華蘭蕉(はなかんな)

88 件の小説
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華蘭蕉(はなかんな)

百合そうで百合くないでも結構百合な『だーくふぁんたじー』を書く小説家こと『はなかんな』です。小説内で多用する花言葉をトッピングか何かと勘違いしてる説がある。本人曰く花言葉のライブ感がたまんない。やっぱ花言葉よ。 だいたい毎日更新中。忙しい時は更新忘れるかも。連載中のお話の続きが気になる方はTwitterのリンクを辿ればいっぱい読めます。

きっしょ

昔、その辺の草を見ていた時の事を思い出した。 又は昔、その辺の動物を見ていた時の事を思い出した。 『ただ生きる為だけに欲を満たす生涯は楽しい?』 幼げながら思った感情をようやく言語化できた。 ……今、僕を救ってくれた親友の言葉を思い出した。 『もっと正直に生きろよ』 だから、僕は 『そんな人生楽しい?』 吐いてしまった。 嫉妬と傲慢さに満ち満ちた悪意の回答。 僕は深く傷ついてしまった。後悔したからだ。 親友も同じ位、僕の言葉に心に痛みを抱えてくれたらなとも思った。 そして、ひとこと。 『きっしょ』 誰が言ったか分からないそんな言葉が僕をまた傷つけた。

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某小説家のセレナーデ

 忙しないこの季節に溜息を吐く黄昏時。  街を歩くと興味無かった駅のポスターや旅行雑誌のパンフレット、人々で賑わうショッピングモールが私の目には鮮明に映って見えた。 『この感情は憧れなのだろうか?』  疑問符と溜息を乗せたまま見上げるその夕焼けは雲一つなく、広く、紅く、綺麗でまだ遠いことが分かった。  もう咲きそうでまだ咲かない桜の蕾と少し暖かくなってきたこの気候に『コートは似合わなかったかな』と呟きたくなってまた溜息を吐く。  でもきっと、それは心が躍っている証拠なのだろう。  何せ初めての春だから。  それはそれは、これから何か起きそうな予感が心を躍らせる春だった。

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某小説家のセレナーデ

スキャーリィ編 20話 償い2

 私の兄としての名前は筒美|切手《きって》、実の名を色絵《しきえ》青磁《せいじ》。彼は|DRAG《ドラッグ》を作った功績から護衛軍で特異能力者《エゴイスト》を研究する事を許された人間。  そして、それと同時に私の祖父である元護衛軍大将の筒美《つつみ》封藤《ふうとう》から護衛軍にいるであろう調査員を暴くために、秘密裏に樹教への潜入調査を依頼された人間であった。  もし、衿華《えりか》ちゃんが本当に樹教であるならば、彼の目の前に現れた時点で捕まってしまっていたのだろう。しかし現実はそうではなかった。であるなら、衿華ちゃんが樹教では無いことは自明だ。  では、何故衿華ちゃんは護衛軍に樹教が潜入しているかという可能性を知ることができたか……  青磁先生や瑠璃くん、そして祖父に会ったあの日の事を思い出す。  そういえばあの時、祖父に会った時青磁先生に『樹教の件で来た』と言っていた。  まさか……衿華ちゃんはそれだけの言葉でここまでの行動を起こしたの……? そこまでして、私達に罪なく逃がそうとする為だけにそうしたの……?  それに…… 「ハァ……ハァ……」 「どうしたッ⁉︎ モミジッ⁉︎」 「まさかッ……」 「何だよッ⁉︎ 分かるように説明しろよッ⁉︎」  こんな事誰かに説明すれば、関わって来た人全員の努力が水の泡になる……説明出来るわけがない……  だって、私達の前に現れたあの感情生命体《エスター》を作ったのは……  青磁先生の作った|DRAG《ドラッグ》が原因だから。  あれだけイレギュラーの感情生命体《エスター》がいるのは彼が裏で関わっていた可能性が高い。もしくは樹教への信頼を得る為に行った事なのか……?  待て、まてまてまてまて……  私はそれを知らないながらも、なんとなく危機的な状況にあったのは理解していた。それはその対策として、青磁先生から黄依《きい》ちゃんや衿華ちゃんから作った|DRAG《ドラッグ》を作って渡して貰っていたからだ。  まさか、青磁先生は全てを……衿華ちゃんの特異能力《エゴ》があの感情生命体《エスター》の『衝動《パトス》』に効果が有る事を読んで私に|DRAG《ドラッグ》を託した……?  というかあの|DRAG《ドラッグ》を作った時点で彼は既に樹教の監視下に置かれていたとしたら……部屋……青磁先生の部屋にあった違和感……確か青磁先生に花を鑑賞するなんて無かった筈なのに、あの部屋にはジャスミンの花があった。  そういう事か……だからあの時込み入った話をしないように私を馬鹿にしながら喋っていたのか……  最悪、公園で話した私の過去や青磁先生の過去も敵に知れ渡ったという可能性もあるのか……いや、それなら祖父か瑠璃くんが気付くか…… 「……結局私がまた理解が及ばなくて助けられた筈の人間を助けられなかったのか……」 「……は?」 「ごめんなさい……今の言葉は忘れて……」 「大丈夫……? 紅葉ちゃんさっきから顔色が悪いようだけど……? 気持ちは痛いほど分かる……でも、こんな職業柄こういう事はよくある事だから、慣れろとは絶対に言わない。でも折り合いは多少なりともつけて欲しい」 「はい……」  これは流石にこの二人には隠さなくてはいけない……特にこの二人は樹教とは何も柵の無い人達だ。真実を知ればきっと樹教から命を狙われる……関係の無い人達は巻き込む事はできない。  だから、今はそれよりも全ての状況を理解した上で私だけが取るべき行動を取らなくちゃいけない。衿華ちゃんが死んだのも全て私の樹教への復讐がきっかけだ。  そう、私の父は樹教の教祖にして先代の贄『漆我《しつが》紅《くれない》』によって命を奪われた。それ以降、私は暴力を嫌うようになりながらも、自身を鍛える為母元から離れ祖父の元で筒美流奥義を学んだのだった。  そして、家族を樹教に奪われた青磁先生、そして祖父の協力を得て樹教の情報を得ようとしていた。これが私の復讐の内容。  ならば私が今取るべき行動は一つ。  あの感情生命体《エスター》を殺さねばいけない。 「……私、あの感情生命体《エスター》に対抗する方法を思いつきました」 「モミジ……お前……さっきから様子がおかしいぞ」  蘇芳ちゃんは戦慄したような表情で此方を見る。 「実は私、衿華ちゃんの|DRAG《ドラッグ》持ってるんです」

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スキャーリィ編 20話 償い2

スキャーリィ編 19話 償い1

 目が覚めた時にはもう全てが終わっていた。  周りを見渡すともうすでに船は港が見える所まで来ていた。皆んなさっきの攻撃でかなり消耗し、中には先程までの私ーー筒美《つつみ》紅葉《もみじ》のように気絶している人さえいた。あんな状況で、誰が船を運転したのだろうか……そして、先程まで船上に十数人いた軍人達は半数以上も減っている事も分かった。それに…… 「衿華《えりか》ちゃん……」  私は気を失う前の事を必死に思い出す。  船上にいた全員が感情生命体《エスター》の『衝動《パトス》』によってピンチになっていた時、衿華ちゃんは私に対して特異能力《エゴ》を使った。そして、私は気を失った。  色々な記憶違いが有るにせよ、それが起きたのは夢では無く本当の事だったのだろう。  そして、衿華ちゃんがそんな事する理由なんてたった一つしか思い付かない…… 「紅葉ちゃん……気が付いたのね」  声をかけられた先には妊婦の女性ーー天照《てんしょう》大将補佐がペタンと甲板の上で座っていた。 「酷い闘いだったわね……」  彼女は海の方を遠くボーっと見ていた。 「ねぇ……私、貴方に言わなきゃいけない事があるの……」  さっと立ち上がり、近くにあった船室……操縦室の方へと歩いて行く。 「付いてきて、ここでは話せない話なの」  私は『今はそんな事より』という言葉を必死に押さえて立ち上がり、彼女について行く。  船室に入ると、『衝動《パトス》』の影響で泡を吹いて床に倒れていた名前も知らない船の操縦者らしき男性と眼帯をした少女ーー踏陰《ふみかげ》蘇芳《すおう》ちゃん……通称『ふみふみちゃん』がいて席に座り船を操縦していた。 「モミジか……無事で何よりだ」 「無事だったんだね……蘇芳ちゃん……」  最年少の彼女の無事を安堵すると共にさっきから渦巻いていた衿華ちゃんへの疑念が溢れ出てしまう。 「ねぇ……衿華ちゃんは?」 「……」 「……そうよね」  二人は俯き表情を苦くし、数秒経った後、天照さんが喋り始めた。 「あの子は私達の為に命をかけてまで時間稼ぎをしてくれたのよ」 「……そんな事は分かっています! そうじゃなくて……! 衿華ちゃんはどこに居るかって聞いているんです!」  唇を噛みながら、まるで自分を呪うかのように彼女は言った。 「分からないの……? あの子がここにいる訳無いじゃない……」  すると、蘇芳ちゃんが口を開く。 「そりゃそうだろが……モミジにかかってたエリカの特異能力《エゴ》が解けたからお前が目覚めたんだよ……」  彼女の言葉が刺さり、自分の中でグルグルと回る。そして、脳と耳との間で何度も何度も間違いはないかという信号が行き交う。  特異能力《エゴ》が解けたって……それはつまり使用者に何かあったって事……  おそらく、力を使いすぎて特異能力《エゴ》を維持できなくなったのだろう……  もし、そんな状態であの感情生命体《エスター》と対峙したのなら……  衿華ちゃんはもう……  理解して、膝を崩し、頭を抱え後悔した。  私は彼女に償えきれない程の罪と迷惑をかけた。甘い言葉で囁いて、あまつさえ私への好意を向けさせ、自分の|願い《エゴ》を叶える為に利用した。それなのに友達と呼んでくれた彼女は私を守る為に…… 「死んだ……」  現実を理解して、言葉だけが私の中に反芻する。  死んだ、死んだ、死んだ……  また、死んだ。  それを無くす為に命をかけてきたのに。二度と葉書《はがき》お姉ちゃんみたいな人が出ないようにする為に私が強くなったのに。 「肝心な時に私は……また何も出来なかった」  あぁ……またこの感情か。なんて惨めなんだろう……  なんで、私が『死にたい』なんて思っているんだ。 「モミジっ……私さ……お前らの事羨ましかったんだよ。いつもさ、仲良く三人で……困った時は背中合わせて闘って。そんな友達が私も欲しかったって……実際お前らと少しだけでもつるむことができて嬉しかったんだよ」  蘇芳ちゃんの顔をよく見ると、酷く窶《やつ》れた顔をしていた。 「もっとちゃんと上司として注意しておくべきだったよな……私がエリカ達に任務に来るなって言うべきだったよな……?」 「そんなの……年長者のくせに貴女達を守らなかった私の方がどれだけ罪深いかっ……!」 「違うよ……」  どうして……? 全部悪いのは私だよ! なんでそんな事を…… 「頼む……モミジ……私を恨んでくれ……」 「やめてよ! そんな言葉聞きたくない。悪いのは近くにいて守らなかった私なの!」  気付けば心が荒んでいくのが分かった。  互いにこれ以上言い争いをしたって無駄なのに、業を背負って、そうやって生きて、大切なモノを失って……  私達はそうやって生きていかなくちゃ人並みに人生を歩んじゃういけない……そんな気持ちに駆られていつまでも自分を責め続ける。  私は葉書お姉ちゃんを失ったトラウマと衿華ちゃんにしてしまった罪。衿華ちゃんにとって私が『筒美紅葉』で無ければ彼女はそもそもあんな行動に出るほど状況を理解できない人間じゃなかった。その筈なのに、私がそうさせてしまったという罪悪感。  蘇芳ちゃんはこの任務の部隊に私達を選んだ責任感。そして彼女の中には様々な案があった筈だ。しかし、予想しきれなかった『衝動《パトス》』の存在、その結果半数以上の部隊の死亡を招いた。そして、彼女から見れば私にとって衿華ちゃんは『かけがえのない親友』。それを間接的に奪ってしまった事への罪悪感がこの取れるはずのない責任を取ろう突き動かして、これだけ必死に訴えているのだろう。  天照さんは任務に参加した人間の中で一番実力、経験、立場が上位であったことへの責任。そして、それなのに妊娠という免罪符を抱えてしまったこと。全力を尽くせばこんな惨い結果にはならなかった事への罪悪感。  各々の感情は全て罪悪感で、どれも変わらず自分のエゴイズム。理解していても止めようとしないのは最早、人間……そして特異能力者《エゴイスト》の性だった。  そして、そんな途方もない意見の押し付け合いが終わる。 「もうやめよ……蘇芳ちゃん、紅葉ちゃん。ここで私達の誰が責任を負ったって、衿華ちゃんは報われない。それにあの子がどんな気持ちで『裏切った』なんて言ったか貴女達には分かるの?」  裏切った……?  その言葉に私は過剰に反応した。  何せ心当たりがあったから。  私はあの感情生命体《エスター》に関わっているであろう樹教に潜入している人物を知っているから。 「そんなの……エリカの気持ちが簡単に分かるなんて口が裂けても言える訳が無いだろうが!」 「ねぇ……それどういうこと……?」  その瞬間、場の空気が凍てついた。それは私の出した声がもはや形容出来ないほど、酷く震えた声だったから。 「まさか衿華ちゃん……自分が樹教のスパイとかそういう嘘をついたの?」 「あぁ……そうだが……何故それを」  何かが原因で彼女が『裏切り』を偽ったのであれば、理由が有るならあの日ーー瑠璃くんと会った日が原因に違いない。

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スキャーリィ編 19話 償い1

スキャーリィ編 18話 エリカ7

 衿華《えりか》に迫りくる触手、しかし自身の身体はふわりと宙に浮きそれを難なく回避する。そして、背中にある感覚だけを頼りに蛾のように羽を羽ばたかせる。  蚕は本来なら羽が退化して飛べない虫の一種。それは人間にずっと家畜として品種改良を繰り返された結果起きた事。  しかし、お婆ちゃんが衿華に向けて言っていた『天蚕《てんさん》』という種類の蚕は空を飛ぶことができる。それは人間家畜として飼われてきた虫ではなく、野生で自分だけの力で暮らし生きてきたから。 「飛べた……!」  衿華達人間は筒美《つつみ》流奥義の舞空術でも使わなければ、滞空すらできない。衿華にはもちろんそんな事は出来なかった。  だからこそ、この局面で飛べた奇跡に感謝するとともに、舞い上がる蛾のように飛べる喜びが衿華を突き抜けていく。  しかし、いくら特異能力《エゴ》の出力が上がっても、アイツには再生能力が有る。だから、衿華は現状持ち得る手札を全て使おうともどれも決め手がないから死に至らせることはできない……  それに関しては周囲を吹き飛ばし、再生させる隙を与えない程の大火力を放てる薔薇《ばら》ちゃんがここにいれば、きっと何とかなる相手だったんだろう。  少し距離を取りつつ、ギリギリ触手の攻撃範囲であろう位置で挑発をする。コイツがもしまだ奥の手を隠していたら、幾ら精鋭を集めても難しい……だから、全部引き出して潰してやる…… 「!gnikcuf&gnikcuf/『*scimanyd#diulf』」 「『流体力学《フルイッドダイナミクス》』……? 特異能力《エゴ》か……!」  上手く挑発に乗ってくれたのか、悔しがりながらアイツは水を操る特異能力《エゴ》を発動させる。  空中にいる衿華に向けて、周囲の海水を使い無数の数の水の刃を飛ばす。音速を遥かに超えた速さで飛ぶ水に当たれば一溜りもない……だけど、今の衿華は動体視力も筒美流奥義で強化出来ており、それに反応して避ける事ができる。  羽を少し閉じ、身体を筒美流奥義で強化し、縦横無尽に駆け回る。  感情生命体《エスター》は衿華に攻撃は当たらない事が分かると直ぐに諦め、唸りながら特異能力《エゴ》を解除した。 「……unununug」 「やっぱり特異能力《エゴ》の使い方を隠していた……最初から特異能力《エゴ》で攻撃しなかったのは感情生命体《エスター》としての本能を優先させたかったから、それに衿華達は敵とすら認識されていなかった……ただの餌だとでも思ってたのか……」  でも、特異能力《エゴ》がこの程度なら黄依《きい》ちゃんや天照《てんしょう》大将補佐の特異能力《エゴ》で何とかできる……!  できれば、この事を自我が有る状態でみんなに伝えたいけど、この半分|感情生命体《エスター》で半分人間の状態がいつまで続くのか分からない……  それに、もう決まっているじゃないか……あそこには戻れないって…… 「とっくに覚悟決めたのに……人間って……本当に酷い」 「!serutaerc#ylgu¥era€snamuh$,sey」  衿華が悲しみ少し後悔する中、『そうさ、人間は醜い生き物だ』と言わんばかりの同情が目の前の感情生命体《エスター》から放たれる。 「でも、アナタにそんな事言う資格はない! 何も分かってない……アナタは何も分かっていないのよ! アナタは衿華の仲間を沢山殺したッ! 沢山の人から人生を奪ったッ! そして、今から衿華の人生さえ奪おうとしている!」  そんなの当たり前だ……  衿華が憂いたのは人間という種に対してではなく、衿華が人間だった頃の残してきた感情が切なくて酷くて耐え難かったから……衿華が決めた事なのに今更こんな後悔が出てしまう衿華を許さなかったからだ。  感情生命体《エスター》から触手が放たれるが、あえて避けようとしない。  捕まり、貫かれ、拘束され、手加減なく特異能力《エゴ》で血流を操作される。  痛みと苦しさが凝縮したものが衿華の身体を突き抜けていく。 「ガハッ……! 確かに人間は酷いわよ……はぁ……はぁ……でも、アナタの方がもっと酷い。アナタは少し人の痛みを知った方が良い……あの子のっ! 紅葉《もみじ》ちゃんの……涙の意味を知った方が良い!」  全部全部衿華自身に言い聞かせている事。  衿華の特異能力《エゴ》の発動と共に、衿華が受けている痛みのおよそ何倍もの痛みを目の前の感情生命体《エスター》の全身に送る。 「!aaaaaaaaaaaaaaaa」  感情生命体《エスター》は痛みに叫び、身体をくねらせながら咄嗟に衿華から触手を引き抜こうとする。 「逃げないでよ……折角痛みのなんたるかを教えてるんだから……」  衿華はそれをガシッと手で抑え、抜けないようにする。そしてそのまま上空へと飛び引っ張り上げる。 「逃さないから」  ズルズルと衿華に引っ張られた感情生命体《エスター》は海の中に隠していた身体の部分をどんどん露わにしていく。  全身が海水から出た時には衿華は既に100メートル位上に飛んでいた。つまり、コイツは約90メートル程身体を海の中に隠していた。 「どこまで奥の手を隠せば気が済むのよ……!」  そのデカすぎる手や足をくねらせながら、蛸のような頭部にあった触手を何本も衿華に向けて放つ。  勿論、避ける気なんてなかった。  グサグサと身体が貫かれる。だが、それだけ感情生命体《エスター》の方にも比例して痛みが共有される。 「そうか……分かったよ。アナタが奥の手をあれもこれもって隠してる理由。さっきは衿華達の事を餌かなんかだと思ってるって思ってたけど。でも違う、アナタの本質は恐怖を与えるんじゃない」 「!pots&pots&pots&pots&pots&pots/!erom#yna+yas t'nod」  その瞬間、目の前の感情生命体《エスター》には恐怖の表情が浮かんだ。 「アナタ……本当は人間が怖いんでしょ?」 「!aaaa*aaaa*aaaa*deracs@ma%i」  否定しようと必死で叫ぶ感情生命体《エスター》。  でも、怖いから実力を隠して、怖いから不意打ちみたいな真似をしようとして、怖いから先に油断させて、怖いから衿華達を恐怖に陥れた。有利になれば油断して、玩具のように人で遊ぶ。  少しでも想定外の事が起きて、不利になればこうして叫び違うと暴力でその場をやり過ごそうとする。 「惨めね……こんなボロボロな衿華を煽って怒らせた癖に震えて、怯えて、恐怖して……だからお返し……アナタに対する最高の侮辱を送ってあげるよ」 「!pooooooots」  嘲笑ってやると言わんばかりに衿華は笑みを浮かべる。 「アナタなんてちっとも怖くない」  怒り狂う感情生命体《エスター》は身体を無理矢理動かして、衿華を喰おうとする。  だが、それは悪手中の悪手。 「衿華を食べた所でアナタはずっと苦しめられるだけだよ」  触手ごと口に放られた瞬間、衿華は特異能力《エゴ》を全力で解放する。 「せいぜい、永遠に痛みに恐怖しながら紅葉ちゃん達に殺されればいいわ」  四肢を歯に切断され、身体中に壮絶な痛みと感情生命体《エスター》の口の中全体に大量の血をぶち撒けた。 「『痛覚支配《ペインハッカー》』ーー精神崩壊《メンタルコラープス》」  永久に消えることの無い痛み、それを背負いながらコイツはこの先きっと後悔しながら死んでいくだろう。  そして、衿華も。 「さよなら紅葉ちゃん」  それでも、最後には大好きだった人の顔が浮かぶ。  そして、死にたくないという感情と死にたいという感情が衿華を侵食していき、瞼が重くなっていく。  あの子との楽しい思い出の数々。喧嘩も少しした。慰めあったりもした。  そういえば、昔こんな約束をしたな…… 『もし、感情生命体《エスター》になったら衿華ちゃんはどうする?』  その時は、ちゃんと答える事が出来なかったけど、今ならはっきりと答えが出せる。 「折角なら紅葉ちゃんに殺してもらいたかったなぁ……」  掠れた声で見る事の叶わない|願い《エゴ》を口に出す。 「幸せになってね。紅葉ちゃん……笑顔でね……」  その言葉を最後に衿華の意識は暗い所へ落ちて行った。

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スキャーリィ編 18話 エリカ7

スキャーリィ編 17話 エリカ6

「私は衿華の事……どんな人生を送ってきて、どんな経験をして、どんな『感情』を抱いたか知らない。だから、ひとつだけ教えて欲しいの。衿華が自分自身で似ていると思う生き物、人間以外でなんだと思う?」 「それは……」  可愛い動物、美しい植物。沢山沢山のものが思い浮かぶが、それは衿華に似合わないと感じてしまう。 「やっぱり卑屈になっちゃうのね、昔の私そっくり」 「ごっごめんなさい!」 「ゆっくり決めて欲しいと言いたいところだけど、時間がないからね」 「いっその事虫とか!」  いっぱい足がついてるのは気持ち悪いけど、6本までなら……昆虫なら大丈夫……大丈夫? 「えぇ……? 蝶々とか?」 「ダメ! それじゃあ可愛すぎる! 衿華に似合わない! 衿華なんて『蛾』で充分よ!」 「蛾ッ⁉︎ 我が孫ながらなんて酷い自己嫌悪……貴女のお父さんが聞いたら泣くわよ?」 「いいの! 蛾で!」  虫に我と書いて蛾。光に集まってく姿なんて、紅葉《もみじ》ちゃんに対する衿華らしくてなんて丁度いい。 「うーん……それじゃあ『蚕』とかどう?」 「蚕ってあの白くて繭をつくる?」 「そうだね。蚕の繭で作った糸は凄く綺麗なのよ。特に天蚕《てんさん》と呼ばれる、山繭蛾《ヤママユガ》科の蚕は凄く稀少の天然物で高級品の着物とかに使われているの。糸自体に光沢があってとても綺麗だよ?」 「でも、やっぱり綺麗なのはちょっと……」 「客観的視点くらい少しは取り入れなさい。衿華は可愛いんだから。ちゃんと今まで美人さんに成長してくれて私も嬉しいわ。だからね、こういう時こそ貴女にはより美しくなって欲しい」  頭を撫でられる。蚕は確かに蛾だし……お婆ちゃんの気持ちもとても嬉しい。 「大丈夫よ、貴女は『希望』なのだから。衿華がそれを自覚すればきっと誰だって救う事ができる」  握手され、その手の温かさが伝わってきた。 「これからよ……衿華。貴女はこの最悪な状況を変える事ができる。だから、最後まで諦めないで。貴女の『痛み』が判るから貴女に託すわよ」  手が離され、優しく背中を押された。 「さよなら、また後で逢いましょう」  声が薄れて、意識がはっきりとしてくる  気が付くと氷の上に立っていて目の前には感情生命体《エスター》の驚いたような表情が見えた。 「!ecnaraeppa%ti@si#tahw」  何となくコイツ言っている事が理解できた。 『その姿はなんだ』と  衿華自身の身体を見てみると、触手によって貫かれた穴は塞がり、より肌が白くなっている。目にかかっている髪も白く、頭からは触覚みたいなものも生えていた。背中には変な感覚が沢山あった。多分、チラチラと見えるこの大きな白い羽と阿修羅のように生えたこの虫の脚のような手なのだろう。  その見た目はお婆ちゃんと話した通り、蚕と人間が合わさったような姿だった。  でも、もう姿は人間から離れたはずなのに自我は保てていた。その点だけ言えばより人間らしくなった気もする。人間にしか抱かないであろう『憧れ』という感情が止めどなく溢れきて、それが衿華の姿まで変えていく。  瑠璃くんはきっとこれを生まれた瞬間から体験していたのだろう。彼も色々な事を体験したのだろうか……? 「……これが感情生命体《エスター》。これが、『エリカ』」  唸る目の前の感情生命体《エスター》。気を抜けばどちらが死に至ってもおかしくはない状況。人智を超えたモノ同士の闘い。 「これでもきっと貴方には届かないかもしれないんだよね……全く、世の中は不条理にも程があるよ……」  だから、何度も何度も誓った『|願い《エゴ》』を胸に、もう一度覚悟を決める。 「貴方を止める……! この特異能力《エゴ》で!」

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スキャーリィ編 17話 エリカ6

スキャーリィ編 16話 エリカ5

 先程、混乱した天照《てんしょう》大将補が言っていた名前と同じ名前が出た。それに衿華《えりか》の祖母……これまでに会ったことのある母方の祖母では絶対に無いし、父方の祖母や祖父はもう亡くなったって…… 「衿華のお婆ちゃん……?」 「そうよ。きっと衿華には色々話さないといけないことが沢山有ると思うわ。だけど今は時間がない。それにもう、貴女の身体は手遅れ。だから伝えなきゃいけない事だけ伝えるわよ」 「でも、衿華は守らないといけない人が居るんですっ!」 「大丈夫よ、それだけは絶対に叶えられるわ。その気持ちが貴女が衿華である理由なのだから」  彼女は衿華に優しく微笑み、衿華を落ち着けてくれる。 「……お婆ちゃんと今まで話したことなかったけど、なんでそんなに衿華の事を気にかけてくれるの……? 「当たり前じゃない……あなたは私の孫なんだから! それに実は衿華には二度だけ会ったことがあるのよ。最初はまだ産まれて間もない赤ちゃんの時。二回目は貴女が感情生命体《エスター》由来の病に罹った時」  いつも見ていた夢の『痛み』の原因は感情生命体《エスター》由来の病気だった……  確か紅葉《もみじ》ちゃんも感情生命体《エスター》由来の病気に罹ったから、葉書《はがき》さんの心臓を移植したって……  まさか、同じなんて事は無いだろうけど…… 「あの病気は衝動《パトス》と同じ|ERG《エルグ》による人体への干渉。特徴的なのは|ERG《エルグ》の形状が赤く染まった蒲公英《タンポポ》の種子に似ているという事、そして正常な細胞を癌のような悪性腫瘍に変える事、増殖するのに規則性がない事が挙げられるわね」 「……え? ちょっと待って……」  それって紅葉ちゃんから聞いた特徴と同じ……  世間って狭いんだなぁ……  ここまで来ると衿華と紅葉ちゃんの間には何か運命的な繋がりがあったのではないかと思い少しだけ嬉しくなる。 「実は衿華の『友達』が同じ病気だったらしいんだけど、あんな病気にかかったら衿華は大変だったんじゃ……? そもそもどうやって治したの?」 「……その答えは今、衿華と私の意志が疎通出来ている事にあるわよ」 「……まさかっ!」  衿華は一瞬、紅葉ちゃんと同じようにお婆ちゃんの臓器を移植されたのだと思い声を出した。  お婆ちゃんはコクっと頷くが、返答は衿華が予想した物とは違っていた。 「私の特異《エゴ》|DAYN《ダイン》の入った細胞を一部移植、正確には特異《エゴ》|DAYN《ダイン》だけを抽出して衿華の細胞に馴染ませた。今衿華が話しているのは、私の特異《エゴ》|DAYN《ダイン》に含まれた微かな残留物だと思うわよ」  |死喰い樹《タナトス》の腕が認識出来ない程小さい物質には反応出来ないから、衿華には紅葉ちゃんのように死喰い樹《タナトス》の腕は来ない。しかし…… 「そんな事しても、あの病気は治せないんじゃ……?」 「いいえ、そんなこと無いわ。私の特異《エゴ》|DAYN《ダイン》を衿華に移植した事で、衿華は元々持ち合わせていた特異能力者《エゴイスト》としての才能に目醒めたの。そして、私たちの特異能力《エゴ》ーー『痛覚支配《ペインハッカー》』の真価は『痛み』への干渉じゃない。一つは神経への干渉……これは衿華にも分かるわよね」  衿華はこれまでの戦いの最中、人の神経へ干渉し、動きを止めたりしていた。確かに、『痛覚』だけを支配するには、神経まで干渉していた感覚もあった……  それは無意識に使ってきた事だった。 「でももっとすごいのがもう一つの最後の能力……大雑把に言えば脳内に存在する人間の『感情を司る』化学物質と微弱な電気信号を操る。これが感情生命体《エスター》の『衝動《パトス》』による干渉……つまりは|ERG《エルグ》に付随した神経伝達物質による汚染を浄化していたのよ」  その話を聞き、点と点が繋がったように色々な物の関係性が繋がる。  先程、衿華の特異能力《エゴ》ーー『痛覚支配《ペインハッカー》』があの感情生命体《エスター》の『恐怖』の『衝動《パトス》』を無効化をしていた。  そして、『衝動《パトス》』は|ERG《エルグ》の汚染を行う事で人間に対して、特定の感情を抱かせる感情生命体《エスター》の生態能力の一つ。『衝動《パトス》』によって放たれた|ERG《エルグ》は常に『感情を司る』物質と結合した状態にある。  あの病気も『衝動《パトス》』の一種だとすると…… 「それじゃあ、あの病気は衿華自身が……衿華の特異能力《エゴ》が治したの……?」 「えぇ、そうよ。だから、衿華は自分自身に誇ってちょうだい」 「でも、それはお婆ちゃんが衿華に特異能力《エゴ》を渡してくれたから……」 「……もちろん、私の特異《エゴ》|DAYN《ダイン》の移植も要因の一つだけど、それはキッカケに過ぎない。最後はあなた自身の心の強さによって勝ち取った特異能力《エゴ》よ。今、衿華は護衛軍の元大将補からちゃんと強い子だってお墨付きを貰えたのよ?」  今まで、周りの人に比べて衿華は劣っていると感じて暮らしてきた。紅葉ちゃんや黄依《きい》ちゃんはもちろん凄いし、衿華では想像も付かないほどの絶望と葛藤を繰り返してこの戦場に立っていた。だから、あの二人に衿華は『憧れていた』。  衿華も努力はした。筒美流奥義を覚える為に機関生の頃から色々な事を勉強した。苦手だった運動もずっと頑張ってきた。護衛軍の厳しい訓練にもずっと耐えてきた。暇さえ見つければ自主練だってしてきた。紅葉ちゃんにも奥義の練習に付き合って貰った。  でも、『憧れ』には一歩届かなかった。気づいた頃には衿華の中には『憧れ』が届かないものであるからこそ『憧れ』だという事を理解した。  そして、今はその感情こそが衿華自身を『憧れ』の存在へと近づける。 「ありがとう……お婆ちゃん……」 「今まで、お婆ちゃんらしい事出来なかったからね。それに、どうせ衿華は遅かれ早かれ感情生命体《エスター》になる……ならそれを利用しないと」  衿華を抱きしめながら彼女はそう言った。

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スキャーリィ編 16話 エリカ5

スキャーリィ編 15話 エリカ4

 触手を引き抜かれ、衿華はその場に倒れ込む。酷い血の量と身体の穴、そして痛み。それでも、また触手が衿華に這い寄る。  途端にずっと放たれていたアイツの『衝動《パルス》』が止まった。  そういえば、アイツが『衝動《パルス》』を放っている間、特異能力《エゴ》を一切使用してこなかった。  触手の模様を衿華に見せつけるようにして、貫かれた穴に触れた。  まさか…… 「!ahahahayg『♪scimanyd☆diulf』」  この感情生命体《エスター》の元となった特異能力者《エゴイスト》は香宮《かみや》洪《こう》。  水及び水分を含む液体を液状のまま自由に操る特異能力《エゴ》の持ち主だった。  その特異能力《エゴ》を使い直接触れる事によって、衿華《えりか》の血液を弄び、穴から血が吹き出ないように、器用に心臓だけをうまく圧迫し負荷をかけ鼓動させる。 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」  つまりアイツは勝ちを確信して、衿華で遊び始めた。いつでも殺そうと思えば殺せるのに。衿華を死への『恐怖』に染めて、よりその生存本能を満たす為に。  いっその事、一思いに殺してほしいと願いたくなるが、こんな死にかけの今の状態で『死にたい』なんて考えたら、死喰い《タナトス》の腕が飛んでくる。それにまだ衿華に対して死喰い《タナトス》の腕が来ないなら、時間を稼ぐ為に戦わなければいけない。  肋間神経痛のような、まるで心臓を強く誰かに握り締められているような激痛を伴う動悸のせいで身体が動かなくなっていく。  息苦しい。  しかし、呼吸をしてもこの苦しさが続く。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」  肺に入った筈の酸素に血液が結合してくれないのか……  もう……駄目だ……  意識が……  視界が暗転する。妙に落ち着く感覚が続いた後脳裏には見知った映像がちらつきを始める。  一瞬走馬燈か何かだと思ったが、それはいつも聞き見て感じる知っているけど知らない映像。|DRAG《ドラッグ》の使用によって起こった脳が割れるような感覚とその映像のフラッシュバックが強くなっていく。  それは衿華のいつもみる夢のようだった。  歳を重ねた女性。衿華の手を握る皺のある手。  夢と違うところはその人の顔がハッキリと見えた事。  凛々しく意志の強い瞳、老いのせいで少し顔に皺があるが若ければより美人であったであろうその顔。そんな評価をして恥ずかしいのだが、少しばかり衿華に似た雰囲気を持った女性だった。  衿華に向けて語りかける元気つけるような優しい声。 「衿華……衿華……貴女は大丈夫よ」  さっきまで苦しかった感覚が消えていく。 「あなたは……一体誰?」 「私は貴女の祖母。蕗《ふき》羽衣《はごろも》。10年前、あの事件で死んだ元護衛軍の大将補佐よ」

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スキャーリィ編 15話 エリカ4

スキャーリィ編 14話 エリカ3

 衿華《えりか》の特異能力《エゴ》が発生した瞬間、脳みそにヒビが入ったような感覚に襲われる。もはや、痛みとすら形容出来ない、そんな感覚。だから、これに衿華の特異能力《エゴ》は効かない。  これが、感情生命体《エスター》になるという事……自我が薄れて、『感情』だけになっていく。だけど、その『感情』が衿華を強くする。『憧憬』がここに立つ勇気をくれる。  キラキラとした感情が衿華を包み狂わせ狂おしい程愛おしい『憧れ』だけになっていく。 「!raef@decrof#uoy←evig*I☆lla$ko」  低く唸る感情生命体《エスター》。あの気持ちの悪い触手が衿華に這い寄る。  筒美流奥義ーー序ノ項対人術『花間《かかん》』、そして破ノ項攻戦術『桜花《おうか》』  今までの衿華には絶対に使えなかった筒美流奥義破ノ項。|DRAG《ドラッグ》を使用した副作用で衿華の体内の|DAYN《ダイン》が増えたから使えた抜け道のようなもの。あれだけ努力しても成功しなかった技が今になって放つことができるようになった。  触手による攻撃を避けると共に、そこへ拳による打撃を叩き込む。 「今度は直に流し込んでやるッ……! 『痛覚支配《ペインハッカー》ーー精神崩壊《メンタルコラープス》ッ!」  衿華の特異能力《エゴ》は身体に対して損傷を与えるものではない。だけど、感情生命体《エスター》相手ならこういう使い方もできるッ!  触手を切り離したくなるほど狂いそうになる痛みを送る触手だけに送る。此方に攻撃力が無いのなら、相手に自分を攻撃してもらえれば良いッ!  触れた一本の触手が硬直をくりかえしながら、海に向かって殴打を繰り返す。 「aaaaaaaaaaaaaaaa」  叫び声と共に怒り狂っているのが肌で感じとれる。そして、感情生命体《エスター》はその触手を多数ある触手を使い、引き抜いた。 「!aaaaaaaaaaaaaaaa/!elbavigrofnu&elbavigrofnu&!elbavigrofnu&!elbavigrofnu&!elbavigrofnu&!elbavigrofnu&!elbavigrofnu&!elbavigrofnu」 「よし……まずは一本……!」  安心した瞬間、またもや先程の頭にヒビが入る感覚がする。そして、何かフラッシュバックのような光景が衿華の脳裏に広がった。 「こんな時にッ……!」  油断すると意識を持っていかれそうな感覚がする。そういうことか……これが|DRAG《ドラッグ》の恐ろしいところ。  何もかもが衝動によって動かされてしまう。理性が無くなっていく。したい事が分からなくなっていく。  もう一度、奮い起こさなければ。衿華がなんの為に闘っているかという事を。  衿華は……衿華は……私はッ! 「『憧れた』あの子を笑顔にしたいから闘っているんだ……邪魔をするなッ……!」  声が空を切り、体はズタズタ。でも動く。  動くならば、目の前に立つ恐ろしいコイツを止めなければいけない。  しかし、現実というものは非常であった  もし、この世に神様が居るのなら、その存在を呪うほどに酷い光景だった。そんな覚悟とは裏腹にずしんと身体が重くなるような『恐怖』が衿華に襲う。 「再……生……?」  感情生命体《エスター》の触手が千切られた部分の肉がプルプルと動き始め徐々に細長く形を形成していく。元通りのあの気持ち悪い蓮の実のような顔達も元に戻る。 「!yracs/!yracs/!yracs#ma@i」  恐れろと言わんばかりの咆哮。最悪な光景。  そして、一瞬の『恐怖』。それが全ての命取りとなった。  熱い。最初はその感覚だけ。  しかし、徐々に違和感がお腹を満たしていく。  視線を下げると原因が分かり、思わず声が洩れた。 「あっ……」  お腹に触手が貫通していた。 「あぁ……」  痛みが、痛いのが、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 怖い、怖い、怖い!  特異能力《エゴ》、そうだ衿華の特異能力《エゴ》を……  なんで……? 『痛み』が止まってくれないの? 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 『痛み』と『恐怖』で頭がいっぱいになる。  内臓をもろごと貫かれた痛み、いや違う、これは衿華の『恐怖』を『痛み』だと看破して、より『恐怖』による『痛み』増幅させている。 「!ecaf@taht#was♪yllanif☆I/!ah&ah&ah&ah」  ご満悦そうに感情生命体《エスター》はケタケタと笑った。

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スキャーリィ編 14話 エリカ3

スキャーリィ編 13話 エリカ2

「そんなわけ無いでしょッ⁉︎ 衿華ちゃん! 私は貴女の過去を知っているわ! だって貴女は羽衣《はごろも》先生のま……」 「痛覚支配《ペインハッカー》」 「ーーッ! ……なんでよッ⁉︎ そんな事しても何も……まさか貴女ッ!」  天照大将補はまた気になるような事を言う。  しかし、一度始めた事だ。もう後には引けないし、引かない。なるべく、手加減をして、お腹の赤ちゃんには負担がかからないように、それに痛みでトラウマにならないように、彼女に痛みを走らせる。 「ねぇ、少し黙っててくれる? 黙らないともっと痛くするよ? 実は衿華、まだまだ特異能力《エゴ》を使えるの。お腹にいるお子さんの事考えれば分かるよね? これは衿華にとっても、組織にとっても予想外の事態なの。あの子……あの感情生命体《エスター》はね、思わない形で進化しちゃったの。そうなったら駆除しなくちゃってねって上から言われていたの。それであの子の『恐怖』っていう特性を知っていた衿華は衿華自身の特異能力《エゴ》であの子の衝動《パルス》を打ち消したの。衿華の特異能力《エゴ》は集中すれば衝動《パルス》よって体内に吸収された感情の原因物質を神経を通じて止める事ができる」  実際に衿華の特異能力《エゴ》が衝動《パトス》に干渉出来たのはそれが理由だろう。まさか、衿華の特異能力《エゴ》にそんな使い道があったなんて、思いもよらなかった。もっと、使いこなせるようになっていれば違った運命だったかもしれないのに。 「あと、もう一つ命令があってね。任務中もし、全滅しそうな目にあったら衿華自身の命より、貴女達の命を守りなさいって言われたの。貴女達は環境にすら干渉をする特異能力《エゴ》や特異能力《エゴ》の二つ持ち。いわゆる、とても希少な観察材料なの。だから、今から言う事を守れば、貴女達の命は確実に救えるよ。安心して、命に換えても貴女達を守るから」  二人ともこちらを睨みつけるが気にせずに話続ける。 「まず、天照大将補佐。貴女には感情生命体《エスター》の周りの海上をずっと凍らせて貰います。勿論、拘束状態でも使えますよね? もし一瞬でも途切れたら、特異能力《エゴ》で痛みを支配しますよ。だから、やめないでくださいね。衿華は海の上では戦えませんから。それを確認次第、衿華は船を降ります。そしたら、蘇芳ちゃんは意地でも船を運転してね。それで衿華を置いて、ここから逃げて。それが貴女達がここから命を守れる条件です」  冷たく、淡々と吐く。衿華が説明している間にも人が喰われていく。 「やっぱり、エリカ、お前……いやもういい、そこまでして私達の身を案じてくれていたのか……」 「なんで……なんでよ……これしか方法は無いのッ⁉︎」  もう、犠牲者は出せない。だから早く。お願い。 「……分かったわよッ! 『環境操作《ウェザーフォーキャス》』ッ! ーー絶対零度《アブソリュートゼロ》」  再び海面に氷が一面に張り巡らされる。 「ありがとう。これで、衿華の願いは叶いそうだね。それじゃあ、衿華が存分に戦えるように先にこれを使います」  |DRAG《ドラッグ》の箱をポケットの中から取り出す。 「クソがッ……!」 「ごめんなさい……」  そして、箱を開けて錠剤を取り出す。 「護衛軍での生活とても楽しかったよ。さようなら」  ドラッグ《DRAG》口内に含み、ガリッと噛み砕いたあとにごくんと飲み込んだ。  これで、衿華は一線を超えた。もう人間じゃ無い。  これからアイツを倒そうが、倒さまいが、一生紅葉ちゃんの顔は見れないだろう。  それに、アイツを倒した時点で、衿華の方が生きていたら、衿華は自殺する。本当はこうなってしまった時は紅葉ちゃんや黄依《きい》ちゃんに殺して貰いたかったけど。 「さっこれで準備は整ったから、衿華は船を降りるよ。ちゃんと逃げてね、蘇芳ちゃん」  船を飛び降り、蘇芳ちゃんへかけた特異能力《エゴ》を解いた。すぐに船は動き出すが、感情生命体《エスター》は船を追いかけ、船ごと喰おうとする。 「そんな事、絶対にさせないから」  それを阻止する為に本気で特異能力《エゴ》を使う。決して人では耐えられない、痛覚への刺激。 「痛覚支配《ペインハッカー》ッ!ーー精神崩壊《メンタルコラープス》」 「!hcuo&hcuo&hcuo&hcuo」  すると、感情生命体《エスター》は痛みに苦しむように触手をくねらせ、空間を揺さぶらせるくらいに大きく叫び声を上げる。 「凄い……直接触らないでも、痛みを与えられる。それに、全然限界を感じない……。こんな状況で『希望』のような特異能力《エゴ》」  そういえば、誰かにジャノメエリカという品種には『希望』という花言葉もあったと教えられた。一体誰が私に教えてくれたのだろうか。でも、今はもしかしたら『孤独』という花言葉の方が合っているかもしれない。 「そっかぁ……一人か……いや、お前もいるのか」  先ほどの攻撃で、感情生命体《エスター》の矛先は衿華に向いた。  最後に、最悪な嘘ついて、大好きな人を泣かせて、仲間に置いてかれて、今から人間まで辞めて、衿華は死んでいく。 「でも衿華はね、今この時の為に生まれてきたって思えると苦しんだ甲斐が有ったなって少し救われた気分になるよ。あはは……意味わかんないよね。衿華、今が人生で一番幸せなんだ……ほんと、幸せってなんなんだろうね?」  心の奥底から、紅葉ちゃんに対する膨大な程の『憧憬』が止めどなく湧いてくる。切なくて、悲しくて、愛おしくて。でも、そんな『私らしくありたい』という感情。  さあ……ここからだ……。彼女達の船が港まで安全に着けるまで時間稼ぎをしなくちゃ。 「来ていいよーーッ! 衿華は四肢がもがれようとも、どれだけ辱められても、人間を辞めてもあの人達を守るから」  全て怖く無い。お前になんて誰も『恐怖』しない。 「『痛み』なんて……『恐怖』なんて……衿華の『憧れ』の前には敵わないッ!ーー『痛覚支配《ペインハッカー》』ーー精神崩壊《メンタルコラープス》ッ! これ以上、あの子を不幸になんてさせやしないッ!」

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スキャーリィ編 13話 エリカ2