澄永 匂(すみながにおい)

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澄永 匂(すみながにおい)

連載中の作品は、金、土曜日辺りに更新予定です。 大学生&素人なので文章がぎこちないですが温かく見守ってください。 中学生の頃に作っていた話(元漫画予定だったもの)を書けたらいいなと思い、始めました。

春、満開

この街には、桜が咲かない。桜の木が無い訳じゃない。でも、何故か咲かない。この街で生まれ、この街で育った俺は、二十四年間、桜なぞ見たことがなかった。だが、笑えることに、俺の実家である神社の名前は、『桜雲神社』という。桜が満開で雲のようだ、という意味で使われる『桜雲』には、全くそぐわない。この街の高台にあり、街の人も多く訪れ、親しまれている俺の実家。今日も俺は、青々とした山の上から、街を眺める。 「なんでこの街には桜が咲かないんだ?」 独り言のようにそう呟いた俺の名前は、『桜田 潤』。潤う桜、だなんて勘弁してもらいたい。 「あんたがこの街の桜なんだよ。」 母さんはそう言う。そりゃ俺は桜雲神社の息子だし、そういう表現も納得だが、なんだかムズムズする。 そう思いながらも、俺は神社の本殿をうろついていた。すると、桜雲神社の歴史が書かれてある本を見つけた。もしかしたら、何かわかるかもしれない。そう思い、俺は、ゆっくりページをめくった。 『桜雲神社。この桜が咲き誇る街の象徴である。桜雲神社には、春をもたらす神様が祀られている。この街から、実に愛されているその神は、時折、下界へと舞い降りる。下界の者たちは、さらに日頃の感謝を神へと伝えるようになった。』 ……まぁ、よくある神話だ。 『その神が舞い降りている間、この街にある全ての桜が咲かない。』 変な神話だ。春をもたらす神様なのに、舞い降りたらダメなのか? 『桜の花びらが舞い散るように、桜も花をつけることは無い。だが、また神が天に昇る時、この街は桜花爛漫となる。』 …なるほど。そういう事か。 俺が……、そうなのか。 次の年、この街は桜で満開だった。たくさんの人々が桜を見て、どんちゃん騒ぎをしている。今日も俺は、青々とした山の上から、街を眺める。

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小話4

こんにちは、澄永です。 今回は、『真田の明』に登場する輩 心愛(ともがら ここあ)のややっこしい呼び方についてのお話です! 心愛は、気分で仲間にあだ名をつけています。スピンオフでも紹介しましたが、改めまして、羅列してみました! 〇手飛かえで   〇猿飛佐助  →かえで     →佐助 ☆霧隠才蔵    ☆輝池火垂  →サイゾー    →ほっちゃん 〇希谷川宝香   〇一沙恵  →宝香      →沙恵ちゃん 〇海野六郎    ☆望月六郎  →海野さん    →もっちー 〇三好清海    〇三好伊佐  →清海      →伊佐 〇由利鎌之助   ☆穴山小助 →鎌之介      →まこちゃん ☆筧十蔵     ☆根津甚八  →せっちゃん   →ぱっちー 〇真田幸村    〇真田大助  →幸村様     →大助様 ☆…心愛オリジナル 以上になります!この先、心愛のユニークなあだ名が飛び出してくる…かも? これからも『真田の明』を、どうぞ、よろしくお願いいたします。

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第七十四話

望月がか細い声で呟いたのを、海野ははっきりと捉えた。海野は、珍しく縮こまっている望月の目の前に膝を着いた。 「…ふふっ。望月にもそんな一面あったんだな。本音を知れて、ちょっと嬉しい。」 「……は?」 海野の予想外な返事を聞き、つい顔を上げてしまう望月。 「…殴るわけないだろ?俺がここまで強くなったのは俺の力だけじゃない。お前が引っ張ってくれたから、俺はここまで来れたんだ。ありがとう。」 望月には、海野の言葉の意味が分からなかった。黙って海野を見つめる。と、海野が少しだけ眉を下げた。 「でも望月、俺、目が見えないんだ。」 海野がゆっくりと目を開く。隙間から見えた翡翠が、ゆらゆらと揺れている。 「どんなに強くなっても、望月を追い抜いてたとしても、周りはずーっと真っ暗闇だ。何も見えてないんだよ。望月、俺には君しかいない。」 海野は望月の手を握った。そして、まっすぐ望月を、望月の心を見た。 「これからも一緒に隣で歩いて欲しい。」 望月は、拍子抜けしていた。自分勝手な思考をしていた自分が、恥ずかしくて仕方なかった。いや、もしかしたら、目の見えない海野をどことなく軽視していたのかもしれない。恥ずかしさ、申し訳なさから、歯を食いしばる望月。海野は何も言わず、黙って望月の返事を待つ。すると、鼻をすする音が聞こえた。 「…ふん。しょうがないな。お前の横にいてやれるのは、俺だけだからな。」 「っ…!そ、そうそう!俺、望月と一緒がいい!この手、絶対離すなよ!」 「お前が離さなかったら、俺は離さん。だって、お前が勝手に繋いでいるんだから。」 「えへへ!そうだな…。」 海野は一筋の涙を流しながら、望月に笑顔を向けた。望月も笑い声につられて笑顔になる。あ、笑った!と指摘され、笑ってない!とすぐにそっぽを向いてしまった。小助は、それを見つめているだけだった。 その日の夜、望月はなかなか寝付けなかった。笑いあって終わったものの、自分の未熟さから自責の念にかられていた。望月わはゆっくりと布団から身体を起こす。と、微かながらに何かが風を切る音がした。何者かが忍び込んだか?そうであれば、幸村様を守らねばならない。望月は、音を殺しながら障子を少し開け、月明かりに照らされた庭を見た。 「え……。」 望月が見たものは、無言で木刀を振るい続ける海野の姿であった。両手はマメが潰れたのか、包帯のようなものでぐるぐる巻きにしている。 「う、海野…?」 「ん?望月、起こした?ごめんな。」 動きを止め、望月の方を振り向く海野。その場に沈黙が走る。その間、望月は考えを巡らせていた。昼間よく欠伸をしていたのも、自分の実力を簡単に追い抜いたのも、偶然でも何でもなかった。海野は人知れず努力していたのだ。誰に言うでもなく、たった一人で。 「お、お前…なんで…。」 「え?あぁ…、望月の足枷になりなくなかったんだ。少しでも、望月と並んで歩ける日が早くなるようにな。」 海野は相変らす、へらへらしている。しかし一方で、望月は大きなショックを受けていた。その衝撃から、その場にへたり込んでしまう。その音を聞いた海野が走って来た。 「わっ!どうした?!大丈夫か望月…」 「すまない…。俺、お前のこと何も知らなかった。才能だけじゃなかったんだ。ちゃんと努力をしてたんだ。なのに俺は……。すまない。」 海野は驚いた。望月はよくカリカリしていることが多かった。今日も怒鳴っていたし、その後も自分に対して怒っているようだった。が、そんな望月が、涙を流しているのだ。左手で望月の頬に触れると、大粒の涙がぼたぼたと零れている。海野は、今、望月が何を求めているのかをよく知っている。ぐすぐすと鼻を鳴らしている望月を、海野はゆっくりと抱きしめた。望月だって、怒ったり泣いたりする子供だ。でも望月は、責任感の強さから、あまり泣いたりしてこなかったのだろう。…恐らく、これからも。ならば今くらい、せめて今くらい、気が済むまで泣かせてやろうと思ったのだ。海野はひたすら、望月の頭を撫で続けた。 ーーーーー 「チッ…。要らんことを思い出した。」 「え?何?」 追いついた海野が望月に問いかける。何でも無いとお茶を濁す望月だが、海野はふふっと笑を零す。 「なんだ。何がおかしい。」 「なぁ望月。俺に隠し事は通じないの、知ってるだろ?」 「……。」 「ちなみに、俺も同じこと考えてた。」 「その記憶、今すぐ消せ。」 「え〜やだ。あ、みんなに話しちゃお〜。」 「なっ!?お前ー!」 今度は望月が海野を追い掛けだした。皆(みな)の所まで戻ってくる羽目になる。 「おい貴様!そのバカを捕まえろ!」 「なっ!そんないきなり…!」 急に指を刺された伊佐は、慌てて海野の前を塞ぐ。が、海野は伊佐の、小さな足の隙間をくぐり抜け、沙恵に突進した。 「ふぃ〜危ない危ない…。」 「危ないのはあなたよ、海野。」 沙恵に鼻を摘まれ、あぅ、と情けない声を漏らす海野。こいつが、この男が、真田家最強の剣士なのかと、望月は肩を落とした。 幸村の一声で、今日はお開きにしようということになった。全員で片付けを始める。望月は全体を指示、海野は細かく声掛けをしながら、宴会は跡形も無くなった。 「あの二人ってほんと、いいコンビよね。」 「そうだな…。」 かえでと佐助が二人を傍観している。 「っところで、『こんび』ってなんだ?」 「あ、そっか……。」 かえでは思い出したかのように頭を搔く。床が広くなった大広間に、片付け終えたメンバーが、ゴロゴロと寝転がっていた。その中に、もちろん海野もいる。そんな海野を、望月は遠くから見つめていた。 「お前が隣にいるから頑張れるんだ。」 そう一言零し、自室へ戻って行った。望月の後ろ姿を、美しい翡翠がしっかりと捉えていた。

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第七十三話

望月は、絶句した。海野は木刀を持ち始めてからたった三日しか経っていないというのに、木刀を真っ直ぐ振ることはもちろん、バッチリ扱い方をマスターしていたのだ。 「ずっと本ばっかり読んでたから、頭に型とか全部入ってるんだぁ。」 眠たそうに言っているが、型を知ってるからと言ってそう簡単に実行はできまい。そもそも、海野は目が見えていないのだ。にも関わらず、足の踏ん張り、腰の落とし方、胴の向きなど、全てが完璧だった。海野には、刀の才能があったのだ。 「そろそろ、対人戦をしても良いでござるな。」 海野が来てから二週間が経った頃、少し前から真田の屋敷に住み始めた小助が提案する。小助は少しずつ海野に受け身についてを教えていた。この提案をするということは、要するに望月と海野が模擬戦をするということだ。望月は少し複雑な心境であったが、それを抑えた。 「まぁ、手加減してやる。」 「よろしくな、望月。」 二人は静かに構える。準備が出来た合図として、望月が海野の木刀の切っ先に自分の木刀をちょんと当てた。それと同時に望月は海野の木刀を弾く。激しく攻撃を続ける望月に、海野は守りを強いられる。海野の伸びが飛躍的であるのは間違いないが、望月も相当の腕の持ち主である。齢十二の子供とは思えない素晴らしい剣技だった。初めて望月の剣技をちゃんと見た小助も、開いた口が塞がらない。と、攻撃を受けていた海野も口を開いた。 「ずっと思ってたけど、やっぱり望月って綺麗だよなぁ。」 「は?!」 驚いた望月が距離をとる。 「型がとっても綺麗。よく勉強してるのが分かる。望月は真面目だからな。」 「な…!見えないくせに、知った口聞くな。」 「見えないけど分かるんだ。音で。」 海野は、刀の振るった音や服の擦れる音、足音で何となくどのような動きをしているのか分かるというのだ。少し前、望月が一人で木刀を振るっていた時、素振りの休憩中の海野から「綺麗だ。」と声をかけられ、意味が分からず「気持ち悪い。」と一声返したことがあった。望月は少し心がモヤモヤしていた。目の見えない海野が、自分にできないことができる。少しムキになった望月は突然、海野に向かって走り出した。先程より激しい攻撃に、海野はどうすることもできなくなっている。 「やめ!」 小助が二人を止める。望月は肩で息をして、海野はその場に座り込んだ。 「あはっ!さすが望月だ!敵わないな。」 「当たり前だ。俺は、お前なんかよりも早く刀を握っているのだから。」 望月が海野の手を握り、起こしてやる。海野は嬉しそうに立ち上がり、望月に向かって笑顔を向けた。息が整わない望月は、その笑顔を正面から受け取ることが出来なかった。 それから、何度も二人で手合わせをした。が、木刀の有無関係なく、望月の攻撃を海野はひたすら受け続けるようなものであった。ある日、小助が海野に言った。 「海野殿、そろそろ反撃するでござる。それと、望月殿はもう手を抜かんでもいいでござる。」 今から手合わせしようと木刀を振っていた望月が、目線だけで小助を見る。小助は目を瞑っていた。望月と向かい合っていた海野が、欠伸をしていた途中で驚いた。 「えぇ!?…分かった。やってみる。」 静かに木刀を構える望月と海野。小助の合図と共に、いつも通り望月が海野に攻撃をする。そして、それをしっかり受け続ける海野。相変わらず美しい剣技の望月は、どこにも隙がない。…と思っていた。望月はいつの間にか、天井を見ていた。何が起こったのか理解が追いつかない。と、視界の端から木刀が見えた。ギリギリで避けるように立ち上がる。海野の木刀は、先程まで望月の腹があった床に打撃をお見舞いする。と、海野はそのまま何の躊躇もなく望月の元へ飛んでくる。今度は、海野の攻撃を望月が受けることとなった。重い。速さだけでなく重みもある。自分との違いに打ちのめされる望月。だが、凹んでいる暇は無い。望月は一旦距離をとった。海野の構えに隙は無い。ぴくりとも動かず、全神経を使って視覚以外の五感を研ぎ澄ませている。 望月は確信した。勝てないと。木刀をもって一月程度の人間に向かって、勝てないと思ってしまった。悔しくて悔しくて、仕方がなかった。目に少しばかりの水を蓄えながら、望月は海野に向かって音もなく走り出した。思いっきり木刀を振りかぶり、海野を袈裟斬りするように、上から下へと木刀を振り下ろす。ガリガリと木刀が音をたてる。海野は木刀で望月の攻撃を流した。ビッと鋭い音をたて、ほんの一瞬で望月の首元へ海野の木刀が迫る。小助は黙って見つめた。望月の首スレスレで、海野の木刀はピタリと動きを止める。無意識に呼吸を止めていた望月は、速く浅い呼吸を繰り返す。 「っごめん!大丈夫だったか?」 望月の呼吸音に反応した海野は、慌てて木刀を下げ、望月に手を差し伸べた。望月が自分にしたように。だが、望月はその手を勢いよくで弾いた。海野の左手に、強い痛みが走る。 「…るさい、うるさい!手なんかいらない!なんなんだよ!俺が積み上げてきた物を一瞬で超えがって!」 急に怒りを顕にした望月を前に、海野は驚きを隠せなかった。今まで望月の心に溜め込んでいた黒い物が、どろどろと溢れてゆく。 「才能あるやつはいいよなぁ!?ちょっとやるだけでなんでもできるんだからなぁ!!?」 「望月……。」 「俺なんかいなくても、お前一人でなんでもやれるじゃないか!あぁぁぁぁああ!!!!」 息を切らしている望月は、初めてこんなに大きな声を出したな、と思った。心が空っぽになった後、ハッとした。明らかに冷静さを欠いていた。目線だけで海野を見ると、自分に対して呆れているような表情をしている気がした。望月は、拳を強く握った後、ゆっくりと正座をした。 「…………すまん、言い過ぎた…。こんなのただの八つ当たりだよな…。俺を殴ってくれ、気が済むまで。」

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第七十二話

海野が一通り話終えると、静寂を切り裂くように、佐助が呟いた。 「目、見えるようになりたい?」 下を向いていた海野は、パッと顔を上げる。 「そりゃあね!でも、ないものねだりはしない。あの時と違って、今の俺には武士の誇りがある。」 微笑んだ海野の顔は、とても力強く、頼りになるものであった。いつの間にか全員の酔いも覚めている。と、そこに望月が帰ってきた。 「あ!もっちー!さっきまでみんなで海野さんの昔話聴いてたんだよ?聴き逃しちゃったね!」 「私はその時からここにいたので、海野の過去は知っている。」 「えぇ!?そうなの!?小助さんよりも、海野さんよりも早くに真田にいたの?!」 かえでが心愛の肩に腕をかけながら、望月に食いついた。 「あぁ。この中で一番に真田家へ来たのは私だ。…まぁ深い理由はない。尊敬する幸村様のお側にいたいと思っただけだ。」 「ほんとかよ〜?」 甚八が望月の左へ座り、二の腕辺りをつんつんしている。 「鬱陶しい。そもそも、私は家族となんの確執もない。私が自ら家を出たのだ。両親も分かってくださっていた。今もどこかで、平和に暮らしているだろう。」 「あらそうなの。」 沙恵が小首を傾げながら相槌を打つ。望月があぁ、と短く返事をして顔を上げると、キラキラと皆が目を輝かせているではないか。もちろん、教えてくれるよね?といった具合である。望月はため息を着き、肩を落とした。 「話すことは何も無い。幸村様に招かれ、ここで暮らし始めた。以上だ。」 「ちぇっ。なーんだ。」 清海が不服そうな顔をしたので、望月はギロリと睨む。それを察した海野が、まぁ望月はほんとに幸村様が大好きなんだよ、となだめる。のは逆効果で、望月は去ってしまった。皆楽しんでて!と一言残し、海野は望月を追いかけた。 ーーーーー 望月の家も海野家と同様、真田家に使えているのだが、望月六郎、彼だけが幸村に対してとんでもない熱意を持っていた。十一歳で幸村に誘われ、屋敷で住まわせて貰えると聞いた時、天井まで飛んで喜びたかったが、幸村に無様な姿は見せたくないと、静かに承った。 自分のように小さいものは目立つのではないかと思ったが、ここの屋敷には人がほとんどいない。時々顔を出す若い侍が一人。医者まがいのことをしているらしく、幸村からかなり頼りにされている。自分も負けていられないと、毎日庭で木刀を振るった。 一年経ち、身体に刀が馴染んで来た頃、一人の少年がやってきた。歳は自分と同じで、何やら親のせいで両目が見えないらしい。望月が真新しい道場で一人木刀を振っていた時に、幸村がその少年の手を取って自分の元へやってきた。 「望月、この者と仲良くしてやってくれ。」 「海野六郎です。よろしくね。」 海野は握手しようと、笑顔で右手を伸ばしてきた。望月は手を合わせるすぐ手前で、自分の手を止めた。なんなのだコイツは。まだ歳は若くとも、武士の端くれだろう。笑顔で握手を求めるなど、意味が分からない。伸ばされた手も柔らかそうで、如何にも刀など知りません、ということを表しているようだった。望月は、第一印象で海野に明らかな嫌悪感を覚えた。 「…幸村様、私はコイツと一緒にいたくありません。だって目が見えてないんですよ?目が見えない武士なんて堀のない城と同じ。使い物になりません。ただの足手まといです。」 そんな目で何ができるのだ、とブツブツ呟いている。幸村が望月に何か声をかけようかとしていると、海野が望月の顔をじっと見た。目は開いていないどころか、見えていないのに。望月は不思議な気分だった。 「望月くん、確かに君の言う通り、目の見えない武士なんて使い物にならない。でも、僕は自分を信じてる。たとえ目が見えなかったとしても、君の声は聞こえるし、君の匂いもわかる。」 海野はそう言いながら、一歩近付きくんくんと匂ってみせた。望月は黙ってそれを見ている。 「君を触ることだってできるし、」 そう言いながら望月の左手を握り、片膝を立てる海野。すると突然、ぺろりと望月の手を舐めた。驚きのあまり、目を見開いて硬直してしまう望月。 「…味も分かっちゃう。視覚は無くなっちゃったけど、他の感覚は全部僕の物だから。僕はこれを使う権利がある。」 ふわふわ、なのに、まっすぐ。海野の一直線の想いが、望月を貫いた。海野はゆっくりと立ち上がる。 「望月くんにはいっぱい迷惑かけちゃうけど、一緒に頑張っても…いい?」 柔らかい海野の笑顔に、望月は黙り込む。そして、目線を逸らしつつも静かに首を縦に振った。…やけに静かだと思って目線を海野にやると、海野は唇を噛み締めて涙を流している。泣くほど嬉しいのか、と思った瞬間、望月は涙の意味に気がついた。慌てて海野の手を取る望月。 「し、仕方ないな。足、引っ張るなよ。」 そう一声掛けてやると、海野はぱっちりと目をを開けた。きらきらの翡翠が目に入った望月は、その美しさを初めて目の当たりにし、身体中に電撃が走るような感じがした。翡翠からは、ぽろぽろと涙が落ちる。 「ぃやったぁぁ!!ありがとう!もちづきくん!」 「おえっ!急に抱きつくな!っ気持ち悪いぃ!」 二人が大騒ぎしているのを、幸村は遠くから嬉しそうに見つめていた。と、小助が良いタイミングで道場に入り、幸村の横に並ぶ。 「なんじゃ、見ておったか。」 「二人はきっと、良い関係になれるでござるな。しかし幸村様、なぜあの時望月に一声掛けてやらなかったのでござるか?」 「ん?はて、なんの事じゃろう。」 いたずらっぽく笑う幸村に、小助はやれやれと言わんばかりに笑をこぼした。静かな真田の屋敷に、 少しばかり楽しげな雰囲気が漂い始める。

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第七十一話

驚いて顔を上げると、そこには父の姿があった。 「父上、どうなさいました?」 「あぁ。これをな。」 海野の父は、小瓶を持っていた。なんだろうと思いながら、父の方へと向き直す海野。すると突然、父は思いっきり海野の顔、いや、目に向かって小瓶に入った液体をぶちまけた。 「うわぁぁぁぁあああ!!!」 熱い熱い熱い熱い。目が焼けるように痛い。熱さは段々と痛みに変わる。両目を押さえ、床に転がり込む海野。すると、父が口を開いた。 「生助から聞いたぞ。お前、幸村様になんと腑抜けたことを言ったのだ。まさかそこまで落ちぶれているとは思わなかった。失望した。」 父の声は、微かに海野の耳に入っていた。なんの事だ。どういう意味だ。でも、自分はいつの間にか、父を悲しませていたのか。 「切腹は、誉あることなのだぞ。それをあのような言い草…。」 「も、申し訳…、ございません。お、お許し、ください…。」 右手で目を押さえながらも、必死に父に縋り付く。だが、海野は父に蹴飛ばされてしまった。長男なのに、自分のせいで父の顔に泥を塗ってしまった。海野は心が苦しくなった。申し訳ございませんと謝り続けるが、父は海野を蹴り続けた。 「お前は、海野家は愚か、武士にすらなれぬ。恥だ。存在自体が恥さらしだ。」 「申し訳ございません。申し訳ございません。」 自分はなぜ、このような考えなのだろうか。だから父に、木刀すら持たせてもらえなかったのだ。自分が愚かだから、恥だったから。父はせめてもの救いとして、自分に知識を与えようとしてくださっていたのに…。海野は、心の中でひたすらに自分を責めた。 「何をしておる!!」 誰かが叫んだ。と、父の暴力は止み、身体を丸めていた海野を暖かい腕が包み込んだ。 「ゆ、幸村様…。こ、これは、これに教育をしようと…」 「屋根裏部屋へ押し込み、抵抗できぬものに暴力を振るうことが、誠に教育と言えるのか!!」 幸村の声は、あの時会って聞いた声とは全然違う。ものすごい剣幕なのが、伝わってくる。海野は左手を震わせながら、幸村の服を掴んだ。 「よ、良いのです。私が…、父上を失望させたのです…。」 「お主は喋るな。」 幸村の低い声にビクリと身体が跳ねる。目は見えないが、明らかに幸村は怒っていた。自分のせいで、父が幸村様に嫌われてしまってはいけない。海野は恐る恐る、幸村の声へ手を伸ばした。すると、海野と手には幸村の柔らかい髪の毛が当たった。幸村は、その震える小さな手を優しく包み込んだ。 「ゆ、幸村様…。私は、幸村様の前で、とんだ恥を晒しました。海野家の、恥です。どうか、私を罰してください。」 「喋るなと言ったのが聞こえんか。」 「私は、刀も握れぬ半端者です。ですが、海野家の長男です。家族のみんなを、守らせてください…。父を、叱らないでください…。」 幸村は驚いた。まさか、自分が屋根裏部屋に幽閉され、家族として数えられていないことを知らないのか?この子は、そんな人に対して情を持っているのか?小さな肩が上下している。喉からは苦しそうな音がする。幸村は黙って海野を抱き上げた。 「なっ、幸村様。うちの子をどうする…」 「『うちの子』だと?どの口がそれを言う。」 冷たく言葉を吐き捨て、幸村は歩き出した。どこかへ運ばれていると感じた海野は、幸村の腕から降りようとした。しかし、幸村の腕は暖かく、何となく降りたくなかった。人の温もりを感じたのはいつぶりだろう。そう考えながら、痛みに耐えられず、ゆっくりと意識を手放した。 一晩して、海野の意識が戻った。ゆっくりと目を開く。が、周りは何も見えない。真っ暗だ。周囲を見回していると、右の方から物音がした。 「えっと、海野六郎殿?」 「へぇ?なんでしょうか。」 幸村より少し若い男の声。自分のことを「殿」だなんて、少し気恥しかった。 「拙者が、見えているでござるか?」 「えっと…見えません。真っ暗です。」 「そ、そうでござるか…。」 それっきり、若い男は黙りこくってしまった。海野はある考えが頭をよぎった。まさか、視力がなくなっている?こんなに真っ暗で、治るとは到底思えない。海野は勇気を振り絞り、若い男へ問いかけた。 「私、もう目が見えないのですね…?」 「…うむ。そうでござる。目の中に劇薬が入っしまった。もう二度と、視力が戻ることは無いでござる。」 「そうですか…。」 若い男は後悔した。こんな小さな子に、辛い現実を突きつけてしまった。嘘でもいいから、必ず治るよと、声をかければよかったと。 「正直に教えてくだり、ありがとうございます。無い希望を見せられても、辛いだけですから。」 何と強い少年だろうか。いや、強がっているだけなのだろうか。 「あの、ここはどこなんでしょうか。そして、…どちら様でしょうか。」 「っ!あぁ。ここは、真田家の屋敷でござる。拙者は穴山小助。幸村様に頼まれてお主を見に来たのでござる。」 「そうですか。わざわざありがとうございます。」 歳を感じさせない落ち着いた態度に、小助はつい感心してしまった。が、何があったのかは詳しく聞かないようにした。すると、障子がゆっくりと開き、幸村が入ってきた。綺麗な夕日が差し込んでいるが、この少年はこれすらも見ることが出来ないのである。 「海野六郎。これから、真田の屋敷に住んでもらう。」 「はい?!どういうことですか?」 「私の側におってくれんか。お主の考えが私にあまりにも気に入ってな。あの家にはもう帰さん。」 「え…?」 海野は、気がついたら波を流していた。久しぶりに流した涙は、少しだけ、あったかかった。美しい翡翠が、キラキラと輝いている。 「今日からここがお主の家じゃよ。海野、ようこそ、我が家へ。」 「っはい!ありがとうございます。」 ーーーーー

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第十六章 第七十話

海野は望月から杯を一つ受け取り、二人で乾杯した。 「おわぁ…。やっぱり苦手だ…。」 「お前、よくそんなで今までやってきたな。」 「望月が気を回してくれたおかげだよ。」 「ふん。よく言うな。」 杯を静かに置いた望月が、空を仰いだ。 「相変わらず凄いなお前は、あんなことを真正面から言えるなんて。あいつにとってお前は光のような存在だろう。」 「えっ!?聞いてたのか!勘弁してくれよぉ〜。」 少し恥ずかしそうに身体をくねくねさせる海野。望月はそれを蔑むような目で見た後、下を向いてしまった。海野はそれに気が付いて、望月を見る。 「それに比べて、俺は影だ。影は影らしく後ろで静か…」 「なぁ知ってるか?」 海野の言葉が、望月を遮る。 「光って影がないと見えないんだぜ。影があるから光がある。光のすぐ横にはずーっと影がいるんだ。」 望月は顔を上げ、海野を見る。海野はずっと望月の方を見続けていたので、バチッと目が合った。翡翠に吸い込まれる。少し怒っているような、諭すような、そんな表情だった。 「俺が光でお前が影なら、…お前は俺の相棒だよ。ずーっと、な。」 海野は望月にニカッと笑顔を向けた。望月はそれに、はぁーっと長い溜息をついた。 「お前とずっと一緒、か。……気持ち悪いな。」 「うわぁ〜昔約束したの、忘れられてる?」 「知らんな。」 ぶーと頬を膨らます海野を放って、厠へと向かう望月。 「やっぱりお前は凄い奴だ、昔から…ずっと…。」 望月のこの想いが、海野に直接届くことは無かった。その頃、海野は十蔵に呼ばれ、皆の輪に入った。 「なんだ?どうした。」 「そろそろ、海野の過去についても知りたくなってなぁ。どうだ?教えてくれないか?」 「そう…だなぁ…。分かった。まぁあんまり面白くないけどね。」 「え!話してくれるの!??」 心愛の高い声で皆んなが一斉に海野を囲った。いひひ、とはにかんだ海野は、ゆっくりと自分の昔話を始める。 ーーーーー 海野は、真田家に使えているような武家出身である。と言っても、そこまで大きくない家で家族四人暮らしだった。父、母、弟の生助(いすけ)、妹の利子(きこ)の四人暮らし。 ーーーーー 「…え?海野さんは?」 かえでが首を傾げた。 ーーーーー 海野、つまり六郎は、海野家の長男であった。しかし、家族からは除け者扱いされていたのだ。それは何故か、簡単だ。海野は他の人達とは違う考えを持っていた。心優しく命を尊び、まるで武士とは全く似つかわしくない考えであった。それを父は武士らしくない、一家の恥だと、六郎を屋根裏部屋に押し込んでいたのだ。しかし、当の本人はあまり気付いておらず、父が用意した兵法や剣術などの本を、屋根裏部屋で黙々と読んでいた。 「僕は長男として、知識をつけろ、ということか。」 そう思っていた海野は、家族とは違う翡翠の美しい瞳を輝かせながら、本に没頭する毎日だった。 今日も今日とて、変わらず本を読む。屋根裏部屋に入ってから四年、十一歳となった海野。すると、急に部屋の戸がガラリと開いた。驚いて顔を上げると、今よりシワの少ない幸村が立っていた。幼い記憶から幸村だと分かった海野は、本を閉じてちょこんと正座し、頭を下げた。すると、急に腕を引かれ、四年ぶりに部屋から出ることが出来たのだ。 「借りるぞ。」 海野父へそう一言言い残し、十一歳の少年を連れて幸村は颯爽と海野家を行ってしまった。 海野は、訳が分からなかった。自分はなぜ急に幸村に連れられているのかな。そう思っていると、急に幸村の足が止まる。海野はじーっと幸村を見つめた。 「乱暴をしてすまぬな、許してくれ。」 地面に膝を着き、海野に目線を合わせる幸村。今まであまり話すことがなく、声を出そうとも出なかったので、海野はこくりと頷いた。 「先程な、生助からお前の話を聞いた。私はずっと、生助が長男だと思っていたのだが、お前が海野家の長男なのだな。」 「……はぃ。僕が、長男です。海野家を支えるために、知識をつけるべくいっぱい本を読んでいるのです。」 「…そうか。」 何故だろうか。幸村はどことなく悲しげな表情だった。すると、急に目の前の人だかりが騒ぎ始めた。海野は幸村に肩車してもらって、騒ぎの中心を見た。どうやら、これから罪人の処刑が始まるようだ。下ろすか?と幸村に問いかけられ、首を横に振る。罪人はどうやら武士のようで、自ら自分の腹を突き刺した。海野はそれをじっと見つめている。 ひと段落着いて、幸村がゆっくりと海野を下ろした。その後、幸村は海野にお団子を買ってやった。小さな口でもきゅもきゅとお団子を頬張っている。 「六郎、と言ったな。お前、あれを見てどう思った。」 あれ?と聞き返すと、切腹の事だと幸村が優しく教えてくれた。うーん…と考えた後、海野は顔を上げて幸村を真っ直ぐ見た。 「おかしいと思います。この世に人の命ほど尊いものはありません。なのに、なんで自ら命を絶っちゃうんでしょう?」 首を傾げる海野を見て、少し幸村の眉が動く。 「なるほどな…。よく聞け。この世はお主のような考えを持つ者に対して、異常者のような態度を取る。しかし、私はお主が正しいと思っておる。どんなに罵倒されようとも、堂々としておれ。きっと、お主の輝きを見つけてくれるものがおる。」 海野には、幸村の発言の意味がわからなかった。が、何となく嬉しくなってニコッと笑顔を向けた。そして、またお団子に一生懸命かぶりついた。それを後ろで黙って聞いている影があることも知らずに。 海野は今日、誕生日を迎え、十二歳となった。が、別にこれといって何をすることも無い。生助や利子から冷たい目を向けられるだけだ。まぁ、あの二人は外で稽古をしたりと日々忙しくしている訳だし、自分で発散してくれればいいやと思っていたので、特に気にすることもなかった。と、食事の時間でもないのに、誰かが急に戸開けた。

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驚愕!しっかり者の弱点 其ノ弐

今日の真田家は、いつもと違う。南蛮貿易で日本に輸入されたものの幾つかがこの屋敷にあるのだ。甚八がどうにかして、入手してきたらしい。物珍しそうに眺める一同を、かえでが微笑ましく眺めていた。 「かえではこれ、全部知ってんのか?」 「もちろんだよ。」 ひぇぇ…、と声を漏らす佐助。と、火垂が細い筒を手に取った。これは何?と言いたげな顔でかえでを見る。 「それね、シャボン玉の吹き具だね。それでシャボン玉を作るんだよ。」 「どうやって?」 「ん〜?この石鹸を水で溶かしてー…。」 かえでは説明しつつ、吹き具の先を石鹸水に付けた。そして反対側をはむっと咥える。ゆっくり息を吐くと、ぷくぷくと小さなシャボン玉が幾つか出てきた。皆、おぉ〜!と感性をあげている。 「泡のこと、しゃぼんだまって言うんですね。」 「まぁ泡とはちょっと違いますけどね。」 かえでが笑いながら吹き口を拭い、大助に差し出した。大助はそれを手に取り、かえでと同じように石鹸水に付け、吹き具を咥える。 「ん!出来ましたよ!!」 「大助様、さすがです!」 にっこりと笑った大助は、吹き口を拭って横にいた小助に手渡した。小助も少し浮かれているのか、少々楽しそうであった。同じのように石鹸水を付け、吹き具を咥え…。 「ん!?ゲホゲホ…。な、なんでござる?」 「あ〜上向きすぎだね。石鹸水が逆流してるんだ。ほらもう一 回!」 かえでが吹き具を渡してくれた。うむ…と返事をし、もう一度口をつける。 「んぐ!?っゲホゲホ!」 「え?吸った?違う違う!息を吐くんだよ笑」 「そ、そうでござるか…。」 もう一度挑戦するも、今度は息が強すぎて出ず、さらにするも、息が少なすぎて逆流。 「こ、ここまでシャボン玉できない人、初めて見た…。」 「す、すまぬ。拙者には向いていないでござるな。」 そういう問題なの?と首を傾げるかえでを後にした小助は、鎌之介達の元へ来た。海野が手で触っているものは、時計、というらしい。 「これで時間が分かるなんて、すごいよね!」 「まぁ、かえでが言うには、今は正確な時間が分からんそうだが。」 才蔵の冷静な指摘。 とは言いつつ、少し興味があるようで、時計をじっと見つめていた。 「あ、小助さんも見る?どうぞ!」 「うむ。かたじけない。」 宝香から、時計の目の前を譲られる。今で言う干支と、五〜九の数 字が刻まれた時計。その上には針が二本、カチカチと音を立てながら揺れている。小助は何となく、その針をツンと触った。と、針がいきなり速度を上げた。驚き、目を見開く一同。 「え、何。こういうもんなの?」 鎌之介が、時計を近くで凝視する。が、明らかに様子がおかしい。カチカチと音が鳴り続ける。 「!?皆離れて!」 沙恵が急に声を上げた。その瞬間、時計からはガチャン!と大きな音が鳴り、近くにいた十蔵の頭目がけて飛んでいった。サクッという音と共に、白目を向いて倒れる十蔵。屋敷に響き渡る程の大声で爆笑する清海。慌てて小助が十蔵を介抱する。それを見ていた一同は、苦笑いするしか無かった。 「こ、小助には、まだ早かったようじゃな…。」 「小助さん、機械音痴なんだ…。」 幸村とかえでが、その光景を遠くから見つめていた。二人の持っている吹き具から、石鹸水がぽたりと落ちた。

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第六十九話

沙恵の声はか細く、消えてしまいそうだった。しかし、伝えたい。裏切った自分に対しても、優しく思いやりのある心で接してくれたこの人たちに。少しでも、少しでも。 「故郷には捨てられて、遊郭で過ごしてきて、人間なんてただの欲望の塊、醜い存在としか思えなくて…。でも貴方達は違う、やっと分かったわ、仲間というものが、人間の絆の美しさが。」 沙恵は三ツ目に似ているといじめられていたのではなく、三ツ目そのものからいじめられていたようだ。恨めしく思うのも無理は無い。甚八に肩を借りているかえでは、下唇を少し噛む。沙恵は、段々と自分の目頭が熱くなるのを感じる。だが、そんなことよりも、この人たちに伝えたいことがあるのだ。 「…お願いします、これからも私に美しい世界を見せてくれますか?」 いつもよりも大粒の涙が零れる。これが、これこそが私の本心なのだと、沙恵は改めて実感することができた。佐助は後ろの幸村を見る。と、幸村も佐助を見つめていた。そして、佐助に優しい笑顔を向ける。それに答えるように佐助は頷き、一歩前に出た。 「沙恵、悪ぃがこれから俺達が行くのは美しい世界なんかじゃねぇ。血と泥にまみれたぐちゃぐちゃな世界だ。居心地が悪いってどころじゃねぇぞ。」 眉間に皺を寄せる佐助を、沙恵は黙って見つめる。 「……だけど、周りには支えてくれる仲間がいる、誰かのために動ける、決して綺麗だとは言い難いし、色も大きさもバラバラだけど、意志が同じ仲間がいる。俺たちを結ぶ絆(いと)は絶対切れない。それを美しいと思えるなら、一緒に居ればいいんじゃねぇか?」 そう言い終えた佐助は、沙恵に右手を伸ばした。沙恵はいつもの様子とは違った。流れる涙を拭うことなく、佐助を真剣に見つめている。そして、ゆっくりと自分の手を佐助に添えた。沙恵の暗い表情はもう無い。涙は流れているが、今までで見たことの無いような笑顔だった。と、誰かが沙恵に抱きついた。ピンク色の髪ががサラサラとなびいている。 「おかえり!おかえり沙恵ちゃん!大好き!」 「ただいま。ありがとう。私も、心愛のこと…大好きよ。」 「ふぇぇぇん!」 心愛が沙恵の胸にぐりぐりと顔を押付けて泣いている。沙恵は、笑顔で心愛の頭を撫でてやっていた。海野はそれを、慈しむように眺めていた。と、横に無言で望月が立った。 「すまないな、望月。俺は武士の恥だ。」 「本当に、そう思うのか。」 海野は望月の言葉に、何も返せなかった。いや、返さないのがいいと思った。望月は、そのまま歩き出し、幸村と共に屋敷へと戻って行った。 その日の夜、真田の屋敷はいつも以上に大騒ぎをしていた。沙恵が正式に真田一派になったということでまたどんちゃん騒ぎをしているのだ。皆(みな)で食事をしているのだが、酒に酔った清海と十蔵が急に踊りだし、それに合わせて佐助と宝香が歌い出した。静かな森の中で、真田の屋敷だけが賑やかな声で溢れている。沙恵は、少し休憩しようとその場から離れ、縁側で冷たい風を浴びていた。 「沙恵ちゃん、大丈夫?」 心配になり追いかけてきた海野が、沙恵の顔を覗き込んだ。 「えぇ、大丈夫よ。ありがとう。」 「俺に嘘は通じないよ。」 少し食い気味で海野は答える。すると、沙恵は少し困ったような表情を見せた。 「こんなに素敵な仲間に囲まれるなんて、里から追い出された頃の私には、想像も出来なかったでしょうね。まして、宴の中心が自分だなんて。」 「……。」 「私ね、今までずっと独りで頑張ってたのよ。誰にも頼れない、独りぼっちで、とっても寂しかった。身寄りがなかったから、どうしても遊郭に居たくて、色んなこと我慢して頑張った。世間の事何も知らなくて、お客さんから情報を入れながら どうやって生きていこうって、必死で必死で考えて……。」 ねぇ海野、と沙恵が続ける。 「褒めてくれる?」 優しい笑顔を向ける沙恵。その声色は、一番最初に聞いた時と同じであった。あの時、自分に対して何を求めていたのか、海野は何となく分かった気がした。海野は沙恵に微笑んだ。 「目なんか見えなくても君の努力は分かるよ。大丈夫、もう君を一人になんてさせないから。こっちへおいで。」 海野は沙恵に向かって、両手を大きく広げた。沙恵は少し躊躇ったものの、ゆっくりと海野に抱きついた。その後、海野も優しく沙恵を抱きしめる。 「大丈夫、大丈夫だよ、頑張ったね。俺は絶対沙恵ちゃんを離したりしない。安心して、俺に任せて。」 「……うん。」 沙恵は静かに、海野の胸を濡らした。 「あーー!ねぇ!海野さんが抜け駆けしてる!!」 二人は急に、心愛に指をさされた。つい、ぱっと顔をあげた沙恵。目の周りが赤くなっている。 「おいおい〜、男が女を泣かせちゃいけませんねぇ?」 明らかにウザ絡みをしてくる清海を、今日は止める者がいない。伊佐はすやすやと眠ってしまっている。ありゃま〜と頭をかく海野。すると、屋根の上から才蔵が降りてきた。 「ほら、酔っ払いどもはさっさと自分の席へ戻れ。お前もだ、沙恵。」 「…そうね。私のための宴だもの。私がいなくっちゃね。」 「沙恵ちゃぁぁん。私ぃ、酔っちゃった♡」 「あらあら、心愛ったら可愛いわね。」 「にゃははは!」 才蔵は軽く人払いをし、そのまままた屋根へ上がってしまった。海野が上を覗くと、トントンと控えめに肩を叩かれた。 「才蔵はね、お酒苦手なの。」 振り返るとそこには、少しだけ顔を赤くした火垂がいた。そうなんだ、と返事をして、海野はまた縁側に座り直す。海野も才蔵と同様お酒が飲めないので、皆の声を外から聞いている方が楽しいと思っていた。 すると、また誰かが海野の横へ腰掛けた。 「一杯でも飲んだらどうだ。」 望月だった。海野は苦笑いをしながら、望月をツンとつついた。 「お前だって飲んでないんだろ?」 「俺は飲めないのではなく、飲まないのだ。お前と一緒にするな。」 「はいはい、すみませんね〜。」

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発覚!本当の顔 其ノ壱

「きゃぁぁあああ!!」 甲高い声が、真田の屋敷に響き渡る。その声に驚いた鳥たちが、バサバサと飛び立つ。そして鎌之介が、バタバタと足音を立てながら走る。先程まで、ぼーっとその鳥たちに餌をやっていたのだ。 「心愛ちゃん!?どうしたの!?」 勢いよく心愛を抱き上げると、目を潤ませた心愛が上目遣いで鎌之介を見る。可愛い!と叫びそうになる心を抑え、鎌之介は心愛の頭を愛でるように撫でた。 「む、虫が飛んできたの…。」 そう言いながら心愛が指をさす先に、親指ぐらいのカナブンが止まっていた。床に止まってじっとしている。鎌之介はカナブンを優しくつかみ、外へほいっと飛ばしてやる。するとカナブンは音を立てながら飛び去って行った。と、それを見ていた心愛が、鎌之介に抱きついた。 「こ、怖かったよぉ〜。」 「もういないから、大丈夫だよ。」 心愛の背中をぽんぽんと叩くと、心愛は鎌之介にぎゅうぎゅうと引っ付いた。 それを黙って見ていた佐助。なんとも言えない顔をしている。目線に気が付いた鎌之介が、佐助を黙ってみる。佐助と鎌之介は、心愛を振った者と心愛を愛している者であり、鎌之介は少々気まずさを感じた。が、佐助は何事もなくその場を去っていった。 佐助が自分の部屋に戻ると、かえでが縁側に座っている。人差し指をぴんと立ててそれを見つめていた。何してんだと話しかけると、しーと沈黙を求める。ゆっくり近付くと、かえでの指先にはオニヤンマが止まっている。かなりの大きさではあるが、かえでは先程の心愛とは違い、平常心である。 「虫…、怖くないのか。」 「え?なに急に。怖くなんかないよ。こんなに小さいのに。」 かえでが答えると、オニヤンマは静かに飛び立った。あーあと言いながら、かえでが後ろに手を着く。 「佐助、もしかして、女の子はみんな心愛みたいに虫を怖がるとか思ってる?」 「いいや、かえでが虫平気なのは知ってたから。むしろ、心愛の怖がりようにびっくりした。」 ははっと乾いた笑い声をあげる佐助。なんなら宝香と火垂も虫は平気だよ、と伝えると、へぇ〜と頷いた。 「しっかし、何がそんなに怖いんかな?」 「さぁ?でも怖がって抱きつくのは可愛いよね。可愛い心愛がすると、余計に可愛い。」 「う〜ん。俺はどっちでもいいけどなぁ。てか、キモイなら分かるけど、怖いなんか一回も思った事ねぇな。」 そんな話をダラダラしていると、海野が急に話しかけてきた。 「あのさ、水を差す用だけど…、心愛は虫平気だよ?」 「「……え!?」」 佐助とかえでのバカでかい声が海野の鼓膜に直撃する。 「え?え?そうなの?知らなかった…。」 「いや、そりゃねぇって!だってさっき俺見たもん!」 「っ多分、怖がってるフリしてるだけだと思う。」 海野がこの前…、と話し出した。 この前、海野と沙恵が二人で縁側でくつろいでいると、心愛がとててっとやってきて一言放った。 「沙恵ちゃん。足元にでっかいムカデいるよ。」 「えっ!?」 ムカデという単語に驚いた沙恵が、つい足を上げ海野に寄りかかった。海野もムカデの姿が見えず、とりあえず噛まれないように足を上げる。と、心愛は無言で近くにあった木の棒を使い、ムカデを他所へ飛ばしたのだ。 「追っ払ったからもう大丈夫だよ。」 「びっくりしたわ…。ありがとう、心愛。」 「えへへん!沙恵ちゃんのためならこのぐらい、どうってことないよ!」 海野はほぇ〜と心愛を感心していたのだ。 その話を聞いたかえでは爆笑した。 「何〜?心愛ったら虫怖いフリしてんの?面白すぎ〜!」 手を叩いて笑うかえでと、はははっと苦笑いする佐助。まぁ、鎌之介が可愛いと思っているならそれでいいのか、と自分で答えを出していた時だ。 「ひゃあ!」 かえでが急に飛びついてきた。海野が右手だけ刀に乗せる。 「あっ!海野さん、大丈夫っス!ただのカメムシだから!」 「あ、そう?良かった。」 そう言いながら海野は、笑顔でその場を去っていった。かえでは佐助から直ぐに離れ、あたしに飛びかかるなんていい度胸ね!と虫に喧嘩を売っている。その間、佐助の心臓はドキドキと脈打っていた。ああいうのもたまには悪くない、と思った佐助の口角は、静かに弧を描いていた

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