十五歳の早計

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十五歳の早計

第九話 アラサー女教師のネゴシエーション

 次の深夜、自分の部屋でエナジードリンク片手に待機していると、携帯が鳴った。  相手は確認するまでもない。    『近所に潰れてシャッターのかかったタバコ屋があるだろう?ナンバー1559のワゴンで迎えを寄越してある、親にバレない様に静かにな』  それだけ言って通話が切れる。  まさか車で迎えが来ると思わなかった為、驚きながらコッソリと家を出てルミカと合流した。  「なあ、迎えが車って聞いてたか?」     人気の無い住宅街を歩きながらなんとなしに聞いてみる。  するとルミカはなんとも言えない表情を浮かべていた。  「……一応。先に言っておくけど運転手を見たらレンは驚くと思う」  なんだよそりゃ。  デニーロが運転手だったらそりゃ驚くだろうがな。  そんな馬鹿な事を思い浮かべながらタバコ屋前のワゴン車の助手席に先陣切って乗り込む。  俺は緊張しながら自然な感じを心がけながらチラリと運転手を見てーー腰を抜かしそうになった。  「こ、こんばんは。雨傘くん」  「な、何やってんだよ先生」  「何やってんだろうね私は……」  遠い目をしながらそんな事を呟くのは我が校が誇るアラサー女英語教師、ミセスアンドウの愛称が定着した安藤ナオミだ。  可愛い見た目だが彼氏もいない事を生徒に知れており、万年年下にイジられ続けている  しかし、まさか教師が運転手とは知らず俺がパクパクと口を開くだけで喋れないでいると、ルミカが説明した。  「弱味を握られてるんだって」  ミセス安藤がその言葉にびくりと体を震わせた。  不可解な現状を説明をするにはこの一文だけで十分だった。  しかし、雷野が教師まで手玉にとっていたとは驚くべき事だ。  一体やつは何処に向かうのだろうかと思いつつ、車はネオン街ひしめく夜の街へと向かっていった。    ネオン街から少し離れた人気の乏しいパーキングエリアに車を止め、暫く歩くと。  俺たちはコンクリートひしめく裏路地に入っていく。  ミセス安藤はキョドりながらえーと、こっちだったけなあと頭をガリガリかきながら俺たちを誘導していた。  一抹の不安を覚えつつも目的地に到達した様で、ミセス安藤が今にも割れそうな亀裂の入った磨りガラスの扉をノックすると。    「……876」    内部からくぐもった声が聞き取れた。  古風な事に合言葉制度なようだ。  「フィラデルフィア」  先生の言葉で施錠が解ける音が聞こえ、扉が開かれた。  出迎えたのはVR部の部員のメガネ君だった。  名前は覚えてないので知らない。  「えーと、貴方達三人で最後です。先生と、雨傘君と……うわ、本当に小学生だ」    そんな呑気な事を言う部員に俺は舌打ちで意思表示した。    「早くしろよ」  「あ、ご、ごめん」  中に入ると、まあ廃ビルのお手本の様な荒れ具合だった。  散らばった廃材、転がる椅子にお菓子やら缶のゴミ類。  一階は昔BARだったのだろうか?木製の長いカウンターに割れた瓶が鎮座していた。  俺たち以外にも過去に侵入者がいた事が見て取れた。  ここで本当に大丈夫なのかと不安になったが、表通りに面した喧騒の漏れだす出入り口はバリケードの様に塞がっていた。  これでは正面からは侵入不可能だろう。    「2階が拠点となっているので、案内します」    物珍しそうにルミカをチラチラ見るメガネ君に案内されつつ、2階のとある一室へと入った。  そして驚いた。  廃ビルの一室は複数のPCが持ち込まれ、作戦本部さながらの様相を見せていたのだ。  窓は遮光の黒いテープで覆われ、持ち込まれたライトだけが光源として活躍している。  そんな中で部員達がカタカタとパソコンを叩き、雷野がその様子を巡回しながら眺めていた。  その中にはーー真面目にパソコンを叩く日々谷の姿もある。  俺たちに気づいた雷野は元気に手を振り上げた。  「こんばんは、先生にルミカ氏、レント氏。今夜のミッションの概要を説明するよ」  長机に誘導された俺たちの手元には資料が用意されていた。  まじまじ眺めていると、雷野が補足を始めた。    「運営への脅迫メールは部外のPCを経由して既に送信済みだ。返信は既に返ってきているので安心してくれ、アポイントメントは手配済みだ」    そんな事を何となしに言う雷野。  Virtual Rain社は世界の大企業だ、言っちゃ悪いが返信すら返って来ないと思っていた。  しかも昨日の今日だぞ?  資料にはVirtual Rain社からの返信が和訳となって平然と掲載されていた。   ------ 件名 Philadelphia876の諸君らへ  メールを拝読し、実に信ぴょう性の高い内容からコンタクトを図る意思がある。  よって、我々は貴方らへの提示する形での通話で、コミュニケーションを取る用意がある。  返信を待っている。 ------  それに対するVR部の返信もあった。 ------ 件名 Virtual Rain社の諸君へ  日時は明日の午前十時だ。  諸君らへ持っている不信感は大きく、我々は非常に窮地に立たされている。  それ相応の説明責任を果たせる人間が通話に応じる事を条件とする。  それらは腹ごなし前の腕時計バンドが適任だと我々は考えている。 ------  「なんだよこの腹ごなし前の腕時計バンドって」  「技術顧問のロバートってやつは肥満大国アメリカのくせにガリガリな奴でね、スタッフからあだ名で時計バンドと不名誉な称号をつけられている」  要するにそのガリガリの技術顧問を会食前に通話へとこぎ着けさせようという事か?  まあ、謎に煽り口調なのはさておき、問題はどうしてそんな事を知っているかだ。  聞いてみると、  「別に技術的な事以外はそこまで重要じゃない。知ろうと思えば幾らでも知れるのさ」  そんな事をさらっと言ってのけた。  何と言うべきか考えていると、横にいたミセス安藤が資料を握りしめながら騒ぎ出した。  「えっ!?ちょっとまって、計画書には私が通話での交渉役となっているんだけど!?」  知らされてなかったのかよ。  ていうかコイツーーミセス安藤は英語を喋れるのか?  英語教師やってるけど喋れませんってのは日本に五万といるってのは有名な話しだ。  雷野は拍手しながら満面の笑みを浮かべていた。  「留学の成果が出せる時が来たな、おめでとう」  「いやよ!なんでアメリカの得体の知れない企業と話さなきゃなんないの!?」  得体の知れない企業?  Virtual Rain社は天下の大企業のはずなんだが含みのある言い方だな。  不思議に思っていると、  「先生は結婚の事しか頭に無いんで、最近のトピックを知らないんだ」  「うるさいわよ!」  声を張り上げるミセス安藤に雷野はしーっと人差し指を唇に押し当てた。  ミセス安藤はびくりとして俯く。  まるで蛇に睨まれたカエルだ、それが生徒と教師なのだから尚更妙な状況である。  相当やばい弱味を握られたに違いない。  「ミセス安藤、ここは廃ビルで中には人っこ一人いないはずなんだ」  「は、はい」  「そんなビルからアラサーの奇声が聞こえてきたらどうなる?」  アラサーかどうか判別できるやつが居たらそれはそれで怖いんだが……。  ミセス安藤は震えた口調で答えた。  「つ、通報されます」  「もしくは心霊スポットの仲間入りだ。アホな輩がアホを引き連れてアホしにくるかもしれない、違うか?」  「違わないです……」  「じゃあどうするのが正しいのかな?」  「静かにしてます……」  「それだけじゃダメだ、賢くしていろ。命運が君の双肩にかかっているのだ、ベストを尽くせ」  まるでどっちが生徒だか……と、呟いたルミカを軽くこづいた。  言ってやるなよ。  大人のプライド、特に教師のプライドってのは平均より高いんだ。  へし折れば反動はデカい。  雷野はミセス安藤をひとしきりイジって満足すると。  パンッと手を叩き、全員に指示を飛ばし始めた。  要約すればこうだ。  これから俺たちは3つの部屋に別れて行動する。  それぞれの部屋ごとにABCと呼称が設けられ、連携をとりながら  Aグループ  現在いるこの部屋で情報集め、並びに伝令役。  構成はメガネ君達と日々谷。  Bグループ  Virtual Rain社との通話による交渉。雑音が入らない様に特に壁の厚い部屋での交渉。  構成は雷野とミセス安藤。  雷野が何を言うかはその場でミセスに指示を出して決めるらしい。  Cグループ  別室でモニターを拝見しながらBグループの監視と指示。  構成はルミカと俺。  そこまで聞いたところで俺は皆んなにバレない様にルミカをツンツンと肘で押した。  ルミカも顔を向けずに小声で聞いてくる。  「何?」  「俺とルミカは何で別室なんだ?ていうかCグループの存在意義が分からない」  「Aグループに日々谷って女が居るでしょ?資料には無いけど妙な事しない様にCで監視するからなって意思表示よ」  「へー……それとさ、ミセスに通訳ができると思うか?留学つったってアレだろ、英語にも訛りとかあるんだろ?」  「それについては私が電話で英語力のテストをしたから問題無いわ。中西部っぽいニュースキャスターみたいなウザい英語だったから」  「……なあ、テスト出来るくらいならいっその事お前が交渉役やった方がいいんじゃないか?」  「レン、私は雷野に少なく無いVR通貨を払っている」  「お、おう」  「私たちの関係はあくまで依頼人(クライアント)と提供者(ホスト)。ビルの上にいる社長が現場で自らレンチを振るうのはおかしな話しでしょう?雷野の立場をよく弁えている所は評価できるところよ」  「ふ、ふーん。そういうもんか……」  「そういうもんなの。ほら、いくわよ」  ルミカに手を引かれて扉へと向かう。  部屋を去る間際、日々谷がこちらに視線を送っていたのが印象的だった。      「凄いな」  「まあまあね」    部屋に入ると、机に並べられた2台のモニターとマイク付きイヤホンが用意されていた。   2台のモニターにはAとBの部屋がモニタリングされている。  ルミカはBの雷野達がいる部屋のモニターの前に腰を下ろし、俺はAの日々谷達が作業するモニターの前に腰を下ろした。  ルミカはマイク付きイヤホンを手に、交信を始める。  俺も慌ててイヤホンをつけた。  ルミカが通話ボタンを押して口を開く。  ボタンを押せば向こうに声が聞こえるタイプみたいだ。  「雷野、位置に着いたわ」  『了解だ、通話まで十分前。しばし待機されたし』  雷野の声が聞こえてくる。  思ったよりクリアでびっくりした。  かなり良いイヤホンに違いない、そんな呑気な事を考えていると、ミセスがモニター越しでも分かるように緊張した様子を見せていた。  『ねぇ、何言ったら良いの?』  『私が指示を出すと言ったろうが。アンタの仕事はタダの通訳だよ。東京ローズの様にセクシーに、不遜に、威風堂々としておけ』  『東京ローズが何かは知らないけど……それって結構むずくない?』  『教師がむずくない?なんて言うな。生徒にむずくないって言われた時お前はどう答えてきた?』    『え?……い、いやそれとこれとは話が』  『別では無い、どう教鞭を奮ってきたのか参考までに教えてくれ』  『……頑張ったら出来るから、と、言って参りました』  『そうか、素晴らしい言葉だ!ミセス安藤、では頑張ってやり遂げてくれ』  「コイツ性格悪いなあ……」    思わず口に出ると、ルミカが言った。  「でも……ここまで複雑な案件を短期間でやり遂げてきた」  ルミカをみると、  「悔しいけど、彼女は私に持って無いモノを持っている」  俺が何か言おうと口を開きかけた時、  『年の功もある。ルミカ嬢、慎重も良いが馬鹿の真似をして馬鹿な事をしてみるのも悪く無いぞ』  『何?何の話?私に言ってる?』   ミセス安藤が突然喋り出した雷野にキョロキョロしだした。  どうやらミセス安藤には聞こえないらしい。  通話ボタンは押して無い……。  ルミカも驚いて雷野がいるモニターを見ると、彼女はこちら側の定点カメラを見ながら腕組みして、楽しげに笑っていた。  そして、イヤホンの片側の耳を差した。  明らかに半分だけ違うイヤホンを差している。  なんだ?盗聴宣言か?  ドッキリ感覚で何プライベートな話を聞いてやがる。  俺がモニター越しで睨みつけていると、雷野が愉快そうに笑いながら続けた。  『最初のお返しだよ、ルミカ嬢』  最初?  そう言えば……俺は胸ポケットに携帯を入れてルミカに雷野との会話内容を聞かせる盗聴紛いな事をしたっけ。  そう言われればどっちもどっちだ。  だが、悔しい、ムキーッとハンカチをカミカしたい気分だ。    『古来から日本に男は度胸、女は愛嬌という言葉がある』  雷野は視線を自分のモニターに戻しながら言った。  『両方揃えば無敵だ』  雷野が言い終わった時だった。  『ちょっと……向こうからコールがかかってきたんだけど!?』  『慌てるなミセス、向こうがせっかちさんだっただけだ』  雷野はこちらに視線を向けず、手だけを振った。  『始めるぞ』  こうしてーー歴史的にも稀であろう、日本の一学生と世界的大企業の交渉がスタートした。    

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第九話 アラサー女教師のネゴシエーション

第九話 杜撰

 「荷物は廊下の端に整頓して並べろ。柏木と羽咲は荷物監視を含む待機だ。新谷、行くぞ」  「はいよ」  瀬崎の背後について司令室の前に立つ。  瀬崎はコホンッと咳払いした後に扉をノックした。  「K2、瀬崎部長他一名の者入ります」  「入れ」  司令室からお許しの声が聞こえ、瀬崎がドアノブを捻る。  中は甘ったるい香水の様な香りが漂う異界とは思えない俗っぽい部屋だった。  司令席に司令が座っており、そのほかの椅子にはだらける様に桐山の部長連中が座っていた。  「おー、早かったね」  そう言って手を振ったのは一番奥の席で踏ん反り返っている男。  肩の刺繍の雷のワッペンからしておそらくA1の部長だ。  学園最強部隊の長にしては軽いな。  瀬崎は司令に敬礼した後、口を開く。  「車両のエンジンの様子が気になりましたもので」  「真面目だな、敬礼は省略してくれ。かたっ苦しいのは嫌いなんだ」  立ち上がり、A1部長がコチラに近づいてくる。  そして今気づいたかの様に俺のことをマジマジと眺めた。    「うーん?……瀬崎部長、後ろの彼は?」  「副部長です、原則により同行させました」  司令室内で笑いが起こった。  なぜ笑いが起こったのか分からず、瀬崎と俺が呆気に取られていると。  「心配しなくとも桐山の部長連中は紳士だからとって食やしないよ。それとも彼がいないと心細いのかな?」  原則としてって言ったのが聞こえなかったのか?  コイツらは瀬崎が心細いから俺を同行させたと思っているのかの様な言い草だ。  瀬崎は無表情のまま俺に、  「新谷、下がれ」  「はい」  ほかの部長連中の前じゃ俺は従順に振る舞う。  もちろん敬語だ。  瀬崎が部員に舐められていると認識されたら不利益を被るからな。  俺は退室要領に沿って司令に敬礼して出て行こうとすると、  「敬礼省略って言ったのが聞こえ無かったのかな?瀬崎部長は苦労してそうだな」  嘲るように吐き捨てやがった。  確かにA1は全探索部では格上だが、F1拠点のトップはあくまでF1の司令だ。  お前の鶴の一声でなぜそんな事が決められなければならないのだ。  しかし、瀬崎の手前俺は食い下がった。  余計な材料を与える事は無い、俺たちにはお前たちをぶっ潰すという崇高な目的があるのだから。  「失礼しました」  司令室を出て、荷物の前で立っていた羽咲と柏木の位置に行く。    「あれ、部長は?」    柏木が銃を揺らしながら不思議そうに問うてきた。  俺はため息を吐きながらさっきの顛末を話すと。  「……なんか、ちょっとおかしくない?」  「アウェー感が強すぎますよね……これから合同で探索しようっていうのに」  口々に二人がそう告げた。  まあ、言う通りである。  ここの連中は初めてあった俺たちに不遜な態度を取りすぎている。  委員会にもし報告されたら面倒な事になるのが分かっていないのか?  「失礼しました」  話していると瀬崎が司令室から出てきた。  不機嫌そうな顔で荷物を持って着いてこいとジェスチャーしてくる。  階下に降りると、フロアでたむろしていた探索部の連中がニヤニヤと笑いながら見てきた。  その内の1人の男が水の入ったカップ片手に近づいてきやがった。  「よお、下級探索部。俺たちの邪魔だけはすんなよJ2。あれ、K2だっけか?」  J2なんて探索部は存在しない。  落ちこぼれを揶揄する学園特有のスラングだ。  こうなりゃ安全装置(セーフティー)を外して一発お見舞いしたくなるが、我慢だ。  「こうもレベルが低いと嫌気がさしてくる」  瀬崎がすれ違い様に吐き捨てる様に言った。  すると男は顔を歪めて威嚇する様に瀬崎の前に立ち塞がる。    「なんだって?」  格闘家の写真撮影みたく近寄る男。  まずい、柏木がキレそうだ。  暴走されると困る。  瀬崎を見ると流し目で派手にやれ、と合図してきた。  「おい」    俺は男を突き飛ばして睨みながら言った。  「どけ、殺すぞ」  「てめぇッ!」  「お、やる気だな。話が早くて助かるよ」    銃を羽咲に渡しながら、ぶん殴ってやろうと前に出ると、瀬崎が手で制した。  良いタイミングだ、ボクシングなら名審判になる素質がある。  「ウチの部員は血の気が荒くてな、背中に気をつけろよクソガキ共」  瀬崎が余裕の表情で同年代にクソガキ発言をした。  桐山の探索部員は面食らった様に顔を顰めたが、すぐにムカつく笑みに戻った。  「背中に気をつけろだあ?アンタ、それ問題発言だぜ。委員会に報告すりゃただじゃ済まない」  「お互い様だろ。案内も寄越さず武装を解いてこんな所でたむろしてハイキング気取りか?委員会の耳に入ればさぞ嘆くだろうな」  「それはアンタらだけの証言だろ?」  なるほど、コイツらは口裏合わせさえすりゃなんでも解決すると思っているのだろうか?  上も馬鹿じゃない、異界における証言の食い違いが生じる際のマニュアルは腐るほどあるのだ。  それに加えて、今回俺たちは委員会からの勅命で動いている。  どちらを信用するかは明白で、まるでオチの分かった喜劇でも見ている様だ。  まあ、知らない彼らにとっては悲劇だろうが。  「K2だけの証言だと?それも大きな問題発言だ。我々が何故唯一、他学園から寄越(よこ)されたかも分からん様だな」  瀬崎が驚くべきブラフを口にした。  要するに、俺たちが委員会から桐山を監視する為に送り込まれたという風に取れる発言をしたのだ。  「……」  思わず桐山の部員は黙り込む。  瀬崎は薄ら笑いを浮かべながら追い討ちをたてた。  「徒党を組んで証言すれば平気だと思ったか?モノは考えて喋れ。首を切られたくなければな」    瀬崎はそう言うと颯爽と裏口へと移動し、それに俺たちK2は誇らしげに追従する。    「よう、命拾いしたな」  俺は通りすがり様に黙り込む部員に頭をポンポンと叩いてやった。  悔しそうに口元を歪めていたのが傑作だった。  してやったりだ。  俺たちは背嚢の集積場所がある小屋で荷物を置き、その場で一息つく事にした。  瀬崎が司令室で聞いてきた話によると、何故か予定を繰り下げて出発までまだ二時間もあるそうだ。  あの司令室内の雰囲気からして気候の変化だなんだかんだと理由をつけてサボり時間を捻出したのだろう。  瀬崎の不機嫌さから見てもそうに違いないと悟った。  「あの……目立ち過ぎでは?」  羽咲が周りをキョロキョロしながら誰かに見られていないか確認しながら言った。  まあ、言いたい事はわかる。  俺たちは秘密任務が付与されている身だ、目立つ行動は本来避けるべきだろう。  だが、それとこれとは別だ。  「構わん、この稼業(かぎょう)は舐められたら終わりだ」  「そのとーり」  瀬崎の極道の様な言葉に俺は同意する。  曲がりなりにも命を預けて合同で作戦に挑むのだ、舐められては困る。    「……」  「お前ら、極力K2で固まって離れない様にするぞ。ここの連中は何をしでかすか分からん」  「学園一個違うだけでこうも毛色が違うもんだな」  俺がしみじみと言うと瀬崎は、  「それだけじゃない、何か妙な意図も感じる」  そうポツリと呟いた。  暫く背嚢に背中を預けてリラックスしていると、バタバタと慌ただしげな足音が聞こえてきた。  小屋の入り口を見ると、額に汗を浮かべた桐山の女子部員がはあはあと息を整えていた。  しばらくして落ちついたのか正対しながら口を開く。  「あの、K2の方達ですか?」  「そうだが」  「申し訳ないんですけど、本部棟正面玄関前でA1部長が呼んでいます、早急に来てほしいみたいで」  「そうか、伝令ご苦労」    瀬崎が敬礼すると、女子の部員はワタワタと慌てて敬礼し、去っていった。  「あの子はわりかしマトモそうだね」  「だが、基本教練がなっていない。桐山全体の練度は低そうだな」  「まあ、見るからに規律が無さそうな連中だ」    俺たちが話していると、羽咲がソワソワとしだす。  瀬崎がそれを視界に入れ、口を開く。  「どうした?」  「あの……行かないんですか?急ぎっぽかったですけど」     その質問に瀬崎は薄ら笑いを浮かべた。  「わざわざこちらから出向くんだ、相手が心苦しくならないよう少し遅れて馳せ参じよう」  本部棟の前まで行くと、より一層不穏な雰囲気が漂っていた。  武装完了した桐山学園の探索部員達が勢揃いでA1の部長の背後に控えている。  明らかに歓迎している様な布陣では無かった。  A1部長は俺たちを視界に入れるなり、こっちゃこいと手招きしてきた。  瀬崎は俺たちを連れ、A1の部長から三メーター程の位置まで移動する。  A1の部長は俺たちが到着するなり、わざとらしくハーっとため息を吐いた。  「瀬崎部長、問題発言したんだって?」  いきなりご挨拶だな。  なんだ、あのフロアに居た連中が告げ口したのか?  問題発言ならお互い様だ。  徒党を組んで証言を改竄するような事をほざいてたからな。    「なんのことでありましょうか?」  瀬崎は分かりやすくしらばっくれる。  「背中に気をつけろって言ったんだって?」  「知りません」  「そこの彼は突き飛ばして殺すぞって言ったらしいね。困るんだよ、これから合同探索なんのに和を乱される様な行動をされちゃ」  「覚えが無いです」  その言葉を聞いて、A1部長は能面の様な面を浮かべた。  まるで虫ケラでも扱うかのごとく地面を指し、言葉を発する。  「銃を置け」  それを聞いた瀬崎がハンドサインで俺たちに壁際に寄って警戒する様に指示を出した。  俺たちは言われた通りローレディの体勢で本部棟の壁際に背中を預ける。その様子をA1の部長は忌々しそうに見つめていた。  「聞こえなかったのか?銃を置け」  「理由を言え、何故銃を置く必要がある?」  「そりゃあな、背中から撃たれるのはごめんだからだよ」  「おい、A1如きが何を勘違いしている」  「ん?今聞き間違いじゃなかったらA1如きって聞こえた気がするんだけど」  「間違いなくそう言ったのだが、不都合があるなら通訳を呼べ」  場を静寂が支配した。  ピリピリとした緊張感が肌を撫でる。  双方引く気の無い指揮官同士、下っ端は動向を伺いながら視線で威圧し合う。  つっても向こうのが火力も目も多い。  穴が開くほどって比喩が比喩ではないくらいだ。  A1の部長様はその圧倒的優位感を保持したまま不遜な態度で続けた。  「K2如きに調子に乗られたら困るんだよね、学園の最上位の探索部は何処だ?言ってみなよ」  「それを動かすのは何処だ?言ってみろ」  瀬崎は一拍おいて気迫ある声を発した。  まるで漫画みたいに周囲がビリビリと擬音を発する様な、そんな感覚だ。  瀬崎は続ける。  「今度は聞き間違えない様によく聞け。我々K2は委員会の勅命を受けて此処に立っている。つまり、我々は委員会から絶大な信頼を置かれている優良部隊だ。貴様らは異界での素行に問題ありと判断され、我々が確認に来た。結果は現状を見れば明白のようだ、最前線の拠点内にも関わらず装備を置いてフロアでくっちゃべっている馬鹿ども!司令室に私物を持ち込んで私有化している者!到着した他学園の部員を出迎えもしない、腐った現状をな!」  「……ハッタリだな。瀬崎部長は委員会からの勅命で来たって言ったよね?異界での俺たちの素行を委員会がどうやって把握するんだ?」  まあ、もちろん瀬崎のハッタリだ。  委員会に俺たちの活動を把握するなんざ不可能だ。  だが、新開から一組だけ合同探索に参加なんざ奇妙な事には違いない。  それにここまで自信満々に言われたら不安を煽ることは出来るはずだ。  「情報の出所すら分からんのか?桐山学園探索部の腐敗は全員が全員受け入れている訳では無い」  なるほど、内部の密告という形に持っていくのか。  しかし、瀬崎の奴……どうするつもりだろうか。  秘密任務を引っ提げた俺たちはもう注目の的だ。多少の揉め事くらいなら大丈夫と思ったがこれはもう任務を正常にこなせない域に達している。  A1部長は瀬崎の言葉を聞いて、不敵な笑みを浮かべた。  「ふーん……そうなんだ、ただの監視か。いやあ悪かったね、てっきりウチの学園を荒らしにきたもんだと思って」  A1部長は薄ら笑いを浮かべたまま、自分の胸元からLDDを取り出し、見せつける様にして言った。    「LDDなんかも二つ持っちゃったりして桐山学園を襲撃……なんてさ、そんな噂があったんだよね」  おいおい……秘密任務が筒抜けじゃねぇか。  訂正した方がいいな、注目されようがされまいがもう無理だ。  LDDの件が知られているイコール最早任務を正常に遂行することは不可能に近い。  瀬崎を見れば、肩をすくめていた。    「LDDを二つ?……お前は何を言っている」  瀬崎の言葉にA1部長はせせら笑い、口を開く。  「証明してよ」  「何をだ」  「LDDを二つ持っていないという証明を」  「荷物検査でもするつもりか?」  「脱いで戦闘服と装備を検査させろ、じゃないと信用出来ない」  明らかに旗色が悪い。  まさぐられたら確実にLDDは出てくる。  念の為、下着には入れてあるがバレるだろう。  これは素直に白旗を振った方が賢明かもしれないな。  俺は振り返り、柏木の耳元で、  「合図したらスモークを焚け、敵の真ん中にぶん投げろ」  そう囁いた。  スモークグレネードは忍者の様に目眩しで自分達を隠す時に使う。  しかし100メートルも離れていない、肉薄した状態での場合は相手陣地に投げ込んだ方が有効だ。  実践経験のない奴ら程、同志撃ちを避けようとするため混乱をさせる事ができる。  柏木は俺の言葉に汗を垂らしながら頷いた。  俺はそれを見届けてから、瀬崎の位置まで歩いていく。  瀬崎は近づいてくる俺に気づくと、クイクイっと指で耳を寄せろと合図してきた。    「心配するな、考えがある。お前らは徹底抗戦の姿勢を崩すな。あと、銃を向けてきたら迷わず撃て」  まじか……。  この圧倒的不利な状況で瀬崎はまだ舌戦を繰り広げようとしているのか。  俺は顔に出さない様に頷き、柏木達の位置まで戻る。  その一幕を見ていたA1部長は愉快そうに笑った。  「ほらっ、部員が心配してくれてるじゃないか瀬崎部長。速やかに部長として、部員の安全を図る責務を果たしたらどうだ?」  「お前らを早くぶっ殺していいか?と聞かれたものでな、まあ、待てと指示を出したから臆病ども達は安心しろ。多勢に無勢だが、ウチの部員は血の気が荒い、最後の1人になっても戦い続けるだろう。歯向かってくる奴等はよく聞け、命を賭して闘う覚悟があるやつだけ銃を向けろ!」  俺でもドン引きするくらい凄まじい気迫に少し押されたのか、A1部長はため息を吐きながら口を開いた。  「いつの時代だよ、分かった分かった。そんじゃあ今回は見逃してやるから」  おっ、見逃してくれるのか?  まあ、学園には絶対生息していない狂犬どもなんか相手はしたくないだろう。  ハッタリとは思えないぐらいの気迫だ、死人が出れば罪は最上位の探索部に責任が生じる。  羽咲がほっとした様に息を吐く中、驚くべき事に食い下がる人物がいた。  他の誰でもない、我が部の部長だ。  「もし我々が裸になってLDDをもっていなければどう責任を取る?」  「今回の騒ぎは大目に見てあげるよ」  「話にならんな、貴様らの始末はどうつける」  「取引きなんざこの状況ですると思うか?」  「だからウチはいつでもやる気だ、銃を向けられた時点で徹底抗戦を貫く。死人が何人出ようが知ったこっちゃない」  薄ら笑いを浮かべたA1部長の背後の1人が、ふざけた様にこちらに銃を向けようとした。  恐らく威嚇のつもりだったのだろうが、俺は言われた通り膝に向けて迷わずぶっ放す。  膝を撃たれた部員は断末魔の様な悲鳴をあげ、その場に倒れた。  他の部員が瞬時に反応して銃を向けようとするのをA1部長が手で制する。  その顔は緊迫していた。  「正気かお前……」  「ヤツは銃を向けたぞ、ウチは本気だ」  「……LDDが出てきたら半殺しじゃ済まないぞ?」  「だから殺せばいい、信用できない輩を編成に組む事もないだろう」  無論、そんな事は出来るはずも無い。  人死にを出せば責任を取るのは上位の探索部だ。  瀬崎の気迫に押された形でA1の部長は今まで以上に表情を歪めていた。    「……分かった、お前ら装備と服を脱いで渡せ。検査する」  「順番だ。全員武装解除した際に袋叩きにされちゃ敵わん、私からだ」  「チッ……分かったよ、それでいい。おい!女子部員、誰か来い!検査しろ」    瀬崎は銃を起き、その場で装備を地面に投げ捨て始める。  A1部長の指示で近づいてきた女子部員達がそれを検査し始めた。  「これがD1で受領したLDDだ、後は服だな」  瀬崎がなんて事のない様な口振りで上着を脱いで地面に放る。  スポブラが露わになった。  このまま全裸になりそうな勢いだ。  ベルトをカチャカチャとし始めた段階でA1部長は待ったをかけた。  「そこから先は身体検査でいい」  「要らん、難癖をつけられても敵わん。身体検査した奴がスパイだとかな」  瀬崎はズボンを脱いで下着だけになった。  見かねた様にA1部長が女子部員に指示を出す。  「……瀬崎部長、待て。シートを持ってこさせる」  シートで囲って見えない様にするつもりだろう。  意外と紳士だな。  流石に女子をひん剥く趣味は無いという事か。  「男子部員は後ろを向いーーーー」  「要らんと何度言わせれば気が済む!舐めるのも大概にしろ!桐山の馬鹿ども、よく見ておけ!」  瀬崎は下着を脱いで全裸になった。  流石に桐山学園の奴らも呆然としている。  「下着も調べろ、貴様の背後の部員も気になるなら調べるが良い」  「……樋口部長、全て調べましたがLDDは見当たりません」  「羽咲、つぎはお前だ!!」  LDDは……今、瀬崎は持ってないのか?  どこに隠したのだろうか?  俺と柏木の股の間には息子と一緒に未だにぶら下がっているぞ?  そんな疑問を浮かべている間に、瀬崎の言葉を受けた羽咲がビクリとして俺を見る。  そんな目で見るなよ……流れ的に回避は出来そうに無いぞ。  「いや……もういい、服を着ろ」  A1部長は諦めた様に声を漏らした。  瀬崎はフンと鼻を鳴らし、不機嫌そうに口を開く。  「この始末はどうつけるつもりだ?」  「どうもしないさ。言ったろ?大目に見るって」  A1部長はそう言い残し、本部棟へと消えていった。  後ろの部員達もバツが悪そうに追随していく。  本部棟の入り口付近にいた俺達が威嚇するようにゾロゾロと中に入っていく部員達を見ていると。  一人、ニヤニヤと俺を見返してくる女子部員の姿があった。  ソイツは俺の前に立ち止まり、何かを言いかけたが、  「胡桃坂(くるみざか)!早く来い!」  焦ったようなA1部長の声を受け、肩をすくめてその場を去る。  ……なんだろうか。  SALに居た時に頭のネジが外れた奴を何人か見たが、ソイツと雰囲気が似通っていた。  学園みたいな組織にもあんなのが居るんだな。    ふと、視線を瀬崎に向けると、装備まで着け終え、俺たちの元にやってきていた。  柏木がパクパクと魚の様に口を開いているのが視界に入る。  何か慰めの言葉をかけようとしているが、何と声をかけていいか分からない様だった。  まあ、全員の前で裸にひん剥かれたのだ、俺も少しは慰めてやろう。  「ナイスバディだったぞ」  親指を立てながら言うと、羽咲に思い切り腿(ふともも)に膝蹴りをくらわされ、瀬崎からはフッと笑われた。  柏木はオロオロしていた。  だがそれ以降、駐屯地域で不遜な態度をとる輩は1人も居なかった。  

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第九話 杜撰

第八話 鉄輪

 二週間なんかあっという間だ。  引っ張りたくなるポニーテールをゆらした駿河がそそくさと実家へと帰ってから13日経過していた。  その間、瀬崎指導の元、目を瞑ってもこなせる程に室内戦闘訓練をこなした。  お陰で心配性の柏木も消灯後に布団に潜ってこっそりチョコをパクパク食う余裕さえある。  「虫歯になるぞ」  「な、何が?」  今のところ、平和だ。  布団をびくりと震わせながらしらばっくれる柏木を視界の端に捉えながら、そんな事を思った。  腕時計を夜間モードで見ると日付は変わっていた。  明日で俺たちの命運は決まる。  窓辺(マドベ)の救助が失敗すれば後が無いと思っていた方が良い。  よくてK2の解体、悪くて拘束監視だ。学園の手際から見てそれくらい想定した方が良い。  まだゴソゴソと何かをする柏木の気配を感じながら、俺は眠りについた。  午前八時、いつも通り部室でミーティングだ。  瀬崎がホワイトボード前に仁王立ちでいつものスタイルを見せつけながら口を開いた。  「明日、遂に探索だ。準備は進んでるか?」  「バッチリだ」    俺がノータイムで答える。  柏木がチラリと俺の顔を伺った。   辞めてくれ、そんなあからさまに見られたらギリギリに準備してるのがバレるじゃないか。    「新谷、良い加減に副部長としての自覚を持て」  瀬崎の叱責に場が少しだけ和んだ。  昔の瀬崎だったら個別に呼び出して2時間くらい説教してきたろうが……丸くなったもんだ。  まあ、俺と駿河という問題児二人の功績のお陰だ。  言っても無駄なヤツがいるというのをこの一年で学んだのだろう。    「少しおさらいだ、明日は04:00には起床、※上飯(あげめし)を食堂で受領し、部室で喫食(きっしょく)する。その後は装備の点検、後に作戦の詳細を伝える。以後は0530まで待機、D1の窓辺(マドベ)が窓を開いたらそこを通過してーーー」  瀬崎の説明は続く。  要するに今回は異界では我らがK1拠点を介さず、桐山管轄の拠点に一番近いD1拠点から車両を使ってF1拠点に移動し、他校の探索部と合流する手筈になっている。  そこから他探索部の探索が終了次第、F1拠点に戻り窓を通って桐山学園にいくって話しだ。  窓辺(マドベ)ってのは便利な存在で使い様によっては一瞬で地球上の何処でも移動することも可能だ。  例えばアメリカにいる窓辺が異界のAという地域の近くに窓を開いたとする。  日本にいる窓辺もAという地域の近くに窓を開く。  すると、異界側のA地域にアメリカと日本にいける扉が完成する。  地球の国家間の何百キロも離れた移動を異界を経由すれば三分もかからず行き来出来るわけだ。  夢のワープ装置は人間の未知なる異能力によって達成された。  しかし、何も世の中そんなうまい話がある訳じゃ無い。  窓というのは引き寄せられる法則がある。  あまり近くに窓を開き過ぎると、窓同士が干渉しあって融合してしまうリスクがあるのだ。  そうなればどうなるかなんてのは想像もしたくない。古来よりそういった事象は避けられてきた。  だから異界では地域ごとに窓辺(マドベ)が窓を開く場所は決められている。  「F1拠点に着いたならば各部長は集合して作戦の詳細を確認、その後は各班ごと分かれてSゼロ地域の集結地に集合。その場で再編成して共同探索を行う。探索終了後はF1の窓を通過して桐山学園へ移動、二日間のミーティング後に再びF1窓を介して行きと逆の順番で新開学園に帰還する」  通常では、か。  俺たちK2には窓辺救出大作戦(笑)がある。  桐山学園は県三つ離れた場所にあるため追手が来れば地上での追いかけっこになる事は必至だ。  公道でトチ狂った桐山の奴等と銃撃戦になるような事にならなきゃいいが。  「不足の事態に備えて※物心両面(ぶっしんりょうめん)の準備をしておけ、引き金に重いも軽いも無い、ただ引くだけだ。的を外すな」  瀬崎の殺人指導(ガイダンス)を持ってその日のミーティングは終了し、俺たちは通常授業を受けていつも通り過ごした。  PM04:00。  柏木の携帯アラームによって目が覚めた。  俺と柏木は爆速で歯磨きをすました後、バツバツに物の詰まった背嚢を持って部室へと向かう。  部室では既に瀬崎が席に座って茶を啜っていた。    流石の落ち着きだ。  そう思っていたら俺たちを見るなり立ち上がった。  「羽咲は早飯を受領に行っている、その間にお前ら荷物を点検する」  荷物点検するのかよ、ガキがじゃあるまいしどんだけ信用無いんだよ。  そう思っていると、  「信用が無いんじゃなく、部長の義務だ。さっさと中身を展開しろ」  まるで教育隊(ブートキャンプ)上がりの教官みたいな目つきで俺たちが展開する荷物を点検し始めた。    「よし、仕舞え」  俺たちが荷物を背嚢に詰めていると、羽咲がダンボールを抱えて帰ってきた。  「四人分、受領してきました」  「了解、お前ら早く仕舞え、さっさと食ってさっさとミーティング始めるぞ」     一足先に瀬崎と羽咲が段ボールに入っていた早飯に手をつける。  早飯なんて言えば聞こえはいいが、ただの菓子パンと惣菜パンと牛乳だ。  味付けの濃いレーションじゃないだけマシだと思って食うしか無い。あんなモン初日に朝っぱらから食わされたら確実に吐く自信がある。  俺と柏木は少し遅れて早飯に手をつけた。  ほう、今日はジャムパンとテリヤキチキンのパンか。組み合わせは最悪だが学園パンソムリエとしてはまあまあのラインナップと評価できる。  ひたすら無言で黙々と食し、俺たちは食事を終えた。  「よし、それでは作戦の詳細を伝える。メモは取るなよ」  一息着く間もなく、瀬崎がホワイトボード前に立った。作戦の詳細、それはもちろん例の門外不出の救出大作戦の事だ。  「桐山学園にはA1を始めとする国内最強を謳われる集団が多数所属している。しかし、それは異界ではという前提がつく話だ」  まあ、そうだ。  俺たち学生が異界で銃なんか持たされているのは異界で発動できる特殊能力がある事他ならない。  それに加えてLDDを用いたパフォーマンスの向上。異界において個人差はあるが限られた時間凄まじい戦果を出す事が出来る。    「我々は地上でのLDDの使用も許可されている。非常時になったら迷わず使え」  部室に緊張が走った。  LDDが地上でも使えるのは駿河から聞いていたが、ここまであからさまに上から使用許可が出るとは思わなかった。  上の連中から、あの時訓練場で駿河から聞かされているのだろうからもう隠す必要も無い、とでも言われている気分だ。  最重要機密だろうに、桐山の奴等にLDDを使用するのを見られるリスクは厭わないのだろうか?  それともスキャンダルで全員しょっぴくから情報漏洩なんざ安いもんだと思っているのだろうか?  「つまり、我々のシキシマでの訓練でした会話は全て記録されていたという事だ。現在進行形でな」  改めて言われるとなんだか妙な気分だ。  堂々と監視宣言なんざしてストレス値が上昇したらどうすんだ、こっちは学生だぞ。  「つまり、LDDを我々は異界入りする前に受領して隠し持っておく必要がある。今伝えれるのはこれだけだ。合同探索が終わり、桐山学園入りしてからまた詳細は伝える」  「なあ、部長が死んだらどうすりゃいい」  俺の質問に柏木&羽咲が思わずといった様に目を剥いた。  縁起でも無い質問なのは理解の上だ、しかし、瀬崎だけに作戦詳細が伝えられているのはおかしい。  不足の事態が起こった時に誰も指揮権を譲渡できなくなる。  「死なん」  不死宣言されても困るんだが。  万物霊長寿命があり、それに限らず唐突に死は訪れるもんだ。  「そうせんように努力せよとの上からのお達しだ」  「想定は必要だろ」  「時間の無駄だ、考えるな」  「感じろってか?」  揶揄う様に言った俺に対し、瀬崎は飄々と言ってのけた。  「嫌なら私を死なせるな」  「だってよ、お前ら。防弾チョッキが本物か確かめようぜ」  羽咲と柏木に問いかけると、反応に困っていた。  これは俺が悪いな。  いや、上が悪い。  俺たちはおもちゃの兵隊で、SPじゃないんだ。  「話は以上だ。お前ら、ベストを尽くせ。成功すれば委員会から絶大な信頼を得れる。リスク以上のモノは必ずある。心してかかれ」  全員が頷くのを持って、瀬崎は俺たちに荷物を背負わせ、D1の窓辺が待つ体育館へと向かわせた。  「K2瀬崎部長、届け物だ」  D1窓辺が待つ仰々しい隔壁の前に行くと、ジャージを着た体格の良い黒マスクをした男が瀬崎に土産の菓子くらいのサイズの硬そうな箱を渡した。  瀬崎は受け取り、中を確認すると頷く。  「確認しました、箱はお返しします」  中身だけ取り出し、箱を男に返すと彼は満足気に頷く。  そして、隔壁前の黄ばんだ受話器を取った。  「K2人員四名、通過する」  隔壁のロックが解け、扉がゆっくりと開く。  俺たちが通り抜けようとすると、男が気まぐれの様に口を開いた。  「健闘を祈る」  「恐縮であります、最善を尽くします」  瀬崎がそう返し、第二の扉まで向かう。  第一の扉が閉じられるのを待ってから、暗闇の中蛍光テープを頼りに手動扉に手をかけ、開いた。  「おー……」  羽咲が感嘆の声を上げる。  理由は明白だ、K2の窓と色が違うのだ。  薄青色味がかったブラックフォールの様な物体が部屋の中央でゆらゆらと揺れていた。  K2の窓はオレンジ色が混じった様な色合いをしている。  純粋な窓辺ほど青みがかるのだが、これは教育でも習わない事だ。  本来は一生自分の部付きの窓以外、通ることは無いのだ。俺や瀬崎、駿河だけが例外的に知っている事項だろう。  まあ、委員会が今回共同探索なんて打ち出してきたからいづれ皆んなが知ることにはなるだろうが。  「お前ら、これを首に下げて服の中に入れ込め。チェーンが見えない様に工夫しろ。まだ四百秒ほど余裕がある、落ちついて動作を行え」  瀬崎からLDDのネックレスを手渡される。    「なあ、瀬崎」  「なんだ?」   「試しに起動していいか?」  全員の視線が集まる。  地上でも使えるのは委員会お墨付きだが、使った覚えが無いのでどうも信用し難い。  瀬崎は口元に手を当て、納得した様に頷いた後にLDDのポッチを押して解放し、肌に当てた。    「そうだな、お前らも起動しろ」  俺たちもポッチを押して鉱石を露出させ、肌に当てる。  すると、LDD鉱石が淡く光り始め、体に力が漲る様な感覚がした。  「本当に……地上で使えるんですね」  「お守り程度だ、異界同様に使用できるとは限らん。使い所は要注意だな」  瀬崎が良いながらLDDのポッチを押して鉱石をカバーに戻し、服に入れ込もうとする。    「なあ、向こうでもLDDが配られるんだろ?万が一に備えてうまく隠しとかないか?」  通常はネックレスの様に首に下げて、視認できる様に下げときゃならない。  いざという時にすぐ使えないからだ。  だから首に下げて服に入れ込んでおけば見つからないだろうが、しかし、今回の作戦は地上でのLDDが要となる節がある。  もしLDDを二つ持っているのを見られでもしたら作戦が破綻する。  「ふむ……そうだな。ブーツにでも入れるか?」    それは大分ストレスだろ?  完璧にバレないだろうが靴擦れしそうだし、却下だな。  「うまい具合に下着に入れとこうぜ、万が一ひん剥かれても下着までは見られないだろ」  「ほう……下着か」  瀬崎が思案する様に腕を組み、頷いた。  「良い案だ、しかし、落とすなよ」  「ああ」  「え?下着ですか?……」  羽咲が微妙な顔をした。  「ああ。羽咲、お前も私と同じ布地のスポブラだろ?ならしっかり入れ込めば密着して落ちにくい筈だ」  「言わないで下さい!」  「落ちない様にサイズをキツクしてやる、上着を脱いで後ろを向け。そのあとは私も頼む」    ほう、ブラジャーに入れるのか。  それじゃあ左右非対称に……ゴホッゴホ。  羽咲はチェストを脱ぎながらそう言うマイペースな瀬崎に呆れ顔した後、ジロリとコチラを見た。  俺と柏木は顔を見合わせて後ろを向く。  「俺たちはこっち向いてやるから」  男二人、窓辺(マドベ)の部屋でカチャカチャとベルトを外す。  背後は半裸の瀬崎と羽咲、二度は無い体験だろうな。  「角張っててちょっと痛いね、それに落ちそう」    柏木が苦悶の表情で試行錯誤している。  俺は腰に巻いてうまい具合に隠蔽した様を見せてやった。  「腰に巻けば良いんだよ、ほら、無駄にチェーンが長く調整出来るからな」  「ああ……良い具合になったよ」  ベルトを巻き直して隠蔽完了。  男はこういう動作は早くて良いよな。   そんな呑気な事を思ってる内に準備が完了し、俺たちは無事に時間通り窓を通過して異界入りを果たした。    「ようこそ、D1の司令、倉木です。LDDの準備が出来ているので、本部棟にどうぞ」    懐中時計とランタンを持って出迎えたのはD1の司令だった。  K1より上級探索部の為、吹きさらしではなくコンクリートの尾根付き家屋だった。  導かれるままに外に出ると、ゲート前にエンジン音を鳴らして待機している車両が目に入った入った。  電気系統の使えない異界では車両バッテリーが使えないので手動でクランキを回してエンジンをかけなければならない。  動かすまでにやたら面倒な工程をするらしく、出発より早い時間にエンジンを始動する必要があるのだ。  車両の下を覗き込みながら何やら確認している人員を尻目に本部棟に入ってLDDを受領した。    「もう出発されますか?ミーティング時間くらいなら空いてますよ」  時計を確認しながら呑気な事を言う司令に瀬崎は首を振った。  「不測の事態があって集合に遅れるわけには行きません、早めの出発を希望します」  異界のポンコツ車両が途中でエンストして探索部が遅刻するのはよくある事だ。  司令は頷いて近くにいた人員に窓から合図を出させた。  「健闘を祈ります」  「恐縮です、最善を尽くします」  瀬崎の受け答えレパートリーが少ない事を発見しつつ、階下を降りて車両へと向かう。  軽く挨拶して荷台に乗り込むと、俺たちはいよいよ桐山の連中が待つF1拠点へと出発した。    途中、エンストすることも無く順調に事は進んだ。  瀬崎指示の元、俺たちは荷台の偽装網(バラキューダ)の隙間から銃を覗かせて警戒をしつつ、F1拠点に到着する。予定よりも四十分程早い到着だ、幸先が良い。  ゲートが開かれて、F1拠点内に入り、背嚢を背負って荷台から降りると、奇妙な事に気がついた。  辺りから容赦なく降り注がれる視線が幾数もあったのだ。  柏木と羽咲が居心地悪そうに立っていると、後から降りてきた瀬崎が呆れた様に口を開く。    「出迎えも無しか、一体どうなっている」  たしかにそうだ。  これは別に傲慢な発言ではなく、他校の探索部が出向いたなら案内役くらい待機させているのが普通だ。  D1の窓を通過した時だってわざわざ司令が出迎えにきたのだ。  それなのにここの連中ときたら、遠巻きにコチラを見てヒソヒソと話しているのしか見当たらない。  国内最高峰のA1がいる桐山もたかが知れてるな。  「その辺の奴捕まえようか?」  俺が進言すると瀬崎は首を振った。  「構わん、このまま本部棟に行くぞ」  瀬崎はドライバーに二言三言話し、俺たちの乗っていた車両はD1へと帰っていく。  これで俺たちは完全孤立した事になる。  本部棟に向かいながら瀬崎は愚痴を吐いていた。  「ドライバーも出迎えが無いのはおかしいと気にしていた。到着は予定よりも早かったが他探索部が異界入りした時点で出迎えを用意しておくのは鉄則だ。お前らもよく覚えておけ」  本部棟に入ると、フロアの椅子に座ってだべっている奴らが散見された。  コチラに気づくと、好奇な視線、もしくは警戒した様に見てくる奴らが数名。  おいおい、立って出迎えるくらいしろよ。  「失礼、司令室は三階で間違いないだろうか?」    瀬崎が階段を登る前にその辺の奴らに確認する。    基本、司令室は最上階か三階にある。  椅子に座ったままの男はコチラを上から下まで舐め回す様に見たあと、破顔しやがった。    「荷物を背負ったまま?」  おいおい、タメ口かよ。  思わずどつきそうになるのを堪えていると瀬崎がにこやかに返した。  「出迎えが無かったものでね、そういった事は司令に直接伺おうと思っている」  瀬崎の嫌味に対し、男は目を剥いて周囲の奴らと視線を合わせる。  そして肩をすくめた後に裏口を指した。  「裏口を出て真っ直ぐ行けば背嚢を集積してる場所があるよ、背負ったままだと笑われるよ?」  なんつー言い草だよ。  瀬崎もピキッたのか無視して階段を登り始めた。  「お前ら行くぞ、質問にも答えられんヤツの相手をするな」  「おいおい、新開の奴らは人の好意も受けられないようだぞ」  その言葉にフロアで笑いが起こる。   俺は最後尾で思いっきり睨みながら登ってやった。  少し強張ったのが目に見えた。  ウチが探索部の中で最少人数だからって舐めてやがるな。  「なんか……凄いですね」  「アウェーだね」    羽咲と柏木の呟きに瀬崎が階段を登りながら反応した。  「先が思いやられるな」    全くだ。  せめて背後から味方に引き金を引かない位の常識はあって欲しいが。  そんな事を思いながら俺たちは三階、司令室前へと到着したのであった。

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第八話 鉄輪

第八話 ミコミコダンス

 俺は呆気にとられ、雷野を見る。  雷野はまあ見ておけと言わんばかりに腕を組みながらウィンクしてきた。  「まあ、席につきたまえ。聞きたいことがあるなら直接聞いてくれて構わんのだよ?」  「いえ、大丈夫です」  「それは何故だい?」  「私はあなた方が本音を話してくださるとは思えませんから」  両者、牽制し合うかの様な視線の攻防が繰り広げられる。  一気に室内の温度が二度ほど上昇した様な気がした。  というかこれは……どういう、状況だろうか。  なぜ雷野は日々谷が廊下から出てくるのを察知出来たのか?  まるで元からその場にいたのを知っていたかの様な動きだ。  彼女は聞き耳を立てていたのか?  それを俺との会話で導き出した?    『何かが何かを知りたい』  という風な事を言っていたと話したが、それからどうして日々谷が廊下で聞き耳を立てていると察知出来る?  困惑しつつも、会話は続けられた。  「内容によるな」  「何のです?」  「君が私たちを嗅ぎ回っている理由の、ね」  「Virtual Rainに大変興味があります」  「それで?」  「あなた達にも興味があります」  「私たちの活動が、かい?」  「ええ、そうです」  雷野は静かにコーヒーを机に置いた。  向き直った顔は怖いくらいの無表情だ。  「なら何故コソコソするんだい?」  「VR部は鉄の掟とやらがあるんですよね?情報漏洩は許さないとか?」  何故、それを知っているのだろうか。  情報漏洩をしないという鉄の掟が他人に知られているってのは何とも間抜けな話である。  「ふーん……上手くたらしこんだようだ。因みに誰から聞いたの?」  「情報提供者が制裁されたら寝覚めが悪いので言いません」  「ほう、問題として提示しておいてそれは寝ぼけた発言だな。こうなれば全員制裁という道を取らざるを得ない」  「脅迫ですか?」  「摂理だ、事象には結果が伴う」  言い切った雷野は手を広げながら挑発的な笑みを浮かべた。  日々野は表情も変えず、次なる言葉を口にする。  「部員達の何を人質にしてあるのかは分かりませんが、私も何かを差し出せば信用は得られるのでしょうか?」  「ほう、いい心がけだな。そうとも、最初からそれを言えば良かったのだ。対価を得るには犠牲が要る」  「覚悟は出来ています」  雷野は俺にウィンクをした後、片手で制服の上着を肩にかけ、日々谷の背中をポンと叩いた。  「はいはい、チャキチャキついてきな。ここでは話せない。いや、出来ない事をしようか」  まさか、人質動画を撮るつもりか?  学園のアイドル的存在の日々谷の?  少々どころかかなりリスキーじゃないのか。  知られたら学校の連中に血祭りにあげられること山の如しな気がする。  「行きましょう、何処へなりとも」  「門限は何時だ?」  「私の家に制限はありません」  「なんと、そんな優等生がいるとはなあ。私と同じじゃないか!ワハハッ」  雷野は笑うなり、クルッと反転して俺を見据えた。  「ちょっと行ってくるよ」  「お前まさか……」  「また連絡する」  深夜、メールで雷野から意外とノリの良いヤツだ、とミコミコダンスという名の動画が送られてきた。  ……怖いので見ないでおいたのは正解に違いない。  雷野が次の日の学校終わりにルミカ邸を訪れた。  俺は最早ルミカの助手的に隣に立ち、二人の会話を聞く。  内容は現状報告と、今後の方針についてだった。  「日々谷ミコという女について、まとめてある。確認してくれ」  資料を手渡されたルミカは秒でそれを読み取り、俺に手渡してくる。  まじまじと眺めると、まるでウィキみたくまとめられた日々谷の調査資料が並んでいた。 ◆ 新部員についての報告書 【名前】 日々谷ミコ 【年齢】 16 【性別】 女 【生い立ち】  世紀の悪女と言われ、世間を大いに賑わせた大女優、日々谷ミオの娘として生まれ、名だたる芸能関係者との面識も少なく無い。  父親は非公開で不明、両親及びに関係各位も詳細を知らず、困惑させた経緯がある。  母親である日々谷ミオは世間的に何人もの人間を陥れた悪女であるという認識が〇〇世代では浸透しており、母親の特殊性並びに父親の不在が歪んだ人格形成を及ぼした可能性は大いに高い。   【実際の評価】  幼年期から現在にかけてまで、周囲の関係者は口を揃えて「真面目である」又は「感性がユニーク」との総評を述べている。  交友関係については、幼年期から決まったグループに所属する傾向にあり、母親の威光や成績優秀な側面がある為、どのグループ内においても一定の発言権があったが、周囲に影響を与える様な発言をした形跡は無く、周囲からも内向的であると判断されていた。  また、母親譲りの容姿とスタイルから学校での人気も高く、芸能関係者も目をつけている。   【VR部への影響】  学校内では多大なる影響力を持ち、彼女と友好を結ぼうとする人物は少なく無い。   学校内で悪名の高いVR部への入部は周囲を驚かせ、自発的に経緯を調べる者、入部して近づこうとする者、怪訝に思い、今以上にVR部に悪感情と警戒心を持つ者と多岐にわたる。  それらにより、現在まで悪感情により学校内で目を向けられなかったVR部が関心を向けられている事は明白である。  実際、部活終了後、部員帰宅時に何者かがドアノブをひねって中に入ろうとし、施錠を確認して断念した形跡があり、VR部の内部資料を閲覧または押収を成そうとした可能性が高い。  これらの事柄から隠密性、秘匿性の高い活動は困難を極め、部活動中に関係者以外の人間(日々谷ミオの友人グループまたは彼女に関心を寄せる見学希望者)が急遽立ち入る懸念から困難を極められるーー  そこまで読んだところで俺は感嘆の息を漏らした。  相変わらず呆れる位の情報量だ。  どこで誰から入手したのかも分からない様な資料に若干畏怖すらするが……。  チラリとルミカを見ると、神妙な面持ちで雷野と話し合っていた。  それにしても日々谷が……あの大女優の娘だったなんてな。  芸名だと思ってたら本名だったパターンだ、そのせいで気づけなかったのもデカい。    日々谷ミオ、俺の親父が大ファンだった女優だ。    理由を聞けば大スキャダルを起こした彼女は驚く事に開き直り、悪女ばかり演じる女優となって大成功したのだとか。  確か語学にも長けていて、ハリウッドにも進出したんだっけな?  今はVirtual Rain関連の話題ばかり追っているので良くは知らない。  「彼女はレント氏にバスで接触を図ったり、また部員達から鉄の掟について聞き出したり、果てには部室で聞き耳を立てたり、と無視出来ない様な行動を取り続けている。このまま放置すれば更に面倒な事態を引き起こす様な事も示唆しているために、早いとこ取り込むなり対処を取らなければまずい状況だ」  「……目的の意図は不明、か。単なる好奇心で済むような経歴なら良かったのだけど」  「彼女の影響力は絶大だ、情報漏洩した部員達はともかく、扱うには絶妙なバランス感覚がいる」  「貴女が得意そうな分野ね」  今気づいたが初対面では敬語を使っていたルミカだったが、今ではタメ口だ。  小学生だから余計に不遜に感じるが、雷野は気にしていない。  二人の間でそれなりにコミュニケーションが取られていた証にも思えた。  「無論、不得意を自負するほど間抜けでは無いつもりだ」  「部員達には今回の案件は話してないのよね?」  「ああ、まだその段階には無いと判断している。今のところは、だが」  ルミカは非難する様なキツイ口調で続けた。  「日々谷ミコの人質動画を撮影したと聞いたけど……それは避けられなかったの?」  「リスクにリスクを重ねた結果にはなったとは思う。しかし、現状においての次段階へ押し上げるには必要な処置かと」  対する雷野はいつものお気楽調だ。  そんな彼女に対し、ルミカは平然とした口調で告げた。  「リスクを取れば実を得れるのなら、取るべきね。次段階に引き上げてもいいわ」  「承知した」  まるで10年来の部下と上司の様な抽象的な会話で話がまとまり、俺は慌てた。  「おいおい、何を承知したんだよ。俺は政治家じゃないんだ、含みのある会話はよしてくれよ」  雷野は親指を立てて意思表示した。  「要するに遂に部員達にネタバラシするという事だ。日々谷を含めてな」  日々谷も含めて?  資料を見る限りではそれはリスクがデカすぎる気がするのだが。  「……いいのか?」  ルミカに問うと、返答が雷野から返ってきた。  「いいも何も、そもそもリスクを背負うのは双方覚悟の上だ。世界を変えうる一大事件と周囲の雑音とでは取るべき方策の優先度が違う」   「日々谷は信用出来るのか?」  「信用は無いが身動きを封じるカードは手にした。これは切れば全員が破滅する様なカードだがな……」  さながら核兵器みたいなものだな、と呟く雷野。  確かに人質動画は強力な切り札だが、こちらもダメージがゼロなわけでは無い。  むしろ動画を流した本人のが危険に晒される可能性は高い。  そもそも人質動画は倫理的に見て最低なものだ。  「選択の余地は無いわ」  ルミカを見ると、怖いくらいの無表情だった。  「時間は限られている、少しでも駒を前に進めないと」  そのタイミングで、ああそうだ、と。  雷野が思い出した様に人差し指を立てた。  ルミカが怪訝な表情を浮かべる。  「ルミカ嬢、差し当たって一つ提案があるのだが」  「何?」  「リスキーだが、更にここらで大きなムーブをしたい。その案を一つ、見せたいのだが」  新たに提示された資料を眺めたルミカは、暫く考え込むようにこめかみを抑える。  そして、睨むように雷野を捉えた。    「はしゃぎすぎれば……足がつくわ」  「繁華街にネットカフェがある。その隣に廃ビルがあるのだが、間借りしてお隣りの回線を拾おうと思っている」  「……リスクに見合う価値を叩き出せるの?」  「無論、叩いて埃を撒き散らす」    自信満々な雷野。  資料をルミカが握りしめているので、掠め取ろうなんて雰囲気ではない。  「何するつもりだよ?」  「なーに、Virtual Rain本社にちょろっと電話するだけだよ」  「……はあ!?Virtual Rain社に直接電話!?」  「作戦名をつけるとするなら『ハロー、私の人生を完璧にしてくれてありがとう!』といったところか」    電話をとる真似をしながらそんな事を言う雷野。  ルミカを見ると、呆れた様に息を吐いていた。  「ファーストコンタクトはどう取るつもり?」  「まずはアシのつかないゾンビPCでメールを送信する。送信者は件(くだん)のPhiladelphia876と名乗り、Virtual Rain社に暗殺事件について直接抗議したい旨のメッセージを送る。876である信憑性の高い情報と、匿名通話アプリのURLも添えてな」  「続けて」  「相手が乗ってきたら交渉開始だ、世間に無実の罪を暴露すると脅し、情報を引き出す」  今回は運営による介入の可能性が高い、非常に複雑な案件だ。  その運営と直接対峙するのは大胆な案ではあると思う。  しかし、この案には致命的な部分が存在していた。  「相手が乗ってくると本気で思っているの?」  これだ。  相手が乗ってくるとは思えない。  大企業がイチ暗殺ギルドの意見に耳を傾けるとは思わない。  やろうと思えば幾らでも改竄は可能だろう。  そんな意見を見越してか、雷野はさらなる発言をした。  「実は昨日、公式がとある発表をしたのだ」  タブレットを取り出した雷野はとあるトピックニュースを俺たちに見せながら言った。  「こんな事をいけしゃあしゃあとな」 ✴︎運営からのメッセージ  今回、バーチャルレイン内の平和の象徴であるレムナント内で発生した狂気的なテロによる、偉大なる平和に貢献したセイリーンキャンベル氏の死はスタッフ一同、心を痛めております。  よって、今案件によるレムナント内におけるジェノサイドに匹敵する恐怖を緩和するため、運営による相談窓口を用意しました。     それを見たルミカは険しい表情で一言、  「異例ね」  確かに異例だ。  今まで運営はVirtual Rainで起こりうるあらゆる事象にも関与しなかった。  「運営が慰問文まで掲載してレムナントに肩入れするのはおかしい」  「そうとも、運営はいままでバーチャルレイン内での事象はグループ間の戦争だろうと中立の立場を取っていた筈だ。世界でもこの対応は賛否両論分かれている。何を今更、とな」  タブレットを放る様にバッグに突っ込んだ雷野は続けた。  「ルミカ嬢はこれをどう見る」  「……相談窓口、ね。なるほど、運営側から暗殺者側へコンタクトを取りたいような文面ね」  ふむ?……そうなるのか?  運営からのこのメッセージは、プレイヤーを心配する素振りに見せかた、暗殺者側に向けたものだと?  よく分からない。  まあいい、それは百歩譲ったとして、何故窓口があるのにわざわざゾンビPCとやらを経由してコンタクトを測るのかは疑問だった。  俺は律儀に手を上げて質問した。  「いい質問だ、ワトソン君」  助手認定をされたのが不服だが、次なる言葉を待つ。  「これはテストなのだよ、馬鹿正直に通常回線を経由する様な連中は偽物だと見られるに違いない。876は非常に高度に組織化されたグループであるというのが通説だからな」  「イメージ戦略かよ」  「大事な事だ」  帰るつもりだろうか、雷野は制服の上着を着つつそう行った。  果てにはカバンを担ぐ彼女を見て、ルミカが口を開いた。  「ねぇ、いつコンタクトを取るつもり?」  「明日は夜更かししてもらう」  明日かよ!と内心驚いた。  雷野は腕時計を確認しつつ、    「十一時半にVirtual Rain社の技術顧問は会食前に出社してミーティング予定なのだ」  背中を見せ、彼女はドアノブを捻りながら呟く様に言った。  「運が良ければ奴が出てくるかもな」  二度目のハリケーンはまたしても場をかき乱し、  静かになった部屋でルミカは感心するともまた違う、なんとも言えない息を吐いた。  「雷野は文字通り雷ね」  「危険って事か?」  「扱い方次第……かもね」  俺は雷の扱い方なんかしらない。  しかし、隣の世界を股にかける天才少女ならば発電施設を建設してビーリビリと手懐けるのだろうか。  天才と天災、そう形容するのが相応しい二人の行く末はどうなるのだろうか?  そんな風に他人事に思う自分もどうかしてるなと感じた今日この頃だった。  

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第八話 ミコミコダンス

第七話 作戦

 言うだけ言って、監視員はさっさと部室を去った。  暫く残された瀬崎と俺は無言だったが、俺の方から口火を切る。  「乗り気みたいだな」  瀬崎は顔を上げた。  思った以上に明るい表情だ。  「まあな、お前はちがうのか?」  「どうだろうな、国籍が戻ったところで扱いが変わるとは思えん」  「変わるだろ」  「何を根拠に?」  「今回の対応だ」  瀬崎は部長席から俺の隣に座り、頬杖をつきながら続ける。  「私らみたいな二人が所属する探索部に秘密任務が付与されたんだぞ?試されていると同時に信用されていると言ってもいい」  「まあ、そう言われたらそうかもしれん」     それに、と瀬崎は続けた。  「同じ部で、私が部長になって、お前が副部長になっている時点で違和感を覚えていた。上は私たちに何らかの任務を課すつもりだったのかもしれん」     確かにそうだ。  元テロリストと呼ばれた異なる組織に所属していた俺と瀬崎。  偶然異界で出会い、瀬崎の勧めで一緒に日本へ亡命した。  なんやかんやで異界適正のあった未成年の俺たちが身分を隠されて学園に放り込まれた時、まさか同じ部になるとは思わなかった。  「臭いモノに蓋みたいなモンだと思ってたけどな」  「危険分子を纏めて監視するためと?その意図はないだろう」  「どうだか」  「話を聞く分に、私たちには今回の様な任務をこなしてもらうといった上からの期待があったのだ。他の学生達に比べたら異界での経験値は比にならん」  「まあな、何処ぞの国の正規軍とやり合ってたのは学園生徒の中じゃ俺とお前くらいだろうし」  「極め付けは駿河の存在だ。お前は駿河がK2に入ってきた時、どう思った?」  「まあ、上もイカれたのかと思ったな。よりによってなんでウチなんだよ、とな」  駿河は転校生だ。  一年生の半ば、ひょっこりK2に編入された。  駿河という存在は俺たちを差し引いたとて、学園において特殊な存在だ。そもそも戦闘一族の人間が学園に来ること自体おかしい。  学生の比にならない戦闘力を持つ、国宝とも呼べる一族関係者を送り込む意が分からない。  「恐らくだが、お前と私は適性検査とカウンセリングは問題無かったのだ。加えて異界(ストラクチャー)における経験値だ。駿河を運用するに足る人材と見込まれたのかもしれない」    亡命時に日本政府の機関からアホほど受けさせられたカウンセリングと適性検査が脳裏をよぎった。  加えて編入当初の暴れ馬の様な駿河の傍若無人ぶり。  瀬崎がカンカンに怒って駿河を諌めていた。  「まあ、駿河を使いこなせるのはお前しか居ないだろうな」  「私もそう思う」  謙遜するでも無くそう口にする瀬崎。俺は思わずほおを緩めた。そしてふと、疑問が湧く。羽咲と柏木の存在だ。    「羽咲と柏木はどう見る?」  「あの二人は優秀だ」  「俺たちみたいな曲者だと思うか?」  俺と瀬崎、駿河までいる部だ。  もしかしたら演技しているだけでヤバい経歴の持ち主かもしれない。    「それは無い、あの二人がK2にいるのは優秀だからだと思う。私は二人のカウンセリングと適性検査の結果を見た。二人はA1に行ってもおかしくない人材だ」  俺は驚いた。  探索部は頭にアルファベットと数字を入れて他の探索部との識別を行なっている。  K2とか、A1とかだ。  担当地域、その他様々な条件に応じて人員も割り当てられるからだ。  異界での危険度はAから順に、最も危険な地域A、最も安全な地域Rと指定されている。  その中でも定められた探索部の総合的な力を数字で表してアルファベットの横に表記するのだ。  要するに地域がアルファベット、力(ランク)が数字。  ちなみにランクが上であればある程、アルファベットと数字は若くなる。  これは探索部全体での装備や能力、火力なんかも指針とするために絶対、という訳ではないがかなり信憑性の高い判断基準となる。  よって、Aに近づくほど優秀な人材が配備される訳だ。  「因みに俺たちは?」  「私たちも適性だけみればA1にいけるだけの資質はある。しかし、K2に落ちついてるのはこういった経歴があるからだ、と思っていた。だが前後関係を加味すれば自ずと答えは出てくる」  元々K2には特殊な案件が持ち込まれる筈だった、と。  なら当初上が提示した、受けるか受けないかなんて言葉はただの社交辞令みたいなものだったのだろうか?  「今回の件からヤバい案件が飛び込んできそうだな」  「間違いないだろう」  「対人戦闘であの二人がメンタルを崩すかもしれんぞ」  俺のいた組織(SAL)では主に害獣など目もくれずに異界(ストラクチャー)で何処ぞの国軍を主として戦っていた。  資源を奪い、食料を盗み、また資源を奪う。  瀬崎はどうだったかは知らんが、同じ様な筈だ。  それをあの二人が出来るとは思わない。  瀬崎は暫く無言のうち、答えた。  「諸手(もろて)を挙げたのは奴等だ」  瀬崎は立ち上がり、バッグを担ぐ。   「教員室に鍵を返さないといけない、早く出ろ」  その背中を見ながら俺は口を開く。  「一つ聞いていいか?」  「なんだ」  「柏木達が賛成すると思ってたか?」  瀬崎は振り返り、鍵を揺らしながら言った。  「私は部長だぞ」  俺は先に部室を出る。瀬崎が電気を消して、鍵を閉めながらポツリと言った。  「お前が反対する事も、な」  瀬崎はそれだけ言いのこし、既に消灯している廊下の暗闇に消えて行った。    次の日。  いつも通り点呼を受け、いつも通り歯を磨く。  最近ルーティンが崩れていたのでこの日常の素晴らしさといったらなんたることか。  まあ、また直ぐに崩れる事になりそうなのが懸念事項ではあるが。  「なあ……なあって」  何時の間にか隣に立っていた足立が歯を磨きながら話しかけてくる。  俺は歯を磨きながら顔だけ向けた。  「お前らさ、随分長い間見なかったよな」  「まあな」  「……C1の壊滅からだ」  あの偽生存者事件以降、軟禁されたり訓練させられたりと一月は拘束された。  「それがどうした?」  「何があったんだ?」  ペッと、俺は洗面台に口に含んでいたモノを吐き出す。  「おいおい、受け持ちの探索の事は他の部員に話すなって馬鹿になるほど口酸っぱく言われてるだろ?勘弁してくれよ」    俺が捲し立てると、足立は周囲を伺いながら口を開いた。  「C1の仲の良かったOBが生死不明なんだ。それに対して説明もない」  この前、洗面台で浮かべていたおちゃらけた表情とは違った。    「C2内では学園の対応に意を唱える連中が結構いる」  「そうかい。で、反旗でも翻すのか?」  「そんなつもりは無い、が」  足立は口元を濯ぎ、洗面台に吐き出してから俺に正体する。    「不信感があるのは確かだ」  不信感、か。  まあ、これがまともな反応なのかもしれない。  こちとら進んで学園の尖兵となって闇の部分に加担しようとしている。  「カウンセリングは増えたか?」  「ああ、月2回に。参っちまうよ」  ウチは3回だけどな。  そんな様子の足立の背中を叩きながら俺は口を開く。      「気をつけろよ。反旗を翻すにせよ、諦めて従うにせよ、やる事は変わらん」  「やる事……?」  分からないといった表情で呟く足立に、洗面台を後にしながら答えた。  「ボロを出すなって事だよ」    瀬崎の常套句(じょうとうく)だ。  呆気に取られる足立を尻目に、柏木と食堂に向かった。  「桐山学園に監禁されていると見られる窓辺(WS)の情報は内部からもたらされた。機密上の観点から詳細は説明できんが、確かな情報だ。我々の目的はこの窓辺(WS)の保護。これさえできれば桐山学園上層部の解体を行う名目が出来る訳だ」  談話室では、自己紹介もしていない特派員からの説明が行われていた。  スクリーン上に映し出されているのは桐山学園内部の暗号化された配置図があった。  「この窓辺(WS)は神級窓(ベクトルレンジ)の可能性が大いに高い。神級窓(ベクトルレンジ)は窓辺一族のみが保有している稀有な存在だ。それを桐山学園は登録もせず保有していると思われる。そして、規約に反した非人道的な扱いをしている」  神級窓(ベクトルレンジ)……聞いた事はある。窓枠(WF)も要らずに単独で窓を開く事が出来る窓辺(WS)の事を指すのだ。  窓辺(WS)は窓辺一族お抱えの人間以外は常にGPSによって国家機関から存在を監視され、警護されている。  それなのに登録もしていない窓辺(WS)を保有して非人道的扱い?大問題じゃないか。  非公式ながら自治権を有している学園は一枚岩では無く、足の引っ張りあいは世の常だ。  このスキャンダルをほっとくほど新開学園も馬鹿では無い。  来年は序列第一位に君臨する桐山学園分の予算をたんまり持ってくる事だって可能になるかもしれない。  そんな思考の最中、特派員の説明は続く。  「収容棟は本来学園の規則違反者を収容するための施設で、窓辺(WS)はいる筈が無い。しかし、この最上階の最奥に窓辺(WS)が監禁状態にあると思われる。スクリーンを見ろ」    見ると、まんま訓練場で突入訓練をリピートした部屋と同系統だった  あからさま過ぎて笑えてくる。  何が対人戦のモデルケースだ、上はハナからやる気満々だったのだ。  「協力者の詳細については当日、部長のみに顔写真と合言葉を伝える。プランは3通り用意してある」  部長のみに?馬鹿みたいだ。  当日に部長が死んだらどうするのか。  特派員は淡々とモニターに映る資料を切り替えながら説明を始めた。    プランA。  協力者から協力を得られる場合。  協力者が電気室に侵入後に学園を停電させ、その後に協力者と共同して収容棟に侵入。窓辺(WS)を確保した後に駐車場にて待機してある車両を用いて緊急離脱。  プランB。  協力者から協力を得られない状況になった場合。  電気室を自力で停電させ、収容棟に侵入。窓辺を確保した後に駐車場にて待機してある車両を用いて緊急離脱。    プランC。  協力者から協力を得られるが、協力者と行動を共に出来ない場合。  協力者が電気室に侵入後に学園を停電させ、単独で窓辺を確保した後に駐車場にて待機してある車両を用いて緊急離脱。  なんともまあ、アバウトな作戦だ。  協力者が本当に学園を停電させうるに足りる人材なのかも手元の資料には記載されていない。    「以上だ、更なる詳細は異界での合同探索終了後折を見て部長から伝達される」  また部長かよ、だから部長が死んだらどうするんだ。  明確な情報が失われた状態での指揮権の移譲はごめん被りたいのだが。  フッとモニターの資料が消えて画面が暗くなる。  見ると特派員が正面のスクリーンの電源も落としていた。  「これでブリーフィングは終了する。K2は持ち場に戻れ」  「あの」  パソコンを持ってそそくさと部屋から出て行こうとする特派員に俺が質問しようとすると。  「質問は受け付けん、当日に部長から指示を受けろ」  それだけぶっきらぼうに言って、去っていった。  正直言わせて貰えばK2が行うこの作戦は明らかに学生である俺達の範疇を逸脱している。  場合によれば007よろしく殺人許可まで出ているのだ。  それを……部長のみに作戦に必要な事項の伝達とは。  一体なんなんだ、この瀬崎に対しての委員会からの異常なまでの信頼は。  「お前ら、部室に戻るぞ」  「部長、あの……撤収は?」  我先に先陣を切る瀬崎に羽咲が問うた。  談話室は普段使わない時は机を畳んで隅にやっておかなければならない。  そもそも銃貸与式や昇級等のしょーもない式展時にしか使わない部屋だ。  普通、学園の学生は部屋を使用する前の準備からしてやらされる。  今回は部屋に入ってきた時には異例な事に既にセッティングされてあったが、撤収はしてしかるべしだと思ったのだろう。  それに対して瀬崎は、    「いらん、今日、談話室はどの探索部も使用していないからな。となれば、今起こった事も一抹の夢の様なものだ。夢ならば消灯後に妖精が片付けてくれることだろう」  「よ、妖精ですか?」  瀬崎のジョークにピンときてない羽咲が疑問符を提示する。  要するに、機密事項を俺たちK2に伝達した事実自体が無かった事になっているので、俺たちがせっせこ撤収する必要は無いという事だ。  このように談話室がセッティングされたのも教員達(ゴツい妖精)が前日の消灯後にでもコッソリ机とモニターを運び込んだのだろう。    「お前ら覚えておけ。妖精が飛び回るのはよくある事だ、こういう組織ではな」    瀬崎の言う通り、ルールや定義に縛られた組織では今回の様な特例は異彩を放つ。  その為に困惑を生むことも多々だ、しかし順応しなければ生きる道は無い。  瀬崎の言葉を最後に俺たちは部室に戻った。      戻るなり、担任から学園史上最大規模の探索とやらの説明を受ける事になった。  歴代最強と名高い探索部最高序列を含む精鋭達と、Sゼロ未開拓地域の探索。  字面だけ見れば大層だが、内容的にはしょうもない。  ただ未開拓地域をさっと探索し桐山学園で感想会。要は他学園との共同で何かを行う実績を作るのが名目らしい。  その後は例の窓辺救出に漕ぎ着ける。  俺たちK2の引っ提げてる真の目的にすれば、見劣りどころかチリクズの様なものだ。    「二週間、できる範囲で対人戦闘訓練を行う」  担任が去ったあと、瀬崎はそう口火を切った。  部室の隅には図板に何かを書き込む監視員がいつの間にか鎮座している。  全く、やりやすいったらありゃしない。  どうもありがとうと感謝の意を伝えたいくらいだ。    「後、今回は駿河は不参加だ」  俺は思わず、ずっこけそうになった。    「マジかよ、前の合宿の件はなんだったんだ」  荷物持ち以下の謎ポジションで訓練させておいて本番で不参加?  肩透かしもいい所だ。  詳細の明かされてない作戦だからてっきりこのお荷物(スルガ)も他に用途があるんだと思っていた。  「上の判断では駿河は目立ち過ぎるのだそうだ、私もそう思う」  まあ、そう言われりゃそうだが……。  いつも通り刀を背負って駿河が行けば目立つのは必至だ。学園唯一の戦闘民族出は普通に生きてても出会う事は無いSSレアだからな。  いやまてよ、もしかすると。  駿河は最初から不参加の予定だったのか?  荷物持ちの謎ポジションはまるで救出対象みたいな立ち位置だなとは思ったが……まさか駿河が窓辺役を担っていたのか?  それなら整合性はとれるが……豪華キャストすぎるだろ。  委員会にも呆れた。用意周到が過ぎる。  チラリと駿河を見ると、なんとも言えない様子で腕を組んでいた。  「駿河についてはしばらく休養の名目で実家に帰省してもらう」  瀬崎の言葉にピクリと駿河が反応した。  「その時、お前の家に意見を伝えろ。学園からも概要は伝える様に手筈は整えた」  例の約束の件か。  駿河が自分の一族も銃で武装したいっていう感じだった気がする。  「……早いな、対応が」  駿河がポツリと漏らした。  俺も同意見だ、あれから一週間も経ってないのに手が早すぎだろ。  「私を誰だと思っている」  瀬崎の不敵な笑みに場が和み、幾つかの確認事項を話し合って本日はお開きとなった。  まだ昼間だが今日は終わりだ、寮に帰ってゆっくり柏木の漫画でも読もう。  監視員もとっとと去る中、瀬崎が俺に『お前は残れ』と目配せしてきた。  言われた通り欠伸をしながらその場に止まっていると。  「先輩?どうしたんですか?」  羽咲が立ち止まって俺を見ていた。  視界の端にはホワイトボードを消す瀬崎の姿が。  「いや、茶でも飲んでから帰ろうと思って」  部室の茶器棚を指しながらそう言うと、  「淹れましょうか?」  ニンマリ笑いながらそんな事を言ってきた。  たくっ、変なタイミングで気を回すんじゃ無いよコイツは。  「いや、お構いなく。少し練習しなきゃなと思ってた所だ」  「なら教えてあげますよ、私がいちばーー」  「羽咲」  瀬崎がホワイトボードを消しながら、羽咲の言葉を遮る様に口を開いた。  「悪いが新谷と話がある」  「分かりました、失礼します」  珍しく語気を強めた言葉に、羽咲は表情を変えずに頭を下げて部室を去った。  瀬崎はため息を吐きながら机に座る。  なんだかイライラしてるな、心労の絶えない部長様を少しは労ってやるかという気分になるくらいだ。    「茶でも淹れるか?」  瀬崎は足を組み、天井を見つめながらリクエストした。  「コーヒー」  瀬崎は確かアメリカンしか飲まない。  部室で比較的時間があるときは羽咲が全員にお茶を淹れていたので把握はしていた。  俺はお茶派だ、熱いお茶をアチチと飲むのが最高にホットなのだ。シャレでは無い。  俺はコーヒーとお茶を淹れ終わり、席につく。  互いに一息ついた所で瀬崎が口火を切った。  「駿河が対人戦闘訓練に参加していた理由が分かるか?」  俺はそれを受けて先程浮かべた推論を述べてみた。  「救出するお姫様役だろ?駿河を使って訓練なんざ豪華キャスティングに恐れいったよ」  瀬崎はニヤリと笑う。  「いつから気づいていた?」  「まあ、ついさっき駿河が不参加と聞かされてからだよ」  「充分だ、お前はよく周りを見ている」  謎に褒められた。  まさか褒める為だけに残した訳じゃあるまい。  俺が次なる言葉を待っていると、瀬崎がカップを差し出してきた。  「おかわり」    へいへいとおかわりを淹れてやる。  ついでに俺もおかわりして再び席に着く。  すると瀬崎はコーヒーを飲みながらまったりし始めた。  なんだ?  何がしたいんだ。  するとそんな様子を察してか、瀬崎が穏やかに笑いながら口を開く。    「コーヒーを淹れてもらおうと思ってな」  「なんだそりゃ」  羽咲のがうまく淹れられるだろうに。  瀬崎は釈明する様にカップを置く。    「そういう気分だったんだ」  

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第七話 作戦

第六話 帰還

 長い様で短かったサバゲー場での訓練もあっという間に過ぎ去り、遂に最終日を迎えていた。  クソッタレな瀬崎の進言により、最終日の朝に帰還予定が夕方まで延長となっていた。  その理由は、  「今回は中々いい経験だ。助教も知識があるし、ギリギリまで訓練したい」  だからだそうだ。  正直言って二週間ぽっちで学生風情が特殊部隊顔負けの室内戦技術を身に付けるのは不可能だ。  分隊としては謎ポジションの駿河もいるし、阿吽の呼吸とまでなるには三ヶ月はみっちりやらないといけない。  しかし、割と俺たちは飲み込みが早い方で、教官の目から見てもかなりの練度を獲得することに成功したらしい。  せっかく想定された練度に到達したのだから、そこで終われば良いものを。  ヤツいわく、  「別に訓練が好きなわけでは無い。ただ、生き残る確率が高くなるのならそれに越した事は無い。そうだろう?」    そうですね、とごもっとも風に頷く他の部員を尻目に俺はダルそうな表情を浮かべていたに違いない。  浮かべた感想は一つ。  ストイックも度が過ぎれば変態になるのだろうか?、だ。  俺は瀬崎の発言には1ミリも共感は出来なかった。  言っている事は理解できるし、立派だとは思う。  しかし、俺は訓練というのは嫌々やるもので、気づけばある程度練度が上がっているっていうのが定石だと思っている。  俺たちは学生で特殊部隊では無いし、要求される水準というものが明確にある。  エンジニアと違い、現代において戦闘技術といういずれは年食ったりなんやらかんやらで廃れるモノを追い求める気は更々無い。  そんなことを考えている内に訓練は終了し、教官の最後のありがたい言葉を輪になって聞く段になっていた。  「訓練はこれをもって終了する。まじめによく頑張っていたな」  「ありがとうございました」  「学園では高水準の教育を受けている様だな、感心した」  「励みになります」  瀬崎が誇らしげに答えのが我慢ならなかった。  俺は直ぐに手を上げて発言の許可を得た。  「正直な感想を申し上げてよろしいでしょうか」  「何だ?」  「最初に対人戦闘の模擬訓練をされましたよね?部長が死亡してなお、順当に対応できる水準は私たちだけだと思います」  瀬崎に睨まれたが、俺は気にしなかった。  俺の言葉を受け、教官は目を丸くする。  これは演技なのだろうか?多分リアルな反応だと思うが。  「他の学園生徒は練度が低いということか?」  「対人に関しては、です。メインは害獣(ガイジュウ)戦闘なので。普通は人間を想定しての戦闘訓練は流しで行われています」  これは学園の上層部も知っている事だ。  しかし、俺たちが最初来た時にこの教官は言った。  『練度が足りてなければ強制送還しようと思っていた』  学園が全体的に練度が足りて無いからモデルケースを作って訓練を行おうとしていているのに、この発言はその意向にまるっきり反している。  そこから読み取れるのは学園と、この何処ぞの機関か知れない教官との連携が取れていないという事だ。  カラテを習いたくて道場に行ったのに、お前は弱いからダメだなんて精神論じみた倫理が現代の組織にあっていい筈がない。  単なるハッパをかけたつもりならそれでいいが、意向と履き違えた考えを持っているなら訂正すべきだ。    「ふむ……その中でも君らが来たのは練度が高かったからか?」  「いえ、一般的な探索部です。ウチは例外的に自主練を行っていましたので」  「ほう」  納得する様に腕を組んで思案を始める教官。  演技には見えない。  不意に口を開く。  「つまり、君らみたいな水準を他の学園生徒に求めるのは違う、と?」  「はい、今後の参考になれば」  「なるほど、良い事を聞いた。ありがとう」  いい事を聞いた、か。  不安になる発言ばかりする教官の言葉を持って、訓練は完全に終了した。  撤収作業は瀬崎の指揮の元行われ、制服に着替えて速攻で待ち構えていたバスに乗り込む。  帰りのバスでは不機嫌な瀬崎のせいで険悪なムードが流れていた。  言わずもがな少人数の俺たちの乗るバスはガラガラだ。  なので一人二席くらいの余分がある。  瀬崎は何の義務感か運転席の隣に陣取っている為、不機嫌オーラがムンムンとしているのが背中から伺えるのだ。  柏木は一人席で縮こまって、居心地悪そうに大好きなチョコレートをせっせと口に運んでいる。  あの様子では味なんか分かっていまい。  そう思っていると、  「おい、何であんな余計なことを言った?」    瀬崎は一番前の席から振り返らずにそう発した。  誰にとは言ってないが、相手は俺以外に居る訳がない。  一拍置いて俺は答えた。  「ほかの生徒の訓練時に俺たち位の水準だと思われてたら齟齬が生じるだろ」  「我々(K2)がやったのは学園から教わった、学園生徒なら全員出来て当然の事だ。不要な発言で学園に泥を塗るな」  よくいうぜ、授業が足りないと思ったから俺たちに自主練をさせてた癖に。  「理想論(メンツ)と現実は違う」  吐き捨てる様に言うと、瀬崎が、  「新谷、それは違うぞ」  首だけ振り返りながらそう言った。  目があって気づいた、コレは結構キレている。半年ぶりにこの顔を拝んだ。  「これは理想論では無い、私たちは出来ていなければならない義務(・・)があるんだ。出来ないなんて事はあってはならない」  義務、か。  まあ真理だが間違っている。鉄砲持って戦う立場な俺たちが異界で出来ませんから死にました!なんて許される訳がない。  しかし、現実問題訓練を見ている限りでは対人戦闘なんて出来ない奴が大多数だ。  0を100にするよりも、1を2に変える作業の方が重要だ。  その為には学園のメンツなど捨て、現実を直視する事にこそ価値がある。  「皆んなが皆んな、お前みたいにご立派じゃないんだよ。出来るだろう、そうだろうで片付くほど殺し合いは甘く無い」  「ほう」  瀬崎は珍しく挑戦的な笑みを浮かべていた。  「それは経験論(・・・)か?」  経験論、か。  横に学園のドライバーも居る中でその発言は無いだろう。  柏木や羽咲、駿河が何のことか分からない様な表情を浮かべたのが感じ取れた。  当然だ、彼女らは俺の過去を知らない。  知っているのは俺の過去に絡みがあり、人事書類に目を通す事の出来る人間(セザキ)だけだ。  「失言だぞ瀬崎」  「知っている」  俺の言葉に瀬崎は前を向いて拗ねた様に座り直し、暫くしてから言った。  「駿河の真似をしたくなっただけだ」  そうきたか。  俺はわざとらしく鼻を鳴らした。  「なるほど、ご立派ってのは撤回しとくよ」  「そうしてくれ」  そのあと、勿論バス内で会話は無かった。    学園に帰還するなり、瀬崎が報告をすると言って俺たちを部室に残したまま教員室へと向かった。  カーテンの隙間から見える景色は真っ暗だ。  連日の訓練に長い移動、駿河除く全員、疲労の色がよく見てとれる。  俺たちは特に会話するでもなくじっと瀬崎を待っていると、部屋に忌々しい訪問者があった。  「おや、静かですね。あなた達らしくない」  監視員の田井中だ。  嫌な笑みを張り付けながらの言葉、即座に部屋に緊張が走る。  「二週間、慣れない環境で疲れたのでしょう。今日はミーティングだけの筈ですからゆっくり休むと良いですよ」    皆んな顔を見合わせるだけで誰も答えなかったので、俺が口を開いた。  「そうします、お気遣いどうもありがとうございます」  「現地の教官は貴方達を絶賛していましたよ」  パラリと図版の紙を捲りながらの言葉。  胡散臭い笑みのまま、監視員は続けた。  「全体的に対人戦では練度が低いと言われていた学園の探索部です。そんな中、貴方達がハグレを退治できたのもK2の練度が異常に高かったからでは無いか、と委員会からも声が上がっている程です」  よく回る舌だ。  俺たちが答えないでいると、監視員はわざとらしく腕を振った。  「ああ、心配しなくともこれは世間話ですよ。不用意な発言があったとて、容認します。貴方達はまだ子供なのですから。委員会も今回の訓練を通してそういった結論に達しています」  これは……。  俺たちの合宿での発言を容認する、といった表現なのだろうか?  何にせよ、この女の口から出る言葉は世間話程度の発言ではない。  ならば、と俺は監視員に体を向けて質問する。  「これからK2は特殊任務を請け負うようになるんですか?」  「さあ、それは貴方達次第ですよ」  カリカリと図版に何かしらを記入し始めた監視員。  次なる言葉は暫くしてからかえってきた。  「貴方達が承諾したのは重要機密を扱う場合を想定して訓練を行う事、ですから。まあ、いずれにせよ決断が迫られるのも近いですよ」  監視員がそこまで言った所で、瀬崎が浮かない顔で部屋に帰ってくる。  そして部屋の隅に監視員がいるのを見て、表情を変えた。  「失礼、お話し中でしたか」  「いえ、ただの雑談です。部長、話があるならどうぞ」  促された通り、瀬崎は全員の注目を集めたままホワイトボードの前に立ち、会議机に手をつきながら口を開いた。    「一週間後、学園史上最大規模の探索が行われる。それに、我々に白羽の矢が立った」  またまた性急な話だ。    まともに授業を受けてないし、通常業務(楽なたんさく)に戻れるのは何時になることやらだな。  「詳細を説明する。そして……受けるかどうかを決める」  瀬崎の意外な発言に、羽咲が反応を示した。  「拒否権が……あるんですか?」  「ある……が、」  一拍置き、俺たちを眺めた後、瀬崎は口を開いた。    「これを受けたら、後戻りは出来ない事は理解しろ」  学園史上最大規模の探索。  全学園から選抜されたメンバーが集結し、まだ未開の地域を探索、害獣等の脅威度を認定して帰還する。  そもそも他学園との探索なんざ初めてだ。  俺たちはあてがわれた基地周辺の地域を巡回、警備することが主任務だからな。  「これが表向きの理由だ」  裏があるのかよ。  いよいよ深淵を覗く時だ。  「我々招集メンバーは探索終了後、ミーティングを含めて桐山学園に二日宿泊する手筈になっている。その折、収容棟にいる窓辺(WS)を保護、桐山学園から脱出して新開学園に帰還する」  「はん?」  思わず間抜けな声を出してしまった。  「脱出……地上でか?」   俺たち学園関係者は異界ではなく、学園のある地球を地上と呼ぶ。  瀬崎は大仰に頷いて見せた。  「そうだ」  クソッタレ、学生風情が何故救助任務なんかせにゃならんのだ。  「その練度に達していると、上が判断した」  「……地上でのゴタゴタこそ警察の出番だろ」  「学園は大使館と同じ治外法権だ。現地の特殊部隊員(けいさつ)は使用できん。よって、学園の探索部員の我々が公的に侵入した際に行動を起こすしかないと判断された」  「……なんだか降って沸いた様な話じゃない気がするんだが」  「私もそう思う。私たちみたいなのは例外なのは確かだが、いづれにせよ何処かの探索部が実行に移しただろう」  それはまた何というか……。  機密を知った探索部が意外と使えると判断し、かねてからの計画に着手したという事だろう。  上からすれば都合のいい連中がいい時期に現れたと万々歳だろうが、下からすれば最悪という他ない。  「あの」  羽咲が手をあげる。  瀬崎が指すと、キョロキョロしながら口を開いた。  「その……桐山学園側からの抵抗はあるんですよね?」  「想定される。よって、探索時に用いた武器が我々の装備となる」  「……」  羽咲が分かりやすく沈黙した。  考えている事はわかる。  害獣では無く、人を殺してしまうリスクについてだろう。  「やばい時は撃っちまっていいんだよな?」  俺がマイルドに聞くと瀬崎が、  「最悪の場合だ。協力者も居るので、極力戦闘は避ける。一発も撃たず逃げおおせれるのならそれに越した事はない」  どうだか。  まあ、最初に撃つのは状況判断の早い俺か瀬崎で間違いない。  「まあ、上も無慈悲では無い。メリットもある」  瀬崎はホワイトボードに走り書きをして、バンと叩きながら言った。  「今後の賞与(ボーナス)に最低でも50はプラスされる、基本給も最大階級並にアップする。極め付けは卒業後の進路の選択が大いに有利になる」    俺たち学生達は何もタダ働きしている訳ではない。  飴もあればムチもある訳だ。  サラリーマン並みの給料をもらっているし、ボーナスだってある。  しかし年2回のボーナスにプラス五十万か、しかも給料も上がるのは悪くない。  「さて、これらを踏まえた上でお前らに問う事となる。受けるか、受けないか、だ」  「部長はどうしたいんだ?」  俺が話を振ってみると、瀬崎は無表情のまま答えた。  「悪くない提案だとは思う」  瀬崎は椅子を部屋の隅から引きずってきて、ドサリッと座りながら言った。  「が、私の意見に嫌々同調されても士気に影響する。よって、私は無効票とさせてもらう」  「つまり?」  「我が国は素晴らしい事に民主制だ。お前らの意見に賛成する」  つまりは多数決って事か。  まあ、士気云々言うならどっちも変わらない気がするが、決まらないんならそれで決めるしかないのも真理だ。  そうなると、K2の中での瀬崎の発言は絶大だ。影響を及ぼす事を危惧しての無効票というやつだろう。  「私は」  羽咲が一番に手を挙げた。  全員の視線を集めつつ、口を開く。  「私は賛成です」  手をあげてそう主張した羽咲。  柏木が意外そうな表情を浮かべていた。  まあそうだろう、一番学園側の対応に不安を覚えていた様な反応を示していたからな。  俺も意外に思ったし。  「俺は反対で」  羽咲に続いて俺がそう主張する。  これには柏木も羽咲も目を剥いていた。  性格的に、俺が一番乗り気になるだろうと思っていたに違いない。  しかし、俺から言わせればリスクが高すぎる。  瀬崎や駿河除く甘ちゃん共を抱えて地上での戦闘なんて御免被りたいところではある。  「僕も、賛成でお願いします」  柏木は賛成の様だ。  俺の反対で迷っている様子はあったが、最後には腹を括ったような顔を浮かべていた。  「お前は?」  俺が促すと、駿河は腕を組んだ状態のまま答えた。  「賛成」  コイツはどっちでも良さそうだが、羽咲と柏木が賛成と言った以上、反対を選ぶ事は無い。  よって、羽咲が賛成と言った時点でこの議論は収束している。    「ふむ、では賛成派多数でこの任務をうける事になる。新谷」  「なんだ」  「異論は無いな?」  分かりきった事を聞いてくる瀬崎。  俺は軽く手を振って答えた。直ぐに割り切る俺の性格を一番認知しているのは瀬崎だ。  「分かった。更なる詳細は明日、談話室で委員会の特派員から行われる」    俺がチラリと監視員を見ると、軽く微笑した。  「私じゃありませんよ」  瀬崎は一拍置いてからパンッと手を鳴らした。  「今日はこれで終了だ、全員やる事をやった後に休養しろ。解散」     全員が立ち上がり、パンパンのバッグを担いで各々寮に帰ろうとする矢先、監視員が口を開いた。    「部長と副部長は残って下さい」  柏木達が一瞬動きを止めたが、瀬崎が出ていけと手を振って外に追い出す。  監視員は座ってもよろしくてよ、と合図したので俺と瀬崎はその場に腰をおろした。  「委員会は二人の有用性を現在入念に吟味しています」  柏木達が消えるなり、いきなりぶっ込んだ話を持ち出してきた監視員。  「それは過去(・・)の事で?」  「もちろん!」     いきなり破顔しながらの言葉に俺も瀬崎も言葉を失う。  この監視員はなんというか、奇妙さを通り越して狂気的ですらあると感じた。  「二人は元々経歴からして、委員会から多大に注目されていました」  「駿河のが異質ですけどね」  「負けず劣らず、ですね」  そもそもK2は異質だらけだ。  本来いる筈の無い戦闘一族の駿河が顕著である。  さらに、それは部長である瀬崎と副部長の俺にも当てはまるのだ。    「今回のシキシマでの訓練は貴方達二人を審査する場でもありました」  ふと、電動(おもちゃ)ガンを振り回してサバゲー場で最初に訓練した時の事が脳裏に浮かんだ。  瀬崎が最初に倒れ、俺が指揮権を引き継いで対処した時の事だ。  いきなり部長が戦死する想定を行うなんてコイツら馬鹿かと思っていたが……試されていたのはK2ではなく、俺と瀬崎だったのか。  「日本政府も煮え湯を飲まされていた、異界のならず者組織に所属していた二人です。今回の件で、委員会から貴方達二人の評価は警戒から関心へと変わりました」    脳裏にかつての仲間たちが浮かぶ。  異界(ストラクチャー)における、悪く言えばテロ組織、良く言っても賞金稼ぎと言われていた組織。  そこに、俺と瀬崎は過去所属していたのだ。  「元SAL(シンタニさん)と元楽園派(セザキさん)のお二人に朗報ですよ、今回の件で貴方達は国籍を取り戻す事が出来るかもしれません」  俺と瀬崎は同時期の日本への亡命者だ。  当然、国籍は剥奪された状態で学園に保護の名目で所属している。  ほう、と。瀬崎が不意に口を開いた。  「それは興味がありますね」  覗き見ると、瀬崎は無表情に貼ってつけた様な笑みを浮かべていた。  

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第六話 帰還

第五話 口論

 急に気合いの入った檜山教官の檄が飛ぶ中、室内戦闘技術を実地で学んだ。  といっても、残り時間の影響で概要までしか教わらなかったが。  扉が部屋の横にあるか、真ん中にあるかの場合では対応が違うとか。  「本日は終了だ。装具等しっかり整備して明日に励め」  「檜山教官」  「なんだ?」  「本日、時程を発表していただいた部屋で、軽いブリーフィングをさせていただきたいのですが」  「今からか?」  「はい、今日の反省点等話し合いたいと思いまして」  「許可する、好きに使え」  「ありがとうございます」  教官達は踵を返すと、管理棟のプレハブに入っていく。  瀬崎は泥だらけの俺たちを最初に入ったプレハブへと誘導した。  「砂を落としてから入って来い」  部屋の電気をつけ、全員が席に着く。  あの一件以来、監視員や学園関係者がいない環境下で初めてのブリーフィングだった。  教卓席に座った瀬崎は足を組み、俺たちを見下ろす様な形で口を開いた。    「お前らどうだ、率直な感想を言え」    この意味は今回の訓練に限定してでは無い、今までの事を含めてだろう。  俺は思いっきりリラックスした姿勢で、瀬崎の問いに答えた。  「どうもこうもねーよ、あの熱血教官は何が琴線に触れたのかいきなり豹変するし。まあ、あの胡散臭い女の監視員が居ないのはせーせーするけどな」  「えっちょっ」  柏木が慌てた様に俺の肩に手を置いた。  俺のいつもの愚痴モードだったからだ。  大方コイツは、監視員は居なくとも委員会から盗聴されている可能性を危惧しているのだろう。  そんな柏木を瀬崎は手で制した。  「いや、構わん。もう腹の中のもんはぶち撒けろ。偽り続けた所で精神衛生上プラスにならない。異界では面倒臭くなりそうな事はするなと言ったが、全言撤回だ。大人(うえ)に良いところばかり見せるのも良くない」  瀬崎が好きに話せ、と続けると。  羽咲が控えめに手を挙げた。  「正直……不安です。K2を委員会がどうしようとしているのか。対人戦闘技術なんて、まるで異界で誰かを殺してこいって言ってるみたいじゃないですか」  「まあ、あって困るもんじゃ無いぞ」  俺がなんと無しと言った風に言うと、羽咲は不満げな顔をした。  「それはそうですけど」  「ハグレへの対抗措置としてじゃないの?」  「いや、だから」  柏木の追撃に、羽咲がイライラした様子で次なる言葉を吐こうとした。  そこで、駿河が何か思い立った様に立ち上がった。  全員の注目を集めながら、窓の近くに寄り、外を眺める。    「どうした?」  瀬崎が聞くと、駿河は思い詰めた様に口を開いた。  「私は」  「なんだ?」  「何をすれば良い」  柏木と羽咲が頭に?を浮かべる。  黙っている瀬崎の代わりに、俺が聞いてみた。    「現状じゃ不服か?」  駿河は対人戦闘の訓練時、荷物持ちか患者の移送くらいしか役に立たない。  野外ならまだしも室内なら邪魔だ。  戦闘一族の掟で、銃器類は持てない故に電撃戦には参加出来ない。  コイツが威力を発揮するのは、異界(ストラクチャー)時での害獣を対処する時のみ。  砲兵や工兵同様、いわゆる限定的な戦力なのだ。  「それなりに役に立ってる」  瀬崎がフォローする様に言うと、駿河は自嘲するように笑った。  「それなり、か」  そこで、ようやく羽咲と柏木は理解した様な表情を見せた。  といっても、完全には理解していないだろう。  二人はどうせ駿河の口ぶりからして、対人戦闘でも何かしら活躍がしたい、と言ってる風に認識しているに違いない。  しかし、俺はサボり魔なコイツに限ってそんな殊勝な考えを持ち合わせている筈がないと見切っていた。  どうせくだらんプライドの問題だろう。  「そもそもさ、どんな掟なんだよ?」  害獣は鬼神の如くぶっ飛ばす能力を持つ戦闘集団が、何故銃器類を使用不可なのか?  この際、気になったから聞いてみた。  すると柏木が、  「ダメだよ」  付き合いたての彼女の用に、軽く袖を引っ張って注意してきた。  駿河は特別だ。  一族に関する情報は重要機密の為に、駿河から絶対に聞いたりしない様に学園からは口が酸っぱくなるくらい言われている。  誓約書にもサインした。柏木が止めるのも当然だ。  瀬崎もこの件に関しては渋い顔をしている。  盗聴されていない保証なんてない。学生の愚痴の範疇にとどまらない案件だ。    「構わん、大した事は話さん。教科書の豆知識程度の範疇だ」  どうやら話してくれるようだ。  駿河が珍しく瀬崎に許しを求める様に視線を送る。瀬崎は足を組み直して返答した。    「なら、なんの問題も無い」  駿河は席に座るなり、口を開いた。  「古来より、日本では三つの一族が人知れず均衡を保ってきた。異界(ストラクチャー)への窓を作る八咫鏡(やたのかがみ)一族。窓を安定させるす勾玉(まがたま)一族。窓から訪れた害獣(モノノケ)を対処する草薙(くさなぎ)一族」  それは教育でも習った。  世界中にも同じような古い一族が居て、害獣やらなんやらから守る為の人々が居たんだとか。  その均衡が崩れたのが数十年前の窓辺(まどべ)の才能を持つ人間の大量発生。  ロシア政府の公表と同時に発生したシンギュラリティとおぼしきこの異常事態の収束は、息を潜めていた窓辺一族(ひみつけっしゃ)が国家に協力を申し出てからだった。    「その中でも、草薙の一族は力を持ち過ぎていた。その為、害獣以外への戦闘行為を禁じられたのだ」  そんな背景があったのか?  だけど、どうも腑に落ちない。  戦闘一族は、一般隊員のLDD装着時と同じパフォーマンスを常に発揮する。  その価値は計り知れない。  それだけでも充分化け物なのだが、俺は駿河の言葉には疑念を持った。  奴らが化け物みたいに強いのは理解している、だが、それは異界(ストラクチャー)でだけの話だ。  「異界(ストラクチャー)では、の話だろ?この世界じゃ数の力や化学でボコられるんじゃね?」  駿河はピクリと反応する。  不満げな証拠だ。  「お前らがLDDと呼んでるもの……あれは我々は鉄輪(カナワ)と呼び、この世界でも使用している。草薙の系譜(けいふ)は全員が保有しているのだ。どの時代においても、能力を持たん有象無象なぞ蹴散らす事ができる」  LDDが……異界(ストラクチャー)だけでなく、この世界(ちきゅう)でも使える?  そもそもLDDは異界(ストラクチャー)で発現する俺たちの異能力を増幅させる作用があると言われている。  それなら、LDDさえあればこの世界でも俺たち能力者が能力を使えるという事なのだろうか?  それなら力を持つことを禁じられるのも納得……出来なくもない。  いや、やっぱり納得出来ない。  「お前らが最強なら誰に掟を定められたんだよ。縛りプレイ好きなドM集団なのか?」  「馬鹿か、草薙一族は窓辺一族の意向に従っただけだ。実権を握っているのは窓辺ーー」  「おい!」      瀬崎が吠えるように、駿河の言葉を遮って威圧する。  そして、席を立って詰め寄った。    「それが豆知識程度の話か?」  瀬崎の言葉に、駿河は考える様に天井を見上げ、ゆっくりと口を開いた。  「喋りすぎた」    馬鹿じゃねぇのか?  コイツ、もしかしてとんでもない事を俺たちに教えちまったんじゃないだろうか?  ……いや、そうに違いない。LDDがこの世界でも使えるなんて考えもしなかったし、学園でも使えないと教育を受けていた。  瀬崎はため息を吐くなり一言。  「……お前ら、今何か聞いたか?」  「何も聞いてません」  「お、同じく」  「耳鳴りが酷くてよく聞こえなくてな」  震えながら答える羽咲、噛みながら口を開く柏木、とぼけてみる俺。  瀬崎は椅子にドカっと座ると、不機嫌そうに口を開く。  「駿河、掟を破ればどうなる?」  「……知らん、破ったやつなど聞いたことが無い」  「なら、想定される事態は?」  「剣を振れない体にされる」  「……たとえば?」  「普通は腹を切らされる。命乞いをすれば利き手の切断だ。場合により、足も切られる」  「うわ……」  駿河のショッキングな発言に、羽咲は呻いた。  瀬崎は考える様に天井を見つめて押し黙る。  俺は駿河の顔を見た。  「なあ、さっきみたいな事を喋るのは掟に反してないのか?」  俺が聞いてみると、駿河は表情も変えずに答えた。  「反している」  なら、腹切りモンだぞ?  なんでそんな涼しげなんだよ。    「お前はそれでいいのか?」  「何がだ」  「さっき喋ったのがバレて、剣を振れなくなってだよ」     俺の言葉に、駿河の瞳は揺るがなかった。  寧ろ、強さを増した様な気がした。  駿河は答える。  「私は一度死んでいる」  俺は思いっきり肩をすくめた。    「なんだ、幽霊だったのか。じゃあさ、そこの壁を通り抜けてみてくれよ」  俺の一言に、気の短いコイツは普段だったら殴りかかってくる。しかし、駿河はあくまで冷静だった。  殴りかかってこなかったからな。  「そういう意味じゃない、お前らも死んでる」  疑問符が飛び交う中、駿河は立ち上がった。  俺を睨む様にして、口を開いた。    「ハグレと遭遇するのは死と同義だ。キレイ事じゃハグレは殺せん。それは、お前が証明した事だろ」  「あれは偶然なんだろ?お前自身がそう言ったじゃねぇか」  「ハグレが死ぬのは偶然でもあり得ん。だが、死んだ。一族が軽視する銃器でな」  一度、任務中に駿河と二人になった時、俺は異界(ストラクチャー)で駿河を挑発した事がある。  命を預ける相手(なかま)が、刀を腰に差したチャンバラ野郎なんざお笑いだと思ったからだ。  しかし、結果は駿河の圧勝だった。  異界(ストラクチャー)において戦闘一族は銃器類関係ない。  生態系のトップ、殺しのチャンピオンなんだと、考えを改めたキッカケだ。  「お前に異界で一発も当てれる自信なんかねぇよ」  そんな俺の言葉に、初めて駿河は声を荒らげた。  「だが、ハグレは死んだ!断言できる、私が刀を抜いて戦っていれば惨敗だった。しかし、お前は銃を使い、一瞬で奴を殺した。私達一族は銃を持つべきだ!」  やっと本音が出たか。  まあ要約すると、俺らがゴミクズの様に死ぬ筈だった対ハグレ戦で、俺が銃を使ってあっという間にハグレを倒したから私も銃を使いたい!という事だろう。  俺が何と返そうか考えていると、瀬崎は立ち上がり、駿河の前に立った。  「それを決めるのはお前じゃない、その一族だ。違うか?」  「……だから言ったろ、私はあの時死んだも同然だった。あの時は一族の掟を重んじていたが、今は何をしようと後悔はしない。あの時捨てた命だと思っている」  「だからといって、お前が何をしても良い理由にはならない。捨てた命あれば、拾う命もあり、だ。別の道を選択しても悪くない筈だ」  「別の道だと?」  「正式に一族に直談判しろ。私も学園側に口添えして機会を作ってやる。それで認められたのなら、私達と共に銃を握れば良い」  「……」  「お前は納得がいかんだろうが、それで無理なら諦めろ。それでも銃を握りたいなら、学園も一族も離れる事だ。捨てた命だ、それでも構わんだろ」  駿河は黙ったまま席に座り、瀬崎を見上げた。  「機会を作るのは本当だろうな?」   「勿論だ、私が嘘をついた事があるか?」  瀬崎は教卓席に戻ると、俺たちを見回して一言放った。  「今日は終わりだ、また明日話そう。まあ、疲れたな」  そして、力無く笑う。  俺たちはプレハブの掃除をし、明日に備える為に洗濯等準備をする。  あっという間に就寝時間になり、男子用プレハブに置かれた野外ベッドの寝床に着く。  すると、柏木が電気を消すなり、話しかけてきた。    「ねぇ、駿河を煽りすぎじゃない?」  何だ、そんな事か。  俺は目を瞑ったまま答えた。  「そうか?」  「何でそんな事するの?」  「うーん、別にそんな煽っているつもりないんだけどな」  「そうかな、僕には普通じゃん」  お前はキレそうだからな。  K2の中ではいじられキャラだから別に俺が何か言った所でキレないだろうが、何処に地雷があるか分からん節がある。  「駿河も色々思うところはありそうだよ」  「まあな」  「あんまり追い詰め無い方がいいよ。可哀想じゃん」    柏木言うだけ言って、直ぐに寝息を立て始めた。  「へっ、可哀想か」  俺は暫く天井を眺めた後、    「明日、十年後に好きになるロックバンドが 結成されてるかもしれないだろ」  何故かこんな言葉が口をついた。        

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第五話 口論

第四話 訓練

   着いたのは本当に辺鄙な山奥だった。  驚いた事に、【シキシマサバイバルフィールド】と看板の立てられている民間の運営しているであろうサバゲーフィールドだった。  大小のプレハブや、鉄筋剥き出しのコンクリート建築が立ち並ぶ中々広大なフィールドだ。  到着するなり、管理棟と思しきプレハブへと歩を進めると、寒空でも無いのにドラム缶に焚火の薪を放り込む四十中頃位のジャージ姿の男が居た。  「檜山(ヒヤマ)教官。新開学園、瀬崎他4名到着しました」  「おお、よく分かったな」  瀬崎が檜山と呼んだ教官は俺たちを舐め回す様に見つめた後、口を開く。  「二週間、君達を預からせてもらう檜山だ。今回君達には私がメインとなって教育を実施する。助教は居ない、私だけだ。カメラマンはいるがな」  檜山教官が後方を指すと、プレハブからキャップを被った男が出てきて一礼した。  「加藤(カトウ)です、よろしく」  それを見届けるなり、檜山教官は俺たちに向き直ってパンッと手を叩く。  「さて、着いていきなり教育というのも精神衛生上宜しくない。ちょっとしたレクリエーションをやろう」    レクリエーション、ね。  どうせパワーポイントの自己紹介だろ。  元自衛官の顧問や学園関係者の十八番だ。  こっちだ、と案内されたのは管理棟とは別のプレハブだった。  奥にはデカイ黒板と手前にプロジェクターが設置してあり、中央には椅子と机が五つ並べて用意されてあった。  そこに部長から順に座る様に支持され、俺たちは腰を降ろす。  「お互い自己紹介からだ。私の名は檜山キョウスケ、ヒノキに普通の山だ。今年49で、君らくらいの子供もいる。趣味はランニング、座右の銘は百里を行く者は九十里を半ばとす、だ。宜しく」  檜山教官が次はお前だ、と瀬崎を指す。  瀬崎は立ち上がり、ハキハキとした口調で自己紹介を始める。  「瀬崎トオカ、17歳です。自分はK2探索部の部長で、趣味は読書。座右の銘は、弘法筆を選ばず、です。宜しくお願いします」  ほぼ、さっき檜山教官が喋った項目の順番で瀬崎が挨拶した。  年齢まで言う必要があったのかは疑問だが、俺も真似する事に決めた。  「新谷ケイタ、同じく17歳です。趣味は音楽鑑賞 。座右の銘は、いちごいちえです。よろしくお願いします」  「柏木ユウ、同じく17歳です。趣味は映画鑑賞で、座右の銘は、初志貫徹です。宜しくお願いします」  「駿河ユキ、17歳。よろしくお願いします」  「羽咲シュリ、16歳です。趣味は靴磨きで、座右の銘は、七転び八起き、です。宜しくお願いします」  駿河を除いた全員が瀬崎のコピーみたいな自己紹介を終え、教官が頷いた。  電気を消して、スクリーンに映像がクッキリと映る。そこには【施設紹介】と書かれていた。  「今日から二週間、ここの施設で暮らしてもらう訳だが、注意事項等を説明させてもらう。スクリーンを見てくれ」  檜山教官がスライドショーで施設の地図に切り替える。  内容は、施設外に勝手に出ない、とか。  就寝時は男女で合わない、とか。  他は風呂やトイレ、洗濯場等のなんて事ない説明だった。  直ぐに説明は終わり、他に質問は?と促され、誰も手をあげないのを察して、瀬崎が手をあげる。  「何だ?」  「必要品を次の日には買い出しに行って貰えると聞いたのですが、それは可能なのですか?」  「ああ、言い忘れていたな。何が必要なんだ?今聞いておこう」  「柏木」  瀬崎が柏木を一瞥しながら言った。  柏木はへっ?と間抜けな声を出した。  状況が飲み込めていない様な感じだ。多分、瀬崎は柏木が俺に、教官にオレンジチョコレートの買い出しを頼むんだ、とルンルンで言っていたのを聞いていたのだろう。  「お前、チョコ要るんじゃなかったっけ?」  俺がそう言うと、柏木はあっ、と慌てた様に檜山教官に向き直った。  「あ、あの。オレンジ味のチョコレートをお願いしたいのですが……」  檜山教官は堪らず吹き出す様な仕草をした。  柏木は対照的に困惑した表情を浮かべた。  「あの……学園の売店には無くて」  「いや、すまんすまん。お前らが急に人間味を見せてきたからな」  人間味、ね。  教官がそんな事を言ったもんで、若干室内がピリついた。  何故かと言うと、教官の差別意識を持った言動かと思ったからだ。  俺たち異界に行ける人間は限られている。  異界適正が無い人間は窓を通過しても、100%の確率で死ぬ。  それは世間的には全くと言っていいほど知られていない。異界に行けるのは厚生労働省の職員だけ、と認知されている。俺たち学生風情が異界の調査を任されていると、国が公表していないからだ。  そんな政府の人間達に限らず、学園関係者までもが陰で、俺たち異界適正のある人間達を総称して、異界人又は新人類と呼ぶ。  これは敬意を表してでは無い。国家繁栄とは別の側面、未知の能力者達に対しての畏怖の念からだ。  要するに、人間とは別の生き物とさえ思っている。  檜山教官は俺たちがピリついたのを察してか、それを否定する様に手を振った。  「ああ、べつにお前らを変な風に見てたからそう言った訳じゃ無い。学生のくせに妙に利口そうに見えたからな。可愛げの無い奴等だと思っていたんだ。オレンジ味のチョコレートだな?加藤に明日買ってこさせよう」  「あ、ありがとうございます」  柏木のチョコレートのおかげで、その後は妙に和んだ雰囲気になった。  あんな不味いものとか思っていたが、初めて見直した。  檜山教官の施設紹介は終わり、その後は昼飯を含む休憩が一時間与えられた。  その場でカメラマンの加藤さんから弁当が手渡され、各人与えられている机で号令なく食べ始める。  檜山教官も教卓で弁当をパクついていた。  「お前らは仲良いのか?」    ふと、檜山教官が世間話程度に聞いてきた。  「悪くは無いですね。ただ、仲良くなりすぎない様、節度は保っています」  瀬崎が学園的模範の良い子ちゃん回答をすると、檜山教官は。  「ほお、そうか」  と、感心するように一言だけ声をあげた。  まあ、瀬崎回答は固いから反応に困るわな。うん、偉いねとしか言えんだろ。  「檜山教官の子供はいくつですか?」  会話がストップしたので俺がボールを投げる。  檜山教官は嬉しそうにキャッチした。  「15と13だ。どっちも娘で、凄まじい反抗期でな」  意外と話は弾み、弁当を食い終わって一息つく頃には休憩時間も終了間際となった。  檜山教官分の片付けも済ませ、全員が五分前には準備を終える。    「少し早いが、始めるか」  檜山教官は教卓に立ち、プロジェクターのリモコンを押して画面を映す。  いつの間にか入ってきていた加藤さんが電気を消した。  「注目、訓練時定を発表する」  朝8時にはこのプレハブに集合。  準備体操含むアップを1時間、その後は施設を利用した実地訓練。  練度を確認して、良ければプレハブで座学。  習熟度合いを判断しつつ、五時には訓練終了。  各人自由時間、だそうだ。  感想は一つ。  緩いな、五時から自由時間なんざこんな山奥でなければ最高じゃないか。  そう思っていたら、瀬崎が目をぎらつかせていた。  「訓練銃は各人分用意してある。つっても電動ガンだがな。得物はお前らが普段使うものと同じタイプのモノを用意してある。質問はあるか?」  「自由時間は、武器を持ち出し可能でしょうか」  「何故だ?」  「少しでも練度を上げたい為、自主訓練を行いたいのですがよろしいですか?」  教官はニッコリと笑った。妙に嬉しそうだ。  まじかよ、瀬崎のクソッタレめ。  「今日はこれからいきなり実地訓練に入るわけだが、君らにはその前にちょっと準備運動をしてもらう」  スクリーンには施設の地図が映し出される。  ランドナビゲーション用に正方形のマスが書かかれていた。  檜山教官は胸ポケットから伸縮式の指揮棒を出し、警棒のように伸ばす。  この教官は準備運動で行軍でもさせる熱血なのだろうか?  「異界の地図は暗号化されているそうだし、俺も内容は知らん。これは軍隊では一般的な地図だ。一応教育は受けていると聞いたが、わかるよな?」  「問題ありません」  「よし、では説明しよう。施設東側の森林を200メートル抜けたこの地域に、古びた一般家屋がある。そこで友軍が救援要請を送ってきた。該当隊員は一名。所管らはその一名を救出し、この施設に一時退避する。そして増援が来るまで待機だ。ああ、後ルールの説明だ」  檜山教官は黒板にルールとやらを箇条書きにした。  そして、それを口頭でも説明する。  「BB弾に当たったら元気よくヒット!っと申告してくれ。その後はバタンとその場に倒れて動かない様に。ちなみに撃たれた人間の傷病箇所(ケガ)は、倒れてからその場で俺が発表する。何か質問は?」  なるほど、まんまサバゲー形式か。  しかも、撃たれた仲間の応急処置の面倒も生まれる訳だ。  瀬崎が迷わず手を挙げた。  檜山教官が瀬崎を指揮棒で指す。  「この施設の位置付けはなんでしょうか?」  確かに、それが不明瞭だと訓練の位置付けすら危うくなる。  友軍基地と見るべきか、はたまたただの興行施設なのか。  友軍基地ならば、施設に逃げ込んだ時点である程度の安全化は図られる。  「救助途上にある、廃墟となった民間の施設だ。他は?」  つまり、安全化は確実では無いという事だ。  誰も手をあげないのを見て、檜山教官は話を続ける。    「では、これより戦闘服に着替えて武器を掌握。簡易のブリーフィングを行ってもらう。その後、直ぐに出発だ」  教官がそこまで言った所で、ストップウォッチを押した。  瀬崎はそれを見て条件反射的に立ち上がり、俺たちを気合の入った号令で整列させ、時計を見た。  「現在時、13:40。13:45には各人武器装具を掌握してこのプレハブ前まで。以上、別れ!」  「「「別れ」」」  瀬崎に続いて走り出す俺たち。  男女別のプレハブに入ると、机の上に俺と柏木の分の装具と戦闘服、電動ガンが置かれていた。  急いで上下を着て、チェストリグをつける。  マガジンにはご丁寧に【三十発弾倉】と書かれていた。  二分もかからない内に着替えが終わり、柏木と共にプレハブ前に移動する。  瀬崎は既に地面に膝をついた状態で地図を広げており、羽咲と駿河が遅れてやってきた。  「現在時10:04。10:06に時刻規制を実施する」    時刻規制とは、みんなで時計の針を合わせましょうねってやつだ。  作戦行動は分単位でも重要視される。  一分の遅刻が一万の兵士を危険に晒すという格言がある程だ。  「10:05……58、59、今(イマ)」  全員が10:06で時計の針を合わせ、準備は完了する。  瀬崎が全員を見渡し、顔色を確認した。  「健康状態」  「「「異常無し」」」  「ではブリーフィングを始める。現在地、施設内南西部のこの位置。進行方向、東側(こちらのほうこう)。進行距離、200。進行速度、その都度示す。2番を先頭に3番、1番、4番、5番の縦隊で進軍する。森林内は敵勢力の伏撃が見込まれる為、警戒を怠らない様にしろ。質問は?」  「「「無し」」」  「行くぞ」  俺が先頭と示されたので、先行して森林へと足を踏み込む。  天然の遮蔽物を利用しながら、森林を低い姿勢で進んでいく。  草藪も無く、前方に完全にひらけた地域に到達した。  ハンドサインで停止を合図する。  瀬崎の指示で俺はその場で敵がいると思しき方向の警戒を続行し、柏木と瀬崎が間隔を空けて次なる遮蔽物へと移動しようとした。  その矢先。  「ヒット!」  瀬崎が倒れた。  何処から撃たれのかは分からない。  なんせ電動おもちゃだ。サイレンサー付きの実銃よりも音は小さい。  しかもそれを皮切りに、ヒュンヒュンと玉が飛んできた。    「伏せろ!応射(カバー)!」    俺の号令で柏木と羽咲が瞬時にその場に伏せ、弾が飛んできたであろう方向に応射した。  その間に、負傷した瀬崎をどうにかしないといけない。    「クリアー!」  柏木が叫ぶ様に言った。  柏木と羽咲の弾幕で敵が引っ込んだ様だ。  そうなると、数はたかが知れてるのかもしれない。  「5番、後方の遮蔽物まで1番を連れていけ!」    俺の命令で駿河が低い姿勢で瀬崎を引きずり、体が露出しない地域へと移動する。  瀬崎が戦闘不能の今、面倒な事に指揮権は副部長の俺に移行している。  「5番、1番を搬送完了」  駿河が土の盛り上がった敵の射線に露出しない場所から報告してきた。  「1番の容態は?」  「頭部貫通銃創、即死だ」      俺が聞くと、檜山教官が駿河にそう告げる。  駿河は檜山教官に言われたままを告げてきた。  「了解、1番のチェストリグをひっぺがして持って来い。銃器もだ!」  即死なら面倒見る必要は無い。  それに弾薬が余分に手に入るなら死体から分取るに限る。  駿河は害獣には便利な存在だが、一族のアホみたいな掟で銃器を撃てない。  患者の搬送か、荷物持ちくらいしか用途は無いが、こうゆう時は便利だ。  やはり一期一会より、駿河の手でも借りたい、という座右の銘に変更した方がいいかもしれない。  「2番応射(カバー)。4番、準備(レディー)」  羽咲に命じて弾倉を交換させる。  何処に敵が潜んでるのか見えなかったが、その間に俺も射撃に加わった。  柏木は機関銃だ。セーブしながら撃ってるし、しばらくは持つだろう。  「7番、8番。迂回しろ!横から叩け!」  居もしない番号に命令を送る。  英語でも同様に発した。  まあ、単なるブラフだ。相手に言葉が通じるなら、俺たちがどう頑張っても五人に見えるとしても、気にはするだろう。あまり効果は期待できないが。  羽咲が弾倉を交換し終わり、準備良しを告げてきた。    「4番、応射(カバー)。3番、準備(レディー)」    羽咲に撃たせている間、柏木が機関銃の弾を交換する。  その間に、柏木に敵が何処にいるかを聞いてみた。  「何処だ、見えるか?」  「前方40メートル程、太い木の横にある掩体(えんたい)に小銃手(ライフルもち)2名」  「了解、3番準備できたら報告」  俺は柏木が言っていた場所を覗いてみた。  たしかに、人影らしきものがチラチラ太い木から出たり隠れたりしている。  「3番、準備よし」  「了解。3番、応射(カバー)。4番、準備(レディー)」    柏木に応戦させ、俺と羽咲は弾込めをする。  ふと見ると、駿河が低い姿勢で俺の近くににじり寄ってきていた。  駿河にしてはいい間だ。俺はすかさず指示を飛ばす。  「5番、2番と4番が突っ込んだら、3番の後方に行って銃を渡せ。弾が切れたら即座にそれを使えと伝えろ。弾幕を切らすなと」  「分かった」  「4番準備よし」  羽咲が弾倉の交換を終えた。  敵の応射が弱まっている今、戦線を膠着させるつもりはない。  打って出る事にした。    「了解、4番前へ!」      俺の号令で、羽咲と共に敵の潜んでいる位置まで歩みを進める。  柏木の支援射撃と相まって、敵が顔を引っ込める。  そして、敵が慌てて引いて行くのが見えた。  「逃がすな!」  羽咲と共に足を早め、追撃しつつ射撃する。  敵役二人はヒット!っと叫びつつその場に倒れた。    「敵死亡(エネミーダウン)!」  羽咲が叫ぶように言った。  「撃ち方辞め!4番、止まれ。まだ近づくな」  とりあえず、めぼしい敵が倒れたので射撃を終了させる。  「4番、遮蔽物に隠れて周囲を警戒しろ」    羽咲が敵の掩体に入って周囲を警戒する。  俺はその間に柏木と駿河を呼び寄せた。  全員が揃うのを確認すると、俺は敵兵を指しながらハンドサインで3番に安全化を図る様に指示を出す。  俺と柏木は倒れた敵兵に近づき、本当に死んだのか確認を取る。  二人並んで倒れているので、とりあえず銃を蹴って遠くにやり、俺が銃を構えて柏木に身体検査をやらせる。  檜山教官は後ろから近づいてきて、敵兵の容態を告げてきた。  「柏木が身体検査をしている奴は即死、もう一人は腹部貫通銃創、致命傷では無い」  また面倒くさい想定をしやがって……。  敵兵は虫の息でも、死んでなければ助けなければいけない決まりがある。  俺はこの教官が一気に嫌いになった。  檜山教官の言葉で、もう一人の倒れた敵兵があからさまに呻きだす。    「3番、ソイツは生きている。身体検査して掩体の位置まで引っ張るぞ」  「了解」  柏木が敵の装具をひっぺがし、ズルズル引きずって掩体の位置まで引っ張った。  「状況終了」  そんな中途半端な状況で、檜山教官が訓練の終了を告げた。  俺たちは面食らいつつも、とりあえず整列して檜山教官に向き直る。  「誰か死んでる部長を呼んできてくれ」  檜山教官が後方で死んだふりをする瀬崎を指す。  羽咲が自分行きます、と名乗りを上げてその位置まで向かった。  瀬崎が状況終了を知り、羽咲と共に小走りでやってくる。  檜山教官は木陰で俺たちに円になって座る様に命令をし、死体と化していた二人を手招きして横に並ばせた。    「まず、今回敵役をやってくれた二人を紹介する。最初、助教は居ないと言ったが、あれは今回の訓練の為のブラフだ。この二人が助教だ」  「足立です」  「迫田です」    二人はフェイスマスクを外して後ろ手に組んだまま一礼する。  まあ、そんなこったろうと思った。  最初はどうせカメラマンと名乗っていた加藤とかいう男が、敵役で潜伏しているに違いないと思ったが。  二人居るという時点で察しはついていた。  「さて、今回の訓練を経てだが……俺は少し考えを改める事にした」  檜山教官は最初に見せていた温和な表情から、険しくなっていた。  「学園とかいう機関からヒヨッコが送られてくると思っていたもんでな。正直に言うと、練度が足りてなければ強制送還しようと思っていた。基礎部分も足りてなければ付け焼き刃の教育をしても意味がないからだ」  檜山、恐ろしい奴だ。  俺たちが緩くやってれば学園に蜻蛉返りする羽目になっていたのか。    「この二週間、ビシバシやる。お前ら覚悟しろ」  「「「はい」」」  罰ゲームか褒められてんのかよく分からん教官の発言に俺たちは頷いた。  一つ言えば瀬崎が顔を輝かしていたのが印象的だ。コイツはこういうノリが大好きなのだ。

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第四話 訓練

第七話 興味

 その後、俺は校門で雷野と別れ、暫く頭の整理をしながらとぼとぼと歩いていた。  最近端を発したように様々な事象が起こっている。  まあ、自分から首を突っ込んだ結果だから自業自得だが。  しかしながら、まるでいろいろな歯車が噛み合い、動き出した様な、そんな変な感覚だ。  平和他ならかった自身の立ち位置が急速に崩壊していく様な、何というか。  バスに乗り込んで定位置である一番後ろの座席に座り、いつも通り音楽を聞こうとポケットをまさぐってイヤホンを探していると。  見覚えのある少女が出発ギリギリに乗り込み、キョロキョロと車内を見渡しーー。  吸い寄せられるように俺の隣へと鎮座した。    「どうもです」  正面を見据えたままそう口火を切った少女。  俺の悩みの種の一つである張本人、日々谷ミコだった。  VR部の本日の活動は1時間前には終了している。  他の部員同様、彼女も下校したもんだと思っていたが……。  今は帰るには一番微妙な時間帯だ、少なくとも偶然居合わせたようには見えない。  彼女の謎行動に俺は戸惑いつつ、ペコリと返す。  バイト貯金で購入した無駄に高性能イヤホンですぐさまノイズキャンセリングしてやろうと思ったが、イヤホンを耳に伸ばしかけた瞬間に彼女は口を開いた。  「何を聞かれるんですか?」  初手でそんな事を聞いてくるのか。  今日初めての会話がそんなんで良いのか?  いや、会話のジャブ的なアレか?  「クラブハウ……ではないかな」  俺のつまらないボケに対し、彼女は軽く微笑みながら口を開いた。  「雷野さんとはどういう関係なのでしょうか?」  いきなりすぎて面食らってしまった。  俺の寒い返答に対するリアクションも無しかよ。  雷野と俺の関係がどうとか……どういう意図かは分からない質問だ。  少なからずとも、俺に一目惚れして気になるから嫉妬心から突き動かされた!  なんて雰囲気とは思えない。  値踏みするような、なんとも言えない表情を浮かべてやがる。  「部長と部員だけど」  「彼女はあなたを特別扱いしているようですけど?」     俺の言葉に日々谷は尚も追撃をかけてくる。  「そんなこと無いって」  「そうですか……じゃあ屋上で何を渡されたんですか?」  ほう……この女は涼しい顔して論責めしようとしているのか。  情報の後出し、これは俺がボロを出すのを待っている現れだ。  あらかじめ情報を得た上で知らないふりを装いながら質問をし、答えの辻褄が合わなければ違うよね ?こうだよね?とツッコミを入れる。  なんとも性格の悪い手法だ、普通のやつならタジタジだろう。  しかし俺は一筋縄じゃいかないぞ、日々谷よ。  ほおをポリポリと掻きながら俺は答えた。  「部活の資料だよ」  「なら、私とも無関係ではありません。拝見しても?」  そら、そうくると思った。  ああ言えばそうゆう、こう言えばああ言う。  悪いが生意気なルミカのせいでディベートは鍛えられてんだ。  多少の揺さぶりに動じるほど甘くはない。     「あのな、わざわざ部活終わりに密会してまで手に入れた資料だぞ?そう簡単に渡すとおもうか?」  「……なるほど、そうきましたか。因みに一体どういう資料なんですか?」  「それが言えるなら中身だって見せれるだろ?勘弁してくれよ、入部したての同期にこんな詰められたくねーな」  「そうですか、申し訳ありません。中身はヒミツ、と?」  「そう言ってるだろ。因みにお前は何が知りたいんだよ?」  「何が、と言われたら……困りますね」  「はあ?」  「何かがなんなのかを知りたい、それだけです」  まるで禅問答だ。  ていうか受け答えもなんだかAIチックで人間味が無い。  コイツの周りにはいっぱい人だかりができてるイメージだったが……会話は成り立っているのだろうか?    「お前、友達いるの?」  「いますよ、両手の指では収まらないくらいに。皆んなからは変わってるとは言われますが」  なるほど、不思議ちゃんキャラで通っている訳か。  普通の人とは違うのもキャラと捉えられているのかもしれない。  俺が一人納得していると、日々谷はトントンと肩を叩いてきた。  「私が質問する番ですね」  「そんな攻守交代制なんて聞いてねぇぞ」  「私ばかり質問に答えるのは不平等です」  「……じゃあ当たり障りない質問ならOKだ」  「そうですか」  日々谷は少し考える仕草をし、ピンと人差し指を立てた。  「これから何処へ?」  「帰るんだよ」  「お供しても?」  「なんでだよ、家に帰るだけだぞ」  「家に行ってもいいですか?」  どこの深夜バラエティだよ。  俺は首を振ることも億劫に答える。  「何しにくるんだよ」  「おしゃべりです」  「しゃべる様な話題なんてねぇだろ」  「ありますよ」  身を乗り出し、顔を近づけてくる日々谷。  思わず逸らしてしまいそうになったが、我慢だ。  弱味は見せてはならない。  眼前に迫ったまつげを揺らしながら、彼女は当然のように口にした。    「私は貴方に興味があるんです」  「俺は無いぞ」     ノータイムで答えると、彼女は元の姿勢に戻った。  少し残念そうな表情を浮かべる。  「なるほど、それは不平等ですね」  「ああ」  「なら、私に興味を持ってもらう事が先決ですね」  停車ボタンを押した彼女は無表情のままそう呟いた。  「どうしたの?」  俺がルミカの勉強机に座り、うんうんと唸っている時だった。  ルミカが資料に目を通しながら尋ねてくる。  俺が事の詳細をそれは事細かに、時には誇張したりしながら話すと、  「そうなんだ」  ペラペラと紙を捲りながら興味なさそうに俺の話を聞いていた。  これは長年の付き合いと言わず、単純に聞いてないサインなのが分かる  声はかけるのに興味ない事は聞いていない、完全なるB型気質だ。  「それより、この資料見た?」  「いや、まだ目は通してない」  「読んでみて」  渡されてざっと内容を確認してみる。  相変わらず馬鹿みたいに読みやすい資料だ。  企業に入っても即戦力間違いなしであろう資料をペラペラペラペラ捲る。  速読では無いが、要点は掴めた。  Virtual Rain内のプレイヤーからの情報提供者12名、及び臨時捜査員からの情報。    1. 事件前からPhiladelphia876について探っていた人物が複数人居た。    2. 事件後、Philadelphia876が犯人であるという情報の発端は五大組織の一つ、90GOST(ナインティーンゴースト)のマイヤーズ11である可能性が高い。マイヤーズ11は暗殺事件のひと月前、とある武器店に訪れて店主と意味深な会話をしていた。詳細は添付④参照。 添付④ マイヤーズ11の武器店での会話。 以下、マイヤーズ11はM、武器店店主はW表記。 M「これから忙しくなるからライフルと弾薬の在庫はどっさり入れといた方が良いぞ」 W「何でですか?」 M「まあ、いいから。言う通りにするならお前は俺に感謝する様になる」 W「危ない橋は渡りませんぜ?」 M「そんなんじゃないさ……あー、なんだ、これから五大組織が銃を買い漁る時期が必ずやってくる、その時に他には回さずに90GOSTに回して欲しいんだよ」 W 「……契約書にサインしてくれるなら構いませんが」 M 「足がつくのは嫌なんだよ、なあ、わかるだろ?」 W「確かな情報ですか?」 M「そうだよ、なあ、アンタだから話したんだぜ?」 W「……何梃程でしょう?」  会話は30分ほど続き、マイヤーズ11は武器店を後にした。実際、事件後に90GOSTは治安悪化の不安から銃器を欲する五大組織の中では考えられないスピードで大量の武器を調達する事に成功している。  3. 運営側は事件前から何やら慌ただしくしていた。VR社技術顧問であるロバートはーーーー。  以上の事から、運営側が何らかの関与をしていた事は明確であり、今後は運営及び直近プレイヤーの捜査を念頭に置いて活動する。  「早すぎる」  俺は資料から視線を上げる。  ルミカは眉をへの字にし、俺の手元の資料を睨みつけて居た。  「何が何でも一介の高校生がこの短期間で情報提供者を12人も募ってここまでの情報収集能力があるなんておかしい」  「お前は小学生だろ」  ルミカは唇を尖らせて反論した。  「私はVirtual Rainの暗部で長らく活動してきた。その私が断言するけど、Virtual Rainはその特殊性から情報を集めるのがかなり難しいの」  「特殊性?」  「まあ、ローカルルール的な?こっちからVR空間のプレイヤーにコンタクトをとるのはレムナント協定でも記されている通り、難しいものがある」  あれだろ?  現実世界でプレイヤーである事を明かしてはならないってヤツか。  情報のやり取りはもっぱらゲーム内のプレイヤー間のみで行われる、というのが通説だ。  しかしまあ……金欲しさにルールを破る輩なんざいくらでもいるもんだと思うが……。  「うーん、まあでも……運営が怪しかったのは前から分かってた事だろ?」  「このマイヤーズ11という男……」  「知り合いか?」  「有名人よ。90GOSTでは顔役の一人でもある。殺人依頼が数件来たこともあるわ」  「殺らなかったのか?」  我ながら物騒な会話だと思いながら聞いてみると、  「レムナント内に引きこもってたら手出しはしないわ。協定は最早何よりも重い物になっていたから」  90GOSTは五大組織の中では最大兵力を有する武闘派だ。  レムナントに仇をなす勢力の鎮圧等の荒事を請け負ってる事もあり、レムナント専属の軍隊みたいに思われる事も多い。  その顔訳ってんなら相当な武闘派なのだろう。  Virtual Rainは米軍が演習用に使用する為に技術的な協力要請をし、拒否されて揉めた経緯がある程だ。  現実世界でもある程度戦える存在に違いない。  例外(ルミカ)はいるがな。  「正直、期待はそんなにしてなかった」  ルミカは不安げにまつげを揺らしながら言葉をつなげる。    「ネット上で集まる情報を纏めてくれるだけでありがたいからね……情報を見て最後は私が動けば良いんだから。それが運営に通じている人間としてマイヤーズ11にたどり着くなんて……この雷野って女……一体何者なの?」  「ていうことだ、何者なんだ?お前」  次の日の部室。  部活終了後、部員が帰るなり雷野に直接聞いてみた。  雷野は呆れた様な、なんとも言えない表情を浮かべながら口を開いた。  「えらく単刀直入じゃないか。こういうのはちょっとした駆け引きをしてから聞き出すもんだよ?」  「お前に駆け引きなんざ持ち出したら2年はひっぱられそうだからな」  「2年も経てば修行の成果が出るんじゃ無いか?」     どこのジャンプ漫画だよ。  俺は席にドカリと座りながら腕を振る。  「2年も待てねぇよ」  「私が何者か、か……たしかにそれは私が一番に知っている。私以上に私を知る者は居ない……それが分かっている事が私のパワーの秘訣かな」  マッスルポーズをとりながらそんな言葉を発する雷野、俺はため息で意思表示をした。  「……自分のことを知っているのは当たり前だろ?」  「自分を知ることは、すべての知恵の始まりである。アリストテレスの言葉さ、実に真理に迫っている。君は何故自分がFPSの世界チャンピオンなのかわかっているのか?」  ……改めて言われると言葉にするのが難しい。  「うーん……みんなが弱すぎるとしか考えられないな」  雷野は楽しそうに笑った。  爆笑とまではいかないが、実に愉快そうに。  ひとしきり笑うと、コーヒーメーカーのボタンをぽちぽち押し出す。  「君はどうやらその分野で天才らしい。しかし、何故天才なのかを知らなければただのゴロゴロ居る天才だよ。真の天才とは自分を知ることが相手を知ることでもあると知っている。だからといって分かった気でいるわけでもないよ?常に考えを張り巡らし工夫する。それを心がけているだけなんだがね」  コーヒーの匂いが漂ってきた。  なんだか上手くはぐらかされた様な気がするな。  俺がそんな顔をしていた為か、雷野は肩をすくめながら口を開いた。  「まあ、私が何者か知りたければもっと私を深く知ればいいだけさ。方法は幾らでもある、例えばーーーー」  「そういや、日々谷もお前みたいなこと言ってたな。『何かが何かを知りたい』うんぬんかんたらってな」    コーヒー片手に雷野がピクリと反応した。  「ほう、日々谷君が?」  「ああ、昨日バスに乗り込んできてーー」  詳細を話していると、雷野が段々と表情を硬化させていくのが分かった。  腕を組んで指先でトントンとリズムを刻む。  話し終え、雷野は暫くしてから深くため息をついた。  「もっと早く聞いておきたかったな、それは」  「電話した方が良かったか?」  「いや……もう遅いよ」  雷野がガチャリと扉を開ける。    「入りなよ」  そう言うと、扉の横に隠れて居たであろう日々谷がひょっこりと現れた。

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第七話 興味

第六話 入部届けと掠れた口笛

 「なんの心境の変化だ?」  ニッシーは休み時間に入部届けをせっせと書いている俺を覗き込むながら言った。  もちろんVR部のだ。  奴らの監視という名目なんたらで気づいたら俺まで入部する羽目になっていた。  ポケットに手を突っ込んだまま、怪しい新興宗教に入会した親戚を見る様な目つきでニッシーは見てくる。  俺はため息を吐きつつ答えた。  「まあ、ゲーム好きだし、部活も良いかなあと 」  「嘘クセェな、部活否定論者の第一人者だったくせに」  「そんな差別的な論説並べた覚えないね」  「うわ、その言い回し雷野にそっくりだな」  まるで旧知の仲みたいな言い方に俺は目を丸くした。  「知り合いか?」  「知り合いじゃなくとも知ってるだろ、この高校にいりゃ」  どんだけ悪名が轟いてんだあいつは。  ヤンキーより傍若無人なんだから当たり前か。  授業欠席が多い割に学年トップの学力。  その配下である部員も同様だ、落ちこぼれからメキメキと謎の学力アップを果たしているので教師も文句が言えない。  噂では雷野による人体改造が為されていると言われる始末である。  「しかし、目をつけられてたのは知ってたけどなあ。流石のお前でも逃げ切れなかったか」  「逃げじゃねぇよ」  そこは否定しておく。  だって逃げじゃないもの。  あえて言わせてもらうなら理不尽な世界に、  「立ち向かうのさ」  そんな感じな事を恥ずかしげもなくゾンビ世界の主人公風に言った。  ニッシーは呆けた顔のまま自分の席(俺の隣)に座りながら口を開く。  「ふーん、火の粉を払うには火元からってか?」  「良い言葉だな、誰のだ」  「俺が言ったんだから、俺の言葉だ」  「そうかい、それが生前の最も有名な言葉でいいか?」  ニッシーは俳優志望だ。  何かの間違いで有名になれば名言集なんてのが出されるかもしれない。  迷うと書いて迷言集になる可能性のが高いが。  ニッシーはヘラヘラ笑いながら続けた。  「墓標にはもっと良い言葉を掘るさ」  「間違っても『俺に用があれば口笛を吹いてくれ』なんて掘るなよ」  「誰の言葉だよ」  「俺が言ったんだから俺の言葉だ……って言いたい所だが、俺は謙虚でね。俳優志望の君にアカデミー賞を受賞した俳優の言葉を送ったのさ」  「だから誰だよ」  「アメリカの墓場で口笛吹きながらうろつきゃ答えが分かるさ」  「アメリカかよ」  そう言うと、ヒュスヒュスと掠れた音が隣から聞こえてきた。  こんな間抜けな音が聞こえてきたらハンフリー・ボガートも棺から飛び起きてツッコミを入れるかもしれない。  「なるほど、まずは口笛の練習からだな」  そう俺が口にした時にはチャイムが鳴り、髪の乱れた壮年の数学教師がでかい定規を携えて入ってきていた。      次の日の放課後。  晴れて……と言っていいのか疑問だが、VR部入りを果たした俺は不気味な笑みが張り付いた雷野に連れられ、校内一の魔窟へと足を踏み入れた。  中に入るなり、謎の緊迫感が伝わってくる。  それらは雷野を除く部員達によってもたされたモノだと気づくのに数秒を有した。  明らかに俺を警戒する視線がチラホラ。  まあ、無理もないか。  奴らからすれば俺は疫病神だ。  人質の動画だって握られているし。  「今日から我々の一員に加わる一人(・・)雨傘レント氏だ。皆んな拍手」    何だか引っかかる言い回しだが、まあいいか。  パチパチと乾いた拍手が鳴り響く中、俺は頭を下げつつ部員達の様子を確認してみた。  VR部は俺を含め全員で六人、狭い部室の割には大所帯だ。  部員達は雷野含め脅威のメガネ率を誇り、インテリ系特有の近寄り難いオーラを放っていた。  「見知った顔も多いけど、ベタに自己紹介といこうか。じゃあ雨傘氏から何か一言」  「ゲームが好きでFPSなんかをよくやっていたりします……しっかりと働きますんで宜しくお願いします」     俺が言うと、不安げな表情を浮かべる部員達とは対照的に満足そうな雷野がうんうんと頷く。  「補足すると彼は全世界で最もプレイヤー数の多いJT9と言うFPSゲームの現世界王者だ。その分野に知見が広いので質問がある者は彼に聞くといい」  世界王者と聞いても、部室内ではさほど驚いた様子は見られない。  恐らく全員が周知しているのだろう。  まあ当然か、何度か出入りしてたし俺の経歴なんかは雷野が話しているのだろう。  しかし、なんともアウェーな雰囲気だ。  彼らは雷野を崇拝している信者達だ、よからぬ推察なんかを立てていないだろうか心配になる。  俺が居心地悪げに雷野の次なる言葉を待っていると、彼女は驚くべき発言をした。    「さて、次の新入部員を紹介しよう。神妙な面持ちの君らにサプライズだ。入ってきていいよ」  俺の他に新入部員?  驚く間も無く入ってくれ、と雷野が告げると、  「すみません、失礼します」    鈴の音の様な声を鳴らし、今にも折れてしまいそうな可憐な美少女が入ってきた。  俺だけじゃなく、他の部員までもが目を剥いていた。  「彼女も新たなVR部の仲間、日々谷(ヒビヤ)ミコさんだ。昨今の事件でVR関連に興味を持ったらしい」    日々谷ミコ……確か学校でも有名な完璧美少女だ。  おっとりした雰囲気とは真逆の優等生。  スポーツ万能、学業優秀の才色兼備。  そんな人間が何故こんな時期に……?  「では日々谷氏、何か一言!」  「よろしくお願いします」  それだけ告げて微笑みを浮かべた彼女。  部員達の頬の紅潮を目の当たりにしながら、何だか波乱の幕が開けたのを察していた。    その後、VR部内の主な活動内容を軽く確認した程度で本日はお開きとなった。  威嚇する様に凝視してくる部員達を尻目に、俺はそそくさと雷野を連れ出して屋上へと赴いていた。  屋上は何かと厳しい現代には珍しい柵もない手摺りだけの殺風景な場所だ。  グランドから聞こえる部活動の掛け声の他は街から忙しなく聞こえる車の排気音しか聞こえない。  夕陽が刻一刻と沈む中、雷野は呑気そうに手すりにもたれかかって一番星を探していた。  俺は少し離れて街灯が灯り始めた街を眺めていた。  「この時期に、しかもVR部に入部か……完璧美少女って聞いてたけど頭のネジは何本かすっ飛んでいるみたいだな」  俺の言葉にプッと吹き出す雷野。  いくらなんでもこの時期に悪名高いVR部に入部するなんて正気の沙汰じゃない。  しかも相手は学園注目度の高い、雷野と張るほどの有名人。  人質動画を撮らせろ、なんていきなり告げれる様な相手では無い事だけは確かだ。  「まあまあ、目の保養が増えていいじゃないか。部員達にも栄養摂取は必要だ」  尚も呑気そうな雷野を俺は不審に思った。  「彼女にも説明するのか?」  今回の案件は複雑だ。  いきなりやってきた新入部員に世界トップニュース案件の協力をさせるなんてナンセンスである。  彼女が口の硬い人間だろうがなかろうが、今後の活動には必ず障害となる筈だ。  雷野は肩をすくめながら疲れた様に答えた。  「まさか、そもそも部員達にも今回の案件はまだ説明していない」  「マジかよ、知らぬ内に協力させるのか?」  そりゃ少々どころか、かなり酷だろ。  知らぬ間に人質動画が俺の手に握られてるんだ、説明義務くらいは果たすべきだろ。  「おおっぴろに動くには時期が悪い、新入部員は私も予想だにしていなかった。そもそも、我々が発足当初から悪目立ちしていたのはVR部に入ろうとする人間を増やさない為だ。現在の校則では来る者は拒めないからな」  そんな思惑があったのかよ。  俺が驚いていると、雷野はフーッと息を吐いてしゃがみ込みながら続けた。  「彼女目当てでVR部に近づいてくる輩も少なからず増えるだろう、こうなれば目立つ。手広くやるにはもう少し場を整えなければならない」  「まだ時間が必要ってか」  「ああ……まあしかし、これはこちらの都合だ、ルミカ嬢には関係が無い。安心してくれ、なんとかしてみせるさ」  「俺の都合でもあるんだけどな」    そう言うと、雷野は膝を抱きながら面白そうに眺めてきた。  「お、早くもVR部の自覚が出てきたのかい?」  「まあ、なし崩し的でも入部したのなら運命共同体だ。地獄でも天国でもついていくさ」  「ふふっ……頼り甲斐のある言葉じゃないか」  「お前ほどじゃないがな」  雷野はスクッと立ち上がり、尻を払うと脇に置いていたカバンから茶封筒を取り出した。    「これは今回の分だ、ルミカ嬢に渡しといてくれ」  それは紛れもなく、ルミカ様に提示された資料だった。  中々の厚みがあり、軽く引きそうになりながら受け取ってバッグに突っ込む。  「……バタバタしてた初日からいきなりか。大丈夫かよ、資料集めも一人だったんだろ?」  「なーに、大した情報は……あるんだなコレが、面白い情報をリークしたから二人で確認してくれ、今後の展開と案も含ませてある」  「寝てんのか?」    俺が聞くと、雷野は悪戯っぽく笑った。    「昼休みにそれくらい終わらせた。なーに、昼飯前だったよ」  俺は改めて雷野の超人さを目の当たりにしたのだった。  

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第六話 入部届けと掠れた口笛