーは、ある程度馬車を収容所から遠ざけ、馬車の屋根の上に上がった。 「よし!結界の外に出たぞ!これでとどめだ!」 アントニーは精神を集中させ、両手を収容所の方に向けてかざした。 「ファイヤウォール!!」 アントニーが叫んだ次の瞬間、収容所全体が炎に包まれた。ゴォーという轟音と共に、中からギャーギャーと断末魔が聞こえてくる。ストリゴイの声であろうか。 【ファイヤウォール】とは、火の魔法の最上級である。灼熱の炎を巻き起こし、まさに「火の壁」を作り出す。あまりにも大規模な炎を発生させる為、あらかじめ魔法制限の結界を張っておかなくては、辺り一面を焼き尽くしてしまうのである。戦場で使う場合は、戦場ごと焼き尽くしてしまう為、魔法使いは予(あらかじ)め燃やす範囲に結界を張っておくのがルールとなっている。 (『戦争における魔法使い指南書』より) 炎は、アントニーが張った収容所の周りの結界から外へは出てこなかった。 まるで、“釜“のように結界の中が灼熱の炎に包まれている。 「す、凄い…」 その光景を見ていた土の民たちは、あまりのも凄まじさに絶句していた。 アリアナは、アントニーが放った魔法“ファイヤウォール“を見て震えながら呟いた。 「ファイヤウォールですって?この世の中に数人しか使えないとされている火の最上級魔法よ!?一体この者たちは何者なの?」 「レジスタンスじゃよ。我々は神聖ナナウィア帝国の圧政に牙を向く地下組織なのだ」 アリアナは、目を見上げると白髪のエルフが立っていた。 「はじめまして、わしはエルフのドラゴン、エズィールじゃ。」 そして、その隣には先程収容所でストリゴイたちをやっつけていた赤い髪の女性が立っていた。 「私はシャーデよ。もう少し早ければもっとたくさん助けられたかもしれないわ。本当にごめんなさい。」 彼女は手を差し出しアリアナたちと握手をした。 「あ、いや、そんな…こちらこそありがとう…」 アイリスはまだ手が震えている。アリアナもそうであった。シャーデは腰を下ろし、土の民たちの様子を見て話しかけた。 その時、先程馬車の上から魔法を放ったアントニーが降りてきた。 「ま、ざっとこんなもんさ。お前さん魔法に詳しいのか?」 アリアナは半ば放心状態で答えた。 「え、ええ。私は魔法の研究をしていたの…」 アントニーはニヤリと笑いながら話を続けた。 「ごく稀に同じくらいの火を使える魔法剣士がいるがな。奴等には打てても一発や二発が限界だろう。俺はあのくらいならあと20発は打てるな!」 「す、凄い…」 アリアナとアイリスは目を丸くして彼を見つめた。 「さすがね。予想以上だわ」 シャーデはアントニーに言った。 「俺が大魔法使いアントニーだ!よろしくなお嬢ちゃん!カッカッカ!」 アントニーはからからと笑うと、さっと馬車の先頭に座り、手綱を持ち馬車を走らせた。 馬車は収容所を出て小高い丘の道を下っていった。 アリアナは馬車の横から顔を出し、収容所の方を見た。炎は次第に消え、巨大な煙がもくもくと上がっていた。そして、前方に目をやった。 丘の上から朝日がキラキラと山々を照らし、爽やかな風が彼女の頬を撫でた。 その時、ガバッと誰かが彼女に抱き付いた。 「アイリス?」 アイリスは目に涙をいっぱい浮かべながらアリアナに抱き付いた。 「姉さん!姉さん!助かった!私たち助かったのよ!」 アリアナは、馬車の中にいる土の民たちの顔を見た。彼らは痩せ細り、やつれていたが、皆涙を流して抱き合い、喜びを分かち合っていた。エズィールとシャーデは温かな眼差しを彼女たちに送った。そしてゆっくりと頷いた。 その時、アリアナの目からぶわっと涙が溢れ出てきたのである。 「あ、あ、あああ!」 言葉にならない程の感情の波が彼女を襲った。彼女は大声で泣き、妹を抱きしめた。 この中にキスクやハンセンたちはもういない。彼らは収容所に着いた時、真っ先に尋問され、拷問された挙句、化け物たちの餌にされてしまったのであった。彼女の心の中には喜びや悲しみが渦巻いていた。だが、私たちは生き残った!最後まで希望を捨てずにお互いを鼓舞し合い、生き残ったのだ! 次第に彼女の中には、土の民としての誇りが一層燃え上がっていったのである。 しばらく馬車を走らせると、アントニーは丘の下に何かを見つけた。 「うん?あれは何だ?」 エズィールはアントニーの声を聞き、前方に目をやった。 丘の下には広い野原が広がっており、そこには無数のテントが張られていたのである。 「野営地かの?」 その声を聞き、シャーデも前方に目をやった。 テントの模様は神聖ナナウィア帝国の紋章が描かれていた。 「いつの間にこんなところに…一体どこに向かうのかしら?」 それは神聖ナナウィア帝国の野営地であった。ざっと五千人くらいの兵士がそこに集結していたのである。 「なかなかの数だな…戦争でもおっ始める気か?」 シャーデは、シイルたちと共に城内のハンネ妃と内通していたが、戦争を始めるなどという情報は一切聞いていなかった。 「おかしいわね、戻ったらシイルに確認してみましょう…」 アントニーたちが収容所に向けて出発したと同時に、もう一つの別働隊(フリン、フルシアン、シイル、サンボラ)らは、スレイヤ城に向けて出発した。彼らの任務は、幽閉されているハンネ妃の救出、またアラヤ王の救出、そしてバンパイアとなってケリー公爵を操っているランディ伯爵の暗殺である。彼らは夜の闇に紛れて静かに馬を走らせた。 城からある程度離れた場所に馬から降り、彼らは黒いフードを被り城への侵入を開始した。 —彼らは事前にランドオブザフリー(自由の天地)のアジトにて、城への侵入経路を入念に確認していた。 神聖ナナウィア帝国のスレイヤ城は、世界屈指の難攻不落の城として有名であった。かつてクァン・トゥー王国勇者隊が現れるまで、過去数百年間に渡って決して落ちることのない城だったのである。城壁は100メートル以上あり、四方は広い運河に囲まれている。その運河には決められた船しか侵入出来ない仕掛けが設置されており、桟橋がある陸地も高い山々に囲まれているのである。 「で、君らクァン・トゥー王国勇者隊は、一体どうやってこの城を落としたんだ?」 ランドオブザフリーのリーダー、シイルはフリンたちに尋ねた。 「どうって…まずチドがあたしを城壁の上まで放り投げて〜…」 その時アントニーは、手を上げてフリンの言葉を遮った。 「待て待て、まず運河を俺の氷魔法で渡れるようにしたんだろ?」 「ああそうだった…」 フリンは頭をポリポリ掻いて言った。すると、フルシアンが口を挟んだ。 「それを言うなら、事前に俺の“獣心眼(フェイシング・ジ・アニマル)“で城内を偵察してからだろ?」 フルシアンの言う"獣心眼"とは、彼の特別な能力のことである。彼は弓矢の名手でもあるが、もう一つ特殊な能力を持っていた。それは動物や虫たちと意思疎通が出来、自由自在に操れることも出来る能力であった。彼は鳥や虫たちを使役し、事前に城の隅々まで調べ尽くしていたのであった。 彼らの常軌を逸した会話にシイルやシャーデとその仲間たちは絶句した。 「お、驚いた…まるで次元が違う。どおりでクァン・トゥー王国がここまで勢力を伸ばしてきたわけだ。」 シイルは改めて彼らクァン・トゥー王国勇者隊の恐ろしさを知ったのであった。 シャーデも驚きを隠せないようであったが、少し心を落ち着けて彼らに言った。 「ええ、あなた達の実力がとんでもないことが分かったわ。でも今回の作戦に派手さは要らないわ。むしろ隠密に進ませないと、王妃や王の命が危ない。下手に刺激しない方がいいわね。」 アントニーはふふんと鼻を鳴らした。 「その気になりゃ城ごと吹っ飛ばせるがな。確かにあんたの言うとおり、それをやっちまえば今までの苦労が水の泡ってやつだな」 フルシアンは穏やかな言い方でアントニーに言った。 「アントニー。今回は戦争しに来たんじゃない。俺たちは元々国交を深めに来たんだ。彼らを滅ぼしてしまえば、我が国の貿易にだって影響が出るぜ」 「分かってるさフルシアン。俺だってそのつもりだよ。隠密ならお前とフリンが適任だな」 アントニーとフルシアンは実に絶妙なコンビである。お互いの能力や性格を知り尽くしており、アントニーの行き過ぎたところをフルシアンは冷静に対処し、コントロールすることが出来る。しかもアントニーの尊厳を損なわずにである。 そしてアントニー自身も、フルシアンの冷静さを買っていた。自分が気が付かないところを彼なら察知出来るし、彼となら判断を誤ることはないと思っていた。 フルシアンはアントニーの意見を聞いてこくりと頷いた。 「確かにそうだな。そしてハンネ妃と繋がりがあるシイルは確定だ。北の収容所にはエズィールの変身能力が役立つだろう。」 こうして、二つの隊のメンバーが決まっていったのである。 —作戦決行の日。 フルシアンら隠密隊は、スレイヤ城の目の前まで辿り着いた。 「なぁ、本当にこの下に入り口があるのか?」 シイルは、怪訝な顔でフルシアンに聞いた。 「ああ、魚たちが言ってる。何百年もの間に段々と広がっていった大きな穴が空いてるそうだ。それが城の地下墓地に繋がってる。」 フルシアンは、“獣心眼“で魚たちを操り、城を囲んでいる運河から城の中に侵入出来そうな経路を探させていた。すると魚たちは、桟橋の下辺りにちょうど大きな穴がポッカリと空いてるとフルシアンに伝えたそうだ。それは数百年間にも渡る年月により、少しずつ城の下部が侵食され、雨水が通る道が大きくなっていった穴が空いていたのである。それが城の地下墓地へと繋がっているというのだ。しかし、そこを通るにはかなりの時間を水中にいなくてはいけない。 そしてフリンは少し機嫌が悪いようだ。 「はぁ〜水か…」 サンボラは彼女の様子に気付いた。 「どうした?フリン。水の中に入るのが嫌なのか?」 「うう〜、そうだよ。こないだみたいに城壁にあげてくれりゃよかったのにな…」 フルシアンは、フリンに言った。 「それはチドがいたから出来た芸当だよフリン。今日は隠密作戦なんだ。我慢しろ。」 そう言うとフルシアンはおもむろに袋を取り出した。袋は何やら少し動いている。 それを見るとフリンは頭を抱えたのである。 「あたいは水の中よりも、それを口の中に入れんのが嫌なんだ!」 サンボラとシイルは何のことだろうと怪訝に思った。そしてシイルはフルシアンに聞いた。 「なぁ、その地下水路を通っていく為の秘策ってのはそれのことかい?」 フルシアンはニヤリと不適な笑みを浮かべながら頷いた。 「そうだよ。こいつを口の中に入れるのさ。」 フルシアンは袋の中から何かを取り出した。 「んをっ!」 サンボラはそれを見て思わず大きな声を出しそうになり、慌てて自らの口を塞いだ。 シイルも目を丸くしてそれを見つめた。 「な、何だそりゃ!?カエル?」 フルシアンが掴んでいるのは、体長10センチ程のカエルである。それが袋の中に数匹入っているのであった。カエルは薄い水色に綺麗な黄色の縞模様があった。 「ああ“月光蛙“さ。こいつを口の中に入れておけば、水中でも呼吸が出来る。間違っても飲み込むなよ。」 この不思議な蛙は、夜になると植物の光合成のように二酸化炭素を取り込んで、酸素を吐き出すという習性がある。それを利用して口の中に入れておくと、自分が吐いた息を酸素にして吐き出してくれるのである。慣れてくると一日中水の中に入っていることが出来るのである。 (『ナナウィアの生き物図鑑』より) フリンは過去にそれを一度経験したことがあった。彼女自身、水の中に入ることでさえも好ましくない行動であったのにも関わらず、あまり好きではない蛙を口に入れるという行為がどうしても耐えられなかったのである。 「そいつ口の中で暴れるんだもん。一回水の中で口から逃げ出して死にかけたことがあるんだ。」 フリンはとても憂鬱な表情を浮かべた。彼女の顔をニヤニヤしながらフルシアンは、大きな口を開けて蛙を口の中に入れたのである。 「ほあほあ、まよっへうひはああいお!(ほらほら、迷ってる暇はないぞ)」 と、口の中に蛙を入れたままフルシアンは袋の中から蛙を取り出し、一人一人に渡していく。 シイルはごくりと唾を飲み込み、恐る恐る蛙を口の中に入れた。 「ううっ!」 とシイルは口を手で塞いだ。しばらくすると目を見開いて言った。 「おお!ふおい!ふひをああえいいあえいう!(おお!凄い!口を閉じていても息が出来る!)」 シイルは感動しているようだ。 そして、フリンも目を閉じて蛙を口の中に放り込んだ。 「おえっ」 少しえずいたが、彼女は経験していた為か何とか行けそうな感じであった。そして、フリンは蛙を持ちながらずっと固まっているサンボラを見た。 「ん?はんほあ?おおひは?(ん?サンボラ?どうした?)」 実はサンボラは蛙が大嫌いであった。蛙を持ちながらじっと見つめて(いや、見ているようで焦点は合ってないようである)サンボラはピクリとも動かなくなっていた。 「おい!おえ!ああく、ういいいえお!(おい!これ!早く口に入れろ!)」 フリンは蛙を指差し、それをサンボラの口に入れるように指を動かして指示した。 サンボラの額からじわりと汗が滲んでいる。 ふとサンボラは、フリンの口から蛙の足が出ているのを目にした。それを見てサンボラは自分の口を抑えた。 「おええっ!」 シイルとフルシアンは、二人の方を見た。 「どうした?何かしたか?」 サンボラは、目をピクピクとさせながら言った。 「な、なあ、俺はここで皆の帰りを見張ってる…ってのはどうだろう?」 普段冷静で勤勉な男が言うセリフとはあまりにもかけ離れていた言葉であった。フリンは腰に手をやってやれやれという仕草をした。そして、徐にさっとサンボラの背後に回り込み、腕を歯がいじめにしたのである。 「お、おい!フリン!何をする!やめろ!」 「うるさいな、静かに蛙を口の中に入れるんだよ!お前それでも魔導士のリーダーか?」 フリンは蛙をもう一度取り出してサンボラに言った。 サンボラは涙目になって抵抗している。 「い、いや、待て、それとこれとは…」 「違わねーよ!フルシアン!」 フリンはフルシアンに向けて顎をくいっとあげて合図を送った。シイルはサンボラの口をがっと抑え、無理矢理口を開けようとした。しかし、ガッ!とサンボラはシイルの手に噛み付いた。 「痛え!くそッ!噛みやがったこのおっさん!」 シイルは手をぶんぶんと振って静かに叫んだ。 そして、シイルはすぐさまサンボラの鼻を摘んだ。 サンボラはきつく口を結んでいる為、唯一の呼吸口が塞がれてしまった。みるみるうちにサンボラの顔が赤くなっていく。 フルシアンは、蛙を持ちながらほくそ笑んでいる。サンボラという男の意外な一面を見て面白くて仕方なかったのである。 そして、サンボラは耐えられなくなって口を開けてしまった。 「プハッ!」 「今だ!」 シイルが言うと、フルシアンはサンボラの口に蛙を押し込んで口を強く抑えた。 「よし!」 サンボラは体をバタバタとしている。目から涙を流している。フリンはニヤリと笑いながらサンボラを抑えている。 「よーし、いいぞ!ゆっくりだ。ゆっくりそのまま呼吸してみろ」 フルシアンはサンボラの口を抑えながら、彼に言った。 サンボラは体をガタガタと震わせながら次第に落ち着いていった。 「どうだ?息できるか?」 サンボラはこくりと頷いた。彼の目から涙が流れている。しかし、5秒に一度くらいおえっとえずいている。 フルシアンは再び蛙を口の中に入れ、手をあげて「ここに飛び込め」と皆に合図を送った。 ドボーン! 辺りは真っ暗な水の中である。外は月明かりに照らされていたが、水中まではさすがに光が届いていなかった。 フルシアンは、再び袋の中から一つの瓶を取り出した。それをぶんぶんと振ると、ぼんやりと光り始めたのである。瓶の中には光苔(ひかりごけ)が入っていた。光苔は酸素に触れると光りを放つという習性がある。しかし、まだ光は弱く、かろうじてフルシアンの手の先が光る程度であった。 そこでサンボラは杖を取り出し手を動かした。すると、杖の先端がぼんやりと光り始めたのである。古代魔法の一つであろうか。 杖をかざすと、水中でも彼らの顔や壁の様子がよく見えるようになった。 フルシアンは、サンボラに親指を立てて合図した。どうやらサンボラは先程の汚名を挽回したようである。 そして、彼らは壁の横に大きく空いた穴を発見した。 壁の穴は直径3〜5メートル程の穴が空いており、一人ずつであれば余裕で通れるくらいの広さであった。フルシアン、シイル、フリン、サンボラの順に穴に入り、進んで行った。 穴は次第に上の方に向いていき、大きな洞窟のような出口に辿り着いた。 そこには天井まで数メートルの空間が広がっていたのである。 ザバッと彼らは水面から顔を出した。 サンボラは、水面から出ると走り出し、地面に向かって大きく口を開け蛙を吐き出した。 「おえええっ!」 サンボラは手を地面に付き大きく咳き込んだ。 フリンは笑いながらサンボラの肩をポンポンと叩いた。 「あっはっは!あんたの意外な一面だにゃ!よく頑張ったよ!」 サンボラは口を拭いながらゆっくりと立ち上がった。 「め、面目ない…どうも蛙だけは子供の頃から苦手なのだよ」 シイルは辺りをキョロキョロと見渡した。 「本当だ。君の言った通りだなフルシアン。こんなところに通じているとはね。」 フルシアンは、その先の壁が崩れているのを発見した。 「ここだ、この先が地下墓地のようだな。」 しかし、壁には隙間が僅かしか空いておらず、そこからピューピューと風が出入りしていたのみであった。 「何とかこの壁を越えられればな…」 フリンはその壁に体当たりしてみた。しかし、壁はびくともしなかった。 「くそっ!ここで足止めなんて訳にはいかないな!」 シイルはどこか他に入り口がないか探してみることにした。フルシアンもそれに従って壁を触ってみたり、押してみたりした。 その時サンボラは杖を持ち、皆に声をかけた。 「その壁を破壊するしかないようだな。よし、皆下がっていろ」 するとサンボラの杖の先が紫色に輝き、杖から紫色の光球が放たれた。 ボーン! という爆発と共に、壁が吹き飛び、直径1〜2メートル程の穴が空いたのである。 「このくらいの小さなディストーンであればあまり大きな音も出ないだろう」 シイルはサンボラの肩にポンと手を置き、笑顔を向けた。 「さすがだな!さっき俺の指を噛んだことは水に流してやるよ」 そして彼らは穴を通り、地下墓地へと侵入することが出来たのである。 すると、フルシアンは何やら地面に動いてるものを見つけ、さっとそれを捕まえた。 「それは何だ?フルシアン」 シイルは、フルシアンに聞いた。 フルシアンは1匹のネズミを手に持っていた。 「“彼“にここを案内してもらおう」 するとネズミがフルシアンの前に出て歩き出したのである。 「凄い能力だな…」 サンボラは改めて彼の能力に感心したのである。 そしてその時、フリンは何やら気配を感じ足を止めた。 「ちょっと待て…やっぱりだな。すんなり通らせてはくれないようだよ」 シイルは、フリンの顔を見ると前方に目をやった。 すると薄暗い墓地の奥から何やらカチカチと音を立ててこちらに向かってきたのである。 地下墓地の蝋燭の僅かな灯りが、それの姿をゆっくりと照らし出した。それは、人間のように二本の足で立ち、鎧を身につけ、手には剣と盾を持っているようであった。しかし、それは明らかに人間とは違っていることが分かった。何故ならば、彼らの身体には、兵士のような筋肉や頭髪は無く、むしろ剥き出しになった骨のみで動いていたからである。 フルシアンは、背負っていた弓矢を取り出して構えた。 「来たぞ!スケルトンだ!!」
忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第4話「救出」 神聖ナナウィア帝国の首都アイウォミから北へおよそ30キロ。丘の上にどんと構える要塞のような建物があった。 かつては帝国の農産物を保管する巨大な倉庫であったが、帝国の方針の変換により改築された。 壁は漆黒に塗られ、まわりを鉄の頑丈な格子で囲まれている。空には常に無数のカラスが飛び交い、時々深い霧に包まれる。見るからに不気味なその建物には、帝国の厳しい法律により罰せられた者達が次々と運び込まれていく。 「エクソダス収容所」 周辺住民からは、「北の牢獄」という呼び名で呼ばれていた。一度そこに入った人間は、二度と戻ってこれないからである。 また時折、人の声なのか動物の鳴き声なのか分からない断末魔のような叫び声が聞こえてくるというのである。 土の民は、かつて帝国の農業を支える重要な人材として登用されていた。その不思議な力と技術は、土を肥沃にし、農作物の育成を促し、農業大国と呼ばれる帝国を支える柱の一つであった。 だが、トゥームーヤが崩御したあと、皇室が不安定になり、地方国家が国境を越えてくることが多くなっていった。帝国はその対処に追われ、必然的に財政を国防に割かずを得なくなり、農業は次第に衰退していったのである。 そして帝国は農業の重要ポストを担う土の民を疎んでいくようになっていった。 エズィールたちが空から見た広大な農地は、実は帝国の持つ農地の最後の砦であったのである。 土の民は、縮小していく農業政策に抗えず、役職はおろか、住む場所なども追われるという扱いであった。 そこでさらにケリー公爵の法律が牙を向いたのである。土の民たちは、帝国の郊外の土地に掘立て小屋のような建物を建て、互いを助け合うように暮らしていた。ある日そこから密告があり、土の民のすべてが捕えられてしまったのである。 土の民は元々少数であったが、既に20人程までになっていた。彼らは互いの顔や名前も知り尽くしている。そこから密告があがるなど、誰しもが思ってもみなかったのである。 土の民の中で最も年長で、まとめ役である男性がいた。名前を「キスク」といった。 キスクは、捕えられる前日の夜、土の民を召集した。 「わが同胞よ。ついに恐れていた事態が起こってしまった。とうとう、ここにも密告があったのだ」 土の民たちはざわめいた。 キスクの隣には、土の民でかつて帝国の農業の最高責任者まで勤めた「ハンセン」という男がいた。 「昨日の朝、私がかつて勤めていた農務官の部下の人間から知らせがあってな…」 ハンセンが掴んだ情報によると、明日の朝、密告によって土の民が北の牢獄へ収監されることが決まったというのである。しかもその密告者の名は明かされず、それに対する裏付けの調査なども省かれてしまったというのである。 「何ということだ!我々はかつてナナウィアに栄光をもたらした栄誉ある民だぞ!?」 「何という扱いだ!まったく理不尽過ぎる!」 「もう、うちの子たちの食べ物さえ手に入らないというのに!まだ我々を追いやるというの?」 土の民たちは憤慨した。しかし、疲弊しきっている彼らには、もう反旗を翻す力など持ち合わせていなかったのである。 「致し方ないか…国の外へ行くにも、もう我々には何も残されておらん。何せ他国へ渡れば、我々の能力が他国へ流れることになるのだからのう。この地で死ねというわけじゃ…」 土の民は、国外への渡航を許可されていなかった。国境にあるすべての関所では、土の民一人一人の名前や性別、その他すべてが記された名簿が配布され、彼らの亡命を厳しく取り締まっていた。それでも無理矢理に国境を越えたものは、捕らえられ、即刻処刑されてしまっていたのである。 土の民たちは涙を流し、歯を食いしばり、拳を震わせながら輸送用の大きな馬車に乗ったのである。 その中に、二人の姉妹がいた。 彼女たちはキスクの孫であり、名前を「アリアナ」と「アイリス」といった。彼女たちは、土の民の中でも群を抜いて能力が高く、土の神殿の巫女でもあった。 姉のアリアナは、土の民の歴史の研究をしつつ、新たな能力の開発に没頭していたのである。土の民の力と魔法との融合や、農作物に魔法の力を付与する研究なども行っていた。 妹のアイリスは、姉とは違い、武芸に秀でており、弓矢や姉の開発した土の魔法を使い、農作物を荒らす魔物や害獣退治を得意としていたのである。 彼女たちの眼差しは、他の土の民に比べ、まだ光を失ってはいなかった。 「みんな!諦めないで!私たちの能力を知れば、皆分かってくれる!」 「そうよ!いずれ帝国はこのままでは衰退するわ!その時まで耐えるのよ!」 彼女たちは、周りの民を鼓舞し続けた。だが、他の土の民たちは彼女たちの情熱を持ってしても、その目に希望の光を灯すことはなかった。虚ろな目をして天を仰ぐ者や、涙を流したままうつむいている者などがほとんどであった。 勿論、彼女たち自身も怖くて仕方なかった。だが、誰よりも土の民の素晴らしさを知っている彼女たちは、この民がただ滅ぼされるのを黙って見ている訳にはいかなかったのである。 そして、彼らが収容所に収監されて2日目のことであった。 収容所の広い部屋の中には、10名ほどの土の民たちがうずくまっていた。窓は無く、壁は薄汚れ、カビのような異臭が立ち込めている。 「姉さん…もうここに来て二日が経ったわ。カルシェやネジルは、まだ戻って来ない。私… アイリスの言葉を遮るようにアリアナが言った。 「ダメよ!今はまだここで耐えなくては…今騒ぎを起こしたら元も子もないわ!」 「姉さん!分かってるんでしょ?彼らはもう殺されたの!何が尋問よ!一人一人なぶり殺しにして、吸血鬼の餌にしてるんだわ!夜な夜な聴こえるあの叫び声にはもう耐えられないのよ!」 アリアナは涙を浮かべながら、じっとしている。 その時であった。 ガチャンという音と共に、収容所の扉が開いたのである。ギギギという重苦しい音が部屋中に響き、冷酷な顔つきの看守が現れた。看守は、真っ黒なローブに身を包み、腰にサーベルを下げている。 彼女たちをはじめ、土の民たちはぞっとした。ここに来てから、看守が度々この部屋の扉を開け、名前を呼んでいくと、その名を呼ばれたものは、手枷を付けて連行され、尋問を受ける決まりになっているのである。そしてアイリスの言っていた通り、名前を呼ばれたものは、2度とこの部屋には戻って来なかったのである。 当初、彼女たちは、尋問を受けて罪を償えば釈放されるものと思っていた。しかし、看守に聞いても答えが返ってくることはなかった。次第に彼女たちは、看守がもう来ないことを祈るしかなかったのであった。来たとしても、名前を呼ばれることのないようにと。無駄だと思える行為だとしても、彼女たちは既に極限状態だったのである。 看守は、必ず名前が書かれている帳面を持っていた。そこから名前を読み上げられた者を尋問するのである。 だが、今し方来たその看守は、帳面を持っていなかった。 「ふむ…」 その看守は、顎を撫でながら一人一人の顔をマジマジと見つめていった。 看守が部屋に入ってからは、皆俯き、目線を合わせないように壁の側でうずくまっていたが、なかなか名前が呼ばれないことに不思議に思えてきたのである。アイリスはふと見上げ、看守の顔を見た。看守は、少し笑みを浮かべながら何かを考えているようである。 アイリスは震えながら看守に叫んだ。 「ねえ、さっき連れていった二人はどうなったの?あたしたちは何もしていない。今まで帝国の為だけにずっと勤めてきた!なのに何故なの!?」 アイリスの感情が爆発している。堰を切ったように彼女は看守に訴えた。目には涙が滲んでいる。 アイリスを押さえるように、アリアナは彼女を引き寄せた。 「やめてアイリス!彼らを刺激しないで!」 アリアナは体を震わせながらアイリスを必死で守ろうとしている。 看守は、二人の顔をじっと見つめると言った。 「よかろう。その二人、来なさい」 アリアナとアイリスは、目の前が真っ白になった。とうとう私たちが呼ばれてしまった。一体どうされるんだろう?アイリスは、先程の感情の爆発を悔やんだ。何故姉の言う通りにしなかったのか、自らを悔いたのである。 彼女たちは、涙を流して抱き合った。そして、力無く看守の元へと歩いて行った。 部屋を出ると薄暗い廊下が続いていた。蝋燭の火が不気味にゆらゆらと揺れながら通路を照らしている。 アイリスは肩を震わせながら涙を流している。 だがアリアナは、ふと目の前の看守が、他の看守とは様子が違うなと思った。何故なら、いつも持ち歩いている帳面も持っていなければ、この看守の服装は、どこか他の看守とは微妙に違う気がしたのである。だがしかし、すぐに彼女は俯いた。もしそうだとしても、もう私たちは助からないことには変わりないという絶望が、彼女の心を蝕んでいくのであった。 看守は、ある部屋の前に立ち止まり、扉を開けた。 「さあ、中に入るんだ」 部屋に入ると、一つの机に、四つの椅子、そしてもう一人の看守がその椅子の一つに座りながら眠りこけていたのである。 看守は、眠っている看守の肩をポンポンと叩いた。 「んあ、もうそんな時間か?早いな」 「ああ、予定が少し変わってな」 目を覚ました看守は部屋を出て行った。 看守は、彼女たちを見ながら椅子に座るように促した。そして自分も椅子に腰掛けると、ゆっくりと話し出した。 「さて、まずはそなたらは“土の民“で間違いないか?」 アイリスはきょとんとしながら、看守の顔を見た。 アリアナもそうである。涙を拭きながら答えた。 「そうよ」 看守は、表情が少し穏やかになった。 「では今、土の民は君たちを含めると10名ということか…」 アリアナはみるみるうちに悲しい表情になった。 「ああ!何てこと!みんな死んでしまったのね!」 アイリスもアリアナの肩に寄り添い泣き出した。 看守は、彼女たちの顔を見ると、人差し指を立てて言った。 「いいか、よく聞くんだ。これから君たちを別の場所に移動させる。大人しく指示に従うんだ」 「別の場所?」 そういうと、看守は立ち上がり、再び手枷を取り出し彼女たちの手にかけた。 「よいか、何も口にするな。ただ指示に従うんだぞ」 そう言うと、看守は彼女たちを引き連れて部屋を出た。部屋を出ると、再び長い通路があった。看守は彼女たちが来た場所と逆方向に向けて歩き出した。 彼女たちは、何故なのか、どこに行くのか、まったく分からなかったが、看守の言う通り静かにしなければいけないと思い、黙って看守について行ったのである。 そして、渡り廊下のような場所に出ると、収容所の中庭が見渡せるようになっていた。アイリスはふと中庭に目をやると、すぐに目を閉じてうずくまった。 「アイリス!どうしたの?何かあったの?」 「姉さん…見てはダメよ!」 アリアナは反射的に中庭に目をやってしまった。そこに映ったのは、夥(おびただ)しい数の屍の山と、恐ろしいストリゴイやヘルハウンド(魔犬)たちがその屍に食らいついている様子であった。 まさに地獄絵図である。そして、強烈な悪臭が彼女たちの鼻をついた。 彼女たちは鼻と口を押さえ、涙を浮かべながら足早に看守について行った。 そして、看守は収容所の出入り口に辿り着いた。 門番の男に話しかけている。 「特命があった。今より土の民を別の場所に移送せよとの指令が下りたのだ」 門番の男は怪訝な顔つきをした。 「ん?何も聞いてないぞ。それは本当か?」 看守は頷き、懐から不思議な紋章の札を取り出した。 「こ、これはこれは!特務官殿でしたか!どうぞお通りください!」 門番の男はさっと道を開けると、門を開けるレバーを引いた。ガチャンという音と共に、堅牢な扉がギギギと開いたのである。 そこに置いてあったのは、輸送用の大きな馬車であった。馬車には、二人の従者が乗っていた。 「さあ、こちらへ」 従者は一人は人間種の男で、もう一人は赤い髪の人間種の女性であった。 アリアナとアイリスは、馬車に乗り込んだ。すると看守は、彼女たちに言った。 「いいか、ここで大人しく待ってるんだ」 彼女たちは怪訝な顔をした。 すると従者の男が看守に話しかけた。 「残りも連れてくるんだろ?」 看守は答えた。 「ああ、結界はまだか?」 「あと少し。急いでくれ」 看守は頷き、再び収容所の中へ向かった。 しばらくすると看守は、さらに二人の土の民を連れて来たのである。 「これであと6人か…」 すると赤い髪の従者が看守に言った。 「一気に連れて来れないの?」 「ダメだ。二人までの尋問と決まっている。それ以上連れ出すには、もう一人の看守が必要なのだ」 赤い髪の従者は少し苛立っているようである。 そして再び看守は収容所の中へと入っていった。 しかし、今度はなかなか出て来ない。 明らかに従者たちの顔に焦りが見えて来た。 アリアナとアイリスは、従者たちのやり取りを見ていたが、何か様子がおかしいことに気がついた。 その時、男性の従者が言った。 「遅い…もう既に結界は完成している…」 アリアナは呟くように言った。 「結界…?」 そして、赤い髪の女性の従者が言った。 「ダメよ。きっと何かあったのね、私行くわ!」 男性の従者が頷くと、女性はさっと馬車を降り、収容所に向けて走り出した。 髪の毛の赤い女性は、素早く門に近付くと、門番に呼び止められた。 「おい!お前、輸送馬車の従者か?そこで何をしている?」 「お願いです!どうかこちらに来てください!」 門番の男が女に近付いた時、女性はさっと身を翻し、男性の背後へ回り込んだ。その瞬間、短刀を抜き、男性の首を掻っ切ったのである。 「あっ!」 アリアナは声を上げた。そして男性の従者へ向けて言った。 「あなたたちは…一体何者なの!?」 一方、収容所内では、先程の看守が、通路でたくさんの看守たちに囲まれている。看守の後ろには二人の土の民がいた。 「貴様!何者だ!怪しいやつめ!」 「そいつらをどこへ連れて行く!?」 囲まれている看守は、無表情で話し始めた。 「特務官の任務であるぞ?貴様たち、私を止めるということは、王の勅命に反するということと同意になるが」 しかし、周りの看守たちはたじろぐ様子はなかった。 「騙されんぞ!特務官ならば、例の紋章を見せろ!」 “例の紋章“とは、王が緊急に直接命令を下す場合のみに持たされる札で、それはここ、エクソダス収容所のみならず、帝国内ありとあらゆる場所において通用する札であった。それを持つ者は、王からの勅命で動いているという証であり、それに従わない者は、王に歯向かう者とみなされるのである。 看守は懐に手を入れ、紋章の刻まれた札を取り出した。周りの看守はさっとそれを奪い取り、まじまじと見つめた。 「ふはは!これは何だ!?こんなもので俺たちを騙せると思っているのか!?」 すると、看守は表情が変わり、何やら笑い出したのである。 「はっはっは!思ったより利口な奴らだわい!」 その瞬間、看守の口から物凄い勢いの風が吹いた。その風は光り輝いており、囲んでいる看守たちにぶつかった。 息を吐く看守の後ろにいる民は、それが一瞬何なのか分からなかったが、その光輝いている息から物凄い冷気を感じ取ったのである。 「ううっ!さ、寒い!」 その時、周りにいる看守が動かないことに気がついた。動かないというより、凍りついているのである。すると息を吐いた看守は、土の民の方に向いた。 「なにぶんこの姿なものでな。この息ではすぐに溶けてしまう。早く出口へ向かうのだ!」 看守は土の民を引き連れ、出口へと走った。 出入り口前の通路では、何やら騒がしい音がする。 すると、先程の赤い髪の女性従者が、看守たちと格闘していたのである。 「エズィール!心配したわ!」 その女性は、レジスタンス“自由の天地(ランドオブザフリー)“のリーダーの一人、シャーデであった。シャーデは、短刀で看守を数人相手に戦っている。シャーデが言うように、氷の息を吐いたのは看守に変身したエズィールであった。 「シャーデ!とうとうバレてしまったぞ!急ぐのだ!」 「土の民はあと何人いるの?」 「この者たちの他にあと4人だ!」 「とにかく、まず彼らを外へ!」 その時である。 収容所の中から鐘のような大きな音がけたたましく鳴り響いたのである。 アリアナとアイリスは、驚いて収容所の方を見た。 「一体何が起きてるの?」 「分からないわ。看守たちが慌ただしく動いてる」 外から見える僅かな窓からは、何者かが走っているような影が見えた。 「チッ、とうとうバレちまったらしいな!」 男の従者はそういうと立ち上がり、黒い従者のローブを脱ぎ捨てた。そして、手をかざして詠唱しだした。 「あなた…魔法使いなの?」 アリアナはその男に向けて言った。 その男は、アリアナにウインクをし答えた。 「ちっちっち…お嬢さん。俺は“大魔法使い“様だ!」 彼はクァン・トゥー王国が誇る勇者英雄隊の魔法使い、アントニーであった。 すると、収容所の出入り口から、シャーデと看守の姿をしたエズィールが出て来た。後ろには土の民が二人付いている。 「アントニー!まだ中に4人いるわ!」 「チッ!まだそんなにいたのか!早くしてくれ!俺は出て来たやつを倒す!」 すると、収容所の出入り口からワラワラとストリゴイが現れた。 「きゃあぁぁぁ!吸血鬼よ!」 アリアナは恐れおののいた。 すると、アントニーは手刀のような型を作り、ストリゴイに向けて叫んだ。 「スラッシュガンズ!」 すると、アントニーの手からブーメランのような光が無数に現れ、ストリゴイに向けて放たれた。 シュババババという音と共に数匹のストリゴイたちは、一瞬のうちに細切れに切り刻まれたのである。 「す、凄い!」 アイリスは思わず叫んだ。 「行け!今のうちだ!」 アントニーが叫ぶと、シャーデとエズィールは、再び収容所の中に向かった。 エズィールたちは、一目散に土の民が囚われている部屋に向けて走り出した。しかし、行手にはかなりの数の看守たちやストリゴイ、そしてヘルハウンドが待ち受けていたのである。 エズィールは、口から氷の息を吐いた。ストリゴイや看守はみるみるうちに固まり、動けなくなった。しかし、氷の息を逃れたヘルハウンドが襲いかかってきた。そこへシャーデがすぐに身を交わしつつ、短刀をヘルハウンドの首元に突き刺して倒していく。見事な連携である。 そして、彼らは土の民が囚われている部屋へと辿り着いた。 扉を開けると四人の土の民が、体を震わせながら身を寄せていた。 「きゃあーっ!」 「な、何だお前たちは!?」 「一体何が起きてるんだ!?」 シャーデは彼らに出入り口に迎えと叫んだ。 「安心して!私たちは味方よ!あなた方を助けに来たの!」 そして、何とかエズィールたちは、残り4名の土の民を収容所の外へと連れ出すことが出来たのである。 「さあ馬車に乗って!」 「1.2.3…10人!これで全員だな?よし!向かうぞ!」 アントニーがそう言って馬の手綱に手をかけようとした時である。アリアナが突然叫んだ。 「きゃああーっ!」 なんとストリゴイがアリアナを足を掴んでいたのである。
忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第3話「吸血鬼」 その男は、つばのおおきな羽付き帽子を被り、青のローブを身につけ、足の先が尖って上に向いた靴を履いていた。目付きは自信に満ち溢れ、帽子の下は艶のある黒髪である。年齢は20代後半くらいの人間種である。 彼の名は「アントニー・キールズ」 クァン・トゥー王国の勇者英雄隊であり、世界屈指の魔法使いである。 「ああ…フリン!フリン!お前は一体ここで何をしてるんだ?こんな危険なところに、俺のような“大魔法使い“でもいなきゃ、命が幾つあったって…」 そこまで言うとアントニーは、フリンの顎を持ちクイっと上げた。 「足りないぞっ」 フリンは、ふうとため息をつき、アントニーのとんがった靴の上、即ち足の甲あたりを力強く踏ん付けた。 「まったく!相変わらずだなお前は!心配したこっちが損した!」 アントニーは、足を押さえて悶絶している。 「ぐおおおああ!相変わらず冗談の聞かん奴だ!」 サンボラがアントニーに歩み寄り言った。 「久しいなアントニー、無事で良かった。フルシアンはどこだ?」 アントニーは、サンボラを見上げて言った。 「ん?ブラインド・ガーディアンの長が何でフリンと一緒にいるんだ?」 エズィールも歩み寄ってきた。エズィールは、自己紹介しようとしたが、アントニーが制止した。 「待て!ここは危険だ!俺について来い!」 アントニーは、くるっと振り返ると走り出した。 フリンたちはアントニーの後を追った。 神聖ナナウィア帝国の首都アイウォミの都市は、路地が入り組んでおり、かなり複雑な構造であった。灌漑設備や排水設備も整備されており、至る所に水路も通っている。 アントニーは、いくつかの路地を曲がり、水路を飛び越え、地下通路に通じる川沿いの薄暗い小屋の中へ入っていった。 「ここは何の小屋だ?アントニーが寝泊まりしてるのか?」 フリンはアントニーに尋ねたが、アントニーは人差し指を口に当て、床に敷いてあった薄汚れたカーペットを剥がした。 ぶわっと埃が舞い、床が剥きだにしなった。しかし、その床にはよく見ると、鉄で出来た取手のようなものが付いていた。 アントニーは取手を持ち、「よっと」と声を出して床を開けた。床には四角い穴が空いており、そこから梯子がかけられ、地下に通じていたのである。 アントニーは、さっと梯子を伝い下に降りていった。 「足元気を付けろよ」 アントニーはただ一言を発し降りていった。 フリンたちも彼に続いて梯子を降りていった。 梯子を降りると、地下通路があり、そこを通ると少し開けた空間に出た。そこまで来るとアントニーは振り返ってようやく口を開いた。 「大丈夫か?誰かにつけられてないか?」 サンボラは答えた。 「ああ大丈夫だ。後ろを見ていたが、誰も来る気配はない」 「それはよかった。何せこの国は今や“戒厳令“の様な状態なんでね。誰かに見られちゃあっという間にお縄になっちまう」 アントニーは、エズィールを見て話しかけた。 「俺の見間違えかもしれんが、あんたさっきドラゴンになってなかったか?」 エズィールはニコリと笑って答えた。 「さよう、わしはエルフのドラゴン。エズィールだ」 アントニーは、エズィールを見て言った。 「ドラゴンか、凄いな!本当に居るんだな!変身能力があると聞いたが本当だったとは」 アントニーは、エズィールの肩をパンパンと軽く叩くと、さらに奥の通路へと歩き出した。フリンたちも後を続いた。歩きながらアントニーは話し出した。 「で?なぜここにフリンとサンボラ隊長とドラゴンがいるんだ?」 エズィールは事の顛末を語り出した。 「なるほど…通りでサーティマから何の音沙汰も無かったわけだ。とはいえこちらも色々と“ゴタゴタ“があってな」 アントニーは、スレイヤ城にいた従者の言っていた通り、貿易協定が暗礁に乗り上げ、途方に暮れていたところに、ある人物から手紙を受け取ったのだという。 「手紙?あたいらと同じじゃないか」 フリンは、城の外で謎の女性から手紙を受け取ったことを話した。 「ああ、“ぼっちゃま“からの手紙だろ?それは俺も受け取ったさ。外国からの使者に手当たり次第に渡してんのさ。まったく…バレたら自分の身が危ういってのにな」 アラヤ王は、使いを通して手紙をすべての国の使者に渡していた。ケリー公爵の言っていた例の法律が制定されてからは、アントニーがその手紙を回収し、事なきを得ていたというのである。 「なぜ回収を?アントニーは王様の言う通り王妃を助けないのか?」 フリンは首を傾げたが、アントニーは話を続けた。 「ああ、勿論そのつもりだぜ。だが今すぐって訳じゃない。今騒がれちゃせっかくの“計画“がパーてことになるからな」 サンボラが言った。 「“計画“とは?」 その時、通路の先に頑丈な扉が現れた。 コンコンとアントニーが扉をノックすると、扉の小窓が開き、ギョロっとした目が覗いた。すると低い声がした。 「合言葉を…」 アントニーは、静かにゆっくりと話した。 「自由の天地」 すると、扉の奥からガチャリと音が聞こえ、ギギギと軋む音を立てて扉が開いた。 扉の奥から黒装束を見に纏った男が現れた。 「アントニーか。してそちらの方々は?」 アントニーは男に言った。 「彼らはクァン・トゥーからやってきた使者だ。シャーデはいるか?もしくはシイルでもいい」 男は低い声で答えた。 「シイルが奥にいる」 扉を通り、奥へと進むと、洞窟のような大きな空間が目の前に広がった。壁は木枠で補強され、整然と灯りが灯されていた。 十数名の男女が黒い装束に身を包み、何やら地図を広げて話し合ったり、剣や弓矢を整備したりしていた。 するとその中の一人がアントニーたちに気付き、近寄ってきた。 「アントニー!さっきまた魔法を使ったのか?ストリゴイたちが大慌てで逃げてったぞ!…おや?そちらの人たちは?」 アントニーは、軽く咳払いするとフリンに言った。 「フリン、俺は彼からもう一通の手紙を受け取ったんだ。その“おかげで“今ここにいるのさ…」 「へ?」 フリンはその声の主を見た。 その男は爽やかな笑みをたたえ、茶色の髪を後ろで束ねており、黒いレザーアーマーを身に付けていた。腰には剣を差している。年齢は30歳くらいであろうか、長身だが細身でしなやかな体つきである。 アントニーは、その男にフリンたちを紹介した。そして、その男はフリンに手を差し伸べ、握手をした。 「ようこそ!“ランドオブザフリー(自由の天地)“へ!俺の名はシイル。よろしく!」 エズィールとサンボラも彼と握手をした。 「“ランドオブザフリー“?」 シイルは爽やかな笑顔で答えた。 「アハハ!そう!我らこそ神聖ナナウィア帝国を憂い、救おうとしている自由の戦士たちだ!ハハハ!」 アントニーは、吹き出しそうな顔をしてフリンに言った。 「こいつ、ひたすら爽やかだろ?笑っちまうよな!まぁ、いわゆる“レジスタンス(抵抗運動)“ってやつだ」 アントニーの話によると、シイル率いるレジスタンスは、ケリー公爵の圧政が活発化した時に結成されたそうだ。 彼はハンネ王妃と内通し、皇室の内部事情を詳しく把握していた。 当初ケリー公爵は、ハンネ妃とアラヤ王を陰ながら支える立場で皇室に居たそうだが、突如隠居していたはずのランディー伯爵が現れ、ケリー公爵こそ真の皇位継承者だと主張した。ケリー公爵は、次第にその主張に踊らされ、アラヤ王とハンネ妃を失脚させようと画策し始めたそうである。シイルは続けた。 「おかしいのは、ランディー伯爵がなぜ今ここに現れたのかなんだ。彼は既に90歳を過ぎた老人だ。トゥームーヤ皇帝が亡くなったと同時に皇室の教育係を引退したはずなのにな…」 シイルは、そこで一枚の肖像画を取り出し、フリンたちに見せた。その肖像画に描かれているのは、白髪で顔に皺をたくさん刻んだ老人であった。目も虚ろで、白い髭も垂れ下がっている。 「これは誰だ?」 サンボラが尋ね、シイルは答えた。 「これは引退する日の記念に描かれたランディーの肖像画だ。ハンネ妃から譲り受けたんだ」 フリンたちは驚いた。先程城で会ったランディー伯爵は、背筋がすらっと伸び、白髪だが髭は凛々しく、話し方もしっかりしていた気品ある初老の男性といった印象であった。とてもその肖像画に描かれているのが同一人物とは思えなかったのである。 シイルはさらに続けた。 「不審に思った妃が、我々に調査を依頼したんだ。そこで偶然出会ったのが、アントニーたちだった」 アントニーが話し出した。 「俺とフルシアンは、確かにそのランディーとかいうやつが裏でケリーを操っているのではないかと直感していたんだ。俺たちの協定が突然破談にされたんだからな。そして、城の外でシイルに手紙を渡された俺たちは、ここへ案内された。そこでその肖像画を見てさらに疑念が湧いた。フルシアンは、レジスタンスのもう一人『シャーデ』と共にランディーの家を尋ねた…」 すると、フリンたちの後ろから声がした。 「…すると家には何も無かった。いや、それどころか使用人すら一人も居なかった。娘や息子たち、家族さえもな…」 フリンは振り返った。そこには、ハーフエルフの男性が立っていた。その後ろには、赤い髪の女性が立っている。 「フルシアン!」 フリンは、そのハーフエルフに抱きついた。 彼は、勇者英雄隊の弓の名手「フルシアン・スロヴィアク」であった。 フルシアンは、比較的若いハーフエルフであり、アントニーと同じくらいの年齢であった。身長はさほど高くなく、フリンと同じくらいである。長く濃い緑色の髪の毛を後ろで束ね、背中には獅子の頭の飾りが付いた弓矢を背負っていた。 その後ろの女性は、シイルと共にレジスタンスを率いているリーダーの一人「シャーデ」である。 彼女は、人間種の女性で年齢は20代後半くらい、赤い髪だが男性のように短く切られており、シイルと同じ黒のレザーアーマーを着用している。腰にはレイピア(細身の剣)を差している。 フルシアンは、フリンたちに話を続けた。 「久しぶりだな。で、さっきの続きだけど…」 フルシアンは、ランディー伯爵の家の様子を語った。 元々ランディー伯爵の家は、広大な農地を所有しており、小麦や、葡萄、オリーブなど沢山の農作物を栽培していた。使用人も数多く、家族は妻、娘が一人、息子が二人いたという。 フルシアンは、まず荒れ果てた果樹園や畑を目にした。使用人は一人も居らず、それどころか、まるで突然どこかに連れ去られたかのような状況であったという。何故ならば、家のテーブルには食事が並べられ、使用人が干したであろう洗濯物も掛けられたままだったというのである。 「おかしいのは、腐敗した食事があるのにも関わらず、ネズミ一匹居ないってことなんだ。不気味だろ?そこで、ある地下室の出入り口を見つけたんだが、そこで何者かの気配を感じたんだ」 シャーデが話を続けた。 「家での調査はそこで終わり。その後私たちは近くの集落へ行き、聞き取り調査をしてみたの」 シャーデの話によれば、ある日突然ランディーの家から灯りが消え、昼間は誰も外に出なくなったという。しかも、夜中にその家の近くを通った多くの人が「ある者」を目撃しているのだというのだ。 「それは、何だ?」 エズィールは尋ねた。シャーデは、胸元から一つの紙を取り出した。そこには、真っ黒な人影と、赤く光る二つの目が描かれていた。 「これは、目撃者に描いてもらったその者の姿よ」 エズィールは、それを聞いて顎を触って考えた。 そして、口を開いた。 「うーむ、ランディー伯爵の邪気の強さ。そしてその不可解な自宅の様子。どうもこれはおそらく吸血鬼の仕業ではないかのう。しかも上位の吸血鬼だな」 フルシアンは、エズィールを見て言った。 「上位の吸血鬼…」 「たしか、古い伝記には“ヴァンパイア“とかいう名前であったかのう。だとすると合点がいくが…」 シイルは頷いてエズィールに言った。 「やはりな。我々もそうだと思っている。ランディー伯爵はヴァンパイアになって、家族や使用人たち、また家畜やネズミでさえも食い尽くした。 しかもあのストリゴイたちを手懐け、高い知能を持ってケリー公爵を操れる魔物といえば、ヴァンパイアくらいしか思いつかないんだ」 シャーデが続けた。 「だが、何故なの?ランディーがヴァンパイアならば何故今なの?トゥームーヤがいる時に出て来てもおかしくはなかったはず…」 サンボラが話し出した。 「やはり魔王の影響なのか、しかしトゥームーヤ皇帝が亡くなったのは、魔王が復活するだいぶ前だな…」 エズィールが言った。 「おそらくランディー伯爵は、その肖像画が描かれたあとにヴァンパイアになったと思う。何者かによってランディー伯爵は、ヴァンパイアにされてしまったと考えた方が自然だな」 ヴァンパイアは、高い知能を兼ね備えた上位吸血鬼の一種であり、“不死性“があると言われている。即ち人類史が始まってから生きている伝説の存在であり、人間や動物の生き血を吸って生きている。また、自らの血清を人間の体内に注入すれば、ヴァンパイアとして生まれ変わらせることもあるという。 フリンが言った。 「じゃあ一体なぜこの国にヴァンパイアが現れて、ランディー伯爵を操ってるんだ?」 「うーむ…」 エズィールは、顎を撫でながら考えている。 その時、シイルはエズィールに尋ねた。 「さっき言っていた魔王って何だ?詳しく話を聞かせてくれないか?」 エズィールは、魔王の復活と、なぜ今ここにいるのかを彼らに伝えたのである。 シャーデがその時語り出した。 「これはこの国に伝わる伝説…いや、噂の一つなのだけれど、過去にストリゴイを放ってこの国を混乱に陥れた謎の組織があったの…」 シャーデはストリゴイが大量に現れ、神聖ナナウィアの存亡の危機を招いた事件があったことを伝えた。それはかつてサンボラが神聖ナナウィア帝国にいた時代の話であった。シャーデは、その時まだ子供であったそうだが、親やまわりの人たちの噂を耳にしたのだという。 その謎の組織は、古来からの邪神を信仰の対象とし、時折り不気味な儀式などをして住民から忌み嫌われていたが、ストリゴイの集団が現れた時に、その出所がそこであったのが発覚したのだという。 「たしか、その組織の名前は“エニグマ“…」 エズィールは、その名前を聞いて目を開いた。 「エニグマだと!?」 フリンはエズィールを見た。 「何なのさ?そのエニなんとかって…」 エズィールはゆっくりと口を開いた。 「それはかつて魔王が名乗っていた名前の一つだ…」 「な、何だと!?ではその組織は魔王と深く関係しているのでは…」 「ランディー伯爵がヴァンパイアにされたことにも繋がってくるかもしれんの…」 シイルは、改めてフリンたちに話した。 「いずれにせよ、この国はヴァンパイアの手によってこんな有様になってしまった。クァン・トゥーの英雄隊の皆よ。そしてエルフのドラゴン、エズィール殿。どうか我々に力を貸して欲しい!」 シイルはそう言うと、フリンたちの前で跪(ひざまず)いた。シャーデやまわりのレジスタンスの人間たちもその場で跪き、胸に手を当てたのである。 「にゃにゃっ!?」 フリンは困惑している。その時、エズィールがゆっくりと話し出した。 「実は先程の話だが…我々もどうかそなたらに力を貸して欲しいのだ」 シイルは顔を上げた。 「どうか、そなたらと共に土の民を救い出したい。北の収容所に入れられておるそうだ。魔王封印するには彼らの力が必要なのだ」 シイルはゆっくりと立ち上がって言った。 「なるほど、確かにエズィール殿の言う通り、これはもはや我が国だけの問題ではないな。魔王の影響が深く関わっているかもしれん!いいだろう!我々もそなたらに手を貸そう!」 シャーデは立ち上がり、フリンたちに話しかけた。 「では、双方協力体制を取りましょう!二手に分かれるのよ!」 シャーデの提案により、レジスタンスとフリンたちを二手に分けての作戦が練られた。 一つは、ランディー伯爵の暗殺及び、アラヤ王とハンネ妃の救出。この部隊にはフリン、フルシアン、シイル、サンボラを中心に構成された。 そしてもう一つ、北の収容所にて土の民の救出である。そこには、アントニー、シャーデ、エズィールを中心に部隊が構成されたのである。 事態は一刻を争う。幽閉されているハンネ妃も、北の収容所に収監されている土の民たちも、いつ殺されるか分からないからである。 シイルは、この作戦名を、神聖ナナウィア帝国の言葉で“希望の砦“という意味の「ガンマ・レイ」と名付け、入念な作戦が練られたのである。 ーそして、作戦決行の日を迎えたのであった。 魔王の群勢が再び襲来するであろう残りの期間は、およそ残り14日間である。 この日は、サーバス王国にガラたちが到着する前の日であった。
忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第2話「伏魔殿」 『魔王がここにいる』 フリンとサンボラは、耳を疑った。 たった今、エズィールが口走ったその名は、今までの長旅の苦労を水の泡にしかねない程の衝撃であった。 「そ、そんな…」 「エ、エズィール…今、『魔王』って、そう言ったのか?…ま、まさか、この城の中に?」 サンボラの声は、ワナワナと震えている。 ー魔王が復活したその日、サンボラはクァン・トゥー王国クローサー城壁付近にて、エズィール率いるペガサス騎馬隊と衝突していたのである。 エズィールと騎馬隊が退却した後、城内が騒がしくなり、サンボラは城内に戻ろうとした。 しかしその時、城の上階、アングラの寝室付近が大爆発を起こし、城の壁が屋根ごと吹き飛んでしまったのである。吹き飛んだ壁の中から、真っ黒い煙と共に、あの魔王が姿を現した。 魔王が黒紫色の両手をばっと広げる仕草をすると、グラグラと大地が揺れ、地面が割れた。 そしてその底から夥(おびただ)しい数の魔物が這い出てきたのである。 サンボラは、何が起きているのか理解出来なかった。そして、アングラの寝室があった崩れた壁の奥からボンジオビとブライが出てきた。サンボラは彼らに駆け寄り、状況を知った。 「とにかく、ここは危険だ!すぐに退却しよう!」 サンボラがボンジオビに肩を貸し、走り出そうとした時、目の前に大きな影が現れた。獅子と山羊の頭、蛇の尾を持つ“キメイラ”である。 「サンボラ!ここは俺に任せろ!ボンジオビ博士を連れて逃げるんだ!」 ブライはサンボラとボンジオビを庇い、キメイラに立ちはだかった。 サンボラは、一目散に走り、城壁を越えたあたりで、ブライの叫び声が耳に入った。助太刀しようと、振り返ったが、ぞっとした。いつの間にかクローサー城の中は魔物で溢れかえっていたのである。この数ではブライはもう助からないであろう。 今はとにかく逃げなければならないのだと、心を鬼にし、何とか馬を見つけ、その場を離れることに成功したのである。 サンボラは、逃げる途中に様々か考えが浮かんだ。 彼は、かつて神聖ナナウィア帝国の魔法使いであった。しかし、自身の魔法使いとしての能力に限界を感じ、武者修行の旅に出たのである。 その時、クァン・トゥー王国のアングラの使う古代魔導帝国の魔法の噂を耳にした。そして、それを目にした瞬間、従来の魔法とはまったく違うアプローチの手法に彼は魅了され、アングラの弟子として仕えるようになった。 アングラはとても勤勉で真面目であった。常に向上心を持ち、エネルギッシュであった。また彼は、城の中の他の大臣たちのように、決して娯楽などに走ることはなく、日夜魔導帝国の研究に勤しんでいたのである。そんな彼のストイックさに、周りの人間たちは、彼を極端に嫌うか、狂信的に気にいるかのどちらかに分かれた。 サンボラは、アングラを信じて真剣に付き従っていた。古代魔導帝国の技術は、世界に大きな衝撃を与え、クァン・トゥー王国こそが、真の平和な世界を築ける人類の希望であると確信していたのである。 そして、彼のようにアングラに付き従うものたちは、常に世の中からの偏見に晒されていた。 新しい技術や思想は、時として旧来のそれとの間に、摩擦を生み出し、無理解の者たちからの攻撃に合うものである。サンボラたちクァン・トゥーの魔導士は、いつしかこの理想を、必ず現実のものにしてやるという野望が芽生えはじめていた。そこには、多少の軋轢も致し方ない。自分たちの理想を築いた時に、我々が正しかったのだと分かれば良いという考えで生きてきたのである。 そして、実際にその効果は目を見張るように現れていった。アマダーンをはじめとする勇者隊は、力を付け、他国を圧倒し始めた。国内にあっては、アングラの勤勉実直な姿が、貴族たちの信頼を勝ち取り、とうとう宰相の地位まで登り詰めたのである。アングラは、自分たち古代魔導帝国の技術に懐疑的な連中を次々と粛清、または追放した。 時に非道に映るが、これもまた人類の真の平和への尊き犠牲であると、自らに言い聞かせたのである。集団の意識というのは、ともすれば世間との隔たりさえも盲目にしてしまうものである。 サンボラら魔導士たちは、既にアングラの思想に完全に支配されていた。 サンボラは、ボンジオビから深淵の魔王の復活の事実を知った時、アングラが掲げていた理想の世界像が、音を立てて崩れていく感覚に襲われたのである。 一体どこで間違っていたのか。そもそも最初から正しい道を歩んでいたのであろうか。 魔王復活の日から彼は、常にその考えに悩まされていた。実際にクァン・トゥーを離れてしまった魔導士たちも何人かいた。 サンボラ自身、ここを離れ、神聖ナナウィア帝国に帰るという考えもよぎった。しかし、それは彼にとっての今までの人生に対する否定のような気がして、踏みとどまったのである。 次第に彼は、自らの過去の過ちを受け入れ、認めるようになっていった。狂信的な考えであった自分を責め、一からやり直そうと模索をし始めた。 しかしながら、確かに古代魔導帝国の技術は素晴らしい。これは揺るぎない事実であるし、クァン・トゥー王国の誇るべき遺産である。要は、これをいかに現代の社会へと実装するかが大事なのである。アングラには、技術革新の陰に隠れていた己の野望があった。行き過ぎた野望は、自己中心的になり、排他的な思想に繋がる。それこそが、戒めなくてはならない点であったのだ。 ボンジオビとは、毎晩のように語り合った。 ボンジオビは、トレント王の計らいで罪を免れたどころか、新たに古代魔導帝国の技術を未来に活かせとの命令を受け、心を入れ替えたのである。 サンボラとボンジオビは、共に古代魔導帝国の技術を研究を再開し、さらに改良を進めた。 そして、再びの魔物襲来の時、それを最大限に活かせるよう、念入りに準備をしていった。 それはまるで、今までの自らの過ちを償うようでもあった。 あの「パンテラの戦い」は、死力を尽くして戦い抜いた。他の魔導士たちもそれは同じであった。 サンボラは、自らの過ちによって復活してしまった魔王の封印を、人生の新たな目標と定めた。 二度と民が苦しむことのない世界を取り戻す為に、彼は再び歩み出したのである。 ーそして今、彼はエズィール、フリンと共に神聖ナナウィア帝国に辿り着いたのである。 サンボラは、この時ばかりはエズィールの予感が外れるように祈った。今この場で魔王に再び出会ってしまえば、到底勝ち目はない。 城内はしんと静まり返っていた。 案内人と彼らの足音だけが、高い天井の広間に響き渡っていた。 神聖ナナウィア帝国の城は、クァン・トゥーやサーバスに比べて、質実剛健で、比較的質素な印象であった。王家の経済状況も決して豊かではなかったが、文化的にもシンプルなものを好む習慣があった。 王の間までは、案内人についてしばらく歩かなくてはいけなかった。奥に進むにつれ、エズィールの感じていた不穏な邪気は次第に解像度が上がっていったのである。 「これは…一体…何だ?」 「何がどうだって?」 エズィールは、眉をしかめながら神経を研ぎ澄まし、何やらぶつぶつと呟いている。サンボラとフリンは、エズィールの様子が気がかりだった。 エズィールはその時、前を行く案内人に声をかけた。 「失礼、この城には最近何かおかしなことがあったかな?…例えば、魔物が入り込んだり…などといったような…」 案内人は50代くらいの小柄の人間種の男性であった。彼は細い目をギロリとエズィールの方に一瞬向けて、再び前を向いて話し出した。 「魔物?…ふん、何を言う。以前この城に来たのは、おたくらの同郷の使者たちだけですよ。それ以降は、ほとんど外国からの使者なんて来やしません」 「同郷…?アントニーたちか!」 フリンは、ハッとした。 案内人の話によると、英雄隊の二人、アントニーとフルシアンは、当初アラヤ王とハンネ妃に謁見し、貿易協定の継続について交渉を始めたそうである。そして一旦交渉は成功したかに見えた。 しかし、その直後ケリー公爵が現れ、協定の内容に難癖をつけ始めた。 そして、一度締結したかに見えた貿易協定は破談となり、暗礁に乗り上げてしまったのである。 英雄隊の二人は、抗議したが取り合ってもらえず、引き返したそうである。 その後の二人の行方は誰も知らないという。 案内人は、王の間の前へ到着した。 「さて、王の間ですぞ。先日の使者の様な高飛車な態度では困るぞ。どうか身分を弁えてお話しくだされ…」 「高飛車な」とは誰のことであろうか?フリンは、おそらく自信家で英雄隊の魔法使い「アントニー」 のことではないかと思った。 そして、案内人は、「クァン・トゥー王国より使者でございます」と言い、ゆっくりと扉を開けた。 重く大きな扉が開いたそこには、玉座に座る幼いアラヤ王、そして右隣に気品のある雰囲気の初老の男性、左の椅子には眉をしかめ、睨みつけるような目をしたケリー公爵が座っていた。部屋の両脇には近衛兵が立っている。 エズィールは、初老の男性をじっと見た。何かを感じ取ったらしいが、すぐに王を見て深くお辞儀をした。 続けてサンボラ、フリンも目線を落とし、お辞儀をした。 「神聖ナナウィア帝国、アラヤ王よ。ご機嫌麗しゅう。我々は、クァン・トゥー王国から来た使者でございます。緊急かつ重大な要件がございまして、殿下にぜひともお伝えしたく参りました」 ケリー公爵は、鼻でふんと息を吐きながら言った。 「何だ?またしてもクァン・トゥー王国の使者か?貿易協定を見直せと申したのだが、まさか、もう見直しは済んだというのか?」 ケリー公爵は足を組んだまま、エズィールたちに向けて高圧的に言い放った。手はテーブルの上に置いて指をコンコンと鳴らしている。明らかに苛立っている様子である。 アラヤ王は無表情で、エズィールたちを見つめている。初老の男性は、ケリー公爵に顔を向けて不気味な笑みを浮かべた。 「ほっほっ…公爵。彼らは先日来た使者とはまた別件で来られた方々でございますよ。どれ、その方ら、その緊急かつ重大な要件とは何であろうか?」 初老の男性は、低い声で冷静に話しかけてきた。身なりは地味だが、長身で白髪混じりの短髪、髭は先でくるんと巻いていて、気品を醸し出している。 サンボラは、胸元からトレント王から預かった書簡をその男性に手渡した。 「ランディよ、そなた眼鏡はどうしたのだ?書簡の文字は小さく、老眼では見えにくいであろう?」 ケリー公爵は、その初老の男性に対して言った。彼はランディ伯爵という。彼はケリー公爵と亡くなったトゥームーヤ皇帝の教育係でもあった。見た目よりもかなり年齢が上のようである。 「これはこれは…ほっほっほ、そうでした」 ランディ伯爵は、胸元から片目用のグラスを取り出し目に当て、書簡をばっと広げ、仰々しく読みあげた。 【神聖なるナナウィア帝国、アラヤ王及び諸侯各位へ 我がクァン・トゥー王国、トレント5世の名において、謹んでこの書簡を捧ぐ。 去る時、古の魔王が深淵より蘇り、その禍々しき力は我が国の心臓たるクローサー城を、サーティマの地と共に壊滅せしめた。 かかる災厄は、ただ我が国に留まらず、貴国を含む近隣諸国に甚大なる危害を及ぼすや必至なり。 今、我が国は貿易都市パンテラを暫定の王都とし、魔王を封ずるための秘策を急ぎ探求す。 火、風、水、土の四元素を司る民の探索、及び伝説に謳われし勇者の発見こそが、この災厄を終息せしめる唯一の希望なり。 されば、我がクァン・トゥー王国は、国の威信をかけてこの使命に全力を尽くす所存。 されど、この大業は我が国のみにて成し得るものにあらず。神聖なるナナウィア帝国アラヤ王、及び諸侯各位の英知と力ある協力なくして、魔王の脅威を退けることは叶わぬ。 ゆえに、貴国が我が国と志を共にし、共にこの闇に立ち向かうことを、衷心より請い願う。 この書簡を受け取られし後、我が国からの使者に、土の神の宮殿の立ち入り調査、及び土の民の末裔捜索の許可を求める。 貴国の決意と支援の形を我が国に示されたし。神々の加護と共にあらんことを。 トレント5世、クァン・トゥー王国の王 パンテラの暫定王宮にて記す】 ランディ伯爵は、片目のグラスを外し、ケリー公爵とアラヤ王に目をやって話し出した。 「なるほど、これは大変な事態でございますな。古の魔王の復活、我が国の土の民の捜索…困りましたなぁ…」 「困る…というのは?」 サンボラは不安そうに尋ねた。 ケリー公爵が、ランディに代わり話し始めた。 ハンネ妃の過去の不貞行為が発覚、幽閉され、ケリー公爵が、実質的な行政を担うことになった。そして、不安定な国政を狙い、国家転覆を図ろうとする勢力を抑えるために、新たに法律が制定された。フリンたちが助けた商人が言っていた通りである。 「そして、まさか土の民の中にも密告があってな…先日、彼らを収監したところなのだ」 エズィールの表情が強張った。 「しゅ、収監だと…?土の民の協力なくしては、魔王を封印することが出来ない!土の民は今どこにいるのか?」 ランディ伯爵は、表情ひとつ変えずに答えた。 「今残っている土の民の末裔は、20人程。北にある収容所に収監されている。まさか、我が国の反乱を助長するというわけではあるまいな?」 その時、フリンが背負っていた袋を前に出した。 「これを持ってきた!こいつが暴れて商人たちが困ってたんだろ?」 アラヤ王の目線がその袋にとまった。 フリンは袋からダークグリフォンの首を取り出した。アラヤ王は、目線をさっと逸らし、口を覆った。ケリー公爵とランディ伯爵は、驚きを隠せない表情であった。 「ま、まさか…そなたらあのダークグリフォンを仕留めたというのか?信じられん!」 確かにこの魔物のせいで、神聖ナナウィア帝国の貿易は大打撃を受けていたそうである。 エズィールは、このダークグリフォンの討伐の見返りとして、土の民との面会を願い出た。 ケリー公爵はその願いを受け入れ、土の民が収監されている北の収容所の入所許可を与えた。 しかも、多額の報奨金も彼らに与えたのである。 フリンたちは、王の間を後にした。辺りはすっかり暗くなり、街角に松明の火が灯されていた。 城門を越え、フリンは硬くなっていた身体をほぐしながら言った。 「ふぁあ…いつになってもどこへいっても、王の前ってのは、慣れないにゃあ…で、エズィール、あの邪気の正体はなんだったんだ?」 エズィールは、フリンたちに語った。 「あの、ランディ伯爵という男…彼から異様なまでの邪気が放たれていたのだと思う。しかし、我々を見た瞬間、嘘のように消えてしまった…あれは尋常ではないものだ。あの男、普通の人間ではないぞ…」 サンボラは、エズィールに言った。 「普通の人間ではないとすると…魔物の類いであろうか?人間のフリをした」 エズィールは、考えを巡らした。 「この国の一連の動き、わしの憶測に過ぎんが、何者かが裏で企んでおるのやもしれんの。しかし、今は緊急事態だからな、あまり深入りはせん方が良いだろう。ともかく、今日はもう遅い、どこか宿を借りて、明日の朝早く北の収容所へ向かうとしよう」 その時である。フードを被った一人の女性がフリンたちに駆け寄ってきた。 「はぁはぁ、クァン・トゥーの使者の方々!どうか!これをお受け取りください」 女性は、息を切らしながらも懐から一通の手紙を取り出し、フリンに無理矢理押し付けるように渡した。そして、すぐに通りの方へ走って行った。 「お、おーい!何だこれー?」 フリンは手紙を持ち女性に呼びかけたが、女性は、既に通りの陰の向こうへ去って行ったのである。 「フリンよ、あの女性は何者なのだ?」 「あたいが知ってるわけねーだろ」 フリンは手紙を開けて読み始めた。すると、「にゃっ!?」と驚いてサンボラとエズィールに見せた。 手紙にはこう書かれていた。 【クァン・トゥー王国の使者様。お願いです。どうか、我が母君、ハンネ妃を助けてください。母君はハメられたんです。ケリーおじさんは、恐ろしい化け物に操られています。土の民も同じです。きっとみんな皆殺しになる。どうかあの化け物、ランディ伯爵の皮を被った化け物をどうか殺してください。 アラヤ王より】 「この、たどたどしい筆跡…アラヤ王の直筆の手紙だというのか!?」 サンボラとエズィールはこの手紙を読み、絶望した。エズィールの予感は的中した。やはり、あのランディ伯爵は魔物であった。しかも、このままだと土の民もすべて殺されてしまうというのである。 「ふう、どうやら一筋縄では行かなくなってしまったのう…」 サンボラは、顎を触りながら考えた。 「土の民の救出に、ランディ伯爵に化けている魔物を殺せと…一体どうすれば…」 エズィールは、サンボラとフリンに提案した。 「こうなれば、土の民の救出も大事だが、幼きアラヤ王も哀れだのう。いずれにせよあの邪気は只者ではない。放っておけば、魔王と結託するやもしれん。いや、むしろ既に繋がっているのかもな…」 フリンは、その時何かを感じ取った。 「待って!何か近付いている!」 フリンは双剣を抜き、構えた。サンボラも杖を取り出し構えた。 エズィールもあたりを見回し神経を研ぎ澄ませた。 「ククク…」 不気味な笑い声と共に、夜空から何かが飛んできた。フリンは空を見上げた。 「コウモリ!?しかも大量に!」 無数のコウモリがどこからともなく飛んできて、フリンたちの周りを囲むように群がってきたのである。 サンボラは、手のひらをあげて詠唱した。 「みんな目を閉じよ!グランアクセプト!」 サンボラの手のひらから紫色の波動が物凄い勢いで放たれた。その瞬間、コウモリたちがばっと散り、離れて行った。 そして、コウモリが次第に一塊にまとまりだし、何やら一つの人影になっていった。 「このコウモリは、幻影の一つだ!今正体を暴く魔法を唱えた!」 不思議な鳴き声が人影から聞こえてきた。 「キシューッ!」 フリンは、双剣を向け目を凝らした。 その人影は、人にしては大きく、大きな耳とギロリと光る目、手足には鋭い爪が生えていた。 「ストリゴイか!」 ストリゴイとは、伝説に出てくる吸血鬼の化け物である。禁忌の魔法を使い、自らを呪いの化け物と化した「生けるストリゴイ」と、その呪いによって死者が蘇り復活した「死せるストリゴイ」がいる。 (「南方の伝説の魔物図鑑」より) サンボラは、杖を振りかぶり、再び詠唱を始めた。 「ストリゴイはかつて神聖ナナウィア帝国の厄災とも呼ばれた。大繁栄を極めた帝国が、衰退していった原因の一つともされている!私がかつてこの国の魔法使いをしていた時、全滅させたはず!」 エズィールも続けて話した。 「ただのストリゴイではない。こやつ、どうやらあのランディ伯爵の手下だ!似たような邪気を感じるぞ!」 その時、化け物が喋りだした。 「ククク…勘のいいやつ!確かに俺はあのお方に仕える者さ!だが良い、お前らを殺して生き血をすべていただくだけだからな!」 化け物は爪をカチカチと音を立ててフリンたちに近付いて来る。 しかし、その音がどうやら至る所から聞こえて来たのである。 フリンは、耳をくるくると動かしてその音を感じ取った。 「まずいよ!こいつだけじゃない!数匹に囲まれてる!」 フリンの言う通り、通りの陰や屋根の上から同じストリゴイと呼ばれる化け物が現れた。 そして、一斉にフリンたちに襲いかかってきたのである。 「キシューッ!」 まず目の前のストリゴイが、大きな爪をフリンに振りかぶってきた。フリンは、咄嗟に双剣をクロスさせるように、その爪を受け止めた。 そして、すぐさま体制をひらりと交わし、ストリゴイの両足に向けて斬りつけようとした。しかし、寸前でストリゴイも飛び上がり、斬撃を交わしたのである。 「へぇ、なかなか素早いじゃん…」 フリンは、双剣をくるくると回してトントンと軽く飛びながら言った。フリンは、自らの素早さと身の軽さだけは誰にも負けない自信があった。 サンボラは、通りの影から突っ込んできた二匹のストリゴイに紫色の光球を放った。 ボボっという音と共に、光球はストリゴイたちに向けて飛んで行ったが、あっさりと交わされてしまった。紫色の光球は、壁にあたり爆発した。 「チッ!普通のディストーンでは交わされてしまうか!」 サンボラは再び詠唱を始めた。 エズィールは、手から氷の刃を作り出し、屋根の上から飛んでくるストリゴイに向けて放った。 しかし、ストリゴイは空中で交わした。 「なるほど!やはり変身するしかないな!」 エズィールは、ドラゴンへと変身し、ストリゴイに襲いかかった。 エズィールの大きな爪はストリゴイの首に命中した。ギャーという叫び声と共に、ストリゴイは、落ちていった。 エズィールは、サンボラが相手をしている二匹のストリゴイに向けて飛び立ち、氷の息を吐いた。 ストリゴイたちは、凍りついて動きが止まった。 そこへ再びサンボラがディストーンを放ち、彼らを粉々に砕いたのである。 フリンは、先程のストリゴイと壮絶な斬撃を繰り広げている。どうやらこのストリゴイは、リーダー格のようである。 「随分やるじゃないか!あたいのスピードについて来れるなんて!」 キン!という音と共に火花を散らし、ストリゴイは、双剣を弾く。 「キキッ!こっちのセリフだ!貴様確かクァン・トゥーの英雄隊だったな!」 その時、フリンは一瞬の隙をつき、ストリゴイの腕を切り落とした。 ズバッという音と共に、ブシューッと血が吹き出した。ギャーという叫び声をあげ、ストリゴイは、高く飛び上がり、建物の屋根の上に乗った。 「こうなったら!」 リーダー格のストリゴイは、空に向けてカンカンと歯と爪を叩いて大きな音を出した。 すると、さらに多くのストリゴイが現れたのである。 「な、なんてこった!一体何匹いるんだ?」 カチカチと至る所から爪を鳴らしながら、ストリゴイの集団が再びフリンたちに襲いかかってきた。 その時である。ビュオーという大きな音と共に、大きな旋風(つむじかぜ)が起こったのである。それはみるみるうちに大きくなり、フリンたちの目の前に迫って来た。 「な、何だこれは!?」 エズィールは、エルフの姿に戻り、フリンのそばに寄った。 その大きな旋風は、さらに大きくなり、ストリゴイの集団を巻き込んでいった。ストリゴイは、上空にあっという間に飛ばされてしまった。 そして、次第に旋風は小さくなり消えていった。 フリンたちは一体何がどうなっているのか分からなかった。ポカンとしている彼らの後ろから近付いてくる人影があった。 「誰かと思えばお前かフリン。こんなにたくさんの吸血野郎は、俺のような“大魔法使い“でもいなきゃ、対処出来んよなぁ…」 フリンは、聞いたことのある声だと思い、後ろを振り向いた。 「アントニー!お前か!」
忘れがたき炎の物語 第四章「破滅の帝国編」
第1話「予感」 ーあれは、まだあたいが剣の使い方を覚え始めた頃だった。 あたいは、獣人の国「フォークリーフ」で生まれ育った。 村のみんなは仲良くて、ウェアキャットの部族や、ウェアウルフ、ウェアタイガーの部族にもそれぞれ友達がいて、みんな仲良く暮らしてたんだ。中にはエルフも何人かいた。 フォークリーフの山は、昔から沢山の鉱石や宝石が取れるから、ある日クァン・トゥー王国の使いがやってきて、貿易協定ってのを結んだ。 クァン・トゥーからも沢山の商人や物が来て、村は一気に大きくなっていった。人も増えて、学校が出来て、そこであたいは色んなお勉強をして。 でも、チドやスロウたちと剣で戦いごっこしてる時の方が何倍も楽しかった。 そのはずだったんだけど… でも、本当の戦いは思ってた以上に嫌だった。 クァン・トゥー以外の国はとても強引で、武力であたいたちを脅し、人質を取り、物資を要求してきた。 王様が、兵士を連れてやっつけたけど、すぐに沢山の軍隊が来て、あたいの村や隣の村まで全部焼き払って行った。学校も。 あたいの家族も、チドの家族も、スロウもみんな死んじゃった。もう何もかも無くなっちゃったんだ。 そしたら、クァン・トゥーから「勇者英雄隊」っていう人たちがやってきた。 中でも一番強かったのは、「炎のガラ」だった。 他の国の軍隊が何人来ても、あっという間にやっつけて、追い払った。ガラたちは、しばらくフォークリーフに駐在して、何年かあたいたちの面倒を見てくれた。 チドは体が大きくて速くないから、いじめられてたけど、槍の使い方を教えてもらって、すぐに覚えた。いじめっ子も手を出せなくなった。 あたいは剣が好きだった。ガラは、お前なら双剣の方が向いてるって、あたいに小さな剣を二つくれたんだ。それが、あたいの双剣士としての最初だった。 ガラたちがクァン・トゥーに帰った後も、チドと一緒に朝から晩まで、ずっと腕を磨いた。いつかガラと一緒の隊に入って、悪い国々をやっつけていくんだって。 時が経って、あたいはチドと村から出た。 もうフォークリーフには、あたいたちより強い人間は居なくなってた。旅をしながらも、色んな国で腕試しをした。 そして、やっと辿り着いたクァン・トゥー王国。 さっそく、勇者英雄隊の試験を受けて、あたいとチドは入隊出来た。 とうとうガラに会える!って思ったら、ガラは奥さんを亡くしてて、元気がなかった。 あの頃の強さも無くて、一緒にいくつかの戦場に行ったけど、わざと負けるような戦い方をしたりしてた。 よくアマンと衝突してた。 ガラは人知れず悩んでた。もう、隊を抜けるって。遠くに行って、一人で暮らすって。 でもあたいは、何かガラに恩返しがしたくて、あたいとチドが生まれ育った村の家をガラにあげたんだ。フォークリーフの王様へ手紙を書いて。ガラは喜んでくれた。 そして、あの時、クァン・トゥーでガラに会えて、本当に嬉しかった。あたいもチドも、ガラは父親だったし、兄貴だったし… …ううん、あたいにはもっと… 「フリン…?さっきからずっと心ここにあらずだぞ」 エルフのドラゴン、エズィールは、背中に乗せているウェアキャットが、いつもの様子でぴょんぴょん飛び跳ねてくると予想していた。 しかし、この旅が始まってこの方、ずっと彼女は遠くを眺めたまま、静かに考え事をしている様であった。 「エズィールよ。さすがのお転婆も、世界を救う旅となれば、それはそれは真剣になるであろうよ」 クァン・トゥー王国魔道士部隊ブラインド・ガーディアン参謀長であったサンボラは、ペガサスに跨りエズィールを諭すように言った。 「ふほほ、本当にそう思うか?」 エズィールは、まるでフリンの心の中を透かして見ているようであった。それはエルフのドラゴンとしての超越的な長寿で得た感覚なのであろうか。彼はサンボラの推測は、的外れであると思っていた。 しかしフリンは、エズィールの声が聞こえてない振りをしているのである。 「ふん、おおかた彼女は、ガラと同行したかったのであろう。貧乏籤を引いたと思うとるよ」 フリンは、初めてその言葉に反応して尻尾を立てた。 「にゃっ!そ、そそ、そんなことないもん!あたいには、あたいの使命を全うするのみ!」 フリンは、エズィールの背中の毛をグイッと引っ張って抵抗した。 「あいたた!これフリン!強く毛を引っ張るな!地面に落ちてしまうぞ!」 エルフのドラゴンは、鱗ではなく、全身を羽毛で覆われている。セレナやアディームのようなドラゴンとはまた異なる種族であり、彼らは炎を吐くが、エズィールは、氷の息を吐き、対象物を一瞬のうちに氷漬けにしてしまうのだ。 それが故に、暑さには耐性が弱く、エルフの国のような寒冷型の気候に適している。 しかし、今彼らが向かっている「神聖ナナウィア帝国」は、日中の気温は30度を超え、亜熱帯に近い気候であった。暑さに弱いのは、フリンも同様であった。 唯一神聖ナナウィア帝国出身であるサンボラだけがこの気候に適していたのである。 「ねぇ、エズィール、そろそろ休憩しない?あたいもう喉がカラカラだよ!」 エズィールは、サンボラに合図を送り、小川の辺りで降りることにした。 フリンは小川の水をゴクゴクと勢いよく飲んでいる。 「さすがに暑くなってきたな。わしもフリンも、暑さに弱いからな。休憩を取らなければ体力が持たないわい」 サンボラは、地図を確認している。 「ふむ、あと半日も飛べば神聖ナナウィア帝国へ着く。…しかしながら、エズィール殿。例えトレント王の書簡を渡したところで、今の帝国では、すんなり受け入れてくれるとは思えなんだ」 エズィールは、エルフの姿に戻った。 「ふむ、それは確かに言えてるな。今帝国は、先代のトゥームーヤ皇帝が亡くなって、皇位継承争いの真っ只中だ。魔王復活とはいえ、他国で起きていることにいちいち関心を持ってくれるのか疑問だな」 サンボラは、腰を下ろし、水筒に小川の水を汲んだ。 「しかし、放っておけば、いずれ帝国といえど、魔王の軍勢にはひとたまりもないはず。それは何としても伝えねばならない…」 フリンは、岩に腰を下ろしながら、空を見上げて言った。 「いっそのこと、さらっと街を散策して、そぉーっと土の神殿に入るしかないじゃん?」 普段はフリンの適当な返事も、今回ばかりは、まんざらではないなとも思えたエズィールであった。 何にせよ、今は一刻一秒を争う事態である。一国のゴタゴタに巻き込まれて、捜索の時間を失えば、元も子もない。魔王の軍勢はまた、前回と同じくらいの数であるのか、はたまたさらに増えるのか、そして、本当に1ヶ月もの猶予はあるのか、まさにどれを取っても確信が得られず、雲を掴むような状況なのである。 ただ、何もせずに時間だけ過ぎ去ってしまえば、人類の存続自体が危うくなってしまう。 「状況を見極め、必要とあらば強行策に打って出るしかないな…」 エズィールは、再び竜の姿になり、フリンを背に乗せ飛び立った。サンボラもペガサスに跨り、後に続いた。 【神聖ナナウィア帝国】 およそ150年前、大陸のほとんどを支配していた「ナナウィア帝国」 肥沃で広大な領土を持ち、農業大国として栄えていたが、逆にそのあまりにも広大な土地が仇となり、地方国家が力をつけ始めた。そして分裂し、次第に現在の領土に落ち着いたのである。 (スルタン)とも呼ばれる皇帝トゥームーヤは、「賢帝(けんてい)」の異名を持ち、巧みな治世で地方国家を束ねた。彼は過去の栄光を取り戻そうと、国の名を「神聖ナナウィア帝国」と改めた。しかし、彼の死後、再び国は混乱に陥ってしまう。 首都は「クァン・シー」ナナウィア語で「西の都」という意味である。「東の都」という意味の「クァン・トゥー」は、かつてクァン・トゥー王国が、ナナウィアの領土であった時の名残である。 首都にある難攻不落の城「スレイヤ城」は、四方を運河で囲まれており、クァン・トゥー王国勇者隊が現れるまでは、誰一人としてこの城を落とす者はいなかったのである。 「トゥームーヤの息子、アラヤはまだ幼い。その母親のハンネ妃が実権を握ろうとしているが、彼女は、激しい性格がゆえ敵が多い。対するトゥームーヤの腹違いの弟ケリーは、サーバス王妃テイラー妃の実兄でもあり、彼もまた野心家である。お互いに一歩も譲らず、現在に至るというわけだ」 空を飛びながら、サンボラは神聖ナナウィア帝国の現状を伝えた。かつてクァン・トゥー王国宰相のアングラがスパイを通じて各国の様々な情報を掴んでいたのである。 「なるほど…では、ますます書簡を渡す必要性が疑われるな…」 エズィールは、益々この旅の困難さを痛感せざるを得なかった。 しかし、背中の上ではフリンがあくびをしながら伸びている。まったく呑気なものである。 「これ、フリンよ。お主はどう考える?神聖ナナウィア帝国に着いたら、まず何をしたら良いか?」 フリンは、ふわぁとあくびをもう一度しながら、サンボラに言った。 「ねぇ、そういえば他の英雄隊の二人は神聖ナナウィア帝国に交渉に行ったんだっけ?まだ難航してるのか?とはいえ、もうクァン・トゥーもあの様子じゃ、交渉どころではにゃいか…いや、ないか」 サンボラは、フリンの意見を聞くと眉をしかめた。 「…実はなフリン、それが心配なのだ。魔王の復活の後、トレント王は彼らを呼び戻そうと使いを何度か送ったのだが、一行に見つからないのだ。失踪…と言うべきか、何かに巻き込まれている可能性があるな…」 フリンはそれを聞いて驚いた。 「にゃっ!何でもっと早くそれを言わないんだ!エズィール!急げ!」 神聖ナナウィア帝国に交渉に向かっている英雄隊は、フルシアンとアントニーである。 フルシアンはハーフエルフの男性で弓の名手であり、アントニーは、人間種の男性ながらエルフ族を凌ぐ実力の魔法使いである。 彼らは、トゥームーヤ皇帝死後、クァン・トゥー王国と神聖ナナウィア帝国との間にある貿易協定を改めて見直す為の交渉に出向いていた。しかしながら、交渉は難航しており、期限を過ぎた今でもいまだに帰って来ないどころか、その足取りすら分からなくなってしまっていたのであった。 エズィールとサンボラは、さらに速度を上げた。 景色は次第に広大な田園地帯に移り変わった。見渡す限り田園である。神聖ナナウィア帝国が 農業大国であるという実態が目の前に広がっている。 「凄いなこれは…全部農地なのか?」 サンボラは頷いた。 「ああ、まさにこの大陸中の農作物がほとんど作られていると言っても過言ではない」 エズィールは、この土地の肥沃さは、普通の力ではない何かを感じ取っていた。 「うむ、この大地の肥沃さこそ、土の民の力なのであろう。この大地から普通ではない生命力を感じるな…」 サンボラはエズィールの言葉に納得した。 「この国で崇められている“土の神”は農業の神とも呼ばれ、大昔は土の民が中心となって祀られていたそうだ。しかし、それは俺がこの国を出る前の話だ。もう20年ほど前になるがな…噂では土の民は、ナナウィアの衰退に伴って散っていったか、もしくは滅ぼされてしまっている可能性がある…」 エズィールは首を振った。 「いや、サンボラよ。この大地のエネルギー、これぞまさしく土の民の力だ。まだ現存しているとわしは確信している!」 サンボラは前方を指差した。 「おっ、ようやく見えてきた。あの運河を辿って行けば、スレイヤ城、即ち神聖ナナウィアの首都クァン・シーだ」 その時である。フリンが突然後ろを振り向き、大声を張り上げた。 「後ろから何か来る!エズィール!サンボラ!気をつけろ!!」 エズィールとサンボラは、後ろを振り向こうとした瞬間、彼らの間を物凄い勢いで大きな物体がすり抜けていった。 その風圧で、エズィールはよろけ、サンボラの乗っているペガサスが驚き暴れ出した。 「くっ!落ち着け!どうどう…」 サンボラは何とかバランスを保ち、その影の方を向いた。 鷲の頭と大きな翼、獅子の体。グリフォンである。それも普通のグリフォンではなく、一回り大きく、漆黒の羽毛に覆われていた。 「ダークグリフォン!まさか、実在するとは!」 エズィールは、驚きの声をあげた。ダークグリフォンとは、神話に登場する怪物であり、グリフォンの王とも言われる。 「あたいからしたら、あんただって実在してんのかって思ってたよ!奴こっちに向かって来るよ!」 フリンはエズィールの背中をパンパンと叩き、こちらに向かってこようとしているダークグリフォンに向かって構えた。 「キェェェエーッ!」 ダークグリフォンは、金切り声をあげて翼を大きく広げ、エズィールたちを威嚇した。 そして、口を大きく開いたその時、炎が口から勢いよく吹き出し、エズィールを襲った。しかし、その瞬間、エズィールは、氷の息を吐いてそれを相殺した。 ブシューッと物凄い勢いで水蒸気が巻き上がる。 そして、その水蒸気の壁の真ん中を突き破るように、漆黒の影が突っ込んできた。 エズィールは、すかさずひらりと身を交わす。フリンは、真っ逆さまになっても平然とエズィールの背中に掴まっている。 「小癪な奴め!エルフのドラゴンを甘く見るなよ!」 エズィールは、ダークグリフォンに噛みつこうとするが、またしてもダークグリフォンは寸前で交わす。凄まじいスピードの攻防である。 伝説の幻獣同士の激突を見守りながら、サンボラはペガサスの上で杖を構え、詠唱を始めた。 そして、カッと目を見開いた時に叫んだ。 「エズィール!距離を取れ!」 エズィールは、サンボラの方を見て、さっと後退した。 「グランディストーン!」 サンボラの杖から特大の紫色に光る光球が放たれ、ダークグリフォンに向けて飛んでいった。 ダークグリフォンは、寸前でそれに気付き、交わそうとしたが、右半身に当たり大爆発を起こした。 ドォーンという爆音が空一面に響き渡る。 黒い羽が辺りに散り、グオオという叫び声と共に、ぐるぐると回りながら落ちていく。 「わお!サンボラ!今の凄いな!」 フリンはサンボラに向けて手を振った。サンボラは杖を振り、ふうとひと息吐いて言った。 「古代魔法の奥義の一つだ。とっておきってやつさ。…だが、寸前で避けられた。まともに当たってはいない!」 エズィールは、落ちたダークグリフォンの方を見ると、慌てたような声を出した。 「まだ奴は生きている!しまった!向こうから馬車が来る!このままだと襲われてしまう!!」 ダークグリフォンが落ちた地点は、ちょうど街道と重なった地点であり、その向こうから商人の馬車が近付いて来ていた。ダークグリフォンは、首をぶるぶると振り、体制を立て直していた。 ふと、ダークグリフォンがその馬車に気付き、走り出した。 「まずい!」 エズィールは、猛スピードで下降するが、ダークグリフォンが馬車に近付く方が速いようだ。 馬車に乗っている商人が、目の前から襲いかかってくるダークグリフォンに気付き、叫び声をあげた。 「うわぁ〜っ!な、何だあのバケモンは!?」 その時、エズィールの鼻っ面にフリンが足を乗せて、踏ん張った。 「フリン!?」 フリンは双剣を構え、ダークグリフォン目掛けて飛び出した。フリンはエズィールのスピードに乗せてさらに速いスピードでダークグリフォンに突っ込んで行った。 ダークグリフォンが、馬車にあと2、3メートルの地点でフリンの刃がダークグリフォンの首元に突き刺さった。 「ギャエェェェエーッ!」 ズーンという音と共に、ダークグリフォンは、頭から地面に倒れ込んだ。商人は慌てて手綱を引っ張り、馬車はダークグリフォンのほんの数センチのところで止まった。 フリンはダークグリフォンの首元から双剣を抜き取り、地面の上に飛び降りた。 「大丈夫だよ。もうこいつは倒した」 フリンは、双剣に付いた血を振り払い鞘に収めた。 商人は、驚いた様子で、フリンを見つめた。 「あわわ…い、一体何だこいつは!?あ、あんた凄いな…ありがとう!」 商人は上を見上げると、エズィールの姿に驚き、再び悲鳴をあげた。しかし、エズィールは、サッとエルフの姿に戻り、商人をなだめた。 「落ち着け!我々は敵ではない!」 サンボラが乗ったペガサスもゆっくりと降りて来た。エズィールとサンボラは、商人に挨拶をし、話しかけた。神聖ナナウィア帝国の現状を尋ねたのである。 「我々は、クァン・トゥーよりやってきた使者だ。この魔物を退治した見返りとして尋ねたい。神聖ナナウィア帝国の現状はどうなっているのかな?まだ皇位継承で揉めてるのか?」 商人は、エズィール、サンボラ、フリンの顔を一人ずつマジマジと見つめながら、汗を拭き答えた。 「あ、いや、皇室は…揉めてるどころの騒ぎじゃねえですぜ旦那。皇后と皇帝の弟が一触即発、最近は弟のケリー公爵の力が強く、実権を握っちまったんだ…」 商人は、段々と緊張がほぐれた様子で、饒舌になってきたようである。 彼の話によると、皇后の過去の不倫がばれ、裁判沙汰になり、不倫相手は斬首、弟のケリーが弱みを握る形で権力を握ったとのこと。しかも、ケリー公爵は、国の反乱分子を一掃するかのように、新たな法律を制定したそうである。 「そら、大変な世の中になったもんだ…隣人からの密告一つで死刑になっちまうんだからな。街中殺気立ってるよ。誰も外に出て来やしねえし、亡命するやつも後を絶たねえのさ。あんたらも悪く言わねえ、クァン・トゥーから何の用だか分からんが、この国に長くいちゃいけねえですぜ」 エズィールは、眉をしかめた。状況は予想以上に深刻である。サンボラも顎を触りながら考え込んでしまった。しかし、商人はフリンの顔を見て、ハッと思いついたような表情をしたのである。 「そうだ!そらエルフの旦那!その魔物!最近商人の馬車を襲うバケモンがいるって聞いたけど、そいつのことか…旦那!その首を掻っ切って、持っていけばいい!」 フリンは首をかしげた。 商人の話によると、帝国はここ最近、魔物の出現率の増加や、強大化により、貿易が深刻な打撃を受けているとのこと。魔物を討伐した証拠を持っていけば、皇室は話を聞いてくれるというのである。 「なるほど…」 「それは一理あるな」 エズィールは、これほどの強大な魔物が人里に近い場所で現れるといった状況は、魔王の復活の影響があると確信した。しかもそれを討伐してみせれば、帝国も味方になれるのではないかと思ったのである。 フリンは、ダークグリフォンの首を切り、商人からもらった麻袋に入れた。 「サンキュー!おっちゃん!いいアイディアだよ!」 フリンはニコッと笑い手を振った。商人は再び手綱を手に取り、馬車を進めた。 そして、彼らはついに神聖ナナウィア帝国の城「スレイヤ城」の門の前に辿り着いたのである。 サンボラは、トレント王から預かっている書簡を門番に見せた。そして、門番は城内に入り、しばらくすると門が開いた。 スレイヤ城の城門は、黒光りした鋼の門であった。厚さはほぼ1メートル程で、一体どれだけの鋼を使ったのかと思われる程の堅牢な門であった。 城門を越えると、城の本館まで長く広い通路が通っていた。両脇には広場があり、兵士たちが訓練をしていたり、休息を取ったりしていた。 「さすがは、難攻不落の城スレイヤだな…これほどの兵力を溜め込んでいるとは…」 サンボラはこの様子を見て感心した。 「まぁ、大したことなかったけどね〜」 フリンは、かつて英雄隊として、この城を落とした張本人であった。尻尾を振りながら上機嫌で歩くウェアキャットを見て、サンボラは、自国の英雄隊の恐ろしさが初めて分かったのであった。 その時、フリンはエズィールの様子が少しおかしいことに気が付いた。 「ん?エズィールどうした?」 エズィールは、眉に皺を寄せながら額に汗を滲ませている。 「いや、何か嫌な予感がするのだ…フリン、サンボラよ。油断するなよ…」 そして、門番の案内で本館の扉の前まで辿り着いた。門番が門に手をかけて扉を開けた時、エズィールがわなわなと震え出したのである。 「くっ!…この邪気…普通ではないぞ…」 フリンは、エズィールを見て表情が強張った。サンボラもその言葉を聞いて、一気に緊張が走った。 「一体何なんだ?どうしたっていうのさエズィール!」 エズィールは、本館の中をキョロキョロと見渡した。そして、ゆっくりと話し出した。 「この城に充満している邪気は、わしがかつてクァン・トゥーの城の中で感じたものに酷似しているのだ…!」 サンボラは、血の気が引いた。 「ま、まさか…そんな…!」 その後エズィールは、驚くべき言葉を口にした。 「魔王が、ここにいる…!」
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」
第9話「月夜とドラゴン」 砂漠の夜は冷える。 昼間の肌を刺すような攻撃的な陽の光は、夜になるとまったく嘘のように人を凍えさせる。 サーバスの中心都市「アイウォミ」の「パラノ城」では、外の寒さなどまったく意に介さないほど狂乱の宴が催されていた。 美女たちは踊り、男たちは裸になり、酒を飲み、肉を食らう。そして明け方まで歌い明かすのである。 ガラたちは、その宴の中にいた。それなのに彼らは、驚く程に神妙な顔付きで席に座り、考え込んでいた。 それは、その日の夕方に遡るー。 「我が国サーバスへようこそ!」 絢爛豪華なパラノ城の中に入ったガラたちは、まるでお伽話の中に迷い込んだような気持ちであった。この世の財宝のすべてがこの城にあるのではないかと思える程であった。 そして、ヴェダーは、王の広間にずらっと並んだ美女たちに目をやると「おお…」と感嘆の声を漏らした。それを見て従者の一人がヴェダーに言った。 「これはすべて、ギーザ陛下の妾(めかけ)の方々であらせられるぞ。国中の美女を集めておられるのじゃ。フォッフォッ…」 ギーザ王の“奔放な”性格はかなり有名で、世界中にその名が知れ渡っていた。 ヴェダーは、約80人の妾というそれが、噂ではなく真実であると認めざるを得なかった。 どれもこれも美女中の美女たちである。彼女たちの装いは、ほとんど裸であり、胸は何も付けておらず、透き通るような生地の腰布を着けてあるのみであった。 じっと見惚れているヴェダーの脇腹を肘で突き、ドロレスは、王に深々と頭を下げるよう、皆に指示をした。 「これは陛下、お初にお目にかかります。私はエルフの国トトのルカサ評議会元老院のヴェダーと申します。こちらは、元クァン・トゥー王国勇者隊のガラ。そして、こちらはクァン・トゥー一の女戦士ドロレス、そしてこちらが…」 そう言いかけた時、ギーザ王の表情が変わり、目を開いて立ち上がった。 「おお…これは!」 ギーザ王は玉座から立ち上がり、こちらへ歩いて来る。まわりの従者たちは、慌てるようにギーザ王の足元に花弁を散らし、マントの裾を持ち上げた。 ギーザ王は、セレナの前に立ち止まり、目を輝かせ、そして手を広げて言った。 「余はこれ程の美しい娘を見たことがない!…そなたよ、名は何という?」 セレナは、少し驚いた様子で王に言った。 「セ、セレナ…」 ヴェダーは、王に頭を垂れながら言った。 「クァン・トゥーの奥地にある“深淵の森“に棲むドラゴンの巫女でございます」 ギーザ王は、セレナの手を取り、セレナから目を離さずに答えた。 「ドラゴン…お主、ドラゴンなのか?」 セレナはニコッと微笑んで言った。 「そうだよ!」 ドロレスは、焦ってセレナの耳元ですぐさま囁いた。セレナは王の顔を見てもう一度言った。 「そ、そうです。王様」 王は、「信じられん」と言いながら、セレナの顔をまじまじと見つめた。そして、ドロレスの方を見た。 「そなたも美しいな。女戦士か…」 ドロレスは、ドキッとしてぺこりと頭を下げた。ガラはそんなドロレスを見て少しニヤけた。 そして、ヴェダーがギーザ王に向き直り、言った。 「恐れ多いですが、王様。先程私がお持ちしました、トレント王の書簡はご覧になられましたでしょうか?」 王はくるっと玉座の方へ振り返り、歩きながら言った。 「ああ、あれか、目を通したぞ。それが本当なら誠に驚きだ。魔王の復活とな?昨今の魔物の強大化も頷けるのう」 そして、玉座に座り、続けた。 「サンドワームにバジリスク…そして、グリフォンなどと言う…まるでお伽話のような化け物が突然現れおった。我が国へ来る行商人たちも気が気ではない。それが、ここ一ヶ月のうちに起きたという時期を考えても…なるほど魔王の復活とは、本当なのであろうな」 ヴェダーは、真剣な眼差しで王に訴えた。 「ではギーザ陛下、率直に申し上げます。事態は一刻を争うゆえ、まず我々にアディームの神殿への立ち入り許可、そして、古(いにしえ)の勇者の秘密を探る許可を頂けますでしょうか?」 ギーザ王は、足を組み、手をこめかみに当てて言った。 「よろしい、そなたらに許可を与える」 ガラたちは、表情がパッと明るくなった。 しかし、次に発する王の言葉によって、一気に神妙な顔付きになってしまったのである。 「ただし、条件を出す。その方ら、竜の巫女セレナ、そして女戦士ドロレスを余に献上せよ。我が妾としてな」 ドロレスは、驚いて思わず叫んだ。 「めめっ!妾っ!?」 ギーザ王はニヤッと笑い、パンパンと手を鳴らした。 「まずは、宴じゃ!はるばるサーバスへやってきた使者を労おうではないか!」 ヴェダーは、額に汗を滲ませた。ガラも困惑している。セレナはきょとんとしている。ドロレスは、セレナを見て肩を掴んだ。 「セレナ!大変だ!あんたとあたしが!妾になるって言われたぞ!」 セレナはドロレスに問いかけた。 「めかけってなに?」 ドロレスは、頭に手を当てて、セレナに分かりやすく伝えようと考えた。 「つまり、王様の…あれだ!子供を作るのさ!」 「子供?」 ドロレスは頭を捻り、さらに言い方を考えた。 「うーん…だから、もう一生ここにいるってことだよ!王様と!」 セレナは急に顔が強張り、ドロレスに言った。 「ぜったい嫌だ!」 ドロレスは、すぐにセレナの口を手で塞いだ。 そして、耳元で静かに言った。 (分かってる!あたしもごめんだ!何とかしてこれを断る理由を考えなきゃ…!) 王はにこやかに従者たちに指示を出し、部屋を後にした。ヴェダーには、「返事は宴の時に聞かせてくれ」と、残して…。 そして、盛大な宴が始まった。 ガラたちは豪華な客席に案内された。 縦に長いテーブルには、正面奥が王の席、両側奥から王の親族席、客席、貴族席と順になっており、テーブルいっぱいに食べ物や飲み物、果物などが並べられた。 ガラたちはそれぞれ離れて座っており、間の空いた席には客人をもてなす為の使いが座った。ガラとヴェダーには、とびっきりの美女たちが取り囲み、ドロレス、セレナのまわりには、筋骨隆々の美男子たちが囲んだ。 「う、ご、ごほん!」 ガラは顔を赤らめ、大人しく酒を飲んでいる。 しかし、ヴェダーはそれとは真逆に美女に囲まれ鼻の下が伸びきっていた。 「なんと美しい…楽園とはまさにこのことだな…」 そんなヴェダーの様子を見ながら、目くじらを立てていたのはドロレスである。美男子たちに目もくれず、夢中で肉に齧り付いている。 「あの野郎…ここは一旦、王の要件を飲めだと?お前が調査してる間に、あいつに何されるか分かったもんじゃねえっての!…おい!ちょっと!あたしに触んな!鬱陶しい!」 そして、セレナは何事もなかったかのように楽しそうに食事をしている。 「わぁ、凄い筋肉だね!あなたはガラより強いのか?」 そして、宴が一通り盛り上がったところで、王が立ち上がった。 その時、セレナとドロレスは従者に案内され、王の両脇に立たせられた。 「では、諸君!今宵は大変に良き日である。 遠路はるばるクァン・トゥー王国から、このサーバスへやってきた尊き使者たちを讃えようではないか!そして、彼らは尊き使命を果たすべくここへやってきたのだ!それは、あの伝説の魔王の復活に際し、我がサーバスの古(いにしえ)の勇者の復活を試み、そして魔王を封印すると言うのだ!」 場内から一斉に盛大な拍手が沸いた。 「そして、その見返りとして、この美しき竜の巫女セレナ!そして気高き女戦士ドロレスを我が妾として献上するとの約束を交わしたのである!」 さらに場内に割れんばかりの拍手が起きた。 「なっ!」 ドロレスは、目を開いてヴェダーを睨み付けた。 しかし、ヴェダーは、ドロレスにウインクをして拍手を送ったのである。 セレナは困ったような顔でガラを見つめた。ガラは酔い潰れてフラフラであった。 そして従者の案内で二人は奥の部屋へと案内されてしまった。 しばらくすると、部屋から二人が出て来た。その瞬間、場内からはおお〜というどよめきと共に、盛大な拍手が起きたのである。 セレナとドロレスは、上半身は裸に木の椀のようなと胸当てのみを付け、下半身は他の妾や踊り子が着用している透き通る生地の腰布に着替えさせられていた。 煌びやかな首飾りや耳飾り、頭には花飾りも付けており、顔には化粧もされている。 二人とも他の妾や踊り子たちに引けを取らぬどころか、際立って美しく、皆の目は釘付けになった。 「これはこれは…予想以上だな…」 ギーザ王は鼻息が荒くなった。目はギラギラと燃え上がっている。 その時、ドロレスの顔が歪んだ。 「う…おぇっ…」 ドロレスは、すぐに口を押さえ後ろに下がり嘔吐した。ギーザ王の興奮した顔と、自分のいやらしい出立ちに寒気がしたのだ。 「ぐはは!何もそう緊張せんでもよい!」 ギーザ王はセレナの腰に手をやり、ドロレスの手を引き、無理矢理自分の横に置いた。 ヴェダーは、その様子をニヤつきながら見ており、潰れているガラの肩を叩いて起こした。 「ガラ!ガラよ!こうして見ると、ドロレスはセレナの影に隠れていて、気付かなかったが、あれはあれで中々の上玉だと思わんか?」 ガラはよだれを拭き、目を擦りながらドロレスとセレナを見た。その瞬間、目は大きく開き、顔は真っ赤になった。 「お、おい!な、何だありゃ?」 ガラは頭を抱えて二人を見つめた。 ヴェダーの言っていた通り、二人は王の要件を飲み、妾として王の横に立っているではないか。ガラは一気に酔いが覚めたようである。 セレナは困惑した表情で頭の花飾りを触り、ドロレスは口を拭いながら物凄い形相で、ヴェダーとガラを睨み付けている。 「ヴェダーよ…こいつぁとんでもねぇことになったな…俺らが早く勇者の秘密を明かさねぇと、あいつらあの王にいいようにされちまうぜ!」 ヴェダーは、まわりの美女たちの肩に手を回しながら上機嫌で酒を飲み、セレナとドロレスを眺めている。 「ガラよ、二人のあんな姿は二度と見れんぞ!目に焼き付けておくがいい!ブハハ!」 ドロレスは、歯を食いしばり、ヴェダーに対して怒りに満ちた表情をしている。 そして、王の目の前に酒がいっぱい入った盃が渡された。列席している全員の目の前にも、同じく酒が注がれた盃が並べられたのである。 「ほほっ、用意がいいな!では乾杯といこう!」 ガラは、既に酒を飲みまくりこれ以上飲むのはやめたが、形だけの乾杯をした。ヴェダーは、美女に気を取られてよく聞いていなかったようである。 ギーザ王が盃に口をつけ酒を飲み干すと、列席していた者たちも同じように酒を飲み干した。 その時、ギーザ王は持っていた盃を落とした。 セレナとドロレスは、不思議そうにそれを見つめていたが、次第にギーザ王の体がガタガタと震え出し、口から泡を吹いた。 「ぐ、が、酒に…何を入れた…?」 そのままギーザ王は突っ伏して倒れてしまった。ドロレスは、何が起きたのか分からなかったが、ギーザ王の体を揺さぶって声をかけた。 「おい!王様!どうしたんだ!?」 セレナは周りを見渡すと、なんと盃を口にした全員が、一斉に口から泡を吹いて倒れている。 悲鳴と怒号が場内に響き渡り、あたりは騒然とした。ガラとヴェダーは、この異常事態に気付き、席から離れた。そして、ドロレスとセレナの元へ駆け寄った。 「おい!一体何がどうしたっていうんだ!?」 ガラはドロレスに聞いた。 ドロレスは、盃を見て言った。 「分からないが、多分この酒に毒が入っているんだと思う!二人は飲まなかったのか?」 ヴェダーは頷き、辺りを見回した。 その時である。祝宴の間の扉が開き、一斉にたくさんの武装した兵士が入って来たのである。場内にいたすべての人間は、ガラたちも含め、武装した兵士に囲まれてしまった。ガラたちはそれぞれ武器を事前に預けており、丸腰であった。 そして、さらに場内に一人の女性が入ってきた。煌びやかな衣装に身を纏い、お付きの者たちも従えている。 「愚かな宴はこれまでだ!兵士たちよ!生き残っている者を捕らえよ!」 ヴェダーは、その女性が誰であるのか分かった。 「あれは…王妃だ!」 「王妃!?王妃がクーデターを起こしたってのか?」 ガラは、かつて勇者隊として各国の情勢を調査していたことを思い返した。 サーバス王妃のテイラー皇后は、かつて神聖ナナウィア帝国の王女であった。政略結婚でサーバスの王に嫁いだ彼女は、若くして皇后となった。 テイラー妃は、王の奔放な行動に振り回されていた。妾を連れて来る度に、彼女は後宮に追いやられ、自分の存在価値を否定された気がした。 また、度重なる戦争によって、国の財政は逼迫しつつあるのにも関わらず、王は毎日のように宴を催し、贅沢三昧をしていた。その分、民に重税を課し、不満は募るばかりであった。 実際のところ、国の行政はほとんど彼女が裏で仕切っていたというのである。 ガラたちは手を縛られ、地下の牢獄へと連行されていった。宴の会場は城の上階にあり、いくつもの階段を下りなければならない。ガラとヴェダーは、この状況を打開する策を巡らせていた。 「チッ!こんな時に限って…」 階段には小窓があり、そこから月明かりが入り込んでいた。どうやら今夜は満月のようである。 ドロレスは外を見ると、満月の光が砂漠の木々や街を照らしていた。 その時、満月の光を一瞬何かが遮った気がした。コウモリかと思ったが、それにしては大き過ぎると思った。セレナもそれに気が付いたようだ。 「セレナ!見たか?今の!」 「うん!何か飛んでる!」 ヴェダーは、何を言ってるか分からなかったが、その時、バサッバサッと羽ばたく音がした。 何かとても大きな鳥のような羽音である。ガラも気付いたようだ。 そして、階段を下り切った彼らは、渡り廊下に出た。月明かりがさらに眩しく柱を照らし、廊下に整然と影が並んでいる。 さすがに兵士たちもこの大きな羽音に気付いたようである。皆外を眺めながらキョロキョロと見渡し始めた。 「何だ?この音は?」 その時である。空から割れんばかりの大きな鳴き声がした。 「グオオーン!」 あまりの声の大きさで、空気全体が振動しているようであった。ガラたちは身構えた。しかし、セレナだけは、この声がどこか懐かしく思えた。 兵士の一人が空を指差した。 「ああっ!何だあれは!?」 ガラたちが兵士が指差した方向を向くと、そこには月に照らされた巨大なドラゴンが飛んでいたのである。 「ドラゴンだ!」 兵士たちは恐れ慄き、逃げ出したり、ガラたちを放って散って行ってしまった。幸いにも、兵士の一人がガラたちの武器を持っており、それも捨てて行ったのだった。 ガラたちは手に縛られた縄を切り、武器を取り戻した。 そのドラゴンは、月明かりであるが、黄金の鱗に覆われ、額には大きな角が一本生え、緑色に光る目をしていた。 そして、ドラゴンはガラたちを見つめ、ゆっくりと口を開いた。 「よくぞ砂漠を越えてやってきた、火の民の子と風の民の子よ。そして竜の巫女、勇敢な女戦士よ。そなたらを待っていた。ここは危険だ。今すぐ我について来るのだ…」 ヴェダーは、ドラゴンに向けて話しかけた。 「アディームか?神殿に向かうのか?」 ドラゴンは、ヴェダーの方を向き頷いた。 「申し遅れた、我が名はアディーム。砂漠に眠るオーブを守護する竜なり。そして、勇者の秘宝を守護する竜なり」 「勇者の秘宝だと!?」 ヴェダーは、口笛を鳴らしペガサスを呼んだ。 セレナはドラゴンになり、ガラとドロレスを乗せて飛び立った。 月明かりに照らされ、ガラたちはパラノ城を後にした。 城を飛び立ち、しばらくすると、セレナが何かに気付いたようである。 《何か焦げ臭い!燃えてる臭いがする!》 ドロレスは、後ろを見て叫んだ。 「街が燃えてる!サーバスの城も!みんな燃えてるぞ!」 ヴェダーは、後ろを振り向き街を見た。 「あれは、神聖ナナウィアの旗だ!既に進軍していたっていうのか!?」 サーバスの敵国、神聖ナナウィア帝国は、一夜にしてサーバスの首都を陥落させてしまったのである。その裏で皇后が暗躍していたというのは、後になって分かったことである。 そして、パラノ城より南東へ向かうと、そこには三角錐の形をした不思議な建物が建っていた。それこそが、まさに古(いにしえ)の勇者の墳墓であり、アディームの神殿であった。 ガラたちは、神殿の前に降り立った。 そして、ヴェダーは、ドロレスとセレナに向けて言った。 「いや、しかし良かったな!これで心置きなく勇者の調査が出来るってわけだ!しかし、お前たち、その格好もなかなか良いぞ!」 ヴェダーがドロレスの肩に手を置いた瞬間、ドロレスの拳がヴェダーの腹にめり込んだ。 「はぐおっ!?」 ヴェダーは、腹を抑えてしゃがみ込んだ。 「お前、絶対に許さないからな!あたしたちを何だと思ってるんだ!」 セレナは人間の姿になった。そして、ガラはクロークをセレナにかけた。 「セレナ、大丈夫だったか?何かされなかったか?」 その時、セレナの拳がガラの顔面にヒットした。ガラは吹き飛び、倒れ込んだ。 「ガラしっかりして!私をちゃんと見ててよ!」 セレナは涙ぐんでいた。しかし、ドラゴンの力はあまりにも強く、ガラはフラフラと立ち上がるのがやっとであった。 「げ、げふっ!わ、わりぃ…酒飲み過ぎた…』 アディームは、人間の姿になり、セレナたちに再び語りかけた。 「改めて我が神殿にようこそ。さっそく、君たちに会わせたい人がいる!」 アディームは、ガラたちを神殿の中へと案内した。 神殿の奥は、地下へと繋がっており、長い階段を下りて行くと、そこにはとてつもなく大きな空間が広がっていた。そして、何やらその中央には、台座に置かれたオーブが輝いており、その光に照らされ、二人の人影が見えた。 その一人がガラたちに声を掛けた。 「遅かったな。やっと来たか」 ガラは聞き慣れた声だと思った。 その時、神殿の松明に一斉に火が灯され、空間全体が明るくなった。 そして、その声の主が誰だかすぐに分かった。 「アマン!何故お前がここに?」 クァン・トゥー王国の勇者アマダーンであった。ドロレスもセレナも、その顔と声はよく覚えていた。しかし、ドロレスは、アマダーンの影に隠れたもう一人の人間に気が付いたのである。 「その子は?」 ドロレスは、アマダーンに尋ねた。 「この子は、マーズだ…」 アマダーンは、マーズを自分の前に呼んだ。 そして、アディームが言葉を続けた。 「彼が勇者の末裔だ」 ガラたちは驚いた。あまりにも早く勇者の末裔が見つかってしまった。しかし、まだ幼い少年である。そして、それを連れているのが、かつての「勇者」である。 ガラは静かにアマダーンに語りかけた。 「アズィールは亡くなったみたいだな。残念だ…」 アマダーンは、少し頷き、マーズの頭を撫でて言った。 「お前たちは、これからどうするんだ?俺はこのアディームってやつにここに来いと言われたから来ただけだ。まさか、またあの魔王を倒しに行くんじゃないだろうな?」 ヴェダーが何か言おうとしたが、アディームがそれを遮り、語り始めた。 「皆の者よ、どうか聞いて欲しい。魔王が現れ、そして勇者も出現した。これは必然なのだ。しかし、これからが本当の勝負なのだ。我々は、一刻も早く、魔王の魔の手から、世界を救わねばならない。どうか、皆で力を合わせるのだ!」 ドロレスは、アディームに言った。 「ああ、あたしたちもそのつもりでここまで来たんだ。魔王を封印する方法を教えてくれよ!」 アディームは、オーブに手を当てると、空間に映像を浮かばせた。まるで宙に浮いた絵画のようである。その絵は、動いていた。4人の人間が、真ん中の影の周りを囲んでいる。 「いいか、これを見てくれ。魔王の周りを取り囲む四つの民だ。それぞれの力を使い、魔王の動きを封じ込める。そして、勇者の剣で、魔王の額に剣を突き刺す。そうすると、魔王は、この世界の体を失い、再び深淵に戻り、深い眠りに付くのだ」 ドロレスは、目をパチパチさせて言った。 「…って、え?それだけ?」 ヴェダーも思わず声を上げた。 「四つの力?魔王を封じ込めるだと?一体何をどうすればいいんだ?」 ガラも続けた。 「で、勇者の剣ってのは何だ?あのくそったれ野郎の額に突き刺せるほどの凄い剣なんだろうな?」 アマダーンは笑った。 「はっはっは!傑作だ!その剣とやらで魔王を突き刺すのが、この坊主なんだからな!貴様この子を殺す気か?」 ガラたちは、アディームに詰め寄った。 あまりにも単純な話で面を食らったとでも言おうか。 一体あの強大な力を持つ魔王にどうやって立ち向かって行くのか、力を封じ込めるのはどうしたらいいのか、勇者はどうすればその剣を手にするのか、それはまさに不安という言葉に支配された姿であった。 アディームは、ガラたちをなだめ、ゆっくりと説明しようとした。 「分かった!君たちの言いたいことはよく分かった。まずは、これを説明させてくれ!」 アディームは、オーブから少し離れて何やら呪文のようなものを唱え出した。 すると、オーブの光がさらに強くなり、その床に描かれている文字が緑色に光出したのである。 その時であった。 ドーンという音と共に、神殿全体が揺れたのである。パラパラと砂が天井から落ちて来る。 「な、何だ?」 ガラは、思わず声を上げた。 アディームは、呪文を中断した。ふっとオーブの光と、床の文字の光が消えた。 「しまった!神聖ナナウィア帝国が、ここまでやって来たようだ!」 アディームは、階段の上に目をやると、外から大勢の兵士たちの声がした。 その時、ヴェダーが叫んだ。 「まさか、連中ここの財宝を狙っているのか!?」 そして、アディームが叫び外へと走り出した。 「皆!武器を取れ!まずはこの神殿を守り抜くのだ!」 第三章完。
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」
第8話「砂漠の城」 セレナは落下したヴェダーの元へ、ゆっくりと森の中へ降りていく。 ガラと、ドロレスは、セレナの背から飛び降り、大声を出して、ヴェダーを呼んだ。 「おーい!ヴェダー!悪かった!合図を送ろうとしただけなんだ!」 「生きてるかー?」 セレナも辺りをキョロキョロと見渡し、彼を探している。 ヴェダーが落下した森は、大きな針葉樹林で、木の一本一本が恐ろしく大きく長い。まるでガラたちが小人になったかのようである。 すると、上の方から声がしてきた。 「貴様!許さんぞ!俺に不意打ちを喰らわすなんてな!」 ヴェダーは、木に引っかかって逆さまにぶら下がっていた。 「おっ!いたいた!いやぁごめんごめん!力の加減を誤った!あんたのペガサス速すぎるからさ、もう少しゆっくり飛んで欲しかったんだ!」 ドロレスは、ぶら下がっているヴェダーを見上げながら言った。 ヴェダーは、チッと舌打ちをし、引っかかっている木を何とか外そうとした。その時、バキバキと木の枝が折れ、ヴェダーが落下してきたのである。 「やばい!」 ドロレスは、咄嗟にヴェダーを受け止めようと落下地点までダッシュしたが、ヴェダーは一行に落ちてこない。ドロレスは、おや思って、上を見上げた。 すると、ヴェダーがフワフワとまるで羽毛のようにゆっくりと降りてきた。そして、そのままドロレスの目の前に着地したのである。 「なんだ?今の魔法か?」 ドロレスが言うと、ヴェダーは、体に付いた木の枝を手でパッパと払いながら言った。 「俺は風の民の末裔だ。常に俺の体は“風の祝福”を受けているのだ」 “風の祝福”とは、風の精霊が体のまわりを覆い、その人を守ってくれるはたらきである。 高いところから落ちたり、また高く飛んだりも出来る。ヴェダーのペガサスが速いのも、風の祝福により、空気抵抗を極力少なくしているからである。 ヴェダーは、苛立ちながらドロレスに言った。 「まったく!なんて強引な合図だ!もっと他にやり方があるだろう」 ドロレスは頭をかきながら答えた。 「ごめんごめんて!だってさ、お前のペガサスが速すぎてさ、あれだとセレナの体力が持たないよ!」 ヴェダーは、ぷいと空の方に振り向いて、ピッと口笛を鳴らした。 「いいか、これは遠足じゃないんだぞ。一刻一秒を争う正義と悪魔のレースなのだ!」 そう言うと、空からヴェダーのペガサスが舞い降りてきた。 そこでガラがヴェダーに声をかけた。 「だが、もうほぼ1日飛びっぱなしだ。さすがのセレナもへとへとだぜ。俺も腹減ってきたし」 セレナはいつの間にか人間の姿に戻り、服を着ている。そしてヴェダーに言った。 「ヴェダー腹減った!休もうよ!」 ヴェダーは、皆に目線を一人ずつやると、ふうとため息をついて言った。 「わかった、わかった。ではここらで休憩しよう…」 ガラたちは、テントを張り、食事を取った。 ドロレスは、ヴェダーに尋ねた。 「今どこら辺まで来てるんだ?」 ヴェダーは、串焼きの肉に齧り付きながら答えた。 「この森を抜ければ砂漠に入る。さらに南へ進むと、巨大な川とオアシスが見えてくる。そこの中心がサーバスだ。あと1日くらい飛べば着くだろう」 ガラはさすがに速いなと思った。 パンテラからサーバスまでは徒歩で三〜四ヶ月はかかる距離である。ヴェダーの時間短縮案は、確かに的を得ている。 移動時間が短縮されればされるほど、捜索の時間に割けるというわけだ。 「サーバスへ着いたら、まず神殿に向かうのか?」 ヴェダーは答えた。 「トレント王から書簡を預かっている。公式の文書だ。まずは、サーバスの王に会い、緊急事態ということをサーバスにも知らせよう。極力無駄な時間は避けたい。変に怪しまれて捕まるなんてもっての外だ。すぐ神殿へ案内してもらって、そこで調査開始だ」 ドロレスは感心した。 「さすがだな!準備万端じゃないか!」 ヴェダーは「はぁ」とため息をつきながらドロレスに言った。 「お前らな、何も考えずにサーバスに行こうとしてたのか?事は一刻一秒を争うんだ。やれることをあらかじめ準備しておかなければ、あっという間に一ヶ月なんて経っちまうぞ!」 ドロレスは、ふんと鼻をならし串焼き肉に齧り付いた。 【サーバス王国】 国土のおよそ8割が砂漠であり、東西にオズボン川が流れている。そのおよそ中央にオアシスがあり、首都「アイウォミ」がある。王である「ギーザ8世」は、奔放な性格で、妾が実に80名もおり、国中の美女を集めては、祭りや神事を頻繁に催していた。 外交的には、神聖ナナウィア帝国と対立しており、クァン・トゥー王国が勃興してくるまでは、ほとんどその二国間での争いが絶えなかった。 また勇者の墓であり、聖なる竜と崇められているアディームの神殿には、ドラゴンのオーブの他に、古代からの様々な財宝が眠っているとされている。歴史は古代魔導王朝よりも古く、起源はおよそ、5000年も前だとされている。 ガラたちは、その日は森の中のテントで一晩休み、翌朝早くに出発しようと決めた。 「近くに小川が流れてたから、水汲んできたよ」 「おう、ありがとな」 ドロレスは、桶いっぱいに水を汲み、ガラは夕食の準備をしていた。 「あれ?“風のあいつ“は?」 “風のあいつ”とはヴェダーのことである。 ガラとドロレスの間では、その名で語るようになっていた。 「ん?そこら辺にいないか?さっきまでそこで薪を割っていたんだがな…」 ドロレスはあたりを見回してみたが、誰もいる気配がなかった。 「セレナもいないぞ?」 ガラは、獲れたての獲物を捌きながら言った。 「セレナは小川で体を洗ってくるって言ってたぞ」 ドロレスは、ふーんと言いながら考えたが、ふと嫌な予感がした。このタイミングでセレナとヴェダーが居なくなるのはおかしい。 ドロレスは、ガラにちょっと二人を探してくると伝え、再び小川の方へ向かった。 森の奥深くを縫うように流れる小川は、下流へと進むにつれ水かさを増し、サラサラと水音を響かせながら、濃い青緑色の池へと静かに注ぎ込む。 そこでは、別の峰から滑り落ちる川が小さな滝を織りなし、銀の飛沫を散らして同じ池に集っていた。 セレナはその小さな滝の下で水浴びをしていた。彼女の白く透き通るような肌は、滝から落ちる飛沫を弾き、それが夕陽に照らされ、キラキラと輝いていた。 ドロレスは、セレナに声を掛けようと手を上げたその時、セレナがいる滝の上に人影が見えた。 「ん?あれは何だ?」 ドロレスは咄嗟に息を潜め、池の周りを忍び足でぐるっと回りながら、滝の上まで近付いて見ることにした。 ドロレスがその人影に近付いてみると、そこには、金髪で耳の尖ったハイエルフがしゃがみこんでおり、滝の下を覗いていたのである。 「うおお…なんと美しい…あれはまさしく女神、竜の女神だな…」 ドロレスは、そのハイエルフが誰なのかすぐに分かった。ドロレスは、ハイエルフの背後まで近付いたが、一向に気が付かれていない。 「おい…」 「うおお!この尻も目に焼き付けておかなければな…」 「おい」 「おおっ!こっちを向け!もっとこっちを…」 「おい!」 その声でハッと気付いたハイエルフは、ガバッと立ち上がり、くるっと振り向いた。 「どわっ!ド、ドドド、ドロレス!」 やはりそのハイエルフはヴェダーであった。 彼が振り向いたそこには、ドロレスが鬼の形相で腕を組んで立っていたのである。 「風の祝福を受けたいのか?」 「へっ?風の…」 ヴェダーは、意外なドロレスの言葉に、何を返したら良いか一瞬戸惑った。その数秒のうちに、既にドロレスの膝蹴りが、ヴェダーの股間に深くめり込んでいたのである。 「んぐぅふっ!?」 ヴェダーは、激痛が走る股間を抑え、悶絶しようとした。しかし、その刹那ドロレスの動作は既に次の段階へと入っていた。即ち、それはヴェダーの顎下から突き上げてくる拳のことである。 パキャッ! ヴェダーは、宙を舞った。 顎は大きく空に上がり、ヴェダーの体ごと川の水の飛沫が夕陽に照らされ、キラキラと輝きながら、そのまま滝の下へと落ちていったのである。その時、ヴェダーは、やっとドロレスの言葉の意味を理解したのである。 しかし、ヴェダーは、ドロレスに伝えたいことがあった。それは、“風の祝福”の効果は、何故か水面には適応しないということである。 ヴェダーはそのまま、真っ逆さまに滝壺へ落ちた。 セレナのすぐ背後であった。セレナが立っているところからすぐ背後は、数メートルの深みがあった。それが不幸中の幸いであった。もし、セレナの目の前に落ちていたら、命を失っていたのかもしれない。ドボーンという水飛沫にセレナは驚いた。 「きゃっ!」 セレナが上を見上げると、そこにはドロレスがおり、手を振っていた。 「セレナ〜!アホなエルフがいたから退治しといたぞ〜!」 そして、日が沈み、あたりは星空が一面に広がった。 「ぶふぇっくし!」 ヴェダーは、ガタガタと震えながら、焚き火に当たっている。焚き火の上には、びしょ濡れのエルフの装束が木に吊るされて干されている。 「まったく!あたしの嫌な予感が当たったな!やっぱりこのパーティーについて来て正解だったよ!」 ドロレスは、スープを飲みながら切り株に腰掛け、鼻息荒くヴェダーにわざと聞こえるような声で言った。 セレナはクスクスと笑っている。ガラは呆れた顔でヴェダーを見つめている。 「ゴホン…ま、まぁ、あれだな。ドラゴンの女というものがどういうもんなのか、見て確かめたかったんだ…その…学術的に…」 ヴェダーの弁解は、まるで大海原に石ころを投げ入れるかのように、何一つとして彼らの心には響かなかった様だ。 ドロレスは、ヴェダーの視線がチラチラとセレナの方を向いていたのは、前から薄々と感じていた。確かにセレナは、絶世の美女であり、心は生まれたばかりの赤子のように純粋である。 彼女の魅力に誰しもが惹かれるのは当然であろう。 無論ドロレス本人も、セレナのことが大好きであった。彼女は異性愛者ではあるが、セレナの美しさ、可愛さは放って置けないほど愛おしく、そして人間の嫌味のようなものがまったくない。 すべてを受け入れてくれる女神のような包容力は、一緒に居ると心から安堵する感覚があった。 だからこそ、この美しい娘に近付く“悪い虫”には目を光らせておかなければいけない。 ドロレスは、ガラに向けて言った。 「ガラ!あんたがハッキリしないと、この子は他の男に取られちまうぞ!」 ガラは困惑している。頭をポリポリと掻きながらバツが悪そうにスープを皿によそっている。 「あ、まぁ、あれだ、その…」 ガラもセレナに対して愛情はあった。セレナが自分に対して好意を持ってくれているというのも分かっていた。しかし、セレナのドラゴンとしての生き方を尊重すべきか、自分の気持ちを伝えて、彼女と一生共にするのか揺れていたのが事実である。 ドロレスは、ガラを見て、はぁとため息をついた。 「ったく、これだから男ってのは…」 ドロレスは、ガラの気持ちも実は分かっていた。だが、それも分かっていてもガラに強く当たってしまう自分にも、彼女は苛立っていたのである。 その時、セレナがすっと立ち上がり、ヴェダーの方へと歩いていった。 「ん、セレナ…どうした?」 セレナは腰を屈め、ヴェダーの唇にキスをした。 「んっ!なんで!?」 ヴェダーは、驚いて腰掛けから落ちた。 ガラとドロレスも驚いて立ち上がった。 「セ、セレナ!」 「お前…何を!?」 セレナはニコニコしながら、言った。 「はじめからこうすれば良かった。これで飛んでいても話が出来る!」 ドロレスは、頭をグシャグシャと掻きながら言った。 「セレナ〜!確かにそうだけど、今それをやると奴が勘違いしちまうよぉ〜っ!」 ガラは首を振って笑った。 ヴェダーは、すくっと立ち上がってセレナの両肩に手を置き、セレナの目をじっと見つめた。 「セレナ!好きだ!」 セレナはあははと笑い、ヴェダーの頭をポンポンと叩いた。 「私も好きだよ!ありがと!」 ドロレスもこの滑稽なやりとりを見て笑うしかなかった。 「こりゃ楽しい旅になりそうだ…」 ーそして、次の日の朝、まだ東の空が白み始めた頃、ガラたちは砂漠の国サーバスへと出発した。 深い針葉樹林を抜けると、広大な砂漠が目の前に広がった。気温はぐんぐんと上昇し、照りつける太陽の日差しがガラたちの肌に突き刺さる。 「こいつは、しんどいな…」 前を飛ぶヴェダーも徐々にスピードが落ちていく。その時、ヴェダーが東の方を指差し、ガラたちに何かを伝えている。 「セレナ、ヴェダーは何を言ってるんだ?」 ドロレスがセレナに聞くと、セレナは思念でヴェダーに尋ねた。 《東の空を見ろ。砂の嵐がやってくるぞ!って言ってる》 「な、何だって!?」 ガラは、目を凝らして東の空を見た。遥か向こうの地平線近くが何やら黒く“もや“がかかっている。 それは段々と近付いてきて、真っ黒な雲の塊が波のように押し寄せて来るのが分かった。 「うおお!何だあれは!?」 真っ黒い雲の中では、パッパッと稲光が見え、物凄い勢いで暴風が吹き荒び、渦を巻いているようであった。 その時、セレナがガラたちに伝えた。 《ヴェダーが、谷を見つけたみたい!そこに避難しようって!》 ヴェダーと、セレナは、大きく旋回し、岩山が谷のように割れている場所に降り立った。 既に彼らの上空は、ビュービューと暴風が唸っていた。 「目を開けるな!砂嵐が去るまでクロークを被ってじっとしてるんだ!」 セレナは人間の姿に戻り、ガラたちと一塊になってうずくまった。 風はどんどん勢いを増し、嵐が近付いてくるのを感じた。 「来たぞ!エアロスミス!」 ヴェダーは中心に立ち、手を上にあげて、風の魔法のシェルターを作り出した。 「凄いな、風の魔法か!」 「ああ、だが完全には防げんぞ!目を閉じて鼻と口を布で覆うんだ!」 ゴーゴーと勢いを増し、凄まじい暴風が谷の上を通過している。 ガラがクロークの中からヴェダーに聞いた。 「これも魔王の仕業なのか?」 「まさか!いや、これは砂漠にとっての“日常”だ。早く過ぎ去ってくれればいいが…」 幸いにも1時間程で砂嵐は去っていった。ヴェダーが懸念していた通り、時には一日中嵐が去らないこともあるという。 その時、ドロレスが少し笑いながら言った。 「あはは、分かったからもう離していいよセレナ。もう嵐は去ったから…」 セレナは、きょとんとしている。 「え?私何も掴んでないよ?」 セレナは両手をあげてドロレスに言った。 「え?だって、あたしの足を掴んでただろ?じゃあ、ガラか?」 ガラも両手をあげた。 「いや、俺はさっきから普通にしゃがんでただけだぜ」 ドロレスは、自分の足元を見た。 すると、何やら大きな触手のようなものが足に巻き付いていたのである。 「ゲッ!な、何だこれ!?」 その瞬間、無数の触手がびゅーっと伸び、ガラとセレナの足にも巻き付いてきた。 「ぐわっ!」 「きゃっ!何これ!」 ヴェダーは、何事かと振り向いた。 「しまった!ここはサンドワームの巣か!」 その瞬間、ガラ、ドロレス、セレナは、巻き付いた触手に谷の奥まで引き摺り込まれてしまった。 3人とも物凄い勢いで、引き摺り込まれていく。彼らの引き摺られた後を砂埃が舞う。 「くっ!どこまで引き摺ってくつもりだ!」 「この変なの取れない!凄い力!」 ヴェダーは、すぐに口笛でペガサスを呼び、彼らを追い掛ける。 「フライヴィ!」 ヴェダーの手から風の魔法の刃が放たれる。 シュバッ!とセレナの足元に絡みついている触手が切り離された。 セレナはゴロゴロと横に転がって止まった。 しかし、まだガラとドロレスは、引き摺られたままである。 ガラは、引き摺られながらも、手を触手へとかざし、狙いを定めた。 「ファズ!」 ガラの手から光球が放たれ、触手に当たり爆発した。 ドーンという音と共に、触手はちぎられ、ガラはズザーっと砂を滑り、そこで止まった。 「ドロレス!」 ドロレスは、未だに引き摺られているが、その先に何やら大きな穴が空いているのが見えた。 「ヤバい!このままではその穴に引き摺り込まれるぞ!」 セレナはドラゴンになり、足でドロレスの肩を掴んだ。 しかし、ドロレスに巻き付いた触手は、離そうとしない。 「ぐあああっ!足がちぎれそうだ!」 ドロレスは、苦しそうにもがいている。 ヴェダーは再びフライヴィを放ち、ドロレスの触手を切り飛ばした。 その時、穴から凄まじい鳴き声が聞こえてきた。 「ギャァース!!」 その時、ドーンという音と共に、穴から巨大なワームが姿を現した。 ガラたちがかつてサーティ平原の沼地で出会ったワームとは比べ物にならないくらいの大きさである。巨大なワームは天高く、太くて長い体を伸ばし、太陽の光を遮った。 「で、デカいぞ!」 セレナはすぐにガラとドロレスを掴み空高く飛び上がった。 ヴェダーも旋回し、ワームから遠ざかるように飛び上がる。 ある程度距離が離れると、サンドワームは再び穴に潜っていった。 「ふう、こんなデカいサンドワームは初めてみたな…」 ガラが呟くと、ヴェダーは言った。 「これはおそらく魔王の影響だろう。魔物の力が強まっている。早くサーバスへ向かわなくては…」 ガラ一行は、再びサーバスへと向かった。 しかし、広大な砂漠は、どこまでも続いているかのようであった。見渡す限り地平線が続き、太陽の光がまたしても彼らを襲った。 「も、もう限界だ…水も尽きたし…」 ドロレスは、ぐったりしていた。 セレナも段々とスピードが落ちていく。 《ドロレス…しっかり!》 ガラはドロレスにクロークを被せた。 「後少しだけ辛抱しろ。もう少しでオアシスが見えてくるはずだ」 「ったく、あんたは火の民だからいいよな。暑さなんて全然感じないんだろ?」 ガラは答えた。 「ん?まぁ、そんなに暑いと思ったことはねぇな…」 ドロレスは悔しさのあまり、後ろに乗っているガラに肘鉄をぶつけた。 「くそっくそっ!あたしも火の民になりたかった!」 その時、ヴェダーが前方を指差した。 《見えたって!オアシスだ!川もあるって!》 「うっひゃーっ!!水だ!緑だ!でっかい川だ!」 目の前に広がる広大な緑とオアシス。 そして、その中央付近に巨大な川が見えた。奥には黄金に光り輝く荘厳な城も見える。そしてその周りには小さな滝や湖が無数にあった。砂漠の渇いた空気に、オアシスの湿気が混じっているのが分かる。ドロレスは、先程の疲れが吹き飛んだように喜びを爆発させた。 「ついに来た!ここが、サーバスか!」 ヴェダーは、ペガサスを降ろした。 ガラたちは、オアシスの中へと進み、サーバスの首都「アイウォミ」にある「パラノ城」へと向かった。 オアシスの中は、ヤシの木やサボテン、シダの葉など様々な植物が生い茂り、聞いたことない鳴き声で鳴く鳥など、まるでジャングルのようであった。次第に住居がちらほらと見え、増えていく。そして、市場のように様々な店が立ち並ぶ通りに出た。 「うわ〜!こんな砂漠のど真ん中にこんな盛り上がってる場所があったなんてな!」 ドロレスとセレナは目を輝かせて、街をキョロキョロと見回した。 行き交う人々は、商人や農民、旅人など様々で、ガラたちに近寄ってくる物売りなどもいた。屋台からスパイスの効いた食べ物の匂いが漂い、そして、お香のようや心の安らぐ匂いもしてきた。 街の中には、金の像などの装飾も多く、煌びやかな雰囲気が所々に点在していた。 そして、ガラたちは、黄金の装飾が眩しいサーバスの城「パラノ城」の門の前に辿り着いた。 門番が出てきて、ガラたちに尋ねた。 「ここはサーバスの中心、アイウォミのパラノ城である。旅人よ、何の用で参った?」 ヴェダーは懐からトレント王からの書簡を出し、門番に渡した。門番は、書簡を受け取り城の中へと入っていった。しばらくすると門が開き、ガラたちは城の中へと入っていった。 「よし、ここまでは順調だな!」 ドロレスは、得意気に腰に手をやり、先頭をズンズンと大股で城の中に入ったが、急に立ち止まった。後に続くガラたちがドロレスにぶつかってしまった。 「っと!いきなり立ち止まんな… ガラがドロレスに注意しようとするのを遮るように、ドロレスはガラに手をぶんぶんと振り、上を見ろと指差した。 そこには、黄金に光り輝く星型の紋章のタペストリーが掲げられ、黄金の鎧などの装飾、幾何学模様柄の陶器、花崗岩の柱に大理石の床など、まさに贅の限りを尽くした絢爛豪華な大広間があった。 「こいつは凄い…!」 「サーバス…なんという財力だ…」 「おいおい、ここは天国かぁ〜?」 「キレイ!みんなキラキラしてる!」 そして、大階段の奥には、巨大な黄金の扉があった。両脇にいる兵士が扉を開けた。 「ぬおぉっ!」 ヴェダーは思わず声をあげた。 そこには、両側に沢山の美女が立っており、奥の玉座には、煌びやかな王冠を被り、艶のある髭を蓄えた恰幅の良い王の姿があった。 王の前に立っている従者が口を開いた。 「クァン・トゥー王国からの使者よ。よくぞ参られた。ここに座すのは、サーバス国王ギーザ8世陛下であらせられるぞ!」 ギーザ王は髭を触りながら豪快な笑顔でガラたちを出迎えた。 「ようこそ、我が国サーバスへ!」