愛染明王
56 件の小説愛染明王
最近、知識的な要求を満たされたり分かり合えたら喜びが最高値を超えて性欲に直結するのだと気づいた。創作もその一種だと判断した。ゆえに俺が変態化すると創作も細かくなるのでは?という仮説が立てられる。皿うどんが毎日食べたいからいつでもどこでも吸入できる皿うどん作ってほしい
青豹帰還
十九歳の頃、エヴァンとディアーノは共に小さな家で暮らしていた。富豪の貯金で本棚や標本箱を買い占めて、日々を椅子の上で過ごす日々。背からは潮の打ちつける音と、びゅうびゅう風が吹きつける音がする。そこは静謐とはかけ離れた、雑音のある部屋だった。ディアーノが装飾したいと名乗り出てゴッホの絵画を掛けたからか、共同で生活する部屋は西欧美術館のようになっている。彼らがいつものようにその絵画の前で寝て本を読んでいると、外から新聞が投げられた。彼らは呆れてそれを取りに行くと、開いて驚く。 「ボニファーツ・コリネリウス総帥『もう直ぐに終戦するだろう』戦争が始まり二週間」 その見出しに気を取られた。その瞬間だけは、部屋がシンと静まって音ひとつ聴こえなかったと思う。英字をつらつらと読み進めて、また、汗を滲ませ一文目から見た。青豹、南欧諸国の島々の領土を獲得す。南欧王子に承諾印を押させる。彼ら戦争は終結したのだと述べて、応援してくださった国民の皆様に感謝申し上げると深々頭を下げけり。 ディアーノは薄暗い艶の立つ頭を鰭手で押さえて嘆いた。その紙上に印刷されているボニファーツは昔の矮小なる背丈と変わり果てた容姿で、元々淡青だった毛はもっと青く、それも瑠璃のように染まりきっている。また、小さく見えていた骨格は毛皮の下からも窺えるほどの強靭さがある。軍服の皺からでも解る張った筋肉。彼はその姿を見て、やや怯えていた。 「彼奴、いつの間にか軍の頂上や。……心配やな、国の末路が。奴の掌の上で転がされるのも時間の問題やろ」 ディアーノの述懐がエヴァンの耳に入って抜けていった。彼はぼんやりと、朦朧とするような心持でそこに立ち、ただ文面に気を取られている。その双眸の奥には希望の灯にも似た闇が溶けている。瞳孔はどんどん細まった。終戦したら彼に会えるかもしれない、という気持もそこにあった。 「此の国もお終いだなあ」 随分考えて、そう言った。ディアーノはそんな彼を見てくすくす笑った。もう疾うの昔から終焉が近づいているのだから、別に今終わっても不思議じゃなかろうといった模様だ。 「まあ、俺らは家から溢れるような貯金があるから何が起きてもどうにかなるで。それより、朝食や、朝食!」彼は切り替えた。 机に置かれた硬い外皮のパンに刃を差し込むと、すうと下げて分厚く切り分ける。すると気泡だらけの断面が現れて、深い小麦の香りが漂ってきた。鉄板上に黄金の阿列布《オリーブ》油を垂らしてパン一枚一枚を乗せると、焦がすように焼く。両面を焼くと、聖書の絵画の描かれた皿にそれを乗せた。後、昆虫肉の薄切りを残った油で揚げ焼きにして、パンに乗せる。仕上げに目玉焼きを乗せて胡椒を掛ければ満足な朝食が出来上がる。咥えたままエヴァンの元にそれを運んで、バリバリと音を立てて食べた。油の風味と焼かれた小麦の香ばしさが口全体に広がった。そこに肉の揚げ焼きが軽く肉肉しくて美味い。少し荒い胡椒と卵の相性も抜群だ。そうやって絶品を味わっていると、呼び鈴が鳴らされた。誰だろうか、とディアーノが壁に張りつき覗いてみると青豹が外套を着て突っ立っている。彼も後ろから追って来てみたが、絶句して声も出ないらしい。ただ眼を剥いて口を開けている。 「やあ! 二頭とも久し振りだねえ。何も変わらないな。アンブロシアに引っ越したんだねえ。南窓から海の見える良い土地だ!」 壁の角の向こうに向かって笑いかけて、そのまま歩いて来た。ディアーノもエヴァンも唖然として言葉が出ない。兎に角、座らせようと肘掛け椅子を指して、紅茶を淹れた。彼は座って脚と両手を組む。エヴァンはその正面側に座り込んで、乳の入った紅茶を啜った。 「同じ歳とは思えないな。あまりにも変わりすぎているから」 「そうか、言われてみればエヴァン君は骸骨みたいに痩せこけて、ディアーノは丸々肥えたね。医学生は大変なんだろうな。時代が時代だから、飛び級してたせいで野戦病院に叩き込まれたんじゃない? ご苦労だ」 ボニファーツが笑う。そして眼の前で螽斯の箱を取り出し、葉巻を抜くと切り落として火を点けた。舌の上で煙を味わう。 「……何故家が分かった? 私は手紙越しでも教えた覚えがないのに」 「実をいうと、周りの動物達に訊きながら辿り着いたんだよね」 「はあ? そんな恥ずかしいことしてたん? もう外出歩けへん」 ディアーノが厭そうにした。その冗談を真剣に受け取ったのか、彼は笑って「僕が少しの間住むから大丈夫だろう。一週間程度かな」と言った。エヴァンが焦って「勝手に決められても困る」と眉を寄せる。 「床で寝ても良いよ?」 「いや、それは失礼だから辞めて欲しい」 「素直じゃないね。僕が生きていることが嬉しくないのか?」 笑わずに瞳孔を丸くした。そして獲物に噛み付くように身を乗り出す。そんな彼を前に、エヴァンは恐縮せざるを得なかった。 「何故そう解釈する?」 ボニファーツは胸を震わせるほど高笑いして「君のその態度だ」と指差す。エヴァンは顔を紅潮させて、血滾るといった形相で座っていた。そこで何も言い出せず、ただ睨むのでボニファーツが畳み掛けてやろうと立ち上がる。それをディアーノが間に入って制した。 「……朝飯は?」硬く骨の飛び出た青豹の肩を掴む。彼は振り向いて、穏やかそうに「食べてないよ」と微笑を浮かべる。また椅子に掛けて何が出されるのだろうかと胸を躍らせた。出されたものは、分厚いパンに半熟卵を置いて卵黄油と荒胡椒を塗した赤身魚を挟んだものだった。彼は大喜びして「わあ、ありがとう!」と大きく一口齧り付く。あまりにも旨そうに食べるので、ディアーノは「軍じゃ満足に飯も食えへんの?」と呆れて隣に座る。彼はそれに答えず、美味い美味いとだけ言った。 「地中海の味がするよ、懐かしいな。そういえば十七歳の頃、君が僕を突き放した時以来だね。あれから陸軍士官学校に通って軍獣になり、卒業してからは戦争に駆り出されたんだ。懐かしい!」 「……私は……」 「ところでお前、何しに来たんや。今日は何かの記念日でもないやろ?」 ディアーノが割り込む。彼は欠伸して「僕が終戦記念日にしたじゃないか」と呆れた具合で言った。それにディアーノは眼を丸くして納得のいかないような、吃驚したような顔をした。それを横眼に、彼は優雅に紅茶を啜りつつ左手をぱっと開いた。 「それに僕色々溜まってるんだよね。つまりは鬱憤とか性欲だよ。泥に塗れた作戦って、体力を使うじゃないか」 「私らを強姦するつもりか、野蛮だろう」 エヴァンが牙を剥く。彼は予想していなかった返事に動揺して洋盃を傾かせた。それが落ちるかの寸前で持ち手に指を掛ける。 「そっちがその気なら付き合うがね。三頭で仲良く酒を呑みたいんだ。だからお酒を持って来た。ジン・トニックさ」包みからジン・トニックを出す。ディアーノが「酒や酒!」と大喜びしてグラスを差し出すので、果実で盛り付けをしてから注ぎ込んだ。互いに乾杯の合図をして傾けると、喉を灼くような熱さと爽快さが攻めてきて、喉に流れるまでその存在を主張してくる。頭からさぁっと緩やかな熱を帯びて火照る。長いような果実のような風味が下の上に居残った。エヴァンは上戸な方であるが、今日ばかりは疲労に酔って眼が廻っていた。 「何故そんなに親切なんだ」 酔った勢いで舌足らずに聞けば、彼は上機嫌になって「一緒に呑みたかっただけだよ。親切じゃ悪いかい」と揶揄われる。それでよくわかっていないような相槌を打って、うとうととした。ディアーノが海獣の会社員の舌を短刀で削ぎ取って、眼の前で俺が食ってやったんだとか、海鳥はうるさいから嘴を割ってやる、それが最適解なのだからとか勝手な自論を立ててぐちぐちと言う。それさえも彼はにこやかに受け止めて、面白そうに、時には笑ったりして聞いていた。その光景に胸が痞えるような心持になった。記憶上の彼は、私を軽蔑的な視線で追って、常に迫害し、表では味方を演じて掌に収めようとしてくる。その行為の残虐さは身に染みて分かっていた。自分と彼は同一の存在なのかもしれない、と勘違いさせるほどには酷いことをされてきた。そんなことをしていた彼は、今では仏のような振る舞いをしている。微睡む最中、そのようなことが走馬灯のように過ぎっては、また風が過ぎるように消えていった。それが頭の片隅に張り付いていたのであろう。月も西に行こうと南の駅で待ち伏せる時、ボニファーツが「今夜ばかりはエヴァン君と寝たいね」と冗談っぽく言い出した。既にディアーノは泥酔して「ええやん」としか答えなくなっている。エヴァンは半ば眠っている中で返事をした。それから羽毛の詰まった寝所に転がされて、隣に擦り付くように彼が来た。身を絡ませて、尻尾を巻きつけるようにして寝る。それでも背からする息や威圧感から、彼が寝ていないことがわかった。分かれば急激に眼が冴えてきて、心拍数が上がる。それでもまだ酒が廻って酔っていた。 「君、背後から抱きついてどうするつもりだ。今にも手を出しそうな素振りをされたら敵わない」 そう言って初めて振り向いた。眼球の表面が触れ合う付近で止まり、覗き込むような顔をした。ボニファーツは演技で厭らしそうにして身を捩った。 「僕は何もしないさ。君が求めてないことをする筈がない」 「求めていないことをしたいとは思わないのか」 口が滑った、と思った頃には手遅れだった。彼の瞳孔は開き、獲物を見るような眼差しを浴びせて笑顔が消え去っている。まるで時が止まったような錯覚に陥った。 「そうか、君は素直じゃないねえ。被害者ヅラはよくないよ」 彼は嗤った。誰から見ても嬉しそうな影を顔に残して。エヴァンは気色が悪くなって背を向けた。その背後で青豹があまりにも不自然な笑みを浮かべて、顔を両手で撫で廻している。それも物音で判断が出来た。それが加わって、状況は更に気味が悪くなっていった。 ボニファーツと暮らして三日経った頃の話である。ボニファーツは作戦の実行が早まったと言って隣町へ外出してしまった。なので仕方なく、普段と同じように晩餐を食べて寝床へ入った。普段と変わらない筈なのに、何処か淋しさを感じる。胸の奥から隙間風が吹いているような、凍てつく違和感がそこに留まっている。これを取れば苦痛は和らぐだろうが、体が直視を拒んだ。淋しい、ボニファーツの居ない寝床が淋しいと感じているのならば私は精神異常者だ。そう思い聞かせて彼は眼を瞑った。それでも眠れなかった。優しさを帯びてしまった彼にこれほどまで執着しているとは! 次の日、ボニファーツが帰ると思い出したように眠気に襲われた。それが全てを物語っている、そう悟って、彼は夢の世界へと垂直落下した。 眼を覚ますとそこには豹柄の青毛があった。触って摘めば尻尾が鞭を打つように動く。そして体を起こすと彼の後ろ頭が見える。何故、彼の背中で寝ているのだろうか。記憶を読み返してみても覚えがない。それに服に手を突っ込んで絞め技を決めるような格好で寝ている意味も分からなかった。彼は焦らず、ボニファーツの肩を揺らして起こしてみた。ボニファーツは大欠伸をすると、腕を伸ばし、ぐうっと長く背伸びする。 「何だい。朝が早いねえ」寝惚けた声である。眼尻には涙があった。 「私は何故ここで寝ているんだ?」 「それは君が背後から抱きついてきたんだろう? 穏やかかと思えば絞めてきて、そのまま寝てしまったんだ」 困ったように眉を寄せる。エヴァンは自分の行動が信じられないと言った風だった。軈て彼は自身を恥じてから事実を誤魔化さずに謝り、別室で眠ると誓った。それでもボニファーツの体温が恋しい。いつの間にか寝惚けて抱きついたり、毛をむしることが増えてしまった。それが一歩進んでしまったのも、酒の仕業である。疲れた夜に酒を呑んで、そのまま渇いた体を癒すように周囲の全体を口説き廻した。先ずは一時間程度ディアーノを説得しようと試みた。それでも全く反応しない。そんな中で誘いを受けたボニファーツは、悩んだり困った様子もなく寝床へ行った。そこで何をしたかは知らない。ただ、エヴァンは満足して眠ってしまった。その一夜、ボニファーツは心から幸福感と達成感に満ち溢れていた。罪悪感や後悔という傷に汐風を当ててきた彼。そんな彼が許しを乞うようにして無意識のうちに縋っている。それで傷を埋めたような気持になり、常に私のことが頭の片隅にある。その事実に酔いしれた。 一週間後、彼が基地に帰った頃、エヴァンが自ら性欲抑制剤を投与したことは誰も知らない。また、その頃から幻覚症状が現れるとされるアブサン酒を過剰に呑むようになった。
IN USA 2
眼を覚ますと、そこは無臭で殺風景な部屋だった。天井も壁も白色である。そこに背広を着た男が一人、屈んでいた。 「大丈夫ですか」 「まあ」睡眠薬吹き込んで倉庫に投げるような奴が私を心配するなんてねえ? とやや皮肉的に言えば、彼は笑って「貴方の身の安全は保証されていますから」と悪戯っぽく答えた。雑談を交わしながら、窓すらない廊下を歩く。無論、地図もないので何処にいるのか、進んでいるのさえ分からない。 「架空会社って大変だねえ。もはや実在する企業だ。黑麒麟の皆様は何故私らに協力を?」 紳士に向かって訊く。それは数日間の中で最も謎めいたことだった。彼はしばらく逡巡して、その末に苦笑を混ぜつつはっきりと言った。 「私達の運営する黑麒麟というサイトは一般的な検索エンジンに引っかからないので、あるアプリを通して侵入しなければなりません。ピスキスさんの働く会社は多国籍ICT企業で、そのアプリそのものを作り、一般的なウェブ検索エンジンを運営しています。そしてAI技術も発展している。私はその企業に関わってはいるが、買収するに至っていません。だから内側を深く知らない。後、こちらで働く日本人は十人程度で人手不足です。傾向も知りたいし、日本にも会社を置きたい」 「へえ。企業についてはよく分からないが、その内側の情報を仕入れる為にピスキス君を買いたい、ついでに会社を置きたいから普通に交渉したいということかな」 「Yes,このサイトをもっと深く、そして多様なものにしたい」と、紳士は前向きである。そこで現れた突き当たりの右角を曲がって階段を下りると、やっとアメリカンなポスターが現れる。彼は安堵した。 「ふうん……資金が手に入ったらネット賭博を増やしてくれないかな。参加型の本格的なものをね。もしも出来たら喜んで参加するよ」 「遊びが好きなようで」紳士が呆れたように顔の方を向いた。 「……彼と何を交渉するんだい?」と博戸。 「台本があります」と紳士。 会話はその辺で途絶えた。外の音を遮断された空間で靴音だけが響き渡る。部屋を除けばハッキング専門の機械が並べられて神経質そうな男達が徹底的に管理している。そこにはチップなどが並べられており、インターネット専用のウイルスなどが分類されている。そのような危ない部屋から離れて、相談室のようなところに彼は閉じ込められた。壁は黒い。序でに書いておくと、机は白い。埃一つもないからか落ち着かない。 「今から変装していただきます。これを参考にどうぞ」 紳士が一枚の写真を机に置いた。その隣に経歴、性格、また病院のカルテを並べる。インターネット上での投稿、会話履歴、検索履歴も当然のように並べられていた。博戸は面倒そうにそれを読み通して、写真の米人に顔を変える。見られたくないと言って後ろを向き、骨格を変える。次に声と動画が流された。それも盗聴、盗撮されたものである。個人の通話アプリから抜き出したものだ。それが誰なのか、どのような仕事をしていたのかは明瞭ではない。 「では台本です」 唐突にそう伝えられると、物凄い分量の台詞を綴られた紙を渡され、紳士は部屋から去っていった。後々に珈琲を持って戻ってくるが、ノートパソコンと機械を設置した後からは一切姿を現さなくなった。また、電子機器は没収されて情報を抜き取られた。時計もないので時間は分からないが、その台詞を夜通し覚えていると合図があってノートパソコンが会議の準備場面に切り替わった。操作は向こうが勝手に行なっているらしく、触ってもいないのに勝手に動いている。初期画面のような黒と紫の文字列から、突然、根津の顔が映し出された。鼠顔だ。 「いつもお世話になっています。Nedumi Shikiです」随分と流暢な英語である。博戸は記憶を探りつつも自然に「こちらこそお世話になっております。キャッツロードのRoderick Wilsonと申します」とにこやかに挨拶する。 「貴社では求人活動をなさっているそうですね。近日はダークウェブ上でも人手不足でしてねえ」彼は態とらしく誘い掛ける。根津は少し笑って「そうでしょうな」と頷いた。そこで協力を呼び掛けてみる。 「互いに情報を共有して有効的に活用したい」 「ええ。そうですね。じゃあ、ルールを決めましょうか」 そう持ち掛けた。台詞にはそうある。此の平凡な、そして厳密なルールに則って取引を行う。それが業界の掟だった。心の隅では何故私がこんな羽目に……と嘆いている。根津は口吻あたりの皺に指の腹を当てて、悩むように寄せた。毛皮の薄さに、柔らかさが見て取れる。そこに体温が感じられないことも事実だった。 「両社は、既存顧客、取引先、及び関連組織への干渉を原則として行わないことが条件です。また、故意による顧客引き抜き、情報工作、市場操作は事前に協議を必要とします」 予想していた返事ではない。ここからはどうにか纏め上げなければならない。画面に情報網などの資料が上げられた。それを見つつも慎重に答える。 「ええ。もちろん。それと、求人活動の伝手にもなるでしょうから両社の保有している市場情報や地域情勢、物流経路などは相手方へ優先して売却権を与えましょう。商品価格は双方協議の上、適正市場価値でね。でも共通通貨は$が好ましいです」 「共同輸送網は利用するご予定で?」根津の鼻が向いた。彼は焦らずに「ええ、好ましいです。また、前提として、インターネット上も含め輸送過程での情報漏洩な顧客情報の複製は契約違反と見做しますからね」 根津は眼を細めて、それでも眼を離さぬようにとしたまま「はいはい」と頷いて見せた。 「で、専門技能を有する人材について、双方は短期契約、技術指導、共同事業への参加を提案したいと考えていますが……。例えばこちらの会社の見学なども含みたい」 「ああ、良いですね。見学ですか。双方が共同事業に参加させた場合の保証は送り出した側でよろしいですかね。もしも事件が発生した場合は可能な限り相互支援という形で」 「成る可く事件は避けたいものですがね。ははは」 本当にそうである、と博戸は思った。巻き込まれるという形は望ましくない。ただ、サムエルが巻き込んだ場合は仕方がない。対処も対策もできない。根津はそこで少し落ち着いたような風に手を組む。 「今度、対面で会議をしませんか。お互いの会社を訪れるという形で」 「ええ、そうしましょう。私は来月の中旬が空いてますから」 「私も十六日頃に確か空きがあったはず……ありますね。午後から空いています」と根津。 「では観光も兼ねて訪れましょうかね」と言った後に博戸がちょっと笑った。 「ええ、お待ちしています」にこやかである。 「こちらこそ楽しみに」 博戸はそう言って電源を切った。そして変装を解く。大変きつい。あのような形式で、而も対面で会議をしては耐えられないだろうと直感した。紳士が姿を現したので「どうだい、私はやり切ったよ」と声を掛ける。紳士はにこやかに「ええ、よかった」と返事した。それからというもの、睡眠薬をまた飲まされてから休む暇なく服を剥がされ、空港内に投げ捨てられたのである。起きれば鞄の中、動かされたと思えば鳥の羽毛の香。見ればサムエル。隣には激怒して毛を逆立たせたピスキスが仁王立ちしている。それは日本に帰ってきたことを意味した。密輸に似たような形になるとは、彼自身も予想していなかった。
3秒で考えた小説
彼らが、かの、黄色いライ麦畑に溶け込んで、渦巻き模様の赤い空を見ていることを私は恐く思う。空が赤や緋、金糸雀色に染まって、竜巻のようなものを巻き起こしているのに彼らは平然とそのライ麦畑を走り廻っている!私が脚を上げて、一歩踏み出そうとしたとき、一匹の小さな犬が股下に見えた。その犬は腹の膨らんだ、毛の巻いた犬!私は犬を踏みつけて、捻って、まるで紙屑のようにしてライ麦畑に捨てた!まだ、空は赤い。もう宵になっても良い頃なのに! ああ、この季節の夜は厭だなあ。八メートルの紳士が背広を着て、上品な絹帽を深く被って橋を歩いている。橋の先に何があるのか、誰も知らない。ただ、そこに箸が掛かっていた。我々はそこを歩いた。空は渦巻いて、段々と私に迫ってきた。そこで辺りの人を川に突き飛ばして、「危ないッ」と叫ぶ。胸が押しつぶされそうだった。早く風車小屋に籠って麦を挽きたい。青い空はもう戻ってこない!ライ麦畑のそばに生えている青々と茂った樹は云った。 「君の見える世界と、彼らの見える世界は違う。ただ、君と彼らは私が見えている」 酷く怒鳴って、私はその樹に訊いた。 「違う。我々は常に同じものを見ている! そこに空があるのであろう!」 樹は落ち着いて答えた。 「さあ、良いかい、フランデ君。そこの空の色や形、印象というものは人によって違うんだよ。うん、君は、私にどんな印象を抱くかな?」 樹はイエスのように微笑んで、そして聖母のような表情で枝を伸ばした。私は思わず唾を飲んで「穏やかだ」とだけぽつんと答えた。 「私はねえ、前に意地悪そうに見えると言われたよ。ほら、違うだろう」 樹は大いに笑って云った。私は赤面した。 「あの空も、赤くないのか」 「私には青く見える」樹はそういって見上げる。 「あの人は八メートル近くあるように見える」 「彼らは君と変わらないよ」樹が苦笑いした。 「ああ、私は深刻な幻覚を見ている! 脳によって創り上げられた妄想世界に封じ込められているのだ。君も、私も、あれも、それも!」 私は酷く混乱して、その場を彷徨った。何処迄も続くライ麦畑も、我が家である風車小屋もそこにはない。かの赤い渦の空も青く、澄み渡っているはずなのだ。私は途方もない距離を、周りから見たら二キロもなかろうが、歩いてみた。そして砂漠に居るみたいに汗をかいて、崩れ落ち、膝を地面につけて顔を覆った。何をしても厭になった。ふと子供が遊ぶ姿が視界に入った。彼らの背後には馬車が走っている!私はそれを幻覚だと思って、見て見ぬ振りをした。途端、ダーンと鈍く弾ける音がして子供が散った。青い血が、一面に広がって空を映した。 空は赤色だったらしい。その血は真っ赤で、地面に染み込んでいた。
独占欲
「今日は此のクラスに転校生が来ます」 梟の担任が畏まったような、緊張しているような様子で言った。教室中はワアワアガヤガヤと騒音に塗れ、どんな奴だろうかと予想大会が始まっていた。そんな中、中央列のディアーノは教科書を投げ捨てて「ほんなら一限目は仲良くなる為にフットボールしようや!」と大声を上げた。周りに座っている山羊が「僕もそれがいいと思います!」と賛成する。それを後列のエヴァンが面白そうに見ていた。予定だと、一限目は数学で二限目は体育。一限目が潰れるということは、実質、二限も遊べるということだ。教室は奇声と咆哮でそれぞれが喜びを表現している。それを梟は逃さずに、首をぐるりと廻して「しっ!」と神経質そうに言う。 「入ってきてくれ」梟は扉に向かって言うと、教卓から少し離れて立った。途端に教室は水を打ったように静まり返る。扉の向こうの転校生は、戸惑うようにノックして、開けた。転校生は濃紺外套の制服の上からバラクラバを着けて顔を隠している。また、手袋と靴下で肌を出さないようにしていた。また、鼻の横らへんから猫科らしい白っぽい髭だけが数本飛び出て、鋭い爪が見える。転校生は困ったような顔をして「初めまして」と切り出した。 「ボニファーツ・コリネリウスです。出身地は首都郊外の中央部です。墓地ら辺の学者学校《Gelehrtenschule》から来ました。希臘語と拉丁語を習って、教養として哲学も習いました。此の学校は保育園から十三年制で、政治倫理学や物理化学も勉強出来ると聞いたので決めました、よろしくお願いします」 わあ、と拍手が巻き起こった。エヴァンも身を起こして拍手し、何処の席になるんだろうとぼんやり考える。俺の隣が空いてるから、もし来てくれたら話がしたいな。そんなことを考えては、机上の叙事詩を二度三度読み返した。その詩を綴じた本は授業で配られたものである。何度読んでも面白い、と思った時だった。梟は面倒そうに此方を指差して「彼の隣へ行きなさい」と言った。ボニファーツは文句も言わず、嬉しそうにすることもなく、ただ真っ直ぐ歩いてきた。エヴァンは自身が紅潮して、心臓が脈打つのを感じた。あまりの緊張に筋肉が硬直して、舌も冷たく感じる。彼は敢えて微笑んで右手を差し出した。 「やあ、俺はエヴァン・ヘレッセンっていうんだ。これからよろしく」 「うん。よろしく」 ボニファーツは優しくその手を握り、上下に揺さ振る。彼は照れ臭そうに笑った。 「好きな食べ物とかある? 俺はフィッシュ&チップスとバゲットサンド。今日も朝食はフィッシュ&チップスだったよ」 「へえ……僕は、苹果が好き」 「苹果! 良いよね。美味しいよ。ニュートンも風が吹いてる中で苹果が落ちるのを見たから万有引力を発見したもの。良いよね」 「……エヴァン君さ、もう数論幾何学やってるの? 十二歳で?」 詩集の下に隠れた数学書を見て言うので、エヴァンはやや焦ったようにそれを摘み上げた。それを数枚捲って見せると、得意分野であろう部分を見せつける。そこには何も書いていなかったが、何度も開いた跡が残っていた。 「うん。ディアーノが……あそこの煩い鯱に勧められてさ。解いてみたんだ。ボニファーツも習うと良いよ。彼は数学分野と物理分野では群を抜いてる。すげー詳しいから」 そういうと、やりきったような表情をしてディアーノに向かってウインクを飛ばす。ボニファーツは「へえー!」と嬉しそうに彼を見た。朝礼が終わると、ディアーノが席から真っ先に駆けつけて、ボニファーツと握手しに来る。 「よおボニファーツ! 俺はディアーノ・ドメニコーニ!」威勢の良い声だ。 「やあ、数学と物理得意だってね。隣の彼から聞いたよ」 熱っぽい眼差しを向けられる。ディアーノは気まずそうに眼を逸らした。窓の向こうで満開の紫陽花が、彩豊かに咲き誇っている。そこに蝸牛が這って、蚊やら蚋が集っていた。「うーん」彼は変な返事をして「数学はその、お前の隣ん奴の方が得意やで。お前が騙されとるだけ」と苦笑いで誤魔化す。 「そうなのかな、じゃあ、じゃあ物理は?」 前屈みになって問い詰める。ディアーノはただでさえ筋肉で拡張された胸を張って、牙を見せて言った。 「得意や! 数学と違って具体的やし、解けた時すっきりするやん。 そういうボニファーツは何の教科が好きなん? さっき言ってた政治?」と、問われてボニファーツは落とし穴に嵌ったような感覚に陥った。分からない、頭が真っ白になる。得意な教科ならいくらでもあるのに、好きな教科は思い浮かばない。好き、とは何だろうか? その疑問に予想すら出てこない自分に腹を立てた。 「いや、僕は……数学が好きだよ」 平然を装って、そう答えることが彼にとっての精一杯だった。 その日の一限目はフットボールをして、二限目はラグビーをして、それから数限授業をすると、クラスの動物達と会話をして終わった。一週間から二週間は似たような日常で、色んな動物と関わり合った。それでも、脳内に染みついているのはエヴァン、ディアーノだけだった。 「エヴァン君!」 或日の帰り道で、遠くに見える影に向かって叫ぶ。その影は振り向くと、金属光沢の緑っぽい艶がきらっと光って見える。彼は一生懸命走って、そこまで追いついた。 「ボニファーツ。どした?」エヴァンが不思議そうに顔を覗き込む。 「帰り道の方向が同じだから、一緒に帰らない?」 息を切らしながら誘う。エヴァンは嬉しそうに眼を細めて笑った。 「良いよ。じゃ、こっちの通りにあるケーキ屋に寄ろう。新作が出たんだ」 「へえっ! デザートにも詳しいんだね」 感心して体を擦り寄せる。エヴァンはちょっと吃驚したように翼を広げた。そして、忘れたように平然とする。 「まぁな。こう見えて俺、めっちゃ甘党だから。そこらへんの洋菓子屋は制覇してるんだ。弟とよく行く」 「弟君が居るのか。会いたいな」 「今度家に来たら良いよ。三頭で遊ぼう」 突き当たりの角を曲がると、すぐにケーキ屋があった。熟して紅に染まった苺を満遍なく乗せて、アーモンド・ミルクの絡んだケーキにチョコレートを掛けている。エヴァンは重そうな尻尾をブンブンと横振りして眺め、財布と睨めっこしながら頼む。八個くらい買っていた。ボニファーツも真っ白なケーキを頼もうと人差し指を立てた。 「それ俺が買っといたから良いよ。食べよう」エヴァンが陽当たりの良い席を指した。ボニファーツは態とらしく慌てて「えっ、良いのに。僕がお金払うよ」と財布を取り出す。エヴァンはそれを仕舞うようにと示して「大丈夫だから」と笑った。その日は二頭だけでケーキを食べ、分かれ道で手を振って帰った。 次の日の朝、エヴァンは朝早く学校に来た。自分が一番だという自信を持っていたものの、靴箱にはボニファーツの革靴がある。教室に行って挨拶をしようと思って覗いてみる。姿がない。ただ、少しの荷物を机に乗せているだけである。彼はトイレにでも行ったのだろうと考えて荷物を置いた。それから、化学室に忘れ物をしたことを思い出して階段を上る。此の校舎は周りの学校と比べて古い。手摺の艶は消え失せて、手垢だけがびっしりとついている。いつの間にか、生徒達は手摺を触らなくなってしまった。また、壁も手跡や絵の具がついていたり黴に汚れてしまっている。全く、薄汚い階段である。そこから廊下を渡って化学室の扉を開けた。その時である、覆いを外して、宵空のような青毛を露わにしたボニファーツが背を向けて立っていた。よく見てみると汗をかいている。彼は、青い豹なのだ。エヴァンは息を殺して、そこに立ち竦んだ。なんて美しいのだろう? 見惚れていたのだろうか。彼は一歩、近づきたくなった。それから声を掛けようと口を開けたとき、ボニファーツが振り返って眼を剥く。上唇溝の下らへんから黒い唇があって真っ白い牙を覗かせていた。 「見ないで! ああ、忘れてくれ!」 ボニファーツは布で顔を隠しながら叫んだ。灼けた白星のような涙を流し、淡青の眸を潤している。エヴァンは何も考えず、ただ動いた。そして布から覗く毛色を近くで見て、「綺麗だ」と言った。その言葉は怪獣に襲われている時に手を差し伸べてくれる騎士のようで、また、彼を突き落とす言葉でもあった。心臓が強く脈打ち、熱い血液を血管中に巡らせてゆく。耳から紅潮して、息すらも熱を帯びるのを感じた。眼の前にいる彼が、昨日の彼と同じように見えなかったのだ。 「なんて綺麗なんだろう? まるで陽の落ちた宵空のような青色だ。この色は絵の具でも作れないよ。君の唯一無二の毛色だ。何処から見ても美しい。何で隠すんだ?」 彼が悔しそうにする姿が忘れられない、彼の言葉、仕草、表情までもが記憶に焼きついていた。ボニファーツは燃えるような熱情に掻き乱されて、その場で只管涙を流すしかない。少年の豹は、それを恋とは呼ばなかった。 「綺麗?」そう喉を鳴らして訊く。エヴァンは依然として「綺麗だよ!」と答えた。みるみる体が熱くなる。極寒の地で燃え滾るような愛を感じているのだ。その日から、ボニファーツは自分の身体をエヴァンに見せたいと思うようになった。家に誘い込んでは、布を外し、素顔を見せて白い半袖の服を着る。転校して、すぐに彼らは打ち解けた。また、ディアーノもその時の雰囲気で仲良くなり、お得意の雑談で仲を深めた。何日経過しても、ボニファーツの胸にはあの日の記憶が刻まれている。エヴァン君、エヴァン君は僕の毛色を好き好んでいる。僕も、彼が好きだ。そう思って、また体が熱くなるのを感じるのだった。 その年の冬、ディアーノとボニファーツ、エヴァンの三頭は教会の近くに泊まって勉強合宿をした。そこで数学や倫理学を学び合う。理論を説明したり、式を作って計算する。また、法律や思想を学んで時代背景と繋げて考える。彼らはそれを娯楽程度に思って楽しんだ。そんな中である。ディアーノが突拍子のないことを言い出した。 「お前らに似とるなあ、計算式とか、供述も」 「僕とエヴァン君が?」 ボニファーツは今までで一番嬉しそうな顔をして、瞳孔を細めた。隣に座っているエヴァンはやや不愉快そうに、それでも照れ臭いような顔をして外方を向いた。寝泊まりを繰り返すうちに、彼らは料理を作ったり議論を交わして仲を深めた。式は石橋に喩えたり、哲学は樹木に喩えて、そういった大胆な比喩を上手く利用して話す。古代の動物たちもこのようにして学問を発展させてきたのだろう。エヴァンは時々詩集を読んだ。名もなき花の詩や、春望。彼は主観的な視点を最も美しく、繊細に表現する詩が好きだった。但し、主観を嫌うボニファーツは此を快く思わなかった。 冬の合宿が終わった。休み明けの空は青暗く、街中は白い雪に包まれる。屋根には氷柱が垂れて、古い瓦斯灯は暖色の光で道を照らしている。夜のようだなと困りながらエヴァンは渋々、学校へと行く。そして背丈の二倍程度の翼を広げた。針のような風に晒されて皮膜に切り傷が出来そうだ。空から見る学校はとても小さい。煉瓦造りで希臘風の門を構えた古風な外観。そこに近代的な研究機関がちょこっとある。彼は脚を伸ばして門前に降りると、教諭に挨拶をして入っていった。 「おはようエヴァン君、今日は討議だね」 「そうだな。楽しみ」 エヴァンはそう答えて、彼の肩に手を廻した。そうして、生徒が揃うまでの間に二頭で話していた。教室はいつもより賑やかで、討議のお題を楽しみに待っている。机を動かしたり、黒板を準備して待機すると、また梟が入ってきてお題を置く。 「保守派は必要か」 その題に向けて、エヴァン達は意見を纏める。後に必要派、不必要派に分かれて同じ意見の中で議論を交わした。そのとき、エヴァンとディアーノ、ボニファーツは同意見で必要派だ。三頭は運命を感じて盛り上がり、手を繋いでワイワイとした。 「お前らどんな理由なん?」 「意見書いただろ。いっせーので見せ合おう」 そう言って紙をひっくり返して見せる。すると、エヴァンとボニファーツの意見は完全に一致していた。書き方も似ているような気がする。エヴァンは微妙そうな顔をして「被っちゃったな」と笑った。どんな顔をしているだろくと、チラリとボニファーツを見てみる。彼は滝のような喜びに打たれて、火照っていた。そして感動のあまり泣き出しそうな顔を向けて「被ったね」と震える声で言った。 それから、彼は高校に進学するまでエヴァンと同じ思考回路、意見、点数を取ることに必死になった。彼に合わせるのではなく、意識せず、互いに全く同じことを考えたいと思うようになったのだ。 十五歳の夏頃、エヴァンが厭がって「何で同点に拘るんだ!」と学校で泣きべそをかいて必死に訴えた。教諭達も生徒もいない教室で、疲労のあまり頭を抱えて慟哭する。気が狂ったように、張り詰めていたものが裂けたように崩れ落ちた。それでも、ボニファーツは平然とする。 「僕は上下順位をつけるのが嫌いなんだよ。平等が一番だと思ってる。だから君とは対等でありたい。比べたくないということだ」 「俺、ボニファーツに負けても勝っても友達だと思うよ……なあ、ボニファーツはそう思ってくれないのか?」 胸に何かが痞えているようで息苦しい。必死に、金魚のように口をあけて吸いながら顔を見た。ボニファーツは青毛に似合う、酷く冷たい顔をして軽蔑的な眼差しを向けている。まるで虫螻を見るような、そんな眼だった。 「僕より優るのも劣るのも許可しないよ。僕は君で君は僕だ」 「嫌だ……」 最後の抵抗として、一言絞り出す。途端にボニファーツは眼を逸らして、呆れたように深々と溜息をついた。そして乱れている椅子を整えてから背を向ける。 「……ああ、そう。じゃあ友達辞めようか」 「何でそうなるんだよ?」 吃驚して掴み掛かる。ボニファーツは依然として態度を変えなかった。 「失望したよ。君と僕は相性が悪いようだからね」 「考えるから、待ってくれないか」 「傷ついたな、僕」と、胸に手を当てて俯く。エヴァンは泣きながら「ごめん」と言うしかなかった。そこに抵抗は許されていない。 「前のテストの点数さ、低かったよね。昔みたいな発想力が落ちてて悲しいな。それを君は僕のせいにしようとするし、性格が悪いよね」 「……それは」 「言い訳は聞きたくないね。落ちこぼれさ、今のまま進むと劣等生だよ君は。顔も見たくないね」 この時、ボニファーツは諦めたように笑っていたように思う。エヴァンは必死に縋り付いて、記憶する限り最も惨めな姿を晒した。命乞いをする者のように、跪いて服を掴む。 「分かった、分かったから。許して……何でもするから──」 「何でも?」 彼はその言葉にやっと振り返った。そして想定通り、という恐ろしく邪悪な笑みを笑窪に残して、肩を何度か撫でてやった。エヴァンの手を引いて洋式溷廁に連れ出すと、制服の外套を脱がして釦を外していった。抵抗しようと思っても、先刻言われた言葉が頭の中を反響して何も声を出せない。指が蛞蝓のように肌を這って、下へと向かったときには自分の腕を噛んで声を出さないようにと耐えた。彼は調子に乗って、そのまま自分の腫れ上がったものを擦り入れて満足する。彼はそれを雌と雄がすべき行為だと知っていた。それでも、エヴァンとの行為に意味を見出して、何度も定着させるように続けた。いつの間にか、痛みで踠いていたエヴァンも神経に伝わる快楽に近しいものを感じて縋っていた。必要とされたいと思ったことが、体を許してしまった発端である。それからという日々、何か気に食わないことがあればボニファーツから家に連れて行かれて嬲られた。而も泊まれと言われて全身が痣まみれになる。エヴァンは逃げ出そうと思って、浴室でシャワーを浴びると伝えて窓から街へと逃げた。暫く走って、橋から遠く離れた商店街の路地裏を彷徨う。軈て水溜りのある、油臭いところに辿り着くとゴミや弁当が放棄されていて環境が悪化していった。此処ならバレないだろう、と突っ立っていると、背後にあたたかさを感じる。振り返ると青豹が居て「やあ」と挨拶された。彼はそれから、もう家に帰れないような体になるまで教育させられてしまった。
つれーっす
ほんまに辛いです。精神的にも。だから見せつけるように死んでやろうと思いました。でも逃げたくないじゃあないですか。まだ恋人はいないし、なんなら夜を共に過ごしていない。お願いだから彼女が欲しい今すぐにでも。一夜だけの関係でいい。お願いしますマジで。触らせて見せてください聖域を。キツい、気を抜くと希死念慮! ここで一句 烏瓜 君寝入れば 白く咲く
下弦の月のように 下
「もうそろそろ良いでしょう」とクルルが椛の樹を背に一歩を踏み出すと、泥で足を滑らせてしまった。彼が受け止めようと抱き寄せたとき、既にクルルは紅潮していた。そして、ゾッとするほどに熱い。汗が滲み出て服には染みが出来ている。服を脱がそうと襟元に指を掛けたとき、クルルは片手で止めて「すみません」と頭を下げた。 「足元には、気をつけてくださいね。滑りやすいから」 「君、熱があるだろう。蚊に刺されなかったか」 彼が問い詰める。クルルは膝が震えてその場に崩れ落ちた。既に呼吸が乱れて意識が朦朧としている。彼は、ブルブルと震えているクルルを背負ってみた。 「ごめんなさい」そう一言残して、力がさあっと抜けた。エヴァンは一層脚を早めて、翼を広げて家へと向かう。例の研究室まで担ぎ込むと、彼はクルルを寝床に寝せておいた。顔は紅潮し、発汗して呼吸が荒い。胸が脈を刻むように上下して、小刻みに体が震えている。体温計を挿し込んでみると、熱は四十二度だった。此は奇妙だ、とエヴァンが棚を見てみる。様々な注射器から器具までもが並べられている。その中から慎重に注射器を選んで、熱で殺菌した。そして針を血管に差し込む。引いて採血すると、載物硝子に塗抹し、固定して染色した。そうして末梢血塗抹標本を作った後に顕微鏡に設置して接眼レンズから覗き込む。すると、染色された熱帯熱マラリア原虫が明瞭に見える。もしもクルルが原虫等に詳しいのならば薬がある筈だ、と。探しているうちに白い箱の山を見つけた。その箱を開けてみると、抗生物質が大量に詰められている。もしも此処に抗マラリア薬がなければ、街の病院に運ぶしかない。だが、此の国には殆ど病院と呼べる場所がない。廃墟のようになっている。書類を全て引いたり、クルルの作った薬の数々を探しても材料がないので作れない。寝床の上でクルルが呻いた。 「……アッ、アーテスネートだ! 左にありますから、それを此処に」 「此処か」引き出しの中を覗いてみると、新品のアーテスネート注射薬があった。先を弾いて別の注射器で吸い上げると、静脈に刺し込んで注入する。それから水分補給に、と点滴をした。濡らした布で体を冷やし、汗を拭いているとクルルが戯言のように言う。 「先生は、蚊に刺されていませんか」呂律が廻っていない。 「刺されていない」 彼は渇いたような気持ちになって渋々答えた。クルルは可笑しそうに笑って「なら、よかった」と口許を押さえる。それから、疲れたように仰向けになってハアハアと呼吸を荒くしてしまった。彼は眠らずに血液を調べては薬を投与し続けた。輸血の血がないから、とせめて水分補給だけでも頻繁にしようと点滴の袋を替える。そうして一週間も経てば、クルルは立ち歩き出来るようになった。 それから廻る夜、扉の隙間から一頭の螽斯が入り込んで壁際に這い、触角を伸ばしていた。螽斯は弦楽器を弾くような鳴き声を奏でて、少し経つと跳ねて消えていった。彼は幾つか原虫の標本を作成して、何度か顕微鏡を覗き込む。珍しい虫だ、と思った。寄生虫に寄生されて蚯蚓腫れした友達とは比べものにならない。こんな原虫が血管内、体内で繁殖していると考えるだけで悪感がした。 「先生、病院へ行きませんか」 背後から角灯を片手にしたクルルが歩いてくる。彼は椅子を廻して「調子が悪いのか」と訊いた。 「いえ。街のものがくたばっている、と電話がありましてね。私は治療に行きたい」 「なら私も行こう」 そう言って立ち上がる。皮膜を張って山から飛び去るとき、西洋風の瓦斯灯が街全体を照らしているのが見えた。また、一部の繁華街には提灯が下がっていて、真っ赤な灯りで辺りを彩っている。すうっと北風に身を任せて滑空すれば、薄暗い奇妙な集落が見えた。クルルが焦って指を指したので、脚に力を入れて風を利用してうまく着陸すると、辺りを見廻す。そこには、腐敗した龍や鶏の屍が黴のようなものに腐らされて変色していた。 「なんてこった。手遅れかもしれない」 クルルが怯えたように言った。彼らは病院に駆け込んでみたが、すでに患者達の四肢は黒く膨れて壊死し、息絶えている。彼らは祈るような思いで集落の家々を訪ねて廻った。然し、そこから漂う腐敗臭と置かれた花束で「あゝ、もう手遅れだった」と気付かされる。胸を打って叫びたい、私はなんて馬鹿なのだろうと慟哭した。そんなクルルの隣で、エヴァンは細菌を採取しようと腐っていない屍を担ぎ上げた。そして彼らは家に帰ると、屍に研がれたメスを刺し込むとツウと開いて細胞を採取するなり、臓器の異変を見るなりして全身をバラバラにした。また、診終えると全てを縫合してしまって、採取したものはグラム染色標本にして、双極染色した。解剖終わり、エヴァンは顕微鏡でその標本を観察した。その頃、東洋では未知とされていた桿菌。グラムが陰性かつ、通性嫌気性桿菌の一種であるペスト菌である。 「恐ろしいことだ。西洋だけでなく、東洋までペスト菌が汚染していたとは。私の生まれる前に感染は最小限に抑えられたと聞いたのに」 エヴァンは眉間に指を当てて、辛そうにした。溺死寸前のように暗い顔をして、青褪めている。だが、眼だけは爛々として喜んでいるようにも見えた。そんな彼の隣で、クルルが「周辺に熱帯の村があるから、ペストが広がっていないか見に行きましょう」と誘うと、エヴァンは医薬品や器具を纏めるように指示をした。そして滅菌道具やÄthanolを取り出すと魚革の鞄に並べて布を掛け、隣の村まで飛ぶ。煙雲を踏み、月へと駆ける麒麟も、鳥の如く美しい濃淡を妖艶に醸し出している。いつの間にか、脚の下は翡翠色に染まっていた。苔植物の茂る岩に、天まで伸びる樹木はシダ植物を着て、蔓は堂々と巻きつく。川は樹の葉が反射して青く、澄んで流れている。岩の間を緩やかに通り過ぎて、小さな泡を作りながら透き通っていた。そこで甲虫や小さな昆虫達が集まって宴会を開いている。枯葉に栄養たっぷりの湿った土、雨に濡れた芽までもが、自然界の高級住宅に等しい最高の空間だったのである。だが、そこに動物の影はない。 鬱蒼としたその森で、家を求め探し歩いた。「過去はそこに住宅街があって、沢山の両生類や爬虫類たちが住んでいました。虎や獏なんかも居て……」と顔を隠す。考えれば考えるほど、鼻奥が酸っぱくなるような感覚がした。楽園のような景色なのに、と思う。妙な心持で彼は翼を広げてみるが、樹木の枝が邪魔して何も見えない。霧の向こうに欧州との國境が見えるだけだった。一晩すると、高床式の家が現れた。窓だらけで、殆どが空洞のようになっている。それを見つけるなりクルルは大声で「ご無事ならば返事をなさって!」とマレー語で叫ぶ。そこの主らしい茶斑模様の獏は顔を出して「何だい」と唇を捲り上げて金切り声を上げた。 「この辺の住宅地はどうなったのです」 北京の龍も仰天する怒鳴り声で訊くと、獏も腹圧を掛けて大砲のような声を出した。反対でエヴァンが鼓膜を塞いで厭そうに俯いた。 「崩壊したよ。正体不明の菌が満盈したってね。燃やした屍をそこん森に埋め捨ててたら無くなったって聞いた」 「貴方は何故そんな危ない所に……」言葉も途切れ途切れで唖然とする。すると、その質問を待ち望んでいたとばかりに獏は垂れた鼻を上げてニヤッと笑った。 「あたしゃ生態学者なのさ。執念ってやつかしらねえ。あそこの生物達に心底惚れてるんだ。かの森の全貌を知るまでは此処を去らない。もしも菌に感染しても、それは自然の道理よ」 クルルが叱りつけようと顔を真っ赤にして前進したので、エヴァンは襟元を掴んで止めると、感心したように叫んだ。 「お好きになさると良い! 事実、屍体を森に葬ったおかげで感染が減ったそうだ。それが分かっただけで十分だろう」 クルルは悔しそうに牙を剥いて、また、敬意の眼差しを浴びせながら「お大事になさって」と区切った。 周辺の病院を探し求めて歩いていると、まるで野戦病院のような跡があった。屍体は腐敗して蛆虫が湧き、骨も脂肪も丸出しになって青黒く変色している。その皮下を虫が蠢いているのだ。その中に、息をしている猫が居た。豹柄で、耳が丸みを帯びた小さな猫である。彼の発疹を診て、エヴァンはすぐに聴診器を当てると心臓の音と呼吸音を聴いた。弱く、脱水症状を起こしている。すぐに点滴を打たせて血液検査をした。デング熱らしい。熱帯縞蚊などから伝染されたらしい。出血が起こる前にどうにかしなければ、と薬を見た。そこでクルルが用意して「アセトアミノフェン投与します」と報告する。熱帯の医療現場はクルルの方が手慣れているのだ。合併症として横断性脊髄炎やギラン・バレー症候群などとも向き合ってきているのだろう。彼は出来るだけクルルの手伝いをした。薬品の準備や容態の観察、森から離れた病院にも出向いて患者の容態をまとめたり応急処置を施した。そして細胞を採取して、顕微鏡で観察する。気候の関係もあるだろうが、デング熱患者が恐ろしいほど居た。まるで冬に流行るインフルエンザのようだ。頻繁に感染している動物も少なくない。癌や脳卒中などよりデング熱や熱帯マラリアで死んでいるのではと思わされるほどだ。クルルは薬を投与したり、必要ならば脊髄の手術をエヴァンに頼んだりと行動を起こす。そして論文に今回の出来事と事例を纏めて公表した。熱帯に医療機関や研究所を配置して、必要な量の薬を提供するべきだと訴えた。エヴァンは重症の神経患者に当たって手術を担当したり、その術後経過を観察して公表した。数少ない、二頭居るかも怪しい現場の医師と連帯して治療を行った結果である。その村の動物がどれほどまで回復したか! 摩天楼に埋め尽くされた現在の大地を見ると、それがよく分かろう。
ナイト マン
ジョンは正午は強靭な紳士で 宵は色好な酒呑みだ。 夜になるとお気に入りのバーで ライラを頼み、スペイン民謡を唄う。 酒屋にいる女はいつも囁く。 「好きよ、貴方を愛してるの。激しくシて」と。 彼は酔っていたとしてもお構いなし。 彼女の腰に手を廻し、押し倒して服に手を入れる。 そしてブラジャーのフックを中指で突きながら 唇を合わせて蛞蝓のような舌を絡める。 「愛してる」 何十人の女に嘘を吐いた。 朝起きると彼は釦を残し 消え去っていた。 何人妊娠したか計り知れない。 だが、誰も彼を訴えることはなかった。 「彼なら愛してると言って戻ってくるわ」 みながそう言って、また恍惚とするのだ。 そこで探偵の娘クロエがスペインの田舎へ出向いた。 「ジョンという男を知りませんか」 「知らないね」ポルトガル風の老紳士が言う。 隣を通った若い紳士が「あの建物さ」と指差す。 そして警告した。 「彼は女の子を逃さないからね。一人は危ないよ」 クロエは言う。 「忠告ありがとう。でも、行くわ。だってみんなが苦しむんですもの」 紳士はその強い意志に感動して、頷いた。 彼女はその建物に行って、窓際へ立つ。 そして部屋を覗いた。 カーテン越しに見える陰は二人の人影 彼女はもっと見ようとして近寄った そこには背丈の大きい紳士が服を脱いでいた その紳士に彼は身を寄せて、 愛の言葉を囁いているのだ。 彼女はぐったりとして、その場に崩れ落ちた。 彼に抱かれた女達は、彼の帰りを待っているというのに!
三人目の女
三人目の女は淫乱だった。宵頃からウォッカを飲んで友人を含めた七人で遊んでいたとき、彼女は酔ったふりをして俺の肩に胸を押し付けてきた。そして腰を振りながら、«Мне так хочется спать… проводи меня до кровати.»と強請るので仕方なく抱き抱えて連れて行った。二階の部屋の薄汚いベッドに彼女を寝かせてやると、彼女は左手で俺の腰を囲って胸倉を掴んだ。そして寄せると、桜桃のように色づいた唇で触れてきて、誘うように舌を出す。俺も答えるように舐め廻してやった。軈てペニスが熱を帯びて、芯から硬くなるのを感じた。俺は今、此の淫らな女に欲情している。早く此の苦悩から解放されたいと心の底から願っている! 彼女は暑そうにして服を脱ぎ捨てた。ブラジャーという殻を破って出される。揺れる乳房は実りたての果実のような濃淡で、艶やかだった。それが脂肪と思えないほどに柔らかく、水風船のような躍動感を持つことは言うまでもない。乳房の先端も硬く存在を主張していて、それは渋い薄紅色になっている。胸から下へは臍にかけて線があって、尻の形を強調するような輪郭が描かれていた。その造形こそが女性の美を体現しているのだと思った。 俺は彼女のヴァギナにペニスの頭を当てた。挨拶するように押して、スルリと入れたのだ。彼女は優しく受け入れるどころか、貪るようにしてまるで単体の軟体生物のように密着して離してくれなかった。滑りのある内側が腰の動きと共にグネグネと畝って擦ってくる。此方が腰を振らずとも、子宮ごと俺の精子を呑み込んでくれるんじゃないかと錯覚するほどに、彼女は積極的だった。それでも腰を振って、此の女を孕ませてやろうと奥に押し付ける。そして子宮を突き破るような勢いで打ち、起爆させた。彼女は気持ちよさそうに甲高い声を上げて痙攣しながら果ててしまう。俺も幸福感に満たされたまま、白濁の命をそこに撒いた。それから、夜が明けるまで彼女を満たした。彼女も俺も互いに夢中になってしまって、まるで獣のように求めた。 その日以来、彼女とは会っていない。だが、数日前に彼女から「子を授かった」と手紙が来た。 然し、残念なことに俺はその女を知らない。
欲
それは、昼下がりの授業での出来事だった。先生が一枚の……喩えるならば、年賀状程度の大きさの紙を配った。そこには歴史人物や出来事に因んだ今日のお題が載せられている。私達はそこに過去の出来事を三行記して、皆と交流するのだ。一通り書き終えると、先生は声を上げて切り上げる。そして「何を書いたのか訊いてみましょうか」と私達を見廻した。軈て、その視線は私の友の顔へと向き、すっと当てる。 「じゃあHさん、お願いします」 「はい」友が云った。明瞭に題は覚えていないが、自身の信じている物……だったような気がする。不意に嫌な予感が差してきた。また突拍子のないことを言うのだろうな、と少しだけ楽しさもある。教室内は彼女が発表するので、ちょっと雑音と期待混じりの良い雰囲気だった。 「私《わたし》が信じているものは運命《うんめい》の赤い糸です。私が前に「運命の赤い糸なんてものはない」と云ったときに先輩が毛糸を結んで、「私が結んであげる」と云って下さったからです」 私は小説の一場面かなと思った。これが歴史の授業であることを悔やんだ。もしも現代国語だったのならば、物語に教諭は感動して涙を流していたことであろう。教室全体も一瞬は水を打ったようにシンとしていたものの、すぐにドワッと熱を帯びて面白おかしそうに楽しんでいた。歴史の先生は「かっこいいなあ!」と痺れている。心底感激していたのだろう。きっと、彼女はその時に心が温まった。恋心はこのように突拍子のないところで発生する。実は芽を出して実るまでが大事なのだが、彼女はその実りが早く、赤く成熟するように思う。そして私は、このように他人の経験を言葉や文字で聞くことによって心を温めている。何事にも興味深いと関心を向けることが、それに直結するのかもしれない。なら他人と触れ合うことで心は温まらないのだろうか? まア、無意識に温まっているのではなかろうか。でも人は好きじゃないのでどうでもいい。美化された概念以外嫌いだ。これが外見至上主義《ルッキズム》か。だが外見ではない。そもそも彼らの経験と考えに興味があるのであって、別に外の殻はどうでも良い。私はどうすれば彼らと同じように心を温めることができるのだろう。 「手が温かい人は心が冷たいんでしょ」 冬場にはそんなことを云う人もいる。私は手が冷たい末端冷え性なので心が温かいことになるのだ。心が温かいとはどういう状況を指すのだろうか? 彼女のような「運命」に出会えた瞬間、我々は心が発熱するのだろうか。皆、なぜ沸騰しないのだろうか。彼女は時々沸騰反応のようなものを見せる。眼も眩むような恋心に灼かれた少女の成れの果てであろう。心なしか牡丹の花のような華奢な美しさが宿っているようにも見える。他人にはわからない、丁重さが髪ひと束にあることは確かである。油で濡らして櫛でいつも流しているその髪は、一体誰の為のものだろう? 苦しくなるような恋がある。私はそれを経験したことがない。だが気持ちはよくわかる。片想いはさぞかし辛いだろう。突然の喧嘩別れも辛いだろう。それさえも美しく見える。 美化された性欲を人は恋と呼ぶ。 私は友人に恋心を向けたことがあった。残ったのは発熱ではなく吸熱であった。故に、私の青い花は果実に成らず、萎えて枯れてしまったのだ。それから猛烈に関わるのが怖くなった。蠍の尾で刺されたような気持ちになって、毒が今も全身を巡っているようだ! 唯一癒しになるのは多種多様な音楽と少しの読書である。或いは昆虫採集であったり、料理を食べることだろう。そうすると話が脱線してしまう。無理やり路線を繋げ合わせておくと、こうだ。彼女は人との関わりで心が温かくなる。私はそうならないが、間接的な関わりでは心が温かくなる。例えば検脈は直接的だが安心はする。相手が生きて健康である証拠だからだ。しかしそんな固苦しいことを私は求めていない。情熱的な恋がしたい! 女性と情熱的なセックスがしたい! でも萎える。萎えてしまう。そして軽蔑的に見えてしまう。また、友達が羨ましくなって、とても静的に魅力的だと思えてくる、友情を壊して欲情に変えてやりたい、それ以外は何も求めていない。これが現状だ! こんなやつに心温まる感動ストーリーを書かせても何にもならないよ。だって、家畜化された鶏より酷いんだから……。すげえ性格悪いぜ。文学を嗜むとこうなるのかなあ? 読んでる作品と書いてる作品の思想が偏りすぎて体が戻れなくなっちゃったのかもしれないよ。まぁいい。最近さあ、象虫を写真撮ったり飼育して標本にしたいから目撃したら教えて欲しいんだよね。虫や人と蜂を除く生物には女神のような愛情を注げる自信があるから是非教えて欲しいんだ。よろしく! 今日はいい天気だったね。各地では曇天、雨模様だったし、熱帯雨林のようなじめっとした気候だったけれど菌類は繁殖しやすいし天国だよ。良いよねえ。蝉も出るかな? ああ、暮れ方に鳴く茅蜩だって……。自然が好きだから、竹藪特有の香りだったり蜜に誘われる甲虫達を見ていると美しいといった気分になる。地面の枯葉の下を這っている金蛇や蜥蜴、壁をちょろちょろと自由自在に動き廻る矢守。そして池の底にいる赤腹井守。綺麗な川の上流少し下に見える山椒魚。雨上がり立ち上る土の香りと鳥の唄。雄大な海へ飛び込む海鳥に、跳ねる魚。また潮吹く海豚に海底の刺胞動物。浮かぶ透明の水母と岩に隠れる雲丹や貝。墨吹く蛸は程遠く、夜には蛍烏賊が暗闇を淡青に染め上げる。そうやって身近にある光景に惹かれる。惹かれても心温まるかと問われるとそうとは答えられないんだよ。うーん。浪漫だ。恋とは浪漫だ。一生達成し得ない浪漫じゃないか。勉強で習得出来ず、また、運命という定められたものによって人と人が赤い糸で結び合う……なんという御伽話! みな御伽話を信じて、また磁石のように惹かれ合う。そして近づけば、逆らえずにぴったりとくっつく。美しい、美しい、美しい! 性欲には逆らえない! また彼らが夜な夜な結合して新たな命を腹に宿しているのだと思えば、聖母マリアの聖も別の字に見えてくるのではないか! あの肉棒を突き刺して、ぶら下がった袋内の種をぶち撒けて種の繁栄をする行為を「恋に落ちて重なり合う」と文学では表現するのだから、より一層美化されていて魅了されてしまう。 結論、私が恋を嫌らしく見ている気持ちの悪いクソ野郎だということが明らかになってしまった。釈迦如来さま、ごめんなさい。仏教徒の「ぶ」の字も名乗れません。極楽浄土どころか地獄の下の下の下に落ちるかもしれない。エッセイを書くのが下手すぎてマジ絶望。どうすりゃいいのこれ
AIが実用化される社会にて学習に対する重要性
現代社会はAI社会へと急速に移行しつつある。ChatGPTをはじめとする生成AIは、インターネット上の膨大な情報を学習し、その知識を基に必要な情報を引き出し、組み合わせて出力することができる。利用者が条件や指示を与えれば、それに応じた情報を生成し、提示するのである。 現代社会を生きる子供達は、授業でも多々生成AIを活用する。その中で、小説や作文などといった文章が簡単に出力されてしまうので、現代の子供達は自ら考えて文字に起こす能力が低下している傾向にある。そして学習という行為そのものが疎かになっている生徒が一部見られる。これらは考察と下書きの一部として学習の定義と意義を此処に記す。 学習(がくしゅう)とは、知識、行動、スキル(能力)、価値観、選考(好き嫌い)を、新しく獲得したり、修正したりすることである[2]。 Wikipedia.学習.https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%BF%92より引用 引用では学習において敢えて知識という言葉を使っている。その「知識」は頭にある情報であり、それは教育や経験(実体験を含める)に基づいたものである。そして「知恵」は行動に現れるものであり、それは知識があることを前提とする。AIは応用可能な、知恵となる知識を我々に与えてくれるのだろうか。そこで幾つかの方法でChatGPTに質問し、回答を比較する検証をする。そこで以下の質問をした。 一、リンゴって何? 二、リンゴの分類と同属の例を挙げて説明して。 一を質問した際、このような回答が得られた。 リンゴは、一言でいえばバラ科の木になる果実です。普段食べている赤や黄色の実は、リンゴの木がつける果実ですね。 もう少し掘り下げると、 • 生物学的には、リンゴの木が子孫を残すためにつくる果実。 • 私たちが食べている赤い部分は、実は普通の果実とは少し変わった構造で、「偽果」と呼ばれるものです。 • 中心にある芯の部分に種子が入っていて、その種が本来の果実にあたります。 • 甘味の主成分は果糖などの糖類で、酸味はリンゴ酸などによるものです。 哲学的に考えるなら、「リンゴ」という言葉は私たちがある特徴をもつ果実の集まりにつけた名前とも言えます。目の前の一つ一つは個別の物体ですが、それらをまとめて「リンゴ」という概念で呼んでいます。 二を質問した際、このような回答が得られた。 「リンゴ」は日常的な名前ですが、生物学では階層的に分類されます。 分類階級 名称 ドメイン 真核生物 (Eukaryota) 界 植物界 (Plantae) 門 被子植物門 (Angiosperms) 綱 真正双子葉類 (Eudicots) 目 バラ目 (Rosales) 科 バラ科 (Rosaceae) 属 リンゴ属 (Malus) 種 リンゴ(一般には Malus domestica) 「同属」とは? 「同属」とは、同じ属(genus)に属する別の種という意味です。 リンゴは「リンゴ属(Malus)」に属しており、この属には栽培されるリンゴ以外にもさまざまな種類があります。 代表例としては、 • セイヨウリンゴ(Malus domestica) … 私たちが普段食べるリンゴ。 • ズミ(Malus toringo) … 日本にも自生する野生種で、小さな実をつけます。 • エゾノコリンゴ(Malus baccata) … 寒冷地に分布し、観賞用としても利用されます。 • ヒメリンゴ(園芸品種群) … 小さな果実をつけ、庭木として人気があります。多くは複数種の交配によるものです。 逆に「同科」になると? 属は違っても、同じバラ科には有名な果物が数多く含まれます。 • ナシ属(Pyrus) … ナシ • サクラ属(Prunus) … サクラ、モモ、ウメ、スモモ、アンズ • イチゴ属(Fragaria) … イチゴ つまり、 • リンゴとズミ → 同属(リンゴ属) • リンゴとナシ → 属は違うが同じバラ科 • リンゴとミカン → 科も異なる別のグループ という関係になります。 生物学では、このような「界 → 門 → 綱 → 目 → 科 → 属 → 種」という階層構造を使うことで、生物同士の近縁関係を体系的に整理しています。 以上の検証から質問の方法によっては、表面的な情報しか得ることが出来ないことが分かった。また、質問者自身も深く掘り下げて質問することで理解が深まり、詳しく知ることが出来ることが分かった。 仮説と予想 学習の意義は自身で解を導く仕組みの理解と習慣化にあると予想する。また、意欲的に学習をし、それを出力する習慣がついたとき、集団において新たな意見を提案し検証することで根拠を挙げて説明することが出来ると思われる。そしてその根拠はビジネスやジャーナリストにおいて重要である。 まあ、飽きたので此処で筆を断つ。ありがとう皆。