一ノ瀬奏
16 件の小説一ノ瀬奏
いちのせ かなで(Ichinose Kanade)と申します。 創作の源泉は教室に響く乾いたチョークの音とどこか遠くから聞こえる先生の声。 そんな贅沢なBGMを拵えて、本来「有意義」と言われるべきだった時間に「無意味」をつらりと重ねること、それが私にとって何よりの至福でございます。 私の奏でる不協和音が退屈極まりない日常に、「ふっ」と鼻を鳴らして笑ってしまう、どこか間の抜けていて、でも確かにそこにある「ズレ」をお届けできれば幸いです。 もっとも、私の旋律が顔も名前も知らない貴方のお耳に馴染むかどうかは保証致しかねますが。
おやおや、恋の話?
さっき来てた子が和泉さんねぇ。 ありゃあどっちか片方は好きだな。 まぁ大抵こういうときは女の子側が好きってのがセオリーなんだけど。 んー、でも、あいつも好きそうなんだよな。 自分では気づいてないっぽいけどさ。 振られたばっかだし、ブレーキかかってんだろうな。 ただ、芽依も好きだろ? 和泉さんが諦めちゃわないかが心配だわ。 あのめいめいには流石に優翔も揺らぐだろうし。 俺は絶対芽依より和泉さんが良いと思うんだよ。 芽依、恋愛沙汰では良い噂聞かないしな、悪いやつだとは思わないけど。 でも和泉さんはお似合いっていうか、オーラが似てるって言ったらいいのかな。 あいつ和泉さんといるとき、いつもよりふんわり笑うし、呼ばれたら目キラキラさせてるし。 本人無自覚なのがな。罪な男だよなほんと。 まぁ、周りの奴も気づいてんの俺とあと一樹くらいか。 奏多はー、わかんねぇけど、絢介は気づいてねぇだろ。 和泉さん選んだら絶対幸せになれるのに、なんで躊躇ってんのかまじで教えて欲しいわ。 まぁ聞いたところで? え?好きじゃないよ。委員長だから支えんの当たり前だろ? なんて、言われんだろうな。 支えたいって思うのが当たり前な時点でだろ。 「かーなーたー!俺もうもどかしいってー」 隣を歩く無口な奏多の肩に手を乗せながら嘆く。 「何?誰の話?」 相変わらずのローテンションだけど、奏多が質問してくるときはちゃんと気になってるときだ。 「気づいてねーの?」 そう聞いてみる。かれこれ2年くらい一緒にいんのにこいつの考えてることはいつまでもわかんねぇ。 「いや、まぁ、優翔と芽依のことだろ、俺、あいつはおすすめしねぇな」 へー、奏多もわかってんのね。 ていうか、結構言うな。 「だったら和泉、さん?だっけ、そっちの方がマシじゃね?」 こいつのマシは良いってことだから、和泉さんのことは認めてるんだろう。 女の子に興味ないから、奏多がこういうこと言うの珍しいんだよな。 芽依のことあんまり好きじゃないのも丸わかりだ。 まぁそれは俺も同感だ。 「俺もそう思う、めいめいはちょっと怖ぇ、優翔は任せらんねぇな」 俺の言葉を聞くなり、奏多がふっ、と、鼻で笑った。
毒蛇
あーあ。また浮気。 なんでうちばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだろ。 まぁ、もう新しい好きな人できたからいいんだけどさ。 今回は浮気なんて絶対しない人だから大丈夫。 今までと違って年上の大学生とかじゃない。 同級生の、しかもクラスメイトなんだし。 まぁ、少し厄介なのがいるけど。 あの子は他クラスだし気が弱いから負けるはずがない。 ていうか一部の人から、軽いみたいに言われてるらしいけど、それは向こうが悪いんだから、事情も知らないで言わないで欲しいよね。 こっちは切り替えてるだけ、引きずってる方がダサいじゃん。 引きずってんのが一途みたいな言い方すんのイヤなんだよね。 そう思わない? 「めいめい!なーにしてんの!」 萌華だ。バスケ部で目がぱっちりしてる。 いつも一緒に最低点勝負してるんだけど、底抜けに明るいとこが最高にかわいい。 他校の彼氏とはもう三年近いんじゃないかな。やっぱうちの友達だから当たり前だよね。 「次、どうやってアプローチしようかなーって考えてたとこ」 ちょっと、戦略的にそう言うと萌華は楽しそうに目をキラキラさせる。 「優翔だよね?めいめいそっちいくの意外!今まで同級生は興味ないとか言ってたじゃん!」 そう。正直言ってうちは年上がタイプだ。 だけど、優翔は私が浮気されて落ち込んでた時に、めちゃくちゃ優しくしてくれた。 だから好きになったの。 文化祭も一緒に準備してるし、いっぱい連絡も取ってるし、ほぼ毎日電話もしてるし、後少し、ってとこなんだけど。 「優翔くん!ちょっと、いいかな」 ほら、また来た。 「おー!どした?和泉さん!文化祭のこと?」 あいつ、隣のクラスの真面目ちゃん。文化祭実行委員長。 うちの優翔を、副委員長に選んだんだってさ。 ほんと、度胸あるよね。 めっちゃ鼻につく。 萌華と同じ部活だったらしいけど、人間関係かなんかで辞めてうちの美術部に転部してきた。 入ってきてすぐ賞とか取るし、頭良いし生徒会もやってるしそりゃあ目立つ目立つ。 うちみたいに見た目にめっちゃ気遣ってるとかじゃないくせに、優翔の隣にニコニコ立ってるのがなんかもうムカつく。 元々そんな好きじゃなかったけど、余計ダメになった。 私も実行委員だけど、あんなの視界にも入れたくなくて行ってない。 手伝って欲しいとか連絡してくるとき、優翔を通してしてくるのがほんとに鳥肌モノ。 気を遣ってる、って言ってるらしいけど、嫌いならそう言えよ。 次、他人を通して連絡してきたらインスタにでも書こうかな。 あー、いや。優翔に相談しようかな。 「今日、放課後手伝って欲しい!ごめんね!毎日毎日、クラスのこともあるのに」 かわい子ぶってるみたいな高い声が申し訳なさそうに空気を揺らす。 「全然いいよ!」 全然いいよ、じゃねぇよ。 なんで、そんな地味子に優しくするんだろ。 あ、そーだ。こうすればいいんだ。 「優翔!こっち手伝って!」 少し大きい声で呼んでみる。 すると、優翔はバッて振り返って首を傾げる。 「いいよ!何すれば良い?」 やっぱ犬みたいでかわいい。 それであの子、見てみて。 ほら、絵に描いたみたいな切ない顔。 ほーんと分かりやすい。
忠犬
俺はよく、みんなに優しいって言われる。 でも、優しいなんてそんな大層なものじゃない。 確かにみんなに平等に接することは意識してるけど、それは当たり前のこと。 イエスマンだ、とか犬みたいだ、とか。 俺だって嫌なことはちゃんと言うし。 まぁ、嫌なことがあんまりないのは事実だけど。 頼られるの嬉しいから期待に応えたくなっちゃうんだよな。 それで、いつのまにか疲れてるー、なんてこともよくある。 「優翔、行こうぜ」 おっと、友達が呼んでるから俺はここら辺で。 あ、こいつ?こいつは、一樹。 俺と同じバレー部。 一緒行く?おう!いいよ! 紹介したいなって思ってたし。 すげぇ?だろ?イケメン揃い。 さっそく紹介しよっか。 さっきのでかいのが一樹。 あ、知ってる?そっか同じクラスか。 見たらわかるけど背だけじゃなくてガタイもいい。 俺にちょっと身長分けろよなーって感じ。 めちゃくちゃ頭いいんだよな。俺と一緒で文系なのに数学もできちゃうすげーやつ。 優しいし、冷静で大人っぽいから女子に人気らしいよ。 本人気づいてないけど。 ちなみに、試合では意外と強引でかっこいいぜ。 で、そこで靴紐結んでんのが奏多。 奏多は、メロい。まじでメロい。 なんかいつも気だるげなくせに、たまに大笑いするし。 クラスの打ち上げ来ないくせに、部活のは来るっていう可愛いとこもあんの。 ツンデレっていうか、クーデレ? 普通にイケメンすぎる。なんでもソツなくこなす感じがいいよな。 まー、即帰宅界隈なのが難点なんだけど。 捕まえないとすぐ帰る。 「優翔ー!!うえーい!」 今俺の肩に腕回してきてるこいつは絢介。 超明るい。めちゃくちゃおもろいやつ。 すぐ下ネタ言ってくるんよな。 俺は幼稚園の頃から一緒。 この感じで、付き合い長い彼女いんの。 羨ましいまじで。 とはいえめちゃくちゃいいやつだから、彼女見る目あんなーって感じ。 「あれ、お前もう彼女できた?」 このニヤニヤ笑ってんのが、桜河。 「この子はそういうんじゃねぇって!な?」 困らせてごめんな? 俺が最近彼女に振られたのわかってて言ってる。 俺らのノリだから気にすんな。 こいつ人の恋愛話大好きなんだよ。 中学んときもバレー部だったらしいぜ。 料理が得意。こいつのチャーハンまじ最高。 一年の時に彼女いて、実はまだ引きずってんの。 まー、俺もそれは揶揄えねぇけど。 練習始まるからここで一旦見といて! って、俺のこと話してねぇな。まぁ、いっか。 また今度話すな!
桜色の嘘
エイプリールフールに告白するのが夢だった。 なんだか、ロマンチックな気がするから。 理由は単純なものだけど、ずっとずっと大事に抱えてきたんだ。 この切り札は、絶対に初恋の君に使うって。 仕返しなんだから。 公園のベンチに腰掛けて舞い散る桜と、そよ風に身を任せる。 僕の初恋は、高校生の頃。 新学期のそわそわした教室で、前の席に座ったのが彼女だった。 椅子に貼られたネームプレートには、四月一日 薫、と書かれていて、友達に奢らせたサイダーを吹き出しそうになったのを覚えてる。 しがつついたち?それが苗字なんて、何かの間違いだと思った。 「よろしくね」 ネームプレートを凝視していた僕にふわっとした笑顔が降り注ぐ。 「あ、え、あ」 名前を呼びたかったけど、なんて読むかわからない。 多分僕、今すごい間抜けだ。 「どうしたの?」 口をぽかん、と開けてなにも言えない僕に、彼女は困り眉。 「エイプリールフール、、」 絞り出してようやく出てきたのは突拍子のない単語だけ。 「わたぬき、っていうの!四月一日って書いて」 すごく、可愛らしい響きだと思った。 「あ、そうなんだ、よろしくね、わたぬき、さん!」 言い慣れない苗字に変なむず痒さが走る。 「よろしくね!かなたくん!」 その後、僕たちは少しずつ距離を縮めた。 テスト前には通話で勉強したり、テストが終わればスタバで乾杯したり。 2人で帰ることもよくあった。 クラスでは噂が絶えなくて、その雰囲気に僕は満更でもなかった。 彼女は全く気にしてないみたいでいつも隣にいた。 春休みのある日、携帯に通知が入る。 いつもは突然電話がかかってくることが多いから、テキストだと胸が忙しい。 もしかして、、なんて、ありえないんだけど。 「ねぇ、今日午前中に会える?」 なんだろう、そういえば昨日、スタバの新作が出てたっけ。 桜か何かの味だった気がする。 「うん、会えるよ」 すぐに返信して、春っぽい服を引っ張り出した。 袖を通しながら、携帯の画面を気にした。 「じゃあ、いつもの公園ね」 それと一緒に送られてきたうさぎのスタンプに思わず頬が緩む。 急いで家を飛び出した。 公園に着いたのは十一時半。 満開の桜の下でベンチに腰掛ける。 風が吹くたび、ピンク色の欠片が舞って綺麗だった。 この綺麗さを共有したくてたまらなくなって、写真を薫に送ろうとしたけど、上手く撮れなくて諦める。 着いたよ、とだけ送って、返信を待った。 しばらく返信は来なかった。薫も。 十一時五十九分。 ピコン 携帯が震える。 「ねぇ、今日、何日?」 何日、って、なんでそんなこと聞くの、そう打ちかけてハッとする。 四月一日、だ。エイプリールフール。 思考が追いつく前に通話の画面が表示される。 緑の方にスライドして、携帯を耳へ。 「もしかして、本気だと思った〜?ドッキリ大成功!!」 底抜けに明るい声が耳を通り抜ける。 「でもね、言いたいことがあってさ」 彼女の声が少しだけ揺れる。 「私、引っ越しちゃうんだー!」 声なんか震わせて、演技が上手だな。薫は。 「また、僕を騙すつもりでしょ!今日はエイプリールフールだよ?」 少しがっかりした気持ちを誤魔化すみたいに笑う。 「あはは、ごめんね」 薫はそれだけ言って通話を切ってしまった。 通話を終えた画面に表示されたのは十二時三分。 呆れたため息を吐き出して、家に踵を返した。 新学期、クラス表の前に立って、名前を探す。 自分よりも先に、薫の。 だって仕方ない。僕よりも、名前の順番が早いから。 僕の名前を見つけて、視線を止める。 薫とは違うクラスなのか。 自分の名前を見つけても、しばらくクラス表を目で追う。 薫、苗字がわかりやすいからすぐ見つかるはずなのにな。 なんで、見つからないんだろう。 「なぁ、奏多、なに探してんの?お前一組だよ」 近くにいた友達が僕を気にかけて教えてくれる。 「あ、いや、違う、薫の、」 僕の言葉を遮って、 「え、お前、知らねぇの?引っ越したよ」 そう言った友達の言葉に思わず唖然とする。 「え、でも、エイプリールフールに引っ越すって嘘、つかれたんだよ」 僕は教室へ無理やり連れて行かれた。 「薫の嘘つき」 自分の席で、呟いたんだ。 それから、あの嘘が、僕の呪いだった。 あの嘘のせいで、薫のころころした明るい声も、笑顔も、サラサラな髪も、いつまでも頭から離れてくれない。 あの嘘が恋なんかさせてくれなかった。 だから、僕は今日、精一杯の仕返しをする。 「久しぶり、突然どうしたの?奏多くん」 薫が春色のカーディガンを羽織って現れる。 舞い散る桜と、揺れるスカート。 僕は息を吸って、 「好きだよ。僕、薫のこと。ずっと忘れられなかった。」 薫は、目を見開いて、携帯の画面見せてくる。 「ねぇ、それ、ほんとでしょ?」 いたずらに笑いながら。 表示された時間は十二時ぴったり。 「はは、バレちゃったか、仕返し、失敗だね」 僕は赤く染まった君の手を優しく取って笑った。
金木犀さん
僕は金木犀の香りが好きだ。 秋を彷彿とさせるその香りは、僕の『初恋』だった。 小さい頃から、僕は身体が弱かった。 何度も入退院を繰り返し、学校も休みがちだった。 中学生の夏、体調を崩して入院することになった時のこと。 その頃は昔よりは身体も丈夫になってきていて、突然のことだったから酷く落ち込んだ。 また昔みたいに苦しくて孤独な生活をしなきゃいけなくなる気がして。 ベッドの上でため息をこぼす。 肩を落として、真っ白なシーツを見つめた。 見上げても、青空は見えない。そこにあるのはきつい消毒の匂いと、あとは無機質な天井だけ。 ため息をつくためだけに鼻から息を吸った。 ふわっと、優しい香りが鼻を撫でる。 甘いお花の香りの元は、隣のベッドみたいだ。 なんの香りか、俺にはわからなかった。 だけど、とても可愛らしい香り。 たぶん、ハンドクリームかなんかの。 なんだか一瞬だけ心が浮き上がって、胸がどぎまぎする。 思わず、ため息をついた。 それは、悲しみでも寂しさでもなくて、『陶酔』に近いものだった。 あの香りが金木犀の香りだって知ったのは、隣のベッドから人の温もりがなくなってすぐのこと。 金木犀が秋に咲くものだって知ったのは、その年の九月末。 あの夏の、隣のベッドの金木犀さん。 夏に咲くはずのない、幻の小さなオレンジ。 たぶん、運命だった。 金木犀みたいに小さくて、僕にはつかみ取れなかったけど。 それから、毎年秋になるとあの夏を思い出す。 胸はズキ、って痛むけど、それと同時に胸に残った恋が『謙虚』に染み込む。 もう、あれは思い出なんだ。 今年で忘れようと金木犀の名所へ足を運ぶ。 オレンジ色のカーペットの上をゆっくり歩いた。 一つ一つは小さい花なのに、重なるとふわふわしていて優しさを感じる。 あの人は、きっとすごく優しい人なんだろうな。 この、小さな金木犀みたいに。 ふわっ あの病室の香りが鼻を劈いた。 思わず、振り返る。 絶対あの人だ。 根拠は何もないけど、そんなの必要なかった。 目の前を歩く、その後ろ姿に追いついて手を取る。 「僕、貴女のことがずっと好きです。ずっと、ずっと。」 _______________ 金木犀の花言葉には、 初恋、陶酔、謙虚、真実の愛、気高い人 などがあるそうですよ。 金木犀さんは、『気高い』女性なのかもしれませんね。 _______________
道化師(ぴえろ)
わたくしは、何処の誰か。 そう問われましても、白で塗り固められた面にかしこまったスーツ。 不自然に釣り上がる真紅の口角。無造作に整えられた髪。 これらを見れば十分でございましょう。 貴女の目に反射するわたくしは、何処からどう見ても、道化師そのものではございませんか。 嗚呼、名前。名前でしたか。 ええと、わたくしの名前は。 はて、わたくしに名など存在していたのでしょうか。 さっきの路地裏に落としてきてしまったのかしら。 交番まで走らないといけないですね。 、、、おや、風の音すらしない。 あはは。冗談冗談、此処は笑うところですよ。 あれ、不愉快でしたか。 どうしたのです?頬を引き攣らせたりして。 恐い?わたくしがですか? あはは。面白いご冗談を。 ただの道化師でございましょう? 風船でも膨らませば納得していただけますか。 ええ、納得できない。 そうですか、わたくしはなんと不憫なピエロ。 ぐす、ぐす。 駄目ですか。ほほぉ、それなら。 少し唇を拝借。 あは、そんなに抵抗しないでください。 あはは、ちょっと、膨らませられないじゃないですか。 っと、あぁ失敬失敬。 口を滑らせてしまった。 このことはお忘れになって。 そうそう、風船に空気を入れすぎると割れてしまいますよね。 わたくし、それを何度やったことか、破片が飛び散って片付けが大変なのです。 スーツに破片がこびりついてなかなか取れないのが悩みです。 何処がおかしいのです? あはは。貴女は変なところに目をつけるのですね。 こびりつく、なんて普段の生活でも使うでしょう? 肩が震えていますね。 ブランケットをお持ちしますから、そこに座ってお待ちください。 あらら?何をお探しです? 出口?あぁ〜、出口、ですか。 すみませんねぇ、出口はないのですよ。 少なくとも、此処には。 あはは、どうしたのです?部屋の隅っこに身体を押し付けて。 わたくしの部屋のシミとでも仲良くなりたいのですか? そんなものと仲良くなるくらいなら、わたくしと仲良くなりましょう?
真夜中、私に向かひて
そういえば、自己紹介がまだでした。 私、一ノ瀬奏(いちのせかなで)と申します。 もちろん、本名ではありません。 ですが、本日は私の気持ちを、心ばかり晒け出そうと考えたのです。 あまりに突然の思いつきでございまして、言葉もまとまらず拙いわけではございますが、少々お付き合いを。 私、とても気にしいなのです。 他人の目、他人の期待、他人の言葉、他人の顔色。 私は、それらにぐらりと揺らされてしまう。 私の悪い癖は、褒め言葉を素直に受け取れないこと。 この原因は自覚済みです。 自己肯定感が低いこと。 どうしてそうなったのか、それは深く深く、それでいて浅い理由が存在するのですが、詳しいことはまたいつか話すこととします。 簡単にまとめると、自分を隠すようになり、自分を愛せなくなった。ただそれだけ。 これは私にとって苦悩であり、呪いであり、日常。 私は、誰よりも低い位置にいると本気で思っています。 顔も、勉強も、性格も、それから、才でさえも。 だから、誤魔化すのです。 無理に声のトーンを上げ、ボリュームを上げ、明るい自分を演出する。 嫌われることを極端に嫌って、人に気を遣って。 それは、思っていた以上に苦しいことでした。 傷つかないための努力で、自分をどんどん傷つけました。 自分を愛せないせいで、褒め言葉は全てお世辞に聞こえます。 当然です。だって、真の私じゃないから。 私は真の私を愛せるわけがない、と本気で信じていたのです。 ただ突然、ふと、思った。 『隠さないで生きたい。』と。 真夜中、ひらひらと降り落ちてきたのは、小さな、でも確実な変化。 しなっていた竹がパンッと割れるような衝撃が脳を貫通しました。 言葉に表しきれない粘度の高い心を持っている私。 言い換えると、非常に性格が悪い私。 プライドと承認欲求と完璧主義の塊。 しかし、それが私なのです。 もちろん、倫理や道徳を侵す気持ちは全くございません。その予定もございません。 私が私を愛せないくせに、他人からの愛を乞うなんてひどい我儘なのですね。 真の私を知っているのは、私のみ。 それゆえに、私を愛せるのは私のみ。 なら、なぜ隠す必要があるのでしょうか、隠すから愛せなくなるのに。 隠さないことは自分を愛する最大の近道なんだ、と気づくのに、遠回りをしすぎました。 これから私は、私を愛す。 決意や覚悟という言葉で表すには臆病で、新年の抱負にしては遅すぎる。 ですがそれさえもきっと、私という存在そのもの、なのですよね。
からくれなひの答案
テストや重要な仕事の期間、突然掃除をしたくなることはございませんか? どうしてあの衝動に耐えられないのか、私なりに考えてみたのです。 きっと、整理したいのかもしれません。 やらなければいけないこと、ストレス、ごちゃごちゃする心を落ち着かせるため。 現実逃避の一環なのでしょうか。 現在私のお部屋は、汚部屋。 テスト前になるとめっきり、掃除という概念を忘れてしまいます。 その代わり、と言ってはなんですが、テスト前になると決まって小説のネタが降ってくるのです。 そんなの無視して勉強しよう、小説なんかいつでも書ける。 そういう冷静さが血液と一緒に脳を巡ります。 ですが、その血液が身体を一周する間にあれよあれよと思考は濁ってしまう。 愚か、という言葉は私のためにあるのでしょう。 私はそのネタに乗せられて、テスト勉強なんか放って創作に没頭してしまうんですもの。 私の答案が紅く染まるのはいつか、とヒヤヒヤします。 そうなったら、それはそれでいいネタになりそうですね。
パッシブスキル:諸行無常
鎌倉仏教はとても興味深いこと、ご存知ですか? 浄土宗、浄土真宗、時宗、曹洞宗、臨済宗、日蓮宗。 一休さんは臨済宗のお坊さんだそうですよ。 臨済宗では、坐禅を組んで公案と呼ばれる無理難題を考えるそうです。 一休さんの考えるとんちなんて、答えがあるから簡単な方だそうで。 例えば、突然、師から紙切れ一枚を渡される。 正解はそれを窓の外へ投げ捨てる。 どこからその理論がきているか全然わからなくて面白いですね。 鎌倉仏教の中でもとりわけ私が惹かれるのが、浄土真宗なのです。 浄土真宗の特色に『悪人正機』というのがございます。 まぁ言葉の意味だけで言うと、悪い奴ほど救われるぜ、という、なんとも飛躍した考え。 掘り下げてみると、納得できるような道理があるのですが、これだけ聞くと、何を言ってんの、と思ってしまいますね。 願ったもん勝ち。 それが浄土真宗な訳ですが、もしそうだとしたら私はとっくに世界を牛耳る支配者になっているか、石油王と結婚しているような気がします。 もし私が世界の支配者になったら、私の誕生月は一ヶ月間祝月にしたいです。 みんなで休もうマンスということで。 まぁ、そうなっていないということは私は所詮、中途半端な善人なのでしょう。 善人ならそれで良い気すらしてきます。 デフォルトではうまくいかないのが人生。 苦労というパッシブスキルを抱えながら、幸せへいばら道を通って向かう。 大きな幸せを受け取ったと思えば足元の棘に足を突かれる。 諸行無常ですね。
刺青の刻まれた肌でココアを
こんな私でも、好きな作家はいます。 「青山美智子」と「谷崎潤一郎」 異色すぎると思われますが、ここには深い事情があるのです。 と言ってはみるものの理屈は簡単。 小説を書こうと思わせてくれた人。 それが谷崎潤一郎。 小説を書き始めて文体が決まってきたあたりで、感動をくれた人。 それが、青山美智子。 小説を書き始める前と後でガラリと好みが変わったのでしょうか。 それはというと、また違う気がするのです。 谷崎潤一郎の作品を読めば痺れるような耽美に心を震わせ、青山美智子の作品を読めばゆったりとした日常に心を震わせる。 美しい女性に心の全てを注ぎ込んで刺青を彫ったと思えば、マーブルカフェでココアを啜っている。 女物の着物に惹かれて女装をしたと思えば、カバヒコを撫でてリカバリーを願っている。 劇薬と飴玉をどちらも愛しているような、そんな気がしてくるわけです。 そう考えてみると、私の趣味は対極にあることが多いのです。 ラップとバラード。黒とピンク。オクラとハンバーガー。 二つの人格があるわけでもなく、表裏があるわけでもない。 常にどちらも心にあって、愛している。 人間ってそういうものなのでしょうか。 皆様のお好きな作家は、どなたですか? おすすめの作品などございましたら是非お教え願います。