翠玉
白波の向こうからはある長く歪な形をした建物が一つ見えた。煙が立ち昇り、クウクウと空に広がる。見惚れる暇も無く、横長い旗を掲げた艦艇達は黒焦げの残骸を避けて次々と帰っていっていた。大波は薄く広がりいつの間にか晴れ渡った空を映して紺碧に染まっていた。藍玉は長く平たい口吻を撫でて、ほうと眼を四方八方揺らす。沈んだ船の旗は浮かび、金属片が無数に広がっている。その中に、白い制帽が流れていた。
「アレは回収しなかったの?」
サーフィーが指差して首を傾げた。背後で書類を片手に何かと悩んでいた藍玉が頭を突き出してさっと覗き込んだ。
「そうらしい」
「ふうん、酷な話だねえ。ならば取りに行って来よう」
制帽を脱ぐと、唖然としている藍玉の頭に帽子を被せた。大きさが合わないが、お構いなしに制服の釦を外す。水を弾く様な分厚い毛が覗いた。
「あっ! おい待て。どうするつもりだ?」
手を伸ばしたが止まる事も無く、はらりと制服が飛んでゆく。鯨や鮫の喧々たる声を背にすると、迷いなく手脚を伸ばし体を投げる。海に泡が立ち、呑まれ、姿が消え失せたと思えば艶やかな長い角が出て来た。油を塗られた様に水を飛ばし、すうっと一直線に泳いだ。張られた脚は尾鰭に見え、いつの間にか海藻の絡んだ制帽を掴んだまま空中を跳ねていた。艦艇へと水を掻きつつ戻ると、壁を掴んで飛び込んだ。海水の雫が音を立てて足元を濡らす。
「気でも狂ったのか?」
藍玉が爪を立てて叱り飛ばす。サーフィーは海藻を咥えたまま一瞬身を小さくしたが、眼だけは逸らさずに居た。少しして濡れきった制帽を何度か振り回して中へと戻る。
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カテゴリー: SF
投稿日時: 2025/11/2 15:41
愛染明王