木のうろ野すゞめ
24 件の小説木のうろ野すゞめ
雰囲気小説を書く人です。 毎週金〜日曜日の間になにかしら書きあげていきたいです。 現在は主に「書く」「書く習慣」にて生息しております。 2025/8/16〜 ※作品は全てフィクション ※無断転載、AI学習禁止
そして、
味噌汁が五臓六腑に染み入る季節になってきた。 キッチンにアサリと味噌の香りが立ち込めていたときである。 「あ。お味噌なくなっちゃった」 そんな彼女の言葉から、俺たちはスーパーで買い物をするために身支度を整え始めた。 リビングで軽くメイクを施していく彼女は、最後の仕上げといわんばかりにリップブラシを唇に乗せる。 薄い唇が鮮やかな桃色に彩られた。 上唇と下唇を合わせながら口紅を馴染ませる動作は、何度見ても魅入ってしまう。 「モモみたいですね」 「え?」 余程唐突に感じたのか、彼女はポカンとしながら小さな鏡を通して俺を見つめた。 「食べたくなってきました」 「あぁ、モモ? でもさすがにもう売ってないんじゃない」 鏡に映る自身の唇を見つめながら、楽しげに声を弾ませる。 その視線が欲しくて細い顎をさらった。 「かな……?」 視線を手に入れたら、今度は瑞々しい唇も欲しくなる。 ちゅむ。 彼女の言葉を唇で遮った。 化粧品特有の甘やかな香りと、艶を唇から奪う。 彼女の下唇に濃く乗った鮮やかに潤っていた桃色を執拗に食んだ。 「……もー」 「リップ、取れちゃいましたね」 口紅に代わって俺の唾液で濡れた唇を親指で撫でる。 身を捩って恥ずかしさをごまかそうと、彼女はツンケンと顔を逸らして俺の指を払いのけた。 「れーじくんの唇がぷるぷるになっちゃったじゃん」 「コレで、拭ってくださいよ」 照れを隠すために無法地帯となりかけるお口にかまうことなく、舌先でノックをする。 「ダメ」 鼻の抜けた息をこぼしながら、彼女は蠱惑的に瞳を揺らした。 「まずは買い物から、ね?」 買い物デートは譲れない。 俺が絆されることをわかっていて、余裕たっぷりに煽る彼女を簡単には手放したくもなかった。 「……『から』ですか?」 眼鏡というレンズ1枚。 この板を挟まないと彼女の輝きをきちんと捉えることはできないのに、隔たりとなる眼鏡が煩わしかった。 だが、さすがに彼女の反応が速い。 フレームにかけた指は、彼女の細い指に絡め取られてしまった。 「買い物してー、手を洗ってー、部屋の片づけしてー、ちょっと休憩してー」 捕らわれた俺の手先は彼女に操られたまま、きれいにメイクされた顔の輪郭をなぞる。 「キスはそれから、でしょ?」 爪の先に薄い桜色の唇が乗った。 ちろ、と彼女の舌先が爪に触れる。 「それ」 誰に覚えさせられたんだよ。 油断すると迫り上がってくる嫉妬と独占欲を、無理やり押さえ込んで平静を装った。 「……焦ったくてチュウだけじゃすみそうにありませんけど?」 「キャアッ。えっちー」 パッと手を離して、彼女は楽しそうに表情を綻ばせる。 無邪気でかわいいが、それで絆されるほどチョロくはなかった。 自由になった両腕で彼女の腰を抱き寄せる。 「俺、まだなにも言ってませんよ?」 夏の頃に比べて厚手になったシャツの下から、骨盤の薄い皮膚の上を撫で回した。 「そっちこそ、なにを期待したんです?」 「私がしてあげるのは、キスだけだよ?」 妖艶に揺れる瑠璃色の瞳に目を奪われていると、ひんやりとしたコットンが唇に押し当てられた。 「なにか、してほしいことでもあるの?」 いくらなんでも、それは思わせぶりがすぎるだろう。 反撃されることを全く考慮していないあたり、脇が甘すぎて心配になるくらいだ。 「俺のしてほしいこと、してくれるんです?」 「買い物が先」 挑発的な微笑みに、俺はあっさりと白旗を上げた。 「……さすがに絆されました」 「ふふんっ」 得意げにふんぞり返っているが、本当に……。 本っっっ当に、負けず嫌いの彼女は目先の勝負しか見えていなかった。 そして、買い物のあと。 俺は彼女をグズグズになるまで蕩かしていく。 据え膳としてぶら下げてくれたご褒美を、心ゆくまで堪能した。 《完》
夜をみはる 箒星をさがす
いーちゃんは夜がきらい。 おきたとき、パパとににがいなくなったから。 いーちゃんは夜がきらい。 こんどはママがいなくなった。 ママはてんごくにいったと、しらないひとがおしえてくれた。 いーちゃんのだいすきなひとをたべちゃう夜は、とてもこわいじかんなの。 だから、いーちゃんは夜をみはった。 きらきらのお星さまも。 しずかなお月さまも。 ぜんぶぜんぶ、夜のゆうわく。 くろくておおきな夜のおそらにすいこまれないように、おふとんにしがみついてまくらをかかえた。 眠るのがこわい。 夜がこわい。 夜がわるさをしたらどうしよう。 いーちゃんもたべられちゃったらどうしよう。 だから、いーちゃんはかんがえた。 なやんだいーちゃんは、だいすきなひとをとおざけた。 あるひ。 めのまえに、とつぜんあらわれたおーじさま。 おねがい、やめて。 きらきらしため。 しずかなこえ。 おおきなて。 夜みたいなすがたで、いーちゃんをゆうわくしないで。 もう、だいすきはやめたの。 もう、はなればなれはいやなの。 もう、ひとりでいることにしたの。 夜みたいなおーじさま。 おねがい、やめて。 いーちゃんのなみだにさわらないで。 いまさら、夜のぬくもりなんてしりたくなかった。 ひとつ。 箒星がながれた。 《完》
ネカマの戯言
はじめまして。すゞめです。作品を読ませていただきました。 物語自体はしっかりしていて読み応えもあります。とても面白い作品でした。 あくまで小説として、私個人が表記で気になった点をいくつかあげさせていただきます。 ●字下げ している箇所としていない箇所の意図が読み取れませんでした。 ●句読点 句点のない箇所が混在しているのが気になります。 ●三点リーダー 基本的に記号はニコイチです。英文のところは許容できますが、ほかの箇所は統一したほうが無難です。 ●""と“”と「」の混在 文量に対して強調するべき箇所が多く、効果が薄いです。 特に""と“”の区別は読み取りにくく感じました。 偉人の言葉の抜粋のみ""とすれば、わかりやすくなるのかもしれません。 ●誤字? 『 中野は真っ直ぐな目で言った』 中野→健? 『だが隆は、黙って頷いた。』 隆→健? 物語の佳境ということもあり、個人的にかなり気になりました。 私はキャラクターをメインに感覚的に読んでいくタイプのため、キャラ名の表記揺れと誤字は熱量が下がります。 ●視点のブレ 視点が三人称から一人称に切り替わったため、戸惑いました。 賛否はありそうですがこの物語の場合、一人称で主人公の感情をぶつけていくよりも、三人称ならではの淡々した事象で熱量をぶつけたほうが、効果的に印象を残せると思います。 ●基本的に小説は文字のみの世界 経験則で申しわけないのですが、表記で個性やこだわりを出そうとすると、誤字として弾かれがちなのでおすすめしません。 例えばですが、 『 私たちは三人で下校していた。ひとりで帰るのも嫌だが、奇数での集団下校も苦痛である。 ◯ ◯ ◯←私 三人で帰ると、いつもこうやって私ひとりが後ろに追いやられるからだ。』 こだわるのであれば、最低でもこのくらいわかりやすいことをやらない限り、表記の意図を読み手は汲みません。 ●まとめ 冒頭でも書きましたが、ストーリーに入り込みやすくて面白い作品です。 ですが「小説としての書き方」を求めた場合、前述した箇所は気になる部分でもありました。 テンプレートとして、参考になれば幸いです。 最後に、前述の指摘を全て受け入れる必要はありません。 Noveleeには書き手さんもたくさんいますし、書き手、読み手として作者のこだわりを温かく受け入れてくださる方が多い印象です。 いろいろな作家さんの表現や表記に刺激を受けながら、ご自身でもどんどん挑戦してほしいと思いました。 以上です。ここまでネカマの戯言におつき合いくださり、ありがとうございました。 よき執筆ライフをお過ごしくださいませ☺️ 《完》
たくさんの「秋」をありがとうございます。
気がつけば「秋をください」とおねだりをした募集の締切が間近に迫ってきていました。 少し早いですが募集に参加してくださった作家のみな様、寄せられた作品に目を通してくださった方、企画を一読してくださった方にお礼を申しあげます。 新参者が勢いで募集したため作品が集まるか不安でしたが、思いのほかたくさん作品を寄せてくださいました。 本当に感謝いたします。 どの作品も「秋」のアプローチや描写が魅力的なので、少しだけ紹介させてください。 【参加者】 ✴︎「紅葉と高揚と」 じゃらねっこ様 お散歩のなかに含まれた物憂げで情緒あふれる描写、ラストのリフレインが素敵でした。 ✴︎「【秋がきた】」 ゆうか様 広大な大地が夏から秋に移り変わっていく描写が絵画みたいで心が晴れやかになりました。 ✴︎「お月見大会」 TsuNa 銀様 月見シリーズの羅列からどんどん壮大になっていく謎の展開がクセになって面白いです。 ✴︎「銀杏」 蒼様 朝寒のなか会話を弾ませる夫婦がかわいくて穏やかなふたりの距離感にほっこりしました。 ✴︎「旬の味、可愛い貴女」 山代裕春様 秋の旬のなかにさり気ない人物描写が絶妙で、リズミカルな調子がとても気持ちいいです。 ✴︎「金木犀」 はのん様 一度覚えたら忘れられない金木犀の香りと失恋という取り合わせがロマンチックでした。 ✴︎「秋の匂い」 あいびぃ様 私個人の年齢もありノスタルジックな心地で読みました。とにかくオノマトペがかわいい。 ✴︎「秋のある日」 あねもね様 秋の味覚がオシャレに描かれているのに、所々クスリとする場面もある贅沢な作品です。 ✴︎「秋のおくりもの」 しんきユーザー様 突然秋雨にみまわれ、神社でコオロギの音色を聞きながら雨宿りする描写が神秘的でした。 ※投稿順 以上、9名の方に参加していただきました。 感想文が不要の場合は、お手数ですがこちらのコメント欄に一筆ください。削除いたします。 本来であれば私自身の「作品」を投稿するかたちでお礼と代えさせていただくべきなのでしょうが、すみません。 先週からソシャゲで推しのイベントが来ておりまして、執筆どころか秋の解像度を上げる努力すら怠りました。 蕾だった金木犀の写真を撮って、開花する様子をタイムラプスにでもしてみようと計画はしていたのですが。 今朝、金木犀の木を見たら見事に花を咲かせていました。 つい最近、彼岸花がきれいに群生していた気がしたのですけど、あの子たちはいつ散ったのでしょうか。 花びらの落ちた地面を見るのが好きなのですが、見過ごしてしまいました。 今年になって帰宅ルートも変えてしまったため、イチョウの木も見ていません。 代わりにカエデの木を見ています。上空から緩やかにグラデーションを描きながら、葉が赤く染まっていく様子がきれいでした。 「秋」という季節感を真正面から捉えることは、私にとって難しいことであると痛感しております。 ですが、雰囲気小説らしく少しずつ「秋」を取り入れて季節感を出していけたらいいなと思っております。 締切までは少し時間はありますし、滑り込みしていただけるようでしたら歓迎いたします。 今回は「秋をください」という募集にご協力いただき、本当にありがとうございました。 《完》
遠い足音
お題「気遣い」 彼女の自宅の下駄箱に、見慣れないブランドロゴの入ったシューズボックスがあることは知っていた。 それがスニーカーではないことも。 だからといって、その靴の中身が黒のハイヒールだったなんて予想はしていなかった。 う、わっ……⁉︎ カツ、カツ、と上品に音を立てて彼女は颯爽とこちらに向かってくる。遠くから俺を捉えた彼女は、ヒールのせいか駆け寄ってくることはなかった。早足になるわけでもなくひらりと控えめに手を振る彼女に、俺のほうが待っていられない焦ったいわずか数メートルに、たまらず俺が急くように詰めてしまった。 「ごめん。早めに来たつもりだったのに、また待たせちゃった」 彼女が時間よりも少し早めにくることを知っていたから、俺はさらに早めに待ち合わせ場所に来たのだ。 彼女を待たせてナンパでもされたらたまったものではない。 そもそも、俺含め、そこらへんに転がっている男なんて待たせておけばいいのだ。 「いえ。それよりもその靴……」 「ん? 変かな?」 ヒールの高さは4、5cmほどだろうか。 黒い靴に滑らかな白い足の甲のコントラストは目に毒だ。 速度を増す胸の鼓動に気づかなり振りをしながら、表情をわずかに曇らせる彼女の言葉を否定する。 「いえ、とてもよくお似合いですよ。でも疲れたらちゃんと教えてくださいね?」 「わかった。ありがと」 商業施設のカフェに行く予定だ。 人通りも多くて賑やかな場所だから、多少ヒールの音を響かせても問題はない。 だが、いつもスニーカーばかり履いているから、靴擦れができないか心配だ。 彼女の足裏に傷を作るわけにはいかない。 決意を新たに、俺は彼女の手を引いて歩き始めた。 * 彼女は俺のすぐ隣にいるはずなのに、足音が遠く感じる。 ショッピングモールという雑踏のなかに紛れているにしても、彼女の足音が妙に静かだった。 いつもより少し歩幅は狭いが、彼女が歩きにくそうにしている様子も、足を引きずっているわけでもない。 緩やかなリズムを刻むヒールの音は、心地よさすら感じた。 とはいえ、普段は階段を使うところをエスカレーターに頼ったりして、少しでも彼女の足の負担が少なくすむように注意を払う。 彼女の頭頂部がいつもより高くなった。 小さく揺れるポニーテールから白い頸が覗いて、俺の心臓まで揺さぶられる。 俺の視線がうるさすぎたのか、そのポニーテールが翻った。 「……どうしたの?」 あなたのおみ足にドキドキしています♡ なんてこの場で言ってしまおうものなら、逃げられてしまいそうだ。彼女の言葉には、首を横に振っておくことにする。 「いえ。なんでもありませんよ」 控えめにいって、彼女のヒールは心臓に悪かった。 すらりと伸ばされた足の甲は色っぽい。 ジーンズに隠れたふくらはぎが張っていないか、靴擦れを起こしていないか心配になり、ことあるごとにベンチやソファに座らせようとすれば、彼女は淑やかに足を斜めに揃えて腰を下ろした。 「ごめん」 「え?」 自販機で買った小さなペットボトルを、彼女は両手でペコペコと遊ばせる。 「こんなに気を遣われるとは思ってなかった」 「あぁ」 大型商業施設ということを利用して、昼食、水分補給、ガチャガチャを回して開封式、カフェ、トレーディングカードのパックをいくつか買って開封式。 適当に理由をでっちあげては彼女を座らせる機会を多く作った。 「すみません。露骨すぎましたか?」 「いや、れーじくんの過保護は今に始まったことじゃないから、それは、今さらいいんだけど……」 いいんだ。 本当に。 彼女はなんでも受け入れてくれるから、俺は確信に迫ってみることにした。 「では、過保護ついでにひとつ、教えてください」 「……なに?」 小刻みに挟んだ休憩は、俺の心臓を落ち着かせる目的もある。 「今日はどうしてヒールを?」 彼女がヒールを履くときは大抵フォーマルな場面だ。 そんな彼女が俺とのデートでわざわざヒールをチョイスしたのには、なにかしらの理由があるに違いない。 俺に聞かれることくらいわかりきっているだろうに、彼女は露骨に視線を泳がせた。 「それ、言わなきゃダメ?」 「言いたくないなら言わなくていいです」 前もって適当な理由を用意するわけでもなく、彼女は俺につけ入る隙を無防備に晒す。 「でも、俺にとって都合のいい口実ができるんですけど。そこは大丈夫ですか?」 「は? 口実? なんの?」 あまつさえ、大きな瑠璃色の瞳を無垢に瞬かせるのだから始末に負えなかった。 どこまでも俺を弄ぶ魔性の恋人である。 ひとり勝手に振りまわされるのも癪に障り、ひとつ咳払いをして形勢の立て直しを図った。 「ここからだと俺の家のほうが近いじゃないですか」 「んー? まぁ、確かに。そうかもね?」 「ヒールで長距離を歩かせることは本意ではないですから。簡単に俺の家に誘い込むことができます」 幸か不幸か、俺の家には彼女のスニーカーも置いていた。 朝帰りなんてあまりさせたくはないが、2日連続でヒールを履かせずにすむ。 「俺とドロドロになるまであまーい夜を過ごしましょうね♡」 ここまで露骨に言い回せば鈍い彼女でも察したらしく、顔を真っ赤にしてキャンキャン吠える。 「あのさあっ⁉︎ 言い方! もうちょっと気を回してもらえるっ⁉︎」 「遠回しに言ったところで照れるじゃないですか」 「そうだとしても! そ、それに……」 頬を染めたまま、彼女はわなわなと唇を震わせる。 手にしていたペットボトルが頼りなく音を立てた。 「言わなきゃ誘ってくれないなら、言いたくない」 消え入るような声音で吐露したあと、彼女は唇を噛み締めて俯いた。 ドギャアン‼︎ 我慢していた心臓があり得ない音を立てて、胸をキツく締めつけてきた。 「……っ‼︎」 両手で左胸を押さえながら乱れた心音と呼吸を整えていく。 「では、ピロトークで教えてください」 「だからっ、言い方っ! いい加減にしてっ!」 息も絶え絶えに伝えれば、きれいに揃えられていた彼女の足が崩れた。 黒いヒールの靴先で俺の靴を小突く。 「俺の気遣いはもう売り切れです」 「ウソつき」 「本当ですって」 建前を全て剥がされて、残っているのは下心のみである。 きれいにめかし込んだメイクを早く崩したいと、心が急いた。 背中を軽く押して彼女を促す。 再び、遠く感じる静かな足音をすく側で耳にしながら、俺たちはショッピングモールをあとにするのだった。 《完》
繊細さは嗅覚から死んでいく
主にZ世代の間で流行っているMBTI性格診断テスト。「MBTI」と検索すれば、サーチエンジンの一番上に無料で診断できるサイトが出てくる。 なにかしらのきっかけで何度か試みたことがあるが、私は診断結果まで辿り着けたことがない。 理由はいたってシンプルである。 飽きるのだ。 MBTIに限ったことではないが、この手の診断テストは設問が多すぎる。毎回毎回、見事に挫折していた。 かといって、設問が少なすぎても「この程度の質問数で性格を分類されてたまるか」とも思う。 我ながら面倒な性格であることは自覚済みだ。そっとしておいてほしい。 これを機に、少し真面目に自己分析をしてみることにした。 ポチポチと診断テストを進めていくことは諦め、診断結果に使われているアルファベットからタイプを推測してみる。 横着していることはわかっていた。 しかし知人を巻き込んでも診断結果までゴールできないのだから、もはやどうしようもないだろう。 その知人にはお詫びとして、コーンポタージュ味のうまい棒を1本あげた。私は3本食べた。おいしい。 おそらく、私はINFP−T(仲介者)もしくはINTP−T(論理学者)であることが推測される。 そしてI(内行型)とP(知覚型)、T(慎重型)は確定的で、気分に左右されることはなさそうだ。 間のS(感覚型)N(直感型)、T(論理型)F(感情型)は正直、その日の精神状態によってはフラフラしそうである。 7段階評価の「概ね」「どちらかといえば」「どちらでもない」なんて曖昧な指標が5枠もあるせいだ。これだけ幅を作られたらそのときの気分によってブレが生じる。 回答をどこに置くかで、絶対に割合が変わるはずだ。 そもそもSとNに関しては言葉が近くてわかりにくい。経験則に基づいて手堅い判断をくだすか、賭けに出て状況を打破しようとするか、という解釈をした。 こいつに関しては本当にケースバイケースだから、判断に迷う。咄嗟の判断力を試されるのであれば後者だろうか。後者ということにした。 早くも自己分析とは……と首を捻り始める。 TとFはおそらく私自身の理解力による。 私自身の理解の及ぶ範疇であれば順序立てて効率重視で理詰めで思考を整理できる。多分……。 逆に理解ができない未知の事象に対しては好きが嫌いか、いい感じか否かなどといった主観に頼りがちだ。 小説の批評をすることもされることも苦手なのは、ひとえにこの部分が影響している。悲しい。 これらを総合的に踏まえて、私はINFP−Tの仲介者であると結論づける。 仲介者として目にした特徴は「共感力」「想像力」「理想主義」だった。 繊細で芸術を嗜み、利他的でことなかれ主義。 適職はクリエイター系、福祉関係、あたりがピックアップされていた。 内向型にしてはきちんと人と関わる職が選ばれていたことに驚く。クリエイター職なんて繊細な人には精神的な負荷が大きそうだ。福祉関係も内向型にはしんどくないのだろうか。 私個人としては製造ラインでひたすら生クリームだけ乗せるとか、同じ品物のシール貼ることが好きだ。夢はないが楽しい。 このあたり、仲介者の方がいたらぜひ教えてほしいと思った。 恋愛面ではチー牛。ネガティブに極振りした私の一方的な解釈だ。関係がなんにも進展しないヤツである。距離が近くなると怖くなって離れた。お近づきになりたいと思った相手にはだいたい嫌われる。つらい。 正直、私を選んだ妻は頭がイカれていると思った。入籍して確信する。とち狂っていた。結婚してくれてありがとう。 内面に触れるデリケートな内容のせいか、16タイプ全て目を通してみたが、どの性格も耳障りがよく、当たりさわりのないことが書かれていた。 ほかにも、仲介者(仮)としての私が言いたいことは山のようにあるが、ここはあえてひとつだけにしておこう。 若いっていいなー。 このひと言に尽きる。 《完》
許されるなら、私も「最高傑作」を書きたかった
「未完の十万文字よりも完結した五万文字をください」「スランプという言葉を軽々しく使わないほうがいいですよ。あなたが使ったところで、未熟と怠惰を露呈させるだけですから」「寝不足なら寝てください」「時間がないなら作ってください」「休みが必要なら休んでください」「文字を書くだけでは作家にはなれません。作品を完結させて、初めて作家としてのスタートラインに立つのです」「一年先の締切が短くて書けないと言う人は、例えその締切が十年先でも書けません」「ネタがない? シチュエーションではなく、バリエーションを増やす努力をしてください」「展開がワンパターン? 気をてらいすぎて読んでもらえなくなったり書けなくなるよりマシじゃないですか?」「生者の未完の作品なんて誰も評価しません。チラ見せしたところでどうせ書けませんから、変に承認欲求満たしていないで、完成させるまではしまってください」「キャラクターの人称や表記は、テンプレートを作ってブレないようにしてください」「誤字脱字もそうですが、センテンスのねじれくらい推敲してください」「単語は辞書を引いて正しく使ってください」「こちらの比喩はなんですか? なにをなんのために表現しています? このタイミングで挿入した意図は? あ、ダメ出しではなく、流れと意味がわからないため確認です」「気分が乗らずに一文字も書けない? SNSで雑記を書いているじゃないですか」「近況報告、進捗報告、雑記もけっこうですが、不特定多数に向けた発信をする頻度は、明確に定めておいたほうがいいですよ?」「逆に自分の作品を見せられるような相手に直接伝えるのは悪くないです。例えば私とか。そうなると、あなたは逃げたくても逃げられなくなるでしょう?」「年内までに長編を一本仕上げるんでしたっけ? 徹底的にチェックさせてください。楽しみにしていますね」 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ うるさい‼︎ 『スランプなんて簡単に口走るものではありません』 今になってあなたの言葉が身に染みる。私は、スランプなんて生ぬるいぬかるみに浸かれるような人間ではなかった。 締切に追われる日々は私を眠れなくさせ、否応なしに執筆の時間に囚われる。唯一の救いは新規スケジュールにおける締切を打ち合わせ段階で口出しすることができるようになったことくらいだ。おかげで月の二日はよく寝てよく食べる日を作ることができている。 作家という世界に身を投じて十五年。インターネットが普及した時代にもかかわらず、この世界は狭かった。性格に難あり。締切を飛ばした。音信不通になりがち。下手な対応をすればマイナスな噂はすぐに広まった。再発起は難しいと聞く。 私は今日もパソコンを開いて、自分なりのテンプレートに登場人物と言葉をはめ込んでいく。自分の作品に納得のいかない展開にも、とうの昔に手が馴染んだ。システムのようにキーボードを叩く。打ち合わせ通りのプロットとキャラクターとテーマに沿って、作業的に物語を終着地点まで運んだ。 締切のために言葉探しを妥協する。相変わらず無駄な言葉は多いし、繋ぎの表現も多用した。こだわりよりも完成を最優先。出来栄えの満足度は三割にも満たなかった。 それでも私は私の作品を「最高傑作」と評する。作品が世に出続けるのであれば私はそれを「最高傑作」と言い続けた。理想と現実との乖離に罪悪感を抱くことすら、もうしない。 『自分の作品を一番理解しているのは自分です。その自分が駄作稚拙と表現する作品なんて、誰が読むというのですか』 時々、新人作家や作家の卵たちと話す機会に恵まれる。若々しい未来感、創作論、希望に満ち満ちた彼らの眼差しは私には眩しかった。 私はあの人とは違い、人と関わることは好きではないし、他人の人生に責任など持てないから、当たり障りのない相槌でかわしていく。世間は厳しいが選択肢に溢れた昨今、自分の都合で生きていくことは容易だ。 好きに理想を掲げて都合よく現実を選別して、生ぬるく生きていけばいい。幸か不幸か、どちらに転じても全て自身の責任だ。 『一度作家を志した者は、筆を折ろうが折るまいが二度とその呪縛からは逃れられません。一生をかけて書かずにはいられないという呪いに苛まれます』 あなたが天寿を全うして数年後。こぢんまりとしていたが、あなたの作品展示会が開かれた。 額縁に閉じ込められた四百字詰めの原稿用紙。窮屈に整えられた生真面目な文字を久しぶりに見た。小さな枠の中にはあなたの世界がいたるところに散りばめられている。 あなたとは、なんだかんだと十年くらいのつき合いだった。作家であるあなたは、少し不器用な物言いのせいで誤解を招くこともあったが、正しい道を歩んでいたように思う。 いつも背中を丸めているのに、タイピングの音だけはきれいだった。飾り気のない指先から生み出される美しい言葉の中には真っすぐな芯が入っている。凛と羅列された世界に、私はいつも魅了されてしまっていた。 あなたの著書は多かったが、メディアミックスには無縁だった。特別に売上が跳ねた代表作があるわけでもない。知る人ぞ知る名作家として称されることもなかった。 だが、生真面目な仕事ぶりが評価され、編集者や作家仲間にも恵まれ、仕事が途切れたこともない。 堅実に締切を守り、実直に人と向き合う、質実な人だった。 『生者の未完の作品に価値はありません』 その言葉を、あなたはその身をもってして体現した。 どれだけ願っても永遠に完成されない作品の美しさ。 あなたの世界の尊さに、私は吐き気を催した。 展示会なんか、行かなければよかったと後悔する。 そこにはあなたの作品だけではなく、生い立ち、結婚、出産、子育て、離婚、独立、闘病、恋愛観、生き様……。あなたの人生すら、感動物語のように華美な起承転結に沿って大仰に綴られた。 未完の作品たちは、あなた自身が現実味の欠片もなく彩られたことによって完成する。 会場を出た私は悟った。私が生きている限り、私は二度と本当の意味での「最高傑作」を完成させることはできない、と。 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ 酷評、艱難、危惧、虚空、傲然、激昂、倦厭、嫌悪、重圧、羨望、軽笑、嫉妬、暗澹、忸怩、欺瞞、焦燥、愚鈍、寂寞、非難、憎悪、悋気、虚飾、悪辣、重圧、胡乱、迷妄、我欲、愚挙、慚愧、汚辱、偽善、蔑視、空疎、禍根、嘲笑、確執、厚顔、軽薄、軋轢、罵倒、面罵、反目、奸佞、中傷、無知、愚蒙、陰険、憧憬、侮蔑、虚妄、軽蔑、失望、戦慄、悪口、猜疑、落胆、絶望、愚行、諦念、狡猾、屈辱、虚無、未練、後悔、哀惜、憐憫、怨恨、誹謗、皮肉、虚実、虚勢、嘲弄、嘲罵、揶揄、懈怠、嘲戯、冷嘲、罵倒、罵声、無知、 私怨、惨憺、面倒で気持ち悪い感情は全てトイレに吐き流した。 * さて、と。 最近は、自宅よりもカフェで執筆していたほうが筆が乗る。 私は今日もパソコンを開いて、自分なりのテンプレートに登場人物と言葉をはめ込んだ。 妥協と惰性で包み込んだ「最高傑作」を書きあげるために。 《完》
クロヲガチャガチャトカキマワシタノチムラサキ
中央階段を上って南口を出た途端、俺はため息を溢した。 降り注ぐ雨のなか、ターミナル駅は多くの人で溢れている。 10月1日、午前11時。 年度半ばの月初だというのに、買ったばかりのルーズリーフに0.7mmの油性ボールペンで殴り書きされた気分だ。 雨という五線譜が世界に広がる。 雨粒が、行き交う人々の傘に弾けて音を鳴らした。 高くなったり低くなったり、音階という名の傘の群れは気疲れという鉛を心に乗せる。 強くなったり弱くなったり、不安定な音のバランスは偏頭痛によく響いた。 五線譜を乱立させる、仄暗い空の情緒も大概である。 ビチャビチャ。 ザァザァ。 ジャバジャバ。 激しい雨粒は、足元に広がる副旋律までグチャグチャとかき乱した。 雨音の拍数など知ったことかといわんばかりの不協和音。 皮膚にまとわりつく湿度の膜は、歩幅を鬱々と狭くした。 この心情にぴったりと当てはまる言葉を俺は知らない。 音もなく、匂いもない。 緩やかに、しかし確実に、曖昧な不快感が心を侵略した。 心を軽くする特効薬はひとつだけ。 商業施設の入り口付近で雨を凌いでいる小柄な女性。 彼女の周りだけキラキラと光の粒が舞っていた。 見つけてしまえば駆け出さずにはいられない。 「お待たせしました」 俺の声に振り返り、絃羽(いとは)さんは手を振った。 少し几帳面で上品な彼女の動作は、俺から余計な五感を取り払う。 陰鬱とした五線譜も、音階も、BPMも彼女は丸ごと書き換えた。 「私も今さっき来たところだから大丈夫」 彼女の穏やかな声は優しさと癒し効果を発揮して、俺の偏頭痛まで軽くする。 「それよりもごめんね。こんな雨のなか急に呼び出したりしちゃって」 「いえ。俺も気になっていた展示会だったんで、いい機会になりそうです」 「そう? ならよかった」 はにかんだ彼女の笑みに目を奪われた。 曖昧な感情のまま書き荒らされたルーズリーフは、彼女の手によって用紙ごと捨て去られる。 書き換えられた穏やかな旋律が、荒んだ俺の心を溶かしていった。 「じゃ、さっそく行こっか」 「ええ」 薄い紫色の傘を静かに広げ、絃羽さんは雨水が跳ねないように丁寧に歩き始める。 彼女のその小さな歩幅に合わせて、俺は薄紫色の傘の後ろをついて歩いた。 《完》
既読がつかないメッセージ
今日は定期的に行われる、高校時代の部活メンバー同士での飲み会だった。 懐かしい、と称するには顔を合わせている機会は多い。 気心も知れて飲み慣れているメンバーとあって、年甲斐もなくはしゃいで二次会まで参加した。 とはいえ、自宅では妻である彼女が待っている。 日付が変わる前に帰宅できるよう、酔いが回りきる前に切りあげた。 「おかしいな……?」 携帯電話のメッセージアプリを見てひとりごちる。 寝る前には必ずメッセージアプリを確認する彼女が、一向に俺のメッセージに既読をつけてくれないのだ。 2週間くらい前から、彼女には今日の飲み会のことや飲み会の面子、帰宅予定時間は伝えている。 面子が変わることはなかったし、帰宅時間も予定通りだ。 昨夜と今朝にも飲み会があることは伝えているから、忘れている可能性も低い。 なんなら快く送り出してくれていた。 まさか具合が悪くなって寝込んでるとか⁉︎ 超健康優良児のあの人がっ⁉︎ もしくはかわいすぎてついに誘拐されたとかっ⁉︎ いや、落ち着け⁉︎ 20時以降のインターフォンは絶対に出ないようにきつく伝えているから、それもないっ! そもそも7階だし、どこから掻っさらっていくんだって話だしなっ⁉︎ あり得ないことだと頭の中では理解している。 だが、一度よぎってしまったネガティブな思考を止めることはできなかった。 * 息も絶え絶えに帰宅すれば、ぽやぽやとリビングのソファで微睡んでいる彼女が出迎えてくれた。 「あ。おかえりー」 「よ、よかった! ちゃんとお家で元気に生きてる……っ!」 荷物とジャケットを放り捨てて、ソファで座っていた彼女にぎゅうぎゅうと抱きつく。 彼女の肩に顔を埋めてグリグリと額を押しつけて、無事であることを確認した。 「うわ。だいぶできあがってるな?」 普段なら「酒臭い」だ「汗臭い」だと文句が多いのに、今回は無抵抗におとなしく俺の腕の中に収まっている。 腕を少し緩めて彼女の顔を覗き込んだ。 「もしかして、寂しくて眠れなくなっちゃいました?」 「違う。日付変わる前に帰るって聞いてたから、1回寝て起きたの」 「え、なんすかそれ。俺を待っててくれたってことですか?」 彼女のお膝に乗っかっている罪深い携帯電話を、指先で突いた。 むしろその場所を代われとさえ思う。 「クッッッソかわいいんですけど、心配になるのでメッセージはちゃんと見てください」 「……あー……」 俺の指摘に視線を泳がせた彼女は、手に取った携帯電話の画面を軽く眺める。 その画面はすぐに暗くなり、携帯電話はソファの上に手放された。 「起きたあとトークリストまでは開いたんだけど……」 両手で頭を抱えた彼女は、辟易とした様子を隠すことなく項垂れる。 「内容もアイコンもヤバそうだったから、読むことを諦めた……」 「は? ヤバいってなんですか。俺のアイコンはあなたのかわいいお膝にできていたアザですよ?」 「今すぐに変えろ」 「イヤですよ。かわいいハート型のアザなんて今後見られないかもしれないのに」 彼女のかわいいお膝にアザを作った体育館の床はぶち抜いて、ふわふわのクッション仕様にするべきだとは思う。 しかし、それはそれとしてハート型のアザは奇跡的で芸術点が高かった。 「メッセージは、あなたがさっさと既読つけないから、心配でつい」 「ウソつけ! トークリストで見たときは性欲しかなかったからな⁉︎」 顔を上げて俺をキツく目を光らせる彼女に、俺はあっさりとうなずく。 「下心があったのは認めます」 取り繕っても時間の無駄だ。 アルコールが入った状態で彼女を視界に入れてしまうと、無性に抱きしめたくて触れたくて甘やかしたくて仕方がなくなる。 そんな俺の欲求を認めうえで、だ。 「……けど、わざわざ起きて待っているってことは、期待してもいいんですか?」 「するな! おたんちんっ! 違うっ!」 「違うんですか⁉︎ なんで⁉︎」 即座に一蹴されてしまい、思わず理由を求める。 「わざわざ寝てる人を起こしてまで絡んでくるな! どうせ途中で寝こけるクセにその気にさせるようなことしないで! って、いい加減に文句のひとつでも言ってやろうと思ったの!」 ……それは、寝なければイチャイチャしてもいいってことか? キャンキャンと吠え立てているが、内容は意外と俺にとって都合よく聞こえる。 「……その気、になってはくれてるんですね?」 「そうですね! 誰かさんのせいで!」 イラァっとした雰囲気を隠さずに彼女は開き直った。 その気になっているなら話は早い。 デカい幻聴ではなかったことに機嫌を良くした俺は彼女に迫った。 「なら、さっさとキスしますよ」 「なにが『なら』だよ! こっちはなんにも了承してねえよ!」 キスをしたいだけなのだが、彼女の態度はなかなかつれない。 俺の胸を押し返して抵抗する彼女もかわいいが、そろそろ我慢の限界だ。 「でも俺、帰宅するまでに既読つけないとキスするって送りました」 「なんだそ、れっ。んぅ……っ、ぁ」 半ば強引に唇を奪い、ゆっくりと彼女の背中をソファの上に押し倒す。 視界いっぱいに彼女を捉え、彼女の声をもっと近くで聞きたくてキスを深くしていった。 彼女の心音をほかの誰でもない俺が乱したいと、触れれば触れるほど欲が出る。 「ちょ、キ、キス……だけじゃなかったの……?」 服の下に手を伸ばすと、彼女の体が強張った。 のしかかった俺の首元で彼女ははくはくと息を整えながら言葉を紡ぐ。 熱のこもった浅い吐息が耳をくすぐり、理性を手放しそうになった。 首筋に跡が残らないように軽く皮膚を食む。 たくし上げたシャツの下からあらわになる、控えめな膨らみの上にキスを落とした。 「この期に及んでまだ既読つけてないんですか?」 「……ふっ……、ん、……っ。き、読?」 潤んだ瞳がソファの隅に追いやられた携帯電話に向けられ、手を伸ばす。 ロック画面が解除されたのか、画面の光が彼女の顔を照らした。 「なんでもありませんよ」 その彼女の細い手首に口づける。 「あっ」 ことん、と携帯電話がソファの下に滑り落ちた。 「場所がお顔じゃないだけでキスには変わりないでしょう」 「ひゃうっ⁉︎」 彼女の魅力が溢れるように優しく手首に舌を這わせた。 俺の熱が彼女の指先まできちんと伝播するように、緩やかに甘やかにじっくりと蕩かしていく。 『さっさと既読つけないと、ぐちゃぐちゃになるまでキスしますからね?』 ソファの下に落ちた彼女の携帯電話に入っているメッセージアプリ。 薄暗く光る画面には、俺の送ったメッセージが羅列されていた。 《完》
゜す
僕の名前は「お」。五十音のトップに君臨する明朝体、「あ」の二画目に惑わされし活字である。 あの艶かしい曲線が美しくも性的だ。 僕の三画目の不格好で短い点で、何度自分の二画目を曲げようと思ったか。 だけど、僕の軸は硬いから毎日柔軟体操をしても効果はなかった。 僕が「あ」を恋慕って千年以上経過した。 長い時間を「あ」とともに過ごしてきたから僕は知っている。 「あ」が「め」に恋をしている、ということを。 だから「あ」は自分の一画目を嫌っていた。 「あ」の気持ちはよくわかる。 だって僕も自分の三画目が憎らしかった。 あの点の角度がせめて九十度違っていたら、溜飲は下げられたかもしれないのに。 僕は「あ」と同じになりたくて、「あ」は「め」と同じになりたい。 同じになれば、ずっと一緒にいられる気がしたからだ。 僕たちは、ずっと似たもの同士である。 * とある本のとあるページ。 たまたま「あ」が僕の真上に印字されていた。 相変わらず「あ」の美しい書体に見惚れてしまう。 お互いに活字を弾ませていると、「あ」が恥ずかしそうに明朝体を丸く崩した。 「あのね……「お」くん。あなたに相談があるの」 「どうしたの? 僕に相談なんて珍しい」 もじもじと「あ」は三画目のはらい部分を遊ばせた。 「私の一画目を「お」くんにもらってほしくて」 突拍子のない「あ」のセリフに、僕の二画目の円の部分が大きく開いた。 「お、落ち着きなよっ! おかしなものでも食べちゃった?」 「わ、わかってるよ! 私自身、変なこと言ってることくらい。だけど、こんなこと……は「お」くんにしか話せなくて……」 「あ」は艶かしい二画目を小さく震わせ、蠱惑的に誘い込む。 ここまで言われて我慢なんてできなかった。 「僕はうれしいけど、いいの? 本当に無理してない?」 「大丈夫。私の一番最初はどうしても「お」くんがいいの」 ああああああああぁぁぁぁぁ。 興奮しすぎて危うく三画目の点が円くなるところだった。 僕は紆余曲折の末、無事に「あ」の一画目をもらい受ける。 明日こそ念願の「あ」になれると期待を膨らませた。 「あ」も「め」になれるといいな。 どうかいい夢を。 おやすみなさい。 僕は「あ」の一画目を大切に抱きしめて眠りについた。 《完》