絵師
霧の濃淡に包まれる岩峰は白く、小雨に濡れた木を抱いて荒くも繊細に聳え立っている。神もうたた寝する早朝の崑崙山では開明獣が欠伸をしながら門番をしていた。虎模様に肉の垂れ下がった胴体に九つの小僧の頭が乗っている。そして鋭い爪で砂を掻いて砂埃を立てて周囲を睥睨しているのだ。私は恐れと神秘さに息を呑んだが、直ぐに太腿に力を入れて獣の眼の前まで堂々と歩いて行った。
「やれやれ」開明獣は私を見るなり溜息をついて首を振る。長い尻尾を畝らせると避けてくれた。そして古びて色褪せた門の扉が見える。
「通って良いのか。私は瑶池に用がある」
黄色い土の下に腰を下ろして落ち葉を弄った。今日は一段と尖った石が多い。開明獣は私の隣で膝肘を畳んで座り込んだ。十八個の眼が此方に向くと流石にゾォっと背筋が冷える。一人一人に名はあるのか。
「良いとも。然し蟠桃会は今日じゃ無いよ」
「いや。偶には此処の景色も書き留めておこうと思ったのだ」
見上げると霧で白いが建物が見える。屋根の美しさ、装飾の彫り物は人には出来ぬ技術である。細胞まで彫り上げたかのような花弁や蝶の翅とは比べ物にならない脆さ儚さ、此を一つの水墨画として仕上げねばならぬ。
「……今日は天気も良い。日の輪も一段と美しいだろう。きっとあそこに生えている梧桐に鳳凰が居るから挨拶してみると良い。酒があれば誘えたが」
私は肩に下げている瓢箪を片手にとって栓を抜いた。すると発酵した米麹の香りが薄らと漂う。開明獣は意外そうに瓢箪の中を覗き込むと、二度見してきた。私はそれを向けて「酒なら腐るほどある」と笑って見せる。獣は舌なめずりしてグイと九首を擡げた。
「どれ、一口頂くとしよう」
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2025/12/29 15:13
愛染明王