傘と長靴
76 件の小説お花見
満開の桜の下でのお花見。広げたお弁当に、降り注ぐ桜の花びら。憧れがないと言ったら嘘になる。でも、僕にはこれで十分だ。 おじいちゃんの家にある胡蝶蘭。育て始めてからおそらく三年ほどになる。咲いて散って、その繰り返し。 花が咲いたら真っ先に電話をくれる。電話越しでもわかる笑いに溢れた声。喜びの感情がこっちにまで伝わってきて、思わず笑顔になる。 そのたびにおじいちゃんの家に足を運び、胡蝶蘭を見ておじいちゃんとお菓子を食べる。 これが僕にとってのお花見。胸を張って言えるものではないかもしれない。お花見とは言えないかもしれない。 それでも、僕がしたいお花見は、おじいちゃんの家でのお花見だ。
鳴らした音の行く先は 4-8
第四章八話 番外編 いつか、素で その日は散歩をしていた。すると、庭園の花をぐちゃぐちゃにしている人が見えた。 「何してるの?」 思わず声をかけた。前までの僕なら確実にスルーしていただろう。 ただ、花を踏み潰す彼の顔は苦しげで、放っておけなかった。 「何って、花潰してるとこ」 彼は穏やかな声で答える。先程までの苦しげな表情とは裏腹に。 「楽しい?」 本当に疑問だった。苦しげな表情でいるくせに声はこんなにも穏やかなのだ。 「楽しそうに見える?」 「ううん。見えない。むしろ苦しそう」 正直に答えた。相手は隙を疲れたような表情をした。 なんだ、無意識なのか。でも、興味を持ったのは事実だ。 「ねえ、僕と少し話さない?」 自分から踏み込むのなんて初めてだ。少なくとも、この施設に来てからは。 きっと颯と叶衣と長い時間いるからだ。引っ張られ始めてる。 「話すことなんかない」 彼はそう苦しげに答える。そういう顔をされると余計に気になる。 もう仕方がない。こういうときは強行突破だと颯から学んだ。 「僕ね。天宮時雨。時雨って呼んでね。僕は正直他人のことはどうでもいい。でも、君は…なんだか僕の両親に似てるんだ」 そう、彼はあの日の、僕の両親に似ている。 全てを隠して、全てを背負おうとして。 踏み込むのは危険だ。そう分かっているが今更だとも思う。 もう、つながりができてしまったのだから。 「君は…俺の弟に似てる」 それが良いことなのか僕にはわからない。でも、いつかきっと話してくれる気がした。 「俺は……暁山湊」 ああ、良かった。きっとこれが湊の素だ。 これからどんどん深い関係を紡いでいこう。 僕らが素で話せる日が来るまで。
鳴らした音の行く先は 4-7
第四章七話 番外編 暑苦しさと 颯に話してほしいと言われた子は部屋に入ってきたときに、少し不安げな顔をしていた。 「こんにちは。えっと…月島叶衣です」 「天宮時雨です。今日はよろしく」 颯はどうして、この子と僕を似てると思ったのだろう。 「天宮さん。今日はありがとう。私と話す気になってくれて」 颯と違って距離感をわきまえている。そう思った。でも… 「時雨でいいよ。別に叶衣が僕と話したいと思ったわけじゃないでしょ」 颯には下の名前のほうが親しみやすいからと散々釘を刺された。 「でも、今少し話してみて、もっと話したいって思ったよ」 そう微笑んだ叶衣に、やっと颯が僕と叶衣が似ていると言った意味が分かった。 きっと、これが叶衣の素に近い部分なのだと思った。 「じゃあ、聞くけど、もし僕が叶衣と話したくないって言ったら、どうするの?」 少し、意地の悪い質問をする。 「それでも、私は話したい。もし嫌なら私は聞いてもらえなくても話しかけるよ」 でも、僕なんかよりきっと叶衣は…そう思い頬が緩む。 「叶衣は颯に少し似てるね」 叶衣は驚きと喜びの混ざった表情をした。そして、すこし申し訳なさそうにも見えた。 きっと颯のことを心から尊敬しているのだろう。 「颯は本当に暖かい日差しみたいだよね」 話をそらされた。きっと僕がそれに気づいたことにも気づいている。 「僕からしたら暑苦しい太陽」 そう言って、苦い顔をすると叶衣は笑った。 「たまにそういうところもあるよね」 「たまにというかいつも」 きっと颯は叶衣には普段からグイグイ行かないのだろう。 颯は何も考えていないようで、実は相手のことをものすごく考えている。 それはここ数日、颯と話していて気がついた。 「時雨は私が話しかけても、聞いてくれる?」 急に不安の混じった顔をする。 「きっと叶衣も、僕が聞いてなくても話し続けるんだろう」 「もちろん!」 なんとなく、僕と叶衣は同じところがあると気づくと一緒に話したいと感じ始める。 「颯に感謝しなくちゃなあ。こんなに素敵な出会いをさせてくれたんだもん!一緒に感謝しに行こう!」 そう言って、僕の手を引っ張ってくる。 「えっ…ちょっ…わかったから引っ張るなって!」 やっぱり、叶衣は僕より颯のほうが似ている。 でも、この伸ばしてくれた手を取ってみたいと感じてしまっている。 もう元には戻れない場所まで連れて行かれ始めている。
ソフトクリーム
ソフトクリームの巻き数だけ 幸せが詰まっていると信じている 誰かに怒鳴られても 友人に無視されても 受け取ったソフトクリームが 全て一緒に溶かしてくれる 溶けてしまうのはもったいないけれど 幸せの詰まったソフトクリームを ゆっくり口にするのは 幸せを感じられて、頬がほころぶ ときどき巻き数がいつもより少なかったりする そんなときは今はもう幸せで溢れているからだと 気づかない幸せがあるからだと そう信じている 自分がどんなに落ち込んでいても やさしい幸せで包み込んでくれる そんなソフトクリームは幸せで甘い
鳴らした音の行く先は 4-6
第四章六話 番外編 誰かのために 僕は施設に来て後悔したことなど一度もない。 これからも後悔することはない。そう思っていた。 「君、この施設に来てしばらく経つよね。どう?」 ご飯を食べているとき、声をかけられた。 「悪くないよ。いい感じ」 別に嘘を付く必要もないし、この距離感も悪くない。 「へぇー。そっかー。この施設いいよね」 僕以外にもこの施設が良いと思っている人がいるんだ。 「ところで、俺と一緒に遊ばない?」 急に話が飛ぶ。 「僕?」 「そうだよ。今一緒に話してるしょ」 考える。彼と遊ぶことは僕にとって利益になるのか。 また、同じことを繰り返してしまわないか。 「一度だけなら」 いつの間にかそう答えている。どうせ、暇なのだ。一度だけなら一緒にいてもいいだろう。 「おっ、じゃあ、早速行くか」 行動が早い。かなりアクティブだ。僕は彼についていけるのだろうか。 「もしかして、キャッチボール得意?」 「それなりに」 昔、お父さんと一緒にやった。投げるの自体は久しぶりだが、体は覚えているようだ。 「俺の話聞いてくれる?」 ボールを投げ返し頷く。 「俺ね、この施設大好きなの。絶対に手放したくない。それに、今出かけてていないけど、仲間‥なのかな。大切にしたい人がいるんだ」 何の話だろう。ただ、黙って聞く。 「で、君はその子に少し似てるんだよね。だから…」 僕に似てるからなんだろう。 「その子と話してほしい」 なぜそうなる?でも、彼にはふざけた様子が見えない。 「本気で言ってる?」 「うん、本気」 そう言って、ボールをさっきまでよりも強く投げてくる。 「だいたい、なんで君が動いてるの?その子が僕に話しかければいいだけじゃん」 軽く腹が立つ。なんで、関係のないやつが動いてるんだよ。ボールを思いっ切り投げた。少し軌道がズレたが相手は見事にキャッチする。 「そういうわけにはいかない。君もあの子も自分から話しかけに行くタイプじゃないからだよ」 うまくごまかされた気がする。本当はそれだけじゃないのだろう。でも、 「なら、君の名前を教えてよ」 この時間も悪くないと思っている自分がいることに気づく。 「やった!話してくれるんだ!俺は一ノ瀬颯。颯って呼んで。これからよろしく」 「僕は天宮時雨。また…キャッチボールしてくれるなら、話すよ」 「もっちろんだよ!またやろうな!…ありがとう」 そう言って、切なく微笑んだ颯が意外だった。こんなに切なく笑うんだ。 この場所でなら誰かと関わっても大丈夫かもしれない。 颯は不思議な人だ。でも、それくらいがちょうどいいと思う。 それにこんなに誰かを想う気持ちに触れたいとも思ってしまった。 僕は何も学んでいないな。でも、もうしばらくはこのままでもいい気がした。
やる
重たい扉を開ける。目的は決まっている。ただ、実行に移すだけだ。部屋に入るとともに、Bがタバコをふかしているのを目にする。Bは私が懇願しにでも来たと思ったのか、足を組んだまま、威圧的な態度を取り続ける。 「なーに、金でもまた借りに来たのか。お前、今自分がどういう状況かわかってんのか」 私はBの言葉に静かに答える。 「どっちがですか」 私の言葉を理解できなかったのか、Bは舌打ちをして、私に近づいてくる。今にも掴みかかりそうな勢いで、Bが何か怒鳴った。私は、静かに懐からナイフを取り出す。Bはそんな私を見ても威圧的な態度は崩さなかった。 「殺せると思ってるのか!」 私は静かに言う。 「死んでください」 そう言って、Bの事務所の果物ナイフの方を一瞥する。Bは勘が悪いのか、私に殺されるという思想を曲げようとしない。 別に、完全犯罪である必要はない。 ただ、Bに死んでもらえればそれで良かった。 目の前に倒れるBの姿を確認する。 Bはもう死んだ。 私は家に戻り、妻に泣きついた。 「やれなかった」 妻は私のひどく取り乱した様子を見て、安堵の表情を浮かべていたが、それを悟られないように、一緒に取り乱してくれた。 しばらくして、私は逮捕された。 通行人が私の姿を目撃していたらしい。 『疑わしきは罰せず』 その方針から私は無罪になった。私が無罪になるまでにさまざまな過程を挟んだが、割愛しよう。 やれなかったのは嘘ではない。ただ、やらなかっただけだ。 目にBの血がこびりついたようで離れない。
流れ
最近、時計の秒針が以前より早く進むようになった デジタル時計のカウントも刻々と迫ってくる いつの間にか世界が変わってて 私だけが取り残されたようで 目が覚めたら、もう何年も経ってしまったかのようで 時の流れに取り残される 私は、ただ恐怖することしかできない
電池
いつの間にか電池が切れて 笑顔になれなくなる いつの間にか電池が切れて 怒りが湧かなくなる いつの間にか電池が切れて ため息がでなくなる いつの間にか電池が切れて 充電ができなくなる いつの間にか電池が切れて 動けなくなる
鳴らした音の行く先は 4-5
第四章五話 向き合って 「時雨!」 その声に驚く。 「颯?…なんで?」 颯はそれに答えず僕を抱きしめる。 「…なんで…だって僕…」 「俺達の大切な仲間だから。みんな待ってるよ」 僕は答えられなかった。さっきまで苦しかったはずなのに、もうこんなに心が軽い。 気がつくと目から熱いものが流れ落ちていた。それが涙だと気づくのに少し時間がかかった。 「…ごめっ…」 「言わなくて良い」 ありがとう。心のなかでそう感謝する。 僕が落ち着くまで颯は何も言わないでいてくれた。 僕は本当に仲間に恵まれた。 「僕ね、昔住んでた家に行ったんだ。僕のおばが案内してくれて。僕は両親を苦しめてて、そのせいで二人を亡くしてしまった。僕が両親を殺してしまったんだ。おばさんが言ってたよ。『姉さんと義兄さんはあなたを待ってるの。だから…、そのほうが幸せだから』って。僕が死んで、大切な人が幸せになるならそのほうが良いかな?それなら僕はこの傷を背負って…」 言葉が途切れる。 「時雨は、どうしたい?」 颯が優しく尋ねてくれる。本当は答えはずっと前に決まっていた。でも、本当にそれが良いことなのかわからなくて。でも、僕の自己満足だけでいいなら。 「僕…は、みんなと一緒にいたい。みんなと他愛のないことで笑っていたい。だから…」 声がうまく出ない。 「…助けて」 「うん。……もう、行けるか?」 「大丈夫」 そう言う僕に颯は一度頷いた。 さっき走った道を戻る。先程よりも心強く、まっすぐに歩ける。 家の前につく。ここについた瞬間、空気が重く感じた。きっとまだ中に吉田さんがいる。 「颯。ここで、待ってて」 「うん。何かあったらすぐ呼んで。ここにいるから」 「うん。ありがとう。行ってくる」 颯が近くにいるというだけで心強い。僕はひとりじゃない。 「あら?時雨くん戻ってきてくれたの?」 「少し聞いてもいいですか?」 答えを待たずに話し始める。 「僕は、お父さんとお母さんが大好きなんです。…でも、あの夜は怖くて仕方がなかったんです。僕の知らない人みたいで。お母さんは最期に僕に言いました。『幸せに生きて』って。僕はきっと死んだほうが良かった。でも、大切な仲間が待っててくれる。もう、出会ってしまったから戻れない。今、僕はものすごく幸せです。仲間に恵まれて。笑顔に囲まれて。だから、死にたくない。僕は生きます。どうしようもなく苦しくなることもありますが、ずっとここにいたいと思ってしまった。だから、もう終わりにしましょう」 きっと吉田さんも苦しんでいる。苦しみの形は僕とはぜんぜん違う。きっともっと重くて、ドロドロしている。 「私は‥もう戻れないのに。時雨くんはなんで…。そんなに優しくしないでよ。姉さんが、義兄さんが時雨くんの幸せを願っていることは知ってたの。でも…時雨くんは幸せじゃないって勝手に思い込んで……ごめんなさい…本当にごめんなさい」 吉田さんはきっともっといろんな考えがあって、この行動をした。でも、それを僕に話す気はないだろう。きっと、僕には隠し通すつもりでいる。 「吉田さん…警察に行きましょう」 そう言って、吉田さんの体を支え起こした。 警察署からの帰り道。 颯はただ何も言わずに、隣を歩いてくれていた。 「颯。ありがとう」 「うん」 「帰ったら、叶衣と湊にもお礼言わないとなあ」 「翔くんも心配してたから、連絡したほうが良いよ」 「え?」 「あのカフェのこと教えてくれたの翔くんだよ」 「あ…そっか。ほんとに感謝しないとなあ」 もう街は明るくなってきている。 「今日はごめん」 「別にお互い様だろ」 「そっちじゃなくて…いや…そっちも何だけど…ひどいこと言ってごめん」 「別に気にすんなって」 「ありがとう…」 颯は大きなあくびをした。僕もそれにつられてしまった。 きっと颯もみんなも寝てない。 早く帰って、謝ろう。そして、感謝もしよう。 そして、幸せに包まれて眠ろう。
鳴らした音の行く先は 4-4
第四章四話 飛び交う思考 眠れない。そう思い、部屋を出た。今日の昼、時雨に言われたことが頭から離れなかった。 『バイトとか、家のこととか考えてる余裕あるなら、自分のことに回しなよ』 俺はそこまで自分のことに無頓着だろうか。これは俺のわがままで、自分がやりたいことをやっての結果だ。でも、そこまで時雨に心配をかけてしまっていただろうか。 気分がどうしても晴れない。もう随分と遅い時間だ。でも、このままいてもどうせ寝られない。 散歩でもしようかな。そう思い玄関へと向かった。 そこで、時雨の靴がないことに気づいた。 おかしい。俺が夜に散歩をすることはよくある。でも、時雨の靴がなくなっていることは今まで一度もない。叶衣や湊は夜にバイトに入ることもあるが、時雨はない。何しろ、時雨のバイト先は午後九時には閉まる。今はもう九時をとっくに過ぎている。 嫌な予感がして、街を走った。 僕は今、いつものカフェにいる。 さっきまでのことに理解が追いつかない。 今もまだ追いかけてきているだろうか。 行くあてがなくていつものカフェに飛び込んだ。 僕は思ったよりもひどい見た目をしていたらしく、入ったらお店の人に驚かれた。 このあとどうしよう。 そもそも吉田さんの目的は何なのだ。 先ほど飛び出したときのことを思い出す。 「姉さんと義兄さんはあなたを待ってるの。だから…、そのほうが幸せだから」 僕が玄関の方に向かおうとした時、吉田さんはそんなことを言っていた。 そして、僕の手を掴んで、カバンからハサミを取りだした。 僕が抵抗するよりも先にそれを、僕の太ももに突き刺した。 「うっ、、、っ、、」 その直後、吉田さんの手の力が弱まったので、僕はすぐに家を飛び出した。 足を一歩進めるごとに、どんどん血がこぼれ落ちる。傷はそこまで深くないが、えぐれた肉と服が擦れて痛かった。 そしていつの間にかいつものカフェの前に着いていた。 僕が死んだほうが幸せ?お母さんも似たようなことを言っていた気がする。 でも、僕は拒んだ。あのときも今日も。 本当なら僕は今ここにはいない。 お父さんとお母さんと一緒にいたはずなのだ。 そうだ、お父さんとお母さんは僕を待ってる。 でも、心は晴れなかった。 街中を走り回る。 時雨が行きそうなところはすべて回った。 なのに、時雨が見つからない。 急に電話が鳴った。叶衣だ。 「颯!やっと出た。時雨がいそうなとこ、今、湊が翔くんに聞いてくれてる」 「ああ、助かる」 何も言わずとも、時雨がいないことに気づいてくれた。しかも、もう動いてもくれている。確かに翔くんならあのとき時雨と話していたから、何かわかるかもしれない。こんなに真夜中に申し訳ないが、今は緊急事態だ。 「なんか駅の近くの路地にカフェがあるんだって。『誰にも言ってないって言ってたからもしかしたら』って」 「ああ、ありがとう」 「また、なんか分かったら連絡する」 そう言って電話が切れる。もう、いるとしたらそこしか残ってない。そこにいなかったらもう、どうしようもない気がした。