愛染明王
66 件の小説凍てつく空に白い煙
エヴァンの精神が十五歳の時と入れ替わる。 エヴァン「あっ! 何処だここは」 クルル「? お家ですよ」 エヴァン「誰だい、君? 東洋出身に見える。その上で貴族みたいな発音をするなんて。俺を愚弄しているのかな? まぁいいや、今の年数と日付は?」 クルル「……202……8月21日であります」 エヴァン「なんてことだ。ということは、思ったとおりにいっていれば今の俺は……教授か? どうやら俺は十五歳の頃からの記憶が消え失せたらしい」 クルル「ええ、左様で。貴方が水を飲んだ直後ですから記憶喪失とは別だと思われます」 エヴァン「へえ、不思議だ。君と俺の関係は?」 クルル「私は貴方の弟子……のようなものです。脳神経外科助教を務めております。貴方は世界的に有名な脳神経外科医でマルム大学で教授、かつ今もなお研究をしている。私はその手伝いを少々。そして同居しております。もう十年近く」 エヴァン「同居? なんだ、君、俺に気は無いのか? この俺だぞ。少しは好きなんじゃないか。一緒の寝床で寝たりするのか。君に相手は? 居ない? 俺じゃないのか」 クルル「落ち着いてください。まず、手術の呼び出しが多いゆえに貴方と一緒に寝ています。そして私には相手がいません。貴方が望むのならばもちろんです。しかし、医者をしている今の貴方は恋愛などを愉しむ余裕がありません。無論、私にもありません。……ですから、話す内容も研究や手術、講義のことばかりです」 エヴァン「へえ、惚れているのか。矢張り、そうか。俺の顔も竜の中じゃ良い方だ。弟には負けるけどね。弟は、サーフィーは知ってるか?」 クルル「ええ、友達です。週に数回は映画を観ます。クリスマスにはホームアローンを」 エヴァン「へえ、あいつに友達なんて居たんだな。驚きだ。あっ、そうだ! ボニファーツに電話を掛けよう。電話番号は……変わってないようだ! 安心した」 クルル「……学生時代の先生はこんなに元気だったのか」 エヴァン「そりゃあ、もちろん。……電話機を借りる」 クルル「待ってください。貴方はその、昔の記憶しかないのだから電話をしたところで相手が混乱するのでは」 エヴァン「彼なら大丈夫だ。君よりも、下手すりゃ俺よりも頭が良い。分からないだろう? 一見するとただの馬鹿だが、全然! とても賢明だ」 [電話機に番号を入れて耳に当てる。二コールで取られる] エヴァン「ボニファーツ? ハロー」 ボニファーツ「何だい君、声が幼いな。若返ったかい」 エヴァン「大当たり。君は老けたらしいね、調子はどうだい? おじさん」 ボニファーツ「ははは、吃驚だな。僕は元気だよ」 エヴァン「はっ、どうせ君のアソコは役立たずで女も居ないんだろう。あーあ、俺には彼女がいるのになー」 ボニファーツ「何の話?」 エヴァン「君、なんて名前?」 クルル「クルル・シャムス」 エヴァン「クルルだってさ。小麦畑みたいな黄色い毛とキュートな蹄」 ボニファーツ「あー、それは女の子なのかな? 僕は彼を男だと思っていたんだけれど」 エヴァン「何で男と同居するんだ?」 ボニファーツ「そりゃ僕が君のことを諦めきれなかったように、君もゲイだからさ」 エヴァン「はあ? 君は俺のことを好いていたのか? 付き合えばいいじゃないか。振られたのか? この俺に?」 ボニファーツ「振られたどころじゃない。無視されたよ。そして僕は転校したさ」 エヴァン「俺が怒るってことは君が悪いんだろ? 謝れよほら」 ボニファーツ「あの頃の君って癪に障るよねえ」 エヴァン「今の俺は?」 ボニファーツ「現在のってこと? そりゃもう、淡白で、薄情で、血も流れてないよ。鬼さ、鬼」 エヴァン「そのくせ君は変わらないな。その年齢で余裕ぶってるところとか。俺の精神は若いから今からでもする」 ボニファーツ「何を?」 エヴァン「そりゃ真夜中のバレイよ。白鳥の湖でも流しておこうか。きっと上手くキメるさ」 クルル「比喩がいちいち鬱陶しいところは変わりませんね」 ボニファーツ「困ったな。僕は君と会って話がしたいのに」 エヴァン「え、まだ諦めきれてないのか。彼女探しに合コンでも行ってやろうか! どうだ?」 ボニファーツ「そういえば君はそんな奴だったさ」 エヴァン「好きなんだろう? 俺が」 ボニファーツ「まあ」 エヴァン「肯定した! ディアーノに言いつけてやるからな。君の恥ずかしい情報を街にも学会にも晒し尽くしてやる。泣いて待ってろ。ティッシュは要らないな? だって君は下が機能してなくて消費量が少ないから!」 ボニファーツ「君、落ち着いて聞いて欲しい」 エヴァン「?」 ボニファーツ「実は君が勃起不全なんだ。君が自ら選んだ選択だ。私のことが嫌いすぎて自ら機能しないようにした」 エヴァン「嘘だ……」 ボニファーツ「君は男に抱かれる以外選択肢はないよ」 エヴァン「じゃあクルルは本当に男だって言いたいのか!?」 クルル「どっちでもありません」 エヴァン「じゃあ女だ。何故かって俺はゲイじゃないから。こんなガリ猫と一緒にしないでくれ」 ボニファーツ「そのガリ猫とお揃いさ、親愛なる君。ただゲイと一括りには出来ないな。対象になるのは僕とディアーノだけだろう?」 エヴァン「そう思い込んでるのはお前だろ。ふざけるなよ。誰がお前らみたいな奴に惚れ込むか。公衆便所みたいな口臭した貧乏な女くらいだろ。眼の悪い盲目さ、盲目!」 ボニファーツ「好きなだけ罵れよ。戻ってから昔の僕に謝ると良い。……そうしてくれよ、頼む」 エヴァン「とにかく会って話がしたい。な、会わないか」 ボニファーツ「会ったら僕、君に何するか分からないよ」 エヴァン「その時は殺す。大丈夫だ」 ボニファーツ「僕は軍獣だ」 エヴァン「サーフィーを呼ぶ」 ボニファーツ「まぁ、それなら止められるだろうね」 エヴァン「ディアーノは今何してる?」 ボニファーツ「銀行のトップ」 エヴァン「凸っていいか」 ボニファーツ「辞めとけよ。多分怒られるから」 エヴァン「クソ……レティー! レティシアは!」 ボニファーツ「バイク乗り回してるよ」 エヴァン「会いたい」 ボニファーツ「会えば?」 エヴァン「何で冷たいんだよ。協力してってば。俺のこと好きなんだろ」 ボニファーツ「君のそれが演技なら、僕はどうなるか」 エヴァン「もし演技だったら君の前で服を脱いでぶちまけてやる」 クルル「はあ?」 ボニファーツ「正気?」 エヴァン「俺はこういう男だ。卵の時から!」 ボニファーツ「わかったわかった、駅前集合ね」 エヴァン「OK」 クルル「馬鹿なんですか。色々ぶっ飛んでますよ。下品だ」 エヴァン「君の前でお利口さんにしてるエヴァンHは偽物だ。糞垂れ! 強がってるんだ。どんな奴か知らないけれどね。……何してる、君も来なさい」 クルル「私のこと叱りつけたり、責めたてたのは何でですか」 エヴァン「君の出来が悪いからだろ。それか馬鹿だから。でも可愛がってたから敢えて時間割いて怒ってやってたんじゃないのか」 クルル「そんな……」 エヴァン「鈍間め、早く来たまえ。くそ、時間を無駄にした。私の下で何を学んできたんだ。足を止めるなクソッタレ」玄関を出て急ぐ。 クルル「どっちがクソですか。貴方の性格もガンジス川レベルですけどね。薄汚くて薄情です」 エヴァン「本当なことを言ったまでだろう。何で君みたいな出来損ないが家に居座ってるんだ? そもそも東洋出身じゃないか。お国に帰ったらどうなんだ? 布でも作ってろ」 クルル「酷い! ガキでも言っていいことと悪いことがあるのに!」 エヴァン「ガキだと? 君こそ言語覚えたての幼児に見えるがね?」 クルル「何を!!」 ボニファーツ「うわ、凄い場面見ちゃった」 サーフィー「最悪」タクシーから出てくる。 エヴァン「サーフィー!? 背が高いな! 兄ちゃんのこともう追い越したのか。ボニファーツも大きいー! 筋肉質だ、すごいな。顔は変わらない? 相変わらずだな。何も変わらない。いや、髭が増えたか。サーフィーは逞しくなった」 ボニファーツ「あんまり触られると僕のブルドーザーが黙っちゃいないから」 エヴァン「お言葉だが、君のやつはこんなもんだ」小指を出す。 サーフィー「いや、素直にいうと親指の関節くらい」 クルル「そんなに太くないだろ。失礼だ」 ボニファーツ「冗談は置いといて、レティシアに会いたいんだね」 エヴァン「ああ、あとディアーノ」 ボニファーツ「そう……馬車で行く?」 エヴァン「いや、一緒に歩いて行きたい」 ボニファーツ「電話で言いたい放題言ったくせに?」 エヴァン「あーすっきりした」 ボニファーツ「だから肩を組むなって」 サーフィー「マジで気持ち悪いからさ、二頭でボクシングでも行かない?」 クルル「は、賛成。エヴァンさん、私達向こうでボクシングしてくるんでさようなら。二度と会うもんか」 エヴァン「惨めに八つ当たりしてろ、(頭が)お可哀想なようで」 ボニファーツ「僕達、二頭きりになっちゃったね」 エヴァン「ところであの珈琲屋って潰れたのか?」 ボニファーツ「いいや? まだあるよ」 エヴァン「なあ、街に建物は増えたか?」 ボニファーツ「少しね。大して変わらないよ。増やすというより改造が多いかも。少し隣国寄りさ」 エヴァン「新聞は?」 ボニファーツ「全く」 エヴァン「へえ、あ、母校はどうだ」 ボニファーツ「そうだねえ、あそこは古いままだよ。トイレも」 エヴァン「トイレくらい新しくすべきだと思う。あんな古臭い……しかもカビだらけだぞ」 ボニファーツ「知ってるよ。……よく笑うね」 エヴァン「君は笑えなくなったのか?」 ボニファーツ「いいや、少し疲れてるだけ。君と居ない間がつらくて」 エヴァン「じゃあずっと居ればいいじゃないか、側に」 ボニファーツ「君が許してくれないよ。ほら、腹減ったんじゃないか? ピッツァ・ア・タリアータでも買っていこう」 エヴァン「まだこの店あるのか。うわあ、店長肥って老けてる」 ボニファーツ「ふふ、美味い証拠だろ。すみませーん! 二頭分!」焼きトマト、緑野菜から揚げ焼きした蠍肉が溢れんばかりに乗っかったピッツァ・ア・タリアーモを包み渡される。ボニファーツが金貨を数えて払った。既にエヴァンは齧り付いている。 エヴァン「あー! 美味い! これだこれ」 ボニファーツ「食べるねえ、トマトの汁が口についてるよ」 エヴァン「あ、本当だ。ありがとう。ボニファーツも食えば?」 ボニファーツ「食べるよ……あ、美味しい。たまにはいいかもね」 エヴァン「窯焼きは違うな」 ボニファーツ「ね」 エヴァン「何でさっきから舐め回すように見てくるんだ? 眼が据わってるというか」 ボニファーツ「据わってるのは肝だよ。それより、水着買って行かないか。レティシアは海にいると思う」 エヴァン「海獣の彼氏に浮気か?」 ボニファーツ「自由だから分からないね。でも、毎日海に来るんだ。居ないとしても必ず来るから、それまで泳ごう」 エヴァン「君って海が嫌いなんじゃなかったか?」 ボニファーツ「嫌いだよ。本当に」 エヴァン「無理して泳がなくてもいいだろ。木登りでもして遊べばいいし」 ボニファーツ「君にとっては楽しくないだろう?」 エヴァン「俺はそこらへんでヤドカリを探す」 ボニファーツ「僕に見せてよ」 エヴァン「言われなくても見せる。何でそんなに距離が近いんだ?」 ボニファーツ「不思議な感じだなって」 エヴァン「なにが?」 ボニファーツ「いつも老けてるけど、……笑顔が増えるだけでこんなに若々しい。僕がすごく老けて見えるよ」 エヴァン「元からだろ。際立つだけで」 ボニファーツ「いや、僕は若々しいよ」 エヴァン「どうかな」 ボニファーツ「ほら、海だよ海。ヤドカリ探してきな。僕はここにいるから」木を登って太い枝に抱きつく。 エヴァン「気楽だな。まぁいいや、探してくる」 ボニファーツ「……うん……」彼、寂しそうに背中を見送る。 一方、ボクシングジム クルル「クッッソ!!!! 悔しい!! あんなクソガキに!」 サーフィー「左ストレート! 良い力の入り方〜」 クルル「くそぉぉ……っ」 サーフィー「アッパー! 良い感じ」 クルル「私って先生にああやって思われてたのかな? 無能だって? 哀れだから丁寧に教えてた? 手放さなかった? 腹立ってきた」 サーフィー「思ってないと思うよ? 今入れ替わってるのは感情があった頃の兄ちゃんで、普段は感情が内側から破壊された兄ちゃんだから。そもそも失望って概念すらあるか怪しいよね」 クルル「ええ?」 サーフィー「でも思ったことはそのままストレートに言ってるわ、け」 クルル「で!」蹴り クルル「結局私に対しては何も思ってないということ?」 サーフィー「いいやー? 言葉通り、右腕だろ」 クルル「取れたら大変だな」 サーフィー「そういうことっ。ほら弱いよ、もう少し強く! フック」 クルル「どりゃ!」 サーフィー「いいね」 クルル「なんで軽く受け止めるんだ……」 サーフィー「だって特殊部隊だし……」 クルル「海軍だから格闘技しないと思ってた」 サーフィー「逆だよ」 クルル「じゃお前と喧嘩になったら殺されるんじゃないか?」 サーフィー「しないよそんなこと」 クルル「分からないだろ。酒に酔ってたら」 サーフィー「泥酔しても殴ったりはしないよ。過去に一回だけボニファーツのことボコボコにしちゃって、そのときに胸とか発泡されたからね。もうやらない」 クルル「胸撃たれて何で生きてるんだ?」 サーフィー「気合いだな、気合い!」 クルル「へえ……はあ、汗かいたな。アイス食わね?」 サーフィー「いいね、俺買ってくるよ。何味にする?」 クルル「キャラメル」 サーフィー「はーい」しばらく戻って来ない。それまでクルルは自動販売機で買った水を飲む。そしてエヴァンとの会話を思い出しては凹みら涙を浮かべる。後にサーフィーがアイスクリーム両手に戻ってきた。 クルル「……チョコミント?」 サーフィー「マジ美味いよ。一口食べてみて」 クルル「ん、うまい」 サーフィー「じゃキャラメル一口ちょうだい! おいしー!」 クルル「だろ、キャラメルが正義だよ」 サーフィー「いやチョコミントも美味いでしょ」 クルル「まぁ、そうだな」 サーフィー「クルルって兄ちゃんのこと考えてる時に変な顔するよね」 クルル「へんな?」 サーフィー「笑ってたり、泣きそうだったり、顔が皺だらけになったり」 クルル「今は?」 サーフィー「泣きそうな顔。どうしたよ」 クルル「さっき言われたことがフラッシュバックしてさ」 サーフィー「気にすんなよ。しなくて良いよ」 クルル「だって、本当に思われてるかもしれないし」 サーフィー「大丈夫、俺がいる」 クルル「もうサーフィーん家に住もうかな」 サーフィー「基地じゃん」 クルル「嫌だ」 サーフィー「俺は良いよ?」 クルル「冷房とかないだろ」 サーフィー「あるよ。一応」 クルル「一応がつく時点で嫌なんだわ」 サーフィー「ええ? そう?」 クルル「でも行きたくなったら行くよ。空けといてくれ」 サーフィー「言われなくても」 海 エヴァン「またヤドカリだ。あ、閉じこもった。出てこい」 ボニファーツ「いじめちゃ駄目だよ」 エヴァン「子供扱いするな」 ボニファーツ「弾圧するよ? 極左冒険主義者め」 エヴァン「自己紹介?」 ボニファーツ「僕がいつそんなことをしたんだ。いつだって客観的だよ」 エヴァン「そうだろうか、ん? あの赤いバイク……」 ボニファーツ「彼女が来たね。僕は外そうか?」 エヴァン「いや、側にいてくれ」 ボニファーツ「僕は彼女と仲が悪いんだけどな」 エヴァン「そんなわけないだろ。レティシアー!」 レティシア「? 何、アンタ達も夕日見に来たの?」 エヴァン「え、レティシアってそんなロマンチックな趣味があるのか」 レティシア「習慣さ。で、ボニファーツは相変わらず木の上に」 ボニファーツ「お気になさらず」 レティシア「はあ。エヴァンさ、相談乗ってくんない?」 エヴァン「いいよ、どうした?」 レティシア「最近さあ、エキドナと喧嘩してさ」 エヴァン「エキ……」 ボニファーツ「彼女はオペ看の仕事で忙しくて苛ついてるからねえ。あの紅い鱗もさ、もっと赤くしちゃって。カンカンに怒ってるさ」 エヴァン(ナイスボニファーツ)「喧嘩か」 レティシア「そうそう。困るんだよ。ウチが可愛がってやってんのにああやって抵抗されると腹立つわ。マジで最悪な気分。だからぶん殴ってやったよ。そしたらサーフィーに止められた」 エヴァン「へえ……流石俺の弟」 レティシア「アンタどうしたのよ? サーフィーを褒めることなんて滅多にないじゃないか」 エヴァン「いや何でもない」 レティシア「怪しいね」 エヴァン「続きをどうぞ」 レティシア「セックスしてくんないんだよ」 エヴァン「セッ!?」 ボニファーツ「レティシアが女好きなせいだよ。一途じゃない浮気性のヤリチンは嫌われるよ? 流石にそろそろ腹括んないと」 エヴァン(ありがとうボニファーツ)「良い感じの雰囲気にしたら?」 レティシア「そうねえー、なんか思いつく?」 エヴァン「灯りとか調節して、良い感じの映画垂れ流して、ティッシュとかをベッドに置いて……あと香水とかつける。ローションを置いとく」 レティシア「ヤること前提すぎて萎えない?」 エヴァン「そうか?」 ボニファーツ「アロマじゃない?」 エヴァン「アロマだろ」 レティシア「あー確かに。焚くか」 エヴァン「一回俺ん家で再現してみたらどうだ。君が良ければ」 レティシア「何? お誘い?」 エヴァン「いや、その、友達としてな」 レティシア「ふーん、クルルには飽きたの? 要らないならウチが貰うわよ」 エヴァン「どうぞご自由に」 ボニファーツ「彼、喧嘩したんだよ」 レティシア「なに、アンタら喧嘩でもしたの?」 エヴァン「まあ」 レティシア「まじ? ウケるわ。じゃあサーフィーと居んじゃん。迎えに行ってやりなよ。どうせアンタが悪いんだから」 エヴァン「俺が悪いわけないだろ」 ボニファーツ「謙虚になりなよ」 エヴァン「なるもんか」 レティシア「だから気を紛らわせに海まで来たわけ?」 エヴァン「いや、別に」 レティシア「何よ、可愛いとこあんじゃん」 エヴァン「……」 レティシア「沈んでいくねー」 エヴァン「儚いな」 レティシア「代わりに月が出てるでしょ。実質二十四時間営業年中無休よ」 エヴァン「ブラックだな」 レティシア「アンタの大学と一緒。ね、今日は暇?」 エヴァン「……暇」 レティシア「嘘でしょ。ほら、早くクルル迎えに行かないと」 エヴァン「何で俺が」 ボニファーツ「サーフィーに電話掛けとくよ」 レティシア「チッ、生意気だな。ウチもエキドナ探しの旅に行くんだから、アンタも大事な奴、見失わないようにしなさい」 エヴァン「……分かった」 レティシア「素直になるのよ。じゃ、また」 ボニファーツ「バイバイ」 エヴァン「じゃあな」 レティシア「じゃあねー」彼女はバイクに乗り、砂浜の上をエンジンを吹かして帰っていった。彼らは夕焼けに染まる海に残され、ポツンと木下にいる。 ボニファーツ「じゃあ、迎えにいこうか。エヴァン君」 エヴァン「そうだな」 ボニファーツ「……僕のこと嫌い?」 エヴァン「何でそんな質問の仕方をするんだ?」 ボニファーツ「NOと言って欲しくて」 エヴァン「……NO」 ボニファーツ「よかった」 エヴァン「こっちの俺にとことん嫌われてるんじゃないか」 ボニファーツ「そうだね」 エヴァン「体の距離は近いのに、心の距離が遠くなった。その他はあまり変わってないのにな」 ボニファーツ「近くありたい?」 エヴァン「いや、違和感があるだけ。別に密着したいとかずっぽり入り込みたいとかじゃないんだ」 ボニファーツ「わかってるよ。そう……」 エヴァン「過去の俺に縋って安心を求めてもあれじゃないか? 現状は変わらないだろ」 ボニファーツ「気持ちだけだよ。僕が許されないことは側から見ても明白。所詮、自己満足さ」 エヴァン「自己満足か、惨めになったな……」 ボニファーツ「そうだね」 エヴァン「俺はそこまでボニファーツを恨める自信がないから、大丈夫だろ。多分」 ボニファーツ「なんで?」 エヴァン「普通、友達のこと恨めるか? 情が湧くから無理だろ」 ボニファーツ「僕がどんなに酷いことをしていようとも?」 エヴァン「そこまで後悔してるなら大丈夫。しなくなったら終わりだ、終わり」 ボニファーツ「そう? じゃあまた一緒に話してくれるかな」 エヴァン「そこまで仲が悪いのか?」 ボニファーツ「うん」 エヴァン「ご愁傷様」 ボニファーツ「本当にね」 エヴァン「……もうすぐ着くぞ」 ボニファーツ「そうだねえ、僕はお暇しようかな」 エヴァン「そうだな。じゃあ」 ボニファーツ「じゃあね」 店に渋々入る。 サーフィー「あ、兄ちゃん。尻尾傷だらけじゃん」 クルル「は、見せて下さい。切り傷が……消毒しないと駄目でしょ」 エヴァン「? 痛みはないけど」 クルル「え?」 エヴァン「全く痛くない」 サーフィー「だから兄ちゃんって怪我しても反応薄いの?」 クルル「薬の副作用かもしれない」 エヴァン「何か薬でも盛ったのか? ほら、麻酔とか」 クルル「どうでしょうね」 エヴァン「クルル、さっきはごめん。俺はああ思ってるけど、こっちの俺は多分そう思ってないから」 クルル「別に良いですよ。どちらにせよこんなクソガキがあんな紳士に育つんです。気にしません」 サーフィー「良かったね、許してもらえて」 エヴァン「うん……お前身長高ッ」 サーフィー「何回目?」 エヴァン「すげーかっこいい。美貌だし彼女沢山いるんだろ」 サーフィー「残念ながらゼロだよ。ねっクルル」 クルル「美貌だから逆に」 エヴァン「相手がいると思われるのか。じゃあ童貞なんだな」 サーフィー「ゴツい男に抱かれたよ」 エヴァン「うわあ……」 サーフィー「じゃ、俺基地に帰るから。さっさと過去に戻ってくれよ」 エヴァン「酷いな。じゃ、また」 ♦︎ クルル「先生はどんなものが好きですか?」 エヴァン「ん? まぁ、食べ物なら果物が好きだ。果肉が詰まったやつ。趣味ならバイオリンとか絵画鑑賞。歌を歌うのも好きだな。学問は全分野に関心があって、そうそう、医学が好きだよ。父も医者だ」 クルル「……そうですか。知れてよかった」 エヴァン「同居してるくせにそんなことも知らないなんて、仲悪いのか」 クルル「いえ。自身のことを全く話してくれないので」 エヴァン「ふうん。君と俺はどうやって出会ったんだ」 クルル「私は東洋の国……南京というところで医者をしておりました。その地方では医師になる年齢などが設けられていないゆえに子供の頃から。その地方は内陸沿いだったので、世界大戦になった流れで紛争が勃発。そこで私は捕えられて西欧で売買されることになりました。ですが隙をみて抜け出して、逃げ切った先が貴方の家だった。そして先生が倒れている私を見つけて応急処置を施した。その際は戦争だったこともあって、帰すとまた捕まるといわれ同居することになり、外科医として医学を学び動物を助けている貴方に憧れて、正式に西欧の大学に入ったのです。その大学で先生は推教授をなさっていましたから。教わりつつ医者になり、助教という立場で支えています」 エヴァン「そうか。へえ! 珍しい。憧れか」 クルル「憧れてます。医師としての貴方にも、貴方自身にも。惹かれたから此処にいて、学ばせてもらっています。だから先生には無理してほしくないし、伸び伸びとしていてほしい。それなのに、無理をなさる」 エヴァン「……」 クルル「私のこと頼ってくださいね。貴方には欲が足りない」 エヴァン「君は本当に飄々としてる、まるで年上みたい。尊敬か愛かなんて俺には分からないけど」 クルル「そんな、熱っぽい眼差しで私を見ないでください。……あー、暑い。そんなに素直だとまるで別人だ」 エヴァン「……」 クルル「もう戻ってるんなら下手な真似しないことですよ。もう、でも私が言ったことは本当ですからね。頼ってくださいよ? 今からでも」 エヴァン「なんだ、気づいてたのか。つまらない」 クルル「いつからですか」 エヴァン「ボニファーツが帰ってから。私は過去に戻っていたらしい」 クルル「へえ……どうでした? 楽しかった?」 エヴァン「授業でボニファーツが手を挙げた刹那に答えを口頭で言う嫌がらせをしていた。七限目あたりにピカソから注意を食らったが言い負かしてやった。あと過去一難しいテストで満点を取ってディアーノに見せつけた」 クルル「復讐ですか、それ」 エヴァン「ああ」 クルル「もっとしたでしょ」 エヴァン「何をしたと?」 クルル「わかりませんけど、何か」 エヴァン「君の思うようなことはしていない」 クルル「本当ですかね?」 エヴァン「ああ、もちろん」 X年前 十五歳の冬 一限目 ボニファーツ「エヴァン君、今回の数学解けた? 三角関数だったね。大学の過去問をいきなり出すとは思わなくてびっくりした!」 エヴァン「ん? あ、ああ」(景色が違う。学校で、ボニファーツが幼い。年代はいつだ? カレンダーを……なるほどあの年の十二月。つまり私は十五歳だ) ボニファーツ「なんでぼおっとしてるんだ? らしくないな。徹夜でもしたの? ねえディアーノ、エヴァン君が疲れてる」 ディアーノ「ガチ? ほんなら保健室連れて行った方がいいんじゃないか……?」 エヴァン(ナポリの発言……純粋そうなボニファーツ……単純な問題……比較的綺麗な教室……この制服……) ディアーノ「エヴァン?」 エヴァン「ん? ああ、ごめん疲れててさ。数学解けた? 難しかったね」 ディアーノ「そりゃもうスラスラ解けた。図書館でお前らと予習してたんだから当たり前だろ」 エヴァン「ああ……そう。ボニファーツは?」 ボニファーツ「僕も」 エヴァン「へえ」 ディアーノ「今日のお前なんか変だぞ」 エヴァン「まぁ、な。ごめん、外の空気吸ってくるわ」 ディアーノ「おう」 ボニファーツ「……」(挙動がおかしい。僕に対してそんな視線を送るはずがない。彼は僕のことを好意的に思っているはずだ) エヴァン(廊下が懐かしいな。背後からボニファーツが尾行してくる。これに反応したら疑いを掛けられるだろうか? 無視することすら不自然か。じゃあ巻いてやろう)角を曲がって別通路に行き、裏から外に出る。 ボニファーツ「……? あれっ」 エヴァン(焦っている。この頃のボニファーツは骨格もしっかりしてきて声変わりしたんだっけな。まだ汚れてない彼だ) ボニファーツ「エヴァン君、どこ? あれ……」 エヴァン(親を見失った小鴨だな。背後から忍び寄って……) エヴァン「おい」肩を叩く。 ボニファーツ「!?!? うわあ!!」毛が逆立つ。 エヴァン「そんなに驚くことじゃないだろうに」 ボニファーツ「驚くよー 何してるのさ……! こっちは心配してきてるのに酷いや!」 エヴァン「……はは。怒ってる。授業開始まで時間があるから外に出ないか。ほら、自動販売機で珈琲買わないと」 ボニファーツ「え、君が珈琲を? 驚天動地だなこりゃ」 エヴァン「何を飲んでたっけ?」 ボニファーツ「いちごミルク。昨日も」 エヴァン「参ったな。なるほど」さりげなく肩を組む。するとボニファーツが頬を赤くしたので調子に乗る。 エヴァン「君は制服がよく似合う。シャツが黄色ならもっと良かった」 ボニファーツ「僕達の学年は赤だから仕方ないよ。一つ上にいかないと」 エヴァン「じゃあ、飛び級しようよ? 俺なら君を三学年程度に上げられる自信がある」 ボニファーツ「……ディアーノも、一緒がいいよ」 エヴァン「あいつは俺たちのこと気にして飛び級してないだけですげえ頭いいんだぜ。騙されるなよ」 ボニファーツ「そうなの?」 エヴァン「だから心配しないで。ほら、自動販売機だ。何買う? 奢るよ」 ボニファーツ「僕は、ええっと、水でいいよ」 エヴァン「本当に?」 ボニファーツ「本当にって、なに?」 エヴァン「好んで水を?」 ボニファーツ「いや、なんとなくだよ」 エヴァン「何となく、ね。まぁいいや、水な」 ボニファーツ「あっ、うん」 エヴァン「はい。俺はいちごミルク飲むから」 ボニファーツ「うん。ありがと……美味しいよ。すごく」 エヴァン「……」 ボニファーツ「何でそんなに見てくるの?」 エヴァン「いいや、何でもない。教室戻ろうか」 ボニファーツ「? うん」 エヴァン「なあ、ディアーノのこと好き?」 ボニファーツ「もちろん!」 エヴァン「俺も好き。だから酷いことはしないようにと思う」 ボニファーツ「そりゃ、そうだよ」 エヴァン「じゃあさ俺のこと好き?」 ボニファーツ「うん」 エヴァン「じゃあ裏切んなよ。……友達を。そうしたら俺は二度と君の前に現れるつもりはないし、縁は切る」 ボニファーツ「えっ、え……なんで。エヴァン君は僕のこと嫌い?」 エヴァン「好きだから言ってやってるんだ。理由を考えずに今の言葉だけを覚えておけ。次はないからな」 ボニファーツ「言葉足らずだよ。‘次は’って? なんで? 僕は君のことを裏切ったりしない! したことないよ!」 エヴァン「君は必ず俺を失望させる。また、君は勝手に俺に対して失望することになるだろう。でもいいよ、別に」 ボニファーツ「どういうこと? 僕に話して! 君は未来からきたの?」 エヴァン「……そうだよ」 ボニファーツ「僕が酷いことした?」 エヴァン「まあ」 ボニファーツ「ごめん。あ、その、縁切ったの? もう友達じゃないのか、僕のこと恨んでるんだよね」 エヴァン「もちろん。でも腐れ縁だ。切れなかった」 ボニファーツ「よ、よかった。中身だけ入れ替わるって不思議だね。変わったことによって過去を変化させたとして、それでもしも未来が変わったら、元々の君自体は変化するのかな? 過去のエヴァン君をA、今のエヴァン君をBとした時に、AとBの間に変化が起きたらBは変化してしまうのかってことね。君が戻ったら全て変わってるかもしれない。ごちゃごちゃになる」 エヴァン「それを覚悟して言っている。記憶が消えようがこれが夢や幻だろうが言っておきたい」 ボニファーツ「……何されたの」 エヴァン「君と同等になるように無理矢理矯正された。成績が君より良ければ削られて、悪ければ殴ったり晒しものにさせられる。また、罰という名の好き放題に付き合わされ強姦されては鱗を剥がされる日々。しまいに私は全てがどうでも良くなって、成績は良くなったが内面は渇いたまま大人になった」 ボニファーツ「……ごめんね、僕のせいだね。エヴァン君の大事な一生をぐちゃぐちゃにしちゃった……」 エヴァン「君は私以外に友達を作るべきだと考えた。それが解決方法だ」 ボニファーツ「ディアーノが!」 エヴァン「他にも」 ボニファーツ「そんな、自由に話が通じる相手は君達しか居ないのに」 エヴァン「通じさせる努力をしろ。あと君は軍獣になってはならない。私と別の大学に入り、数学を学べ」 ボニファーツ「う、うん」 エヴァン「ディアーノ、後をつけてきたのか。いやらしいやつだな」 ディアーノ「な、何で分かったんだ……?」 エヴァン「近くに寄れ」 ディアーノ「何」 エヴァン「ほら」メロンを平手打ちする ディアーノ「痛! 何お前!」 エヴァン「君はボニファーツのことを一番の友達だと思っている」 ディアーノ「お前も一番だろ。何なんだよ。何が言いたいんだよ」 エヴァン「もう私とは縁を切った方がいい」 ディアーノ「はあー? 嫌に決まってるやろ。理由説明しろ」 エヴァン「君の兄は殺される。そしてその兄を私が食うことになる、次に君は瀕死状態になる」 ディアーノ「は……」 エヴァン「私と縁を切れば幸せになる」 ディアーノ「嫌に決まっとる。なんで、未来なんて分からないもんだろ。予測すらできない! それをペラペラと!」 エヴァン「予測? いや、断言できる立場にいるんだ。君達と何歳離れてると思ってる? 私はもう既に三十。君達の倍生きてるんだな」 ディアーノ「は?」 エヴァン「残念だ。君との仲は大切にしたかった」 ディアーノ「嫌だ、ボニーも何とか言ってやってくれ。正気になれよ」 ボニファーツ「僕のせい?」 エヴァン「私のせいだ。どちらかといえば」 ボニファーツ「どういうこと」 エヴァン「君に話しかけるべきじゃなかった」 ディアーノ「そんな酷いこと、本人の前で言うもんじゃない!」 エヴァン「酷い男だろ。だから今日から私たちは友達じゃない。他人だ。……もうすぐ授業が始まる。戻ろう、それじゃ」
息抜き
三年生神経学授業の終わり、エヴァンとクルルは机に向かった。 クルル「お疲れ様です。昨日の最新刊で先生の論文が掲載されてたんで驚きましたよ。あんなに綺麗な結果が出るのは稀ですから」 エヴァン「ああ、私の中でも傑作だった。それより君の研究は進んでいるのか」 クルル「ああ、はい。原虫の研究なんですけど、脳マラリアの治療法についてです。脳マラリアのモデルを利用して、体内細菌との関与や影響を比較しています」 エヴァン「興味深い」 クルル「いや、そんな褒められたら調子に乗りますよ。まだ青二才ですから。先生は今、何の研究をなさってるんです?」 エヴァン「損傷した神経細胞の修復と神経回路の再構築だ。最近は薬剤の投与で中枢神経が再生する可能性が出てきた。だが、結果として論文にするのはもう少し時間が掛かる。末梢神経での修復実験では局所的だが再構築が窺えた」 クルル「凄い……此処で話して良いことなんですか? まだ掲載もされていないのに」 エヴァン「君にも一部手伝ってもらうから丁度良い」 クルル「光栄だなあ……ん、あれ……また飴が出てきた。あげますよ」 エヴァン「要らない」 クルル「そうですか。電話鳴ってますよ」 エヴァン「……失礼」彼、電話を取る。そこから雑音混じりの声が垂れ流される。クルルは既に荷物を置いて準備する。 エヴァン「脳底動脈瘤破裂による急性SAH発症、五十代、駱駝の男性、重症。急遽脳室ドレナージ。第二手術室」 クルル「はい」 エヴァン「今日は二例目だな。日本式固体ラーメンにお湯を入れようと思ったのだが」 クルル「カップラーメンにお湯を入れたら救急車が来るって噂を東洋で聞きましたよ」 エヴァン「はあ」到着後、手洗い手術衣の着衣。状況確認後、脳室ドレナージ術を行う。エヴァン執刀、クルル第一助手。麻酔医は蛇食鷲。 クルル「穿刺予定部位、剃毛お願いします。看護師さん、ポビドンヨード此方。私押さえますので」 看護師一「はい」渡されたもので指定部位を剃る。 エヴァン「局所麻酔を注射する。リドカイン」剃毛済み頭皮から骨膜に向けて局所麻酔薬の注射を行う。そして看護師からメスを貰い切開、穿孔器で頭蓋骨に穴を開ける。 エヴァン「電気メス」 看護師一「はい」硬膜を切開する。 エヴァン「カテーテルを」 看護師一「はい」脳室に向けて管を慎重に通す。軈て血性髄液が出てくる。 エヴァン「固定する」縫合し固定 エヴァン「滅菌ドレッシング材用意。排液バッグに接続する」 クルル「クランプします」空気の混入や過剰な髄液の流出を防ぐため適宜調整をする。 クルル「では高さ調節します……」 エヴァン「お疲れ様、詰まりには警戒するように」 看護師「はい」手術室から退散。脱衣、念入りに手を洗って戻る。だが経過観察もあるため休む暇がない。 クルル「血栓が心配ですね」 エヴァン「珈琲豆買っとけば良かった」 クルル「カフェインならエナジードリンクでも良いのでは?」 エヴァン「味が苦手だ」 クルル「刺激的ではありますよね」途端、クルルの電話が鳴る。 クルル「ああ、すみせん。出ますね」 クルル「はい、シャムスです。そうですか。神経学に直接関係ないけど良いんですか。ありがとうございます。先生は隣に居ますよ、何か用事でも? そうですか。ええ。報連相を大切にしてますから。要件はそれだけですか、では」 エヴァン「どんな内容だった」 クルル「原虫の研究内容が本に掲載されるらしいです」 エヴァン「めでたいな」 クルル「ええ」 エヴァン「……明日の授業はどうしよう。午前の九時に入っている」 クルル「オーランの所ですよね」 エヴァン「そうだ」 クルル「……彼、勉強熱心だから、先生が好きなタイプでしょう」 エヴァン「オーランの悪いところは友達に執着するところだ。何処かの豹に似ている」 クルル「?」 エヴァン「それより、患者はどうだ。出血量もあって油断出来ない」 クルル「連絡が来てないようですから、まだ異常はないかと。看護師の方が調整してくれていますから」 エヴァン「看護師は誰だ」 クルル「院長先生の隣にずっと居るイグアナです」 エヴァン「ベロニカだな」 クルル「私、看護師さんが怖くて話せないから名前知らないんですよね」 エヴァン「話さないと影で言われることになる。避けているとか臭いとか」 クルル「これだから看護師は嫌なんですよ。文句ばっか言うくせに私達の名前すら覚えてないんですよ。信じられますか」 エヴァン「……」振り向く。 ベロニカ「……」 エヴァン「お疲れ様です」 ベロニカ「お疲れ様です」微笑。 クルル「……あの、えっと、容態は?」 ベロニカ「考えてくださいね、容態が良好なら私は此処に居ませんよ。血栓で閉塞傾向なのでウロキナーゼ、投与しても良いですか」 エヴァン「すみません、はい」 ベロニカ「大概にしてくださいね。では」大股で退室する。 クルル「はっ、はい……」 エヴァン「怖いだろう」 クルル「殺されるかと思いました。自分より一回り小さいのに」 エヴァン「彼女は此処にいる老いた医師の弱みを全て握り尽くしている」 クルル「……様子見に行きますか」 エヴァン「いや、一時間経過してからにしよう」 クルル「心臓が今、震えてます」 エヴァン「……近いうち学会があるんだった。準備しておかないとまずいな。明日の授業……研究、論文、外来、研究、経過観察、他国での会議」 クルル「私、原虫関連で東南に行くんですよ。暫く会えませんね」 エヴァン「……胃が痛くなる話だ。最近はよく胃が痛む」 クルル「穿孔が出来てるんじゃありませんか。胃酸抑制の薬貰った方が良いですよ」 エヴァン「いいや、少し痛むだけだ」 クルル「我慢は駄目ですよ。参考までに、私は過去に穿孔が出来て吐血しました。酷かったので二週間の入院です」 エヴァン「一応診察しておくか」 クルル「友達に消化器内科医が居るんで紹介しますよ」 エヴァン「有り難い」一度会話が途切れる。一時間程度して様子を見に行くが良好であった。そのまま論文執筆などで数時間が経過して夜になる。その日は軽く研究室を見廻った後に二頭で帰宅した。 エヴァン「何か、軽食でもどうだ」 クルル「そうですね。パンとか」 エヴァン「分かった」袋から分厚いパンを取り出す。そしてナイフで切ると、ジャムを塗りつけた。そしてそれを皿に乗せて渡す。 クルル「ありがとうございます。……美味しい」 エヴァン「そうか。良かった」 クルル「……先生って私のことを眼で追う癖がありますよね。そして凝視してくる」 エヴァン「不愉快にさせたか? すまないな」 クルル「いえ、私も貴方に同じことをしてるので」 エヴァン「私ばかり見るより、本を読むなり景色を見るなりして視野を広げた方が良い。君の生涯に残された時間は有効活用すべきだ」 クルル「自分に返ってきてますよ、その言葉」 エヴァン「君は仕草や癖が面白い。成程と思う」 クルル「小馬鹿にしてるでしょ。先生も中々癖が強いですよ」 エヴァン「そうか。例えばどんな所が?」 クルル「小説を読むとき、後書きから読むでしょう。そして雑誌は読んだら積むし、新聞だったら切り取りますよね。それを貼り付けたり纏めて残す。側から見たら奇妙ですよ。あと話す時に機嫌が良ければ両手の指をつき合わせて、機嫌が悪いと腕か足を組む。親しい相手は隣に座らせず対面または斜めに座らせる。それで碌に話さず、しまいには煙草を投げて寄越す程度」 エヴァン「はあ、言われるまで気づかなかった」 クルル「そのくせ私は横に置きますよね。お嫌いですか」 エヴァン「手術になった時に肩を叩いて伝えられる位置は隣だ」 クルル「ああ……」 エヴァン「それに私が失神でもしたらすぐに対応出来るだろう。私の体調不良は成る可く君に任せたい」 クルル「そうですね。身に余る言葉です」 エヴァン「思ってもないことを言うな。……呼び出される前にシャワーを浴びた方がいいな」 クルル「そうですね。先生からどうぞ。電話が掛かってきたら叫ぶので。あ、お着替えなら用意してますよ。両方」 エヴァン「ありがとう」エヴァン、風呂へ行って素早くシャワーを浴びる。幸い、呼び出しはなかった。彼が出た後にクルルも急いで浴びるが、毛があるため時間が掛かる。仕方がなくじっくりと泡立ててお湯で流した。 クルル「入れました……寝ますか」 エヴァン「テストを作る」 クルル「ええ、今回の出題範囲は……微生物学あたりでしたね。どう出します?」 エヴァン「グラム染色と細菌分類。寄生虫の虫卵や臨床症状から原因菌を選択する問題。あと旅行歴や体の基本情報、症状から治療薬を選ぶもの」 クルル「治療薬……オーラン大丈夫かな」 エヴァン「苦戦してるのか」 クルル「かなり」 エヴァン「周りに教えてもらえたらいいが、頼れる友達が居ないだろうから仕方ないな。その時は単位を落とすだけだ」 クルル「む、無慈悲ですね。救済処置は?」 エヴァン「ない」 クルル「……赤痢アメーバの問題、今年も出すんですか?」 エヴァン「見ての通り。細菌検査の基本も出す」 クルル「流石に全問正解して欲しいところですね。基本ですよ。ところで、大学院に進みたいといった学生はいましたか」 エヴァン「少しだけ居る。膵臓の研究らしい」 クルル「面白いですね。膵臓か……惹かれる部位ではありますもんね」 エヴァン「君は体というより寄生虫に興味があるんだろう」 クルル「いや、私はあくまで脳について調べてるので。アメーバによる髄膜脳炎とか……実際興味深いですよ」 エヴァン「君は寄生虫に出会しても、症状を見ても眼を輝かせるからな。どちらもか。……原発性アメーバ性髄膜脳炎も問題に出そう」 クルル「良いですね」 エヴァン「君は寝なくて良いのか?」 クルル「先生を差し置いて眠るわけには」 エヴァン「睡眠時間を削って手術に支障が出たらどう責任を負うんだ。それに君の寿命が縮まるから早く寝ろ」 クルル「先生も一緒ですよ? 貴方の方が激務なんだから今くらい寝てくださいよ」 エヴァン「テスト作成は今日中に終わらせたい」 クルル「……じゃ、お先に失礼します」クルルが寝室へ行って眠る。その間も黙々と作業を続けた。やがて彼は作業を終えて、深夜の三時ごろに眠った。その少ない眠りの中で悪夢を見た。 エヴァン「!」尻尾が震える。汗なんてものは出ないが、何だか嫌な気分になった。旧友には見捨てられ、愛弟子からも軽蔑される夢だ。 エヴァン「クルル、目を覚ませ。もう朝だ」 クルル「うわあ! 国家試験に落ちた! なんだ夢か」 エヴァン「君は医者だ。早く着替えて顔を洗ってこい」 クルル「はい……」 エヴァン「私はシャワーを浴びてくる」 クルル「ええ」
Sandy Road
“You’ve come all the way from South Asia. Welcome. Have you decided what you’d like to order?” the snow leopard asked. Yeneos hesitated, then turned to the Marco Polo sheep. “What should we get?” The Marco Polo sheep looked at the snow leopard with an unmistakably displeased expression. Reluctantly, he said, “A salad of lichens and moss, and a scorpion soup.” After the snow leopard had left, Yeneos leaned toward him and spoke in a low voice. “You really don’t like snow leopards, do you?” “Of course I don’t,” the Marco Polo sheep replied, exasperated. They stretched their arms across the tribal rug spread over the table and waited. A painting hung on the wall, depicting red flowers and buds. From the ceiling hung Turkish lanterns, their brightly colored pieces of glass arranged in intricate geometric patterns, casting an almost fantastical atmosphere throughout the restaurant. Looking bored, Yeneos gazed up at the ceiling from time to time, flipping through the menu in the meantime. Before long, their dishes arrived. “There’s something distinctly foreign about this place. Even the seasoning of the food… it’s a little different,” the Marco Polo sheep remarked as he brought a piece of lichen to his mouth. Yeneos nodded in agreement and ate a scorpion. A faint sound reached his ears, like the soft crunch of fish roe being crushed between the teeth. After that They crossed the folded mountains that rose towards the sky, following the road along the salt lake. Vast stretches of coarse salt covered the earth, reaching all the way to the horizon.The Milky Way stretched across the sky, a shimmering expanse of silver scales.The inside of the car was freezing. The Marco Polo sheep shivered. "Oh, it’s freezing. Why on earth is it so cold?" “Here, I’ll wrap my shmagh around you.” Yeneos removed the orange shmagh he had wrapped around himself in a guerrilla-style knot and wrapped it around the Marco Polo sheep. The sheep winced, but somehow managed to act as though nothing was wrong. “Thanks! … It’s a little small, but I appreciate the thought!” They then descended the slopes and entered a small town. Smoke billowed into the sky, and the town was as bright as if it were daytime. The flashes of exploding gunpowder illuminated the streets. Keeping their heads down beneath the wails of animals and the rain of bullets that echoed through the streets, they made their way across the town before entering a rocky salt desert. “Looks like there might be travellers crossing this place,” they joked.And, as if on cue, there really was a camel crossing the desert. Yeneos asked the Marco Polo sheep to stop the car and rolled down the window. "Where are you going?" "I'm going to the Arabian Peninsula." The traveler said. “What, are you planning to become an oil tycoon? Arabia is a long way from here. Want me to give you a ride?” the Marco Polo sheep said teasingly. “No. I’m going to write down the story of my journey from here to the Arabian Peninsula. That’s why I’m going to make the journey on my own.” The camel’s tearful eyes burned with a flame as he stared intently at him. For some reason, Yeneos felt a pang in his chest. “I see. Good luck,” was all he could say. They continued across the salt desert for two nights. At last, they reached the border of their homeland, where leopards stood waiting with rifles in their paws.Right there, Yeneos stuffed the package into a cotton bag, wrapped it over and over again, and hid it inside the seat. He then prepared passports for both of them and stopped the vehicle at the checkpoint. “Hey. Let me see them,” one of the leopards said as he approached. The two of them got out of the vehicle and handed over their passports. As the leopard stamped them, he suddenly looked at them with a startled expression. “Well, I thought I recognized those faces. So it’s you two. Go on through.” “Yeah. Thanks.” The Marco Polo sheep said it lazily. They continued along the road toward their homeland.A city ravaged by war. Mosques riddled with holes. Children collapsed from hunger, their ribs protruding beneath their skin. Even just looking around was painful for them. “It’s a hell of a sight every time I see it. …The base is coming into view.” Yeneos said this as he pointed ahead. The facility was painfully bleak, utterly devoid of color. It was barely even a building anymore—just a square structure without so much as a roof. They were led through a heavily fortified gate that seemed utterly out of place with the building itself. Leopards checked their faces, then gave them permission to park inside the base. From somewhere beyond the parking lot came the roar of a man. It must have been a scream. Then some wildcats came to collect the weapons they had smuggled in. They were dressed in the familiar desert camouflage. “Ah, Russian guns sure are something. You think so too, kid?” one of the wildcats said. Yeneos answered with a voice tinged with an awkward smile. “Yeah.” On their way to the room, the Marco Polo sheep fastened the buttons at his collar and said,“Hey, I heard Jamshed’s become an executioner. Says it’s easy money if all he has to do is shoot someone dead. It’s fucking hilarious, really. Makes you wonder just how far the species called ‘beasts’ can be corrupted by money. I don’t want to end up like that.” Jamshed was a boy who had become an interrogator at the young age of thirteen. He was a leopard gecko the same age as Yeneos, and he was missing several toes. Yeneos vaguely pictured him in his mind and gave a sardonic smile. His hand drifted toward the leather eyepatch. “…Hmph. Jamshed will do exactly as the military tells him. Because he was taught that obedience was happiness. They make him memorize it over and over, almost like scripture, until it is burned into his mind. If you disobey, one of your friends gets stoned to death the very next day. Or perhaps they play soccer with a cow’s severed head?” “We ought to follow their example too, huh? By the way, what was it that happened to your right eye again?” Marco Polo asked. “You know perfectly well. This blind right eye was ruined by Jamshed. Want me to take off the eyepatch and show you? Who does something like that to one of their own? What a terrible bastard.” As Yeneos was about to continue hurling insults at him, he sensed a faint presence behind him. He spun around, startled. Standing there was a yellow leopard gecko, his clothes stained with blood. The blue shemagh wrapped around his neck was covered in countless stains, showing how worn it had become. He muttered to himself, “Jamshed.” "Assalamu alaikum. I was speaking to some pig over there. Forgive me.”
Sandy Road
Noon on a rainy day,Yeneos was kept waiting at the border. "bloody hell! When on earth is he going to turn up?" He said it so harshly. Seeing him like that,The man next to him said to him. "I've no idea. The delivery lads are always late, aren’t they?" Whilst they were talking, the bear in charge of transport arrived. "IT'S HERE! Hide your face" he said. "Understood" the bear came over and handed the parcel over to them. It was Hand grenades and rifles.Yeneos looked HAPPY. "You’re being very generous today, Pinny" "The economy’s doing well" Pinny said. "THAT'S NICE" They parted ways there. The rain was falling in a steady, mournful downpour. The wet car drove westwards along the rough road. Yeneos parks his car in a town on the far reaches of West Asia. At the edge of the town sits a decrepit,elderly beggar. "What a filthy town. Really" Yeneos said this, wagging his thick tail. The man next to him sighed in exasperation, "That’s geckos for you."They kicked the beggar and went into a restaurant, saying they wanted something to eat. The chairs in the restaurant were made of velvet. As they sat down and looked at the menu, a snow leopard waiter approached them. "You must be the bearded dragon and the Marco Polo sheep. Which country are you from?" "Afghanistan"said Yeneos with a laugh.
腹を割って話そう
近日よく考えるような事を文に起こす。ただ台詞ばかりなので簡単に書いて満足することにする。 提 学校の瓦礫の上で泣く仔山羊 先生は何処と訊ねて歩けば 兵隊に お前の歩いている瓦礫の下さと嗤われた 焦げた銀杏並木 まだ窓硝子のない教会 あの日からもう七年 街は変わり果て あの日の面影すら感させぬ 世界一の大都会 或日、エヴァンは戦争終結の知らせをラジオで耳にする。その祭りで街が賑わっていた時刻、突然に電話が鳴る。 エヴァン「はい。此方エヴァン・ヘレッセン」 ボニファーツ『エヴァン君、久し振り……覚えているかい』 エヴァン「ボニファーツ?」酷く驚いた様子で「もちろん」 ボニファーツ『うん。覚えていてくれたようで嬉しいよ。……そのう、今日って暇かな。昼間には祭があるけれど、夜は何もないだろう。暇じゃないかい?』 エヴァン「もちろん。何だね、家に来るつもりか」 ボニファーツ『君は勘が鋭いね。よく分かってるじゃないか。今夜の七時はどうだろう。望むのならば今でも良いよ』誘うような口調。 エヴァン「今が良い。何事も早くなければな」やや焦りを表に出す。 ボニファーツ『ふうん』試すような相槌を打ち、後『じゃあ訪ねることにしよう』 エヴァン「楽しみにしておく。ディアーノは?」 ボニファーツ『既に会ったよ。まだ会えてないのは君だけだ。待ち遠しい』 エヴァン「そうか。じゃあ、昼食を用意しておく」 答えて電話を切る。落ち着かない様子で台所まで行くと、刃で酵母パンを切り、身の肥えた海老とトマトを挟んで黄金の阿利襪油を満遍なく掛けた。そして砕いた堅果類を合わせておいて、挟む。また白身魚と刻んだ芋を油で揚げて皿に盛り付けた。それを机に置いておき、ボニファーツが到着するのを待つ。 鳴らされた呼び鈴に返事する。 ボニファーツ「やあ、久しぶり。昼食が豪華で嬉しいよ」どれに手をつけたら良いのか分からず視線が左右する。 エヴァン「冷めないうちに食べてくれ」彼の体が自分と同じくらい大きくなっており、更に筋肉質なことに吃驚している。豹とは思えないと考えている。 ボニファーツ「じゃあ、ありがたく頂きます。……わっ美味い! 海老も偶には良いね。おや、此はフィッシュ&チップスかい? 君これしか食べないの?」 エヴァン「煩いな。歴とした伝統料理だろう。それより君、いつからそんなにデカくなったんだ」 ボニファーツ「士官学校に行き始めてから急に成長したんだ。厳しい訓練をし続けていたら、こんな筋肉質に。君こそ小さくなったんじゃないか。眼の下にクマがあるし、痩せ細って不健康に見える」 エヴァン「院生は忙しい。研究ばかりで寝る暇もない」 ボニファーツ「でも楽しいんだろう? そんな顔だ」 エヴァン「まあ」 ボニファーツ「……普通に接してくれると思わなかったよ。君には完全に捨てられたと思っていたし、もう話すことはないと思っていた」 エヴァン「……」頗る憂鬱そうに「ごめん」 ボニファーツ「君に裏切られた時振りかな。教諭に媚びるのは嫌だって、君言ってたよねえ。なのに媚びて、僕達の前でもさ、口調とか声色変えて。印象良くしようと一生懸命。どれが本当の君なんだろう、何を考えているのだろうって分からなくなっちゃった……而もさ、転校するって言った時も、君、反応薄いし。……正直、完全に嫌われたんだなって思ったよ。嫌い?」 エヴァン「嫌いではない……が、あの時は本当に嫌いだったかもしれない。君が私と全く同じに成りたいと言うようになってから、君の行動は過激になったろう。それが支配味を帯びてきた頃から、君が嫌がるような事をしたいと思っていた。唯一出来る反抗だと考えたからだ。それが偶然、成功してしまった」 ボニファーツ「……まあ、元はと言えば僕が悪いよね……ごめん」 エヴァン「謝って済むなら処罰は要らない。謝罪をして何になる? 失った時間は帰って来ない。私の貴重な青春が君によって溝に捨てられた」 ボニファーツ「……時間で返すよ」都合が悪そうな顔をする。 エヴァン「……」文句を言いたそうにするが、口を噤む。 ボニファーツ「じゃあ、一緒に寝よう? ストレス溜まった状態だとさ、頭も働かないし、何よりつらそうだよ。僕も忙しくて寝れてないからさ」 エヴァン「分かった」寝室まで歩いて行く。そして寝床で横になるが寝付けない。双方互いに気にし合っている。 ボニファーツ(エヴァン君、相当つらかったんだろうな。僕なんかよりずっとつらかったんだ。でも、よかった。僕に無関心じゃない。むしろ、僕に何年も執着している。矢張り、僕達って似たもの同士なんだなあ) エヴァン(ボニファーツは前に比べて、遥かに気遣いが出来る。軍で更生されたのか。……でも、本当は俺のことを恨んでいるのかもしれない。こうやって隣に並んでいる時も、いつ欺こうかと企んでいるかもしれない) ボニファーツ「ねえ、番は出来たかい」 エヴァン「いいや、全く出会いがない。君こそどうなんだ。一夫多妻か」 ボニファーツ「残念ながら僕も独りだよ。寂しいねえ、僕らって」 エヴァン「惚れられている印象があるが、そうか、性格のせいか」 ボニファーツ「一言余計だよ」笑って腰を掴む。ほぼ骨に亀裂を入れるような持ち方で「実は、女の子とは“何も”出来なかったからさ、飢えてるんだ」 エヴァン「望んでいない。辞めろ」途端に青褪める。ベルトを外されて尻尾を握られてから無理矢理に挿れられる。嫌だと叫び続けるが、腰の感覚が鈍って麻痺してきて抵抗出来なくなる。何時間も抱かれていた中で、ボニファーツがトイレに行った間に警察に連絡しようとする。 エヴァン「殺される、もう下半身の感覚がないのに」泣きながら電話機に縋り付くが力の差には勝てず寝室に戻された。腹の中の生温さと膨らみに吐き気が込み上げてくる。そして期待を裏切られたような、嫌な感覚に泣き出す。それに焦ってボニファーツが彼の口を塞ぐ。 ボニファーツ「黙れ。勘違いするなよ……暴力じゃないんだから」 エヴァン、心の底から不快といった表情で睨みつける。 ボニファーツ「君はよく研究しているからね。論文も四本くらい書いたじゃないか。僕も読んだよ。記録しているよ。文面から伝わるね、心底根に持ってるんだろ? 僕に言われた言葉が一つ一つ残ってるんじゃないか。どうせ論文に手をつける時も色々過ってたんだろうに」 エヴァン「何が悪い。助言として受け取った証拠だろう。それと強姦は関連しているのか? 話を逸らされても嬉しくない」 ボニファーツ「……愛だと思わないかい、君。僕はそう受け取ったね」 エヴァン「なぜ?」唖然 ボニファーツ「君の中には僕が居て、僕の中には君が居る。それって素敵なことじゃない? 嬉しかったんだ。映画でも、番同士は互いを心に飼っている。そして、互いを常に意識して愛しているだろう。それが僕達の間でも出来ているな、愛し合えているのだ、って」 エヴァン「話の表面上はロマンチックだが、君の主観的な感想だから正確ではない。私は確かに君を意識しているかもしれないが、飽く迄、助言としてや比較対象なのであって、君という動物自身を常に意識しているわけではない」 ボニファーツ「だが、僕の考えは意識しているんだろう? 充分じゃないか」 エヴァン「君はそれに興奮した挙句に、話をすり替えて強姦したのか? 失望した」 ボニファーツ「体は悦んでるじゃない。締まりが良いよ。ペンギンみたい」 エヴァン「感覚がないと何度言えば分かる。私は薬を打っているから、その影響で快感どころか感覚が薄れている」 ボニファーツ「嘘だろう。糞尿垂れ流しってわけか」 エヴァン「嘘ならよかったのに。元はと言えば君のせいだ。君が学生の頃からやけに私を犯してくるから、私は色々と生活が困難になって薬に頼っていた。いっそ陰茎の感覚を消せば楽になるだろう? 脳神経を専門に選んだのもその為なんだよ。血塗れ《bloody》地獄《hell》だ。だから勃起もしていないし、気持ちよくもない」 ボニファーツ「えっ、ごめんね、何も知らなくて」驚いて離れる。 エヴァン「はあ。罪を罪で塗り替えるな」心底、呆れ模様である。 ボニファーツ「でも軍で、先刻したようなことを僕はされていたから」 エヴァン「罰が当たったんだろ」 ボニファーツ「五十そこらの軍犬共の相手さ。肛門が裂けて血塗れになっても、油を塗られて終わりだし、訓練だっていつも通りだよ。多分、サーフィー君なんてもっと苦しいさ。あんなに美貌だと男から好かれてボロボロになるまで抱かれる」 エヴァン「……君はそんな男に抱かれてどう思った」 ボニファーツ「加齢臭がきつかったよ。あと、排便は痛いねえ。切れ痔に似てるから薬をつけなきゃいけないんだ。その薬を潤滑油代わりに挿れてくるのは傑作だと思った」 エヴァン「辛いとか嫌だと思わなかったのか」 ボニファーツ「エヴァン君の手紙の内容を考える唯一の時間だったから辛くなかったよ」 エヴァン「流石に同情したいところだ」 ボニファーツ「君に触れるために僕は何百回犯されたことか?」 エヴァン「変なところで責任を問うな」 ボニファーツ「五十代の犬共よりか君の方が良い匂いだよ。……香水なんてらしくない……」 エヴァン「香水の匂いがするかね」 ボニファーツ「若干ね。ミント系かな」 エヴァン「当たり。消毒液の香りを誤魔化している」 ボニファーツ「言い方悪いけど、混ざってて臭いよ」 エヴァン「……獣臭が移ったからか」 ボニファーツ「悪かったね」 エヴァン「じゃあシャワー浴びてくる」 ボニファーツ「……うん」エヴァン、シャワーに行く。ボニファーツが悶々としている間に帰ってくる。その後、会話も交わさずボニファーツもシャワーを済ませる。 ボニファーツ「なあ、エヴァン君。死にたいとか、生きるのが怖くなったことはあるかい」 エヴァン「今の話をしているのか」 ボニファーツ「いつでも。そんな機会はあったかい、今もあるかい」 エヴァン「両親が亡くなってから、ずっとそうだ。……当たり前だろう。何の為に生きているのか、生き甲斐とは何かも分からないし、憂鬱と後悔の狭間だ」 ボニファーツ「僕は、死にたいとは思わないけど、生きるのは不安なんだ。明日が来るのが嫌で仕方ないよ。今は楽しいはずなんだけど」 エヴァン「楽しい?」 ボニファーツ「うん」 エヴァン「どこが?」 ボニファーツ「……君と話してるよ、僕」 エヴァン「それのどこが楽しいんだ」 ボニファーツ「君は楽しくないの? 君と対面して意見が交わせる。それで……それで何なのだろう。君を見ているだけで僕は幸せなのだけれど」 エヴァン「理由がはっきりしてないじゃないか。何となくの楽しさで満足してるのか」 ボニファーツ「良いじゃないか。何となく幸せな日常の方が価値があるよ。特別なんて要らない」 エヴァン「……盲目だよな……」 ボニファーツ「恋にってこと?」 エヴァン「いいや、自分に対しても、私に対しても」 ボニファーツ「なら君の眼は機能してるんだろうね」 エヴァン「残念ながら、楽しいとは思わない。不愉快な言動しか繰り返さないからだ」 ボニファーツ「ああ、そう……ふん」葉巻を取り出して先端を切る。そして火を点けて咥えて、煙を吐き出す。エヴァンが胸を打って咳き込む。 ボニファーツ「君は僕のことその程度にしか思ってなかったんだ。……ああ……そうなんだね……つまり、ただの“道具”だったんだ」 エヴァン「まあ」 ボニファーツ「哀しいな」 エヴァン「……」 ボニファーツ「遊んだり、旅行に行っていた時も、君は僕達と居て楽しいとか思ってなかったの?」 エヴァン「……それは、違う。でも楽しみながら心の中に違和感はあった。自分が楽しんでいることに対してなのか、君達の挙動のせいかは分からない」 ボニファーツ「そう」 エヴァン「……」 ボニファーツ「僕のこと嫌い? もう関わりたくない?」 エヴァン「好きでも嫌いでもない」 ボニファーツ「ふーん、無関心だね」 エヴァン「無関心? 関心ならある」 ボニファーツ「あっそ。じゃ私情を挟まないんだね」 エヴァン「君のことは知りたいし、話し合いたい。有益な情報は共有したいし、偶には会いたい。ただ親密な仲になったら不都合だし、別の感情を混ぜたくない。親しくなる為には一定の距離がないと自分達を客観視できない。そういう意味では好きでも嫌いでもない。そうやって二種に分類するのは難しいから」 ボニファーツ「……じゃあ何で言わなかったの? 言ってくれたら辞めてたよ」 エヴァン「何遍話しかけようとも話を聞かなかったろう」 ボニファーツ「……悪かったよ」 エヴァン「今聞いてくれたから良い。理解してくれたら尚更良い」 ボニファーツ「君も中々に面倒な男だな。学部でお友達は?」 エヴァン「居ない。他学部には居る」 ボニファーツ「そうだろうね。こんな面倒な男欲する奴の方が可笑しいよ」 エヴァン「なら君はおかしいな」 ボニファーツ「そうなるね」一日の中で最も大きな笑い。ロザンデールの暗空、水平線から高々と朝日が昇る。大時計の針が午前五時を示した。──終
быт
火の粉の舞う晩年、父は言った。 「弱者を助けなさい。また、周りの動物達と支え合って、お互いの弱点を埋める。煉瓦のように生きなさい」と。幼い私には彼の教えがわからなかったが、一生懸命に頷いて「はい」と答えた。だが、父はその年に死んだ。母も同年に死んでしまった。兄の話によると、母は丸裸にされ、棒で粉々に叩かれたらしい。父は首をマチェットで切られて、体は燃やされたそうだ。私はその景色を全く覚えていない。ただ、話を聞いてから兄に縋りついて大泣きした。また「何故、母と父が死ななければならないのか」と怒鳴った。思い返してみると、昔の私は、彼を両親が死んでも悲しまない無慈悲な男だと思っていたが、実は兄も泣いていたようだ。そして私を咎めることなく背を撫でてくれた。彼が居たから、今の私が居る。そう確信した十年後の秋。私は海の上に居た。十歳の私は艦艇の爆弾扱いで、もし戦いになったら犠牲になるという役目があった。だから司令官や海曹達は見向きもしてくれないし、訓練が辛くて泣いても鞭打ちされるだけだった。腕立て伏せを繰り返しながら「今日も海曹殿は話してくださらないんだろうな」と悩んでいた時、珍しく海曹の海豹が来て話しかけてきた。吃驚して、嬉しさも同時に攻め込んでくる中敬礼する。海豹は意地悪そうに笑っていた。 「お前、爆弾抱えて敵の軍艦まで泳いで来い」 背後からふざけた笑い声が聞こえてくる。私も、流石にこんな無闇なことを命ずるわけがないと思って当惑していた。返事の仕方に逡巡している間に、海豹は胸を叩いて「返事は!」と叱りつけてくる。私は反射的に「イエッサ」と答えた。それから私はやや巨大な手榴弾のようなものを抱えさせられて、海に突き落とされた。秋の寒空と、もっと冷え切った青い海。私の体温は坂道のように下がっていった。すぐにでも相手の方へ泳がなければならない。だが、攻撃されたら即死。そこで私は爆弾を両手で守り、潜水した。海砂や泥を足で蹴って姿を隠しながらほぼ真下の海底まで行くと、岩礁や海藻の集中したところがあるのでそこに隠れる。また砂を被り、しっかりと潜水艦、艦艇の配置を覚えた。そして二時間息を止めて待つだけだ。不安になった海兵が複数頭で穿鑿して来るだろう。そう思って呑気にしていると、味方の艦艇が困ったように少し動いた。私が死んでいると思っているのだろうか。それでも待つ。予想通り、敵の軍艦から海兵が落ちてきた。 「おーい、……おかしいな。全く姿が見えない」 「死んだんじゃないか?」 そんな会話が聞こえて来る。私は彼らに狙いを定めると、背後に近付き頸動脈に噛み付いた。海兵が叫び声を上げようとするので口を押さえる。一頭で二頭を構うのは難しい。だから片方の頭を強く暗礁に叩きつけて気を失わせた。私から押さえつけられている海兵は抵抗を試みたが、大量出血で意識が朦朧としているらしかった。 「指導者が居る場所と兵の数は?」 そう聞いても答える様子がない。私は首の筋を噛みちぎった。海兵は全身を痙攣させて苦しんでいる。海兵は「ヘスペリデスッ、兵は三万頭ッ」と叫んで助けを求めてきた。私は手持ちの水中銃で彼を撃ち殺すと、艦艇の近くまで詰め寄って手榴弾を引き投げた。バンと音が響くと、艦艇から破片が飛び散り傾いた。無論、私も被害を受けて全身が血塗れである。ただ痛い、秋の寒さも加わり体が麻痺している。やっと肺から取り込んだ酸素が全身を廻って、頭が働いてきた。私は体を捻るようにして味方の艦艇に攀じ登ると、その場で仰向けになって寝た。激痛と痺れの間に見た走馬灯が、冒頭で出てきた景色であった。両親に守られ、兄に助けてもらった命。此を使って、私は動物を殺している。吐き気を催すほど汚い方法で国家を守っている……。眼を覚ますと、そこは病室のベッドだった。腕には管が刺さっていて、点滴袋から液体を通されている。また全身は包帯だらけだった。起き上がろうと腰を動かしてみると、傷が開いたのか激痛が走る。私は顔を歪めて周りを見た。横にはパイプ椅子に座って、オーギュスト・ロダンの彫った『考える人』のような格好をした兄が居た。蝙蝠のような翼は畳まれていて、顎下に拳を添えて寝ている。洋紅艶の尻尾は床に垂れていた。私は彼の太い角を撫でる。 ……──兄ちゃんとは五年ぶりだ。こんなに逞しくなったのか……。 そんなことを考えて、イグアナみたいな顔を覗き込んだ。顔の輪郭は薄緑の艶に縁取られていている。昔はもう少し色が薄かったのにな。記憶と全く違う容姿に悲しさと嬉しさが込み上げてきた。何故こんなところにいるのだろうか。 「アッ」 低い声をあげて兄が眼を見開いた。相変わらず翡翠のような眸である。彼はモノを言う前に私に抱きついて、頬をつけてきた。 「サーフィー……ごめんな……」 絞り出したような声で謝ってくる。……兄ちゃんは何も悪くないのに。自分で海兵になることを決意したんだから。 「謝らないでよ。来てくれたの?」 「ああ、お前の部隊のお偉いさんが家に来て、戦争で勝ったことと階級が上がることを教えられた。今、病院に居るから祝ってやれ、と」 「えっ、司令って死んだの?」 急いで起き上がり、棚に置かれた紙を見た。飛び級で大尉になっている。兵士の友達に電話してみると、中々に奇妙なことだったらしい。私が爆弾を投げ入れた艦艇の中には違法薬物を輸入する常習犯が居たらしく、まさしく私が殺めた二名のうち一名がそうだったらしい。それを知った上で攻撃をしていたと勘違いされていたらしく、昇進した。喜んで良いのか分からないが、海曹殿の役に立てたのならそれで良い。私を魅力的に思ってくれただろうか。兄を見ていると、少し困ったような顔をして此方を見ていた。余り嬉しくはないらしい。 「忙しくなっちゃうね……兄ちゃんはその、大学? どう?」 「教授と気が合うから楽しい。……ボニファーツと離れて寂しいし、友達はまだ出来てないけど」 彼は亦悲しそうな顔をして、此方をまた見た。その眸の奥では自分自身を嘲笑っているような影がある。 「そっか。独り?」私は敢えて訊いた。 「ああ、独りだった」 「淋しかったね。側に居てあげられなくてごめん」 謝ると、兄は気恥ずかしそうに顔を赤く染めた。そして都合が悪いときの癖で眼を逸らす。此だけは昔から変わらないんだなあと思っていると、いつの間にか笑ってしまっていた。兄はもっと恥じて、厭そうな顔をする。 「……何で弟に慰められなきゃいけないんだ。恥ずかしい。お前だって寂しかったろ」 「当たり前じゃない。でも海兵がゲイだってのは本物だよ。オレが身を以て経験した話さ。体は孤独じゃなかったってコト」 兄が驚いたような、泣きそうな顔をした。そして何も言えず、口だけを少し動かしている。私は焦って誤魔化して「ごめん。誇張だよ。誇張」と両手を突き出す。兄は少し笑ったけれど、悲しそうだ。 「飢えた海兵が見舞いに来て、俺が研修に来てる病院でおっ始めたら……」 「ナースコールを押すよ。番争いで負けた野郎が俺に八つ当たりしてくるってね」 「軍隊でその捻くれた性格を直してもらった方が良いな」 「無理だよ」 私は笑った。それきり会話は途切れて、一日が経った。此の病室の窓からは朝日がよく見える。朝の眼覚めはとても爽やかで、すっきりとしていた。秋風と共にやって来る秋の金木犀の香り、丁度良い寒さは冬への一歩を感じる。私は陸にやって来て、海とは違う四季の感覚に喜びを感じた。暫くすると痩せ細った礼鼠の医師がやってきて、「今日には退院出来ます」と告げてきた。兄も迎えにきたので、荷物を纏めた後、医師達にお礼を言って病院から出て行った。黄色い銀杏の並ぶ街を見渡しつつ空を飛ぶ。数年飛んでいない私よりも兄の方が下手くそな飛行に見えた。 「お前さ、下手じゃない? 飛ぶの」 「関節外れたから仕方ないだろ」彼は何ともないような顔をして、とんでもないことを言い出した。そんなことを医者がして良いのか。馬鹿じゃないのか、と色々よぎるが、すべて「兄だから」で片付けられる。私は心の底から呆れて「ええ……じゃあ、歩こうよ」と手を差し出す。 「図体がでかいから邪魔になる」兄は厭そうにした。翼の動きがぎこちない。私は思わず彼の手を握って下に降りて行った。 「象に失礼でしょ。ほら、医者が怪我しちゃ説得力が無いんだから」 そう言って、文句を言う兄を着陸させる。軈て、久々の街を歩いて石橋の景色や博物館前の賑わう店達を通り過ぎて行った。最中で焼きたてのピザを買って、ベンチで齧ったり、芋の洋菓子を買ったりする。此のゆったりとした、陸のあたたかい生活が信じられなくて、歩くたびに幸せだなあとか、もう海に戻りたくないなあとぼんやり考えた。兄は歩くのが億劫らしく、何度も足の爪に傷がついていないかを確認していた。革靴が飛行用らしく、どうやら歩き難いらしい。やっと着いた我が宅……いや、兄の家は相変わらず豪邸で、王族が住んでいそうな風貌をしている。その反面、中は適度に散らかっていていつの間にか蜘蛛が巣を張っていた。そして暖炉前には新しい絹の椅子があって、時計も新品になっていた。私は懐かしさと新鮮さに喜び、椅子に腰掛けては部屋を歩き廻ったりしていた。書斎からは海が見えて、寝室からは山脈と街が一望できる。あの坂、変わらぬ景色……故郷の香。私は廊下を走って、窓から上半身を出すと大きく空気を吸った。秋の匂いがする! ああ、美味しい! 次は何をしよう、と考えていると兄に呼ばれてしまった。下に降りて、椅子に座ると紅茶が用意されている。 「ミルク多めだろう?」と兄。私は大きく頷いて、紅茶を飲んだ。程よい甘さに鼻腔を満たす幸せな茶の香りがする。兄の淹れる紅茶こそ故郷の味だ。 「美味しいなあ、幸せ! こうやって、街を歩いたり、紅茶を飲んでゆったりする日常がこんなに幸せだなんて。ふふ、艦艇に居た俺に教えてあげたいよ」 「そんなに幸せか」 兄がクスクス笑う。私はやや真面目に「幸せだよ、本当にね。日常こそ真実の幸せだ」と言った。兄は一瞬こちらを見た後、相槌を打って瓶を振り出した。覗き込んでみると、檸檬飴がギチギチに詰められている。そのうちから何個かを取り出すと、一気に口に入れて舐め出した。コロコロと音が聞こえてくる。 「糖尿病になるんじゃない?」 「美味い」と話を聞かずに、美味そうにしている。青い舌は檸檬が混ざって鮮やかな緑色に染まっていた。私達の幸せな日々は此かもしれない。次の走馬灯には、こんな幸せな景色が出てきて欲しいものだ。あんな恐ろしい記憶を塗り替えて、塗り替え続けて、走馬灯を幸せで埋めてやる。失ったものより得たものを多くしたい。そして何でもない日常を宝物にしよう。……どうやって? 部屋を見渡していると、目立ったところにカメラが置かれていた。私は何気なくそれを手にして、兄に向けてみる。撮ってみようかと悩んでいると、兄がこちらを向いたので反射的に押してしまった。カシャ、と一言鳴る。見返してみると、良い写真だった。 「おい、盗撮だぞ」 兄の場都合の悪そうな表情を見て、思わず笑ってしまった。爬虫類顔だと表情が分からないと言われがちだが、眼を細めたり口角を下げていたり、分かり易すぎる。 「ごめんごめん。つい撮りたくなっちゃって」笑いを堪えて言った。兄はまだ拗ねているらしかったが、軈て可笑しそうに笑って「別に良いよ」と小声で言った。私はそれからよく写真を撮るようになった。兄や友達、景色の写真を撮って見返す。例えどんな戦場に行っても、欠かさず写真を持ち歩き、見る。ある日常を捉えたものだからこそ、それを見ていたら日常に戻ったような気分がして、思わず見てしまう。ああ、戻りたいなあ。帰りたいな……兄ちゃんに会いたいな、と。そんなことを願っては、心細く泣いて、叶わない理想を思い浮かべては憧れ続けている。神よ、もし居るのなら私の願いを聞いてください。……──一度でも良いから、あの家で、兄ちゃんと普通の日常を送りたい。……ちょっぴり贅沢かもしれないけれど、お願いします。
日記
19 X X年 7月6日 日曜日 日記をかくことにします。今日は、日よう日なので教会へいきました。鹿の神父さまがいらっしゃって、おかあさんとはなしてました。ぼくは毛が青いので、布でおおうようにいわれていて、だから、目も向けられませんでした。ぼくが暑いからってぬごうとすると、おかあさんはおこってたたいてきます。暑いけど、いたいのはいやだから、ぼくはぬがずに前をむきます。そうすると、おねえちゃんが「えらい」ってほめてくれます。おねえちゃんは8才です。ぼくより、3つも年上です。いつもアーモンドミルクをのんでいて、ドイツごのおべんきょうをしています。ぼくが言ごのおべんきょうをすると、おかあさんが「あんたは外国に行けないんだから、そんなことをしてもむだなの」ってカンカンになるので、ぼくはいつも数学のおべんきょうをしています。Infinitesimalrechnung, Differential und Integralrechnung(微分積分)はすこしやりました。でも、むずかしいです。ぼくがわからないといえば、くさった卵だとけなされるので、ぼくはこれをだまってとくことしかできないです。もうすぐ、がっこうのおじゅけんがあるから、べつのおべんきょうをしなくてはなりません。がっこうは、アンブロシア西郊にあるアンブロシアコレッジというボーディングスクールです。きぞくのおともだちや政治家のおともだちがかおをかくして住んでいるから、ぼくがかおをかくしていても目立たないそうです。あと、名門だからだそうです。西はこわいのでいきたくないです。 4月9日 金曜日 しけんに合格してアンブロシアコレッジに入学しました。学校のお友だちはぼくと同じように顔や身をかくしています。だから名前が覚えられないんです。あと、ほとんど男子だから楽しくありません。そうやってお母さんに連絡したら、二度と話しかけるな、死ねと言われました。僕はそっくりそのまま返しますと答えました。向こうは電話を叩きこわしたようです。 10月1日 木曜日 中間考査の結果が良かったそうで、教諭から上位クラスに行かないかと誘われました。同じクラスのおともだちと距離があったこともあり彼の提案に乗りました。そして上位クラスであるαに行ったのですが、そこのおともだちはみんな顔を出していました。庶民から財閥の息子たちが特に多いからです。ただ、エヴァン・ヘレッセンという竜は公爵? 大公の息子で唯一の貴族です。彼の隣の席になりました。彼はずば抜けて頭が良いらしく、世界観も独特で面白いです。僕は彼のことが好きになりました。 10月2日 金曜日 彼は僕を知りたいといいます。だからいいました。「僕は陸軍の父と不動産屋の母の元に生まれて、一頭の姉がいる。弟も居たけれど肺炎で亡くなったり、紛争で撃ち落とされてしまった。それから母が気を病んでしまって、家にあまり帰って来なくなったから今はほとんど独りで暮らしている。暇だから勉強をするしかなかった。遊び道具が胡桃割り人形と事典しかないから、つまらないんだよ」と。エヴァン君も話してくれました。軍事に関わっていた高山系の母と、大公だが医師をしていた父のもとに生まれた。そして弟がいる。幼いときにどちらも虐殺されてしまった。今は父の弟子に育てられていて、弟は海軍として艦艇の上にいる、そうです。僕は悲しくなりました。お友だちが悲しいときは僕も悲しいのです。 10月3日 土曜日 哲学の授業がありました。退屈で眠たかったけれど、エヴァン君が真剣に取り組んでいる姿に心惹かれて僕も頑張りました。幸せとは何かという問いの答えは見つけられませんが、エヴァン君と話していると心臓が高鳴って、もっと近くに行きたいと思うから、これが幸せなのかなと思います。 5月6日 金曜日 海外留学していたシャチのディアーノ・ドメニコーニが中東の都会から帰ってきたそうです。エヴァン君のおともだちだそうです。すぐに仲良くなりました。彼のことについてきいてみると、彼は海都市で生まれて研究目的で拉致され上陸し、そこから脱出して大富豪の靴を舐めてそこの息子になったそうです。それを聞くだけじゃわかりません。ただ、いまはもうその大富豪は亡くなっているので、財産で過ごしているそうです。ディアーノは物理、数学、語学、経済学が得意で、万能です。口がうまくてクラスにも人気があるし、僕も彼を真似ようと思います。 3月9日 金曜日 幾度目の卒業式です。僕はもう9歳になりました。エヴァン君とディアーノが居たから数秒に感じられる数年間でした。これからもずっと一緒に居たいと思います。だって僕たちは親友でしょう。物語のように、決して切られることのない尊い絆があるのです。母から電話がありました。僕に友達など出来るわけがないそうです。ああ、そうですかと返しました。僕にはたしかに親友がいます。母にも親友が居れば何か変わるのでしょうが、あの調子だと厳しいかなと思います。姉には彼氏が出来たようで、せっせと子供を孕む準備をしているそうです。今晩は月が綺麗でしょうから、月明かりの下で"素敵な"愛を育むことでしょう。 3月10日 土曜日 休日になったので、エヴァン君と一緒にディアーノの家に遊びに行きました。そこで布が岩壁に当たって突起に引っ掛かり剥がれた拍子に青毛が見えたんです。泣きそうになって逃げようとしたけれど、エヴァン君が気遣って「大丈夫だよ」と言ってくれたので、恥ずかしいけど何もなかったことにしました。結局、何も楽しめずにただトマトを貪りました。もう食べたくありません。 3月11日 日曜日 学校のトイレを掃除していると、布が風に飛ばされてしまいました。古いものを使っているのもあって透けるし、買い直そうと思って再度巻いていると、視界の端に紅いフェモラータみたいな金属光沢が映ったので急いで見てみると絶句してるエヴァン君でした。もう僕はおしまいです。嫌われてしまいました。僕は焦って色々言っている彼を押し退けて寮に戻りました。その日は睡眠薬を服用しても眠られませんでした。 3月12日 月曜日 エヴァン君に抱きしめられました。そして僕に「君の毛色はなんて美しいのだろう。昨日見てから忘れられない」と小声で言うのです。揶揄っているのかと思いましたが、個室でいいから見せてくれとせがんでくるし、或いは触らせろと懇願してくるので興味半分でさらしました。彼は僕の毛を見ては夜空を巻きつけたみたいだ、と見惚れて褒めるんです。僕は嬉しくなりました。改めて顔を見せると、じいっと見つめてきて綺麗な目だといいます。僕もエヴァン君に「綺麗な顔だ」といいました。彼の顔はいつもより熱かった気がします。 3月13日 火曜日 ディアーノに見せてみました。俺に惚れたのかと聞かれたので、苛ついて「違う」と言いました。許されることではありません。 5月1日 水曜日 理由あって数年間の空白を作ってしまいました。前置きとして、僕は今、15歳です。昨夜は晩餐会に呼ばれてエヴァン君やディアーノと飲み物を飲んだり富豪達のくだらない講義を聴きました。株の上がり下がりを熱心に語られてもこちらは飽き飽きします。ピカソ教諭も仰っていた通り富豪達は腐っている。それでもディアーノは銀行家兼投資家になって金融王となり世界市場を思うがままに操りたいそうです。僕は彼に反対します。何故このように良い頭脳を持った彼が腐れた界隈に足を突っ込むのか理解に苦しむ。一方で賢明なエヴァン君は脳神経の医師を志しているそうで、神経学を研究したいそうです。学力が足りないと思うので、彼の為にも指導をしています。僕と彼の考え方は出会った時から似ているし、互いを尊敬し同様に高め合っている。だから僕と別の考えをしている今の時期はおかしいし、それを改善することで彼はより良い方向に進むと思います。だから僕は彼がディアーノのような馬鹿な選択をしないように影から助けているのです。今日は彼の恥である答案用紙を貼り付けることにより、弱点を明らかにして彼自身が改善するよう仕向けました。彼は泣いて僕を拒絶したけれど、きっと少し経てば僕の考えが奥まで見えるはずです。そして僕のことを愛すはずだ。 5月2日 木曜日 エヴァン君が学校に来ませんでした。一日を無駄にしてしまいました。ディアーノが「考えてみりゃ、お前のせいじゃあないか。慰めてきてやれよ」と軽蔑したような顔をして言ってきたので、嫌な気持ちになりながら渋々向かいました。玄関先でノエル医師(エヴァン君の父親の弟子)が出てきたので説明して入れてもらいました。エヴァン君の部屋に入ると、エヴァン君に拒絶されて泣き喚かれました。育児をする親の気持ちがわかります。まだエヴァン君は反抗期なようです。でも僕は愛情を注ぎます。きっと彼はわかってくれる。そう信じて、僕は彼の腹に蝋を垂らして首を絞めました。彼はしばらく過呼吸になっていたけれど言う通りに勉強をしていました。偉かったし、僕がこんなに酷いことをしているのに追い出す仕草もなかったことが嬉しくて接吻しました。気がついたら彼の服を脱がして、僕のものを挿れていました。熱くて、溶けそうで、それでも絡みついて、締め付けられて。僕は何も考えられなくなって全部出しました。彼は棘が痛かったようで泣いていました。僕は何故こんなことをしたのだろう。僕たちは親友だよね。 5月4日 土曜日 エヴァン君が部屋に入れてくれなくなりました。 6月3日 木曜日 エヴァンがいくつかの国際大会で金賞を受賞しました。新しい数式も一つだけ発見して、そのあと医学に手を染めているようです。僕には構ってくれない。でもずっと僕のことを目で追いかけて、離してくれません。賞状や金杯がたくさん揃うと僕に皮肉を言ってきます。これでいいのだろう? これを求めていたのだろう? と。それが何だか……褒めて欲しいときの子供のようで可愛らしく見えてくるんです。でも冷たくて、上部はもう変貌していました。彼の中で何かが失われたようです。悲観してはなりません。彼は僕たちに内緒で脱皮したのです。それを誉めなければならない。 6月4日 金曜日 彼は許されないことをしました。教諭に媚を売っています。それだけならば良いものの、クラスの全員の前で全てを偽り、僕たちの前でさえ本心を見せてくれなくなったのです。皮肉すら言ってくれません。僕は混乱してしまいました。どうなるのだろう。 8月9日 木曜日 あれから彼が変わることはなかった。だから、僕は陸軍士官学校に転校した。慣れない狙撃の練習や地雷の配置方法などが教えられて、同時に政治学も学んだ。僕の成績は優秀だそうで、すぐに特殊部隊に配属出来るらしい。だが、それまでに取るべき資格があって、卒業試験も八回あるため安心できない。 6月23日 土曜日 相当な月日が経った。僕は学校を卒業し、陸軍特殊部隊の下っ端になった。そこでベランジェ・オベール元帥の指導のもと中東テロリストの過激な攻撃の対処として暗殺を任せられた。そこでサーフィー(エヴァン君の弟)と会って久々に共同で作戦を遂行した。彼曰く原子力潜水艦の司令をしたのち帰還し、特殊部隊配属後は中将の位につき副司令。僕よりも階級が明らかに上だった。そんな経験豊富なサーフィーと作戦を共にしていくうちに僕も階級が上がっていった。実力がついたのだろう。それから僕は彼と同様の中将になった。ただしサーフィーは海上戦争に勝ち続け最高司令(最高元帥こと提督)に上り詰めてしまった。恐れ入る。僕もその位についてやりたいことがあったのでベランジェ率いる狼団の嘘の裏金情報を報道局に流して追放した。やがて僕は最高司令になり、海軍と陸軍、空軍を統合した特殊部隊を作った。それをヒラール(三日月)ポッセ(集団)ナと名付けて階級を作った。僕が最高指導者だ。ヒラール・ポッセナを結成して数週間後、南海民と戦争になった。サーフィーらの作戦の下侵略に成功し、勝利した。南海民はみな暗殺し海に沈めた。 6月24日 日曜日 早朝、空腹だしなんだか淋しさを感じたのでエヴァン邸にお邪魔した。ディアーノと住んでいるらしい。僕の顔を見るなり怯えたような表情をした。彼はもう医者だ。それも、飛び級しているので助教だろう。もうすぐ推教授だとか噂されている。彼は過去の僕に対する態度を悔いて、心の底から後悔しているらしかった。そして僕の筋肉を見ては怖がる。昔のように痛いことはしないよと言ったのに、泣きそうな顔をして俯くのだ。こうされては困る。ディアーノが和ませるために過去解体された膃肭臍財閥について意気揚々と話し始めたが、結果としてエヴァン君はもっと落ち込んでしまった。エヴァン君の書いた論文は全て読んだ、だから次に書くものを予測させてくれと僕が言えば露骨に面白そうな顔をしてこちらを見てくる。僕は「爬虫類の認知症患者の脳の変化と他種との比較だろう。それに加えて共通点を抜き出してそこの改善について考察、実験し、仮説を立てるはずだ。そして君には治療の案がある。今は研究してる最中。そうだね?」と確認するように言った。実はPCのデータを盗んでいるからお見通しなのだ。エヴァン君はとても喜んで距離を詰めてきた。長時間話し合っていると、彼が僕に抱きつく勢いで寄ってきたので「君と会ったのはあの日以来だからね。君は僕に何も見せてくれなかったから。今この時間が幸せだ」と皮肉を言ってみた。彼の顔に一筋の影が差した。また、眼許が見えなくなって、気がつけば隈の上をさらりと涙が伝った。僕はしまったと思った。彼の縦長の瞳孔が恨めしそうにこちらを捉えていて、また、叫び出しそうなくらいに苦しい顔をしている。ディアーノが背後から近づく。やろうと思えば、僕は背中にいる君を殴れるんだ。だが、そんなことはできない。そんなことをする権利は僕にはない。僕は大人しく殴られた。腕の中にいるエヴァン君は何も見ていなかった。虚な目をして、細長い自身の指をぼんやりと眺めていた。その光景に僕は嬉しさを感じた。彼の生活も思考も支配できている気がして気分が良かった。これが、独裁政治に繋がらなければ良いけれど。
新鮮屋
※此の作品は私が初めて書いた小説を再度書き直したものであり、青豹に登場する動物達と関係はありません。当時の題名は【天中新鮮街新鮮屋】というもので悩んで訪れた客を逆に悩ませるという恐ろしいものです。舞台は死後の世界で、天国に不法滞在している地獄の住民達が天国では考えられないような極悪な行為をするという喜劇小説。その要素は【そのストレス、晴らします】という何でも屋に引き継がれており、今の小説を形作る基礎となり背骨でもあります。それを踏まえた上でどうぞ。 夕立の後頃、青林檎が机の上で扁平足な丸足を投げ出し欠伸をしていた。窓の向こうではアスファルトから白い蒸気が上がって、びしょ濡れの傘を片手に紳士達が道路を横断している。彼は「もう止んだのか」と思った。見れば、時計の針は十八時を指している。もう夕飯の時間だ。今日もどうせ、同居人が飯を作ってくれるのだろう。青林檎はそう思って、また寝転がった。そして尻を掻く。なんだか虫に喰われているような気がして痒い。僕の実がそんなに美味いのだろうか。いや、僕という尊い存在なのだから、美味なことは世界的に当たり前である。なら虫ケラたちが集っても仕方なかろう。そういえば最近、キャバクラとパチンコで金を溶かし過ぎて借金してたんだった。それを忘れる為に買った覚醒剤でさらに借金を繰り返す。まあ、同居人がどうせ返済するし良いか。と、このように青林檎は一日怠惰な生活を繰り返しながらも性欲に支配された生活を送っている。燻んだ黄緑に葉のついた風貌をした青林檎は、一頭身短足扁平足という非モテ要素を兼ね備えた世の中の『ゴミ』だ。そんな生ゴミと同居する気狂《キチガイ》は複数人いる。一人目は麻薬密売者で色男のグル・グリン。洋紅の鱗に紫の巻角を生やした竜で、外套を着ている。そして二人目は借金取りのクルル・クルル。蹄のように二又の鉤爪で鼻と額に一角を持つ黄色い怪獣である。そんな異形二匹がゴミを飼い慣らしているわけは密売する為である。彼らの住むこの建物は天中新鮮街という新たに出来た中華街で、夜には海を天鳥船や宝船で渡った東洋の神々が御馳走を食べにやって来る。そんな新鮮街で新鮮屋という「新鮮な食料」を提供する仕事をしているのだ。そこで喋って動く青林檎は高額で売れるに違いない、そうクルルは考えたのである。だからこそ、このような生ゴミに馳走を用意して鱈腹食べさせる。そして明日には出荷というわけだ。 「青林檎、今日は麻辣担と回鍋肉ですよ。召し上がれ」 クルルがエプロンを脱ぎつつ、丁寧にお辞儀した。青林檎は机から飛び降りると、床に着地して皿の元にトテトテ立ち向かう。 「ワーイ、流石クルル! やっぱり女は台所で料理しなきゃ!」 「何を戯けたことを! 俺は男ですよ。金玉なら『しっかりと』ここにぶら下がっています」股間を指差す。途端に、ソファで寝転んでいたグルが腹を抱えて大笑いした。脱皮不全を放置し続けた尻尾が響尾蛇のように震えて固有の音を奏でる。 「ははは! 一つは野良猫に食いちぎられて無いだろ。実質、女じゃないか。"ガバガバ"だし」 「きっとグルさんは覚醒剤の打ちすぎで勃起不全《ED》になってるでしょ。アンタの方が女だと思うけどなあ……昨日の夜だって、あんなに啼いてたじゃないですか」 青林檎は小さな丸い手に箸を吸い寄せて、磁石のようにしてから回鍋肉を摘んだ。その肉肉しい様に食欲をそそられる。彼はガツガツと口に投げ込む。 「どっちも女だよ。だって『穴』が有るんだからね。僕はどんな女の子にも好き好きってするんだよ」 「ウエッ。ゲイか」とグル。そういいつつも静脈に覚醒剤を打ち込んだことで彼の陰茎は膨らみ、服越しにも濡れて見える。クルルはそれを指で弄ろうかと迷ったが、手をしまってにこやかにした。 「中華街をゲイの街にしないでください。神聖なのですよ」 「そういえば住民票の申請過ぎてるかも」 青林檎がムンクの叫びのような顔をして真っ青に染まる。それを見てグルが焦点の合わない眸を向けて「して来たらどうだ?」と上半身を起こした。 「だるいからコカイン貸して!」 青林檎が食べ終わった皿をクルルに叩きつけて立ち上がる。グルは面倒そうに舌を出した。 「はいはい」 使い古して破れ、色褪せた革の鞄から透明の袋を取り出す。その表面には油性インクでコカインの名と番号、産地が書かれており少量の粉が入っていた。青林檎は大喜びで涎を流しながらそれを吸い込む。数分も経てば勃起して興奮し、やる気に満ち溢れるはずだ。だが、青林檎の表情は時間が経てば経つほど暗く、どんよりとする。軈て眼には丸い涙の粒が浮かんで、ヒタヒタと床へ落ちた。 「……あれ、死にたくなって来た」 丸い手でそれを拭おうとしても、手が届かない。グルは不自然そうに眉を上げていたものの、はっと思い出して膝を叩いた。 「あっ離脱症状か。コカイン・ウォッシュアウト症候群ってやつ」 「あ、それ俺もなりました。グルさんと性行為《セックス》してる時にアイス決めたんですけど、急に虚無感と希死念慮に駆られて、先刻までの陰茎に感じていた痺れるような快感も消え失せて妙な焦燥感に襲われたんです。それでも射精したくて、見えないものを追うような気持ちで注ぎました」 まるで古代の文豪のような語彙と文章に軽く圧倒される。グルは困ったように自分の股間を押した。 「朝起きて股から白いの出て来たのお前のせいだったんだな。早く監獄にぶち込まれてくれ。そんなことより青林檎の鮮度が下がるからコカインなんて与えるな」 「アンタが渡したんでしょ?」 クルルが呆れながらコカインの袋を見せつける。よく見ればグルは窶れて意識も朦朧としているらしい。ただ楽しそうに、そして疲れたような顔をして笑っている。 「そうだっけ?」 「この注射器何本ですか?」一本を摘んで見せた。 「六本に見える。あと後ろにいる鶏? 烏骨鶏か。そいつが豚骨を煮込んでいて、そうそう写真のフィルムがそこにあるんだ。色覚異常者って意外と近くにいるよな。空は青くて綺麗だろうに……。げ、皮膚の下に虫がいる。蠕虫はこれだから嫌いなんだ。ウワッ、脳に向かって来る。血管を刺さないと!」 「落ち着いてくださいよ。もう……ほら、俺の陰茎でもしゃぶって大人しくしててください。数日は洗ってないけど」 彼が股間のチャックに手を掛けて、下ろした。そしてご立派なバナナを天の下に晒す。グルはよく分からずに口に含むが、味覚も鈍くなっているので味さえ分からない。 「え、汚。風呂は毎日入らないと駄目ってママが言ってたよ」 「その魚の切り身を入れた野球部の靴下みたいな足の臭いをどうにかしてから言ってくれませんかね」 「うわーん……虐められた。可愛い僕が醜い大人に虐められた! あーん! 女が僕を差別してくるよー! 女のくせにぃ! 厨房以外で指図をしてくるよー」 そう叫べば扉が八度ほど叩かれた。苛立った住人か、それとも保健所か。その場に鋭く冷たい緊張が走る。彼らは顔を合わせて、穴から相手を覗いた。そこには瑠璃色の毛をした竜が、紅い眼尻の模様をなぞって立っている。扉を開けてみれば、太腿の柔らかい毛がハイソックスに乗り、筋肉質だけれども柔らかそうな胸元をした美男が現れた。漢らしい角は曲がり、やや色褪せているが先端は尖っている。 「兄ちゃん久しぶり〜! お、青林檎じゃん! やっほー」 「サーフィー! 清楚系ギャルの雌竜キタ!」 青林檎が眼から桃色ハートを炸裂させる。サーフィーは露骨に嫌そうな顔をして避けつつも、愛想笑いを浮かべる。 「相変わらず気持ちわるーい。ね、クルル! 伊勢の土産あるんだけど一緒に食べない? 赤福餅あるんだー」 「え、食うわ。嬉しいマジで」 クルルが尻尾を床に打ち付ける。サーフィーはスキップしながら机に向かい、箱に丁寧に詰められた赤福餅を開封した。柔らかくみずみずしい白餅は川底に沈む小石を思わせ、着せられた漉餡は伊勢神宮の川の清らかな水流を思わせる。サーフィーが丸い尻を突き出してその菓子を用意していたせいで、青林檎は興奮によってその清らかさすらも考えられなかった。ただ彼の尻を触って、僕のご立派様を赤ん坊宮に参らせたい。是非とも子宝に恵まれたいものだと鼻の下を伸ばす。 「ほら、赤福餅まじ可愛いっしょ? そういえばさっき痴漢されてさ〜。マジあり得なくない? お尻触られちゃった。もうお嫁に行けない♡」 「俺がそいつ殺すよ」クルルがそこら辺の鋏を手に取る。青林檎も一生懸命に同意してうなずき、「いや僕が守ってあげる! サーフィーは守られるべき存在だもんね!」と興奮気味に意見した。 「えーうれしい。ありがと〜」 サーフィーは少し引いた顔でまた愛想笑いする。各自、皿に乗せられた赤福餅を口に運んだ。こんなに滑らかな餡子があるだろうか。身に沁みる甘さはまるで処女の潮の様で、お祝い事に適しているように感じる。きっと僕と君にできた子供の出産祝いかなと青林檎は思った。 「え、そういえばさ。この店潰れるらしいよ?」 サーフィーが突如そんなことを言い出した。あまりの衝撃に青林檎は宙を舞い、昏睡していたグルも眼を醒まして、クルルは思わず唖然とする。 「……え?」 「えーウケる。知らないの? クルル達が出荷してた野菜とか果物を食べて食中毒を起こした店が多数あるからそういう話が進んでるんだって!」 「えっ、なっ、僕のことキャバクラ代はどうなるの! ただでさえグルとか金蔓でしかないのに無能になるじゃん!」 青林檎が癇癪を起こした。クルルも大騒ぎして「俺達の家は?」と問い糺す。サーフィーは落ち着け落ち着けと声を掛けて席に座らせた。 「家はなくなる。文句あるんなら上の人に言わないと」 「なら天竺の神?」グルが戯言のように言った。 「梵天様に? 嘘だろ」 「明日には解体作業するって言ってたけどなー。話聞いてなかったの?」 サーフィーも青褪めて不安そうに訊く。クルルは黄色い毛に影をつけて、わなわなと震えた後、その手でグルの首根っこを掴み、もう片方で摘むようにして葉を持った。 「ヤベエ! 今からグルさんとコイツ連れて説得して来るわ!」 「いってらっしゃい!」 それからは太陽神から尻尾の燃えた白馬を借りて、雲を飛びながら空へ空へと向かっていった。赤提灯に照らされる夜の街には応龍の像、麒麟の像、鳳凰の像、霊亀の像が置かれ、供物まできっちりと置かれている。向こうの国には十字架のある立派な教会があったり、雲の上には雷を握る老人が居た。そして砂漠あたりにある回廊に囲まれた幾何学模様の礼拝堂を通り過ぎて、赤い砂漠に立つ角錐の金字塔を空高く行く。そこから天竺へ廻ると、肌の青黒い舌を出した女神や象の頭を持つ神々が居座っていた。クルルらはズカズカと蓮の花を踏み、取り敢えず頭を垂れて「梵天様に用事がございます」と言った。白象に乗り見下ろす帝釈天は金剛杵片手に逡巡しているらしい。 「貴方方は本来天国に居るべきではない、通せぬ」厳しそうに、 「帝釈天殿がそう仰るのなら仕方ありませんな」 クルルが合図を出すようにグルを見た。すると頃合いかというときに彼が小声で言う。 「我々はスラー酒を持っているんです──」 「スラー酒……スラーデーヴィーの!」 「ええ、アムリタの入った壺だってあります。不死の薬です……」 「ウーム」 帝釈天が悩んでいる時、白象がなんとなく鼻を垂らして彼らの頭を撫でたので、通された。そこで彼らは梵天の前に跪き、プライドを全て捨てて土下座する。 「お願いします! 店だけは潰さないでください! 僕のマネーが!」 青林檎が鼻水を垂らして叫ぶ。梵天はあまりにも当然のことに全面の頭が眼を丸くしていた。四本の手に持った杓、蓮、数珠、水器もやや揺れる。彼は白髭を撫でて「何の話かな」と首を傾げた。 「私の店から仕入れた野菜のせいで食中毒が起きたと聞きまして」 「何のことだろうか」ハンサ鳥も不可思議そうに首を傾げた。付近の書物を持って開いてみても、そのような事実は記載されていない。それを伝えると彼らは安堵して、喜びを分かち合った。しかし梵天は「このままだと店が潰れるかもしれぬ」と予言した。 「あまり好き勝手にしていると、そのうち今日言ったような問題が起こるかもしれない」と。そのように念押しされてから象達に追い出され、また馬を借りることになった。 「潰れるわけないじゃんね!」 青林檎が馬の上でくすくす笑った。グルは悩ましそうに「まあ」と返事する。その時のことだ。提灯に塗れた景色の中、ある一筋の赤い煙が彷徨うように立ち上っている。記憶上、そこには我々の店が立っていた。大急ぎで見てみると、灯油を大量に被せられ火を撒かれたらしい。辺りに寄ってたかる獣達の胸倉を掴んで問い糺しても、彼らは一向に口を噤んで答えない。そこで「サーフィーは!」と気づいた。燃える家に入って見てみても、彼の姿はない。 「青林檎! あんたなら奥までいけるだろ!」クルルが怒鳴る。青林檎は大きく身震いした。 「焼き林檎になりたくないよ!」その言葉にグルが苛ついたのか、その一頭身を片手に握り、まるで野球の球を投げるようにして火事現場の窓に叩きつけた。すると窓硝子は砕け散り、中へ中へと転がってゆく。それは打ち付けられ、またヨチヨチと這い回った。数分もすると覚醒剤と金を大量に袋詰めしてキャバクラの割引券を握りしめた青林檎が出て来る。クルルは彼を平手打ちして「サーフィーは」と訊いた。青林檎は「居なかった」とだけ答えて、自分の頭に注射器を打ち込む。その場で彼は放尿せざるを得なかった。
青豹小ネタ
ヒラール・ポッセナ 階級 総統(全軍最高指導者)ボニファーツ・コリネリウス【瑠璃】 提督(海軍特殊部隊最高司令)サーフィー・ヘレッセン【青玉】 空軍大将(空軍特殊部隊最高司令)ドルフ・オールドリッチ【天青石】 陸軍大将(陸軍特殊部隊最高司令)ジョン・オルコック【水晶】 海軍中将 バルドゥイノ・ラ・ジャルド【藍玉】 海軍少将 パトリック・ホイッスラー【フェイジョア】 陸軍少将 レティシア・オベール【パロマ兼金、太陽】 陸軍大佐 ルーナ【銀兼月】 空軍大佐 ドメニクス【銅】 空軍大尉 エヴァン・ヘレッセン【瑪瑙】 陸軍大尉 クルル・シャムス【黒瑪瑙】 陸軍中尉 オーラン・ラネージュ【黝簾石】 海軍中尉 ロスヴィル・マーレ【金緑石】 陸曹長 マイケル・クリック【沈丁花】 一等陸曹 ドミンゴ・ガジャルド・ソシアス【ライラ兼金剛石】 二等陸曹 エキドナ・ガルシア【紅玉】 陸軍二等兵 ニコラス、ぺぺイン、ミック【名なし】 PLA階級 オメガ・ケンタウリなどの球状星団、すばるなど散開星団に分けられ星雲など様々である。それらの中では諜報活動などを行う組織もある。そして全体のまとまりを銀河と呼ぶ。 陸軍元帥兼総書記長 ベランジェ・オベール【北極星】 天の川銀河部隊(作戦司令塔)はオベール双子兄妹だったが紛争により破壊、死亡。 陸軍大将兼北国特殊諜報部 パスカル【金星】 空軍大将兼北国空挺軍司令 ブレイデン【VFTS 102】 海軍大将兼潜入部隊長 フェリクス、パスカル【海王星】 海軍大佐兼警察 エカチェリーナ・イリイチ・トルストイ【北落師門】 陸軍大尉兼警察 フョードル・ゲラーシモヴィチ・アンピロゴフ【兎座】 一等陸曹兼軍医師 ドロフェイ【水星】 二等陸曹兼軍医師 ヴィクトル【冥王星】 (陸軍大将兼ヒラール諜報員レティシア【太陽】二等兵兼ヒラール諜報員ルーナ【月】) ブレイデン、パスカル、レティシアは普段よく会っている。パスカルはブレイデンの恋人。ブレイデンは癌のため、過去に子宮を摘出している。子供の頃から彼女に対して一途だったのでパスカルは一生童貞である。 クルルがエヴァンに懐いているように見せているのはエヴァンから好かれるためである。東の国では礼儀正しく接して、お互いに知識をぶつけ合うことが愛し合う行為とされているものの、西欧映画を観ていたときに愛し合う行為をsexや媚びとして描写していたのでそれを真似することで好かれようとしているのだ。後々、エヴァンがそれに気づいて指摘すると大いに恥じる。 唯一生存している恋人はレティシアとエキドナただ一組。 大体交尾するときどんな感じなんですか ボニファーツは首元を噛んでぬっちゃりとしてくる。エヴァン曰くきっと交尾が何なのか理解できていない。 ディアーノはとても上手い。だが体重的に相手が死ぬことがある。 エヴァンは一時期ボニファーツに犯され続けていたので、敏感になっていく自分が許せなくて感覚を鈍らせる薬を注射した。ゆえに感覚がほとんどなく勃起不全なため挿れても折れると思う。 サーフィーはゲイ相手にも女相手にもプロである。激しくも優しくもできる。飴と鞭セックスのプロフェッショナル。 クルルは男でもあり女でもあるためどちらも可能。ただあまり興味がないのでやらない。 レティシアはすごい吸入力と胸の柔らかさ、ぬめり滑りふわふわ感。エキドナに対して暴力的な行為をする。キスが良い。そもそも体がエロすぎる。 エキドナも牙や尻尾を駆使して相手を気持ち良くさせる。だがレティシアから縛られたり無理やりされるので下が定位置になりかけている。殴って意識が朦朧としているところを強姦したボニファーツ曰く彼女は「雌」らしい。 ベランジェは生殖器を切り取られているが乳首で感じる。 ロスヴィルは媚びる。そして首絞めセックスをされるのが大好きである。ただ彼の第二人格であるゼノンは性行為そのものを嫌うのでやらない。 オーランはインキャのくせに上に乗っかって突っ込んでくる。だがコミュ障and勃起不全なので玩具を使わないと行為を終了できないし中に出すことさえ出来ないという下等生物の成れの果て。 エヴァンはどこでも寝れるが寝る暇がないので、手術と診察以外で意識があるときには必ず寝るようにしている。そして眠たい時はカフェインをぶち込んでどうにかしている。そして眠気を無理やり抑えたせいで意識を失い骨折したことがある。医師の多忙さにクルルが挫けそうになったものの、何度も患者のために睡眠時間を削るエヴァンの姿に憧れて自ら助教という過酷な立場に立った。 エヴァンは医学生の頃に八度自殺未遂をしている。理由は大学の辛さではなくボニファーツに会えない虚無感と、彼以外に欲情できない自分に対する失望によるものである。その頃、気を紛らわすため風俗に行くようになったが何も出来なかった。遊女たちの梅毒の治療をした(彼は飛び級して医師免許を持っていたため)(なんなら彼はすぐ助手、助教と上がっていってクルルと出会う頃には既に助教だった) クルルの本名は崑崙山《クンルンシャン》と間違えられたことになっている。崑崙山は怪我をして拐われた地であり出身地とは関係がない。本名は軒轅であり、また黄帝に因む。黄帝は東洋医学の最初とも捉えられておりそれを反映させている。後、英語を話せるようになったクルルがそのことを説明して、エヴァンだけが軒轅の名を呼ぶ。ただ周囲には崑崙やクルルと名乗っており、エヴァンにだけ本名を知られているという事実に興奮している。 クルルの腕と発想力はエヴァンと同等または彼以上だが、知識と経験では劣っている。それでも二頭が合わさると新たな発想、効率的な方法が浮かんできたり負担が減るので双方依存的関係である。但し単体でも手術が容易。 ボニファーツは本当に助言したのみで何もしていない。決定をしているのは大将などであり彼が罪に問われることはまずないはずだった。 サーフィーと再会したばかりの二十歳エヴァンは、彼と抱擁を交わしたときに鍛え上げられた筋肉、骨格に腰を抜かした。一方でサーフィーは何故か自分の部屋に居座っているクルルを見て驚いた(恋人かと思ったけれどそのような風じゃない) ディアーノは聖書を暗唱できる。 パロマはバイクを幾つか所有している。ディアーノに買ってもらったDucati(愛車)MV Agustaなど。赤色系を好んで乗り、海沿いや開けたところをがーっと風を切って運転する(軍用に改造したものもある)偶に修理を自分でしてみたり手入れする。愛するエキドナは青が好きなので彼女の為にお揃いのブランドの青バイクを買った。サーフィーは迷彩色のミリタリーバイクを揃えている。 エキドナは刺青を彫ることができる。軍獣に彫られた三日月の刺青は彼女が彫ったもの。ゆえに女(レティシアなど)が若干エロい位置に彫られていたりする(臍や胸際など) オーランは心臓に病気を持っている。そのせいで発作を起こして死ぬ。 クルルはエヴァンが死んでから骨を持ち帰り(家の中に墓を作った。そしてその隣に自分が収まるような穴を掘ってある)東洋で医者として過ごした。医学書を全て書き終えた頃、墓の隣の穴に入り込み数年の間寝た。そして気付かぬうちに衰弱し、彼の元へ旅立った。 サーフィーの家には悪魔(死神)が住み着いている。ただ全員、場合によっては常時姿は見えている。宗教上、本能としてもそれは言えない。毛や全てが透き通っていて、空の色を特に反映するので青かったりする。そして眼だけが黒く、透き通っていない。耳はない、鼻もないが口はある。そして毛むくじゃらなウツボのような見た目をしており首が異常に長い。建物のような大きさをしており腕がたくさん生えている。知性はあり、死に際には特によく見える。言葉は聞こえないが脳に流れてくる。サーフィーは常に死の間際なので聴こえるしはっきりと見える。好物である柘榴を渡すことで友好的な関係を築いている。そして死後、しばらくは彼と過ごす。 クルルは記憶喪失になったとき、サーフィーを恋人と勘違いした。そして記憶が戻ってきた際に恥じて自分を殴った。 私の代理として描かれる鴨嘴擬きには軽い設定がある。 名前はピエットやキークなど様々で(色々自称しており)、趣味は骨董品集めと読書。よく雨の日には傘を杖代わりにして踊る。好きなことは恋人と喜劇映画を観ること。嫌いなことは近所の羊おばさんに睨まれること。性格は皮肉っぽいが仲良くなると全てを晒し出す。肉嫌いのベジタリアン。スペイン語、ポルトガル語がわかる。出身地はオランダで、育ちはフィンランド。職業は映画スター。鴨の父親はワイン製造の社長で鴨嘴の母親は女優。ひとり弟が居て二歳差。弟は売れない喜劇俳優で泳げず毒もない鴨嘴擬きと馬鹿にされる。そのことから彼は弟を庇って鴨嘴擬きを自称している。
長崎一晩旅行記
油蝉の鳴く日、楠が根を張るその土地に足を踏み入れた。太陽は南中に居て、制服を纏った賢そうな学生達が雑談を交わしながら門を入ってゆく。其の白い門には長崎大学熱帯医学研究所と彫られてあった。通り過ぎると、学堂のようなものがあり、ぴたりと紙が貼られて足場周りには緑の池がある。その向こうには西洋医師の顔と名が英字で綴られ、銅像らしきものも飾られている。松の木も涼しげに幹を伸ばしており、如何にも日本らしさと西洋らしさの融合した大学だという印象を受けた。医学部のコンビニエンス・ストアのようなものは少し変わっている。彩豊かなエナジー・ドリンクは味別に並べられており正面にある。店の中央から右手は免疫学、熱帯医学、循環器医学など専門に添った医学書が新刊も欠かさず並べられており、大腸癌についての医学書の新刊が出されたという張り紙もあった。何より、甲虫を高精度で撮った写真集、科学雑誌なんかも並べられており楽しい。何よりそのような教科書達も学生ならば割引があるのでよかった。そこで私はおにぎりを買って食べると、会場まで行った。場は四百人が来ることを予定されている。前列は全て女、私は誰も居ない後列に座った。すると何故だろうか? 男だけが隣に来る。気がつけば私の列は全員男に染まっていた。講義は聴くべきなのでここでは除くものとする。仕方なく説明を受けて、美人な先輩の言うことを頷いて聞いているとあっという間に終わってしまった。そこで質問だけ。ここで受ける人々の考え方を考察することができる。 「私は国境なき医師団を志しております」細身な髪を剃り上げた男が言った。私は興味と彼に対する尊敬心を露わにせざるを得なかった。無論、私もそれを志している。熱帯医学に対する好意がある。 「そのような道を選ぶ先輩らは、一学年の内、どれだけいらっしゃるのでしょう?」そう言った。私のその件に関して回答が気になり、固唾を飲んで返事を待つ。熱帯医学の研究をしている先輩が答えた。 「一学年に一人か〇人でしょう。でも国境なき医師団の為の教諭がいらっしゃいます」 「補足として、アフリカでマラリア研究などする短期留学の教育課程《カリキュラム》もありますので参考になれば幸いです」と助教。それから質問がないかと訊けば、また小柄な男が立ち上がって訊いた。 「私は免疫学に興味があるのですが、アデノウイルスに型が沢山あり、特効薬がないのは何故でしょうか。また急性肝炎との関連は?」 「免疫学専門なのでお答えします。現時点で回答はできません。アデノウイルスに対しては世界的に研究も行われており、原因解明が進められています」助教が笑顔で応える。私はその質問はやや無謀ではと思ったけれど素直に思ったことを質問する勇気は今後の人生で役立つし人生をより良く変えてくれるんじゃあないかと思った。その次は女の子だ。 「一般入試で入学した医学生らは研究医枠のように研究が出来るのでしょうか」 「もちろん、出来ます」と助教。本日は助教が忙しいようだ。そのような質問を繰り返しているうちに締め切られて、ずっと手を挙げていたが当たらなかったらしい隣の方の男は舌打ちする。アンケートに答えてからすぐに会場を出て行った。出たところを資料館側に歩いて行って下ると路面電車があるので、崇福寺方面に乗り込んで帰る。それが困難である。おじさんに揉まれて挟まれて押されてと繰り返し、これ以上増えるかと思えば自分だけになったりと人数の変動が激しい。やっと着いた私の宿泊するところ。そこでシャワーを浴びて友人が来るのを待った。すれ違うのが怖いのだ。それからしばらく待っていると、幾つか路面電車が到着する。まぁいつか来るかーと思ってぼーっとしていたら隣の下らへんに何かいる。明らかに小柄な女が見えたのでまさかと思った。てっきり彼女を大柄な美女だと思い込んでいたようだ。然し、見てみよ。彼女は細く小さな豆鹿のようではないか。更に隣の人は一眼見れば男、聴けば女と云った模様で性が明瞭でない。 「これかな」と、彼女が言った。何となく大豆さんだろうなと思う服装センスをしていたからそうなのだろうと思う。私は思わず笑って、「小柄で良かった」と言った。大柄な女が来ていたら私はどうしただろう。彼女達は笑っていたけれど、「初対面で小柄と言ってくる人は初めて」と少し恨めしそうな様子だ。それから長崎で有名なカステラという菓子(鶏卵、砂糖、水飴、小麦粉を混ぜ合わせたものを焼いた菓子で葡萄牙という欧州にある国から伝わった南蛮菓子を発展させたものだ)をいただいたので、一度宿泊するホテルに戻ってそれを冷蔵庫に詰めに行った。それからは晩餐を食べるであろう中華街のある店へと向かう。初対面、而も最初の部分なので緊張してしまって記憶が曖昧だ。上の階まで着いてきてくれて、カードでエレベーターを上るという機能がハイテクだなあ……とやじさんが言っていた気がする。道を曲がったり進んだり、バニーガールの車を見て少し雑談をしている間に北神の玄武門に到着した。そこからまた中華街内を曲がって料理店。中は混み合っていた。扉を開けるなり状況を確認しようという提案で彼女らが見廻す。後に七の刻半に予約を取り、新地中華街を彷徨いた。紅色に染まる夕焼けのような錦鯉が水場を泳ぎ、灯のない提灯が暗く下がっている。まだ暮れ方だろうか。空が青かったことは覚えているが、明確な時刻までは記憶していない。逆算すれば五時を過ぎた頃であろう。私は鯨の牙を加工する奇妙な店に案内された。残酷だ。それに価格が凄いのだ。正直、髭鯨の方が好きなのでなんとも言えぬが、牙特有の皺や傷を残して彫り上げた抹香鯨や海豚、珊瑚など種はさまざまで面白かった(後に、寝惚けた青宗氏は中華街を徘徊した後に抹香鯨の団子歯、長鬚鯨の髭を買う) 店を後にすると、摩天楼下を歩き商店街に入る。そこは広く、大分市に比べると清潔感のある良い所だった。彼女が何か話してたと思う。そこら辺を親につけられていたから其方に気が向くと同時に同級生が構えていないか警戒してたからよく覚えていない。店内に居ないという確信があったのでそこからの記憶は確かである。その後、その道沿いにあるカフェに導かれた。自らパンなどを取るような種類の店で、彼女らのおすすめとしては焼き上げられたパンの中にチョコレートを詰めたものだった。勧められたし美味そうだったので、それと茶を彼女に奢ってもらった。階段を上がってゆくと都会らしい木造の机やらが広がり、暖色らしい灯があって全体的に落ち着きのある店内だった。そこの窓際、コンビニエンスストアの眺められる席に三人並んで座ってみた。そこで彼女は徐にジョージ・オーウェルの初作であるパリ・ロンドン放浪記を取り出し(私はそれに興味がなかったけれど、彼女に教えられて初めて知ったのだ。そしてその経験はよりよく私の印象に残った)見せた。 「見たことある?」 「いや」見たことがないといった風に答えた記憶がある。その本を貸してくれたので捲って見てみると冒頭から独特で面白い。彼女は文章が面白いだろう、と楽しそうに言うので心から共感して「たしかに面白いね」という風に言った。どちらかといえば彼女のクスリの殻みたいな色をしたイヤホンに気を取られてしまっていた。同時に黒い本立てと解剖学書を取り出して、それを描き写そうかというのだ。我々に紙を配り、ボールペンを置いた。色塗り用にと出された透明のプラスチックケースに入れられたカラー・ボールペンは彼女曰く、クラシック・カラーで臓器系統の着色には最適らしい。あまり話をしていると食も進まないので奢ってもらった御馳走を食べた。あのパンらしきものはパリパリと表面が焼けていて齧り付くと落ちる。牛酪らしい香ばしさやチョコレートの甘さが丁度良かった。それから落とした部分を掻き集めて土台を寄せておくと、書き出してみる。その間に、彼女らの友人に私が好むような女性がいるのだとか出島での出来事が云々とか雑談の間に教えてくれた。そんな楊貴妃のような子が居るのか、是非とも御顔を拝みたいものだと思った。その間にずっと彼女らの仕草や口調、声、眼を見ていた。長崎に来てから高校生の仕草や素振りを観察することが癖になっている。特に目立つ癖もないけれど良い子だなあ、健気だなあと分かった。長崎の人は表面的な人より、もっと芯のある中身が詰まった人が多いと感じられる。だからこそ話していても退屈しないし真剣に向き合えるのだろう。つくづく長崎に生まれた人は幸福だなと思う。彼女が写真履歴を遡りながら、彼女の買っているトイプードルや絵を見せてくれたのは助かった。ただ解剖の絵は描かないのかと不安が過った。ちなみに私はもう描き終えてしまったのでその写真を眺めていた。これもいつかの小説の当てになるかなあと思ったりした。七時頃、我々は店を出てから、女と酒を呑むだけの店やら、ただの中華料理店が立ち並ぶ道を抜けて曲がり、玄武門から鯉の泳ぐ店前を曲がり応龍門へ行く。門の内側隣にある黒獅子の構えた店にまた入り込んだ。そこで彼女がパリ・ロンドン放浪記をまた読み上げていた。南京虫の行列だとか描写の面白さを語っている。その合間、やじさんの顔をちらちらと見ていたものの、何を話せば良いのか浮かばずに考えていた。実を言うと、やじさんを男だと思っていたので彼と呼ぶべきかと迷っていたのだ。確かに骨格は女性のように見える。ただ、こういう男が幼馴染にいるので悩んでしまった。確信したのはいつかというと、カフェでの仕草と少しだけ見えていた首元だ。男の首元や顎は見慣れている。だからそう信じた。ちなみにまだ分からないけれど私は彼女を女と仮定している。その方が文が綺麗になるからだ。呆然としているうちに名を呼ばれ階段を上る。彼女はあの道で話し出してから一秒も黙っていないなあと思い出した。上がれば左手側に悲しげな顔をした木馬が居て、さらに進めば論語と書かれた扇子に孔子の絵が描かれている。そこには学而時習之、不亦説乎とあって(あまり覚えていないけれど)儒家の姿があった。角を曲がり入口へ進めば中華風机があって椅子がある。そこに三人腰掛けて座り込む。「どれにしようか」そう悩んで見てみる。メニュー表には鱶鰭とあった。一皿約三千円だったり数百円台のものが殆どない。ただの鱶鰭の下には白湯鱶鰭というものがあった。また、ちゃんぽんや皿うどんにも細かい種類がある。取り敢えず近くに来た店員に声を掛けられたので彼女が「これのこれって何が違うんですか」と訊いた。店員は「白湯《パイタン》が入ってるんですよ」と説明する。取り敢えず、とそれを注文して、私は少し豪華な細麺皿うどん、やじさんはちゃんぽん、あと彼女が紅茶プリンを頼んだ。割り勘するかーとか高いねえなどと話している間に、窓際を見れば提灯に紅い灯がついていた。そういえばそのクラシック色のボールペンで脳を描いてからサインをしておいた。記憶に残れば良いらしいからキャラクターを描いていない。ちなみに私は彼女の描いたクルルとキャラクターに惚れてしまって脳裏を駆け廻っていたので勢いで感想でも書いてやろうかなと企んでいた。それから小さな陶磁器状皿に入れられた鱶鰭が届いて翡翠色の陶磁器状皿、レンゲが配られた。各自配って口へ運ぶとああ確かに。どろりとしており魚介類特有の香り風味が抜けてゆく。それに混ざり海老類の味が染みて、その中に慣れぬ鱶鰭らしきものの味が染みていた。ただ想像していた鱶鰭とかけ離れた姿をしているので、彼女が「(鱶鰭が見つからないのは)運が悪い」と鱶鰭を探していた。私も見てみたけれど粉々になっているのか見当たらない。我々は他のものが届くまで雑談を交わしていた。初対面で飯、しかも中華料理だなんて。非日常だけれども平然としているなあといった風のことだったと思う。対面式だと相手の顔がよく見えて再度美人だと思う。きっと多様な男に好かれるだろう。誰でも惹きつけるような、磁石にも似ている愛嬌がある。それから旨そうなちゃんぽんが届いて、次に具材が多く鱶鰭を乗せられた皿うどん、プリンと届けられた。その間も、食いながら雑談していた。常に彼女が喋っていて、その次に私が饒舌である。私の予想だと一番喋るのは私で、次がやじさんだと思っていた(きっと彼女は手と脚を組んで『ふうん』とでも相槌を打つだけだろう)けれども真逆。全然そんなことはない。そもそも、彼女達の身長は低く見積もって百六十五centimètreかつ筋肉質または一般的に脂肪がある程度妥当かと思っていたので、あそこまで細身の人が来てしまうと脳が錯覚でも起こしているのかと疑う羽目になった。健康的でない。年上なのに私の方が太い。筋肉があるといっても脂肪の割合のほうが大きいだろうからどちらにせよいけない。彼女、骨密度も低そうだから不安になった。肋骨が出ていたらその場で咽び泣いていたと思う。いつか細身の人を触って骨を折ってしまいそうになったので色々と怖かった。転んだら骨が砕けそうだし風に飛ばされそうだ。でも、思っていたよりかやじさんが健康的な体型で安心した。多分風に飛ばされることはないだろう。小説内容だとか景色描写、店内って難しいよな〜あの着物着た熟女系美人っぽい店員のこと書こうかなとか考えを巡らせていたとき、大体食べ終わる寸前だった。ちょっとして掻き込ん掻き込んでから紅茶プリンを三人でいただく。まず味見をした。彼女があまり廻し食いはよろしくないという雰囲気を醸し出していたしそのような流れだったので、成る可く口をつけないように使いまわした。三等分にした後もそうである。正直、間接的な接吻だなと常に考えていた。細菌が各自共有されると考えると、何処かの漫画のように吹き出しが股間から腹上へと動いてしまう。ただ、食事の場で下品なことを抜かす紳士などいないと思って黙っておいた。それから会計である。三人で三千円ずつ出すことになった。会計台へ行くと、こそっと緊張気味に、やじさんが手を握ってくださった。彼女の骨格は私より成長している。きっと向こうのほうが歳上なのだろうという確信が湧いてきた。一眼見ただけじゃ分からなかったと思う。私の主観だと感情の波の振れ幅はやじさんの方が大きかった。喜びを露わにするところが良い。二人とも無愛想だろうと想定していたが無愛想なのは自分だけで安心した。彼女達は素晴らしい女性である。対照的に私の精神年齢が下だとも分かった。冗談はそこら辺にして、それから中華料理店からの帰り際に大豆さんが貧弱な手で私の手を握ってくれた。(その大きさと細さで握れるのかと思ったけれど、流石に高校生の骨格ではあるので可能であった)私は女性に手を握られてしまうと駄目なので軽く混乱してしまった。誘われているか又は私がよく死にかけているときに家族や友達が握ってくれる程度なので、今の私は瀕死または誘われているという二者択一状態である。一度冷静に振り返ってみるとど真ん中に大豆さん、彼女の右側にやじさん左側に私だった。二人を誘う淫乱野郎なら話は別だが、彼女はそんなことをする性格じゃあないだろうから友情なのだろう。それにしても女子高生の手を握ったり触り尽くすのは初めてで、そのとき話した会話内容と景色は丸々忘れ去ってしまっている。途中でコンビニに寄って熟女系アダルト雑誌を立ち読みしたことは覚えている。途中に歩いていたヘソを出した美女二人が長髪だったこともよく覚えている。今も思い出して「淫らやなあ、雑誌出てくれへんかな」と思っている。私はグラビアとか地雷系より清楚系で小柄かつ(大柄ならとびきり背が高くないと駄目だろう)エロい子が好きだから私の心臓をかの弓矢が打ち抜いたことは言うまでもない。かといって何か足りないものがあるし話しかける必要性もないから思い出して悶々としているだけである。何が足りないって、彼氏がいるという事実がもはや蛇足なのだ。あのマッチョが居なけりゃ満足してオカズに出来たけれども。まぁ、カフェの上の階にある窓から眺めた子で我慢しようかなと思う。これを書いたのは昨日、令和8年7月18日であるから支離滅裂なのは仕方がない。手を繋いだ最初らへん? 真ん中らへんで彼女と抱き合ったけれど肩の骨の薄さと全体的な皮と骨しかない輪郭触り心地に恐怖して力加減が下手になった。どこかの男が「細い女を抱くと硬くていややわ」とかいっていたのを思い出す。確かに怖い。風で吹き飛びそうな子を触るだけでも脆くて壊れそうで恐怖してしまう。飲み屋街徘徊中に美人な、彼女の母様と愛犬を見つけて少々挨拶をさせて頂いた。それから宿泊する所まで見送りをして頂いてお別れ。といった具合で、すぐにこれを書いている。窓から見える柔らかな着物を纏った若いお姉さんが妖艶で美しいのと、都会の中夜空に浮かんで弧を描く三日月が綺麗だ。街を灯す飲み屋の電気も、人々の賑わいも都会ならではで面白い。ま、これだけ書けば十分だ。 高速道路の休憩所で見た大村湾が青琅玕の粒を散らしたようで惚れ惚れしたことを書き留めて、此の長い旅行記を締め括る。