カクテル
26 件の小説第二十三話 『乱戦』
『ブラックマーケット』の行き先を突き止めた俺たちは車で急いで移動していた。 「くそ、電話に出ない」 電話に出ないという携帯のアナウンスが鳴り始め俺は携帯の電源を切った。 一刻も早く状況を伝えようとフィルに電話をかけたが出なかった。 「え?いつもは絶対電話出るのに、なんでこんな時に限って」 隣に座る玲奈は焦っている。 そりゃそうだ。 実際俺も少し焦っている。 「まさか、もう学生寮に着いたのか?」 嫌な予感しかしてこない。 こういう時の嫌な予感は当たりやすいからやめてほしいが。 「慎吾飛ばせ。手遅れになる前にフィルのところに行かないと」 運転している慎吾はアクセルを強く踏んだ。 加川くんからかかってきた電話に出ようとした時、誰かに後ろから手首を掴まれた。 「悪いが電話に出させるわけにはいかねえ。あいつらにも俺たちがどこに向かったか分かってるはずだからな。これ以上情報を漏らすわけにはいかねえんだ」 不気味な笑みを浮かべる男は私から携帯を奪う。 「あなたたちなんなの?」 「『ブラックマーケット』だ。お前の持つ魔眼を貰いにきた」 「魔眼?」 魔眼って、始祖のエルフが持ってたっていうあの魔眼? ちょっと待ってよ。 私そんなの持ってない。 男は私の眼球に手を伸ばす。 何をする気なのかはすぐに分かった。 私は男の手を反射的に払った。 とにかく今は、逃げないと。 私はすぐに浮かんだ考えに従って急いで走って逃げる。 「逃げても無駄だぜフィル・クオード‼︎」 後ろで叫んだ男は私を追いかけようと走る。 しかし部屋から出てきたマリアが男の服を掴んで振り回し天井にぶつけた。 そして落ちてきた男の顔面を殴り建物から落としてしまった。 あっけに取られている私を見たマリアは私の腕を引っ張って走る。 「逃げよう!」 後ろからナケーダもついて来ている。 しかし余裕は一瞬のこと、すぐに建物を登ってきた男は再び私たちを追い始める。 「待て!」 空中では体の自由が効かない。 それでも何もしないわけにはいかなかった。 とにかく相手から離れないように相手の服を掴んで距離を縮め続ける。 地面が近づいてきたところで相手を蹴り飛ばし少しだけ距離をとる。 着地の受け身をとって体へのダメージを軽減するがちょっと痛みはある。 「お前なんなんだ⁉︎」 「お前は知らなくていい」 全く動揺していない声色で答えた男は俺との距離を一気に詰めてきた。 速すぎて動きが目で追えない。 防御する暇もなく腹、脇腹、顔面に強い衝撃を感じた。 何をされたのか認識することもできずにやられる一方。 この男、間違いなく強い。 「なんだそんなものなのか?派手な登場の仕方の割に弱いな」 「うるせえぞ‼︎」 反撃のために拳を振り上げるがそれを難なく避けた男は振り上げた腕を掴んで俺を上空に向かって投げた。 俺が飛ばされた高さまで飛び上がってきた男は俺をビルの方へ蹴り飛ばした。 ビルの中に放り込まれた俺は地面に倒れ込む。 身体中が痛い。 この一瞬で随分とやられた。 体がうまく言うことを聞かず、倒れた体を起き上がらせることができない。 立ち上がることに苦戦しているとビルの中に男が入ってきた。 まずい、このままでは殺される。 俺は近くにあった机の足を掴み机を投げつけた。 それを男が避ける間に俺はなんとか立ち上がり続いて椅子を蹴り飛ばす。 椅子をキャッチした男は椅子を持ったまま俺の目の前にまで近づき俺を椅子で殴りつけた。 続いて繰り出された回し蹴りはなんとか防いだ。 しかしそれでも、重い。 ガードの上からでもこの威力。 そしてスピード。 今確信した。 この男と俺の差は圧倒的。 絶対に、俺ではこいつに勝てない。 「大丈夫か?」 俺が確信し、諦めかけた瞬間。 アルバンが俺と男の間に割って入った。 俺にぶつけようとしていた男の拳を受け止め隙を作ったのだ。 その隙を無駄にはしないと俺は攻撃を仕掛けるがそれは難なく受け止められる。 男はほぼゼロ距離の位置にいるアルバンを蹴り飛ばし、アルバンを受け止めた俺は後方へと吹き飛ばされる。 「悪い、助かった。あいつ只者じゃないぞ」 「そんな感じはする」 アルバンは立ち上がり戦闘態勢に入る。 俺は少し体が痛むがまだ戦える。 「二人に増えたか?数が増えても実力が伴ってなきゃ意味がない」 俺たちは男を止めるために地面を強く蹴った。 「シュウジの方はもう終わってるかもね。あいつは化け物だから」 「その前にこっちを終わらせる」 「その方がいいかも」 目の前の女と俺の実力差はさほど開いていない。 スピードも攻撃の威力もほぼ互角だろう。 しかし互角すぎるが故か、攻撃が全然当たらない。 この女が言っていたシュウジという人物。 おそらくオリビアとアルバンが相手をしている男だろう。 あいつは嫌な感じがする。 明らかにこの女とは違う。 圧倒的な実力。 そんなものを感じた気がした。 敵の動きはとても速い。学生寮の中をアクロバットのように移動している私たちだが男はなんともないような調子で追いかけてくる。 それどころか私たちよりも速い。 これは追いつかれるのも時間の問題。 相手の狙いはまず間違いなく私だ。 しかも魔眼を探している様子。 しかしなぜ私なのかがわからない。 私は魔眼など持っていない。 なのになぜ私が狙われるのか。 考え事をしながら一瞬後ろを振り向くとすぐそこに男がいた。 男は私の服に手を伸ばし掴もうとした。 しかしそれは一人の少年によって阻まれることになる。 「加川くん!」 「なんとか間に合ったな」 本当に危なかった。 あと少しでも遅かったらフィルは捕まっていた。 フィルを追いかけていたのはヴォルンか。 これ以上余計なことをされても困るし、他の奴らが心配だ。 ここは手っ取り早く済ませよう。 ヴォルンは懐から取り出したナイフで俺を刺そうとする。 それを避けヴォルンの手首を捻りナイフを落とさせる。 武器を無くしたヴォルンは素手による攻撃に切り替える。 二度カウンターを決めヴォルンがよろめいたところで俺は地面に落ちているナイフを蹴り上げる。 ナイフは空中で回転し持ち手の部分が俺の方を向いたところで俺は拳でナイフを前に押す。 ナイフはヴォルンの右肩に刺さり拳の勢いでヴォルンを吹き飛ばす。 そのままヴォルンは地面に倒れ込んでしまった。 よし次だ。 シュウジの相手をしているらしいオリビアとアルバンの方にはパパが行った。 私はミルバの相手をしているレンのサポートに来た。 「玲奈お前、なんでここに?」 「話は後。今はあいつをどうにかしないと」 俺が駆けつけた時、すでに決着がついていた。 オリビアとアルバンと思しき少年二人は地面に倒れている。 気を失っているのかもしれない。 「お前、たしか警備隊の」 駆けつけた俺の存在を確認したシュウジはそう言った。 どうやら名前までは知らないらしい。 「斉藤慎吾だ。お前を捕まえにきた」 名乗った瞬間、シュウジの攻撃が始まった。 距離を一気に詰めてきたシュウジは首を掴んでくる。 その腕を右手で掴み左腕を絡め固定する。 そのまま後ろにシュウジを投げ飛ばすが難なく空中で体勢を直したシュウジは両足で着地する。 「へえ?いつもの使えない下っ端どもとは違うわけだ。しっかりと強い」 「まだまだお互いこれからだろ?」 戦い始めてワクワクしている慎吾には悪いことをするかもしれないが、今は楽しんでいる暇はない。 「お楽しみのところ悪いがここまでだ」 シュウジの後ろに立っていた俺は服を掴もうとするがそれを避けたシュウジは俺から距離を取る。 「お前、例の人間か」 『例の』、というのがどういう事なのかは分からないが、まあいいだろう。 「寮でフィルたちを追っかけ回してた方は片付けた。フィルも避難した。お前の負けだ」 「そうだな、今回は負けだ。今日は引き上げることにするよ」 あっさりとしているな。 これ以上は勝ち目が薄いことを把握し冷静に考えている。 負けを認めるのはいいが、認めるだけではダメだ。 「逃すと思うか?」 「捕まると思うか?」 俺は全力で動きシュウジを捕まえようとするが何も掴めなかった。 それどころか目の前からシュウジの姿は消えていた。 リーダーの名も伊達ではないということか。 「逃げ足が速いやつだ」 追いかけようにもどこに行ったのか分からない。 自分の力を過信しすぎるのもダメだ。 逃げられるとは思っていなかった。 「逃げられたか。とりあえず今回は俺たちの勝ちだ。逃げたフィルの居場所時は?」 気を失っているオリビアとアルバンを担ぎながら慎吾は俺に問いかける。 「待ち合わせ場所は決めてる」 「よし。他と合流して、フィルの保護に向かおう。今はあの子の身の安全を確保しなければ」
第二十二話 『中心に集う』
尋問室から出てくる慎吾 「尋問は終わったが、分かったのは敵の顔と名前だけだ」 慎吾は写真を机に置いた。 「名前はミルバ、ヴォルン、シュウジ。ヒエンと彼らは幹部で、何十人かの部下がいるらしい」 ミルバは女性の獣人で、ヴォルンとシュウジは男性のエルフか。 「これだけしか聞けなかったのか」 いくらなんでも情報が少なすぎる。 幹部であるヒエンは最大と言いてもいいほどの情報を持っているはずだ。 「正確に言えば、あいつがこれくらいしか知らなかった」 「え?仲間同士なのに何も分からないって事?」 玲奈が写真から慎吾に視線を移す。 「ああ。彼らはネットで繋がった関係で、『ブラックマーケット』という組織も金儲けのサークルみたいなものらしい。だからお互い本当の名前も知らなければ経歴も知らない」 「サークルみたいなものにしては随分派手な仕事をやってるんだな」 「こういう奴らは単に犯罪を楽しんでるんだ。詳しいことなんて考えてないさ」 疲れたような表情をしながら慎吾は椅子に座る。 「変人だね。こんなことして何が楽しいんだろ」 玲奈も疲れているのか椅子に座って体を休める。 俺もヒエンと一戦交えて疲れたので座ることにしよう。 「『アヴェンジャー』にいたら好き勝手に利用されそうだ」 自分たちは前に出ず裏から糸を引いてことを起こすのが彼らのやり方だ。 表に出るのは柄じゃないらしい。 だから俺と玲奈だけを混族学園に入学させた。 こんなに回りくどいことをしなくても、全員で攻め込めばいいのに。 「私も同じこと思ってた」 「とにかく、引き出せた情報はこれだけだ。こんなんじゃなんの進展にもならないがな」 慎吾はガッカリした表情で天井を見る。 「いや、顔が分かったのは結構いい収穫だ。これなら監視カメラに映ってれば行方を終える。部下にこいつら三人を追わせろ。こいつらがただのチンピラなら案外そこら中のカメラに映ってるかもしれない」 「そうだな。デント、監視カメラの映像でこの三人の行方を探れ」 「分かった」 指示を受けたエルフのデントは仕事場に向かった 「私たちはどうするの?」 暇になった俺たちはどうするのか気になっている玲奈は困った顔で俺に問いかけてきた。 なんで俺に聞くんだよ。 別に俺はリーダーじゃないんだけど。 しかし今はちょうどいいタイミングかもしれないな。 「ちょっと気になることがあるから、それについて話したい」 「気になること?」 「ふと思ったんだ。あいつらがフィルを狙ったのはなんでなのかを」 「なんでって、フィル・クオードが魔眼を持っているという情報を掴んだからだろう」 慎吾は何を今更というような雰囲気で呆れている。 しかしそう簡単な話ではないかもしれない。 「それはそうだと思う。でもなんでフィルなんだ?いやそもそもその情報元の人物はどうやってそれを調べた?魔眼を持っているかどうかは眼球を取り出すか魔眼の力を実際に使っているところを見るしかない」 しかしフィルは魔眼のことは知らないだろうし眼球を取り出されるような経験をしたこともないだろう。 「たしかに。情報元が嘘をついている可能性があるってこと?」 玲奈が予想を口にする。 「いや、この際嘘だろうが本当だろうがどうでもいいんだ。重要なのはフィルがこの事件の中心になった理由だ」 「それは偶然じゃないのか?」 「そうかもしれない。でも俺にはただの偶然とは思えない」 「じゃあなんなの?」 玲奈は俺の予想を聞きたがる。 もしかすると偶然かもしれない。 しかし偶然であったとしても、俺の予想はある程度成り立つのだ。 「これはあくまで憶測だが、情報元の人物は目的があって、フィルが魔眼を持っているという情報を流したんじゃないかと思ってる」 これはただの勘でしかない。 フィルの情報として『ブラックマーケット』に渡っていたフィルのプロフィール。 あれはあまりにも情報が少なすぎた。 書かれていたことといえば名前と生年月日、性別くらいだった。 魔眼に関する情報は一切なかった。 これが意識してのことなのかそれとも情報が嘘だからそれがバレないようにしているからなのかは分からない。 しかしこの行動に別の意味を与えると見えてくるものがある。 「もしも、情報を流したことに何かの目的があるとすれば、それは俺と玲奈だ」 その言葉に慎吾は表情にこそ出さなかったものの反応はした。 「私と、蓮斗?」 当事者である玲奈はどういうことかと俺に尋ねた。 「フィルを問題の中心に置き俺たちが問題に巻き込まれるように仕向けた。そうなれば話は簡単だ。魔眼のことが嘘だろうが本当だろうが、フィルへの危険を感じた俺たちが動くことは予想済みだったんだろ」 つまり相手は、俺たちとフィルの関係性をよく知った上でこの状況を作り上げたことになる。 そうなると、犯人候補が悲しいことにだいぶ絞れてしまう。 「慎吾!『ブラックマーケット』がカメラに映ってるぞ!」 話の途中でデントが慎吾を呼び出した。 この先は後で話をすることにした俺たちはデントに着いて行く。 「あいつらは街の監視カメラに映ってる。だがどれも場所はバラバラで適当に逃げ回っているようにしか見えない」 「ちょっと見せてくれ」 慎吾は『ブラックマーケット』の連中が映っているカメラの映像を確認する。 俺と玲奈も後ろから映像を覗き見る。 たしかに彼らが映っているカメラはバラバラでまとまって行動しているわけはないようだ。 しかし何も考えずに行動しているわけでもなさそうだ。 「これは…」 「何かわかったのか?」 慎吾はモニターの前からどいて玲奈にモニターを見るように促す。 「玲奈、どう思う?」 「映像に映ってる景色から大体の場所はわかる。でもそれだけ」 「蓮斗は?」 「たしかに映ってるカメラはバラバラの種類だが行き先はわかる」 彼らが映っている景色から場所を割り出しそれを線で繋げれば行き先は予測できる。 これは少しまずい状況になってしまった。 こちらが一枚上手であることで油断した。 「その行き先は?」 「混族学園の学生寮だ」 それももっと正確いえば、学生寮のフィルの部屋だろう。 「そうよ!だけどオリビアは全然私を気にかけてくれないの!」 今日、私の部屋にはナケーダとマリアが訪ねていた。 恋バナをするためだったのだが、いつの間にかナケーダの愚痴を吐き出す場になってしまっている。 「そ、それは気のせいじゃない?オリビアと言えど、あそこまであからさまにアピールしてたら、少しくらいナケーダのこと気にかけてくれてるよ」 マリアはなぜか泣いているナケーダの背中をさすりながら慰めている。 ナケーダはオリビアのことがとても好きである。 それはもう好きである。 これまで何度かオリビアに対して結構攻めたアピールをしてきたらしいが、効果は薄いよう。 たまにこうして愚痴を昔から聞いていた。 しかしまあ、両思いでもなかなかくっつかないんだ。 私は二人が両思いであることを知っている。 でもお互いに気にかけられていないと思っているため全然進展がない。 私にはそういうことが全然ないからよく分からない。 恋バナは好きだ。 でも私には好きな人がいない。 私にもできたら、ナケーダみたいになるのだろうか。 ふと、彼の顔が浮かんだ。 なぜ今なのかは分からないけれど、浮かんだ。 「加川くん………」 その時、ベランダの窓ガラスが割れた、いや割られた。 飛び散ったガラスは部屋の中に入ってくる。 そしてベランダには知らない誰かが立っていた。 「フィル・クオード。こうして顔を合わせるのは初めてか」 目の前の誰かは私を見てそう言った。 私のことをどうして知っているのかは分からないけれど、本能で分かった。 逃げなければ。 私は立ち上がって玄関に向かって走った。 しかしそんな私を逃しはしないと私を捕まえ顔を玄関のドアに打ちつけた。 「フィルッッ‼︎」 ナケーダの声が聞こえる。 「あ、あなた誰なの?」 「俺か?ただの商売人だ。お前の目に用がある。大丈夫だ。すぐに終わる」 声からして相手は男だろう。 男は私の頭をしっかりと押さえつけながら私の目に手を近づけていく。 「ちょっ、ちょっと何する気⁉︎」 ナケーダが叫ぶ。 しかしその後は後ろで物音が聞こえただけで何が起こったのかはまるで分からない。 目の前の手が私の目に触れる寸前。 ガチャリと、玄関のドアが開かれた。 外に体を投げ出された私は玄関に立っていた誰かに寄りかかってしまう。 それが誰かを確認すると、その人はオリビアだった。 隣にはアルバンとレンもいる。 「なんだあんたら?」 問いかけた瞬間、オリビアは男の顔を掴んでベランダから外にひとっ飛びで出て行った。 「何ッ⁉︎」 誰か知らない声が聞こえた気がしたが気のせいだろうか? 「おいフィル、大丈夫か⁉︎」 アルバンは私に寄り添い、レンは部屋の中に入っていった。 私は部屋の中を確認すると、そこにはもう一人見知らぬ女の人がいた。 その人の服を引っ張ってレンは外へと跳んでいった。 「あいつらなんなんだ?」 アルバンが私に問いかける。 「分からない。私も何がなんだか……。アルバンたちはどうしてここに?」 「窓ガラスが割れた音がしたから何事かと思って見に来たんだよ」 そうだったんだ。 それは本当に助かった。 「ここにいろ。俺はレンたちのところに行く」 そう言うとアルバンはベランダから外に出て行った。 何がなんだか分からない。 どう言う状況なのこれ? パニック状態に陥っていると、ズボンのポケットに入っている携帯に電話がかかってきた。 誰からかと確認すると、電話をかけてきたのは加川くんだった。
第二十一話 『後ろに見える影』
慎吾が率いる警備隊はすでに『ブラックマーケット』のアジトを突き止めていた。 話を済ませた俺たちは早速アジトを攻め込む事にした。 アジトは森の中にある廃墟と化した一軒家らしい。 こんな山奥に誰が一軒家を建てたのかは知らないが、色々不便ではなかったのか気になる。 「慎吾、このガキども、役に立つのか?」 慎吾の部下の中の一人が堂々と慎吾に質問した。 俺たちのことを信用できないのはもっともだがもう少し遠慮して欲しい。 「大丈夫だ、安心しろ。彼らはたしかの子供だが、実力はたしかだ」 そんなことを口で言っても信じる奴なんていないだろ。 警備隊が今まで逃してしてきた闇組織が相手だと言うのに、俺たちのような子供を頼りになどできない。 「いまいち不安なんだがな」 「まあそう言うな。人間の俺でも、お前たちよりは強いんだぞ?」 部下は獣人であるようだが慎吾のことを信用している。 それは慎吾の実力を知っているからなんだろうが、そんなことは関係ないだろうな。 「慎吾、俺たち本当に来てよかったのか?俺たち的には遠くで様子見をしていたほうがいい気がするが」 実際、この場にいる慎吾の部下たちは足手纏いになるだろう。 数が多いだけでは何の役にも立たない。 それよりかは彼らを囮にしまずは相手の出方を見る方が今後のためになると思うが。 「まあそう言うな。俺はできるだけ仲間を死なせたくないんだ。最初は一人でやることも考えたが、やっぱり一人だと限界があるからな」 「……そうか」 俺にとってのあいつらみたいなものだろうか。 きっとそうなんだろう。 「それよりいつ襲撃するんだ?アジトを目の前にして、いつまでもこうやって隠れてちゃ何も進まないぞ」 アジトの目の前に来てしばらく経つが警備隊は突入しようとしない。 「相手は相当な手練だからな。一人ずつ、こっそりと仕留めていく」 つまりは隠密行動ということか。 正直に正面からぶつかっていくよりこっそり後ろから刺したほうが苦労しなくて済むし、賛成ではある。 「とりあえず中から出てくるやつはいないみたいだし、中に入ろう。まずは俺と…」 慎吾が説明を始めた。 俺はそれを聞きながらアジトの方に目を向けると、窓に人影が見えた。 そしてその人影は間違いなく、俺たちを見ていた。 窓が割れるのと同時に俺たちの方を目掛けて何か黒い棒のようなものが飛んできた。 正確には俺の隣で慎吾の話に耳を傾けている隙だらけのエルフ目掛けて。 俺はそのエルフを突き飛ばし棒をキャッチ。 反撃のつもりで窓に見えた人影の方へ投げ飛ばす。 しかし、棒に何か仕掛けがされていたのか、窓から中に入る前に棒は空中で爆発してしまった。 「爆弾⁉︎」 俺が突き飛ばしたエルフが叫んだ。 その直後に、アジトである建物の中から四人の何者かが壁を突き破って飛び出してきた。 その四人は四方へと散らばって逃げてしまう。 「隠密行動は意味なしか」 完全にこちらの動きがバレていた。 理由は分からないが今はどうでもいい。 「慎吾、俺は西に逃げたやつを追う」 「私は南」 玲奈は南の方角に逃げたやつを追って木から木へと飛び移っていった。 「じゃあ俺は東だ。部下たちには北を追わせる」 「そうしろ」 返事をした俺は急いでやつを追うために西へと進む。 普通に走って行っても逃げられる。 ここは玲奈のように木から木へと飛び移りながら移動したほうがいいか。 地形を生かした移動は初めてだがそう難しくはないな。 相手の姿を見失ってはいない。 まだ遠いが人が動いているのが見える。 もう少し早く移動しないと追いつけないな。 俺は木にぶら下がって勢いをつけて上空に飛び上がる。 前方に吹っ飛ぶ体の姿勢を整え着地した先は、逃げている相手の頭上だった。 俺は相手の頭を踏みつけそのまま真っ直ぐに下に落下する。 しかし相手は俺の足から逃れ顔を殴ろうとしてきた。 その腕を掴み振り回して木にぶつける。 その追い討ちとして相手の胸を思いっきり殴りつけた。 勢いで木が折れ相手は吹っ飛びさらに後ろの木にぶつかり下に落下した。 今ので仕留められたとは思っていない。 だがこれで向こうもやる気になっただろう。 逃げるという選択肢は来たはずだ。 「警備隊も衰えたな。とうとう子供に頼るようになるとは」 ゆっくりと起き上がる相手は服についた土をはたき落としながらそう言った。 「子供だからって甘く見ないほうがいい。あまり油断してるとうっかり殺しそうだ」 「それは無理だ」 俺は足元に落ちている野球ボールほどの大きさの石を拾う。 「お前名前は?」 「加川蓮斗だ」 「加川蓮斗?お前、人間なのか」 球技は苦手だがコントロールには自信がある。 相手との距離は十メートルほど。 これなら大丈夫だろう。 「俺はヒエン。獣人だ」 俺はヒエンと名乗る獣人の言葉を無視して石を投げる。 石はまっすぐとヒエンの顔面目掛けて飛んでいくがヒエンは難なくと避け俺に向かって走ってくる。 俺もヒエンに向かって走り手が届く距離まで近づいたところで攻撃を仕掛けようとするが、ヒエンは背中に隠していた短剣を振り上げた。 それを避け短剣を持つ右手の手首を掴み顔面を殴る。 しかしあまり効いていないようでヒエンは空中で後ろ向きに回転しながら俺の顔を蹴った。 体がよろめいたがあまり問題はない。 掴んだままの手首を引っ張りヒエンの体を引き寄せ腕をバットのように振り首を打つ。 しかしヒエンが倒れることはなくきちんと着地し後ろから俺を短剣で刺そうとする。 俺は後ろを向いたままヒエンの手を蹴り短剣を落とさせ振り向きながら拳を振り落とすが避けられた。 ヒエンは右方向に移動しながら短剣を拾い上に飛び跳ね木の枝にぶら下がった。 「お前本当に人間なのか?強すぎないか?」 「まだお前には知らないことが多いってことだ」 俺も上に飛び跳ねヒエンを捕まえようとするが捕まる前にヒエンは別の木に飛び移り俺から逃げる。 追いかけっこはもうやらない。 俺はヒエンの逃げる先を先回りしヒエンを捕まえる。 「くそっ!」 ヒエンを地面に投げつけ、体勢の立て直しが間に合わなかったヒエンは地面に強く打ち付けられた。 地面に倒れているが一応念押しは必要だ。 俺は地面に勢いをつけて落下。 着地点はヒエン。 俺は着地するのと同時にヒエンに向かって拳を振り下ろした。 「逃げられた」 相手の逃げ足が速すぎて追いつけなかった。 もう少しで捕まえられそうだったのに、さっきの爆弾で距離を離された。 他の人から連絡が来るのを待とうと思うと、ちょうどタイミングよく蓮斗から電話がかかってきた。 『玲奈、こっちは終わった。お前の方はどうだ?』 終わったって、早くない? まあ蓮斗だしこのくらいは簡単だろうけど。 「こっちは逃げられた。さっきの爆弾を使われてね」 『そうか。じゃあ合流しよう。捕まえたやつも連れていく。尋問しないといけないからな』 そう言うと蓮斗は電話を切った。 そういえば、合流場所ってどこ? 俺には疑問がある。 『ブラックマーケット』が魔眼を欲しがっているのはわかった。 しかし、なぜそれでフィルが狙われるのか。 たしかにフィルはエルフであることから魔眼を持っている可能性はゼロではないと言っていい。 しかしそれにしても狙いがピンポイントすぎる。 何か根拠があるわけではないだろう。 魔眼を持っているかどうかを力づくで調べる方法など、慎吾が言っていた通り眼球を取り出すしかない。 しかし引っかかるのだ。 もし、根拠が一切ないわけではないとしたらどうなるか。 おそらくフィルが狙われたのは単なる偶然じゃない。 誰かがそう仕向けたと考えるのが自然だ。 それも、『ブラックマーケット』が魔眼を欲しがったタイミングを狙って。 いやもしかすると、魔眼を手に入れるという依頼の段階から仕向けられていたということも………。 「…………………」 どこまでが俺の予想通りかは分からない。 しかし、これだけはほぼ確定的だ。 敵は『ブラックマーケット』だけじゃない。
第二十話 『行動開始』
六月十七日 土曜日 今朝は起きるのが早かった。 まさかの早朝の三時である。 携帯にかかってきた電話によって起こされてしまったのだ。 どうせ玲奈だろうと思いうんざりしながら携帯を見ると、そこには『非通知』と書かれていた。 「…………」 俺は電話に出る。 「誰だ?」 『加川蓮斗だな?』 声は男性のものだ。 しかし聞き覚えはない。 『アヴェンジャー』からの電話かと思ったがそれとはまた違う気がする。 「そうだけど」 『私は警備隊のものだ。君のことは昔から知っているのだが、君は知らないだろうな』 警備隊? たしか混族大陸の治安を維持する役目を担っている組織の名前だったか。 『アヴェンジャー』の調べではそれくらいの事しか分かっていない。 しかし、相手は昔から俺のことを知っていると言った。 それはつまり。 「あんた誰だ?」 『元『アヴェンジャー』の幹部の者だ。私が君に送ったものは気に入ってもらえたかな?』 「送ったもの?」 『あれはそう、たしか玲奈に頼んで君に渡してもらったんだ。こうなることは予測できていたからな』 ちょっと待て。 少し話についていけないのだが、なんだこれは。 相手は元『アヴェンジャー』の幹部。 しかし『元』ということは今は違うということだ。 しかも警備隊に入るという『アヴェンジャー』に敵対するようなことまでしている。 いやよく分からない。 それに。 「俺に送ったものって、なんだ?」 こうなる事が予測できた。 どうなる事が予測できたのか、それが分かれば、全ての辻褄が合うかもしれない。 『本だよ』 インターホンを鳴らすと玲奈は起きていたのかすぐに出てきた。 「どうしたの?」 とても迷惑そうな顔で玲奈は言った。 しかし今回ばかりは俺も玲奈への迷惑は考えないことにした。 「気になる男から電話がかかってきた。名前は斉藤慎吾」 その名前を聞いた玲奈は一気に眠気が覚め目を見開いた。 「パパから電話が?」 「直接会って話がしたいらしい。今から出れるか?」 玲奈は手に持っていた携帯の電源をつけて時間を見る。 「何時だと思ってんの?」 「三時二十三分だ」 「今からじゃないとダメ?」 「ダメだ。放っておけない話も聞いたところだからな」 俺もその話を聞くまで会おうという気はしなかった。 「その話って?」 「………。フィルが危ない」 待ち合わせに指定された場所に行くとそこには車が用意されていた。 怪しさは満点だったが取り敢えず車に乗った。 連れて行かれたのは警察署だった。 中に入ると会議室のような場所に案内された。 そこにいたのは一人の人間だった。 「やあ、少し遅かったな、二人とも」 笑顔で俺たちを出迎えた相手はおそらく。 「こんな時間に電話してすまなかった。もっと早くこうして挨拶をしたかったのだが、こちらも色々と忙しくてね」 まあ治安維持が仕事だし、この大陸にも闇組織がある以上は暇を作るのも大変か。 「あんたが斉藤慎吾でいいのか?」 「ああ。私が斉藤慎吾。君と共に混族学園に入学した斉藤玲奈の父親だ」 父親か。 まあ人がいる以上親がいて当たり前だが、こうして直接会う事になるとは思わなかった。 取り敢えず椅子に座って楽になった俺たちは話を始める。 「まずはどこから話そうか」 そうだ。 聞きたい事がいくつかある。 「まずは『アヴェンジャー』のことを聞かせろ。幹部だったあんたが、なぜ裏切って混族大陸の警備隊に入った?」 「じゃあ、まずはそこから話そう。昔はああじゃなかったんだ、あの組織は」 慎吾は昔のことを思い出しながら話し始めた。 「昔はああやって子供を兵器にするようなものではなかった。きちんと言葉で互いに理解を深め、平和的方法で差別をなくそうとする組織だった」 それが変わってしまった。 今では俺や玲奈のような者たちを育て上げ、混族学園に入学させるまでに成長している。 いや、成長というのは正しくないか。 悪い方向へ向かってしまったということか。 「だがそのうち、彼らは恨みしか抱かなくなった。平和をもたらそうとしていたはずなのに、破壊をもたらそうとしている。私はそれが我慢できなかった。だから『アヴェンジャー』を抜けた。最後に君に願いを託して」 慎吾は俺を指さしてそう言った。 「願い?なんのことか分からないんだが」 「それは、恨みを捨て去り、混族大陸に味方する事ができる存在になってほしいという願いだよ。そして君はそうなった」 何のことだろうか? 「電話でも言っただろう?私は君に玲奈を経由して本を与えた。その目的は少しでもいいから普通の生活に興味を持たせることだった。君は興味を持てば危険を冒してでもその普通を手に入れようとするだろうと踏んだのさ。結果は全て予想通りだ」 かなりギャンブル性の高い計画ではあるが結果は勝ったということか。 「そこまでしてどうする気だったんだ?まさか『アヴェンジャー』と戦えなんて言わないよな?」 「そんなつもりはない。その判断は君に完全に委ねる事にする。『アヴェンジャー』に敵対し戦うか、普通の生活を送るか」 それは、決まりきっている事だろう。 俺は『アヴェンジャー』に敵対する気はない。 敵倒するとしても俺や玲奈だけでは数で押される。 警備隊がいても厳しいだろう。 「そんなの決まってるだろ」 俺は言わなくても分かるであろう答えを突きつけた。 「そうだな。すでに分かりきっていることだ。しかし先はどうなるか分からない。今はその選択肢もあるということを頭に入れておいて欲しいだけだ」 そんなの頭に入れてどうしろと言うのだ。 結局やりたい事がよく分からないんだが。 敵対させたかったわけではないのならなぜ俺が混族学園に入学するように誘導したのか。 ただそうしたかっただけなのか? 「なあ玲奈。お前は全部知ってたのか?」 隣に座っている玲奈に聞いてみる。 「知ってたよ。一応言っとくけど、私にパパの行動の目的とか聞かれても分かんないからね。私だって意味不明だし」 こいつもか。 「まあ、私の行動の目的なんていいじゃないか。今はそれよりも聞きたい事があるんじゃないのか?」 たしかにその通りだが、こいつの行動がいまいち分からないのは納得いかない。 しかし今考えても大した答えは出ないだろうし、放っておいていいか。 「そうだな。本題に入ろう。それを聞くために来たようなもんだし」 「ああ。では始めよう。君たちの友達、フィル・クオード。彼女が一体どんな状況に置かれているのか」 「結果から言うと、彼女を狙っている組織『ブラックマーケット』の狙いは、彼女が持つ魔眼、つまりは眼球にある」 魔眼だと? それをフィルが持っていると? そんな事があり得るのか? 魔眼の力は始祖のエルフの一族が代々受け継いでいた力だが、それは今では廃れ失われていると聞いている。 その魔眼をフィルが持っていると言うのか? 「そんなものをフィルが持っているはずがない。だいたいあいつが始祖のエルフの血を引いているなんて分かりっこないだろ」 「ああ、分かりっこない。しかし彼らにとっては絶対に逃せないお宝だ。だから少しでも可能性があるなら、全力で取りに来る」 「待ってよ。取りに来たところで、フィルが魔眼を持ってるかどうかなんてどうやって調べるの?」 玲奈が当然の疑問をぶつける。 「そりゃ簡単だ。眼球を取り出すんだ。すると取り出された眼球が魔眼だった時、眼球が勝手に元の場所に戻ろうとするからな」 それはとても分かりやすい事ではあるが、それには大きな問題があるはずだ。 「じゃあ、それがもし魔眼じゃなかったら…………」 考えるだけで悍ましい結果が待っている。 「そういうことだ。だから彼らからフィル・クオードを守るために手を打つ必要がある。それもとてもシンプルな方法でだ」 「『ブラックマーケット』の壊滅」 考えられる答えを俺は口にした。 「その通り。ここまで来たら、妄想するしかない。しかし彼らはかなりの実力者で、私たちだけでは手に負えない。だから」 ああそうか。 俺たちが呼ばれたのはそれが理由か。 「言いたいことはわかった。つまりは相手や強すぎて勝てないかもしれないから、俺と玲奈の力を貸して欲しいってことだな」 「その通りだ」 目的は『ブラックマーケット』の壊滅。 つまり、俺たちが協力する場合、俺たちが参加するのは本気の潰し合いになる。 生きるか死ぬかの世界で生きていくということだ。 本物の闇組織を潰すために、俺は戦う事ができるのか? 混族大陸に来た理由はそんなことをするためじゃない。 普通の生活を送るためだ。 しかしこれは違う。 普通とはかけ離れた全く別のものだ。 「私はやるよ」 玲奈はあっさりとそう答えた。 「お前、いいのか?」 俺は別にいいが、玲奈も俺と目的はほとんど変わらない。 「いいよ。だって、友達が大変な目に遭うかもしれないんだよ?助けないなんて選択肢は私にはない」 まっすぐな目で答える玲奈に嘘はない。 友達、か。 これに関われば、俺は普通の生活を送るこちができるかもしれない。 だがこのまま知らんふりを貫いて友達が目を失うなんて事になれば、俺はきっと後悔するだろう。 助けられたかもしれないのに、なんて考えて。 「はあ、分かった。俺も協力する。友達のピンチを見逃せないからな」 俺たちの了承が得られた慎吾は満足そうな笑みを浮かべて立ち上がった。 「その答えが聞けてホッとしたよ。正直断られると思ったから」 見え透いた嘘だな。 慎吾は俺がこの依頼を受けることを予想していただろうに。 「そうと決まれば早速行動だ。今日と明日、この土日でなるべく決着をつける。そして月曜日から君たちはまた普通の生活に戻るんだ」
第十九話 『視線
六月十三日 火曜日 「………………………………」 今、何かが。 「加川くん、どうしたの?」 朝の登校中、急に立ち止まった俺の方を振り向いてフィルは様子を確認した。 しかし今はフィルよりも気になることがある。 今、何かが見ていた。 たしかに視線を感じたが、最も気になっているのは。 「加川くん?」 反応がない俺の頬を摘んできた。 「ええ?ああ、いや、なんでもない。行こう」 放ってはおけないし、一応注意は払っとこう。 たしかに誰かが見ている。 それも俺をではなく、フィルを。 「視線を感じた?」 昼休み、友達グループの全員が集まるタイミングで話を始める。 今朝に感じた視線について。 「ああ。それも俺じゃなくて、なんだかフィルを見てたような気がして」 明らかに怯えているフィルの前でこの話をするのは気が引けるが、仕方ない。 「なんか嫌な感じがするんで、今日は八人全員で帰らないか?」 「えっ」 玲奈が驚いたのか声を上げた。 「あんた、いいの?」 「なにが?」 「だって、あんたは目立つのとか嫌いでしょ?八人で帰るとか、目立ちまくりだよ?」 たしかにその通りだが、本当に嫌な予感がする。 放ってはおけないほどに。 「俺は別にいいけど、みんなはいいのか?」 レンが最初に名乗り出た。 俺が言ってもあまり説得力がないかもしれないができれば信じて欲しい。 取り敢えずレンはオッケーを出してくれた。 八人とはいかなくても、できれば俺とフィルを除いて四人は欲しいところだ。 「私もいいよ」 「俺も」 ナケーダとオリビアもオッケーを出してくれた。 「じゃあ私も。蓮斗がそんなことするなんて、ちょっと気になるし」 玲奈もオッケーか。 これで四人集まったか。 「アルバンとマリアはどうするの?」 玲奈は残った二人に確認を取る。 二人はお互いに顔を見合わせてから。 「ああ、俺たちも行くよ。どうせ部活が終わる時間は同じだし」 これで全員揃ったか。 万全とは言い難いが、対策としてはいいか。 俺の勘違いなんてことも十分あり得るし、そこまで深くは考えたくないが。 「ありがとう」 結果から言って、何事もなかった。 約束通り八人で一緒に帰って様子を見てみたが何もなく安全に帰ることができた。 しかし、やはりフィルへの視線だけは消えない。 なんなのだろうか。 誰かがフィルことをつけ回しているのかもしれないが、相手は尾行が相当上手い。 相手に勘付かせるのは視線だけで、気配を一切感じさせなかった。 あれは慣れている。 そこらへんにいる素人ではない。 ならばやはり、闇組織だと考えるのが自然か。 だがだとすれば目的はなんだ? フィルは俺よりも普通の高校生だ。 そんな彼女をピンポイントで狙うほどの何かがあるのか? 全く見当がつかない。 このままベッドに寝転がって考え事をしてもなにもわからないか。 今は情報が少なすぎる。 まだ様子を見るか。 「いっ……」 まただ。 小さい頃から定期的に感じる眼球の痛み。 それは一瞬ですぐになくなるけれど、原因が一切わかっていない。 「はあ、なんなんだろうな、これ」 「取り敢えず様子は見たが、なんだか厄介そうだったな」 今日は襲撃せずに様子見に留めておいて本当に正解だった。 登校時、フィル・クオードの隣にいたあの少年。 あいつはたしかに俺たちの尾行に気づいていた。 さすがに正確な位置までは見当が浮いていなかったようだが。 「ああ、特にあの人間か。なんなんだあいつは」 ヒエンも同じことを考えていたようだ。 今まで尾行で何かに気づかれたことは一度もなかった。 しかしあの人間は違う。 気配ではなく視線を感じ、下校時は護衛をつけていた。 こちらの狙いがばれているかどうかは不明だが尾行されている事には確実に気づいている。 「ミルバ、調査は済んだか?」 ミルバにはアジトに帰ってからあの取り巻きの七人のことを調べてもらっていた。 もしかするとあいつらは相当な強者かもしれない。 「済んだわ。全員の名前と種族と顔だけしか調べられなかったけど」 詳しい経歴までは調べられなかったか。 「アルバン・ダイン、獣人。レン・ジンクス、獣人。ナケーダ・カーレ、エルフ。マリア・ルモンド、エルフ。オリビア・トンプソン、エルフ。そして、斉藤玲奈、人間。加川蓮斗、人間」 こいつだ。 俺は加川蓮斗という少年の写真を手に取り顔を見る。 間違いなくこの少年だ。 しかし人間だと? 人間に尾行がばれた? そんなヘマを俺たちがするか? 「人間二人を護衛につけるなんて、俺たちは随分と舐められてるな」 ヴォルンの言う通りだ。 人間ではまるで戦力にならない。 相手の数は多いが、強さは未知数。 だが人間には確実に勝てる。 それこそ俺たちでなくとも、部下たちでも余裕だろう。 「よし、相手の人数と種族はわかった。こいつら全員の一日の行動パターンを調べ上げてから襲撃する」 俺はこの場にいる三人にそう宣言する。 「人間は取り敢えず除外すると、フィル本人を含めて相手の戦力は六人。だいたい一人で二人を相手にすればいい。余った一人は人間の対処か、フィルの誘拐を担当する」 一人で二人を相手にするとはいえこっちは戦いのプロだ。 ただの高校生にまず負けることはないだろう。 「ヒエン、お前はこいつらの混族学園での行動パターンを調べろ」 「了解」 さあ、ここからが仕事の始まりだ。 六月十四日 水曜日 今日も視線を感じたな。 しかし昨日とは違って今日は俺のことも見ていた。 相手は何かを探っているようだ。 一応あいつらにも伝えておくべきか? しかし昨日のこともあって俺の信用は薄れてしまっている。 じゃあここは信用できるやつにだけ話を通しておこう。 「て、言うわけだ。玲奈」 「そっか。そっちにもいるんだ」 『そっちにも』と言うことは。 「相手は一人じゃないのか」 俺の考えが大袈裟なものでなければ、相手はやはり闇組織か。 ただしやっぱりこちらには情報がないのでこれ以上は何も言えない。 「それでなに?それで終わりじゃないでしょ?」 話が早くていい。 「フィルのことを気にかけて欲しい。確証はないが、多分相手の狙いはフィルだ」 俺の予想を聞いた玲奈は対して疑っていない。 「そうなの。まあ蓮斗が言うならそうかもね」 そこまで信頼されると逆に心配になってくるから、ちょっとは疑って。 「わかった。しばらくフィルさんのこと気にかけとく。蓮斗はどうするの?じっとしとくわけ?」 「今の所は」 「今の所は?」 できればこちらからも仕掛けたいが、生憎今できることは一つもない。 アジトを突き止めて手っ取り早く壊滅させられたら楽なのだが。 だから今は向こうから動いてくるのを待つ。 こちらが後手に回ってしまうことになるが仕方ない。 「そっちのことは、無責任だがそっちに任せていいか?」 「はいはい、任せて。全力を尽くす」 なんか心配なんだけど。 本当に全力を尽くしてくれるんだよね? 「まあそんなこと今はいいじゃないですか蓮斗さんや」 「よくはないが」 「そんなことよりね、私は最近気になっていることがあるわけですよ」 こいつ人の話聞けや。 「最近、私たちの周り、妙に色気付いてない?」 「はあ?」 色気付いてる? それはどういうことだろうか。 「色気付いてるってどういうことだ?」 「恋の匂いだよ」 恋〜? そうだろうか。 俺はなにも感じないのだが。 「例えばどこから?」 あ、やべ。 空気に乗せられてしまった。 まあいいか。 もう話は終わったし。 「例えば、オリビアくんとナケーダさんとか」 「え、マジで?」 嘘、だろ。 「あの二人は完全にできてるよ蓮斗。私の見込みが正しければ、付き合ってはいないけど両想い‼︎」 恋愛脳の玲奈にそこまで言わせるのか。 あの二人、そこまで? 幼馴染だというのは聞いていたけど両想いなのか。 いやまあ確実性は薄いが。 いや待てよ。 そういえばあの時、ナケーダがメイド服を着た時、あいつ見惚れてたっけ。 あ〜、あれってそういうことだったのか。 なんかそう思うとこれからが楽しみになってきた。 「ふふん、目がキラキラしてるね、蓮斗」 「キラキラするだろ。色恋沙汰以上に面白い話とかあるか?」 「ないね」 「だろ?」 もしここで玲奈が「ある」とか言ってたら半殺しにしてた。 「じゃあそれ以外は?」 「え?」 「いやだからそれ以外は?」 「それ、意外、は……」 え、なんだよ。 それ以外ないの? 完全に複数色恋がある言い方だったろ。 「それ以外は、ないよ」 嘘つくなよ。 や、やばい。 蓮斗が妙にグイグイ聞いてくる。 蓮斗ってそんなに恋愛とか好きだったっけ? 前は恋愛もののジャンルが苦手とか言ってたけど。 いつから好きになったんだろう? しかし、他の色恋は蓮斗には知られたくない。 私としても複雑な気持ちだからだ。 多分、おそらく、思い違いであってくれたらいいけど、レンはもしかすると、私のことが好きかもしれない。 いやまあ本当に自意識過剰だと思う。 何かの間違いだろうと思いたい。 でもなんだか、最近妙に見られてる気がする。 しかもそれに対して否定的な感情が浮かばない。 悪い気がしないのだ。 だからそこまで気にしてはいない。 でもやっぱり目が合うのはそういうことなのかもしれない。 そしてその理屈でいくと、私の方も…………? と、いうことになってしまうのである。 「ち、違う……はず」
第十八話 『運動は嫌い』
六月十二日 月曜日 文化祭が終わって校内は少し落ち着きを取り戻した。 こうして終わったことを実感すると少し寂しさを感じるな。 もう少し遊んでいたかった気もするが、仕方ないだろう。 文化祭が終わってから俺の周囲には変化が起こっていた。 一つは友達が増えた。 今日も昼休みの昼食時はいつもの四人に加えて玲奈のグループも増え八人という割と大人数で屋上に出た。 多分これから毎日こうなるだろう。 そしてもう一つは、校内で俺が少々注目されている。 ウィールとの試合でヘルメットを砕いたのが相当衝撃だったらしい。 しかしこんな事になるなら無理矢理にでも気持ちを抑え込めばよかった。 まあ済んだことをグダグダ言ってもしょうがないか。 人間である俺を気にする奴が少なくなってきていたのにまた注目を集めてしまう事になってしまったのは、なにも俺の行動だけが原因ではないだろう。 多少はウィールの見せ物としての効果も出てしまっている。 やはり所詮は差別された人間ということだ。 「だからってどうして私まで巻き込まれないといけないのよ」 ご機嫌斜めな様子の玲奈は弁当を食べながら愚痴っていた。 どうやら玲奈もクラスで注目を集めたらしい。 俺のせいではあるが悪いとは思えないな。 なんでだろう? 「蓮斗の仕返しが随分効いたんだろ。見事にウィールは笑いものになったし」 ああ、そうだった。 そういえばウィールのこともあった。 あいつはあの後随分笑いものにされており、今では完全に孤立している。 結果として俺には勝ってるが、試合に勝って勝負に負けたというやつなんだろう。 これからあいつに絡まれることがないことを祈ろう。 「気の毒だとは思うが、まあ自業自得だわな」 オリビアは「ざまあみろ!」というような顔でここにはいないウィールを嘲笑っている。 オリビアの中でウィールは完全に相容れない存在になっているだろうから当たり前か。 しかし俺も同感である。 今度あいつと衝突したらなりふり構わずなんでもやりそうだ。 自分で自分が怖い。 「だね。二度と関わりたくないよあんな奴」 勢いよく弁当を食べ進めるナケーダ。 むしゃくしゃしているのか。 「ところで加川くん、クラスマッチ、どれに出るか決めた?」 「クラスマッチって、まだ来月の話だろそれ」 フィルは楽しみで仕方ないのかもしれない。 クラスマッチは七月十九日に行われる学校のイベントである。 種目ごとに分かれてクラス同士で競うあう。 種目はたしか、サッカー、バレー、ボッチャ、オセロ、トランプの五つだった。 「そうだな、俺はサッカーとバレー以外ならどれでもいいな」 スポーツは絶対にやりたくない。 クラスマッチは一日かけて行われるのだ。 そんなイベントで一日中サッカーやバレーなんて絶対にやりたくない。 「スポーツアンチ」 「褒めるなよ」 近頃俺が運動嫌いであることがフィルたちにも伝わっているようだ。 こういう時に話が早いから助かる。 「へー、蓮斗はてっきりサッカーに出るのかと思った」 玲奈が言うと冗談混じりなのか本気なのかわからない。 「出るわけないだろ。だいたい、俺は球技は苦手なんだ」 「苦手だけど嫌いじゃないでしょ?」 フィルはそう言うが、はっきり言って嫌いである。 「いや嫌いだ。疲れるし」 ボールの扱いは難しくていけない。 打ち上げると変なところに飛んで行ったりするし。 「本当に運動嫌いだよね」 なんで呆れてるんだよ。 「加川、運動しないと健康になれないぞ?」 野菜たっぷりの弁当を食べるレンがそう言った。 「大丈夫だ。俺は生まれてから体調を崩したことはない」 これは自慢だが、病気になったことは一回もなく、生まれてから十六年間健康に生きてきた。 「マジ?超健康体じゃん」 「ああ。だから運動はしなくてもいいんだよ」 なんかちょっとこの理論はおかしい気がしなくもないが、まあいいだろ。 「運動といえば、蓮斗は部活に入ってないらしいけど、これからも入る予定はないのか?」 そういえばオリビアと部活の話とかはしたことがなかったか。 「ないな。フィルのダンス部と玲奈のバスケ部も見に行ってみたけど、あんまり興味はひかれなかった」 ダンス部に関しては男子が一人もいないし。 この前フィルの様子見がてらもう一度ダンス部の見学に行ったのだが、やはり男子はいなかった。 もしかして本当に男子禁制なんじゃないのか? 「全部見に行ったのか?」 「いや、全部は見に行ってない。スポーツ系のは全部見たけど」 文化部の方はなんだか面倒くさくて見に行っていない。 というかもう部活に入るのすら面倒くさく感じている。 やっぱり放課後の時間が潰れるし部活はいいか。 「えー!それじゃもったいないよ!取り敢えず全部見学だけはしたらいいのに」 急にテンションを上げた玲奈が顔を近づけてきた。 どうしてフィルと言い玲奈と言い顔を近づけてくるのか。 「いや、面倒くさいからいい」 「でも部活なんて学生のうちしかできなんだよ⁉︎」 「興味ない」 いやもう本当に興味がないのだ。 と言うか入りたくないまである。 「結構冷めた奴だな」 「そういう奴なんじゃね?」 なんかボソボソとレンとアルバンが話してるのが聞こえた気がするが、気のせいであることを祈ろう。 『冷めた奴』とか聞こえた気がしたが、気のせいという事にしておこう。 「フィル・クオードって、誰だよ?」 情報をくれたのはいいものの、それが誰なのか全くわからないのではどうしようもない。 「下のプロフィールに色々書いてあるけど」 ミルバがパソコンの画面を下にスクロールしてフィルという人物のプロフィールをヒエンに見せる。 「混族学園の一年?最近高校生になったばっかじゃねえか」 こんな子供が魔眼の持ち主であるとは、ヒエンとしては信じがたい。 さらに情報の提供者が匿名であることからもさらに信頼度が下がる。 「でもまあ、調べてみる価値はあるんじゃない?この仕事成功すれば大金が手に入るんだし」 「ま、たしかにな」 ターゲットを間違えている可能性はなくはないが、どうせすでに犯罪者である彼らにとっては些細な問題である。 「ヒエン、シュウジとヴォルンも呼んできてよ。私たちだけで仕事を始めてもいいけど、万が一のこともあるしね」 できれば失敗したくない仕事であるため万全を期す。 大人数で動くのは無理でもせめて幹部四人だけでも揃ってたほうがいいだろう。 「全員集まったな」 『ブラックマーケット』。 シュウジというコードネームのエルフがリーダーである組織。 闇商売を生業としている組織であり、売って欲しい商品の依頼を受けて商品を手に入れ依頼主に売る。 そして今回彼らが狙うのはお宝中のお宝である。 名前は『魔眼』。 「て言っても眼球だからな。取り出すのはちょっと怖いから、自然と持ち主のエルフごとって感じになるか」 取り敢えず入手方法だけをシュウジはまとめておく。 「それ以外はどうする?仕事中に風紀委員会、もしくはそれ以外の誰かに邪魔された時は?」 「手っ取り早く消してもいいが、できれば行動不能くらいで抑えとけ。人殺しはあまり好まない」 それはシュウジの個人的な意見だが、誰にも異論はないため、組織のルールとしてなるべく人は殺さないというものがある。 しかし『なるべく』なので例外もある。 やむおえない場合もある。 それが例え子供であったとしてもだ。 「フィル・クオードがどんなやつかは知らないが、明日は取り敢えず様子見、できそうだったら攫おう」 どんな相手が出てくるかわからない。 子供でも怪物みたいな強者はいくらでもいることをシュウジは経験で知っている。 「結構は明日だ。備えとけよ」
間話ニ 『ブラックマーケット』
六月十一日 日曜日 「ミルバ、今回の報酬だが、どうなってる?」 仕事から戻ってきたヒエンはパソコンをいじり続けているミルバに声をかける。 今回ヒエンが受けた仕事はそこまで難易度が高くなかっただけにあまり報酬は高く取っていない。 しかし最近の彼らはお金やお宝よりも、『お宝の情報』を基本的な報酬とし、その報酬が払えない場合はお金やお宝をもらっている。 二ヶ月前、彼らは面倒で難易度がとても高い仕事を受けた。 それは『魔眼』、もしくは魔眼を持つ者を連れていくことだった。 魔眼はエルフが持つ特殊な力を持つ眼のことだが、エルフなら誰でも持っているわけではない。 魔眼は始祖のエルフが持っていたもので、しばらくは代々その力が受け継がれていったのだが、次第に力が弱まっていき今となっては形すら残っていないらしい。 しかし依頼主はどこぞの我儘なおぼっちゃまであるらしく、全く話を聞かなかった。 一応仕事を受ける契約をしたシュウジが依頼主に対し手に入れられないかもしれないということだけは伝えた。 そんな魔眼の情報は二ヶ月経っても手に入ることはなかった。 「全然。だから今回もお金とお宝だよ。しかし魔眼なんて手に入れて、依頼主のおぼっちゃまはどうする気なんだろうね」 魔眼を手に入れたところで他者が使うことはできない。 眼球を移植したとて不可能だ。 「鑑賞でもするんじゃないのか?魔眼は色とか紋様がとても綺麗らしいし」 ヒエンは興味がないのか冷蔵庫から適当にジュースを取り出してソファに寝転ぶ。 「でもこの仕事は、クリアできるならしたいよな。シュウジも言ってたけど、魔眼は価値が高いからな。もしも見つけられたらそれこそ一生遊んで暮らせるくらいの高値で売りつけられる」 「そりゃそうだけどさ、そう都合よく見つかるわけないじゃん。もう何百年も前に失われた力……なん、て」 急に声が小さくなったミルバの様子に異変を感じたヒエンは起き上がって様子を確認する。 「どうしたミルバ」 そう問いかけると、ミルバは小さな声で何か呟いている。 「うそ、でしょ」 「あ?」 なんだかパソコンを見て驚いているようなので後ろからパソコンを覗き込むヒエン。 どうやらミルバが見ているのはメールだったようだ。 「それ、なんのメールだ?」 「ああ、これは魔眼を探すためいろんな闇組織とかに情報の提供を依頼してたんだけど、匿名で誰かから送られてきたの」 まさかと思いヒエンは立ち上がって近くに寄ってパソコンの画面を見る。 そこにはメールが映し出されていた。 匿名で差出人はわからないが、ヒエンはそんなことよりも内容を見てとても驚いた。 『魔眼を持つエルフを知っている』 書かれた分はそれだけだった。 その一文の下に、その人物と思われる者の写真とさまざまなプロフィールが書かれていた。 その者の名前は。 「フィル………、クオード?」
第十七話 『お前が苦しい時は』
『叩いて被ってじゃんけんぽん大会』で、俺は一試合目で敗退。 その後玲奈がウィールと当たったがウィールにボロ勝ちした次の試合で敗退した。 「いやー楽しかったねー『叩いて被ってじゃんけんぽん大会』」 俺は全然楽しくなかった。 「でも玲奈、お前ウィールの次の試合惜しかったんじゃないのか?」 レンはじゃんぼ餅を食べながら玲奈には話しかける。 「いやいや全然だったよ。ウィールが弱かったんじゃない?」 どうやら玲奈の中でのウィールの評価は最低になったようだ。 哀れなやつだ。 「まあこれで私はスッキリしたし、別にいいかな」 玲奈は優勝を狙うと言って大会に臨んでいたが結局二回目の試合で敗退。 まあ人間なんだしこれくらいがちょうどいい。 「まあ、玲奈が勝ったのはウィールが弱かったで説明がつくけどよ」 アルバンが怪物でも見るかのような目で俺を見てくる。 いやまあたしかにやり過ぎたとは思っている。 しかしあの時は機嫌が悪かったのだから仕方ないじゃないか。 「ヘルメットのこと?あのヘルメットはプラスチックだったし、壊せても不思議はないんじゃない?それくらいアルバンでもできるでしょ」 「いやまあそうだけど」 ちょっと無理があるって。 いくらプラスチックとは言え俺はピコピコハンマーで殴ったのだ。 それでヘルメットを粉々なんて、獣人やエルフならともかく、人間にできるわけないだろ。 「あれは俺もどうしてああなったのかわからないんだ。ちょっと怒りに任せて殴った部分はあるけど、まさかあんなことになるとは誰も思わないだろ」 予想外すぎて体育館内にいた全員が言葉を失っていたし。 「あれは流石に全人がびっくりしてたよな」 「たしかにねー」 オリビアの驚きが隠せない雰囲気はわかる。 わかるんだけど、なんかさっきからナケーダの様子がおかしい。 なんかうざい。 「ねー、うりうり〜」 指で俺の頬を突いてくるナケーダはニヤニヤしている。 おいまたかよ。 「ところで加川くん、どうして怒ってたの?あの場で加川くんが怒るようなことあったっけ?」 うわうぜー。 こいつ分かってて聞くから性格悪い。 「別になんでもいいだろ。お前には関係ない」 「え〜、きーにーなーるー」 くっ、こいつ。 「それ、私も気になるかも………」 「は?」 なんとここでフィルが登場。 なんでお前顔赤いんだ、絶対お前も分かってるだろ。 「ほらーフィルもこう言ってるよー?」 ナケーダはフィルに抱きついて俺を挑発してくる。 殴って欲しいんだろうか。 もしそうなら喜んでやるぞ。 「私も気になる〜」 ここまできて周りが手を組み始めた。 玲奈をはじめとしてマリア、レン、アルバンが次々と俺を煽り始める。 くそ、あの状況だったら誰もああなるだろ。 「仕方ないだろ。大勢の前で友達が馬鹿にされて我慢できる奴なんていない」 そう言うと、フィル以外の女性陣がキャーキャー喚きながらフィルの肩を揺らしだした。 今日のこいつら怖い。 ちなみに男性陣は俺を肘で小突いてきた。 そのにやけ顔やめろ。 「あーもう、俺ちょっとトイレ行ってくる」 ここはこの場を抜け出そう。 少し時間が経てばこの話題にも飽きてるだろ。 あの場を離れた俺はトイレには行かず、外の渡り廊下学校の景色を眺めていた。 あの時、たしかに俺は怒っていた。 初めての経験かもしれない。 誰かのために怒ったのは。 フィルの苦しそうな表情を見た時、一気に感情が湧き上がってきて、あとは感情に任せて行動していた。 俺は人より感情が希薄である自覚がある。 昔、『アヴェンジャー』の戦闘訓練で俺と戦った少年。 彼をただただ殴り続け、痛みに悶える姿を見ても何も思わなかった。 それなのに今は違う。 あの時のあの俺を見る顔を思い出すと、心が痛い。 俺はなんてことをしていたんだと自然に思う。 この学校に来て俺は変われたということだろうか。 変われたと思っていいんだろうか。 少しでも、あいつらと一緒にいられる可能性を抱くことができているだろうか。 「加川くん、ここにいたんだ」 一人で黙々と考え事をしていると、俺を探しに来たフィルが声をかけてきた。 「フィル………」 ああ、なんか今フィルの顔を見ると気恥ずかしくなってくる。 我慢できずに視線を逸らしてしまった。 「あの、戻ってこないから探してたんだけど、何してるの?」 探してた? 俺は一体どのくらいここにいたのだろうか。 「いや、ちょっと考え事をしてたんだ」 「考え事って、なんか嫌なことでもあったの?」 嫌なことか。 「いいや、むしろ逆だ。じゃあ戻るか。いつまでもあいつらを待たせるのも申し訳ないし、文化祭もあと少しで終わるしな」 文化祭が終わるまであと一時間程度か。 まだ行ってないところがあるが、時間があるだろうか。 俺は玲奈たちの元へ行こうすると。 「あの、加川くん」 フィルが後ろから俺を呼び止めた。 「ん?」 どうしたのかと思い後ろを振り返ると。 フィルは顔を真っ赤に染めて俯いていた。 なんだかその顔を見ると気まずくなるのだが、これは何かの異常なのか? 「あの、その、ありがとね。私のために怒ってくれて」 うっ。 その話はちょっときつい。 「ああ、まあ、当たり前だろ。友達なんだから」 その話は俺にとっては恥ずかしいんだ。 なんか無駄にカッコつけてた自分を思い出すと死にたくなってくる。 「それでも嬉しかったから、一応お礼を言いたかったの」 そういえば、かつてフィルはこう言った。 私が傷ついたら加川くんがその傷を癒してよ、と。 俺にはそれができたのだろうか。 苦しんでいたフィルの表情は今では一変し、とても幸せそうだ。 ああ、お前が言ってたのはこういうことなのか? 俺にはまだ少し理解が追いつかないところがあるが、まあどうでもいいか。 俺の行いがフィルを笑顔にできたのなら、今はそれでいい。 「じゃあ、行くか」 俺はフィルに手を差し伸べる。 俺が苦しんだり、悩んだりしたら、きっとフィルは助けようとしてくれるだろう。 だったら、俺もそうするべきだ。 もしもお前が苦しんだら、俺が全力でお前を助ける。 「うん!」 フィルは俺の手をとって俺よりも前を歩く。 「普通は立場逆じゃないのか?」 「いいのいいの。細かいこと気にしない!」 人間、で間違いはないはずだ。 しかしあの力は人間のものとは思えない。 エルフどころか、獣人すらも超える可能性がある。 「マリア、お前の目から見て、彼はどう見える?」 フィル・クオードと手を繋ぎ歩く姿は普通の少年だ。 しかしあの時、ウィールと試合をした時のあの雰囲気は尋常ではなかった。 「どうって、うーん」 マリアは遠くを歩いている加川蓮斗を見る。 「まあ、普通の人間にしか見えないけど」 「それは俺もそうだ。そうじゃなくて、なんだ、感じ方の話だよ」 「ああ、なんだそっちね」 マリアはもう一度加川蓮斗を見る。 「まあ、普通の人間に見えるけど、普通じゃない感じはする」 何かがあると俺は思う。 あの人間には、やはり何かが。 そうなるともう一人、斉藤玲奈にも何かはあると見て間違いないだろうな。 「はあ、まったく」 人間が入学してきたってだけでも面倒臭いのに、まさかその人間に何かがあると疑いをかけることになるとは思いもしなかった。 やっぱり生徒会長になんかなるんじゃなかった。 「マリア、お前人間と仲良くなったんだろ?」 「まあ、二人ともね」 これはちょうどいいではないか。 マリアと人間が同じクラスであることも都合がいい。 「マリア、あの二人を探れ。そしてわかったことがあったら報告しろ」 「はいはい。わかりましたよ、お兄ちゃん」 マリアは面倒くさそうな調子で答えてその場から去っていった。 さて、もしこれで何か大きなことがわかってしまったらどうしたものか。 例えば話が大陸全土くらいにまで大きくなってしまった場合。 まあただの心配事で済むように願いたいが。 「まあ今は気にしなくていいか。残り少ない文化祭を満喫しよう」
第十六話 『明確な怒り』
文化祭も午後の部に入った。 三時間ほど経ったにもかかわらず校内の賑わいは衰えることを知らない。 たしか午後の部は体育館でイベントをやっていると聞いた。 なんとこれは玲奈のクラスが主催らしく、生徒同士で競い合うのだとか。 その名も『叩いて被ってじゃんけんぽん大会』。 ちょっと名前が長いとのことで生徒の間では『じゃんけん大会』と言われている。 別のゲームになってしまってるがそれでいいのだろうか。 しかし玲奈のクラスはすごいな。 文化祭の熱にやられて頭がおかしくなったのだろうか。 この大会は叩いて被ってじゃんけんぽんでトーナメント戦を行い、優勝者には特に何もないらしい。 なんのためにやるんだこの大会は。 しかしその印象に反して参加者はかなりいるようだ。 勝負は三回勝負で、三点先取した方が勝ちというルールらしい。 叩くことに成功した場合と、守ることに成功したに一点が加点されていく。 まあ普通のルールと一緒だな。 さて、この大会の話は終わった。 なぜ俺がわざわざこんなことを話したかと言うと。 『それでは第一回戦の出場者を発表いたします!最初の参加者は、ウィール・ユリエンス選手と、加川蓮斗選手でーす!』 本当に悪い冗談だと思いたかった。 突如フィルが俺にこう言ったのだ。 『あ、加川くん、午後の部にある体育館でのじゃんけん大会、エントリーしといたからね』 結構本気で殺そうかと思った。 あいつは俺にしてはいけないことをやってしまった。 それは、俺を目立たせることだ。 ふざけるなよあの女。 最初は出たくなさすぎて俺も駄々を捏ねたものだが、なんと玲奈も参加するとのこと。 こういう場で楽しめるのも高校生のうちだけだと玲奈に言われ心が揺らいでしまった。 案外俺はちょろいのかもしれない。 でもやっぱり出るべきじゃなかった。 だって対戦相手がウィールって、狙ってないよね主催者? マイクを持つ実況係はとても笑顔だ。 俺は死にそうな気分なのに。 『このなんと今回の大会、人間の参加者がいるとのことで私自身とても盛り上がっております!加川蓮斗選手はなんと人間!これは期待できそうです!』 弱者が強者に踏んだくられるところを見るのが楽しみなんだろうなきっと。 あの実況係獣人だし。 ステージの上に立つ俺とウィール。 まじで気まずい。 『では、両者お座りください!』 合図があったので俺とウィールは机を挟んで向かい合う形で置かれた椅子に座る。 机の上には黄色いヘルメットとピコピコハンマーが置かれている。 さてどうしたものか。 とはいえ俺は人間だし、獣人に勝てるなんてあってはならないし、俺って参加する意味なかったんじゃないのか? さて考えなければならないな。 この先どうやってこれを切り抜けるか。 「にしても、すごい観客の数だね。そんなに人気なんだ」 「私もこれはちょっと予想外」 玲奈さんは観客の多さと歓声の大きさに圧倒されて言葉を失っている。 人気を出そうと思ってこの大会を始めたんだろうけど、人気が出過ぎるとびっくりするよね。 「フィル、お前本当にすごいことするよな」 私の肩に手を置いたオリビアはそう言った。 「そんなにすごい?」 「すごいだろ。あいつ目立つのとか一番嫌いそうだから、本人に確認を取らずに勝手にエントリーするとか、アイドルかよ」 私も同じことを思った。 加川くんに最初は相談しようと思ったが、加川くんが目立つのは嫌いだとういうのには気づいていたので敢えて相談しなかった。 それで本気で怒るかどうかは賭けだったけど、結構あっさり受けてくれてよかった! 「でもまさか蓮斗が参加することを決めるなんて、簡単すぎるにも程がない?」 玲奈さんは一人で何かを呟いているが周りの歓声が邪魔でよく聞こえない。 「玲奈さん、今なんて言ったの?」 「え、あ、いや。なんでもないよ。ただの独り言」 なんだ独り言か。 てっきり私に話してたものかと。 「あ、そうなの」 さあ始まる。 加川くん頑張って! ウィールが相手で気まずい上に種族の違いでハンデはあるけど、大丈夫だよ。 どうしようこの状況。 どうやって切り抜けたらいいかわからない。 もう負けるのは見ている観客全員がわかっているだろう。 観客が今見たいのは俺が無様に惨敗する様なのだ。 『では、一回戦、始めてください!』 ならば、俺がここで取るべき行動は決まっている。 俺とウィールは互いに右手の拳を前に出す。 「「叩いて被ってじゃんけんぽん」」 ここでじゃんけんの結果が出る。 俺はチョキ。 そしてウィールはグーだった。 つまり今回は俺がヘルメットで守る側。 素早く黄色いヘルメットに手を伸ばし頭を守ろうとした瞬間。 スパーンッッッ‼︎という音と同時に俺の頭に強い衝撃が与えられた。 『おーっと結果は、加川蓮斗選手、ヘルメットに手を触れることすらできなかった!圧倒的なスピードの違い!』 マジか。 ヘルメットに触る暇すらなかった。 エルフとはいえ身体能力は人間と比べるまでもない。 それはわかっていたが、一般的なエルフでもこれとは。 まさに圧倒的だ。 「お前、やっぱり大したことないんだな。所詮は人間だな」 実力差をたった一度で見せつけたウィールは完全位調子に乗っているようで俺を煽ってくる。 「人間だからって馬鹿にしない方がいい。あとで痛い目見るのはそっちだぞ」 「ほざきやがれ。この場にいるのは俺とお前だけ。今度はオリビアみてえな邪魔は入らねえ。存分にやろうじゃねえか」 こいつやばいんだけど。 ガチで勝ちにきてるんだけど。 なに、俺に負けると死ぬの? 「手加減してくれよ。負けるのはいいけど、痛いのは嫌なんだ」 実際さっきのウィールの攻撃はかなり痛かった。 ピコピコハンマーではなくハリセンで殴られたかと一瞬錯覚したくらいだ。 「ああいいぜ?お前人間だもんな。あんまり本気でやりすぎると面白くねえ」 種族を強調してくるのは元々の性格なのか? やっぱり自分より下だと確信できる相手がいないと安心できないタイプなのかもしれない。 「じゃあ、続きやるか」 再び俺たちは右の拳を出す。 「「叩いて被ってじゃんけんぽん」」 結果は、ウィールがパーで俺がチョキ。 つまり俺の攻撃だ。 俺は素早くピコピコハンマーを手に取って頭を狙おうとしたが、違和感を感じて硬直してしまった。 『おおっと、これは?』 実況係も驚きでどうすればいいかわからないらしい。 俺も同じ気持ちだ。 なんと完全に俺を舐めているのか、ウィールは微動だにしていなかった。 ヘルメットに手を伸ばそうとすらせず、ただ俺を見て笑みを浮かべているだけ。 「何してんだお前」 「何?手加減してやってんだよ。あんまり圧倒的すぎると面白くねえっつったろ。これはショーだからな。観客を楽しませねえとダメだろ」 ウィールの舐めきった発言を聞いて観客はどっと笑い出した。 一体何が面白かったのかわからん。 「おいおいさすがにそれは優しすぎんだろウィール!」 「本気でやってやれよ!ゲームはマジになんねえとつまんねえぞ!」 完全に俺は見せ物にされているということか。 あまりいい気分はしないが、まあいいか。 向こうはハンデをくれているんだし、ここは甘えよう。 俺は素早くピコピコハンマーを持ち上げ振り下ろすが。 それは頭を叩かず、すでにウィールの頭に被られたヘルメットを叩いていた。 俺が振り上げてから下ろすまでの間に被ったようだ。 思ったより動きが速い。 その瞬間を見た観客はまたもや笑い出す。 「おいおいマジかよ!今の結構なハンデだったろ!」 「あれでも勝てないとか、やっぱり人間だよな!」 ふむ、俺はいいように扱われ続けてるな。 しかしこれでウィールは二点先取。 次で俺が負ければ勝負は決する。 これは絶体絶命だな。 大きな笑い声を上げる観客たち。 気に入らない。 どうしてここまで加川くんを下に見れるのか。 「なんかいい気分しない」 私の隣に立つマリアが不機嫌そうな顔でそう言った。 私も同じ気持ちだ。加川くんはいいように見せ物にされている。 でも、これは私の責任でもある。 私が加川くんを勝手にエントリーしなければ、こんなことにはなっていなかった。 「玲奈さん……」 玲奈さんはどう思っているのだろう。 やっぱり私と同じ気持ちだろうか。 「大丈夫だよフィルさん。たしかに昔からの友達がこんなふうに扱われるのは嫌だけど、蓮斗はなんとも思ってないだろうしね」 と、平気そうな顔で言うが、それでも納得いかない。 私のせいなのだ。 たしかに加川くんは野次を気にしてはいないだろうけど、それを見ている私は気になってしようがない。 それは一緒に見ているマリアさんも、レンくんも、アルバンくんも、ナケーダもオリビアも同じだ。 だったら、今この状況、私にできる精一杯をやろう。 道具を元の位置に戻した俺とウィールは向き合う。 ウィールは二点。 対して俺はゼロ点だ。 現在の結果的にも身体能力的にも不利だと思っているが、まあどうせ次で終わりだ。 パッパと終わらせてしまおう。 俺とウィールは最後かもしれないじゃんけんを始めるために拳を出す。 「次で終わらせてやるよ加川。せいぜい最後までいい見せ物になってくれよ」 まあなかなかに楽しい経験ではあった。 また玲奈とかとやってみるのもいいかもしれない。 俺は次の、負けが確定した試合を始めようとした瞬間。 「加川くんがんばれえええええええ‼︎‼︎‼︎」 信じられない大きさの声が、大人数の歓声を打ち消した。 思わず俺も驚いて観客の方をみると、一箇所、明らかに浮いているところがある。 「加川くんがんばれええええ‼︎」 あれはフィルか。 何やってんのあいつ。 これ以上俺にどんな恥をかかせようと言うのか。 「加川ああああああ、そんなのに負けるなあああ‼︎」 おい一緒になってはしゃぐなオリビア。 「か、加川くんがんばれ!」 恥ずかしいならやんなくていいよナケーダ。 「がんばれー!」 「がんばれ加川ああああ‼︎」 「加川くんファイトおおおおお‼︎」 なんでレンとマリアとアルバンまで一緒になってるんだ。 やめて恥ずかしい。 俺が恥ずかしい。 「蓮斗!」 あ、やべ。 玲奈には喋ってほしくなかったのに。 「がんばれ!」 うわいやだ。 なんか俺まで変な目で見られ始めた。 なんで俺? 俺何もしてないじゃん。 「頭がお花畑な奴らばっかりだな、お前の周りはよ」 ウィールは呆れた様子だ。 俺も呆れてるが。 「ああそうなんだよ。うちはそういうやつばっかでな」 「ああ、特にフィルだ」 「あ?」 なんでそこでフィルが狙い撃ちされるんだ? ウィールは立ち上がって観客の方を向き、フィルに大声で怒鳴り始める。 「お前なああ!何楽しそうにしてんだよ⁉︎中学の頃文化祭で同級生を交通事故に遭わせた分際でよおお‼︎」 あ…………。 その叫びは確実に私の精神を抉ってきた。 中学の頃の文化祭。 性格には文化祭準備の日。 違う。 あれは私のせいじゃない。 あれは、私は何も知らなかった。 なのに何も知らないまま悪者扱いされただけなのに。 やばい呼吸がおかしくなってきた。 正常に呼吸ができない。 「フィル!」 オリビアが駆け寄って私の肩を支えてくれる。 そのおかげで崩れ落ちそうになった体をなんとか支えることができるようになった。 「おいウィール!そんなの今は関係ねえだろ!この楽しい場をぶち壊そうとすんじゃねえ!」 オリビアはステージの上のウィールくんに怒鳴り返すが、それでも彼の勢いはおさまらない。 「ぶち壊したのはそこの女だろうがよ!自分が何をしたか忘れたのか?お前に楽しむ資格なんかねえだろうが!しかも人間と一緒にいるとか、笑えねえぜ!」 「あいつっ……!」 「いいの」 私は前に出ようとしたオリビアをなんとか抑え込む。 「フィルお前、よくないだろ!こんなの………」 「いいの!もういいの。何をしても無駄だってわかってるから」 大人数に反抗しても何もない。 それは中学の頃に十分経験した。 もういいのだ。 私には今、私を側で支えてくれる人がいるから。 だから、私は今のままでもいい。 フィルが中学の頃の話は俺もオリビアとナケーダから聞いた。 それが真実かどうかは俺には調べる術はない。 もしかしたらあいつらの言っていることが嘘かもしれない。 しかし俺はそんなことは些細なもんだと思っている。 嘘だろうが本当だろうが、今俺はあいつらの友達だ。 過去のことなど知らない。 ウィールの主張が真実だとしても、俺に取ってはどうでもいいことだ。 しかし、今のウィールの行動には、思うところがある。 「玲奈、大丈夫?頭でも痛いの?」 あ、しまった。 つい頭を抱えてしまったことで気分が悪いと勘違いさせてしまったらしい。 マリアが心配そうな顔で私に駆け寄ってきた。 「ごめん大丈夫。ただちょっと心配事が…」 「心配事?」 蓮斗は友達ができてから明らかに変わった。 つい最近のことである。 私がちょっと冗談のつもりで蓮斗の友達を小馬鹿にしたことがある。 その時、あきらに彼は不機嫌になっていた。 それから私は蓮斗の友達を馬鹿にするのはやめたのだ。 まあ何が言いたいかと言うと。 彼の何が変わったか。 それは、自分以外の人のために、本気で起こることができるようになったことである。 「たく、ようやく静かになったな」 うんざりしたような顔をしながらウィールは自分の席に戻った。 「さあやろうぜ加川!ショーの続きをよ!」 ショーか。 そういえば、俺のクラスでは最初、文化祭で見せ物をする予定だったか。 結局俺が出したメイド喫茶の意見をオリビアが代弁したことでメイド喫茶に決まったが、実は見せ物の方も気になっていた。 よし、いい機会だしここで一つ芸を見せよう。 現在ウィールは二点で俺はゼロ点。 この圧倒的不利な状況、俺が勝つのは難しい。 だが気が変わった。 今回ばかりは、こいつにだけは勝たせない。 しかしただ勝つのでは面白くない。 だからここはもっと面白くなるものを観客全員に見せてやろう。 『そ、それでは、気を取り直して、三回戦スタート!』 「ウィール、お前には勝たせない」 「負け犬の遠吠えにしか聞こえねえよ」 「「叩いて被ってじゃんけんぽん」」 じゃんけんの結果、ウィールはチョキで俺はグー。 俺の勝ちだから俺が攻撃側だ。 俺は素早くピコピコハンマーを手に取るが、その頃にはウィールはヘルメットを被っていた。 完全に勝ち誇った顔をしている。 「思い知ったか加川?所詮はこれが世界のルールなんだよ!」 ウィールはもうヘルメットを被った。 これで三点。 ウィールの勝ちが決まった。 しかし。 「言ったろ?お前には勝たせない」 俺はゆっくりをピコピコハンマーを上に上げ、一気に振り下ろした。 その瞬間を見た誰もが驚愕したことだろう。 俺はたしかにピコピコハンマーでウィールは被っているヘルメットを叩いた。 しかし、その衝撃に耐えられず、ヘルメットは粉々に砕け散ってしまったのだ。 当然ウィールの頭にも尋常じゃない衝撃が走っている。 耐えることができなかったウィールは気を失って椅子から落ちてしまった。 観客の歓声も、実況係の声もない。 静寂が流れた。 空気をぶち壊して悪いことをしたとは思うが、仕方ないだろ。 『え、ええっと、ウィール先取はヘルメットで頭を守ったため三点先取。よって、この試合はウィール選手の勝利です……』 たしかにウィールの勝ちだ。 しかし、誰もがそうとは言いずらいような顔で、ステージに立つ俺と、気を失ったウィールを交互に見ていた。
第十五話 『挨拶』
さて、仕事を終えた俺たちは約束通り玲奈たちと合流して一緒に文化祭を回っている。 「それより、ねえフィルさんとナケーダさん、二人ともすっごく可愛いね!」 玲奈が携帯で写真を撮りながらテンションマックスで語る。 メイド喫茶の当番を終えたフィルとナケーダは着替えていないのだ。 そのためメイド服のままで文化祭を回っている。 周りの視線が痛い。 「なあ、やっぱりそれ着替えないか?視線が気になりすぎる」 と、何度も言っているのだが。 「でもこれ可愛いでしょ?」 と言って着替えてくれない。 オリビアはさっきからずっとナケーダのメイド服姿見てるし。 「はあ、もういいよ」 もう諦めよう。 多分着替える気ないわこの二人。 八人と言う大人数で回っていることもあってまあ目立つ。 俺目立つの嫌いなんだけど。 「じゃあ、次は次は〜」 「ああ!ねえねえ次あっち行ってみない?」 「いいねえ、私も気になる!」 「唐揚げだって!美味しそう!」 わーわーきゃーきゃー。 女性陣はもう相当仲良くなっているようだ。 玲奈も上手く溶け込めているようで何より。 「俺たちも行くか」 オリビアが話を切り出した。 「そうだな、こんなところにいたら置いて行かれる」 積極的に話してくれるレンはいいやつだな。 あと少しで俺と名前が被りそうなことは気にしないでおいてやるよ。 「あいつら仲良くなるのはえーな」 アルバンは女性陣たちを見ながらそんなふうに呟いた。 「まあ、俺たちコミュ障が集まったから、しょうがないんじゃね?」 しょうがないのか? しょうがないのか。 他は知らないが俺がコミュ障であることは否定できないし。 「ちょっと男子ー!早く来てよ!」 その言い方やめてほしい。 「じゃあ行くか」 レンが先陣を切って走って行った。 バイバイ。 俺はその辺で 「休んでないで行くぞ蓮斗」 ちくしょう。 唐揚げを買った俺たちは外に出て唐揚げを美味しくいただいていた。 なんだこれは。 帰ったら作り方調べよ。 でこれから弁当に入れるようにしよう。 しかし、俺が一番気になっているのはアメリカンドッグである。 これだけなんだか雰囲気が違う。 ラノベの中にも出てきたことはないし、どんな食べ物なんだろう。 みんなそれぞれ美味しそうな顔をしながら食べている。 実にいいことだ。 まさかこんな大人数と関わることになるとは思わなかった。 人生何があるかわからないな。 でもやっぱりちょっと人数増えすぎ。 「おお、いたいた。しかも二人揃ってとはちょうどいい」 なんか知らんやつがまた増えた。 誰だよと思いながら八人全員の視線が声の主に移る。 そしてそこにいたのは。 「どうも。俺はルフカ。混族学園の生徒会長をやっているものだ」 せ、生徒会長? まじかよ。 生徒会長だったら入学式の日に一年生全員の前で挨拶をしているはずなのだが、顔を全く覚えていない。 どうでも良すぎて。 「今日は挨拶をしに来たんだ。二人の人間にね」 「挨拶、ですか」 「ああ、お前が加川蓮斗か。筆記の入試試験で満点を取ったらしいな。優秀なんだな」 さすがの生徒会長ともなるとそのくらいの事は知ってるか。 「それで、体力テストで四位の成績を収めた斉藤玲奈。いやまったく、今年の人間は秀才揃いじゃないか」 え、玲奈体力テストで四位なの⁉︎ さてはあいつ本気でやったな。 「それでどうかな?人間の目から見て、この学校は」 この生徒会長よく喋るな。 会長ってことは先輩だから敬語の方がいいか。 とか考えていたら、玲奈が先に話し始めた。 「まあ概ね予想通りですね」 「というと?」 「まあその、人間からしたら全然気持ちのいい環境ではないと言いますか」 こいつめちゃくちゃ正直に言うなあ。 「まあそうだろうね。所詮は校訓も口だけだしね」 やっぱり生徒会長でもそう思うのか。 「でも楽しそうにしているけど、そこまで悪くはなかったかな?」 「まあまあ楽しいですね。友達もたくさんできましたし」 玲奈は視線だけで「君はどう?」と問いかけてくる。 俺は視線だけで「同じく」と答えておく。 伝わってるよね? なんか微妙な顔してるけど、伝わってんの? 「それはなによりだ。今の所トラブルもないようだし、今年は案外平和的な人が多いのかな」 今年はって、あんた十年この学校に人間が来てないこと知らないのか? 「多いんじゃないですか?蓮斗の方はどうなの?そっちのクラスまでは把握してないから分からないんだけど」 おい話を振ってくんなよめんどくせえ。 「え、ああ、えっと。特に何もない……です、ね」 まあ強いて言うことがあるとすればウィールだが、別に生徒会長にチクるほどのことではない。 一瞬暴力を振るわれそうになったりしたが放っておいていい問題なのだあれは。 俺も気にしてないし。 「そうか。まあ何かあったら言ってくれ。生徒会長として全力で助けると約束するよ。何せここは混族大陸。全ての種族が対等に扱われる大陸だからね」 この人は俺たち人間に対し肯定的らしい。 意外にいるんだな。 人間のことをなんとも思わないやつって。 「ああそうだ。君たちに会ったら聞きたいことがあったんだった」 「聞きたいこと?」 なんだろうか。 もうこれ以上話すことはないと思うのだが。 「どうしてこの学校に入学したのかを、聞きたかったんだ」 どうして? 入学したのかを理由か。 まあ話すと色々面倒でややこしいが、そうだな。 一言で言うなら。 と、答えようとすると、またもや玲奈が先に答えてしまった 「普通に高校生活を送るため、ですかね」 「普通に………?」 玲奈の入学理由を聞いた瞬間、生徒会長の表情がなんかよく分からないことになっていた。 なんだろう。 玲奈は何かおかしなことを言ったか? 「君の理由は?」 今度は俺に問いかけてきた。 とはいえ俺も変わらないんだが。 「まあ、玲奈と同じですね。普通に高校生活を送れたらどこでも良かったので」 「そう、か」 またもやよくわからない表情だ。 一体何があったんだろう。 「じゃあ、文化祭、楽しんでくれ」 と、急にパッと笑顔になった生徒会長は俺たちの前から去って行った。 なんだか忙しい人だな。 十年ぶりに入学してきた人間二人。 純粋に気になっただけだった。 なぜこの学校に入学することを決めたのか。 たった二人の入学生。 何を求めてここに来たのか。 その答えは単純だった。 『普通の高校生活を送る』 それができるならどこでもよかった。 でも、だ。 誰もが疑問に思うはずなのだ。 だったらなぜ、わざわざ混族学園を選んだのか。 前と同じなようでまったく違う意味の疑問。 普通の高校生活を送れるならどこでもよかったなら、この学校は選ぶべきではない。 特に人間にとっては。 しかし彼らはこの学校に入学してきた。 それも普通の高校生活を求めて。 考えられるその理由としては、いける高校がここしかなかった。 それも学力的とか、体力的な問題ではなく、もっと根本に。この学校しか選べかなかった理由があると言うことではないか? それがどんなものかは俺には想像がつかない。 家庭の事情か、あるいは大陸ぐるみで何かがあった。 これは少し考慮すべきかもしれないな。 彼らは、何かを隠している。