未尋

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未尋

時々、というかほぼ投稿しない時の方が多いけど、パッとした時に思いつきで投稿します!

もう一度⑤

怖かったんだ。一人になることが。 ずっと一緒にいると思っていた。手放したくなかった。 ごめん。ごめんな。俺はお前を縛り付けることしかできなかった。 どれだけの時間が経ったのか。 何度日が登り、日が落ちたのか、数えるのも飽きてやめてしまった。  人の前にあまり姿を出すことができない俺は一人人気のない山の中に身を潜めていた。暁は子供と遊ぶと言って人里に降りている。 (…………暇だ) 上を見た。陽の光がまだ登っている今、木の葉から漏れ出る木漏れ日を眺めながら、暁が帰ってくるのをひたすら待った。 日が落ちてきた。それでもまだ暁が戻ってくる様子はなく、俺はまたかと下ろしていた腰を上げて山を降りた。 「暁!」 暁はまだ子供たちと遊んでいた。年齢が様々な子供たちの中に見慣れた顔がひとつ、小さな子供から逃げるように、しかしその表情は楽しげだった。 こちらに気づいた少女は、あ!と思い出したように俺に向かって走ってくる。 「えぇと……さ、朔夜も遊ぶ!?」 「遊ばない。誤魔化すな」 両手を拳にして、暁の頭の両側から拳をねじ込んだ。 痛い!と言って拳から逃げる暁を見て子供たちはゲラゲラと笑った。 「また暁が“兄ちゃん”に怒られてる!」 「またか!!」 ゲラゲラと面白おかしく笑う子供たちにお前たちも帰れと言うと、元気に返事をして帰って行った。 「……子供に負けてるぞ」 「私は遊んであげてたの!!!」 「遊ばれてたの間違いだろ」  人の目を気にするようになった。 時折向けられる畏怖の目。暁は気づいていないのか、はたまたは気づいていて知らないふりをするのか、手を引いてどこか避けるように人の目から離れるようになった。  子供たちは何も気づいていないのだろう。でなければこうして俺が近づいても兄ちゃん兄ちゃんと言って群がってくるはずがない。 ここもそろそろか。 村人たちの異変に気づき始めてしまえば、あとどのくらいが限度なのかと気が張ってしまう。 「暁」 「私は」 俺が何かを言う前に暁は遮った。 「絶対ついて行くからね。だって朔夜一人だと何があるか分からないもん」 揺らがぬ意志を秘めた目に、俺は呆然とした。 「……………お前の言えたことじゃないだろ」 「何が言いたいのよ」 拗ねたように俺の前をズンズンと進んでいく暁は、一度足を止めて俺に振り返った。 「朔夜は私が守るからね!!」 「守られてるのはお前だろ」 「ちゃんと守ってるもん!!!」 「どこがだ」 そんなたわいない会話をしながら、山に帰っていった俺たちを、見ていた人間がいたことに気付くことは無かった。 ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん   俺が お前を殺したんだ ごめん、ごめんな…………

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もう一度④

何度も笑って、泣いて、怒って、不貞腐れて。 時を進むお前と、時に置き去られた俺とでは何もかもが違った。 お前は紛れもなく人間だった。 だからこそ、手放さなければならなかった。 「朔夜(サクヤ)!!」 遠くから聞き慣れた少女の声が俺を呼んだ。 反射的に振り返ると、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる少女が一人。時折転びそうになる彼女に俺は声を張った。 「走るな暁(アキ)」 「朔夜が置いていこうとするからでしょ!!!」  俺の胸元まで背のある少女、暁は拗ねたように頬を膨らませるが、俺の右手を握っている手は離さないとばかりに強く握られる。微妙に痛い。 「群れに帰れ」 「獣扱いしないでよ!!」 もう〜!!とさらに拗ねた顔を横目に、俺は歩き出した。 「この村もあまり人がいなかったね」 「食料が不足してるからだろうな。ここは作物が育てられるような土地じゃない。育つものも育たないだろうな」 「朔夜は物知りだね」 「お前の物覚えが悪いだけだろ」 「ひどい」 村から村へ移動するには長い道のりを通らなければならない。 “人間”は飢えに弱い。だからこそ常に食べられるものがありそうな場所を通らなければならなかった。 “化け物”である俺が食料を必要とすることはないが、“人間”の暁はそうもいかなかった。  どこに何があるか。長い月日をかけて身についたものは役に立っていた。  風が吹けばその音でどこに何があるのかわかるようになった。  水に触れればその水の“記憶”を見ることが出来た。 そうして俺たちは歩き続けた。 その先にあった村は以前いた村と変わりはなく、やはり人が少なかった。村の前には子供が複数人追いかけあいをしていた。 遊びに徹していた子供の一人が俺たちに気づき、走り寄ってきた。 「兄ちゃんたち見たことない顔してる!!よそもんか??」 「隣の村から来たんだよ!」 俺ではなく、隣で聞いていた暁が子供の問いに答えた。 横目で顔を盗み見れば楽しそうな顔をしている。以前はよそ者だと言われれば怒ったような顔をして食ってかかっていたが、村を転々とするうちに慣れたらしい。 「ここの他にも村があるのか?なぁなぁ!村の話聞かせてくれよ!!」 そうすると子供はパッと暁の手を取り、遊んでいる子供たちの中に入れようとしていた。 暁はどうするか戸惑い俺と子供とを目が行き来した。 「え、でも」 「行ってこい。俺はここの村の長に話がある」 遊んでこいと促せば、暁は嬉しそうに笑い俺から手を離して子供の中に紛れて行った。  長の居場所を聞くべくして近くにいた“人間”に話を聞いた。 微笑みを浮かべてまさに歓迎しているという雰囲気を装ってはいるが、村の外から来たと聞いて警戒しているのだろう。  長のいるであろう場所に着くまで、俺はヒシヒシと伝わる視線に気付かないふりをして歩いた。  これが、俺と“お前”が旅した最後の村 俺がお前を死なせてしまった場所だった

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もう一度③

ただの気まぐれだった。宛もなくさまよい続けるうちに時間は進んで行った。そんな中見つけた俺と同じ“化け物”は俺よりも人間味があった。ちゃんとした“人間”だった。 歩き続けた先で訪れた村はとても貧相だった。ボロボロな木材をただ立たせただけのようにも見える家がポツポツと建ち、人の気配が酷く感じない場所だった。 それでも時折聞こえる子供の声に近づいた。 目標なんてない。ただ歩いて、歩いて、歩くだけ。なんのためだったかなんてもう忘れてしまった。そもそも歩き続けることに意味なんてあっただろうか。ただ人と同じでありたいと思った。人は歩こうとするからそれを真似た。そうしたら自分も変われるのだろうかと期待した。結局歩いても意味は無いことに気づくと自分の存在意思がなくなってしまう気がして、宛もなく歩き続けたんじゃないか。そう思う気もする。 結局、自分がなんのために歩いているか知るつもりもなかった。その村に踏み入ったのもただの気休めだった。 人は気配に敏感だった。だから俺が人間ではないことをすぐに見抜き、恐れてはまた暴力の繰り返し。慣れてしまった日常の中で見えた地面は、冷たくて硬かった。 躊躇いもなく繰り出される殴りと蹴りに抵抗せず時が過ぎるのを待った。いつもと変わらない光景のはずなのに、その日だけは違った。 どこにそんな勇気があるのか、小さな子供が俺と男の間に割って入った。一瞬の戸惑いのあと男はすぐに子供ごと殴りかかろうとしたが、咄嗟に子供を覆うようにして庇った。足、横腹、頭などに衝撃が伝わるが、誰かに庇われたという衝撃のほうが強く、この日の“日常”はやけに長く感じた。 全てが終わった時、小さな子供に覆いかぶさった体を恐る恐る持ち上げた。何が起きたか理解できていないのか、それとも先程の現状に驚いて声が出ないのか、一時呆然とした表情で真っ直ぐに俺を捉えた瞳が潤んだ。 突然泣き出した子供の声に誰もやって来ない。 人の気配を感じないこの村にはあまり人がいないようだった。 泣き出した子供をどうしたら泣き止ませられるか悩んだ。こういう時、人はどうしただろう。キョロキョロと何かないかと辺りを見回し立ち上がろうとした。だがそれは子供が腕にしがみついたことにより阻止されてしまった。 その子供の体温は、氷のように冷たい体にはあまりにも熱すぎた。 小さくて、泣き虫で、でも、勇気のある“君”は俺を守ってくれた

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もう一度②

いつの間にか存在していた自分が憎かった。“人”とは違うのだと思い知らせるこの肉体が憎かった。でも、そんなことしたってお前はきっと…… 宛もなく歩き続けた。 疲れを感じない肉体はどこまでも歩いた。 空腹を感じない肉体はやせ細ることはなかった。 ただ歩いて歩いて、どこまでも歩いて、歩き続けた。 でも、何も変わらなかった。 歩いても歩いても、“人間”と同じ時間は進まなかった。歩いても、歳をとることはなかった。 “化け物”何度そう言われ続けたのか覚えてない。歳を知らないこの身体は、死を知らないこの身体は、いつだって大切なものができたときに嫌というほど自分の異質さを強調させた。 “死にたい”でも“死ねない”何度も何度も自決した。その度に何度だって身体は眠りについてはくれなかった。 痛みを感じなくなった。最初は痛かったはずなのに何もかもどうでも良くなった。死ぬことへの恐怖もなくなった。死ねないのならどうして死を恐れる必要があるのかと疑問に思った。 “人”ではないから、自分が傷つくことが当たり前だと思っていた。何度も何度も骨を折られるたびに、何度も何度も失明するたびに、何度も何度も頭を潰されるたびに、頭の中に響く怒号や面白がるような声を聞くたびに、俺を畏怖する声を聞くたびに、この世界とは見合わないと実感させられた。 十五の姿で止まってしまった時間。何度怪我をしようと細胞と細胞が繋がろうとするのを見て自分でも気味が悪いと思った。 だから、 “俺”以外の“誰か”が傷つくことが嫌だった。

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もう一度①

何度、過去に戻りたいと思ったことか。 でも、それはどう足掻いても過去に戻ることなんて出来なくて、ただ絶望する俺をおいて時間は過ぎていくだけだった。 たくさんの出会いをして、たくさんの別れをして、時に置いていかれる自分がどれだけ他人からすれば気味が悪いかなんて想像に容易いことだった。 何度も石を投げられた。小石の時もあったし、手の平サイズの大きな石だった時もあった。痛い、とは思わなかったかもしれない。何をされても、仕方のないことだと諦めていたから。 いつ存在していたのかわからない。 ただ気づいたらボロボロな布を纏って、山の中に一人立っていた。誰もいなくて、夜みたいに暗くて、光のある場所にただひたすらに歩いていた。 山を降りて見えたのは真っ青な天井だった。何も映さないどこまでも広くて青い天井。俺はその光景に目を奪われた。俺はまだ、それが“空”だと認識することはできなかった。 青い天井以外に目に映るものは無く、また宛もなく歩き出した。 歩いて、歩いて、ようやく自分と同じ形をした何かを見つけると立ち止まってじっと“ソレ”を見る。 自分と同じ形をしているが、“ソレ”は自分よりも背丈があり、棒の先に鈍く光るもののついた棒を手に持って、ザクザクと盛り上がった地面に刺したり抜いたりしている。何をしているんだろう。気になって近づいて話しかけようとしたが、口を開いて出てくるのは無音だった。 ただ息が吐き出されるだけでなんの音も出ない口は、はくはくと動かされるだけだった。 オロオロと戸惑う俺の存在に気づいた“ソレ”は怪訝そうに顔を顰めて、 「………………子供…?」 これが、俺が初めて会った“人間”という存在。そして、俺が“人間”ではなく、俺を“化け物”と気づかせた人だった。

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ちょっと不思議な遊び相手②

どんな時も自然に吹いて、サラサラと肌を滑るように吹き付ける風が好き。 周りから人がいなくなっても、寂しさを埋めるように吹き付ける風が好き。 小学生だった私は魔法使いになったみたいで楽しくて風の音を聞くようになった。 でも、音だけじゃよく分からない時もあって、ちょっと危ない時もあった。そんな時に風が吹いて一緒に揺れる木々を見るようになった。 そうすると風の動きが分かりやすくて、その日から植物にも興味を持つようになった。 山に囲まれた暮らしをする私にとって植物は生まれた時から身近にあった。 家の外に出ればすぐそこに緑があり、風と会話するにはちょうど良かった。 六年になって、二年の時に転校してきた友達と仲良くなった。親がお姉ちゃんの知り合いで、会ってすぐ、とはいかなかったが、お互いをあだ名で呼び合うくらいに仲良くなって嬉しかった。四年経っても仲良しなままで、私はつい、その子に風のことを話してしまった。信じてもらえないのはわかってた。 当然、その子は信じなかった。 そんな現実世界にファンタジーなことが有り得るもんかと言われて笑われた。 (大体そんな反応するよね) 私は落胆したりはしなかった。 私だって自分の妄想癖のせいで幻聴?幻覚?を見てしまったと思っていたし、たまたまかもしれないから信じられなかったから。 信じた理由?それはまぁ、これがバンバン当たるのだ。 小学校の近くに神社があって、私は親の迎えをそこで待つことが多かった。木に周りで囲まれていたというのが理由。 待っている間はいつものように歌を口遊ながら、風が吹くのを身で感じながら、会話をしてた。ザワザワと木々が揺れた。 でもそれは嫌な予感のするものじゃなくて、嬉しそうに揺れていて、安心したのを覚えてる。いつも、風が強く吹いている時は良くないことばかりで、あまりいい思いはしなかったから。 何があったんだろうなぁなんて思っていると、ちょうど親の迎えが来たため、神社に向き直り「ありがとうございました!」と言ってからランドセルをからうと車に走っていった。 家に帰ると、スパイシーな香りがして私はキラキラと目を輝かせた。 「お母さん!今日カレー!?」 「野菜が余ってたからね」 「やったー!!!」 カレーは私の一番好きな食べ物だ。甘いものより、ピリッとした辛さのあるものが好きだった私は毎日カレーがいいと言うが、時々しか出してもらえず、あまり食べることがなかった。 帰ってくるなりテンションが上がる私を兄姉は少し引いていたが気にしなかった。だって自分の好きなものが出たらテンションあがるじゃん?なのになんで引かれるのさ。ま、いいや。 夜、カレーを大盛りにして完食した私はこっそり外に出て小声で「今日カレーだったよ!」と言えば、またサワサワと風が吹いた。「良かったね」と言われた気がした。 次の日も、いいことがあった。その日は少し曇っていた。体育で、グラウンドに出てソフトボールをすると前日に聞いていた私はその日の曇りと同じようにテンションは下がっていた。 曇りと言うだけで、雨が降りそうな雰囲気はない。 「あーあ。雨降らないかな」 「今日はただの曇りだから降んないよ笑」 と友達と会話をしていると、ビュービューと窓の隙間から風が吹いた。その音を聞いた私は「えっ」と思わず声を漏らした。 「どうした?」 「……いや、なんでも」 「ええ?何よ気になる!」 「ほんとになんでも無いってば!笑笑」 笑ってその場を走り去った。友達も私を追いかけるように一緒に走った。 あめ、あめ、ふる、うれ、し、い……? その日の六時間目、降らないと思っていた雨が本降りになってソフトボールは中止になった。まるでその代わりのように、次の日はサンサンと太陽が照ってとても暑かった

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ちょっと不思議な遊び相手①

一人になると、いつも風の音がした。 友達と遊んでいても、必ず家に帰らなくちゃいけない。そうなるといつだって風の音だけが耳の奥に残った。だけど、小学生の私は最初、そんなこと気にしなかった。 年の離れた兄姉がいる。私は集落の中で一番下。つまりは末子?みたいな感じで、私と同い年の子供はおらず、遊んでくれるのは上の兄弟や近所のお兄さんお姉さんだけだった。 でも、十以上年が離れていると、皆勉強ばかりでほとんど遊んでくれることはなかった。小学生に上がれば、ほとんどのお兄さんお姉さんが高校生。大人になる段階にいる彼らは宿題が多い。 小学生の私は宿題なんて漢字か算数だけですぐに終わるため、遊びたい盛りだった私は自室で勉強する兄姉に「遊んで!」と言ってたが、忙しいからと遊んでくれなかった。その時の私はまぁいっかですぐに諦めた。 忙しいなら仕方ない。一人で遊ぼう。 いつもみたいに「遊ぼ!」って言えばまた無理だと返されたため、いつもの事だから笑って「わかった!」と言って外に遊びに行った。一人で遊ぶのには限りがある。というより、一人で遊べることが思い出せず、集落を一周しようと歩いた。 何も言わずにただ歩くのはつまらなかったから歌いながら歩いた。 誰もいない、鳥と自分の声しか聞こえないのは物語の主人公になった気がして、だけど、歌っているのを誰かに聞かれるのは恥ずかしくて、自分だけが聞こえる声で歌う。サワサワと、その時初めて風の音に気づいた。 まるで一緒に歌ってるみたいで、一人じゃないような気がした。 たまたまだろうと言うかもしれないが、小学生なんてそんなものだろう。多分。 自分が変わった子だという自覚はあった。 他の子より妄想癖があって、ありもしないことを考えては一人で面白がった。 歌うたびに風が吹いて、楽しくて、その日は夕方になるまで外にいた。 時々独り言のように何かを言えばそれに返事をするように風が吹き、私は話し相手ができたようで嬉しかった。 一人になるたびに風の音が心地よかった。 全く遊んでくれない人より、いつだって吹いてくれる風のほうが好きだった。 友達が出来なくても、一人になれば風と遊べる。学校に行く時は放課後が待ち遠しかった。 風には感情があるような気がした。 サワサワと優しく吹いている時は話しかけていたり、歌っている時。 少し強く吹いている時は何か楽しいことがあった時や、少し怒っている時。 そんなある時、ザワザワと、いつもより風が強くなった。ただ単にそういう日だったからで済まされるかもしれない。でも私にはそれが焦っているように聞こえて、どうしたんだろうと不安になった。 二日後、バラエティ番組に出ていた有名人が病死したというニュースを見て、まさかと思った。 あまり人の会話についていけない私でも知っている人で、少しショックだったが、ただそう思っただけで、何も思わなかった。 私はただ遊んでくれる人が欲しかっただけだ。風が遊び相手だなんて、そんなのただの妄想でしかない。 感情があるなんて、ただ風の強さで思いついた遊び。そう思っていたのに。 自転車で、道路を走っている時、私は車が全く通らないからと堂々と真ん中を走っていた。 しばらくすれば風が強く吹いた。 何となく私は止まれと言われた気がして迷いなく止まった。数秒した後に死角で見えなかった場所から、車が飛び出してきた。 私は驚いて声が出なかった。そのまま止まらなかったら車と衝突していたかもしれないと思うと冷や汗をかいた。 お母さんにそのことを話せば、 「そんなわけないでしょ」と冷たく返されて、まぁ当たり前かと興奮していた私はちょっと落ち着いた。 その日から私は風の声が聞こえるようになった。

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昔は

人が嫌いだった。 理由は自分でも分からないけど、とにかく嫌いで嫌いで近づきたくなかった。 火が怖かった。 火を見るたびに私は逃げるように距離をとった。 世界が嫌いだった。 理不尽に人の運命を変えてしまう世界が憎かった。 でも今は戦いが、争いが大嫌い。 人が変わってしまうから。いなくなってしまうから。大切なものを奪っていくから。生きることも、愛してくれた人も、居場所も何もかも。 ねえ神様。どうして人は戦うの?自分の大切なものを失ってまで戦わなければならないの? 誰かが言った。 それが人間の、生き物としての本性だからと。 納得がいかなかった。人は変わった。何億年もの時間をかけて進化し続けて、ようやくたどり着いた平和が、当たり前が、偽物だと否定されたような複雑な感情だった。 もしかしたら、私が人を嫌っていたのは人の心がわからなかったからかもしれない。

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一人になったけど

いつの間にか、私の周りには誰もいなかった。周りに引かれるようなことをした覚えはない。ただ、皆と楽しく遊んで、笑って、人と変わらないことをしたのに、皆私を避けるようになった。 でも、少しだけ違うことがある。 私は少し、ほんとに少しだけだ。耳が聞こえにくい。片耳だけ聞こえる音の半分しか聞こえていないし、もう片方は、まぁ、片耳よりマシだろう。一対一で会話をするのに、周りの音に声が掻き消されてほとんど聞こえない。まぁ、普通に会話するにはなんの問題もない。ただ、他の人より聞こえが悪いだけ。 それに気がついたのは小学二年生。 だけど、専用の機器が必要だとは思わず、ただ聞こえにくいから気をつけてと注意を受けただけで済んだ。 今まで少し聞こえにくいのが当たり前だった。 補聴器が必要になった時、どんな音が聞こえにくい?と聞かれて答えられなかった。普通に会話する分には充分聞こえていると思っていたし、自分は障害者では無い。 音がはっきりでは無いとはいえ聞こえていれば良いのでは?と思っていた。 皆で楽しく遊んでいる時、友達が話しかけてきた。でも、周りの皆が楽しそうにキャーキャーと遊ぶ中での会話は会話としては成り立たず、相手の一方的な言葉だけが発せられていた。 それが原因だったのかもしれない。 皆異変に気がついていて、私が無視しているように見えていたのかもしれない。 私はその事実を知り、皆に事情を話した。 普通に会話する分には問題ないが、時々聞こえにくくなる。と言えば理解してくれた。皆に避けられていたが、事実を知った皆は謝罪し、また仲良く遊べるようになった。いつもの皆に戻ることが出来て嬉しかった。という感想だけを記そう。 「人は一人になるとダメなんだよ……」

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私は今

人が好きだ。 最初は普通に自分の性別らしく異性が好きだと思ってた。 あの子はお人好しで困っている人がいたら進んで助けようとする優しい子。 あの子はおちゃらけてて、人を笑わせるのが好きな子。 あの子は人の前に立つのが好きで、人をまとめるのが得意な子。 あの子はイタズラをするのが好きで、人を困らせちゃうけど素直に謝ることの出来る子。 異性が好きだった。 だけど私は色んなものに興味を持つから、自分の視界に入ったものをつい目で追ってしまう癖がある。 たくさんの人をいつの間にか観察するようになって、たくさんのことに気がついて、ああ、あの子はこうするのが好きなんだとか、色々知っていく内に面白くなって、異性と関係なく同性の人も観察するようになった。 中学に上がって、友達が「誰が好き?」「私は○○君が好き」とか話をする女子が多くなった。仲良くなった友達がニヤニヤしながら私に好きな人いる?って聞いてきた。好きな人はいた。でも今は。 「人が好きだよ」 「昔は嫌いだったけどね」

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