判虹彩

24 件の小説
Profile picture

判虹彩

はじめまして!ばんこうさいと申します。よろしくお願いします。 「忘れがたき炎の物語」ご感想などいただけると嬉しいです! Xアカウント↓ @Pinchoconyaas

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第9話「月夜とドラゴン」 砂漠の夜は冷える。昼間の肌を刺すような攻撃的な陽の光は、夜になるとまったく嘘のように人を凍えさせる。 サーバスの中心都市「アイウォミ」の「パラノ城」では、外の寒さなどまったく意に介さないほど狂乱の宴が催されていた。 美女たちは踊り、男たちは裸になり、酒を飲み、肉を食らう。そして明け方まで歌い明かすのである。 ガラたちは、その宴の中にいた。それなのに彼らは、驚く程に神妙な顔付きで席に座り考え込んでいた。 それは、その日の夕方に遡るー。 『我が国サーバスへようこそ!』 絢爛豪華なパラノ城の中に入ったガラたちは、まるで御伽噺の中に迷い込んだような気持ちであった。この世の財宝のすべてがこの城にあるのではないかと思える程であった。 そして、ヴェダーは、王の広間にずらっと並んだ美女たちに目をやると「おお…」と感嘆の声を漏らした。それを見て従者の一人がヴェダーに言った。 『これはすべてギーザ陛下の妾の方々であらせられるぞ。国中の美女を集めておられるのじゃ。フォッフォッ』 ギーザ王の“奔放な”性格はかなり有名で、世界中にその名が知れ渡っていた。 ヴェダーは、約80人の妾というそれが、噂ではなく真実であると認めざるを得なかった。 どれもこれも美女中の美女たちである。彼女たちの装いは、ほとんど裸であり、胸は何も付けておらず、透き通るような生地の腰布を着けてあるのみであった。 じっと見惚れているヴェダーの脇腹を肘で突き、ドロレスは、王に深々と頭を下げるよう、皆に指示をした。 『これは陛下、お初にお目にかかります。私はエルフの国トトのルカサ評議会元老院のヴェダーと申します。こちらは、元クァン・トゥー王国勇者隊のガラ。そして、こちらはクァン・トゥー一の女戦士ドロレス、そしてこちらが…』 そう言いかけた時、ギーザ王の表情が変わり、目を開いて立ち上がった。 『おお…これは!』 ギーザ王は玉座から立ち上がり、こちらへ歩いて来る。まわりの従者たちは、慌てるようにギーザ王の足元に花弁を散らし、マントの裾を持ち上げた。 ギーザ王は、セレナの前に立ち止まり、目を輝かせた。そして、手を広げて言った。 『余はこれ程の美しい娘を見たことがない!…そなたよ、名は何という?』 セレナは、少し驚いた様子で王に言った。 『セ、セレナ…』 ヴェダーは、王に頭を垂れながら言った。 『クァン・トゥーの奥地にある深淵の森に棲むドラゴンの巫女でございます』 ギーザ王は、セレナの手を取り、セレナから目を離さずに答えた。 『ドラゴン…お主、ドラゴンなのか?』 セレナはニコッと微笑んで言った。 『そうだよ!』 ドロレスは、焦ってセレナの耳元ですぐさま囁いた。セレナは王の顔を見てもう一度言った。 『そうです。王様。』 王は、「信じられん」と言いながら、セレナの顔をまじまじと見つめた。そして、ドロレスの方を見た。 『そなたも美しいな。女戦士か…』 ドロレスは、ドキッとしてぺこりと頭を下げた。ガラはそんなドロレスを見て少しニヤけた。 そして、ヴェダーがギーザ王に向き直り、言った。 『恐れ多いですが、王様。先程私がお持ちしました、トレント王の書簡はご覧になられましたでしょうか?』 王はくるっと玉座の方へ振り返り、歩きながら言った。 『ああ、あれか、目を通したぞ。それが本当なら誠に驚きだ。魔王の復活とな?昨今の魔物の強大化も頷けるのう。』 そして、玉座に座り、続けた。 『サンドワームにバジリスク…そして、グリフォンなどと言う…まるで御伽噺のような化け物が突然現れおった。我が国へ来る行商人たちも気が気ではない。それが、ここ一ヶ月のうちに起きたという時期を考えても、なるほど魔王の復活とは、本当なのであろうな。』 ヴェダーは、真剣な眼差しで王に訴えた。 『では、ギーザ陛下。事態は一刻を争うゆえ、まず我々にアディームの神殿への立ち入り許可、そして、古(いにしえ)の勇者の秘密を探る許可を頂けますでしょうか?』 ギーザ王は、足を組み、手をこめかみに当てて言った。 『よろしい、そなたらに許可を与える』 ガラたちは、表情がパッと明るくなった。 しかし、次に発する王の言葉によって、一気に神妙な顔付きになってしまったのである。 『ただし、条件を出す。その方ら、竜の巫女セレナ、そして女戦士ドロレスを余に献上せよ。我が妾としてな。』 ドロレスは、驚いて思わず叫んだ。 『めめっ!妾っ!?』 ギーザ王はニヤッと笑い、パンパンと手を鳴らした。 『まずは、宴じゃ!はるばるサーバスへやってきた使者を労おうではないか!』 ヴェダーは、額に汗を滲ませた。ガラも困惑している。セレナはきょとんとしている。ドロレスは、セレナを見て肩を掴んだ。 『セレナ!大変だ!あんたとあたしが!妾になるって言われたぞ!』 セレナはドロレスに問いかけた。 『めかけってなに?』 ドロレスは、頭に手を当てて、セレナに分かりやすく伝えようと考えた。 『つまり、王様の…あれだ!子供を作るのさ!』 『子供?』 ドロレスは、さらに言い方を考えた。 『だから、もう一生ここにいるってことだよ!王様と!』 セレナは急に顔が強張り、ドロレスに言った。 『嫌だ!』 ドロレスは、すぐにセレナの口を手で塞いだ。 そして、耳元で静かに言った。 (分かってる!あたしもごめんだ!何とかしてこれを断る理由を考えなきゃ…!) 王はにこやかに従者たちに指示を出し、部屋を後にした。ヴェダーには、「返事は宴の時に聞かせてくれ」と、残して…。 そして、盛大な宴が始まった。 ガラたちは豪華な客席に案内された。縦に長いテーブルには、正面奥が王の席、両側奥から王の親族席、客席、貴族席と順になっており、テーブルいっぱいに食べ物や飲み物、果物などが並べられた。 ガラたちはそれぞれ離れて座っており、間の空いた席には客人をもてなす為の使いが座った。ガラとヴェダーには、とびっきりの美女たちが取り囲み、ドロレス、セレナのまわりには、筋骨隆々の美男子たちが囲んだ。 『う、ご、ごほん!』 ガラは顔を赤らめ、大人しく酒を飲んでいる。しかし、ヴェダーはそれとは真逆に美女に囲まれ鼻の下が伸びきっていた。 『なんと美しい…楽園とはまさにこのことだな…』 そんなヴェダーの様子を見ながら、目くじらを立てていたのはドロレスである。美男子たちに目もくれず、夢中で肉に齧り付いている。 『あの野郎…ここは一旦、王の要件を飲めだと?お前が調査してる間に、あいつに何されるか分かったもんじゃねえっての!…おい!ちょっと!あたしに触んな!鬱陶しい!』 そして、セレナは何事もなかったかのように楽しそうに食事をしている。 『わぁ、凄い筋肉だね!あなたはガラより強いのか?』 そして、宴が一通り盛り上がったところで、王が立ち上がった。 その時、セレナとドロレスは従者に案内され、王の両脇に立たせられた。 『では、諸君!今宵は大変に良き日である。遠路はるばるクァン・トゥー王国から、このサーバスへやってきた尊き使者たちを讃えようではないか!そして、彼らは尊き使命を果たすべくここへやってきたのだ!それは、あの伝説の魔王の復活に際し、我がサーバスの古(いにしえ)の勇者の復活を試み、そして魔王を封印すると言うのだ!』 場内から一斉に盛大な拍手が沸いた。 『そして、その見返りとして、この美しき竜の巫女セレナ!そして気高き女戦士ドロレスを我が妾として献上するとの約束を交わしたのである!』 さらに場内に割れんばかりの拍手が起きた。 『なっ!』 ドロレスは、目を開いてヴェダーを睨み付けた。 しかし、ヴェダーは、ドロレスにウインクをして拍手を送ったのである。 セレナは困ったような顔でガラを見つめた。ガラは酔い潰れてフラフラであった。 そして従者の案内で二人は奥の部屋へと案内されてしまった。しばらくすると、部屋から二人が出て来た。その瞬間、場内からはおお〜というため息と共に、盛大な拍手が起きたのである。 セレナとドロレスは、着ていた服から着替えており、上半身は裸に木の椀のようなと胸当てのみを付け、下は他の妾や踊り子が着用している透き通る生地の腰布を着用していた。煌びやかな首飾りや耳飾り、頭には花飾りも付けており、顔には化粧もされている。 二人とも他の妾や踊り子たちに引けを取らぬどころか、際立って美しく、皆の目は釘付けになった。 『これはこれは…予想以上だな…』 ギーザ王は鼻息が荒くなった。目はギラギラと燃え上がっている。 『う…おぇっ…』 ドロレスは、すぐに口を押さえ後ろに下がり嘔吐した。ギーザ王の興奮した顔と、自分のいやらしい出立ちに寒気がしたのだ。 『ぐはは、何もそう緊張せんでもよい!』 ギーザ王はセレナの腰に手をやり、ドロレスの手を引き、無理矢理自分の横に置いた。 ヴェダーは、その様子をニヤつきながら見ており、潰れているガラの肩を叩いて起こした。 『ガラ!ガラよ!こうして見ると、ドロレスはセレナの影に隠れていて、気付かなかったが、あれはあれで中々の上玉だと思わんか?』 ガラはよだれを拭き、目を擦りながらドロレスとセレナを見た。その瞬間、目は大きく開き、顔は真っ赤になった。 『お、おい!な、何だありゃ?』 ガラは頭を抱えて二人を見つめた。ヴェダーの言っていた通り、二人は王の要件を飲み、妾として王の横に立っているではないか。ガラは一気に酔いが覚めたようである。 セレナは困惑した表情で頭の花飾りを触り、ドロレスは口を拭いながら物凄い形相で、ヴェダーとガラを睨み付けている。 『ヴェダーよ…こいつぁとんでもねぇことになったな…俺らが早く勇者の秘密を明かさねぇと、あいつらあの王にいいようにされちまうぜ!』 ヴェダーは、まわりの美女たちの肩に手を回しながら上機嫌で酒を飲み、セレナとドロレスを眺めている。 『ガラよ、二人のあんな姿は二度と見れんぞ!目に焼き付けておくがいい!ブハハ!』 ドロレスは、歯を食いしばり、ヴェダーに対して怒りに満ちた表情をしている。 (あいつ…何楽しんでやがんだよ…こちとらこのジジイの“おもちゃ”にされそうなのによ…絶対許さん…) そして、王の目の前に酒がいっぱい入った盃が渡された。列席している全員の目の前にも、同じく酒が注がれた盃が並べられたのである。 『ほほっ、用意がいいな!では乾杯といこう!』 ガラは、既に酒を飲みまくりこれ以上飲むのはやめたが、形だけの乾杯をした。ヴェダーは、美女に気を取られてよく聞いていなかったようである。 ギーザ王が盃に口をつけ酒を飲み干すと、列席していた者たちも同じように酒を飲み干した。 その時、ギーザ王は持っていた盃を落とした。 セレナとドロレスは、不思議そうにそれを見つめていたが、次第にギーザ王の体がガタガタと震え出し、口から泡を吹いた。 『ぐ、が、酒に…何を入れた…?』 そのままギーザ王は突っ伏して倒れてしまった。ドロレスは、何が起きたのか分からなかったが、ギーザ王の体を揺さぶって声をかけた。 『おい!王様!どうしたんだ!?』 セレナは周りを見渡すと、なんと盃を口にした全員が、一斉に口から泡を吹いて倒れている。 悲鳴と怒号が場内に響き渡り、あたりは騒然とした。ガラとヴェダーは、この異常事態に気付き、席から離れた。そして、ドロレスとセレナの元へ駆け寄った。 『おい!一体何がどうしたっていうんだ!?』 ガラはドロレスに聞いた。 ドロレスは、盃を見て言った。 『分からないが、多分この酒に毒が入っているんだと思う!二人は飲まなかったのか?』 ヴェダーは頷きながらも、冷静に判断しようとした。 その時である。祝宴の間の扉が開き、一斉にたくさんの武装した兵士が入って来たのである。場内にいたすべての人間は、ガラたちも含め、武装した兵士に囲まれてしまった。ガラたちはそれぞれ武器を事前に預けており、丸腰であった。 そして、さらに場内に一人の女性が入ってきた。煌びやかな衣装に身を纏い、お付きの者たちも従えている。 『宴はこれまでだ!兵士たちよ!生き残っている者を捕らえよ!』 ヴェダーは、その女性が誰であるのか分かった。 『あれは…王妃だ!』 『王妃!?王妃がクーデターを起こしたってのか?』 ガラは、かつて勇者隊として各国の情勢を調査していたことを思い返した。サーバス王妃のテイラー皇后は、かつて神聖ナナウィア帝国の王女であった。政略結婚でサーバスの王に嫁いだ彼女は、若くして皇后となった。 テイラー妃は、王の奔放な行動に振り回されていた。妾を連れて来る度に、彼女は後宮に追いやられ、自分の存在価値を否定された気がした。 また、度重なる戦争によって、国の財政は逼迫しつつあるのにも関わらず、王は毎日のように宴を催し、贅沢三昧をしていた。その分、民に重税を課し、不満は募るばかりであった。 実際のところ、国の行政はほとんど彼女が裏で仕切っていたというのである。 ガラたちは、手を縛られ、地下の牢獄へと連行されていた。宴の会場は城の上階にあり、いくつもの階段を下りなければならない。ガラとヴェダーは、この状況を打開する策を巡らせていた。 『チッ!こんな時に限って…』 階段には、小さな小窓があり、そこから月明かりが入り込んでいた。どうやら今夜は満月のようである。ドロレスは、外を見ると、満月の光が砂漠の木々や街を照らしていた。 その時、満月の光を一瞬何かが遮った気がした。コウモリかと思ったが、それにしては大き過ぎると思った。セレナもそれに気が付いたようだ。 『セレナ!見たか?今の!』 『うん!何か飛んでる!』 ヴェダーは、何を言ってるか分からなかったが、その時、バサッバサッと羽ばたく音がした。何かとても大きな鳥のような羽音である。ガラも気付いたようだ。そして、階段を下り切った彼らは、渡り廊下に出た。月明かりがさらに眩しく柱を照らし、廊下に整然と影が並んでいる。 さすがに兵士たちもこの大きな羽音に気付いたようである。皆外を眺めながらキョロキョロと見渡し始めた。 『何だ?この音は?』 その時である。空から割れんばかりの大きな鳴き声がした。 『グオオオオン!』 あまりの声の大きさで、空気全体が振動しているようであった。ガラたちは身構えた。しかし、セレナだけは、この声がどこか懐かしく思えた。 兵士の一人が空を指差した。 『何だあれは!?』 ガラたちが指差した方向を向くと、そこには月に照らされた巨大なドラゴンが飛んでいたのである。 『ドラゴンだ!』 兵士たちは恐れ慄き、逃げ出したり、助けを呼びに行ったり、ガラたちを放って散って行ってしまった。幸いにも、兵士の一人がガラたちの武器を持っており、それも捨てて行ったのだった。 ガラたちは手に縛られた縄を切り、武器を取り戻した。 そのドラゴンは、月明かりであるが、黄金の鱗に覆われ、額には大きな角が一本生え、緑色に光る目をしていた。 そして、ドラゴンはガラたちを見つめ、ゆっくりと口を開いた。 『よくぞ砂漠を越えてやってきた、火の民の子と風の民の子よ。そして竜の巫女、勇敢な女戦士よ。そなたらを待っていた。ここは危険だ。今すぐ我について来るのだ…』 ヴェダーは、ドラゴンに向けて話しかけた。 『アディームか?神殿に向かうのか?』 ドラゴンは、ヴェダーの方を向き頷いた。 『申し遅れた、我が名はアディーム。砂漠に眠るオーブを守護する竜なり。そして、勇者の秘宝を守護する竜なり。』 『勇者の秘宝だと!?』 ヴェダーは、すぐに口笛を鳴らしペガサスを呼んだ。セレナはドラゴンになり、ガラとドロレスを乗せて飛び立った。 月明かりに照らされ、ガラたちはパラノ城を後にした。 城を飛び立ち、しばらくすると、セレナが何かに気付いたようである。 《何か焦げ臭い!燃えてる臭いがする!》 ドロレスは、後ろを見て叫んだ。 『街が燃えてる!サーバスの城も!みんな燃えてるぞ!』 ヴェダーは、後ろを振り向き街を見た。 『あれは、神聖ナナウィアの旗だ!既に進軍していたっていうのか!?』 サーバスの敵国、神聖ナナウィア帝国は、一夜にしてサーバスの首都を陥落させてしまったのである。その裏で皇后が暗躍していたというのは、後になって分かったことである。 そして、パラノ城より南東へ向かうと、そこには三角錐の形をした不思議な建物が建っていた。それこそが、まさに古(いにしえ)の勇者の墳墓であり、アディームの神殿であった。 ガラたちは、神殿の前に降り立った。 そして、ヴェダーは、ドロレスとセレナに向けて言った。 『いや、しかし良かったな!これで心置きなく勇者の調査が出来るってわけだ!しかし、お前たち、その格好もなかなか良いぞ!』 ヴェダーがドロレスの肩に手を置いた瞬間、ドロレスの拳がヴェダーの腹にめり込んだ。 『はぐおっ!?』 ヴェダーは、腹を抑えてしゃがみ込んだ。 『お前、絶対に許さないからな!あたしたちを何だと思ってるんだ!』 セレナは人間の姿になった。そして、ガラはクロークをセレナにかけた。 『セレナ、大丈夫だったか?何かされなかったか?』 その時、セレナの拳がガラの顔面にヒットした。ガラは吹き飛び、倒れ込んだ。 『ガラしっかりして!私をちゃんと見ててよ!』 セレナは涙ぐんでいた。しかし、ドラゴンの力はあまりにも強く、ガラはフラフラと立ち上がるのがやっとであった。 『わ、わりぃ…酒飲み過ぎた…』 アディームは、人間の姿になり、セレナたちに再び語りかけた。 『改めて我が神殿にようこそ。さっそく、君たちに会わせたい人がいる!』 アディームは、ガラたちを神殿の中へと案内した。 神殿の奥は、地下へと繋がっており、長い階段を下りて行くと、そこにはとてつもなく大きな空間が広がっていた。そして、何やらその中央には、台座に置かれたオーブが輝いており、その光に照らされ、二人の人影が見えた。 その一人がガラたちに声を掛けた。 『遅かったな。やっと来たか』 ガラは聞き慣れた声だと思った。 その時、神殿の松明に一斉に火が灯され、空間全体が明るくなった。 そして、その声の主が誰だかすぐに分かった。 『アマン!何故お前がここに?』 クァン・トゥー王国の勇者アマダーンであった。ドロレスもセレナも、その顔と声はよく覚えていた。しかし、ドロレスは、アマダーンの影に隠れたもう一人の人間に気が付いたのである。 『その子は?』 ドロレスは、アマダーンに尋ねた。 『この子は、マーズ…』 アマダーンは、マーズを自分の前に呼んだ。 そして、アディームが言葉を続けた。 『彼が勇者の末裔だ』 ガラたちは驚いた。あまりにも早く勇者の末裔が見つかってしまった。しかし、まだ幼い少年である。そして、それを連れているのが、かつての「勇者」である。 ガラは静かにアマダーンに語りかけた。 『アズィールは亡くなったみたいだな。残念だ…』 アマダーンは、少し頷き、マーズの頭を撫でて言った。 『お前たちは、これからどうするんだ?俺はこのアディームってやつにここに来いと言われたから来ただけだ。まさか、またあの魔王に会うんじゃないだろうな?』 ヴェダーが何か言おうとしたが、アディームがそれを遮り、語り始めた。 『皆の者よ、どうか聞いて欲しい。魔王が現れ、そして勇者も出現した。これは必然なのだ。しかし、これからが本当の勝負なのだ。我々は、一刻も早く、魔王の魔の手から、世界を救わねばならない。どうか、皆で力を合わせるのだ!』 ドロレスは、アディームに言った。 『ああ、あたしたちもそのつもりでここまで来たんだ。魔王を封印する方法を教えてくれよ』 アディームは、オーブに手を当てると、空間に映像を浮かばせた。まるで宙に浮いた絵画のようである。その絵は、動いていた。4人の人間が、真ん中の影の周りを囲んでいる。 『いいか、これを見てくれ。魔王の周りを取り囲む四つの民だ。それぞれの力を使い、魔王の動きを封じ込める。そして、勇者の剣で、魔王の額に剣を突き刺す。そうすると、魔王は、この世界の体を失い、再び深淵に戻り、深い眠りに付くのだ。』 しかしガラたちは、それを聞いてアディームに詰め寄った。一体あの強大な力を持つ魔王にどうやって立ち向かって行くのか、力を封じ込めるのはどうしたらいいのか、勇者はどうすればその剣を手にするのか、それはまさに不安という言葉に支配された姿であった。 アディームは、ガラたちをなだめ、ゆっくりと説明しようとした。 『分かった。君たちの言いたいことはよく分かった。まずは、これを説明させてくれ!』 アディームは、オーブから少し離れて何やら呪文のようなものを唱え出した。 すると、オーブの光がさらに強くなり、その床に描かれている文字が緑色に光出したのである。 その時であった。 ドーンという音と共に、神殿全体が揺れたのである。パラパラと砂が天井から落ちて来る。 『な、何だ?』 ガラは、思わず声を上げた。 アディームは、呪文を中断した。ふっとオーブの光と、床の文字の光が消えた。 『しまった!神聖ナナウィア帝国が、ここまでやって来たようだ!』 アディームは、階段の上に目をやると、外から大勢の兵士たちの声がした。 その時、ヴェダーが叫んだ。 『まさか、連中ここの財宝を狙っているのか!?』 そして、アディームが叫び外へと走り出した。 『皆!武器を取れ!この神殿を守り抜くのだ!』 第三章完。

0
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第8話「砂漠の城」 セレナはゆっくりと森の中へ降りていく。 ガラと、ドロレスは、セレナの背から飛び降り、大声を出して、ヴェダーを呼んだ。 『おーい!ヴェダー!悪かった!合図を送ろうとしただけなんだ!』 『生きてるかー?』 セレナも辺りをキョロキョロと見渡し、彼を探している。 ヴェダーが落下した森は、大きな針葉樹林で、木の一本一本が恐ろしく大きく長い。まるでガラたちが小人になったかのようである。 すると、上の方から声がしてきた。 『貴様!許さんぞ!俺に不意打ちを喰らわすなんてな!』 ヴェダーは、木に引っかかって逆さまにぶら下がっていた。 『おっ!いたいた!いやぁごめんごめん!力の加減を誤った!あんたのペガサス速すぎるからさ、もう少しゆっくり飛んで欲しかったんだ!』 ドロレスは、ぶら下がっているヴェダーを見上げながら言った。 ヴェダーは、チッと舌打ちをし、ぶら下がっている木を何とか外そうとした。その時、バキバキと木の枝が折れ、ヴェダーが落下してきたのである。 『やばい!』 ドロレスは、咄嗟にヴェダーを受け止めようと落下地点までダッシュしたが、ヴェダーは一行に落ちてこない。ドロレスは、おや思って、上を見上げた。 すると、ヴェダーがフワフワとまるで羽毛のようにゆっくりと降りてきた。そして、そのままドロレスの目の前に着地したのである。 『魔法か?』 ドロレスが言うと、ヴェダーは、体に付いた木の枝を手でパッパと払いながら言った。 『俺は風の民の末裔だ。常に俺の体は“風の祝福”を受けているのだ。』 “風の祝福”とは、風の精霊が体のまわりを覆い、その人を守ってくれるはたらきである。高いところから落ちたり、また高く飛んだりも出来る。ヴェダーのペガサスが速いのも、風の祝福により、空気抵抗を極力少なくしているからである。 ヴェダーは、苛立ちながらドロレスに言った。 『まったく、なんて強引な合図だ!もっと他にやり方があるだろう』 ドロレスは、頭をかきながら答えた。 『ごめんごめんて!だってさ、お前のペガサスが速すぎて、あれだとセレナの体力が持たないよ!』 ヴェダーは、ぷいと空の方に振り向いて、ピッと口笛を鳴らした。 『これは、遠足じゃないんだぞ。一刻一秒を争う正義と悪魔のレースなのだ!』 と言った時、空からヴェダーのペガサスが舞い降りてきた。 ガラがヴェダーに声をかけた。 『だが、もうほぼ1日飛びっぱなしだ。さすがのセレナもへとへとだぜ。俺も腹減ってきたし』 セレナはいつの間にか人間の姿に戻り、服を着ている。そしてヴェダーに言った。 『ヴェダー腹減った!休もうよ』 ヴェダーは、皆に目線を一人ずつやると、ふうとため息をついて言った。 『わかった、わかった。ではここらで休憩しよう…』 ガラたちは、テントを張り、食事を取った。 ドロレスは、ヴェダーに尋ねた。 『今どこら辺まで来てるんだ?』 ヴェダーは、串焼きの肉に齧り付きながら答えた。 『この森を抜ければ砂漠に入る。さらに南へ進むと、巨大な川とオアシスが見えてくる。そこの中心がサーバスだ。あと1日くらい飛べば着くだろう』 ガラはさすがに速いなと思った。パンテラからサーバスまでは徒歩で三〜四ヶ月はかかる距離である。ヴェダーの時間短縮案は、確かに的を得ている。 移動時間が短縮されればされるほど、捜索の時間に割けるというわけだ。 『サーバスへ着いたら、まず神殿に向かうのか?』 ヴェダーは答えた。 『トレント王から書簡を預かっている。公式の文書だ。まずは、サーバスの王に会い、緊急事態ということをサーバスにも知らせよう。神殿へ案内してもらって、そこで調査開始だ。』 ドロレスは感心した。 『さすがだな!準備万端じゃないか!』 ヴェダーは、ドロレスに「はぁ」とため息をつきながら言った。 『お前らな、何も考えずにサーバスに行こうとしてたのか?事は一刻一秒を争うんだ。やれることをあらかじめ準備しておかなければ、あっという間に一ヶ月なんて経っちまうぞ!』 ドロレスは、ふんと鼻をならし串焼き肉に齧り付いた。 【サーバス王国】 国土のおよそ8割が砂漠であり、東西にオズボン川が流れている。そのおよそ中央にオアシスがあり、首都「アイウォミ」がある。王である「ギーザ8世」は、奔放な性格で、妾が実に80名もおり、国中の美女を集めては、祭りや神事を頻繁に催していた。 外交的には、神聖ナナウィア帝国と対立しており、クァン・トゥー王国が勃興してくるまでは、ほとんどその二国間での争いが絶えなかった。 また勇者の墓であり、聖なる竜と崇められているアディームの神殿には、ドラゴンのオーブの他に、古代からの様々な財宝が眠っているとされている。歴史は古代魔導王朝よりも古く、起源はおよそ、5000年も前だとされている。 ガラたちは、その日は森の中のテントで一晩休み、翌朝早くに出発しようと決めた。 『近くに小川が流れてたから、水汲んできたよ。』 『おう、ありがとな』 ドロレスは、桶いっぱいに水を汲み、ガラは夕食の準備をしていた。 『あれ?風のあいつは?』 “風のあいつ”とはヴェダーのことである。ガラとドロレスの間では、その名で語るようになっていた。 『ん?そこら辺にいないか?さっきまでそこで薪を割っていたんだがな…』 ドロレスはあたりを見回してみたが、誰もいる気配がなかった。 『セレナもいないぞ?』 ガラは、獲れたての獲物を捌いている。 『セレナは小川で体を洗ってくるって言ってたぞ』 ドロレスは、ふーんと言いながら考えたが、ふと嫌な予感がした。このタイミングでセレナとヴェダーが居なくなるのはおかしい。ドロレスは、ガラにちょっと二人を探してくると伝え、再び小川の方へ向かった。 森の奥深くを縫うように流れる小川は、下流へと進むにつれ水かさを増し、さざめく水音を響かせながら、濃い青緑色の池へと静かに注ぎ込む。そこでは、別の峰から滑り落ちる川が小さな滝を織りなし、銀の飛沫を散らして同じ池に集っていた。 セレナはその小さな滝の下で水浴びをしていた。彼女の白く透き通るような肌は、滝から落ちる飛沫を弾き、それが夕陽に照らされ、キラキラと輝いていた。 ドロレスは、セレナに声を掛けようと手を上げたその時、セレナに降り注ぐ滝の上に人影が見えた。 『あれは何だ?』 ドロレスは、咄嗟に息を潜め、池の周りをぐるっと回りながら、滝の上まで近付いて見ることにした。 ドロレスがその人影に近付いてみると、そこには、金髪で耳の尖ったハイエルフがしゃがみこんでおり、滝の下を覗いていたのである。 『うおお…なんと美しい…あれはまさしく女神、竜の女神だな…』 ドロレスは、そのハイエルフが誰なのかすぐに分かった。ドロレスは、ハイエルフの背後まで近付いたが、一向に気が付かれていない。 『おい…』 『うおお!この尻も目に焼き付けておかなければな…』 『おい』 『おおっ!こっちを向け!もっとこっちを…』 『おい!』 その声でハッと気付いたハイエルフは、ガバッと立ち上がり、くるっと振り向いた。 『どわっ!ド、ドド、ドロレス!』 やはりそのハイエルフはヴェダーであった。彼が振り向いたそこには、ドロレスが鬼の形相で腕を組んで立っていたのである。 『風の祝福を受けたいのか?』 ヴェダーは、意外なドロレスの言葉に、何を返したら良いか一瞬戸惑った。その数秒のうちに、既にドロレスの膝蹴りが、ヴェダーの股間に深くめり込んでいたのである。 『んぐぅふっ!?』 ヴェダーは、激痛が走る股間を抑え、悶絶しようとした。しかし、その刹那ドロレスの動作は既に次の段階へと入っていた。即ち、それはヴェダーの顎下から突き上げてくる拳のことである。 「パキャッ!」 ヴェダーは、宙を舞った。顎は大きく空に上がり、ヴェダーの体ごと川の水の飛沫が夕陽に照らされ、キラキラと輝きながら、そのまま滝の下へと落ちていったのである。その時、ヴェダーは、ドロレスの言葉の意味を理解したのである。 しかし、ヴェダーは、ドロレスに伝えたいことがあった。それは、“風の祝福”の効果は、何故か水面には適応しないということである。 ヴェダーはそのまま、真っ逆さまに滝壺へ落ちた。 セレナのすぐ背後であった。セレナが立っているところからすぐ背後は、数メートルの深みがあった。それが不幸中の幸いであった。もし、セレナの目の前に落ちていたら、命を失っていたのかもしれない。ドボーンという水飛沫にセレナは驚いた。 『きゃっ!』 セレナが上を見上げると、そこにはドロレスがおり、手を振っていた。 『セレナ〜!アホなエルフがいたから退治しといたぞ〜!』 そして、日が沈み、あたりは星空が一面に広がった。 『ぶふぇっくし!』 ヴェダーは、ガタガタと震えながら、焚き火に当たっている。焚き火の上には、びしょ濡れのエルフの装束が木に吊るされて干されている。 『まったく!あたしの嫌な予感が当たったな!やっぱりこのパーティーについて来て正解だったよ!』 ドロレスは、スープを飲みながら切り株に腰掛け、鼻息荒くヴェダーにわざと聞こえるような声で言った。 セレナはクスクスと笑っている。ガラは呆れた顔でヴェダーを見つめている。 『ま、まぁ、あれだな。ドラゴンの女というものがどういうもんなのか見て確かめたかったんだ…』 ヴェダーの弁解は、まるで大海原に石ころを投げるように、何一つとして彼らの心には響かなかった様だ。 ドロレスは、ヴェダーの視線がチラチラとセレナの方を向いていたのは、前から薄々と感じていた。確かにセレナは、絶世の美女であり、心は生まれたばかりの赤子のように純粋である。彼女の魅力に誰しもが惹かれるのは当然であろう。 無論ドロレス本人も、セレナのことが大好きであった。彼女は異性愛者ではあるが、セレナの美しさ、可愛さは放って置けないほど愛おしく、そして人間の嫌味のようなものがまったくない。 すべてを受け入れてくれる女神のような包容力は、一緒に居ると心から安堵する感覚があった。 だからこそ、この美しい娘に近付く“悪い虫”には目を光らせておかなければいけない。 ドロレスは、ガラに向けて言った。 『ガラ!あんたがハッキリしないと、この子は他の男に取られちまうぞ!』 ガラは困惑している。頭をポリポリと掻きながらバツが悪そうにスープを皿によそっている。 『あ、まぁ、あれだ、その…』 ガラもセレナに対して愛情はあった。セレナが自分に対して好意を持ってくれているというのも分かっていた。しかし、セレナのドラゴンとしての生き方を尊重すべきか、自分の気持ちを伝えて、彼女と一生共にするのか揺れていたのが事実である。 ドロレスは、ガラを見て、はぁとため息をついた。 『これだから男ってのは…』 ドロレスは、ガラの気持ちも実は分かっていた。だが、それも分かっていてもガラに強く当たってしまう自分にも、彼女は苛立っていたのである。 その時、セレナが立ち上がり、ヴェダーの方へと歩いていった。 『?セレナ…どうした?』 セレナは、腰を屈め、ヴェダーの唇にキスをした。 『んっ!な、何故!?』 ヴェダーは、驚いて腰掛けから落ちた。ガラとドロレスも驚いて立ち上がった。 『セ、セレナ!』 『お前…何を!?』 セレナはニコニコしながら、言った。 『はじめからこうすれば良かった。これで飛んでいても話が出来る!』 ドロレスは、頭を抱えて目を瞑った。 『セレナ〜!確かにそうだけど、そうすると奴がまた勘違いしちまうよ!』 ガラは首を振って笑った。 ヴェダーは、すくっと立ち上がってセレナの両肩に手を置き、セレナの目をじっと見つめた。 『セレナ!好きだ!』 セレナはあははと笑い、ヴェダーの頭をポンポンと触った。 『私も好きだよ!ありがと!』 ドロレスもこの滑稽なやりとりを見て笑うしかなかった。 『こりゃ楽しい旅になりそうだ…』 ーーそして、次の日の朝、まだ東の空が白み始めた頃、ガラたちは砂漠の国サーバスへと出発した。 深い針葉樹林を抜けると、広大な砂漠が目の前に広がった。気温はぐんぐんと上昇し、照りつける太陽の日差しがガラたちの肌に突き刺さる。 『こいつは、しんどいな…』 前を走るヴェダーも徐々にスピードが落ちていく。その時、ヴェダーが東の方を指差し、ガラたちに何かを伝えている。 『セレナ、ヴェダーは何を言ってるんだ?』 ドロレスがセレナに聞くと、セレナは思念でヴェダーに尋ねた。 《東の空を見ろ。砂の嵐がやってくるぞ!って言ってる》 『な、何だって?』 ガラは、目を凝らして東の空を見た。遥か向こうの地平線近くが何やら黒くもやがかっていた。 それは段々と近付いてきて、真っ黒な雲の塊が波のように押し寄せて来るのが分かった。 『な、なんだあれは!?』 真っ黒の雲の中ではパッパッと稲光が見え、物凄い勢いで渦を巻いているようであった。 その時、セレナがガラたちに伝えた。 《ヴェダーが、谷を見つけたみたい!そこに避難しようって!》 ヴェダーと、セレナは、大きく旋回し、岩山が谷のように割れている場所に降り立った。 既に、空はビュービューと風が唸っていた。 『目を開けるな!砂嵐が去るまでクロークを被りじっとしてるんだ!』 セレナは人間の姿に戻り、ガラたちと一塊になってうずくまった。 風はどんどん勢いを増し、嵐が近付いてくるのを感じた。 『来たぞ!エアロスミス!』 ヴェダーは、中心に立ち、手を上にあげて、風の魔法のシェルターを作り出した。 『凄いな、風の魔法か!』 『ああ、だが完全には防げんぞ、目を閉じて鼻と口を布で覆うんだ!』 ゴーゴーと勢いを増し、風が暴風となって谷の上を通過している。 ガラがクロークの中からヴェダーに聞いた。 『これも魔王の仕業なのか?』 『いや、これは砂漠にとっての“日常”だ。早く過ぎ去ってくれればいいが…』 幸いにも1時間程で砂嵐は去っていった。ヴェダーが懸念していた通り、時には一日中嵐が去らないこともあるという。 その時、ドロレスが少し笑いながら言った。 『分かったからもう離していいよセレナ。もう嵐は去ったから…』 セレナは、きょとんとしている。 『え?私何もしてないよ?』 セレナは両手をあげてドロレスに言った。 『え?だって、あたしの足を掴んでただろ?じゃあ、ガラか?』 ガラも両手をあげた。 『いや、俺はさっきから普通にしゃがんでただけだぜ』 ドロレスは、自分の足元を見た。 すると、何やら大きな触手のようなものが足に巻き付いていたのである。 『ゲッ!な、何だこれ!?』 その瞬間、無数の触手がびゅーっと伸び、ガラとセレナの足にも巻き付いてきた。 『ぐわっ!』 『きゃっ!何これ!』 ヴェダーは、何事かと振り向いた。 『しまった!ここはサンドワームの巣か!』 その瞬間、ガラ、ドロレス、セレナは、巻き付いた触手に谷の奥まで引き摺り込まれてしまった。 3人とも物凄い勢いで、引き摺り込まれていく。彼らの引き摺られた後を砂埃が舞う。 『くっ!どこまで引き摺ってくつもりだ!』 『この変なの取れない!凄い力!』 ヴェダーは、すぐに口笛でペガサスを呼び、彼らを追い掛ける。 『フライヴィ!』 ヴェダーの手から風の魔法の刃が放たれる。 シュバッ!とセレナの足元に絡みついている触手が切り離された。 セレナはゴロゴロと横に転がって止まった。 しかし、まだガラとドロレスは、引き摺られたままである。 ガラは、引き摺られながらも、手を触手へとかざし、狙いを定めた。 『ファズ!』 ガラの手から光球が放たれ、触手に当たり爆発した。 ドーンという音と共に、触手はちぎられ、ガラはズザーっと砂を滑り、そこで止まった。 『ドロレス!』 ドロレスは、未だに引き摺られているが、その先に何やら大きな穴が空いているのが見えた。 『ヤバい!このままではその穴に引き摺り込まれるぞ!』 セレナはドラゴンになり、足でドロレスの肩を掴んだ。 しかし、ドロレスに巻き付いた触手は、離そうとしない。 『ぐあっ!足がちぎれそうだ!』 ドロレスは、苦しそうにもがいている。 ヴェダーは再びフライヴィを放ち、ドロレスの触手を切り飛ばした。 その時、穴から凄まじい鳴き声が聞こえてきた。 『ギャァース!!』 その時、ドーンという音と共に、穴から巨大なワームが姿を現した。ガラたちがかつてサーティ平原の沼地で出会ったワームとは比べ物にならないくらいの大きさである。巨大なワームは天高く、太くて長い体を伸ばし、太陽の光を遮った。 『で、デカいぞ!』 セレナはすぐにガラとドロレスを掴み空高く飛び上がった。 ヴェダーも旋回し、ワームから遠ざかるように飛び上がる。 ある程度距離が離れると、サンドワームは再び穴に潜っていった。 『ふう、こんなデカいサンドワームは初めてみたな…』 ガラが呟くと、ヴェダーは言った。 『おそらく魔王の影響だろう。魔物の力が強まっている。早くサーバスへ向かわなくては…』 ガラ一行は、再びサーバスへと向かった。 しかし、広大な砂漠は、どこまでも続いているかのようであった。見渡す限り地平線が続き、太陽の光がまたしても彼らを襲った。 『も、もう限界だ…水も尽きたし…』 ドロレスは、ぐったりしていた。 セレナも段々とスピードが落ちていく。 《ドロレス…しっかり!》 ガラはドロレスにクロークを被せた。 『後少しだけ辛抱しろ。もう少しでオアシスが見えてくるはずだ。』 『ったく、あんたは火の民だからいいよな。暑さなんて全然感じないんだろ?』 ガラは答えた。 『まぁ、そんなに暑いと思ったことはねぇな…』 ドロレスは悔しさのあまり、後ろに乗っているガラに肘鉄をぶつけた。 『くそっくそっ!あたしも火の民になりたかった!』 その時、ヴェダーが前方を指差した。 《見えたって!オアシスだ!川もあるって!》 『うっひゃーっ!!水だ!緑だ!でっかい川だ!』 目の前に広がる広大な緑とオアシス。そして、その中央付近に巨大な川が見えた。奥には黄金に光り輝く荘厳な城も見える。そしてその周りには小さな滝や湖が無数にあった。砂漠の渇いた空気に、オアシスの湿気が混じっているのが分かる。ドロレスは、先程の疲れが吹き飛んだように喜びを爆発させた。 『ここが、サーバスか!』 ヴェダーは、ペガサスを降ろした。 ガラたちは、オアシスの中へと進み、サーバスの首都「アイウォミ」にある「パラノ城」へと向かった。 オアシスの中は、ヤシの木やサボテン、シダの葉など様々な植物が生い茂り、聞いたことない鳴き声で鳴く鳥など、まるでジャングルのようであった。次第に住居がちらほらと見え、増えていく。そして、市場のように様々な店が立ち並ぶ通りに出た。 『うわ〜!こんな砂漠のど真ん中にこんな盛り上がってる場所があったなんてな!』 ドロレスとセレナは目を輝かせて、街をキョロキョロと見回した。行き交う人々は、商人や農民、旅人など様々で、ガラたちに近寄ってくる物売りなどもいた。屋台からスパイスの効いた食べ物の匂いが漂い、そして、お香のようや心の安らぐ匂いもしてきた。 街の中には、金の像などの装飾も多く、煌びやかな雰囲気が所々に点在していた。 そして、ガラたちは、黄金の装飾が眩しいサーバスの城「パラノ城」の門の前に辿り着いた。 門番が出てきて、ガラたちに尋ねた。 『ここはサーバスの中心、アイウォミのパラノ城である。旅人よ、何の用で参った?』 ヴェダーは懐からトレント王からの書簡を出し、門番に渡した。門番は、書簡を受け取り城の中へと入っていった。しばらくすると門が開き、ガラたちは城の中へと入っていった。 『よし、ここまでは順調だな!』 ドロレスは、得意気に腰に手をやり、先頭をズンズンと大股で城の中に入ったが、急に立ち止まった。後に続くガラたちがドロレスにぶつかる。 『っと!いきなり立ち止まんな… ガラがドロレスに注意しようとするのを遮るように、ドロレスはガラに手をぶんぶんと振り上を見ろと指差した。 そこには、黄金に光り輝く星型の紋章のタペストリーが掲げられ、黄金の鎧などの装飾、幾何学模様柄の陶器、花崗岩の柱に大理石の床など、まさに贅の限りを尽くした絢爛豪華な大広間があった。 『こいつは凄い…!』 『サーバス…なんという財力だ…』 『おいおい、ここは天国かぁ〜?』 『キレイ!みんなキラキラしてる!』 そして、大階段の奥には、巨大な黄金の扉があった。両脇にいる兵士が扉を開けた。 そこには、両側に沢山の美女が立っており、奥の玉座には、煌びやかな王冠を被り、艶のある髭を蓄えた恰幅の良い王の姿があった。 王の前に立っている従者が口を開いた。 『クァン・トゥー王国からの使者よ。よくぞ参られた。ここに座すのは、サーバス国王ギーザ八世陛下であらせられるぞ!』 ギーザ王は髭を触りながら豪快な笑顔で、ガラたちを出迎えた。 『ようこそ、我が国サーバスへ!』

1
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第7話「勇者だった男」 シーマ自治国のメインストリートには、多くの店が立ち並ぶ。武器屋、防具屋、雑貨屋など、旅人がよく立ち寄る店が多いが、料理屋、青果店などもあり、旅人だけではなく、住人たちなどたくさんの人々で賑わっている。 “防具のランゴ” という看板の店のドアが開き、二人の人間が出てきた。一人は35歳くらいの人間種の男性、もう一人は10歳にも満たないこちらも人間種の少年である。どちらも褐色の肌で黒髪。親子であろうか。しかしどちらもボロボロの衣服を着用し、男性の左足は棒切れのような義足であった。 麻布の袋を担ぎ、よたよたと歩いている。 少年は、男性の方を見上げながら呟くように声をかけた。 『また売れなかったね…』 男性は、苦虫を噛み潰したような顔をし、不貞腐れたように言った。 『とんだ誤算だ。どの店も獅子の紋章入りの胸当てなど受け付けぬそうだ…クァン・トゥーで売れば1,000トレントはくだらんというのに…』 少年は、寂しそうな顔で呟いた。 『ダン、お腹すいたよ…』 『分かってる!何とか金を作って、たらふく食わせてやるから待ってろ…』 その見窄らしい親子のような二人は、かつて世界最強の勇者と言われた男、アマダーン(今はダンと名乗っているが)と、伝説の勇者の末裔とされる少年マーズであった。 二人は、川沿いにポツンと立つ小屋で1週間ほど暮らしていたが、食糧が底をつき、やむなく町の方まで出てきたのであった。 もうかれこれ10店舗はまわっただろうか、ダンは勇者の時身に付けていた銀の胸当てを売り、金を作ろうとしていたのだが、獅子の紋章といえば、悪名名高い「クァン・トゥー王国」の紋章である。誰もそんな物騒な代物は欲しくないという。 もしそんな物を店頭に並べた日には、すぐにドワーフ議会に通報が入り、憲兵たちに根掘り葉掘り聞かれるに決まっているからだ。また店頭に並べなくても、そんな代物を買う大金自体、どの店も持ち合わせていなかったのである。 シーマ自治国は、ドワーフが治める自治国家であり、王が存在しない。すべて選挙で決まる議員を中心とした議会が国を運営しており、国民は誰しもが自由に議員になれる権利を持っている。しかし実際のところは、それは表向きで、経済力や、社会的地位があり、それらを地盤として持っていなければ、選挙をしても到底勝つことは出来ない。 外交では、どの国にも属さない中立を保っており、ドワーフの国民性ともいうべき、高い技術力を活かし、他国への武器や技術者の供給で、その地位を担保している。ドワーフ国家といっても、約7割がドワーフで、あとは様々な人種が入り混じっている。 ダンは既に一度入った店に再度お願いしてみようかと思い、もう一度通りを戻ろうとした。 その時であった。 店と店の間の細い路地で、ごろつきたちが何かを囲んでいる。振り返ろうとするダンの視線の中にその路地が入った時、ほんの一瞬であったが、ごろつきに囲まれているドワーフが、ダンに向けて叫んだ。 『そこのあんた!サーバスの人かい!頼む!助けてくれ!』 ダンはその路地の方を見た。 ごろつきたちがギロっとダンを睨み付ける。早くここを立ち去れと言わんばかりの顔つきである。 ダンは一瞬閃いた。今このドワーフを助ければ、幾らか謝礼を貰えるはずだと。 マーズはごろつきたちの顔を見て、怯えてダンの影に隠れた。ダンは、麻袋をグイッと持ち直し、ヨロヨロとその路地に向けて歩き出した。 ダンを呼び止めたドワーフは、彼の見窄らしい姿に失望の色を隠せなかった。ごろつきたちは、自分たちにおかまいなしにヨロヨロと歩きながら近付いてくる貧相なサーバス人を見て、嘲笑った。 『おいおい、兄ちゃんヨォ〜。お前さんこいつの知り合いかぁ?ちげぇよなぁ?なら、悪りぃこた言わねえ、その大きな荷物置いて、とっととけぇるんだな』 ダンはヨロヨロと近付くのをやめない。 『お、おい、おい!聞こえねぇのかよ!!』 ごろつきの一人がダン目掛けてナタを振り上げた。マーズは思わず目を覆った。 マーズは、すぐに叫び声や、血の吹き出す音が聞こえると思った。しかし、何も聞こえてこない。それどころか、「え?」とか「おう?」とか変な声を出すごろつきの声がしてくるのであった。マーズはゆっくりと覆った指の隙間を開けてみた。 ごろつきは、何度も何度もダンにナタやナイフを突き刺したり、叩いたりしてるが、まったく傷が付かず、まるで鈍くて硬い粘土にぶつけるかのような音しか聞こえてこない。ダンは何事もなく、そのドワーフにヨロヨロと近付き、とうとう目の前まで辿り着いたのであった。 ごろつきたちの表情は、驚きから次第に恐怖へと変わっていくのであった。 その時、ダンはドワーフに声をかけた。 『お前を助けてやる。頼むから、なんかあの子に食わせてやってくれないか?』 ダンの動きには、まるでまったくごろつきが存在していないような感じであった。 ごろつきたちは、お互いの顔を見合わせて言った。 『な、なんだこいつは?なんで当たらないんだ?』 ダンはごろつきたちにその時初めて目線をやった。 『2、3、4、…4人か。』 と言った途端、ダンのすぐ両脇にいる二人のごろつきが吹っ飛び、壁にぶち当たった。 『ぐえっ!』 ダンは、拳を両側に伸ばしている。パンチを繰り出したのであろうか。しかし、誰もその起動すら見えていなかった。吹っ飛んだごろつきたちは、失神している。 残り二人のごろつきは、血相を変えて恐怖した。 『な、なんなんだおめぇは!?』 一人はナイフをダンに向けながら、ガタガタと震えている。もう一人はジリジリとダンから遠ざかっている。 ドワーフは、遠ざかるごろつきを見て言った。 『いかん!』 遠ざかったごろつきは、すぐさまマーズを掴み、グイッと自分の近くへ持ってきた。そして、ナイフをマーズの首元へ当てたのである。 『おい!お前!この子がどうなってもいいのか?』 マーズは怯えている。体もガタガタと震えている。その姿を見てダンはというと、表情一つ変えていない。それどころか、普段の会話のような声色で、マーズに話しかけた。 『ほら、坊主。今だぞ。お前さんの真の力を出す時だ。ほら、出してごらん』 ごろつきは、ダンの言動に理解が出来なかった。それはマーズも同じであった。 だがダンは続けた。 『ほら、ほら!暴れてみろって!』 ダンは両手を広げてマーズをけしかけるように言った。 マーズは何のことなのか分かっていない。それよりも早く助けて欲しいと願っている。 『ほら!どうした坊主!』 『た、助けて!』 『なんだよ!ダメか?』 『だめ…』 『ホントにだめ?』 『だめ!』 ダンはマーズの言葉に落胆した。 『何だよ!それでも勇者かよ!?』 そんなやり取りをしながら、ごろつきやドワーフは、理解に苦しんでいる。 その瞬間であった。ナイフをダンに突き付けていたごろつきの手からナイフが消えていたのだ。 『おっ!あ、あれ?』 ごろつきは自分の手のひらや裏をくるくるとまわしながら不思議そうに、なくなったナイフを探し出した。 そして、マーズの首元へナイフを突き付けていたごろつきの体が震え出した。 『ぐ、ぐえっ…』 なんと、そのごろつきの額に深々とナイフが刺さっていたのである。マーズを捕まえていたごろつきは、白目を剥いて後ろにばたんと倒れた。 『う、うわぁ!』 マーズはびっくりして、ダンの方へ駆け寄った。 ナイフを無くしたごろつきは、すぐさま逃げようとしたが、ダンに呼び止められた。 『おい、お前…そのドワーフから取ったものをそこに置いておくんだな』 ごろつきは、腰に付いている袋から金貨を幾つか出し、地面に置いた。そして、一目散に逃げて行ったのである。 ドワーフは、何が起きたのか信じられなかった。ダンの動作自体が見えなかったのである。ドワーフからしたら、ごろつきたちが勝手に吹っ飛び、勝手に倒れて、勝手に逃げ出したかのようにも見えたのである。 『あ、ありがとう…あ、あんた…すごいな…一体何もんなんだ…?』 ダンはマーズを近くに呼び、ドワーフに答えた。 『俺は…ダン。サーバスから来たんだ。これは息子のマーズ。頼む…何か食べ物を恵んでくれないか?』 ドワーフは、首を大きく縦に振った。 『あ、ああ!もちろんだとも!近くにうちがある。来るといい!』 ドワーフは、ダンとマーズを連れて、通りから少し離れた家に案内した。 マーズはダンを見上げて小さな声で言った。 『…息子?』 ダンは、マーズに小声で言った。 『ここではそういうことにしろ。誘拐や奴隷売買だとか疑われたら厄介だろ。幸い俺とお前はサーバス人だ。怪しまれたりはしない…』 ドワーフの家に到着し、ドアを開けた途端、ダンとマーズの目のには、すべての壁一面にびっしりと並んだ甲冑が飛び込んできた。 『うわぁ!凄い数の甲冑だね!』 『こいつぁ驚いた…あんた甲冑職人か?』 ドワーフは、ニコニコしながら答えた。 『ああ、ここらでは甲冑職人のファンゴで通ってるよ。どら、奥から何か食い物を探してくるから、甲冑を見ていてくれ。』 ファンゴは、家の奥へと入っていった。壁にびっしりと並んでいる甲冑は、様々な形があり、どれも美しく光り輝いていた。ダンは、勇者時代から様々な甲冑を身に付けて来たせいか、ファンゴの腕が只者ではないことがすぐに分かった。止金の締まり具合、関節部分の細かさ、まさにこれは一級品である。 『こいつは凄まじいな…』 奥からファンゴが、たくさんの食べ物を持ってきた。フルーツやパン、肉の燻製や、ミルク。それらをどかっとテーブルの上に置いた。 『さ、命の恩人よ。好きなだけ食ってくれ』 ダンとマーズは、椅子に座り、無我夢中で貪り付いた。 ファンゴは、二人の様子をニコニコしながら見て、言った。 『まだ沢山あるからな、あ、そうだ。とっておきのシチューも作ってやるぞ。』 ダンは命を助けたとはいえ、ファンゴの心意気に痛く感動した。何故だろうか。ダンは自分自身の心の中に、今までは無かった感情が存在していることを認識せざるを得なかった。 『ところで、ファンゴ。あんた、なんであそこで絡まれてたんだ?』 ファンゴは、首を振りながら肩をすくめた。 『なぁに、オラは商会に歯向かってるからな。連中は何かとケチつけてくるのさ…』 『商会?』 ファンゴ曰く、シーマ自治国の商売を仕切っているのは「ブラックモアズ商会」という団体らしい。市場で商売するものは、すべて彼らの息がかかっている。物の値段はすべて彼らの言い値で決まり、噂では議会ですら裏で糸を引いてるというのである。 ファンゴは頑固な職人で、作るものはすべて原料から製法まで拘り抜いている。ある日、商会は彼に限界以上の安値で大量の甲冑を注文した。 しかし彼はそれを突っぱね、破談にしようとした。しかし、商会はそれを許さず半ば強引に取引を進めたのである。 『それから、毎晩嫌がらせがあってな、仕方なく無理な注文を受けるしかなかったのさ…』 ファンゴは、店の裏から何やら一つの甲冑を持ち出し、ダンに渡した。 『ほら、これを触ってみな。連中が言う値段で、強引にこさえてやったしろもんだ。』 ダンはその甲冑を触った途端、ペコペコと音がする程へこむのである。甲冑は、限界まで薄く作ってあった。ふざけて作ったにしては、恐ろしいほどの、技術力である。 『これを奴らに送ったらよ、案の定奴らのお怒りを買っちまったというわけさ』 ファンゴは、そう言うと、ふとダンの足元を見た。 『ところで旦那、その足は…』 ダンは、左足を持ち上げた。棒切れでお粗末に括り付けてある簡素な“義足”をファンゴに見せた。 『オラ、甲冑のかたわら義足や義手も作ってんだ。完全に予約制だがな。どら、さっきの御礼だよ。あんたにピッタリな義足を作ってやるよ』 ダンは目を開いた。 『それは本当か!とても助かる!』 ダンとマーズは、その日ファンゴの家に泊まらせてもらった。 二人ともあたたかいベッドの上で寝るのは、久しぶりであった。おかげでその日はぐっすりと眠れたのであった。 そして、次の日の朝… 『旦那、ほらよ。ざっとこんなもんだ』 ファンゴは、ダンに金属製の義足を手渡した。 金属であるが、恐ろしいほど軽く頑丈である。そして、足首は柔軟に曲がるようになっており、まるで人間の足のような形をしている。 『こいつは…なんてこった。凄いな…』 ダンは驚き過ぎて語彙力さえもなくなってしまった。 『ただの鉄製じゃねぇぞ。ラット鋼製だ。鋼より硬く、軽い。そして錆び知らずさ。そんで魔法石が組み込まれてるから、関節の曲がり具合を微調整してくれる。なぁに、3日も付けてりゃ、ほとんど自分の足みてぇになるぞ』 ダンはその義足をはめてみた。まるで付けていないかのような軽さである。そして、体重をかけてもまったくよろけない安定感がある。魔法石の効果であろうか。ダンは足首を失ってからはじめてまともに動けたである。 再びダンの胸の中から熱さが込み上げてきた。人の心の温もりを彼はこの時、しっかりと感じることが出来たのである。ダンは思わずファンゴを抱きしめた。 『ありがとう!本当に感謝してもしきれん…』 昨日まで近寄りがたかった男が、涙を浮かべて喜んでいる姿に、ファンゴももらい泣きしてしまったようだ。二人とも涙を拭い、肩を叩き合った。 マーズは寝ぼけ眼でその様子を見ていた。ダンの涙を初めて見た少年は、なんだか心が晴れていくような気がした。 そして、ダンはファンゴに銀の胸当てをあげた。 『これをもらってくれないか。俺がクァン・トゥーにいた時に使ってた物だ。売れば相当な金になる』 ファンゴは、胸当てを受け取った。 『この獅子の紋章をうまく消せば、なんとか売れるだろう。こりゃあすげぇシロモンだぜ!ありがとよ!また近くに寄ったら来てくれ!』 そして、ダンとマーズは、ファンゴに別れを言い、その場を後にした。 マーズはダンに声をかけた。 『胸当てあげちゃっていいの?』 ダンはマーズの方に向いて言った。 『見てみろ、普通に歩けるぞ。お前はこの有り難さを分からないのか?まぁ、俺に考えがあるんだ…』 ダンはニコッと笑い、通りを進んだ。 ダンは人伝に聞き、とある屋敷の前に着いた。 門の上には大きな看板が掲げられており、そこには“ブラックモアズ商会”と書かれていた。 『坊主、ちょっとそこでしばらく待ってろ』 ダンはマーズにそう言うと、一人で屋敷の中に入っていった。 マーズは待ちぼうけをくらった。1時間、いや2時間ほど待っていたであろうか。時折りダンに捨てられたのではないかと焦りもした。 そして、およそ3時間後、屋敷のドアがギイイと開いたかと思うと、ずっしりと大きな袋を抱えたダンが出てきた。少し息があがっているようだ。 『これでよし、待たせたな坊主。少しお話をつけてきたんだ…これは戦利品さ。』 袋の中には何が入っているのであろうか、マーズはその時分からなかったが、大金と様々な通行証などであった。 そして、その後何故かファンゴに対する嫌がらせをするようなものは全く居なくなったという。 『これでしばらく楽に過ごせるな…とりあえず馬車に、ありったけの食料やら家具やら必要な物を買って帰ろう』 マーズは目をキラキラさせてダンを見つめた。出会った時は、怖くて近寄り難い男だったが、その腕っぷしや行動力に、次第に憧れの眼差しを送るようになっていったのである。 『帰ったら特訓だ。お前に剣を教えてやる』 マーズは力強く頷いた。 そして、再び彼らが市場に向かおうとした時である。ダンは突然、マーズに路地裏にそれろと指示を出した。そして、路地裏に入った瞬間、ダンは後ろを振り向き、剣を取り出した。いつの間に剣を持っていたのであろうか?おそらく先程のブラックモアズ商会で“拝借”したのであろう。 そしてダンの後を追うように路地裏に入ってきた一人の男の胸ぐらを掴み、壁に押し当て、剣を喉元に当てがった。 『貴様。俺が気が付かないとでも思ったか?』 その男は、突然の出来事に、思わず手を挙げ、声を出した。 『いや、すまん!驚かすつもりはなかったんだ!剣をしまってくれ!』 そして、その男が次に放つ言葉に、ダンは驚いた。 『勇者アマダーンよ。わが眷族(けんぞく)を保護していただき、感謝する』 ダンは剣をさらにぐいっと押し込んだ。 『貴様!何故俺の名を知っている!』 男はおそらく、サーバス人であろうか。ダンやマーズと同じく褐色の肌に艶のある黒髪。口髭を蓄えており、真っ白な装束に身を包んでいた。気品ある雰囲気は、貴族のようでもある。しかし、ここらの風土にはいささか場違いな感じもした。 温和な表情で、その目は透き通るように美しく、淡いグリーンの色をしていた。 『すまぬ。まず名乗るべきなのだろうな。私はアディーム。砂漠の国のドラゴンだ』 ダンは、一瞬耳を疑った。 そして、マーズはダン越しに見えたその男を見るなり、とても懐かしい感じがしたのである。そして、思わず声をあげた。 『父さん…?』 ダンはマーズの言葉にさらに驚いた。父親だと?一体何が起きているのか理解するのに必死であった。男は穏やかな口調で話し始めた。 『アマダーンよ。どうか聞いて欲しい。お願いだ。まずこの剣をどけてくれないだろうか』 ダンはゆっくりと剣を下ろした。 『すまない。ドラゴンと聞いて受け入れたな。分かるぞ。お前は既にドラゴンを知っているからな。その首に付けている石はまさしくドラゴンのオーブの卵だ。アズィールであろうか?』 ダンはアズィールの遺灰から取れた石の首飾りを握った。これは自分しか知り得ない真実である。まさにこの時、この男がアディームであると認めざるを得なかったのである。 『ドラゴンのオーブの卵だと?』 彼は毎晩のようにうなされた時、この石を見つめると不思議な落ち着きを取り戻していた。その秘密がまさにこれであったのだ。 アディームは続けた。 『アマダーンよ。ビョンセから託されたであろうその子はまさしく、伝説の勇者の末裔だ。というより、正しくは“選ばれた者”であるのだがな。彼はビョンセが身籠った時には、ただの人間の子であった。しかし、死産になってしまった。魔王の復活の兆しを掴んだドラゴンの意志は、その赤子に再び命を吹き込んだのだ。』 ダンは、マーズを見つめた。そして、ビョンセの語っていた通り、死産の赤子が命を吹き返したことを思い出した。まさに彼女の言っていた通りである。 『分かった。で、そのドラゴンが俺に何の用なのだ?』 アディームはダンに言った。 『魔王が復活したのは知ってるであろう。魔王と勇者は、表裏一体。即ち陰と陽。その子には魔王を封印する尊き使命があるのだ。どうか、お願いだ。その子を連れてサーバスの神殿、即ち勇者の墓に向かうのだ。そこで火の民の子と風の民の子に出会え。そこでまた再び会おう。』 そう言うとアディームは、煙のようにふっと姿を消したのである。 ダンは驚いてまわりをキョロキョロと見渡した。 『な、今のは何だ?幻か…?』 マーズはダンの服をぐいと引っ張った。 『ダン。あの人は誰なの?僕のお父さんなの?とても懐かしい気がした…』 ダンはマーズの言葉に、これは幻ではないと分かった。そして、ビョンセの言葉が真実であると再び痛感したのである。 『サーバスか…火の民の子だと…?』 ダンは、“火の民”と聞いて思い浮かぶ人間は一人しかいなかった。 『まさかな…』 ーーサーバスに向けて、空を飛ぶ二つの影があった。一つは、翼の生えた駿馬。そしてもう一つは、大きなドラゴンである。 『そろそろ、慣れてきたか?ドロレス?』 シルバードラゴンのセレナの背に乗ったガラは、ずっとうずくまって目を閉じているドロレスに声をかけた。 『ううう〜!な、なぁセレナ…もう少しゆっくり飛んでくれないか?』 セレナは思念でドロレスに答える。 《ヴェダーのペガサスが速いの!追いかけるだけで精一杯!気を抜いたら見失っちゃう!》 ガラは、物凄いスピードで空を駆けるペガサスに目をやると、呟いた。 『あいつ…風の民の末裔だからな。他のペガサス乗りよりも数段上の速さだ。』 ドロレスは、セレナに伝える。 『セレナ!ちょっと休憩しないか?ヴェダーの横につけてくれ!』 セレナはぐんとスピードを上げ、ヴェダーの横につけた。風の抵抗が凄まじく、ガラもドロレスも、少し体を前屈みにしてセレナにしがみ付いた。 ヴェダーは、横についたセレナに気が付いた。 『ん?どうした?何かあったのか?』 ドロレスは、必死で手を振り、ヴェダーに合図を送った。 しかし、ヴェダーは、笑顔で手を振りかえした。 『くそっ!奴は全然分かってない!』 次第に再びグングンとヴェダーが遠ざかる。 『こ、こうなったら…』 ドロレスは、ゴソゴソと道具袋から、メガデス(彼女専用のバトルアックス)を取り出した。 『お、おい、それどうすんだよ?』 ガラは心配そうに見ているが、ドロレスは、グッとメガデスを構えた。 『ロイヤル・ハント!』 ドロレスは、ヴェダーの背中目掛けてメガデスを放った。 『ば、ばか!何やってんだ!』 ガラが言った瞬間、メガデスは、ヴェダーの背中にゴン!とぶつかり、ヴェダーは、バランスを崩して落馬してしまった。 『のわぁぁぁ〜っ!!』 『あ、いけね!力の加減間違った…』 ドロレスは、頭をかいた。 ヴェダーは、バタバタと手足を動かしながら落ちていく。 《大変!》 セレナは落ちていくヴェダーを追いかけるが、間に合わない。 ヴェダーは、下の森に落下した。 バリバリと木の枝がぶつかり、折れる音がする。 『やっちまったな…』 『やばい…』 ガラたちは顔が青ざめた。

1
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第6話「伝説」 『ハァハァ…こいつで最後か?』 ガラは、おそらく最後の1匹であろうバジリスクの首元に剣を突き立て、その場にしゃがみ込んだ。 懐から(古代技術の通信道具)トレモラームを取り出し、話し出した。 『こちら、ガラ、おそらく最後の1匹を仕留めた。そっちはどうだ?』 トレモラームから、ドロレスの声が聞こえる。 《ガラ!よかった!多分あんたのとこが1番多かったよ!お疲れ様!歩兵たちはどう?》 ガラは、辺りを見回した。魔物の死骸の山が広がっているが、歩兵たちの死体もいくつかあった。遠くの方で何人かヨロヨロと歩いているのが分かる。 『こちらは、ほとんどやられちまったみてぇだな。俺以外は数名ってとこだ。』 ヴェダーの声がする。 《ガラよ!よくやった!空から確認したが、やはりそれで最後のようだな。パンテラにやってきた魔物はもういない。》 エズィールの声も聞こえて来た。 《全体的に被害状況を把握している。およそ、半数が生き残っているな。よくやった!あの数をよく凌いだ!我々の勝利だ!》 魔王の復活から、およそ一ヶ月。人類は、未だかつてないほどの魔物の軍勢を討伐したのである。 暫定王国パンテラでは、怪我人の治療や、破壊された外壁の修理などが行われていた。 夜には、亡くなった兵士たちの追悼がトレント王を中心に行われた。人々は、悲しんだが、絶望や恐怖よりも、戦って魔物たちを退けたことの喜びの方が大きかったのである。 ヴェダーがペガサス隊と共に、サーティマへ再度偵察に向かい、新たな魔物の出現がなくなったことを確認した。 そして、パンテラ領主の館では、軍法会議が行われた。エズィール、ヴェダーが被害状況を報告。また魔物の数や、種類、襲撃の形態など様々な状況も報告されていった。 そして、ボンジオビより、さらに報告があった。 『諸君、今回の戦いは、皆の団結と、準備によってもたらされた勝利と言ってよい。本当に素晴らしいことだ。しかしながら、魔王は未だにどんな手を使ってくるか分からん。そこで、再度、過去の文献を漁り、調査してみた。そうしたところ、一つの仮説を立てることが出来た。』 ボンジオビの調査によると、魔王は魔物たちを生み出す時に、一定のエネルギーを要するという。そしてある程度の数を生み出した後、再び休息を取る必要があるという。それが、今回復活からおよそ一ヶ月を要したことから、次の襲来はおそらく一ヶ月後である可能性が高いというのである。 『もちろん、この仮説を証明するのは、また一ヶ月間を待たねばならない。』 パンテラ領主オジーが答えた。 『このまま、たった一ヶ月間では、次また魔物の軍勢が来たらもう勝ち目はないぞ。他国からの応援も間に合わんだろう。』 ボンジオビはゆっくりと頷く。 『さよう、だがむしろこの仮説を信じたい。もし、明日また魔物が来たらもう終わりだ。』 一同に緊張感が走る。そこで、ドロレスが発言した。 『その仮説、確かに的を得てると思うな。だって、もしそれが違うなら、魔王はもっと魔物を出して数で圧倒してくるはずだ。なぜまた静かになったのか説明がつかない』 ヴェダーが、続けた。 『であるならば、この一ヶ月が勝負だ。』 ヴェダーが言う「勝負」とは、四つの民と、勇者の末裔の捜索、そして、魔王封印の秘密を解くことである。それを約一ヶ月で行わなければならない。 『ただ、一ヶ月まるまる捜索に費やすのはダメだ。準備が必要だからな。3週間で戻ってきて、1週間で準備し、最終決戦だ。』 ヴェダーの提案に皆納得した。また、ヴェダーが言うところの「スピードが大事」というのもその通りである。 そして、捜索隊が割り振られる会議が始まった。 まず、水の民の捜索である。マコトが言った。 『これは、もともと拙者が親父から託された一人旅。武士の情けで、一人で帰らせていただきたい。ですが、捜索は必ず迅速に行い、水の民を連れて来るとお約束しよう』 よって、水の民の捜索は、マコトが単独で行うことになった。 そして、砂漠の国「サーバス」へ向かい、勇者の捜索をする人選である。それにはまずガラが選ばれた。火の民である彼は、暑さに強く、実力もある為である。また暑さが懸念される為、全身羽毛のエズィールよりも、セレナが選ばれた。 その時、ヴェダーが発言した。 『そこに俺も同行しよう!』 ガラはヴェダーを睨み付けた。ヴェダーは、咳払いして、話し出した。 『コホン、勇者の末裔の捜索と、封印の秘密を探るのは、二人だけだと何かと厳しいだろう。ここにはもっと人数を割くべきだ。本来なら知見のあるエズィールが行くべきだが、俺も勇者の文献は、昔読んだことがある。であるならば、俺しか適任はいないだろう?』 そして、フリンが手を上げた。 『はい!あたいもガラを手伝う!』 ヴェダーは、フリンを見て言った。 『子猫ちゃん、お前はダメだ』 『えっ!なんでよ?』 ヴェダーは、フリンを見ながら言った。 『砂漠の国だぞ?そんな全身毛むくじゃらでは、暑さに耐えられんだろう。三人でよい』 フリンはその言葉を聞いて、憤慨したが、引き下がらざるを得なかった。何故なら、彼女は本当に暑さに弱かったのである。 『フリンには、神聖ナナウィア帝国へ、エズィール、サンボラと共に行ってもらうのが良いだろう』 サンボラは、神聖ナナウィア帝国出身である為、外せない。エズィールの知見も利用したい。そこをサポートする役目である。 そして、体の大きなチドはパンテラに留まり、魔物の襲来に備え、防衛の責任を担うことになった。ドロレスは、空を飛ぶのが苦手だと言うこともあったが、パンテラ周辺の地理に詳しいとのことで、チドと共に防衛にまわったのである。 エズィールが言った。 『問題は、私がここを離れるということは、オーブから離れるということ。その期間、魔法の結界が解かれてしまうということである。』 ヴェダーは返した。 『エズィール、それは心配に及ばん。ペガサスで既にトトへ救援を要請してある。エルフの魔法使いたちが集結し、ここに結界を張ってくれる』 『へぇ、あんたやるじゃん』 ドロレスが感心した。ヴェダーは、ドロレスを見て言った。 『今頃気付いたのか?俺は完璧なんだよ。』 その時、ヴェダーは、チラッとセレナの方を見た。しかし、ガラがヴェダーの方を睨み付けており、目が合った。ヴェダーは、すぐさま目を逸らした。 『よ、よし、皆の者、捜索隊はこれで文句はないな?』 その時、会議室のドアが開き、何人かの人間が入ってきた。 『はいはい、話はまとまったかい?これは、あたしたちからの差し入れだよ!』 その声を聞いたセレナとドロレスは、懐かしさと暖かさに包まれた。 『マリル!こっちに来てたのか!』 マングー村の温泉宿の女主人マリルと、ルワンゴたちである。彼らマングー村の住人たちも、魔物の襲来に備えて、パンテラへ避難していたのであった。セレナは再会を喜び、抱き合った。 マリルは、彼ら捜索隊の皆に「マリル特製ドリンク」をたくさん用意し、ルワンゴは、息子のトゥインゴと共に、捜索隊に新たな武器を用意してくれていたのである。 ーーー次の日の朝。 それぞれの旅立ちの朝である。各々は、魔物が再び襲来するであろう、約一ヶ月という短期間で四つの民と、勇者の捜索、また魔王封印の秘密を明かさねばならない。まさにまったく勝ち目のないギャンブルのような任務である。それに人類の未来がかかっている。しかし、人類はその賭けにのるしかないのであった。 パンテラの門近くには、彼らの旅立ちを見送る為、住民たちのほとんどが集まってきていた。物凄い群衆である。彼らはすっかり国の英雄になっていた。 『セレナ!』 セレナが振り向くと、群衆の中から一人の少女が駆け寄ってきた。マリルの一人娘ルナであった。セレナはルナに抱き付いた。 『必ず生きて帰ってきてね!約束!』 セレナはかたい握手をし、約束を誓った。 『ドラゴンねーちゃん!』 またセレナに駆け寄って来る子供たちの姿があった。彼らは獣人やエルフなど亜人種の子供たちであった。 『あっ!あなたたちは!』 彼らは、以前ガラと初めてパンテラに訪れた時、奴隷商人の旅団から救出した子供たちであった。 セレナは再会を喜び、彼らを温かく抱擁した。 ヴェダーは、そんなセレナの姿に、目を細くしながら見守っていた。 『なんと、人望もある素晴らしい女性なんだ…』 ガラは、そんなヴェダーの様子を見て先が思いやられる気がしたのである。 『さあ、皆!出発の準備はいいか?』 門に集まって来たのは、民衆だけではなく、トレント王、領主オジーなどもいた。まさに国をあげての送迎であった。 『皆のもの、神のご加護を!どうか無事であれ!』 マコトは、ペガサスに跨り、颯爽と空を駆けて行った。 『では、しばしの別れじゃ!行って参る!』 そして、エズィール、サンボラ、フリンたちも出発した。フリンはエズィールに乗り、サンボラはペガサスに跨った。 『必ずや、土の民を連れて帰るぞ!』 最後に、ガラたちである。 ドラゴンに変身したセレナにガラが乗り、ヴェダーはペガサスに乗った。 『よし、では行ってくる!チドよ!留守を頼む!』 ヴェダーがチドに向けて言うと、セレナがガラに思念で伝えた。 《あれ?ドロレスは?》 ガラは群衆を見渡した。 『おかしいな、見送りに来ないのか…』 その時、群衆の後ろから声がした。 『ま、待ってくれ〜!』 セレナとガラが声のする方へ目を向けた。 『ドロレス!』 ドロレスが、群衆をかき分けてやって来たのである。何やらドロレスは、革袋を背負っている。 『はぁ、はぁ、やっぱりあたしも行くよ!』 ガラは驚き、ドロレスに言った。 『行くって、お前、空は平気なのかよ?』 ドロレスは、ガラに言った。 『ああ、我慢する!あれからよく考えたんだ。これはあたしが行かないといけないってさ!』 ヴェダーは、ドロレスに言った。 『街の防衛は大丈夫なのか?』 ドロレスは、ヴェダーに向けて言った。 『ああ、チドだけで何とかなる。あと、街にはまだ魔導士や兵士たち、それにこれからエルフの魔法使いたちも来るんだろ?それよりも、このメンツの旅が1番重要だと思うんだ』 ヴェダーは、ドロレスの言い分にあまり納得は行かなかったが、ドロレスは既にガラの前、セレナに乗っていたのである。 『セレナも嬉しいってさ』 ドロレスは、セレナの首をポンポンと叩いて言った。 『仕方ない、考えている暇はないか。では行くぞ!』 こうして、それぞれの使命の旅は開始されたのであった。 ーーーガラたちが旅立つおよそ一ヶ月ほど前。 ドワーフの統治する自治国家「シーマ自治国」 その外れに位置する川辺のほとりにある小屋。 そこには、かつてクァン・トゥー王国最強と謳われた戦士「勇者アマダーン」が居た。 しかし、もはやその男はかつての栄光とは程遠い姿で、静かにひっそりと暮らしていた。 『うぅっ…』 魔王に吹き飛ばされた左足首。エルフの回復魔法により、傷口は塞がったが、時折激痛に襲われ、夜が眠れない日が続いた。 生活するうえで、バランスを取らなくてはいけない為、木の枝で簡易的な義足を作り、革の紐で縛り付けていた。だがしっかり縛っていないとすぐに解けてしまう為、なるべくきつく縛らなくてはいけない。それにより、長時間履いていると、うっ血し、さらに痛みが酷くなるという有様であった。 『くそっ!なんという屈辱だ…』 そして、彼の眠れぬ夜の原因はそれだけではなかった。あの時、復活した魔王を目の前にし、赤子同然のようにあしらわれてしまった事、左足を失い、心を寄せていたエルフの竜の巫女アズィールをも失ってしまった日のこと。 あの日を境に、彼の栄光の日々は音を立てて崩れ去ってしまったのであった。 彼は夜になると、不安と孤独で心がずんと重くなり、涙が溢れて呼吸が乱れるのであった。なんと情けない姿であろうか。過去の自分がまるで今の自分を指差し、嘲笑っている気がした。情けないお前など、勇者失格であると、谷底に蹴落とされている気もした。 その時、アズィールの遺灰から拾った不思議な輝く石を見つめると、自然と心が落ち着き、ゆっくりと眠れるのであった。まるで、アズィールが彼に添い寝をし、頭を優しく撫でてくれているような感覚があった。 そんな日々を過ごしていたある日の朝、突然やってきた二人の母子により、彼の生活にまた少し変化が訪れたのである。 砂漠の国「サーバス」からやってきたという母子は、身なりはボロボロで、痩せ細っていたが、共に目には輝きがあり、何か信念を感じさせるものがあった。 母の名前は「ビョンセ」。息子は「マーズ」といった。ビョンセはかつて宮殿に仕える魔法使いであったが、マーズを身籠った時に引退し、砂漠のドラゴン「アディーム」が祀られているという神殿で巫女として暮らしていたという。 サーバスでは、アディームを神聖なるドラゴンとして崇め、実際にその姿を見たものはいなかったが、神殿の地下に眠るオーブと共に、その伝承は大切に守られてきていた。年に数回行われる祭事では、地下よりオーブが持ち出され、盛大に行事が行われていたという。 しかし、とある祭事の夜、ビョンセは突然の腹痛に襲われ、意識を失ってしまった。同時にお腹の中の子は、母の胎内から取り出されたが、息をしておらず、死産という悲しい結末を迎えてしまったのであった。 悲しみに明け暮れていた時、その子の亡骸の前に一人の男性が現れた。穏やかな笑みを浮かべ、うっすらと光輝くその姿を見たビョンセは、夢か幻を見ているのだと思ったが、まわりの巫女たちも同じようにそれを目撃しており、信じざるを得なかった。 男性はそっと赤子の亡骸に手を当てると、ふっと煙のように姿を消した。すると、突然赤子は息を吹き返し、ぎゃあぎゃあと泣き出したという。 ビョンセと巫女たちは涙を流して喜び、これはアディーム様の御計らいであると、感謝に打ち震えたのであった。 そして、その少年はサーバスの言葉で「勇気ある者」という意味の「マーズ」という名を付けられ、すくすくと成長していった。 その子が8歳の誕生日を迎えたその日の夜、ビョンセのもとに再びあの男性が現れた。 男性は、ビョンセに「マーズと共に、エルフのドラゴンの危機を救え」という言葉を伝えた。 ビョンセは何事が理解する前に、その男性は、ドラゴンへと姿を変え、空に飛び立っていったというのである。まさしくあれはアディームの姿であり、その言葉はお告げであるとビョンセは信じてやまなかった。 『わたくしは、この子を勇敢な勇者に育てようと必死でした。だって、あのお方が命を下さったのですもの。この子が特別でない理由などないではないですか』 アマダーン、いや、今となってはダンという名の男は、黙ってその話を聞いていた。そして、ビョンセに聞いた。 『その、少年…マーズの大いなる力とは何なのだ?』 ビョンセは語り出した。 サーバスの神殿から旅立った彼らには、当初護衛が二人にラクダも一頭ついていたそうだ。しかし、国境付近に差し掛かった時に、盗賊に襲われ、捕えられてしまったという。その時に、二人の護衛は殺され、ラクダも、持っていた物もすべて奪われてしまったそうだ。 絶望の淵にいた時、マーズが突然暴れ出し、盗賊たちを一人残らず倒してしまったのだという。 『でもそのあと、この子は意識を失ってね、目が覚めたら、何も覚えてないって言うの。でも、私は確かにこの目で見ました。あれはまさに勇者よ。』 ダンはにわかに信じ難かったが、勇者という言葉に最早何の縁もないと思っていた彼には、不思議な繋がりを感じていた。 『なぜ、勇者と分かる?その力の他には…』 ビョンセは、サーバスに伝わる勇者の伝説を話し出した。そして、アディームの神殿こそ、伝説の勇者の墳墓(ふんぼ)、即ち墓であるという。 『我々サーバスの民は、古来より古(いにしえ)の勇者と共にアディーム様を崇めていました。しかし勇者の血脈は途絶えており、今でいうところの勇者英雄隊こそ我が国にもありますが、それとはまったく別のものなのです。』 確かに、ダンはかつて勇者英雄隊としてサーバスを攻め入った時に、サーバスの勇者を葬っていたのである。 『なるほど…ふん、名だけの勇者ということか…』 ダンは少し自嘲するような顔をした。 『我々アディーム様に仕える巫女は、勇者復活の予言を信じ、日々祈りを捧げてきました。そして、それがまさに起こったのです。』 しかしダンは悲しげな顔をした。 『だか、エルフのドラゴンはこの世からなくなり、魔王が蘇った…』 ビョンセは、驚いた。 『な、何ですって!魔王が!』 マーズは川原で遊んでいる。 ダンは、静かに自分のここまできた経緯を話した。本来なら彼は、自らの過去を他人に語ることなど決してしなかった。しかしなぜかこのビョンセという女性には聞いて欲しいと思ったのである。それは、自らの栄光ある過去を、自分という存在を、確かめたかっただけなのかもしれない。たった一人、目の前のこの女性でもいい。改めて自分が生きていることを証明したかっただけなのかもしれない。 ビョンセは、ダンの過去を知り、ほろほろと泣き出した。 『おいおい、何もそこまで同情せんでも…』 ビョンセは首を振った。 『いいえ。私は、確信したのです。この不思議な縁(えにし)こそ、勇者の伝説が真実であることの裏付けであります。ダン様。どうか、この子を、マーズを貴方様に託したいのです。どうか、貴方様こそがこの子に相応しい。身勝手だとは思いますが、どうか!お願い致します!』 ビョンセの突然の願いに、ダンは戸惑いを隠せなかった。 『な、何をいう!俺はもう何もかも失った男だぞ!』 ビョンセは、深く頭を垂れながら涙を流して訴えた。 『ダン様!私はもう、身も心もボロボロでございます。長旅で病を患い、最早命尽きる身。この不思議な縁こそ、すべて意味のあることなのです!』 ダンは考えたが、まだ答えは出なかった。 まさか自分の元に勇者の末裔が現れ、託されるとは。この子を育て上げ、あの魔王と戦わせろというのであろうか。ダンはこの運命の悪戯とも言うべき事態を飲み込むのに必死であった。ダンは考えさせてくれと言い、母子を一晩泊めてやることにした。 そして、次の日の朝… ダンは、少年の泣き声で目が覚めた。マーズがビョンセに覆い被さり、泣き喚いているのである。 『どうした坊主、お母さんの具合でも悪いのか?』 ダンは眠っているビョンセの顔に触れた。 なんとビョンセは冷たくなり、そのまま息を引き取っていたのである。 マーズは泣きじゃくっていた。 ダンは昨晩のビョンセの言葉が脳裏に焼き付いて離れない。 ダンはビョンセの亡骸を燃やし、アズィールの墓の隣に埋葬した。 ダンは、泣きじゃくるマーズを見て言った。 『坊主、俺は父も母も知らない。たった一人で生きてきたんだ。お前もこれを乗り越えるんだ』 マーズはひくひくと震えながら、必死で涙を拭い、悲しみを堪えていた。 ダンはビョンセの願いに対して、はっきりとした回答を出せなかった。しかし、答える前に彼女はこの世を去ってしまったのである。 このままこの少年を放っておくにはあまりにも冷酷だとも思った。 その時、ダンは驚いた。 天涯孤独で生きてきた彼は、勇者として他国を攻め入った時、すべてを焼き払い、女子供も、容赦しなかった。徹底的に他国の「魔王」を完膚なきまでに叩き潰していったのである。次第にまわりからは、鬼神だとか、修羅だとかと恐れられていた。そんな自分が、たった一人の少年のことを放っておけないと思ったのである。 自分にはまだそんな人の心が残されていたのかと驚いた。そして、その人の心を取り戻してくれたのが、アズィールであったと彼は思った。 アズィールとの旅は、ほんの一瞬のような出来事であったが、彼女と出会ってから確実に何かが変わったという実感があった。 『アズィールよ…』 彼の首に掛けられている不思議な石がぼんやりと光った気がした。 そして、ダンはマーズに話しかけた。 『坊主、俺はかつて勇者と言われていた男だ。お前は勇者のように強くなりたいか?』 マーズは、鼻をすすりながら、力強く頷いた。 ダンはニコッと笑い。マーズの肩に手をぽんと置いた。 『よし、これから俺がお前を鍛えてやる。覚悟しろよ!』 木漏れ日の中、爽やかな風が二人の間をすり抜けていった。

1
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第5話「激突」 魔王の復活から、およそ一ヶ月の月日が流れた。あれから依然として魔物たちの動向はなく、暫定王国パンテラでは、着々と外壁の強化や避難民保護区が作られていった。 魔物の襲撃にいくつかの集落も襲われたが、周辺でまだ生き残っている住民たちも避難させたのである。 ハイエルフのヴェダーは、ガラと共にペガサスでサーティマへ偵察へ向かった。 『こちら偵察隊、聞こえるか?』 ヴェダーは、かつて魔導士たちが使っていた古代魔導の遺物で、遠くからでも会話が出来る「トレモラーム」という装置を持っていた。 ボンジオビが、魔導士以外の人間でも使えるように、改良したのである。 装置からボンジオビの声がする。 《よく聞こえるぞ。だが、あまり使い過ぎるなよ。僅かだが使用者の霊力を使っているのだからな》 ヴェダーは、それに答える。 『了解、これよりクローサー城付近に着く。』 ガラと、ヴェダーはそれぞれペガサスを操り、クローサー城の上空を旋回した。 『まったく、もぬけの殻だな。魔物どころか、生き物が一匹もおらん』 ガラがそう言うと、ヴェダーが答えた。 『ああ、だが油断するなよ。俺たちは4要素の民のうちの二つなんだからな、俺らがいなくなったら、魔王封印が遠のいてしまう』 二人は、まず城下町に降り立ち、街の様子を探ることにした。 昼間であったが、薄暗く、街の中は一人も居なかった。野良猫や野良犬、鳥のさえずりすらなく、街は静まり返っていた。街並みは崩れた建物、崩れた石畳の道のあちこちから雑草が生え、瓦礫が散乱していた。クローサー城の城壁から吹き荒ぶ風がただビューと不気味な音を立てていた。 『なぁ、ガラ…』 ヴェダーは、街の家屋や店の中を覗きながら、ガラに話しかけた。 『あ?何だ?何か見つかったのか?』 『お前、セレナと付き合ってんのか?』 ガラは、突然予想だにしない質問に、思わず、ヴェダーの方を振り向いた。 『は?な、何言ってんだお前!』 ヴェダーは、言葉を続けた。 『俺はあの子に惚れたんだ。ルカサ(トトの首都)評議会で、あの子を見た瞬間、こう、胸にグサっと刺さるのが分かったんだ。』 アマダーンの策略により、ガラたちが一時トト評議会に捕えられ、尋問を受けた時である。 『俺は既に100年ほど生きているが、あんなに美しい女に会ったことはない。』 『女っていうか、ドラゴンだがな』 ガラの鋭い指摘にも怯むことのないヴェダーは、至って真剣な目付きであった。 『ガラよ、答えてくれ!お前とあの子は愛し合っているのか?』 ガラは少し黙って、考えた。ヴェダーは、また質問をぶつける。 『な、なぁ、どうなんだ?』 『別にそういう仲じゃねえよ』 ガラは、キッとヴェダーを睨みつけた。 『お前、まさかこの話をする為に俺を偵察隊に選んだのか?』 ヴェダーは、キリッとした表情で答えた。 『ああ、だがこうでもしないと、こんなこと、あそこでは聞けんだろう』 『呆れた野郎だ!こんな一大事に…』 ヴェダーは、怯まずにガラに尋ねた。 『だが、あの子がお前を見る目、経験上よく分かるぞ、あれは「恋する乙女の目」だ!』 ガラはヴェダーを無視しながら家屋を調べ始めた。 『な、なあ、あの子はお前に惚れている。それをお前は、分かってんのか?』 『…』 ガラは無視を続けている。 『俺が奪っていいか?』 ガラは少し、動きを止めた。 『…あ、ああ、奪えるもんならな』 『な、何だそりゃ!お前!何でそんなに余裕たっぷりなんだ?』 『うるせえな、何しに来たんだよ。偵察しに来たんじゃねえのか?』 二人はクローサー城の近くまで来た。 『…キスしたのか?』 ガラは、パンテラの地下道を走り、魔導士の追っ手から逃げていた時を思い出した。 『ああ、したよ』 『なっ!貴様!』 ヴェダーは、激しく憤っている。 ガラは、少しいたずらな表情を浮かべた。 『俺と一生、一緒に居たいんだとよ…』 サーティ平原で遊牧民に捕まった時、セレナはガラへの思いをぶつけていたのであった。 ヴェダーは、思わずトレモラームを地面に投げ付けた。 『っざけんな!チキショウ!!』 ガラは慌てた。 『おい!馬鹿!壊すな!』 ヴェダーは、トレモラームを拾い、話し出した。 『ヴェダーだ。聞こえるか?』 《うん?どうした。少し聞き取りにくくなってるが、何とか分かるぞ》 『これから、城内を見回る。』 装置を再び懐にしまい、ヴェダーは、ガラを睨みつけた。 『心配するな。まだ使える!…ガラよ!俺は決めたぞ!必ずあの子を、セレナを俺のものにしてみせる!』 ガラは、やれやれという表情で、城の中に入ろうとした。 その時であった。 崩れた城壁の内側からバッと何か大きな影が飛び出してきた。 『!?』 ガラは、とっさにメタリカを引き抜き、上を見上げた。 『きぇぇーっ!!!』 叫び声と共に、その影はガラに襲いかかり、ガキン!と剣がぶつかる音が響く。そして、その影は素早く後ろに飛び、ずざっと地面に降り立った。 『魔物か!?』 ヴェダーも、剣を抜き、ガラの方へ駆け寄る。 それは、城壁の影でよく見えなかったが、こちらにゆっくりと近付いてくる。次第に陽の光照らされると、その姿がはっきりと見えてきた。 それは、ウェアキャット(猫型獣人)の女戦士であった。 全身が猫のような茶トラの毛皮で覆われているが、姿形は人間の女性のように曲線美を描いている。長い尻尾がゆらゆらと揺れ、顔付きも、ちょうど人間と猫の合いの子のようであり、青く美しい瞳に、猫のようなヒゲを生やしている。 その女は鋼の胸当てを付け、両手に短剣を持ち、構えていた。 ガラは、メタリカを構えていたが、ウェアキャットの女は、何かに気付いたようだ。 『ん?ガラ?…ガラか?』 ガラはどこか懐かしい声を聴いた気がしたのである。 『ん?…あ、フリンか!?』 ウェアキャットは、その声を聴いた途端、双剣を捨て、ガラに抱きついてきた。 『ガラ!久しぶりだな!会いたかった〜!!』 ガラは驚いて、慌てた。 『うおっ!フリン!お前、一体ここで何してんだ!?』 彼女は、勇者英雄隊の一人、フリンであった。クァン・トゥー王国の命により、最近力を増してきた北方の遊牧民討伐へと出掛けていたのである。見事遊牧民を退けた後、クァン・トゥーへ戻ったらこの有様であったという訳である。 『ガラ!一体何がどうなってるんだか、こっちが知りたいよ!チドと二人でクァン・トゥーに戻って来たら、街は空っぽ!何もない!あたいは夢でも見てるのかと思って、ここを彷徨ってたのさ!』 フリンの様子を見て、ヴェダーは、わなわなと体が震え出した。 『ん?ガラ、何だこのエルフ』 フリンはガラに抱きつきながらヴェダーを指差した。 『ああ、こいつはトトからやってきたヴェダーだ。いい加減離れろって!』 ヴェダーは、ガラを睨みつけ、言った。 『おいおいおい、何だこの可愛い子猫ちゃんは…お前…なるほど…そういうことか…この子猫ちゃんが居るのを黙ってて、あの子をたぶらかしていたと言う訳か…!!』 ガラは呆れた顔で言った。 『あのな、こいつは元同僚だ。クァン・トゥーの勇者英雄隊だよ。』 フリンはヴェダーを指差しながら言った。 『子猫ちゃんじゃない!あたいはフリンだ!お前、 ガラをいじめると、この鋭い爪で引っ掻くぞ!』 ヴェダーは、改めてフリンをマジマジと見つめた。 『なんと美しいウェアキャットだ…こんな美しいウェアキャットは、今の今まで見たことがない…』 フリンは、ヴェダーの言葉に驚いて顔を真っ赤にした。 『ふ、ふえぇ?あ、あたいが美しいだって?……な、なんか、照れる!』 フリンは、ガラの陰に隠れたが、尻尾が物凄い勢いで動いて、ガラの体にバシバシと当たっている。 『おい、ガラよ。お前は、そこ子猫ちゃんとセレナ、どっちを取るのだ?』 ヴェダーは、ガラの顔をビシッと指差しながら言った。 『…どっちっつったってな…どっちも、俺のもんじゃねぇし…』 フリンはガラの後ろからヴェダーに向けてこう叫んだ。 『また子猫ちゃんて言った!ふんぬー!あたいはガラのもんだもん!』 そう言うとフリンはガラに体を擦り付けた。 そして、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。 『おい!猫みてえなことすんな!ったく、何年も会ってなかったのに、全然変わってねえなお前は!』 ガラはフリンの首の後ろを掴んで、グイッと持ち上げた。フリンは手とくるっと丸め、膝も丸めている。 『な〜ご…』 「ほとんど、猫じゃないか…」と、ヴェダーは思った。 その時、城の奥から大きな足音が聞こえて来たのである。人間にしては大き過ぎる、ガラはサイクロプス級の巨人が来たと、焦りながら剣を抜いた。 『あ!チドが来た!おーい!』 フリンは、ガラの後ろからぴょんと飛び、城壁の向こうへすたっと降りた。とんでもない跳躍力である。 すると、大きな影が現れた。それは、3メートルほどの巨大なウェアタイガー(虎型獣人)であった。 ウェアタイガーは、ポールアームという斧と槍が一体になったような長い肢の武器を肩に担いでおり、腰布を巻いている。よく見ると小さなメガネを掛けていた。 『な、なんだこのバケモンは!』 ヴェダーは剣を構え、震えた声を出した。 『やっぱりガラだ。何となく匂いで分かったよ。久しぶりだね!』 ウェアタイガーは穏やかに話し始めた。その恐ろしい見た目とは裏腹な、何とも低く優しい声である。 『チド!お前も一緒だったか!久しぶりだな!』 ガラはそのウェアタイガーに抱き付いた。 ウェアタイガーは、ガラが見えなくなるくらい覆い被さるように抱きしめた。 『会いたかったよ、戦友!』 ヴェダーは、つぶやくように言った。 『こいつも英雄隊か…なるほど、世界最強と言われる訳だ…』 ガラは、今までの経緯をフリンとチドに伝えた。ヴェダーがなぜここにいるのかも。 『なるほど…それは大変だったね。で、アマンはまだ見つかってないの?』 フリンの問いかけにガラは無言で頷く。 チドは、ガラに城の中で凄いものを見たと、彼らを案内した。 『これだよ、これを見て!城がまるまる無くなって、おっきな穴が空いてるんだ!』 ガラたちは、驚愕した。 クローサー城の中心部がそっくりそのまま消え去り、巨大な穴が出現していたのである。穴はとても深く、そこがまったく見えない。 『な、なんだこりゃ…!?城壁が高くて気が付かなかった…』 そして、チドは言った。 『僕は鼻がいいからよく分かるんだけど、この中、とても悪い臭いがするよ。たくさんの魔物の臭いが!』 ガラは、そっと穴の奥を覗き込んだーーーー ガラたちがサーティマへ偵察に向かう少し前、セレナは一度コンパルサ(深淵なる森)へ戻ってみることにした。 懐かしい森の香り、動物たち、竜族の仲間たち。何一つ変わらない姿を見て、セレナは心が落ち着いた。 竜の洞窟の中で魔導士を打ち破り、老龍ヴァノの進言通り、ガラとドロレスと共にここを旅立ってから数ヶ月が経っていた。まだたったの数ヶ月であるが、彼女にとってこの数ヶ月間は、今まで生きてきた中でもっとも激しく、辛く、楽しい数ヶ月間であった。彼女の実感として何年も経ったような気さえしたのである。 洞窟の前には、ハーフドラゴンのジェズィが立ってセレナの帰りを待っていた。 『お帰りセレナ…』 セレナはジェズィと抱擁を交わし、洞窟の中へ入っていった。 洞窟の中では、オーブの近くでヴァノが眠っている。 セレナは、ヴァノの顔にキスをし、優しく抱きしめた。 『ただいまヴァノ…』 その時、ヴァノはゆっくりと目を開けた。 『セレナよ…愛しきわが一族…辛く悲しい旅であったな…』 セレナは、ううんと首を振った。 『ヴァノの願い、エルフの竜は一人救えなかったけど、私は沢山の仲間に出会えた。悲しいけれど、何だかとても楽しかったよ…』 ヴァノは、ゆっくりと答えた。 『魔王は…やはり目覚めてしまったようだな…』 セレナはヴァノを見つめて、真剣な顔になった。 『ヴァノ、私たちはどうなるの?このまま滅びてしまうの?』 『…セレナよ…それは、お前が決めるのだ。滅ぶか滅びないかではなく…必ず勝たねばならない…』 セレナは涙ぐみ、語気を荒げた。 『あの勇者だって、叶わなかったんだ。私に勝てる訳ない!』 ヴァノは、ゆっくり目を閉じて言った。 『…この世は、正義と魔との永遠の闘争なのだ…ゆえに、我々は勝ち続けなければいけない…お前が、出会った仲間たちと団結し…智慧を出し…決して諦めることなく…戦い続けるのだ…』 セレナは、ヴァノからまさに厳愛の言葉を受け取り、涙が止まらなかった。セレナ自身が、心のどこかにヴァノに頼ろうとしている心を見透かされたようであった。 ヴァノは、自身の命がもう尽きようとしてることを知っていた。これから先は、次の者たちが何とかしなければならない。ヴァノは、セレナに後を託すしかなかったのである。 『セレナよ…お前も気付いているだろうが…我はもう長くない…おそらく、これが最期となろう…』 セレナは泣きじゃくった。肩を震わせ、ヴァノの顔にたくさん涙の粒を落とした。生まれた頃から当たり前のように、自分や森や、皆を見守り続けていた存在が、今まさに命尽きようとしているのである。 ジェズィはセレナの肩に手を置いた。 セレナは、涙を拭い、ジェズィにこくりと頷いた。そして、すっとヴァノから離れた。 ヴァノはゆっくりと再び眠りについた。おそらくこれが最後の眠りであろう。 『ヴァノ…今まで本当にありがとう…』 セレナは、目を閉じた。深く深呼吸すると、目を開いた。それはまさに、ドラゴンの少女が、自分自身の力で立ち上がる決意を込めた眼差しであった。 ジェズィは、セレナに竜草がたくさん入った袋を手渡した。 『セレナ、どうかお前の未来に祝福を…』 その時、遠くの方でゴゴゴと大きな地響きのような音がしたのである。 セレナはジェズィの目を見つめ、言った。 『行かないと!』 ジェズィは、こくりと頷き、セレナを送り出した。 竜の少女は、ドラゴンの姿へと変身し、また空に向けて飛び立った。 その姿は、以前の彼女とは違い、勇ましく、そして力強かった。 ーーーガラは、クローサー城があったであろう場所に大きく開いた穴を覗き込んだ。 『うん?なんだか奥の方が赤く光ってないか?』 その時である。 ゴゴゴという地響きが鳴り響き、地面が揺れ出したのである。 『あれを見てみろ!』 ヴェダーは穴の奥を指差した。すると、穴の奥から赤い光がどんどん強くなり、中から魔物たちが這い出ようと穴を登ってきているのが分かった。 『まずい!どんどん出てくるぞ!』 ヴェダーは、すぐさま口笛でペガサスを呼び、飛び乗った。 ガラも急いでそれに乗り、フリンもペガサスに乗せた。チドは叫んだ。 『クワンカ!』 遠くからとてつもなく大きなビッグホーンが走ってきた。口には、手綱を付けている。チドはそのビッグホーンにまたがった。 『チド!パンテラに迎え!そこで会おう!』 ドドドという足音と共に、チドはビッグホーン「クワンカ」に乗り、勢いよく飛び出した、 『出てきた!魔物が出てきたぞ!防衛体制を敷け!』 ヴェダーがトレモラームで指示を出す。 《な、何だと!いよいよ来やがったか!分かった!お前たちも早く戻ってこいよ!》 トレモラームをしまい、ヴェダーは手綱を取り、さらにスピードを上げた。 一方、パンテラでは、ヴェダーの一報を受け、急ピッチで防衛体制を整えだした。兵士、魔導士、エルフたちは、それぞれ持ち場に着き、魔物の襲来に備えたのである。 ドロレスが、空を指差し、叫んだ。 『セレナだ!戻ってきた!』 セレナがパンテラに降り立った。ドロレスは、セレナに駆け寄り、服や武器を渡した。 『セレナ、とうとう来たよ!魔物の軍勢が!』 セレナは力強く頷き、武器を手にした。 『ガラは?』 セレナが尋ねると、ドロレスはそろそろ着く頃だと伝えた。 『来た!ガラたちだ!』 ガラとヴェダーのペガサスが、降り立った。セレナは、ガラと一緒にペガサスに乗っているウェアキャットに気が付いた。 『ガラ!その人は?』 ガラは答えた。 『こいつは、英雄隊のフリンだ』 セレナとフリンは数秒間見つめ合った。セレナはニコッと笑い、手を差し伸べた。 『私はセレナ、よろしくフリン』 『よろしくセレナ…』 フリンは、セレナと握手を交わした。 門番が叫ぶ。 『チド様だ!英雄隊のチド様がやってきたぞ!』 門を開けた途端、巨大なビッグホーンに乗った巨大なウェアタイガーが現れた。 それを見た住民は驚き、泣き叫んだ者もいたが、あれは味方だとヴェダーが伝えた。 『こいつらが噂の英雄隊か…』 ドロレスは、ニヤリと笑い、その姿を見ていた。 そして、トレモラームを持ち、話し始めた。 『よし、皆帰ってきたな!いよいよ奴らが来るよ!各部隊、持ち場に着け!準備はいいか?』 各部隊から通信が入る。 《こちら、歩兵隊問題なし!》 《同じく魔導士部隊、大丈夫だ!》 《ペガサス騎馬隊、配置に着いたぞ!》 『マコト?そちらはどうだ?』 《上空にてエズィールと旋回中、今のところ、動きはないようですぞ!》 ガラは、その様子を見て思った。何と頼もしい連中であろうかと。ついこの間まで歪み合っていたような人間たちが、互いに手を取り合い、団結しているのである。まさかこんな日が来るとは思ってもいなかったが、それが今、厳然たる事実として起こっているのである。 ガラはこの戦いは、必ず勝たねばならないと身を引き締めるのであった。 その時、ドロレスのトレモラームに、マコトの叫ぶ声が聞こえてきた。 《来た!魔物を確認した!とんでもない数の魔物がすぐそこまで迫って来てるぞ!》 その一報を受け、全員固唾を飲んで備えた。 マコトは、魔物たちが一定の距離に近付くまで、エズィールに乗り上空に待機している。 パンテラの外壁の外側には、何本か大きな鉄の柱が立っている。その先は細く尖っていおり、ある一定の距離を保ちながら規則正しく並んでいるのであった。 魔物たちが物凄い勢いで迫って来た。とんでもない数である。魔王が出現した直後のものとは比較にならないほどの数であった。 先程の鉄塔周辺にも魔物たちが集まって来た。 それを確認したマコトは、2本の指を眉間の前に立たせ、叫んだ。 『雷鳴よ!怒り轟け!』 その瞬間、上空から無数の稲妻が走り、鉄塔に落ちたのである。 ズドドドン!という大きな音とともに、稲妻が鉄塔を伝い、地面に走った。 周囲にいた魔物たちは、一斉に悶えながら倒れた。 そして、マコトはさらに目を閉じて神経を集中させた。 また向こうの方から魔物たちが、鉄塔付近に近付いては、さらに雷の一撃を落としていくのである。マコトはそれを数回繰り返した。 おびただしい数の魔物が倒れていく。 《まこちょん!さすがだな!今ので大分削れたんじゃないか?》 ドロレスの通信に、マコトが答える。 『かなりの数はやったが、まだまだやってくるぞ!拙者はひとまず退却する!』 エズィールに乗ったマコトは、胸を押さえながら、苦悶の表情を浮かべた。 『マコトよ。よくやったぞ!お前の術は素晴らしい。後はペガサス隊に任せるのだ!』 エズィールは、マコトを讃え、街の中へと降ろした。 しかしさらに魔物の軍勢は、次から次へと押し寄せてくる。 外壁上空にペガサス騎馬隊が現れた。空から風の魔法“フライヴィ“を放った。別名「風の刃」とも呼ばれ、真空の空間を作り出し、対象をズタズタに切り刻むのである。 地上の魔物たちは、風の魔法で、体を切り刻まれて倒れていく。 その時、空から凄まじい金切り声と共に、魔物が飛んできて、ペガサスに襲いかかった。 羽毛に覆われ、身体は蛇の様に長く、大きな翼を羽ばたかせていた。 ケツァルコアトルである。 『ぐあっ!』 ペガサス隊の一人が、噛まれ落ちていった。 すぐさま、周りから援護射撃を受け、ケツァルコアトルの全身が切り刻まれていった。 さらに空からはケツァルコアトルに加え、コカトリスなども、襲いかかってきた。 しかし、セレナが炎の息で応戦する。 地上の魔物たちの構成は、小さいものはゴブリンからトロル、スケルトン、大きなものでは、バジリスクやサイクロプスなど、地上では見たことのない、伝説や昔話にしか存在しないとされていた魔物ばかりであった。 迎え打つのはサンボラ率いる魔導士部隊、チド、ガラ、ドロレス、フリンが率いる歩兵部隊である。 ガラはファズと剣劇を駆使し、次から次へと魔物を切り刻んでいく。 ドロレスは、お得意のロイヤル・ハントで一気に魔物たちを一掃する。 素早い魔物たちも、フリンのスピードには敵わない。舞を舞う様に双剣であっという間に魔物の死体の山を築き、チドは巨人にも怯むことなく、ポールアームを振り回し、吹っ飛ばしていく。 各自がそれぞれの得意な戦い方で、魔物たちを一掃していくのであった。 そして、彼らは己の限界まで戦いを繰り広げ、またしても魔物の軍勢を退けることに成功したのである。 魔王復活より、人類との最初の激突である。 人々は、これを「パンテラの戦い」と呼び、後世まで語り継いでいくのであった。(魔王生誕の歴史より)

0
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第4話「希望」 突如として、空を覆い尽くした暗雲はたちまち姿を消し、空には満天の星々が輝いていた。 先程の騒ぎがまるで嘘のようであった。 しかしながらセレナやエズィールたちドラゴンは、以前とは明らかに世界の理(ことわり)が変化しているのを感覚的に感じ取っていたのである。 これが魔王の存在する世界なのかと、改めて実感するのであった。 魔王が出現した後、しばらくガラたちはヴェダーと共にサーティマの住民たちの避難を手助けしたが、助けられた住民は、以前のわずか10分の1ほどであった。 そして、どうやら魔王は再び姿を消し、魔物の出現も小康状態になっていった。 そして、ガラたちは近くの都市、パンテラへ向けて住民たちを移動させることにしたのである。セレナやエズィールなどドラゴンの姿に一時は住民たちも恐れていたが、彼らが勇敢に魔物たちと戦う姿を見て、どうやらドラゴンは味方であると認識したようである。 パンテラでは、サーティマからの不穏な状況が伝わっており、街の中はパニック状態になっていた。慌てて荷物をまとめて出ていく人々や、領主館に向けて説明を求めて集まる住民たちなどで溢れかえっていた。 ガラたちは、領主に会い、状況を説明した。領主は、当初、突然やってきた見ず知らずの物騒な輩を相手にしなかったが、ドロレスの姿を見て、信じざるを得なくなったのである。ドロレスは、パンテラでは一目置かれていたからである。 『いいかい、これは緊急事態なんだ。オジー、よく聞いてくれ。これからサーティマから避難民がどっと押し寄せてくる。彼らの住居と、食事が必要なんだ。』 「オジー・ブラウン」パンテラの領主でもあり、ギルドマスター、ギリオス・ブラウンの実の弟でもある。しかしながら、兄弟関係は既に絶縁状態であった。 『まったく、ギリオスのクソ兄貴が死んだと同時にお前も姿を消して、一体何がどうなってんだか訳が分からねえ。そしたら、今度はお前さんがペガサスに乗って、エルフとドラゴンを連れてきてサーティマの避難民を受け入れろだぁ?おいおい、俺の頭ん中はパニックだぞ!?』 オジーは、ギリオス殺害騒動の後、密かに調査を開始し、状況を調べていたが、ギルドの連中は口を揃えて魔導士の仕業であると言っていたそうである。 しかしながら、領主として常に魔導士の監視下に置かれている立場上、それは公にされないまま時間だけが過ぎていった。ギルドは閉鎖され、街には失業者が溢れかえった。中には「闇ギルド」なるものを勝手につくり、商売を始める者まで現れていたそうである。 『魔導士連中は、何をしてんだ?』 ガラがオジーに尋ねた。 『連中は、何か古代の道具を使って向こうの状況がよく分かってるみたいだな。どうやらアングラは死んじまって、今は連絡が取れんらしい。あたふたしてるよ。』 その時、領主の部屋に魔導士が入ってきた。上位魔導士のローブを着用している。 『失礼、領主殿。ガラ、ドロレス、また会ったな』 ガラとドロレスは、魔導士の顔をよく見た。 『あっ!お前はあの時の!』 『魔導士連合ブラインド・ガーディアン参謀長、サンボラだ。あの日の夜のことは、忘れてないぞ』 サンボラは、ガラとセレナが出会った頃、パンテラで指名手配中の彼らを捕まえようとした魔導士であった。 『領主殿、大変重要な客人が来たことを報告する』 サンボラがオジーにそう伝えると、領主の部屋のドアが開いた。 そこには、エズィールとセレナ、ヴェダー。その後ろにクァン・トゥー王国、トレント王とボンジオビの姿があった。 『な、なんと!国王陛下!』 その場にいたパンテラの人間たちが一斉に跪いた。 トレント王は、着の身着のままで来たのであろう、服装はほとんど部屋着のままであった。 『余の格好を見たら分かるであろう。どれほどの事がサーティマで、クローサー城であったか。あれはこの世のものとは到底思えん!アングラがあんな事になろうとは…』 そう言うとトレント王は、頭を抱えふらふらと倒れ込んだ、それをお付きの者が必死で支えた。 『何をしている!直ちに王の寝室を用意するのだ!』 お付きの者がそう指示を出そうとしたが王は静止した。 『よい、よいのだ。余からの願いである。どうかパンテラ領主、オジー殿よ。わがサーティマの民を迎え入れてはいただけないだろうか、同じ国民として、どうかこの願い、国王としてたっての願いである。』 オジーは、跪き、目線を落としながら言った。 『滅相もございませぬ!王自ら願い出るなどと、そうさせてしまったことが、むしろ領主としてこの上なき恥にございます!全力を持って、迎え入れる所存でございます!』 そう聞くと、トレント王は、ガラたちやヴェダーの方に向き直し、言った。 『そして、炎のガラとその仲間たち、またエルフの国トトのドラゴン、エズィール殿と、エルフの精鋭たちよ。この度の騒動、国王として誠に恥ずべきもの、誠に申し訳ない。古代魔導王朝復活計画など、宰相の発案とはいえ、その計画を主導した身、謝罪してもし尽くせぬ。まさかこのようなことになろうとは…』 王は深く頭を垂れた。 ガラ、ドロレスは素直に驚いた。 「若き王は未熟でわがまま、贅沢三昧で浪費家」 そんな評判が国中で囁かれていたからである。 王は続けた。 『そして、トトの者たちよ。貴国のオーブを奪ってしまったこと、まさに貴国を侮辱した行為であり、万死に値する。にも関わらず、命をかけてわが国民を守ってくれた。この上なき深き感謝と御礼をせねばなるまい。』 そして、その場でトレント王、パンテラ領主オジー、ガラ一行、エズィール、ヴェダーを中心に緊急対策会議が開かれたのである。 パンテラは、トレント王を中心とした暫定王国とされ、オジーは宰相に任命された。さらにパンテラに避難民保護区がつくられ、街の外壁の強化が急ピッチで行われることになった。 また、エズィールの発案により、ガラが持ち帰ったトトのオーブを使い、パンテラに魔法の結界が張られる事になった。 アングラと共に古代魔導王朝復活計画の中心者であったボンジオビは、王の計らいにより罪を免れた。それどころかむしろ古代魔導技術の研究をさらに進め、魔王を封印する計画の中心者に任命されたのである。 次から次へと矢継ぎ早に手を打つ王の姿に周囲はその認識を改めざるを得なかったのである。 トトのエルフたちは、ヴェダーを中心にパンテラの防衛を引き受け、ドニータらは事の詳細を報告する為、一旦トトへ戻る事になった。 『ドニータ、アマダーンとアズィールはどうなった?』 ヴェダーが尋ねた。ドニータは、少し沈黙したあと、鎮痛な表情で言った。 セレナが二人を野営へ連れて来たあと、治療を続けたが、アズィールは助からなかったと。そして、ふと目を離した瞬間、アマダーンはペガサスを一頭奪い、アズィールの遺体と共に姿を消したというのである。 『な、何だと!?』 『すまない!もっと早く言うべきだった。だが、既に捜索隊は出している…』 二人の会話を近くで聞いていたエズィールは、二人に歩み寄って優しく語りかけた。 『ヴェダーよ、彼女を責めないでくれ。実は私は既に感じていたのだ。彼女の死を。しかしそれを言ったところで、どうすることも出来ない。避難民の救出こそ最優先だと考えたわが同胞を心から尊敬する。そなた達はエルフの誇りだ。今は捜索隊の報告を待とうではないか。』 魔王の動向は未だに分からない。いつまた魔物の軍勢が押し寄せてくるのか、現場は依然として緊張状態が続いていた。 『ガラ、代わるよ。』 『おう』 ガラとドロレスは、交代で外壁付近の防衛の番をしていた。 『…なぁ、ガラ。ちょっとだけ話さないか?』 ガラは、ドロレスの隣に腰を下ろした。 『ガラ、あいつさ、魔王って、どう思う?』 『…どうって?アマンが…あいつがあんな風にやられるなんてな…もう次元が違うなんてもんじゃねぇよ…』 ドロレスは、クローサー城内の塔での出来事を思い出していた。 『あたしは…確かにあいつは強過ぎだけど…なんか、意外だったんだ』 ガラも思い出した。 『ああ、「まったく悪の化身」て感じではないような気がしたな…』 『そうだろ?あたしの意見を少し聞いてたんだぜ。「お前は面白い」って…不思議な感覚だった。』 そして、ドロレスはもう一つの言葉も思い出した。 『火、風、土、水…か…一体古代の人間たちはあいつをどうやって封印したんだろうな…』 『ボンジオビがそれは調べてるはずだ。だが、何か伝説と違っている部分があるかもしれねぇな…』 星空の下では、魔物の気配一つ無かった。遠くの方では、フクロウの声がする。 『勇者が滅んだ…か…いや、待てよ。おい、ドロレス、エズィールの言葉、覚えてるか?』 ドロレスは、トトの首都ルカサからドラゴンの神殿タンブへの馬車の会話を思い出した。 『あっ!そうだ!エズィールは、魔王と勇者は無にはならないとか何とかいうやつだ!』 『魔王が出て来たってことは、勇者も出て来てるはず…なんて考え方は、楽観的過ぎるか?』 二人の会話から、僅かながらに希望の光が見えたのである。二人はその僅かな希望に賭けてみようと決意したのである。 ーーーそして、夜が明けた。 夜が白んできた頃、パンテラにドニータが放ったアマダーンの捜索隊がやって来た。 ヴェダーは、ドニータらと報告を受けた。 ガラたちは、パンテラの宿の一室に泊まっていたが、朝早くに叩き起こされたのである。 『一体何があった!?魔王の軍勢が!?』 急いで支度をしたガラたちは、領主館に召集された。 『いや、軍勢は一向にやって来ないのだが、捜索隊から報告を受けてな…』 ヴェダーが、真剣な面持ちで答えた。 報告によれば、アマダーンは依然として行方不明だが、捜索隊は、トトからアズィール捜索で派遣された隊と偶然出会ったというのである。 アズィール捜索隊のエルフたちは、アズィールの最期を知り、嘆き悲しんだが、彼らは、砂漠の国「サーバス」より重要な情報を掴んだというのである。 『その重要な情報ってのは?』 ドロレスがヴェダーに尋ねた。ヴェダーが、話そうとした時、会議室のドアが開き、ボンジオビが入って来たのである。彼はやや興奮した感じで話し始めた。 『おっ!揃っているな!失礼!凄いことが分かったぞ!』 ボンジオビは、エルフの報告を受け、慌てて城から持ち出した手帳を開いた。 『その手帳は?』 ドロレスが尋ねると、この手帳は、かつてボンジオビがアングラと共に古代遺跡の調査をしていた時、遺跡から発見された様々な遺物と共に、石板や壁画なども見つかった際、それらを詳細に記録した物だという。 『これを見てみろ!』 それは、壁画を画家に描かせたスケッチであり、出来うる限りそのままを写実的に描いたものだそうだ。その壁画には、四方に四人の人間が、描かれており、それぞれに違う紋章が刻まれていた。 『いいか、これが土、これが水、火に、風だ。この四つのエレメント(要素)を司る人たちの中にもう一人いるだろう?これが、「勇者」だ。この図は、四人のエレメントを持つ四人が勇者と共に魔王を封印したとされる図だ。』 ドロレスとガラは、確かに魔王が「四つの民が揃わなければ自分に勝てない」と言っていたことを伝えた。それはセレナも聞いていた。 『だが、その伝説は昔からばあちゃんがそのまたばあちゃんにみたいに、皆が知ってるお伽話だぜ?それが魔王本人から聞いたってだけだ。問題は、その方法だろ?』 『さよう、そこからが大事なのだ。エルフの報告によれば、サーバスに「勇者の墓」というものがあることが分かったのだ。』 ドロレスは、目を大きく開けた。 『そこには、かつての勇者の秘密が隠されており、魔王封印の方法も伝えられているというのだ。』 ガラたちは、いや、そこにいる皆の顔が一気に晴れた。 『そいつは凄い!…でさ、昨日あたしとガラが話したんだけど、エズィールが言っていたことを思い出したんだ。魔王と勇者は、陰と陽、二つで一つってやつさ!』 エズィールが口を開いた。 『その通り。正義と魔の闘争は、この世が始まってからずっと続いておるのだ。魔があるところに、必ず光が現れる。その逆もまた然りなのだ。魔王が現れた今、勇者は必ず姿を現す。いや、もう既に現れているのかもしれん。』 ヴェダーが話しを続けた。 『ガラは火の民、俺は風の民の末裔なんだ。あと土の民と水の民ってのがいるはず。そいつらも探さないといけないな。』 そこに、マコトが口を開く。 『拙者、わが祖国エイジアにて、水の民の子孫の話しを聞いたことがあり申す。しからば、拙者、水の民を探しに再び故郷へ帰ろうと今決意をした!』 『あとは土の民か…』 ドロレスが顎を触りながら呟いた。 そこに、魔導士のサンボラが話し始めた。 『よろしいか、俺はかつて神聖ナナウィアにいた。そこは、土の神を祀っている神殿がある。そこなら土の民の情報が掴めるかもしれんぞ!』 おお!と一同が唸った。まさに団結の智慧とも言うべき姿であった。彼らの智慧と一念の結晶が、次第に希望を膨らませていったのである。 『問題は、スピードだ。』 ヴェダーが言った。この計画を進めるには、気の遠くなるような時間を要する。しかしながら、未だ魔王の脅威は目前である。そこで、ヴェダーは、エズィールとセレナ、そしてペガサスのスピードを使うという案を出した。彼らの機動力を持てば、移動時間はぐっと縮む。 『それはいい案だ。』 ガラは答えた。しかし、ドロレスは表情が曇った。 『うぅっ!あ、あたしはここに留まって街を守るよ!』 『空が苦手なだけでしょ?』 セレナが無邪気に声をかける。一同が笑い出す。 まさにこの世の終わりとも言うべき時に、一時の笑いが出るという光景は、不謹慎よりもむしろ、絶望から希望へと転じた彼らの心の変化を表していた。希望を失わない限り、人は前に進めるのである。 ーーー時を少し戻そう。 セレナがクローサー城から、アマダーンとアズィールを救出し、ドニータがいる野営地へと運び出したあと、アマダーンは、アズィールの最期を見届けた。 アマダーンは、しばらく彼女の元から動くことをしなかった。彼の頬を涙が伝い、僅かな時間ではあったが、彼は、沼地での出会いを思い出していたのだ。 サーティ平原の沼地では、アマダーンもあの巨大な魔物「ベヒーモス」と対峙していた。攻撃は跳ね返され、絶体絶命のピンチであった時、空から真っ黒なドラゴンが現れ、氷の息でベヒーモスを凍らせたのである。 彼女は、冷酷で生意気そうな雰囲気であったが、どこか寂しげで、孤独であった。 「孤独」 それは、アマダーン本人にも常に付きまとう憂鬱の種であった。そのあまりにも強大な力がゆえの孤独。裏切り裏切られの世界を生きてきた男の性(さが)であった。勇者英雄隊は、皆互いに尊敬し合い、切磋琢磨する戦友ではあったが、そのあまりにも想像を絶する任務に耐えきれず、離隊していく者が常であった。それは致し方ないことである。そう言い聞かせ、彼はまた孤独を噛み締めるのであった。 目の前に現れたドラゴンの娘は、自らの生い立ちを話し始めた。アマダーンは、彼女の半生は種類は違えど、お互いに「孤独」を抱えた者同士、何か通じるものがあると感じたのであった。 また時に無邪気に笑ったり、からかってきたりする姿は、人間の少女と何ら変わらない。アマダーンの中に僅かながら「人の心」の温もりが蘇ってきたのである。それは、ガラがセレナと出会って感じたものと同じであった。 アマダーンは、オーブによって自らの命を費やすドラゴンの宿命に、憐れみを感じ、彼女をオーブの呪縛から解き放とうと思った。 しかし、それは叶えてあげることが出来なかったのであった。 『アズィールよ…許してくれ…』 アマダーンは、彼女の遺体を持ち上げ、無くなった左足の先を庇いながらヨロヨロと立ち上がった。野営地のキャンプの中には、いくつかの食料と、水があった。それを持ち出し、エルフの目を盗んで、ペガサスを奪うことなど、彼には造作もなかった。 彼はペガサスにアズィールの遺体を乗せ、走らせた。ペガサスは風を切り、まるで風と一体になったかの様に、凄まじいスピードで飛んで行った。 『こいつは凄いな…』 あっという間に国境を渡り、ペガサスは、神聖ナナウィア帝国と、砂漠の国サーバスの間にあるドワーフの統治している「シーマ自治国」に辿り着いた。 森の中に小川が流れ、その脇に一軒の捨てられた小屋を見つけた。彼はそこにペガサスを降ろし、アズィールを火葬した。そこに、簡易的な墓を建て、彼女を弔ったのである。 その時、彼女の遺灰から何か輝く石の様なものを見つけた。 『…なんだこれは?』 アマダーンはそれを拾い、彼女の形見として首飾りにして身に付けた。その石は不思議な輝きを放ち、それを見つめていると何やら穏やかな気持ちになっていくのであった。 小屋の中で、アマダーンはあの魔王のことを思い出した。 かつて世界最強と謳われた戦士が、まったく赤子同然のようにやられてしまった。しかも、自分に慕い、ついて来たドラゴンの女も奴に殺されてしまったのだ。 彼はその時、自らの非力と情けなさ、そしてまた孤独に包まれた。うずくまり、地面に伏し嗚咽をあげ泣き出した。 次第に夜は明け、朝陽が川面を照らし、反射したその光が小屋に入り、小屋の壁をキラキラと照らした。 彼はどれくらい眠っていたのであろうか。 壁に当たる光で目が覚めた。 彼は小屋から出て川の水で顔を洗い、食事をした。 ペガサスは、静かに寝ている。彼はペガサスを撫でて言った。 『不思議な馬だ。お前をアンジェラと名付けよう。』 アンジェラとは、彼の故郷サーバスの言葉で「風の子」という意味である。 彼はサーバスにも戻る気もなかった。元々戦争孤児として、クァン・トゥーに保護された身である。故郷に戻ったところで、彼の過去のことを知るものはまったくいないであろうし、勇者英雄隊として、サーバスにも攻め入ったことがある彼は、いつどこかで報復に遭うかもしれない。左足を失った彼にとって、それはリスクであったし、それはまた彼にとってどんな周辺国へ行くのも同じことであった。 シーマ自治国は、唯一攻め入ったことのない国であった。彼がここに来たのもそういった理由があったのだ。 このまま身元を隠しながらひっそりと暮らしていこう。彼はそう思い、この日を境に、名前を「アマダーン」から「ダン」へと改めた。 そして、数日が経過したある日のこと、彼のいる小屋に、二人の母子が訪れた。 『もし…よろしければ、この子に食べ物を恵んでやってはくださらないでしょうか?』 彼は驚いて小屋の戸を開けた。一人は褐色の肌に痩せ細った女性、もう一人も褐色の肌に、痩せ細った少年であった。共にサーバスから来たという。 彼はもっている食料を二人に分け与え、話を聞いた。 『ありがとうございます。本当に助かりました。何とお礼を言ったらよいか…どうか、お名前だけでもお聞かせください。』 『俺は…ダンだ。サーバスから何をしにやって来たのだ?』 『私の名前は、ビョンセ。この子はマーズ。私たちは、砂漠のドラゴン、アディーム様のお告げにより、エルフのドラゴンを救う為、やって来ました。』 ダンは驚愕した。砂漠のドラゴンのお告げとは、ガラたちの言っていたことと同じではないか。そして、エルフのドラゴンは… 『エルフドラゴンは…残念ながら、葬ったところだ。隣に墓があるだろう』 それを聞いて、ビョンセは嘆き悲しみ、墓の前で嗚咽をあげた。マーズも涙を浮かべている。 『しかしながら、お前たちがエルフのドラゴンを救うなどと、そんなことが出来るのか?もし生きていたとしても…』 ビョンセは、涙を拭い、立ち上がって言った。 『ええ、私は魔法が使えますけど、大した力もありませぬ。ですが、この子は…まだ9歳ですけれど、大いなる力を持っています。なぜなら、この子は…』 ビョンセは、少年の頭を撫でて言った。 『勇者の血を継いでいるからです。』

1
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第3話「復活」 クローサー城から少し離れた森の中では、エルフのドラゴン、エズィールたちが野営を張り、夜襲の準備に取り掛かっていた。 『万が一に備えるのだ。そして、魔道士たちの攻撃にも充分注意せよ。』 その時、エルフの一人が何やら叫び出した。 『エズィール様!あの空をご覧ください!』 エズィールと、ドニータは、エルフが指差す城の方角へと目をやった。先程までに美しい夕陽に照らされていた城の上空が、みるみるうちに真っ黒な雲で覆われていたのである。 『な、何だあれは?』 『夕立にしてはおかしい…』 その時であった。エズィールの体に何やら強い悪寒がしたのである。 『ま、まさか…!』 ドニータは、エズィールの様子がおかしいのに気が付いた。 『エズィール殿!いかがなされたのです?』 エズィールは、わなわなと震え出し、膝をつき、頭を抱え込んでしまった。 『そ、そんな…とうとう最も恐れていた事態が起こってしまった…!奴等め!オーブを使ったな…!』 ドニータは、察した。ここに来る前、エズィールから聞いていた、オーブの秘密である。 世の理を捻じ曲げてしまったが故に、深淵にいる存在に気が付かれてしまったのである。 『まさか…!魔王が!!』 再び城の方を見ると、黒い雲が城の中心へと渦を巻いて集まっているような形になっていくのであった。 『このままではいけない!皆の者!すぐさま城に向かう!もう手遅れだ!オーブを奪い返しても無駄になった!すぐに皆を救出し、国へ帰るのだ!!』 エズィールはすぐにドラゴンへと変身し、ペガサス騎馬隊を引き連れ、城へと向かったのである。 一方、城下町や城内の人々は、異様な空の様子に目を奪われていた。ある者は叫び、またある者は興味津々でその様子を眺めていた。 クローサー城の地下牢には、ガラたちが捕えられていた。 『ううっ…』 マコトが頭を抱えながら目を覚ました。 『まこちょん!気が付いたか!』 『いてて…ん?…ここは?』 『この通り、捕まっちまったのさ…』 ドロレスは、その時城内が何やら騒がしくなっているのに気が付いた。 『ガラ?何か城の中が騒がしくないか?』 ガラは、先程から牢の看守の交代も来ないことに気が付いたのである。 『ああ、何かやべぇことが起きてる気がするな…』 『さっきの変な振動に関係があるのかな?』 その時、マコトは看守を呼んだ。 『すまぬが、そこの者!伝えておいて欲しいことがあるんじゃ!』 看守は、マコトを睨みつけて言った。 『何を!?犯罪者の分際で伝えることだと?』 『ああ、そうじゃ!言伝をお願いしてくれたら、そなたに金を差し上げようぞ!』 マコトは、懐から金で出来た楕円の薄い板のようなものを取り出し、看守に見せつけたのだ。 『なっ!?き、金だと!?お前いつの間にそんなもん持ってたんだ!?』 看守が慌てて近付き、牢の格子に手を触れた時、同じくマコトの手から小さく青白い閃光のようなものが出てきた。 パチッ!という音と共に看守は、体を硬直させて、その場に倒れ込んだのである。 マコトは、小さく強力な電流を瞬間的に格子に流し込み、看守を気絶させたのである。そして、腕を伸ばし、看守のポケットから、鍵の束を取り出した。 『おお!まこちょんさすが!』 ドロレスは、思わずマコトに抱き付いた。 その時、ドロレスの豊満な胸がマコトの頬に当たり、ふわっといい匂いがマコトの鼻を刺激した。 『…あ、柔らかい…』 思わずマコトは自らの口を塞いで、顔をぶんぶんと振った。 『これから名誉挽回じゃ!』 マコトはガチャガチャと鍵を見つけ出し、牢の門を開けた。 エルフたちも無事であった。そして、再び研究室の方へと向かったのである。 『おかしいな、さっきあれだけいた兵士がまったく見当たらん…』 ガラは周囲を見渡した。 ドロレスもそれは同感であった。しかしながら、今は一刻も早く研究室に行き、オーブとアズィールを救出しなければならない。 ガラたちは、驚くほどすんなりと研究室に着いた。 『何だ?まったくさっきと同じ状況じゃないか!』 嘘のように、その通りであった。彼らの武器も地面に落ちたままであった。 そして、ガラはオーブを取り出し、ドロレスはアズィールを背負って研究室を出たのである。 『もう一度地下から出るしかないな!』 その時、ドーンという音と共に、城内全体が大きく揺れたのである。 『な、何だ!?まさか夜襲が始まったのか!?』 『いや、にしてはまだ日没まで早過ぎる!』 ガラは嫌な予感がした。まさかとは思ったが、この城の中の様子からして異常事態であることは明らかであった。 地下道に続く倉庫に着き、ドロレスが格子を外そうと手をかけた時、何やら地下の方から動いているのが分かった。 『まずい!地下に何かいるぞ!』 その時、何やら声がしたのである。 『ガラ!ドロレス!俺だ!』 なんと、ハイエルフのヴェダーであった。 『地下までペガサスで飛んできたぞ!さぁ、こっちに来い!』 ガラとドロレス、マコトたちは地下に降りた。そこにはペガサスに乗ったセレナも居た。 『ガラ!ドロレス!まこちょん!良かった!』 ガラたちがペガサスに乗り、地下を再び進もうとした時であった。ドロレスに背負われていたアズィールが突然目を覚ましたのだ。 『ああ!勇者様!』 一同驚いたが、ドロレスはアズィールに向けて言った。 『アズィールさんよ!勇者さまはあんたを置いて行っちまったぜ!あたしたちと一緒に逃げるんだ。いいな?』 アズィールは、意識が朦朧としていたが、何やらぶつぶつと呟いている。 『いけないわ!勇者様が危ない!助けなくては!』 突然、アズィールは、ドラゴンの姿に変身したのである。 もちろん地下通路の中である。そのままドラゴンに変身すれば、地下の天井を破壊してしまう。アズィールは、気にも留めず、再び地下道を戻り地下倉庫へと向かった。サイズが大き過ぎるので、地下通路の壁にバンバンぶつかりながら、ヨタヨタと走り出したのである。 その時、至る所の壁が崩れ出し、落石が起こり、ドドドという音と共に、地下道の一部が崩壊してしまったのだ。 『まずい!逃げ道を塞がれるぞ!』 その予感は不幸にも的中してしまったのである。逃げ道が落石で塞がれてしまったのだ。 『ちっ!ファズを撃ったら今度は皆潰されちまうな!』 『仕方ない!再び上に上がろう!』 皆方向転換し、地下倉庫へと再び上がろうとした。アズィールがあまりにも勢いよく飛び出して行った為、地下倉庫の格子は格子ごと吹き飛ばされ、大きな穴が開き、ペガサスごと外に出ることが出来たのである。まさに不幸中の幸いであった。 『リスクが高いが、城門へ出て正面突破を仕掛けるしかない!』 ヴェダーが言うと、セレナが叫んだ。 『アズィールは!?彼女を助けなくては!』 ヴェダーは、上を向くと、アズィールが開けた大きな穴から城の外へと続いているのが分かった。 『一か八かだ!ここから一気に外に出るぞ!』 ガラたちはペガサスと共に、勢いよく地下から空へと飛び出した。 まだ日没までは時間がある。しかし、やはり何か様子がおかしい。先程まで城を照らしていた眩しいほどの夕陽が、一瞬にして暗雲立ち込める空へと変貌していたのである。しかも暗雲から何やら渦のようなものが城の中心に向けて伸びていっているのが分かった。 しばらくすると、わーわーと群衆の声が聞こえてきた。 どうやら兵士たちが集まっているようである。兵士たちは皆何かと戦っているようである。ヴェダーは、一瞬エルフたちが城門まで駆け付けて来てくれたのかと思ったが様子が違うようだ。 ペガサスを飛ばし、城外の全貌が、明らかになってきた。 城中の兵士たちが戦っていたのは、魔物であった。それもおびただしい数である。髑髏の顔をした兵士や、ワニの顔をした魔物、巨大な蛇の様な魔物、はたまた巨人など、見たこともないような魔物の軍勢が、兵士たちを襲っていた。まさに地獄絵図である。 そしてその軍勢の中心付近には、白いマントを身に付けた男が戦っているのが見えた。そのすぐ後ろにアズィールがいた。 『アマダーン!アズィールもいたぞ!』 ガラたちはアズィールの近くで降りたった。 『アマダーン!一体これはどういうことだ!?』 ガラは魔物と戦っているアマダーンに声を掛けた。 『ガラか!ふん!お前の言う通り、最悪の事態を招いてしまったのさ!』 ガラはぞっとした。やはり予感は的中したのだ。ドロレスも絶望感に襲われた。マコトは、何やらペガサスに乗りながら眉間の前に指を立てている。 『アマダーン殿!飛び上がれよ!』 アマダーンは、マコトが何をしようとしてるのか一瞬で察知し、飛び上がった。 『雷鳴よ轟け!』 その時、マコトの指差す魔物の頭上に、大きな稲妻が当たった。その瞬間、周囲の魔物たちが一斉に倒れ込んだのである。 すたっと地面に着地したアマダーンは、ガラたちに向けて言った。 『魔王だ。アングラ様が魔王に乗っ取られてしまったのだ…』 そう言うと、ふいと向き直し、城の中へと入って行った。アズィールは、エルフの姿に戻り、アマダーンの後を追った。しかしアマダーンは アズィールの方を向いて叫んだ。 『お前は逃げろ!これは俺の責任でもある!』 アズィールは力無くその場にしゃがみ込んだ。しかしガラはすぐにアマダーンを追った。 それにドロレスたちも続いた。 ガラはアマダーンに叫んだ。 『おいおい!何をしようってんだ?まさか勇者様が魔王を倒すってのか!?お前、「いつもの」魔王と違って、本物だぞ!?』 アマダーンは、ガラに向かって言い放った。 『アングラ様を救う。これは俺の問題だ。』 『アマン!一体どうやって!?お前、個人的な問題じゃねえぞ!世界が危険に晒されちまうんだ!』 アマダーンは、立ち止まり、再びガラに向き直した。 『ならば手を貸せ!我々の手で魔王を葬る!!』 ガラは、一瞬躊躇したが、クソッと頭を掻いてアマダーンの方へ続いた。ドロレスとマコト、そしてヴェダー、セレナ、アズィールもそれに続いて行った。 アマダーンは、城の最も高い塔を登り、最上階へと進んだ。最上階は、屋根ごと吹き飛んでおり、上空の暗雲から続いている渦がそのまま最上階の「何か」へと集中しているのが分かった。 ガラたちは最上階へ着いた。渦が集中しているところからなにやら人の形の様なものが蠢いてるのが分かった。 アマダーンは、サーベルを「それ」に向け叫んだ。 『貴様!アングラ様に何をした!?今すぐアングラ様の体を返さなければ、容赦せんぞ!』 次第に渦は消えていき、一人の人間のような姿が現れて来た。しかしながら、それは「人間」とは非なるものであることは明らかだった。その肌の色は、禍々しい紫色で、頭からは黒光りした角が2本生えている。目は黄色く、口から牙のようなものが生えている。しかしその姿以上に何とも言えない恐怖感、絶望感、嫌悪感がビンビンと体の芯まで伝わってくる感覚がするのである。 そして、それは口をゆっくりと開いて言葉を話した。 『我は…何者なのか…分からない…名も忘れてしまった…』 その言葉が放たれた瞬間、ガラたち全員の背筋が凍るような感覚があった。 『くっ!こ、こいつが魔王か…』 ドロレスが言うと、魔王は目をドロレスの方に向けた。 『…魔王。懐かしい響きだな。そう、魔王と呼ばれていたこともあったな…お前たちは人間か?』 ガラは魔王に向けて言った。 『ああ、ちょいとした手違いがあってな、お前さんの眠りを覚ましちまったみたいだ。悪りぃな。』 魔王は、ガラに目をやった。 『おお…お前は火の民か。そうそう、思い出したよ。火の民だ。そして…他のお仲間はいるのか?風…風もいるな。』 魔王はヴェダーの方を指差した。 『火と風か…土と水は居ないようだな…どうした?全員揃わなくては、私には敵わんぞ?』 アマダーンは、怪訝な顔をした。 『火?風…だと?何のことだ?』 魔王は、アマダーンの言葉に耳を傾けず、セレナの方を向いた。 『竜…竜が居たな。ほっほっ…だが、まだ足りんぞ?』 アマダーンは、サーベル“ナラヤン”を魔王に再び向けた。 『我が名は勇者アマダーン!貴様!訳の分からないことを言いおって!アングラ様を返すのだ!』 魔王はアマダーンに向き直し、静かに話し始めた。 『勇者…勇者と言ったな貴様…一体どこにおるのだ?貴様からは勇者の血など微塵も感じられんぞ?』 アマダーンの表情は強張り、怒りに満ちていた。 『何だと?なんと無礼な!』 アマダーンは、斬りかかろうとした。 『やめろ!』 ガラが叫ぶのと同時に、魔王がアマダーンに向けて手をかざした。 バシッとアマダーンの振りかざすサーベルを魔王は、手で受け止めたのである。アマダーンは、必死にサーベルと外そうとするが、魔王は造作もなくアマダーンのサーベルを眺めている。 『ほう、人間にしては素早い…そして…何か魔法をまとっているなお前…』 ドロレスと、マコトは何も出来なかった。何が起こっているのか理解するのがやっとであった。目の前にいるのは、我々が絶対に手を出してはいけない存在なのだという圧倒的な絶望感が、体中を支配していたのである。 『ぐぐっ!き、貴様!』 アマダーンは、物凄い形相でサーベルを掴んでいる。 その時、魔王はもう一つの手をアマダーンの方へかざした。しかしアマダーンは、咄嗟にサーベルから手を離し、後ろへジャンプしようとした。 ボンッ!という音と共に、何かが破裂した。 アマダーンは、後ろへ飛んだが、着地せずどかっと倒れ込んだ。 『ぐああ!』 なんと、アマダーンの左足が足首ごと吹き飛ばされていたのである。 『…!?』 ガラたちは、一体何が起きたのか分からなかった。 ビシャビシャという血がアマダーンの周囲に降り注いだ。アマダーンは、自らの左足を押さえながら悶絶している。 『ぐおおああ!』 魔王は、少し口角を上げ、手にしてたサーベルをぱりんと割った。サーベルはまるで、「つらら」のように脆く崩れ去った。 『これが勇者だと?何かの冗談か?…おいおい、まさか勇者は滅んだのか?我輩が永き眠りについている間、一体何があったのだ?』 魔王は、キョロキョロとあたりを見回した。 『…うん、うん、竜の連中はまだいる様だな…やはり、勇者は滅んだようだ…くくっ』 魔王は笑った。そして、何か考え始めた。 『ここにいるのは、人間たちの精鋭か?まさか、再び我輩を眠りにつかせようなどと思うまいな?』 ガラは、悶絶しているアマダーンに目をやるも、体がまったく動かないのであった。 しかし、すぐにアズィールが、アマダーンに駆け寄った。 『ああ!なんてこと!勇者様!』 アズィールは、アマダーンの左足にふっと氷の息を吹きかけた。 『しばらくこれで我慢なさって!』 その時、ドロレスが口を開いた。 『な、なあ魔王さんよ。あんたは、何しにここに来たんだ?』 魔王は不思議そうにドロレスを見つめた。 『この世は既に勇者もいない。また、魔物だらけの世の中にするのか?』 魔王は少し考えて言った。 『うむ、そうだな…しばらくは人間たちを見てみるか。お前は…面白いな…』 ドロレスは、意外な答えに面食らった。かつて読んだことがある伝説では、魔王は純粋な悪の化身として描かれていたのである。まさかこんな返事が来るとは予想だにしていなかった。 『あんたは、何が欲しいんだ?世界か?金か?権力?』 魔王は静かに答えた。 『いかにも人間らしい考え方であるな。…確かに我輩はかつて、この世界を魔物でいっぱいにしようとした。しかしながら、人間に邪魔をされたので、滅ぼそうとしたのだ。お前も邪魔をするのか?』 ドロレスは、答えた。 『いや、もしかしてだけど、魔物も人間も、共存出来る世の中にはならないのかなと思って…さ』 魔王は考えた。 『共存…』 ドロレスは話し続けた。 『そうだ。お互いに干渉せずに同じ世界の者同士ってことでさ、共に生きていけないかな?』 魔王は少し笑みを讃えて、ドロレスに言った。 『ふはは…お前は勇気があるな。だがそれは難しいと思うぞ。』 ドロレスは、続けた。 『何で?』 その時、アズィールがドラゴンへと変身し、魔王に目掛けて氷の息を吹いたのである。 『やめ…!』 ドロレスは、アズィールを制止しようとした。しかし、アズィールはすぐさまアマダーンを抱えて飛び立とうとしたのである。 魔王は、一瞬体が凍りついたが、すぐに氷が吹き飛び、アズィールに向けて手をかざした。 『アズィール!危ない!』 セレナが叫んだ瞬間、ボンという音と共に、アズィールの胸に大きな穴が空いた。 アズィールは、アマダーンを抱えたまま、塔から落下してしまったのである。 『アズィール!』 セレナはドラゴンへ変身し、アズィールの元へ飛んで行った。 魔王は、手を下ろしドロレスにもう一度、話しかけた。 『見たであろう?この世界は残酷なのだよ。』 ドロレスは、悲しい表情で魔王に言った。 『そ、そんな!今のは違う!分かってくれ!』 魔王はその言葉に耳を傾けることなく、くるっと振り返った。 『やはり、人間は滅ぼすに限る。この世は魔物のものであるのだ!』 ガラはすぐにドロレスとマコトの腕を引っ張り、塔の下へと走り出した。 『まずい!逃げるぞ!』 その時、ドーンという大きな音と共に、塔の最上階が爆発し、崩れ落ちて来たのである。 『やばい!崩れるぞ!』 ガラたちは急いで塔を駆け降りる。しかし、塔自体が崩れるのが早過ぎるようである。 その時、窓の外に何かが見えた。 『おーい!ガラよ!いるか!』 エズィールとペガサス騎馬隊である。 ガラは窓から大声を上げて、エズィールを呼んだ。 『こっちだ!』 ガラはドロレスたちに伏せろ!と言い、壁をファズで撃ち抜いた。 開いた穴から、ガラたちはエズィールとペガサスに乗り、外へと飛び出した。 ドロレスは、その時、崩れ落ちる最上階から、一瞬見えた魔王の姿が目に焼きついた。 魔王はドロレスの方を向いている様にも見えた。 『…』 ドロレスは、しばらく魔王の方を見つめていた。 ヴェダーは、アズィールの元へ駆け寄り、すぐに白魔法をかけた。アマダーンは、気を失っている様だ。セレナは目に涙を浮かべ、アズィールを見守っている。 『まずい!このままでは、ここにも魔物たちが来るぞ!』 マコトは、彼らに声をかけた。 セレナは再びドラゴンへ変身し、アズィールとアマダーンを抱えて飛び上がり、野営地に向かった。 ヴェダーは、ペガサスに乗り、ドロレスたちに声をかけた。 『まだ街に人々がいる!魔物が来る前に避難させよう!手を貸してくれ!』 ガラたちは、ヴェダーやエルフたちと共に、避難している住民たちを探すことにした。 『くっ!やはり既に街も魔物で溢れておる!』 マコトは悔しそうに叫んだ。 『どこかに避難しているかもしれん!探し出して救い出すしかない!』 ヴェダーは、すぐ様二手に分かれて住民救出を指示した。ガラとマコトたちは、城門付近に立ち、魔物がこれ以上侵入してこないように防ぐ。その間、ヴェダー、エズィール、エルフたちは、住民たちを避難させるという作戦である。 一方、野営地に降り立ったセレナは、すぐにドニータに声を掛けた。ドニータは、アズィールとアマダーンの治療に当たった。そして、セレナは再びクローサー城へと飛んで行ったのである。 その時アマダーンは、目を覚ました。 『うっ!…こ、ここは?』 『目が覚めたようだな。ここは野営地だ。セレナがお前を運んできたのだ。』 ドニータがアマダーンに伝えた。 『アズィール!お、お前!』 アズィールは、エルフの姿になって横になっていた。 アマダーンは、アズィールの手を取り、話しかけた。 『す、すまない…俺は…お前を騙してしまった…』 アズィールは、かすかな息でアマダーンに声を掛けた。 『いいのよ、勇者様…私は、分かっているの』 再びドニータがアマダーンに声を掛けた。 『ドラゴンは生命力が高いのだが、何故かアズィールにはほとんど血が残されていない。おそらく、このまま傷が塞がれなければ、アズィールは…』 アズィールは、アマダーンの頬に手を当てて言った。 『もっと…あなたと…世界を旅してみたかった…』 そう言うと、アマダーンの頬から彼女の手が離れ、力無く地面の上に落ちた。 『おおお…アズィール…!ゆ、許してくれ…』 アマダーンは、アズィールの手を取り、再び自らの頬に付けた。アズィールの手は既に冷たくなっていた。 その時、アズィールの手の甲に一滴の涙が流れ落ちたのである。 血も涙もないとされ、人々から恐れられたてい勇者は、この時人生ではじめて涙を流したのであった。

1
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第2話「深淵」 『オーブを奪還せよ!』 白い立髪をなびかせたエルフのドラゴン、エズィールの声が青い空を切り裂く。 エルフの国トトが誇るペガサス騎馬隊は、翼の生えた馬「ペガサス」に乗って、敵に奇襲を仕掛けるのを得意とする。ペガサスは、自らの翼と、風の魔力を帯び、空中を自由自在に駆け抜けることが出来る幻獣の一種である。 トトのエルフは、幼少の頃から魔力に応じて英才教育を受ける。特に潜在的な風の魔力要素が強い子は、5歳の頃からペガサスと行動を共にする。まさに人馬一体となり、馬上から矢を放ったり、風の魔法を放ち、敵を一掃するのである。 トトが中立国として現在まで保てているのは、周囲の山脈により、他国からの侵入が困難という地の利だけではなく、ペガサス騎馬隊を中心とした圧倒的な防衛力によるものであった。 『攻城戦だ!エズィールを中心に矢形の陣を敷け!』 トト元老院にしてペガサス騎馬隊の隊長、その名も「風のヴェダー」は、約50騎の騎馬隊に向けて指示を出した。 『ヴェダー!城壁に兵が現れた!』 また元老院の一人であり、ダークエルフのドニータは、ペガサス騎馬弓隊を率いている。 『わらわらと出てきやがったな!騎馬隊!高度をあげよ!』 クァン・トゥー王国の「クローサー城」は、周囲を高い城壁と二重の堀に囲まれており、いくつかの塔と館によって構成されている。城というよりはむしろ要塞のようであった。 『ヴェダー!この城、結界が張られてる!』 『ああ、ドニータ!先に矢を放て!』 ドニータたち騎馬弓隊が一斉に矢を放った。 矢は城壁にいる兵士を襲う。しかし、後ろからまた大勢の兵士が現れる。 『一体何人いるんだ!?』 『気をつけろ!次は逆に矢が飛んでくるぞ!』 ヴェダーが注意を呼びかけたと同時に矢が飛んできた。しかし、ペガサスには風の防御魔法が張られており、矢が当たらない。 『ふん!我がペガサス騎馬隊を舐めてもらっちゃ困るわよ!』 その時、城壁に魔導士たちが現れた。セレナは、その姿を見て、かつてのコンパルサでの戦いを思い出した。そして、思念でエズィールに伝えた。 《エズィール!魔導士が現れた!彼らの攻撃は強力なの!ペガサスも、やられてしまう!》 エズィールは、こくりと頷き、ヴェダーたちに伝える。 『魔導士の攻撃に注意せよ!ペガサス騎馬隊も回避行動を取るのだ!』 すぐ様、城壁から魔導士たちが紫色の光球を放つ。 ペガサス騎馬隊は、さっと交わすが、受け止めようとする者が一人いた。 『ロニー!ダメ!よけ… ドニータが叫んだ瞬間、紫色の光球がドーンという音と共に爆発し、ペガサスもろとも、エルフが落ちてしまった。 『ロニー!』 ドニータは、落ちていくエルフの元へ向かおうとしたが、ヴェダーが遮る。 『行くな!また攻撃が来るぞ!回避に集中しろ!』 セレナはくるっと城壁に向かい、スピードを上げた。魔導士の攻撃を避けながら、城壁に一気に炎を吐いた。 『ぐわあああ!』 『やったぞ!セレナ!今度デートしような!』 ヴェダーは、陽気に声をかける。 その様子を見てドニータが叫んだ。 『バカ!何言ってんの!ガラたちはそろそろ着いた頃かしら?』 セレナは思念でガラたちに語りかけた。 《ガラ!今どこ?》 《セレナ!ちょうど今着いたところだ!そっちはどうだ?》 ペガサス騎馬隊とドラゴンが城壁で攻防を繰り広げている間、ガラたちはクローサー城に繋がる地下通路の入り口に辿り着いた。地下通路は、サーティ川土手にある洞窟から入り、クローサー城地下の排水路へと繋がる。ガラはかつて勇者英雄隊にいた時、クローサー城の内部構造を熟知していたのであった。 エズィール、ペガサス騎馬隊は、城門から正面突破を試みる。エズィールたちが襲撃することによって、城の中の人員を城壁周辺におびき寄せ、その隙に地下から城内へと侵入する作戦である。 ガラ、ドロレス、マコト、そして、エルフの斥候3名によって侵入する部隊が構成されている。 『ガラ、本当にお前の言う通り、本当に城内の地下に繋がってるんだろうな?』 『ああ、俺の記憶が正しければな。地下水路が封鎖しれてなきゃいいが』 『まったく、また排水路をお前と通ることになるとはな!』 ドロレスは、不機嫌そうに呟いた。 マコトは、それを見てドロレスに言った。 『いずれにせよ、そなたは極力ペガサスには乗りたくないのであろう?であれば我慢するがよい』 ドロレスは高いところが大の苦手であった。 『そ、そうだけどさ…まさかペガサスなんてのが存在してるなんて思ってもみないだろうよ』 ガラは通路の奥を指差した。 『あそこを越えると城の地下に入るぞ!』 一方その頃、ガラたちの奇襲に気付いたアマダーンは、クローサー城へ向かっていた。しかし、城門付近ではエルフたちとの攻防が繰り広げられている。アマダーンは、街の中のもう一つの地下通路を通って城内に入ることにした。 クローサー城には、いくつかの地下通路があり、街の排水路や川などへ通じていた。しかし、城への侵入経路は、城内の限られた人間しか知らなかったのである。 『ペガサスだと?誤算だった。思った以上に来るのが早かったな!』 アマダーンは、地下通路から城内へ進むが、先の方から何やら人の声がした気がした。咄嗟に壁の陰に隠れて、通路の奥の様子を見ることにした。 『…ほっ、やっと城の下に着いたか』 聞き慣れた言葉である。ガラの横にいた女戦士の声だ。アマダーンは、即座に彼らの作戦に気付いたのである。 『(…なるほど、ペガサスたちは囮というわけか…)』 アマダーンは、即座に自らの気配を消す魔法をかけた。 『(フェイズ…!)』 これでよし、奴らの跡をつけていくとしよう。アマダーンは、ガラたちのあとに続いて城の中へと侵入したのである。 地下通路の奥にかかっている梯子を登ると、城の地下床に出た。重い格子を持ち上げ、ドロレスはガラに向かって悪態をついた。 『ああ、まったく。あんたに付き合ってると空か地下かドロドロやグチョグチョや、ろくな目に会わんな!ほんとに…』 『ああ、あの時俺のことを引っ張んなきゃお前はこんなことにはなってなかったな…』 ガラが言う「あの時」とは、ドロレスがギリオスを亡き者にしたアングラの陰謀に気付き、何も知らないガラたちがパンテラに戻ってきた時であった。 ドロレスには無視をするということも、傍観することも出来るはずがなかった。それは正義感とか使命感とかいう高潔なものでもなく、罪なき純粋な魂を持つ人間が、目の前でみすみす陰謀に陥っていく姿は見ていられなかったのである。 ギリオス・ブラウンという男は、人望こそあったが、時に非情で残酷な一面もあった。彼女がギルドに顔を出し始めてから面倒を見てくれた恩もあったが、彼の闇の部分を垣間見た少女は、本能的に「距離を持って付き合え」と自ら心に命じたのである。元来彼女が読書好きなのも、彼女自身の視野を広げる助けにもなった。 しかし、それが皮肉にも自ら危険な茨の道に進むことになろうとは思ってもみなかったのである。 『まだ城内に兵士がいるだろうよ。警戒しながら進むんだ』 『いざとなりゃ、メガデスをぶっ放すさ…』 ドロレスの口調には、言葉の意味とは裏腹な、一種の興奮状態も含まれていた。たしかに今置かれている状況は、この上なく危険であるが、ギルドに居た頃よりも、スリリングで、むしろそれを楽しんでいるようにも感じ取れた。 『ガラ、例のオーブはどこにあると思う?』 『アングラの研究室は、恐らく地下、この階層のどこかにあるな』 ガラたちがいる地下倉庫は、地下階層のおよそ中央に位置していた。ドロレスは、倉庫の床にふと不思議な鉄管が張り巡らされているのを見つけた。 『うん?なんだこりゃ?』 ドロレスは、その鉄管に触れてみた。じわりと温かい、そして僅かな振動を感じた。 『この中、何か流れてるな…。何か液体のような…』 ガラは少し考えて一つの仮説を立てた。 『恐らく、その管はアングラの研究室に通じてるやつだ。研究室には、古代の技術を応用して色んな液体や物質が入ってくるように設計されてる。それを辿れば研究室に通じるはずだ…俺が隊にいた頃はまだ構想の段階だったんだがな…』 マコトは答えた。 『なんと!それは良き推察!』 一方アマダーンは、彼らの背後にゆっくりと近付いて様子を伺っていた。 『(ガラめ…勘の鋭いやつだ…)』 そして、何を思ったか、アマダーンは兵士を呼ぶこともせず、そのまま彼らを尾行することにしたのである。 鉄管は壁に沿って走っており、それは重厚な扉の前に辿り着いた。重厚な扉の中央には獅子の紋章が象られている。クァン・トゥー王国の紋章である。アマダーンの腰に刺さっているサーベルの柄にも同じ獅子の頭の飾りが象られている。 『ここだ。ほら、向こう側からも鉄管が幾つかここに通じてる。』 ガラは周りを見渡し、扉を開けた。 『開いてるぞ、鍵はかかってない。』 グゴゴという音と共に、扉が開いた。薄暗い通路が奥の方へ続いている。 ガラ、ドロレス、マコトの順に通路を進む。エルフの斥候たちは、扉の影に隠れて何者かが来たら知らせる役だ。 一方その頃、クローサー城壁付近では、いまだに激しい攻防が繰り広げられていた。 『ヴェダー!ガラたちはうまく侵入したそうだ!』 『よし!一旦退くぞ!』 エズィール、セレナ、ペガサス騎馬隊は、くるっと進行方向を180度変え、引き返していく。 城壁の兵士たちは、ほっとした。中には、ドラゴンたちを追いやったと喜んでいる者もいた。 エズィールたちは、城から少し離れた森の中に降りた。 『ドニータ!とりあえず日没まで待つぞ!このままガラたちが帰らなければ、夜襲をしかける!』 『だいぶ兵力は削ったはず、城内にどれほど残されているか分からないけど』 ドニータは、負傷した兵士たちの手当てを支持し、野営を張った。 エズィール、セレナは人の姿に戻り、体力の回復に専念した。 『とりあえずガラたちは城の中に侵入したみたい。距離が離れているから心の会話は出来ないけど…』 セレナは気丈に振る舞っているが、内心少し不安のようだった。 そして、ヴェダー中心に、作戦会議が練られた。 当初の計画では、このまま野営を張って、ガラたちの帰りを待つか、夜襲を仕掛けるかの二択であったが、想定以上のクローサー城の兵力であった為、地下通路からガラたちを迎える別動隊を組織することとなった。別動隊には、ヴェダー、セレナとエルフの数名、野営で待機しているのは、エズィール、ドニータと残りの騎馬隊である。 『兵力を分けるのはリスクだが、致し方あるまい。ヴェダーよ、今回はガラたちとオーブの奪還が目的だ。そして、アズィールの救出。これは、あの勇者アマダーンがいるやもしれぬ。心してかかることだ』 ヴェダーは、ペガサスにまたがり、エズィールに答えた。 『まったく、こんな人数でプレッシャーだぜ。ま、セレナちゃんと同行出来るのは、本望だがな』 ドニータが、一喝する。 『まったく、お前はこんな状況下で緊張感もないのか?国家存亡の危機なんだぞ!?』 ヴェダーはふふんと鼻で笑いながら、手をあげてペガサスを走らせた。 ーーー地下研究室へ向かっているガラたちは、薄暗い通路を通っていた。通路を抜けると、大きな部屋に出た。何やらゴウンゴウンと動いている音が聞こえる。 『なんだ?この音と振動は?』 『おそらく、これがアングラが発明した代物だ。』 薄暗い部屋の奥から何やら大きな釜のような物が姿を現した。 『な、なんぞこれは!?』 マコトが思わず声をあげた。 『これで兵士たちのシチューを煮てるってわけじゃなさそうだな…』 『これがアングラが言ってたオーブを操る機械ってやつだろうぜ』 『伝導装置だ…』 ガラたちは声の方を振り向いた。 大きな装置の後ろから、白髪の小柄な老人が現れた。 ガラたちはさっと、剣を構えた。 老人は、剣を構えるガラたちに気に留めず話を続けた。 『これはドラゴンオーブの能力を最大限に引き出す装置だ。そして、その霊力を国中の民の思念へと伝える装置、思念伝導装置だ。古代ヴィルト王朝の技術を応用したのだ…』 老人は、そこではじめてガラたちに目をやった。 『君は、ガラ…炎のガラかね?噂は聞いていたよ。君がかつて勇者英雄隊に居た時、私はただの軍医だった。』 ガラは、昔を思い出した。クァン・トゥー王国が勃興しはじめた頃、周辺の国々はそれを脅威に感じ、様々な紛争が各地で勃発していた。ガラたち勇者英雄隊は、思う存分にその力を発揮し、国境へ赴いてはそれを鎮圧していったのであった。 一度だけガラは、足を負傷し、隊を一時離脱したことがあった。軍の後方の野営地で、ガラはその老人に出会ったことがあった。 『あんたは、確か…』 『ボンジオビだ。私は軍医であったが、古代王朝の学術者でもあった。数年前アングラ様が、その私の知見を評価し、研究室に招いてくださったのだ。』 ボンジオビは、話しながら部屋の隅にあるランプに火を灯していった。次第に部屋は明るくなり、伝導装置の全貌が明らかになっていった。 中央付近には、台座の上にオーブがあり、装置に繋がれている。 ドロレスは、伝導装置の横にある台に気が付いた。その台の上から何やら人の手のような物がだらんと垂れ下がっていたのだ。 『…!あれは、アズィール!!』 台の上には、装置に繋がれたまま力尽きているアズィールの姿があった。 ガラは剣を再び構え、ボンジオビに向けた。 『アングラはどこだ?どこにいる!』 ボンジオビは、身じろぎもせずゆっくりと答えた。 『先程、アングラ様はこの装置の試運転をしてな、少々お疲れの様であったので、お休み頂いているところだよ』 ドロレスとマコトも再び武器を構えた。 『ちょうどいい、盗まれたもんを返してもらおうか!』 『オーブと、竜の女子(おなご)を引き渡すのじゃ!』 ボンジオビは、落ち着いた様子で言った。 『そういうわけにはいかんのだ。今ようやっとこの装置の完成を見たのであるからな、この国の平和の為にお前らは去ってもらう。ブライよ!』 その声と共に、装置の裏から男が一人現れた。どこか見たことのある様な出立ちをしているとガラは思った。以前コンパルサ(深淵なる森)の洞窟で戦ったことのある者と同じ服を着ている。上位魔導士のローブである。 魔導士の男は低い声でガラたちに言った。 『トーレスを…我が同胞を葬ったのは貴様らだな…このブライ、仇を取らせてもらう!』 ドロレスは、メガデスを深く構えた。 『はっ!あの蜘蛛野郎のお仲間か!』 ドロレスは、かつての魔導士との戦いを思い出した。魔導士トーレスは、古代技術を使って大蜘蛛へと変身し、ガラたちを窮地に追いやったのだ。しかしながら、今回はマコトもいる、そして何としても変身を食い止めれば、勝算はあると見込んでいたのである。 『まこちょん!電撃であいつの動きを止めるんだ!』 マコトは女狐を構え、地面に突き刺した。 『皆のもの!合図をしたら飛び上がるのだ!』 マコトが眉間に指を立てたその時であった。 ガッ!という音と共に、マコトが倒れ込んでしまったのである。 『マコト!』 ガラがマコトの方に振り向いた。そこには、信じられない光景があった。 『何かするつもりであろうが、この部屋を荒らさないでいただきたいな…』 ドロレスは、聞き慣れた声に身の毛がよだった。 『アマダーン!』 勇者アマダーンがそこに立っていたのである。 アマダーンは、マコトの延髄を刺激し、気絶させた。そして、倒れ込むマコトを抱えて床に寝かせたのである。 まさに窮地である。しかし、ガラはいつの間にか背後にいたアマダーンがまったく気が付かなかったことに、驚愕した。改めてこの男だけは敵にするのではなかったと後悔したのだった。 『武器を捨てろ。この東洋人の命はないぞ!』 アマダーンは、サーベル“ナラヤン“をマコトの首に当てがった。 『くっ!』 ガラとドロレスは、苦渋の表情で武器を床に捨てた。ガランという音が部屋に響く。 『これは勇者殿。さすがでございますな!』 ボンジオビが手を叩きながらアマダーンを称えた。 『勇者様、この者らはいかがいたしましょう?』 ブライは、アマダーンに尋ねた。 『捕らえよ。私はアングラ様に報告をしてくる。』 アマダーンは、オーブとアズィールに目をやり、部屋を出た。ブライが兵を呼び、ガラたちは捕えられ、同じ地下の牢獄へと連れて行かれてしまったのである。 『くそっ!あいつが近くにいたなんてまったく気が付かなかった!』 ドロレスは悔しそうに呟いた。 城の大広間、玉座の間でもあるその階下にアングラの寝室があった。兵からペガサス騎馬隊も撤退したことを受け、アマダーンはすぐさまアングラの寝室へ向かった。 しかし、寝室へと向かう途中、寝室の方から女中が慌てた様子でアマダーンの方へと駆け寄って来たのである。 『ああっ!ちょうどよかった!アマダーン様を呼ぼうとしてたんですの!』 『どうかしたのか?』 女中は汗を拭きながら、アマダーンに言った。 『アングラ様の様子がおかしいのです!どうかお助けを!』 アマダーンは、すぐに走って寝室へと向かった。 寝室のドアを勢いよく開け、部屋の中へと入った。そこには、大きなベッドで横になるアングラと、彼の額の汗を拭う医者、そして周りを召使いたちが囲んでいたのである。しかし、何やら全員が慌てている様子であった。 『どうした!?』 『おお!アマダーン様!お早いお着きで!よかった!アングラ様が目を覚さないのです!』 話を聞いてみると、アングラは今朝研究室から出た途端、倒れ込む様に寝室へ向かい、そのまま意識を失ったのだという。 『見てはいけない』 という言葉を時に呟きながらうなされ、そしてまた気を失う、その繰り返しだという。 アマダーンは、アングラに近寄り顔を覗いた。アングラの顔は血の気が引いて、真っ青になっている。眉間には皺がより、冷や汗が額ににじむ。やはり何かにうなされているようである。 『アングラ様!私です!アマダーンでございます!どうかお気をたしかに!』 その時であった。アングラはパチリと目を開き、アマダーンの方へと目を向けた。 『おお…アマンよ…戻ったか…』 アマダーンは、少し安堵した。 『アングラ様!いかがなされたのです?伝導装置をお使いに?』 アングラは少し頷き、アマダーンの手を震えながら掴んだ。 『アマンよ…わ、私は…見てはいけないものを…見てしまった…』 手の震えが彼の尋常ではない状況を物語っていた。その感情は、恐らく「恐怖」であろうとアマダーンは察した。 『何を?一体何を見たのです!?』 『かの者は…あ、悪魔…!』 アマダーンは、その瞬間血の気が引いた。エルフの国「トト」での出来事が思い浮かんだ。エルフのドラゴンのオーブを奪おうとした時の、ガラたちの言葉である。オーブの霊力を利用しようとすると、世の理(ことわり)を捻じ曲げてしまう。それは、深淵に眠る「魔王」を呼び覚ましてしまうとの言葉であった。 召使いたちの証言によるとアングラは、ボンジオビと共に伝導装置の調整を昨夜から寝ずに行い、今朝完成し、作動を試みた。しかし装置の作動と同じく、城内の人間たちの様子がおかしくなったそうである。まさしく、アマダーンが街の外で見た光景と同じであった。しばらくして、唸り声と共に、研究室から出てくるアングラを召使いたちが保護したそうだ。 アマダーンの額から汗が滲んだ。 その時であった。アングラの目がパッと開いたかと思うと、突然叫び出したのである。 『ああっ!とうとう見つかってしまった!奴に!奴が来る!奴が来る!!』 アングラはバタバタと手足を激しく動かした。医者と召使いたちが慌てて彼を押さえつけた。 『アングラ様!どうかお気を確かに!』 そして、突然アングラの体から黒い波動の様なものが吹き出し、周りの人間を吹き飛ばしたのである。窓が割れ、ドアも吹き飛んだ。召使いたちは、壁に強くぶつかり、気を失ってしまった。 アマダーンは、すぐに体制を立て直し、壁の衝突は避けることが出来た。 アマダーンは、顔を腕で覆い隠していたが、何事かとゆっくりと顔を見上げた。そこには、宙に浮いているアングラの姿があった。 『な、何だと!?』 宙に浮くアングラは、顔を上に上げたまま目を閉じ、腕や足はだらんと垂れ下がっていた。浮いているというより、何かに宙に浮かされているという感じであった。 先程の波動の衝撃で、すぐに兵士が部屋へ駆け込んできた。 『何事ですか!?』 兵士たちは、宙に浮かぶアングラを見て、驚き喚いた。 『うわぁあ!なんだこれは!?』 アマダーンは、咄嗟に兵士にボンジオビとブライを連れてくる様指示を出した。 その時、アングラが口を開いた。 『…ほう、ほう、これは、これは、まさしく…』 アングラの頭から角のようなものが二つ突き出してきた。そして、何やら黒い煙のようなものが次第にアングラを包み込んでいった。 アマダーンは、腰からナラヤンを引き抜いた。 『アングラ様!あなたはアングラ様であるか!?』 黒い煙はゆらゆらとアングラのまわりを囲んでいたが、光る目のようなものがギョロっと見えた。 その時、ボンジオビとブライが部屋に入ってきた。そして、近衛兵を従えた王も部屋に入って来たのである。 『一体何の騒ぎか!?アマダーンよ!』 トレント王は、アマダーンに向かって声を上げたあと、浮かんでいる不思議な黒い煙に気が付き腰を抜かした。 『な、な、なんじゃこれは!?』 アマダーンは、すぐ王を安全なところへ避難させるよう、兵士に指示を出した。そして、ボンジオビに話しかけた。 『ボンジオビよ!これは何だ!?』 ボンジオビの顔は真っ青であった。そして、震える手でメガネをかけながら、持っている分厚い本を開いていった。 『ま、ま、まさかとは思いますが、恐らく深淵の主を呼び覚ましてしまったのではないかと思われます…!』 アマダーンは、深淵という言葉で察知した。やはり嫌な予感が当たってしまったのである。 『魔王!』

1
0
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

第1話「奇妙な街」 クァン・トゥー王国の首都「サーティマ」 賑やかな市場の路地裏を進むと、ひっそりと佇む一軒の酒場があった。 「ヴァンの酒場」という寂れた看板が、苔むした壁に掲げられている。古びたランプが垂れ下がる薄暗い店内には、二、三人の客が静かに酒を飲んでいた。その中でも一際目立つ男がカウンターに座り、サーティマの北方ツォーホク地方産の葡萄酒に舌鼓を打っていた。 男が何故目立つのかと言えば、洗練された白布のブリオーを着用し、王国では、王に認められた者しか扱うことを許されない獅子の頭をあつらったサーベルを腰に下げているということであろう。 その男は、「勇者アマダーン」その人であった。 店主のアレックスは、かつての勇者の戦友であった。彼がひっそりと経営する酒場に、時折り顔を出しては、何やら考え事をしながら酒を飲むのが彼の日課であった。 店主は、アマダーンに話しかけた。 『アマン…最近見なくなったと思えば、ここ1週間くらい毎日うちに来てるな。こんなに荒れてるお前を見るのは、あいつが隊を離れた時以来だ…』 アマダーンは、葡萄酒が入ったカップを見つめてはふっと笑い、葡萄酒を一口グイッと飲み干した。 『また離隊志願者か?』 アレックスは、勇者英雄隊から離隊したいという人間に対しては、何とも思わないアマダーンという人となりをよく知っていた。ただ一人を除いては。 だが、今回のはおそらく違うことで、彼は悩んでいるのであろうとも思った。だから、あえて的外しな質問を投げかけたのだ。 『違う…俺は去る者は追わずだ』 アマダーンは店に入って数時間経つが、始めて口を開いた。 アレックスは、プライドが高い彼が思い悩んでいることを知っていたが、彼がやっと口を開くまで待つということの忍耐力は持ち合わせていた。 時に人間というのは、話す必要のない時は黙って見守ることの方が大事な時がある。 その一言を聞いてアレックスは、少し安堵した。内容が間違っていようがいまいが彼には関係はなかった。ただ、やっとこの誇り高く孤独な男が、会話のきっかけを掴むことが出来たのが良いのである。 『じゃあ、女か?ふん、女ならお前は掃いて捨てるほどいるだろうに』 『違う、アレックス…俺は、今、その、考えてるんだ』 『何を考えてる?お前は富と地位を手に入れた。隣国ももう敵ではない。すべてを手に入れた男が何を悩んでいるんだ?』 アマダーンは、カップに葡萄酒を注ぎながら話し始めた。 『俺は今まで、アングラ様にひたすらに仕えてきた。俺の恩人だし、育ての父親みたいなもんだからな…』 アレックスは、アングラという名が出たことに驚いた。 『任務を失敗したのか?』 『いや、任務は成功した。俺は勇者だ。なんだってやるさ、命をかけてるんだ』 ーーーそれは約1週間前のことであった。 エルフの国「トト」からドラゴンのオーブを奪い取ったアマダーンは、ドラゴンの巫女アズィールと共に、サーティマのクローン城へと辿り着いた。 アズィールは、ドラゴンの姿からエルフの姿に戻り、アマダーンの後について城へと入った。 『英雄隊は?』 アマダーンは、兵士の一人に尋ねた。 兵士は答えた。 『フリン様とチド様は、北方遊牧民討伐へ。フルシアン様、アントニー様は、西方神聖ナナウィア帝国へ交渉へ赴いております!』 『他の英雄隊は不在か…』 勇者英雄隊とは、王国直属の精鋭中の精鋭の集まりであり、勇者を中心とした部隊である。遥か昔に、この世界を魔王の手から救った英雄「勇者」にあやかり、その名が付けられ、各国にそのような勇者と隊が存在している。敵国の王を魔王と称し、「聖戦」という大義を掲げて戦う。単独で動く場合や、軍を率いて攻めたりもする。時に、戦闘以外の交渉毎などにも当たる。クァン・トゥー王国の勇者英雄隊は、他国の同隊よりも頭一つ抜けており、世界最強という噂もあった。 アマダーンが帰還したことを受け、アングラは、トレント王と共に玉座の間で迎えた。 『おお!よくぞ戻った!でかしたぞ!さすがは我が国の勇者だ!』 トレント王は、両手を広げ、興奮気味にアマダーンを称えた。 アマダーンは王の前に跪き、深く敬礼した。 『このアマダーン、一度引き受けた任務、必ずや成し遂げるとお約束致しました』 アマダーンは後ろを振り向き、オーブを抱えたアズィールを指した。 『エルフの国のオーブにてございます』 アングラは、オーブを抱えているアズィールに目をやった。 『アマダーンよ。このエルフの女性は?』 アズィールはオーブを抱えたままお辞儀をし、アマダーンが答えた。 『この女は、エルフのドラゴン、アズィールでございます。サーティマ平原奥の沼地にて遭遇し、仲間になりました』 『な、なんと!!エルフのドラゴンと申すか!!そなた、オーブを奪うどころか、ドラゴンをも味方につけるとは!』 トレント王とアングラは感嘆し、勇者の偉業を心から称えた。 そしてその夜、勇者の帰還と、オーブ奪還を祝してクローサー城で晩餐会が開かれた。 貴族達や、街の有力者達など、様々な人物が集い、宴に酔いしれた。 アマダーンはアズィールの隣に座り、歓迎を受けた。 『凄いわね。エルフの国とはまったく違うわ』 アズィールは、他国の晩餐会に呼ばれたのは初めてであった。 『エルフの国では、あまり宴をやらないのか?』 『そうね、エルフはあまり騒ぐことが好きじゃないもの。時に歌ったり楽器を演奏したりするけど…』 その時、アマダーンとアズィールの背後から何者かが近付いてきた。 『これはこれは、勇者様。お待ちしておりました』 アマダーンは振り返り、その人物に声を掛けた。 『これはボンジオビ博士。例の伝導装置はいかがかな?』 その男の名は、ボンジオビ・ジオン。クァン・トゥー王国における学術者であり、アングラと共に古代魔導王朝の技術を研究している男である。小柄で白髪に白い髭を蓄え、厚いレンズの眼鏡の奥に鋭い眼光が光っている。 ボンジオビは、髭を触りながら笑顔でアマダーンに答えた。 『開発は順調に進んでおります。あとは、装置の起動に関するところでもう少しお時間をいただければと…おや、このお美しいお方はどなたで?』 アズィールは、答えた。 『はじめまして。私はエルフのドラゴン、アズィールと申します。このような素敵な晩餐会にご招待いただき、光栄に存じますわ』 ボンジオビは、アズィールの手に軽くキスをし、葡萄酒が入ったグラスを手渡した。 『ようこそ我が国へ。エルフの竜の巫女殿。これはお近づきの印でございます』 『ありがとう』 アズィールは、グラスを受け取り葡萄酒を口にした。 その時、アマダーンは英雄隊の誰かが帰還したとの報告が入り、席を立った。 『失礼、わが隊の一人が帰還したようだ。出迎えてくる』 アマダーンはアズィールにそう言った。しかし、アズィールは、頭を抑えて目を閉じ、眉間に皺を寄せながら何やらブツブツと呟いていた。 『おい、どうした?』 アマダーンはアズィールの様子がおかしいと思い、肩に手を置いた。その途端、アズィールは椅子から崩れ落ちるように倒れてしまったのだった。 晩餐会は騒然とした。兵士たちがアズィールを抱え、急いで奥へと運んでいった。アマダーンは、戸惑いながらもアズィールの元へと向かおうとした。しかし、そこにアングラが急に目の前に現れた。 『アマン、少し話がある』 アマダーンは眉をひそめ、怪訝な顔をしたが、アングラはアマダーンをバルコニーへと誘導した。 アングラはバルコニーにいる兵士に奥に入れと告げ、あたりをキョロキョロ見回した。そして少し小声でアマダーンに話しかけた。 『アマンよ。心して聞け。伝導装置が完成したのだ。』 『?先程、ボンジオビはあと少しであると言っておりましたが…』 アングラはアマダーンの肩に手を回し、葡萄酒が入ったグラスを片手に話を続けた。 『ふふふ…伝導装置は、実は既に完成していたのだよ。だがしかし、装置を起動させるに肝心な物が足りないことが判明したのだ』 『…それは何です?』 アングラはグラスの葡萄酒を一口グイッと飲み、言った。 『ドラゴンの血だよ』 アマダーンは、少し間をおいて考えた。そして、ハッと思いアングラに言った。 『ま、まさか…!』 アングラは、満面の笑みでアマダーンに答えたが、口の前に人差し指を立て、アマダーンの声を絞るような仕草をした。 『オーブの伝導装置は、完成していたが、うまくいかなかった。しかし、文献をさらに紐解いていくとだな、やはりドラゴンの霊力が最適であると書かれていたのだ。だが、その霊力の源は血であることが分かった。分かるか?しかもその血を使い、深層意識と結びつけさえすれば、人間種の脳でもうまく起動する算段が立ったのだよ』 「オーブの伝導装置」とは、古代魔導王朝の技術を応用し、オーブが持つ生命体への干渉力を増幅させる為に作られた装置である。本来オーブは、ドラゴンの霊力によって作用するとされているが、アングラたちは人間種の持つ僅かな霊力でも作動するように設計した。しかし、理論上作動可能な装置であったが、やはりドラゴンの霊力が必要であると結論が出されたのである。 このことを知っているのは、アングラとボンジオビ博士、そしてトレント王と勇者アマダーンのみであった。 『アマンよ、その事実が判明したのは、お前がトトへ向かった2週間あとであった。しかし、使者を送る前に、お前はドラゴンそのものを連れてきてしまった。ははは!さすがにこれは、奇跡と言える。いや、お前だからこその功績であるな。トレント王にも報告させてもらった。これはかなりの褒美を期待して良いぞ!』 アングラは興奮気味に話したあと、グイッと葡萄酒を飲み干した。それを見てアマダーンは言った。 『もしや、その為にアズィールを…』 アングラは、アマダーンの反応が思っていたのと違い、怪訝な顔をした。 『ん?どうした?まさかお主、あの巫女に何やら思い入れがあるのではあるまいな?』 『あ、いや、滅相もございません。して、今アズィールはどこに?』 アングラはアマダーンをクローサー城地下の研究所へと案内した。 そこには、銅で出来た大きな「窯」のような物が置いてあった。そこからいくつもの配管やバルブ、そして、その中央前方に椅子があり、その左隣りには、小さな台座の上に置かれたオーブ、さらに右隣には台の上に人が寝かされていた。 そして、その寝かされた人物をよく見ると、アズィールであった。アズィールは気を失っており、手足や頭を金属の輪で固定されている。そして、何やら大きな釜から出てきた配管に繋がっている管が、台の上に固定されていた。 アマダーンはその様子を見た時、不思議な感覚に襲われた。何かどことなく心が苦しい気がする。胸が締め付けられるような不快感がするのである。今までどんな胸糞悪くなるような任務を淡々とこなしていった彼にとって、この程度の出来事は意に介さない自信もあった。アズィールは沼地で出会ったとき、好奇心の裏に秘められたどこか寂しそうな表情をしていた。そして、ドラゴンとしての虚しい生き方をアズィールから聞いたアマダーンは、彼女を哀れに思ったのであった。 彼自身、戦争孤児から死にものぐるいで手にした勇者という地位にいる人生であるがゆえに、何にもなく、ただ生きているという空虚な人生程虚しいものはないと思っていた。 「空虚な人生を送るなら、燃え尽きて死ぬ方がまし」 それは彼の人生の教訓であった。 装置の奥からボンジオビ博士が出てきた。 『これはアングラ様、アマダーン様。さっそく準備に取り掛かるとしますか』 ボンジオビ博士は、装置を作動させ、寝ているアズィールの両手首の内側に管を刺した。その時、アズィールの体が少しビクン!と動いた。 そして、台座の上のオーブに何やら銅製の椀のような物を被せた。そして、中央の椅子にアングラが座った。アングラも頭の上に銅製の帽子のような物を乗せた。それらは管で中央の窯に繋がっている。 『よし、準備が出来たぞ』 アングラはボンジオビに伝えた。 そしてボンジオビは、窯に付いているバルブを少しずつ緩め始めた。 すると、窯が揺れ始め、窯の上部に付いている小窓が光始め、その横に付いている穴から蒸気がプシューと出てきた。ゴウンゴウンという音が大きくなっていく。その時、アズィールの体がビクビクと動き始め、管から血液が装置の中に入っていく。アズィールは、苦しそうな表情になり、顔が真っ青になっていく。 『あああああ!!!!!』 アズィールは断末魔の叫びをあげ、目は白目を剥き、口からは泡を吹いた。 アマダーンは、アズィールの様子を見てはいられなくなり、目を逸らした。 その時、中央の椅子に座っていたアングラの様子がおかしくなった。 『ああっ!これはダメだ!』 アングラは、ガタガタと体が震え出し、鼻から血を出した。 『ボンジオビ!止めてくれ!』 咄嗟にボンジオビは、装置を止めた。ゴウンゴウンという音が次第に小さくなっていく。 すぐにアングラは被っていた銅製の帽子を外した。 『…申し訳ございません。もう少し調整が必要ですな』 『だが、何か掴めそうだ。やはりドラゴンの血を使うのは正解だと思う』 アングラは椅子から起き上がり、少しフラフラとしながら、アマダーンの肩に手を乗せた。 『道のりは険しいが、大きな一歩だぞ。なに、あと3日もすれば完全に起動するであろう』 アマダーンは、アズィールを見た。 『アズィール…あのドラゴンの巫女は死んだのですか?』 アングラはアズィールに目をやると、ふっと笑いアマダーンに言った。 『巫女は生きておる。なに、死なせはせんよ。ただ生かしもせん。このまま装置として使っていく』 この一言は、アマダーンにとって衝撃であった。 「ああ、そうか。古代魔導王朝の技術復活の為の礎となったのだ。彼女の人生はまさに誉れであるな」と思い聞かせたが、心の底は、揺れ動いていたのである。 アングラは、アマダーンに長旅の疲れを癒す為に休暇を取らせ、自分は引き続き研究を続けるといい、研究所に籠ったのであった。 それから約1週間後…アマダーンの心は揺れ動いたままであった。 アズィールをオーブの呪縛から解放し、また再びオーブに縛られてしまうという結末。あたかもアマダーンが彼女を騙し取ったかのような結果であった。 ヴァンの酒場を出たアマダーンは、アルコールで意識が朦朧としていたが、頭の中は冴え渡っていた。 このまま彼女を見殺しにするのか?それとも、人々の平穏の為、平和の為に伝導装置を起動させるのを見守るのか?アマダーンは、自らの忠誠心と彼女への思いに揺れていた。彼女なしに伝導装置を起動する方法は無いのであろうか? その時であった。突然頭が割れるように痛くなったのである。視界が狭まり、足元がフラフラし、膝をついた。 酒を飲み過ぎたかと思っていたが、どうやら違うようだ。アマダーンは、辺りを見回すと、道ゆく人々がすべて頭を抱えて苦しんでいる。子供は泣き喚き、老人は苦しみながら道に倒れ込んでしまった。 『な、何だこれは…!?』 まさかとは思ったが、アマダーンはすぐに察しがついた。 『装置が…完成したのか!』 アマダーンは、魔法効力を無力化する魔法を自分にかけた。 『ヴァイパス!』 完全ではないが、多少頭痛はおさまった。 すると、次第にあたりから笑い声が聞こえてきたのである。先程泣きじゃくっていた子供は、笑いながら踊り、大人たちも笑い合っている。倒れていた老人は、倒れたまま笑っているのである。 これは普通ではない。何か尋常ではないことが起きているとアマダーンは思った。オーブの効果であろうが、街中に笑い声が溢れ、それは異様な光景であった。 アマダーンは、クローサー城へ向かおうとした。アングラにこの異様な光景を伝えるべきであると思ったのだ。 その時、勇者の姿を見た婦人がアマダーンに笑いながら近付いてきた。 『あはは、ゆ、勇者様、ど、どうかお助けください!あはは!何やら笑いが止まらないのです!今朝病気の主人が亡くなったというのに!あはは!』 笑ってはいるが、婦人の目には涙が浮かんでいた。 これがアングラの望んだ世界なのであろうか、いや、まだ実験段階であろう。アマダーンは、すぐに装置を止めるよう嘆願せねばなるまいと思ったのである。 クローサー城が目の前に見えたその時である。 空から何やら大きな影が飛んで来た。それは二つ、いや三つ、無数に増えていくのであった。 その影が次第に大きくなり姿かたちが分かるようになってきた。 『…あいつら!』 その影は、シルバードラゴンと、ホワイトドラゴン、そして空を飛ぶ馬に乗ったエルフたち、即ちエルフの国トトが誇るペガサス騎馬隊と、エズィール、セレナである。ペガサスにガラたちも乗っていた。 『オーブを奪還せよ!!』

5
2
忘れがたき炎の物語 第三章「砂漠のドラゴン編」

忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」

第8話「勇者アマダーン」 クァン・トゥー王国最強の戦士「勇者アマダーン」 彼は、元々南方砂漠の国「サーバス」出身であった。現地の呼び名では「アマンダール」とも「アマン」とも呼ばれている。恐るべき剣術の強さと、得意な強化魔法で、目の前の全ての敵を圧倒する強さを誇っていた。 かつてクァン・トゥー王国とサーバス王国は、長い間、戦争状態にあった。民の間では「50年戦争」ともいわれ、互いの民や、国土は疲弊し切っていたのである。 辣腕トレント2世は、サーバスと和平交渉をし、友好を築いた。 その頃、戦争孤児としてクァン・トゥーに保護されたアマダーンは、母国にかえることなく、そのままクァン・トゥーの国民として、成長していった。 剣術において天才的な才能を発揮した彼は、クァン・トゥー王国の兵士に志願し、名を馳せていった。 そこで、勇者英雄隊に引き抜かれたのである。 アングラは若き才能に目を付け、彼を最強の戦士として育て上げていった。剣術だけでなく、魔法や様々な学問、政治や哲学なども身に付けさせていった。勿論、彼自身の野望でもある、古代魔導王国復活の夢も語っていったのである。 アマダーンは、アングラの懐刀として、重宝されていった。ありとあらゆる任務を淡々とこなし、時には目を覆う様な汚れ仕事をも難なくこなしていった。勇者となり、隊を率いてからもその勢いは止まるところを知らなかった。 ほとんどの隣国を滅ぼし、クァン・トゥーにとって脅威はなくなっていった。 もはや他国にとって、「勇者アマダーン」は恐怖の存在としてその名を轟かせていったのである。 「アマダーンが来たぞ」 これは、アマダーンへの恐怖によって、他国では子供たちを言い聞かせる文句として広まった言葉であった。 ガラはその男の強さ、冷徹さ、そして恐ろしさを嫌というほど知悉していた。味方でありながら、彼は絶対に敵にはしたくないと思っていたのである。 実は、勇者隊を離れた理由の一つでもあった。一つの戦争を終わらせた後、再び報復によって戦争が始まり、また尊い命が犠牲になる。 人間は、憎悪によって自らを滅ぼす。その真理を彼は肌で感じていた。 しかしながら、アマダーンという男は、アングラから受けたありとあらゆる任務を難なくこなしていく。時に目を覆いたくなるほどに残酷なものもあった。 「我が国に刃向かうとこうなる」 というメッセージを込めて、村一つ滅ぼしたこともあった。勿論、他国とはいえ、何の罪もない人々であった。女子供も容赦しなかった。 穏やかな片田舎で育った純朴な戦士には、あまりにも酷な仕事であった。精神的にも限界に来ていた。そして、その引き金が、妻の死である。 隊を離れる覚悟を決めた時、アマダーンは言った。 『ガラよ。お前は優し過ぎる。時に、人間は非情でなければ真の目的は達成されることはないのだ。力がなければ食い殺される。正義は強くなければならない。この世は修羅の世界なのだ』 その言葉はガラの耳朶から離れることはなかった。 『アマダーン!久しぶりだな。まさかこんなところで会うとは…どうしたんだ?観光でもしてるのか?』 アマダーンは、昔の戦友の顔を見て少し穏やかな表情になった。しかし、それはほんの一瞬であった。 アマダーンは、ゆっくりと口を開いた。 『ガラ…炎のガラ…。俺の心は今、悲しさと虚しさ、そして怒りでいっぱいだ』 ガラは、アマダーンから目を逸らさず、唾を飲み込み、出来うる限りはっきりと穏やかに話し始めた。 『…アマンよ。俺は、お前のことはよく知ってるつもりだ。お前は一度引き受けた任務は、何があっても必ずやり遂げる男だ』 『…その通りだ』 アマダーンは静かに答えた。 『だが、今回のやつは…オーブは、ひとつの国の為に持ち出すもんじゃねえんだ。それはドラゴンでないとうまく機能しない。つまり…』 ガラがうまく伝えようと苦心しているところに、エズィールが助け舟をだした。 『オーブは、ドラゴンの霊力によってのみ効果がもたらされるのだ。そう作られておる。過去にも古代の知恵を付けた人間が、悪用した例はいくつかあった。しかし、それは世の中の理(ことわり)を歪める原因を作ってしまう。歪みは、深淵に結びついてしまう。つまり、魔王の眠りを覚ますことになってしまうのだ』 アマダーンは、眉を上げた。 『魔王だと?深淵…?』 エズィールは続けた。 『今の世の中の「魔王」ではない。真の「悪」であり、破壊と殺戮の根源。そなたも沼地や山で見たであろう。そこら辺の魔物とは違う。だが魔王に比べたら、あれはほんの「上澄み」だ。ドラゴンの民は、4人の英雄らとともに、奴を眠らせたのだ。完全に抹殺することは出来ない。』 アマダーンは、目を閉じた。 『…なるほど。それがお前らの論理か。よく分かった』 ガラはアマダーンに言った。 『頼む。これはもはや一国の利益の為にする行動じゃねえんだ。アマンよ。ここは手を引いてくれ!』 ドロレスが続けて言った。 『あたしからも頼む!コンパルサで、魔導士が言ってたこと。あんたらも平和を望む為にこれを使うんだろ?だが、オーブを使うのはリスクが大き過ぎる!』 アマダーンは、アズィールに目をやった。 『俺は、勇者だ。とはいえ、クァン・トゥーの一兵士に過ぎん。アングラ様は敬愛しているし、あのお方のお考えが的を外したことは一度もない。それに俺は一度引き受けた任務は全うしなければならない…それが勇者という者の使命なのだ』 そして、続けて言った。 『ガラよ。俺はお前たちよりも早くここに着いていたのだ。オーブを奪うなら既に奪えた。だが、何故ここにいるか分かるか?何故お前たちのことをわざわざ待っていたと思うか?』 ガラの額から汗が滴り落ちた。 『お前の裏切りは、俺が責任を持って処する。お前も、お前の仲間もな』 アマダーンの言葉に、ドロレスは言った。 『あんたは、アングラが死ねと言えば死ぬのか?そんなのただの操り人形じゃないか!自分の任務さえ果たせれば、世界なんてどうでも良いのか?』 アマダーンはドロレスを見つめた後、アズィールに目を向けた。 『俺は、このエルフのドラゴンの娘には、沼地で会った。向こうから近付いて来たのだ。彼女は、苦しんでいた…ドラゴンとしての生き方に。オーブを守護するという使命に生まれたドラゴンは、世の中を知ることもなく、ただただそこにいてオーブを守るだけの運命なのだと…』 エズィールは厳しい目をアズィールに向けた。 そしてそれはどこか切なくも見えた。 アマダーンはエズィールに言った。 『エズィール…エルフのドラゴンよ。どうか、彼女を解放してやってくれ』 『シルバードラゴンの娘も同じ気持ちであろう。ならば俺が、オーブの呪縛から解放してやる』 アマダーンは、セレナに目を向けた。 アレサが叫んだ。 『なりません!さらに強大な魔物も出て来ます。それは、あなた方の国にとっても不利益のはず!』 アマダーンはアレサに言った。 『元老院よ。そなたは我が国の反逆者を連れて何をしているのだ?自らの行動を棚に上げ、我を批判するのは、筋違いではないか?』 『そ、それは…』 アレサは口篭った。 『彼らは私の庇護下にあります。わが国のドラゴンの危機を救いにこの場に来ていただきました』 『アズィールがここを出るかどうかは本人次第であろう。それともエルフは彼女の意志を聞き入れず、再びオーブの下に縛りつけるのであるか?』 その時、マコトが前に出た。 『勇者殿!拙者は東方エイジアより参ったリュウモン・マコトと申す。そなたのお国に対する忠義、誠に天晴れである!そして、エルフの竜の巫女よ!そなたの要望も納得の致すところである!しかしながら、この問題、どうかお国の為より、またご自身の自由より、どうか大局でお考え改めていただきたい。そなたらの行動は、世界全体の破滅に繋がる。これは長い目で見れば、そなたらにも必ず災いとなって降りかかること、火を見るより明らかである!どうか!』 マコトは正座をし、三つ指を立てて深く土下座した。 アマダーンは、マコトを見て言った。 『東洋人よ。頭を上げるがよい。俺はお前たちの考えは充分に分かった。…しかし、俺は俺の生き方がある。俺は主人を裏切れない。』 アマダーンは、ガラたちを見回し、言い放った。 『我はクァン・トゥーが勇者アマダーン。もはや双方譲れぬとみた。ならば剣で決着と行こうではないか!』 アマダーンは腰に差している獅子をあつらったサーベル“ナラヤン“を引き抜いた。 『クソッ!』 ドロレスは悔しがったが、ガラたちもそれぞれ武器を手にして構えた。 アズィールは漆黒のドラゴンへと変身し、セレナは銀色のドラゴンへと変身した。 エズィールとアレサは神殿の前まで下がった。そこをエルフの護衛たちが囲んだ。 エルフの森「サイモン森林」に爽やかな風が降り注いだ。木々が揺れ、葉が擦れる音が聞こえる。 アマダーンは、目を閉じてナラヤンを円を描くように振った。 その瞬間であった。 あっという間に、アマダーンは、ガラの目の前に近付き、ガラに一閃を浴びせる。しかし、ほんの紙一重でガラのメタリカが防ぐ。 「キィン!」 ドロレスとマコトは、そのあまりにものスピードに絶句した。 『な、なんだ今のは!?』 そしてアマダーンは、ガラに向けて物凄い速さで剣撃を繰り出す。ガラは防ぐのがやっとである。横からマコト、反対側からドロレスが攻撃を開始したが、同時によけられる。 『は、速い!』 その時、シュパッという音と共に、ドロレスの左腕から血が吹き出した。 『ぐあっ!』 ドロレスはよろけた。 そして、またしてもシュパッという音と共に、マコトの腿(もも)から血が吹き出したのである。 『見えない!』 マコトも足を押さえ、崩れた。 ガラの頬にもピッと刃が触れ、血が流れた。 『くそっ!』 アマダーンは3人を相手にしながら、圧倒的なスピードと正確さでガラたちを圧倒した。 『なんという速さと正確さだ!』 マコトは驚嘆した。 『あの蜘蛛野郎が可愛く見えるな!』 ドロレスはガラに言った。 『やつは何重にも自分に強化魔法をかけてる。普通の人間と思うな!』 ガラはアマダーンの前に手をかざした。 『ファズ!』 手から光球が飛び出し、アマダーンを襲う。 しかし、アマダーンはそれをナラヤンでかき消したのだ。 『俺に小細工は通用しない!』 『ふっ、やっぱりダメか…』 ガラはふっと笑った。楽観的な笑いではなく、絶望の淵に立った自嘲的な笑いであった。 『こいつに魔法は通じない。おそらくファイヤーハウスもな…』 ガラの言葉に、ドロレスは言った。 『くそっ!いざとなればそれを考えてたんだけどな!』 ガラたちの攻防の横では、セレナとアズィールがドラゴン同士の攻防を繰り広げていた。 アズィールの爪がセレナの顔面に当たり、セレナは苦痛でよろけるが、すぐさま尻尾を振り払い、アズィールの足元に強打させる。 そして、セレナは空に飛び上がり、それをアズィールが追う形で飛び上がる。 セレナはアズィールに炎を吹きかける。しかし、アズィールは氷の息でそれを相殺したのだ。 ブワッ!!という音と共に、大量の水蒸気が発生した。それは霧のように二匹のドラゴンの姿を隠した。 しかし、その霧からアズィールが突っ込み、セレナに体当たりを喰らわした。 セレナは苦しそうに、落ちていく。 しかし、すぐに体勢を立て直し、再び空に戻ってくる。 《あなた、なかやかやるじゃない…》 アズィールは、思念でセレナに語りかけた。 《オーブを奪うのも、私たちを攻撃するのも止めて!同じ人間同士、同じドラゴン同士、なぜ傷つけ合うの!?》 セレナはアズィールに訴えかけた。 《あなた、ほんっと馬鹿じゃないの!?あなたのところのオーブは誰が見てるのよ!まだあの老ぼれかしら?》 《ヴァノが守っている。竜族も近くで見守ってくれている!》 アズィールは、吐き捨てるように言った。 《オーブを見捨てたあなたに、私のことを言う資格なんてあるのかしら?》 セレナは少し黙ったあと、静かに言った。 《…分かってる。私もあなたと同じ。人間たちや外の世界が見たくなって外へ出た》 《…》 アズィールは、攻撃体勢を解除した。 《ヴァノは…多分、もうそんなに長く生きられない。私には分かるの。いつかは私がオーブを守らなきゃいけない。…だから、最後に私は外の世界を見ておきたかった。人間たちや、街… セレナは途中で黙った。そして、また話し始めた。 《でもあなたは、ずっと二人で守らなきゃいけなかったんだよね。私はあなたのことを責めることは出来ない…》 アズィールは、言った。 《私たちは似てるわね。ドラゴンとは悲しい生き物なのよ…》 しばらく無言が続いた。それは数十秒間、いや数秒間だったかもしれない。 突然アズィールは氷の息をセレナに吹きかけた。 『ぐわっ…!』 セレナは凍り付いたまま落ちていき、ズーン!という地響きと共に地面に埃が舞った。 『セレナ!』 エズィールは、上を見上げた。 アズィールは口から凍りついた水蒸気をゆらゆらと出しながら、ガラたちとアマダーンとの熾烈な戦いを見下ろしている。 アマダーンは、セレナが凍り付いて地面に落ちたのを見て、アズィールの名を呼んだ。 アズィールは、物凄い勢いで、アマダーンの方へ突っ込んでいき、口を開け、猛吹雪のような突風をガラたちに吹きかける。 その瞬間アマダーンは、さっと後ろに大きくジャンプした。 『し、しまった!』 なんと、ガラたちはその場に氷のように凝固されてしまったのであった。 それを見届け、アマダーンは、神殿の方へ歩き出した。アズィールもエルフの姿に戻り、後に続いた。 『皆のもの!何としても神殿の中へ入れてはいけません!』 アレサは護衛たちに指示を出し、エルフの護衛たちがアマダーンを囲んだ。 『何人かかろうと同じことだ…』 ズババッ!と音がしたあと、一瞬にして、護衛たちは全員その場で倒れた。 あまりにも速い動きで、エズィールとアレサは何が起きたのか分からなかった。 アマダーンは、神殿の入り口へと歩き出した。 エズィールは、アマダーンの目の前に立ちはだかり、両手を広げた。 『ならぬ!誰人にもオーブは渡さん!』 ズンッ! 気が付くと、アマダーンの刃がエズィールの腹を貫いていた。 『エズィール!』 『がはっ!』 エズィールは、血を吐きその場に崩れ落ちた。 すぐにアレサが駆け寄った。 アズィールは、目を逸らした。 『あなた!何てことを!』 アマダーンは、アレサにナラヤンの刃を向けた。 『これ以上、被害を増やしたくなくば、無駄な抵抗は止めることだ』 アマダーンとアズィールは、神殿の中へ入っていった。しばらくすると、白く光り輝くオーブを脇に抱えながら、アマダーンとアズィールは神殿から出てきた。 アズィールは、再びドラゴンの姿になり、アマダーンを背に乗せた。 『ではクァン・トゥーへ向かうとしよう!』 アズィールが飛び立とうとしたその時であった。 『いた!こいつらだ!』 ハーフリングのニコである。彼はアマダーンが現れた時、すぐにルカサに向かい、応援を呼んだのであった。 ニコの後ろから、エルフの護衛たちと、元老院でハイエルフのヴェダーが駆け付けた。 『待て!貴様!そこで何をしている!』 ヴェダーが叫んだ瞬間、アズィールは氷の息を彼らに吐いた。猛吹雪のような突風がニコたちを襲う。 『エアロスミス!』 ヴェダーは咄嗟に空気の半円状の膜のようなものを作りだし、ニコたちを包み込んだ。 猛吹雪はあっという間にニコたちを覆った。 そして、アズィールはアマダーンを乗せたまま飛び上がって行った。 次第に半円状の膜がパリンと割れ、中からニコたちが出てきた。 『ありがとう!助かったよ!』 ニコは間一髪でヴェダーに救われたのだ。 ヴェダーはアレサに気付き駆け寄った。 アレサはエズィールに白魔法をかけ手当てをしながら一部始終を話した。 『なんてことだ…アマダーンとアズィールが組んでいたなんて…!』 ヴェダーは、凍り付いたガラたちを見た。 『これは…アズィールの息か!これ程までに凍らせる力を持つとは!』 そして、凍り付いたまま横たわるセレナを見た。 その時、セレナの口元がぼんやりと光っているのに気が付いた。 『これは…竜の巫女か…巫女でさえも、凍らせるとは…うん?なんだ?口の中が光って… その瞬間であった。セレナの口が光輝き、顔の部分の氷が爆発したのだ。 ヴェダーは、その爆発に巻き込まれて後ろに吹っ飛んだ。 『ぐわーっ!』 セレナは自分の凍っている下半身に自ら炎を吐いて氷を溶かし、ガラたちにも炎を吐いて氷を溶かした。 次第にガラたちは氷が溶け、その場で倒れ込んだ。 『う、う…これは一体…』 ドロレスが目を覚ました。 『な、何をされたんだ…』 マコトは頭を抱えながらあたりを見回している。 アレサはガラたちに、アマダーンとアズィールがオーブを持って逃げたと伝えた。 ドロレスは、セレナの様子がおかしいことに気が付いた。 『セレナ!』 ドロレスがセレナに近付くと、セレナは人間の姿に戻り、涙を流し、うずくまっていたのである。 『うっ…うっ…私は…止められなかった!アズィールを止められなかった!』 ドロレスは、しゃがみ込みセレナを優しく抱きしめた。 『大丈夫だ。オーブはこれから取り返しに行けばいい。セレナはセレナだよ。あいつとは違うさ』 セレナは顔を上げ、ドロレスを見つめた。 『私には分かるの!アズィールの気持ちが!同じ気持ちが!でも…私もコンパルサを見捨てたんだ』 エズィールはその様子を黙って見つめていた。 『セレナよ。コンパルサではヴァノが守ってくれている。お前はアズィールとは違う。…だが、困ったもんだのう。例えオーブを持ち帰ったとて、アズィールが再びオーブを守護してくれるとは思えん…』 ガラはエズィールに言った。 『ともかく、今のままでは奴に勝てない。クァン・トゥーでは魔導士や憲兵もたくさんいるし、守りも堅い。作戦を練らないとな』 ヴェダーが後ろから皆に声を掛けた。 『やれやれ、飛んだことになったなぁ〜。俺はあの勇者を買っていたんだが、まさかこんなことになるとは…』 アレサがヴェダーに言った。 『初めから私たちは騙されていたのよ。これはエルフ全体を侮辱する行為よ!絶対に許せないわ!』 エズィールは、皆に言った。 『ともかく、これはまさに世界の危機だ。元老院をもう一度招集し、作戦を練らねばなるまい!』 ガラたちはもう一度ルカサに戻り、ことの顛末を伝えた。元老院たちは驚き、また怒りに打ち震えたのである。そして、エズィールの言う通り、魔王の復活という最悪のシナリオを想定し、隣国への協力要請を立案したのである。 一方その頃、アマダーンとアズィールは、サーティ平原からクァン・トゥーの首都「サーティマ」へ向かっていた。 《勇者様は、やっぱりお優しいのね》 『どういうことだ?』 アズィールは思念でアマダーンと語り出した。 《だって、はじめは彼らを処刑しようとしてたじゃない》 アマダーンは少し間をおいて言った。 『なぁ、彼らが言う魔王の復活とは本当なのか?』 《あら、勇者様も恐れを抱いているのかしら?》 アマダーンは、エズィールが言う魔王の復活というオーブの危険性を知り、心の中で少し葛藤が生まれていたのである。 アズィールは続けた。 《オーブを誤って使えば、確かに深淵に触れてしまう。それはとてもリスクが高いのよ。アングラとかいう男がどれ程オーブのことを知ってるか分からないけれど、私が知る限りうまくやれた人間はいないわ》 『…』 アマダーンはただ静かに何かを考えているようだった。 《着いたわ。サーティマよ》 第二章完。

3
2
忘れがたき炎の物語 第二章「エルフのドラゴン編」