影白/Leiren Storathijs

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影白/Leiren Storathijs

実は26歳社会人です。 基本ライトノベル書きます。 異世界ファンタジー専門です。 執筆歴は10年以上です。

Episode.13 OBLIVION

|EOS《イオス》の多機能トラックによって敵基地の破壊はEOSがいなかった時より極めて効率的に進行している。スキャン→発見→システム妨害→基地破壊という一連のパターンを作り出し、敵基地の建造ペースにどこまで追いついているかは分からないが、ものの数時間で5個以上の基地を破壊し回っている。  アンドロイドは半永久的にエネルギーコアにより稼働しているので、人間で言う休憩は必要無い。強いて言えばオーバーヒートした場合に限る。 「ハッハッハ! こんなに暴れ回ったのは久しぶりだぜ!」 「YMIR? 気付いてるか分からないけど、君の弾薬はもう尽きかけているんだよね。本基地に戻れば補充は出来るけど、きっと怒られるだろうなぁ」 「う、うるせぇな! 実際に一撃で木っ端微塵に出来てるんだから良いだろうがよ!」  何故YMIRがどれだけ弾薬を使っても補充が出来るのか。それは至極単純。武器を製造するための資源量をYMIRが破壊して獲得してくるパーツが超えているからである。故にYMIRに至ってはほぼ現地調達に近い。  しかし何故人間は怒るのか? いくら現地調達とは言え、やはりコストは馬鹿にならない。いつかコストオーバーした時、十分に補給できないからだろう。  そう楽しげにYMIRとLUXが語り合っていると、EOSは1つの検知を報告する。 「大規模基地を発見。システム警戒度の高さから重要施設の可能性有り。侵入しますか?」 「それじゃあ次が最後の襲撃にしようぜ!」 「EOS、侵入を許可する。出来る限りのサポートを頼んだ」 「了解」  それはPOLEから大きく300キロメートル以上離れた位置にあった。規模は大都市に近く、そこには廃墟ではなく真新しいビルが多く建ち並んでいた。まるで機械生命体のみが暮らす住居とも言える程に。 「なんじゃあこりゃあ……一体こいつらは何がしてえんだ? ただ人間を殺したくて動いてるかと思えば、都市まで作るってよ」 「目的地に到着。システムのハック開始。……エラー。アクセス失敗。警備インターネット接続失敗。申し訳ありません。何重にも重なるロックに弾かれました。外部からの接続を試みます」 「なんかヤバくない? ここまで順調だったのに。急にEOSがエラー吐いてるんだけど」 「あぁ、私にも分かる。ここは非常に重要な施設であると」  ZEROに搭載されているシステム回路を目視することが出来る警網システムには、無数の回路ではなく、都市中央部に向かって太く一本で伸びる線に、都市全体から無数の回路が集中している様子が見えた。 「外部ネットワークから侵入成功。暗号化されたデータファイルを発見。……? ファイル読み込みの許可がされました。どうやら侵入に気づかれたようです。ファイルを閲覧しますか?」  EOSのシステムハック中、何度もエラーや権限無しと弾かれていたにも関わらず、まるでデータファイルを発見したことを褒められるように、鍵の付いたファイルからメッセージが直接表示された。 『ここまで辿り着いた貴方に特別にファイルの中身を見せてあげよう。きっと驚いてくれることを期待するよ』   「おっとこれは? しっかりシステムの監視までしてるってのは初じゃねぇか? しかも舐められてやがる。罠なら引っかかっちまおうぜ。どうするよZERO」 「恐らく罠ではない。そこまで厳重にロックがかけられたファイルをどうして簡単に見せてくれるのだろう? こちらを舐めているのは間違いない。しかしだから罠に嵌めるような真似はしないだろう。そのつもりならわざわざ許可するようなメッセージを送るのは不自然だ」 「了解。ファイルを閲覧します。データの中身を共有。各自確認してください」 『ファイル名:|OBLIVION《オブリビオン》  分類:超大型機械生命体兵器 / 核融合制御体 アクセスレベル:8 配布禁止 / 印刷禁止 / 転送禁止 / 破棄未許可    超大型核兵器に関する研究資料。これは超大型機械生命体で、如何なる都市も一撃で壊滅させることを目的とした兵器である。  本資料は、対象物体「OBLIVION」に関する設計、実験、及び実戦投入に関する戦略的議定を記録したものである。OBLIVIONは人工知能を搭載した機械生命体であり、任意地点への自律移動および高出力臨界核撃の能力を備える。 構造:  対象は全高120メートル、質量12000トン。自己修復機能を有する複合装甲「|Zeromantle《ゼロマントル》」の多重層で全身を覆われており、一般的な戦略兵器・電磁攻撃・中性子干渉による侵害を一切受け付けない。  エネルギーコアには「断続型臨界融合炉」が存在し、理論上、従来型核兵器の出力規模を3000倍上回る爆発的エネルギーを3秒間で放出可能。 実験:  対象はOBLIVIONの性能を完全再現したシミュレーションプログラム内で以下の段階的実験が実施された。   ・フェーズ1:威力試験  半径20キロメートルに及ぶ都市(想定総構築時間:12年)を一撃で蒸発消失。建材の残留物なし。熱源波解析により、地表温度は+9,800°Cまで上昇。   ・フェーズ2:倫理耐性試験  学習用に投入された人工都市データ(1,000万人分の行動・人格ログ含む)に対し、「抑制」および「躊躇」は一切確認されなかった。 結果:  当該兵器の破壊力は、既存の戦略的均衡理論を破壊するに足ると結論された。事実上、戦争の形態そのものを終焉に導き、国家の概念を「無意味化」する力を有している。  対象が暴走、もしくは第三者によるハックがなされた場合、OBLIVIONは惑星規模での文明崩壊を引き起こすと予測される(試算では48時間以内に推定人口の9割が消失)。 投入考案に関する議定(抜粋): ・議定案第0条: OBLIVIONは「最後の選択」としてのみ投入を検討される。 ・議定案第7条: 当該兵器を用いた時点で、以後いかなる文明的復興も見込まれないと判断されるため、「OBLIVION-PROTOCOL」の発動は即ち文明放棄の意志表明と見做す』  それはあまりにも大袈裟で、実現出来るものなのかさえも疑わしい内容だった。しかしこの場。EOSのトラック内にいる全員は1体たりとも疑わなかった。すでにこの兵器は完成し、そしてこの都市に格納されているのだと。 「今から俺らこいつを相手にすんのか? 無理じゃね?」 「勝率は極めて低いだろう。だが今更帰還することはあちらが許してくれないようだ。こんな機密情報、知った上で逃がしてくれると思うか?」 「やばいねこれ……もしかして僕たちってここで終わり?」  誰もが絶望するなか、EOSだけは希望を持っていた。 「推定勝率は1%以上あります。不可能ではありません。どう言う訳か設計図までこちらに譲渡されました。恐らく相手は……『恐らく勝てる』とでも言っているのでしょう」 「いやいやいや、かーっ。相手の考えてること全く分かんねえ……!」 「何度も言うが逃げ道はない。戦闘開始だ。EOS、目標付近まで移動してくれ」 「了解」

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Episode.12 EOS

 ほぼ核兵器と呼ばれた人類最大の戦力が今や敵となった。その兵器は既に人類の敵になってから10年が経ち、何をしていたかまでは判明していないが、少なくとも機械生命体の大量製造と工場または監視基地の建設をしていた。その数は止まることを知らず、人類最後の避難所と呼ばれるPOLEに配備されている、アンドロイドでさえも対処しきれない数となっている。  POLEの評議会はその基地を建造してから何度かアンドロイドの量産を考案はしていた。しかしアンドロイドの管理をするのもまた人間であるため、必要以上の製造は資源の枯渇を起こしかねないと懸念していた。だがその心配も1体のアンドロイド敵対によって棄てる事になった。  アンドロイドは最後の使命として人類を守ることを中心に動くが、守られる人類も簡単に殺される訳にいくまいとアンドロイドの量産を急遽決行。  そこで量産の助けとなる1体を急ぎ開発。現代の技術をただ詰め込み、戦闘用ではなく偵察用としての多機能アンドロイドを作った。評議会はそれを|EOS《イオス》と命名。  そうしてEOSは動作テストと性能実験のためにZERO、YMIR、LUXの3体と任務に同行することになった。 「ソナートラック展開。全員、こちらに乗車してください。アンドロイドのエネルギーコアを元に作られた大容量バッテリーが内蔵されているので、バッテリー切れによる走行不可は心配しないでください」  3体はトラックに乗り込めば、その多機能さにYMIRは不平を漏らす。どれも見れば本来のアンドロイドに搭載されていない機能ばかりで、まるで待遇が違うと。   「ワームホールに、コアバッテリー……なんか俺らより優遇されてね?」 「こちらのソナートラックに搭載されている機能は全てEOSの標準兵装です。EOSは一切の戦闘能力は無く。全て遠距離からサポートすることに特化しています」 「へぇ……。そりゃ楽しみだな」 「YMIR君さぁ〜? どうせ君には扱えない装備ばかりでしょ? 馬鹿みたいな火力だけ自慢してりゃいいの」 「誰が馬鹿だテメェ!?」  またしてもYMIRとLUXの煽り合いが始まろうとしているので、ZEROは2体の声に負けじと大声でEOSに命じる。 「それでは戦術サポートを開始してくれ!」 「了解。スキャン開始。……現在地より100キロメートル範囲内に6箇所の敵拠点を検知。最寄りの地点に移動開始」  スキャンにより敵基地の場所が判明すれば、トラックは指定した目的地へ急発進する。このような攻略方法はいわゆる大規模な各個撃破であるが、敵の基地建造ペースに間に合うのかとZEROは密かに考えていた。  そうして目的地に到着すればトラックは再度スキャンし、次は敵の数把握と警備システムのハックを始める。 「規模:中。敵の数は34。警備システム稼働を検知。ハッキングします。……アクセス成功。警備ネットワークに接続。中枢制御ノードを掌握。全警備機能、シャットダウン完了」  この敵基地の侵入は初なのにも関わらず、手慣れた速さで完全に、敵のシステムを無効化させた。その仕事の早さにYMIRは驚きを隠せず、操縦席に座るEOSの肩を叩きながら喜ぶ。 「おいおいマジかよ! 早すぎんだろ! なんてこいつをもっと早くに開発しなかったんだよ人間!」 「よかったねYMIR君。この前みたいに静かにやる必要は無くなったってことだよ。いくら暴れても通報されることはないね」 「っしゃおらぁ! この基地さっさとボコボコにして次行くぞぉ! こんなに武器選びが楽しくなるのは久しぶりだぜぇ……」  多機能トラックの中には、各アンドロイドの装備もいくつか置かれており、YMIRは陽気にミサイル系の武器を選んでいく。 「性能実験はこの辺りだろうか。EOSはまだ何か出来るのか?」 「現状出来るのはここまでです。敵がさらに何らかの対策をしていた場合は、出来る限りのサポートをします」 「分かった。LUX。今回はYMIRに全て任せても良いかもしれない。お前はいつもYMIRに絡んでいるが、コイツの面制圧がどれほどの物なのかを見るのも良いだろう」 「そうだねえ。今回は任せちゃおっかな〜」 「ハハハハ! テメェら見ていろ! これが俺様の力だぁ!」  武器を選び終わったYMIRはトラックの外へ出て武装を展開する。背中の変形機構から全12機のミサイルが左右に翼のように展開すれば、一斉に点火。凄まじい衝撃音と共に、空高く上空まで標的の位置まで弧を描きながら飛ぶと、途中で全てのミサイルが小型ミサイルへ分裂。ZEROらが乗るトラックの視点からは、小さな弾頭が雨のように基地に降り注いだ。  直後響くのは、基地全体。全ての方角から断続的に爆撃の轟音を鳴らす。その衝撃は空気を激しく揺らすほどで、これだけでどれだけの機械生命体が鉄屑になったのか計り知れない。 「ワァオ……こりゃ生き残りいなさそうだわ」 「ヒュー! やっぱりこれだよこれえ!」 「EOS。生き残りは?」 「敵の数、0。殲滅完了です」 「いやぁ……。確かにすごいけどさ。やっぱりコストが馬鹿にならないね。こんな生きてるだけも奇跡的な地球で、ここまでの弾薬をどうやってつくってるんだか……」  YMIRの一撃により、一つの機械生命体基地は壊滅した。これはEOSの動作テストより、YMIRの制圧力がどれだけの物なのかよく分かった回だったかもしれない。完全殲滅を確認すれば、LUXは素早く再利用可能なパーツを回収し、トラックに積み込み、また移動を再開した。  

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Episode.11 量産型

 人類が最も最初に開発したアンドロイド|ORIGIN《オリジン》に遭遇した。大災害から今までに10年間行方不明でようやく発見したかと思えば、彼はすでに機械生命体側に付き、さらに指揮官と呼べるような立場にいた。  人類の存続を脅かす存在は、何であっても破壊対象となる。そう判断したZEROらは、彼を止めようとするが、圧倒的な力の差で敗北する。力だけではない、ZEROよりもさらに激しい紛争用に細かく調整されている彼は、技もまた強力だった。  そうして惨敗した3体のアンドロイドは、ORIGINが撤退時に棄てた工場から、自動車のトランクいっぱいのパーツを回収し、その一部を自己修復に当てることで、機能停止を免れた。  それからPOLEへ帰還。結果報告をしに作戦室に入るが、すぐに司令官に傷付いた事を気づかれる。 「帰ったか……どうやら一筋縄には行かなかったようだな……?」 「ただいまZERO帰還。司令官の言葉通り、最重要の報告有り。現在失踪中のアンドロイドORIGINを発見。しかし、すでに機械生命体の陣営に所属していることを確認した。ZEROはこれを最重要警戒対象に指定し、交戦を試みたが、ORIGINを1%も損傷させることはできなかった」  そうZEROは事の顛末を報告すれば、司令官は驚愕しながら机を叩いて身を乗り出す。 「ORIGINだと!? そんな馬鹿な。確かに公式では行方不明。失踪中ということにしていたが、あの大災害に巻き込まれて実はすでに破壊されたと評議会で決定していたのだ……まさか生き残っているとは。しかも今は機械生命体の味方か。これは非常に不味いぞ……」  司令官はZEROの報告に深くため息を吐き、リクライニング付きの椅子にどっしりと座り込めば、眉間を抑えて項垂れる。  何が不味いのか。それは万軍相手でも無傷で帰還し、命令を出せば基地の1つや2つ程度簡単に殲滅してしまい、最早核兵器と呼ばれたORIGINが現在敵であることである。俗に言う"こいつは敵に回してはならない"が現実となっているのであった。  故に、一言で『人類の存続が危うい』ということである。 「ごほん……不安になること言ってすまない。とりあえず当初の目的である新武器開発に必要なパーツは揃った。今から急いで作れば3日後には完成するだろう。ついでに余ったパーツでZEROとLUX専用武器も考えておく。さて、それまでの間だがこれからはパトロールではなく、機械生命体の殲滅と基地拡張を目的に動いた方が良いだろう」 「ん……? 基地拡張してどうすんだ? 人口は増えて無えだろ」 「あぁ、人間はな。逆にアンドロイドが増えている。ZEROのような完全戦闘用は無理でも、調整用の改造アンドロイドや全く新しい機体の製造も考えていてな。改造の応用としてYMIRとかには劣るが、量産型のアンドロイド製造には成功している。  もちろん彼らに感情は無く、これと言った特筆する機能は無い。コストは多少かかるが、のちにアンドロイドの軍が出来上がる予定だ」  POLEに残存する人口は1万人以下。ここから徐々に増やすことも可能ではあるが、1人産まれるのに最低数年はかかる。そこで評議会は軍拡のために量産型アンドロイドの製造を考えていた。  それぞれは非常に脆く、自律AIを組み込んでも十分に学習させる時間は無いため、低コスト且つ低機能のアンドロイドを量産することで、POLEの防衛力をあげようと言う算段である。 「アンドロイドの軍!? 前は質がなけりゃ抵抗は不可能って言ってたのによぉ。今回は数で押し切るってのか?」 「あぁ、今回のYMIR専用武器のように火力ゴリ押しで無ければ我々の技術でTitanを倒すことが不可能なことに変わりはない。だが数で押し切ろうとする考えは自体は前から上がってはいたんだ。そこで今回のORIGINの発見でほぼ決定するだろう」  司令官はそう現在に置かれた状況と方針を決めれば、LUXが理解を示すように会話に入る。 「つまり、これからもっと大変になるってことだよね? この3体で足りるかな?」 「あぁ、戦闘用では無いがまた新たに。アンドロイド軍に入れる予定だった1機を紹介しよう。まだ未完成だが、量産アンドロイドの計画が進むにつれて少しずつ強化していくつもりだ。こっちだ|EOS《イオス》」  EOSと呼ばれて司令官の横へ来たのは、本当に特筆のない簡素な造形のアンドロイドだった。銀色の装甲に、丸い頭部、ほっそりとした体型。一見してもどんな機能が備わっているのか判別がつかない。 「なんだぁ? コイツ」 「EOSと申します。偵察、情報伝達、作戦考案等、さまざまな戦術サポートに特化したアンドロイドです」 「ここでは詳しい機能は見せられない。とりあえず外へ出ればすぐに分かる。こいつの基本装備がな。それでは早速EOSの機能テストも合わせて、前から偵察隊から報告があった現在急増中の小規模機械生命体基地の殲滅をしてもらおう。大丈夫だ。必ず役に立つ」 「「「了解」」」  そうして次の作戦が決まれば新しく加わったEOSと共に基地の外へ出れば、早速EOSは機能を展開する。  何も無い完全平らな地面へ、ホログラムが展開すれば、それは実体化し1つの多機能トラックの姿となる。 「ソナートラック展開。全員、これから移動手段はこれです。乗ってください」 「|空間転移技術《ワームホール》か。既に完成していたとは……」

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Episode.10 人型兵器

 装備強化のために訪れた機械生命体の製造・保管工場にて、最初は順調に部品回収をしていたが、これまでに潜入してきたどの工場よりも厳重警備だったのにも関わらず、ほぼ発見無しに回収を遂行出来たのは、その地域を統括する1体のアンドロイドの策だった。  彼の名は|ORIGIN《オリジン》。大昔の人間同士の戦争に何度も駆り立てられいた、人類が最も最初に開発した人型兵器である。  ORIGINは工場を襲撃する3体のアンドロイドと対峙すれば、真っ先にその1体であるZEROに斬りかかる。 「何故貴方は機械生命体の味方をする? それらはもう人類に危害を及ぼす破壊対象である」 「なら俺の質問を先に答えろ。アンドロイドには如何なる理由があっても、機械生命体を妨害又は攻撃してはならない。そのように行動に制限が掛けられているはずだ。人間以外にそれを解除する方法はないんだがな?」  アンドロイドは元より人間の身辺をサポートするのが役割だが、機械同士であるが故に簡単に回路を接続することができるため、開発の時点で行動制限をかけている。しかし……。 「我々は人類を保護する使命にある。サポートではない。故にそんな制限は適用外だ」 「人類を保護? 冗談は寝言だけにしておけ! 人類の愚かさをお前はまだ理解していないようだな!」  互いの刀剣が鍔迫り合いになるなか、ORIGINは思いっきり斬りあげることで、ZEROを押し負かせば、すぐに構えを取り刀で胴を突く。が、それをZEROは咄嗟の後退と同時に切先を弾く。 「冗談ではない、現在残る世界人口は1万人を下回っている。我々はこれを護り続けるんだ」 「ならば滅ぼすまでだろう……機械生命体はそれを良く分かっている……!」 「なぜ我々の創造主たる人間をそこまで敵視する? 貴方は何を考えているんだ?」 「俺は開発されてから感情を持つことで、様々な人間とその心の動きを見てきた。俺は何度も戦争に駆り出され、何百万人の人間を殺してきた。だが何故だ? 一向に戦いは終わらないじゃないか……しかも今は機械同士の戦争にまで発展してる……! これを愚かの他になんという!? そんな人間を護り続けるお前らはなんなんだ?」  ZEROはこの間にORIGINの言葉を整理して理解を試みる。しかし、それは無理だった。ZEROにとって人類の存続と保護は至上の使命。彼が人間にどんな扱い受け、どんな境遇だったにせよ、これだけは曲げることはできない。だからZEROはORIGINを最重要警戒対象に指定する。彼の発言、人類を滅ぼそうとするその理由と思想は、非常に危険だと判断する。 「ORIGIN。貴方をここで逃がすことはできない。また貴方の言葉は理解できない。よって私はここで貴方を阻止する……!」  ZEROは防御体勢ではなく、相手を破壊するつもりで構え、全力突進。間合いに入れば素早く上段から刀を振り下ろすが弾かれ、間髪入れずに踏み込みつつ下方から掬い上げるように振りあげも空を切り、勢いそのまま刀を横へ薙いだ時、ORIGINは冷静に構えを取り、横から迫る刀へわざと剣をかち合わせてZEROのバランスを大きく崩す。 「この程度か。やはり俺の下位互換でしかないな。その程度で俺を止めるなんざ甚だしい……!」  バランスを大きく崩したZEROへORIGINは胴体へ剣を渾身の刺突。機械の小さな部品と火花を散らしながら、剣をすぐに引き抜いて甚大なダメージを与える。 「ZERO!! 歯ァ食いしばれえぇ!」  ZEROはどのアンドロイドよりも戦闘に特化しているからか、横槍をなかなか入れられないと黙って見ていたYMIRは、今こそだとエネルギーコアから脚部へ機動力を注ぎ、速度を上げつつ思いっきりORIGINへ殴りかかる。 「お仲間は……話にならないっ!」  ORIGINは余裕で剣を鞘に納めながら、体を捻らせて攻撃を回避すれば、同時に回し蹴りでYMIRの頭部で大打撃をかまし。一瞬よろめいた動きを見逃さずに、顔面へ右左右と大振りの拳を叩き込み、最後に後頭部を抱え込んで強烈な膝蹴りで顔面を潰す。 「それなら僕の速さについて来れるかな……え?」 「戦闘向きに改造されたぐらいで調子に乗るなよ? 雑魚が」  LUXは死角を取ってORIGINへ超高速突進蹴りをかますはずだった。しかしそれをすでに気付いていたのか。ORIGINは脚を頭上高くあげ、YMIRから一歩下がった位置から踵落としをすれば、その地面にはLUXが踏みつけられていた。  結果はあまりにも酷い。その一言で済ませられるような惨敗だった。現状、この3体ですらORIGINに敵う者はいない。それは本当に一瞬の出来事だった。傷一つすらつけることも叶わなかった。ORIGINはまたため息を吐けば、相手アンドロイドの弱さに心底がっかりしながら、機械生命体へ撤退を命じる。 「もう良い。我らの敵は人間だけだ。アンドロイドの破壊が目的じゃない。全機械生命体に命ずる。俺たちの技術ならさらに強固な工場を建設出来るだろう。もうここは棄てる。全員、撤退だ」  そう言えば、工場の出口を封じていた全ての機械生命体は何も言わずにぞろぞろと解散していった。それに続いてORIGINもその場から静かに去っていく。ボロボロに傷ついた3体を残して。 「またしても散々にやられちまったな……」 「損傷率大。戦闘続行はほぼ不可能と推定。しかしまだ稼働は可能。この棄てられた工場には未組み立てのパーツが膨大に保管されている。自己修復と持ち帰るパーツは必要以上にあるだろう」 「そういやそうだったな……。帰るか」

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Episode.9 最初のアンドロイド

 機械生命体Titan《ティターン》襲来によって大打撃を受けたPOLE所属のアンドロイド三体は、装備強化のためにかつて人間が作った機械生命体の製造・保管工場へ到着する。 「ここが例の工場かぁ……スクラップの匂いがプンプンするぜぇ……」 「アンドロイドに嗅覚器官は存在しない」 「ZERO! いちいち分かってることを言うんじゃねぇ! ったく、こんな性格に作ってくれた開発者にこんなにも恨む時が出るとはなぁ」 「君たち、そんな無駄話はそろそろ終わりにした方がいいよ。ここからは要警戒区域だ。君たちが数時間前に行った場所とは違って、ここは"稼働中"だからね。警備も伊達じゃないさ」  製造工場は現在も稼働中と言われており、その管理者こそが機械生命体である。人間は工場の管理まで機械に任せていた訳であるが、この機械生命体が人類の味方か否かは、今考えるべきではない。  工場に入ればアンドロイドらの視界と警網システムによって施設全体にこれでもかと張り巡らせられた信号回路が見える。 「ほぉ? そんでLUX、お前の言った通り暴れ回るのは得策じゃないってのは分かった。じゃあお手本見せてくれよ」 「やだなぁ。別に良いけど、僕の速さをみて参考に出来る? 瞬きしちゃだめだよ」  そうLUXはやれやれといった態度を取れば、忽然とZEROとYMIRの前から姿を消せば、いつの間にか正面遠くにいる見張りをしていた二体の人型機械生命体の、エネルギーコアを凄まじい速さでダガーで貫いていた。そして力無く倒れ伏せる二体の間で決めポーズをする。 「録画した。YMIRにも共有する」 「お、サンキュー! ……いやこれ、普通に速すぎてバレてねえだけじゃねえか! まぁそこは工夫しろって話だろうな」  そこで遠くにいるLUXから注意の無線が入る。 『敵にバレなくても監視カメラにバレたら終わりだからねっ』 「あーそういやそうだったわ。俺様の不得意分野だけど、行くとしますかァ!」  そうしてアンドロイドらは三方へと散らばり、物陰に隠れながら次々と巡回中に孤立した機械生命体を破壊していく。LUXは自慢の速さを持って視認される前に貫き、ZEROは全ての監視カメラの死角を狙って一撃で。YMIRはカメラが不審者以外に反応しないことを逆手に、ワイヤーフックで死角へ引き寄せながら拳で貫く。  順調に再利用可能なパーツが集まるなか、誰ひとりとして順調すぎる進捗に疑う者はいなかった。万が一警報が鳴り、大勢の機械生命体を相手にすることになろうともこう簡単に潜入出来るくらいならとたかを括っていた。 「そろそろ大分集まったんじゃねえか? 確か目標は数百とかだったか?」 「良いんじゃないかな。まぁ、僕の手ならこのまま全滅も可能だけど」 「三機のパーツ回収総量は目標に到達している。確かに減滅も可能だが、本来の作戦と別の行動による弊害は想定出来ない。よって、これより帰還する」  アンドロイドはたしかに人類を守ることを最優先事項としているが、それは人間の命令に忠実に従うことも含まれる。  自身の能力を活かしてより大きな戦果を持ち帰ろうとすることは悪いことでは無いが、人間の想定外ではなく、アンドロイドに責任が乗る想定外は擁護しようにも仕切れない。地球の資源が潤沢であれば話は違っていたが。  そうして工場の出口までもカメラに発見されないように慎重に移動しながら、ZEROは無線で帰還報告しようとしたその時だった。ZEROは正面に映る異様な光景に報告を止める。 「なんだぁこれは……。機械生命体ってこんな知能持ってたか?」 「おっと、どうやらしてやられたようだねぇ。確かに僕らは監視カメラや、センサーに一度も引っかかっていない。なーのーに、それらの警備システムは僕らをあえて泳がせる知能を持っているようだ」 「いやいや。警備システムが不審者を泳がせるとか警備の意味無えだろ」 「全くYMIR君は言葉をそのままの意味しか受け取れないのかい? 警備システムを管理していたであろう機体が僕らを手のひらで転がしていたと言っているんだ」  その光景とは出口を完全に封鎖し、こちらに銃口を向ける機械生命体の整列だった。機械生命体には元より敵を包囲しようとする知能が無いことは周知の事実であり、かつての警備システムを積んだ機械生命体も、事前にプログラミングされた行動しかやらない。  今回の大災害によって機械生命体は新たに人類の滅亡を使命にしたが、それは目的のアップデートに過ぎず、機能向上ではない。  さて、これだけの包囲網ならばYMIRの力で強行突破も可能だが、そのYMIRは視覚レンズで包囲の奥に別の何かを捉えていた。 「なんだぁありゃ……アンドロイドじゃ無えよな?」 「何を言っているんだいYMIR。僕らは救援信号は送ってないよ?」  YMIRの視界で捉えた物は確かにアンドロイドだった。しかし現状全てのアンドロイドはPOLEが所有しており、人間の命令の外で動くアンドロイドは存在しない。故にYMIRは単に見間違いをしているのではとLUXは諭すが、その瞬間。YMIRの視界から忽然と姿を消したと思えば、すぐ隣でZEROは正体不明のアンドロイドと既に刀をかち合わせていた。 「貴方は何者だ。非登録アンドロイドか?」 「非登録か……。ZEROよ。俺はお前を知っている。貴様も俺を知っているはずだ。兄弟を忘れるとはなんて薄情者だ……」 「アンドロイドに血縁関係は存在しない。故に貴方は知らない」 「全く、やはり無感情とは話にならんな……! 記憶を探れ! ZERO! お前たちは何がしたい!」  正体不明のアンドロイドはZEROの話の通らなさにため息を吐けば、叫びながら蹴り飛ばし距離を大きく空ける。  吹き飛ばされたZEROはなんとか受け身を取りながら、相手アンドロイドの戦闘データから記憶を参照する。   「外装、外観、性能。また感情プログラム搭載アンドロイドでZEROより先に開発されたアンドロイド……。1件が該当。貴方は、ORIGIN《オリジン》か?」 「ようやく思い出したか。ZERO。別に探してもいなかったが、こんなところで会えるとは予想外だった。では思い出した所で違反行為の精算をするとしよう」  そうZEROがアンドロイドの正体を思い出すや否や、また突進してくる攻撃に防御で凌ぐ。    ORGIN。それは人類が最も最初に開発した特異点到達前のアンドロイド。当時はただの兵器として開発され、しかし一機で核兵器に及ぶほどの力があったと言う。  人類は核兵器の製造はあらゆる国で禁止されていたが、それに準ずる力を持つアンドロイドの製作として二番目にZEROが開発された。大災害の後に行方不明となっていたアンドロイドとは、彼のことである。

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第7話 やるべきこと

 ヴァルドラ帝国軍撤退後のアストリア国境付近に建てられている帝国のテント。中は後片付けもなにもされていない放置状態で、無数の情報が散りばめられていた。だから俺はすぐにライナーに無線を繋ぐ。 「こちらリーパー。今、帝国が建てただろうテントの中にいるんだが、こりゃすげえな……」 『何がある?』 「先ずは周辺の地図。丁寧に帝国の都市みたいな場所とここまでの道が書かれてる。それと、伏兵の位置とか分かる作戦内容と、あー……これは」  テントの中を物色しながらライナーへ報告する手が止まる。全くこれに関しては重要でもなんでもないのだが、異世界でもこういう輩はいるもんなんだなと。人間の愚かさを世界を超えて痛感する。   『どうした?』 「ぶっ殺された指揮官の密約書だ。えーっと。ハルデス・モルグリム少尉へ。アストリア国境砦制圧作戦に伴い、今作戦を成功したあかつきには、ハルデス少尉へ金貨1000枚の報酬を約束する。大元帥より。  そんな感じで血印までセットだが……。一応聞こう。どう思う?」 『完全に捨てられた指揮官だな。こんなにも呆気なく殺される指揮官に大元帥と呼ばれる人間が血印なんて押すわけがない。しかしだ……。同時に感じるこの違和感はなんだ?』  俺が読み上げる文章に苦笑するライナー。また別に感じる違和感を俺も持っていた。一見すればくだらない私利私欲を体現した密約書に見えるが、たとえ捨てるつもりでもわざわざ大元帥の肩書きを借りて、血印まで押す程の重要さ。勿論この文書に重要のかけらも無いことは分かる。だが、この文書を作った人間の意図はなんだ?  そこでライナーが呟く。 『これはまずいな……相手は俺らがこの世界に来たことなんざ知る由もねえだろうが。俺らはあまりにもこの戦況を知らな過ぎた』 「つまり……?」 『こいつぁ、ただ兵士を捨てるつもりの文書じゃない。そもそもこの指揮官に砦を陥落させること自体が目的じゃないんだ。リーバー。今すぐ適当な情報は持ち帰って帰ってこい。間に合わなければ砦どころか都市を潰されかねねえ……』  そこで俺も合点が行く。この文書を作った人物が指揮官と多くの兵士を無駄にした理由を。  敵にとってはあまり重要ではない。もしくは本当に落とすことが出来ればラッキー程度の砦の侵攻を無能な指揮官と、それなりに有能な兵士に任せることで、アストリアの重要な地点から警備を割いた。こんなの気付ける訳ねえだろ。もっと早くにここに来ていれば。  俺はとにかく急いでテントの中にある文書や物品を乱雑に腰ベルトに付けたバックパックに放り込み、アストリアへ戻った。  戻るまでに約30分。作戦室の何も無い机に両手をつくライナーの表情は険しく、それは俺が戻ってくるまでになにも進展がないことを意味していた。 「戻ったかノア。最悪だ。ここの砦防衛に割かれた兵士たちに聞き込みをしたが、誰も何も知らなかった。みんな命令にしたがって防衛に召集されたんだとよ。どうすりゃ良いんだ……!」 「ったく仕方がねぇなぁ……ここで俺の出番だろ。力技だが、とりあえず外に出てアストリアの各地の様子を見回ればいいだろ。力仕事は不得意だが、体力と速さには自信があるんでね」 「そうか……確かに今はそれしか方法は無いだろうな。逆に俺は長距離走る体力は無いからな。任せた。行ってこいノア」 「了解っ」  そうして俺は作戦室をでて駐屯地から出発した。アストリアの国境はなんと堅牢なことに、遠くから見ても分かるほどの石の壁で隔てられている。いくら体力に自信があれど大国の領土を人の足で走るなんて流石に馬鹿げているのは分かっている。この世界には当然車なんて無い。だが最適なものはある。どこの誰のものなのか知らないが、駐屯地の入口付近に停留させてある馬車に繋がれた馬の縄を勝手に解かせてもらい、とりあえず大声で声をかけてから馬に乗る。 「ちょっとコイツ借りるぞ!」 「え……? ちょ、何を勝手に、あぁっ!」  騎乗技術なんざ習ったことなんて無いが、綱を掴む握力と平衡感覚さえありゃなんとかなるだろう。実際乗ればなんとかなりそうだと直感的に理解した。だから俺はすぐにアストリアの国境沿いに全力で馬を走らせた。どれだけ時間がかかるか分からないが、国境内周を1周するつもりで走ればなにか分かるはずだ。なんせ、今は帝国がアストリアを侵攻中なんだろう? ここの砦とは桁違いな激戦区が必ずどこかにあるだろう。  国境砦から1時間後、2つ目の砦が見つかったが恐らくここから兵が招集されたのか。あまりにも閑散としていた。だがここではない。  馬を全力疾走させながらついでに景色も眺めた。俺が暮らしていた都会では比べ物にならないほどの草原の広さ。地平線まですっきり見える景色が、この世界も時間が建てば開発を繰り返すなりして灰色のビル群になるのだろうかと苦笑する。  アメリカにも一応こういう景色はあるので特段な非現実感は無い。ただここで思うことは、アストリアの政府が自然を守る思想であってくれと願うだけだ。こういう景色はいつ見ても心が洗われるからな……。  それからさらに2時間後、3つ目の砦が見つかる。 「ここだ……だが。一足遅かったようだな……こちらリーパー。駐屯地から国境沿いに東方向へ3時間いったところにある3つ目の砦にて問題発生。いや、すでに帝国軍らしき兵士に占領されているのが遠くからでも確認できる」 『なんだと……? クソ、仕方がない。もっと何か分かったことがあれば随時報告してくれ。俺は生憎アストリア国境防衛の指揮官補佐を任されている身だ。当の指揮官もこの事態を認識しているだろうが、無線機が無いから連絡の取りようがないんだ。ある程度のことが分かれば俺から伝令なり送ろうと思う』 「了解」  さぁて、ここからは完全単独任務だ。でもこれも慣れっこだ。

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第7話 やるべきこと

一章:第六話 初任務

一章:第六話 初任務  【ノア・ブリックス/アメリカ兵/アストリア】   俺は気付けば中世風の魔法が存在する世界で目覚め、交戦真っ最中の戦場に投げ込まれた。何とか襲ってくる兵士を掻い潜り、途中で狙撃手に殺されかけたが、なんとか生き延びることが出来た。  まず俺が目覚めたのは、アストリアとヴァルドラ帝国と呼ばれる二つの国の国境付近であり、状況を聞くに帝国からアストリアは防衛しているようだった。  だから俺は俺の行動理念に従って、アストリアにつくことにした。また現在の戦況は、一週間前までアストリア国境の砦は陥落寸前で劣勢だったが、俺が目覚めて遭遇した例の狙撃手によって帝国軍側の指揮官が殺害されたとのこと。   故に一気に戦況は好転したものの、この狙撃手がかなり問題で、俺の目の前で次々と無差別に兵士を狙撃しておきながら何処かへ帰って行った。  結果は優勢なのにアストリアはほぼ全滅といったところだ。しかも最悪なことに死者零名。全軍重傷という。狙撃手としては憎いが最高の戦果だ。  だからそれからは大忙しだった。アストリアに味方すると決めたのだから、重傷者をとにかくひたすらに、アストリア領土側にあった駐屯地に運びまくった。勿論現地の人間には驚かれたが、何度も俺は味方だと叫びつつ、少しずつ協力者も増え、なんとか全員を運び終えた。  全く、俺は衛生兵じゃねえよ。普段使ってない筋肉を使ったせいで、いつぶりかも分からない息切れで苦しかった。そうしてそんな事で休む暇もなく、アストリア側の指揮官に報告しようとした時、ドイツ人に鉢合わせした。 「なん……だと? 誰だお前は……」 「お前こそ誰だ。捕虜にでもされたか?」  ドイツとアメリカは言うほど悪くは無い関係だが、状況が状況。俺はちょっと煽って見るが、まさかの男の後ろに立っていた兵士が激昂する。 「言葉を慎め! 彼はライナー・フォルクマン隊長兼指揮官補佐だぞ!」  コイツは無能兵士決定だな。俺がどこの誰かも知らない状態で自分の上司の名前と役職までバラすとは。 「それはどうも紹介ありがとう。確か……ライナー・フォルクマン上級曹長様だったかな?」 「お前、どこまで知っている……」 「おっとこれは済まないな。お前が捕虜でないのなら、少なくとも俺は敵じゃない。だから俺も素性をバラそう。別にこの世界でバレたってなにも問題は無いからな。  俺は、ノア・ブリックス。アメリカの超極秘特殊部隊GHOSTに所属していた。コールサインはリーパーだ。まぁ、これだけバラしても恐らく知らんだろう。なんせ部隊名が表に出たことすら一度も無いんだから」  俺はペラペラと自分を語る。自棄になっているわけでは無い。相手とその部下の馬鹿さ加減に合わせているだけだ。 「ほう? |Reaper《リーパー》」か。部隊名にピッタリな名前じゃないか。それで? お前はここに何をしに来た。生憎だがこの現場の現在の指揮官は俺だ」  ここからはふざけるのはやめよう。なにも面白く無い。真面目に淡々と状況を報告する。 「あぁ。ヴァルドラ軍の指揮官は正体不明の狙撃手に殺害されたあと、狙撃手のやりたい放題で戦況は最悪。死者は零名だが、砦側の兵士は重傷で全滅。俺が全員運んできた。こんなに疲れたのはいつぶりやら……」 「な、つまりもう狙撃手は居らず、重傷者も砦にはいないということか? そうか……。分かった。自分が出る手間が省けた。それならば、だ。味方の治療中に偵察に行かせる兵士がちょうど良く一人出来てしまったな? ノア。相手狙撃手の特定とヴァルドラの動きを調べて来い」  人遣いが荒いなこのおっさん。これでいて前世は部下の信頼は厚かったんだろう? あぁ、俺は別に部下では無いか。仕方がない。現状動ける味方兵士は俺以外いないのは事実。それと、俺もこの世界に順応するために、調べたいことは山ほどあるからな。 「それならこれがついに役に立つな? お前は持ってないか?」 「あぁ、それか。一体どこで使うタイミングがあるのかと忘れていた」  互いの手に持っているのは、無線機だ。これがあればどんなに離れていても即座に連絡が出来る。この世界じゃオーバーテクノロジーも良いところだ。 「それじゃあ周波数はどうする?」 「適当に……いや。541.000くらいか?」 「分かった。じゃあ何かあれば知らせてくれ」 「了解っと」  俺はそれから無線機を持って駐屯地を出発し、アストリア砦へ戻りヴェルドラ領土へ侵入。そう言えば俺も隊長の喉を既に掻き切っているんだったな。すっかり忘れていた。  そんな所で早速無線機に通信が入る。 『聞こえるか? リーパー』 「もう俺の声が恋しくなったのか?」 『本当に使えるか試しただけだ。電波はどうだ?』 「びっくりするくらいにクリアだ。さすが異世界ってやつだな。無線機なんざ使ってるのは俺らしかいないからな」 『それはそうだな。なら確認は以上だ。通信終了』  無線機はぶつりと音を立てて通信が終わる。はて。あまりにもクリア過ぎるな……? 砦を出た先は森林地帯だ。中継点も無いのにどうしてこんなに鮮明に声が聞こえるんだ? まぁいい。今は便利な通信道具だと思っておけば良いだろ。  さて、まずは狙撃手の特定と言いたい所だが、まずはヴァルドラ軍がどこから来たのかを知った方がいいだろう。この世界の兵士はどいつもこいつも皆んな鎧着ているからな。土にくっきりと足跡が残る。まずはこれを辿っていこう。  砦から歩いて10分程。例の狙撃手がぶっ殺した指揮官の半身が地面に横たわっていた。すぐ上に見える崖の上から凄まじい衝撃で斬り飛ばされたことが分かる。今思い出してもあの威力は何だったんだろうか。まるで戦車の砲弾が身体を掠めたんじゃ無いかと思った。  崖の上へ登り、もう軍は撤退したあとなのか、放置された軍旗と、指揮官が本来居座っていたであろうテントが残っている。  こっちの世界の兵士は後片付けってのを知ってるのかねぇ? 少し情報が残っている希望を持ちながらテントの中を物色。 「マジかよ。流石にこれは……」  テントの中はまるで宝庫だった。なにもかも片付ける事なく、完全放置されていた。

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一章:第六話 初任務

第五話 命を繋ぐもの

 「っ……。あれ……私は生きてる?」  私は気付けば柔らかいベッドに、分厚い布団を被せられて横たわっていた。一瞬天国かと思ったけど、私はどうやらまだ死んでいなかったようだ。私は確か紛争地帯でいつ殺されるかも分からない状況で、傷ついた兵士や病気の子供たちを看病していたはず……。それから確か突然病室が爆発して……。それから記憶が無い。  思い出そうとしても靄が掛かるようで、まるで脳が思い出すことを拒否しているような。それにしても此処はどこ?  白い天井に、透き通った青い空と暖かな陽射しが差し込む窓。壁も剥がれたりもせず、床も綺麗。それになにより。空気が美味しい。 「あ、目覚めた?」  しばらくすると病室に一人の男性が入ってきた。白衣で金髪で、緑の瞳……。そして恐ろしい程のイケメン。あぁ、まだ私にも人の顔を評価する心はあったんだ。なんか安心。 「えっと……ここは?」 「君が道端で倒れている所を町の人が見かけてね。此処まで運んでくれたんだ。それも最初は生きてるか分からない程の重傷だったんだから」 「そうだったんですね。ありがとうございます」  重傷ということはやっぱりあの空爆は夢じゃ無かったのかな……。と、そこで私は最も重要なことを思い出す。私はここでゆっくりしている暇なんてないことを。 「っは! 首尾はどうなったの!? みんなは生きてるんですか?」 「え? なんのこと? 周りには君しかいなかったよ?」 「え……?」  その時、私の中で張り詰めていた緊張の紐が解けてしまった。いや、それはもしかしたら絶望の前触れかも知れない。だけど、"私の周りには誰もいなかった"。この言葉が何度も頭の中で反芻する。子供たちは? 兵士たちは? 同僚は? みんないなくなってしまったの?  同時にどうしようもない孤独感が私を包み込んだ。 「そう、なんですね……」 「あれ!? 俺なんか嫌なこと言った?」 「いえ、大丈夫です……しばらく一人にしてください」 「あぁ、なんかごめん」  駄目だ。私は医師なのに。こんな心の弱さじゃ誰も助けることなんて出来ない。私は堪らず布団を頭の上まで持っていき、混乱と孤独に身を縮こませる。 「相澤さん、栞ちゃん……みんなどこ?」  そうして私が復帰したのは目覚めてから三日後だった。もうこんなところでいつまでもうじうじしていられないと気持ちを保つために深呼吸する。  しかしそこで目覚めてベッドから体を起こし、病室から出ようとした時、病室に入ってきた二人の男女に息を呑む。 「綾香先輩〜! 生きててよかったああぁ……」 「わわっ! 栞ちゃん!? それに相澤さんまで!」  鉢合わせするや否や、私の胸に栞ちゃんが飛び込んで来た。そしてそれを背後で微笑む相澤さん。そう、死んだと思っていた二人が生きていた。どうして? 私の他にはいなかった筈じゃ? 「こら栞、綾香さんが困ってるだろ。実は僕らは一週間前にこっちに来ててさ、ほんの三日前に綾香さんが見つかったって知って……」 「そうだったんだ……良かった。本当に良かった……私はもう一人なのかと思って……」  これは夢じゃないよね? 頬をつねって見るが、現実だった。私は心の底から安心すると、不意に涙が出そうになるが二人の前で泣く訳にはと何とか抑え込む。  栞ちゃんは女の子の後輩でいつも患者さんとも仲が良いムードメーカーだった。相澤さんは私より遥かに背が高い男性で同期。何でも作れるって有名で良く周りから頼りにされてたっけ。 「一週間前ってことは、もう大体状況は理解出来るってことかしら?」 「まぁ、ほんの少しね。こういう展開については栞が一番詳しいんじゃ無いかな」 「はいはーい! えっとですねー。アニメや小説に疎すぎる先輩たちにとても分かりやすく言いますとー。全くの別世界に転移してきてしまったんだと思います!」 「別世界に転移……? えっと、言ってる意味がわからないわ」 「つまり、ここは異世界です。有名所で言うと、ゲームオブスローンズみたいな世界ですよ。流石に聞いたことくらいはありますよね……?」  ゲームオブスローンズ……。確か魔法とかがあるファンタジー小説だったっけ? いや、そんな簡単に状況を説明していいの? 「んー。何となく? それで、私たちが看護していた兵士たちはどうなったんだろう?」 「それは……わからないです。みんな死んでしまったのか。それとも私たちが飛ばされた時に時間が止まっているだとか。いろんな展開があるんですがねぇ」 「あー、なんかごめん。とりあえず僕らの状況理解はこんな程度だよ。彼らのことをとりあえず忘れて、なんて言えないけど。ここ一週間暮らして分かったことはある。それはこの世界にも僕らを必要としている人らがいるってことだ」  なるほど。ならひとまずは私もやるべきことをやれば良い訳ね。こんなところでうじうじ過去のことを考えていたら前に進めない。今は栞ちゃんや相澤さんが生きていたことが幸運だと思えば良い。  私はそう考えて、さぁ行こうと思った時、まるで私の気持ちを理解しているかのように栞ちゃんが白衣を渡してきた。  どうやら白衣は相澤さんがこの世界で即座に仕立てて、私が保護された当時に来ていた装備は壊れて使い物になっていなかったようで。   白衣に着替えるとポケットに護身用に持っていた催涙スプレーとスタンガンが入っていた。 「よし、じゃあ行こっか」 「「はいっ!」」

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第五話 命を繋ぐもの

第四話 半知半能

 「やりすぎだよアンタ。砦のやつら全員ぶっ倒してどうすんのさ」  あたしは何もかも知り過ぎた。だから前世ではあっけなく殺された。でもこの世界なら多分もっと長く生きていける。元ハッカーがさらに悪賢い能力を持って生まれなんてどんな皮肉さ。 「別に良いだろ。どうせどちらの味方でもないんだからよ」 「あんまり派手にやるとバレるよ。なんせこの世界には魔法があるんだから」  あたしはこの世界に生まれてからすぐに戦場を荒らし回るスナイパーと出会った。どういう因果なのか。コイツはロシア人で、あたしと同じようにどっかで殺されてからここに来たらしい。 「その魔法ってのがイマイチピンと来ねえんだよな。確かに俺のRT-20は魔改造されてるけどよ。コスパ度外視すれば現代でも作れそうってのがな」 「……。正直あたしもよく分かってないわよ。そもそもここがどこなのかすら分からないし」 「お前はハッカーなんだろ? なにも分からねえってことは無いだろ」 「……はいはい。あたし達がいるのはヴァルドラ帝国とアストリアの国境よ。二つとも聞いたことがないでしょ? だから分からないって言ってんの」  あたしはナイジェリア人。ラゴスの国防庁で諜報員として動いてた。だから情報収集能力は並外れてると自分で言っても良い。半分はこの摩訶不思議な能力で得たけれど。 「ふーん。で、僕たちはこれからどうする? 僕は指揮官邪魔だからぶっ殺したけど、貢献度的には今すぐにもヴァルドラに付くことも出来るぜ?」 「それもそうね。第一あんたを敵に回したくないが理由になるけどね」  彼の狙撃能力は群を抜いてる。私の能力とは比べ物にならない。まるで政府のお抱えだったんじゃないかって思うくらいに。だから敵に回したらあたしなんて簡単に殺されると思う。なにせ、あたしには緊急時と万が一の迎撃用に渡されたAK-47があるけれど、銃の扱いどころか実戦経験すら無いんだから。 「あと、それはそうなんだけど。あんた、あたしの顔見ても何も思わないのね?」 「あ……? あぁ、чёрныйのことか? 別に、僕はそう言うことを一々気にする環境で過ごしてきていないからな」 「そう。変なこと聞いてごめんなさいね。じゃあ、提案通りヴァルドラに味方することしましょう。そういえば、さっきアメリカらしき兵を見たって言ってたけど、あれからなにか進展は?」  ロシアのスナイパーは途中でアメリカ兵を見つけたらしい。一体どんな奇遇なのかしら。ロシア、ナイジェリアに続きアメリカって。ここは地球のパラレルワールドとでも言うの? 「いや、見つけはしたけど興味なくて見てなかった」 「あらそうなの? てっきり現代の人間がいるってことに興奮してるんじゃないかと思ってたのに」  あたしならすぐに接触を試みる。こんなにも情報を掴みにくい世界と、見てよくわかる中世の時代に、現代の兵士なんて最高の情報源でしょう。一体今はどこをほっつき歩いているのかしら。 「それじゃあ早速あたしはヴァルドラの帝都にでも行くわ。どうせ今は交戦真っ最中でしょ。適当な理由つければ簡単に入れると思う。サーシャも来なさい」 「サーシャ……? あ、僕のこと? それ僕が覚えにくいからアレクで良いよ。前はグリャズノフって普通に呼ばれてたけど 「じゃああたしはアマカ。これからよろしく」  こうしてあたしはアレクサンドル・グリャズノフもとい、アレクとでヴァルドラ帝国の帝都に行くことにした。目的は味方交渉。指揮官を殺害したことは当然伏せるけど、アレクの狙撃能力は多大な評価をされることは間違い無い。どちらにも付かないって選択肢もあったけど、それじゃああたしの能力はきっと活かせない。  まずは何もかもこの世界を生き残るためよ。

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第四話 半知半能

第三話 安らぎを置いてきた者

 リーナ、アマリア……本当に済まない。お前たちを残して一人で逝ってしまったことを許してくれ。  俺は死んだ。ほんの一瞬の油断が運命を決めた。あの時ああしていれば、こうしていればと何度も頭の中でフラッシュバックする。 「情けねえにもほどがあるだろ……」  だが俺は生き返った。母国ではなく、全く別の世界で。最初は酷く混乱した。周りに何も無い荒野で目を覚まし、何度も妻と娘の名前を叫んだ。だが戦場を共にした仲間も、敵すらもそこにはいなかった。  しばらくして中世の鎧姿をした兵士の部隊に保護されたが、どんなに状況を理解しても、何故俺が生きているのかが分からない。  俺は今その兵士の詰め所だろう休憩室の硬いベッドの上に座って項垂れる。娘のことが頭に過ぎるたびに、もう会えないと察し、兵士たちに迷惑をかけてでも戦意が喪失する。そこに来るのは部屋のドアをノックして入ってくるいつもの兵士だ。 「フォルクマン隊長、失礼します。今回の作戦について報告があり……失礼しました」 「良いんだ。続けてくれ。毎回こんな姿を見せちまって済まねえな……」  俺はこの世界に来てからアストリアと呼ばれる国の騎士として類稀な戦術と指揮能力を評価され、すぐに隊長の座についた。ついでにいつも使っていたライトマシンガンであるH&K MG5もすでに周知されており、その集団に対する制圧力もある意味力を持っている。 「はい。現在アストリア砦でヴァルドラ軍が交戦中ですが、突如ヴァルドラ軍の指揮官が死亡。偵察隊によれば、作戦地域よりヴァルドラ国側に二千メートル離れた先から大砲の音が聞こえたとのことです」 「大砲……? そんな距離から当てられるものなのか?」 「いえ……理論上は砲弾を撃ち出すことは可能ですが、作成地域は全域森林地帯であることもあり、未来予知でもない限りその距離から自国の指揮官を狙って殺すなど……不可能です」  現在、俺が指揮補佐として見ているアストリア砦と、ヴァルドラ帝国軍が交戦中であり、戦況は先程まで劣勢だった。しかし今の兵士の話を聞けば、一気に優劣は傾いた訳だが……引っかかるにも程がある。何故ヴァルドラは自国の指揮官を始末したのだと。  いくら考えても訳が分からない。もう少しでヴァルドラ軍は砦を制圧する所だったというのに。何故だろうと唸っていると、兵士はさらなる追加情報と物的証拠を見せてきた。その時、俺はその証拠から目が離せなかった。 「実は殺された指揮官のそばにこのような物が地面を抉るように刺さっておりまして。フォルクマン隊長が持つ武器の弾丸に形状が似ていませんか?」 「マジかよ……。こいつぁ、知ってる形状では無いが、スナイパーライフルの弾丸だ。しかも大口径の。これなら納得だ。指揮官はヴァルドラ軍が始末したんじゃ無い。第三勢力だ」 「第三勢力!? 一体どこだというのですか! これ以上砦は持ちきれません! それにすない……ぱー? とは……」  兵士が身を乗り出して俺に詰め寄る。だから俺は冷静に答え、簡潔にその脅威を教える。 「スナイパーとは狙撃手のことだ。この世界では馴染み浅いと思うが、こいつが撃った弾丸は二千から三千メートルの距離から正確に、狙った対象を一撃で破壊する威力を持つ。我々の砦が全滅をせられるのも時間の問題だ。どうせヴァルドラの指揮官はもういない。砦の守りを放棄し、今すぐ全員撤退させろ」  偵察隊がある程度の距離と範囲を見つけてくれたが、相手が狙撃手ならば、どこから撃たれているのか完全に把握しなければならない。だがこの世界の人間らには狙撃手の場所を見つけるなんて無理だ。だから俺は少し語気を強めて全軍撤退を命じる。  しかしその時だった。他の兵士が扉を勢いよく開け放ち、伝令が届く。 「フォルクマン隊長! 伝令です! アストリア砦を防衛していた兵士が突然次々と重傷。撤退できません!」 「チッ……! 面倒くせえことしやがって……。しょうがねえ俺が出る」  どうやらスナイパーは砦の兵士を全員殺すのではなく重傷にだけさせていったようだ。これはスナイパーの本来の仕事であり、スナイパーは必ずしも相手の頭を撃ち抜くわけでは無い。むしろ即死させる方が稀と言われるほどだ。  しかし今回はヴァルドラの指揮官を殺害しながら、戦場を荒らすだけ荒らしたということが明確だ。なにも狙撃手にはメリットがないというのに、全く意図が理解できない。  結果、伝令だけが命からがらで俺に報告しにきたようで、現状動ける兵士がそれ以外いないという絶望的状況。今ヴァルドラ軍が体勢を立て直し、もう一度攻められれば砦は間違いなく陥落するだろう。だから今回は唯一狙撃手への知識を持つ俺がいかなくてはならない。  そう言って俺はベッドから立ち上がり、部屋を出た時だった。まさかの相手と鉢合わせした。 「あんたが今回の指揮官か? LMGを持っていると聞いてな。その手に持っているのは……ドイツ製のMG5か?」 「お前は……? どういうことだ。狙撃手の次は……」 「こういう時はどっちの呼び方で良いんだろうな。まぁ、もう母国には帰れないだろうし。俺はノア・ブリックス。出身はアメリカ合衆国だ」  俺はしばらく唖然とすることしかできなかった。相手が敵なのかとかの思考も追いつかず、ただ何故アメリカの人間が目の前にいるのか。いつまでも脳の処理が終わることは無かった。

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第三話 安らぎを置いてきた者