やみ

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やみ

はじめましてやみです。空いている時間に作成してます。沢山の人が読んでくれると嬉しいです😊まだまだ初心者なので宜しくお願いします

禰豆子が鬼にならない世界 三十四

〜前回のあらすじ〜 蝶屋敷で善逸と雛子の微笑ましい朝を迎えた後、禰豆子と街へ出かけた雛子は花や団子に喜びながら無邪気な笑顔を見せ、二人は穏やかな時間を過ごすのだった。 団子をほおばりながら歩いている雛子と禰󠄀豆子。 人混みの中、雛子は楽しそうに跳ねるように歩いていた。 雛子 「ねぇね、あっちにもおいしいのある!」 そう言って駆け出した瞬間、通りの隅で何かがカラン、と音を立てた。 振り返ると、泥棒のような男が落とした袋の中から、銀貨や小物がこぼれ落ちている。 雛子 「……あっ!」 雛子は思わず駆け寄ろうとしたが、ふと足元に落ちていた小さな鉄の部品に足を取られ、つんのめってしまう。 その拍子に、手に持っていた団子を落としてしまい、体勢を崩して倒れ込む。 禰󠄀豆子 「雛子……!」 雛子は地面に倒れ、手や腕に擦り傷を作り少し血が滲んでいる。 禰󠄀豆子はすぐさま駆け寄り、雛子を抱き上げる。 雛子 「……いたい……でも、へーき……」 雛子は泣きそうな顔をしているが、泣くのを我慢し禰󠄀豆子は優しく頬をなで、落ち着かせる。 禰󠄀豆子 「大丈夫、雛子。もう安全だよ」 通りの人々も慌てて散らばる泥棒を追いかけ、落ち着きを取り戻す。 雛子はまだ少し赤くなった手を見つめながらも、禰󠄀豆子の腕の中で小さく息をつく。 雛子 「これ見たら、にぃにびっくりしちゃう?」 禰󠄀豆子はそっと笑みを浮かべ、雛子を抱きしめたまま、街のざわめきの中で二人の時間をゆっくり取り戻す。 夜の帳がすっかり降り、街の灯りも遠くに霞んでいた。 蝶屋敷の門前で、炭治郎は落ち着かない様子で立っていた。 炭治郎(心の中) 「……遅い。禰󠄀豆子と雛子、どうしたんだろう……」 何度も門の外を見やり、額にはじんわり汗がにじんでいる。 そのとき――遠くから小走りで駆け寄る二つの影が見えた。 炭治郎 「禰󠄀豆子! 雛子!」 声を上げ、駆け寄る炭治郎。 灯りに照らされた雛子の手に、小さな擦り傷が見えた瞬間、彼の顔が強張った。 炭治郎 「雛子! 怪我してるじゃないか……!」 雛子は目をぱちくりさせ、慌てて笑顔を作る。 雛子 「……ちょっとこけちゃっただけ! だいじょうぶ! へーき!」 その子どもらしい強がりに、炭治郎は膝をつき、雛子と視線を合わせた。 炭治郎 「……無理しなくていいんだ。痛かっただろう」 雛子 「……う、うん……」 最初は強がろうとしたけれど、炭治郎の真っ直ぐで温かい眼差しに触れた途端、雛子の目にじわりと涙が浮かんだ。 雛子 「……ほんとは、ちょっと……すごくいたかった……」 その声は小さく震えていた。 炭治郎はそっと雛子を抱き寄せ、頭を撫でる。 炭治郎 「そっか……言ってくれてありがとう。痛かったのに、よくがんばったな」 雛子は炭治郎の胸に顔をうずめ、ようやく安心したように小さな嗚咽を漏らした。 禰󠄀豆子 「ごめんなさい……私がついていながら……」 炭治郎は首を振り、柔らかい笑みを浮かべた。 炭治郎 「禰󠄀豆子のせいじゃないよ。二人とも無事に帰ってきてくれて……それだけで十分だ」 夜風が三人の間を優しく撫で抜ける。 小さな擦り傷は痛んでも、家族のぬくもりの中で、雛子の心はすっかり安心に包まれていた。 雛子は炭治郎に抱かれたまま、蝶屋敷の明かりの下に入った。 すぐに、薬草の香りと、静かな足音が迎える。 しのぶ 「おかえりなさい。雛子ちゃん、禰豆子ちゃん。街は楽しかった?結構遅くまで行っていたけど……あら、少し擦りむいてしまったのですね」 しのぶは落ち着いた笑みを浮かべながら、棚から薬を取り出した。 清潔な布に薬を染み込ませ、雛子の小さな手をやさしく支える。 その瞬間、ふわりと甘い香りが室内に漂った。 炭治郎(心の中) 「……この匂いはなんだ? 血か? いや、違う……こんなに甘くて澄んだ匂い、初めてだ……」 しのぶも気付いたように一瞬だけ目を細めたが、すぐに微笑みを取り戻す。 雛子 「……しみる?」 不安げに見上げる雛子。 しのぶはふわりと目を細め、声を和らげた。 しのぶ 「大丈夫。すぐ終わりますよ。雛子ちゃんは強い子ですから」 薬が触れると、雛子は少し顔をしかめたが、泣くのを我慢して炭治郎の袖をぎゅっと握った。 炭治郎 「えらいぞ、雛子。少しだけ我慢すれば、すぐに良くなるから」 処置を終えたしのぶは、包帯を軽く巻いてから、にこりと笑った。 しのぶ 「はい、おしまい。これで明日にはもう痛くなくなります」 雛子 「ほんと? ……ありがと、しのぶさん!」 ぱぁっと顔を輝かせる雛子を見て、しのぶは思わず柔らかく頬を撫でる。 しのぶ 「かわいい患者さんですね」 炭治郎と禰󠄀豆子は顔を見合わせ、ほっと息をついた。 夜の街での小さな出来事は、こうして蝶屋敷のぬくもりの中に溶けていった。 たくさん街を満喫した雛子は布団の中に入って目を閉じ、すうすうと寝息を立て始め炭治郎は優しく雛子の頭を撫でた。 しのぶは炭治郎と禰豆子を呼んだ。 しのぶ 「……少し、こちらへ。大事なお話があります」 薬棚の向こう、灯りの落ちた静かな一室へと導かれる二人。 その背筋に、ただならぬ気配が走っていた。 灯りの落ちた静かな部屋に入ると、外のざわめきも届かず、ただ薬草の匂いと淡い灯明の光だけが漂っていた。 しのぶは戸を閉めると振り返り、微笑みを浮かべたまま、しかしその瞳には冷静な光が宿っていた。 しのぶ 「……炭治郎さん、禰豆子ちゃん。雛子ちゃんのことについて、お話ししなくてはなりません」 炭治郎は無意識に背筋を伸ばし、禰豆子も眉を寄せて真剣な眼差しを返す。 しのぶは少し間を置き、静かに言葉を選ぶように続けた。 しのぶ 「雛子ちゃんの血……先ほど処置の際に感じましたがあまりに異質です。普通の人の血にある鉄の匂いではなく、甘く、花蜜のようで……鬼であれば抗えないほどの強烈な香り」 炭治郎 「……しのぶさんも感じたんですね。……俺も、あの匂いを嗅いで……ただの血じゃないとすぐに分かりました」 しのぶは小さくうなずき、表情を引き締める。 しのぶ 「このままでは……雛子ちゃんは鬼にとって、何よりも魅力的な“獲物”になってしまいます。たとえ小さな擦り傷でも、匂いに釣られて鬼が群がる危険がある。加えて雛子ちゃんは時に死者の声を聞き、死者の姿すら目にしてしまう。その力は計り知れないけれど、同時に……鬼舞辻にとって格好の標的となりかねません」 禰豆子は思わず雛子の眠る方角へ目を向け、両手を強く握りしめた。 炭治郎の胸にも冷たいものが落ちる。 炭治郎 「……じゃあ……雛子は……」 しのぶはその言葉をそっと遮るように、けれど優しい声で告げた。 しのぶ 「だからこそ、私たちが守らなければなりません。彼女の血は“異質”であると同時に、危険でもあります。……絶対に鬼に嗅ぎつけられてはならない」 淡々とした声に込められた強い決意。 炭治郎と禰豆子の胸に、その重さが静かに響き渡った。 ー続くー

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禰󠄀豆子が鬼にならない世界 三十三

〜前回のあらすじ〜 雛子は善逸の胸で眠りにつくが、夜中に怖い夢で泣き出してしまう。駆けつけた善逸に抱きしめられ、「もうひとりじゃない」と安心し、再び眠りにつく。善逸も寄り添いながら「絶対に守る」と心に誓い、二人は穏やかな寝息を立てて夜を過ごした。 翌朝 ―― 蝶屋敷 鳥のさえずりが聞こえ始めるころ、障子からやわらかな朝日が差し込んだ。 その光に照らされながら、雛子は善逸の腕の中ですやすやと眠っていた。 善逸もまた隣で大の字になり、口を開けたまま幸せそうに寝息を立てている。 ――ガラリ。 静かな空気を破るように障子が開き、炭治郎が顔を覗かせた。 炭治郎 「……えっ?」 思わず目を瞬かせる。そこには、雛子を抱きしめながら寝入る善逸の姿。 炭治郎は言葉を失ったまま固まってしまった。 その後ろからしのぶもやってきて、同じ光景を目にする。 しのぶは小さく「あら……」と笑みを浮かべ、手で口元を隠した。 しのぶ 「ふふ……まるで親子ね」 炭治郎 「い、いやいや! そういうんじゃ……っ!」 慌てて否定しようとする炭治郎の声に、ようやく善逸が目を覚ました。 善逸 「……んん……雛子ちゃん……」 まだ半分眠ったまま雛子を抱き寄せようとするが、目をこすって視界に炭治郎を認めた瞬間―― 善逸 「ひゃあああああああああああっ!?!?」 飛び上がるように布団から離れ、顔を真っ赤にする。 善逸 「た、た、炭治郎! これはその、俺が変なことしたとかじゃなくて! 泣いてて! 泣いてたから! 俺はただ……!」 必死に弁解する善逸をよそに、雛子は小さく欠伸(あくび)をして目をこすった。 雛子 「……にぃ……善逸……」 まだ眠たげにそう呟く雛子の声に、炭治郎の表情がふっと和らぐ。 炭治郎 「……ありがとう、善逸。雛子を守ってくれて」 その言葉に、善逸は涙目になりながらも胸を張った。 善逸 「も、もちろんですとも! 俺は雛子ちゃんのヒーローですからぁぁっ!!」 しのぶはそんな様子を楽しそうに眺めながら、くすくす笑った。 しのぶ 「……ほんとうに賑やかですね、あなたたちは」 朝の蝶屋敷に、穏やかな笑い声が響いた。 数日後 ―― 街並み 晴れた日の昼下がり。 雛子は禰󠄀豆子と手を繋ぎ、賑やかな街へと足を踏み入れていた。 雛子 「わぁ!いっぱい、いる!」 通りには、行商人の声、焼き立ての団子の香ばしい匂い、子どもたちの笑い声があふれている。 雛子の瞳はきらきらと輝き、あちらこちらへと興味津々で視線を向けていた。 禰󠄀豆子は雛子の小さな手をしっかり握りながら、柔らかな笑みを浮かべる。 雛子 「ねぇね、あれ!おはな!」 色とりどりの花が並んだ店先に駆け寄る雛子。 花屋の老婆が優しく微笑み、雛子に小さな野花を一輪手渡してくれた。 花屋の老婆 「かわいいお嬢ちゃんに、これをあげようね」 雛子 「ありがとう!」 嬉しそうに花を胸に抱き、禰󠄀豆子の方へ振り返る。 雛子 「ねぇね、みて! きれー!」 禰󠄀豆子は頷き、そっと雛子の髪にその花を挿してあげる。 雛子は照れたように笑い、街の喧騒に負けないほど明るい笑顔を見せた。 そのとき―― 雛子 「ねぇね! はしってもいい?」 禰󠄀豆子 「……!」(慌てて首を横に振ろうとするが――) 雛子は嬉しそうにぱっと手を放し、人混みの中を小鹿のように駆け出した。 細い路地へと続く道を、楽しげに跳ねるように走っていく。 禰󠄀豆子 「……っ!」 慌てて雛子の名を呼び、すぐさまその後を追う。 人の合間をすり抜けて走りながら、雛子の姿を必死に見失わぬように追いかける。 雛子 「かぜ、つめたーい! きもちいー!」 振り返り、笑顔で手を振る雛子。 その無邪気さに、禰󠄀豆子は胸を撫で下ろしながらも、はらはらと駆け寄って雛子の手をしっかりと握り直した。 禰󠄀豆子 「……もう、勝手に走ったらだめ」 雛子 「えへへ……ごめんね! でも、たのしかった!」 二人の笑い声が、活気あふれる街並みにやさしく溶け込んでいった。 街並み・屋台通り 賑やかな通りを歩いていると、香ばしい匂いが二人の鼻をくすぐった。 雛子はぴたりと立ち止まり、鼻をひくひくさせる。 雛子 「わぁ! ねぇね、いいにおいだよ!」 匂いの方へと駆け寄ると、そこには団子の屋台。 炭火で焼かれた団子に甘いみたらしがとろりとかかり、照り輝いている。 雛子 「わぁ……! おいしそう……!」 目を輝かせて見つめる雛子に、屋台のおじさんがにこやかに声をかける。 屋台のおじさん 「お嬢ちゃん、ひとつ食べてみるかい?」 雛子はちらりと禰󠄀豆子の顔を見上げる。 禰󠄀豆子は優しく頷き、そっと小銭を差し出した。 屋台のおじさん 「はいよ、ありがとう! 焼きたてだよ」 雛子の手に、温かい団子が渡される。 雛子は嬉しそうに両手で抱え、ふうふうと息を吹きかけてからかぶりついた。 雛子 「あつい……でも、これ、だいすき!」 小さな体を揺らしながら、幸せそうに頬張る雛子。 その姿に禰󠄀豆子も思わずくすりと笑い、雛子の口元についたたれを指でそっと拭ってあげる。 雛子 「ねぇねも、ぱくっして!」 そう言って、雛子は自分の団子を一本差し出した。 禰󠄀豆子は少し戸惑いながらも、雛子の真剣な表情に負けて、ひと口かじる。 雛子 「ね! おいしいでしょ!」 禰󠄀豆子は頷き、二人で顔を見合わせて笑った。 街のざわめきの中、二人の時間は小さな幸せで満たされていった。 ー続くー

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私のずっと好きな人

私にはずっと想い続けている人がいる。 彼は私よりすごく身長も高くて車の運転もとても上手い そして何より彼が車をいじることが好きだった。 私はそれを見るのが好きだった。 彼はもうここにはいない。 わかってるけどやっぱりあの人とずっと一緒にいたかった。 もし生まれ変われるならまたあなたの彼女でいたい。

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禰豆子が鬼にならない世界 三十二

〜前回のあらすじ〜 雛子の誕生日、蝶屋敷は花冠や料理で賑やかに祝福。ケーキの火を吹き消した雛子は、義勇や皆と幸せな時間を過ごす。夜、善逸に抱きつき「ずっといっしょ」と囁き、温かな一日が幕を閉じた。 雛子はまだ眠そうに目を半分閉じたまま、善逸の胸に身を預ける。 善逸 「ひゃああああっ……こ、こんなに小さな子が……俺に……!? 夢……じゃないよな……!?」 雛子はふにゃりと小さな手で善逸の首にしがみつき、安心したようにぴとっと体を寄せる。 雛子 「……ぜんいつ……ねむい……」 善逸は完全にノックアウトされ、声を震わせながらも嬉しそうに雛子を抱きしめる。 善逸 「う、うわぁぁぁ……! こんな……こんな幸せ……生きてて良かったぁぁぁ……!!」 雛子は安心して、ゆるりと目を閉じる。小さな手が善逸の肩に添えられ、柔らかな寝息が聞こえてくる。 伊之助 「おいおい、善逸! 俺も抱っこさせろーっ!!」 三人とアオイが慌てて伊之助を押さえ込む。 炭治郎は庭の縁側で微笑みながら、ほのぼのした光景を見守る。 義勇は離れた場所から静かにその様子を見ているが、目元にわずかな柔らかさが宿る。 善逸 「ひゃぁぁぁ……このまま朝まで離れられない……離したくない……雛子ちゃん……!!」 雛子は小さく寝返りを打ち、さらに体をくっつける。 雛子 「……ぜんいつ……あったかい……」 善逸 「ふぅ……ああ、俺も……あったかい……幸せすぎる……!!」 夜風がそよぎ、庭の虫の音が柔らかく響く中、 雛子と善逸の間に流れる静かな温もりが、蝶屋敷全体に優しい空気を運んでいた。 雛子の小さな寝息に、善逸の心も、ぎゅっと満たされていく――。 蝶屋敷 ―― 夜更け 寝たことを確認した善逸はそっと部屋から出て廊下に座っていた。 夜の蝶屋敷の廊下は、月明かりに照らされてひっそりと静まり返っている。 一方その頃、雛子はひとり布団の中で眠り続けていた。 その寝顔は穏やかに見えたが、夜が深まるにつれ、額に小さな汗が浮かび始める。 雛子(夢の中) 「……いや……にー……どこ……」 夢の中の雛子は、広い闇の中でひとりぼっちになっていた。 呼んでも返事はなく、足元から黒い影がじわじわと迫ってくる。 雛子 「ひとりは、いや……! にー、にぃに……っ」 小さな手を伸ばすが、誰にも届かない。 心臓をぎゅっと掴まれるように苦しくて、涙があふれた。 ――はっと目を覚ます。 雛子 「……っ……ひっく……」 布団の中で泣きながら身体を起こし、暗い部屋を見回す。 善逸の姿はなく、夜の静けさが余計に心細さを募らせた。 その時、廊下に座っていた善逸の耳に、かすかなすすり泣きが届いた。 善逸(心の声) 「……雛子ちゃん……泣いてる……?」 胸がざわつき、善逸はすぐに立ち上がる。 声のする方へ急ぎ足で進むと、障子の向こうに淡い灯りが漏れていた。 善逸はそっと障子を開ける。 部屋の中には、布団に身をうずめながら小さく震える雛子の姿があった。 善逸はためらわず、膝をつき、両腕を広げる。 善逸 「雛子ちゃん……大丈夫だよ!」 雛子は迷いながらも、その腕の中に飛び込み、顔をうずめて小さく嗚咽した。 雛子 「……ひとり、いや……」 善逸は背中をやさしく撫で、声を震わせながらも必死に安心させるように囁く。 善逸 「大丈夫だって……もうひとりじゃない。俺がいるから!」 雛子は涙をぽろぽろこぼしながらも、少しずつ落ち着きを取り戻す。 善逸はその小さな体をしっかり抱きしめ、夜の静寂の中で温かな時間を共有した。 善逸(心の声) 「……怖かったね、雛子ちゃん。でも、もう安心だ。俺が守るから……」 廊下に漏れる月明かりが、善逸と雛子の姿を優しく照らし、夜の蝶屋敷に静かな安らぎをもたらしていた。 善逸はその小さな体をしっかり抱きしめ、夜の静寂の中で温かな時間を共有した。 雛子は涙でぐしょぐしょになった顔を上げ、善逸の胸に寄りかかったまま、小さな声でつぶやく。 雛子 「……ぜんいつ……ありがと……」 善逸は一瞬言葉を失い、頬を赤くしながらも微笑んだ。 善逸 「……っ! な、なに言ってんの……! こ、こっちこそありがとうだよ……雛子ちゃんが無事で、よかった……」 声が少し震えているのは、安堵と嬉しさのせいだった。 雛子はそのまま善逸の胸に顔をうずめ、安心したように小さく「ふぅ」と息をつく。 やがて彼女の呼吸は穏やかになり、再び眠りに落ちていった。 善逸はその寝顔を大事そうに見守りながら、心の中で強く誓う。 善逸(心の声) 「絶対に……守る。何があっても……雛子ちゃんだけは」 夜の蝶屋敷は静けさに包まれ、月明かりが二人をやさしく照らし続けていた。 蝶屋敷 ―― 夜更け 雛子は安心しきったように、善逸の胸に顔をうずめたまま、すやすやと寝息を立て始めた。 小さな手は善逸の羽織の袖をしっかり握りしめていて、離す気配はない。 善逸はその寝顔を見つめながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。 善逸(心の声) 「……かわいいな……こんなに小さいのに、怖い夢と戦ってたんだな……」 雛子の握る手が、か細いのに必死で、善逸の心に強く響く。 そのまま「大丈夫だよ」と何度も胸の中で繰り返していたら、次第に自分の瞼も重くなっていった。 やがて善逸は、雛子の髪をそっと撫でながら、彼女の隣に横になった。 布団の端に身体を収めると、不思議と心が落ち着き、安らかな眠気が彼を包んでいく。 善逸(心の声) 「……もうひとりになんて、させない……」 そう小さくつぶやいた直後、善逸もまた眠りに落ちた。 夜の蝶屋敷には、二人の穏やかな寝息だけが静かに響き、月明かりが優しくその姿を照らし続けていた。 ー続くー

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禰豆子が鬼にならない世界 三十一

〜前回のあらすじ〜 蝶屋敷で義勇に甘える雛子。仲間たちと誕生日を祝われ、折り鶴に願いを込める。館は温かな笑顔で満ちていた。 蝶屋敷 ―― 誕生日のお昼 折り鶴を飛ばした後も、蝶屋敷は賑やかだった。 きよ・すみ・なほは、雛子を中心に手を取り合って庭で遊び始める。 すみ 「雛子ちゃん、こっちこっち!」 なほ 「お花をあつめて、冠を作ろう!」 雛子 「うん! やるー!」 花の冠を頭にのせた雛子は、まるで小さなお姫さまのようで、みんなの笑顔を誘った。 伊之助 「おおっ! よし、ならおれが王様だ! 雛子は姫だ!」 善逸 「じゃあ俺は騎士だああ!! 雛子姫を守るぅぅぅ!!」 禰󠄀豆子 「はいはい、遊びはほどほどにね」 禰豆子は微笑みながら花冠を直してあげ、雛子は照れくさそうに笑った。 蝶屋敷 ―― 誕生日の午後 昼下がり、アオイと三人娘は台所で腕を振るっていた。 アオイ 「雛子には特別なお祝いだからね。失敗しないようにしなきゃ」 きよ 「がんばりましょう!」 すみ 「雛子ちゃん、甘いの好きだもんね!」 なほ 「ケーキもクッキーもたくさん!」 香ばしい甘い匂いが廊下まで漂い、庭で遊んでいた雛子が鼻をひくひくさせる。 雛子 「……おいしいにおい……!」 禰豆子 「ふふっ、アオイさんたちが作ってくれてるんだよ」 雛子はわくわくした顔でキッチンの戸口からのぞきこむ。 すみが気づいて手を振った。 すみ 「雛子ちゃん! もうちょっとでできるからね!」 雛子 「うん!」 蝶屋敷 ―― 夕方 庭に机が並べられ、色とりどりのお菓子や料理が置かれる。 アオイ特製の煮物、三人が作ったクッキーとフルーツ、炭治郎が頑張った小さなケーキ。 みんなで輪になって座り、雛子は両手を合わせる。 雛子 「いただきます!」 笑い声が絶えない食卓。 雛子はクッキーを口いっぱいに頬張りながら、義勇の方をちらりと見る。 雛子 「にー、あーんしてあげる!」 そう言って、小さな手でクッキーを差し出す。 義勇は一瞬戸惑ったが、雛子が真剣な顔で待っているので、静かに口を開いた。 義勇 「……ありがとう」 雛子はぱあっと顔を明るくして、義勇の羽織をぎゅっとつかむ。 雛子 「にーといっしょが、いちばんうれしい!」 炭治郎と禰豆子は目を合わせ、優しく笑った。 善逸と伊之助、そして三人とアオイも、その光景に思わず頬を緩める。 こうして、夕暮れの庭に響く笑い声は、まるで蝶屋敷全体を包み込むように温かく広がっていった。 蝶屋敷 ―― ケーキの時間 ひとしきり料理やお菓子を楽しんだあと、炭治郎がそっと立ち上がった。 手には、小さなケーキが大事そうに抱えられている。 ろうそくの火がゆらゆらと揺れ、夕方の庭を温かく照らした。 炭治郎 「雛子、最後はケーキだ。みんなで作ったんだぞ」 雛子の瞳がきらきらと輝く。 「わぁ……!」と小さな声を上げ、ろうそくの火をじっと見つめた。 禰豆子 「お願い事をしてから、ふーって吹き消すんだよ」 雛子は小さな両手を胸に当てて、ぎゅっと目を閉じる。 ――にぃにたちとずっと一緒にいたい。 心の中でそう願い、目を開いて息を吸い込む。 雛子 「ふーっ!」 ろうそくの火がぱちりと消え、庭に拍手と歓声が広がった。 善逸 「やったー! 雛子ちゃんおめでとーっ!!」 伊之助 「すげぇ! ちゃんと消せたな!!」 三人 「「「おめでとうー!」」」 アオイも照れながら微笑み、義勇は静かに頷いて雛子を見つめる。 炭治郎はケーキを切り分け、ひとつを雛子の前に置いた。 ふわふわのスポンジに、甘いクリームと苺が飾られている。 炭治郎 「はい、雛子。これが雛子の分だ」 雛子 「ありがとう! ……いただきます!」 小さなフォークで一口食べた瞬間、雛子の顔はぱっと明るくなった。 雛子 「おいしいっ!!」 その無邪気な声に、みんなの胸がじんわりと温かくなる。 炭治郎は胸をなでおろし、禰豆子もほっと微笑んだ。 義勇の前にも一切れのケーキが置かれると、雛子は嬉しそうに身を乗り出した。 雛子 「にーもいっしょにたべよ!」 義勇 「……ああ」 雛子がにこにことケーキを食べ、義勇が静かにフォークを口に運ぶ。 その姿を見守る炭治郎は、胸の奥で強く願った。 炭治郎(心の声) 「……雛子が、こうして笑っていられる日々が……ずっと続きますように」 夕暮れの庭に、甘いケーキの香りと幸せな笑い声がいつまでも響いていた。 蝶屋敷 ―― 夜のひととき ケーキも食べ終え、庭の宴が静かに終わっていく。 橙色だった空は群青に変わり、虫の音がやさしく響いていた。 雛子はお腹も心もいっぱいで、うとうとし始めた。 雛子 「ひな……ねむい……」 炭治郎は優しく笑い、雛子をひょいと抱き上げる。 炭治郎 「いっぱい食べて、いっぱい笑ったからな。よく頑張ったな、雛子」 雛子は炭治郎の胸に顔をうずめ、安心するように小さな息を吐く。 だがそのとき――。 雛子は炭治郎の腕からするりと降りると、とことこと小さな足で善逸の方へ歩いていった。 善逸 「え? え? ちょ、ちょっと待って! こっちに来るの!? 俺に!?」 そして雛子は、迷いなく善逸にぎゅっと抱きついた。 雛子 「……ぜんいつ……すき」 その瞬間、善逸の世界が弾け飛ぶ。 善逸 「ぎゃあああああああああっっっ!!!!! こ、こ、こ、こ、こんな幸せがあっていいのかぁぁぁ!!!? う、うれしすぎて死ぬぅぅぅ!!!」 善逸は天を仰いで絶叫し、あまりの衝撃に涙と鼻血を同時に噴き出す。 伊之助 「なんだよおおお! ずりぃぞ善逸! おれだって抱っこしたいんだぞおおっ!!」 きよたちとアオイが「静かにーっ!」と伊之助を押さえ込む。 炭治郎は呆れ半分、微笑み半分でその光景を眺めていた。 義勇はただ黙って見つめ、けれど雛子の笑顔にかすかに表情を和らげる。 雛子はそんな騒ぎには気づかず、善逸の胸で目をとろんとさせて小さな声で呟いた。 雛子 「……ぜんいつも……ずっといっしょ……」 善逸 「はひぃぃぃぃっ……!! 雛子ちゃんに“ずっと一緒”って言われたぁぁぁぁ!! もう僕は、もう……!!」 そのまま気絶しそうになりながらも、善逸は幸せそうに雛子を抱きしめていた。 夜風がそよぎ、蝶屋敷の庭をやさしく撫でる。 ――その小さな寝顔は、みんなの心に揺るぎない温もりを残していた。 ー続くー

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禰豆子が鬼にならない世界 三十

〜前回のあらすじ〜 蝶屋敷の縁側で炭治郎と雛子が過ごしていると、久しぶりに義勇が訪れる。雛子は嬉しそうに義勇に駆け寄り、抱っこをねだる。義勇は戸惑いながらも雛子を抱き上げ、眠る雛子を優しく見守る。不器用ながらも温かいその姿に、炭治郎たちは安心し、雛子は夢の中で義勇を「にー」と呼ぶ。かつての呼び名がよみがえり、義勇の心に静かな温もりが広がっていく――。 蝶屋敷 ―― 夜の灯り 夜になり、灯りのともった部屋の中。 雛子はまだ義勇の膝の上にちょこんと座り、眠そうに目をこすっていた。 炭治郎 「雛子、もう布団に行こうか。今日はいっぱい走ったし、疲れたろう」 雛子は義勇の羽織をぎゅっと掴んだまま、首を横に振る。 雛子 「……にー……いっしょ……」 義勇は少し困ったように眉を下げた。 その様子を見て、禰豆子がそっと笑う。 禰豆子 「今日は特別に……一緒にいてもらおうか」 炭治郎もうなずき、義勇に視線を送る。 炭治郎 「義勇さん、雛子を寝かしつけてもらえますか?」 義勇 「……ああ」 義勇は立ち上がり、雛子を抱き上げた。 雛子は安心したように、すぐに胸に顔をうずめる。 雛子の寝室 布団に横たわった雛子は、小さな手を義勇の袖に伸ばして握る。 雛子 「にー……いなくならない?」 義勇 「……ここにいる。安心しろ」 その低い声に、雛子はようやく目を閉じ、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。 義勇はその小さな寝顔をしばらく見つめ、心の中で静かに思う。 義勇(心の声) 「……あの夜、もし炭治郎がいなければ……この子ももういなかった。あの時俺は声をかけてよかった。絶対に守る」 襖の外で待っていた炭治郎と禰豆子は、静かにその背中を見つめる。 炭治郎(心の声) 「義勇さん……やっぱり、雛子にとっても特別な人なんだ」 翌朝 朝日が差し込み、庭の花々が露に光る。 雛子は元気に布団から飛び出し、義勇の羽織を引っ張る。 雛子 「にー! おそと、いこ!」 義勇は少しだけ驚きつつも、うなずいた。 義勇 「……ああ」 炭治郎や善逸、伊之助も後から追いかけ、庭はまた笑い声で満たされていく。 その笑顔の輪の中で、義勇もほんのわずかに表情を和らげていた。 蝶屋敷 ―― 翌日の昼下がり 庭の空は青く澄み、秋の風が草花を揺らしていた。 雛子は縁側から庭へ飛び出し、裸足で駆けていく。 雛子 「にー! こっちこっち!」 義勇はその声に呼ばれて庭へ降りた。 小さな手がぐいっと義勇の袖を引っ張る。 雛子 「いっしょにあそぼ!」 義勇 「……遊ぶ?」 伊之助がどこからともなく飛び出してくる。 伊之助 「おおー! 半々羽織! おまえもかけっこだ!」 善逸は慌てて制止する。 善逸 「ま、待て待て! 義勇さんは水柱だぞ!? 雛子ちゃんと遊ぶのはいいけど、全力で走らせたら危ないって!」 しかし雛子は手を叩いて笑う。 雛子 「にー、はしろ!」 義勇は一瞬戸惑ったが、雛子のきらきらした瞳に押され、静かに頷いた。 義勇 「……わかった。少しだけな」 庭の端から端まで、小さな足と大きな足が並んで走る。 炭治郎も禰豆子も思わず笑みをこぼし、伊之助は「おれも混ぜろ!」と大騒ぎする。 雛子は転びそうになりながらも必死で走り、義勇がさっと腕を伸ばして支えた。 雛子 「……にー! つよい!」 義勇 「……怪我しなくてよかった」 雛子は義勇の羽織にしがみつき、嬉しそうに笑った。 夜 ―― 誕生日の前日 その夜、雛子はすぐに眠りについていた。 寝息を立てる妹を見守りながら、炭治郎はそっと襖を閉める。 廊下には、義勇としのぶ、そして善逸と伊之助が集まっていた。 小さな紙飾りや花を手に持ち、声をひそめる。 炭治郎 「明日は雛子の誕生日です。寝ている間に飾りつけをしましょう」 しのぶ 「ふふ、驚く顔が楽しみですね」 善逸 「よーし! 俺、風船膨らませます! 雛子ちゃんのためなら肺が破れてもいい!」 伊之助 「おれは花をぶちまける係だ!」 義勇は黙ったまま、小さな花の飾りを手に取る。 そしてふと口を開いた。 義勇 「……明日、雛子は四歳になるのか」 炭治郎は微笑み、深く頷いた。 炭治郎 「はい。守られて、支えられて……ようやくここまで来ました」 灯りに照らされる義勇の横顔は、不器用ながらもどこか優しさを含んでいた。 静かな夜に、雛子の寝息と、飾り付けを準備する仲間たちの温かな気配が広がっていく。 蝶屋敷 ―― 雛子の誕生日の朝 小鳥のさえずりと共に、やわらかな朝日が差し込む。 その光に照らされて、蝶屋敷の広間は昨日の夜みんなで飾り付けた花や紙飾りで彩られていた。 色とりどりの花輪、揺れる風船、机の上には雛子が好きな果物。 布団の中で眠っていた雛子が、ぱちりと目を開け目をこすりながら見上げた天井から吊るされた飾りに、目をまんまるにした。 雛子 「……わぁ……すごい……!」 炭治郎が襖を開けて顔を出す。 炭治郎 「おはよう、雛子。お誕生日おめでとう」 雛子は目を輝かせ、布団から飛び出して炭治郎に駆け寄る。 雛子 「にぃに! かわいいのいっぱい!」 禰豆子もにっこり笑って雛子を抱き上げ、頬をすり寄せる。 禰豆子 「雛子、おはよ!きょうは特別な日だよ」 その時、広間に勢いよく声が響いた。 善逸 「雛子ちゃああああん! お誕生日おめでとーーー!!」 伊之助 「よっしゃー! 今日は雛子の天下だあああ!!」 雛子は思わずくすくす笑いながら手を叩いた。 すると奥から、きよ・すみ・なほが元気よく飛び出してくる。 きよ 「雛子ちゃん! おめでとうございます!」 すみ 「わたしたちで作った花かざり、どうかな?」 なほ 「とってもがんばったの」 雛子はぱあっと顔を明るくし、三人に駆け寄ってぎゅっと抱きついた。 雛子 「かわいい! ありがとう!」 アオイも後ろから現れ、少し照れくさそうに言う。 アオイ 「……お誕生日、おめでとう。今日は思いっきり遊んでいいからね」 雛子 「アオイもありがと!」 雛子は次々にみんなに抱きついて、満面の笑顔を見せた。 そして最後に、少し離れたところで立っていた義勇の姿を見つける。 雛子は小さな足で駆け寄り、羽織をぎゅっと握った。 雛子 「にー! きょう、ひなのたんじょうびなの!」 義勇はわずかに目を細め、静かに頷いた。 義勇 「……ああ。おめでとう、雛子」 雛子は嬉しそうに義勇に抱きつき、胸に顔をうずめる。 雛子 「みんなと、いっしょ……うれしい……」 炭治郎は胸の奥が熱くなるのを感じながら、小さな折り鶴を手に運んでくる。 炭治郎 「さあ、雛子。お願いごとを込めて、この鶴を空に飛ばそう」 雛子はきよ・すみ・なほ・アオイ、炭治郎たち、そして義勇に囲まれながら、両手を合わせて祈る。 そして―― 雛子 「えいっ!」 雛子の手から放たれた折り鶴が、ふわりと舞い上がり、みんなが拍手した。 蝶屋敷は朝から、笑顔と祝福の声で満ちていた。 ー続くー

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禰豆子が鬼にならない世界 二十九

〜前回のあらすじ〜 悪夢に怯えて目覚めた雛子は、炭治郎や仲間たちに抱きしめられ安心を取り戻す。 朝には善逸や伊之助と庭で走り回り、少しずつ笑顔を取り戻していく。 昼下がり、しのぶから「勇気は胸にある」と励まされ、薬草作りを手伝いながら自信を得る。 一日を通して仲間たちの温もりに支えられ、雛子の心は少しずつ癒やされていった。 雛子は炭治郎の膝の上でうとうとしながら、縁側から外を眺めている。 そこへ、静かな足音が近づき、玄関の方で戸が開く音がした。 炭治郎 「……義勇さん!」 雛子はぱちりと目を開け、声の方に顔を向ける。 久しぶりに見る義勇の姿に、彼女の表情がふっと和らぎ、ぱあっと笑顔がこぼれた。 雛子 「……ぎゆう……!」 炭治郎の膝からするりと降りると、小さな足で義勇に向かって駆け寄る。 義勇は思わず足を止め、驚いたように目を瞬かせた。 義勇 「……雛子」 雛子はそのまま義勇の羽織の裾をぎゅっと握りしめ、見上げながら笑う。 雛子 「ひさしぶり! ……ぎゆう、きた!」 不器用な義勇の顔に、ほんのわずかに柔らかな色が差す。 義勇 「……ああ。来た」 炭治郎は安堵の息をつきながら、義勇の背後に歩み寄る。 炭治郎 「義勇さん、雛子のことを心配してくださったんですね」 義勇は視線を落とし、雛子の小さな手をちらりと見つめる。 義勇 「……怖い夢を見たと聞いた。……だから」 言葉はそこで途切れたが、理由は十分に伝わった。 炭治郎は深く頭を下げる。 雛子は義勇の羽織に顔をうずめ、安心したように小さな声を漏らした。 雛子 「……ぎゆう、いる……こわくない……」 義勇の瞳がわずかに揺れる。 彼はぎこちなく手を伸ばし、雛子の頭を一度だけ、そっと撫でた。 義勇 「……そうか」 夕焼けの光が差し込む縁側で、義勇の不器用な優しさが、雛子の心をさらに温めていった。 蝶屋敷 ―― 夕焼けの抱擁 夕暮れの光が橙に染まり、庭の草花が柔らかく照らされていた。 義勇の羽織をぎゅっと掴んだまま、雛子は顔を上げる。 雛子 「……ぎゆう……だっこ……」 その言葉に、義勇は一瞬固まった。 炭治郎も禰豆子も思わず目を見張る。 善逸 「ひ、雛子ちゃん!? なんでよりによって義勇さんに!?」 伊之助 「おいおい! 義勇にだっこなんてレアすぎんだろ!!」 雛子は構わず、小さな両手を義勇に向かって差し伸べる。 大きな瞳が潤んで、真剣に「お願い」と訴えていた。 義勇 「……俺が……だっこ……?」 炭治郎は少し笑って、静かに頷いた。 炭治郎 「はい。雛子がそう望んでいるなら……義勇さん、お願いします」 義勇はしばらく迷った末に、ゆっくりと膝を折り、雛子を抱き上げた。 小さな体は驚くほど軽く、そしてあたたかい。 雛子 「……ぎゆう……あったかい……」 そう呟くと、雛子はすぐに義勇の胸に顔をうずめ、すやすやと眠り始めた。 義勇 「……眠った……のか」 彼の表情は硬いままだったが、その瞳には確かな優しさが宿っていた。 禰豆子はそっと微笑み、炭治郎も胸が熱くなる。 炭治郎(心の声) 「義勇さん……ありがとうございます。雛子も、安心できたはずです」 夕暮れの縁側で、不器用な水柱の腕に抱かれた雛子の寝顔は、とても穏やかだった。 義勇の腕の中で眠る雛子は、小さな寝息を立てながら胸に顔をうずめていた。 そのあどけない表情に、義勇はどこか戸惑いを覚えながらも、決して腕を離そうとはしなかった。 善逸 「う、うわぁ……やっぱり反則だ……! 義勇さんが赤ちゃん抱いてるみたいな雛子ちゃん……! ずるいずるいずるいっ!」 伊之助 「おい三太郎!なんで半々羽織ばっかりいいとこ持ってんだ!? 俺もだっこしたい!!」 炭治郎 「伊之助……雛子は今寝てるから、起きてからね」 禰豆子はくすっと笑い、雛子の髪をそっと撫でる。 禰豆子 「……雛子、安心してる顔してる」 義勇はしばし黙って雛子の寝顔を見つめ、それから小さな声でつぶやいた。 義勇 「……俺に、こんなふうに頼るとは……思わなかった」 炭治郎は穏やかに微笑みながら答える。 炭治郎 「雛子は、義勇さんのことを安心できる人だって思ってるんです。赤ん坊の頃に抱かれた記憶が、きっと残っているんだと思います」 義勇の瞳がわずかに揺れる。 赤子だった雛子を腕に抱いた日の、あの小さな温もりがふっとよみがえる。 炭治郎 「昔、雛子は義勇さんのこと、“にー”って呼んでたんですよ」 その言葉に義勇は息をのむ。 腕の中で眠る雛子が、小さな口で夢の中のように呟いた。 雛子 「……にー……」 義勇の胸に、静かな熱が広がっていった。 不器用なその瞳に、ほんの少し柔らかな光が宿る。 義勇の腕の中で眠っていた雛子が、ふわりとまぶたを開いた。 まだ少し眠たそうな目をこすりながら、義勇の胸を見上げる。 雛子 「……にー……?」 その言葉に、義勇の指がぴくりと止まった。 炭治郎と禰豆子、善逸、伊之助までもが一斉に視線を向ける。 炭治郎 「雛子……!」 雛子は小さな声で続けた。 雛子 「……また……にーって、よんでいい……?」 義勇は一瞬言葉を失ったが、雛子の真っ直ぐな瞳を見つめ、ゆっくりと頷いた。 義勇 「……ああ。好きに呼べばいい」 雛子はぱぁっと顔を明るくして、義勇の羽織にぎゅっとしがみつく。 雛子 「にー……だいすき……」 義勇の胸に静かな熱が広がり、不器用な彼の顔に、ほんのりと柔らかな笑みが浮かんだ。 善逸 「ずるいぃぃぃ!! 俺も呼ばれたい!!」 伊之助 「おれは“おりゃー!”って呼ばせる!!」 禰豆子は笑みをこぼし、炭治郎は安堵の眼差しで二人を見守っていた。 ―こうして、雛子の「にー」という呼び方が、再び義勇の心を温めていった。 ー続くー

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禰󠄀豆子が鬼にならない世界 二十八

〜前回のあらすじ〜 雛子は夢で母の幻影に誘惑されるが、「本物じゃない」と気づき抗う。 仲間の声に支えられ、童磨の氷を打ち破る。 童磨は執着を深め、次なる襲撃を予告して消えた。 朝日が東の窓から差し込み、柔らかな光が庭を照らしていた。 鳥の声が遠くで響き、蝶屋敷にはいつもの穏やかな空気が漂う。 だが、雛子の顔には昨夜の夢の影が色濃く残っていた。 布団の中で目を覚ました彼女は、小さな肩を揺らしながら、ゆっくりと起き上がる。 炭治郎 「おはよう、雛子……よく眠れたか?」 雛子は小さく首を振る。 夢の中で何度も現れた童磨の冷たく、甘美な声と笑顔がまだ胸に刺さり、体の力が抜けてしまったかのようだった。 雛子 「こわかった……あのひと、でてきた……」 禰豆子はそっと雛子の隣に座り、彼女の手を握る。 禰豆子 「えらいよ……ゆめのなかでも、ちゃんとたたかえたんだね」 雛子は小さくうなずくが、瞳には少し元気のない色が混じっていた。 善逸は朝食の準備をしながらも、心配そうに雛子を見つめる。 善逸 「雛子ちゃん……おはよ。無理に元気出さなくていいんだよ。怖い夢を見たんだから、そりゃ泣きたくもなるよ」 伊之助は頭を掻きながら、少しぎこちなく笑った。 伊之助 「でもよ、雛子……夢の中でも頑張ったんだろ? それってすごいことだぜ」 雛子は小さな手で布団の端を握り、震える声でつぶやく。 雛子 「いっぱい……でてきて……つかれた……にぃに……だっこ……」 炭治郎はそっと雛子を抱き上げ、優しく頭を撫でる。 雛子はすぐに顔を炭治郎の胸にうずめ、匂いをそっと嗅ぎながら安心したように小さく息を吐く。 雛子 「……にぃに……いいにおい……すき……」 炭治郎は静かに笑みを浮かべ、雛子を抱きしめ続ける。 そのまま、雛子は安心感に包まれて、炭治郎の胸で眠りに落ちていった。 朝の柔らかな光が、二人を優しく照らす。 夢の影はまだ残っているけれど、守る者のぬくもりが、雛子の心に安堵をもたらしていた。 禰豆子は微笑み、善逸と伊之助もそっと見守る。 今日もまた、蝶屋敷には静かで穏やかな朝が訪れていた。 しばらく炭治郎の胸で眠っていた雛子が、ふわりとまぶたを開ける。 目に映ったのは、柔らかな朝日と、にこやかに見守る家族の顔。 雛子 「……にぃに……おはよ…」 炭治郎 「雛子。起きたのか?おはよ、ゆっくり休めたか?」 雛子は小さくうなずき、善逸の方を見た。 雛子 「ぜんいつ……あそぼ?」 唐突に名前を呼ばれた善逸は目を丸くして喜ぶ。 善逸 「えっ、いいのか!? 雛子ちゃんが元気になったってことか!」 伊之助もぴょんと飛び跳ね、にやりと笑う。 伊之助 「よっしゃあ! 雛子と遊ぶの楽しみだぜ!」 雛子は小さな手を差し伸べ、二人に引っ張られるように庭へ出る。 朝の光が彼女の髪を優しく照らし、笑顔が少しずつ戻ってくる。 雛子 「いっしょに……かけっこ……する!」 善逸は慎重に雛子の手を握り、伊之助は後ろから追いかける。 雛子は最初はふわりと不安げだったが、二人と一緒に走るうちに、少しずつ元気を取り戻していった。 炭治郎は少し距離を置いて見守りながら、心の中でつぶやく。 炭治郎(心の声) 「……雛子、よく頑張った。少しずつでも、怖い気持ちを乗り越えられている。俺たちは絶対に、君を守る」 雛子の小さな足が庭の芝生を蹴り、笑い声が朝の空気に溶けていく。 夢の影はまだ残っているけれど、守る者たちの存在と、仲間と一緒にいる安心感が、少しずつ雛子の心を満たしていた。 午前に庭で走り回った雛子は、昼ごはんを食べ終えると、少し眠そうに目をこすりながら縁側に座っていた。 太陽は真上に昇り、庭の緑を鮮やかに染めている。 雛子 「……おひる……ぽかぽか……」 炭治郎は縁側の隣に腰を下ろし、雛子の髪をそっと撫でる。 炭治郎 「うん。午後はのんびりしような」 そこへ、しのぶが静かな足取りで現れる。 手には薬草の入った小さな籠を抱えていた。 しのぶ 「雛子ちゃん。少しお話、してもいい?」 雛子はぱちぱちと瞬きをして、炭治郎の服の裾をぎゅっと握ったまま、しのぶを見上げる。 雛子 「……はなし?」 しのぶは柔らかく笑みを浮かべ、雛子の前に膝をついた。 しのぶ 「昨日はとても怖かったでしょう。でもね、雛子ちゃん。怖い気持ちは恥ずかしいものじゃないの。怖いと思いながらも立ち向かえたあなたは、とても強いのよ」 雛子は目を丸くし、小さな声で答える。 雛子 「……ひなこ……つよい……?」 しのぶは頷き、雛子の胸にそっと指先を当てる。 しのぶ 「ここにね、ちゃんと勇気があるから」 雛子は自分の胸に手を当て、少し考えるように見つめた。 雛子 「……こわくても……にぃにと、ねぇねと、みんなが……いるから……」 炭治郎は微笑み、禰豆子も静かに頷く。 善逸は縁側の柱に寄りかかりながら感動して鼻をすすり、伊之助は「おおー!」と大げさにうなずいていた。 しのぶは立ち上がり、籠から一枚の葉を取り出す。 しのぶ 「さあ。午後はお薬作りのお手伝いをお願いしようかな。雛子ちゃんの小さな手でもできるお仕事よ」 雛子はきょとんとし、炭治郎を見上げる。 雛子 「……ひなこ……できる?」 炭治郎 「できるよ。一緒にやろう」 雛子は小さく笑みをこぼし、縁側からぴょんと降りる。 その後、しのぶに教わりながら薬草をちぎったり、瓶に詰めたりと、小さな手で一生懸命お手伝いをする。 時折、眠そうに瞬きをしながらも、みんなに「すごいね」と褒められると、雛子は嬉しそうに胸を張った。 雛子 「ひなこ……おてつだいできた!」 しのぶ 「ええ、とっても上手だったわ」 午後の柔らかな日差しが部屋を包み、雛子の小さな笑顔がみんなの心を明るくしていた。 西の空が茜色に染まり、蝶屋敷の庭に長い影が落ちていた。 ー続くー

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禰豆子が鬼にならない世界 二十七

〜前回のあらすじ〜 雛子は童磨に心を狙われ、夢で母の幻を見せられるが、「負けない」と抗う。童磨は無限城で次なる策を楽しげに企んでいた。 蝶屋敷 ―― 雛子の告白 再び眠りに入った雛子だったが汗に濡れて目を覚ました。 夢の中で、母の声をした誰かが手を伸ばしてきたのだ。 けれどそれは母ではなく――童磨の気配だった。 雛子 「……にぃに……ねぇね……」 寝所に駆けつけた炭治郎と禰豆子の前で、雛子は小さな声で夢の内容を話し始めた。 雛子 「ゆめでね……“ままにあわせてあげる”っていったの。こえ、ままにそっくりで……ひな、ついてっちゃいそうになったの」 禰豆子は雛子を抱きしめ、強く首を振る。 炭治郎は拳を握り、妹の言葉を最後まで聞いた。 雛子 「でも……ちがうっておもったの。まま、“にぃにとねぇねといっしょならだいじょうぶ”っていったの。だから、ひな、こわくても……だまされないの! ぜったい、まけないの!」 炭治郎は妹の手をそっと握り返し、真っ直ぐに答えた。 炭治郎 「ありがとう、雛子。話してくれて……。雛子の決意は、俺たちが必ず守る。何があっても」 禰豆子 「……一緒にいる。だから大丈夫」 雛子は涙をこらえながら頷き、胸の奥に小さな炎を灯した。 それは童磨の氷よりも確かな、家族の絆の熱だった。 無限城 ―― 再び動く影 一方その頃、無限城。 童磨は氷の間で、氷鏡に映る雛子の姿を見つめていた。 童磨 「へぇ……もう決意なんて口にしちゃうんだ。面白いなぁ。でもね、雛子ちゃん。そういう“強がり”を崩すのが、一番楽しいんだよ」 彼は扇を軽く打ち鳴らす。 氷の中から姿を現したのは、氷の仮面をつけた数体の鬼。 童磨が生み出した、氷人形の刺客だった。 童磨 「僕が直接行くのもいいけど……次はお使いをしてもらおうかな。恐怖をもっと植えつけて……“守られてる安心”を揺さぶるんだ」 氷の人形たちは音もなく頭を垂れ、闇に溶けて消えていく。 童磨はにこりと笑い、氷鏡に指を伸ばした。 童磨 「雛子ちゃん……次はもっと深い夢を見せてあげる。本当のお母さんと……区別がつかなくなるくらいにね」 氷の花が音を立てて咲き乱れ、不気味な冷気が無限城を満たしていった。 蝶屋敷 ―― 再びの夢 深夜。 雛子は再び眠りについた。 だがその夜、夢の中はやけに鮮やかで、あたたかかった。 そこには、優しく微笑む母の姿があった。 春のような香り、懐かしい声。 母 「雛子……大きくなったわね。寂しくなかった?」 雛子は涙をこぼしながら駆け寄る。 雛子 「まま……! ほんとに……ほんとにままなの……?」 母は優しく雛子を抱きしめ、髪を撫でる。 その感触はあまりにも本物で、雛子の胸は張り裂けそうになった。 母 「ええ……私はいつも見ていたのよ。あなたを抱きしめたくて仕方なかった」 雛子は母の胸に顔を埋め、声をあげて泣いた。 雛子 「まま……! あいたかったの……!」 その時――背後から、聞き覚えのある笑い声がした。 童磨 「あはは……いいねぇ。すごくいい。 やっぱり“母親”ってのは絶対的だねぇ。小さな子の心を開くには一番」 母の姿がふっと揺らぐ。 その瞳の奥に、冷たい氷のような光が差し込んでいく。 母(低く響く声) 「……さぁ、雛子。私と一緒に行きましょう」 雛子の心臓がぎゅっと掴まれるように痛む。 母の声なのに、背筋を冷たくする別の気配が混じっていた。 雛子 「……まま……? ちがう……ちがうの……!」 母の姿は微笑みながらも、その手は氷のように冷たく、雛子の腕を強く握りしめる。 童磨 「ほらぁ、抗わなくていいんだよ。雛子ちゃんが求めてるのは“本物”じゃなくて“安心”なんだからさ」 夢の空気は次第に凍りつき、母の姿は氷の花に覆われていく。 雛子 「やだっ!! ままは……ままは、こんなつめたいおててじゃないの!!」 涙と共に叫ぶと、母の幻影は音を立ててひび割れた。 中から現れたのは――無邪気に笑う童磨。 童磨 「ふふ……強いなぁ。でもその涙、すごく綺麗だよ。もっともっと見たくなっちゃう」 氷の花びらが舞い散り、夢の世界は完全に童磨の色に染まっていった。 雛子(心の声) 「……こわい……でも……ひな、まけない……!」 その瞬間、夢の奥で赤い炎が揺らめいた。 炭治郎と禰豆子の声が、かすかに届いた気がした。 夢の中で雛子は母の幻影を追いかけ続けていた。 だが、その温もりは氷に変わり、次第に冷たさが全身を侵食していく。 童磨 「ほらぁ……雛子ちゃん。抗うのやめなよ。 お母さんに抱かれたいんだろう?」 幻影の母が両腕を広げ、雛子を強く抱き寄せた瞬間―― その背に冷たい氷の刃が突き立った。 雛子 「……っ!!」 その痛みは夢だけでなく、現実の体にも及んだ。 寝ているはずの雛子が、布団の上で急に苦しみ暴れ始める。 炭治郎 「雛子っ!? どうした!!」 雛子はうなされ、涙を流しながら叫んだ。 雛子 「やだぁ!! こないで!! まま……! ままぁ!!」 禰豆子は必死に雛子を抱きしめるが、その小さな体は激しく震え、冷気に晒されたように冷たかった。 善逸 「まさか……夢の中で、童磨に……!」 伊之助 「クソッ! 今すぐ引きずり出してやりてぇのに……!」 雛子の腕には氷の痕のような青い痣が浮かび上がっていく。 童磨の遠い笑い声が、現実にまで滲み込んでいた。 童磨(声だけ) 「ふふ……もう君の心に、ちゃんと足跡を残したよ。次はもっと深く……壊してあげる」 炭治郎は涙をこらえながら雛子の手を握りしめ、強く誓った。 炭治郎 「……必ず守る。何度だって取り戻す……!!」 夢の世界は氷に閉ざされ、童磨の笑い声が響き渡っていた。 童磨 「ほら……もう一度お母さんに会いたいでしょ? 安心したいでしょ? 僕が全部叶えてあげるからさ」 雛子は凍りつきそうな足を震わせ、必死に声を張り上げる。 雛子 「やぁぁぁ!! ちがうの!! ままはつめたくない!!」 その時、遠くから声が届いた。 炭治郎の声 『雛子! 俺たちがいる! 絶対に一人にしない!!』 禰豆子の声 『雛子……一緒にいるから。怖くないよ……!』 善逸の声 『君を守る! だから信じろ!』 伊之助の声 『ガハハ! 泣き虫でもいい! 立ってろ、雛子ぉ!』 その声が炎のように夢を染め、氷をひとつずつ砕いていく。 雛子の小さな胸に熱が灯り、震える声が叫びに変わった。 雛子 「ひな、ひとりじゃないの!! ままのこえは……みんなといっしょにまもるの!!」 光が爆ぜ、童磨の氷は一気に砕け散る。 童磨は扇をひらりと回し、愉快そうに笑った。 童磨 「あはは……いいねぇ。やっぱり君、壊しがいがあるなぁ。次はもっと強く揺さぶらないとねぇ」 その声を残し、童磨の姿は夢から掻き消えた。 雛子は涙を浮かべながらも、確かに笑っていた。 ー続くー

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禰豆子が鬼にならない世界 二十六

〜前回のあらすじ〜 蝶屋敷に侵入した童磨が雛子を狙い、母への想いを利用して誘おうとする。 しかし雛子は「にぃにとねぇねと一緒なら大丈夫」と母の言葉を思い出し拒絶。 炭治郎たちも決意を固め、雛子を守るため童磨との激戦に挑む。 蝶屋敷 ―― 氷の残響 氷の蓮が大きく咲き乱れ、庭を覆い尽くす。 その中心で童磨は、ふっと力を抜くように扇を閉じた。 童磨 「うんうん、今日はここまでにしよっか。遊びにしてはずいぶん手応えがあったしねぇ」 炭治郎たちが一斉に警戒を強めるが、童磨の表情は終始無邪気な笑みを浮かべたまま。 その笑みには、余裕と不気味な執念が同居していた。 善逸 「……逃げるのか……!」 童磨はころころと笑いながら首を傾げる。 童磨 「逃げる? あはは、違う違う。ただ“次”を楽しみにしてるだけだよ。だって……雛子ちゃんは絶対、僕から逃げられないから」 雛子はぎゅっと禰豆子にしがみつき、小さく震えながらも瞳を逸らさなかった。 童磨の視線を正面から受け止めている――恐怖に滲む瞳の奥に、確かな火が宿っていた。 童磨 「その震える瞳、忘れられないなぁ……。泣いて、叫んで、それでも抗おうとするなんて……可愛すぎるよ」 冷気がふっと緩み、氷の花がぱらぱらと崩れ落ちる。 童磨はくるりと舞うように後ろを向き、振り返りざまににやりと笑った。 童磨 「今日はここまででいいや。無惨様からも“確かめるだけ”って言われてるしね。 でもさぁ……雛子ちゃん。次に来たときは、もっと“強く”誘惑してあげるよ。君の決意なんて、どこまで持つかなぁ?」 その言葉に雛子の小さな肩が震えた。 だが彼女は唇を噛み、涙をこらえ――童磨から目を逸らさなかった。 雛子 「……ひな、いかないの……っ!」 童磨はその言葉に、かえって楽しげに目を細める。 童磨 「あはははっ! いいねぇ。強がる子は壊すのが一番楽しいんだよ」 善逸 「ふざけるな……っ! もう二度と来させない!!」 伊之助 「待ちやがれぇぇぇ!! ここでぶった斬ってやるぅぅ!!」 二人が飛び込むよりも早く、童磨の姿は氷の霞に溶け、夜の闇へと消え去っていた。 残されたのは、庭に漂う冷気と、不気味な余韻だけ。 禰豆子は雛子を強く抱き寄せ、その震えを包み込む。 炭治郎は刀を握りしめ、奥歯を噛み締めた。 炭治郎(心の声) 「……あいつは必ず戻ってくる。雛子を狙う執着は……これで終わらない……!」 氷の残り香が薄れていく蝶屋敷に、戦いの火種だけが静かに残された。 蝶屋敷 ―― 凍える静寂 氷が消え去った後の庭には、張りつめた沈黙だけが残っていた。 雛子は禰豆子の腕の中で震えながら、ずっと童磨の残した冷気を感じていた。 胸の奥で、まだあの無邪気な笑みが焼き付いて離れない。 息を吸おうとするたび、氷に閉ざされた感覚が蘇り、喉が痛くなる。 雛子(心の声) 「……こわい……すっごく、こわいの……。でも……でもね、ひな……」 彼女はきゅっと小さな拳を握りしめた。 涙は溢れそうだったが、必死にこらえる。 雛子 「……まま、ここにいるの。 にぃにもねぇねも、いっしょにたたかってくれるの。 だから……ひな、ぜったい まけないの……!」 禰豆子はその声を聞き取り、そっと雛子の髪を撫でる。 炭治郎は深く息を吐き、妹の成長と強さを胸に刻み込んだ。 無限城 ―― 氷の間 どこまでも続く闇と回廊の奥、氷の結晶が煌めく広間に童磨の姿があった。 彼は相変わらず楽しげに、指先で氷の花を生み出しながら独り言をつぶやく。 童磨 「雛子ちゃん……あの子、本当にいいよねぇ。 あんな小さな身体で、ちゃんと“自分”を持ってるなんて。壊したらどんな顔になるのかなぁ……。あぁ、次が待ち遠しいなぁ」 その背後、闇に溶けるように無惨の気配が漂う。 直接姿を見せることはないが、冷たく重い声が童磨の頭に響いた。 無惨 「――決して、失敗は許さぬ。あの娘を狙うのなら、確実に仕留めよ」 童磨は肩をすくめ、にこりと笑った。 童磨 「もちろんですとも。でもねぇ、無惨様……焦るのは野暮ってものですよ。壊すなら、少しずつ。あの瞳がどんな風に濁るか……僕はゆっくり楽しみたいんです」 彼の声は甘く、残酷で、子どものように無邪気だった。 氷の花が咲き乱れ、やがて広間を埋め尽くす。 童磨 「雛子ちゃん……次はもっと、近くに行くからねぇ……」 その笑い声は、無限城に響き渡り、やがて闇に溶けて消えていった。 蝶屋敷 ―― 夜の夢 その夜。 戦いの余韻が残る蝶屋敷の寝室で、雛子は禰豆子に寄り添うように眠っていた。 しかし夢の中で、彼女は一人きりになっていた。 辺りは白い霧に包まれ、氷の花がゆっくりと咲き誇っていく。 雛子 「……ここは……どこ……?」 ふと、霧の向こうから声がした。優しく、懐かしい、母の声。 母の声 「雛子……大丈夫。私がいるから……」 雛子の瞳が潤む。 必死にその声を追い、霧の奥へ歩み出す。 しかし、次の瞬間――母の声はひどく甘やかで、冷たい調子へと変わった。 童磨の声 「会いたいんでしょ? 君のお母さんに。 僕なら、もっとはっきり会わせてあげられるよ……雛子ちゃん」 氷の花が一斉に咲き乱れ、母の影が氷に閉ざされていく。 雛子は必死に駆け寄ろうとするが、足が凍りついて動かない。 雛子 「やぁーっ!! やめてぇ!!」 目を覚ましたとき、頬は涙で濡れていた。 禰豆子が驚いて雛子を抱き寄せ、炭治郎も駆けつける。 炭治郎 「雛子! どうした!?」 雛子は震えながらも首を振り、必死に涙を拭った。 雛子 「……ゆめのなかに、あのひと……。 でも……まけない! ぜったい、まけないの!」 炭治郎は妹の強さを信じ、ただ黙ってその小さな手を握り返した。 無限城 ―― 策謀 一方その頃、無限城。 童磨は氷の間で扇をひらりと回しながら、楽しげに独り言を続けていた。 童磨 「やっぱり“夢”は効くねぇ。 小さな子は心の中に、大きな隙間を作りやすい。母親の幻影を見せてあげれば……自然と僕に近づいてきてくれる」 氷の鏡に浮かび上がるのは、蝶屋敷で眠る雛子の姿。 童磨はそれを眺め、にこりと笑った。 童磨 「次はどうやって近づこうかなぁ? 力ずくもいいけど……“信じさせる”ほうが、もっと楽しいよねぇ。あの震える瞳が、どんどん僕に縋るようになっていく……楽しみだなぁ」 その瞳は獲物を前にした獣の輝き。 だが声はあくまで優しく、無邪気な響きのままだった。 童磨 「雛子ちゃん……君は必ず僕のところに来る。 だって、僕が“お母さんの声”になるんだから……」 氷の花がぱきりと砕け、静寂の中に甘美な笑い声が広がっていった。 ー続くー

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