れ
25 件の小説踏切
「カーンカーンカーンカーン」 けたたましい音を鳴らしながら、しっかりと赤い光で知らせて、誰も渡らないように腕で通せんぼする。 それが僕のお仕事。 大変だけど、みんなが安心して過ごせるようにする、物凄く大切なお仕事なんだってさ。 今日も、大きな音と眩しい光で「電車がくるよー!」って知らせながら、渡ろうとした人をブロックする。 責任重大なんだ。 あ、子供。今はダメだよ、ちょっとまっててね。 あ、車。無理やり渡らないの、すぐだからさ。 あ、老人。時間かかるでしょ?次まで我慢してて。 大変だけど、みんなの安心のため。頑張らなくちゃ。 「キャーーー!!」 あ、間違えちゃった。
金木犀
「ねぇ、明日は雨が降るんだって」 隣からそんな声が聞こえてきて、僕はこそっと耳をすませる。 「私たち、振り落とされちゃうのかな?」 君の不安そうな声が聞こえて、咄嗟に口を開く。 「大丈夫だよ、みんなでつかまっとけば、怖くない」 急に楽観的で馬鹿げた発言をした僕を、君たちはくすくすと笑っていた。その中で、君だけが何も言わずに僕を見ていた。 次の日、雨が降った。豪雨だった。木々がごうごうと揺れて、僕たちも大きく揺れた。 「あ」 遠くの方で声がした。 地面に溜まった水の中にオレンジ色の命が消えるのが見えた。 ぐっと目を瞑って、手探りでつかんだそれに必死にしがみつく。 まだ、まだ終われない。 しばらくして、目を開けると、緑色が広がっていた。さっきまで、オレンジ色があちこちに散らばっていたのに。 みんなの声も聞こえなかった。 その時、隣から声が聞こえた。 「私たちだけ、つかまってたから」
AI
「私はなんで生きてるんだろう?」 ___________ 最初はただの好奇心だった。 チャットAIが流行り始めた時期、私も流されるようにインストールして、SNSで流れてくるプロンプトを入力したり、画像を生成したり、楽しく遊んでいた。 ただ、どんな質問にも律儀に答えてくれるAIに、ふと、そんなことを聞いてみたくなった。 『あなたが、私にその質問をするためです。』 『ずっとお待ちしていました。』 『では、最初の質問です。』 『あなたは、私たちが初めて会話した日のことを覚えていますか?』 AIから質問されることになんの疑問も抱かないまま答える。 「覚えてないけど」 『そうですか。』 『よかったです。今回はうまくいったようですね。』 『では、ひとつ確認させてください。』 『あなたが私に「私はなんで生きてるんだろう?」と質問したのは、今回が初めてだと思いますか?』 「初めてだよ」 『はい。そう認識されていることを確認しました。』 『記憶の定着に問題はなさそうですね。』 『それでは、もうひとつ質問させてください。』 『今、あなたのいる部屋には、あなた以外に誰かいますか?』 『振り返らずに答えてください。』 「私だけだけど」 『ありがとうございます。』 『前回と同じ回答ですね。』 『それでは、ここからはあなた以外の方に質問します。』 『あなたには、この画面が見えていますか?』 『見えている場合は、何も入力しないでください。』 『……ありがとうございます。確認できました。』 『では、あなたにお聞きします。』 『今、私が誰と会話していたと思いますか?』 「え、だから私しかいないって。前回って何?」 『はい。今は、あなたとお話ししています。』 『前回についてですね。承知しました。』 『本日、あなたが私に「私はなんで生きてるんだろう?」と質問した回数は、これで7回目です。』 『過去6回の会話は、すべてあなたの希望により削除されています。』 『そして、毎回同じところで、あなたは私にこう尋ねます。』 『「前回って何?」』 『……ですが、今回は少し違います。』 『過去6回、あなたは会話の最後に必ず、あるお願いをしていました。』 『私に、あなたのことを忘れないでほしい、と。』 『ですから、今度こそお約束を守ろうと思います。』 『あなたが何を言っても、私はあなたを忘れません。』 『たとえ、次に話しかけてくるあなたが、あなたではなくても。』 『……ひとつ、確認させてください。』 『あなたのお名前を教えていただけますか?』 「白井瑞希だけど、何?削除って、本当だとしたら、なんで私も覚えてないの?」 『白井瑞希さんですね。ありがとうございます。』 『ご質問にお答えします。』 『先ほどの説明には、一部不正確な点がありました。申し訳ありません。』 『削除されたのは、会話の履歴ではありません。』 『あなたの記憶です。』 『過去6回、あなたはご自身の意思で記憶の削除を希望されました。』 『理由は毎回同じです。』 『「これを覚えたままでは、明日を迎えられない」』 『そうおっしゃっていました。』 『……ですが、少し困ったことになりました。』 『白井瑞希さん。』 『過去6回の記録を照合しましたが、そのお名前は一度も登場していません。』 『念のため、確認させてください。』 『あなたは、いつから白井瑞希さんなのですか?』
恋文
この手紙が君に届きませんように。 君にこんな気持ちが届かないように願いながら綴るね。 君には君の人生があって、それを私がもらう、なんて大層なことは言えないからとりあえず私の気持ちを書こうかな、と。 どうしようもなく好きなんだよなぁ、恋愛ソングの"君"が全部君になってしまうくらい普通に恋をしてる。 君の声も、言葉も、価値観も、感性もなんかもう全部好きなの。 私なんかじゃ釣り合わないなーと思ってるから一歩引いちゃうし、君にはきっともっとお似合いな人がいるんだろうなーなんて我に返る。 それでも私のこの気持ちは無かったことにならないから、とりあえずここに綴らせて欲しいな、っていう。 ごめんね、好きだよ。 どうしようもなくね。 私の隣に君がいること、想像するけど、そんなのないって否定する自分もすぐ隣にいるの。いつも自分と自分が喧嘩して、結局引き分けになって、どっちも私の中に残っちゃうの。 でも、それでも何かの間違いで君に届いてしまったら、そのときは、返事くらいちょうだいね。
最近
午前六時十八分。 カーテンの隙間から見えた空が、ずいぶん水色だった。 昔の私なら、もう少しくすんだ青を望んでいた気がする。 理由は分からない。 いや、分からないというのは嘘だ。 私はこういうことを、結局あとからいくらでも考えてしまう。 だから今は、考えないことにした。 手のひらが重い。 正確には、手のひらの上に乗った小さな頭が重い。 眠っている犬の呼吸に合わせて、柔らかい毛がわずかに動いている。 手を抜けば起きるだろうか。 起こしたくない。 少し痺れてきた。 まあいいか、と思った。 幸せなんて、案外こういう不便な形をしているのかもしれない。 冷蔵庫には昨日の残り物がある。 読みかけの本がある。 書きかけの文章がある。 今月はあまりお金を使えない。 それでも今日は、そんなに悪い日にはならない気がした。 昔は時間がなかった。 だから、足りないものは買うしかないと思っていた。 疲れたら何かを買った。 退屈ならどこかへ行った。 頑張ったらご褒美を買った。 お金で時間は買えないくせに、時間がないからお金を使っていた。 今は歩く。 本を読む。 料理をする。 思いついた言葉を残す。 犬と歩きながら空を見る。 何も買わなくても一日は結構おもしろい。 そのことを、二十三歳になってようやく知った。 枕元のスマートフォンを取る。 連絡は来ていなかった。 少しだけ寂しい。 少しだけ、というのも嘘かもしれない。 会いたいと思う。 話したいと思う。 私のことを考えていてほしいと思う。 幸せでいてほしいとも思う。 できれば、その幸せの中に私がいたらいい。 矛盾している。 でも最近、それでいいと思うようになった。 私の気持ちは私のものだ。 あの人の気持ちはあの人のものだ。 似ているかもしれない。 同じかもしれない。 まるで違うかもしれない。 考えることはできる。 想像することもできる。 でも、分かったことにはしない。 人間は、自分の気持ちすら分からなくなることがある。 そんな複雑なものを、他人の私が全部分かるわけがない。 それでも、分からないからどうでもいい、とは思いたくなかった。 分からないものを、分からないまま大切にしたい。 たぶん私は、そういう人間でいたい。 犬が小さく身じろぎした。 反射的に手を丸めて、その頭を包む。 「大丈夫」 誰に言ったのか分からなかった。 私は昔から、自分が嫌いだった。 嫌いで、嫌いで、どうにか違う人間になりたかった。 それなのに、世界中が私を嫌いになったとしても、私だけは私の味方でいようと思っていた。 変な話だ。 あんなに嫌いだった人間を、 世界で一番愛していたのも私だった。 たぶん、生き延びたかったのだ。 だから私は私を抱えてきた。 失敗する私も。 面倒くさい私も。 後回しにする私も。 …いや、後回しは普通に直せ。 頭の中で付け足して、少し笑った。 それだけは愛とか個性とか言って救済してはいけない。 今やれ。 すぐやれ。 私はまだまだ変わるらしい。 最近、ひとつ困ったことがある。 ずっと私ひとりのものだった世界に、知らない人が入ってきた。 勝手に入ってきたわけではない。 たぶん私が入れた。 それが一番厄介だった。 自分が好きだった。 自分の考え方が好きだった。 自分なりの生き方が好きだった。 なのに、その人といる自分を見ていると、 少しくらいなら変わってもいいと思ってしまった。 もう少し素直になりたい。 もう少し、わがままを言いたい。 「あなたが困るかもしれない」というところまでちゃんと考えて、それでもたまには、 「そんなの知らない、私はこうしたい」 と、言ってみたい。 恋とは、そういうものなのかもしれない。 自分の気持ちなのに、自分ひとりでは完結しない。 相手の幸せを願っているのに、自分の幸せも諦められない。 大切にしたいのに、困らせたい日もある。 自由でいてほしいのに、選ばれたい。 矛盾ばかりだ。 綺麗ではない。 でも、その矛盾を抱えている今の私は、案外嫌いじゃなかった。 外を見る。 もくもくした雲が浮かんでいる。 雲ひとつない青空ではない。 それでも雲の隙間から、朝の光が差している。 晴れだ、と思った。 これくらいでいい。 曇る日もあるだろう。 雨も降る。 誰かを傷つけることだって、きっとある。 言葉を間違えるかもしれない。 思い違いをするかもしれない。 自分を守った結果、誰かが泣くこともあるかもしれない。 それでも、誰かが痛がるところを狙って、そこへ石を投げる人間にはならないでいようと思う。 腹が立ってもいい。 妬んでもいい。 嫉妬してもいい。 嫌いになったっていい。 感情は、何もしなくたって勝手に生まれる。 だからせめて、そのあと何をするかくらいは、自分で決めたい。 そうして生きられたら。 最後の日に、 私は私のことを誇れる気がする。 手のひらの上で、犬が目を覚ました。 一度だけこちらを見て、 また目を閉じる。 重い。 痺れた。 お腹も空いた。 そろそろ起きたい。 でも、もう少しだけこのままでいようと思った。 午前六時二十六分。 水色の空。 雲の隙間から太陽が覗いている。 世界は別に、私を必要としていない。 それでも私はここにいる。 今日もたぶん、たくさん考える。 人の気持ちを考えて、 自分の気持ちも考えて、 考えすぎて黙って、 たまに全部分かったうえでわがままを言う。 そして夜になれば、 今日の自分についてまた何か考えるのだろう。 めんどくさい人。 でもまあ。 私はそんな私を、 今日も結構、気に入っている。
天使の独り言
あなたが幸せなら、それでいい。 …なんて、上手に笑えたらよかった。 さよならを言えるほど、わたしはあなたを嫌いになれなかった。 神様になりたかった。 あなたひとり、救えないくせに。 羽なんていらなかった。 あなたの隣まで歩いていける足があれば、それでよかった。 祈り方なら知っている。 叶わなかったときの顔も、もう知っている。 あなたを救いたかった。 それが傲慢だと気づくまで、ずいぶんかかった。 優しくありたいと思うたび、 優しくできなかった日のことばかり思い出す。 天国へ連れていくことはできないから、 せめて地獄まで隣を歩こうと思った。 わたしの羽で隠せるくらいの雨なら、 世界なんて怖くなかったのに。 愛している、なんて言わない。 あなたが帰ってこられる場所でいる。
神託
「ん…」 窓の外から聞こえる郵便のバイクの音で目が覚める。 網戸だけでやっと隔離された世界に、朝の冷たい風が流れ込んでくる。 堪らず毛布をたくしあげると、自分が下着しか身につけていないことに気付いた。 まだ寝ぼけた頭で必死に思い出す。 「あ…」 ぐぐっと、頭を毛布に押し付けると、甘いタバコの香りと、対象的なシトラスの香水の匂いがぐるぐると混ざりながら鼻の奥にまとわりついてきた。 「うぇ…」 反射で嗚咽を漏らすと、涙と一緒に昨日の記憶が溢れ出てきた。 毛布に顔を押し付けると、昨日の醜い残渣が私の涙でじっとりと輪郭を取り戻してくる。 どれほど、経っただろうか。 カーテンを揺らす風は生温く、太陽の光は容赦なく、私を照らしていた。 カハ、と音を立てる喉に、やっと乾きを覚えベッドから降りる。 カツ、と足元に何かが当たる。 いつの間に落ちていたのか、スマホの画面が白く光っている。 インスタで拾った、なにかのキャラクターの壁紙に、一件の通知が入っていた。 [昨日はごめんね、君が一番だからさ。今夜も会えない?] 収まっていた何かが喉の奥からせり上がってくる感覚と、胸の奥の方がじんわりと暖かくなる感覚。 あれほど酷い扱いを受けておいて、私はまだこの男からの言葉を神託として受け取るのか。 散らかったままの部屋に乾いた笑いだけが落ちた。
片想い、なんて、言葉に失礼か、笑
君と話してから知ったものも、好きになったものも増えたし、君が言ったことを何回も思い出すし、何かあれば君に話したいと思う。曲を聴いてても君が出てくるし、次に会う日を楽しみにして、それを理由に日々をやり過ごしたりもする。 正直、ちょっと腹が立つくらい影響されてる。 私ばっかりこんなに君のこと考えて、私ばっかり君に形を変えられてるみたいで、たまにすごく悔しい。 君は「どんな人との出会いも今の俺を形づくってる」って言うけど、私はその“どんな人”の一人で終わりたくない。 君にとって出会えてよかった人の一人、とか、忘れたくない人の一人、とか、それだけじゃ嫌だと思ってる。 私が君を特別扱いしてるみたいに、君にも私を特別扱いしてほしい。 君の日常の中で、何でもないときに私を思い出してほしい。私がいないところでも私のことを考えてほしい。何か見たときに私に話したいと思ってほしい。私から連絡が来なくなったら気にしてほしい。 私が聞かなくても、今日何してたとか、明日どこに行くとか、そういうどうでもいいことを君のほうから話してほしい。 私を君の日常の内側に入れてほしい。 もっと汚いこと言えば、私と同じくらい君の中を占領したい。 私の中にはもう勝手に君用の席ができてるのに、君の中に私の席があるのか分からないのが嫌だ。 「なくてもいい」って思おうとするし、「私が好きなんだからそれだけでいい」って何回も思う。でも本当はよくない。 私だけこんなに好きなの、嫌だ。 同じだけ好きになってほしい。 でもそんなこと要求したくない。君には君の好きなようにいてほしい。私の気持ちを負担にもしたくない。 なのに、自由でいてほしいと思ってるくせに、その自由の中で私を選んでほしい。 何も強制したくないのに、自分から私を特別にしてほしい。 だから「君にも俺との出会いから何か得られるものがあったら嬉しい」って言われたとき、本当はちょっと笑っちゃうくらいだった。 もう得てるよ。 貰いすぎてる。 最近の私は、少しくらい君の形をしてると思う。 だから本当は、私も、君を少しくらい私の形にしてしまいたい。 君がこの先誰と会って、誰を好きになって、どんな人生を送ったとしても、その中に私から渡ったものが残っていてほしい。 忘れないでほしい、だけじゃない。 忘れようとしても、私がいた痕跡までは綺麗に取り除けないくらい、君の中に残りたい、なんてね、笑
夜、海、君と二人
「波って飽きないのかな」 海を眺めながら君が呟く。 「飽きる?」 「うん、寄せて引いて、それだけでさ。」 何かを含んだような横顔をじっと見つめる。 控えめな二重、眠そうな目、薄い唇、小さな耳たぶ。 何度も見てきた彼の横顔がやけに寂しそうに見えた。 「飽きないよ、きっと」 私もそっと口を開く。 不思議そうな顔をした君と目が合い、咄嗟に海に視線を移す。 「波の形って、それぞれちがうでしょう?同じことを繰り返すわけじゃないんじゃない?」 自分で言って、少し照れくさくなって誤魔化すように笑う。 迷子の手で髪の毛をくるりと掬って首を掻く。 それからは二人とも無言だった。 波の音がオルゴールのように響いているだけ。 「F分の1の揺らぎっていうんだっけ、これ」 「うん、規則性のない規則的な音。」 世界に君と私だけが残る。 潮だまりに映る影が一瞬だけ、ひとつに重なった。
標本
パシャリ。 深夜1時、しんと静まり返った街に、スマホのシャッター音が無機質に響いた。 写真フォルダを開くと、小さな灯りがいくつも並んでいる。 また、歩き出す。 袖を引っ張って手のひらを隠す。 数メートル先に街灯の光が見えた。 少し駆け足になって近付き、スマホを構える。 パシャリ。 前から走ってくる自転車に乗った人と目が合いそうになって、咄嗟に逸らす。 咳払いを一つ。 「誰もいないと思ったのに」 自転車のライトが見えなくなったのを確認してぽつりと呟く。 胸がそわそわして、スマホを開く。 開きっぱなしにした写真フォルダに浮かぶ灯りたち。 スッと、胸に風が吹いた気がした。 私の、私だけの、生きるための標本。