ねも
24 件の小説真実の扉
クローゼットの背広を指でなぞり 今日の自分を選んでいく 他愛もない雑談で空白を埋め 他人との歩度の違いを改めて確かめる 目線の中に表情を探し 本意を包み隠した笑みを浮かべる 時間と現実に運ばれた身の上を自嘲気味に振り返り 覚束無いノスタルジーに相槌を打つ 行く末を案じつつ 瞼を閉じ息を呑み込んで まどろみに溶けこむ私 明日の朝までゆっくりと
John Doe
想像の域を出ないdystopiaを心に抱きながら 曖昧な境界を今日と私は心中する 呼吸に首輪を繋がれた魂と共に 無自覚な悠久に感覚を麻痺させながら 私は何を贖うか 葛藤にかき消されたteenager ここから先は君の物語だと 名無しの誰かが突然背中を押す 偶然を作為的なラッキーに すれ違う人混みに溶け込んで 自らの輪郭を漂白していく あてもなく 触れることのできないあなたへの 言葉をいつも探している
鬼と人間②
ある日弟鬼は、静かな森の中を歩いていました。 すると、茂みの奥から何やら音がします。 近づいて見てみると、そこには兎でも猿でもない動物の子どもがいます。弟鬼はその姿が人間の子どもだということを何故だか確実に理解できました。 人間の少女は背伸びをして桃の木に手を目一杯伸ばしています。 しかし、あと少しのところで届きません。 鬼は初めてみる、人間の姿に怯えながらも、 自分の中に湧き起こる好奇心を抑えきれず 幼い手を懸命に伸ばす少女に隠れながら声をかけてしまいました。 「僕が取ってあげようか」 小さな人間の女の子は驚いた顔で、木の影を振り返りました。 「あなたはだあれ?」 「…わからない。君たちは鬼て呼んでるのかな。」 「おに?」 「…怖い顔をしているから、君には見せられないよ」 自分の中に溢れて足りない思いをかき集めて一言一言丁寧に答えました。 「怖くなんかないよ。出てきて桃をとってよ。」 少女は無垢な声でそう言いました。 「本当に?、どうか逃げないでね」 「うん、絶対逃げない」 鬼は木の影からゆっくりと、勇気を振り絞り 初めて会う人間に顔を覗かせるのでした。
鬼と人間 ①
昔々あるところに2人の鬼の兄弟が仲良く2人で暮らしていました。 鬼の世界は人間の世界とは別れていて、人目につかない深い谷底にありました。 鬼の世界には昔から人間に近づいてはいけないという掟がありました。 弟はそれがなぜだか分かりません。 「にいちゃん、なんで僕たち人間に会ったらいけないのかな」 「仕方ないよ。鬼だから。」 兄は当たり前のように答えました。 「人間は俺たちを嫌ってるんだ、それどころか何か良くないことがあるとおれたちのせいにする。人間にとって俺たちは悪の象徴になってるらしいんだ。」 「そんなのひどいじゃないか、僕たち人間に悪いことなんてしてないよ」 弟は身に覚えのない間違いを指摘された子供のように反抗します。 「それに人間には俺たちの姿は醜く、恐ろしく見えるらしいんだ。」 兄は淡々と冷たい声で続けました。 「そんなに、怖いのかな。ぼくたちは。」 弟は人間のことが気になっていました。離れた世界でどんな暮らしをしているのか、何を想って生きているのか。 「心配せずとも谷底で慎ましく生きている分には人間と関わることなんてないさ。」 兄は適当に話題の着地点を定め、曖昧に話を終わらせました。 弟の人間への興味は募るばかりです。
佳境
目の前を白鷺が飛び立った 意味ありげに羽ばたいて 空をなぞるように視界から外れていく 風が吹く 連なった風鈴は姦しく鳴り響き 奥ゆかしさに抑圧された日々の鬱憤を晴らしてる 蝶々はゆらゆらとたゆたう 己が行方を己で探っているみたいに 誘惑に自分を委ねているみたいに 美しく咲く野花は僕が刈り取った 庭に生えたささやかないのちの記録 僕は刈り取った 求愛に鳴く蝉は雀に食べられた 瞬間の出来事 雀が蝉をついばんだ 蝉は鳴いていた 漂う熱気は 失せる気もなく肌に絡みつく 夏を身に纏う 渦中のあいだはわからない 文句なんて当然言えない それでも易々とは受け入れられない 誰彼ともない世界の中に 誰彼ともなくある絶対「」
親愛なるあなたへ 2025.7.16
あなたは誰の前で泣いたんだろう あなたはいつも僕の憧れだった あなたはいつも僕を守ってくれた 僕の代わりに苦しんで 僕の代わりに我慢した 僕はあなたの心の支えになれたんだろうか こうして自分を疑うことでしかあなたに寄り添うことはできないんだ なぜなら僕はあなたのことが解らないから 分かったような顔であなたの話を聞き 精一杯寄り添う気持ちで的外れな言葉を振り絞る 僕はあなたになれない あなたは僕になれない 僕はあなたに近づきたくて あなたの気持ちに依らずに生きていけるように 浅はかな自己弁護と一丁前な経験を頼りに 諦めと覚悟の狭間で揺らされる現実を進めている あなたは僕を恨んでいるでしょう 愛していてくれているでしょう 僕はあなたを愛しています 僕もあなたを恨んでいます あなただけのこと 僕だけのこと あなたと僕だけのもの あなたが受け入れるすべてを 僕が半分は背負えるように 君は一人じゃない 詭弁に似た友情 友情に似た宣誓 “La vie est drôle‼︎”
Scheherazade
“stray sheep stray sheep” Sirenの歌声に耳をかしちゃあいけないよ 海の上には誰もいない 行っちゃあいけないよ 甘美なの頬を撫でる旋律は 美しく不気味なくらいに冷たくて あなたを彼方へ導くわ “stray sheep stray sheep” あなたが答えを望むなら 詳しくなんか言わないで 理由もなにもないんだから あなたは何を待ってるの “stray sheep stray sheep” 私を頼りにしないのよ あなたが今度道を見つけたら 脇目も振らずに走る時だわ それでも私を忘れないでね もう一度あなたに会えたその時は 夜明けまで今度はあなたの話を聞かせてね
備忘録
肌を刺す太陽の眼差しは一心に私のうなじに視線を注ぎます 倫理のほつれを培った道徳で繕いながら彼は雄弁に語ります Constant な流れに漂うmelancholy から垣間見えるturquoiseの片羽 階段は渋滞し、やがてそれぞれの帰路へと散っていく スラッガーの打った打球はセンターのエラーによりランニングホームランに 「そんなに落ち込む必要はないよ。」「うん、素人目に見ても難しいバウンドだった。」 降水確率は50%にわか雨の音のない足音に怯えてたお午過ぎ 繁茂した雑草は各々が各々の為に成長をやめない 全ては閾の下の雑多な斑 取るに足らない忘れてもいいもの なのにね。あえてね。
once upon a time
住宅地をかき分けなおも歩き続ける 川沿いから見えた空は 朝焼けなのか夕焼けなのか コバルトブルーから藍色へのグラデーション 浮かぶ肋骨のような雲 眩い光がその輪郭を克明にする 国道を行き交う車は僕らの時間を置き去りに互いの目的地へ 君は僕を振り返らずに空に見惚れてる これまでやこれからを憂うことなく 僕らは一緒になることを許されない わかりきった結末に対して互いを少しずつ預け合いながら 絶望に背中を押されながら日常を進めていくしかないのだろう 君は振り返り微笑んだ 起こり得る全てを受け入れるような表情で これから先はあくまでも今の積み重ねであることを訴えるかのように 僕はただその場しのぎの笑顔を返していた それが答えなのかわからない きっと君には届いていないのだろう けれどそうすることでしか僕は君に近づけなかった 君は優しすぎるくらいに優しかったから
ダイヤモンドに見えたガラス細工
子供の頃にダイヤモンドを装ったガラス細工を買ってもらった。買った時はそれが本当にダイヤモンドだと思ってた。綺麗だった。 透き通る光が僕の期待に応えてくれるみたいに輝きを放っていた。 すり減った傷に気がついた時にそれがガラスだと知った。がっかりした。 本当に本物だと信じてたから。それからは、箱にしまって眺めなくなった。 あれからいくつもの時間が経つ 僕はガラスに映る自分から目を背けるようになった。本物がなんなのかはわからなくなるばかり。 けれど、あの時見たダイヤの輝きは本物だったと思う。