木のうろ野すゞめ

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木のうろ野すゞめ

活動レベルが落ちてしまって、睡眠にリソースを割いています。 現在の執筆の優先度「書く習慣」>「Novelee」となっております。 雰囲気小説を書く人。 毎週金〜日曜日の間になにかしら書きあげていきたいです。 2025/8/16〜 ※作品は全てフィクション ※無断転載、AI学習禁止

階段

 山の一角を開拓してできた配水池広場。  いつの間にか、緩やかな坂道が舗装され、脇道にはアジサイなどの植物も植えられていた。  今ではすっかり散策ロードになっている。  展望台を設置され、夏に打ち上げられる花火がよく見えるようになった。  天気がいい日は富士山も一望できる。  多くはないが桜の木も植えられており、レジャーシートを敷いて花見を楽しむ家族連れも増えた。  地元住民を中心に、配水池広場は小さな娯楽スポットして賑わいをみせるようになる。  そんな貯水池広場だが、広場として整地される前はただの山といっても過言ではなかった。  舗装される前の緩やかな坂道は古びた立ち入り禁止の看板が立てられており、南側の急勾配な地形の一角に、大人がすれ違えるかどうかという細い階段が物々しくそびえ立つのみ。  地上から数十メートルはあろうかという長い階段の頂上には、寂れた柵で施錠されていた。  敷地内は立ち入りできなくなっていたが、階段は自由に上り下りができる。  そのため、体力をつけたい若者や、ペットのダイエット目的など、様々な理由から意外にも、この急勾配の階段を利用する人は多かった。    *  当時の配水池広場の近くに住んでいた、裕木真香(ゆうき まなか)もそのひとりである。  四年前、真香は拓人(たくと)を出産した。  半年で育休を終えた彼女は、既に職場復帰を果たしている。  契約社員として食品会社の搬入作業を主な業務としている真香は、体を動かしていることが常だった。  その体を動かしているにもかかわらず、である。  真香の体重が、妊娠前の数値に戻らないのだ。  妊娠中に増えた彼女の体重は七キロ。  妊娠初期から後期まで、食べづわりだった。  彼女は、この最低限に抑えた体重増加を自身の努力の賜物だと今でも自負している。  むしろ、拓人を産み落とした直後だというのに、体重が一グラムも減らず、なんならさらに増えたことが不思議なくらいだった。  緩んだ骨盤を締めるために整体に通い、母乳育児にも励むが、全くといっていいほど体重減少の成果は得られずに終わる。  拓人の保育先が決まり、満を持して働くようになった。  それから約四年の月日を経て、ようやく真香の体重は二キロ落ちる。  結局、徹底的に体を動かさないことには、体重も贅肉も減らないことを真香は悟った。  彼女は本腰を入れてダイエットをすることに決める。  しかし、まだ幼い拓人を自宅でひとり、留守を任せるわけにもいかなかった。  時の流れは早く、あと一年も経たないうちに拓人は五歳になる。  小学校に上がるまでの体力づくりの一環として、真香は拓人を連れて階段を登ることにしたのだ。    *  最初から頂上登頂を目指していたわけではない。  拓人の体力的な問題もあった。  体重が十五キロをとうに超えた拓人を抱えながら階段を降りるのは危険すぎる。  真香は自分か拓人が力尽きたら、即座に引き返すつもりでいた。 「ひゃくきゅうじゅうはちっ、ひゃくきゅうじゅうきゅっ!」  拓人は毎日、階段の数を数えながら登っている。  今日もうるさいくらいに元気よく声を弾ませた。 「にーひゃくっ!」  ピョンッ。  得意気に拓人は最後の階段を両足で降りる。  その後、キラキラとした眼差しで真香に報告するのだ。 「今日はにひゃく段もあったね!」 「ふふ。そうだねえ。階段、たくさんだったねえ」  にこやかな声で相槌を打つものの、真香は階段の数なんて数えていない。  スラスラと数を数えるようになった拓人に、間違いがないかイチイチ聞き耳を立てることもしなくなった。  拓人は喘息の傾向があるのにもかかわらず、声量のイカれた甲高い声で延々と喋り続ける。  センテンスが途切れるこのない中身の伴わない拓人との会話は、真香にとって苦行そのものだ。  まともに取り合っていると、真香自身の心が病んでしまう。  情操教育上、よろしくないことくらい母性では理解していた。  それでも、真香は自分の心を守るために、階段の昇降中はイヤホンで耳を塞ぐことにする。  だから今回も、「私たちは二百段も登ったのか。なかなかがんばったではないか」という感想を持っただけだった。     *  階段を登り始めて一週間が経過した。  いまだに、真香たちは頂上まで辿り着けていない。  拓人が高所を怖がったためだ。  草花や昆虫に気を削がれているうちはまだいい。  調子に乗って登り進めたあと、いざ下ろうとなったとき、拓人の足が恐怖ですくみ、真香にしがみついて離れなくなってしまうのだ。 「今日はこのくらいにしておく?」  適当な高さまで登ったとき、真香が拓人に話しかける。 「うん! うんち出ちゃいそうカモだし、そろそろ帰ろうっ!」 「げえっ⁉︎」  イヤホンを突き抜けてきた拓人の発言は、真香にとって爆弾に匹敵した。  屈託なく白い歯を見せる拓人の手を、彼女は強く握る。 「おウチまでガマンできそう?」 「たぶんがんばれる! ぜったいに帰ろう」 「じゃあ急ごう」 「急ぐ急ぐー」  幼児ならではの妙な接続詞に訂正を入れる余裕もなく、真香たちは登ってきた階段を引き返す。 「いち、にー、さんっ……しっ!」  本当にトイレが近いのか疑いたくなるほど、拓人はいつものペースで階段の数を数えながら降りていった。  最後の一段を降りたとき、拓人がひと際大きな声をあげる。 「……さんびゃくじゅうーっにぃ!」 「え?」  拓人は、以前、階段の数は二百と言っていた。  きっちり数えているわけではないが、階段登りを切り上げる場所は大体いつもと変わらない。  よくわからない紫色の草花が咲いているところまで、大きなクモの巣が張っている手前など、引き返す場所は決まりつつあった。  いくら長い階段とはいえ、百段以上の誤差が出るものだろうか。  折り返す地点は、ギリギリ半分にも満たない程度だ。  そもそも、いくら高さがあるとはいえ、何百段も階段が連なるものなのか。  真香は初めて、階段の数に違和感を覚えたのだった。    *  翌日、真香はイヤホンを外した。  今日も変わらず、拓人は吃ったり詰まったりすることなく、スムーズに数を数えていく。  途中、拓人は蟻の行列に気を取られたりしていたが、きちんと続きから数を数え始めたから真香は感心すらしていた。  問題があるとすれば、ただひとつ。  拓人は自分の好きなリズムでで数を刻み、それを階段の数として認識し、真香に報告していたことだ。 「ママぁ? 今日の階段はごひゃくななじゅうろくもあったよぉ」  屈託のない満面の笑みを浮かべる拓人に、真香は引きつった笑みを返す。 「……なんてこった」 「ぱんなこったー!」  くだらないお笑い番組を好む父親の影響で、しょうもない返しをする拓人に、真香はこめかみを押さえた。  明日からは、拓人に数のカウントの仕方を教えることになりそうである。  イヤホンで耳を塞ぐのもほどほどにしておかねばと、真香は自身を戒めた。 《完》

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第4回NSS決勝戦 『青春弱者だった俺が持ち帰ったのは、激甘でハイスペックな同僚でした』

 入社して三年。酒が飲める年齢になったのに、俺は飲酒をしたことがない。女性との交流も縁遠くて免疫に乏しかった。どういう流れだったか。ゴールデンウィーク中に堰き止められていた俺のデスク業務を、半分引き取ってくれた同僚にぼやく。 「なら飲みに行こうぜ?」  快活に白い歯を見せ、彼は爆速で飲み会をセッティングした。    *  彼が予約した店は、マルゲリータがうまいらしいイタリアンバル(バルってなんだ?)。案内された席には既に二人の女性が座っていた。同僚と同じく陽の気配を纏う美人である。ツレがいるとは聞いてない。彼は俺の愚痴を見事に汲み、酒と女を雑に用意しやがった。お膳立てはありがたいが心積りをさせてくれ。同僚と女性陣と小洒落たテーブルに置かれた生ハムを、グルグルと時計回りに視界を揺らした。 「今日はよろひく、おおお願いしましゅ‼︎」  ……終わった。乾杯後は、会話の端々から配られる女性陣からの哀れみに、心を捩らせ酒をあおる。酒の苦味も女性との会話も、花を咲かせるには遅すぎた。  俺の飲酒デビューは記憶とともに無惨に散る。残ったのは二日酔いと、厚かましく俺のベッドを占領する同僚のみだった。

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第4回NSS 『私は林檎。毒々しい魔女の悪感情を受け止められる唯一無二の果実』

 昔々、人里離れた森で暮らす美しい魔女がいた。魔女は傲慢に世界を見限ったというのに、自身よりも美しい存在を許さない。  嫉妬、不満、執着、猜疑、嫌悪。  俗世を捨てられない魔女のとめどなく溢れる感情は、長い月日をかけて、私という深紅の毒を実らせた。 「これをあの娘に食べさせれば、私の美しさが世界一……」  卑しく伸びた赤黒い爪で、魔女がその果実をもぎ取った。  私は「林檎」と名づけられ、雪国で小人と暮らす幼気な少女を殺すために生み出される。  断腸の思いで美しさを隠した魔女は臆病な小人を欺き、無知で愚かな少女と対面した。  不自然に瑞々しい果実、過度に甘い蜜、潤沢に含んだ猛毒が純真な少女を侵す。  ひどい人。  あなたの感情は私だけのものなのに。  魔女の泥濘んだ感情が無防備な少女の体を蝕んでいった。  魔女に楯突いた私は無垢な少女に情けを施す。  死してなお、美しく保てる体躯を。  不躾で歪な愛を。  少女の喉元に絡まるひと欠片の私を掬い取ることができるのならば、止まった少女の時を動かせるようにした。  そうすれば、いずれ魔女の悪感情は肥大する。  狂った赤い毒で私を満たしてくれる。

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アイツはネガティブ四天王のなかでも最悪な面汚し 〜ただしその力関係は主人の個体差による〜

 今日はダメな一日だ。  ショッピングモールに併設された映画館。  一緒に映画を観るはずだった友人にはドタキャンされ、割引デーも祝日法という法律に塗りつぶされ、肝心の映画も大ハズレ。  映画の半券で買ったクレープは、包装紙を剥がしたときに中身を半分ほど落としてしまった。  泣く泣く食べ進めた残りのクレープ。  トッピングした申しわけ程度のわらび餅は、小粒のグミのような不自然な弾力性を含んでいた。  口に入れたときに溶けるような、瑞々しくて柔らかな感触とは程遠い。  ヤケクソで入ったゲームセンターではクレーンゲームに三千円を溶かしただけで収穫はゼロ。  祝日にアミューズメント施設に行くべきではないと、何度目になるかわからない反省会を行った。  水分を求めて立ち寄ったオシャレなカフェ。  家族連れやカップル客が次々と隣を横切り、店内に入っていくのをよそに、入り口前のメニューと睨み合った。  視線が向かった先はメニューの右下にひっそりと座るレモネード。  舌と上顎がクエン酸で満たされる感覚がたまらなく好きだ。  しかし、今の気分ではない。  散々な今日の一日を、酸味よりも甘味でドロドロに蕩して甘やかされたい気分だった。  対してメニューに写真つきで大きく面積を占領したのは、ピンクレモネード。  暖かさより暑さを徐々に感じるようになった季節柄、全面に押し出されていた。  愛くるしいピンクを授かる、クランベリーやブルーベリーにラズベリーの果実たち。  レモネードとは名ばかりの、酸味をあざとさと甘さで隠す強かさに、今日はやけに鼻についた。  再び、メニュー見開きの右側に目を向けて、ココアという文字に立ち止まる。  冬という季節が終わっても、カカオという健康志向にうってつけのネームバリューは、夏でもレギュラーメニューとして鎮座していた。  ドロドロとした見た目とは裏腹に、口に含んだ瞬間に訪れる薄味の砂糖水に落胆する。  お気持ち程度のカカオパウダーに薄っぺらな自分自身と重ねて自己嫌悪。  牛乳なんて付け焼き刃は、薄膜となって剥がれて劣化してダマになって、消化しきれない傷跡だけがマグカップに沈澱した。  甘さを抜けば苦味ばかりで粉っぽい。  気難しいココアとはとにかく相性が悪かった。  素直に定番のフラペチーノに行こうかと、指を置く。  トールキャラメルフラペチーノノンファットミルクエクストラコーヒーウィズチョコレートソースチョコレートチップ。  華美な装飾で着飾るシャビシャビ代表、シアトルコーヒーを魔改造した飲み物だ。  求めている甘さは満たしている。  しかし、ただの文字列でさえきらびやかで眩しいのだ。  コイツを注文するために、店内に踏み込める気がしない。  結局、踵を返して向かった先は自動販売機。  自販機はギャンブルだ。  アスパルテームにスクラロース。  低カロリーやダイエット飲料などとうたい、何食わぬ顔で人工甘味料を投入されている。  人工甘味料のなにが悪かといえば、ビンや缶ジュースで販売しているときはきちんと砂糖や果糖ぶどう糖液を使用しているクセに、ペットボトル飲料になった途端、人工甘味料という裏切りを投下させてくることだ。  これで何度、騙されたことか。  今回、購入したフルーツオレもそのパターンである。  油断して調べることを怠った。  口の中に広がるアセスルファムKのエグ味を喉奥に無理やり流していった。  他責思考で積み重ねたストレスを、不愉快な甘味とともに押し込める。  帰り際、四月末で終わる某春のお皿まつりのポイント獲得の追い込みのために寄ったスーパーで、ひたすら菓子パンをレジに通したあとのことだ。  出入り口の自動ドアを潜り抜ければ、雨が降り注いでいる。  ああ……。まったく。  昭和の日なんてクソくらえだ。

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私の好きなあいうえお

 インディア紙のしなやかな手触りが心地よく、用途もないのに辞書をめくることが好きだった。インプットする気のない言葉に付箋を貼る。手放すこともそうそうないから、直接、蛍光ペンで線を引いた。  インクを裏抜けすらさせない強かさ。  その薄い用紙に、わざとらしく空気という壁を孕ませた。 【あ】愛  ✴︎ 好きも嫌いも恋も嫉妬も、言葉での形容が足りなくなったときに芽生えた気持ち。   純粋だった想いはいつの間にかぐちゃぐちゃに染まり、黒っぽい何色かに染まってしまった。 【い】愛おしい  ✴︎ 本人には直接的に伝えることはない気持ち。   あなたと視線が絡まないときに溢れてしまう言葉。 【う】愛くしい(うつくしい)  ✴︎ いつまでも色褪せない気持ち。   絶えず移り変わる時代の流れのなか、いつまでも衰えない尊い輝き。 【え】愛どしおえどし(えどしおえどし)  ✴︎ 溢れ出ては止まらない愛おしい気持ち。   寄せては返す、静かだけど決して止むことはない愛の漣。 【お】愛しむ(おしむ)  ✴︎ もったいなくて大切に扱う気持ち。   誰の目にも触れないよう、厳重に鍵をかけ閉じ込める愛欲。

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a piece of Tarte Tatin

   ●一話  屋上にそびえ立つ金網フェンスがモザイクとなり、地一依結(じいち いゆ)の解像度を壊す。  二月の吹き荒ぶ風を、彼女はフェンスを越えた先で一身に浴びていた。  背中まで落ちた白金の長い髪の毛を羽ばたかせて、黒いセーラー服のプリーツを大きく広げている。  病的に細い骨と、貧相に伸びた手足、艶のない蒼白く濁った肌を、冬の西日が突き刺した。  風が勢いよく屋上の扉を閉めた瞬間、忙しなくはためくエンジのスカーフが私の視界を彩る。 「なんだ貴様か」  安堵した声音で私を呼ぶ雑な人称は相変わらずだ。  私の返事など待たず、地一依結は数歩分もない足場から静かに背を投じる。  普段は重たく落ちている真っすぐな白金の髪の毛が、今はウェーブを描いて宙を遊泳した。  空気を孕んだセーラー服から現れた痩せた素肌は、太陽の光を一身に受ける。  エンジのスカーフよりも鮮やかで艶やかな赤い唇が、きれいな三日月を象った。 「腹が減ったな」  生を手放す行為のあと、地一依結はおおよそ人間らしいことを呟いた。    *  今月に入り、屋上での自殺未遂者がいるという噂が囁かれ始める。  この事実しかない噂の元凶は先の通り、地一依結だ。  彼女が屋上から飛び降りた回数は、これで五回目。  初日に彼女がグラウンド側へ身を投じたせいで多数の目撃者が出てしまい、学園中が騒ぎになっていた。  だが、目撃者に対して死者どころか怪我人の報告すら出ていない。  自殺志願者の特定すらできていないこの状況は、噂になるには格好の的だった。  事実にあることないこと尾ひれがつき、不気味な出来事として瞬く間に学園中に広まる。  そして、既に私は、一連の出来事に関与している疑惑をかけられていた。  今月の学園施設の施錠当番が私だからという、単純な理由である。  緊急時を除き、生徒の屋上の立ち入りは基本的に禁止されていた。  その屋上でトラブルが起こっているのだから、自然と私に疑惑の目が向けられる。  そろそろ、きちんと咎めなければならない頃合いだ。  地一依結が屋上から飛び降りたあと、私は金網フェンスを飛び越える。 「お?」  燃費の悪い彼女が重力に逆らえるのはほんの数秒だ。 「イヴ」  仰向けで優雅に空中を揺蕩ったあと、彼女の体は重力によって勢いよく地面に引き寄せられる。  彼女の手が伸ばされる前に、私は彼女の体を掴み、掬いあげた。  私が多少重力に逆らったところで昔とは違い、特別な筋力が備わっているわけではない。  金網フェンスを越えた直後、彼女を抱えていた腕が滑り落ちた。  受け身すら取ろうともせず、彼女は地面に叩きつけられる。 「今日は早いじゃないか」  細く頼りない膝を立てて立ち上がった地一依結は、悠長にセーラー服についた砂埃を払った。  地面に派手に叩きつけられた体には傷はない。 「仕事を増やすな、自殺志願者」 「自殺志願者は飛び降りたあとに、腕なんか伸ばさないだろう」 「知るか」  今月、施錠当番が回ってきたことを利用して、私は地一依結に屋上の鍵を横流しをしていた。  鍵を手に入れた彼女は屋上から飛び降りている。  グラウンド側から飛び降りることをやめさせたとはいえ、罪に罪を重ねていることには変わりなかった。 「あまり派手なことをするな。今後、鍵を貸せなくなる」 「それは困る。食事ができない」 「食事なんか」  どこでもできるだろう。  言葉を続ける前に、私は地一依結に足を払われバランスを崩した。  彼女のひ弱な腕で重心を地面に押しつけられる。  口元を目元を煽惑的に歪めた彼女が、私の上に跨った。 「本当に、貴様は私の前では無防備だな」 「否定はしない」  否定など、できるはずがない。  少々、昔の恋慕を引きずっているせいだ。  拒絶することができていれば、地一依結と屋上で言葉を交えることなど起こり得ない。  健康とはほど遠い凍てついた細長い指が、私の喉仏に触れた。 《続》

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だるまさんがころんだら

 ずっと空っぽのままだった古ぼけた部屋が、新しい宿主とともにお日様の匂いを吸い込んだ。

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あけております。おめでとうございます。

 あけております。おめでとうございます。  師走の怠惰を新年に引きずったまま、現在に至っております。  現在、執筆を主としている場が『書く習慣』というアプリなのですが、こちらのお題消化に勤しんでいました(※まだ終わっていません)  昨年からNoveleeで遊ばせてもらって、たくさんの方の物語に触れて、たくさんの刺激をいただいております。  ほとんど読むだけになっているのが悔しいから、今年はもりもり書くぞー。なんて思いながら新年が半月過ぎようとしていて、時の流れの残酷さを感じました(※ただの怠惰です)  なにかしらメモみたいなものはあるのですが、いまいち流れや落とし所が迷子になってヒッチャカメッチャカ。  魔女狩り、インフェルノ、生まれた意味、私は誰なんだろう……など、なかなか芳ばしいワードだけが散らばっています。  大惨事です。恥。  あまり『書く習慣』アプリで書いたものをこちらに横流しはしたくないのですが、しばらく余裕がないため、供養としてあげさせていただくかもしれません。  そのときは生温かい目で見てくださるとうれしいです。  どうか今年もよろしくお願いします。  

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遠い鐘の音

 婚姻届を出したものの、俺たちはまだ挙式を挙げていない。  チャペル式にするか神前式にするか迷っているところでもあるが、いろいろと強引にことを急いたため、彼女側の都合がつけられないでいた。  俺の隣で、たぷたぷと携帯電話をいじっている彼女の左手の薬指にきらめく小さな指輪を、ぼんやりと眺める。  愛情、忠実、永遠。  抽象的で不確かな言葉たちが鐘の音となって響かせる日は、そう遠くないはずだ。 《完》

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辛苦貴悦?

 デートの終わり。  どうしても離れがたくて、僕は悠香ちゃんとファミレスに足を運んだ。  案内された席に向かい合って座って、タプタプとタブレットを操作していく。  ひと通りメニューに目を通したあと、彼女に目をやった。  即断即決が悠香(ゆうか)ちゃんの取り柄なのに、今日は珍しく腕を組んで唸っている。 「どうしたの?」 「寒いからもつ鍋が食べたいんだけど」 「うん」  言いながら、悠香ちゃんはタブレット画面に映るメニューを僕に見せた。  あー、なるほど。  メニューには辛さを示す、赤い唐辛子のイラストがついている。  悠香ちゃんは辛いものが苦手だった。  ちょっとピリッとする程度でも痛そうにするから、多分、悠香ちゃんには無理かもしれない。 「アゴ出汁とかめっちゃ惹かれるのに、この唐辛子マークのせいで決めかねてるっ!」  ぺしょぺしょしながらテーブルに突っ伏した悠香ちゃんに、僕は笑いながら提案する。 「ほかに食べたいメニューってないの?」 「ええー⁉︎」  勢いよく顔を上げた彼女は、なぜか眉毛を吊り上げてお怒りの様子だ。 「ひどいっ! 私はもうもつ鍋のお腹になってるっていうのに」 「あ! そういう意味じゃなくてっ。いや、結果としては同じかもなんだけどさ⁉︎」 「んもーっ⁉︎ どっち⁉︎」 「え、ええっと……」 「相変わらず煮えきらないなっ⁉︎」 「ご、ごめんっ!」  悠香ちゃんの勢いに押されすぎて、よくわからないまま謝ってしまう。  唇を尖らせて顔をしかめている彼女をこれ以上怒らせないように、僕はしどろもどろになりながらも真意を伝えた。 「その、もつ鍋が辛すぎて食べられなかったら、僕が代わりに食べるよ? って……思っただけで」 「え? どうして?」 「僕、辛いの平気だし。悠香ちゃんがもつ鍋の次に食べたいものを注文するから、食べられなかったらそれと交換しようよ」 「なにそれ。ファミレス行きたいって言ったの稔(みのる)くんじゃん。稔くんが好きなの食べないでどうするの?」 「あー……、その。僕は、うん、大丈夫だから。気にしないで」 「ごめん。なに言ってるか全然、聞こえてこなーい」  ごまかそうとしたことをあっさりと見破られてしまった。  僕は観念して言葉を探しながら本音を吐露する。 「も、もう少し悠香ちゃんと一緒にいたかった。だけ、だから。本当に、気にしないで」 「んなっ⁉︎ いつもは遅疑逡巡してるクセに」  うっ。  言わせたのは悠香ちゃんなのに。  僕だって、こんなあけすけに伝えるつもりはなかった。  悪態をつく悠香ちゃんだって、満更でもなさそうに照れている。 「そういうところがムッツリだって言われるんじゃない?」 「誰、がっ、そんな、ことっ⁉︎」 「…………私」 「はああっ⁉︎」  売り言葉に買い言葉とはいえ、悠香ちゃんにそんなふうに思われていたとか。  恥ずかしすぎて、帰りたくなった。 「どうせなら、今日は帰さないぞ、くらい言ってほしいのに」 「ちょっ⁉︎ 声、大きいって」 「稔くんのほうが大きいっ」  僕たちはつき合って三ヶ月だ。  お互い、親元を離れて過ごしているとはいえ社会人になってまだ間もない。  キ、キスだってしていないのに、軽率に伝えていい言葉ではないはずだ。  甲斐性なしと言われてしまうと、返す言葉もないのだけど。 「これ、私の第二候補だけど。食べられる?」 「うな重……」  給料日前なのに、無慈悲なことをする。  しかも、ウナギが倍量入っているお高いヤツだ。  精をつけろと暗に言われ……?  いやいやいやいや⁉︎  ないないないない! さすがにないっ!  チラッと彼女を盗み見れば、ニヤニヤと意味深に口元を緩めている。  悠香ちゃんっ⁉︎  こういうところが、ムッツリだと言われるゆえんなのだろうか。  でも、僕だって男なわけで。  当然、そういう欲だってあるわけで。  今度は僕のほうが頭を抱えた。  今日こそはキス、を、するべきなのだろうか?  グルグルと暴走し始める思考を止められないでいると、悠香ちゃんが助け舟を出してくれた。 「もつ鍋がダメだったら、ちゃんといけにえになってよね?」 「それは、うん。大丈夫」  今日も優しい悠香ちゃんは、ヘタれている僕のペースに合わせてくれるらしい。  それはそれで、ホッとしたような残念なような複雑な気持ちだ。  この面倒な性格に自己嫌悪する。 「あ。ご飯も食べたい」 「うん、わかった。大盛り、だよね?」 「さっすが。私のことをよくわかってるじゃん」  ニカッと、悠香ちゃんは屈託のない笑顔を浮かべた。  彼女のそのキラキラとした笑顔が大好きなのに、輝きが強すぎて目眩がする。  ごまかせないくらい熱くなった顔を少しでも冷ましたくて、悠香ちゃんから顔を逸らす。  僕はバクバクとやかましい心臓を押さえながら、もつ鍋とうな重を注文した。 《完》 人身御供(ひとみごくう) いけにえとして人身を神に供えること。 そのいけにえとなる人。 比喩的に、他人の欲望を満たすために犠牲となる人。 【蛇足】  四字熟語の募集に参加したかったけど、普通に間に合いませんでした。私自身はこの四字熟語を使いがちなので条件からも逸れている気がします。  闇に葬り去ってもよかったのですが、会話の中で妻が「ひとみごくう⁇」ってポカンとしていたのが面白かったので供養しました。  普段の語彙力は妻のほうが高いため、新鮮な気持ちになったので、思い出として残させてください。  ※実際の妻との会話はこの物語とは全く異なります。  会話の内容や流れは忘れましたが、多分もっとアホでした。  ※タイトルは「辛味が苦手なあなたの喜ぶとこは?」と読みます。

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