後川

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後川

書きたいときに書きます

駄文

学生の時の話です。 私は、頭の悪い生徒だったので、 度々、再テストや補習に引っかかっていました。 もちろん、その日もです。 私の好きな人は、私より頭の悪いやつでした。 私が彼の何が好きだったかは、自分でも分かりませんが、 顔というか、雰囲気というか、彼の周りに渦巻く 独特な感じが、どうやら気に入っているようでした。 ( 好きと言いますが、付き合いたいどうしたいだの、  そういう恋心ではありません。まず同性ですから。  しかし、友達として好きとか、そんなわけでもない、  後になって説明するのも面倒くさい様な、  中途半端な感情を抱いていたのでした。    ) その日、私はいち早く再テスト用の教室へ向かって、 昼休みの内に、誰よりも早く終わらせようと奮起していました。 用紙に答えを書き、教卓へ持って行き×印をつけられる、 その作業を、×が⚪︎になるまで何度もやっていたのでした。 しばらくして 私の早く来た努力も虚しく、だんだん補習者が増えていきました。 私は教卓への列に並びながら、それを焦って見ていました。 気付くと、その補習者の中に彼がいました。 彼は、私と違ってとりわけ友達も多いので 三、四人の仲間と一緒に、教室へ入っていきます。 やはり私は彼が好きだったので、それを目で追ってしまいました。 彼は、自分の席をどれにしようか品定めをして ゆっくり顔でチラチラした後、私の隣へ座りました。 どうやら彼は、自教室に筆箱を忘れたまま来たようです。 (私がそれを救って恋が始まるとか、そういうのではありません) 彼はちょっと立ち上がって、辺りを素早く見渡したあと、 私の座っていた机から、私の鉛筆をひょいと盗りました。 私は、一瞬の驚きを経た後、 彼に鉛筆を貸してやれたという喜びと、 彼がどうして何も言わずに盗ったのだろうという疑念、 そもそも彼がそれをどういうつもりで盗ったのだという感情が ないまぜになった、おかしな気持ちに襲われました。 私は列に並んでいたため、何も言うことは出来ませんでした。 私は、丸付けがされている間も考えていました。 結局、私は二つの場合を考えました。 一つ目は、彼が私の鉛筆だと知った上で奪って、 私が見えてから返そうと思っているという場合。 二つ目は、ただ単にそこに都合のいい鉛筆があったため、 誰のかは知らないが、使ってしまおうと考えた場合。 後で返すとは言え、無言で物の貸し借りをするほど、 仲のいい間柄ではありませんでしたが、 私は彼を信じて、前者だと思い込むようにしました。 私の補習は努力の甲斐あり、早めに終わりました。 ただ、⚪︎がついてもいつもより嬉しくありませんでした。 私は自分が使っていた机に戻り、筆記用具を筆箱に入れ、 教科書も本も全部片付けて、自教室へ戻ろうとしました。 思い返せば、そのとき彼に、後で返してね、と一言かければ その後の無駄な悩みも何もなかったのですが、 私の、妙に臆病な心と、少しばかりの好奇心とが その行為をするのを止めてしまいました。 私は、教室に帰ると、机上に鉛筆を散乱させ、 もし彼が返しに来たときにしれっと起きやすいよう、 あえて外に出て、昼寝をしていました。 やはり、それもよく眠れませんでした。 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので、 私はそれを起きたまま聞いて、教室へ戻りました。 ありません。私の置いた鉛筆以外、何もありませんでした。 筆箱は、鞄の奥底へ隠していましたし、 教科書も、机の中も整理しましたので、 少しいじったら分かるようになっていました。 (私は、それくらい意地の悪い子でした。) 結局、私は彼に何も言えないままで、 彼も私には何も言わずに平然と過ごしていました。 その間、彼の横顔をチラチラ見るたびに、 いつも感じていたときめきは一切感じられず、 肌の奥底からめらめらと、人間の汚さ、悪さが 滲み出てきて、私を襲いそうな予感さえしました。 彼が友達とくだらない話をして笑うのを見ると 私は、失望のような、興ざめをしました。 私は一日、その鉛筆を諦めるかどうか考えましたが、 そんな興ざめで終わるのが、もっと興ざめでしたので、 直接彼に問い詰めることにしました。 そうして一日空いた日。あの日の翌々日です。 また同じ教室で、同じ時間に補習があったので 私はそれに行く必要はありませんでしたが、 そのためだけにわざわざ行きました。 私はまたしても一番乗りでしたので、 窓を開け、なまぬるい風を浴びながら 彼が来るのを待っていました。 彼が教室へ入ってきました。 長く頭で考えていた彼の姿が実際に見えると、 私の胸で、あの恐怖と、臆病な心がざわめきはじめました。 私は、今から人間の醜く、汚い面に触れるのだ。 果たして、彼が素直に罪を認めてくれるのだろうか。 そもそも覚えてすらいなかったら、どうすればいいのか、 はたまた、激しく反論されて、私は何か言い返せるだろうか、 そんな「もし」が縦横無尽に駆け回り、 彼の周りの友達さえ、とても私の敵のような気がします。 やはり諦めてしまおうかと思いますが、彼の笑顔が、 また私に、興ざめと怒りを沸かせてきたので、 意を決して席を立ち上がりました。 話しかけたのは、彼が一人になってからです。 「あのさ、一昨日もここで補習あったよね」 彼は、普段大して話さない私に話しかけられ、 一瞬驚きたじろぎましたが、私の方を見ました。 「筆箱から鉛筆奪ったよね、あれ今どこにある?」 彼はその言葉の途中で察したのか、思い出したような顔をして 両手で前髪を掻き上げて、その肘を机にのせて 考えるような素振りを見せました。 私はもう一度鉛筆がどこにあるか尋ねました。 (こういうときだけ、変な勇気があるのでした。) 彼は困ったような顔をして、口を横に広げて苦しく笑いました。 「もしかしたら筆箱にあるかもしれない」 彼はそうやって筆箱の中を探すような仕草をし終わると、 「教室に戻ってまた探してみていい? とりあえずここの問題教えてくれない?」 と言って、自ら、分の悪いこの話を終わらせました。 私は仕方なしに解法を教えると、 彼が解き終わるのを待っていましたが、終わるまでに 時間がかかりそうだったので、いつもの場所に 昼寝をしに行きました。その日は眠れました。 チャイムが鳴って、起き、教室へ向かうと 彼はやはり、友達とくだらない話をして笑っているのでした。 彼は、私を見つけるとゆったりとこちらへ歩み寄り、 私の左肩に手を置くと、揺さぶるようにして 「家で探して持って来る」 と、一言だけ言って、 私がそれに頷く頃には去って行ってしまいました。 そんな、物を盗った相手にするとは思えないほど、 思慮に欠けていて、意地らしい態度をされても その時の私は、かくれんぼで鬼が通り過ぎたときのような安堵と、 罪人を更生させたかのような満足感のみでいっぱいで、 鉛筆を返してもらうことなど、もはやどうでもよかったのでした。 次の日も、彼はくだらない話で笑っていて 私と同じように、鉛筆のことなど気にしていないようでした。

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島の海と蜜柑

 ある日、島の横を、一隻の船が通りすぎて行った。 スクリューはかたかた廻り、波を押し分け進んで行く。 海は、スクリューにかき混ぜられたせいで、 青い海面に白い泡粒をぷかぷか漂わせている。 その泡粒は船の尾から、足跡のように伸びていた。 時折吹く風が島の林を揺らすだけで、 そこでは船と波以外、動くものはなかった。 島の崖のふちには蜜柑の木がひとつだけ生えている。 そこの蜜柑の子供の実は、その船をただぼおうと見ていた。 最初こそ、珍しいものを大人の実たちにも教えてやりたいと 思っていたが、先日の嵐が、雨と風で蜜柑の木を殴ったため 外側に生えていた大人の実はどこか遠くへ飛んでしまった。 残った実も、どうやら皆疲れて眠っているようで、 何度呼んでも返事は帰ってこなかった。 やはり時折風が吹く。 そうやって、木の葉が視界を覆う度に、 船を見失ってしまって、いちいち探さなければならなかった。 それを何度か繰り返した後、遂に船も遠くへ行ってしまった。 しかし、まだ、あの白い足跡は漂っている。 波が押し、波に引かれ、 それもまたかきまぜられるが、なかなか消えてはいかない。 蜜柑は、そのおかげで船の通った道を忘れることはなかった。 仲間が起きたら、あれを指して、船のことを教えてやろう。 そう思っている内に、蜜柑はうとうと眠ってしまった。 夢の中で、蜜柑はあの船に乗って海を進んでいた。 島の崖のふちに一本の木が生えていて、蜜柑たちがなっている。 かたかた鳴っている船は、思ったより早く進んでいて 蜜柑の木は見えなくなってしまっていたが、 ふと海に、鮮やかな橙色の粒が浮かんでいる。 どれも知った顔であった。 ああ、前に飛ばされた大人の実は、海に落ちて ぷかぷか泳いでいるんだなあ。。。 目を覚ますと、あの足跡はとうに消えてしまっていた。 あそこに船が通ったことは、蜜柑と船乗りしか知らないだろう。

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島の夜

少し冷たい風が木の葉を撫で回し、 太陽は一日の仕事を終えようとしている。 赤紫に似た橙色の空に、僅かな星と、月が出て 島を灰色に染め始めていた。 枝に乗っかった巣も、それに変わりはなかった。 一羽の雛は、銀色の雲を眺めながら 眠りにつこうとしていた。 朝の眩しさと夜の切なさを重ね合わせ、 今日学校で先生が教えてくれた面白い話、 たった一羽で鷲を追い払った英雄や、 去年の雪の白さ、 あるいは、母親の温もりを思い出して 今日も夢を見るのだった。。。

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島の草原

島の真ん中の草原はバッタの棲み家だった。 いつからか、チムニーはある事に気が付いていた。 それをなんと言うのかは分からなかったが、 まるで与えられた使命であるかのように、 チムニーにずっと、重く、のしかかっていたのだった。 次第に、チムニーはそれを抑えられなくなっていた。 その衝動は遂に爆発した。 チムニーは走り、跳んだ。 仲間たちの奇妙な眼差しも気にせず、 日が沈んでも関係なしさ、必死になって跳びはねた。 明け方、チムニーは消えた。 他のバッタは辺りを探したが、姿は見えない。 どうやら随分遠くへ行ってしまったようだ。 色んな噂が飛び交ったが、草のざわめきがそれを消していった。 ひと月後、チムニーは突然帰ってきた。 ずっと跳んでいたらしい。息も絶え絶えだ。 彼は言った。 『昔、追いかけっこで遠くへ行って、ひどく怒られただろう。 だが、あれほど遠くへ行ったって、 この高い草を超えることはできなかったんだ。 しかしついさっき、僕は草のない青空を見てきたんだ。 鳥なんかよりも恐ろしい動物も、 広大な雨の雫の流れも、 草なんかよりいくつも高い植物も。 今度みんなで行こうじゃないか、 きっと面白いだろうよ。』 そう言い終わると、彼は静かに目を閉じた。 草に隠れた月に バッタ達の好奇心が照らされている。

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