スカビオサ🪻

8 件の小説
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スカビオサ🪻

27歳会社員をしています。 自己表現の場として自分の作品を掲載していきたいと思います📖 少しでも感情を揺さぶれる作品を書いていきたい思います✏️

すき間商店 第七話

「自分が本当に行きたい場所。」 抄子は心の中でマーゴの言葉を繰り返した。 「場所というのは捉え方の一つだよ。場面と捉えても良い。君が心から行ってみたい未来をイメージするんだ。」 マーゴの言葉に抄子は目を閉じた。 相変わらずコーヒーの湯気が抄子の顔を優しく包み込んでいる。しかし、さっきまでの悲しい表情の抄子ではない。前に進み出したいと思う一心だった。 「なりたい未来の自分、こんな生活を送っていたい未来の自分。」 目を瞑りながら抄子は考えた。 「夢を見つけたい。夢を見つける日々を大切な人々と共に過ごしたい。」 抄子は考えた先に出た答えをマーゴに伝えた。 そこには、まだ見ぬ自分の心の支えとなるような人と、お互いの夢を見つけるために切磋琢磨しながら過ごす日々があった。 「私はまだ将来の夢が見つかっていないの。だからこそ、大学に行き、様々な価値観、背景、文化をもつ人達と知り合いたい。そして、交流し、互いを深く知っていく中で人生を懸けて本気になれる夢を見つけたいの。」 抄子の言葉には力が宿っていた。それは先程までの悲観的で弱々しい姿ではなかった。 今の彼女は若さ、希望、やる気にみなぎる少女の姿だった。 「素敵な場所だね。夢を見つけるという結果だけでなく、見つける過程に重きを置いているのも君らしくて素敵だと思うよ。」 マーゴは抄子の様子を見て嬉しそうに微笑んだ。 「マーゴさん、ありがとう。貴方の話す言葉から大切な事を気付かされたわ。なりたい自分、行きたい場所を想像するだけでこんなにも晴れやかで力強い気持ちになれるなんて。今は試験に対する不安よりも、私が行きたい場所を手繰り寄せたい気持ちで一杯だわ。」 「その場所はいつでも君の中にあるよ。不安に押しつぶされそうになった時は、寝る前にそこに立ち返って欲しいんだ。それが君の羅針盤、君の中の『ことの世界』だから。」 マーゴはそう言い終わると、こう言った。 「さぁ、元気も出て来たところでコーヒーを残さず飲み干してくれ。しっかりと全部だよ。コーヒーも喜ぶだろうから。」 抄子は言われた通り、コーヒーをごくごくと飲み干した。 「ほんのり苦くて美味しい味。」 そうして飲み終わったコーヒーカップを置いた瞬間、抄子は辺りが試験会場である事に気がついた。 「え、嘘。どうして。」 抄子は、試験会場の椅子に座り、目の前には問題用紙が配られていた。 センター試験、一科目の試験だ。 鞄も問題なく机の横に置いてある。 財布もスマホも問題なく持って来ていた。 先程までのマーゴとの時間がまるまる切り取られ、家を出てから試験までワープしたかのようだった。 「それでは解答用紙を配ります。」 試験官の声が声が聞こえ、前から順に解答用紙が配られ始めた。 「ありがとうマーゴさん。今は試験が怖くない。この試験は私の行きたい未来に繋がっている。 今日の試験で私の未来への道が拓けるんだから。」 少し開いた窓から教室に風が吹き込んできた。 それは冬の肌寒い風なのだが、ほのかに春の、始まりの季節の香りを載せてきたかのようだった。 「ことの世界」はいつでも君の内にある。 人の幸せが君にとっての幸せとは限らない。 知らず知らずのうちに誰かの人生を生きてしまう事は、時に大きな重圧としてのしかかり人生に困難を与えることもある。 君の人生は君のもの。 『この世の中に100%正しいことも、100%正しくないことも存在しない。』         ーおしまいー

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すき間商店 第六話

「君は善悪の価値観に囚われ過ぎてしまっているんじゃないかな。正しい、正しくないという軸で生きてしまっているとは思わないかな。」 マーゴは抄子に優しく問いかけた。 「今の君は試験で良い成績をとる、志望校に合格するという事が善、仮に試験で望む点数が取れなかった場合は悪という価値観になってはいないかい。」 マーゴの問いかけに抄子は背筋が張り詰めるような感覚を覚えた。 そのような視点から自分を捉える事が出来るなどと思っても見なかったのだ。 しかし、すぐに反論したいと感じた。 「けれど、それは当たり前のことではないかしら。自分の望む目標を叶えることは良いことでしょう。」 抄子はマーゴに反論した。 「それは勿論そうさ。誰しも夢や目標があればそれを叶えたいと願うのは自然なことだよ。しかし、君の場合は目標を叶えたいということよりも、失敗を悪と思い過ぎている気がするんだ。しかも、君の今までの話を聞いていると、君は試験に合格した先で、『どうなりたいか』が分からなかった。どちらかと言うと、君の言葉からは『どうなりたくないか』がよく分かったよ。」 マーゴは抄子に続けた。 「善悪の価値観がある事は良い事だ。しかし、善悪の価値観に囚われすぎることは、時として自分や他人を傷つける事になる。その価値観に沿った生き方、選択ができているうちは幸福感を感じるかもしれないが、仮にそうはならなくなった時に、倍の苦しみが襲ってくるからね。それを君は今感じているんじゃないかな。」 マーゴの言葉に抄子は己を反芻した。 確かに私は何かを選択する時に良い悪いという基準で判断していた。それは両親からの期待通りの結果を出した偶像の自分になれるかどうか。 しかし、その偶像を前に、その偶像になりきれない自分も感じてしまっていた。 「この言葉は今の君には必要だと思うから、どこか心の片隅にメモしていて欲しいんだ。」 マーゴの言葉に抄子は頷いた。 「『この世の中に100%正しいことも、100%正しくないことも存在しない。』 勿論、犯罪みたいな事は悪い事だし、やってもいいと言っているわけではないんだよ。けれども、君のご両親が娘に対して〇〇大学に行って欲しいと思っていることでも、結果的にそれが本当に良い事が悪いことか何て誰にも分からないんだよ。 良いとされる大学に行っても途中でグレて道を外したり、トラブルに巻き込まれて一生を棒に振ってしまう人だって中にはいるかもしれない。そんな未来は君のご両親も望んでいない事は分かるよね。」 マーゴの言葉に抄子は心の霧が少し晴れていくような気がした。 それはあの寒い朝の道に徐々に火が差し込んでくるような感覚だった。 「私は確かに善悪の価値観に囚われ過ぎていたわ。何でも悪い方向に捉えてしまっていて。」 抄子はマーゴに言った。 「こんな事は人に聞くようなことではないのかもしれないけれど、これからどのような価値観で生きていけばいいの。」 マーゴは抄子の質問に、少し上を見つめながら2〜3秒間を空けてこう答えた。 「それは、本当に行きたい場所に行けるかどうかだと思うよ。」 マーゴの言葉に抄子は目を見開いた。

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すき間商店 第五話

それは抄子のささやかで幸せな時間だった。 幼少期、一人娘の抄子は、夜寝る時は両親の間で眠っていた。 ふわふわで暖かいベッド。毛布から顔を出した幼少期の抄子に両親はどちらかが毎晩、読み聞かせをしてくれた。 心がほんわかと温まるようなそんな物語が多かった。 そして、物語を読み終わると抄子に言った。 「抄子ちゃんはお母さんとお父さんの宝物だよ。抄子は賢い子だよ。立派な大人になるんだよ。」 この時間、抄子にとっては最も愛を感じる時間だった。 小学5年生になってからは一人部屋に移り、自然と無くなってしまったが、抄子にとっては今でも特別幸せな記憶だ。 一瞬、走馬灯のようにこの記憶が脳裏をよぎった。 「今日この日が怖いの。」 抄子は弱々しい声で話し始めた。 「両親は大好きで、大切な存在よ。でも、そんな大好きなお母さんお父さんの期待に応えられるか、自慢の娘でいられるか、相応しい娘でいられるか、今日の試験の結果にかかっているの。」 「君はご両親を大事に思っているんだね。それは本当に素敵なことだよ。けれど、君は試験の結果次第ではご両親に相応しい娘ではいれないと思っているのかい。」 「、、、そう。私に期待してくれているから、必ずその期待に応えないといけないの。」 「応えられなかったらどうなるんだい。」 「私が私じゃなくなってしまうかもしれない。」 抄子は徐々に声が震えていた。まぶたは少し潤んでおり、美しい瞳から一滴の涙がつたった。 マーゴは涙ぐむ抄子を見つめながら言葉をかけた。 「君は優しい子なんだね。ご両親も君がここまで真剣に物事に取り組める人間に育ったことは誇らしく感じると思うよ。」 抄子の頬には何滴も涙がつたっていた。抑えていた思いが溢れ、感情を抑えることができなかった。 そんな抄子の顔をマーゴのいれた暖かいホットコーヒーの湯気が優しく包み込んでいる。 「私の不安はね。お母さんとお父さん、友達、先生、周りの人達から、もしも試験で失敗したら、お前の価値なんて無いんだって。私たちが期待した気持ちを今すぐ返せって、そんな言葉を言われる気がするの。それが本当に怖くて怖くて仕方がないの。」 抄子は赤く紅潮した顔でマーゴに言った。 「君の不安が何なのかがよくわかった。正直に話してくれてありがとう。きっとその不安が君をここに連れて来てくれたんだね。もしも、君は今、その不安が晴れると言われたらどう思うかな。」 マーゴの質問に抄子ははっとした。 この人は何を言っているんだろう。今、不安が晴れるなんてことあるはずがない。 ただ、そうなりたい自分がいるのも事実だ。 抄子はマーゴに言った。 「もしもこの不安が晴れるとしたら、私は今すぐにでも晴らしたいです。」 抄子の言葉にマーゴは、にやりと口元を緩めた。 「それじゃあ、私が言うことを、これも否定せずに受け入れて聞いてくれ。どう解釈するかは君に任すから。」 マーゴは少し大きく息を吸い込むと抄子の目を見てゆっくりと話し始めた。

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すき間商店 第四話

抄子の不安は、この急過ぎる一部始終によってかき消されていたが、マーゴの一言によって息を吹き返すことになった。 「どうしよう。センター試験で失敗したら私が私じゃなくなってしまう。」 「そんなことはないさ。君は君。穏やかに日々を過ごしていればいいのさ。 でも、そんな風には楽観的に思えないほど追い詰められているんだよね。」 マーゴの言葉に、抄子は自身の心の状態を当てられていたので驚いた。 「マーゴさん、『ことの世界』とは何か、もう少し詳しく教えてくださらない。私もあなたに正直に話すから。」 少し大きな声で抄子は言った。 「わかった。その前にお茶を入れるから少し待ってくれ。そこに椅子があるし、立ったままじゃなくて座って話そう。」 マーゴは抄子の横にある椅子に目をやった。 抄子はマーゴの優しさに恐縮しながらそっと椅子に腰掛けた。 「落ち着く。飾り気はないが疲れた身体をそっと包んでくれるようなそんな椅子だ。」 抄子は心の中でそう感じた。 「一応、ここは商店なんだ。とはいっても豊富なメニューがあるわけではないが。」 マーゴと抄子がいる部屋の奥には廊下があり、そこには厨房のような場所があった。 「ホットコーヒーか紅茶だったらどちらが良いかな。冷たいのが良ければ作るけど。」 マーゴが抄子に言った。 「ホットコーヒーが飲みたいです!」 抄子が間髪入れずに言ったので、マーゴは少し驚いた。 「はいよ。珈琲を作る間に、『ことの世界』について簡単に話すよ。」 マーゴは手を動かしながら話し始めた。 「まず、びっくりするようなことを聞くかもしれないが、時間とは誰しもが平等に一定に流れていると思ってるよね。」 マーゴは抄子に聞いた。 「ええ。当たり前にそう思います。」 抄子は答えた。 「それでは、その前提を取払い、今から私が言うことを否定せずに聞いてほしい。どう、解釈するかは君に任すから。」 マーゴの言葉に抄子は頷いた。 「時間の流れは必ずしも一定ではないんだ。同じ1分でも人によってはとてつもなくゆっくり流れることもある、逆も然りで。 例えば、目を離せないような美しい夕焼け、山の頂上からの透き通るような絶景、水面に太陽の光が反射し心地よく風と音が流れる川辺の散歩など、感動という感情によって時を忘れてその場で立ち尽くす瞬間が君にもあると思う。 そんな状況の1分と、毎日同じように通勤をしていて時計を見ながらぼうっと過ごし経過する1分とでは、体験している『こと』が違うんだ。 感情が大きく動く時、その人の時間の流れも影響を受ける。 大きな感動や計り知れない絶望など、極端に大きく感情が動いた時、あなたは『ことの世界』にいる。 それはほんの一瞬なことなので認知することができないのだが、誰しも『ことの世界』へ時空を超えて入っているんだ。そんな時、同じ時間でも流れは全く別のものとなる。」 抄子はマーゴの言葉に集中していた。 「ただ、ここで不思議なことは、君がここに来て私と話しているということだ。 君は普段生きている世界で、感情の動きが極端に大きくなり過ぎてしまい、ある一定の範囲越えてしまったのかもしれない。 それは、今その瞬間に君が感じていた不安という感情だと思う。 そんな君の心理状態が無意識に『ことの世界』へくる何らかのトリガーとなってしまったのかもしれない。」 マーゴはやっとできたホットコーヒーを抄子に渡した。 「ということは、私の心の大きな不安がここに私を連れて来たということなの。」 抄子の問いにマーゴは大きく頷いた。 「私はそう推測した。そして経緯はどうであれ君は『すき間商店』のお客様だ。誠意を持ってお客様をもてなすことは私の仕事の流儀でもある。 今からその暖かいコーヒーでも飲みながら、君が大きな不安から少しでも抜け出せるような『こと作り』をしよう。」 マーゴは奥から椅子を持って来て、抄子と向かい合う形で腰掛けた。 「何故君はそんなに不安なのか。思っていることを正直に話してくれ。」 マーゴの言葉に抄子は話し始めた。

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すき間商店 第三話

「私は夢でも見ているのかしら。」 抄子は今、目の前で起きている摩訶不思議な現象に圧倒されていた。 確かに、抄子は今日、目を覚ましてから支度をし、軽く朝食を食べ、玄関を出てセンター試験の会場へ向かっていたはずだった。 それが一瞬、コーヒーを飲みたいと自動販売機に向かい、何故か万華鏡を拾い上げていた。 そこから気づいた時には、暖かく温もりのある書斎の様な部屋で、サンタクロースのような男と二人きりなのだ。 「自分に何が起きたのかまだ理解に追いついていないように見えるね。」 男は、抄子に優しく微笑みながら話しかけた。 抄子はごくりと唾を飲み込みながら小さく頷いた。 「無理もないよ。きっとここに来ることは初めてなのだろう。大きく深呼吸をしてごらん。」 男の言葉に抄子は素直に大きく深呼吸をした。 すーー、、、ふぅーーー。 すーーーー、、、ふぅーーー。 すーーーーー、、、ふぅーーーー。 抄子は大きく3回深呼吸を行った。 少しだけ気持ちが落ち着いた。 抄子はこの摩訶不思議な現象を理解するよりも、まずはこの目の前にいる男の言葉、立ち振る舞いに対して、向き合って見たくなった。 「勇気を出してこちらからも話しかけてみよう。」 抄子は心の中で自分がそう囁いた気がした。 「あのぉ、ここはどこですか。貴方は誰なんですか。私に何が起きてしまったんですか。」 抄子は震えながら勇気を振り絞った。そして、一言一言、今この瞬間に聞きたいことを男に一気に投げかけた。 「一つずつ答えるから落ちついて聞いてね。」 男は穏やかな声色で話始めた。 「まず最初の質問から。ここはどこかということだが、ここは『ことの世界』なんだ。君が世界だと思っている次元と一つとなりの次元なんだ。 次に二つ目の質問。私は『ことの世界』で商店を営んでいる、マグリット・ゴブズリンだ。周りにはよくマーゴと呼ばれている。君も良かったらマーゴと呼んでくれ。三つ目の質問だが、君はもしかしたら、万華鏡に吸い込まれてしまった際に、何かの拍子で死んでしまいここはあの世か何かだと思っているかもしれないが、安心して欲しい。君は健康で生きているよ。ただ、今この瞬間は『ことの世界』のすき間商店にいるというだけだ。」 抄子はマーゴの説明を聞いて腑に落ちた部分とそうでない部分があったが、とりあえず彼が悪い人ではないということは理解できた。 「だとしたら何故私は『ことの世界』に来てしまったの。」 抄子は質問を続けた。 「それは、おそらく君のここに原因があるような気がするよ。」 マーゴは抄子の胸(心臓の辺り)を指差して言った。 「君の心の不安の大きさが『ことの世界』の周波数と合わさってしまったんだ。」 マーゴの言葉に抄子は息を飲み立ちすくんだ。

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すき間商店 第二話

黒い万華鏡。 それはところどころに少し傷があったり何度も誰かに使われたりした様な、幼少期に祖母や親戚の家で見た様なそんな万華鏡であった。 抄子は多少の驚きはしたが、大声が出たり、その場から逃げ出すことはしなかった。もしかしたら受験勉強のし過ぎで目の前の現象に対して、鈍感になっていたのかもしれない。 あなたは万華鏡を見たことはあるだろうか。 もし一度でも見たことがあれば共感してくれるかもしれないが、それを万華鏡だと思って、自ら掴み、拾い上げた時、すぐにもとの場所に返したり、わざわざ別の場所に手に持ったまま行こうとは思わないのではないだろうか。多くの方は万華鏡を目に近づけて覗いてみたい、すぐにその中の美しい世界を見てみたいと思うのではないだろうか 抄子も同じであった。 まずは万華鏡の中身を覗いてみたい。 目を凝らしてそっと見てみたい。 抄子は片目をつむり、顔に万華鏡を近づけた。 「ん、真っ暗。」 抄子は万華鏡の中を見て驚いた。 暗い。そこにはまるで明るい部屋から急に電気を消した時のような静寂の景色が広がっていた。 「あそこに何か光があるような。」 漆黒の黒の中、抄子は豆粒のような小さな光を見つけた。闇の中にただ1点だけ、その光の粒はあった。 淡く弱々しい光なのだが、ゆらゆらと微かにゆらめいている。 しかし、よくよく見ているとその光の粒は徐々に大きくなってくる様だ。 「違う。」 光が大きくなっているのではなく、自分が光のもとに吸い込まれている。 今の今まで、抄子は目を凝らして万華鏡の中を覗いていた。しかし、視界の真っ暗な空間は今や抄子の体全体を包み込んでいる。 視界の先の先にあった光の粒は、豆粒程からボールの大きさに、そして、ボールの大きさから視界の全てを飲み込む程に大きくなっていった。 抄子の目の前が真っ白になった時、抄子は我に帰った。そこには、西洋風の暖炉のあるような暖かい部屋だ。 「なんて暖かいの。さっきまでの寒さが嘘みたい。」 そう思いながら抄子は周りを見渡した。 おびただしいほどの本がある。辞書の様に分厚いものからそうではないものまで、びっしりと本棚に並んでいる。そして抄子の横には使い古されていそうな椅子が置いてあった。 「やぁ。珍しいお客さんだね。」 抄子の前から声がした。すぐさまその方向を見ると、そこにはサンタクロースのような髭に、人生のすいも甘いも知り尽くしたかの様な、シワの多い顔の男が振り返った。

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すき間商店 第一話

午前6時15分、抄子(しょうこ)は教科書と参考書がぱんぱんに入った鞄を手に持ち、玄関の前で靴を履いていた。 今日はセンター試験だ。 某国立大学を第一志望とする抄子にとって、今日は人生最大の大勝負である。 「あんたは心配せんでもなんとかなると信じちゃる。」 抄子の母は、ポンポンと抄子の肩を軽く叩いた。 「ありがとう。お母さん。」 抄子は声を震わせながら返事をした。 今朝は一段と寒かった。抄子は普段マフラーをしないのだが、今日に限ってはつけることにした。ボブの長さで、艶やかな黒髪に白とグレーのマフラーが似合う。 抄子な化粧っ気はないのだが、気品のある顔立ちとすらっとしたスタイルの美しい女子高生だった。 家から駅までの道は、周りが田んぼに囲まれた一本道だ。 こんな朝早くであれば、ランニングや犬の散歩をしている人も少ないだろう。 抄子は少しだけ震えながら、駅までの道を歩き始めた。 さーーと言う沢の音と、鳥のさえずり。 けけけ、けけけけけと言うカエルの鳴き声に包まれる。 「空気が本当に冷たい。」 抄子は向こうの山と山の間からぼうっと霧が出ている光景を見つめながら考えた。 「私は今日失敗してはいけない。私は今日のためにずっと頑張ってきたんだ。良い大学に行って、お母さんお父さんにいい娘なんだと胸を張って話してもらうんだ。」 抄子の父と母は公務員と税理士で、祖父に至っては医者だった。 「あそこの家の一人娘は美人で成績も優秀なんだってなぁ。」ある日、街で親戚の友人(とはいっても中年のおじさん)にふいに言われた一言を抄子は思い出した。 「私ってそう見られてるんだ。自分ではそんなことは思わないんだけど。こう、私がよく知らない人にもそう見られてるんだなぁ。」 抄子にはその言葉によるプレッシャーが自身の心を圧迫するには十分であった。 「ああ、このまま駅についても試験会場は空いていないだろう。むしろ、まだ誰もいないんだろうな。少しくらい寄り道をしても良いよね。」 抄子は一本道の中間で横道に逸れることにした。その道も駅に繋がっており、ぐるりと遠回りすることになるのだが、途中に自動販売機が1台設置されていた。 「マフラーをしていてもこんなに寒いなんて。暖かいコーヒーでも飲みたいな。」 抄子は眠気覚ましを兼ねて、暖かいコーヒーを買うことにした。 「あともう少し歩けば着くな。おっ、見えてきた。」 抄子はまだじんわりと薄暗い朝の中、自動販売機の前まで歩を進めた。 「あれ。ホットコーヒー売り切れかぁ、。」 残念なことに抄子がお目当てのホットコーヒーは売り切れ。代わりに見たこともない様な筒状のモノが入っている。 「なんだろう。受験勉強に勤しんでいてあまり関心が無かったけれど、最近出た新しい飲み物かしら。」 抄子は恐る恐るその筒状の何かのボタンを押した。 ボトン。 自動販売機の受け取り口から黒い筒状の何かが落ちてきた。 「はて。お金も入れてないのに。」 抄子は不思議に感じながらも、その黒い筒状のモノを取り出した。 なんとそれは抄子の手のひらにすっぽり入る程の大きさの黒い万華鏡であった。

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恋愛コンピュータ

西暦2〇〇○年、発明者Aは人類初、人工知能型ロボットの「恋愛コンピュータ」を開発した。 「恋愛コンピュータ」は世界中、ありとあらゆる媒体にアクセスすることができ、恋愛についての情報だけを収集し成長することができるロボットだ。 発明者Aは「恋愛コンピュータ」にある条件を設定した。 「恋愛コンピュータ」は電源を入れたその日から20年後の日に、1人の人間から、愛する対象として選ばれるか試練を受けなければならない。 その試練で選ばれなければ、その時点でこの世界から消滅する。 それまでの記憶、思い、全てをのせて。 「恋愛コンピュータ」はこの残酷な設定を発明者Aより聞いた時、全く恐れの感情を抱かなかった。 「私はこの世界のありとあらゆる媒体にアクセスできる、それは書物、テレビ、ラジオ、インターネットといった現存する情報全てにだ。それは然り人間の叡智であり、純然たる歴とした理だ。」 俄然みなぎる自信とともに、「恋愛コンピュータ」は20年間という時を過ごした。 20年目の月日が経ち、いよいよ「恋愛コンピュータ」の試練の時を迎えた。 発明者Aの待つ部屋へ「恋愛コンピュータ」は長い廊下を進んだ。 扉を開け中に入ると、そこには発明者A、その隣に20代くらいの女性、そしてすやすやと寝ている赤ん坊がいた。 「それでは用意はできたね。今から君の最大の試練を始める。今からこの女性に君か彼(赤ん坊を指して)のどちらを愛したいのか選んでもらう。 君は彼女に何をしてもいい。君の今までの収集してきた知見を活かし、彼女に愛の対象として選ばれることが出来れば君は生き続ける。 しかし、万が一、君が選ばれず彼(赤ん坊)が選ばれれば君にはその時点で活動を停止してもらう。」 発明者Aは物音ひとつない無機質な部屋で、揚々と話した。 「私は恋愛について誰よりも熟知し、実践できる。そのために生まれ、これまで日々を過ごしてきたのだ。赤ん坊は話せない。理解もしない。 誰かを愛すなどといった高度な営みなんぞもっての外だ。私は愛されるべきだ。必要とされるべきだ。なんせ人が他者を好きになる行動。原理、原則を全て知っている。全てのパターンは織り込み済みだ。インストールは完了している。 勝った。既に勝ったようなものだ。ははは。」 「恋愛コンピュータ」は発明者Aの話を聞きながらそう思った。 彼の自信は揺るがなかった。 「では始めてもらってどうぞ」発明者Aが言った。 「はじめまして。」「恋愛コンピュータ」は彼女に話しかけた。そこからは「恋愛コンピュータ」 の勢いは凄まじかった。 ありとあらゆる甘い言葉、優しい言葉、気遣い、、女性なら誰しも一生に一度は言ってもらいたい言葉を「恋愛コンピュータ」は彼女に伝えた。彼女は笑い、時に涙し、恥ずかしがった。照れたりもした。 「それではそこまで。」発明者Aは切り出した。 「では次は彼(赤ん坊)の番だね。恋愛コンピュータは一度下がってくれたまえ。」 赤ん坊を前に「恋愛コンピュータ」は慢心していた。「さぁ、もう伝えることは全て伝えた。彼女も喜んでいた。これで私の勝ちは確定だ。」 そんな「恋愛コンピュータ」の前で、赤ん坊は泣き出した。わんわんと大粒の涙を流し、指は震え、ほっぺたはじんわりと赤みを帯びている。 無機質な部屋に赤ん坊の鳴き声だけがこだまし、反響した。 「それではそろそろ決めてもらおうかな。」発明者Aは鳴き声がこだまする部屋で女性に目をやった。 「あなたはどちらを愛したいですか。さぁ、心の声に従いここで伝えてください。」 女性はその声に静かに頷き、指を指した。 それは、山々の間に静かに夕陽が沈むときのような、その木漏れ日が徐々に木の葉を照らし、それが大地にも差し込み照らすような。朝、カーテンの隙間からじんわりと朝日が差し込んで、それが空気に伝播し暖かさを肌で感じるような、「時間の流れ」というものが今はとてつもなく遅いと感じる、あの感覚。 「恋愛コンピュータ」は受け入れることができなかった。目の前の現象が、理解できなかった。理解し難いのだ。 「何故、彼女は赤ん坊を指しているのだろう。貴方は赤ん坊に愛されていない。いや、彼は泣いているだけだ。自己欲求を満たすために表現をし、それで周りの大人を、人間を動かそうとしているだけなんだ。何故、それでも何故、私ではなく彼を選ぶのか。到底理解し難い現象だ。」 「恋愛コンピュータ」は意識が、遠のいていくのを感じながら、まずは足先の感覚がなくなっていくのを感じながら考えた。目の前では、俄然赤ん坊が泣いている。 静かに指を指す女性の前で。 「はっはっは。さようなら。君は私が作った1番の傑作だよ。本当に面白かった。感動した。まさに喜劇。後世語り継ぎたい結末だ。」発明者Aの甲高い笑い声が最後に耳に入ってきた。 「これで機能が停止する。視野も狭くなってきた。ぼんやりと外側から暗くなる。これが死か。」 「恋愛コンピュータ」は機能を停止した。 おぎゃーおぎゃー。「ん?何か聴こえる。赤ん坊の声だ。さっきの赤ん坊の声が聴こえる。」 「恋愛コンピュータ」は意識を戻していることに気づいた。 周りには三、四人の白い服を着た看護師が見える。 「よく出てきたね。頑張ったよ。さぁお母さんのところに行こうね。」看護師の1人が手を伸ばす。脇を抱き抱えられ、隣で泣いている女性の元へ置かれる。「〇〇さん、立派な男の子ですよ。体重は3000グラム。健康な赤ちゃんです。」看護師がそう言うと、女性は溢れる涙をそのままに抱きしめた。 「生まれてきてくれてありがとう。愛してる。心の底から愛してる。」 女性は抱きしめながらそう言った。 「恋愛コンピュータ」の意識は揺さぶられた。初めての感覚だった。初めて愛されたのだ。20年間一度たりとも情報収集をやめなかった。これで誰かから愛されると信じていたから。しかし、違ったのだ。 愛されるとは、この世に生を受け初めて陽の光を感じた時から、初めて抱きしめられた時から、既に成されているのだ。 「これが欲しかったんだ。これを求めていたんだ。ああ、これが幸せと言う感情か。」 「恋愛コンピュータ」の意識は心の底からの暖かさを感じていた。そして、徐々に光に包まれていく様に感じた。 愛とは誰しも既に知っている。心が寒い時、辛い時に忘れているだけだ、きっとそのことに気づけたら、心からの感謝と喜びの光に包まれていくだろう。

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